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[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/22 15:47
最初に見たのはガラス越しに見える良く分からない機械が沢山敷き詰められ弱々しい光に照らされた部屋。

最初に聞いたのは『白き少女』を包む水の揺れる音。

呼吸をすれば自分の口から酸素が吐き出されコポコポという音と共に上の方へと浮かんでは消えていく…。

ゆらり、ゆらり、入れ物に満ちた水が彼女を揺らす…。

(…此処は何処?)

知らない場所だ。いや、そもそも自分が誰なのか。どうしてこのような場所に居るのか。何故存在しているのかすら彼女には分かっていなかった。

彼女はキョロキョロと辺りを見回し、ぺたぺたと自分を閉じ込めているガラスの壁を触れては不思議そうに白い髪を揺らし首を傾げる。

(わからない)

何度考えても、何度辺りを見回しても自分の置かれている状況に彼女は理解出来ないで居た。しかしそれは当然な事なのだろう。彼女にとって自分が何者なのかと言う記憶など最初から存在しないのだから…。

(…こわい)

心細い。寂しい。それが彼女にとって最初の感情だった。目覚めた場所が誰も居ない部屋で、しかも狭いポッドに閉じ込められればそう感じるのは当たり前なのかもしれない。閉じ込められた少女はガラスを叩き外に呼び掛けるもポッドの防音は完璧に機能しており少女の声は外には届く事は無かった…。







あれからどれ程の時が経過したのだろう。陽の光どころか常時薄暗いこの部屋には時間と言う概念から隔離されているのではと錯覚までしてしまう程だ。しかし幾ら時間が分からないと言っても延々と声を出し続けていれば当然体力も消費する。幼い少女となればなおさらだ。先程まではガラスを叩き大きな声で助けを呼んでいたその姿も今では疲れ果て膝を抱え込み眠たそうにうとうととした表情で液体の中を漂っている。このまま疲れて寝てしまうのだろうか。そう思われたその時だ。

「これが例の欠陥品かね?」

閉ざされた部屋の入口が開かれ、その入口から漏れた光が彼女を照らしたのは…。

開かれた扉からはぞろぞろと見知らぬ大人達が入ってきた少女が入っているポッドを囲んで行く。何人かは部屋に置いてある機械を操作していたが少女にはそれが何なのか子の大人達が誰なのかは分からない。

「はい。髪の色素もそうですが、肉体の強度も他の実験体と比べて大きく劣っています。とても計画に使えるとは…」

(…誰?)

部屋に入ってきた大人達はきっと科学者か何かなのだろう皆、白衣を身に纏っていた。そして白衣達はこの部屋にいきなり現れてはポッドを見上げて口々に「欠陥」だの「劣っている」だのと目の前に居る少女を馬鹿にするような言葉を吐き、汚らしい物を見る様な目で彼女を睨む。しかしそんな視線を向けられている当の本人は唯不思議そうに此方を見上げて来る人物達を眺めていた。その姿はまるで水族館でべったり水槽にへばりついて水の中を泳ぐ子供の様だったが、立場はまるで逆でそれに眺めて居る物も大勢の大人。余り見て心が和む光景では無い。寧ろ一般人から見れば不快極まりない物だろう。

「オリジナルや他のクローン達の髪の色は黒だと言うのに白とは…」

「何処かで問題が生じて…」

「髪だけでは無い。肉体の方もだ。これでは強化工程に耐えられん。これは明らかに失敗作だ」

(よく聞こえないや…)

額をガラスにくっつけて耳を凝らすも彼等の声は少女には届かない。

(…なに話してるんだろ?)

そんな彼女を他所に、少女の目の前で何やら討論を始める科学者らしき者達。科学者らしき者達の表情はどれも優れずに居た。その表情から察して彼女の存在は余りにも予定外の事であり大きな支障だったのだろう。これだけの設備だ相当の金額が動いているに違いない。

「では、この欠陥品は廃棄しますか?」

「馬鹿を言うな!これ一体作るのにどれだけの費用を使ったと思っている!?」

「しかしこれのパラメーターでは先程も申しましたように今後の計画に耐えられるか…」

「…刷り込みは出来ているのだろう?」

この中で一番立場が上の人物だろうか。今まで黙って少女を見上げていた男が初めて口を開き低い声を鳴らして隣に控えていた男に問う。

「はい。他のクローン同様。戦闘知識他、規定の教育課程の刷り込みは完了しています」

男はそうかと頷くと暫し考える仕草を取りもう一度少女を見上げ呟く。

「…ISのデータ取りに使う。少しでも元を取れ」

「しかし所長。これは他の実験体とは違い何時壊れても可笑しくない状態で「誰か手の空いている者にこれの傍に常に待機させ監視させろ」は、はぁ…」

「我々にはもう後が無い。失敗は許されんのだ。良いな?」

「は、はい!」

次は無いそう言い聞かせる様な冷たい目で睨まれ、男の部下と思われる男性はその眼に怯え、声を震わせながらも返事をする。男はその返事を聞くと同時に白衣を翻し入口の方へと戻っていきその場に居た全員が彼の後に続いてぞろぞろと部屋を出て行く。

(待って!いかないで!)

部屋を去っていく彼らを見て少女はまた一人ぼっちになってしまうと慌ててガラスを叩くが誰一人振り向きはせず、無情にも扉は閉まり再び薄暗い部屋で唯一人になってしまった…。

(此処から…出して…)

そう願う少女の声はポッドの中で虚しく響くだけだった…。








―――Side とある女性研究員




「は?私がですか」

突然の上司の辞令に私はコーヒーを飲む作業を止め間抜けな声を溢し私の肩に手を置いている上司を見上げる。どうでも良いが作業中に突然背後から肩を叩くのはやめていただけないだろうか。「明日から来なくて良いよ」とか「今までお疲れ様」とか言われそうで心臓に悪い。

「ああ、例の…3510号の監視員をやってくれとの上からの命令だ」

3510号…ああ、欠陥品っていうあの…。

その噂は下っ端である私にも届いていた。何でも一体だけでも一生遊んで暮せるほどの大金はたいて作った実験体の一体がまるで役に立たない程の欠陥品だったという話だ。髪の色素は抜け落ち真っ白。肌の方も白く、筋力の方も他の実験体と比べ全て劣っていると言う事らしい。他の実験体は全て強化工程に入っていると言うのにその欠陥品だけは今だ調整の段階も終了していないと聞いている。廃棄はされるだろうって皆も私も思っていたのだが…。

まさか私がその欠陥品の監視員を任されるとはなぁ。拒否権…無いんだろうなぁ…。

嫌な仕事を押しつけられた物だと思う。何が悲しくてそんな嫌な役を好き好んで任せられなければならないのだ。断れるのなら断りたいが勿論そんな事許されないのだろう。

「監視なんて必要なんですか?他の実験体は一纏めにしているそうじゃないですか」

「肉体が不安定でな。何時停止するか分からん」

うは、ホント嫌な仕事を押しつけられたわ…。

つまり24時間監視しろとの事だ。平社員は辛い物である。

「早急に頼むとの事でな。今日から監視に入ってくれ」

「き、今日からですか!?」

「うむ。調整も済んでいないからな。寿命が短い分、上の連中も少しでも多くのデータを取るためには時間が惜しいのだろうさ」

「はぁ…」

「まぁ、そう落ち込むな。一ヶ月かそこらで解放されるさ。そう長くは持たんよアレは」

「…」

幾らクローンで欠陥が生じているとしても実験体は生きている。それをどうとも思わない此処の連中は歪んでいるのだと私は思う。自分もその連中の一部なのだが…。

はぁ、慣れるってのも嫌な物ね…。

そう自分に嫌気が指しながらも椅子から立ち背筋を伸ばし与えられた事例を復唱する。

「…分かりました。現時刻から欠陥品の監視任務に入ります」

「うむ。愛玩動物を眺める気楽な仕事だと割り切って頑張りたまえ」

他人事のように…。

目の前で笑うおやじに苛立ちを覚えながらも上司から監視対象が待つ部屋のカードキーを受取り自分の職場を後にした。この職場とも一ヶ月ほどお別れとなるとどうも複雑な気分である。別に誇れる仕事でも無いし唯自分の才能を活かせると言うだけの場所。正直この場から離れられると聞いた時は少しだけほっとした気持ちが無いと言えば嘘になる。まぁ、あの上司の言う通り息抜きを与えられたと言う事で素直に喜んでおこう。息抜きの内容は人として最低の物だが…。

廊下を抜けエレベーターに乗り込むと目指す階のボタンを押す。目的の階はクローン培養区域の最深部だ。

あそこ薄暗くて気味が悪いのよねぇ…。

エレベーターに揺られながら私は心底嫌そうにうげぇ~と声を漏らす。

『最強のIS操者』のクローンを培養し優秀なIS操者を量産するこの計画も既に中盤にまで進んだ今ではクローン達の強化工程に入りクローンの培養は既に停止され殆どの者が培養区域には出入りする事は無くなった。その為か電力削減の一環で普段は必要最低限の明かりしかあそこは点けられていないのだ。量産段階に入るまでかなりの『人間の様な物』が廃棄されたからか研究員の間では出るって噂があるくらいだと言うのに…。自ら進んで出入りするのは相当のマッドサイエンティストだろう。

「あ…着いたってうわぁ…」

ドアが開いた瞬間私は早くも引き戻したくなった。視界に映るのは廊下の奥が見えない薄暗い空間。天井のライトは点いておらず足元のランプだけが辺りを弱々しく照らしていた…。

「あ~やだやだ。帰りたい…」

弱音を吐きながらも床の明かりを頼りに目的地へ進んで行く。計画開始当初はこのエリアも多くの研究員が往ったり来たりしていたと言うのに今は本当に寂しくなった物だ。

「『クローン培養区画』…『クローン計画』最重要エリアとも呼べる場所…か」

『クローン計画』とは我が国が立ち上げたIS開発プロジェクトの一つである。他国の国々が最新鋭のISを開発する中、我が国はISの乗り手に注目し、もっとも優れたIS操者の遺伝子を使ってクローンを培養。優秀なIS操者を量産しようと言うのがこの計画の最終目的だ。勿論、人としてではなく兵器として…。しかし、問題点が多くあり今だ成功に至ってはいない…。

そもそもクローン技術がまだ完成されていない技術なのだ。そんな状態でどうして優秀な操者を量産できると言うのだろう。それが理由で国もこの計画を切り捨てようと言う声が上がっており上の連中も最近焦り出している様だ。まぁ、下っ端の私にはあまり関係の無い話なのだが…。

しかも聞いた話ではドイツでも似たような研究が行われ結果を残しているらしいと言うのに、我が国ではこの有様だ。本当に駄目駄目な国である。

まぁ、あくまで噂話だけど…。

そんな非人道的な実験が口外されるとは思えない。この国だってこの計画は機密中の機密なのだから。それに、ドイツは第3世代の開発も形が纏まりつつあると言う。別に操者にこだわる必要も…と、どうやら着いたらしい。

「この部屋ね…」

歩く足を止め目的の部屋の前で立ち止まる。この部屋が例の欠陥品とやらが保管されている場所だ。何だかんだ言って莫大な金額が掛かっている所為かセキュリティーは完璧で分厚く頑丈な扉で閉ざされており爆弾でも持ってこない限りこじ開ける事は無理だろう。

私はポケットからカードキーを取り出すとカードリーダーに通しロックを解除する。

「これ、が…」

ロックが解除され開かれた扉を潜ると、私は思わず嘆声をもらし暗闇の部屋でおぼろげな光に照らされて生体ポッドの中で膝を抱えて眠っている白き少女を見上げた…。

私もオリジナルの写真をテレビや資料で見た事はあったが…。

「白い…髪…」

白だった。何もかもが。髪も肌も。オリジナルとは全て異なる色だった。それに、腕や足も簡単に折れてしまいそうな程細い。肉体の成長に必要な栄養素は常に生体ポットに満たされている培養液から送られていると言うのに、だ。

成程、確かにこれは欠陥品だ。

調整が済んでいないとは言えこれでは計画に使える見込みは0に近いだろう。それでも廃棄しないのはそれだけウチもヤバい状況にまで追い詰められていると言う証拠だ。

『パチクリ』

「…あら?」

考えに耽っているといつの間にか少女は眠りから覚ましポッドに張り付き此方を不思議そうに眺めていた。その姿を見て可愛いと感じたこの気持ちは何処かに捨ててしまおう。先の長く無い道具に感情移入などしてしまえば後が辛くなる。

…それにしても本当に似ていないわね。姿形は幼いとは言えオリジナルその物なのに雰囲気がまるで違う。髪の色で印象が変わったからかしら?

なんとなく手をポッドに触れてみる、すると彼女も私の手に重ねる様にしてポッド越しに手を合わせて来た。

好奇心旺盛な子供そのものね。他のクローン達も最初はこうだったのかしら?

私は下っ端だからクローンの開発まで深く関わってはいないが訓練中のクローンを何度か見た事はある。皆人形の様に表情が無く、唯命令を聞くだけの存在の様に見えた。一体何をすればこれからあの様な姿に変わり果てるのか…。

詳細は知りたくない。
きっとロクな内容ではないだろう。

「っと…眠り姫は我慢の限界みたいね」

気付けばポッドの中の少女はまるで催促するようにぺしぺしと割れる筈も無い防弾ガラスを叩いていた。どうやら出して欲しいらしい。そんな少女に私は苦笑するとポッドの足元にある端末を操作する。するとポッドの中の培養液が少しずつ抜け始めた。少女は突然の事に目を丸くして驚いたがその表情はだんだんと驚きから興味へと変わっていく。

…本当に子供なのね。

培養液の排水口をじっと興味津々に見つめている少女の姿に私はそう思わずにはいられなかった。これが自分達の目標としている兵器になり得ると言うのだろうか?とても信じ難い。実際計画の内容を聞いた時でさえ眉唾物だったと言うのに更にこんな物を見てしまえばこの計画が成功するのか当事者である筈の私自身でさえ疑いたくなると言う物だ。

『ポッドを開放します』

「…」

培養液が排出されると同時にシステムアナウンスが発する機械音と共に少女を閉じ込めていた防弾ガラスがゆっくりと昇っていく…。

『pi―…ポッドの開放を完了しました』

ポッドの開放が完了した事を知らせるアナウンスを聞き流しながら私はぺたりと隔てる物が無くなったポッドの底にぺたりと座りこんでいる少女に歩み寄る。

「調子はどう?3510号」

身体の状態については既に知らされてはいるが一応本人に確認した方が良いだろうと思い私は3510号に訊ねる。しかし返ってきたのは…。

「…?」

不思議そうに此方を見上げ首を傾けるという可愛いらしい少女の姿だった…。

言葉が通じない?報告によれば刷り込み作業は済んでるって話だけど…?

「あの…私の言ってる言葉が分かる?」

「こくり」

少女は黙って頷くと私はほっと胸を撫で下ろす。

良かった言葉が通じた。刷り込みまで失敗してたらどうしようかと思ったわ…。

「本日より貴女の監視員になったクリス・オリヴィアよ」

素っ気無く挨拶だけ済ますと、私は彼女に背を向けて入口へと向かう。しかし背後からは一向について来る気配が無い。私は面倒だと深く溜息を吐き立ち止まり振り返る。

「何をしているの?ついて来なさい」

「!」

私の言葉に反応してか3510号はポットから這い出ると…

コテッ

…こけた。

「…」

妙な静寂が部屋を支配する。

「!」

ガバッと起き上がる3510号。しかし起き上がった途端また…

コテッ

…こけた。

ちょっと…まさか…。

「~~~っ!」

何度も何度も3510号は起き上がろうとするもその度に転んでいく。そんな虚しく奮闘する3510号を見て私は嫌な可能性が頭を過ぎる…。

「歩く所から始めろっての…?」

最悪のスタート。どうやら私は本当に面倒な仕事を押しつけられてしまった様だ…。














あとがき

お久しぶりです。その所為で内容が薄いです。短いです。

原作開始までまだまだ掛かり話の内容がまだ把握し辛いでしょうがもうしばらくお付き合いください。今作の流れは

プロローグ(現在ココ)→観察日誌編(日記風で1~5話くらい使う予定)→原作スタートてな感じです。

今回は完結目指したいですね。学園黙示録は原作の方が完結するか分からないので…(--;



[26146] 3510号観察日誌1
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/21 14:36


―――3510号観察日誌



9月4日(晴れ)



今日から3510号の監視が始まった。これからずっと同じ部屋で一緒に生活しずっとアレにくっ付いて居なければならない。気が重い…。

上司から受取った辞令書を見てみるとISのデータ取りのために3510号を使うつもりらしい。確かにISなら適性が高ければ身体能力はさして問題は無いだろうが、それでも最低限の筋力をつけなければならないだろう。とりあえず最初は歩行練習からだ。


…その前に服を要請しておこう。何時までも裸と言うのはこちらも目のやり場に困る。




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9月5日(晴れ)



監視を開始してから二日目。マンツーマンで歩行練習に取り組んではいるがやはり一日で歩行が出来る筈が無い。このままではあっという間に彼女の肉体に限界が来てしまうだろう。上は別に3510号の観察記録を求めてはいないのだ。他の方法を考える必要があるのかもしれない。最低の場合、調整をしてもらい3510号の寿命を伸ばすことを申請するのも考えなければならない。余りにも時間が足りない。


計画とは関係無いが、前日記した様に3510号とは寝食を共にしている。食事も何でも興味深そうに食べるし、目に映る物全てに興味を示していた。まるでその姿は子供その物だ。非常に無口で何もしゃべらないが…。




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9月6日(晴れ)



調整の要請の返答はコンマ単位で直ぐに来た。返事は「NO」調整にどれだけの費用が掛かると思っていると長々と小言までおまけについて来た。人の苦労も知らないで…。

調整の申請を通すにはそれなりの結果を見せる必要があるだろう。なら、本来の目的であるISのデータだが…それも問題がある。ISの操縦に最も必要なのはイメージ。歩けない3510号にどうやってISを操作しろと言うのだ。


そう言えば歩行訓練のついでに地上にあるIS専用の訓練場まで連れて行ってみたのだが、3510号は珍しく目に映る物全てに興味を示していたと言うのにISには全く興味を示さずずっと空を眺めていた。何を見ていたのだろう?…空?





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9月11日(曇り)



ずっと地下生活だと時間の感覚が掴めなくなる物だ。監視の辞令を受けて一週間が経過した。歩行訓練の成果は好ましく無い…。

今度もう一度調整の申請を出す事にする。返答は変わらないだろうが…。


歩行訓練以外での3510号の生活だがこの一週間で私に懐いたのだろうか?ずっと私の後ろについて来ている。私がソファーに座っている時は私の足元でちょこんと座り。自室に備え付けられているキッチンで料理をしている時はずっと私の後ろでエプロンを握っていた。…正直落ち着かない。



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9月16日(雨)



最悪の事態だ。3510号が倒れた。どうやら身体の限界が近づいているらしい。これは一か八か賭けてみるしかないだろう。3510号の体調が回復次第ISに搭乗させる事を決意する。


今日は一日中彼女の看病をしていた。ベッドに苦しそうにして眠る彼女はずっと私の手を握り離そうとしなかった。不安なのだろうか?何故か私が子供の頃に風邪を引いて看病してくれた母の事を思い出してしまった。情が移ってしまったと言うのだろうか?有り得ない。




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9月17日(雨)



体調は一向に良くならない。まさかこのまま…地上では雨が続いているらしい。


彼女は熱にうなされてか何やらうわ言を呟いており、私は気になって口元に耳を寄せてみると微かにだが「閉じ込めないで」と聞き取れた。どうやらポッドの中がトラウマになっているのかもしれない。




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9月18日(雨)



体調は回復はしていないが熱はだんだん引いて来た。どうやらまだ大丈夫な様だ。明後日には健康な状態に戻っているだろう。体調が回復次第ISの訓練に入る。上にISの使用要請を出しておこう。


熱が引き余裕が出て来たのか珍しく「プリン食べたい」と喋った。まさか一番長い台詞がプリン食べたいとは…思わず笑ってしまった。




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9月19日(晴れ)



体調の方は問題無い様だ。ISの使用許可も通っている明日には万全の状態で望める事だろう。明日結果が出せなければそれで最後だ。せめて成功する事を願おう…。


何故か知らないが3510号が以前にも増して更に懐いている様な気がする。朝起きた時私のベッドの中に潜り込んでいた時はかなり驚いた。




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9月20日(晴れ)



今日が運命の日。今日結果が出せなければ恐らくこの子は…。今日の事が気になって昨日は眠れなかった。今現在も私を悩ませているアレは私のベッドで気持ち良さそうに寝ていると言うのに…呑気な物だ。さぁ、もう直ぐ時間だ。あの子を起こして訓練場に向かうとしよう。願わくば、この日誌に良き結果が記される事を祈って…。











パタン…

私は日誌を閉じデスクの引き出しにそれを仕舞い、座っている椅子にもたれ掛り大きく背伸びをする。結局眠れず仕舞いだった。何だかんだ言って私も3510号の今後が気になって仕方が無いのかもしれない。

「スゥ…スゥ…」

ふふ、呑気に寝ちゃって。

ベッドを覗いてみるとそこには今日が自分の運命を決める日だと言う事も知らずに安らかに寝る3510号の姿があった。

今日結果を出せなければ処分されちゃうって言うのに、本当にこの子は…。

「…3510号。起きなさい」

「…ぁぅ?」

優しく肩を揺らすと3510号はゆっくりと身体を起こし眠たそうに目を擦りこちらを見上げてまだ眠たいを視線で訴えて来る。その仕草はとても可愛らしい物だったが時間は限られている。私は心を鬼にして彼女を抱きかかえた。

「ぅ?」

「さぁ、行きましょう。貴女の運命を決めにね」

「?」

私はそう彼女に話しかけるが彼女はその言葉の意味を理解出来ずにまたいつもの様に首を傾げるだけだった。











あとがき


原作まで殆ど日記風にします。重要なイベントはちゃんと書きますがそれ以外も書くと原作までに10話まで使いそうなので;






[26146] 3510号観察日誌2
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/22 23:28

暗いのは嫌い。とてもこわいから。



一人は嫌いとても寂しくて寒いから…。



クリスが好き。優しくてずっと私の傍に居てくれるから。一人ぼっちにしないから。



お日様が好き。私を照らして優しく温めてくれるから。



風が好き。風が運ぶ色んな香りと私の髪を揺らし肌を撫でる感触がとても心地良いから。



空が好き。綺麗でとても広くて此処とは違って何処までも何処までも広くて私を閉じ込めないから。自由だから。



私も行ってみたい。あの空に…。



あの鳥の様に自由に何処までも飛んでいきたい…。



私は、空を飛べる事が出来るのだろうか?あの鳥の様に…。











――――Side クリス・オリヴィア





「3510号を連れて来ました」

3510号を抱きかかえ、私はISが収納されているハンガーへとやってくると、今日、訓練に使用するために上から借り受けたISの整備をしているメカニックに話し掛ける。

「ん?…あぁ、『欠陥品』か」

声を掛けられたメカニックは振り返ると私の腕の中で気持ち良さそうに抱えられている3510号を見て嫌な顔を隠そうともせずにこの子の目の前で「欠陥品」と吐き捨てる。この子を見て第一声がそれか…と、私は不快に思いながらも表情に出す事無く頭を下げた。私も人の事は言えないのだから。結局は私もこの男と同類なのだ。彼の態度に対して憤る資格など私には無い。

「…はい。今日はよろしくお願いします」

「時間の無駄だと思うがね。乗りこなすなんて出来やしないさ」

頭を下げる私に短く舌打ちをする男。どうやら余り3510号を快く思ってはいないらしい。しかもまだ試していないと言うのに結果まで決め付けてくると来た。

やってみないと分からないでしょう?

「これは上の決定でもあります」

彼の態度に苛立ちを隠しながら私は感情を見せない平坦な声でそう告げる。「上の決定に文句があるのか?研究員でも無くたかが整備員であるお前が?」と若干脅しながら。するとそれを聞いた男は表情に怯えを色を見せ咳払いをして逃げる様に視線をISに向けるのだった。

「…分かってるよ。そう凄みなさんな」

「…」

男はISに整備を再開すると、私もそれ以上何も言わないでいた。どうやら整備にはまだ時間が掛かる様だしもうしばらく此処で待っていようと考えていると、ふと私の腕の中でじっとしている3510号に視線が止まる。

「じぃ~~~…」

…また空を見てる。

以前もそうだ。この子は何も無い空を唯じっと眺めていた。歩行訓練もほっぽり出して何もする事無く唯空を眺めていた。私も彼女の視線を追って空を眺めるがやはり何も無い。あるのはゆっくりと流れる雲だけだ。

…?

この子をそこまで気を惹かせる物があの空にあると言うのだろうか?目を凝らしてみるがやはりあるのは青空だけ特に変わった物は無い。だと言うのにこの子は真剣にまるで憧れる様にじっと空を眺めていた…。

「…」

「じぃ~~…」

何もする事が無いので私もこの子と一緒に雲が流れて行くのを眺めている事にした。良い天気だ。今日は気持ち良い天気になる事だろう。出来る事なら今日はずっと外に居たいものだ。ずっと地下に居るとかびてしまいそうになってしまう。だがそれは許されないだろう。何処に目があるか分からない余りこの子を外に出すのは良く無いだろう。此処は本土から離れた無人島に建設された施設だが衛星で監視されている可能性だってある。訓練が無い時はクローン達は施設にしまっておく。それがウチの方針だ。

「…」

分かってる。この施設が行っている研究が公にされでもしたら自分も唯では済まないと言う事くらい。でも…。

未だ空を眺めている彼女を見て私は思う。未来の無いこの子には少し位自由を与えては良いのではないのかと…。

…いけない。情に流されるのは私の悪い癖ね。だから何時まで経っても万年平社員なんだわ。

どう足掻いた所で、どんなに科学が発展した所で、この子は…いや、この子達は長くは生きられない身体。死ねば誰も悲しまず世間に知られる事無く処分され、役立たずと判断されればまた処分される。道具同然の存在。そんな存在に情なんてあってはならない。仕事の邪魔になるだけだし辛くなるのは自分なのだ。

…でも、だからこそこの仕事になれない自分が居る。感情を捨てきれない自分が居る。

…駄目ね、私。

「おい。ISの準備は完了だ。何時でもいけるぞ」

「あっはい!……わぁ」

物思いに耽っていると男の整備が完了したと言う知らせに現実に引き戻され私は慌てて返事を返すと3510号を抱え直して整備されたISへと駈け寄ると思わず息を漏らしてしまった…。

黒に塗り染められた鋼鉄の巨兵。世界最強の兵器<インフィニット・ストラトス>。何時も遠目で眺めていたが間近で見るのは初めてで実際に見るとその迫力に圧されてしまう。

『打鉄』。オリジナルの故郷である日本の第2世代量産機。性能が安定しており扱い易いと評判で日本にあるIS学園以外でも多くの国々が訓練に使用している機体だ。この研究所でもこの打鉄で訓練が行われている。兵装がオリジナルのISと近いと言う理由が一番の理由なのだが…。

「おい何してんだ?早くそいつをコクピットに乗せろよ」

「あっ…すいません。ほら、じっとしてるのよ?

「…コクン」

男の急かす言葉に私は慌てて抱えている3510号を持ち上げコクピットに座らせた。既にインナー・スーツは部屋を出る前に着替えさせているので問題無い。しかしこうしてみると他のクローンは調整の際に肉体を強制的に成長させているため幼いにしても出る所は出ていると言うのにこの子は見た目9歳くらいで何て言うか残念である。何処がとかは言わないが。

「…?」

「な、何でも無いから。気にしないで」

じっと自分を見て来る私が気になったのか首を傾げる彼女に私は笑って誤魔化すと傍に居ると危険なのでISから離れる。

私が離れたるのと同時に、機体の至る所から空気が吐き出され開いていた装甲が3510号の身体に装着されていき彼女とISが『繋がった』。

起動は問題無いシステムも異常無し。コンソールに表示されているパラメーターも正常値だ。此処までは順調だろう。後は上の連中を納得させるだけの成果を出せれば…。

「まぁ、起動はな…」

っ!少し黙ってくれないかしら?

隣で見学している男を睨むと男は笑って口を閉ざす。私はそれに舌打ちしオペレー再開する。

「3510号。まずは歩いてみて。大丈夫、いつも通りにやれば出来るわ」

「コクリ」

私の指示に3510号は頷くとゆっくり、本当にゆっくりだが一歩また一歩と歩き出す。…しかし。

「っ!」

彼女は数歩目でバランスを崩し、大きな音を立てて盛大に転んでしまった…。

「っ!?何をしているの!?早く起き上がりなさいっ!ほら!歩いて!」

このままでは…このままでは3510号の廃棄が決定してしまう。ISもロクに操作出来ないと分かればあの子に価値なんて…。

「っ!…っ!?」

私の声に応える様に何度も何度も3510号は起き上がって歩こうとする。しかしその度に転倒してはハンガーを大きく揺らす。

「おいおいおい。勘弁してくれよ。誰が直すと思ってんだぁ?」

「黙って下さい!今は訓練中です!」

「…ちっ!すいませんねぇ」

派手に転倒している機体を見てそう文句をたれる男を声を荒げて鋭く睨み黙らせると、彼女の方へと視線を戻す。彼に当たった所で結果は変わらない。このままでは。このままでは…。

駄目…なの?

そもそも歩けない3510号にISの操縦なんて無理な話だったのだ。歩き方の分からないあの子にISを操縦させるなんて…。

「~~~~っ!」

もがく様に起き上がろうとする3510号の姿を見るのがとても辛く目を逸らす。いつもなら転んでは手を差し伸べてあげられると言うのに、今はそれが出来ない。例えそれが出来たとしてもそれは彼女を救う事にはならない。何も出来ない自分がただ無力で憎たらしかった…。

「~~っ!………」

「?」

「…お?諦めたか?」

ピタリと止む騒音。何かあぅたのだろうか?私は気になり逸らした視線を再び彼女へと戻す。するとそこには…。

「じぃ~…」

ハンガーを這い様に出たのだろう。ハンガーから出た所で覗かせた空を眺めている彼女の姿がそこにはあった…。

「じぃ~…」

眺めている。憧れる様に、羨む様に、愛おしむ様に。唯、空を眺めていた…。

また、何を見てるの…?

あの子の瞳には何が映っているの…?

何をそんなに、求めているの…?

わからない。わからない。わからない。わからない…。

「お~い。研究員さんよぉ。もう終わらせてくれねぇかぁ?午後には他のクローンの連中が使うんだからよぉ?」

バサッ

…え?

何かが、一瞬私から陽の光を遮った。私は自然と空を見上げると、光を遮った正体を見て目を見開く。

まさか…。

「じぃ~………んっ!」

あの子が眺めていたのは…。

「おい!」

見ていたのは…。

「おい!聞いてんの……んだぁああああああっ!?」

「きゃあっ!?」

衝撃が暴風が私達をハンガー全体を吹き抜ける。男は風に負け盛大に転び、私はコンソールに掴まりなんとか吹き飛ばされるのを間逃れる。一体何が起こったのだろう。私は辺りを見回すと風の正体を知り驚きを上回り、喜びで心が震えた。

「何だぁ?今のかぜ…は…」

違うこれは自然の風なんかじゃない。そんなんじゃない。これは、これは…。

そうこれは、小鳥が羽ばたいて生れた風だ…。

「んなぁああああああっ!?」

空を見て男は絶叫する中、私はその空を舞う小鳥を見て微笑んだ。そうか、彼女が見ていたのは空なんかじゃない。この檻の中で閉じ込められていた彼女が見ていたのは空を自由に飛ぶ鳥の姿だったのだ。自由を憧れて、自分もそうなりたいと願って…。

そっか。そうなのね…。

空を嬉しそうに自由に舞う彼女。その表情は今まで見た事が無い程幸せそうな物だった。あまり感情は表情に出さないあの子があんなにも幸せそうにしている。

…良かった、ね。

叶わぬ願いだ。私はそれを知っている。どんなに足掻こうとも、願おうとも彼女は使い捨てられる運命。でも、今の彼女を見て、短い時間だが共に過ごしてきて彼女を祝福せずにはいられなかった。

本当に、良かった…。

彼女はいつまでも空を舞い続けていた。今の気持ちを表すかの様に…。















「何?3510号の調整の申請?」

訓練の後、私は報告書をまとめて上司の許へとやって来ていた。再び3510号の調整を申請するために…。

「はい」

私は上司の言葉に頷く。

「馬鹿を言うな!調整にどれだけ金が掛かると思ってる!」

上司の返答は以前と同じ物だった。しかし、今度ばかりは引き下がる訳にはいかない。私は負けじと自分の意見を述べる。

「しかし、3510号のISの搭乗結果をご覧になった筈です。初搭乗でのあの飛行技術。他のクローン達でも不可能でした。時間を掛ければより有用なデータが得られると私は考えています」

「君の意見などどうでも良いんだよ!下っ端が口出しするなっ!」

「っ!」

机を殴る音にビクリと身体を震わす。

確かに彼の言う通りだ。下っ端の私が意見を述べるなどうぬ溺れにも程がある。下っ端は下っ端らしく言われた事だけをすれば良いのだ。だが、だとしてもだ…。

「他の実験体よりの良いデータ?結構じゃないか。予定通り死ぬまでISのデータを収集すればいい」

「しかし!」

「我々が目指しているのは最強の操者だ。ロクに歩けないISのデータ取りではない。そんな物に金を使う余裕なんて無い」

「ですが!3510号の寿命も長くはありません!ISのデータを収集するにも時間が無ければ!」

「なら眠らさず24時間ISに乗らせればいい」

何を馬鹿な事を!そんな事をすれば!

「それではあの子の体力がもちません!」

「構わんさ。所詮道具だ」

「っ!…しかし良きデータを得る為には万全な状況をっ!」

「何を騒いでいる」

私と上司の口論で騒がしかった室内がその低い声により一瞬にしてしんと静まり返った…。それに私の気のせいだろうか?その低い声が響いた瞬間、部屋の温度も急激に下がった様な錯覚まで感じてしまったのは…。

「っ!?」

「し、所長!?」

慌てて振り向いた先に居たのはゼル・グラン博士。この研究所の所長にしてクローン計画という非人道的な計画の発案者でもある人物…。

この研究所で最も恐ろしく狂った人間…。

クローン計画。この計画はISが世界に現れる以前から軍事運用出来ないか彼が発案していた。しかしクローン禁止国際条例。そしてその非道さにより今まで実行に移される事はなかった。だが、ISという兵器が現れ事態は急変した。各国とは比べ技術が劣る我が国はクローン計画に頼るしか方法は無くなったのだ。国の命運を握る彼は次第に力を蓄えていき、今では我が国でかなりの発言権を持つまでに到る。この国で彼に逆らう事は死を意味すると言っても過言ではないだろう。

まさか、こんな所に出て来るなんて…。

私の職場は地位が低い連中の集まりで上の連中が此処に足を運ぶなんて事はまず無い。だと言うのに何故この研究所のトップがこんな場所に…。

「…っ」

嫌な汗が私の背中を伝う。喉も乾いてカラカラだ。目の前の化け物に身体が怯えてガチガチ硬直している。上の命令に意見した私はこのまま殺されてしまうのではないだろうか?そういった恐怖に怯えて…。

「し、所長!?何故この様な所に!?」

「欠陥品の様子が気になってな。報告を聞きに来たのだが…何の騒ぎだ?」

「えっ!?いえっ…あの、これは…」

っ!?これはもしかしたらチャンスかもしれない!

聞けば廃棄される筈の3510号をISのデータ取りに使うと決めたのは所長らしい。ならもしかしたら3510号の調整も…。

「3510号の調整について話していたんです!」

「ちょっ!?君っ!?」

「…何?」

ピクリと所長の表情が動く。

「本日、始めて3510号をISに搭乗させたのですが、3510号の飛行操作には目を見張る物がありより良いデータを収拾するためには時間が必要と考え調整を申請した次第です」

そう報告すると、私は上司にデスクに並べてあった報告書を手に取ると所長に渡した。

「…ふむ」

所長は受取った報告書を目を通しあらかた報告書を読み終えると視線を此方に向けてくる。

「…ISは今日初めて乗せたと言ったな?随分遅い様だが?」

「は、はい。3510号は一人で歩行するのも困難なため、今までは歩行訓練に中心に行っていました」

「成程、確かに時間が足りんな…しかし何故もっと早く調整の申請を出さない?こんな事初日でも分かっていた事だろう?」

「あ、いえ…申請を求めたのですが…」

チラリと私は上司を見ると、上司は顔を真っ青にしてだらだらと汗を物凄い勢いで流し始めた…。

ちょ、独断だったのかよこのオヤジ…。

「聞いていないぞ。どう言う事だこれは」

「は、はい!結果を出せない欠陥品に予算を割けれないと思いまして!」

所長に睨まれ震えて応える上司だが、まったく答えになっていない。所長は何故報告しなかったのかと訊ねているのにどうして彼の意見なんて求めているだろう。

「現に結果を出している。私はそう言う事を聞いているんじゃない。何故報告しなかったんだと聞いているんだ」

「そ、それは…!」

「もういい。君は要らん」

「――――っ!?」

所長の言葉に絶句して既に顔を青を通り越して白に変えている元・上司。ご愁傷様ざまあみろである。

…あ、これ気を失ってるわね。

「君」

「あ、はい!?」

「調整の申請は承諾した。準備に時間が掛かるから明後日になるだろう。それと、今度からはそう言った話は私に直接通す様に」

「は、はい!ありがとうございます!」

要件を済ました所長はそれだけ言うとこの場から去っていき私は大きな声で返事をすると深々と頭を下げて所長を見送るのだった…。








「………まさかあの欠陥品がな。強化工程中の成果が出せていないクローンは廃棄するか」







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9月20日(晴れ)



勝った。あの子は賭けに勝ったのだ!これで調整が受けられる。あの子は僅かではあるが生き長らえる事が出来た。これで当面の心配は無くなった。所長とのコンタクトが取れるようになったのも大きい。これを利用しない手は無いだろう。


今日は御馳走にしよう。あの子にとって色々と記念すべき日だ。











「ふふ…」

「?」

私は向かいで不器用にフォークを使い服を汚しながら食事をしている3510号を頬杖を突いて微笑ましく見守る。彼女は不思議そうに首を傾げるが私は何でも無いから気にしないで食べなさいと食事を勧めた。

「…ねぇ」

「ぅ?」

「明日からも頑張ろう?」

「?…コクン」















あとがき


何気に日誌2回目にして重要イベント。原作までどれだけかかるんだろうね…。



[26146] 3510号観察日誌3
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/23 05:06
「は?成果が出せていないクローンを廃棄…ですか?」

「ああ」

「で、ですが。よろしいのですか?あの欠陥品すらも廃棄を惜しんでいたと言うのに肉体に問題の無い実験体を廃棄とは…」

調整を済ませ強化工程の段階に移っている実験体はあの少女と比べかなりの額が既に投資されている。それを廃棄するなど彼の部下である男には信じられない事だった。

「構わん。代わりのクローンはまだ数体ある。結果の出せない失敗作など邪魔なだけだ」

「は、はぁ…了解しました」

「…時間が無いのだ。私にはもう時間が…」

要件を済ませ去っていく途中、彼は誰も聞き取れないほど小さな声でそう呟いた。普段感情を感じさせないその口から焦りと言う感情を漏らして…。

…この日、数体のクローンが研究所から姿を消した。










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9月22日(晴れ)



先日、所長が言った通りに3510号の調整が行われた。3510号は最初は生体ポッドの中に入るのは嫌がっていたが私がずっと傍に居てあげるからと言ったら悩みはしたが素直にポッドの中に入ってくれた。暫くはこの暗い部屋の中で3510号と一緒に缶詰生活の様だ。世話の焼ける子供である。


しかし、こうやって生体ポッドの中で眠る彼女を見ていると最初に出会った時の事を思い出す。あれからまだ一ヶ月も経っていないと言うのに可笑しい物だ。私はそんな感傷浸る自分に苦笑すると、調整のため眠っている彼女をずっと見守っていた…。





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9月23日(曇り)



調整2日目。調整にはまだ暫く掛かるらしい。早くあの子をあそこから出してあげたいものだ。





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9月24日(雨)



…失敗した。まさかお手洗いに行っている間にあの子が目を覚ますなんて…。私がお手洗いから戻ってきたのを出迎えたのはポッドの中で泣きそうな(というか泣いていたが)な表情で頬を膨らませている3510号だった。私はポッドの中には声が届かないので手を合わせてごめんと謝るが彼女はそっぽを向いて機嫌を悪くしてしまった。これはご機嫌とるのに時間が掛かりそうだ…。





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9月25日(雨)



不快極まりない。今日の調整担当者が同期の友人だったのだが、その友人が3510号とじゃんけんで遊んでいた私にこんな忠告をしてきた。「可愛がるのは結構だがあまり欠陥品に構うなよ?」と…。

…分かってる。そんな事は…。


その日の私はどうしても友人の言葉が頭から消えず気分が晴れる事はなかった…。


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9月26日(晴れ)



3510号の調整が完了した。これで、これでこの子はまだ生きられる。これで…。


ポッドから解放された途端。彼女は私に抱き着いて来た。心細かったのか、彼女は弱い握力で必死に私の服を掴み離れようとせず私はそんな彼女に苦笑すると濡れるのを構わず他の研究員の目を気にすることなく彼女を抱きしめた。




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9月28日(晴れ)



調整のおかげか3510号の歩行も物凄い速度で上達していっている。今ではもう私の補助無しでも一人で歩ける程だ。まだ歩ける距離は短いがこの調子ならそう遠くない内に一人で歩いて生活する事が出来るだろう。


歩けるようになった所為か3510号の好奇心が更に増した様な気がする。最近では私のする事成す事真似する様な仕草も見せている。子は親の背中を見て育つ、か。ふふふ。




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9月29日(晴れ)



今日は所長から直々に辞令が来た。内容は「ISを優先的に回してやる。結果を出せ」との事。どうやら3510号の報告書をちゃんと目を通してくれているらしい。期待されているのかそれとも他に何かあるのか。私にとって都合の良い事だが何か気に掛かった…。


先日記したように3510号の好奇心が増している。私が席を外した隙に私のPCを使ってネットサーフィンをしていた時は心臓が止まるかと思った。情報漏れなどしたらとんでも無い事になる。幸いそんな事は無かったが…。

私はきつく彼女を叱っておいたが、ネットで何か見たのだろうか?「…オワタ」とか何処の国の言葉か良く分からない単語を呟いていた。ネットは子供の教育に良くない。



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10月1日(晴れ)



外ではだんだんと気温が下がり始め私と3510号を撫でる心地良い風が秋を感じさせる。久々に外に出た所為か3510号もとても嬉しそうだ。今日はISの訓練のために外に出たのだがメカニックが呼びにくるまで暫く久しぶりの外を二人で楽しんでいた。


ISの搭乗訓練の方は…あれは訓練と呼べるのだろうか?私には唯空を飛びまわっていただけに見えたのだが…。まぁ飛行技術の方は伸びている様なので文句は言われる事はないだろう。




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10月2日(晴れ)



ISの搭乗訓練には専門の教導官が居る。勿論私では無い。私は唯の下っ端研究員だ。ISの知識なんて一般常識に毛の生えた程度しか知らない。何故そんな事を日誌に書いているかと言うと、今日のISの搭乗訓練が原因だ。

どうもあの子は初搭乗の時が原因でISは自分の遊び道具か何かと勘違いしているのかもしれない。初登場は大した結果が出る訳でもないと言う理由で教導官は不在。二回目もどれだけの技量があるかの確認で口出しはされなかった。だが今日は本格的な訓練のため教導官が直接3510号の教導を行っていた訳なのだが…。

「3510号が訓練中ずっと空を飛でいるだけで言う事を聞かない」

物凄い形相で訓練を見学していた私に苦情を言いに来たのだ。そんな事言われてもと困り果て、貴女もISの操者なんだから捕まえて地上に引き摺り下ろして叱れば良いじゃないかと提案したがすばしっこくて捕まえられないとの事。空で追いかけっこしていたのは飛行訓練では無かったのか…。

ウチの教導官は国の代表には選ばれてはいないが、IS操者としての能力は優秀だったはず。そんな彼女が捕まえられないとは…。普段はぼーっとしているのに空を飛ぶ事に関してはあの子に勝てる人なんていないんじゃないだろうか?ISの操作はイメージが大事ならば、空を誰よりも憧れるあの子は…。




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10月3日(雨)



今日は雨のためISの訓練は中止。3510号も心なしか灰色の雲に覆われた空を見上げて不満そうである。他のクローン達は室内でトレーニングをしている様だがこの子には無縁な話だろう。今日は二人でゆったりと過ごす事にする。


夕食準備中何やら視線を感じると思ったら3510号が私の作業をじっと真剣に眺めていた。今まで色んな物に興味を示していたが、今日のこれはまるで空を、いや鳥を眺めていた時と同じ物だった。料理に興味があるのだろうか?




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10月8日(雨)



季節の変わり目は天気が崩れやすい。此処の所ずっと雨だ。その所為で3510号の機嫌もずっとご機嫌斜めだ。さてどうした物か…。ISも一応室内で訓練する設備はあるがこの子を乗せると地盤をぶち抜いて空に飛び出しそうなので乗せないでおこう。それが賢明だ。うん、それが良い。


今日もあの子は私が食事の準備をしている時にじぃーっと真剣に此方を眺めていた。ふむ…?




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ぱたん…




「…ふぅ」

日誌を閉じると私は小さく息を吐く。この日誌を書くようになってもう一ヶ月が経つ。色々あったが本当にあっという間の日々だった。

最初は嫌な仕事を押しつけられたものだと思ったけど…。

「スゥ…スゥ…」

ふふっ…。

私のベッドの中で安らかに眠っている3510号を見て私は微笑む。

嫌な仕事だろう。それは今も変わらない。でも、悪くない。この子と過ごす日々は悪くない。例え、結末は決まっているとしても…。

「おやすみなさい」

私は眠っている彼女の髪をそっと撫でてそう優しく囁く。

この子には、まだ『明日』があるんだから…。











「…私の料理している所を妙に真剣に見てると思ったら…」

翌朝私は何かが焦げる臭いにより目を覚ますと目の前の惨状に頭を抱える。

別に悪くない。興味のある事を自ら進んで実践する事は悪くない。寧ろ良い事だろう。その経験は必ず糧となるのだから…しかし。

「だからってこれは酷過ぎるでしょーがぁ!?」

「…っ!?(ビクゥッ」

何かを焼いたのであろう最早それが何だったとか分からない程黒焦げに焦げた謎の物体X。そしてめちゃくちゃに散らかされたキッチン。そして色んな物が飛び散って汚れた床。酷い。余りにも酷い光景だった。

「もうっ!」

「…ぅぅ」

怒っている私に怯えて縮こまっている彼女。私はそんな彼女の姿を見てやえやれと溜息を吐くと、ポンと頭の上に手を置いて…。

「料理がしたいなら教えてあげるわよ…」

そう微笑んだ。

「!」

「料理。してみたいんでしょう?」

「コクコク!」

物凄い勢いで何度も首を上下に動かす彼女。

「なら、時間が空いた時に練習しましょうか?」

「コクコク!」

まったく…またやる事が増えちゃったじゃない。

そんな事を考える私だったが。その表情は全然嫌そうな物では無かった。









「……でも、まずはこれを片づけないとね」

「…コクン」













あとがき

日記風だから速いけど。原作が始まったら速度落ちるよ?絶対に!



[26146] 3510号観察日誌4
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/25 04:08
「3510号!指示通りに動けと何度言わせるんだっ!?」

今日も教官の怒声が訓練場全体を揺らす。最早日常的風景となりつつあるそれは本来ならこの施設この場所では別段可笑しい事では無い。他のクローン達の訓練にも彼女の怒声は毎日の様に響いている。しかし、今響いている怒声はベクトルが余りにも違い過ぎていた。

「~♪~♪」

「だから!今は飛行訓練では無く射撃訓練だと言っているだろうがっ!」

「はぁ…」

教官の怒声など聞こえていないと私達に伝えるかの様に笑顔でくるくると空に円を描いて舞い続ける3510号。それを見て頭を抱える私と怒声を響かせる教導官。

ISの訓練をする様になってもう一月が経つだろうか。その一月の間、何度もISに搭乗し訓練を行ってきたがそれは訓練と呼ぶには余りにも程遠い物だった。幾ら注意しても、幾ら叱っても3510号はISに搭乗すれば空しか飛ばないで、エネルギーが尽きるまで空を舞い続けるのだ。確かに本来の目的であるISのデータ収集は順調に行われている。飛行機動のデータのみだがそれだけでも3510号のデータはどのクローン達のデータより良い記録を残している。

「…」

確かに結果は残している。それでも私は心配でならなかった。命令を聞かない実験体を上の人間が生かしておくだろうかと。今直ぐにでも廃棄が決定するのではないかと不安でたまらなかった。

だって言うのにあの子は…。

「~♪」

「…もぅ」

私の悩みなど知らずに気持ち良さそうに空を舞う3510号。本当にどうした物か。何とかしなければいけない。そう分かってはいながらも、これと言った打開策が思い付かず空を自由に舞う彼女を眺める事しか出来なかった…。

「ったく!今日も無駄に時間を消費してしまった。おい研究員。いい加減に降りて来いとお前からも言ってくれ。お前以外の人間の言う事はろくに聞かんからな」

「…」

「おい。聞いているのか?」

「………え!?何ですか?」

考え事をしていると急に教導官に声を掛けられつい訊き返してしまう。

「何ですか?じゃない。他のクローン達もこの訓練場とISを使うんだ。早くアレをどうにかしてくれ」

もうそんなに時間が経ったのか。気付けばハンガーにはあの子の姉妹でもあるクローン達が綺麗に整列して待機している姿があった。ISは大変貴重で数が限られているためこうやって交代で使っていくしか訓練の方法が無い。しかし、訓練場を独占し長時間ISを乗れる3510号はこれでもかなり優遇なのだ。クローン達はISの倍以上の数はいる為ISに乗れるのは一日長くて1~2時間。しかし3510号は一日に6時間はISに搭乗している。

これも所長が優先的にISを回してくれているおかげだけど…。

一度は調整もせずISのデータ取りをして廃棄する予定だったあの子をどうしてあそこまで優遇するのか。私は気になって仕方が無かった。最近では上の人間の雰囲気に焦りといった物を感じるがそれが関係しているのだろうか?

そんな事を考えながらコンソールへ向かっていると、ふとある事に気付いた。ハンガーで待機しているクローン達の数が明らかに減っているのだ。この前までは20体はいた筈だ。だが今は15体しか居ない。別の場所で待機しているのか?だが、今までは一纏めで訓練していたと言うのに一体どうして…。

効率を考えて一部は他の訓練でもさせてるのかしら?でも今までそんなことしてなかったしそんな話は聞いてないけど…。

3510号の監視員になって、他のクローン達の訓練状況も一応は伝達は届くようになっている。しかし訓練内容が変更されたという伝達は私には届いてはいない。私の様な下っ端には伝える必要は無いだけかもしれないが…。

「…」

「おい何をしている。早くしないか」

「あっはい!…3510号。今日はもう終わりだから降りて来なさい」

『……ん』

私が指示すると同時にピタリと空で停止しゆっくりと降りて来る3510号。訓練の指示は言う事聞かないのにお終いだと伝えれば素直に降りて来るのは一体全体彼女の中ではどう言うルールが構築されているのだろう。まったく不思議でならない。

「やれやれ…」

「あの…」

「ん?」

漸く大人しくなった3510号に疲れ果て溜息を吐く教導官に、私は数の減ったクローン達の事を訊ねてみる事にした。研究の方は深く関わってはいないが訓練を担当する彼女なら何か理由を知っているかもしれないと思ったからだ。

「クローン達の人数が少ない様ですけど、どうかしたんですか?」

「ああ、そんな事か。廃棄された」

彼女の口に出た言葉に全身の血の気が引き視界が揺らぐ…。

………ぇ?

「今…何て?」

彼女は一体今何と言ったのだろう?私の聞き間違いでなければ廃棄されたと言っていた様な気がするが。まさかそんな事ある筈が無い。欠陥品とまで言われていた3510号ですら廃棄されずにいたと言うのにまさかそんな事…。

「廃棄されたんだよ。成果を残せなかったからな」

「そん、な…」

あの子の…姉妹が…?

あの子達が互いに姉妹と認識しているのかは私には分からない。同じ母親から生まれて来たという訳でも無い。でも、だけど。あの少女達は確かにあの子の姉妹たちで…。

「まぁ、私から見たらどれも同じ顔だから誰が廃棄されたか分からんがな」

正直どうでも良いと言うと彼女は待機しているクローン達の方へと去っていき私は一人コンソールに呆然と立ち尽くす。『成果を残せなかったから』彼女の言葉が何度も何度も頭の中に響かせて…。









「………」

訓練が終わり自室へと戻った私は3510号を放ったらかしで机に突っ伏して自分に問い掛けていた。自分の所為なのか?と…。

―――廃棄されたんだよ。成果を残せなかったからな。

3510号が結果を出したからあの子の姉妹が…でも、そうしなければあの子が…。

一体何が間違っているのか。一体私はどうしていたら良かったのだろう。結果を出さなければあの子は死んでいた。でも結果を出したせいであの子の姉妹は廃棄されてしまった。命が失われてしまった…。

私が殺したのも同然だ…。

やってしまった自分の行いの重さに、命の重さに今になって漸く気付く。この研究に関わると言う事はこう言う事だと分かっていた筈だ。いずれあの子とも別れが来る事も以前から自分に言い聞かせて来たではないか。だと言うのに何故今になってその重圧に圧し潰されようとしているのだ自分は…。

くいっくいっ…

「っ!?」

突然スカートを引かれて驚いて振り向くとそこには心配そうに私を見上げる3510号の姿があった。

「……ぅ?」

…そうだ。この子に関わってから…。

元々この仕事は自分には合わないとは分かってはいた。だが仕事だと割り切ってはいたのだ。でもこうしてこの子と関わって。この子も生きているのだと知って以前の様な考え方がもう出来なくなっていた。

どうすればいいのよ…っ。

結果を出さねばこの子は廃棄される。結果を出せば他の子達が廃棄される。では、どうしろと言うのだ?

わからない…わからないっ!

ばんっ

「っ!?ビクゥッ」

何もかもが分からなくなり机に殴りつけてしまい、その音に3510号はビクリと身体を震わした。

「ぁ…」

しまった。この子を怖がらせてしまった…。

自分の見っとも無い姿に悔いると、私は怯える3510号の頭にそっと手を置いて頭を撫でる。

「ごめんなさい。驚かせちゃったわね」

「…フルフル」

首を横に振っているのは気にするなと言う意味なのだろうか。どうやら気を使わせてしまったらしい。まったく、こんな小さな子に気を使わせるなんて本当に自分はなんて情けない…。

何が間違っているのか…そんなの決まっている。この研究。この計画こそ間違っているのだ。考えるまでも無いではないか。

それでも…。

それでも私は。研究を続けていくしかない。この子を長く生かすためにも。例えそれが他の命を犠牲にするとしても。それしか方法は無いのだから。無力こそが罪。きっとこれが何も出来ない私の罰なのだろう…。

…でも、本当にそれで良いの?

この子にとって長く生かすということが一番大事な事なのだろうか?他にもっと大事な事があるのではないだろうか?このまま唯『生かされている』だけの人生でこの子を終わらせてしまって良いのだろうか?

…良くない。

現在のクローンの寿命は約1~2年程とされている。とても短い時間だ。だからこそ、その短い人生を楽しんで貰いたい。後悔の無い様に。しかし、それは此処では叶わない願いだ。この檻の中に閉じ込められていたらこの子は何も知らずに生涯を終わらせてしまう。鳥かごの中の小鳥で終わってしまう…。

この子を此処から逃がす…何処に逃がす?何処に逃がしたところで必ず国は追って来る。証拠隠滅のために。この子を殺しに…。それに、この子を匿ってくれる人が存在するのだろうか?クローンで明らかに厄介に巻き込まれると分かっていると言うのに…。

…待って。

本当に無いのか?そう自分に問いかける。今自分は何に関わっている。何の所為でこうして非人道的な計画が始まったのか。

ある…。

私には心当たりがあった。

ある…一つだけ。あそこならきっと…。

あそこならきっとこの子を守ってくれるだろう。この子に沢山の物を与えてくれるだろう。どの国も関与できないあの場所なら。きっと…。

ぎゅっ…

「…オロオロ」

再び黙りこんでしまった私が心配でたまらないのか私の腰に抱き着いて来る3510号。私は彼女を安心させるように微笑む。

「…何でも無いから。心配しないで」

―――可愛がるのは結構だがあまり欠陥品に構うなよ?

ええ、本当に…。

「何でも、無いから…」

そう言って微笑むが、心の内ではいずれ来るであろう結末と自分の無力さに泣きたくてたまらなかった…。
















――――Side ゼル・グラン





「何度も言っている。計画は順調だと」

『…』

「ISのデータは送った筈だ。それを見てその様な判断しか出来ないのか?だとしたら早々にその席を後任に譲るべきだろうな。まぁ、後任も大して変わらんだろうがな」

『…っ!』

私の見下した言葉に電話の相手は見苦しい程の反応を見せるが私はそれを鼻で笑いながら会話を続ける。

「結果は出している。文句はあるまい」

この一ヶ月間の成果は今までに無い程の物だったと言いえよう。我々の目的である「最強のIS操者」に偏ってはいるが近づいているのは確かだ。

その結果を出したのがあの欠陥品だったと言うのが意外ではあるがな…。

『…っ!』

「計画は続ける。文句は言わせんぞ」

『~~~っ…っ!』

乱暴に電話が切られるとそこで会話は終了してしまい私は受話器を相手とは反対にゆっくりと置きそのまま椅子に腰を下ろし深く溜息を吐いた。最近反対派の連中の活動が活発になっていると聞いたが上層部が計画からの撤退を執拗に要求して来るのはそれが原因か。

特別に解決策がある訳でもないと言うのに非人道的だの何だのと思考を常識に囚われる日和見主義者の馬鹿者共め。この計画が成功しなければ我が国に明日が無いのが分からないのか!

他国は次々に新型のISを開発していく中、我が国は他国が開発した量産型に頼るばかりで何ら進歩を遂げていない。今、我が国は他国に勝る技術を持たなければ破滅しか道は無い。そしてその技術がこのクローン計画なのだ。だと言うのに反対派の連中は未だに非人道的だとほざいている。

無能共め…。

人と人との競争に道徳など邪魔な物でしかない。そんな足枷捨て去ってしまえば良い。報告ではドイツでは遺伝子強化の研究が行われていると聞く。この分野でさえ他国に抜かれようとしていると言うのに…。

「馬鹿が…」

「荒れていますね、所長。本国からですか?」

書類の束を抱えている部下がそう訊ねて来るのに私は何も言わず無言で頷く。

「最近多いですね。また成果を出せとかそんなのでしょう?」

また無言で頷く。そんな下らない事で一々口に出して反応してやるのも馬鹿馬鹿しい。それだけ先程の会話の内容は下等な物だった。

「…何か報告でもあるのか?」

そんな下らない事を言う為に話し掛けて来た訳ではないのだろう。そんな事で時間を無駄に費やす無能者など私の部下には居ないし必要ない。

「はい。本国から送られた資料が此処に」

「本国から?どうせ下らない物なのだろう?」

「そうですね。どちらかと言えばそうなのかもしれません。どうぞ」

苦笑する彼は抱えていた書類を差し出すと、私はそれを受取り内容に目を通す。渡された書類に記されていたのは本国が開発中の新型のISについてのものだった。

IS…ああ、そう言えばそんな話も上がっていたな。まったく開発は進んでいない様だが。

「新型…第3世代か」

もし開発が成功すれば我が国も先進国と肩を並べられるのだがな…。

「新型と言うよりパーツの実験機ですね。武装なんてありませんし」

「何?どう言う事だ?」

彼の言葉に眉を顰め、資料を読むのを止める。

「EN兵器なんて開発出来る程我が国は進んでいませんからね。当然かと。完成しているのは新型のスラスターだけと言う酷いものですから」

デザインもアレですし…と言う部下の言葉は敢えて聞かなかった事にした。そもそも興味も無い。

「何でそんな物の資料が送られて来る?」

「新型スラスターのデータが欲しいそうです。理論上では現存するどの機体よりも複雑な機動が可能…らしいです」

なんと曖昧な…。

此方も時間が無いと言うのにそんな性能がはっきりしないガラクタの開発に付き合えと言うのか。馬鹿ばかしい。私は付き合ってられんと資料を破り捨てようと手に力を込めるがふとある事を思い付きピタリと手を止めた。

…待てよ?その新型。上手くすれば使えるかもしれん。

捨てようとしていた資料をもう一度読み直し、それを確信するとニヤリと笑みを浮かべある人物の顔を思い浮かべて心の中でこう呟いた。

「丁度良いのが居るではないか」

と…。










――――Side クリス・オリヴィア






「よっと…サラダはこれでいいわね。3510号!トーストは焼けたぁ~?」

「じぃ~…」

「ああ、まだみたいね…」

トーストが焼けるのを唯じっと眺めている3510号を見て人型のレンジかアンタはと苦笑すると、出来たサラダをテーブルに運びトーストが焼けるのを待つ事にする。

大切にしよう。今、この時間を…。

昨日から私はこの子と過ごす時間を今まで以上に大事に過ごしていた。後悔はするだろう。でも最悪の形で終わらしたくないから。だから私は…。

…チンッ

「っ!」

レンジのトースターが焼けたのを知らせる音と同時に3510号はこんがり黄金色に焼けたトースト二枚を皿に乗せてウキウキした表情で此方へと運んで来ると、テーブルに皿を置き自分の向かいの席に座った。

「はいご苦労様。それじゃあ頂きましょうか?」

「コクリ」

もぐもぐと美味しそうにトーストに噛り付く3510号。唯のトーストなのにとても幸せそうに食べる姿は見てるこっちまでも幸せにしてくれる。

「…」

「?」

私がじっと自分を見ているのが気になったのか食事を一旦中断して此方をじっと見つめて来る。

「何でも無いわ。ほら早く食べなさい。今日も訓練があるんだから」

「コクリ」

そう言うと、素直に頷き食事を再開する3510号。そしてそれをずっと眺めている私。

暖かな時間だ。ずっとこんな時間を過ごせたらどれだけ幸せだっただろう。それは叶わぬ願いだとしてもそう思わずにはいられなかった…。

「と、そうだ。今日から訓練の時間は少し留守にする事があると思うけどちゃんと教導官の言う事を聞くのよ?」

「…?」

「ちょっと用事がね…分かった?」

「…コクリ」

本当に分かっているのだろうか。私は彼女の事が気になったが、言っても無駄だろうと判断しこの話は終わりにして自分も食事にする事をした。

Pipipipi…

と、そんな時だ。部屋の通信端末の音が鳴り響いたのは。

…呼び出し?

席を立ち端末の画面を覗くと私は目を丸くする。画面に表示されていたのはなんと所長の名前だったのだ。なんてタイミングだ。私はまさか感づかれたのではないのかと慌てて端末を操作して通信を繋げる。

「な、何のご用でしょうか?」

『今日からISの訓練はこちらが用意した新型を使って貰う』

「…新型?」

突然来た所長からの通信の内容は、また急な物だった。

その時、私もあの所長すらも分からなかった。そのISがあの子に本当の翼を与える事になるなんて…。










あとがき

話の流れが早い?ですよね~



[26146] 3510号観察日誌5
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/28 02:01
「新型…ですか?」

余りにも突然の命令に思わず訊き返してしまった。だってそうだろう。新型を任せられるなんてエース級もしくは代表候補クラスの操者でないと有り得ない話だ。それを彼等にとって使い捨ての道具でしか無い3510号に任せる?一体どう言う事なのだ…。

「何故あの子…3510号なのですか?適任者なら本国にも幾らでも居るのではないでしょうか?実験体達の教導をしている教導官だって優秀な操者だと聞いています」

『生れて間も無く、そして搭乗経験の少ない3510号を捕えられない者等あてに出来ん』

「…チラリ」

私は後ろを振り向きあの子を見る。あの子は食事を終えコップに注がれたミルクをチョビチョビと飲む作業の最中だった。

…う、うう~ん。

それを本人の前で言えばどれだけプライドをズタズタにされるだろうか。科学者とIS操者など分野が余りに違い過ぎて科学者である彼に此処まで言われたら…。事実だとしても彼女に同情してしまう。

『それに、今回の新型は少々特殊でな』

「特殊、と言いますと?」

『IS開発のノウハウをロクに理解出来ていない馬鹿共が造ってしまったISと呼ぶには余りにもおこがましいガラクタ…と言えば理解出来るか?』

「…成程」

我が国は今まで海外からの輸入を頼りにしていたためISの開発など初めての試みだったのだろう。そしてそれよこれよと考えも無しに組み立ててしまったためISを造っていたつもりがISの様なモノが出来上がってしまったに違いない。そしてそれのデータ取りをウチが押しつけられてしまったと言う事か…。

クローン計画にしか興味の無い所長にとってこれ以上に迷惑で面倒な話は無いだろう。心なしか所長の声も苛立っている様に聞こえる。

『本国が此処に送って来たのも誰も扱えないからというのが一番の理由だ。でなければ此処に任せないだろう』

そうか。IS開発の連中は謂わばライバル同士の様な物。決して敵に塩を送る様な真似はしないだろう。此処に送られてきたのも「データ取りもロクに出来ない役立たず」と言うレッテル貼らせるためでもあるのかもしれない。まぁ、それはあっちの方も同じだろうが…。

『私から言う事は一つ、結果を示せ。それ以外は認めん』

そう言うと通信は途切れ端末からはそれっきり音は聞こえなくなってしまう。

結果を示せ。それ以外は認めない。つまり、結果が残せなかった場合は…。

「…っ」

何て勝手な…っ!

物言わなくなった端末を睨みつけ怒りに震える。あの男はあの子を特別視しているように思えたがそれは勘違いだった。あの男はこの子も、この子の姉妹達も道具としか見ていない。

…急がないといけないってのにっ!

決意したのは昨晩で、準備が整っていないと言う段階ですら無い。計画を実行に移すには色々な手回しと時間が必要になる。そんな時にまさかこんな邪魔が入るなんて…。今日を乗り切らなければその子が処分されてしまう。そんな事になれば元も子もないのだ。

どうする?理由を付けて今日は…いえ、そんな先延ばしにした所で何の解決にもなって無いじゃない。

「?」

「っ!?…ど、どうしたの?」

思考に耽っているといつの間にか彼女が私の傍に近づき此方の様子を上目遣いで伺っていた。

「ん」

トーストが乗った皿を差し出す彼女。そんな彼女の行動に困惑する。

「んっ」

「えっと…?」

どうしたのかしら?

「私が作った。食べる」

先程彼女がレンジと睨み合っていた光景を思い出す。そうか、確かに調理したとは言い難いが彼女が焼いたには違いない。成程、感想が聞きたいのか。私は皿に乗った既に冷たくなりかけているトーストを手に取るとそのまま一口齧る。

「…どう?」

「ふふ、美味しいわ。上手に焼けたわね」

「…ん♪」

満足そうに頷くと彼女は自分が座っていた椅子に戻ると、再びミルクをちょびちょびと飲み始める。

「…もぐ」

もう一口トーストを齧る。冷たいけどとても暖かな物を感じた。そう言えば誰かの手料理とか食べたのは何時ぶりだろうか?もう何年も食べて無い様な気がする。

「くすっ…手料理とは呼べないけどね」

そうあの子に聞こえない様に笑みを溢すともう一口トーストを齧る。

そう言えば、トーストを焼くのも最初は出来なかったっけ…。

最初の頃はよく丸焦げにして二人揃って苦い顔でトーストらしきモノを食べたものだ。それを今では成長して焦がさないで焼ける様になっていた。何度も何度も真剣に練習して…。

あの子に賭けよう。今までだってそうして来て此処まで来たんじゃない。頑張って来れたじゃない。

あの子が今生きているのも、私が今この手に持っているコレも。あの子が強く望んで、頑張って手に掴んだ物だ。私は何もやっていない。あの子自身が得た物なのだ。

何故だろう。今まで自分を苦しめていた不安が晴れ。この子ならきっとやれると大丈夫だと。私は手に持っているトーストを眺めていたらそんな事を思えるようになっていた。

「3510号」

「?」

自分の名を呼ばれてコップを置き此方を向いて来る彼女に私は微笑んでいつもの言葉を彼女に贈る。

「今日もがんばろ」

「コクリ」











朝食を済ませると直ぐにISスーツに着替えて訓練場に向かう私の3510号。

訓練場に続く廊下をこの子と歩くのはもう日課となっていた。しかし一月前とは違う部分がある。そう、もうこの子は私に抱えられて移動するなんて事は無い。私の隣に並んでちゃんと一緒に歩いている。まだ私が歩幅を考えてあげないと付いて来れないという部分はあるがそれでもこの子は一人でもう完璧に歩けるようにまで成長したのだ。これを喜ばずして何を喜べと言うのだろう。きっとこれが子の成長を喜ぶ親の気持ちなのだろう。私は子を産んだ事は無いが今の気持ちはきっと、実の子を持つ母親と同じものだと。私はそう思っている。

「…!…!」

「ふふっ」

隣で一生懸命に歩いている彼女を見て私は微笑む。速度を落として欲しいと言えば落としてあげるのに。とりあえず少しだけ速度を落としてあげよう。気付かれないようにこっそりと。

「…ふぅ」

速度が落ちた事で表情に余裕が出来る。このペースで行こう。そう急ぐ事も無い。それに…。

「この時間を大切にしたいから…」

「?」

「ふふ、気にしないで。独り言よ」

私の呟きに彼女は反応し此方を見上げて来るが私は微笑むだけでそれ以上は何も言わない。きっと私は最後まで真実を言う事は無いだろう。この子に重い物を背負わせないために、この子に足枷を付けさせないために。真実は私と共に…。

…やめよう。この事を考えるのは。

今はその時じゃない。私は頭の端に思考を仕舞い込む。

「…そう言えば、まだ今日の事について話して無かったわね」

「?」

「実はね、今日は貴女に本国から送られてきた新型の実験機に乗って貰う事になってるの」

「…?」

あはは…分からないかぁ。刷り込み作業が済んでるから大学に行ける程度の知識はある筈なんだけどなぁ…。

暫し考えるがやはり理解出来ないのか首を捻る彼女に私は苦笑するともっと分かりやすく説明してあげる事にした。それはもう色々と省略して。

「えっとね、新しい乗り物に乗るの。分かる?」

「!…コクリ」

理解出来たか。良かった。

色々と問題ありな説明だったが理解してくれたならそれで良いだろう。余計な事をこの子に教えて不安にさせる必要も無い。この子はいつも通りにしていれば過ごして貰えればそれで良いんだ。

「…そら」

「本当ね。良い天気」

彼女の言葉に私も視線を上げて太陽の眩しさに目を細める。見上げた先には何処までも続く青空が広がっていた。外部からの監視の目を逃れるために地下に存在する研究所で唯一空が見えて唯一空がある場所。それがこの訓練場である。そしてこの子が一番大好きな場所でもある。

「…♪」

…ほらね?

ちらりと彼女を見れば目を輝かせて空を眺めていた。ISの訓練をするようになってから、此処に来ればいつも彼女はこうして空を眺めては落ち着かない様子でまだかまだかとISに乗るのを待つ様になっていた。

さて、ハンガーに待機している整備の人やこの子を待たせるのも何だ。さっさとハンガーに向かうとしよう。

「ほらほら~何時までも空を眺めてないでさっさと行くわよ~?」

「うぅ~っ!」

ずるずるずる~…

いやいやと駄々をこねる彼女を無視して彼女を引き摺ってハンガーへ向かう。反抗している様だが彼女自身軽いし力も無く。この一ヶ月で私も彼女をおぶったりして力が付いているため易々と彼女を引っ張る事が出来た。

「はいはい我儘言わないの~」

「う゛ぅ~っ!!」

「…何やってんだお前ら?」

ハンガーに到着した私達を出迎えたのはメカニックの人達の呆れた様な視線と、もうこの子専属とも呼べるあのIS訓練初日にISの整備を担当していたあの男だった。

「気にしないで下さい」

「…ぅぅ」

向けられる視線を華麗にスルー。この一ヶ月間でそう言う変な物を見る様な視線には耐性がついているのだ。この研究所の人間にしてみればクローンであるこの子にこんな風に接する私は変人の様な物だろう。当然変な目で見られる。それを毎日人と出くわす度に向けられればそれは耐性が付くに決まっている。

「…まぁ、良いけどよ。お前さんがそれで良いのなら。俺には関係ねぇ」

意味有り気な言葉を呟き彼はハンガーの奥の方へと歩いて行く。私も新型の件が気になったので彼の後について行く事にした。此処で、待っていても向こうから運ばれて来るだろうが、この子の命が関わる以上、どうしても気になって仕方がなかったのだ。

「あの…新型は何処にあるんでしょうか?」

「あ?…ああ、あのガラクタの事か」

新型と言う単語に彼は一瞬何の事か悩むと、思い出したと頷き新型をガラクタと言い換えて口に出す。ISに関わるメカニックの人間にまでガラクタ扱いとは。一体どれだけ酷い物なのか…。

「もう搬入されてるよ。あのコンテナがそうだ」

そう言って彼が指差したのは頑丈な造りをした4メートルはあるであろう大きなコンテナだった。

彼はコンテナに近づくとコンテナの操作盤を操作すると、ガコンと重い音を立ててコンテナがゆっくりと開き始め中の機体が姿を現した。

「ウチの国が必死こいて開発した第3世代実験機」

「…ぇ?」

正直に言おう。私は新型の事を本国が何も考えずに別の国の機体のパーツをあれこれくっ付けたオリジナルと言うには余りにも酷い継接ぎだらけの機体だと思っていた。しかしどうだろう。私の目の前にあるのは私の予想を遥か上を越えたモノ…。

「開発名【イカロス・フテロ】。人が造り出した張りぼての翼だ」

翼そのものだったのだ…。

異形。このISを一言で現すとすればそれだろう。兵器としての物々しさは無く、装甲も極限にまで削られ、まるでそれは女性の理想的なフォルムを連想させる。そしてコクピットを覆う様にして畳まれた翼はまるで天使の様だ。美しい。そして美しいからこそ異形に見えた。これは兵器。人を傷つけ命を奪う兵器なのだ。なのに、何故こんなにも美しいのだろう?

「!…羽…」

実験機の翼を見てそうぽつりと呟く彼女だが、表情は無表情な物だと言うのに目は真剣そのものだった。どうやらビジュアルの所為か実験機に興味津々らしい。

「にしてもイカロスとは、開発部の連中も皮肉なもんを送ってきやがったなぁ」

「ギリシャ神話の話からきてるんですよね。この名前…」

イカロス・フテロと言うのは恐らくギリシャ神話の『イカロスの翼』からきたものだろう。名工ダイダロスとイーカロスの親子はミーノース王の不興を買い、迷宮に幽閉されてしまう。彼らは蝋で鳥の羽根を固めて翼をつくり、空を飛んで脱出したが、イーカロスは父の警告を忘れ高く飛びすぎて、太陽の熱で蝋を溶かされ墜落死した。と言う物語だ。

「太陽は神、イカロスは俺ら。命を作り出す神の御業に手を出そうとしている俺達は地獄に落ちてしまえって意味なのかもな」

「…」

彼の言葉に私は目を伏せる。確かに彼の言う通りだろう。私達は地獄に落ちるべきなのかもしれない。でも、これに乗るのはこの子ではないか。そんな縁起でもない物を押し付けるなんて…。

「まぁこんなモン作り出すアイツ等も大概だけどな」

「え?」

「こいつぁ一度も飛行実験が行われていない機体なんだよ。いや、出来ないが正しいか」

「…は?」

飛行実験が行われていない?そんな物を押しつけて来たのか本国は?いやそれ以前に出来ないって何だ?それでは本当に唯のガラクタではないか。

「面倒だが説明してやろう。コイツの特徴は見ての通り翼だ。8枚の羽の先端全てにスラスターが付いていてそれが変則的な機動を可能にさせてるんだが…実はすべて手動操作でな。操作が複雑しすぎてまともに飛ぶ事すら出来ねぇんだわ。仮に飛ぶ事が出来たとしてもまず武器は使えねぇだろうな。操作で手一杯だろうさ」

「ちょ…駄目じゃないですかそれ」

ガラクタとかそれ以前の問題だ。飛ぶ事も戦う事も出来なければ何のためのISだと言うのだ。

「本来なら補助機能とかが付いてる筈なんだがな。ウチの国じゃあそんな大層なもんは造れねぇんだろ。付けれたとしてもコンピュータに任せている所為で本来の性能は発揮しきれないかもな」

「そんな物なんですか?」

私はISに関しては詳しく無いのでそう言う専門的な理論は理解出来ない所が多い。補助を付ければ操作が楽になり余裕が出来ると思うのだが違うのだろうか?

「補助がオートとなるとどうしても自分の意思とは反する行動や若干の誤差が出ちまうんだよ。その所為で性能も殺しちまう。そう言う意味でもこの新型は欠陥品なんだ」

「駄目駄目じゃないですか。そんなの設計段階で分かる筈でしょう?」

「だが使いこなせれば恐らく空戦では敵無しなんじゃね?とか考えてるんだろうなぁ。本国の連中は」

「馬鹿げてる…」

「それだけ大きな力が必要なのさ。今の現状を覆すには。アンタ等が研究しているのだってそうだろ?」

彼の言う通りだ。こんな禁忌に手を染める程にこの国は廃れ始めている。国民には知らされてはいないとは言え国のトップがそれを許す時点で…。

ぐいっぐいっ!

ん?

何やら必死に私の袖を引っ張っている彼女。何事かと思えばちらちらとあの実験機を見ている事から考えてあれが凄く気になるらしい。

「乗る!…乗る!」

手を万歳してコクピットに乗せてくれとせがむ彼女。背が小さい彼女では屈んだ状態の機体でも一人で乗る事は出来ないため私が持ち上げて乗せてあげなければならない。いつもそうして乗せてあげているのだが今日はいつも以上に興奮した様子でISに乗りたがっている。こんな彼女はこの一ヶ月で初めて見る。それだけこの機体が気に入ったらしい。

「クッククク…んじゃそろそろ始めるか。こっちのチビ鳥も我慢の限界の様だしな」

「…ですね」

いくら悩んだ所で意味が無い。とりあえず彼女を乗せてみない事にはと、私は彼女を抱き上げコクピットに座らせる。

『―――Access』

彼女が座ったと同時にシステムが起動。装甲が彼女に装着され彼女とISが『繋がる』。しかし様子が少しいつもと違う。画面が幾つも表示されシステムが自動的に作動している様だが…?

「あれはシステムがチビのリンクを最適化してるんだ」

「それってつまり…専用機!?」

「誰も使いこなせなかったって報告は聞いて無いのか?チビがあの機体のテストパイロットだ」

「テストパイロット…専用機…」

唖然として私はあの子を見上げる。

凄い。専用機なんてとても名誉なことではないか。専用機を任せられるのは国の代表か代表候補位しか居ないと言うのに…。

「チビ。さっきの話聞いてい…る訳ねぇか。もう一度言うがその機体は今までの機体とは違う。いつも通りに飛べるとは思うなよ?」

『…コクリ』

唖然とする私を他所に、いつの間にかコンソールにまで移動していた彼はコンソールを通して彼女に一言忠告をすると無言で問題無いとあの子は頷く。

…3510号。

不安な表情であの子を見上げる。この結果があの子の未来を決めるのだ。今回は前回以上に難しい条件かもしれない。彼女はこの試練を乗り越える事が出来るのだろうか…?

…お願い。

「おい!そこにいるとあぶねぇぞ!運べねぇだろうが!」

「…っ!?は、はい!」

すごい剣幕でそう怒鳴る彼に私は慌ててコンソールの方へ駆けていき、彼と入れ変わり管制を務めるとクレーンが外に3510号と実験機を運び終えた事を確認して通信を繋げる。

「3510号…やれる?」

『………………ん、飛ぶ!』

バサァッ!

暫し空をじっと見上げ眺めるのに満足したのか小さく呟くと、掛け声と共に折り畳まれた翼を大きく広げた。大空を飛ぶこの時を待ち望んでいたかの様に、喜びを表すかの様に、翼は目一杯に広げられ…そのままばっさばっさと翼を上下に大きく振り始めた。

は…はぁ?

あの子の予想外の行動にポカーンとしてしまう私。一体あの子は何を始めるつもりなのだろう?

「あの子…何を…?」

こう言っては何だがなんとまあ間抜けな光景だ。鋼鉄の翼を必死に上下に振る。その姿はまるで…。

「鳥の真似をしてるのか?あのチビ」

そう、雛鳥が巣から必死に飛ぼうとしている姿にそっくりなのだ。しかし、あの翼は鳥の翼とは違う。いくら振っても空を飛ぶ事は…。

『ん~っ!…ん~っ!』

しかし彼女は翼を振るのを止めようとはしない。一生懸命に飛べると信じて空を見上げながら必死に翼を振っている。

「今更なんだけどな…」

「はい?」

突然彼が口を開いて何か話し始めた。

「あれは一度も飛行実験が行われていないって言ったけどよ…あれは行われていないんじゃなくて誰も飛べなかったんだよ」

「!?」

驚愕の事実に私はあの子から視線を外し彼の方を見る。

「スラスターを吹かせばその衝撃で上に飛ぶんじゃ無く後ろに吹っ飛んで壁に激突。他のパイロットがやっても地面に激突とか似たような結果ばかりで誰一人飛ぶ所か宙に浮くことすら出来なかったって話だ」

そんな馬鹿な。じゃあ何故そんなものを此処に送って来たの?このままじゃあの子が…。

視線を彼女の方へと戻す。あの子はまだ翼を振り続けている。飛べると信じて…。

…3510号。

「こりゃ、駄目か?」

…そんな事無い。

「まだです」

まだだ。まだ終わっていない。

『ん~っ!ん~っ!』

だって、だってあの子は…。

「いや…だってよぉ?」

「まだあの子は…」

『っ!…ん~っ!!』

「諦めていません!」

その瞬間だった。地上に暴風が吹き荒れたのは…。






「ほう…」

「所長。これは一体…?」

「賭けに勝った、か…」

唖然とモニターを眺める部下を無視して、彼はニヤリ笑みを浮かべる。






「嘘だろ?おい…」

「3510号…」

誰もが空を見上げていた。私も、隣に居た彼も、他のISの整備をしていたメカニックの人達も、事情など目もくれず青空が広がる空を見上げていた。

そしてそこには…。

「3510号!」

翼を羽ばたかせて空を舞うあの子の姿があった…。

『ん♪気持ちいい…』

本当に気持ち良さそうにそう返事をするあの子に私はただ「そっか…」と笑ってこたえ。また空を見上げる。色々と不安が多かったが、彼女が喜んでいるのならそれで良いだろう。私はそう思い空を見上げる。

「成程、そう言う事か…」

「え?」

皆が唖然と空を眺める中、隣で空を眺めていた彼が突然そう呟くので私は驚いて彼に視線を向ける。すると彼はやはり皆同様に空を見上げていた…が、彼が眺めているのはあの子では無いらしい。眺めていたのは。そう、あの子に気を取られ気付かなかったが一緒に飛ぶ鳥の方を彼は見ていたのだ。

「まさかあの子。鳥の真似を…?」

あの時と同じように…。

最初のIS搭乗の際、あの子は空を飛ぶ鳥を見て初搭乗にも関わらず空を飛ぶ事が出来た。それは自分が憧れる空を自由に飛び回る鳥の様に飛びたいと願うイメージが強かったから。だが、今回はそのまんま鳥の真似をあの子はやってのけたのだ。

「本来ならどこの大昔の冒険家だよって笑う所なんだろうけどな」

確かに、本来なら有り得ないと笑う所なのだろう。しかし、ISだからこそそれを可能にした。彼女のイメージを忠実に再現できたのだろう。それも、彼女の純粋さ故に出来た事…。

「鳥…か」

…綺麗。

陽の光を反射して輝くその翼に、私は心の中でそうぽつりと呟くとあの子の姿を目に焼き付けていた…。










――――Side ゼル・グラン






「報告は聞いた。ご苦労だった」

『はい。ありがとうございます』

「今後も期待する。以上だ」

私は必要最低限の会話を済ませ通信を切ると、今日の出来事を思い出しニヤリと口の端を吊り上げる。これで本国の連中も少しは大人しくなるだろう。何せあの欠陥機を使いこなせるクローンが現れたのだ。反対派の連中も文句は言えまい。私の研究は証明されたのだ。

だが、まだ…。

そうだまだ終わってはいない。まだ問題は山積みだ。クローン研究はやっとスタート地点に立ったようなものだ。しかし、少しは時間に余裕が出来た事だろう。あの欠陥品の御蔭で…。

コンコンッ…

「所長。ご報告が…」

「何だ。人が良い気分に浸っている所に…」

私の言葉を返事と見なしたのかドアを開け部屋に入って来る。そんな少し強引な部下の行動に私は不審に思い眉を顰めた。

「何があった?」

「…本国の反対派の連中に動きがありました」

…何だと?

一瞬、我が耳を疑った。今彼は何を言った?

「新型のデータは送った筈だ。何処に不満がある?」

「不満は無い。だからこその行動でしょう。クローン計画の情報が各国に漏れた可能性があります」

馬鹿な…何て愚かな事を!?奴らめ、自滅するつもりか!?我々を巻き込んで!?

「その情報は確かなのか?」

「まだ確証は持てませんが…可能性は高いかと」

「…っ」

まだ本国から何も伝達は無い。本当に情報が漏れたのならこの研究所は証拠隠滅のため処分する事になり何らかの伝達が届く筈だ。

…我々事消すと言う可能性を除けば、だが。

「…研究は続ける。君は引き続き本国の動向を探りたまえ」

「了解です」

…。

礼をして去っていく彼を横目に、私は重苦しく息を吐く…。

急がねばならなくなった。余裕が出来たと思った矢先にこんな事になるとは。おのれ、反対派の連中め…。

やっと、やっと此処まで昇りつめたのだ。過去幾度と無く自分の研究を馬鹿にされそれでもなお私は研究を訴え続けた。そして悲願が叶おうとしているのだ。

「終わらせない。必ず私が正しかったと言う事を思い知らせるまで終わらせてなるものか…っ」

憎しみに満ちた呟きが部屋に響いた…。








――――Side クリス・オリヴィア



「これを、この操作盤の裏にくっつけて…と」

殆どの者が眠りについた深夜。私は通信管理室にこっそりと忍び込み、ジャミング装置を操作盤の裏に設置する。

「これで私の部屋からの通信履歴は残る事は無いわね…」

これで外と連絡が取れる。あとは連中と連携して…。

これは明らかな裏切り行為。だが、私は全てを敵に回してもあの子を助けなければならないのだ。そう、それがこの国であろうとも関係無い。絶対に私はあの子を助けてみせる。それが、私の命を引き換えにしたとしても…。














あとがき


やべぇ、原作始まらねぇ!(゜Д゜;

キャラクターイメージ

…は、どうやらアドレスは描きこめないようなので場所だけ教えときますね。

TINAMIというサイトの「金髪のグゥレイトゥ!」か「インフィニット・ストラトス」か「~あの鳥のように…~」と検索すれば出てくるはずです



[26146] 3510号観察日誌6
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/02 00:26


「どうした貴様ら!4対1だぞ!一撃ぐらい当ててみせろ!」

「「「「っ!」」」」

ISに搭乗した4人のクローン…いや、あの子の姉妹達が教官に罵声を浴びせられ空を飛びまわるあの子に襲い掛かるが、その猛攻はいとも容易くひらりひらりとさけられてしまう。

今日の訓練内容は3510号が乗る新型の戦闘データを取るための模擬戦と言う名の『鬼ごっこ』である。教官やあの姉妹達は模擬戦のつもりなのだろうが、4人に狙われているあの子本人はそうだとは思ってはいない。確かに何の兵装も持たないイカロス・フテロでは逃げる以外方法は無いが…良いのだろうかこれで?

データは取れるし今まで飛行データが取れなかった分、開発部の連中は嬉しいことこの上ないだろうが…こんな遊びに付き合わされる教導官の事を考えると気の毒でならない。私は楽しそうにしているあの子を見られて満足しているが。

しかし流石と言うべきか。あの新型の性能もあってか4人相手でも掠りもしない。あの4人は姉妹の中でも成績が優秀な方だと言うのに…。やはり第三世代と第二世代。そして専用機とではこんなにも差がある物なのだろうか。どの国も第三世代の研究、開発に苦戦している様だが、それ程第三世代の壁はとても高いらしい…。

開発部の連中も、開発したは良いけど乗れる人材があの子だけじゃ…ね?

乗る相手を選ぶ機体など欠陥機でしか無い。それは誰もが思う事だろう。事実、あの機体。イカロス・フテロも量産の目途が立っていないのだ。あの機体が誰にでも扱える物に仕上がるまで一体何年かかるのか専門外である私にはわからない。整備班の人間の言う話では今の我が国の技術では恐らく兵器として形になるのは不可能で他国の技術協力がなければまず無理だろうとの事。他国に無い物を造ろうとして完成には他国の協力が必要とは何とも情けない話である。

…にしても。

「はぁ…寒いわね」

白い息を吐いてそう呟くと、私はあの子達が舞う空を見上げる。秋と言う涼しい季節も終わり。この研究所にも冬の季節が訪れようとしていた。吹き抜ける風も冷たくなり始め空もいつも以上に澄み渡っていた。きっと空を飛んでいるあの子もさぞ喜んでいる事だろう。

さて、私は自分の成すべき事をするとしましょうか。

そろそろ約束の通信時間だ。あの子も問題無く訓練をこなしている様だし自分は自分の目的を果たそうと、こっそりと訓練場を後にする。









「以上が現状の研究成果です」

誰も居ない自室で、私は通信機を使い反対派に属しているある男と密談を交わしていた。その会話の内容は、本国にも送られていない研究所にある機密の情報に関する物だった…。

『成程、つまりその欠陥品である実験体3510号しか望ましい成果はあげていない…と?』

「……はい。その通りです」

通信相手の『欠陥品』と言う単語に、一瞬私は言葉を詰まらせたが彼の言葉を肯定する。反対派であるこの男がクローンを快く思っていないのは分かりきっていた事だ。あの子の事を人間として見てないのも今の言葉で容易に想像できる。

どいつもこいつも腐ってる…。

『どうかしたかね?』

「…いえ、何も。詳細のデータを送ります」

自分の権限で入手出来る情報を彼へと送信する。3510号監視員の仕事を任せられてからか、私も上の情報が幾らか公開される様になっていた。それでもまだ私が知らない情報など幾らでもあるだろうが反対派の彼等にとって私が渡す情報も十分な交渉カードとなるに違いない。

『…うむ。確かに受け取ったよ。これでかなりやりやすくなる。クローン計画の情報管理は厳重でね。こちらではなかなか手に入らないんだよ』

「そうですか」

正直相手の事情などどうでも良い。私は反対派の仲間では無いのだから。彼等と慣れ合うつもりなど毛頭ない。私の思う様に動いてくれればそれでいいのだ。それ以外の事は好きにすれば良い。

『今後ともよろしく頼むよ。何、安心したまえ。君の安全は保障する』

「…はい。よろしくお願いします」

彼の書いたシナリオはこうだ。世界にクローン計画の情報が漏洩。クローン禁止条約に違反したと疑いがかけられた我が国は、各国の追求を逃れるために証拠隠滅という建前で研究所ごとその関係者を全て排除。漏洩した情報は偽情報でクローン計画なんてものは最初から存在しなかった事にするという分かりやすい物だった。

無論、世界は納得しないだろうが証拠が無いのなら文句なんて言えず。クローン計画と言う真実は完全に闇の中に消えていく事になるだろう。要は結果さえよければそれでいいのだ。殺人事件も死体さえ見つからなければ事件にならない。つまりそう言う事だ。

「では、そろそろ。あまり仕事場を離れると疑われますので…」

『うむ。次に連絡する時は『大掃除』の前日となるだろう」

「はい。では…」

要件を言い終えると早々に通信を切り、それと同時に緊張が解けたのかどっと疲れが私を襲い。ふぅ、と溜息を吐き天井を仰ぐ。

「…」

―――今後ともよろしく頼むよ。何、安心したまえ。君の安全は保障する。

…どうでもいい。

自分の命なんてどうでも良い。この研究所の人間がどうなろうがどうでも良い。この国がどうなろうがどうでも良い。何もかもがどうでも良かった。あの子さえ笑っていれば。それで…。

「…そろそろ訓練が終わるわね」

壁に架けられている時計を見れば、時計の針が12時を指そうとしていた。そろそろ午前の訓練が終わる時間である。急いであの子を迎えに行かなくては。

「…」

次に連絡する時は『大掃除』の前日となるだろう。彼は確かにそう言っていた。終わりの日は近い。でもまさか反対派が此処まで焦っていたなんて…。

新型の件が影響している?

誰も使えなかった新型をクローンであるあの子が始めて使いこなす事が出来た。そのせいで研究の成果は証明され、反対派は不利になる事を予測してこの様な強行手段を取る事になったのだろう。あんな欠陥機を送って来る時点であれだが、何と短絡的思考の持ち主なんだ連中は…。

相手を何処まで信用して良いかは分からないけど。せめて此処で派手に暴れてくれる程度には働いて貰わないと…。

「って、本当に急がないと。あの子を待たせる訳にはいかないわね」

慌てて部屋を飛び出し訓練場へ向かう。廊下ですれ違う同僚達は走っている私を見て何事かと妙な視線を送って来るが気にせず私は廊下を駆けていった。









「はぁ、はぁ…ああ、やっぱり終わってる…」

息を切らして訓練場へ辿り着いてみれば、やはり訓練は既に終わっており訓練場にはぽつんとあの子だけが取り残されていた…。

失敗した~!?あの子ものスッゴイしょんぼりしてる!?

訓練場の端でしょんぼりと肩を落とし寂しそうにしているあの子を見てやってしまったと頭を抱える私。とりあえずあの子の所に行ってみよう。

「ごめんなさい!待たせちゃったよね!?ほんと~にごめんなさい!」

「…ぷいっ」

ああ!不貞腐れないで~!?

迎えに来て即頭を下げて必死に謝るがあの子は頬を膨らませてそっぽを向いて何も応えてくれない。これは相当怒っていらっしゃる様子。

まずい。これはものすっごく不味いですよ?この子がこんなに怒るなんて初めてじゃない?どうしよう?どうすればいいの~…?

こちとら独身で子育ての経験ゼロ。子供の機嫌の取り方なんて知る訳が無い。此処はセオリーで食べ物で釣ると言う方法で攻めてみる。

「そ、そうだ!今日の晩御飯は貴女の好きな料理にしましょ?ね?何が良い?もちろんデザートのプリン付きよ?」

「…ぷいっ」

ああ!?駄目!全然機嫌直してくれない!?

むしろ悪くなっている様にも見える。どうやら余計に気分を害してしまったらしい。物で釣ろうとしたのが悪かったのか…。

ああどうしたら…ってあら?

「…ぎゅっ」

腰の辺りに小さな衝撃を感じ何かぶつかったかと視線を下ろすと、なんとそこにはさっきまで不貞腐れてこちらを見ようともしなかったあの子が私の腰にしがみついているではないか。しかも涙目で。

「さ、3510号?」

さっきまでとはまるで反対の態度に一体何事かと私は戸惑ってしまう。

「ど、どうしたの?急に抱き着いたりして?」

「う~…」

いや、う~って言われても…。

そんな唸られても困ってしまう。せめて人語で話して貰わないと意思疎通が出来ないのだが…。

どうしたものかしら…。

未だに抱き着いて離れない彼女に私は頬を掻いて困り果てる。唯でさえ普段この子は言葉数が少なく表情が乏しいから扱いが難しいと言うのに…。

「………だ」

「え?何?」

ぽつりと彼女が微かに聞き取れる程の音量で何かを呟く。

「一人は…やだ」

「あ……」

…そっか、一人ぼっちになるのが怖かったのね。

調整の時も私が少しの間、居なくなっただけでアレなのだ。こんな広い訓練場で一人残されては…。

「ごめんなさい。寂しかったよね?」

「ん…コクリ」

ぼふっと私の胸に顔を埋める彼女に、私は優しく頭を撫でてあげる事で応える。しかし、彼女の頭を撫でている私の表情は悲しみに歪んでいた…。

ごめん、ごめんね…。

本当は今直ぐにでも口に出して謝りたかった。涙を流したかった。でも、それは出来ない。この子には何も知らずに飛び立って欲しいから…。

本当に、最低だよね…っ。

そんなの自分の勝手な都合ではないか。この子と面と向かって話す勇気が無いだけではないか。真実を知った時、この子がどれだけ辛い思いをするか分からない訳が無いと言うのに…。

ごめんね…っ。

心の中では涙を流し私は彼女を抱きしめる。見上げた冬の空は何処までも澄んでいた…。

別れの時は刻一刻と迫っている…。










――――Side ゼル・グラン






「どうやら情報の漏洩は確かなようです。そのため、本国も計画から撤退する考えが出始めている様ですね…」

「馬鹿な…っ」

部下から渡された報告書を床に叩きつける。

何故だ!?何故、こんな事に…

「この研究所の場所まで各国に漏れているとなると時間の問題かと…」

何がとは聞かない。そんなの決まっている。この計画が何の成果も出せずに終わってしまうと言う事だ。私の研究が…。

「本国の連中は何と言って来ている?」

「まだ、何も…」

何も、だと…?

有り得ない!ここまでの騒ぎになっていると言うのに何も無いだと!?各国に情報が漏れたという事実さえ部下に秘密裏に調べさせたと言うのにこちらには一切の情報が来ていないだと!?これは一体どう言う事だ!?

「ふざけるなっ!」

私は感情に任せて机を殴る。目の前の部下の事なんぞ知った事では無い。これが物に当たらずにいられるか。

「私がこの島から出られないと知っての情報規制か!」

「今、本国に戻ったとしても身柄を拘束されるのが目に見えていますね…」

部下が苦い表情でそう言うと、膝を折り床に叩きつけられた報告書を一枚一枚と拾っては纏めていく。

「…しかし、このやり方は強引過ぎはしませんか?今まで似たような事は幾度もありましたが今回は自分の首も締めている様な物ではないですか」

報告書を拾い終えた彼はそう私に疑問を訊ねて来る。

「我々を潰せるのなら自分の国の立場が危うくなろうとも関係無いと判断したのだろう。時間が解決してくれるとな!」

「…」

しかし、彼の言う通り今回の奴らの行動は少し妙だ。実験機の件が関係しているにしても強引と言うにも限度がある。連中も馬鹿では無い。このようなギャンブルに等しいやり方などしよう筈が無いのだ。何か原因がある筈だ。連中をこうも勢い付ける何かが…。

「反対派はともかくとして。上の連中がこうも簡単に計画を見切りをつけるというのは考えにくい。これまでどれ程の金を投資したと思っている?」

「…それについてなのですが」

「何だ?」

「我々が送っていない筈の情報を何故か本国が知ってしまっている様なのです」

「送っていない筈の情報…?」

「望ましい成果を上げているのは欠陥品…3510号のみ。と言う真実です」

馬鹿な…。その情報を上に知られたと言うのか!?

しかし、それならこの連中の行動も納得できる。国が計画から撤退する考えを持ち始めたのなら反対派の連中もこれだけ派手に好き勝手出来る訳だ。国外に情報が漏洩したとなれば国が計画から撤退する事を決定的な物にする事も容易い…。

だが、どうして情報が漏れた?情報は厳重に管理している筈だ。反対派がこの研究所内の情報を得るなど不可能に近い…。

「内通者…」

一番可能性が高いのはそれだ。いや、それしかないだろう。しかし何が目的だ?そんな事をして何の得になる?この計画が成功すれば地位は約束されると言うのに。

考えられるのは研究に耐えられなくなった臆病者か。或いは情に流された愚か者…。

情に流されたと言うのならそれは偽善でしか無い。長くて2年。早ければ一年未満で死んでしまうクローンだが。国がこの計画から撤退を決定してしまえばそのクローンも排除されてしまうのは目に見えている。ならばこのまま生かされている方が実験体達もまだ幸せだろうに。

…どのみち、この流れは止められんか。

流出してしまった情報をどうする事など不可能だ。国が取る行動も目に見えている。そして内通者を探すにしても今となってはもうどうでも良い事なのかもしれない。

「見当もついているしな…」

「はい?」

ぽつりと溢した言葉に部下は反応するが私は何でも無いと首を振りそれから口を閉ざした。

小娘が…。何を考えている?

小娘がアレに愛情を向けているのは報告で聞きそして私も実際に目にしている。しかし理解し難い。奴は何がしたいのだ?

ふん。何を考えているかは知らんが見せて貰おうじゃないか。どうせ反対派の味方と言う訳でも無いのだろう?

反対派はクローンの存在を嫌っている。非人道的だの何だの言っておいてクローンを人間として認めていないのだ。そんな連中の仲間にあの小娘がなる訳も無い。

我々を利用するか。まぁ、良いだろう。我々の破滅は決定してしまった様な物だ。なら、この国ごと巻き込んでやる。私の研究を認めなかった報いだ。

くっくくくくくっ!…私を切り捨てた事を後悔するが良い。貴様らもお終いだ。

内通者はそのまま放置しておいてやる。奴を消した所で今更何も得られる物も、失う物も有りはしない。どうせ奴も私がそうすると見込んでの行動だったのだろう。なら、とことん利用されてやろうではないか。恐らく、奴が企んでいるのは…。















それから一週間が過ぎた…。



この一週間は彼女にとっても、少女にとっても暖かな日々だった…。



一緒に遊んで、一緒に料理して、一緒に風呂に入って、一緒に寝て…。


少女にとって温もりに包まれた日々だった…。



こんな日々が何時までも続けばいい。彼女も、少女もそんな事を思っていた。



そんな日の夜の事。その日々の終わりを告げるメッセージが届く…。











――――Side クリス・オリヴィア





本国の計画撤退はほぼ確定していると言うのに今日も研究所の様子はいつもと変わらぬ物だった。情報が規制されているのだろう。隔離されたこの研究所内にいる研究員は外の情報を得るのは上からの伝達しか入手経路が無い。所長や上の連中が知らないなんて事は無いと思うが…。

恐らく、私の事も気付いているでしょうね。

所長は馬鹿では無い。寧ろその逆だろう。私の行動。思考。全て見通しているに違いない。私を放置しているのは私を殺した所で今更どうにもならないからと無駄な事をしたくないのと。この子、3510号の監視員として適任者が居ないから、と言った所か。

「もうすぐ…」

カレンダーはもう12月を示していた。あと2週間程すればあの子と二人でクリスマスパーティをしていたかもしれない。でも、そんな一時は決して来る事は無い…。

叶うなら、あの子と一緒にシンタグマ広場のツリーを見たかったなぁ。クリスマス一色で飾られた街を一緒に手を繋いで歩きたかった。メリーゴーランドにも乗せてあげたかった…。

他にも一杯してあげたいことがある。見せてあげたい物がある。伝えたい事がある。でも、それは叶わない願い…。

Pipipipi…

「!?」

PCにメールが届いた事を知らせる着信音が響き私は急いでメールの内容を確認する。内容は一言のみだった。

『明日、0400にて掃除を決行』

「…」

ついに明日か。

私は引き出しから紙とペンを取り出し、手紙を書き始める。今は安らかに眠っているあの子と、ある人物に向けて。

「…」

何と書こう?私はペンを持ったは良いものの、書く内容に悩み唯ずっと紙を眺めていた。そんな事をしている間に時間は止まる事無く進んでいると言うのに。焦る気持ちを抑えてペンに力を込めペンを走らせる。でも、どうしても伝えたい事が書けない。

「…っ」

ごめんなさい…。

書いては消し。書いては消しを繰り返す。何度も、何度も繰り返す…。

―――一人は…やだ。

「……ぐっ…」

ごめん、ね…。

ぽたっ…ぽたっ…

紙に何かが落ち滲む。それでも私はペンを走らせては書いてはまた消しと。作業を繰り返していた…。

「っ…ひぐっ…!」

ごめん…。

伝わらない。何を書いても。どんな言葉を並べても伝えられない…。

「ひっく…ぁ…ぐすっ…!」

こんな『ママ』で…。

時は無慈悲にも進んで行く。刻一刻と、指定された時間は迫り。結局、何度も書き直し涙でぐちゃぐちゃになった紙切れに私が書いたのはこの一言だけだった…。



―――この子を、守って…。















あとがき

次回、研究所編 最終回…。




[26146] 3510号観察日誌7
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/08 01:00

――――12月12日 AM03:57




「作戦3分前だ。各員、作戦内容は把握しているな?」

「「「「「はっ!」」」」」

「よし。0400に目標の真上を通過すると同時に降下。ハンガーを制圧しISを確保した後、研究所内『全て』の人間を排除する」

「「「「「了解!」」」」」

「ISを壊すなよ?『男』の俺達の命より貴重な物なんだからな」

「「「「「了解!」」」」」

「…ん?」

「どうした?何かあったのか?」

「あ、いえ。レーダーに一瞬何か映ったように見えたのですが…気のせいだったみたいです」

「そうか。目標はISを5機所持している。レーダーから目を離すな」

「はっ!」



03:58

カチッカチッカチッ…

「スゥ…スゥ…」

「…もう直ぐね」

安らかに眠るこの子を髪を愛おしそうに撫でながら私は時計を見ていた…。



03:59

カチッカチッカチッ…

「所長。少し休まれては?此処最近睡眠をとっていない様ですが・・」

「…」

「…所長?」

私は部下の言葉に耳を傾けずただじっとその時を待つ。胸に付き纏う妙なざわめき。きっと、今日がそうなのだろう…。




カチッカチッカチッ…

04:00




「さぁ時間だぞ!エアボーンだ!」





時計の針が4時を指した時。爆音が響き研究所全体を大きく揺らした…。










――――クリス・オリヴィア




「始まったわね…」

爆発が研究所を揺らした後、研究所の至る所から銃声や悲鳴が響き始める。どうやら時間通りに彼が言う『大掃除』が始まったらしい…。

急がないと…。

襲撃部隊の構成は伝えられてはいないが、ISを連れて来ていてもいなくても、ハンガーは既に押さえられている筈。本国もISは貴重なため可能なら無傷の状態で確保したい。なら、ISが保管されているハンガーを最優先に狙うのは当然と言えるだろう。

あの子をISに乗せれさえすれば、後はどうにでもなる。問題はどうやってハンガーまで行くか…。

エレベーターで行くのは無謀すぎる。非常階段も駄目だろう。なら残された通路は…。

視線を天井へ向けると、そこにあったのは通気口。気は引けるが此処しかないだろう…。幸い私でも通れるくらいの幅だ。通気口を通ってエレベータまで移動。そして上を目指そう。

ルートは決まったわね。

「3510号。起きて」

私はベッドで眠る彼女の肩をゆさゆさと揺らすと、彼女は眠たそうに目を擦りながらゆったりと身体を起こす。普段ならまだ寝ている時間だ。眠いのは仕方が無いだろう。しかし、今はそんな呑気にしている場合では無い。

「んぅ……」

「ごめんなさい。眠いのは分かるけど。我慢して」

テキパキと彼女をパジャマからISスーツに着替えさせ、此処から脱出する準備をする。大して時間は掛からない。何せ準備なんてこの子を着替えさせるだけなのだから。所要時間は1分。過去最短記録で彼女を着替えさせて準備は完了。後は引き出しにある手紙と…。

「…っ」

拳銃を懐に仕舞って部屋を出るだけだ。

銃なんて撃った事無いけど…。

当てる事も、牽制にすらもならないかもしれない。しかし持つのと持たないとでは全く違う物だろう。きっと…。

『う、うわああああああっ!?』

「っ!?」

「……?」

直ぐ近くで同僚の悲鳴が上がる。もう近くまで来ている様だ。今直ぐにもでも移動しなくては…。

「…さて、行きましょうか」

「?…コクリ」

今の状況が全く理解できていない彼女はとりあえず頷き私の手を握って来る。暖かかった。私の一番大好きな温もりだ。この温もりが後少しで失われると考えると辛かった。

しかし、今はそんな悲しみに浸る時すら許されず。私はこの子の手を引いて通気口のパネルを開いた…。










――――Side ゼル・グラン




「所長!逃げてくだ……がっ」

目の前に頭が弾け首から血を噴き出し血の噴水へと変わり果てた嘗ての部下に、私は今まで世話になった礼と共に静かに黙とうし、部下を殺めた侵入者を睨みつける。

「随分と手荒な事をするものだ。貴様等が同じ国の者だと思うと自分に流れる血が嫌で仕方が無い」

「貴方にだけは言われたくありませんね。抵抗は諦めていただこう。上からは研究員は全員殺せと命令されている」

「実験体はどうした?」

「全て排除した」

そうか。別に心痛むものではないが、連中に排除されたとなると気に食わないという気持ちもあるな。しかし…。

小娘。まさか殺されたなんて事はあるまいな?

もしもそうだとしたら期待はずれにも程がある。この私を利用したのだ。そんなつまらない結果は絶対に許されない。

「あれだけ金を掛けておいて馬鹿な連中だ。保身のためなら市民から巻きあげた金も溝に捨てるか」

「巻き上げたのは貴方でしょう。グラン博士」

「ふん。だが、選んだのは国のトップだ。違うか?」

「…」

目の前の男は何も言わない。男にとってはどうでも良い事なのだろう。マスクから覗かせるその眼には感情と言う物が見られなかった。

「答えんか。まぁ貴様の意見はどうでも良い。ところで、クリス・オリヴィアも殺す対象に含まれているのか?」

「全て殺せと命令されている。例外は無い」

…だろうな。連中が証拠を残すとは思えん。

「そうかそうか。で?勿論ハンガーは押さえたのだろうな?監視の者は?」

「無論居る。ISを使える実験体もそれを指導していた教導官も既に排除済みだ」

成程、だとするとあの小娘が目的を達成するのは難しいか。ISに乗り込めさえすればどうにかなるだろうが。それまでに死んでしまうだろう…ならば。

私はポケットからスイッチを取り出す。

さて…ならば私も国に痛手を負わせてやろうか…。

「!?動くなっ!」

「さらばだ」

私が何か企んでいる事に気付いたのか男は銃をの引き金を引くが遅い。男が引き金を引く前に、私はスイッチを押し何処かで響く爆音と共に頭を撃ち抜かれ鮮血を撒き散らし絶命した…。




「くっ!何処が爆発した!?各員!状況を知らせよ!何処が爆発した!?」












――――Side クリス・オリヴィア




「っ!また爆発の揺れ…随分と派手にやってるわね」

二度目の大きな揺れに、襲撃の激しさが増してきていると判断した私は。更に移動速度を上げていく。しかしこうも狭く匍匐前進での移動だと幾ら急ごうがそれは歩く速度より遅いのはどうしようもない事だった。

「う~…狭いのいや」

後ろでついて来ているあの子が涙声でそんな事を言うが我慢して貰う以外ない。廊下を通れば射殺される以外ないのだから。

「我慢して。もう少しでエレベーターに…ほら見えた!」

「…見えない」

私は見えて来た光と、出口から見えるエレベーターを吊るすワイヤーを指差すが、私が視界を遮っているため彼女には見えないでいた。考えても見れば当然である。

「あ、あはは…あ、良かった。運良くこの階で止まってる」

後は音を立てずに屋根に乗って中に誰も居ないか確認…うん誰も居ないわね。

耳を押し当て中から人の気配が無い事を確認すると、私は通気口で待っていたあの子を引っ張り出してエレベータに乗り込むと一階のボタンを押してまた屋根に登る。

「?…中」

「此処じゃないと危ないのよ」

「???」

上昇するエレベータの屋根の上で私はそう説明したが、彼女は全然分かっていない様子だった。

そんな中、数分すると一階へと到着しエレベーターが止まる。誰も入って来る様子も無い。今の内に移動しよう。

再び通気口の中へ。あの子は心底嫌そうにしていたが問答無用で引き摺り込もう…としたが、通気口内の様子がどうもおかしかった。

「うっ…けほっけほっ!煙?」

通気口から黒い煙が流れ込んできて耐えられずエレベータへと戻る私。何かが燃えているのだろうか通気口は煙で満たされ移動するのは不可能な状態だった…。

…何処かで爆発が起きてたからそれが原因かしら?

しかしどんな理由であれ、これでは通る事が出来ない。危険だが廊下を通るしか方法はないだろう…。

「下に降りましょう」

「コクコク」

随分と嬉しそうね…。

通気口に入らなくて良いと分かったのか嬉しそうに何度も首を上下に動かす彼女。今自分が置かれている状況を理解しているのならこんな反応はしない筈なのだが…考えるのはやめておこう。

中に降りると、私は入口の陰に隠れ彼女を私の後ろに押し込み開閉ボタンを押しドアを開ける。

…反応なし。

ゆっくりと開かれたドアに外からは何も音はしない。どうやら人はいない様だ。ほっと胸を撫で下ろし外を覗きこんだ。覗きこんだ私の目に映り込んだのは、いつもこの子と一緒に歩いていた廊下の変わり果てた光景だった…。

爆発の影響か、彼方此方で火災が発生し黒煙を上げ、廊下には嘗ての同僚と、襲撃してきた軍人と思われる男の死体が転がっていた…。

「…っ」

目の前に転がる死体と人の焼ける臭いで胃の中の物を戻しそうになるが、私はそれを必死に耐えて彼女の手を引き廊下を歩いて行く。

「…くさい」

彼女は鼻を押えてそう訴えて来るが私もそれは同じだ。しかし、私はそれを口にしない。これは私の招いた事なのだから。彼らを殺した張本人がそんな言葉を吐いて良い訳が無い。

…でも、何で襲撃してきた軍の人間まで?

死体の状況からみて死因は爆発によるもの。戦いのプロである彼等が自分の攻撃で死ぬとは考えにくい。では、誰が…?

第三の勢力でも介入してきたとでも言うのだろうか?此処には国の半分以上のISが存在する。そしてこの場所は公には出来ないとなると狙うには絶好の場所ではある。

「でも今はそんな事考えている場合じゃないわね。今の内に急いでハンガーに向かわないと…」

状況は把握できないが、どうやら先程の爆発で双方共に被害が及んでいる様だ。なら、敵が混乱しているであろう今がチャンス。今の内にハンガーに向かいISを奪ってこの子を…。

この子の手を引き変わり果てた廊下を走る。瓦礫や、死体を跨ぎながら。その中の幾つかはまだ息があり呻き声を漏らす者も居たが私は足を止める事無く進み続けた…。

「ぅ~…」

「ごめんね。もう少しの我慢だから」

次第に顔色まで悪くなって来る彼女に私は謝る事しか出来ない。せめて外にでさえすればこの臭いや煙も少し位は弱まると思ったのだが。どうもハンガーに近づくに連れて煙の勢いも増していっている様な気がする。

おかしい。彼方此方で火災は起こってるけど此処まで酷くは…まさか!?

「ハンガーもさっきの爆発の被害にあってるんじゃ!?」

誤算だった。ISは本国も無傷で確保したい筈と確信していた為ISが破壊されるなんて事は考えていなかった。もし、ISが破壊されていたとしたら、もうこの子を逃がす事が不可能になる。

「…っ」

「あぅ!?」

私は彼女を抱えて廊下を走る。もう廊下に転がる死体を意識する事は無かった。いや、そんな余裕も無くなったと言うべきなのだろう。

息を切らしながら私は願う。無事であってくれと。しかしハンガーに辿り着いて私が目にしたのは残酷な現実だった…。

「そ、そんな…」

ガクリと膝をつく。私の目にしたのは最強の兵器の残骸。爆発の所為であろう。機体は黒く焦げ腕や脚はバラバラに散らばっていた…。それも一機だけでは無い全ての機体がそうなっていたのだ。

まさか、本当にISを破壊するだなんて…。

「どうすればいいの…?」

力無く誰も答えてくれる筈も無い問いを呟く。当然返って来る筈も無い。私の耳に届くのはパチパチと火が弾ける音だけだ。

頼りのISは鉄屑に変わり果て脱出手段は失われた。どうすればいい?どうすればここからこの子を脱出させる事が出来る?どうすれば…。

くいっくいっ…

…?

「何?どうかしたの?」

作り笑いで服を引っ張って来る彼女に微笑みかけると、彼女はすっとハンガーの奥の方を指差した。

「イカロス・フテロ…壊れてない」

「えっ!?」

バッと彼女の指差す場所を見る。すると、そこにはこの子の専用機であるイカロス・フテロが無傷で佇んでいた。

ど、どう言う事?どうしてこの機体だけ?

慌てて立ち上がって機体に近づいて行く。そして近づいてみて更に疑問が思い浮かぶ。妙なのだ。この機体の周辺だけは爆発の形跡がない。むしろこの機体に影響が無い様に爆発した様にも見る。まるでそうなる様に爆弾を設置して爆破したかのように…。

偶然とは考え辛いわね。他の機体は見事に破壊されてるのに…。

ともあれ、この子の機体が無事で良かった。何故この機体だけ無事だったかと言うのはこの際置いておこう。考えている時間は残されていないのだから。

「さぁ、機体に乗りなさい3510号」

そう言って彼女を持ち上げる。もう慣れてしまった彼女をコクピットに運ぶこの作業。これで最後だ。

「…?まだ空暗い」

「今日は特別なの」

いつもの訓練だと勘違いしているのか。そんなこの子に私はそう誤魔化すとこの子をコクピットに乗せてISを起動させ目的の座標を登録する。これで迷わずに真っ直ぐ目的地に向かえる筈だ。

「………」

…ついに来ちゃったかぁ。

来なければ良いと思っていた。ずっと続けばいいと、この子の傍に居たいと。でもそれは許されない。別れの時間がやってきてしまったから…。

「3510号」

私は最後に微笑んで話し掛ける。お別れは笑ってしようとそう決めていたから…。

「?」

「ハイパーセンサーの指示する場所に向かって飛ぶのよ?良いわね?」

「ん」

「あと、此処には戻って来ちゃ駄目。分かった?」

戻ってきた頃にはきっとこの場所は更地に変わって誰も居ないだろうから…。

「!……フルフル」

「駄目」

「や」

「言う事聞きなさい」

「いや!」

「きゃっ!?」

激しく首を横に振りあの子は私の言葉を拒絶すると、彼女はISに強化された肉体で私を軽々と持ち上げる。一緒に連れて行こうと考えているのだろう。一人ぼっちになるのは嫌だから。この子は孤独が嫌いだから。きっと誰かが傍に居てあげないとこの子は生きていけない。でも、此処から逃げなければ今死んでしまう。それだけは私が阻止しなければならない。この子を愛する者として…。

「…大丈夫。迎えに行くから」

彼女の頬に手をそっと触れて優しく語りかける。子供をあやす様に優しく…。

そう、必ず迎えに行く。

「…」

「絶対に、絶対に迎えに行くから。それまで待ってて、ね?」

例えこの身が朽ち果てようとも、必ず迎えに行く。貴女が全てを終えた時に絶対に迎えに行く。そしたらまた一緒にくらそ?またあの暖かな日々を…。

「一人は…いや」

「一人じゃないわ。貴女が行く所は人が一杯居るの。きっと友達も出来る。寂しいなんて事は絶対にない」

「…何処?」

「学校よ。知識にはあるわよね?」

「コクリ…勉強するところ」

「そう。あと、友達を作る所」

「ともだち…」

「そうよ。此処では絶対に作る事が出来ないもの…だから、作っていらっしゃい。きっと掛け替えのない宝物になるから」

その存在は、きっと貴女の人生をより暖かな物へと変えてくれる。貴女を孤独から守ってくれる。もう、私は貴女を守れないけどその友達がきっと貴女を守ってくれるから…。

「…………行ってくる」

「良い子ね」

長い沈黙後、渋々ではあるが友達と言う物に興味が出たのだろう。私の言う事にあの子は従ってくれた。

…そうだ。大事な物をあげるの忘れていた。

「ミコト…」

ぽつりとそう呟く。

「?」

「貴女の名前よ。何時までも3510号だと友達出来ないからね。ミコト・オリヴィア。それが貴女の名前」

番号じゃなく。貴女が貴女だと証明する名前。貴女だけの名前。私が最後に送ってあげられるもの…。

「ミコト…ミコト…」

そう何度も繰り返し呟く。自分に言い聞かせるように。心に刻みつけるように。ミコトは何度も呟く…。

「ん…」

「気に入って貰えたかしら?」

「コクリ…クリスがくれたから」

「…そう」

ああ、卑怯な子だ。もう覚悟していたつもりなのに。そんな言葉を滅多に見せない笑顔と共に言われたら覚悟が揺らいでしまうではないか…。

「っ…これ!『織斑 千冬』と言う人に渡してちょうだい。きっと力になってくれる筈だから」

こみ上げて来る涙をぐっと堪え、手紙を取り出すとミコトに渡す。力になってくれるなんて何の根拠のない出まかせだ。これは唯の私の願望でしか無い。しかし私には彼女にしか頼れる人物なんて居ないのだ。

「ん…」

バサァ…

「ミコト」

翼を広げ飛び立とうとする彼女の背中に私は呼び掛ける。

「?」

「いってらっしゃい」

「…いってきます」

最後の、本当に最後の言葉を交わし、彼女は鳥かごから抜け出し翼を羽ばたかせて大空へと旅立った…。

いってらっしゃい…そして、さようなら。私の愛しい娘…。

娘が飛び去っていった空を眺めながら私はこの数ヶ月間を振り返った。短くも長い日々だった。満たされた日々だった。愛おしい日々だった。

最初の頃は、面倒な仕事を押し付けられたと愚痴を吐いていたと言うのに。いつの間にか、あの子と過ごす日々が楽しくなって。掛け替えのないものになって…。

気付けば、あの子の事を我が子の様に想っていた…。

私の部屋にはあの子との暮した思い出が詰まっており、あの子の写真も沢山保管されている。あの子との思い出。あの子との過ごした日々。それは、私にとって宝物だった…。

どうか、あの子の行く先にも温もりが在りますよう…。私はそう願い天を仰ぐ…。

嗚呼…どうやら終わりみたいね。

後ろの通路から聞こえて来る大勢の足音。きっと軍の人間だろう。私の人生も此処で幕閉じだ。

「ミコト…さようなら」

そう呟いた瞬間、私の視界は紅く染まり。意識はそこで途絶えた…。











――――Side ???






「研究所が所有するIS5機奪取が目的だったんだけど…」

バイザー型のハイパーセンサーが映し出すのは黒煙を上げる研究所と、ハンガーに転がる4機のISの残骸。まさかこっちが襲撃する前に自爆するなんて思いも因らない事が起きてしまった。

面倒な事を…。

自決するのは勝手だがそんな事は私が関与していない所でやって貰いたい。スコールにどう報告すれば良いのやら…。

「ん…?」

センサーに反応が在りセンサーが指す方向を見ると、ハンガーからISが物凄い勢いで飛び出して来る。あの特徴的な翼。報告で聞いたギリシャが開発した第三世代か…。

「せめて1機だけでも確保しないと言い訳も出来ないわね」

何せ、何処ぞの『お構いなしの雨』はこっちの事情など考慮してくれないのだから。

内心そう愚痴を溢すと『サイレント・ゼフィルス』奔らせ、飛び去った新型の後を追う。しかし流石は新型と言った所か、高速機動型なだけはあってこの機体では追い付けそうに無い。接近して取り押さえようと考えたが無理そうだ。なら自慢の羽を千切って落としてしまおう。そう判断した私は『スターブレイカー』を構えて照準を定めて撃ち放つ。

ビュンッ…

『…?』

「避けたか」

易々と回避され少しイラっとしながらも再度狙って銃を撃ち放つ。しかし結果は同じだ。何度撃っても奴には掠りさえしなかった。

「ちっ…ちょこまかとっ!」

『???』

「いい加減落ちろっ!……なっ!?」

苛立ちの籠った声でそう叫ぶ。しかし叫んだ瞬間センサーから新型の姿が消える。

「何処に消えた!…あそこかっ!?」

センサーが再スキャンした結果。新型は私が居る場所とはかなり離れた場所を飛んでいた。一瞬にしてあんなに距離を離されるとは。私は信じられない物を目にしている気分だった…。

『エル。作戦は失敗よ。戻りなさい』

急に響くISのプライベート・チャンネルの作戦失敗を意味する声。

「まだ終わって無い」

『いいえ。貴女のそのサイレント・ゼフィルスではあの新型には追い付けないわ。それに、随分とエネルギーを使ったんじゃない?』

声の主の言う通りゲージがかなり減っていた。このまま撃ち続ければ帰りのエネルギーまで使ってしまう事になるだろう。

『戻りなさい。良いわね?』

「っ…了解」

小さく舌打ちすると、私は方向変えて、新型とは違う方へと飛び去って行く。心に苛立ちを残して…。

『そう苛立たないでよ。どうせまた会うことになるんだから。その時に奪えば良いわ。あの機体が完成している状態で…ね』

励ましている…つもりなど毛頭ないのだろう。唯、声の主は好き勝手に話しているだけ。こちらの都合など関係無しに…。

それに、私が苛立っているのは落とせなかったという悔しさから来るものではなかった。あれは…。

…苛々する。まるで遊ばれているみたいだった。

そう、あれは。まるで遊びに付き合わされているようで。私など眼中に無かったと言った雰囲気で…。

「次は…必ず…」






















―――Side 織斑 千冬
     IS学園




「今日の授業はこれで終了とする。解散!」

「「「「有難うございました!」」」」

もう今年も終わりか。毎年毎年、喧しい馬鹿者共が集まって来るが如何にか物になりつつあるな。まぁ、まだまだひよっこ以前だが…。

全員が礼をするとキャッキャッと騒ぎながら校舎へと戻っていくのを眺めつつそんな事を思っていると、キラリと何かが空で光った様に見えた。

む?何か光ったか?

陽の光で何かが反射して光った様に見えたが…気のせいだろうか?

目を細めじっと空を眺めると、やはり空でまた何かが光った。飛行機かとも思ったが明らかに小さい。それにこの速度…ISか!?

「山田君!今直ぐ生徒達を避難させろ!」

「え?な、何でですか?」

「いいから急げ!」

「は、はいぃ!?み、皆さ~ん!急いで校舎に戻って下さぁ~い!」

私の怒声に涙目になりながらも彼女は慌てて生徒達を校舎へと誘導する。どうにか生徒の避難は間に合いそうだが…しかし何処の馬鹿だ。白昼堂々とこの学園にISで乗り込んで来る奴は。

空を睨み待ち構える事10秒。小さな点だった機影も今ではハッキリと視認出来る。目立つ翼とシルエットから察して高機動特化機と言った所か?

良い度胸だ。捻り潰して委員会に叩きだしてやる。

そう後の事を考えながらも演習で使用していた打鉄に乗り込み。さあ、相手になってやろう。と、勢い良くスラスターを噴かせ向かってくる未確認機体と接触…する筈だった。

「…何?」

余りにも予想外の結果に、呆然と後ろを振り向く。

なんと、接触すると思われたソレは。私など見向きもせずに横をすり抜け、そのまま校舎の方にも向かう事無く大きな爆音と共にグランドにクレータを作り停止したのだった…。

「んきゃあああああっ!?」

…どうやら爆風に巻き込まれた馬鹿者がいるらしい。聞きなれた同僚の間抜けな声に、私は頭を押さえやれやれと溜息を吐いた…。











「この機体。酷く破損してますね。よくこんな状態で…」

グランドに墜落してきた機体は酷い状態だった。両足は千切れかけ、本来なら美しかったであろうその大きな翼も表面が剥げ、無残な物だった。

「攻撃による物では無いな。機体の方が耐えられなくて自壊したのか…」

一体何処から飛んできたかは知らないがとんだ欠陥品だな。この機体は…。

長距離飛行に耐えられず自壊するとは。ISと呼ぶには余りにも酷い出来だ。元々ISは宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツ。現在は軍事転用されているが、それでも攻撃されたのなら兎も角として。飛行しただけでこうはならないだろう。

「何処の機体でしょう?見た事無いですね」

私の記憶にもこんなISは存在しない。こんな余りにも特徴的な機体を見れば忘れる事はないだろう。

「どこぞの国が鉄砲玉として送り込んで来たかとも思ったが…どうやら違うらしい」

「て、鉄砲玉って…」

そんな馬鹿な事を考える連中がこんな間抜けな事をする訳も無いだろうし、それにこの機体。どうやら武装もしていないらしい。

「と、とりあえず!パイロットを助けましょう!…ってええ!?」

「…っ」

これは…どう言う事だ?

クレータを滑り降り、半壊した機体からパイロットを引き摺り下ろそうとコクピットに近づいた私と山田君はパイロットの顔を見て言葉を失う。何故ならそのパイロットは…。

「お、織斑先生…?」

私と瓜二つの少女だったのだから…。









あの後、私と山田君は急いでこの少女を保健室に運んだ。幸いな事に、シールドはちゃんと機能していたため彼女の身体に怪我は存在しなかった。

「疲労で眠っているだけで、命には別状はないそうです」

「そうか…」

夕陽に照らされて茜色に染まる保健室のベッドで白い少女は眠っていた。彼女の言う通り本当に疲れていただけなのだろう。その表情はとても安らかな物だった。

「あの、この子は一体何者なんでしょうか?えっと、その…何て言うか…」

「私に似ている、と?」

「あ、はい…」

言葉に困っていた彼女に私はハッキリと発言すると彼女は目を逸らして頷く。確かに聞き辛い事なのかもしれないが、真実を先程知ってしまった私にとっては何を今更と言った感じが強く。特にコレと言って気にする様な事は無い。

不快極まりない事は変わらないがな…。

ポケットから封筒を取り出すとそれを睨みながらそう思う。この少女を保健室に運んだ後。私はこの封筒の中身を確認したが。本当に不快極まりない内容だった。

「あの…?その封筒は?」

「別に中身を見ても構わないですよ」

「え?あ、はい。えっと、手紙…ですね?なになに……これは」

手紙の内容に彼女の表情が困惑から一気に眉がつり上がり真剣な物へと変わる。唯事では無いと判断したのだろう。まぁ、この学園に居る以上、こう言う事は表に見えないだけで裏では日常茶飯事なのだが。今回はかなり特殊な例だ。

「この浸みは…涙ですね。それに何度も書き直した痕…」

「…」

この手紙を書いた本人はこの少女とどんな関係で、どんな気持ちだったのだろうか。私にそれを知る術は無いがきっと悔しい気持ちで一杯だったに違いない。この少女を手放す不甲斐無さ。この少女を守れない自分の無力さで…。もし、自分もこの書き手と同じ状況だったらどうしただろう。一瞬、弟の顔が頭を過ぎったが直ぐに私はそれを振り払う。

私は、決して手放したりなどしない。守ってみせる…。

「…あとは、データディスク?」

封筒から出て来たのはデータディスク。私を不快にさせた原因がそのディスクの中に入っている…。

「何が入ってるんでしょう」

「『クローン計画』とやらの情報だよ」

「クローン…計画…ですか?」

「さっきも君は言っただろう?私にそっくりだと。つまりそう言う事だよ」

クローン計画。私の遺伝子でクローンを培養。私と同じ能力を持ったIS操者を量産すると言うふざけた計画だ。まさか私が知らぬ所でそんなものが行われていようとは…。

「そんな…だ、だって!人間のクローンは!」

「国際条約で禁止されている。だが、これは事実だ」

目の前の少女は紛れも無く私のクローンだ。肌と髪の色は異なるがな…。

「…この子どうするんですか?」

「…」

―――この子を、守って…。

守って…か。何と身勝手な事を言ってくれる。

IS学園特記事項。本学園に於ける生徒は、その在学中に於いて、ありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。この学園の生徒になれば少なくとも3年は身の安全が保障される。そして、この少女なら生涯安全が保障されるだろう。その寿命故に…。

だが、それは学園側が受け入れればの話だ。こんな厄介事受け入れるとは考え辛い。特に、この子の出生を知れば尚更だ。

「この子を守ってって…この手紙を書いた人はどうしたんでしょうか?」

「…さあな。最悪、死んでいるかもしれんな」

「そんな…だったら何でこの子と一緒に逃げなかったんですか!?」

「この少女個人なら学園が受け入れる可能性が高くなるからだ。この手紙の主が一緒に居れば学園の性質から考えて確実に受け入れを拒否しただろう。少しでもこの子供が助かる確率を高める為、自分の命を切り捨てたか。別の意味でもな…」

あの機体の破損状況。一人だから此処まで辿り着いたものの、もし二人なら途中で墜落していた。

そして、この学園でなければ延々と逃亡生活をしなければいけなくなる。死と隣り合わせの…。国は絶対に逃がしはしないだろう。ならせめてこの子だけは…と、そう言う事だ。

やれやれ…。

がしがしと頭を掻く。望んでも居ないと言うのにどうして厄介事とは立て続けにやって来るのか。それに…。

「…盗み聞きとは良い度胸だな。更識 楯無」

「えっ?」

「あらら…ばれてましたか」

ぱちんと扇を閉じる音を響かせひょこりと保健室の入口から顔を覗かせると、奴は悪びれる様子も無く部屋に入ってくる。

「何の用だ?まぁ、聞かなくても分かるが」

「はい♪生徒会長としてのお勤めを♪あとそのディスク下さいな♪」

「ほざけ。暗躍する生徒会長なんて居るものか。あとやらん」

どうせ遅かれ早かれ自力で情報を入手するだろうが。

「人聞きが悪いですね。せめて警護って呼んで下さいよ」

扇で口元を隠して優雅に笑う更識だったが。その笑顔を向けられた私はまったく笑ってはいなかった。寧ろその笑顔を見て唯でさえ苛立ってると言うのに更に苛立ちが増し、隣に居る山田君ががくがくと震えていた。

まったく、とことんイラつかせる奴だ…。

「ああ、あと。あの機体の解析が終わりまたよ」

何故それを貴様が知っているなどとは聞かない。もう質問するのも疲れる…。

「機体名は【イカロス・フテロ】何て言うか、名は体を表すって感じですね」

「イカロスの翼、ですか…ギリシャ語ですね」

「皮肉な名前を付けたものだ。由来した物語と同じ結末になるとはな。笑えん」

「機体の方も欠陥も欠陥ですからねぇ…どうするんです?このイカロス少女」

…。

「…貴様はどうして欲しいんだ?『生徒会長』殿?」

「私としては厄介事を持ち込まれるのは困りますけど、このIS学園に厄介事なんて日常茶飯事ですし。今更って感じですね」

否定出来ん…。

くすくすと笑う更識に頭を押さえる。本当に彼女の言う通りなのだから困る。だからこそ持ち込みたくないのだが…。

「私は『委員会』の決定に従うだけですよ。それが仕事ですから」

「ふん、狗が」

「酷いですね。生徒会長と言う責務を果しているだけじゃないですか」

黙れ女狐め。

「それで、どうするんです?」

「…さて、な」

安らかな寝息をたてている少女を見る。

―――この浸みは…涙ですね。それに何度も書き直した痕…。

…まったく。

助けてやる義理は無い。寧ろ自業自得とも言えるだろう。しかしあの手紙の事を思い出すと、どうしても良心がズキズキと痛む。あの一言は無駄に言葉を並べるよりも遥かに重みがある物だった。

「はぁ、面倒事が増えたな…」

今からやらなけれならない山積みの仕事の事を考えると、溜息を吐かずにはいられなかった…。



















あとがき

会長が出る5巻はまだ読んで無いからキャラが書けないと言う(゜Д゜;

早く6巻まで読み進めないと…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第一話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/08 01:03

桜舞う春の空。暖かな風は花も甘い香りを運び学園の桜の樹を揺らす。

「ん~~♪」

今日の気分は気分は絶好調。この良い天気と暖かな気温は空を飛ぶのにもってこいのコンディションだろう。私は屋上で空を眺めてそんな事を考える。しかし何故だろう。何か忘れている様な気がする…。

「………ん」

ん、まぁいい…。

忘れると言う事はきっとどうでも良い事なのだろう。私は引っ掛かる事を記憶の奥の方に仕舞い込んで空を眺める事に集中する。本当にいい天気だ。千冬や真耶にイカロスを使っては駄目と言われているから使わないが、本当なら今直ぐにでも飛んでいきたい気分だ。でも、飛んだら千冬が怒るからやめておく。千冬は怒ると叩くから苦手だ。

「むぅ…」

早く飛びたい。真耶が言うにはもう少し我慢したら好きなだけ飛んで良いよと言っていたが、何時まで我慢すればいいのだろう?

「ん~~…」

もう少し我慢する。今はこのぽかぽかで暖かな日差しの中で空を眺めて、お昼寝でもしよう。

「すぅ…」

そうして、私は今日もいつも通りお日様に見守られながら眠りについた…。

クリス…。

優しい母に包まれて眠る夢を見ながら…。














第一話「白き少女」













――――Side 織斑 一夏





「全員揃ってますねー。それじゃあSHRを始めますよー」

にっこりと笑顔で微笑み黒板の前でそう告げるのは俺のクラス副担任である山田真耶先生。身長は低めで外見も生徒に混じっても違和感ない程だというのにこれで先生だと言うのだから世の中分からないものだ。

しかも着ている服も少し大き目でサイズが合って無く。なんだかその姿は背伸びをする子供を連想させる。本人に言ったら怒りそうだが…。

これもこの学園だからこそ、なのか?な訳無いか。

入学式で他の教員を見たが別にそう言う訳でもなかったし。まぁ、それでも他の学校と比べれば若い先生も多くて皆女性教員だったけど。

「それでは皆さん。一年間よろしくお願いします」

『…………』

し~ん…

柔らかな笑顔での挨拶。本来なら見惚れても良い程のその笑顔もこの教室を包む変な緊張感の中では何の意味もなさない。誰一人山田先生の挨拶に無反応なのだ。まぁ、その変な緊張感というのは多分、自分が原因だろう。絶対。だってこの教室に入った時からずっと背中に視線が突き刺さって痛いんだもん…。

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で…」

ああ、可哀そうな山田先生。まさか無反応だなんて思わなかっただろうに…。

でもスイマセン。反応してあげたいんですけど突き刺さる視線で金縛り状態なんです。動かないんです。むしろ俺を助けて下さい。何故?何故って、お前…。

俺以外のクラスメイトが全員女子だからだ!

そう、此処は女性にしか動かす事が出来ない兵器。IS(インフィニット・ストラトス)の操縦者を育成するための学校。つまり、女性しか入学出来ない訳である。本来なら…。

突き刺さる視線の理由は当然クラスにぽつんと男子が一人だけ居るから。しかも目立つ『真ん中の前から二列目の席』。そりゃ目に入るし気にならない訳が無いし視線も集まる。しかもこの学園に来る前に、ニュースで大々的に世界に自分の存在を放送されたのだからちょっとした有名人だ。自分は望んでなんていないし有名になっても嬉しくもないが。何故なら現在の様に見世物状態になるのだから…。

何でこんな事になったんだっけ…。

思い起こせば今年の2月。俺、織斑一夏が試験会場を間違ってISを起動させてしまったのが原因だ。女性にしか動かせない筈が何故か男の俺が動かしてしまって俺の意思に関係無く強制的に入学させられてしまったのだ。まぁ、ぶっちゃけると誰が悪いか問われれば会場間違えた自分が悪いですすいませんでした。って話になる訳だが…。

弾ならハーレム最高!とか言って喜ぶんだろうけどなぁ。

実際に男一人で女に囲まれるという体験している身から言わせてもらえれば、男子校行きたいです。マジで…。

ちらり

「………」

救いを求めて窓側の席に視線を向けるのだが、その視線の先に座っていた無慈悲な幼馴染 篠ノ之 箒は視線を送っても顔を逸らすだけ。箒さんや、それが6年ぶりに再会した幼馴染に対する態度でしょうか?もしかして俺嫌われてる?俺何かした?なんにも記憶にないのですが…。

「……くん。織斑 一夏くん!」

「は、はいっ!?」

目の前から聞こえる自分の名を呼ぶ大きな声によって逃避していた魂を現実へと引き戻され、はっとして裏返った声で返事をしてしまう。

「あっあの、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる?怒ってるかな?ゴメンね、ゴメンね!自己紹介、『あ』から始まってい今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、ゴメンね?自己紹介してくれるかな?だ、駄目かな?」

掛けているメガネがずり落ちそうになる程ペコペコと頭を下げる山田先生。何て言うか、その、先生としての威厳が全く無い…。生徒にそんなに頭を下げるのはまずいんじゃないだろうか?それに今日は入学初日であって生徒に舐められる様な事はしない方が…。

「いや、あの、そんなに謝らなくても…っていうか、自己紹介しますから、先生も落ち着いてください」

「ほ、本当ですか?本当ですね?や、約束ですよ?絶対ですよ!」

がばっと顔をあげて、俺の手を取り熱心にそう聞いて来る山田先生。

いや、そんな熱心に言わなくても…。ていうか皆自己紹介してるのに俺だけやらないって言うのは不味いでしょ。雰囲気悪くなるし。てか近い、近いって!

何にしても、自己紹介は入学初日のイベントみたいなものだからやるしかないだろう。やると言ってしまったしやってやろうではないか。何事もはじめが肝心だ。最初の印象が交友関係を大きく左右させる。

さてと、何と喋るべきか…ん?

自己紹介を始めようと席を立ったは良いものの。俺の意識は自分の前の席に集中する。

空席…?

そう、空席である。入学初日に。別に珍しいと言う訳ではないだろう。風邪かもしれないし家の都合かもしない。でも、俺は前の空席が妙に気になった。さっきまで現実逃避して気付かなかったくせにとは言わないで貰いたい。色々と一杯一杯なのだ俺も。

「あの…」

気になったので山田先生に聞いてみる事にする。副担なんだしこの空席の生徒の事も知ってるだろう。

「はい?何ですか?」

「いや、どうでも良い事なんですけど。前の席の人はどうしたんです?」

「え?ミコトちゃ…こほん。オリヴィアさんですか?さ、さぁ、どうしたんでしょう?入学式にも居なかったですし…あわわ!もしかして事故に遭ったんでしょうか!?」

いや、俺に聞かれても…。

大丈夫なのかこの先生は?涙目でうろたえている山田先生にそう思わずにはいられなかった。とりあえず分かった事は前の生徒の名前はオリヴィアさんって事と、先生も理由が知らないって事だ。

まあ、知らないならしかたないし。ただ単に気まぐれで気になっただけでそこまでして知る事でもないから良いか。

「山田君。オリヴィアは学園で暮らしてるのだから事故に遭う訳無いだろう」

…え?

沈黙の教室に凛として聞きなれた声が響いた途端、教室中がざわめき出す。だが、俺はそんなざわめきなど耳に入って来ない程に混乱していた。何故なら、突然現れて俺の目の前に立っていたのは…。

「あ、織斑先生。会議は終わられたんですか?」

「ああ、山田君。クラスの挨拶を押し付けてすまなかった」

世界で唯一人の家族で姉である織斑 千冬だったのだから…。

職業不詳で家にろくに帰ってこないで危ない仕事でもやってるんじゃないかと思ってたらまさかIS学園で教師をしてただなんて…。

「そ、そんなことより大変なんですよ織斑先生!オリヴィアさんが!」

「どうせまた自由気ままに散歩でもしているんだろう。入試の時だって…」

「あの時は心配しましたよ~!試験会場に来ていないって連絡を聞いた時は授業ほっぽりだして飛び出しちゃいましたもん!」

おい教師!

「まぁ、結局は学園の屋上でぼーっと空を眺めてただけというオチだったがな」

そいつも随分とフリーダムですね!?

今の会話を聞いていると随分とアレな奴だと言うのが分かる。て言うか良く合格できたな。フリーパスで此処に来ている俺が言うのも何だが。

「まぁ、アイツの事はどうでも良い。どうせふらっと此処に来るだろう」

良いのか。それにしても珍しい。あの厳しい千冬姉が規則違反を許すなんて…。

一体どんな人物なのだろう?千冬姉がそんな自由気ままな行動を許すなんて束さん位しか思い浮かばない。まぁあの人は色んな意味で規格外なので参考にすらならないけど。それに千冬姉も許していると言うより諦めていると言った方が正しい。

「諸君、私が織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。出来ない者には出来るまで指導してやる。逆らっても良いが私の言う事は聞け。良いな」

何と言う暴君。流石は千冬姉だ…。

無茶苦茶な暴力発言に批判の声が上がるかと俺は思った。しかし、教室にはそんな声はまったく無く、それどころか喜びに満ちた黄色い声が響いた。

「キャーーーー!千冬様、本物の千冬様よ!」

「ずっとファンでした!」

「お姉様に憧れてこの学園に来たんです!」

お姉様って…いや、何も言うまい。

元々此処は女子高みたいなもんだし、そう言う物なんだろう。そうに違いない。そう自分に言い聞かせる。

「あの千冬様にご指導していただけるなんて嬉しいです!」

「私、お姉様のためなら死ねます!」

有名なんだなぁ千冬姉は。でも最後の人は落ち着こうな。

きゃーきゃー騒ぐ女子生徒達。まるで人気アイドルを前にして騒ぐファン達の様だ。たぶん間違ってはいないのだろうが騒がれている千冬姉本人はかなりうっとうしそうにしている。

「毎年、よくこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも私のクラスだけ集中させているのか?」

頭を押さえて本当にうっとうしそうに溜息を吐く千冬姉。毎年これなら気持ちは分からなくもないが、しかし愛想良くしても罰は…。

「きゃあああっ!お姉様!もっと叱って!罵って!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾して~!」

前言撤回。今のままで宜しいかと存じます。むしろ毎年良く我慢できるね。流石、千冬姉である。

「やれやれ…まぁいい。織斑続けろ」

「え?…あっ、ああ!」

自己紹介ね。忘れてたよ。場の空気に流されて…。

濁流だったけども。

「えっと………織斑一夏です。よろしくお願いします」

名乗り終えると、頭を下げそして上げる。はい終了これで終わり!と言うつもりで頭を上げたのだが…目の前の女子生徒達は『もっと色々喋ってよ』的な視線を送って来る。そして『これで終わりじゃないよね』と言う場の空気。すいません終わりです。別に話す事なんて特にありませんし自慢する程の趣味や特技もありません…。

『………』

し~~~~ん…

…えーと。

どうする?どうするよこの空気。頼む助けてくれ幼馴染!と視線を箒に向けるがやはり逸らされる。薄情者め…。

い、いかん。このままじゃ『暗い奴』のレッテルを貼られてしまう。

考えろ。考えろ俺。まだ何か方法がある筈だ。俺は脳をフル稼働し思考を巡らせ、そして…。

「以上!」

大きな声で堂々と自己紹介の終了を告げる。それを聞いた途端、一斉にずっこける女子生徒達。彼女達は一体俺に何を期待していたのだろうか…。

パァンッ!

「いっ―――!?」

無駄にでかい音と共に後頭部に衝撃と激痛。後ろを振り向けば千冬姉が出席簿を片手に俺の真後ろに立っていた。あの出席簿で叩いたのかそりゃ痛い訳だ。

「挨拶も満足に出来んのかお前は」

「いや千冬姉…俺は…」

「学校では織斑先生と呼べ」

パァンッ!

よ、容赦ねぇ…。

二度目の衝撃に「うおおおお…」と呻き声を上げながら頭を抱えて縮こまる。

「え?織斑くんって、あの千冬様の弟…?」

「それじゃあ、世界で唯一ISが使えるのも、それが関係して…」

しまった。今のやり取りで俺と千冬姉が姉弟だと言う事がクラスの皆にばれてしまったようだ。まぁ、遅かれ早かればれる事だから問題無いだろう。

「無駄な事に時間を使ってしまったな。では次の生徒自己紹介を……まったく、漸く来たか。馬鹿者め」

え?誰がだ?

俺の自己紹介が終えて次の生徒の番に移ろうとした時、突然千冬姉が妙な事を言いだした。漸く来たか。確かに千冬姉はそう言った。しかし、教室には誰もやって来てはいない。俺を含めて千冬姉を除く教室の全員が困惑するが千冬姉本人はそんな俺達の事を気にもしないでその『誰か』が来るのを待つ。

ガラッ

ホントに来た!?

すると、驚くべき事に千冬姉の言う通り黒板側のドアが開いて前の空白の席の主であろう生徒が入って来たのだ。しかし本当に驚くべき事はそれでは無かった。その生徒が入ってきた途端。再び教室中がざわめき出し、誰もが自分の目を疑った。俺も、今まで我関せずだった箒も目の前にある光景に言葉を失う。何故なら…。

「遅刻だ。何をしていた馬鹿者」

「空…みてた」

教室に入ってきた千冬姉と並ぶ白い少女は背や髪、肌の色は異なるものの、千冬姉と瓜二つだったのだから…。

「え?千冬様の妹?」

「そっくり…」

「でもオリヴィアって名字だよね?」

そんな訳が無い。俺に妹なんていないし俺は彼女を知らない。全くの初対面だ。

え?ど、どう言う事だよ!?

他の生徒達は千冬姉の小さい頃を知らないから似てる程度にしか思わないだろうが俺は千冬姉が小さい頃から知ってるから分かる。そっくりとかそう言うレベルでは無い。同じなのだ。まったく。千冬姉の黒とそっくりさんの白でまるでコントラストを見ている気分だ…。

パァンッ!

千冬姉にそっくりな少女に千冬姉は俺と同様に容赦無く出席簿を少女の頭に叩き込む。

「あぅ…」

頭の痛みに叩かれた所を両手で押さえる白い少女。先程俺も叩かれたから分かる。あれ、痛いよね。

「馬鹿者が。いい加減自由放漫な態度は直せと言っているだろう。…まぁ良い。自己紹介をしろオリヴィア」

「…ん」

若干恨めしげに視線を送りながら頷くオリヴィアと呼ばれた少女。そして千冬姉の指示通りに戸惑う俺達を前に自己紹介を始める。

「…ミコト・オリヴィア」

『………』

し~~~~ん…

あれ?デジャヴ?

静まり返る教室にそして名前を言った後、黙りこむオリヴィアさん。この光景さっきにもあった様な気がするのは気のせいでは無いだろう。だって当事者は俺な訳だし。

「(え?それだけ?)」

「(他にも言うべき事あるよね!?)」

「(千冬姉様の関係とかほら!)」

何やら期待やら好奇心に満ちた視線を送る生徒達だが、その視線を向けられる当のオリヴィアさんはまったく気にしていないというより気付いていない様子。たぶんこのまま放置すれば自己紹介は終わるだろう。俺みたいに。

「あ、あの~、オリヴィアさん?他にも色々ありますよね?昨日練習したよね?ね!?」

「?」

何故か山田先生が必死になって訊ねるがオリヴィアさんは唯首を傾げるだけ。しかし昨日練習したと言うのはどう言う事だろう。山田先生とオリヴィアさんは私生活でも親しい間柄なのか?

「す、好きな物とか苦手な物とか~!」

涙目でそう訴える山田先生。何て言うか見てるこっちが辛くなって来る。生徒を不安にさせる教師ってどうなんだろう?

『(だから何故先生がそんなに必死になってるんですか…)』

恐らく、慌てふためく山田先生を見て教室に居る生徒全員がそう思っただろう。

「…好きな物は空と鳥。嫌いな物は暗いところ。狭いところ」

後半のやつは物じゃなくて場所だな。

「あと、専用機持ち…」

専用機と聞いてざわっと教室中がざわめく。

ん?専用機?

専用機と言う単語は俺には良く分からないのだが、周りの生徒の反応から察するに随分と凄い事のようだ。良く分からんが…。

「…おわり」

パァンッ!

「あぅ…」

「織斑と言いお前と言い…もう少しマシな挨拶があるだろう」

「…苦手な物は千冬」

パァンッ!

「あぅ…」

「織斑先生と呼べ。馬鹿者」

容赦ねぇ…。

しかし今の会話で千冬姉もオリヴィアさんと知り合いだと言う事が分かった。オリヴィアさんが千冬姉に似ているのはやっぱりそれと関係しているのだろうか?

ま、まさか!?顔も知らぬ親の隠し子!?

可能性は0じゃない。寧ろその可能性がかなり高―――。

パァンッ!

「な訳あるか」

何故俺の考えた事が分かるんだ…。

と、そこんな事をしている間にチャイムが鳴る。

「さぁ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えて貰う。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか、良いなら返事をしろ。良く無くとも返事をしろ。私の言葉には返事をしろ」

選択肢が無いじゃないか…。

何と言う鬼教官。千冬姉が厳しいのは承知しているがこれは俺が知っている家に居る千冬姉の比じゃない。実はこの人、千冬姉に変装した別人では無いだろうか。そっくりさんが目の前に居る訳だしもう一人くらいそっくりさんが居てももう俺は驚かないぞたぶん…。

それにしても…サプライズ満載な入学初日だ。女子生徒だけの教室に実の姉が担任で、しかもその姉のそっくりさんまでいると言う。俺はこんなんでこの先やっていけるのだろうか?不安である。

「何時まで呆けている。馬鹿者」

パァンッ!

…本当に、不安である。

「…ジィ~」

「な、何だよ?」

自分の席にやってきたオリヴィアは、そのまま席に座るかと思いきや何故かじっと俺の方を見つめて来ては一向に座る気配が無い。

「…同じ?…違う…少し違う」

「は?何を言って…」

突然、意味深な言葉を言い出すオリヴィアに俺はどう言う意味か気になり、訊ねようとしたのだが、それは千冬姉の出席簿により阻まれてしまう。

パァンッ!

「あぅ…」

「早く席に着け」

叱られて素直に席に座るオリヴィア。しかし俺は今の言葉がどうしても気になってしまう。『…同じ?…違う…少し違う』あの言葉はどう言う意味なのだろう?同じとは何だ?何を指しているんだ?それに、彼女の纏う雰囲気。どうしても俺は彼女と他人の様な気がしなかった…。


















あとがき

祝!原作開始!

てか主人公なのに登場シーン短いなおい!?



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/16 03:10
―――一夏達がIS学園に入学する前のある日…。




「ふんふ~ん♪ふんふんふ~ん♪」

そこは奇妙な空間であった。部屋は薄暗く詳細不明な機材で埋め尽くされ地面を埋めつくすケーブルはまるで木々の根っこ。そんな不思議空間に響くのは若い女性の鼻歌とキーボードの叩く音のみ。キーボードをまるで楽器のようにタイピングして歌う女性の名は篠ノ之 束。ISの開発者である。

ぱらりろぱらりらぺろ~♪

「お?きたきた~♪」

まるで電話が鳴ると予想していたかのように独特な着信音を鳴らす携帯を見てにんまりと笑みを浮かべる束。その独特な着信音を鳴らす携帯をダイブしながら手に掴むと、すかさず携帯を開くと耳に当てた。

「もすもす~終日♪待ってたよ~♪ち~ちゃん♪」

『…まるで私が電話を掛けて来ると予測していたみたいだな』

電話の相手は織斑千冬であった。篠ノ之 束と織斑 千冬。その出会いは小学生から始まり。以来ずっと同じ学校同じクラスという。切っても切れない腐れ縁の仲である。まぁ、切れなくしているのは束本人が色々と細工をしているからであるのだが…。

「愛で繋がってるから…って待って待ってぇ!切らないでぇ~!」

受話器から電話を切ろうとする気配に気付き慌てて引き止めようとする束。二人の電話での会話はいつもこんな感じだ。

『気色の悪い事を言うからだ』

「もう、照れ屋さん♪…まってまってぇ!ちーちゃぁん!」

『…はぁ、まぁいい。今日は二つ頼みたい事が合って電話を掛けた』

「んん~?何かな何かな?ちーちゃんの頼みなら何だって聞いちゃうよ~?」

実際に篠ノ之 束に不可能は無いのだろう。ISを生み出した誰も匹敵する事が出来ないその頭脳。その気になれば世界だって征服できるかもしれない。だからこそ世界各国は篠ノ之 束を必死で探しており、自分達で保護したいと企んでいるのだ。

『クローン計画とやらに関わっていたクリス・オリヴィアの安否を知りたい。此方で調べても戸籍が抹消されていて調べようが無くてな』

「お安い御用だよ~。ちょちょいのちょ~いっと~!」

軽いノリで返事をすると、束は軍のデータベースを楽々とハッキングしてしまう。その掛かった時間は僅か3秒。軍のセキュリティーは涙目である。幾ら天才でも限度を超えている。

「ん~…残念だけどその人死んじゃってるよ?ギリシャに住んでたみたいだけど」

『…そうか』

「二つ目は~?」

人が死んだと言うのに軽い気持ちで次の話題に移る。束にとって千冬を入れた3人以外は興味の対象外で死のうが生きようがどうでも良い事なのだ。先程、残念と口にしてはいたがあれも本心ではないのだろう。

『ああ、実は直して貰いたい機体があってな…』













第2話「ともだち」












――――Side 織斑 一夏




「あー……」

まずい。耐えられん…。

一時間目のIS基礎理論授業が終わって今は休み時間。なのだが、この教室内の異様な雰囲気の所為で俺は気が休まる事が無く。今にもその重圧で押しつぶされそうだ…。しかも世界でニュースになった所為で廊下には俺の姿を見る為に他のクラスからも新入生や在校生が詰めかけている。本当に動物園の動物の気分だ。これはSHRも時よりもひどい…。

そりゃ、女子高に男子が入学してきたと聞けば好奇心が湧くのは当然なのだろうが休み時間もこれだと本当に身が持たない。誰か助けてくれる人物はいないのだろうか?居ないだろうなぁ…。

「…ちょっと良いか」

「え?」

助けを求めていた所に、空気を呼んだかのように話し掛けてくる女性の声。俺は慌てて顔を上げると、そこに居たのはあれだけ我関せずの態度を取っていた六年ぶりの再会になる幼馴染の篠ノ之 箒だった。

六年も経つが髪型は今も昔も変わらずのポニーテール。雰囲気も昔のまま。いや、六年前よりも更に鋭さを増したようにも思える。例えるなら日本刀の様だ。

「廊下で…は無理だな」

廊下を見れば女子で埋め尽くされており、視線も気になって落ちついて話も出来そうに無い。とりあえず人の目が無く落ちつける場所が俺としては好ましい。もっとも、此処以上に人の目がある場所なんてそうそう無いだろうが…。

「早くしろ」

「お、おう」

自分について来いと言わんばかりに廊下へ出て行ってしまう箒。そして箒がやって来ると廊下に居た女子達一斉にざあっと道を空ける。まるでその光景はモーゼの海渡りだ。

まぁ、そんなこんなで移動に苦労せず屋上にやって来れた俺と箒。屋上は授業を挟む短い休憩もあってか、人の姿は見られなかった。勿論俺達の後を付いて来て屋上の入口には教室の時同様に女子達で溢れていたが。まぁ、教室よりは幾倍もマシだろう。

しかし屋上にやって来たは良いのだが、話し掛けて来た箒は一向に話し掛けて来ようとしない。屋上まで連れて来て置いて何も話さないとはどう言う事なんだ?あの場から抜け出せただけでも俺は助かるがこれはこれで辛いぞ。

「そういえば」

「何だ?」

何時までも無言でいるのも気まずいのでふと思い出した事もあり俺から話を切り出す。

「去年、剣道の全国大会で優勝したってな。おめでとう」

「………」

俺の言葉を聞いて顔を赤らめる箒。いかん。どうやら気に障る様な事を言ってしまったみたいだ。何か表情が険しい…。

「何でそんな事知ってるんだ」

「何でって新聞で見たし…」

「な、なんで新聞なんか見てるんだっ!」

何を言ってるんだ箒は。意味が分からないし言っている事が無茶苦茶過ぎる。まさかこんな所まで連れて来られて新聞読むな何て言われるとは思わなかった。まぁ、無茶苦茶言われたが相変わらずの男っぽさに安心した。元気そうでなによりだ。

「まぁ、その、何だ…」

まずこれは言っておくべきだろう。久々にあったのにまだ済ませて無いし。

「何だっ!?」

少しは落ち着け…。

「久しぶり。六年ぶりだけど、箒ってすぐ分かったぞ」

漸くこの言葉を言う事が出来た。拙宅再会したのに挨拶無しは寂しいもんな。

「え…」

「ほら、髪型一緒だし」

やはり箒にはポニーテールが良く似合う。サムライってイメージだし。

「よ、良くも覚えているものだな…」

「いや、忘れないだろ。幼馴染の事くらい」

「………」

ギロリ

いや、そこで睨む。怒る。不機嫌になる!?

キーンコーンカーンコーン

どうやら休憩時間も終わりらしい。二時間目を告げるチャイムにそれまで入口を埋めつくしていた女子達も授業に遅れる訳にもいかないので自然に教室へと戻っていく。

「さて、俺達も戻る…あれ?」

戻るか。と言い掛けた所で俺は屋上の片隅に視線が止まり。言い掛けていた言葉も疑問へと変わる。

「どうした?」

「いや…あれ」

俺は視線を先を指差す。指された場所にはあの千冬姉に瓜二つの少女。ミコト・オリヴィアがチャイムが鳴ったと言うのに教室に戻ろうともせず空を眺めている姿があった…。

「あいつは…」

やはり箒も気になるのだろう。箒も千冬姉とは小さい頃からの付き合いだ。それに箒の姉である束さんは千冬姉に親友でもある。気にならない方がおかしいだろう。

「あいつ、チャイムが鳴ったのに戻ろうとしないみたいだけど。大丈夫か?」

流石に入学式、SHR、そして授業までその日の内に3回遅刻したなんて笑い事じゃ済まされないぞ。千冬姉もそろそろ堪忍袋の緒が切れるかもしれない。唯でさえ怒って無いのが不思議なくらいなのだから…。

「声掛けた方が良いよな?やっぱり…」

「え、あ、ああ…そうだな…」

気が進まないのか、箒から返ってきた返事はハッキリしない物だった。まぁ、気持ちは分かる。身内にそっくりな人に出逢ったんだ。戸惑うのも無理は無い。俺だってそうだ。

でもだからって放置する訳にもいかない。という訳で急いでオリヴィアの居る場所に掛けて行き話し掛けてみた。

「お~い!オリヴィア!もう授業始まるぞ~!」

「…?」

声を掛けられたオリヴィアはこちらに気付くと視線を空から外し俺達の方を見て不思議そうな表情を浮かべる。

…いかん。やっぱり何度見ても千冬姉にしか見えない。

ぽわわんとした雰囲気は本人とは全くの別人なのだが。やはり顔立ちは本人その物で身内である俺には何度見ても戸惑ってしまい。今、感じているこの何とも言え無い気分は慣れそうに無い。

「…じぃ~」

また見つめられてるよ…。

SHRの時もそうだったが何故この子は俺をこんなに興味深そうに見つめるんだ?いや、他の女子も眺めてはいたがこの子の送って来る視線は他の女子の好奇心で向けて来る視線とは何か違う様な気がする

「やっぱり…ちがう…」

まただ。一体何が違うって言うんだ?

「違うって…何がだよ?」

「『私達』と少しちがう…」

…私達?

わ、分からん。この子が何を言いたいのか全く分からん。言葉が足りなさ過ぎる。

ちらっ…

「………」

箒に視線を送るが箒も何を言っているのか分からない様子で唯首を左右に振るだけ。困り果てた俺はとりあえず授業が始める事を伝える事にした。

「ええっと…とりあえず教室に戻ろうぜ?授業が始めるし」

「?」

いや、そんな不思議そうにされても困るんだが…。

話題を切り替え様としたが返って来たのは首を傾げて不思議そうにしているオリヴィアの表情のみ。そして俺は確信した。この少女は千冬姉でとは別人であると。何故なら千冬姉がこんなに可愛い仕草をする訳が無い。俺の姉がこんなに可愛いワケが無い!

「一夏。今何を考えた…?」

「イヤ、ナニモカンガエテナイゾ…?」

隣にある物凄いオーラを感じてだらだらを汗を流しながら俺は必死に誤魔化す。あれ?隣を見ていないのに鬼の姿が脳内に映ってルゾ?

「と、とにかく!早く教室に戻ろうぜ?千冬姉…じゃなくて、織斑先生にまた叩かれるぞ?今度は割と本気で…」

唯でさえ出席簿で叩かれるのは痛いのだ。それに千冬姉の怒りが加わればまさに鬼に金棒状態になる訳で。…ん?何か違うか?

「?…どうして?」

「どうしてって…授業があるからだろ?勉強するために学校来てる訳だし」

まぁ、授業の大半を理解できていない俺が言うのも何なんだが…。

「…勉強?」

「そうだな。勉強だ」

「勉強…学問や技芸を学ぶこと。学習する事」

「え?まぁ、そうだな。それで間違って無いと思う」

勉強の意味なんて普段普通に使っている言葉だから考えた事は無かったが、オリヴィアが今言った事で間違いないだろう。

「ん…なら、必要ない」

「え?」

「全部おぼえてる」

「ええ゛!?」

今何と言いましたかこの子は!?全部と言うのは学校で習う事全部と言う意味か!?一時間目の基礎知識でさえ俺には意味不明だったと言うのに全部覚えてるだと!?

アホの子っぽい雰囲気を漂わせていると言うのにこのギャップ。俺は自分の耳を疑い慌てて箒の方を見るが箒も俺同様に目を丸くしていた。

「専用機を持っている事から優秀なのだろうとは思ってはいたが…」

専用機持ちって凄いんだなぁ…。

箒の言葉にほへぇ~と息を漏らすと自分が入学した学校の凄さを改めて思い知らされる。超エリート校の名は伊達じゃない。俺なんてISの事が無ければこんな学校に入学出来る筈が無いのだ。成績なんてあんまり良い方でも無いし。

しかし、だからと言って授業を受けなくて良いと言う事にはならないだろう。此処は学校で俺達はこの学校の生徒だ。ならこの学校のルールに従う義務がある。

「でも、サボりはいけないだろ?」

「?…サボリ?」

「サボタージュの略だな」

「破壊活動…してない」

…うん。言葉って難しいね。鎖国状態の俺の頭に国際化が訪れるのは当分先になりそうだ。

「学生の本分は学業だ。学業を怠るなんて事はあってはならない。違うか?オリヴィア」

おお!そうだ箒!もっと言ってやれ!

「?」

しかし言われた本人は理解していない表情で首を傾げるばかり。そんな様子を見て箒は疲れたように溜息を吐く。小さく『まるで姉と会話している気分だ』と呟いていた様な気もするが聞かなかったと事にしておこう。

「はぁ…では問うが。お前は何のためにこの学園に来たんだ?」

「…ともだち」

「む?」

「友達?」

ぽつりと呟かれたその言葉に俺と箒はきょとんとしてしまう。まさか此処で『友達』と言う単語が出て来るとは俺も箒も思わなかったのだ。

「クリスに友達をつくって来いって言われたから…」

クリスというのが誰かは知らないがきっとオリヴィアの家族か何かなのだろう。海外では兄妹でも呼び捨てにする所もあるらしいし。

「学校はともだちを作るところってクリスが言ってた…」

「むぅ…」

「友達を作る所、か…間違ってはいないよな。うん」

まるで小学生に対して教える様な内容だが間違っては無いだろう。一人ぼっちの学園生活なんて最悪としか言いようが無い。一人で学園生活を送った所で思い出なんて一つも作れないのだから。

「互いに心を許し合って、対等に交わっている人。一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人」

さっきの勉強の事もそうだけど。まるで辞書に書いてる事をそのまんま声に出しただけみたいな言い方をしてるな。まるで知識をそのまんま暗記してるみたいだ。

「…よくわからない」

「え?いま自分で意味言ったじゃんか」

「…フルフル」

あ~…どうも会話が噛み合っていない様な気がする。何て言うか互いの主観と言う物が違うのかもしれない。

「良く分からないのに友達が欲しいのか?」

「ん…コクリ」

子供の好奇心みたいなもんか?

「なら、俺がオリヴィアの友達になってやるよ。俺も箒も友達だ」

「…ともだち?」

「ああ!」

「なっ!?一夏!?私は一言も!」

「良いだろ?別に友達になるくらい」

「し、しかしだな!」

箒はちらちらとオリヴィアの方を見る。

ああ、成程。やっぱ千冬姉に似てるから気になるんだな?

俺もまったく気にならないって訳じゃないが、実際に話してみて千冬姉とまったく違うってのは分かった。それに、外見で人を判断したらいけない事だろ?

「じゃあ、改めて自己紹介するな!俺は織斑 一夏!よろしくなオリヴィア!」

「…だから勝手に話を進めるな「ほら、箒も自己紹介しろよ」~~~~っ!…篠ノ之 箒だ!」

「…ミコト・オリヴィア」

「じゃあ、ミコトだな!よろしくな!」

「ん…一夏」

「あ~もうっ!勝手にしろっ!」

ははは、何照れてんだよ箒の奴。

顔を紅く染めてぷいっとそっぽを向く箒。相変わらず素直じゃないな箒の奴は。

「それじゃあ友達も出来た事だし、教室に戻ろうぜ?」

「ん」

満足そうに頷くミコト。表情はあいかわらずの無表情で読み取り辛い物ではあったが、何となくだその表情は笑っている様に俺には見えた。

「んじゃ急ぐぞ!大遅刻だ!」

「コクリ」

「こ、こら!一夏!て、ててて手!手を引っ張るなっ!?」

箒とミコトの手を引いて俺は走り出す。箒が何か大声で叫んでいるみたいだったが俺は気にせず走る。だってもう授業は半分くらい終わってる頃だしこれ以上遅れると本当にサボりになるだろ?流石に入学初日でそれはまずい。俺は唯でさえ授業について行けてないんだからサボリなんてする余裕は無いんだ。

そう言う訳で俺は全力で走る。遅刻はもうどうしようもないが走って教室に飛び込めば誠意は伝わる筈!駄目な時は道に迷いましたって謝ろう!

そんな事を願って俺達は教室に飛び込む。そして、そんな俺達を待っていたのは…。

「入学初日でサボりとは良い度胸だな。グランド5周今直ぐ行って来い!授業を遅れた分は放課後補習だからな!」

鬼の様な形相の織斑先生だったとさ…。

「「ば、馬鹿なっ!?」」

「…オワタ」

入学初日に3人揃って補習が確定。

ちーん…











「んだぁ~…しぬぅ~…」

二時間目が終わり休み時間になると同時に俺は自分の机にぐてーっと倒れ込む。まさか入学初日でグランドを25キロも走らされるとは思いもしなかった。箒も流石に堪えているみたいで眠そうにしてるしミコトなんてもう死ぬ寸前の状態だ。…てか大丈夫かミコト!?真っ白に…って、これは元からか。口から魂が出てるぞ!?

「ちょっとよろしくて?」

何だこんな時に!?今はミコトの一大事なんだぞっ!?

死にかけ(?)のミコトを見て慌てて駈け寄ろうとした俺を邪魔するように誰かが声を掛けて来る。俺は振り返るとそこに立っていたのはロールのかかった綺麗な金髪で白人特有のブルーの瞳をした女子だった。ややつり上がった状態の瞳で『私は偉いんですよ』的なオーラを全開に出して俺を見ているソレは、今時の女子をそのまんまに体現しているかのようだ。

今の世の中、ISを使えると理由だけで女性が優遇される。まぁ、優遇されるだけなら構わない。大昔の男が偉いという考えが逆になって再来しただけなのだから。しかし、その優遇の度が過ぎてしまったのが今の現状だ。女=偉いの構図が一般的な認識になり。男の立場が完全に奴隷、労働力になってしまっている。町中ですれ違っただけの女にパシリをさせられる男の姿も珍しくは無い。

まぁ、身に纏っている気品から察するに、実際に良いところの身分なのだろう。俺には関係の無い事だが。

「訊いてます?お返事は?」

「訊いてるけど…どう言う用件だ?」

前の席のミコトを気にしつつそう答えると、声を掛けて来た女子はかなりわざとらしい声を上げる。

「まぁ!なんですの、そのお返事。わたくしに話し掛けられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

「…」

あ~めんどくせぇ…。

ISが使えるからってそんなに偉いのか?確かに今現在、国の抑止力の要となっているのはISだ。だからIS操縦者は偉い。そしてISを使えるのは女性しか使えない。だからといって全ての女性が偉いというのは可笑しいだろう。偉いのはIS操縦者であって女性では無い。そして仮に操縦者であったとしてもだ。限度と言う物がある。

「悪いな。俺、君の事知らないし」

自己紹介で名乗っていたのかもしれないが、あの時俺は余裕もなかったし千冬姉やミコトの事で頭が一杯で他人の自己紹介なんて聞いてなんていなかった。だから目の前の女子の名前も当然知らない。

しかしその答えがよろしく無かったらしい。それを聞いた途端、目の前の女子の目が更につり上がり目を細めると、男を見下したような口調で話を続ける。

「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリス代表候補生にして、入試次席のわたくしを!?」

次席かよ。いや、次席も凄いけどさ。何か微妙だな…。

代表候補生と言う聞きなれぬ肩書がどんなものか気になったが次席の方に気がいってしまって訊ねる事はしなかった。

「次席かよ」

あ、やばっ!?口に出ちまった!?

慌てて口を塞ぐが時既に遅し。

「な、なんですって…?」

あ~…やっぱりまずかったか。かなり怒ってるよ。

低い声で呟きぷるぷると拳を震わすセシリア。顔に影が落ちている所為で今どんな表情をしているかまったく把握出来ないが。まぁ、表情が見えなくても彼女から溢れ出る怒りオーラでお怒りなのは余裕で分かる。

「本来なら…本来なら!わたくしが主席になる筈でしたのに!それなのに!」

いや、悔しいのは分かるけどさ。認めようよ現実を。凄いと思うぞ?次席なんて大したもんだよまったく。頭の悪い俺には真似できない事だよ。

「そちらの方さえ居なければわたくしが主席でしたのに!」

「そちらの方?」

「そこでのびているオリヴィアさんの事ですわ!」

『ええええええええええええええ!?』

セシリアの声が大きかったためか教室にいた全員が衝撃の事実に驚きの声を上がった。勿論、その中に俺も含まれている。

ナンダッテ…?

ミコトが主席?HAHAHAHA!おもしろい事を言うなセシリアは。ミコトが主席な訳無いじゃないか。ほら、箒だって信じられないって顔してるだろ?きっとあれだよ。何かの間違いだよ。それか同じクラスにオリヴィアって名字の子が居るに違いない。うん、きっとそうだ。アハハハハ…。

「ヘー凄い奴がいたもんダナ。それで?そのオリヴィアって子は何処に居るんダ?」

「貴方の前に居るでしょう!?」

「ハハハハ…何言ってるんダヨ?こいつはミコトだぞ?」

「ミコト・『オリヴィア』さんでしょう!?貴方こそ何を言ってらっしゃいますの!?」

凄い剣幕だ。これ以上怒らせる前に俺も現実から逃避するのはやめておこう。

「えっと……マジで?」

「さっきからそう言っているでしょうに!」

そうか。マジなのか。と言う事は屋上でミコトが言ってたのも本当なんだな。すげぇなミコト。疑ってごめん。

当の本人は疲れで眠っているが心の中で謝っておく。

「そうか…でもそれはミコトの実力だろ?悔しいのは分かるけどさ、さっきの言い方はどうかと思うぞ?」

まるでそれはミコトが居なかった方が良いみたいな言い方で気に喰わない。そんなに嫌なら別の学校に行けば良いだろう。IS学習を組み入れている学校は世界各地にあるだろうに。

「…ふんっ、まぁ良いですわ。代表候補生でも無いオリヴィアさんと比べるのも馬鹿馬鹿しいですし」

「だからその言い方を止めろって言ってるだろ。さっきから代表候補生代表候補生って…そんなにそれが偉いのかよ?」

寝ている本人の目の前で悪口言いやがって。ふざけるんじゃねぇよ。嫌いなんだよ。そう言うの…。

「国家代表IS操縦者、その候補生として選出されるエリートが偉くないとでも言いますの?」

成程、代表候補生ってのはそう言う物なのか。言われてみればそのまんまだな。でも、だからどうしたんだ?それがミコトと何の関係がある?何も関係が無いじゃないか。

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡…幸運なのよ。お分かりかしら?」

「分からないな。俺はお前と同じクラスになっても別に幸運でも何でもねぇし。寧ろ『友達』のミコトと一緒のクラスになれた事の方が100倍は嬉しいね」

「…何ですって?」

どうやら聞こえていなかったらしい。ならもう一度顔をひきつかせている代表候補生のセシリアに言ってやろう。

「聞こえなかったのか?俺はお前よりミコトと一緒のクラスの方が嬉しいって言ったんだ」

「んな!?なななななななっ!?」

白い肌を真っ赤にしてあまりの怒りで言葉にならないといった様子のセシリアを見て俺はニヤリと笑みを浮かべる。ははっ、友達を馬鹿にした奴を言い負かす事が出来て胸がスッとしたぜ。口喧嘩で女相手に勝つ事が出来るなんて俺もやれば出来るもんだな。

「一夏。いい過ぎだ」

「箒?」

今まで此方の様子を見ているだけだった箒が此方にやって来て仲裁に入って来る。何だよ?まさか箒はあっちの味方をするつもりなのか?

「友の悪口を言われて怒るのは無理もないが少し冷静になれ。初日で問題を起こすのは不味いだろう?」

箒にそう言われた瞬間。千冬姉の顔が脳裏に過ぎった。そうだ。もし俺が問題を起こせば千冬姉に迷惑が掛かるんだ…。

「そうだけど…」

「…まぁ、ミコトは私の『友人』でもある。不快に思わないでも無い。…しかし代表候補生殿。確かにお前は候補生に選ばれる程のエリートだが、それを言うのならミコトも専用機を持つエリートになる訳だがどうだろうか?」

「ぐっ…」

おお、箒の援護攻撃だ。

「エリート同士、互いに認め合い、競い合い、高め合うのがエリートらしい対応なのではないか?」

「っ…そうですわね。その通りですわ」

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて箒の言葉に同意するセシリア。此処まで言われて反論すれば自らの立場を危うくするのが分かっているのだろう。俺もこれ以上は絡むつもりはない。

キーンコーンカーンコーン

すると、そこに空気を呼んだかのように鳴り響く三時間目の開始を告げるチャイム。それを聞いてほっと胸を撫で下ろす教室に居た女子一同。なんて言うか皆には悪い事をしたな。全然休めなかったろうな。すまん…。

「ふんっ…」

鼻を鳴らして不機嫌な表情のまま自分の席に戻っていくセシリアに俺はやれやれと溜息を吐く。こりゃ、面倒な因縁を付けたれたかもな…。

「全員席に着け。授業を始めるぞ」

全員が席に座り終わった頃にタイミングを合わせたかのように千冬姉と山田先生が教室に入って来た。

さて、気を取り直して勉学に励みますか。

「すぅ…すぅ…」

…とりあえずミコトを起こそう。三時間目が居眠りとかそろそろ本気で笑えないから。千冬姉が修羅になっちまう。







「それではこの時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」

一、二時間目とは違い三時間目は山田先生では無く千冬姉が教卓の前に立つ様にして授業を始まる。まぁ、担任は千冬姉何だし何ら不思議ではないか。一、二時間目を山田先生に任せたのは経験を積ませる為とかじゃないだろうか?だって色々とテンパる事が多いし…。

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

思い出したように聞きなれない言葉を口にする千冬姉。クラス対抗?何だ?もう体育祭か何かか?随分と早いなIS学園。

「クラス代表者と言うのはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席…まぁ、クラス長だな。ちなみに対抗戦は、入学時点で各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間は変更は無いからそのつもりで」

…うん。何を言っているのかチンプンカンプンだ。事前知識0の俺はまったく会話の内容に理解出来ず置いてけぼり状態。教室中がざわざわと騒がしいが何か重要な事らしい。何だか責任重大そうだぞ?選ばれた奴はご愁傷さまである。

「はいっ!織斑君が良いと思います!」

…はい?

「では候補者は織斑一夏…他に居ないか?自薦他薦は問わないぞ」

いやいやいや!?何勝手に俺が候補者に上がってるんだ!?

「ちょっと待った!俺はやらな―――」

「自薦他薦は問わないと言った。他薦された者に拒否権など無い。選ばれた以上は覚悟しろ」

いやいやいやいや!?本人の意思も大事だろ!?何これ!?最近こんなのばっかなんですが!?

IS学園に強制入学させられて今度はクラス長?冗談じゃない。俺の自由と意思は何処へ消え―――。

「待って下さい!納得いきませんわ!」

バンッと机を叩いて立ち上がったのは、俺とミコトに因縁を付けて来たセシリアなんとか?名字の方は忘れたがこの際なんでも良い。あいつの事はあまり好きにはなれないが今の状況を何とかしてくれるのならどんな奴でもどんとこいだ。

「その様な選出は認められません!大体、クラス代表が男なんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにその様な屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

そうだそうだ!…って、ちょっと待て。今何か酷い事言われなかったか?

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこの様な島国までISの修練来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ありませんわ!」

サーカスって…俺は猿扱いかよ。て言うかイギリスだって島国だろうが。

「いいですか!?クラス代表には実力があるものがなるべき、そして、それは国にも選ばれた代表候補生であるわたくしですわ!」

普通此処まで行ったら頭にのぼった血も下がるもんだが、どうやらアイツは違うらしい。それどころかますますヒートアップし始めている。クラス代表になんてなりたくは無いがここまで言われるとちょっと癪だ…。

「大体、文化として後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で―――」

あ…駄目だ。堪えられそうにない。

何かプッチンと頭の中で切れた様な音がした。もう何て言うかミコトの件もあって色々と我慢の限界だ。

「イギリスだって大してお国自慢はないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

「なっ…!?」

「何だよ?言い返せないのか?はっ他人の国の事笑えないじゃないか」

「あっ、あっ、あなたねぇ!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

顔を真っ赤にして何を言い出すかと思えばそんなことかよまったく…。

「先に侮辱してきたのはそっちだろ?」

「決闘ですわ!」

「おう。いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい。で?勝負の内容は?」

「此処はIS学園だと言う事をお忘れではなくて?」

成程…ISを使っての勝負か。セシリアの言う事は間違ってない。寧ろ道理と言っても良いだろう。

「わかった。じゃあ勝負はISで「少しお待ちなさいな」…何だよ?」

「イギリス代表候補生のわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会。なら、オリヴィアさんもこの決闘に参加して貰いましょう」

「ちょっと待てよ。ミコトは関係無いだろ」

「大ありですわ。同じクラスに専用機持ちが二人。どちらがISで優れているか証明させなければなりませんわ」

それはお前の都合だろ…。

どうやらまださっきの事で根に持っているらしい。まったく、これだからプライドの高い人間は…。それもセシリアは典型的な今時の女子だから更に手に負えない。

「別に誰が代表になろうとどうでも良いが。オリヴィアは誰にも推薦されていないぞ?」

そうだ。千冬姉の言う通りミコトは誰にも推薦されていないし自ら立候補した訳でも無い。ならこの決闘に参加する義務なんてミコトは無いんだ。

「あっ、じゃあ私がオリヴィアさんを推薦します!私としてはオリヴィアさんの方が気になってたし!」

「あ~!わたしもわたしも~!」

ちょっ!?空気読んでくれそこの女子!?

「ふむ。これで問題は無くなったな。それではオリヴィアとオルコットの勝負は三日後の木曜。織斑は一週間後の月曜。第三アリーナで行う。各自それぞれ用意をしておくように」

「ちょっ!?待ってくれ千冬姉!」

パァンッ!

いっつ~~…。

「織斑先生と呼べ。自薦他薦は問わんと何度言わせるんだ。馬鹿者」

「で、でも!ミコトはどちらかと言えば巻き込まれただけで…ほら!ミコトも何か言ってやれ!」

「…ぐ~…」

がたたっ。女子全員が一斉にずっこける。

ってうお~いっ!?

「さっきから何の反応も無いと思ったら寝てたんかいっ!?」

パシ~ンッ!

「……おぉ?」

俺にツッコミを入れられ目を覚ましてむくりと起き上がるミコト。きょろきょろと辺りを見回して状況を自分なりに把握しているのだろう暫く考え込むような仕草を見せて口を開く。

「…おひるごはん?」

「いやまだ三時間目だから!?」

まさかそんな言葉が来るとは俺も予想外だよ。

「はぁ…オリヴィア。三日後にオルコットと模擬戦をして貰う。良いな?」

「…んコクリ」

寝ぼけた表情で頷くミコト。あれは絶対理解していない。断言できる。

「うむ。それでは授業を始める」

ぱんっと手を叩いて話を締める千冬姉。俺の反論の余地も無く。決闘は決まってしまった…。

ミコトの奴、大丈夫なのか?いやそれよりも俺の方が大丈夫なのか?ISの操縦なんて入試の時が最初で最後だってのに…。

対戦まで後一週間の猶予がある。それまで基礎をマスターしておかなければ。その為に、とりあえず俺は基礎知識を身につけるべく授業に集中するのであった…。

まぁ…何とかなるだろ。たぶん。










あとがき

…一夏が主人公?

てか不味いですよ。5巻を読み終えたんだけどエムって千冬姉のクローンでない?少し話考え直す必要がありそうだ。









[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第三話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/13 15:58






第3話「この翼に賭けて…」








「うぅ……」

誰も居なくなった放課後の教室で俺は机の上で一人ぐったりとうなだれていた。

箒もミコトも補習が終わり次第それぞれさっさと帰ってしまい。教室には俺一人が取り残され勉強に励んでいる。唯でさえ俺は皆とは遅れているんだ少しでも早く追いつかなければと言う思いで今此処に居るのだが…。

「駄目だぁ…全然わからねぇ!」

専門用語の羅列で辞書か何かでもなければ勉強にすらならない状況。しかし悲しい事ISの辞書なんて存在せず、手探りしながら自力でやっていくしか方法が無い。こんな事なら箒かミコトをひき止めておけば良かった。一時間程前の俺が恨めしい…。

教えてくれそうな人材は沢山居るんだけどな…。

ちらっと廊下に視線を向ければ、やはり廊下には休み時間同様に他の学年やクラスの女子が俺の事を見に押し掛けていた。あの中の誰か一人に教えてくれって頼めば教えてくれるんだろうが今の俺にそんな勇気と気力は無い。

でもまずいよなぁこの調子じゃあ。勝負まで一週間しか無いのに。

決闘を申し込まれた時は『まだ一週間ある』と言う考えが、今では『一週間しかない』と言う物に変わっていた。それだけ今の状況はピンチなのだ。さてどうしたもんか…。

「ああ、織斑君。まだ教室に居たんですね。良かったです」

「はい?」

俺が悩んでいる所に副担任の山田先生が書類を抱えて教室へとやって来る。今の口ぶりからするに俺に用事があるみたいだけど何だろう?

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

そう言って差し出されたのは部屋のキーと部屋の番号が書かれた紙きれ。

ここIS学園は全寮制で全ての生徒が寮での生活を義務付けられている。国防の要となるIS操縦者となると、学生とはいえ将来有望であれば学生の頃からあれこれ勧誘しようとする国がいてもおかしくない。最悪、誘拐されたり命を狙われたりする可能性だってある。この全寮制はそう言った危険から護るための物でもある。

しかしその寮も当然俺を除けば女子しか居ない。そして全員が相部屋。だから俺はそう言った関係で準備が整うまで一週間程は自宅からの通学という予定の筈だんたんだけど…。

「俺の部屋って決まってないんじゃなかったんですか?」

「それが色々と事情がありまして。一時的ですが部屋割を無理やり変更したらしいんです。それに、織斑君もいやでしょ?家に帰ってテレビ局の人に詰め寄られるのも」

ああ、確かに。多分今日は玄関の前で『入学初日はどうでしたか?』とか『IS学園に入学した今のお気持ちは?』とか質問されるんだろうなぁ。

そう思うと家に帰りたくなくなってきた…。

「そう言う訳で、一ヶ月もすれば個室が用意されますから、しばらくは相部屋で我慢して下さい」

「そうですか。仕方ないですね。でも荷物とかの準備とかありますんで今日は帰っていいですか?」

流石に着替えも無しとかは辛い。それに色々と必要な物だってある。携帯電話とか、歯ブラシとか後ゴニョゴニョとか…。言わせんな恥ずかしい。

「あっ、荷物なら―――」

「私が手配しておいてやった。有り難く思え」

突然現れる千冬姉。今日は何発も叩かれた所為か声を聞くだけでビクリと身体が反応してしまう。

「ど、どうもありがとうございます…」

「まぁ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

なんて大雑把な。確かに学園内に不必要な物は持って来ちゃいけないしその通りだけど。俺もお年頃な訳で潤いや娯楽が必要だと思うのですよ…。

「じゃあ、時間を見て部屋に行って下さいね。夕食は6時から7時、寮の一年生用の食堂で取って下さい。ちなみに各部屋にシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど…えっと、その、織斑君は今の所使えません」

「え?なんでですか?」

俺も大浴場に入りたい。

「アホかお前は。まさか同年代の女子と一緒に入りたいのか?」

「あー…」

そうだった。ここ女子しか居ないんだった。なら男子用の大浴場なんて必要ないよな…。

「おっ、織斑くんっ。女子とお風呂に入りたいんですか!?だっ、駄目ですよっ!」

「い、いや入りたくないです」

どんな目に遭うか分かったものではない。そりゃ、男として興味は無いのかと聞かれれば当然あると答えるが、その代償が命となるとやはりNOと答える。一瞬の幸せのために今後の人生を使いきるなんて御免だ。

「ええっ?女の子に興味無いんですか!?そ、それはそれで問題の様な…」

どうしよう。この人結構他人の話を聞いてない。

ここは、俺は女の子が大好きだー!と大声で断言するべきか?…やめておこう。

「えっと、それじゃあ私たちは会議があるので、これで。織斑君。ちゃんと寮に帰るんですよ。道草くっちゃ駄目ですよ」

校舎から寮まで50メートル位しかないと言うのにどう道草をくえというのだこの人は。確かに各種部活動、ISアリーナ、IS開発室など様々な施設・設備があるこの学園だが、今はもう日が暮れるしそんな体力は残ってはいない。今は直ぐにでも休みたい気分だ。

「あっ、あと…ミコトちゃ…オリヴィアさん知りませんか?」

「ミコトですか?」

「ミコト…そうですか。仲良くしてくれてるんですね。良かったぁ…」

俺がミコトとの事をそう呼んでいる事を知るとそう自分の事のように微笑む山田先生。その表情は子を思う母のようなそれに似ていた。俺は両親に捨てられているのでそう言うのは良く分からない。でも、この人にとってミコトはそれ程大切な存在なのだろう。

「山田君」

「あっと!そうでした!コホン…えっと、部屋のキーを渡すから教室に残る様に言ってたんですけど。知りませんか?」

「いえ。ミコトの奴、補習が終わったら直ぐに何処かに行っちゃいましたし…」

「そうですかぁ…うぅ…どうしよぉ~?」

涙目で困り果てる山田先生。これから会議だって言ってたし。これから探す訳にもいかないだろう。仕方ない。

「俺が渡しときますよ。流石に暗くなったら寮に戻るだろうし」

「ほ、本当ですか!?嘘じゃないですよね!?嘘だって言ったら泣いちゃいますよ!?」

がばっと両手で俺の手を掴みそう訊いて来る山田先生。ていうか、既に半分泣いちゃってるじゃないですか…。

「本当ですよ。部屋の番号は何番ですか?」

「1024です♪お隣さんですよ♪あの子のことよろしくお願いしますね♪」

おお、何という偶然。これなら寮で鉢合わせにならなくても渡せるかもな。まぁ、ミコトが見当違いな場所にいかなければと言うのが前提だけど…。

…難しいなぁ。

ミコトの行動なんて予測不能だし。付き合いが長いであろう千冬姉や山田先生でさえ手に負えないのに俺がどうこう出来る問題か?これ?

千冬姉と山田先生が出て行くのを見送ってから、俺も荷物をまとめて教室を出る。周囲から視線が纏わりついて来るが、それをスルーして廊下を早歩きで逃げるように突っ切る。

さて、寮に戻るのは良いけど。やっぱ一応探すべきだよな?

約束してしまった以上、責任を持って届けねばなるまい。せめて心当たりのある場所は見て回っておくべきだろう。

…って言っても、心当たりのある場所なんてあそこしか無いんだよな。

そう心の中で呟いた俺は、あいつと友達になったあの場所に向かう為に階段を駆け登った…。







「ほらな。やっぱり此処に居た」

屋上に辿り着くと、そこにはその白い髪を夕陽の茜色に染めて一人ポツンと空を眺めているミコトの姿があった。

「…?」

俺の声に反応してミコトが此方へと振り向く。振り向く際に揺れるその髪は夕陽の光できらきらと輝きとても綺麗でついつい見惚れてしまった。

…っと、いけね。要件忘れるとこだった。

呆けている意識を引き締めるとミコトに近づきぽむっと軽く叩くような感じで手を置いて笑いかける。

「おいこらミコト。駄目だろ教室にいなきゃ。山田先生が困ってたぞ?」

「?…まや?」

頭に手を置かれ少しくすぐったそうにしながら首を傾げるミコト。友達になっても相変わらずの無口で口足らずだ。まぁ、そう言う所も込みでミコトなんだろうな。

「部屋のキーを渡すから教室に残る様に言われてただろ?」

「………………ぉ~」

凄く長い沈黙の後、漸く思い出したのか妙な鳴き声と共に何度も頷くミコト。何て言うか可愛いなチクショウ。

「こ、これがミコトの部屋のキー。部屋の番号は1024な」

「ん…コクリ」

俺はポケットからミコトの部屋のキーを渡すと、ミコトも理解したのか小さく頷くと、ちょこんと手を出してキーを受取る。

「それじゃあ、寮に行こうぜ。ミコトも今日はくたくただろ?」

「ん…コクリ」

「いや~、それにしても入学初日でこんなに疲れるとは思わなかったぜ。グランド走らされたり、決闘申し込まれたりで」

「コクリ」

「ミコトもゴメンな。俺が口喧嘩なんかしたから関係無いミコトまで巻き込んで…」

もし、あの時セシリアに反発せず適当に聞き流しておけばミコトも巻き込まれずに済んだ筈だ。だから決闘の件は全て俺が悪い。だからちゃんと謝っておきたかった。巻き込んでごめんって…。

「フルフル」

「ミコト?」

俺の謝罪にミコトは小さく首を左右に振る。そんな事ないと俺に伝える様に…。

「一夏、わるくない」

「だけど…」

ISは兵器だ。最強の。そんな物を使った模擬戦が絶対に安全だとは言い切れない。怪我だってするかもしれない。もしそんな事になったら俺は自分を許せないだろう。こんな小さな身体をしたミコトを傷つけた自分を絶対に…。

「大丈夫」

ぎゅっ…

ミコトは裾をぎゅっと握って俺を見上げて来ると、俺を安心させるように小さく笑う。分かり辛くはあったがその表情は確かに微笑んでいた。

「私とイカロス、墜ちない。ぜったい」

「勝てるのか?」

俺は専用機とか代表候補生とか良く分からないがセシリアのあの自信、そしてクラスの女子達の反応でセシリアが強いと言う事が何となくだが理解している。それにミコトは勝てると言うのか?

「フルフル」

「…へ?」

勝算があるから、自信があるからの発言だろ?今の…。

「私は、飛ぶだけ」

「飛ぶ?」

「ん…空、飛ぶ。誰にも邪魔させない」

ミコトは空を見上げていた。茜色に染まっている空を…。俺もつられて空を見る。空は何処までも何処までも広かった。

空を飛ぶ、か…。

ミコトは自己紹介で空が好きと言っていた。ミコトにとって空がどう言うものか、何故そんなにこだわるのかは分からない。でも、きっとそれはミコトから見ればとても掛け替えのない物で、譲れない物なのだろう。勝つとか負けるとかミコトにはどうでも良い事なんんだ。きっと…。

「…じゃあ捕まるまで逃げ続けるか?」

「ん、おにごっこ。すき」

「ぷっ、あははっ、そうか」

これはセシリアも苦労しそうだ。何たってあの千冬姉も手を焼くミコトなんだからな。

何だか気が楽になった。胸につっかえてた物が無くなった気分だ。さて、じゃあ帰るとするか!腹も減ったしな!







「でも千冬とやるおにごっこはきらい。あれ、ごっこじゃない…」

命がけなんですね。わかります…。







「え~っと…この部屋だな」

「んコクリ」

それぞれ自分の部屋の番号を確認してキーを差し込む。と、妙な手ごたえ。どうやら何故か鍵が開いているらしい。

あれ?開いてる?…まぁいいか。

「それじゃ、また明日な。ミコト」

「ん…バイバイ」

「そう言う時は『またね』って言うんだぞ?」

「…またね?」

「おう!またな!ミコト」

「ん…またね」

ミコトと別れを済ませて部屋に入ると、まず目に入ったのは大きめなベッド。それが二つ並んでいた。そこいらのビジネスホテルより遥かに良い代物なのは一目見ただけでも分かる。流石は世界の国から生徒が集まると言うだけはある。この国も世界に良い顔するのに必死と言う訳か。

荷物をとりあえず床に置き、俺は早速ベッドに飛び込む。そしてその弾力に俺は驚愕する。

…おおお、何と言うモフモフ感。これは間違いなく高いべッドと毛布布団。ああ、今日の疲れと合わさって言葉に表し様の無いこの極楽…。

「誰か居るのか?」

突然、奥の方から声が聞こえて来る。声に妙な曇りがあることからドア越しなのだろう。しかしこの声には聞き覚えが…。

いやちょっと待て…。

今、奥の方で響いている音はなにかな?一夏君?はい。シャワーの音です!そうだね。正解だ。

つまり何が言いたいかと言うと。このままだと非常にヤバいんじゃないかと言う事だ。何かもうさっきからすっごく嫌な予感がするんだよ…。

このままだと不味い。そう本能が告げ、俺はこの場から逃げ出そうとベッドから起き上がるが時は既に遅し。無情にもシャワー室のドアは開かれシャワーを使用していたであろう人物が出て来る。そしてその人物とは…。

「こんな格好ですまないな。シャワーを使っていた。私は篠ノ之―――」

「―――箒」

今日再会を果たしたバスタオル一枚巻いただけの幼馴染だった…。

…あれ?俺死んだ?









――――Side ミコト・オリヴィア





一夏と別れた後、私は部屋に入ったところで大きなネズミと遭遇していた。

「…ピ○チュウ?」

ベッドの上で丸まる黄色くて大きなネズミに私は首を傾げて訊ねてみる。するとそのネズミはぴょんと置き上げって…。

「ぴか~♪一緒にポケ○ンマスターを目指してがんばろ~♪」

と、冒険のお誘いをしてきた。とりあえず話に合わせよう。

「…めざせ151匹」

真耶が言ってた。友達を作る秘訣は相手の話に合わせる事だって。ん。大丈夫。私良い子だから。ちゃんと出来る。

「おー、みこちーは初代派だったか~通だねー」

「みこちー…?」

聞いたことのない名前。でも、この部屋にはわたしと目の前の人しかいない。つまり『みこちー』は私のことになる。

「ミコトだからみこちーだよー」

「???」

何でミコトがみこちーになるんだろう?

私の名前はミコトで彼女は私のことをみこちーと呼ぶ。でも、少しだけ文字が違う。どうして『ト』がなくなって『ちー』が来るんだろう?

「えっとねー。あだ名ってやつだよー」

「あだな?」

「仲の良い友達が付けてくれる名前のことー」

仲の良い…ともだち…。

「ともだち…ともだち?」

目の前の子を指さし首を傾ける。あだ名はともだちがつけてくれる名前のこと。ならあだ名をつけてくれた目の前の子はともだちってこと?

「そうだよー♪私はみこちーの友達だよー♪」

ともだち…。

3人目のともだち。今日は最初の日なのに3人もともだちが出来た。

…ん♪

一夏と箒。あと…あと?誰だろう?ともだちなのに名前しらない…。

私のことをともだちと呼ぶこの子。でも、私はこの子のことをしらない。なまえを教えてもらってない。ん。これはいけない…。

「なまえ…」

「ん?なにかなー?」

「なまえ、しらない」

「あっ、そうだよねー。わすれてたよー。私は布仏 本音。よろしくねー」

「ん、本音。ほんね」

私はミコトでみこちーだから。本音は…。

「…ほんちー?」

「あはははー。語呂悪いし無理に言わなくても良いよー?」

むぅ…あだ名むずかしい。

「本音?」

言いなおしてみる。すると本音はにっこりと笑みを浮かべて頷いた。

「うん、それでいこっか」

「ん」

ん。これで本音ともともだち。3人目のだいじなともだち。

「じゃあ友達になった記念に…これをプレゼントするよ~♪」

本音はがさごそ大きな鞄を「これじゃない~」「こっちでもない~」とあさり、取り出したのは少し大き目な箱。私はその箱をを受取り箱の中身を確認すると、なかに入っていたのは私の着ている制服とは少しちがう袖がだぼだぼな制服だった。

だぼだぼ…?

「?」

「みこちーちっちゃいからこれ似合うって思うんだー。私お手製だよー。お揃いだね~♪」

「…ぉ~」

おそろい。本音とおんなじ。

「サイズとか直さないといけないから後で着てみようねー」

「ん」

たのしみ…。

私は本音からもらった制服をだいじに両手で抱きしめる。ともだちからはじめて貰ったプレゼント。私の宝物。

「えへー。気に入って貰えたみたいで嬉しいよー」

「ん、だいじにする」

「ありがと~♪」

ぴょんぴょん飛び跳ねてよろこぶ本音。ん。私もうれしい。

『って!本気で殺す気か!今のかわさなかったら死んでるぞ!』

…?この声…。

外が騒がしい。それにこの声を私は知ってる。

「あれれ?何か騒がしいね?」

「…一夏?」

声の事が気になり私は外へと向かう。あの声は間違いない。一夏の声だ。とっても大きな声だった。何かあったのだろうか?

「あれ?みこちー?何処行くのー?」

「外」

「あっ、じゃあ私も行くよー」

「ん」

断る理由も無いので私は頷くと本音と一緒に廊下に出た。すると私達が目にしたのはぼこぼこに穴が開いた一夏の部屋のドアと、そのドアに向かって頭を下げて謝っている一夏の姿だった。

一夏、ドアとお話しできる。すごい…。

「お隣織斑君の部屋だったんだー♪ラッキーだよー♪」

「えっ!?なになに!?織斑君!?」

「えーっ、あそこって織斑君の部屋なんだ!良い情報ゲット!」

本音の声を聞きつけたのか、それとも一夏が騒いでいるのを聞きつけたのか、だんだん此処に集まって来る他の人達。ん。一夏は人気者。ともだちたくさんつくれる。

「…箒、箒さん、部屋に入れて下さい。すぐに。まずいとこになるので。と言うか謝るので。頼みます。頼む。この通り」

…箒?

ドアと話してるのにどうして箒の名前が出てくるのだろう?とりあえず一夏に話し掛けてみることにする。

「一夏?」

「ミコトか!?頼む!一緒に箒を説得してくれ!」

「…箒?」

「ああっ!ちょっと不幸な事故に遭遇しちまって…謝ってるんだが許してくれないんだ」

事故…。

「怪我?」

「え?あ、ああ、危うく死にそうだったけどこの通り無傷だ」

「ん…コクリ」

怪我がなくて安心した。ともだちが怪我するのは嫌だ。

「いや、そうでもないんだ。箒に部屋から追い出されて部屋に入れて貰えないんだよ」

「喧嘩?」

「…まぁ、そうなの、かなぁ?」

「喧嘩、よくない。仲直り」

私は、ともだちの一夏と箒に喧嘩して欲しくない…。

「いや、したいんだけどな…。聞く耳もたずでさ」

「ん、まかせる」

「え?」

「箒、説得する」

「まじか?それは助かる!」

「んっコクリ」

嬉しそうにする一夏に私は小さく頷き自分にまかせろと胸を張ると、穴だらけのドアをノックして中に居る箒に話し掛ける。

「箒」

「む、ミコトか?」

ドア越しで箒の声が聞こえてくる。

「喧嘩、だめ」

「け、喧嘩なんてしていないっ!」

「ん?」

じゃあ、なんで一夏を追い出したんだろう?

「じゃあ、なんで追い出す?」

「あっ、当たり前だろう!何を言っているんだお前は!」

「???」

よくわからない…。

「ねぇねぇおりむ~。不幸な事故って言ってたけど何したの~?」

「お、おりむ~?いや、何て言うか、そのぉ…箒の奴が丁度シャワーを使ってて…」

「あーなるほどー…」

後ろで本音と一夏が話してるけど、やっぱりよく分からない。何処におこる理由があるのだろう?

「それはおりむ―が悪いよー。女の子の裸を見るなんてだめだよー」

「ふ、不可抗力だ!わざとじゃないんだ!それに裸を見た訳じゃっ!?」

裸見られたからおこるの?なんで?

「箒、何でおこる?」

「そ、それは…その…」

「一夏、きらい?」

だから喧嘩するの?

「そ、そういうわけじゃ…」

「なら、仲直り」

「いや、だからな?」

「仲直り」

友達で喧嘩、よくない。

「だ、だから…」

「仲直り」

「~っ………はぁ、一夏。入れ」

「ほ、箒?許してくれるのか?」

溜息と共に開かれる穴だらけのドア。そして開かれたドアの隙間から出てくる箒。

「わぁ…篠ノ之さん、大たーん」

「抜け駆けしちゃダメだからね?」

集まって来た人達が良くわからない事を言ってまた騒ぎ出す。

「…見世物になりたくないだけだ!とっとと入れ!」

「はっ、はいっ!えっと!ありがとな!ミコト!」

「んコクリ」

「早くせんかっ!恥ずかしいっ!」

「いてっ!いってててぇ!?耳ひっぱんなってっ!?いてぇよ!?」

箒に耳をひっぱられて部屋の中へと引きずられていく一夏。

…仲直りできたのかな?

パタンと閉められてドアを眺めて首を傾げる私。中に入れてもらえたと言う事は仲直り出来たのだろう。きっと。

「みこちーはすごいねー」

「?」

何が?

突然私のことを褒めてくれる本音。でも、私には何が凄いのかわからない。

一夏が居なくなったので集まっていた人達も自分の部屋へと帰っていき、私も結局何が凄いのかわからないまま部屋に戻る事になった。その後はご飯を食べて、本音とプリン食べて、お風呂に入って。あと、千冬に教室に残ってなかったから怒られた。叩かれて痛かった…。

いろいろあって、今はまた部屋に戻って本音とお話してる。

「そっかーみこちーもお菓子好きなんだー?」

「んコクリ」

でも、クリスも真耶も千冬も食べ過ぎちゃダメって言う。だからお腹いっぱい食べられない。

「私も大好きなんだー。今度休みの日にでも一緒に食べに出掛けよーね?」

「コクンコクン!」

本音だいすき。今度の休みたのしみ。

「…ねーねーみこちー」

「?」

急に表情が暗くなった本音。どうしたのだろう?

「3日後の決闘。だいじょうぶ?」

「?」

「えっとね。相手のオルコットさんは代表候補生だし。実は推薦したの私なんだー…だから、ね?」

「問題、ない」

「ホントに?大丈夫?」

一夏も本音も心配性。相手がどんなにつよいとか。私には関係ない。私はただ…。

「ただ、飛ぶだけ」

あの鳥のように…。自由に空を…。

「飛ぶ…そっか」

「ん」

「みこちーが飛ぶところ。楽しみにしてるね!」

「んコクリ」

「それじゃあ、寝よっかー」

「ん」

「おやすみ。みこちー」

「おやすみ…」

本音におやすみの挨拶を済ませて布団に潜り瞼を閉じる。今日は良い事が沢山あった。明日も良い事がありますように。

クリス、おやすみ…。

最愛の母におやすみをして、私は眠りについた…。










『ぎゃあああああああっ!?』

ミコトが眠りについた後、ドゴスッという爆音と一夏の悲鳴が隣のミコトの部屋どころか寮全体に響いた事をすやすやと眠るミコトが気付く事は無かったとさ。










あとがき


地震が凄いですが皆さんご無事ですか?大丈夫ですか?それだけが心配です…。

あとがきにいっぱい何か書こうとしたんですが地震の事で全て吹っ飛んでしまいました…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第四話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/17 00:59



第4話「私は私」








――――Side 織斑 一夏




「もきゅもきゅ…」

「なぁ…」

「…………」

「もぐもぐ…」

「なぁって、いつまで怒ってるんだよ」

「怒ってなどいない」

「ごっくん」

「顔が不機嫌そうじゃん」

「生まれつきだ」

「…ふぅ」

どうしろってんだよまったく…。

今現在、俺達が居るのは一年生寮の食堂。俺と箒、ミコトで同じテーブルで朝食をとっている訳なのだがこの通り気まずい空気が漂っている。昨夜から箒とは何もしゃべってはいない。一体何がいけなかったのか。ミコトが仲裁に入ってくれた後は許してくれたのにまた少ししたらまた怒って口をきいてくれなくなってしまったのだ。

何がいけなかったんだぁ…?

やっぱりあれか?あれだよなぁ…たぶん。でもアレは事故だって。

昨日、ミコトと分かれた後に俺と箒はミコトのおかげもあって仲直り出来た。でも、色々と不幸が重なって箒の下着を見てしまったと言うか鷲掴みしてしまったというか…。

いや、別に俺もわざと箒の下着を掴んだ訳じゃないんだってば…。

またミコトが助けてくれるかと期待してはみたがどうやらミコトはこの空気に気付いていない様子で黙々と朝食を食べているので助けてくれる見込みはゼロだろう。偶に視線が合う事があってもミコトは首を傾げて「?」と不思議そうにするだけだ。

「………」

「………」

「もきゅもきゅ…」

あ゛~気まずいい。なんて気まずい朝食なんだ。しかもまた周りの女子の視線が気になるし…。

「ねぇねぇ、噂の男子だって~」

「千冬お姉様の弟らしいわよ」

「えー、姉弟揃ってIS操縦者かぁ。やっぱり強いのかな?」

…はぁ。

周りから聞こえてくる女子の話声に溜息を溢し、ご飯をつまむ。…うん。美味しい。

ちなみに俺のメニューは和食セット。ご飯に納豆。鮭の切れ身と味噌汁。そして浅漬け。まさに日本の朝食だ。箒も同じメニューだし日本人ならやっぱり白いご飯に限る。パン食も嫌いじゃないけどな。ミコトはパン食派みたいだ。トーストにベーコンエッグとサラダ。それに牛乳か。少し少なくないか?まぁミコトの小さな身体なら丁度良いのか?

「ミコトはそれで足りるのか?」

「もぐもぐ…コクリ」

口をもぐもぐさせて無言で頷くミコト。

「そうか。あっ、そういえば制服が変わってるな」

ミコトの制服は昨日の正規の制服とは違って、袖がダボダボなやつに変わっていた。そう言えばうちのクラスで同じような制服を着てた女子いたな。思い返してみればミコトのルームメイトじゃないか。

「ん。プレゼント」

プレゼントって事はあの子に貰ったのかな?

「そうか、良かったな。似合ってるぞ?」

「…ん♪」

おお、貴重なミコトの笑顔だ。

「…あれ?ルームメイトの子は一緒じゃないのか?」

話題に上がっていた本人が居ない。ミコトのルームメイトなら一緒に居る筈なのに食堂に来た時はミコト一人だったよな?

「ん。まだねむいからねかせてって」

「え゛っ?」

うぉーい。それは不味いんじゃないですかー?

あと五分、あと五分…が永眠になってしまうではないか。何でも相手の望み通りにしてあげる事がその人にとって良い事に繋がるとは限らないんだぞミコト。とりあえずのほほんさん(仮)は遅刻確定で地獄行きだ。ご冥福をお祈りします。南無…。

「………」

無関心、か…。

何て言うか箒は他人に関心を持とうとしないよな。何か壁を作ってると言うか。昨日から俺とミコト以外の人に話してる所なんて見た事無いし。

「箒?」

「…何だ?」

ミコトには反応するのかよ。

俺にはろくに顔を向けない癖にミコトには反応をする箒。何だこの違いは?差別反対…って今の時代そんな事言ってられないか。生きにくい時代だなまったく…。

「怒ってる?」

「…怒ってなどいない」

「でも、一夏…」

「女の敵の言う事など気にするな!」

ひでぇ…。幼馴染から女の敵にランクダウンしたぞ…。

「ん…コクリ」

強い口調で言われて流石のミコトも黙りこんでしまう。流石に今のは言い過ぎだろ。ミコトは箒を心配して言ったのに…。

心なしかミコトの表情も沈んでいる様に見える。まずいな。これは良くない。周りを巻き込むのは駄目だろ。箒が人づきあいが苦手なのは昔から相変わらずみたいだけどさ…。

「おい、箒」

「………」

「ミコトは悪くないだろ。違うか?」

「っ!……ミコト、すまない」

「?」

箒に謝られて不思議そうに首を傾げるミコト。

「その…今のはきつく言い過ぎた」

「ん…フルフル」

気にするな。そう言うかの様にミコトは首を振ると食事を再開する。相変わらずの口足らずだが、でも俺には分かる。ミコトの表情が少しだけ明るくなったのを。

ふぅ…。

友達になって次の日に喧嘩なんて嫌だよな。俺と箒のことでミコトを巻き込まれる必要も無い。そのためには早く箒の機嫌を直さないと…。

「なぁ、箒―――」

「な、名前で呼ぶなっ」

なんと、名前で呼ぶことすら禁止されてしまった。どうしろってんだ。どんどん状況が悪化する一方だぞ?

「ごちそう、さま」

「お、もう食べ終わったのか?」

「んコクリ」

いつの間にか朝食を食べ終えて御馳走様をするミコトは席を立ちトレーを持ってこの場から去っていく。朝食が終わったら直ぐにSHRが始まるからな。流石にミコトも昨日の今日で反省してるだろ。たぶん…。

「あ…」

ん?

「………」

箒がミコトが去っていくのに何やらぽつりと声を漏らす。俺は何事かと箒を見たが箒は慌てて顔を伏せて再び口を閉じた。

「………」

「………」

き、気まずい…。

巻き込まないと決めたばかりなのに早くもミコトに助けを求めそうになる俺。ミコトと言う名の中和剤がこの場に居なくなった事で更に気まずさを増したこの空間。互いの耳に聞こえるのは箸の音のみでそれ以外の周囲の雑音は俺達には聞こえていなかった。

かちゃかちゃ…

無言の為か食事のペースが早い。俺も箒ももう殆ど食べ終わっており完食するのもあと数分も要らないだろう。どうする?このまま終わらせていい物なのか?この状態を引き摺るのは余りよろしく無い気がする。ここはどうにかしないと…そうだ!

「な、なぁ。ほうk…篠ノ之さん」

ギロッ

何で睨むんだよ!?名前で呼ぶなって言ったの箒じゃないかっ!?

「え、えっとさ…俺、決闘する事になっただろ?でも、ISの事全然分からなくてさ。このままじゃ何も出来ずに負けそうなんだ」

「くだらない挑発に乗るからだ、馬鹿め」

その通りなんだけどさ…。

「うぅ…だ、だからさ?教えてくれないか?ほら、俺より箒の方が詳しいだろ?」

負けじと話を続ける。此処で引いたらそれまでだ。何も進展しない。

「ミコトに頼めば良いだろう。ミコトは自分の専用機を持っている。実力は保証できる」

「駄目なんだよミコトは。箒でなきゃ」

「っ!?そ、そそそれは!どう言う意味だっ!?」

ん?何で顔を真っ赤にするんだ?

突然顔を真っ赤にして箒は何やら興奮した様子で訳を訊ねてくる。鼻息を荒くして睨んでくるその眼は真剣そのものでまるで昔、箒と剣道で打ち合ってた時の事を思い出す。何をそんなに真剣になってるんだ?いや、だってミコトが他人に物を教える光景を想像出来るか?出来ないだろ?少なくとも俺は無理だ。想像出来ない。

「そりゃあ、教えてくれるなら親しい奴の方が教わりやすくて良いだろ?」

「し、親しいっ!?」

素っ頓狂な声を上げる箒。何ださっきから。様子が変だぞ?それに頭から湯気出てるし…。

「幼馴染だかな。そうだろ?」

「………」

幼馴染と聞いてガクリと肩を落とす。何だよ今度は落ち込んだりして。忙しい奴だな。こんなに感情の凹凸が激しい奴だったっけ?

「箒…?」

「名前で呼ぶなっ!ふんっ!」

「ちょっ!?箒!?待てよっ!?」

ガタッと大きな音をたてて立ちあがったと思ったら、箒はトレーを持ってカウンターへと言ってしまった。何だよ?急にまた怒りだして…。

「何時まで食べている!食事は迅速に効率よくとれ!遅刻したらグランド10周させるぞ!」

先に帰ってしまった箒と入れ替わる様に千冬姉が食堂に入って来ると、大きな声を張り上げてはそんな恐ろしい事を言ってきた。千冬姉の声を聞いた途端食堂に居た全員が食事の速度を上げる。昨日グランドで走らされた本人にしてみれば今の千冬姉の脅しはとんでもなく効果的なものだと分かる。俺も早く済ませるか。

ひょいぱくひょいぱくと残りの朝食を口に放り込むとトレーを持ち返却口に向かった。

結局、何がいけなかったんだ…?









「うえ~ん!みこちー酷いよ~!朝から死にそうだったよ~!」

「?」

案の定、遅刻したのほほんさんはグランド10周の刑に処されてたとさ。でもミコトがとっておいてくれたパンのおかげで空腹は免れたようだ。その優しさを別の方に生かせたら良かったのにな。ミコト…。

泣き喚くのほほんさんに、訳が分からず首を傾げてパンを渡すミコトの姿が妙な不思議空間を作り出していたのは印象的だった…。

「あぐあぐっ…おいしいよ~…えぐっえぐっ…」

「んコクリ」

何だよこの光景…。









「う゛ぅ~…」

唸り声を上げならが教科書と睨めっこをする俺。傍から見れば気味の悪い光景だろう。しかし俺にとっては周りの視線など気にしてる状況では無かった。

わ、わからん…。

単語は分かるのだ。昨日放課後残ったおかげかある程度の単語は理解出来る。しかし、根本的に理解不明な箇所がいくつもある。まるでそれは数学の数式を覚えないと解けない問題の様。まずい。このままでは授業に置いてかれてしまう…。

「うぅ~ん…」

パァンッ

「あいてっ!?」

教科書と苦闘していると、乾いた音と共に俺の視界に星が散る。当然その原因は千冬姉の出席簿だ。もうお決まりになってないかこれ?

「黙って授業を受けれないのかお前は」

流石の千冬姉も呆れている。

「すいません…」

「はぁ…まぁ良い。ところで織斑。お前のISだが準備まで時間がかかる」

「予備機が無い。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

「専用機?」

専用機。ミコトが持ってる奴の事だよな?何度もその単語を聞いたけど未だに理解して無いんだよなぁ。

「お前は…まさか専用機が何なのか理解していないのか?」

「はい」

パァンッ

いてぇ…。

本日二発目頂きました…。

「教科書6ページ。音読しろ」

「え、えーと…『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されていません。現在世界中にあるIS467機、そのすべてのコアは篠ノ乃博士が作成が作成したもので、これらは完全なブラックボックス化しており、未だ博士以外はコアを作れない。しかし博士はコアを一定数以上作ることを拒絶しており、各国家・企業・機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行っています。またコアを取引することはアラスカ条約第七項に抵触し、すべての状況下で禁止されています』」

「つまりそう言う事だ。本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意される事になった。理解出来たか?」

「な、なんとなく…」

つまりミコトは本当に凄いって事だよな?467機しか無いのにそれを与えられてるんだから。それが俺に与えられるって事か。実験体としてだけど…。

俺の場合は名誉とかじゃなくモルモット気分で嬉しくないんだが。

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者何でしょうか…?」

女子の一人がおずおずと千冬姉に質問する。まぁ、篠ノ之なんて名字そうそうないからいつかはバレルとは思ったが随分と早かったな。そう、篠ノ之束。ISを一人で開発させた稀代の天才。千冬姉の同級生で、箒の姉だ。

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

あっさりと答える千冬姉。良いのだろうか?教師が生徒の個人情報をばらしたりなんかして…。

現在、束さんは指名手配中の人物。別に犯罪を起こした訳ではない。しかし、IS技術の全てを把握している人間が行方不明と言うのは各国政府、機関関係者とも心中穏やかではないだろう。もし、自分の知らない所でISを大量生産されて組織なんて造られたら…想像しただけで恐ろしいだろう?

まぁ、本人はどうでもいいんだろうなぁ…。

あの人は世間なんて興味は無い。自分に身内以外はどうでも良いのだ。つまり世界征服なんて考える筈も無い。世界なんて興味ないだろうし。

「ええええーっ!す、すごいっ!このクラス有名人の身内が二人もいる!」

「ねぇねぇっ、篠ノ之博士ってどんな人!?やっぱり天才なの!?」

「篠ノ之さんも天才だったりする!?今度IS操縦教えてよっ」

授業中だというのに箒の机にわらわらと女子達が群がっていく。それはまるでお菓子に群がる蟻のよう…って本当に授業中なのに良いのか?これ?自由すぎるだろ。

「あの人は関係無い!」

教室中に響く突然の大声。その声に呑まれて箒に群がっていた女子も、そして俺も何がおこったのか分からない様子でぱちくりと瞬きをしていた…。

「ん…箒は箒」

いや、訂正しておく。ミコトを除いて、だ。ミコトは今の大声に動じることなくすぐ傍に居る俺に微かに聞こえる程の小さな声でそう呟いていた。「箒は箒」か、確かにその通りだよな。

俺も千冬姉っていう有名人の身内だけど、やっぱり関係ないんだよな。俺は俺。箒は箒だ。

「…突然大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」

苦痛な表情でそう告げると皆から目を背けてしまう。盛り上がっていた女子からしてみれば冷水を浴びせられた気分のようで、それぞれ自分の席に戻る女子達の表情は困惑や不快といった感じの物を浮かべていた。

しかし、今の箒の表情。まるで束さんを憎んでいる様な…。

箒って束さんのこと嫌いだったか…?

昔の記憶を探ってみるがどうしても箒と束さんが一緒にいる光景が出て来ない。そう言えばいつも束さんの事を訊ねたらそこで会話が終わってたような気がする。まさか本当に仲が悪いのか?

知り合いの、それも幼馴染が家族との関係が悪いのはあまり良い気分がしない。箒の親御さんとは道場に通ってた時に世話になったし、束さんとも何度もあった事がある。どうしても他人事には思えない。

あとで箒に聞いてみるか…。

余計なお世話かもしれないし、聞かれたくない事かもしれないが俺にとって箒は大切な友達だからな。

「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようなんて思っていなかったでしょうけど」

だから、授業中だってのに…。

いつの間にか俺の席の前にやって来ていたセシリアは、相変わらずの強気な態度でそう言い放って来た。

「まぁ?一応勝負は見えてますけど?さすがにフェアじゃありませんものね」

「? なんで?」

「あら、ご存じないのね。いいですわ、庶民のあなたに教えて差し上げましょう。このわたくし、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生…」

いや、それはもう何度も聞いたから。

「つまり、現時点で専用機を持っていますの」

「へー」

専用機ならミコトも持ってるし、寧ろ俺はミコトが主席だって言う事実の方が衝撃的だったな。あれ以上に驚く事なんてそうそう無いぞ。

「…馬鹿にしてますの?」

「いや、すげーなと思っただけだけど。どうすげーのか分からないが」

「それを一般的に馬鹿にしてると言うでしょう!?」

ババン!両手で机を叩かれる。あのな?授業中何だぜ今…。

「…こほん。先程貴方もう言っていましたでしょう?世界でISは467機。つまりその中で専用機を持つものは全人類六十億超の中でもエリート中のエリートなのですわ」

「そ、そうなのか…」

「そうですわ」

「人類って六十億超えてたのか…」

マジ知らなかったぜ…。

「そこは重要じゃないでしょう!?」

ババン!だから授業中だと(ry

「あなた!本当にばかにしてますの!?」

「いや、そんなことはない…」

「だったらなぜ棒読みなのかしら…?」

なんでだろうね?

「なんでだろうな、箒」

私に振るな!と突き刺さりそうな視線で睨みながら告げてくる。すいませんでした。

「そういえば貴女、篠ノ之博士の妹なんですってね」

こいつは馬鹿か?それとも空気が読めないのか?さっきの箒の反応見ただろ。それは禁句ワードなんだって…。

案の定、俺に向けられていた鋭い視線はセシリアへと矛先を変える。

「妹と言うだけだ…」

物凄い剣幕でセシリアを睨む箒。その怒気を含んだ視線に流石のセシリアの怯んでしまう。と、その時だ。険悪なムードで静まり返っていた教室にその声が響いたのは…。

「箒は箒…」

また、ミコトがそう呟く。今度は他の皆にもそれが届いたらしく皆の視線がミコトへと集中した。セシリアもまた箒の視線から逃れる為にミコトへと振り返る。

「オ、オリヴィアさん?何か言いまして?」

箒にビビって若干顔が引き攣ってるぞセシリア…。

「箒は箒…」

「はい?」

「他の、だれでもない」

無表情だが瞳には何か強い意志の様な物を籠めてミコトはセシリアと向き合いそう告げる。そして、それを聞いていた箒は目を丸くしていた。正直、俺も今のミコトの行動には驚いている。ミコトは余り周りに自ら干渉する方では無いと思っていたから。周りに余り興味が無いと思っていたから。

でも、今日の朝食や昨日の夜だって自ら進んで俺達の仲裁に入って来てくれた。もしかしたらミコトは束さんの様なタイプで、更に何か自分のルールに基づいて行動しているのかもしれない。今の発言が俺にはそう思えたから…。

「一夏は一夏。箒は箒。私は私。みんな、違う」

織斑千冬の弟だとか。篠ノ之束の妹だとか。…織斑千冬に瓜二つだとか関係無い。言葉足らずだが、きっとミコトはそう言いたいのだろう。

「セシリアは代表候補生だからセシリア?」

「え?」

突然の質問にきょとんしてしまうセシリア。

「代表候補生じゃないとセシリアじゃなくなる?」

「そ、そんな事ありませんわ!この肩書はセシリア・オルコットの名に付いて来たもの!代表候補の名の御蔭でわたくしがある訳ではありませんわ!」

「ん、箒も同じ」

「ミコト…」

箒が不器用に照れながら笑っている。箒だけでは無い。俺達の様子を眺めていた千冬姉もそうだ。山田先生なんて涙まで浮かべてるし…。

「そうだねーみこちーの言う通りだよー」

「そうね。篠ノ之さんの気持ち考えて無かったかな…」

「私もわるい事しちゃった…」

「わたしもー…」

「やっぱり身内が有名人だと苦労するんだろうね」

空気を読んだのか、それとも狙っていたのか、ナイスなタイミングののほほんさんの言葉に次々と女子達の反省の言葉が聞こえてくる。それを聞いてミコトは満足そうに頷く。

「ん…つかれた」

普段話さない所為か疲れたのだろう。表情が寝むそう…っておいまさかっ!?

「おやすm「誰が許すか馬鹿者」あぅ…」

寝ようとしたミコトの頭に出席簿が炸裂する。千冬姉の目の前で居眠り宣言するなんて勇気あり過ぎだろ。

「ふ、ふんっ!いいですわ!ならこのセシリア・オルコットを証明して差し上げましょう!明後日の勝負で私の実力を見せてご覧に入れますわ!」

ずびしっと指をさして高々と宣言してくる。何て言うか、段々噛ませ犬っぽくなってきてるな。

…あれ?そう言えば。

「あのさ、もしミコトが勝ったらどうなるんだ?」

セシリアが負けたらそこまでって訳じゃないだろう。一応、クラス代表を決める勝負でもある訳だし…。

「はぁ!?何を言ってますの!?そんな事ありえませんわ!」

あのさ…この世に絶対ってないんだぜ?

自分の力に自信を持つ事は良い事だが、そう言う慢心は自分を滅ぼすと俺は思う。ほら、漫画やアニメだってそう言う奴は負けたり罠にはまったりしてるだろ?

「もしオルコットがオリヴィアに敗北した場合、その時は織斑とオリヴィアが対戦する事になるな。喜べ、シード権はお前の物だ」

嬉しくないんですけど…。

別に俺はクラス代表になりたい訳じゃないし、ミコトと勝負したい訳じゃない。そんな権利を貰っても全然嬉しくないんだが…。

「織斑先生!わたくしが負ける筈「黙れ馬鹿者」アイタっ!?」

千冬姉に反論しようするがそれはセシリアの頭に出席簿が振り下ろされた事により中断させられてしまう。流石の代表候補生様でもあれは痛い様だ。

「いい加減席につけ馬鹿者が。授業が進まん」

「す、すいません…」

頭を押さえてとぼとぼと自分の席に戻っていくセシリア。流石のセシリアも千冬姉には逆らえないか。

「まったく…餓鬼は喋り出したら止まらんから困る。授業の続きをするぞ」

『は、はい…』

かなりご立腹の千冬姉のギロリとした視線に震えあがる俺ら一同(ミコト除く)は、今日は一切私語無く授業を受けるのだった…。









キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン

「箒」

びくっ

授業も終わって昼休憩になったので箒を誘おうと思ったのだが、さっきの一件を気にしてるのか俺が話しかけるとビクリと身体を跳ね上がらせる箒。何をそんなにビビらせるのか…。

「飯食いに行こうぜ」

「…私は、いい」

「まぁ、そう言うなって。ミコトも一緒に行こうぜ?」

「ん」

「っ!?ミコト!?」

だから何をそんなに意識してるんだよ?

「本音も一緒、いい?」

ん?本音…?

知らない名前に首を傾げるとミコトは俺達から離れて行くと、教室の隅の方で雑談している仲良し3人グル―プから一人だぼだぼの制服を着た女子を連れてくる。ああ、のほほんさんか。本音って言うんだ。まぁ、いきなり呼び捨ては不味いから今後ものほほんさんでいくとしよう。

「んー?みこちーどうしたのー?」

訳も分からず連れて来られたのほほんさん。ミコトよ。こう言う時はちゃんと要件を伝えて連れてくるもんだ。意思疎通は大事だぞ?

「お昼、たべる」

「おりむーと!?いいよー!喜んでご一緒するよー!」

ぴょんぴょんと跳ねながらOKするのほほんさん。何て言うか雰囲気的にミコトと良いコンビかもな。

「ま~ち~な~さ~い!」

「抜け駆け禁止!」

「むぎゅ~!?」

のほほんさんと一緒だった二人がぐわしとのほほんさんの頭を掴む。ちょっ!?首しまってるしまってる!?

「織斑くん。私達ちょっとOHANASIがあるからこの子借りるね?」

「じゃあ!そう言う事で!」

「おりむ~!みこち~!たすけてぇ~!?」

…強く生きろ。

「お~…?」

ずるずると何処かへ連れ去られていくのほほんさんを俺とミコトは唯見送る事しか出来なかった…。くっ!無力な俺達を許してくれのほほんさん!

…まぁ、それは置いといてとりあえず飯にしよう。

「じゃあ、いくか」

「ま、待て!私は行かないと―――」

「箒?」

箒の袖をちょこんと握って箒を見上げるミコト。そんなミコトを見て箒はたじろくと…。

「ぐっ…仕方ない。ミコトには借りがあるからな」

簡単に折れて照れ隠しをしながら昼食を一緒に取る事を了承した。まったく昔から素直じゃないな箒は。まぁ拒否しても強引に連れて行ったけどな。

「それじゃ行こうぜ」

「だ、だから手を握るなと言っているだろうっ!?」

「そう言うなって。昔は良くこうしてただろ?」

「今と昔は違っ…こ、こら離せ!?」

箒が何か言ってるが俺は気にせず箒の手を引っ張って食堂に向かう。別に恥ずかしがる事は無いだろ幼馴染なんだし。ミコトが気になり後ろを振り向けば騒いでいる俺達のあとをちょこちょこと付いて来ているみたいだ。なかなか良いトリオじゃないか俺達。性格が見事にばらばらで。







学食に到着。しかし出遅れた所為か殆どの席が埋まっている。まぁ3人程度ならなんとか席は確保できると思うけどそれも早くした方が良いな。誰か一人に席をとっておいて貰わないと。

「ミコト」

「ん?」

「3人分の席確保しといてくれないか?3人で食券買いに行くと全部埋まっちまいそうだから」

「んコクリ」

「何食べるんだ?俺が持って行ってやるから」

「サンドイッチ」

「サンドイッチセットか。分かった。んじゃ、席の方頼んだぞ?」

「んコクリ」

ミコトは頷くと生徒で混み合っている渦の中へと消えて行った。頼んだ俺が言うのも何だが大丈夫だろうか?ミコトは背が小さいからあの中に居るのは危ないかもしれないぞ。もう見えなくなってどうしようもないが…。

「…大丈夫なのか?」

お、流石の箒も心配か。そうだよな。人選間違えたかもしれん。

「大丈夫…だといいなぁ」

俺はミコトが消えた人混みを眺めてそう呟く。正直自信ない。

「何を他人事のように!…こほん」

「ん?何だ?心配なのか?」

「なっ!?決してそのような事は…」

にやにやと笑みを浮かべてそう訊ねるが箒は顔を紅くして顔を逸らす。はは、何を照れてるんだか。

「嬉しかったんだろ?ミコトにあんな事言われて」

「…何のことだ」

「箒は箒ってやつだよ。その通りだよな。束さんあっての箒じゃないもんな」

「………」

箒は俺の隣で顔を俯いて何も言わない。きっと箒にもこの6年間で色々あったのだろう。それがどんな事か俺には分からないがきっと辛い経験があったに違いない。なんたって自分の姉である束さんの事を聞かれただけであんな態度をとるのだから、それだけの事があったのだろう。

「…さて、何を食おうかな。箒はどうする?俺と一緒で良いか?」

朝食も俺と同じだったし食事の好みは俺と一緒だろう。

「か、勝手に決めるな」

「じゃあ何にするんだよ?後がつかえてるんだか早く決めろよ。俺は日替わりにするぞ。鯖の塩焼き定食」

「む…じゃあ私もそれを…」

結局同じか。まぁ良いけどな別に。日替わり二つとサンドイッチセットの食券を買うと、販売機の列から離れてカウンターへと向かい食券をおばちゃんに渡した。

「おばちゃん。日替わり二つにサンドイッチセット一つね」

「はいよ。アンタが噂の男子生徒かい?流石は男の子。沢山食べるねぇ」

「いやいやそんな訳無いよ。ただ友達の分も頼まれてるだけだよ」

やっぱりIS学園の関係者なら例えどんな職業でも俺を知ってるんだな。まぁニュースでもやってたし別に可笑しくはないか。

「はい、日替わり二つにサンドイッチセットお待ち」

「ありがとう、おばちゃん。おお、旨そうだ」

「旨そうだじゃないよ、旨いんだよ」

そう言っておばちゃんはニカッと笑う。うん。このおばちゃんはいい人だ。たぶんこの学園内の女性で一番心が許せる人かもしれない。懐が広いって意味で。

さて、じゃあミコトの居る場所に行くとするか…ん?

「………」

「どうかしたのか?箒」

ミコトのサンドイッチと日替わりが乗ったトレーを両手に持ちミコトが待っている場所に向かおうとすると、何故か唖然と立ち尽くしている箒の姿が。俺はどうしたんだと訊ねたら無言で自分が見ている方向を指差す。俺はその指差す方を視線で辿っていくと…。

なんじゃありゃ!?

箒の指差した方角には沢山の人だかりが。しかし俺が驚いたのはそんなものじゃない。俺や箒を驚かせている原因は、その人だかりを阻むようにして中央に陣取っている鋼鉄の翼。そしてその翼はよく見てみれば一つのテーブルを守る様に翼を折り畳んでいる。置物か何かかと思いはしたが俺達が来た時にはそんなものは無かったし、第一あんな所に置いたらテーブルが使えない。つまりは置き物じゃないってことだ。

「な、なんだよあれ…?」

「ISだ…」

「IS!?あの翼がか?」

「恐らくな。だが、一体誰がこんな所で…」

確かISは特定の場所でしか使用は許可されて無いらしく。それ以外の場所での使用は厳しく処罰される。これは入学初日の授業で教えられた事だ。俺もそれは覚えているし他の連中だって知らない筈は無い。

まさか、なぁ…?

気のせいだろうか。あの翼、あのテーブルを誰にも使わせない様にしているのに見えるのは…。

―――3人分の席確保しといてくれないか?

先程ミコトに頼んだ事を脳内でリピートする。まさか。まさか…。

「「………」」

ダラダラと嫌な汗を掻いている俺と箒は顔を互いに見合わせるとその翼の方へと近づいて行く。頼むからそうで無いでくれと祈りながら。

…しかし、その祈りはどうやら届かなかったらしい。

「ん。きた」

「ミ、ミコト…」

「お前と言う奴は…」

俺達が見たのは満足そうにテーブルを陣取っている翼を生やしたミコト姿。それを見て頭を抱える俺と箒だったが、頭を悩ませている張本人のミコトは俺達の気持ちを知らずに首を傾げているだけだった…。

その後、勿論説教が待ち受けていた。今回は初犯と言う理由で許して貰えたが次は罰を受けて貰うときつく注意されて開放。そして今現在に昼食をとる俺達に至る。

「あのな、ミコト。もう少し考えてから行動しような?」

すっかり冷めてしまった味噌汁を啜りながら俺はミコトに言い聞かせるように注意する。まるで子供に躾けする親の気分だ。

「?」

いや、そんなに不思議そうにされても…。

「ミコト。学園内でのISの無断使用は禁止されている。今後はさっきの様な事はやめろ。良いな?」

「んコクン」

本当に分かってるのか不安だが、まぁ良しとしよう。それより飯だ飯。

「そういえば、さっきの翼何なんだ?」

「ISだ。専用機は部分的に展開する事が可能なんだ。さっきのあれはミコトが翼を部分展開したものだろう」

部分展開。また分からない単語が出て来たぞ…。

「えっと…つまりあの翼はミコトのISの一部って事か?」

「ん」

「そう言う事だ」

へぇ…そんな事が可能なのか、ISって…。

「やっぱり全然だ。よく分からん」

どう言う原理でそんなの事が可能なのか、どう言う仕組みなのか、俺の頭では到底理解出来そうに無い。

「なぁ、朝の話の続きなんだけどさ。頼むから教えてくれよ」

「…またその話か」

「?」

「頼む!頼むよ!箒だけが頼りなんだ!」

「………私だって特別に詳しい訳じゃない。お前に教えれる事なんて大して…」

「それでも俺より圧倒的にマシだろ?俺なんて基礎知識すら駄目なんだし。だからさ!このとおりだ!」

手を合わせて箒を拝む。本当に箒が頼みの綱なんだ。これで断られたら俺はもうどうしようもなくなる。何も出来ないままあいつに負けるなんて絶対に嫌なのだ。

「………今日の放課後」

「え?」

「今日の放課後。剣道場に来い。一度、腕がなまってないか見てやる」

「いや、俺はISのことを―――」

「付け焼刃の知識でどうにかなる相手だと思ってるのか?」

「ぐっ…」

箒の言う通りだ。セシリアは国に認められたからこそ専用機を任せられている。それに比べて俺は素人も素人。今更どう頑張った所でこの差は覆す事は不可能だろう。

「なら、無様な戦いをしない様に身体に戦い方を刻みつけてやる。ISの性能は操縦者の実力にも左右される。これぐらいは常識だ」

「むぅ…」

一度ISに乗った事のあるから箒の言いたい事は分かる。ISに乗れば操縦者とISは『繋がる』。つまり自分が思う通りに動かせるのだ。だから操縦者の実力にも大きく左右するのは理解出来る。

「分かったら放課後剣道場に来い。良いな?」

「はい…」

有無言わさずの言葉に俺は唯黙って従うしか無かった。情けなく箒に頭を下げる俺。そして俺の隣ではもぐもぐと無表情でサンドイッチを頬張るミコトの姿があったとさ…。











「どういうことだ」

「いや、どう言うことって言われても…」

俺と箒は約束通り放課後に剣道場へ来ていた。

また大勢のギャラリーが剣道場の外から俺を見に来ており、俺はそんな中で箒に怒られていた…。

「どうしてこんなに弱くなっている!?」

手合わせを開始してから10分。結果は俺の一本負け。その結果に不満なのか面具を外した箒は目尻を吊り上げて俺を叱る。

「受験勉強してたから、かな?」

「…中学では何部に所属していた?」

「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」

まぁ、それには理由があるのだが。実際は家計を助ける為にバイトをしてたり、あと家事とかが大変で、部活とかそれどころでは無かったのだ。千冬姉は家事は全然だから俺がしっかりしないと家はゴミ屋敷と化してしまう。

「―――なおす」

「はい?」

「鍛え直す!何だそのていたらくは!?情けない!それでも男子か!?これから毎日、放課後三時間、私が稽古をつけてやる!」

「え゛!?」

「ISを使うならまだしも、剣道で男が女に負けるなど…悔しくは無いのか、一夏!」

「そりゃ、まぁ・・・・格好悪いとは思うけど」

「格好?格好を気にする事が出来る立場か!それとも、なんだ。やはりこうして女子に囲まれるのが楽しいのか?」

「楽しいわけあるか!珍動物扱いじゃねぇか!その上、女子と同居までさせられるんだぞ!何が悲しくてこんなってうわぁ!?」

俺の頭目掛けて振り降ろされる竹刀をぎりぎりのタイミングで竹刀で受け止める。馬鹿お前!?防具を外してる状態で打ち込んでくるんじゃねぇよ!?殺す気か!?

「わ、私と暮らすのが不服だと言うのか!」

「お、落ち着け箒!?俺はまだ死にたくない!?」

「女に命乞いとは情けない!この軟弱者め!男ならやり返してみせろ!」

無茶言うな!全国大会優勝者相手に出来る訳無いだろうが!?何年ブランクがあると思ってるんだ!?

受け止めるだけで精一杯だと言うのにやり返すなんて到底無理な話。今の一撃だって生存本能が働いて奇跡的に受け止められた様な物だ。

「…今日は此処までだ」

死の危険から解放されたが、向けられたのは軽蔑の眼差し。そして箒は今日の稽古の終了を告げるとそのまま更衣室へと消えてしまった…。

「はぁ…」

俺は箒が去ったのを確認して大きなはめ息を吐く。それは命が助かった事による安堵か、それとも自分の情けなさによるものなのか、それとも両方からか…。

両方、だよな…。

自分の手を見てみれば稽古の際に打たれた小手で、手が赤くなっていた。これは痛い…。

強くなったよなぁ。箒。

昔は俺の圧勝だったのに今では真逆だ。それ程箒は努力して、俺は怠けてたって事なのか…。

「織斑君ってさぁ」

「結構弱い?」

「本当にIS動かせるのかなー」

ひそひそと聞こえてくるギャラリーの落胆の声。勝手に期待したのはあっちの方だが、それでも男が女に負けるのは惨めで、そして、それ以上に悔しい。

この悔しさは久しぶりの感情だ。自分の無力感。それが許せない。守られてばかりの自分が…。

こんなんじゃ誰にも勝てない。誰も守れやしない…。

「………トレーニング、再開するか」

やると決めたのだ。ならやるだけの事。投げ出すなんて俺は許せない!












――――Side 篠ノ之 箒





少しきつく言い過ぎただろうか…。

道着から制服に着替え終えた私は、ふらふらと校内を歩きながらさっきの事を引き摺ってずっと同じ事を考えていた。六年ぶりに再会した幼馴染。変わっていない子供の部分や変わった大人の部分。それに私は嬉しくもあったし落胆することもあった。あと、ドキドキしたとこも…。

な、何を考えてるんだ私は!?あんな軟弱者の何処に胸が高鳴る要素がある!?

…まぁ、そう言う所も含んでの一夏だとは思う。相変わらずの女たらしの様だし…。

大体、全てあの軟弱者が悪いのではないか!何を私が悔やむ所がある!

六年前の一夏は強かった。私が勝てない程に…。だというのにあのていたらく。思い出しただけでも腹が立つ!

あれは一年以上は剣を握っていない証拠だ。一体この六年間で何をしていたと言うんだ。あれだけ打ち込んでいた剣道を棄てるなど。私は、剣道と言う一夏との繋がりを信じて続けて来たというのに。あいつはそれを簡単に棄てた。私はそれを許せなかった。

でも…。

風がそよぎ、私の長い髪を揺らす。

私を覚えていてくれたんだな…。

6年も経つんだ。顔を忘れもするし成長してあの頃とは別人と思えるくらいに変わっている。それでも一夏は私だと直ぐに気付いてくれた。私はニュースで一夏の顔を見ていたから分かったと言うのに。一夏の私だと直ぐに気付いたと言う言葉を思い出せば…。

「……ふふ」

嬉しくて、先程まで怒りも何処かに言ってしまったではないか。ほんと、腹が立って、それにずるい奴だ。一夏は…。

で、でも!あの軟弱さは許した訳ではない!明日からもっと厳しくせねば!特訓だ特訓!私が鍛え直してやる!

そうだ。私が一夏と二人っきりで…ふふふ♪

「…・・・・…はっ!?」

い、今私は何を考えていた!?ち、違うぞ!?私は不埒な事を考えていた訳ではない!そうだ下心などある筈が無い。これは正当な理由。同門の不出来を嘆き鍛え直す義務があるからだな!

「って、誰に言い聞かせているんだ私は…」

少し落ち着こう。とりあえず風に当たりながら散歩でもしよう。

「…む?」

ふと、私は立ち止まる。私の視線の先にはグランドの端で空を眺めているミコトの姿があった。相変わらずミコトは空を眺めている。何をするでもなく、唯ぼ~っと空を眺めている…。

まったく、アイツは…。

苦笑すると私はミコトへと歩み寄る。

「また空を眺めているのか?」

「…箒?」

「ミコトはいつも空を眺めているな」

「ん」

初めて話しかけた時もそうだったか。ミコトはこうして空を眺めていた。空に焦がれる様に…。何をミコトをそうさせるのかは分からない。でも、ミコトにとって空はそれ程大切な物なのだろう。

「箒」

「ん?」

「訓練、は?」

ああ、そう言えばミコトは剣道場には付いて来ていなかったな。

「終わった。まったく、一夏の軟弱ぶりには情けなさ過ぎて腹が立ったぞ」

「?」

私は一夏の情けなさに怒りを露わにするが、ミコトは何の事か分からない様子で首を傾げるだけだった。まったく…まぁ、ミコトらしいか。

私も随分と毒されたものだ。最初は千冬さんに瓜二つで戸惑いもしたが、今は何ら抵抗も無く話す事が出来る。それに、今日の事で私はミコトに大きな恩が出来てしまった。「箒は箒」そんな言葉今まで誰も言ってはくれなかった。篠ノ之束の妹という肩書は必ず私に付き纏う。だからいつも私は姉さんの妹として見られていた。篠ノ之箒としてではなく。無論、一夏はそんな目で見た事は無かったが殆どがそうだった。だから、ミコトの言葉は本当に嬉しかったし救われた気持ちにもなった。

「ミコト、ありがとう」

「?」

「お前が私が私と言ってくれたおかげで私は救われた。これからもずっとそんな風に見られる事は変わらない事だろう。でも、ミコトの言葉で私は私だと自信持てるようになった…少しだけな」

私が姉を拒絶する理由は別にある。でも、姉の名が重圧になっていたのも事実。だからミコトの言葉は本当に嬉しかった。だから…

「改めて言うぞ。ミコト、私の友達になってくれないか?」

今度は流れでとかではなく、ちゃんと自分の言葉でそう告げる。ちゃんとミコトを目を見て。

「ん。箒、ともだち」

「…ありがとう」

ミコトの言葉が心に染み渡る。嬉しかった。本当に嬉しかった。これでミコトは本当に友達だ。私の大切な二人目の友達だ…。

「明後日の勝負。頑張れ」

「ん。がんばって、飛ぶ」

私とミコトは空を見上げる。茜色に染まった空はとても、とても美しかった…。












―――そして、ミコトとセシリアの対決の日…。







第三アリーナのAピットには一夏と箒がミコトを応援するために駆け付けていた。観客席にはクラスの生徒達や二人の専用機に興味がある生徒達で賑わい、勝負の開始を今か今かと待っている。

「ミコト!頑張れよ!」

「全力を尽くせ。良いな?」

「んコクリ」

ミコトは二人の言葉に頷くと二人から離れてISを展開する。光に包まれるミコトの身体。それはまるで卵の様でその輝く卵からは翼が飛び出し鋼鉄の翼を持つIS『イカロス・フテロ』の姿を現した…。

「凄げぇ…これが、ミコトのISか」

「綺麗だな…」

一夏と箒はその美しいISを目にして呆然と立ち尽くす。

ISを見る機会の少ない二人にとっても、やはりこの『イカロス・フテロ』は異形。
殆どの装甲を取り払い兵器としての無骨さが無いソレは。不自然で、そして美しかった。

「ん…飛ぶ」

小さな呟きと共にピット内を風が吹き抜け、イカロス・フテロは宙を舞い。ゲートを潜り空へと飛び出していく。

対戦相手のセシリアが居る空へと…。
















あとがき

まだアニメでいうと2話の半分くらいですぜ…。

そんな事より、感想を見て本当に安心しました!良かった。本当に皆さんが無事で良かった!

そして、亡くなった方。そして家族や友達を亡くした方々。心よりご冥福をお祈りいたします。希望を捨てないで下さい。私も出来る限りの事をしますから…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第五話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/20 14:46
重力と言う枷から解放されたこの感覚。身に感じる浮遊感は私の感情を興奮させもっと、もっととそれを求めてる。

ん…。

気持ちいい。なんて気持ちいいのだろう。この解放感。この高揚感。言葉に表し様が無い…。

いつもより近く感じる青き空。白き雲。そして太陽。此処はそれが出来る者のみが許された場所。私が大好き場所。

飛んでる…。

そう、飛んでいる。私は今飛んでいる。自由に、鳥のように、この空を飛んでいる。空と言う広大で自由な世界を。そう思うと自然と笑みが浮かぶ。

ん、ひさしぶり…。

空を飛ぶ鳥にそう心の中で呟く。本当に久しぶりだ。二ヶ月程だろうか?此処に来てからは毎日のように乗っていたイカロスも自由に乗れなくなり、乗るには千冬の許可が必要になった。許可無く乗れば千冬が飛んできて拳骨が私の頭に落とされる。だから私はちゃんと言う事を聞いて飛ばなかった。痛いのは嫌だし千冬が怖いから。

でも、今日は飛んでいいって言われた。思う存分好きなように飛んでいいって。

「…ん♪」

なら、思う存分に飛ぼう。好きなだけ。この時間を楽しもう。このイカロス・フテロと一緒に。

ん。この子も喜んでる。

この子と私は同じ。空が大好き。飛びたがっている。どこまでもどこまでも。ずっと、ずっと遠くまで飛びたがっている。だから…。

だから、一緒に飛ぼ?

その問い掛けに応えるように翼のスラスターの出力が一瞬だが上昇したのをセンサーが表示していた。

ん。いい子…。

この子もその気の様だ。なら、する事はただ一つ…。











「うふふ、やっと来ましたわね」

セシリアが笑う。いつも通り気品を漂わせ上品に振舞いながら。しかしその上品な頬笑みとは逆にセシリアの眼はまるで獲物を狙う狩人のそれとまったく同じものだった。だがミコトはその視線に動じない。いつも通り。自然体でセシリアの前で無表情のまま翼をばたつかせて空中に停止し、合図が来るのを待つだけ。

「むっ…」

それがセシリアには気に喰わなかったのだろう。自分の言葉に無反応のミコト。それはまるで自分など眼中に無いように見えたのかもしれない。まぁそれは間違いではないのかもしれない。ミコトはセシリアなど見ていない。考えてもいない。今、彼女の頭にあるのは『空を飛ぶ』という事だけなのだから。昂ぶる気持ちを抑えて、我慢して、ただ待つスタートの合図を。もし今の彼女を他の動物で表すのなら、餌を前に待ての状態で待機している犬。尻尾をブンブン振ってよしの合図が出るまで餌を見続ける犬。まさにそれだろう。

「手加減はしません!捻り潰して差し上げますわ!」

ずびしっと指をミコトに向けてさすと高々にそう宣言する。自信に満ちた言葉で。負けるなど有り得ないと、勝利は自分の物だとその眼は語っていた。

そして、その熱意に応じてかミコトもやっと反応らしい反応を見せる。ミコト本人は何の事か分かっていない様子だったが、付き合いの短いセシリアはそれに気付いていない様だった。

「?…コクリ」

「ふふっ…覚悟なさい!このセシリア・オルコットがその翼をもぎ取って地上に這い蹲らせてご覧にいれましょう!」

セシリアはライフル構え即座にミコトの登場するイカロス・フテロを照準に合わせてトリガーを引く。キュインッと耳をつくエネルギー兵器独特の発砲音。そして、それが開幕の合図となった…。













第5話「その翼は…」











――――Side ミコト・オリヴィア





嫌な音と共に光が走る。イカロスが避けろと言うから翼を羽ばたかせてくるりと身体を回転させてその光を避けた。光は私を横ぎり空の彼方へと消える…。

…お~。

初めて。あんな速い弾…。

今まで見て来た弾はあんなに眩しくないし速くもなかった。弾が走るときに発生する風にのれば簡単に避ける事が出来た。でも、あの光は違う。そんなのが無かった。

ん?初めて?

何処かで同じもの見た気がする。何処だっけ…?

ん。まあいい。

思い出せないってことはどうでも良いって事。そんな事より空を飛ぶ事が優先。久しぶりの空。思い存分楽しむ。

「ん」

私はそう自己解決して頷くと、大きく翼を羽ばたかせて一気に急上昇する。すると一瞬にして自分がさっきまでいたアリーナが遥か地上へと離れていた。そして此処は私のお庭。さぁ、お散歩の時間の始まり。

「ん。お散歩…お散飛?」

歩かないからお散飛?どっちなんだろう?今度真耶に聞こう。

うんと頷き私はくるくると空を回る。風をきる感覚が気持ちいい。この感覚は好きだ。でも…。

またイカロスが避けろと言ってくる。ひゅんっと地上から向かってくる幾つもの光。翼を動かしてふわりと風に乗りそれを避ける。

これ、嫌い。

散歩を邪魔するこれは嫌い。当たったらイタそう。イカロスも怯えてる。これは駄目だって…。

また光が来た。くるりと避ける。また来た。また避ける。

くるくるくるくるくるくる…。あ。目が回りそう。

「む~…」

うるさい…。

さっきから何なのだろう?ひゅんひゅんうるさい。この光好きじゃない。そういえば前の時もしつこかった気がする。やっぱりこれ嫌い。

「っ!逃げ回ってないで戦いなさいな!」

「?」

地上から追っかけて来たセシリアが何か言ってる。何で怒ってるんだろう?

「そっちがその気なら…ブルー・ティアーズ!お行きなさいっ!」

…ん?

何か四角い変なのが沢山飛んできた。何か先端が光ってこっち向いて…あっ、これって。

「これで決まりですわっ!」

やっぱり。

セシリアが大きく腕を振ると四角いのからさっきとは違う細い光が一斉に私目掛けて走って来る。ん。でもこれなら避けられる。

ばさっと翼を羽ばたかせて更に上へと上昇する。私が居たところを通り抜ける4つの光。でも、四角いのはそのまま私について来る。次々と放たれる光にバク宙で避けたり急降下して避けたりとぐるぐる飛び回りながら逃げる。ん。これ楽しいかも。

「逃がしませんわよ!」

セシリアが逃がさないと私を四角いので追いかけてくる。これってつまり…。

おにごっこ…?

「ん。おにごっこ好き」

千冬以外につかまったこと無い。私の自慢。真耶も凄いって褒めてくれた。

「おにごっこじゃないですわ!?…っ!エネルギー残量が心許無いですわね。いい加減落ちなさいなっ!」

「いや」

まだ飛び足りない。全然足りない。ずっと我慢してたんだからもっと飛びたい。ずっとずっと飛んでいたい。だって…。

私は空を見て微笑む。

「私もこの子も空が大好きだから…」











――――Side 織斑 一夏




ISの戦闘。それはド派手なものだと俺は今の今までそう思っていた。ドでかい爆発や発砲音。ブレードとブレードのぶつかり合い。飛び散る火花。そんな感じの物だと。そもそも俺はIS同士の戦闘なんてゲームでしか見た事が無い。つまりフィクションだ。実物なんて今日が初めて。だがら…。

俺は目の前の想像していた物とは全く異なる光景に言葉を失っていた…。

空には空を自由に優雅に舞う鳥…いや、ミコトが居た。セシリアの攻撃をひらひらと避けてはセシリアの攻撃など興味も示さず自由に空を飛び続けている。ミコトは言っていた。空を飛ぶだけだと。成程、まさにその言葉の通りだ。

「……すげぇ」

目の前にの光景に思わず息を漏らす。綺麗だった。唯只管に美しかった。今行われているのが戦闘とは思えないくらいに。くさいかもしれないが『空に描かれたアート』そんな言葉が思い浮かんだ。観客席の生徒達も口々に『綺麗…』と漏らしているのをイカロスのセンサーが拾い通信機を通して聞こえる。

まぁ、戦闘をしている気でいるのはセシリアだけなんだろうな。

必死にミコトに当てようとしているセシリアとは反対に、ミコトは楽しそうに笑っていた。まるで見た目相応にはしゃぐ子供のように。この数日ミコトと接してきたがあんな楽しそうにしているミコトを見るのは初めてだ。

『~♪』

通信機を通してミコトの鼻歌が聞こえてくる。それはあまりにも場違いな歌声。観客席の生徒達は皆呆れた様な表情を浮かべている。しかしピット内にいる俺と箒は別だった。それぞれ苦笑を浮かべてこう思っていた。ミコトらしい、と…。

「まったく、あいつらしい」

何時の間にピットに来て居たのだろう。千冬姉が呆れたように呟いてスクリーンを眺めていた。

「千ふy…織斑先生?」

「どうして此処に?管制室にいらしたのでは?」

千冬姉と呼ぼうとしたが物凄い睨まれたので言いなおす。それしてもどうして千冬姉が此処に居るのだろう?箒の言う通り管制室で見ているものかと思ったんだが。

「管制は山田先生に任せた。此処に来たのはお前に伝える事があったからだ」

「俺に?」

はて、俺に?何だろう?とくに思い当たる事は無いのだが。

「オルコットの戦闘を良く見ておけ。次にお前が対戦する相手なのだからな」

「何を言ってるんだ…ですか。どう見てもミコトが優勢なのに」

そうだ。戦闘を開始してからミコトはセシリアの攻撃を一度も被弾していない。それどころか掠りもしていないのだ。そしてそれとは反対にセシリアは段々と焦りの表情を浮かべはじめている。この状況でどう転べばミコトが敗れると言うのだろう。

「…攻撃をしないから、ですか?」

「うむ。そうだ」

真剣な表情でそう呟く箒に千冬姉は頷く。どう言う事だ?なんで攻撃しないから負けるんだ?

「アリーナの使用時間にも制限がある。そして今日使用できるのは一時間。それまでにオリヴィアが何もせずオルコットを撃墜出来なった場合、戦闘の意思無しと判断して判定負けになるだろう」

「はぁっ!?」

判定負け?普通こう言うのってエネルギー残量とかで勝敗を判定するんじゃないのか?

「その事はミコトは知っているのですか?」

「知っているかはしらんが、どちらでも結果は同じだろう」

「それは何故です?」

「あれには、イカロス・フテロには武装が無い」

「「なっ!?」」

武装が無い?じゃあどうやって戦えって言うんだよっ!?

「そもそもあれは戦闘用に造られたものじゃない。いや、造られたものだったかもしれないが結局は欠陥機で完成する事は無かった」

…欠陥機?

俺はスクリーンを見る。そこには今だ優勢のまま空を舞うミコトが映し出されていた。セシリアの機体を喰いつかせない機動を持つあの機体が欠陥機?信じられない…。

「PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)。これは知っているな?」

「えっと…確かISの基本システムで、ISの浮遊・加減速に必要なもの。だよな?」

覚えたての知識を自信なさげに答えると、千冬姉は頷く。どうやら正解らしい。勉強した甲斐があったたと言うものだ。しかしPICがどうしたのだろう?

「オリヴィアの機体イカロス・フテロはとある国が開発した物だ。しかしその国はISの開発など初の試みで設計の何もかもが酷い物だった。耐久性、操作性、効率性。そして致命的だったのがPICだ。あの機体に搭載されているPICは重力制御の出来ないPICもどきだった」

「ISとして機能していないと同義ではないですか!?」

「そ、そうなのか?」

箒が驚愕の表情でそう声を上げるが俺にはそれがどう言う意味なのか、何がいけないのか全く理解出来ていなかった。だから俺は基礎知識ですら危ういのだと何度言えば分かるんだ…。

「PICはISの基礎中の基礎だぞ!?」

「そ、そうなのか…」

勉強不足ですまん…。

「織斑。戦闘が始まる前のオルコットとオリヴィアの機体の違いに何か気付かなかったか?」

機体の違い?デザイン…な訳無いよな。そんなのは当たり前なんだから。だったら…。あっ、まさか!

「セシリアは空中で停止したな。でもミコトは空中で停止するんじゃなくてこう、羽をばたつかせてその場に居ようとしたと言うか…」

鳥も飛行機も空中で停止するなんて不可能。ミコトはだから何度も羽をばたつかせてその場に居ようとしていたのに対してセシリアは何もせず空中で停止していた。つまりそう言う事か?

「そうだ。空中での停止。それを可能としているのがPICだ。しかしイカロス・フテロに搭載されているPICは加減速の機能しか果たせていない。それが決定的な違いであり、欠陥でもある」

「しかし、PICはどの機体でも同じものが使われている筈です。何故ミコトの機体だけ…」

「既存のPICではあの機体の性能を活かしきれないと言う理由もあるが、一番の理由は国のプライド…だろうな」

つまり他の国が作った物なんて使いたくないですって意味か?おいおいおい。それで欠陥機を作ったんじゃ意味無いだろうに。

…あれ?でもミコトは普通に飛んでるよな?

ミコトは楽しそうに飛んでいる。千冬姉の話を聞けば操縦するのにも難しそうなのにミコトは辛そうな表情なんて一つも浮かべていない。どういう事だ?

そして、俺がそんな疑問を浮かべている最中も、ミコトはまた危うい攻撃を難なくかわして優雅に飛ぶ。バク宙、急降下、急上昇。変則的なその機動は俺は勿論セシリアにさえ読めていなかった。そして更に俺の疑問は深まるばかり。あれは本当に欠陥機なのか?と…。

「欠陥機…には見えないけどなぁ」

「ああ。とてもそうには思えない」

空を飛んでいるのは完成された芸術。翼を広げるその姿は誰をも魅了させるそれは欠陥と言う言葉を思い浮かべるにはあまりにも美し過ぎた…。

「そう見えるのはオルコットとオリヴィアの技量の差だ。機動だけを見るならオリヴィアはこの学園内でトップクラスの実力だろう」

「ミコトが、ですか?」

ミコトが学園内でトップクラス!?一年生なのにか!?

育った環境や国。それに組織や機関など色々あるだろうが、ISの実力は搭乗時間にも関係する。なら学年での実力差は歴然したものがあるのは当然だろう。それをミコトは覆すと言うのか。

「専用機を持つものは国や機関に従属するため搭乗時間は普通の生徒より長い。3学年より長い者も居るだろう。オルコットも2学年の生徒なら問題無くあしらう程の技量、そして機体を有している」

「専用機持ちだと言うのでそれ相応の実力を持っているとは分かってはいましたが…」

専用機持ち。代表候補生とはそう言う物だと箒と千冬姉は言う。そして俺は改めてセシリアの言っていた事を思い知らされる。これがエリートの、専用機持ちの実力を。そして、さらに驚くのはミコトの実力。普段はぼんやりして何を考えているのか分からないミコトの実力はセシリアでは相手にならない程だと言う事…。

「しかしさっきも言った通り機動だけだ。武装も無ければ戦えん」

「体当たりとか…」

「神風でもさせる気か?どちらにせよ機体が耐えられん。あの機体の装甲は極限まで削られているからな。それが自分より頑丈に造られている機体とぶつかればどうなる?」

「当然ミコトの機体が大破しますね」

紙飛行機が鉄の飛行機とぶつかり合うようなものだもんな。

「武装を搭載しようにも、機体の性能を殺すうえに、戦闘を想定して造られていない所為かまともに武装も機能しない」

「では、あの機体は…」

「そうだ。『ただ飛ぶためだけに造られた機体』それがオリヴィアの専用機イカロス・フテロだ」

ただ飛ぶだけに、か…。

―――私は、飛ぶだけ。

ミコトはそう言った。空を飛ぶだけと…。

なら…。

―――ん…空、飛ぶ。誰にも邪魔させない。

それで良いのかもしれないな…。

武装なんて無粋な物なんて要らない。空を飛べればそれで良いんだ。ミコトは。だって…。

俺はスクリーンを見上げる。そこにはミコトが笑っていた。笑って空を飛んでいた。あの普段は感情はあまり表に出さない無表情なミコトがだ。なら、それで十分じゃないか。

勝ち負けとか騒いでた自分が馬鹿みたいだった。何で忘れていた?ミコトは言っていたじゃないか。おにごっこが好きだって。

「ははっ…」

「い、一夏?どうした急に笑い出して…」

「いや、ミコトが楽しそうだなってな」

ホント、ミコトはおにごっこがつえぇや。

俺には敵いそうに無い。あれは無理だ。

「楽しそう…?」

「だって見ろよ。楽しそうに鬼ごっこしてるだろ?」

「一夏!何を呑気な事を言っている!?あれは戦闘だぞ!?」

ああ、そう言えばあの時、箒は居なかったんだっけ?なら知らないよな。

「ミコトがな、言ってたんだよ」

「む?何をだ?」

「鬼ごっこが好きだってな」

「…………は?」

間抜けな声を溢す箒を放置して俺はスクリーンから目を離さない。タイムリミットまであと少し。それまで楽しめよ。ミコト。











――――Side セシリア・オルコット





どうして!どうして!どうしてですの!?

わたくしの狙いは正確な筈。だというのにどうして当たらない?何故目の前の機体は墜ちない?まだ相手は一度も此方に攻撃を仕掛けて居ないと言うのに何故自分がが追い詰められる?ありえない。有り得てたまるものか!

「~♪」

また避けられた。舞う様に翼を羽ばたかせて。わたくしの攻撃などものともせずに…。

何なんですのあの機動は!?どうしてそんな機動が出来ますの!?まるで、この動きはまるで…。

鳥のよう…。

―――警告。エネルギー残量、120。

ハイパ―センサーが告げてくる警告に目を丸くする。

「っ!…何時の間にこんなっ!」

そんな事は分かりきっている。自分の目の前で優雅に空を飛びまわっている見た目幼き少女に良い様に弄ばれていたから。このまま攻撃を続ければエネルギー切れでこちらからでは何もできなくなり確実に此方が敗北する。唯一の実弾兵装であるミサイルの遠の昔に使いきっている。

「…なら!」

接近戦に持ち込む!

スラスターを噴かせて彼女が乗るイカロス・フテロ目掛けて突進する。接近戦は好きではないがこの際そんな事は関係ない。インターセプターの展開には時間がかかるが完了するまでに機体に取り付いてあの翼を削ぎ落とす!

しかし、そう事は進まない様子…。

「くぅ!」

ブルー・ティアーズで接近するもひらりと避けられ弄ばれるわたくしとブルー・ティアーズ。まただ。何度、何度繰り返しても此方からの攻撃は掠りもしない。

認めない。認めませんわ…。

「こんな、こんな醜態…認められる筈がありませんわっ!」

品も無く声を上げて漸く展開されてたインターセプターを振いながら再び突進するわたくしとブルー・ティアーズ。この際気品なんて関係ない。あの機体に一太刀入れられるのならそれで!

「はぁっ!せぇいっ!」

縦振り横払いでの二段攻撃。しかし、接近戦は不慣れとはいえその攻撃さえも身体をくねらせてブレードを振った際に生れた風に乗る様に避けられてしまう。だから何なのだその機動は?何故そんな機動が出来るの?その翼は造り物。鳥の翼を真似して造っただけの紛いもの。なのに、何でそんな機動が出来ますの!?

「貴女は一体なんですのっ!?」

思わずそう問いかける。そして返って来たのは…。

「ん。ミコト・オリヴィア」

既に知っている少女の名前と…あの無表情の少女とは同一人物とは思えない程に楽しそうに笑う笑顔だった。

「………ぁ」

一瞬、ほんの一瞬だけ。目の前の少女が天使のように見えてしまった。陽の光で翼が、彼女の乗るISが輝いている様に見えて、神々しくそして美しく思えて…。

っ!?何を馬鹿な事をっ!

はっとしてわたくしは頭を振って意識をはっきりさせる。あれは作り物の翼。そしてISは兵器。神々しくあってたまるものか。わたくしも自分の愛機であるブルー・ティアーズを美しく思う。しかしそれは兵器としての美しさ。洗礼されたその輝きはまるで刃の様。だが目の前のアレは違う。美しいというベクトルが違う。あれは異形だ。兵器としての美しさでは無い。あれは…。

「兵器じゃない…」

「ん。イカロスは翼」

彼女は自慢する様に胸を張る。

「兵器とか、戦うとか、そんなのじゃない。ただ、飛ぶ」

「…飛ぶ?」

「ん。飛ぶ」

何を言って…。

「貴女は、ISが何なのか知ってますの?ISは兵器。貴女が思っている様な物ではありませんわ」

「『他の子』はしらない。でも、この子はそう願ってる。私もそう願ってる。ん。問題ない」

周りの認識なんてどうでも良い。自分がそうあればそれで良い。そう居られればそれで良い。そんな言葉を耳にしてふとつい先日の彼女が言った言葉が脳裏に蘇る。

―――一夏は一夏。箒は箒。私は私。みんな、違う。

つまり、そう言う事ですの?

―――代表候補生じゃないとセシリアじゃなくなる?

違う。代表候補生なんていう肩書はわたくしがわたくしであるために、両親が残してくれたものを守るのに利用できるから受け入れているだけ。そうでなければどうでもいい物だ。なろうとも思わなかっただろう。

「だから、飛ぶ。私がそうしたいから」

わたくしがISに乗るのはオルコット家を守るため、そしてこの子がISに乗るのは空を飛びたいから。

―――みんな、違う。

そう…。

「なら、わたくしが邪魔をすると言ったら?」

「関係無い。飛ぶだけ」

「ふふ、ふふふふふっ…なら全身全霊で!セシリア・オルコットがお相手して差し上げますわ!」

貴女が自分の為にするように、わたくしもわたくしであるために貴女をトリガーを引く!

――――自動補助機能、解除。手動操作に移行。

一斉に4基のブルー・ティアーズが一斉にイカロス・フテロに向かって奔る。

もう出し惜しみは抜きだ。残りの全てを賭けてミコト・オリヴィアに勝負を仕掛ける。

「直線的な機動が駄目なら…これでどうですっ!?」

「っ!」

先程とは違うブルー・ティアーズの機動に今まで余裕だった彼女の表情が僅かに動く。

直線的な機動は彼女には通用しない。しかしブルー・ティアーズはAIに殆どの操作を任せておりどうしてもその動きは機械的になり直線的な機動になってしまう。なら、全て自分で操作してしまえば良い。4基のスラスターも攻撃も全て。

勿論そんな事をすれば相手からの攻撃には反応なんて出来ず直撃すること間違いなしだろう。今、行っている行動は愚行以外になんでもない。この戦闘データを本国に送るなんて事をすればお叱りを受ける事間違い無しだろう。でも、相手が攻撃を仕掛けて来ないなら話は別だ。これは、相手があのミコト・オリヴィアとイカロス・フテロだから出来る事。他の相手に同じ事をすれば即撃墜されるだろう。

「そこっ!」

ぐにゃりと方向を転回させてイカロスを追尾する4基のブルー・ティアーズ達。あの変則機動について行っていると言うには程遠いが、それでも先程とは比べられない程に彼女の余裕は無くなっている…と言うより、更に楽しそうに逃げ回っている。

ああ、もうっ!こっちは死に物狂いで操作していると言うのに!

完全に手動操作なため、操作の難易度は格段に上昇しており4基の操作以外に気配る余裕など一切ない。今自分が居る場所から移動しようなど以ての外だ。そんな事をすればブルー・ティアーズ達の動きを止めてしまう事になる。だから全く動けない。今の自分はただの的と化しているのだ。だと言うのに…。

「むふ~♪」

本当に楽しそうに逃げ回りますわね…。

飛び交う弾幕のなかをくるくると踊る様に回っている。これではブルー・ティアーズのレーザーがスポットライトでわたくしは引き立て役ではないか。

―――警告。エネルギー残量、50。

ですが、何時までも振りまわされるわたくしではございませんことよ!

「!」

いつの間にか上下左右からブルー・ティアーズに囲まれてきょろきょろと辺りを見回すオリヴィアさん。当然こうなるようにわたくしが狙って誘導した結果だ。

これで!

「チェック、ですわ!」

振り下ろされた腕と同時に、4基のブルー・ティアーズの銃口からレーザーが発射される。すると、その時だ。この辺り一体に暴風が吹き荒れたのは…。

「なぁっ!?」

余りの風の強さにバランスを崩すわたくしと、4基のブルー・ティアーズ達。レーザーの照準は逸れてイカロス・フテロに当たる事無く在らぬ方向へと消えて行く。そして、その風の発生源は当然、音速のスピードでこちらへ突進して来る少女。

「い、瞬間加速(イグニッションブースト)!?」

この暴風の正体は瞬間加速による超絶な加速により発生した風。しかし発生地点から随分と離れた場所にいる此処でも此処までの衝撃が来る加速なんて…。

彼女は止まらない。一直線に此方へ向かって突進して来る。

まずいですわ!?反撃なんてこないと思ってましたのに!?

「ん!」

「っ!?」

一瞬にして距離を詰められ、彼女は手を振り上げる。反撃できない。わたくしは思わず目を瞑ると、やって来たのは…。

「タッチ」

「…………………………………は?」

可愛らしい声と共にぺたっと私の頬に触れた柔らかな手だった…。

『試合終了。ミコト・オリヴィアの交戦の意思無しとみなし。勝者―――セシリア・オルコット」

決着を告げるブザーと共に、聞こえて来たのはわたくしが勝利したと言う結果とその結果を聞いて『え?どう言う事?』と、ざわめき出す観客席の方々の声。そして後に響いたのはそんなざわめきを消し去る様なわたくしの…。

「えええええええええええええええええええぇ!?」

わたくしの、大きな悲鳴だった…。

「おぉ~?」

どう言う事ですの~~~っ!?









「納得いきませんわ!」

戦闘を終え自分のピットに戻ったわたくしはすぐさま着替え終えて反対側、つまりオリヴィアさんが居るピットに品も無く怒鳴り込む。

「うおっ!?何だよ急に!?」

「何だよではありませんわ!何ですかあの結果は!納得いきません!再戦を要求します!」

「再戦したところでまた同じ事の繰り返しだ」

やれやれと椅子に座って溜息を吐いている織斑先生。しかしわたくしの不満は収まらない。寧ろ今の言葉でヒートアップしてしまう。

「いいえ!今度こそオリヴィアさんを倒してみせますわ!」

「最後の一撃。決まらなかっただろう?あのまま続けていればエネルギー切れでお前もオリヴィア同様に攻撃不能となり戦闘どころではなかった」

「うぅ…」

図星だ。織斑先生の言う通りあのまま戦闘を続けていれば確実にエネルギー切れで手も足も出ない状態になっていただろう。…でも!

「でも!あんな勝利いりませんわ!だったらオリヴィアさんに差し上げますわよ!」

「タイムオーバーで判定負けだ」

「納得いきませんわーっ!?」

ピット内で虚しく響くわたくしの悲鳴。その後、何度も再戦を要請したが返ってきたのはいい加減に切れた織斑先生の拳骨だった…。

な、なっとくいきませんわぁ…。











あとがき

(ノ`Д´)ノ彡┻━┻ <戦闘シーンなんて書けるか!

後先不安になった回だったとさ…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~ 幕間
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/28 15:33



「『ミコト』さん!もう一度勝負ですわ!」

「お~?」

ババンッ!両手で机を叩きミコトに再戦を申し込むセシリア。その大きな音と声を聞いて一斉に教室中の視線が二人に集まるがそれは「またか…」と呆れや苦笑と共に散っていく。

ミコトとセシリアの勝負から一日が経つ訳だが、あれからセシリアはこの調子だ。千冬姉のげんこつを喰らってもなお、時間があれば直ぐにミコトに再戦を要求している。それ程勝負の結果が気に喰わなかったのか、再戦を申し込まれているミコト本人は何の事か分かっていない様で不思議そうに変な声を漏らしているだけで、セシリアの要求には全く飲もうとしない。そんなミコトにセシリアは「あ~もうっ!」と声を荒げると…。

「お~、ではありません!あんな勝利納得いきませんわ!もう一度勝負して下さいまし!」

「ん?」

「ん、でも…ああ、もうっ!ふざけていますのっ!?」

気持ちは分かるけど落ちつけよ…。

ミコトとまともな会話が出来る人物なんて殆どいないって。もしかしたら束さんならいけるかもしれないが…。想像してみたけどとんでもないカオスが繰り広げられそうだ。

っと、そんなことはどうでも良いか。それより目の前の状況を何とかしないと。セシリアとは仲が良くないと言っても、このまま放置してまた出席簿と言う名の体罰を見せられるのは気持ち良い物じゃないし。

「そろそろやめとけって、授業始まるぞ?」

「黙ってて下さいます!?今重要な話をしているのですから!」

くわっと振り向いて俺を威嚇して来るセシリア。人が折角気遣ってやっているというのにこいつときたら…。

キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン…

ああ、ほら。授業が始まった。そろそろ本気で止めないと千冬姉が来る…あ。

「お、おい。いい加減に…」

「だ~か~ら!少し黙っててと「黙るのはお前だ馬鹿者」…ほぇ?」

だから言ったのに…。

ギギギギ…と錆びた人形のように首を後ろへと向けるセシリア。そしてそこに居たのはもちろん千冬姉だ。しかも出席簿を振り上げている体勢で…。

「お、織斑先生?これには深い訳がございまして…」

「関係無い」

パァンッ!

聞く耳もたずと、容赦無く振り下ろされる出席簿ともう聞きなれた甲高い音。叩かれた本人であるセシリアは頭を抑えてしゃがみ込んでいるがこれは自業自得だろう。

「~~~っ…」

いつ見てもイタそうだよな。あれ。

まぁ、俺も実際に何度も叩かれているから痛いのは分かってるんだけどさ。やっぱり見てる方でもこれはそう思わずにはいられない訳で。

「では授業を始めるぞ。号令」

そして目の前で悶え苦しんでいるセシリアを無視して何事も無かったかのように授業を始める千冬姉。鬼だこの人…。

「あ、あきらめませんわよぉ…」

まだ言ってるのかよこいつは…。

弱々しく呟かれたその言葉に呆れる俺とその周りでくすくすと諦めの悪いセシリアの姿を見て苦笑を漏らす女子達。そして、何時まで経っても自分の席に戻らない諦め知らずな愚か者にまた出席簿と言う天罰が下るのだった。











幕間「休日の過ごし方」










――――Side 織斑 一夏





「ねえねえみこちー。明日はお待ちかねのお休みだよー」

「! お~…」

帰りのSHRが終わった途端、のほほんさんがミコトの席にやって来たかと思うと突然そんな事を言い出した。しかもミコトは無表情ながらも目がキラキラと輝かせている。どうやら何か約束でもしているらしい。まぁ、二人はルームメイトだし寝食共にしているのだから休日に一緒に出掛けるのは別に不思議でも無いか。それにしてもお待ちかねと言うのは大いに同意できる。この一週間色々あり過ぎで身も心もクタクタだ。休みの日ぐらいゆっくり落ち着きたいもんだ。

だけどなぁ…。

ちらりと箒の方を視線を向けると、箒ものほほんさんとミコトの会話を聞いていたのか俺の視線に気付くと、ムッとした表情で竹刀の入った袋を持ち「休めると思ってんのかゴルァ」と言う感じの視線を送って来て下さった。グッバイ休日…。

来る事のない休日に俺はがくりと肩を落とすのだった。

「どうしたのおりむー?元気ないよー?」

「一夏、風邪?」

「ん、いや。そんなんじゃないさ。気にすんな。それより二人は休みの日に何処か出掛けるのか?」

休日は学園から外出する事は許可されている。勿論、申請は必要だがそう難しい書類を何枚も書く訳でも無いし、この辺りは治安も良いから許可をとるのは簡単だろう。俺も家の掃除とか色々あるから定期的に家に戻るつもりで居る。それに、今の荷物だけじゃ少々心許無いし…。

「そうだよー♪一日掛けてスイーツ巡りだよー♪ねー?みこちー?」

「ん~♪」

スイ~ツとは…流石女の子。俺なんてそれを聞いただけで胸焼けしてしまいそうだ。

「おりむーも一緒にいくー?」

「結構です」

きっぱりとお断りする。箒との特訓と天秤にかけるのは厳しいが、胸焼けと戦うスイ~ツ巡りと地獄の特訓なら特訓を選ぶ。一応得る物もある訳だし、箒だって俺の為に休日を使ってくれてるんだから。それが幼馴染に対する礼儀と言う物だろう。

「えー?なんでー?」

「休み明けの勝負に向けての特訓があるからな」

「むー、何だか誤魔化された気がするよー」

ぐっ、のほほんとしてる癖に鋭いなこの子。

「本音。一夏、頑張ってる。邪魔しちゃダメ」

ぐおおおおっ…罪悪感が。罪悪感で心がイタイ。汚れた自分にはミコトが眩し過ぎるよ…。

頑張っているのも事実だが、誤魔化しも何割かはいっている訳で。そんな純粋な目で言われると心が痛む訳で…。

ゴスッ

「いてぇ!?」

心を痛めている所に本当に物理的な痛みが後頭部を襲う。何事かと頭の痛みで涙目になりながらも後ろを睨むとそこには竹刀を持った箒の立っていた。今の痛みは竹刀で殴ったものだろう。容赦無さ過ぎだ。

「何すんだ箒っ!?」

「どこぞの馬鹿が腑抜ていた様なんでな。気合を入れてやっただけだ」

何その横暴。それに何でそんなに不機嫌そうなんだ?

「ほら、授業は終わったんだ。剣道場に向かうぞ」

「お、おう」

有無言わさずの威圧に俺は反抗せずに素直に従う。目の前の箒と言う名の鬼に刃向かう程俺は馬鹿じゃない。というかそんな度胸は無い。

「箒」

「む?何だミコト」

「頑張る」

「…うむ!」

「ミコト。そこは俺に頑張ってと応援を送るべきじゃ無いか?」

「ん。でも、箒も色々頑張ってる」

そうなのか。俺はそんな風には見えなかったけど…。

「へ~、例えばどんな?」

「一夏と「わあああっ!?ミコト!それ以上言うなっ!?」むぐっ…」

ミコトが何か言おうとしてそれを慌てて口を塞いで止める箒。顔を真っ赤にしてるが何だ一体?俺の名前が聞こえた様な気がしたけど…?

「何だ?俺がどうかしたのか?」

「な、何でもないっ!そ、それより!剣道場に行くぞ!時間は貴重なんだ!」

「うわっ!?分かった!分かったから!引っ張るな引っ張るなって!?」

此方の訴えなど耳を傾けず、箒は問答無用で俺の襟を引っ掴みぐいぐいと引っ張っていく。おいやめろ。これは新品なんだぞ!?入学一週間も経ってないのに駄目にするつもりかっ!?

「一夏、頑張る」

「お、おう!明日楽しんで来るんだぞ~!」

「ん」

「じゃ~ね~おりむ~」

「おう!またなー!」

引き摺られながら二人に挨拶をすると教室を後にする。にしても休日かぁ。

「なぁ、箒」

「何だ?」

「お前は良いのか?俺なんかのために休日潰して」

「そう思うのならさっさと強くなれ」

「おう…悪いな」

「ふ、ふんっ!まったくだ!」

後ろ向きで引き摺られている体勢なので箒の顔は見えないが、きっと照れているのだろう。俺は内心相変わらず素直じゃないなと笑うとそのまま剣道場まで引き摺られるのだった。


―――追伸、今日は一段と厳しかったです。何故だ?










そして、翌日…。








――――Side セシリア・オルコット





今日は休日。つまり生徒は一日予定が空いていると言う事。ならば織斑先生が邪魔に入らない今日こそミコトさんと決着をつける絶好の機会ですわ!

と言う訳で…。

「ミコトさん!今日こそ勝負をしてもらいますわよ!?」

ばばんっ!とノックもせずに大きな音を立てて開かれたドアと同時に大きな声で再戦を求めるわたくし。ふふん!今日は休日ですし此処なら織斑先生も来る筈もない。今日は逃げられませんわよ!?

「えー?みこちー私服ないのー?」

「ん」

しかし、派手に登場したにもかかわらず。お二人はわたくしの存在など興味も示さずに何やら楽しそうに洋服選びを続ける。とりあえず着替えがを見られない様にドアを閉めておきましょうか。

「―――って!無視しないでくださいまし!?」

「じゃあー、出掛ける時は今までどうしてたのー?」

「真耶が服持って来てくれる」

「山田せんせー?」

「ん コクリ」

へぇ、仲が宜しいんですのねぇって!そんな事どうでも良いですわ!

「だから!無視しないでください!」

「もー、セシリアはうるさいなー」

やれやれと大袈裟な仕草で溜息を吐く布仏さん。というかやっぱりわたくしに気付いていたんですわね!?

「わざとですの!?わざとわたくしを無視していましたの!?」

見かけによらず恐ろしい子達ですわね…。

「だってさー。私とみこちーは今日は出掛ける予定だしー。セシリアに構ってあげる余裕はないのだー」

「じ、時間はとらせませんから!」

「うそだねー」

「…何故言いきれますの?」

「私もみこちーとセシリアの勝負は勿論見てたけど、もし制限時間が無ければどうなってたかなー?多分一時間とかじゃすまないと思うなー?」

「ぐっ…」

確かに布仏さんの言う通りですわ…。

実際にあのまま戦闘が続いていれば互いのエネルギーが尽きるまで延々と追いかけっこが続いていたでしょう。ミコトさんの機体は武装を一切積んでいない奇妙な機体。エネルギーの尽きかけたわたくしの機体では精々格闘戦に持ち込むのが精一杯。しかもミコトさんの機動に追い付けないのであれば正に手も足も出ない状況。とても短時間で終わるとは思えない…。

「こ、今度はちゃんと即効終わらせますから!」

「ほんとにー?」

苦し紛れにそう言った物の、返って来たのは布仏さんのじと~っとした疑いの眼差し。うぅ、本当ですわよぉ…。

「でもねーセシリア」

「はい?なんですの?」

「折角の休みの日なんだからISの事なんて忘れて楽しむべきだと私は思うなー」

「そ、それは…そうですけど…」

布仏さんのもっともな意見に思わずたじろぐ。

で、でも!わたくしはIS技術の修練の為にこの学園に来ているのですからやはりISに専念するのは当然の事です!ええ!わたくしは間違っていませんわ!

「IS学園の生徒なのですから!ISに専念するのは当然ですわ!」

「えー私は年頃の女の子らしく青春を謳歌したいよー」

「学生の本分は学業!なら、ここIS学園の学生ならばISに励むのは当然義務であって―――」

「みこちーレッツゴーだよー♪」

「おー♪」

「―――って!?わたくしを無視して出て行こうとしないで下さい!?」

わたくしが学生としての行いを説いていると言うのに、わたくしを無視してお二人はわたくしの脇を通り抜けていき、わたくしは慌てて追いかけるのであった…。









…そして、お二人を追いかけてたわたくしは。

「もー、セシリアも一緒に行きたいならそう言えば良いのにー」

「モグモグ」

「そんな訳ないでしょう!?」

何故かお二人と一緒にクレープを片手に街中を歩いていた…。

どうしてこうなりましたの…?

追い付いたと思ったらバスに乗っていて、戻ろうとしたのにいつの間にか電車に乗っていて、そのまま街を回る事になって…。

わかりません。どうしてこうなったのかわかりませんわ…。

「どうみこちー?このクレープ美味しいでしょー?この辺りで人気のお店なんだよー?」

「コクリコクリ!」

必死に、そして美味しそうにクレープにかぶり付いているミコトさんの姿は、口いっぱいに食べ物を詰めるなんてマナーとはかけ離れた物でしたがとても可愛らしくまるでそれはリスのようでした。ああ、何て可愛らしい…って、私は今何を考えていたのでしょう?

そもそも、歩き食い自体マナー違反であり淑女としてはしたない行為。何故このわたくしがこんな事を…。

「あ、歩き食いなんてはしたない真似を…」

「セシリアはいつの時代の人だよー」

「モグモグ」

「ま、マナーと言う物はいつの時代でも変わらない物ですわ!」

それを証拠に、古くからの作法が今もこうして形を殆ど変えず伝えられています。言うなれば引き継がれていく美しき伝統の様な物ですわ。

「古臭いよーもっと未来に生きよーよー。時代はつねに加速してるんだよー」

「で・す・か・ら!マナーに時代遅れも何も…って!ミコトさん!?口の周りがよごれて。あぁ、もう。お洋服の袖で拭おうとしては駄目ですわ…」

「? ケプッ」

クレープを平らげて満足そうにしているミコトさんの口の周りにはクリームやらチョコレートやらがべったりと付いており、わたくしがそれを教えると何と彼女は制服の袖でそれを拭おうとするではないですか。わたくしは慌ててがしっとミコトさんの腕を掴んでそれを阻止。う~っと呻くミコトさんを無視して持って来ていたハンカチで彼女の口の周りのクリームを拭き取る。

「じっとしていて下さい。今拭いてあげますから」

「ん~…」

そう言うと、驚いた事に先程まで嫌そうにしていたのをピタリと止めて急に大人しくなってしまう。突然の反応の変化に若干戸惑いましたがあのまま嫌がられて暴れられるよりマシでしたのでそんなに気にせず拭き取る作業を再開。そしてそんなわたくし達の様子を見て布仏さんはと言うと…。

「なんだか、親子みたいだねー」

「なっ!?」

「ん~?」

そんな事を言ってくれやがりました。

ピタリとハンカチを止めると、キッと振り返り布仏さんを睨みますが布仏さんは「たは~♪」とか言いながら笑うだけ。本当に調子が狂う方ですわね!それにわたくしが母親!?こんな大きな子を持つ程老けてるとでも言いたいのですか!?まだ花も恥じらう15歳ですわよ!

「何を言っているんですか貴女はっ!」

「でもでもー絶対いいお母さんになると思うよー?厳しそうだけど」

「それは、まぁ…お母様は厳しくも優しい人でしたし。子は親を見て育つも申しますし…。だ、だからって!今のこれとは関係ないでしょう!?」

「そう言いながらも嬉しそうなセシリアであったー」

「嬉しくありませんわ!」

少しは、その…嬉しかったですけど…。

「………お母様、ですか」

母はわたくしの憧れだった。強い人で、社会が女尊男卑の風潮に染まる前からずっと。女の身でありながらいくつもの会社を経営して成功を収めた人だった。わたくしにはとても厳しかったけれど…それでも、成績が良かったり、頑張ったりしたら褒めてくれたり優しいところもあった。だからわたくしもそうなりたいと思った。でも、3年前に母は…。

「……っ」

越境鉄道の横転事故。死傷者は百人を超える大規模な事故が3年前に起きて、わたくしの父と母は一緒に死んだ…。莫大な財産とわたくしを一人置き去りにして二人は居なくなってしまった…。

ぎゅっ手を握り締めて唇を噛む。どうして。どうしてあんな事に…どうして死んでしまいましたの?

二人はいつも別々に居た。父は名家の婿入りのせいか、いつも母の機嫌を窺いオドオドしていて、そんな父を母は鬱陶しそうにして一緒に居る時間は殆どなかったと言うのに、その日に限って何故か一緒に居て。そして一緒にわたくしの前から居なくなった…。

「セシリア?」

「!…ミコトさん?どうかしましたか?」

「ん…セシリア、かなしそう」

ミコトさんの急な指摘にどくんと心臓が大きく脈打つ。ミコトさんはじっと私を見上げている。今だ幼さを残すその無垢な瞳が何もかも見通している様に私を捉えていた。

「そ、そんなことありませんわ」

弱さは見せまいとわたくしは意地を張る。そう、弱さを見せてはいけない。わたくしはオルコット家を主。二人が残した物を守らなければいけないのだから。弱さは許されないのだから…。

「ほんと?」

「ええ、本当ですわ」

「ならいい。でも、かなしかったら言う。ともだちだから」

「友達?わたくしとミコトさんがですか?」

わたくしは驚き目を丸くする。何時の間にそんな関係になったのだろう。今までの会話ややり取りで『友達』と言う言葉は到底思い浮かびそうに無いのですが…。

「ともだちは一緒に遊んだり出かけたりする」

「た、確かに一緒に出掛けてはいますけど…それに、遊んだ覚えは…」

「鬼ごっこした」

「あ、あれは鬼ごっこをしていた訳ではありませんわよ!?」

「ん?」

ん?って…まさか本当に鬼ごっこのつもりだったんですの…?

「はぁ…」

落胆と深い溜息と共にガクリ肩を落とす。勝負する気は無いのは戦っていて分かってはいた。でも、まさか鬼ごっこをしているつもりだったなんて…。

嗚呼、そう言えば戦闘中にも『鬼ごっこ』と言う単語が出てましたわねぇ…。まさか、本人がその気だったとは思いませんでしたが…。

「だから、セシリアともだち」

「もう好きにしてくださいな…」

鬼ごっこの事もありますが、朝から張り切っていた所為で反論する気力もありませんわ…。

「ん♪セシリアともだち。4人目♪」

そう言って嬉しそうに表情を弛ませると、ミコトさんはわたくしの手をとるとぎゅっと握って来る。

本当に幼い子供の様ですわね。見た目も勿論ですが、心の方も未発達で…。本当に同い年ですの?IS学園なら色々と特例があって15歳未満でも入学なんて有り得そうですけど。ミコトさんならISの方は勿論の事、成績だって問題無いのですから。

性格の方はやや問題ありですが。

「ですが、よろしいんですの?わたくしは貴女の友達であるあの男と戦うんですのよ?」

「ん。問題無い」

「何故?」

「ともだちは喧嘩するもの」

「ともだちじゃありませんわよ!何故わたくしが男なんかと友達にならなければならないんです!?」

「おとことおんな。関係無い」

「そうだよー。さー手を繋いで輪になっておどろー♪」

「意味が分かりません!」

って、そこ!手を繋ごうとしないで下さいなっ!?輪になろうとしない!街中で何をしようとしてるんですの!?

「と、とにかく!わたくしは友達は勿論のですが、勝負も手加減しませんからね!」

「必要無い。一夏はつよい」

「あら?専用のISは未だ到着していない様ですけど?それでわたくしに勝てると思って?」

わたくしだって相当の訓練を積んでいる。あの方がどれ程の時間をISに搭乗しているかは存じませんがあの様子では素人も同然。しかも専用機だと言っても搭乗時間が短ければ意味も持たない。到底わたくしに勝てるとは思えませんわ。

「一夏にもゆずれない物がある。だから、きっと『一夏の子』も応えてくれる」

ISのコアは未だ解明されておらずその可能性は未知数とは言え彼女の言う事は何ら根拠も無く推測の域を出ていなかった。そんな不確定な物にわたくしが負ける筈が無い。それに、わたくしにだって譲れない物があるのだから。前回は無様な醜態を晒しましたが今回はそうはいきません。絶対に勝利をこの手に掴んでみせます。

「わたくしにも譲れない物はあります。負けられませんわ。全力で潰させてもらいますわよ?」

「ん コクリ」

あら?良いんですの?

「なら、お互いに全力を出し合ってぶつかれば良いって言いたいんじゃないかなー?拳の語りあいー。くろすかうんたー」

そう言って布仏さんは握りこぶしを「とりゃー」と間の抜けた掛け声とともに突き出す。何とも迫力の無いパンチですこと…。

「まぁ、良いですわ。そんな事は。勝負はわたくしの勝ちに決まっていますから」

「そう言ってみこちーに手も足も出なかったくせにー」

「あ、あれはその!ミコトさんの妙な機動に戸惑っただけですわよ!」

「いいわけいくない」

「良い訳ではございませんわ!?やっぱり再戦を要求します!ミコトさん!今直ぐ勝負ですわ!」

「はいはい落ち着こうねー此処だと流石にまずいからー」

「くっ……そうですわね」

確かに許可無くしかもこんな街中でISを展開するのは不味いですわね。流石に冗談では済まされません。わたくしとした事が冷静さを失ってしまいましたわ。

「そんなことよりさー。食い倒れ…じゃなかった。食べ歩きツアーの続行だよー」

いま食い倒れっておっしゃりませんでした?

余りにも優雅さの欠片も無いその言葉にサーッと血の気が引く。まさかわたくしにそんな真似をさせるつもりでは無いでしょうね…。

「じゃあまずは『DXジャンボパフェ30分で完食したらタダ』から攻めて行こうかー」

「おぉ~♪」

食べ歩きではありませんわよねソレ!?明らかに目的が違ってますわよ!?

食べ歩きと言うのは食べ物を食べながら歩き回る事を言う筈。それは明らかに店に留まっているではありませんか!?と言うよりそんなものを食べたらカロリーが…。

ガシッ

「ひぃ!?」

両サイドから腕を拘束されて逃げられなくなるわたくし。そして腕を掴んでいるミコトさんと布仏さんはにっこり悪魔の様な笑みを浮かべると…。

「じゃあ、逝こうか~♪」

死刑宣告を告げたのでした…。

「い~~~やぁ~~~~~っ!?」









…そして、ミコトと本音は数ある猛者達を見事に食べつくし。後日、セシリアは体重計を見て絶望したとさ。チャンチャン♪



「チャンチャン♪ではありませんわーっ!!!!」















あとがき

ミコトのキャラクターソングは「夢想歌」かな。

アニメではセシリアはあんな扱いですが、原作を読むと悲しい過去があるんですよね。あれはカットしてはいかんだろ…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第六話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/04/04 05:06

休日が明け、ついにこの日がやって来た。セシリアと決闘する事が決まって一週間。俺は箒に剣道の稽古をみっちりと付けられて昔の剣道を習っていた頃の感覚を少しだけだが取り戻す事が出来た。しかし、所詮は付け焼刃。箒には一本も取れた事は無いし肝心のISの方は勝負当日だと言うのにまだ到着して無いときたものだ。

嫌な予感はしてたんだ。週末を迎えた時点でISが到着していない事で。しかし、だからって本当にこんな事態になるとは…。

おいおい。どうするんだよ一体?まさかぶっつけ本番で如何にかしろってのか?冗談じゃないぞ…。

セシリアが乗る『ブルー・ティアーズ』の情報はある程度知る事は出来た。箒とも対策は話し合い済みだ。しかしだ。予定なんて狂うのが当然とはいえ、ぶっつけ本番となると話は変わって来る。作戦なんてあった物じゃない。

「―――なぁ、箒」

「なんだ、一夏」

俺の隣で壁に寄り掛かって一緒に待機している箒が目を閉じたまま返事を返してくる。

「……やばくないか?」

「何戦う前から弱気になっているんだ。しゃきっとしろ!」

いや、そう言うけどさ…。と、心の中の弱音を口に出そうとしたがまた叱られるのがオチだろうと思いソレは口に出さず心の中にしまっておく事にした。

「…………」

「…………」

黙りこんでしまう俺と箒。俺達が居るピット内の空気も重い。試合前でこの気の持ちようは最悪のコンディションだろう。勝負する前にこんな沈んだ気持ちでは勝てる勝負も負けてしまう。まぁ、今回の勝負に関しては全て俺が不利な状況での戦いな訳なのだが。

…と、そんな時だ。沈黙を破る様にピットの入口のドアが静かに音を立てて開いたのは。

「「っ!?」」

音に反応して一緒にドアの方へと視線を向ける俺と箒。しかし、そこに居たのは俺達の予想とは大きく外れ。いつも通りのだぼだぼな制服を着て、無表情なミコトの姿だった。

「ミコトか…」

「?」

俺の残念そうな反応を見て不思議そうにミコトは首を傾げると、ちょこちょこと歩いて此方へとやって来る。

「…元気?」

俺の雰囲気が暗いのを見て体調でも悪いのかと考えたのだろう。首を傾げ此方を見上げてそうミコトは訊ねてきた。そんなミコトに俺は苦笑して首を左右に振る。

「あ、ああ。元気だぞ?」

体調の方は問題無い。昨日はぐっすり寝たし朝食だってしっかり食べてきた。体調の方は万全の状況だ。まぁ、体調だけなんだけどな…。

体調は良いと言うのに暗い表情を浮かべる俺にミコトは不思議に感じたのか、その原因を探そうときょろきょろと辺りを見回すとある事に気付いたのだろう首を傾げて此方を見上げると、今日最も必要である筈のISが見当たらないのでミコトは俺に訊ねてくる。

「…IS」

「まだ、来てないみたいだ。その所為でろくに練習も出来てない…」

はぁ…と苦しい溜息が漏れる。そんな沈んでいる俺にミコトはと言うと。

「セシリア。今日は全力で行くって言ってた」

そんな嬉しくも無い情報を提供してくれた。弱っている俺に止めを刺す様な事を今言わなくても良いだろうに…。

しかし、ミコトの言葉にはまだ続きがあった。

「だいじょうぶ」

真剣な眼差しで俺を見上げてそう告げる。始めの落ち込ませる言葉とは打って変わって、今度は俺を励ます様な言葉。根拠も無く短いその言葉だが何故か安心出来る何かがあった。だから俺は聞いてしまったのだろう。何故そんな事が言えるのかと。

「ミコトがそう言ってくれるのは嬉しいけどさ。どうしてそんな事が言えるんだ?」

勿論負けるつもりで勝負を挑むなんて事はしない。やるからには勝つつもりでやる。負けても良いやなんてそんな情けない考えを俺は持ち合わせてはいないしそんな軟弱な男に育ったつもりも無い。まぁ、箒には軟弱者と何度も罵られて挫けそうになったけどさ…。

「一夏は一夏のしたい様にすれば良い。そうすれば『一夏の子』も応えてくれる」

「俺の子?ISの事か?」

そう訊ねるとミコトは頷く。俺の専用機だから俺の子ってことか。

「ん。一夏が心からそうしたいって願えば『一夏の子』はきっと応えてくれる」

そう言う物なのだろうか?そう言えばISコアの深層には独自の意識があるってこの間山田先生が授業で言ってたな。ISをパートナーのように接しろって。そう言う事なのか?

「んしょ…一夏の願い、想い、意思。それが本当なら『一夏の子』に必ず伝わるから」

懸命につま先立ちで背伸びをしてその小さい手を俺の胸に押し付けると、ミコトはそう言い聞かせてくる。外見は子供その物なのに、たまに見た目とは一致しない行動をとる時があるよなミコトは。

「だから、だいじょうぶ」

「…そっか、ありがとなミコト。少し気が楽になったよ」

問題は何一つ解決はしてないが胸に圧し掛かっていた不安と言う名の重圧はだいぶ取り除かれて楽になったような気がする。

「ん。ともだちだから」

「おう!サンキュー!」

がしがしとミコトの頭を撫でると、擽ったそうに目を細めてされるがままにそれを受け入れている。何だか友達って言うより父親になった気分だな。いや、こんな大きな子供は年齢的に有り得ないから妹か?

「ん~…」

なでなで…

なでなでなで…

うむ、癒される。まるで愛玩動物の様だ。

「………いつまでそうしてるつもりだ?」

「ぬおっ!?」

振り向けば箒がゴゴゴゴ…と言う擬音と共に何やらどす黒い怒りオーラを放出しながら俺を睨んでいた。殺意剥き出しで…。

「気安く女子の頭を撫でるとはな…不埒者」

「い、いや!その…あの…ですね」

何か反論しようと口を開くももの、箒の気迫は尋常では無く虚しくも口は閉ざされ俺はたじたじ。だらだらを嫌な汗を流しそのまま縮こまっていると、丁度良いタイミングで救いの手が。

「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

慌ただしく第3アリーナ・Aピットに飛び込んで来たのは、もう落ち着きが無い先生と定着しつつある副担任の山田先生。あいかわらず生徒を不安にさせてくれるが今日はいつも以上にあたふたしてて不安になる所かこっちが先生の事を心配になってしまう。

「山田先生、落ち着いて下さい。はい、深呼吸」

「ひっひっふぅ~…」

ミコト。それは深呼吸やない。ラマーズ呼吸や。意外な所でボケ入れなくて良いから。一体何処でどんなボケを覚えてくるのやら…。

「ヒッヒッフー…ってこれはラマーズ呼吸法じゃないですかぁ!?」

やってから気付くとか先生も大概天然ですね。俺、本当に先生が副坦としてこれからやっていけるのか少し不安になってきましたよ。

「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」

パァンッ!パァンッ!俺とミコトとでまさかの二連撃。痛ぅ…最近はセシリアが餌食になっていたので油断してたなぁ。にしても相変わらずの威力だ。これだけは絶対に慣れない気がするぞ俺は。痛みに慣れるなんてのも嫌だけど。

「うぅ…」

「千冬姉…」

パァンッ!

…そうか。今日は俺が叩かれる係なんだな。ちくしょう。

「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」

聞きましたか皆さん?教育者とは思えないお言葉。美人なのに彼氏がいないのはこの性格だからだぞきっと。

「ふん。馬鹿な弟にかける手間暇がなくなれば、見合いでも結婚でもすぐにできる」

心でも読めうるのか我が姉は…。

「お前は直ぐに顔に出すし思考も単純過ぎて考えている事が手に取る様にわかるだけだ。馬鹿者」

まじか…。

「そ、それより!織斑君!来ました!織斑くんの専用IS!」

―――え?

「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナの使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」

―――はい?

「この程度の障害、男子たるもの軽く乗り越えてみせろ、一夏」

―――あの?

「ちょっ、ま…」

「「「早く!」」」

山田先生、箒、千冬姉の声が重なる。何だよ何だよ。そっちは散々遅れたくせに俺にはゆっくりする時間すら許してくれないのかよ。チクショウ…。

本当に、最近俺の自由権とか人権とかそんな物が無くなっている気がする。

しかしそんな黄昏ている時間すら許される事は無く、ゴゴンッと音をたててピット搬入口が開かれる。斜めにかみ合うタイプの防壁扉は、重い駆動音を響かせながらゆっくりとその中のものを晒していく。そして、扉の先には…。

――――『白』が、いた。











第6話「その白の名は」









白。真っ白。飾り気も無く穢れも無く。眩しい程の純白を纏ったISが、俺の目の前で佇んでいた。自分と共にする操縦者を待って…。

「これが…」

「はい!織斑君の専用IS『白式』です!」

白式…。

俺は引き寄せられるようにして白式と呼ばれたISに近づいて行く。真っ白で無機質なそれは。生きている筈も無いと言うのに、けれど俺を待っている様に見えた。そう、こうなることをずっと前から待っていた。この時を、ただこの時を。

―――ん。一夏が心からそうしたいって願えば『一夏の子』はきっと応えてくれる。

ミコトが言いたかった事が今なら分かるかもしれない。ISがどう言う物なのか、この白式を見て何となくだが分かった気がするから…。

すっと純白のそれに触れてみる。

「あれ…?」

予想とは違う感触に俺は違和感を覚える。試験の時に、初めてISを触れた時に感じた電撃のような感覚がない。むしろその逆。ただ、馴染む。理解出来る。これが何なのか。何のためにあるのか。ミコトのイカロス・フテロとは違う。イカロス・フテロが『翼』なら、これは…。

「背中を預ける様に、ああそうだ。座る感じで良い。後はシステムが最適化する」

コクピットに乗り込むと、千冬姉の指示通りに白式に身を任せる。受け止める様な感覚の直後、開いた装甲が俺の身体に合わせて閉じて行く。

かしゅっ、かしゅっ、という空気の抜く音が響く。そして言葉にするには難しい妙な感覚がやってくる。これは鎧を身に纏うような覆っているという感覚ではくて…そうだ、混ざる。ISと混ざる様な感じだ。まるでISが自分の身体のような一体感。融合するように、適合するように、俺だけの為にあったかのように、白式が『繋がる』。

解像度を一気に上げた様なクリアな感覚が視界を中心に広がって、全身に行き渡る。これがハイパーセンサーと言う物らしい。各種センサーが告げてくる値は、どれも普段から見ている様に理解出来る。これも、ISコアがそうしてくれている違いない。ミコトのISが応えてくれると言ったのはこの事だったのか?まるで、ISが手伝ってくれているように思えた。

「あ」

―――戦闘待機状態のISを感知。操縦者セシリア・オルコット。ISネーム『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型。特殊装備あり―――。

システムナビゲーターが独りでに外のアリーナで待機しているであろうセシリアの機体の情報を提示して来る。まったく、頼んでも無いのに大した相棒だよ。

「ISのハイパーセンサーは正常に動いているな。一夏、気分は悪くないか?」

今、一夏って…そうか。心配してくれてるんだな。姉として。ありがとう。千冬姉…。

「大丈夫。千冬姉。いける」

「そうか」

安心させるために笑みを浮かべてそう答えると、千冬姉はほっとした様な声を漏らした。ハイパーセンサーでしか分からない程の違いではあったが、学園内に居るのに俺を一夏と呼んでくれたのはきっと心配してくれたからだろう。

さて、と…。

「箒。ミコト」

「な、なんだ?」

「ん?」

視線を向ける事無く後ろに居る二人に話し掛ける。振り向く必要なんて無い。ハイパーセンサーで俺はは360度全方位が『見えている』のだから。

ははっ、箒の奴急に声かけられて驚いてら。

驚く箒に俺は可笑しくてつい笑いそうになるのをぐっと耐えると、一言だけ、短い言葉だが力強く、そして意思の籠った声を二人に送る。

「行ってくる」

「あ…ああ。勝ってこい」

「いってらっしゃい」

二人の言葉に俺は言葉ではなく黙って頷く事で応えると、ピット・ゲートに進む。僅かに前に身体を傾けただけで、白式はまるで俺がどうしたいのかを分かっているかのようにふわりと機体を浮かせて前へと動く。

ちきちきちきちき

白式が膨大な量の情報を処理している。俺の身体に合わせて最適化処理を行う、その全段階の初期化を行っているのだ。今こうしている一秒間の間にも、白式は表面装甲を変化・成形させている。見た事の無い人間の脳では到底計算不可能な桁の数値が俺の意識内で次々と切り替わっていく。

しかし、今はこの意識内にある数値を気にしている場合では無い。敵は、目の前に居るのだから…。



「あら、逃げずに来ましたのね」

セシリアがふふんと鼻を鳴らす。セシリアから発せられる高飛車オーラは相変わらずだ。

けれど俺の関心はそんなところにはない。俺が関心を向けているのはハイパーセンサーが提示するセシリアの機体の情報のみだ。

鮮やかな青色の機体『ブルー・ティアーズ』。その機体の特徴はBT兵装の4枚のフィン・アーマーと2メートルを超す長大な銃器―――六七口径特殊レーザーライフル≪スターライトmkⅢ≫。アリーナ・ステージは直径200メートル。つまりアリーナ全体があの機体の射程範囲内だ。遮蔽物の無いこのアリーナで距離を離すのは無謀だろう。これは箒と話し合って考えた結果だ。

―――ブルー・ティアーズは展開が遅いショートブレード以外全て射撃兵装。そして、あの厄介なBT兵器を使用する際は無防備になる。なら、懐に入ればこちらのものだ。

箒の言葉を思い出す。作戦の内容は簡単。相手との距離を詰めて攻撃手段を封じ、速攻でケリをつける。実にシンプルで言葉にするのは簡単だが…。

「わたくしの手の内は全て明かしてしまいましたから最初から全力でいかせて頂きますわ。まさか、卑怯とは言いませんわよね?」

俺の企みなど既にお見通しのようだ。だよなぁ。そううまく事が運ぶ訳無いか…。

「言わねえよ…」

「ならよろしいですわ。ですが、チャンスをあげましょう」

「チャンスって?」

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今此処で謝るというのなら。許してあげないこともなくってよ」

そう言って目を細めると余裕の笑みを浮かべる。舐められてるな。完璧に…。

―――警告。敵IS操縦者の左目が射撃モードに移行。セーフティのロック解除を確認。

ISが情報を告げてくる。おそらくこの受け答えが終われば直ぐに戦いは始まりセシリアはトリガーを引くだろう。勿論銃口を俺に向けて。俺はごくりと唾を飲むと…。

「そう言うのはチャンスとは言わないな」

ニヤリと笑みを浮かべて宣戦布告した。

「そう?残念ですわ。それなら―――」

―――警告!敵IS射撃体勢に移行。トリガー確認、初弾エネルギー装填。

「お別れですわね!」

キュインッ!耳をつんざくような独特の音。それと同時に走る閃光。しかし幾ら早くても一度その攻撃はミコトとセシリアの戦闘で目にしている。ISの性能なら回避も可能だ。

「ぐぅ!」

Gに押し付けられる様な感覚に襲われながらも、俺はスラスターを吹かせて横に飛びレーザーを避ける。よし、初弾はかわした。次は…俺の番だ!

―――現在使用可能装備・近接ブレード

ISが現在使用可能な装備の一覧を提示してくる。そして、表示された武装は一つのみ。本来なら何だそれと驚く所だろが、寧ろ好都合だ。この一週間、剣道の稽古しかしていない。今更慣れていない装備を持ち出されてもあたふたするだけ。ブレード一つのみ…上等だ!

こちとら一週間ひたすらに箒にしごかれて来たんだ。その成果をみせてやるぜ!

「うおおおおおおおおおおおっ!」

ブレードを展開しスラスター吹かしセシリアに吶喊する。セシリアとの距離は随分と離れている。接近戦に持ち込むのは難しいだろう。しかし、このまま距離を開ければそれだけセシリアに攻撃の機会を与えてしまう事になる。なら、前進あるのみだ!

「中距離射撃型のわたくしに、近距離格闘装備で挑もうだなんて…笑止ですわ!」

「ちぃっ!」

セシリアのISの特殊兵装『ブルー・ティアーズ』が動く。4基のBTがセシリアを守る様に俺とセシリアの道を塞ぐように展開し、俺に目掛けて一斉にレーザーを発射する。

流石にあれを全て喰らったらまずい。俺はすぐさま直進していた進路を真上に変更し回避行動をとる。しかし一発のレーザーが足に直撃したようだ。つま先の部分が見事に砕け散っている。

ちっ!避け切れなかったかっ!?

足を撃ち抜かれ、神経情報として痛みが俺まで伝わり表情を歪める。繋がっている以上は当然痛みも此方に届くのは当然か。…しかし作戦通りに、しかもぶっつけ本番でうまく行く訳が無いらしい。

―――実体・右脚部にダメージ。戦闘の継続に支障無し。

見た目は派手に壊れているが何ら問題は無い様だ。まぁ、空中で歩く事なんて無いしな。

「良い反応ですわね。一度見たからと言って、今日初めて乗った機体でその反応は感心しますわ…ですが」

すっと右手を持ち上げると、その右手に反応するように4基のBTが俺を包囲する。勿論、銃口は既に俺に向けられており何時でも射撃できる状態だ。逃げ場が無い。無傷で済ますにはまず無理だろう。

「これで、チェックですわね」

パチンッ!と、セシリアの指の弾く音が響くと同時に、4基のBTの銃口から閃光が走る。逃げ道は無く回避は不可能。なら…。

「それは―――」

スラスターを全開に吹かし、4基の内1基のBTへと正面から特攻する。

「どうかなぁあああああああああっ!」

逃げ道を作るだけだ!

包囲された状態で4基の攻撃を回避するのは無理だ。しかし、包囲網を突き破り逃げ道を作りさえすれば回避する事は可能。そのために多少のダメージを負うのは許容範囲内。後先考えない一点突破だ。

3方向からのレーザーを潜りぬけたところで正面のBTから走ったレーザーが肩の装甲を砕く。―――バリア貫通。左肩部破損。

全身に駆け巡る痛みとレーザーの衝撃波によりバランスを崩しそうになるが意地でそれを立てなおしBTへ向かって駆ける。全力で、何も考えず。そして、BTとの距離を詰めると握っているブレードを振り下ろし…。

「おらあああああっ!」

BTを切り裂く事に成功する。二つに割れて火花を散らしながら地上へと落ちて行くBTのなれのはては、地上に着く前に空中で爆散。よしっ!4基の内1基を壊したぞ!このまま邪魔なBT共を一気に他のも叩き落とす!

「無茶苦茶しますわね!ですが、させませんわよ!」

セシリアが腕を横に振うと、残りのBT達はその号令に呼応して俺から逃げる様に散開する。この勢いで残りのBTを破壊しようと俺が振ったブレードは虚しくも空を斬ると、その手応えの無さに俺は舌打ちをする。

「ちっ!」

「ふふっ、わたくしのブルー・ティアーズが落とされるとは予想外でしたが。まぐれはもう続きませんわよ?」

「まぐれかどうかは自分の目で確かめるんだな!」

吶喊。

身近なBT目掛けて突進するも、その直線的な機動はひらりとかわされまたも空振りする。

「クスッ、ハエでも追っていますの?」

小馬鹿にしたような笑い声に、苛立ちながらも迎撃警戒してBTに意識を集中する。落ち着け。挑発に乗るな。此処で冷静さを失えば相手の思うつぼだぞ。

「わたくしの懐に入ってくるつもりだったのでしょうけど。させると思いまして?」

ヴンッ―――。

セシリアの腰部にあるスカート状のアーマー。その突起が外れ、動いた。あれは…ミサイルか!?

「これは完全自立型ですから…さぁ、レーザーとの同時攻撃。どう舞って頂けるのかしら?」

ニヤリと冷たい笑みを浮かべ、セシリアはミサイルを放つ。そして、それと同時にレーザーを俺に目掛けて発射された。

「くっ!うおおおおおおおおおおおっ!」

最大出力でがむしゃらな機動で初弾のレーザーをかわし撹乱するもミサイルは目標を見失う事無く俺目掛けて飛んでくる。BTもまたそうだ。ミサイル発射と同時にセシリアはBTの操作に意識を切り替えたのだろう。俺から喰いついて離れようとしない。

「ふふふ、あはははは!さぁ!もっと足掻きなさい!虫けららしく!」

くそっ!調子に乗りやがって!

だが、逃げ回るしか今俺に出来る事は無い。レーザーとミサイルのコンボなんて直撃すればとんでもない被害を被ってしまうだろう。最悪そこで勝負が着いてしまう可能性も…。

「くっ…!」

「あらあら。さっきの威勢はどうしましたの?やはり先程のはまぐれ?」

「っ……るな…」

「?」

「舐めるなあああああああああああっ!」

咆哮を上げ進路を加速した状態で俺を追うミサイルの方へと転換する。無理な機動の所為で身体の負荷は尋常では無く内臓がひっくり返る様な感覚に襲われ吐きそうになるが必死に耐え、そのまま向かってくるBT3基をすれ違い様に切り裂き撃墜する。

「なっ!?」

セシリアは驚愕の表情を浮かべる。しかし、俺の逆転劇もそこまでだった…。

BTまでは破壊出来た。だが、ミサイルまでは破壊出来なかった。俺の突発的な行動にセシリアが戸惑ってBTの動きが一瞬鈍くなったためBTの方は撃墜する事は出来た。しかし、完全自立しているミサイルは動きを鈍らせる事無くただ一直線に俺へと向かい、ブレードを振れない距離まで迫っていたのだ…。

「しまっ――――」

た。と言い終える前にミサイルは着弾。強烈な閃光と爆発は俺の視界を覆い。そして俺自身をも呑み込んだ…。









――――Side 篠ノ之 箒




「一夏っ」

爆炎に包まれる一夏を見て、私は堪らず悲鳴を上げる。

この場に居る織斑先生と山田先生も真剣な面持ちでモニターを注視している。しかし、一人だけそうでない人物がいた。そう、ミコトだ。

「だいじょうぶ」

「…え?」

ミコトは無表情ではあるが落ち着いた声でそう告げる。焦りなど微塵も無い。寧ろ余裕すら感じるその声で、ミコトはモニターをじっと見つめて…そして、小さく微笑んだ。

「…ん。少しお寝坊さん」

ミコトがモニターに視線を向けたまま何やら聞き取れないほどの小さな声で呟いた。私も視線をモニターへと戻すと、モニターには未だ黒煙がたちこめ一夏の姿を確認出来ない。アリーナの観客席の生徒も私達も黙ってその黒煙が晴れるのを唯待っていた…。

「―――ふん」

黒煙が晴れた時、織斑先生が鼻を鳴らす。けれど、私の気のせいだろうか?織斑先生の表情にはどこか安堵の色が感じられた。

「機体に救われたな、馬鹿者め」

まだ微かに残っていた煙が、弾ける様に吹き飛ばされる。

そして、その中心にはあの純白の機体があった。そう、真の姿で―――。

「おはよう」

モニターに浮かぶ純白に、ミコトはそう告げるのだった…。










――――Side 織斑 一夏





俺は自分が置かれている状況に理解出来ないでいた。ミサイルが直撃したと思った。いや、確かに直撃した筈だ。だと言うのに衝撃も痛みも来ない。それどころか。これは―――。

―――フォーマットとフィッテングが終了しました。完了ボタンを押してください。

フォーマット?フィッテング?

意識に直接データが送られてくると同時に、目の前にウインドウが現れてその中心には『確認』と書かれたボタンが…。

訳も分からず言われるがままにそのボタンを押す。すると、更なる膨大なデータが意識に流れ込んでいた。

そして、異変はそれだけでは止まらなかった。キュィィィィンと響く高周波な金属音。俺を全身を包んでいるISの装甲が光の粒子へと変わり、弾けて消え、そしてまた物質へと形成する。そう、新しく別の物へと…。

「これは…」

新しく形成された装甲はいまだぼんやりと光を放っている。先程までのダメージは全て消え、より洗練された形へと変化して…。

「ま、まさか…一次移行≪ファースト・シフト≫!?あ、貴方、今まで初期設定だけの機体で戦っていたと言うの!?」

ウインドウに書かれていた『初期化』と『最適化』がそうなのならそう言う事だろう。

「なるほど、つまりこれでやっとこの機体は俺の専用機になった訳だ」

改めて機体を見る。最初の無骨な外見は消え、ミコトの機体とは程遠いが滑らかな曲線とシャープなライン。何処か中世的な鎧を思わせるデザインへと変わっていた。そして…。

俺は握っていたブレードを太陽に翳す。

―――近接特化型ブレード・≪雪片弐型≫。

生まれ変わったその刀身は、まるで日本刀を思わせる。所々にある溝や繋ぎ目から光が漏れ出している事からこれがISの装備として造られているのが分かる。しかし、重要なのはその名前だ。

―――雪片。それは嘗て千冬姉が振っていた専用IS装備の名称。世界を制した最強の武器にして称号。

…まったく、つくづく思い知らさせるよ。

いつも俺は守られてばかりだ。3年前も、6年前も。そして今もこうしてこんな形で守られてる。本当に俺は―――。

「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

でも駄目だ。もう守られるのは終わりだ。何時までも守られてばかりじゃいられない。これからは―――。

「これからは…俺も。俺の家族を守る」

「…は?貴方何を言って―――」

「とりあえずは、千冬姉の名前を守るさ!」

元日本代表の弟。その弟が不出来では格好がつかない。それにこの刀を、雪片を引き継いだ以上、無様な戦いなんて出来る訳が無い。そんなの許される訳が無いじゃないか。

俺には守りたい物があるんだ。そのためにこんな戦い。乗り越えられないでどうする?こんな所で立ち止まってたんじゃ俺は何も守れない。守れやしない。

「…この一撃で決める」

雪片を下段に構え、そう告げると。雪片はそれに応える様に機動音を響かせて全身に巡るエネルギーが雪片へと集まってゆく。

エネルギーが満ち溢れ輝き始める刀身。そして分かる。伝わる。この一撃が当たりさえすればこの戦いは終わると言う事が。

「ッ!…出来るとお思いですのっ!?」

ライフルの構えトリガーを引くセシリア。だが遅い。セシリアがトリガーを引く前に俺は最適化する前とは比では無い程の超加速でセシリアとの距離を詰める。

「――――っ!?」

斬ッ―――。

閃光の斬撃がライフルごとセシリアのISを切り裂くと同時に、試合終了を告げるブザーがアリーナに鳴り響いた。

『試合終了。勝者―――織斑 一夏』

「…いよっしゃあああああああああああああああっ!!!!」

俺の勝利を喜ぶ叫びと共にアリーナに黄色い歓声がドッと湧き上がる。誰もが予想しなかったであろうこの結果に席から立ち上がり拍手を俺に贈ってくれていた。

「そんな…嘘ですわ…」

放心状態でそう呟くセシリアに右手を差し出すと握手を求めてニカリと笑みを浮かべる。

「…え?」

突然の握手に戸惑うセシリア。だが俺はそんなセシリアを気にせず強引にセシリアの右手を握ると、こう告げた。

「男だってやるもんだろ?」

「え?あっ…その…」

「いい勝負だったな!またしような!」

「あ…は、はい!」

ほんのり頬をピンク色に染めて俺の手を握り返してくる。それに合わせて歓声が更に大きく湧き上がるのだった…。












――――Side 篠ノ之 箒






歓声を浴びる一夏を私はじっと眺める。

凄かった。興奮がおさまらなかった。まさか、ぶっつけ本番で本当に勝つなんて…。

まだ雑が多く見える戦闘だったがそれを意地で補いひたすらに前に突き進むその姿に胸が熱くなった。その凛々しい横顔にときめ…な、何を言ってるんだ私はっ!?

「…箒?」

「な、何だ!?」

「顔、あかい」

「き、気のせいだ!気のせい!」

「…?」

不思議そうに此方を窺うミコトから顔を逸らして私はモニターに視線を戻す。

頑張ったな。一夏。

モニターに映る一夏の表情は、とても誇らしげだった。













あとがき


この物語はミコトと一夏が主人公です。

にしても短いね。1週間も待たせてこの短さかよ…。

あともう少し一夏も主人公らしいところを見せて欲しかったです。雪片の出番殆どねぇ…。まともな出番がラウラの救出シーンだけだなんて…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第七話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/04/12 18:05
セシリアの勝負の翌日、朝のSHRでだらだらと汗を流し俺は真っ青な顔で自分の席に座っていた。

「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりで丁度良いですね♪」

『織斑くんクラス代表おめでとう♪』とデカでかと書かれた黒板の前で山田先生が明るい声で喋っており、その先生の言葉にクラスの女子が盛大に盛り上がっている。暗い表情をしているのは俺だけ。そう、勝負の勝者がクラス代表になるという事を忘れていた俺だけだ。

わ・す・れ・て・たぁ~…!

特訓やらなんやらで勝負の後の事なんてすっかり頭の中からすっぽ抜けていた。そうだよ。そう言えばそれが原因で決闘する羽目になったんだよ…。

クラスの拍手を浴びながら俺は頭を抱えて突っ伏する。馬鹿だ。本当に馬鹿だ俺。何忘れてんだよ大事な事…。

「じ、辞退は…?」

「認められません♪」

力無く挙手しそう訊ねてみたが、山田先生に笑顔で却下される。まぁ、分かってたけどさ…。

「なってしまったものはどうにもならん。諦めろ。寧ろ経験が積める良い機会と思え」

千冬姉がいつも通りの厳しいお言葉をピシャリと言ってくる。ああそうか。クラス代表って事は対抗戦とか行事とかクラスの代表として出るんだよな。対戦相手は同じクラス代表で優秀な生徒。確かに経験を積むには持って来いの仕事だろうけど…。

セシリアのはミコトのおかげでもあるからなぁ…。

俺がセシリアに勝てたのはミコトがセシリアの手札を全て明かせてくれたからであって、ミコトとの戦闘を見ていなかったらおそらくセシリアとの勝負は負けていたかもしれない。いや、負ける可能性がかなり高いだろう。それなのに他のクラス代表って…まじか。

「おめでとう!織斑くん!」

「織斑くんおめでとー!」

「がんばれ~!」

「おりむー!ふぁいとだよー!」

「クラスの連中も異論は無い様だぞ?」

ニヤリと意地悪な笑みを浮かべる千冬姉とクラスメイト達からの祝福の声。うわぁ、祝われてるのにぜんっぜん嬉しくないなんて初めての経験だぞぉ?涙が出てきそうだぁ。

「クラス対抗戦の優勝賞品は学食デザートの半年フリーパスだからね!しかもクラス全員分の!」

絶対俺の為に応援してるんじゃなくてデザートの為に応援してるだろお前等!?しかもその賞品俺にとってあんまし嬉しくねぇし!?

「! ピクリ」

がしっ!

「っと!?…ミ、ミコト?どうしたんだ?」

突然、前の席に座っていたミコトが此方を振り向いてきたと思ったら、俺の両肩をがしっと掴んでくる。しかもその表情は今までに見た事の無い程真剣な面持ちで…。

「一夏。がんばる」

「え゛…」

「デザート。食べ放題…ジュルリ」

お・ま・え・も・か!

輝かせんな。目を輝かせるなって。分かったから。出来る限り頑張ってみるから。だから離せってば…。

「まぁ、精々頑張れ。お前が頑張れば私も豪華な食事にありつける。タダで食べれる食事ほど美味いものは無いからな」

「ですね♪」

あんた等も賭けとんのかい!?教師に有るまじき行為だろ!?生徒の模範となる行動を見せろよっ!?

「ご安心ください一夏さん」

がたんと音を立てて立ち上がるセシリア。ん?今一夏って呼ばなかったか…?

「わたくしに勝てたのは此方の手札を全て明かしてしまったからではありますが、華麗にしてパーフェクトなこのわたくしが教えて差し上げればどんな相手にだって負けはしませんわ!」

何気に手札さえ明かさなければ負けていなかったって言ってるよなそれって。まぁ、その通りだけどさ。

しかしセシリアに教えてもらう、か。確かにセシリアは代表候補生だしその方が良いのかも…。

と、俺が考えていた時だった。バンッ!と机の叩く音が響いたのは。

「あいにくだが、一夏の教官は足りている。私が、直接頼まれたからな」

『私が』の部分をやけに強調して発言する箒は、物凄い殺気だった鋭い眼つきでセシリアを睨む。その眼に入学初日同様にまたセシリアは怯えるかと思ったのだが…。

「あら、ISランクCの篠ノ之さん。Aのわたくしに何か御用かしら?」

全然そんな事無かった。寧ろ堂々と胸を張り箒を視線をぶつけて火花を散らしている。おい何で火花が出てるんだ?これもISの力なのか?おっそろしいなIS…。

「ラ、ランクは関係無い!頼まれたのは私だ!」

ちなみに俺のランクはBらしい。といっても、これは試験機で出した最初の格付けだからあんまり意味は無いって千冬姉が言っていた。ISは乗った時間…稼働時間によって上達も比例する。なら、専用機を持つセシリアは当然ISの稼働時間も長く試験時の結果が良いのは当然と言えば当然だ。余り自慢できる事ではないだろう。まぁ専用機持ちってだけで十分に自慢できる事なんだろうけど。

…って、俺も専用機持ちなんだっけ。

視線を右腕へと落とす。腕にあるのは光を反射して輝く白いガントレット。俺の専用ISである『白式』の待機状態の姿だ。何でも、ISそのものが量子化出来る為、普段は俺のようにアクセサリーとして形を変えて持ち運びが可能らしい。何でもありだなIS。もう魔法の世界だぞ。こんなもの使った束さんは本当にすげぇよ。

「座れ、馬鹿者ども。お前達のランクなどゴミだ。まだ殻も破れていないひよっこが優劣をつけようなどするな」

「「う゛…」」

流石の二人も、元日本代表にして世界大会の覇者である千冬姉に言い返す事なんて出来ないだろう。実際、千冬姉からみたら本当に俺たちなんて相手にすらならないだろうし。

「え~と…そ、それでは、連絡事項も終わったので授業に入りますねぇ?」

静かになった教室に、山田先生は空気を読んでか、それとも居た堪れなくなったのかSHRを終わらせて授業を始めるのであった。

もう、どうにでもなれ…。












第7話「思い出は宝物」











「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実戦してもらう。織斑、オルコット、オリヴィア。試しに飛んでみせろ」

4月も中旬に入った頃、ISの授業は座学から実習へと移ろうとしていた。千冬姉の入学初日に言っていた『ISの基礎知識を半月で覚えてもらう』と言う発言通りに行われ。まさに今日、初の実習で俺達はISスーツを着てグランドに出ていた。

「早く展開しろ。熟練したIS操縦者は展開まで一秒と掛からないぞ」

自分、ISに乗り始めて一日目です。何て口答えしたら叩かれるだろうから絶対に言わない。

集中。集中…。

右腕のガントレットを掴みI。Sを、白式を身に纏うイメージを思い浮かべる。

…来い。白式!

心の中でそう呼び掛ける。その瞬間、右腕のガントレットから光の粒子が俺を包み、光の球体だったそれは形を変えて光の粒子から実体化し白式に形成する。

ISを展開した瞬間世界が変わる。身体はまるで飛んでいるかの様に軽くなり、各種センサーに意識が繋がっているため視界もクリアーになる。隣を見てみればセシリアとミコトは既に展開が終了しており待機していた。

…と思ったのだが。

「うおっ!?」

「きゃっ!?」

千冬姉の指示無しに勝手にバシュンッ!と周囲に風を起こし空高くへと舞い上がるミコトと『イカロス・フテロ』。その速度は凄まじくたった数秒にして空に浮かぶ点となってしまった。

「「………チラッ」」

俺とセシリアは何も言わずにハイパーセンサーを使って視線を向けずに千冬姉の表情を窺う。当然、千冬姉は青筋立てて肩をプルプルと震わしてご立腹である。なんて事してくれてんだミコト…。

千冬姉のご機嫌を損ねれば当然授業を受けている俺達にまでソレは返ってくる。もし千冬姉を怒らせ様な事をしたら…。

「織斑、オルコット。お前達に課題だ。あの馬鹿を引き摺り下ろして来い。出来なかったら…分かるな?」

こうなる。

「「(あんまりだ!?(ですわ!?))」」

あんまりだと批難の視線を送るがそんなもの鬼にギロリと睨まれたら何の意味も無く。俺とセシリアは顔を真っ青にして慌ててミコトが居る空へと一気に上昇するのだった。急上昇と急降下なんて昨日の戦闘で無我夢中でやったから出来るかどうか不安だったが千冬姉の脅しも影響して問題無く成功。しかし、上昇速度はセシリアと比べるとかなり遅い。

「何をやっている!スペック上の出力では白式の方が上だぞ!?」

通信回線を通して千冬姉のお叱りの声を受ける。やっぱり昨日の今日で上達する筈も無い。昨日は無我夢中だったし…。今も身の危険に晒されているのは変わらないけど…。

「どうした!?なにをのろのろしている!?」

やってるってば。えぇっと…『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』だったよな。ううむ…いまいち感覚が掴めないぞ。

「一夏さん。イメージは所詮イメージ。自分がやりやすいイメージを模索するのが建設的ですわよ」

のろのろと遅れている俺を気遣ってかセシリアが速度を落とし俺の隣へとやってきてアドバイスをしてくれる。

「そう言われてもなぁ。大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。その原理も良く分からないし。PICってのが関係してるんだよな?」

ISに翼なんて殆ど関係無い。念じればその求めた方向に飛んでくれるのだから。ミコトの『イカロス・フテロ』と言う例外もあるが。あれは普通のISとは逸脱した存在らしいからこの話題に挙げること自体が論外だ。

「あら、ご存知でしたのね?」

「正直言うと、ミコトとセシリアの戦いを見て無かったら知らないままだったな」

「うふふ、確かにミコトさんの機体は色々な意味で規格外ですからね」

良い意味でも悪い意味でもな。

「今の口ぶりからするとセシリアもミコトの機体の事は知ってるのか?」

「はい。存じてますわ。ですが、どんな欠陥機であろうと物は使い様。良い物であろうと悪い物であろうとそれは使う人物によって変わりますから」

「だな。ミコトはすげぇよ」

遥か遠くで優雅に空の散歩をしているミコトを俺は眩しそうに目を細めて見上げる。今の俺とミコトのいる位置が現在の実力差のように思える。けど、何時までもこの場所で甘んじるつもりはない。いつか俺もミコトの居る高みに昇ってみせる。

…ん?

隣を見ればセシリアも同じようにミコトを見上げていた。俺と少し異なるのはその表情に僅かに慈愛の色を見えたことだろうか。すると、俺の視線に気付いたセシリアは慌てて今の表情を隠すとこほんと咳払いをして誤魔化す。

「ど、どうかしまして?」

「いや…何かミコトと仲良くなったよな。前はあんなにライバル視してたのに」

「あ、あら?ライバル視しているのは今も変わりませんわよ?いつか決着をつけてみせますから」

「にしては、今のは…」

「と、友達ですから!それだけですわ!それより急ぎましてよ!もたもたしてると織斑先生にどんな目に遭わされるかわかりませんわ!」

そう言って加速して加速するセシリアだったが、今のはどう見ても誤魔化しているのが丸分かりだった。俺はそんなセシリアに苦笑すると俺もゆっりとだが加速を開始して二人の後を追う。







かくして始まったミコトとの鬼ごっこだが。やはりと言うべきかミコトに触れることすら出来ずにいた。

「こらミコト!いい加減捕まれ!」

「や」

「良い子ですから!捕まって下さいな!」

「や~」

「「お願いだから捕まって!(涙)」」

「~♪」

涙目な俺達の事情など知った事かと言わんばかりに鼻歌を歌いながらそよそよと空を泳ぐミコト。可愛らしい羽の生えたその姿は今の俺達にとって死神か悪魔にしか見えなかった。

ハイパーセンサーで千冬姉の表情を窺おうとその恐ろしい光景に直ぐその映像を遮断した。センサーが見たのはがくがくと震える山田先生と女子達。そしてジャージ姿の鬼だった。もう何て言うか本当に泣きそうだ。マジで角が生えてたよあの人…。

まずい。まずいですよこれは…。

早くしないと俺達の命がマッハでやばい。セシリアもそれに気付いているのか真っ青な顔で死に物狂いでミコトを追い掛けていた。

―――しかし、タイムリミットである。

「もう、良い…」

ゾクリ…

世界が停止し、気温が一気に下がる様な錯覚が襲い、凍りつくような冷たい声が耳に響いた。追いかけっこの終わりを告げる声が…。

「二人掛かりで捕まえられないとはな…」

あ、あれぇ?此処は空なのに何で後ろから声が聞こえるのかなぁ?

「どうした?何故こちらを見ない」

振り向きたくない振り向きたくない振り向きたくない振り向きたくない振り向きたくない振り向きたくない振り向きたくない。振り向けば絶対にそこには鬼が居る。だから振り向きたくないっ!

「…まぁ、良い。どのみちお前達には後で罰が待っている」

「「(神は死んだっ!?)」」

死刑宣告を言い渡し俺達の横を打鉄で全身を纏った千冬姉がすり抜けて飛んでいってしまうのを眺めながら、俺とセシリアは近い将来降りかかるであろうであろう災難に絶望し、力無く降下もとい墜落するのだった…。










――――Side ミコト・オリヴィア





「ん~♪」

良い天気。良いお散歩日和。

暖かい日差しとこれは花の香り?ん。とっても良い香り。これ、好き。クリスが言ってた。春になったら色んな命が芽吹くんだって。これが春なんだ。

…クリスも同じものを見てるのかな?

空を見上げて想う。クリスもこの春の空を眺めているのだろうかと。遠く離れていてもこの空は何処でも一緒だから…。

会いたい。一緒にこの空を眺めたい。でも、それは出来ない。約束だから。クリスが迎えに来るまで待ってるって約束だから。だから、我慢。

…ん。クリスが迎えに来てくれたら見れば良い。

―――警告!離脱!警告!離脱!

穏やかな空気を引き裂く様に響き渡るセンサーの警告音。

…この子が怯えてる?

怯える様に何度も警告をしてくるイカロス・フテロに私は首を傾げてセンサーに視線を向ける。

「――――…ぁ」

そして、センサーの示す先に『ソレ』はいた。

来る。あの怖い存在が迫って来る。

ぃゃ…いやぁっ…。

ぶんぶんとソレを拒むように首を振る。しかしソレは止まる事無く此方へと向かってくる。私は翼を大きく羽ばたかせて一気にもっと高く飛び上がる。でも、それは離れる所か距離は縮まるばかりで逃げるなんて到底出来るものではなった…。

「…ぅっ!?」

怖い。怖い怖い怖いっ!

伸ばしてくる腕に怯え私は更に高く飛ぶ。高く。高く。もっと高く。でも…。

「どうした?逃げないのか?」

「っ!?」

さっきまで離れた場所に居た筈のそれは、とても近くにあった。耳もとで呟かれて身体がカチンと固まる。震える身体で振り向いたらそこには…。

「授業の間は私の言う事に従って貰うと約束したよな?ミコト…?」

あ…ああ…ぁ。

「さぁ、お仕置きの時間だ」

千冬がすごく怖い顔で私の腕を掴みこっちを見ていた…。

「っ!!」

ジタバタと手と足をばたつかせて逃れようとしたが捕まれたその腕はピクリとも動かす事が出来ない。

「お前の軟弱な機体で私の拘束から逃れられると思っているのか?諦めろ」

腕だけだった拘束の手は腰まで伸びていて。っ!?この体勢…っ!?

サーッと血の気が引く。この体勢は覚えてる。此処に来てから何度も、何度も経験があるから。千冬が本当に怒った時にする行為の準備態勢だ。

これ!嫌い!

「うーっ!うーっ!」

必死に千冬から逃れようとする。でも逃げられない。千冬の逃げようともがく私を拘束している左手とは別に、空いている右手ゆっくりと持ち上げられると…。

ぺしーんっ!

「あうっ!」

お尻に走った激痛と同時に、甲高い音と悲鳴が空に響いた…。













――――Side 織斑 一夏




「えー…」

俺は、いや、俺達クラス一同は唖然と空に浮かぶ光景を眺めていた。

空に響き渡る柔らかい肌を叩く音。そしてミコトの泣き声。何が起こっているかと言うと『おしりぺんぺん』である。もう一度言うがお尻ぺんぺんだ。ISで、IS同士で。その異様な光景に皆あんぐり状態で空を見上げていた。

ミコトを捕まえた千冬姉の操縦技術に驚くべきか。それとも目の前の光景に驚くべきか…。ISでお尻ぺんぺんとか誰が考えるよ?

恐らく誰も考えないだろう。だって、相手が生身だったらお尻が赤く腫れあがる程度じゃすまないし…。

「うっ…」

「あれは…流石に…」

箒とセシリアが顔を紅く染めて視線を逸らす。他のクラスの女子達も同様だ。一部羨ましそうに頬を染めて息を荒げてる奴もいたが無視だ。あれに関わってはいけない。本能がそう告げている。

まぁ、クラスの女子のアレな性癖は置いとくとして…。

「幾らなんでも公衆の面前でこれはまずいだろ…」

ISでのお仕置きという妙な光景と言うのもあるが、飛んでいる所為で全校生徒の注目の的だ。どんな公開処刑だよまったく…。

流石にお尻を晒すなんて事は千冬姉もしないが、それでも十分恥ずかしい。あんな恥ずかしい姿を晒されたんじゃ登校拒否ものだぞあれは。

「ごめ゛んなざいっ!ごめんなざいっ!」

あぁ~、泣いてるよ…。

空から聞こえてくるな泣きを含んだミコトの悲鳴が痛々しい。

「あわわ…あわわわ!ど、どどどっ!どうしましょう!どうしましょう!?」

あっちこっちを行ったり来たりとしながら、顔を真っ赤にして落ち着きの『お』の字も無い我等が副担任山田先生。…先生、あたふたしてないで止めて下さい。この場で千冬姉を止められるのは山田先生しかいないんですから…。

ていうか俺も他人事じゃないんだよな。ミコトのお仕置きが終わったら次は俺達の番な訳だし…。一体何が待ち受けているのか想像したくも無い。唯、これだけは言える。俺達に待っているのは地獄だと言う事だ。

「お前はいつもいつも!何度言えば分かるんだ!馬鹿者!」

「う゛ぅ~~っ!」

…何て言うか。教師と言うか親が子供を躾けてる光景だよなこれ。

少なくとも、俺は教師が生徒にお尻ペンペンなんてする所なんて見た事が無い。ましてや俺達は高校生だ。小学生の低学年ならともかく、高校生でお尻ペンペンなんて流石に無い。女子にやったらセクハラで訴えられるしな。

「…まさか、わたくしにもアレを」

「無いから。絶対に無いから」

セシリアの疑問にキッパリと否定する。あれはミコト限定だろ。千冬姉とミコトはプライベートでも知り合いみたいだし。

くいっくいっ…。

ん…?

袖…と言うかISの腕を引かれる感覚に俺は振り向いて見下ろすと、そこには普段のぽや~っとした表情とは違い心配そうに表情を歪めているのほほんさんがいた。

「ねぇねぇおりむー。みこちーを助けてあげてよー」

何を言い出すんだこの子は。俺に死ねと言うのか?

「いや、でも、な?ミコトにも悪い部分もあった訳だし…」

だらだらと汗を流しながら視線を逸らしながら逃げようと試みるも腕はがっちりホールドされているため逃げる事が出来ない。ISを装着しているので振る解くのは簡単だが生身の相手にそれは危ないし、何より感じが悪い。

「お願い!みこちーすっごく泣いてるよ!」

「あ゛う゛~~~っ!」

「ぐっ…」

未だに聞こえてくる悲鳴に俺はとんでもない罪悪感に襲われて言葉を詰まらせる。見た目幼い少女が泣いているのを見るのは余り気持ち良いものではない。

確かに千冬姉にもやり過ぎな部分もある。皆の前であれは無いだろう。それに俺だってミコトが泣いてるところなんて見たくは無い。でも、でもしかしだ!

怖ぇもんは怖ぇんだよっ!?

「おりむー。おねがい!」

「ぐぐぐぐ…っ」

ミコトを助けると言う事はだ、つまり千冬姉をどうにかしろって事だ。言葉が通じる相手じゃない。て事は力尽くでと言う事になる。力尽く?千冬姉を?そうか。やっぱり死ねと言うんだな俺に…。ちくしょうめ…。

しかし、いつの間にか周りの連中は俺がミコトを助けに行くと言う事になってるらしく期待の眼差しが俺に集中している事に俺は気付く。おいおい勘弁して下さいよ。相手が悪すぎるだろ相手が。元世界最強だぞ?しかも自分の姉に手を上げろと?いや、姉の方には何度も叩かれてはいるけどさ…。

「おりむーGOーGO-!みこちー救出みっしょんすたーとだよ!」

謀ったな!のほほん!?

のほほんさんの掛け声で周囲の眼差しが一斉に応援の声と変わってしまう。こうなってしまったらもうどうにもならない。残された道は一つ…『玉砕』だ。

「う゛っ…う、うおおおおおおおっ!やらなきゃならねぇ時があんだよぉ!男の子にはあああああああっ!」

やけくそにスラスターを全開に吹かして一気に千冬姉へと向かってぶっ飛ぶ。先手必勝。不意打ち万歳。幾ら千冬姉でも背後から不意打ちされたらどうにもならない―――。

「…ほぅ?教師に手を上げるか。見あげた度胸だな。織斑?」

どうにもなりませんでした。

「ぎゃあああああああああああああああっ!?」

「馬鹿かアイツは…」

「はぁ…世界覇者を甘く見過ぎですわよ一夏さん」

なら最初から止めてくれよ…がくっ。

この日、俺は世界チャンピオンの恐ろしさを身を持って知る事になり、もう絶対に千冬姉には逆らわないと心から誓った。









「ふぅん、此処がIS学園か…」

夕暮れ時、IS学園の正面ゲートに小柄の少女がボストンバッグを地面に置き無駄に大きな校舎を眺めていた。

「ふふんっ!待ってなさいよ一夏!」

少女は笑って少年の名を口にするとゲートをくぐる。その足取りは軽やかなものだった。

そして、少女に名を呼ばれた当の本人はというと…。









―――本日のお勤めが終わり。現在、夕食を終えて自由時間。寮の食堂にて。


「というわけで!織斑くんクラス代表決定おめでとう!」

『おめでとう!』

クラスメイト一同からの祝福の声と同時にクラッカーが咲き乱れて色鮮やかな紙が宙を舞う。華やかなに飾り付けされた会場ではクラスメイト達が賑やかに騒いでおり盛大に盛り上がっているがそれとは反対に俺は盛り下がっていた。

壁にはでかでかと『織斑一夏クラス代表就任パーティ』と書かれた紙がかけられている。そう、このパーティの主役…もとい生贄は俺で、名前の通り俺のクラス代表就任を祝うパーティだ。当の本人は全然めでたくもなんともないが。

「はぁ………」

重い溜息を吐きジュースの入ったコップを呷る。

「一夏。つまらない?」

お菓子を一杯に抱えてトコトコとこっちへやって来るミコト。お前はハムスターかリスか何かか。

「ん?いや…どうだろ。祝ってくれるのは嬉しいけどさ」

本心は全然嬉しくない。正直言うといい迷惑だ。しかしこの場でそんな事を言えばこの空気をぶち壊す事になるし仮にもクラス代表がクラスの雰囲気を悪くするのは良くない事だろう。望んでなった訳で無いにしてもだ。

「良かったではないか。クラスの女子にちやほやされて」

「箒。この状況でどうしてそんな風に見えるんだ?」

嫌味か嫌味なのか?

隣で不機嫌そうにお茶を飲んでいた箒がそんな事を言って来るがもし俺が喜んでいる様に見えたのなら眼科に行く事をお勧めするぞ。

「箒。一夏。お菓子」

適当にお菓子を一つ取り出してミコトはそれを俺達に渡してくる。お、饅頭か。和菓子は好きだぜ。まぁ、量にも限度があると思うけどな?ミコト。その大量のお菓子一人で食うつもりか?

ミコトの抱えられたお菓子の量はハンパではなかった。俺達に渡して来た饅頭も含めて多くの種類のお菓子がミコトの腕に抱えられている。一体何処からそんなに持って来たんだろうか。この学園にも売店はあるがどれも売店には無いお菓子だぞ?

「あ、ありがとな。それにしてもすげぇ数だな。どうしたんだそのお菓子?」

「ん。休みの日に本音と一緒に買いだめした」

ああ、スイーツ巡りとするとか言ってたな。そのついでに買ったのか。納得…。

「おかげで酷い目に遭いましたわ…」

「え?セシリアも一緒に行ったのか?」

「そうだよー。一緒に食べ歩きしたんだー」

ぴょんことミコトの後ろから顔を出して説明するのほほんさん。へぇ、意外だ。あれだけミコトに勝負だなんだの言ってたのに一緒に出掛けるなんて。

「おかげで体重が…ブツブツ」

「ん?何か言ったか?」

「な、何でもありませんわ」

そうには見えなかったけどな。ものすっごく深刻そうな表情してたぞ?

「おりむー。その質問はタブーだよー?」

「は?」

何だ?何の事だ?

さっぱりわからないのほほんさんの言葉に首を捻る俺はどう言う意味か訊ねようとしたがそれは突然やって来た乱入者によって阻まれてしまう。

「はいはーい!新聞部でーす!話題の新入生、織斑一夏くんに特別インタビューをしに来ました~!」

おーっと盛り上がる一同。そして俺は更にクールダウン…。

「あ、私は二年の黛薫子。よろしくね。新聞部の副部長やってまーす。はいこれ名刺」

ずいっと差し出された名刺を受取る。そして名刺を受取るとずずいと今度はボイスレコーダーが迫って来た。

うわー…この学園に来てもインタビューされるとは思わなかったぞ。

「ではではずばり織斑くん!クラス代表になった感想を、どうぞ!」

「え~っと…皆の期待に応えて頑張ろうと思います」

「え~。もっと良いコメントちょうだいよ~。『俺に触るとヤケドするぜ!』とか!」

既にクラス代表云々関係無いよねそれ?それに随分ネタが古いな。今時漫画でもそんな台詞使う奴いねぇよ。

「自分、不器用ですから」

「うわ、前時代的!」

アンタにだけは言われてくない。

「じゃあまあ、適当にねつ造しておくからいいとして」

いやいやよくないよ?情報を管理する人は責任を持って正しい情報を提供する義務があると俺は思うのですが?

「じゃあ、セシリアちゃんとミコトちゃんもコメントちょうだい」

「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方ないですわね」

とかいって満更でもなさそうだぞ。俺がインタビューしてた時には既にスタンばってたみたいだし。

「コホン、ではわたくしと一夏さんが何故決闘することになったか話を―――」

「ああ、長そうだから良いや。写真だけ貰うね。じゃあ次、ミコトちゃん」

「ん?」

「さ、最後まで聞きなさい!」

「ミコトちゃんのインタビューは二度目だね~。元気してた?」

「ん。薫子も元気?」

「うん!私はいつでも元気だよ!いつどんな特ダネがあるか分からないからね!」

「あれ?二度目って…」

ミコトは以前にも一度インタビューを受けたのか?何時の間に…。

「うん?ああ。織斑くん達一年生は知らないよね。ミコトちゃんはね、入学する前からこのIS学園に住んでるんだよ。丁度去年の終わりくらいだったかな?」

住んでた?IS学園に?関係者以外は入れないって有名なのに…。

IS学園は関係者と生徒しか入る事は許されてはいない。それは生徒を守るためでもあるし、IS学園内にはISと重要な機密情報も存在するからだ。学園祭等には限定的に一般公開されてはいるがそれも少数に限られている。学生でも教師でもない人物が寝泊まりできるなんて事は本来有り得ないのだ。

「ミコトちゃん。セシリアちゃんと勝負してどうだった?」

「ん。楽しかった」

「相変わらずだねーミコトちゃんは。もうミコトちゃんは2、3年には有名で人となりが知られてるからねつ造し様がないよ」

だからねつ造するなって。てかねつ造前提になってないか!?

「じゃあ、専用機持ちで写真撮ろうか!並んで並んで~!」

「薫子。薫子」

「ん?なぁに?」

「箒も一緒。駄目?」

「え?」

突然自分の名が上がって驚く箒。そんな箒など気にもせずミコトは箒の手を引いて俺達の所まで戻って来る。

「箒ちゃんも?うん良いよ!」

「ん♪」

「ま、待て。私は…」

「別に良いだろ写真くらい。写ってやれよ。ミコトも一緒に写りたがってるんだから」

「う、うむ…」

「本音。本音も一緒」

「もうじゃんじゃんきなさ~い♪」

「やったー♪」

ぴょんと跳ねてミコトに抱き着きカメラに向かってピースするのほほんさん。もうクラス代表とか専用機持ちとか関係無いな。

「まったく…仕方がありませんわね」

何がっかりしてるんだ?セシリアの奴…?


「それじゃあ、撮るよー。35×51÷24は~?」

「74.375」

「正解~♪」

すげぇ!?ミコトの奴速攻で答えた!?てか2じゃねぇのかよ!?写真撮るのに全然関係ねぇじゃねぇか!?

パシャッとデジカメのシャッターが切られる。…って、オイ。

「なんで全員入ってるんだ?」

シャッターが下りる前は確かに皆俺達から離れていた。これは確かだ。コンマ単位で移動したと言うのか?恐るべしIS学園の生徒達…。

「クラスの思い出になっていいじゃん!」

「ねー!」

そう言うのはいつものほほんさんと一緒に居る二人組。まぁ、別に俺は良いけどさ。ミコトも嬉しそうだし。

「薫子。写真。ちょうだい」

「任せときなさい!ちゃんとクラス全員の分用意しとくから!」

「…ん♪」

それを聞いてミコトは頬を染めて微笑む。その瞬間シャッターがまた切られた。

「貴重なミコトちゃんの笑顔シーン!GET!これは売れる!」

売るな!

「あ~!せんぱい。私の貴重なみこちーの寝顔写真あげるからそれちょうだい!」

なにしてんののほほんさん!?

「な、なんと!?勿論OKだよ!むふふ…これは新しい機材を買えるかも♪」

嗚呼…折角ミコトの笑顔で心が癒されたのに台無しの気分だ…。

新聞部の訪問の後もパーティは続いた。終了したのは何と10時過ぎ。この学園消灯時間とか規律が緩くないか?何はともあれ疲れた。まさか女子のパワーがあんなに凄いとは…。

パーティが終了したあと俺は重い身体を引き摺って部屋へと戻りベッドへ身体を沈める。

「ふぅ…」

疲れた。本当に疲れた。千冬姉に絞られたあとであのパーティはキツイなぁ…。

「今日は楽しかっただろ。良かったな」

「どこがだよ。疲れただけで楽しくなんかねぇよ」

「どうだかな」

何で箒はこう突っかかるんだ?ミコトといる時はそうでもないのに他の女子が来ると妙に機嫌が悪くなるし。

「……なぁ」

「何だ?」

「ミコトの奴。入学する前から此処に住んでるって言ってたよな?」

「…ああ」

「有り得るのか?そんなの事?」

「…此処は世界中から多くの生徒が集まっている。それだけ特殊な人物も集まる。そう言う事だろう」

「入学する前に学園に住む必要がある理由って?」

「知らん。私に聞くな」

確かに箒に聞いても分かる筈も無いよな。寧ろ箒だって気になってるだろうし。

考えても仕方ないか。寝よ寝よ!

「んじゃ、寝るとするか」

「な、なに?まだ十時過ぎではないか」

「疲れたんだよ。千冬姉に絞られた後にあのパーティだぞ?」

「む…ま、まぁ、そうだが…」

「分かったなら寝かしてくれ。おやすみ」

そう言うと俺は布団を被り瞼を閉じる。視界が闇で覆われると、かなり疲れていたのだろう意識はそのまま闇に呑まれて俺は眠りにつくのだった…。









――――Side ミコト・オリヴィア





「~♪」

私はイカロス・フテロに保存された映像を眺めながらごろごろとベットの上で転がる。

「みこちー嬉しそうだね」

「ん♪嬉しい」

ともだちと一緒に映った写真。私の宝物。

「そっかー。どんどん写真が増えるといいね?」

「ん♪」

私の思い出。いっぱい作る。クリスが迎えに来たらこれ見せる。楽しみ。

「むふ~♪」

クリス。どんな反応するかな?

きっと褒めてくれる。笑ってくれる。約束通りともだち作った。がんばったからきっと褒めてくれる。

「クリス。早くむかえに…くる…いい…な」

やって来る眠気が心地良い。このままその眠気に身を任せて私は眠りについた…。

「みこちー?…寝ちゃったかー」



「迎えに…か。ごめんね。みこちー…」














あとがき


本当は鈴の登場まで行きたかったけど区切りが良いので此処で終わり。

鈴の見せ場は学園祭だと思う。あのお尻と腋。そしてチャイナ服は胸を熱くするね!

…まぁ、私はオルコッ党ですが。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第八話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/10/03 17:20
「織斑くん、おはよー。ねぇ、転校生の噂聞いた?」

は?何だ突然?

朝。席に着くなりクラスメイトに聞き覚えの無い話題を訊ねられてきょとんとしてしまう。残念ながら俺の薄っぺらな情報網にそんな情報は存在しない。この数週間でクラスの女子達とも話せるようになってはいるが、相変わらず女子同士の会話やテンションについて行けない時もある。転校生の話を知らないのも噂話が好きな女子達の話について行けないからだろう。たぶん。

「転校生?今の時期に?」

何故に入学じゃなくて転入?まだ4月だぞ?

確か聞いた話では、このIS学園の転入の条件はかなり厳しかった筈だ。頭が良いってだけじゃまず無理。国の推薦が無ければできない様になっている。と言う事はつまり―――。

「転校生は代表候補生?」

「ピンポ~ン♪正解!中国の代表候補生なんだって!」

やっぱりか。国の推薦となれば十中八九代表候補生だろうとは思ってたけど。

「へぇ~」

代表候補生、ねぇ…。

ちらりと俺の机の横に立っている同じ代表候補生であるセシリアを見てみる。

「あら、わたくしの存在を今更ながら危ぶんでの転入かしら」

相変わらずの気品を漂わせて自信満々なその態度。一体その自信は何処からやってくるのだろう。最近、ミコトに振り回されて良いところ無しなのに…って、俺もそうか。

「入学早々、専用機持ち二人に勝負を申し込んで。片や手も足も出せず、片や素人同然の操縦者に負けた者の言う言葉では無いな」

ふっと鼻で笑う箒。

ちょっ、箒。そんな事言ったら―――。

「な ん で す っ て ぇ?」

セシリアが喰いつくって…ああホラ喰いついて来たじゃないか。

険悪なムードに突入しばちばちと火花を散らす箒とセシリア。箒もセシリアは無駄にプライドが高い事は知ってるんだからこうなるのは予想できた筈なのに何で喧嘩を売る様な事を言うのやら…。

それにしてどうしたんだ?箒の奴?いや、この場合はセシリアも含めてか。セシリアとの勝負からやけに二人とも喧嘩が絶えないけどさ。

「ぐぐぐぐ…っ」

「むむむむ…っ」

睨みあう二人。朝から元気だな本当。どうでもいいが俺の頭上で火花を散らし合うのはやめてくれ。

「はぁ…」

俺は深い溜息を吐いて頭を抱えて机に突っ伏する。もうこうなったら俺には止められないので嵐が去るのを待つだけだ。それに、俺が止めなくたってとっておきがどうにかしてくれる筈だ。ほら、とことこと歩いて二人の間に割り込んで来たぞ。

「喧嘩。いくない」

「「うっ…」」

な?

幾ら箒やセシリアであろうと。ミコトの仲裁には逆らえないのだ。ミコトの『みんな仲よし』の法則は絶対である。二人が喧嘩しればミコトが仲裁に入る。。それがもうこのクラスにとってお決まりになっているのだ。

とまあ、もう見慣れた日常的な光景は置いておくとしてだ。代表候補生かぁ…。

「どんなやつなんだろうな」

代表候補生って言うとどうしてもエリートってイメージが定着している所為でセシリアみたいなプライドの高い奴を想像してしまう。まぁ、プライドを持つ事は悪い事じゃないし、当の本人であるセシリアもあの勝負からはだんだん雰囲気が柔らかくなって人を見下す様な態度はしない様になったし、何だかんだ言って優秀だから色々教えてもらって助かっている。その転校生とやらもそうだといいんだけどな。何にせよ、別のクラスなんだからあまり関係ないか。

「む…気になるのか?」

「ん?ああ、そうだな」

今までの経験上からして専用機持ちはミコトやセシリアの様に個性豊かな連中ばかりだし、気にするなっていうのは無理だろう。それに、来月行われるクラス対抗戦の相手になるかもしれないとなると尚更だ。代表候補生と言うのならまず優秀なのは間違いない。

「ふん…」

どう言う訳か不機嫌になってしまった箒。はて、今の会話の何処に不機嫌になる要素があったのか…。気付けばセシリアも何やら不満そうな表情をしている。もう何が何やら…。

「今のお前に女子を気にしている余裕はあるのか?来月にはクラス対抗があると言うのに!」

「そうですわ一夏さん!一夏さんはこのクラスの代表なのですからしっかりして頂かないといけませんわ!」

「いや、だからだよ。敵を知り己を知れば百戦危うからずって言うだろ?」

情報を知っていればそれだけ有利になる訳だし。それに、俺は唯でさえ素人同然なんだからそう言うこまめな事で地道に実力の差を埋めしていかないといけない。

「でしたら、わたくしがご指導してさしあげますわ!わたくしに任せれば万事問題ありません!」

むんっと自信一杯に胸を張るセシリア。ううん。確かに経験を積むならセシリアに頼んだ方が良いのかもな。他の子に頼んでたら訓練機の申請と許可とか色々面倒そうだし…。

代表候補生でない一般生徒は専用機なんて物は勿論持っていないため、学園が所有している訓練機を使って日々鍛錬している。しかし、放課後などの自主練習で使用する場合。学園に申請書を提出し、許可を貰わなければならないのだ。そしてISは貴重で整備にも時間やお金が掛かるためそう簡単には下りない。それに、数が足りないため予約は常に一杯なのだ。

「まぁ、やるだけやってみるか」

「やるだけでは困ります!一夏さんには勝手いただきませんと!」

「そうだぞ。男たるものそのような弱気でどうする」

そう言われてもな。此処最近はISの基礎操縦で躓いていてとてもじゃないが自信に満ちた返答は出来ない。初めて白式に乗った時は凄く身体に馴染んだあの感覚。今ではその感覚がまったく無いのだ。本番に実力を発揮するタイプじゃないんだけどなぁ。俺は…。

「一夏。がんばる」

「…デザートのためにか?」

「ん」

俺の問いにミコトは負い目を感じる事無く素直に頷く。まったく。ミコトらしいと言えばらしいけどさ…。

「デザート。いっぱい」

「食べ過ぎると虫歯になるぞ?」

まるで親が子供に言い聞かせる台詞だ。ミコトの外見の所為で更にそう思えてしまうじゃないか。

「歯磨きする」

ダボダボな袖を探り歯磨きセットを取り出してずいっと俺の方に突き出しキラーンッと目を光らせる。一体その袖はどういう構造になってるんだ?

「それでも、だ」

正直、家の家事を全て任されている俺からしてみればミコトの食生活は感心できない。周りの女子は可愛いからと言ってお菓子をあげたりしているが此処は厳しくするべきだろう。

「むぅ…一夏。クリスみたい」

クリス…ミコトの保護者か。やっぱミコトは家でもお菓子ばっかり食べてたんだな。なら、保護者が居ない寮だと俺が見てやらないと好き勝手にバクバクお菓子を食べてしまいそうだ。ルームメイトがのほほんさんだし。

「お菓子ばっかり食べると身体に悪いぞ?それに太る」

『ぐっ…』

俺の指摘にミコトではなくクラスの女子が呻き声を上げる。

「うぅ~、おりむーはデリカシーがなさ過ぎるよ」

「事実だろ?」

へにゃ~とした顔で話にのほほんさんが加わって来るが容赦無しに現実を突き付ける。現実から目を逸らすなって。よくテレビでストレスの所為でお菓子をやけ食いとかやってるシーンを見るけど身体に悪いじゃないか。ああ言うのはイカン。見過ごせん。

「主夫かお前は…」

「良く分かったな。家では俺が家事担当だ」

「本当に主夫なのか…」

箒の呆れてものを言っていたその表情はすぐさま驚きへと変わる。何だ?何かおかしい事言ったか?しょうがないじゃないか。千冬姉に家事何か任せたら一週間もせずにゴミ屋敷だぞ?

「一夏さんの私生活にはとても興味はありますが。今はクラス対抗戦が優先ですわ!」

「ちゃっかり本音言ってるねー。セシリア」

「く、クラス代表として規律正しい私生活をちゃんと送っているか気になっただけですわっ!?」

クラス代表ってだけで私生活も制限されるのは流石に嫌なんだけど…。

「ま、まぁ幸いな事に専用機を持っているクラス代表はわたくし達一組と四組だけですからそんな深刻に考える事はありませんわ」

「噂じゃその候補生の専用機も未完成の状態らしいしね」

「………そうだねー」

「未完成?」

「このIS学園は絶好の試験場ですから。代表候補生の殆どが専用機が第三世代でデータを取るために此処に来ているんです。此処は世界各国からISが集まりますからね。そして、どの国も第三世代は未だ実験機の段階を出ていませんの。それだけ第三世代の開発は難しいのですわ」

「へぇ…」

「ですから、未完成の機体なんて脅威ではありませんわ。一夏さんが油断しなければ、ですけど。腐っても第三世代なので」

「き、肝に銘じます」

あ、危ない。絶対セシリアの忠告がなかったら油断してたぞ…。

「………」

「本音?」

「あ、ううん。なんでもないよー」

「…ともだち」

「分かってるよみこちー。本当になにかあったら相談するよ」

ん?何話してるんだ二人とも?

いつの間にかグループの輪から離れて何やら話しているミコトとのほほんさんが気になり俺は二人に声を掛けようと手を伸ばしたが、クラスの女子達が俺の前に立ち視界を遮ってしまう。

「ということで!頑張ってね!織斑くん!」

「相手が未完成の専用機や訓練機なら余裕だよ!」

「え?あ、ああ…」

二人の事が気に掛かったが、せっかく俺を応援してくれているクラスメイトを無視する事は出来ず伸ばした手を引っ込めて苦笑いでそれに応える。

「―――その情報、古いよ」

教室の入口の方から声が聞こえてくる。しかし、この声。何処かで聞き覚えが…。

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝出来ないから」

腕を組み、片膝を立ててドアにもたれ掛っていたのは―――。

え?まさか…。

聞いた事のあるその明るい声。そして特徴的な揺れるツインテール。そうだ。この声は。この声の主は俺の二人目の幼馴染…。

「鈴?……お前、鈴か?」

「そうよ。中国の代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」











第八話「おさななじみ」









「(ふっ、決まったわ……ん?)」

「…」

いつの間にか鈴の目の前にやって来ていたミコトは興味深そうにじーっと鈴を見上げていた。

「ひゃああああああああ!?出たああああああああああっ!?」

「?」

何やら良く分からないが折角かっこ良く登場したのにひょこりと顔を覗かして見上げてくるミコトに驚いて悲鳴をあげて今の登場を台無しする鈴。そして、千冬姉に見間違われたミコトは首を傾げていた。

「なっなななななっ!?千冬さんっ!?何で小さくなってるの!?てか白っ!?」

凄いテンパリっぷりだな。鈴が千冬姉が苦手なのは知ってるけど驚き過ぎだろ。まぁ、さっきの気取った鈴より今の鈴の方が鈴らしけどな。

「落ち着け鈴。目の前に居るのは千冬姉じゃないぞ」

「………へ?」

「ん。千冬じゃない」

「ば、馬鹿言わないでよ!あたしが恐怖する相手なんて千冬さんぐらいしか「ほう。良い度胸だな、凰」……」

はい終了。短い付き合いだったな。鈴。

ドッと汗を浮かべる鈴。もうあいつも気付いているだろう。今の声の主に。でなければあんな青い顔して後ろを振り向こうとしない訳がない。

「SHRが始まると言うのに自分の教室に戻らないうえ、教師の悪口か…覚悟は出来ているな?」

「こ、ここここ!これには訳が…っ」

パァンッ!如何にか弁解を試みようとする鈴だが千冬姉がそんなに優しい訳がない。問答無用で出席簿が鈴の頭に振り下ろされた。

「SHRの時間だ。教室に戻れ」

「痛~っ…ま、また後で来るからね!逃げないでよ、一夏!」

何で俺が逃げるんだよ。

「さっさと戻れ」

「は、はいっ!」

ぴんと背筋を伸ばして返事をすると、そのまま振り向いて自分のクラスである2組へ猛ダッシュで逃げて行く。

「鈴の奴。ISの操縦者になってたのか。初めて知った」

二年前はそういう風には見えなかったけどな。と言う事は転校した後に?どちらにしてもエリートってイメージじゃないよな鈴は。

頭の中でセシリアな鈴を想像してみる…止めよう。明らかに不自然すぎる。『おーほっほっほ!』とか腰に手を当てて高笑いしている鈴を思い浮かべた瞬間鳥肌がたったぞ。

「…一夏、今のは誰だ?知り合いか?えらく親しそうだったな?」

「い、一夏さん!?あの子とはどういう関係で―――」

パァンパァンッ!

「席に着け、馬鹿ども」

「「はい…」」

お前等もいい加減懲りないよな。人の事言えないけどさ…。







「コア・ネットワークとはISのコアに内蔵されているデータ通信ネットワークのことだ。ISが宇宙空間での活動を想定して開発されたのは以前にも説明したな?広大な宇宙間での相互位置確認・情報共有のために開発されたシステム。それがコア・ネットワークだ。現在は宇宙進出への開発は停滞しているが軍事的にもこのシステムは有用であり操縦者同士の会話として使用されているオープン・チャンネルとプライベート・チャンネルは操縦者同士の連携に欠かせないものとなっている。無論、IS同士で無くても通常の通信は可能だ」

『実践』

「うおっ!?」

授業中、突然頭の中でミコトの声が響いて素っ頓狂な声を出してしまった。

「…何だ織斑?」

「い、いえ。何でもありません」

「なら黙って授業を受けろ、馬鹿者」

「す、すいません…」

クスクスとクラスメイト達に笑われ、その恥ずかしさに顔を伏せる。しかし何だ今のは?誰もミコトの声には気付いてないみたいだったけど…。

『ごめん』

ま、またか!?

再び聞こえてくるミコトの声。幻聴じゃない。周りの皆は聞こえて無いみたいだが確かに俺には聞こえる。一体何なんだこの声は?

『コア・ネットワークのプライベート・チャンネルやってみた。ん。初めてだけどうまくいった』

コア・ネットワークっていま千冬姉が言ってた奴か?実践て…急にやるなよ。しかも授業中に。

『一夏もやってみる。一人じゃつまらない』

ってもなぁ。やり方分からないし…。

『話したい人を思って伝えたい言葉をイメージする』

またイメージか。ISってそういうのばっかりだな。伝いえたい人物を思って言葉をイメージ。イメージ…。

『………こうか?』

『ん。聞こえる』

どうやら上手くいったみたいだ。

『で?なんだよ突然こんなことして。何か用事か?』

『あの子の事』

『あの子?』

『凰鈴音』

『ああ、鈴の事か』

何だよ。ミコトもか。まぁ、ミコトは唯の好奇心からだと思うけどさ。

『鈴は幼馴染なんだよ。箒が引っ越してからからな。知り合ったのは』

『おさななじみ?』

『知らないのか?』

『ん。知識にはある』

知識にはある、か。これまた妙な言い方だな。知ってるのとは違う。でも知らない訳じゃない。一体ミコトは今までどう言う教育を受けて来たんだろう。友達と言う言葉は知っているのにそれがどう言う物なのか理解していなかった。人間誰も生きていれば知っていて当然の言葉なのに、だ。

『私も一夏の幼馴染になれる?』

『こればかりはなぁ。子供の頃から知り合ってないと…』

『むぅ…』

明らかに不満そうな声。しかしこればかりはどうしようもない。タイムマシーンでも使わない限りは幼馴染なんて今更なれません。

『そんなにむくれるなって。幼馴染じゃなくても俺とミコトは友達だろ?』

『…ん』

『なら、それでいいじゃないか』

『…ん』

まだ不満そうだが納得はしてくれた様子。

『話は終わりか?』

『ん。まだ。あのね…』







「お花見?」

「ああ、ミコトが突然やりたいって言い出してな」

「ん」

あの後、ミコトが口にしたのは『お花見がしたい』と言う突拍子の無いものだった。何故したいかと理由訊ねれば『テレビで見て楽しそうだったから』とこれまた好奇心満載なミコトらしい理由だ。

「何時の間にそんな話をしたんだお前達は…」

こらこらジト目で睨んで来るな。

「お花見ですか。桜は今週いっぱいで見納めでしょうからやるなら今週中ですわね」

既に四月の中旬、校庭の桜からは緑の葉が覗かせて花弁は散り始めていた。セシリアの言う通りこのままいけば来週には桜は完全に散ってしまうだろう。それに確か明後日は…。

「天気予報では確か、明後日から雨だった筈だが…」

そう、明後日から数日続けて雨が降ると天気予報で言っていたのを覚えている。雨なんて降ったら桜の花なんて一日で散ってしまうだろう。そうなってしまえば花見はもう来年までお預けだ。

「う~…」

ミコトはどうしても我慢出来ない様子。とても来年までなんて待ってくれそうにないぞれは。

「ならさ!今日のお昼休みを使ってお花見しようよー!食堂のおばちゃんに頼んでお弁当作って貰ってさ!」

「だね!たぶん事前に頼んでおけば作ってくれると思うよ?」

「中庭ならベンチとかもあるし場所にも困らないし!」

話に加わってそう提案してきたのは、のほほんさんといつも彼女と一緒に居る二人組確か名前は谷本さんと夜竹さんだっけか。何も言ってないのに参加する気まんまんだ。しかし昼休みか。時間は少し短い気がするけどなんとかなるか?

「私があとで梅さんにお弁当お願いする」

「梅さん?」

「食堂のおばちゃんの名前だよおりむー。みこちーは食堂のおばちゃん達の人気者だから」

なる程、確かにミコトは見た目幼いからおばちゃん達には人気がありそうだ。それに俺達より早く学園に住んでる訳だしおばちゃん達とも付き合いは長いだろう。なら、此処はミコトに頼んだ方が得策か?

「うし!頼んだぞミコト!」

「ん。たくさん用意して貰う」

「ほ、ほどほどで良いぞ?」

沢山用意されて残してしまうなんて事になったら、我儘言ったのに作ってくれたおばちゃん達に失礼だからな。

しかし何故だろう。何か忘れている気がする。こう、何かが記憶の端に引っ掛かっている様な感覚が…。う~ん…思い出せない。まぁ、良いか。思い出せないって事はどうでも良い内容って事だからな!

そんなこんなで急に決まったお花見。相変わらずのミコトに振りまわされての事だったが俺は何処か花見が楽しみで心が躍っていた。最近は特訓やら決闘やらで心が休まる時が無かったからこういう風な純粋に友達と楽しむイベントは嬉しく思う。クラス代表の件のパーティーは楽しめる物じゃ無かったからな。

こうして、時間は過ぎて行き…。









お待ちかねの昼休みとなった。

「待ちに待った!」

「昼休憩!」

「だよー!」

三人組の無駄に元気な声を合図に授業で静まり返っていた教室が見間違えるほどに騒がしくなる。やる事は人それぞれで、ある生徒は我先にと食堂へと向かい、ある生徒は友達と雑談を楽しんでいた。

「んじゃ、食堂に行って弁当貰いに行くか」

「ん。梅さんおいしいの作ってくれるって」

「そりゃ楽しみだ」

お世辞でも嘘でも無い。此処の食堂の飯はどれも美味しいからな。期待して良いし本当に楽しみだ。

「本来、花見と言うのは場所取りから始まるものだが…」

「その心配は要らないだろ。花見をしようなんてもの好きは俺たちくらいなもんだって」

「確かにそうだな」

箒が心配する理由も分かる。場所取りの激闘は尋常じゃないからな。絶好のスポットは前日から場所取りしないといけないし。でも学園内ならその心配な無用だ。長くない昼休憩を使って花見をしようなんていう連中もそうそう居ないだろう。放課後とかならともかく。

―――っと、時間は限られているんだ。何時までも此処でのんびりしちゃいられない。食堂に行って弁当を貰いに行くか。

休み時間は30分程度しか無い。早く中庭に向かわなくては…。

「お花見なんて初めてですわね」

食堂へと向かう途中、ふとセシリアがそんな事を呟く。

「セシリアの国じゃそういう習慣は無いのか?」

「どうなのでしょう?少なくともわたくしはした事はありませんわね」

「そうかーセシリアは友達居ないから…」

「しっ!本音。そう言うのは口にしちゃダメだよ…」

「そう言う意味じゃありませんわよ!そんな哀れむ様な目で見るのはやめて頂けませんっ!?」

何やってるんだコイツ等は。花見の話は何処行った。

いつの間にか花見の話題が何処かへ行ってしまいぎゃーぎゃーと騒ぎ出すセシリアと三人組を見て呆れる俺と箒は、騒いでいる連中を放置してミコトの手を引きさっさと食堂へとむかう。

食堂に着いてみればそこは相変わらずの混みよう。出遅れたとはいえ4時間目が終わって数分しかやってないと言うのにこの混み具合だ。恐るべき食堂の席争奪戦。だが今日は食券の販売機に並ぶ事も席を探す必要も無い。そう俺は一人心の中で優越感に浸っていると…。

「待ってたわよ、一夏!」

どーん、と俺達の前に鈴がラーメンの乗ったトレーを持って立ち塞がって来た。ああそうだ。何か忘れてたと思ったら鈴の事だったのか。しかし鈴よ。逃げるなと言っておいて教室に来ず先に食堂に待ち伏せするのはこれいかに。

しかも随分待っていたのだろう。トレーのラーメンは既にのびておりとても美味しく頂ける状態ではなかった。それを見て申し訳ない気持ちにもなったが…まぁ、ラーメン好きの鈴ならそれでも美味しいと言って食べるだろう。しかし問題はそこじゃない。俺が本当に申し訳なく思うのは別にある。

「あー…もしかして一緒に食べようと思って待っててくれたのか?」

「そ、そうよ!感謝しなさいよね!」

あちゃー、やっぱりかぁ…。

何とタイミングが悪い事か。もう既に弁当まで用意して貰っているのだから今更花見を中止する事は出来ない。ラーメンがのびるまで待っててくれた鈴には悪いけど此処はお引き取り願おう。

「悪い。俺達今日は外で桜を見ながら食べる予定なんだ」

「……………は?」

俺の言葉に間抜けな声を出して立ち尽くす鈴。

「予め言ってくれれば誘ったんだけどな。すまん」

「あ、あの…ちょっと…え?」

「じゃ、また今度一緒に食べような」

「ちょっ!ちょっと待ちなさいよ!」

「な、なんだよ?」

詫びを入れて立ち去ろうとすると、また鈴に呼び止められる。

「あたしも一緒に花見する!」

「いや、お前ラーメ「持って行くから良いの!」…おまえ」

花見でラーメンって初めて聞いたぞ。お前どれだけラーメンが好きなんだよ?

「おばちゃん!器外に持っていっていーよね!?」

「はいよ。割らない様に気を付けるんだよ?」

カウンターのおばちゃんが快い了承を得て鈴が「これで文句ある?」と勝ち誇った様にふんっと鼻息を荒げる。俺は別に構わないけど他のメンバーが…。

チラリと箒とセシリアを見る。

「「………」」

…すっごく不機嫌オーラを放ってるんですが?それでもお前は参加させろと言うのか?

さて、どうしたものか。ミコトはお弁当を貰いに行ってるし、のほほんさん達も皆の分のジュースを買いに行って此処に居ない。つまり決断するのは俺って事になる訳だが…。

どちらを選んでも良い結果が見えないのは何故だ!?

「梅さん。お弁当」

「ああミコトちゃんかい!はい。落とすんじゃないよ?」

「ん」

ミコトの身長の3分の1程の大きさの重箱をおばちゃんから受取ると、ミコトが危なっかしい足取りであっちへよろよろ、こっちへよろよろとしながら此方へとやって来る。

「一夏。お弁当もらってきた」

「げっ…」

良いのか悪いのか分からないタイミングで、気まずい雰囲気を漂わせるこの輪にミコトが加わると、ミコトの姿を見た鈴は明らかに嫌そうな声を漏らした。外見は千冬姉の瓜二つだからどうしても苦手意識が働くんだろうな。

「お、おう。だいじょうぶか?弁当代わりに持つぞ?」

弁当を代わりに持とうかと訊ねるがミコトは首を左右に振り拒絶する。

「私のわがまま。私が持つ」

「そうか。落とさない様に気を付けるんだぞ?」

「梅さんにも同じ事言われた」

うん。それはしょうがないと思う。傍から見れば凄く危なっかしい。とりあえず落っことしそうになったら何時でも反応できるように傍らで待機しておく様にしよう。

「…どうしたの?」

気まずい雰囲気に気付いたのかそうミコトが俺に訊ねてくる。

「えっとな…鈴が花見に参加したいって言い出してな」

「参加すればいい」

「えっ、良いのか?」

「みんなで食べた方がごはんおいしい」

そう言ってくれると本当に助かる。断る理由も無いし、断らなかったら断らなかったで箒達が何だか怒りそうだから困ってたんだ。ミコトの言う事なら二人も納得してくれるだろう。

「…まぁ、ミコトが言うのなら仕方がない」

「提案者はミコトさんですからね…」

はぁ…良かった…。

何とか最悪の事態は回避できたようだ。ミコト様さまである。

「ジュース買ってきたよー…って、あれれ?何で2組の子がいるのー?」

遅れて戻って来たのほほんさん達は、知らぬ間に増えていた花見メンバーに目を丸くすると、俺に訊ねてくる。

「鈴も花見に参加したいんだってさ」

「そうなんだー」

「私は別に構わないよ?寧ろ、そっちの方が面白そうだし」

「うんうん!それに色々聞きたい事あったし!」

何か気に掛かる部分もあるがのほほんさん達も快く了承してくれたようだ。これで満場一致と言う訳だ。一部不満はありそうだけどな。

予定外の事もあったが何ら問題無く準備は整い中庭へと移動。桜の木の傍にあるベンチを陣取りさあいよいよお花見の開始だ。







「しかし、相変わらずラーメン好きだな鈴は」

「何よ?文句ある?」

「いや別にないけどさ」

鈴と遊びにいく時は絶対と言って良い程に飯はラーメンと決まっていた。だから今更どうこう言うつもりはないし好き嫌いは人それぞれだと俺は思う。しかし花見にラーメンと言うのは少しシュールだぞ?しかももう汁ないじゃないかそれ。それをおいしそうに喰うお前はすげぇよ…。

「それにしても鈴が代表候補生かぁ…ははっ!全然想像出来ねぇ!」

「むっ!それどう言う意味よ!?」

だって鈴はエリートってイメージじゃないし…ってこれは言わない方が良いか。

「悪い悪い。それにしてもいつ日本に帰って来たんだ?おばさんは元気か?」

「うん。まあ、ね…」

…ん?何だ?

おばさんの事を訪ねた時に鈴の表情が一瞬暗くなった様な気がしたが今は笑っている。見間違いだろうか?

「それより!アンタこそなにISなんか使っちゃってるのよ。テレビ見たときビックリしたじゃない」

ああ~…鈴も見たのかニュース。まぁ代表候補生なら嫌でも耳にするだろうなぁ。セシリアだって入学前から俺の事知ってたみたいだし、他の生徒だってそうだ。俺は全然嬉しくないけど…。

「流れに流されこの状況だよ。好きでテレビに出るか」

「いやー。アンタの間抜けな顔をニュースで見て爆笑したわよ。何、あの状況に着いて行けなくて戸惑ってる情けない顔!あはははっ!思い出しただけで笑えてきた!」

「んなっ!?酷過ぎだろそれっ!?」

こっちは必死でそれどころじゃなかったんだぞ?俺の意思に関係無く周りが盛り上がって、毎日家に押し掛けられてマスコミとか大っ嫌いになったわ!

「ふふん。さっきのお返しよ」

「ったく…」

鼻で笑われ何も言い返す事が出来ず俺は肩を落とす。男が女に口で勝てる訳ない。

「一夏。そろそろどう言う関係か説明して欲しいのだが」

「そうですわ!一夏さん、まさかこちらの方と付き合っていらっしゃるの!?」

疎開感を感じてか、箒とセシリアが多少刺のある声でそう訊ねてくる。他の三人組もそれが気になってたらしく目を輝かせて耳を大きくしていた。

「べ、べべ、別に付き合ってる訳じゃ…」

「おさななじみ」

「へっ!?」

黙々とお団子を頬張ってたミコトがぽつりと呟く。

「幼馴染…?」

「ん」

怪訝そうに聞き返す箒にミコトは頷くと、もう一本とお団子に手を伸ばす。ミコトは花より団子か…。

「ああ、幼馴染みだよ。箒が引っ越したのが小四の終わりだったろ?鈴が転校してきたのは小五の頭だよ。丁度入れ替わる様な感じだから箒は面識ないよな…って、何で不機嫌そうなんだ?鈴」

「別に不機嫌じゃないわよ!」

いやいや、見るからに私は不機嫌ですってオーラを醸し出してるぞ?

「じゃあ紹介した方が良いよな。こいつは箒。話した事があるだろ?小学校からの幼馴染で、俺が通ってた剣術道場の娘」

「へぇ~アンタがそうなんだ…」

鈴はじろじろと箒を見る。箒は箒で負けじと鈴を見返していた。

「初めまして。これからよろしくね」

「ああ。こちらこそ」

そう言って挨拶を交わす二人の間にはバチバチと火花が散っていた。何だこの近づき難い二人を中心にしたこの空間は。しかし、何処の世にも空気を読めない馬鹿は居るものだ。

「ンンンッ!わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん?」

何故あの場面で混ざろうなんて考えられるのだろう?俺には到底理解出来ない。

「…誰?」

「なっ!?わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!?まさかご存じないの?」

あれ?なんかデジャヴ…。

「ごめん。あたしそう言うの興味ないから。特に他の国の事とかどうでも良いし」

「な、な、なっ……」

鈴の言葉に、言葉を詰まらせるセシリア。明らかに怒ってる。口にはしていないが顔を赤くして凄く怒ってる。鈴は別にセシリアを怒らせようとも馬鹿にしようとしている訳じゃない。唯、本気で興味がないのだ。

「興味と言えば喰う事ばかりで放置してたけど…ねぇ、アンタ誰?」

「もご?」

急に話を振られて餡子を口の周りにくっ付けて、もごもごとながら顔を上げるミコト。

「口を拭きなさいよ…って、そんな事どうでも良いわ。アンタ、何者?何で千冬さんにそっくりなの?」

「っ!」

「貴女!」

「おい鈴!」

「だって気になるでしょ?」

確かにそうだけど…。

確かに気になる。でも聞いてはいけない気がして誰も聞けずにいたんだ。それなのに…。

「ごくん…ミコト」

「ミコト?」

「ミコト・オリヴィア」

「いや、名前を聞きたいんじゃなくて」

「私は私。他の誰でも無い。私がそう願い続ける限り。私は私であり続ける」

「…それが答え?」

「ん」

鈴はじっとミコトを睨みつけ、そしてミコトも動じることなく無表情のままその視線を受け止める。

「…そっ、なら良いわ」

威圧するのを止めてメンマを口の中へポイっと放り込む。

「鈴?」

「気になる事は多々あるけど…少なくともこいつは千冬さんじゃないって事は分かったわ。こんな口の周りを餡子でべったりにしている千冬さんなんて想像出来ないし」

…確かに。

だらしないところは共通しているが、千冬姉もこんなにだらしなくは無い。そして何より鈴の言う通り想像も出来ない。

「またこんなに汚して…ミコトさん。じっとしててくださいね」

「ん~」

「流石はみこちーの世話係。手慣れてるねー」

「嫌な役割ですわ…。というか、勝手に決めないでくださいな」

そう言いながらもセシリアはテキパキとミコトの口の周りを綺麗にしていく。しかし本当に手慣れてるな。まるで本当の親子みたいだったぞ。

「でも本当に似てるわね。背格好はまったく違うけど…」

「むに~…」

ふにふにとミコトの頬をつっつく鈴に対しミコトは少し嫌そうに眉を八の字にする。

「やめなさいな。ミコトさんが嫌がっているでしょう?」

「むぐっ」

がばっとミコトを守る様に抱きかかえて鈴から奪い取るセシリアに鈴はちぇーと口を尖らせる。

「別に良いじゃない。可愛いし」

「訳が分かりませんわ!」

「アンタ頭固いわねー。禿げるわよ?」

「なっ!?」

今確信した。セシリアと鈴は相性が悪いって事に。二人は性格が正反対すぎる。だから口を開けば必ずと言って良い程に喧嘩に発展してしまうのだろう。

「あーやめやめ!折角お花見してるのに喧嘩するなって!」

再び険悪なムードに…と言うかセシリアの一方的な物だったが、それでもこの場の空気を悪くしそうだったので俺は二人の間に割って入る。こう言う時に頼りになるミコトはセシリアの胸の中でむーむーもがいているので今はあてにできない。少しミコトが羨ましいとか思ってないんだからな?

「一夏。何処を見ている?」

何故ばれた!?

じとりと睨んで来る箒にあははは…っと額に汗を流しながら笑って誤魔化して視線を逸らす。
仕方ないだろ?俺だって健全な男の子なんだから…。

「あたしは別に喧嘩なんてするつもりないけど」

そりゃお前はそうだろうよ。悪気もなく無意識で言ってるんだろうからな。

「あとどうでも良いけどさ。そのちびっ子…放っておいていいの?」

「ん?…うわっ!?セシリア!ミコトがヤバイ!」

鈴が指差した方を見ると、セシリアの胸に埋まって力無く手をプランプランさせているミコトの姿があった。

「はい?きゃあああ!?ミコトさん!?大丈夫ですの!?」

「いいから放せ!ミコト!だいじょうぶかミコト!?」

「わー!?みこちー!?」

「何やってんだか…」







あれからミコトは数分後に復活し、今は何事も無かったかのように黙々とお団子を食べる作業を再開している。

そんなミコトを横目に俺達も花見を楽しんでいると、突然鈴がこんな事を言い出した。

「そういえばアンタ、クラス代表なんだって?」

「成り行きでな」

「ふーん…」

鈴は食後のデザートに団子を一つかぶりつく。他の皆の既にお昼を済ませてデザートであるお団子を楽しんでいるが俺はミコトのおはぎ早食いを見て胸焼けして食べる気が起きない。

朝にあれだけお菓子を食い過ぎるなって言ったのに。まったく…。

「な、なら。あたしが操縦見てあげよっか?」

「そりゃ助か―――」

「一夏に教えるのは私の役目だ!頼まれたのは、私だ!」

「貴女は二組でしょう!?敵の施しは受けませんわ!」

―――る。と言い終わる前に箒とセシリアがガタンッと音を立てて急に立ちあがりそれを遮る。急に立ち上がるもんだから重箱に入った団子が衝撃で宙に浮き…。

「あむ」

「あ~ん♪」

ミコトとのほほんさんの口の中に収まった。何この芸当。すごい。

二人の芸に感心するが箒達はそんなの気にも止めずバチバチと火花を散らしていた。それほどまでにクラス対抗に燃えてるのか。俺もクラス代表として見習わないとな。

「あたしは一夏に言ってんの。関係無い人は引っ込んでてよ」

「か、関係ならあるぞ。私は一夏にどうしてもと頼まれているのだ」

どうしてもとまで言っただろうか…?

「一組の代表ですから、一組の人間が教えるのは当然ですわ!貴女こそ、あとから出て来て何を図々しい事―――」

「あとからじゃないけどね。あたしの方が付き合いは長いんだし」

「だ、だったら私の方が先だ!」

「一緒に教えればいい」

「「「…えっ?」」」

「もぐもぐ…」

ぽつりと呟かれたその言葉に一斉に視線がその声の発生源に集まると、発生源の主は自分に向けられている視線など気にする事も無く黙々とお団子を食べ続ける。しかし、このお団子を食べる少女の何気ない一言が俺の運命を決めたのはこの時俺は気付かなかった。そして俺は後に後悔する事になる。この時はっきり鈴の提案を…いや、ちゃんと誰に教えてもらうか決めていればあんな事にはならなかっただろうと…。







「一夏!何この程度でへたっている!立てっ!」

「一夏さん!そこはそうでは無く身体を傾けさせながら後退と何度―――」

「今のは一気に攻める場面でしょうが!何距離を開かせてんのっ!?」

「ちょっ、そんないっぺんに言われても…って!?ぎゃあああああああああああっ!?」

流れに身を任せているとこうなると、改めて思い知った夕焼けの放課後だったとさ…。













あとがき

命を、燃やせええええええええええええええ!(挨拶

正直、鈴とミコトは絡ませ難いです。いやホント。今後何かイベントを考えなくては…。

まだ七巻購入してないのに四組の候補生のネタだしちゃったよ。どうするよオイ…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第九話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/04/23 02:46



「では、今日はこのあたりでおわる事にしましょう」

「お、おう…」

ぜぇぜぇと息をを切らして大の字になって倒れている俺に対して、セシリアは汗一つ掻かずにけろりとした表情で俺を見下ろしてそう告げる。流石は代表候補生…っと言うとでも思ったか!3対1とか苛め以外何でもないだろうがっ!

ミコトの一言が原因で行われる事となった特訓と言う名の地獄。3対1での模擬戦闘。しかもその内二人は代表候補生。これを苛めと言わずして何と言うのだろう。

「ふん。鍛えてないからそうなるのだ」

「同じく。アンタもっとしっかりしなさいよ」

「ふぅ…まったくですわね。これでは先が思いやられますわ」

蔑む様に見下してくる箒とニヤニヤ笑っている鈴、そして呆れたように溜息を吐くセシリアに寄ってたかってフルボッコにした奴が何を言うかと言ってやりたい。が、今の俺には立つ気力さえ残っていない。しばらくはこうして空でも眺めていよう…。

「どうした?さっさとピットに戻るぞ」

「俺はもう少しこうしてるよ」

ISの補助がある状態でこれだ。今、展開解除すれば恐らくその瞬間に身体に掛かる疲労で倒れてしまうだろう。しばらくこうして居た方が自分の身のためだ。

「その…大丈夫か?」

流石にやり過ぎたと分かったのか、箒が気まずそうに訊ねてくる。その気遣いをもっと早くしてれたら…。

「少し休憩すれば大丈夫だ。先に戻っててくれ」

男としてのプライドか少し見栄を張ってみる。正直大丈夫じゃないが模擬戦では良いとこ無しだったのでこれ位の見栄を張らないと男としての立場が無い。

「む、そうか…」

「では、お先に失礼しますわ」

そう一言言い残していくと、箒とセシリアはピットへと戻っていった。戻る途中、箒が此方をちらちらと心配そうに振り向いて来るのでとりあえず笑って心配するなと手をひらひらさせる。そんなに心配するなら最初からあんな事しなきゃいいのにな…。

しかし、他の二人は行ってしまったというのに何故か未だピットに戻ろうとしない鈴。どうしたのかと不思議に思い鈴と、鈴の専用機である『甲龍』を見上げる。セシリアの専用機であるブルー・ティアーズ同様。第三世代のIS。ブルー・ティアーズとは違って俺と同じ接近戦特化の機体らしい。まぁ、クラス対抗で戦うからまだ隠し玉があるんだろうけど。

「ふふっ、強がっちゃって。アンタらしいわ」

しゃがんで俺の顔を覗きこむと、面白そうにつんつんと俺の頬をつついてくる。止めろ擽ったい。

「分かってるなら気を利かして戻ってくれればいいのによ」

「馬鹿。立てないアンタを放って置ける訳無いでしょうが。途中で倒れられたら目覚めが悪いじゃない」

「…いや、その言い方はまるで俺が死ぬみたいに聞こえるぞ?」

「あははは♪」

「いや笑い事じゃないって!?」

「んまぁ、本当にヤバくなったらISが独自で判断して機能停止するでしょ」

「なんだ。脅かすなよ…」

「基礎知識でしょうが」

ぺしんと叩かれる。面目無い。知りませんでした…。

「「………」」

俺と鈴は無言で日が落ちて暗くなり始めている空を見上げる。特訓で火照った身体に冷たい風が心地良い。こうしてると、剣道に明け暮れていた子供の頃を思い出すなぁ…。

あの頃は俺の方が強かったのに、今じゃ箒の方が格段に上だもんな。はははっ…。

「…ねぇ、一つ聞いて良い?」

「ん?」

先程までのあっけらかんとした軽い雰囲気とは違い、急に鈴は真剣な表情へと変貌する。その表情は感情があまり感じられず、鈴と数年間一緒に遊んで過ごした中で一度も見た事の無い俺の知らない表情で、冷たくて、まるで仮面を被っている様だった…。

「お昼ではあれ以上空気を悪くしたくなかったから聞かなかったけどさ。本当にあのチビっ子の事千冬さんから何も聞いてないの?」

チビっ子…ミコトの事か。

「またその話か。いい加減にしてくれよ」

気分の良いものではない。友達の事を疑われるのも疑うのも。そして、その疑っている人物が友達なら尚更だ。

「偶然とは思えないのよ。アンタの居る、しかも千冬さんが担当するクラスに千冬さんにそっくりなアイツが居る。しかも此処はIS学園…」

「…」

「アタシも一応軍に所属してるからさ。機密に触れないにしても世界各国の噂を耳にしたりする訳。その中には正直胸糞悪い話もあるわ。非合法な実体実験とかね」

だからなんだって言うんだ。それがミコトに何の関係がある?止めてくれ。これ以上は…。

唯でさえ疲れているんだ。疲れの所為で苛立ちやすい。久しぶりに再会した幼馴染を怒って怒鳴りたくなんてないんだ。だから、それ以上はやめてくれ。

「もしかしたら―――」

「鈴」

「…何?」

「怒るぞ」

「…………分かった。もう言わない」

怒気の籠ったその声に、鈴は口を閉ざしそれ以上は何も言わなくなる。俺も鈴に目を合わせない。唯、空を見上げるだけだ。アイツが、ミコトが大好きなこの空を…。

気にならないと言えば嘘になる。千冬姉と個人でも関係を持っているミコト。何か俺達に言えない秘密があるのは確かなのだろう。でも…。

―――…ともだち。

ふと、ミコトの顔が思い浮かんだ。頭が良いのに何も知らないミコト。何を考えてるか分からないけど、突然の行動に驚かされる事もあるけど、アイツは自分らしく生きてるだけなんだ。何者にも縛られず、ありのままの自分で…。

関係無い。関係無いんだよ。鈴。

ミコトは俺の、俺達の友達なんだ。知らない事は沢山あるかもしれないけど、そんなの関係無い。友達だって事だけで十分なんだ。

「ミコトと話してみろよ。鈴」

「え?」

話せば分かる。ミコトは千冬姉じゃないって。それに、きっと話せばお前も―――。

「友達になれるからさ。きっと…」

「友達、か…正直苦手なのよね。あの子」

「千冬姉にそっくりだからか?」

鈴は本当に千冬姉が苦手だからな。どうしてかは知らんが。

「それもあるけど…まぁ、可愛いっちゃ可愛いけど?こう、苛めたくなるって言うか抱きしめたくなると言うか」

何かを引っ張る様なジェスチャーを見せる鈴。おいおい…。またセシリアと喧嘩するつもりか?

何だかんだ言ってセシリアはミコトにたいして過保護だ。口では自分は保護者じゃないとか、あまり面倒掛けるなとか言ってるけど常にミコトを気に留めてる様だしあまりミコトにちょっかい出すのはおすすめしない。それに、先輩や職員にもファンが居るみたいだし…。

「まっ、一夏がそう言うんだったら今度ゆっくり話してみるわ」

「おう」

「あの柔らかいほっぺがどれだけ伸びるか実験しちゃる」

「それはやめとけ…」

セシリアどころか箒も激怒するぞ?いやマジで…。

「そう言えば、肝心のそのちびっ子は何処に行ったの?」

「ああ、ミコトならきっと…」











第九話「ミコトの放課後」











――――Side ミコト・オリヴィア






「最近、体調は悪くなったりしてないか?」

「ん」

私が居るのは職員室。コーヒーの臭いでいっぱいであまり好きじゃない。私の目の前で椅子座っている千冬の机はいつも紙や本でごちゃごちゃしてる。忙しいのは分かるけど整理すべき。

「そうか。体調に悪くなったら直ぐに私か山田君に言うんだぞ?」

「ん」

千冬は怖いけど私を見ててくれる。もしかしたら真耶より私を見ててくれてるかもしれない。だから怖いけど好き。でも少しは優しくしてくれたら嬉しい。真耶や他の先生は優しくしてくれるのに…。

「…学校は楽しいか?」

「うん」

学校、楽しい。色んな人と話せる。自由に外に出られる。ともだちがいる。一夏が居る。箒が居る。本音が居る。セシリアが居る。だから、楽しい。

「そうか」

千冬が笑った。千冬はたまにしか笑わないけど、笑う時はいつも優しく見える。

「一夏と友達になったんだってな?」

「ん。一夏、箒、本音、セシリア。ともだち」

「良かったな」

「ん。クリスに自慢する」

クリス、驚く。えへへ、楽しみ…。

「………」

「千冬?」

何だか怒ってる?ううん。違う。悲しそう…。

「…織斑先生だ。今は放課後だが此処は職員室だ。先生と呼べ」

「ん」

「はい、だ。まったく…」

どしりと椅子に身体を預ける千冬。何だか疲れてるみたいだけど大丈夫かな?心配…。

「今日はもう良いぞ。また来週体調の報告に来るように」

「ん。おやすみ」

「ああ、おやすみ」

おやすみの挨拶をして私は職員室を出る。これからどうしよう?用事は終わったけどまだ夕食まで時間はある。お散歩しようかな?

ん…。何処行こうかな?一夏は箒達と特訓するって言ってた。邪魔しちゃいけない。んー…。

お空を眺めるのも良いけど…。

いつもならお空を眺めてる。でも、今日は誰かとお話したい気分。どうしようかな…。

「ん。決めた」

行先を決めると、くるりと方向転換して階段を昇る。本音に会いに行こう。たぶん生徒会室でお菓子食べてる。

「お菓子♪お菓子♪お菓…ぁ」

―――お菓子ばかり食べてちゃダメだぞ?

一夏が言ってた事を思い出してぴたりと足を止めて考える。どうしよう?お菓子駄目って言われた。お昼もいっぱいお団子食べちゃった…。

「……本音に会いに行くだけにする」

「あ♪ミコトちゃん!部活でクッキー焼いたんだけど、食べる?」

「ぅ…今日はいい」

決心したその直前に誘惑がやって来た。クッキーの良い匂い。とても美味しそう…。でも、だめ。

「そっか。でも食べたくなったらいつでも家庭科室に来てね?御馳走するから♪」

「ん。またね」

先輩のお姉さんに手を振ってさよならする。でも、その後も色んなお姉さんに声を掛けられてお菓子を勧められた。何で…?

「ミコトちゃん!飴玉食べる?」

「キャー!ミコトちゃ~ん!」

「お菓子あるよ~?いる~?」

「あぅ…食べちゃ、ダメ」

我慢。我慢…。

そう自分に言い聞かせながら廊下を歩く。途中で何度も誘惑に負けそうになったけど頑張った。一夏は私を褒めるべき。

そんなこんなで生徒会室に着いた。

「おじゃまします」

「あら?」

「おやおや?これは珍しいお客さんだね♪」

「たっちゃん。虚。こんばんわ」

生徒会室に入ったらたっちゃんと虚がお出迎えしてくれた。たっちゃんはこの学園最強の生徒会長。私をおにごっこで捕まえた二人目の人。いつも会うとくすぐったりしてくる。虚は本音のお姉さん。めがねでくーる。あと優しい。でも本音には厳しい。

「こんばんわ。ミコトちゃん」

「はいこんばんわ♪何か御用?」

「本音」

「ああ、本音ちゃんに用事?あそこで寝てるわよ?」

「ぐぅ~…」

ピッと扇子で指した方を見たらそこにはテーブルにぐてーとしてぐーすか寝てる本音が居た。

「本音。寝てる…」

どうしよう?起こしたら悪い…。

「まったく、この子は…」

「んー…。起こしても良いと思うけど?」

私は首を振る。駄目。本音、気持ち良さそう。

「なら、この子が起きるまで此処でゆっくりしていけば?」

「そうですね。わざわざ御足労して頂いたのですから是非そうして下さい」

と、虚は言うといつの間にかココアの入ったティーカップを持って来てくれてた。いつも頼んでいないのに持って来てくれる虚はとてもすごく気がきいてる。

「ん。おじゃまする」

「く~!可愛い奴め!このこのっ!」

「くすぐったい…たっちゃん」

がばっと私に抱き着いて来るたっちゃん。ん。たっちゃんはくすぐり上手。

「どう?IS学園に入学してみて。学園生活を楽しんでる?」

「ん。毎日楽しい」

たっちゃんに抱きかかえられた状態で、今日二度目の質問に私は頷く。

「そっか♪生徒会長として嬉しい限りね♪」

「充実な学園生活を楽しんでおられる様でなによりですね」

「ん。でも、それはたっちゃんや虚。千冬達のおかげ」

「こらこら~。あんまりお姉さんを煽てると攫っちゃうぞ~?」

「もう、お嬢様」

「?」

…私を攫ってどうするんだろう?たっちゃんは時々、よく分からないことを言う。

「そう言えば、もうすぐクラス対抗ね。確かミコトちゃんのクラス代表はあの噂の織斑一夏くんだったかしら?」

「ん。だから一夏は特訓中」

今頃きっと箒達とアリーナで頑張ってる。

「おぉ~。青春してるわねぇ~」

「努力する事は良い事ですよね」

「ん」

がんばる事は悪い事じゃない。がんばればいずれ必ず良い事がある。クリスはそう言っていた。何もせず、最初から無理だってあきらめるのが一番いけない事だって。

「それでそれで?ミコトちゃんから見てその織斑くんのISの才能はどんな感じなの?」

「私はそう言うのは分からない」

「あらそんな事言っちゃう?武器使用ならともかくとして、機動戦のみのキャノンボール・ファストでは私に勝ち越してるミコトちゃんが?」

「むぅ…」

わからないものはわからない…。

「会長。あまりミコトちゃんを困らせないで下さい」

「あはは、ごめんごめん♪だってミコトちゃんの反応見てると飽きないんだもん♪」

「まったく…」

「それにしても、クラス対抗かぁ…どうするんだろね。あの子は…」

「あの子…?」

誰の事だろう?

「え?ああ、こっちの話♪ミコトちゃんは気にしなくても良いわ」

「ん。…たっちゃん」

「何かな?」

「困った時は言う。私はたっちゃんにいっぱい貰ってる。次は私が返す番」

「…ええ。その時が来たらお願いしちゃおっかな?」

「ん。任せる」

胸を張って頷く。たっちゃんが困った時は私が助けてあげる。約束。

「ふわぁ~…お昼いっぱい食べたからねむいよぉ~…」

丁度たっちゃんとの話が終わり。良いタイミングで本音が目を覚ます。ん。本音の気持ちは良く分かる。私も少し眠い。

「…あれ?みこちー?どうしてここにいるの~?」

「おはよう。でも、もう夕方」

「あ…ほんとだぁー…」

お空はもう赤く染まってお日様がもう沈もうとしてる。たぶん、あと一時間もしない内に日が暮れて夜になると思う。カラスが鳴くからかえろ?

「ミコトちゃん。ずっと貴女が起きるの待ってたのよ?」

「えぇ~!?ごめんねー?みこちー」

「気にしない」

ぼーっとしてるの好きだから。空を眺めてるとなおいい。ずっといい。でも、今日はもう帰る。

「本音。寮に戻る」

「そだねー。かえろっか…うぅ、寝起きはくらくらするよぉ」

「ん。虚。ココアごちそうさま」

虚から貰ったココアを飲み干すと私はティーカップを虚に返してお礼を言う。ん。とても美味しかった。またごちそうになる。

「お粗末さまでした。また何時でも来て下さいね?」

「ばいばい♪ミコトちゃん」

「ん。また今度来る」

二人は忙しいからあまりお邪魔出来ないけど…。

私は二人にさよならすると、本音の手を引いて生徒会室を出る。

「ごめんねーみこちー。待ったよねぇ?」

「だいじょうぶ。たいくつじゃなかった」

一人だったら寂しかったけど、たっちゃんや虚が居てくれたから寂しくも無かった。だから気にしない。

「ほんとー?」

「ん」

顔を覗きこんでくる本音に私は頷く。

「ありがとね。みこちー」

「?…ん」

お礼を言われる事なんて何もしてないのに。変な本音。

校舎を出るともう空は茜色から藍色へと染まり始めていた。もう夕食の時間だし早く戻らないと。

「おぉ~。夕陽が街に沈んで綺麗だねぇ」

「ん」

夕陽と街が重なって、まるで街自身が輝いてるみたい。凄く綺麗…。

空は時と場所で姿を変える。太陽もそう。だから見ていて飽きない。そして何処までも広くて遠くて届かないから憧れる。いつかあの場所に届きたいって。今の私は、届いたのかな?ねえ、イカロス・フテロ。

「おっ!いたいた!おーい!」

「一夏?」

「あ、おりむーだぁ」

アリーナの方から一夏が手を振ってこっちに歩いてくる。特訓は終わったのかな?

「な?俺の言った通り空を見てただろ?」

「はいはい。何でそう自慢げに言うのよ…」

ん?何の話?

私が一夏の言っている事が分からなくて首を傾げる。

「えっとな。ミコトはいつも暇さえあれば空を見てるだろ?だからグランドか屋上に行けばミコトは見つかるって言ってたんだよ」

ん。間違ってない。

「残念でしたおりむー。さっきまではみこちーは生徒会室にいたんだー。今空を見てたのはたまたまおりむ―が立ち止まってるところで声を掛けただけー」

「あれ?そうなのか?」

「ん」

今日はもう帰る予定だったから。

「なぁんだ。見つかったのは唯のまぐれじゃない」

「私に用事?」

今の言い方だと、私を探してるみたいだった。

「えっとな。用があるのは俺じゃなくてだな」

「アタシよ」

凰 鈴音?

「むむっ…」

一夏を押し退けて前に出てくる凰 鈴音。それに対して本音が何だか警戒してる。仲悪いのかな?凰 鈴音は一夏のおさななじみだから本音とは喧嘩して欲しくないな…。

「なに?」

「これで本当に最後。もう一度聞くわ。アンタは何?」

「ちょっとちょっとぉ!少ししつこいんじゃないかなー?」

ぷくーと膨れる本音。でも私は本音の袖を引っ張って本音を引き止める。

「…みこちー?」

首を振って本音に下がってとお願いする。これはこたえないといけないから。ゆずれないから。

「ミコト・オリヴィア」

何度問われようと、この事実は変わらない。変わるつもりも無い。この名前はクリスが私にくれたもの。私であることの証明。私が私である限り。ミコト・オリヴィアはミコト・オリヴィアであり続ける。ずっと…。

「…そう」

「………」

「………」

私と凰 鈴音。それに私達の居るこの場に沈黙が流れる。まるで時が止まった様に…そして、その停止を崩したのは凰 鈴音のほうだった。凰 鈴音はすっと私に手を伸ばすと…。

ふにー…

「ふにゅ!?」

私のほっぺをぐにーって引っ張って来た。とってもイタイ。

「にゅーっ!?」

「何これ!やわらかーい♪マシュマロみたい。まるで赤ちゃんの肌ね!」

赤ちゃんの肌はあながち間違ってない。でも引っ張るのはやめて。のびて戻らなくなっちゃう!

「ふにゅー!にゅうー!」

「あわわ!?みこちー!?このー!なにをするだー!?」

「お、おい鈴!嫌がってるだろ?止めてやれって!」

「ぷっ、今日はこの辺で勘弁しといてあげるわ」

ぱっと手をほっぺから放されるとヒリヒリするほっぺを擦る。何を勘弁されるんだろう。すっごく不服。私何もしてないのに…。

「う~…」

「あたしの事は鈴って呼びなさい。あたしもミコトって呼ぶから」

「う?」

突然の申し出にきょとんとしてしまう。どう言う事?引っ張ったり名前を呼べって言ったりよく分からない。鈴は苦手…。

「あ、でも友達については保留ね」

「なんだよそりゃ…」

「いいじゃない。私だって選ぶ権利はあるでしょ?まだこの子を知った訳じゃないんだし急に友達になるってのも変な話じゃない」

「俺と箒は直ぐに友達になったぞ?」

ん。一夏と箒はすぐに友達になってくれた。

「アンタがおかしいのよ。…それで?なんか文句ある?」

「ミコト?」

「ん…ない」

少し残念だけど、ともだちになって貰えるように私が頑張ればいいんだ。ん。頑張る。

「むむむ~…みこちーが良いのなら私はかまわないけどさぁ」

「そっ、なら寮に戻りましょ。もう真っ暗だしお腹も空いたわ」

「だな。もう腹がペコペコだ…」

運動するとお腹空く。一夏が頑張った証拠。きっとごはんも美味しいと思う。

「箒も部屋で待ってる。早く帰る」

いつまでも待たせたら箒に悪い。

「そうだな」

「え?箒も部屋で…?」

「ん。箒は一夏と同じ部屋」

「あ゛…ミコト、それを言っちゃ…」

「…どういうこと?一夏?」

「いや、俺の入学が特殊だったから、学園も部屋を準備できなくてだな…その…」

「それって、あの子と寝食を共にしてるって事よね…?」

「そ、そういうことだな…い、いやー、箒で助かったよ。これが見ず知らずの相手だったら緊張して寝不足に―――」

「……だったら、いいわけね?」

「うん?どうした?」

「だから!幼馴染ならいいわけね!?」

「うおっ!?」

「っ!?」

急に大きな声を出さないで欲しい。びっくりする…。

「わかった。わかったわ。ええ、ええ、よくわかりましたとも」

何がわかったんだろう?鈴は何度も何度も頷いている。今の会話で何か悩む事でもあったかな?

「一夏!」

「お、おう!」

「幼馴染が二人いる事を覚えておきなさいよ!」

「別に言われなくても忘れてないが…」

「うっさい!この馬鹿っ!」

「ぐほぉっ!?」

一夏…凄く綺麗に飛んだ。IS無しで飛べるなんて一夏は凄い。

「じゃあ後でね!逃げるんじゃないわよ!」

ずんずんと大きな足音を立てながら寮へと入っていく鈴。まるで怪獣みたい。でも何で怒ってたんだろう?どうしてだろうね?一夏。

「わ、わけわかんねぇ…」

「ん」

私もそう思う。

「…これはおりむーが悪いよー」

え?どうして?よく分からない。

首を捻る私に本音は「みこちーにはまだ早いよー」と頭を撫でてくる。本当によく分からない…。

















あとがき


ミコト視点は書き辛い。本当に書き辛い…。そして進展がない。テンポ悪いなぁホント。

書きたい事沢山あるのに。パジャマ騒動とか、水着?イベントとかミコトのためだけに考えたイベントが…ヒロイン全員登場しなきゃかけねぇ…orz

TINAMIとpixivにてミコトのイラストをうpしました。よろしかったらそちらも見てやって下さい^^



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/10/03 17:20
「ふ、ふざけるなっ!」

「な、なんだぁ?」

痛む身体を引き摺ってやっとこさ部屋に戻って来たと思ったら、ドアノブに手が触れたところで部屋の中から鼓膜を突く程の箒の怒鳴り声が聞こえてビクリと身体を震わせて咄嗟に手をドアノブから離してしまう。まだ中にも入っていないと言うのに怒鳴り声で迎えてくるとか少し酷すぎやしないか?此処まで戻ってくるのに結構苦労したんだぞ?

「いやぁ、篠ノ之さんも男と同室なんて嫌でしょ?気も遣うし。のんびりできないし。その辺、あたしは平気だから代わってあげようかなって思ってさ」

と、思っていた所。箒とは別の女性の声が聞こえてきた。どうやら客人がいるらしい。しかもこの声は…。

「…鈴か?」

そう、鈴だ。忘れようとて忘れられない。俺が苦労して身体を引き摺りながら部屋に戻る原因となった張本人。というか加害者。先に戻ったと思ったら俺達の部屋で何してんだアイツ?幼馴染の奇行に訳が分からなくなりながらも、俺はどう言う理由で騒がしくなっている自分の部屋へと踏み入れるのだった。

「べ、別に嫌だとは言っていない…。それにだ!これは私と一夏の問題だ。部外者に首を突っ込んで欲しくない!」

「大丈夫。あたし幼馴染だから」

「だから、それが何の理由になるというのだ!」

俺が帰って来たというのに反応するどころか口論はますます激しさを増す一方。一体何を言い争っているんだコイツ等は…。聞こえてきた会話から察するに部屋を代われとかどうとか言ってるみたいだが会話が噛み合ってない。徹底的に噛み合って無い。鈴は我を通す正確だし、箒は箒で人一倍に頑固だ。こんな二人が言い争って互いが納得いく結果が得られるのは絶望的だろう。それを決定付けるのが鈴の足元にあるバッグ。恐らく鈴の荷物なのだろうが、既に鈴はこの部屋に移る気満々だ。鈴は譲るつもりはない。箒も何故か譲るつもりは無いらしい。つまりそういう事。それにしてもさっき鈴が言っていた幼馴染が二人いる事を覚えとけってのはこう言う事だったのか…。

「とにかく、今日からあたしもここで暮らすから」

「ふざけるなっ!出ていけ!此処は私の部屋だ!」

このままじゃいつまで経っても堂々巡りだな。いい加減止めないと…。そう思い、俺は二人の間に割って入る。

「お前ら、とりあえず落ち着けって」

「い、いいいい、一夏!?」

「何。いつ帰って来たの?」

突然現れた…と思っているのだろう。間に割って入った俺に顔を真っ赤にして慌てる箒と鈴はあっけらかんとしていつ戻ったか訊ねてくる。さっきから居たよ。お前等が気付かなかっただけだろ…。

「さっきから居た。鈴。あんまり箒に迷惑掛けるなよな?」

鈴は周りの人の事を考えずに突っ走る事が多いからな。主な被害者は俺と弾だけど。

「なに?一夏はその子の肩を持つの?」

「いや、そういうのじゃなくてだな…」

「では私ではなくその無礼者の味方をするのかっ!?」

「おれにどうしろってんだ!?」

まさにあっちを立てればこっちが立たず状態だ。

「今はそう言う話をしてるんじゃない。常識面での話だ」

幾らなんでも無理やりすぎるだろ。箒の都合も無視してのこの行動は。何か理由があるにしてもだ。ちゃんと箒に了承を得てからにするべきである。

「俺にとっても箒にとっても突然過ぎるし、ましてや箒は代わりたくないって言ってる。それを一方的に代われって言うのは駄目だろ?」

「そ、そうだそうだ!」

「むっ…」

俺の言葉とこの勢いを見逃さんとする箒の小物臭漂う追撃に流石の鈴も何も反論できなくなる。正論なだけに言い返し様がないのだろう。

「それにここは学園の寮だ。部屋替えにも学園の許可がいる。勝手に代えちゃいけないだろ?」

「わかった…わよ」

振り絞る様な声でそう答える鈴だったが表情は全くと言っていい程納得して無かった。何をそんなに拘る必要があるんだ?どの部屋も同じ作りの筈なのにな。

「同じ部屋に拘らなくたって、寮は同じなんだし直ぐに近くだろ?遊びたくなったらいつでも来いよ。歓迎するから」

「なっ!?私は許して無いぞ!?」

折れろよそこは。ややこしくなるから。

「それじゃ駄目なのよ。馬鹿…」

「ん?何か言ったか?」

「何でもない!」

「そ、そうか…」

確かに何か呟いてた気がするんだけどな。気のせいか?

「と、とりあえず今日はひとまず自分の部屋に帰れって。な?」

「……分かった。そうする」

鈴はしぶしぶと頷くとドアへと歩いて行く。そしてそのまま出て行くと思ったが、ドアノブに手が触れたところで鈴はピタリと立ち止まってしまう。どうしたのだろう?見送っていた俺は怪訝そうに突然立ち止まってしまった鈴の背中を見守っていると、鈴は此方を振り向かず背を向けたまま俺に問い掛けてくる。

「…ねぇ、一夏。あの約束覚えてる?」

「…約束?」

『約束』その単語に俺は首を捻る。はて、俺はどんな約束を鈴としただろうか?小学生の頃かそれとも中学の頃か。いろいろと記憶を漁っている内に一つだけ思い当たるものを見つけた。確か―――。

「確か、鈴が料理の腕が上がったら毎日酢豚を―――」

「覚えててくれたんだ!?」

ぱぁっと表情を明るくして振り返った鈴は―――。

「―――奢ってくれるってやつか?」

そのまま表情をぴしりと音をたてて固まらせてしまう。

「………はい?」

「だから、鈴が料理出来るようになったら、俺にメシをごちそうしてくれるって約束だろ?」

しかもタダである。こんなに有り難い物は無い。持つべき物は幼馴染だな。

「いやぁ、俺は自分の記憶力に関し「ふざけんなぁあああああっ!」ぐふっ!?」

鈴の雄叫びと共に俺の腹に突き刺さるドロップキック。しかしその勢いはそこで止まる事は無く俺は本日二回目の宙に舞う事になる。唯一の救いなのは落下地点がベッドだったと言う事か…。

「最っっ低!女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けない奴!犬に噛まれて死ね!」

バタンとこの階全体に響き渡ったのではないかという位の大きな音を響かせてドアを開けると、そのまま鈴は自分の部屋へと帰ってしまった。

何がいけなかったか。分からない。だが、完全に俺が悪かったのだろう。あの怒りようは尋常ではない。しかし男の風上にも置けないと言うのはちょっとカチンときた。そこまで言われる程の約束だったか?

…でも、鈴の声。震えてたな。

もしかしたら泣いていたのかもしれない。顔は見えなかったけど。だとしたら、やっぱり悪いのは俺か…。

「一夏」

「お、おう。なんだ箒」

「馬に蹴られて死ね」

箒。お前もか…。

俺はそのままベッドにガクリと力尽きるのだった…。













第十話「言葉の意味。その重さ」











「…ってなことがあってな」

「もぐもぐ…」

俺は食堂で朝食を食べながら昨夜の事をミコトに話していた。鈴と箒は此処には居ない。誘ったのだが昨日の事で怒っているらしく話し掛ける前にプイッと顔を逸らして何処かへ行ってしまった。のほほんさんはいつも通り寝坊らしく此処には居ない。

「何がいけなかったのかなぁ?」

あれから何度も考えてはみたが全然わからない。何をそんなに鈴は怒っていたんだ?何がいけなかったんだ?

「ごくん…ん。一夏は、たぶんわかってない」

口の中のスクランブルエッグをちゃんと飲み込んでからミコトは喋り出す。ミコトはこう言うマナーに対してはしっかりしている。たぶん親がそう言うのに厳しかったのだろう。

「わかってないって?」

「料理。むずかしい。私はいっぱい練習した。クリスにいっぱいおしえてもらった。それでも作れるのはこれだけ」

そう言ってスプーンでスクランブルエッグを指した。ミコトは料理が苦手なのか。意外…所か自然だな。むしろ勉強出来ること自体が不自然だから。

「それを、鈴は毎日つくってくれるって言ってる。すごく大変」

まぁ、確かに大変だよな。俺だってたまにはインスタントとか食べてるし。毎日は料理を作るのは面倒だと思うし疲れる。

「何で、大変なのに食べさせる?料理をつくると思う?」

「そりゃ、食べて貰いたいからだろ?頑張って料理を作れるようになった訳だし」

「ん。食べてほしいから。褒めてもらいたいから作るでも…ちがう」

最初は俺の言葉に肯定していたと言うのに後からそれは違うと言って首を振り否定する。違う?何が違うんだ?

「あってるけど、ちがう。それに、一夏は大事な事を忘れてる」

「大事な事?」

何だ?何の事だ?

「毎日食べさせる。これは傍にいなきゃできない事。一緒にいなきゃできない事」

「あ…」

毎日、一緒…?

「一緒にいないと食べられない。離れてると食べられない。だから、クリスのつくってくれたごはんも食べられない…」

「ミコト…」

ミコトが寂しそうに語る。今直ぐにでも泣きだしてしまいそうな程に…。

ホームシック病という奴だろうか?ミコトが何処の国の出身かは知らないが少なくとも名前からして海外だと言うのは明らか。故郷ははるか遠くだ。気軽に戻れる距離でも無いのだろう。例えどれだけ会いたいにしても…。

ずっと一緒、か…。

「ごちそうさま」

そう言うとトレーを持ってミコトは席を立つ。気付けばトレーの上に乗ってある食器は全て空になっていた。何時の間に食べ終えたのだろう。

「一夏」

「え?」

「がんばる」

「……おう!」

小さく微笑んで応援してくれるミコトに俺は笑顔で応える。

「ん」

それを見て満足したのか、ミコトは小さく頷くとカウンターへ食器を返してのほほんさんの朝食だろうか?おばちゃんから菓子パンを受取ると自分の部屋に戻っていった。俺も残りの朝食を口の中へとかけ込み味噌汁で流し込むとカウンターに食器を返却して校舎へと向かう。

とりあえず謝ろう。

あの約束にどんな意味が込められていたのかは分からない。でも、きっと鈴にとって大切な物だったのだろう。だから謝ろう。ちゃんと…。

そして、丁度良いところに生徒玄関前で鈴の奴を発見。俺は慌てて鈴に声を掛ける。

「おい!鈴!」

「…何?」

明らかに不機嫌な顔にもう挫けそうになったが負けずに俺は話を続ける。

「昨日は悪かった。すまん!」

俺は素直に頭を下げる。何で怒ったのかは分からないけどちゃんと頭を下げれば許してくれる筈だ。

…しかし、そんなに都合良く行く訳がなかった。

「……何で謝るの?」

頭を上げた時見えたのは更に不機嫌さが増した鈴の顔だった。その顔を見た瞬間、俺は血の気が引いたのが分かった…。やってしまったと…。

「いや…だって、俺が悪かったんだろ?」

「だから、何で謝るのよ」

「でも俺が―――」

パァン!

乾いた音が校庭に響く。一瞬、何をされたのか分からなかった。でも、頬に走る痛みと熱で自分が叩かれたんだと気付くとはっとして鈴を見る。鈴は…泣いていた。

ざわめき出す野次馬達。しかし俺と鈴はそんなものは気にして無かった。いや、視界にすら存在すら気づいてなかった。

「訳も分からないのに謝らないでよ!あの約束は…そんなに軽い物じゃないんだから!」

「…悪い。最悪だな。俺…」

とりあえず謝ろうなんて考えが甘えだったか…。

本当に最悪だ。ミコトの期待にも裏切って。また鈴を泣かせて…。男の風上にも置けないってその通りだよな…。

「ぐすっ…いいわよ。アンタがそんな性格だって忘れてたあたしが馬鹿だったんだし」

鈴はツインテールを揺らして俺の目の前から立ち去ろうとする。俺は慌てて立ち去ろうとする鈴の手を掴んだ。

「待て!鈴!」

「離してよ…」

「まだ、まだ俺は謝ってない!」

「分からんないの!?謝っても意味無いんだって!」

「それでも!俺は鈴を泣かせた!」

このまま鈴を放置するなんて俺は俺が許せない。たぶん、一生…。

「教えてくれ!どうしたら鈴は許してくれるんだ?」

「普通それをあたしに聞く?」

分かってる。本当なら俺が自力でその答えに辿り着かないといけないだって事は。でも、分からないんだ。ならこうするしかないだろ!?

「頼む!」

俺は頭を下げる。男が何度も頭を下げるのは情けないことこの上ない事だろうが鈴が教えてくれるまで何度だって下げてやる。だから…。

「…」

「頼む…」

「…いいわ。今度のクラス対抗戦で、あたしに勝ったらあたしが怒った訳を教えてあげる」

「ほんとか!?」

「ええ、でもあたしが勝ったら理由は教えてあげないし、あと、何でも言う事。これが条件」

「ああ!それでいい!」

可能性があるだけで十分だ。それだけで希望が見えてくる。

「…それじゃあね。逃げるんじゃないわよ?」

「ああ!当たり前だ!」

これ以上、鈴を泣かせたくないからな!

俺は立ち去っていく鈴の背中にそう答えると、鈴が消えて行った校舎へ続く様にして歩いていく。その足取りはかるく。先程の暗い気持ちは嘘のように晴れやかだった。










――――Side 篠ノ之 箒





「…」

私は野次馬の中に紛れて二人の様子を黙って眺めていた。何度も乱入したい気持ちを爪が喰い込む程強く握り締める事で耐えながら…。

一夏は分かっているのだろうか?あの言葉の意味が。その結果が意味する事が…。どれ程重みのある事か…。

「っ…一夏」

嫌だ。そんなの嫌だ…。

認めたくない。認められる筈がない。私だって幼馴染だ。幼い頃から一夏を想って来たんだ。ずっと、ずっと。それなのに…。

「それなのに…」

目頭が熱い。でも耐える。人前で涙なんて見せたくないから。そして思う。もし、私も彼女のように涙を流せば一夏も私を見てくれるのか、と。そんな馬鹿な事を…。

「一夏…っ」

何故、私はこんなにも駄目なのだ…。

素直になれば。もっと素直になれば気持ちを伝えられるのに…。

「いち…か…」

また、離れ離れになってしまうのか…?















あとがき


今回はすごく短いです。その理由はまぁ、無理に詰めるとごっちゃごちゃになってタイトルかんがえるのが難しくなるからですけどね!(オイ

にしても原作読んでいて思うのです。何で皆一夏に惚れるんだろう?弾は「鈴も気の毒に」とか言ってますが人が出来過ぎてるだろ。普通ならぶん殴られてるぞw



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十一話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/05/07 03:00


「…ISの操縦?」

サンドイッチを口に運ぼうとしていた手を止めてミコトは視線をサンドイッチから俺へと移す。

「ああ、頼むよ」

「箒とセシリア」

口足らずで分かり辛いが、きっと箒とセシリアはどうしたんだと言いたいのだろう。

「確かに二人には教えてもらってる。でもあの二人には悪いけど、今のままじゃ駄目なんだ。鈴に勝つには」

セシリアはそもそも戦闘タイプからして違うし、箒の訓練方法も間違ってはいないけど今回は相手が悪い。同じ近接格闘特化である鈴の機体相手では今の訓練はあまり効果望めない。地道な日々の鍛錬は必要だが今はそんな時間は無いのだ。…それに、箒の様子が昨日からおかしい。訓練に身が入って無い様にも見えた。どうかしたのかと訊ねても何も答えてはくれず表情を曇らすだけ。もしかしたら体調が悪いもかもしれない。そんな箒に訓練に付き合って貰うのは気が引けた。

「…私は、教えるの得意じゃない。しゃべるの苦手。たぶん、一夏に伝わらない」

俺の頼みに返って来たのは拒絶。確かに、ミコトの性格では人にものを教えるのは向いていないのかもしれない。それでも、俺には残された選択肢はこれしかない。白式の高スペックな特性を生かした高機動戦。それしか鈴に勝つ方法は無い。そして、俺の知り合いで一番機動で優れているのはミコトしかいないんだ。

「頼む!このとおりだ!なんだったら好きなだけお菓子買ってあげるから!」

「!」

お前この間ミコトを叱ったばかりだろうがと自分に言いたくなったが、この際手段を選んではいられない。俺は必死な思いでミコトに手を合わせて頼み込む。すると、『お菓子』というキーワードに反応したのかピコンと先っちょのくせ毛が動いたのを俺は見逃さない。もうひと押しだ。

「頼む!頼むよミコト!」

「…何で、そんなに勝ちたい?」

「鈴と仲直りをするためさ」

「戦う必要、ない」

お話すればいい。セシリアの時と違う。そう小さくミコトは付け加える。ミコトは友達同士の喧嘩は肯定派だが、ミコトにとって今回の件は違うらしい。だからこそか、教えるのを渋っているのは…。

「そうかもしれない。でも、俺が幾ら考えたって答えにはたどり着けそうに無いんだ…」

確かに戦う必要なんて本当なら無い筈だ。俺が鈴の言葉の意味をしっかりと理解していたらこんなの事にはならなかったんだから。でも、こうなってしまった。俺の所為でだ。そして今も俺は鈴と交わしたあの約束の意味を分からないでいる。なら…。

「…ん。わかった」

「教えてくれるのか!?」

ミコトが頷いてくれた事に俺は思わずテーブルに身を乗り出す。

「ん。でも、私が教えるのは一つだけ。あとは一夏ががんばる」

「ひとつだけ?」

「基本動作はセシリアの方がじょうずに教えられる。私が教えるのは私のとっておき」

ピンと可愛らしく指を俺に突き出す。ミコトのとっておき。何だか凄そうだ。わくわくする気持ちが治まらない。まるで子供に戻った気分だ。やっぱり男である以上必殺技とかには憧れてしまうもんだ。一体どんなのだろう?

「瞬間加速≪いぐにっしょん・ぶーすと≫」













第十一話「もうひとつの翼」










試合当日、第二アリーナ第一試合。相手はまさかの鈴だった。これは運命の悪戯か。余りに出来過ぎた展開に何かあるんじゃないかと思ってしまうが俺にとって鈴と最初に戦えるこの展開は願っても無い事だった。

噂の新入生。そして専用機同士の戦いとあってアリーナは全席満員。それどころか通路も立って観戦する生徒で埋め尽くされていた。会場入りできなかった生徒や関係者はリアルタイムでモニターで観賞しているらしい。でも、俺にはそんな事はどうでも良かった。観客席から聞こえてくる声援も背景でしかなく俺には届いていない。俺が意識を向けているのは目の前に居る…。

「………」

…そう、鈴だけだ。

視線の先では鈴のISである『甲龍』が試合開始の時を静かに待っている。そして、その操縦者である鈴も普段のあの喧しい雰囲気を消し去って俺を見据えていた…。

『甲龍』俺の白式と同じ近接格闘型。しかし同じ土俵に立てば経験の差で間違いなく叩き潰される。そして、アレは何かまだ隠しダネを持っている筈だ。鈴が訓練中に手札を全て明かしたとは思えない。注意しないとな…。

『それでは両者、規定の位置まで移動して下さい』

アナウンスに促されて、俺と鈴は空中で向かい合う。その距離は5メートル。ISなら一瞬で距離を詰めれる距離だ。一瞬たりとも油断できない距離。この5メートルの空間に居るだけでやけにピリピリとした空気や緊張感が圧し掛かって来るのが分かる。

「………本気でいくわよ?」

「望む所だ」

この勝負は、全力でやらなければ意味がないのだから。

「知ってる?ISの絶対防御も完璧じゃないの。シールドエネルギーを突破する攻撃力さえあれば、本体のダメージも貫通させられるわ」

それは脅しでも何でも無く事実だった。以前、ミコトが千冬姉にお仕置きされた時にミコト自身にダメージが伝わっていたのがその例だ。それでも武器も何も使わず打撃だけでシールドを突破する千冬姉の技量もやはり異常だが…。噂では、IS操縦者に直接ダメージを与える“ためだけ”の装備も存在するらしい。勿論、それは競技規定違反だし、何より人命に危険が及ぶ。ISは兵器だがあくまで競う為だけの機体だ。殺し合いに使う為にあるんじゃない。けれど―――。

『殺さない程度にいたぶることは可能である』

どんなに綺麗事を並べようと兵器は兵器。人を傷つける物という現実も逃れられない現実。そして、それを俺は何度も身に纏い、そして戦っているのだ。セシリアに勝てたのは事前にセシリアの機体の情報を得て、セシリアが俺の機体との相性が悪かったからたまたま勝てた。偶然と偶然が重なっての勝利だ。でも、今回は違う。技量もセシリアと同等で、戦闘タイプも俺と同じ。完全に対等な条件での戦闘だ。もしかしたら、鈴の忠告通りなるのかもしれない…。

だけど…俺は負けられない!

そうだ。負けられない。負ける訳にはいかないんだ。俺は鈴にまだ謝れていないんだから。

『それでは両者、試合を開始して下さい』

「せいっ!」

「っ!?」

試合を開始を告げるブザーが張り響いたと同時に鈴が動き先手を取られてしまう。

「ぐぁっ!?」

一歩遅れて俺も雪片弐型を展開し応戦。火花を散らしぶつかり合う刃と刃。青龍刀と呼ぶにはあまりにもそれにはかけ離れている形状の両先端に刃を持つ鈴の得物は見た目通りの重みのある一撃を繰り出し俺は雪片ごと弾き飛ばされてしまう。

駄目だ!やっぱり接近戦では鈴方が一枚も二枚も上手だ!あれを使うか?…いや、駄目だ。

雪片弐型の特殊能力を使用すれば一撃の威力ならまず鈴に負ける事は無いだろう。千冬姉曰くこの一撃は現存するどの兵器よりも遥かに上回る威力も持っているらしい。でも、それを代償に自身のシールドエネルギーを消費して稼動するため、使用するほど自身も危機に陥ってしまう諸刃の剣でもある。そう何度も使う事は出来ない。

どう動くべきか俺は悩やむ。しかし、鈴がそれを許してくれる筈も無く容赦無く追撃しかけてくる。両端についたその刃を利用し自在に角度を変えてくる斬撃は、俺に応戦する隙すら与えず絶えず俺に襲い掛かってくる。

「くそっ!」

一撃を捌けばその隙にもう一撃が俺の機体を翳めて装甲を削っていく。このままでは消耗戦だ。一旦距離を取って体勢を整えなければ。そう判断し、飛び退こうとした。しかし―――。

「そんなみえみえな戦い方でっ!」

パカッと鈴の肩。非固定浮遊部位の装甲がスライドして開く。装甲が開かれて中心の球体が姿を晒すとその球体は輝き始め、その光は極限にまで強く輝いた瞬間、俺は見えない衝撃に『殴り』飛ばされた。

あまりの衝撃に一瞬意識を失いかけるも気合で何とか意識を保つ。しかし、体勢を立て直した所で鈴も二発目の準備を済ませていた。両肩の球体が先程と同じように強く輝いている。

―――来る!

そう思ったと同時にスラスターを全力で吹かせて横に飛び。見えない何かも同時に放たれた。

「ぐあっ!?」

避けたと思った。確かに全開で回避した筈だった。しかし現に俺は足に受けた衝撃に吹き飛ばされ地表に叩きつけられている。ずきんと痛む身体。これはつまりシールドバリアを貫通した証拠だ。そしてセンサーで機体の状態を確認してみると機体の所々がイエローで表示され不味い状況を示していた…。

何だ?何なんだあの攻撃は!?








――――Side 篠ノ之 箒





「何だあれは…?」

ピットからリアルタイムモニターを見て私はつぶやく。そして、その疑問に答えたのは同じモニターを見つめるセシリアだった。

「『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出すブルー・ティアーズと同じ第三世代型兵器ですわ」

「見えない。へんなの」

「それがあの兵器の一番の強みですから。見えない攻撃を対処するのは難しいでしょう?」

「んー…?」

「…まぁ、ミコトさんの機体とではあの機体は相性が悪いのかもしれませんわね。衝撃を砲弾にしているのですから、その衝撃を利用して避けてしまうミコトさんにとって脅威ではないでしょう」

「風に乗ってるだけ」

「言っておきますけど。そんなに簡単な事ではありませんからね?それ…」

セシリアとミコトが何やら漫才をしている様だったが私の耳には届いてはいなかった。モニターには苦戦しながらも懸命に戦っている一夏の姿が映し出されている。

攻撃を受けても諦めようとしない一夏の姿にずきりと胸が痛む。この戦いに勝てば一夏は約束の意味を知る事になる。負けてもあの女の命令を聞くと言う条件だった。どちらの結果になっても一夏はあの女の想いを知る事になる。それが何よりも辛かった。そして、一夏が頑張っていると言うのに応援もせずに自分の事ばかりしか考えている自分の醜い姿にも許せないでいた…。

モニターには一夏の苦戦する姿が映っている。戦況は未だ芳しくない…。










――――Side 織斑 一夏






「驚いたわ。衝撃砲≪龍砲≫をこうも避け続けるなんて。砲身も砲弾も見えないのが特徴なのに」

鈴の言う通りだ。砲弾が見えないのはまだしも、砲身までもが見えないのはきつい。しかもどうやらこの衝撃砲、砲身斜角がほぼ制限無しで撃てるようだった。真上真下はもちろん、真後ろまで展開して撃ってくる。弾は銃口から飛び出してくる物だと言う概念に囚われている俺には全方位に撃つ事が出来る砲身に警戒して避け続ける事しか出来ず、反撃の糸口を見つけられないでいた。

ハイパーセンサーに空間の歪み値と大気の流れを探らせているが、これじゃ遅い。撃たれてからわかっているようなものだ。何処かで先手を打たなければ…。

ぎゅっと右手に持つ雪片弐型を握り締める。雪片弐型が持つ『バリアー無効化攻撃』。やはり今回もこれに頼るしかないのか…。

問題はあの衝撃砲。見えない所為で迂闊に近づく事さえ出来ない。射線は直角なため慣れさえすれば回避する事は不可能ではない。現に最初の時と比べて被弾は少なくなっている。でも、それは回避を優先にしたからであって、こっちから攻めるとなると話は変わってくる。攻めながら回避できる程あれは優しい物じゃない。隙があるとすれば次の弾を充填する時間ぐらいだろう。

…なら、『とっておき』を使うしかないか。

次の充填のタイミングに備えて、俺は加速体勢に入る。

―――私のとっておき。瞬間加速≪いぐにっしょん・ぶーすと≫すっごく速い。

瞬間加速。ミコトに教えてもらったミコトのとっておき。一瞬にして相手との距離を詰める技術だ。かなりのエネルギーを消費するが使い所さえ間違わなければ、雪片弐型との相性も良いため組み合わせれば一撃必殺のコンボと言えるだろう。

「…」

ごくりと固唾を飲みタイミングを見計らう。また肩の装甲が光り出す。

まだ…。

光が強くなる。

まだだ…。

光が極限にまで強くなり。そして…。

まだ、あと少し…。

弾けた。

今だっ!

カッと目を見開いて必要最低限の動作で見えない弾を回避して加速した。完全にかわしきれず装甲が砕けるが構いやしないそのまま突き進む。急激なGに意識がブラックアウトするのを、ISの操縦者保護機能が防ぐがそれでも身体に掛かる負担はかなりのものだ。しかし、どのみちこれが外れればもう終わりだ。あとは衝撃砲でじわじわと削られていくのがオチだろう。だからこそここで―――――。

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

「嘘っ!?」

鈴は俺の奇襲に驚くがもう遅い。雪片弐型の能力を解放。これで終わりにするっ!

ズドオオオオオオンッ!

「な、なんだ!?」

鈴に刃が届きそうになった瞬間、突然大きな衝撃がアリーナ全体を揺らす。鈴の衝撃砲―――ではない。範囲も威力も桁違いだ。しかもステージの中央はもくもくと煙が上がっている。どうやらさっきのは『それ』がアリーナの遮断シールドを貫通して入って来た衝撃波らしい。

「何が起こって…」

一体何が起こっていんだ?今の衝撃は一体…。事故か?いや、遮断シールドを貫く程の威力がある何かが発生する程の事故って何だ?状況も分からず混乱する俺に、鈴からプライベート・チャンネルが繋がる。

『一夏、試合は中止よ!すぐピットに戻って!』

何をいきなり言い出すのか。そう思った瞬間、ISのハイパーセンサーが緊急通告を行ってきた。

―――ステージ中央に熱源。所属不明のISと断定。ロックされています。

「なっ―――」

アリーナの遮断シールドはISと同じ物で作られている。それを貫通するだけの攻撃力を持った機体が乱入し、しかも此方をロックしてきている。混乱する頭で漸くそれを理解するとぶわっと嫌な汗が噴き出る。冗談では無い。唯でさえ鈴との戦闘で消耗していると言うのに遮断シールドを貫通する程の攻撃を受ければひとたまりも無い。

「お前はどうするんだよ!?」

「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!」

「逃げるって…女を置いてそんな事出来るか!」

「馬鹿!アンタの方が弱いんだからしょうがないでしょうが!」

遠慮ないの言葉に俺は挫けそうになる。事実だからと言ってそんなにはっきり言わなくたって…。


別に、あたしも最後までやり合うつもりは無いわよ。こんな異常事態。すぐに学園の先生達がやって来て事態を収拾――」

―――警告!敵ISから高エネルギーを確認

ハイパーセンサーからの警告にはっとして所属不明のISを見る。すると、所属不明のISはエネルギーを充填して紫に輝く右手を持ち上げて鈴を狙っているのに漸く気付く。そして、鈴はそれに気付いていない。

「あぶねぇっ!」

間一髪、鈴の体を抱きかかえて回避。その直後にさっきまでいた空間が熱線で砲撃された。

「ビーム兵器かよ……しかもセシリアのISより出力が上だ」

ハイパーセンサーの簡易解説でその熱量を知った俺は、もし避けずにあのままあの場に居たらと想像してぶるりと身体を震わしてしまう。

あれはヤバイ。あんなの喰らえば一撃でシールドエネルギーが切れてしまう。しかも、この場にエネルギーが切れたりなんかしたら…。

『死』その言葉が頭を過ぎった…。

「―――っ!」

ビビるな!気持ちで負ければそれこそ死んじまうんだぞ!?

歯を食いしばり弱気を振り払うとそのまま奴を睨みつける。奴は微動だにもせずにこちらを見上げていた。

「ち、ちょっと…離しなさいよ…」

「ん、ああ!悪い。怪我無いか?」

俺は腕を離すと、何だか恥ずかしそうにして俺から離れる鈴。何だよ?

「だ、だいじょうぶ。…アンタが守ってくれたし」

「当たり前だろ。それくらい」

「ど、どうして?」

「そりゃ、あんな攻撃受ければ危ないのは分かりきってるからだろ?自分だけ助かろうなんて薄情な真似できるかよ」

「こ、こいつは……はぁ、アンタらしいわ(そこはお前が傷付くと所を見たくないからだ!とか言いなさいよ!)」

…何だよ一体?

―――警告!敵ISからエネルギー充填を確認。

またかっ!?

「来るぞ!避けろっ!」

「言われなくても分かってるわよ!」

再び放たれるビーム。それをどうにかかわすと、ビームを撃って来たISがふわりと浮かび上がって来た…。

「なんなんだ、こいつ…」

姿からして異形だった。いや、異形と言う意味ではミコトの機体もそうなのだが、こいつはベクトルが違う。そう、禍々しい。深い灰色をしたそのISの手が異常に長くつま先よりも下まで伸びている。しかも首という物がない。肩と頭が一体化している様な形になっている。そして、何より特異なのは、その『全身装甲』だった。

通常、ISは部分的にしか装甲を形成しない。何故か。必要無いからだ。防御は殆どはシールドエネルギーによって行われている。もちろん防御特化型ISで、物理シールドを搭載している機体もあるが、それにしたって1ミリも露出していないISなんて聞いたことが無い。

そしてその巨体も異常だ。腕を入れると恐らく2メートルはするであろうその巨体は。姿勢を保持する為なのか全身にスラスター口が見える。頭部には剥き出しの無秩序に並ぶ複数のセンサーレンズ。腕には先程のビーム砲口が左右合計4つあった…。

「お前、何者だよ」

「………」

当然、返事は返って来ない。謎の乱入者はこちらをただ黙って見てくるだけだ。

『織斑くん!凰さん!今直ぐアリーナから脱出して下さい!すぐに先生達がISで制圧に行きます!』

突然プライベート・チャンネルで割り込んで来たのは山田先生だった。心なしかいつもより声に威厳がある。こんな事本人の前で言ったら泣いちゃうんだろうな。

山田先生の脱出しろという言葉は俺達の身を心配しての事なんだろうけど。先生には悪いがそれは出来ない理由があった。

「―――いや、先生達が来るまで俺達で食い止めます」

あのISは遮断シールドを突破してきた。という事はつまり、今ここで誰かが相手をしなくては観客席に居る人間に被害が及ぶ可能性があるという事だ。

「いいな、鈴」

「誰に言ってんのよ」

ニヤリと余裕の笑みを浮かべる鈴。ああ、お前はそう言う奴だよ。俺もニヤリと笑みを浮かべる。

『お、織斑くん!?だ、駄目ですよ!生徒さんにもしものことがあったら―――』

山田先生の言葉は敵ISの攻撃のよって最後まで聞く事無く終わってしまう。身体を傾けての突進を俺と鈴は左右に分かれて回避。

「ふん、向こうはやる気満々みたいね」

「みたいだな」

俺と鈴の横並びになってそれぞれの得物を構える。

「一夏、あたしが衝撃砲で援護するから突っ込みなさいよ。武器、それしか無いんでしょ?」

「その通りだ。じゃあ、それでいくか」

近接武器しか持たない俺とでは、鈴の役割はどうしてもそうなってしまうだろう。これは責任重大だな。

「じゃあ――」

「いくぞっ!」

俺と鈴を引き割く様に飛んできたビームを避けて俺と鈴は異形のISに目掛けて飛び出した。











――――Side セシリア・オルコット





「先生!わたくしにIS使用許可を!すぐに出撃出来ますわ!」

二人は試合での戦闘でエネルギーを消費している。そんな状態であの機体と戦うのは余りにも危険。だからこそわたくしは織斑先生にISの使用許可を求める。あの場に出て戦う為に。

「そうしたいところなのだが、―――これを見ろ」

ブック型端末の画面を数回叩き、表示される画面を切り替える。画面に表示されたのは第二アリーナのステータスチェックの画面だった。

「遮断シールドがレベル4に設定…?しかも、扉が全てロックされて―――あのISの仕業ですの!?」

「そのようだ。これでは避難することも救援に向かう事も出来ないな」

何を呑気な事を―――と言おうとしたがわたくしはそれを止める。良く見れば先生の手は苛立ちを抑え切れないとばかりにせわしなく画面を叩いた。明らかに動揺、もしくは焦っている。そんな織斑先生を見て呑気などと言える筈も無い。

「で、でしたら!緊急事態として政府に助勢を―――」

「やっている。現在も三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除出来れば、すぐに部隊を突入させる」

そう言いながらも織斑先生の苛立ちは益々募るばかり。これ以上何か言って先生の機嫌を損ねたらまずいと本能で悟ると私はベンチへ腰を下ろした。

「はぁぁ…。結局、待っている事しか出来ないのですね」

一夏さんの危機だと言うのにわたくしともあろう者が何と情けない。申し訳ございません。一夏さん。わたくしは無力ですわ…。

「何、どちらにしてもお前は突入隊に入れないから安心しろ」

「な、なんですって!?」

いくら先生であってもその様な屈辱的な暴言は許しませんわよ!?

「お前のISの装備は一対多向きだ。多対一ではむしろ邪魔になる」

「そんなことありませんわ!このわたくしが邪魔などと―――」

「では連携訓練はしたか?その時のお前の役割は?ビットをどういう風に使う?味方の構成は?敵はどのレベルを想定している?連続稼働時間―――」

「わ、わかりました!もう結構です!」

「ふん。分かればいい」

「はぁ…言い返せない自分が悔しいですわ…」

何も言い返す事が出来ず、余りにも無力すぎる自分が嫌になり重い溜息を吐く。そして、ふとある事に気付いた。先程まで居た筈も人間が2名程居ない事を…。

「…箒さん?ミコトさん?………まさかっ!?」

「あわわわ…篠ノ之さん!?ミコトちゃん!?」

「…」

居なくなってしまった二人に最悪な事態を想像してわたくしと山田先生は顔を青くし。そして、織斑先生は鋭い視線で入口のドアを睨んでいた…。








――――Side 篠ノ之 箒





「むきゅ…狭い…暗い…」

通気口の中をミコトが泣きそうな声で呟きながら進んで行く。

「だからお前は来なくて良いと言ったんだ…」

通気口を使おうと提案したのはミコトだった。しかし私は自己紹介の時に嫌いな物は暗い所と狭い所言っていたのを覚えていた為、ついて来なくて良いと何度も言ったのにも関わらずミコトは絶対について行くと断固として自分の意思を曲げる事無くこうしてついて来てしまった。そして、泣きそうになっている今に至る訳だ。

「でも、ライトが無いと暗くて分からない」

む。たしかにそうだが…。

懐中電灯など持ち歩いている筈も無く、ミコトのISが展開してくれているライト無しで暗い通気口を移動するのはまず無理だっただろう。だがしかし、私の我儘でミコトに嫌な思いをさせるのは…。

「だいじょうぶ。がんばる」

「…すまない」

「ともだちが困ってるなら助ける。あたりまえ。あやまるの、ダメ」

「すまな…ありがとう」

またもすまないと言い掛けて慌てて私はその言葉を飲み込むと、感謝の言葉を言い直す。本当に、私は良き友を持った。私には勿体無い程の…。

「箒」

「っ!?な、なんだ?」

ネガティブに沈んでいたところに突然、声を掛けられてびくりと情けない反応を見せてしまう。

「箒は、どうしてこんなことする?」

「…何故、そんな事を聞くんだ?」

質問を質問で返す。これは失礼な行為だ。感心できるものでは無い。

「さっきは一夏を応援してなかったから」

見られていたのか。ずっとセシリアと話していた様に見えたんだが…。

「どうして一夏の所にいく?」

「わからない。わからないんだ…」

「う?」

自分が何をしたいのか。どうしてこんな行動をとっているのか。自分でも分からない。唯、気付いたらこうしていたのだ。


「一夏を応援していなかったんじゃない。出来なかったんだ。一夏が勝ったら、あの約束の意味を知ってしまう。でも、負けても一夏は…そんな事を考えていると、どうしても応援できなかった」

「約束のこと、私知らない……でも、箒が一夏の所に行こうとしてるのは応援するため」

「分かってる。矛盾しているのは」

だから、分からないんだ…。

償いのつもりなのか?だから直接応援に?何を馬鹿な。私が応援しようとしまいと一夏には関係ないではないか。何を自惚れているのだ私は。自分が特別な存在だとでも言いたいのか?馬鹿馬鹿しい…。

「私は、何をしたいんだろうな…?」

思わず嗤ってしまう。自分の馬鹿げた行動に。こんな埃まみれになって何がしたいんだ。まるで道化だ。

「箒のしたい様にする」

「ミコト?」

「箒が何をしたいのか私はわからない。でも箒がこんな事するのは箒がそうしたいと思ってるから」

「…」

そうしたいと思ってるから…。

「だいじょうぶ。私が箒をつれていってあげる。あとは、箒ががんばる」

「頑張る…か。ミコト」

「ん?」

「ありがとう」

「ん」

まだ、自分が何をしたいのかは分からない。自分の胸の底で蠢く醜い部分のざわめきも治まってはいない。でも―――。

少しだけ。勇気が湧いたよ…。









――――Side 織斑 一夏





「くっ……!」

一撃必殺の間合い。けれど、俺の斬撃はするりとかわされてしまう。これで何度目だろうか?絶好のチャンスを逃してしまったのは。

「一夏っ、馬鹿!ちゃんと狙いなさいよ!」

「狙ってるっつーの!」

それでも避けられてしまうのだ。普通では避けられる筈も無い速度と角度での攻撃を。おそらくあの全身に付けられたスラスターがそれを可能としているのだろう。あれのおかげで何処からの奇襲でも対処出来ているのだ。そして、そのスラスターの出力もまた尋常ではない。零距離から離脱するのに一秒もかからないとかどんだけ化け物なんだあれは…。

まずい。シールドエネルギー残量が60を切ってる。バリアー無効化攻撃を出せるのは、よくてあと一回か…。

「一夏っ!離脱!」

「お、おうっ!」

敵は攻撃を避けた後、必ず反撃に転じてくる。しかもその方法が無茶苦茶だ。でたらめに長い腕をぶんまわして此方に接近して来るのだ。まるでコマのように。しかも高速回転の状態からビームを撃ってくるのだから手に負えない。本当に何から何まで無茶苦茶だ。

「ああもうっ!めんどくさいわねコイツ!」

鈴は焦れたように衝撃砲を放つ―――が、しかし、敵の腕が見えない砲撃を叩き落とした。これも俺と同様に何度も同じ結果となっている。普段なら、『お前も外してんじゃんか』とか言う所だがそんな余裕は微塵も存在しない。俺も、鈴も、この状況をどう切り抜けるかという事だけしか頭に無かった…。

どうする?どうする!?

鈴との戦闘のダメージ、そして奴にかわされ続けて消費したエネルギーの事を考えると…。

「…鈴、あとエネルギーはどのくらい残ってる?」

「180ってところね」

やっぱそんなところか。だいぶ削られてるな。まぁ、俺と比べると大分マシなんだろうけど。俺の場合、攻撃するだけでシールドエネルギーを使うからなぁ…。

「…かなり厳しい状況ね。今のあたし達の火力でアイツのシールドを突破して機能停止させるのは確率的に一桁いくんじゃない?」

「ゼロじゃないならいいさ」

希望があるかな。僅かな数字でも。

「あっきれた。確率はデカイ方が良いに決まってるじゃない。アンタって良く分からないところで健康第一っていうかジジ臭いけど、根本的には宝くじ買うタイプよね」

「うっせーな…。俺は宝くじ買わねぇよ!俺はくじ運弱いんだ!」

「うわっ!やめてよ。疫病神。こっち近づいてくんな」

しっしと近づいて来るなと言ってくる鈴。ヒデェ…。それが共に闘う戦友に対する言葉か?

「ふざけるのはこの辺にして…どうするの?」

「逃げたければ逃げて良いんだぜ?責めたりしないし逃げ切れるまで守ってやる」

女を守るのは男の役目だからな。まぁ、鈴がこのままやられっぱなしで逃げる様なタマじゃないって事は知ってるけどな。

「なっ!?馬鹿にしないでくれる!?あたしはこれでも代表候補生よ。それが尻尾を巻いて退散なんて、笑い話にもならないわ」

やっぱりな。だと思ったよ。

「そうか。じゃあ、お前の背中くらいは守らせてくれ」

「え?あ。う、うん…ありが「鈴!避けろ!」ひゃあ!?」

再び鈴目掛けて放たれたビームに、鈴は慌てて回避行動をとる。会話中は攻撃してこないから油断してたな…ん?会話中は攻撃してこない?どうしてだ?絶好の攻撃する機会なのに…。

「…なぁ、鈴。あいつの動きって何かに似てないか?」

「何かって何よ?コマとか言うんじゃないでしょうね?」

「それは見たまんまだろうが。何て言えばいーのかな………ロボットって言えばいいのか?機械ぽいっていうか」

「ISは機械じゃない。何言ってんのアンタ?」

そのあんたバカぁ?みたいな顔はやめろ。茶髪に染めるぞ。

「そう言うんじゃなくてだな。えーと…あれって本当に人が乗ってるのか?」

「は?人が乗らないとISは動かな―――」

とそこまで言って鈴の言葉は止まる。

「―――そう言えばアレ、さっきからあたし達が会話してるときってあんまり攻撃してこないわね。まるで興味があって聞いてるような……ううん。でも無人機なんてありえない。ISは人が乗らないと絶対に動かない。そういう物だもの」

『ISは人が乗らないと絶対に動かない』

俺もそれは教科書で読んだ。ISは人が乗らないと絶対に動かない。しかしそれは本当なのだろうか?ISは今だ不明な所が多い存在。絶対なんて言いきれる筈がない。まだ解明されてないその部分に、それを可能とする物があるかもしれないのだから。そして、それを公表しなければ誰もその存在を知らないまま。つまり、そう言う事じゃないのか?

「仮に、仮にだ。無人機だったらどうだ?」

「なに?無人機だったら勝てるっていうの?」

「ああ。人が乗ってないなら容赦無く全力で攻撃しても大丈夫だしな」

『雪片弐型』の威力は、単一仕様能力である零落白夜を含めて高すぎる。訓練や学内対戦で全力を使う訳にはいかないが、無人機なら最悪の事態を想定しなくてもいい。

それに、一つ策がある。

「全力も何も、その攻撃が当たらなきゃ意味無いじゃない。分かってるの?今まだアンタ一度も攻撃を当てて無いのよ?」

「次は当てる」

俺にはその自信があった。策が上手くいけばきっと奴に必殺の一撃で斬り伏せる自信が。

「言い切ったわね。じゃあ、そんな事絶対に有り得ないけど、アレが無人機だと仮定して攻めましょうか。で?何を企んでるの?」

「ありゃ、バレてたか」

「何年アンタの幼馴染やってると思ってんのよ。アンタが何か企んでることくらいお見通しよ。あたしは何をすればいいの?あたしはこれと言って策なんて考えてないし、とことん付き合ってあげるわよ」

流石幼馴染。話が早くて助かる。

「俺が合図したらアイツに向かって衝撃砲を撃ってくれ。最大威力で」

「? いいけど、当たらないわよ?」

「いいんだよ。当たらなくても」

目的は別にあるんだからな。

「じゃあ、早速―――」

敵に向かって突撃しようとしたその瞬間だった、アリーナに此処に居る筈の無い人物が響いたのは…。

「一夏ぁっ!」

ハイパーセンサーが拾った箒の声に俺はハッとしてセンサーが示す方角を見る。するとそこには息を切らして肩で息をしている箒の姿があった。

「馬鹿!何やってんだっ!?危ないから逃げろっ!」

しかし、俺の言葉に箒は逃げようとしない。辛そうな、迷っているような、そんな表情で何だか言葉を選んでいる様子で口をぱくぱくとさせているだけ。そして、意を決したかのように目を瞑ると、大きく息を吸って―――。

「―――すまないっ!」

突然、俺に対して謝ってきた。

「何をわけの分からんことを!いいから逃げろぉっ!」

今は戦闘中で、しかもピット・ゲートは遮断シールドで守られていないんだぞ!?攻撃されたら怪我ですまないんだぞ!?

俺は必死に訴える。逃げろと、しかし箒の言葉はまた続いていた…。

「勝て!負けるな!一夏ぁっ!!!」

俺の訴えに勝るとも劣らない気迫での訴え。そして、その時だった。奴が動いたのは…。

『………』

―――まずいっ!今ので敵が箒に興味を持ったのか、俺達からセンサーレンズを逸らし、じっと箒を見ている。そして、ゆっくりと砲口がついた腕を箒に向けて持ち上げる。

ドクンッ…

死の恐怖とは違う何かが俺を襲い急激に体温が低下するのが分かる。そして、言葉に表し様の無い感情が爆発する。

「鈴!やれええええええっ!」

「わ、わかった!」

俺の気迫に圧されてながらも鈴は衝撃砲を構えて射撃体勢に入る。そして、俺はその射線に躍り出た。

「ち、ちょっと馬鹿!何してんのよ!?どきなさいよ!」

「いいから撃て!」

「ああもうっ…どうなっても知らないわよ!」

高エネルギー反応を背中に受け、俺は『瞬間加速』を作動させる。

『瞬間加速』の原理はミコト曰くこうだ。『後部スラスター翼からエネルギーを放出、それを内部に取り込み、圧縮して放出する。その際に得られる慣性エネルギーを利用して爆発的に加速する。ん。イメージはパッとして、ぎゅっとして、ドンッ!』

最後のは余分だったか。まぁ、つまりだ、外部エネルギーからでもいいということだ。そして、『瞬間加速』の速度はエネルギー量に比例する。

背中に大きな衝撃。衝撃砲の弾丸が俺の背中に直撃したのだろう。みしみしと身体が軋む音を聞きながら、俺は歯を食いしばり―――加速した。

「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」

俺の咆哮に呼応して、右手に持つ雪片弐型が強い光を放ち始める。そして、セシリアの時と同様に光は刃を形成すると―――。

―――【零落白夜】の使用可能。エネルギー転換率90%オーバー。

ハイパーセンサーがそう告げた。

その瞬間、世界が変わる。クリアーになる五感。全身に湧き上がるような力。その力に俺は身を任せると、雪片弐型を両手に掴み上段に振りあげ―――。

「俺の幼馴染に―――」

俺は…千冬姉を、箒を、鈴を、ミコトを、関わる人すべてを―――守る!

「手を出すんじゃねええええええええええっ!」

必殺の一撃のもと、敵ISを両断した。

その一撃は絶大。敵ISどころか、敵ISごと遮断シールドも破壊してしまうほどだった。これを有人機に対して使ったらと思うとゾッとする。

「終わった…はぁ…」

「つっかれたぁ…ギリギリだったわねぇ…」

本当にな。俺なんて残りエネルギーが一桁だ。でも箒も無事みたいだし良かった…。しかし、何だったんだ一体?

既に物言わぬ鉄屑と化してしまった残骸を見下ろす。やはり人は乗っていなかった。両断された断面からは機械が覗かせて時々ぱちぱちと放電させている。何故、この機体は学園に襲撃してきたのだろう?何が目的でこんな事を?無意識に残骸に触れようと手を伸ばした―――その時だった。

―――警告!上空より熱源。所属不明のISと断定。

「「っ!?」」

ハイパーセンサーの緊急勧告に俺と鈴は一斉にその場から飛び退く。その瞬間、俺達が先程までいた居た地面が上空から降って来た『何か』の衝撃によって爆ぜる。

ズドオオオオオンッ!

「うわああああっ!?」

「きゃあああああっ!」

「一夏っ!?」

アリーナを揺らす衝撃。巻きあがる土煙。飛んでいる俺達を吹き飛ばすほどの爆風がアリーナに吹き荒れた。

そして、爆風は土煙を吹き飛ばし、爆風の発生源から『ソレ』は姿を現した…。

そう、もう一つの翼を持ったISが…。

「なっ!?イカロス・フテロ?いや、違う…」

翼は確かにミコトの乗るイカロス・フテロと共通する部分が多い。だが、それ以外は殆どが別物だ。さっきの敵ISと同じで胴体に繋がる首の部分が無い。いや、それどころか人型ですら無かった。鳥。そう、イカロス・フテロと違い、アレは完全に鳥の形をしていたのだ。

「なんなんだよあれ…?」

あれも無人機なのか?いや、恐らくそうなのだろう。あれに人が乗れる筈がない。

「そんな事どうでもいいわよ今は!どうすんの!?あたしは戦うだけのエネルギーは無いわよ!?それにどうしてこのタイミングで…まさか!?」

「…俺が遮断シールドを破壊するのを待っていた?」

奴の武装は不明だが、今のは攻撃は遮断シールドを破壊できる程の威力があるようには見えなかった。それでも、もう戦う余力が無い俺達にとってはあの翼は死神の翼に見えてしまう。

「と、とにかく逃げるわよ!遮断シールドが破壊された今なら先生達が―――きゃあっ!?」

「鈴っ!?くそっ!―――ぐああっ!?」

退避しようとした鈴に、鳥型の敵ISは信じられない速さで鈴に接近し、足に装備しているその鋭い爪で鈴を切りつけると、ピタリと空中で停止して反転して鈴に駈け寄ろうとした俺に対しても攻撃を繰り出して来た。

尋常なスピードじゃない。もしかしたらイカロス・フテロよりも速いのではないだろうか?それにあの動き。PICが完全に機動してるのか!?

とんでもない速度が合わさった爪の攻撃を受け、その衝撃により吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。そして、最悪な事に今の攻撃によって白式のシールドエネルギーは尽きてしまった。

「がっ―――」

散らばり散開する粒子。無防備となった俺は受けた攻撃の勢いを殺す事が出来ず、全身を強打しながらごろごろと地面を転がり、勢いが止まる頃には身体はズタボロに変わり果て、脳震盪を起こし動けない状態になっていた…。

「う…ぁ…」

全身が痛い。動こうとすれば全身に駆け巡る激痛がそれを拒み。意識すらも保つことを放棄しようとしている。

あ…やば…。

上空で停止している敵ISが俺を狙っているのをかすむ視界で確認する。このままアレを喰らえばその鋭い爪で俺は肉塊と化すだろう。

しかし、俺は立ちあがることすら出来ない。視界はだんだん黒い靄で覆われていき意識も失われようとしていた。

「一夏ぁっ!」

「逃げてえええええっ!」

薄れゆく意識の中、箒と鈴の悲鳴が遠くの方で聞こえる。そして、俺に向かって来ている奴の鋭い爪…。

情けねぇ…。守るって言った傍からこれかよ…。

自分の情けなさに涙すると、とうとう俺は意識を完全に手放してしまう。

ふわっ…

意識が闇に沈むなか、最後に感じたのは柔らかな風が吹き抜けふわりと宙に浮かぶ感覚が。そして、2年前のあの時に感じた千冬姉の腕の中の温もりだった…。

千冬、姉…。












ミコトは一夏を抱きかかえて敵と対峙する。己と同じ翼を持つ敵と。初めて敵意を持った相手と…。

「一夏、泣かせた」

ボロボロになった一夏の頬に伝う涙を見てミコトは怒る。自分の知らない自分に戸惑う余裕すら無く込み上げてくる初めての感情。

「一夏。がんばった。でも、お前のせいで傷ついた…」

ミコトは知っている。一夏が放課後遅くまで訓練した事を。一夏がどんな思いで訓練をしていたのかを…。

『………』

しかし、もう一つの翼は何も応えない。凶鳥はただ得物を狩ることしか考えなていないのだから。

ミコトは睨む。無表情の仮面を歪めて。無機質な翼を。自分のとは異なる感情の無い翼を。

「お前…嫌い…」

そう呟いた瞬間。アリーナ全体に爆風が吹き荒れた…。

















ゴーレム ≪機体名:イピリス・フテロ≫


一夏と鈴の戦闘に乱入した謎の機体。そして、イカロス・フテロの完成された姿でもある。ミコトの専用機であるイカロス・フテロとは違いこの機体は接近戦特化機体となっており、足には鋭い鉤爪が装備され耐久性は勿論の事、機動性も向上されている。形状は無人機のためか人型では無く完全な鳥の姿をしている。この機体用のPICも搭載されているがそれを代償にミコトの様な変則的な機動は不可能となっている。しかし直進での最高速度は機動力特化型のイカロス・フテロをも上回り。驚異的な高機動力を持つ機体である。製作者は不明。

※イメージはガンダムヘブンズソード・アタックモード















あとがき


俺はそろそろ死ぬべきだと思う。いい加減進展しろよゴルァ(゜Д゜#

次回、ミコトちゃん
怒り爆発!やはり千冬さんのブラコン遺伝子はミコトにも存在してましたとさ。

でも、戦闘は出来ないのよね。ミコトの攻撃スキル発動は原作で言う6巻だろうから…。まだ未定ですけどね?


ミコトのイラスト第二弾!『Pixiv』と『TINAMI』にて公開中♪



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十二話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/05/07 15:53

アリーナ上空で二つの翼が緑と紅の粒子を撒き散らしアーチを描く。


片や優雅に美しく―――。


片や乱暴で凶悪―――。


全く正反対の翼を持つ者達。


「わぁ……」


その光景を学園内で誰よりも一番近くで眺めていたセシリアは我知らず嘆息する。自分の知らないISの美しさに。そして思う。まるで―――。


「まるで、天使のワルツ…」


―――と…。












第12話「喧嘩の後はごめんなさい」















――――Side ???






「お前…嫌い…」

一夏を大事そうに抱えるミコトさんを中心にして、アリーナに爆風が吹き荒れる。その風は全てを吹き飛ばす。敵も、その場に居た凰さんも。全て―――。

幸いな事にその爆風には殺傷能力は有りはせず、凰さんを吹き飛ばすだけで済んだ。生身の人間がいれば大惨事だったかもしれないが、唯一の生身である一夏さんはミコトさんの腕の中で守られている。箒さんもミコトさんの様子を察してかピット内に一度退避した様で危険は無さそうだ。

「いつつ…ちょっと!少しは加減しなさいよ!」

暴風に吹き飛ばされ愉快な恰好で地面に転がっていた凰さんはガバっと起き上がると、置きあがって早々に空を見上げて猛抗議。確かに、吹き飛ばされる側にとっては堪った物じゃない。

「ごめん」

「ごめんって、アンタねぇ…」

隣に着陸してくるミコトさんに凰さんは痛む頭を押さえて溜息を吐く。気持ちは分かる。彼女は色々とずれてるから一般的な思考で付き合うと常に頭痛の種と共に過ごさなければならない。自分も慣れるまで今の凰さんのように頭を悩まされたものだ。

「鈴。まだ動ける?」

「動くだけならね。戦うのは無理」

実質三連戦をしているのだ。エネルギーは既に底を尽きかけているだろう。出来る事と言ったら逃げ回る程度。それも持って数分と言った所か。とても戦闘を継続出来る状態ではない。

「十分。一夏。おねがい」

そう言って一夏さんを凰さんに預けると、凰さんはミコトさんの行動の意味を理解して慌てて引き止める。おそらくミコトさんの機体の情報を彼女も聞いているのだろう。何も武器を持たずあれに戦いを挑む等自殺を志願する様なもの。

「ち、ちょっと!?アンタはどうすんのよ!?」

「戦う」

………。

意外だ。あの少女の口から『戦う』という単語が出て来るなんて。戦いとは無縁そうなあの子から。それも自ら戦おうとしている。あの時は、戦っている自覚さえ無かったというのに。

…それだけ、怒ってるという事。

あの子にとって『ともだち』という物はそれだけ大切な物。傷つけられたくない物。それを知ると何だか嬉しくなり不意に笑みを溢してしまう。もし、自分も同じようになれば彼女は一夏さんと同じように怒ってくれるのだろうか、と…。

「アンタ馬鹿!?たった一人でアレを相手にするつもり!?」

「だいじょうぶ。もんだいない」

キリッと口で擬音を付け加える。さて、今度は何処で変な知識を身につけた事やら。

「それに、『ひとりじゃない』」

その呟きにドキリと心臓が高く跳ね上がる。もしかして気付いている?此方に?流石にこれは驚きだった。欠陥機とは言ってもイカロス・フテロのハイパーセンサーはちゃんと機能しているからちゃんと索敵すれば此方を捕捉することは可能だろうが、それでも此処はかなりの距離だ。普通なら索敵に集中していない限り此方に気付く筈もないと言うのに…。

「だから、いく」

「はぁ…わかった。無茶するんじゃないわよ?」

「ん」

何を言っても無駄だと観念したのか。一夏さんを抱え直すとミコトさんに背を向ける。そして、離脱する前に振り向くと…。

「…これは借りにしといてあげる」

「? 何も貸してない」

物の貸し借りという意味じゃないのだけれど。彼女には分からないのだろうきっと。

「あ~もう!アンタと会話してると疲れるわね!?いいから!今度借りを返すから覚悟しておきなさいよね!?」

何、その脅し文句…。

「?…ん」

ミコトさんは訳も分からず頷くのを確認して「よろしい」と満足そうに凰さんはピット・ゲートの中へ退避して行った。これで、『アリーナの中では』ミコトさんと所属不明の鳥型ISだけとなった。

『………』

敵ISは空中で停止しミコトさんの様子を窺っている。先程から攻撃をしてこなかったのは鈴さんを完全に興味対象として除外しミコトさんに興味を示したから?一夏さん達が破壊したISも二人の会話を興味深そうに窺っていた。この共通部分は一体何を意味するのだろう?

ハイパーセンサーを拡大して残骸を見る。『無人機』本来、有り得ない筈の技術。感情を持たない人形…の筈。しかし、あの行動は?

学習しようとしてる…?

となれば恐ろしい話だ。あれ程の…専用機2機で苦戦するほどの性能で、更に知能まで向上されたりなどしたら。そして、この技術が広まりなどすれば…。

恐ろしい。ISコアの構造が解明されて無いにしてもあの技術は恐ろしい物だ。もし、ISコアが解明されあのような無人機が量産される様な事にでもなったら…。想像するだけで全身の身の毛がよだつのを感じる。

…いや、見えぬ未来の事より今。先程から互いに睨みを合っていた二つの翼がついに動きを見せる様だ。先に動いたのは意外にも武装を持たないイカロス・フテロ。

不謹慎ながらも自分はこの戦いに興味が湧いていた。彼女がどのような戦いを見せてくれるのかを。一度彼女と戦った身としては、今まで遊戯でしか無かった彼女が本気で戦闘するところを見てみたかった。

始まる…。

「ん!」

その翼を羽ばたかせ、爆風で土を巻き上げながら宙に舞い上がると同時に、一気に上昇し敵IS頭を抑え。先程まで見上げていたのが見下す方へと逆転する。

空戦において相手より上を取るのは基本中の基本である。接近戦なればなおのこと。特に、あの所属不明のISは上空から急降下することでその爪の真価を発揮する様だ。アリーナに出来た二つ目のクレーターがその威力を物語っている。単純な突進であれだけの威力。それを可能としているのはあの鋭い爪では無く驚異的な加速力。

『………』

「むっ」

簡単に頭上を取られたことによるプライドか。いや、そもそも機械に感情は在りはしないから効率性のためだろう。ミコトさんに突進しひらりとかさわれ、そのまま再びミコトさんの頭上を取ると。ミコトさんはそれに対しむっと不満そうな表情を浮かべた。

…さて、今のは互いに挨拶の様なもの。これからどう動くのか。此方はしばらく見学させて貰うとしよう。

どちらにせよ、一撃で決めなければ意味が無いのだ。あの機動は厄介極まりない。彼女のようにのらりくらりとした変則的な機動をしないのが唯一の救いか。しかし、此方を捕捉されれば当てる事は難しくなるだろう。撃つなら確実に仕留められるタイミングで…。

一瞬のタイミングを逃さぬように常にトリガー指を掛けておく。スコープの中心に高速で動き回る的を捉えながら…。

「はやい。でも―――」

振れる者全てを壊すその翼を、ミコトさんはひらりとかわす。幾ら速くともイカロス・フテロには当たる事は無い。弾が速ければ速い程。動くエネルギーが大きければ大きい程。それは大きな波となりイカロス・フテロの乗る風となるのだから。

『………』

避ける。避ける。唯ひたすらに…。

「―――お前のは、翼じゃない」

トンッ…

『―――!?』

…え?

一瞬、何が起こったかの理解出来ず呆然としてしまう。攻撃…いや、そんな物では無い。あれはただ踏んだだけだ。かわす際に軽く触れる程度に。それだけで、敵の突進はあらぬ方向へと軌道を逸らし土煙を上げながら地面へ激突してしまった。

一体…何が?

「…出る力進む力が強い物は横からの力に弱い」


自分の疑問に答える様にミコトさんがぽつりと呟く。『出る力進む力が強い物は横からの力に弱い』なんと無茶苦茶な理論。確かに前進する乗り物が横の衝撃に弱いのは事実だが…。

しかし、まだ言葉は続いていた。

「お前は翼じゃない。真似てるだけ。この子とはちがう。だから…」

クレーターからゆっくりと起き上がる敵ISを見下すと、指をさして告げる。

「お前には負けない」

消耗していたとは言え、専用機2機を相手にしたあの化け物に対してまさかの勝利宣言。勝ち負けとか拘らないあの子が、だ。同じ翼を持つIS同士。譲れない物があるのかもしれない。一夏さんの事をあれば尚更。

『………』

瞬間加速による衝撃でクレーターを更に抉りミコトさんに突進する。これまでに無い程の速度だ。もし、自分が相手だったのなら懐に入られて撃墜されていただろう。しかしそんなものミコトさんに通用する訳が無い。『瞬間加速』はもっとも彼女が得意とする技なのだから。例え、幾ら速かろうとも…。

「むだ」

くるりと宙を回転し今度はおしりを蹴りあげると遥か上空へと飛んでいってしまう哀れな敵IS。先程の様な機動の逸れ方をしなかったのは、彼女の理論道理に横から力を与えなかったからか。しかしこれでは…。

高高度からの攻撃を許してしまうのでは?

あの敵ISの攻撃は高度が高ければ高い程威力が倍増する。そして、現在あのISが居る場所はミコトさんの遥か上空。そこから繰り出される攻撃の威力は、最初の一撃と同等かそれ以上…。どちらにせよ。直撃すれば唯では済まない。しかし、それは攻撃する側も同じ筈なのだが…。

本来、あの攻撃はミコトさんのイカロス・フテロも可能。でも、それをしないのは機体の方が耐えられないから。例え、耐久性が改良されているにしてもあの衝撃は当然自身にも返って来てる筈。その負荷は相当なものの筈だ。

『つぎ。ちゃんす』

――――っ!?ふふ、そう言う事ですか。

急に繋げられたプライベート・チャンネルでの言葉に、『わたくし』は笑みを浮かべるとトリガーを強く握り直す。まさか、これを狙っていたなんて。意外も意外。ミコトさんがこんな作戦を考えるなんて思いませんでしたわ!

そう、彼女はわたくしが一撃で仕留められるようにあの機体を消耗させていたのだ。『地面に激突させる事によって』。自身に力が無いのなら相手の力を利用すればいい。何とあの機体らしい戦い方だ。

では、わたくしもわたくしの仕事をしましょう。あの子がわたくしのためにお膳立てしてくれたのですから。

敵ISが威嚇するようにその翼を大きく広げ爪の先端を標的に向ける。あの急降下攻撃の準備態勢だ。

スタンバイ…。

ごくりと固唾を飲んでタイミングを待つ。撃つのは地面に衝突し動きが止まった瞬間…。

『くるよ?』

ふふ、わかってますわ。ご心配なく。

ミコトさんの気遣いに小さく笑みを溢す。そして、その瞬間。空から光が地上に向けて奔った。

ドゴオオオオオオンッ!!!!

地上どころか空を揺らす衝撃。そして衝撃に抉られて空にまで昇る土。間違いなく本日一番の衝撃だった。しかし、ミコトさんは健在。難なくあの攻撃をかわし。そして、アリーナの観客席の方も被害は見られない。そして―――。

――――敵は無防備!!

『セシリア』

「狙い撃ちますわっ!!!」

ミコトさんの呼び掛けにわたくしはトリガーを引いた。

先程の衝突でダメージを負ったのだろう。動きが鈍く巨大なクレーターから這い上がろうとする敵ISは、レーザーの存在に気付く事も避ける事も出来ずに撃ち抜かれて爆散した。

―――所属不明ISの機能停止を確認。

『おしまい』

「ですわね」

ハイパーセンサーが告げてくる情報に、ほっと息を吐く。とんだアクシデントでしたわね。それにしても…。

「ミコトさん」

『ん?』

「何時、わたくしの事をお気づきに?」

わたくしはミコトさんに何も教えてはいなかった。しかし、彼女はわたくしの存在に気付いていた。何時頃から気付いていたのだろう?それがどうしても気になっていた。

『しらない』

「え?」

わたくしは思いも因らぬ答えにポカーンとしてしまう。知らない?それって、わたくしの存在に気付いていなかったって事ですの?

だとしたら、なんて無謀な。わたくしが居なかったらどうするつもりだったのだろうこの子は…。

『でも、セシリアならたすけてくれるって信じてた』

…もう、この子は。嬉しい事言ってくれるじゃありませんの。

信頼して貰えるのは嬉しい事だ。それが、友達からならなおさら。

「ふふ、当然ですわよ。わたくしを誰だと思って?」

『ん。セシリア。私のともだち』

「ええ♪」

そして、貴女も私の自慢の友達ですわ。










…そして、クラス対抗戦襲撃事件は。死傷者は0という最善とは言い難いが最小の被害で終わりを告げた。










――――Side 織斑 一夏





「う……?」

全身の痛みに呼び起されて俺は目を覚ます。

状況が分からず周囲を見回すと、どうやら此処は保健室らしい。俺を囲う白いカーテンの隙間から覗かせている窓から見える景色は見覚えがあった。俺が寝ていたのは保健室のベッドか…。

ふぅ…と安堵の息が漏れる。どうやら俺は生きてるらしい。しかし、何があったんだ?確か俺は敵の新手に…!?

ガバッとベットから飛び起きる。

「っ!?鈴は!?箒はどうなったんだ!?それに皆は!?敵は!?」

「五月蠅いぞ。保健室で静かにしろ馬鹿者」

シャッとカーテンが引かれて現れたのは千冬姉だった。

「千冬姉!皆は!敵はどうなったんだ!?」

「織斑先生だ。少し落ち着け」

「これが落ち着いていられる「落ち着け」…はい」

『黙らなければ黙らせてやろうか?力尽くで』と語るその眼に、俺は素直に口を閉ざしコクコクと頭を上下に動かす。。まじだった。目がまじだった。しかし怪我人になんて脅しをするんだこの姉は…。

「さて、あの後どうなったか…だったな。安心しろ。怪我人はお前を除けば0だ。まったく、あれだけ大口叩いておいて怪我をするとはな。馬鹿者が」

ぐ…面目無い。

でも良かった。誰も怪我して無いんだな。それだけが心配だったんだ。しかしあの後何があったんだろう?俺が覚えているのは意識が失われる直後に感じた千冬姉の温もり。もしかしたら千冬姉が助けてくれたのか?

「俺が気を失う直前。助けてくれたのはちふ…織斑先生ですか?」

「私が?…違うな。お前を救出したのはオリヴィアだ。そして、あの所属不明機を撃墜したのもな。正確には、オリヴィアとオルコットの二人だが」

「ミコトが!?」

「信じられないか?まぁ、それは私も同じだがな。初めてだよ。あれがあんなに怒ってみせたのは」

「怒った?ミコトが…」

信じられない。あのミコトが怒るだなんて…。

「あれは『からっぽ』だからな」

「からっぽ?」

「ああ、あれは何も持ってない。だからこそ自分にある数少ない大事な物を大切にする。空の憧れ。夢。家族。そして友人…そう、お前達だ」

むぅ、何だかくすぐったいな…。

「何だ?照れてるのか?」

「て、照れてねぇ」

「ふっ、そう言う事にしておこう。だがしかし、それだけ想われているんだ。今回のような無茶は程々にしておけよ?私も家族に死なれたら目覚めが悪い」

そう告げる千冬姉の表情は、いつもよりずっと柔らかだった。世界で二人だけの家族。その俺にしか見せない顔だった。

「ごめん」

「謝るな。お前のおかげで怪我人は出なかった。お前を除いてな。それに、謝るなら他の連中にするんだな。随分と心配していたぞ?」

もしかして箒達の事か?だったら悪い事したなぁ。

「まぁそれは後にして今はゆっくり休め。命に別状は無いにしても全身に軽い打撲だ。数日は地獄だぞ?まぁ、無茶する餓鬼には良い薬だな」

「げぇ…」

何故地獄に叩き落とす様な事言うんだよ我が姉は…。

俺に止めを刺すと千冬姉はまだ仕事があるからと言い残し保健室を出て行く。仕事やあの襲撃の事後処理とか色々忙しいだろうに。俺は去っていく姉の背中に心の中でありがとうと感謝するとドアが閉まるのを見届けてボフンと枕に頭を沈めた。

「一夏っ!」

千冬姉と入れ替わる様にしてドアを蹴り破る勢いで保健室に入って来たのは箒だった。保健室ではお静かに頼むぜ。

「よう、ほうk「馬鹿者!心配させおって!軽い怪我で済んだからいいものの!ミコトが助けてくれなかったらどうなっていたと思ってる!?死んでいたのだぞ!?過剰な自信は身を滅ぼすという言葉を知らんのか!」あー…」

入って来て早々まさかの怒涛のマシンガントークに、よっ!と持ち上げようとしていた右手は箒の気迫に負けてそのまま下へとリターン。

あー…相当心配させたみたいだなぁ。

これ程箒が取り乱すなんて滅多に―――いや、結構あるな。入学初日の寮の時とか。あと色々あったな。

「えっとな…ごめんな。心配掛けて」

「べ、別にお前の心配なんぞしてないぞ!」

いや、さっき心配させおって!とかいってたじゃん。痴呆か?んな馬鹿な。数秒前だぞ?まぁ、それはさて置いて、だ。

「ミコトは一緒じゃないのか?」

「む。悪かったな!一人で」

いや悪くは無いけどさ。お礼も言いたかったし千冬姉に聞きそびれた事があったからついでに聞こうと思ったんだけど…。

「何で怒るんだよ?助けてもらったんだからお礼を言いたいのは当然だろ?」

「ふ、ふむ。その通りだ」

さっきから感情の凹凸が激し過ぎだろお前。

「それに、俺が気を失ったあとの事が気になったからな」

「む?織斑先生に聞いていなかったのか?」

「結果を聞いただけで詳しい話は聞きそびれた」

「お前は…まぁいい。ミコトとセシリアが敵の新手を撃破したのは聞いたか?」

「ああ、そこまでは聞いた」

俺が聞きたいのはその詳細だ。

「ミコトが囮となってセシリアが動きを止めた敵ISを撃墜。だが、セシリアの止めの一撃は単なる追い打ちで、撃墜にまで追い込んだのはミコト本人だと私は思う。セシリアもそれについては同意見だろう」

ミコトが?何も武装もないのにか?

「私も避難して見たのはモニター越しだったが凄まじい戦いだった。相手の力をそのまま相手に返す…軌道を逸らさせて地面に激突させるなんて誰が考える?」

「確かに、誰も考えないな」

そんなめんどくさい事するくらいなら攻撃した方が早いし。武装を持たないイカロス・フテロだからこその戦い方だろう。相手の力を利用する、か…。

「まるで別人かと思った。そう、あの時のミコトはまるで……」

「箒?」

どうしたんだ?急に黙りこんで?

「…いや、何でも無い」

箒はそう言って俺から視線を逸らす。そして誤魔化すかのように話題を変えてきた。

「そ、そういえば!怪我の方はどうなのだ?」

「ん?ああ、全身痛いけど問題無い」

この痛みと一緒にしばらくは生活しないといけないと考えると気が滅入るけどな。まあ、千冬姉の言う通り皆を心配させた罰だと考えよう。

「そうか。その程度ですんだのは日々の鍛錬の賜物だな。お前もこれで訓練の有難味が分かっただろう。これからも続けていくぞ。いいな?」

「あーわかったわかった」

「返事は一回だ!」

「分かったよ」

「うむ。そ、それでだな…」

「ん?」

「今回の勝負の結果。どうなるのだ?」

勝負?…………ああ!鈴の勝負の事か!

「…どうなるんだろうな」

アイツ等の乱入で勝負もうやむやになったし。再試合するのかな?と、思っていると箒が俺の疑問に答える様に教えてくれた。

「クラス対抗は中止だそうだ。アリーナがあれではな」

「あれ?」

「クレーターで穴だらけだ。今思うと観客席に被害が及ばないで本当に良かったと思うぞ」

箒が窓の方に視線を向ける。視線の先はアリーナか。何だか業者のトラックが沢山止まってるな。

どんだけだよ…。てか本当に俺が気を失ってる間何があったんだ?すっげぇ気になるんですけど?

「て、ことは…勝負は?」

「し、知らん!それに聞いてるのは私の方だ!」

…何で怒るんだよ?

でも、だったら約束はどうなるんだろう?再試合が無いんじゃ…。

「ひたすら土下座するしかないよなぁ…」

「そ、そうか!そうかそうか!…ははは!情けない奴め!」

何でそんなに嬉しそうなんだよ?薄情とかそんなレベルじゃないぞ?てかあれ?なんだか泣きそうだ…。

「うむ!では私は先に部屋に戻るとするか!」

しかも待ってくれねぇのかよ。鬼だ…。

「…一夏」

「ん?」

何だ?まだ言い足りないのか?そろそろ俺のガラスのハートも粉砕寸前なんだけど。

「その、だな。戦っているお前は…か、かか、かっ」

「???」

「格好良か…な、何でもない!」

最初の方が聞き取れなかった。まぁ、本人が何でも無いって言ってるんだから何でも無いんだろ。そう自己完結すると、箒は逃げる様に顔を真っ赤にして保健室を出ていってしまう。どうでもいいがせめてドアは閉めて行こうぜ?開けたら閉める。これは常識だろ?今は放課後だから人通りは少ないけど寝ているところを人に見られるのはあまり気持ちい物じゃないんだが…。

「ぐ……。だめだ。まだ身体がいう事きかない」

置きあがろうとすれば全身に痛みが走りすぐに俺は断念する。当分これと付き合って行くのか。はぁ…。

「…………寝よ」

暫しどうするか考えるとやる事ないし寝る事にする。どうにも疲労がヤバイ。さっきから身体が重いのは怪我だけが原因では無いらしい。瞼を閉じただけで意識は暗闇の中に引き摺りこまれていき、俺はそれに抵抗する事無く眠りについた…。







………。

「………」

ん?何だ?人の気配を感じるぞ?それも何だか顔の間近に感じる。誰だ?ていうか俺はどれくらい寝てたんだ?

「一夏…」

「鈴?」

「っ!?」

声で鈴だと分かると目を開ける。すると驚いた事に開いた目に映ったのは鈴の顔がドアップだった。新手のドッキリか?かなりビビった。

「…何してんの、お前」

「お、お、おっ、起きてたの?」

「お前の声で起きたんだよ。どうした?何をそんなに焦ってるんだ?」

まさか…俺が寝てるのをいいことに顔に落書きしようとしたな!?恐ろしい。何て奴だ。俺の周りにはこんなのにしかいないのか!?

「あ、焦ってないわよ!勝手な事言わないでよ、馬鹿!」

今日はよく馬鹿って言われるな。確かに成績は一番下だけども。

「そ、それより!怪我は大丈夫なの?」

「ああ、まぁな。全身が痛むけど」

「そ、そう。弱いのに無茶するからよ」

心配するか貶すかどっちかにしてくれよ頼むから。反応に困る。

「…なぁ、鈴」

「ん?何?」

「すまん!」

痛む身体に鞭を打って動かすと、ベッドの上で土下座をする。

「な、何よ突然!?」

「勝負は有耶無耶になっただろ?鈴の怒った理由は教えて貰えない。だから、せめてお前を泣かせた事だけでも謝りたいんだ」

「だ、だからって土下座はやり過ぎでしょうが!」

「いや、こうでもしないと俺の気が済まない」

とりあえず謝ると言うやり方は相手にとって不愉快極まりない事なのかもしれない。でも、俺に非があり鈴を泣かせたのは事実。こればかりは頭を下げないと気が済まない。例え、鈴がそれを拒んでもだ。

「それはアンタの都合でしょうが!土下座される身にもなってよね!」

「でも…」

「あーんもう!許す!許すから!土下座するのやめなさい!」

「…本当か?」

「いいわよ、もう。あたしもアンタの性格を考えてなかったっていうか。ムキになってたって言うか…」

良かった。許してくれるのか…。

「ありがとう。鈴。それとごめんな」

「いいってば!たくっ………でも、少し勿体なかったかな?」

「ん?何か言ったか?」

「な、何でも無い!?」

このやり取りは本日で2回目だぞ。何だ?幼馴染で何か通じるものでもあるのか?俺は無いけど。

まぁ、何はともあれ鈴が許してくれてよかった。これで約束について思いだそうと頭を悩ませる日々を送らなくて済むぜ。

「そう言えばさ」

「何?」

「約束で『料理は上達したら』って言ってだろ?てことは上達したのか?料理」

「え?ま、まぁ。人に食べさせ恥ずかしくない程度には…」

「おお!そうか!じゃあ今度食べさせてくれよ!」

「へ?え、ええ!良いわよ。有り難く思いなさいよ?あたしの作った酢豚が食べられるんだから!」

酢豚限定なのか?まぁ酢豚好きだからかまわないけど。そういえば酢豚にパイナップルを入れるのは邪道だって言ってたっけな。酢豚には拘りがあるのかもしれない。

「じゃあ今度鈴の店に遊びに行く時に奢ってくれよ。こっちに戻って来たって事はまたお店やるんだろ?鈴の親父さんの料理美味いもんな。また食べたいぜ」

「あ…。その、お店は…しないんだ」

「え?なんで?」

「あたしの両親。離婚しちゃったから…」

「……………え?」

一瞬、鈴が何を言ったのか理解出来なった。離婚?鈴の両親が?

何かの冗談かと思ったが鈴の暗く沈んだ表情を見てそうでは無いと悟る。そして、俺は言葉に迷った。何を言えば良いのだろうと。励ませばいいのか?何て?下手な言葉を言えば逆に鈴を傷つけるだけだ。そんなことしたくは無い。

「あたしが国に帰る事になったのも、そのせいなんだよね」

「そう、だったのか…」

今にして思えば、あの頃の鈴はひどく不安定だった。何かを隠す様に明るく振る舞う事が多かった。当時の俺はそれが妙に気になっていたんだけど。そうか、そうい言う事だったのか…。

「一応、お母さんの方の親権なのよ。ほら、今は何処でも女の方が立場が上だし、待遇も良いしね。だから…」

ぱっと明るく喋ったかと思うと、また声のトーンが沈む。俺に気を使っての事なんだろうけど…。馬鹿。お前が一番辛いのに気をつかってんじゃねぇよ。

「父さんとは一年会ってないの。たぶん、元気だと思うけど…」

俺は鈴にどう声を掛けたら良いか分からなかった。鈴の両親の離婚。その事実は俺にとっても衝撃的なものだったから…。

気前の良い親父さんの顔を思い出す。活動的なおばさんの顔を思い出す。どうしてだ?どうして離婚なんて。あれだけ仲良さそうだったのに…。

けれど、鈴に訊くことはできない。何よりつらいのは鈴自身なのだから。鈴の心の傷を抉る様なことは俺にはできない。

「家族って、難しいよね…」

俺は…両親を知らない。千冬姉だけが家族の俺にとって、鈴の言葉の深さは実感が湧かないものだった。

鈴を励ます言葉なんて俺には到底思い浮かばないだろう。だから…。

「あ…」

痛む腕を持ち上げて、そっと鈴の頭に手を置いて撫でた。

「………」

言葉なんて見つからない。だから、せめてこれ位はさせてくれよ。

優しく頭を撫でる。手を動かす度に痛みが走るがそんなの気にしない。

「ひっぐ…ぐす…」

鈴の泣き顔を見ない様に気を遣い天井を見上げる。保健室にはいつまでも鈴の泣く声が哀しく響いていた…。














――――Side 織斑 千冬





学園の地下50メートル。そこにはレベル4権限を持つ関係者しか入れない、隠された空間がある。

機能停止…いや、鉄屑と変わり果てたISはすぐさま此処へと運ばれ、解析が開始された。それから2時間、私は何度もアリーナでの戦闘映像を繰り返し見ている。

「………」

これは…やはり…。

「織斑先生?」

ディスプレイに割り込みでウィンドウが開く。ドアのカメラから送られてきたそれには、ブック型端末を持った山田先生だった。

「どうぞ」

許可を出すとドアが開かれ、山田先生はきびきびとした動作で入室してくる。事が深刻なためか、普段の落ち着きのない彼女はそこにはいなかった。

「あのISの解析結果が出ましたよ」

「ああ。どうだった?」

「はい。あれは―――無人機です」

世界中で開発が進むISの、そのまだ完成していない技術。遠隔操作と独立稼働。そのどちらか、あるいは両方の技術があのISには使われている。その事実は、すぐさま学園関係者に緘口令が敷かれる程だった。当然だ。その様な存在が知られればとんでもない事が起きる。各国の手が伸びないこの学園内で起こったのが幸いだった。それとも、それも計算していたのか?

「どのような方法で動いていたかは不明です。織斑くんが撃破した方は最後の一撃で機能中枢が完全に破壊されていました。修復は不可能です」

だろうな。あれだけ最大出力でやればな。

「ミコトちゃんとオルコットさんが撃破した方のコアは無事でした。そして、解析の結果。イカロス・フテロの構造と共通する部分が多く見られたとの事です」

「………」

「あの、これはやはり…」

「あの国がこれ程の技術を有するとは思えん。それに、唯でさえ現在立場が危ういと言うのに学園に喧嘩を売ると思うか?」

最悪、戦争が起きてしまう可能性もある。彼等もそれは望んではいないだろう。

「そうです、よね…」

まったく。オリヴィアの事で判断が鈍っているな。可愛がるのは良いが自分の立場をしっかり自覚してくれ。

「ああ、そうだ。鳥型の方はばらしてイカロス・フテロの予備パーツに回しておけ」

思いだしたかのように私はそう伝える。唯でさえイカロス・フテロのパーツは入手困難だからな。丁度良いから使わせて貰うとしよう。殆どがあの戦闘で使い物にはならなくなっているがな。

「はい。そう伝えておきます」

「コアはどうだった?」

「………それが、登録されていないコアでした」

「そうか」

やはりな、と続ける。すると、私の確信じみた言葉に山田先生が怪訝そうな顔を浮かべる。

「何か心当たりがあるんですか?」

「いや、ない。今はまだ―――な」

あくまで『今は』だが…。






――――同時刻





「ありゃりゃ、負けちゃったかぁ。まぁ、発想自体が馬鹿が考えた欠陥だからねぇー仕方ないねぇー」

真っ暗な機械が敷き詰められた不思議空間で、『GAME OVER』と表示された画面に女は微塵も悔しさを感じられない声を漏らしグテ~とだらしなく身体を預けると、理解出来ない事でもあるのか、あれれ~?と不思議そうに首を傾げる。

「んん~?なんで、第二形態移行しなかったんだろう?経験も『ちびちーちゃん』とイカロス・フテロとのシンクロも十分の筈なのにねぇ~?」

ミコトとイカロス・フテロの願いは共通。故にISとの相性は世界でもおそらく五指に入るだろう。少なくとも女そう思っている。けれど、あの機体は第二形態に移行しなかった。何故だ?

「いやいやいや。それより単一仕様能力だよ」

『単一仕様能力≪ワンオフ・アビリティー≫』。ISが操縦者と最高状態の相性になったときに自然発生する固有の特殊能力。通常は第二形態から発現するが、それでも能力が発現しない場合が多い。だが、ミコトとイカロス・フテロの相性から考えると逆に発言しない方が不自然なのだ。

「ふむぅ?ISの方が拒んでる?あの子怖がりだからなぁ。それとも何かが足りないのかな?怒り?悲しみ?憎しみ?喜び?敵意?殺意?それとも―――」

ぴんっとこの間暇つぶしで造ったISの模型を女は指で弾くと模型は音を立てて崩れ落ちる…。

「絶望、かな?」

女は崩れた模型を感情を感じさせない瞳で眺めながら思う。イカロスは自身が敬愛した太陽の女神によって蝋で作られた翼をもがれ命を落とした。なら、ミコト・オリヴィアが愛したモノとは?信じたモノとは?心の支えとは一体何なのだろう?と…。

そして、真実を知った時。あの幼き少女はどうなるのだろうか………?

「…ま、どうでも良いけどさ♪」

ポイっとガラクタと化した模型の残骸を自作のお掃除ロボ『お掃除四太郎』の口の中へと放り込むと、鼻歌を歌い出し再び自分の趣味に没頭する。

所詮、あの白き少女は『準・興味対象』。女には失うのは少し惜しい壊れやすい玩具程度の価値でしか無い。そして、それ以上興味を示す事もないだろう。あれは『偽物』でしかないのだから。

「ふんふんふんふ~ん♪」

鼻歌が響く暗い部屋の中、女は興味に没頭する。ピポパピポパとキーボードの奏でる伴奏と鼻歌を響かせて。次はどんな暇つぶしをしようか考えながら…。













あとがき


バキのとんちは信じない事。だってとんちだもの。

俺が戦闘なんて書ける訳ねぇ!!ラウラが登場するのは次回の最後かその次か…。

束さんが嫌な人に見えるかもしれませんが…アニメだけ見た人!これが束さんです!



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十三話 最後の部分少し追加
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/05/16 00:17
「むぅ~!覚悟はしてたけどIS学園はGWが短いよぉ~!全然遊べなかったよ~!」

「一般での必修カリキュラムと、IS関連のカリキュラムを両立させるとなると、休日を削られるのは致し方ありませんわ。諦めなさいな」

何せ、入学式早々授業が始めるのですから。全寮制が義務付けられているのは生徒の安全のためだけでは無く、遅くまで授業をするためでもありますし。大体、あらゆる機関・組織が介入する事が許されない此処IS学園は、日本であって日本でないのですよ?本来なら祝日がある事さえおかしいですのに。

「ぶ~ぶ~!」

「はぁ…やれやれですわ」

…しかし、何故わたくしはこの部屋に居るのでしょう?

クラス対抗もという学校行事が終わり。慌ただしかった学園の空気も落ち着き始めていたある日の夜。夕食を済ませたわたくしは自室へと戻ろうと廊下を歩いていたら廊下の角で布仏さんに捕まり彼女の部屋まで連行されてしまった。なんでも、明日の休日何処かに出掛けるから一緒に考えようとの事。そして、何故か既にわたくしは同行する事は決定済みらしい。

はぁ…まったく。布仏さんはミコトさんと同じく掴みづらい方ですわね。

「だいたい、前にも言いましたでしょう?学生の本分は学業。なら、ここIS学園の学生ならばISに励むのは当然義務ですわ」

代表候補生ならなおのこと。わたくしは国の代表として此処に来ているのですから。勉強は勿論のこと、ISでも他国に後れをとる訳にはいかないのです!ですが…―――。

ちらりと視線を向ける。

「あむ……ん?」

美味しそうに食堂から貰ってきたプリンを頬張ると、わたくしが見ている事に気が付き「何か用?」と首を傾げるミコトさん。

「はぁ…」

既に勉学も、ISの実力もこの子に敗れているのですけどね…。所詮、わたくしは『次席』ですわよ。『主席』のミコトさんより劣ってますわ。うふ、うふふふふ…。

「?」

くっ、可愛く装ったって騙されませんわよ。ああもうっ!また口を周りを汚して!

とりあえずハンカチでミコトさんのお口の周りを綺麗に拭う。レディーなら身だしなみをキチンとしないといけませんわよ?

「…うん。セシりんは立派なママだよ。異論は認めない」

「セシりんはやめなさい!あと、ママではありませんわ!」

誇り高いセシリア・オルコットの名が台無しですわ!それに!わたくしはこんな大きな子を持つ程歳をとっていませんわよ!何度言わせるんです!

「え~?セシりん可愛いのに…」

「可愛いとか可愛くないとかの問題ではありません!威厳が損なわれてしまいますわ!」

「元々ないのに…」

「何か言いまして?」

「べつに~?」

わざとらしく口笛を吹いて誤魔化さない!まったくもうこの子達はお行儀がなってませんわ。良いですわ。こうなったら今夜はとことんお二人にレディーの心得という物を―――。

『ま、まっ、待って下さい!』

「はい?」

「なになに~?」

「?」

隣の部屋から大きな声が響いて来た。この凛のした声は箒さん?壁越しでもハッキリと良く聞こえる程の大きな声を出してどうしたのでしょうか?声色からして随分と慌てたご様子ですが…?

「修羅場?修羅場かな~?」

「しゅらば?」

「会った女の子にかたっぱしから手を出すおりむーについに切れたしののんが『お前を殺して私も死ぬ!』って包丁をブスリ♪」

『ぶすっ♪』と可愛らしい仕草とは正反対で物騒な内容なこと…。

「っ!?…箒!一夏!」

「お、おおおお待ちなさいミコトさん!本気にしないでください!?」

それを聞いて顔を真っ青にして飛び出そうとするミコトさんを慌てて引き止める。いくら箒さんでもそれはないでしょう。竹刀で9割殺し程度で止める筈です。…それでもやり過ぎですわね。

―――っと言うより、今の箒さんの台詞は不自然でしょう?一夏さん相手なら敬語なんて使わない筈ですわ。

たぶん、目上の人が部屋に訪れたのだろう。恐らく先生でしょう。別に先生が生徒の部屋に訪れるのは珍しい事では無い。きっと、何か連絡する事があったのでしょう。

「ん~?良く聞こえないね~?」

「盗み聞きなんてはしたな―――」

「これ…」

すっと何処から持って来たのかガラスのコップを差し出すミコトさん。それを使って隣の会話を盗み聞きしようと言う事だろう。

「お~!みこちー分かってるねぇ~!」

「ミコトさんまで!?」

何と言う事でしょう。やはり、このわたくしがしっかりと責任を持ってミコトさんを教育しなくては…。

「セシリアも、一緒にする」

そう言って、ミコトさんがわたくしにもコップを差し出してくる。

「わ、わたくしはそんなはしたない真似…」

「仲間はずれ。ダメ」

「いやいやいや!そうではなくてですね!?」

「だめ」

「いや、そのですね?」

「一緒」

「うー…」

ごめんなさい。お母様。セシリアは駄目な子です…。

押しの弱い自分に涙しつつわたくしはミコトさんからコップを受取り壁にコップを当てて耳を澄まします。すると、箒さんと…これは恐らく山田先生ですわね。二人の声が聞こえた。

『そんな急に部屋替えと言われても…今すぐでないといけませんか?』

あら、部屋の調整が付いたんですのね。満室の状態で学園の方も苦労したでしょうに。

一夏さんは世界で唯一の男性でISを操縦できる人間。そして、IS学園初の男子生徒。今まで女性しか居なかったこの学園は男性を考慮した設備は無く。そのため、お、お手洗いもそうですが。浴場、そして部屋などいろいろと調整する必要があった。

『それは、まぁ、そうです。いつまでも年頃の男女が同室で生活するというのは問題がありますし、篠ノ之さんもくつろげないでしょう?』

「まぁ、そうだよねぇ~」

「まったくですわ!なんてうらやまし…こほん。殿方と同棲なんて淑女にあるまじき行為ですわ!」

山田先生の言葉にうんうんとわたくしと布仏さんが頷く。でも、分かっていない人がいた。

「? なんで?」

「みこちーにはまだ早いかな~?」

「ミコトさんは知らなくていいんですのよ?」

ミコトさんはそのままでいてくださいな。

「む~…」

そう不満そうな顔をしないでくださいな。わたくし達もミコトさんを思っての事ですのよ?情操教育に非常に悪いですわ。

と、そんな事はさて置いて。盗み聞き…では無く偵察を続けましょうか。そうです。これはあくまで偵察なのです。箒さんに後れをとらないための。

『そんな気を遣うなって、俺の事なら心配するなよ。箒が居なくてもちゃんと起きられるし歯も磨くぞ』

「おりむーは鈍感である」

「同感ですわ」

「?」

『先生、今すぐ部屋を移動します!』

『は、はいっ!じゃあ始めましょうっ』

そう言って、箒さんは出ていってしまった。

「「あぁ~…」」

箒さん。恋敵ながら同情いたしますわ。ですが、これで大きなハンデが無くなりましたわね。ふふふふ…。

同室となると、どうしても一夏さんと共に出来る時間に差が出てしまう。しかも寝食を共にしてる訳なのだから何かの間違いが起きてしまう事も絶対に無いとは言い切れない。なんてうらやまし…じゃない。そんなの不公平ですわ!諦めきれませんわ!

…こほん。熱くなりすぎてしまいましたわね。

「箒、お引っ越し?」

「そうですわね」

立ち退きという名のお引っ越しですわ。まぁ、遅かれ早かれこうなるのは決まっていたのですけどね。箒さんとの同室はあくまで部屋の調整が済むまで、との事でしたし。その時が来ただけですわね。

「さて、話は済んだ様ですし。今日はもうお開きに―――」

ドンドンッ!

隣から聞こえるドアを叩く音に反応して、壁から離しかけたコップを再び元に戻して耳を当てる。

「セシりんの方がノリノリな件について」

お黙りなさい!それに!セシりんではありませんわ!

『なんだ?忘れ物か?」

一夏さんの言葉から推測すると、どうやら出て行った箒さんが戻って来たようですわね。

『どうかしたのか?まぁ、とりあえず部屋に入れよ』

『いや、ここで良い』

『そうか』

『そうだ』

『………』

『………』

…なんですの?この沈黙?

態々部屋に戻って来たのは用事があるからでは?少なくとも聞いてる方も気まずくなるような沈黙を作るために戻って来たのでは無いとは思うのですが…。

『…箒、用が無いなら俺は寝るぞ』

『よ、用ならある!』

急に大声を出されてびくりと跳ねあがるミコトさん。まったく、こんな夜遅くに廊下で大声を出すのはどうかと思いますわよ?

『ら、来月の、学年別個人トーナメントだが…』

学年別個人トーナメント。6月末に行われる行事で、クラス対抗戦とは違い完全に自主参加の個人戦。ついこの間クラス対抗戦をしたばかりだと思われるかもしれませんが、このIS学園では生徒の向上意識を高める為かこう言った行事が多い。ですが、今年は専用機持ちが多き事から参加人数は少ないでしょうね。

『わ、私が優勝したら…つ、付き合ってもらう!』

なっ!?なななななっ!?

「なんですっt、モゴモゴっ!?」

「あは~♪これは面白くなってきたよ~♪」

「???(つきあう?一緒にお散歩するのかな?)」

「モゴ~ッ!モゴモゴ~~ッ!?」

わたくしは、わたくしは認めませんわよー!?










第13話「五反田食堂」










「何で、わたくしは此処に居ますの…?」

わたくしは、ミコトさん達と共にあの悪夢が蘇る街を歩いていた。本音さんを先頭にミコトさんが迷子にならない様にと間に挟み最後尾がわたくしとしたこの構成。先頭の布仏さんは既に獲物を探してすぴすぴと鼻を鳴らし、わたくしはどんよりと肩を落としてそれについて行く。

うぅ…思いだしただけでも鳥肌が立ちますわ…。

前回は酷かった。ミコトさん達に付き合ったせいで一日にしてわたくしの体重が、体重が…。あれからどれだけ苦労した事か。しくしくしく…。

「わたくしは個人トーナメントに向けて特訓しなければなりませんのに…」

そう、わたくしはこんな所で遊んでいる場合では無いのです。個人トーナメント優勝を目指して特訓しなければならないのです!箒さんに負けるだなんて万が一にも有り得ない事ですが、慢心は敗北に繋がると一夏さんに教えられましたからね!

「まだ言ってるの~?いい加減諦めなよ~」

「諦められるものですか!箒さんが優勝すれば一夏さんとお付き合いすることになるんですのよ!?」

ずるいです!ずるいですわ!箒さんだけ!そんな事でしたらわたくしだって一夏さんと約束を交わしたいです!必ず優勝してみせますわ!そして一夏さんと…ふふ、ふふふふ♪

「セシリア。笑ってる。よだれ。よだれ。ふきふき」

「不気味だねぇ」

―――はっ!?ジュルリ…わたくしとした事がなんてはしたない。

慣れない手つきでわたくしの口の周りをハンカチで拭こうとするミコトさんのおかげで正気に戻る。危なかった。醜態を晒すところでしたわ。

「こほん…ですから、わたくしは今直ぐにでも学園に戻って鍛錬に励みたいのです」

くっ!もっと早く部屋を出ていれば!逃げましたわね箒さん!自分だけ特訓しようだなんて卑怯ですわ!

「え~?せっかくの休日なんだから楽しもうよー?学生の特権だよー?」

「前にも言いましたわよねその台詞!?大事な行事を控えている今、遊んでいる暇は無いでしょう!?遊びになんていつでもいけるのですから!」

「先が見えない明日より、此処にある今を私は懸命に生きたい(キリッ」

「キリッじゃありませんわ!なんですかキリッて!?」

本当にこの方と話をしていると疲れますわ。はぁ…。

だからこそなのだろうか。布仏さんがミコトさんと一番仲が良いのは。ミコトさんはクラスの方達だけではなく、先輩方そして学園の関係者の方達と交流は多いがその中でも布仏さんは群を抜いてミコトさんと仲が良い。波長が合ってるからかしら?類は友を呼ぶとこの国にはそんな言葉がありましたわね。まさにこの二人がその通りではありませんか。

「それにね、セシリア」

「なんですの?」

「明日が来るなんて保証は無いんだから今を楽しむべきでしょー?」

はぁ?何を言って…。

一瞬、何故か布仏さんの表情に暗いものが差した様な気がしたが、今はもういつもののほほんとした雰囲気を振りまいている。気のせい?でも…。

「というわけでー!みこちー!どこいこっかー?」

「おー?」

…気のせい、ですわよね?

「この前は東を中心に回ったからぁ…次は西を攻めようか!」

「ちょっ!?お待ちなさいっ!また食べ歩くおつもりですの!?」

悪夢再来。布仏さんの言葉を聞いてサーッと顔を真っ青にしえ布仏さんに訊ねると、布仏さんはにんまりと笑って「もちろん♪」と頷く。そんな、体重を減らすのにどれだけ苦労したと…。

「も、もっと他にする事は沢山あるでしょう!?お洋服を買ったり!」

「私の趣味にあったお洋服はこの辺りには無いのだー」

ああ、そうでしょうとも。貴女の服は色々と独特ですものねっ!

何度も布仏さんのパジャマや私服を目にしているが色々とアレだった。私服はまぁ流石にまともなのもあったがパジャマは酷かった。パジャマというか着ぐるみでは?と思えるほどに…。つまり、彼女のセンスは一般的なセンスとズレが生じており、普通のお店では彼女を満足させるお洋服は存在しないのだ。余程特殊なお店でない限り…。

「嗚呼、何故こんな事に…。どうせなら一夏さんも誘ってくだされば少しはマシでしたのに…」

「誘ったんだけどねー」

「一夏。ともだちのお店いくって」

「友達!?また女性の方ですの!?」

と、そんなわたくしの疑問を答えてくれたのはこの場に先程まで居なかった声だった。

「違うわよ。お店って言ったらたぶん弾…五反田っていう男子よ。一夏の知り合いに実家で営業してるのはアイツくらいだし」

聞き覚えのある声に振り向けば、そこには何処かで買い物をして来たのだろうか?ビニール袋を片手呆れ顔で立っている鈴さんがいた。

「鈴さん!?どうして此処に?」

「それはこっちの台詞よ。なにか聞き覚えのある声が聞こえたから来てみれば…何してんの?」

「何って…何をしているのでしょうね?」

そんなの、わたくしが聞きたいくらいですわ。

「あたしに訊いてどうすんのよ…」

「う゛…そ、そんなことよりも!鈴さんはその一夏さんのお友達の事をご存じで?」

「まぁ、よく一緒に遊んでたしね。五反田 弾って言うんだけど、男子の中で一番一夏と仲良いんじゃない?親友ってやつ?」

ほっ…良かった。男性の方なら心配ありませんわね…って、どうしましたの?鈴さん?不機嫌そうな顔をして…まさか!?

「まぁ…そいつには一個下の妹が居るんだけどね」

「大問題じゃありませんの!?」

やっぱり一夏さんは一夏さんでしたわ!

鈴さんの表情から察するにきっとその方の妹さんも一夏さんに想いを寄せている筈。本当に一夏さんは節操がなさ過ぎですわ!?

「まぁ、おりむーだし?」

「ん?」

「確かに納得ですが納得出来ませんわ!」

「それについては同意見だけど…もうあたしは諦めたわよ」

「一夏だしね」と疲れたように肩を落とす鈴さん。彼女も幼馴染なだけあって、流石に付き合いが長いからか、そういった光景を何度も見せられ続けて慣れ…もとい諦めてしまったのでしょう。

「りんりんも大変だねぇ」

「りんりん言うな!」

わたくしの『セシりん』といい、布仏さんは変なあだ名をつける癖でもあるのでしょうか?それとも趣味?どちらにせよセンスは壊滅的ですわね…。

「まったく…で?もう一度聞くけど何してたの?こんな所で騒いで」

「好きで騒いでたんじゃありませんわよ」

「お出掛け。お買いもの」

「買い物?」

「お菓子。食べる」

「何で片言なのよ…」

いつもの事じゃありませんの。わたくしはもう慣れましたわ。寧ろ言葉を口に出す方が珍しいですわよ?ミコトさんの会話の反応は殆ど「ん」で済ましますから。

「鈴さんはどう言った御用件で?」

「あたし?あたしは生活用品とかその他色々を買いにね。急な転入だったから必要最低限の物しか用意してこなかったのよね」

そういってビニール袋を持ち上げる。

「購買でそう言ったものは揃えてあったと記憶してるのですが?」

「使い慣れた物の方が良いでしょ?値段よりそっち優先」

成程、確かにそうの通りですわね。自分にあった物が一番ですわ。わたくしも購買で売ってない物は本国から取り寄せていますし。というより、わたくしの場合は殆どが本国からの物ですが。

「では、もうお帰りで?」

「んー、どうしよっかなぁ?せっかく街に出て来たんだしテキトーにぶらぶらしようかなって思ってたんだけど…」

「だけど?」

「アンタ達、その五反田食堂に行きたくはない?」

ニヤリと明らかに悪巧みを考えている笑みを浮かべて鈴さんはそう訊ねてくる。確かに興味はありますが…。

「一夏さんの個人の時間をお邪魔すると言うのは気が引けますわ…」

「一夏。楽しそうだった。邪魔するの、だめ」

唯でさえ自分以外は女子だけという特殊な環境で精神に負担が掛かっていると言うのに、休日くらいは気楽に楽しんでもらいたい。

「違うわね。間違っているわよ!セシリア!ミコト!」

「う?」

「間違ってる?どういうことですの?」

「あたしは五反田食堂に行きたくはないかと聞いたのよ?丁度今は昼時。グッドタイミングじゃない!」

「別にそこで食べなくても…」

「あたしは日本に帰って来たって顔を出しておきたいし、アンタだってその妹の方に興味あるんじゃない?」

「ぐっ…」

否定出来ませんわね。ですが、う~ん…。

その妹さんには興味がある。敵の情報を知るのも戦いには重要な事だ。ですが、一夏さんの休日を台無しにする訳には―――。

「こうしてる間にも、おりむーのその子に対する好感度が上昇中~♪『この料理、美味しいな♪』『あん♪一夏さんへの愛情を込めましたから♪』」

「往きますわ!是非に!」

―――やはり敵情偵察は何よりも重要ですわよね!

「(ちょろいなぁ)」

「(ちょろいわね)」

む?何ですの?この生温かくも不愉快な視線は…?

まぁ、それはともかくとして。わたくし達は鈴さんに案内されて、一夏さんのご友人の家が経営している『五反田食堂』へと向かう事に。密かにデザート巡りが無くなっていた事は嬉しい誤算である。









「ここが『五反田食堂』ですか」

「おー」

入口には大きく看板に『五反田食堂』と書かれているから間違いないでしょう。お世辞にも大きい店とは言えませんが、中から漂ってくる料理の匂いはとても食欲をそそりますわね。空腹なら尚更。

「そっ、ボロイけど料理は美味いわよ」

「こらこらこらこらっ、ひとの店の前で何て失礼な事言いやがる」

鈴さんのあんまりな言葉に反応したのはわたくし達でなく、後ろから声を掛けてきた頭にバンダナを巻いた長髪の男性だった。もしかして、この方が一夏さんの…?

「あら、弾。生きてたの?」

「生きてたっておい!久しぶりなのに酷すぎやしないか?普通こういう時は『元気だった?』の一声ぐらいあるべきだろう」

やっぱり、一夏さんのお友達の五反田 弾さんでしたか。

「なに?買い出しか何か?」

そう言って鈴さんは五反田さんの持っているビニール袋を指さして訊ねる。

「無視か…ああ、ダチが遊びに来てるのに野菜がきれそうだから買いに行ってこいだとさ。ったく、あの爺は…」

「あはは、厳さんらしいわ」

「笑えねぇっての…で?そこの可愛い子達はお前と一夏の知り合いか?」

「同じIS学園の生徒よ。あと一夏のクラスメイトでもあるわね」

鈴さんの紹介に乗じて自らも名乗り出る。

「わたくしは、イギリス代表候補生セシリア・オルコットですわ」

「布仏 本音だよー」

「布仏さんと…オルコットさんでいいのかな?俺、外人さんは初めてだからさ」

「ええ、それで間違いありませんわよ?」

「代表候補生かぁ…一夏が言うにはエリートなんだよな?」

「ええ!勿論ですわ!」

「凄いなぁ…」

「ちょっと!あたしだって中国人で代表候補生でしょうが!」

「あ?居たのか鈴?」

「…ふんっ!!」

「ぐふぉあっ!?」

見事な回し蹴りが五反田さんの顔面を打ち抜き、五反田さんは綺麗な曲線を描いてコンクリートに沈む。

…仲良しですのね。

「ミコト・オリヴィア」

「うおっ!?千冬さんっ!?…てか白!?」

「?」

ミコトさんをも見た瞬間飛び跳ねて驚く五反田さん。その反応は何処かで見た事がありますわね。というより、先程から居ましたのに気付きませんでしたの?確かに、ミコトさんは無口な上に存在が希薄ですから気付かないのも無理はないかもしれませんが…。

「…って、そうか。一夏が言ってたそっくりさんのオリヴィアちゃんか」

そっくりさん…まぁその通りですけど。そんな芸能人のそっくりさんじゃないのですから…いえ、ある意味千冬さんは芸能人より有名ですわね。

「一夏のともだち?」

「ああ、五反田 弾って言うんだ。よろしくな?オリヴィアちゃん」

ミコトさんだけちゃん付けなのはきっと容姿のせいだろう。

「ん。ミコトで、良い」

「おう。ミコトちゃん」

そういって挨拶を済ませるとがしがしとミコトさんの頭を撫でる。完全に子供として認識されてますわね。気持ちは分かりますが。

「それで?何だよ急に?食いに来たのか?」

「ええ。ついでに戻って来たって報告をしにね」

「そうか。入れ入れ。奢ってやるよ。まかないだけどな」

「ほんと?やった~♪」

「お~」

ぴょんこぴょんこと喜ぶ布仏さんととりあえずそれに合わせて喜ぶミコトさんでしたが、流石に今日初めて会った方にご馳走になるのは少し気が引けた。

「あの、急にお邪魔したうえにご馳走になるのは…」

「いいっていいって、今ちょうど一夏の奴も来てるからさ。一人や二人増えた所で変わらないって」

「そうそう、気にしない気にしない!」

「いやお前は少しはオルコットさんを見習えよ」

「うっさいわね!ほら入るわよ!」

「何でお前がしきってんだよ…」

そう言って鈴さんを先頭にのれん?だったでしょうか?それを潜り店の中へと入っていく。そして店の中に入るといち早く一夏さんがわたくし達に気付き声を掛けてきた。

「あれ?セシリア達じゃんか?何で此処に…って、なんだ。鈴も居たのか」

「なんだとは何よ?まぁ良いわ…厳さん!ただいま~!」

「おう!こっちに戻って来てたのか!餓鬼どもをぞろぞろと連れて来やがって!待ってな!飯を用意してやっからよ!」

「ありがとー!」

な、何て言うか、凄く大胆と言うかパワフルなお爺様ですわね。織斑先生とは違う威圧感を持っていましたわ…。

「それでどうしたんだよ?セシリア達を連れて来て」

「別にいいじゃない。買い物のついでよついで。あ、蘭。久しぶりね」

「…はい。お久しぶりです。お元気そうでなにより」

鈴さんのなんだか挑発的な挨拶に、五反田さんと同じようにバンダナをした女性が表情を固くして少しと刺を含んだ挨拶を返す。彼女が五反田さんの妹さんでしょうか?恐らくそうでしょう。髪の色も目元もお兄さんに似てますし。

「セシリア達は蘭を知らないよな?五反田 蘭。弾の妹だ」

「…は、はじめまして」

一夏さんが紹介してくれた途端表情が柔らかくなる。成程、やはり彼女もわたくし達と同じですか…。

「イギリス代表候補生。セシリア・オルコットですわ!よろしく、五反田 蘭さん」

「よ、よろしくお願いします。あ、あと、蘭で良いですよ?」

「何威圧してんだよ…」

あら?最初の挨拶は重要ですわよ?この人には敵わないと印象を植え付けるのがコツですわ。

「布仏 本音だよー!よろしくねー!らんらん!」

「ら、らんらん?」

「あー…あんまり気にするな。のほほんさんはいつもこうだから」

「は、はぁ…」

布仏さんの自己紹介も終え、次はミコトさんの番となりミコトさんは布仏さんの後ろからひょこりと顔を出す。

「きゃっ!?ち、千冬さん!?…し、白くなってる!?」

「それ、俺と同じ反応な」

本当に織斑先生の知り合いは皆同じ反応をしますわね…。

「ミコト・オリヴィア」

「え?…が、外国の方ですか?」

「ん?」

「いえ、首を傾げられても…」

蘭さんが一夏さんに助けを求める様に視線を向けるが一夏さんは首を振るだけ。実際、わたくし達もミコトさんの素性は殆ど知らないのですから答えようが無いですわ。

そして、一通り自己紹介が済んだ頃にタイミング良く料理が運ばれてくる。

「おう餓鬼共!食え!」

「わ~い♪いただいま~す♪」

「いただきます!」

「いただきますわ」

「ん。いただきます」

「おう。ゆっくりしていきな!」








――――Side 織斑 一夏






「でも驚いたよ。まさかセシリア達と此処で会うとはな」

「わたくしは止めたのですが…」

「嘘言うんじゃないわよ。アンタだって乗り気だったじゃない」

「り、鈴さん!」

何をそんなに慌ててるんだ?あと気をつけろよ?あんまり大きな声出すと厳さんが中華鍋を飛ばしてくるぞ?まぁ、さすがに女の子にそんな事までしないと思うけど…。たぶんいってしゃもじくらいか?

「でも皆揃ってると思ったら箒はいないんだな?」

このメンバーだとてっきり、箒も一緒だと思ったんだけどな。

「箒。特訓中」

「特訓?ああ、そうか。個人トーナメントに向けてか。頑張るなぁ」

昨日の夜の事が関係してるのか?凄く真剣な表情だったけど。

「ホウキ?誰ですか?」

ああ、そうか。蘭は知らないんだよな。

「幼馴染だよ。ファースト幼馴染」

「まだ増えるんですか…」

ん?増えるって何が?

「唯でさえ年下で不利なのに、これじゃあ…」

年下で不利?何の事だ?

蘭はセシリア達を悔しそうに見ていた。いや、正確には胸か。

…蘭。お前もきっと大きくなるって。まぁ、鈴という例外がいるけ―――ブルッ!?なんだ!?今の寒気はっ!?

「…決めました」

な、何を?

「私、来年IS学園を受験します」

がたたっ!

「お、お前、何言って―――」

ビュンッ―――ガッ!

大きな音を立てて弾が立ち上がった瞬間、厨房から飛んできたおたまが見事弾の頭に直撃する。な?言った通りになっただろ?

「お~…」

「わぁ~痛そう~」

うん。痛いぞ?経験者は語るからな?アレは痛い。冗談抜きで痛い。

「受験するって…何でだ?蘭の学校ってエスカレーター式で大学まで出れて、しかも超ネームバリューのあるところだろ?」

「大丈夫です。私の成績なら余裕です」

いや、答えになってないし。

「IS学園は推薦ないぞ…」

よろよろと立ち上がる弾。体力は無いが復活は早い。弾の隠れた特徴だ。あまり意味のない性能だけども。

「お兄と違って、私は筆記で余裕です」

「いや、でも…な、なあ、一夏!あそこって実技あるよな!?」

「ん?ああ、あるな。IS起動試験っていうのがあって、適正が全くない奴はそれで落とされるらしい」

ちなみにその起動試験そのまま簡単な稼働状況を見て、それを元に入学時点でのランキングを作成するらしい。

「………」

無言でポケットから何やら紙を取り出す蘭。それを身を乗り出して覗きこむ俺達。

「へぇ~、やるじゃん」

「これは…」

「すご~い!代表候補生になれるかもよ!らんらん!」

IS学園の生徒であるセシリア達が口々に嘆声をもらす。蘭が取り出した紙に書かれていたのは。

IS簡易適正試験 判定A

「げぇ!?」

「問題は既に解決済みです」

ふふん鼻で笑い勝ち誇る蘭。成程、確かにこの成績は凄い。勿論、これは『簡易』適正審査であってちゃんと試験をした訳ではないが代表候補生であるセシリアと鈴が驚いているのだからこの好成績は凄いのだろう。

「それって希望者が無料で受けれる奴だよねー?政府がIS操縦者を募集する一環でー」

ISは女性の憧れでありしかも無料で受けらる為希望者は多いと聞いた事がある。政府としてもそれで優秀な人材が見つけられるのだから両者としても利点はあるのだろう。

「はい。そうです布仏先輩」

「先輩はいらないよぉ~」

くすぐったいよぉと顔を赤くするのほほんさん。うん。可愛い。

「で、ですので…」

こほんと咳払い。

「い、一夏さんにはぜひ先輩としてご指導を「ちょっと待ちなさい蘭」…」

鈴が蘭の言葉に割り込む。一斉に鈴へと視線が集まるが鈴は珍しく真剣な表情を浮かべて蘭を見ていた。

「…なんですか?鈴さん」

うわ、明らかに不機嫌そう何ですが?

「蘭。アンタ、ISをアクセサリーか何かと勘違いして無い?」

「どういう意味ですか?」

「ISは、兵器よ。遊びの道具じゃないわ。この国、平和ボケしてるから分かってないかもしれないけど」

『………』

しんと、食堂が静まり返る。

「弾が必死に反対しようとしてるのはアンタが危険な目に遭って欲しくないから…分かる?」

「それは…っ」

「…」

鈴の言葉に蘭は言葉を詰まらせ、弾はそれを何も言わず聞いている。俺もそうだ。既に軍属している鈴の言葉は、蘭だけではなく俺にも重く圧し掛かっているのだから。現に、俺はつい先日死にかけている。ミコトが助けてくれなかったら恐らく今頃あの世に居たことだろう。

「アンタがIS学園に入学したい気持ちはよく分かるわよ?別にそれを覚悟で入学してくるのなら文句は無い。あたしは正々堂々と対等に相手してあげるわよ。でもね、ただ誰かがIS学園に居るからとかそんな理由なら反対。アンタのその成績だと尚更ね。きっと政府も既にマークしてる」

「…確かに、鈴さんの言う通りですわね。この国の方達は少々認識が誤っていますわ」

鈴に続いてセシリアも反対の意見を述べ始める。

「あの人がいる学園に…その気持ちは素敵なものだとわたくしも思いますわ。ですが、わたくしや鈴さんはそんな理由でISの道を選んだ訳ではなくってよ?」

「そうするしかなかった」そう二人は言う。二人が向こうでどんな経験をしたのか俺は詳しくは知らない。でも、それだけの事があったのだろう。国の代表というのは聞こえは良いが言いかえれば最強の兵士もとい兵器なのだから。その代表候補と言うのも結局は…。

…そう言えば、のほほんさんはどうなんだろう?ちらりと彼女の方を見れば、彼女は困ったかのように笑みを浮かべて。

「あははー。私の家は代々そう言う家系だからー」

そうだったのか。意外、と言うのは失礼か。

「蘭…あのな?」

がたっ!

「ら、蘭?」

突然立ち上がる蘭。その表情は影が降りており窺う事は出来ない。でも、きゅっと握られて震える拳を見れば蘭の心境など容易に見てとれた…。

「わ、私は…私はっ!」

…まずい。皆少し言い過ぎだ。他に言い様があっただろうに。

「ら「別に、いいと思う」…ミコト?」

今まで何も言わず、唯黙ってそこに座って会話を聞いていたミコトが急に口を開く。

「私は空が好きだらかISに乗ってる。なら、蘭もそうすればいい」

おお、出たぞミコトカウンセラー。此処はミコトに任せてみよう。

「あ、あのなミコトちゃん。そういうんじゃなくてだな?」

「?」

「いや、そんな不思議そうにされても…」

弾、止めとけ。ミコトに俺達の常識なんて通用しない。常にミコトルールの下に生きてるからな。授業放棄して散歩なんてよくある事だぜ?その度に山田先生が泣いてセシリアと箒が探し回って千冬姉に怒られてるけど。

今思うと大丈夫なのか?うちのクラス…。

「蘭は。どうしたい?」

吸い込まれそうな程に澄んだその無垢な瞳は蘭を映して問い掛ける。

「わ、私は…私はIS学園にいきたいです」

言葉が詰まりそうになりながらも、蘭はミコトから目を逸らそうとせず自分の本心をありのままに告げる。すると、ミコトはそれを聞いて満足そうに頷く。

「ん。蘭はそうしたい。ならそうする」

こくりこくりと何度も頷きながら言うミコトの仕草が可愛らしい。言っている本人は真剣なのだろうけど自然に表情が緩んでしまう。

「蘭の夢。否定する。誰にも出来ない」

「オリヴィア先輩…」

「ん。だから、がんばる」

「は、はい!ありがとうございます!オリヴィア先輩!」

「…ちがう」

がばっと物凄い勢いで頭を下げて感謝の言葉を述べる蘭に、ふるふるとミコトは首を振る。

「ミコト。先輩。いらない」

「………はい!ミコトさん!」

「ん」

…お、問題は解決したのか?ちらりと鈴達の様子を窺うと、ミコトに毒気を抜かれたのかやれやれと首を振って苦笑しているだけで、どうやらもう何も言うつもりは無いらしい。

「まぁ…ミコトだしね?」

「ミコトさんが出て来られたらどうしようもありませんわね」

「だねー♪」

「う?」

そんな笑い声に囲まれて、何故笑われているのか理解出来ず不思議そうにミコトは傾げると更に笑い声は大きくなる。ミコト本人は無意識での発言だから自分の言った事の重大さが分かってないんだよなぁ。まぁ、ミコトらしいけどさ。

「いやいやいや!何この流れ!?何で一件落着的な雰囲気になってんだよ!?」

うるさいなぁ弾は。気持ちは分かるが空気読めよ。

「じーちゃんも何か言ってやってくれよ!」

「蘭の自分で決めたんだ。そこの譲ちゃん言う通りどうこう言う筋合いじゃねぇわな」

本当、蘭には甘いなぁこの人…。

「でも―――」

「なんだ弾、お前文句あるのか?」

「…ないです」

弱いなぁ。俺は身内でもビシッと言うぞ?言う時は―――。

『ほう?お前まさか姉に勝てるとでも思っているのか?良い度胸だ…』

―――…はい。調子乗りましたすいません。前言撤回させて頂きます…。

「私!頑張って合格しますね!一夏さん!」

「おう、頑張れ」

未来のかわいい後輩だ。俺も出来る事はしてやろうじゃないか。でも気になったんだけどさ…。

「ところで、蘭が言う学園の知り合いって誰なんだ?」

『………』

…あれ?何で俺をそんな冷たい目で見るんだよ?

「はぁ…」

「全くこの方は…」

なぜ溜息を吐かれなければいけない。少し感じ悪いぞお前ら。

「ん…いt「わー!ミコトさん!ダメぇ!」おー?」

ミコトが何か言い掛けて慌てて蘭がそれを止める。何だなんだ?何なんだ一体?

「…おい一夏」

「ん?なんだ?弾」

「いつか刺されるぞ」

は?何でだよ?









五反田食堂を出た頃にはすっかり空は茜色に染まり陽が傾きかけていた。久しぶりに弾と会ったせいか話し込んじまったなぁ。

「じゃあまたな、弾」

「おう。また来いよ」

弾と別れて俺達は学園への道を歩く。そう言えばこの面子で遊びに行くのは初めてだよな。箒も来ればよかったのに。今度は箒も連れて出掛けるか。

「お~…」

「すっかり夕方だよぉ」

「ですわね。随分と長い時間お邪魔してしまいましたわ」

「気にすんなよ。マナーさえ守れば怒鳴られる事は無いから」

まぁ、あの後、数回おたまが俺と弾の頭に飛んで来たけどな。女には手を上げない。流石厳さん男だぜ。頭イテェ…。

「厳さんもまだまだ現役ねぇ。何時引退するのやら」

たぶんあと20年はやってるんじゃないか?あの厳さんなら普通にバリバリの現役してそうなんだけど。

「あ…」

「ん?どうした?ミコト」

急に立ち止まってじ~っと何かを眺めているミコト。俺はその視線を先を追うと、此処から道路を挟んで随分と離れた公園にたい焼きの屋台があった。ミコトが見てるのは恐らくあれだろう。

よく見つけたな。普通は気付かないぞ。

「なんだ?食いたいのか?たい焼き」

「ん」

こくりと頷くミコト。

「はぁ…待っててやるから買ってこい。お金はあるのか?」

「ん」

そう頷くとミコトは財布を取り出して中身を見せてくる。すると中には万札が少なくとも10枚以上詰めてあった。随分と金持ちでいらっしゃいますねミコトさん…。

聞いた話では専用機持ちは機体のデータ取りする報酬としてお金が貰えるらしいが…俺は無いぞ?

「車に気を付けるんですのよ?」

セシリアが前屈みになりミコトに視線を合わせると優しくそう言い聞かせる。まるで本当の母親の様だった。本人は否定してるけどその行動はどう見たって母親そのものだぞ?セシリア。

「転んで落とすんじゃないわよ?アンタとろいから」

「ん」

何だかんだ言ってセシリアは勿論だが鈴も面倒見が良いよな。

「いってらっしゃいみこちー」

「皆の分。買ってくる」

そう言うと、ミコトはとことこと屋台目指して小走りで駆けて行き、俺達はその背中を見送るのだった。













一夏達と分かれて屋台に辿り着いたミコトは人数分のたい焼きを買い戻うと人気のない夕方の公園をひとりとことこと歩いて行く。

「ん~…いい匂い」

袋から漏れ出すたい焼きの甘い香りに頬を緩ませる。その所為かスキップとまではいかないが足取りも随分軽い。

「見つけたぞ…」

「?」

凛とした声が響き。ミコトは足を止めた。そして、目線をたい焼きから前へと移すと、そこにはその美しい銀髪を夕陽で煌めかせ立ちはだかる少女の姿があった…。

身長はミコトより少し大きいくらいだろうか。左目には眼帯がありそして何より特徴的なのは。純白の制服。そう、ミコトと同じIS学園の制服を身に纏ってた。所々違うのはIS学園が制服のカスタマイズを許可しているからである。

(…誰?)

銀髪の少女はミコトを知っている様な口ぶりではあったがミコト本人は彼女とは面識は無く何故自分の事を知っているのか不思議そうに首を傾げるだけ。しかし、銀髪の少女はそんなことは気にする事無く言葉を続ける。

「全て処分されたと聞いていたが…まさか生き残りがいたとはな。報告を聞いた時は怒りで如何にかなってしまいそうだったぞ」

銀髪の少女は眼帯の無い目で鋭くミコトを睨む。そして凍える様な冷たい声でこう告げた。

「贋作が…この顔…いや、お前の様な存在があること自体が許されない」

そういって取り出されたのは鈍い光を放つ黒い物体。拳銃だ。その銃口はミコトにへと向けられている。

「死ね」

そう呟かれたと同時にパァンッと乾いた銃声が公園に響き渡り。袋に詰めてあったたい焼きが地面に散らばった…。













あとがき

はい。ラウラの登場です。前回と続いぜシリアスな終わり方です。らしくないね!

ISについての認識は日本人は甘いと私は思っています。原作でもラウラがそう言っていましたし。ですので、原作ではあの場に居なかった代表候補生達がもしいたら…と考えて書いてみました。

てか親は止めろよ。凶器だよ?殺し合いの道具何だよ?



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十四話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/05/24 07:31

全ての始まりは、きっと此処からだったと私は思う。

それは、IS学園の合格通知が届いたその日。合格を祝って、お嬢さまやお姉ちゃんそして私だけで開かれた小さなパーティーでの事だった。

『本音ちゃ~ん。来年からIS学園の一員だね!おめでと~!』
『おめでとう。本音』
『わ~い!ありがと~!』

いっぱいいっぱいかんちゃんと一緒に勉強したもんね~♪

『そんな君に仕事をプレゼントだよ♪』
『わ~い。さよ~なら~』

コドモノワタシニハスコシハヤイトオモウ…。

逃走を試みようとしたけどガシッとお嬢さまに腕を掴まれて逃走失敗。無念だよ…。かんちゃんのお祝いをせずこっちに来たのはそう言う理由だったんだね…。本当はかんちゃんも含めて4人でパーティーしたかったんだけど私達は使用人だからねー。仕方ないかー。
本当はかんちゃん本人がパーティーを拒否したんだけどね。残念無念。

『こらこら逃げるな使用人♪』
『私はかんちゃん専属だよ~』
『関係ありません。当主の命令です。布仏家の役目を果たしなさい』
『鬼~』

合格祝いで仕事を押し付けるなんてどうなのさ~?

『あはは、そう脹れない脹れない。別に難しい仕事を押し付ける訳じゃないんだから』
『ほんとかな~?』
『ホントホント♪それで、仕事の話に戻るんだけど―――』

これが始まり。みこちーに出会う切っ掛け。

…そう、私、布仏本音がみこちーことミコト・オリヴィアと出会ったのは偶然では無くそうなる様に仕組まれてたものである。クラスや部屋割りもそう。全てが学園の、そしてお嬢さまの指示で私はミコト・オリヴィアと接触した。
私の与えられた役目は3つ。一つは対象の監視、二つ目は対象の護衛、三つ目は対象の良き友であること。この3つが私の役目。
でも、これだけは言える。例え、それが命令だからと言っても、みこちーは私の大切な友達であり掛け替えのない人だってこと。この想いに嘘偽りは決してない。断言できる。だから、私はみこちーの友達であり続ける。それが、悲しい結末しか待ってないと分かっていても。私はみこちーの友達なんだから…。
最後まで笑って、そしてお別れしたい。それが私の願いだから…。











第14話「鳥籠」











「だ、大丈夫でしょうか?うまくお店の方に伝えられるでしょうか?あの子人と話すの得意ではありませんのに…」

とことこと駆けて行ったみこちーを見送って数分経過した頃、セシりんがみこちーが向かった先を背伸びをして見ようとしたり、目を細めてじーっと眺めたり、そわそわしたりと、落ち着きのない行動をし始める。本当にセシりんは心配性だねー。なんか昔テレビで見た『初めてのおつかい』っていう番組を思い出すよー。
そんなセシりんを皆は生暖かい目で見守ってる。もう周りからセシりんは母親として定着してるね。うんうん。良い事だよ。あ、でもそれだと山田せんせーがヤキモチ焼いちゃうかもだよ。罪作りだねみこちー。

「アンタはミコトの母親かっての」
「で・す・か・ら!わたくしはミコトさんの母親ではありませんわよ!」

ンガ~!と両手を上げて威嚇して来るセシりんに対してりんりんは「は?何言ってんのこいつ?」みたいな顔をする。

「今のアンタの行動を照らし合わせてみなさいよ」

うんうんと皆が頷く。説得力無いよねー。

「そんな、一夏さんまで…」
「ははは、でもセシリアだって嫌じゃないだろ?」
「な、ななな何を言ってるんですの?そんな訳ある筈ないじゃないですか。まったく、何を言い出すかと思えば。大体、あんな大きな子供をこの歳で持っていたら周りからどう思われるとお思いですの?冗談ではありませんわ」

口ではキツイ事言ってるけど明らかに動揺してる。図星だね?やれやれ、素直じゃないねぇ~。

「そんなに心配なら見に言ってきたら?こう電柱に隠れて心配そうに見守る母親みたいに」
「鈴さん。そろそろ決着をつけるべきでしょうか?」
「あらやるの?受けてたつわよ?」
「はいは~い。こんな街中で喧嘩しないの~」

一気に緊迫した空気となりバチバチと火花を散らし始める二人の間に私は割って入り今にも激突しそうだった二人を止める。ていうか熱い!?この火花本物だよぉ!?
代表候補生は無駄にプライド高くて何かと喧嘩早いから面倒だね。何かとISで解決しようとするのはどうかと思うよ~?

「心配なら追いかければ良いじゃん。別に悩む必要も喧嘩する必要もないよね?」
「わ、わたくしは心配でありませんわよ!ふんっ!」
「どの口が言うのよ…」
「まったくだ」

強がってそっぽを向くセシりんに皆呆れたてやれやれと首を振る。本当に素直じゃないよセシりん。まぁ、おりむーの周りに居る女の子は皆同じ事言えるよねこれって。あっ、勿論私やみこちーは除くよ?

Pruuuuuuu…

「あっ、私の携帯だー」

セシりんが素直じゃないと言う事を再確認したところで、携帯の着信音がポケットから鳴り響き、誰からだろうと携帯を取り出して相手を確認すると画面に表示されている名前にうげ~と顰め面になる。画面にはこう表示されていた【お姉ちゃん】と。つまり私のお姉ちゃんだ。なになに?今日はお仕事は嫌だよ~?

「もしも~し。本日は生徒会はお休みで『本音!今ミコトちゃんと一緒にいる!?』…え?」

私の呑気な声とは逆に、お姉ちゃんの声は切羽詰まるものだった。身体全体に流れる血がまるで冷水に変わったかのように冷たくなるような錯覚に陥る。お姉ちゃんはみこちーの名前を出した。つまりそれはみこちーに関わること。お姉ちゃんの声からは余裕を感じられず緊急の事態だと理解するのに時間は数秒も必要は無かった。そしてそれと同時に嫌な予感が胸の中をざわめき始める。

「…みこちーがどうかしたの?」
「ん?ミコトがどうしたって?」

おりむーがそう聞いて来るけどそれを無視して携帯に意識を集中する。おりむーには悪いけどそんな場合じゃないのごめんね。

『ちょっと気になる報告があって、思い過ごしだと良いのだけど…あのね――――』

ドクン…

『先日、急な転入があって、その所為もあって生徒会も対応に遅れたのだけど…その生徒の経歴を調べた結果―――昔、織斑先生の教え子で―――もしかしたら、ミコトちゃんに危害を――――』

ドクン…

『…本音?聞いてるの?本音?本―――ッ』

「……………っ!」

話を最後まで聞かず私は携帯を切り駆け出した。みこちーの後を追って…。

「お、おい!どうしたんだよ!?」

「布仏さん!?」

おりむー達が突然走り出した私に驚くが構っている暇は無い。今は一刻も早くみこちーの所に行かないといけないんだ。

「はぁ…はぁ…っ」

自分が運動が苦手だという事に構わず息を切らしながら必死で走る。一秒でも早くみこちーのもとに着く様に。嫌な予感がするの。とっても嫌な…。歩道橋を渡り階段を駆け降りると公園に飛び込んだ。公園は夕方だという事もあって人気が無く不気味なまでに静けさに更に私の不安が駆り立てられる。

「…っ!いた!」

見つけた!あの色素が抜けきった白い髪を見間違える筈が無い。良かった、無事だった。お姉ちゃんの言う通り思い過ごしだったのかと胸を撫で下ろすと走っていた足を止める。いやいや私に走らせるなんてみこちーも罪作りな女の子だよー。私は走るの苦手なのにさー。

「みこち…?」

紙袋を大事そうに抱えて此方に歩いてくるみこちーに声をかけようと手を伸ばしたがそれはピタリと止まる。何処からか現れた銀髪の少女がみこちーの道を遮り私の視界からもみこちーの姿が隠れてしまったから。

「…誰?」

あんな子私は知らない。みこちーも学園内での交流は広いけどあんな子知り合いにいた?あの制服はカスタマイズされてるけどIS学園の物だし…え?

…IS学園の制服?

学園外で何で制服を?みこちーはただ私服がないから制服を着て出かける事は多いけど、他の生徒は皆年頃の女の子ばかりで制服で出掛けるなんて滅多にない。全寮制ならなおの事。じゃあ、何であの子は制服を着てるの?

―――先日、急な転入があって…。

まさか…。

つい先ほどお姉ちゃんが言ったいた言葉が脳裏に過ぎりはっとして銀髪の少女を見る。此処からでは彼女の顔は見えない。でも、その異様な殺気は此処からでも感じ取るには容易で、まるでそれはナイフを連想させる程鋭くて…。

まさか…あの女の子が…?

お姉ちゃんの言う転校生?と、疑問に思ったその時だった。銀髪の少女が動いたのは。少女は何かをポケットから取り出す。大きさは携帯よりもう少し大きめで色は黒?それにあれは金属製?陽の光が鈍く反射して…っ!?

―――拳銃っ!

そして漸く私は彼女が何を取り出したのかを理解すると地面を蹴り、自分の有らん限りの力を振り絞ってみこちーに向かって走り出す。世界がスローモーションで動いている。私も風に揺れる木々も、街も、全て…。一歩また一歩と走りみこちーへと駈け寄るけど銀髪の少女に取り出した拳銃の銃口は既にみこちーへと向けられている。私は手を伸ばす。間に合え。そう願いながら…。でも、そんな私も願いを嘲笑うかの如く。無慈悲に紡がれた少女の『死ね』と言う呟きと共に引き金は引かれ。私はそれに絶望しながらも最後の希望に縋りみこちーに向かって飛び込む。
パァンッ!乾いた銃声が響き弾丸が放たれる。奇跡。そう言った方が良いかもしれない。ううん。本当に奇跡だった。一か八かに賭けて飛び込んだ私はみこちーを押し倒してみこちーに向けて放たれた弾丸を避ける事に成功する。私の頭を翳めて頭上を通り過ぎていく。そして、弾丸が当たったのか髪留めが砕け散り纏めてあった髪がファサリと広がる…。

「チッ……邪魔が入ったか」

倒れる私とみこちーを見て少女は忌々しそうに私達を見下ろしてくる。

「…君。何をするのかな?私の友達に何をするのかな!?」

銀髪の少女から目を離さない様にして、みこちーを見て、そしてみこちの視線の先にある地面に無惨に散らばるたい焼きを視線を移す。

―――皆の分。買ってくる。

許せなかった。何が許せないかって。みこちーを傷つけようとした事は勿論だけど、みこちーが私たちのために買って来てくれたたい焼きの事についてもだ。どう償いをさせてやろうか?そんな自分には似つかわしくないと自分でも自覚できるどす黒い感情が胸の中で蠢いていた。

「………」

「なんとかいいなよ!」

キッと睨みつけて怒鳴り散らすも目の前の少女は何も言わない。唯、みこちーを蔑む様な目で見下すだけ。その目が私にとって何よりも不快だった。…何、その目?そんな目で見るな。そんな目でみこちーを見るな!

「お~い!何かすごい音が聞こえたけどどうしたんだ~?」

「ほう…」

突然走り出した私を心配してか、私の後を追いじかけておりむー達が遅れて公園へとやって来る。すると、何か因縁でもあるのだろうか?少女は先頭を走るおりむーを見て小さく声を漏らし目を鋭くさせた。まるで、獲物を見る獣の様に…。

「…なんだ?どうしたんだ!?」

やって来たおりむーが倒れている私達を見て唯事では無いと察したのか慌てて私達に駈け寄り、険しい顔をしたセシりんとりんりんが私達を守る様にして私と彼女の間に割って入って立ちはだかる。既に二人は状況を理解したみたいだ。

「穏やかではありませんわね。街中で発砲?正気の沙汰とは思えませんわ」

「まったくね。銃刀法違反?それとも殺人未遂?どちらでも良いけど、こんな事してタダで済むとは思って無いでしょうね?」

既に戦闘態勢に入っている二人は敵意を隠す事無く少女にぶつける。友達、そして知り合いが殺されかければ怒るななんて無理な話だけど…。

「殺人、か…クッ…クククククッ…アハハハハハ!」

突然笑い出した彼女に私達は戸惑う。

「何が可笑しいのよ!」
「ハハハッ…何が可笑しいかだと?これがどうして笑わずにいられる。この国では犬畜生を殺しても罪に問われるのか?…ああ、そう言えば動物愛護法とやらがあったな。まぁ、そこに転がっているのは畜生にも劣るがな」
「…なんですって?」

皆の雰囲気が一気に変わる。おりむーも、セシりんも、りんりんも、もちろん私も…。あの子、今何て言った?みこちーが何って…?ああ、ダメだ。全然思考が定まらない。何も考えられない。怒りで如何にかなってしまいそう。でも怒りに任せて動く事は無い。何故なら、まだ彼女の銃口はこちらを向いているから。

「っ!てめぇ!!」
「一夏っ!ダメ!」

でも、おりむーだけは違った。りんりんの制止を無視して、向けられる銃口に臆することなく銀髪の少女に掴みかかろうと前へと飛び出し手を伸ばす。しかし…。

「ふっ…」
「っ!?…がぁっ!」

その手は少女に届く事無く手首を掴まれて少女の冷笑の下、地面に叩き踏められてしまう。

「げほっ…ごほっ…っ!」
「一夏!大丈夫!?」
「一夏さん!」
「っ!…一夏!」
「おりむー!」

地面に打ちつけられ身体を丸めて呻くおりむーにセシりんや倒れていたみこちーも慌てて起き上がっておりむーに駈け寄る。

「なんと情けない。これがあの人の弟だと?やはり、貴様にあの人の弟である資格など無い」
「ごほっ…何…言って」
「チッ…時間切れか」

おりむーの疑問に耳も傾けず、騒がしくなり始めた周りを見て少女は忌々しそうに舌打ちをする。流石にこれだけの人の目がある中でこれ以上の違法行為をする程彼女も愚かじゃないのか、拳銃を懐に仕舞い、此処立ち去ろうと私達に背を向けて歩き出す。

「お待ちなさい!これ程の事をしておいて何も無かったで済むとお思いですの!?その制服。IS学園の物ですわね。まさか、学園が匿ってくれると思って!?」

ピタリと足を止め、少女はこちら向こうとせずにそのままセシりんの問いに答えた。

「問題無い。この件について国は一切関与しないだろうからな。そして、貴様達にも私を拘束する権限は無い」

信じられない言葉にこの場に居る全員が自分の耳を疑った。国が…一切関与しない?つまり、殺人未遂を見逃すってこと?

「なっ…」
「馬鹿言うんじゃないわよっ!公衆の面前で拳銃ぶっ放しておいて無罪ですむ訳ないでしょうがっ!」
「そうですわ!そんな馬鹿げたことっ!」

有り得ない。仮にIS学園の生徒だからと言っても犯罪が許される訳が無い。いくらあらゆる機関・組織が干渉出来ないIS学園でも犯罪を犯した生徒を匿う事も、入園を認めることも絶対にある筈が無いんだ。

「貴様らが認め様が認めまいがどうでも良い。ああ、しかし銃刀法とやらは該当するな。まぁ揉み消す事など容易いが」

悪びれる様子など全く見せないその姿が、更にみこちーを除く全員を苛立たせる。みこちーを殺す事に罪の意識すら無いどころか殺す事が当然と思ったいるんだ。あの子は…。
少女は憤る私達の顔を見て満足したのか口の端を吊り上げて笑うと、再び歩き出す。

「待ち…やがれ…っ!」

立ち去ろうとするその背に、おりむーが這い蹲る身体を無理やり起こし振り絞る様な声で呼び止めた。

「………」

再び少女は立ち止まる。

「もう、一度…ミコトに手を出してみろ…その時は…俺はお前を…絶対にゆるさねぇっ!」
「そうか、楽しみだ」

怒りと言う感情がぎらついた瞳で彼女を睨みつけそう叫ぶと、その言葉に少女は小さくそう呟き、今度こそこの場から立ち去り、私達はその背をただ見送る事しか出来なかった…。

「く…そ…っ!」

彼女が見えなくなると、おりむーは握り締めた拳を振り下ろし地面を叩く。鈍く響いた音が虚しかった…。

「一夏…だいじょうぶ?」

不安そうにそっと触れておりむーを気遣うみこちー。自分の命を狙われたというのに他人の事を気遣えるなんてみこちーらしいね。

「いつつ…ああ、平気だ。ミコトは怪我無いか?」
「ん?」

何でそんな事聞くの?とでも言いたいかの様に不思議そうに首を傾けるみこちー。いやいや、さっきまで命狙われてたんだよ?鉄砲撃たれたんだよ?

「…まさか、自分が襲われたって言う自覚ないのか?」

頬を引き攣らせながらそう訊ねるおりむーにみこちーは「ん」と頷くと、皆が一斉にズッコケル。そりゃないよみこちー…。危機感が無いというか。お菓子あげるからついておいでって言われたらホイホイついて行きそうで本当に放っておけないよー…。

「はぁ~…」
「ア、アンタねぇ…」
「危機感がなさ過ぎですわ…」
「?」

へにゃりとへたりこんで脱力する私達に、みこちーはただ首を傾げるだけ。本当に分かってないんだね。一瞬、ほんの一瞬私が遅れてたらみこちーは死んでたかもしれないんだよ?

「あ…」

みこちーは何かに気付いて私に寄って来るとペタリとしゃがみ込んで私の顔をじーっと覗きこんでくる。はて?どうしたんだろう?

「どうかしたの?みこちー」
「髪…」

そう言って、そっと手を伸ばすと、髪留めが無くなったためにツインテールの片方の束がばらけてしまった髪に触れてくる。ああ、何を気にしているのかと思ったらこの事だったんだ。

「あー…さっきので切れちゃったんだねぇ」

お気に入りだったんだけどなぁ。まぁ仕方ないよぉー。みこちーの命には代えられないからね。むしろ、あの髪止めもみこちーを助けられて喜んでると思うよ?

「んー………」

じーっと私の髪を眺めていたみこちーは何か考える仕草を見せると、私とお揃いの長い袖に手を突っ込んで探り始めた。

「これ…違う。これも…だめ」

あれも違うこれも違うと、次から次に袖の中からポイポイと色々な物を取り出してくるみこちーにおりむー達が唖然とそれを眺めている。

「それ…そう言う仕組みなんだ?」
「ん?」
「いや、ん?じゃなくてさ…」
「駄目だよーおりむー。乙女の秘密を聞くのはー」
「何だよ、乙女の秘密って…」

秘密は秘密だよー。訊くのはマナーに反するよ?

「むー…無い」

どうやらお探しの物は見つからなかったみたいだ。長い袖を探るのを止めて不満そうにぷくりと頬を膨らませるみこちー。一体何を探してるんだろう?気になったので訊ねてみる。

「何が無いの?みこちー?」
「本音の髪飾りの代わり…」

あー…そう言う事かー…。

「気にしなくていいのにー。でも、ありがとね。みこちー」
「だめ。それ、私のせい。私が代わり、用意する」

一度決めたら曲げないからなー。みこちーは。本当に気にしなくても良いのに…。

自分の義務の事もある。でも、それ以上に友達を助けるのは当然の事だから、みこちーは気負う必要ないんだから。

「んー…あ、これがある」

暫し考えた後、みこちーは自分の制服のリボンをしゅるりと解き私の髪を纏めるとリボンでそれを固定して満足そうに微笑んだ。

「ん♪これでいい。今度、代わりの買いに行く」
「みこちー…ありがとね!でも、これで十分だよ!」
「? でも、これ…」
「ううん!これでいいの♪」

例え、どんなものだろうと、みこちーが私にくれたプレゼントだから…。

「…ん。本音が、それでいいなら」
「うん♪」

みこちーが結んでくれたリボンを触れる。これは私の宝物。大事な大事な宝物。ずっと、ず~~~っと大切にするよ。

「お二人さん。仲睦ましいのは結構だけど、時と場所を考えなさい。のんびりしてる場合じゃないわよ?」
「へ?」
「?」

ファンファンファンファンッ!

遠くの方からサイレンの音か此方へと近づいて来る。あれ?もしかしてこれって…。

「パ、パトカーの音か!?」

あ、あわわわわわ!?どうしよ~!?

「これに捕まったら今日は帰れませんわよ。確実に…」
「でしょうね」

罰を受ける事は無いだろうが事情聴取で時間を取られるのは間違い無しだね。ここはやっぱり…。

「に、逃げるぞ!?」

やっぱり、そうなるよねぇ…。

私達はサイレンの音に追われながら死ぬ物狂いでこの場から逃げ出すのだった。






――――Side 篠ノ之 箒




「ミコトが殺されかけただとっ!?」

珍しくセシリアや鈴と言ったメンバーが私達の部屋にやって来たと思ったら信じられない事を伝えられた。そう、ミコトが命を狙われたというのだ。しかも公衆の面前で堂々と!

「どういう事だ!?なにがあった!?」
「落ち着け、箒」
「これが落ち着いて居られるか!」

バシンッ!と竹刀で地面を叩く。友達が殺されそうになったのだぞ!?これがどうして落ち着いて居られる!?
まさか私が鍛錬に励んでいる時にそんな事が起こっているとは思いもしなかった。こんな事なら、こんな事が起きると分かっていたらな鍛錬なんて放り出してミコトの傍にいたというのに…!

「落ち着きなさいよ。怒る気持ちは分かるけど」
「ええ、そのお気持ちは痛いほどに…」

表情を歪め、唇を噛む二人を見て私はそれ以上は何も言えなくなってしまう。考えてみれば、すぐ傍に居たというのに何も出来なかったと言う悔しさや怒りは、一夏達の方が私なんかよりも遥かに上の筈なのだから。そんな一夏達を責め立てる事は私には出来ない。

「…ミコトはどうしているのだ?」
「自分の部屋で落ち込んでるよ」
「そうか…」

命を狙われたのだ。相当ショックだっただろうに…。

「皆にあげるたい焼きを駄目にしたって」
「…………は?」

思わず間抜けな声を出してしまった。たい焼き?何でたい焼き?

「…け、怪我とかショックは受けていないのか?」
「全然大丈夫だ。心配ない」
「そ、そうか…」

それなら、良いのだが…。

「…って!全然良くないぞ!問題はそこでは無いではないか!?」
「アンタが勝手に突っ走ってるだけでしょうが…」
「ぐぬっ…ぬぬぬぬっ!」

悔しいが正にその通りなので言い返す事が出来ずに言葉を詰まらせてしまう。仕方ないではないか。友が殺されかけたのだぞ?冷静な思考で居られるのがおかしいのだ。

「…ですが、箒さんの言う通りですわ。問題はそこではありません。これからです」
「そうね。近々、アイツがIS学園に転入してくるのは間違いないんだから…」
「しかし、本当なのか?その襲撃者がIS学園に転入して来るとは?」

一夏を疑う訳でも、現実から目を背ける訳でもないが、正直信じられない。それだけの事をして学園側が受け入れるというのだろうか?学園としてもそんな問題を起こすような人物を生徒とするのは避けたいと思う筈だが…。

「あたしも信じられないけどね。現にニュースになってないんじゃ…ね」

全員の表情が曇る。街中で発砲、それだけの事をしてニュースに報道されて無いとなると、情報を規制されたと考えるべきだろう。だとすればやはり、そう言う事なのか?

「事実にしても、学園内では幾ら彼女でもあのような行為は出来ないでしょう。忘れまして?どのような組織・機関もIS学園には干渉できない。学園内で問題を起こせば国際問題になりかねないのですから」
「そんな事関係無い」
「一夏?」
「どんな理由があったって、ミコトは友達だ。絶対に守ってみせる!」
「…ああ、そうだな」

理由なんて必要ない。友達だからそれだけで十分だ。

「そうですわ。あの様な方にミコトさんを傷つけることも、悲しませる事もさせません」
「あのちびっ子には借りがある事だしね。まぁ守ってあげるわよ」

一体、私達が知らぬところでどんな事が起こっているのかは知らない。だが、来るなら来るが良い。絶対に、絶対にミコトは傷つけさせはしない!








――――Side 織斑 千冬







「…そうですか。わかりました。では」

要件を済ませると早々に通信を切り、通信相手が映らなくなったディスプレイに苛立ちを隠そうともせずに壁を殴る。…遅かったか。こうなる事は予測できた筈なのに未然に防ぐ事が出来なかったとは自分の詰めの甘さに嫌気がさす。

「織斑先生!大変です!ミコトちゃんが!」

部屋の主に許可もなく飛び込んでくる嘗ての教え子に頭痛を覚えながらも彼女の言おうとした言葉を自分が先に言い終える。

「校外で襲われたのだろう?既に報告を受けている」

本来、生徒を守る立ち場である筈の『守護者』から直接な。

無論、彼女に非がある訳ではない。今回は私の、そして学園側のミスだろう。急な事で報告が遅れたとは言え、ちゃんと伝達が行き届いていれば彼女も対応できていた筈なのだから。恐らくそれも計画の内だったのだろうが。

「何でそんなに落ち着いて居られるんですか!?ミコトちゃんが殺されそうになったんですよっ!?」
「落ち着け山田君。私達がどう取り乱した所でどうしようもない」

今回の件はそう単純な物ではないのだから。

「ですが!」

口で言っても分からない彼女を睨み目でこう語る「いいから黙れ」と。すると、分かってくれたのか、恐怖に歪んだ表情のままこくこくと首を壊れた人形の様に何度も動かす。…少し脅し過ぎたか。

「…既に、学園側からドイツに抗議を送った。まぁ、逆に『言い掛かりをつけるなと』抗議されたがな…」
「な、何故ですか!?現にミコトちゃんは襲われたんですよ!?」

確かに山田君の言う通りなのだが…。私は先程通信で聞かされた言葉を思い出し一語一句間違えずにそのまま彼女に伝えた。

「『ミコト・オリヴィアと言う人間はどの国のデータベースにも存在しない。その為、そちらの言う事件が起こりうる筈が無い』だそうだ」
「は、はあ!?」

気持ちは分かるよ山田君。現にこのような事態が起きているというのに、まさかこんな下らない返答が返ってくるとは私も思わなんだ。餓鬼の会話じゃないのだぞ?

「入学を拒否しようにも『貴校に我が国の人員の受け入れを拒否する権限は無い』の一点張りだ。ふふ、本当に良い度胸をしているよ…」

確かに、IS学園にはその様な義務は存在するがあれだけ好き勝手しておいてよくもそんな事を言えるものだ。今回の事件の主犯の独断だったにせよ、それ相応の責任を負うべきだというのに。

「この国も自分の領内で好き勝手されたというのに国際問題や何だので何も言えないらしい。まったく、我が国の事ながら情けないことこの上ない」

心底この国に失望する。IS学園の設立理由もそうだったが、今回の事もそうだ。この国は何時から他国の奴隷になったんだ?人一人の命が奪われそうになったというのに黙認するとは。

「そんな…」
「…ああ、もう一つ不愉快極まりない事があるが聞くか?」

むしろ、これが本題なのだが。今回の話をややこしくした原因は…。

「あまり聞きたくないです…」
「オリヴィアに関わる事なのだが」
「聞きます!」

オリヴィアに関わると言うだけで態度を一変させる山田先生に苦笑したくなったがやめておく。これから言う内容はまったく笑えない物だったからだ。本当に、虫唾が奔る程に…。

「『我が国はミコト・オリヴィアが関わる全てに一切関与しない』先程、政府から送られてきた通達だ」

つまりオリヴィアが誰に殺され様が日本は関わらないし、警察が動く事も法で裁く事もしないという事だ。まさに、この国はオリヴィアにとって無法地帯となったと言う事になる。これではオリヴィアにとってIS学園は鳥籠だな。

「お、おかしいですよ!何ですかそれ!?」
「ああ、明らかにおかしい。幾らなんでも今回の件は不自然すぎる。裏で何者かがそうなる様に仕向けたと考えた方が自然だろう」

殺人を公認する程この国が腐っているとも思えない。恐らく、オリヴィアが死んで得する何者かが今回の件を企んだに違いない。オリヴィアが生きていると都合の悪い者。もしくは、オリヴィア個人が所有しているISを狙う者。前者にしても後者しても私には心当たりがある。どちらもたった一人の少女にこれだけの事を起こすとは考え辛いが。しかし、後者だとすればこれだけの事をするのも可能だろう。

「ギリシャ…でしょうか?」

確かに、その可能性もある。しかしそれはかなり低いだろう。

「ドイツにオリヴィアの情報が漏れていた事でそれも考えられるが、そこまでしてオリヴィアを消す必要は無いだろう。寧ろ、何もせずIS学園に押し込めていた方があの国にとって一番安全だ。自ら手を下さずとも勝手に死んでくれるのだからな」

死ぬという言葉に山田君は表情を曇らせる。

「っ…では、誰が?」

ふむ…。

「…一つだけ、心当たりがある」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ…」

出来れば、外れていて欲しいのだがな…。そう思いながら、私は口を開いて告げる。

「―――『亡国機業』。この名に聞き覚えはあるだろう?」

私達姉弟にとっても因縁のある存在の名を…。












あとがき

少し書き方を変更してみました。どうでしょう?

今作でも勿論そうなのですが、原作でも良く仲直り出来たよね。昨日の敵は今日の友って奴なのか…。

まぁ、この作品にはミコトが居るから問題無いのですがね!(爆



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十五話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/06/10 14:38

『それで、思わぬ妨害が入りミコト・オリヴィアの殺害に失敗した、と?』
「…ああ」

通信機越しから聞こえてくる上官である女の声に私は静かに返答する。

『困るわね。なるべく学園外で仕留めて欲しかったわ。学園内で殺害するのは難しいし…。どのみち、今回の失敗で確実にターゲットには警戒される』
「わかっている」
『だと、良いのだけど』

私はある命を受けていた。『ミコト・オルヴィアの暗殺。そしてそれが所有するISコアの回収』それが私の任務だ。しかし、任務には不審な個所が幾つかあった。それは条約違反であるISコアの強奪。後の事も考えずに国の立場を危うくしてまで行う精練さの欠片の無く本当に軍の人間が考えたのかと疑う程の幼稚で大胆な計画。そして、日本の殺人を認知するこの対応。他国に頭が上がらず何処にも良い顔をしようとするのはこの国らしいと言えばらしいが…。裏で何かが動いている。いや、動かされている?そう考えた方が良いだろう。

『それでどうだったかしら?同じ境遇の子を見た感想は?』
「………」

同じ境遇。確かにその通りなのだろう。奴は私と同じように人の手によって生み出され試験官の中で育った。それに思うところが無いと言えば嘘になる。しかし、そんな事がどうでも思える様にあの存在が憎くかった…。
あの人の…織斑千冬のクローン。アレはあってはいけない物だ。存在するだけであの人に対する侮辱だ。私はアレを認めない。絶対に。だが、何だ?私の中に憎しみとは違うこのどす黒い感情は…?
一目見たとき、私は奴を見て確信した。奴は、織斑千冬のクローンではなく、あの人に拘るのではなく。確固とした自分を確立している事に。それが、そらがどうしても私は…。

憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い…憎い!

何故、あんな瞳が出来る?何故私の様にならない?私と同じ筈なのに。失敗作で、未完成で、私より劣っている筈なのに。どうして自分のオリジナルが傍に居るというのに自分で居られる?分からない。私には分からない。何故だ。何故なんだ…。

『ふふふ』
「! …何がおかしい!?」
『同族嫌悪』
「っ!?」

嘲笑うかのような女の声にビクリと身体を強張った。そんな私の様子を見えもしないのに見通しているかのように女はくすくすと嗤う。とても楽しそうに。それが、私の癪に障った。

「何がおかしいと聞いている!」
『あら?上官に向かってその言葉遣いはなぁに?』
「…くっ!」

笑みをピタリと止め、急に凍りつく様な冷たい声に思わず圧されてしまう。何だ?今のは…。声色は先程と同じだというのにまるで違う…。

『まぁ、良いわ。それじゃあ引き続き任務を継続。今度はミスしない様にね?ドイツとしても騒ぎは起こしたくないでしょうし』
「…了解」

通信を終えて、プライベート・チャンネルを遮断する。

…しかし、今のはまるで他人事のようにも聞こえるが。気のせいか?

報告を済ませ、通信を終えても、どうしても私にはあの女の最後の言葉が引っ掛かるのだった…。








第15話「敵?味方?もう一人の転校生」







――――Side 織斑 一夏



「今日は、転校生を2人紹介します」

いつもののんびりと言うか、ふんわりと言うか、そんな雰囲気を一切感じさせない山田先生のその言葉に、教室中がざわつく。最初はいつもと様子が違う表情の硬い山田先生に戸惑っていたクラスメイト達も、転校生の話を聞いて一気にテンションが急上々だ。『あいつ』知るを俺達を除いては…。

やっぱり、アイツなのか?でも二人って…。

アイツの仲間か、はたまた唯の偶然か。後者であってくれると俺達としても嬉しいのだが…。どちらにせよ、片方は恐らくあいつで間違いないだろう。山田先生の表情を見れば分かる。IS学園の教師として公私を弁えないといけないからと言って、山田先生はミコトを溺愛している。そのミコトが命を狙われた奴がIS学園に、しかも自分の担当するクラスに転入してくるとなればいつも通りに装う事なんて無理な話だ。特に山田先生は演技とかそう言うの苦手そうだから…。

「転校生?こんな時期に?」
「もう一学期後半だよ?」
「しかも同じクラスに二人って…ありえなくない?」

そうだ、有り得ない。普通は全クラスの生徒の数が均等になる様に調整される筈だ。でもそうはならなずにこうして二人も同じクラスに転入してきた。

『陰謀の臭いがしますわね…』

プライベート・チャンネルで繋いでくるセシリアの言葉に俺は頷く。偶然の筈が無い。一人ならともかく、二人となれば尚更…。

『やっぱり、これって誰かが仕組んだ事なんだよな?』
『おそらくそうでしょう。でなければこの時期に、しかも二人も同じクラスに転入してくるなんてありえませんわ』
『つまり、二人ともミコトを狙って…?』
『どうでしょう。少なくとも片方は確実として、もう片方は偶然。という可能性もなくは無いです。可能性は低いに等しいですが…』

用心にこした事は無いってことか。

「…では、二人とも入って来て下さい」

山田先生の呼び掛けに応えドアが開かれると、さっきまでざわついていた教室はピタリと静かになる。最初に入って来たのはやはりアイツだった。アイツの顔。見間違える訳が無い。伸ばしっぱなしという印象を持つ銀髪。そして、左目の眼帯と異端の風貌した、あの公園でミコトの命を狙ったアイツを…。

「…っ」

敵意を籠めてアイツを睨みつけるがアイツは俺の事なんて眼中に無いとでも言うかのようにその冷たい仮面の様な表情をピクリとも動かさず教卓の横…ミコトの席の前に立ち止まる。それを見て俺は焦るが、流石にIS学園で、しかも皆の前でミコトを狙うなんて事は無いだろうと自分を落ち着かせる。
しかし、その落ち着かせた感情はすぐに乱れる事になる。もう一人の転校生によって…。
アイツに向けられていた俺達の意識は、アイツの後から入って来た転校生へと無意識に移ってしまう。ドアから入って来る二人目の転校生の姿を見て俺を含めたクラス全員が目を丸くして驚いた。だけど無理もない。何故なら、二人目の転校生は―――。

「…え?」
「うそ…?」
「お、男!?」

そう、俺と同じ『男』だったんだから。

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

もう一人の転校生、シャルルはにこやかにそう告げて一礼する。
礼儀正しい立ち振るまいと中性的な顔立ち。髪は濃い金髪で、首ろ後ろに丁寧に束ねられている。身体の方は華奢と思えるくらいスマートで、ガッチリとは言えないが、日頃箒に鍛えられている俺の身体とは全然違う。いや、そもそも骨格レベルで違うんじゃないか?女のそれに近いぞ。印象は誇張じゃなく『貴公子』と言った感じで、けれど嫌味を感じさせないその笑顔がシャルルの正確の良さを教えてくれる。悪い奴では無さそうだけど…。

…シャルルはフランスから来たって言ってたけど、アイツの関係者じゃないのか?

後ろの席に座るセシリアを見るが、セシリアも困惑した表情で首を振るだけ。箒もそうだし、のほほんさんもじーっとシャルルを見つめて何だか考え事をしてるみたいだった。やっぱり分からないか…。
国が違うから協力者とは考えにくいけど…本当に偶然なのか?だとしたら肩身の狭い男の立場である俺としては大歓迎だけど。今この状況だと両手をあげて喜べる気分じゃないな。友達が常に銃を付きつけられている状態なんだから…。

「質問質問!シャルル君は男の子なの!?」

シャルルが着ているのは正真正銘男子の制服なのだが、IS学園は制服のカスタマイズが認められているので念のために生徒の一人がはい!はい!喧しく手を上げて質問する。そんな質問にシャルルは人懐っこい笑みを浮かべて頷く。

「はい。此方に僕と同じ境遇の方が居ると聞いて本国より転入を―――」
「きゃ…」
「え?」
「きゃああああああああ―――っ!」
「えぇっ!?なになにっ!?」

女子の歓声が爆発して教室を揺らし、その突然のことに今度はシャルルの方がビクリと身体を震わせて驚いてみせる。

懐かしいなぁ。俺も似たような事があったなぁ…。

この時期に転入って言うのは何かありそうだけど、とりあえずクラスの女子の反応に慌てふためいているあの様子から見てアイツの仲間では無いみたいだ。

「男子!二人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
「美形!守ってあげたくなる系の!」
「地球に生れて良かった~~~!」

いやいや最後のは大袈裟すぎだろ。しかも今ので完璧にシャルルの存在が知れ渡ったな。確実に隣のクラス…もしかしたらこの階全体に響き渡ってるかもしれない。どちらにせよ女子の異常な程の伝達速度によって学園全体に知れ渡る事になるだろうけどな。これはHRの後、廊下が転校生を身に来た生徒で埋め尽くされる事になるぞ…。

「騒ぐな。静かにしろ」

若干、苛立ちを感じさせる声でそう制すると、教室はシンと静まり返る。流石に一ヶ月以上も授業を受けていると、クラスメイト達も千冬姉の機嫌を察する事くらい出来るようになるか。まぁ、山田先生の様子が可笑しい時点で分かりきった事だけだけども。
ちらりと山田先生の方を見てみれば相変わらずの固い表情。普段なら『あわわ!?皆さん静かにして下さい~!』とか言っておどおどしてるであろう筈が、今はそんな様子を微塵も感じさせないでいた。こんな山田先生を見れば流石の皆も静かにせざる負えないだろう。

「皆さんお静かに。まだ自己紹介を終えていない生徒がいるんですから」
「…………」

一瞬、山田先生の視線は明らかに生徒に向ける視線ではなかったが、それでも向けられた本人であるアイツは一切動じずに無言を突き通し、腕を組んだ状態でじっとミコトを睨んでいる。しかし、それは僅かの事で――。

「…挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」

千冬姉の一声で、すぐに佇まいを直して素直に返事をするアイツ―――ラウラに、俺を含めたクラス全員が唖然とする。アイツがあんなに素直に従うなんて…千冬姉はアイツの知り合いなのか?そう言えばあの時アイツは俺があの人の弟である事を認めないとか言っていたよな。だとしたらやっぱり二人は知り合い?
…駄目だ。分からない事だらけで考えが纏まらない。もう頭の中がぐちゃぐちゃでわけわかんねぇよ…。

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官では無いし、ここではお前は一般生徒だ。私の事は織斑先生と呼べ」
「了解しました」

そう答えるラウラはぴっと伸ばした手を身体の真横につけ、足のかかとを合わせて背筋を伸ばす。あの立ち振る舞い、拳銃の所有、それに国の裏側の情報を知っていた事といい、やっぱりアイツは軍人なんだろう。教官…アイツは千冬姉をそう呼んでいた。だとしたら間違いなくドイツ。
とある事情で千冬姉は一年程ドイツで軍の教官して働いた事がある。そのあと一年くらいの空白期間を置いてIS学園教員になったらしい。
しかしこの情報はつい最近山田先生や他の学園関係者に教えてもらった事で、千冬姉からはその件について一切教えてもらってはいない。もしかしたら、アイツがミコトを狙う事も千冬姉は知っていたのかもしれないんだ。

…どうして、何も教えてくれないんだよ。千冬姉。

千冬姉は仕事の話は一切俺には教えてくれない。ISの事だって入試試験以前は遠ざけようとさえしていた。それほど千冬姉には謎な部分が多い。家族だって言うのに…。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「………」

クラスメイト達の沈黙。続く言葉を待っているのだが、名前を口にしたらまた口を閉ざしてしまう。

「………」
「………」
「………」

し~~~ん…

物凄い気まずい沈黙が教室に流れる。

「(ちょっ!どうするのよこの空気!?)」
「(知らないわよ!普段なら真耶ちゃんがクッションになってくれるのに)」
「(まやまやの様子が変だし、期待できないわよ!?)」

この空気に耐えられなくなったクラスメイト達がひそひそと話し声が教室にざわめき出し、収拾がつきそうにないと思われた頃に、やれやれと肩を竦めた千冬姉が漸く動きを見せる。

「以上か、ラウラ?」
「はい、以上です」
「そうか。なら自分の席に行け。デュノアもだ」
「了解」
「は、はい!(い、いいの?アレで…)」

千冬姉に促されてラウラとシャルルは空いている席へと歩いていき着席すると。それを確認した千冬姉は連絡事項も済ませて早々にHRを終わらせるのであった。

「では、HRを終わる。各人すぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組との合同演習だ。遅れるなよ?遅れたら…分かってるな?」

コクコクと激しく上下に首を動かすクラスメイト達。誰も好んでフルマラソンなんてしたくないだろう。勿論俺だってそうだ。

「織斑。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろ?」

そう、なるよな。やっぱり…。

「君が織斑くん?初めまして、僕は―――」
「ああ、良いから。とにかく移動が先だ。女子が着替え始めるから」
「え?ひゃあっ!?」

気になる事は沢山あるがとりあえず今は移動しよう。俺はセシリア達に視線を送る。俺がいない間はミコトを頼むという意味を込めて、するとセシリア達も了解したと頷き俺はそれを確認してからシャルルの手を引っ張って走り出した。
女子は教室で着替えれば良いけど男子はそうはいかず、アリーナの更衣室をつかわなければいけない。その為か時間的になかなかハードで、ゆっくり説明している余裕も、歩いて移動してる余裕はないのだ。

「とりあえず男子は空いているアリーナの更衣室で着替え。これから実習のたびに移動だから、早めに慣れてくれ」
「う、うん…あ、あの手「悪い!話してる余裕はなさそうだ!」ええ!?」

ぐんと走る速度を上げて階段を駆け降りる。ゆっくりなんてしてられない。止まるなんて以ての外だ。なぜなら―――。

「ああっ!転校生発見!」
「しかも織斑くんと一緒!」

そうHRは終わったのだ。早速各学年各クラスから情報を得る為に生徒達が動き出している。彼女達に捕まれば最後、質問攻めのあげく授業に遅刻、鬼教師の特別カリキュラムが待っているのだ。絶対に阻止しなければならない。

てか伝達速度早すぎだろ!?HRが終わって一分も経過して無いんだぞ!?どうやって転校生の事を知ったんだよ!?

「いたっ!こっちよ!」
「者ども出会え出会えい!」

此処は何時から城になったんだ!?俺は曲者かよっ!

「織斑くんの黒髪も良いけど、金髪っていうのもいいわね!」
「しかも瞳はエメラルド!」
「きゃああっ!見て見て!ふたり!手!手繋いでる!」
「どっちが受け!?どっちが攻めなの!?やっぱり織斑くん!?」
「いえ!ここは意外性を突いてあの押しの弱そうな金髪君って可能性も!」
「普段は気弱そうに見えてベッドの上では…きゃあああああ♪」

何の話だ!?てか滅茶苦茶怖いんですけど!?飢えた獣の目をしてるんですけど!?

「な、なに?何で皆騒いでるの?」

今の状況をまったく飲み込めていないシャルルが困惑した表情で俺に訊いてくる。何でって決まってるだろ―――。

「そりゃ、男子は俺達だけだからだろ」
「…?」

? なんで意味が分からないって顔するんだ?こうなるのは分かりきった事だろ?

「いや、普通に珍しいだろ。ISを操縦できる男って、今のところ俺達しか居ないんだろ?」
「あっ!ああ、うん。そうだね」

今気付いたとばかりに納得したシャルルだったがまさか本当に今気付いたんじゃないよな?学園じゃなくてもマスコミとかが家に押し寄せて大騒ぎに…ってあれ?そう言えば俺の場合、ニュースで世界に報道された筈なのにシャルルはそうじゃないよな。何でだ?報道規制とかか?だったら俺の時も何でそうしてくれなかった。

「…まぁ、助かったけどさ」
「え?何が?」
「いや、学園に男一人はつらいからな。何かと気遣うし。一人でも男がいてくれるってのいうのは心強いもんだ」

シャルルは悪い奴でもなさそうだし、友達としてもやっていけそうだしな!

「そうなの?」

そうなのって…こいつはそうじゃないのか?うーん、よく分からん。
何処か他人事みたいな言い草に俺は不思議に思うがとりあえず今は置いておこう。それどころじゃないし。

「ま、何にしてもこれからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

そう挨拶すると、今シャルルの手を握っている手に少しだけ力を込める。すると、シャルルもそれに応えて握り返してくると、ほんのり頬を赤く染めて微笑んで頷き、自分もと挨拶を返した。……男同士なのにシャルルの笑顔を見てドキリとしたのは俺だけの秘密だ。俺はそっちの気は無い。断じて無い。

「うん。よろしく一夏。僕の事はシャルルでいいよ」
「お、おう。シャルル」

その眩しい笑顔に顔を背けて頬を掻きながら照れ隠しをする。何て言うか。同性でもその笑顔は反則だと思う。
まぁ、そんなこんなで馬鹿なことを考えながら走っていると、群衆に捕まる事無く、無事にアリーナの更衣室に辿り着く事に成功する。

「到着!」

圧縮空気が抜ける音を響かせて開いたドアを潜る。

「うわ!時間がヤバイな!すぐに着替えちまおうぜ」

壁にかけられている時計を見ればかなりギリギリの時間だった。慌てて俺は制服のボタンを一気に外してベンチに放り投げる。マナーが如何とか言われそうだが今使ってるのは俺とシャルルだけだから問題ないだろ。

「わぁ!?」
「?」

なんだなんだ?

「荷物でも忘れたのか?って、おいおい。何で着替えて無いんだ?早く着替えないと遅れるぞ」

突然奇声を発するから何事かと思って振り向いえ見れば。何で着替えて無いんだよ。まさか遅れても大丈夫だとか思ってないだろうな?甘いぞ。甘すぎるぞシャルル。あの鬼教官がそんな事許してくれる訳無いだろう。

「シャルルは今日きたばかりだから知らないだろうけどな。うちの担任は時間にうるさいから急いだ方が良いぞ?」

でないと、地獄を見るはめになるからな。転入初日から痛い目みるのは嫌だろ?

「う、うんっ?き、着替えるよ?でも、その、あっち向いてて…ね?」
「? いや、別に男の着替えをジロジロ見る気は無いけどさ」

野郎の着替えを観賞する趣味なんて俺は持ち合わせていない。確かにシャルは中性的ではあるが、だからって男には変わりないのだ。何が悲しくてジロジロと…って―――。

「…そう言う割にはシャルルはジロジロ見てるな」
「み、見てない!別に見てないよ!?」

いや、そんなに慌てなくても…。ていうか顔を赤く染めるなって。まさか本当にそっち側じゃないよな?

「ま、まあ、本当に急げよ?初日から遅刻なんて洒落にならないだろ?そう言う俺は入学初日で遅刻したけど」
「プッ…あはは!な、なにそれ?」
「む、笑い事じゃないぞ?あの後あの馬鹿デカイグラウンドを走らされたんだからな。酷い目にあったんだぞ全く…」
「あはは…ごめんごめん。でもどうして遅刻したの?」
「ミコトに構ってたら巻き込まれて仲良く遅刻した。あの時はきつかったなぁ」

そういえば、アレがミコトと友達になった切っ掛けなんだよな。ほんの2ヶ月くらい前なのに凄く懐かしく感じる。充実と言うか無駄に濃厚な毎日だったからな。

「ミコト?」
「俺の前の席に座ってるやつだよ」
「えっと…ああ!あの真っ白くて小さい子だよね?」

真っ白…まぁ、その通りだけどな。

「何て言うか、一人だけ雰囲気が違うって言うか目立つから印象に残ってるよ。二人は家族か親戚か何かなの?」
「なんでそんな事訊くんだ?」
「え?だって織斑先生と似てるから…」

千冬姉に似てる、か。そうだよな…。

俺だってミコトを見た時はそう思った。いや、誰もが最初はそう思った事だろう。あれは似ているとかそう言うレベルじゃない。千冬姉とまったく『同じ』でそのまま小さくしたようなもんなんだから。

でも…違う。ミコトはミコトだ。ミコト自身もそう言ってる。

「家族でも親戚でもないよ」
「え?そうなの?それにしても似すぎてるような…」
「世の中には自分にそっくりな人間が3人はいるらしいからな。偶然じゃないのか?」
「そうなんだ。たしかに織斑先生と全然違うね。ちっちゃくて可愛いし!」

…へぇ~。可愛いとな?

妙にはしゃいでみせるシャルルのミコトに対する評価を訊いて俺はニヤニヤと笑みを浮かべる。なるほどなるほど。そうかそうか…。

「え?な、なに?」
「何でも無い。気にすんな」
「いや気になるよ!?何!?なんなのその笑みは!?」
「いいから。分かってるって」
「何が!?勘違いしてる!一夏絶対に勘違いしてるよね!?」
「照れるなよ」

真っ赤な顔して否定しても説得力無いって。俺は応援するぜ?まぁ、障害は沢山あるだろうけどな。セシリアとかセシリアとかセシリアとか、あとセシリアとかさ。

「その分かってるからって笑顔がムカツクよぉーっ!?」

失敬な。俺はシャルルを応援してるだけだぜ?


「騒ぐなって、それより早く着替えないとマジでヤバイぜ?」

一時間目の授業が始まるまでもう5分もない。此処からグランドまで全力で走ってチャイムと同時にゴールってくらいか?

「僕は大丈夫だもん!ISスーツの上に制服着てるから脱ぐだけでいいもん!」
「あっ!ずりぃ!」

妙に余裕があるのはそう言う事だったのか!下にスーツを着ておくのは熱いし蒸れるからしたくないんだよなぁ。

「くそ!こうなったら10秒で着替えてやる!見てろ!」
「え?う、うわあああああああああああっ!?」
「…へ?」

パシーーーンッ!

突如襲う頬の衝撃に暗転する思考の中、最後に訊いたのはシャルルの悲鳴耳を突く乾いた音だった…。









「それで、気絶した織斑を介抱していたら遅刻した、と?」
「「はい…」」

燃え盛る炎をバックに仁王立ちする千冬姉を前にして正座をする俺とシャルル。ヤベェ。プレッシャーがマジヤベェ…。土の上で正座とか痛いなんて言える状況じゃないぞこれ。まぁ、言える立場じゃないのは分かりきってるしそんな事を言えば『死』が確定するんで口が裂けても言えないけどさ…。

「私も舐められたものだな。こうも毎度遅刻されるとは…」
「いや千冬姉。別にわざとやっている訳じゃ…」
「織斑先生だ。潰すぞ」
「はい…」

こ、殺される…っ!?

機嫌が悪い所為か殺気がいつも以上にヤバイ。隣で一緒に座っているシャルルなんてガタガタ震えて口から魂が抜けかけてるぞ。

「…さて、貴様ら覚悟は出来てるな?」
「「ぎゃああああすっ!?」」

「馬鹿者が…」
「何をしてますの。こんな時にまったく…」
「馬鹿じゃないの?遊んでる場合じゃないでしょーが」
「ありゃりゃ~…おりむーどんまーい」
「お~…?」

少数の呆れと多数の同情の視線を背に受けながら、俺とシャルルはグラウンドを泣く泣く走るのだった。俺達がグラウンドを走っている最中に授業ではISに搭乗した山田先生と代表候補生二人組で模擬戦闘が行われ、セシリアや鈴の流れ弾がこっちまで飛んできて死と隣り合わせのデスマラソンになったけどな!マジで殺す気かよあの鬼教師!シャルルマジ泣きしてただろが!?俺も背後の土が爆ぜた時はちびりそうになったわっ!

「ぜぇ…ぜぇ…っ!」
「ひぐっ…ぐす…」
「「死ぬかと思った(よぉ)…っ!」」

デスマラソンを完走し、緊張と疲労でぐったりと力無く地面に倒れ込む俺とシャルル。いやマジで死ぬかと思った。今回はマジで死を覚悟した。何回か走馬灯がチラついたしさ…。
すると、精根尽きたとばかりに疲れ果てている俺達のもとに千冬姉がやって来ると―――。

「いつまで休んでいる。さっさと列に戻れ」

―――と、無情な言葉を告げてきた。休ませるつもりなんて一切無し。本当に我が姉は容赦が無い…。

「専用機持ちは織斑、オリヴィア、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。では6人グループになって演習を行う。各グループリーダーは専用機持ちがやること。いいな?では分かれろ」

「「「「えぇ!?」」」」

千冬姉の指示に転校生2人を除いた専用機持ち組が驚きの声を上げる。

ちょっ!?ミコトにもやらせるのか!?

口足らずなミコトにそんな大役務まるのだろうか?明らかに人選ミスだと思われるんだが…。
クラス対抗の時にミコトに教えを乞いた事はあるが、ミコトは知識の説明は大丈夫な方だが、いざ実践となるとそれは駄目駄目へと変わってしまう。仮にミコトがリーダー役をしたとして、その光景を想像してみる。グループ内で気まずい沈黙が漂い、その沈黙の中行われる演習。時折聞こえてくるのは口足らずなグループリーダーの「ん…」のみの教導。なにこのカオス?

「何をそんなに驚く?」
「いや、だって…」
「う?」

ちらりとミコトを見ると、ミコトは俺の視線に気付くと不思議そうに首を傾ける。その仕草はまるで小動物の様で可愛らしい。
どうやらミコト自身はグループリーダーを任せられることについては何の不満は無いようだ。話を理解していないだけかもしれないが。

「これもオリヴィアにとって良い経験だ。やれるな?オリヴィア」
「? …ん」

千冬姉の問いに少し間を置いて頷くミコト。とりあえず頷いてみた感が拭えない。多分理解してないな、あれ。

「これで問題無いな?わかったらさっさとグループに分かれろ。時間は有限だ。無駄に使うな」

反論する余地も無いその言葉に、俺は渋々了解する。まぁ、ミコトが良いならそれで良いけどさ。

「織斑くん!いっしょにがんばろ~!」
「わからないところ教えてよ~!」
「うわぁっ!?な、なんだぁ!?」

千冬姉との会話が終るや否や、それを待っていたかのように俺に一斉に二クラス分の女子が詰め寄ってくる。シャルルの方は既に取り囲まれており、女子達の群れの中心で困り果てている様子が確認出来る。後ろの方がやけに騒がしいと思っていたらあんな事になってたの。他人事じゃないけどな。でもどうしよう?各グループに分かれろって言われた時点でこうなる事は予測は出来たけど想像以上だ。こんなのスーパーのタイムセールで見た以来だ。向こうはおばさん達が殺気立って戦場と化したりして温度差が圧倒的に違うけど。
そんな女子達を前に、俺とシャルルはどうしたらいいか立ち尽くしていると。その状況を見かねた千冬姉が面倒くさそうに頭を指で押さえながら救いの手を差し伸べてくる。

「この馬鹿者どもが…。出席番号順に一人ずつ各グループに入れ!順番はさっき言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンド100周させるからな!」

とんでもない重量を持つISを背負ってグラウンド100週なんて冗談では無い。千冬姉の脅迫にそれまでわらわらと群がっていた女子達は、クモの子を散らすが如く移動して、2分もかからずに6つのグループが出来上がった。
そんなこんなで決まった6グループ。パッと見渡してみるとこんな感じ―――。

織斑グループ

「やったぁ!織斑くんと同じ班♪生れて来て自分の名字にこれ程感謝した事は無いわ!」
「………よしっ!(やった。一夏と同じ班だ!)」
まぁ、何て言うかいつも通りだよな。普段と何ら変わりない。箒も同じ班になったみたいだけどなんか小さくガッツポーズとってるがどうしたんだ?

オリヴィアグループ

「やったぁ~!みこちーの班だぁ!友情ぱぅわぁ~は私とみこちーを強く引き寄せるんだよぉ~!」
「ん♪」
ハイタッチをするミコトとのほほんさん。のほほんさんは運よくミコトの班に入れたらしい。ホント二人は仲良いよなぁ。いつも一緒に居るしな。

オルコットグループ

「ハズレ引いちゃったなぁ~…」
「ちょっとお待ちなさいな!本人の目の前で言う事ではないのではなくて!?
残念そうにする女子達にムキィ~!と両手を挙げて抗議をするセシリア。うん。流石にそれは無いんじゃないかな?

デュノアグループ

「デュノア君!分からない事があったら何でも聞いてね!ちなみに私はフリーだよ!」
…何が?それに教える立場なのはシャルルの方だろうに。向こうも大変そうだな。頑張れシャルル。

凰グループ

「凰さん、よろしくね。あとで織斑くんのお話聞かせてよ!」
こっちはセシリアの班と違ってわりとテンションは高めだな。女特有の噂好きの習性のためだろうか?ていうか余計な事教えるなよ?絶対に教えるなよ?

…そして最後にアイツのグループだが…。

「………」

他の班と誰一人口を開かず沈んだ空気を漂わせている。それもその筈。その班の班長である筈のアイツが張り詰めた雰囲気。人とのコミュニケーションを拒むオーラを放ち。口を一度も開くこと無く同じ班の生徒達に向かって軽視を込めた眼差しで睨んでるんだから。アイツの班の皆も、少し俯き加減で押し黙っている。あの班の人達には同情する。可哀そうに…。

「いいですか皆さん。これから訓練機を一班一体取りに来てください。数は『打鉄』が3機、『リヴァイヴ』が3機です。どれも操作しやすい機体ですが、班で話しあって自分の相性にあった機体を選んでくださいね。あと、数は限られていますので早い者勝ちですよ?」

『リヴァイヴ』正式名は『ラファール・リヴァイヴ』だったか。第二世代最後期の機体で、そのスペックは初期第三世代型にも劣らない。安定した高い汎用性、豊富な後付武装特徴の機体で、その操縦しやすい汎用性のためか『打鉄』同様に多くの国が訓練に使用している傑作機だ。でも、今回の実習では装着、起動、歩行までしかやらないからどっちを選んでも変わらないだろうけどな。

「機体は選びましたか?では各班長は訓練機の装着を手伝ってあげて下さい。全員にやってもらうので、設定でフィッテングとパーソナルライズは切ってあります。とりあえず午前中は動かすところまでやってくださいね」

丁度各グループが機体を選び終わった頃にISのオープン・チャンネルで山田先生が連絡して来る。人に教えるなんて初めての経験だが、班長である以上やるしかないか。

「それじゃあ出席番号順にISの装着と起動、あのあと歩行までやろう。一番目は―――」
「はいはいはーいっ!」

すっごく元気な返事が返って来た。やる気があって大変よろしい。教える身としてはそのほうが教え甲斐があるな。思えば箒に特訓してくれって頼んだ時はどうもやる気を感じさせないって感じだったなぁ。悪い事した。

「出席番号一番!相川清香!ハンドボール部!趣味はスポーツ観戦とジョギングだよ!」
「お、おう。ていうか何故自己紹介を…」

そう言うのは入学式で済ませてるだろ。記憶に無いけど…。
しょうがない。あの時は他人の自己紹介所じゃなかったんだし。今はちゃんとクラス全員の名前は覚えてるんだぜ?

「よろしくお願いします!」

腰を追って深く礼をすると、そのまま右手を差し出してくる。なんだ?この手は?握手でもするのか?何故に?

「ああっ、ずるい!」
「私も!」
「第一印象から決めてました!」

何故か他の女子も一列に並んで同じようにお辞儀をして右手を突き出してくる。だからなんなのさ?

「あ、あのな?状況がまったく理解出来ないんだが―――」
「「「お願いします!」」」

訊けよ―――っと、思ったらこれが別の班からか。声のした方を見てみればシャルルが同じようにお辞儀&握手待ちの手を並べられて困っているのが見えた。

「え、えっと…?」

向こうも状況が呑み込めないって感じだった。奇遇だな、俺もだよ。

スパーンッ!

「「「いったあああ!」」」

見事なハモリを見せる女子達。感心すべきは彼女達のチームワークかそれとも眼にも止まらぬ速さで叩いた千冬姉の神技か。どちらにせよ死んだなアイツ等…。

「やる気があってなによりだ。それならば私が直接見てやろう。最初は誰だ?」
「あ、いえ、その…」
「わ、私達はデュノア君がいいかな~……なんて」
「せ、先生のお手を煩わせるわけには…」
「なに、遠慮するな。将来有望な奴らには相応のレベルの訓練が必要だろう。…ああ、出席番号順で始めるか」

「「「ひぃ~~~!?」」」

鬼教官から死刑を宣告されて悲鳴を上げる女子一同。安らかに眠れ。
しかし、そんな尊い犠牲もあってかシャルルの班の惨状を見て我が身の危険を感じた俺の班の女子は流れる様に列を解散。相川さんなんていつの間にかISに乗り込んでコンソールを開きステータスを確認している。いつも思うけど皆行動早すぎだろ。そりゃ目の前に死神が鎌持って待機してりゃそうなるかもしれないけどさ。

「…じゃあ、はじめようか。相川さん。ISには何回か乗ったよな」
「あ、うん。授業だけだけど」
「じゃあ大丈夫かな。とりあえず装着して起動までやろう。時間をはみ出すと放課後居残りだし」
「そ、それはまずいわね!よし、真面目にやろう!」

それはつまり今までは真面目じゃなかったと受け取れるんだがどうだろう?しかしそういうのは言わない方が良いぞ。今はたまたま千冬姉が訊いて無かったから良いけどもし聞いてたらさっきの連中の仲間入りをはたしてただろうし。
まぁそれは置いておくとそて。とりあえず一人目は装着、起動、歩行の順番で問題無く進んで言ったのだが…一人目の作業を終えて二人目に入れ替わる際に問題が起きた。

「あ、あれ?あ、あの~、織斑くん。コックピットに届かないんだけど…?」
「あ!あ~…」

やってしまったと頭を押さえる。自分は専用機持ちだからすっかり忘れていたが、訓練機を使う場合は装着解除時に絶対にしゃがまないといけないんだ。立ったままISの装着解除すると、当然ISは立ったままの状態なので、次に乗り込む際にコックピットに届かないため乗れなくなってしまうのだ。

「どうしました?」

俺達が困っていると、実習が止まっている俺達を気にして山田先生がやって来た。先程までISを装着していた為、今の先生の服装は胸のラインを大きく解放したISスーツのままだ。故に、健全な男子である俺は当然目のやり場に困ってしまうわけで…。

「え、えーと、ISをしゃがませるのを忘れていまして…」
「あー、毎年誰かがやるんですよねぇ。今年は織斑くん達でしたか。それじゃあ、仕方ないので織斑くんが乗せてあげてください」

「……………………は?」








――――Side 篠ノ之 箒



「もうっ!織斑君のえっち♪何処触ってるの~?」
「わ、悪い!わざとじゃないんだって!?」
「いいないいな~!」
「次!私!私もやって!」
「だ・か・ら!わざとじゃないんだってば!?誤解される様な事言うなよ!?」

ああっ、もう腹立たしい!

見た目こそ腕を組んで目を閉じ表情を隠す事で冷静を装ってはいたが、その心中は穏やかでは無く今も心の中で地団駄を踏んでいた。

大体、分かっているのかあいつは。今は女子に現を抜かしている場合ではないというのに!ミコトの命が狙われているのだぞ!?そんな時にあんな情けない顔をしおって!第一、抱きかかえる必要が何処にある!?踏み台になればいいのだ!踏み台に!

とは言う物の、実際に他の女子が一夏を踏んづけるというのは、それはそれで面白くな……いやいやいや、そんな問題では無い。何を考えているんだ私は。これもそれも、全部一夏のせいだ。あいつがしゃんとすれば私もこんな事で悩まずに済むんだから。そうだ。全部一夏が悪いんだ。

「まったく……む?」

ふと、とある班が私の視界に入る。ミコトの班だ。
ミコトは、自らISを装着し指導している女子の手を取って一歩、また一歩とゆっくりと丁寧に親身になって指導していた。

「いっち、に、いっち、に…」
「うんしょ、よっこいしょ…」
「ゆっくりでいい。焦らず、自分のペースで歩く」
「う、うん!」
「怖がる必要無い。私が手を持ってる」
「て、手離しちゃダメだからね?絶対に駄目だからね!?」
「大丈夫だ、問題無い」
「それフラグだから~!?」

「何をやっているんだアイツは…ふふっ」

楽しそうに教えているミコトを見て自然と笑みが零れる。お姉さんぶって背伸びをして一生懸命に教える姿はとても微笑ましく、訓練という殺伐とした雰囲気の中、ミコトの班の周辺にだけほんわかとした空気が漂っていた。
しかし驚いた。6グループの中で一番に遅れるであろうと思われたミコトの班がああもスムーズに進むとは。見た目のんびりとしている様に見えるが丁寧に教えているおかげか班のメンバーの熟練も速い。それに、何だか指導も手慣れている様にも思える。経験でもあるのだろうか?

存外、こういうのが向いているのかもしれないな。

「だとしても、色々足りない物があるがな」

例えば『常識』。身内に「常識?何それ美味しいの?」と暴言を吐きそうな人間がいるがミコトがそうならないように祈る。心から祈る。

「う、うわああ!?離さないでっていったのに~!?」
「何時までも手を持ってたら成長しない」
「で、でも!……って、あれ?歩ける?てか全然余裕?」
「ん。おめでとう」

「………」

ISを開発した篠ノ之 束の家族である私にとって、常に身に危険が付きまとい心が安らぐ居場所と言う物は存在しなった。身の安全のために点々と引っ越しを繰り返す日々。そんな中、友人など出来る筈も無く、次第に私は心を閉ざし人と関わることさせ拒む様になり、自分にある物は一夏と一緒にやっていた剣術のみとなっていた。剣を握っていると、それだけで一夏が傍に居る様な気がして、だから、それ以外に興味を持てなくなっていた。…でも、今は違う。ミコトが笑っている。皆に囲まれて、幸せそうに…。それを見ている私も笑っていて、心が暖かくて…。

…守ろう、必ず。一夏が居て、ミコトが居て、皆が居るこの―――。

「箒?どうしたんだ?」
「うわぁ!?」「

突然、一夏に話し掛けられてビクンと身体が跳び上がる。

「な、何だ!?突然話しかけてくるな!」
「い、いや。だって次、箒の番だし…」

そう言って一夏が指を差した先には、また立ったまま放置された『打鉄』があった。ということはつまり…。

ちょっ、ちょっと待て!?こ、これはもしや―――!?

「じゃあ、抱えるぞ」
「ちょっ…待っ」

此方の言葉など訊こうともせず、一夏の腕は私の腰に回されあっというまに一夏の腕なのかへと抱きかかえられてしまった。俗にいう『お姫様だっこ』。一夏の顔が目の前にあり、ドクンドクン心臓が激しく脈を打ち、体温が上昇する。顔が物凄く熱い。きっと今の私の顔は真っ赤に染まっているのだろう。

~~~~~~っ!?

「こっ、ここここここっ!」
「こここ?」
「き、急に女子を抱きかかえるなどと!この!この不埒者~~~っ!」
「ぐふぅっ!?」

ぱし~んっ!

「…お?」
「なにやってるんだろうねぇ?あれ」

――――この、日常を…。







――――Side 織斑 一夏



「いててて…何なんだよ一体…」

午前の授業が終わり、痛む頬を手で押さえながらシャルルと二人で廊下を歩いている。一体何だっていうんだまったく…。

「だ、大丈夫?一夏?」

大丈夫じゃない。同じ日に2度も頬を引っ叩かれるとは思いも因らなかった。しかも一発目は意識を刈り取る程の平手、二発目はグーだ。痣になって無いだろうな?

「でも、あれは一夏が悪いと思うよ?」
「は?何でだよ?」

シャルルも俺が箒に殴られたところを見ていたらしく、俺を咎めてくる。俺は班長としての仕事を果しただけだぞ?確かにおんぶだっこが班長の仕事なのかと問われれば言葉を詰まらせてしまうけど、コックピットに運んであげたのに殴られるなんてあんまりだろ。感謝される事はあっても批難される良い我は無いっての。ったく…。

「デリカシーがなさすぎ」

意味が分からん。

「そう言えばさ、気になった事があるんだけど訊いて良いかな?」
「ん?なんだ?」

今の話題を変えてくれるなら何だって答えるぞ。何で殴られたかは分からず仕舞いだったが。

「何だか、先生や一部の人がピリピリしてたけど…何かあったの?一夏も何だか何か気にしてたみたいだし。あの、僕を見る時とかさ。何だか怒ってるみたいだった」

うわ、顔に出してたのか?だったらまずい事したなぁ。

「いや、何て言うかさ。誤解だって!別にシャルルを警戒してるとかじゃなくて」
「え?警戒?」

…俺は馬鹿か?なに口を滑らせてんだよ!?

「いやいやいやいや!違うんだ!そうじゃなくてだな!」

あ゛~~~っ!何言ってんだ俺は!?これじゃ隠し事してるのがバレバレじゃないか!?

ガシガシと頭を掻き馬鹿すぎる自分の言動が嫌になってしまう。と、そんな時だ。見苦しく呻いている俺の隣で可愛らしい笑い声が聞こえてきたのは。隣を見てみれば、やはり肩を震わせてお腹を抱え笑っているシャルルが居た。

「プッ、アハハハ…一夏ってば嘘吐くのが下手だね?」
「情けながら否定出来ねぇ…」

笑い過ぎて目尻に涙を溜めて言うシャルルに、俺は反論できずガクリと肩を落とす。

「あはは、はぁ~…うん。一夏が、ううん。一夏達が、かな?何か隠し事をしているのは分かったよ。でも、あの緊迫感はいき過ぎな気がするんだけどな?クラスの皆も戸惑ってたみたいだし」

今日転入してきたばかりだというのにそこまで気付いてたのか。いや、それだけ皆も先生達の様子に戸惑ってたんだろうな。もし、俺が何も知らずにあの山田先生を見てたら同じ反応を見せただろう。

「やっぱり、教えてくれない?あっ、でも、別に言いたくないのなら言わなくていいよ?言いたくない事かもしれないもんね?」
「いや、その、な…」

どうする?話していいのか?ミコトの事を。シャルルは悪いやつではないと思う。でも、まだシャルルがミコトを狙っていないなんて確証は無い。

「あっ、気にしなくても良いんだよ!?ホント!」

深刻な表情を浮かべている俺を見て、慌てて両手を振るシャルル。そんなシャルルを見てあのラウラと同じでミコトの命を狙っている人間とは考え難い。だからだろうか。ふと、訊ねてしまったのは…。

「いや。シャルルは悪くないって。質問に答えるのは良いけどさ、一つ聞いて良いか?」
「え?何かな?」



「シャルルは、ミコトの『味方』なのか?それとも、『敵』なのか?」









あとがき

積んであったゲームを消費していたら更新に時間が掛かりました。すいません。つよきす三学期は詐欺過ぎた…。

今月は戦極姫3が発売するんで更に更新は遅くなるかもです><

ら、ラウラが登場して感想コメとんでも無く増えたけどどういうことだってばよ…?



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十六話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/07/03 05:35

「何故、こんな面倒な事をするんだ?」

高層マンションの最上階。豪華な飾りで溢れかえっているその部屋から一望できる都市の夜景をワイングラスに注がれた血の様に真っ赤なワインを優雅に揺らしながら眺めて楽しんでいると、突然オータムがそんな事を訪ねてきた。

「面倒な事?」

突然の質問にはて?と首を傾げる。彼女の言う面倒とは何を指す言葉なのだろう。生憎と、私は面倒事と共にするような生活を送っているので心当たりが多すぎて何の事か伝えてくれないと分からない。

「例の出来そこないの人形の事だよ。何故さっさと殺さない?別にドイツを利用する必要も無いだろう。さっさと殺してしまえばいいじゃないか。何なら私が…」
「確かに、貴女の言う通りではあるわね。でも…」

そう付け加えて私は小さく笑みを浮かべてワイングラスを窓から見える夜景と重ねる。グラスから見える街並みは、その赤い液体によってまるで燃えている様に美しかった…。

「ただ、殺すだけなんて芸が無いでしょ?」

彼女のいう通り、殺すだけなら簡単に出来る。ドイツのあの少女を使わなくとも何ら問題無く寧ろ確実に…。でも、私が本当に求めているのはそんなんじゃない。私が求めているのは『火種』だ。大きな炎を生み出すための火種。今回の件がその火種を生み出す事はまず無いだろうが、国同士の捻じれを生み出すための切っ掛けには使えるだろう。そのためにドイツに潜ませていた構成員を動かしたのだから。あの少女には精々派手に暴れてもらいたいものだ。

その為に、『アレ』を仕込んでおいたのだからね。フフフ…。

あの子の部下も此方に気付き掛けている。流石はドイツが誇る特殊部隊と言った所か、隊長が駄目ならしっかりと部下がサポートに回っている。予定より少し早いけど、幸いなことに植えられた種が芽吹くのは近い。強い執着は水となり肥やしとなって…。その歪んだ『忠義』と『愛』は、どんな花を咲かせるのでしょうね?

「…また、私に隠し事をしてないか?」
「ふふ、どうかしら?」
「むぅ…」

明らかに不満そうな表情を浮かべるオータムを見て私はくすくすと笑うと、手に持っているグラスをテーブルに置いてオータムをベッドに押し倒すのだった。








第16話「セシリア・クッキング!」









――――Side 織斑 一夏





「味方か敵かって…えっと…オリヴィアさんは苛めとかにあってるの?だとしたら僕はそんなことしないよ!」

心底心外だと眉を吊り上げ、今にもぷんぷんと擬音が聞こえて来そうな程に怒りだしそうになるシャルル。

「違うって、そういうんじゃなくてだな…」

シャルルが怒る気持ちも分かる。自分が他人を苛める様な人間と思われれば誰だって不愉快に感じるだろう。でも、俺が言いたいのはそんな事じゃない。ミコトの周りの人達との関係は円満で苛めなんて起こる筈も無い。仮に起こったとしても俺達が見過ごす筈ないし、ミコトを可愛がっている先輩達や一部の教師が黙ってはいない。だから、苛めなんて有り得ない。俺が訊きたいのは…―――。

―――…待て。此処で言うのは流石にまずいだろ。

周りには沢山の生徒が居る。しかも俺達は目立つからどうしても周りの生徒達の意識は俺達に向けられてしまい、俺達が話す内容も訊かれてしまう可能性が高い。こんな所で話してしまえばミコトの事が全校に知れ渡り大変なことになってしまう。千冬姉や山田先生が何も言わないのは、この話を秘密にしなければいけない理由があるから。だとしたら、此処で話すのはまずいだろう。

…どうしよう?

今の反応からシャルルがミコトを狙っている可能性は低い。此処は適当に誤魔化すのが得策か?それとも、事情を説明して協力して貰うか…後者は無いな。今日初めて会った人間を巻き込むなんてどうかしてる。

「そうじゃなくて…何?」
「わぁっ!?」

顔を覗き込んできたシャルルの顔と仄かに香る甘い香りに思わずドキリとしながらも驚いて後ずさる俺。な、何でだ?何でドキッてなってんだ俺!?相手は男だぞ!?

「うわっ、ビックリしたなぁ。突然大声出さないでよ」
「わ、悪い…」

先に驚かされたのはこっちだけどな。

「それで?そういうんじゃなくてどういう訳かな?」
「…すまん。やっぱりさっきのは忘れてくれ」

それがシャルルにとっても一番いい事だろう。危険な目に遭わせるなんて友達のする事じゃないしな。

「…うん。分かった。気にならないって言えば嘘になるけど、一夏が言いたくないならそれで良いよ。ゴメンね?嫌なこと訊いて」
「すまん」
「でも、これだけは訊いて良いかな?」
「ん?何だ?」
「一夏は、オリヴィアさんの『味方』なの?」
「ああ、勿論さ。ミコトは俺の、俺達の大切な友達だ」
「そっか。僕もそうなれると良いなぁ…」

そう言って羨まむ視線に、俺ははて?首を傾げた後に、ああ成程と納得して頷く。

「ミコトが好きだからか?」
「だから違うってばっ!?」

必死にそう否定するシャルルは、がしっと俺の襟を掴みブンブンと物凄い勢いで揺さぶる。おいこら止めろ。さっきの演習で疲れてるんだから。酔う。酔っちゃうから…。うぷっ…。

「違うんだよ!?違うんだからねっ!?」
「わ゛、わ゛がっだがら…て、手を放ぜ…」
「え?わっ!?ごめん!?」

脳をシェイクされて顔色が青に染まり始めたぐらいにシャルルがそれに気付いて慌てて手を放し、ようやく解放される。まさか日常会話で死にかけるなんて思いもしなかったぜ。

「で、でも一夏が悪いんだからね!勝手に僕がオリヴィアさんの事が好きだなんて決め付けるから」
「悪かった。悪かったって。でも、そんなに羨むもんか?シャルルだって故郷に友達くらいいるだろ?」

天才博士の妹や代表候補生とかそんな特殊なメンツではあるけど、それ以外は別に一般的な交友関係だと俺は思っている。シャルルが羨むものでもないと思うんだが。

「………」

ピタリと、シャルルの表情が固まる。そして、硬直から回復すればその表情は悲しみへと変わっていた…。

「僕ね…友達、居ないんだ。正確にいうと『今は』だけど…」
「…何だって?」

誤魔化す様にシャルルは笑うがそれは全然誤魔化しになっていない。見ているこっちの方が辛く思える程に痛々しくて…。それはまるで、継接ぎだらけの笑みだった。

「…デュノア社は知ってるよね?」
「ああ」

量産機ISのシェアが世界第3位を誇る大企業だ。さっき演習で使用された量産型ISのラファール・リヴァイヴも、デュノア社が製造した…待て。デュノアって…。

「まさか、デュノア社ってシャルルの…」
「うん。僕の父が経営してる企業なんだ。だからね。それが関係して僕も手伝いとかで友達と遊んでる時間とかなかったんだ」

…そうだったのか。そうだよな。今はIS学園に居るけど、俺の場合一般家庭だったから入学するまでは普通の生活を送る事が出来たんだ。でも、シャルルの場合は父親がIS関連の大企業を経営していたから、普通の生活を送れないよな…。

「だから。だからね?一夏達を見てるとすごく羨ましいんだ」
「シャルル…」

そう言って微笑むシャルルに、俺は何と言ってやればいいのか言葉を迷い。結局、何も言えぬまま教室に辿り着いてしまい。心に蟠りを残したまま会話を終えてしまったのだった…。







「この時間はISの整備についてのおさらいだ。午後からは先程実技演習で使った訓練機で整備を行うのでしっかりと聞いておく様に」
「むぅ…」

千冬姉が講義している最中、俺は先程の事が頭から離れないでいた。

――― 一夏達を見てるとすごく羨ましいんだ。

羨ましい。友達と楽しく会話する光景が、ごく普通の誰でもしているであろうその光景が羨ましい。彼はそう言った。
シャルルの事を気にかけてる場合では無い。それは分かってる。でも、どうしてもシャルルがさっき言った言葉が何度も何度も頭の中で再生されて気になってしょうがなかった。だから悩む。如何にかならないか、と…。

「―――ぃ…むら…」

……いや、悩む事なのか?これって。

よくよく考えてみれば、何を悩む必要がある?何ら難しい問題は無い。俺自身がシャルルの友達になればいいだけの事じゃないか。何よりシャルルはこの学園で俺のを除いて唯一の男子生徒。必然的にこれからも行動を共にする事になったり、助け合ったりするだろう。もうそれは友達同然じゃないか。
シャルルに対する疑いは晴れた訳じゃない。でも、あの笑みを見た俺にはもうシャルルを疑う気持ちなんて何処かにへと消え去ってしまっていた。

「ぃて…か?…織…ら…」

よし!そうと決まればさっそく昼飯でも誘って…―――。

「聞いているのか。馬鹿者」

メキッ

「ぐおぉおおお~…」

骨が軋む嫌な音と頭部にめり込む固い何かが、考える事に没頭していた俺の意識を強制的に現実へと引き戻し頭部に奔る激痛に俺は頭を抱え机に突っ伏する。目に涙を溜めて見上げて見ればそこには出席簿を角を此方に向けて構え、こめかみに青筋を立てて怒りのオーラを絶賛放出中の千冬姉の姿が…。冗談抜きで怖い。身体が震えてやがる…。

「私の授業中に考え事とは良い度胸だな?織斑」
「い、いや!これは授業に集中し過ぎてですね!考える事に没頭してたんですよ!はい!」
「ほう。ならこれから言う質問に答える事は出来るな?何、そんなに難しい物じゃない。授業を私の声が届かない程集中して受けているお前なら簡単な質問だ。勿論、答えられるよな?」
「い、いや俺は「答えろ」はい…」

迫力に負けて言い訳も出来ずに屈する俺。勿論、馬鹿みたいに難しい質問には答えられず拳骨が俺の脳天に叩き込まれ頭蓋骨が陥没しましたとさ。







「あ~やべ…確実に頭蓋骨変形してるよこれ…ん?」
「じぃー…」
「…な、何だ?ミコト?」

確かに違和感を感じる頭を擦りながらぐったりと椅子の背もたれに身体を預けていると、興味深そうにじーっと俺の頭を眺めているミコトに嫌な予感を覚え、恐る恐る訊ねてみる。すると、ミコトは俺の頭に指をさして。

「たんこぶ…すごい」
「…そりゃあ、あんな威力のある打撃を2回も喰らえばな」

しかも1ミリもずれずに同じ場所にだ。我ながら何て石頭だと感心する。たぶん、やわな人間が喰らえば頭かち割れてたと思う。あれはそれだけの威力はあった。喰らった本人がそう言ってるんだ。間違いない。

「おぉ~…」

今度はキラキラと目を輝かせて感嘆の声を漏らすミコト。ますます嫌な予感が増す。何だ?何を企んでるんだ?このチビっ子は?

「触って、いい?」
「駄目だよっ!?」

期待に満ちた眼差しで止めを刺そうとするとは末恐ろしい子である。無垢とは時に邪悪よりも恐ろしいもんだ。平然とした顔で惨い事をしてきやがる。
ちゃっかりたんこぶを触ろうと伸ばされた手を「やめなさい」と窘め、「むー」と不安そうに拗ねるミコトから逃げるように席を立つと俺はシャルルの席へと向かう。

「あっ、一夏。さっきは大変だったね。大丈夫?すごい音してたけど…」
「大丈夫じゃない。千冬姉は俺の限界を知ってるからな。さっきのはギリギリの所までキテた」
「あ、あははは…ご愁傷様」

シャルルは笑っているが俺にとっては笑い事じゃない。姉弟だから互いの事を理解していると言うのは聞こえはいいが、今回みたいなのは御免だ。身体がもたん。生かさず殺さず限界ギリギリの所まで痛めつけられるなんて質が悪い。…まぁ、そんなことは今はどうでも良い。過去より今を生きようぜ!ってことで…。

「シャルル。飯食いに行こうぜ」
「ごはん?あ、そう言えば今は昼休憩だね」
「そういうこと。食堂ははじめてだろ?一緒に行こうぜ」
「ほんと?ありがとう…でも良いの?」
「ん?何がだ?」
「だって、一夏も僕なんかより仲の良い友達と一緒と食べた方がいいでしょ?」

なんだ、そう言う事か。だったら何も問題無い。

「ああ、その事なんだけどさ。言うの忘れてたけど他の連中も一緒だけど良いか?」
「僕はかまわないけど…無理しなくていいんだよ?食堂の場所くらい他の子達について行けばわかるし」

この時間、生徒達が集まるとすれば必然的に食堂になる。シャルルの言う通り他の生徒達について行けば食堂に辿り着く事は出来るかもしれないがそう容易な物じゃないと思う。この学園内ではシャルルは歩く誘蛾灯そのものだ。転校初日で無闇に一人で行動してると大変なことになるぞ。

「無理なんてしてないって!俺がシャルルと飯が食べたいだけなんだし」
「一夏…ありがとう。優しいんだね」

そう言ってやわらかに微笑むシャルルにドキリとすると、それを誤魔化す様にシャルルから俺は顔を逸らしてあははと笑いながら頬を掻く。やめろ。面と向かっていわれると流石に照れるじゃないか。

「そ、それじゃあ、皆連れてくるから少し待っててくれ」
「うん!」

柔らかな笑顔に見送られ、俺は箒達のもとへと向かうと、そこにはシャルルの笑顔とは対照的にジト目で不満一杯の表情を浮かべた箒達が俺を迎えてくれた。とんでもない温度差である。ていうか何時の間に来てたんだ鈴。

「えっと…あの…」

俺に向けられてくる複数の視線に尻込みをしてしまう俺。第三者から見れば何とも情けなく見えていることだろう。箒達から視線を逸らし周りを見てみれば此方を見て苦笑を浮かべるクラスメイト達がちらほらと見える。うん。恥ずかしい。

「随分仲が宜しい様ですわね。一夏さん?…所で、今の状況を分かっていらっしゃる?」
「先程の授業もそうだったが。気が緩んでいるのではないか?」
「アンタって本当に…呆れて何も言えないわ」
「おりむ~。ダメダメだよぉ~…」
「うぐっ…」
「???」

箒達の情け容赦ない言葉がぐさぐさとガラスのハートに突き刺さってきやがる。ミコトの不思議そうに首を傾げるだけで良かった。ミコトにまで蔑む様な目で見られたら俺は完全に折れてた。心が…。

「はぁ…それで?どうしたのだ?何かデュノアと話をしていた様だが?」
「あ、ああ!えっとな。シャルルと一緒に食堂で飯を食う事になったんだけどさ。皆も良いよな?」
「「「「はぁ!?」」」」
「別に、いい。たくさん居た方がごはんおいしい、から」
「そうか?ありがとな!ミコト!」

俺の突然の提案に驚く箒達。そしてどんな箒達とは違って隣で座っていたミコトはこくこくと頷いて賛同してくれた。そう言ってくれると助かる。誘っておいてやっぱり駄目でしたなんて言えないもんな。

「お、お待ちなさいな!一夏さん!本気で言っていますの!?」
「おう。別に驚く事は無いだろ?友達同士で一緒に飯を食べるくらい。セシリアだっていつも一緒に食べてるじゃないか」

箒、セシリア、鈴、のほほんさん、ミコト、そして俺。これがいつもの昼食タイムのメンバーだ。傍から見ればとんでもないメンツではある。朝食や夕食は食べるタイミングがずれたりして一緒に食べる機会は少ないが、昼食は特別な用事が無い限りほとんど一緒にする事が多かった。今日だってそうだ。

「そういう問題ではございませんわ!一体何を考えて―――「セシリア?何で、ダメ?」っ…ミコトさん」

俺に詰め寄ろうとしていたセシリアの袖を引いたのはミコトだった。何故こんな言い争っているのかミコトは理解できていないのだろう。ミコトの瞳は何処までも無垢で、その澄んだ瞳はセシリアを映し、その見つめられたセシリア本人も言葉を詰まらせてしまう。狙われてる本人がこれでは怒るに怒れないっと言った所か…。

「仲間はずれ。かわいそう。みんな、一緒が…いい」
「でもこれは、うぅ…箒さん!」

ミコトの縋る様な視線を向けられ居た堪れなくなりセシリアは隣に立っていた箒に助けを求める。勿論、箒は自分に振られるとは思っても居なかったのでセシリア同じ反応を見せることになる。

「わ、私に振るなっ!?えっと…ミコト?その、だなぁ…り、鈴!『たまには』中国代表候補の威厳を見せてやれ!」
「アンタら、都合の悪い時だけ持ち上げるとか良い度胸してるわね。ていうか喧嘩売ってる?売ってるわよね?よし買った。買うわよアタシ」

ぷるぷると拳を震わせて頭に怒りマークを浮かべる鈴。待て待てISを展開しようとするな。落ち着け落ち着けって。

「りんり~ん。どうど~う」
「あたしは馬か!」

じゃじゃ馬なのは違いないな。HAHA!ウマイ事言ッタ☆…自分で言っておいてなんだが、すごくウゼェ…。

「鈴稟の事は置いておいてー。おりむー本気なのー?デュノッちとお昼ご飯食べるのー」

間の伸びた声でそう言ってくるが目は真剣そのもの。流石にそんなのほほんさんを相手に冗談とか言える程、俺もふざけるなんて精神なんて持ち合わせてはいない。ミコトを思う気持ちは多分、この中ではのほほんさんが一番だと思うから。

「ああ、本気だ。大丈夫。シャルルは敵じゃない。断言できる」
「んー…?」

じっとのほほんさんは俺の目を見つめてくる。そして、俺もその視線を逸らさずに受け止めると数秒見つめ合う状態が続いた。

「んー、わかったよー。おりむーがそう言うんならわたしは信じるよー」
「ほ、本音?本気なのか?」
「本気だよー?おりむーだって実際に話してみて大丈夫だと思ったから一緒にお昼を食べようって提案したんだよねー?」
「ああ、シャルルは良い奴だ。俺が保障する」
「何の根拠にもなりませんわよ…」
「そうかなー?私はおりむーの人を見る目は確かだと思うよー?だってー」

俺達を見回してにこりと笑うのほほんさん。

「現にこうやっておりむーのおかげで良い友達に巡り合えたんだもん♪」
「良い友達…か」

箒、鈴、セシリア。皆、最初は喧嘩はしたけど今はこうして話をしたりしている。でも、今思えばなんだかんだいってそのきっかけは全部俺にあるんだよなぁ。俺がセシリアの決闘を受けなければ、きっとセシリアとは友達にはなれなかったし、箒や鈴だってそうだ。今の様な関係になれなかっただろう。

「おりむーのおかげで皆出会えたんだよー?そんなおりむーだもん。人を見る目は確かだよー」
「ん。皆と友達になれたのは一夏のおかげ」
「う…む。そうだな」
「…そうですわね。ええ、そのとおりですわ」
「まっ、一夏が手当たり次第に女の子に手を出してるのは間違いないわね」

折角感動の場面だったというのに…鈴。お前のせいで台無しだ。それに俺はそんな軟派な男じゃないし手当たり次第に女の子に手を出した思えは無い。ん?何だ?何処からか嘘言うなって弾の声が聞こえてきた様な…気のせいだよな。

「はぁ…わかりましたわ。一夏さんがそこまで言うのでしたら信じましょう」
「一夏のお人好しは今に始まった訳ではないしな」
「それもそうね。言うだけ無駄ってカンジ?」

暫し悩んだ後、もう諦めたと肩を落とし溜息を吐く。でも、その表情は一見不満そうではあったが何処か穏やかな物が感じられた。しかし何故だろう?何か馬鹿にされている様な気がしてならないのは…?

「じゃあ、良いんだな?シャルルも一緒で!」
「どうせダメって言っても意志を曲げる気ないんでしょ?だったら口論するだけ無駄じゃない」
「まったくだ。随分と時間を掛けてしまった。これでは食堂の席どころか食券を買うことすら容易ではないぞ」
「うげっ…そういやそうだ。どうしよう?」

随分の遅れてしまったスタートダッシュ。今頃食堂では食券を買う為に長い行列が出来ている事だろう。箒の言う通り食券を買うだけでも一苦労しそうだ。それに、食券を買ったしてもそれをカウンターに持って行って食事がこの手に運ばれてくる時間を考えるとゆっくり食事を楽しんでいられる時間もなさそうだ。午後の授業も実習だって言ってたからその準備もしないといけないし…。

「その事ならご安心を!わたくしに良い考えがございますわ!」
「良い案?」

何だろう。すごく嫌な予感がする。物凄い失敗フラグが…。

「こんな事もあろうかと!お弁当を用意してきましたの!沢山ありますから皆さんも食べられましてよ?」

そう言うと鞄から大きめのバスケットを取り出すと目の前の机に置くセシリア。今朝から妙に大荷物だなと思っていたがそんな物を用意してたのか。しかし何故だろう?あのバスケットから危険なオーラが漏れ出してきてるのは俺の気のせいか?

「おぉ~…」
「セシりんナイスだよー!」
「ふふんっ!ですわ!」
「―――なん…だと?くっ、卑怯な!こんな状況で一夏の評価を上げようなどと考えているとは…っ」
「ん?何か言ったか?」
「な、何でもない!」
「そ、そうか?」

明らかに何か言ってた気がするんだけどな。評価が如何とかって。

「…何故かしら。すごく嫌な予感がするのはあたしだけ?」

額に汗を浮かべ、目の前のバスケットを凝視する鈴。お前だけじゃないぞ、俺もだ。弁当を用意した本人の前だから口に出してはいないけどさ。

「何を無駄話をしているんですの!?さぁ!昼休憩が終わってしまいます!早く行きましょう!」
「あ、ああ…おーい!シャルルー!」
「あっ、OK貰えたのかな?」
「あ、ああ…うん。良いってさ」
「そっか♪ありがとう♪」
「………」

俺の呼び掛けにニコニコと笑顔を浮かべて近づいて来るシャルルに何故か罪悪感を感じてしまう。昼食を共にする許可は得られたというのに、何だこの気持ちは?まるで、地獄へと道連れにする様な気分何だが…。

「シャルル」
「ん?何?一夏」
「…すまん」
「え?」







場所を変えて此処は屋上。本来なら食堂へ向かい筈だったのだが今朝の事を考えると食堂に向かうのは無謀と判断し屋上で昼食を食べることになった。誰だって食事をするときくらいは落ち着いて食べたいだろう。女子達の視線を浴びながら食べるのはご遠慮したい。幸い、中身はどうであれセシリアがお弁当を用意してくれたのだこれを活かさない手はないだろう。中身はどうであれ。

「ごめんね。皆。僕の我儘聞いて貰って…」

俺の隣にすわるシャルルが未だにそんな事を言っていた。これで何度目だろう?さっきから何度も何度も似たようなことばかり言っている気がするが…。遠慮深いのも考えものである。

「男同士遠慮するなって。こんなの我儘の内にもはいらないから」
「ん」
「ありがとう。一夏。それにオリヴィアさん」
「ミコトでいい」
「! う、うん!じゃあ!僕はシャルルって呼んでね!」
「ん。シャルル」
「うん♪(かわいいなぁ、もぉ…)」

名前を呼ばれ、ぱぁっと表情を明るくして嬉しそうに笑うシャルル。どうやら二人は早くも打ち解ける事が出来たようだ。まぁ、ミコトならすぐに仲良くなるであろうことは予測済みだったけどな。シャルルも何だかミコトの事を気にしてたみたいだし。…何がとは言わないけどナ?口は災いのもと。食事前にまた脳をシェイクされるのは勘弁だ。
…しかし、二人が仲良くするのを快く思っていない人物が約2名程いた。

「むぅ~!」
「むむむ…ですわ」

ミコトの親友であるのほほんさんと、ミコトのお母さんことセシリアだ。

「何ですの?あの二人は?あんなに仲睦ましそうに」
「危険だよ。危険だよみこちー。男の子は皆オオカミさんなんだよ?気をつけないといけないんだよ?」

いつの間にか俺も危険人物になってる。俺、狼なのか…。これでも耐えてる方だと自負してるよ?こんな女の子しか居ない学園で男子一人で。それでも俺を狼だと言うのかい?のほほんさんよ。寧ろ褒めてくれよ。胸張って威張る事でも無いかもしれないけどさ…。

「あたしには別に異性として見てる様には見えないんだけど」
「む?そうなのか?私は良く分からんが…」
「あれはどちらかと言えば小動物を見てる目でしょ。どうみても」
「…ああ、成程」

反対に此方の二人はセシリア達とは違って冷静の様子。それより鈴はシャルル達の事よりバスケットの中身の方を気にしてるらしい。先程からちらちらと警戒するように視線を向けているのを俺は知っている。代表候補生を恐れさせるほど危険なモノなのか。これは…。
しかし意外だな。あののほほんさんがああも敵意を剥き出しにするなんて。まぁ言葉にすれば物々しいけど実際はぷく~っと頬を風船みたいに膨らませて可愛らしく威嚇しているだけだけども。それでものほほんさんがあんな態度を取るのは珍しい。いつもののほほんさんなら誰でもフレンドリーな接し方をするのに。俺も箒も最初から変なあだ名で呼ばれたりとかされたしな。

「…いけませんわ。乱れた男女の交友はミコトさんの教育に悪影響を及ぼしかねません」
「そうだそうだー!」
「お前達の認識とその存在がまさにミコトに悪影響だと思うのは私だけか?」
「右の同じく」

俺もそう思う。

「そこ!うるさいですわよ!と・に・か・く!わたくしは認めませんわよ!」
「みとめないぞ~!」
「え、え?何?何の話?」
「セシリアと本音…へん?」

二人だけのまったりしていた所に突然セシリアとのほほんさんにズビシ!と指を差されてきょとんとする二人。そりゃ急にそんな事言われればそんな顔になるわな。それにしても今日もセシリアは絶賛暴走中である。

「どうしてもミコトさんとお付き合いしたいと言うのでしたらこのわたくしを倒し………い、いえ!ブリュンヒルデになってからになさいな!」
「え、えええええっ!?」

一体何を言い出すんだこの金髪ロールは…。よりにもよって『ブリュンヒルデ』。世界最強になれってのか。壁が高すぎるだろ…。

「一夏に負けたから言い直したな。というか無理だろう性別的に…」
「男がモンド・グロッソに出場できる訳無いでしょうが」

あー…男が『ヴァルキリー<戦乙女>』って呼ばれるのは変だしなぁ。

「それぐらいの器を持つ方でないとと言う意味ですわっ!」
「あ、あの、別に僕はミコトをそんな風に思って…―――」
「まぁ!?ミコトさんに魅力が無いとおっしゃいますの!?確かに身形は幼く殿方にとって物足りない体型ではありますがまだ希望はあります!それに性格は素晴らしくてよ!何処に不満があると言うのです!?」
「むしろそれが良いんだよ!貧乳はステータスだよ!希少価値だよ!抱きしめたいよみこちー!」
「僕にどうしろって言うの!?わけがわからないよ!」
「何気に今サイテーに下品な事言ったわよねこの自称淑女(笑)」
「もはや病気だなこれは…」

理不尽な事ばかり吐いて暴走する二人に困り果てるシャルル。また厄介なのに絡まれたなぁ。同情するよ。というか良いのか時間の方は?昼休憩だってそう長くはないんだぞー?

「そ、そろそろ昼飯にしないか?昼休憩終わっちまうぞ?」

時間的にもヤバいので暴走する二人を止めに入る。流石に飯抜きで午後の授業を受けるのは自殺行為に等し過ぎる。それを二人も理解しているのか俺の言葉に大人しく引き下がる二人であった。

「む。確かにそうですわね。今回は見逃してさしあげますわ」
「え?次回もあるの…?」
「何かおっしゃいまして?」
「い、いえ!なんでもないですぅ!」
「いやもうそう言うのは良いから。はやく食べない?ほんとーに時間無いわよ?」
「そうがっつかなくてもお弁当は逃げはしませんわよ。鈴さんはお行儀がなっていませんわね」
「その言葉をそっくりそのままアンタに返すわよ」

全くだ。先程の自分を振り返ってみろと言ってやりたい。

「お腹を空かせた方がうるさいのでお昼にしましょうか。さぁ、たんと召し上がってくださいな」

そう言って膝の上に乗せてあったバスケットの蓋を開けて俺達の中央にそれを置く。バスケットの中身は一見普通のサンドイッチだ。具も豊富で見た目も綺麗だしまずそうというよりも寧ろとても美味しそうに見えた。これは俺の思い過ごしだったか?

「サンドイッチ…」
「はい。ミコトさんはお好きでしたわよね?」
「ん」

いつもサンドイッチとかパン系ばかり食べてるもんなミコトは。好きと言うよりただ小食で和食セットとかそういう量が沢山あるメニューが食べられないだけだけど。以前、一度だけミコトが俺の真似をして同じ和食セットを頼んだけど半分も食べ切れずに残った分を箒と俺とで分けあって食べたこともあったし。

「美味しそうだね~♪」
「ん。びっくり…」
「そ、そうですか?ま、まぁ!このセシリア・オルコットが作ったのですから当然ですわね!」

そう言って胸を張るセシリアだったが明らかに照れ隠ししているのが丸分かりだ。素直じゃないなぁ。意地を張らずに素直に褒められたことを喜べばいいのに…。

「パンも自分でカットしてるんだな。綺麗に切り揃えられてる」
「ホント、彩りも綺麗だし本当に美味しそうだね」
「むぅ…洋食は好かんのだが…」
「見た目は美味しそうよね…見た目は」

俺を含めた他の連中も感想はそれぞれだが評価は上々のようだ。鈴は未だに警戒してるみたいだけど多分考え過ぎだろう。こんなに美味しそうなんだ。不味い筈ないじゃないか。そんな漫画みたいなオチ実際にありはしないって。

「さぁ、召しあげれ♪」

「「「「「「いただきます」」」」」」

食事前の挨拶を済ませて一斉にサンドイッチ手を伸ばす俺達。そして、手に取ったサンドイッチを一口齧り。このまま硬直した…――――。

「ぐっ!?」
「みゅっ!?」
「むぐっ!?」
「~~~~っ!?」
「「!」」

「「「「(あ、甘~いっ!?)」」」」

鼻に侵攻して来る甘い香り。そして舌を刺激する異常な甘み。可笑しい。俺が食べている物は『たまごサンド』の筈。それなのにどうしてバニラエッセンスの香りがするんだ?何でこんなに甘いんだ?何だ?何だこれは?可笑しいだろ常識的に考えて!
箒達を見てみれば箒達も俺と同様に一口目を食べた状態のまま硬直して表情を歪めている。そうか。他のサンドイッチも同じだったか…。
…しかし、俺達とは異なる反応を見せる異端者が居た。

「美味しいね~♪このサンドイッチ♪」

「「「「はぁっ!?」」」」

手を頬に押し当てへにゃ~と表情を緩ませているのほほんさんの反応を見て俺達は信じられないと言った感じで驚きの声をあげる。しかし、驚きはこれだけではなった。…そう、居たのだ。のほほんさんと同等の異端者がまだ…。

「新しい世界が開けた…セシリアは天才」

「「「「ミコトも!?」」」」

何か訳の分からない事を言って驚いてるみたいだけどお兄ちゃんはもっとびっくりだよ。ミコトやのほほんさんもセシリア同様に壊滅的な味覚の持ち主だったんだな…。

「喜んでいただけて何よりですわ♪さぁ、一夏さん達もどんどん食べて下さいまし♪」
「あ、ああ…」

そう言ってセシリアが差し出して来たのは沢山のサンドイッチ?が入ったバスケット。正直一口目で胸焼けや色々な理由で一杯一杯なんだが…。
しかし、目の前のセシリアの期待に満ちた眼差しを向けられると断るに断れない。何だこの拷問は…。

…ど、どうするっ!?このサンドイッチ?を食べずに午後の授業を受けるかっ!?
「(だ、だが、午後の授業は夕方まである。補給する暇さえなければしかも午後は実習だ。体力は激しく消耗する。昼食を抜くと言うのは自殺行為…)」
「(我慢してこれを食べるか。それとも空腹のまま千冬さんの授業を受けるか…)」
「(選択は二つ。あ、あれ?でもこれって選択肢は無い様な…あれれ?)」
「((((生か死…いやどちらも死っ!どうすればいいんだ(の)っ!?))))」

異様なオーラを放ち目の前に鎮座するサンドイッチ?を見て究極の選択に頭を悩ませる俺達。ごくりと固唾を呑み下し、意を決して手を伸ばしてみたものの、その手はすぐに引っ込められ、また手を伸ばしては引っ込めとその動作を繰り返しては時間を浪費していた。しかし、悩んでいる時間は無い。時計の針は止まることなく昼休憩の終わりは刻一刻と迫っているのだから…。

「あ、あたし、実はお腹一杯で…」
「っ!?逃げるとは卑怯だぞ鈴!」
「何とでも言いなさい!あたしはまだ死にたくないのよっ!」
「折角セシリアが作ってくれたんだぞ?それを食べないと言うのは失礼じゃないか。とりあえず座れ。(※訳 お前だけ逃げてんじゃねぇよ」

立ち上がろうとした鈴の両腕を俺と箒でガッチリと拘束して無理やり元の位置に座らせる。一人だけ逃げようなんてそうはいかない。一人欠ければその分このサンドイッチ?食べなければいけなくなるではないか。

「押し付けの善意なんて悪意と同じよ!やり掛けのRPGを自分が居ない間に「代わりにクリアしてあげたよ♪」とか言ってクリアされるのと同義じゃない!」
「何をわけのわからない事を。とりあえず喰え!貴様だけ逃げようなど認めんぞ!」

顔を青くして
セシリアに聞こえない様にヒソヒソと醜く言い争う二人。まるで地獄に吊るされたクモの糸を取り合っている様だ。どれだけ足掻こうとも待っているのは地獄だけなのにな…。

「ぼ、ぼぼぼぼ僕は無理を言って混ぜてもらった様なものだからこれ一つでいいよ。うん!ありがとね!ご馳走様でした!」

そうは問屋がおろさねぇ…。

「何言ってるんだ?シャルル。此処まできたら一蓮托生だろ?ほらほらまだこんなに沢山あるんだし」
「い、いいいいいいよ!僕は!あとは一夏達が食べて!ね?」
「あら?そんなに遠慮しなくてもよろしいんですのよ?沢山作りましたからご遠慮せずデュノアさんも召し上がってくださいな」
「だってさ♪ほらセシリアもああ言ってるんだから遠慮せず食えって♪」
「(神は死んだ!?)」

俺はシャルルの肩に手を回しニヤリと笑うとシャルルは絶望した表情を浮かべる。

「何をしてますの?早く食べないと次の授業に遅れますわよ?」
「「うまうま♪」」

ソレを平然とした表情で食べているセシリアの尤もな言葉に、俺達は意を決してというか、何か色々な事を諦めてサンドイッチ?を口に含むのであった…。
…追伸。この日、普段は飲む事のないブラックコーヒーがやけに美味しく思えたのはきっと気のせいでは無いだろう。そして苦いコーヒーを飲みながら俺達は誓った。絶対にセシリアの料理はもう食べないと…。









美味しい美味しい夕食を終えて、俺とシャルルは部屋に戻って来た。やはりと言うか当然と言うか。予想通りシャルルと俺は同室となった。まぁ学園で二人だけの男性だしこれは必然と言えるだろう。そして現在、俺達は未だ舌に感じる昼の『アレ』の甘みを紛らわせるために俺の淹れた日本茶を飲んでいる。

「嗚呼…生き返るなぁ。やっぱり俺は甘いのよりこっちの方が好きだ」
「うん。紅茶以外のお茶を飲むのは初めてだけど美味しいね、これ。何だか落ち着く」
「おおそうか。シャルルも日本茶の素晴らしさを理解してくれるか。うん。日本茶は良いよな」
「何より、甘くないのが良いね」
「だな」

俺とシャルルは笑い合う。

「色々酷い目に遭ったけど、楽しかったよ。ありがとね?一夏」
「おう。今度は皆でどっか遊びに行こうぜ。出来れば甘いものが無い所に」
「あはは、そうだね。僕もしばらくは甘い物は見たくないや…」

と、言った物の。ミコトとのほほんさんは食後のデザートを楽しんでたけどな。俺や箒達は昼間の甘みが残って見てて吐きそうになったよ。

「それにしてもすごいね。ミコトに布仏さん。あれ食べたのに夕食後にデザートまで食べて」
「きっと今頃は部屋に貯蔵してあるお菓子を食べてる頃だろうな」
「ほ、本当に凄いね…」

ああ、ミコトとのほほんさんは『お菓子だけ』は物凄い量でも完食するからな。一体何処にあの量が入るんだか。

「あれで専用機持ちで機動じゃあ学園のトップクラスだってんだから信じられないよな」
「ええ!?そうなの!?」
「ああ。俺もセシリアもミコトに追いかけっこで捕まえた事は一度も無いんだよ。ミコトの奴ひょいひょい楽しそうに避けてさ。そのたんびに俺とセシリアが千冬姉に怒られるんだよ」

ホント、理不尽だよな。

「ぷっ、大変だね?」
「む、他人事じゃないぞ?シャルルだって専用機持ち何だからシャルルも追いかけっこに参加だ」
「え、ええ~…」

ふふん。俺達に痛みを貴様も味わうが良い!

「うぅ、嫌だなぁ…」
「お前の大好きなミコトと追いかけっこだぞ。もっと喜べ」
「だからそんなんじゃないってばぁ…ただ僕は小さくて可愛いなって思っただけだよぉ」
「なるほどシャルルはロリコンっと…」
「いやな誤解をしないでよ!?」

…いや。今のは誰だって誤解すると思うぞ?

「まったく…何で一夏はそんな勘違いするかなぁ」
「お年頃なもので」
「ただ僕で遊んでるだけでしょ?もー!」
「何だ、バレてたか」
「一夏~?」

悪かった悪かった。謝るから怖い顔で襟を掴むのはよせ。今あれをやられると確実に吐くから。昼の物がリバースするから。そう言うと、シャルルはものすっごく嫌な顔をして俺を放してくれた。

「とにかく!そう言うんじゃないんだからねっ!?」
「はいはい。分かったよ。そうムキになる事でもないだろ」
「一夏がしつこいからだよ!もう!」

そういう面白い反応するからからかわれるんだって。でも良いな。こういうのって。こんな気楽に話したのはどれくらいぶりだ?昨日弾と話したばかりだけどあれは学園外だったし、今は学園の中だ。学園生活中にこんなに気楽に会話が出来るなんて思っても居なかった。だからシャルルが来てくれたのは本当に嬉しいぞ。

「なぁ、シャルル」
「ん?何?」
「これからよろしくな?」
「へ?………うん。よろしくね?一夏」

一瞬、きょとんとするシャルルだったが、すぐに笑顔になりよろしくと返してくれた。うん。今日は何だか安心してぐっすりと寝れそうだ…。











あとがき

どうも、更新遅れて申し訳ないですm(__;)m。
戦極姫3やってました。とても面白かったです。ええ。足利は凌辱シーンさえなければ…ね。

時間開け過ぎた所為で物を書く感覚を忘れてて妙に大変でした…

あっ、お詫びと言っては何ですが。ミコトのメタルキーホルダー水着ver?をTINAMIとpixivにて投稿しました。是非ご覧下さいw



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十七話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/07/23 13:37

「完全に私の失態ね。何が最強の生徒会長なんだか…ったく」

完全に私のミスだ。学園の生徒を安全を守るのが私も務めだと言うのにまさかこんな素人がする様な失態を侵してしまうとは、自分の迂闊さが嫌になる。

―――『ラウラ・ボーデヴィッヒ』
ドイツの代表候補生でドイツ軍のIS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」隊長。階級は少佐。過去に織斑千冬に教導を受けた事があり、その事もあってか織斑千冬を尊敬…いや、いきすぎたソレは最早信仰と言うべきだろうか。件のミコト・オリヴィア暗殺もそれが原因だろう。織斑千冬のクローンであるあの少女が余程許せなかったのか…。真意は不明にしても、やはり彼女の行動は異常でしかないが。

報告書を読み終え、それを拒む様にして机へと放り投げる。報告書が投げられた先には丁度『生徒会長』と書かれたプレートが置かれており、報告書にぶつかりカタンと音を立てて倒れてしまいそれを見て思わずむっとなってしまう。何だろうこのタイミングは?まるで本当に私が生徒会長失格みたいではないか。
とりあえずプレートは元に戻しておく。

「お嬢様。あまり気負い過ぎては…」

私の斜め後ろで待機していた虚ちゃんにはそれ程私が落ち込んでいる様に見えたのか、本当に不安そうに私を心配してくれる。ダメだなぁ。ご主人様が従者に心配かけちゃ…こりゃホントに堪えてるっぽいわ。
任務での失敗。親しい友達を危険な目に遭わせてしまったこと。どれも今回の件は私のプライドにも心にも結構なダメージを受けてしまっていた。
本音ちゃんが居て本当に良かった。私は、本音ちゃんに護衛の方はまったく期待はしていなかった。妹のついでにあの子の面倒を見てくれればそれだけで良い程度にしか思っていなかった。それがまさかこんなに仲良しになってあの子を大事に想いやるなんて…これは嬉しい誤算。その結果、あの子は救われたと言っても良いのだから。

その件についても、やっぱダメダメよね。わたし…。

「気負うに決まってるじゃない…あと、お嬢様はやめてよぉ」
「失礼しました。今、『生徒会長』と呼ばれるのはお辛いと思いましたので…」

あぁ~…出来た従者だなぁホントに。その優しさが身に沁みるわね。しかもいつの間にかお茶も淹れられてるし。ホントに虚ちゃんの従者っぷりには頭が下がるわ~。

「しかし参ったわねぇ、ホント…」

差し出されたティーカップを受け取りながらそう愚痴る。まさかこんな大胆な行動を取ってくるとは思わなんだ。注意すべきはギリシャの行動のみと決めつけていたのがいけなかったかしら。その怠慢な思考が此方の対応を遅らせ今回の失態を招いた。振り返れば振り返る程情けない失敗だ。しかし、どうしても気にかかる事があった。そう、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』のあの異常な行動についてだ。彼女は軍人でなおかつ特殊部隊の隊長を任される程のエリートだ。それなのに、街中で堂々と拳銃を発砲するなど考え辛い。私はその行動には何か他に理由がある様に思えた。

「…裏で色々と動いてそうよね。これ」
「まず間違いないかと」

私の意見に虚ちゃんも静かに同意してくれる。やっぱりそう考えるべきよね。だとすれば勿論それは連中しかないか…。

「亡国機業…か」

『亡国機業』。その名を聞いて流石のクールでポーカーフェイスな虚ちゃんも表情を険しくなる。国を、世界を動かす程の影響力を持つ組織。連中からしてみれば此処は極上の餌が集まる場所。いずれIS学園も標的にされるのは分かっていたけれど、ついにIS学園にもその影を忍ばせて来たってワケね。これから忙しくなりそう。

「学園内の警護はどうしましょうか?本音だけと言うのも少し不安の様な気が…」

その心配は恐らく不要だろう。この学園内に居る限り彼女も派手な行動を起こせない。もし、起こしたりなどすればそれこそ今度こそ国際問題になる。そうなればもう言い訳なんて出来ない。学園側もそれ相応の対処が取れるでしょうね。

「それは心配ないでしょ。何かあっても例の男の子や代表候補生も傍に居てくれてるみたいだし。もし、何かあったとしても…ねぇ?」
「はぁ…上級生や学園関係者が黙っていないでしょうね」
「いやぁ~皆に愛されてるわ~。次期生徒会長に推薦したいわよねホント」

『親衛隊』とか私でも持ってないのに。末恐ろしいわねあの子…。
このIS学園で密かに存在する組織『ミコトちゃんを見守る会』。その組織の中には各国の代表候補生が複数所属しているというトンデモ勢力である。もし、あの少女に何か起これば彼女達が黙ってはいないだろう。正直、私でも関わりたくない連中である。だって怖いもの。私ロシア代表だけど上級生の代表候補生達を一度に相手して確実に勝てるって自信はないわよ。









第17話「動き出す黒」









「最近、模擬戦で負け続けなんだよなぁ。どうしてだろ?」
「一夏は戦い方がワンパターン過ぎなんだよ。それじゃあ、幾ら強力な武器を持っていても宝の持ち腐れ」
「当たらなければどうという事は無いってか」
「…3倍?つの、生えてるの?」
「最近ミコトの知識が偏り始めてるのにお父さんは心配です。誰が紅い彗星か」

一体何処からそんな知識を仕入れてくるのやら。のほほんさんだろうなぁ。きっとそうだ。そうに違いない。あの人はどちらかと言えば束さん側に分類されるタイプだから。流石に束さんまではアレじゃないけど。

「二人とも何の話してるの?」

誰も居なくなった昼下がりの教室。今日は土曜日なので授業は午前中で終わり午後は完全に自由時間のため、殆どの生徒は部活動や寮に戻ったりなどして教室には俺やシャルルとミコト以外誰も居ない。まぁ、用事も無いのに折角の自由時間を教室で費やす物好きなんて居やしないだろう。俺が残ってるのも学年別トーナメントに向けて勉強をするためだし。教室で復習、アリーナで実践、そして実際やってみてちゃんと実践できていたかどうかの反省。これが本日の俺の予定だ。

「もう、学年別トーナメントまで日数ないんだから真面目にしてよね?」
「すいませんでした」
「ん。でした」


素直に頭を下げる。シャルルにも自分の都合があるって言うのにわざわざ付き合って貰ってるんだから真面目にしないとな。しかし、何でミコトも俺の真似をして謝ってるんだよ。口足らずな謝罪が無駄に可愛いじゃないか。なんかシャルルが鼻を押さえてプルプル震えてるし…。

「っ……こ、こほんっ!分かってくれればいいんだよ?さ、さあ!続けようか!」
「わかりましたーシャルルせんせー」
「せんせー」
「先生って…もう!真面目にやってよぉ!それにミコトも教える側でしょ!」
「…お~」

シャルルに指摘されそういえばそうだったと思い出したという様に妙な声を出して何度もコクコクと頷くミコト。気をまったくシャルルのいう通りだ。俺と一緒に「はーい」って手を上げてる側じゃないだろうに。しっかりしてくれよミコト先生。
そして、再びシャルルがこほんと咳払いをして気を取り直し授業を再開。

「一夏は何で勝てないと思う?何でもいいから意見を言ってみて」
「え?何でってそりゃあ…パターンを読まれてるからだろ?武器が一つしか無いんだから攻撃パターンも限られてくる訳だし」
「確かにそうだね。でも、それだと織斑先生はどうなるの?」
「あ…」

確かにそうだ。千冬姉も同じ条件でモンド・グロッソを戦い抜いたんだ。世界各国の代表が集まる大会で『雪片』一つで我武者羅に戦って優勝できる程モンド・グロッソは甘くない。武器が一つしか無いから仕方が無いっていうのはただの言い訳でしかない。

「『技量が天と地と差』もある織斑先生と比べてもしょうがないけど、一夏は『色々未熟』な点が多すぎるんだと思う。あ、でも勘違いしないでね?全部『一夏が悪い』って言ってる訳じゃないから。白式の偏ったコンセプトのせいでもあるんだし」

一言一言シャルルの遠慮ない指摘が俺のガラスのハートに突き刺さる。シャルルもフォローしてくれてるようだけど既にオーバキル状態なので何を言おうがもう俺のハートは滅茶苦茶です…。
と、そんな項垂れる俺にシャルルは慌てはじめる。まさか自分の言葉が止めを刺すとは思いもしなかったらしい。意外と天然なんだな。恐ろしい奴だ。

「だ、大丈夫だよ!これからきっとうまくなるから!その為の訓練なんだし、ね?」
「だといいんだけどなぁ…」

伸び悩みって言うのかな?最近全然成長してる気がしないんだよな。セシリアや鈴、箒にだって放課後の練習に付き合って貰ってるんだが…。

『こう、ずばーっとやってから、がきんっ!どかんという感じだ!』

『なんとなく分かるでしょ?感覚よ感覚。…はぁ?何で分かんないのよバカ』

『防御の時は右半身斜め上前方へ五度傾けて、回避の時は後方へ二十度反転ですわ』

以上が3人の教導内容な訳だが…。うん。ハッキリ言ってわからん。言い訳に聞こえるかも知ればいが俺が成長しないのはこの3人にも問題があるのは間違いないと思うんだ。付き合って貰ってこんな事言える立場じゃないのは重々承知してるつもりだけどさ。分かりにくいんだもん!しょうがないだろ!?
自分でも分かる出来るのだから他人が出来ても当然。そう思っているんだろうなアイツ等。初心を忘れちゃいかんですよ?

「あ、あははは…。まぁISの操縦にはイメージも関わってくるからまちがってはないんじゃない…かなぁ?」

そこは自信を持って間違いじゃないって言って欲しかった。

「は、話を戻そうか?」
「…だな」

落ち込んでたってしょうがない。それで上達する訳でも無いんだし。

「それでね?操縦に関しては時間を掛けてくしか無い。だから、一夏がまず学習すべきポイントは2つ。射撃武器の特性と接近戦での間合いの把握かな」
「射撃部の特性と間合いの把握?」

どういう事だ?言葉だけを並べられてもいまいち良く分からんのだが。

「一夏は単純に射撃武器の特性を理解していないから相手との間合いを詰めることも攻撃を避けることも出来ないんだと思う」
「そんな事無いと思うんだが…」
「そんなことあるの。この一週間、一夏の訓練を見てきたけど殆ど僕やセシリアの間合いを詰められなかったじゃない。それに、『瞬間加速』からの攻撃は白式のスペックだと確かに効果的ではあるけど、そう何度も見せられれば対処するのはそう難しくないよ?特に一夏の『瞬間加速』は直線的だから」
「確かに、最近じゃセシリア達にも通用しなくなってきたなぁ…」

ワンパターンだから読まれてたのか。確かに一直線に突っ込んでくるのが分かってるんだから避けるのに苦労はしないだろうな。

「軌道を変えながら加速するって言うのは?」
「それはあまりお勧めできないね。瞬間加速中に無理な軌道変更をすると機体に負荷が掛かるし、操縦者にもそれがいくから…最悪、骨折とか大けがする場合もあるんだ」

良かったぁ。実行する前に訊いておいて。ん?でも待てよ?

「シャルル?ミコトのイカロス・フテロはどうなるんだよ?凄い加速で複雑な軌道をとってるのに大丈夫なのか?」
「ん?」

急に自分の名前を呼ばれてぼーっと空を眺めていたミコトが反応する。てか真面目にやってくれよ。

「別にミコトは瞬間加速によってあの加速を出してる訳じゃないよ?確かに凄い複雑な軌道で凄い加速をする時はあるけど、イカロス・フテロはそれに特化した機体な訳だしそういうのは考えて設計されてる。特にあの翼。あれはビジュアルのためだけの翼じゃない。空気抵抗・圧力・軌道変更っていった沢山の技術を詰め込んだとんでもないものなんだよ?」

空気抵抗や云々の話は千冬姉に訊いたけど最後の初耳だな。千冬姉は欠陥機って言ってたのに。

「操作が複雑すぎるのが問題なんだよ。操作が簡易化されて、尚且つあの機動が誰でも実現可能になればあの機体は化けるかもしれないね」
「ふ~ん…」

やや興奮気味で熱く語るシャルルに俺は唯々頷く。うん。正直言うと良く分からん。シャルルの様子からして凄い事なんだろうけど。

「―――っと、また話が逸れちゃったね。それで、一夏は射撃武器の特性って何だと思う?」
「何だって…間合いっていうか、射程距離だろ?」
「そうだね。それが近接武器と射撃武器の圧倒的な違いだね。…他には?」
「他に?え?それだけだろ?」
「ううん。もう一つあるよ。重要なのが」

もう一つ?他にまだあるのか?俺には間合いくらいしか思い浮かばないんだが…。

「はい時間切れ。答えは『速さ』」
「『速さ』?」

速さ…射撃武器に速さって単語を関連付けるって考えすら俺の頭にはなかった。まさかそんな言葉が出てこようとは…。

「うん、速さ。一夏の瞬間加速も速いけど、弾丸の面積は小さい分より速い。だから、軌道予測さえ合っていれば簡単に命中させられるし、外れても牽制になる。一夏の瞬間加速は一回に凄い量のエネルギーを消費するけど実弾の場合は弾がある限り同じ速度で何回でも撃てるしね」
「成程…つまり俺は燃費の悪い鉄砲玉って訳だな?」
「あはは、酷い言い方だけどその通り。でも、弾には感情が無い。だから唯只管にブレーキを掛ける事無く一直線に飛んでいく。一夏の場合は玉砕覚悟で特攻しても心の何処かでブレーキをかけちゃうんだ。人間だからね」
「それが間合いを詰められない原因?」
「の一つだね。他にも色々と理由はあるけどね。間合いの差を埋めるのにはそれなりの技量が求められるから」

『剣道三倍段』って奴か。無手の人間と剣を持った間合いの差。一見、そんなに差は無いように見えてもその距離には絶対の間合いが存在する。無手の人間は間合いが狭いため当然踏み込まなければ相手に当たらない。でも、間合いの広い剣を持つ相手がそれを許す筈が無い。踏み込もうとすれば自身の間合いに入った瞬間に打ち込まれてしまうだろう。それだけ間合いというのは難しいのだ。

「…で、今も出てきたけど。二つ目のポイントは接近戦での『間合い』の把握」
「これは把握してるつもりだぞ?」

これでも一応は子供の頃に剣道を習ってたし、今も箒にしごかれてる。剣の間合いについては把握してるつもりだ。

「そうだね。『攻撃が当たる距離』は把握してると思う。でも、『確実に当たる距離』までは把握してない」
「確実に、当たる距離?」
「うん。白式の単一仕様能力『零落白夜』は大量のシールドエネルギーを消費するのは知ってるよね?」
「ああ」

自分自身の事だ。その事は良く知ってる。

「『肉を斬らせて骨を断つ』まさにそれを具現化した様な武器だけど。それは本来必殺でないといけない。でも一夏は簡単に避けられて自分から不利な方へと追い詰めてるんだ」
「ぐっ…」

確かにいつも一発逆転一か八かの賭けの気持ちで攻撃してる様なもんだよな…。

「自分からシールドエネルギーを消費するなんて本来有り得ないよ?しかも簡単に避けられちゃうし一夏は相手の攻撃をかわさないで受けちゃうし。そんなの勝てる訳無いよね?」
「ぐっ!おおおおっ…」

こ、心が…俺のガラスのハートが…っ!先程接着剤で直したばかりのガラスのハートが砕けてしまう…っ!

「だから、確実に当たる距離を覚えてもらうの。身体にね?」
「覚えるってどうやってだよ?」
「うん♪ミコトと『おにごっこ』をしてもらいます♪」
「オウ、イエ~イ」
「なん…だと…?」

今、何とおっしゃいましたかシャルルさん?俺の耳が確かならミコトとおにごっことかおっしゃいませんでした?それにダブルピースっていう妙な反応を見せてるミコト…まさかミコトが此処に居るのはそう言う事なのか!?だとしたらなんてこった!マジでやばい!

「逃げるミコトをこの新聞紙を丸めて作った剣で叩いてね♪ミコトに当てれるようになればもう誰にだって避けられないよ♪」

その理屈おかしい。絶対におかしい!

「と言う訳で♪アリーナに行こうか♪」
「レッツゴー」
「い~や~だあああああああああぁぁぁ…―――」

そして、俺の抵抗も虚しく。シャルルとミコトに襟を掴まれた状態でズルズルと引きずられ、すれ違う女子生徒達に奇妙な物を見る様な視線を浴びながら俺の悲痛な悲鳴はムカつく程澄んだ青空の彼方へと吸い込まれて消えて行くのだった…。
どうしてこうなった!








――――Side 織斑 千冬
 




「―――…はい。ではその通りに。はい。失礼します」

通信を切りディスプレイを閉じるとふぅ、と疲れの籠った溜息をひとつ吐く。別に尊敬もしてもいない相手に使いたくも無い敬語を使ったせいか凝りに凝った身体をボキボキと鳴らす。やはりこういうのはどうしても慣れないものだな。老害どもに媚を売ると言うのは。まぁ、弱みをチラつかせてお話(脅迫)したら泣きながら喜んでこちらの要求を呑んでくれたが…。
しかし、完全に後手に回り対処が遅れたとはいえこれで漸く一息吐ける。こちらが睨みを利かせている内は各国の欲深い馬鹿共も手を出そうとは考えまい。残る問題と言えば―――。

「ボーデヴィッヒ、か―――」

篠ノ之といいオルコットといい、どうして私のもとには問題児しか集まって来ないのかとつくづく思う。しかし意外だ。一夏やオリヴィアが関わっているとはいえあのボーデヴィッヒが軍規に違反する行動を取るとは。ドイツの方にも改めて問い詰めてみたが、彼等も今回の件は本当に関与していないらしい。それどころかボーデヴィッヒからは定時連絡すら無いとの事だ。あの軍に忠実なボーデヴィッヒが定時連絡を怠るとは思えない。アレが独断で行動しているか、もしくは何者かがアレを利用しているのか…。これはいよいよもってキナ臭くなってきた。もしや、今回の件も大掛かりな囮でしか無いのかもしれんな。だとすれば、この影に居るのはやはり…。

「ちっ、面倒なことだな。まったく」

厄介事が次から次へと…。胸糞悪いにも程がある。奴らめ、この落とし前はどうつけてくれようか?楽には死なせん。自ら殺してくれと乞う様にじっくりと…――――。

「む?」

連中をどう血祭りにあげるか浸っている所を横槍の通信が入る。楽しんでいる所を邪魔されて小さく舌打ちすると思考を切り替え端末を操作しディスプレイを開く。そして、通信相手を確認し私は意外な人物の名を見て驚いた。何故なら、その人物の名は―――。

『―――お久しぶりですね。教官』
「…ああ、まさか貴様の方から連絡をくれるとはな。クラリッサ・ハルフォーフ。それと、私はもう教官では無い」

クラリッサ・ハルフォーフ。嘗ての私の教え子であり、今問題となっているラウラ・ボーデヴィッヒの副官を務める者の名だったのだから…。








――――Side 織斑 一夏




「ゼェ…ゼェ…し、しぬぅ!」

ミコトと鬼ごっこをはじめて3時間は経過しただろうか。休憩を入れず3時間をぶっ通しでミコトを棒を当てようと必死に頑張っては見たものの、やはりと言うべきか。当たるどころか掠りもせずに現在こうして俺は体力切れを起こして情けなくダウンしていた。
地面に大の字で寝そべって空を見上げると、鬼ごっこの最中は気にする余裕も無かったからか、陽も沈み始めて空もだんだんと茜色に染まって行っているのにこの時漸く俺は気付く。
随分と集中してたんだなぁ…。それだけ余裕が無かったって事だろうけど。
ミコトを簡単に息を切らす事無く捕まえる千冬姉と、必死な俺とは反対に楽しんでいるミコトとは違い、俺はこんなに必死で体力を使い果たしているというのに結局触れることすら出来なかった。これがミコトと俺の力量差かと、今さらだと分かりきった事実だと言うのにどうしても悔しくて拳を強く握り締めてしまう。

「一夏、お疲れ様」

バテている俺にシャルルは駈け寄ってくるとミネラルウォーターが入ったペットボトルを渡してくる。有り難い。もう喉がカラカラだったんだ。俺は「サンキュ」と感謝を述べてペットボトルと受け取ると一気に水を飲み干した。

「ぷはぁっ…水が滅茶苦茶うめぇ!」
「あはは。それだけ頑張ったって事だよね。お疲れさまでした」

本当にお疲れだよ。この歳でおにごっこでクタクタになるとは思わなんだ。見た目お子様なミコトはまだ空で飛び回ってるけど…。
空を見上げれば茜色の光を輝かせて悠々と空の散歩を楽しむミコトの姿が。ホント、子供は疲れ知らずと言うか…って、ミコトも同い年か。同い年…だよな?見た目小学生くらいだけど。あっ、胸は鈴と同じくらいか。


ばきぃっ!

「ど、どうかしましたかっ!?突然壁に穴を開けたりしてっ!?」
「いや、急に殺意が湧いて」
「…は、はぁ?」


―――はっ!?何か寒気が。6月だからってまだ冷える時は冷えるからな。その所為か?

「どうかした?」
「い、いや…なんでもない」
「そう?まぁいいけど。それでどう?何かコツ掴めた?」
「掴めたかって…掠る事さえできなかったしな」

コツを掴む以前の問題だと思うが…。

「そうでもないよ?一夏は気付いてないかもしれないけど。だんだん時間が経つに連れて動きに無駄が無くなっていってたもん。多分無意識でやってたんだろうね。凄い上達速度だと思う」
「それでも、成果が出なけりゃ意味無いよ」
「武器が一つだけってなるとそれだけ難しくなるからね。そう簡単にはいかないよ」
「せめて飛び道具さえあればなぁ…」
「そう言えば、一夏の白式には『後付武装≪イコライザ≫』がないんだっけ?」

『後付武装≪イコライザ≫』とは、名前の通りその機体の基本武装以外での追加武装の事だ。機体にはそれぞれ拡張領域≪バススロット≫と言う物が存在し、その容量を許す限り武装を量子変換≪インストール≫し、そこに格納しておくことが出来る。本来なら機体の欠点や基本武装の補助をするためにあるのだが…何故か俺の白式には拡張領域既に満タンな状態で空いていないらしいのだ。

「ああ、何回か調べて貰ったけど、拡張領域は空いてないらしいんだよ。だから量子変換は無理だって言われた」

まぁ、出来たからって俺がそれを使いこなせるかどうかは分からないけどな。雪片弐型だけでも手こずってるってのに。やっぱり、俺には沢山の武器を使うより一つの武器に集中するのが性に合ってる。なんたって千冬姉の弟なんだからな。

「んー…たぶんだけど、それって単一仕様能力≪ワンオフ・アビリティー≫の方に容量を使っているからかな」
「えーっと…ISが操縦者と最高状態の相性になったときに自然発生する固有の特殊能力だっけ?」
「そう。でも普通は第二形態から発現するんだよ。それでも発現しない機体の方が圧倒的に多いから、それ以外の特殊能力を複数の人間に使えるようにしたのが第三世代型IS。オルコットさんのブルー・ティアーズ。凰さんの衝撃砲。それにミコトの可変翼もそうだよ」
「へぇ~…、白式も零落白夜も単一仕様能力なんだよな?」

エネルギー性質のものであればそれが何であれ無効化・消滅させる白式最大の攻撃能力、それが『零落白夜』。しかしその発動には自身のシールドエネルギー、つまり自分のライフを削るという対価を求められる。威力は絶大だが対価も絶大。文字通り諸刃の刃であり、先程シャルルが言っていた様に『肉を斬らせて骨を断つ』と言う言葉を具現化した様な武器なのだ。

「うん。でも凄い機体だね。第一形態でアビリティーが使用できるなんて前例が無いよ」
「それって凄い事なのか?」
「勿論、武装が一つしか無いってデメリットがあって十分お釣りが来るくらい。言ったでしょ?滅多に発現しないって。それだけワンオフ・アビリティーは価値があるものなんだ。発現させれば代表にだってなれるよきっと」

成程、それ相応の物は貰ってるってことなのか。ならこれ以上望むって言うのも贅沢だよな。怠慢も良い所だ。あとは俺の努力次第ってことか。…うん!シャルルの話を聞いてたら急にやる気が出て来たぞ!

「…よし!もうひと頑張りするか!」
「あれ?急に元気になったね?」
「これだけ良い機体を使ってるんだ。それに、千冬姉も同じ条件でモンド・グロッソを戦い抜いたんだ。俺が弱音吐いてちゃ駄目だろ?」
「一夏…うん!そうだね!頑張ろ!一夏!」
「おう!」
「(…あれ?そう言えば織斑先生も同じ能力だったよね?同じ能力が発現するなんて本来有り得ない筈なのに…)」
「ほらシャルル!なにボケっとしてるんだよ!もう時間ねぇんだから早く始めようぜ!」
「あっ!うん!(偶然、なのかな…?)」







空はもうすっかり藍色に染まってしまい。周りに居たアリーナを使用する女子生徒達も既に寮へと帰ってしまった。今アリーナに居るのは俺とシャルル、ミコトの三人のみ。あれからもう一度ミコトに再戦を挑んでみたがやはり惨敗。気持ちだけで如何にかなるもんじゃないってのを実感した。

「だーっ!やっぱり駄目かぁ!!」
「ん。でも一夏。すごく頑張った。いいこいいこ」

もうすっかり満足したのか、漸く地上に降りてきたミコトがISを解除して、白式によじ登り俺の頭をいいこいいこと撫でてくる。…なんだこれは。妙にくすぐったいぞ。

「いいなぁ…」
「何か言ったか?シャルル」
「な、なんでもない!?」

何でも無いわけあるか。そんな物欲しそうにこっちを見てからに。何が言いたいのか丸分かりだぞ。

「そ、それじゃあ!最後に射撃武器の練習でもしてみようか!射撃武器が一体どんな感じか実際に使ってみないと分かんない事もあるだろうし!」

誤魔化したな…。
明らかに誤魔化しているのがバレバレなシャルルは自身の武器、五五口径アサルトライフル≪ヴェント≫を俺に渡して…否、押し付けて来た。わかったから。追求しないから押し付けるのはやめろ。それ、凶器だから。あと地味に肌に食い込んで痛いから!

「イテテテッ!?…ってか、他の奴の装備って使えないんじゃないのか?」
「普通はね。でも所有者が使用承諾≪アンロック≫すれば、登録してある人全員が使えるんだよ。えっと―――よし、今一夏と白式に使用承諾を発行したからもう使える筈だよ。試しに撃ってみて」
「お、おう…」

初めて銃器を持った事もあってか妙な重さを感じる。ISのエネルギーフォールドがあるので重たくは無い筈なのに…。やはり、銃は代表的な凶器であり、人の命を奪う物と言う印象が強い為だろうか?精神的にその重みと言う物が伝わってくるんだろう。
ごくりと唾を呑み俺は慣れない手つきで銃を構える。たぶん、今の俺はガチガチで不格好で情けない姿を晒している事だろう。銃を持つなんて初めての経験だからどんな構え方をすればいいのか分からないのだ。

「こ、こんな感じで構えればいいのか?」
「…一夏。肩に力入れすぎ。もっと楽にして。そう。それで脇も締めて。そこに左腕じゃなくてココ」

俺の後ろに回って次々と俺の姿勢を正していく。うん。俺からは確認する事は出来ないけど何だかまともな感じになった様な気がするぞ。

「オルコットさんのスターライトmkIIIと違ってこれは実弾だから瞬間的に大きな反動が出るけど、ほとんどISが自動で相殺するから心配しなくていいよ。センサー・リンクは出来てる?」
「銃器を使う時のやつだよな?さっきから探してるんだけど見当たらないんだよ」



ISでの戦闘は互いに高速状態での戦闘となる。そんな状態で人間の動体視力など付いて行ける筈も無く当然、ハイパーセンサーとの連携が必要となってくる。ターゲットサイトを含む銃撃に必要な情報をIS操縦者に送るために武器とハイパーセンサーを接続するのだが、さっきから探しているのだが白式のメニューにはそれが無いのだ。

「格闘専用の機体でも普通は入ってる筈なんだけどなぁ…」
「欠陥機らしいからな。白式も」
「100%格闘オンリーなんだね。じゃあ、しょうがないから目測でやるしかないね」

目測かぁ。エアガンすら使った事が無い俺に出来るんだろうか?実際にやってみない事には分からんか。…よし!

「じゃあ、いくぞ」
「うん。最初は的に中てる事に拘らないで撃つことだけ考えて。それから撃つ感覚に慣れていこ」

感覚というのはやってみなければ絶対に分からないものだから、シャルルの言う通りなんだろう。とりあえず俺は一度深呼吸してから、的に狙いを定めてぐっと引き金に力を込めた。

バンッ!

「うおっ!?」

物凄い火薬の炸裂音に驚いてしまう。今まで何度も銃声を聞いて来た筈なのに、自分撃ってみるのとではこうも違う物なのか…。
ISが相殺してくれてるとはいっても手に残る反動と妙な感覚。これが銃を使った感覚なんだな。雪片しか使った事が無い俺にとっては新鮮な感覚だ。

「どう?実際に撃ってみて」
「あ、ああ…なんだか凄いな」

『トリガーハッピー』という言葉を聞いた事があるが…成程、気持ちが分かるかもしれない。楽しいっていうかわくわくって言うか、よく分からない高揚感が凄いのだ。

「あはは。銃を始めて撃った人は皆同じ事を思うんじゃないかな?僕もそうだったし。あ、そのまま続けて。一マガジン使い切っていいから」
「おお!サンキュ!」

学園が管理しているISの弾薬費と修理費は学園が負担してくれるが、専用機持ちはその所属する国が負担するのでそう無駄遣いは出来ないって言うのになんて良い奴なんだ。
シャルルの心遣いに感謝して、もう一度的に狙いを定めて二発三発と撃ちこみながら銃の特徴を把握しつつ、どのように銃の間合いを詰めるべきか考えていた。
動かぬ的を自分の姿に重ね合わせてみる。成程、相手が近接武器しかもっていないと分かっていてこんなに距離が離れていれば慌てず落ち着いて相手の動きを把握して対処する事が出来るだろう。自分がどれだけ不利な状況かと言う事が良く分かる。この距離、どう詰めれば良いのだろう。動き回って相手を錯乱…いや、それだと此方のエネルギーの消費が激しくて結局は追い詰められてしまうだろう。なら逆に突っ込んで…これだと今までと同じじゃないか。

「う~ん…」
「考え事しながら撃っても当るものも当らないよ?一夏」
「あ、悪い…」

弾薬も馬鹿にならないってのに無駄遣いするのは悪いよな。集中しないと…。よし、中った。

「そういえばさ、シャルルのISってリヴァイヴだよな?」
「うん。そうだよ。それがどうかした?」
「いや、何か山田先生が操縦してたのとだいぶ違う様に見えたからさ。本当に同じ機体なのか?」

山田先生が使っていたIS『ラファール・リヴァイヴ』は、ネイビーカラーに四枚の多方向加速推進翼が特徴的なシルエットをしていた。それに比べてシャルルのISはカラーだけでなく全体のフォルムからして違う。機動性を向上させるために追加された推進翼。削れるところは削ったと言った感じのスマートなフォルム。そして他のリヴァイヴの武装には無い左腕に固定されたシールド。どれも通常のリヴァイヴとは異なるものだった。

「ああ、僕のは専用機だからかなりいじってあるよ。正式にはこの子の名前は『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』。基本装備をいくつか外して、その上で拡張領域を倍にしてあるんだ」
「倍!?そりゃまたすごいな…てことは武器の数も凄い数になるんだろう?」
「そうだね。今量子変換してある武装だけでも二十くらいはあるかな」
「凄いな…ホントに」

そんな数の武器使いこなせるのだろうか?俺だったら絶対に無理だな。戦闘中にその膨大な量の武器の中からその状況にあった武器を選択する余裕俺には絶対ないだろうから。きっと武器を選んでいる最中に隙を突かれて撃墜されるのがオチだ。

「ラファール・リヴァイヴの特徴はその汎用性と多種多様な後付武装を組み合わせることが出来るパフォーマンスの高さ。だから、ラファール・リヴァイヴは第二世代型ISで完成に近いISと言っても良い」

射撃練習をしている時からちゃっかり俺の背中に張り付いてたミコトがそんな事を説明して来る。真面目な話をしてるのに今やっている行動のせいで台無しだぞ?ミコト…。

「おお、ミコト辞典が始まった。…というか、いい加減降りれ」

いつまで張り付いてんだまったく。年頃の女の子がはしたない真似するんじゃありません。自分が今何を着てるか分かってるのか?
ISスーツは肌を隠す面積は水着と殆ど変らない。そんな格好で密着されてみろ。色々と困るだろうが。何がとは俺の尊厳に関わるから言わないけどな。

「ミ、ミコト辞典?なにそれ?」
「ミコトの台詞、なんだか辞典をそのまんま読んだ感じがするだろ?だからミコト辞典」
「そ、そうなんだ…」
「んー?」

シャルルが頬を引くつかせてると言うのに、辞典呼ばわりされてるミコト本人は何の事か分からないといっや感じで首を傾げるだけである。まあシャルルの驚く気持ちは分かる。俺たちだって最初はミコトの知識の量には驚かされたものだ。でも今では「まあミコトだから」の一言で解決してしまうくらいに慣れてしまったけどな。人間の適応能力って凄い。

「しかしミコトの説明を訊くと凄い機体なんだなリヴァイヴ」

授業でも聞いたけど改めてその凄さを実感する。戦争なんて数ですよ数。武器が豊富なだけ色んなタイプの相手にも対応できるしな。

「凄いものか。武器の数しか取り柄のない時代遅れのアンティークなだけだろう?」

まるでナイフの様に鋭く冷たい声が、静まり返ったアリーナにまるで水たまりの波紋のように静かに響く。その聞き覚えのある声を訊くとまるで刃物を首筋に当てられたかのような錯覚を感じぞくりと背筋を凍らせる。隠そうともしない明らかな殺気。獣は獲物を狩るとき気配を潜ませるものだが、この声の主はそんなものは一切しない。堂々と、まるで今かお前達を殺すぞと死を告げるかの様に殺気を放つのだ。
まずい。俺はそう思った。今、此処には箒もセシリアも鈴ものほほんさんも居ない。箒は珍しく部活に顔を出しており、セシリアと鈴は何か急に機体の調整とやらで上司に呼び出されたらしく午後から学園を留守にしている。のほほんさんは何か用事があるとかで午後から会っていない。この状況で襲われたら俺はミコトを守りきれるのか?
ゆっくりとその声が聞こえて来た方へと振り向く。やはりそこには銀髪の少女。ラウラ・ボーデヴィッヒがその小さな身体とは不釣り合いな左肩に大型のレール砲を装備した漆黒のISを身に纏い、美しい銀髪を靡かせて、ギラついた獣の様な瞳で此方を睨みつけていた…。
殺される。本能がそう告げていた。このまま動かないで待っていたら確実に殺される、と…。それだけ、ラウラの殺気は異常だった。何が彼女をそうさせるのか俺には分からない。でも、アレは普通じゃない。普段の、学園に来る前の彼女を俺は知らないがまるで何かが取り付いた様にも見える。幽霊だの何だの、この世界最先端の技術が集まるIS学園で言うのも可笑しい話だが。

「どうした?睨まれただけで竦んでいるのか?情けない。それでもあの人の弟なのか?」
「くっ…」

図星を突かれて俺は何も言えなくなる。実際、この上なく情けない姿を晒してる。自分より背の小さい女に睨まれてビビってるなんてよ。

「やはり貴様はあの人の弟に相応しくない」

またそれかよ…。
ミコトが襲われたあの日、あの公園でもラウラは同じ事を言っていた。ああ、なんとなく気付いてるよ。お前が何を言いたいのか。お前が千冬姉を『教官』って呼んだ時から大体は想像はついてたんだ…。
お前が俺を憎む理由。それは…。

「貴様がいなければ…お前が誘拐なんてされなければ、教官は大会二連覇という偉業を成し得たというのに…」

そうだ。二年前、モンド・グロッソの決勝戦のその日。俺は謎の組織に誘拐された。どういう目的で何故俺が攫われたのかは未だ不明だが、俺は拘束され真っ暗な部屋に閉じ込められた。そこに助けに現れたのがISを纏った千冬姉だったのだ。決勝戦の会場から俺が誘拐されたという報せを受けて文字通り飛んで来たらしい。
今も忘れない。あの時の千冬姉の姿を。凛々しく、力強く、そして美しい、その姿を…。
しかし、それが原因で決勝戦は千冬姉の不戦敗となり、大会二連覇も果せなかった。誰もが千冬姉の優勝を確信していただけに、決勝戦棄権という事態に大きな騒動を呼んだ。
俺の誘拐事件に関しては世間的に一般公表されなかったのだが、事件発生時に独自の情報網から俺の監禁場所に関する情報を手に入れていたドイツ軍関係者は全容を大体把握している。そして千冬姉はそのドイツ軍の情報によって俺を助けたという『借り』があったため、大会終了後に一年程ドイツ軍IS部隊で教官をしていた。ラウラが千冬姉を『教官』と呼ぶのはそのIS部隊にラウラが所属していたから。だからだろうか、千冬姉をこんなにも信仰するのは…。

「私は、貴様の存在を―――『貴様達』の存在を認めない!」

貴様『達』か…ミコトの事を言っているんだろう。

「ミコトは関係ないだろうが!何処にミコトの命を狙う理由があるっ!?」
「…え?…命?」

一人話について行けていなかったシャルルがミコトがラウラに命を狙われているという事実を知り驚愕する。しかし、そんな驚くシャルルを無視して話は進行する。何故ミコトの命を狙うのか?その問いにラウラは大方公園の時と同じ反応を見せると思っていた俺の予想とは大きく異なる反応を見せた。

「何だ。貴様、知らないのか?ソレの出生を」
「…?」

ラウラの言葉に眉を顰める。ミコトの出生?何の事だ…?

「…ふっ、どうやら本当に知らないらしいな。それでよく友と呼べたものだ。まぁ、出来損ないの人形には『友達ごっこ』がお似合いだがな」
「友達ごっこ…だとっ!?」

俺達とミコトの関係がごっこだと、こいつはそう言いたいのか!?
ふざけるな。何でお前なんかにそんな事を言われなければならない。ミコトを命を狙うお前なんかに何で…。

「それについて何も知らない。なのに友達を語る。それをごっこ言わずして何と言うんだ?」
「うるせぇっ!お前に…お前にミコトの何を知ってるっていうんだっ!?」
「貴様達よりかは知っているつもりだがな。…ふむ、そのつもりは無かったが気が変わった。喜べ、特別に話してやろう」

暫し考える仕草を見せ、何かを思い付いたのかゾクリとする程の暗い笑みを浮かべてラウラはそう告げる。

「…?」
「気になるのだろう?ソレの秘密を。なら教えてやろうと言うのだ」
「…」

…確かに、ミコトの事を知りたい気持ちはある。でもいいのか?こんな奴の口から聞いても?こういうのはミコト本人から聞くべきじゃないのか?
どうするべきなのだろう?俺にはどちらが正解なのか分からなかった。知りたいという気持ちとそれを引き止める気持ちが天秤に吊るされてゆらゆらと左右に揺れている。そして、何時までも悩んでいる俺に時間切れだと言うかのようにラウラが口を開いた――――その瞬間、アリーナにもう一つの声が現れ、ラウラの言葉を中断させた。

「その件については口外は禁止すると言った筈だ。ボーデヴィッヒ」
「教官…」

ラウラと同様に鋭さはあるものの、その声には理性と静かな力強さを感じさせる凛とした女性の声。その声を聞いた瞬間、俺はほっと安堵し、その声の主を見た。千冬姉だ。

「もし、それ口外すると言うのであれば。IS学園ひいては委員会の決定を逆らうと見なすが?」
「…」
「だんまりか。…織斑」
「は、はいっ!?」

急に呼ばれ、咄嗟敵にびしっと背筋を伸ばしてしまう。

「お前…いや、正確にはお前達か。お前達もミコトについての詮索は一切禁ずる。いいな?」
「な、何で…」
「探索は禁ずると言った筈だぞ?」
「…はい」

鋭い眼光に射抜かれ、俺は何も言えなくなり小さく返事をして俯く。

「…もうアリーナの閉館時間は過ぎている。さっさと寮に戻れ」

「ん」
「「…はい」」
「了解しました」

そう告げると千冬姉は立ち去り、ラウラも千冬姉の指示だからか、それ以降は一切口を開く事は無くちらりと俺を見て馬鹿にしたような笑みを漏らしこの場から去っていってしまった…。
この場に残るのは俺達と気まずい空気のみ。俺はただ黙りこみラウラの去って行った方を眺めていた…。

―――それでよく友と呼べたものだ。

「…っ!」

アイツの言葉が頭に響き、ぎゅっと拳を握りしめる。
悔しかった。アイツの言葉が。アイツの言っている事が事実だって言う事が。俺達が何もミコトの事を知らないって言う事が…。

「一夏?」
「…ミコト?」

気付けば俺の背中に張り付いていたミコトが、俺から降りてそっと俺の拳をその小さな手で包む様に握って此方を見上げていた。

「わたし、自分の事教えられない。千冬に言うなって言われてる」
「…そうか」

やっぱりそうなんだな。千冬姉が言わない訳無いもんな…。

「でも、一夏はともだち。本音も、箒も、セシリアも、鈴も、シャルルもともだち。ごっこ、じゃない。わたしの宝物。誰にも、否定させない」
「ミコト…」

その幼い少女の瞳には強く揺るがぬ意志が灯っていた。何人たりとも絶やす事が出来ない意志が。
…そうだよな。誰が何といようと、ミコトの事を知らなくても、ミコトは俺の友達だよな。
何をうじうじと悩んでいたんだ俺は。何処に悩む要素がある?そんなの分かりきってた事じゃないか。それだと言うのに俺って奴は本当に馬鹿だな…。

「…悪い。ありがとな。ミコト」
「ん」

気にするな。そう様に首を左右に振るミコト。本当に必要以上の事は口にしない奴である。伝える事言ったら直ぐに言葉足らずに戻ってしまった。でも、ミコトらしい。俺はそう思い苦笑する。

「あの…僕だけ置いてけぼりなんだけど?」
「あ…」
「おー」

そう言えば忘れてた…。
すっかりと風景と化してしまったシャルルに漸く気付いた俺達だった…。









「成程ね。そう言う事だったんだ…」

更衣室で着替え終えた俺達は、寮に戻りシャルルに全ての事情を説明した。ミコトの命が狙われている事をした以上黙っている必要は無いと判断したからだ。あと、ミコトはこの場にはいない。自分の部屋に戻って貰った。

「一夏が僕に敵か味方か聞いて来た意味がようやく分かったよ。それは疑いたくもなるよね。ボーデヴィッヒさんと同じ日に転校してくれば疑うなって言うのも無理があるから」

苦笑してそんな事をいうシャルル。なんていうか、あの時は疑って申し訳無かった。あの時はあんな事があった翌日で余裕がなかったんだよ。

「…でも、殺すなんて物騒な話」
「ああ、普通じゃない」

シャルルは先程の笑みを消し去り真剣な表情へと変え、俺もシャルルに同意し頷く。確かに物騒極まりない話だ。他人の命を奪おうとするなんて正気の沙汰とは到底思えない。何より…。
人を殺そうと言う時に笑うなんて普通な訳が無い…。

「それで、どうするの?一夏」
「どうするもない。俺はミコトを守るだけだ」
「そっか…ねぇ、僕も仲間に加わらせてくれないかな?」
「え?」

急なシャルルの提案に俺は目を丸くして驚いた。

「だって、僕もミコトの友達なんだよ?」
「…そっか。そうだよな」

シャルルだってミコトの友達なんだ。友達を守りたいって気持ちは同じなんだ。きっと…。

「ありがとな。シャルル」
「お礼を言われることじゃないよ。友達を助けるのは当たり前の事でしょ?」
「…ああ!そうだな!当たり前だよな!」

シャルルの裏を感じさせない言葉と笑顔を見て俺はとても嬉しかった。シャルルが本当にミコトを大切に思ってくれているのだと知って嬉しくて仕方が無かった。

「ふぅ、何だか安心したら腹減ったな!食堂で飯にするか!」
「あっ、僕は先にシャワーを浴びてからそっちに行くよ。あ、一夏も汗流して無いよね?一夏が先にシャワー使う?」
「いや、俺は飯食ってからでいいよ。じゃ、また後でな」
「うん。いってらっしゃい」

シャルルに見送られて部屋を出ると、俺は食堂へと向かう。
しかし本当に良かった。シャルルが俺達に協力してくれて。正直に言うと、アリーナでラウラと対峙した時俺はアイツの異常さに恐怖した。自分が知らない人間の闇の部分を見せられたような気がして…。あんな物からミコトを守れるのかとも思った。だから、あの場に居てアレを見たというのにそれでも一緒にミコトを守ってくれると言ってくれた時は本当に嬉しかったのだ。心強い仲間が出来たような気がして…。

「あ、そういえば…」

ふと、ある事を思い出し足を止める。

「ボディーソープ切らしてたんだっけ?シャルル予備の場所知らないよな。教えてやらないと…」

再び自分の部屋へと戻る。部屋に戻って来てみるとシャルルの姿が無い。もう既にシャワールームに入ってしまったようだ。
仕方が無い。ボディーソープが無いとシャルルも困るだろうし持って行ってやろう。そう思ってクローゼットから予備をボディーソープを手に取ると、洗面所のドアを開けた。すると同じタイミングで脱衣所のドアが開いた。おそらく、ボディーソープが無い事に気付いて探しに来たのだろう。

「ああ、シャルル。ボディーソープ切れてただろ?これよ…び…」
「い、いち…か…?」

俺は目の前の状況に言葉を失う。何故なら、脱衣所から出て来たのは見た事のない、裸の『女子』だったのだから…。



















あとがき

戦極姫3をクリアしたら次はマブラヴだぜ!まさかルルーシュが出てくるとは。流石age。ネタにいきるメーカーだぜw
てなわけでまた更新遅れました。申し訳無い。
しかし今回の話を書いていて一夏に殺意を覚えた。スクみずもといISスーツのミコトに密着させる…だと?一夏もげろ!



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十八話 ※最後のシャルルの性別バレ修正
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/08/06 00:21
「い、いち…か…?」
「……………」

あまりの事態に思考が停止する。
何だ?何だこの状況は?何故俺の部屋に、しかもシャワールームから『女の子』が出てくるんだ?しかも裸で…。
部屋を間違えたか?寮の部屋は全て見取りが同じなので有り得ない事は無いがだからってボディーソープの予備も同じ所にあると言うのは可能性が0でないにしても可笑しいだろう。じゃあやっぱり此処は俺の部屋?だったら何で見知らぬ女の子がシャワールームから出てくる?幾ら考えたところで混乱する頭ではまともに考える事はできない。

しかし頭は混乱していたとしても男の性と言うのは逆らえないものらしい。俺の視線は無意識に目の前の裸体へと向けられる。
濡れた髪はわずかにウェーブがかかったブロンドで、柔らかさとしなやかさを兼ね備えている。すらりとした身体は脚が長く、腰のくびれが本来の大きさ以上に胸を強調して見せている。まさに理想のプロポーションと言えるだろう。
しかもシャワーを浴び終えたと後だけあって妙にその姿が色っぽい。上気する肌に伝う水滴が胸に落ちるそれなんてもう…。

ごくり…。

固唾を呑み込み、頭の中では駄目だと分かっていても目の前のその二つの山を凝視してしまう。しかし流石に時間も経過したことで俺も冷静さを取り戻し始めると今自分のしている事がたいへんな…否。へんたいな事であると気が付き、慌ててぶんぶんと頭を振りまわし煩悩を退散させて目の前の女の子に背を向けた。

「え、えっと…どちらさんで?」

何とも間抜けな問い掛けだがこれ以外に俺には言葉が思い浮かばなかった。それに今現状で俺が一番知りたい事でもある。

「え?……あっ!きゃあッ!?」

何を思ったのか最初は不思議そうな声を漏らした少女だったが暫し間を置くとハッと我に返って悲鳴を上げた後ドアの閉まる音が響く。どうやらシャワールームに逃げ込んだらしい。
あの…俺の質問の答えは?シャワールームに引っ込む気持ちはよーく分かるけどさ。俺も目のやり所とか困るけどさ。それだけは答えて欲しかったな…。

「………」
「………」

気まずい沈黙がこの場を漂う。きっとドアの向こうでは俺同様に混乱している事だろう。そうだ。ここはとりあえず時間を置こう。そして落ち着こう。うん。それがいい。
人それを現実逃避と呼ぶ。

「ぼ、ボディソープ、ここに置いとくから…」
「う、うん…」

シャワールームから返事が返ってくるのを確認すると、俺はシャワールームのドアの前にボトルを置き、本来の目的を終えるとぎこちない動きで脱衣所を出た。

「………………はぁ~」

緊張が解け、ドアに背中を預けぐて~とその場にへたり込む。
まったく、何がどうなってんだか。結局あの子は誰なんだ?此処、俺の部屋だよな?だったらあのシャワールームにはシャルルが居る筈なのに――――って、まさか…。
あのブロンドの髪。何処か見覚えがあると思ったらシャルルも同じブロンドじゃないか!
言われてみればシャルルに見えなくもない。普段縛っている髪を解くと大体あんな感じになるだろう。いや、問題はそこじゃない…。

おかしいだろ。何でシャルルに胸があるんだ?男なのに。何で胸が…。

もう一度、さっきの光景を思い浮かべる。
大きすぎず小さすぎず、形の良い美乳だっt…って!違うだろ俺!?
もう何が何だか分からなくなり頭を抱えてごろごろと地面を転がり出す俺。今、この光景を誰かに見られたりしたらどうなるだろう?きっと、俺は恥ずかしさの余り自殺したくなるに違いない。
…と、俺が奇妙な行動をしているそんな時、脱衣室のドアの開く音がして俺は慌てて身を起こす。

「あ、上がったよ…」
「お、おう」

背後から聞こえる遠慮がちにかけられた声はやはりシャルルのもの。ならさっきの女の子はやっぱりシャルルなのか?
一度、俺は深呼吸をして自分を落ち着かせてからゆっくりとシャルルの方へと振り向いた。

「――――」

振り向いた先には、やはり先程の女の子がジャージ姿でそこに立っていた…。








第18話「シャルル・デュノア」






「………」
「………」

互いのベットに腰を掛けて向かい合い、何も言葉を発する事無く沈黙することかれこれ一時間。未だ俺は事態の究明する事が出来ないでいた。
だってそうだろ?今まで男だと思っていたルームメイトが実は女の子でしただなんて、どう話しかければ良いのか分からないってば。
しかし何時までも黙りこんでていてもらちがあかん。ここは男である俺から切り出すべきだろう。

「あの、さ…」

思い切って声を掛けてみると、シャルルはビクッと身を震わせる。何故だろう?別に俺は何もしていないのにこんなに怯えられたら罪悪感を感じてしまうではないか…。

「シャルル…なんだよな?」
「………っ」

分かりきったことをもう一度訊ねると、シャルルは俯き表情を隠したまま無言で頷く。やっぱりそうなのか…。
逆に、目の前の女の子がシャルルじゃなかった場合。俺は見ず知らずの女の子の裸を見てしまった事になる訳だが…そんな事は今はどうでもいいか。いや、シャルルの裸を見てしまったのは良くないけどさ。

「あー…うん。何で男のフリなんてしてたんだ?」

とりあえず一番疑問に思っていたことを訊ねてみる。これを訊いておかないと話を始める事だって出来やしない。

「それは…実家の方からそうしろって言われて…」

実家から?何のために?いや待って。シャルルの実家って確か…。

「…デュノア社?」

頭に思い浮かんだ単語を口に出してみるとシャルルは黙って頷く。つまりデュノア社から男装してIS学園に入学しろって言われたのか?でも何のために…。
俺がそう疑問に思っていると、それを察してくれたのかシャルルが語り始める。

「僕の父の…社長から直接の命令なんだよ」

命令…親子だって言うのに穏やかじゃない言い方だな。
それに、なんだかシャルルの様子が実家の話を始めてから可笑しい。『父』と言う言葉を発する時妙に温度が低いというか感情が籠って無いというか…。

「命令って…親子だろう?なんでそんな―――」

まるで自分の子供を駒みたいな…。

「僕はね、一夏。愛人の子なんだよ」

シャルルから告げられた事実に俺は絶句する。俺だって普通に世間を知る15歳だ。『愛人の子』と言う意味を分からない程に世間に疎くも無ければ純情でもない。そして、『愛人の子』という立場は世間からどう見られるのかも。きっと、シャルルも辛い人生を歩んで来たのだろう。

「引き取られたのが二年前。丁度お母さんが亡くなった時にね、父の部下がやって来たの。それで色々検査する過程でIS適応が高い事が分かって、非公式ではあったけれどデュノア社のテストパイロットをやることになってね」

テストパイロット…つまりセシリアと鈴と同じ代表候補生なのか。
しかし、今はそんな事はどうでもいい。いま大事なのはシャルルの事だ。シャルルも言いたくないである話だというのに健気に俺に話してくれている。だったら俺は、ただ黙ってそれを聞き洩らす事無く真剣に訊く事だ一番の礼儀だろう。

「父にあったのは2回くらい。会話は数回かな。普段は別邸で生活してるんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あの時は酷かったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね。参るよね。母さんもちょっとくらい教えてくれてたら、あんなに戸惑わなかったのにね」

あはは、と愛想笑いを浮かべるシャルルだったが、俺はまったく笑えなかった。笑える訳が無い。そんな話を聞かされて…。
ただ俺は拳を握りしめる。沸々と湧き上がるやり場のない怒りを堪える為に、爪が喰い込むほど強く…。

「それから少し経って、デュノア社は経済危機に陥ったの」
「え?何でだよ?デュノア社っていえば量産機ISのシェアが第三位の大企業だろ?」
「うん、そうだね。でもそれは第三世代ISが出て来る前までの話。デュノア社のリヴァイヴは第二世代型IS。簡単に言えば時代遅れの機体なんだよ」

そう言えばラウラも言ってたな。アンティークがどうのこうのって…。

「それにね。デュノア社のリヴァイヴが他の第二世代型より優れてるって言うのはある意味当たり前の事なんだよ。もともと遅れに遅れて開発された第二世代型だからね。他の企業よりも優れてるのは当然。リヴァイヴが開発された頃には他の企業はもう第三世代の開発に移ってたから。第二世代の開発なんて見向きもしなかったんだから。その間にデュノア社はリヴァイヴを大量に売りさばいて今の地位に立てた訳だけど。それも今だけだね…」
「どうして?」
「ISの開発にはね。すごいお金がかかるんだ。ほとんどの企業が国の支援があってやっと成り立っている所ばかりなんだよ。勿論、父の会社もそう。デュノア社も第三世代型を開発してはいたんだけど、上手くいかなくてなかなか形にならなかったんだよ。それで政府からの通達で予算を大幅にカット、ますます追い込まれていって第三世代型の開発なんてする余力なんて無くなっちゃった…」

成程、第三世代型が完成し量産化が進めば、次は第三世代型での競争が始まる。第二世代型のリヴァイヴで稼いでいるデュノア社は生存競争に生き残れないって訳か。そりゃそうだよな。古くて性能の悪い商品より、新型で高性能の商品の方が売れるのは当然だろう。

「それで何時までも良い成果を出せないデュノア社に、ついに政府も痺れを切らせてね。次のトライアルに選ばれなかった場合は援助を全面的にカット、ISの開発許可も剥奪するって話になったの」

ISの開発許可も剥奪。IS開発で稼いでいるデュノア社にとっては死刑宣告でしか無い。手段を選んでいる場合じゃないってのは分かる。分かるけどさ。

「それがどうして男装に繋がるんだ?まさか『歌って戦えるアイドル』でデビューさせようなんて考えてる訳でもあるまいし」
「あ、あはは。まぁ、ある意味正解かも。注目を集める為の広告塔だから。それに―――」

なるほどな。確かに注目は浴びるよな。現に俺もそれで大変な目に遭った訳だし…。
しかしシャルルの言葉にはまだ続きがあった。シャルルは俺から視線を逸らし、苛立ちの含んだ声で言葉を続ける。

「同じ男子なら日本で登場した特異ケースと接触しやすい。可能であればその使用機体と本人のデータを取れるだろう…ってね」
「それってつまり―――」
「そう、白式のデータを盗んでこいって言われているんだよ。僕は、あの人にね」
「………」

訊けば訊く程その父親はシャルルの事を利用価値のある道具のようにしか考えていないのではないかと思えてくる。いや、事実そうなのだろう。たまたまIS適応があった、それなら使おうと…。
今の話を聞いていてシャルルの様子が妙なのは理解出来た。こんな扱いを受ければ嫌うのも無理はない。むしろ良くこんな扱いを受けて我慢してきたシャルルを俺は凄いと思う。

「とまぁ、そんなところかな。でも一夏にばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まぁ…潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までの様にか行かないだろうけど、僕にはどうでもいいかな。…あっ、でもごめんね?一夏達の仲間になるっていったのに力になれなくて…」

馬鹿、他人の事より自分の心配をしろよ…。
何で潔く諦めるんだ?足掻けよ。父親が嫌いなんだろ?だったら抗えよ。このまま父親の所為で自分の人生終わらせるのかよ!?

「ゴメンね。嘘吐いちゃって。性別の事も、ミコトの事も…」
「ざけんなっ!」

俺はベッドから立ち上がると、頭を下げようとするシャルルの肩を乱暴に掴んで頭を上げさせる。
シャルルが悪い事をしたから頭を下げるのならまだ分かる。だが、シャルルは何も悪い事はしていないのに頭を下げて俺に謝ってくるのは許せない。そんなの許せる筈が無い。

「痛っ…」
「良いのかよそれで!?良い筈ないだろ!親に良い様に利用されて!親の所為で人生をめちゃくちゃにされて!それでお前は幸せなのかよ!?そこの何処にお前の幸せがあるんだよ!?抗えよ!受け入れるなよ!幸せになりたいだろ!?」

どうでもいい訳無いだろ。もっと自分の事を大切にしろよ!

「い、一夏…?」
「親が居なけりゃ子供は生まれない。けどよ!子供の未来を親が踏みにじって言い訳ないだろ!生きる権利を奪っていい訳無いだろ!」

ふざけんじゃねぇよ。どいつもこいつも。子供を何だと思ってるんだよ…。

「いたい。いたいよ。一夏…」

シャルルの怯える表情と痛みを訴える声に俺はハッとして無意識に力が籠った手をシャルルの肩から離した。

「わ、わりぃ…つい熱くなっちまって…」
「う、ううん。僕のために怒ってくれてるのは分かってるから。でも、どうしたの?何か変だよ?」

変、か。そうだよな。自分でも冷静じゃ無いってのは分かってる。でも、シャルルが俺達に重なって見えてしまってどうしても冷静でいられなかったんだ。

「…一夏?」
「俺―――俺と千冬姉。両親に捨てられたんだ」
「あ…」

驚いている、といった感じでは無い。どうやら知っていたらしい。おそらくこちらに来る前に資料か何かで知らされていたんだろう。

「両親の顔なんて覚えてないんだけどな。…ずっと、千冬姉が面倒見ててくれた。まだ千冬姉だって子供なのに、それでも俺を養って…。きっと俺の知らないところで辛い思いをしてたと思う。だから、俺にとって千冬姉が母親で、目標で、憧れだった」

俺の今度は千冬姉の守るんだっていう誓いはそれが原因でもある。ずっと守られてきた。だから今度は俺が千冬姉を守るんだって。…まぁ、今も守られてばかりだけどな。

「その…ごめんね?」
「何で謝るんだよ。憎いって感情はない訳じゃないけど、今更両親なんてどうでも良いしな」

だって、本当に顔だって覚えていないのだ。今更出てきたってアンタ誰?って感じである。

「それより、シャルルはこれからどうするんだよ?」
「…どうするもないよ。きっと、今回の件が政府に知れたら黙って無いだろうし。僕は代表候補から下ろされて、良くて牢屋じゃないかな」
「それでいいのか?」
「良いも悪いも無い。選ぶ権利なんて無いから…」

そう言ってシャルルは笑う。その頬笑みはとても痛々しく、もうどうしようもないんだって諦めている笑みがそこにはあって…。俺はそんなそんな表情をさせる理不尽が許せなかった。同時に、そんな友達を救えない、何も出来ない無力な自分の不甲斐無さにも…。

「だったらここにいろ!」
「え?で、でも…」
「いいから!俺が何とかしてやる!」

考えなんて何もありはしない。後先考えずに言ったしまっただけだ。でも、何もせずに友達を見捨てるより何百倍もマシだ。きっと、きっと何か手はある筈なんだから。

「何とかって?」
「ぐっ…そ、それは…何とかだ!」
「プッ…なにそれ。へんなの」
「笑うなっ!」

後先考えない俺の馬鹿みたい発言に、シャルルはくすくすと可笑しそうに笑う。まったく、酷い奴だ。これでも大真面目なんだぞ?

「クス…でも良いよ。一夏に迷惑はかけられないから」
「迷惑なんかじゃない!それに!友達なら迷惑を掛けるのは当たり前だろうが!」

迷惑を掛けられないで何が友達だ!そんなの友達じゃないだろう!

「でも本当に迷惑を掛けるから。一夏の人生を駄目にしてしまうくらい。だから、ね?良いんだ…」
「シャル…ル…」

まだ断ろうとするシャルルに詰め寄ろうとすると、ぐいっと両腕を押し当てられて押し返されてしまった。明らかな拒絶。表情は伏せていて窺えないが。その震えている肩で泣いているのは容易に理解出来た。
…くそっ!俺は何もしてやれねぇのかよ!?
目の前で友達が泣いている。なのに何もしてやれない。不甲斐無い自分が情けなくて。本当に悔しさ泣きたくなる程情けなくて…。

「特記事項第二十一、本学園における生徒はその在学中においれありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人が同意しない場合、それら外的介入は原則として許可されないものとする」

「「―――え?」」

此処に居る筈のない聞き覚えのある幼い少女の声に俺とシャルルは驚くと、その声のした方、つまり地面の方へと視線を落とした。そこには、やはり白く美しい髪を伸ばした少女が此方を見上げる様な形で俺達を眺めていたのだった。
何故ミコトが此処に?そう疑問に思うと、その疑問はミコトの方から答えてくれた。

「ん。ご飯の時間なのに来ないから迎えに来た。でも、部屋から一夏の大きな声が聞こえたからこっそり入った」

「「(こっそり入る必要性はどこに!?)」」

大きな声って事はあれだな。俺がシャルルの親父に対して怒ってた時の頃に入って来たんだな。あの時は俺も冷静さに欠けてたしシャルルもそれどころじゃなっただろうから、ミコトが部屋に入ってきてたのに気付かなかったんだろう。

「え、えっと…つまり、すくなくとも3年間は大丈夫って事か?ミコト?」

俺の質問にミコトは「ん」いつも通り小さく返事をすると頷いた。
三年か…それくらい時間があればなんとかなる方法だって見つけられるな。すくなくとも今直ぐ国に帰る必要はないって訳だ。それにしてもミコトの記憶力には相変わらず驚かされる。特記事項って確か50個以上はあったはずなのに…。
IS学園に入学した時、千冬姉に役に立つだろうから覚えておけと言われたけどあまりの数にすぐに生徒手帳ごと放り出したんだよな。覚えれる訳ないっての。

「あとは、シャルルの決めること」
「ミコト…」
「シャルル、友達。私はさよならしたくない」

シャルル次第と言っておきながら自分の願望を言うのは実にミコトらしい。
じっと無表情ではあるが真剣さを感じさせるその瞳でミコトはシャルルを見つめる。シャルルはその瞳を見つめ返し、そして暫し目を瞑って何かを考え込むと、漸く何かを決心したのか力強く頷いて目を開き俺達を見てくる。

「たくさん迷惑掛けるよ?いいの?」
「当たり前だろ?な?ミコト」

そう訊ねるとミコトは躊躇うことなく俺同様に当たり前だと言わんばかりに頷く。

「ん。友達は、助け合うものだから。一夏が言ってた」

あー…そう言えばそんな事言ったっけな。
ミコトはそう言う一般常識はてんで駄目だからなぁ…。

「ありがとう…一夏。ミコト」

瞳に涙をいっぱいに溜めてシャルル嬉しそうに微笑んだ。今度は無理なんてしていない。諦めとかそんなんじゃなくて心底嬉しそうに。俺は初めて、本当のシャルルの笑顔を見た様な気がした…。









「で?もう一度聞くけどこれからどうするんだ?」
「うん、しばらくはこのまま男子生徒として通していこうと思うんだ」

これは予想外の返答だ。どうせ国からは手出しは出来ないんだから女子生徒としてIS学園に通えばいいのに。一体どういう事だろう?

「何でだよ?もう男子とか女子とか気にする必要はないだろ?」
「いや、だって…部屋替えとかされちゃうだろうし…」
「ん?なんだって?」

顔を紅くして何かぼそぼそと言うシャルルに、声が小さくてはっきり聞き取れなかった俺はもう一度訊き返してみる。部屋がどうのこうのって言ってた様に聞こえたが…。

「な、なんでもないよ!と、とにかく!今はこのままでいいの!」
「そ、そうか。まぁ、シャルルの事だから何か理由がるんだろう。俺からは何も言わないよ。ミコトも良いよな?」
「ん。誰にも言わない。3人だけの秘密」
「3人だけの…うん!」

やれやれ。一件落着とは言い難いが、辛気臭い話はどうやら終わったみたいだな。
部屋を覆っていた先程までのしんみりとした空気も今は柔らかな物へと変わっていて、暗い雰囲気は何処かへと消え去っていた。
問題が解決した訳じゃない。先送りしただけでしかない。でも、とりあえず今は喜んでおこう。

「あ、あのね?さっそくお願いがあるんだけど良いかな?」

もじもじと言い辛そうに頬を赤く染めて上目遣いでそう訊ねてくるシャルル。どうでもいいがその上目遣いは反則だ。男と思っていた時だってドキリとする時があったのに、女と分かった今は比べられないくらいにヤバいから、ソレ…。

「な、何だ?遠慮すんなよ。俺達が出来る事なら何だってしてやるぞ?」
「ほんと!?ホントに!?」
「あ、ああ…」

俺がそんな事を言った途端、目をキラキラと輝かせるシャルル。いかん。地雷踏んだか俺…?
そう言えば弾が言ってたな。ショッピング街でもの欲しそうな顔をしている女に話し掛けない方が良いぞ、絞り取られるからって…。

「じゃ、じゃあさ。ミコトのこと、ぎゅって抱きしめても良いかな?」
「……………What?」

今、何ておっしゃいました?俺の耳が正常ならミコトを抱きしめていいかって訊かれた様な気がしたんだが…。いや、気のせいだよな。うん。

「一目見た時から思ってたの!お人形みたいでかわいいなぁって。一度ぎゅって抱きしめたかったの。ね、良いかな?」

気のせいじゃなかった!?
両手を合わせてじーっと子供が玩具を強請る時のあの穢れた大人達には天敵の最終手段で、シャルルが俺を見つめてくる。あざとい。このシャルルあざとい。

「…ミコト?」

ちらりとミコトへと視線を送り訊ねてみる事に。するとミコトは相変わらずの無表情でこう告げた。

「大丈夫、問題ない」

気に入ってるんだなその台詞。てかその元ネタは何なんだ?俺も何だか気になって来たぞ…。

「良いの!?ありがとう!」
「う゛っ…」

ミコトの返答を聞いてパァっとまるで花を咲いたかのような笑顔を浮かべた途端、目に見えぬ速度でミコトを捕獲すると自分の大きいとは言えないが小さいとも言えない母性の詰まったその胸に捕まえたミコトの顔を埋めた。

「はう~♪可愛いよ~♪」
「う~…」

だれてる。めっちゃだれてるぞ表情が…。
なんていうか、見るに堪えない。

「実家で徹底的に男子の仕草や言葉遣いを覚えさせられたから可愛い物とか無縁だったんだぁ~。お洋服は勿論、ぬいぐるみや女の子がもってそうな物と全て捨てられちゃったから…はぁ~、幸せ♪」
「う~…う~…」

ぐりぐりとミコトを胸に抱えて頬ずりするシャルル。ミコトも少し苦しそうである。女の子としての自由を奪われてたシャルルは災難だが、ミコトもそのストレス解消のために使われて災難だな…。

「お、おい。シャルル?ミコトが苦しそう…」
「かあいいよぅ。かあいいよぅ~♪」

駄目だ。今まで可愛い物を禁止されていたシャルルにミコトと言う愛玩動物を与えてしまった今、ストッパーを外してしまったシャルルをもう誰にも止めることなんて出来やしない。
すまん、ミコト。少しだけ耐えてくれ。
此方へ伸ばされた手と視線が俺に助けを求めてるけど、そんなミコトに対して俺は両手を合わせてごめんのポーズ。不甲斐無い俺にはただ見守る事しか出来ないんだ。

「あ、あが~…」

力無くプランと垂れ下がる手。ミコトも諦めたらしい。シャルルにされるがままにされているその後ろ姿は何とも言えない哀愁が漂っており涙を誘う。

「お持ち帰りしたいよ~♪」
「いや、此処お前の部屋だから」
「実家にって事だよ~」

流石にそれは洒落にならんがな。
学園に出るまでに有り得ない程の妨害と障害がありそうだ。ミコトは先輩方のマスコットだからなぁ。最悪ISが出張ってくるぞ。

「というかそろそろ開放してやれよ。ミコトの顔が真っ青になって―――」
「一夏さん。いらっしゃいますか?夕食を取られてないと他の方達から聞いたのですけど、よろしかったらご一緒にどうでしょう………か?」

ちょ、待っ…。
いきなり部屋に乱入してくるセシリアだったが、にこやかに部屋に入って来たセシリアの表情はミコトを抱きしめているシャルルを見てピシリと音を立てて固まった…。
何と言う最悪なタイミング。セシリアから見ればシャルルの膨らんだ胸はミコトの頭で隠れて見える筈も無く。どう考えても男であるシャルルがミコトを抱きしめているようにしか見えない。それはシャルルも理解しているようで顔を青くしてダラダラと物凄い勢いで汗を流している。それでもミコトを放さないのは自分が女であることをバレない様にするためだろうが、それがセシリアを激怒させる原因となった…。

ぷつん…。

「………………………………………ブルー・ティアーズ」

ぽつりと呟かれた言葉と共に光の粒子がセシリアの周辺に集まりISが展開される。その展開速度は今までに無い程速かった。
展開を終えたセシリアは虚ろな瞳でゆっくりとライフルの銃口を此方へと向けてくる。

何寮内で発砲しようとしてんだ!?

「お、落ち着けセシリア!?流石にそれはまずい!?」

慌ててライフルを持つセシリアを羽交い絞めで止めようとする俺だったが、暴走するセシリアにそんな常識は通用しない。生身の俺の力ではISを展開したセシリアの腕はビクともせずに未だシャルルの頭を捉えている。

「放して下さいな一夏さん。今、わたくし何かに目覚めそうですの。きっと単一仕様能力か何かが目覚めようとしているんですわ…」
「それ違うから!目覚めちゃいけない何かが目覚めようとしてるから!?」
「あ、あわわわわ…」

事情が事情で動くに動けないシャルルは涙目で顔を真っ青にしてガクガクと震えていた。何だか震えてる姿がチワワみたいで可愛かったが今はそれ所じゃない。

「何々?何の騒ぎ…って!?セシリア!?アンタ何してんのよ!?」

騒ぎを聞きつけてやって来た鈴が目の前の事態にぎょっと目を見開いて驚く。て言うか鈴も学園に戻って来てたんだな。

「邪魔しないで下さいます?今、ミコトさんに纏わりつく害虫を排除する最中ですから」
「なに訳の分からない事言って……え?何この状況?」

部屋の中の状況を見て困惑する鈴。そして、次第に騒ぎは広がっていき…。

「騒がしいなぁ。どうしたのー?」
「え?何?織斑くん達の部屋で何かあったの?」
「ちょっ、押さないでよ!危ないじゃない!」
「う~部屋の中の様子が見えない~!」

鈴と同じく騒ぎを聞きつけた女子生徒達が騒ぎ原因である俺達の部屋にへと集まり始め、あっという間に廊下が人で埋め尽くされてしまう。
どうすんだよこれ…。
どう収拾をつけるべきか、いやそれ以前に収拾を付ける事が出来るのか?そんな事を溢れかえっている女子生徒達を眺めながら考えていると、人混みを割って出て来た小柄な少女の影が…のほほんさんだ。
その時、俺は「助かった。のほほんさんならこの事態を何とかしてくれる」。そんな甘い考えを持っていた
。そう、彼女の浮かべる笑みを見るまでは…。

「おりむー。デュノっち」

ゾクッ…

その声を聞いた瞬間、ブワッと全身の毛が逆立つような感覚に襲われ、頭の中でレッドアラートが喧しく鳴り響き、本能がこう警告している。

―――この場から早く逃げろ。

と…。

「何してるのかなー?」
「いや何って…」
「え?なになにー?聞こえないよー?」

にこやかな表情を浮かべながら一歩また一歩と近づいて来るのほほんさんに連動して、俺やシャルルも一歩ずつ後ずさる。
人間本気で怒れば笑顔になると言う。つまり、今ののほほんさんがそれだ。

「デュノっちは何でみこちーを抱きしめてるのかなー?何でおりむーはそれを止めないで見てたのかなー?ねぇー何で何でー?」
「いや、それには事情が…」
「まさか。まさかとは思うんだけどねー?もしかしたら二人でみこちーにえっちぃーな事しようしてたー?」

ぶんぶんぶんぶんっ!×2

必死に首を横に振る俺とシャルル。言いがかりも良い所である。

「そんな邪なこと考えたことないっす!はい!」

しかし、そんな必死の弁明も虚しく。判決は無慈悲に下されるのだった…。

「死刑♪」

「「NO~~~~!?」」

寮中に響き渡る俺達の悲鳴…。その後の事は思い出したくも無い。ただ俺が言える事は。普段大人しそうな奴ほど怒ったらやばいって事だけだ…。





「…あれ?私の出番は?」
箒さんまじ空気。









おまけ


「あ、言い忘れてたけど。さっき一夏が言ってた『歌って戦えるアイドル』って実在するからね?オルコットさんと凰さんに訊いてみるといいよ。二人ともきっとファッション雑誌とかに出てる筈だから」

なん…だと…?

ある意味シャルルの話より衝撃的なIS社会の実体に驚愕する俺だった。













あとがき

今回は短めです。
シャルルの話はこれでお終い、かな?次はラウラで次かその次の話で戦闘。それでラウラの話も終わる予定。その次が幕間挟んで海イベントの予定。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十九話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/08/13 05:49
「あら?一夏さん達はまだ夕食を済ませていらっしゃらないんですの?」

本国からのIS開発担当者に呼び出され、折角の土曜日の午後を潰されたわたくしはようやくIS学園に戻ってくると、急な用事だったために昼食も抜いていたのでまず一番に食堂へと訪れていた。するとどうだろう。一夏さんはまだ食堂に訪れていないと言うではないか。これは嬉しい情報。午後はずっと一夏さんと会っていないので夕食時くらいは一緒に居たいと言うのは惚れてしまった女としては当然の事だろう。

「みたいだよ?皆、食堂では見て無いって言ってるし部屋に居るんじゃない?」

一夏さんは学園内で唯一の男性…最近では二人に増えたがそれでも十分に目立つ。それで誰も食堂で見ていないとなればそれはもう決定的。是非とも夕食を誘って共にしなければ!
ふんっと意気込み食堂の出口へとUターンするわたくしに先程まで話していたクラスメイトの方は頭上に「?」を浮かべてわたくしを見送るのでした。

「うふふ♪一夏さん。待っていて下さいませ♪」

今わたくしがお迎えに向かいますわ~♪
舞う様に軽やかな足取りで寮の廊下を進むわたくし。そんなわたくしの前にうんざりとした表情を浮かべた鈴さんが食堂に向かう途中だろうか?のろのろと疲れた様な足取りで歩いて来ていた。
確か、鈴さんもわたくしと同じで本国の人間に呼び出されてたんでしたわよね?
成程、鈴さんも散々小言を言われてきたようだ。わたくしも『修理費の負担が大きい』だとか『もっとデータサンプルを寄越せ』だとか、此方の都合など全く無視した小言ばかり言われましたから。あの方の気持ちは良く分かりますわ。

「鈴さん。今御戻りに?」
「ん?…ああ、セシリア。アンタ先に戻ってたんだ。…うん。ちょうど今戻ってきたとこ。まったく、あの頭でっかち。こっちの都合も知らないで無理難題押し付けてくれちゃってさぁ。だから彼氏も出来ないで毎年独り身なのよったく…」

…これはまた随分と言われてきたようですわね。
後半から担当の方の悪口が始まったのであえて聞き流しておく。付き合ってたら物凄い時間がかかりそうでしたから。

「随分とお疲れのご様子で…。これから夕食を誘いに一夏さんの部屋に向かうのですがご一緒にいかが?」

本来なら鈴さんとはライバル同士で夕食を共にしよう何て思いもしないのだろうが、目の前の疲れ切った彼女を見て同情したのか、それとも同じ境遇の者同士通じる物があったのか。何故か自然とそれが当り前のようにわたくしは彼女を夕食に誘っていたのでした。

「あー…今回はパス。お昼抜いてるから正直キツイのよ。先に食堂行って食べてるわ」
「そうですの。まぁご自愛なさいな」
「んー…お先ぃ…」

ふらふらと呪詛を唱えながら食堂へ去っていく鈴さん。本当に大丈夫でしょうか…?

「まぁ、死にはしないでしょう。代表候補生がそんな事では務まりませんわ」

そんなことより早く一夏さんの部屋に向かうとしましょう。入れ違いにでもなったら面倒ですわ。唯でさえ空腹の上疲れた体に鞭を打って居るのですから、無駄足というのは御免ですもの。
歩みを速くして一夏さんの部屋へ急ぐ。それにしても本当に疲れている様だ。心なしか足だっていつもより重く感じる。今日は食事を済ませたら早めに休む事にしようう。本当に本国の頭の固い方達の所為で踏んだり蹴ったりだ。せめて一夏さんと夕食を共にしないと本当に今日一日を無駄にしてしまう。
そんな事を考えている内に目的地に到着。一夏さんの部屋のドアの前に立つと一旦深呼吸をしてからドアノブに手を掛け―――。

「一夏さん。いらっしゃいますか?夕食を取られてないと他の方達から聞いたのですけど、よろしかったらご一緒にどうでしょう………か?」

扉を開ける瞬間に視界に飛び込んで来た部屋の中で繰り広げられている光景を目にして、わたくしは音を立てて固まってしまった…。

…ナンデスノコレハ?

え?なに?どういう状況ですの?デュノアさんがミコトさんを抱きしめて。つまりそいうことですの?そういうことですのね?ええわかりましたわ。わかりましたとも。ならわたくしがするべき事はひとつですわね。

悪い虫は駆除してしまいましょう♪

「………………………………………ブルー・ティアーズ」

気が付けばごく自然に、まるで呼吸をするかの様にわたくしはわたくしの半身であるブルー・ティアーズを展開していた。その展開し終わるまでにかかった時間は一秒も満たない今までの最短記録。しかし、本来なら自身の成長を意味している喜ばしい筈のそれも、今のわたくしにとってはどうでも良い事であり、わたくしはライフルを静かに構えて不埒者の頭に照準を合わせた。
戦車の装甲も貫く威力を持つこのスターライトmkIII。生身の人間に当たれば一溜まりも無い。当たった後に色んな物が弾けて部屋がスプラッタな事にはなりそうですが…。まぁ、小さな事ですわね。

せめてもの慈悲ですわ。痛みも感じる暇も無く一瞬で―――。

「お、落ち着けセシリア!?流石にそれはまずい!?」

羽交い絞めでわたくしが引き金を引こうとするのを阻害する一夏さんですがそんなものではISを装着したわたくしを止められる筈がありません。

「放して下さいな一夏さん。今、わたくし何かに目覚めそうですの。きっと単一仕様能力か何かが目覚めようとしているんですわ…」

そう、今のわたくしは最強。もう何も怖くありませんわ!

「それ違うから!目覚めちゃいけない何かが目覚めようとしてるから!?」
「あ、あわわわわ…」

あらあら子犬のように震えて。安心なさいな痛くしませんから。

「何々?何の騒ぎ…って!?セシリア!?アンタ何してんのよ!?」

鈴さん。先に食堂で夕食を摂るのではありませんでしたの?…ああ、どうやら済ませて部屋に帰る所でしたのね。表情に疲れは残っていますけど空腹感は満たされている様ですし。

「邪魔しないで下さいます?今、ミコトさんに纏わりつく害虫を排除する最中ですから」
「なに訳の分からない事言って……え?何この状況?」

わたくしが知りたいですわよ。

結局、この騒ぎが寮中に広まってしまい。寮中の生徒達が騒ぎを聞きつけ集まり収拾がつかなくなり、不埒者の処刑は保留となってしまいました。
―――…まぁ、本来保留なんてありえないのですけど、それ以上に重大ことが発覚してしまったから仕方ありませんわね。









第19話「激突」








簡潔に言う。シャルルが女だって事がばれた。以上。
…いや、ふざけるなとか手抜きって言われそうだけども、あの状況で秘密を突き通すってのは無理がある。寮中の女子がこの部屋に集まって来た上にその時のシャルルは男装していないから隠し様がなかったのだ。
その結果、結局廊下に群がっていた女子達には帰って頂いてセシリア達にこうして事情を説明している訳なのだが…。

「成程、そういうことでしたの♪オホホホ♪」
「そうならそうって言ってくれればいいのに~♪」

ミコトを抱きしめてモフモフしながら二人は満面の笑みでそんな事を言って下さいますが、こちらの弁解を聞かずに問答無用だったじゃないですか。ていうか、笑って済ますなよ本当に…。
しかし文句を言う勇気は俺には無く、セシリア達の前でシャルルと仲良く並んで床に正座している。

「そんな呑気な事言ってる場合じゃないでしょ。結構重大な事よこれは」

誠に御尤もな意見。ミコトの事でもそうだったが、鈴は軍属なだけに今回の件の重大さが理解出来ているらしい。無論セシリアも分かってはいるだろうけど…。
ちらりとセシリアを見ると、視線があった途端にさっと視線を逸らしてミコトをモフる作業を再開する。さっきの件でシリアスになりたくてもなれないらしい。だったら最初からするなよと。

「…いきなり呼び出されて
話が読めないんだが?私のざるそば返せ」

いきなり訳も分からず呼び出されて状況に全く付いて行けてない箒。自分が何でこの部屋に居るのかすらも理解していない様だ。そのうえ、夕食を取り上げられた所為で未練がましいオーラを放っているが此処に居る全員がスルー。箒、今お前は怒っていい。

「簡単に言えば、デュノアは実は女だったって話よ」

本当に簡単だな。しかし鈴よ。そんなこと言ったら箒が…。

「…ほう。一夏、少しツラを貸せ」

ほら!こう言った事になるだろ!?漸くさっきの物騒な雰囲気からおさらばしたと思ったのにまた振り出しかよ!?

「その件については同意だけど、それ後にしましょ。今はデュノアの事が先決。これからどうするか決めなくちゃ」

どうするかって…。

「まさか!シャルルが女だって事バラすのかよっ!?」
「あれだけの騒ぎ起こしておいて何言ってるのよ。隠し通せるわけないでしょうが」

確かに鈴の言う通りだ。シャルルが女だって説明したのはこの場に居る人間だけだが、あれだけの人数に見られているんだ。無理な言い訳で説得してあの場から解散させたといっても、説明中に胸を隠す様にしていたシャルルに疑問を抱いた生徒だってきっといるに違いない。
だけど、だからって…。

「だ、だからってバラす必要はないだろ?俺達が黙ってれば別に…」
「学園側に黙っている時間が長いぶんだけ自分の立場を危うくするわよ?早ければ早い方が良い。その分弁解が出来るってものよ」
「鈴さんのおっしゃる通りですわね。黙っていてもなんの得はございませんわよ。むしろ自分の首を絞めるだけですわ」
「…っ」

学園を敵に回すのは避けたい。二人はそう意見を述べる。おそらくミコトの件も踏まえての考えだろう。ラウラの事もあるのにこれ以上の問題は避けたいと二人は思っているらしい。しかし俺はその考えが気に喰わなかった。確かにシャルルはこのメンバーの中では一番付き合いは短いかもしれない。ほんの一週間程度だ。でも、俺にとっては大切な友達なんだ。切り捨てるなんて考えは嫌だ。
すると、俺の考えている事が顔に出ていたのだろうか。セシリアは苦笑して言葉を捕捉した。

「ご安心を。何もデュノアさんを追い出そうと言う事ではありませんのよ?」
「…え?」

どういう事だ?今の話の内容からしてシャルルを学園に居られなくなるって事だと思うだけど。

「ふふ、やはり勘違いをしてましたのね一夏さん。わたくしだってデュノアさんの友人でしてよ?そんな見捨てる様な真似いたしませんわ」

「「(さっき貴女に殺されかけたんですが…?)」」

俺とシャルルは心の中でそうぼやいたが決して口には出さなかった。

「個人情報を改竄されてたとはいえ、正式な手続きのもとにIS学園に転入してきたのですからこの学園に留まる事は何ら問題はないと思いますわ。別に試験やISの適応値に不正は無いのでしょう?」
「え?う、うん。ちゃんと編入試験は受けたし、ISの適応値も学園が測定したから…」
「なら、学園側としても優秀な人材は大歓迎でしょう。優秀な生徒がいるだけそれだけ有益なデータも得られるのですから。まぁ、何かしらのペナルティーはあるかもしれませんが…」
「あと、デュノア社の信頼はガタ落ちでしょうね。でもデュノアには関係のない事なのでしょう?」
「…うん。そうだね」

シャルルは表情を曇らせたものの、後悔といったものは感じさせられなかった。さっき俺と二人っきりで話した時も言っていたが本当に実家がどうなるとシャルルにはどうでも良いのだろう。もしかしたらこれはシャルルなりの復讐…いや、こんな事を考えるのはやめよう。

「そ、なら問題ないわね。明後日にでも職員室に行って千冬さんにでも暴露しちゃいなさい。あの人なら悪い様にはしないでしょ」

確かに千冬姉は厳しいけど生徒からの信頼は厚いからな。
無論、それは千冬姉がモンド・グロッソで優勝して、女子からの憧れだからではない。それもあるだろうが、教師としての面の方が強い。千冬姉は一度面倒見ると決めたからには相手がそれを拒絶しない限り最後まで面倒を見るという考え方を持っているからだ。表も裏も無い教師としての態度の結果、今の生徒達の信頼がある。

「あはー。でもまやまや可哀そうかも。転校生が同時に転校してきて手続きとか大変なのにー」

のほほんさんの言葉に、ミコトを除いた全員が「確かに」と頷く。そう言えば俺みたいな異例の場合、書類作成とか手続きもかなり面倒だって千冬姉が言ってたなぁ。涙目でてんやわんやしている山田先生の姿が頭に浮かんで申し訳無くて頭が下がる。

「真耶。最近お仕事忙しいって言ってた」

そう言えば書類整理とかそう言う面倒な仕事は山田先生に押し付けてるって千冬姉が言ってたな。止めを刺す事にならなければ良いんだが…。

「過労で倒れなければいいのだがな…」
「ん。がんばったねっていいこいいこしてあげる。そしたら真耶元気になる」

もう何も問うまい。そうだ、これは日常的な風景。日常的な風景なんだ……………もうやだこの学園。

「まぁ山田先生の尊い犠牲は置いておくとして」

置いとくのか。それはそれで酷いな。

「もうあたし部屋に戻っていい?今日は色々あってクタクタなのよ」

げんなりと疲れた表情を見せる鈴。

「そう言えばセシリアと鈴は本国の人に呼び出されたんだっけ。何かあったのか?」
「別に何も。ただ一言で言うんだったら婚期を逃しそうな女の愚痴に付き合わされただけ…」
「わたくしも似た様なものですわね」
「うわぁ…」

よく分からんが途轍もなく面倒そうで関わりたくないのは理解出来たよ。

「ふ、二人ともつかれてるみたいだし。今日はもう話はもうお終いにしようぜ?」
「何を言っている。まだ重要な話が残っているだろ」
「へ?」

がしっと肩を掴んでくる箒の手。気が付けばもう一方の肩も鈴によって掴まれていた。

「そういえばそうだったわね」
「一夏さん。少しお付き合い頂けるかしら?」
「ちょ、え?まっ…」

退路を塞ぐかのように入口の前に立ち塞がるセシリア。何と言う包囲陣だ。逃げ場が無い。何でお前らはこういう時に限って連携がうまいんd―――――。

「みこちーは部屋に戻ってようねー♪」
「? ん」
「デュノっちも私達の部屋にしばらくお泊まりだよー」
「え、でも一夏が…」
「男の子と一緒の部屋はまずいでしょー?あと、おりむーはこれから強制おねむだからいいのー」
「え、ええっ!?それってどういう…い、一夏ー!?」

ずるずると引き摺られていくシャルルは俺の名を叫ぶが俺は何も反応しない。何故なら―――。

「…………(返事が無い。ただの屍のようだ」

とうの昔に俺の意識なんてこっちの世界に留まっている訳が無いのだから…。









「(…し、しかし不味い事になりましたわ。まさかデュノアさんが女性の方だったなんて…学年別トーナメントの障害がまた一つ増えてしまいましたわね)」

一夏のお仕置きを終えて部屋に戻ると、思いもよらぬ乱入者の登場に一人焦るセシリアなのであった。しかしこの少女。一夏と箒だけの約束をちゃっかり自分にも成立させて漁夫の利を得る気満々である。









――――Side ラウラ・ボーデヴィッヒ




暗い。暗い夜空の下、私は誰も居ない屋上から光を灯す一つの窓を、奴の部屋の窓を唯じっと睨み見下ろしていた。
市街地から切り離されたメガフロートに建設されているIS学園の夜はあの遠くの方でチカチカと鬱陶しく光を放つ市街地と比べると暗い。しかし私にとってこの暗闇は心地良くもあった。何故なら私は生れた時から闇と共にあったのだから。闇によって育まれ、影の中で生まれた。それが私ラウラ・ボーデヴィッヒだ。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、か…」

自分の名前だと言うのにそうだと言う実感が湧かない。どちらかと言えば『記号』。そう、私にとって何の意味も持たない『記号』だ。この名前は。誰にこの名を呼ばれても、自分が呼ばれている様に思えなかった。雑音が聞こえるその程度でしかなかった。何故ならこの名は『記号』でしか無いから…。
けれど、唯一例外はある。教官に―――織斑千冬に呼ばれるときだけはその名は『記号』ではなく特別な何かになった様な気がして、そのたびに私はからっぽの心が満たされる様なそんな感覚を感じていた。

あの人の存在が…その強さが、私の目標であり、存在理由…。

それは、闇の殻に籠る私にとってまさに光の様な存在だった。出会ったとき一目でその強さに震えた。恐怖と感動と、歓喜に。心が震えた。身体が熱くなった。そして願った。

―――ああ、こうなりたい。

これに私もなりたい、と。これが、何も持たない私の初めての願いだった。空っぽだった場所が急激に埋まり、そしてそれが私にとっての全てとなった。自らの師であり、絶対的な力であり、理想の姿。唯一自らが重ね合わせてみたいと感じた存在。ならばそれが完全な存在でない事が許せない…。

織斑一夏。教官に汚点を残させた張本人。そして…。

あの人の模造品である奴を…出来そこないである奴を…殺し―――。

ザザッ―――。

「…………?」

ふと、私の中で疑問の様な物が残る。

何故…何故私は奴を憎むのだったか…。奴の存在があの人対する侮辱だから…。そう、そうだ。だから私は奴を…。いや待て。どうしてそうなる?だって奴は所詮あの人の遺伝子を使って作られた別のξё!se$#■■ザザッー――――。

「ぐっ…!?」

急に頭の中でノイズが奔り頭が割れる様な激しい痛みで思考が停止する。
何だ?この痛みは…?まるで、何かを考えようとするとそれを邪魔してきているようnξRoё!$#■■ザザッー――――。

「ぎ…がぁ!?」

―――せ!(’#”UY$'#AAFD}*=|~Q#*coSDA=MZCXCZA=”JM-#'(QkoroSSSアLSD02QJnsend+;A--■--A0L2'Jas+m!&bbbnc=)!――――

脳を鷲掴みされた様な激痛に立ていられなくなりその場に膝を着く。

「ぐっ…ぐああああああああああ゛っ!?」

CZA=”JM-#'(QSろせ■--A0L2'JaUY$'#AAFD}*殺#”UY$'#AAFD}nd+;A--■--Kろせ!A0L2'Jas+m!&bbbnc=)殺せ!cn――――

ノイズに混じり何か声が私に訴え掛けてくる。まるで呪いのように、何度も、何度も、何度も…。

CZA=”JM-#'(QSKオろせ!コロセ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!―――。

殺す?誰を…?

その疑問に答える様に頭の中の声に言葉が追加される。

ミコト・オリヴィアを殺せ!あの人を侮辱する存在を殺せ!

「ミコト・オリヴィアを…殺す?……なzぐあっ!?」

何故?そんな疑問を持とうとすればまた激しい痛みが頭を奔る。そしてまた何度も何度もあの声が響く…。

殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺s…――――。

「…………ぁ――――」

まるで頭の中が書き変えられていく感覚。そしてだんだん思考が薄れていき頭の中で繰り返される声が聞けなくなる頃にはもう私は何も考えてはいなかった。いや、自分が先程まで何を考えていたかすら覚えていなかった。覚えているのは機会があれば奴を狙撃しようという理由で屋上に出て来たという事だけ。そして奴の部屋の窓を見てみれば既に灯は消えてカーテンが閉められていた後だった…。

「? ………機会を逃したか」

違和感の残る本来なら有り得ない筈の自分の失態に疑問を感じながらも、私はまだ冷える夜の風に吹かれて屋上を後にするのだった…。











――――Side 織斑一夏



週の初めの月曜日、朝のホームルームにシャルルの姿は無かった。俺は昨晩から別れてそれっきりだが、のほほんさんも朝早くから職員室に行ったっきりシャルルとは会っていないらしい。大丈夫とは思うがとても心配だ。

「み、みなさ~ん…おはようございま…す…」

『(う、うわぁ…)』

教室に入ってきた干からびたミイラの様になった山田先生を見てクラスの全員が唖然として言葉を失ってしまう。一体、何があったらあんな変わり果てた姿になれるんだ…。

「一週間…たった一週間ですよ?やっと昨日手続きとか全部終わったと思ったのにまた転入手続きって…何ですか?実は女の子でしたって…」

やばい。これは重症だ…。
一人ぶつぶつと愚痴を溢し始めた山田先生が放つどよどよとしたオーラにクラスの全員が引いてしまっている。しかし流石はIS学園の教師と言った所か、そんな今直ぐに病院に連れて行った方が良い状態のまま話の続きを始めた。

「今日はですねぇ…みなさんに転校生を紹介します。まぁ転校生と言いますが既に紹介は済んでるんですけどね、ふふふふ…」

先生、その力の無い笑みはやめて下さい…。

「じゃあ、入ってくださぃ…」
「失礼します」

弱りきった山田先生の声に促され、一人の少女が教室の中へと入ってくる。そして入ってきた人物に教室中がざわめきだした。無理もない。何故なら、昨日まで男子生徒として学園に通っていたシャルルが女子の制服を来て教室に入って来たのだから。

「『シャルロット』・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

初めて聞くシャルロットと言う名前。そうか。それが本当のシャルルの…いや、シャルロットの名前なのか。

「ええと、デュノア君はデュノアさんでした。ということです。ふふふ…寮の部屋割り組むの大変なのになぁ…もう嫌だよぉ…嗚呼、空が霞んで見えます…」

…もう、手遅れかもしれない。

「え?デュノア君って女……?」
「やっぱりそうだったんだぁ。昨晩ので何か変だなぁって思ってたんだよねぇ」
「男装して転校か…何だか似た様な漫画読んだ事あるかも…なんだったかなぁ」
「どうでもいいわよそんな事。嗚呼、私の初恋がぁ…」

驚きや嘆きのざわめきがヒートアップしていく教室。しかしそんな騒がしい教室にパンパンと手を叩いて山田先生が黙らせる。

「はいはい皆さんお静かに~…一番叫びたいのも泣きたいのも私ですよ~…」

『…………』

本来ならこんな細々そとした声にこのヒートアップした女子達を止められる筈もないが今は違う。哀愁漂う山田先生の表情を見て黙らずにいられる奴はいるだろうか?いや、いない。そんな奴人間じゃねぇ。お前の血は何色だと問いたい。
…しかし、何事にも例外はいるものだ。

「山田先生。生徒達の前で情けない姿を晒すのは控えろとあれ程言っているだろう」

遅れて教室へとやって来た千冬姉が弱った山田先生に容赦のない言葉を投げかける。

「…そう言うんだったら手伝って下さいよぉ」
「事務処理は君の担当だろう?役割分担で決めたじゃないか。私は忠告もしたぞ。今年は例年通りだとおもうなよ、と」
「…ぐすん…うぅ…」

『(お、鬼だ…)』

ニヤリと口の端を吊り上げてまるで悪魔を連想させる笑みを浮かべる千冬姉に、山田先生は力無く崩れ落ち涙を零し、俺達は自分の担任の恐ろしさに改めて恐怖するのであった…。










――――Side セシリア・オルコット





現在の時間は放課後。教室から誰にも気づかれない様こっそりと抜け出したわたくしは第三アリーナにやってきていた。

「デュノアさんという強敵が現れた今、優勝を狙う為にはさらに特訓を重ねなければなりませんわ!」

唯でさえ今年の一年生は、例年と比べて代表候補生が多いと言われている。なら、トーナメントが激しい戦いになるのはまず避けられないだろう。実力が劣ればすぐに弱者は蹴落とされる。自分が他者より劣っているとは思わない。しかし、実際にわたくしはこのIS学園に来て一度破れている。素人同然であるはずのあの方に…。

もう、わたくしは負けられないのですわ!

そう、負けられない。わたくしのプライドに賭けて。そして、優勝した暁には…。

「…ふふふふ♪」

夢の様な未来を思い描きにへらぁ、とだらしなく緩みまくりな笑みを浮かべてしまうわたくし。

「…ハッ!?いけないですわ。わたくしとした事が!こんなところ誰かに見られたり何てしたら…」
「………(゚д゚)」

正面には何故かタイミングを見計らったかのように鈴さんが立っており。わたくしと鈴さんは互いに身体が硬直した状態で視線が交わった。

「………」
「………」
「………」
「………」

片や自分の恥ずかしい所を見られてしまい、片や友人のアレな場面をみてしまい。何とも言えない気まずい沈黙が二人の間に流れる…。

「………」
「………サッ(゚д゚;)」

鈴さんがわたくしから逃げる様に視線を逸らす。

「ちょっ!?何で視線を逸らすんですの!?」
「え、いや、その……」
「こっちをみて話して下さいな!」
「いや、それは無理(キッパリ」
「何でこういう時だけキッパリと言い切りますの!?」
「気持ち悪い笑顔を直視しろっての?無理言わないでよ」
「今は笑ってませんわ!」
「気持ち悪いのは自分でも認めるのね…」
「ぐっ…」

確かに、自分でもだらしないとは思いましたわ。ですが!気持ち悪いとは思って無くてよ!?

「それで?何をそんなに嬉しそう?にしてたの?アンタの奇行は別に珍しくもないけど」
「わたくしを何だと思っていますの!?わたくしはただ今月末の学年別トーナメントに優勝して一夏さんと―――はっ!?」

慌てて口を塞ぐが時既に遅し。鈴さんを見てみればジト目で疑うような眼差しをわたくしに向けて来ていた。

「へぇ…一夏と何だって?」
「な、何でもありませんわ。オ、オホホホ…ちょ、首!首締ま゛っでまずから!」
「吐け♪」

その小柄とも言える身体から想像も出来ない物凄い力で襟元を締められ身長差はそれなりにある筈なのに足がプランプランと吊るされてしまう。更にそのうえ虚ろな瞳で迫られたわたくしには白状する事以外にこの状況から脱する術は残されてはいなかった…。







「綺麗な小川の向こうでお父様とお母様が手を振っている夢を見ましたわ…」
「それは良かったわね」

全然良くありませんわよ。仲睦ましい二人を見て複雑な気分になりましたわ…。

「それにしてもトーナメントに優勝すれば一夏と付き合えるんだ。ふふ♪良いこと聞いちゃった♪あのおばさんのご機嫌取りにある程度本気でやるつもりではあったけど、これは全力で優勝を狙わなきゃね♪」
「お、お待ちなさいな!これはあくまで一夏さんと箒さんの間で交わされた約束であってですね!」
「優勝賞品を横取りしようとしてた奴の言う台詞じゃないわね、それ」

う゛、それを言われると図星なだけに何も言い返せなくなりますわね。

「ゆ、優勝は譲らなくてよ?」
「上等、返り討ちにしてあげるわよ」
「むっ…言ってくれますわね。わたくしを甘く見ていなくて?その言葉そのまま貴女にお返しいたしますわ」

「「………」」

わたくし達の間に火花が散る。

「……丁度良いわ。ここはアリーナだし、どちらが上かこの際はっきりさせとく?わざわざトーナメント当日まで待つ必要なんてないし」
「あら、珍しく意見が合いましたわね。丁度わたくしも同じことを考えてましたの」

気付けば互いにISを展開し終えており、いつでも戦闘が始められる状態で対峙していた…。

「ふふ、そう言えばこうして戦うのは初めてでしたわね?」
「そうね。放課後のアリーナじゃ人が多くて戦えたもんじゃないし。それに、候補生同士の戦闘は色々と問題があるしね」

候補生同士の戦闘が禁止されているという訳ではない。しかし戦闘の際にもし致命的な損傷が発生した場合、それが国際問題に発展しかねないのだ。だからこそ、問題事を避けるために学園行事以外での候補生同士の戦闘はなるべく控える様に学園側から指示されている。

「では―――」

いきますわよ、と言い掛けた時。突如わたくしの声を遮って超音速の砲弾がわたくし達の間の地面に着弾した。

「「!?」」

ハンパ―センサーからの警告に、緊急回避行動をとると、わたくしと鈴さんは揃って砲弾が飛んできた方向を睨んだ。そこにあるのはあの漆黒の機体が佇んでいた…。
機体名『シュヴァルツェア・レーゲン』、登録操縦者―――。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ…」

表情が憎しみに歪む。わたくしの大切な友達の命を狙う存在。許せざる存在…。

「…そういうつもり?いきなりぶっ放すなんていい度胸してるじゃない」

連結した≪双天牙月≫を肩に置き鈴さんはいきなりの襲撃者にそう訊ねる。口ではまるで友人と話しかける様な明るさを感じさせてはいるが、衝撃砲は既に発射準備の体勢で、彼女から発せられる敵意は私の肌にぴりぴりと伝わってきていた。かくいうわたくしも既に殺る気マンマンな訳ですが。

「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。…ふん、データで見た時の方がまだ強そうではあったな」

予告も無しの砲撃に続いていきなりの挑発に、わたくしも鈴さんもプツンと何かが切れた。それと同時に何とか衝突するのを踏みとどまっていた理性もこの瞬間吹き飛ぶ。
OK。そんなに痛い目に遭いたいのでしたらお望み通りにしてさしあげますわ。別に学園生活が送れられなくなって本国に送り返される程の怪我を負わせてもよろしいですわよね?ISは兵器なのですからそれくらいの大怪我をするのは珍しい事ではないでしょう?

「何?やるの?わざわざドイツからやって来てまでボコられたいなんて大したマゾっぷりね?」
「あらあら鈴さん?こちらの方は暴力の事しか頭にない蛮族なのですからそんな事をおっしゃったら失礼ですわよ?」
「はっ、口だけは達者だな。ふたりがかりで量産機に負ける程度の力量しか持たぬ貴様達にはその無駄に動く口はお似合いかもしれんがな」

…ふふ。
怒りを通り越して笑みが浮かぶ。

「ああ、ああ、わかった。わかったわよ。スクラップがお望みな訳ね。―――セシリア、どっちが先やるかジャンケンしよ」
「ええ、そうですわね。わたくしとしてはどちらでも良いのですが―――」
「はっ!ふたりがかりで来たらどうだ?雑魚が群れても所詮は雑魚だ。お人形遊びに夢中な餓鬼に私が負けるものか」

ブツン…

切れた。いや、そんな生易しい物では無い。堪忍袋の緒は遠の昔に切れているのだから。今切れたのは人としての理性。人が人である為の理性だ。それが切れてしまえばそれはもう衝動にただ身を任せるだけの獣になり下がるだけだ。現に今のわたくしが考えているのは―――。

―――嗚呼…もう…何と言うか…殺してしまいたい。

と、目の前のアレをめちゃくちゃにしてしまいたいと言う殺意だけ…。
彼女が言う『人形』と言う意味。わたくしには何となくだがその意味が理解出来ていた。たぶん、一夏さんや箒さんそれに本音さんは分かってはいないかもしれないだろうが、わたくしや鈴さんは世間の黒い部分もこの目で見て来たから。だから、彼女の言う言葉の意味は理解出来た。けど…それが何?ミコトさんは『人形』なんかじゃない。わたくしの大切な友達だ。決して彼女が言う『人形』何かじゃないのだ。

「―――セシリアごめん。あれ、アタシに譲ってくれない?大丈夫。アンタの分までボコってあげるから」
「あらあらあら、面白い事をおっしゃるのね鈴さん。痛めつけるだけでは済ませませんわ。もう二度とISに乗れない身体にして差し上げませんと」

腕の1本や2本3本や4本…五体満足でこの学園から出られるとは思わない事ですわ…。

「とっとと来い」

「「上等!」」

その瞬間、三色の色が激突した。








――――Side 織斑一夏




「一夏。今日も特訓するよね?」
「ああ、もちろんだ。ミコトもいいよな?」
「ん。だいじょうぶ。今日も一夏と鬼ごっこする

「あはは…そうだな。一緒に鬼ごっこしような…」

楽しんでるのはミコトだけで鬼である俺にとってはものすっごいハードなトレーニングなんだけども…。
しかしミコトが喜んでくれて自分自身も鍛えられて一石二鳥と考えよう。

「あはは!なんだか一夏。休日の子供の遊びに付き合わされるパパみたい」
「むぅ、そんなに老けてないぞ」

ぴちぴちの15歳なんという言い草だ。ぴちぴちは死語か…?

「そ、それで僕がミコトのママに…」

―――そこはわたくしの立ち位置でしてよ?

「…ビクゥッ!?」
「どした?」
「う、ううん。なんでもない…?」
「? そうか…」

にしては顔が真っ青だけど。本当に大丈夫か?」


「一夏。アリーナに行くのか?」

俺達に話し掛けて来たのは箒だった。竹刀袋も持っていないから今日は部活は休みなのか?まぁ幽霊部員状態だから気分で顔を出してるんだろうけど。

「おう。今日は部活はいかないのか?」
「ああ、今日はISの特訓をしようと思ってな。い、一緒に付いて行っても良いか?」
「目的地は一緒なんだから聞く必要ないだろ?」
「そ、そうか。うむ!そうだな!うむうむ!ほら!さっさと行くぞ!今日は第三アリーナが空いてるそうだからそこを使おう!」

…なんで急に元気になるんだ?
まぁ、急いでに行くのにこしたことは無い。幾ら空いているとは言っても時間が経てば人も増えるだろうし。早めに言って少しでも広くアリーナを使いたいもんな。

「お、おりむー!大変だよー!?」

と、そんな時。のほほんさんが慌てた様子で教室へ飛び込んで来た。

「ど、どうしたんだよ?そんなに慌てて?」
「た、たいへんなんだよー!第三アリーナでセシりんとりんりんの二人がアイツとISで私闘してるんだよー!?」

「「「なっ!?」」」

のほほんさんの口から告げられたのは、とんでもない事態だった…。













あとがき

扇風機が煙吹いてぶっこわれ、涼む物が無くなったとですたい…。
今年の夏は乗り切れない…バタン
次回かその次でラウラ編は終了。たぶん…。


Pixivにてカルキ氏がイカロス・フテロを描いて下さいました♪
素晴らしい…。
『ミコト・オリヴィア』で検索すると出てきます♪



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二十話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/10/03 17:18





第20話「醜悪な芽」






――――Side 凰 鈴音



「くっ!いい加減吹っ飛びなさいよっ!?」

これで何度目になるのだろう。並みの量産機のアーマーなら直撃すれば一撃で沈められる威力を誇る、甲龍の両肩に搭載されている第三世代型空間圧作用兵器・衝撃砲≪龍咆≫が最大出力で放たれるのは。

「―――同じことを繰り返すとは。芸が無いな?」

放たれた不可視の弾丸。でもアイツはそれに臆する事もなく、ただ冷笑を浮かべ右手を突き出すのみ。それだけ。たったそれだけで、戦車の装甲を紙切れの様に粉々に粉砕する衝撃砲が防がれてしまった…。
まただ。シールドとも、絶対防御とも違う正体不明の何かがあたしの衝撃砲を無効化している。
…一体何が?あの機体の特殊兵装?あたしの≪龍咆≫やセシリアの≪ブルー・ティアーズ≫と同じ様なドイツが開発した新兵器か何かだろうか?しかし、アレの正体がどうであれ。あたし達との相性は最悪で、手も足も出せずに抗う事の出来ないのが今の現状だ。

「相性が悪いとか悪くないとかそんなレベルじゃないでしょ!これ!?」

目の前で起こっている理不尽な事態にあたしは悪態づく。幾らなんでもこれは反則でしょ。こっちの攻撃が一切通用しないなんて。
射撃では無理か。そう判断して≪双天牙月≫を構えるがこれも通用するかどうか…。

「フッ、どうした?怖気づいたか?」

警戒してなかなか攻撃してこないあたしにラウラ・ボーデヴィッヒは馬鹿にした様に鼻で笑う。
…とことん癪に障る奴だ。人を見下すその態度。その目。その台詞。そして、ミコトの件についても。全てにおいて癪に障る。

…と言っても、どうしようも無いんだけど。

幾らアイツが憎かろうが怒ろうが勝機を見出す事なんて出来やしない。感情に任せて冷静さを失えばそれこそアイツの思う壺だ。感情や勢いに任せてだなんてあの馬鹿じゃあるまいし。
だったらどうする?衝撃砲の多様でエネルギーもそうだが、シールドエネルギーも心許無い状態だ。装甲も損傷が激しい。まさか二対一でこうまで押されるだなんて。あの見えない壁の所為でもあるがそれだけじゃない。悔しいけどアイツの実力は学園内で上位に位置するだろう。流石は軍人と言うだけはある。

あたしも一応軍属なんだけどなぁ…。

所詮あたしはIS専用のテストパイロットに過ぎない。正規の訓練を受けた訳じゃないから一般人より多少武芸の心得がある程度で所詮は軍の関係者でしかない。そしてアイツは骨の髄まで軍人。これがあたしとアイツの決定的な差…。

『セシリア。エネルギーはあとどれくらい?』
『3割と言った所でしょうか。シールドエネルギーも半分を切っています。…そう長くはもちませんわね』

プライベート・チャンネルから聞こえてくる苦虫を噛み潰したようなセシリアの声にあたしも同意する。このままジリ貧じゃああたしたちに勝ち目は無い。しかしどうすればいい?活路は何処かにある筈だ。完璧な存在なんてある筈が無い。あの鉄壁の守りにも必ず綻びがある筈だ。
問題は、それをどう見破るかだけど…。

『セシリア。アンタこの状況を打破する何かいい案は無い?』
『いきなりの無茶ぶりですわね。突然そんなことを言われたって何も思い浮かぶ筈ないでしょう?』
『こういう時くらいしかその頭役に立たないんだからしっかりしなさいよ『次席』』
『なぁっ!?喧嘩売ってますの!?アレが一体何なのか分からない状況で何を考えろというのです!材料が足りませんわよ材料が!』

まぁ、確かにセシリアの言う通りか。判断材料が無ければどんな名軍師でも策を練れはしない。戦いにおいて最も重要なのは情報なのだから。

「話し合いは終わったか?」

「「!?」」

まるで今の会話が聞こえていたかのようなアイツの台詞に心臓が跳ね上がる。まさか、プライベート・チャンネルを傍受したと言うのか?ありえない。そんな事…。

「な、何で…」
「ふん。別に通信を傍受した訳ではない。貴様らの表情の動きを見て通信をしていると予想しただけだ。しかし、やはり無能過ぎる。仮にも軍属だろうに。こんなにも容易く表情に出すとはな」

うっさいわね!あたしはあくまでテストパイロットであって軍人じゃないんだからそんなの当たり前じゃない!アンタみたいになりたくなんて無いわよ!
人を殺すのを何とも思わない。しかも殺しを楽しむあんな人間になんてなりたくも無い。軍に属している身でそんなのは甘えだと言うのは分かっている。でも、人としての最後の一線だけは超えたくなんて…無い!
意を決してアイツに向かって飛び込むと、その加速した勢いを≪双天牙月≫に乗せてアイツ目掛けて振り下ろした。しかし―――。

その渾身の思いで振り下ろされた≪双天牙月≫の切先も、指一本で受け止められてしまった…。

「愚かしい。接近戦に持ち込めば勝てるとでも思ったのか?長物を持った自分が有利だと?寧ろ逆だ。この間合いは私の間合い。私だけの独擅場だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの『停止結界』の前には全ての攻撃は無意味に等しい」

停止…結界…?

「鈴さんを放しなさいっ!」
「そんなに返して欲しければ返してやるさ。私もいらんからな」
「えっ?――――きゃあっ!?」

アイツの背後に回り込んでいたセシリアが『停止結界』とやらに捕まって動けなくなったあたしを助けようとアイツに照準を合わせてトリガーを引こうとしたその瞬間、止められていた≪双天牙月≫の刃を掴み、それごとあたしをセシリアの方へとぶん投げた。

「――――なんっ!?」
「ですってぇ!?」

ひっくり返る視界と強制的な浮遊感。そして瞬く間も無く襲ってくるのは強い衝撃と金属のぶつかる音だった…。
衝突しそのまま空中でもみくちゃになり地面へと墜落するあたしとセシリア。何たる醜態。またこんな情けない姿を他人に、しかもアイツに見られるだなんて…。

「あ、貴女はぁ…っ!」
「あたしの所為じゃないでしょうがぁっ。アンタが避けなさいよっ!…いたたぁ」

シールドで守られているとは言っても、痛みは直に伝わってくる。しかもこの程度の衝撃ならハイパーセンサーも命の危険なしと判断してシールド保護も最低限の出力でしか展開しなかったのだろう。無駄に痛い…。
…ていうかさぁ。さっきからアンタは何処に乗ってんのよ!?
現在、セシリアが尻餅付いているのはあたしの背中。まさに尻に敷かれている状態。

「さっさとあたしの上から退きなさいよっ!このデカ尻っ!」
「デカっ!?淑女に向かってなんて失礼な!?これでもお尻には自信があってよ!?」

何を言い出すんだコイツは…。流石に引くわよ…。
とにかくこの重い尻を退かせよう。このままでいるとあの馬鹿デカイ砲弾で二人まとめて吹き飛ばされてしまう。とりあえずこの尻は…。

「えいっ」

げしっ

「んきゃぁ!?何しますの!?」

鬱陶しいので蹴飛ばしとく。

「あたしは尻に敷かれて喜ぶ性癖は持ち合わせてないっての。しかも同性に」
「わ、わたくしだってありませんわよっ!?」

当たり前よ。あったら今後の関係を考えさせて貰うから。
邪魔な尻が居なくなったので置きあがって体勢を整え直す。本当なら今頃吹き飛ばされていても可笑しくないのだけど、そうでないのは完全に舐められているからか…。

「まったく…『御ふざけはここまでにして…直に止められて何か気付いた事はありますの?』
『アイツ、停止結界って言ってたわね。たぶんPICの応用兵器だと思うんだけど…』
『それはあまりこの現状を打破する情報ではありませんわね…。基本的に第3世代型ISじゃ貴女の≪龍咆≫のようにPICを応用して作られてますし…』

セシリアの言う通りで、あたしの≪龍咆≫だけでなく基本的に第3世代型ISの全てはPICの技術を応用して開発されている。それを今更言われても確かにだから何?って言う感じだ。活路を見出すにはこの情報はあまりにも無意味に等しい。

『…でも、きっと何かある筈』
『わかってますわ。必ずあの横っ面に一発いれて差し上げますわ』
『…アンタは中距離支援型でしょうに』
『最近、常識を捨てる事にしましたの♪』

周りに非常識が沢山いるからってそれは無いでしょうに…。あ、あたしもその仲間になるのかな?どうなんだろ?

「また不毛な話し合いか?残念だがもう付き合ってやるつもりは…無いっ!」

「っ!?散開!」
「言われずともっ!」

言葉なんかよりも先に身体が先に動く。そして数瞬遅れて先程まで自分達がいた地面が大きな衝撃音と共に爆ぜた。

―――速いっ!

自分の予想を流行るかに上回る弾速とその速度によって生じた余波にたらりと冷や汗を流す。あの馬鹿デカイ砲身…電磁投射砲≪レールガン≫か!
実弾での速度では≪龍咆≫のほうが速いだろう。しかし、厄介な代物には変わりは無い。あんなものまともに喰らったら、消耗したあたし達にはひとたまりも無い。一撃でも喰らえば即戦闘不能に陥る。

「セシリアっ!」
「ええ!撃たせる間なんて与えませんわっ!」

空中に浮遊した≪ブルー・ティアーズ≫一斉にアイツ目掛けて飛びかかる。
翻弄ようにクルクルとアイツの周辺を巡廻する数基のビット。しかしアイツからは余裕の笑みは消えない。寧ろ人差し指をクイクイっと立てて挑発してくる。

「っ!いきなさい!ブルー・ティアーズ!」
「フッ…お前が逝け」

肩に搭載された刃が左右一対で射出され、ワイヤーで本体と接続されているソレは複雑な軌道を描き、まるで獲物を狩る蛇のように周囲を浮遊していたビット達を次々と串刺しにし、瞬く間にアイツの周囲に居たビット達は全て破壊されてしまう。

「―――――なっ」

あまりの出来事に目を剥くセシリア。だけどセシリアは気付いていない。まだアイツの攻撃が終わっていない事に。
唖然と空中で停止するセシリアにあたしは叫ぶ、

「馬鹿!セシリア!逃げなさいっ!」
「…え?」

あたしの警告にセシリアは遅れて反応を示すが、セシリアが逃れようとしたときには既に刃はセシリアの足を捕えていた。
ブレードとワイヤー。攻撃と拘束を目的とした兵装か。

「―――しまっ!?ガッ!?」
「そこから引きずり落としてやる」

捕えられたワイヤーに引き摺り込まれ、強制的に地面へと叩きつけられるセシリア。だが、また攻撃の手は止まない。レールガンが地面に叩きつけられて身動きのとれないセシリアを狙う…。

「さけるかあああっ!!!」
「見事に釣られたな?」
「ッ!?駄目ですわ鈴さん!」
「―――――へ?」

何故か目前にあるのはレールガンの銃口。痛みなんて感じる暇も無い。次の瞬間頭の中で火花が散って、視界を真っ白な世界が覆い。気付いたらあたしは地面に大の字になって倒れていたのだから…。

多分…気を失ってたのは数秒かな?
ISの補助もある。長い時間気を失う事はないと思う。戦闘中気を失えばISの展開も解除されるだろうし…。それにしても随分と飛ばされたもんだ…。
首だけを動かして周りを見てみればアリーナの壁が自分の頭上にあり、先程まで自分が見ていた景色とは大分違っていた。それだけ遠く吹き飛ばされてたのだろう。たぶん100mは吹き飛ばされてる。

「――……ぐっ」

朦朧とする意識の中、ISの補助もあってなんとか上半身だけを起き上がらせる。

…あー、かなりきいたわね。全然身体が言う事きいてくれないわ。

身体が動く事を拒絶するかの様に鉛のように重いわ頭の中で鐘を鳴らされてるみたいでぐわんぐわんするわで相当のダメージを負ったみたいだ。このまま戦闘を続行するのは少しキツイかもしれない…。

――――警告!シールドエネルギ残量40。機体ダメージ致命的。各部に重大なシステムエラー。衝撃砲≪龍咆≫の使用不可能。戦闘継続―――可能。

「あ゛ー………」

ハイパーセンサーからを情報を見て、まだ動けるのが奇跡的だとは分かっているにしても、これはボロボロにも程があるとあたしは空を仰ぐ。
機体のステータスを見ればどの箇所も赤く表示され、何時壊れても可笑しくない状態だ。エネルギーも渇々で使える兵装も≪双天牙月≫のみ。ミコト風に言えば『オワタ』状態だ。

でも…。

「負けられるかっての…」

アイツはミコトを馬鹿にした。そして、アタシ達がミコトの友達であることを馬鹿にした。それを、許すことなんて出来やしない…。

「友達…か。あはは…」

―――いいじゃない。私だって選ぶ権利はあるでしょ?まだこの子を知った訳じゃないんだし急に友達になるってのも変な話じゃない。

「いつからだっけ…?」

思えば、こうして口に出したのは始めでだった気がする。そして、今まで口出さなかったのはそれが当り前の事で別に言わなくても良いと思えるくらいにミコトの存在があたしの中で大きくなっていたから…。

「………ははっ!」

地面に地面に≪双天牙月≫を突き立てそれを杖代わりにして大地を踏締め立ち上がる。
まだ動く。まだ立てる。まだ戦える!あたしはまだ戦える!

「…まだ動けるのか、しぶとい奴だ。これだから羽虫は鬱陶しくて敵わん」

言ってろ…。
面倒臭そうにするラウラに対して、あたしはニヤリと笑みで返すと≪双天牙月≫を大きく振りかぶり―――。

『セシリア…』
『鈴さん?』
『あたしが合図を送ったら撃ちなさいっ!』
『は?ち、ちょっと!?』
「だああああああああああああああありゃあああああああああああああっ!!!!」

ラウラに目掛けて全力で放り投げた。

「…つまらん攻撃だ」

回転しながら円を描いてアイツに向かって一直線に飛んでいく≪双天牙月≫それにラウラはつまらなそうに向かってくる攻撃を見ると。セシリアを拘束しているワイヤーを掴む。

「―――またあれを!?させませんわっ!」
「ふっ」

さっきのあたしみたいにまた放り投げるつもりだと気付いたセシリアはレーザーライフルを放つが、身体を横に逸らしただけで容易く回避される。

…あれ?そう言えばさっきも…もしかしたらあれって…。

「おとなしく、私の盾になれ」
「またしてもこんなっ!―――きゃあっ!?」

抵抗も虚しく、セシリアは≪双天牙月≫の射線上へと放り投げられてしまう。だが―――。

そんなの…あたしが考えてないとでも思ったのっ!?

「分かれろおおおおおおおっ!!」

―――その瞬間。あたしの叫びに応えるかのように。≪双天牙月≫が…。

パキンッ…

「何っ!?」

―――二つに分離した…。

分離して二つに分かれた≪双天牙月≫はセシリアに直撃することなく左右を通り抜け、曲線を描いてその名の通り獲物を喰らう牙となって双方からラウラを襲う。

「ちぃっ!こんな小細工っ!」
「セシリアッ!」
「この体勢から無茶をおっしゃいますわねっ!」

投げられた状態で無理やり身体を捻りレーザーライフル≪スターライトmkIII≫を構えて乱射。しかしその射撃は乱暴ながらも正確にラウラを捉えていた。

「くっ!?」

予想外の敵の援護に反応が遅れたラウラの装甲を、レーザーが撃ち砕く。しかし、まだ攻撃の手は止まない。あたしの牙はまだ獲物に喰らっていない!

「噛み砕けえええええええっ!」
「舐めるなぁっ!」

両手を伸ばし双方から迫ってくる刃を止めようとするラウラだったがそれをセシリアは許さない。まだレーザーは止んではいないのだから。

「そう何度もっ!」
「っ!?」

レーザーが雨の如くラウラに降り注ぎ停止結界の発動を妨害する。そして、あたしはそれを見て先ほどから『もしかして』が確信へと変わった。
やっぱりそうだ。レーザーでの攻撃は停止結界で防ごうとしない。セシリアの≪ブルー・ティアーズ≫を停止結界で止めずに破壊した時は、その方がアイツにとってこっちの戦力が減って都合が良いからだと思っていた。でも、さっきのセシリアの攻撃も受け止めずに避けた。前者は偶然で済まされるけど後者はどうも可笑しい。恐らく、エネルギー兵器での攻撃は停止結界じゃ防げないんだろう。
それと、たぶんもう一つ。あの停止結界には弱点がある。あたしの勘が正しければそれは―――。

「あの停止結界は…」

ザシュッ!

今までその装甲に触れることさえ出来なかった≪双天牙月≫の刃が―――。

「がっ!?」

「『停止させる対象に意識を集中させなければ停止出来ない』…そうでしょ?」

――――両肩の装甲を噛み砕いた。

「あはは…ざまぁみそけぷっ!?」
「あうちっ!?」

憎たらしいアイツに一撃与えた事で優越感に浸っていると、そう言えばセシリアが此方に向かって投げ飛ばされていた事をすっかり忘れてしまっており飛んできたセシリアに盛大に衝突。再びセシリアの下敷きに…。

「~~~ア・ン・タねぇっ!?」
「そこは貴女が受け止めるべきでしょうっ!?なにどや顔で突っ立ってますの!?」
「どや顔!?あたしそんな顔してたの!?」

たしかにアイツの苦痛に歪む顔を見てスカってしたのは認めるけどさ…。しかし何時まであたしの上に乗っかっているつもりだこの尻女。
まだ戦闘中だと言うのに口喧嘩を始めるあたし達。しかし…。

「貴様ら…よくも私のシュヴァルツェア・レーゲンに傷をつけたな…っ!」

地獄の底から這い出て来たような悪魔の声が静かにアリーナに響いた…。
その声にあたしもセシリアもげんなりとするが直ぐに表情を引き締めて立ち上がり再び戦闘態勢をとる。こんなの分かりきっていた事だ。

「…まぁ、あれで終わる訳無いわよね」
「それはそうでしょう」

あれで終わる筈が無い。あの程度でISが壊れるのならあたしは最初の一撃でもう既に戦闘不能になっている。一撃で敵を斬り伏せる。そんな非常識な事が出来るのは現状で白式の単一使用能力≪零落白夜≫だけだ。

「…で、どうするの?もうあたしは戦う余力はこれっぽっちも残って無いわよ?」
「わたくしだって貴女よりかはまし程度ですわよ…」

見ればセシリアの装甲もズタボロ。あたしが気を失っていたあの数秒の間にやられたのかしら?まぁワイヤーで拘束されてる状態じゃボコボコにされても仕方ないかもだけど。確かにその状態じゃ厳しいわね。さっきの乱発でエネルギーも底を尽きかけてるだろうし…。
あたしも唯一の攻撃手段である≪双天牙月≫はラウラの足元に突き刺さってる。流石に拾うのを待ってくれる程お人好しじゃないだろう。それに、今のアイツは何処か様子もおかしい。表情も、雰囲気も…。

「殺す…殺してやる…殺してやるぞ!」

…どう考えたってやばいでしょアレ。目が逝ってるし殺意も今まで無いくらいに絶賛発生中なんですけど…?
まともな精神を持ち合わせて無いとは前々から思っていたけど、どうも可笑しい。心でも患っているのアイツは?いやそんなレベルじゃないあれは。先程の冷静な態度とは一変した感情に身を任せるこの変わりよう。普通とは思えないわね…。

「ふざけるな…貴様ら如きに…私はあの人に…あの出来そこないじゃなく…奴がじゃない…私ガ…あのひとに…っ!」

一体、何がアイツをあそこまでさせるのか…。
あたしにはそれはを分からない。唯言えるのはアレは異常だと言う事。あれは決意とか執念とかそんなんじゃない。そんな真っ当な物なんかじゃ決してない。あれは…呪いだ。
まるでとり憑かれたように、ラウラを操っている様にすらあたしには見えた。幽霊なんてそんな馬鹿馬鹿しい事有り得ないと思うけど…。

「わタ…ワタシハ―――」

…何か様子がおかしい。

「…鈴さん」
「分かってる」

セシリアもラウラの異変に気付いたようだ。いや、誰だってあれを見れば一目で様子がおかしい事ぐらい分かる。
焦点の定まらない視線。可笑しな言動。そして何より異常なのは先程から急激に上昇を続け始めているシュヴァルツェア・レーゲンのエネルギー反応。
…嫌な予感がする。

「セシリア!急いで離だ―――――」

離脱しよう。そう言おうとしたその瞬間だった。強い衝撃が身体を揺らし黒い影が視界を覆ったのは…。

――――…………………………あれ?なんであたし。飛んでるんだろ?

何が起こったのか分からなかった。気付けばあたしは宙を舞っていた。さっきまで隣にはセシリアがいた筈なのに…。

「鈴さんっ!?」

遠くからあたしを呼ぶセシリアの声がする…。
…ああ、何だ。ちゃんと近く居るじゃない。なんか声が遠く聞こえるけど…。ていうか何でアンタ逆さまなのよ?それになんでそんなに泣きそうな…あれ?あれれ?
なんであたしの手…真っ赤なんだろ?それより装甲は?これ、あたしの手だよね?あたしISを装着してたのになんでだろ…?

…あれ?目の前が何だか暗くなって…。

寒いよ…。

いち…か…。









――――Side ???


「ふふ、どうやら芽が出たようね…」

女は楽しそうに嗤う。

「どうなるかしら?あれだけお膳立てしてあげたのだから何かしらの成果は出して貰いたいのだけど」

半ば押し付けの様な物なのだけどね?ふふ…。
まぁ、どう転ぼうが私にはどうでも良い事。私には損は無いし、死人が出てくれさえすればさぞ面白い事になるでしょうし…ね。

「…ふふふ」

さぁ、楽しい楽しいゲームの始まりよ?












あとがき


書いておいて何だけど…収拾つかなくね?(汗)
にしても最近長い文が書けなくなってきました。まずいなぁ。本当にスランプだ。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二十一話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/03/06 01:24

第三アリーナの観客席に着いた俺達の目に飛び込んで来たのは信じられない光景…。

異様な速度でアリーナを疾走する鋭い爪を持った黒い化け物。

まるでペンキでも溢したかのように赤く染められた地面。

蒼い装甲を赤く染め上げ何かを護る様にボロボロになりながらもライフルを片腕が負傷しても、もう片方の腕だけでトリガーを引き続けるセシリアの姿。

そして、俺は見てしまう…。

その後ろで横たわる全身を血に染めた…―――。

「あ……ああ…」

――――腹部を引き裂かれ虚ろな瞳で空を仰いでいる鈴の姿を…。

俺は千冬姉を箒を、鈴を、ミコトを―――。

「…ああああっ」

関わる人すべてを―――。

「…………あああああああああっ」

―――守る。

その誓いが…音を立てて崩れ落ち…。

プツンッ…

頭の中で何かが切れた…。

「――――――――――――――――っ!!!!!!」

誰かが人の物とは思えない叫び声を上げている。理性の欠片も無い怒りの咆哮。それが俺自身が発していた叫び声だと分かったのは、既に俺が白式を展開しアリーナと観客席を隔てるバリアを『零落白夜』で切り裂いた後の事だった。












第21話『Berserker system ―A― 』








後の事など一切考えてなんていやしない。機体の負荷を考慮しないでの最大速度ので瞬間加速。当然、すぐに機体が悲鳴を上げだした。それでも俺は構う事無く目の前の敵に喰らいつこうとスラスターを全開に吹かす。
無茶な行動だった。最初のバリアを切り裂いた時に消費したシールドエネルギーは少なくは無い。シールドエネルギーの3割は最初の一撃で消費した。そして、今にも奴に目掛けてしようとしている二発目の『零落白夜』を発動させようとしている。それも瞬間加速をしている状態でだ。これは機体に更に負荷を掛ける事になる。
それでも、そんな無茶な事をしてでも俺は―――。

「てめええええええええええええっ!!!」

―――目の前のアイツを斬らずにはいられなかった。

「い、一夏さんっ!?」

いきなり乱入してきた俺にセシリアは驚きと何処か安堵するような声を上げる。だが、俺はそんな事一切気に止めない。俺が全意識を集中させているのは目前に迫っているアイツだけだ。

「があああああああああああああっ!!!」
『―――!』

プライドとかそう言った綺麗な物は一切有りはしない。この一振りに籠められているのは憎悪、そして殺意だけ。
しかし、そんな渾身の思いで振り下ろされた刃の先にあるのは残像のみで、刃は虚しくも空を斬るだけだった。かわされた。掠りもせずにこんなにもいとも容易く…。

「ちぃっ!」
「一夏さん!何をボケっとしてますのっ!?カウンターに備えなさいっ!」
「―――しまっ!?」

血の昇りきった頭で冷静な判断が出来る筈も無い。ましてやカウンターの警戒なんてまず無理だ。
だから、セシリアの警告にハッとした時には血塗られた爪が俺の目の前に迫っていて…―――。

ザンッ

ガツンと頭を鉄バットで殴られた様な衝撃に視界が火花を散らす。

「がっ―――っ!?」

身体を仰け反らせ空へと吹き飛ばされ無防備な姿を晒す俺と白式。そんな絶好のチャンス奴が見逃す筈が無い。気が付けばアイツはピッタリと俺の上に張り付き追撃の爪は容赦無く振り下ろした。
そして、再び衝撃が全身に奔る。

「ぐぁっ!?」

鋭い爪は容易くシールドを突破して絶対防御を発動させシールドエネルギーがガリガリと削り、そのまま衝撃によって地面に叩きつけられ地面に陥没する。
たった数秒。戦闘が始まってたった数秒で半数以下にまでシールドエネルギーが削られた…。

ば、化け物かよ…っ!?

信じられない現実に俺は驚愕し、そして目の前の化け物に恐怖した。
何なんだ?何なんだこの化け物は?本当にアイツなのか?こんな人を止めた様な動きをする化け物が…。
原形なんて残ってはいやしない。ラウラ・ボーデヴィッヒが使用していた機体の共通点なんて全身を覆う黒だけだ。それ以外はもう何も残っていやしない。理性も、人の姿さえも…。俺の目の前にあるのは。巨大な手から伸びる鋭い爪。全身覆う漆黒の装甲。今のアイツの姿は漫画何かで出てくる悪魔その物だった。

『コロス!コロシテヤル!』
「……っ!?」

機体から聞こえるのは確かにアイツの声だった。以前の冷徹な雰囲気とはまったく異なってはいたが…。

「何がどうなって…」
『一夏さん!大丈夫ですかっ!?』
「っ!セシリア!鈴!鈴はっ!?」

プライベート・チャンネルから聞こえる俺の身を心配してくれるセシリアの言葉を無視して鈴の安否を確認する。

『無事…とは言い難いですが絶対防御がギリギリまで堪えてくれたおかげでしょうか。奇蹟的に致命傷には到りませんでしたわ』
「そ、そうか!鈴は生きてるんだな!?」

良かった。生きててくれた。本当に良かった!

『最後までお聞きなさいな一夏さん。今はまだというだけです。出血が激しいので今直ぐにでも治療しないと…』
「っ!ならセシリアは鈴を連れて今直ぐ離脱しろ!ここは俺が抑える!」
『…本来ならあんなものを一夏さん一人で相手にさせるのはあってはならない事なのですが…仕方ありませんわね』
『大丈夫。一人じゃないから』
『ん』

プライベート・チャンネルに二つの声が割り込んでくると、遅れてシャルロットとミコトがISを展開した状態でやってきてセシリアと鈴を護る様にして地面に着陸すると、負傷した二人に近づけまいと、シャルロットが重機関銃を乱射する。

『貴女達も来てくれましたの』
『うん。流石に篠ノ之さんと布仏さんは置いて来たけどね。今は先生を呼びに行って貰ってる』
『その判断は正解ですわね。不慣れなうえに練習機ではアレを相手するには厳し過ぎますわ』
『そう、だね。心苦しくはあったんだけど…』

実質、足手纏いだと言っている様なものだからな…。

『それより今は凰さん。怪我はどうなの?』

的確に射撃をしながら視線だけを横たわる鈴に向けるシャルロットに、セシリアは首をふるふると左右に振る。

『あまりよろしいとは言えませんわ。出血もそうですが地面に落ちる際に全身を強くうったみたいで…』
『…酷いね。女の子にこんな怪我をさせるだなんて』

爪で引き裂かれた傷口を見てシャルロットは悲しそうに表情を歪めた。

『傷跡…残っちゃうかな…?』
『………』

銃の発砲音が響くなか、俺達の間に重苦しい沈黙が流れる…。
男の俺が傷跡を残しても傷跡は男の勲章という感じで終わらせれるけど、女の場合はそんな簡単な物じゃない。それは男の俺でも分かる。これは、決して…決して許される事じゃない。
俺達が悲痛な表情を浮かべるそんななか、幼い少女の声が重い沈黙を破る。
…そう、ミコトだ。

「鈴…だいじょうぶ?痛くない?」

ミコトは鈴に近寄ると、心配そうにして鈴を覗きこむ。しかし返ってくるのは辛そうな呻き声だけ。その声を聞いてミコトの表情は更に不安の色を濃くする。

「うー…いたいのいたいのとんでけー。いたいのいたいのとんでけー」
「…」
「ミコトさん…」

痛々しいその光景に俺も、セシリアも、シャルロットも表情を歪める。
何も出来ない。そんなことはミコトだって分かっている。だから、気持ちだけでも楽になる様に鈴の頭を撫でて何度も、何度もおまじないを呟く。目を涙で滲ませながら、声を震わせて…。

…くそっ!

叫びたい気持ちをぐっと堪えるために拳を強く握り締める。
辛かった。ミコトの声を聞いているのが。自分の無力さを思い知らされてるようで…。

『セシリア。鈴を頼む』
『お任せ下さい。そちらもお気をつけて。あの機体、普通ではありませんわ』
『…ああ、分かってる』

それは先程自分の身を持って思い知らされたばかりだ。アレを甘く見ようなんて俺はそんなうぬ溺れでもなければ自殺志願者でも無い。

「セシリア。鈴。おねがい」
「はい。ミコトさんも無理をしないで下さいね?貴方が傷つけば鈴さんも、わたくしも、皆さんも悲しいですから」
「ん。私は墜ちない。だいじょうぶ」
「…はい。そうですわね」

それを聞いてセシリアも少しはホッとしたのか、緊張を少し和らげるともう一度「お気をつけて」と告げて鈴を抱えてピットゲートへと飛び去っていく。

『―――っ!』

そして、セシリアが背を向けた途端。奴がセシリアに襲いかかろうと2mはあろうその巨体を黒い風に変えて加速する。が、そんな事は俺達が許す筈が無い。

「いかせないよ!」
「てめぇの相手は俺達だっ!」
『グゥ―――ッ!』

セシリアを襲おうとしていたラウラを俺の雪片弐型とシャルロットのシールドで迎え撃つ。流石に二対一でのぶつかり合いでは勝てなかったのか盛大に吹き飛ばされたラウラ。しかし、ごろごろと物凄い勢いで地面に転がりながらもラウラはすぐさま身体を起こすと身体を低くして再び突入する体勢に入る。まるで獣そのものだ。

「…人とは思えない動き。いや、戦い方だね。実はあの子狼に育てられてたりするのかな?」
「狼少女って…何時の時代の話だよ。気持ちは分かるけどさ」

あれは人の戦い方とは違う。獣同士が噛みつき合うそれに似ていた。

「信じられないパワーとスピードだけど動きは単純。冷静に対処すれば…」
「ああ、やれる」

あのスピードとパワーは確かに脅威だがあの単調的な動きなら避ける事はそう難しくない。成程、俺って傍から見ればあんな風なのか。こうして体験してみると確かに動きが読みやすいな。

「私は…どうすればいい?」

一向に自分に指示が来ないので待てなくなったのかミコトがそう訊ねてくる。
ああそうか。ミコトは武装が無いから戦闘に参加出来ないんだよな。

「私も手伝う。手伝いたい」
「ミコト。お前…」

いつも通りの無表情、しかし、ミコトの瞳に宿るのは明らかな怒り。俺は初めて見るミコトに唖然とする。
友達を傷つけられて怒る気持ちは分かる。俺だってそうだ。でも、俺はミコトに戦ってほしく無い。ミコトにと言ってイカロス・フテロは兵器では無く翼でありずっとそうであってほしいと俺は思っている。俺だけじゃない。皆だって…。

「…うん。ミコトの役割もちゃんとあるよ」
「シャルロット!?」
「一夏。気持ちは分かるよ?…でも、ほらあれ」
「あれ?」

シャルロットの視線を追うと、そこにはミコトにじっと見ているラウラが居た。

『ミ…ト・オ…ヴィ…ミコト…ミコト・オリヴィア………グゥッ!?ウゥゥ…ア゛アアアアアアアアアアァ゛ッ!!』

ミコトを視界にとらえた途端、何かのスイッチが入ったかのように雄叫びを上げるラウラ。今のアイツにはもうミコトしか見えていない様だった。その鋭い矛先をミコトへと向けて今にも飛びかからんと姿勢を低くして準備態勢に入っている。
…だけど、一瞬アイツが苦しむ様な呻き声を上げた様な気がしたが俺の気のせいか?

「…ね?もうあの子ミコトに夢中みたい。ならこれを利用しない手は無いでしょ?」
「だからって…」

ミコトを戦わせるのはやはり気が引けてしまう。
それに、唯でさえイカロス・フテロは装甲が薄いと言うのに、もしもアレの攻撃を一回でも直撃でもしたらミコトは…。
先程の鈴の血塗れの光景が脳裏に過ぎる…。
そうだ。戦わせれる訳が無い。ミコトを。あの鈴をあんな酷い目に遭わせる危険な奴を相手にさせるだなんて…。

「そんなの認められる訳―――」
「そうしないといけないのは僕達が弱いからだよ?」
「っ!?」

『俺達が弱いから』その言葉が胸に突き刺さり、がりっと歯軋りで奥歯が鳴る。
俺達が…いや、俺がもっと強ければミコトがこの場に残る必要はなかったんだ。アイツくらいどうとでもなる位に強ければ…。クラス対抗戦の時だってそうだ。それに今この瞬間も。俺がしっかりしてればミコトを、友達を傷つける事なんてなかったんだ…。

「凰さんとオルコットさん二人掛かりで相手して負けるんだよ?僕達二人だけで如何にかなるとは思えない」

それは遠まわしに俺達が劣っているという事。いや、正確には『俺が』だ。シャルロットのISの技術は二人に勝っているだろう。それをマイナスしているのは…俺だ。それを正直に言わないのはシャルロットの気遣いなのだろう。

…くそっ。

「それに、ミコトの気持ちも分かってあげなよ。一夏だけじゃないんだ。怒ってるのは…」
「ん。私も一夏とシャルロットの役に立ちたい」

自身の胸に手を当て、目を逸らさず俺の目を見るとミコトはそう語る。

―――そうしないといけないのは僕達が弱いからだよ?

また、逃れようのない事実が脳裏に響く…。
ああ、その通りだよ。そんなの嫌になるくらいに分かってる。俺をぶん殴ってやりたいくらいにな。

―――ミコトの気持ちも分かってあげなよ。一夏だけじゃないんだ。怒ってるのは…。

それも分かってる。俺だけじゃなくてミコトにとっても鈴は大切な友達なんだ。鈴が大怪我を負わされて何とも思わない訳が無い。クラス対抗の時だって俺の事で怒ってくれたんだから…。

「一夏…」

ミコトの瞳は今も俺を映し、その根気に負けた俺はついに―――。

「………………っ。分かった」

長く苦悩した後、漸くミコトが戦闘に参加する事に賛成するのだった…。










――――Side 織斑 千冬




今日の業務を終え、私は自分に宛がわれた整理されていないデスクで久々の安息の時間を寛いでいた。
…しかし、我ながら散らかった机だ。一夏がこれを見ればすぐさま片付けを始めるだろうなと一人苦笑する。本当に私はこう言った物は弟に頼りっきりだと改めて思う。
と、そんな時だ。同僚の先生がコーヒーカップを二つ手に持って話し掛けて来たのは。

「織斑先生。コーヒーを淹れたのでどうぞ」
「ん?ああ、ありがとう………ふぅ、此処の所のんびりとコーヒーを楽しんだ記憶が無いな」
「ふふ、織斑先生のクラスには特殊な生徒集まってますから。あの天才と呼ばれている篠ノ之博士の妹に世界唯一の男性でISを使える生徒。授業だけでは無く外部の対応にも気を回さないといけませんもんね」

しかも問題ばかり起こすと来る。その問題の中心人物は私の愚弟なのだがな。
その問題の原因は別の馬鹿の可能性もあるのだが…これはまだ確証が取れて無いので置いておくとする。

「まぁ、面倒な書類云々の片づけは全て山田先生に押し付けているので問題無いが」

嗚呼…山田君の苦労でコーヒが美味い。他人の不幸と言うのは最高のスパイスである。これを彼女の前で口にすればさぞ良い反応をしてくれるだろう。…今度してみるか?
と、そんな事を考えながら意地悪な笑みを浮かべていたら同僚の先生も何を考えているのか察したらしく渇いた笑い声を漏らす。

「あ、あははは…(山田先生超頑張れ)。で、でも最近は静かなものですよね?ドイツの代表候補生が来てから色々と慌ただしい日々が続いてましたけど」
「いや、そうでもないさ。ついこの間も放課後で私闘を始めようとしていたしな。たまたま私が通りかかって止めたから良かったものの」
「それはまた…ご苦労様です」

心中ご察ししますと言いた気に深々と頭を下げられてしまった。この先生もこの学園に務めて長い。代表候補生が起こす問題は色々と面倒だと理解しているのだろう。何て言ったってバックには国家が控えているのだ。IS学園は完全に中立でどのような組織・機関も干渉は不可能だがやはり面倒事は避けたい。だからこそ代表候補生の扱いには神経を使うのだ。正直、胃に与えるダメージはかなりの物。山田君なんて常にポケットには胃薬がある程だ。…誰だ?私が仕事を押し付けてる所為だと言った奴は?ちょっとツラ貸せ。

「この程度ならまだ良い。問題は今月末の学年別トーナメントさ」
「山田先生に押し付けてる癖に…」
「何か言ったか?」
「い、いえ別に!?そ、それで学年別トーナメントがどうかしたんですか?」
「いや何、前回の事もあるからな」
「考え過ぎですよ。そう何度もあんな事起きやしませんって。あの事件以降IS学園のセキュリティーは更に強化されたんですよ?」

セキュリティー…か。『あの馬鹿』が関わっているというのならこの学園のセキュリティーなんて無いも同然なのだが。それに、私にとっては寧ろ…。

「…問題が起きてくれた方が都合が良いんだがな」
「何物騒な事を言い出すんですか貴女は…」

私の発言に同僚の先生はどん引きだったがこれにはちゃんとした理由がある。というか私だって好きでトラブルを望んでいる訳じゃない。出来る事ならトラブルなんて起こって欲しくは無い。しかし今回は別だ。

「前回のクラス対抗は各国の訪問者は少なかった。入学して間もないからな。態々見に来る物でも無い。だが、今回は違う。入学して数カ月が経ち生徒達も少なからず成長し始めている。今月末の学年別トーナメントで有能な人材をチェックしておきたいだろう。今回はかなりの人数の訪問者が来ると考えられる」
「それに何の問題が?毎年そうじゃないですか」
「ミコト・オリヴィアの件があるからな」
「…彼女ですか」
「ああ、例の件でオリヴィアは悪い意味で世界から注目を集めている。あまり人目に晒したくは無い。出来る事なら参加させたくは無いのだが…」
「無理、でしょうね。委員会のISを提供されているという名目でイカロス・フテロを所有する立場である彼女がこの行事を参加しないというのは…」

そう、無理がある。機体が戦闘が出来ない程破損したというのなら別だが、生憎と束の修理から返って来てからイカロス・フテロはピカピカの無傷だ。嘘を提示して参加を辞退してもそんな嘘は直ぐにばれる。なら、残された方法は学年別トーナメント自体を中止させる事なのだが、各国のお偉い方が集まるこのイベントをそう簡単に中止に出来る筈が無い。またそれにもそれ相応の理由が必要になってくる。

「だから問題が起きて欲しいと?」
「そう言う事だな」

そう都合良く事が進む訳が無いが…。何て言ったって最近は都合の悪い事ばかりが立て続けに起こっている。此方が望んで起こってくれるほど親切じゃないだろう。

「それだとまた始末書やなんやらが大変そうですね」
「そうだな。山田先生がな」
「山田先生…(今度何か奢ってあげよう)」

何やら目を潤ませているがとりあえず言っておくぞ?これは職務放棄では無い。正当な役割分担だ。本人もそれを了承してるし、その時の言葉もボイスレコーダーに録音してある。
そんな馬鹿な事を考えながら久々ののんびりとした時間は流れていく。そう、彼女が来るまでは…。

「織斑先生っ!」

―――のんびりと休憩時間を過ごしていたその時、外の廊下からどたばたとした足音が聞こえて来たと思いきやバンッ!と大きな音をたてて顔を真っ青にさせて息を切らせた山田君が職員室に飛び込んで来たのだ。何事かと職員室に居た全ての教員達の目が出入口の山田君に集中する。

「…どうしたんだ山田先生?」

山田君の表情を見て唯事では無いと判断した私は表情を強張らせてそう訊ねると、山田君は息を切らせた状態で声を絶え絶えにしながらも言葉を紡いでいく。

「はぁ…はぁっ!凰さんとオルコットさんと…ボーデヴィッヒさんが…第三アリーナで戦闘を始めて…凰さんが…大怪我をっ!」

山田君の言葉に職員室の温度が急激に下がるのを感じた…。

「医療班の手配を…急げっ!」
「は、はいっ!」

私の急かすような言葉に先程まで一緒に話していた先生が慌てて電話を取り出してIS学園の医療担当に連絡を繋げる。他の職員達も第三アリーナ周辺の封鎖。放送などで生徒達を第三アリーナに近づけない様に呼び掛けをしたりなどして騒ぎを最小限に収拾するためにそれぞれ動き始めた。

「…それで、肝心の加害者であるボーデヴィッヒはどうした?」
「だ、第三アリーナで…今も織斑くん、オリヴィアさん、デュノアさんの三名と…戦闘中です!」

それを聞いて更に職員室はざわめきが増した。それはそうだ。ボーデヴィッヒの噂はIS学園の教員全てに知れ渡っている。ボーデヴィッヒがオリヴィアを快く思っていない事も、暗殺しかけた事も…。

あの馬鹿者が!

心の中で軽率な行動を起こした愚弟に対してそう罵倒する。友人が傷つけられて怒るのは分かるが実力では自分より上の凰が負ける程の相手に敵う筈が無いと分かっているだろうに。幸いな事にデュノアが一緒にいる。しかしオリヴィアが関わるとボーデヴィッヒが何を仕出かすか分からん。ハルフォーフから聞いた例の件もある…。
…しかし、心の中では都合が良いと考えている自分がいた。これは使える。死人が出れば問題だが凰は死んでいない。なら問題無い。好都合だ。これを理由に学年別トーナメントを中止にしてしまえば、と…。
そして同時に、そんな自分に対して嫌になってしまう。生徒が、しかも弟の友人が重傷だと言うのにそれすら好都合だと思ってしまった自分に…。

…罪悪感に浸る時ではないな。

そう言い聞かせて気持ちを切り替える。とにかく今は状況を把握しなければ。

「何故こんな事態になったか確認は取れているのか?」
「けほっ…は、はい!オルコットさんから事情を聞いたところ。ボーデヴィッヒさんが突然予告も無しにオルコットさんと凰さんに向けて発砲。二人はそれに応戦して戦闘が始まったそうです。最初はボーデヴィッヒさんが優勢だった様ですが、二人が機体の特性に気付きだんだんと劣勢になり、そしたら突然…」
「…どうした?」
「あ、はい…突然、機体の形が変わって暴走を始めたそうなんです。それで、凰さんは不意を突かれて…」
「暴走…」

『暴走』。その言葉を聞いて私はこの間のハルフォーフとの会話が脳裏を過ぎった…。







「公式整備記録には存在しないプログラムがシュヴァルツェア・レーゲンのログに残っていた?」
『はい。整備担当者に確認したところ、そんなプログラムはインストールした記憶は無いと…』
「ボーデヴィッヒには確認したのか?」
『いえ、それが…。それを気付いたのは隊長が発たれた後でしたので…本国を発たれた時を最後に隊長とは一切の連絡を取れていません』

あのボーデヴィッヒが定時連絡を怠る。老害共が嘘をほざいているとも考えてはいたのだが…やはり。
ボーデヴィッヒの独断とは考え辛い。第三者の介入があったと考えるべきだろうな。目的はやはりオリヴィアか…?

「…プログラムの中身は確認出来たのか?一体何が組み込まれていた?」
『申し訳ありません。内容までは…肝心の機体も操縦者である隊長もこちらには居ませんので確認のしようが無いのです』

本人との連絡が繋がらなければ確認のしようも無いか。IS学園に居るのなら尚更…。学園の方で確認しても良いがそれだと色々と問題が起きそうでもあるが…ふむ。
しかし、あのボーデヴィッヒが素直にそれに応じるかどうか。私が直接言えば従うだろうが無闇にボーデヴィッヒを刺激するのも危険か。プログラムがどのような代物か分からない現段階では慎重に行動するべきだろう

「…分かった。私からも気には止めておく。どのみち無視できる状況でもないのでな」

市街地での発砲。委員会の保護下にあるオリヴィアの暗殺未遂。こんな問題を日本に来てまとめてしでかした問題児を無視するほど私も学園も無責任では無い。

『ありがとうございます』
「しかし本当に何も分からないのか?出来るだけ情報が欲しいだが…」
『申し訳ありません。分かるのはそのプログラムの名称と思われる文字だけで…』
「それだけでも良い。教えろ」
『はっ、【Berserker system】。それがプログラムの名称です』







バーサーカー≪狂戦士≫。暴走。…成程、まさに名前の通りと言う訳だ。胸糞悪い。

「ちっ…」
「あ、あの!織斑先生!ど、どどどどうしましょう!?」

重傷者が出た事に冷静さを失い掛けている状態で私に指示を乞う山田先生。

どうするべき、か…。

教師としては今直ぐにでも現場に急行し事態を収拾するべきなのだろうが…。
規模はデカイが仮にも生徒間での問題。生徒によって解決させた方が後の憂いも少しは解消出来るかもしれん。アイツ等の亀裂はそんな浅い物でも簡単な物でもないが…まぁ、それはオリヴィア次第か。アレなら何ら問題無いだろう。

「織斑先生?」
「ボーデヴィッヒの対処は織斑達に任せる」
「………ぇ?」

突放す様な私の言葉に山田君の表情を歪める。その表情から読み取れるのは絶望…いや、失望か。

「な…どうして!?」
「生徒間で発生した問題だ。なら生徒に解決させるのが無難だろう?」
「重傷者が出ているんですよっ!?」
「ISは餓鬼の玩具じゃない。怪我をするのは当たり前だろう?」
「矛盾しています!なら何故大人である教師が止めに入らないんですか!?」

彼女の言う事も尤もだ。私も自分が無茶苦茶な事を言っているのは分かっている。だが、発言を撤回するつもりは無い。誰が何と言おうとボーデヴィッヒの相手は一夏達にさせる。例え、生徒を見捨てた無責任で非道な教師と呼ばれようとも…。

「………」
「彼女はミコトちゃんを狙ってるんですよ!?凰さんを重症を負わせて…正気とは思えませんっ!今直ぐ止めるべきです!織斑くんだって危険―――」
「山田先生。黙れ」
「っ!?」

私の感情を一切感じさせない声に、山田先生はびくりと身体を震わせて今にも私に掴みかかりそうだった勢いだったのが一気に大人しくなってしまう。

「さっきから聞いていれば何だその個人的な感情は?IS学園の教師でありながら私情に流され自らの役目を務めきれていないその体たらく。ふざけるのもいい加減にしろ」
「で、でもミコトちゃんは!」
「IS学園は中立でなければならない。それはこの学園に務める教師とて同じ事。一人を贔屓する事など出来ん」

無論、一夏の様な特異ケースとなれば話も変わっては来るが…。

「……っ」

正論なだけに何も言えなくなり下唇を噛み力一杯に握りしめられた拳はぷるぷると震えている。瞳には涙を滲ませて…。
そんな彼女を見て心底面倒だと溜息を溢す。

…山田君にオリヴィアを任せたのは失敗だったのかもしれんな。彼女は情に流されやすい。

これはオリヴィアの為でもあると言うのにまったく…。しかしオリヴィアも信用が無いな。ボーデヴィッヒ程度でアイツをどうにか出来る訳が無いだろうに。アイツは機動だけなら『代表クラス』だぞ?

「言いたい事はそれだけか?」
「………」

返ってくるのは沈黙。それを私は肯定と見なしてこれでこの何の得にもならない無駄な口論を終える事にする。

「なら話はこれで終わりだ。山田先生は凰の容態を見に行ってくれ。本国への報告は…そうだな。『演習中の事故』と言う事にしろ。あの国は口だけは達者だ。下手に連中に付け込まれたくないからな」
「…織斑先生はどうするんです?」
「第三アリーナへ向かう」
「…え?」

俯いていた顔が物凄い勢いで此方へと向く。何だ?その信じられないって言う表情は?

「え、だって…織斑先生はさっき…」
「私は対処は織斑達に任せると言ったが放置するとは言っていない。これ以上問題を起こされても敵わないしな。危険そうならば私がどうにかするさ。危険そうならば、な」

それを聞いた途端山田君はパァっと表情を明るくし良い大人が子供と変わらない反応を見せる。やれやれ、そんなんだから生徒達に甘くみられるんだ。それが彼女の良い所でもあるのだろうが…。

「もう良いだろう?早く行け。馬鹿者」
「は、はい!ありがとうございます!」
「礼を言われる事ではないのだが…」

だから言っているだろう。オリヴィアを贔屓するなと、まったく…。
…さて、どう転ぶことやら。願わくばボーデヴィッヒの件はこれでお終いにしたいのだがな。









――――Side 織斑 一夏



「っ!―――ええいっ!またかっ!」
「一夏!深追いはせずに一撃離脱に徹して!近づかない限り彼女はミコト以外標的にしないから!」

猛進するラウラを囮であるミコトがひらりひらりと回避し、その時に出来た隙を突いて背後から雪片二型を振う。しかしそれを紙一重でかわされると俺は続けて攻撃したい気持ちを抑えてすぐさまラウラから距離を取る。
…先程からずっとこれの繰り返しだ。効果は出てる。少しずつだがラウラを消耗させている。ソレは確かなんだ。でも、俺のイライラは治まらない。何故なら―――。

「大丈夫!避けた場所を僕が…そこ!」
『―――っ!?』

俺の攻撃を避ける先を予測しシャルロットがそこを狙い撃ちラウラに着弾させる。

―――…何故なら、ラウラに当てて消耗させているのはシャルロットだけで、俺は一撃もアイツに当てられていないのだから。
俺が当てられれば、『零落白夜』が使えれば、一撃で終わらせられるのに。そんな焦る気持ちが如何しても抑えられない。鈴をあんな目に遭わせたアイツを目の前にすれば尚更だ。

「くそっ!」
「一夏!焦らないで落ち着いていこう!一夏の攻撃は無駄じゃないんだから!ね!?」
「…っ!わかってる!」

分かってる。分かっちゃいるが…っ!

アイツに捕まれば一貫の終わり。慎重に行動すべきだ。そう頭では分かっているのに脳裏で鈴の血塗れの姿が過ぎって判断を鈍らせる。あの光景を思い出す度に、アイツが許せない、アイツをぶっ潰したい、そんな黒い感情が俺の中で蠢いて、今にもさっきみたいな感情に任せて襲い掛かってしまいそうなんだ。

「………ちぃっ!」
「(まずいかな。一夏が焦り始めてる。このままじゃいつミスをするか…しょうがない)…一夏!ミコト!ちょっと聞いて!」
『ん?』
「何だよ突然。何かあったのか?」

ミコトは逃げ回りながら、俺はラウラを警戒しながらシャルロットの言葉に耳を傾ける。

「そのままの状態を維持したまま聞いてね。…えっと、少し攻め方を変えようと思うんだ」
『?』
「攻め方を?」
「うん。少し大胆に攻めようと思うんだ。一夏も苛々し始めて見てて危なっかしいし」
「う゛…」

シャルロットの少し刺のある言葉に俺は小さく呻く。

「今までは一夏が先行してたけど今度は逆に僕がラウラに先行して攻撃を仕掛けてみようと思うの」
「シャルロットが?ていうかそれだと唯さっきまでの戦法の役割を入れ替えただけじゃないか」
『ん、ん』

ミコトもラウラの猛撃を難なく避けながら、俺に同感だとコクコクと頷く。
今のままでも確実にダメージは与えられている。悔しいが俺がサポート側に回っても美味くやれる自信は無い。だったら現状を維持した方が良いんじゃないか?

「全然違うよ。言ったでしょ?大胆に攻めるって。これからするのは一夏にピッタリな面倒な事は一切取っ払って後先考えずの一か八かの戦法だから」

シャルロットの俺に対する印象ってそうなのか…。いや、間違っては無いけどさ。てか慎重に行こうって言ったのは何処の誰だっけ…?

「一か八かの戦法って…博打じゃないか!?危ないだろっ!?」
「うん、危ないね。でもこのまま順調に行くとも限らない。相手が相手だし。でね?一夏の残りのシールドエネルギーはあとどれくらい?」
「シールドエネルギー?まさか『零落白夜』を使う気なのか?」
「いいから、ほら早く」

バリアを切り裂くのに3分の一は使用し、ラウラの攻撃をもろに受けた状態の白式の現在のシールドエネルギーの残量は20%って所か…。全て使い切って落せれるかどうかってってレベルだな…。

「だいたい20%位だな。『零落白夜』がなんとか使えるレベルだ」
「そう。それであの機体を落とせる?」
「微妙だな。落とせるかもしれないし落とせないかもしれない」
「本当に博打だね…」

賭け金は自分の命ってか?まったく笑えないな。

「何をするつもりかは知らないけどやっぱりこのまま続けようぜ?その方が良いって」

たとえ俺達がアレをどうこう出来なくても箒が先生達を呼んで来てくれてる訳だし…アイツを思いっ切りぶん殴れないのは癪だけどな。
大事な友達があんな目に遭わされたんだ。当然この手でアイツをブッ飛ばしたい。でも、それで無茶をしてミコトやシャルロット…また大事な友達が傷つくのはもっと嫌なんだ。

「確かにそうなんだけどね。でも、それで一夏の気は済むの?オルコットさんは?篠ノ之さんや布仏さん、ミコト、それに凰さんだって」
「そんなの…気が済まないに決まってるだろ!」
「ん…」
「そうだね。僕も気が済まない。だから、僕はアレを自分達の手で落としたい。凰さんは僕の友達だから、友達の僕の手で。どんなに危険な賭けでもそれを成し遂げたい。他人を巻き込んでまでする自己満足だけどね…」
「シャルロット…」

―――…何が友達が傷つくのはもっと嫌なんだ、だ。

俺は馬鹿か?こんなの分かりきってた事じゃないか。鈴を傷つけられて許せないのは皆同じだって事は…。それなのに俺は一方的に皆を心配しているつもりになって皆の気持ちを無視して…。

「…分かった。作戦を聞かせてくれないか?」
「ありがとう、一夏…。作戦って大層な物じゃないけどね。一夏は止まっている的に対して確実に攻撃を当てられる?」

シャルロットから見ての俺の評価って一体…。

「馬鹿にすんな!?いくら未熟な俺でもそれくらい当てられるぞ!?」
「うん。じゃあ問題無いね」

俺の抗議を笑顔で軽く受け流すシャルロットに何故か敗北感を感じてがっくりと肩を落とすのだった。

「…で?何をする気だよ?」
「僕がラウラに張り付いて動きを止めるからその隙に一夏が今できる最大の出力で叩き切って。どう?シンプルで分かりやすいでしょ?」
「―――なっ!?」

何を言い出すんだコイツは!?
取り付かれれば一瞬でシールドが削られるって言うのに自らアレに取り付きいくだなんて自殺行為としか言いようが無いじゃないか!

「却下だ却下!危険すぎる!」
「危険なのは分かりきった事だよ。でもこれが一番確実。一夏の機体と違って僕はダメージを一切受けて無いし、ミコトの機体と違って防御力にも自信がある。あの子の機動性能も凄まじいけどミコトがうまく誘導してくれれば如何にかなる。ね?確実でしょ?」
「だからって…捨身過ぎるだろう!」
「言ったでしょ。どんなに危険な賭けでもそれを成し遂げたいって。あはは、きっと今のあの子でも凄く驚くだろうね」

そう悪戯な笑みを浮かべて笑うシャルロットだったがこっちは全然笑えない。寧ろ背中の辺りに寒気を感じた。エガオガコワイデス…。

「ミ、ミコトも何か言ってやれ!」

頼みの綱であるミコトに振ると、ラウラから逃げ回っているミコトは俺の声に反応して首を傾げて暫し考え込むと…。

『んー………ん。私は手伝うって決めた。だから、シャルロットがそうしたいなら。私はそれを手伝う』

駄目だ。ミコトは基本人任せだった…。
2対1で多数決の結果この作戦で決定ってことか?どのみち俺に良い案は無いし二人も意見を曲げるつもりは無いだろうし…。

「はぁ………ま、俺が無茶だ何や言う資格は無いか」

今までの戦闘で無茶以外した記憶は無いしなぁ。

セシリアの時も、鈴の時も、一か八かの賭け尽くしだ。箒達が此処に居れば「お前が言うな!」って怒鳴られた事だろう。

「あ、自覚あったんだ?」
「うっせ」

自分で分かっていても他人に言われたら傷つくぞ。

『でも、一夏らしい。ん。やっといつもの一夏に戻った』
「………だな!」

ミコトの言葉にニカリと笑う。
鈴の事での怒りはまだ治まってはいない。でも、あの黒い感情は既に無く。気付けばいつもの調子に俺は戻っていた。

「じゃあ……いっちょやるか!」
『ん』
「うん!」

俺の掛け声にミコトとシャルロットの元気の良い返事が返ってくる。俺はそれを聞いて更に笑みを深めると一斉に動き出した。


―――さぁ、此処からが本番だ!











あとがき

鈴は死なん!何度でも蘇るさ!

身体の弱い私にはこの季節の変わり目は一番きついですね。直ぐ風邪をこじらせてしまいます。
皆さまお待たせしました。なんとか更新できました。やはり戦闘シーンは難しい。本編でもかなり略してます。それでも何度書き直した事か…。消して書いての繰り返し。精神的にきますね…。
後何話で終わるのかな?次回で終わらせられたら…って感じです。

さて、皆さまは『ミコトバニー』を見ましたか?見て無いのならpixivに行って『ミコト・オリヴィア』で検索だ!きっと幸せになります。(私が



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二十二話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/10/13 23:43

「…わからない」

襲ってくる黒い暴風。私はその風に乗ってくるりと避けながら、如何してかあの時の言葉を思い出していた。

―――贋作が…この顔…いや、お前の様な存在があること自体が許されない。

あの子がどうして私が嫌いなのだろう?わからない。わからない…。
あの子は『私の事を知っている』。私がどういう存在かを知っている。でも、どうしても私を嫌う理由がわからない。

「…どうして?」

どうして私を嫌うの?
答えは返って来ない。向かってくるのは尖った爪だけ。私はそれは避ける。痛いのは嫌い。怖いのも嫌い。あの子も好きじゃない。鈴をいじめたから。でも…目の前に居る黒い奴。嫌な感じがして怖い奴。アレは、あの子じゃない。

じゃあ…あの子は何処に居るの?

目の前に居るのはあの子だ。でも、違う…。

「…わからない」

分からない事だらけ。頭ぐるぐる…。

『ミコト…オリヴィアーッ!!!』

私の名前を呼び続けるあの子を見る。顔は装甲で覆われて表情は見えない。でも、私には泣いている様に見えた。振り下ろされる腕はまるで助けを求めて手を此方に伸ばして来てる様…。

「…苦しいの?」
『ア゛アアアアアアァアアアアァァァァッ!!』

どうしてかは分からない。ただまた分からない事が増えただけ。
何だろう?何なんだろう?
ぐるぐるぐるぐる頭の中が回ってる。

「お話すればわかるのかな?」

そういえば、あの子と一度もお話してない。一夏達が危ないからってさせてくれなかった。私はあの子のこと何にも知らない。

「…お話ししたい」

クリスは話さないと伝わらない事だってあるって言ってた。だったらお話ししてみたい。あの子と…。
そしたら分かるかもしれない。このもやもやの原因が。

「ん…でも」

それにはまずやらないといけない事がある。これは大事。とても大事なこと。

「鈴に『ごめんなさい』させる。ん」

喧嘩をしたら『ごめんなさい』しないといけないから…―――。









第22話「Berserker system ―B―」








―――Side シャルロット・デュノア





「スゥー…ハァー…」

鋼鉄の腕を自身の胸に当て、深く深呼吸をして気を落ち着かせる。
次なんて無い。失敗すれば全て終わりの一回限りの大勝負。自分から言い出したものの緊張しない筈も無い。さっきから心臓がバクバク鳴ってるし、脳裏には失敗した場合の悲惨な光景がチラついている。

「落ち着け…落ち着け…。大丈夫。作戦通りにすれば問題無いから…」

何度も自分にそう言い聞かせて自分の出番が来るのを待つ。タイミングは一瞬。ミコトがギリギリまでラウラを引き付けラウラに大振りの攻撃を行わせる。そして、その大きな隙を突いて僕が背後に回り込みラウラに取り付き動きを封じる。あとは一夏に任せれば良い。

「大丈夫…」

僕は余所見をしているラウラを捕まえれば良い。それだけだ。

「………っ」

手が震えてる…っ。

それだけ…そんな一言で済ませれる筈がなかった。アレがそう簡単に捕まってくれるとは思えない。あの鋭い爪は勿論の事、あの怪力で抵抗されればこちらも唯では済まないだろう。無傷でアレを捕まえるのはまず無理だ。つまり、どう足掻こうともそれ相応の代償を支払う事になる。
リヴァイヴは防御特化機ではないがそれなりに防御力は優れている。そう易々と装甲を破られるとは思えないけど…。

ははっ…大見得切っておいて情けないなぁ。今更になって臆病風吹かせるだなんて…。

「シャルロット?大丈夫か?」
「一夏…」

一夏の気遣う声が聞こえる。横に振り向けば心配そうにしている一夏の顔がそこにあった。
…何故だろう。一夏の顔を見た途端、何だか押しつぶされそうな重圧がスッと軽くなった様な気がした。僕の正体を知っても庇ってくれようとしてくれた一夏。そんな彼が傍に居てくれるとなんだかとても安心出来た。そんな彼は未だ僕を心配そうに見ている。僕はそんな彼を見て苦笑すると、先程の弱気を振り払って一夏に力強い笑顔を向けて大きく頷く。

「…うん!大丈夫!始めよう!」
「ああ!ミコト!頼む!」
『………ん!』

一夏の声にミコトがコクリと頷き、大きく旋回してラウラへと進路を変えて翼を羽ばたかせ始めた。

『っ!?ガアアアアアアアアッ!』

逃げの戦法からまったく逆の行動に一瞬戸惑いを見せたもののすぐさま襲い掛かるラウラ。しかし―――。

「くるり…」

腕を振った風圧に乗り宙でくるり回転し攻撃を回避。そのままミコトはラウラの頭上を通り過ぎる。
その瞬間。確かに攻撃の後に隙が出来た。出来たのだが…。

…浅い!

ミコトの突然の行動に警戒したのか、攻撃する際の踏み込みが浅すぎる。今飛びこめば確実に体勢を立て直されて返り討ちに遭うだろう。狙うならもっと、もっと大振りで大きな隙が出来た時。

「ミコト!もっと引きつけて!ギリギリまで!」

自分でも無茶を言ってる事くらい分かってる。でもこうでもしないと…。
申し訳無い気持ちで一杯になっていると、そんな僕に返って来たのは批難では無く自信に満ちた声だった。

『ん。やってみる。大丈夫、問題無い。私とイカロスは墜ちないから』
『グッ!ウ゛ウウウゥッ!…ガアアアアッ!!!」

ミコトはそう告げて翼を大きく広げる。己を誇示するように。しかしそれが癇に障ったのか、ラウラは悠々と空を舞うミコト目掛けて地面を深く抉って飛び上がるとその鋭い爪を陽の光で輝かせて大きく振りかぶった。後の事を考えない全ての力を前面に出しきった渾身の一撃。もし当たりでもすれば唯では済まされないだろう。しかしそれは、自分達にとっては絶好の―――。

「! 今だ!」

―――チャンスだった。
振り下ろされた爪。しかしそれはまたもひらりとかわされ行き場の無くなった勢いはそのまま前面に押し出されラウラは盛大にバランスを崩す。その絶好のチャンスを僕は見逃す筈が無い。『瞬間加速』を用いて一瞬で間合いを詰めラウラに取り付いた。

『――――っ!?アアアアァッ!!』
「くぅ!?なんて馬鹿力っ!それにこれって!?」

拘束から逃れようと驚異的な怪力で暴れるラウラを放すまいと必死でしがみ付く。
我武者羅にただ振り回されているだけ。それだけの筈なのにリヴァイヴの装甲は掠った爪の先に触れただけで物凄い速度で削られて行き、更にはその装甲すらも貫き絶対防御にまで達しようとしていた。
それだけの攻撃力をあの爪は有しているのか。それともあの馬鹿力がそれを可能としているのか。それとも両方か。どちらにしても異常だ。このままでは…。

…本当に長くもたない!

「一夏!」
「おう!白式!出し惜しみなく全部出しきれえええええええっ!!!」

一夏の叫びに応じ雪片弐型の刀身が『零落白夜』の発動と共に強い光を発して輝き始める。今ある全てを籠めた輝きを握り締め、一夏はこちらに向かって吶喊してくる。

「うおおおおおおおおおおっ!!!」

咆哮と共に振り下ろされる雪片弐型。動けないラウラ。何も抵抗出来ずその漆黒の装甲は切り裂かれた。それで僕は確信した。勝った、と。でも…―――。

『―――――…』

確かに一夏の刃は届いた。ラウラの装甲を切り裂き機能も確かに停止させたのだ。それは僕も確認した。でも…。

―――この機体はまだ動いている。

「う、うそ…」

本能が危険を察したのか僕は思わずラウラから離れる。すると、機能停止した筈の機体の中から黒くおぞましい何かが蠢いているのを見た…。








―――Side ???



「強制的に第二形態移行?」

オータムが首を傾げる。

「そう、まだ実験段階なのだけれど。データ収拾のためにプログラムに組み込んでおいたの」

唯、本当にまだ実験段階で本当に作動するかも怪しい状態だ。更にアレが作動している状態で起動すればどうなるか分からない。と言うのが開発担当者達からの意見だった。
本来、第二形態移行と言うのは、IS全ての経験を蓄積することでIS自らが考え操縦者に合わせて変化するもの。感情を捻じ曲げられた操縦者が暴走した状態でそれを行えばどうなるか…。私の予想では膨張と変化を繰り返し、形を留める事が出来ず醜い存在へと変わり果てると考えているのだが。どちらにせよデータは欲しい所である。

「えげつない…」
「あら?そんな事言う口はどの口かしら?」
「むぐ~!?」

生意気な口をきくオータムを自分自身の口で塞ぐと、私はそのままベッドに押し倒し第二ラウンドを始めるのだった。







―――Side 織斑 一夏






何だ?何が起こってるんだ?

シールドエネルギーを完全に使い果たした俺はISを強制的に解除され、生身の状態でアリーナに立ち尽くし、膨張し膨れ上がった10mはあるであろう蠢くソレを見上げていた…。
くろ。黒。黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒。黒に埋め尽くされた何かが目の前で蠢いている。斬り口から覗かせていたラウラもその黒に覆われまた姿が見えなくなってしまった。しかし、さっきまでとは違い今はもう人の形ですらもう無い。うねうねと触手のような物体に覆われた黒い塊。それが今のアレの姿だ。異形。まさにその言葉がアレには相応しいだろう。もうあれは人が乗るためのISとは別の何かに変わり果てていた…。

「ホント、何なんだよ一体…」

暴走に次ぐ暴走。獣から今度は巨大の怪獣か?もう訳が分からなくなって――――。

「一夏!何ぼさっとしてるの!?逃げてっ!!」
「…え?」

シャルロットの警告に漸く俺は自分が今は丸腰の状態だって事を思い出した。しかし、その時にはもう物凄い物量を持った黒い塊が目の前に迫っていたんだった。
視界が黒で埋め尽くされた時俺はふと思った。俺死んだなっと…。

―――だが、そうはならなかった。

ふわっ…

ISを見に纏っている時とは違う浮遊感を感じると、俺はいつの間にか青い空を見上げていた。
風に乗った甘い香りが鼻を擽る。そしてやっと俺は現状を理解し苦笑を浮かべてこう思う。嗚呼、また助けられたのか、と――――。

「わりぃ。ミコト」
「ん」

ミコトは小さく頷き地上へと視線を向ける。視線の先にあるのは当然あの黒い塊。

「何なんだ?アレ…」
「わからない。でも放っておいたらダメ」

んな事は分かりきっている。あんなものを放置したらどれだけの被害が及ぶか分かったものじゃない。

…でも、どうにか出来るのか?

完全に戦う力が残っていない俺と、ラウラを無理に拘束してボロボロの状態のシャルロット、そして攻撃の手段を持ち合わせていないミコト。このメンバーでどうやって…。
幾ら無い頭をフルに稼働させても、何度考えなおしても、導き出される答えは『戦力不足』。この場での最良の選択は今直ぐに離脱する事だろう。もう意地を張っている場合じゃない。俺達に戦える力なんてもう殆ど残されていないんだから。
…でも、俺達が此処から逃げればどうなる?アレがアリーナの外に出ればどうなる?そんなの考えるまでも無かった。箒達はまだ戻って来ない。俺達だけで此処を抑えるしかなかった。







ありったけの弾丸を目の前に聳え立つ黒い塊にぶちまける。黒い塊に沈む弾丸。しかしその銃痕も瞬く間に黒に埋め尽くされ無かったものされてしまう。
『自己修復能力』。ISに備わっている機能の一つではあるが、こんな速度での修復はまずありえない。この正体不明の暴走はこんな事すらも可能にしてしまうものなのか?

『…駄目。幾ら撃ち込んでもすぐに再生しちゃう。これじゃ弾の無駄だよ』

触手の脅威が及ばぬ離れた場所から射撃していたシャルロットが一旦手を止める。無暗矢鱈に攻撃を続けるのは非効率的だと判断したのだろう。地上からプライベート・チャンネルでそうぼやいてきた。
そりゃあれだけ撃って無傷だってんだからやる気無くなるよな…。

「だからってこれしか方法が無いだろ。俺もISは使えないしミコトは武器なんて持ってないんだから」

シールドエネルギーが底を尽きて強制解除された俺はミコトの腕の中で見てるだけしか出来ない。今この場で唯一戦える事が出来るのはシャルロットしかいない。そしてシャルロットの武装は銃器がメインだ。一つだけ例外はあるのだが、それもある理由で使用出来ないでいた。

『『盾殺し≪シールド・ピアス≫』を使えばあの分厚い壁を貫く事は出来るかもしれないけど、あの触手が邪魔して近づけない。ダメージを無視して強行突破しようにも損傷が激しいから辿り着ける前に落とされるだろうね…』

またミコトを囮にしてと言う案が出たがそれも直ぐに駄目になった。あの触手、無差別に攻撃するため近づけば誰であろうと構わず攻撃してくるのだ。あの触手攻撃の嵐の中を進んで飛んでいけるのはミコトくらいなものだ。

『仮に射程距離まで辿り着けたとしても多分無理。シールド・ピアスじゃ決定打にはならないと思う。壁は貫けてもコア…ラウラまでは届かない。絶望的なまでに火力不足。そもそもアレに絶対防御はあるのかな。あるとしたらもうお手上げだね。あの壁を突破して絶対防御も突破しないといけないだなんてもう一夏の『零落白夜』だけしか無理だよ』

分厚い壁を突破しても絶対防御があるかもしれない、か。だとしたら本当にお手上げだな。

『ラウラをISから引き剥がさないとアレは何時までも自己再生をし続けるよ。地道に削るってのはやめておいた方が良いかも』
「一体何処からそんなエネルギーが生まれてくるんだか…」
『さぁ?光合成でもしてるんじゃない?』

見た目が植物っぽいもんな…。

半ば投げやりになっているのかそんな馬鹿な会話を始め出す俺とシャルロット。しかし、そんな俺達のハイパーセンサーにまた一段と間の抜けた声が響いた。

『戻って来たら触手プレイの最中だったでござるの巻きー。なになにー?何なのこの状況ー?』

「…のほほんさんか?」
『そだよー。管制室の通信機を使って話し掛けてるんだー。えっとね!りんりんは大丈夫だよ!手術は無事終了。容態は安定してて今は眠ってるー!』
「!? ほ、本当か!?」
『うん!もちのロンだよー!』
「良かったね。一夏」
「ああ!本当にな!ミコト!鈴、無事だってよ!」
「ん。良かった」

のほほんさんの話を聞いて皆表情を明るくする。戦っている最中、皆それだけが気に掛かっていた。本当に無事で良かった…。

『ところでこれどんな状況ー?みこちー。かくかくしかじかー?』
「かくかくうまうま」
『成程ー。さらに暴走して此処までに到るってわけだねー?』

通じた…だと!?

『まぁ、アリーナの監視カメラの映像を見ただけなんだけどねー』

それなら聞くなよと言いたいがこの少女に言っても無駄なんだろうなぁ…。

『本音。ふざけている場合じゃないだろう!?』

新たに加わる声。これは箒の声か?

「箒もそこに居るのか?」
『う、うむ。無事か?一夏』
「何とかな。ミコトが居なけりゃ今ごろミンチになってたけど」

こう触手に潰されてグチャっと…。

『なぁ!?また無茶をしたのかお前は!?』
「おうふ…」
「う゛ー…」

箒の怒鳴り声に耳がキーンとなり視界が揺れた。もうちょっと声抑えてくれ頼むから。ミコトなんてハイパーセンサーが調整してくれてるとは言っても聴覚が何倍にも上がってるんだからそんな大声を出されたらやばい。ほら、目がぐるぐる回してるだろ。あーあ可哀そうに…。

『お前はいつもいつも…少しは心配するこっちの身にもなれ!大体お前は…』
「あー…のほほんさん。先生を呼んできてくれたんじゃなかったのか?」

説教が長引きそうなので話を逸らす。というか今はそれ所じゃないっての、真下じゃ化け物が絶賛活動中なんだぞ。

『連れて来たよー?一人だけだけど』

一人だけ?おいおいおい。いくらIS学園が誇る教師でもアレを一人で相手にするのは無理だろ!?それに、何で此処に居ないんだ?連れて来たって言うんなら此処に現れている筈なのに。

『一体どういう事?説明してよ。監視カメラを通して映像を見てたならアレがそれだけ危険なものか分かる筈だよね?』

流石のシャルロットも学園側の予想外の対応に困惑してのほほんさんに訊ねる。しかし、その疑問に答えたのは別の人物だった。

『それは私が説明する』
「千冬姉!?」

箒達が呼んで来た先生ってのは千冬姉のだったのか。確かに千冬姉なら一人だけでも対処できそうではあるけど…。でも、何で此処にじゃなく管制室に居るんだ?

『先生と呼べ。いい加減この台詞にも飽きて来たぞ』
『天丼も過ぎると白けちゃうよー?おりむー』

もうシリアスな空気も白けちゃったよ…。

『ふざけるのはこれが終わってからにしろ。…話を戻すぞ。この事態に学園側は一切手を出さない。自分達でなんとかしろ』
『…え?』
「な、何言いだすんだよ!?」
『そうです!アレを異常さが分からないんですか!?生徒で対処出来るレベルじゃありませんよ!』

千冬姉のとんでもない発言にすぐさま俺とシャルロットは喰いつく。自分達で何とかしろだなんて、消耗しきった俺達に出来る訳が無い。

『…言い方を変えよう。手を出せない、だ。並みの火力ではアレの壁は通らん。やり様は幾らでもあるがそれでは効率が悪すぎる。だからお前達に任せる事にした』

他にも理由があるがなと最後に小さく呟いていたがそれを誰も気には止めはしなかった。いや、それどころじゃ無かった。

『並みの火力…やっぱり『零落白夜』ですか?』

シャルロットと同じ考えな訳か。でもそれは…。

「無理だよ。白式のシールドエネルギーはもう底を尽きてるんだぜ?」
『なら別の所から持ってこい』

無茶をおっしゃる…。

「いや、無理言うなよ…」
「無理じゃないよ。一夏」

いつの間にか此方へやって来ていたシャルロットはそう言うと隣に並んでくる。

「…出来るのか?」
「うん。可能だよ。他のISじゃ無理だろうけど、僕のリヴァイヴならコア・バイパスでエネルギーを移せると思う」
『説明は不要か。手間が省けて助かる』

そう言うのは教師である千冬姉がするべきだと思うけどな。

「でも問題がある。どうやってアレに近づくんです?僕のエネルギーを使っても精々部分的にしかISは展開できません。その状態で近づこうとすれば即触手の餌食ですよ?」
「だよなぁ…」

あの触手の中を丸腰同然の状態で走って近づこうなんて自殺行為でしかない。

『それなら運んで貰えばいいだろう。最高の足なら既にそこに居る事だしな』
「まさか…」

シャルロットは千冬姉の言葉にはっとしてミコトの方を見ると俺もシャルロットの視線を追う様な形でミコトを見てミコトに視線が集まる状態となる。

「…ん?」

視線が自分に集まっている事に不思議そうに首を傾げるミコト。
『最高の足』。成程、確かにこれ以上に無い程に適任だろう。

『オリヴィア。織斑を抱えた状態であそこまで連れて行けるか?』
「んー………ん。大丈夫」

千冬姉の問いにミコトは考える仕草をして小さく頷いて見せた。本当、こいつの凄さをとことん思い知らされる。アレの中を飛べるのかよ…。

「でも、武器を出した状態じゃダメ。重たい」
『ふむ。ならば待機状態の接近し直前で展開するしかないか。…織斑。少しでも展開が遅れればお終いだぞ?いいな?』

作戦の要である筈の俺を置いてけぼりしてどんどんと話が進んで行く。拒否権も拒否するつもりも最初からないにしてもこれはあんまりだろうに。

でもまぁ…やるしかないよな。

アレをどうにか出来るのが俺しかいないっていうのならしかたがない。いや寧ろ望む所だ。俺のこの手で決着をつけれる。これほど嬉しい事は無い。

「ああ!任せてくれよ千冬姉!」
『…さっさとゲテモノを掻っ捌いてあの馬鹿を引きずり出して来い。お前達には言いたい事が山ほどあるのだからな』

こんな事態になっても嘗ての教え子の心配をするのか。千冬姉らしいと言えばらしいけど俺達にとっては複雑な気分だ。アイツが来なければこんな事態にはならなかったっていうのに…。

『不満そうだな織斑?』
「…正直に言えば」
『気持ちは分からないでもないがな。こんな事態になったのは全てで無いにしてもあの馬鹿が原因ではある。『捻じ曲げられた』にしても少なからずそう言う考えを持っていたのは確かのようだしな』
「捻じ曲げられた?」

聞いていて全然良いイメージの湧かない言葉だ。捻じ曲げられた…か。もしかしたらあの暴走に関係しているのかもしれない。

『…それについて触れる程度には教えてやってもいいだろう。だからさっさと終わらせて戻って来い』

全ては話せないのか。そう思いはしたが口には出さなかった。千冬姉にも色々あるのだろう。少なくとも餓鬼の俺には到底理解出来ない事が…。

『い、一夏!…無茶するな。必ず返ってくるんだぞっ!?」
『みこちーもだよー?もう誰も怪我するのは嫌だからねー?』
「ん」
「おう!心配すんな!…シャルロット!よろしく頼む!」
「OK。じゃあ、始めるよ」

シャルロットはリヴァイヴから伸びたケーブルを篭手状態の白式に繋げる。

「接続確認。リヴァイヴのコア・バイパスを開放。エネルギー流出を許可。…うん。問題は無いみたいだね。一夏、そっちからもバイパスを開放して」
「わかった」

シャルロットに従い指示通りにするとそれと同時にエネルギーが流れ込んでくる。枯渇したエネルギーが満たされる感覚を感じながら、それと同時に俺は何処か懐かしい感覚を受け止めていた。

これは…初めてISを動かした時と同じ感じだ…。

まるでずっと昔から知っている様な不思議な一体感と懐かしさ。これは一体…。

「? どうかしたの?」
「…いや、何でも無い」

…とりあえず、この不思議な感覚については置いておこう。そんなことよりも今は目の前のことだ。

「そう、ならいいんだけど…。―――よし、完了。よっと…!リヴァイヴのエネルギーは残量全部渡したよ」

それを証明するようにシャルロットのリヴァイヴが光の粒子となって消え去り、ISが無くなった事で重力法則に従い地上へと落ちそうになるのをミコトに掴まる事でそれを防いだ。

「ふぅ…あぶないあぶない。一夏、白式の一極限定にして。それで『零落白夜』が使えるようになる筈だから」
「ああ、ありがとな。シャルロット」

これでまた俺は戦える。待機状態の篭手に視線を落とし満たされたエネルギーを感じながらそれを喜んだ。

「ふふ、どういたしまして。それじゃ、僕の役目は此処までだね。ミコト降ろして貰えるかな?」
「ん」

ミコトは頷き安全な観客席へ着地するとゆっくりとシャルロット地上へ降ろす。

「よいしょっ!…ありがとね。ミコト」
「ん。シャルロットはあぶないからさがってて」
「そうするよ。一夏。勝ってね、絶対」
「当然だ!」

俺はニカリと笑い力強く頷いた。皆に此処まで応援されて期待を裏切れる筈が無い。
俺達は空高く舞い上がる。今度はさっきとは違う。逃げる為じゃなく戦う為に、だ。

「んじゃ、よろしく頼むぞ。ミコト」
「任せる。一夏をしっかり送り届ける」

相変わらずの無愛想で返してくるが今はとても心強い。そのいつも通りの態度が気を楽にしてくれる。

大した奴だよ本当に…。

アレを前にしていつも通りに居られるんだから。

「―――…よし!行け!ミコト!」
「ん!」

俺の言葉を合図にミコトは黒い塊へと突っ込んだ。
四方八方から襲ってくる触手をひらりひらりと掻い潜り、前へ前へ進んで行く。

これがミコトから見た世界なのか…。

ミコトの腕の中で俺は唖然とそれを眺めていた。俺が白式に乗って攻撃を避けるのとは違う。いやそもそも目の前の光景は避けるという表現が当て嵌まらなかった。
あれは避けているんじゃない。身を任せているんだ。風に…。

…見るだけと体験するのとじゃ全然違う!

この言葉に言い表せない不思議な感覚。白式では再現するのは到底無理な機動。これがイカロス・フテロ。これがミコト・オリヴィア…。

「…凄いな」

率直な感想。でもそれしか言いようが無かった。そして心躍ずにいられなかった。これがミコトが飛んでいる世界なのか、と…。
そしてその世界は終わりを告げる。もう目的地へ到達しようとしていたのだ。

「一夏。いく」
「おう!来い!白式ぃいいいいいいいっ!!!!」

俺はミコトの腕から飛び降りて自分の相棒の名を叫んだ。
俺の呼ぶ声に応えて光の粒子が俺の右手を覆い装甲と雪片弐型が形成される。シャルロットの言う通り一部しか展開されない。だが、十分だった。もう間合いは十分に近づいてある。必要なのは―――。

―――雪片弐型が光を発する。今度こそ最後の、本当に最後の力を振り絞った輝き…。

「これで…終わりだああああああああああああっ!!!!!!!!!」

一閃。全てを籠めて振り下ろされた刃は厚い壁を斬り裂きパカリと開かれた切り口から気を失ったラウラが現れた。俺はすかさず変わり果てた機体から引き剥がすと、最早は名ばかりの操縦者を失った黒い塊は光の粒子となって消えて行く…。

「終わった、な…」
「ん。おつかれさま」

空中でミコトに拾われ空に消えていく光を眺めながらそう呟くと、笑顔のミコトがそう労わりの言葉を掛けてくれたのだった。









―――Side ラウラ・ボーデヴィッヒ



「クローン計画?」

その存在を知ったのは半年ほど前の事だった。

「はっ、ギリシャで秘密裏に行われている計画だとか。ですが、成果は見込めずという理由で計画は打ち切り。クローンを研究していた施設も既に証拠隠滅のため存在しません」
「だろうな」

国際条約で禁止されているクローンの研究。その証拠を残す程その国も馬鹿じゃないだろう。

「それで?誰のクローンを製作していたのだ?」

クラリッサに訊ねる。国が極秘で動いてまで開発しようとしていたクローン体。興味が無いと言えば嘘になる。ほんのちょっとした好奇心。そのつもりだった。その名を聞くまでは…。

「…織斑千冬です」
「なっ……!?」

その名を聞いた瞬間、全身の血液が凍りつく様な感覚を覚えた。そして、すぐさまそれは怒りと共に沸騰する。

「…っ!」

しかし、その感情を私は抑え込む。

「隊長。お気持ちはご察しします。ですが…」
「…分かっている」

クローンとて所詮は模造品。あの人とは全く別の存在だ。怒りを向けるにしてもそれはクローンでは無くそれを作った人間に向けるべきだろう。何より私も似た様な境遇だ。そのクローンにどうこう言ってもその言葉は全て自分に返ってくる事になる。

「そうだ。私だって変わらないのだ…」

あの人になりと願う私と何ら変わりない。
縛られた存在。そうある様に作られた存在。その時はそう思っていた。しかし実際は違っていた。アイツに会うまでは。ミコト・オリヴィアに会うまでは…。



そして、それから半年が経った。丁度その頃だろうか。上官が入れ替わったのは。その頃から記憶が曖昧になったのは…。










「ぁ………」

光に照らされているのを感じ目を覚ますと、私は見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた…。

「ここ、は…?…グッ!」

身を起こそうとすると身体の彼方此方が悲鳴を上げ、またベッドへ身を任せる。
何だこの全身の痛みは?何処だ此処は?何で私は此処で寝ている?疑問は尽きる事は無かった。しかし…。

「…妙にスッキリとした気分だ」

身体はこんなにも痛むと言うのに心の方は安らかだ。まるで悪い夢から覚めた様な…。

「気がついたか」

この声は…。そうだ。あの人の声だ。私が敬愛する師の…。

「教官…」
「先生と呼べ。まったく、うちの問題児はどいつもこいつも…」

問題児というのは誰の事なのかは聞かないでおく。それよりも私には気になる事があった。

「何が…あったのですか?」

上半身を起こす。少し動かすだけで全身に痛みが走った。けれど私はその痛みに耐え教官と向き合いまっすぐに見つめる。

「その質問に答えるためにはまず聞かなければならない事がある。…何処まで覚えている?」

何処まで覚えている…か。

「本国を発つ後からはもう…」

正確にはそれより少し前から記憶は曖昧になり始めていた。日本に来てからはまるで覚えていない。いや、覚えていないというのは間違いか。頭の中にあるのはこんな事があった様な気がするが覚えていない。まるで夢から醒めて時間が経つと思えだせなくなる。そんな感じだ。

「成程な。では最初から話すとしよう。お前が日本に来て何をしでかしたのかを…」







「私がそんな事を…それに、暴走…?」

信じられないという気持ちではあったが何処かで否定出来ないでいる自分がいた。

「…良い様に利用された訳ですか」

悔しさで声を震わせてそう漏らす。
私の出生。ミコト・オリヴィアに対して抱いていた感情。それを利用された。そう言う事なのだろう…。

「………」

教官は何も言わない。その沈黙は肯定を意味していた。

「『Berserker system』。あれは操縦者をパーツとする物だ。操縦者と共に成長するISの本来のあり方とは相容れないシステムだ。しかしISの能力向上に大きく関わる物がそのシステムにはあった」
「感情の昂り、ですね。感情を捻じ曲げ強制的に能力を向上させる。あの暴走は暴走ではなく、なるべくしてなった訳ですか」

Berserker≪狂戦士≫。まさにその名の通りだ。
微かに残っている記憶。その記憶の中でもあの時の私は破壊する事しか考えていなかった。本能の成すがままに…。

「…私はこれからどうなるのですか?」

学園内ので無断の私闘。そのうえ他国の代表候補生に重症を負わせてしまった。許される筈が無い。恐らく私は国にとって不要な存在として切り捨てられるだろう。今度こそ失敗作として…。

「その件だがな。安心しろ。お前にお咎めは無い」
「……………は?」

一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。あれだけのことを仕出かしたというのにお咎めは無い?そんな馬鹿な事があってたまるものか。

「な、何故…」

信じられない。私はあの国のやり方を知っている。私の様な不利益な存在は即刻処分されても可笑しくない筈なのに…。

「ああ、何。『何も無かった事にしてやるからそっちも何も無かった事にしろ』と言ってやったら簡単に了承してくれたよ。事を荒立てさせず、そのうえ施設の修理費や賠償金を払わないで済んだ方があっちとしても得と判断したのだろう」
「で、ですが!中国の方は黙っていない筈です!」

大事な人材に怪我を負わされてあの国が黙っている筈も無い。唯でさえあの国はそう言う話にはうるさいと言うのに。

「それも問題無い。とある事情で破壊されたISコアがあってな。それをくれてやったら喜んで許してくれたよ」

た、確かに破損しているとはいえISコア。研究材料にも使えるだろうしもし修理が出来たのなら新たにISコアが得られる事になる。中国としたら喉から手が出る程欲しいだろう。

「よ、良いのですか?勝手にそのような交渉を…」
「かまわん。…アレは正規で開発されたものでもないしな」
「は?」
「気にするな。忘れろ」
「は、はぁ…」

有無言わさずの気迫に負けて頷く。何かとんでもない事を口にしていた様な気がしたが…。気のせいか?

しかし、今の話を聞くからにどうやら本当に私にお咎めは無いらしい。教官が根回ししてくれたのだろう。これほど嬉しい事は無い。けれど、その心遣いを受け取る訳にはいかなかった…。

「…やはり、そう言う訳にはいきません」
「…何故だ?」
「私は彼等を傷つけてしまった。私が居る事で問題も起きるでしょう。此処に居る資格はありません。ですから…」
「知るか。そんな餓鬼の都合は餓鬼同士で解決しろ。一々私を巻き込むな。面倒臭い」
「な―――」

何を言い出すんだこの人は…。
此処までしておいて後は勝手にしろなどとそれはあまりにもあんまりだ。スパルタにも程がある。

「ではな。こっちは後始末や何やらで色々忙しいんだ。後は餓鬼同士好きにしろ。…もう入っていいぞ」
『ん…』

ドア越しに聞こえる幼い少女の声。そして、ドアが開くと教官と入れ替わる様な形でその声の主が白い髪を揺らして入って来たのだ。

「ミコト…オリヴィア…」
「ん」

自分の名を呼ばれて少女は頷く。
…何を考えている?自分を殺そうとした相手に態々一人で会いに来るとは。こいつには危機感と言う物は無いのか?

「…何の用だ?恨み事でも言いに来たのか?貴様の友人を傷つけたのだからな。さぞ恨んでいるのだろう?」

ギロリと私の目の前に立つミコト・オリヴィアを睨みつけてそう悪態づくと、少女は私の問いを否定するように間の伸びた声を出しながらふるふると首を振る。

「んーん…」
「~~~~っ!では何だ!?」

どうも調子が狂う。あの人の同じ顔でこんな反応をされたら。

「聞きたい事、あったから…」

聞きたい事…?私に?

「…その聞きたい事とは?」
「ん。何で、私のこと嫌い?」
「――――!?」

あまりにも直球過ぎるそして突拍子の無い質問に私は言葉を失う。

「…何故そのような事を聞く?」
「ん…。気になったから」

気になったからと言ってその嫌っている本人に面と向かってソレを聞くのか?やはりこいつはやり辛い…。

「………私は教官を、織斑千冬を敬愛している。そんな人のクローンであるお前が憎いのは当然だろう?」

何を分かりきった事をと吐き捨てる。しかし、目の前の少女は不思議そうに首を傾げるだけだった。

「?…何で?」

何でって…。

「貴様が贋作だからだ!失敗作だからだ!お前の存在があの人を侮辱しているからだ!」

声を荒げて少女の存在を否定する。けれど、この言葉は私にとっても…―――。

「違う」
「っ!?何が違う!?」

まただ。またこいつは…。

「私は『織斑千冬』じゃない」

こいつは――――!

「私は『ミコト・オリヴィア』。クリス・オリヴィアの娘。誰にも否定はさせない」

無表情で、しかし意志も籠った声でそう少女は宣言した。自分は誰でも無い。自分は自分なのだと。クローンでありながら…。

「っ!…嫌いだ。嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ…貴様など大嫌いだ!」

作られた存在の癖に。私の同じ癖に。どうして…どうして!

「だい…きら…い…だ…」

…違う。そうじゃない。そんなんじゃない。分かってる。分かってるんだ。自分でもそうじゃなって事くらい…。

「私は………」

―――嗚呼…そうだ…。

私は、こいつが嫌いなんかじゃない。ましてや憎いとも思ってはいなかった。私はこいつが…。

「私は………お前が………羨ましかったっ!」

あの人と同じだからと言う理由じゃない。
自分と同じで戦う為に生れてきた存在。人形。その筈なのに一人の人間として確立できていたのが羨ましかった…。

どうして?どうしてだ!?同じ目的で生れて来ている筈なのにどうして違う!?

「どうして…貴様は…何が違うんだ…私と貴様はっ!?」

同じ筈なのに…何故。どうして…。
子供のように見っともなく泣き叫ぶ。シーツが涙で汚れようがお構い無しだ。ただ、感情に任せて全てを吐き出す。

「違う。私もあなたも。違う。同じ人なんて居ない。みんな違う」
「違わ…ない…違うもの…かっ」

少女は否定する。しかし私もそれを否定する。だが、また少女は首を振ってそれを否定するのだった。

「んーん。違う。ここ、違う」

そう言って少女は胸に手を当てる。

「ここ、違う。心、違う」
「心…」
「泣くのも笑うのも怒るのも。それはあなたがそう思ったから。そう感じたから。それはあなた自身の物。他の人とは違う」

そう言うと少女は私の頬に手を伸ばすと指で涙を拭ってそれを私に見せる。

「こうして泣いてるのも。それはあなたが、ラウラ・ボーデヴィッヒが悲しんだから」
「わたしが…」
「私を羨ましがる必要なんてない。だって、あなたはラウラ・ボーデヴィッヒでしょう?」

少女は微笑む。その笑顔はあの人とは同じ顔なのに、まったく別の物だった…。

「う、うああ…あああっ」
「ん。泣いていい。それもあなただから」

少女は私抱きしめる。泣く子をあやす母親のように…。
卑怯だ。そんな事言われたら、そんな事をされたら堪えられなくなるじゃないか。

「ああああああああっ!うあああああああああああああああっ!」

夕陽で茜色に染まる部屋に私の泣き声だけが響いていた…。










「…やれやれ。世話の焼ける」

千冬はドア越しから聞こえる少女の泣き声を聞いて笑みを溢し、静かにこの場を立ち去るのだった…。












あとがき

最後の暴走体のイメージはバイオ5のウロボロスもしくはもののけ姫の祟り神でw

ラウラ編終了。次回はラウラ編後日談的な話です。ラウラの変化に戸惑う一夏達。そんなラウラに納得いかないのほほんさん。そして照れてミコトに素直になりきれないラウラ。そしてそれを見て嫉妬するのほほんさん。そんなお話…を書けれたらいいなぁ。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~幕間
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/10/21 06:02


「え、えーっとですねぇ。皆さん昨日第三アリーナで事故が発生したのは知ってますよね?その事故を理由にトーナメントは中止になってしまいました」

『えーーーー!?』

朝のHR。日に日に窶れて行く山田先生から告げられた『トーナメント中止』のお知らせにクラス全員が騒然となった。
今回の行事は各国からお偉いさん方が来る学園側としてもとても大切な物だ。そして前回のクラス対抗も中止に続いて今回もと言うのは学園が創立して以来初めての事らしい。

…まぁ、襲撃者が来て行事が中止なんて普通ありえないよなぁ。

クラスが騒然としている中、俺は冷めた様子で頬杖をつきながらそんなことを考えていた。我ながら慣れてしまったものである。
まぁ、それは置いておくとして。他の生徒からしてみれば堪ったものじゃない。部活動の時間や自由時間を削ってまで自主練に励んだ生徒だって少なくはないのだ。それなのに中止となっては落ち込む所か今後の学習態度にも影響がでかねない。

「設備が壊れてしまって仕方が無いんですよぅ…」
「他のアリーナを使えばいいじゃないですかー!」

確かにな。第三があるのなら第一・第二も勿論ある訳だ。それを使えばいい。

「怪我人も出てますし…あ、怪我人の名前は伏せておきますね。プライバシー保護のために」

怪我人と言うのは鈴の事だ。と言っても、医療技術の凄まじい進歩のおかげか本人はとても元気で一週間もすれば復帰できるらしい。今朝、携帯を確認してみるとメールで『病院食まずい。ラーメン食べたい』と送ってきやがってた。病人がラーメンを喰おうとするなよと。

ヴーッ!ヴーッ!

と、そこにタイミングよくポケットの携帯が震えだした。
む?また鈴からメールだ。えーっと、なになに?『担当者が見舞いにきたなう(;ω;』………これから授業だし携帯の電源切っとかないとな、うん。

すまん、鈴。俺にはどうにもできない。

『ぶーぶーぶー!』

山田先生の必死な説明も虚しく教室にブーイングの嵐が吹き荒れ、そんな状況に山田先生は涙目になってしまう…。

「うぅ…私だって辛いんですよぉ?織斑先生に後始末だとか言って書類の手続きや偉い人との対応やら押しつけられてぇ…ぐすん」

『(う、うわぁ…)』

今にも泣き出しそうな山田先生を見て静まり返るクラスメイト達。流石と言うべきか。最早恒例となりつつあるため、このクラス引き際を理解している。……いや別に褒められたものじゃないしそれはそれでどうかと思うけどな?嫌な言い方をすれば『生かさず殺さず』だしこれ。

「いやぁ!同情の目で私を見ないで下さい!同情するなら休暇を下さい!いえ!休暇なんて贅沢言いません!睡眠時間を下さい!びええええええん!」
「ちょっ!?まやまやが乱心したー!?」
「殿中でござる!殿中でござるぞ!?」
「皆!取り押さえて!?」
「放して下さい!私は自由になるんですっ!」
「窓の方に逝ってナニするつもりですか!?絶対に放しませんからねっ!?」

ぎゃーぎゃーぎゃー!

騒ぎ出すクラスメイト達。もう皆からは事件の関心は薄れ、目の前の副担任の事でそれどころではなくなってしまったのだった。

「おー…」
「ははは、なんだかなぁ…」

クラスメイト達に取り押さえられる山田先生。その様子を最前席のミコトは何なのか理解していない表情で興味深そうにそれを眺め、俺はそんなミコトを見て苦笑を浮かべ昨日の事を思い出す。







あの騒動の後、俺達は鈴の運ばれた病室で、ミコトを除いたあの場に居た全員で千冬姉からあの事件の真相を聞いた。真相と言っても、本当に触れる程度で今回の事件の根の部分までは話しては貰えず、真実は闇の中。
『Berserkersystem』。それによる洗脳。ラウラもまた利用されたにすぎないと言う事。唯これだけだった。俺達が知る事が出来たのは…。

「洗脳されていた。だから許せと織斑先生は言うんですの!?」

御淑やかさなど微塵も感じさせない今の感情をそのままに出したセシリアの怒鳴り声が茜色に染まった病室に響く。

「そんな事は一言も言っていないだろう?私は事実を述べただけだ。それを聞いてお前達がどうこうするかなど私の管轄外だ好きにしろ。ただし、面倒は起こすなよ?此方とてもう今回ので手一杯だ」

完全な中立な立場である教師らしい言葉を千冬姉は返す。

「ただしこれだけは言っておく。お前達の一方的な感情でオリヴィアの行動を制限するな。これは絶対だ。いいな?」
「…どういう事ですかー?」

のほほんさんがいつもの間伸びした声で、しかし表情は真剣そのもので千冬姉に質問する。

「オリヴィアの意思を無視するなと言う意味だ。そもそもこれはオリヴィアの問題だ。あいつのやりたいようにさせろ」
「無関係の人間は黙ってろって事?…あたし、大怪我負わされたんですけど?」
「自業自得だろう?お前はISを玩具か何かと勘違いしていないか?引き金を引いた以上その責任はお前の責任だ」
「………」

鈴は不満げに口を閉じそれっきり何も言わなくなる。

「で、ですが!命を狙われたのですよ!ミコトさんは!?そんな輩を放置するなんて…そもそも!どうしてこの学園に居られますの!?本来なら強制送還させるべきでしょう!?」
「本人にちゃんと確認した訳ではないが、奴も学園に残りたそうなのでな。ならば、学園はボーデヴィッヒを保護するだけだ。現に同じ様に保護されている奴も居るしな」
「そ、それは…」

自分の事だと自覚しているシャルロットは気まずそうに顔を伏せる。自分が此処に居られるのは学園のおかげだ。つまりラウラがこの学園の生徒で有り続ける事を拒絶すれば、傍から見れば自分の事を棚に上げてと思われるだろう。

「あの子の処遇は置いておくとしてー。Berserkersystemでしたっけー?それってもともとあった感情を増幅もしくは捻じ曲げる物なんですよねー?ということはですよ、あの子は少なからずみこちーを憎んでいたって事ですよねー?先生はみこちーの行動を制限するなって言いましたけど、もしそんな危険な子にみこちーが近づこうとしたら止めちゃいけないって言うんですかー?」
「そう言う事だ」

信じられない。そんなの飢えた肉食獣が居る檻の中に兎を放り込む様な物じゃないか。

「…問題を起こすなと言っているのに矛盾してませんか?」

箒の言う通りだ。千冬姉の言う事は明らかに矛盾している。これ以上トラブルを起こすなと言うのなら、ラウラを学園から追放とまではいかないにしても、ミコトとラウラは隔離するべきだ。接触をさせようものなら確実にトラブルが起きるのは目に見えている。

「矛盾はしていないさ。問題など起きはしないだろうからな」
「何を根拠に!?」
「私が起きないと言っている。それで信用出来んか?」
「出来るわけありません!ミコトの命を狙った奴なんですよ!?」

箒は眉間に皺を寄せテーブルを殴り声を荒げて反発する。
俺も、俺達も箒と同じ意見だ。理由はどうあれミコトの命を狙った奴を信用するなんて出来ない。

「…それがオリヴィアの望まない事でもか?」
「ミコトが…?」

何でミコトが…。だって、自分の命を狙われたんだぞ?鈴が傷つけられたんだぞ?そんなの…有り得ないだろ?

「まぁ良いさ。とにかく私は言ったからな。オリヴィアをお前達の感情で縛るなよ?」
「先生ー」

立ち去ろうとする千冬姉をのほほんさんが呼び止める。

「…何だ?」
「こうするのもみこちーのため?」
「………」

千冬姉は何も答えずに病室を去り、俺達はその背中を黙って見送る事しか出来なかった…。







あの後も色々と考えたが千冬姉が何をしたいのか結局分からず仕舞い。のほほんさんは何やら納得してたようなしてないような複雑な表情を浮かべてたが、その理由を聞いても笑って誤魔化されてるだけだった。そんなこんなで頭を悩ませて眠れない夜が明け。いつもと変わらない…と言うには目の前の光景は悲惨で気の毒だが、相変わらずの騒がしい一日の始まる。

―――…と、思っていた。

ガラッ!

急に教室のドアが大きな音を立てて開く。その途端、騒がしかった教室が一瞬にして静まり返り、クラスメイト達の視線は入口へと集中する。その視線の先に立っていたのは…。

「………」

銀髪の少女。昨日俺たちと激戦を繰り広げたラウラ・ボーデヴィッヒだった…。

「あいつ…!」

敵意を隠そうともしない俺の視線にラウラは真っ向から受け止めると、ちらりとミコトの方を見て何故か深呼吸をした後に俺の方へ一直線にやってくると俺が座る席の前で立ち止まった。

「………」
「な、なんだよ?」

ゴゴゴゴ…。

何やら背景に擬音を背負って凄い迫力で睨んで来るので負けじと睨み返す。すると、ラウラは口を開き―――。

「ご………」
「ご?」

ご…何だ?

「ご…ごめんなさい…」

「…………………………は?」

「はい?」
「え?」
「なん、だと…?」
「…どうしてー?」

フリーズした思考が再起動すると同時に間抜けな声がポカンと開いた口から零れた。
他の皆も言葉は違えど同じ反応。信じられないと言った面持ちだ。満足そうに頷くミコトを除いてはだが…。

「ん♪」
「~~~~っ!」

ラウラは自分に集まる視線に顔を真っ赤にして早歩きで自分の席へ行き席へ着くと、それっきり顔を伏せて面を上げる事はなかった。
何がなんだかさっぱり分からない。ただ俺が今言える事はただ一つ。

「…どうしてこうなった?」










幕間「事件のあと/複雑な心」








―――Side 布仏本音



「どうしてこうなった♪どうしてこうなった♪」
「お、落ち着けのほほんさん。とりあえずその変な踊りは止めろ!?」
「そうだよ。周りから注目を浴びて恥ずかしいよ…」

これが踊らずしていられないよおりむー!デュノッち!私の滾るリビドーが私に訴え掛けてくるんだよ!とにかく踊れって!感情に任せて!

「本音さんは放っておくとして、一体どうしたと言うんですの?昨日の今日であの変わり様は…」

酷いよー。放置しないでよー。
セシりん冷たい。私がこんなにメダパニ状態なのに無視するなんて。ありえないよ。白状だよ。ぷんぷんだよ。

「驚くのはそれだけじゃないぞ…ほら」

おりむーが携帯を取り出して画面をこっちに向けてくると私達は画面を覗き込む。携帯の内容はこうだった。

『あの銀髪が病室に乗り込んできて謝罪してきたんだけど!?何これ!?どういう事!?』

りんりんの方にも来てたんだー。
これはますます訳が分からなくなってきたなぁ。一体どういう心境の変化なんだろー?

「鈴の所にも来ていたのか。本当にどうなっているんだ?洗脳と言うのは人格や性格まで捻じ曲げるものなのか?」
「どうでしょうか…。ですが、織斑先生の話ではミコトさんを憎んでいたのは確かなのでしょう?でなければ殺…こほん。危害を加えるなんて有り得ませんし」
「なら、どうやったらあんなになるんだよ?」

そう言っておりむーは指差す。指の先にあるのは…。

「ど、どうだ謝ったぞ!?これで満足だろう!?」
「ん。悪いことしたら『ごめんなさい』する。ラウラ、いい子」
「ふ、ふん!」

なんか仲良さそうに話してるみこちーとあの子だった。

「むー!むーむーむー!」
「だから落ち着けって…」

これが落ち着いていられるかー!

納得いかない納得いかない納得いかない納得いかない納得いかない納得いかない納得いかない納得いかない納得いかない納得いかない納得出来る訳ない!!

―――オリヴィアをお前達の感情で縛るなよ?

…むーーーー!!!

卑怯だ。こんな事言われたら逆らえる筈ないのに。みこちーを縛る事なんて私が出来る筈なのじゃないかー…。
もう一度みこちーを見る。とても、とても楽しそうにしていた。それを邪魔するなんて私には出来ない。それは、友達がする事じゃない。あの子の事はお姉ちゃんから聞いてる。きっと似た様な境遇で引かれ合う物もきっとあるんだと思う。二人にしか分からない事もあるんだと思う。でも…。

なんだろう…この気持ち。

この、胸の辺りあるもやもやした物。これはきっと嫉妬と何だと思う。でも何で?みこちーとあの子が仲良くしてるから?でもおかしい。セシりんやデュノっちがみこちーと仲良くしてる時はこんな気持ちにはならなかったのに…。
何が違うの?セシりん達とあの子との違いは何?やってる事はセシりん達と同じなのにこの感情の原因は…あ―――。

そして私は漸くそれに気付く。

知ってるんだ。あの子は…。

この中で私だけが知っている事をあの子は知っている。だからだ。みこちーと私だけの秘密がそうで無くなったから。だから私はあの子に…。

嫌な女だ。私…。

一人優越感に浸ってたんだ。知らない内に。私が一番みこちーの事を理解してるんだって。でも、あの子が現れた事でそうじゃなくなった事で私は不機嫌になってるんだ。お気に入りの玩具を独占しようとするみっともない子供みたいに…。

「………」

罪悪感に苛まれ先程までの怒りは何処かへ行ってしまった。残っているのは自分がまさかこんな人間だったのかという事実とその嫌悪感のみ…。

「どうかしたの?急に大人しくなって」
「なんでもないよー。あははー」
「? 忙しない方ですわね。怒ったり急に大人しくなったり」
「あははー。ごめんねー?」

本当の事なんて言える筈が無い。自分の醜い部分を晒す事なんて勇気は私には無いよ…。
でも、きっとその内ばれる時は来るんだろうね。そう遠くない未来にきっと…。その時、私達は今の関係で居られるのかな?みこちーって言う核でなりたってるこのグループは…。

…止めよう。こんなこと考えるのは。

暗い事ばかり考えてると笑えなくなっちゃう。私は笑ってなくちゃいけない。みこちーが笑って居られるように笑ってなくちゃいけないんだ。

「…のほほんさん?」
「なーにー?」

心の内を見せない様に、悟られない様に、いつもの変わらない笑顔をおりむーに振り撒く。

「あ、いや…何でも無い」
「変なおりむーだねー。そんな事よりそんな事より!今はみこちーの事だよー。どうするのー?」
「うむ。織斑先生に言われた矢先、あれを邪魔するのはやめておいた方が良いだろう。しばらくは様子見で良いのではないか?」
「…ですわね。とても遺憾ではありますが」
「だねだね♪みこちーを縛りたくないし先生の言うとお「こ、こら!?眼帯を外そうとするな!」り…」

「うー。だって綺麗な目みたい」
「き、綺麗!?……ハッ!?いやいやいや!これには事情があるのだ!?外したままだと生活に支障が出てだな!?」
「むー…」
「いや不満そうにされても…だから外そうとするな!?眼帯にさわるなー!?」

…うん。ム・リ♪

もう何て言うか。色々と我慢の限界だった。

「ぶぅー!何なんだよーあれはー!?」

ズビシっ!と二人を指差す。今も絶賛仲良しタイム中だよ妬むぞこんちくしょー!
何かなアレ!?ぎこちなく必死にみこちーと話そうとして!アピールか?アピールのつもりなのかー!?

「い、いや。それは俺だって知りた「ありえないよありえないよ!何が如何してああなったー!?」話を聞いて下さいよ本当に…」

お話?そんなの聞いてる暇なんて無いよ。いやそんなことよりOHANASIしてこよう。うんそうしよう。

「突撃します!」
「いやするな!?ちょ!?すげえ力だ!?こんな小さい体の何処にそんな力を隠してるんだよ!?皆!手伝え!押さえろ!」
「お、落ち着きなさいな!?本音さん!?」
「うぅ…皆の視線が…」
「何故私がこの様な目に…」

はーなーせー!!!天丼はいらん!天丼はいらんのだー!





…一方その頃鈴は。


「いやー病室は平和だわぁ」

一人優雅に茶を呑んでいた。







―――Side 織斑一夏




「つ、疲れたぁ…」

今日一日の学生としての務めを終え、上着を床に放り投げるとそのまま俺はベッドにダイブして身を沈める。
昨日の事件に続いて今日のアレは正直精神的に辛過ぎる。本当に疲れた…。こういう肉体的じゃなく精神的な疲労感は入学当初以来だ。

「何だってんだよ一体…」

今日一日。ラウラの様子を見ていたがこれと言っておかしな点は無く、以前の様な触れただけで怪我しそうな険悪な雰囲気は感じられなかった。いや、おかしな点と言えばあるにはあった。ずっとミコトにべったりだったという点だ。以前のラウラでは想像も出来ない事だ。…そのおかげでのほほんさんを抑えるのに苦労したけど。

「…もしかして、これから毎日これ?」

死んだな。俺…。
正直入学当初の方がずっと楽だわ。

「ふわぁ…少し寝よ」

30分くらい寝てそのあと飯食ってシャワー浴びてまた寝よ…。

コンコン…

「…んぁ?」

ドアを叩く軽い音が眠りかけていた俺の意識をまた現実へと引き戻す。

「誰だよ…はーい!」

眠りを妨げられて若干苛立ちつつもベッドから身を起こして入口へと向かい、ノックに応じてドアを開く。すると、ドアの向こう側に立っていたのは気まずそうな表情を浮かべた箒だった。

「箒?どうしたんだ?何か用事か?」
「いや、その…う、うむ」

何だ?ハッキリしないな。

「まぁ、立ち話もなんだし中に入れよ」
「う、うむ」

そう促すと、箒はぎこちなく頷き。身体をかちんこちんにしながら部屋へ入る。…おいおい。足と手が同時に出てるぞ。何だか知らんがリラックスしろよ。まぁ指摘するのも可哀そうなので言わないが。
結局、最後まで手足同時出し歩行で椅子に辿り着きちょこんと着席。

「…で?何があったんだ?」
「あ…いや…その…そ、そうだ!今日は大変だったな!うむ!」

そうだって…明らかに今思いついたよな。それ。

「ああ。ラウラの変わりようだけでも大混乱なのにのほほんさんの暴走で更に大変だったな」
「ははは…おかげで人前で醜態を晒してしまったよ…」

ちょ…そんな暗い顔されてもフォローできねぇよ…。

「し、しかしすげぇ変わり様だったな!ラウラの奴!何がどうなってああなったんだか!」
「始終ミコトにべったりだったな。今までの奴からは想像も出来ん。しかし逆に私達がミコトの傍に居ると奴は近づいて来なかった」
「あー…そう言えばそうかもな」

思い返してみるとそうかもしれない。殆どべったりだったから気付かなかったな。何か意味があるのか?それともやっぱり気まずいと思ってるんだろうな。あれだけの事をしたんだし。まぁ、俺達もいきなり話しかけられても反応に困るが…。
ミコトの件。鈴の怪我の件。意識しない訳が無い。いきなり謝られてはいそれで仲良くしましょうなんて出来る訳が無いんだ。例え狙われたミコト本人が許したとしてもやっぱり俺にはそう簡単に許せそうにない。

「…なぁ、箒はどう思ってるんだ?」
「む?いきなり何だ?」

ああ、言葉が足りなかったか。

「ラウラの事だよ」
「ボーデヴィッヒの?そう、だな…。やはり許せるかと言えば嘘になる。いや、今でも憎いと思う気持ちが強い」

やっぱりそうか…。

「だが…それ以上に自分が憎い」
「え?」

流石に今の質問でその返答は予想外だった。自分が憎い?どういう事だ?

「あの時、私はただ一夏達が戦っているのを見ているしかなかった。友達が必死で戦っているのに、自分だけ安全な場所で戦わず見ているだけだった…」
「いや、それはしょうがないだろ。だって…」

あの場面で箒が出てきたって。そう言おうとしてすぐにそれを止める。その言葉はあまりにも残酷だ。

「だからだ。だから憎いのだ。無力な自分が…」
「…それだったらのほほんさんだって」
「本音は身を挺してミコトを守っただろう?」
「………」

あの公園の時か。その時に壊れた髪留めの代わりは、今も誇らしそうにのほほんさんの髪留めの役割を果たしている。

「セシリアも、鈴もミコトを馬鹿にされて怒り戦って負傷した、私だけが何もしていない。私だけ…」
「…何かしないと友達の資格は無いってのか?ミコトがそれを望んでるって?」
「そんな訳が無い!」
「だろうな。ミコトが一番望んでるのは箒が友達で有り続けてくれることだ。勿論、友達なら友達を守るのは当然だろうさ。でも、守るってのは色々あるんじゃないか?」
「………」

まぁ、これは俺にも言える事なんだろうけどな。今回の件で改めてそう思い知らされたよ。

―――オリヴィアをお前達の感情で縛るなよ?

そう言う事、なんだろうなぁ…。

「色々とがんばらないとな」
「…うむ」

努力をしよう。強くなるだけじゃない。アイツを、ラウラを認める努力をしよう。時間は掛かるだろう。凄く、とても凄い時間を費やすと思う。でも…。

何時までも喧嘩してたんじゃ。ミコトが悲しむからな。

臨海学校も近い。それを機に少しだけでも仲良くする努力はしてみよう。努力は…してみよう。あ゛ー始める前から気が重いぞこれは…。

「はぁ…って、そう言えば結局何の用事だったんだ?用事ってこの事じゃないんだろ?」
「ほぇ!?」

ほぇって…また奇怪な声だな。

「ば、ばれてたのか?」
「余裕で」
「な、何でこういう時だけ堪が働くんだ!」

ものすっごい失礼な奴だなお前…。
人が気を掛けてあげた途端これだ。泣けるぜ。

「それで?何だよ?出来れば早く言ってくれ。眠いんだよ俺」
「む。私の要件より睡眠の方が大事なのか?」
「内容によるだろ」

これでお茶っ葉が切れたんでくれとかだった流石に怒るぞ。回りくど過ぎるだろうが。

「ふ、ふん!一夏。先月のあの約束を覚えているか?」
「約束?…ああ、あれか。トーナメントで優勝したらってやつな」

そう言えばそんな約束してたな。

「あ、ああ。しかし…その。トーナメントは中止になってしまったから…その…」
「付き合っても良いぞ」
「……………………なんだと?」
「だから、付き合っても良いって」
「な、何故だ!?私は優勝して無いぞ!?」
「い、いや…別にそんな大層なことしなくても買い物くらい付き合ってやるよ」

ぴしりと、箒の表情が固まる。

「買い…物…?」
「え?違うのか?」
「………この………」
「へ…?」

何か俺不味い事言ったか?何か箒の様子が可笑しい―――。

「馬鹿者ーーーーー!!!!」
「ぐはあああああああああっ!?」

ちょっ…おま…何故…?あ、でも眠るには丁度い…い…か…。

「死ね!女の敵っ!」

何か箒が俺を罵倒してる様にも聞こえたがそんなの俺の耳には届いていなかった…。











あとがき

短いです。でも次回は更に短い短編書く予定です。まぁあくまで予定ですが。
TINAMIとpixivにてミコトの水着の立ち絵を投稿しました。是非よろしければご覧になってください。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~外伝
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/11/14 00:45



外伝「怪奇!学生寮に彷徨う少女の幽霊!?」





七月。季節は夏へと変わり日が経つ毎にだんだんと気温が増していき涼しくなる物が恋しくなってくる今日この頃。だからだろうか、このIS学園の女子生徒達の間でこんな噂が流れ始めたのは…。

「学生寮の幽霊ぃ?」

俺は心底胡散臭そうな物を見る目でまた胡散臭そうなキーワードを口に出した。
だってそうだろ?この世界の最新鋭の技術が集うこのIS学園で幽霊だのそんなオカルトチックな話有り得ないって。

「ほんとほんとホントだってば!沢山の女子生徒が目撃してるって話だもん!」
「このクラスの子も見たって子が居るんだよ?これは間違いないって!」

久々のご登場である相川さんや谷本さんがそう自信有り気に断言して来るが、一部を除いた代表候補生面々も俺と似た様な表情を浮かべていた。多分考えてる事は同じなんだろう。
しかしやっぱり女子はこう言った噂話が好きなんだな。普通少し考えればそんなの有り得ないって分かるだろうに。それも女子であるゆえの性なのか?

「ないない、有り得ないって。第一この学園が創建して何年だと思ってるんだよ?」
「おりむーはロマンが無いなー」
「現実でのホラーにロマンを求めたくありません」

ぷくーと膨れるのほほんさんにずいっと手を突き出してお断りする。
幽霊とか信じないって訳じゃないが身近に居て良い気分では無いのは確かだ。それが自分に近しい人の幽霊なら話は別だけどさ。悪霊やらなんやらは御免被る。

「ま、ピカピカの校舎で幽霊って言われてもねぇ?」
「だね。信憑性が無いって言うか」
「はぁ…馬鹿馬鹿しい」
「そ、そうですわ!馬鹿馬鹿しいにも程があります!」

セシリアよ、何もそうムキにならんでも…。

「ぶーぶー!あっ!ねぇねぇ!みこちーは?みこちーは信じてくれるよねー?」
「ん?」

信じて貰えないのほほんさんはつまらなそうにすると、今まで黙って話を聞いていたミコトにターゲットをロックオンにして話を振る。しかし突然話を振られたミコトはそもそも話の内容すらも理解していないのか、こてんと首を傾けるだけ。のほほんさんの望む反応では無かった。

「うー…みこちーは話を理解してもいないしー」
「そりゃ、なぁ…?」
「?」

ちらりとミコトを見るが、ミコトは不思議そうにきょとんとするだけだ。
そういう話題でミコトに他の女子同様の反応を期待するのは間違いだろ。それとも斜め上の反応が欲しかったのか?だとしたらこれ以上可笑しな方向に話が流れるのはちょっと…。

「つまんないつまんなーい!折角久々の出番なのに!」
「そうだそうだ!ちょい役にはロクに出番は回って来ないんだよ!?」

メタ言うな。

「あーわかったわかった…。で?その学生寮の幽霊ってどんな話なんだよ?」

正直、厄介事に巻き込まれる予感がビンビンで関わりたくないんだが、無視したらしたらでまた五月蠅そうなんで話を聞く事に。

「えっとねー。昔、この学園にある頑張り屋の女子生徒が居たの。その女の子は他のクラスメイト達とはIS適正が低くてね。どうしても皆と成績が差が出来ちゃった。だから、少しでもその差を埋めようとその子は毎日放課後にアリーナに籠ってISの特訓をしてたんだ。毎日毎日、一生懸命練習した。次の学園行事で自分だってやれば出来るんだって事を皆に見て貰いたかったから。…でも、その本番前日にね。アリーナでいつもの様に練習していたその女子生徒がその日の練習を終えてISを解除すると、アリーナで練習していた他の生徒の撃った流れ弾が、生身のままの女子生徒に当たってその女子生徒は死んじゃったんだって…。それでその事故があった日から女子生徒の幽霊が皆が寝静まった深夜の寮に出るっていうの。何でも自分が死んだ事に気付いて無くて今も夜な夜な寮を彷徨ってるんだって。ほら、ISの武器ってどれも人に当たれば即死級の威力でしょ?たぶんその女子生徒もそれに当たって死んだ事に気付く間もなく死んじゃったんじゃないかなぁ?」

成程な。前半は何ともありきたりなというか何処にでもありそうな定番な怪談話で嘘臭いけど最後のは全く同感だな。あんなの当たれば死体なんてミンチより酷い状態になるだろう。何度も事故に巻き込まれてる俺が言うんだから間違いない!…言ってて虚しくなるなこれ。

「くだらない」
「えっ?」

話が盛り上がっている中、凛とした声が俺達の間に静かに響いた。俺達は自然と視線をその声のした方へと向ける。するとそこには話の輪から少し離れた席で、ぴしりと背筋を伸ばして綺麗な姿勢で椅子に座るラウラがあった。ラウラは呆れた表情を此方を見ると、席を立ち此方へと歩いて来る。

「ラウラ。くだらないって今の怪談話がか?」

先程までの軽い雰囲気は何処へやら。今あるのは重い空気だけ。鈴達は勿論だが相川さんや谷本さんもラウラの事はどうも苦手らしい。
あの事件から2週間程過ぎたがやはり俺達とラウラの関係の修繕はそう上手くはいってはいなかった。箒はまず話しかけようとはしないし、セシリアや鈴もどうしても喧嘩腰な態度になってしまう。のほほんさんは何か対抗意識を燃やして話にもなんないし…。俺も努力はしてるけどどうしても意識しちゃうんだよなぁ。まともな関係を築けてるのはこのクラスでミコト位じゃないのか?

「そうだ。幽霊などと存在しない物の話で盛り上がるなど理解に苦しむ。そもそも考えてもみろ。そんな大きな事故記録に残るに決まっている。私の知る限りこのIS学園が創設されてこれまでの間に死者は一人として存在しない」
「も、もしかしたら秘密にされてるとか…」
「ありえない。それだけの事態を隠蔽するのはまず不可能だ。データに何かしらの痕跡が残る」
「あ、うぅ~…」

反論しようのないラウラの言葉と、現役軍人が発するその迫力に縮こまってしまう相川さんと谷本さん。流石に見ていて気の毒なので俺が間に割って入る。このまま放置してまた喧嘩になったりしたらアレだしな。

「おいラウラ。もう少し言い方があるだろ?」
「私は事実を述べただけだが?」

さも当然の様にそう返してくる。ラウラも悪気があってやってるんじゃないだろうけど、何かこう固いんだよなぁ。…まぁ、ミコトと話してる時はそのカチンカチンな鉄壁も簡単に壊されてしまうんだけど。
だけど、俺達には一度たりともミコトの話している時の様な態度は取った事は無い。仲良くなる道は遠く険しそうだ。

「はぁ…もういい。無駄に問答すると喧嘩に発展しかねない」
「そうか。よく分からんが私も無駄な争いはしたくはないな」

「お前には言われたくない!」とか「お前が原因なんだけどな!」とか、色々ツッコミたいが我慢する。こいつも天然か…。こいつには『天然』+『毒』のコンボスキルだけどな!

「だけど珍しいな?いつもなら俺達の会話になんか混ざって来ないのに」
「ま、混ざって来られても困りますけどね?」
「セシリア…」
「ふんっ!」

俺の非難の目にセシリアはそっぽを向く。やれやれ、本当に何か切っ掛けでも無いとどうにもならないぞ千冬姉…。

「何、少し気になった事があったのでな」

しかし、ラウラはセシリアのキツイ態度にも一切気にした様子も無く話を続ける。

「気になる事?」
「うむ。私は此処に来て短いが、それでも最近まではそんな話は耳にはしていなかった。しかし今はどこにいってもその噂話で持ちきりになっている。妙だと思ってな」

そう言われるとそうだな。でも…。

「怪談話ってそんなんじゃないのか?夏と言えば怪談だろ?」
「そうね。夏になればテレビ番組はそんなんばっかりだし」
「そ、そそそそ!そうなんですの!?」

鈴の話を聞いてセシリアが顔を真っ青にして「迂闊にテレビが点けられませんわ…」とか言ってるけど。まさかセシリア…。

「…なぁ。セシリアって幽霊とか苦手なのか?」
「ばっ!?ば、ばばっばば馬鹿な事言わないで下さいまし!?わたくしが幽霊という不確かな物を怖がるわけありませんわっ!?」
「あー…うん。そうだな」
「本当ですからね!?本当なんですから!?」
「何と言うか…」
「うん…」
「分かりやすい奴だ…」

分かってる。分かってるから…。

「皆さんそんな優しい目で見ないで下さいまし!?」
「セシりんは可愛いなぁー」
「「うんうん」」
「そこの三人組も…あー!もう!これもそれも貴女のせいですわよ!?」
「私は何もしていないが…」

うん。ラウラは何も悪くないと思うぞ?

「?」

そして話について行けてないミコト。この場で彼女だけがセシリアの唯一の味方であり癒しであるのは間違いないだろう。

「…話を戻して良いか?」
「あ、うん」

すっかり話が逸れてしまった。

「私はそういう俗な事は詳しくないがだとしても不自然だ。その噂、廊下を歩いているたびに耳にするがやけに目撃者が多すぎる。しかも目撃したのは皆一年の学生寮だ」
「あ、あの…それのどこがおかしいの?」

相川さんが恐る恐るそう訊ねる。

「幽霊とは季節限定に現れる物なのか?」
「あ……」

確かにそうだ。噂話だけならともかくとして、本当に幽霊だと言うのなら何故今までにそう言った話が出て来なかったんだ?俺が入学してからもう数カ月も経つが、そんな話を耳にしたのは今日が初めてだ。だと言うのに最近になって目撃者が多発するのはおかしい。

「相川。その噂は去年のこの季節でも騒ぎになったのか?」
「え?え、えっと…ど、どうなんだろ?先輩達からそんな話は聞かなかったし…。たぶん今年が初めてじゃないかな?」
「今年になって初めて。それに此処最近になって起こった…か。少しズレは生じるが日本があれを公表した時期と重なるか?」

日本があれを公表した時期?何の事を言っているんだ?

「えっと…?何の話をしてるの?」
「相川。その幽霊とやらの話をもっと詳しく聞かせては貰えないだろうか?出来れば目撃された時間。その幽霊の姿とかが良い」
「へ?い、良いけど。えっと…目撃者の時間はバラバラだけど大体1~2時くらいかな?」
「ふむ。消灯時間はとうに過ぎて生徒は全員寝ている筈の時間だな」
「そ、そうね…」
「で?格好は?」
「か、格好?格好は知らないけど大きな目を光らせてたって皆言ってる。あと、大きな口でその口の中に女の子の生首が…」

もう学生寮の幽霊じゃなくて学生寮のエイリアンに改名しようぜ。他の学校ならギャグだけどこのIS学園なら何ら不自然じゃないから。むしろピッタシだから。
俺達は皆呆れるがラウラはそうじゃなかった。口に手を当てて何やら真剣に考えている様子だった。

「光る目はゴーグルライトの光か?しかしなんでそんな目立つような…」

何ぶつぶつ言ってるんだコイツは?傍から見て怪しさMAXだぞ。

「ふむ。その行動に何の理由があるのかは分からないが…。了解だ。情報の提供に感謝する」
「あ、うん…」

ラウラは何やら納得した様子だったが感謝された方は全然訳が分からんようだ。まぁ無理も無い。俺達も全然わからんならな。

「何か分かったのか?ラウラ?」
「む?ああ、大凡はな。後は行動あるのみだ」

一体何をするつもりなんだこいつは…。
結局、ラウラはそれ以上何も言う事は無く満足した様子で自分の席へと帰って行ってしまう。それを呆然と見送る俺達。

「…何?あれ?」
「知らん。私に訊くな」
「あれかな?科学者が幽霊なんて存在しない!全てはプラズマが引き起こした現象だ!とか言って科学で無理やり証明しようとするアレ」
「ああ、何か似てますわね……え?それが言いたくて混ざって来たんですの?」
「変な子だね。ボーデヴィッヒさんって…」
「うん…」

『………』

まるで嵐が通り過ぎたみたいだな。残ったのは妙な静寂だけだ。

「―――…はっ!?何の話してたんだっけ?」
「一瞬本気で思考が停止していたな…」
「僕もだよ…。えっと、学生寮の幽霊の話だよね?」
「一年の学生寮限定で出現する女子生徒の幽霊ねぇ…」
「な、なんでよりにもよってわたくしが居る寮に…」
「諦めが肝心だぜ?セシリア」

しかしラウラのあの言葉が気になるな。『日本があれを公表した時期』か。何の事なんだろうな。
と、そんな事を考えていると。突然のほほんさんが大きな声を上げた。

「よーし!なら幽霊の噂が本当なのか確かめてみようよー!」

『………はぁ?』
「?」

突拍子の無いいきなりののほほんさんの提案に一同が同じ反応を示す。一体全体なにがどうしてそんな発想になるのか…。

「あそこまで言われたら黙って引き下がれないよ!こうなったら何が何でも幽霊を見つけてやるんだからー!………皆で!」

おいこら待て。最後聞き捨てならない事言わなかったか?

「…皆で?」
「うん!皆で♪」
「私達の事…だよな?」
「うん!勿論♪」
「何故わたくしがその様な事をしなければにゃらないですの!?」
「私達はブラザーだよ♪死ぬ時は一緒さ~♪」
「げぇ!?質が悪いですわこの人っ!?」
「セシリア少し下品だよ…」
「好奇心で巻き込むとかなんてはた迷惑な…」
「あはー♪」

『あは♪じゃない!』
「きゃいん!?」

こうして俺達は強制的に夜の肝試しを決行する事が決まったのだった…。









―――そして夜になり…。


「えー…ただいま午前2時を廻ったところです。御覧の通り廊下は真っ暗。生徒は誰も起きていません」
「何故レポーター風なんだ?一夏」

雰囲気作りだよ。あと愚痴だよ。言わせんな恥ずかしい。
まぁ、何だ。予定通りに幽霊探しに来た訳だが…。メンバーは俺を含めて箒、鈴、セシリア、シャルロット、のほほんさんの6人のミコトを除いた状態でのいつものメンバーだ。相川さんと谷本さんが居ません。あの二人逃げやがりました。

「い、一夏さん?ライトをマイクの様に持つのはやめていただけません?こ、怖いですわ…」
「………」
「…一夏さん?」

「んばぁ~…」

ライトアップした俺の顔をセシリアにズームイン!

「ヒィっ!?」

怖がるセシリアを見てついちょっとした出来心でふざけてみると、セシリアが可愛らしい悲鳴を洩らした。ヤバイ。これ楽しい…。

パシィン!

「遊ぶな」
「すんません…」

箒からの鉄拳…いや竹刀制裁を貰い悪ふざけは終了。

「んじゃ、さっさと終わらせちゃいましょうか?」
「そうだね。明日も早いし。…あっ!そういえばミコトはどうしたの?」

それは俺もさっきから気になっていた。まさかミコトが相川さんや谷本さんと同じ理由なんてことは有り得ないし。

「みこちーはもうおねんねの時間だよー?」

『ああ、そう…』

何当たり前な事言ってんの?的なのほほんさんにこの場に居る全員が納得したが、それと同時にイラッとしたのは黙っておく。出来れば俺達も寝かせて頂きたいんですがね?
明日は…いやもう今日だが、朝から実技演習だって言うのに夜更かしとか自殺行為以外になんでもないんだが…。

「ああ、うん。アンタはそんな奴だったわね。忘れてたわ…」
「? 変なりんりんだなー」
「アンタにだけは言われたくないわよ!」
「ほぇー?なんでー?」
「はぁ…もういい。なんか疲れた…」
「そーおー?ならさっそく!幽霊探しにゴーゴー!だよー!」
「あ、あのね?本音。皆寝てるから静かにね?寮長の先生に見つかったら怒られるし」
「一年寮の寮長は織斑先生だ。見つかったら唯では済まん。早々に終わらせよう」
「だな。見つかって朝まで説教なんて事になったらそれこそ死亡確定だ」
「うぅ…何でわたくしがこんなことぉ…」
「アンタもいい加減諦めなさいよ…」

何時までもうじうじしているセシリアに呆れてながら鈴はセシリアの首根っこを掴みずるずると引き摺って行く。普段のセシリアからは想像も出来ない光景だ…。

「あ~う~…」
「いいからさっさと歩きなさいよ!まったく…」

仲良いなお前ら。

「で、何処から探す?一年寮と言っても広いぞ」
「そうだなぁ…。のほほんさん、だいたいどの辺りで目撃されたか知らないか?」

闇雲に探すのは避けたい。主に睡眠時間のために。

「んーとねぇ?聞いた話だと私達の部屋のある階だよー。トイレの帰りや行く途中で見たって子がいっぱい居るんだぁ」

トイレか。俺には無縁だな。俺は職員用のトイレを使ってるからまずこの階のトイレに近づく事は無い。

「ト、トイレと言ったら怖い話の定番じゃありませんの?やっぱりやめた方が…」
「貴重な睡眠時間を使ってるんだ。今更引き返せるかっての」
「そうね。此処まできたら絶対に見つけてやるんだから」
「何だかんだ言ってやる気だなお前達…」
「あはは…単純だから二人とも」
「うんうん♪その調子で頑張ろうねー♪」
「いぃーやぁー…」

ずるずるずる…







「…皆、ちょっと止まって」

急にシャルロットが立ち止まり俺達もそれにつられて足を止める。

「どうしたんだよ?シャルロット」
「しぃー…静かに。ほら、何か聞こえるよ?」

人差し指を口に当て小声でそうシャルロットは言うと、皆は口を閉じ耳を傾ける。すると…。

コツ…コツ…

「これは…足音?」
「だね」
「あ、あわわわわ…」
「アンタは少し落ち着きなさいって…」

おいおい。セシリアの顔が面白いくらいに真っ青だぞ…。

「どれだけ幽霊が怖いのよ…」
「だ、だだだだ誰が幽霊が怖いと言いましたの!?」
「いや、怖がってるのバレバレだから」
「あのね?二人とも静かにしてくれない?」

シャルロットは笑ってるが眉がぴくぴくと動いてるのは怒りを抑えてるからか。すぐさま二人も口を閉じる。本能で逆らうのは危険だと判断したんだろうな。俺も静かにしておこう。

コツ…コツ…

そんな事してる間に足音も近くなって来ていた。音から推測してあそこの曲がり角を曲がった先くらいに足音の主が居るのかもしれない。

コツ…コツ…

「…来るぞ」

箒が竹刀を構える。幽霊に物理攻撃なんて聞くのかと俺は思ったがちゃっかり竹刀にお札が貼ってある。準備が良いなぁ。

コツ…コツ…

そしてついにその足音の主が曲がり角から姿を覗かせた。その時、俺達が見た物は…―――。

「なっ!?」
「へ?」
「…あれ?」
「ヒッ…」
「えー…」
「な……にやってんだよラウラ?」

―――何やら完全装備で今にでも戦争をおっぱじめそうなラウラ・ボーデヴィッヒだった…。

「む?何やら聞き覚えのある声だと思ったがお前達だったか。何をしているんだこんな所で?もう消灯時間もう過ぎてるぞ?」
「いやいやそれは俺達の台詞だから」

なんて恰好してるんだよお前は…。

「私か?見回りだが?」
「見回り?」
「ああ、噂の犯人を捕まえる為にな」
「犯人って…幽霊をか?」
「幽霊なものか。私が推測するに噂の人物は侵入者か何かだ」

侵入者って…また物騒な言葉が出てきたな…。

「何を根拠にそんな話になったんだ?」
「ふむ…まぁ、お前達は関係者だから良いだろう。昼間の私が言った事を覚えているか?」

昼間…ああ、アレか。

「日本があれを公表した時期がなんたらこうたらって奴か?」
「そうだ。この噂を聞く様になったのはごく最近だ。そして目撃者が多発したのも最近で今年が初めて…」
「何が言いたい?回りくどい言い方をするな」
「そうだそうだー分かりやすく言えー」
「…シャルロット。のほほんさんを抑えてて」
「うん」
「わー!?なにをするだー!?」

しばらく大人しくしてなさい。

「ミコトが入学したこの年。そして最近と言えば私もこの学園に転校してきた。日本があれを公表したのもその時期だしな」

またそれか…。いい加減それの意味を教えて欲しいんだが。

「…なぁ、ラウラ。その『日本があれを公表した時期』ってなんの事を言ってるんだ?」
「忘れたのか?私があの日公園で言った事を」
「公園?…あっ!?」

―――問題無い。この件について国は一切関与しないだろうからな。そして、貴様達にも私を拘束する権限は無い。

あの時か!?

「あの日、日本は全世界に『我が国はミコト・オリヴィアが関わる全てに一切関与しない』と公表した。勿論秘密裏にだがな」
「そ、そんなことがありましたのっ!?」
「そうだ。教官が早急に手を打ち各国が手を出せない様にしたが…絶対とは言えん」
「つまり、アンタはこう言いたい訳ね?アンタとは別の人間がミコトの命を狙ってると…」
「うむ。あくまで可能性があるというレベルの話だがな。確証は持てん」
「何でだ?」
「私が来た時にはそんな噂は耳にしなかった。噂を聞く様になったのは6月末になってからだ。仮に噂の人物が侵入者だとして、その侵入者は6月末から今日までに2週間の期間を潜伏していたと言う事になる」

まぁ、そうなるよな。

「それが何かおかしな点でも?」
「おかし過ぎる。何故その2週間の間にその侵入者はミコトを消さなかった?チャンスは幾らでもあっただろうに。それに、目立つ行動を取り過ぎている。とてもプロとは思えん。以上の点であくまで可能性のレベルと言う訳だ」
「成程…」

確かにラウラの言う通りミコトの命を狙う奴だったとしたら不自然な点が多すぎるか…。

「それじゃあ、ラウラが今こうしているのは…」
「噂の正体を突き止めるためだ。少なくとも幽霊などありえない」

そうラウラは断言する。とてつもない現実主義者だなコイツ。絶対に幽霊の存在を認めないつもりだ。

「そうか。ラウラには感謝しておくべきなのか?」

ミコトを守ろうとしてくれた訳だしな。

「ふ、ふん!気まぐれだ!気まぐれ!教官の手を煩わせるのも何だと思っただけだ!べ、別にミコト守りたいとか恩返しがしたいとかそんなこと思ってないんだからな!?」
「うわぁ…」
「なんていうか…」
「ツンデレ乙」

のほほんさんが何やらジト目でそんな言葉を洩らす。…ツンデレって何だ?まぁ良く分からんが素直じゃないなコイツ。

「う、うるさいうるさいうるさい!それで!?お前達は何故ここに居る!?」

誤魔化したな…。

「いや…俺達は幽霊を探しに…」
「くだらない…もう少し時間を有益に使え」

うわ、心底くだらないって顔されたぞ。しかも言い返したくても俺もそう思うから言い返せねぇ…。

「ふーんだ!余計なお世話だよーだ!幽霊を見つけほえ面掻かせてせてやるんだからー!」
「期待しないで待っておく。では、私は此処で……どうやら本命か」
「え?」

ぺた…ぺた…

「これは…足音?」
「裸足…かな?この足音」
「暗殺者が裸足で行動するとは思えんが…しかし、この足音は裸足とは違うぞ」

ぺた…ぺた…

…確かに、裸足の様な足音にも聞こえるが少し違うな。これは…スリッパか何かか?でも珍しいな。皆部屋以外の移動は殆ど靴とかなのに。

「あ、灯りだ。それも二つ…」

振り向いた先には、暗い廊下から二つの小さな光が灯っていた…。
あれが相川さんが言っていた光る目か?

「こ、これは!?当たりかな!?」
「がくがくがくがく…」
「ちょっと…アタシに抱き着くのやめてくれない?胸押し当てんな腹立つ」

いや、あの光は人工物の光だろ。でもちょっと不自然だな。何でだろ。何か違和感を感じる。

「いちいち光がぶれているな。恐らく手に持っているのではなく頭に固定してるのだろう。ヘッドライトかゴーグルか何かか」
「ああ、成程。それでか」

ラウラが口に出してもいないのに俺の疑問を解いてくれた。

「…此方へやって来るな」

箒が竹刀の柄を持つ手に力を籠める。間合いに入ればすぐにでも箒は竹刀を振るだろう。

ぺた…ぺた…

だんだん。だんだん。二つの光が近づいて来る…。

「ひぃいぃいいぃいいっ!」
「嫌味か?その押し当ててくる胸は嫌味か?」

…こっちもカオスになってきたな。

ぺた…ぺた…

「………」

流石に緊張してきた。俺は唾を呑む…。

ぺた…ぺた…

もう目前だ。あと数歩進めばその姿を目視できる距離になる。俺達はどんなことが起きても対処できるように身構えた…。
そして、その二つ光を発する物体がついにはっきり目視できる距離に踏みこんで来る。そして――――。

―――俺達の前に現れたのはなんと巨大なペンギンだった。

…いや、ちょっと待て。

「ひぃいいいいあああああああああっ!?――――…ガクッ」
「ちょっ!?ちょっと!セシリア!?あー…駄目だ。気失ってる」

セシリアは色々と精神的に限界だったのか悲鳴を上げて気を失ってしまう。でもな。でもなセシリア。お前が悲鳴を上げたのは…。

「おー?」

ペンギンのパジャマを着た…ミコトだぞ?

「ミコト…?」
「ん。一夏達…どうしたの?」

いや、それは聞きたい訳で…。

「あの…ミコト?」
「ん?」
「それ…なに?」

シャルロットがミコトが着てるペンギンを指差して訊ねる。

「パジャマ。本音がプレゼントしてくれた。宝物」

なるほど。動物が違うだけでそれ以外のデザインは何処となくのほほんさんのパジャマと似てるな。

「そのライトは?」
「あーそれパジャマについてる機能だよー。みこちー暗いの苦手だから目の所ライトにしたんだー」
「紛らわしい事を…」

本当だよ…。

「でもみこちー。何で此処に居たのー?」
「トイレ。ジュース。飲み過ぎた」

夏は冷たい物が飲みたくなるからな…ああつまりそう言う事か。

「最近は暑くなってきたからな。ジュース沢山飲んだろミコト?」
「みこちー。だから飲み過ぎちゃ駄目って言ったのにー」
「うー…」
「つまり噂の正体はこれか。光る目はこのライトで。大きな口はペンギンの口。生首はペンギンを着たミコトの頭って訳か…」
「そして、最近になって噂が立つようになったのは暑くなりはじめてジュースを頻繁に飲む様になったから…か」

なんていうか…。

『く、くだらない…』

本当にラウラの言った通りだったな。正体は予想外過ぎたが…。

「まったく…。何て人騒がせな…」
「もうみこちー。何で私に声かけてくれないの?トイレくらい一緒にいってあげるのにー」
「本音、気持ち良さそうだったから。それに本音、寝たら絶対に起きない」

『じぃ~…』

「あ、あははー…ごめんねー?」
「ん」
「ミコト。今度から僕に声かけてよ。しばらくは一緒の部屋なんだからさ」

そう言えばシャルロットは今ミコト達の部屋にお世話になってるんだったな。

「…いいの?」
「うん。全然構わないよ?」
「…ありがと」
「うん♪」

ミコトに感謝され嬉しかったのかシャルロットが笑顔で頷く。

「ミ、ミコト。私も構わんぞ?プライベート・チャンネルで何時でも駆けつけてやる!」
「ん。ラウラもありがと」
「あ、ああ!」

照れ隠しのつもり顔を伏せるラウラ。暗くて見えないがきっと今のラウラの顔はリンゴの様に真っ赤な事だろう。

「やれやれ…これで事件解決か?」
「釈然としないがな…」
「ま、いいんじゃない。それよりさ…」

「きゅ~…」

「これ…どうする?」

鈴は未だに床でノビてるセシリアを指差す。

「…とりあえず運ぶか」
「誰の部屋に運ぶ?流石にセシリアの部屋に運ぶのはルームメイトの子に迷惑でしょ?こんな大勢で…」
「じゃあ私達の部屋かなー?」
「そうだね。一番迷惑掛けなくて済むし…ベッドが狭くなるけど」

確かにな。唯でさえシャルロットがお邪魔してる状態なのにここでセシリアも追加となるとな。

「その心配は無いぞ?」

『!?』

聞きなれたこの場で一番聞きたくない声が廊下に響いた…。

「何故ならこれから陽が昇るまで貴様らは此処で説教される訳なんだからな…」

『ま、まさか…?』

一同恐る恐る後ろへ振り向く…。

「騒がしいと思えば…また貴様らか…」

するとやはりそこには鬼が仁王立ちで此方を睨んでいた。しかも睡眠を邪魔された所為かいつもよりも怒りのゲージがヤバイ。

「ミコト。お前は部屋に帰っていいぞ。さっさと寝ろ」
「ん?ん…」

ぺたんぺたんと足音を立てながらペンギン姿のミコトは部屋へと戻って行く。そして、残された俺達はと言うと…。

「さて…覚悟は良いな?」

『ぎゃーす!?』
「きゅ~…」

深夜の学生寮に俺達の悲鳴が響いたのだった…。
もう怪談話はこりごりだ…。













あとがき

これ夏の内に投稿したかったんだけどね…。




[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二十三話 ※前回のと合体させました
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/11/27 04:02
放課後の鍛錬を終え寮の自室に戻ると、私はルームメイトがまだ帰って来ていないのを確認してから今着ている制服を脱ぎ自室に備え付けてあるシャワー室に入り蛇口をひねる。

「………ふぅ」

シャワーから出てくるお湯が鍛錬で掻いた汗を流していく。その心地良さに私は目を細めた。
やはり、鍛錬の後のシャワーと言うのは良い物だ。疲れた時に入る風呂もまた格別だが、やはり私は鍛錬の後のシャワーが好きだ。頑張った自分へのご褒美にも思えてくる。

「頑張った自分への…か」

ぽつりと、言葉を溢す。

―――色々とがんばらないとな。

あの時の、一夏の言葉が脳裏に蘇る。『頑張る』あの時の言葉には言葉にとおり色々な意味が含まれていたのだろう。強くなるのは当然の事、そしてそれ以外にも…。

―――ミコトが一番望んでるのは箒が友達で有り続けてくれることだ。勿論、友達なら友達を守るのは当然だろうさ。でも、守るってのは色々あるんじゃないか?

「色々…か」

あの馬鹿者め。言うだけいって何も具体案は出してくれなかったではないか。無論、それは自分自身で考えなければならないのは私とて分かっている。私もこれから時間を掛けて自分なりに考えていくつもりだ。あの後だって考えはしたんだ。だが…。

「結局、考え付くのは…」

自分の掌に視線を落とし、ぎゅっと握りしめる。
私には、結局これしかないのだ。ずっと、一夏の繋がりを信じて振って来たこの『剣』しか私は誇る物は何も…。

「なら、行き着く先は結局これしかないのか…」

本来ならこんな手段はとりたくは無かった。クラスの皆にはあの人とは関係無いと公言した手前、気が引ける以前にあんまりな自分勝手さに己に嫌気がさしさえした。それでも。それでも私は…。
蛇口を閉めシャワー室を出ると、髪の水気を取り、タオルを身体を巻きベッドに腰を落とし携帯を手に取ると、鋭くそれを睨みつけた。

「本当はかけたくは無いのだが…」

本当に。可能ならばあの人に電話なんてかけたくは無い。というか関わりたくも無い。今後関わるのはこれっきりにしたいと言う程に…。
親族に向けるべき感情では無い。それは分かっている。だが、私にとってあの人は家族と言うよりも…。

「…っ!ええい!」

意を決して携帯のボタンを押す。スピーカから響いて来るコール音。
そして、その音が数回響いてから電話を掛けた相手は喧しい声で応えるのだった。

『やあやあやあ!久しぶりだねぇ!ずっとず――――っと待ってたよ!』

耳を突く能天気で甲高い声に顔を顰める。

「―――。…姉さん」
『うんうんうん!言わなくても用件は分かってるよ理解してるよ!箒ちゃんのことなら!』
「………」

まただ。いつもこの人は私の話を聞かない。自由気ままで、自分勝手で…。
思わす怒鳴りたくもなったがそれをぐっと我慢する。姉の気分を害する可能性もあるし、どっちにしろこの人にこちらの意思など通じる筈も無いのだから無意味なのだ。

『欲しいんだよね?君だけのオンリーワン、代用無きもの、篠ノ之箒の専用機が。モチロン用意してあるよ。最高性能にして規格外仕様。そして、白と並び立つもの。その機体の名前は

『紅椿』―――』

「紅椿…」

無意識に、自分の専用機になるであろうその名を復唱する。

『うんうん!もう直ぐ箒ちゃんの誕生日だしね!誕生日プレゼントだよ♪』
「誕生日…」

そう言えばもう7月。もうすぐ私の誕生日だ…。

『でねでね!この機体の凄い所はね―――』
「………」

携帯電話の向こう側で何やら姉が熱く語っている様だがそれは私の耳には届いていない。私が今気にしているのは別の事で、もっと大切な事だった。

あいつは…覚えてくれているのだろうか?

そんな、不安と期待が含まれた疑問を心の中で抱いていた…。








第23話「よろしい。ならば買い物だ」







――――Side ミコト・オリヴィア


「もきゅもきゅ……ごくん」

ん。ミルクにサンドイッチは至高。今日はお休みだからゆっくり味わって食べる。

「おっ、ミコト。今日は早いんだな。感心感心」
「あむあむ……ん?」

一夏が朝ごはんを持ってこっちに来た。今日も和食。一夏はいつも朝ごはんは和食。おみそ汁とまっしろなご飯が好きって言ってたけど私は少し苦手。

「ごくん……一夏は少し遅い?」
「休みの日だからなぁ。部活に入ってる訳でも無し。朝はゆっくりしたいだろ」

ん。その気持ち分かるかも。お布団気持ちいいから。
でも最近暑いからいつもより早く起きちゃった。

「ん。本音も今日はいつもよりゆっくり寝てる」
「ははは、のほほんさんらしいな」

うん。本音、生徒会室に居ても寝てる。夜更かししないで寝てればいいのに…。
昨日も夜遅くまでパソコンでねっとさーふぃんしてた。たぶん、私が寝た後もしてたんだと思う。寝たのは何時なんだろう?

「むー…ちゃんと睡眠を取らないと身体に悪いってクリスが言ってた」

特に私の場合は正しい生活バランスを保たないと身体の状態が保てなくなるってクリスから言われた。よく、わからないけど…。

「そうか、クリスさんがなー。まぁ、その通りかもな。ちゃんと睡眠を取らないと寿命が減るとか聞いたことがあるし」
「! 今度から本音を寝かせる。ぜったい」

本音は大切な友達。ずっと元気でいてほしい。

「おう。頑張れ」
「ん。がんばる」

ぎゅって両手を握り締めて意気込む。いま、私の両肩に本音の運命がたくされた…気がする。

「のほほんさんはまぁ平常運転としてだ。休日にしては結構起きてきてるな?皆部活って訳じゃなさそうだし。いつもならこの時間帯結構がら空きだろ?」

一夏は味噌汁を啜りながら周りを見渡す。私もそれを真似して周りを見る。…確かに一夏の言う通りで今日は少しううん。いつものお休みの朝より多い気がする。なんでだろ?

「来週から臨海学校だからじゃないかな?」
「シャルロット…」

一夏に続いてシャルロットも来た。朝起きた時は居なかったけど。何処いってたの?

「おはよう」
「うん。おはようミコト。一夏もおはよう。もう起きてたんだ?」
「せっかくの休みだし、ダラダラ時間を潰すのも勿体ないしな」

ん。私は空を眺めてる予定。とっても有意義。

「でだシャルロット。今の状況と来週の臨海学校が何の関係があるんだ?」
「それはあるでしょ。臨海学校の準備とかしないといけないし。皆街に買い物に行く予定なんだよきっと」
「買い物…歯ブラシやタオルとかか?」
「何でそうなるのかな…いや、それもあるかもだけど…」

「「?」」

シャルロットの言いたい事がよくわからない。配られたプリントに持って行く物で書いてあったよ?歯ブラシ。

「臨海学校と言ったら海でしょもう。皆水着を買う予定なの!」

「「お~…何で?」」

「この二人は…女の子は皆そうなの!ていうかミコト一夏以上に無頓着すぎ!」
「???」

シャルロットが何を言いたいのか本当にわからない。

「いやだって。水着なんて皆一緒だろ?そんな新しいの買わなくたってさ」
「男の子と一緒にしないで下さい!」
「oh…」

水着。あったかな…?
確か真耶にどうするの?って聞かれて、それを本音に話したら本音が用意してくれるって言ってた気がする。おーだーめいど?だったかな?ん。じゃあ別に私は買わなくていい。

「しかし買い物か…丁度良いや。俺も街に出ようかな」
「一夏も水着買うの?」
「ミコトよ。それは本気で言っているのかね?」
「? 違うの?」
「本気なのか…。まぁミコトだからな…」

一夏も良く分からない事言う。私は私。当たり前。

「何か買う物あるの?」
「まあな。買ってやらないと後が怖いし。それに、久しぶりだしな」
「久しぶり?」
「ま、気にすんな。こっちの話だよ」
「…まぁ、一夏がそう言うなら」

んー…。少し気になる。でも一夏が言いたくないのなら聞かない。

「おう。シャルロットはどうするんだ?なんなら一緒に行くか?」
「ええ!?い、一緒にっ!?一夏と!?」

うぅ…急に大きな声出さないでほしい。耳がきーんってなってる…。

「あ、ああ。一人で街を歩くのは寂しいしな」
「本当!?行くよ!絶対に!」
「そ、そうか…。あ、ミコトはどうするんだ?」
「ん?んー………」

行きたい。でも…。

「…いい。本音が起きるの待つ」
「そうか、じゃあまた今度な」
「ん。約束」
「ああ、約束だ」
「……ん♪」
「それじゃシャルロット。朝飯食べたらさっそく行こうぜ」
「うん♪…ミコトありがとね?」
「?」

…何で感謝されるんだろ?私何かしたかな?

「何でミコトに感謝するんだ?」
「う、ううん!?何でも無いよ!?気にしないで!?」
「? まぁ、言いたくないなら良いけどさ」

そう言って一夏は食事を再開してお魚を箸で摘まんで口の中に運ぶ。私はこの一個で最後。うまうま。

「もきゅもきゅ…んく。ごちそうさまでした」

朝ごはんを食べ終わったから私は空になった皿が載ったトレーを持って席を立つ。もう本音は起きたかな?片づけて部屋に帰らないと…。

「あれ?もう部屋に戻るのか?」
「ん。本音が起きてるかもしれないから」

起きて無くてもそろそろ起こしてあげないと。朝ごはんの時間過ぎちゃう。

「そうか。じゃあまたな」
「またね。ミコト」
「ん。またね…」

一夏達とさよならして私は部屋に戻った。







「ただいま。本音起きてる?」
「ぐぅ………」

部屋に戻って来たけどまだ本音は寝てるみたい。どうしよう?朝ごはんの時間終わっちゃう。起こした方が良いよね?

ゆさゆさ…

「本音、起きる。朝」
「むにゅ~…今日はお休みだよぉ~…もっと寝かせてぇ~…」

掛け布団を被って丸くなる本音。むぅ…。

「朝ごはん。食べられなくなる」
「いいよぅ…お昼と一緒にするからぁ…」

む。朝ごはんはちゃんと食べないといけないってクリスも真耶も言ってた。それはゆずれない。

「ダメ。起きる」
「うぅ~…昨日は遅くまでネットしてたんだよぉ~…寝かせてよぉ~…」
「ダメ。皆起きてる。本音も起きる」
「他所は他所、うちはうち。だよぉ~…」

最強の呪文を使ってきた。手ごわい…。

「皆買い物に行くって。本音は良いの?」
「…………買い物?」

本音がピクリと反応してもそもそと布団から顔を出してくる。

「買い物って?」
「臨海学校があるから皆街に行くってシャルロットが言ってた」
「臨海学校…買い物……………あーーーーーーっ!?」

ガバッと起き上がるのと一緒に急に大きな声をあげる本音。

「びっくりした…」

急に起き上がるんだもん。

「そうだよそうだったよー!来週から臨海学校だったんだー!すっかり忘れてたー!」

ドタバタ!

ちゃんと真耶が昨日のSHRで言ってたのに…。
そんな私の気持ちも知らない本音は慌ててパジャマを脱ぎ散らかしてクローゼットから自分のお洋服をこれじゃないこれでもないとぽいぽい放り投げていく。…後でお片付け大変そう。シャルロットが帰ってきたら怒るだろうなぁ。

「あうあうあうー!出遅れた出遅れたー!別に競争とかしてないけど出遅れたー!」
「……あー…」

次々と宙を舞う色とりどりのお洋服達。部屋の床はあっと言う間にお洋服で埋め尽くされ身動き取れない状態になっちゃった。これどうしよう…。シャルロットの激怒は必至…。

「持って行くお菓子も厳選して買わなきゃだしー!水着も受け取りに行かなきゃだしー!あーもー!何で忘れてたかなー!?」

そう言えば私も荷物の準備をしてない。あとでしとかなきゃ…あっ、真耶がしてくれてもう荷物は先に送ってくれてたんだった。真耶も先にあっちにいってるんだっけ?
…海。こっちに来る途中に海の上通って見たことはあるけど触ったこと無い。普通の水とは違うんだよね?

「みこちー!みこちー!」
「ん?」

お洋服を着替え終えた本音が床のお洋服を蹴飛ばしているのを気にも止めずにこっちにやってきて私の手を握ってくる。

「街にいくよ!」
「? どうして?」

いきなりの本音の提案に私は首を傾げた。

「臨海学校の準備だよー!みこちーに見せたい物があるのだー!」

みせたいもの…。

「………ん」

少し考えて私は頷く。よくわからないけど、本音が街に行きたいって言うなら私も一緒に行く。

「よーし!それじゃあ、レッツGOだよー!」
「おー」

そういえば学園の外に出るのひさしぶり。ん。たのしみ。
ノリノリで部屋を出る私と本音。でもそんな私達の歩みは一歩目にして止まってしまう。

「あら?ミコトさんに本音さんではありませんの。今からお出掛けですの?」

廊下に出てすぐにセシリアと鈴に遭遇。凄いタイミング。びっくり。

「ん。おはよう」

朝の挨拶は大事。ちゃんと二人に挨拶をする。

「ふふ、おはようございます」
「ハイおはよう。相変わらず仲が良いわねアンタ達」

ん。本音は友達だから。でもセシリアと鈴も友達。

「もちろんなのだー♪二人も仲良いよねー?」
「いやアタシは偶然廊下で一緒になっただけだから」
「そうですわ。いっつも一緒に居る様な言い方はやめて下さいな」
「…でも仲良いよ?」

最近、いつも一緒に居るもん。

「「仲良くない(ですわ)!」」
「ん。息もピッタリ」
「だねー」

照れ隠し…なのかな?仲が良いのは悪い事じゃないのに何で照れるんだろ?不思議…。

「だから別に……こほん!ま、まぁ、それはそれとして。ミコトさん達もお出かけで?」
「そーだよー♪街にお出かけするんだー♪」
「あらそうなんですの?そう言えばミコトさんは久しぶりの外出でしたわね?」
「ん。すごく楽しみ。本音と出掛けるの久しぶりだから」
「みこちー…えへ、えへへへぇ…」
「…本音。顔がヤバイから。凄くだれてるから。人に見せられない状態になってるから」
「おおう!?危ない危ない…溶けちゃうところだったよー。ホント、みこちーは私に対して常にクリティカル攻撃だねー。私のハートがダイレクトアタックだよー」

本音が何を言ってるのかわからない。

「セシリア達はどうするの?」
「わたくしですか?わたくしは別段欲しい物はありませんし…」
「アタシも。水着も買っちゃってるし街行ってもする事ないわね」

そっか、一緒に行こうって誘おうと思ったけど。残念…。

「…りんりんは大丈夫なの?傷、残ってるよねー?」
「え?…ああ大丈夫。隠れる様に水着選んだから。それにそんな目立つ傷跡じゃないしね。いやー現代医療の進歩は偉大だわ」
「そっかー、それなら安心だよー。あっ、でもでも!りんりんは胸が小さいからビキニとかそういう露出が多いのは選ばないよねー!」
「OK。その喧嘩買ったわ。表でろ」
「やめなさいな、はしたない…」

笑ってるのに凄く怖い鈴をセシリアが抑える。

「くっ、悪気が無いぶん質が悪いわね。天然って怖いわ…」
「ほえー?」

…天然?資源のことかな?それとも災害?ん。自然って怖いよね。気まぐれだし。天候の状態でイカロスの性能も変わっちゃうから。

「はいはいもう良いわよ。疲れるし…。それよりもさ、アンタ達一夏知らない?さっき部屋に行ってみたんだけど留守みたいなのよね。食堂にも居なかったし」
「えー?わたしは知らないよー?」

…ん?一夏?

「そっか。何処にいったんだろアイツ」
「困りましたわね…」

二人とも困ってる。何か大事な用事でもあるのかな?

「…私、一夏が何処にいったか知ってる」
「本当ですのミコトさん!?」
「でかしたわチビすけ!正直アンタが知ってるとか予想外だったけど。それで?一夏は何処に行ったの?」
「ん。シャルロットと一緒に街に行った」

「「………え?」」

二人が固まる。

「あの…今なんと?」
「? 一夏はシャルロットと一緒に街に行ったって言った」

うー。いったいった言いにくい…。

「ぬぅわぁんですってぇえええええええっ!?」

おおふ…。
耳が。セシリアの奇声で耳がマッハであぶない…。

「出遅れた出遅れた出遅れた出遅れた出遅れた出遅れた…」

鈴もよくわからないけどあぶない…。
近づいちゃいけないオーラ?みたいなのが出てる。

「くっ!油断してましたわ!まさかシャルロットさんに出し抜かれるとは!?」
「…ダシ?」

カツオだしコンブだしetc…。

「うん♪みこちーそれ違う♪」
「………ん」

違うんだ…。

「急がなければ!今ならまだ追い付ける筈!行きますわよ鈴さん!何時までも塞ぎこんでるんじゃありませんわ!」
「ブツブツ……ハッ!?そ、そうね!後をつけなきゃ!」
「後をつけるんであって合流するわけじゃないんだ。うん、まぁらしいといえばらしいよ二人とも…」

尾行…あっ!良い物がある。
私は慌てて部屋に戻りある物を持って来る。

「みこちー?どうしたのー…って、何で段ボール?」

部屋から私が持って来たのはだんぼーる。しかも『愛○みかん』って書かれてある上質のだんぼーる。これがあればどんな場所でも自然に溶け込めるあの蛇のひとならきっとよだれを垂らして欲しがるほどのレアな優れもの。

「ダンボールはスニーキングミッションの必需品って蛇のひとが言ってた」
「あの人が言うなら絶対だねー♪」
「訳が分かりませんわ!?何故ダンボールが必要になるんですの!?どう使うおつもりで!?」

セシリア何で分からないの?これ常識。そう思いながら私は段ボールをかぶった。うん。完璧。

「かぶる(ドヤ」
「かぶるんですの!?」
「何でかぶるのよ…」

何で?何でってそれは…。

「わからない。でもこの箱を見ていたら無性に被りたくなった。ううん、被らなければならないという使命感を感じた、と言う方が正しいかもしれない 」

「「し、使命感?」」

「ん。そしてこうして被ってみると、これが妙に落ち着く。うまく言えないけど、いるべきところにいる安心感というか、人間はこうあるべきだとう確信に満ちた安らぎのようなものを感じる」

ダンボール。それはリリンの生み出した文化の極み。

「駄目だこの子はやく何とかしないと…」
「ほ、ほほほ本音さん!?貴女がしっかりしないからミコトさんがこんな風になってしまいましたのよ!?」
「…え?私の所為なの?」

むぅー…皆うるさい。もうみっしょんは始まってる…。

「こちらミコト。これよりみっしょんを開始する」
「よろしい。ならば買い物だ」

ガポッとダンボールをかぶる本音。ん。さすが本音は分かってる。

ごーごー…。

「「わけがわからないよ!?」」

えー…。

結局、ダンボールは取り上げられちゃった。なんで…?









――――Side 織斑 一夏


「気持ち良いくらいに晴れたなぁー」
「だね。でもちょっと日差しが辛いかな?」

週末の日曜日。天気は快晴でこれ以上に無いお出掛け日和だ。
来週から始まる臨海学校もこれくらいの天気だといいな。折角の海を前にして雨というのは流石にテンション下がるし。

「おいおい。真夏はこんなもんじゃないぞ?これ位で音を上げてどうすんだよ」
「そ、そうなの?話には聞いてはいたけど日本の夏は暑いんだね」

海外になんて言った事が無い俺には良く分からんけども。まぁ、IS学園は海の近く…と言うかその上にあるからそう熱くは無いかもしれないけどな。冷房完備で天国な学園から一歩外に出れば地獄だが。

「四季がここまではっきりしてる国も珍しいね。衣替えとか大変そう」
「ああそうだな。特に俺は千冬姉の服も出さないといけないから更に大変だ」
「し、主夫なんだね一夏は…」

言わないでくれ。しかし何で私生活はこうまでずぼらなんだ我が姉は…。弟だからって俺は男だぞ?男に自分の服を用意させるのはどうかと思う。

「嫁の貰い手があるのか心配な今日この頃」
「あの人に釣り合う男の人ってそうは居ないよね…」

なにしろ『最強』だからな。おい、マジで貰い手はいるのか?

「「…………はぁ」」

暫しの沈黙の後、俺とシャルロットの溜息が重なる。たぶん、同じ事を考えて、同じ結論に至ったのだろう。

「そ、そんなことより!ほら!買い物買い物!折角街まで来たんだしさ!」
「あ、ああ!そうだな!さーて何処に行こうかなぁ!」

全力で話題を逸らす俺達。人それを現実逃避と言う。

「僕、水着を見に行きたいな。女物の水着は持って来て無かったし」

そりゃそうだ。男として転校してきたのに女物の水着なんて用意してる訳無い様な。

「それじゃあ、駅前のショッピングモールに行こうぜ。あそこなら何でも揃ってるし」

駅舎を含み地下街全てと繋がっているショッピングモール『レゾナス』。食べ物は欧・中・和。衣服は量販店から海外の一流ブランドまで。そしてその他にも各種レジャーも用意された死角なしの完璧なショッピングモールなのだ。たぶんIS学園が影響してるんだろうけど無駄に凄いなあのショッピングモール。

「僕はこの辺の地理は詳しくないしそこは一夏にお任せするよ」
「よし。なら決まりだな。ほら、行こうぜ!」

俺はシャルロットの手を引いて歩き出す。朝の電車は混むだろうから早めに電車に乗り込まないと。

「い、一夏!?」
「ん?どうした?」

急にシャルロットが顔を真っ赤にして奇妙な声をあげるので俺は足を止めた。

「て、てててて手!一夏!手!」
「手?」

俺はシャルロットの手を繋いでいる自分の手へと視線の降ろす。ふむ、何もおかしな点は無いが?

「…手が如何したのか?あっ、悪い。汚れてたか俺の手?」
「え?あ、ううん!?そんなんじゃないよ!?」

悪い事したと思い手を離そうとすると、今度は逆にシャルロットが逃がすまいとガッチリと俺の手を握って来て、ブンブンと慌てた様子で首を左右に振る。…そんな凄い勢いで首振ると頭が落っこちるぞ?

「そ、そうか?なら良いけどさ…」

俺は手を離そうと腕を振ってみる。しかしシャルロットに掴まれているので離れる様子も無い。しっかりと拘束されています。

手を解こうにも物凄い力で握られてて離せない、だと…!?

どんだけ俺を疑ってるんですかシャルロットさんや。そんなに強く握らなくても逃げないって。俺だって街に行って買う物があるんだから。

「…あのさ、シャルロット?何で手を掴んでるんだ?」
「え?何言ってるの一夏。握って来たのは一夏の方じゃない♪」

そうだね。最初はそうだったね。でも、今は違うよね!?
もう一度腕を振ってみる。しかし拘束された手は解けない。どういう事だこれ…。

「えーっと…」
「どうしたの一夏?早く行こうよ!」
「…………そうだな」

何か釈然としないが、時間も勿体ないし手を繋いでれば逸れる心配も無いからこれはこれで良しとしよう。それに…。

「ふふふ♪」

シャルロットも何か楽しそうだしな。









――――Side 布仏 本音


「コチラ本音。対象≪ターゲット≫は手を繋いだ状態で駅に移動中。オーバー」
「ん。引き続きたーげっとを追跡せよ。おーばー」

物陰から顔を出しいちゃつく二人の様子を眺めながら紙パックのジュースを通信機に見立てて通信の真似ごとをする私とみこちー。

あははー♪他人の色恋を見ていて楽しいねー♪まぁ、セシりん達はそうでもないみたいだけどー。

今向けている視線を頭上へと上げると、そこには私とみこちーの様に顔を出し、ハイライトの無い瞳でおりむー達を眺めているセシりんとりんりんが居た。
…うん。色恋沙汰になると女は変貌するねー。おりむー。いつか刺されるよー?

「……あのさぁ」
「……なんですの?」
「……あれ、手ぇ握ってない?」
「……握ってますわね」

りんりんの問いに、セシりんが笑っている筈なのに一切感情を感じさせない冷たい笑みでそう答える。すると、そうセシりんが答えた途端、りんりんの持っていたペットボトル(中身あり)が、音を立ててりんりんの尋常じゃない握力によって握りつぶされる。流石代表候補生、パネェ…。

「そっか、やっぱりそっか。あたしの見間違いでもなく、白昼夢でもなく、やっぱりそっか。―――よし、殺そう」

ペットボトルを握りつぶしたその拳は、いつの間にかISが部分展開していて戦闘モードに入っていた。…というか、これは暴走モードかな?とうとう私もテレビ出演かな?ニュースで『あんなにいい子だったのにまさかこんな事になるなんて…』とか『いつかはこうなるとは思ってたんです』とか言うのかな?どっちにしてこの場が惨劇の現場になるのは秒読み段階だよね。おりむー、安らかに眠ってね?

「…何をしているんだ?お前達は」
「「!?」」
「むー!この声は!」

いきなり背後から声をかけられ、驚いて振り向く二人に対し、二人とは違って私は聞き覚えのあるその憎たらしい声に嫌そうな表情を浮かべて背後へと振り向く。
そして、そこの立っていたのは案の定。みこちーの命を狙い、りんりんを怪我させた相手―――ラウラだった。

「あ、あんたっ!?何でこんな所に居るのよっ!?」
「『警護対象』の近くでISの反応を察知したら急いで駆け付けるのは当たり前だろう。…しかし、街の真ん中で何をしているんだお前は」

本日の『お前が言うな』入りましたー。ていうか、警護対象って誰の事かなー?ねー、誰の事かなー?私の嫉妬心がオーバーヒートしてるよー?んー?
唯でさえ、私は戦闘能力は皆無に等しい。それに対してこの子は戦闘のプロで高い戦闘能力を有している。これが嫉妬せずして何とする。

「貴女がそれを言いますの?」

鋭い視線で睨み。セシりんはそう問う。しかし、ラウラただ目を瞑って静かに返す。

「その件については既に謝罪した。あれでまだ足りないと言うのなら好きなだけ頭を下げるが?なんなら、此処で土下座しても良い」

そう言ってラウラが膝を着こうとするが、慌ててセシりんはそれを止める。こんな街中でそんな目立つ事をされたら逆にいい迷惑だ。

「や、やめなさいな!それに、わたくしが言っているのはそういうことじゃないですわ!」
「ふむ、そうか。まぁやるなというのならそれに従おう。それより良いのか?お前達の監視対象は既に行ってしまったぞ?」
「「――――はっ!?」」

バッと二人が振り向いた先にはもう既におりむー達の姿は無く、ただ人波が流れているだけだった。

「…一夏とシャルロットならもう駅に入ったよ?」

固まる二人にみこちーがそう告げる。何故今まで黙っていたのか。二人はそう言いたそうな表情をしてたけど今はそれどころでは無い。

「お、追いかけますわよ!鈴さん!」
「もち!」

慌てて駆け出す二人。それに私とみこちーも続……ちょっと待とうかー?
私は足を止めて後ろをピッタリ着いて来るラウラに振り向く。

「何で付いて来るのかなー?」
「折角接触したのだ。一緒に居た方が警護しやすいだろう?」

当たり前だと言わんばかりのデカイ態度に私の不快感がマッハなんだけど?
勿論断ろうとしたんだけど、そう私が言う前になんとみこちーが割って入ってラウラの同行を了承してしまったのだ。なんてこったい。

「ん。ラウラも一緒にお出掛けする。きっと楽しい」
「…そうか。そうだな。私も…楽しいよ」

…むー!何かなこのラヴ空間はー!?

みこちーにそう言われ、頬をほんのり赤く染めて照れくさそうにしているラウラを見て。私はぷくぅと頬を膨らませる。私が蚊帳の外なんですがどういう事?説明を要求するー!

「みこちー!置いてかれるよー!?早く行こうよー!」
「ん」

急かす私にみこちーは短く頷き、先に行ったセシりん達を追う。それに私とラウラも続いた。そして小さく、本当にみこちーに聞こえないくらいに小さい声で呟いた…。

「…負けないんだから」
「む?………フッ」

私の呟きにラウラは此方を見ると、じっと私の顔を見てぽつりと笑みを溢すとまた前をてこてこと走るみこちーの背へと戻した。その笑みに私はまたむっとするけど、その何かを想う優しい笑みはどうしても嫌いにはなれなかった…。






――――Side 織斑 一夏


駅に到着すればもうそこは店の中ってのがこのショッピングモールの良い所だ。しかも、市のどの駅からもこの駅にアクセスできるから移動の際にもとても便利と言える。

「そりゃ、これだけ人が集まるよなぁ…」

これだけの整った設備。なら、休日のこの日に人が集まるのも当然と言えば当然か。だから人でごった返しているこの駅のホームの光景も当たり前と言えるだろう。

「あはは…人混みの中を移動するだけでも大変そうだね」

目の前の光景にまだ着いたばかりだと言うのに疲れた笑みを浮かべるシャルロット。俺は昔から弾や鈴と一緒に遊んで回ってたりしてたからこういうのは何度も経験済みだしそうでもないが。

「逸れたら合流出来そうにないな。シャルロット、手を離すなよ?」
「…うん♪」

きゅっと握り返される右手の感覚を確認すると、シャルロットの手を引いて人混みの中へと歩き出した。

「わぷっ…本当に凄い人混み。目的地を絞って移動しないと大変じゃない?」
「…来る日を間違えたか?しかたない。色々回りたかったけど場所を絞るか。まずは水着売り場で良いよな?」
「うん。僕はそれで良いよ?」

んじゃ、人を掻き分けて進むとしましょうかね。確か水着売り場は2階だったか。この時期、あそこが一番込んでそうだよなぁ。考える事は皆同じってな。






――――Side 布仏 本音


こちら本音。唯今、異常事態発生中!メーデー!メーデー!

「みこちー!応答しろみこちー!」

紙パック片手に人混みの中みこちーの名を呼ぶ私。けれど、みこちーの反応は無く目の前では人の波が流れるだけである。

「本音さん馬鹿な事言ってる場合ではないでしょう!?と、とりあえず迷子センターに連絡を!?」
「あー…完全にはぐれたわこれ…」
「何たる失態…」

うわーん!みこちー!どこなのー!?






――――Side 織斑 一夏


やっとこさ水着売り場へと到着。まさかこんなに苦労するとは思わなんだ。

「もう帰りたい」
「だーめ!僕は水着買わないといけないし、一夏も買う物があるんでしょ?」

くっ!事前に用意していなかった俺が憎い!よりにもよってこんな混んでる日に買い物をする羽目になるとは!

「ほらほら、落ち込んでないで」
「やれやれ。手早く済ませるか…」
「残念♪女の子の買い物は時間が掛かるんだよ?」
「ジーザス…」

神は死んだ…。

ピンポンパンポーン♪

『迷子のお知らせをします―――』

ん?迷子のお知らせか。まぁ、こんなに人が多ければ親と逸れても仕方が無いよな。

「迷子かぁ、親御さん心配してるだろうね」
「そうだな」

はやく見つかるといい。最初は、そんな他人事みたいに放送に耳を傾けていた俺達だったが…。

『IS学園からお越しのミコト・オリヴィア様。IS学園からお越しのミコト・オリヴィア様。お連れ様がお待ちです。一階、サービスセンターまでお越しください。繰り返しご連絡いたします―――』

「「ぶふっ!?」」

まさかの身内の名前が放送され、シャルロットと一緒に盛大に噴き出してしまった。

「ミコト!?今、ミコトって言ってたよな!?」
「う、うん。確かにそう聞こえたよ?こっちに来てたんだねミコトも…」

俺達について来ちゃったのか?いや、ミコトが呼び出されているって事は他の誰かと一緒に来たって事だよな。たぶん、のほほんさん辺りだと思うけど…。

「………行ってみる?サービスセンター」
「放っておく訳にもいかないし、行くしかないだろ…」

一旦買い物を中断し、俺とシャルロットはサービスセンターへと向かう事になった。はてさて、誰が待っている事やら。







「―――で、まさかの勢揃いか。流石にこれは予想外だわ」

サービスセンターに着いてみれば、箒を除くいつものメンバーが勢揃いでミコトがやってくるのを待っていた。ラウラと一緒に居るの意外だったけど。

「あ!おりむー!ねぇねぇ!みこちー見なかった!?」

俺達を見た途端、のほほんさんが不安で一杯な表情を浮かべて俺に飛びついて来る。しかし残念だが俺にのほほんさんが期待している言葉はかけてあげられそうにない。

「悪い、見てないよ」
「…そっかー」

がっくりと肩を落とすのほほんさん。

「だ、大丈夫だって。モール内に居るのは確かなんだし、放送聞いてれば此処に来る…筈…」

そう言い掛けて、今までのミコトの行動を振り返ってみる。入学式をすっぽかし、最初のHRも遅刻、授業中も自由気ままに空中浮遊…。

「………駄目かもしれない」
「いやそこは断言しようよ。余計に不安にさせてどうするの?」

シャルロットよ。お前は途中からやって来たから知らないからそんな事が言えるんだ…。ミコトの行動を予測するなんて誰も出来やしないって…。

「ですが、一夏さんの言う事も一理ありますわ。此処は誰か一人此処に残って、他の皆で探した方がよろしいんではなくて?……あと、一夏さんには後でお話があるのでそのつもりで」
「そうね。待っていてもどうせあのちびっ子が来るわけもないし。……あたしも話があるから逃げんじゃないわよ?一夏」

俺が一体何をした…?

「じゃあ誰が残るか決めないとね。勿論私は探しに行くからー!」
「無論、私も捜索に加わる」
「わ、わたくしも探しますわよ?ミコトさんを一人にさせておくと何を仕出かすか分かりませんし」
「んー。あたしも探すわ。ここでじっとしてるのは居心地悪いし」
「僕も探すよ。この前の事件もあるし心配だから」
「じゃあ俺も……っておい!」

誰一人残る気はねぇのかよ!?

「いや、流石に一人は残らないとまずいだろ。係の人も困るしもしかしたらミコトが来るかもしれないだから」
「だからと言って私は譲る気は無いぞ?そもそも私は最初から一人で探すつもりだったのだ。それをお前達が…」
「貴女まで逸れたら面倒でしょう!?それくらい考えなさいな!」
「むぅ…」

セシリアの尤もな意見にラウラは押し黙る。

「なら公平にジャンケンで決めましょ。それなら誰も文句ないわよね?」
「…仕方ありませんわね」
「ぶー…」

パンと手を叩いて鈴がジャンケンで誰が残るかを決めようと提案すると、渋々ではあるがこの場に居た全員がその意見に賛成した。

「ならばこの勝負、私の全てを賭けて勝ちを取らせて貰おう!」

そう高らかに宣言し眼帯を外すラウラ。眼帯から覗かせた瞳は片方の眼とは違い、金色に美しく輝かせていた。

「何で眼帯を外すんだ?」
「この左目、ヴォーダン・オージェは脳への視覚信号の伝達速度を飛躍的に高速化させる。つまり、相手の手を見て直前に自分の手を変える事可能なのだ」

ハ○ター×ハ○ターかよ。

「厨二病乙…てかずっこ!?」
「そんなの認められる筈がありませんわ!?禁止です禁止!」
「何故だ?使える物を使っているだけだろう?」
「そーいう問題じゃなーい!」

ぎゃーぎゃーぎゃー!

折角決まりそうになったのにまた言い争いが始まってしまう。

「あーあ…」
「振り出しに戻っちゃったね…」
「駄目だこりゃ」







――――Side ミコト・オリヴィア


人、人、人、ヒト…。何処を見渡しても人だらけ。でも…。

「皆…いない…」

いない。人は一杯いるのに、セシリア達はいない…。
どうしよう。気付いた時には皆とはぐれてた。迷った…。

「…あがー」

どうすればいいか分からず途方に暮れる。確かに、遭難した場合。無暗に動くのは逆に危険だって『知識』にはあった。でも、これってそう何なのかな…?周りにはいっぱい人がいるのに?

「んー?」

首を捻る。どれが正解なんだろう?やっぱり動かない方が良いのかな?

ピンポンパンポーン♪

『迷子のお知らせをします。IS学園からお越しのミコト・オリヴィア様。IS学園からお越しのミコト・オリヴィア様。お連れ様がお待ちです。一階、サービスセンターまでお越しください。繰り返しご連絡いたします―――』

「…呼ばれた」

皆もそこに居るのかな?でもサービスセンターって何処だろう?ココ、すっごく広いから分かり辛い…。

「うー…」

動いたらもっと迷いそう。それに、あの人波の中を移動する自信は私には無い。こんなに人がいるところなんて初めてだし…。

「あらあら、可愛らしい女の子が一人で立ち尽くしちゃってどうしたの?」
「う?」

知らない女の人の声。とても澄んでいて綺麗な声…。
誰だろう?私はそう思い後ろを振り返る。するとそこにはとっても綺麗な金髪の女の人が私を見下ろして微笑んでいた。

「もしかして、デートをすっぽかされたのかしら?」
「…で~と?」

異性の男性とお出掛けしたりする事だっけ…?でも、セシリア達は女だから違う。ん。だから答えは否定。

「…違う」
「あら、なら迷子かしら?」

迷子…ん。それが正しい。肯定。

「…ん」

私は小さく頷く。

「あらあら、困ったわねぇ」
「ん。困った」

このままセシリア達と合流出来ないのは本当に困る。どうしよう…。

「サービスセンター。何処か知ってる?」
「あら、さっきの放送は貴女の事なの?」
「ん。きっとそこに皆いると思う」
「そうなの。なら私が案内してあげるわ」
「…いいの?」

私はこの女の人を知らないし、この人も私の事は知らないのに…。

「ええ。私、困っている女の子を見てると放っておけない性格なの」
「ん。じゃあ、しょうがないね」
「ふふふ♪ええ、そうね。しょうがないわね」

そう微笑むと、女の人は私の手を取り人混みの中へと進んで行く。

「それじゃあ、行きましょう?」

私はまだ返事をしていないのにもう歩き出してる。たぶん、断っても意味無いんだろうな。

「…通り雨みたい」

ぽつりと、思った事を溢す。こちらの意思とは関係なしに急に降りだして通り過ぎていく勝手な雨。この女に人はそんな雨に似てる気がする。

「よく言われるわ」
「言われるんだ」
「でも、貴女も人の事言えないんじゃないかしら?」
「う?」

私…雨なの?

「自覚なしか。ふふ、面白いわね貴女」
「…そうかな?」

私は面白いとは思わないけど。致命的にぼきゃぶらりーが欠けてるから。

「面白いわよ。『同じ』あの子とは大違い。やっぱり育て方によるのかしら?……いけない。操者の方は処分する予定だったのだけど、余計な欲が出てきちゃったわね」
「?」

言葉の意味が分からず私は首を傾げる。同じあの子?誰のこと?

「こちらの話だから気にしないで。でもそうね…貴女が学園を止めて私の職場で働くって言うのなら教えてあげても良いわよ?」
「いや」

きっぱりと即答する。皆がいる学園を止めるだなんて私には考えられない。それに、クリスとの約束を破るのはやだ。

「あら残念。振られちゃったわね」

残念そうには見えない。でも、今の言葉も冗談を言った様にも聞こえなかった。この人、よく分からない…。

「…ほんと、雨みたい」
「スコールとでも呼んでちょうだい。小鳥ちゃん」

名前って大事だよね。でも、そのまま過ぎると思う。

「私、ミコト」
「うふふ…よろしくね。ミコトちゃん」







「スコールも買い物に来たの?」
「そうね。今日は品定めってところかしら?」
「そうなんだ」

サービスセンターへ向かう道すがらお話を楽しむ私とスコール。そうなんだ。スコールもお買い物に来たんだ。なら、邪魔して悪いことしたな…。

「ごめんね?お買い物してたのに…」
「謝らないの。言ったでしょ?困っている女の子を見てると放っておけない性格だって」
「ん。…ありがとう」
「うふふふ…………本当、惜しいわね」
「ん?何か言った?」

綺麗な笑みを浮かべた後、何か小さく呟いたのを聞いたけどスコールは笑顔のまま首を左右に振る。

「いいえ?何も?」

んー…私の聞き間違いかな?

「―――あら、もう着いたみたいね。あそこがサービスセンターよ。後はもう一人で大丈夫ね?」
「? 最後まで一緒に行ってくれないの?」

送ってくれたお礼もしてないのに…。

「私もこれで忙しい身なの。それじゃあね。ミコトちゃん」

そっか…。じゃあ、止めちゃ駄目だよね?

「…ん。スコール?」
「何?」
「またね?」
「………」

また会えることを願って。『バイバイ』じゃなくて『またね』と私は言う。そんな言葉を告げた私に、スコールはきょとんとしたけどすぐにまたあの綺麗な笑顔を浮かべて「ええ、またね」と返して人混みの中へと消えて行った…。

「………ん」

スコールの姿が見えなくなるのを確認し、くるりと向きを変えてサービスセンターの入口を潜る。すると、私が入った途端、本音達が私に抱き着く形で出迎えてくれた。

「わぷっ?」
「みこちー!よ゛がっだよ゛おおおぉーーっ!」
「心配したんですのよ!?もう!……何事も無くて本当に良かった…」
「ったく!あんたは小さいんだからうろちょろしちゃ駄目でしょ?」
「放送を聞いた時はビックリしたようもう」
「まったく……心配したぞ。馬鹿者」
「今度からはちゃんと逸れない様にするんだぞ?分かったか?」

皆が何か凄い勢いで次から次へと声をかけられる。最初は、怒ってるような不安そうなそんな感じだったけれど。でも、それもだんだんと安心したように笑顔へ変わっていく。

「………」

―――貴女が学園を止めて私の職場で働くって言うのなら教えてあげても良いわよ?

「…ん。やっぱり駄目」

皆を見てもう一度そう思う。だって…―――。




―――此処が、もう一つの私の居場所だから…。








――――Side スコール


「………惜しいわね」

友達にもみくちゃにされている白い少女の微笑ましい光景を遠くから眺めながら、そうぽつりと溢す。
本当に、本当に惜しい人材だ。ISの才能は勿論のこと。人格は幼くもあるが、寧ろそれが逆にいい。つまりそれは私好みに染め上げられると言う事なのだから。もし、組織に加える事が出来たなら、彼女は組織に多大な利益を与えてくる事だろう。

「ま、有り得ないでしょうけど」

彼女は私と同じだ。誰にも縛られ無い自由な存在。組織なんて檻に入れられる筈も無い。

―――なら…。

「その翼だけでも、もがせて貰うわよ?ミコトちゃん…」

貴女の翼。張りぼての翼をね…。

「うふふ、『またね』。ミコトちゃん」

次に会う時は貴女のその翼を…。









あとがき

合体!

いやー、40度は死ねるわ。ほんと…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二十四話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/11/27 03:48
ついに臨海学校当日、天気に恵まれ空は気持ちいほどの快晴。まさに臨海学校日和だ。心地良い日差しに照らされながら、わいわいと騒いでいるクラスの女子の楽しそうな声が満ちるバスは目的地へと向かって走っていた。

「…9」
「はいそれダウト」
「ぐっ…!」

鈴に指摘され、俺は小さく呻き声を上げトランプをぺらりと捲る。トランプの数字は『7』。

「はい、召し上がれ♪」
「ご愁傷様ですわ。一夏さん」
「うがあああああ!?」

どっさりと溜まりに溜まった山が俺の手元に渡ってくる。これは完全に終わった…
長時間のバスの移動。流石に暇だと言う事で今に至る。何と言う集中フルボッコ。さっきから俺ばっかり狙われているのは気のせいではない筈だ。まぁ、前の番がミコトだからと言うのもある。『うー…8がない』って言われたら誰がダウトって言えるだろうか?俺は言えないしこのメンバーで言える奴はまず居ない。つまり、言い損ねた『ダウト』と言う言葉はミコトの次に回ってくる俺にへと向けられてしまう訳だ。何たる理不尽か…。

「理不尽過ぎる!席替えを要求する!」
『だが断る』

俺の要求は皆の一寸もズレぬ返答によって却下された。何これいじめか?いじめ、カッコ悪い…。

「息合いすぎだろお前ら!?」
「誰がハズレだと分かりきっている席に座ると思う?」

実に正論だが箒よ。それをミコトの前で言う事か?まぁ、当の本人は全然理解していない様子だけど。

「あ、あははは…まぁまぁ一夏。落ち着いて、ね?」
「だー!やめだやめ!このゲームは俺にとって無理ゲー過ぎる!」
「たかがトランプで何熱くなってんのよ…。じゃあ何する?大富豪やババ抜き、もうひと通りやっちゃったわよ?」
「それでおりむー全部ボロ負けしたよねー」
「一夏。トランプにがて?」
「ぐぅ!」

痛い。特にミコトの言葉が一番痛い!
ちくしょう、このエリート共め。トランプがこんな頭を使うゲームだとは思わなかったぞ…。俺が呑気に手札を選んでいる時にこいつ等はほくそ笑みながら知略を廻らせてたに違いない。なんて恐ろしい奴らなんだ。

「さてと、一夏を苛めるのはここまでにして―――」

苛めって言った!今、苛めって言った!

「―――ほら、外見てみなさいよ」
「あら、着いたみたいですわね」

丁度、長いトンネルを抜けるところで窓から見える景色は暗闇から一変して、日の光を反射してキラキラと輝く青い海が窓の景色を色鮮やかに染め上げる。

「トンネルを抜ければ何とやらか」
「それは雪国だろう…」

何やらカッコ良い台詞を言う俺に対し、呆れ顔の箒が鋭いツッコミを入れてくる。
人がカッコ良く決めてるのに横槍入れないでくれますか箒さんや。俺が可哀そうな奴に見えてしまうじゃないか…。

「海だー!みこちー!みてみてー!海だよ海ー!う~み~!」
「はいはい。分かったから落ち着きなさいって…」
「あははは!う~み~!ほらほらみこちーも!」
「う~み~」
「……駄目だこりゃ」
「あはは…」
「落ち着いて景色も楽しめませんわ…」

そして、人の感情と言う物は伝染する物。のほほんさんの雄叫びを合図に他の女子達も興奮し、瞬く間にバスの中は騒然となり、ついには千冬姉も我慢の限界に…。

「うるさいぞ貴様ら!バスの中で叫ぶな!」

『はーーーーい…』

「やれやれ…」

千冬姉の怒声により静まり返った生徒達を見て、ラウラは呆れて溜息を溢すのだった。









第24話「ペンギン、大地に立つ」









あれから程なくして目的地である旅館に到着。旅館の従業員の人達に挨拶を済ませて各生徒に割り当てられた部屋に自分の荷物を置きに行っている訳だが…。

「俺の部屋…どこ?」

そう、その肝心の部屋を俺は知らされていないのだ。しおりには問題を起こさない為か俺の部屋について何にも書かれていない。では俺はどうしろと?俺は旅館の廊下のど真ん中にぽつんとと立ち尽くすしかなかった。

「…一夏?どうしたの?」

振り向けば、そこには大きなリュックを背負ったミコトが立っていた。

「皆、海いく。一夏、行かないの?」

臨海学校初日は終日自由時間。なら、目の前に海があると言うのに泳がないという選択は無い。勿論、俺だって泳ぎたい気持ちで一杯だが…。

「いや、そうしたいのもやまやまなんだけどな。その肝心の部屋がどこにあるのか分からないんだよ」
「真耶、言ってた。一夏には専用の部屋が用意されてる」
「それは俺も聞いてるんだけど何処にあるかは教えて貰ってないんだよ」
「んー…困った」
「そうだな。困った」

二人で揃って腕を組みうーんと唸っていると、そこへやってきたのは千冬姉だった。

「織斑、此処に居たのか。お前の部屋はこっちだ。ついてこい」

ついてこいと促され、先導する千冬姉の背中を追う。そしてミコトもそんな俺の後をちょこちょことついて来る。どうやら俺の部屋に興味があるらしい。わざわざ海を我慢してまで見に行く様な物じゃないと思うが、別に嫌でも無いし千冬姉も放置してるからそのままにしておこう。

「ここだ」

おっと、どうやら着いたらしい。俺は千冬姉が立ち止まったドアへ目をやる。そして、ドアに張られてある紙の文字に目を丸くするのだった。

「『教員室』って書かれてるんだけど…?」

そう、紙に書かれている文字は『教員室』。文字通り教員の部屋だ。

「見ての通りだ。最初はお前に伝えた通りお前専用の個室を用意する筈だったんだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押し掛けてくるだろうということになってだな」

疲れた溜息を吐いて、千冬姉は言葉を続ける。

「結果、私と同室になったわけだ。これなら女子もおいそれと近づかないだろう」
「はぁ、そりゃそうだ…」

虎穴に入らずんば虎児を得ず。俺なんかに会う為に鬼の寝床に突入する勇者なんて居る筈―――。

「一夏の部屋。遊びに行っちゃいけない?」

―――居たよ…。

何も邪な物を感じさせない純真無垢な瞳でミコトは千冬姉を見る。千冬姉もミコトが他の女子とは『遊ぶ』意味合いが違うのを理解しているんだろう、他の女子なら駄目と即答するだろが、ミコトに対してはそうはならなかった。

「就寝時間までだぞ?あと、旅館の方達に迷惑にならない様に騒ぐな。それが約束できるなら遊びに来ても良い」
「ん。約束、守る」
「そうか。なら良し」
「ん!」

許可が下りたのがきっと嬉しかったんだろう。ミコトの返事が先程より若干大きく聞こえた。

「さて、私はこれから仕事だ。お前達は好きに遊んでくるといい」
「それじゃあさっそく海にでもいって来るよ」
「羽目を外し過ぎん様にな」
「うっす」
「ん」

千冬姉の注意に返事をすると荷物を部屋の隅に置き、水着やタオルをリュックサックに詰め込んで、ミコトと一緒に海へと向かった。









「…………」
「…………」
「おー…」

三人の間に漂う神妙な空気。ちなみに3人と言うのは更衣室へ向かう途中に箒とばったり出くわして丁度良いからそのまま一緒に更衣室に向かっていたからなのだが、今はそんな事はどうでも良い。今大事なのはこの場をこんな状況にしている原因だ。その原因と言うのは3人の視線が集中している…。

「…ウサミミ?」

ミコトがぽつりと呟く。そうだ。その原因と言うのは道端に生えた『ウサミミ』。バニーさんが付けてるアレだ。普通なら…というか常識的に考えて地面に生えている様な物じゃない。だが、俺にはこんな事をしそうな人物を一人だけ心当たりがあった。

『あの人』だよなぁ…。

ご丁寧に『引っ張って下さい』と書いてある張り紙。意図的な物なのは明らか。そして『ウサミミ』…。
俺はちらりと箒を見る。

「なぁ、これって―――」
「知らん。私に訊くな。関係無い」

俺が言いきる前に即否定。箒のこの反応。つまりそう言う事だ。これは…。
その才能は天井無し。天才の中の天才。自称一日を三十五時間生きる女。ISの開発者。そして、箒の実の姉。篠ノ之――――。

「束。何で地面に埋まってるの?」
「「―――なっ!?」」

しゃがんでつんつんと地面に生えているウサミミをつつくミコトの言葉に俺と箒は驚く。ミコトは束さんを知っている?いや、有名人だから知らないのも可笑しくもないが、今のミコトの反応はそう言うのではなく親しい間柄に使う様なそんな感じの話し方だった。

「ミコト。姉さんの事知っているのか!?」
「ん?束。イカロス直してくれた」
「まじか…」

一体何処で接点が…。ますます謎に包まれた奴だなミコトは…。
ミコトと束さんの関係も気になるが、とにかく見の前のこれを何とかしよう。放置して他の人が巻き込まれたら洒落にならんし。

「ミコト、あんまりそれに触るな。あの人の事だ。どんな仕掛けがあるか分からん」

突然ドカン!とか、あの人ならやりかねないからな…。

「? ん…」
「よし。いい子だ」

俺の言う事に素直に従いウサミミから離れるミコトと入れ替わって、恐る恐る俺はウサミミへと近づいて行く。傍から見たら絶対変に思われるよな俺…。

「えーと…抜くぞ?」
「好きにしろ。私には関係ない」

そう言って箒は去って行ってしまう。一体どうしてあんなに束さんを嫌っているんだ?箒の奴転校してからの事は何も話さないしなぁ…。
箒も気になるがコレを放置して後を追うのも色々と不安だし。とりあえず目の前のこれを引き抜こう。そう俺は頭の中で決断すると、ウサミミを掴んで思いっ切り引っ張る。

すぽっ!

「のわっ!?」

てっきり地中に束さんが埋まってるのかと思って勢いよく引っ張ったんだが、そんな事は無かった。引っこ抜かれたのはウサミミだけで勢い余った俺は盛大にすっ転ぶ。

「…おー、フェイク?」

転んだ俺をミコトは上から覗きこみ、こてんと首を傾げる。

「そうきたか…」

相変わらずの様だあの人は…。
しかし、単なる悪戯であの人が終わる筈が無い。常人なら此処で終わるだろうがあの人ならきっと他にも…―――。

キィィィィィン…。

「…う?」
「ほら来た!」

何かが高速で向かってくるような音。間違いない。このタイミングで来るなんてあの人しか――――。

ドゴーーーンッ!

謎の飛行物体が物凄い音を立てて地面に突き刺さった。しかもその突き刺さった物体の見た目というのがまた奇天烈なものだった。

「に、にんじん?」
「…食べきれるかな?」

俺はそう漏らし。ミコトはまた的外れな疑問を漏らしていた。
何と言うか。突き刺さっているのは絵に描いたデフォルメのにんじんだ。当然食べれない。

「な、なんじゃこりゃあっ!?」
「あっはっはっ!引っ掛かったね、いっくん!」

ぱかっと真っ二つに割れたにんじんの中から笑い声と共に不思議な国のアリスよろしくな可愛らしい服装で登場したのはやはりこの人。ISの開発者。天才。篠ノ之束さんだった。しかしこの人は普通に登場するということが出来ないのだろうか?そしてこの服装。センスもアレだが、少し年齢を考えた方が…。

「やー、前はほら、ミサイルで飛んでたら危うく何処かの偵察機に撃墜されそうになったからね。私は学習する生き物なんだよ。ぶいぶい!」

どんな日常送ってんだよ…。

「束。久しぶり」

唖然としている俺を他所に、ミコトが束さんに近づいて挨拶をする。

「お?おー!おーおーおー!チビちーちゃんじゃないかー!元気してたかなー?」

チビちーちゃん…。ああ、確かに千冬姉に似てるからな。

「ん。元気」
「うんうん。それはいいことだ~。人生あっと言う間だから元気に過ごさないとね~。それでチビちーちゃん。箒ちゃんは一緒じゃないのかな?さっきまで一緒に居たよね?」

何処で見てたんだ。と聞いても無駄なんだろうなぁ。束さんだし…。『束さんだから!』で済まされて終わりだ。

「アッチ、行った」
「おー!そっか!ありがとねチビちーちゃん!じゃあねいっくん。また後で!」

ミコトが箒が去っていった方向を教えると、束さんはその方向へ走り去ってしまう。まるで嵐の様な人だ…。

「あれー?なんかこっちからすごい音が聞こえたよ^?…って、あー!おりむーにみこちーだ~!」

束さんが去った後、入れ替わる様にしてのほほんさんがてっこてっことスローリーな速度で此方へと手を振りながらやって来た。

「……あれ?何、この空気…」
「………行くか」
「ん」
「え?あれれ?何かな?なんで私だけぼっちなの~?」

今来たばかりののほほんさんは状況について聞けてない様子だったが、俺とミコトは敢えてスルーして何事も無かったかのように更衣室へ向かうのだった。

触らぬ神に祟りなしってな。

「あ、あれれ~?なになに~?」









ミコトとのほほんさんと更衣室前で分かれた俺は、俺専用に割り当てられた更衣室で水着に着替えて一足先にいざ海へ。

「おー、来た時も思ったけどすげぇキレーな海だなぁ。都会じゃこんな綺麗な海そうはないぞ」

しかも都会じゃあ海や浜辺は人で埋め尽くされて泳ぐ所じゃないからなぁ。今も浜辺は女子達で溢れてはいるがそれでも全然マシだ。浜辺は広いし、浜辺に居るのは学園の女子だけだから遊ぶには十分余裕がある。女子だって肌を焼いてる子も居れば、ビーチバレーをしている子、泳いでいる子など、皆自由に楽しそうに遊んでいた。
これは負けてはいられないな。俺も遊ぶか。そう思った俺はとりあえず準備運動から始める。足が攣って溺れるとか格好悪いしな。

「いっちにー、さんっしー…」

腕を伸ばして足を伸ばして背筋を伸ばして―――。

「おっす!一夏~っ!やっぱり一夏も海に来てたんだ!」
「いてっ!?」

俺の背中を叩いて現れたのは鈴だった。
少しじんじんと背中に痛みを感じながら一旦準備運動を止めて後ろへと振り向く。そこには赤と黄色のワンピースを着た鈴が立っていた。露出が少ないワンピースを選んだのはきっとお腹の傷跡の所為か。目立たないにしてもきっと女の子として傷のある肌をあまり見られたくないんだろう。いくらそう言うのに鈍感な俺でもそれくらいは分かるつもりだ。

「あのなぁ、上半身は裸なんだから叩くなよ。痛いだろ」

手形出来てないだろうな?出来てたら流石に恥ずかしいぞ。

「情けないわねぇ。このくらいウジウジ言ってんじゃないわよ。男でしょ?」

理不尽過ぎる。女尊男卑の影響が此処まで…。

「おやめなさいな。一夏さんは貴女と違って野蛮な方ではないんですのよ?」
「やっほ~!おまたせ~!おりむ~!」
「……むむ!」

ぼ~ん!
ぼぼぼ~ん!

遅れてやってくるセシリアとのほほんさん。ちなみに今の効果音が何なのか、どっちがどの効果音かは言わないでおく。それに触れると後ろでまるで親の仇の様にソレを睨んでいるツインテールの鬼に殺されかねない。
ちなみに二人が着ている水着は、セシリアは青のビキニと腰に巻いたパレオが本人の雰囲気とマッチしてとても優雅な感じ。それと、のほほんさんは…。

「………何だ?それ?水着か?」

のほほんさんが来ているのはキツネ?の着ぐるみだった。何時ぞやの怪談事件でミコトが着ていた奴のバージョン違いか?

「当たり前だよー!メイドイン布仏!世界で一個だけの私専用の水着だよー♪」

自慢するようにぴょんぴょんと跳ねるのほほんさん。彼女が跳ねる度に布越しでも分かる程の大きく主張している胸が…ごほんっ!何でも無い。まぁ、幾つあってものほほんさんくらいしか着ないだろうけどな。てかオーダーメイドかよ。なんて無駄遣いな…。

「そ、そう言えば、俺のの記憶が確かならミコトの水着を用意したのってのほほんさんだよな?だとしたらミコトも…」
「も・ち・ろ・ん♪みこちーも同じタイプの水着だよー♪お揃いだねー♪」

そうだね。色鮮やかな水着で埋め尽くされるビーチでさぞ目立つ事だろうね。ビーチの視線を独占だ。

「…それで?肝心のミコトはどうしたの?」
「そういえば姿が見えないな。一緒に更衣室に入っただろ?一緒に来てないのか?」

確かに着替えるのに手こずりそうだが、のほほんさんはこうして今此処に居るし、のほほんさんがミコトを置いて先に来ると言うのも考え辛いんだけど。

「えっとねー。織斑先生に捕まっちゃってねー?」
「え゛っ」




…その頃


「………」
「………」

じっと見つめ合う千冬とミコト。互いに無表情ではあるが、しかし互いに退けぬ物を賭けて対峙していた。

「…それは何だ?」
「水着」

ミコトの簡潔な返答に暫し黙るともう一度千冬は同じ質問を繰り返す。

「…それは何だ?」
「ペンギンの水着」

今度は水着の詳細を付け加えたが千冬の求めた返答とは違っていたのか、彼女は頭を抱える。

「…他に水着は無いのか?流石にそれは無いだろう」
「や」

千冬の言葉にミコトは即座に拒否する。

「………頼む。他のを着てくれ。学校指定の水着も、ISスーツもあるだろう?な?」
「や」

千冬はそう提案するも、またもや即座に拒否される。

「………っ!頼む!同じ顔のお前がそんな姿を人前に晒したらこっちまで恥ずかしいんだ!パジャマは布仏ぐらいしか見ないが浜辺には一年女子全員がいるのだぞ!?」
「や」
「~~~~~~~~っ!!!!!!」
「や」

…この無駄な攻防戦はまだ続きそうである。

……………。



「何やってんだよ。あの二人は……ん?あそこに居るのはラウラか?」
「………そのようですわね」

二人の奇怪な行動に呆れていると、視界の端でぽつんと一人立ち尽くしているラウラを発見。気になったので声をかけてみる事にした。

「おーい!ラウラー!」
「む?織斑か。どうした?」

声をかけられ此方へやってくるラウラ。ふむ、学校指定の水着…いわゆるスクール水着か。地味だけど、色素の薄いラウラと黒色は似合ってるな。

「いや、一人でぽつんと立ってるから気になってな」
「そうか。訓練で海に来た事はあるがこういう風に遊びが目的で来たのは初めてなのでな。何をすればいいのか分からんのだ」
「何をって…泳げばいいじゃない」

戸惑うラウラにアドバイスしたのは、意外にもラウラに怪我を負わされた鈴だった。

「凰…。怪我は良いのか?」
「ふん。アンタに心配される事じゃないわよ。ま、自分の未熟さの所為でもあるしね。ISが兵器だって事を身を持って再確認出来たって事で良いんじゃない?」

す、素直じゃねぇ…。怪我させた張本人に言われても素直になれないのは分かるけども…。

「………そうか」

そうは言われても気まずいんだろうな。現にこうして怪我を隠す様な水着を見せられたら…。

「………見回りに行ってくる」
「おいおいおい!?せっかく海に来たんだから遊んでけよ!?」

くるりと背を向けて逃げる様に去ろうとするラウラを、俺は慌てて引き止める。罪滅ぼしのつもりなのだろうか。あの事件以降ラウラはIS学園内でミコトの警護や見回り等をする様になっていた。そしてどうやら此処でもそれをするつもりらしい。せっかく海に来たのに幾らなんでもそれは勿体なさ過ぎる。

「織斑。此処はIS学園の外だ。事前に学園が調べてはいるがそれも完全とは言えない」

流石は現役の軍人。一般人の俺には反論しようが無いくらいに正論だ。だけど、これだけは譲れない。

「…あのな?ラウラ。確かにお前は軍人なのかもしれないし、お前の言う事も正しいのかもしれないけどさ。ここでは俺達は生徒なんだ。なら、そう言うのは先生に任せておけばいい。それに、織斑先生が信用できないのか?」
「む…。それは卑怯だぞ、織斑」

流石に千冬姉が信用できないと言うのには抵抗があるのか。少しむっと困ったような表情を浮かべるラウラ。何だよ、女の子らしい顔も出来るんじゃないか。

「………わかった。私の負けだ。お前に従おう」
「そうか。分かってくれて嬉しいよ」

此処まで来たんだ。皆で楽しまないと損だもんな。それに、ラウラとの溝を埋めるせっかくのチャンス。無駄には出来ない。如何にかしてセシリア達の感情を良い方に傾けないと…。

「ところで、教官で思い出したのだが。更衣室の前でミコトと教官は何を口論していたのだ?」
「俺に聞くなよ…」

むしろ俺が聞きたいよ…。

「あ、一夏!やっと見つけた!」

名を呼ばれて振り返ればそこにはシャルロットが。

「もう、何処にも居ないから探したよ…っと―――」

此方へとやって来たシャルロットがラウラと目が合いピタリと動きを止めた。一瞬、シャルロットは予想外の人物に戸惑ってはいたが直ぐに笑顔を作り。

「…ボーデヴィッヒさんも来てたんだ。少し意外かな?」

そう笑い掛けた。…とても固い笑みだ。俺やミコト、友達に向ける感情のある笑みとは違う。まるで、笑顔を描いた仮面を被った様な…そんな温もりを感じさせない笑みだ。やっぱり、シャルロットもラウラの事を許しては無いんだな…。メンバーの中じゃラウラへ対する感情はわりとマシな方だと思ってたけど…。
実際、俺自身もまだ壁のような物があるのを自覚している。普通に話せているように見えても何処か距離を置いている様なそんな感じになっているんだ。きっと、今のシャルロットの態度だって無意識な物なんだと思う。それだけ、あの事件の事が尾を引いているのかもしれない…。

…なんとかしないとなぁ。

「…やはり、そう思うか?」
「え?あ、うん…。ボーデヴィッヒさんは固そうなイメージがあるから…」

思いもよらない切り返しにまた戸惑いを見せるシャルロット。まさかこんな気弱な反応を見せてくるとは思わなかったのだろう。

「…やはり私が此処に居ては皆の気分を害す可能性がある。私は見回りをすることにする」
「お、おい!?ラウラ!」

再び去ろうとするラウラに俺は慌てて手を伸ばすが、その伸ばされた手は簡単に避けられてしまい届く事は無かった。

「ラウラ!…っ!シャルロット!」
「ご、ごめん。まさかこんなことになるなんて…」

悪気が無かったにしても流石にこれはあんまりだ。俺はシャルロットをキツく睨むとシャルロットはしゅんと縮こまる。すこしキツ過ぎたかとも思ったが今は謝ってる暇は無い。ラウラを追かけないと…。
するとそこへ、ナイスなタイミングで救世主が現れた。

「…ラウラ?海で遊ばないの?」
「!……ミコト…」

背後から聞こえてくる幼さの残る少女の声。ミコトだ。対ラウラ最終兵器が来てく――――ぇ?。
振り向いてソレを見た途端俺はピシリと音を立てて固まる…。

「ちょ、アンタ…」
「あらあらまぁまぁ!なんて可愛らしい」
「あぁ、やっぱりそれで来るんだ…」
「ミコト…お前、それ…」

硬直から解けた俺はふるふると揺る手でミコトの着ている水着を指さす。水着が着ている水着。それは…――――。

「ん?『ペンギン』」

どど~ん!

あの怪談騒動の原因となったペンギンぱじゃまとまったく瓜二つの着ぐるみ…いや、水着?だった…。

「いやペンギンなのは見れば分かるけどさ…」

俺が聞きたいのはそう言うのではなくて。いや分かっちゃいた。分かっちゃいたさ。のほほんさんが用意すればこうなるって事ぐらい。でも実際に見たらそんな覚悟吹き飛んだよ。それぐらい衝撃的だよ。……いやいやいや!それどころじゃ無かった!今はラウラの事だよ!?

「ミコト!ラウラを止めてくれ!」
「?」

急に止めてくれと言われて何の事かさっぱりわからんと言いた気にミコトは首を傾げる。言葉が足りなかったか。反省。

「ラウラが皆と一緒に海で遊ばないって言い出すんだ。ミコト、ラウラを説得してくれないか?」
「む。仲間はずれ、ダメ。ん。私にまかせる」

ぺんぎんが胸を張ってポン!と胸を叩くとペタペタと音を立てながらラウラへと歩いて行く。

「(まんまペンギンね…)」
「(ペンギンですわね…)」
「(かわいいなぁ…)」
「(はぅ~!みこちーかぁいいかぁいいかぁいいねぇ~!)」

…何故だろう。見学者の中からとても危険な邪念を感じる。

「ラウラ。あそぼ?」
「織斑達と遊んでくるといい。いつもそうしているだろう?」
「ん。…でも、ラウラが楽しくないのは、や」
「そんな事は無い。お前が楽しければ、それで私は良い」

本当にミコト第一に考えるよなぁ。それはのほほんさんも一緒だけど。

「ラウラが居ない。私、楽しくない」
「それは…卑怯だ…。どうして織斑も、お前も…」

おお、ミコトが優勢だ。

「ラウラ。いこ?」
「うっ…」

そう言ってミコトはラウラの手を握り引っ張る。たじたじなラウラ。効果は抜群だ!…何を言ってるんだ俺は。

「いこ?」
「………………分かった」

長い葛藤の末、ラウラはついに折れてしまう。いや、ミコト相手に良くもった方だと思うぞ?俺だったらそんなに抵抗できる自信ない。

「おう。おかえり」
「………むぅ」

ミコトに引っ張られて戻って来たラウラを俺は少し意地悪な笑みで迎えると、ラウラは不満そうな表情を浮かべていた。遊ばないって言った矢先に戻って来たんじゃ居心地が悪い気持ちも分からないでも無い。

「ほ、ほらほら、ラウラも何時までもむくれてないで遊ぼう?」

フォローに入ったのは先程の事を気に病んでの事かシャルロットだった。そして、鈴も面倒臭気にそれに続く。

「どうでもいいけど遊ぶなら遊ぶでさっさしてくれない?時間は有限なんだから」
「………仕方ありませんわね。ミコトさんと鈴さんがそう言うのでしたらわたくしに反論する権限はありませんもの」

此処で反発したら空気を読まないにも程あると判断したのかセシリアも渋々了承。残るは…。
ちらりと最後の関門を見る。

「ぶぅ~………」

頬を風船の様に膨らませて、全身で『いやです!一緒に遊びたくありません!』とアピールしているのほほんさん。うむ。見るからにラスボスです。事件の事を除いてものほほんさんはラウラに何か対抗心を燃やしてるからなぁ。これは一筋縄じゃいかない―――。

「本音。あそぼ?」
「うん!よろこんでー!」

どてーん!

ミコトに声をかけられてコロッと態度を変えるのほほんさんに対して、ミコトとラウラを除いた全員が盛大にすっころぶ。

「ん?」
「あれー?皆のどうしたのー?」

それはこっちの台詞だ!

「いやいやいや!どうしたの?はわたくし達の台詞ですわよ!?一体全体どういう気の変わり様ですの!?」
「えー?だって、みこちーが一緒に遊ばないと楽しくないって言うんだもん。ならしょうがないよね!」
「ときどき、アンタがよくわからないわ…」

なんというミコト至上主義。ミコトのためなら自分の感情なんて二の次ってか。でも何だろう。ラウラはまぁ罪滅ぼしとかそういうのかもしれないけど、のほほんさんは友達だからとかそれ以外にも何か強い使命感とかそういうのを感じる様な…。

「ま、まぁ、喧嘩にならなくて良かったじゃないか。………ところでさ、さっきから気になってたんだけど二人のその水着は海に入って大丈夫なのか?水を含んで動きにくきなったりしないか?」

のほほんさんとミコトの水着を見てずーっと気になってたんだよな。明らかに泳ぐのを意識して作られて無いよな。それ…。

「それなら大丈夫だよー!特殊な素材の生地で作ってるし私は泳がないしねー」
「のほほんさんはそれで良いとして…ミコトは?」
「それも問題ナーイ!ぽちっとなー!」
「…んっ」

のほほんさんがミコトの胸の辺りを押す。…今、ミコトの声が少し色ぽかったような――――。

「あ、おりむー。もし、いま私と同じ事をみこちーにしたらもぐからー」
「何を!?」
「ナニをー」

咄嗟に股間を守る。お、恐ろしい子…。

まぁ、それはともかく。おそらく胸の辺りにスイッチか何かがあるのだろう。のほほんさんが胸の辺りを押した途端、ぷしゅーっ!と空気が抜ける時の様なそんな音がミコトのペンギンから発し出した。そして次第にぷくぷくとペンギンのお腹が膨れ上がり。空気音が止まった時にはあら不思議。ふっくらに膨らんだペンギンがって―――!

「なんじゃこりゃあっ!?」
「訊いて驚け!私特製浮き袋機能なのだー!これさえあれば沈まないよ!」

どんなもんだと大きな胸を張るのほほんさん。まさかの手作りとは二重の意味で驚きである。

「おー…」

ぷよぷよと膨らんだ自分のお腹をつつくミコト。感触が気に入ったのかご満悦な表情だ。そして、今度はその膨らんだお腹のままぺたぺたと浜辺を歩き出した。

ぺたぺたぺた………コテ

「あぅ…」
『(あ、転んだ…)』

どうやら膨らんだお腹が邪魔で移動をするのは難しいらしい。なんていうか。なんていうか…。

「もう完全にペンギンですわね。特にあの歩き方とか…」
「こう、一生懸命に歩く様とかね…」
「可愛いなぁ、もう…」
「………良い物だな」
「はぅー!おもちかえりぃー!」

極一部の人間がヤベェ…。海と言う開放的な空間が奴を暴走させてやがる!

「ん~!…ん~!」

倒れた状態でジタバタと暴れ出すミコト。そうか。膨らんだ状態だと足が短いから起き上がれないんだ。こりゃあ助けてあげた方が良いな。俺はそう思い駈け寄ろうとすると、浜辺に少し強めの風が吹いた―――。

「「あ………」」

コロコロコロコロ………どぼーん!

風に吹かれ、ボールの様にころころと浜辺を転がり始めたミコトは、そのまま海へと着水。そのままゆらりゆらりと沖の方へ流されて――――っておい!?

「誰か助けろよ!?」

自分の事は棚に上げてとはまさにこの事である。

「―――ハッ!?あまりにギャグ過ぎてスルーしてしまいましたわ!?」
「まずい!まずいって!もうあんな沖にまで流されちゃってるし!?」
「あわわわ!?」
「み~こ~ち~!?」

慌てて次々と海へ飛び込み始める俺達メンバー。しかし、そんな俺達に反して流されている当の本人はと言うと…。

「………お~」

「…何やら目を輝かせているな」

眼帯を外して流されていくミコトを眺めながらラウラがそう困惑する表情でそう呟く。だと思ったよ畜生!
俺達が必死に救出しようと全力でミコトへと向かって泳いでみせるが、思いの他沖は波の流れが速く、だんだんとミコトとの距離は近づくどころか離されてしまう。そして、事態が危うく感じだした周りの生徒達もそれぞれの遊びの手を止めてミコト救出作戦に参加。長い救出劇の末、ミコトは無事に回収されるのだった。

「ん。楽しかった。また海に行きたい」

『もう勘弁して!!』

「えう?」







あとがき

ヒロイン達のイベント?原作でお楽しみ下さい。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二十五話 (※作者がアップを始めたようです)
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/12/15 02:29
ミコトの漂流騒動から時間が過ぎ、現在七時半。大広間を三つ繋げた大宴会場で、俺達IS学園一年生一同は賑やかに夕食を取っていた。

「…なるほど、皆何やら疲れ切った顔をしていたのはそんな理由があったのか」
「ああ、おかげで俺もへとへとだよ」

昼の話を聞いた俺の隣に座って食事を摂っている箒は、疲れの色が濃い同級生達の顔を見渡して納得だと言って呆れている。結局、箒は海に出て来なかった。もしかして水着用意して無かったのか?日曜日の時だって街に居なかったし。

「箒はその頃どうしてたんだ?皆、海に出てきたのにさ。水着忘れたのか?」
「違う!『あの人』から逃げ回っていたんだ!」

箒が物凄い剣幕で否定する。『あの人』…ああ、束さんか。なんていうか、その…お気の毒に…。話を聞かなくてもどんな壮絶な追いかけっこだったか想像が出来る。本当にご愁傷さまである。

「そ、そうか…。ま、まぁそう気を落とすなって!夏休みになれば海なんて幾らでもいけるんだしさ!」
「別に海に行きたかった訳じゃ…む?」

箒は何か気になる物でも見つけたのか、話すのを中断しじーっと何処かを眺めはじめた。何だ何だ?何が如何した?

「どうかしたのか?」
「……いや、ミコトの様子が少し、な」

「ぅー…」

何だ。箒が見てたのはミコトだったのか。箒の視線を辿れば向かいの席にミコトが食事に手をつけていない状態でぼーっと眺めていた。隣の空いてる席はのほほんさんか?どうやら今は退席してるみたいだ。

「ああ、そう言えばミコトって和食が苦手だったよな」

だが哀しきかな、この旅館は完全に和風なので和食しか食事は用意されて無いのだ。貴重な体験だと思って諦めてくれ。まぁ、好き嫌いを減らす良い機会だと思えばいいんじゃないか?

「……あれはそうなのか?そんなんじゃない気がするんだが」

どうも納得がいかない様子でミコトを見る箒。一体何が気になって―――ん?今、ミコトの頭がフラつかなかったか?
疲れてるのだろうか?何だかんだ言ってミコトも海でははしゃいでいたみたいだし、疲れて睡魔が襲って来たのかもしれないな。ほら、今だってうつらうつらってな感じで……。

「随分と寝むそうだなぁ。ミコトの奴…」
「いや、違う。――――いかん!」
「――――――…え?」

突然、箒は立ち上がると御膳を撥ね飛ばしミコトへと駈け寄る。俺は一体何が起きたのか状況を理解まま箒の行動をただ眺めるだけ。そして、箒がミコトへと手を伸ばそうとした時、俺は漸くそれに気付く。力無く地面に崩れ落ちるミコトの姿を…。

ドサッ…。

「ミコトっ!?」
「きゃあああああっ!?」

ミコトが床に倒れた瞬間、大宴会場に悲鳴が沸きあがった…。

「ミコトちゃん!?ミコトちゃんどうしたの!?」
「誰か先生呼んできて!早く!」

あっという間にミコトを囲う様にして群がり出す女子達。ある一人の女子が先生を呼ぶように声を上げるが、既に誰かが廊下に飛び出していた。襖の隙間から見えた走り去って行くあの銀髪…恐らくラウラだ。先生を呼びに言ってくれたのか。流石に行動が速い。先生の事はラウラに任せよう。それよりも今は―――。
群がる女子を掻き分けその輪の中心で、女子達の安否を心配する視線を浴びながら箒に介抱を受けているミコトへと駈け寄る。

「ミコト!?大丈夫か!?おいっ!?」
「はぁ…はぁ…っ」
「…凄い熱だ。疲れによる物じゃないぞこれは」

おいおい嘘だろ…。昼間までは全然元気だったじゃないか!?
箒の腕の中で気を失っているミコトは、荒い息遣いで顔を赤く染めて大量の汗をおでこに浮かべていた…。尋常じゃない。風邪とかそんなんじゃないぞこれは…!

「一夏!―――なんなのよこれ!?」
「ミコトさんっ!?どうしましたの!?」
「何があったの!?一夏!?」

騒ぎを聞きつけて鈴やセシリア、シャルロット達も女子を掻き分けて此処へやって来ると、ミコトの姿を見て言葉を失い慌てミコトへ駈け寄る。

「…っ!凄い熱!?昼間は全然体調が悪い様には見えませんでしたのに!?」
「これ、医者に連れてった方が良いんじゃない?あきらかに普通じゃないわよ!?」

んな事は分かってる!今はそれどころじゃないだろ!?

「無理に動かしたら駄目!身体を寝かしてあげないと!」
「ああ!……誰か!厨房に行って氷貰って来てくれ!あと座布団を!布団代わりにしてその上に寝かせる!」
「う、うん!わかった!貰ってくる!」
「コレ!この座布団使って!」
「わ、私のも!」

周りの女子達にそう指示を出し急いで座布団を掻き集めさせると、畳みの上に敷かれた座布団にミコトを寝かせる。と、そんな時だ。彼女が、ミコトの一番の友達が戻って来たのは…。

「みこちー!フォーク貰って来……………ぇ?」

元気良く開かれて襖から登場したのほほんさんは、弱りきったミコトを見て言葉を失い…―――。

ちゃりーん…。

箸に慣れないミコトのために持って来たフォークが手から零れ落ちた…。











第25話「忍び寄る予兆」









――――Side 織斑一夏


あの後、直ぐに千冬姉と山田先生が駆けつけてミコトは山田先生の部屋に運ばれた。今は容態も落ち着き。あれだけ高かった熱も今ではすっかりと引いて平熱よりもやや高めの状態に、荒かった呼吸も今は整った寝息となってミコトはすやすやと山田先生の布団の中で眠りについている。

「…はしゃぎすぎて疲れが出たのだろう。臨海学校中は安静だな」

千冬姉はそっと手でミコトのおでこに浮かぶ汗を拭うと、ミコトを起こさない様に静かに立ち上がりミコトが心配で部屋までついて来ていた俺達へと振り返る。

「お前達はもう戻れ。明日から本格的に実習だぞ」
「でも…」

高熱で寝込んでいるミコトを放って部屋に戻るのは…。

「オリヴィアさんは私が看病しますから大丈夫ですよ。それより、織斑君達は明日があるんですから。疲れを残して織斑君達も倒れたりなんかしたら大変です」

山田先生が俺達を安心させるようにそう微笑む。しかし、ミコトのあの普通じゃない様子を目にしたらどうしても安心なんて出来はしなかった。

「織斑先生。ミコトのあれは…」
「単なる疲れによる物だ。元々、ミコトは身体が弱いからな」

千冬姉は頑として疲労による物だと言い張る。そうなのか?本当にあれは唯の疲労によって起こった物なのか?疲れただけであんな…。

「しかし、あの様子は…」
「篠ノ之。私は部屋に戻れと言ったぞ?早く部屋に戻れ」
「……っ」

それは指示ではなく命令だった。有無を言わせないその眼光に箒はただ押し黙る。そして、それは俺達も同じだった。唯、千冬姉に従い部屋を出ていくしかなかった…。――――一人だけを除けば。

「…………」
「…のほほんさん?どうしたんだ?」

俺達が退出していく中、のほほんさんだけ顔を俯いたままそこから動こうとはしない。

「………私の……ぃだ」
「……本音さん?」

のほほんさんが震える声でボソリと何やら呟き、立ち去ろうとしていた皆も振り返り視線がのほほんさんへと集まる。

「私の所為だ…。私がちゃんと見てなかったから…私が…っ!」
「のほほんさんは悪くないって。誰も気付けなかったんだし…」

そもそも千冬姉が言うにはミコトはそういう体質なんだ。誰が悪いなんてありはしない。ただ運が悪かったとしか言えないんだ。けれど、のほほんさんはそれでも自分が許せないのか、俺の言葉を否定するようにぶんぶんと頭を振り瞳に涙を浮かべる…。

「違う!違うの!分かってた!私、こうなるの分かってたの!それなのに…っ!」

…こうなるのが分かってた?一体、のほほんさんは何を知ってるって言うんだ?

「ちょっと、本音。分かってたって一体…――――って!本音!?」
「本音さん!?何処に行きますのっ!?」

鈴がそう問い詰めようとしたその瞬間、どんっ!と鈴を押し退けてのほほんさんは部屋から飛び出して行ったしまう。俺達は慌ててその後を追おうとするが―――。

「追うな。放っておけ」
「千冬姉!?」
「…納得がいきません。ミコトの事もそうですが、本音を放っておけだなんて」
「………」

千冬姉は固く口を閉ざし何も語らない。シャルロットの疑問に答えるつもりは無いと言う事か…。

「貴女方は何を隠しているんです?本音は何を知っているんですか!?」
「篠ノ之。前にも言った筈だ」
「…ミコトの詮索はするな、ですか」
「そう言う事だ。お前達の為にも、オリヴィアの為にも、な」

千冬姉の言葉に何かが切れた…。

――――…ざけんな。

「何がミコトの為だよ…。ミコトの事を、友達の事を知ろうとしないのが何でミコトの為になるんだよ!?」

千冬姉が何を隠してるかは知らない。でも友達って言うのはそんなんじゃないだろ!?互いに理解し合えるのが友達ってやつじゃないのかよ!?

「一夏、落ち着いて。あんまり大きな声を出すとミコトが起きちゃうよ…」
「………くそっ」

シャルロットにそう言われて頭に血が昇り忘れかけていたミコトの存在を思い出し自制する。そこへ千冬姉は蔑むかのように俺達を見下し、フッと冷笑を溢した…。

「何でも聞けば答えて貰える。知っても自分が背負い切れなければ子供だからと大人に押し付けて逃げる。餓鬼は気楽で良いな」
『――――なっ!?』

その言葉に俺達は絶句する。

「お、織斑先生。少し言い過ぎじゃ…」
「甘くすればつけ上がる。少し力を与えてやれば自惚れる。餓鬼にはこれぐらいが丁度良い」
「――っ!さっきから聞いてれば餓鬼餓鬼って!何?大人がそんなに偉い訳!?」

罵倒され続け、ついに怒りが限界に達した鈴が千冬姉に噛みつく。

「ああ、責任を背負えない者程ウザイ物は無いからな」
「オルコット家の当主であるわたくしに対してその様なもの言い。許す事は出来ませんわね」
「政府に程良く利用されているだけだろう?」
「なん…ですって!?」
「お、落ち着いてよ二人とも!?」

みるみる顔を赤く染め、怒りに震えるセシリア。鈴に続いてセシリアも爆発するのは目に見えていたが、それをシャルロットが慌てて制する。無論、千冬姉を見る目は敵意に満ちてはいたが…。箒もそうだ。無言を突き通してはいるがその瞳に映る感情は明らかに千冬に対して怒りを示していた。

「気に喰わない事があれば直ぐに感情を爆発させる。そんな餓鬼と話す程私は暇じゃない。とっとと失せろ」
「千冬「失せろと言ったぞ?それとも、強制的に眠らされたいか?」…っ!わかったよ」

これ以上何を言っても無駄か。そう悟った俺は千冬姉の言う通りに荒ぶる鈴達を連れて退室するのだった…。







――――Side 織斑千冬


「…良かったんですか?あれで?」

一夏達が退室した後、山田君が罪悪感に耐えかねて困惑した表情で私に訊ねてくる。

「アイツ等はまだ子供だ。子供に責任を…オリヴィアの一生を背負えるとは到底思えん。それに、事実を知って普段通りに生活を送れると思うか?」
「………無理、でしょうね」

そう、無理だ。アイツ等にミコトの人生と言う重圧を背負う事も、自分を偽るなんて器用な真似も出来る訳が無い。事実を知ればその行き場の無い感情を分かりやすい悪へと向けるだろう。そして、それは今の生活の崩壊を意味する。

「しかし、布仏はそれでも笑っている。事実と向き合いながらも、自らの責務を果たしている…大した奴だよ。まだ幼さが目立つ所はあるが、私は布仏を評価している」
「そうですね。私も布仏さんは良くやっていると思います。護衛の方も思いの外しっかりとこなせてますし、監視の方も今回は不測の事態でしたから彼女に非は無いかと」

確かに、水着のセンスはどうあれ紫外線等の対処は完璧にされていた。非の打ちどころが無い程に。本人はそう思ってはいない様だが。

「不測の事態…か。どうだかな」
「織斑先生…?」

ギリシャから日本へ無理な航行。急な環境の変化。慣れぬ学園生活。クラス対抗を始めとする騒動。どれもミコトの身体に重い負担となっている。寧ろこうなるのは分かりきっていたと言うべきではないのか?

「……何でもない。オリヴィアの事は任せた。私は用事があるのでな」
「布仏さんの所ですか?」
「…それもあるが本命は別だ。一体『あの馬鹿』は何処をうろついているのやら…」

歩く『人間災害』を放置するのは色々と危険すぎる。とりあえず昼間の様にもう一度気絶させて地面に埋めておかなければ…。オリヴィアの事についても確認しておきたい事もあるし、布仏の事もあるからな…。

「あの、織斑先生…」
「何だ?まだ何かあるのか?」

部屋から出ようとしたところを山田君に呼び止められ振り返る。

「事実を知らされずに終わる偽りだらけの一生に意味はあるんでしょうか…?」
「…………」

その問いに答えず私は無言で部屋を出た。答えられる筈もない。人生の意味など、本人にしか分からないのだから…―――。






――――Side 布仏本音


「グスッ…ごめんね。ごめんねみこちー…」

旅館から離れた森の木陰に隠れ、私はみこちーに謝り続ける。何度も、何度も、只管に懺悔を繰り返す…。
知っていた筈なのに。みこちーが身体が弱いのは知っていた筈なのに。避けられた筈だ、この事態は。なのに…避けられなかった。完全に私のミスだ。私がみこちーを苦しめたんだ!

「ごめんね…ぐすっ」

Pruuuuuuu…

静寂が支配する森に携帯の音が鳴り響く。私の携帯だ。

「…はい。もしもし?」
『本音?山田先生からミコトちゃんが倒れたって連絡があったんだけど―――泣いてるの?』

受話口から聞こえてきたのはお姉ちゃんの声だ。いつもは冷静なその声も今は若干焦りが籠ってる。きっと、みこちーが倒れたからだ…。

「ぐすっ…お゛ねぇちゃん゛!みこちーがぁ!」
『分かってる。分かってるから。泣かないで…』
「ひっく…でもぉ…っ!」

任されたのに。みこちーを任されたのに…っ。

『貴女は悪くないわ。万全を尽くした』
「それでも…それでもみこちーは倒れたもん!私もせいだもんっ!」
『本音…』

どうしよう?このままみこちーが目を覚まさないなんて事になったら私…。

『はいはいもしも~し?本音ちゃん聞こえてる?』
「ぐすっ……おじょうさま?」

お姉ちゃんの声とは違う明るい女の人の声。おじょうさまの声だ。たぶんお姉ちゃんと変ったんだと思う。

「おじょうさま。ごめんなさい。みこちーが…」
『うん。話は山田先生から聞いてる。せっかくの臨海学校が台無しになっちゃったわね…。でも、自分を責めちゃ駄目よ?』
「でも!私が―――!」
『貴女が泣いてミコトちゃんが元気になるの?違うでしょ?貴女は、貴女の役割を果たしなさい。布仏家の人間として』

声から優しさが、温もりが消えて、鋭い言葉が受話口から私の耳を突く。今、受話口の向こう側に居るのは身内としてではなく主としての更識 楯無だった…。

『………遅かれ早かれこうなるのは分かりきっていた。ただ、予定より早かっただけ。違う?』
「それ、は………」

あくまで想定されていたタイムリミットは何事もなければの話。でも、入学から想定外のアクシデントは続きっぱなしで……。

『辛いかもしれないけど、ミコトちゃんは―――――』
「やめて…やめてよぅ…ひっく…グスッ…」

そこから先の言葉を、私はいやいやと首を振って拒絶する。聞きたくない。そこ先の言葉だけは…。

聞きたくない。聞きたくないよぅ…。

「いやだ。いやだよぅ…」
『(…今は、何を言っても無駄みたいね)…本音ちゃん。もう一度考えてみてね?何で私がミコトちゃんの監視を貴女に任せたのか。貴女が何をすべきなのか…』

おじょうさまはそう言い残し電話は切れる。

「私の…すべきこと…?」

決まってる。みこちーを守ることが私の…―――。

「……ちがう」

おじょうさまもお姉ちゃんも私に護衛なんてはなから期待していない。そもそも力の無い私にみこちーを守るなんて出来る訳が無い。そんな私にせいぜい出来る事なんて―――。

「私に…出来る事なんて…」

できる…こと…なんて―――。

「笑ってることしか…ないよ…」

戦う力なんて、ない。だったら…最後までみこちーの傍に居て、みこちーが笑ってられる様に笑ってあげることくらいしか私には出来る事なんて無い…。

「………辛いなぁ」

本当に……辛いよ…。

「いやーあはははー♪」
「………?」

人気の無い森の中、あまりにも場違いで雰囲気ぶち壊しな陽気な女の人の笑い声が聞こえてくる。誰だろう?同級生の子かな?とりあえずぐしぐしと涙を拭っておく、泣かれてるとこ見られたくないもん…。

「いやいや死ぬかと思ったよー!流石ちーちゃん!首を180°捻じ曲げて地中に埋めるとか容赦無いね!しかも人気の無い森の中!まるで死体を隠してるみたいだね!死体遺棄事件とか初めて体験したよ!」

…同級生の子かと思ってたら何か変な人が来た。可愛らしいウサミミとエプロンドレスは泥だらけで、しかも何か凄い事言ってる…。

「あれ?死体遺棄って私死んでないから死体遺棄事件じゃないよね?じゃあ、殺人未遂事件だぁ!いやー、それでも初体験だけどね!」

そんな体験する人なんて滅多に居ないと思うけど…。
この人一体何なんだろう?いきなり現れて…。この辺り一体はIS学園の貸し切りで関係者以外は立ち入り禁止になってる筈なんだけど…。学園の関係者なのかな?でも、とてもそうには…。

「むむむ?しかし此処は何処だろー?私の記憶が確かならば、私は旅館に居た筈なんだけどなー。真っ暗で分からないや」

どうしよう。先生を呼んだ方が良いのかな。いやそれよりも警察を呼んだ方が良い気がするよ。死体遺棄とか殺人未遂とか言ってるし…。

「おお!村人Aはっけーん!」

うわ。見つかっちゃったよー…。
私と目があったウサミミの人はガサガサと草木を掻き分けてこっちに向かってやって来る。

「やーやー!村人A!此処が何処だか説明してくれないかなー?ほらほら!『ここは、○○の村です』っていつものやつお願い!」
「NPCになった覚えはないんだけどな…。あと、ここは旅館の裏にある森だよ?」
「なんと!?現場から離れて無い所に埋めるだなんて二流も良い所だよ。ちーちゃんらしくないなぁ」

ちーちゃんって誰かな?聞く限り凄く怖そうな人なんだけど。

「世界の覇者。ブリュンヒルデがそんなんじゃいけないと思うな!うんうん!」

身内だったーっ!?…あ、でも凄く納得してる自分がいる。

「あ、あの…」
「うん?何かな?私は君に用は無いんだけど?」

あ、この人私と同じ匂いがするよ。我が道を往くって感じの。…ってそうじゃなくて。

「織斑先生の知り合いなんですか?」
「知り合いなんてとんでもなーい!私とちーちゃんはベストフレンド!親友なんだから!月が輝くには太陽に照らされなくてはならない。つまり私とちーちゃんは太陽と月みたいな関係なのだ!」

説明が厨二臭いなぁ…。

「ということは、学園の関係者…?」
「んー?学園の関係者って言えばそうなのかなー?ISの開発者だからねー。うん、そうだね!関係者だよ!」

…今何かとんでもない事言ったよね?絶対言ったよね!?

「ISの開発者って…え、ええーっ!?」
「何突然大声出しちゃってくれてるわけ?失礼な奴だな君は」
「だ、だってISの開発者って言ったら…」
「そうだよー!何を隠そう私が天才の束さんなのだー!で、話はもう終わり?じゃあバイバイさよならまた明日!」

天才…だったら…。ううん、幾ら天才だからってジャンルが違い過ぎる…。でも、もしかしたら…。

「あ、あの!」
「む~!何なんだお前は~!さっきから邪魔ばっかりして~!」
「え、えと、その…篠ノ之博士は医療の方も他の人達と比べて優れてるのかなーって…あ、あははー」

うぅ、形振り構ってられないからって我ながら苦しい話題の振り方だよぅ。目の前の人も何言ってんだコイツ?みたいな顔してるしぃ…。

「何を言い出すかと思えば本当に何なのかな君は?まぁ、大天才の束さんにかかればどんな難病でもちょちょいのちょいだけどね!どうだー?驚いたかー?はい、これで満足?」

―――――っ!?治せるんだ!

私はそれを聞いて絶望しか無い暗闇に希望の光が差し喜びに震え。そして、目の前の人に凄い勢いで頭を下げてお願いする。

「お願いします!みこちーを助けて下さい!」
「はぁ?誰だよ君は?何で君なんかのお願いを聞かなきゃなんないの?それに、みこちーって誰?」

心底ウザそうに冷たい言葉が突き刺さる。返って来たのは明確な拒絶。さっきまでの態度もあまり人付き合いでは褒められた物じゃなかったけど、今度のはもうそう言うレベルじゃなかった。一方的な拒絶。交渉の余地なんて一切感じさせない絶対の壁。それでも、それでも私は譲れなかった。頭を下げるのを止めなかった。

「ミコト・オリヴィア。私の大切な友達なんです!お願いします!お願いします!」
「知らないよそんなの。私には関係ないし興味なしだよ………あれれ?ミコト・オリヴィア?………あーーっ!ちびちーちゃんの事かぁ!」

ぽむと手を叩いてぴこぴこと頭上のウサミミが激しく動く。技術者としてあのウサミミはとても興味深いけど今はそれどころじゃないので置いておく。

「ちびちー?え、えっと…みこちーを知ってるの!?」
「うん。知ってるよー」
「な、なら!」
「でも嫌」
「―――――…ぇ?」

キッパリとした拒絶の言葉。その言葉に私は何が何だか分からなくなった。…何で?どうして?知り合いなのに?何で助けてくれないの?

「ど、どうして…?」
「だって無駄じゃん。私完璧主義者なんだよね。自ら手掛ける『作品』は完璧じゃないと気が済まないんだぁ。それに、どうせすぐ死んじゃうんだし無駄な事しても意味無いでしょ?」

無駄?今、無駄って言ったの?この人…。みこちーを助けるのが無駄…?
みこちーにとって、例え僅かな延命でもそれがどれだけ価値があるのかこの人は分かってるの?その僅かな時間。ほんの少しの時間さえあればみこちーがどれだけ幸せか…?それだけの事が分からないのこの人は…。

「あの子は面白くはあるよ?でもそれだけなんだよねー。代えのきくオモチャってやつかな?飽きたらポイって捨てちゃうの」

おも…ちゃ…?みこちーがオモチャ?分からない。この人が何を言ってるのかワカラナイ。

「みこちーは…みこちーはオモチャなんかじゃないもん!」
「ふーん。でも、それは君の価値観だよね?私は違うし。あの子が死んでも少し勿体なかったかな?程度でしか無いから」

少し勿体なかったって……。
くらりと意識が遠のきそうになるのを地面を踏ん張って何とか耐える。

「貴女…サイテーだ!何で…どうしてそんな酷いことが平然と言えるの!?」
「はぁ?訳わかんないし。私にとってあの子は所詮面白いモルモット程度なの。モルモットに真剣になるなんて逆に信じられないんですけど?」
「――――――――!?」

モルモット…。みこちーがモルモット…?
同じだ。この人はみこちーを作った人達と同じだ。みこちーを人として見てない。唯の道具としてしか見てない。みこちーが生きてると思って無いんだ…。

「第一さ、スイッチ一つで大量生産出来るのをオモチャと言わないでなんて言うの?そんなに惜しいのなら新しいの作れば良いじゃん。理解不能だよ」

そういう問題じゃない。どうしてそれが分からないの?分かってくれないの?

「みこちーに…代わりなんて居ないもん!みこちーは一人だけなんだからぁ!」
「一人しか、ねぇ。ま、確かに幾つもの偶然が重なって出来た失敗作だしそうかもしれないね?でも、ちーちゃんのコピーでしかないじゃん。笑えちゃうよね。クローンならあの完璧な存在を再現出来るって思えちゃうんだから。不愉快極まりないよまったく」

…うるさい。ウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイ!
全てを見下したようなその態度が気に喰わない。吐き出される言葉が癪に障る。この人の成す事全てが腹立たしい。

「みこちーは……みこちーはみこちーだ!例えあの人のクローンでもみこちーはみこちーなんだ!代わりも無い!他の人でも無い!世界でたった一人しかいないんだ!」
「うわ、駄々こね始めたよ。現実から目を逸らすなんて見苦しいね。諦めなよ、試合はもう終了だよ?」

―――…ふざけないで!

人の気も知らないで…。現実から目を逸らす?それが出来たらどれだけ幸せか分かってるの?現実から目を逸らしてただ笑っていられたらどんなに幸せか…。

「貴女に…貴女に何が――――!」

早まるな。相手は世界中の国家が欲している天才。危害でも加えれば大問題となり、おじょうさまの邪魔になってしまう。それは布仏の者として断じてやっていけない事だ。でも、溜まりに溜まった感情は理性を喰い破り、暴発したその感情は目の前に居る女へと向けられる。…その瞬間――――。

「もうそこまでにしておけ。それには人の常識なんて通用せんからな」
「むむ!?この声は!?」

―――静まり返る森の中に凛とした女の人の声が響き渡り、伸ばそうとした手がピタリと止まった…。

「織斑…先生…」
「此処に居たのか。まさか、そこの馬鹿と一緒だとは思いもしなかったが」

暗闇の奥から現れたのは織斑先生だった。そのもの言いからして私を探してたみたいだけど、どうして私なんか…。

「束。私の教え子を苛めるのはやめろ。お前と違ってこいつは繊細なのでな」
「むー。ちーちゃんがそんなに優しくするなんて。ちーちゃんはこんなのが好みなのかな!?ひどい!私の方がおっぱい大きいのに!私とは遊びだったんだね!」
「五月蠅い黙れ」

鋭い蹴りがあの女に突き刺さり女は綺麗な放物線を描いて宙を舞い、茂みに頭から突っ込んだ。運動神経が悪い私でも分かる。あれは人を殺せるレベルの蹴りだ。

「流石ちーちゃん!常人ならあばらが何本か逝っちゃってるよ!」

それでへーぜんとしてられるこの人は本当に科学者…?
けれど織斑先生はそんなの気にもしないで目の前の非常識な存在を完全にスルーして話を続ける。

「布仏。オリヴィアの件だが、あれはお前が気負う事ではない。気にするな。責任と言うのであれば、それは私が負うべき物なのだからな」
「……先生?」
「私はさながら背景ですぜ」

…五月蠅いのは放っておこう。あ、織斑先生が足元に転がってた拳サイズの石ころをあの人に向かってぶん投げた。

「ミコト・オリヴィアを託されたのは私だ。本来ならあれは私が監督しなければならなかったのをお前に押し付けた。むしろ私はお前に感謝しているくらいだ」
「私に感謝…?」
「………私もまともな学生生活を送っていなかったからな。私がお前の役目を務めたところで、オリヴィアにとって価値のある日常は送れなかっただろう」

そう言えばおりむーから聞いたけど、おりむーのお父さんとお母さんは物心ついた時から居なくておりむーのお姉ちゃんである織斑先生が女手一つで生活を支えてたんだっけ…。それなら学生生活を楽しんでなんかいられないよね…。

「だから、お前には感謝している。あの輪の中心にオリヴィアが居られるのはお前のおかげだ」
「私は…ただ笑ってるだけですよ…」
「確かにそれだけだ。だが、難しいんだよ、それが…。更識がお前にオリヴィアを任せたのは、お前ならそれが出来ると思ったからだ。お前にしか出来ないと思ったからだ」

私にしか…。

「常人なら潰れている。過酷な現実に向き合ってなお笑えるのはどれ程難しいか分かるか?仲が良ければなおのこと…。それでも、お前は笑えている。オリヴィアのためにな」
「それしか出来ませんから…」
「それだけで良い。オリヴィアの傍で笑っているのがお前の務めだ。今回の事でお前に責はない。良いな?」

責任は無いと言われても納得は出来ない。今回の事は私に責任があるのは事実なんだ。それを気にするなと言うのは無理がある。無理があるけど…。

何時までもへこんでたって仕方が無いよね…?

これで笑えなくなったりしたらそれこそ本末転倒なんだ。先生やおじょうさまが言う笑ってる事が私の務めなら、私は笑ってなくちゃいけないから…。だから…。

「…………分かりました」
「そうか。なら、部屋に戻れ。もう就寝時間はとうに過ぎているぞ」
「…はい!おやみなさい!先生!」

くるりと身を翻し旅館へと私は駆けていく。
悩みが解消した訳でも、問題が解決した訳でもない。けれど、気は楽になった。そして、私のすべき事も思い出した。笑っていよう。泣くのは最後の時だけ。その時を迎えるまではずっと笑っていよう。みこちーのために…。






――――Side 織斑千冬


「……
行ったか」

布仏が去っていった方角を眺めながらそうぽつりと呟く。

「何でこんな面倒なことするのかな?別にあの子の前でもかまわないでしょ?」
「五月蠅い」

そもそもお前と一緒に居ること自体が想定外だったんだ。でなければこんな面倒な事するか。…それに、此処から先の事は布仏には聞かせる訳にはいかないからな。

「それで、本題に入るが…」
「ちびちーちゃんの事だね?そうだねー。確かな事は実際に調べてみないと分からないけど、この数ヶ月間の身体の負担から考えて―――




―――余命、一年ってとこかな?」







――――Side 布仏本音


「あちゃー…、来た時はただ夢中で走ってたから良く覚えてないけど、足もとがでこぼこで歩き辛い上に結構旅館から離れてるよー」

織斑先生には悪いことをしたなぁ。わざわざこんな所にまで探して来てくれるなんて。やっぱり織斑先生は生徒想いの良い先生だよー。女子生徒からの人気は名声や憧れだけで得た人気じゃないってことだねー。

「それはそうと早く旅館に戻らないと…。皆心配してるよね?」

あんな場面で飛び出しちゃったんだもん。おりむー達は優しいから絶対心配してるよー。それに、気が動転して口を滑らしちゃったし…。

「あ~、どうしよう?誤魔化すの大変そうだよー!」
「その心配は不要だ」
「ひゃいっ!?」

突然現れた冷たい声にぴょんと跳ね上がる。

「…どうした?」

木の陰からぬっとボーデヴィッヒさんが生えてきて奇声を上げた私を見て眉を顰める。む~!何かなその表情は!?驚かしておいて悪びれもしないで~!

「どうした?じゃないよ!急に現れないでくれるかな!?ビックリするから!」
「む。それはすまなかった」

まったくだよ、もう…。
唯でさえこの子は声の温度?って言えばいいのかな?それが低いのにこんな人気の無い森でそんな登場のされ方なんてされたらビックリしちゃうよ…。

「それで?心配はいらないってどういう意味かなー?」
「教官が織斑達に詮索はするなと念を押しておいた。お前が滑らした言葉の意味を問いただされる事はあるまい」
「そっか…」

何から何までお世話になりっぱなしだなぁ…。

「それは別としてだ。私が此処に居るのはお前に言いたい事があったからだ」
「…何かな?私を笑いにでも来たの?」

そう卑屈混じりに訊いたけど、あの子は静かに首を振りそれを否定。

「いや、丁度良い機会だから言っておこうと思ってな…………すまなかった」
「―――………ほぇ?」

馬鹿にされると思っていたらいきなり深々と頭を下げられて謝られたでござる。

「え、えっと…?」

訳も知らず突然謝られて今の状況に困惑する私。何が一体どうしてこうなった…。

「お前にはちゃんと謝罪したかった。場の空気を悪くしないために私が行動を共にするのを反対などはしていないが、本当は嫌なのだろう?」
「…そうだね。否定しないよ。今でも私は君を許せてないから」

本音を隠そうともせずに真っ向からそう言い放つ。けれどそんな事は分かりきってたんだと思う。あの子はただ頷くだけだった。

「ああ、分かっている。真実を隠し続け、一人来るかどうか分からない明日に怯えながら過ごすお前には私の行ったことは絶対に許せなかっただろう」
「……………」

流石にこれには参った。まさか私の胸の奥に仕舞い込んでいる弱い部分を突いて来るなんて。事情を知る他の人ならともかく、人の情とかそう言うのに疎そうなこの子がそんな事を言って来るなんて…。

「な、何を言ってるのかな?」

この人だけには弱さを見せまいとちっぽけな対抗心で意地を張ってみせる。でも、そんな物はこの子にはお見通しの様だ。

「隠す必要はない。…私自身、明日が来るのが怖い」
「えっ?」

さっきもそうだったけど、驚きの連続だよ。この子は自分から弱さを見せてくるような子じゃないと思ってたから。

「だから、すまなかった。辛い想いをしているというのに、その上更にあのような事をしてしまって……本当にすまなかった。謝れば許してくれるとは思わない。逃げだと思われても仕方がないだろう。…それでも、すまない」
「…………ぁ」

また深く頭を下げて詫びてくる。何度も、何度も…。そして気付く。頭を下げていて私からはあの子の顔は見えないけど、月の光が反射して涙を零している事が…。

「ずるいね、君は」
「……そう思われても仕方がないな」
「うん。ずるいよ。『ラウっち』は…」

涙を流してる女の子を憎めなんて私には出来ないよ。それが、みこちーを大切に思っている人なら尚更だよ…。

「私は、何があってもミコトを守る。それが私の償いだ」
「やっぱりずるい。私はそんなこと出来ないよ」

少し不貞腐れた様に言ってみる。

「だが、私はあの日常を守る事は出来ない。教官もだ」
「………訊いてたの?」
「すまない。悪いとは思ったのだがな…」

ラウっちはほんと油断も隙もないよー…。

「………私はラウっちを許す事は出来ないよ。どんな理由でもみこちーを殺そうとしたから」
「ああ、分かっている」
「でも、ラウっちはみこちーの友達だよね?」
「……そうでありたい。ミコトが私を友と認めてくれるならそうでありたいと願っている」

………そっか。

「私からラウっちの友達になるのはたぶん無理。どうしても抵抗が出来ちゃうよ」
「………」
「でも、みこちーの友達なら仕方が無いよね?『友達の友達は友達』だもん」
「布仏…」

驚いた表情でラウっちは頭を上げてこちらを見上げてくる。私はそんなラウっちに微笑んで右手を差し出した。

「私はみこちーを守りたい。最後まで、みこちーの生活を…だから、私の友達になってくれるかな?」

差し出された右手を戸惑いながら見つめるラウっち。でも、ラウっちはやがて微笑むと―――。

「………私などで良ければ。喜んで」

―――私の手を握ってみこちー以外に見せた事が無い綺麗な笑顔で応えてくれた。



「私がみこちーの笑顔を守るよ」
「では、私がミコトの身を守ろう」



月の光に照らされる中、奇妙な友情はこうして交わされたのだった…――――。









あとがき

何でだろうね?鬱展開だとテンション上がるの。
急な展開だとは思いますがミコトの人生まさにそんなもんなんですよね。明日死んでも可笑しくない人生。それがミコトの人生なんです。今回はただ熱で倒れただけなので心配はありませんが…。

嫌な話でテンション下がった方ためにお馴染みミコトイラストだ!TINAMとPixivをご覧あれ!



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二十六話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/12/28 03:26

「貴方のお名前は?」
「なまえ…」

初めて交わした言葉は、誰もが経験したこともある有り触れた言葉でした。

「3510…ううん、ミコト。ミコト・オリヴィア。クリスがくれた。ん。私のなまえ」

最初に言いかけた『3510』と言うのは恐らくこの子の開発ナンバーか何かだと思います。でも、白い女の子はすぐにそれを言い直して『ミコト・オリヴィア』と、誇る様に笑顔でそう名乗りました。

「………そう、良い名前ですね」
「ん♪」

褒められて嬉しかったのか白いその頬をほんのりピンク色に染め、私もこの和やかな空気に感化されたのか気が緩んで微笑み返します。
…正直にいうと、最初にあの子を見た時は怖かったんです。最強と呼ばれたあの人の遺伝子で、戦う為に造られ、育てられたクローン。そんなの兵器と変わらないじゃないかってそう思っていました。とても怖い子なんじゃないかって…。でも、そんなことはありませんでした。ただ人を傷つけるだけの兵器がこんな笑顔を浮かべることなんて出来ないから…。それに、笑顔を見て分かったんです。この子は兵器としてでもあの人のクローンとしてでも無く、ミコト・オリヴィアとして生きてるんだって…。

「私は、山田真耶って言います」
「やまだまや…真耶?」
「はい♪」
「………あ」
「え?どうかしました?………へ?」

何かに気付いたのか声を漏らすミコトちゃんに私はどうしたのか気になって顔を覗きこもうとしたら、ずいっと指を刺されてきょとんとしてしまう。

「ええっとー…?」

な、何なんでしょう?一体…。私何かしたかな?

「逆から読んでも『やまだまや』」

ごけっ

少し自慢げに言うミコトちゃんの発言に、私は盛大にベッドにこけた。


…これが、私とミコトちゃんの最初の出会い。優しくも悲しい物語の最初の一ページだった…――――。









「……んっ……ぁ?」

目を覚ましのっそりと身を起こすと、頭がぼんやりとした状態できょろきょろと辺りを見回す。すぐ横にはミコトちゃんが安らかに寝息をたてて寝ていた。そっとおでこに手を当ててみると熱も完全に引いたみたいでほっと胸を撫で下ろす。…どうやらずっと看病をしていてそのまま寝てちゃったみたいですね。うぅ…畳の上で寝た所為か身体が痛いです…。

「夢……ですか」

随分と懐かしい…と言うにはそこまで経っていない。つい最近のことなのにずっと前の出来事の様に思えてしまう。それだけ充実した毎日にだったのかな?
…確かにそうなのかもしれない。少なくてもこの子にとって、この半年は十分に価値のあるものだった。充実した日々だった筈です。短い時間を生きるこの子にとっては…。

「そうでないといけないんです…」

託された者として、この子を想う者として、この子の生涯を無意味な物なんかに絶対にさせたりはしない…。

「でも…」

―――オリヴィアの余命はあと一年程だそうだ。

昨晩、突然織斑先生から告げられたミコトちゃんのあまりにも短い残りの命…。何も言えなかった。ただ呆然と、全身の力が抜け落ちて…。そして、泣いた。ずっと泣いていた。声を堪えて、ずっとずっと…。

「短すぎ…ですよ」

最初に告げられたリミットの半分も満たない。せめて、せめて卒業までもって欲しかった。皆と一緒に卒業して欲しかった。楽しい学園生活を送って欲しかった…。でも、それはもう出来ないと言うんですか…?

「……………」

壁に掛けられた時計の針はチクタクと音を立てて時を進めている。私には、それがカウントダウンにしか見えなくて…。

「…やめましょう。こんな考え方は」

ふるふると頭を振り暗い気持ちを振り払い、パチンと頬を叩いて気を引き締める。先生である私までこんな調子じゃ駄目でしょ?しっかりしなさい!山田真耶!
時計の針は6時前を指している。生徒達が起き出す起床時間まであと少ししかない。私も支度しないと…。

「…あっ!」

そそくさと支度を済ませ、部屋を出ようとした私は大事なことを思い出し足を止めてくるりと部屋を振り返り。

「行ってきますね。ミコトちゃん」

まだ寝ているミコトちゃんを起こさない様に小さくそう呟いてから部屋を出た―――。










第26話「夜はまだ明けない」









――――Side 織斑一夏


ミコトが倒れたあの夜が明けて、合宿二日目の朝がやって来た。今日から本格的に合宿が始まり朝から夜まで丸一日かけてISの各種装備試験運用とデータ取りを行われるのだが、浜辺に整列する皆の表情は優れなかった。皆、昨日倒れたミコトの事が気になって仕方が無かったんだ。

「よし、集まったな。それではこれより装備試験を行う。各班に振り分けられたISを―――」
「あ、あの~…織斑先生」

一人の生徒が遠慮気に手を上げた。

「何だ?説明している途中だぞ。質問は最後にしろ」
「え、えっと…その、オリヴィアさんはどうしたんですか?」
「またそれか…」

もううんざりだと頭を抱えて面倒臭そうな表情を浮かべる千冬姉。実は起床時間になった直後に俺と箒達は山田先生の部屋に行こうとして千冬姉に止められている。その際に千冬姉は質問攻めにあった訳だ。

「オリヴィアの事は心配するな。熱も引いたし今は寝ている。合宿中は授業に参加は出来ないがな」
「そ、そうですか…」

それを聞いてほっとする生徒一同。ミコトを知らない奴なんてまず一年には居ないし、一年のマスコット的存在なためか一年の殆どがミコトの事を心配していたんだと思う。しかも皆が集まる食事中に倒れたんなら尚更だ。

「まったく、朝からずっと同じ質問をされる私の身にもなれ」
「ひゃ、ひゃい!すいましぇん!?」

不機嫌な千冬姉に睨まれてびくびくしながら謝る名もなき女子生徒。すまん、俺達の所為だね。朝も早くから押し掛けるのような真似をしたのが悪かったか。結局、ミコトにも会えなかったし現状を考えると見事に空ぶってるな…。

「では各自配置に着き装備試験を行え。時間は有限だからな。迅速に行動しろ」

千冬姉が不機嫌な為、はいっ!とハッキリとした生徒一同は返事をすると、きびきびと班に分かれて行動を開始する。そんな中、女子達が移動する最中に交わす会話の殆どがミコトに関する事ばかりで、本当にミコトは女子の間で人気があるのが窺える。

「…心配か?」
「ああ、はいそうですかってな感じにはなれないな…」

話しかけてきた箒に俺が渋い表情で頷く。
他の女子達は納得している様だが、昨晩ののほほんさんの言葉を思い出すとどうもモヤモヤした感じが晴れない。それはあの場に居た箒達も同じだろう。

「こうなる事は分かってたのに…か」

あの時、のほほんさんが言っていた言葉を呟く。すると、箒の目が鋭くなる。

「一夏、気持ちは分かるが…」
「分かってる。のほほんさんに聞くつもりはないよ」

正直、今直ぐにでも問い詰めたい気持ちで一杯だが、あの時ののほほんさんを思い出すと…な。

「なら良いが…。くれぐれも軽率な行動はとるなよ?理由はどうあれ本音も辛い思いをしている様だ。無理に話を聞いて傷つけるのは友人としてするべき事ではない」
「分かってるって。一体どれだけ信用されて無いんだよ俺は」

そう言いつつも気になって視線を泳がせてのほほんさんの姿を探してみると、相川さんや谷本さん、あと女子数名で班を組んでいるのほほんさんを見つける。専用機がある俺や候補生メンバーは班を組み必要が無いのでどうしてものほほんさんはあぶれちゃんだよな。…ん?ちょっと待てよ?

「箒も専用機は無いだろ?班の所に行かなくていいのか?」

いつまでも此処に居ると鬼が来るぞ。これ以上怒らせるのは利口とはとても言い難いんだが…。

「あ、ああ、それは…えっと…だな」
「? 早くしないと怒られるぞ?」

何だかちらちらと周りを気にしながらハッキリしない箒に、はてなマークを浮かべる俺だったが、そこへ声をかけて来たのは鬼…ゲフンゲフン!千冬姉だった。

「ああ、篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い」
「あっ!は、はい!」

箒は千冬姉に呼ばれて逃げる様にそちらへ向かう。一体何だったんだ…?

「アイツから聞いているかもしれないが、お前には今日から専用―――」
「ちーちゃ~~~~~~~~~~ん!!!」

ずどどどど…!と地響きを響かせて砂煙を上げながら何かがこちらへ近づいて来る。いや、千冬姉を「ちーちゃん」と呼ぶ人物はこの世で一人しか居ないので分かりきってる事なんだが…。問題はその近づいて来ている人物の移動速度だ。無茶苦茶速い。たぶん、ISっぽい何かをつけてるからなんだろうけど、流石は天才。世界中から逃げ回ってる事はある。あれじゃあ捕まえられんわ。

「はぁ…もう復活したのか。念入りに処置したのだがな」

聞き覚えのある声を聞いてまた面倒な奴が来たと溜息を吐く千冬姉。え、何その危険な言葉。とても聞きたくないんだけど。

「やあやあ!昨晩ぶりだねちーちゃん!まさか用件が済んだ瞬間に首を180°回転させられるとは思わなかったよ!しかも今度は間接まで外されるし!さすがの束さんも地中から脱出するのは苦労したね!でも分かるよ!これもちーちゃんも愛だっt――――ぎゃふっ!」

千冬姉の容赦ない蹴りが束さんを吹き飛ばし、束さんは頭から砂浜にめり込む。犬神家状態だ…。

…しかし何でこの人生きてるんだろう。

突然現れた束さんに皆ドン引きである。いや、皆が引いてるのはこの人に対する千冬姉の扱いかもしれない。デンジャラス過ぎる。普通なら警察沙汰だぞさっきの話…。

「(夕方あたりから追いかけて来ないと思ったら埋められてたのか。千冬さんナイスです)」

しかし何尊敬の眼差しで千冬姉を見てるのかなこのファースト幼馴染は。真似するなよ?絶対に真似するなよ?

「…………っ」
「…ん?」

ふと気が付けばのほほんさんもまた熱心に何かを見つめていた。けれど、その目は尊敬とは真逆の憎悪に満ちていて、しかもその視線の先にあるのは未だ地面に埋まっている束さんだったのだ。
あののほほんさんがラウラ以外に…いや、もしかしたらそれ以上なのかもしれない。他人をあんな風に見るのは。いや、それより驚くのはのほほんさんが束さんと面識がある事だ。束さんはアレな性格だから知り合いと認識される人なんて極少数で片手の指さえあれば余裕で足りる程度しかいない筈なのに。

「ぬぽっと……相変わらず容赦の無い一撃!それでこそちーちゃんだ!」

もう復活したのか。あの蹴りを受けて平然としている束さんって…。
砂浜から顔を引っこ抜くと、束さんは箒の方へぴょんぴょんと跳ねていく。格好が恰好なだけに兎みたいだなぁ。

「やあ!」
「…どうも」
「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」

斬ッ!

「斬りますよ」
「し、真剣を振りおろしてから言ったね。ちょっとバイオレンス過ぎじゃないかな箒ちゃん?受け止められなかったら流石の私も死んじゃってたよ?」

目にも止まらぬ斬撃をめっちゃギリギリのところでぱしっ!と刃を受け止める束さん。ホント無茶苦茶だなこの人。まさか真剣白刃取りをこの目で見る日が来ようとは。あれって架空の技なんだぜ?何で出来るのさ…。ほら、他の皆も束さんの勢いついていけなくてぽかんてしてるじゃないか。

「おい束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒達が困っている」
「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」

そう言ってくるりんと回ってみせる。それを聞いてぽかんとしていた一同も、やっとそこで目の前で異常な光景を繰り広げている人がISの開発者にして天才科学者・篠ノ之束だと気づいたらしく、女子の間がにわかに騒がしくなる。まぁ、気持ちは分からないでもない。何たって世界で知らない人が居ないってくらいの有名人だからなぁ。それに、女尊男卑の社会を更に強くした原因でもある人だ。ある意味女性の英雄と言えなくもないし、そう考えている人も結構いる。本人にそんなつもりは一切ないだろうけど。

「はぁ……。もう少しまともに出来んのか、お前は。お前達、テストを再開しろ。あと、気になるのは分かるがこいつの事は無視しろ」
「こいつはひどいなぁ、らぶりぃ束さんと呼んでも良いよ?」
「五月蠅い、黙れ」

再び蹴り飛ばされる束さん。こんな人がたった一人でISを開発した天才なのか…。信じられるか?この人、天才なんだぜ?

「それで、頼んでおいた物は……?」

砂浜に頭を突っ込んでいる束さんにややためらいがちに箒がそう尋ねると、それを聞いた束さんは砂浜からずぼっと頭を引っこ抜いてキラーンを目を輝かせた。

「うっふっふっ。それはすでに準備済みだよ。さあ、大空をご覧あれ!」

ずびしっ!と上空を指差す束さん。その言葉に従って箒も、そして他の皆も空を見上げる。すると、青い空にキラッと何かが陽の光を反射させて輝き―――その直後。

ズズーンッ!

「のわっ!?」

激しい衝撃と共に、金属の塊が砂浜に落下してきた。
それは、コンテナ…にしては取っ手も無ければ隙間もない銀色の四角形の箱。先程の衝撃からして相当の重量だと予測されるが何が入ってるんだろう?そう思った次の瞬間、箱の壁がばたりと倒れて箱の中身が姿を見せる。そして、そこにあったのは―――。

「じゃじゃーん!これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』!全スペックが現行ISを大きく上回る束さんお手製ISだよ!」

束さんの言葉に応えるかのように、その深紅の装甲が太陽の光を反射して輝かせる。しかし待って欲しい。今、とんでもない事を言わなかっただろうか?全スペックが現行ISを上回ってるって…それって最新鋭機にして最高性能機じゃないか。しかも束さんのお手製?これって凄い事だよな?

「さあ!箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズを始めようか!私が補佐するからすぐ終わるよん♪」
「……それでは、頼みます」
「堅いよ~。実の姉妹なんだし、こうもっとキャッチャーな呼び方で」
「はやく、始めましょう」

そんなつもりは毛頭ないとでも言うかのように束さんの要求を完全にスルー。

「ん~。まぁ、そうだね。じゃあはじめようか」

何処から取り出したのか、いつの間にか手に持っていたリモコンのボタンを押す束さん。すると、紅椿の装甲が割れて、操縦者を受け入れる状態に映る。

「箒ちゃんのデータはある程度先行して入れてあるから、あとは最新データに更新するだけだね。さて、ぴ、ぽ、ぱ♪」

コンソールを開いて指を滑らせる束さん。さらに空中投影のディスプレイを六枚ほど呼び出すと、その六枚のディスプレイをぎっしりと埋め尽くす膨大なデータに目配りしていき。しかも、それと同時進行で同じく六枚呼び出した空中投影のキーボードを操作していた。とても人間技とは思えない。流石は天才と言った所か。

「近接戦闘を基礎に万能型に調整してあるから、すぐに馴染むと思うよ。あとは自動支援装備もつけておいたからね!お姉ちゃんが!」
「それは、どうも」

相変わらず箒の態度は素っ気無い。姉妹なんだし、もう少し仲良くしても良いと思うんだけどなぁ。

「ん~、ふ、ふ、ふふ~♪箒ちゃん、また剣の腕前が上がったねぇ。筋肉の付き方を見れば分かるよ。やあやあ、お姉ちゃんは鼻が高いなぁ」
「…………」
「えへへ、無視されちった。―――はい、フィッティング終了~。超速いね。さすが私」

本当に速い。いや速すぎる。俺の時は時間掛かってギリギリの所でってな感じで散々だったのに何この差。うちの姉、気合で何とかしろって言って来たんですが?

「………何か言いたそうだな?織斑」
「イイエ、ナニモ」

ちらっと千冬姉を見たらギラッと睨み返された。これが格差社会って奴か…。

「あの専用機って篠ノ之さんが貰えるの……?身内ってだけで?」
「だよねぇ。なんかずるいよねぇ」

ふと、群衆の中からそんな声が聞こえた。それに素早く反応したのは、なんと意外な事に他人に全く興味を示さない束さんだった。

「おやおや、歴史を勉強したことが無いのかな?有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ」

言い返し様の無い事実に、女子は気まずそうに作業に戻る。平等じゃない―――それは、今の社会もそうだ。『女尊男卑』の社会。これが平等だと言うのならその社会は歪んでいる。

「―――はい終了!あとは自動処理に任せればパーソナライズも終わるね。あ、いっくん、白式見せて。束さんは興味津々なのだよ。さあハリーハリー!」
「あ、はい」

束さんがギラーンと目を輝かせてターゲットをこっちに変更。男性でISに乗れるのは俺だけな訳だから根っからの科学者な束さんにとって興味をひかない訳無いよなぁ。入試の時も、あの後検査やらなんやらで大変だったし…。
まぁ、それは置いておくとして。俺は束さんの要求に従い右腕のガントレットに意識を集中させた。

―――来い、白式。

俺の呼び掛けに応えるかのように右腕のガントレットは強い光を放ち、俺の周囲に光の粒子が発生しそれは少しずつ人の形を成していく。そして―――俺を覆う光が晴れた時には、俺の身体を白式が装着されていた。

「ほいほい。じゃあデータ見せてね~。うりゃ」

ぶすりと白式の装甲にコードを刺す束さん。すると、また紅椿の時と同じようにディプレイが空中に浮かびあがる。


「ん~……不思議なフラグメントマップを構築してるね。なんだろ?見たことないパターン。いっくんが男の子だからかな?」

『フラグメントマップ』。ISは操縦者と共に成長する兵器だ。各ISがパーソナライズによって独自に発展していく道筋の事を言うらしい。まあ簡単に言えば人間で言う遺伝子みたいなもんらしい。そう考えると改めてISは不思議な物だと思い知らされる。…と、不思議と言えばもう一つ気になる事があったな。

「束さん、そのことなんだけど。どうして男の俺がISを使えるんですか?」
「ん?ん~……どうしてだろうね。私にもさっぱりぱりだよ。ナノ単位まで分解すれば分かる気がするけど、していい?」

殺して良いですか?と聞かれてYESと答える人は自殺志願者しかいない。そして俺はまだ死にたくない。

「いい訳ないでしょ…」
「にゃはは、そう言うと思ったよん。んー、まぁ、分かんないなら分かんないでいいけどねー。そもそもISって自己進化するように作ったし、こういう事もあるよ。あっはっはっ」

開発者がそれでいいんですか…。

「ちなみに、後付装備が出来ないのはなんでですか?」
「そりゃ、私がそう設定したからだよん」
「え…ええっ!?白式って束さんが作ったんですか!?」

衝撃の事実。まさか俺もISの開発者である束さん自ら手掛けた機体に乗っていたとは…。

「うん、そーだよ。っていっても欠陥機としてポイされてたのをもらって動くようにいじっただけだけどねー。でもおかげで第一形態から単一仕様能力が使えるでしょ?超便利、やったぜブイ。でねー、なんかねー、元々そういう機体らしいよ?日本が開発してたのは」
「馬鹿たれ。機密事項をべらべらバラすな」

今度は拳が束さんの脳天を降下。うん、我が姉は相変わらず容赦が無い。

「いたた。昨日から続けてそろそろ私のHPも限界に近付いて来てるよちーちゃん。ちーちゃんの愛は幾らでも受け止められるけど蓄積量は限られているのです」
「やかましい」

がんっ!再び降下するげんこつに束さんは頭を抱えて蹲る。ああ~…タンコブが鏡餅みたいになっちゃって…。

「………おお~…、みかんさえあれば完璧だねこれ」

束さんも同じこと考えてたのか、てかアンタも大概頑丈ですね。
と、そんな時だ。ハイパーセンサーが妙な声を拾ったのは。

「は、放してくださいな本音さん!これは篠ノ之博士に機体を見て貰うまたとないチャンスですのよ!?」
「やめときなよセシり~ん。あんなの関わらない方がセシりんの為だよー」

…ん?なんかあっちの方でのほほんさんとセシリアが騒いでるな。何やってんだ?…まあいいか。セシリア達が騒がしいのはいつもの事だしな。それより今はこっちに集中しよう。

「よしOK!データは取ったよ!いやはや満足満足!なかなかに興味深かったよ!」
「はぁ、それはよかったです」

何か面白かったのか凡人の俺には分からんけども。

「箒ちゃんの方もそろそろかな~。お!ジャスト三分!今の時間でカップラーメンが出来たね!惜しい!」

最近じゃ3分じゃない方が多いですけどね。

「んじゃ、試験運転もかねて飛んでみよ。箒ちゃんのイメージ通りに動く筈だよ」
「ええ。それでは試してみます」

プシュッ、と音を立てて連結されたケーブル類が外れていく。そして枷が完全に外され、箒はそれを確認するとまぶたを閉じて意識を集中。その次の瞬間、紅椿は物凄い速度で飛翔した。

「おわっ!?」

その急加速の余波で発生した衝撃波に砂が舞い上がる。それから箒の姿を追うと、200メートルほど上空で滑空する紅椿を白式のハイパーセンサーが捉えた。

「どうどう?箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」
「え、ええ、まぁ…」

束さんもISを装備しているんだろうか、オープン・チャンネルでの会話がこちらにも飛び込んでくる。そして、その通信に箒は予想以上の性能の為か戸惑うような形で返した。まぁ、見ている俺でも驚くくらいだからな。操縦している本人はもっとびっくりだろうさ。

「んー。機動性は及第点ってところかな?スペックだとイカロス・フテロより上の筈なんだけどねぇ」
「ミコトのイカロス・フテロより速く飛べるってことですか!?」
「そだよ?さっき言ったよね、現行ISを大きく上回るって。んー…少し不満だけどしょうがないね!チビちーちゃんは『素が素』だもんね!」
「? は、はぁ…」

『元が元』?…ああ!才能的な意味か!確かにミコトは凄いよな。うん。あの機動を真似しろって言われて出来る奴なんてそうはいないだろう。

「じゃあ気を取り直して!箒ちゃん刀を使ってみてよー。右のが『雨月』で左のが『空裂』ね。武器特性のデータを送るよん」

そう言って空中に指を躍らせる束さん。武器データを受け取った箒は、武器の特性を確認して二本の刀を抜き取る。…うん、やっぱり箒には刀が良く似合うな。刀を構える姿も様になってる。

「親切丁寧な束ねーちゃんの解説付き~♪雨月は対単一仕様の武装で打突に合わせて刃部分からエネルギー刃を放出、連続して敵を蜂の巣に!する武器だよ~。射程距離は、まあアサルトライフルくらいだね。スナイパーライフルの間合いでは届かないけど、紅椿の機動性なら大丈夫」

届かないなら届く距離まで近づけばいいじゃないってか。普通ならそんな簡単に言うなって所だけどあの機動性なら確かに全然問題ない、寧ろおつりが来るくらいだ。ミコトに武装を武装を持たせたら箒の紅椿みたいな感じになるのかな。
そんな事を考えていると、箒が試しに突きを放ってみせた。突きを放つと同時に、周辺の空間に赤色のレーザー光がいくつもの球体として現れ、その光は光の弾丸となって上空にただよっていた雲を穴だらけにした。

「次は空裂ねー。こっちは対集団仕様の武器だよん。斬撃に合わせて帯状の攻性エネルギーをぶつけるんだよー。振った周囲に自動で展開するから超便利。そいじゃこれ打ち落としてみてね、ほーいっと」

言うなり、束さんはいきなり16連装ミサイルポッドを呼び出す。光の粒子が集まって形を成すと、次の瞬間に一斉射撃を行った…っておいおいおい!?

「箒!」

俺は思わず箒の名を叫ぶが、箒はその場から微動だにせずもう一振りの刀『空裂』を構える。

「―――やれる!この紅椿なら!」

右脇下に構えた空裂を一回転するように振るう箒。すると、刀が空に絵を描いたかのように帯状の光が現れて16弾のミサイルを一掃した。

『………………』
「すげぇ…」

全員がその圧倒的なスペックと、その威風堂々とした真紅のISの姿に驚愕し、魅了され言葉を失う。そんな光景を、束さんは満足そうに頷いていた。
…けれど、皆が上空に視線を向ける中、一人だけ厳しい表情で束さんを睨んでいる人物が居た―――。

「…………」

千冬姉…?

いくら殺人事件一歩手前なコミュニケーションをしていたとしても二人は友達な筈。なのに、いま千冬姉が束さんに向けるその視線はあまりにも友達に向ける物とは思えなかった。それはまるで―――。

「たっ、た、大変です!お、おお、織斑先生っ!」

いきなりの山田先生の声に、千冬姉は鋭い視線をやめてこちらへ走って来る山田先生へと向き直る。
一体どうしたんだろう。あんなに慌てて…まさか!ミコトに何かあったんじゃ!?

「みこちーに何かあったの!?」

素早く反応したのはのほほんさんだった。のほほんさんは普段見せないスピードで山田先生に詰め寄ると、山田先生はそれにビックリしてぶんぶんと首を振る。

「ち、違いますよう!?ミコトちゃ…オリヴィアさんは大丈夫ですから!?」
「布仏。お前はあっちに行っていろ。…どうした?」

千冬姉はしっしっ、とのほほんさんを追い払うと改めて山田先生に問う。

「こ、これをっ!」

山田先生は小型端末を手渡すと、千冬姉はその画面を見て表情を曇らせる。

「特命任務レベルA、現時刻より対策をはじめられたし……」
「そ、それが、その、ハワイ沖で試験稼働していた―――」
「しっ。機密事項を口にするな。生徒達に聞こえる」
「す、すみませんっ…」
「専用機持ちは?」
「オリヴィアさんと例の生徒が欠席していますが、それ以外は……あ、あのオリヴィアさんは…」
「安心しろ。奴は参加させん」

なにやら、千冬姉と山田先生が小さい声でやりとりしている。ハイパーセンサーを使えば声は拾えるかもしれないが―――と、考えた時、千冬姉と目があって、二人は会話では無くなんと手話でやり取りを始めた。生徒に聞かれちゃまずい内容なのか?

「そ、それでは、私は他の先生達にも連絡して来ますのでっ!」
「了解した。―――全員、注目!」

山田先生が走り去った後、千冬姉はパンパンと手を叩いて生徒全員を振り向かせる。

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機すること。以上だ!」
「え………?」
「ちゅ、中止?なんで?特殊任務行動って……」
「状況が全然分かんないんだけど……」

不測の事態に、生徒達はざわざわと騒がしくなる。しかもその中には戸惑いとは別の不満の声もあった。最近の学園行事は不測の事態が立て続けに起こり全てが中止。ISを乗る為にこの学園に入学した彼女達にとって学園行事は大切な物だ。それをまたアクシデントで中止といわれれば不満の声も上がるだろう。
しかしそれを、千冬姉の声が一喝した。

「とっとと戻れ!以後、許可無く室外に出たものは我々で身柄を拘束する!いいな!」

『はっ、はいっ!』

全員が慌てて動き始める。その様は、まるで蜘蛛の子を散らす様だった。

「専用機持ちは全員集合しろ!織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰!―――それと、篠ノ之も来い」
「はい!」

妙に気合の入った返事を返したのは箒だった。―――そうか、今まで専用機が無いってだけで見ているだけだったもんな。それで悩んでた時期もあったし。これで箒も専用機持ちか……。

でも、大丈夫なのか?

この胸の中でざわつく不安。何か嫌な事が起きそうなそんな気がしてならなかった。嫌な事は続くものだ。ミコトの件に続いて何か起こらないといいんだが…。






――――Side スコール


「………これ」
「あら、何かしら?」

シャワールームを出たところでオータムから小型端末を手渡され、それを受け取り画面に目を通すと、その内容に思わずくすりと笑う。撒いていた芽が出て来たか。しかも予測される移動ルート上には…うふふ、本当に面白い。
一人楽しそうに笑っていると、オータムは呆れたように溜息を溢す。

「また面倒な…何で手っ取り早く奪わないんだよ?」
「例のアレの操縦者は織斑千冬にも匹敵する操縦者よ?まともにぶつかるのはリスクが大きすぎるわ。なら、故障して持ち主から手が離れている所を奪った方が楽じゃない?」
「………確か、アレの移動ルートには」
「ええ、丁度、IS学園がルート上付近で合宿を行ってるわね。しかも専用機持ちが複数。ぶつけるには丁度良い駒でしょ?」

今度は、あの子はどんな面白い事をしてくれるのかしら?正直、そっちの方が気になるのよね。

「アレの暴走にはまたBerserker systemを使うの?」
「少し違うわね。アレの改良…になるのかしら?まぁ、さほど変わりはしないようだけど」

結局、あれは第二形態移行しなかった。第二形態移行の一歩手前の状態までは持ちこめたらしいけど第二形態移行にまでは至る事は出来なかったらしい。今回は、前回のデータを参考にして改善したらしいけど…。

「実際にやってみないと分からないらしいわ。まったく、開発部にも困ったものね」
「いや、そんな危険な代物使いたいと思う奴はいないって…」

まぁ、どうでもいいわねそんな事。さ・て・と、ミコトちゃんは何をしてくれるのかしら。楽しみ♪








あとがき

ここまで屑だと逆に綺麗な束さんがみたいよね。中身がなのはさんみたいな(チラッ
誰か書いてくれないかなぁ(チラッ

なのはさんかぁ…昔は月一更新で一話分が長かったのになぁorz



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二十七話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/12/28 03:26

いつも、一夏達を見上げていた。

自分には力が無い。唯それだけで一夏と並んで立てず、いつも一夏と共に飛ぶセシリア達を羨むだけで、自分の無力さを恨んでいた。ミコトが命を狙われた時だってそうだ。一夏達が友の為に戦っているのにまた自分は何も出来ず見てる事しか出来なかった…。

一夏は言っていた。戦う事だけがミコトの為じゃないと…。分かっている。寧ろミコトにはその方が優先すべき事だ。

…でも、私は本音の様には出来ない。私は器用な人間ではない。私に誇れるようなモノなんて剣のみだ。だが、それもISという存在が邪魔をする。

―――私には、力が無い。

力が欲しい。あの場に立つが事が許される力が、一夏の隣に立つための力が、友を守る事が出来る力が欲しい。

だから…。

―――うんうんうん!言わなくても用件は分かってるよ理解してるよ!箒ちゃんのことなら!

他者から見れば最低の行為だ。あれだけ姉とは関係ないとほざいておきながらこういう時にだけその関係を利用する。

…けれど、例えどんな手段を使っても、他者から卑怯だと罵られようと、私は――――。



――――力が欲しい。







第27話「堕ちた天使」







「では、現状を説明する」

旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷・風間の間では、俺達専用機持ち全員と教師陣が集められた。
照明の落とされた薄暗い室内の中央に、大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音』が制御化を離れて暴走。監視空域より離脱したと連絡があった」

突然の説明に俺は面食らってぽかんとしてしまう。軍用IS、暴走、この二つの単語でとりあえず何が起こったかは理解は出来た。出来たのだが、何故それを俺達に連絡が来るのか理解は出来なかった。どういう反応をすれば良いのか困り、周りに視線をやる。

『…………』

全員が厳しい表情で千冬姉の話に耳を傾けている。状況について行けてないのは、代表候補生ではない俺と箒だけの様だ。正式な国家代表候補生なのだから、こういった事態に対しての訓練も受けていたのかもしれない。特に、正式に軍人として訓練されているラウラの眼差しはセシリア達以上に真剣なモノで、まるで研ぎ澄まされたナイフの様に鋭かった。

「その後、衛星による追跡の結果、福音ここから2キロ先の空域を通過する事がわかった。時間にして50分後。学園上層部からの通達により、我々が事態に対処する事となった」

成程、大変そうなのは分かった。でも、専用機持ちを此処へ集めたのは何故なんだ?俺はそう疑問に思ったが、その疑問に千冬姉が驚愕な言葉で答えてくれた。

「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当して貰う」

つまり暴走した軍用ISを俺達で止めろ―――と…。

「ちょ、ちょっと!待ってくれよ!普通逆じゃないのか!?」

がんっ!

「まだ説明中だ、馬鹿者。質問がある場合は挙手をしろ」
「はい…」

状況が状況なだけに振って来るげんこつもいつも以上に痛い。話について行けない一般人の俺は黙っておこう。その方が身のためだ。

「まぁ、織斑の不満も尤もだ。本来ならこういう状況は生徒では無く教師が対処するべきだろう。だが、それにも理由がある」

千冬姉が空中に手を翳すと、空中投影のキーボードが現れる。そして、それを操作しようとすると、その寸前でピタリと手を止めて「ああ、そうだ」と思い出したかのように声を洩らしてこちらを見る。

「これから見せるデータは、アメリカ・イスラエル二ヵ国の最重要軍事機密だ。けして口外するな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」

そう警告し、いつも以上に険しい表情で俺達を見てくる千冬姉に、ごくりと唾を飲んで俺は頷く。それを了承と見なされたのか、ディスプレイに見た事の無いISの映像と、その機体のスペックが表示される。

「これが、第三世代型軍用IS『銀の福音』。スペックを見て分かる様に、攻撃と機動の両方を特化した機体だ。しかも広域殲滅を目的とした特殊射撃型」
「…成程、学園の訓練機体では幾ら先生方でもスペックの差で相手にするのは難しい、と言う事ですわね」

セシリアの言葉に千冬姉は頷き、話を続ける。

「幸いなことに今年は候補生が多数いる。力量の差は数で埋めろ。後は、作戦次第だ」

千冬姉の説明はそれで終わり、セシリアをはじめとした候補生の面々と教師陣は開示されたデータを元に相談を始める。けれど、俺はその輪に入れないでいた。あまりにも場違いすぎる。これが一般人と正式な候補生の差ということか。飛び交う議論が何かの呪文の様にすら聴こえてくる。この場にミコトが居たらどうな感じだったんだろうな、と馬鹿な事を考えたり。ミコトはどうしてるかな、大丈夫かな、とミコトの安否を心配たりなどして皆が話し合いを終わるのをぼーっと待っていた。

「特殊射撃型…わたくしと同じオールレンジ攻撃を行えるようですわね」
「しかもスペックじゃ甲龍を上回ってる。厄介ね、向こうの方が有利じゃない」
「この特殊武装が曲者って感じがするね。ちょうど本国からリヴァイヴ用の防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しい気がするよ」
「このデータでは格闘性能が未知数だ。近接戦に持ち込むのは危険か。持っているスキルも分からん。偵察は行えないのですか?」

セシリア、鈴、シャルロット、ラウラは真剣に意見を交わしている。緊急事態のため私情なんて挿んでいられないのか、セシリア達の間に普段のピリピリした感じは見られない。箒も話には混ざってはいないが話の内容は理解している模様。俺だけが話について行けずぽつんと正座して待っている状態だ。………情けない。

「無理だな。この機体は現在も超音速を続けている。最高速度は時速450キロを超えるとある。アプローチは一回が限界だろう」
「一回限りのチャンス……ということはつまり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

山田先生の言葉に、皆の視線が一斉に俺に集まる。

「え……?」

置いてけぼりをくらっていたのにいきなり話の中心が俺になっていてビックリだ。どうしてこうなった。

「え?俺?」
「あんたしかいないでしょ、そんな高火力の武装持ってるの」

高火力…『零落白夜』の事を言ってるのか。

「それしかありませんわね。ただ、問題は―――」
「どうやって一夏を運ぶか、だね。エネルギーを全部使わないと難しそうだから移動にエネルギーは割けられないよね」
「しかも、目標に追い付ける速度が出せるISでなければならない。超高感度ハイパーセンサーも必要か…」

話の中心である筈の俺はまた置いてけぼり。いやいやいや!?

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!お、俺が行くのか!?」

「「「「当然」」」」

4人の声が綺麗に重なる。

「織斑、貴様は正式な候補生ではない。拒否権もあるし無理強いもしない。何よりこれは実戦だ。命の危険もある。覚悟が無いのなら辞退してかまわん」

千冬姉なりの気遣いなのか、作戦に参加しなくても良いと言われるが、それを聞いた途端、俺は及び腰になっていた自分の尻を蹴り飛ばした。皆が戦うのに俺だけ逃げだすなんて情けない真似できるか!それに、誓ったんだ。皆を守るって、なのにビビってなんていられるか!

「…やります。やらせてください!」
「よし。それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?…ああ、言っておくがオリヴィアのイカロス・フテロは除外する」

無論だ。あの状態のミコトを実戦に出すだなんて、仮にそう提案してきても断固反対する。そもそもイカロス・フテロには超高感度ハイパーセンサーなんて搭載されていない。ミコトのあの機動の全ては、センサーに一切頼らずのミコト本人の堪によるモノだ。まじありえん…。

「当然です!ミコトさんを戦場に出すなんて論外ですわ!それならわたくしが出ます!わたくしのブルー・ティアーズなら、丁度イギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られていますから問題ありません!」

ババーン!とエレガントなポーズをしてキメてるのに過保護オーラで全てが台無しなセシリア。過保護なのかエレガントなのかどっちかにすればカッコイイのに…。
ついでに、今セシリアが言っていた『パッケージ』と言うのは、全てのISに存在する換装装備のことだ。パッケージにも様々な種類があり武器だけでなく、追加アーマーや増設スラスターなどの装備一式を指す。その種類は豊富で多岐にわたり、中には専用機だけの機能特化専用パッケージ『オートクチュール』というのが存在するらしい。これを装備する事で機体の性能と性質を大幅に変更し、様々な作戦が遂行可能になるというものだ。ちなみに、俺も含めた一年の専用機持ちは今のところ全員がセミカスタム機の標準装備である。あ、シャルロットだけはフルカスタムの標準装備だっけか。

「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」
「20時間です」
「ふむ…。それならば適任―――」
「待った待ーった。その作戦はちょっと待ったなんだよ~!」

だな、と言おうとした千冬姉を、いきなり現れた此処には居ない筈のアノ人の明るい声が遮ると、千冬姉は「はぁ、またか…」とこめかみに手を当てて溜息を吐く。
突然現れた声に全員が驚きその発生源である天井を見上げると、そこには天井から逆さに生えた束さんの生首が……ってなにしとん?この人は!?

「……山田先生。室外へ強制退去を」
「えっ!?は、はいっ!あの、篠ノ之博士、とりあえず降りて来てください……」
「とう☆」

空中でくるりと回転して着地。無駄にド派手な登場である。

「ちーちゃん、ちーちゃん。もっと良い作戦が私の頭の中にナウ・プリティング!」
「出ていけ」
「あうん♪」

げしげしと束さんのお尻を蹴って部屋から追い出そうとするが、その場から微動だにしない。てか寧ろ喜んでるよねアレ…。表情がヤバイ。あと息遣いもヤバイ…。
成程、そりゃあんなのと一緒に居れば女子生徒に対する耐性もつくわけだ。

「はぁ、はぁ……ハッ!?じゅるり…ついつい興奮しちゃったよ!」

束ねさんは我に帰りぐいっとよだれを拭う。もう駄目だこの人。

「聞いて聞いて!ここは断・然!紅椿の出番なんだよっ!」
「…なに?」

紅椿の名前が出て千冬姉の束さんを蹴っている足がピタリと止まる。

「紅椿のスペックデータを見てみて!パッケージなんかなくても超高速機動ができるんだよ!」
「お、お待ちになってください篠ノ之博士!確かに箒さんの紅椿の性能は群を抜いていますが、箒さん自身は機体に不慣れの筈です!?」
「ぶぅ~、誰だよ君は~。私がちーちゃんと話をしてるのになにしゃしゃり出て来てくれてるの?空気読んでよ」

寧ろ空気を読んで無いのはアンタの方だとこの場に居る全員が思ってるんだろうな。でもこの人に常識なんて言葉は通用しないんだよ…。

「それに私が調整したんだよ?慣れとかそんなのノープログレムだよ。自分の身体の一部みたいに動くんだから」
「そ、それは…そうかもしれませんが…」

ISの開発者である束さんにそう言われたらセシリアも言い返す事は出来なくなる。

「…ですが!これは実戦です!訓練でも模擬戦でもないんですのよ!?」
「これは面白い事を言うね?ISがこの世に出て以来、IS同士の実戦なんてありはしないよ?君だって実戦は初めてでしょ?」

…無人機の件は含まれないのか?最重要機密だから束さんも知らないのかな?この人なら知ってそうだけど。

「それに、君に出来るのかな?私は無理だと思うな。私が言うんだもん、絶対だよ」

束さんは、えっへんと胸を張って断言する。ほんと、何処からそんな自信が沸いて来るんだろう。しかし、束さんのマシンガントークはまだまだ止まらない。

「それだと残りはチビちーちゃんかな?あ、でもでも作戦には参加できないんだよね?だったらどうするの?天才の私に教えてくれないかな?」
「チビちー………ミコトさんのことですの?」

…あ、なんかスイッチが入った予感。

「ミコトさんをその名で呼ぶのは止めて貰えません?不愉快極まりないですわ」
「えー?なんで?かわいいじゃーん」

ぶーぶーと口を尖らせて反省の色を見せない束さんにセシリアは口の端をヒクつかせる。あー…こりゃ駄目だ。

「っ!チビちーちゃん、でしたか?その名前から察するに織斑先生に似ているからそう呼んでいるのでしょうが、ミコトさんには『ミコト・オリヴィア』という名前があるんです。そんな名で呼ぶのは失礼だと思わないんですの?」
「思わないね。私は事実を言ったまでだし」
「このっ―――……………成程、本音さんが言ってた意味が分かりましたわ。貴女なんかと関わるべきではない。まったくもってその通りですわね」
「誰それ?あ、言わなくていいよ。興味ないし」
「つくづく貴女は人を不愉快にさせてくれますわね…」
「それは君もだよね?私、君に用は無いんだけど、どっか行ってくんない?」
「何処かに行くのは貴女の方ではなくて?此処は、部外者立ち入り禁止ですわよ」

険悪な空気が部屋に漂う。まさか喧嘩にまで発展するとは俺も予想外だよ。セシリアは束さんを尊敬してたから幻想ブレイクしてノックダウンすると思ったんだけど、セシリアママ恐るべし。それに、険悪な雰囲気なのはセシリアだけじゃない。箒達だって束さんの言葉を気持ちよく思ってはいない様だ。特にラウラなんて視線だけで人が殺せますってくらいに睨んでるし。部屋に充満する険悪オーラの4割はラウラが発生源だ。
けれど、その空気も長くは続かなかった。思い出して欲しい。時間が無いんだ。本当に。そんな状況の中、で千冬姉が黙って見てると思うか?

「………時間が無いと言っただろう。この馬鹿者どもが!」

がんっ!めきっ!

「きゃんっ!?」
「めけっ!?」

前者はセシリアの頭に落ちたげんこつの音。後者は束さんの頭に落ちたげんこつ…の音なのかアレ?頭蓋骨陥没したような音がしたぞ。まぁ、束さんは生きてるみたいだし、険悪なムードで無くなったから良しとしよう。
しかし、『チビちーちゃん』か。その名前を聞くのは二度目だけど。なんかこう、引っ掛かるっていうか。もやもやするっていうか…。『小さい千冬姉だから、チビちーちゃん』………。

…………………。

「一夏?どうしたの?」
「ん?ああ、いや、何でもない」

俺が考え込んでいると、顔を覗かせてきたシャルロットに俺は思考を中断して適当に誤魔化す。何馬鹿な事を考えてるんだか…。

「? そう?今は大事な話の最中なんだからちゃんと聞かないと駄目だよ?」
「その大事な話し合いも滅茶苦茶でそれどころじゃない状態なんだが…」
「あ、あはははぁ……うん、そうだね。まあセシリアの気持ちも分からないでもないよ。うん」
「時と場所によるでしょ普通。タイムリミットまでもう一時間も無いのよ?喧嘩してる場合じゃないでしょうに」
「なんか…すまん」

いや、箒が悪いんじゃないぞ?うん。

「貴様らも私語は慎め。…束。話を続けろ」
「織斑先生!?」

信じられないと言いた気にセシリアは批判の声を上げる。

「黙れ、オルコット。これは遊びではない。より確実な案を採用するのは当然だ」
「…くっ!」

千冬姉の言うことは指揮官として何も間違ってはいない。成功率を少しでも上げられるのならその方法を取るのは当然の事。セシリアもそれを分かっているからこそ返す言葉が無かった。セシリアは悔しそうに表情を歪めると、黙って引き下がる。

「束。続けろ」
「あいあいさ~!」

ずびし!と束さんは敬礼すると、束さんの周辺にディスプレイが囲む様にして現れる。

「紅椿の展開装甲を調節して、ほいほいほいっと。ホラ!これでスピードもばっちり!何にも問題無いね!少なくともそっちの子より速く飛べるよ!―――あぷっ!?」
「煽るな」

ふふん、挑発するように笑うが千冬姉がげんこつを落として制裁する。
でも、展開装甲って何だ?聞いた事の無い単語だ。
聞きなれない言葉に俺は首を捻ってると、束さんが待ってましたと言わんばかりに説明を始めだした。

「説明しましょ~そうしましょ~。展開装甲と言うのはだね、この天才束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよー」

第…四!?

「はーい、ここで心優しい束さんの解説開始~。いっくんのためにね。へへん、嬉しいかい?まず、第一世代というのは『ISの完成』を目標とした機体だね。次が、『後付武装による多様化』。これが第二世代。そして第三世代が『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装』。空間圧作用兵器にBT兵器、あとはATCとか色々だね。……で、第四世代というのが『パッケージ換装を必要としない万能機』という、現在絶賛机上の空論中のもの。はい、いっくん理解出来ました?先生は優秀な子が大好きです」
「は、はぁ……。え、いや、えーと……?」

ちょっと待て。ゆっくり整理していこう。束さんは第四世代型ISと言ったよな?今現在、各国ともやっと第三世代型の一号試験機が出来た段階だ。そう試験機だ。つまりまだ世界は第三世代は完成していない状況なのだ。なのに第四世代?え?何すっ飛ばしてくれちゃってんの?

「ちっちっちっ。束さんはそんじょそこらの天才じゃないんだよ。これくらいは三時のおやつ前なのさ!」

三時のおやつ前…。特別速い訳でもないが遅い訳でもない。正直、微妙である。

「具体的には白式の≪雪片弐型≫に使用されてまーす。試しに私が突っ込んだ~」

『え!?』

またまた聞き捨てならぬ言葉に今度は専用機持ち全員が反応する。
零落白夜発動時に開く≪雪片弐型≫の、その機構がまさかそれだったとは。つまり、束さんの言葉通りなら俺の白式は第4世代型ISの試験機って所か?

「それでうまくいったのでなんとなく紅椿は全身のアーマーを展開装甲にしてありまーす。システム最大稼働時にはスペックデータはさらに倍プッシュだ☆」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください。え?全身?全身が、雪片弐型と同じ?それって…」
「うん。無茶苦茶強いね。一言でいうと最強だね」

この場に居た全員が目の前に居る出鱈目な存在にぽかんと口を大きく開けた状態で呆然となる。なっていないとすれば、長い付き合いである千冬姉くらいだ。

「ちなみに紅椿の展開装甲はさらに発展したタイプだから、攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替えが可能。これぞ第四世代型の目標である即時万能対応機ってやつだね。にゃはは。私が早くも作っちゃったよ。ぶいぶぃ」

しーん。言葉もないとは正にこの事。この場の一同は静まり返って何も言えなかった。

「はにゃ?あれ?何でみんなお通夜みたいな顔してるの?誰か死んだ?変なの」

変なの、どころの話じゃない。
各国が多額の資金、膨大な時間、優秀な人材の全てをつぎ込んで競っている第三世代型ISの開発。それが、無意味だと言うのだから。これほど馬鹿な話はない。特にシャルロットにしてみればその開発の所為で大変な目にあってる訳で、この場にいる人間の中で一番の複雑な心境だろう。

「―――束。言った筈だぞ。やりすぎるな、と」
「そうだっけ?えへへ、ついつい熱中しちゃったんだよ~」

千冬姉に言われ、束さんはやっと俺達が黙りこんでいる理由を理解してくれたようだ。まったく反省している様子は見られないが…。

「あ、でもほら、紅椿はまだ完全体じゃないし、そんな顔しないでよ、いっくん。いっくんが暗いと束さんはイタズラしたくなっちゃうよん」

しかも勘違いしてるっぽい。別に自分の機体が欠陥機とかそんなの気にしてる訳じゃないから俺。それに、この機体は俺の性に合ってるし不満もないし。

「まー、あれだね。今の話は紅椿のスペックをフルに引きだしたら、って話だからね。でもまぁ、今回の作戦をこなすくらい夕飯前だよ!」

夕飯前…。もう、良いのか悪いのかの基準が分からん。

「それにしてもアレだね~。海で暴走っていうと、十年前の白騎士事件を思い出すねー」

ニコニコとした顔で話し出す束さん。その横では、千冬姉が「しまった」という顔をしていた。

『白騎士事件』―――。

ISの始まりとも、ISが最初に関わったともいえる事件。
10年前、束さんによって発表されたISは、当初その成果を認められなかった。『現行兵器全てを凌駕する』。その束さんの言を誰も信じはしなかった。いや、信じる訳にはいかなかったのだろう。

そして、IS発表から一ヶ月後、事件は起こった。

日本を攻撃可能な各国のミサイル二千三百四十一発。それらが一斉にハッキングされ、制御不能に陥り―――発射された。
有り得ない出来事だった。一つの国ならまだしも、複数、それも同時に、厳重なセキュリティーを突破しハッキングされるだなんて。
誰もが混乱し絶望の真っただ中にあった。
そんな時、それは現れた―――そう、白騎士だ。
中世の騎士を思わせる白銀のISを纏ったそれは、なんと単機でミサイル二千三百四十一発を撃墜してみせたのだ。しかも半数は剣によって。
それを見た人々はその無茶苦茶な存在に唖然とし、世界各国は国際条約を無視してそれを捕獲、もしくは撃墜するために最新鋭機を投入。しかしそれは尽く撃墜。しかも死者を誰一人出さずにと言う圧倒的な力の差を見せつけられてだ。
そして、世界が注目する中、白騎士は日没と共に姿を消した。まるで幻であったかの様に。

これが『白騎士事件』。たった一夜でISが世界に知れ渡る事になった原因である。

「あの事件がきっかけで私のらぶりぃISはあっという間に広がったんだよね。でも世界も馬鹿だよねー。気付くのが遅すぎ。ま、そんな連中の必死な顔を見るのも面白かったけどねーぷぷぷっ♪」

すごく楽しそうに語る束さんは、まるで我が子の晴れ舞台を自慢する母親の様だった。

「しかし、それにしても~ウフフフ。白騎士って誰だったんだろうね?ね?ね、ちーちゃん?」
「知らん」
「うむん。私の予想ではバスト88センチの―――」

めりっ…。
束さんは何かとんでもない事を言おうとしたみたいだが、その言葉は最後まで紡がれる事無く、千冬姉の出席簿アタック、もとい情報端末アタックにより阻止される。
頭を抑えて悶絶する束さん。この人本当に懲りないなぁ。

「ぬ、ぬおぉぉぉぉぉ………脳がぱっかり左右二つに割れちゃったよぅ…」
「そうか、良かったな。これからは左右で交代に考え事が出来るぞ」
「………お~、おお~!そっかー!ちーちゃん頭いい~!」

信じられるか?目の前で馬鹿なことやってるあの人がISを作った天才なんだぜ?
……って、あれ?束さんってもしかして現在もなお正体不明の白騎士が誰か知ってるんじゃないのか?当時は誰もISに興味を示さなかったから誰の手にもISコアは渡っていない。それに、ISコアを作れるのは束さんしかいない。なら、白騎士本人に束さんが直接ISを渡した筈だ。知らないワケが無い。

「あの事件ではすごい活躍だったね。ちーちゃん!」
「そうだな。白騎士が、活躍したな」

……まぁ、普通に考えて千冬姉だよな。たぶん。束さんの交友関係なんて限られてるし。
でも、『白騎士』は何処に行ったんだろう?千冬姉が使っていたISは白騎士とは全然形が違う。歴史上初のIS実験機を廃棄するなんてことはないと思うけど…。何処かの研究所で保管されてるのか?

「話を戻すぞ。…束、紅椿の調整にはどれくらいの時間が掛かる?」
「織斑先生!?わたくしだってやれますわ!必ずに成功させてみせます!」

あれだけプライドを傷つけられて、しかもミコトのこともあってか完全に敵対心を持ってしまったセシリアは当然束さんの案を採用しようとした千冬姉に異議を唱える。

「パッケージは量子変換してあるのか?」
「そ、それは…まだですが…」

痛い所を突かれ、先程までの勢いを失いもごもごと小声になってしまうセシリア。そんなセシリアを見て束さんは可笑しそうに笑うと、セシリアと入れ替わるようにしてはいはーいと手を上げて口を開いた。

「ちなみに紅椿の調整時間は7分もあれば余裕だね☆」
「……決まりだな」
「くぅ……っ」

時間を許されない今の状況で、これ以上の決定打は無かった。わーいわーいと跳ねて喜ぶ束さんの後ろで、悔しそうに唇を噛み顔を俯くセシリア。表情は見えなかったが、あの震える肩はもしかしたら泣いていたんじゃないのか…?
いつも気丈に振る舞っていたセシリアのあんな姿を見て、俺は声を掛けようと手を伸ばしたがそれは千冬姉によって遮られた…。

「では本作戦では織斑・篠ノ之の両名による目標を追跡及び撃墜を目標とする。作戦開始は30分後。各員、ただちに準備にかかれ」

千冬姉の号令を合図に、教師陣はバックアップに必要な機材の設営を始めた。

「手が空いている者はそれぞれ運搬などの手伝える範囲で行動しろ。作戦要員はISの調整を行え」

次々と出される指示に俺達メンバーも行動を始める。セシリアはしばらく俯いていたがシャルロット達にぽんと肩に手を置かれて励ましの言葉を投げかけられると、メンバーの後に続いた。
………大丈夫、そうだな。

「織斑!もたもたするな!」
「は、はい!?」

千冬姉に怒鳴られ、慌てて白式のコンソールを呼び出す。機体に異常は無い。エネルギーも満タンだ。俺は箒と違って特別な調整を必要は無いから楽だな。
そう言えばその箒は―――。

「んじゃあ早速紅椿をいじろっかな!」
「…………」

敵意丸出しに束さんを睨みつける箒。さっきのセシリアの影響は此処にも及んでいた。

「んあー。そんなに睨まないで笑ってよー。ほらほら、作戦メンバーに選出されたし、いいことずくめでしょ?」
「………(友を傷つけてまで得たい物じゃない…)」
「てへぺろ。無視されちゃった☆」

束さんがこつんと自分を頭を小突いてちろりと舌を出してやけにイラっとくる笑い方をすると、箒が呼び出した紅椿に触れる。

「ふーむ、ぺたぺた。背部と脚部、それに腕部の展開装甲を推進力に回そうかねー。それ以外は支援戦闘モードで良いでしょ。うんうん。でははじめまーす」

束さんがそう言うと、周囲に光の粒子が集まって何かが姿を現す。
前腕部だけのパーツが浮いていて、それが左右二対で計四つ。見た目もサイズも、今の現象も、ISを展開する時と同じだ。つまりこれが束さんのISなのか?

「のんのんのん♪これは私の移動型ラボだよいっくん」

ちっちっちっと人指し指を立てて振ると、俺の考えを見通した束さんがそれを否定する。すると、空中に浮かぶアームの方も束さんの動きと連動して人差し指を立てて同じように振って見せた。
……駄目だ、ついていけん。此処は束さんに任せて俺はセシリアに高速戦闘のレクチャーでも受けてくるとしよう。
そう考えた俺は、背後から響いて来る、がきんっ!やらずどどどっ!やらぎゅるるるっ!などの激しい作業音を背にセシリアの居る場所へと向かうのだった。

「セシリア?大丈夫か?」
「………一夏さんですか。どうしましたの?」

ジト目で振り向いて来るセシリア。うわ、見るからに不機嫌そうだよ。

「いや…その…元気出せよ、な?」
「別にわたくしは元気ですわよ。……憧れの人があんなのでショックを受けてるだけですわ」

ショックというか、がっかりというか、失望って感じだなセシリアの反応は。ISを開発した束さんは殆どの女性にとって憧れの存在だからな。それが実際は……。

「………それで?一夏さんはわたくしに何か用でもあるんですの?」
「あ、ああ、セシリアに高速戦闘のレクチャーをして貰おうと思ってさ」
「わたくしに、ですか?」
「ああ、だって高速戦闘に詳しいのはセシリアしかいないっぽいしさ。頼れるのはセシリアしか居ないんだ」
「わ、わたくしだけ!?そ、そうですの。……こほん、わかりましたわ。わたくしにお任せ下さいな!」

それを聞いたセシリアの表情がぱああっと花が咲いたかのように明るくなる。良かった。何だか知らんが元気になったみたいだ。

「それでは高速戦闘のアドバイスをします。一夏さん、超高感度ハイパーセンサーを使用した事は?」
「いや、ない」
「そうですか。ではまず注意から。高速戦闘用に調整された超高感度ハイパーセンサーというのは―――」

腰に手を当て、いつもの様になるポーズで解説を始めるセシリア。そこに、セシリアとは別の声が割り込んでくる。

「使うと世界がスローモーションに感じるのよ。ま、最初だけだけどね」
「鈴さん!?わたくしの説明の途中ですわよ。大体、高速戦闘の訓練はされてるんですの?(少しは空気を読みなさいな)」
「12時間ね。ま、セシリア程じゃないけどさ(お断りします)」

まさか自分以外に高速戦闘の経験者が居たとも思いもしなかったセシリアは、鈴の言葉に若干怯み、それでも気品を保とうとコホンと咳払いをするとまた講義を再開する。

「そ、それではどうしてスローモーションになるかというと―――」
「ハイパーセンサーが操縦者に対して詳細な情報を送る為に、感覚を鋭敏化させるんだよ。だから、逆に世界が遅くなったように感じるって仕組みね。でも、最初だけだよ。すぐに慣れるから(落ち込んでるからってコレとそれとは別だよ?セシリア)」
「シャ、シャルロットさん…?わたくしの説明の途中で―――」
「それより注意すべきはブーストの残量だな。特に織斑は瞬間加速を多用する癖があるから、一層気を配るべきだ。高速戦闘状態ではブースト残量は普段の倍近い速度で減っていくぞ」
「ボーデヴィッヒさんもですの!?」
「? 時間が無いんだ。皆で教えた方が速いだろう?」

何故か怒るセシリアにラウラは不思議そうに傾げる。まぁ、ラウラの言う通りだよな。てかお前ら目で何語ってるんだ?バチバチ火花が散ってるぞ?

「確かにその通りですけど……ああもうっ!どうしてこうなりますの!?もーっ!」

ついにセシリアがキレた。散々自分の説明している最中に割り込まれたら怒りたくなるのも当然か。でも自分の髪をくしゃくしゃにするのは止めた方が良いぞ?品性の欠片も感じられないから。
まぁ、そんなこんなで俺達は作戦開始時間まで話し合いを続ける。あと数十分後には実戦が待っていると言うのにいつも通りに馬鹿をやっている俺達。そんな皆を見て俺は自然と笑みを浮かべて必ず成功させようと胸に誓うのだった。









時刻は11時半。頭上にある空はこれから戦場になるのが嘘だと思える程に澄んでいて青い空が広がり、真夏の強い日差しが浜辺でその時が来るのを待っている俺達に容赦無く降り注ぐ。

「…すまない、一夏。私の姉が不快な思いをさせてしまって」

無言で浜辺で待機していたら突然、箒が謝罪してきた。

「ん?ああいや…俺は別に気にしてないよ。セシリア達は妙に過敏に反応してたみたいだけどさ。それに、箒が悪い訳じゃないだろ?」
「……それもそうだが。姉は、周りに迷惑しか掛けないからな」

たぶん、一番の被害者は家族である箒なんだろうな。身の安全の為に何度も転校を繰り返したりと心休まる事の無い日々を送ってたみたいだし…。

「それに、ミコトの事もある」
「ミコトの?」
「たぶん、皆も…………いや、なんでもない」

何かを言い掛けて箒は途中でふるふると首を振って言葉を中断する。何を言おうとしたか気にはなったが言いたくないのなら聞かない方が良いだろう。

「ま、そんなに気になるんだったら直接セシリアと話せよ。セシリアは絶対に気にするなって言うだろうからさ」
「…そうだろうか?」
「当たり前だろ?友達なんだから」
「え………」

俺の言葉に箒は目を丸くして驚いていたが、すぐににこりと笑みを浮かべて頷いた。

「そうか…友達か。そうだな」

…良かった。なんか束さんが出て来てからピリピリしてた様子だったけど、なんとか解れたみたいだな。それが少し心配だったんだ。これなら問題無いな。

―――そして、その時が来た。

ハイパーセンサーのタイマーに作戦開始の予定時刻が表示され、俺と箒は目を合わせて頷きISを展開する。

「来い、白式!」
「行くぞ、紅椿!」

俺達の声に応え、光の粒子が周囲に現れて装甲を構成していく。そして、光が消え去ると俺の身体はISのアーマーを身に纏っていた。それと同時にPICによる浮遊感、パワーアシストによる力の充満感とで全身の感覚が変化する。

「なんか、俺って誰かに乗せられてばかりだな」

箒の背に乗りながらそうぼやく。
ラウラの戦闘の時ともそうだが、今回も移動はパートナーにすべて任せるので俺がパートナーに乗せていってもらう形になるのだ。前回はミコトに運んでもらい、今回は箒。作戦の性質上、仕方の無い事とはいえ女の子に乗るのは男として如何なものだろう?

「まったくだ!男児が女子の上に乗るなどあってはならない事だ!今回だけだからな!」

そうぷんすか怒る箒だったが、どこか嬉しそうなのは何故だろう?

「俺も出来ればそうしたいよ。でも、箒は大丈夫なのか?試運転は済ませたけどぶっつけ本番とさほど変わり無いだろ?」

箒の専用機は、使い始めてからまだ一日も経っていない。いくら束さんがパーソナライズとフィッティングをしたといっても、操縦者の方はそうもいかない。
心配する俺だったが、箒はそんな俺に対して力強い笑顔を返してきた。

「心配するな。スペックは違うが打鉄と類似してる部分も多い。やれるさ」

その笑みに嘘偽りはない。寧ろ自信に満ち溢れていた。

「……今までは見てるだけだったからな。だが、今は違う。それに、私なりに修練を積んだつもりだ。確かにぶっつけ本番に等しいが一夏の時とは違いISの経験も積んでいる」
「確かにそうだけど…」

…箒、何か焦ってないか?俺にはそういう風に見える。それに、俺の時は命の保証はあった。でも、今回は実戦で命の危険だってあるんだぞ?

―――セシリアも、鈴もミコトを馬鹿にされて怒り戦って負傷した、私だけが何もしていない。私だけ…。

このタイミングであの時、箒が言っていた事が脳裏を過ぎる。そう言う事なのか?箒のあの焦りの原因は…。

「箒―――」
『織斑、篠ノ之、聞こえるか?』

俺を言葉を遮り、ISのオープン・チャンネルから千冬姉の声が聞こえてくる。

『今回の作戦の要は一撃必殺だ。短時間での決着を心掛けろ』
「「了解」」

千冬姉の指示に俺と箒はハッキリと返事をする。

『篠ノ之。お前はその専用機を使用しての実戦経験は皆無だ。いくら束が調整したからと言って絶対ではない。突然、なにかしらの問題が出るという可能性もあり得る。本来の役割を全うすることだけを考えろ』
「…わかりました。一夏を運ぶ事に全力を尽くします」

若干不満そうな表情を浮かべた箒だったが、それに逆らおうと考えず素直に従う。命の危険がある作戦だ。素人の判断で行動するのは危ういのは理解している様だ。

『―――織斑』
「は、はい」

オープン・チャンネルではなく、突然のプライベート・チャンネルでの通信に慌てて回線を切り替えて応答する。

『篠ノ之は何か焦っている様に見える。だが、その想いも一概に間違いとは言えない。隣に立つお前が支えてやれ。間違えないようにな』
「―――はい!」
『よろしい』

迷いの無い俺の返事を何処か嬉しそうに千冬姉は受け取ると、回線がオープン・チャンネルへ切り替わり、号令がかかる。

『では、始め!』

―――作戦、開始。

千冬姉の号令を合図に箒は俺を乗せたまま、一気に上空300メートルまで飛翔した。
…とんでもないスピードだ。瞬間加速と同じか、もしくはそれ以上かもしれない。しかし、俺の驚きはまだ止まる事は無い。俺という荷物を乗せた状態であるにもかかわらず、紅椿は更に加速しものの数秒で目標高度500メートルまで達したのだ。

これが…これが第四世代型IS。展開装甲の完成型なのか。

俺は間近で見て漸くその凄さに気付く。現行のISを上回るスペック。その言葉に偽りは無かったと言う訳だ。

『目標高度の到達を確認。暫時衛星リンク確立………目標の座標を確にn――――いや、待て!?』

…?何かトラブルか?
オープン・チャンネルから聞こえてくる慌てる千冬姉の声に俺は眉を顰めた。

『…どういう事だこれは?提示されたデータと異なるぞ?くそっ、これ位の仕事も満足に出来ないのかっ!無能共がっ!』

どうやら本当に問題が発生したらしい。どうする?もう少しで目標に接触するぞ。このまま作戦を続けて良いのか?千冬姉から指示は?
通信の向こう側で騒然となっている指令室に影響され俺も箒も訳が分からなくなる。けれど、速度を落とす訳にもいかずだんだんと目標との距離が縮まっていく。

『織斑!篠ノ之!作戦は中止だ!撤退しろ!』

騒然となる指令室からの通信で告げられたのはまさかの撤退命令だった。

「えっ、でも目標は…」
『状況が変わった。急いでその場から離脱しろ!推測ではあるが『銀の福音』にはアレが搭載されている場合が―――』

そうして、千冬姉の通信は途絶えた。いや、途絶えたというのは正しくない。強制的に、通信を止めざるをえなかったんだ。目の前に現れた存在によって――――。

「な…んだ?あいつは…?」

ハイパーセンサーが表示する高速でこちらへ接近して来る銀色の機影。おそらく目標と思われるソレは――――。

「IS…なのか?」

事前に見たデータとは異なり、とてもお世辞にも美しいとは言えない歪な全身の装甲に血管の様なモノが浮かびあがり、それがまるで生物の様にどくん、どくんと脈を打っているのだ。知っている。俺はアレと似た様なモノをつい最近目にしている。

「Berserker system!?どうしてっ!?」

そう声を発した時には、その異形の翼は。その歪な翼を輝かせて戦闘態勢へと移っており。俺達は戦うしか選択肢は残されていなかった……。







―――Side 篠ノ之束


「織斑!聞こえないのか!?離脱しろ!………くそっ!聞こえていないのかっ」

ありゃりゃー、これはちょっちまずいかね?いっくんと箒ちゃんじゃあれを相手にするのは難しいかな~?モチロン事前に情報があったなら対策は出来てたんだけど、あっちが上手だったか~。

ちらり、とちーちゃんを見る。…うん。画面に夢中でこっちに気付いてないみたいだね。今の内今の内♪
そろりそろ~りと誰にも気づかれない様に部屋を出る私。

「にゃはは♪脱出成功☆」

ぶいぶいと勝利のVサインをする私。誰も見てないけどね。

「あのままじゃ二人とも逃げられないしね~。時間稼ぎが必要だよね」

でも、あの部屋に居る子達は時間稼ぎにもなれなさそう。なら、仕方ないよね~♪
何事も『人命』が優先だよね?価値があるモノよりも劣るモノが切り捨てられる。常識だね。
と、いうわけでやってきましたチビちーちゃんが眠るお部屋!では、某番組で芸能人の寝起きドッキリみたいに慎重に侵入しましょ~♪

「おはよ~ございま~す…」

小声で喋りながら部屋に侵入。おや?チビちーちゃんは寝てるみたいだね~。ま、丁度良いかな?ブスリっと。
私は寝ているチビちーちゃんが持っているイカロス・フテロの待機状態である翼を模ったキーホルダーにコードを差し込む。すると、こちらのディスプレイにイカロス・フテロのデータが流れ込んで来た。

「むむむっ!?ロックが掛かってあるね!さてはちーちゃんの仕業だな~。ちーちゃんめ~、これじゃあせっかくの機能がただの重りじゃないか~」

せっかく、私が改造してあげたのに~。酷いよちーちゃん。直してくれってお願いしてきたのちーちゃんじゃないか~。サービスだってつけてあげたのに~。
何を隠そうこのイカロス・フテロには展開装甲の試作の試作、まだ実験段階のモノが搭載されているのだ~。ま、実験段階だから使用者の安全とか全然考慮されて無いんだけどね。それでもお釣りがくらいのスペックなんだけどな~。

「かたかたかた~と………」

おやおや~?なにやら『この子』が対抗してるみたいだね~。でも無駄無駄~☆おらおらだよ~!

「むふふん!よしよ~し!解除成功♪どんなもんだ~い☆」

私に解除出来ないプロテクトは無いのだ~♪

「ん………」

おやおや?起きたみたいだね?グッドタイミングだよ!

「……束?」
「やーやー良い朝だね?もうお昼前だけど!それよりチビちーちゃん。お願いがあるんだ~。あのね?―――――」










あとがき

友人にISってエロゲーに出来るんじゃね?っと真顔で聞かれた金髪のグゥレイトゥ!です。
…まぁ、JINKIって例もありますしね。可能性はあるかもですが…あれは戯画マインだしなぁ。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二十八話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/01/11 04:06

「ぬっきあしさっしあししっのびあし~…っと」

声を潜めて、誰にも見つからない様に、慎重に、しんちょーに廊下を進んで行く私。気分はスパイである。脳内では○○7なBGMが絶賛流れ中である。

「だれもいませんね~…?」

ひょこりと曲がり角から顔だけを出してそう尋ねてみる。返答は当然無い。それもその筈。生徒達は部屋の中に待機で、教師陣も生徒達の見張り役を必要最低限に残し出払っている。今廊下に居るとしたら、旅館内を巡回中の教師と、無断で部屋に出ている私くらいだ。見つかったら問答無用で即拘束なのでスリリングだね。
そんな危ない目に遭うかもしれないと言うのに私がで歩く理由?そんなの決まってるじゃないかー。みこちーに会う為だよー。結局、朝は会えなかったし容態はどうなのかこの目で確かめて無いもんね!親友としてはこの目で確かめないと心配で心配で気が済まないんだよー!そ・れ・に!朝ごはん食べてないよね!きっと!こっそり厨房に忍び込んでおにぎりを作って来たんだよ~!おにぎりなら和食が苦手なみこちーも食べられるもんね!

「……とはいったものの。案外見張りは薄いんだねー」

本当に最低限の人員しか割いて無いらしい。それとも、見張りなんて最初からいなかったのか。朝、浜辺で脅迫まがいに生徒達に恐怖を植え付ける様な真似をした織斑先生の言葉は、絶対に生徒達が部屋から出ない様にする為だったのかもしれない。そうでないと、ここまで先生と遭遇しないと言うのは明らかに可笑しい気がするよー。

……ま、その方が私は楽でイイんだけどねー!今行くよみこちー!

心の中でそう大声で叫ぶ。実際は凄く小声だけど。
そして、何の問題も起こらず順調に目的のみこちーが眠る山田先生の部屋へと辿りついた私なのだったー。どんだけしょぼいんだ警備体制ー。

「わたしは大事な物をぬすんでいきましたー。みこちーのこころでーす!」

いざいかんみこちーの平らな胸の中へ!
ばたん!と勢い良くドアを開け放ち、私は元気良く大きな声でみこちーの名を呼んだ。呼ばれた本人が元気になるくらいな大きな声で。

「おはよう!みこちー!―――」

――――でも……。

「――――…………みこ…ちー…?」

サランラップに包まれたおにぎりが、みこちーに食べて貰おうと一生懸命につくったおにぎりが、手から滑り落ちぽとりと地面に落ちる…。
ドアが開かれて覗かせた部屋の中には名前を呼ばれた人物は居らず、まだ温もりを残す布団とゆらゆらと風に揺れるカーテンだけが部屋に佇んでいた…。









第28話「交差する翼」









――――Side 織斑一夏


翼を持つ異形のISが超高速で俺達に襲い掛かってくる。
……むちゃくちゃな機動だ。同じ翼を持つISに乗るミコトとは全く違う飛び方。正反対の飛び方。ミコトの様な優雅さを微塵も感じさせない暴力的な軌跡。ミコトが緩やかにそよぐ風なら、アレは全てを薙ぎ倒す暴風だ。触れる物を全て無差別に傷つける暴風。だが、どうしてあんな速度であんな常識外れな機動が出来る?操縦者の負荷も、要求されるそのテクニックも尋常なものじゃない筈なのに。けれど、俺が一番疑問に思っているのは…。

「な…んだよ、あれ?どうしてこんなとこにアレが居るんだよ!?」

そう、なんでアレが此処に居るのか―――だ。同じなんだ。あの時と同じ奴なんだアレは…。
しかし、形状はラウラの時とは全く異なっていた。ラウラの時は最初は人型ではあったが最終的には天にも届く程の蠢く巨柱だった。どちらの形態も驚異的な破壊力を有していたが、どちらもISとして機能しておらず、ましてや空を飛ぶなど不可能でとてもISと呼べるようなモノでは無かった。けれど、目の前のアレは違う。そう、空を飛んでいるのだ。しかも、超高速で…。

「い、一夏…?あれは…何だ…?」

必死にアレの猛撃を避けながら、目の前の不可思議な存在に戸惑いをみせる箒が俺に訊ねてくる。
…そうか。箒はあの時、教員を呼びにいっていたから実際にアレを目にするのも、対峙するのもこれが始めだったか。なら、戸惑うのも無理は無い。あんな物、始めてみる奴はみんな驚くに決まってる。

「ラウラのISが暴走した時と同じ奴だ!アレの攻撃には当たるなよ!当たったら終わりだ!」

ラウラの時は一撃でシールドが半分ほど抉られた。アレがラウラの時と同様のモノなら、同じかもしくはそれ以上の威力を持つ可能性がある。迂闊に攻撃を受ける様な真似は自殺行為に等しい。

「あ、アレがそうだと言うのか!?くっ!――――」

グンッと紅椿は加速して『銀の福音』…と思われる異形のISから距離を離そうと試みる。しかし―――。

『―――――』
「何だとっ!?」

銀色の福音は距離を離されるどころか、更にその異常な加速力により距離を詰められてしまう。紅椿の機動力を持ってしても、アレから逃れる事は出来ないのだ…。いや、本来なら紅椿のスペックなら出来たかもしれない。だが、俺と言う荷物と、まだ慣れていないISの所為でその性能を箒は発揮できないでいるんだ。

「くそがあああああああっ!」
「一夏ぁっ!?」

目の前まで迫って来た銀の福音に、俺は箒の背から離れ、真っ向から雪片弐型ぶつかり合う。―――けれど、それはこの作戦の失敗を意味する物でもあった。全エネルギーを使って一発で決めなければならないこの作戦で、俺は余計な真似をしてしまった。もう、作戦を遂行する事は不可能だ。現に、今の衝突で俺のシールドエネルギーも何割か削られてしまっている。

どんだけだよ。ただのぶつかり合いだぞ?何でシールドが減るんだよ…。

答えは単純だ。互いに超高速でぶつかりあった。片方が超高速でぶつかっただけでもかなりの衝撃だ。両方がぶつかればそれで更に倍プッシュ、てな訳だ。高速戦闘において攻撃を受けると言う事はそう言う事だ。

『―――――!?』

雪片弐型によって弾き飛ばされた銀の福音。しかし、すぐに体勢を立て直しこちらへと猪突猛進のごとく突っ込んでくる。

「一夏!?何をやっている!?作戦を忘れたのかっ!?」
「んな事は分かってるっ!でも他に方法はあったのかよっ!?」

さっきのまま飛んでたら背後から直撃を受けていた。少しでも被害を軽減させるにはあれしか方法は無かったんだ。

…でも、この後はどうする?

さっきの攻撃はなんとかなった。だが、これから先は?二人でアレを如何にかするのか?本来の作戦はもう行えない。常套手段でアレを倒せるのか?たった二人で…。
答えは『NO』だ。前回もセシリアと鈴が消耗させ、俺とシャルロット、ミコトで漸く倒す事が出来た。実質、5人がかりで前回のアレを倒したんだ。幾ら紅椿が高性能だからと言って、アレを倒すには足りない。

……逃げるしかないか。

そう俺は判断する。しかし、問題が二つある。

「箒!離脱するぞっ!アレを二人だけで相手にするのは無理だ!」
「どうやってだ!?紅椿の機動にもついて来る化け物だぞ!?それに、旅館にまでついてきたらっ!」
「………くそっ!」

そうだ。アレの驚異的な機動性から逃れられないのがまず一つ目。紅椿単機のみならそれは可能だろうが、俺と言う足手纏いがいるためそれは無理だ。そして二つ目は箒が言った通りアレが旅館までついて来た場合だ。旅館まで誘いこめばセシリア達と応戦する事は出来るだろう。しかし、旅館周辺を戦場にする事になる。そうなれば、生徒達に被害が及ぶ可能性があるのだ。

…どうすればいいんだよっ!?

心の中でそう吐き捨てる。逃げられない。でも撃破も不可能。なら、残された道なんて―――。

どくんっ…!

―――と、その時。銀の福音から一際大きく脈打つ音をハイパーセンサーが拾った。そして、首筋辺りからぞわっと寒気が奔り。俺は箒に向かって叫んだ。

「っ!?箒っ!避けろっ!」
「えっ――――」

俺の叫びに箒の呆けた声が洩れる。その直後、高エネルギー反応を察知したハイパーセンサーからの警告音が鳴り響いた。
輝く翼。その翼の先端から放たれる閃光。全てが白に埋め尽くされ。その光に呑込まれた物は尽く滅されていく。そして、その射線上にいた箒もそうなる筈だった。けれど…。

―――させるかあっ!

それはもう本能によるものだった。奴の翼からレーザーが放たれる直前。考える前から既に体が動いていた。手を伸ばしていた。まるで、予めそう動く様にプログラムされていたかのように、遺伝子にそう刻まれていたかのように、俺の身体は箒を助ける為に今までに無い程の加速力で駆けていた。そして、普通なら間に合わないその距離を並みならぬ意地によって覆し、伸ばしたその手で箒を突き飛ばした。

どんっ!

「――――あっ!?」

突き飛ばされた衝撃に箒は小さな悲鳴を上げる。しかし、その悲鳴を俺が聴く事は無かった。
移り変わる様にして箒を突き飛ばした俺の居る場所は、もう既に銀の福音の翼から放たれたレーザーによって呑み込まれていたのだから…。

「い、一夏あああああああああああああああっ!?」

強い衝撃。ハイパーセンサーから喧しく響く警告音。全身を焼かれる様な激しい痛み。その痛みに抗う事は出来ず、俺は意識を手放すのだった。

嗚呼、チクショウ。また守れず仕舞いかよ…。

最後の薄れ行く意識の中、最早涙すら出ないその悔しさの中。俺の意識は完全にブラックアウトする。
けれど、その最後。意識が完全に闇に落ちる最後の瞬間。優しく包む様な風が吹いた様な気がした。それは、いつか無人ISに襲われて俺が気を失った時と同じ感覚だった…。











――――Side 織斑千冬


「織斑!応答しろっ!織斑っ!……くそっ!」

何度やっても織斑達から応答は無い。私は手に持っていた端末を乱暴に床に叩きつける。織斑達の通信の途絶から数分後、衛星からリンクまで途切れてしまっていた。
このタイミングで通信障害?どう考えても意図的な物だ。それはあの存在が証明している。ボーデヴィッヒと同じプログラムを組み込まれたIS。そして暴走。明らかに『奴ら』が今回も絡んでいるのは間違いない。

「織斑先生!わたくしも現場に向かわせて下さい!」

セシリアがそう名乗り出るが私はそれを却下する。

「駄目だ。現場の状況が分からないこの状態で、援軍を送れば更に被害を拡大させる事になる」
「ですがっ!」
「駄目だ」
「なら、僕達…代表候補生全員が出撃すればいいじゃないですかっ!」
「…駄目だ」

もし、織斑達が落とされていた場合。単独でセシリアを向かわせればセシリアも織斑達の二の舞になってしまう。残る候補生メンバーをすべて投入しても同じだ。高速戦闘について行けないISを現場に投入したところで何の意味もない。ただ落とされるだけだ。

「…衛星とのリンクはまだ回復しないのか?」
「駄目です!接続を受け付けません!明らかに何者かの通信妨害によるものです!」

何度も再接続を試みている山田君が私の問いに答える。彼女の表情から察して再接続は絶望的か。せめて、衛星さえ使えれば映像を拾えるのだが…。

…一夏。無事でいてくれ。

そう心の中で弟の無事を祈る。
無茶はしてくれるなよ。一夏。アレはお前達だけで手に負える様な代物ではない。逃げろ。頼むから逃げてくれ。

ばたばたばたっ…。

…廊下の方がやけに騒がしい。生徒達が部屋から出ているのか?あれほど念を押したと言うのに困ったものだ。だが、叱っている程の暇などない。生徒の顔だけを確認して後日―――。

バンッ!

「織斑先生!みこちーが!みこちーがぁ!」

勢い良く開けられた襖から飛び込んで来たのは、目に一杯の涙を浮かべた布仏だった。しかし、オリヴィアだと?………まさかっ!?
バッと部屋を見回す。やはりだ。アイツが居ない。さっきまで部屋に居た筈のあの疫病神がいつの間にか忽然と姿を消していた。

……やってくれるっ!

「ほ、本音さん?ミコトさんがどうしましたの!?」
「みこちーが!みこちーが部屋に居ないんだよぉ!部屋で寝てる筈のみこちーが居ないんだよぉ!」
「………ぇ?」

オリヴィアが行方不明という報告を聞いて、山田君の顔からサーッと血の気を失う。セシリア達も同様だ。体調不良の状態で、しかもこのタイミングでだ。皆、嫌な予感がしたのだろう。私もその中の一人だ。皆と異なる事と言えば、束を良く知る人間としてその予感は確信であると言う事だ。恐らく、アイツがこの場に居ないのは………。
ギリッと奥歯が鳴る。とことん、とことん人の想いを踏みにじるのかお前は…。ただ興味が無いからと、それだけの理由で…。
……落ち着け。感情をコントロールしろ。方法は褒められた物ではないが束の選択は間違ってはいない。最善と言って良いだろう。この場を任せられている者として己の務めを成せ。今、自分が成すべき事はなんだ?

「ど、どういう事ですの!?本音さん!ちゃんと探しましたの!?」
「探した!探したよ!でも…居ないんだよぉ!」

オリヴィアの行方不明に気が動転する布仏。昨日の今日でこれだ。そうなっても無理もない。だが、あれでは話を聞こうにもまともに答えが返ってきそうにもない。ボーデヴィッヒも理解しているのか、そんな布仏をボーデヴィッヒは落ち着かせようと両肩に手を置き落ち着いた声でゆっくりと語りかける。

「落ち着け本音。大丈夫だ。ゆっくり、ゆっくり深呼吸をしろ。………部屋に何か痕跡は無かったか?変に感じたものは?」
「ひっく………布団、暖かかった」
「なら部屋から消えてそう時間は経っていないな。何処に居るかは不明だが、そう離れた距離ではない筈だ」

普通ならそうだろう。しかし、オリヴィアはISを所持している。そんな常識は通用しないしそんなことはボーデヴィッヒも理解している事だろう。その上でなおそう告げるのは布仏を少しでも落ち着かせる為か…。
まったく、一体いつからここまで親しくなったのか。時が時ならその事を喜んだのだがな。

「他には無いか?」
「あと……窓が開いてた」
「窓が?」

部屋はオリヴィアの身体の負担を少しでも減らす為に、定温に保たれる様に窓は閉められていた筈だ。空調もしっかりしている為、窓を開けて換気する必要もない。なのに窓が開いていた…。

『(お、恐らくミコトさんは窓から外へ飛び出したのでしょう。問題は何故そんな事をしたのか、ですが…)』
『(ミコトには銀の福音の情報は一切伝えられていない筈。なのに、どうして飛び出そうと思ったのかしら?ISの無断使用を禁じられてるのはミコトだって理解してる筈よ。あの子だって馬鹿じゃないわ。やるなと言われればちゃんと守るもの)』
『(お、お待ちなさいな!?別にミコトさんが銀の福音の方へ向かっているとは限らないでしょう?ほ、ほら!いつもの空の散歩とか…)』
『(現実をみなさい、セシリア。このタイミングでそれしか無いでしょ?気持ちも分かるけど…)』
『(…なら、考えられるのは誰かがミコトに情報を渡したってことだよね。じゃあ、誰が?今のミコトを実戦に出させるだなんて普通じゃない。許せるものじゃないよ…)』
「……はぁ」

先程まで騒がしかったと言うのに妙に大人しいオルコット達。しかし、オルコット達の目線が不自然に宙を泳いでいる。おそらくプライベート・チャンネルを使用しているのだろう。

やれやれ…。大人しくしていられないのか…。

友人想いも考えものだ。それが子供なら尚のこと御し難い。天災が近くでうろついている今の状態で問題は控えて貰いたいものだが…それを望むのは無駄か。
度重なる問題と、更なる問題の予感にずきずきと頭が痛む。ああ、くそっ。本当に次から次へと…。

「…そうか、分かった。私も探してやる。二人で探せばすぐに見つかるさ」

不器用な笑顔を浮かべて、慣れもしないのになんとか布仏を元気づけようとしているボーデヴィッヒの姿がなんとも微笑ましく思えた。が、それとは別に心の中で私は安堵していた。此処にあの馬鹿が居なくて良かった、と―――。
もし、あの馬鹿がこの場に居たなら、空気も読まずに指を指して笑いながらこう吐き捨てた事だろう。

――――傷の舐め合い、と。

「………」

空気読めないとか、常識非常識とか、最早そう言うレベルの問題ではない。アレは一般の人間とは思考がかけ離れ過ぎなのだ。しかも精神年齢は餓鬼のまま。その上、中身は餓鬼でも頭脳は世界一とまでくれば質が悪いにも程がある。
挙げれば挙げる程問題ばかりのアレだが、今は置いておこう。今、問題なのはそれじゃない。

「山田君。旅館周辺にISの反応はあるか?」
「あ、ありません。探索する範囲を広げようにも衛星が使用出来ないこの状態では…」

だろうな。恐らく織斑達に気を取られている時にレーダー網突破したのか。衛星が使えないのなら探索の範囲も広げられん。なら、今我々が出来る事と言ったら――――。

「オルコット。高機動パッケージの量子変換を済ませておけ」
「は、はいっ!?」
「何を驚いている?どうせ、何か企んでいたのだろう?」

図星なのか、オルコットを含めた候補生達はぐっと気まずそうに表情を歪める。
大方、皆でオリヴィアや織斑達の救援に向かおうと考えてたのだろうが、現状のまま現地に向かっても返り討ちに遭うだけだ。優良な手段ではない。なら、この作られた時間を有効に使うべきだ。戦力を整える為にな。

「他の候補生もだ。万全の態勢で臨めるように準備を済ませておけ。時間はオリヴィアが稼ぐ」
「! み、みこちー…?」
「っ!…教官!」
「…………」

オリヴィアの名前を聞いて反応を示しす布仏。そして、責める様に私を睨んでくるボーデヴィッヒを私は無言で受け流すと、腕時計へと視線を落とした。
どのみち隠していてもいずれは知る事になる。遅いか早いかそれだけの差だ。
束がオリヴィアを向かわせたのは織斑と篠ノ之を離脱させる為の時間稼ぎだけではない。銀の福音の対策を練る為の時間稼ぎでもあるのだ。オリヴィアがアレを逃げ続けてられる時間は2時間あれば良いくらいか。しかし、それも万全の状態でならば、の話だが…。

これは、時間との勝負か…。

帰還して補給を終えた織斑達を含んだ救助隊がオリヴィアを救助するか、それとも銀の福音がオリヴィアを撃墜するか。妙なレースになったものだな。どうせ、あの馬鹿も何処かで高みの見物をしてるのだろうよ。胸糞悪い。

「え?なんで?だって…みこちー…安静にしてなきゃ駄目なんだよ?なんで…?」
「本音…」

寄り縋ってくる布仏に、ボーデヴィッヒはどう声をかければ良いのか、何も言えないまま今にも倒れそうな布仏をただ支える事しかできなかった。
しかし、冷静さを失っているのは布仏だけでは無かった。ぼそぼそとまるで呪詛を連想させる重く、そして暗い声が私の耳に届く。その声の主はやはりというべきかオルコットだった。はぁ、こいつもか…。

「…あの人が、篠ノ之博士がミコトさんを唆したんですわ。ええ、きっとそう…。そうでないと説明がつきませんもの…」
「セ、セシリア。落ち着いて…」
「これが…これが落ち着いていられますか!ミコトさんが…ミコトさんを何だと思っていますの!あの人はっ!?」

玩具程度にしか思っていないだろうな。アレに人並みの感性を求めること自体がそもそもの間違いだ。興味対象とやらにすらアレな行動を取るのに、興味を持たない者にまともな態度を取る筈が無い。
そして、オルコットの怒りは鎮まる事を知らずますますヒートアップしていく。

「倒れたのですよ?それも高熱を出して!そんなミコトさんを戦場に向かわせるだなんてっ!」
「っ!…だから落ち着いてってば!それに、篠ノ之博士がミコトに話したとは限らないでしょ!?」
「何を思ってもいない事を!あの人しか居ませんわ!あんな酷い事をする人は!それを証拠にいつの間にか篠ノ之博士の姿が見えないではありませんか!」
「チッ…そう言われてみれば居ないわね。散々言われてるのにやけに静かだと思ったら。何処に行ったのアイツ?」

腐りに腐ってもIS開発者をアイツ呼ばわりか。凰もそうとう奴の事が嫌いと見える。奴が一言いえば簡単に首が飛ぶんだが、そんな事で怯むほど臆病な連中でもないかこいつらは。
…しかし、この流れはまずい。そう思い止めに入ろうとした私だったが、それも遅かった―――。

「もし…もし戦闘中、昨晩の様に体調を崩したらどうなると思いますのっ!?敵が丁寧に此処まで送ってくれるとお思いでっ!?そんな事有り得ませんわ!死んでしまいますっ!」
「ちょっ、セシリア!?」

…馬鹿者が。

今、このタイミングでその言葉は禁句だと言うのに…。
いかんな。束の印象が最悪だったのが影響しているのか、候補生メンバーも冷静さが欠けている様に思える。捨て駒同然の扱いだ。憤るのも無理はないが…。

「っ!?…みこちーが…死んじゃう…?」
「本音っ!?」

布仏はがくんっと床に崩れ落ち呼吸を激しくさせ、目の集点が定まらない状態で、自分の身体を抱きしめてガタガタと震えだした。

やはり、こうなるか…。

「本音!しっかりしろっ!………っ!オルコット!言葉を選べっ!」

力無く倒れ込む本音を慌てて抱きかかえると、ボーデヴィッヒはキッと失言したオルコットを睨みつける。

「わ、わたくしは……」
「お前達もだ!気持ちは分かるが冷静になれ!今はやるべき事があるだろう!?」
「ア、アンタにだけには言われたく―――」
「鈴!」
「………っ!分かったわよ」

これ以上悪化させまいとデュノアが凰を止めると、凰も納得はいかない様ではあったが素直に引き下がる。やはりまだあの時の亀裂は修復できてはいないか。布仏とボーデヴィッヒを見てもう大丈夫だと思ったのだがな。
デュノアのおかげで言い争いにはならずに済んだ。が、その代償か部屋には気まずい空気が漂い始める。

…付き合ってられん。

今は一分一秒も無駄には出来ない状態だと言うのに、餓鬼の喧嘩に付き合ってる暇はない。この拗れで連携などの不安要素は残るが致し方ないか。

「…各自準備に取り掛か―――」

その時、部屋にけたたましい機械音が鳴り響いた。

「レーダーに反応!それと同時に白式、紅椿、二機とのリンクが回復しました!……こ、これって!?」
「どうした?」
「織斑君のバイタルが…」
「…………」

完全に血の気の失せた山田君の顔を見て私は全てを察する。

…本当に、問題というのはどうしてこう続けてやって来るのだろうな。

嫌気がさすこの現実にそう心の中で吐き捨てると、私は端末を操作して医療班を向かわせるように指示を出すのだった。








――――Side ミコト・オリヴィア


「けほっ………一夏…」

重症を負い墜落する一夏を私は抱き止める。白式の真っ白で綺麗な装甲も殆どが溶けて、無事な部分も真っ黒に焼き焦げて今はもう見る影の無い。それに、一夏も酷い怪我。白式が頑張ってくれたおかげでまだ大丈夫そうだけど、早く治療しないと…。
あと、ずしりとかかる重量にイカロス・フテロの翼が悲鳴を上げてる。ん。やっぱりISをだっこしてる状態で飛ぶのは無理。でも、急いで一夏を運ばないといけない。

「ミコト…なのか?な、何故だ?お前は寝込んでいた筈では…それに、その機体は…」
「ん…一夏、お願い」

箒に呼ばれてとりあえず返事をすると箒に一夏を預ける。もともと、一夏と箒を逃がす為に私は来たから。一夏が飛べないなら箒にだっこしてもらうしかない。私は、束が言った言葉を思い出す。

―――いっくんと箒ちゃんがピンチだから囮をやって貰えないかな?だいじょーぶだよ!チビちーちゃんは逃げるの得意だよね?うんうん!

束が私に頼んだのは時間稼ぎ。一夏と箒が逃げ切るまでの時間を稼ぐのが私の仕事。

「二人は、逃げて」
「な、何を言っている!?病人のお前を残して私達だけが逃げられる筈が無いだろう!?それに!その機体はどうした!?」
「ん…?」

そう言えば、何か翼の部分が変な感じがする?スラスターの部分が変わってるし、何か軽くなった?それに、イカロス・フテロの様子も変…。

「んー…起きたらこうなってた」

私ってスーパーサ○ヤ人?

「何を馬鹿な―――っ!いや、あの人なら…そうか、そう言う事か」
「箒。いま話してる時間、ない」

箒言ってるあの人って誰か分からないけど、今は一夏を安全な場所に運ぶのが優先。

「だが、あんな化け物をお前一人に任せるのはっ」
「大丈夫。逃げるの、得意」
「しかしっ!」
「私じゃ、一夏をだっこして逃げられない。箒、お願い」

それに、あの子は箒だと難しい。あの子はイカロス・フテロと似てるから…。
一夏を傷つけたあの子は許せない。でも、あの子の姿を見てるとどうしても怒れない。願いを、翼を捻じ曲げられて悲しんでるあの子を見てると…。

「また、なのかっ…また私はっ」
「けほっ…違う。箒、一夏を助ける。私、逃がす為に囮になる。ん。どっちも大事」

どっちが欠けても一夏は助けられない。どっちの役割を変えても皆助からない。箒は、一夏を助ける為に逃げなきゃ駄目。私は、二人を助けに囮にならなきゃ駄目。適材適所っていうんだよね?

「だからと言って、体調が優れぬお前を残して…っ!」

たしかに身体は重い。頭もくらくらする。とても万全な状態なんて言えない。けど…。

「大丈夫。私は―――」
『■■■―――っ!』

おいてけぼりになって痺れを切らしたあの子が咆哮を上げ、翼を輝かせてレーザーを放つ。けど―――。

グンッ…。

空気の壁を越え、雲を越え、いままでとはケタ違いの加速力でイカロス・フテロは上昇する。レーザーの射線には既に私の姿はない。私の姿はレーザーが通り過ぎた場所の遥か上空に存在し、翼を大きく広げていた。

「堕ちない」

この翼は、イカロス・フテロは『希望』だから。私が絶望しない限り堕ちる事なんてぜったいにない。

「――――っ!?一瞬であの高さまで!?」

ん。前よりずっと速くなってる?でも、やっぱりなんだか違和感がある。どうして?
反応が若干遅れてる。何だかイカロス・フテロが拒んでるみたい…。今までこんなの事無かったのに…。

「………でも今は」

視線を落とす。下からはあの子が私を追って物凄いスピードで飛んで来ていた。私はその突進をかわす。けれどあの子の猛進は止まらない。無理な機動で反転してまたこっちへやってくる。
くるくるくるくる…。片や優雅に、片や乱暴にダンスを踊ってるみたいに円を作りながら、交差しながら、高速の世界で空を飛ぶ。
注意を逸らすのは成功したのかな?なら、今のうち。

『箒、行って』

プライベート・チャンネルでそう促す。あの子は私しか見えてないみたいだから今なら安全に逃げれる。

『…だがっ、私はっ!』
『一夏、助ける』
『―――っ!?』

それが、いま箒がしないといけないこと。

『逃げる、違う。助ける』
『■■■―――!!』

また閃光が私に目掛けて飛んでくる。それをかわす。それに伴い超加速の負担が私の体を襲う。

…くぅ!

ミシミシと骨が軋む。熱があるのかな、体が熱いくて目の前がクラクラする。でも…。

大丈夫。飛べる。苦しい顔、駄目。箒が心配するから…。

あの子の攻撃はまだ続く。速くて乱暴な飛び方で私を追ってくるのを巻き起こる風に乗りながら避ける。でも体の負担まではどうしようもない。さっきから視界が揺れてる。

…すこし、きつい。

『ミ、ミコト!』
『いく』
『っ!』
『いって。一夏、助ける』

エネルギーはもって2時間…ううん。あの速度を維持だとその半分、かな。エネルギーに気を配ればもう少しいける。でも…。
複数のレーザーが奔り、右へ左へと避けていく。そしてその度に体が悲鳴を上げ、額には汗がぷつぷつと浮かび上がっていた。

っ!私のほうが…もつ、かな?

辛い。飛ぶ事が苦痛に感じるだなんて、初めて…。

『~~~っ!すぐに、すぐに戻る!皆を連れて!お前を助ける為に!だから!…死ぬなッ!」
『っ………ん、待ってる』

苦しいのを我慢して笑って返事をすると、箒は一夏を抱きかかえてこの空域から離脱する。あの子も二人を追う様子もない。これで二人が安全な場所まで逃げれる時間を稼げばいい。
10分。旅館から離れる様に逃げ回れば、二人の安全圏到達まで10分くらいあればいい。あと、そのあとは私も遠回りして逃げ切ればいい。束がそう言ってた。

「はぁ、はぁ……むずかしい、かな?」

少しだけだけど、あの子と飛んでみて分かった。あの子は私達と似ている。機体の構造がじゃなくて、願いが。あの姿はその願いが捻じ曲げられた形。強い願いだからその歪んだ力も強い。

『■■■―――――!!』

咆哮…ううん。苦しそうな悲痛な叫びと一緒に閃光が奔し装甲をかすめるとそれだけで、イカロス・フテロの薄い装甲は融解を始める。気休め程度の装甲。あれだけの高出力のレーザーに耐えられる筈が無いしかすめただけでこの有様。当たれば即撃墜なのは確実。
でも、私はそんなことは気にしなかった。私が気にしてるのはあの子。目の前に居るあの子。

「とても、とても悲しい子…」

助けてあげたい。私達と同じ願いを持つあの子を、助けてって叫んでるあの子を…。
今もこうして叫び声を上げてこちらに突進してくるのは私に助けを求めて手を伸ばしてるからかもしれない。だったら、手を差しのべてあげたい。あの人が私にそうしてくれたように…。

『■■■■■■■!!!』
「待ってて、助けてあげるから」

あの子の猛攻をかわしながらそう呼び掛ける。本当ならそんな余裕はない。あちらの攻撃は避けてる筈なのに機体のダメージは少しずつ蓄積されていっている。たぶん、機動性だけ強化されて機体の方が耐えられないんだ。
状況は厳しい。そう思ったその時だ―――。

―――――ッ!!!!

「…っ?」

戦闘中、急に頭がキーンってなって私は驚き動きを止める。

――――……ぃ。・……な…ぃ。

何、これ?これは………声?
耳鳴りでしか無かったそれは段々と聞き取れるようになっていき、それが誰かの声だということにやっと気がつく。

――――………ない。堕ちたくない。怖い。戦いたくない。

怯える声が、私の心に伝わってくる。この声、イカロス・フテロの声?

―――……ぃ怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわいコワイ!

「イカロス・フテロ…」

―――まだ、飛んでいたい。

怯えてる。もう飛べないかもしれないって怯えてる。そうだよね。戦うの怖いもんね。イカロスは戦いが嫌いだもんね…。
さっきから感じた違和感はきっとイカロス・フテロが戦うのを拒絶してたから。この子は空を飛ぶ為に造られたIS。戦う事を嫌う怖がりな子。私の不調と今までに無かった強敵に怯えてるんだと思う。

「…………大丈夫」

優しくそっと語りかける。
大丈夫。私も、貴女も堕ちない。堕ちないから。だから、いまは…。

「お願い、一緒に飛んで」

友達を助けるために…お願い。

――――………。

…ん。いい子。

「ありがとう、ね?」

私の願いに、声が、悲鳴が治まり、私は理解してくれたイカロス・フテロの装甲をいい子いい子と優しく撫でて感謝する。すると、暖かな感情が私に流れ込んで来た。

「ん……大丈夫だから」

最後にもう一度そう語りかけ、正面に居る銀の翼へと視線を向ける。どくんどくんと一際大きく脈打つ翼。またあのレーザーを使うつもりみたい。あれ、照射範囲が広いから厄介―――。

ぐるんっ!

「――――ぇ?」

突然、あの子が今までに無い行動を取った。光を帯びる翼を広げくるりと勢いをつけて回転し始めて…――――っ!?いけないっ!
本能が、アレは危険だと告げて緊急回避を行う。その次の瞬間、空がレーザーの弾幕で埋め尽くされた。

「……くぅっ!?」

雨の如く降り注ぐ光弾がつぎつぎと私目掛けて飛んでくる。上下右左我武者羅に機体と身体に掛かる負荷を無視してそれを避ける。でも、その光の雨は止む事を知らない。避けても、避けても、次から次へと私向かって降り注ぐ。

「あっ…うぅ…っ!」

体が…体が痛いっ!

ミシミシと骨が軋み、臓器が圧迫され、機体の装甲もGに耐えきれず剥げ始める。ぼろぼろぼろぼろ装甲が海へと落ちていく…。

「………っ」

大丈夫。大丈夫。まだ飛べる。私もイカロス・フテロも堕ちない!

『■■■――――!』

悲鳴を上げる。あの子もまた悲鳴を上げてる。歪な翼を広げてあの子が泣いてる…。

酷い、よね…。

あの子は、飛びたかっただけなのに。何であんな哀しい想いをしなきゃいけないんだろう…。あの子の翼は、あんな事をするためにあるんじゃないのに…。

「駄目…っ」

そんな…そんなことしちゃ…。

「貴女の翼を…そんな事に使っちゃ…駄目っ!」

飛ぶ事が好きなんだよね?自由に広い空を散歩したいんだよね?だったら、こんなことしちゃだめだよ…。それに呑みこまれないで。呑み込まれたら貴女じゃなくなっちゃう。もう飛べなくなる。

助ける。必ず助けてあげるから!だからっ!


「あきらめちゃ…だめっ!」









あとがき

ぜ、前回の速度の事は言うな!わいは原作を参考にしただけなんや!?ワイは知らんかったんや!?
…と、いうわけで。はい、明けましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいします。
ミコトのパワーアップですが、ただ機動性がアップしただけなんです(汗)まぁ、最後の方で武装あ登場する予定なんですがね。あと、本当ならミコトが撃墜する予定でした。でも、ミコトが重傷負うとマジでそのまま死亡確定なんですよね。普通の人自己治癒力も弱いですから。なので、原作通り一夏くん撃墜です。
そして次に上がってくるのが白式のパワーアップイベントなんですが、これも迷ってます。ミコトが居るから必要無くね?とか思ってます。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二十九話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/02/01 14:31


重傷を負った織斑を篠ノ之が背負い帰還すると、待機していた医療班が即時に織斑を旅館の一室を借りて用意した即席の治療室へと運び、治療の処置が施された。全身の所々に酷いやけどを負い危険な状態ではあったがISの絶対防御が働いたことも幸いし、早い処置のおかげで最悪の結果は免れる事が出来た。しかし、やはり怪我は酷く現在も織斑は治療室で意識を失っている状態で目覚める様子も見られず。そして、まだ我々には大きな問題が残されていた。

「織斑先生!直ちにミコトさんの救援を!わたくし達に出撃許可を下さい!」

オルコットを先頭に代表候補生の面々がオリヴィアの救援の要請を申し出てきた。
そうだ。織斑・篠ノ之の二名は帰還したがオリヴィアは依然『銀の福音』と交戦中なのだ。状況は何も変わってはいない。ただ人が入れ換わっただけなのだ。それも、事態は更に悪い方向へ傾きつつある。

「準備は万全なのか?」
「高機動パッケージの量子変換は既に完了しています。他の代表候補生も準備は済ませていつでも出撃できる状態ですわ」
「私の紅椿もエネルギーの補給は完了してあります!」
「………速いな」

織斑が重傷を負い担ぎ込まれたというのにやけに静かだと思えばそういうことか…。言われてみれば織斑の容態を確認したらすぐに部屋に戻っていたな。怪我を負った織斑を運んで来た篠ノ之でさえエネルギーの回復に専念していた。これには私も驚いた。皆、織斑には好意を寄せているのは知っている。準備などほっぽりだして治療室の前で途方に暮れていると思ったのだがな。

「ミコトと約束しました。それに、一夏もこうして欲しいと願うでしょうから…」
「…そうか」

心配していない筈が無い。本当なら織斑の傍に居たいに決まっている。だが、そんな事をすれば一刻も争う友の命が危ない。そんなのは織斑も望んではいないし逆の立場なら織斑もそうしていただろう。だから今自分のすべき事を、友を救う為に…。

「作戦は?」

オリヴィアを回収して離脱するというのはまず不可能。銀の福音に追撃されるのがオチだ。そもそもアレを相手に逃げ切れるとも思えん。なら、考えられる唯一の作戦は―――。

「我々の専用機5機を銀の福音にぶつけ、その隙にミコトを離脱させます。相手も消耗している筈です。第三世代型IS5機で挑んで負けることはないかと…」

ボーデヴィッヒの提示した作戦に私はふむ、と顎に手を当てて思考する。
数で攻めるか。単純ではあるが今とれる最善の策と言えなくもない。ただ、不安要素は多々ある。本来の作戦の要であった織斑と言う決定打が今回は欠けていることだ。白式がもつ≪零落白夜≫抜きでアレを倒す事ができるのだろうか…。
だからと言って、織斑は今だ目覚めていない。しかし目覚めたからと言って戦闘に参加できる状態ではない。このメンバーだけでやるしかないのだ。

「銀の福音に組み込まれているのは恐らく『Berserker system』。貴様のシュヴァルツェア・レーゲンが暴走した時と同じものだろう」
「はい。私も同じ物だと推測しています」
「そうか。ではもう一度聞こう。本当にそれで勝てるつもりなのか?」

ISの通常兵器は通じず白式の≪零落白夜≫でやっと撃墜出来たあの暴走体を、織斑抜きの専用機5機だけで倒せるのか。私はそう問うた。

「…厳しいでしょう」
「それを分かったうえでその作戦を提示したのか。無謀でしかない」
「それ以外に何が方法が?こうしている間にもミコトの命は刻一刻と―――!」
「ボーデヴィッヒ。黙れ」
「っ!……失言でした」

そう睨むとボーデヴィッヒはハッとして俯き詫びを述べた。冷静の様でこいつも焦っているのか…。
まぁ、別に構いはしないがな。織斑も布仏もこの場にはいない。この場に居る連中も薄々感づいているだろう。だが、何処に耳があるか分からん。特にボーデヴィッヒの場合は委員会からも公言は禁じられている為。もし、誰かに話した場合。委員会から厳罰が下される事になる。前回は洗脳状態だっため弁護しようがあったが自らの意思となるともう私では庇いきれん。

「…ですが、ですが!友達を救出するにはこれしか方法が無いのは事実です!教官!出撃許可を!」
「監督官としてこんな無謀な作戦を承諾できないのは承知のうえですわ…。けれど!わたくし達はミコトさんを!友達を助けたいのです!友達の危機を救おうとしないで何が友達ですのっ!?」
「無謀がなに?友達を助けるためならどんな危険な作戦だってやってやるわよ!それなら文句ないでしょ!?」
「僕達なら出来ます!例え一夏が居なくても!一夏の分まで僕達が頑張りますから!友達を救出する許可を下さい!」
「約束したのです!必ず助けに戻ると…皆で助けに戻ると!お願いです!先生!ミコトを…ありのまま私を受け入れて、私を友達だと言ってくれたミコトを助け出させて下さい!」

生徒達が必死に詰め寄り、その訴えに必ず在る『友達』という言葉。どれもその言葉からは嘘偽りもなく心の底からそう思っているのが伝わってくる。自分の身が危険に晒され。最悪、死んでしまうかもしれないと言うのに、彼女等はそれに臆することなく自ら進んでそれを望んだ。

「…………フッ」

気付けば私は笑みを溢していた。それは呆れからか、それとも嬉しさからか。さて、どちらなのだろうな?まあ、良い。上等だ馬鹿者ども。どのみちこの方法しか残されていないのだからな。お前達がそれをお望みなら望み通りにしてやる。使い倒してやるから覚悟しろよ?
私は端が吊り上がった口を開き、彼女等に命令を下した―――。







第29話「翼は折れる、されど、希望は折れず」








――――Side ミコト・オリヴィア


機体の負担。身体の負担。タイムリミットは刻一刻と近づいていく…。
あの子と戦闘が始まってもう少しで1時間が経過する。あのレーザーの雨に無理な機動を繰り返したため、エネルギーも、私自身も限界が近い。動悸が激しくて心臓がバクバク鳴ってる。呼吸も絶え絶えで酸素が不足してクラクラ。先程から機動も低下してるような気がする。

「はぁ…はぁ…っ!まだいける…まだ飛べるっ!」

私はまだ…あきらめない!

いつだってそうだった。最後まであきらめなければ私は飛べた。あの青く何処までも続く空へ…。だから、今度だって私は大丈夫。飛べる。何処までも飛んでいける!だから―――!

「貴女もそう!あきらめなければ飛べる!その翼で!」
『――――――!!!!』

そう懸命に訴えてもあの子はその猛進を止める事はない。あの子だって無茶な機動で自分を傷つけてるのに、それでも止まらない。意思を捻じ曲げられて、夢を穢されて、翼を弄ばれて…。

「それでいいの?貴女はそれでいいの?もう二度と飛べなくなるかもしれないんだよ?」

ソレにコアを完全に侵されてしまえば、もう貴女は貴女でなくなってしまう。ただ壊す為だけの存在になってしまう。
そうさせないためには、浸食を―――ISの機能を一時停止させるしかない。その方法はラウラの時と同じ。でも、私にはその手段が無い。でも、大丈夫。

―――すぐに、すぐに戻る!皆を連れて!お前を助ける為に!だから!…死ぬなッ!

あの時の約束が、頭の中で再生される。

…大丈夫。箒が、皆が来てくれるから。だから大丈夫。

襲い来るあの子の猛進をくるりと避け、レーザーをZ字を描きながら避け、只管に避け、時間を稼ぐ。今にも身体がバラバラになりそうな程痛むけど、視界がもう全然定まらないけど…。
でも、大丈夫。約束したから。きっと、皆が――――。

ピキッ!

「ぎ………あっ―――!?」

希望を思い浮かべたその時だった。まるで…なるで硝子に罅が入った様な、そんなイメージが脳裏に浮かぶと共に全身に気を失ってしまいそうになる程の激痛が襲ったのは…。
あまりの痛みに悲鳴すら上げられない。声を出すだけでさえ痛みが全身に奔るんだから…。

「―――っ!?―――――っ!」

何が起きたのかさっぱり分からず私は全身に奔る痛みにもがき苦しむ。
傍から見ればそれは、まるで水中で溺れている姿そのもの。ただ苦しくて、助けを求めるかのように私は空に手を伸ばしていた…。まともに飛べず、ばさばさと見っともなく翼をバタつかせて…。

「ぉち―――た―――な―――ぃっ!」

堕ちたくない。あきらめたくない。もう少ししたら皆が来てくれるんだから…。

『■■■―――!!!』

動きを止めた恰好の的になった私をあの子は容赦無く襲い掛かってくる。急降下による襲撃。本来なら物理的な攻撃ならその攻撃によって発生する風圧に乗って避ける事は可能。でも、今の状態じゃ不可能。
もし、超高速でのあれが直撃すればイカロス・フテロの装甲ではとても耐えられない。直撃すればその末路は―――死。

「~~~~っ!?」

気を失いそうになりながらもその痛みに歯を食い縛って耐えて、翼のスラスターを最大に吹かせて上昇。ギリギリのところであの子の突進を避ける事が出来た。それでも、快調ではないその身体の所為で、あの子が生み出した暴風に乗りきれずぐるんぐるんと風に呑まれ、急加速とあの子の突進がかすめただけで装甲がボロボロと崩れ落ちていく。
…もう、装甲は翼を除いて殆ど残されていなかった。しかし、その唯一まともに形状が残っている翼でさえ本来あったなんとか飛べるというレベルの設計におそらく唯付け足しただけの増築により、予測速度を大きく上回る加速にフレームが剥がれ始めていた…。

それでも…それでも!

どんなに絶望的な状況でも、私は――――。

「……やくそく…した。死なないって……箒と…約束……した。約束をやぶる…駄目。友達の……約束をやぶる………もっと、駄目!」

暴風にもみくちゃにされていた状態から脱し体勢を立て直すと、身体が声を出すのを拒絶するのに構わず、乱れる呼吸で声が絶え絶えになっても必死でそう叫ぶ。

『■■■■■!!!』
「――くぅ!」

放たれたレーザーを身体の負担を減らす為に最小限の動作で身を捻ってそれを避けようと試みる。しかし、身体に奔る痛みに反応が遅れ、閃光は翼の一部を容赦なく抉った。

「――――――――っ!?」

翼を抉られ、ハイパーセンサーから神経情報として痛みが伝えられる。痛い、痛いけど、この痛みが攻撃を受けた痛みか今も身体を蝕んでいる痛みなのかわからなくなっていた…。
操作を失い私とイカロス・フテロは海面に向かって真っ逆さまに堕ちていく。あの子も追撃の手を止めず堕ちる私目掛けて急降下を開始した。私は逃れようと傷ついた翼をバタつかせる。けれど、明らかに反応が低下していた。本来の性能の30%も機能していない。……でも、私はあきらめなかった。酷い損傷ではあるけど翼はまだ生きている。まだ飛べる。

「―――ッ!…ィ、イカロス……フテローーーっ!」

――――装甲、展開。

私の求めに応えて翼が変形。エネルギーの流れが変わり翼へと集束し強い翼が強い光を発し出した。身体を駆け巡る始めての感覚に戸惑いを感じたが今は生きることだけを考えて声を張り上げて力の限り叫んだ。

「と…べ……飛べええええええええぇっ!!」





「……むふふん♪なるほどなるほど♪用途多様な展開装甲を飛ぶ為だけに使うか~♪チビちーちゃんらしいね~♪」






キュィィイイイイイン…ッ!

耳を突く機械の稼働音が響く。そして、次の瞬間――――。

カッ―――――!

「ぎっ!?――――あぁっ!?」

周りの音がかき消されたと思うと、骨が軋み、内臓が押しつぶされそうになるほどのとてつもない衝撃とGが圧し掛かり、あまりの激痛に視界が点滅し意識が失いそうになるけど更に痛みが襲い意識を引き戻される。
そして、曖昧な意識の中。妙な違和感を覚えて辺りを見回すと、漸くその異変に気付いた。

「―――……………?」

一瞬、一瞬だった。一瞬のうちに先程の景色が一変していたのだ。
自分の遥か真下にある純白の大地。そして、頭上に広がるいつもより広く感じる空…。明らかにさっきまで自分が飛んでいた場所とは異なる場所だ。

「………」

はっきりとしない靄のかかった意識の中、私はハイパーセンサーが表示する現在の高度の目を止める…。

―――高度10km。

「………そっか」

あの白い大地は…雲…。

「………どんだけー…」

ISは本来宇宙空間での活動を想定して作られた物。でも、引力圏を脱出する速度をISが出すなんて…。
常識外れ、まるで夢でも見てる様…。


「――――…でも」

ピシッ…!

そろそろ、夢からさめる時間…。

「これじゃ、もう……飛べない……」

まるで、浜辺で作った砂の城みたいにボロボロと崩れていくイカロス・フテロのパーツ達…。
常識を外れたあの加速力。限界を超えた所の話じゃない。身体がバラバラになってもおかしくないレベル。そうならなかったのはこの子がいっぱい頑張ってくれたおかげ…。

―――シールドエネルギー残量0%。

赤く表示されるその文字に目を細め、私はこの子へ向けて細々とかすれた声でこう呟いた。『ありがとう』と…。

「………」

ISで飛ぶ時とは違う浮遊感に身を任せ、崩れ落ちるパーツと共に飛ぶ力を失った私とイカロス・フテロも重力の法則に従い地上へと落下していく。そんな最中、私は薄れていく意識の中で純白の雲の中から米粒サイズの影がこちらへとやって来ているのが見えた。あの子だ。私を追ってきたんだ…。

…いま、攻撃されたら避けられないなぁ……。

翼はボロボロ。骨組みが剥き出しになりスラスターは焼き切れ稼働する状態ではなかった。

でも、大丈夫…。

目を閉じて安らかに微笑む。目の前には死が迫っていると言うのに、そこには一片の恐怖も存在しない。何故なら――。


――――約束は果されたのだから…。


『――――!?』

追ってきたあの子が落下して来る私を射程圏内に捉え、射撃体勢に入ろうとしたその次の瞬間。何処からか超音速で飛来してきた実弾と光弾の弾幕が射撃体勢で無防備な状態のあの子に直撃、大爆発が起きた。
爆発で発生した激しい閃光に目を細める、すると、光を遮る様に5つの影が私の前に現れ、その影の一つ、金髪を伸ばした女性が落下する私をそっと優しく抱き止めてくれる。そして、私の大好きな人達の声が空に響いた…―――。

「嗚呼…嗚呼っ!良く…本当に良く頑張りましたわね。ミコトさん」

暖かな胸で私を包み込み、そう耳もとで優しくセシリアが囁く。頬を撫でる手が少し擽ったい。

「騎兵隊の登場ってね!後のことはアタシ達に任せなさい!」

鈴の元気いっぱいの声。でもいつもと違ってその声には優しさが籠ってた。

「ミコト。頑張ったね、えらいよ。今度は僕達が頑張る番」

シャルロットの声がすると、私の頭を優しく撫でてくれた。身体の痛みが和らいだ気がした。

「こんな無茶をして、馬鹿者が。…よく頑張ったな」

ラウラの声。氷の様に冷たくて、でもその中に暖かさを感じる声…。

「ミコト…」
「…箒」

悔いに満ちたそ表情で箒が私の顔を覗きこむと私のボロボロを姿を見て瞳に涙を滲ませた。

「私の…私の所為で…すまない…すまないっ」

俯き、震える声でそう詫び続ける箒。けれど、私はそんな箒にふるふると首を振ると小指を立てて右手をゆっくりと持ち上げた。

「約束…」
「………え?」

私の声に箒は俯いていた顔を上げる。

「約束…守ってくれた」

ゆびきり、してないけど。でも、約束した。箒、皆、来てくれた。

「皆、此処に居る。私、元気…ん。約束、守れた…」
「っ!…ミコト!」

私の言葉を聞いて今にも泣き出しそうになる箒。そんな箒に私は持ち上げていた右手を箒の頭に置いていい子いい子ってなでなでしてあげると、スッと瞼を閉じる。

「少し…休む、ね…?」

いっぱい頑張ったから疲れちゃった…。

張り詰めていた緊張が解けた所為か、限界をとうの昔に達していた私の身体は強制的に休息をとろうと意識が薄れ始め。ゆっくり、ゆっくりと意識が暗い沼の底へと沈んでいく…。

「…ああ、任された。お前はゆっくり休め」
「ん…。あの子のこと…おねがい…」

あの子もただ利用されただけの可哀そうな子だから…。

箒の声を聞き届け、あの子の事を箒達に託し眠りに落ちた。私を包む優しい温もりを感じながら…。








――――Side セシリア・オルコット


「…眠ってしまわれたみたいですわね」

腕の中でミコトさんは安らかに寝息を立てていた。満足そうに、何かをやり遂げた様なそんな表情を浮かべて。
…けれど、身体の方は弱り果て脈は弱く、ISの方といったら見るも無残なものだった。あの美しいフォルムも全て剥がれ落ち、イカロス・フテロの一番の特徴である翼でさえ本来の原形を留めてはいなかった。

「……っ!」

自分の不甲斐無さに、そして、わたくしの大切な友達をこんな目に遭わせたあの銀色に憎しみで胸が一杯になる。
どうして、どうして戦いを好まないこの子がこんな目に遭わなければ…傷つかなければいけないのでしょう。どうして自分はこの事態を未然に防げなかったのか。今となってはもう手遅れなソレを唯々延々と胸の中で責め続けていた…。

「こんなにボロボロになって…っ!」

只でさえ彼女は身体が弱いと言うのにこんな無理を重ねて…。分かってます。彼女にとって友達と言うのはそれだけ大切な物だってことくらい。彼女と共に過ごしてきたわたくし達には理解しているつもりでした。でも、自分の命を蔑ろにしてまで…っ!

少しでいい、少しだけでいいですから。自分の事を大切にしてくださいな…。

貴女がわたくし達を大切に想っている様に、わたくし達だって貴女を大切に想っているのですよ?だと言うのに、そんなボロボロになって…。

「…オルコット。悔やむ気持ちはわかるが」
「分かっていますわ。シャルロットさん、ミコトさんを頼みますわよ」

もしもミコトさんが単独で離脱が不可能だった場合。自分用にカスタマイズをしているといってもスペック上、どうしても最新型である第三世代型に劣ってしまう第二世代型を使用するシャルロットさんがミコトさんを運ぶようにとあらかじめ打ち合わせをしてあった。リヴァイヴ専用の高い防御力を誇る防御パッケージなら、もし離脱中に攻撃をされたとしても安全だと判断してのこと。貴重な戦力が減るのは大きな痛手ですが、人命が最優先。ましてやそれがミコトさんの命なら尚の事ですわ。

「うん。ミコトは僕がどんなことがあっても送り届けるよ」
「ふふ、頼もしいですわね。お願いしますわ」

シャルロットさんの実力は確かな物だ。第二世代型でありながら、わたくし達第三世代型組に後れをとるどころか優位に立つ技量を彼女は持っている。シャルロットさんに任せればミコトさんは安全でしょう。わたくしは心置きなくミコトさんをシャルロットさんに託しました。

「私が運べればすぐなのだが…それは出来んか」
「そうね。こんな弱りきった身体じゃあんな速度は負担が掛かるどころかトドメを刺す様なもんだし。それに、アンタは攻撃の要なんだから」

一度ミコトさんを残して離脱した身であるためか、箒さんは自分がミコトさんを護送したかったご様子。ですが、鈴さんの言う通り一夏さんが居ない今、その次に火力を持つ箒さんの紅椿だけが頼り。お気持ちは分かりますが作戦メンバーから外すわけにはまいりませんわ。

「…ああ、分かってる。私は私の成すべき事があるからな」

そう言って箒さんは二刀の刀を構えて空を睨む。その視線の先にあるのはもくもくと黒い煙を立ち昇らせる空間。そして、その中からは…。

『―――……■■…ッ』

煙の奥からは獣の呻き声が…。
やはり撃墜とまではいきませんでしたか。普通ならあの銃弾の雨を直撃してなお活動が可能とする程の装甲を持つISなんて世界に一桁弱程しか存在しないのですが…。その数機ですら機動性を犠牲にしてその装甲だと言うのにあの機体はあの機動性を維持してあの固さは異常としか言いようがありませんわね。これも暴走によるものなのでしょうか?ボーデヴィッヒさんの時もシャルロットさんの銃火器は一切通じなかったそうですし。考えれば考える程恐ろしいシステムですわね…。

「っ!お行きなさいなシャルロットさん!此処はわたくし達が!」
「分かった!…気をつけてね」

『ッ!■■■――!』

これだけのISを前にしても銀の福音の関心はミコトさんから逸れる事はなく、ミコトさんを抱えて離脱するシャルロットさんを追おうとしますが、そうしようとした途端にボーデヴィッヒさんの放った砲弾が銀の福音に直撃して爆発を起こしアレの動きを止まる。

「何を余所見をしている。貴様の相手は我々だ」

両肩に装備された八〇口径レールカノン≪ブリッツ≫を構え、次弾を発射。まだ消えない炎の中に更に爆発が起き炎が踊る。容赦が無いですわね。まあ、わたくしも容赦をするつもりは微塵としてありませんけど。

「箒さん!鈴さん!」
「OK!前衛は任せなさい!」
「今度は最後まで付き合ってやろう!行くぞ!」

爆発で動きが止まっている内に、前衛は箒さんと鈴さん。後衛はわたくしとボーデヴィッヒさんと言う様な形で、4人の内3人が敵の死角になる様に囲むように陣形をとる。

「いくら速くたってねぇ!!」
「動きを制限されては自慢の機動性も活かせまいっ!?」
『――――っ!?』

前後からの同時攻撃に、銀の福音は動きに戸惑いを見せる。そして、その戸惑いは大きな隙となり二つの刃は歪な銀の装甲を切り裂いた。
右に避ければボーデヴィッヒさんが砲撃を、左に避ければわたくしのレーザーが…。そう、この陣形は言うなれば鳥籠。鳥かごの中では鳥は自由に飛ぶ事は出来ない。いくら驚異的な機動であろうとも鳥籠の中では無意味ですわ。

『―――!!!』

銀の福音のまるで悲鳴のような咆哮が空に響く。けれど、苦痛を感じたのはあの機体だけではありませんでした。銀の福音を斬りつけた側の筈の箒さんや鈴さんも表情を歪めていたのです。

「~~~っ!?かったいわねぇ!何よこの装甲!?」
「話には聞いていたがこれ程だというのか…。なんと出鱈目な…」

反撃を受けない様、素早く距離を離した二人は痺れる自分の手を苦痛の表情で見下ろすと口々にそう洩らします。これは、一体…?
そうわたくしが怪訝そうにしていると、箒さんから驚くべき事実を聞かされました。

「…皮一枚と言ったところか。斬れたのは表面の装甲のみだ」
「――――なっ!?」

信じられないといった面持ちの箒さんの言葉にわたくしも言葉を失う。初撃の際にアレが並みの装甲じゃないと言うのは分かってはいましたが、二人の斬撃の重さもそれ以上の筈。それがほぼ無傷に等しいだなんて…。そんな事が有り得ますの…?

「ならばその装甲が焼き付くまで撃ち続けるまでだ!」

攻撃の手が止んだ隙にこの檻から逃れようとしていた銀の福音に、ボーデヴィッヒさんは砲撃を放つ。けれど、今度は予測されていたのかひらりと避けられてしまった。でも、その先は―――。

「わたくしのテリトリーですわよ!」

まんまと射線に入って来た銀の福音を、大型BTレーザーライフル≪スターダスト・シューター≫で撃ち抜く。
強襲用高機動パッケージはビットを機動力に回している分、この2メートルを超えるレーザーライフルで火力を補っています。この一撃はかなりの威力ですわよ。その直撃をくらって平気な筈は―――。

『………』
「なぁ!?」

―――無い、と思ったわたくしの考えは誤りでした。砲身と思われていたその翼が光を放ち本体を覆ってわたくしが放ったレーザーを受け止めたのです。無論、言うまでもなく銀の福音は無傷で空中に佇みこちらを見上げていました…。

ゾクッ…。

全身装甲で顔もバイザーで覆われて表情は見えない筈なのに、こちらを見られ全身に寒気が奔る…。

「化け物…っ」

これを化け物と呼ばずして何と呼べばいいのか。気付けば箒さんと鈴さんが斬りつけた筈の装甲も再生しているではないですか。自己修復なんてSF染みた機能聞いたことありませんわよ。

「…並みの攻撃ではダメージにもならないか。といっても、ダメージを与えたところで修復されてはな」
「アンタやセシリアの攻撃だって十分な火力でしょうが…」
「とにかく、通常攻撃では駄目だ。弾幕を張りちまちまと攻撃したところで、すぐさま修復されてしまう。……こちらの予想を遥か上を上回る展開だ」
「初見の時とは違って妙に大人しいと感じてはいたが……。まさか、避ける必要が無いと判断したというのか…?」
「いえ、まさかそんな…!」

…あれだけの猛攻。ミコトさんとの戦闘で消費している筈だというのに結果的に無傷という現実。誰もがアレの異常性に恐怖を隠せない様子。そして、わたくし達が目の前の恐怖に攻撃の手を止めた時。その歪な翼は大きく広げられ、遂に化け物の反撃が始まる。


『―――――!!!!』


銀色の化け物の咆哮。それは、こちらの優勢が崩落する合図でもあった…。





――――Side 織斑 一夏


ざぁ……。ざぁぁん……。

ここは……どこだ…?

遠くから聞こえる波の音。気が付けば俺は何処かもわからない砂浜にぽつんと一人で立っていた…。
俺ははて、と首を傾げてきょろきょろと辺りを見回す。何で俺はこんな所にいるのだろう?そのヒントを探っては見るがあるのは青い空と何処までも続く海と砂浜だけだ。

……とりあえず、歩くか。

ここに立ち尽くしてても何の解決にもならなそうだし、俺は砂浜を歩きだす。歩くたびに足の裏に直接感じる砂を踏む感触と熱気、歩いて気付いたが、俺は今は裸足だった。何時脱いだのかはしらないが手には自分の靴と思われる脱いだ靴が握られ、何故か俺はIS学園の制服を着ている。ますます訳が分からなくなる。
此処は何処で、俺は何をしてるんだろう。思い出せない。そう言えば此処に来る前は何してたんだっけ?記憶喪失…?な訳無いか。自分の名前も覚えてるし家族や友達の名前だって覚えてる。

「――。―――♪~~♪」

ふと、歌声が聞こえた。
とても綺麗で、とても元気な、その歌声。
俺は何だか無性に気になって、その声の方へと足を進める。
さくさくと、砂を踏む音を鳴らしながら。

「ラ、ラ~♪ラララ♪」

少女は、そこにいた。
波打ち際、わずかにつま先を濡らしながら、その子は踊る様に歌い、謡う様に踊る。そのたびに揺れる白い髪。輝き、眩いほどの白色。それと同じワンピースが、風に撫でられて時折ふわりと膨らんでは舞った。

…ミコト?

いや、違う。確かにミコトと同じでに白い髪でどことなく似てはいる。でも、あの歌う少女は白よりも更に白くて、どこか儚い雰囲気を纏うミコトとは違い活発な雰囲気をあの少女は感じさせていた…。

ふむ……。

俺は何故だか声を掛けようとは思わず、近くにあった流木へと腰を下ろす。その木は随分前に打ち上げられたのか、樹皮は剥げ落ち、色も真っ白になっていた。

………。

白い歪なソファに座って、俺はぼーっと少女を見つめる。
ざあざあと波の音が聞こえる。時折吹く風は心地よくて、何か引っ掛かって気になっていた気持ちもどうでも良くなり、俺はただただぼんやりと目の前の光景を眺めていた。













あとがき

アーマードコアVしてて遅くなりました!
オフプレイだからゲームの4割しか楽しめて無いぜチクショウ!一日でクリアとか舐めてるとしか言いようがないね!オペレーターは可愛かったけどね!ネタは満載だったしそこまで不満はないけどさ!主任素敵だよ主任!あ、RDは死んで良いよ。


ISの打ち切りの事実を新話投稿後に友人からメールで知らされた…orz



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第三十話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/02/15 06:14

ざあ、ざあん……。

さざ波の音を聞きながら、俺は飽きもせず女の子を眺めていた。彼女が歌うその歌は、その踊りは何故だか俺をひどく懐かしい気持ちにさせる。

……あれ?

心地の良い音色に浸っていると、急にその歌声がピタリと止んでしまう。
俺はどうしたのだろうと顔を上げると、すると顔を上げたすぐ目の前に、女の子が俺を見下ろしていたのだ。太陽の逆光で顔には影が落ち表情は見えなかったが、女の子の口元は確かに微笑んでいるのは分かった。

「いいの?行かなくて?」
「……え?」

突然の問いに俺は困惑する。行く?何処に…?
女の子の言葉が何を意味しているのか。何処を指しているのか。俺は分からないでいた。

「行くって……何処に?」
「………」

俺はそう尋ねると、女の子は無言で空を指差した。

「……空?」

俺はその指が指し示す先を辿っていき、むぅ?と、首を捻る。
女の子が指差した先にあるのは何処までも続く青い空のみ。それ以外には何も在りはしなかった。

「何も無いじゃないか―――あれ?」

空から女の子へと視線を戻すと、もうそこには女の子の姿は無かった。
慌ててきょろきょろと辺りを見回すが、何処にも女の子の姿は見当たらない。歌も聞こえない。聞こえるのは波の音だけだ。

「何が言いたかったんだ?あの子……」

もう一度、あの女の子が指差していた空を見上げる。見上げた空はやはりさっきと変わる事無く何処までも――――ん?

「空……」

なんだ?なんか忘れている気がする。とても、とても大事な事を…。
空。空。空…。何故かこのキーワードは胸に引っ掛かる。なんだこのもやもやとしてすっきりとしない違和感は…。

何を忘れてる。何を…。

そう物思いにふけていると、背中に声を投げかけられた。

「力を欲しますか……?」
「え……!?」

急に現れた声に驚いて振り向くと、白く輝く甲冑を纏った女性が立っていた。
彼女もまた全身を白で染め上げた姿だった。全身を覆うその甲冑は、さながら騎士の様である。大きな剣を自らの前に立て、その上に両手を預ける。顔は目を覆うガードで隠れて、下半分しか見えない。
そして、騎士はもう一度俺に問う。今度はその理由を含めて…。

「力を欲しますか……?何のために……」

ざあ、ざあん、と。波の音が響く。

「急にそんなこと訊かれてもなぁ…」
「無いのですか?貴方は力を望んでソレを手にした筈です」

……確かにそうなのかもしれない。最初は成り行きで順序は違えど結局は俺は自分から力を望んでソレを手にして、今もソレを振っている。ある誓いを胸に。そして、その誓いは今も変わってはいない。それどころかその想いは増すばかりだ。

「……友達を―――大切な友達を守るためさ」
「友達…」

関われば関わる程、人の輪が広がれば広がる程、日に日に肩に積っていくその重み。その重みを背負いきれるほどの力が欲しいと俺は願った。いつまでも守られてばかりじゃ嫌だと、守る側になりたいと。でも、昔から千冬姉に守られ、そして今もミコトや皆に守られている。
もっと、もっと強くなりたい。皆を守れる力が欲しい。そう願う事しか俺は出来ちゃいない。結局、今回だって―――。

………あれ?今回?

またも違和感にぶち当たる。今回もってどういうことだ?一体俺は何を忘れて―――。
答えを求めもう一度あの女の子が指差した空を見上げる。そして、俺は全てを思い出す。あの戦いを。そしてその戦いに惨敗し意識が途絶えるその最後に感じたあの温もりを…。

「ミコト!?…い、いやミコトだけじゃない!箒もだ!?あの後どうなったんだっ!?」
「……戦っています。貴方と友達と一緒に。貴方と同じ想いで」

友達……鈴達も一緒なのか!?

―――先生!ミコトをお願いします!僕は直ぐに再出撃しますから!
―――ミコトちゃん!?こんな……ひどいっ!
―――くそっ!……山田先生!直ぐにオリヴィアも治療室へ!

何処からかシャルロットや千冬姉達の声が聞こえてくる。何だ?何が起こってるんだ!?寝込んでる筈のミコトがどうしたんだ!?

「ですが、貴方が行ったところで戦況は変わらないでしょう。あの哀れな翼は貴方が思っている以上に強い」
「だからって俺だけこんな所でのんびりしていられるかよっ!」
「……ならば、望みますか?力を…」

3度目となるその問い。けれど、やるべきことを思い出した俺には、その問いが同じ言葉でも、その言葉の意味はまったく異なっていた。
俺は足に力をこめて勢いよく立ち上がると、一切の迷いも無くその問いに答えた。

「勿論だ!そのために俺は―――」
「なら、此処に居たらダメ、だよ?」
「―――え?」

また後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
振り向けば、やはりそこにはあの白いワンピースの女の子が立っていた。人懐っこい笑みを浮かべ、無邪気そうな顔で俺をじいっと見つめている。

「守るんだよね?友達。なら、いこうよ。ね?」

女の子はそう微笑んで俺の手を取りまた空を指差す。今になってようやく分かった。この子が何を言いたかったのか。あの空に何があるのか。俺はそんな彼女に―――。

「……ああ!いこう!」

力強く頷いた。
その瞬間、俺が居た世界に変化が訪れる。

「な、なんだ?」

―――空が、世界が、眩い光で埋め尽くされて行く。真っ白な光に覆われて、目の前の光景が徐々にぼやけていく。
夢の終わり、そんな言葉が俺の頭に浮かんでいた…。

ああ、そういえば…。

あの女性も、誰かに似ていた。白い―――騎士の女性。











「ん……ここは?」

目を覚まして最初に視界に映ったの旅館の天井。そして、俺は布団に寝かされていた。
目覚めたばかりだと言うのに妙に冴えた感覚だ。それに、不思議な事に俺は銀の福音に大怪我を負わされた筈なのに身体の何処にも痛みを感じない。麻酔をしている訳でもないのに、だ。

「どうなって……ん?」

自分の身体に何が起こったのか戸惑っていたところ、ふと隣の方から人の気配を感じ首を動かしてみる。すると、そこにはなんとボロボロの状態のミコトが布団の中で眠っているではないか。
あまりの友達の悲惨な姿に俺は布団から飛び起きる。

「ミコト!?何でそんな怪我してんだよっ!?―――まさか、お前!?」

銀の福音に撃墜されて気を失う瞬間、俺は確かにミコトの気配を感じたしミコトが戦場に出てきたのは分かっていた。でも、俺はてっきりミコトは負傷した俺を背負って逃げたとばかり思っていたのだ。

「囮に…なったのか?」

自分の機動力なら銀の福音にも引けを取らないからと、そうなのか?
確かに幾ら高性能の紅椿でも乗る箒が慣れてないのでは暴走した銀の福音を相手にするのは難しい。時間を稼ぐなら確かにミコトが囮になった方が正しいのかもしれない。だが、イカロス・フテロは武装も無ければ乗るミコトの体調は…っ!

「ホントに俺って奴は―――っ!」

いつも、守って貰ってばかりだ。ミコトはこんなにボロボロになってまで俺を助けてくれたっていうのに、俺は口だけで守るって言ってるだけじゃないか。誰一人守れてやいやしない…。

―――守るんだよね?友達。なら、いこうよ。ね?

…ああ、分かってる。

「……ありがとな。頑張ったんだな、ミコト」

静かに眠るミコトをそう褒めてやる。当然返事はないが、でも言わずにはいられなかった…。

「俺、行くよ。皆を守って来る。それで、皆で帰ってきたらもう一度ミコトにありがとうって言うからさ。だから…」

帰ってきたら、おかえりなさいって笑って迎えてくれよ?ミコト。

俺はそっとミコトの頭を撫でて部屋を出る。向かう先は、友が戦う戦場……。







第30話「右手に剣を、左手に盾を」








――――Side 篠ノ之箒


戦力は優位の筈だった。敵も消耗している筈だった。しかし、戦況は一変していた…。

「距離を保てっ!喰らい付かれると終わりだぞっ!?」
「っ!分かっているっ!」

狩る側の筈が狩られる側へと変わり、奴を縛る筈の包囲陣は容易く崩されてしまったのだ。拘束こそが要のこの作戦。そうなればもう一方的だった。奴のスピードに対応できるのは私を含めてセシリアの機体のみ。シャルロットやボーデヴィッヒにいたっては最早固定砲台の様な物で、手も足も出ずにただ蹂躙されるがままだった…。

「途中参加なのに……くっ!もうシールドがおじゃんなんだけど……!」

反動が大きいために射撃時は身動きが取れないボーデヴィッヒの守りでもあるシャルロットの物理シールドは既に使い物にならない状態になっていた。強固な筈の盾は鋭い爪に無惨に抉られ穴があき、本来の盾の姿は見る壁も無い。
其れほどまでにあの爪の破壊力は異常なのだ。それだけではない。機動性も、射撃武器も、全てが異常なのだ。

「せめて、せめて一つだけでも潰せたら活路が見出せると言うのに……くそっ!」

けれど、そんなことはさせないと言わんばかりに銀の福音の猛攻は絶える事無く続き、私へと襲い掛かる。

「箒!」
「この程度っ!!」

スラスターを吹かせてぐるんと宙に回転し、猪の如く突進して来る奴の攻撃を避けると、すれ違い様に回転を加えた斬撃を奴にお見舞いする。けれど―――。

ギィィイン……ッ!

無理な体勢から繰り出した一撃は思いの外力が籠っておらず、奴を傷つける事無くその分厚い装甲に弾かれてしまう。
ああそうだ。攻撃や機動性だけではなかった。装甲でさえ奴は異常だった…。

「くぅ!こうも固くてはっ!」
「箒!直ぐに離脱して!反撃が来るよッ!?」
「っ!?しまっ――――」

シャルロットの警告に反応が遅れ、すぐさま反撃に講じてきた銀の福音の凶刃が紅椿の右足の装甲を切り裂く。そして、それだけでは止まらず。脚を破壊され、完全に動きを止めた紅椿の腹部目掛けて踵落としが叩き込まれ、腹部の装甲が砕かれ、その衝撃により海へと叩き落とされた。

「――――がぼっ!?」
「箒さん!?この!よくも箒さんをっ!」
「だが動きは止まった。総員一斉射撃!出し惜しみ抜きで最大火力だっ!」
「了解っ!」

私を攻撃する為に動きを止めた銀の福音に、私を除いた全員が銀の福音に向けて一斉射撃を開始。瞬く間に奴が居た空は黒煙に包まれる。たとえ視界が煙で埋め尽くされ標的が見えなくなっても射撃は絶えず止む事は無く弾が尽きるまで撃ち続けられ、射撃が止む頃には辺り一帯の空が漆黒で覆われる程だった…。
誰もが確信していた。手加減抜きの最大火力。無傷のはずが無い、と…。だが――――。

『―――――』

黒煙が晴れてその中から姿を現した銀の福音は。あれだけの集中砲火を浴びながら損傷は中破と言ったところだろうか。撃墜にまでは至らずもう修復が始まっていた。このまま放置すれば無駄弾を使っただけで終わってしまう。

――――だが!

海面が爆ぜ、そこから紅椿が紅い閃光となって銀の福音目掛けて一直線に飛び出す。

「誰がそれで終わりだと言ったああああっ!」
『―――――!?』

死角からの完全な奇襲。その上、展開装甲を機動性に回した超加速は銀の福音が私を認識する速度よりも速く。回避行動を取らせる時間も与えず、腕部の展開装甲から発生したエネルギー刃が銀の福音の翼を根元から切り裂いた。
翼を失い、銀の福音はぐらりとバランスを崩し、私はすかさず奴に止めと言わんばかりの追撃を行う。

「先程の礼だ!受け取れっ!」

無防備となった銀の福音の腹に、先程自分がされた様に踵落としを叩き込む。
防御も取る事が出来ず、展開装甲で加速した踵落としをまともに腹に喰らった銀の福音はぐにゃりと身体を折り曲げ海面へと堕ち海へと沈んだ。奴が堕ちた海面からはぶくぶくと泡が浮き上がり。しばらくした後、それも無くなり。辺り一帯は静寂に包まれた…。

「「「「………」」」」

「倒した…のでしょうか?」

セシリアが頻りにハイパーセンサーを確認しながら、怪訝そうに私達に問うてくるが、そんなの私にも分からない。
どのような仕組みで自己修復をしているのかは不明だが、それにも限界はある筈だ。それに、私は確かに手応えを感じていた。幾らなんでもあれで堕ちないのならもうそれはISではなく本当の化け物だ。

「全弾撃ち尽くしちゃったよ、僕……」
「アタシも似たようなもんよ。エネルギーの残量2割も残ってないんだから」
「……各自、センサーのチェックを怠るな。本部に通信を―――駄目か。繋がらん」

今だ本部との通信は回復せず。通信妨害は奴の仕業ではないのか…?

「ちょっと、マジなの?アイツ倒したじゃない」
「本部の方でも原因はまだつきとめて無いみたい。一体、今回の事件って何だったんだろ?」
「……どちらにせよ。めでたしめでたしではありませんわ」

「「「「………」」」」

重苦しい沈黙が私達に間に流れる。
一夏に続きミコトも撃墜され、どちらの重症と言った最悪の結果を残し、とても笑顔で終われる結末とは言えなかった…。

「………仕方が無い。本来なら避けたいところだが、誰か旅館へ―――」

ドスッ…。

「報告を」と、ボーデヴィッヒが言おうとした瞬間、海面からナニかが伸びて来てボーデヴィッヒを貫いた。

「――――………な…にっ?」」

ボーデヴィッヒは震える声で、自身の腹部に突き刺さっているナニかへと視線を落とす。海から伸びてきている金属製の触手。その色は白銀…。
見覚えがあった。その銀色には…。

ドクンッ…ドクンッ…。

まさか……そんな、まさかっ!?

ドクンッ…ドクンッ…。

この場に居た全員がソレを見てサーっと血の気が引いていく。
あれだけのダメージを受けてなお動くと言うのか?有り得ない。いくら自己修復機能が搭載されているからと言っても、それにも限度と言う物があるだろう!?

ドクンッ!

『■■■■!!!!』

だが、私の訴えは否定され。海から奴がゆっくりと脈動を大きく響かせながら浮上してくる…。
無数の触手で形成された翼。全身を覆う装甲の所々が膨張し、ボディーは歪み。まるで生物の様に脈動するソレはもうISと言うより化け物そのものだった…。

「ごふっ…まさか……『第二形態移行』っ!?先程までのはそうではなかったと言うのかっ!?」

表情を苦痛に歪ませ、ボーデヴィッヒがそう叫び声を上げる。よく見ればボーデヴィッヒの腹部からは血が滲み出ているのに漸く私は気付く。
さっき奴に貫かれた時のっ!?

「ボーデヴィッヒ!?」
「こほっけほっ……っ!心配は無用だ。大袈裟に血は出ているが傷はそこまで深くない」

そう言ってはいるが、ボーデヴィッヒの額に浮かぶ汗は尋常じゃない。どう見てもやせ我慢だ。

「り、離脱しろボーデヴィッヒ!その怪我じゃ!」
「……断る」
「っ!?な、何故だ!?」

一夏やミコトに比べればまだ軽いとでも考えているのか?馬鹿を言うな。確かにあの二人に比べればマシかもしれないがその出血で戦闘の続行が可能な筈が無いだろう!

「本音に約束したのだ……私が守ると。戦えない本音の代わりに力を持つ私がミコトの身を、その周りの人間を守ると……」
「お、お前……」

何故、そこまで……。
ボーデヴィッヒがミコトの命を狙ったのは洗脳状態であったらではあるが、少なからず憎いと思っていた筈。だというのに何故そこまで出来る?何故、命懸けで戦えるのだ…。

「私には、それしか出来ない。戦う為に生れたからな。私がミコトにしてやれることはそれしかない……それしか、知らないんだ」
「………」

ボーデヴィッヒ、お前は……。
ボーデヴィッヒの出生の話はある程度千冬先生から聞いている。だからこそ、その言葉の重みが私には分かった。きっと、この場に居る皆も同じ事だろう。
―――と、そう思った時だ。意外な人物がボーデヴィッヒに笑いかけたのは。

「……あら、わたくしは守られる程か弱くはありませんことよ?『ラウラ』さん?」
「せ、セシリア?」

今、確かにラウラと……。

「あんだけボコボコにしておいて何言ってんだかってカンジよね?ま、次に『ラウラ』と戦ったら今度はアタシが勝つけどね?」
「アハハハ、もう二人とも。『ラウラ』が真面目に話してるんだからからかったら駄目だよ?」

鈴にシャルロットまで……。

……そうか。そう言う事か。ならば私も認めなければなるまい。ラウラ・ボーデヴィッヒを『友』として。

「……まったくだ。唯でさえ危機的状況だと言うのに。真面目にしているのは『ラウラ』と私だけか」
「あっ!酷いよ箒!僕だって真面目にしてるのに!」
「そう言って笑っているだろう?ふざけてる証拠だ」
「むーっ!」
「お前達……」

ボーデヴィッヒ……いや、『ラウラ』も突然の皆の変わり様に、普段はクールなその表情を崩し、目を丸くしてセシリア達を見る。皆も笑みを浮かべて『ラウラ』を見る。
ラウラはそれにどう反応していいか戸惑っていた様だが、暫し沈黙すると小さく笑みを溢してこう告げた。

「……フッ、それよりも問題なのは目の前のアレだ。此方は余力なんて残っていやしないと言うのに奴はやる気の様だぞ?」

ウネウネと蠢く無数の触手の翼は、それぞれに私達を捉え、一斉に私達を襲いかかる。

「散開!」

ラウラの号令に私達は散り散りに散開し触手の攻撃を回避する。
触手は、その一つ一つに意思があるかのように私達を追いかけてくる。セシリアのブルー・ティアーズと同タイプだろうか?無機物で無骨な兵器とはかけ離れた有機物的な醜さだが…。

「一撃の威力は相変わらずだ。当たるなよ?」
「っと、とと!―――はんっ!怪人の変身なんて負けフラグでしょ?問題ないない」
「あっちだってそろそろ限界のはず。もう一頑張りだよ!みんな!」
「ふふん!わたくしにかかればあのようなお下品なIS、雑作もありませんわ!ラウラさんは休んでいてもよろしくてよ?」

触手を避けながらそれぞれに軽口を吐いていくセシリア達ではあったが、表情はそう告げてはいなかった。この場に居る誰もが本当はこの状況に焦っていたのだ…。
シャルロットが言う様に銀の福音も限界が近いのかもしれない。けれど、此方は既に限界だった。弾薬もエネルギーも底を尽きつつある。ましてラウラは負傷をしていて戦力は低下していた。アレを相手に戦うには現状戦力では無謀に等しい。一時撤退して態勢を立て直そうにも目の前のアレがそれを許してくれそうにも無い。まさに万事休すだ。けれど―――。

私とて約束したのだ。ミコトと…。

「…もう一度さっきのを叩き込む。足止めを頼めるか?」

ぐーぱーぐーぱーしながら両腕部の具合を確認しつつ、ラウラ達に尋ねる。展開装甲を使用した一撃。アレをもう一度当てる事が出来ればあるいは…。
と言うよりも、もうこれしか此方には攻撃手段が残されていない。シャルロットはもう弾薬が尽き、きっと他のメンバーもエネルギーが殆ど残っていない状態だろう。私だってあと一撃使用できるかどうか…。

「元々、お前がメインでの作戦ではあるが…。エネルギーの残量は大丈夫なのか?」
「…何とも言えないな。アレを確実に堕とす出力となると、もう一度だけ使えるかどうか…と言った所だろう」

紅椿は性能は良いがどうも燃費が悪くエネルギー管理が難しい。全身展開装甲で無敵の様に思えるがそれだけエネルギーの消費も激しく油断していると直ぐにエネルギーが底を尽きてしまう。現に出撃前に皆と相談して調整の調整を重ねて出来るだけ消費を抑える様に設定して、戦闘中も出来る限り展開装甲を使用しない様にして漸くこれだ。本当に使い勝手が難しい機体である。

「ちょ、博打同然じゃないの!?」
「かといって、他に手段はないよね…」
「そうですわね…。わたくしも最大出力で数発撃てれば上等と言ったところで――――っ!?危ないっ!」

セシリアの警告と同時に、私達を追う触手の先端から閃光が奔り。皆、ギリギリのところでそれを避けた。
どうやらレーザの発射口も健在のようだ。厄介な…。

「あぶなっ!?レーザーも撃てるのアレ!?」
「っ!有線式のビット兵器と言った所でしょうか…」
「ビット兵器…。それなら―――――」

何かを思い付きシャルロットは重火器を放り捨て、瞬間加速で襲い来る触手の群れを潜り抜け銀の福音の懐へと潜り込むと、シールドの裏に装備された69口径のパイルバンカー。盾殺し≪シールド・ピアース≫を構えた。

「――――懐に入りさえすればっ!」

勝利を確信するシャルロット。だが、しかし―――。

『■■■―――!』
「っ!馬鹿者!そこから離れろっ!」
「―――っ!?」

ラウラの警告にシャルロットは咄嗟にシールド・ピアースを盾代わりに構えると、なんと銀の福音の装甲からビキビキと音を立てて割って生えてきた触手がシャルロットに襲い掛かり、シャルロットを貫いたのだ。
破片を撒き散らし貫かれた衝撃によって吹き飛ばされ宙を舞うシャルロット。私は慌てて駆けよるとシャルロット受け止めた。

「シャルロット!?」
「~~っ!大丈夫。ギリギリ防いだから」

そう言われて見てみれば、確かにシャルロットに怪我をした様子は無い。破損個所と言えばシールド・ピアースのみだ。咄嗟に構えたシールド・ピアースのおかげで被害はシールド・ピアースだけに止める事が出来たらしい。
シャルロットの無事を知ると私はホッと安堵する。やれやれ、これ以上怪我人を増やしてくれるな。まったく…。

「心配をさせるな。心臓に悪い…」
「ごめん。でも敵の手の内を一つは明かせたでしょ?」

装甲を突き破って生えてきたアレのことか…。最早何でもありだな。
しかし、中の人間は無事なのだろうか?アレがまだISだと言うのなら今もああして動いている事から考えて搭乗者が生きていると言う事になるが…。

「面倒な事が分かって状況が悪化しただけだがな…。あと何を隠し持っている事やら…」

ラウラがそう用心深く奴を睨んでいると、今度は銀の福音の方から攻撃に転じて来る。第二形態移行後、触手のみが攻撃していた先程までの行動パターンから一変して、本体の方が此方へと向かって第二形態移行前異常のスピードで襲い掛かって来たのだ。
両手両足…更には背に背負う触手の一つ一つにあるスラスターの同時着火による瞬間加速。その加速力に…いや、ある物に酷似するソレを見て思考を停止し、セシリアは回避行動を取ることすら出来ず、装甲を砕かれ吹き飛ばされ、海へ墜落する。

「あの巨体で更に速くなると言うのですのっ!?そ、それにアレは……―――きゃああぁっ!?」
「セシリアッ!?―――貴様ぁっ!よくも!セシリアをっ!ソレをっ!」

よくもっ…よくもソレを……っ!友達の……っ!ミコトの!

そう、あまりにある物に酷似するソレは…。

「ミコトの……翼を穢したなあああああああああっ!?」

ミコトのイカロス・フテロの翼と同じ物だったのだ…。
姿形は醜くあの美しい翼似ても似つかない。だが、触手一つ一つに存在するスラスター、飛行による動作、その全てがイカロス・フテロと同じ物だった。恐らく、ミコトとの戦闘でコピーした物だろう。それが、それがどうしても私は許せなかった。あの子の、ミコトの夢を穢された様な気がして…。

「その翼、今直ぐ斬り落として―――!」
「箒、止せっ!」

奴目掛けて突撃しようとする私をラウラが進路上に割り込むことで妨害し、私は急停止を余儀なくされる。

「何故止めるっ!?」
「落ちつけ馬鹿者が!あれは模造品だ!ミコトの夢そのものが穢したわけではないだろうっ!?」
「しかしっ!」
「アンタ達なにボサッとしてんのよ!?目の前に敵が居るのよっ!?」
「「――――っ!?」」

鈴の怒声にハッと我に返る。
だが、離脱するにはもう遅く。いつの間にか迫っていた触手が私とラウラの両手両足に絡みつき、身動きの取れない状態に陥る。

「―――触手がっ!?」

今、攻撃を受けてしまったら一溜まりも―――!

「箒!ラウラ!…ッ!ハンドガンじゃ牽制にすらならないっ!鈴!そっちは!?」
「駄目!位置が悪すぎるわ!こっからじゃ衝撃砲を撃ったら二人に当たっちゃうかもしれない!」

シャルロットや鈴もなんとか救出を試みるが、シャルロットの方は予備兵装であるハンドガンは低火力で効果が無く。鈴の方も近接戦闘に持ち込もうにも距離が離れすぎていて間に合わない。

展開装甲を使用して絡みついている触手を斬り払うか?いや、この触手自体かなりの強度だ。斬り払うには相当のエネルギーを消費してしまう。そうなればもう打つ手は―――。

『――――――!』

けれど、敵は対策を練る時間など待ってはくれない。
振りあげられた凶刃はもう目前まで迫り。私はグッと目を閉じる。その瞬間――――。

カッ!

――――海から青白い光が飛び出し銀の福音を射抜いた。

『―――ッ!?』
「―――ほんと……学習しない方ですわね…っ!」

海中からセシリアの声が響く…。
銀の福音を射抜いた光の正体。それは、銀の福音に海へつき落とされたまま、海中で待機していたセシリアの放ったレーザライフルの光だった。

「そんなに海からの奇襲がお好きならたっぷりと召し上がりなさいなっ!」

次々と海中から放たれるレーザーの精密な射撃は、確実に銀の福音に命中していく。そして、その衝撃に堪らず私達を拘束していた触手の力が緩んだ。

「っ!ラウラ!」
「分かっている!ありったけだ!受け取れぇ!!」

触手が拘束が緩んだ瞬間、私とラウラは触手を振り解き離脱。すぐさま反撃に出る。
ガコンッと音を立ててレールカノンを構え、ラウラは至近で砲撃を放つ。強い閃光と爆音を響かせ本体の周辺に屯っていた触手を一掃し私の突破口を確保。それを確認した私はラウラが作ってくれた道へ突入する。
そして、それを妨害しようと翼から触手が伸び。そこに更に妨害する鈴の支援砲撃が轟く。

「箒!トドメはアンタが決めなさいっ!」

鈴の言葉に、行動で応える。
最後の力を振り絞り、紅椿は更に加速して千切れた触手の穴を突き進んでいく。

速く、速く、速く――――!

千切れた触手を潜りぬけ、新たに襲い来る触手を掻い潜り、前へ前へと加速する。そして、遂に敵の目の前に辿りつき、雨月と打突を振り上げた。

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

渾身の一撃。勝った。そう確信する私――――だった。

キュゥゥゥン…。

エネルギーの出力が急速に低下し、刃に纏っていた光がしゅんと消え失せていく…。
まさか、まさかこのタイミングで…。

「なっ!?エネルギー切れだとっ!?――――ぐあああっ!」

想定外の出来事に此方の動きは止まる。しかし、その隙を敵が見逃す筈が無く。振り下ろした鋭い爪は紅椿の装甲を切り裂く。
吹き飛ばされ、バラバラに砕け散る紅い装甲。そして、無数の触手が私に照準を合わせ。触手の先端から光を漏らし始める…。

ここまで、なのか…。約束したのに。ミコトと約束したのに。一夏の仇もとれず。ミコトの約束も守れず終わると言うのか…。

「箒!くそっ!邪魔をするなぁ!」

ラウラ達が私を救出しようとするが他の触手の妨害で此方に近づけないでいた。
光が輝きを増していく。一斉射撃の秒読みが始まる中、私は瞼を閉じ頭に浮かんだのはただ謝罪の言葉だけだった。

すまない。すまない。すまない……。

結局、私は――――。

……そして、光が放たれた――――。

レーザーの放たれる砲撃音。そして、衝撃が……衝撃が………?
…おかしい。何時まで経っても衝撃が、痛みが襲って来ない。これは一体――――。

「もう誰もやらせねぇ。俺が、友達を…皆を守るんだ!」

此処に居る筈が無い憧れの男の声が耳に届き、私は瞼を開ける。しかし、そこには確かに、白く輝きを放つ機体が私を守る様に存在していた。

「いち…か?」

そんな筈はない。そう自分に言い聞かせるがじわりと涙で歪む視界に見えるのは確かに、左手に大きな盾を装備した白式に乗る一夏の姿だった…。

















////作者の妄想////


第二形態・雪華

第二形態移行した名称。左手への多機能追加装甲「雪華」の発現と大型化したウイングスラスターが4機備わっており、二段階加速(ダブルイグニション)が可能になっている。加速のためのエネルギー充填速度も3分の2へと短縮されて最大速度も+50%位まで向上している。物理とエネルギーの攻撃を完全に遮断し右手の雪片弐型と左手の雪華を結合し組み合わせて仕様する事で、相手の攻撃を気にせず特攻すると言う、攻守共に優れた突撃槍へ変形し戦闘能力も非常に高くなっている(イメージは『ブレイクブレイド』のデルフィング第四形態)。だが、第一形態以上にエネルギー消費が激増しており非常に燃費が悪い。

※原作と異なったのは、ミコトという存在が加わった影響である。



亡国機業:

各国の政治家、軍、兵器開発に携わる企業などの戦争をする事によって得をする好戦派の人間達で構成された闇の組織。第二次世界大戦後は各国で軍縮化が進みその身を潜めていたが、ISの登場で再び行動が活発化する。現在はISの強奪が主な目的だが、数が揃い次第、紛争地帯などの国々に戦争の火種としてばら撒こうとしている。

※作者は紛争国など治安の悪い国にはISが配布されて無いと考えてます。そんなところにIS渡せば軍事利用されるのは確実なので。一つの国がそうすれば他の国も「じゃあ俺も使うわ」的事になっちゃって、最終的にIS無双な第三次世界大戦が始まってしまうからです。てか、ISの数少なすぎてどう考えても全ての国に配れる訳無いワロタw



あとがき

白式第二形態オリジナル装備登場。原作は紅蓮弐式でしたが本編では盾となっています。

バレンタインと言う事でミコトがチョコをプレゼントしてくれるそうです!pixivかTINAMIへGO!



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第三十一話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/02/23 01:44
「………うん。やれる」

銀の福音…でいいのか?初見の時とかなり外見が違っているが、箒達が戦っていた事から考えてたぶんそれで良いんだろう。
その銀の福音が放ったレーザーを無効化した、左手に装備された白式と同じくらいの大きさがある巨大な盾。≪雪華≫のずっしりとした重量とその性能を感じながら、俺は後ろに居る箒を守る様にして≪雪華≫を構えて次の攻撃に備える。

「一夏…なのか?え…でも…何故?やけどは…?すごい重傷だったのに…」

信じなれないと言った表情でふらふらと此方へ近づいて来る箒。そんな箒に俺はニカリと微笑んでグッと親指を立ててみせる。

「ああ!何か知らんが起きたら治ってた!」

しかもパワーアップまでしてるしな。まさか俺ってサ○ヤ人?
しかし何故だろう。このやり取りは既にされてしまった感があるのは…。

「そんなわけ………あ、本当だ」
「な?」

ぺたぺたと俺の身体を触れて確認すると、本当に怪我が無い事を知り更に信じられないと驚く。まあ俺自身も目覚めた時は驚いたけどさ。……しかし、どうでもいいがそのペタペタ触るのはくすぐったいから止めてくれ。

「本当…に…怪我、治って……良かった……」
「おいおい、何で泣くんだよ?」

今まで我慢をしていたのか、箒の瞳からはボロボロと涙が零れ。箒は必死で拭ってそれを止めようとするが全然止まる様子が無かった。

「だってっ…私の所為で一夏を傷つけてっ…ミコトも私がもっと速く駆けつけていればあんなボロボロにならなくて…っ!」

…そうか、辛かったんだな。本当は泣きたくてもそれが許されなくて、自分を押し殺し続けて…。

「箒、下がってろ」
「………いちか?」

泣きじゃくる箒に俺は何も言わずただ優しく頭を撫でてやる。
俺も同じだ。箒と同じ気持ちだ。箒に辛い思いをさせて、ミコトをあんなにボロボロにして、結局何も守れてはいなかった…。もっと俺が強ければ誰も傷つかずに済んだのに、俺が守れてさえいればこんな事にはならなかったのに……だから―――。

「もう、やらせない。誰も傷つけさせやしない。俺が―――守る!」

その叫びに応えるかの様に、巨大な盾が、何層にも重ねられた強固な盾が、機動音を鳴り響かせた―――。










第31話「ただいま」










――――Side 織斑一夏


陽が沈み始め、茜色に染まる海の上に白と銀は対峙する。
…そう言えば、前回は戦闘らしい戦闘なんてしていなかったよな。これが初戦闘って訳だ。でも、撃墜された時とは違う。それに、あちらさんもそれは同じらしい。一体何がどうなってあんなに変わったのやら…。

「お互いに初見同士だ。公平だろ?――――正々堂々、正面からぶっ潰す!」

≪雪片弐型≫を右手だけで構え、斬りかかる。
だが、触手の壁に阻まれ。本体である銀の福音には接近できず、カウンターを避ける為に離脱を余儀なくされてしまう。

「やり辛いな。一対一の筈なのに物量で負けるとか訳が分からん」

ブルー・ティアーズもタイプとしてはアレと同じなんだろうけど、数が圧倒的に違い過ぎるだろ。
俺が心の中でそんな愚痴を零していると、今度は銀の福音が複数の触手による、レーザーを一斉射撃を仕掛けてくる。

レーザーの弾幕。回避は難しいか…なら―――。

≪雪華≫を正面に構え、奴の攻撃を真正面から迎え撃つ。

「一夏っ!?何をやっている!逃げろっ!」
「………いいや、やれるさ」

あの高出力レーザーの雨を避けようとせず迎え撃つのは自殺行為に等しい。けど、この盾が俺の決意の現れだと言うのなら―――。

「この程度の攻撃…受け止めてみやがれえええええっ!!」

キュィィィインツ!

機械音を響かせ、≪雪華≫は強い光を発し出しそれが光の膜となり盾全体に広がって、レーザーの弾雨を遮断した。此方の損害は無し。奴のレーザーを見事に防いだのだ。

『――――』

しかし、銀の福音の攻撃は終わらない。レーザーが駄目ならと触手を伸ばし物理攻撃を仕掛けてきた。だが、俺はそれをまた正面から迎え撃つ。

「無駄だあああああっ!」

迫って来た無数の触手がパチンッと音を立ててエネルギーの障壁によって弾かれる。これもまた無傷。
そう、≪雪華≫実弾もエネルギーも完全に無効化するシールド。当然エネルギー消費も激しいが、接近戦特化のこの機体にあらゆる攻撃を無効化するこの盾は最高の相性なのだ。なんて事はない、ダメージを気にせず真正面から突っ込んで斬れば良いのだから。エネルギーの消費削減も考慮しての何層にも重ねられた強固な物理シールドもある。正に鉄壁と言えるだろう。

―――それに、これにはまだ隠された性能がある。

俺自身はそれは知らない。でも、白式がそう訴え掛けてくるんだ。『こう使え』と…。さっきだっての攻撃だって、その声があったから恐れも無くレーザーの雨に立ち向かう事が出来た。
…そして、その性能も直ぐに知る事になる。銀の福音が前回の戦闘で見せた全方位砲撃の準備態勢と思われるあの回転の動作を見せたのだ。

「っ! まずい!」

グルンと銀の福音が回転し、触手もそれに巻かれて回転すると、全方位に対して嵐の様なエネルギーの弾雨が放たれる。
それはつまり、ダメージが回復しきっていない箒達にも攻撃が及ぶと言う事だ。しかし、俺の身は一つ。皆を守りきるには……。そう思った時だ。ハイパーセンサーから電子音が響いたのは―――。

―――雪華、全方位展開シールドモードへ切り替え。防衛開始。

その電子音が響くと同時に、雪華の多重層の盾が分離し宙に浮かぶと、それぞれが箒達の許へと駆けつけて箒達に降り注ぐレーザーの雨を受け止めた。
これは、ブルー・ティアーズと同じ…それも、あの一つ一つに分離前と同様の性能があるのか…。

「こ、これは…」
「アタシ達を守ったの…?」
「BT兵器?わたくしのブルー・ティアーズと同じ…いえ、攻撃が目的ではなく防御を目的とした…」

…なるほど、ますます俺の決意そのままみたいだな。これなら『皆を守る』事が出来る!

しかし、あれだけの数の攻撃を防ぐとなるとそれだけエネルギーは消費する。現にもうエネルギー残量がヤバイ数値になっている。これは受け続けていると直ぐにエネルギーが底を尽きてしまいそうだ。これは短期決戦に持ち込むしかないだろう。なんて事はない。いつも通りにすれば良い。俺はいつも一撃に賭けてギリギリの戦いをして来たんだから。

―――雪華、通常モードへ切り替え。

分離した雪華が戻ってくると、元の多重層の盾へと戻る。

「んじゃ………いくか!」

右手に雪片、左手に雪華、それぞれ功と守の光を放ち、再度俺は銀の福音へ飛び込んだ。









――――Side 篠ノ之箒


これで…良いのか?

確かに一夏が駆けつけてくれたのは嬉しい。身体が熱くなって心臓がとても高鳴っているのが分かる。
…でも、それで良いのか?私が願ったのは何だったのだ?

「私は…私が望んだ事は…」

ともに戦いたい。一夏達と肩を並べて、友達を守りたい。

そうだ。私は大切な者を守りたいからこの力を望んだ。だと言うのに今の私は何だ?今もこうして一夏に守られて…。結局、何も変わってはいないではないか。

「守り…たい。守りたい!」

守られているばかりでは嫌なのだ。誰かが傷つくのをただ見ているだけなのは嫌なのだ。守りたい。一夏と―――一緒に!

強く、強く願った。
そして、その願いに応えるかのように、紅椿の展開装甲から紅い光に混じって黄金の粒子が溢れ出す。

「これは…!?」

ハイパーセンサーからの情報で、機体のエネルギーの数値が急激に回復していくのが分かる。

―――『絢爛舞踏』、発動。展開装甲とのエネルギーバイパス構築……完了。

項目に書かれているのは単一仕様能力≪ワンオフ・アビリティー≫の文字だった。

…そうか。まだ、戦えるのだな?紅椿。

その問いに、紅椿は更に強く光を輝かせる事で応える。

「そうか。ならば―――」

損害は酷く、既に満身創痍でとても戦闘が出来る状態ではないが、まだ私にもやれる事があるというのなら―――。

「―――行くぞ!紅椿!」

紅く黄金の光を纏った機体は夕暮れの空を裂く様に駆けていく。今度こそ誓いを果たすために……。









――――Side 織斑一夏


「だりゃあああああっ!!」

雪片弐型で道を阻む触手を斬り払う。
しかし、触手の修復速度が予想以上に速く。幾ら斬ってもすぐに再生されて、進んでは押し戻され、進んでは押し戻されを何度も繰り返していた。

「くそっ!鬱陶しいっ!」

これじゃあ焼け石に水だ。斬っても斬ってもキリが無い。

―――エネルギー残量30%。予測稼働時間、5分。

くそ!一気に決着をつけるつもりだったから無理に突っ込み過ぎて触手の攻撃を防ぎ過ぎたか!?

しかも俺よりも長時間戦闘をしている筈の銀の福音はまだエネルギーが尽きる様子も無い。一体、奴はどれ程のエネルギーを持っているのか。対して俺の機体は稼働限界が近づいて来ている。最初に感じていた余裕もじわじわと焦りに変わりつつあった。

「一夏!」

突然、背後から戦闘を見守っている筈の箒の声が聞こえてくる。

「箒!?馬鹿、下がってろ!お前の機体、もう戦える状態じゃ―――」
「分かってる!でも、私に出来るのはこれだけだから……受け取れ、一夏!」

箒はそう言うと、自らの手を伸ばして俺の白式に触れる。
その瞬間、全身に電流のような衝撃と炎の様な熱が奔り、一度視界が大きく揺れた。

「な―――んだ…?エネルギーが……回復!?ほ、箒、これは一体―――」
「今は考えるな!どのみち仕組みなんて分からん!」

Oh…。そこまではっきり言わなくても…。
しかし、そんな不確かなモノを俺に使ったのかね君は?いや、俺も現状似た様なものだけどもさ…。


――――エネルギー充填完了。ランスモードへ切り替え。強襲開始。

「――――なっ!?」

何やらハイパーセンサーが言い出したかと思えば、突然、雪片と雪華が強い光を放ち、甲高い音を鳴らして形を変え、二つが一つへと組み合わさっていく…。
そして、最終的に白式を覆う程の盾が…いや、違う。盾じゃない。これは―――。

「盾と剣が組み合わさって…」
「『突撃槍』…なのか、これは……?」

盾と剣が一つとなり、純白の槍が白式の手に握られていた。
柄には前方を覆う盾が存在し、槍の先端には雪片弐型が槍として姿を変えていた。それはまるで、騎士がもつ突撃槍その物だった。
突然の事に戸惑う俺と箒。しかし、そんな驚く間もなく、白式から俺の知らない情報が送られて来る。この突撃槍の使い方。雪華の真の力の使い方を…。

「……そうか。こう使うのか」
「一夏?」

つくづく俺にピッタリだと笑みを浮かべ、姿を変えた雪華を強く握り締めると、俺は槍の先端を銀の福音に向けて構え、加速の体勢を取った。

―――余計な考える必要なんてない。君が思う様に戦って、ね?

…ああ、ありがとよ!

何処からかあの少女の声が聞こえてくると、俺はその声に心の中で感謝する。
相手の行動を予測しながらとか、そんな事考えながら戦うなんて俺の性には合わない。ただ真っ直ぐに、目標に向かって突っ走る。それだけだ!

「……ハッ!?まさか、正面から!?む、無茶だ!?やめ―――」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

俺が何をしようとしているのかを気付いた箒は、それを無謀と考えて止めようとするが、その前に強化されて増えた大型四機のウイングスタスタ―と、雪華の装甲の一つ一つに存在するスラスターが吠え、白式と雪華は、文字通り弾丸となった――――。

「ぐっ、…がああああああああああああああああああっ!!!」

一瞬にして最大速度にまで達する白式。その全身に掛かるGは凄まじく、圧しかかるその痛みは相当の物だった。
しかし、俺はその痛みを歯を食い縛って耐え、咆哮を上げ、只管に目標へと突っ込む。迎撃する触手達を突き破りながら、飛んでくるレーザーを打消しながら、只管に真っ直ぐ、真っ直ぐに目標へと突き進む。

無駄だ!どんな攻撃をしたところで、雪華を止められやしないっ!

「教えてやるよ、銀の福音!お前の敗因はな!」

奴の敗因。それは、避けるのではなく触手で迎え撃った事。そして――――。

「その翼を飛ぶこと以外に使った事だあああああああああああっ!!!」

『――――!?』

触手の防衛網を突破した雪華の先端……≪零落白夜≫の刃が銀の福音の胴体に突きささる。けれど、俺は止まろうとはせず、更にブーストの出力を上げ、銀の福音ごと空を突き抜けた。

「お・ち・ろおおおおおおおおおおおおっ!」

海を越え陸へまで辿り着くと、そのまま山の岩肌に向かって速度を維持した状態で突っ込んだ。
砕け散る岩。激突した銀の福音の周辺は大きなクレーターとなり、銀の福音はその中心に沈む。そして、俺達を散々苦しめた銀色の悪魔は漸く機能を停止した―――。

「はぁ…はぁ…はぁ…っ!」

Gの重圧から解放され、圧し潰されていた肺が酸素を求めて無理に呼吸をしようとして息が荒くなる。
ギリギリの勝利。正直、もう一度今のをやれと言われたら、機体ではなく身体の方が先にダウンしていただろう。そこまでしないと倒せないとは……。

「はぁ…はぁ…でも…」

俺はクレーターの中央を見る。そこにはアーマーを失い、ISスーツだけの状態となった操縦者が倒れていた。ただ気を失っているだけの様子で命にも別状は無いようだ。つまり―――。

ミコト…やったぞ…。

「俺達の……勝ちだっ!」

空を見上げる。

あれほどまでの青さを誇った空はもう既に無く、夕闇の朱色に世界は優しく包まれていた。

長い、長い一日が、漸く終わりを告げたのだった…。









「作戦完了―――か。しかし、随分とやられたものだな。これで自分達の未熟さを理解出来ただろう?」
『………』

出撃したと時と比べて、見るも無残にボロボロとなって帰還してきた俺達に千冬姉のキツイ言葉が出迎えてくれた。もうそんな優しい千冬姉の言葉が嬉しくて嬉しくて泣きそうである…。
けれど、厳しいだけではなかった。

「……だが、まぁ。良く無事に帰って来た。それだけは褒めてやろう」

厳しい表情が和らぎ、僅かではあるが優しさを感じさせる声でそう労わってくれたのだ。
それを聞いて、皆も沈んでいた表情がパァっと明るくなるのが分かる。勿論、俺も含めて。

「各自、診断を受けてから今日は休め。報告は明日でいい。では、解散―――」
「あ、あの!織斑先生!」

背を向けて立ち去ろうとした千冬姉に、箒が慌てて呼び止める。

「……何だ?」
「ミ、ミコトの様子は……どうなんでしょうか?」

箒の質問に、千冬姉と山田先生は目を合わせると、片方は溜息を吐き、片方は苦笑を浮かべた。

「もう、目を覚ましてますよ。本当なら絶対に安静なんですけど、少しなら話してもかまいませんから」
「…ふん、早く行ってやれ。寝ていろと言ってるのに『おかえり』って言ってやるんだと聞きやしない」

二人の言葉に、みるみる俺達の表情が歓喜の色に染まっていく。
無事だった。しかも俺達の事を待って居てくれてるらしい。それを聞いて、もう俺は居ても立っても居られなくなる。会いたい。今直ぐにミコトに会いたい。それで、『ただいま』って言いたかった。

「――――!は、はい!皆!行こうぜ!」
「ああ!」
「はい、行きましょう!」


二人の言葉を聞いてミコトが居る部屋に向かって走りだした俺に皆も続いていく。


「あ、こら~!廊下を走っちゃいけませ~ん!?」
「やれやれ……ふふっ」


ドタドタと騒がしく廊下を駆け抜ける。大切な友達が待つ部屋へと――――。



――――そして、部屋の襖を開け放つと、俺達は笑顔で迎えてくれた少女に大きな声でこう告げた。



『ミコト!ただいま!』



「…ん。おかえりなさい」










あとがき

銀 「あれ?あっけなさ過ぎない?てか今回短すぎない?」
白式「いや、君十分活躍したでしょ?もう一杯一杯だから。作者が。銀の福音編で何話使い気だよ全く…」
作者「もうシリアスは嫌なんですよ…。和みたい」


pixivとTINAMIでミコトとクリスのあのワンシーンを投稿したよ~!クリスさん初登場!ミコトもムフフ♪な姿です!



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第三十二話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/03/10 14:33
「……はい。操縦者の方も命に別状は……はい。では、回収した機体は後日そちらに……。はい、よろしくお願いします。それでは―――」

山田君は報告すべき用件を全て伝え終えると、通信端末の電源を切り、ふぅと一息吐く。その声色からは酷く疲れが感じられ、彼女の表情からも疲労が見てとれた。
無理もない。あれだけの事が起こったのだ。心身ともに疲労は相当なものだろうに…。

「ひとまずこれにて終了、ですかね?」
「ああ、怒涛……と言う言葉だけでは生温い一日だったな」

まだ事後処理云々が残ってはいるが、早急に済ませるべき事は粗方済ませた。残りは学園に帰ってからでも問題はないな。

―――で、『今回の事件については』これで終わりなのだが…。

私個人はまだやらなければならない事が幾つか残っていた。その内一つは今直ぐにでもやらなければならない。でなければあの馬鹿はまた何処かに行方をくらませて見つけることが不可能になってしまう。
私は部屋の出口に向かって歩き出した。

「お、織斑先生?何処に行かれるんです?」
「…なに、少し野暮用だよ」

今回の事で一発ぶん殴ってしまわないと気が済まんのでな…。

色々と我慢の限界だ。
私はミシリと骨が軋む程に拳を強く握り締め、山田君を部屋に残してあの馬鹿を探しに向かうのだった。







第32話「帰って来た平穏」






――――Side 織斑一夏


「ね、ね、結局なんだったの?教えてよ~」
「ミコトちゃんもなんか山田先生の部屋に変えられちゃってるみたいだしさ。何があったの教えてっ!ね?」

目覚めたミコトに山田先生に時間切れで部屋から追い出されるまで話をした後、俺達は怪我の治療や診査などを受けて現在はこうして待機命令が解除されたクラスメイト達を夕食を摂っている。
……わけなのだが、予想通りと言うか何と言うか、こういう噂話が大好きな女子達複数に群がられてに俺は質問攻め遭っていた。

「わるい、そう言うのは話せないんだ」

千冬姉からこんな今回の事については公言するなときつく言われている。
もし、話などすれば俺は厳しく罰せられるし、聞いた人達にも制約やらなんやらで不自由な思いをさせてしまう事になるのだ。

「え~……じゃあさ、じゃあさ!ミコトちゃんはどうなの?私、学園の先輩にミコトちゃんが倒れたって話したら容態はどうなんだっ!?て物凄い迫力で訊かれちゃってさぁ~」
「あー、ミコトちゃんってば先輩達からすごい人気だもんねぇ」

気の毒そうにポンポンとミコトの容態を確認してきた女子生徒Aの肩をたたく女子生徒B。
…何故そんな同情な眼差しで見えるんだ?意味が分からん。

うーん、でもなぁ…。ミコトも今回の事に関わってるしなぁ。

話して良いのだろうか?容態だけなら問題ないか?でも、俺の独断はまずい気がする。ここは千冬姉か山田先生に聞いた方が…。

「しかもその先輩『MMM』に所属してるから余計にさぁ…。せめて安否を確認しないと私の身がぁ…」
「うわぁ、アンタ大丈夫なのそれ?」

え、何?『MMM』って何?
聞いた事の無い単語何だが……って!?何でマジで震えてるのこの人!?尋常じゃないんですがっ!?

「教えてくれないなら親衛隊引き連れてISに乗ってこっち来るって…!」

ちょっ!?洒落になってませんよ先輩方!?

そんなことでISを貸し出してくれる訳無いから代表候補生の人達か。一体『MMM』って何なんだ…。
気になるが知ってはいけない気がする。関わるなって俺の本能が告げてるよ…。

「わ、分かった。分かったから落ち着け、な?ミコトは大丈夫だから!さっきも話して来たんだから!」
「容態はぁ?」
「ね、熱はまだあるけど命に別状はないって」
「そう……ふぅ、良かったぁ!私の所為でIS学園でクーデターとか笑えないしね!」

心底ほっとしたと胸を撫で下ろす女子生徒A。確かにそれは笑えない。国際的にも大ニュースだよ。
IS学園にISが何機あると思ってるんだ。もしテロリストにそれが全て奪取されたらとんでもない事が起こるっての。

「んじゃ、心配も無くなった事で本題なんだけど!」
「何も教えられないからな?」
「「え~…」」

そんな息をピッタリにして残念そうにされても言えない物は言えない。知ったところでお互いに損するだけだっての。百害あって一利なしってな。
しかし、女子達は納得がいかない様子。そんな女子達の対処に困り果てていると、後ろからシャルロットがひょこりと顔を出して助けを出してくる。

「あのね、知ったら制約がつくんだよ?いいの?」
「あー……それは困るかなぁ」
「だったら話はこれでお終い。ほら解散解散」
「ちぇー…」

シャルロットがそう促すと、俺に群がっていた女子達は渋々と蜘蛛の子を散らす様にして食事に戻るのだった。

「もう、駄目だよ一夏。ああいうのは軽くあしらわないと。いちいち相手にしてちゃキリが無いよ?特に一夏は立場的に特別で、この先こういうのは多くなるから慣れておかないと」
「お、おう」

確かにシャルロットの言う通りだ。男である俺がISに乗れたってニュースになった時はずっと付き纏われてもう大変だったからな。あの俺と言うスクープ(餌)に群がるマスコミ(蟻)達の様は軽くトラウマだ。

「教官にそう言うのは教えて貰わなかったのか?お前の立場なら必須だろうに」

話にラウラも混ざる。
自主的に会話に混ざって来るなんて今回の件でラウラも変わったなぁ…。

「それくらい男の器量がなんたらって言われただけだよ。どうしろと…」
「むぅ、女尊男卑のこのご時世に男の器量と言われてもな」
「あははは…マスコミや企業、それに研究所からしてみれば客寄せパンダかモルモットにしか見えてないのにね…」

唸るラウラと苦笑を浮かべるシャルロットの口からは非情な現実が次から次へと吐き出される。
やめて!事実でもそんな事言うのやめて!心が折れそうだから!?

「ま、有名税ってやつ?諦めなさい」
「…鈴、軽く言うなっての。こっちの気も知らないで」
「まったくだ。有名になるなんてロクな事じゃないのだぞ?気の休まる暇も無い」

鈴、箒とぞろぞろと俺の周りにいつものメンバーが集まり始める。
俺が女子に集られてる間に皆先に食事を済ませたのか。俺なんてまだ半分しか食べてないのに。ああ、味噌汁が冷めてる…。

「ズズ……まぁ箒は束さん関係で色んなとこに引っ越してばかりで気苦労は絶えなかったろうしな」
「……他人事だな」

ジト目で明らかに不機嫌ですオーラを放つ箒。なんでさ…。

「そ、そういえば。皆怪我とか大丈夫なのか?ラウラとか特にさ」
「(逃げたな)お前の言う台詞ではないよなそれは?この中では一番の負傷者の筈だと言うのに」
「そう言われてもな。治ってたんだから仕方ないだろ?」

でまかせでは無く本当にそうなのだからそれ以外に何と言えばいいのやら。
しかし、そんな言葉にラウラや他の皆も疑いの眼差しでじっと俺の身体を見てくる。特に箒なんてそれはもう穴が開く程に強い眼光でじっ~~~っとだ。たぶん、箒は自分の所為だと責任を感じてるんだろうな。そんなこと全然ないのにさ。

「……まあ良いさ。私の方は問題無い…と言っても、しばらくは無理は出来ないな。幸いにしてこの合宿が終えれば長期休暇だ。のんびりと養生するさ」

長期休暇…ああ、夏休みのことな。

「夏休みか。やっぱり皆実家に帰るのか?」
「私はそのつもりだ。……と言っても、家には親戚が居るだけで家族は居ないがな」
「そ、そうか」

何と言ってやればいいのか言葉に困るぞ。
確か箒の実家は神社で、箒の家族が居ない今は箒の親戚の人が管理してるんだっけな…。

「でも久しぶりの実家だろ?ゆっくりすればいいじゃないか」
「……ああ、そうだな」

俺の言葉に箒は少し複雑そうな表情を浮かべて頷いた。ううむ、これは様子を見に行った方が良いかもしれんな。今の箒を一人にするのは少し心配だ。

「鈴も国に帰るんだよな?」
「んー…やめとくわ。家に帰っても両親居ないから意味ないし」
「そ、そうか…」

どうして俺の知り合いはこうも家庭の事情が複雑な奴ばかりなんだ!?

「シャ、シャルロットとラウラはどうするんだ?二人とも戻ったらまずいんじゃないのか?」

シャルロットは性別を偽ってた件と、ラウラに至っては軍の命令を無視しての独断行動。二人とも帰るのは不味い筈だ。

「だね。僕も帰省つもりはないかな?帰っても気まずいだけだし。夏休み中はアリーナが空いてるだろうから自主練に励むつもり」

おお~、優等生の台詞だ。
そう言えば夏休み中は生徒の大半が帰省してるから普段は生徒で埋め尽くされているアリーナもがら空きなんだよな。俺も自主練するか…。

「私も残るつもりだ。そもそも私には家族も居ないしな。軍の方は定時連絡をしているから問題無い」
「いつものメンバーの殆どが学園に残るんだな」

俺は掃除とかしないといけないから定期的に家に帰るつもりだけど、基本夏休み中は学園の寮で過ごすつもりだし。自分で調理しなくても朝昼晩美味しい料理が食堂で食べられるとかマジIS学園最高だな!

「その様だ。それに、私はミコトの護衛をしないといけないからな」
「ご、護衛って…。もう、ラウラは過保護だなぁ」

となると、残りのメンバーのセシリアとのほほんさんとミコトはどうなんだろう?帰省するのかな?

……ん?

ふと、ある事を疑問に思う。

「そう言えばミコトって――――」
「あれれ~?おかしいなぁ~?」

ふと気になった事を訊ねようとしたその時、間の抜けた声が俺の言葉を遮った。
その間の抜けた声とはもちろん、のほほんさんである。

「のほほんさん?どうかしたのか?」
「あー、おりむー!あのねー、セシりんが何処にも見当たらないんだ~。何処行ったんだろうねー?」
「セシリア?あ、ホント。アイツ何処に行ったのかしら?」

大広間に溢れかえる女子生徒達からセシリアの姿を探したが何処にも見当たらない。先に食事を済ませて部屋に戻ったのか?

「あれ?織斑くん達セシリアを探してるの?」

おお、久しぶりの相川さんじゃないか。

「ああ、何処に行ったか知らないか?」
「セシリアならさっき鼻歌を歌いながら厨房の方に向かったよ?」

い か ん 、 そ れ に は 手 を 出 す な 。

相川さんの言葉を訊いて、さーっと血の気が引く俺達4人。のほほんさんとラウラはそんな俺達の反応を見て頭上にはてなを浮かべていた。

「厨房~?お料理でもするのかな~?」
「食べ足りなかったのか?意外だな。セシリアは小食だと思っていたのだが」

違う。違うぞラウラ。セシリアが自分用に料理をする筈ないだろう!?
俺達は既に食事を済ませた。なら、俺達に食べさせるのが目的ではない筈だ。なら、だとしたら――――。

まさか…まさかっ!?

「えっとね~……確か、ミコトちゃんにお粥を食べさせてあげるんだって――――」

バンッ!

セシリアの料理を実際に食べた経験がある俺達4人は一斉に廊下に飛び出す。

「総員!戦闘配備だ!戦いはまだ終わって無いっ!絶対に死守しろっ!」
「くそっ!まさかこんな所に伏兵が潜んでいようとはっ!」
「冗談じゃないわよまったく!前のはたまたまミコトの味覚に合ってただけだってのにっ!」
「皆っ!そんな事は良いからはやくセシリアを止めないとっ!」

ドタドタドタッ…

「うゅ?」
「……何なんだ一体?」

置いてかれた二人は唖然と立ち尽くすのみだった…。







「ふふふ~ん♪ここで隠し味の特濃マムシドリンクを―――」
「はいアウトーーーッ!?病人に劇薬はいけませーんっ!?」

間一髪の所でお鍋の中に投下されそうになっていたマムシドリンクを取り上げることに成功する俺。

しかし、何やってくれてんのこの人!?お粥にマムシドリンクとか長年織斑家の家事を任され続けて来てはじめて聞いたんですがっ!?

「な、何をしますの一夏さん!?」
「ソレはこっち台詞だ馬鹿っ!何お粥にそんな劇薬入れようとしてるんだよっ!?」
「え、えっと…元気が出る様にと思いまして…」
「そんなもん食べたら弱った身体がビックリするわっ!?調味料は最低限で薄味でいいんだよっ!」
「というか先生に許可取ったのっ!?駄目だよ!勝手に病人に食べ物与えちゃ!」
「…………あ」
「「「「独断!?しかもうっかり!?」」」」

愛は盲目とか親馬鹿にも程があるだろセシリアさんや!?

今、思い出したとでも言いた気に間抜けな声を漏らすセシリアに全員が驚愕する。一歩間違えれば大惨事だったと言うのにまったくコイツは…。
鍋を見ればグツグツと煮えているお粥がそこにはあった。臭いは別におかしくないし見た目も真っ白でとんでも料理には見えない。どうやらこれから変貌するところだったのだろう。本当にギリギリ間に合って良かった…。

「まったく、皆ミコトの事になると何処か抜けてるよなぁ」
「お前にだけは言われたくないぞ一夏。……はぁ、しかしどうするんだこれは?」

箒が言っているのは勿論目の前のグツグツと煮えたお粥のことだ。

「どうするって……どうしよう?」

俺は目の前にお粥の処遇に困り果て頭を掻く。
俺達はつい先ほど夕食を終えたばかりであまり胃に余裕はない。けれど、厨房を借りておいてこれを捨てると言う訳にもいかないだろうし…。
チラリと箒達を見たが、やっぱり俺と同じらしくふるふると首を振って拒絶して来る。むぅ、本当にどうしよう?

「良いですよ?別にミコトちゃ……こほん、オリヴィアさんに食べさせてあげても」

「「「「「えっ!?」」」」」

突然現れた自分達で無い声にバッと後ろを振り向くと、そこにはニコリと笑みを浮かべた山田先生が立って居た。

「山田先生!?どうして此処に?」
「それは此方の台詞ですよぅ!何だか厨房の方が騒がしいと来てみれば…もう!皆さん!旅館の方達にご迷惑をかけちゃいけませんよ!?」

人指し指を立てて「めっですよ!」と、山田先生は叱って来る。本当にこの人はいちいち行動が幼いと言うか可愛らしいなぁ…。

「まあ、一応許可は貰っているみたいですし、厨房使用の件については私からは言う事はありません。ですが、あまり騒いではいけませんよ?」
「「「「「は、はい。すいません……」」」」」

しょんぼりと肩を落として謝る俺達一同。しかし、原因は全てセシリアにあると思うんだが…。

「よろしい。それで、そのお粥ですがオリヴィアさんに食べさせてあげてもかまいませんよ。実は私もオリヴィアさんの夕食を用意する為に厨房に来たましたからね。――た・だ・し!ちゃんとした普通の食・べ・ら・れ・る!お粥が条件ですけどね!」

食べられるという言葉を強調させる。まあそれには俺も激しく同意だけどさ。

「あ、なら俺が作るよ。といっても、後は塩とかで味を調えるだけだけどな」
「一夏かぁ…ま、一夏なら問題無いでしょ」
「……どういう意味ですのそれは?」

そう言う意味だよ。

「そうですか♪織斑くんがお家の家事担当だって事は織斑先生から訊いてますから安心ですね♪」

おいおい千冬姉。山田先生にそんなこと話してたのかよ…。まあ事実なんだけどさ。

「では、織斑くん。オリヴィアさんの夕食はよろしくお願いしますね?あっ、良かったらオリヴィアさんが食べ終わるまで一緒に居てあげて下さい」
「えっ、良いんですか?」
「はい♪折角の臨海学校なのに一人ぼっちで食事なんて寂しいですから」
「………」

……そうだよな。合宿っていうのはクラスメイトや友達とかで寝泊まりするから楽しいんだ。でも、ミコトは今は山田先生の部屋で一人っきりで、きっと寂しい想いをしているに違いない。

「ですから、少しでもミコ……オリヴィアさんに楽しい思い出を作ってあげて欲しいんです」
「先生……はい!任せて下さい!」
「良いお返事です♪―――あっ、でもオリヴィアさんは本当なら絶対安静にしないといけないんですからね?熱もぶり返しちゃいましたし、夜遅くまでの長話は駄目ですよ?オリヴィアさんの身体に負担を掛けますから。騒ぎ過ぎるのもいけません!就寝時間を守って―――」

いかん。お説教モードに入ってしまった。これは長くなるぞ。―――こうなったら!

長年家事を続けてきた俺の身体が、全細胞を屈指して物凄い速度でお粥を完成させる。

「――――よし、完成!じゃあ山田先生!お粥が冷めない内に持って行かないといけないんで!皆!行くぞ!」
「い、一夏!?」
「ちょ、一夏っ!?待ちなさいよ!?」
「一夏さん!?置いていかないで下さいまし!?」
「み、皆ずるいよ!?先生!それじゃあ失礼しますっ!」

我先にと鍋を持って逃げ出す俺に、皆も慌てて後に続く。

「あっ!?まだ話は終わって……もうっ!―――――ふふふ♪」

後ろから山田先生の声が聞こえたが、既に山田先生の居る厨房は彼方にあり、俺達の耳には届く事はなかった。

ふー、危ない危ない。んじゃ、のほほんさん達を拾ってミコトに会いに行きますかね。









「えっ!?みこちーに会いに行っても良いの!?ヤタ~♪」
「ほう…。しかし、よく許可が下りたな?」

大広間に戻って二人に事情を話すと、のほほんさんはそれ訊いてぴょんこぴょんこと跳ねて喜び、そんなのほほんさんの隣でラウラが意外そうな表情を浮かべた。
さっき追い出されたばかりだからな。しかし追い出されたと言っても、駄々をこねて引き摺られる形で追い出されたのはのほほんさんだけで、俺達は自重して自分から出ていったけどな。

「夕食を届けに行くついでにな。あまり長話は駄目だけど」
「確かにな。此方の我儘でミコトに負担を掛けるのは駄目だ。…む、そのお粥はセシリアが作ったのか?」
「いや、それ作ったの一夏だから」

ないないと手を振ってラウラの言葉を鈴が否定する。

「途中まではわたくしですわよっ!?」
「一夏が止めなければお粥じゃないナニかになっていただろうに…」
「な、なんですってぇっ!?」
「? 何の話だ?」
「気にするな。俺は気にしない」

箒の言葉の意味が理解出来ず、不思議そうに首を傾げるラウラに俺は無理やり話を逸らす。セシリアがミコトに劇物を食べさせようとしてたなんて知ったら乱闘を起こしそうだしなぁ…。

「うむ?まあ良いさ。しかし一夏の料理か。教官から『ウチの弟の料理はなかなかのものだ』と訊かされていたが本当のようだな」

え?ドイツでもその話してんの千冬姉?流石に世界に広めるのは止めて欲しいんだけど…。世界に知られている国際的有名な主夫とか名誉でも何でもないしマジ恥ずかし過ぎる…。

「そ、そんなことはどうでもいいじゃないか。それより早くミコトにお粥持って行こうぜ?」
「? 何をそんなに顔を赤くしているのかは知らんが急ぐのには賛成だ!折角のお粥を冷ましてしまっては勿体ないしな!」
「だねだね♪それじゃ、レッツゴーだよ~♪」

とか言ってクールに装っていても。何だかんだ言ってラウラもミコトに会えるのが嬉しいようだ。無意識だろうが俺達を先導してるし、自分じゃ気付いていないんだろうけど口の端が少しにやけてる。
俺と箒達はそんなラウラがもう可笑しくて可笑しくて。口を手で押さえて笑ってしまいそうになるのを必死に堪えてラウラとのほほんさんの後に続いた。







そんなこんなでミコトの眠る部屋にやって来た。

「ミコトー?入るぞー?」
「………むぅ?一夏…?」

襖に向かって確認の声を掛けると、部屋の中から眠たそうなミコトの声が返ってくる。この声から察して今まで寝てたのかな?

「みこちー!お見舞いにきたよー♪」
「……ぉ~…」

まだ入室の許可を得ていないと言うのにも関わらずのほほんさんが襖を開けて部屋へと入る。けれど、のほほんさんの元気の良い挨拶とは反対にミコトの返事はいつもにも増して反応が薄い。やはり体調が優れない所為だろう。

「こら本音。あまり大きな声を出すな。ミコトの身体に障る」
「あう、ごめんねー?」

こつんとのほほんの頭を小突いて叱るラウラ。小突かれたのほほんさんも少し涙目になりながらも素直に謝る。

「ミコトさん調子はどうですの?気分が悪くなったら直ぐに言うんですのよ?喉渇きませんか?スポーツドリンク買って来ましたから此処に置いておきますわね?あっ、汗を拭いた方が―――」
「はい黙れセシリアママ。一夏が居るのに脱がしたら不味いでしょうが」
「…………あ」

ママさんモードに入ったセシリアがぺらぺらと喋り出すと、鈴がぺチンと頭を叩いてそれを止める。…あそこにスイッチでもあるのか?

うん。まぁ、困るな。それで覗きと勘違いされて理不尽に殴られるのが目に見えてるし…。

誰が好き好んで殴られるものか。防げる惨事は防いでおかなければ。

「だ、大丈夫セシリア?疲れて頭が回らないんじゃ…」
「遂にはシャルロットに頭の心配までされ始めたぞ。まあ、これも病気と言えば病気だな」
「酷い言われ様ですわ……」

シャルロットと箒の情け容赦の無い言葉に、ただ心配しただけなのにこの仕打ちとガクリと肩を落とすセシリア。俺も二人の意見にはまったく同意だが……まあ、そのなんだ。ドンマイ。

「えっと…ミコト。お腹すいてないか?お粥作ったんだけど食べるか?」
「ん?……んー……食べる」

スンスンと小さな鼻を動かしてお粥から漂ってくる匂いを嗅ぐと、ミコトは暫しお粥をじっと眺めながら考えてからコクンと頷いた。

「おっ、そうか。んじゃ熱いからやけどしない様に気をつけ―――」
「あ~…」

レンゲをミコトに渡そうとすると、何故かミコトとレンゲを受け取ろうとはせずに代わりに大きく口を開けてみせた。はて…?

「え~っと…ミコト?」
「あ~~…」
「食べさせろってか。まあいいけどさ」

風邪を引いてる時とか何故か甘えたくなるものだ。
しかし、なんていうか…。今のミコトの姿はまるで母鳥から餌を大きく口を開けてせがむ雛鳥の光景と重なって見えてとても可愛く思えた。いや、すごく可愛い。何だこの小動物。

……やばい。鼻血が出そうだ。

食べさせてあげるには当然ミコトの正面に俺が居る訳で…。そこはなんていうか口を大きくパクパクさせている雛鳥を間近で見れる絶好のスポットと言うか……もう、たまらなく強力である。
だが、その被害は正面に居る俺以外にも及ぼしていたのだ。

「はう~…かああいよ~…」
「可愛い…」
「ぐっ…ふぅ!」
「…………」

雛鳥モードのミコトを見て被害を受けたのは以下の4名。
見っともなくだらけた表情になるのほほんさんとシャルロット。何やら悶えているラウラ。そして、無言で鼻をハンカチで押さえ、そのハンカチを真っ赤に染めているセシリア―――って、おい!?最後の奴自重しろっ!?

「…あ~?」

そんな周りの惨状など露知らず。何時まで経っても食べさせてもらえない事に口を開けたまま不思議そうに首を傾げるミコトなのであった。

まあ、なんて言うか。食事をする状況ではまるでないが此処に来た本来の目的を果たすとしよう。
俺はレンゲでお粥を掬うと、ミコトがやけどしない様にフーフーと息を吹きかけてからレンゲをミコトの口元に運ぶ。すると、ミコトはすぐさまレンゲにかぶり付いた。

「はふっ…はふっ…」
「おいおい。落ち着いて食べろって。ほら、あ~」
「あ~…ん」

お粥の乗ったレンゲをパクリと咥えると、またはふはふと涙目になりながらもお粥を食べ続ける。
どうやら俺の作ったお粥は雛鳥にご満悦して頂けたようだ。口に含んだお粥を食べ終えると直ぐに次のお粥を求めるその姿は本当に可愛らしい。見ているこっちも自然と笑みがこぼれてしまう程だ。しかし、そんな幸せな状況も―――。

「「「じ~っ……」」」

背後から感じるどす黒いオーラでそれどころじゃなくて堪能なんて出来ないんだけどな!ていうかこええよ!?
しかし、そんな後ろにある恐怖に俺が震えているところぴょこぴょことのほほんさんが目をキラキラさせて俺の所へとやってくる。

「ね~ね~おりむー。私にもそれやらせて~♪」
「ん?これをか?」
「そーそー♪」

レンゲを持ち上げて訊ねると、のほほんさんはにんまり笑顔で頷く。まるで動物に餌をあげる感覚だな…。
けれど断る理由も無いので少し不安ではあるがのほほんさんにお鍋とレンゲを渡してバトンタッチ。

「あっ!本音、ずるいよ!」
「早い者勝ちだよ~♪」

ハッと呆けていたシャルロットが正気に戻ると、抜け駆けした(?)のほほんさんを恨めしそうにぷく~と頬を膨らませる。
こらこらよしなさい。

「みこちー♪はい、あ~ん♪」
「あ~…ん。もぐもぐ……」
「はう~♪かあいいかあいいかあいいね~♪」
「いいなぁ…」

自分の差し出したレンゲにかぶり付くミコトの可愛らしい姿に身悶えるのほほんさんとそれを羨ましそうに横で眺めているシャルロット。しかしあそこまで行くと病気だよな…。

「……………羨ましいですわ(ボソッ」
「…(こいつも大概に病気だ)」

ん?箒がセシリアを見てなんかドン引きしてるけどどうしたん?

「んー……ごちそうさま」
「ん?ああ、お粗末さまでした。どうだ美味しかったか?」

いつの間にかお粥を食べ終えてしまっていたらしい。鍋の中はもうスッカラカンで、ミコトの表情も何処か満足そうだった。

「ん」
「すごい勢いで食べてたもんねー♪」
「そうか。喜んでもらえた様で作った身としては嬉しい限りだ」
「一夏が、作ったの…?」

上目遣いでそう訊ねてくるミコトに俺はどう答えればいいか迷った。あのまま俺がセシリアを止めなければまず食べられる物は完成しなかっただろう。けれど、セシリアが行動しなければ、俺がお粥を作ろうという考えに到る事はなかった…。
ちらりとセシリアを見る。

「ぁぅ……」

……ま、間違っては無いか。

俺と目が合いしょぼんとするセシリアに俺は苦笑すると、ミコトへ視線を戻しこう告げた。

「俺も少し手伝ったけど、このお粥を作ったのはセシリアだよ」
「………へ?」

まさかの予想外の言葉に、呼ばれた本人はきょとんとして間抜けな声を出す。

「む?料理を作ったのはいち―――むぐっ」
「「空気読め」」

ラウラがそう言い掛けようとすると箒と鈴がラウラの口を塞いで阻止する。いや、本当に空気読んでよ…。

「………おー、セシリア。やっぱりすごい」
「えっと……その……ま、まあ!わたくしにかかればこんな物ですわ!」

ミコトの純粋無垢な瞳で見つめられ、セシリアは最初は戸惑ってはいたものの、真実を明かせる空気ではないと悟りエヘンと胸を張っていつものエレガントなポーズをとって、自慢げにそう語った。

「「「「(どの口が言うか…)」」」」

やっぱり反省して無いんじゃないのか?いや、そもそも自分のミスすら気付いてないんじゃ…。

「ん。またサンドイッチ食べたい」
「うふふ♪学園に戻ったら作ってあげますわ♪」
「…ん♪」

「「「「(おいばかやめろ)」」」」

なんて事言ってくれるんだこのちびっ子は。巻き込まれるのこっちの身にもなってくれ。絶対、『沢山つくりましたから皆さんもお食べになって♪』とかいって俺達も食べさせられる事になるのだから。

「そ、そうだ。学園に戻るっていたらさ。この合宿が終わったらもう夏休みだろう?」

望み薄でも話題を逸らす事を試みる。どう足掻こうがセシリアクッキングからは逃れられそうにもないが…。

「あら、そう言われればそうですわね。すっかり忘れていましたわ」
「………夏休み」

夏休みという言葉を聞いた途端。ミコトの表情が暗くなる。
あれ?どうしたんだミコトの奴?普通、夏休みって訊いたら喜ばない学生はいないってのに…。何をそんなに嫌そうにして…。

「お、おりむー!」
「ど、どうしたんだよ?そんなに慌てて。俺、何かまずい事でも言ったか?」

何やら慌てた様子でのほほんさんが俺の服を引っぱって来る。
俺は何か訊いてはいけない事を訊いてしまったのだろうか?ごく平凡で一般的な夏休みを目前にした学生の会話だったと思うのだが…。
そう疑問に思っていた俺だが。その答えはミコト本人から教えられた―――。

「家……帰っちゃ、駄目」
「え?」
「…………ぁ」

ミコトの言葉が、俺は最初理解出来なかった。

家に帰っちゃ駄目…?どういう事だ?

俺はミコトからクリスと言う保護者と思われる人物の話を何度か訊かされている。その内容はとても微笑ましい物だったし、その話をするミコトの表情も普段のミコトと比べてとても柔らかかった。
だからか、そんなクリスと言う人物が家に帰ってくるななんて酷い言葉を言うとは、とても俺には想像できなかったのだ。

「迎え…来るまで、帰っちゃ駄目。約束、した」

迎えに……そういえば、そんな事何時か言ってたな…。

「長い休み。皆、家に帰る。寮…誰も居ない。寂しい…嫌い」
「みこちー…」
「「「「「………」」」」」

…そうか。ミコトは去年の冬からIS学園に居るんだよな。だから、誰も居ない寮を経験してるのか。そんな寂しい思いをして、夏休みが楽しみなんて言える訳無いよな…。
自分の浅はかな発言に俺は漸く気付き後悔する。本当に、なんて馬鹿な事を言ったんだ俺は…。

「……寂しくないよ」

沈んだ空気を漂わせていたこの部屋にシャルロットの明るい声が響く。すると、皆の視線がシャルロットに向いた。

「寂しくないよ。だって、僕達が居るじゃない」

シャルロットはそう言って微笑む。
……そうだ。苦し紛れかもしれない。誤魔化しかもしれない。でも、俺達が居る。だから、ミコトは一人じゃない。一人ぼっちになんかさせやしない。

「…だな!俺達が居るし寂しい想いなんてさせねぇよ!」
「アタシも実家に帰っても一人だしね。ま、此処に居た方が退屈しないし?」
「やれやれですわ。これは急いで溜まった仕事を片づけなくては…。わたくしにかかれば雑作も無い事ですけどね♪」
「家の手伝いもあるんで毎日ではないが、私もなるべく顔を出す様にしよう」
「私はミコトの護衛だ。傍に居るに決まっているだろう?」
「あ~う~!私は家に帰らないといけないよー!で、でも!遊びに行くからねー!?」
「みんな………」

ミコトは目を見開いて俺達を見る。そして―――。

「……ありがとう」

瞳を涙で滲ませながらも、笑顔で俺達に感謝の言葉を述べた…。







ミコトとの会話を終え就寝時間も近づき皆それぞれの自室に戻った。
そして現在、俺と箒は部屋の位置的に途中までは道が一緒なので、こうして一緒に会話をしながら廊下を歩いていた。

「今日は色々あったな……」
「……ああ、私が今まで生きていた中で最悪の一日だった。もう二度と御免だ、こういう事は…」

箒に同意だ。もうこんなのはこれっきりにしたい。
まあ、そんな一日ももう終わりだ。今日もう泥の様に寝よう。そうしてよう。でも、何かが引っ掛かってる。何か大事なことを忘れている様な…。

う~ん……なんだったか。

そう考え込んでいると、箒と別れる場所まで来てしまった。

「ではな、一夏」
「ああ、おやすみ。箒」

結局、このもやもやは何だったのだろう?気になったが思いだせないって事はそれ程度の事って事なのか?―――よし、部屋に戻ろう。そう思い一歩足を踏み出そうとしたがふとある事を思い出しピタリと足を止めた。

………あ、あああああああああああっ!?思い出したっ!?

「ほ、箒!渡したい物があるんだけど時間あるか!?」

大事なことを思い出し慌てて振り返って立ち去ろうとしていた箒の背中に声を掛けた。







――――Side 篠ノ之箒


「ほ、箒!渡したい物があるんだけど時間あるか!?」

一夏に別れを告げて割り当てられた部屋に戻ろうとすると、急に一夏にこれから時間があるかと尋ねられてしまいドキンと心臓は大きく鳴ってカァ~と顔を赤く染める。

「なっ、何だいきなり!?」

これから時間って!?
も、もう風呂には入ったし食事もした。これからする事と言ったら就寝することぐらいだ。も、ももももももしかしてっ!?つまり!?そ、そう言う事なのか!?

「ちょっと部屋行って取って来るから外で待ってて貰えるか?それじゃあ!」
「あっ!待て!一夏!?――――行ってしまった……」

呼び止めようにも既に一夏の姿は無い。

まったく、急に何を言い出すんだ……しかし―――。

「外、か……」

見せる機会も無かったし、丁度良いのかもしれんな…。
そう心の中で呟くと、私もある物を取りに行く為に部屋に戻るのだった…。






――――Side 織斑一夏


ざあ…ざぁん……。

さざ波の音に耳を傾けながら、俺は岩場に腰を下ろして月の光を反射して輝く海を眺めていた。
とても静かだ。数時間前まではこの海の上であの激闘があったなんて嘘みたいに今は穏やかに波の音が響いていた。

「箒のやつ遅いなぁ……」

何時まで待ってもやって来ない箒に、俺は待ちくたびれて部屋から取って来た小さな箱で手の上で弄びながら溜息を吐く。部屋に戻った俺と違って、箒はあれから此処に直行している筈なのに何故俺が待ちぼうけを喰らっているのだろう?わからん…。
まさか無視されたんじゃあるまいなと、そんな事を思い始めたその時だ。

「い、一夏…?」

突然名前を呼ばれて、俺は振り向く。
振り向いた先に立って居たのは、何故か水着姿の箒だった。

「箒……?お前、何で水着に――――」
「う、うるさいっ!私の勝手だ!……そ、それよりあまり見るな!は、恥ずかしい……」」
「お、おう…」

慌てて身体の向きを元に戻す。

……そう言えば、箒の奴。昼間海に居なかったんだよな。

だから箒の水着姿は昼間に見る事は出来なかった。
数秒ではあったがハッキリと見えた箒の水着姿は鮮烈で、脳裏に焼き付いている。
白い水着―――それも、箒にしては珍しいというか、絶対に着なさそうなビキニタイプ。縁の方に黒いラインが入ったそれは、かなり露出面積が広く――――なんというか、その、セクシー……そう、セクシーだった。

い、いかん。これは想定外だ……。

ある物を渡して直ぐに終わる筈だったのに、気まずい空気で目を合わせる事もままならない。これでは計画崩れではないか。

「………」
「………」

……いかん。このままではらちが明かない。何とか会話をしなければ。

「その……水着、似合ってるな」
「っ………」

びくっと箒が身をすくませたのがわかる。ちらりと顔を盗み見ると。カーッと顔を赤く染めて―――って、いや違うだろ。間違ってはいないかもしれないがそうじゃないだろ?俺は何のためにここに箒を呼び出したんだ?箒の水着姿を褒めるためじゃないだろ?……まぁ、可愛いけどさ。

「………」
「………」

またも沈黙がこの場を支配する。
我ながら何とも情けない。この場を千冬姉が見ていたら軟弱者とか言われて絶対に叱られていただろうな。

「そ、それより!渡したい物とは何だ?」

何時まで経っても本題に移らない俺に痺れを切らしたのか、話を切りだして来たのは箒の方だった。

「……え?」
「え?ではない!わ、私に用があったから呼び出したのだろう!?」
「あ、ああ!そうだったな!うん!」
「………なんなのだ。まったく…」

何故か不貞腐れた声を漏らす箒に俺は訳が分からなかったが、理由を尋ねれば噛みつかれそうだったのであえてそれには触れなかった。そもそもこれ以上話を脱線させたくはないしな。

「箒、これ―――」

先程からずっと手に持っていた小さな箱を箒に手渡す。

「……な、なんだこれは?」

箒は恐る恐る俺から箱を受け取ると、戸惑いながらも興味深そうに箱をくるくると回して隅々まで調べていく。
箱は可愛らしい包装が施されていた。それもその筈、何故ならそれは女の子に送るプレゼント用の包装なのだから。

「誕生日おめでとう。それ、誕生日プレゼントな」
「あっ……」

7月7日。今日が箒の誕生日だ。
と言ってももうすぐ日付が変わるけどな。しかも、プレゼントとか言ってくせして何を買ったらいいか分からなくてシャルロットに買い物を付き合って貰う始末だ。

「あ、開けて良いか…?」
「勿論だ」

俺の承諾を得て箒は包装を丁寧に慎重に解いていく。そして、包装を取り小さな箱を開けると―――。

「……リボン?」
「ああ、どうだ?俺センス無いからさ。いらなかったら捨ててくれたって良いぞ?」
「馬鹿者。そんな事するか………大切にする」

そう言って、箒はリボンを両手で割れ物を取り扱う様に優しく包むと胸に当てて愛おしむようにぎゅっと抱きしめた…。

「最悪な誕生日だと思ったが……」
「……ん?」
「最後の方はまあまあだったよ…」
「ははは、なんだよそれ…」

満月の夜。二人の笑い声が空に響く。
こうして、長かった一日がようやく終わったのだった…。







――――Side 織斑千冬


満月が輝く夜。
私は鼻歌を奏でながら岬の柵に腰を掛けた状態でぶらぶらと足を揺らす馬鹿を見つけた。

「…随分と好き勝手にやってくれたものだな。束」
「やあ、ちーちゃん」

束はこちらを振り向こうとはしない。背中を私に向けたままさっきまでと同じように足をぶらんぶらんと揺らし続ける。
普通ならそれはかなり失礼極まりない態度ではあるが、そんなものは今更であり、あの馬鹿に期待する方が無駄だと理解しているつもりだ。だから、そんなことでは不快に思いはしない。ある程度無茶な事も許そう。―――だが、今回の事だけは別だ。

「今はお前の話に付き合っている気分じゃない。私の質問だけを答えろ。イカロス・フテロのリミッターの解除。ISの暴走。通信の妨害。その内どれに加担した。少なくとも一つ目は確実だな」
「………なんのことかな?」
「二つ目もお前の可能性が高い。妹の晴れ舞台でデビューするには持って来いのシナリオだからな。三つ目もそうだ。あのタイミングで通信障害などあまりにも不自然すぎる」
「ひっどいなぁ~。ちーちゃんは私を疑ってるの?」

疑っているかだと?疑っていない様に見えるのか?貴様は……。

「お前は他者の気持ちを考えず決めつけの善意を押し付ける。10年前もそうだ」
「結果的に人的被害はゼロ。ISも世界に広まって大儲け♪何も問題はないでしょー?」

結果的には…だ。だが、そこに他者の気持ちは一切考慮されてはいない。自分が良ければお前はそれで良いのだろうが…。

「お前は…っ」
「それに、私は何も間違った事はしていないよ?ちーちゃんも分かってるんじゃない?」
「………」

私は口を閉ざす。やり方はどうであれ束の選択は正しいのだろう。それは否定はしない。――――だがっ!

「ふんっ!」
「――――……何をするのかな?」

束の顔面に目掛けて拳を振り下ろす―――だが、その拳は束に触れる直前で見えない壁によって停止していた…。

「友達に向かって殺意をぶつけるのは感心しないかな?」
「………」

常人なら確実に骨が砕けている筈の拳、それも殺意まで乗せた拳を受け止めて尚も束はにこにこと笑顔をこちらに向けてくる。

「ん~……今日はお話できる雰囲気じゃないね。また今度お話ししようよちーちゃん」
「待てッ!まだ話は―――」

そう制止しようとしたが、それよりも早く束は崖から飛び降り私の伸ばした腕は空を切った。

「……っ!」
「これだけは教えてあげるねちーちゃん!二つ目のISの暴走――――あれ、私じゃないから~!」

小さくなっていく束の声。私は束の落ちていった場所を覗きこむとそこにはもう束の姿は無かった…。

「………くそっ」

憎たらしげに吐き捨てられた声は満月の夜空に溶け込んで消えていくのだった…。






――――Side ミコト・オリヴィア


一夏達が帰った後、私は一人部屋でぼーっと窓から見える満月を眺めていた。

「………きれい」

いつもと同じ風景の筈なのに、何故か分からないけど今日はいつもよりずっと、ず~っと月が綺麗に見えた。
熱のせいかな?頭がぼんやりしてるしそうなのかもしれない。でも、そんなんじゃない気がする。もっと、別の理由がある気がする。

『こんばんわ。部屋にお邪魔しても良いかしら?』
「? ………どうぞ」

訊いた事の無い女の人の声に私は誰だろうと思いながら入室の許可を出す。
すると、開けられた襖から金髪の女の人が部屋に入って来た。

「こんばんわ、ミコト・オリヴィアさん」
「………誰?」

私はその最初に感じた疑問を女の人にぶつける。
でも、この人何処かで会った気がする。名前も知らない。でも、何処かで―――。

「私はナターシャ・ファイルス。『銀の福音』の操縦者よ」
「あ―――」

そうだ。あの子だ。あの子を通して私はこの人に会った事がある…。

「聞こえてたわ。貴女の声が。必死にあの子に訴えかける声がね。――――ありがとう、小鳥さん。貴女の御蔭であの子はあの子でなくならずに済んだ」
「…あの子は、また飛べる?」
「――――ええ、きっと」
「ん………良かった」

あの子がまた飛べる。それを訊いて私はとても嬉しく思えた。
同じ夢を持つ者として、同じ翼を持つ者として、とてもとても嬉しかった…。

「じゃあ、またね。今度は一緒に空を飛べたら良いわね」
「ん。楽しみにしてる」

ウインクをしてこの部屋を去っていくナターシャを笑顔で見送る。

「………」

また一人っきりになる。でもナターシャの話を訊いてから何か胸の辺りがへん。
胸の辺りがスゥってしてる。

「…なんでだろう?」

―――ありがとう、小鳥さん。貴女の御蔭であの子はあの子でなくならずに済んだ。

皆、無事。皆、悲しまないですんだ。

「――――そっか」

もう一度、月を見上げる。
何故、こうも月が綺麗なのか分かった気がした―――。










あとがき

やる夫スレを今日も行く。あれ呼んでると休日が終わってしまうね!SS書く暇もねぇや!(オイ
はい。これにて銀の福音編は本当に終了です。次回は夏休み編かな?



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~幕間
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/03/18 01:03

激闘の臨海学校から帰って来て一週間程の時間が過ぎた。

ミコトの体調ももうすっかり良くなり、今では授業も問題無く受ける事が出来るまで回復した。実習の授業は念の為、病み上がりの身体を考慮して二学期まで見学させると千冬姉から訊かされた。大破したイカロス・フテロも如何にかしないとならないと頭を悩ませてたな。
何か「あの馬鹿に頼らないで済む用方法はない物か…」とかぶつぶつ言ってたけど。『あの馬鹿』ってあの人だよなぁ。千冬姉が頭を悩ませる存在なんてかなり限られるし。
千冬姉の話では第三世代型ISは現状全てが試験機であり、第二世代型ISとは違い量産化が進んで無い為に予備パーツなどが非常に少なく修理にもコストが掛かるのだが、ミコトの機体イカロス・フテロはとなる事情と特殊な機体なために予備パーツが無いに等しく、パーツを受注するのではなく自作するしかないとの事。そりゃ直せるのは束さんくらいしかいないよなぁ…。

まあ、色々な問題を残しはしたが何はともあれ『銀の福音の原因不明の暴走事件』は解決した―――と言っていいのだろう。少なくとも俺達にはもうやれる事はない。
もう7月の中旬。あと数日もすれば待ちに待った夏休み―――――。

――――そう思っていた時期もありました。HRで山田先生のあの言葉を訊くまでは……。

「皆さん、夏休み前ではしゃいでいるかもしれませんが、今週末から3日掛けて行う期末テストの事を覚えていますね?」
「…………………え゛?」

そう、色々な事がいっぺんに起きた所為で頭からスッポリと抜け落ちていたのだ。『期末試験』と言う存在を……。

「一年生は木曜日と金曜日に筆記試験。土曜日に実技試験を行いますので頑張ってくださいね。―――あっ!もし赤点を取ったりしたら夏休みに学校に来てもらいますからそのつもりで」

不味いまずいまずいまずいまずいまずいまずいマズイマズイマズイ……。

試験勉強?んな事してる訳無いだろ言わせんな恥ずかしい。
そもそも基礎科目とISの専門科目と同時に押し込むのが無茶なのだ。他の生徒なら別にどうってことないのかもしれないが俺は正式に試験を受けて合格したエリートじゃないっての!――――やめよう。そんなことぐちぐち言ったところで何の解決にもならない。

「何とか…何とかしなければっ!」

でないと、俺の夏休みが無くなってしまう。となれば、俺がすべき行動は一つだ。
学校が終わった後、俺は夏休みを補習尽くしと言う悲惨な結果を阻止するための行動に移る為にある人物の部屋にへと向かうのだった――――。









幕間「期末テストからにげられない」








――――Side 織斑一夏


「勉強教えてくださいっ!」
「おー…?」

放課後、ミコトとのほほんさんの部屋へとやって来た俺は最初の一言目に土下座と言うアクションと同時にそんな言葉をミコトに対して送ったのだった。
本当ならHRの話を聞いた途端その場でミコトに土下座してお願いしたかったが、一目のある場所で土下座するのは俺の残り少ないプライドが許さなかった。まあ、結局やっている事は同じなのでそんなもの無いに等しいのだが…。

「宙返り前転を加えたローリング土下座。おりむー、プロか……」
「? 一夏、土下座のプロ?」
「断じて違うっ!」

土下座のプロとか全然嬉しくない。土下座代行とかそんな職業でもない限り需要無いだろそれ。いや、あってもなりたくないよそんな職業。―――と、いかん。それどころじゃなかった。

「後生だミコト!このままじゃ夏休みがなくなっちまう!」
「………?」
「えー?なんでー?」

もう再度頭を下げる俺だったが、二人は承諾とも拒否とも違う反応を見せた。これには俺も予想外。まさか不思議がられるとは思わなんだ。

「なんでって、そりゃあ期末テストで赤点をとりそうでヤバイからだろ?」

今までの会話でそれくらいわかると思うんだが…。

「? 授業の内容そのまま書けばいい」
「だよねー?わたしも上位は無理でも赤点の心配はないかなー?」

何おかしなこと言ってるの?的な顔して俺を見てくる二人。多分、二人には俺の言葉の意味が理解できていないらしい。
おのれ優等生め、俺とは根本的に認識が違うというのか!それが出来れば苦労しないってのにさすがエリート、凡人の気持ちなんて全然理解出来てない!涙が出てくるぜ…ちくしょう。

「ん…でも、わたし教えるの苦手」
「……そーだねー。みこちーに教わるのは止した方が良いと思うなー?素直に教科書開いた方が正解だよー」

無理強いは出来ないか。ミコトも困ってるようだしな。口足らずなミコトにはやっぱり厳しい内容だったか…。むう、しかし学年主席から勉強を見て貰えれば期末テストなんて余裕だと思ったんだけどなぁ。考えが甘かったと言うより、甘え過ぎたかもな…。
よく考えれば試験前なんだ。皆、勉強に専念したい筈だ。

「希望は薄いが自力で頑張ってみるかぁ……はぁ…」
「まぁまぁ、おりむー。そう悲観的に考えなくても大丈夫だよー」

床に手を着き溜息をつく俺だったが、そんな俺にのほほんさんはポンポンと肩を叩いて微笑みかけてくる。その口ぶりからは何か良い案でもあるのだろうか?
でも、のほほんさんの浮かべている笑顔は落ち込んでいる俺を励ますというよりも悪戯を思い付いた子供の笑みのそれに似ていた。本当に大丈夫なのか…?

「?……ど、どういうことだ?」
「わたしに良い考えがあるー♪」

……いやな予感しかしない。









「「「「勉強会?」」」」

夕食時に食堂に集まっていた代表候補生メンバー改め、箒を加えた専用機持ちメンバーがそう口を揃える。
皆の視線の先にあるのは提案者であるのほほんさんだ。のほほんさんはニコニコと笑顔を浮かべて頷く。

「そうだよー♪今週末期末テストだしさー♪」
「ん。皆でお勉強」

ばさばさと長い袖を揺らして、楽しそうに説明するのほほんさんとミコト。しかし、皆はどうも乗り気じゃないと言った感じでのほほんさんとは正反対の反応を見せた。

「それはまた急ですわね…。しかし何でまた突然そんなことを?」
「……て言うか必要あんの?」

グサッ!

「ぐふぅ!?」

鈴の言葉が胸に突き刺さる。
今まさに必要としている本人にその言葉はあんまりと言うものだ。

「む?どうした一夏?捕虜が拷問時に出す悲鳴のような声を出して」
「なんで例えがそんなにグロテスクなのさ…。とりあえず一夏の反応を見て状況は把握できたよ、うん」

呻き声を上げて力無くテーブルに突っ伏する俺の反応を見て、何故のほほんさんが勉強会をしようと言い出したのか理解するとシャルロットはため息混じりの苦笑をこぼされてしまう。シャルロットから向けられてくる視線は妙に生温かい。
そして、シャルロット同様に俺に気付いた箒達は「あ~そういうことか」と言った感じで呆れた表情を浮かべる。

「はぁ…成程、そう言う事か」
「アンタねぇ…。何やってんのよまったく」
「一夏さん?常日頃から勉学に励まないからそう言う事になるのですよ?」

酷い言われ様である。
そして周りの反応を見て漸く気付いたのか、ラウラがポンと手を叩く。

「……ふむ、状況は理解した。つまり学力が足りず補習確定の一夏に特に補習の心配の無い私達が勉強を見てやれば良いのだな?そして補習を阻止しろと」
「うん。説明ありがとう。その通りなんだけどもう少し言い方があるよね?俺のガラスのハートが微塵に砕け散りそうなんだけど?と言うか砕けたよ…」

何この人どストレートに語ってくれてんの?言葉の一つ一つが鋭く急所を的確に貫いて俺の心は立ち直れないくらいにボロボロだよ。

「………」
「しょ、しょうがないよね!うん!テストの科目多すぎだもんね!?」

更に落ち込む俺を見かねてフォローに入るシャルロットだったが、同じ条件で赤点の心配の無いどころか高得点狙えそうな人間が言っても全然フォローになってない。

「………何かスイマセン。馬鹿でスイマセン」
「何故そんなに卑屈になる…」
「今日のおりむーのメンタルの弱さは異常だねー…」
「一夏、大丈夫…?」

うるせいやい。お前らに俺の気持ちが分かる訳ないやい…。

「はぁ…やれやれですわね。分かりました。協力致しますわ。一夏さんの頼みですもの。断る理由はありませんわね」
「そうだね。僕なんかで良ければ喜んで勉強見てあげるよ」
「ほ、本当か!?」

勉強を見てくれると聞いた途端、ガバッと伏せていた頭を勢いよく持ち上げた。

「しょうがないわね~。何か奢りなさいよ?」
「まったく、世話の焼ける…」
「私は構わんぞ?寧ろ積極的に参加させて貰おう。一夏が補習を受けてしまう事になれば、皆で遊ぶ時間が減るからな」
「ん。私もがんばる。一夏もがんばろ?」

おお…皆の背後から後光が見える…。ありがたや、ありがたや…。

一時はもう駄目かと思ったが何とか希望が見えてきた。後は俺の頑張り次第だろう。皆の心遣いに報いる為にも頑張らなきゃな!
――――そう綺麗な友情で終わる筈だった。けれど、それで終わらないのがのほほんクオリティー。俺が感じた嫌な予感は的中し、最後の最後で爆弾を投下してくれやがりました。

「じゃあ夜におりむーの部屋に集合ねー。―――パジャマで♪」

し~ん…。

「「「「……………はぁ!?」」」」


世界が数秒間ほど停止し、そして時が動き出した途端、俺を含めた4名を除いた残りメンバーが一斉に声を上げる。
ん?何で俺は驚かないのかって?あのな、毎日寮で女子の目のやり場に困る無防備な姿を見せられてるんだぜ?もう今更感があって驚きはしないって。

「な、なな何を言い出すんですの本音さん!?」
「えー?何か問題でもあるのー?」
「大アリです!淑女が夜男性の部屋に寝間着姿で入るなどはしたないですわ!」

うむ。セシリアの言う事は尤もなんだけどさ…。
チラリと隣に視線を向ける。

「……(私は一月ほど一夏と同じ部屋で過ごしたのだが…)」
「あ、あはは…(は、はしたない…)」

案の定、二名程微妙な顔をしていたがここは敢えてスルーしておこう。

「なんでー?お勉強するだけだよー?全然はしたなくないよー?寧ろお勉強するから良い事だよー。セシりんも前に言ってたよね?学生の本分は学業だってー♪」
「ぐぬぬぬ…都合のいい時にだけその台詞を…っ!」

俺の知らないところでそんな事言っていたのかセシリアの奴。まあ優等生のセシリアらしい台詞ではあるよな。

「むー、何が不満なのー?パジャマだよパ・ジャ・マ♪………おりむーもイチコロだよ?(ヒソッ」
「そ、それは…一夏さんにわたくし以外の方の寝間着姿を見て欲しくないからなわけでゴニョゴニョ……」

二人で何かひそひそと話をしているが声が小さすぎて此処からじゃ聞き取れない。とりあえずのほほんさんがまた何か企んでいるということは確かだろう。だってのほほんさんの浮かべてる笑顔がとても黒いんだもの…。

「だったら他の子達よりも大胆なパジャマを着ちゃえばおりむーをメロメロに――――

ゴンッ!

――――にゃあ!?」

のほほんさんの頭に拳骨が落ちる。のほほんさんに拳骨を落としたのは鈴だった。

「何馬鹿な事言ってんのよアンタは!」
「い~た~い~よ~ぅ……」

お~お~、あんなに大きなたんこぶ作って…。
たんこぶの大きさと音からしてかなり強く殴られたみたいだけど、一体何を言ったんだのほほんさんは…。

「うぅ~…なにすんの~?」
「自業自得」

のほほんさんが非難がましい顔で訴えるも鈴はズバリと切り捨てられてしまう。口は災いのもとって奴だな。何言ったか知らんけど。

「えーっと…そもそも何でパジャマになる必要があるの?」

シャルロットのもっともな意見に皆もうんうんと頷いている。

「その方が面白いから―――」
「てい」

パシンッ!

言葉を言い終える前にシャルロットが容赦無く頭を叩く。まあそんなこったろうと思ったよ。

「う゛ぅ~……でもでも~、普通にやってても時間が足りないよ~?だから夜遅くまで勉強しないとー」
「それが何でパジャマと関係が?」
「夜遅くまで勉強してそのままおりむーのお部屋でおやすみー♪」
「「「「ええっ!?」」」」

またしても声を揃えて驚く箒達。
まさかのお泊まりか。…ん?同じ寮に居るのにお泊りって言うのは可笑しくないか?

「な、何を馬鹿なっ!不純だ不純っ!そもそも女子生徒は特別な用事が無ければ一夏の部屋に立ち入ってならぬと織斑先生から厳しく言われているだろう!?」
「勉強する事がなんで不純なのかなー?」
「ぐっ……」

にやにやと小悪魔な笑みを浮かべるのほほんさんに対し、箒は言葉を詰まらせて何も言い返せなくなる。
パジャマはどうであれ、勉強については別に間違っては無いからなぁ。パジャマはどうであれ。

「はぁ……駄目だわ。何を言ってもこの子が意志を枉げるところが想像出来ない」
「何故そこまで拘るのかが謎ですわね…」
「えへへ~♪―――アイタ!?」

またも頭を叩かれてしまうのほほんさん。

「……褒めてないからね?」
「ぶぅ~…」

シャルロットのツッコミに叩かれた頭を擦り不満そうに頬を膨らませてブーブーと鳴くのほほんさんであった。

「―――で?結局どうするわけ?」
「どうあっても止めるつもりはないのでしょう?……はぁ」
「どうしてこうなった…」
「ぼ、僕に聞かれても…」



どうやらパジャマ姿での勉強会は決定したも同然の様だ。というより、あきらめたと言った方が正しいかもしれない。皆もうどうにでもなれって顔をしている。
今回の件で分かった事。ノリで生きるのほほんさんは止められない。普段はのったりゆったりな子なのにこういう時の行動力は凄まじい物である。

そんな微妙な空気が漂う俺達をよそに、置いてけぼりを喰らっていた二人はと言うと…。

「ぱじゃま…?寝ちゃうの…?」
「むぅ、私は寝間着など持っていないのだが…」

そんな少しズレた反応を示していたのだった。この温度差は一体何なのだろう…。




こうして、俺は試験当日まで勉強会をする事となった。
夏休みを潰されるまいと言う必死の努力もあって、テストの結果は少ない時間で勉強したにしてはなかなか良い点数で終わり、なんとか補習を逃れる事に成功。パジャマ姿を恥じらう箒達に囲まれて勉強するという微妙な空気が漂う空間で重圧に耐えながら勉強したかいがあった言う物である。

……いや、ホントに頑張ったよ。皆何でか普段より露出が多いパジャマで来るんだからな。

なんというか、その…目のやり場に困る。
まあそのおかげで皆を見ない様に勉強に没頭出来たから結果オーライとも言えるが、精神力の消費が半端ない。勉強が終わっての疲労感と言ったらもう…。

唯一の救いは、ミコトやのほほんさんと言った天然組はいつも通りのパジャマ姿だったということくらいだ。ミコトはあの怪談騒動の原因となったペンギンパジャマで、寝間着などないと言っていたラウラは、のほほんさんに貰ったのほほんさんやミコトと同じタイプの着ぐるみパジャマ?を勉強会で着ていた。でもそっちはそっちでシャルロットが壊れて大変だったなぁ…。あの時はもう勉強会どころじゃなかった。なんとか、釈然としないといった感じの表情を浮かべたラウラをシャルロットの膝の上でに座らせて勉強させるということで鎮める事は出来たが―――いや、アレは鎮めると言うか意識が何処かに飛んでたな。シャルロットの頭の中はきっと始終お花畑だったことだろう

………思い返してみると本当に酷い勉強会だった。もうこう言うのは御免だ。怠けるのは良くない補習復習はきっちりやろうと心に決める俺なのであった。









おまけ 後日談


「本音。疑問に思っていたのだが…」
「ふにゃー…なぁに~?」

期末テストが終わり、弛んだ雰囲気が漂う教室でクーラから送られてくる風でぐんにゃりと机に寝そべり涼んでいた本音に私はふと疑問に思っていた事を訊ねてみた。

「パジャマでの勉強会が断られる可能性を考えなかったのか?」
「あははー♪そんなのあり得ないよー♪」
「? 何故だ?」

やけに自信満々に答える本音を見て更に興味が増した。一体、その自信は何なのだろう。

「考えてもみなよー。もし、自分達の中で一人だパジャマ姿の女の子が居るとするね?じゃあ男の子の視線は必然的にその子に向いちゃうよねー♪出し抜くチャンスを見逃す子なんてあの中にはいないよー♪仮にパジャマ無しで勉強会をしても今回と同じ状況になってただろうねー♪」
「ふむ…………わからん」

出し抜くとはどういう事なのだろうか?今度クラリッサに訊いてみる必要があるな…。





あとがき

スランプ…というかテンションが上がらない。ううむ…。
のほほんさんが強引で性格が変わっている様にも見えますが、これはミコトに少しでも思い出を作って貰う為にこんな悪戯っ子な正確になっています。原作でもノリで生きてる子ですが此処まで強引では無いですからねw
イカロス・フテロの修理イベントにあの人の妹が絡む予定です。

pixivとTINAMIにてミコトのイラスト追加しました♪



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第三十三話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/03/23 06:10

ミーンミンミンミン……。

八月の夏の空。何処からか絶え間無く聞こえてくる蝉の鳴き声が、雲一つないまるでこの間皆で行った海の様な青い空に吸い込まれて消える。
ギラギラと降り注ぐ強い夏の日差しは屋上のコンクリートを焼き。辺りの気温を上昇させて屋上でただじっと正門を眺めて今か今かと待ち続けている私の体力をじわじわと削いでいく…。

あつい……。

外で待ってると言って訊かない私の我儘に、ならせめてと真耶が持たしてくれたスポーツ飲料水を口に含んで汗を流して消耗した水分を補給する。
八月に入って暑さが本格的になり、生れて初めて体験する夏に私はもうへとへと…。

夏ってこんなに暑いんだ…。

ギラギラと輝く太陽を見上げて目を細めると額に浮かぶ汗を袖で拭う。
とても暑いけど、空は吸い込まれそうな程の快晴。空を飛べればさぞ気持ち良いと思う。けれど、イカロス・フテロはまだ修理の見込みも付かず。現在の私は想像している事と正反対で汗がだくだくでシャツが肌に張り付いて気持ち悪い。部屋に戻ったら着替えないと…。

でも、それでも我慢して待ち続ける…。

「まだ、かな…?」

急く気持ちを抑えられず、未だ待ち人が来ない正面ゲートを眺めて私はポツリとぼやく。
今日は約束の日。セシリアが日本に、IS学園に戻ってくる日。

「お迎え…」

そう、お迎えする。セシリアが帰ってきたら『おかえりなさい』って言うんだ。
だから待つ。学園を見渡せる此処でじっと待ってる。セシリアが戻ってきたら一番に見つけられる様に。

「……むふぅ♪」

門を潜った途端に出迎えられて驚くセシリアの顔を想像しただけでわくわくと胸が躍り自然と笑みが浮かぶ。
そんな時、まるでタイミングを見計らったかのように門の前に高級感を漂わせる一台の自動車が止まった。私はまさかと高鳴る期待を胸に、転落防止の柵から身を乗り出して視線を車へ向ける。助手席のドアが開く―――でも、車から降りて来たのはメイド服を着た女の人だった…。

「…………ぁー」

セシリア…じゃない…。

期待していた人とは違っていてがっくりと肩を落とす。
しかし、メイドさんは車から降りると、門を潜ろうとはせずにすぐさま後部座席の方へと足を運び、ゆっくりと後部座席のドアを開けて中に居るであろう人物に対して深くお辞儀をすると、中の人は車から出てくる。

「――――…あ!」

思わず私は声を上げた。
ドアの隙間から覗かせてくる綺麗な金髪。顔を確認するまでも無い。私の大好きな人だ。大切な友達だ。
くるりと身を翻して駆け出すと、私は屋上を後にした。










第33話「夏休みのはじまり」










――――Side セシリア・オルコット


「はぁ、やっと戻って来られましたわ…」

ロールスロイスから降りた途端に自身に降りかかる故郷とは異なる日本の夏の熱気にうんざりすると、夏の眩い日差しを反射して輝く正面ゲートを見上げてわたくしは目を細める。

「予定より遅れてしまいましたわね」
「此方に通われる前とは違い、どうしても職務が溜まってしまうので仕方がないかと」

脇に控えていたわたくしの幼馴染であり専属のメイドでもあるチェルシーがそう微笑んで答えた。

「ふぅ、それもそうですわね」

長い期間家を空けていた所為か、溜まりに溜まったオルコット家の当主としての職務、そしてそれとは別に国家代表候補生としての報告や専用機の再調整やその他諸々などで、予定よりも時間が掛かってしまい、ようやく日本へと戻って来られた。

これが卒業するまで続くのですか。なかなかにハードですわね…。

別に本来なら無理に急いで終わらせる必要などない。夏休みという長い時間を有効に活用すれば何ら苦も無くこなせる仕事量。けれど、そんな事をすれば大切な友の約束を違える事になる。それだけは絶対に出来ないしわたくし自身が許さない。

「それほどまでにオリヴィア様に会いたかったのですか?それとも織斑様に?」
「な、何を言うのですチェルシー!?オルコット家の当主として公私は弁えておりますわ!?」
「うふふ、そうですか♪」

まるで全てお見通しと言わんばかりの彼女のくすりと小さく微笑む。
彼女は昔からそうだ。18歳とは思えない程に落ち着いており、大人の雰囲気を漂わせる彼女はわたくしの幼馴染というよりもお姉さんといった感じで、わたくしも憧れであり、目標でもある。

「まったく、主人をからかうのは感心しませんわね!?」
「ふふ、申し訳ございません。お荷物は私どもがお部屋まで運んで置きますので、どうかごゆるりとご堪能下さいませ」

チェルシーは口に手を当ててオホホホとわざとらしく笑ったあと、逃げるかのようにして共に来ていたメイド達を連れて荷物を運び始めた。

全然反省してませんわね…。ふ、ふふふ…。

主人をからかう悪いメイドは懲らしめてやらなければと、チェルシーの後を追おうと一歩前に踏み出した―――その次の瞬間。

「セシリア!」
「え!?――――きゃあっ!?」

―――聞き覚えのある幼さを残した少女の声に名を呼ばれて慌てて振り返ると、白い影が視界に入ったかと思えばそれはわたくしへと飛び込んで来てわたくしは咄嗟にそれを抱きとめます。
一瞬何が起こったか分からなかったが、視線を落としてわたくしの胸に顔を埋めている少女の姿を見ると全てを理解してわたくしは自然と頬笑みを浮かべていました。

「あらあらまあまあ♪お元気そうで何よりですわミコトさん♪お出迎えに来て下さいましたの?」
「ん♪おかえり、セシリア」

腕の中からこちらを見上げてニコリと微笑むミコトさんのなんて可愛らしいこと…。

「お嬢様。カリスマ。カリスマが崩壊しております。お顔が酷い事になっております」
「――――はっ!?」

チェルシーの呼び掛けにわたくしは正気に戻ると、ぶんぶんと頭を振り邪念を振り払い弛んだ表情を引き締め直します。
いけません。久しぶりにミコトさんに会えて気持ちが高ぶってしまいましたわ…。

「こ、こほんっ!……チェルシー?荷物を運びに行ったのではなかったの?」

当主としての体裁を取り繕おうと試みるがもう時既に遅すぎて、メイド達の生温かい視線にわたくしはただ恥ずかしさの赤面するばかり。なんてセシリア・オルコットらしからぬ失態。使用人達にこんな醜態を見せてしまうとは…。

「主人に近づく人影を確認しましたので―――ですが、心配は不要でしたね」

不審者と勘違いしたのでしょうか。しかし彼女はミコトさんの姿を見ると、直ぐに警戒を解きくすりと微笑む。
わたくしの腕の中で戯れているこの子を見れば警戒するのも馬鹿らしくなるのは仕方の無い事なのかもしれない。誰もこんな小さくて可愛らしい少女が人に危害を加える様子なんて想像なんて出来はしないのだから。

「…? この人、誰…?」

わたしから離れようともせずに抱き着いた状態のまま初対面であるチェルシーの方を顔だけ向けると、ミコトさんは首を傾げてチェルシーに訊ねます。

「お初にお目に掛かります。セシリア様にお仕えするメイドで、チェルシー・ブランケットと申します。以後、お見知りおきをオリヴィア様」

丁寧にお辞儀をして自己紹介をするチェルシー。

「? 私の名前…?」

ミコトさんは自分は名前を知らないのに相手は自分の名前を知っているのが不思議なご様子。

「お嬢様からよくオリヴィア様の話をお耳にしますので。IS学園の話をすると必ずと言っていい程オリヴィア様のお名前が出てくるのですよ?」
「チェ、チェルシー!?」

な、何を言い出すんですのこのメイドは!?

「織斑様よりも話題に出る数が多いのは驚きでした。とても大切に想われているのですね」
「? ……ん。私もセシリアが大切」
「~~~~っ!?///」

一瞬、どういう意味か分からずに首を傾げたミコトさんでしたが。暫し考えると、恐らく『大切』というキーワードだけを汲みあげたのでしょう。何の偽りも感じさせない無垢な笑顔で自分もわたくしの事が大切だと告げました。
それを聞いた途端、ボンッ!とわたくしの顔が真っ赤に暴発する。

「あらまあ、惚気られてしまいました♪」

そう言いながらもチラリと此方を見てはからかうネタを見つけて楽しそうにしてますわねこのメイド…。

……あ~~~もうっ!

もう我慢の限界です。居心地が悪いったらありゃしない。

「チェ~ル~シ~ッ!?」
「あら、からかい過ぎました様ですね。ではそろそろ撤収いたしましょう―――では」

そう言ってチェルシーは深くお辞儀をすると、わたくしが止める間も無く荷物を手に持ってこの場から姿を消し去ってしまう。くぅ!憎たらしいまでに素早い仕事ぶりですわね!メイドの鑑ですわ!

「お~……」

そこ、感心してるんじゃありません。ああもうっ!ミコトさんの教育に悪影響を及ぼすではありませんか!今度帰ったらきつく言っておかないと……。

「まったく――――あら? クンクン……ミコトさん?少し臭いますわよ?」

ミコトさんから漂ってくる臭いに気付くと、鼻をミコトさんの首筋辺りに近付けて臭いを嗅いでみる。
……そこまで酷く臭いはしませんが、少し汗臭い。良く見てみれば汗もびっしょりでシャツが透けて白い肌とピンクの―――――今度、ランジェリーショップに行きましょうか。流石に下着を着けないのは無いですわ…。

ま、まぁそれはまた後日と言う事で!ですが、こんなに汗を掻いて…。まさか、わたくしが帰ってくるのをずっと外で…?

「……ミコトさん?まさかとは思いますが。この炎天下の中、ずっとわたくしを待ってましたの?」
「ん!」

ミコトさんは大きく頷くと『褒めて褒めて♪』と期待の眼差しで此方を見上げてくる。

まったく…。

ですが、わたくしが取った行動とは―――。

「………ていっ」

ぺちんっ

「あうっ!?」

褒めるのではなくデコピンと言う体罰だった。
わたくしをお出迎えしてくれた事は本当に嬉しい。でも、そんな無茶をして日射病にでもなったらどうしますの?そんな事になったらわたくしは嬉しいどころかわたくしの所為でミコトさんを倒れさせてしまった事に悔いても悔いても悔いきれませんわ…。

「うぅ~…?」

少し紅くなったおでこを擦りながら非難がましい目を送ってくるミコトさん。何故叱られたのか分からないと言った所でしょうか。これはちゃんと言い聞かせないといけませんわね。

「わたくしが叱った理由はわかります?」
「………」

ミコトさんは無言で首を振る。

「はぁ……良いですか?ミコトさん。もし、わたくしがミコトさんと同じ行為をしたとしましょう。その結果、わたくしは日射病で倒れてしまいました。ミコトさんはその時どう思います?」
「うー……悲しい」
「そうですわね。わたくしもそう。もしも貴女がわたくしのために無茶をして倒れたりなんてことになったりしたら、わたくしも悲しいですわ」

銀の福音事件の時もそう。この子はそれが最善と言う理由で自らの危険を顧みずに自身を囮に一夏さんと箒さんを助けた。ですが、その結果ミコトさんが傷ついてどれだけ皆さんが悲しんだ事か…。
もうあんな想いはしたくない。だからこそわたくしは彼女の間違いを説く。

「他者の為に自身を蔑ろにする。聞こえは良いかもしれませんがそれは間違った行為です。自己満足にしか過ぎません。良かれと思っての行動が必ずしも他者のためになるとは限りらないのです」
「………」

ミコトさんは何を言わず、唯わたくしの言葉に耳を傾ける。
わたくしをじっと見つめる無垢な瞳。その瞳を見るだけでこの子がわたくしの述べている言葉に微塵も疑問に感じていない事が分かる。純粋に私の言葉を受け止めて『セシリアの言う事は正しいんだ』と思っているに違いない。

余りに純粋過ぎる。この子は…。

わたくしにはその純粋さがとても…そう、とても危うく感じていた。その純粋な心がいつかこの子を壊してしまいそうで…。

「……どうか、どうかご自愛してください。自分なら大丈夫だからと無茶しないでください。無茶を強いられる状況に陥った時には頼ってください。お願いですから…」

もし、またあのような事が起きれば…。その時、ミコトさんは―――。

断言なんて出来ない。わたくしが知っているミコトさんの情報なんて微々たるもの。帰省してオルコット家の権力をフルに使ってもこの子の情報は一切入手出来なかった。けれど、わたくしの予想が正しければこの子は…。

「お願いです。もう、失いたくないんです……」

帰省した際に行った両親の墓参りの所為でしょうか。余計に死に関して敏感になってしまう。
大切な人の死。先立たれる悲しみ。残される側の孤独。あんな想いはもう―――。

「………ん。わかった」
「分かって下さいましたか?」
「ん」
「そう……良かった…」

小さく頷くミコトさんを見てわたくしは胸を撫で下ろす。
この子は嘘は吐かない。自由放漫なところはあるけれど、約束した事は絶対に守るから。

「ごめんなさい。折角の再開がこんなお説教をするような形になってしまって……」
「ううん。セシリア、私を心配してくれた。謝ることない」
「優しいんですのね」
「? よくわかんない」
「うふふ、優しいですわよ。ミコトさんは」

自分は殆ど理不尽に叱られたというのにこうして笑って許してくれるのだから。この子は本当に優しい子…。

「―――さて、寮に入りましょうか。汗も流してしまいませんとね」
「んー。べとべとして気持ち悪い…」
「なら最初からやらなければよろしいでしょうに」
「ぶー…」
「こら、はしたないですわよ?」

ミコトさんは頬を膨らませて不貞腐れる。ミコトさんもすっかり本音さんに影響を受けて―――あら?そう言えば……。
ふと、ある事が疑問に浮かぶ。こんな日射病で倒れかねない行動をずっと傍に居る筈の本音さんが許すのでしょうか?彼女なら絶対に反対するか日傘やらなんやら日射病対策を用意すると思うのですが。

「ミコトさん。本音さんはどうしましたの?」
「ん。家に帰ってる。戻ってくるのは明後日だって」
「あら、そうなんですの」

そう言えば、家に戻らないけといけないとか言ってましたわね。家の手伝いとかどうとか…。

「他の方達は?」
「一夏達はアリーナで練習。鈴は暑いからって部屋でゴロゴロ」
「………はぁ」

友人の情けない話を聞いて思わずため息を零してしまう。まったく、鈴さんったら…。一夏さん達を見習いなさいな。

「セシリア。家に帰ってなにしてたの?」
「当主としてのお仕事ですわ。あと、バイオリンのコンサートの参加とか」
「おー…」

驚いているみたいですけどこれは絶対に理解できていない様子ですわね。

「うふふ、お土産もありますからそれを食べながらお話しますわね」
「! お菓子?」
「ええ♪」
「ん!楽しみ!」
「うふふふ」

そんな雑談をしながらわたくしとミコトさんは手を繋いで寮への道を歩いていく。

お互いに笑顔を浮かべて。

夏の暑い日差しを浴びながらわたくしは想う。

今年の夏はどんな夏になるのでしょう?

きっと、素敵な夏になるに違いない。

期待に胸を膨らませて、こうしてわたくし達の夏休みは始まったのでした―――。



















あとがき

夏休み編プロローグと言った所でしょうか?どうしても短くなってしまいます><;
今回の一番のポイントはミコトがノーブラだったという事実だと思う。私は巨乳よりも未発達な胸が好きだ!これが若さか!
しかし4巻を読んでつくづくISはギャルゲーにしやすい構成だなって思いました。
                                                     гチェルシーEND
                                     セシリアルート(両親の事故真相)セシリアEND
                                     鈴ルート(離婚騒動)
プロローグ―→銀の福音事件(共通ルート)―→学園祭(分岐)→シャルロットルート(実家騒動)
                                     ラウラルート(独断行動関連)ラウラEND
                                                    ⊥クラリッサEND
                                     箒ルート(束さんェ…)

うはwエロゲーにしてほしいw

まあ冗談はさておき。何気にミコトが一番懐いているのはセシリアです。包容力と言うか母性的というかグループの中で一番甘いのは実はのほほんさんよりセシリアですからね。まぁちょろいというか乗せられ易いって理由もありますがwのほほんさんは親友。大人で保護者の役割を持つ山田先生も教師と言う職の所為でミコトと私的に接する事が出来ませんから。
でもその所為でセシリアには辛い想いをすることでしょう。両親を失い。そして娘の様にも思っているミコトも…―――。

て、そんな暗い話は置いといて!pixivとTINAMIにてミコトのDVDジャケット風イラストを投稿しました!ぜひご覧になって下さい♪



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第三十四話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/05/10 03:50
「んー………」

現在は夏休み。外では蝉の鳴き声が響いている中、私は冷房の利いた部屋で目前にある机の上に広げられたプリント用紙と睨めっこをしてうんうんと唸っていた。
私を悩ませているプリント用紙に書かれた文字はこう記されている。―――『夏休み計画表』と。

「んん~………?」

『夏休み計画表』。その名前の通り、夏休みの計画を記すための表のこと。
別に特殊な書類や機密が書かれた暗号文なんて大層なモノでは決して無い。けれど、私を悩ませるのにはそれは十分なものだった。

「あれもしたい。でも、これも……う~……」

書いては消して書いては消しての繰り返しを続けてかれこれ数時間。けれど、計画表の空白欄は一向に埋まる気配が無かった。
去年の冬とは違う。寮には一夏が、箒が、皆が居る。一人ぼっちの休みじゃない。色んな事が出来る。色んなところに遊びに行ける。やりたい事がやってみたい事があり過ぎて頭がいっぱいになって、溢れかえってこんな紙一枚じゃ全然足りない。

悩みに悩んで目の前の計画表に悪戦苦闘する私。すると、部屋の入口のドアが勢いよく開かれる。

「みこちーただいまー!アイス買って来たよー!」

部屋に入って来たのは妙にコンビニの袋を片手に持った本音だった。
何か突然「食堂の上品なデザートじゃ物足りないよー!」とか言い出して飛び出して行ったんだけど、コンビニに行ってたんだ…。あれ?学園の近くにコンビニなんってあったかな…?

「ん。本音、おかえり」
「いやー、夏のデザートと言ったら冷たいアイス!やっぱりこれだよねー♪食堂のデザートじゃこの安っぽい味は………って、あれー?何してるのー?」

本音は机にへばり付いて奮闘する私に興味津々で机を覗きこんで来ると、机の上にあるプリントに気付く。

「………夏休み計画表?」
「ん。真耶がこれ書いて提出しろって」
「ふ、ふ~ん。そうなんだ~(うわぁ~懐かしい…。小学生以来だよ夏休み計画表なんて見たのー…)」

…? なにか本音の顔が引き攣ってるけどどうしたんだろう?
本音の様子が気になるけど私は計画表の作成を再開する。夕方までにはこれを完成させて真耶に私に行かないといけないから。今のペースじゃどう考えても間に合わない…。

「んー……」
「(すっごく悩んでるなぁーみこちー。プリントも何度も消した跡が残ってるしー……よし!) ねえねえみこちー!」
「わぷっ…何?」

突然、がばっ!と椅子に座る私の背後から首に腕を回して抱き着いてくる本音。一体何事…?

「その計画表さ!皆と一緒に考えようよ~!」
「皆と一緒?」

私がそう返すと本音は笑顔で頷く。

「だってみこちーは皆と遊ぶ予定なんだよね?だったら皆と相談するのは当然なんじゃないかなー?」
「……………おー」

暫し考えてぽんっと手を叩く。
それは盲点だった。成程、考えれば考えるほど本音の言う通りだ。理に適ってる。

「それじゃあ!おりむー達の所にレッツゴー!だよー♪」
「おー」







第34話「皆でどこにいく?なにをする?」








――――Side 織斑一夏


「計画表かぁ…。これはまた懐かしい物を…」

のほほんさんから此処に至るまでの経緯を聞かされると、俺達に囲まれる様にしてテーブルの上に置かれている事の発端である『夏休み計画表』に視線を落とす。
まさかこの歳になってこんな物を見るとは想わなんだ。しかし山田先生は何を考えてるんだか。ミコト限定でこんな課題?を与えるなんてさ。明らかにミコトに対する扱いが小学生レベルだろうに…・。

「ほんっと懐かしいわねぇ~。あたし夏休みの最終日まで放ったらかしにしてたわコレ」

プリントを摘まみひらひらと揺らす鈴。
ああ確かになぁ。そもそも長い夏休みの計画なんて子供に立てられる訳が無いんだよな。宿題の配分?HAHAHA宿題なんて最終日にやるもんだろ?計画通りに行く訳ないない。

「まさに無計画をそのまま形にした方ですわね…。日々のぐうたらな生活態度といい、自分を見つめ直してみてはどうですの?」
「うっさい」

暑いからと部屋から出ずグータラ過ごしている鈴にセシリアは呆れるが、鈴はぷいっと顔を逸らし全然反省する様子も無い。昔から暑いの苦手だからなコイツ…。いやだからって不健康過ぎるだろう。

「あ、あのさ。話戻そ、ね?」
「うむ。今は鈴の生活態度がどうこうする話ではないしな」

脱線しかけている話題をシャルロットが戻そうとするとラウラもそれに続ける。確かに今そんな話をしても余りに不毛すぎる。

「それじゃあ手始めに明日の予定を決めちゃおっか」
「お?何かあるのか?」

幸先よいスタートだが、やけに乗り気なシャルロットに俺は気になって尋ねる。

「あはは…うん。けっこう重要な案件なんだよねこれ。早急に何とかしたいって言うか…」

何故か頬を染めてハッキリとしないシャルロットに首を捻る。何か言い辛い事なのか?

「あの、さ…。皆、勉強会の事覚えてるかな?」
「それは…まぁ」
「ねぇ…?」
「う、うむ…」

勉強会と訊いた途端にのほほんさん、ラウラ、ミコトを除いたメンバーの顔が紅く染まる。無論、俺もその内に入る。てか何で今その話が出てくるんだ…。勘弁して下さいマジで。居心地が悪いです…。

「あははー♪楽しかったよねー♪」

『(((((それはない!断じてない!)))))』

呑気なのほほんさんの言葉に全員は口にはしていないが、表情でそれを否定しているのは分かる。

「それでさ、ラウラがパジャマとか持って無かったじゃない…?」

…あーそう言えばそんな事言ってたな。あの時は確かのほほんさんが自分のパジャマを貸してあげたんだっけか。

「それがどうかしましたの?」
「それが問題なんだよ。えっとね……皆、ラウラが寝る時どんな姿か知ってる?」

皆がふるふると首を左右に振る。

「えっと、その……ね…?その……」

なかなか話さないシャルロット。けれど、シャルロットの顔は段々と赤みを増していき、それがリンゴの様に真っ赤に染まった時に遂に口を開いた。

「…………裸なの」
「………え?」

ぼそりと呟いたシャルロットの言葉が聞き取り辛くてもう一度訊ねる。なんだって?

「だから……裸なの!寝る時!」

ピシリッ…

「なん…だと…?」

裸…?まじで…?

予想もしなかった事実に俺も皆もこの場の空気も硬直する。寝間着が無いとは訊いていたが、まさか裸で寝ていただなんて斜め上を行き過ぎていた。てか年頃の女の子としてそれはどうなのよラウラさん…。

「―――ハッ!?……あぅ~…///」

思わず大声を出してしまったシャルロットは、俺達を除くそのフロアに居た女子生徒達の自身に集まる視線で己の失態に漸く気づくと顔を真っ赤にさせて俯く。無論、それを聞いた俺達も同様だ。

『…………』

「裸…?」「寝る時…?」と周りの女子がひそひそと話をしている中、俺達の間には何とも言えない妙な沈黙がこの場に流れる。
あ、この空気やばい。なんかすごい居心地が悪い。男の俺が此処にいちゃいけない気がする。まるであの勉強会の時のような…。

……よし!逃げよう!

その考えに至るまで時間は数秒もいらなかった。
俺はガタンっと勢い良く椅子から立ち上がると、この場から逃げ出そうと試みた。―――しかし、その瞬間。がしっと何者かによって腕を掴まれ逃走を阻止されてしまう。

「………っ」

たらりと嫌な汗が頬を伝う。
そして、俺の腕を掴む手の主を視線で辿っていくと――――そこにはやはり、にこにこと笑顔を浮かんベるのほほんさんがいた…。

「……アハ♪」
「―――――」

――――のほほんさんからは逃げられない!

笑顔だというのに何とも言えない異様な威圧感に俺は抗う事が出来ず黙って再び席に着く。
けれど、俺が席に座ったところで羞恥心で満ち溢れるこの場の空気で話し合いなんて出来る雰囲気でも無い……のだが、のほほんさんは『その場の空気?そんな事知った事じゃねえ!俺は俺の道を行くぜ!』てな感じのノリで、無理やりそれをぶち壊して話を進めるのであった。

「それじゃあ~、明日は買い物に出掛ける言う事で決定~♪いいよね~?いいよね~?」

答えなんて聞いていないと言った勢いののほほんさんだったが、数名程申し訳無さそうにのほほんさんの提案を断る。その中の一人に俺も含まれてたりする。いや、だって……肌ってことは下着とかも買うんだろ?勘弁して下さい…。

「……すまん。明日は神社の手伝いがあってな。祭りも近いし色々と準備をしなけれればならない」

ああ、そうか。今は親戚の人が管理しているからと言っても、元々は箒の実家で、それも夏休み中はお世話になってるから8月の末に篠ノ之神社で行われる祭りの準備を手伝わない訳にもいかないよな。

「あたしもパス。暑いのに出掛けたくない」
「…今からでも外に放り出してさしあげましょうか?」
「出掛けたくないでござる。絶対に出掛けたくないでござる!」
「………」

こめかみに青筋を浮かべたセシリアが首根っこを掴んで鈴を窓から放り投げようとするが、鈴も負けじとテーブルに噛り付いてわけのわからない事を言いながらそれに抵抗する。本当に何を言っているんだこのツインテールは……。

「だ、駄目だこの子。早く何とかしないと…」
「あきらめろ。試合終了だ」

鈴やシャルロットもそうだが、ラウラもどこからそんなネタを仕入れてくるんだ。……あ、のほほんさんですね分かります。よくよく考えればこの人しか居ないじゃないか。
しかし何だこのカオス空間は…。先程までの雰囲気が嘘の様……いや、今の雰囲気が良いかと訊かれたら絶対にNOと答えるが…。

「はぁ…駄目ですわ。梃子でも動かない気ですわね、このぐうたら中華娘…」
「誰がぐうたらか」
「鏡を見なさいな」

鋭いセシリアのツッコミ+手鏡アタック。けれど鈴も動じる様子も無く攻撃も見事に受け止める。いやそこは動じろよ…。

「しかしながら、わたくしも残念ながら明日は外せない用事がありますの。…申し訳ありませんが明日はご一緒の出来ませんわね」
「ありゃ~、そうなんだぁ~。ちなみに用事ってー?」
「家が経営している会社の取引相手と日本で会う事になっていますの。本来予定の無かった急な面会なのですが、とは言え流石に個人的な理由で取引先相手の面会をキャンセルするという訳にもいきませんから…」

そう言って本当に申し訳無さそうにして頭を下げるセシリア。
仕事なら仕方が無い。セシリアは責任を背負わなければならない立場なのだから責められる云われは無い。逆に友達であるなら応援してあげなければならない筈だ。

「おいおい、セシリアが謝る事じゃないだろ?仕事なんだからしょうがないじゃないか。むしろ俺達と同い年なのに会社を背負って立ってるんだからすごい事だろ」
「ん。これは、私の我儘。セシリアは気にしなくていい」
「そう言って頂けるだけで救われますわ…」

自由気ままな生き方を好むミコトにとって、他者の行動の制限をしてしまうのは何よりも嫌な事なのかもしれない。ミコトの表情からは何時にも無く真剣な物でセシリアに自分の事は気にするなと熱心にフォローを入れていた。
その真剣なフォローもあってか、セシリアも何も気負いする事も無くこの話は終わる。セシリアも相当心苦しかったんだろうな。心底安心した様子で笑顔を浮かべていた。

「ですが、明日以降は夏休み中は全て空いていますわ。とことんミコトさんにお付き合いして差し上げます♪」
「ん♪セシリアと遊ぶ♪」
「ふふ、楽しみですわね」

傍から見れば母と娘の様なその微笑ましい光景に皆和み綺麗に終わるかと思いきや、それを裏切るのが毎度ののほほんクオリティー。ちゃんとオチを用意していやがりました。

「―――で、おりむーは何で買い物に行けないのー?」

Oh……。

このまま何も言わなければ訊かれずに済んだ雰囲気だったのに何でわざわざ爆弾を投下するかねこの子は…。

「勘弁して下さい!女子の服の買い物に付き合うとかどんな拷問だ!?」
「「「あー……」」」

箒、鈴、セシリア、シャルロットの面々が俺の言葉の意味を察したのか、恥ずかしそうに頬を染めて俺から眼を逸らす。そりゃ自分の下着を買うのに男が一緒というのは恥ずかしいだろう常識的に考えて。…まあ案の定、天然組は不思議そうにして首を傾げているけどな。

「う?」
「何故拷問なのだ?服を選ぶだけだろう?」
「それが問題なんだ!」

女性用下着売り場で男なんて居てみろ。想像しただけで死にたくなる。
最悪、女性客に警備員呼ばれて連行なんてこともあり得る。世間での男性の立場は低い。女性が何か言えばこちらに非が無くても罰せられるなんて良くある話だ。そう言う事にならない為にもなるべくそういう女性が集まる場所に行くのは避けたい。特に電車なんてのは男性がもっとも恐れられている場所でもある。満員電車ダメ絶対。

「と言う訳だから。俺も明日はパスだ」

そもそも女子の買い物。特に服関連は長いからな。中学の頃、鈴と弾の3人で街に遊びに行って、鈴の買い物に散々付き合わされてクタクタになった経験があるからな。出来れば遠慮したい。

「ぶぅ~っ!レディーをエスコートするのが男の子の務めじゃないかな~?」
「下着売り場のエスコートなんて御免被る」
「ぶぅ~ぶぅ~!」

幾ら唸っても駄目です。俺にだって男の尊厳と誇りがあるのだ。

「本音さん。そのへんで許してあげたらどうですの?一夏さんだって好きで断っている訳でも無いんですし」
「ぶぅ~…」
「豚かアンタは」

あ、俺が言いたくても怖くて言えなかった台詞を…。

「うわーん!りんりん酷いよ~う!」
「りんりん言うなっ!」
「んにゃ~!?い~た~い~っ!」

うわ、容赦無いぐりぐり攻撃だ。てか自分は暑いからって理由で断っておいてそれは無いだろ鈴…。
中国に戻ってから更に暑いのが苦手になったのだろうか。良く分からんがそんなに環境が違う物なのだろうか?鈴の場合はただ単に暑いのが苦手なだけな気もするが。

「やめなさいな」

セシリアは呆れながらぺしんっと鈴の後頭部を叩いてぐりぐりを止めさせる。セシリアはもうあれだな。俺達の立派なストッパー的な存在だな。初対面の時の高圧的な態度は何処へやらだ。今じゃママってからかわれても吝かでもなさそうにしてるし。

「とにかく。強要する物ではありません。別に皆で行く事に拘らなくても夏休み中は機会は幾らだってあるんですから」
「は~い…」

助かった…。

ここまで正論を並べられては、流石ののほほんさんも引き下がる他無い。といっても、半分は遊び感覚で言ってたみたいでそこまで残念そうでもなかった。断られるのは予測範囲だったのか。恐ろしい娘である…。

「じゃあ、明日は僕とラウラと本音とミコトの4人で駅前で買い物って事で」
「ん。それじゃあ書くね?」

ミコトはそう言うと嬉々としてスケジュール表に『お買いもの』と文字が書いていき、最初の空欄が埋められていく。しかし漸く一日目か。これは全て埋めるまで先は長そうだ。

「ああ、それはそれとして―――シャルロットさん?ちょっと…」
「うん?何かな?」

セシリアはシャルロットに声を掛けると、シャルロットの手を引いて俺達から離れたところへと移動し、ちらちらと此方を窺いながら何やら内緒話を始めた。

「実はですね。ミコトさんも下着を持っていない様なんです」
「ええっ?それ本当なの?」

…ふむ。全然会話の内容が聞き取れない。ISの機能を使えばこの程度の距離なら簡単に音は拾えるのだが、流石にそれはマナー違反と言う物だろう。親しき仲にも礼儀ありだ。

「はい、わたくしもつい先日知りましたわ…。ですから、買い物をする際にはミコトさんの下着もお願い出来ますか?」
「う、うん。任せて。でも本音に頼めば良いんじゃない?」
「下着くらいちゃんとした物を選んで差し上げないと…」
「あ、あはは…」

お。どうやら終わったみたいだな。
セシリアとシャルロットの二人は会話を終えると、再び此方へと戻って来る。一体何を話していたのだろう?

「おう、おかえり。何を話してたんだ?」
「え、ええっと……ひ、秘密っ!?」

俺がシャルロットにそう訊ねてみると、シャルロットは顔を真っ赤にしてブンブンとすごい勢いで首を振ると返答を拒否。何でそんなに慌てるのかは分からんが、まあ言いたくないのなら別に言わなくても良いけど……俺に被害が無い事を祈ろう、うん。

「こほん……話を戻しますわよ?」
「そ、そうだね!そうしよう!ねっ!?」

とりあえず落ち着け。誰も反対なんかしたりしないんだからさ。まあ色々グダグダだが空欄が一つ埋まったんだ。次だ次。

「とは言ったものの…。こうして空欄を見ると夏休みって本当に長いよな」
「うむ。普通にやっていてはキリが無い。まずは大きなイベントなどを埋めていくはどうだ?」
「大きなイベントって。例えば?」
「むぅ、そう言われてもな……」

例を求められてどう答えたらいいか悩む箒。昔からそうだったが、もともと箒は誰かと遊びに行ったりなどは、誘われれば行くが自ら積極的にはしなかった。その為かこういうのを考えるのは苦手なんだろう。
しばらく一人で思考に耽っていると、何かを思い付いたのかハッと顔を上げて口を開く。

「―――ああそうだ。先程も言ったが8月末に篠ノ之神社で祭りがある。それなんかはどうだ?」
「おお!良いな!皆でいこうぜ!」

正に夏休みらしいイベントじゃないか。これは決まりだな。

「祭り、か…。いいんじゃない?あたしも久しぶりに行ってみたいし。何より夜だから暑くないしね」

あくまで暑さが重要なのな、鈴…。

「日本のお祭りかぁ。楽しみだなぁ」
「興味はありますわね。此方の祭りとは違うのでしょうし」
「私もだ。何より私は祭りと言うのは初めての経験だからな」

海外組も興味津々か。日本の祭りは海外でも人気らしいからな。
さて、肝心のミコトはというと…。

「…? お祭り?」

不思議そうにして訊きなれない言葉に首を傾げていた。

「知らないのか?」
「ん。知識にはある。でも、見た事ない」

また妙な言い回しだな。

「祭りって、どんなの?」
「どんなのって言われてもな。んー…屋台が沢山出てて、人も沢山来るイベントみたいなものかな?」
「? 街も沢山お店があって沢山人もいるよ?」
「いや、そう言うんじゃないんだよ。街みたいにいつも人が沢山いる訳じゃなくてさ。その日限定なんだよ。偶に一週間とか長い期間の祭りもあるけどさ。殆ど一日とかそんなもんかな」
「ん~…よくわかんない」

やはり理解できていない様子。こればっかりは実際に見てみないと分からないだろうな。しかし、お祭りも知らないとは…。
ずっと部屋に閉じこもってばかりの生活だったのだろうか?それとも病気でも患っていて、幼い頃から病院生活だったとかか?

「それはお祭り当日までのお楽しみということでー。屋台を制覇するぞー。えへへへ~♪」

乙女の恥じらいとか一切無視でよだれを垂らすのほほんさん。
…まあ、屋台全てが甘いモノじゃないからスイーツ巡りよりかは幾分はマシか。

「本音は花より団子派か。それも祭りの醍醐味ではあるがな。夜には花火が打ち上げられるから楽しみにしておくといい」
「花火…?」
「空に咲く花だ。綺麗だぞ?」
「…………わぁ♪」

どうやら『空に咲く』というのがお気に召したらしい。もっと詳しくと箒を袖を引いてせがむと目を輝かせて真剣に箒の話に耳を傾けていた。

「私は神社の仕事があるから途中からの合流となるが、花火の時間には間に合うだろう。神社の裏に開けていて眺めの良いスポットあるから皆で花火見物でもしよう」
「ん♪皆と一緒で見る♪」
「…ふふ。ああ、一緒に見よう」

そう微笑むと、箒はごく自然に手を伸ばして慣れない手つきでミコトの頭をそっと優しく撫でた。ミコトもそれに拒み事無くそれを受けいれて擽ったそうに目を細めて頭を撫でられている。何とも微笑ましい光景だ。

「あー……仲良くしているのを邪魔して悪いんだが。作業を再開して良いか?」
「っ!? あ、ああっ!」
「むふ~♪」

箒は周りから暖かい視線を向けられている事にひとしきり頭を撫でたあとで漸く気付き慌ててミコトの頭から手を離すと、ミコトは満足そうに声を漏らす。

「じゃあこの調子でちゃっちゃと決めていこう。皆は案とかないか?自分が行きたいとことかでもいいぞ」
「旅行はどうです?」
「んー…難しいな」
「セシリア達は良いかもしれないが、私と一夏は普通の学生だ。そんな金は無いぞ」
「でしたらわたくしが…」
「「駄目だ。そう言うのは却下」」

キッパリと俺と箒は拒絶する。

「わたくしは気にしませんのに…」

それでもだ。金の切れ目は縁の切れ目ってな。そもそもそう言うのは俺は好きじゃないんだよ。勿論、箒もな。

「遠出するにしてもあまり金のかからない所にしよう」
「海…とかいきたいけど。穴場でもないと海も浜辺も人で埋め尽くされてるでしょうね。それは勘弁だわ。泳げないのにわざわざ暑苦しいところなんて行きたくないし」

うむ。俺も人混みは勘弁だな。

「海はもう良いよー。別の所にしよー…」

のほほんさんも海は嫌な様だ。他の皆ものほほんさんの言にうんうんと同意している。ミコトが倒れたのが原因だろうな。皆、海に悪い印象が根付いてしまっているのかもしれない。
しかし困った。海と言えば絶好の夏休みスポットと呼ばれる場所。それを抜かすとなるとかなり選べる場所は限られてしまう。
ますます難易度が高まる問題に、皆が頭を悩ませていると。そこに意外な人物から案が出された―――。

「海は駄目……か。なら、山はどうだ?」

「「「「「「山?」」」」」」

―――そう。それ提案したのは、意外にもこういう事には疎そうなラウラだった。

「ああ。山は意外に涼しいぞ?コンクリートなどが無いからな。それに川もある」
「山かぁ。だったらキャンプとか良いかもしれないわね。食材ならそこまでお金かからないでしょ?」
「あっ!良いね!面白そう♪皆で食糧持って来てさ♪」
「おー!ラウっち冴えてるー♪」
「フッ、それ程でもない」

…とか言いながら少し照れてるけどな。でも、良い案だと俺も思うよ。

「キャンプ……?」
「皆でバーベキューしたり、外でテント張ってそこで寝たりするんだよ」
「………楽しそう」
「ああ!楽しいぜきっと!」

何だかわくわくするよな!そういうの!冒険心を擽られるっていうかさ!

「となると、一緒に来てくれる大人の同伴者が必要になって来ますわね。わたくし達は未成年ですし、料理の際に火も使いますから」
「あーそうだよな。どうしよう?」

千冬姉に頼もうかと思ったが、銀の福音事件の事後処理とかそれ以外にも仕事が山済みで忙しいから面倒は起こしてくれるなよって夏休みに入る前に言われたっけなぁ。たぶん、同伴を頼んでも断られるだろう。

「先生に同伴して貰うのが一番ベストよね」
「でも、生徒の遊びに付き合ってくれるそんな気の良い先生なんて……」

―――と、そこに現れたのは…。

「あれ?皆さんこんな所で集まってどうしたんですか?」

毎度おなじみ我等が副担任まやまや改め、山田先生であった。

「「「「「「あ…」」」」」」

「はい?」

「「「「「「居たー!」」」」」」

「ほええ!?な、何ですか一体っ!?」









「成程、キャンプですかぁ…」
「はい。忙しいのは分かっているんですが…」
「うーん…」

キャンプとその同伴者について山田先生に説明すると、山田先生は少し困った表情を浮かべてどうしたものかと考え込む。やはり忙しいのだろうか?学生の俺達とは違って先生達は学園に仕事をしに来ているんだ。遊びに付き合っている暇なんて無いよな…。
長い沈黙に、やはり駄目かと諦めかけてたその時だ。山田先生がニコリと笑って口を開いた。

「……はい。わかりました。良いですよ♪」
「え!?良いんですかっ!?」
「はい♪私なんかで良ければ喜んで同行させて貰います♪」
「でも、先生にだって仕事があるんじゃ…?」
「急いでやらなければならない仕事はもう済ませてありますから皆さんが気にする必要はありません!私は先生ですから!」

先生は関係無いんじゃ…っというのは敢えて言わないでおく。

「ところで、キャンプ地はもう決まっているんですか?」
「あ、いえ。まだです。同伴の先生が決まってから一緒に決めようかなって思ってましたから…」

気持ちが先に行き過ぎて計画がパーとか嫌だしな。

「そうですか。なら、私が決めてしまっても良いですか?丁度良い場所も知ってますし」
「えー。本当ですかー?」
「はい♪学園の所有地で普段は野戦演習として使用している山があるんです。そこなんてどうでしょう?ちゃんと管理は行き届いてので熊やイノシシなどの野生動物と出くわす心配はありません♪テントやその他必要な道具も貸してくれますよ♪」

そんな場所があるのか。いや、別に不思議じゃないよな。臨海学校で使用した演習場も学園の所有地らしいし。
それにしてもすごい。至れり尽くせりじゃないか。もう此処で決まりだろ。

「うふふ♪どうやら決定みたいですね♪学園には私が言っておきますから、日時が決まったら……そうですね。オリヴィアさん?計画表に書いておいてくださいね?」
「ん。あとで渡しに行く」
「はい♪では、皆さん。夏休みの計画表の製作頑張ってくださいね」

そう笑顔を残して山田先生は立ち去っていった。

「………やったー!キャンプに行けるよー!みこちー!」
「ん♪」

ぴょんぴょんと手を繋いだ状態で跳ねて喜ぶのほほんさんとミコト。

「良かったね、一夏。先生が付いて来てくれて♪」
「ああ。一時はどうなるかと思ったけど、うまく事が運んで良かったよ」

最悪、諦めるしかないと思ってたしな。
ミコトをガッカリさせないで済んで本当に良かった…。

「それじゃあ、じゃんじゃん書いていこうぜ!」
「お~♪」
「ミコトさん?貴女は行ってみたいところはありますか?」
「ん~…」






そうやって、俺達はわいわいと騒ぎながら計画表の空欄を埋めていく。
空が茜色に染まる頃には、ミコトの希望がギッシリと記入欄に埋め尽くされた夏休みの計画表がそこにあったのだった―――。









――――Side 山田真耶


「……ふふふ♪」

私はミコトさんが持って来た計画表をみて笑顔を浮かべる。
記入欄にギッシリと書きこまれた計画表。どの日付にも誰々と遊ぶ。誰と出掛ける。何をする。そうしっかりと丁寧に書きこまれており。見てる方もその楽しみにしている気持ちが伝わってくる様な、そんな想いがこの計画表には詰まっていた。

「楽しい夏休みになるといいですね?ミコトさん♪」

私は願う。この夏休みがあの子にとって最高の思い出になる事を…――――。












あとがき

懐かしいですよね夏休みの計画表。私は最終日に全部でっち上げてましたけど。天気とか…。
というわけで夏休みのイベントは原作での『強盗事件』『夏祭り』そしてオリジナル『キャンプ』と言う事に決定しました。キャンプがミコトの専用イベントって事になるんでしょうかね?




[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第三十五話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/05/04 02:05




第35話「サマー・ショッピング」




――――Side ミコト・オリヴィア


「もう信じられない!まさかラウラだけじゃなくてミコトも私服持って無いなんて!」

夏空の下。人混みで賑わう街道を私、本音、シャルロット、ラウラの四人で歩いていると、シャルロットがぷんぷんと怒った顔をして、白い制服を着ている私とラウラにそんな事を言ってくる。
けれどそれは間違い。私服は一応真耶に貰った服を持ってるけど、それは冬仕様で今は暑くて着られた物じゃない。それに、制服でも生活には何にも支障は無いので問題無い。

「ん。正確には夏服が無い。真耶が用意してくれたのは、全部冬服」
「流石に暑いよねー。まだ制服の方がマシかなー?通気性はバッチリだしー」

ん。流石メイドインのほほん。未来に生きてる。夏は涼しく冬は暖かい。この一着で一年中過ごせる。

「うむ。別に制服でも問題無いだろう?」

着れればよかろうなのだー。

「女の子として問題なの!二人とも可愛いのに勿体ないよ!」
「? 良く分からんが……そうなのか?」
「んー…?」

そんなこと訊かれても私にもわからない…。
あ、でも前にセシリアから同じ事と言われた様な気がする。あの時はまだ肌寒くていま持ってる服だけで十分だからいらないって断ったんだっけ。

「そうなんです!まったくもう…」
「何故お前がそんなに必死になるのか私には分からん」

同意。服なんて皆同じだと思うんだけどな。セシリアもシャルロットも何でそんなに必死になってるんだろう?
あ、でも本音がくれたこの制服やパジャマは特別。ずっとずっと大切な私の大事な大事な宝物。

「ほぇー?……にゃはー♪」
「ん♪」

そんな事を考えながら今も身に着ている制服をプレゼントしてくれた本音をじーっと見つめていると、本音も私の視線に気付いて微笑んでくれた。それが何だかとても嬉しかった。

「と・に・か・く!今日は二人とも服を買って帰って貰います!いい!?」
「J、Ja…」
「nai…」

千冬にも勝るとも劣らぬ物凄い気迫で迫ってくるシャルロットに、私とラウラは怯えて互いに抱き合いながらコクコクと頷く事しか出来なかった。いまのシャルロット何か怖い…。

「可愛い物が関わるとデュノっちは人が変わるからねー。ところで何処から回るー?」
「あ、えっとねー…」

バックをごそごそと漁ると、なにやら雑誌を取り出してふむふむと真剣な表情で何かを企てていた。それからしばらく一人思考した後、考えが纏まったのかうんと頷いて雑誌のページを私達に見せてくる。

「ここから回ろうと思うんだけど、どうかな?」
「あー、このお店かー。うん、良いと思うよー?」

本音は異論は無いみたいだけど、私とラウラは首を捻るだけだった。ページに乗っている写真で服のお店だって事は分かるけど、次のページに載っているお店の違いが理解出来ない。どう違うのかな…?

「私はよく分からんから任せる」
「ん。ラウラと、同じ」

ラウラの言葉に私も頷く。分からないのなら分かる人に任せよう。セシリアも頼って良いって言ってたし此処は二人に頼って良いよね?

「じゃあ、こういう順番でどうかな?これなら無駄も無くて良いんじゃない?」
「ふむふむ。このルートだと途中でフードコートを通るねー。そこでお昼ご飯にするのかなー?」
「そういうこと。最初は服から見ていって、途中でランチ。その後、生活雑貨とか小物とか見に行こう」

………。

二人とも何だか楽しそうに話してるけど、私とラウラはぽつんと置いてけぼり。

「……あ、ミコト。ガム食べるか?」
「食べる」

ラウラからガムを貰うと、夏の日差しを浴びながら二人で黙々とガムを噛んで何やら盛り上がっているシャルロットと本音の話が終わるのを待つ。もぐもぐ……あ、これミント味だ。

「よし。それじゃあいこっか!」
「おー♪」

あ、話終わったみたい。

「話は纏まったのか?」
「うん。とりあえずデパートの中に入ろうよ―――って、何食べてるの?」
「もぐもぐ……食うか?」
「え、いらないよ…」

ミント……美味。







そんなこんなでデパートにやって来た。
中に入ると、夏休みという理由もあってか、以前来た時よりも人口密度が増しており、館内は人で溢れかえっていた。これは移動するのが大変…。

「まずは服から見て回ろうと思うんだけど、ラウラはズボンとスカートどっちがいい?あ、ミコトはスカートで良いんだよね?」
「「ん、どっちでも―――」」
「どっちでも良いはナシ。まったく、二人そろって……」
「「?」」
「はぁ……もういい」
「あははー…どんまい、デュノっちー」

疲れた様な溜息を漏らしポンポンと本音に肩を叩かれて励まされるシャルロットに対して、私とラウラは頭上にはてなマークを浮かべる。え、でもスカートとズボンの違いって、ヒラヒラしてるかしてないかだけだよね?どっちでもいい気がするけど……違うの?

おかしなこと言ったかな…?

「とりあえず、両方見て回ろう。実際に着て見ないとわからないかもしれないし…」
「りょうか~い。ほらほらみこちー。おててつなご~♪」
「ん」

前みたいに、はぐれたら大変。私は本音の手を握り人混みの中を歩きだした。
まずはエレベーターに乗って7階へ。上から下へと回っていくらしい。そして、最初に入るのが此処の店。

「…『サード・サーフィス』?」
「変わった名前だな」
「そうかなー?けっこう人気のあるお店なんだよー?」
「みたいだね。ほら、女の子もいっぱいいる」

言われてみると、店内には確かに女の子がいっぱいいた。というより…。

「…いっぱい、居過ぎではないか?」
「セール中だからねー。まあ、しょうがないよー」

ん。よく分からないけど、何か店内に居る人皆必死なのは分かる。店員さんも忙しそう。でも――――。

「………」

お店に入って来た私達を見た途端、さっきまで忙しそうに動き回っていた店員さん達の動きはまるで石になったみたいにピタリと止まった。―――ううん、違う。止まったのは店内に居る人達全員。それも、その全員が例外無く私達を……正確には私とシャルロットとラウラを見て硬直していたのだ。

「(予想はしてたけどさー…。完全に背景になってるよねーわたしー…。うん、わかってた。わかってたよー…)」
「………何?」

自身に集まる視線にそう訊ねてみた。すると、まるで魔法が解けたかのように店員さん達が身体をピクリと反応を示した。

「――――……ぁ……え?金髪に銀髪……?それに……」
「白髪……だよね?うわぁ…髪も肌も真っ白で雪みたい…綺麗……」
「お人形さんみたい……」
「……あれ?でもあの白い子何処かで見た様な…」

店員さんは顔をぽーっとさせてそんなことをつぶやく。すると、一人の店員さん……たぶん一番偉い人なのかな?店員さんの中で年長者らしい人が、接客中のお客さんを他の店員さんに任せて、ふらふらとこっちに歩み寄ってくる。熱でもあるのかな?足取りも危ないし、ぼんやりしてるし、顔も赤い、とても体調が優れている様には見えない。忙しいのは分かるけど今直ぐ帰るか休憩をとる事をお勧めする。

「ど、どっ、どんな服をお探しで?」

緊張してるのが丸分かりの上ずった声をあげる。ん。とりあえず落ち着く。本音が必死に口押えて笑うの堪えてるから。

「えっと、とりあえずこの二人に似合う服を探してるんですが、良いのありますか?」
「こ、此方のお二方ですね!今直ぐ見立てましょう!はい!」

言うなり、店員さんはどたばたと慌ただしく店内を走って展示品のマネキンから服を引っぺがし始めて、あっという間にマネキンは丸裸になってしまう。いくら夏でも冷房の利いた室内であれは寒そうだな…。

「普通、展示品から服なんて脱がさないんだけどねー」
「あ、あはは…」

……?そう言う物なの?

そんな二人の会話に首を傾げていると、マネキンから引っぺがした服を手に持った店員さんが此方へとやって来る。

「とりあえず、銀髪のお客様の方から見立ててみたのですが、どうでしょう?お客様の綺麗な銀髪に合わせて、白いサマーシャツは」
「へぇ~、薄手でインナーが透けて見えるんだー」
「…うん。良いと思うな。ラウラはどう?」
「わから―――」
「わからないはナシだからね?」
「むう…」

ラウラが感想に困ってる。
私もわからないって思っちゃった…。自分の番が来た時どうしよう…?明日は我が身的なこの状況に私も頭を悩ませるのだった。

「色は白か…。悪くないが、今も同じ色の服を着ているぞ?なら今のままでも良いだろう」
「あ、はい」
「そう来たか…。うん、何と無く予想はしてたんだけどね…」

ラウラの尤もな反応に、店員さんは間の抜けた返事をしてシャルロットも頭を抱える。え?でも事実だよね?おかしなこと言った?

「さすがラウっち。期待を裏切らないねー」
「? よく分からんが期待に添えられたようで良かったぞ」
「いや、褒めてないからね?」
「むう…」

少し不貞腐れた様な表情を浮かべるラウラ。

「え、ええっと……と、とりあえず、ご試着してみてはいかがでしょう?」
「あ、そうですね。ほら、ラウラ」
「面倒く―――」
「面倒くさいはナシ。ほら試着室に行った行った」
「おいこら押すな。分かった、分かったから―――」

シャルロットにぐいぐいと試着室へラウラは押し込まれていく。その後ろ姿を試着室のカーテンで見えなくなるまで見届けると、服選びの矛先が今度は私へと向けられる。

「みこちー♪ラウっちが着替えてる間にこっちも服選んでよっかー♪」
「ん」

笑顔向けてくる本音に私は頷く。
けれど、服を選べと言われてもラウラと同じで、目の前に並んでいる服が私にはどれも同じように見えてしまい、何をどういう基準で選べばいいのかよく分からなかった。

「………」
「やっぱり、よく分からない?」
「ん…」

肯定。いつも真耶や本音に任せてるから自分で服を選ぶなんて無理。

「よろしいー♪なら、私がコーディネイトしてあげよー♪」
「ん。お願い」
「お願いされたー♪ん~、みこちーは可愛いから何でも似合うと思うんだけどねー。やっぱり変に着飾るよりシンプルなのが一番いいと思うんだー。だ・か・ら――――」

そう言いながら沢山並んだ服の中からある一着を手に取り、じゃじゃーん♪と自分で効果音まで付けて私に見せる。

「―――こんなのはどうかなー♪」

本音が沢山並ぶ服の中から選び出したのは、白一色のシンプルなデザインの―――確か、ワンピースという種類の洋服だった。

「レースの部分がすっごく可愛いでしょー♪それに無駄に飾り気も無いし、みこちーにすっごく似合うと思うんだー」
「どうしてそう思うの?」

なんとなく、気になったので訊いてみた。

「う~んとね、みこちーはアクセサリーとかそんなの必要無い。そのままでいいと思うのー。純白の髪に透き通る白い肌。そしてその在り方に別の色とか混ぜたくないから」
「………そう」

よくわからないけど、本音が真剣に考えて選んでくれたのは分かった。いつも通りの笑顔でもその瞳にはいつもの暖かさとは少し違った暖かなモノを感じたから。

「これにする」
「…あははー♪そっか、なら靴も選ばないとねー。ワンピースならパンプスかなー?ううん、ダメダメー!みこちーにはそんな大人なのはダメー!背伸びなみこちーも可愛いからそれはそれでいいかもだけどー。やっぱりサンダルかなー?うん!そうしよー♪」

次から次へぺらぺらと吐き出されていく言葉に半分も理解出来ないと悟ると、私は考えるのを止めて唯ぼんやりと楽しそうにはしゃいで服を選んでいる本音を眺めてることにした。時折、本音の振って来るあんまり理解出来て無い話に相槌を打ちながらも服の物色が終えるのを待つ。
ふと、ラウラ達の事が気になってそっちの方を見てみる。はしゃいでいるシャルロットに色んな服に着せかえられて困った顔を浮かべているラウラ。けれど、そんなラウラも何処か楽しそうにも見えた。いつの間にか可愛らしい服装になってるけど……何があったの?

「お待たせ~♪」
「あ……」

本音の声を聞いて、本音の居る方へと向き直る。
本音は一通り服を選び終えると、両手に白一色に統一された数着の服を抱きかかえてホクホク顔で此方へと戻って来た。

「こんなもんでいいかなー♪それじゃ、試着してみようかー」
「……必要あるの?」

ラウラの時も思ったけど…。

「うん!サイズが合ってる確認しないとねー」
「なるほど」

把握。買ってからサイズが合わなかったらお金が勿体ないもんね。
本音の言う事に納得すると、本音の厳選した服を試着するため私は本音に手を引かれて試着室に連れて行かれてラウラ同様にその中へ放り込まれてしまう。

「どう着るかは分かるよねー?」
「問題無い」

カーテン越しに聞こえてくる本音の声に問題無いと答える。
形は違っていても服の着かたなんてどれもそうは変わらない……はず。パッと見てシンプルな作りだし問題無いとは思う。家に居た時も似た様な服を着た事あるし。あの服は綺麗な模様の代わりに番号が書かれてたけど。
そんな故郷の事を思い出しながら、私は服を脱いでいく。

『わぁ……』
『うわ、すごく綺麗……』

スカートに手を掛けた時、何やら試着室の外が騒がしく。女性客のざわめく声が聞こえてきた。

……?

何事だろう?気になってふと手を止める。けれど、その原因は直ぐに判明した。

『お、おい!幾らなんでもコレは無いだろう!?私にこんなフリフリした奴が似合う訳―――』
『そんなこと全然ないってば♪きっと似合うよ♪』
『そもそも何で最初はズボンだったのに途中からスカートに変わって……うわ、や、やめ――――』

きゃーきゃーわーわー!

…どうやら騒ぎの原因はラウラとシャルロットにあるらしい。3部屋程飛ばした別の試着室からラウラとシャルロットの騒がしい声が聞こえてくる。ん。二人とも楽しそうで何より。私は着替えの作業を再開する。
そんなこんなで向こうから聞こえてくる騒がしい物音を聞きながら着替えて数分後、本音に渡された服に着替え終えた私は試着室を出る。しゃっと音をたててカーテンを開けると、店内の居る全員の視線が一斉に私へと集まり全員が息を呑んだ。

………? 何?

再びしんと静まり返る店内に訳が分からずまたも首を傾げる。

「わぁ………」
「綺麗……」
「全身が白のせいかな?輝いて見える……まるで天使みたい…」

皆、私を見てそんな事をつぶやく。
視線を集めている原因と思われるのはたぶんこのワンピース。肩が露出していて、他の色が一切含まれない純白のレースワンピースは、そのレースならではの透明感が綺麗…らしい。本音が服を選んでる最中にそんな事言ってた。
そして、当の本音はと言うと……。

「…………」

皆と同じで私を見て言葉を無くしていた。何処か可笑しかったのかな?

「…本音?」
「―――ハッ!?ごめんごめん!えーっと……あっ!そうそう!あと靴だねー!」

いそいそと履きやすい様に足元に並べられたのは、やっぱり白い色のサンダルだった。これで上から下まで白一色である。

「どう?」

サンダルを履いて完成。確認のため本音に訊ねてみる。

「………うん。素敵だよ。とっても」
「…ん♪」

柔らかくて暖かい笑顔を浮かべる本音にそう言われ、私も嬉しくなって笑顔になる。
ん…。涼しい服装だけど、胸の辺りがポカポカしてる。この感じ、嫌いじゃない。

「はぁ…これでは着せ替え人形ではないか。ミコト、待たせ――――」
「ただいま~。ゴメンネ待たせちゃっ………て……」

試着室から戻って来た二人がピシリと硬直する。また…?
流石に此処まで続いたらコレは異常。もしかしたら、この店には何らかのウイルスが散布されているのではないのだろうか。

「ミコト……なのか?」
「ん」

ラウラが信じられないと言った様子で私に訊ねてくるので、とりあえず肯定と頷く。当たり前の問い過ぎてそれ以外に答えようがない。
そんな問答をしているうちにフリーズしていたシャルロットが再起動する。そして、その途端―――。

「その…すごく綺麗d「―――わぁ~!可愛い!すっごく可愛いよ!ミコト!」うわっ!?」
「わぷっ……」

ラウラの言葉を遮り私へと駈け寄って来て歓喜の声を上げながら私にがばっと抱き着いてくると、そのままぎゅうっと抱きしめて私の頭を自身の胸に埋める。

「何これ何これ!?本音に選んでもらったの!?可愛すぎるよ~!」
「もごもご…」

ちょ…苦しい…。
ジタバタとシャルロットの胸の中でもがくけれど、伊達に代表候補生を名乗っている訳じゃない。非力な私がシャルロットの拘束から逃れられる筈も無く、唯されるがままにもみくちゃになるだけ…。

「むー!デュノっちずるいー!私にもやらせろー!」
「わ、私もだ!」
「あが~……」

本音とラウラが割り込んで来るけど、それは救助のためではなくまさかの参加のため。もみくちゃは終わる事なく継続。Oh…味方なんて最初からいなかった…。

―――しかし、此処で更に予想外の展開に発展する。

なんと、先程までこちらを観察していた店内の人達が今がチャンスと言わんばかりにこぞって押し寄せて来たのだ。

「あ、あの!私も良いかな!?」
「わ、私も!」
「だっこさせて!お願い!」
「私も私も!」

……だれ?

浮かび上がる疑問。けれど、その疑問を問う前にわあっと一気に囲まれてそれどころでは無くなり。果てには店内だけでなく、店外にまでこの騒動が伝染し、辺りは騒然となった。







「散々だった…」

散々もみくちゃにされてぐったりとテーブルに突っ伏する。
あの騒動の後、丁度12時を過ぎたところでお昼にしようと言う話になり私達はオープンテラスのカフェでお昼ご飯をとっていた。

「だ、大丈夫?ミコト?」
「まるで中国の動物園にいる赤ちゃんパンダだったねー。あっちは有料だけどー」
「ああ、皆買い物に来ていた筈なのにミコトの抱っこが目的に変わっていた」
「……3人も参加してた」
「「「………」」」

ぷくーと頬を膨らませて非難の目を向けるも、3人はたらりと汗を流して私から視線を逸らすと、それぞれ注文した料理を口に運ぶ。

みんなずるい…。

そんな不満を抱きながら私も注文したサンドイッチをパクリと頬張る。

「そ、そんなに怒らないで、ね?」
「ぶぅ~…」

手を合わせて謝って来るシャルロットに対し、不満の表れとして更に頬を膨らませる。

「ごめんね~!だから許してよみこち~!?」
「あの時は気が動転していたというか、まともに思考が働いてなかったというか…だな……」

そう謝罪を述べて3人は頭を下げる。

むぅ…。

「…もうしない?」
「しない!しないよー!」
「誓う!ラウラ・ボーデヴィッヒの名に賭けて誓うとも!」
「だから、ね!?許してミコト!」

がばっとすごい勢いで頭を上げて今度はブンブンと激しく首を上下運動させる3人。必死に謝ってるのは分かるけど……何か見てて面白い。確かこんなおもちゃお店で見た事がある。

「…ん。なら許してあげる」

「「「よ、良かったぁ~……」」」

その言葉を聞いて、皆は「はぁ~」と安堵の溜息を吐いて緊張が途切れたのか、だらりと椅子に身体を預ける。
ん。本当に怒ってるわけじゃないからごめんなさいをしたらもう皆許してあげる。それに、本音達に抱きしめられるのは嫌いじゃないし寧ろ嬉しい。でもさっきのは少し苦しかったかな?今度はクリスやセシリアみたいに優しく抱きしめて欲しい。

「心臓に悪い…」
「同じくー…」
「もうミコトを怒らせない様にしよ…」
「?」

え?怒ってないよ?

「心身ともに疲れた…。午後からはどうするんだ?」

普段から背筋をピシリ伸ばし、きびきびとした生活態度を心掛けているしているラウラにしては珍しいテーブルに突っ伏したままのだらけた状態で、シャルロットに午後からの方針を確認する。

「生活雑貨を見て回ろう。あーでも、最初の店で想像以上に時間取られちゃったなぁ。これは計画練り直さないといけないかも」
「予定じゃ午前中にお洋服屋さんは全部回る予定だったもんねー」
「そうだね。何処からら削ってく?」
「そうだねー…」

雑誌を取り出してテーブルの上に置くと、シャルロットと本音の二人は互いにくっついてそれを覗きこむと、此処行きたい此処は外せないなどと相談を始める。そして、やっぱりその会話の殆どの内容が私にはよく分からなかった。

…また難しい話が始まっちゃった。

しかも何だか長引きそうな予感。退屈……………う?
暇を持て余していると、ふと、気になる物が視界に映った。

「はぁ……どうしよう…」

目に止まったのは見るからに困ってますオーラを漂わせているスーツを着た女の人。
何かすっごく困っている様子。折角注文したペペロンチーノが一切手を付けられずに冷めきってしまっていた。勿体ない。

…………おー。

「その原因の何割はお前達に「ふ~ん、そんな事言うんだぁ?」……い、いや、なんでもない」
「分かればよろしい――――ところで、なんで買った服着替えちゃったの?」
「ひ、人前で着れるかあんな物っ!絶対着ないからなっ!?」
「えー?なんでー?かわいいのにー…」

3人が雑談に没頭するを他所に、私はぴょんと椅子から跳び下りると、てけてけと隣のテーブルに座っているその女の人のところへと歩いて行く。

「それをいうのなら私だけでなくミコトだって着替えて―――む?」
「あ、あれー?みこちー?どこいったのー?」







「何でよりにもよって今日……ああ、もう…っ!」
「…どうかしたの?」

テーブルに肘をついてがしがしと頭を掻き乱している女の人にそう訊ねる。

「え?――――!?」

急に声をかけられて驚いて此方を見る女の人だったが、私を見るなり、ガタンッ!と椅子を倒す勢いで立ち上がると、そのまま私の手を握った。

「ねえ、あなた!」
「う?」

突然何事…?

「バイトしない!?」
「………?」

バイト…ってなに?byte?単位?

「ミコト!いきなり居なくならないでよ!心配するじゃない!」
「もーっ!心臓止まるかと思ったよー!」
「唯でさえこの人混みだ。単独行動は控えてくれ頼むから…」

私を見つけてシャルロット達が慌てた様子で此方へと駈け寄って来る。そんなに慌てなくても移動距離は2~3mくらいで隣の席だから直ぐ近くなのに。

「あなた達も採用!」
「「「え?」」」







――――Side シャルロット・デュノア



「というわけでね、いきなり二人辞めちゃったのよ。辞めたって言うか、駆け落ちしたんだけどね。はは……」

女の人の強い押しに断りきれずに、私達は4人は女の人のお店らしき喫茶店に連れて来られて事情を説明される。此処に来てから訊かされたけど、この女の人はこの喫茶店の店長さんなんだそうだ。

それにしてもへんな喫茶店…。

フロアで働いている店員さんを見ると、女の人は使用人の格好をしていて男の人は執事の格好をして接客していた。確か、こういうのってメイド喫茶って言うんだよね?執事もいるからメイド&執事喫茶?

「は、はぁ」
「それはたいへんだねー」
「まったく、いつの間にかいなくなったと思えば、また妙な厄介事を引き連れて…」
「?」

呆れるラウラにミコトは何のこと?とでも言いたげに首を傾げている。
あはは…分かってないみたいだね。予想はしてたけど…。

「普通なら代わりの子を用意すればいいんだけど、今日に限って空いてる子がいなくて二人分シフトに入ってる子で穴埋めするにしても夏休み中だから忙しくて……それに、今日は重要な日なのよ!本社から視察の人間も来るし、だからお願い!あなたたちに今日だけアルバイトをしてほしいの!」
「他の支店からヘルプを呼べば済む事だろう?素人の私達に頼らなくともそちらの方が効率的だ」
「何処のお店も忙しいし、それに、監督が行き届いて無いのがばれて首が飛んじゃうわよー!」

うわーんと泣き崩れる店長さん。
駆け落ちだもんね、上司にそんな事報告できる訳ないか。笑い話にもならないよ。

「あなたたち可愛いから多少の失敗は笑顔振り撒いてれば許すされるわよ!きっと!」

それはそれで店を任せられてる店長としてどうなんだろう…。

「だからおねがい!協力して!給料ははずむから!」

そう言ってパンッ!と両手を合わせてお願いして来る
とはいっても、私自身はそんなにお金に困ってる訳でもないし。他の皆だってそうだろうし…。

「シャルロット…」

ミコトがくいっくいっと私の服を引っぱって、何かを訴えかける様な眼差しで私を見上げてくる。

「ミコトはどうしたいの?」
「ん。困ってる人がいるのなら助けてあげたい」
「………そっか」

ま、分かりきってた事なんだけどさ。

この子は自分の事については鈍感だけれど、他者の事……特にネガティブな感情には敏感に反応する。誰かが苦しんでいれば自然とそれを見つけるだろうし、それを助けたいと思うのもまたこの子にとっては自然なことなんだろう。
善人悪人に関係無く、誰もが持っている自分を優先にするという生き物なら当然な思考をこの子は欠落しているから。

「うん、わかった。ミコトがそうしたいって言うんなら僕は協力するよ」
「本当?」
「もちろん」

断ってもミコトは引き受けちゃいそうだしね。ミコトに接客業をさせるのは心配でならないから僕は傍に居て見ててあげないと。それに―――。

「無論、私も協力しよう」
「と・う・ぜ・ん!わたしも手伝うよー!ここのメイド服かわいいしー♪」

―――僕以外の子も協力する気まんまんだしね?

「ん。ありがとう」
「それじゃあ、さっそく着替えて貰いましょうか!さあさあ!時間が無いから急いで急いで!」









そして、業務員用の更衣室でお店の制服に着替え終えた僕達4人だったが…―――。

「…なんで僕だけ執事服なの?」

更衣室から出て来て僕が着ていたのは、皆の着ている可愛らしいメイド服では無く、男性従業員用の執事服だった…。

「だって、ほら!似合うもの!そこらの男よりずっと綺麗でかっこいいもの!」

僕達と一緒にメイド服に着替えて出てきた店長さんがそんなこと言ってくる。

「そ、そうですか…」

褒められているのに全然喜べない。父に無理やり男としての生活を強いられていたためか、可愛いモノとか女の子らしいものには憧れて、その反面で男物とかそういう関連するものはめっぽう苦手になっていたのだ。
ちらりとミコト達を見る。本当に可愛らしい服だ。それにミコト達が着て更にその可愛さは増している。

それに引き換え僕は…。

自分の着ている執事服を見下ろす。男性が着る服だ。可愛さなんて微塵もある筈がない。僕は悲しくなって溜息を吐く。

僕もメイド服が良かったなぁ…。ミコトもラウラも本音もすごく可愛いし……いいなぁ…。

そう落ち込んでいると、店長さんが僕が自信を持てて無いと勘違いして、がしっと手を掴んで来る。

「大丈夫、すっごく似合ってるから!」
「そ、そうですか……あ、あははは…」

それが問題なんだけどなぁ…。

「シャルロット。似合ってる、よ?」
「あはは…ありがと、ミコト」

メイド服姿のミコトにそう褒められるけど、今は逆効果でしかない。目の前でこんな可愛い姿を見せつけられたんじゃ羨ましくてしょうがないよ。うぅ…。
それにしても可愛い。本当に可愛い。まるでお人形さんみたい。ああ、抱きしめた――――ハッ!?ダメダメ!さっき怒られたばかりじゃないか!

「(分かりやすい奴だ)」
「(気持ちは同じだけどねー)」

あ、何だか見透かされた様な目で二人に見られてる。何さ、ラウラ達だって人の事言えないでしょゼッタイ。

「店長~、早く店手伝って~」

フロアリーダーがヘルプを求めて声をかける。それを聞くと店長さんはすぐに身だしなみを確認してバックヤードの出口へと向かった。
とそこで、僕は重要なことを聞きそびれていた事に気付き、慌てて店長さんを呼び止める。

「あ、あのっ、もう一つだけ」
「ん?」
「このお店、なんていう名前なんですか?」

そう、僕はまだこのお店の名前を知らない。
私は質問すると、店長さんは笑みを浮かべて、スカートつまみ上げ、大人びた容姿に似合わない可愛らしいお辞儀をした。

「お客様、@クルーズへようこそ」









「デュノア君、4番テーブルに紅茶とコーヒーお願い」
「わかりました」

カウンターから飲み物を受け取って、@マークが刻まれたトレーに乗せる。そんな単純な作業をしただけで、何故か周囲からは視線が集まり、同僚にあたるスタッフ達はほうっと溜息を漏らした。

あ、あははは……はぁ…。

張りついた笑顔の裏で僕は苦笑する。
自身に向けられるこの視線、特にその視線の殆どを占める女の人の視線の原因はなんとなくわかる。けれど素直に喜べない複雑な乙女心…。

「お待たせいたしました。紅茶のお客様は?」
「は、はい」

僕よりも年上の女性が緊張した面持ちでそう答える。
そんなに緊張しなくても良いのにと内心苦笑すると、営業スマイルで紅茶とコーヒーをそれぞれの女性に差し出す前に、お店の『とあるサービス』の要不要を訊ねた。

「お砂糖とミルクはお入れになりますか?よろしければ、こちらで入れさせていただきます」
「お、お願いします。え、ええと、砂糖とミルク、たっぷりで」
「わ、私もそれでっ」

これで何人目だろう。僕が受け持ったお客さんは皆何故かこのサービスを要求してくる。普通なら自分でやった方が自分の好みに調節できるし効率的で早く済むと思うんだけど…。
僕はそれをずっと疑問に思いつつも口には出さずに、笑みを浮かべてお客さんの求めに応えた。

「かしこまりました。それでは、失礼します」

お客さんの確認をとると、僕はスプーンをそっと握り、砂糖とミルクを加えたカップに中を静かにかき混ぜる。

「どうぞ」
「あ、ありがとう」

かき混ぜ終えたカップをすっと受け取ると、お客さんはどぎまぎした様子でそれに口を付ける。
次にコーヒーを注文してかき混ぜて貰ったお客さんも、緊張からかぎくしゃくした動きでわずかに一口だけ飲んだ。

「それでは、また何かありましたら何なりとお呼び出しください。お嬢さま」

二人のお客さんがそれぞれの飲み物を口に付けたのを見届けると、お辞儀をしてカウンターへと戻る。

ふぅ、接客業ってやってみると大変だよね。ミコト達は大丈夫かな?

仕事をこなしつつ、僕はミコト達の姿を探す。
そこで、丁度男性の客さん3名のテーブルで注文を取っているラウラを見つけた。

「ねえ、君可愛いね。名前教えてよ」
「………」
「あのさ、お店何時終わるの?一緒に遊びに―――」

男の人の言葉を遮る様に、ダンッ!と大きな音をたてて叩きつけられたコップから滴が飛び散る。
しんと静まりかえり面喰らっている男性達を前に、ゾッとするほど冷たい声で告げた。

「水だ。飲め」
「こ、個性的だね。もっと君の事が知りたくなっ―――」

これだけ冷たくあしらわれてもめげずにナンパを続ける男性であったが、ラウラは男性の言葉を最後まで訊かずに、しかもオーダーも取らずにテーブルから離れてしまう。
流石のこれには僕もビックリ。けれど、ラウラはカウンターに着くなり何かを告げ、少しして出されたドリンクを持って行った。

「飲め」

ソーサーを割らないために先程よりは多少優しめにカップが置かれる。とはいっても、それでも盛大にカップの中に入っていたコーヒーは飛び散っていたけど…。

「え、えっと、コーヒーを頼んだ覚えは…」
「何だ。客でないなら出ていけ」
「そ、そうじゃなくて、他のメニューも見たいわけでさ……」

ラウラに好印象を持たれたいのか、それともラウラの有無言わさぬ態度に委縮しているのか、男性は言葉を探りながら会話を続ける。
女尊男卑。女性優遇社会でこんな風に初対面の女の子に話しかけるのはある意味大したものだけど、相手が悪すぎる。店員と客の立場でなければ今ごろどうなってた事か。考えただけでも背筋が凍ってしまいそうだ。

「た、例えば、コーヒーにしてもモカとかキリマンジャロとか―――」

そしてまた言葉を遮って、ラウラは絶対零度の視線で男性を射抜き嘲笑を浮かべる。

「はっ、貴様ら凡夫に違いが分かるとでも?」
「いや、その………すいません…」

結局、ラウラの圧力に抗う事は出来ず、男性達は小さくなりながらコーヒーをすすった。

「飲んだら出ていけ。邪魔だ」
「はい……」

そう言い捨てるとラウラは別のお客さんが座っているテーブルへと向かって行った。
どうやら接客といえどラウラのいつもの態度は変わらないらしい。しかしそれは接客業としてはどうなのだろうか?僕は注意した方がいいのではないかと悩んだが、周りの反応はそうではなかった。

「あ、あの子、超いい…」
「罵られたいっ、見下ろされたいっ、差別されたいぃっ!」

い、『一部のお客さん』には需要があるみたいだから問題無いかな、うん。ラウラの方は大丈夫そうだし、ミコトはどうだろう?ミコトは言葉足らずな事が多いから接客業は致命的に苦手そうなんだけど…。
そう心配してミコトの姿を探す。すると、見間違える事の無い特徴的な白い髪をしたメイドさんが男性のお客さんの接客しているところを見つけた。

「いらっしゃい、ませ」
「え?子供…?」

注文を取りに来たどう見ても小学生ほどのメイド服を着た少女にお客さんは戸惑いを見せる。

「? ご注文…」
「あ、ああ、うん……コーヒーをもらえるかな?」
「コーヒー、一つ……以上?」
「う、うん。以上で」
「ん。待ってる」
「(か、かわいい…)」

テクテクとカウンターへ注文を伝えに行くミコトの後ろ姿を微笑ましいそうに見守るお客さん。ミコトが注文をとった男性のお客さんだけじゃない。ミコトが横ぎって行ったテーブルのお客さん達やスタッフからもミコトの姿を見て微笑ましそうに眺めていた。

――――まあ、ミコトにも例外と言う物が居たんだけど。

「小学生…?いやいや個人営業なら家の手伝いとかで有り得なくもないけど@クルーズってチェーン店だよな?」
「合法ロリ…だと…っ!?」
「この世に楽園はあったんだな…!」

ミコトも『一部のお客さん』に大変需要があるらしい。ラウラの時もそうだけど、あそこまで言ったらもう病気だよね…。
その所為もあってか、本音がいつでも傍に駆け付けられる距離をキープしつつ目を光らせている。ラウラに至ってはミコトに邪な目を向けているお客さんをさっきと同じ手段で潰していってるし。

「ん。おまちどうさま」

ミコトがカウンタからコーヒーを受け取ってお客さんの方へと戻って来る。

「あ、うん。ありがとう。君、高校生……なんだよね?」
「ん」

お客さんの質問にミコトは頷く。すると、それを質問したお客さんは目を丸くして、聞き耳を立てていた周囲のお客さん達も「まじか…」と驚いた表情を浮かべていた。

「そ、そっか……すごいね」
「?」

ミコトは何のことか分からず不思議そうに首を傾げる。たぶん言った本人も何を言ってるのか分かってないんだろうけど。

―――うん。とりあえず、二人ともなんとかやってるみたい。本音も流石従者と言う事もあってテキパキと仕事をこなせてるし自分も頑張らないとね。

「あ、あのっ、追加の注文良いですか!?できればさっきの金髪の執事さんで!」
「コーヒー下さい!銀髪のメイドさんで!」
「幼女!幼女!………「てやや~☆」って、あっちゃああああああああ!?」
「ごめんなさ~い♪直ぐふきますね~♪」
「それ雑巾じゃ……や、やめてえええええ!?」

…最後の人は無視するとして。
店内の騒動は一気に感染していき、爆発的に喧騒を大きくしていく。あちこちから飛び交う指名にどう対処していいか戸惑う僕達だったが、そこへ店長さんが割って入って滞りなくテーブルに向かうように声を掛けての調整をしていった。さすがは本業、店長さんの的確な指示で、殺到していたお客さん達も見事にさばかれていく。
そうして奮闘すること2時間、お昼のピークも過ぎてあれだけ混み合っていたお客さんもだいぶ減り始めた頃、事件は起こった―――。

「全員、動くんじゃねぇ!」

突然、店に雪崩れ込んで来た男三人が怒号を発する。
一瞬、何が起こったのか理解出来なかった店内の全員だったが、次の瞬間に発せられた銃声に停止していた思考が叩き起こされて、店内に悲鳴が上がる。

「きゃああああっ!?」
「騒ぐんじゃねえ!静かにしろ!」

男達の格好といえばジャンパーにジーパン、そして顔には覆面。手には銃。背中のバックからは何枚か紙幣が飛び出していた。見るからに強盗である。それも紙幣が詰め込まれたバックから推測しておそらくは銀行を襲撃した後の逃走犯。
まるでテレビや漫画でよく見る強盗犯をそのまま再現したかのような服装に店内の人間全員がぽかんとしたが、それでも銃を持った凶悪犯だ。言う事を聞かない訳にもいかない。

そして次に耳に飛び込んで来たの外から聞こえてくるけたたましい多数のサイレンの音。店の窓から外を見れば、パトカーによる道路封鎖と、ライオットシールドを構えた対銃撃装備の警官達が包囲網を作っていた。流石は駅前の一等地、警察の動きは迅速だ。この包囲網を突破するには戦車かISでも使わなければまず無理だろう。

「ど、どうしよう兄貴!このままじゃ俺達全員―――」
「うろたえてんじゃねぇ!焦ることはねぇ。こっちは人質がいるんだ。強引な真似はできねぇさ」

兄貴と呼ばれていることから恐らくあのひときわ体格の良い男がリーダーなのだろう。その男がそう告げると逃げ腰だった他の二人も自信を取り戻す。

「へ、へへ、そうですよね。俺達には高い金払って手に入れたコイツがあるし」

手下の男が見せびらかす様にしてショットガンを掲げると、ジャキッ!と金属音を響かせてポンプアクションを行うと、その次の瞬間、威嚇射撃を天井に向けて行った。

「きゃあああっ!」
「うるせぇ!」

蛍光灯が破裂し、パニックになった女性が悲鳴をあげるが、それを今度はリーダー格の男がハンドガンを威嚇射撃して黙らせる。

「大人しくしな!俺達の言う事を聞けば殺しはしねぇよ。わかったか?」

男の言葉に女性は顔面蒼白にして何度も頷くと、声を漏らさない様に固く口をつぐむ。

「おい、聞こえるか警官ども!人質を解放したかったら車を用意しろ!もちろん、追跡車や発信器なんか付けるんじゃねぇぞ!」

そう言い放つと、男は自分は本気だという意思表示のつもりか警官隊に向けて発砲する。
幸い、弾丸はパトカーのフロントガラスを割っただけで負傷者は出ずに済んだが、周囲の野次馬がパニックを起こすには十分だった。

「へへ、奴ら大騒ぎしてますよ」
「平和な国ほど犯罪はしやすいって話、本当っすね」
「まったくだ」

げらげらと下品な笑う男達。

…………さて。

物陰に隠れて強盗犯を観察する。
彼等が所持している銃器は一人はショットガン、一人はサブマシンガン、そしてリーダがハンドガン。他にも予備で何か持っている可能性はあるが、現状確認できているのはこの3丁だ。

地面にしゃがみ込むお客さんやスタッフに紛れて僕も目立たぬようにしゃがみつつ、状況を分析していく。
先程からの連中の口ぶりからして素人なのはまず間違い無し。一人で対処するのは少し難しいかもしれないけれど、幸いにして軍人であるラウラも一緒だ。協力すれな鎮圧は容易い。そう判断してラウラにコンタクトをとろうと店内を見渡すと――――何故か唖然と一点を見ているラウラと涙目の本音の姿があった。

………どうしたの?

僕はその視線を辿ると、そこでぎょっとした。

「いらっしゃい、ませ」

なんと、強盗犯に接客するミコトの姿がそこにあった。これにはお客さんもスタッフも別の意味でビックリ。それはそうだろう。何処の世界に強盗犯に注文を取りに行くメイドが居るのか。

「み、みこち~!」
「……本音。少し黙っていろ」
「で、でも!」
「大切な人質だ。奴らも迂闊に手は出せまい(手を出した瞬間殺してやるがな)」

今にも飛び出しそうな本音を制して、ラウラはこちらを見て『待機』と口パクで合図を送ってくる。
……うん。そうだね。今は大人しくチャンスが来るのを待つべきだ。

「おい、餓鬼。大人しくしろって言うのが聞こえなかったのか?(何で子供がアルバイトしてんだ…?)」
「? 注文は…?」
「………馬鹿にしてんのか?」

手にした拳銃を持ち上げてミコトに突き付けようとするが、慌てて手下の男がそれを止める。

「まあまあ、いいじゃないっすか兄貴。警察が要求を受け入れるまで時間は掛かるでしょうし、折角だからこの子に接客してもらいましょうよ!」
「はぁ?何言ってるんだ、お前」
「だって、こんなちっちゃくて可愛い子が接客してくれるんっすよ?そんなの接客してもらう以外ないですって!」
「賛成賛成!メイド喫茶に一度行ってみたかったんですよ!」
「お前ら……」

立て籠り中だと言うのに緊張感の無い手下のアレな反応を見てリーダーは頭を抱える。しかし怒るのも馬鹿らしくなったのか、近くにあったソファにどかっと腰を下ろす。

「ちっ、まあいい。立て籠もりってのは持久戦だ。幸いにして此処は喫茶店。食料は腐るほどある。―――おい、餓鬼。メニュー見せろ」
「ん」

ミコトがメニュー表を差し出すと、リーダーは乱暴にそれをぶんどる。

「接客もまともに出来ねぇのかこの店は。くそっ……あーーとりあえず喉が渇いたからウーロン茶くれや」
「俺はコーラお願いっす!」
「俺はカフェオレね」
「ん……少し待つ」

オーダーを受け取ると、ミコトはテクテクとカウンターへと行ってしまう。

「……何であんな餓鬼が働いてんだ?」
「きっと、貧しい家庭なんすよ…」
「泣かせるねぇ」

一応高校生なんだけどね…。
彼等を観察しつつ僕は苦笑していると、ミコトがカウンターからドリンクを受け取ってトレーに乗せて、ふらふらとしながら危なっかしい様子でそれを強盗犯たちのもとへ運んで来た。

「おまちどうさま」
「…おう」
「サンキューっす!」
「あんがとねー」

強盗犯たちが飲み物を受け取る。素人だからか、それともミコトの天然さに気が緩んでしまったのかは分からないが、『わざわざ武器を置いて』それぞれ飲み物に手を伸ばしたのだ。
余りにも愚かな行動。自分の置かれている立場を理解できていないのだろうか?流石にこれには僕は呆れたが、これは何よりも――――。

――――チャンス!

しゃがんだ体勢から跳び上がり身近に居た手下の一人に襲い掛かった。

「ごめんね」
「なっ!?―――ぐえっ」

慌てて手下はショットガンに手を伸ばそうとするが、こちらの方が遥かに速く、繰り出された拳が男の腹に沈み、男は気を失う。

「く、くそっ!「寝ていろ」―――ぎゃっ!?」

僕が手下の片方を排除すると同時に、ラウラももう一人の手下を排除。
そのまま止まる事無く流れる様な動作で、僕とラウラはリーダーに襲いかかろうとした――――が。

「動くな!くそ餓鬼共っ!」
「「―――っ!?」」
「みこちー!?」

振りあげられた拳はリーダーに届く事は無く、リーダーに捕えられて頭にハンドガンを突き付けられているミコトの姿を見て、僕とラウラはピタリとその拳を止まてしまう…。

「随分と舐めた真似してくれるじゃねぇかっ!くそ餓鬼!」
「……くっ!」

失敗した。優先順位を間違えたか…。
予想外の奇襲を受けて、コイツ等が人質を取るという冷静な判断が出来る筈もないと甘く見過ぎていた。

「よくも手下をやってくれたなぁ。お前らにはたっぷりと落とし前――――」

ハンドガンがゆっくりと此方へと向けられる。
「ああ、これは足を撃たれるかもなぁ」と、そんな事を考えていると。その瞬間、見覚えのある青白い閃光が窓の外から奔り、リーダーのハンドガンを貫いた。

「―――…………あぁ?」

間抜けな声を漏らして、何が起こったのか理解出来ずに原形を失ったかつてハンドガンだった物を見るリーダー。

「…レーザーライフル?」
「今のって……まさかっ!?」







――――事件現場から4km程離れたビルの屋上にて。


「――――命中を確認」
「お見事です。セシリアお嬢様」

ブルー・ティアーズを纏ったセシリアがスコープを覗きこんでミコトに突き付けられていた銃が消し飛んだ事を確認すると、後ろで控えていたセシリアの従者であるチェルシーが主に賛辞の言葉を贈る。

「ふぅ……やけに駅前の方が騒がしいかと思えば、強盗事件ですか。しかもミコトさんが巻き込まれてるだなんて」

会談が終わりレストランで食事を楽しんでいた所、街を駆けまわる多数のパトカーのサイレンの音が気になって屋上に上がってきたのは正解だった。
本来ならこんな騒ぎなど見向きもしないのだが、ミコト達が駅前で買い物に出掛けているのをセシリアは知っていた為、念のため確認をしに屋上へやって来たのだが、まさか事件に巻き込まれていようとは…。

「日本は治安が良いと聞いていたのですが……。お聞きした通りのトラブルメーカーのようですね。オリヴィア様は」
「まったくですわ…」

痛む頭を押さえて溜息を吐く。
目を離した隙にこんな事件に遭遇するなんてセシリア自身思いもしなかった。行く先々に事件なんて起こる筈がない、そう思っていたらこれだ。まるで推理小説の主人公並みの事件の遭遇率ではないか。

「それより、早くこの場から離れましょう。あとの事はシャルロットさん達に任せれば大丈夫でしょうから」
「かしこまりました」






今の光は間違いない。あれはセシリアの……いや、今はそれよりも!

「ミコトを放―――」

放せ―――と叫ぼうとしたが…。
リーダーの背後に忍び寄った複数の影を見て絶句しまう。

「幼女に手を出すたぁふてぇ野郎だぁ!」
「YESロリータNOタッチだろうがあああああっ!」
「覚悟で出来てんだろうなぁ…ぁあんっ!?」
「みこちーになにしてくれてんだー!?」
「なっ!?何だお前ら!?や、やめっ………ぎゃあああああああああああああっ!?」

銃が無いと分かればこちらの物。いくら堅が良くても大勢の男に囲まれれば多勢に無勢で、男性客の皆さん+αに成す術も無く、最初の威勢は何処へやら無惨にボコボコにされるリーダ―。
その光景を僕とラウラはポカーンとして眺めながら、行き場の失った拳を握りしめたまま呆然と立ち尽くす。

ちょっ……は?…え……?

僕達がミコトを助けようとする前に、既にミコトは男性客の皆さん+αに救出されていた。な、何を言っているか分からないが僕も何が起こっているのか(ry。
まあ……うん。締まらない結末ではあったが、こうして強盗事件は強盗犯を除いて負傷者はゼロという結果を残して幕を閉じ。僕達は代用候補生という身分のため公になるのは流石にまずい。警察に捕まるのを避ける為に僕達は騒ぎの中こっそりと服を着替えて店を脱出。その後、買い物を済ませて学園へと戻った―――。

無論、寮に帰ったらセシリアの大説教が待っていたのは言うまでも無い。














あとがき

『YESロリータNOタッチ』これぞ我等ロリコンの盟約。これ破りし者それすなわち人にあらず…。

と言う訳で、買い物回だったわけですが…。ユニクロ上等な自分におしゃれのおの字も書けるわきゃねぇだろおおおおお!!(子安
ていうか作中の手下Bが「メイド喫茶に行ってみたかった」とか言ってますが。俺にはメイド喫茶に通う人の気持ちが分からんとです。コーヒーはインタント、最悪の場合は缶コーヒーで、料理もレトルト。それなのに馬鹿高いとか何が良いのだ…。行った事無いけどね!



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第三十六話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/04/27 01:48

夏の日差しがギラギラと照らしつけるIS学園正面ゲート前。
俺達7人はそれぞれ大きなの鞄を手に持って、ゲート前で山田先生が車を回してきてくれるまで、それぞれ雑談をしながら暇を潰していた。暑い日差しに晒されながらも、雑談をしている皆の表情はまるで童心に返ったのような無邪気で明るい物だった。

皆、数日前からもうはしゃいでたからな。かく言う俺もそうなんだが…。

「良い天気だね~」
「んー…」
「だな」

のほほんさんとミコトに釣られて俺も空を見上げる。雲一つない青空だ。まさにお出掛け日和と言えるだろう。
しかも、今日は待ちに待った皆でキャンプに行く日だ。天気に恵まれて本当に良かった。―――と、そんな時、俺達の前に一台のワゴン車がキキィーッ!とブレーキ音を響かせて止まる。

「皆さーん、お待たせしましたー!準備は出来てますか?あ、荷物はトランクの中に仕舞って下さいね?」

IS学園が所有している遠征用のワゴン車から降りてきたのは山田先生だった。本当に車の免許持ってたんだなこの人…。
いや、山田先生本人が現地まで自分が来るまで乗せていきますって行ってたから免許を持ってるのは知ってはいたのだけれども。普段が普段だけに……事故らないよね?すっごく心配なんですけど?

「すいません、山田先生。私達は夏休みでも先生はお忙しいのにわざわざ付き合っていただて……」
「良いんですよ篠ノ之さん。これも先生の務めですから♪」

申し訳なさげにしている箒に山田先生はそう言って微笑んだ。…うん、まあ、普段は抜けたところが目立つけど本当に良い先生なんだよなぁ。千冬姉とは違うタイプの優しいお姉さん的な人だ。―――と、そんな事を考えてるうちに、みんな荷物を積み終えてしまったようだ。山田先生もそれを確認するとトランクのドアを走行中に開いてしまわない様にしっかりと閉じる。

「―――これでよし。荷物も積み終わりましたし、出発しちゃいましょう」
「おー♪待ちに待ったキャンプに出発だー♪」
「おー♪」
「こらこら二人とも、出発する前からそんなはしゃいでいては到着する前にくたびれてしまいますわよ?」
「向こうは涼しいといいわね」
「お前はまたそれか…。都会とは違ってコンクリートなどが無いから涼しいとは思うぞ?」
「サバイバルは現地調達が基本だ。蛙や蛇もなかなかにイケるぞ?」
「お願いだからやめて。ちゃんと食料は用意してるから……」

………。

わいわいと騒ぎながら皆が車へと乗り込んでいくのを、最後尾で眺めながら俺は笑みを浮かべていた。
此処最近、大きなトラブルは無い。この間、買い物に出掛けていたミコト達が強盗事件に巻き込まれたらしいがそれ以外に別に大したことは―――って、強盗事件の遭遇も大したことだよな。IS学園に入学してから事件続きでどうも感覚が狂ってしまってるみたいだ。
けど、それだけ命懸けの戦闘が多かった。俺達はISに乗ってるとは言ってもそれを除けば世間では戦いとは無縁な学生の筈なのに…。だからこそ、今と言うこの何気ない日常が、友達と笑い合えるこの時が、とても愛おしかった。

楽しいキャンプになるといいな…。

「織斑く~ん。何をしてるんですか~?出発しますから乗ってくださ~い」
「―――あ、はい!すいません、すぐ乗ります!」

物思いに耽っている所を山田先生に声を掛けられて、俺だけ車に乗らずポツンと突っ立っていることに気付くと、慌てて俺も車に乗り込む。

「はい、皆さん乗りましたね。シートベルトはちゃんと締めて下さいね?危ないですから」

俺が乗り込むと同時に扉のロックが掛かり、車内にブロロンッとエンジン音が鳴り響き、エンジンの規則正しい振動が車体を静かに揺らし始める。

「では、出発しますね~」
「れっつご~♪」
「ご~♪」

ハイテンションなミコトとのほほんさんの掛け声を合図に、エンジン音を一際大きく響かせて車はキャンプ場を目指して発進した。









第36話「あの星空の様に…」









――――Side 織斑一夏


3時間程掛けて、俺達はIS学園が所有している演習場に到着。
流石IS学園と言ったところか、無駄にスケールがデカかった。俺達の前にあるのは一面に広がる森林と山々。そして―――。

「でっけぇ~……」

その広大に広がる森林を囲う様に存在する高さ10m以上はあると思われる『KEEP OUT』『立入禁止』と文字が書かれた巨大な侵入防止用の塀。それが端が見えないまでに続いているその光景はまるで万里の長城を連想させるほど圧巻である。

デカイ。とにかくデカイ。見上げてると首が痛くなるくらいにデカイ…。

―――ああ、先程の『一面に広がる森林と山々』と言うのは訂正しよう。正確には『一面に広がっていると思われる森林と山々』だ。実際はこんなに高い塀があるために中は確認できない。 
何故、俺がそんな曖昧な事を思ったのか。それは、カーナビの画面が緑一色に染まっていた事からそう推測した訳だ。まあ、俺の予想はたぶん当たってると思うけど…。
何せISの演習に使う場所だ。狭ければ演習なんて出来やしないだろう……広すぎるけどな!?

「演習用に使われてる場所らしいからね。流石に一般人が侵入出来る様なザルな警備はしてないよ。危ないし」
「確かにそうだけどさ…」

隣で一緒に見上げていたシャルロットがそう言うが、物には限度と言う物があると思うんだよね俺…。
そう呆れていると、突然、閉ざされていたゲートがゴゴゴゴ…ッ!と重い金属音を響かせて開門を始め、遅れて監視員室の所へ行っていた山田先生が俺達が居る車へと戻って来る。

「皆さーん!車に乗って下さーい!中に移動しますよー!」
『はーい!』

目的地のキャンプ場は更にこの奥らしい。そこまでまた車での移動か…。
内部を車で移動しなければならない距離って…何処まで広いんだろう?そんな事を考えながら車で移動すること10分。漸く俺達は目的地のキャンプ場へ到着した。
キャンプ場の目の前には川が流れていて水を汲むには便利、地形も平らでテントを張るには丁度良い、正にキャンプに最適な場所と言えるだろう。

「よ~し!遊ぶぞ~!」
「お~」

ガシッ!

「「あうっ」」
「まあ待て」

さっそく遊びに出ようとするミコトとのほほんさんの首根っこを掴んで阻止。遊びたい気持ちが一杯でウズウズしてるのはよく分かるが先にする事があるだろ?
俺は車のトランクから先程施設から借りてきたテント一式を取り出すと二人の目の前に置く。

「先にテントを張ってからだ。暗くなってからじゃ手間取るだろ?」
「あ~う~…」

呻いても駄目。テント張るの結構面倒なんだぞ?
何せ8人分だ。二人用のテントを使っても4つ、俺は勿論一人用のテントを使うから合計5つ。それら全てを張るのは相当時間が掛かるだろうから皆で分担して張った方が早く終わる。そうすれば遊べる時間も多くなるのでそちらの方が利口な選択だろう。

「こういう作業もキャンプの醍醐味って奴だよ。大人しく組み立てるの手伝いなさい。一人でテント張るの難しいんだから―――ほら、そっち持つ」
「ぶぅ~…」
「ミコトは私と一緒に組み立てよう。何、テントを張るのは訓練で慣れているから直ぐに終わる。そうしたら遊べるさ」
「ん」

シャルロットにそう言われ、しぶしぶ組立作業を手伝うのほほんさんであった。けれど、ミコトの方はのほほんさんとは違って寧ろ積極的に参加していた。たぶん始めての体験なためか、好奇心旺盛なミコトにはこんな面倒な作業でさえ楽しい経験なのかもしれない。
で、他の皆もテントを組み立てる作業を始めて、辺りにカンカンと杭の打つ音が鳴り始めた訳なのだが。それとは別に騒がしい声が…。

「鈴さん!それはそっちではありませんわ!―――ああもうっ!だからそうではなくて!」
「うるさいわねぇ!これはこうでいいんだってば!」

……さて、俺も自分の分のテントを組み立てるかな。
わざわざ渦中に飛ぶ込む程愚かでは無いので敢えてスルーして、俺も自分用のテントを組み立てる作業を始める。てか、なんであの凸凹コンビを組ませた。互いに自己主張が激しいからこうなることは目に見えてただろ。あ~あ、あんなにシートを引っぱり合って…。借りものなんだから破る様な事はしないでくれよ?

「しかしこういうのは中学生の林間学校以来か……」

うちの家庭は何処かに出掛けたりなんてことはしなかったしな。
両親も居ない家族団欒とは無縁の家庭だ。けれど、それを不満に思った事は一度も無い。両親が蒸発して、まだ中学生だった千冬姉が女手一つで俺を育ててくれた。どれだけ千冬姉が苦労してきたのか、それを知っている俺には不満なんて抱ける筈が無かった。

「……一夏?どうかしたのか?」
「あ、ああ、いや、なんでもない。あは、あははは!」
「………なら良いが」

手が止まっている俺を不思議に思ってか、箒が心配そうな表情を浮かべて俺に声を掛けてくる。内容が内容だったので流石に話す訳にもいかず適当に誤魔化しはしたが、箒は納得はいっていない様子。……いかんいかん。折角のキャンプなのに暗い事考えてちゃいけないよな。周りに気を遣わせてしまうじゃないか。

「そう言う箒はもう出来たのか?テント」
「ああ、山田先生と一緒だったからな。流石慣れている事だけはある、直ぐに終わった。……あそこで騒いでいるのは当分先そうだが」

未だにポールを通す作業すら終えていないセシリアと鈴のペアを見て箒は呆れて溜息を零す。
まったくアイツ等は…。ミコトだって悪戦苦闘しながら頑張ってテントを組み立ててるって言うのに…。

「んしょ…んしょ…」
「上手いぞミコト。空気で膨らませる様な感じで……そう、その調子だ」

慣れない手つきで作業をこなすミコトを、ラウラが一つ一つ丁寧に教えてテントを組み立てている。
髪を色素が似ている事もあってかあってか、まるで歳の近い姉妹が協力し合ってテントを張っている光景に見えてしまって、思わず微笑ましく眺めてしまう。

「和むなぁ」
「うむ」

のほほんとする俺に箒も同意する。
これが数ヶ月前は命を狙われる側と狙う側の関係だったって言うんだから世の中何があるか分からないよな。今更そんなの蒸し返す様な事はしたくないから口には決して出さないけど。

「のんびりしている所悪いが、自分のテントは良いのか?」
「―――と、そう言えば忘れてた」
「まったく、他人の事言えないじゃないか」

いや、あっちで騒いでるのと同類にされちゃ堪らんよ?

「一人用のテントだし簡単に張れるって」

大きさも他のテントより一回り小さいし、最初からポールが組まれている簡単なタイプだから、あとはインナーテントを引っ掛けて固定しまえば終わりだ。そう時間のかかる作業じゃない。

「そうか…なら私はアレの仲裁に入る事にしよう。あれでは何時まで経っても終わりそうにないしな」
「おう、ガンバレ」

俺の激励に箒はうむと頷いて、未だに騒いでいる二人の間に割って入る。
何やら二人を宥めようとしてはいるがなかなか上手くいかず、次第に箒の表情も険しくなり最後には―――問答無用で二人の頭に拳骨を落とした。ガンッ!ととても痛そうな音が森の木々を揺らし、先程まで騒いでいた二人は頭を押さえて沈黙する。
一瞬だが、拳を振り下ろす箒の後ろ姿が千冬姉に重なって見えたのは気のせいだろうか?気のせいだといいな…。

「篠ノ之さんが大人になったら織斑先生みたいになるかもしれませんねぇ」

こっちにやって来た山田先生がそんな事を呟いた。
やめてよ山田先生。鬼神が二人になるとかおっかな過ぎる。

「勘弁して下さい」
「そうですか?似てると思うんですけどね。篠ノ之さんと織斑先生って……」

似てる、ねぇ…。

まあ、共通する部分はあるかもしれない。
千冬姉も箒も、昔は他人を信用出来ず、触れれば切れる様な雰囲気を放っていた。それが、千冬姉は束さんと、箒は俺と関わる様になってから少しずつそれも和らいでいって………成程、確かに似ているのかもな。

「………よっし!完成っと」

そんな話をしている内に俺もテントが完成。うむ、なかなか上手に出来たんじゃないか?

「はい、お疲れ様です。織斑くんはこれからどうするんです?」
「んー……皆が終わるの待ってますよ。俺だけ遊ぶのはミコトとのほほんさんに怒られそうなんで」
「うふふ、そうですか♪私はテントで休んでいますので何かあったら呼んでください。―――あ、それと山の中で遊ぶのは構いませんが、蛇や蜂には気をつけて下さいね?あと、危ない事は禁止です」

指を立ててめっですよ?と注意される。

「分かってますよ。折角のキャンプで怪我なんてしたくありませんし」
「よろしい♪釣り具とか他に道具が必要なら直ぐそこにある管理棟にいけば貸し出ししていますから遠慮なく使ってくださいね?」
「はい、わかりました」

伝える事を粗方伝え終わると、山田先生はテントの中へと引っ込んで行った。
ふむ、道具か…。それなら釣りもしてみたいし、皆を待っている時間つぶしに借りに行ってこようかな?あっちのほうもまだ時間が掛かりそうだし、時間的にも丁度良いだろう。

「んじゃ、そうするか」

俺はテントで休憩している山田先生に一声掛けてから管理棟へ釣り具を借りに向かうのだった。









「意外に遠かったな……」

バケツの中に入れた釣り具をがちゃがちゃと響かせ、キャンプ場へと続く道を歩きながらそうぼやく。
思いの外、管理棟まで距離があったから時間が掛かってしまった。直ぐそこって言われたから近いのかと思ったら全然そんなことなかったぜ。ちゃんとどれくらい掛かるか山田先生に聞いておけばよかったと今更後悔する。

「あっ!やっと戻って来たー!もー遅いよー!」

キャンプ場に戻って来てみれば、既に皆はテントを張り終えてしまっていた。どれだけ待たせてしまったのかは分からないが、俺に気付いたのほほんさんが待ちくたびれた様子でぶーぶーと膨れている様子からして相当待たせてしまったのかもしれん。わりと急いで帰って来たんだがなぁ…。

「悪い悪い、待たせちゃったか?」
「いや、此方も終わったのはつい先ほどだ。気にするな」
「そうか、なら良かっ――――ん?」

俺の服をくいっくいっと引っぱられる感覚に、何だ?と不思議に思い視線を落とすと、そこには俺の服を抓まんでいるミコトがそわそわした様子でこちらを見上げて立っていた。

「一夏。みてみて、テント。私、頑張った」
「おっ、よく出来てるじゃないか。頑張ったなミコト」
「ん♪」

始めてテントを張ってみて上手く出来たから誰かに褒めて貰いたい心境なのだろう。
そんな見た目相応に子供っぽくはしゃぐミコトを微笑ましく思い、がしがしと頭を撫でて褒めてやると、ミコトは目を細める満足そうににんまりと笑顔を浮かべた。

「? 一夏、それ何?」

一頻り頭を撫でられて満足したミコトは俺から一歩離れると、ふと俺の手に持っているバケツに目が止まり、気になったのか俺に訊ねてくる。

「ん?ああ、釣竿だよ。折角目の前に川があるんだし、釣りでもしようかなってさ」
「………おぉ~…」

なんか目をキラキラさせてるけど分かってないなこれは。

「もー!二人ともそんな事より早く行こうよー!皆、暑いからって川に行っちゃったよー?」
「うおっ!?あいつ等いつの間に!?」

のほほんさんに言われて皆を探すと、川の方で膝の上あたりまで水に浸かって水遊びを楽しんでいる皆の姿がそこにあった。一体、何時の間に移動したんだアイツ等。全然気付かなかったぞ。

「みんな、ずるい…」

自分は我慢したのにと、ぶぅ~と不満そうに頬を膨らませるミコト。
しかし、意外だな。ラウラがミコトをほったらかしにするなんて。いつもならずっと傍に控えてるのにな。

「みこちーに危険は無いか水質の検査だってー」
「さいですか…」

訂正。ラウラは何処までもラウラだった。
よく見てみれば一人だけ皆の輪から離れてフラスコらしき物を弄っている。お前はここに何しに来たんだ…。

「………うむ!」

キランッ!と目を光らせて満足そうに頷くラウラ。何がうむ!かは知らんが満足いく結果が出て良かったな。

「何してるんだお前は…」
「…む?一夏か。安心しろ、この川から危険な物質は検出されなかったぞ?」
「ああ、うん。そう…」

そんなドヤ顔をされてもね…。
言葉に困るから止めて欲しい。出来れば一般常識的な範囲のボケで頼む。

「ラウっちもこんな所で一人しゃがんでないで皆と一緒に遊ぼうー?」
「ん。ラウラ、遊ぶ」
「む、そうだな。折角の休暇を満喫しないのは時間を無駄にしているに等しい―――ところで一夏」
「ん?何だ?」

がさごそとフラスコやらなんやらを鞄に仕舞いながらラウラは俺が手に持っているバケツを指差す。

何だ?ラウラも釣竿を知らない―――んな訳ないか。幾らなんでもミコトじゃないんだしそれは考え辛いだろう。偶にズレた行動をとる時があるけど。

「それは釣り具の様だが、釣りでもするのか?」
「ああ、管理棟から借りてきた。なかなか道具が豊富だったぞ?」

キャンプに必要な道具から遊び道具まで、アウトドアと聞いて思い浮かぶものは全て揃えられていた。暇をした時は覗いてみるのをお勧めする。

「ならばもう少し上流に行ってみるといい。水深も深いし水温も低いためニジマスも多く生息しているだろうしな」

一体この短時間でどうやってそこまで調べたんですか…?

「少なくとも此処では釣れまい。……あれだけ騒がしければな」

ラウラは川で遊んでいる箒達の方を見る。

「キャハハハッ!た~のし~い♪」
「ちょっ!?鈴さん!つ、冷たいですわ!や、やめなさ―――きゃあ!?」
「ぬあっ!?おい止せ!こっちまで巻き込むな!あ、あああっ!?」
「え、えええ!?僕も!?」

ざぷーんっ!!

三つの水柱が上がる。
何時着替えたのかは知らないが水着姿の鈴に、がしりと足を掴まれて川に引き摺り込まれ全身水浸しになる箒達。それを見てニヤニヤと笑う鈴にキレた三人が鈴を捕まえようとして追いかけ回し、騒がしい水中での鬼ごっこが始まった。

「………だな。釣りは静かにするもんだ」

ラウラの言う通りアレでは騒がしくて魚も踊りて逃げてしまう。

「私達も水着に着替えた方が良いねー」
「ん」
「え?水着持って来てるのか?」
「もしかしたらいるかなー?ってねー。おりむー、覗いちゃ駄目だよー?」
「覗かんがな」

そんな命知らずな行動をとる程俺も馬鹿じゃない。

「んじゃ、また後でな~」

がちゃんとバケツを鳴らして上流の方へと歩き出す。

「ふふ、晩御飯に一品加わる事を期待しているぞ?」
「プレッシャーかけるなよ…」

背後から聞こえてくる声にひらひらを手を振って上流へと向かうのだった。
……しかし、食材は多過ぎるぐらいに持って来てるだろうにまだ足りないと言うのかあのお子様体型は。末恐ろしいな…。







ちゃぽん…。

「………暇だ」

水面に釣り糸を垂らして、川の流れと沈む気配の無い浮きをぼーっと眺めつつそうぼやく。
ゆっくりと流れる時間。その中でどれだけの時間が経過したかは分からないが、少しも釣れる気配がない。持って来たバケツには当然魚は一匹もおらず、本当に魚が居るのか疑いたくなるくらいだ。

「まあ、そう簡単に釣れるとは思ってはいなかったけどさ」

まさかここまで釣れないとは思いもしなかった。流石に収穫は0というのは避けたいが、このままだとその可能性も有り得るな。
とはいっても、所詮は釣りは運。焦ったところで釣れない時は釣れないのだが…。

「ふわぁ~………」

あまりの退屈さに欠伸をすると、目を閉じて周囲の音に耳を傾ける。
時折そよぐ風に揺れる木の枝、彼方此方から響く蝉の鳴き声、遠くから聞こえてくる箒達の騒ぐ声。そして、ぺたぺたと背後から此方に近づく謎の音…………ん?

ぺたぺた…?

聞き覚えがあるような無いような…。

「……何だ?」

音が気になって振り返る。
そして、振り返った先、そこに立っていたのは―――。

「ん?」

大きな目、大きなくちばし、大きなお腹をした巨大なペンギン………ってまたか。
最早見慣れたそれに俺は溜息を溢す。こう何度も見せられたらいい加減慣れてくるぞ。まったく…。

「はぁ……またその水着?か。ミコト」
「? ん」

ペンギン―――いや、ミコトが頷く。
まさか川でもそのペンギンに遭遇するとは思わなんだ。川に出没するペンギン……シュールである。ん?アザラシも出没する近年、珍しくも無い、か?

「まあいいや。それでどうしたんだ?皆と川で遊んでるんじゃなかったのか?」
「ん。釣り、してるところ見てみたかった、から」
「そうか。だけど残念なことに一匹も釣れてないんだよ。悪いな」

ミコトに見せたバケツの中身はスッカラカンで、現在の収穫状況をこれ以上に無い程分かりやすく示してくれていた。

「釣りって、難しいん、だね」
「いや、俺が下手なだけってのもあるけどな」

実際、釣りをしたのなんて人生で片手で数えられる程度だし、釣りの腕前なんて素人以前のレベルだろう。

「そう、なんだ」
「釣りなんてする暇なかったからなぁ」
「……どうして?」
「遊んでる余裕なんて無かったからさ。両親に捨てられて――――いや、止めよう。こんな話」
「聞かせて」

俺の隣に腰を下ろし、ミコトは俺に話の続きを求めてくる。決して楽しい話ではないと分かりきっていると言うのに、純真無垢な瞳はじっと俺を見つめて、俺の口から話の続きを語られるのを待っていた…。

「はぁ……つまらないぞ?それに聞いていて気持ちいい話じゃない。それでも聞きたいのか?」
「ん。知りたい、一夏の事」

返って来たのはやはり予想通りの答え。ミコトの一度言い出した事は決して曲げないのは分かっていた事だが困ったもんだ。そんな言い方されちゃあ断れないじゃないか。
仕方がない。どうせ魚も釣れなくて暇なんだ。此処はミコトのご要望にお応えして、昔話でもして暇を潰すとしよう。

「さっきも言ったけどさ。両親に捨てられたんだよ、俺と千冬姉は」
「何で?」

何で…ね。寧ろこっちがお聞かせ願いたいくらいなんだが。
まあ、その両親の顔も俺は思い出せないんだがね。今更ひょうひょうと出て来られても両親として認識するのはまず無理だろうな。

「さてな、こればかりは捨てた本人に訊いてみないと分からないよ」
「………」

俺の話を聞いてミコトは黙りこくってしまう。顔には困惑の表情を浮かべて…。
…理解出来ないって様子だな。お母さんが大好きなミコトには無理もないか。

「それからは千冬姉が女手一つで俺を育ててくれた訳だ。当時、千冬姉は中学生で碌な仕事もないそんな中で必死に働いて、俺を守ってくれて、どれだけ大変だったんだろうな。想像も出来ないよ」
「………強いね。千冬」
「ああ、自慢の姉さんだ」

俺の憧れであり、目標だ。

「いつかは守られる側じゃなくて護る側になりたいな」
「なれる。一夏の盾は、そのためにあるから。きっと、この子もその想いに応えてくれる。ううん、応えてくれた」

そう言ってミコトは待機状態の白式をまるで褒めるかのように優しく撫でる。

「応えてくれた……か」

本来、ISは機体の特性や操縦者の癖や戦い方も合わせて成長するとされている。
しかし、第二形態移行の結果発現したのは、一撃必殺の威力を誇る最強の矛≪零落白夜≫とは全くの真逆の性質を持つ絶対的な防御力、防衛力を誇る最強の盾≪雪華≫だった。この結果に至るデータを蓄積する戦い方なんて俺はした覚えは無い。つまり、ミコトの言う通り白式が俺の求めに応えてくれたと言う事なのか…?

「そう…かもな」
「ん」

今ではもうあまり覚えてはいないけど、確かにあの時、そんな事を言われた様な気がする。

「……っと、話が逸れたな。んで、中学に入ってから俺も少しでも家計を支えようと思ってさバイトを始めたんだ。その所為で遊びに出掛ける事なんて鈴達と駅前とかで遊ぶ事くらいしかしてないんだよ」

結局、ISの登場でお金の問題は既に解決済みだったみたいだけどな。

「そうなんだ…」
「ああ、だから今の生活にはある意味満足してるよ。今もこうして皆と遠くに遊びにいけるしな!……これで事件とかなければ尚良いんだけど」
「ん。同意」

はは、同意か。そうか…。

「ミコトは今の生活が楽しいか?」
「ん。すごく楽しい。一夏がいる。箒がいる。本音がいる。セシリアがいる。鈴がいる。シャルロットがいる。ラウラがいる。皆がいる。だから楽しい」
「……そうか。良かったな」
「ん!」

ニコリと笑って元気良くミコトは頷く。今の気持ちを包み隠さず表現するかの様に。

「ずっと、ずっと一緒に居たい、な……」
「ミコト…」

空を見上げてそう微笑むミコトの横顔を俺は見て不安でたまらなくなる。その笑顔は何処か儚くて、今にもガラスの様に音をたてて崩れてしまいそうで…。

「ん?」
「…いや、何でもない」

俺の視線に気付いたミコトが不思議そうにこちらを見てくると、俺はミコトから視線を逸らして川にプカプカと浮かぶ、浮きへと視線を向ける。

……ずっと一緒に居たい、か…。

そのままの意味、そのままの意味の筈なのに。その言葉には深い無いかが……計り知れない重みがあった。

「一夏」
「っ!? な、なんだ?」

ミコトの言葉が気になって考え込んでいるところに突然声をかけられて身体をビクリとさせてしまう。けれど、ミコトはそんな事は気にした様子もなく、川に向かって人差し指を指した。

「プカプカしてるの、沈んだ」
「へ?―――うおっ!?引いてる!?」

気付けば、竿の胴が大きくしなっていた。
俺は慌てて竿を引き上げようとする。けれど、水中の魚も負けじと激しく暴れ、釣り糸が水を切り裂くをようにして水面を走り回り、引き上げるどころかその強い力で逆にこっちが釣竿を持って行かれてしまいそうだ。

こいつ……でかい!

「くっ…このぉ!」

踏ん張り持って行かせてなるものかと堪えると、強引にリールを巻いて行く。

「んぎぎぎぎ…っ!」
「がんばれ、がんばれ」

ミコトの声援を背景に、俺と魚との戦いも終わりに近づいてきた。リールを巻くに連れて魚との距離が次第に近づき。そして―――。

「おりゃあああああ!」
「おー」

ばしゃんっ!と水飛沫を上げ、奮闘の末ついに魚が水の外へと釣り上げられた。

「ニジマス釣ったぞおおおおおおお!」
「おー!」

釣った魚を掲げて訳の分からないテンションに身を任せて叫ぶ俺とミコト。その様子はどこぞのバラエティ番組の芸人が魚を釣って叫んでいるワンシーンのようだ。

「よし!この調子でじゃんじゃん釣るぞ!」
「ん。頑張る、一夏――――ぁ」

どぽーんっ!

ずるりと岩場から足を滑らせてミコトが川に落ちた。

「ミ、ミコトーーーっ!?」

慌てて岩場からミコトが落ちた川を覗きこんでミコトの名を叫ぶ。
すると、安全装置でも働いたのか、何時ぞや見たあの風船のようにお腹を大きく膨らませて、仰向けの状態でミコトは浮上してくる。幸いなことに怪我は無いようだ。しかし―――。

「おー…?」

此処は川。当然、水面に浮かんでいれば流されてしまう訳で、ミコトもその例外では無く。どんぶらこどんぶらこと下流へと向けて流されていく……

「またかああああ!?」
「……おぉ~♪」







「流石にみこちーが上流から流れてきた時は心臓が止まるかと思ったよ。いやホント。桃太郎か!ってツッコむ余裕すら無いよ。笑いを誘うどころか悲鳴を誘ったよ」

そう真顔で普段の間伸びした声で無くのほほんさんは言う。その場の光景が容易に想像できるな…。
空もすっかり茜色に染りキャンプ場に戻って来ると、皆からミコトが流されてしまったあの後どうなったのか話を訊いていた。ちなみに、俺の方はあの後何故か大量で皆に一匹ずつの量を釣る事が出来た。

「ていうか、何で助けなかったのさー!?」
「本当だよ。なにやってるのさ一夏」
「いや、ミコトが楽しそうだったからつい…」

流されながら笑いながら此方に手を振って来る様を見せられたら助けようなんて考えが吹っ飛んじまったのだ。
まあ、釣り場に行く際に川沿いに移動してたから滝とかも無い穏やかな川なのは確認済みだし、流れた先には皆がいるから大丈夫だろうと判断して放置したのだが。実際、流れてきたミコトは満足そうな表情を浮かべていたそうな。

「驚かされるこっちの身にもなってみろー!」

んがー!と怒るのほほんさん。

「HAHAHAHA!いやー、すまんすまん」
「反省してるようには見えませんわよ?い・ち・か・さ・ん?」
「すいませんでした!」

ゴゴゴゴゴ…ッ!と物凄い気迫に圧され、石の上だというのにも構わずにその場で土下座する。マジで怖いセシリアママ…。

「まったくもう……」
「ま、まぁまぁ、オルコットさんもその辺にして、もう陽も傾いて来ていますし、そろそろ夕食の準備をしないと…」

山田先生が見るに見かねて止めに入って来てくれる。おおう、流石は山田先生だ。IS学園の良心やで…。

「そうだね。山田先生の言う通り明るいうちに食材を切り分けとかないと」

家に居る時とは違い、此処には光を照らす灯りが無い。
刃物を使う作業は明るいうちに済ませておかないと後々まずい事になる。懐中電灯の心許無い光に照らされて刃物を使うのは少し勇気がいるし、懐中電灯を持つ役と刃物を使う役とで二人以上での作業になるので手間が掛かる。

「良いか、セシリア。切るだけの簡単な作業だ。もう一度言うぞ?切るだけだ。それ以外の事はするなよ?絶対だぞ?」
「あの、箒さん?なんでそんなに念を押すんですの?」
「こんな所で集団食中毒は洒落にならないからな。焼くだけのバーベキューとは言え、念の為だ」
「あ、あなたねぇ…!」

プルプルと怒りで身体を震わせるセシリアだったが、実際にそれを食しているみんなは視線を逸らして誰もフォローには入ろうとはせず、山田先生とラウラもセシリアの料理は話に聞いていたため我関せずを貫いていた。唯一の味方のミコトとのほほんさんは、俺が釣って来たバケツの中で泳ぐ魚に御執心なので援護射撃は無いと見ていいだろう。
うん。見た目は美味しそうなんだよ、見た目はな。それが余計に質が悪いんだけど…。

「い、良いでしょう!そこまで言うのならわたくしが料理が出来ると言う事を証明して差し上げますわ!」

おいやめろ。キャンプ前日に鈴と箒の三人でどうやったらセシリアに料理をさせないで済むか話し合ったのが無駄になる。本当ならバーベキューの具材は今の半分くらいで、カレーが一品に加わっていた筈なんだぞ?

「バーベキューだって言ってんだろ!?切って刺して焼くだけだから!それだけだから!」

独創的なアレンジをさせないために調味料も塩と胡椒ぐらいしか持って来てないんだぞ!?何をどうするつもりなんだよ!?

「セシリアならそこらへんの草とかキノコとか引っこ抜いてきて使いそうだから怖いわね」
「………」
「いや、そこで黙らないでよ…」

視線を逸らして黙ってしまうセシリアに、冗談半分のつもりで言った鈴の方が顔を青くなってしまう。素人がキノコ狩りをしてはいけません。マジで死にますから勘弁して下さい。

「……やはり私達だけで支度をしよう。セシリアはコンロに火でも熾しておいてくれ」
「く、屈辱ですわ…」

ガクリと打ちひしがれる。俺はそんなセシリアの肩にぽんと手を置く。

「一夏さん…」

セシリアが涙目でこちらを見上げてくる。そんなセシリアに俺は微笑むと―――。

「はい、チャッカマン」

―――そっとチャッカマンを差し出した。
着火剤に火を付けるだけの簡単なお仕事です。

「あんまりですわ!?」

ガビーンと悲鳴を上げるセシリア。いや、火の番もキャンプでは大事や役割だぞ?それにセシリアのプライドを捨てる事で俺達の命が助かるのなら安いもんだよ。

「ほらほら、遊んでないで支度しよ?暗くなっちゃう」
「そうですよー?暗いと手元が危ないんですから、まだ明るいうちにやっちゃいましょう!」
「では、私は一夏が釣った魚の内臓を取り出して竹串を刺しておこう。こればかりは慣れてる奴がやらなければな」

くるりとナイフを指で回転させながらラウラは言う。軍とかでキャンプとか慣れてそうだもんな。

「んじゃ、ミコトとのほほんさんは食器の用意をしといてくれ。残りは切る係な」
「ん」
「りょうか~い♪」

皆それぞれ準備を始める。けれど、準備に取り掛からずにその場に膝をついている人物が一人…。言わずもがなセシリアである。

「う゛ぅ~……」
「お前は何時まで落ち込んでるんだよ…」









そんなこんなで陽が暮れて、辺りはすっかり暗くなり空に星が瞬き始めた頃。キャンプ場には小さな煙が立ち上り、辺りにはジュージュと肉の焼ける音と、美味しそうな匂いが漂っていた。

「お~い、コレ焼けてるぞ~。って、こら!のほほんさん!器用に野菜だけ残すな!」
「えへへ~♪……たべるー?」

のほほんさんが野菜しか無い串を此方に差し出してくる。こののほほん、笑って誤魔化すどころか押し付けて来やがった…。

「あるある、串に野菜だけ残るパターン。子供限定だけど」
「むむ~!りんりんは私が子供だとでも言いたいのか~!?」

両手に野菜だけの串を持って叫んでも説得力が欠けている事に何故気付かないのか。
しかし俺が気になるのは、のほほんさんの傍らで黙々と野菜を食べているミコトだ。この肉食娘ミコトが何も文句を言わない事を良い事に、ミコトに野菜を処理させてるし…。

「まずその野菜を自分で食べてから言いなさい。話はそれからよ」
「ぶぅ~…」
「ん。でも、私、野菜が好きだから…」
「ミコトさんは普段からあまり肉を口にしませんからね。殆どパンやサラダなどが主ですし」

うん?まさかのほほんさんが野菜を残してるのって、ミコトの為なのか…?

「肉うめ~♪」

…ないな。

「ま、その為にトウモロコシを持って来たんだけどな。ほれ、ミコト。焼きトウモロコシだぞ。がぶっといけ、がぶっと」
「………かぷっ」

タレの甘い香りを漂わせる焼きたてのトウモロコシを俺から受け取ると、ミコトは小さな口をめい一杯大きく開けてかぶりとかぶりつき、口の周りをタレで汚しながらまるで可愛らしいリスの様に頬を膨らませてがじがじと黄色い実を齧っていく。

「ああもう、また口を汚して…。ほら、綺麗にしますからじっとしていてくださいまし」
「ん~…」

セシリアママがハンカチでミコトの口周りの汚れをごしごしと拭き取るこの光景はもう定着しつつあるな。本人ですら無意識に行動している様にも見えるし。
んで、年齢的に一番『ママ』と呼ばれてしっくりくる筈の山田先生は今どうしているかと言うと―――。

「くは~っ♪やっぱりバーベキューにはビールですよね~♪」

缶ビールと片手にすっかり出来上がっていた。

「引率の先生がビール飲んでる…」
「仕事の鬱憤が溜まってるんだろう。そっとしておいてやれ。それより魚が焼けたぞ。焦げんうちに喰え」
「…うむ、やはり焼き魚は良い。調味料を大量に使う味付けより、塩だけといった素材を活かした味付けが私の好みだ」
「これ、一夏が釣ったんだよね?すっごく美味しいよ♪」
「おう、そう言って貰えると頑張って釣った甲斐があるってもんだ」

自分の釣った魚を美味しいと食べて貰うのはとても嬉しいものだ。

「頭がグロテスクですわね…こ、このまま齧るんですの?」
「そうそう、こうがぶっとね」

そう鈴が実践して見せるがセシリアは顔を青くして自分の焼き魚を見る。

「うぅ…」

セシリアは食べるのを躊躇い焼き魚と睨み合う。やはり、良い育ちのお嬢さまには丸ごとの姿で食べるのは抵抗があるのか?そういう機会少なそうだしなぁ。

「セシリア、食べないの?美味しいよ?」
「ミ、ミコトさん…。え、ええ、そうですわね。せっかく一夏さんが釣って来てくださったんですしね!」

などと言いつつ、再び睨めっことを始めるセシリアであった。しかし、ミコト(娘)の前で情けない姿を見せる訳にもいかないと思ったのだろう、意を決して遂に焼き魚にがぶりをかぶりついた。

「はぐっ――――――あ、美味しい…」

そう言って、驚いた様にぽつりと言葉を零すと今度は躊躇いもせずに二口目をぱくり。

「…ええ。本当に美味しいですわ、これ。とてもシンプルな味で」
「ん。一夏、がんばった」
「おう。俺、頑張った」

ミコトを真似て俺もそう言ってみると、セシリアは手元に手を当ててクスリと可笑しそうに微笑む。

「うふふ、はい。とても美味しいですわ。一夏さん、ありがとうございます」
「いやいや、喜んで貰えた様で良かったよ」
「あれ…?(何か…)」
「むぅ…(子連れの夫婦みたいで…)」
「ぐぬぬ…(良い雰囲気だな…)」

あれ?箒達の様子が…。

「何だ?どうかしたのか?」
「「「なんでもないっ!」」」

うおっ、ビックリしたぁ…。

「そ、そうか…」
「「「ふんっ!」」」

ぷいっとそっぽを向いて串に刺さった肉を喰らう3人。何で機嫌が悪いのか良く分からないがそっとしておこう。触らぬ神に祟りなしだ。

「?」
「まったく、騒がしい奴らだ……うむ、魚が美味い」
「あははー♪楽しいから良いんじゃないかなー?」







こうして、楽しいバーベキューの時間は過ぎていき…。
食材を全て平らげ焼く物が無くなったコンロには弱々しい火がぷすぷすとくすぶって、その弱々しい火が真っ暗な闇の中で光を灯していた。

「ふぃ~…食った食った…」

食い過ぎて張った腹を撫でながら一息吐く。
多めに食材を用意したつもりだったけど少し多過ぎたか?最後ら辺じゃあ皆食べきれなくて俺とラウラが残飯処理係と化してたし、もう少し計算して用意した方が良かったかもしれん……げぷっ。

「はしたないですわよ、一夏さん」
「そうは言うけどな、ベルトを緩めないだけ許してくれよ」

女性の前で流石にそれは不味いと自制したんだからこの程度は許して欲しいものだ。

「ま、アタシは気にしないけどね。そんなのいちいち気にする程短い付き合いじゃないし」
「私はセシリアに同意だがな、親しい仲にも礼儀ありだ」
「そう?僕は別に良いと思うけどなぁ。それだけ気が許し合えてるってことだし」

おいおい、何か友達同士でのマナー弁論が始まったぞ…。

「弁論を交わすのはかまわんが、先に片付けを済ませてからにしろ。このままじゃ就寝も出来ん」
「ん。火の後始末、大事」
「水汲んできたよ~。ざば~ってかけちゃって良いんだよねー?」
「ええっと、炭とかって確か廃棄場に捨てるんだけっな。ですよね?先生……先生?」
「すぴぃ~…しゅるるるぅ~……むにゃむにゃ」

先生の方を見てみれば、そこには空の缶ビールを握り締めて酔い潰れている山田先生の姿が…。
その教育者と言い難いその姿に俺は頭を痛めると、無言で先生を背負ってテントの中へと放り込んで片付けの作業に戻る。

「…俺達だけでするか」
「うむ」

しかし、引率がそれで良いのか…。こりゃ千冬姉にばれたら酷い目に会うだろうなぁと、頭の中でその光景を想像してブルリと身体を震わせる。千冬姉には黙っていよう。引率としてついて来てもらった恩もあるし、山田先生にはそれ以外にもお世話になってるし、日頃の感謝もこめて片付けは俺達でやって休ませてあげないとな。

「さて、じゃあちゃちゃっと片付けますかね」

溺酔した山田先生を先に休ませて俺達だけで片付けすることに。
とは言え、一人抜けても人数は十分に居るので片付けにはそう手間取る事は無く、出たゴミをゴミ袋にまとめて、眠くなるまで皆で簡易的なキャンプファイヤーを作り、それを囲んで雑談を楽しんだ後、火の後始末をしっかりして、皆はテントの中へと戻っていった。









「――――……んんっ」

皆が寝静まり、虫の音と川の流れる音だけが聞こえる真夜中にふと俺は目を覚ます。

「……~~~っ!やっぱ寝袋だと寝辛いな」

彼方此方に感じる痛みに身をよじる。
普段ふかふかのベットで寝ている所為だろうか、固い地面に慣れない寝袋だとどうも眠りが浅い。おかげ瞼を閉じても眠りにつく事が出来ず、すっかり眠気が冴えてしまった。

「……また眠くなるまで少し散歩でもしてくるか」

散歩している内にまた眠くなるだろうと思い、俺は身を起こすと外は真っ暗なため懐中電灯を持ってからテントから這い出た。
すると、俺の目に飛び込んできたのは、まるで空と地上がひっくり返って都会の光が空で輝いているんじゃないかと思える程に、夜空一面に広がった美しい星空だった…。

「うわぁ…」

都会では見る事が出来ない美しい夜空に感動して声を漏らした。なんて言うかもう、言葉が無い。唯々目の前の光景が美しくて立ち尽くして星空を見上げるだけだ。
そこへ草を踏む音を俺の耳が捉える。

「……一夏?」
「この声……ミコトか?」

誰だ?そう思って懐中電灯の明かりを声のした方へと向けてみると、そこにはぽつんと立つミコトの姿が。どうしてこんな真夜中に一人で外なんかに…。

「どうしたんだ?寝れないのか?」
「ん。だから星、見てた」

そう言って、ミコトは星空を見上げる。

「……綺麗」
「ああ、綺麗だな」

俺もミコトの言葉に同意して空を見上げる。本当に綺麗だ。この星空は…。
しばらく俺達は無言で星空を眺めていた。それが1分かそれとも10分かそれ以上かは分からない。目の前に広がる幻想的な光景に時間の感覚も薄れ、唯ぼーっと星空に眺めていた。すると、突然ミコトが口を開いて…。

「一夏、知ってる?」
「ん?何をだ?」
「この星の輝きは、ずっとずっと昔の輝きだってこと」
「ああ、あの光っている星は地球からずっと遠くにあって、星の光が地球に到着するまで途方に暮れるくらいの時間が掛かるんだっけ?」

中学の授業で習った気がする。随分とうる覚えだけど。

「ん。星の距離の単位は光年。1光年は9兆4600億km。デネブは1800光年、ベガは40光年、アルタイルは16光年」

星空に指をさして三角を描きながらミコトは語る。デネブ、ベガ、アルタイル…確か、夏の大三角だっけか。

「この沢山の輝く星の中には、もう燃え尽きてしまってる星もあるかもしれない」
「かもな」

そうかもしれないし、そうでないかもしれない。結局の所、誰にも分からない。ISが本来の目的通り活用されていたのなら少しは宇宙の謎も解明されていたのかな?

「それでも、輝き続けてる。ここにあり続けてる」
「ミコト…?」

どうもミコトの様子が少しおかしい。何だ?何を言いたいんだミコトは…。

「私も…星になれたらいいのにな。そしたら、ずっと皆といられる」
「そんな……そんな縁起でもないこと言うなよ」

そんな、離れ離れになる様な事…。
ぎゅっとミコトの手を握る。するとミコトは不思議そうに俺を見上げるが、俺は構わず手を握り続けた。ミコトが何処かに行ってしまわない様に、離れ離れにならない様に…。

「一夏?」
「ずっと一緒に居てやるさ。箒も、鈴も、セシリアも、シャルロットも、ラウラも、のほほんさんだって。皆一緒に居てくれるさ」
「……ほんと?」
「ああ!だって――――」

だって……。

「―――友達だろ?」

そう、友達なんだから…。
ミコトが寂しがってたり、悲しんでたり、苦しんでたりしたら、必ず俺達が傍に居てやる。どんな時だって。

「だから、お前もどっかに行ったりすんなよな?お前はいっつも自由気ままにフラフラ飛んでっちゃうからな」
「…………ん♪いっしょ」
「ああ、一緒さ」

お互いに笑い合う。星に見守られながら…。
そして、そんな俺達の頭上に広がる星空は、どこまでも、どこまでも綺麗だった……。












あとがき

キャンプ回終了~。
オリジナルは難しいですね。自分もキャンプや釣りなんてもう10年以上前に行ったきりですからキャンプって何をするかうる覚えで書いていました。
そんなわけでキャンプでの話でしたが、何かギャグが8割シリアス2割な話でしたね。原作で言うとミコト専用回な訳ですが、結構重要なイベントだったり…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第三十七話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/05/17 16:43


「わぁ…!」

鳥居を潜ると、ミコトは目前に広がる初めて経験するお祭りと言う物に嘆声を漏らした。街とは異なった人の賑わい、活気溢れるこの場の雰囲気、何処からか流れてくる笛や太鼓の音色、普段の街では見る事の無い屋台、どれもこれも何も知らぬ幼子にとってはとても新鮮で、少女を驚かせるのには十分すぎるものだった。
目の前の好奇心を擽る光景に、胸の辺りに感じるうずうずが治まらない。早く見て回りたいと好奇心が騒いでる。そんなミコトは我慢出来ずに隣に立っていた一夏の手をぐいぐいと引っ張る。

「…!…!」
「っとと!おいおい落ち着けってミコト―――だから引っぱるなって!?」

一夏が落ち着けと言い聞かせようとするが、彼の手を引く少女の頭の中はそれどころではない。アレ楽しそう、アレ何かな?アレやってみたい、屋台を見回す度に、次から次へと色々な事が思い浮かんでは頭の中が好奇心で溢れかえって、無我夢中に一夏を人混みの中へと引っぱっていく。
そんなミコトの姿に鈴達は苦笑を浮かべると、駄々を捏ねる少女に成す術もなく引っぱられていく一夏の後をついて行く。

「あらら、祭りの雰囲気に呑まれちゃったのかしら?」
「ミコトさんはお祭りは初体験なのですから、はしゃいでしまうのは致し方ありませんわ。折角のお祭りなのですから楽しまないと損でしょう?」
「そうだよー。お祭りは楽しまないとねー♪」
「そうそう、楽しんで……って、本音さん!?何時の間にそんなに食べ物をお買いになりましたの!?」

ぴょんこぴょんこと跳ねてはミコトの次にはしゃいで見せる本音の両手に持つ食べ物の数にぎょっとするセシリア。
楽しいこと好きな本音にとってこのお祭りは絶好のイベント。正に水を得た魚状態で落ち着いていられる訳もなく、皆が目を離している内にあっちを行ったり、こっちを行ったりして、わたあめ、フランクフルト、イカ焼き、クレープ、チョコバナナ、リンゴ飴、等の定番の屋台の食べ物を買い漁っては両手の指で器用に挟む様な形で持ち、その取得品を次々と増やした結果が現在のこれである。

「喰い漁らずして何が祭りかっ!」
「祭りの楽しみ方なんて人それぞれだから否定はしないけどさ、ものには限度があると思うな。それ、一人で食べきれるの?」

常人なら3品目あたりで胸焼けが起こりそうな品揃えにシャルロットはそう指摘するが、本音は涼しげに笑みを浮かべてドヤ顔でこう答えた。

「私のお腹を満たすならこの3倍は持ってこーい!」
「わけがわからないよ…」
「本音さんのお菓子限定での大食いは今に始まった事ではありませんわ。わたくしはそれを身をもって体験しましたし……ああ、あの時のことを思い出すだけで寒気が…」

そう言ってはセシリアは顔を青くしてブルリと肩を震わせる。
増やすのは簡単だが減らすのは難しい。あのスイーツ巡りに付き合わされたセシリアの減量生活がどれだけ過酷だったかは言うまでもない。

「それよりもお前達、一夏達と逸れてしまうぞ?いいのか?」

今まで黙って祭りの様子を観察していたラウラが離れていく一夏とミコトの背中を指さしてそう忠告すると、ラウラに言われて漸く気付いたセシリア達が慌てて二人の後を追いかける。

「うわ、ほんとだ!?早く追いかけないと!」

何と言ってもこの人混みだ。逸れてしまっては合流するのは極めて困難で祭りを楽しむどころではなくなってしまう。それに、デパートの時とは違い迷子のアナウンスなんて物はありはしない。祭りを楽しみたい一夏達にとっては逸れるのはなんとしても避けたいところだろう。

「もうラウラさん!どうして早く教えてくれないんですの!?」
「……す、すまん。日本の祭りが物珍しかったのでつい夢中になって報告を怠ってしまった」

少し照れる様にしてラウラはそう謝罪した。
ラウラは生れた時から軍人として教育を受けていた為にこういう娯楽には縁が無い人生を歩んできた。彼女の取り巻く人間関係は上官や部下と言ったもので特別親しい人間も居らず、親しい同年代の友人と遊びに出掛ける事なんて勿論なかった。その所為だろう。普段は隙の無い彼女も気が緩み、意識が祭りの方へと向いてしまうのは。しかし、それでもしっかり一夏達を見失う前に気付くのは流石は現役の軍人と言うべきか。

「そんなことより早く追うわよ!あの二人目を離すとすぐトラブルに巻き込まれるんだから!」
「ですわね。毎度毎度トラブルを起こされては堪りませんわ」
「もぐもぐ……あー!みんな待ってよー!」

食べる事に夢中になっていた本音が慌ててセシリア達の後について来るが唯でさえ足が遅いのに、両手が食べ物で塞がっていては更に移動速度の低下は当たり前。現にご覧のあり様だ。

「えう~…待ってよ~!……はぐはぐ」

一夏達を追いかける皆の更に後ろをよたよたとゆっくりとした駆け足?でリンゴ飴を口に咥えたままついて行く本音。この少女、何が何でも食べ物を口から離す気は無いようだ。喰い意地もここまでくれば大したものである。

「少しは自重なさいな貴女は!あと、食べながら走るのはおやめなさい!」
「あ~う~…でも減らさないと走り辛いよ~…」

重し(食べ物)を捨てて速度を上昇させる。まるで気球のような原理で動く本音であった。










第37話「夜空に咲く花」







――――Side 織斑一夏


「むふぅ…わたあめ、甘くておいしい」
「ははは、そうか」

祭りを見て回る途中で買ったわたあめをご満悦そうにちょびちょびと可愛らしく齧るミコトを、俺は隣で微笑えましく思いながら眺めていた。

「これおもしろい、ね。綿みたいなのに、甘い」
「そりゃ綿飴だからな。綿みたいだし飴だから甘いさ」
「ん。これ、好き」

そう言ってまた一口齧る。どうやら相当お気に召したらしい。口の周りはもう既にベタベタだ。セシリアが見たらさぞお怒りになる事だろう。ところで、そのセシリア達は何処に行った?ミコトに引っ張られながら祭りを見て回ってたらいつの間にか居なくなってたんだよな。どうしよう、この人混みだと探すのは大変そうだぞ…。
辺りを見渡しながらどうしたものかと頭を掻いていると、そこに人混みの中から俺の名を呼ぶ声が人混みの中から聞こえてきた。

「一夏さん!…ふぅ、やっと追いつきましたわ!」
「アンタ達ねぇ!この人混みで勝手に行動するんじゃないわよ!」
「ほんとだよ、もう」
「あ、だめー…。食べてながら走ったたから気分がー……うぷっ」
「このたこ焼きと言うのはなかなかイケるな。それより大丈夫か?本音」

何やら騒がしい聞き慣れた声のする方へ振り返ってみると、人混みを上手く避けながら此方へとやって来るセシリア達の姿を見つける。プンスカといかにも怒っていますオーラ全開なセシリア達ではあったが、俺はそれよりも最後尾で気分を悪そうにしてるのほほんさんの方が気になった。一体何があったのさ。

「まったく、お二人で先々行ってしまわれるんですもの―――って、ああもう、またこんなに汚して……。これは今度お食事のマナーを徹底的に躾けないといけませんわね」
「うぅ~…」

ミコトは俺の後ろに隠れると、いやいやと首を振って涙目で訴えてくる。ああ、うん。言いたい事は分かったからとりあえず離れような?口周りの汚れが俺の服についちゃうから。

「また一夏さんはミコトさんを甘やかして!」

いや、お前も大概だと思うがね、どの口がほざきやがりますか。それに俺が庇ってるんじゃなくて、ミコトが勝手に俺の後ろに隠れてるだけなんだけども…。
しかし、これは仕方ないとも思える。ミコトは祭りが初めてなんだし、はしゃいだりするのも無理もない。多少行儀が悪くても大目に見ても良いんじゃないかと俺は思うけどな。

「ま、まあまあ、ミコトは祭りが初めてなんだしさ。夢中になるのは仕方ないって、な?」
「そうやって甘やかしていてはミコトさんのためにはなりません!」

お前は本当にミコトの母親かよと。
ん?だとしたら俺が父親の立ち位置になるのか?不思議としっくりとくるのは何故だろう。

「……本音。いつも不思議に思うのだが、何故あの二人はミコトを挟むと毎度のこと夫婦でもないのに夫婦の様な会話を始めるんだ?」
「そう言う性質なんだよきっとー。S極とN極みたいなー?」
「ふむ、主夫な一夏と仕事に生きるセシリアならバランスが取れていて案外お似合いかもしれんな」
「…なぁに勝手なこと言ってるのかしらぁ?」
「本当にね♪」
「うわわ~!?地雷踏んじゃった~!?…イタタタタ!?りんりんギブギブ~っ!?」
「シャ、シャルロット?……ちょ、やめろ!関節が曲がってはいけない方向に曲がってしまう!?」

外野が何やら騒がしいな。何やってんだよアイツ等は…。
唯でさえ皆目立つのにそんなに騒いだら注目の的だ。現に擦れ違う人達皆が俺達の方をじろじろ見られていてとても恥ずかしいのだが…。

「お~い、あまり羽目を外し過ぎるなよ~?」
「見てないで助けてよ~!おりむ~!?」

そうは言われてもなぁ、こっちはこっちで立て込んで――――って……。
視線を騒いでいるのほほんさん達からセシリアへと戻すと、俺は目を点にする。視線を戻した先にあるのは、子供の行儀の悪さに怒るお母さんなセシリアだと俺は思っていた。けれど、実際にあるのは…。

「ふ、夫婦……(キマシタワー!)」

……何で弛みきった顔して放心してるのこの人?整った顔立ちが色々と台無しなんだが。こういうのを残念美人って言うんだろうな。

「セシリア~、戻ってこ~い」
「―――ハッ!?またしてもやってしまいましたわ……コホンッ、まあ一夏さんの言う事も最もです。今日の所は大目に見ましょう。折角のお祭りなのですから!」

咳払いをして冷静さを取り繕おうとしてももう遅いけどな。毎度のことだけど。

「………きゃっほう♪」
「お前なぁ…」

叱られないと分かった途端、俺の後ろからひょこりと顔を出すミコト。なんて変わり身の早い。お父さんそんな子に育てた覚えはありません!あと、口の周りを綺麗にしなさい!って、おいこら!俺のズボンで拭こうとするな!?

「はいはいズボンで拭こうとするんじゃありません。今拭いてあげますから」
「んー…♪」

ミコトはそれを聞くと、俺のズボンから手を放してセシリアに口を綺麗に拭いてもらう。
はぁ、やれやれ。平然と恐ろしい事をしてくれるちびっ子だ。

「なんか、今日はやけに幼児退行してるわね?別に見た目相応だから不思議にも思わないけど」
「あはは、もう鈴ってば、同い年なんだからミコトに失礼でしょ?」

でも、鈴の言う通り何時にも増して子供っぽいっていうか何というか…。

「……甘えたいんだよー、きっとー」
「…そうだな」

のほほんさんとラウラが何やら意味深な言葉を溢し、皆の視線は二人へと集まる。そんな中、ミコトは一人だけは不思議そうに首を傾げていた。

「甘えたい?」
「………あははー、童心に返るって言うのかなー?ほら、みこちー子供みたいにはしゃいでるでしょー?だから子供みたいに甘えたくなったんじゃないかなー?」

いつもの柔らかな笑みを浮かべて、のほほんさんはそう説明をする。彼女の言う事は少し無理がある様にも思えたが、ミコトだしと言われればそれはそれでまた納得もいくだろう。けれど、やはり引っ掛かるものもあり少し訊ねようとすると、それはミコトが何やら必死に俺の手を引っぱって意識を逸らされたことにより阻止される。

「一夏、一夏。アレ、なに?」
「ん?アレ?……ああ、射的屋か」

ミコトの指差す先を追ってみると、そこにあったのは浅黒く焼けた肌に白いTシャツを肩まで捲り上げた気の良さそうなおっちゃんが店主をしている射的屋だった。
そこへ、射的と聞いたセシリアがキュピーンと目を光らせる。

「ふふん!わたくしにかかれば全ての景品を撃ち取って差し上げますわ!」
「大人げなさ過ぎる……で、やってみたいのか?ミコト」
「ん!」

目を輝かせてミコトは頷く。どうやらお姫さまは射的が御所望の様だ。

「むぅ、ミコトさんがやらなくてもわたくしが取ってあげますのに…」
「ゲームってのはな、やって楽しむ奴と、やってるのを横で眺めて楽しむ奴の二種類がいるんだよ。そして大半が前者だ」

そもそもミコトが興味を示したのは射的屋の景品じゃなくて射的屋の方だからな。

「んじゃ、やってみるか?奢ってやるからさ」
「…いいの?」
「いいって、セシリアもやるだろ?」
「え?わたくしもですの?い、いいですわよそんな!一夏さんにお金を出していただくだなんて…」
「遠慮するなって、皆はどうする?やるか?」
「んー、あたしはパス」
「僕もいいかな。後ろで3人がしてるのを見てるよ」
「私もー、こういうの苦手だしー。みこちー、頑張ってねー」

やるのは俺を含めて3人か。内心皆がやらなくてほっとしつつ射的屋へ向かう。一回や二回は大した額じゃなくてもこの人数じゃ結構するからな。女の子の前でカッコつけたくなるのが男の子だが、見栄を張るもんじゃないよ、うん。

「へい、らっしゃーい」
「おじさん、2人分ね」
「お。仲の良い夫婦だねぇ!いいねぇ!綺麗な奥さんと可愛い娘さんがいて!……もげろ!」
「おいこら」

おっちゃんの豪快な笑顔とは裏腹な私怨の籠った言葉にズビシッ!とツッコミを入れる。もげろ言うな。

「まあまあ、夫婦だなんて♪」
「セシリアも悪乗りするなよな…」
「あら、わたくしは悪乗りではなく本―――とぐぇ!?」

ハイライトが消えた瞳をした鈴が無言でセシリアの縦ロールを引っぱると、首の辺りでグキリと嫌な音を響かせてセシリアは淑女に有るまじき声を漏らす。

「んん?親子じゃなかったのかい?まあ少し若すぎるとは思ったが」
「若すぎだろ!?俺立ちまだ高校生だっての!」
「最近は小学生が母親になる時代だからなぁ。性の乱れる世の中だよ」

そんな無責任な事をすれば俺は千冬姉に殺されるっての。千冬姉はそう言った無責任な行為は何よりも大っ嫌いだし…。

「いやいやいや!同い年だからね!?この二人!」
「なん…だと…!?」

俺の言葉を聞いておっちゃんは信じられないといった面持ちでミコトを見る。

「いやーたまげた。夫婦は冗談のつもりだったんだがまさか同い年とはなぁ。お二人さんどちらかの妹さんかと思ったんだけども」
「気持ちは分かりますけね。こいつは俺の友達ですよ」
「ん~?」

丁度良い位置にあるミコトの頭をポンポンと叩くと、叩かれている本人は訳が分からず話をしている俺とおっちゃんの顔を交互に見て不思議そうに首を傾げる。

「がはは、そう言うところをみると益々兄妹に見えるがね。ほい、鉄砲と弾だ」

おっちゃんは気の良い笑みを浮かべて俺から2人分のお金を受け取ると、鉄砲とコルクの弾をミコト、セシリアに渡す。

「あら、エアーライフルではないんですのね」

お前は景品を粉砕したいのか…。

「銃口の先にコルクの弾を詰めるんですの……よし!」

セシリアはコルクの弾を込めて銃を構える。
流石は毎日のようにISに乗ってライフルを使っている事はあって、銃を構えるその姿は様になっている。

「――――狙い撃ちますわ!」

ポンッ!

気合の入った掛け声とは反して、銃から気の抜けた音を発てて弾は景品に掠れる事も無くぽとりと地面に落ちた。

「「「「「「………」」」」」」

気まずい空気がこの場に流れる…。
あれだけ威勢の良い事言っておいてこれではどう声を掛けたらいいのやら…。

「はずれた」
「うぐっ…」

しかし、子供の純粋さは時として残酷な物で容赦無くセシリアに事実を突き付ける。

「い、今のは……そ、そう!弾道を確認したのです!次は当てます!」

そう言ってセシリアは慌てた様子で再び弾を込めて銃を構えて弾を放つが、またしても弾は景品には当たらず明後日の方向へと飛んでいく。そして、最後の一発も掠めはしたが景品を倒すまでには至らなかった。

「あ、当たりませんわぁ…」

敗北に打ちひしがれるセシリア。
何となくだがこうなりそうなのは予想してた。見た目だけ似せた玩具の銃が本物の銃と同じように弾が飛ぶ筈もない。本物と同じ感覚で撃っても当たりはしないだろう。

「ま、まあ、元気出しなってお嬢ちゃん」
「そうだぞ、どうせ遊びなんだしそんなに落ち込む事無いだろ?」
「代表候補生としてのプライドが…」

そう弱々しく呟きながら、肩を落としてトボトボと後ろで見学していた鈴達のもとへと戻っていく。だから遊びにムキになるなってば…。

「ど、どんまい!ゲームだから!そんなに落ち込まないで!」
「ぷっ!アハハハ!全弾外れてんの!おっかし――――アイタぁ!?」
「空気読め」
「ナイス、ラウっち~」

……後ろが騒がしいなぁ。

後ろで騒いでいる連中は放っておくとして、まだ弾を一発も撃っていないミコトはと言うと―――。

「次、私…」

そう言って後ろの騒音を気にも止めずに、むん!と銃を抱えたまま可愛らしくガッツポーズをしていた。
何時にも増して真剣な表情で銃を構える―――が、狙おうにも身長が低いために手前の台が邪魔して景品に狙いを定める事が出来ない。ミコトはそれに戸惑いどうすればいいのか困った顔をして俺を見上げてくると、俺はそれを見て苦笑する。

「う~……届かない」
「ははは、ちっちゃいから狙えないか。よっと―――」

ミコトの両脇を持ってひょいっと持ち上げてやる。

「どうだ?これで狙えるだろ?」
「お~…!」

俺に持ち上げられて急に自分の視線の位置が高くなると、ミコトはそれが楽しかったのかきゃっきゃっとはしゃぎ出す。ああもう…。

「こらこら、暴れるなって」
「むふ~♪」
「……本当に兄妹じゃないのかい?」
「だから違うってば」

おっちゃんの疑いの目を向けられるも、俺はキッパリと否定。
確かにおっちゃんの疑う気持ちも分かる。いま俺がやっている事だって傍から見れば背の届かない妹をおぶってやる兄の姿その物だろう。俺自身もミコトの事を妹感覚で接している時だってあるし。でも、だからと言ってこの事実は変わらない。

「一夏。一夏。これ、どうやるの?」
「えっとな、まずはコルクの弾を銃口に押し込むんだ。しっかりと詰めるんだぞ?じゃないと弾が飛ばないからな」
「ん………できた!」

うむ。頑張ればもっと入るけどミコトの力だと引き金を引けなくなりそうだからこれ位で良いか。

「んじゃ、次は構えだ。出来るだけ銃口を的に近づけてるんだけど……ミコト、何が欲しいんだ?」
「あのペンギン」

銃口を向いた先にあるのは大きめの一頭身ペンギンのぬいぐるみ。本当にミコトはペンギンが好きだな。

「よし、ペンギンだな。じゃあ目一杯に銃口をペンギンに近づけて、よ~く角を狙うんだぞ?真ん中だと倒れないからな」
「ん」

ミコトは頷いて俺が教えた通りに銃を構えて引き金を引く。
ぺしーんと渇いた音が射的屋に響く。その後、少し間をおいて聞こえてきたのは柔らかい物が地面に落ちる音。

「お!当たったぞミコト!」

地面にころがっているのはミコトが欲しがっていた一頭身ペンギンのぬいぐるみ。ミコトは見事に自分が欲しがっていた物を勝ち取ってみせたのだ。

「上手いことやったなぁお嬢ちゃん!ほれ、これはもうお嬢ちゃんのモンだ持ってきな!」
「ん♪」

ミコトはぬいぐるみを受け取ると、ぬいぐるみを大事そうにギュッと抱きしめて、満面の笑みを浮かべながら自分が欲する物を勝ち取った事を喜ぶ。

「ミコトも満足したようだし、別の所回るか」
「ん。おじさん、バイバイ」
「おう!また来年も来てくれよな!お嬢ちゃん!」

おっちゃんにミコトは手を振って別れを告げて、俺達は射的屋を後にする。







射的屋で遊んだ後も、俺達は色々な屋台を見て回り、遊んで、食べたりなどして祭りを楽しんだ。そして、時間も過ぎていき屋台をだいたい見て回り終えた頃、あれだけはしゃぎ回って俺達の先頭を歩いていたミコトが急にピタリと立ち止まると、くるりとこちらへ振り返ってきた。

「ん?どうしたんだ?ミコト」
「一夏、そろそろ箒迎えに行く」
「え?ちょっと早い過ぎるんじゃない?」

実は30分程前に箒から仕事が予定より忙しいため、合流するのは遅れそうだとメールがあった。

「んー…や」
「いやと言われてもねぇ。早すぎると箒にも迷惑が掛かるでしょ?」
「ぶぅー…」

鈴の言う通り携帯の時計を見れば時間は丁度7時を表示していた。最初に箒と約束した時間は7時。本来ならもう箒と合流している筈だったのだが、箒からメールが来て時間は7時半へと延びてしまった。そして約束の時間までにはまだ30分もある。流石に早すぎるだろうと鈴は言うのだが、ミコトはいやいやと駄々を捏ねて迎えに行くと聞かない。

「箒と、遊んでない…」
「あー……」

ミコト、箒と一緒に祭りを見て回るって約束してたもんなぁ…。
8時から花火だし、それから一時間は花火を見て、花火が終わったあとはもう屋台も片づけを始めてしまいお祭りが終わってしまう。箒と祭りを見て回る時間なんて無いのだ。

「じゃあさ、何か差し入れ持って行ってあげようよ。箒もお仕事が忙しくて晩御飯も食べてないだろうし。それならいいでしょ?」
「おっ、それは良いな。ついでに花火見物の時に何かつまむ物も買っておくか。早めに買っておかないとそろそろ屋台が混み始めるぞ」
「うむ、食料を早急に確保せねば」

花火の打ち上げ時間は8時から。8時になれば皆花火を見るのに夢中になるから花火打ち上げ前は食べ物を扱う屋台は混み始めて長蛇の列が出来てしまい、食べ物を購入するのは困難。その前に確保しておかないけない。

「さんせー♪どの屋台が一番美味しいかもう把握済みだよー♪フライドポテトはあっちがオススメ~♪お祭りの出店にしては揚げ具合が絶妙だよ~♪フランクフルトはあっちかな~?焼きそばは断然あっち~!」
「アンタ、そういう所は逞しいわね…」
「乙女の嗜み~♪」
「貴女には乙女の嗜みについてしっかりと話し合う必要がありそうですわね…」
「えー?どうしてー?」

心底分かんないと言った感じで、不思議そうに返してくるのほほんさんにセシリアは頭を抱える。いや、如何しても何もそう言う事だろう?男の俺でも分かるぞそれくらい…。

「もう、いいですわ…」
「え?そうー?セシリアは変だなー」
「貴女にだけは言われたくありませんわ!」
「解せぬ」

解せないのはこちらの方である。

「馬鹿やってないで早く行くわよ。遊ぶのは箒と合流してからでも良いでしょうが」
「何買っていく?晩ご飯なら量の多いヤキソバかな?」
「あのタコ焼きと言うのは美味かったな、あれにしよう。私はあれが好きだ是非そうするべきだ」
「ラ、ラウラさん…?」
「はいはい、たこ焼きね。買ってあげるから落ち着きなさい」
「ミコトの幼児退行が伝染してる…」

ミコトと同じく祭りの雰囲気に呑まれた人間がまた一人…。食い気という駄目な方向へと走ってしまったのは親しかったのほほんさんの影響か。それとも、お祭りの楽しみ方をのほほんさんを見て間違った認識をしてしまったのか。どちらにせよのほほんさんが原因なのは間違いない。

「………」
「ほえー?」

無言でのほほんさんを見るが、視線を向けられた本人は俺の考えている事など露知らず、のほほんと少し責めを含んだ視線を受け止める。

「えっとねー………遺憾の意を表明する~♪」
「なんでさ」

てか俺の考えてること実は分かってるんじゃないのか!?









――――Side 篠ノ之箒


「ふぅ~…」

神社なんて普段は退屈も良い所だと言うのにこういう行事の日に限っては忙しい。
一人溜息を溢すと、屋台が立ち並ぶ賑やかな境内を眺める。今頃一夏達はお祭りを楽しんでいる頃だろうか。もう少しでお手伝いから解放されるとはいえ、本当は神社の手伝いが無ければ最初からその中に私も加わりたいのだがそうはいかないか。家の事情で神社の管理を押し付けた身とあっては、どうしても申し訳なく感じてしまう。

ミコトには悪い事をしたな…。

本当ならもう少し早めに上がれると思ったのだが、予想以上に忙しいがために約束の時間を遅らせてしまった。
あんなにミコトは楽しみにしていたと言うのに申し訳ない気持ちで一杯で仕方が無い…。

「箒ちゃん。お疲れ様」

巫女服を着てお守り販売の手伝いをしていたところを、40代後半の歳相応に落ち着いた物腰と柔らかな笑みを浮かべた女性が声を掛けてきた。

「! 雪子叔母さん。お疲れ様です」
「はい、お疲れ様♪」

忙しいと言うのに雪子叔母さんはまったくそういう素振りを見せない。昔から私はこの人が笑顔を崩すところを見た事が無い、怒ったところなんて以ての外だ。

「屋台の方を見ていたみたいだけれど、お祭りが気になる?」
「え?あ、いや……別にそんな事は…」
「うふふ、昔から嘘が下手ね、箒ちゃん」
「………」

簡単に嘘を見抜かれて私は頬を赤く染めて顔を俯く。本当にこの人には敵わない。

「行ってきたら?折角の夏祭りなんだから」
「いえ、もう直ぐ売り場も閉めますし、やると言ったからには最後までやらないと」
「本当、昔から真面目ね箒ちゃんは」
「わ、私は別に真面目では…」

私は別に真面目な訳ではない。ただ不器用なだけだ。
剣道もそうだ。周りには私が剣道一筋で真面目に鍛錬を積んでいる様に見えたかもしれないが、本当の所は他人に接しようともせずに一夏の繋がりを感じたいがために、そんな不純な気持ちで竹刀を振い続けて、その結果他人を傷つけて…。そう、私は決して真面目なんかじゃない。

「箒ちゃん?顔色が優れない様だけど、大丈夫?」
「…いえ、大丈夫です」

雪子叔母さんから逃げる様に顔を逸らしそう答える。

「……そう、箒ちゃんがそう言うのならそうなんでしょうね」
「…はい。すみません、お気を遣わせてしまって」
「良いのよ、可愛い姪っ子だもの。寧ろ甘えてくれた方が私は嬉しいわ」
「甘える…ですか。すいません、ちょっと難しいです」
「ふふふ、かもね。昔からそうだったものね」
「うぅ…」

本当に、この人は…。

「それじゃあ仕事を再開しましょうか。ほら、丁度お客さんが―――あら、まあまあ!これはまた随分と懐かしい顔ね」

雪子叔母さんはお客を見て一瞬驚いていたようだったが、それは直ぐに柔らかな笑顔へと変わる。
しかし、何か妙だ。雪子叔母さんの浮かべている笑顔は明らかに接客時の笑顔ではない。いや、神社の人間が営業スマイルというのも何か変な気もするが…。でもやはりあの笑顔は変だ、あの笑顔は何かを懐かしみ、細めたその目には喜びに満ちていて、まるで子の成長を喜ぶ母の様であった。少なくとも祭りに訪れたついでにお守りを買いに来たお客に向ける笑顔では無い。どのような人でも分け隔てなく接する人ではあったが、この様に微笑んで見せるのは近しい身内くらいにしか見せる事は無いだろう。

「? どうかしまし―――」

知り合いの方でも来たのだろうか?私がそう思いお客の方を見る。そして、その直後にピシリと音を立てて硬直した。

「おっす、箒」

視線を向けた先、そこには右手を上げて挨拶をしている一夏がいた。

「――――い、一夏!?」
「だけじゃないけどね。へー、巫女服かぁ。なかなか似合ってるじゃない。はい、差し入れのやきそば」
「鈴もか!?じゃあ皆も…」
「ん。いるよ?」
「わー♪生巫女だ生巫女だー♪まさか友達に巫女さんがいるなんてねー。たい焼きも食べるよねー?」
「巫女服ですか。修道服とは見た目は異なりますが清楚な感じはしますわね。クレープ召し上がりますか?」
「箒、すっごく似合ってるね!かわいいな~!あ、これ差し入れのべビーカステラね」
「ふむ、紅白でシンプルな色合いだな。私は好きだぞ?出来れば白黒、もしくは黒一色だとなお良いが。ほれ、たこ焼きだ」
「な、なななっ!?何でお前達まで居るんだっ!?と言うかこんなに食べられるか!?」

次々と一夏の後ろから現れる友人達。
いや、いやいやいやいや!何で此処に居るんだ!?時間変更のメールは謝罪の文も一緒に確かに送った。待ち合わせ時間までまだ時間はある筈。なのに何で皆ここに来ているんだ?うぅ…皆、私の巫女姿をじっと見てる。は、恥ずかしい!見られたくないから着替えて合流するつもりだったというのに…!それよりも何で皆食べ物を私に押し付けてくる!?

「箒の巫女服姿も久しぶりだなぁ。あの頃は小さかったから昔と今とじゃ全然違うな」
「わ、悪かったな!昔とは全然違って!」
「何で怒ってるんだよ?昔は可愛かったけど今は綺麗で似合ってると思うぞ?」

か、可愛いっ!?

「~~~~~っ!?///」

ほ、褒められた?一夏に褒められたのか私は?…ま、不味い、顔がすっごく熱くて茹で上がってしまいそうだ…。

「あらあら、箒ちゃんったら可愛い♪」

くすくすと雪子叔母さんは茹でダコ状態の私を見て可笑しそうに笑う。すると、そこで一夏は漸く雪子叔母さんの存在に気付く。

「あっ、えっと……?」
「あら、覚えてない?まあ仕方ないわよね、二人が小さかったから」

……ああ、言われてみれば何度か一夏も雪子叔母さんと顔を会わせた事があったな。あれは剣術道場で稽古をしていた時か。たまに神社に戻って来ていては、その時に道場に通っていた子供達にお菓子の差し入れをくれたのを覚えてる。

「…ああ!あの時の!」
「思い出してくれた?」
「はい!よく稽古の後に皆でお茶とお菓子をご馳走して貰ったのを覚えてますよ!」
「そうそう、懐かしいわねぇ。すっかり一夏くんも大きくなって……あら?」

頬に手を当ててそう懐かしそうに語る雪子叔母さんだったが、一夏の後ろから顔だけをひょこりと出してこちらの様子を窺っていたミコトに目が止まり、何かを確かめる様にじ~っとミコトの顔を見つめる。

「えっと、貴女…」
「う?」
「…いいえ、何でもないわ。ごめんなさいね、私の知ってる子に似てたものだから(他人の空似…よね?)」
「ん」

ミコトに戸惑いを見せた雪子叔母さんだったがすぐに笑顔へ戻る。
恐らく雪子叔母さんが戸惑っていたのはミコトが千冬さんにあまりにも似すぎていた為だろう。千冬さんも此処の道場に通っていたから顔を会わせる機会はあった筈だから千冬さんを知っていても不思議ではない。何より、人騒がせなもう一人の姪の親友で有名人なのだから知っていて当然とも言えるだろう。だが、今はそれよりも―――!

「――――そ、それより!どうして来た!?まだ待ち合わせの時間じゃない筈だぞ!?」
「だから差し入れだって、ほれ焼き鳥」
「お前もか!?」

山の様に積まれた差し入れに新たに焼き鳥が追加される。何だこの祭り定番のよりどりみどりは。見ているだけで胸焼けしてしまいそうだ。

「まあ、本当の所はミコトが箒に会いたいって言い出して聞かないから、約束の時間よりも早く此処に来たんだけどな。んで、仕事の邪魔はしちゃ悪いと思ったから差し入れという名目で様子を見に来た訳だ」
「それでこれか…」

どっさりと積まれた差し入れの山を見る。気持ちは嬉しいがこれでは嫌がらせではないかと疑ってしまうぞ…。
すると、私がげんなりとしている所にまた新たに差し入れが追加される。

「箒、仕事、がんばって?」

一夏の後ろに隠れて……そう、それはまるで悪戯をした子供が叱る親の機嫌を窺うそれに似ていて、ミコトは顔だけ覗かしてぽつりと呟くと、恐る恐る自身の後ろで隠していたわたあめを私に差し出してきた。
我儘を言った自覚があるのか、きっと仕事の邪魔をして怒られると思ったのだろう。そんなことは決してないと言うのに。そう、怒られるべきは約束を破った私の方なのだから。けれど、仕事をしている以上それを放り出すわけにはいかない。いや、既に放り出しているんだ私の家は。それなのに手伝うと申し出た側として「友達と遊びに言って良いですか?」なんて自分勝手な事はとても言える筈が無い。

「ミコト…ありがとう」

私はミコトに感謝を述べてわたあめを受け取ると一口齧る。
…うん、甘い。口の中で広がるわたあめ独特の甘み。そう言えばわたあめを食べたのは何年振りだろう?わたあめなんて祭りの屋台にしか目にする機会は無いし、ここ数年祭りに行く事なんて無かったから本当に食べたのは久しぶりだった。

「…ふふ、美味しいな」
「!…ん。よかった♪」

私の言葉を聞いて、先程まで不安そうだった表情は忽ち花が咲いた様に明るくなる。

ふふ、可愛いな。本当に…。

思えばミコトと出会ってもう少しで半年程か。出会った頃に比べてミコトも表情が豊かになったものだな。私も人の事は言えないが。

「ご馳走様だ。すまないな、まだ仕事は終わってないからもう少ししてからまた―――」
「あら、遊びに行って来たら良いじゃない」
「雪子叔母さん!?」

雪子叔母さんはにっこりと微笑んで、先程までの会話を台無しにするような事を言い出す。

「さっきまでの会話を聞いてると本当はお友達と約束してたんでしょう?駄目じゃない嘘吐いちゃ、さっきも言ったでしょう?甘えて貰えた方が私は嬉しいって」
「ですが、一度引き受けた以上は―――」
「一夏くん。箒ちゃんをよろしくね?あっ、食べ物は此処に置いて行きなさい。見て回るのに邪魔でしょう?預かっておいてあげるから花火の時間になったら取りにきなさいな」
「あ、はい。でも良いんですか?」
「良くな―――」
「良いの良いの。せっかくの夏祭りなんだから楽しまないと、ね?」

話の中心である筈の私を置いてけぼりにして、話はどんどん先へと流れていく…。

「ああでも、着替えてる時間はないわね。箒ちゃん、仕方が無いからそのまま遊びに行ってらっしゃい。大丈夫、此処は神社だから巫女服でも恥ずかしくないわ」
「え、ええ!?」

何その暴論!?流石に無理がある様な…。

「それもそうっすね。よし箒、行くぞ!」

がしっ!

一夏が私の手を握ってくる。

「ちょっ、待って!?放せ!」
「箒、いこ?」

がしっ!

そして、もう片方の空いてる手をミコトが握る。

「ミコトもか!?」

がっしりと両手を二人に拘束され、二人に強引に引っ張られる。
一夏の方を振り解こうにも男と女では力の差があり過ぎて振り解けない。ミコトの方は振り解こうと思えば振り解けるが、そうするとミコトが傷ついてしまいそうなのでやはり出来ない。
結局、私は抵抗をする事すら許されずにずるずると屋台の並ぶ境内へと引き摺られていくしか無かったのだ。

「何だこれは?一体どう言った状況なのだ?どうしてこうなった!?」

私の疑問に答えくれる者は居ない。ただ引き摺られていく私を微笑ましく見守るだけだ。真面目に仕事していた筈なのにこの仕打ち。あんまりである。

「結果オーライ…で良いんですのよね?」
「たぶん…うん、良いんだと思う」
「あれだと余計に目立つわよね…?」
「まるで宇宙人の様だな」
「しののんは犠牲となったのだー」
「あらあら、元気なさそうだったけどあの様子だと大丈夫そうね。うふふ」

くっ!他の連中は他人事のように!

「は、放せ!は~な~せ~!!」

私の叫ぶ声が夏の夜空に響くのだった…。









「なあ、いい加減機嫌直せよ。悪かったってば」
「………ふん!」

隣で一夏が両手を合わせて謝罪して来るが、私はそっぽ向いて一夏に奢ってもらった(正確には奢らせた)クレープを頬張る。
あの後、引き摺られる様な形で祭りを見て回る事となった私は、巫女服という目立つ服装と目立つ奇行のために当然擦れ違う人々の注目の的となり、自身に集まる視線に私の顔からは恥ずかしさのあまり炎が噴き出してしまいそうなほどに真っ赤に染め上がり、もうお祭りを楽しむ余裕などありはしなかった。いや、楽しむどころかあれは公開処刑の類いだ。処刑を楽しむなんて狂人以外の何でもない。流石に見るに見かねて他の連中が助けてくれたが、何故もっと早く助けてくれ何だと思わずにはいられない。というか連中も途中までは楽しんでたからな!

「箒、ごめんね?」
「ミコトは悪くない。悪気があったわけではないからな……他の連中と違ってな?」
「「「「「「………」」」」」」

ミコトにそう微笑んでからギロリと他の連中を睨む。睨まれた者達は一斉に視線を逸らした。こいつら…。

「しかし今度からは止めてくれ。お願いだから」
「ん」

切実にそう願うとミコトは素直に承知してくれた。分かって貰えて何よりだ。あんな目に遭うのは二度と御免だからな。

「ならば良し。祭りも満喫した事だし……ああ、そろそろ花火の時間だな。神社に戻るとしよう」
「あー、ほんとだー。もう打ち上げ始まっちゃうよー?」

楽しい時間…とは言い難かったが、そう言うのに限って時の流れが早く感じるもの。
気が付けば現在の時間は8時前、もうすぐ花火が始まってしまうのでそろそろ移動した方が良いだろう。神社に戻って雪子叔母さんに預かって貰っていた食べ物を受け取ってから例の場所へ向かう事にしよう。

私と一夏を先頭にぞろぞろと参道を歩いていると、隣で歩いていた一夏が私に話しかけてきた。

「やっぱりあそこに行くんだろ?ほら、例の場所」
「無論だ」

私と一夏が言う例の場所というのは、神社の裏にある林を抜けたところに秘密の穴場のことだ。
背の高い針葉樹が集まって出来た裏の林には、ある一角だけ天窓を開けたように開いている。そこから見る景色はさながら季節を切りぬいた絵の様で、春は朝焼け、夏は花火、秋は満月、冬は雪と、色とりどり四季折々の顔を見せる秘密の場所。そこを知っているのは千冬さんに姉さん、そして一夏と私の四人だけだ。

昔はよく4人であそこに行ったものだ。何時からだろう、あそこに立ち寄らなくなったのは…。

一人物思いに耽っている内に神社に戻って来ると、雪子叔母さんから預かって貰っていた食べ物を受け取りそのまま皆を連れて神社の裏にある林の中へ。

「おー、変わってないな。ここも」
「…そうだな」

一夏の言う通り此処はあの頃と全く変わらない。聞こえてくる虫の鳴き声も、時折吹く風に乗って運ばれてくる草木の香りも、あの時のままだ。まるで此処だけ外から隔離されて時が止まっていたかの様に…。

「…天窓」
「素敵ですわね…」
「わぁ…」
「良い眺めだねぇ~」
「成程な、確かに花火を見るには絶好のスポットだろう」

着いた先にあった天窓を見上げて、皆はその眺めに口を大きく開けて溜息を溢す。

「へぇー、神社の裏にこんな所あったんだぁ」

以前にこの街で暮らしていたからと言って、鈴が知らなくても当然だ。だからこそから秘密の穴場なのだ。そうでなくては秘密の穴場とは呼べかないだろう?

「此処を知ってるのは私と一夏を含めて四人だけだからな。知らなくて当然だろう」

4人だけが知っている秘密の場所。以前の私なら一夏との共有の秘密を、この思い出の場所を、誰かに教える事なんて無かっただろうが……ふふ、不思議だな。皆なら悪くないなと思えてしまう。

「箒、箒」
「む?どうした?ミコト」

とてとてと私の足元に駈け寄って来るミコトに私はしゃがんで視線を合わせてやる。
さて、行動が予測不可能なこの少女は何を言い出すのだろうか?そう思いながらミコトのアクションを待つが…。

「ありがと」

ミコトの口から述べられたのは突然の感謝の言葉。
一瞬、ミコトのその言葉の意味を理解出来きずにきょとんとしてしまうが、「ああ、そうか」と直ぐにその意味に気付き、ふっと笑顔を浮かべる。
言葉足らずだが何となくわかる。この子は聡い。多分、ミコトには私にとってこの場所がどれ程大切な場所か理解しているのだろう。だから「ありがとう」と感謝の言葉を述べたのだ。だから私もこう返そう。

「……うん、どういたしまして」
「ん♪」

ドーーーーン!

そして、タイミングを見計らったかのように、轟音と共に夜空に色鮮やかな花火が咲いた。

「おっ!始まったな!花火!」

花火大会を告げる最初の一発目に続いて、次々と花火が夜空に鮮やかに咲いていく。この花火大会は百連発で有名で、一度始まると一時間以上ぶっ通しで轟音と一緒に夜空に彩りが止む事は無い。

「ひゅ~♪やっぱ夏と言ったらこれよね~♪」
「わっ、すごいね!」
「これが日本の花火…。イギリスの花火とはまた違いますのね」
「た~まや~♪」
「………これは、また凄いな」

パッ、パパッと花火が瞬く度に、楽しそうに花火を見上げる皆の顔が光に照らされる。この顔を見られただけで私にとっては十分楽しい夏祭りだったと言えなくもない。
ん?皆と言えばミコトはどうしたのだろう?初めての花火なのに随分と静か―――。

「――――――…」

―――だと思ったら、花火を見上げたまま目を丸くして硬直していた。手に持ったわたあめも食べるのも忘れて。

言葉もない、と言ったところか。ふふふ。

「どうだ?ミコト。初めての花火の感想は?」
「すご…い…きれい…」

きっと、今思っている気持ちをそのままに言葉にしたのだろう。まるで子供の様な感想が少し可笑しくてくすりと笑うと一緒に私も空を見上げる。
赤、青、緑、黄色と様々な色の花火が瞬いては夜空と私達を照らす。

「ああ、そうだな。とても綺麗だ」
「でも、おなかがドンドンってなるね…」
「ぷっ…あはは!そうだな。ドンドンってなるな」

お腹を押さえて戸惑うミコトの顔を見てまた可笑しくて笑ってしまう。まあ、それもまた花火の醍醐味だから我慢してくれ。

「………」

ミコトから他の皆へ視線を移す。花火の光に照らされるその表情はどれも楽しそうな物ばかり。
そう、この場に居る誰もが花火を楽しんでいた。だからこそ思う。願う。

また見よう。皆で、私達しか知らない、この秘密の場所で…。

そう祈りながら、夏休み最後の思い出はそれは華やかな火に彩られて過ぎていくのだった―――。











あとがき

ぶっちゃけ弱音吐かせてもらうとキャラが多過ぎて扱いきれない(爆)
と言う訳で夏休み編終了!次回は2学期…と言うかⅡ章のプロローグです。物語もそろそろ終盤。スコールのISもどんなのにするか決定しましたしね!いやーえげつない!我ながらえげつないスペックのISですwISが30機もある火薬庫とも呼べるIS学園には悪夢と言える程の能力を持ったISですwウェヒヒヒw

あと、pixivにてミコトのメイド姿が公開中!もう見たかな?投稿して随分と時間経ってるしw



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二章プロローグ
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/05/23 01:23
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン…。
本日の授業の終了を知らせる鐘の音が教室に響き渡ると、それを聞いた生徒達はまだ教師が授業の終わりを告げていないと言うのにざわざわと騒ぎ出し、それを見た男性教師はやれやれと頭を掻いて肩を竦めた。

「おいお~い。まだ終わってないぞ~?あー、今月末は学年別トーナメントがあるのは皆知っているよな?放課後は基本自由だから遊んだりなんなりするのは勝手だけどな、負けて恥ずかしい思いをしたくなければ自主練に励む様に、授業で分からない事があれば俺に質問しに来い、以上。解散!」
『ありがとうございました~!』

生徒達の挨拶を聞いてから、男性教師は早々に教材を纏めて教室を出る。
この時期は手続きやらなんやらで忙しい。ましてや大きな学園行事前だ。各国からのお偉い方が客人として訪れる為に客人リストの確認、当日の打ち合わせ、緊急時の対応等など、話し合う事が山ほどあるのだ。

「毎年毎年きっついよなぁ~…」

廊下を若干急ぐようにして歩きながら男性教師は職員室へと向かう。
教師側になってからその忙しさを思い知る。あの頃は生徒側だったがこうして教師側に立つと先生達には本当に色々迷惑掛けたんだなと、男性教師は申し訳ない気持ちと感謝の気持ちで一杯になる。事実、彼が在学中の年はIS学園が設立して一番事件が多発した時期であり、教師陣は過労で倒れそうになった時期でもある。

「先生ー!待って待ってーっ!」

女子生徒に呼ぶ止められ、男性教師は急いでいた歩みを止めて女子生徒の方へ振り返った。

「ん?―――ああ、黛か。どうした?」

男性教師を呼んでいたのは彼の受け持っていたクラスの生徒だった。
黛と呼ばれた女子生徒は彼の許まで小走りで駆けてくると、走って息を切らしていた呼吸を整えてからニコリを笑顔を浮かべて彼を見上げる。

「はい!実は先生に質問がありまして!」
「質問?授業で分からない部分でもあったか?」

だとしたら教室を出る前に聞きに来れば良かっただろうにと、男性教師は少し困った顔をして黛を見る。廊下では立ち話になってしまい黒板もなにも無い為、どうしても口だけの説明になってしまう。物を教えるのには適した場所とはとても言い難い。質問しに来いと言った以上その言葉を偽るつもりは無いが、生徒の期待に100%応えられるか彼には自信が無かった。そんな心配をする彼であったが、女子生徒は「いやいや違いますよ」と両手をブンブンと振って否定する。

「授業の質問じゃなくてですね。この学園のOBである先生に質問がありまして♪」
「俺に質問?」

黛の言葉に彼は怪訝そうな表情を浮かべる。
彼自身特殊な為に質問されるのは良くあるの事なのだが、彼女が『学園のOB』と言っている様に彼自身に質問がある訳では無いらしい。しかしだからこそ彼は不思議に思った。彼女はOBである先生にと言ったが、基本この学園の職員達はIS学園の卒業生などで構成されている。つまり、この学園の教師全員がOBな訳だ。その大勢居るOBの中で彼を選んだのは何か理由でもあるのだろうか?

「あ、正確には『10年前IS学園の生徒だったOB』ですね」
「ああ、成程な」

それなら納得だと男性教師は言う。
確かにそれなら人数も限られてくるし、その中で彼を…しかも担任である彼を選ぶのは別段不思議でもない。

「で、何が聞きたいんだ?」
「えっとですね。今度新聞部で一年生だけで記事を書く事になったんですよ。誰が一番面白い記事を掛けるか競う形で。だから良いネタないかな~って♪」

それでかと彼はまた納得したと苦笑する。
この男性教師自体ネタの塊だ。ネタを絞り取ろうと思えば幾らでも絞りとれる事だろう。実際、在学中も此処に教員として務めるようになってからも新聞部の取材は絶える事は無かった。彼自身もう慣れたものである。諦めとも言えるが。

「そう言えば黛は新聞部だったか。しかし姉妹揃って新聞部とは、そういう家系なのかお前の家は?」
「あはは♪かもしれないですね」

そう、彼の教え子である黛は10年前に新聞部に所属していた黛 薫子の妹なのだ。そしてその彼女の姉も雑誌「インフィニット・ストライプス」の副編集長を務めている。もはや黛の血がそうさせているとしか思えないレベルだ。

「けど俺に取材しようと思うのは皆同じなんじゃないか?自分で言うのも何だが、ネタが服を着て歩いてる様なもんだぞ俺?」
「自分で言いますか。まあその通りなんですけどね?でも、残念ながら今回は先生の取材じゃないんです。言ったじゃないですか『10年前IS学園の生徒だったOB』って」
「そう言えばそうだったな」

彼自身についてに取材をしたいと言うのなら、『10年前IS学園の生徒だったOB』なんて回りくどい言い方なんてしない筈。しかし分からない。彼女は自分に何を聞きたいのだろう?『10年前IS学園の生徒だったOB』それは彼に当てはまる。10年前にIS学園で起こった何かを取材したいのだろうか?

「グラウンドの外れにある石碑はご存知ですか?」
「…………っ!」

石碑と言う言葉を聞いた途端、彼はピクリと表情を強張らせたが、直ぐに表情を和らげて彼女の質問に答える。

「……ああ、知ってるぞ?あの石碑が如何したんだ?」
「私、あの石碑の事を調べて記事にしようと思ってるんです!皆もあの石碑の事気になってるみたいなんで、注目をされるかなって」
「………そうか」

少し複雑そうに男性教師は笑うと、近くにあった窓から彼女が言うグランドの外れにある石碑を眺める。
学園を見守る様に存在しているそれは、とても質素で飾り気のない石碑で。けれど、お供えされている花はとある人物が毎日のように変えられているため、萎びた様子は無くとても奇麗に咲き誇っていた。

「何処まで調べたんだ?あの石碑について」
「それが全然。立てられた時期は石碑に書かれた年号で分かるんですけど…」

残念そうに語る黛に男性教師は「だろうな」と呟いてから窓を開けて渕に手を置くと、頭上に広がる青空を見上げた。何の変哲の無い空を、何時までも変わる事の無い筈の空を懐かしむ様に…。

―――ずっと、一緒にいたいよ…。

(ああ、俺は、俺達は此処にいるぞ?■■■…)

それは、彼女との約束の言葉。彼と、彼女達が此処に留まる理由…。

「…………あれはな、お墓なんだよ。俺の、俺達の友達のな」
「え?お墓ですか?でもあれには名前なんて…」
「書けないんだよ。『アイツ』は存在しない筈の人間だから」

そう、だからこそあの墓には名前は記されていないのだ。居ない筈人間の名前なんて書きようが無いから…。

「えっと…?」

訳が分からないと言った様子で首を傾げる黛に彼は苦笑を溢す。

「どうしようもない、抗いようの無い力に捩じ伏せられる。そんなもんなんだよ大人の世界ってのはな。悔しくても、どんなに未練でも、餓鬼が幾ら騒いだところでどうしようもないんだ」
「…………」

そう悟った様に語る彼だったが、その瞳を見れば未だ悔いが残っているのは明らかだった。けれど、それでもどうしようもないと彼は言う。自身に言い聞かせるように何度も…。

「だから、この話を記事にするのはやめとけ?委員会から圧力を掛けられるのがオチだ」
「……やっぱり、このネタを選んで正解でした。私、この話を絶対に記事にします!」
「は……?」

黛の発言に対し、男性教師は訳が分からないと言った様子で彼女を見る。止めておけと言うのに何を言い出すのだろうこの生徒はと。

「私、子供だから大人の事情とか難しい事は分かりません。確かに名前を伝えられないかもしれません。でも!そんな人が此処に居たんだって知って貰える事は出来ると思うんです!」
「黛……」

そう熱心に、真っ直ぐな意志を持って語る黛の姿に、男性教師はいつかの自分を見ている様で眩しそうに目を細めた。
あの頃に居た生徒達はもう卒業し、そしていずれ彼も退職してこの学園から居なくなる。そうすれば『彼女』の存在は時の流れと共に忘れ去られてしまうのだ。どうしようもない、それは仕方の無い事だ。しかし、目の前の教え子は言う『語り継ごう』と。名を語る事を許されない少女の存在を。それが嬉しくて、泣きそうになる程に嬉しくて。だから…。

「……名前は教えられないぞ?詳しく話せない事も結構ある。それでもいいのか?」

彼は語る事にした。名を明かせぬ少女の事を。誰よりも空を愛した少女の物語を…。
本来ならそれは許されない事だ。委員会の意思に逆らう行為。査問に掛けられる可能性もある。だが、彼はそれでも語る。

「はい!お願いします!」
「……そうか、分かった。『アイツ』と出会ったのは入学式のHRの時――――」

10年前、何が起こったのかを…――――。












あとがき

第二章スタート!
この男性教師。誰だか分かりますよね?

最近、ISの鬱系SS読んだおかげでテンションだだ上がりでした♪良いですね、鬱SSは♪どう足掻いてもbadendとか最高です♪あ、この話はそうはならないのでご安心をw



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第三十八話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/06/04 22:42

「―――以上の報告で分かりますように、亡国機業の活動は活発となっております。ラウラ・ボーデヴィッヒさんのシュヴァルツェア・レーゲン。そして、銀の福音の暴走はどちらもBerserker systemが原因であり、彼等が関わっているのは間違いないかと」
「で、しょうね」

薄暗い部屋。まだ昼間だというのにこの部屋はカーテンで陽の光も遮られ、室内にある光はカーテンの隙間から洩れ出す僅かな光とディスプレイの光のみ。そんな薄暗い部屋の中で、二人の女性が机を挟んでの密会が行われていた。
一人は王の貫録を漂わせて堂々とした態度で椅子に座わり、もう一人は机越しに王を仕えるようにピンと背筋を伸ばして立っていた。
その机の上に置かれているのは『生徒会長』と書かれたプレート。そう、椅子に座る女性はこのIS学園の生徒会長であり、裏工作を実行する暗部に対する対暗部用暗部『更識家』の当主、更識楯無。そして、向かいに立つのは幼い時からずっと彼女に仕え、更識楯無にとっては幼馴染である布仏虚であった。

「これ程までに彼等が目立つ行動を起こしたのは第二次世界大戦以来の事です。これは、何かが起こる前兆ではないかと各国や委員会の上層部も危惧しております」

虚の報告を訊き楯無は「そう…」と呟き、何かを思考するように目を瞑る。

(上層部の考えは私も同じ。奴らが近々何か大きな起こすのは明らか。今までの事件はそれに備えての前準備と言った所でしょうね)

ラウラ・ボーデヴィッヒの事件、銀の福音の事件、どちらも最新鋭の期待が関わっており、軍内部…それも、かなり深い部分にまで入り込まなければ機体に爆弾を仕掛けるのは不可能だ。悪戯にそんな危険な真似る連中がする筈もないと彼女は考える。

「取り調べの時、彼女なんて言ってたんだっけ?」
「ラウラ・ボーデヴィッヒさんですか?『新しく上官が変わってから感情が不安定になった』と発言しています。これは、Berserker systemの影響によるものだと」
「その肝心の上官は?」
「ドイツに問い合わせたところ、その様な人間は軍には存在しないと。その上官の情報も一切残っておりません」

(立つ鳥跡を濁さず、か…)

分かりきっていた事だが何も手がかりが無いこの状況に楯無は溜息を吐く。これでは話し合いをする以前に問題ではないかと…。
此方が取れる行動なんて何時如何なることが起きても即座に対応できるように備えておくだけ。つまり、どうしても後手に回ってしまい。その起こるであろう事態を未然に防ぐ事は不可能なのだ。

「どちらもBerserker systemも関係している。つまり連中の目的はBerserker systemにあるのかしら?」
「データを見てもあれは未完成の状態。そして、とても完成に至るとは私は思えませんが…」

Berserker systemはISを強制的に第二形態移行させるという物。シュヴァルツェア・レーゲンは第二形態移行をするまでには至らなかったが、銀の福音は第二形態移行を遂げた。確かに完成に近づいてはいるのだろう。しかし、暴走して使い手の意思に反する兵器など最早兵器とは呼べない。Berserker systemはその肝心な部分が出来ていないのだ。

「制御出来ない兵器なんて危なくて使えた物じゃないものね」
「はい。Berserker≪狂戦士≫とは皮肉な名前ですね。製作者側もの制御する事は諦めているのでは?」

制御不可能、手に負えない、暴れる事しか出来ないから狂戦士。Berserker system…。

「ただ暴れさせる事だけが目的?ISは貴重なのに使い捨て同然に扱うだなんて……………まさか、ね」

ふと、ある可能性を思い浮かんだ楯無だったがすぐにそんな事は有り得ないとその思い浮かんだ事を否定する。すると、虚は主の思考を見透かしているかのようにその否定に同意した。

「有り得ません。学園内のISは毎日点検しています。Berserker systemの存在を知ってからは、更にその検査も厳重になりましたから。私もその点検に参加しています。Berserker systemらしきプログラムは確認されませんでした」
「……そう、なら良いんだけど」

Berserker systemは直接ISコアにアクセスしなければインストールは出来ないと確認されている。つまり、学園内部に工作員が紛れてやしない限りBerserker systemが学園のISに浸食する可能性は無い。そして、IS学園のセキュリティーは世界一厳重で侵入はまず不可能だ。……襲撃事件なんて起こしておいて不可能なんて良く言えたものだなと楯無自身思うが、あれほどのイレギュラーでもない限り不可能、そう不可能なのだ。正直、こういうのは疑っていたらキリが無い。

「じゃ、次の議題に移りましょう」

ぱちん、と彼女の手に持つ扇子が音を鳴らす。

「はい?まだ何かありましたか?」
「あるある、大ありよ。ミコトちゃんの機体についての話が残ってるじゃない」
「ミコトちゃ―――こほん、ミコト・オリヴィアさんの大破した専用機修復の件ですね?ですがあれは、織斑先生の管轄だった筈では?」

ミコト・オリヴィアに関する全ては委員会の決定で織斑千冬に一任されており、イカロス・フテロの管理もその中の一つだ。生徒会長である更識楯無であっても、彼女の専用機であるイカロス・フテロを如何こうする権限は無い。

「悪い様にはしないからって仕事を譲って貰ったの♪」
「はぁ、それはまた何のために?」

若干呆れ気味に虚は楯無に訊ねると、楯無はクスリと悪戯な笑みを浮かべてその問いに答える。

「ねえ、虚ちゃん。友達を作るにはどうしたらいいと思う?」
「友達、ですか…?気が合うとか趣味が同じとか共通のする部分があるとか色々あると思いますが…それが何か?」

虚の答えに楯無は「そうね」と満足そうに頷く。
そう、共通の何かがあれば人は引かれ合うものだ。そして、関わっていくうちに共通の物を持つだけだった者同士はいずれ友情へと変わっていく。何故なら人は一人で生きてはいけない生き物なのだから…。

「ふふふ♪それはね?」

―――困った時は言う。私はたっちゃんにいっぱい貰ってる。次は私が返す番。

いつかあの白い少女が彼女に向けて言ってくれた言葉。何の裏も無いただ純粋に助けたいからという理由だけの優しい言葉。あの言葉に甘えるべき時は今なのかもしれない。

(本当は見守っていてあげたかったんだけど。けど、未だ完成の目途が立っていないとなると、ね…)

楯無はある少女を想う。
未完成のおかげでこれまでの事件に関わらずにいられたのは幸か不幸か。中途半端に完成した機体で今までのイレギュラーと対峙する事になるよりかは幸いと考えるべきなのだろうが、このままこの状況が続くとなると楯無も動かなくてはならなくなる。更識家当主として…。けれど、自分が手を貸そうとすれば必ず楯無の言う少女はそれを拒絶するだろう。そんなことは楯無にも分かりきっていた。
何故なら楯無が先程から想う少女と言うのは、入学からこれまで表舞台に現れる事がなかった1年4組の代表候補生 更識簪。そう、更識楯無のたった一人の妹なのだから。

「あの子をミコトちゃんと接触させようと思うの」

更識楯無という完璧な姉に対しコンプレックスを抱いている。その所為か自分もそうであろうとして他者を遠ざけ何でも自分ひとりでやろうとする傾向があるのだ。そして、誰の手も借りず自身の専用機を完成させようとしている。かつて姉の楯無がそうしたように、専用機を自ら組み上げる事でコンプレックスを解消しようとしているのだろう。だが、学園行事には参加せずにもう2学期が始まると言うのにもかかわらず完成には至ってはいない。このままでは代表候補生としての彼女の地位が危うい。しかし楯無が手を貸そうとすれば彼女を更に傷つけてしまうことになる。ならどうすれば良いか?答えは簡単だ。あの言葉を掛けてくれたあの白い少女に助けて貰おう、と―――。

「成程、そう言う事ですか……しかしまた大胆な」

頬に手を当てて溜息を吐く虚ではあったが反対する様子は見られなかった。彼女自身その選択に間違いではないと思っているからだろう。それだけミコト・オリヴィアという少女に対する二人の信頼は厚かった。
あの少女の学園内での人との繋がりは広い、簪とは正反対に。だからこそ、何でもひとりでしようとする簪にとっては彼女に接する事で何か見えてくるかもしれない。そして、これはミコト自身にも損では無い。先程、虚が言った『共通のする部分』。ミコトも簪と同じで大破したイカロス・フテロを1からの状態で修復しなければならない状況なのだから。

「二人で力を合わせて…ですか」
「そっ♪ミコトちゃんなら大丈夫でしょ♪」
「そうですね。彼女ならきっと大丈夫でしょう。きっと…」

二人で力を合わせて互いの機体を完成させるだろう。そう二人は願う。

「……それと同時に、そろそろこちらも動き出しましょう」
「やっとですか。正直、この件に関しては対応が遅すぎると思います」
「渦中に飛び込まず離れて眺めた方が状況を見渡せるものよ、虚ちゃん?」
「その様な甘い判断が許される状況でもないかと…」
「まあ…ね…」

本年度の新入生の専用機持ちの多さ。度重なるイレギュラーの出現。そして、亡国機業の存在。もう不干渉で通すことは不可能だろう。本格的に彼女が動かなければならないまでに事態は深刻な状況であった。

「近く、機を窺って接触します。これから忙しくなるだろうから覚悟してね?」
「何を今更。お嬢さまが問題を起こすのは今に始まった事ではないですから」

幼き頃から楯無に仕えているのだ、こんな事はもう慣れていると諦め混じりに虚は言う。

「あっ!ひっどーい!」
「何が酷いものですか。いつも無茶ぶりをして周りの人間を振り回すんですからそう言われても当然でしょう?」
「ぐぬぬ…!なんと従者らしからぬ台詞。ご主人様はとても傷つきました」
「なら丁度良いのでそのまま反省して下さい」
「本当に酷い!?」
「はいはい分かりましたから。何時までも騒いでないでカーテン開けて下さいよもう、暗いんですから」

真昼間だと言うのにカーテンを閉め切った薄暗い生徒会室で先程までのシリアスな雰囲気を忘れて騒ぎ出す主従二人なのであった。








第38話「背中合わせの姉妹」







――――Side ミコト・オリヴィア


「でやあああああっ!」
「まだまだぁ!」
「ぼぉ~……」

ガキィンッ!と重い金属音を響かせて、一夏と鈴が刃を交えてぶつかり合う空を私は日陰で体育座りをしてぼーっと眺めている。今日は二学期初の実戦訓練で1組と2組の合同、だけど私のイカロス・フテロは故障中なので私は今日は授業を見学。皆一緒の授業なのに残念。

「くそっ……シールドが!?」
「ほらほら!最初の勢いはどうしたのよっ!」

クラス代表同士……だったかな?その対決で始めは一夏が押していたけど、時間が経つに連れて鈴の方が優勢になっていた。それもその筈、一夏の白式はまんまの短期決戦仕様。時間を掛ければ掛ける程それだけ自分の首を絞めていき、第二形態になった事で性能は向上したけれどその燃費の悪さも加速してしまった。攻守共に優れた雪華の突撃槍モードで逆転を狙うも、高速に動く標的と自身の機体に一夏はついて行けていない様子で、結果その一撃必殺は当たらずにシールドもエネルギーも消費して自分の首を絞めるハメになってしまっている。

一夏、動く目標に当てるの苦手だもんね。

そう言えば、今まで一夏が≪零落白夜≫で倒した敵ってセシリアや動きの少ない機体ばかりだった様な気がする。

「そらそらそらそらぁ!」
「ちょっ!?それは撃ち過ぎだろ!?ぎゃあああああああああああっ!!!」

あ、落ちた…。

衝撃砲の雨にエネルギーが尽きた白式は成す術もなく轟沈し、それと同時に試合終了を告げるアラームが鳴り響いた。
グラウンドに二人の機体が降りてくると、二人を囲む様に見学していたクラスの皆と千冬達が集まって来る。今の戦闘の反省点の説明でもしてるのかな?あ、一夏叩かれた…。

「ぼぉ~…………あつい」

9月の頭、夏の季節もそろそろ終わる頃とは言ってもまだまだその暑さは健在。日陰に居るにも関わらず私の額には汗が浮かんでいた。

ピンポンパンポ~ン♪

「…………う?」

突然聞こえてきたスピーカーから聞こえてくる校内放送の呼び出し音に、暇を持て余していた私は意識をそちらへと向ける。

『―――1年1組のミコト・オリヴィアさん。1年1組のミコト・オリヴィアさん。至急、生徒会室まで来て下さい。以上!』

今のたっちゃんの声だ。生徒会室に行けばいいのかな?
でも、今は授業中。抜けだしたらまた千冬にげんこつされるしどうしたらいいのだろうと悩んでいる所、千冬が私が見学している日陰へとやって来た。

「オリヴィア。授業は良いから生徒会室に行って来い」
「……いいの?げんこつ、しない?」

行けと言っておいて後でげんこつはあまりにも理不尽。

「するか。………というかだな、拳骨が嫌なら授業を抜け出そうとするな馬鹿」
「だが断―――あうっ!?」

台詞を言い終わる前に千冬のげんこつが私の頭に落ちる。やっぱり殴られた…。

「断るな。まったく、妙な言葉を覚えおってからに。布仏には後でしっかり言っておかなければな」
「?」
「はぁ、もういい。それより早く行け。奴も授業中に呼び出さなくても良いだろうに……」

そうぶつぶつ何か言いながら千冬は授業へ戻って行く。

「ん。私もいこっかな…」

千冬ももう行っちゃったし、たっちゃんが呼んでるみたいだから私も生徒会室に行くことにした。







「おじゃまします」
「おっ、来たわね~♪待ってたわよ、ミコトちゃん♪」

生徒会室に入ると扇子を持ったたっちゃんが笑顔で出迎えてくれる。

「授業中に呼び出してごめんなさいね?ミコトちゃん」
「ん。見学で退屈してたから、いいよ?」

たっちゃんの傍で控えていた虚がそう私に謝って来るけど、私は気にしないでと首を振る。実際、あのままだと退屈で死んじゃいそうだったから呼んでくれて嬉しかったよ?

「まあ、退屈そうにしてたから呼びだしたんだけどね☆」
「会長…?」
「あはは、ごめんごめん。冗談だから」

少し怖い顔をする虚にたっちゃんは口元を扇子で隠して笑って誤魔化した。あの表情は冗談じゃなくて本心な気がする。私は別にそれでも構わないけど。

「……? 二人とも、授業…」
「うん?ああ、私達は生徒会の仕事があるから特別に授業を受けなくても良いのよ。まあ特別な仕事の時限定だけどね?」
「そうなんだ」

授業中でも仕事しなくちゃいけないなんて生徒会って大変なんだね………あれ?
ふと、ある事に疑問に思う。生徒会の仕事だと言うのなら誰か足りなくはないだろうか?そう、生徒会役員はたっちゃんと虚を含めてたったの3人。最後の一人が此処にはいなかった。そして、その最後の役員と言うのが…。

「……本音?」
「本音ちゃんは置いてきた。はっきり言ってこの戦いにはついていけない」
「?」

たっちゃんが何を言ってるのか良く分からない。ん、私もまだまだ勉強が必要。

「本音は此処に来ても寝てるだけだから、それだったら授業を受けさせた方は有意義でしょう?あの子も織斑先生の授業で居眠りしようだなんて考えないでしょうし」
「……おー」

虚の捕捉に私は成程と納得する。確かにここでは本音の寝てる姿とお菓子を食べてる姿しか見た事が無い。本人曰く「二人が完璧すぎるから私の仕事が無いんだよー、えへへー♪」とか言ってたけど、あれは仕事が無いんじゃなくて仕事をやらないだけだと思う。ん。

……あれ?従者ってなんだっけ?

前に本音から教えて貰った従者と言う言葉の意味と本音の行動がどうしても当て嵌まらないのは何で?

………むぅ~??

「それでね、呼び出したのは大事な話があるからなんだけど……どうしたの?」
「大丈夫だ、問題無い」
「そ、そう…?」

ん。少し混乱しただけだから。

「お話、なに?」
「あ、うん。その話って言うのはね。―――っと、その前に、ミコトちゃん1年4組の代表候補生って知ってる?」
「1年4組の代表候補生…」

そう言えば随分前にそんな話を何処かで訊いた事がある気がする…。

―――ま、まぁ幸いな事に専用機を持っているクラス代表はわたくし達一組と四組だけですからそんな深刻に考える事はありませんわ。
―――噂じゃその候補生の専用機も未完成の状態らしいしね。
―――………そうだねー。

…ん。そうだ。クラス対抗戦の時に一夏達がその話をしてた。あの時、本音が何処か悲しそうにしてたのを覚えてる。

「たしか、専用機、未完成なんだよね?」
「あ、知ってるんだ。でも少し違うかな。未完成じゃなくて持ってないのよ、専用機を」
「う?」

専用機を持ってない?専用機持ちなのに?
そう思ってしまうと、そんな私の顔を見たたっちゃんがクスリと苦笑する。

「不思議って顔をしてるわね。うん、まあ仕方ないわよね。専用機持ちなのに専用機を持ってないだなんて可笑しな話だもの」
「ん……」

たっちゃんの言葉に賛同するように私も頷く。

「でも、何でそんなお話、するの?」
「うん、ええっとね…」

専用機を持たない専用機持ちの1年4組の代表候補生のお話。突然そんなお話をされても私にはたっちゃんが何を言いたいのか全然わからない。
でも、たっちゃんは何か言いたそうにしている。ううん、どう言うべきか言葉を選んでるみたい。いつものたっちゃんらしくない。

「その代表候補生って言うのがね…………私の妹なの」
「んー………」

ぽく、ぽく、ぽく、チーン!

「…………おー!」

ぽんと手を叩く。
一つ一つの小さな情報の欠片が、大きな一つへと纏まって行く。あの時、どうして本音が悲しそうだったのか今ならなんとなく分かる気がする。

「把握」
「う、うん?分かって貰えたみたいで良かったわ。何が分かったのかは知らないけど…」

ん。大丈夫だ、問題無い。
キランと目を光らせて、ぐっと親指を立てる。すると何でか二人はポカーンと口を開けて私を見ていた。ん。どうしたの?

「シリアスな話になる筈だったのに何でこんな空気に……じゃなくて!その妹の事でミコトちゃんにお願いしたい事があるの!」
「ん。任せる」
「即決!?話も聞いてないのに!?」

お願いしてきたのはそっちなのに何で驚くんだろう…。

「あのね、ミコトちゃん?話も聞かなくてOKするのは止めた方が良いと思うわ。悪い人に騙されてからじゃ遅いのよ?」
「たっちゃんは、悪い人じゃない、よ?」
「お嬢様はどちらかといえば悪い人の分類に―――」
「おいコラ」

めっと言い聞かせてくる虚の後頭部をたっちゃんはパシンッ!と扇子で叩く。


「この従者め信じられないわね…。でも虚ちゃんの言う通りよ?話の内容も聞かずにOKするのは感心しないな?」
「でも、約束した」
「え、約束?」
「ん。困ったら助けてあげるって約束した。たっちゃんに私はいっぱい貰ってるから。なら、内容なんて関係ない」

それに、友達が助けを求めてるのに助ける理由なんて必要ないから。

「……あ~もうっ!ホン~~ットに可愛いなこの子は!」

たっちゃんに目にも止まらぬ速度で抱きかかえられて、足をぶらんぶらんさせながらほっぺたをプニプニされる。

「うりうり~♪擽り攻撃だ~♪」
「あが~…くすぐったい」

抱きかかえてからの擽り攻撃に私は目を細める。でも不思議と嫌じゃない。たっちゃんは擽りに関しても上手いからかな?たっちゃんが何時も言ってる『生徒会長、即ち全ての生徒の長たる存在は最強であれ』って。擽りもかな?

「あの、会長?話が進まないのでそろそろ……」
「あ、うん。そうね!お願いを聞いてもらうにしても、その内容を話してないものね!」

「それじゃあ説明するわね」と、たっちゃんは椅子に座って説明を始める。私を膝の上に座らせて抱きしめたままの状態で。

「…お茶をご用意しますね。(お嬢様。その状態で説明をするのはあまりにも不適切な気が…)」
「ん、よろしくね~♪」

たっちゃんの言葉に「畏まりました」と丁寧にお辞儀をして虚は奥へ引っ込んで行くと、たっちゃんは説明を始めた。

「私の妹…名前は更識簪って言うんだけどね。日本の代表候補生なんだけどさっきも言った通り専用機がまだ完成してないの」
「どうして?」

そう訊ねると、たっちゃんは少し言い辛そうに私の問いに答える。

「倉持技研は知ってる?]
「ん。一夏の白式を開発したところ、だよね?」

白式の元々の製作・開発室。その名は私の刷り込まれた知識にも存在している。日本でも世界でも有名な企業。

「正解。それで簪ちゃんの専用機の開発元も倉持技研、つまり…」
「白式と同じところ」

私がそう答えると、たっちゃんも「正解」と頷いた。

「そう、本来なら白式は開発が頓挫して欠陥機として凍結される筈だったの。ううん、実際凍結されてた。でもある男の子の存在でそうはならなかった。」
「一夏?」
「またまた正解。それはそうよね『世界で唯一ISを使える男』の専用機なんだから、白式に関わっていた技術者は大喜びで凍結を取り消したわ。でも、その所為で倉持技研で開発が進められていた別の機体の技術者も白式の開発やデータ収集に全て取られてしまった…」
「……その機体が?」
「そうよ、簪ちゃんの専用機。第2世代型IS『打鉄弐式』。打鉄の後継機で、本来なら完成していた筈の機体」
「一夏のせい、なの?」
「悪い言い方をすればそうなのかもしれないわね…」
「そう、なんだ……」

私はしゅんっと落ち込む。一夏は悪くない。でも、簪って子から見ればそうじゃない…。でも、一夏は何も知らないでただ与えられただけ、でも簪って子は奪われて…。

「あ、ああでもね!彼自身が悪いって訳じゃないの!うん!それに、あの子にも非はあると思うしね!」

すると、たっちゃんが落ち込む私を見て慌ててフォローをしてくれた。

「…あの子?」
「簪ちゃん。あの子、何でも一人でやろうとするから。出来る事も、出来もしない事も…」

悲しそうに、そして何処か寂しそうにたっちゃんは語る。私の知っているいつも明るく振る舞うたっちゃんの姿はそこには無くて、私はそんなたっちゃんが見たくなくて…。だから―――。

「私は、何をすればいいの?」

―――ぜったい、助けてあげたいって思った。

「私が出来ること……ううん、たっちゃんがして欲しいこと、言う」
「………うん、ありがと」

ぎゅっと私を抱きしめている腕に力が籠るのを感じると、私はたっちゃんの手にそっと自分の手を重ねた。

「あの子の……簪ちゃんの力になってあげて欲しいの。あの子ってば意地っ張りで人と接するのが苦手だから…だから、助けて欲しくても誰にも助けを求めない」
「たっちゃんは、何で助けてあげないの?」

こんなに心配してるのに、たっちゃんは何でも出来るのに、なのに助けようとしない。不思議。

「助けたいよ、すっごく。でも、それをすれば逆にあの子を傷つけることになる。それはもっと嫌なの…」
「…どうして?」
「ミコトちゃんは私をどういう風に見てる?」

ん。そんなの簡単。

「大好き。大切な友達」
「お持ち帰りしちゃうわよ?わりと本気で」
「?」

私の正直な感想に何故か顔を赤くするたっちゃんだった。

「そうじゃなくてね、私のイメージとかそういうのを言ってるの!」

あ、そういう事なんだ。

「んー…。なんでも出来るすごい人。皆に尊敬されてる」
「そうね、皆そう思ってるでしょうね。私自身もそうだし、そうであろうとしてる」

そう自信に満ちた声ではっきりとたっちゃんは言う。けれどその後に表情を曇らせて「でも…」と、台詞の後に言葉を付け加える。

「それが原因であの子に強いコンプレックスを抱かせているみたいなの…」
「仲良くないの?」
「ぐふぅっ!?」

私の率直な質問にたっちゃんは妙な悲鳴をあげると、ガクリとうなだれてしまう。聞いちゃいけない事だったのかな…?

「でも、私は何をしたら、いいの?ISの開発なんて、出来ない…」

知識はある。刷り込まれた知識にISの技術関連は存在する。でも、それは基礎であって応用や発展させられるかと訊かれればNO。私にそんな技術はない。

「あ、うん…。ミコトちゃん自身にそれの解決を求めてはいないの。私が期待しているのはミコトちゃんの人脈」
「人脈…?」

人脈。ん、知ってる。人と人との繋がりのこと。でもそれがどうかしたの?

「知ってる?ミコトちゃんって人気者なのよ?もしかしたら生徒会長である私以上に」
「んー?」

そうなの、かな?私には分かんない…。

「貴女が何かしようとすれば必ず周りに居る人達が助けてくれてるでしょ?」
「ん」

いっつも皆に助けられてる。

「だから問題無し!というかね、専用機の完成なんてついでなのよ。私が一番望んでいるのはミコトちゃんが簪ちゃんの友達になってくれる事なの!」
「友達?」
「さっきも言ったよね、あの子は人と接するのが苦手だって。だから、ミコトちゃんと友達になることで沢山の人達と接している内にその内気で臆病な正確も治るかなぁって」
「私、そんなに凄くない、よ?」
「いつも通りに接してくれるだけで十分!」

いつも通り…?むぅ、難しい…。

「どうお話し、すればいい?」
「それはもうミコトちゃんに全部任せます!」
「えー…」

たっちゃんはいっつも強引…。

「あはは♪そんな顔しないの。ちゃんとミコトちゃんにも得する事なんだから」
「私にも?」
「イカロス・フテロ。直したいでしょ?」
「!」

たっちゃんの言葉に私は目を見開いてたっちゃんを見上げる。

「イカロス、直せる?」
「正確には直すの。貴女達が」

私達が…?

そう疑問に思うと、たっちゃんは先程まで笑顔だった表情を真面目なものへと変える。

「ミコト・オリヴィアさん。貴女の専用機、第3世代型IS『イカロス・フテロ』の情報を公開して良いと委員会から許可が下りました。これまではイカロス・フテロのデータは機密扱いでデータの流出は禁止されていましたが、今後は貴女の好きな様にデータを使って頂いてもかまいません」
「?」
「ええっとね。つまり、誰と情報を共有しても構わないと言う事よ。何かの機体の開発に役立てたり、誰かにデータを見せて機体を一から作り直して貰ったり、ね」
「……いいの?」

本来なら有り得ない話。第3世代のデータなんて国の最高機密にも等しいのだから。

「いいのいいの♪これは交渉のカードになるわよ?簪ちゃんも少しでもサンプルが欲しいでしょうから(ギリシャも文句なんて言えないでしょうし、ね…)」
「でも、出来るの、かな…?」

千冬も真耶もどうすればいいのかってすっごく悩んでたのに。パーツの生産ラインがどうとか…。

「あの子も、この学園の生徒も優秀よ。絶対に貴女の翼を直してくれる。ううん、生まれ変わらせてくれる。だから―――」

たっちゃんの暖かい両手が私の頬にそっと触れ、たっちゃんは少し寂しげに私に微笑んだ。

「―――あの子も助けてあげて、ね?」
「………ん!」

約束。絶対にまもる。約束は破っちゃ駄目だから…。

「話は終わりましたか?なら、ティータイムといたしましょう」

丁度良いタイミングで虚がティーセットと美味しそうなケーキをトレーに乗せて戻って来る。

「そうね、そうしましょうか」
「ケーキ♪」
「ふふ、ミコトちゃんはどのケーキが良い?」
「ショートケーキが、いい」

生クリームといちごの相性は絶妙。異論は認めない。

「ショートケーキね。お嬢様はどれにします?」
「私はモンブランかな~?」
「はい、かしこまりました」

目の前にショートケーキが乗せられた綺麗な皿が置かれると、私はさっそくフォークで一口サイズにケーキを切って口の中へと運んだ。
口の中に広がる生クリームの甘み。やっぱりショートケーキは至高だと私は思う。ん。

「きゃっほう♪」
「ふふふ、美味しい?」
「ん♪」

たっちゃんの言葉に大きく頷いてもう一口パクリ。するとそこである事を思い出し、ゴクンとケーキを呑みこんでからたっちゃんへと話しかける。

「あっ、でもね、たっちゃん」

たっちゃんは大事なことを分かってない。

「? なぁに?」
「さっきの言葉、気持ち、言わないと伝わらない。大切にしていても、言わないと、駄目」
「えっ……」

たっちゃんは戸惑いの表情を見せるけど、私はそのまま言葉を続ける。
そう、どんなに大切に思っていても、気持ちを伝えないとその人には伝わらない。

「でも、私は嫌われているから…」
「一歩踏み出さないと、前に進まない。何もしないと、前に進まない。このままじゃ、ずっとそのまま」
「…………」
「だから、たっちゃんも頑張る」
「伝わる、のかな…?」
「話さないと、伝わらない。踏み出さないと、近づけない」

だから、たっちゃんと簪はずっとこのまま関係になっちゃう。

「……うん。そうね」
「はい。ミコトちゃんの言う通りですね」
「分かってるつもりだったんだけどなぁ~…。やっぱり怖がってたのかな?」
「お話するのが?」
「それもあるけど、もっと嫌われちゃうかもしれないって…」
「………」
「あ~、駄目だなぁ私。何が『生徒会長、即ち全ての生徒の長たる存在は最強であれ』よ。全然駄目じゃない」
「たっちゃんはすごいよ?」
「ううん。ダメダメ。私はダメダメだわ~ダメダメなのよ~…」
「たっちゃんが壊れた…」

ダメダメを何度も繰り返してる。どうしよう…?

「いつもの事だから気にしないで」
「うん。従者って言葉を辞書で引いて来なさいそこ♪」

ちょっと怖い笑顔でたっちゃんはチョップを繰り出すけど、虚はひらりとそれを避けた。

「…ミコトちゃん」
「ん?」
「今直ぐは出来ないけど…。でも、頑張ってみようと思う」

そう言って、たっちゃんは微笑むと、私もそれに微笑み返した。

「…ん♪がんばる」

私も頑張るから。たっちゃんも頑張る。

そんな夏の残暑が残る昼間。私達は生徒会室で楽しいお茶会を楽しむのであった。













―――どうでもいいおまけ

楯無「ミコトちゃんとの付き合いの長さなら私が一番だから♪(ドヤァ」
セシリアママ「ムキィィィィ!!!」



あとがき

原作ではこの辺りから生徒の有能さが分かって来ますよね。学生で兵器を作るとかどんだけー…。
最近話題のIbというゲームにはまってます。イヴたんかわいいよイヴたん!フリーゲームであのレベルはなかなかじゃないかな?


pixivとTINAMIにてミコト大人verを公開中!あのおっぱいに顔を埋めたい…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第三十九話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/06/16 16:04
「そう言えばミコト。何か授業中に呼び出されてたよな。何かあったのか?」
「ん。ひみつ」

午前の授業が終わっていつもの面々で学食で昼ご飯を食べていると、ふと俺は授業中に流れた呼び出しの放送を思い出しミコトに訊ねてみたのだが、ミコトはフルフルと首を左右に振って教えてはくれなかった。
ミコトが秘密事とは珍しい。生徒会室に呼び出されてたよな。と言う事は生徒会からの呼び出しか?そう言えば放送の声も若い女の人の声だったしやっぱりそうなんだろうか。どちらにせよ、ミコトが言いたくないなら深くは問わないでおこうと、話はそこでお終いにして自分の昼ご飯を食べることにした。うん。相変わらずこの学食のご飯は美味い!

「もご…もご…」
「あら?ミコトさん、今日は何時にも増して小食ですのね。どうかしましたの?」

―――と、急にセシリアがミコトのお昼ご飯を見てそんな事を言いだした。
俺はセシリアに言われてミコトの目の前に置かれているトレーを見ると、確かに少ないと思った。ミコトのお昼のメニューは何時もならサンドイッチセットなのだが、今日はサンドイッチの単品が2個とミルクだけ。気のせいか食べるのスピードも心なしかいつもより遅い気もする。調子でも悪いのか?そう皆は心配そうにミコトを見るのだが、逆にミコトはあうあうと焦った様子で顔を伏せて訳を語り出す。

「ケーキ食べたから、お腹空いて無い…」
「コラ、ミコトさん?お昼ご飯の前にお菓子を食べるのはいけませんといつも言っているでしょう?」
「うー…」

セシリアママに叱られてしょんぼりと身体を縮こまってしまうミコト見て、皆は「まあ、しょうがないよな」と苦笑。流石に非はミコトにあるので助けようとはせずにまるで親子の様な光景を暖かく見守りながら食事を続ける。すると、そこで突然ガタッ!と大きな音が学食に響いた。

「もごっ!?もごごごっ………え~っ!?ケーキ!?どういうこと~みこち~っ!?」

椅子を倒す勢いで立ち上がって訳の分からない事を言い出すのほほんさん。どういうことってお前がどういう事さ?というか口の中の食べ物が食べきれてないから。食べカスが飛んでるから。

「ちょっ!?ご飯粒飛ばさないでよ!きったないわねぇ!」
「そんなことはどうでもいいんだよー!みこちー、ケーキってどういうことなのー!?」

鈴がそう抗議するものほほんさんはそんなの関係ねぇ!と完全スルー。

「私とたっちゃんと虚の3人で食べた。美味しかった」
「きっとお客様用にとってあったケーキだぁ~!ずるいよ~!私も食べたかった~!ケーキケーキケーキー!!」

満足そうに語るミコトであったがそれがいけなかった。お菓子に関しては喰い意地がはってるのほほんさんにそんな話をしてしまっては、こうなる事は目に見えてただろうに。ほら見ろ、もう高校生だってのにまるで子供みたいに駄々を捏ねて…。
しかしあれだ。何でのほほんさんが生徒会室に保管されてあるケーキの事を知っているかは分からんが、「お客様用」ってことはつまりミコトのために用意してたケーキじゃないのか?

「もう、本音。あまり我儘言っちゃ駄目だよ?」
「うぅ~…ケーキィ…」

テーブルに突っ伏して未練がましい声を洩らすのほほんさん。そんなのほほんさんを見てミコトを除いたメンバーは何もそこまで落ち込まなくてもと呆れる。たかがケーキにそこまで拘れるのはある意味すごいが。

「ん。ごちそう、さま」

お昼ご飯を食べ終え両手を合わせて挨拶を済ませると、ミコトは早々と片付けを始めた。
珍しい。いつもなら皆が食べ終えるのを待ってるか、一番最後に食べ終えるのに、まるで今日は何か急いでるようにも見える。午後からも実習だからか?でも、ミコトの専用機は故障中だからあまり関係無いような…。

「む?ミコト、何をそんなに急いでいる?午後からもお前は見学だろう?我々と違ってISスーツに着替える必要はないからゆっくりすればいいじゃないか」

不思議に思ったラウラがそう言うのだが、ミコトはまたフルフルと首を振ってそれを拒絶する。うん?何か用事でもあるのか?

「―――あっ、もしかしてさっきの呼び出しと何か関係あるのか?」
「ん~……ん」

俺の問いに答えるべきかと少し悩んで見せたもののミコト肯定だと頷く。しかし此処でNOだと答えても今の反応でバレバレなんだけどな。ミコトはどうやら隠し事が出来ない性格らしい。

「では、また生徒会室か?」
「ん~ん、1年4組の教室」
「ふ、ふぇ!?」

1年4組?なんで4組何かにと俺も皆も疑問に思っていると、先程まで塞ぎ込んでいたのほほんさんが急に物凄い勢いで頭を起こしてミコトを見る。

「ほ、本音さん?どうかしましたの?」
「う、ううん!?な、何でもないよ~!?」

明らかに何でもないって様子じゃないんだが…。

「4組って何でまた?親しい友達っていたか?」
「ん。これからなる」

これからなる…か。何とも意味深で唐突な言葉だが、ミコトらしいと言えばらしいかもしれない。ミコトが言うこれからなる親しい友達という人物が誰の事なのか気にならなくもないが、きっとそれは話せないだろうから訊かないでおこう。

「そっか、まあ何かあったら相談しろよ?」
「ん」

俺の言葉にミコトは頷くと、トレーを持って返却口へトテトテと歩いて行ってしまい。俺達はその背中を見送った。

「……それにしても、4組ですか」

ミコトが去った後、セシリアが口を開く。

「4組ってあれよね?確か専用機が未完成っていう…」
「ん?ああ、そう言えばそんな話前にもしたな」

確か鈴がIS学園に来た日だったか。随分前の様な気がするけどほんの数ヶ月前の事なんだよな。そう感じないなんて我ながら濃い学園生活を送っているもんだと常々思うよ。

「うふふ、その方が関わっているのか、関わっていないのかは分からないにせよ。もしそうだとしたらもう答えを言っている様なものではないですか。本当、ミコトさんは可愛らしいですわね」
「ははっ、本当にな」

学園と言う閉鎖された空間の中で、更に教室まで教えてしまっては人物の特定なんてそう難しくもない。それを教えてしまうなんて本当にミコトは隠し事をするのに向いていないんだなと俺は思う。

「しかし、何故突然…」
「そうだな。それに生徒会とやらの呼び出しも気になる」

ミコトの人との交流は広い。一年からはマスコット的な存在で先輩達からは妹の様に可愛がられている。だから別に生徒会に知り合いがいても不思議じゃないが、授業中に呼び出されるというのは不自然ではある。

「何?また何か厄介事?(チラッ」
「かもしれませんわね(チラッ」

鈴とセシリアが何故か俺を見てくる。なんでさ?

「…何で俺を見る」
「いやね、トラブルメーカーが二人も居ると大変だなぁって」
「誰がトラブルメーカーだ!?」
「アンタよ」
「一夏さんですわね」
「うぐっ!?」

息のピッタリな二人に、俺はカエルが潰れる時に出す様な悲鳴をあげるのであった。









第39話「差し出された手は弾かれる」









――――Side ミコト・オリヴィア


「ん~…」

一夏達と別れて1年4組の教室の前へとやってきた私は、ポツンと入口のドアの前に立って『1年4組』と書かれたプレートを見上げていた。

「あれ?オリヴィアさん!」
「ん。ひさしぶり」

教室にの中に居た一人の女子生徒が私に気付いてわざわざ廊下まで出て来てくれる。

「うん!一学期ぶりだね!どうしたの今日は?昼休憩に此処に来るなんて珍しいね?」
「更識簪、いる?」
「え…」

笑顔だった女子生徒の表情が困惑へと変わる。

「さ、更識さん?居るけど彼女に何か用?」
「ん。大事な用事」
「そ、そっかぁ。更識さんならあそこにいるよ?」

そう言って女子生徒は教室の一番後ろの窓際の席を指差す。私はその指差す方を見るとそこには購買のパンを脇によけて、空中投影のディスプレイを凝視しながら只管にキーボードを叩くめがねを掛けた女の子が居た。
その子の周辺にはまるで見えない壁があるみたいに誰も寄りつこうとはしない。その壁を作っている本人が放つ人との関わりを拒もうとするオーラがあの一人ぼっちの空間を作り出していた。

あの子がたっちゃんの妹の更識簪…。

「……ん」
「あっ、オリヴィアさん!今は近づかない方が……あ~行っちゃった」

女子生徒の制止を無視して私は簪の席へ向かう。周りの人もこっちを見てざわざわしてるけど、気にしないでそのまま真っ直ぐ簪の席まで歩き席まで辿り着くと簪の正面に立つ。

「………」
「………」

無言で向かい合う私と簪。でも、簪は私を見向きもせず視線はディスプレイだけに向けられている。
カタカタカタカタと、キーボードを素早く打つ音が静まり返った教室に響く。

「………」
「………」

正面にずっと立っているのに意識はディプレイだけに向けられてこっちには無反応。仕方ないから私はじ~っと簪を見つめる。
髪はセミロングで、たっちゃんとは対照的に癖毛が内側に向いてる。容姿は何処かたっちゃんと似ていてやっぱり姉妹なんだなと思った。

「………」
「………」

―――そして、10分が経過…。

「………」
「…………はぁ」

ピタリとキーボードの打つ音が止む。

「……何か用?」
「おー?」

あ、やっと反応してくれた。
…あれ?私は何もしてないのに、それだけで達成感があるのはなんでだろう?

「……そこに立っていられると、気が散る……早く要件を伝えて…」
「私、ミコト・オリヴィア」
「………知ってる。あの子から良く聞かされてるから…それで、何?」
「ん。たっちゃんに頼まれて来た」

たっちゃんの名前が出た途端、教室の空気が凍るのが分かった。そして次の瞬間―――。

ガシャーンッ!

「いやああああああああっ!」
「お、お嬢様ああああああああ!?」

廊下の方から何かガラスが割れた様な音と共に訊いた事がある様な女の人の悲鳴が聞こえてきたような気がしたけど……気のせいかな?

「きゃあああっ!?誰かが窓突き破って飛び降りたわっ!?」
「きっとエリート同士の競争に耐えられなかったのね…」
「ほんとIS学園は地獄だわ…」
「お嬢様ああああああああ!?」

外がすっごく騒がしいけど何があったんだろ?それに、やっぱり訊き慣れた声が聞こえてくるし…。

「……帰って」
「う?」

まだ話もしてないのにいきなり帰れって言われちゃった…。解せぬ。

「……姉さんに言われて……来たんでしょう?……だったら……帰って…」
「どうして?」
「っ!………私は……私は姉さんの手なんか借りない……私だけで出来るのっ」

―――それが原因であの子に強いコンプレックスを抱かせているみたいなの…。

生徒会室でたっちゃんから聞いたの言葉。信じたくはなかったけど、あの言葉にはたっちゃんの勘違いじゃなかったんだ…。
だとしたら、それはとっても悲しいこと。たっちゃんは簪をとても大切に思ってるのにでもそれを伝えられなくて、簪はたっちゃんを拒絶して、どちらの思いも伝わらない…。

「だから帰って……私は忙しいの…」
「…どうして?」
「……はぁ……まだ何かあるの?」

簪はまだキーボードを打つ作業に戻ろうとしたけど、私がまた訊ねてくると溜息を吐いて此方を見る。

「どうして、たっちゃんが嫌いなの?」
「……貴女には……関係無いでしょう…?」

キッと眼つきを鋭くさせて私を睨んでくる簪。けれど、私はそれから視線を逸らさずに正面から受け止めて今自分が思っている事をそのままの形で伝える。

「たっちゃんは、貴女を大切に思ってる。だから私に、助けてあげてってお願いした」
「……私はそんなこと望んで無い」
「どうして?」

わからない。自分の事を大切に思ってくれているのに、それを受け入れない簪の気持ちが私にはわからない…。
一夏が私を助けてくれたら嬉しい。箒が私を助けてくれたら嬉しい。セシリアが、鈴が、シャルロットが、ラウラが、本音が私を助けてくれたら嬉しい。でも、簪はそれが嫌だと言う。わからない…。

「どうして、助けを拒むの?」
「そ、それは……そうしないといけないから……私が一人で完成させないといけないから…」
「どうして?」

もう一度、私は訊ねる。

「それ……は…」
「そうしないと、簪じゃなくなっちゃうから?」
「ち、違うっ……私は私…っ!…誰がなんて言おうと私は……『更識簪』なんだから!」
「ん。―――でも、簪自身がそう思ってない、よね?」

簪は簪。当たり前のことなのに簪はそうじゃないと思ってる。『更識簪』であろうとしてる。『更識簪』でないといけないと思ってる。

「だって、そうしないといけないなんて、誰も言ってない。そう思ってるのは――――」
「………っ!」

「貴女だけ」だと言葉を紡ごうとすると、パンッ!乾いた音が教室に響く。
ざわめき出す周りの人達。そして、その後に少し遅れてヒリヒリと私の頬に痛みが伝わって来た…。

「………貴女にっ……貴女に何が分かるのっ!?」
「………」

叩かれた頬に手を触れる。叩かれた所は熱を帯びていてじんじんと痛む。

キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン…。

そこに、昼休憩の終わりを告げる鐘の音が鳴り響いた。
すると、まるで止まっていた時が動き出したかのように、こっちを見ていた周りの人達は慌てて自分の席や教室へと戻って行く。
私も午後から授業があるから急いでアリーナへ向かわなくちゃいけない。頬に痛みを感じながら教室の出口に向かって歩いて行く。けれど、出口を潜ろうとする前にピタリと立ち止まって簪の方へと振り返る。そして―――。

「…またね」

―――と、最後にお別れの挨拶をしてから教室を後にした…。











「え?叩かれた?簪ちゃんに?」
「まぁ…」

午後の授業もまた生徒会室に呼び出された私は(今度は放送じゃなくて虚が直接私を呼びに来た)、虚が淹れてくれた紅茶を飲みながらさっきあった出来事を話すと、二人に驚いた顔をされてしまう。

「珍しいですね。あの方が他人に暴力を振われるだなんて」
「そうよねー。あの子、そういう非生産的な行動にはエネルギー使いたがらないはずなんだけど…。あと、虚ちゃん。何か冷やす物持って来てあげて。折角の白い肌がこんなに赤く腫れてちゃ台無しよ」
「かしこまりました」

…そうなんだ。普段はそんなことしないんだ…。

「…嫌われちゃった、かな」

いつもならしない行動をとった。ということは、それだけ簪を怒らせてしまったということ…。

「う~ん…。そんなことはないじゃない?」
「?」
「本当に嫌っているのならあの子は完全に無視するだろうし。それに、あの子がそれだけ感情的になるのは私も見たことないもの」
「でも、叩かれた…」

今も簪に叩かれた所は赤くなったままだし、ジンジン痛む。それが、どれだけ簪が怒っていたかを物語っていた。

「確かに今はあの子がミコトちゃんに向けている感情はマイナスかもしれないわ。でも、その分あの子の心の中には貴女が住み着いてしまっている、良くも悪くも…ね。ミコトちゃんの行動次第では今はマイナスでもこの先そのマイナスはプラスにだってなるかもしれない」
「………」
「嫌われたくないのなら行動あるべしってね。大丈夫よ。ミコトちゃんなら出来る。私はそう信じてるし、ミコトちゃんもこのままは嫌でしょ?」
「ん…」

そっと赤く腫れた自分の頬に手を触れる。
あの時の簪。すっごく私を睨んでた。きっとそれは傷つけてしまったから…。だから私は謝らないといけない、簪に…。

「なら行動あるのみ!あの子ってば押しに弱いタイプだからどんどんやっちゃいなさい」
「ん。がんばる」
「よろしい!―――ところで、放課後もあの子に会いに行くの?」
「とうぜん」

私はむんっと胸を張って頷いてみせる。

「ふふっ。そう、ならあの子はその時間帯は第二整備室にいると思うからそこに行ってみるといいわ。……ああそうだ、虚ちゃん。例の物も第二整備室に運んで貰う様に手配しておいて」
「はい、かしこまりました。その様に手配を」
「う?例の物…?」

たっちゃんが言う『例の物』と言うのが何の事か分からず首を傾けた。

「そっ、イカロス・フテロ用の予備パーツ♪(……と言っても、ある機体のジャンクパーツをイカロス・フテロに流用出来る様にしただけなんだけどね)」
「! 予備パーツあったんだ…」

クリスが家から送って来てくれたのかな?なら、修理は簡単に…。

「ええ。だけどイカロス・フテロを直すにはパーツが全然。そのうえ、あれだけの損傷だから…。修理より一から作り直した方が楽といえば楽なのかしら」
「ぶぅ~…」

私の考えてた事を先に否定されてぷくりと頬を膨らませる。

「膨れない膨れない。完成期間が早まるのは変わりないんだから~♪」
「むぅ…」

私の膨らんだ頬をたっちゃんはプニプニとつついて楽しそうに笑う。

「ところで、ミコトちゃんのこれからの計画を聞いちゃってもいいかしら?」
「計画?」
「ええ、計画。まさか二人だけで機体を完成させることが出来るだなんてミコトちゃんも思ってないでしょ?」
「ん」

簪と私が二人で頑張っても、機体を完成させるのは無理。それは分かりきってる。もともと私は開発に関われる程の技術は持ち合わせてないから、二人の内の一人としてカウントされない。戦力外通告と言っても良い。

「じゃあ、やっぱり整備科に協力してもらうの?」
「ん。でも、簪は誰も助けてくれなくて良いって言う…」
「そうでしょうね…。あの子ならそう言うでしょうね」
「ん。現に言われた………たっちゃん」
「うん?」
「なんで、簪は、一人で完成させようとする、の?」

完成させたいのなら、皆に手伝って貰えば直ぐなのに…。

「……たぶん、私がそうしたからでしょうね。それで意識しちゃってるんだと思う」
「たっちゃん、自分の専用機一人で完成させたんだ…すごい」
「あっ、訂正。まだ完成じゃないわよ?まだ稼働データ不足だし、実戦には出せるけど兵装はまだ未完成。でも、完成までもう少しかな?」

そう言って自信有り気にたっちゃんは語る。やっぱり、たっちゃんはすごい…。

「だけど、それが出来るのも元々7割方完成してたからなの。それに、薫子ちゃんには結構意見を貰ってたし、虚ちゃんにも手伝って貰ったから、一人で…とは少し違うかな?」
「優秀な、助っ人」
「ふふ、お褒めに預かり光栄ね」

虚を見て私はそう言うと、虚はくすりと笑って紅茶のお代わりを注いでくれる。

「……なら、それを伝えれば。簪は手伝うの認めてくれる、ね」
「それはどうかなぁ?」
「ええ、難しいかと…」

私の機体はキッパリと否定されてしまう。

「うー…どうして?」
「きっと、絶好のチャンスだと思われてしまうから。姉さんが出来なかった事を私が出来てしまえば姉さんを越えられるって」
「そうなってしまうと、余計ややこしくなってしまいますね…」
「ええ。少なくとも今それを伝えるのはダメ。お昼のことがあったばかりだしね。あの子もまだ頭に血が昇ってるままでしょうし。その、意地っ張りだから…」
「あのコンプレックスを如何にかしなければいけませんね…」

うーん。むずかしい…。

そもそも、私には二人が何を悩んでいるのかが分からない件について。

「まあ、これ以上好感度は下がらないからミコトちゃんの思う通りにやっちゃいなさい♪」
「オワタ」

というか、たっちゃんひどい…。

「お嬢様、その言い方は幾らなんでも…」
「あはは、冗談よ冗談。でも、思う通りにってのは本当。私が変にアドバイスしても逆効果だから…」
「………ん!」

そう言って、寂しそうにするたっちゃん。それ見て、私は頑張らなきゃと胸の内で意気込むのだった。

「よろしい。なら、そのお茶を飲んだら授業に戻りなさい。次の授業は教室でしょ?」
「ん。そうする――――あっ」

そう言えば、聞き忘れてた事がある。

「ねえ、たっちゃん」
「なぁに?」

部屋に来た時からずっと気になってたんだけど…―――。

「どうして、ボロボロ?」
「………」














~おまけ~

――――Side 織斑一夏


「やっぱり一人だと無駄に広いよなぁ…」

午後もまた実習のため、アリーナにある俺専用のロッカールームで俺は一人ISスーツに着替えていた。
しかし、本当に無駄に広い。本来は大勢の生徒が使用する筈のロッカールームなのだが、男性と女性とで一緒に使用する訳にもいかずにこうしてガランとしていた。

「結局、ミコトの奴は戻って来なかったなぁ。といってもまあミコトは見学だからのんびり来ても遅刻しなければ良いんだろうけど―――」

そんな事を一人ぼやいていると、突然目の前が真っ暗になった。

「うおっ!?な、なんだぁ!?」
「だーれだ?」

背中から聞こえてくる声、そして目を覆う少しひんやりとした感触…ああ、そうか。この暗闇はこの声の主が手で俺の目を塞いでいるのか。
聞こえてくる声は同級生よりも大人びいていて、けれど、楽しさが滲み出しているような笑みも含んでいて、悪戯を楽しむ子供の様にも聞こえる。しかし何故だろう?俺はこの声を何処かで聞いたことがありる様な気がする。それもつい最近に…。

え~っと…何処で聞いたんだっけなぁ…?

「はい、時間切れ」

そう言って解放されると、声の主を確認しようと俺は振り向く。

「………誰?」
「んふふ♪」

振り向いた先に居たのは知らない女の子―――いや、リボンの色が二年生の物だ。すると彼女は俺の先輩にあたる人なんだろう。その先輩は困惑する俺を楽しそうな笑顔で眺めつつ、どこからか取り出した一つの扇子を口元へと持っていく。
改めて見てみると、可笑し……げふん、不思議な人だった。全体的に余裕を感じさせる態度。しかし嫌味ではなく、何処か人を落ち着かせる雰囲気がある。こういうのをカリスマと言うのだろうか?カッコいい。カッコいい筈なんだけど…。

「あの…」
「うん、なぁに?」
「……なんでそんなに服がボロボロなんですか?」

カッコ良くキメてるつもりなのかもしれないけど、制服がボロボロのせいで色々と台無しだった。
スカートは泥で汚れていて、服はガラスか何かで切ったのかの様に所々切れていて見るも無残。一体この人に何があったのか。というかそんな格好でなんでそんなに余裕そう振舞えるのかがわからない。

「………」
「………」

妙な沈黙がロッカールームに流れる。

「~~~~っ!////」

あ、何か顔を真っ赤にしてぷるぷると震え出したぞ?

「…っ!(ダッ!」
「いや何か言えよっ!?」

謎の2年生はロッカールームを飛び出して何処かへ行ってしまった。一体何だったんだあれは…。







「―――てなことがあったので遅刻しました!」
「…そうか、遺言はそれだけか?」
「THE 理不尽!?」










あとがき

ミコトのダイレクトアタックと会長のカリスマ(笑)な回でしたwそんな簡単には和解とはいきませんねw和解まで2話くらい使うかもしれませんね。出来れば次で終わらせたいけど…。

そう言えば最近、友人に「もう少しで終わるっぽいけど、次回作考えてるの?」と聞かれたのですが。もし、するとしたら真剣恋にしようかなと思ってます。てか、学園黙示録がエタって次の作品はISか真剣恋のどちらかって決めてたんですけどね。主人公の設定も考えてましたし。
真剣恋は大人の男性サイズのからくり人形を使ってからくりサーカスみたいに戦う女の子って設定でした。コミュ症で普段は腹話術人形を通して会話するって感じのwでもたぶん今作でSSは終わりになるでしょう。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第四十話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/06/20 02:14



「………」

IS学園、第二IS整備室。稼働テストなどの利便性を考えて各アリーナに隣接する形で存在するその場所は、本来なら2年生から始まる『整備科』のための設備。けれど、一年生である筈の私は今こうして整備室にいる。理由は簡単。自分の専用機を完成させるため……けれど。

「…………ふぅ」

メカニカル・キーボードを打っていた手を止めて溜息を吐くと、空中投影ディスプレイから視線を外して天井を見上げる。

……駄目。全然集中できない。

いつもならこんな事はない。追い詰められている状況の中で他の物に気を逸らしていられる余裕なんてある筈無いのだから。けど、現にこうして私は目の前の作業に集中できないでいる…。

その原因は…。

―――そうしないと、簪じゃなくなっちゃうから?

…これだ。あの子の声が、言葉が、私の集中を乱れさせる。

うるさい…。

―――ん。でも、簪自身がそう思ってない、よね?

うるさい……うるさいっ。

―――だって、そうしないといけないなんて、誰も言ってない。そう思ってるのは…。

「………っ!」

がんっ!目の前にある、未だ完成されていない姿で立っている『打鉄弐式』を殴る。低い金属音が整備室に鈍く響き渡った。

「…分かってる……そんな事は……分かってる」

誰が何と言おうと私は『更識簪』だと、あの子にそう否定して来ながら。私自身があの人の妹だからと、これくらい出来なければいけないと心の中で決めつけているのを、そうでなければ『更識簪』を名乗る資格が無いと思っているのを…。分かってる。分かってるつもりだった…。

「………」

……虚しい。こんな事を一人で悩んで何になると言うの…?

「……痛い」

ジンジンと痛む手を見下ろしてぼそりと呟く。
そう言えば、あの子の頬を叩いた時もそうだった。今思えば何であんなことしたんだろう?非生産的な行動。何にも得られる物は無いのに…。いや、得どころか損しか無い。本音の話ではあの子は交友が広く沢山の人に慕われているらしい。あんな事をしたことが広がりでもしたら、いろいろと面倒な事になりかねない。ううん、実はもうなってるかもしれない。

「面倒な子に……関わっちゃった…はぁ…」

ガクリと肩を落として溜息を吐く。どうしてこう上手くいかないんだろう。専用機も、生活も…。―――と、そんな時だ。整備室の奥にひっそりと佇むブルーシートに覆われたソレに気付いたのは…。

「………?」

なんだろう…?昨日まではあんなの無かったのに…。

好奇心かそれとも嫌になる現実への逃避か、私は気付けば足が無意識にブルーシートの方へと向かっていた。
ブルーシートの目の前までやって来る。本当ならしちゃいけないんだろうけど、今の私はどうも思考が鈍っているみたいで、覆っていたシートを捲る。そして、シートに隠されていたソレを見て私は息を呑んだ――――。

「……えっ?」

ブルーシートから姿を現したのは骨組みが剥き出しの……ううん。スクラップ同然の無惨な機体。フレームは剥がれ、損傷が激しくISとして機能していない残骸。元々はどんな形をしていたのか今はもう分からない。唯一特徴らしい部分と言えば、原形を殆ど留めて良いない翼の様な……。

「……翼?」

翼を持ったIS…。それってまさか――――!?

この学園で翼なんて特徴的を持つISなんて一機しか存在しない。私も行事などで実際に目にしている。これは、この機体は…。

「これ、もしかしてあの子の「ん。それはイカロス・フテロ。私の……翼」――――!?」

此処にいる筈の無いあの子の声。その声に私はまるで背中に冷水を垂れ流されたかのように大きく身体をビクリと仰け反らせ、恐る恐るゆっくりと後ろを振り返る。振り返った先、そこに居たのはやっぱりあの白い女の子だった…。








第40話「Even」








――――Side ミコト・オリヴィア


「カチコミですわ!」
「何言っているんだ。このクロワッサンは…」
「?」

今日の授業が終わった途端にガタンッ!と音を立てて変なことを叫びながら席を立つセシリアに、近くの席で座っていたラウラが呆れ顔でセシリアを見上げる。

「お前が常日頃口を尖らせてミコトに言い聞かせている淑女がどうのこうのと言うのは何処に消えたのかと言いたくなるが……いきなりどうした?」

声に引かれてなんだなんだと箒もこっちにやって来る。それに続いて一夏や本音も集まって来た。ん?鈴は2組だから居ないよ?まだSHRの最中だと思う。一緒のクラスだったら良かったのにね。

「どうした?ではありませんわ!見てみなさいなミコトさんの頬を!」
「う?」

ずびしっ!といきなり私は指をさされて何の事か分からず首を傾げる。

「こんなに赤くなってしまって…。ああ、なんて可哀そうなミコトさん…」
「う、うわぁ…(モンスターペアレント?)」
「(過保護過ぎるだろ常識的に考えて…)ああ、うん。そうだな。…それで、何でカチコミなんて言葉が出てくるんだ?というか何処で知ったんだそんな言葉?」

カチコミ…なんだろ?食べ物か何かかな?

「一夏さんはミコトさんの赤く腫れた頬を見て何も思わないのですか!?」
「セシリアが何を言いたいのかは分かる。でもな?ミコト本人が転んだだけって言ってるんだしさ…(俺自身もそれに納得してる訳じゃないけど…)」
「転んだだけでこうはなりませんわよ!誰かに叩かれでもしない限りこうはなりませんわ!」
「うぅ~…ぅ?」
「あ、あわわ…(きっと、かんちゃんだよね…。あうあう~…どうしよどうしよ~?)」

何でバレたんだろ…?
私の吐いた嘘は簡単にバレてしまい。すっごく怒ってるセシリアに私は何も言えずにただ呻き声のような声を上げて縮こまる事しか出来ない。縋る様な想いで誰か助けてくれないかと視線を周りの人へ向ければ、落ち着かない様子の本音に目と目が合った。たぶん事情を知ってるんだと思う。でも、セシリアは私に夢中みたいでそれに気付いてない。

「そう!これは間違いなく虐―――もごっ!?」
「はーいストップ。ミコトの前で余計なこと言わない」

突然セシリアの背後から手がにゅっと生えてきて、何か言おうとしていたセシリアの口を塞いだ。突然の事に皆びっくりすると、セシリアの後ろからヒョコリと鈴が現れる。

「な~に騒いでんのよ?隣のクラスまで聞こえてたわよ?」
「お~、りんりんナイス~♪」
「鈴、ないす~?」

何がナイスなのかは分からないけど、本音がそう言うので私も本音を真似してみる。

「それほどでもない」
「―――プハァッ!?……なぁにが、それほどでもない。ですか!いきなり人の口を塞ぐなんて淑女としてあるまじき行いですわよ!?」
「あー、うん。今のアンタにだけは言われたくないって断言してあげるわ」
「~~~っ!……り、鈴さん?わたくしは今真面目な話をしているんですのよ?お分かり?」
「ええ、そうね。だからアタシも自分が一番正しいと思える行動を取ったの」
「はぁ?何を言って…」
「ったく…これだから親馬鹿で上流階級のお嬢様は…。こういう時の対応が全然なっちゃいないってのよ、もう」

おでこに手を当ててヤレヤレと頭を振りながら溜息を吐くと、鈴はがっしりとセシリアの腕を掴んで逃げられない様に拘束して教室の外へと引きずって行く。

「一夏~、この馬鹿借りてくわね~?」
「お~う」
「い、一夏さん!?あっ、ちょっと!は、離しなさいなっ!?ど、どういうことですのおおおおおおおおおぉ………」

ずるずると引き摺られながらセシリアの悲鳴が小さくなっていくのを、私達はただ黙って見送った…。

「あ~…まあ、その何だ」

セシリアが居なくなって静かになると、一夏はポリポリと頭を掻いて口を開く。

「セシリアの言う通りミコトが嘘をついてるってのは俺達にも分かるし、ミコトが言いたくないってのも分かる。……その理由は分かんないけどな」
「………ん」

申し訳ない気持ちになりながら一夏の言葉に私は頷く。

「ミコトが言いたくないって言うなら言わなくても良いさ。ミコトが大丈夫だっていうんなら俺は信じる。一人箒達だってそうさ。な?」
「うむ」
「心配だけどね。ミコトだ言うんだもん、信じるよ?」
「無論だ」
「あはは~♪もちろ~ん!」
「ほら見ろ。皆も信じてるってさ」
「……ん。ありがとう、みんな」

皆が笑顔で頷いてくれる。それがすごく…すごく嬉しかった。

「…まあ、一部の人間は愛情故に暴走してアレだけどな(親馬鹿恐るべし…)」
「?」

一夏が何か呟いてたみたいだけど私の耳には聞きとれなかった。気になって目で訊ねてみるけど一夏は「気にすんな」と言うだけだった。

「でもな、ミコト」
「? 何?」
「昼ご飯の時も言ったけどな。困った時は俺達に相談するんだぞ?約束だ」

そう言って一夏は小指を立てて私に突き出してくる。私、知ってる。これは約束のおまじない。
私は一夏の顔をじ~っと見上げる。一夏は笑っていた。笑って私の行動を待っていた。だから、私は頷いて私も一夏と同じように小指を立てて一夏の小指に絡める。

「…ん。約束」

ゆびきりげんま。本音が教えてくれたおまじない。

「……それじゃ、もういくね?」

しばらくの間、ゆびきりを交わした後、私は絡めた指を解き教室の出口へ身を翻して言う。

「何だ?また内緒ごとか?ミコト」
「ん、ナイショ」

笑ってそう訊ねてくる一夏に私も人差し指を口元にあてて笑って返した。







―――その頃、セシリアママは…。

「ただでさえアンタもミコトも影響力あるのに、変に騒いだら『MMM』とか変なのが騒ぎ出して収拾がつかなくなるし、イジメで親が出てきて解決した例なんて殆どないの。そんな事も分からないの?馬鹿なの?死ぬの?」
「スミマセンデシタ……(´;ω;`)」

屋上で正座して鈴姉ちゃんに怒られていた。







「第二整備室……ここだった、かな?」

各アリーナに隣接するように建てられた施設。普段はあまりこの辺りは立ち寄らないために、少し自信なさげに私は第二整備室と思われる部屋の入口の前に立つ。
私のイカロス・フテロは白式と同じで、搭載重量の上限も極めて低い所為で拡張領域≪バススロット≫は無いに等しいために、整備や調整は簡易的な物でその程度は自分で出来るから機密保持の理由もあって自分でやっていたので、ここにIS関連で足を運ぶ事は無かった。最後にこの辺りに来たのは一夏達が入学する前に散歩でこの部屋の前を通った時だったけ…。

「……んー?」

部屋の中はいたって静かだ。以前にに整備室の前を通った時は、鉄の打つ音とか削る音とか整備科の人の声とか、喧しい音が絶えなかったんだけど……誰も居ないのかな?

ガンッ!

「あ…やっぱり、いた」

部屋の中から鉄を叩いた時に出る様な音が聞こえてくる。やっぱり部屋の中には誰かいるみたい。簪かな…?
ドアの取っ手に手を伸ばすと、静かに開いて部屋の中にはいる。

……いた。

たっちゃんの情報通り部屋の中には簪が居た。でも、簪は私に気付いていないみたいで、部屋の隅にある何かをじーっと眺めていた。何を見てるんだろう?私は気になって目を凝らして薄暗い部屋の隅にあるソレを見る。

………ぁ。

簪が見ていたのは大破したイカロス・フテロだった。そういえば、たっちゃんがパーツを第二整備室に運んでおくって言っていた。たぶん、イカロス・フテロも一緒に第二整備室に運ばれたんだと思う。

「これ、もしかしてあの子の…」
「ん。それはイカロス・フテロ。私の……翼」
「――――っ!?」

私が簪の言葉に答えると、簪はビクリと身体を震わせてゆっくりと此方へを振り返った。

「……なんで……ここにいるの…?」

最初は信じられない物を見る様な目で私を見ていたけれど、それはすぐに警戒へと変わり、明確な敵意が私にも伝わって来るのが分かる。

「ん。たっちゃんが、簪はここにいるって、教えてくれた」
「………余計なこと…いわなくていいのに…」

たっちゃんの名前が出た途端に簪は表情を歪めた。

「そんなこと、ない。たっちゃんが教えてくれなかったら、簪を見つけられなかった」
「だから……余計なことなのよ…」
「?」

何が気にいらないんだろう…?

「………出てって……私、貴女のこと嫌い…」
「…ダメ。私は、簪に伝える事があるから」
「……っ! あれだけ言って……まだ足りないのっ?」
「ん。これだけは、伝えておかないと、いけないから…」
「……何?」

すごく睨まれるけど、それでも私は目を逸らない。
大事なことだから。これか、絶対に言わないといけない事だから…。

「ごめんなさい」

そう言って私は深く頭を下げた。

「………………え?」

突然の私の謝罪に簪はぽかんとしているけど気にしない。私はそのまま続ける。

「酷いこと言って、簪のこと傷つけちゃったから。だから、ごめんなさい」
「………本当に…そう思ってるの…?」

謝る私に対して簪は警戒を解かずに問う。本当に私がそう思っているのかと。
私が謝罪する理由。それは、簪を傷つけてしまったから。だから私は謝りたいと思った。その気持ちに偽りは無い。でも…。

「謝りたい気持ちに嘘はない。でも、あの言葉にも嘘はない」
「…それは……謝ってるって……言わない…」

眉間に皺がより目の鋭さも更に鋭くなる。けれど、私も引かない。

「けど、事実」
「―――っ!」

私の言葉に簪は眼を見開いて右手を大きく振り上げる。その振り上げられた右手が振り下ろされる先にあるのは間違いなく私の頬だ。けれど、私は目を瞑らずにじっと簪を見つめながらそれを受け入れる。………でも、振り下ろされた右手は私の頬に触れる事は無く、頬に触れる寸前でピタリと止まり。スッと右手は離れていく。

「………叩かないの?」

あと数ミリ動かせば頬に振られる事が出来るのに、どうしてそうしないんだろう?そう不思議に思って首を傾げて訊ねる。

「……疲れるから……しない」
「そうなんだ」

疲れるなら仕方ないよね。

「……それに」
「?」
「私…だって……私だって…そんなことは分かってるもの……」

簪は自らそれを認める。でも、その時の簪の顔はとても辛そうで、唇を噛むその仕草はとても悔しそうで……そして、今にも泣いてしまいそうだった…。

「姉さんの妹なんだからこれくらい出来ないと、とか……更識の名を列ねる者として、とか………自分自身、心の何処かで決めつけてるのは……分かってる」
「…そうしないと、簪は簪でなくなっちゃう、の?」
「………違う……私は私……でも、自信を持ってそう言えない…」
「………」

簪は簪だと自信を持って言えない。私自身、簪の気持ちは理解出来ない。この疑問はお昼の時のまま。でも、きっと簪にとっては大事なことなんだと思う。けれど、それは……。

「仮に、専用機を一人で完成できたとしても」
「……分かってる……完成させても私は『姉さんの妹』として評価される……流石は会長の妹だって…」
「それは、簪が望む『更識簪』、なの?」

簪は無言で首を左右に振る。

「……それも分かってる……でも、それしか方法は見つからなくて……その方法も上手くいってないけど…」

たっちゃんの話だと全然なんだっけ、進展…。

「誰かに助けて貰うのは、ダメ?」
「駄目。それだと、意味が無いから…」

はっきりとした口調で簪は答えた。『一人で専用機を完成させる』、簪にとってそれは絶対譲れないラインらしい。

「姉さんは……何をしても完璧にこなすから……だから、これくらい一人で出来ないと…だめ」

それは…違う。

「完璧な人間なんて、いない」
「……え?」

簪が譲れない事がある様に、私にもそれは譲れない。たっちゃんが完璧な人間。そんな事は決して無い。

「完璧な人間なんて、いない。人でなくなっちゃうから」
「………人で…なくなっちゃう…?」

言葉を繰り返す簪に私は頷く。

「完璧な人は一人で何でもやっちゃうから、誰も頼らない。でも、人は誰かに頼らないと生きていけない。一人だと生きていけない。だから、それはもう人じゃない」

簪はたっちゃんの事を完璧だと言う。でも、そんな事はない。
確かにたっちゃんはすごい。この学園にいてたっちゃんを知る人は皆口を揃えてそう言うと思う。けれど、どんな凄い人でも何処かで誰かの手を借りてるもの。そう、だから―――。

「たっちゃんは完璧じゃない。だから、私に助けてって言ってきた」
「姉さんが…?」
「ん。私は、会長のたっちゃんに命令されたんじゃ、ない。たっちゃん自身に助けてってお願いされたから、今ここにいる」

会長命令とか、そんなものじゃない。

「お願いする事は、恥ずかしいことじゃない」

私なんて、いっぱいいっぱい皆にお願いしてる。どれくらい頑張っても、返しきれない程の物を皆に貰ってる。

「だから、簪も助けてって、お願いすればいい」
「………そ、それは…」

私がそう言っても、簪は抵抗があるのかなかなか言葉にしない。何か言おうとすれば口を閉ざして、また何か言おうとしてまた口を閉ざす、その繰り返し。

「言えないなら、私から言うね?」
「…えっ?」
「私の翼を…イカロス・フテロを、助けてほしい」

簪の背後で何も物言わずに佇む残骸と化した私の翼を指差して、助けを乞う。私じゃ無理だから、あの子を救えないから…だから、私は簪に助けを乞う。

「えっ……あの……えっと…あ、あれ?」

思考が付いて行けてない様子。まさか逆に助けを求められるなんて思ってもいなかったらしい。

「私じゃ、この子を直してあげられないから…。おねがい、助けて?」
「ちょ、ちょっと待って………何が如何してそんな話になるの…?」
「? 私じゃイカロス・フテロを直すのは無理だから…」
「う、うん。それは聞いた……それを何で私が直す事になってるの…?」
「?」
「な、なんでそこで不思議そうな顔するの…?」
「………助けて、くれない?」
「あ、あうぅ~……(脹れた頬も相まって罪悪感が半端ないよぅ!?)」

じっと見つめる私に何故か簪はたじろいて、ぷいって顔を逸らす。

「?」

そっぽを向かれたのでその向いた先に回り込んでみるけど、またぷいって顔を逸らされてしまう。むぅ~!

「人とお話しする時は、目を見なきゃ、ダメ」
「っ!………貴女、自分勝手すぎる……私の機体の事も……この機体の事も…全部…」
「そう、かな?」
「……そうよ…ずるい」

そっか、ずるいんだ…。んー…。

―――いいのいいの♪これは交渉のカードになるわよ?簪ちゃんも少しでもサンプルが欲しいでしょうから。

……あっ、そうだ!

「私に協力すると、良いことある……よ?」
「……何で疑問形なの?」
「…なんでだろ?」
「わ、私に聞かれても…」

う~…交渉って難しい。

「でも、損はしないと…思う。私を助けてくれたら、イカロス・フテロのデータ、好きに使って、いいよ?」
「!」

簪が先程までとは明らかに違う反応を見せる。これって、チャンスって奴なのかな?

「この機体は、飛ぶ事しか出来ないけど、束が少しだけど、手を加えた機体。だから、きっと簪にも役に立つと思う、よ?」
「……束?……っ!?もしかして、篠ノ之束っ!?」
「ん」

肯定、と頷く。

「≪展開装甲≫っていう、第4世代にあたる新技術が使用されてる。私のは試作らしい、けど」

それでも、ISの開発者である篠ノ之束の新技術は、どの国もどの企業からも喉から手が出る程の物だと言うのがたっちゃんの意見。実際、それを完璧に再現できるかは、現状の世界の技術レベルでは無理らしいけど。でも、やっぱりそのデータは貴重。

「…………」
「どう、かな…?」

少し不安げに私は問う。自分の出せれる全てを提示した。もう逆さにしたってこれ以上は出て来ない。

「………やっぱり……駄目…できない…」

けれど、簪の口から出てきたのは拒絶の返事だった…。

「う~…」
「そ、そんな顔しないで……」

じんわりと瞳を潤ませて泣きそうな私を見て、あたふたと慌てる簪。

「私も……助け…ぃ…データも……でも、私じゃ無理……この機体の状況じゃ、一から手掛けないといけないから……」

簪は大破したイカロス・フテロを見て言う。

「でも、簪は一人で自分の機体を、完成させようと、してる」
「ど、土台はもう殆ど完成してるから……肝心なのは武装の方と……細かな調整だけだし…でも、その機体はパーツも作らないといけない、私じゃ無理…」
「じゃあ、整備科の人に手伝ってもらう」
「それだと………私は必要なくなる…整備科の人に頼めばいい……その方が良い…」
「ダメ。それだと簪にデータ渡せない」
「え?」
「え?」

私、何か変なこと言ったかな…?

「え、えーっと……?」
「簪は、助けられたくない、だから交渉する」
「(私の知ってる交渉と違う!?私にデータ渡してもそっちは得しないよね!?)」

さっきから簪は驚いた表情ばかり浮かべてる。そんなに私は変なこと言ってるのかな?私は自分の思ってる事をそのまま言ってるだけなのに…。

「そうすれば、私の満足。簪も満足。い~ぶんだよね?」
「も、もう……無茶苦茶…」

頭を抱える簪に私は頭上にはてなマークを浮かべて首を傾げた。何か今の交渉に問題はあっただろうか?どちらも損は無かったと思うんだけど。

「はぁ………貴女は…どうあっても、私を手伝うつもりなのね…?」
「ん」

肯定。

「……そして、貴女も助けて欲しい……でも、貴女の機体を直すのには他の人の協力が必要…」
「ん」

それも肯定。

「結局……私は一人で作業が出来なくなる……誰かの手を借りることになる…」
「ん」

そう言う事になるね。

「これって………イーブンって呼べるの…?」
「う?」

どっちも目的は達成されるからい~ぶんじゃないの?

「……駄目…この子、全然理解してない…」
「そう、かな?」
「そう………私はあまり他人と関わりたくない……それに、誰かに構ってる余裕もない…」
「でも、このままじゃ…」
「………何時まで経っても完成しない…かもしれない」

悔しそうに簪はそう呟く。
入学してから今まで、『打鉄弐式』の進展は無い。なら、どれだけ時が経とうが一人では『打鉄弐式』を完成させる事は不可能と考えて良い。

「いつまでもこのままじゃ駄目……それは分かってる…」
「ん」
「意地を張って、立ち止まってたら…結局何も始まらない」
「ん」

そう、簪はまだ歩き出してさえしていない。『更識簪』として…。
たっちゃんの妹だからとか、これくらい出来ないと言えないからとか、自分らしいことは一つも出来ていなかった。

「でも……私だけじゃ何も出来ない…」
「ん」

だって、人は完璧じゃないから…。

「なら……た、助けて…くれる?」
「ん」

助けを求める問い掛けと共におずおずと差し出される右手。私もその問いに頷いて右手を差し出す。

「助ける。簪は、私を助けてくれる?」
「わ、私が……出来る事なら…」
「なら、い~ぶん。交渉成立」
「……そう、だね……交渉成立…」

私と簪は握手を交わす。私は笑顔で、簪は少し恥ずかしそうにして。

「オリヴィアさん……これから…よろしく、ね?」
「ミコトで良い。こちらこそ、よろしく」
「じゃ、じゃあ私も簪で……あ、そういえば、最初からそう呼んでる……」
「ん」

こくりと頷く。だって、更識だとたっちゃんもそうなんだもん。ややこしい。

「……ほんと……ミコトは自分勝手…」
「う?」
「いいよ……もう…」

簪はそう言って諦めたと溜息を吐く。でも、その表情は何処か楽しそうだった…。












あとがき

和解?本当はもう少し時間を掛ける予定だったんですけどね。会長登場イベントとかぶってとんでもないことになりそうなんで…。

何か匿名のメールで「もし、ミコトが飛ぶことに関心が無く戦闘技術を習得していて、ISも兵器として完成してたらどうなってたの?」と質問されました。感想棚にコメすれば良いのにw
答えは簡単。イカロスには槍が装備されて『永遠のアセリア』のアセリアみたいな子になってました。伊達に千冬のクローンじゃありません。無駄に強いですw



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第四十一話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/06/28 23:34
「むふぅ~…♪」
「おっ、何だミコト。今日は朝からご機嫌だな」

朝食の時間。皆で揃って朝食を食べている中、何やらご機嫌にサンドイッチをパクついているミコトが気になって俺は訊ねてみる。すると、ミコトはこちらに顔を向けると嬉しそうに笑顔を浮かべた。その笑顔を浮かべるその頬は、昨日の痛々しく赤くなっていた腫れも今ではすっかり引いて、いつもの白い雪のような頬へと戻っていた。女性陣は跡が残ったらどうしようかと心配していたが、そうならなくて良かった良かった。

「ん♪イカロス、直せるって」

そう笑顔で告げるミコトの言葉を聞いた俺達は食事の手を止めて、おお!と声を上げる。

「まあ!それは朗報ですわね!」
「わぁ~♪良かったね~みこち~♪」
「ん♪」

ぽんっ!手を叩いて我がことのように喜んで見せるセシリアと、同様に喜びをだぼだぼの袖でばんざいをして表すのほほんさんに、ミコトは更に嬉しそうに微笑む。喜びを分かち合えるってのは良いものだよなとこの光景を見て俺は実感する。

「良かったじゃない。あれだけの破損だから修理は大変なんじゃないかなって少し不安だったんだけど、これでもう安心ね」

そう言って鈴はラーメンの麺をずずずっと音を立てて啜る。しかし、幾らラーメンが好きだからと言って朝飯にそれは無いだろと俺は思う。しかし、その光景も毎日のように続けば慣れたもので、俺も周りの人間もそれを思ってはしても口に出そうとはしない。

「……でも、可笑しな話だよね。専用機を渡しておきながら修理するパーツが不足してるだなんて。普通なら最優先に手配する筈なのに。確か、ミコトの専用機ってIS委員会が管理してるんだよね?パーツが入手出来ないって事は考えにくいんだけど…」
「委員会にも事情があるのだろう。あそこは色々と複雑だからな……そう、色々とな」

―――“色々”と、か…。

実際、イカロス・フテロを含めたミコトを取りまく謎は多い。ミコトが何処の出身なのか、何故千冬姉に似ているのか、数少ない貴重なISをどうして所有しているのか、数えていけばきりがない程に俺はミコトの事を全然知らない。そして、それを知ろうとするのを千冬姉から禁じられている。恐らくそれも委員会の指示なんだろう。あれだけ世界規模の組織だ。俺なんかじゃ知る事の出来ない色々な思惑が渦巻いているに違いない。
そんな意味深なラウラの言葉に場の空気が少しだけ重くなりそれに気付いたラウラ。折角、イカロス・フテロが直せるかもしれないとご機嫌なミコトと、朝食の爽やかな雰囲気を台無しにさせまいと、ミコト至上主義のラウラは慌てて話題を変えようと慣れないことに必死に頭を悩ませて、そして必死に悩んだ末にその口から出てきた話題は今日の一時限目の事だった。

「そ、そういえば今日は一時限目に全校集会があるのだったな!?」
「うん。とりあえず落ち着け」

そんな慌てて話す様な話題でもないだろ。気持ちは分かるけどさ…。

「学園祭についての話だっけ?なんだろうね?」
「IS学園の学園祭は少々他の学校とは異なる。それらについての説明ではないか?」

箒の言う他の学園と異なると言うのは恐らく招待券制のことだとだろう。何処のお嬢様学校だよと突っ込みたくなるが、国家レベルの機密情報やISを多数保有してる学園なのだから当然と言えば当然。寧ろそれでも甘いとも言える。普通ならそんな場所に部外者の立ち入りを許すなんて思わない。けれど、そう出来ないのはまがりなりにも学園を名乗っているため、仕方なく招待券制という方法を取ったのだろう。学園側としては本当は部外者なんて一人もいれたくないのが本音なんだろうな。

「学園祭か~。楽しみだね~。みこち~」
「? 学園祭ってなに?」
「あ~そっか~。みこちーがここに来たの冬の初めごろだもんね~知らないか~」

聞いた話だとミコトがIS学園に来たのは冬。成程、学園祭の時期はとうに過ぎているな。とは言っても、学園祭を知らないと言うのはこれはまた可笑しな話だがミコトだし今更か。

「ミコト、学園祭と言うのはこの前のお祭りの学校版だ」
「? 学校で、お祭りするの?」
「そうだよ~♪でもね~でもね~それだけじゃないんだ~♪学園祭はね~、私達がお店を出すんだよ~?」
「……お~」

…うん。驚いてはいるもののあまり理解出来てない様子だな。自分達でお店を出すって言われてもイメージが湧かないか。前にシャルロット達と一緒に喫茶店でバイトをしたらしいけど、それとは少し違うしなぁ。

「一年生は殆どが飲食店になるんじゃないかな?2年生3年生は整備科の人達が色々すごい出し物やりそうだよね」

なんと言ったってIS学園が誇るエリート集団。それに、各国の軍事関係者やIS関連企業に人間も多く来場するらしいからアピール出来るこの機会を逃す手は無い。きっと盛大に才能の無駄遣いをしてくれる事だろう。

「ある意味生存競争ですものね。技術系はこういうイベントか、優秀な操縦者と組まなければ企業の目には止まりませんし、オファーなんて来ませんから」
「見てくれる人は~見てるなんて~甘いものじゃないからね~。大変だね~」

何を他人事みたいに言ってるのかな?こののほほんさんは…。

「私達操縦者は操縦技術で、整備科は整備技術で競い合っている。来年はどの専攻を選ぶかは分からないが他人事じゃないぞ?本音」
「ぶぅ~…。ラウっちは気が早すぎだよ~。来年の事は来年考えよ~?」
「まったく、お前は仕方が無いな…」
「えへへ~♪」

そう呆れながらも、のほほんさんの笑顔にラウラも釣られて笑みを浮かべる。

しかし、来年か。確かに全然想像出来ないよなぁ…。

きっと、専攻やクラスが分かれてもこのメンバーで朝飯を食ってるのは変わらないんだろうなと、そう苦笑しながら味噌汁を俺は啜るのだった。








第41話「各部対抗織斑一夏争奪戦開幕」







――――Side 織斑一夏


所変わって体育館。朝食堂で話していた通り全校生徒を体育館に集めて、一時限目の半分を使い全校集会が行われた。
しかし、体育館に訪れたのは入学式以来で今回が二回目なのだがこれは圧巻だ。体育館を埋めつくす女子、女子、女子……。入学式は一年生のみだけで行われたけど全校生徒を集めるとこんなに居たのか、初めて知った…。すごい……と言うか、怖いな。これは…。

『それでは、生徒会長から説明をさせていただきます』

生徒会役員と思われる生徒がマイク越しでそう告げると、先程までざわめいていた体育館はシン…と静まり返る。

『やあ、みんな。おはよう』
「あっ!?ボロボロの人!?」

壇上で挨拶する女子を見て思わず声を上げると、静まり返っていた体育館に俺の声が異常な程に良く響き渡る。服はあの時とは違って綺麗だが間違いない。昨日ロッカールームに現れた人物だった。
周りの生徒達の「ボロボロの人?」「え?ボロボロって何?」とひそひそ話し声が体育館に満ちて、その時やっと俺は自分の失態に口を塞ぐように手を当てた。しかし、もう時は既に遅し。壇上を見れば…。

『………』

恥ずかしいのを必死に耐える様にぷるぷると震えて、顔を真っ赤にして、けれど決して顔を俯かないでいる健気なボロボロの人の姿が…。

あ゛あ゛~~~っ!?すんません!ほんっと~にすんませんっ!?

そんな名も知らぬボロボロの人の痛々しい姿に罪悪感で潰れそうになる俺は、只管心の中で詫び続けた。

『し、静かに!静かにしてください!生徒会長のお話の途中ですよ!?』

先程の役員の人がざわめく生徒達を静めて何事も無かったかのように、話を再開。

『こ、こほん――――さてさて、今年は色々と立て込んでいて一年生には挨拶がまだだったね。私の名前は更識楯無。君達生徒の長よ。以後、よろしく』

あれだけの事があったのに、扇子を口元に当てて満ちた笑みを浮かべる生徒会長。そんな彼女が相変わらず放つカリスマオーラは異性同性問わず魅了するらしく、体育館の彼方此方で熱っぽい溜息が漏れた。

『今回の全校集会のテーマは皆知ってるよね?そう、今月の一大イベント学園祭!その学園祭なんだけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容は―――』

手に持った扇子を横へとスライドさせる。それに応じるように空間投影ディスプレイが浮かび上がった。

『名付けて、『各部対抗織斑一夏争奪戦』!』

ぱんっ!と小気味の良い音を立てて、扇子が開く。それと同時にディスプレイに俺の写真がデカデカと映し出された。

「……………は?」

静まり返る体育館に俺の間の抜けた声が妙に高く響いた。そして、その直後―――。

「えええええええええええええええええええええ~~~~~~!?」

割れんばかりの叫び声に、体育館が冗談ではなく揺れた。
そんな、騒音の中俺は唖然と立ち尽くし。報復か?報復なのか?とそう思い、こっそりとISのズーム機能を使って壇上に立つ生徒会長の表情を窺うと、こめかみ辺りに青筋が浮かんでいるのが確認出来た。あ、怒ってらっしゃる…。

『静かに。学園祭では毎年各部活ごとの催し物を出し、それに対して投票を行って、上位組は部費に特別助成金が出る仕組みでした。しかし、今回はそれではつまらないと思い―――』

びしっ!と扇子で俺を指す生徒会長。

『織斑一夏を、一位の部活に強制入部させましょう!』

再度、年頃の女子には似つかわしくない雄叫びが上がる。

「うおおおおおおおおおおっ!」
「素晴らしい、素晴らしいわ会長!」
「こうなったら、やってやる……やぁぁぁってやるわ!」

おいおいおい…。

周りが盛り上がってる中、俺一人状況について行けないでいた。何が一体どうなってるんだ…?

「というか、俺の意志はどうなるんだ…?」

勝手に景品にされているが、俺は了承なんてした覚えなんて無いのだが…。そう思い壇上にいる生徒会長へ目をやると…。

『m9(^Д^)プギャー』

……イラッ。

「よしよしよしっ、盛り上がってきたぁ!」
「今日は放課後から集会するわよ!意見の出し合いで多数決するから!」
「最高で一位、最低でも一位よ!」

置いてけぼりの俺を他所に、周りの女子生徒達は勢いを増していく。もう俺がなんと言おうと止められないのは目に見えていた。
かくして景品である俺の意思を完全に無視した、俺争奪戦は始まったのだった。









同日、放課後。教室にてクラスの出し物を決めることとなり、教室ではわいわいと盛り上がっていた。俺一人を除いて…。

「………」

クラス代表である俺は皆の意見をまとめなければならない立場なのだが、黒板に書かれている文字に凝視して、たらりと汗を流す。
黒板に書かれていた内容とは、『織斑一夏のホストクラブ』『織斑一夏とツイスター』『織斑一夏とポッキー遊び』『織斑一夏と王様ゲーム』などなど…。ぶっちゃけ、全部俺関連だ。もう訳が分からない。

「却下」

問答無用で却下すると、黒板に書かれた文字を黒板消しで消す。
しかし、それと同時に教室には大ブーイングの嵐が巻き起こる。

「やかましい!認められるかこんなもんっ!?」

学園祭の出し物だぞ。それを分かって言ってるのかお前等は!?

「横暴横暴!クラス代表の横暴!」
「クラス代表なんだから、クラスの幸せのためにその責務を全うせよ~!」
「そうだそうだ~!」

なんと勝手な…。
しかしそんな意見を通す訳にはいかない。仮にさっきの中のどれかに決まったとして、それを『時間がかかりそうだから、私は職員室に戻る』と去って行った千冬姉に報告しないといけないのは俺なんだぞ?どんな目で見られると思ってるんだ…。

「と・に・か・く!まともな意見を出せ!学園祭だぞ!?外来客も来るんだぞ!?」
「一夏、一夏」

手を一生懸命に上げて俺の名前を繰り返して呼ぶのはミコトだった。

「どうした?ミコト。何か良い案でも思い浮かんだのか?」
「学園祭って、どんなことする、の?」

ああ、そこからか…いや、仕方が無いと言えば仕方ないよなぁ。

「んー…一般的には飲食店か。あと、フリーマーケットとかもあるな」
「フリーマーケット…?」
「家でいらなくなった物…えっと、古着や家具とかそういうのを売る市場のことだよ」
「んー…古本屋?」
「のほほんさんに連れて行ってもらったのか?まあそれに近いけど」

実際、フリーマーケットでも古本専用の店と言うのも存在する。そう店が沢山あるからフリーマーケットと言うのは楽しいんだろうな。

「あっ、でも駄目だよ織斑くん。ウチ全寮制だからフリーマーケットに出す売り物なんて集められないよ?」
「実家にいらない物送ってくれって頼んでも、本当にいらない物送られてきそうだしねぇ…」

確かに、俺みたいにみんな家が近い訳じゃないもんな。北は北海道、南は沖縄まで、セシリア達見たいに海外組だっている。フリーマーケットは無理と考えるべきか…。

「となれば残るは飲食店か…。ま、一番妥当だよな」
「え~、普通のお店なんてつまんな~い!」
「そうそう!ここはやっぱり織斑君のホストクラブを!」
「まともなのだって言ってんだろ!?」

そしてまたブーイングが巻き起こり振り出しへと戻る。

「ならば、メイド喫茶などはどうだ?」

『………えっ?』

静かにそして騒音の中でも澄み渡る様に響いたその呟きに、ブーイングで騒がしかった教室がしんと静まり返ると、クラスの全員がぽかんとしてその声の主を見た。

「む?何か変なことを言ったか?客受けいいだろうし、休憩場としても需要があるだろうから、我ながら良い案だと思うのだが?」

自身に視線が集まっていることに怪訝そうな表情を浮かべるラウラ。

「い、いや……なんというか意外だったから、さ…」

俺の言葉にクラスの皆もうんうんと頷く。

「むっ…悪かったな、似合わない事をして」

ぷいっとそっぽを向くといった見た目相応の可愛らしい態度を取るラウラに、俺は慌てて謝罪する。

「す、すまんすまん!そういうつもりで言ったんじゃないって!」
「ふんっ………ああ、そうだ。もう一つ良いことを思い付いたぞ」

すると、何を思ったのか。次第にふくれっ面からサディスティックなどす黒い笑みへと変貌し、俺はまるで肉食獣に睨まれたかのような錯覚を覚えてゾクリと身体を震わせた。

「メイドにあと執事も追加しよう。このクラスには一夏が居る。これを利用しない手は無いからな」

そう言ってラウラはニヤリと口の端を吊り上げて黒い笑みを浮かべる……ってこら待て!?

「おいおい!?俺を客寄せパンダにするつもりか!?」
「そうだ、一夏。名実ともに客寄せパンダとなれ」
「ひっでぇ!?」

入学当初は正にその状態だったけど、誰かに言われたのはお前が初めてだよ!?

「織斑君の執事姿……いい!それすごくいい!」
「それでいこう!うん、決定!」
「メイド服はどうする!?私、演劇部衣装係だから縫えるけど!」

一気に盛り上がりを見せるクラス女子一同。それを見て俺は思う。ああ、これは決まったな、と……。
今、この状況で俺が反対すれば、俺は空気の読めない人間として見られてしまう。それに、代わりの案を思い浮かばない以上、俺にラウラの意見を反対する権利は無かった。まあ、ホストクラブなどと比べれば幾らかはマシだと開き直ろう。うん。

「いや、待て。学園祭までの短い期間で衣装は人数分揃えれるのか?今日からやるにしてもかなり厳しいだろ」
「う゛っ……正直ギリギリかなぁ?洋服を改造するって手もあるんだけど、それだと衣装の統一性がねぇ…」

それはそれで客受けはするかもしれないが、やっぱり衣装を統一させた方が見栄えは良いのは確かだ。

「なら、借りてくればいい」

そんなクラスの皆が頭を悩ませている中、その解決の突破口を切り開いたのは意外にもそう言うのにはとても疎そうなミコトだった。

「借りてくるって……衣装をか?」
「ん。作れないなら、完成してるもの、借りてくればいい」

う~ん…。間違った事は言ってはいないんだが、肝心の貸してくれる人がいないとなぁ…。

「ふふ、流石はミコトだな。私も同じことを考えていた」
「あ~っ!そっか~!そういうことか~!」
「えっ、まさか三人とも、あそこにお世話になるつもりじゃあ…?」

しかし、数名ほどその借りるあてに心当たりがあるようだ。
ラウラやシャルロット、のほほんさんにミコト……うん?このメンバーって、先月街に買い物に出掛けたメンバーじゃないか?

「ほ、本気…?あれ以来一回もあの店に行ってないんだよ?僕達の事覚えてないかもしれないし」
「大丈夫だろう。あれだけの事があったのだ、忘れたくても忘れられん。それに、あっちは此方に借りがある」
「(強盗事件の取り調べで私達の事を話さないでくれただけでも十分借りは返してくれてると思うんだけどなぁ…)」

乗り気なラウラを対称にシャルロットの方はあまり乗り気ではない様子。しかしそれ以外方法が無いのも事実。シャルロットは諦めたかのように深く溜息を吐いて頷いた。

「しょうがないなぁ…。訊いてみるだけ訊いてみるよ…」

ガクリと肩を落として承諾するシャルロットに、教室には歓声が沸いた。
こうして、一年一組の出し物はメイド喫茶改め『ご奉仕喫茶』に決まったのだった。







「………というわけで、一組は喫茶店になりました」

職員室。千冬姉の言いつけ通り、俺はHRで出し物が決まった後に、その決まった出し物について千冬姉に報告に来ていた。

「また無難なものだな。まあ一年目はこんなものか。来年辺りから学園に染まって来て此方の想像の斜め上をいく出し物を出す様になるからな」

染まるって…。

「い、いや、そうでもないですよ?喫茶店と言っても所謂コスプレ喫茶ですし」
「成程、まあ客受けはするだろうな。立案者は誰だ?田島か、それともリアーデか?あの辺りの騒ぎたい連中だろう?」
「え、えーと…」

流石の千冬姉もこれには想像が出来なかったか。まさか、あのラウラがこんな案を出すなんて…。
しかし疑っていても仕方が無い。事実は事実。俺は真実を明かす事にした。

「ラウラです」
「…………」

予想外の回答にきょとんとしている千冬姉。
それから二度瞬きをして、千冬姉は盛大に吹きだした。

「ぷっ……ははは!ボーデヴィッヒか!それは意外だ。しかし……くっ、はは!あいつがコスプレ喫茶?よくもまあ、そこまで変わったものだ」
「やっぱり意外……ですか?」
「くっ、くははっ!……ああ、それはそうだ。私はあいつの過去を知っているからな。昔のあいつからは想像も出来ん。あいつの副官なら分からないでもないが……しかし、あいつがな」

千冬姉は一頻り笑うと、息を整えてから話を戻す。

「これもお前達の影響なのだろう。なに、悪い事じゃない。寧ろ良いことだ」
「俺達と言うより、ミコトの影響だと思いますけどね」

俺達の輪には常にミコトが中心にいた。もし、ミコトが居なければ、その輪にラウラが加わる事は無かったかもしれない。それだけミコトは俺達に無くてはならない存在だった。

「………そうかもしれんな」

千冬姉は窓に映る景色へ顔を向ける。その時の千冬姉の表情を俺は夕陽に光で見る事は出来なかったが、その声が何処か悲しそうに聞こえたのは、俺の気のせいなのだろうか…?

「……報告は以上か?」
「あ、はい。以上です」
「ではこの申請書に必要な機材と使用する食材を書いておけ。一週間前には出す様に。いいな?」
「はい。分かりました」

出すメニューとかも後日相談しないとな。色々面倒そうだ。
先程の千冬姉の態度が気にはなったが、千冬姉への報告は既に終わっているので、用事が無い以上ここに留まる訳にもいかず。俺は一礼をして職員室を出た。
ドアの閉じる音を背中で聞いて、ふぅと溜息を洩らす。しかし、緊張を解いてすぐ視界に映ったのは―――。

「やあ」
「……………」

ボロボロの人改め、生徒会長。更識楯無その人であった。
触らぬ神に祟りなし。これ以上関わってまた何か起きるのは堪ったものじゃないので、無駄にキメてる生徒会長の脇を通り抜けてそそくさと撤退。しかし、そうは問屋が卸さないと先輩も横に並んでついて来る。

「ちょっとちょっと、無視しないでよもう。お姉さん泣いちゃうぞ?」
「……何か?」

ジト目で警戒しながらそう訊ねる。

「ん?どうして警戒してるのかな?」
「それを言わせますか…」

この前の遅刻といい、今回の騒動といい、騒ぎの元凶なのはこの先輩なのは誰が見ても明らかだ。それを警戒するなと言うのは無理がある。

「ああ、最初の出会いでインパクトがないと、忘れられると思って」
「ええ、インパクトは凄かったですよ?あれだけボロボロの格好で現れたら誰だって忘れませんって」
「うぐっ……」

そう少し皮肉を返すと、余裕に満ちた笑みに少し亀裂が生じる。それを見ただけで俺は仕返しとまでとはいかないが少しだけ気が晴れた。

「ふ、ふふふ…。言うね、君?というか、君のおかげでも私も恥ずかしい思いしたんだけどな~?」
「げっ…」

しかし、俺がささやかな勝利に浸っていると即座に反撃を受けてしまう。
先輩が言うのは全校集会の時の事だろう。全校生徒が見てる中であれは悪いことをしたと俺も反省している。でも、あの後の騒動を考えるとお互いさまじゃないか?

「お、俺は悪くねぇ!俺は悪くねぇ!?」
「悪い!悪いよ!君のおかげでどれだけ恥ずかしい思いをしたと思ってるのかな!?」
「自業自得じゃん!?」

そもそも、なんであんなにボロボロだったんだよ!?着替えろよ!常識的に考えて!
ああ、駄目だ。今のこの人にあのカリスマは微塵も感じられない。

「はぁ…ところで、何の用なんです?」
「あっ、ああ、うん。そうだったね。すっかり忘れてたわ」

そう言ってケラケラ笑う先輩だったが、額には汗が浮かんでいた。
どうやら本当に忘れていた様だ。本当にあの壇上に居た人と同一人物か?この人…。

「実はね、当面君のISのコーチを私が見てあげることになったから。というか私が決めた」
「は、はぁ!?何を急に……てか、コーチは間に合ってますから!」

箒に鈴、セシリアにシャルロット、それにラウラとたまにミコトもアドバイスをくれる。ぶっちゃけ一年の専用機持ちの殆どが俺の専属コーチ状態だ。改めて思うけど贅沢過ぎる。

「うーん。そう言わずに。私はなにせ生徒会長なのだから」
「はい?」

それは承知しているが、それがどうしたって言うんだ?

「あれ?知らないのかな?IS学園の生徒会長というと―――」

そう先輩が何かを言いかけたその時。前方からドドドドッ!と地響きを響かせて此方へ向かって走って来る女子の姿が…。よく見れば片手には竹刀を持っているじゃないか。体力作りに防具を着てランニングというのはした事はあるが竹刀なんて初めて見るな。どう考えたって走るのに邪魔だろ、竹刀が人に当たって危ないし。
―――と、呑気なことを考えている俺だったが。次の瞬間、とんでもない物を目にする。

「覚悟ぉぉぉぉっ!」
「なぁっ!?」

重りと勘違いしていたそれは、あろうことか先輩目掛けて振り下ろしたのだ。
咄嗟に俺は先輩を庇うように二人の間に割り込む。が、しかし、そんな俺の気遣いを無下にして、先輩は俺をするりとかわし扇子を取り出す。
扇子なんか取り出して気でも狂ったのか、「危ない!」俺がそう叫ぼうとしたが先輩が次にとった行動に言葉を失う。

「迷いのない踏み込み……いいわね」

なんと、振り下ろされた竹刀を扇子で受け流し、バランスを崩した女子を空いた左手で擦れ違い様に手刀を叩き込んだのだ。
がくりと崩れ落ちる女子。何が何だか状況が呑み込めないが、とりあえず襲ってきた女子の無力化に成功……と思いきや、女子が倒れたと同時に、今度は近くにあった窓ガラスが破裂した。

「今度は何だっ!?」

一息吐く間も無く新たな襲撃に半ばヤケになりながら俺は叫ぶと、俺の顔を何かが掠めて背後の壁からドスッ!と何かが突き刺さる様な音が聞こえてくる。そ~っと後ろを振り向くと、そこにはコンクリートの壁に刺さった矢が…。

こ、殺す気かっ……!?

慌てて矢の飛んできた方角を見ると、隣の校舎から和弓を射る袴姿の女子が見えた。

「あらら、あっぶないなぁ…。ちょっと借りるよ」

倒れた女子の側にあった竹刀を蹴り上げて浮かせ、空中でキャッチすると同時に放る。割れた窓を通り抜けて槍投げの用に曲線を描いて飛んでいった竹刀は、見事隣の校舎から弓を射た女子の眉間に命中し撃沈。しかし、謎の刺客はまだ続く。

「もらったぁぁぁ!」

バンッ!と廊下の掃除道具ロッカーの内側から、ボクシンググローブを装備した女子が飛び出してくると、華麗なフットワークと共に体重を乗せたパンチで襲い掛かって来た。今度はボクシング部か。
だんだんこの人達の正体が分かってきた。一人目は剣道部、二人目は弓道部、そして三人目がボクシング部。どれも体育系の部活の先輩方だ。それが何でこんな事をしてくるのかは不明だが…。

「ふむん。元気だね……ところで織斑一夏くん」
「は、はい?」
「知らないようだから教えてあげるよ。IS学園において、生徒会長という肩書きはある一つの事実を証明しているんだよね」

ボクシング女の猛ラッシュを紙一重でかわしながら、先輩は少しだけ開いた扇子で口元を隠して涼しげに笑っている。さっきまでの戦いっぷりから分かっていた事だが、この人尋常じゃない。

「生徒会長、即ち全ての生徒の長たる存在は―――」

大振りのストレートを円を描く様に避け、とんっ、と地面を蹴って舞う様に身体を宙に跳び上がる。俺はその光景を魅了された様にぼーっとしてそれを目で追う。

「最強であれ」

鋭いソバットの蹴り抜き。ボクシング女は、登場したロッカーにまるで逆再生したように叩き込まれて沈黙した。

「……ってね♪」

パンッ!と扇子を全開に広げて先輩は見惚れる程に綺麗な笑顔を浮かべる。その貫禄は間違いなく最強を名乗る生徒会長に相応しい物だった…。







――――Side ミコト・オリヴィア


バリーンッ!

整備室に訪れていた私と簪が耳にしたのは、何処からか響いて来たガラスの割れるような音…。随分遠くから聞こえてきたみたいだけど、校舎の方からかな?

「? 何か、あったのかな?」
「……騒がしいのは……いつものこと…」

んー…そうなのかな?

簪に言われて今までの事を振り返ってみると、確かにそんな気がしないでもないかもしれない。

「そんなことより……今後について決める…」

そう言って簪は投影ディスプレイを展開して、イカロス・フテロの設計データを表示する。

「……予備パーツを調べたけど、規格はあってるんだけど大部分に修正が必要みたい」

パネルを操作して画面を切り替えて、翼の部分を拡大させる。そして、予備パーツのデータを照らし合わせると、本来の機体のデータとは微妙に異なる部分があった。

「このパーツを取りつけても飛べるには飛べる……でも、スラスターの出力が強すぎて本体のフレームの方がその速度に耐えられないみたいなの……だから、本体の方は再設計が必要…」

だから、≪展開装甲≫を使用した時にイカロス・フテロは速度に耐えられなくて壊れちゃったんだ…。
私は大破したイカロス・フテロを見る。銀の福音での損傷が無くても、こうなのは必然だったのかもしれない。それでも、この子は一緒に飛んでくれた。あんなに怯えていたのにそれを必死に我慢して…。いくら感謝しても足りない。

「……でも、予備パーツがスラスター部分のパーツで良かった。翼は設計が特殊過ぎて直せなかったかもしれないから」
「そうなの?」
「飛ぶだけならPICがあるから、わざわざ鳥の翼を模する必要なんてない。変則的な機動を出す事が目的でも形なんて幾らでもやり用はあるもの……」
「でも、イカロスには、PIC搭載されてない」
「あの翼を最大限に発揮させるのはそうしないといけなかったのかもしれないわ……機動は目を瞠る物があるけど。どちらにせよ、ISとしては欠陥―――」

そう言い掛けて慌てて簪は口を手で塞ぐと、私を表情を窺う。

「……ご、ごめんなさい……そんなつもりで言ったんじゃ…」
「? 何が?」

突然謝られても私が困る。

「お、怒ってないの……?」
「どうして?」
「だ、だって……自分の専用機を欠陥呼ばわりされたのに…」
「? 他の人がなんて言っても、この子は私の翼。関係無い」
「そ、そう……」

例えイカロス・フテロが欠陥だって言うのなら、その欠けた部分を私が補えばいい。それだけのこと。私とあの子は一心同体なんだから…。

「……話を戻すね…大まかな構想は私達でも出来るけど、設計は整備科の人達に任せるしかない……ミコトは整備科の人に心当たりあるの?」
「ん。あとで薫子に相談してみる」

たっちゃんも薫子に相談してたみたいだし、きっと力になってくれると思うから。

「(二年生整備科のエース……ミコトの人脈って本当に凄い…)」
「でも、私が優先で、本当にいいの?」
「え?う、うん。構わない……直接触ってみた方が構造を理解出来るから…」
「ん。簪がそれで良いなら、私もそれで良い」

そう口で言いながらも、心の中ではイカロス・フテロが早く直ることになって喜ぶ私だった。

「それじゃあ、今日はここまでにしましょう……ミコトもどんな機体にしたいかイメージを纏めておいてね…?」

そう言って、簪はそそくさと帰る支度を始める。まだあんまりお話ししてないのに…。そう思った私は先程のHRを思い出して簪に訊ねてみることにした。

「……あっ、今日、学園祭の出し物決めた。簪のクラス何するの?」
「………」

帰り支度をしていた簪の身体がピタッと止まる。

「私のクラス。喫茶店する。簪は?」
「し……なぃ…」
「う?」

何か言ったみたいだけど聞きとれなかった。

「知ら……ない…」
「?」

知らない?クラスの皆で決める筈なのに、どうして知らないんだろうと首を傾げると、簪は気まずそうに顔を背けて答える。

「……授業が終わってすぐにここ着たら……HR参加して無いから…知らないの…」
「…………ちゃんと、皆と一緒にがんばろ、ね?」
「…ご、ごめんなさいぃ…」


後日、簪はクラスの皆に謝罪して出し物を確認したら。1年4組のクラスは様々な種類を楽しめるサンドイッチショップする事が分かり、ミコトはそれを知って大層ご満悦だったそうな…。








あとがき

カリスマ(笑)生徒会長爆誕!どうしてこうなった!
え?扱いが酷いが楯無さんが嫌いなのかって?HAHAHA!まさか!アニメに登場しなかったのがとても悔しくなる程大好きですよ!w本当にどうしてこうなった!?

次回は大人ミコトの番外編を書こうと思います。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように… if
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/07/05 22:31
これは、あったかもしれないifの物語…。









「ミコト。忘れ物は無い?」
「ん」

研究所にあるクリスの部屋。前屈みになって少し斜めにずれていたリボンをきちんと直しながらクリスは私に訊ねてくると、私は問題無いと頷いてみせる。生活に必要な荷物は既に送った。手持ちの荷物はパスポートと財布と携帯電話とハンカチ。これも確認済み。
季節は春。今日、私はこの研究所から初めて外の世界に出る。ある場所に向かう為に…。初めて見る外の世界に期待で胸を膨らませて…。

「いい?飴玉あげるとか言われても知らない人について言ったらだめよ?あと、困ったことがあったら必ず電話すること。困ったことが無くても週に一回は電話を頂戴ね。それから―――」

次から次へ口から出てくる注意事項。それに合わせて当然時計の針も進んでいる訳で…。

「……クリス。時間…」
「うん?なぁに?……あっ、いけない!私ったら折角のミコトの晴れ姿なのに、写真撮るの忘れてたわ!ちょっと待ってて!」
「………時間…」

そう言ってはドタバタと騒々しく、部屋にあるタンスからカメラをまるでタンスをひっくり返す勢いで漁りだすクリスの背中を眺めながら、私は諦めてボソリと一人呟いた。

オワタ…。

「………何をやっているんだね。君は?」
「きゃあっ!?」

何時の間にそこに居たのか、クリスは突然現れた声に悲鳴を上げて後ろを振り向くと、そこに立っていた枯れ木の様な肌をした白衣を着た老人。この研究所の最高責任者であるゼル・グランが、呆れる様に小さく溜息を吐いた。

「しょ、所長!?いらしてたんですか!?」
「何時までもゲートに君等が来ないのでな。様子を見に来たらこれだ…」
「す、すみません…」

責める様に睨んでくるゼルに、クリスは身体を縮こませる。

「…まあ、いい。しばらくは戻っては来られんのだ。しかし、日本行きの便に乗りそびれるなどと言う事にはならんように」
「は、はい!」
「それと、3510号」
「………」

クリスから私へ視線を移してそう呼ぶけれど、私は無言でフルフルと首を振ってその名前を拒絶する。

「……いや、今はミコト・オリヴィアだったな」
「ん」

私は頷く。
3510号は私の名前じゃない。『ミコト・オリヴィア』。それが私の名前であり、私である証明。そして、クリスとの家族の絆。

「私がお前に言う事は一つだけだ。結果を出せ。それ以外は何をしようがかまわん。お前の好きにするといい」

私の好きに…。

「…いいの?」
「何度も言わせるな」
「私、『友達』がほしい。クリスが教えてくれた。学校は、友達をつくる場所だって」

ゼルはじろりとクリスを睨み、睨まれたクリスは慌てて視線を逸らした。それを見てゼルはまた溜息を零して私に視線を戻す。

「……好きにしろ」
「…ん♪」

無表情で承諾するゼルの言葉に、私は嬉しくてたまらなくなって笑顔になる。この胸の中にあるドキドキ。空を飛んでる時とは違うドキドキ。何だろう、この気持ちは?知りたい。これが何なのか。学校に行ったら。友達をつくったら分かるのかな?

「あ、ありがとうございます。所長」
「感謝される謂われは無い。……早く準備を済ませろ。もう本土に行く為の船は来ている」

そう言って、頭を下げて礼を言うクリスを見向きもせずに、ゼルは部屋から出て行ってしまった。

「………何だかんだ言って、あの人もミコトには甘いわよね」
「?」
「何でもないわ。……さてと、叱られたばかりなのにこれ以上時間をかけちゃいけないわよね」

そう言って、クリスは名残惜しそうに私の頭を撫でた。
出発日の前日からずっとクリスは私の頭を撫でたり抱き着いたりしてきてるけど、しばらくはクリスに会えないから私もそれを拒もうとせず、逆に喜んで受け入れ頭に感じる感触に目を細めた。

「……そろそろ、行かないとね。私は船着き場まではお見送り出来ないから、一緒なのはゲートまで……ごめんなさいね?」
「ううん。いい」

此処の施設は他の国の人に知られちゃいけないから、衛星から監視されている可能性も考えて、人が出入りするのは極力避けないといけない。だから仕方が無い。表向きこの島はISの実験場だし。

「ありがとう、ミコト。それじゃあ、ゲートに向かいましょうか」
「ん」

差し出されたクリスの手を私は握り返し、私とクリスは部屋を出る。
向かうは研究所の出口であるゲート。私はそのゲートを潜った事は一度もない。ISの訓練に使う地上に存在する訓練場はゲートからではなく別の通路から行く為私がゲートに近づく事は今まで一切なかった。

「向こうで友達が出来るといいわね?」
「ん」

此処じゃ友達なんて出来ないから。沢山居る姉妹達も顔を整形して国内のバラバラの場所に配属されちゃって、今施設にいるのは私だけだし…。

「容姿の事で色々あると思うけれど、貴女はオリジナルとは赤の他人。クローンだと言う事は誰にも話しちゃ駄目。分かってるわね?」
「ん。今日までずっと言われてたから…」

『クローン計画』に関する情報は一切話しては駄目。それは向こうに行くことが決まってから何度も言い聞かされていた。

「よろしい。―――あっ、着いたわね」

この先しばらくは出来ない親子の団欒を楽しんでいると、いつの間にか固く閉ざされたゲートが目の前にあった。
ゲートに設置された監視カメラのレンズが私の姿を捉えると、閉ざされたゲートは重い機械音を響かせて開き始める。

「……ここでお別れね。元気でね、ミコト」
「…ん。クリスも」
「夏休みはここじゃなくて私の家に帰ってくるのよ?此処はその頃にはもう閉鎖してるから」
「ん。問題無い。住所も記憶した」

『クローン計画』は成功した。けれど、この研究が違法なのは変わりない。だから計画が成功と共に証拠隠滅ため此処が閉鎖するのだ。此処は私の生れて育った場所だから少し寂しい。

「寂しくなったら、いつでも電話していいんだからね?」
「大丈夫。この子もいるから」

私の専用機である『第三世代型IS ペルセウス・カトプトロン』の待機状態の翼と鏡を象ったブローチを優しく撫でてあげると、光の反射でまるでブローチは私の言葉に答えるかのようにキラリと輝いた。。
ペルセウス・カトプトロン。第三世代型実験機であるイカロス・フテロの完成した姿。私の翼であり、鎧であり、槍である機体…。

「そう、なら安心ね」
「ん」

この子は私を守ってくれる。私はこの子を守ってあげる。この子と共にある限り、私は墜ちないし、私は負けない。

「それじゃあ……いってらっしゃい、ミコト」
「いってきます―――お母さん」

互いに手を振って別れを告げて私はゲートを潜る。建物を出た途端、陽の光の眩しさに目を細めて空を見上げる。空は快晴。まるで私の今の気持ちを表しているかのようだった。

「………ん♪」

笑みを浮かべて私は歩き出す。私が向かう場所。そこは―――。

―――日本。IS学園。









IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように… if 「鏡映しの戦乙女」








――――Side 織斑一夏


「全員揃ってますねー。それじゃあSHRを始めますよー」

にっこりと笑顔で微笑み黒板の前でそう告げるのは、俺のクラス副担任である山田真耶先生。身長は低めで外見も生徒に混じっても違和感ない程だというのにこれで先生だと言うのだから世の中分からないものだ。しかも着ている服も少し大き目でサイズが合って無く。なんだかその姿は背伸びをする子供を連想させる。本人に言ったら怒りそうだが…。
これもこの学園だからこそ、なのか?な訳無いか。入学式で他の教員を見たが別にそう言う訳でもなかったし。まぁ、それでも他の学校と比べれば若い先生も多くて皆女性教員だったけど。

「それでは皆さん。一年間よろしくお願いします」

『…………』

し~ん…。
柔らかな笑顔での挨拶。本来なら見惚れても良い程のその笑顔も、この教室を包む変な緊張感の中では何の意味もなさない。誰一人山田先生の挨拶に無反応なのだ。まあその変な緊張感というのはたぶん自分が原因なんだろう。絶対。だってこの教室に入った時からずっと背中に視線が突き刺さって痛いんだもん…。

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で…」

自己紹介の挨拶にまさかの無反応。それでもめげずに頑張って話を進ませるその山田先生の姿が涙を誘う。それでも、周りの生徒は眼中に無いようだが。前を見ろよ前を。俺を見るな…。
何故こんなにも先生にではなく俺に視線が集まるのか。それは簡単だ。何故なら…。

俺以外のクラスメイトが全員女子だからだ!

そう、此処は女性にしか動かす事が出来ない兵器。IS ≪インフィニット・ストラトス≫の操縦者を育成するための学校。つまり、女性しか入学出来ない訳だ。本来ならばの話だが。
そして、突き刺さる視線の理由は当然クラスにぽつんと男子が一人だけ居るから。しかも目立つ『真ん中の前から二列目の席』。そりゃ目に入るし気にならない訳が無いし視線も集まる。しかもこの学園に来る前に、ニュースで大々的に世界に自分の存在を放送されたのだからちょっとした有名人だ。自分は望んでなんていないし有名になっても嬉しくもないが。何故なら現在の様に見世物状態になるのだから。

何でこんな事になったんだっけ…。

最高に居心地の悪い状況で俺は心の中で思う。
思い起こせば今年の2月。俺、織斑一夏が試験会場を間違ってISを起動させてしまったのが原因だ。女性にしか動かせない筈が何故か男の俺が動かしてしまって俺の意思に関係無く強制的に入学させられてしまったのだ。まぁ、ぶっちゃけると誰が悪いか問われれば会場間違えた自分が悪いです、すいませんでした。って話なんだけど…。

弾ならハーレム最高!とか言って喜ぶんだろうけどなぁ。
実際に男一人で女に囲まれるという体験している身から言わせてもらえれば、男子校行きたいです。マジで…。

…ちらり。

「………」

救いを求めて窓側の席に視線を向けるのだが、その視線の先に座っていた無慈悲な幼馴染 篠ノ之 箒は視線を送っても顔を逸らすだけ。箒さんや、それが6年ぶりに再会した幼馴染に対する態度でしょうか?もしかして、俺嫌われてる?俺なにかした?なんにも記憶にないのですが…。

「……くん。織斑 一夏くん!」
「は、はいっ!?」

目の前から聞こえる自分の名を呼ぶ大きな声によって逃避していた魂を現実へと引き戻され、はっとして裏返った声で返事をしてしまう。

「あっあの、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる?怒ってるかな?ゴメンね、ゴメンね!自己紹介、『あ』から始まってい今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、ゴメンね?自己紹介してくれるかな?だ、駄目かな?」

掛けているメガネがずり落ちそうになる程ペコペコと頭を下げる山田先生。何て言うか、その、先生としての威厳が全く無い…。生徒にそんなに頭を下げるのはまずいんじゃないだろうか?それに今日は入学初日であって生徒に舐められる様な事はしない方が…。

「いや、あの、そんなに謝らなくても…っていうか、自己紹介しますから、先生も落ち着いてください」
「ほ、本当ですか?本当ですね?や、約束ですよ?絶対ですよ!」

がばっと顔をあげて、俺の手を取り熱心にそう聞いて来る山田先生。
いや、そんな熱心に言わなくても…。ていうか皆自己紹介してるのに俺だけやらないって言うのは不味いでしょ。雰囲気悪くなるし。てか近い、近いって!

何にしても、自己紹介は入学初日のイベントみたいなものだからやるしかないだろう。やると言ってしまったしやってやろうではないか。何事もはじめが肝心だ。最初の印象が交友関係を大きく左右させる。
さてと、何と喋るべきか…ん?

自己紹介を始めようと席を立ったは良いものの。俺の意識は自分の前の席に集中する。

空席…?

そう、空席である。入学初日に。別に珍しいと言う訳ではないだろう。風邪かもしれないし家の都合かもしない。でも、俺は前の空席が妙に気になった。さっきまで現実逃避して気付かなかったくせにとは言わないで貰いたい。色々と一杯一杯なのだ俺も。

「あの…」

気になったので山田先生に聞いてみる事にする。副担なんだしこの空席の生徒の事も知ってるだろう。

「はい?何ですか?」
「いや、どうでも良い事なんですけど。前の席の人はどうしたんです?」

そう前にある空席を指差して訊ねたのだが、山田先生は一瞬表情を凍らせる。本当に一瞬だ。目の前にいる俺だから分かったものの、周りの生徒はきっと気が付かなかっただろう。

「あ、ああ!オリヴィアさんですね!オリヴィアさんはトラブルがあった様で少々遅れるそうです」
「トラブルですか…」

事故か何かかな?入学初日で災難だなぁ。その人も…。

「あと、これはオリヴィアさんが来てから話すつもりだったんですけど、オリヴィアさんは少々特殊で皆さん驚くかもしれませんが、仲良くしてあげて下さいね?」

急にそんなことを言い出す山田先生にどの生徒も困惑した表情を浮かべる。
世界中から異なる文化を持った人々が集まる学園だ。その中から更に特殊と言われたらどう反応すればいいのか戸惑ってしまうのは仕方が無いことだ。

「は、はぁ…それで、トラブルって何なんです?それと関係あるんですか?」
「い、いえ、それとこれとは別なんですけど……あ、あははは…」

視線を泳がせてはっきりとしない山田先生に教室はざわめき出す。クラスの女子達は皆それぞれにそのオリヴィアという女子生徒のイメージを勝手に固め始める。ひそひそと聞こえる声には「不良少女」だとか悪いイメージも含まれていて、それも内容はさまざまだ。そんな女子達に山田先生はあわあわと慌てて誤解を解こうと試みるが、ざわめきは治まる事は無い。

「あっ。あのっ!ち、違うんですよ!?オリヴィアさんはそんなのではなくてですね!?あ、あうぅ~…」

収拾のつかなくなったこの状況に涙目になる山田先生。それを見かねて、俺はこの話題を出した責任も含めて皆を黙らせようと腹に力を込めるが、その時、騒音の中を凛とした声が響いて、騒がしかった教室が一気にしんと静まり返った…。

「唯の迷子…いや、散歩だ。初めての日本に興味津々で街を見て回っている所を補導されて学園に電話が来た。私が遅くなったのはその迎えに行っていたからだ。まったく、余計な手間を掛けさせよって…」

その聞き慣れた声に俺は出入口のドアに視線を向けて言葉を失う。何故なら…。

「お、織斑先生!お迎えご苦労様でした!」
「ああ、山田君。クラスの挨拶を押し付けてすまなかった」

世界で唯一人の家族で姉である織斑 千冬だったのだから…。
職業不詳で家にろくに帰ってこないで危ない仕事でもやってるんじゃないかと思ってたらまさかIS学園で教師をしてただなんて思いもしなかった。
しかし、トラブルって補導かよ…。

「諸君、私が織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。出来ない者には出来るまで指導してやる。逆らっても良いが私の言う事は聞け。良いな」

何と言う暴君。流石は千冬姉だ…。
無茶苦茶な暴力発言に批判の声が上がるかと俺は思った。しかし、教室にはそんな声はまったく無く、それどころか喜びに満ちた黄色い声が響いた。

「キャーーーー!千冬様、本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「お姉様に憧れてこの学園に来たんです!」

お姉様って…いや、何も言うまい。
元々此処は女子高みたいなもんだし、そう言う物なんだろう。そうに違いない。そう自分に言い聞かせる。

「あの千冬様にご指導していただけるなんて嬉しいです!」
「私、お姉様のためなら死ねます!」

有名なんだなぁ千冬姉は。でも最後の人は落ち着こうな。
きゃーきゃー騒ぐ女子生徒達。まるで人気アイドルを前にして騒ぐファン達の様だ。たぶん間違ってはいないのだろうが騒がれている千冬姉本人はかなりうっとうしそうにしている。

「毎年、よくこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも私のクラスだけ集中させているのか?」

頭を押さえて本当にうっとうしそうに溜息を吐く千冬姉。毎年これなら気持ちは分からなくもないが、しかし愛想良くしても罰は…。

「きゃあああっ!お姉様!もっと叱って!罵って!」
「でも時には優しくして!」
「そしてつけあがらないように躾して~!」

前言撤回。今のままで宜しいかと存じます。むしろ毎年良く我慢できるね。流石、千冬姉である。

「はぁ、どいつもこいつも………オリヴィア、入れ」

ガラッ

千冬姉の言葉と同時にドアが開かれる。
そして、遅れてきた生徒が入ってきた途端。再び教室中がざわめき出し、誰もが自分の目を疑った。俺も、今まで我関せずだった箒も目の前にある光景に言葉を失う。何故なら―――。

「え゛…」
「――――!?」

教室に入ってきた千冬姉と並ぶ白い女性は髪の色や肌の色が異なるものの、千冬姉と瓜二つだったのだから。
……いや、違う点は他にもある。千冬姉は長い髪を後ろで一纏めにしているが、目の前の彼女は二つに纏めている。それに、身長も千冬姉よりやや低い。千冬姉が166cmだから隣の白いのは150ちょいくらいか?でも、その代わり…。

「ギリシャ代表候補生。ミコト・オリヴィア。ん、よろしく」

そう自己紹介をしてぺこりと頭を下げると、それに連動して胸が大きく揺れる。

どったぷ~ん!

身長の分が胸に…胸が…胸が千冬姉より大きい!?

「い、一夏ぁ!何処を見とるかぁ!?」

ガタンッ!大きな音を立てて顔を真っ赤にした箒が立ち上がり、怒号を響かせて俺を叱りつけてくる。

「ち、ちがっ!?」
「この破廉恥めっ!成敗してくれる!」
「ご、誤解だ!?俺は別に胸なんか……あっ…」
「………っ!」
「? 胸…?」

やばい。余計なことを口走った…。
オリヴィアさんは不思議そうに首を傾げて、周りからは「織斑くんって胸の大きい子が好みなんだ」とか「うぅ…私じゃあのクラスは無理だぁ…」とか、そう言った胸関連の話題で持ちきりになっているのだが、俺はそれどころではない。俺の目の前に修羅が立っているのだから…。

「この………」

箒はぷるぷると震える拳を持ち上げる。

「不埒者おおおおおおっ!」

……あ、俺死んだ…。

そう思った時にはもう、俺は頭に奔った衝撃に意識がブラックアウトしていたのだった…。
意識が完全に途絶える直前。顔に柔らかい感触と甘い香りに包まれながら「お~?」と間の抜けた声を聞いたような気がした…。










――――Side ミコト・オリヴィア


「……お~?」

倒れてきた男の子を抱きとめると、私の胸に埋めて気を失ってる男の子の顔をじっと観察する。

……似てる。けど、違う…。

顔立ちは私やオリジナルと似ている。けれど違う。少し違う…。

「い、いつまでそうしてるつもりだっ!」
「?」

男の子を殴った子が私に詰め寄って来る。何でこの子はこんなに怒ってるんだろう?

「男の顔を自分の胸に埋めるなど……は、はしたないにも程があるぞっ!」
「でも、離したら倒れちゃう。それは、ダメ。危険」

頭を殴られて気を失っている人の身体を動かすのは危険。それも更に衝撃を与えるなんて以ての外。

「どうして、怒る?」
「そ、それは、一夏が厭らしい目でお前の……む、胸を見るから…」
「? よくわからない…胸を見るのは、いけないこと?」

そんなのクリスから教えて貰ったことや、刷り込まれた知識からも存在しない。

「あ、当たり前だ!お前も女なら恥じらいを持て!」
「?」

目の前の子が言う事が理解できなくて首を傾げる。別に恥ずかしい事なんてない。

「……~~っ!ああもうっ!何なんだお前は!?その容姿といい、その思考といい!訳が分からんぞ!?」

何なんだお前って、自己紹介したよね?
数分前の記憶遡ってみる……うん。間違いない。確かにちゃんと自己紹介した筈だ。

「ミコト・オリヴィア。さっきも言った」
「私が言いたいのはそう言う事では無く――――痛ッ!?」

オリジナルに出席簿で叩かれて目の前の子は悲鳴を上げる。痛そう…。

「いい加減に席に戻れ、話が進まん。それとも、入学早々にグラウンドを走りたいのか?」
「……すいません」
「よろしい。お前達も篠ノ之と同じ疑問を思っているかもしれんが、私とオリヴィアは赤の他人だ。私の血縁はそこの胸の中で伸びている弟だけだ」
「え?彼って、あの千冬様の弟…?」
「それじゃあ、世界で唯一ISが使えるのも、それが関係して…」

オリジナルの弟…。そっか、この男の子がクリスの言っていた『世界で唯一男性でISを操縦する事が出来る』、織斑一夏って人なんだ。道理で似てる筈。ん、納得。

「オリヴィア。お前も席に着け。その馬鹿は机に寝かせておけばいい。放っておけばいずれ起きる」

扱いがぞんざい…。いいのかな…?
でも、オリジナルが早くしろと急かすので、私はそれに従って一夏をそっと一夏の席に座らせて突っ伏するような格好で寝かせてから私も自分の席に座ると、タイミングを見計らったかのようにチャイムが鳴る。

「時間切れか、自己紹介は各自でしておけ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えて貰う。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか、良いなら返事をしろ。良く無くとも返事をしろ。私の言葉には返事をしろ」

そうして、さっきまでの出来事が無かったかのようにして、IS学園の最初の授業が始まった。授業中さっきの子の視線を背中に感じたけど何か用なのかな?んー…友達を作るのって難しい…。
学校が終わったらクリスに電話して相談してみよう。私は授業の話を聞きながらそう心に決めたのだった。









――――Side 篠ノ之箒


「……ちょっと来い!」
「う?」

一時限目の授業が終わると同時に、私は周りの目も無視してやや強引に、ミコト・オリヴィアと名乗る白い少女の手を取り教室から連れ出した。行先は屋上。昼休憩ならともかく授業との合間の小休憩ならまずあそこに生徒は居まい。
どうしても確認しなければならない。その容姿について…。6年間も顔を見ていないからと言って、幼い頃から私は千冬さんの事を知っている。だから分かるのだ。これは、他人の空似ではないと。千冬さん本人は違うと言っていたが、立場が立場なためあの言葉も信用できない。それに、何せ身内が身内だ。また何かやらかした可能性がある。あの人は千冬さんに酷く執着している。もし、もしもだ。彼女にあの人が関わっていたのなら…。いや、そうでなくても、何か企みがあって一夏に近づいたと言うのなら許せる訳がない。

千冬さんは一夏にとって憧れの存在だ。その姿を利用するなどと…!

バタンッ!と屋上の入口のドアを蹴破る勢いで開け放ち屋上へ出ると、掴んでいた手を離しオリヴィアと真っ向から向き合う。
連れて来られたオリヴィアは、きょろきょろと辺りを見回して此処に何も無いことを把握すると、どうして屋上に連れて来られたのか分からず不思議そうに此方を見ていた。

「お前は……何者なのだ?」

先程の様な、あの場にあった軽いふざけた雰囲気は此処には一切ない。私は真剣に敵意すら込めて目の前に立つオリヴィアを睨みつけてそう問うた。

「ん。ミコト・オリヴィア」

私の同じ質問にオリヴィアも同じ返答を返すと、私はそれに納得できる筈もなく彼女に対して声を荒げた。

「ふざけるな!他の者はそれで通るとしても私はそうはいかんぞ!?何が目的で学園に入学した!?」
「でも、事実。私は私。ミコト・オリヴィア。それ以外の誰でもない。それは、誰が言おうと譲れない」

彼女は目を逸らさない。じっと私の目を見つめてそう主張する。その目には確固とした意志を宿して…。

「学園に来た理由。IS学園に来たのは、友達が欲しかったから」
「友達、だと……?」

予想もしなかった言葉に私は眉を顰めると、オリヴィアは短く返事をして頷く。

「ん。クリス、言ってた。学校は友達を作る場所だって…。私、友達が欲しい」
「なっ……!?」

そ、そんな理由で…?

クリスと言う人物が何者かは知らないが。そんな子供みたいな理由でIS学園に来たのかと私は驚いた。しかし、目の前に立っている彼女の目は正しく本気で、嘘偽りが無いのは誰が見ても明らかだった。

「私、ミコト・オリヴィア」
「そ、そんな事は知っている!」

いきなり自己紹介を始めるオリヴィアに私は馬鹿にされているのかと思い、ついムッとなり怒鳴ってしまう。先程からその問答は何度も繰り返したのだ。人の名前を覚えるのが苦手な者でも此処まで繰り返せば流石に覚えるだろう。
しかし、怒鳴られた本人は怯みもしない。本当に何なのだこいつは…。

「貴女は?」
「…な、何?」
「貴女の名前。私、知らない」

突然私の名を求められて、そう言えば名乗ってなかったという事に漸く気が付く。HRでも一夏の馬鹿者の所為で全員の自己紹介は行えなかった。勿論、私もだ。

「……し、篠ノ之箒だ」
「篠ノ之 箒……ん。箒で、いい?」
「…………な、何?」

名の呼び方に許可を求められたのだが、私は意外な反応に戸惑う。『篠ノ之』の名を聞いても、彼女はその名に対して何の反応を示さなかったのだ。『篠ノ之』なんて名字は非常に珍しい。その名を聞けば誰もが『あの人』の身内ではないかと表情を変えてしまうと言うのに…。

「お、驚かないのか…?」
「ん?どうして?」

どうしてって…。
まさか逆に質問を返されるとは思わなんだ。私は誇らしくも何も感じていないが、『篠ノ之』の名は世界的にも有名だと言うのに…。

「『篠ノ之』だぞ?気にならない筈がないだろう!?」
「ん~……?」

しかし、オリヴィアは理解出来ないと言った様子で、私の言葉の意味に気付けないで何時までもうんうんと悩んでいる彼女に、私は苛立ちを増していき、ついには自分でその答えを教えてしまうことに…。

「『篠ノ之 束』!篠ノ之と聞けばまず最初にその名が思い浮かぶだろう!?私はその篠ノ之束の妹だ!」
「………お~!」

ぽんっと手を叩いて納得したと言った感じの表情を浮かべるオリヴィアに対し、私は頭痛を覚える。

本当に…本当に何なんだコイツは…?

篠ノ之の名を聞いても無反応。答えを言ってもこの反応だ。どうも調子が狂ってならない。けれど、これはまだ序の口だった。私の正体を知ったオリヴィアは、次にまたも私の予想の斜め上の反応を示す。

「……それで?」
「え?」
「え?」

二人して驚く。何だこの妙な空気は…。

「そ、それでって…。篠ノ之束だぞ?ISを開発したあの篠ノ之束の………っ、妹なんだぞ?」

あの人の妹と口に出すと、心の中で抵抗があって表情が苦痛に歪む。
あの人の妹と言うだけでどれ程辛い想いをして過ごして来た事か。周りからは『篠ノ之束の妹』としてしか見られず、政府の重要人物保護プログラムにより家族はバラバラ、日本各地を転々とさせられて、心安らげぬ日々を強いられてきた。そんな原因を作った姉をどうして良く思えと言うのだ。

「んー……でも、箒は箒。篠ノ之博士、違う」
「――――………ぇ?」

当たり前のように言ったオリヴィアの言葉に、胸に渦巻いていた姉へのどす黒い感情が一瞬にして四散していく。

「私はミコト・オリヴィア。それは、だれも否定できない。箒は篠ノ之箒。それも、誰も否定できない」
「………」
「だから、箒の今の言葉。不適切」

私が間違っている…?

…いや、そうなのかもしれない。私は『篠ノ之束の妹』として見られるのを嫌っておきながら、自ら『篠ノ之束の妹』と名乗っていた。諦めていたのかもしれない。姉の名から逃れられない、その繋がりは何処までも付きまとうから、どうしようもないのだと…。

「私は、ミコト・オリヴィア。貴女は、誰?」

もう何度目か分からない自己紹介をオリヴィアはする。

「私は……私は、篠ノ之箒だ」
「ん。箒♪」

無表情だったその顔が少し嬉しそうに口元を綻ばせた。
私は初めて見せる彼女の笑顔を見て驚く。教室で初めて目にした時から彼女はずっと無表情のままでその表情を殆ど動かす事は無かったからだ。感情が希薄な奴なんだと、私はそう思っていたから…。

「私、ミコト。ミコトでいい」
「ミ、ミコト?」
「ん♪」

名を呼ばれてオリヴィア……いや、ミコトは満足げに頷く。

「箒は箒って呼ぶね?」
「もう呼んでいるだろう…」

名を名乗った時から許可もしていないのにもう呼び捨てだ。馴れ馴れしいのかそれとも天然なのか……後者だろうな。

「ねぇ、箒」
「な、何だ?」
「箒は、友達になってくれる?」
「………え?」

突然の要求に思わず間の抜けた声を返してしまう。今、彼女はなんと言った?友達?私と…? 
私はミコトを見る。ミコトは期待に満ちた眼差しで私も見つめている。姉と関係を持つためだけに私に取り入ろうとする物は多くいた。けれど、その瞳には邪な物は一切感じられない。ただ純粋に、本当に私に友達になりたいのだと言う事が伝わって来る。

「わ、私……私は………私は―――」

キーンコーンカーンコーン。

その時、私の言葉を遮るように2時限目の始まりを知らせるチャイムが鳴り響いた。なんというタイミングで…。空気を読まないと言うのはこういうのを言うのだろうか…。

「ぶぅー……教室、もどる」
「そ、そうだな」

大変不満そうなミコトに私は賛成して二人で教室に戻る。胸の内には安心したような、残念なような、そんなモヤモヤとした複雑な気持ちを秘めて…。







――――Side 織斑一夏


「………ぃ……なさぃ…!」

…んんっ?……なんだぁ…?

ゆさゆさを辛さを揺さぶられる感覚と、耳もとの近くで俺に呼び掛ける女性の声。その声にだんだんと意識がはっきりしていき、そして―――。

「―――――…………ハッ!?」
「……あ、起きた」
「きゃあっ!?き、急に起き上がらないで下さいます!?」

意識が途絶える寸前の出来事を思い出し、ガバッ!と勢い良く机から身を起こす。しかし、周りには千冬姉も箒の姿は無く、傍に立っていたのはロールのかかった綺麗な金髪で白人特有のブルーの瞳をした女子で、可愛らしい声を上げていた。何だか良く分からんが、起きろと言ったのはお前の方じゃないのか?
ややつり上がった状態の瞳で『私は偉いんですよ』的なオーラを全開に出して俺を見ているソレは、今時の女子をそのまんまに体現しているかのようだ。
今の世の中、ISを使えると理由だけで女性が優遇される。まぁ、優遇されるだけなら構わない。大昔の男が偉いという考えが逆になって再来しただけなのだから。しかし、その優遇の度が過ぎてしまったのが今の現状だ。女=偉いの構図が一般的な認識になり。男の立場が完全に奴隷、労働力になってしまっている。町中ですれ違っただけの女にパシリをさせられる男の姿も珍しくは無い。
まぁ、身に纏っている気品から察するに、実際に良いところの身分なのだろう。俺には関係の無い事だが。それよりも今はこの頭痛をなんとかしたい。冗談抜きで痛い…。

「訊いてます?お返事は?」
「訊いてるけど…どう言う用件だ?」

頭に痛みに耐えながら答えると、声を掛けて来た女子はかなりわざとらしい声を上げる。

「まぁ!なんですの、そのお返事。先程の事もそうですが、この国の方は紳士として全然なってないですわね!わたくしに話し掛けられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
「………」

あ~めんどくせぇ…。
殴られて痛む頭痛は違う頭の痛みにこめかみを押さえる。
ISが使えるからってそんなに偉いのか?確かに今現在、国の抑止力の要となっているのはISだ。だからIS操縦者は偉い。そしてISを使えるのは女性しか使えない。だからといって全ての女性が偉いというのは可笑しいだろう。偉いのはIS操縦者であって女性では無い。そして仮に操縦者であったとしてもだ。限度と言う物がある。

「悪いな。俺、君の事知らないし」

てか、気を失っていたんだから自己紹介なんて聞きようが無い。だから目の前の女子の名前も当然知らない。
しかしその答えがよろしく無かったらしい。それを聞いた途端、目の前の女子の目が更につり上がり目を細めると、男を見下したような口調で話を続ける。

「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリス代表候補生にして、入試次席のわたくしを!?」

次席かよ。いや、次席も凄いけどさ。何か微妙だな…。
代表候補生と言う聞きなれぬ肩書がどんなものか気になったが次席の方に気がいってしまって訊ねる事はしなかった。あっ、そう言えばオリヴィアって子も代表候補生とか言ってたな…。

「……次席かよ」

そうぼそりと呟く。

「な、なんですって…?」

しかし、セシリアはそれが気に障ったらしく、低い声で呟きぷるぷると拳を震わせる。顔に影が落ちている所為で今どんな表情をしているかまったく把握出来ないが。まぁ、表情が見えなくても彼女から溢れ出る怒りオーラでお怒りなのは余裕で分かる。

「本来なら…本来なら!わたくしが主席になる筈でしたのに!それなのに!」

いや、悔しいのは分かるけどさ。認めようよ現実を。凄いと思うぞ?次席なんて大したもんだよまったく。頭の悪い俺には真似できない事だよ。

「貴女さえ居なければわたくしが主席でしたのに!」
「う?」

ずびしっ!と指をさされたのは、敢えて今までスルーしていたが、じ~っと俺達の様子を興味津々に観察していたオリヴィア本人。オリヴィアは状況が把握できずにきょとんとして不思議そうに首を傾げた。そう言えば俺の前の席だったっけ…。
しかし、近くで見れば見る程に雰囲気に少し幼さは感じるものの千冬姉にそっくりだ。

「う?ではありませんわ!どうして貴女の様な奇妙な存在に…」
「……おい。そんな言い方は無いだろ。オリヴィアに謝れよ」

さっきまでの会話聞き流す程度に訊いていたが、今の台詞は聞き捨てできず、俺はセシリアは睨みつけた。幾ら悔しいからって、物にも限度と言う物がある。

「あら?何でわたくしが謝らなければなりませんの?他の皆さんだって同じことを思ってますわよ?」

睨みあう俺とセシリア。重苦しい空気が教室に流れ、原因となった本人はその間で不思議そうに俺とセシリアを交互に見て首を傾げていた…。

キーンコーンカーンコーン。

すると、そこに空気を呼んだかのように鳴り響く三時間目の開始を告げるチャイム。それを聞いてほっと胸を撫で下ろす教室に居た女子一同。

「ふんっ…」

鼻を鳴らして不機嫌な表情のまま自分の席に戻っていくセシリアに俺はやれやれと溜息を吐く。こりゃ、面倒な因縁を付けたれたかもな…。

「全員席に着け。授業を始めるぞ」

全員が席に座り終わった頃にタイミングを合わせたかのように千冬姉と山田先生が教室に入って来た。







「それではこの時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」

一時限目は知らないが、二時間目とは違い三時間目は山田先生では無く千冬姉が教卓の前に立つ様にして授業を始まる。まぁ、担任は千冬姉何だし何ら不思議ではないか。一、二時間目を山田先生に任せたのは経験を積ませる為とかじゃないだろうか?だって色々とテンパる事が多いし…。

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

思い出したように聞きなれない言葉を口にする千冬姉。クラス対抗?何だ?もう体育祭か何かか?随分と早いなIS学園。

「クラス代表者と言うのはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席…まぁ、クラス長だな。ちなみに対抗戦は、入学時点で各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間は変更は無いからそのつもりで」

…うん。何を言っているのかチンプンカンプンだ。事前知識0の俺はまったく会話の内容に理解出来ず置いてけぼり状態。教室中がざわざわと騒がしいが何か重要な事らしい。何だか責任重大そうだぞ?選ばれた奴はご愁傷さまである。

「はいっ!織斑君が良いと思います!」

…はい?

「では候補者は織斑一夏…他に居ないか?自薦他薦は問わないぞ」

いやいやいや!?何勝手に俺が候補者に上がってるんだ!?

「ちょっと待った!俺はやらな―――」
「自薦他薦は問わないと言った。他薦された者に拒否権など無い。選ばれた以上は覚悟しろ」

いやいやいやいや!?本人の意思も大事だろ!?何これ!?最近こんなのばっかなんですが!?
IS学園に強制入学させられて今度はクラス長?冗談じゃない。俺の自由と意思は何処へ消え―――。

「待って下さい!納得いきませんわ!」

バンッと机を叩いて立ち上がったのは、俺とオリヴィアに因縁を付けて来たセシリアなんとか?名字の方は忘れたがこの際なんでも良い。あいつの事はあまり好きにはなれないが今の状況を何とかしてくれるのならどんな奴でもどんとこいだ。

「その様な選出は認められません!大体、クラス代表が男なんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにその様な屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

またか……。
俺は疲れた様に溜息を吐く。

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこの様な島国までISの修練来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ありませんわ!」

サーカスって…俺は猿扱いかよ。て言うかイギリスだって島国だろうが。

「いいですか!?クラス代表には実力があるものがなるべき、そして、それは国にも選ばれた代表候補生であるわたくしですわ!」

普通此処まで行ったら頭にのぼった血も下がるもんだが、どうやらアイツは違うらしい。それどころかますますヒートアップし始めている。クラス代表になんてなりたくは無いがここまで言われるとちょっと癪だ…。

「大体、文化として後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で―――」

あ…駄目だ。堪えられそうにない。
何かプッチンと頭の中で切れた様な音がした。もう何て言うかオリヴィアの件もあって色々と我慢の限界だ。

「イギリスだって大してお国自慢はないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」
「なっ…!?」
「何だよ?言い返せないのか?はっ他人の国の事笑えないじゃないか」
「あっ、あっ、あなたねぇ!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

顔を真っ赤にして何を言い出すかと思えばそんなことかよまったく…。

「先に侮辱してきたのはそっちだろ?」
「決闘ですわ!」
「おう。いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい。で?勝負の内容は?」
「此処はIS学園だと言う事をお忘れではなくて?」

成程…ISを使っての勝負か。セシリアの言う事は間違ってない。寧ろ道理と言っても良いだろう。

「わかった。じゃあ勝負はISで「少しお待ちなさいな」…何だよ?」
「イギリス代表候補生のわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会。なら、オリヴィアさんもこの決闘に参加して貰いましょう」
「ちょっと待てよ。オリヴィアは関係無いだろ」
「大ありですわ。同じクラスに専用機持ちが二人。どちらがISで優れているか証明させなければなりませんわ」

それはお前の都合だろ…。

どうやらまださっきの事で根に持っているらしい。まったく、これだからプライドの高い人間は…。それもセシリアは典型的な今時の女子だから更に手に負えない。

「別に誰が代表になろうとどうでも良いが。オリヴィアは誰にも推薦されていないぞ?」

そうだ。千冬姉の言う通りオリヴィアは誰にも推薦されていないし自ら立候補した訳でも無い。ならこの決闘に参加する義務なんてオリヴィアは無いんだ。

「あっ、じゃあ私がオリヴィアさんを推薦します!私としてはオリヴィアさんの方が気になってたし!」
「あ~!わたしもわたしも~!」
「………?」

ちょっ!?空気読んでくれそこの女子!?当の本人は全然理解して無いぞ~!?

「ふむ。これで問題は無くなったな。対戦は一週間後の月曜、第三アリーナでまとめて行う。各自それぞれ用意をしておくように」
「ちょっ!?待ってくれ千冬姉!」

パァンッ!

いっつ~~…。

「織斑先生と呼べ。自薦他薦は問わんと何度言わせるんだ。馬鹿者」
「で、でも!オリヴィアはどちらかと言えば巻き込まれただけで…ほら!オリヴィアも何か言ってやれ!」
「?………戦えばいいの?」

必死に訴えかける俺を見て、何をそんなに慌ててるのあろうと言いた気に不思議そうな顔をすると、オリヴィアは暫し考えてどんな考えに至ったのか、何ら問題無いと言った表情で千冬姉に質問すると、千冬姉もそれに頷いた。

「ああ、そうだ」
「ん。問題無い」

えええぇ~……。

何それ?必死になった俺が馬鹿みたいじゃないか…。

「うむ。それでは授業を始める」

ぱんっと手を叩いて話を締める千冬姉。俺の反論の余地も無く。決闘は決まってしまった…。












「うぅ……」

初日の授業が終わり。誰も居なくなった放課後の教室で俺は机の上で一人ぐったりとうなだれていた。
箒も補習が終わり次第それぞれさっさと帰ってしまい。教室には俺一人が取り残され勉強に励んでいる。唯でさえ俺は皆とは遅れているんだ少しでも早く追いつかなければと言う思いで今此処に居るのだが…。

「駄目だぁ…全然わからねぇ!」

専門用語の羅列で辞書か何かでもなければ勉強にすらならない状況。しかし悲しい事ISの辞書なんて存在せず、手探りしながら自力でやっていくしか方法が無い。こ教えてくれそうな人材は沢山居るんだけどなぁ…。
ちらっと廊下に視線を向ければ、やはり廊下には休み時間同様に他の学年やクラスの女子が俺の事を見に押し掛けていた。あの中の誰か一人に教えてくれって頼めば教えてくれるんだろうが今の俺にそんな勇気と気力は無い。

でもまずいよなぁこの調子じゃあ。勝負まで一週間しか無いのに。

決闘を申し込まれた時は『まだ一週間ある』と言う考えが、今では『一週間しかない』と言う物に変わっていた。それだけ今の状況はピンチなのだ。さてどうしたもんか…。

「ああ、織斑君。まだ教室に居たんですね。良かったです」
「はい?」

俺が悩んでいる所に副担任の山田先生が書類を抱えて教室へとやって来る。今の口ぶりからするに俺に用事があるみたいだけど何だろう?

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

そう言って差し出されたのは部屋のキーと部屋の番号が書かれた紙きれ。
ここIS学園は全寮制で全ての生徒が寮での生活を義務付けられている。国防の要となるIS操縦者となると、学生とはいえ将来有望であれば学生の頃からあれこれ勧誘しようとする国がいてもおかしくない。最悪、誘拐されたり命を狙われたりする可能性だってある。この全寮制はそう言った危険から護るための物でもある。
しかしその寮も当然俺を除けば女子しか居ない。そして全員が相部屋。だから俺はそう言った関係で準備が整うまで一週間程は自宅からの通学という予定の筈だんたんだけど…。

「俺の部屋って決まってないんじゃなかったんですか?」
「それが色々と事情がありまして。一時的ですが部屋割を無理やり変更したらしいんです。それに、織斑君もいやでしょ?家に帰ってテレビ局の人に詰め寄られるのも」

ああ、確かに。多分今日は玄関の前で『入学初日はどうでしたか?』とか『IS学園に入学した今のお気持ちは?』とか質問されるんだろうなぁ。

そう思うと家に帰りたくなくなってきた…。

「そう言う訳で、一ヶ月もすれば個室が用意されますから、しばらくは相部屋で我慢して下さい」
「そうですか。仕方ないですね。でも荷物とかの準備とかありますんで今日は帰っていいですか?」

流石に着替えも無しとかは辛い。それに色々と必要な物だってある。携帯電話とか、歯ブラシとか後ゴニョゴニョとか…。言わせんな恥ずかしい。

「あっ、荷物なら―――」
「私が手配しておいてやった。有り難く思え」

突然現れる千冬姉。今日は何発も叩かれた所為か声を聞くだけでビクリと身体が反応してしまう。

「ど、どうもありがとうございます…」
「まぁ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

なんて大雑把な。確かに学園内に不必要な物は持って来ちゃいけないしその通りだけど。俺もお年頃な訳で潤いや娯楽が必要だと思うのですよ…。

「じゃあ、時間を見て部屋に行って下さいね。夕食は6時から7時、寮の一年生用の食堂で取って下さい。ちなみに各部屋にシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど…えっと、その、織斑君は今の所使えません」
「え?なんでですか?」

俺も大浴場に入りたい。

「アホかお前は。まさか同年代の女子と一緒に入りたいのか?」
「あー…」

そうだった。ここ女子しか居ないんだった。なら男子用の大浴場なんて必要ないよな…。

「おっ、織斑くんっ。女子とお風呂に入りたいんですか!?だっ、駄目ですよっ!」
「い、いや入りたくないです」

どんな目に遭うか分かったものではない。そりゃ、男として興味は無いのかと聞かれれば当然あると答えるが、その代償が命となるとやはりNOと答える。一瞬の幸せのために今後の人生を使いきるなんて御免だ。

「ええっ?女の子に興味無いんですか!?そ、それはそれで問題の様な…」

どうしよう。この人結構他人の話を聞いてない。
ここは、俺は女の子が大好きだー!と大声で断言するべきか?…やめておこう。

「えっと、それじゃあ私たちは会議があるので、これで。織斑君。ちゃんと寮に帰るんですよ。道草くっちゃ駄目ですよ」

校舎から寮まで50メートル位しかないと言うのにどう道草をくえというのだこの人は。確かに各種部活動、ISアリーナ、IS開発室など様々な施設・設備があるこの学園だが、今はもう日が暮れるしそんな体力は残ってはいない。今は直ぐにでも休みたい気分だ。

「ああっ、それとですね。織斑君、一つ頼まれごとを頼まれてくれませんか?」
「えっ、頼まれごとですか?」

何だろう?面倒な事じゃなければいいんだが…。

「はい。実はですね。今朝のゴタゴタでオリヴィアさんに部屋のキーを渡しそびれてしまいまして、織斑君から渡しておいて貰いたいんです」
「オリヴィアに、ですか…」

千冬姉と瓜二つのあの顔が頭を過ぎる。

「はい。織斑君の部屋のお隣ですから鉢合わせするかもしれませんし、そう手間は掛からないと思うんですけど……だ、駄目ですか?」

不安そうにおずおずと訊ねてくる山田先生。そんな目で見られたら断ろうにも断れないじゃないか。

「わ、分かりました。オリヴィアには俺が渡しておきますから」
「ありがとうございます!あっ、寮で待つのも良いんですけど。出来るだけ探してあげて下さいね?困ってるかも知れませんから」
「ああ、はい。一応探してみます」

千冬姉と山田先生が出て行くのを見送ってから、俺も荷物をまとめて教室を出る。周囲から視線が纏わりついて来るが、それをスルーして廊下を早歩きで逃げるように突っ切る。

「とは言ったものの……」

俺にオリヴィアが居そうな場所の心当たりなんて一切無い。そもそも学園内の構造すら把握していないと言うのに。

「……屋上なら学園を見渡せるか?」

闇雲に探しても時間の無駄だと思い、そう無難な選択に辿り着くと、俺は屋上に続く階段を駆け登った。







「……居たよ」

屋上に辿り着くと、そこにはその白い髪を夕陽の茜色に染めて一人ポツンと空を眺めているオリヴィアの姿があった。まさか屋上に居るとは思わなんだ。

「…?」

俺の声に反応してオリヴィアが此方へと振り向く。振り向く際に揺れるその髪は夕陽の光できらきらと輝き、とても綺麗でついつい見惚れてしまい言葉を失う。
髪の色や細かな部分は異なるにしても、目の前に居る白い少女は俺の憧れる人とまるで鏡映しでもしたかのように瓜二つで…。そのうえ、こんな夕陽の演出までされたら見惚れても仕方が無いだろう。

「どうしたの?」
「………ぁ……っ!?あ、ああっ!悪い悪い!ちょっとぼーっとしてた!」

オリヴィアの声に、まるでのぼせている時に似た状態から目を覚ますと、慌ててポケットから山田先生から預かった部屋のキーをオリヴィアに渡した。

「ほら、オリヴィアの部屋のキー。渡されてなかっただろ?」
「……そういえば。ん、ありがとう」

礼を述べてからオリヴィアはキーを受け取ると。再び視線を空へと戻す。

「オリヴィアは空を眺めてるのが好きなのか?」

あまりに真剣に空を眺めているもんだからつい訊ねてしまう。

「ん。でも、飛んでる方が好き」
「飛んでる……ああ、ISの話か」

そういえばオリヴィアはセシリアと同じで代表候補生なんだっけな。セシリアとは性格が全然違うからすっかり忘れていた……と、言うよりも、容姿のせいでそっちにしか意識が向いて無かったからもあるんだけど。

「オリヴィアも代表候補生だからエリートなんだよな。凄いなぁ」
「……ミコト」

ぼそりと何かを呟く。

「うん?」
「ミコトで、いい」
「え?良いのか?」
「ん。オリヴィアだと、クリスもオリヴィアだから」

クリスが誰かは知らないが、本人が良いと言うんだからお言葉に甘えるとしよう。

「じゃあ、ミコトって呼ぶな。……あっ!そう言えば自己紹介がまだだったよな?俺は織斑一夏。俺も一夏って呼んでくれ」
「ん。よろしく、一夏」
「ああ、よろしくな!」

互いに自己紹介を済ませて二人で空を見上げる。茜色に染まる空とキラキラと夕陽の光に反射して輝く海がとても綺麗だ。
そして、暫くして未だ俺達は景色を眺めているのだが。ミコトが景色を楽しんでいるなか、俺はその隣で一緒に眺めながらどうしても気になっていた事を聞こうか聞くまいか真剣に悩んでいた。その聞こうとしている内容は勿論ミコトの容姿についてだ。ミコトはあまりにも千冬姉に似すぎている。他人の空似と呼ぶには片付かない程に…。
もしかしたら血縁者ではないか?有り得ない話ではない。俺の両親は千冬姉と俺を捨てて何処かへ行ってしまったのだから。もし、あの親がまた子を産んでたとしたらなら……と、俺は考えていた。そして、悩みに悩んで意を決して訊ねてみることにした。

「……なあ、ミコト」
「ん?」

空に向けていた視線を此方へ向ける。

「ミコトは……俺の両親と何か関係があるのか?」
「ううん。関係無い」

ミコトはふるふると首を振って俺の質問を否定する。

「私は、クリスの娘。ミコト・オリヴィア」
「………そうか」

安心したような、ガッカリなような……。いや、今更両親の行方なんて知っても仕方が無いんだけどな…。
というか、クリスと言うのはミコトの親だったのか。外国じゃあ兄弟同士呼び捨てで呼び合うらしいから親を名前で呼ぶのも珍しくは無いのかな?

「そろそろ寮に行こうぜ?もうすっかり暗くなっちまったし」

気付けばもう夕陽は完全に沈んで辺りはすっかり夜一色に染まっていた。夜の校舎は不気味だし早々に退出するとしよう。

「ん」
「いや~、それにしても入学初日に決闘申し込まれたりするなんてなぁ」
「ん」
「ミコトもゴメンな。俺が口喧嘩なんかしたから関係無いミコトまで巻き込んで」

もし、あの時セシリアに反発せず適当に聞き流しておけばミコトも巻き込まれずに済んだ筈だ。だから決闘の件は全て俺が悪い。だからちゃんと謝っておきたかった。巻き込んでごめんって。

「問題無い」

俺の謝罪にミコトは小さく首を左右に振る。

「いや、だけどな」

ISは兵器だ。最強の。そんな物を使った模擬戦が絶対に安全だとは言い切れない。怪我だってするかもしれない。そんな物騒なことに巻きこんだりして気にするなと言うのは無理がある。

「大丈夫。ペルセウスは負けない。絶対」

ペルセウス。ミコトのISの名前だろうか?でも、その名を口にした時のミコトの声は自信に満ちていて、そのISに対してとてつもない信頼を抱いているのは分かる。だからこそ、自信を持って言えるのだろう。敗北なんて有り得ないと。
しかし、似たような内容の言葉でも、ミコトセシリアとでこんなに違うとはな…。自信と慢心って全然違うというのが二人を見ていれば分かる。

「そっか……じゃあ、お互い頑張ろうな!」
「ん。でも、一夏にも負けないよ?」
「上等!俺だって負けないからな?」

ニカリと笑みを浮かべてグッと親指を立てる。
それから俺とミコトは寮へと帰った。しかし俺はまだ事の時は知らなかった。俺が負けないと宣言した相手の実力を、対等と考えるにはあまりにもおこがましいと思えるほどの圧倒的な力の差を…。











―――そして、一週間が過ぎた…。
あれから、色々なことがあった。寮に戻って自分の部屋に向かったら相部屋の相手が箒だったり、箒と喧嘩?してミコトに仲を取り持つ貰ったり、箒にISの練習を見て貰う事になったり、まあ色々あった。その話は本編を参照してくれ。(メタ言うな)
そして、勝負の当日。俺の専用機がまだ届いていないと言うアクシデントが発生するもギリギリとの所で間に合いセシリアとの勝負は始まった。…結果は惜敗。あと一歩と言うところでシールドエネルギーが尽きて俺の敗北。
クラス代表を賭けた戦いは、セシリアとミコトという形で行われる事となった。

「…ミコトの奴、大丈夫かな?」

ピットから観客席へ移動した俺は不安そうにアリーナを眺めながら箒に訊ねる。つい先ほど負けたばかりだ。セシリアの実力は身をもって知っている。セシリアをギリギリの所まで追い詰める事が出来たのも、機体の相性とセシリアが油断してくれたからあそこまでの結果が出せたんだ。もし、もう一度勝負したらきっと俺は惨敗するだろう。それ程セシリアは強かった。

「さあな、少なくともお前のような無様は敗北はしないと思うがな」
「うぐっ…」

ジト目で睨んでキツイ事を言ってくる箒に俺は呻き声を上げる。負けて傷心中の人間になんと容赦のない幼馴染だ。

「……始まるぞ」

セシリアの機体の補給と整備が終わり、ブルー・ティアーズがピットから再びアリーナへと舞い戻って来る。そして、遅れて反対側のピットからもミコトの機体が飛び出してくる。その直後、わいわいと騒がしかった観客席がしんと静まり返り、ミコトの搭乗する機体に目を奪われた…。

「翼…?」

観客席の誰かが呟く。
そう、ミコトの機体には翼が生えていた。鳥…いや、あれは天使と言った方が正しいのかもしれない。ばっさばっさとその翼を羽ばたかせて宙を浮き、右手には槍、左手には鏡のように反射するバックラーが装備されていた。美しい…。まるで、その姿は神話に登場する戦乙女を連想させる。

『随分と忙しない機体ですのね?』
『ん。でも、この方が飛んでる気がするから』

…?どういう意味だ?

俺はセシリアの忙しないと言う言葉の意味が理解出来ないでいると、隣に座っていた箒がその説明をしてくれる。

「……あれにはどうやらPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)が積まれていない様だな」
「PIC?」

なんだそれ?

「授業で習っただろう!浮遊・加減速などを行うことができるISの基本システムだ!」
「……ああっ!」

そう言えばそんなこと言ってたな!

「セシリアが言ってるのは、ああやって翼を羽ばたいて空中にいるのを維持しているミコトに対しての皮肉だろうな」

…成程。

『ふふっ…覚悟なさい!このセシリア・オルコットがその翼をもぎ取って地上に這い蹲らせてご覧にいれましょう!』

セシリアはライフル構え即座にミコトへ照準に合わせてトリガーを引く。キュインッと耳をつくエネルギー兵器独特の発砲音。そして、それが開幕の合図となった。

『――――――…ぁ……え?』

誰もが言葉を失う…。

代表候補生同士の戦い。観客席で観戦している生徒の誰もが激戦を予想していた。けれど、そんな事にはならなかった。誰が…誰がこんな結末を予想しただろう?開戦と同時に全てのビットが切り払われ、一瞬のうちにセシリアの喉元に槍を突き付けているミコトの姿を…。
そう、戦闘なんて起こりもしなかった。圧倒的力にセシリアは反応も出来ずに敗北したのだ。

『やったね。ペルセウス・カトプトロン』

無邪気に喜ぶミコトの声が聞こえてくる。
それと同時に戦闘終了のブザーが鳴った。アナウンスが告げる勝者の名は当然、ミコト・オリヴィアの名。

皆が唖然と眺める中、ミコトは悠々とアリーナの中心で勝ち誇る。その勝ち誇る姿に俺は千冬姉が重なって見えていた。

そう、あそこに居るのは戦乙女≪ブリュンヒルデ≫。

鏡映しの戦乙女だった…。















ペルセウス・カトプトロン≪ペルセウスの鏡≫
ミコトの第三世代型IS。イカロス・フテロのギリシャの手によって完成した姿。イカロス・フテロは搭乗できるパイロットが居なかった為にデータ収集が出来なかったが、ミコトという存在が現れた為に一気に開発が進み完成まで至った。『クローン計画』が正しかった事を証明する機体でもある。

イカロス・フテロ≪イカロスの翼≫
ペルセウス・カトプトロンの翼は、第三世代実験機のイカロス・フテロの翼をそのまま流用。構造はブルーティアーズの『BT兵器』に似たの技術を使用し、8枚の翼の先端に着いているスラスターを全て操作する事で複雑の機動を可能とする。しかし、これを使用するには高いBT適正が必要。

鏡楯
ペルセウス・カトプトロンの弱点とも言えるレーザー兵器。その対策に対レーザー特殊コーティングが施された鏡状のバックラーが装備された。しかし、対レーザー特化と重量を可能な限り減らしたために実弾兵器には意味をなさない。

戦乙女の槍
ペルセウス・カトプトロンの唯一の武装。特別記す程の特徴は無い。ミコトの身長くらいある大きな槍。












あとがき

本編のテキストを切り貼りやシーンカットを多様してます。だって、大人になってもミコトはミコトだからあんまり変化ないんだもん…。

まあ海イベントはとんでもないことになるだろうな。本当にとんでもないことになるだろうな!バ・ス・ト・的・に・考・え・て!書く予定無いけどね!虚しくなるから!
先生。俺もミコトの胸に顔を埋めたいです…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第四十二話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/07/14 05:19


「ようこそ!我が城へ!」

そう言うと、楯無先輩はジャ~ン!と掛け声と共にドアを勢い良く開け放つ。
あの襲撃騒動から俺は楯無先輩に「事情説明」という建前で、生徒会室へ半ば強引に連れて来られた訳なのだが。生徒会室に入って出迎えてくれたのは、全校集会で司会を務めていた三つ編みで眼鏡を掛けた3年生の先輩と、この場所に居るのが最も似合いそうに無い人物。テーブルでケーキを食べているのほほんさんだった。
のほほんさんは部屋に入って来た俺と目が合うと、にぱ~っと笑って此方に手を振って来る。

「あ~!おりむーだぁ~!どうしたの~?こんな所にくるなんて珍しいね~?」
「本音。こんな所は余計」
「アイタッ。あははは~、しっぱいしっぱい~。おかえりなさ~い」

眼鏡の先輩が持っていたファイルに頭を叩かれて、のほほんさんは悪戯っ子がする笑みを浮かべてぺろっと舌を出す。

「おかえりなさい、会長」
「うん、ただいま。あら、本音ちゃん。今日は珍しくこっちに来てるんだ?」

楯無先輩の口ぶりからすると、のほほんさんは毎日生徒会に訪れている訳ではないらしい。見た限り生徒会室には3人しか居ない様だが、まさか役員はこれだけなのか?
だとしたら、3人だけで…いや、珍しくということは、のほほんさんはろくに生徒会の仕事をしていないと判断して、二人だけで仕事をこなしてることになる。何やってんの、のほほんさん。ケーキなんか食べてる場合じゃないだろ…。

「みこちーは~忙しそうだから~。まだお手伝い出来そうにないし~……ん~♪うまうま~♪」

俺の視線など気にもせず、そう言ってケーキをあ~んと大きく口を開けて頬張ると、幸せそうに両手で頬を押さえてだらしなく表情をとろけさせた。駄目だこりゃ…。

「…ん?今ミコトの名前が出なかったか?」
「う~ん、言ったよ~?」
「もしかして、のほほんさんはミコトが何をしてるのか知ってる?」

そう言えばこの間も、セシリアがミコトの頬の件ついて騒いでた時に一人だけ挙動がおかしかったし…。

「えへへ~♪ひみつ~♪」

けれど、のほほんさんはにんまりと笑われて誤魔化されてしまう。
……まあ、言いたくないなら無理に聞かないでおこう。それに、ミコトにああ言ってしまった手前、こういうのは良くない。こんなのミコトを信用して無いのと同じだもんな。

「よろしいよろしい♪女の子の秘密をしつこく聞こうとするいけない男の子には、おねーさんがお仕置きするところだったわ♪」
「は、はぁ…」

笑顔で握り拳を作る楯無先輩を見て。先程の襲撃してきた先輩方の返り討ちにあった姿が脳裏に過ぎる。良かった聞かなくて。そんな気は無かったとしても、紳士な自分に心から良くやったと拍手を送りたい。

「そ、それより、説明してくれるんですよね!?全校集会のこと!」
「モチロン。とりあえず座って座って。今お茶淹れさせてるからさ」
「あっ、どうも…」

気が付けば、3年生は何も言われてもいないのにすでにお茶の準備を始めていた。まるで楯無先輩が何を言おうとしているのか全て理解しているみたいだ。
理想的な主従の姿に俺は関しつつ、楯無先輩に椅子に座る様に促されて一番近くにあった椅子に腰を掛ける。

「まず、今回の件が起こった発端を説明しましょうか。キミ、部活動とかあまり関心とか無い方だよね?中学の頃も帰宅部だったみたいだし」
「はい、まあ…」

中学の頃はバイトで忙しかったし、IS学園に入学してからはずっとISの特訓で手一杯で部活動とかやっている余裕なんてなかった。

「それがいけなかったんだなぁ。織斑君が部活に入らないことで色々と苦情が寄せらていてね。生徒会はキミをどこかに入部させないとまずいことになっちゃったのよ」
「それで学園祭の投票決戦ですか…」

俺自身の意思など全く無視じゃないか。俺は俺で一生懸命頑張ってるって言うのに。

「さっきの襲撃もそれが原因かな?キミを景品にしちゃったから、一位を取れなさそうな運動部とか格闘系が実力行使に出たんでしょう。私を失脚させて景品キャンセル、ついでにキミを手に入れる、とかね?」
「なるほど…」

景品である俺の知らない場所で既に戦いが始まっていようとは…。流石はIS学園の上学年。千冬姉が言っていた『学園に染まる』とはこういう事だったか!常識は何処へ行った!?

「織斑君は学園の唯一の男の子ですもの、そうなるのも仕方ないわ。どうぞ」

丁度お茶が出来たらしく、いつの間にか用意されていたティーカップに、先輩は一つ一つお茶を注いでいく。
その仕草は非常に様になっていて、まるで本物の付き人のようだった。……って、付き人って言われてもあんまり褒め言葉にはならないよな。

「あ、ありがとうございます。えっと…?」
「布仏 虚よ。よろしくね、織斑君」
「布仏?布仏って……まさか?」
「そーだよー。この人はー私のお姉ちゃんー」

そう言ってのほほんさんは虚先輩の腰に抱き着く。何か随分と昔にこんな人形が流行ってたのをテレビで見たな…。

「こら、危ないから抱き着かないの」
「えへへ~」

零してしまわない様にティーポットを持ち上げながら腰に纏わりつくのほほんさんを叱る虚先輩。けれど「まったくもう…」と溜息を吐きつつも、抱き着かれた本人の表情は笑顔が浮かんでおり満更でもなさそうで、姉妹の仲が良いのは見ていて分かる。

「へぇ、姉妹で生徒会に入ってるのか」
「そうよ。生徒会長はさいきょうでないといけないけど、他のメンバーは定員数になるまで好きなだけ入れて良いの。だったら気ごころの知れた人間の方が良いでしょ?だから、幼馴染の二人を選んだの」
「私のお家は代々ねー。むか~しから更識家のお手伝いさんなんだよー。だから生徒会のお手伝いをするのはあたりまえなんだよ~」
「そんな事言って、本音は生徒会室に来てもお菓子を食べるか寝てばかりでしょう?」

どうやらのほほんさんは生徒会でものほほんのままならしい。なんかとっても安心した。

「え~?お手伝いしてるよ~。ケーキを運んだり~。ティータイムの茶請けを選んだり~、あと~賞味期限の危ないお菓子の在庫処分したり~♪」
「見事に食べ物関連だなおい…」

次から次へと挙げられる例の全てが食べ物に関連ことばかり。ここまでくるとその喰い意地に感心してしまう程だ。
……あっ、お菓子と言えば、昨日のほほんさんがケーキがどうのこうのって騒いでたな。その時、ミコトが二人の事を親しそうに呼んでいたのを覚えてる。もしかして、ミコトはよく此処に遊びに来てるのか?

「お菓子で思い出したんですけど、ミコトはよく此処に来るんですか?」
「ええ。最近は忙しいのか数は減ったけど、それでも週に3回は必ず遊びに来るわね。お菓子を食べに」
「なるほど、帰ったらミコトには説教が必要みたいですね」
「あら、意外と厳しいのね?」

意外そうな顔をする楯無先輩。

「当たり前ですよ。ミコトの奴、部屋に戻ってもお菓子を食べてるみたいですし」
「……本音?」
「あ、あはは~」

ギロリと虚先輩がのほほんさんを睨むと、のほほんさんは物凄い汗を流して引き攣った笑みを浮かべて視線を逸らした。

「ふむん、それは感心しないわね。ミコトちゃんをお母様から預かっている身としては」
「あれ?ミコトの親御さんをご存じなんですか?」
「んー、直接面識があるわけじゃないけどね。でも、任されちゃったから」
「任された?」
「うん。だから、生徒会長としてIS学園の生徒であるあの子を守る義務があるの」

義務、か…。本当にそれだけだろうか?
いや、楯無先輩を疑う訳じゃないんだけど。先輩の話を聞いていて何か俺と先輩とで解釈に違いがある様な気がするんだが…。本当に生徒会長としてだけなのか?

「本当にそれだけですか?」
「うん?勿論、私個人としてもあの子を守りたいって思ってるわよ?」
「いや、それだけじゃない様な気がして…」
「うふふ、気になる?」

悪戯な笑みを浮かべてずいっと顔を俺に近づけてくる。てか近い近い!顔めっちゃ近い!?

「えっ!?えっと…いや、まぁ……はい」
「そっか~♪でも、ひ・み・つ♪良い女には秘密が付き物なのよ?」

自分で言っちゃったよこの人。いや、実際美人だけどさ。人差し指を口に当ててウインクする姿にドキッとしちゃったけどさ。

「とまあ、話は逸れちゃったけど。キミだってミコトちゃんを守りたいわよね?『守られてばかり』じゃなくて」
「………」

笑顔で投げかけられた言葉にピクリと身体が反応する。

「私もいつでもあの子の傍に居る訳じゃない。だから、私が居ない時に君がミコトちゃんを守れるように、私がISも生身も特別に鍛えてあげようって話になるワケ。学園祭の件の詫びも兼ねて、ね」
「…さっきも言いましたけど、コーチは間に合ってますんで」

事実とはいえ、『守らればかり』と面と向かって言われてしまい、ムッとなり少し反抗的な態度を取ってしまう俺だったが、そんな態度を取られても楯無先輩はその笑顔を崩さない。

「まあまあ、そう言わずに。遠慮しないでいいから」
「いや、遠慮とかじゃなくてですね…。大体、何で俺の指導にこだわるんですか?」
「え?何でって、キミが弱いからだよ」

…………うん?

一瞬、自分の耳を疑い何を言われたのか分からなかった。
けれど、楯無先輩を見ると。なに当たり前なこと言ってんの?と不思議そうな表情を浮かべていた。つまり先程、俺が耳にした言葉は幻聴じゃなかったと言う訳だ。なんと言う事をさらりと言うんだこの人は…。

「……これでも、自分なりに強くなってると思うんですが?」
「ううん、弱いよ。無茶苦茶弱い。そんなんじゃ、いつまで経ってもミコトちゃんに守って貰ってばかりだよ?」

「「………」」

無言で見つめ合う。片や笑顔、片や怒りの表情を浮かべて。とてもお茶会の雰囲気とは言い難い物だった。

「あ、あわわわ~…」

緊迫した空気にのほほんさんがうろたえ始めるが、そんな事は知った事じゃない。此処まで言われて、平然としていられるほど俺は出来た人間じゃない。俺はガタンと音をたてて椅子から立ち上がる。

「じゃあ勝負しましょう。俺が負けたら楯無先輩の言う事に従いますよ」
「うん、いいよ」

にこりと笑って楯無先輩は頷いた…。







第42話「新しい願い」







――――Side ミコト・オリヴィア


「イメージ…イメージ……う~ん…?」

夕陽の光に茜色に染まる校舎。私は簪と別れたあと、その茜色に染まる中庭の道を一人で歩き。ボソボソと同じ言葉を何度も何度も繰り返し呟いていた。
私が頭を悩ましているのは、当然簪が言っていた生まれ変わるあの子のイメージ。コンセプトとも言う。それについて悩んでいた。

「……どうしよう」

イメージと言われても、私もあの子もただ飛びたいだけ。他の子達のみたいに強くなりたい訳じゃない。だから、強化プランなんて本当は考える必要なんてないのに…。

「飛びたいだけ、飛びたいだけなのに…」

私は空を見上げる。茜色の空は何処まで続いていて、海に沈む夕陽はとても綺麗だった。

「んー……むずかしい」

一人で考えるのは少し無理かもしれない。誰かに相談するべき。そうするべき。ん。
でも、誰に相談しよう?簪はデータのまとめで忙しそうだったから駄目。一夏?箒?セシリア?鈴?シャルロット?ラウラ?本音?んー、でも皆も最近ISの特訓で忙しそう。

「やっぱり、ひとりで頑張る………う?」

通りかかった道場からバンッと何かを床に叩きつけた音が聞こえてくる。もう部活動は終わってる時間。ううん、そもそも今日はどの部活も作戦会議が如何とかで部活動なんてしていなかった筈。誰か残って練習しているんだろうか?気になって足を止めると、道場からは聞き慣れた人の声が聞こえてきた―――。

『でやあああっ!』

…一夏?

道場からは確かに一夏の声が。でも、その声からは何処か焦りの様なものが籠っていた。
どうしたのだろう?普段の生活で一夏がこんな声を出すなんて珍しい。私は中の状況を確かめようとドアの取っ手に手を伸ばすし―――取っ手に触れる寸前。この前本音に見せて貰った、格闘ゲームのプレイ時に出る打撃音が中から聞こえてきたと思ったら、その後に何かが落ちる音がして、それ以降中からは何も聞こえなくなってしまう。

「……なにごと?」

中から聞こえたとても現実じゃ出せそうにない奇怪音に首を傾げる。
…とりあえず中を見てみる、一夏が居るのは確か。私はそう思いドアの取っ手に手を掛けると、ガラリとドアを開けた。そこで私が見たものは……。

「あらん?ミコトちゃん、こんな所にご何か用?」
「えー……」

畳に沈む袴姿の一夏と、扇子をパタパタと扇いで涼しげな表情を浮かべているたっちゃんの姿だった。…なに、この状況?

「…たっちゃん、なにしてるの?」
「うん?ああ、これ?織斑君と勝負してたの」
「勝負…?」

畳に倒れ伏す一夏を見る。結果は言わずもがな。

「一夏。無謀…」

たっちゃん、学園で文字通り最強なのに…。
倒れてる一夏に近づいて、ぺたぺたとほっぺを叩いてみる。…駄目。完全に気を失ってる。

「う~ん。少しやり過ぎちゃったかなぁ」
「ん…」

少し困り顔のたっちゃんに私は頷く。何で勝負することになったのかは知らないけど、気絶させるのはどうかと思う…。

「ごめんごめん。お願いだからそう剥れないで。これにもちゃんとした理由があるのよ?」
「ぶぅ~…」

気を失っている一夏を抱き寄せて頭を自分の膝の上に乗せてあげる。固い畳の上で寝かせられるのは一夏が可哀そう。

「あらあら、織斑君ってば役得」
「たっちゃん、反省」
「あ、あはは……ごめんなさい、やり過ぎました」

ん。よろしい。

「でも、此処までするのにも訳があるのよ?『戦闘続行が不可能になるまで』が敗北条件だったから。こうでもしないと、織斑君ってば本当に立てなくなるまで向かってきそうだし」
「一夏は、頑張り屋だから。でも、何でこんなことに、なった、の?」

たっちゃんと一夏って、面識が無かった筈だよね…?

「うふふ、男の子にも意地があるってこと♪」
「?」

わけがわからない…。







――――Side 織斑一夏


「………ぅ…ん…?」
「あ、おきた」

後頭部に感じる柔らかな感触と鼻を擽る甘い香りに、意識がだんだんとハッキリしていき。瞼を開けるとそこにはミコトの顔のドアップがあった。

「…ミコ…ト…?」
「ん。おはよう」

おはようって…。ていうか、何でミコトが…いや、その前にこの後頭部に感じる柔らかい感触ってもしかして!?
後頭部の感触の正体に気付いた俺は慌てて起き上がろうとするが、ミコトに「駄目」と叱られて頭を押さえつけられてしまう。

「起きちゃ、駄目。寝てる」
「い、いや!ミコト、お前何してんだ!?」
「? ひざまくら?」

可愛らしく首を傾げながら「何でそんなこと訊くの?」と不思議そうな顔をして俺見下ろす。ええい、これだから天然は!?

「あら、お目覚めかしら?」
「楯無先輩…」

道場に入って来たのは袴姿から制服に着替えた楯無先輩だった。

「どう、気分は?」
「……何でこんな状況になったのか説明を要求したい気分です」
「良かったじゃない。美少女の膝枕よ?ミコトちゃんが来なかったらおねーさんがしてました。キミはどっちがお好みかな?」

そう言って楯無先輩はニヤニヤと笑みを浮かべながら、これ見よがしにスカートの端をつまみ上げてヒラヒラと揺らしさらけ出された太ももをアピールする。見えそうで見えないのが何とも………って、何を考えてるんだ俺は。
いかんいかん、完全に遊ばれている。こんな場面、箒達に見られたりなんかしたら…。

「何時まで待っても来ないから探しに来てみれば………一体これは何だ?」
「oh…」
「?」

今日のコーチ担当のラウラが最悪のタイミングで現れた。何でいつもこんなタイミングで出てくるんだお前等は…。

「ミコトに膝枕をさせて、女子のスカートのたくし上げの観賞か…良い御身分だな?『織斑一夏』」

久々のフルネーム。相当ご立腹のご様子だ。そりゃ、約束をすっぽかされて、親友に膝枕を強要させ(ラウラからはそう見えている)、見ず知らずの女子生徒のスカートをたくし上げているのを眺めている(俺の意思じゃない)ところを見たら怒るのも無理はない。てか、改めて思うと本当に酷いな。
ラウラの背後からはどす黒いオーラと共にゴゴゴゴゴ…と聞こえもしない筈の効果音が聞こえてくる。どうしよう、これは死んだかもしれん。

「皆を守れるくらいに強くなりたいと言うから特訓に付き合ってやっているというのに、失望したぞ一夏…」

絶対零度の眼で俺を見下し、腕の部分だけISの展開させてAICを発動。それと同時に斬り込んでくる。
しかし、それをミコトが俺とラウラの間に割り込んで阻止する。

「ラウラ、駄目」
「ミコト!何故止める!?」
「駄目」

そう吠えるラウラにミコトはふるふる首を振って一歩も退こうとしない。そこに楯無先輩が声を掛けたのだが―――。

「まあまあ、ラウラちゃんも落ち着いて」
「黙れ痴女っ!」
「痴女!?」

まさかの痴女呼ばわりにガビーン!とショックを受ける楯無先輩。
……まあ、そう解釈する人もいるかもな。あの場面で楯無先輩は笑顔でスカートをたくし上げてたし。

「よく見れば貴様は一夏が言っていたボロボロの生徒会長ではないか!やはり肌を露出させて性的快感に浸るHENTAIだったのだな!」
「物凄い誤解!?なに?私ってキミ達にそんな目で見られてたの!?」

いや、そこまで思ってないよ?変な人だとは思ってるけど…。あの時、なんでボロボロだったのか未だ謎だし…。

「たっちゃん、まだ暑いけど、薄着は風邪ひくから、やめたほうがいい」
「ミ、ミコトちゃんまで…」

だんだん混沌としてきたな。何時の間にか楯無先輩の露出癖の話題に切り替わってるし。てか、どうやって収拾させるつもりだこれ…。

「いやいやおかしいってば!何でこんな状況になってるワケ!?」
「自分で蒔いた種でしょうが…」

俺だってある意味、貴女の被害者ですよ。
しかし、予想外のアクシデントが起こるとホントにヘタレるなこの人。さっきまでの余裕は何処に行ったのやら。

「と、とにかく!勝負は私の勝ち!私が織斑君の専属コーチをする事に決まりました!拒否権はありません!」

ビシッ!と畳んだ扇子を俺に向けて突き出すと、強引に話題を逸らされてしまう。

「えぇ~…?」
「キミ、負けたよね?」

渋る俺だったが、楯無先輩の笑顔が放つ凄い気迫に圧されてコクコクと頷く。NOなんて言える訳が無い。あの気迫、千冬姉にも勝るとも劣らなかったぞ…。

「うむ、よろしい♪」
「ちょっと待て、私を無視して話を進めるな。一夏、専属コーチとはどういう事だ?」

話題を逸らされた上に置いてけぼりを喰らっていたラウラが会話に混ざってくる。

「私と勝負して私が勝ったら織斑君の特訓を見るって賭けをしてたの。それで、結果は私の勝ち」
「………コーチは我々で間に合っている」

自分の知らぬ間にお役目御免となっていた事にラウラは物凄く不満そうな表情を浮かべる。たぶん、セシリア達がこの場に居たら同じ反応を示した事だろう。皆、善意で俺の特訓に付き合ってくれているんだ。そう思うと罪悪感で胸が痛い…。

「君達個人の能力は高いよ。でも、それは他人に教えることには長けてない」
「…私の教導が間違っているとでも言いたいのか?」
「間違ってはいないよ?でも、君達の教え方は基礎が出来ていてそれを応用できる人向け。織斑君は基礎が全然できてない素人。小学生に高校生の勉強を教えても分からないでしょ?それと一緒」
「し、素人…」

酷い言われだが、言い返したくても先程惨敗したばかりでは何も言えん…。
一人落ち込む俺だったがそんな俺を他所にこの場の空気は更に悪化していく。ぶつかり合う二つの視線。一触即発の雰囲気。いつ喧嘩が始まっても可笑しくない状況だ。しかし、忘れてはいないだろうか?この場にはIS学園が誇る歩く緩和剤がいる事を。

「ラウラ、たっちゃん。喧嘩、駄目」
「ミコト…」

ミコトの介入により、緊迫していた空気は少しだけだが和らぐ。しかしミコトの攻撃はまだまだ止まらない。

「二人とも、一夏のためを思ってる。なのに喧嘩、駄目」
「ぐっ…むぅ…」

純真無垢な瞳で見つめられて流石のラウラも何も言えなくなってしまう。
嫌な空気が四散するのを感じて俺はホッと安堵すると、そこへ楯無先輩のぽんっ!と手を叩いて視線を自身に集めてからニコリと笑う。

「話は終わったかな?それじゃあ、時間も無いし行こうか」
「へ?何処に…?」
「第三アリーナよ」

俺とラウラは顔を見合わせる。
調子の良いと言うかなんと言うか…まるで、動き出したら止まらない暴走列車のようだ。俺とラウラは何を言っても無駄だと悟り諦めて溜息を吐いた…。









「あれ?一夏?」
「一夏さん?今日は第四アリーナで特訓ではなかったのですか?ラウラさんが探してましたわよ?」

第三アリーナに着くとそこには先客のシャルロットとセシリアが居た。休憩中なのだろうかISは展開されてはおらず、ISスーツの姿で此方へと小走りで近寄って来る。

「あら、ラウラさんもご一緒でしたの………そちらの方はどなたですの?」

笑顔で近寄って来たセシリアだったが、楯無先輩の姿を見るとムッとした表情を浮かべ、何者か訊ねてくる。

「例のボロボロの人だ」
「ああ、例の…」

先程の仕返しのつもりかラウラはそう説明すると、セシリアは楯無先輩をボロボロの人として脳内に記録してしまい、ちょっと距離をとりながらイタイ人を見るような目で楯無先輩を見る。

「ここでもボロボロの呪いが付きまとうのっ!?」
「ノリで行動するからそうなるんですよ」

予備の制服が無いんなら虚先輩に借りる手だってあったでしょうに。てか、ロッカールームに現れさえしなければ良かったんだ。

「セ、セシリア。生徒会長だよ」
「……そういえば、見たような顔ですわね」

楯無先輩を哀れに思いシャルロットがフォローに入って漸く認識を改めるが、それでも不機嫌なのは変わらない。

「ねえ、私の扱い酷くない?」
「…………」

少し涙目の楯無先輩がこちらを見るが俺は顔を逸らす。俺が全校生徒の前でボロボロ発言したせいなんだろうなぁ…。

「それで?その生徒会長さんが何のご用?わたくし達も暇ではないのですけど?」
「そこの生徒会長と勝負をして負けたら専属コーチになるのを認めると賭けをしたそうだ。我々に相談無く」

ラウラの説明を聞いた途端、セシリアだけでなくシャルロットまで機嫌が悪くなってしまう。

「………へぇ」
「……それで、結果は?」
「生徒会長が此処に居るのが答えだ」

「「「………」」」

セシリア、シャルロット、ラウラの無言で向けてくる視線が物凄く痛い…。

「ひどいよ一夏!僕達に何も言わずそんな約束するだなんて!」
「そうですわ!一夏さんはわたし達の指導に何かご不満でもありますの!?」
「い、いや……その…相談する間も無かったと言うか、勢いに乗せられたと言うか…」

二人に詰め寄られてたじたじな俺。そこへ立ち直った楯無先輩が助けに入るのだが…。

「まあ、みんな落ち着いて……」
「「「うるさいボロボロ!」」」

ブチッ…!
あれ?何処からか何かが切れた様な音が聞こえてきたような…。

「……オーケー、あなた達今すぐIS展開しなさい。ボッコボコにしてあげるから」

粒子の光が楯無先輩を覆う。これはIS展開時に発する光、俺がそう気付いた時にはもう楯無先輩の身体はISを完全に展開を終えていた。
他のISとは異なる独特の外観。アーマーの面積は全体的に狭く、小さい。それはミコトのイカロス・フテロに何処か似ていたが、イカロスとは違いその少ないアーマーをカバーするように、透明の液状のフィールドが形成されていて、まるで水のドレスのようだった。
イカロス・フテロと似た芸術品に近い美しさ。その美しさにぼーっと見惚れていた俺だったが、『あなた達』という言葉にハッとして恐る恐る訊ねてみる。

「あの、もしかして……俺も?」
「何言ってるのかな?当たり前じゃない」

大型のランスの先端を俺に突き付けて楯無先輩がにっこりと微笑む。けれど、眼は全然笑ってはいなかった。
そこからの事は思い出したくもない。四対一なのにも関わらず俺達は成す術も無く敗れ、身体とプライドもズタボロにされて、俺は『学園最強』の意味を改めて身をもって思い知らされたのだった…。





――――Side ミコト・オリヴィア


アリーナの上空を舞う五機のIS。私はその五機を何をする訳でもなくただぼーっと眺め、ぽつりと思った事を呟いた。

「……きれい…」

量産型とは違い色とりどりの色彩がそれぞれの機体を鮮やかに彩り、その五機が夜空をスラスターの光が軌跡を描く。それはまるで空アートの様にとても綺麗で、そして―――。

「いいなぁ…」

―――とても、羨ましかった…。
私も、あの中に加わりたい。皆と一緒に飛びたい。でも出来ない。なぜなら私の翼は今は無いから…。

「いいなぁ…」

もう一度呟く。空を飛ぶ一夏達を羨みながら。
けれど、そう思っているのは私だけじゃない。あの子だって同じなのだ。

「直さなきゃ…」

そう、直さなくちゃいけない。私の半身を、私の翼を。

―――ミコトもどんな機体にしたいかイメージを纏めておいてね。

「イメージ…」

簪の言葉に私は空で戦っている一夏達を見る。どの機体も良い子達ばかり。でも、違う。あの中には無い。どれも『私達』が求めてるものじゃない。私は一夏達から視線を外して小さく溜息を吐く。

「………ふぅ」

イカロス・フテロの生まれ変わる姿…。私はその姿に何を求めれば良いんだろう?
見上げれば夜空には星が輝いていた。

「星…」

星空は好き。でも、あの時キャンプで見た星空は今見ている星空よりもっと星が輝いていた。一夏と見たあの星空は今でも鮮明に覚えてる。もし、もしもあそこまで行けたなら、星はどれくらい綺麗なのだろう?きっと、これは一夏達と出会えなければ考えもしなかった。私は、此処に来るまで星空を見たことが無かったから。

「見てみたい…」

この空の向こう側を…。

「あ……」

この空のどこまでも、どこまでも飛んでいきたい、ただ飛べるだけで良い、それが私とこの子の願い。でも、気になってしまった。空の向こう側には何があるのだろうと…。行ってみたい。あの向こう側に…。

「……そっか」

どんな機体にしたいのか。考えてもみればそんなの最初から決まっていた。私とこの子はそれしか無いのだから。強化する必要があると言うのなら、少し欲張りになればいい。自分の夢を。それだけのことだった。

「私は…行ってみたい」

空の向こうに。宇宙に…。

「ん♪」

私は夜空を見上げて微笑む。
決まった。この子の生まれ変わるイメージが…。私の新しい翼の形が…。

「ぎゃああああっ!?超つえええええええ!?」

あっ、一夏が墜ちた…。

どうやら、最初の撃墜者は一夏のようだった。









あとがき

自分もミコトに膝枕して貰いたいなぁ………うつ伏せで。理性なんて3秒で焼き切れるがな!え?カリスマ?そんなのいねーよwww
ISの続刊出るとかどうとか小耳にはさんだのですが、アレって本当なのかな?それより、皇国の守護者とA君(17)の戦争の新刊はいつ出るんだろう…チクショウ…チクショウ!自分の好きになった小説はとことんエタリやがる!




[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第四十三話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/08/07 05:18
トンッ、トンッ、トンッ…。

「おぉ~……トンテンカン、トンテンカン…」

放課後の教室。
釘を打つ金槌の奏でる心地良いリズム音。それがとても面白くて、気付けばそのリズムに合わせて私の身体は左右に揺れて、視線は文字通り金槌に釘付けとなっていた。あ、いま私ウマいこと言った気がする。

トンッ、トンッ、トンッ…。

「トンテンカン、トンテンカン♪」
「…………はぁ…」

ピタリ。

「トンテン……う?」

金槌が動きが止まるのに連動して心地良いリズムがピタリと止まると、私は不思議に思い金槌を使っている人間、学園祭に使うお店の看板作りに励む一夏を見上げた。どうしてやめるの?

「……あのな、ミコト?そんなに近くでじっと見られたら集中できないんだけど…というか、危ない」
「気にしない」
「いや、気にするって!?」

むぅ、一夏はどうしてもやってはくれないらしい。なら私にも考えがある。私は開いた右手を一夏に突き出す。

「…何だこの手は?」
「じゃあ、私がやる」

他のクラスの皆だって、学園祭の準備で自分の担当の仕事をしてる。なら、私だってするべき。ん。そうするべき。
その方が効率的なのは確実。だけど、一夏は手を高い位置まで挙げて金槌を私から遠ざけると、何故か私の要求を拒否してしまう。

「駄目。危ないから」
「う~…やりたい」

せがむ様にじぃ~っと一夏を見上げる。だけど一夏は一向に頷こうとはしない。

「そんな顔しても駄目なものは駄目」
「う~…う゛~っ!」

でも私も引かない。ひたすら一夏に視線で訴えかける。―――すると、一夏は溜息を吐いて…。

「………ったく、分かったよ。少しだけだぞ?」

渋々と頷いて金槌を差し出してくれた。

「! ん♪」

やた♪

私はぴょんと跳ねて喜び、さっそく一夏から金槌を受け取り木材に釘を当てると、金槌を大きく振り上げる。

「あっ、そんなに高く振り上げたら…」
「ん!――――あうっ!?」

ゴンッ!鈍い音と共に私の指先から激痛が奔る。釘に向けて振り下ろした筈の金槌が、狙いがずれて自分の指を叩いてしまったのだ。その痛みに私は小さく悲鳴を上げて手から金槌を落としてしまう。

「うぅ~……いちかぁ…イタイ…」
「あ~もう言わんこっちゃない。ほら、指見せてみろ」
「ん……」

一夏に言われて差し出した指先からはぷくりと小さな血の球が出来てしまっていた。それを見て一夏は慌てて私の手を取ると傷の具合を確認する。

「うわっ、血が出てるじゃないか!?爪は割れて…ないな。あーよかったぁ」
「う゛~…けど、痛い…」

指の先がじんじんする…。

「自業自得……と言うには、俺の監督不届きにも原因はあるか……んむ」
「あっ……」

血が浮かぶ指先を一夏が口に咥える。―――と、その瞬間。「きゃああああ♪」と周りで別の作業をしていた筈のクラスメイト達の黄色い歓声が教室を揺らした。

……びっくり。いきなりどうしたの?

何事かと周りを見ると教室に居る全員が此方を見て羨ましそうな顔をしてる。なに?何があったの?と、私は首を傾げていると何処からかシャッターを切る音が…。

―――カシャッ!

「ナイスツーショット♪良い写真ありがと♪」
「薫子…」

シャッター音が聞こえてきた方を向くと、カメラを片手に持った薫子が笑顔でウインクをして立っていた。たぶん、さっきのシャッター音は薫子だろう。

「ちょっ、何撮ってるんですか!?」
「ん?織斑君がミコトちゃんを指チュパしてるところ」

……指チュパ?

「こ、これは血が出てたからであってですね!?」
「うんうん。分かってるよ、私にはよ~くわかってるから」
「……本当に分かってるんですか?」

疑うように薫子に訊ねる一夏。そんな一夏に薫子はにっこり笑う。

「真っ白で綺麗なミコトちゃんの指をprprしたかったんだよね!わかります!」
「全然わかってねぇ!?」

グッと親指を突き立てる薫子に一夏は悲鳴を上げる。何の話してるの?prpr?んー…私に知識には存在しない。

「しかし……これは売れる!売れるわ!学園祭の売上No1は間違いなし!ありがと~!」
「まてまて!?今聞き捨てならんこと言いましたよねっ!?」
「うん?何を言っているのかな君は。新聞部の収入源は殆どが写真の売上だよ?」
「本人の合意は!?」
「いや~、女尊男卑って良い世の中だよね♪」
「最悪だこの人!?」

肖像権?なにそれおいしいの?と、悪びれた様子もなく薫子は笑う。別に私は自分の写真を売られても気にしないけど、一夏は顔を真っ青にして何をそんなに焦ってるんだろう?何か怯えている様にも見えるけど…。

「勘弁して下さいよ!?何か知らないけどすっげぇ嫌な予感がするから!?命の危険をビンビン感じてるからっ!?」
「おー、良い勘してるね。これが『MMM』に出回れば織斑君の命は無いよ?」
「また出たよ『MMM』!ホントに何者だよその連中!?」
「たっちゃんも相手にしたくないって程の集団だからねぇ…」

一夏はさっきからブルブル震えてるけど、薫子も笑顔だけど口の端がヒクついてる。

「あんなに強いあの人がそう言うとか半端ないじゃないかっ!?」
「そう、半端ないの」
「はんぱ、ない?」

……ん。良く分からないけど、たっちゃんは強いよね。私は焦る二人を他所に、一人でうんうんと頷いていた。

「……いやなら余計に止めて下さいよ!?俺を殺す気ですか!?」
「え~?私も部費が掛かってるからなぁ。あ、だったら今度独占インタビューさせてくれたらこの写真は売らないであげる。どうかな♪」
「ぐぅ…仕方が無いか。命には代えられん…」
「?」

写真の話から何で命の危険にまで発展するのか私には分からない。

「あ、それとね」
「……まだ何かあるんですか?」

物凄く嫌なそうな顔をして一夏は薫子を見る。

「えっとね、たっちゃんが呼んでたわよ?」
「へ?……うわっ!?もうこんな時間か!?」

薫子に言われて漸く一夏は時計の針が指している時間に気が付く。
何故、一夏がこんなに慌ててるかと言うと、昨日たっちゃんにみんなボロボロに負けたから一夏の専属コーチはたっちゃんがする事になって、今日からその特訓をするらしいんだけどいつの間にか約束の時間になってて一夏が慌てているというわけ。

「すまんっ!看板作りだれか代わりにやっててくれ!」
「りょうかーい!織斑君、がんばってねー!」
「看板作りは私にまかせろ~!バリバリ~!」
「やめて!」
「……なんかとても不安に駆られるが任せた!」

そう言ってクラスメイトに仕事を任せ、一夏は慌てた様子で教室を飛び出して行ってしまった。その走り去って行く背中を見送ると、薫子はくるりと此方に向き直り笑顔を浮かべて此処に来た本来の用件を話し始める。

「それで、ミコトちゃんは私になんのお願いごとかな?」
「ん。イカロスのこと」

薫子が此処に来たのは偶然じゃない。私が予め薫子にお願いしてたから。本当は私が薫子の所に行く予定だったんだけど。

「うんうん。話は大体たっちゃんから聞いてるよ。ミコトちゃんが来たら助けてあげてとも言われてる。それで要望は何かな?人員?それとも相談?」
「ん。ぜんぶ」

今のままだと全然だから。私と簪だけだと無理だから。だから、みんなに助けて欲しい。

「あはは、欲張りだね。でも了解。おねーさんに任せなさい!優秀な子に声を掛けておくから。2、3年生はミコトちゃんに甘いし断られる事は無いと思うよ」
「ありがとう。薫子」

気にしないでと薫子は笑う。それが私には嬉しくてたまらなかった。
でも、また周りの人達から恩が積もっていく。返済しきれないたくさんの恩。私はこの恩はいつか返せる日が来るんだろうか…。









第43話「何気ない日々」








――――Side 織斑一夏


「まだまだ遅い!もっと速度を上げて!」
「は、はいっ!」

放課後の第三アリーナに厳しい声が響く。
約束の時間に遅れた俺を笑顔で許してくれた楯無先輩だったが、訓練が始まればその雰囲気は一変。こうしてマニュアル操作の訓練の最中に怒号が飛び交っていると言う訳だ。
しかしマニュアル操作と言うのは思った以上に難しい。普段はPICが自動的に飛行の維持、加速や減速を制御してくれていた訳だが、マニュアル制御にしてしまえばそれら全て自分でやらなければならない。飛ぶだけでやる事が一杯で神経がガリガリ削られていくようだ。

し、死ぬ。死んでしまう…!

昨日の自分は弱くない発言がとても恥ずかく感じる。しかも、他のメンバーは箒を除けばこんなのは容易に出来てしまうのと言う事実が、俺を更に情けなく感じさせていた。隣で並んで戦っているつもりがそんなことは全然無かったと言うことに…。

「――っ!くそっ!」
「おっ、うんうん!いい感じ!じゃあ、そこで瞬間加速してみようか!」
「えっ!?」
「瞬間加速。シューター・フローの円軌道から、直線機動にシフト。相手の弾幕を一気に突破して、移動する目標を追跡しながら突撃槍モードに切り替え、それと同時に瞬間加速」

に、二段瞬間加速!?
瞬間加速を連続での使用。そんなのマニュアル操作で飛行がやっとの俺に出来る訳が……。

「さっさとやる!」
「っ!―――うおおおっ!」

もうどうにでもなれと瞬間加速に切り替えた俺だったが――――その瞬間、瞬間加速にだけ意識を奪われて飛行制御を完全に忘れてしまい、白式は制御を失って目標とは真下の地上へ目掛けて物凄いスピードで突っ込んでしまう。
轟音と共に舞う土煙。そして、その発生源には大きなクレーターとその中心に犬神家な俺が逆さで地中に埋まっていた……。







「楯無先輩。このシューター・フローって俺の機体には関係ないんじゃないですか?」

地中に埋まった状態から楯無先輩に救出され、俺は一旦休憩と言う事で地面に尻を着いて訓練中ずっと疑問に思っていた事を訊ねた。
『シューター・フロー』は射撃型の戦闘動作だ。近接戦闘しか出来ない白式にはまったく無縁の動作の筈なんだが、特訓を始めてからずっと俺はこればかりを繰り返している。そもそも、射撃なんてしていないのにシューター・フローと言うのは言葉の意味的におかしくないか?

「はぁ…キミはこの訓練の意味をまったく分かってないみたいだね」

しかし、楯無先輩から返ってきたのは答えではなく、呆れた様に吐かれた溜息だった。

「射撃とマニュアルでの機体制御。これは別に射撃の訓練をしている訳じゃないんだよ?」
「というと?」
「これは相手の動きを見る訓練。マニュアル操作で機体を制御しながら相手を捕捉し続けるというね。一夏くんってば相手をよく狙わずに勢いに任せて攻撃してるだけだもん」

ひ、否定出来ない……。

「それに、雪華の突撃槍モードは速度=威力だからね。高速移動をしながらの相手の追跡は勘だけじゃどうしようもないもの。だ・か・ら、基礎をしっかりとしないといけない。分かったかな?」
「う、うっす!」
「なら訓練を再開するよ。ほらさっさと立つ!」

厳しくはあるが今まで教えてくれた誰よりも分かりやすいのは確かだ。俺は疲れた身体に鞭を打って立ち上がると特訓を再開する。特訓は陽が暮れるまで続けられた。
やばい、これが学園祭まで続くとか疲労で死ぬかもしれない――――と、その時の俺はそんな事を考えていたのだが、現実はそれ以上に過酷だった…。







「お帰りなさい。ご飯にします?お風呂にします?それともわ・た・し?」
「―――――……」

特訓が終わり、疲れた身体を引き摺りながら部屋に帰って来てドアを開けると、俺の部屋に居る筈の無い人物が裸エプロンという信じられない格好でお出迎えをしてくれた。
―――バタン。俺は思考が追い付かず堪らずドアを閉めた。

「………はぁ」

一息吐いて自分を落ち着かせる。さて、状況を整理しよう。ドアに張られているプレートには確かに『織斑』と刻まされている。この部屋は俺に宛がわれた俺専用の部屋。だから俺以外の人間が居るが筈が無い。まして、裸エプロンを着た楯無先輩がお出迎えをしてくれるなんてことはあり得ないのだ。では今の自分が見たのは何か?恐らく年頃なお男子の思春期が見せた幻想かなにかだろう。そうに違いない。裸エプロンとかどこのエロ本だよ。あはははは……はぁ~、でもなぁ…あの人だしなぁ…。

「………よし、ラウラに痴女が出たって通報しよう」
「ストープッ!?それはストープッ!?」

この場から立ち去ろうとすると、勢い良くドアが開いて楯無先輩が慌てた様子で飛び出し俺を引き止めてきた。流石にあの姿で出て来なかったか。しかし、この短時間で服を着替えている辺り流石と言えなくもない。全然褒められた事じゃないが。

「そんな売れなくなった女優みたいなことしないで下さいよ。見てて痛々しいですから…」
「キミは私をどういう風に見てるのかなっ!?」

どういう風にって……。

「カリスマ(笑)の回復を図ろうとするも、色々と間違った行動をとる駄目な人?」
「私の尊厳って……」

少し泣きそうな楯無先輩だが、今までの行動が行動なだけにフォローのしようが無い。というか、そんな事はどうだっていい。大事なのはそれじゃない。

「そもそも何で俺の部屋に居るんです?流石にプライバシーを無視し過ぎでしょう」

女子に囲まれた生活で俺の唯一の憩いの場だよここ?此処まで脅かすとか本当に勘弁して下さい。心身ともにズタボロにするつもりですか?しかも裸エプロンとか、冷静を装ってるけどさっきのは男の事情的にかなりヤバかった…。疲労しきってなければ絶対反応してた。

「あ、それはね。今日からこの部屋に住む事になったからよ」
「はぁ、この部屋に………え?」

泣きそうな顔からコロリと笑顔に変えて何て言ったよこの人?今日からこの部屋に住むって言わなかったか?いやいやないない。何がないって、そんな事許される筈が…。

「生徒会長権限って便利だよね♪」
「………さようで」

にっこり笑ってそう告げてくる生徒会長殿にやっぱりかとげんなりして肩を落とす。そんな事だろうかと思ってはいたんだけどね。実際に面と向かってにこやかに言われると…なぁ?どうせ俺が何と言おうと、この決定は覆らないんだろう。潔く諦めるしかない。
はぁ……疲れを癒す為に部屋に戻って来た筈が余計に疲れた。晩御飯食べにいこ…。

「あらん?何処に行くのかな?」
「食堂ですよ。晩御飯がまだなんで……まさかついてくる気なんじゃ…」
「んー。面白そうだけどもう食べちゃったしなぁ。今回は遠慮しておくわ」

『今回は』…か。と言う事は次は一緒に来るんですね。明日から胃の痛くなる食事が始まるようだ。…泣きたい。
楯無先輩に「いってらしゃーい」と明るく声に送りだされて、更に疲労が圧し掛かった身体を引き摺りながら俺は食堂へと向かった。

―――と、楯無先輩と別れて食堂へと向かう途中。思わぬ人物と廊下で出くわす。

「あら」
「あ、布仏先輩…」

のほほんさんのお姉さんこと布仏虚さんだった。此処は一年生寮だと言うのに3年生であるこの人と廊下でバッタリ出会うとは珍しい。別学年の先輩達が自分達の寮以外に立ちよるなんてあまり無いことなのに。

「虚でいいわ。名字だと、二人いるから分かりにくいでしょう?」
「えっと…じゃあ、虚先輩で」
「ええ」

それで問題無いと虚先輩は頷く。しかし、雰囲気からしてしっかりとした人だな。隙がないと言うか、だらしなさを感じないと言うか。この人はのほほんさんのお姉さんだと言うんだから世の中不思議なもんだ。似ているのは顔立ちだけじゃないか?

「虚先輩は何で一年の寮に?」
「会長の様子を見に、ね。あの人に限って無いとは思うけれど、不足している物があるのなら手配しないといけないし」

あの人に限って…ね。随分と信頼している様だけれど、楯無先輩にうっかりはデフォじゃないのかと俺は思うんだが。

「楯無先輩なら着替えとかうっかり忘れてそうって考えてるでしょう?」
「げっ……」

何でバレたんだ?そう疑問に思っていると、そんな俺の様子を見て虚先輩はクスクスと笑う。

「織斑君は隠し事があまり得意じゃないみたいね。顔に出てるわよ?」
「マジですか…」

自覚がないと言えば嘘になるが、こうもはっきり言われるとは…。
でも実際にすぐに顔に出すから楯無先輩とかにからかわれるんだろうなぁ。こんな自分が恨めしい。

「それと、会長はそんな間抜けな人じゃないわ」
「………」

虚先輩の発言に失礼だから口にはしなかったが、表情には出てしまっていたらしく虚先輩は苦笑する。

「信じられないって顔ね。まあ、あんな出会い方をすれば無理もないかもだけれど」

あんな出会い方という言葉に楯無先輩に初めて会った時の光景が脳裏に浮かぶ。……うん。うっかりだ。誰がどう見てもうっかりだ。溢れんばかりのうっかり臭が漂ってる。

「でもね、私が言っている事は本当。あの人は自分に対しては完璧主義者で、自分の弱みを他者に見せる様な人じゃなかったわ。少なくとも去年までは」
「ミコトですか?」
「あら、分かる?」
「まあ、そりゃあ…」

分かるもなにも俺の周りの人間はそんなのばかりだからな。俺もミコトに強く影響を受けている中の一人だし。

「良いことか悪いことなのか私には判断しかねるけれど、更識家当主としてではなく普通の女の子としてなら、きっとこれは良いことなんでしょうね」
「はぁ……」

そう言って虚先輩は複雑そうに笑う。そういえば楯無先輩は楯無家の当主ということなのだが、そのことについて俺は何も聞かされてはいなかった。俺の周りの人間は変わった境遇に育った者ばかりだが、楯無先輩もそうなのだろうか?でも、虚先輩の言葉の意味って一体…?

「……と、用事を忘れるところだったわ。私はそろそろ行くわね」
「あっ、はい」

相変わらずの綺麗なお辞儀をしてから虚先輩は去っていき、意味深な言葉を残して行った虚先輩の後ろ姿をぼーっと眺めていたが、ぎゅるると空腹を伝える腹の虫が鳴き、本来の目的を思い出した俺は食堂へと向かうのだった。






――――Side 更識簪


「簪、ご飯一緒に食べよ?」
「……え…?」

食堂で一人夕食を摂っていると、夕食の載ったトレーを持ったミコトが私の座るテーブルへやって来ると、突然夕食を一緒に食べようと誘ってきた。
突然の事に私は戸惑うけど、何とか思考を回復させてどうしてかと訊ねる。

「……ど…どうして…?」
「? 夕ご飯だから?」

けれど、何でそんなこと訊くの?と不思議そうな顔をしてこの子は私が求めている返答とはズレた答えを返してくる。

「ち、ちが……私が言いたいのは……そうなんじゃなくて…」

何で他の子とじゃなくて私なんかと食べるのか。そう言おうとしたのだが、私がそう言葉にする前にミコトが言葉を遮る。

「友達なら一緒食べる。ん。なにもおかしくない」
「………はぁ…」

駄目だ。この子はこういう子だった。ある意味、姉よりも手に負えない人間。それがミコトだった。なら、私がどうこう言っても無意味なのは道理。私は諦めて同席を許すしかなかった。別にミコトと食事を摂るのが嫌な訳じゃない。でも……。

私なんかと食べたって面白くもなんともないのに…。

そう、私なんかと一緒に食事をしても気まずいだけだ。なら、いつも一緒に居る本音や『彼』と一緒に食べれば良い。でも、この子は何故かそうしない。訳が分からない。本当に訳が分からない子だ。この子は…。

「いただきます」

私に向かい合う様にして正面の席に座ると、律儀に手を合わせていただきますの挨拶をしてから自分の晩御飯であるサンドイッチに手を伸ばしてぱくりとかぶりつく。
サンドイッチ。晩御飯にしては少し変わったチョイスだと私は思う。朝食とかならまだ分かるけど少し足りなくはないだろうか?…と、そんなこと思いながら、自分の食事の手を止めてミコトの食事する様子をじっと観察する。別に、何を話しかけたらいいか迷っているからとかそんなんじゃない。断じてない。

「…たべないの?」
「………っ!?」

いつまでも動く様子のない箸がミコトは気になったのか、ミコトも食事を止めて訊ねてくる。

「………えっ?……あ、いや…これは…」

どうしよう?観察してたなんて言えないし…。
とは言っても、このまま無言を突き通すのも気まずいだけ。でも、世間話なんて私にはとても出来そうにない。ど、どうする?どうすれば……そ、そうだ!

「き、機体のイメージは……決まった…?」

無難ではあるが、あ、ISの話題ならなんとかなる!き、きっと!…しかし、我ながらなんと話のネタが少ないことかと泣きたくなってくる。

「ん」

急な話題の転換に不審に思う様子も無くミコトは頷いた。

あ、決まったんだ……。

昨日の別れる時に凄く悩んでた様子だったから少し心配だったんだけど、決まったのならそれは良かった。

「そう……聞かせてくれる…?」
「ん。もっともっと遠くまで行ける翼。空の向こう側へ行ける翼」
「………えっと…?」

まるで詩を書き綴ったかのような言葉に私は困惑する。私は強化案のイメージを訊ねた筈なのに、まさかこんな言葉が出てくるとは思いもしなかったから。

「え、えっと………もっと具体的に言って…」

さっきの言葉では曖昧すぎて、何をどうしたいのかが見えてこない。これでは設計のしようがない。

「宇宙」
「…宇宙?」

またも予想の斜め上の単語が飛び出してくる。

「行ってみたい。あそこまで」
「行ってみたいって……宇宙に…?」
「ん」

各国の技術者が聞けば笑い出しそうな話だけど、この子はそれを気にする様子も無く、まるで夢を見る子供のように眼を輝かせていた。

「宇宙…か…」

本来、ISは宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツ。けれど、どの企業もIS本来の目的なんて忘れて兵器としての開発に力を注いでいる。アラスカ条約により軍事転用は禁止されているというのになんて矛盾だろう。
でも、この子はISを本来の目的として利用しようとしている。さっきも言ったように、技術者が聞けば笑うに違いない。だけど……。

「……分かったわ。そういう方向で纏めてみる」
「ん♪」

嬉しそうに頷いてサンドイッチにかぶりつく作業を再開する。
この子のこんな表情を見ればそんな事言える筈も無い。寧ろ私も見たくなった。ISの原点回帰。ISのあるべき姿を。

…よし、場の空気も先程よりかは幾分はマシになった様だし、私も夕食を再開しよう。
少し冷めてしまった夕食を箸でつまみながら夕食の時間は過ぎていく。食事の最中たいした会話は無かったものの、私が学園生活の中で一番豊かな気持ちで食事をとれたのは今回が初めてなのは確かだった。

「……けほっ」
「? ……風邪?」

突然、咳をするミコトに私は食事の手を止めてそう訊ねる。
この子の食事はもう済んでしまっている。なら、食べ物が気管に入ってむせてしまったと言う訳でもないだろうし。

「んー…?」
「…そう」

咳した本人も分からないらしい。埃でも吸ったのかな?

「………ごちそうさま」

遅れて私も食事を終えると、何となくこの子に習って私も挨拶をしてみる。何故だろう。たった一言の筈なのに少し気恥かしい。

「……じゃあ…私はこれで……あれ?」
「すぅ……すぅ……」
「寝てる…」

さっきまでは普通に会話してたのに…。学園祭の準備とか忙しいとか言ってたからそれが原因なのかな?
気持ち良さそうに寝ている所を起こすのもなんだか気が引けるし、かといって此処に置き去りにするなんてことも出来ない。だとすればもう選択肢は一つしか残されてはいなかった。

「………はぁ」

……仕方がない。

私は溜息を溢し、ミコトをミコトの部屋まで運んであげることにした。幸いミコトは小柄だし私でも問題無く運べれるだろう。一応これでも代表候補生。一般生徒よりかは身体能力は優れているつもりだ。

うんしょ…っと!…あ、あれ?

「…………軽い」

両腕に圧し掛かる重さに私は驚かされる。腕の中で眠っているミコトの体重はまるで羽のようにとは大袈裟だが、私が容易に持ち上げられるほどに軽かった。幾ら他の人よりかは少しだけ鍛えているからってこれは…。

……とにかく移動しよう。此処だと周りの人の目があるし…。

「…あれ?ミコト?」

眠るミコトを抱きかかえて部屋に戻ろうと一歩踏み出した途端、男子の声によりピタリと立ち止まった。最悪。まさか、このタイミングで『彼』と出くわすだなんて…。
そう私は内心舌打ちをしたい気持ちに駆られるが、そんな私の心境など知りもせず彼は此方へと近づいてくる。

「ああ、やっぱりミコトだ……って、どうかしたのか?」

抱きかかえられているのがミコトだと確認すると、初対面である筈の私に親しそうに話しかけてくる。他の代表候補生達もこんな感じで近づいたのだろうか…?
裏を感じさせない好意的な彼だったが、私にはとても彼と同じように接する事は出来ない。だって、彼が居なければ私はこんな……止めよう。そんな事を考えるのはあまりにも非生産的すぎる。

「まさか…また、熱が出て倒れたんじゃ…っ!?」
「え?……あっ!ち、ちが…ね、寝ちゃったから……部屋に運んであげようと思って…」
「はぁ…そうか、よかったぁ…」

この子になにも異常は無いと知るとほっと彼は胸を撫で下ろす。
そういえばこの子って以前に倒れた事があったんだっけ…。彼の様子でも見た分かるようにとても大切に思われてるんだ…。

「すぅ…すぅ…むにゃむにゃ…」
「ったく、ミコトの奴気持ち良さそうに寝ちゃって…。ごめんな?迷惑掛けて」
「いい…わ、私は……ミコトの……友達…だから…」

自分で言っておいてカァっと顔を赤くなる。な、何言ってるんだろ私…。

「ははは、そうか。えっと…初対面だよな?俺は織斑一夏…って、知ってるか。この学園じゃ男子は俺しか居ないし」
「………更識簪」

そう気さくに笑って自己紹介をする彼。あちらが名乗った以上、此方も名乗らないのは礼儀に反すると思い、視線を合わせない様にして私も自分の名を名乗る。

「……あれ?更識って…」
「―――っ…それじゃ……」

更識の名を聞いて反応を示す彼を見て、私は彼の前から逃げる様にして早足で立ち去った…。







「確か…この部屋だったよね?」

廊下で人とすれ違う度に視線を感じながらこの子の部屋へと辿り着く。本音と同じ部屋だとは言うのは本音本人から聞かされていたのでこの部屋でまず間違いないと思う。

コンコンコンッ…

「はいは~い」

ノックをした後、間を置いてドア越しから訊き慣れた間の伸びた声がすると、どたどたと忙しない足音が響いてドアがガチャリと音を立てて開かれる。

「誰かな~?あれれ~?かんちゃん~?珍しいね~って………み、みみみみこちー!?どうしたのー!?」

開けたドアの間から顔を覗かせて訪ねてきた人間が私だと分かると、にこ~と笑顔を浮かべる本音だったが、腕の中で寝ているミコトに気付いて悲鳴に似た声を上げてミコトに詰め寄ってくる。

「ほ、本音……落ち着いて…寝てるだけだから…そんなに大きな声出すと起きちゃう」
「な、なんだぁ~良かったぁ~……」

何やらデジャヴを感じると思ったら、さっき彼と似たようなやり取りをしたなと本音を見ながら思う。彼といい本音といい本当にこの子が大切らしい。

「……中に入っていい?ベッドに寝かせてあげたいから」
「あっ、うん。いいよ~どうぞどうぞ~」

部屋の主に入室を許され部屋の中へ。
部屋の中を見渡してみれば、可愛らしいぬいぐるみなどが沢山あり、山のように積まれたお菓子が少しばかり目立つが、年頃の女の子に相応しいそれは実家の本音の部屋を思い出させる。学園に入っても相変わらずの趣味なようだ。私は苦笑を漏らしてベッドにミコトをそっと寝かせる。

「ありがとね~。かんちゃん~」
「か、かんちゃんは止めて…」

本音は妙なあだ名をつけたがるから困る。

「それじゃあ……私は部屋に戻るね?」
「え~?せっかく来たんだし~お泊りしてこうよ~?」
「えっ……」
「えへへ~。かんちゃんと一緒に寝るの久しぶりなのだ~」
「ちょっ、ま……」

何勝手に決めて…。

「かんちゃんのパジャマは~これだね~♪」

そういって取り出したのは犬の着ぐるみ。え?それパジャマなの?どう考えたって着ぐるみ…。

「じゃあ~着替えよっか~?」
「えっ?ま、待って……い、いやああああああああああ!?」
「むにゃむにゃ……」

夜の学生寮に私の悲鳴が響き渡るのだった…。






あとがき

少し様子を見てから投稿しました。復活と同時に投稿するとサーバーに負担掛かると思いまして;

あ、pixivぶて42話のミコトの膝枕シーンうpしました!



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第四十四話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/08/05 23:58


食事を終わらせて部屋に戻ってくるとベッドでゴロゴロと寛ぎながら「おかえり~」と出迎えてくれる楯無先輩を見て、改めて俺は楯無先輩がこの部屋に住むのだと再確認すると、深い溜息を吐いて部屋の中へ入る。
上着を身近な椅子の背に半ば放り投げる様にして掛けて、別の椅子を先輩から近くもないし遠くもないと言った微妙に距離に移動してからそれに腰を下ろす。

……うん。全然落ち着かない。座ってるのに全然休んでる気がしない。

箒やシャルロットの時は最初は似た様な物だったけど、箒は幼馴染だと言う事もあって気兼ねなくとまではいかなくても時間が経てば落ち着けたし、シャルロットはシャルロットで事情もあってその上あの性格だから気を遣うことはそれほどなかった。両名ともハプニングはあったが…。

「何、この距離間?」
「そういえば、さっき食堂でちょっと気になる子にあったんですけど―――」
「無視ですかそうですか……。ふ~ん、気になる子ねぇ。一夏くんったら可愛い子を沢山囲んでるくせにまだ足りないんだ~?」

ニヤニヤと弄るネタを見つけたと楽しそうに笑う楯無先輩だったが、俺はそんなつもりは毛頭ないので華麗にスルー。てか囲んでるってなんだ。そんなことした覚えないっての。

「―――更識って先輩と同じ名字の眼鏡を掛けた子なんですけどね。先輩の妹さんか何かですか?」
「えっ?」

それを聞いて驚いた表情を浮かべる楯無先輩。ああやっぱり知り合いだったのか。更識なんて珍しい名字だからもしかしたらと思ったんだけど。今になって気付いたが容姿も楯無先輩に何処となく似ていた気がする。やっぱり妹さんなのか?

「あの子にあったんだ……っと、あの子が私の妹なのかだったよね?うん、あの子は更識簪。キミの予想通り私の妹のだよ。でも意外、あの子が食堂に居るなんて。普段は購買でパンを買って済ませてるのに」

食生活が偏ってるなぁ。ここの学食はそこらの店より遥かに美味しいのに勿体ない…。

「それで簪ちゃんがどうしたの?……まさか!私だけじゃなく簪ちゃんにまで手を出すつもり!そんな、姉妹揃ってだなんてマニアック!」

何を言っているんだこの人は…。

「んなワケないでしょうっ!ただ、眠ってるミコトを部屋までおぶって運んでるのを見たんで気になっただけですよ!」
「うそん。おぶってって…簪ちゃんが?」
「はい。俗に言うお姫様だっこで」
「ぶっ!?お姫様だっこ!?あの簪ちゃんが!?」
「え、ええ、まぁ…」

あのっていうのはどのことなのかは知らんけれど、簪って子がミコトをお姫様だっこしてたのは事実だ。楯無先輩は信じられないといった様子だけど、楯無先輩の知る妹さんはそんな事をする人物ではないのだろうか?確かに大勢の人が居る食堂でお姫様だっこなんてなかなか出来る事じゃないが。

「うっそ、なにそれ?何で私はそこに居なかったんだろ。見たかったなぁ、簪ちゃんがミコトちゃんをお姫様だっこしてるところ」
「まあ、注目の的だったのは確かですね…」

ミコト本人も学園じゃ有名人だ。廊下ですれ違えば殆どの生徒がミコトに声を掛けるし、あの特徴的な天然の白い髪は何もしなくても周りの視線を集めてしまう。まして大衆の面前でお姫様だっこだ。視線が集まらない訳がない。

「ううむ無念…。薫子ちゃんか新聞部の子が写真をとってくれてる事を祈りましょう。でもそっか、あの簪ちゃんがね……うふふ♪」

何処か嬉しそうに楯無先輩は微笑む。その笑みは俺が今まで見てきた楯無先輩のどの笑みとも違う姉としての慈愛に満ちた笑みだった。先輩と出会って2日しか経ってはいないが、それでもその2日間はこの人がどういう人物か知るには十分な時間だった。ときどきヘタレたりはするがこの人の浮かべる笑みや行動の殆どは何処か演技染みていて、こういう生徒会長としてではなく素の表情を見せるとは思いもしなかった。
廊下で虚先輩がミコトと関わって楯無先輩は変わったと言っていたが、ならミコトと出会う前の楯無先輩はどんな人物だったのだろう?素を完全に表に出さずに完璧な生徒会長を演じる。それは、どれだけ孤独なのだろう?俺にはとても想像できなかった。だからだろうか、虚先輩が複雑そうに、けれど何処か嬉しそうに笑い語っていたのは…。

「あはは、やっぱりミコトちゃんに任せて正解だったみたい♪」

……ん?

「どうしてそこでミコトの名前が出てくるんです?それに任せたって…」
「うん?一夏くんもミコトちゃんが最近毎日のように何処かに行ってるのは知ってるよね?」
「はい。何処に行ってるのかは教えてもらってませんけど……妹さんと関係があるんですか?」
「正解。その行先は簪ちゃんのところ。詳しくはまだ話せないけどね」

まだ…ね。しかし、楯無先輩の話が事実だとすると、この間のミコトが頬を赤く腫らしていた原因はもしかして……いや、事情もよく知らないんだ。皆には黙っておこう。ミコトが関わると暴走する奴もいるし。

「実は一夏くんに任せようかなとも思ってたんだけどねぇ」
「本当に本人の意思関係無しに話を進めますよね。まあ、人選は間違って無いと思いますよ?ミコトに任せちゃえばだいたい解決しちゃうだろうし」

正確には場の雰囲気に流されていつの間にか解決しちゃってると言うのが正しいか。

「そうね。これもミコトちゃんの魅力が成せる技かな。このまま私が生徒会長を卒業まで務めたら、次期生徒会長はミコトちゃんかもしれないわね」
「え?次の生徒会長を決めるのって、バトルロワイヤル形式で一番強い生徒を決めるんじゃ…」
「なにその汗臭そうな選挙方法。ちゃんと普通に選挙するってば。私の場合、前の生徒会長を倒して今もこうして務めている訳だけど、私みたいなケースは珍しい方よ?」

……まあ、誰も好き好んで四六時中狙われる様な職務に就きたいとは思わないよな。

「だとしても、ミコトには生徒会長は無理でしょう。最強とかミコトにはなんと言うか……イメージ的に合わないと言うか」
「そう?強さっていうのは力だけじゃないと私は思うな。ミコトちゃんみたいに人を惹きつけるのも強さの一つだと私は思う」
「でも、この前の先輩みたいに襲われでもしたらミコトじゃどうにもなりませんよ」

そりゃISの操縦なら生徒会長に相応しい実力はあるかもしれないが、生身の方は全然だ。

「キミはミコトちゃんが襲われているところを見かけたら、黙ってそれを眺めてるの?」
「そ、そんな訳ないでしょう!当然助けますよ!……あっ」
「うん、つまりそう言うこと。他の子達も同じ行動をとるだろうね。ううん、そういう事態も起こらないかもしれない。今回の件は生徒達の私へ不満が原因で起こったものだから」

人を惹きつけるのも強さの一つ。成程、その通りなのかもしれない。自分が出来ないのなら出来る人に頼めばいい。その考え方は何でも一人でこなせることが出来る楯無先輩に無いものだ。もちろん、それにはそれだけ人に好意を持たれていなければ出来ない。そして、それが出来るミコトはやはり凄いのだろう。

「まあ、今回の件はキミという存在が原因なんだけどね?毎日のように襲われるようなことがあったんじゃ私だって身がもたないよん」
「あ、あはは…」

そうは言うが勝手に周りの人間が騒ぎたてただけで、俺に非は一切ない筈なんだが…。

「……でも見てみたかったな。ミコトちゃんが生徒会長をしてるところ」
「楯無先輩はその頃は卒業して学園にはもう居ないですもんね」
「…………うふふ、そうだね。流石に留年して簪ちゃんと同じ学年になるのはちょっと遠慮したいなぁ」
「自由人のミコトが立候補するとは思えませんけどね。―――っと、もうこんな時間だ。シャワー浴びて来ますね」
「うふん。背中流してあげよっか?」
「結構です!」

そういって服を脱ぎ始める楯無先輩に俺は慌てて断ると、バタンッ!と大きな音をたてて洗面所のドアを閉める。まったく、真面目な話をしてると思ったらすぐこれだ。
閉めたドアに背中を預けて俺はまた深く溜息を吐くのだった…。



「――――……ほんと、キミが生徒会長をしてるところを見たかったよ。ミコトちゃん」










第44話「学園祭準備。そして、闇も動きだす」










――――Side 織斑一夏


学園祭まであと一週間をきった日の放課後。中間試験も終わりやっと本格的に準備に取り掛かれるようになったので、放課後に皆で教室に残って話し合おう事になったのだが…。

「えー、これから役割分担を決めたいと思うんだが。皆希望とかあるか?料理担当とか、ホール担当とか」
「あの、一つ質問があるのですが…」

皆が黙って俺の話に耳を傾けるなか、スッとセシリアは静かに手を上げる。

「………何故、黒板の料理担当者の箇所に『※セシリアは禁止』と書かれているのでしょう?」
「お客様にセシリアの料理を食べさせるわけにはいかんからだ」

俺の言葉にうんうんと頷くクラス一同。もうこのクラスの間には『セシリアに料理はタブー』というの暗黙のルールが成り立っていた。そりゃ、セシリアが料理しようとする度に大騒ぎになれば誰だってそう認識してしまうだろう。
食中毒とか洒落にならんからな。その原因がイギリスの代表候補生となると尚更だ。スキャンダルになるぞ。

「わたくしだって日々成長しているのですよっ!?」
「火力不足とか言って調理にレーザー兵器を持ちだす人はちょっと…」

あと、赤みが足りないからと言ってケチャップやタバスコを大量投下するのも頂けない。まず味見をして下さいお願いします。

「私達があれだけ練習に付き合ってやったのに何故進歩しないんだ…」
「鈴なんて文字通り匙を投げたもんね…」
「そして残飯処理は私というな。不味いレーションになれた私でもあれはきつかったぞ。そもそもアレは食べ物じゃない」
「?」

箒達からは散々の言われ様。けれど、事実なのでセシリアも何も言い返せないでただ悔しそうに唸るばかり。
ああ、あと、ラウラは別に好きで残飯処理をしている訳じゃない。セシリアが好意でミコトに食べさせようとするものだから、それを阻止しようと自ら犠牲になっただけだった。でなければ誰もアレを自ら進んで食べようだなんて思わない。

「ぐ、ぐぬぬぬ…!こ、紅茶なら誰よりも美味しく淹れられますわよ!?」
「え~?ティーパックでよくないかな~?」
「駄目です!わたくしが居る以上そんな紛い物を出すなんて許しませんわ!」
「そ、そこまで拘らなくても…」

面倒臭そうにぼやく女子に上流階級のお嬢さまとしてのプライドが許さないのかウガー!と猛反発するセシリア。そんなぎゃあぎゃあと騒がしい教室のなかで、俺は一人「ふむ…」と顎に手を当てて思考する。

「紅茶か…」

一応、セシリアはお嬢様な訳だし、偏見かもしれないが紅茶にもきっと詳しい事だろう。念の為に一度飲ませて貰う必要はあるが、それなら任せても良いかもしれないな

「……うん。わかった。紅茶だけならセシリアに任せてもいいかな。試飲させてもらうけど」
「言いだした者から始めよ、だぞ一夏。私はもう嫌だからな」
「ああ、任せておけ。これ以上犠牲は出させないさ」
「何でそんな言われ方をされなければなりませんのっ!?遺憾の意を表明いたしますわ!」

そんなもの何の意味もなさないと言う事は歴史が証明してるんだよ。

「あと、コスプレ担当も決めないとな。シャルロット、肝心の衣装の方はどうなったんだ?」
「えっとね。メイド服六着と執事服一着までなら貸してくれるって」

六着か。まあ教室も広くないし6人もいればお店は問題無く回せるかな?半分にすれば午後と午前でシフトを分けられるし。じゃあ、コスプレ担当者は誰にするかだが…。

「誰かメイド服着たい人居るか?」

うわ、言っといて何だが、今の台詞なんか危なくないか?何も知らない人が聞いたら完全に変質者じゃないか…。

「一夏、一夏」

―――と、反応を見せないクラスメイト達の中で、ミコトだけが懸命にグイグイと手を上げて自己主張。

「お、おう?どうしたんだミコト」
「私やる。私、経験者。適材適所」

う~ん。口足らずなミコトが接客できるか不安だが、本人にやる気があるのなら問題無いだろう。他に立候補者が居る訳でもないし。

「了解。一人目はミコトで決まりな」
「やた♪」

こうして、一人目が決まった訳なのだが。その途端――――。

「みこちーがやるなら~わたしもやる~」
「で、でしたらお二人だけだと不安なのでわたくしもいたしますわ!」
「あっ、なら僕も!(この前は着れなかったし)」
「まあ、立案者の私がしないと言うのもな」
「むぅ、これで私だけ名乗り出なければ、まるで私が空気が読めない奴ではないか…」

次々と出てくる立候補者によりあっという間にコスプレ枠が埋まってしまった。しかも、名乗り出たのは2組の鈴を除いたいつも通りのメンバーだ。うん。まぁ六着って訊いたあたりからこうなるんじゃないかとは思ってたんだけどな。

「というかセシリア。お前自分で紅茶担当やりたいって言ってたのにコスプレ担当もしたいってのはどういうことだ?」

『コスプレ』喫茶な訳だから、コスプレ担当の人間が接客をしないといけない訳で、そうなると紅茶なんて淹れる余裕なんて無いと思うんだが、セシリアはそれを分かっているのだろうか?

「あっ……」
「……すっかり忘れてただろ?」
「そ、それは……そ、そう!わたくしが紅茶の淹れ方を指導すればいいのですわ!これなら問題ありません!ええ!」

苦し紛れの言い訳なのは見て丸分かりだが、まあ一応は理に適ってる。セシリア一人で紅茶を淹れるよりも、セシリアが紅茶の淹れ方を教えて美味しい紅茶を淹れられる人員を増やした方が効率が良いのは確かだ。……本当に美味しいならだけど。

「……本当に客に出せる飲み物なんだよな?」
「どれだけ信用がありませんのわたくしは!?」

ハハハ、日頃の行いを顧みてくれ。

そんなこんなでその後も他の役割分担も順当に決まり。連絡事項を済ませると各々自分の振り当てられた作業へと移っていく。それを見届けてよし俺も作業を始めるかと思ったその時。ガラッと、音を立てて教室のドアが開かれた。

「一夏く~ん!迎えに来たわよ~♪」

陽気な挨拶と共に教室に入って来たのは楯無先輩だった。
楯無先輩は下の学年の教室だと言うのも気にせず、周りから視線を浴びながら堂々として俺の所まで歩いてくると、腕を絡めてきてニコリと極上の笑みを浮かべる。

「さ、今日も特訓がんばろ♪」
「「「………」」」
「は、はははは……」

背中に突き刺さる視線に3つの視線に冷や汗を流しながら渇いた笑い声を洩らすが、内心生きた心地がしなかった。

「た、楯無先輩少し離れて下さい。動き辛いです」
「そんな、酷い!一緒に夜を過ごした仲じゃない!」
「ちょ、おまっ!?」

なに爆弾発言してくれちゃってるのこの人!?この状況でそんな事言ったら……。

「何っ!?どういう事だ一夏!?」
「そうですわ!今の言葉は聞き捨てなりません!」
「説明してよ一夏!」

爆弾をぶちまけられたと同時に俺は3人に包囲されて詰め寄られてしまう。しかし、騒いでいるのはこの3人だけじゃない。今の楯無先輩の教室中に響いていたのだから、当然……。

「えっ、嘘!?生徒会長と織斑君が同衾!?」
「嗚呼、この世には神も仏もないと言うの…」
「か、勝てない……希望が…僅かにあった希望が完全に潰えたわ…」

ざわざわと騒がしくなっていく教室。ああ、ほら収拾がつかなく――――ぽんぽん…。

「ん?」

肩を叩かれて俺は振り返る。振り向いた場所に立っていたのは……鈴だった。

「………ニコ♪」
「……ニ、ニコ?」

不気味な程に綺麗な笑顔で微笑む鈴に俺も笑い返す。しかし、俺は見た。鈴のコレでもかという程に強く握り締められている拳を……。
握り締められた拳。それをどうするのか言うまでもない。俺は「嗚呼、またなのか…」と悟った様に天井を見上げて眼を瞑った。このあと俺がどのような結末を迎えたのかは言うまでもない。







――――Side 更識簪


放課後、第二整備室。
そこはISが関係した学園行事の前でもないと言うのに、部屋には多くの生徒が行き来し、生徒たちの飛び交う掛け声やIS整備用の工具の掻き鳴らす喧しい音が響いていた。

「あ~ダメダメ!それじゃあ重くなっちゃう!」
「ふにぃ。でもぉ、それだと耐久度の問題がぁ」
「薄い装甲を何層にも重ねるってのはどう?」
「う~ん。それだとコストがなぁ…」
「経費は学園持ちだから問題ないよぅ。それでいきましょうぅ」
「ぬふふwwお国の税金美味しいですwww」

試作パーツを入れ替えてはその度に端末を操作してシミュレートを行い、設計に欠陥がないかパラメーターのチェック。その入れ替えるパーツも殆どが一から製造しあれこれと思考錯誤が成されている。しかし、何より凄いのは整備科の先輩達は以上の作業を今の会話をしながら手を止めないでしている事だ。視線は空中に浮かぶ複数の投影ディスプレイに、両手は空間投影キーボードを操作、工具を操作などで常にフル稼働状態だと言うのに、雑談を楽しむ余裕があるとは…。
…でも、最後の方の人、何か凄くこと言ってた気がするけど、訊かなかったことにした方がいいのかな……?

「薫子。ありがと」
「気にしないでいいってば。私達も6割くらい趣味でやってるようなものだし」

そう笑いながら黛先輩もパネルを操作して翼部分のスラスターの出力を調整を行っている。この機体だと一番繊細の部分な筈なんだけど。エースの名は伊達じゃないってことだろうか。
データ収拾など私も手伝いはしてるものの、正直少し場違いなのは否めない。協同して作業するには技術レベルが違い過ぎる。

「ふぅ……」

少し疲れたので作業の手を止めて休憩。簡易ディスプレイの眼鏡を外すとその際にイカロス・フテロが視界に映った。
骨組みだけといった状態のイカロス・フテロの所々には多数のケーブルが繋げられ、その痛々しい姿はまるでICUで医療機器につながらた患者のようだ。なら、あの子は一体どういう心境でこの機体を眺めているのだろう?自分の愛機を誰よりも大切に思っているあの子は……。

「……頑張らなきゃ」

私が出来る事は限られているけど、少しでも早くあの子の機体を直してあげたいから。
ぼそりと誰も聞こえない程小さな声で呟くと、眼を軽くマッサージをしてから私は再びディスプレイと睨めっこをする作業を再開しようと空間投影キーボードに手を伸ばした――――その時、バタンッ!と大きな音を立てて出入口のドアが開く。それには作業をしていた先輩達も手を止めてドアの方へと視線を向けた。

「やっほ~!みこち~!かんちゃ~ん!手伝いにきたよ~!」

ババァーン!と擬音をバックに背負って登場してきたのは、更識家の使用人家系であり私の幼馴染でもある布仏本音だった。
相変わらずのゆっくりとした動作で、だぼだぼの袖を揺らしてこっちに歩いてくる……が、その道中で床に転がっていた工具を脛にぶつけて、その場で蹲りプルプルと震えて「ぬぅあ~」と悶絶するという何とも情けない姿を見せてくれた。この子が自分の従者だと思うととても恥ずかしい。

「あうう~…いたいよぉ~…」
「だいじょうぶ?本音?」
「みこちぃ~……」

駈け寄るミコトにまるで子供のように本音は泣いて抱きつく。えっと、本音ってこんなに甘えん坊だったかな?

「ん。いたいのいたいのとんでけ~」
「えへへへへ~♪」

…………。

何か二人が仲良くしている所を見てるとなんだか胸の辺りが変な感じになる。この感じは何?これは……嫉妬?でも、コレは誰に対しての感情?本音?それともミコト?

「前方不注意……本音が悪い…」
「うぅ~…かんちゃんひどいよ~う~」
「ぁぅ……」

そ、そんな事言われても……本当のことだし…。
正しいことを言っている筈なのに、涙目で見つめられると罪悪感でこっちが悪いみたいに思っちゃうじゃない…。

「はいはい御三方いつまでも遊んでないで作業を再開再開。学園祭までには形までは完成させたいんだからさ」

パンパンと手を叩いて黛先輩が私達の間に割って入る。別に遊んでる訳じゃ…いや、そんなことより学園祭までにって……えっ、一週間?一週間で完成させるつもりなの?

「…そ、そんなに早く……出来るんですか…?」
「形だけはね。もちろん試運転もしないといけないし、細かな調整も必要だけど」
「わ~、すごいね~」
「さすが薫子」
「えっへん!どんなもんだい!」

そう言って胸を張る黛先輩だったが、それに他の先輩達が猛抗議。

「こらぁ、私達を差し置いて自分だけ良い顔しないのぉ」
「そうだそうだー!」
「薫子だって一人だけじゃ無理な癖に!」
「あははは~、ごめんごめん♪」

そう、黛先輩だけじゃない。どの先輩も凄い技量を持っている。一年生と2年生では学習時間も違うから技量の差は勿論出てくる。けれど、此処に居る先輩達は2年生の中でも優秀な部類に入る人達だ。たまに整備室に訪れる他の先輩の作業を見ている私には分かる。

……でも、本当に凄いのは…。

「ん。みんな、ありがとう」
「気にしない気にしない!」
「一からの開発なんて滅多に出来る事じゃないですからぁ」
「寧ろ感謝したいくらいだよ!」

先輩達の笑顔に囲まれてミコト見て私は思う。そう、本当に凄いのはそんな人達を集めるミコトなのかもしれない。その魅力は私は勿論のこと、姉さんにも無いものだから。きっと、今の現状はミコトだからこそ出来たこと。ミコトが居なかったら、私はこの場にはいなかった。

「よ~し!さっさと完成させるわよ~!これが終わってもまだもう一機残ってるんだからね!?」
「「「「お~!」」」」
「………ふふっ」

元気の良い掛け声をあげる皆を見て笑みを溢す。集団行動なんて苦手だとずっと思っていたのだけど。嗚呼、結局私も先輩たちと一緒なんだと改めて思って、でもそれが何処か嬉しくて、少し照れくさかった。








――――Side ???


その部屋は生活感というものを一切感じさせない一室だった。あるのは質素なカーテンとベッドだけ。それ以外の生活品は何も置いておらずまるで留置所の一室のようだった。
そして、部屋の主は何もしようとする訳でもなく、明かりもない暗闇の中ベッドに腰を掛け、ただ無言に佇んでいた。

「入るわよ、エム」

ノックもせずに私は部屋に入る。いや、ノックをしたところでこの部屋の主は反応なんて返さないのだからしても無駄なことだ。現にエムと呼ばれた少女は私が入って来ても此方を見ようともしない。

「次の任務が決まったわ。近いうちに貴女も働いてもらう事になるからそのつもりでね」
「………」

少女は何も返さない。ただ無言を突き通すのみ。でも、それじゃあ私が面白くないので少し挑発してみることにした。

「ギリシャの件に続いて銀の福音の回収も失敗。これ以上の失敗はご遠慮してもらいたいわね」
「あれはお前が帰還命令を出したからだ。あのまま続けていれば私が勝っていた」

彼女はそう言うがそれはまず有り得ない。米軍基地という敵地のど真ん中で、しかも国家代表を相手にして勝利などまず不可能だ。エムの力量は相当なものだが所詮は戦争は数。あのまま長引けば敵の増援が来てエムは敗北していただろう。それは誰でも予測できる結末。それを認めないのは彼女が『敗北』という言葉を、誰かに劣ると言う事実を嫌うから。何故なら、彼女が自分より勝っていると認める人物はこの世界に一人しか居ないのだから。

「今回はオータムとの共同任務。2機のISを奪取してちょうだい。その片方は大破しているから奪取は簡単でしょう?」
「………で、その襲撃する場所は?」

私はその場所を告げると、それまで無表情だったエムは嬉しそうに口元を歪めた。私がエムに告げた場所。その場所の名は―――。

「―――IS学園」












あとがき

暑さで体力ががりがりと削られていく…。部屋にはエアコンなんてないんでパソコンをつけるのは自殺行為に等しい。けれど娯楽のためには命を削る。私にとって夏はそんなものです…orz
まあ、そんな事はどうでもいいですけどね。しかしラミネート装甲って銃弾とかの衝撃には強くてもGとかには弱くね?とくに宇宙空間は密封性を求められる訳だし…と書きながら思ってた作者です。
次回、学園祭です。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第四十五話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/08/21 05:43

いよいよやって来た学園祭当日。
一般公開はされていないと言っても、祭りの会場はこの日を楽しみにしていた生徒達で盛大に賑わい学園は普段とは違う姿を見せていた。でもそれは、それだけ生徒達のテンションが盛り上がっていると言う証拠でもあり、現に俺の隣でも窓から見える人で賑わう校舎を見て、ピョンピョンと飛び跳ねて大はしゃぎしているちびっ子メイドが一人…。

「すごいね。一夏、すごいね」

そう、ミコトだ。
ミコトは放課後や昼休憩の時間はこっそり抜け出して楯無先輩の妹さんの所に行っている様だが、それでも時間の合間を見つけては出し物の準備を懸命に手伝っては今日という日を心待ちにしていた生徒の中の一人である。毎日カレンダーを確認するその姿はもう萌の権化だと言うのは、のほほんさんの主張だ。

「ああ、凄いな」
「がんばらないと、ね!」

両手をぎゅっとしてガッツポーズをとるミコト。本人は気合を入れているつもりなんだろうがその様子のなんと可愛らしいことか。その上、小さい身体が纏ったメイド服がその可愛さを更に引き立てている。
これは弾が言っていた事なのだが『メイド服とスク水とブルマ!これに反応しない男はいない!』との事らしい。……うむ、なかなか良いものだ。まあ、この感想を口に出そうもなら血の制裁がまっているのは確実で、絶対に口に出したりはしないが…。

「はははは、あんまり張り切り過ぎるなよ?唯でさえミコトは体力無いんだから」
「ん!」

これは全然分かってない顔だ。う~ん、仕事中はミコトにも気を配っておかないといかんな。今のミコトは無茶しかねん。他の連中にも言っておかないと……って、その肝心の連中は何処に行った?

「なあ、ミコト。箒達はどうしたんだ?」
「ん。なんかね、箒が恥ずかしがってなかなかメイド服着ないから、他の皆が着替えさせるのに手間取ってる」
「何をやってるんだアイツは…」

半分は状況の流れに負けた感はあったが、自分でやると名乗り出た以上責任持ってやれっての。俺だって好き好んで着たくもない燕尾服をこうして着てるってのに…。
そう呆れていると残りのコスプレ組が疲れ果てた表情を浮かべて戻って来た。その表情を見るだけで箒にメイド服を着させるのをどれだけ苦戦したのをが見てとれる。

「まったく、手間取らせよって!」
「往生際が悪すぎですわよ箒さん…」
「本当だよ、もう…」
「あ~う~…しののんがむだに暴れるから疲れた~…」
「わ、私は悪くないぞ!?暴れたのは私は着ようとしているのにお前達が強引に服を脱がようとするからであってだな!」
「今の発言の何処に自分に非は無いと言える部分があるんだ?」
「ぐ、ぐぬぬ…っ」

責める視線が箒に突き刺さる。味方なんて誰一人居ない。そりゃそうだ。

「箒。よく似合ってる、よ?」
「い、いや…給仕服が似合っていると言うのはどうなんだ?」
「ん?でも、かわいいよ?」
「ああ、うん。もうそれで良い…」
「「「「はぁ……」」」」

しかし、そんなフルボッコな状況でも平然と話しかけれるのがミコトクオリティ。その所為でコスプレ組も毒気が抜かれてしまい。この話はお開きとなった―――と思われたのだが。とある人物がミコトのメイド服姿を見て不穏な気配を漂わせていた。

「…………」
「…セシリア?」

無言でミコトをじっと見つめるセシリアに対し、ミコトは不思議そうに首を傾げて声を掛けるがセシリアは何の反応を示さない。まるで、何かにとり憑かれたかのような虚ろな瞳をしながら、フラフラとミコトに近寄っていく。

「セシリ―――」

ガシッ!

「ビクッ……!?」

呼び掛けても反応の無いセシリアにもう一度ミコトは呼び掛けようとすると、突然セシリアに両肩を掴まれて身体をビクリと跳ねらせた。流石のミコトもこれには驚いて少し怯えた表情でセシリアを見上げた。すると、見上げた先にミコトが見たモノは……。

「………ミコトさん。わたくしの御屋敷で働くつもりはなくて?御給金は弾みますわよ?ハァハァ…」

鼻血を垂らし息遣いを荒くしているセシリアだった。

「おい誰か風紀委員か警備員連れて来い」
「そんな物呼ぶ必要は無い。私が直々に制裁する」

ゆらりとラウラがセシリアの前に出る。
ペキペキと鳴る指の音。千冬姉に負けず劣らずのラウラの鬼気に触れて漸くセシリアは自分の発言の危うさと自分の置かれている立場に気付き、ハッとして周りをきょろきょろと見渡して助けを求める様な視線を送るが、その視線が自分へと向いた途端尽くクラスメイト達は視線を逸らす。変質者に対しての当然の反応と言えなくもない。そして、救いの手は差し伸べられず刑は執行される。

「お、お待ちなさい。え……笑顔あふれる楽しい職場でしてよ?」
「ありきたりなキャッチフレーズで誤魔化そうとしても無駄だ」

握り締められた拳はゆっくりと持ち上げられ、セシリアは「ひっ」と短い悲鳴を洩らす。

「ちょ、はな、話を……い、いやあああああああああああああ!?」

ゴンッ!という重い打撃音が響くと同時に、学園祭開始のアナウンスが流れた。









第45話「鏡映しの学園祭―前篇―」







――――Side 織斑一夏


「いらっしゃいませ♪こちらへどうぞ、お嬢様」

店内に響く明るいメイドの声。
一年一組の『ご奉仕喫茶』は盛況で、開店から店内のテーブルは空くこと無くお客で常に満席。しかも、お客の大半は何故か俺を指名して、俺は店中のテーブルを行ったり来たりで息つく暇もないとは正にこの事。

「ぐすん……まだ頭が痛いですわぁ…」

見事なタンコブの出来た頭をさすって紅茶を淹れながら涙目で愚痴を溢すセシリア。隣でそれを俺は訊こえないフリをしてセシリアの淹れた紅茶をトレーに乗せると、紅茶を注文したお客のテーブルまで運ぶ。

「お待たせいたしました。お嬢様」
「うむ。苦しゅうない」

紅茶をテーブルまで持って行くと、お嬢様を演じているつもりなのだろうが色々間違っているチャイナ娘が出迎えてくれた。
一枚布のスカートタイプで、かなり大胆なスリットが入っていて、真っ赤な生地に龍のあしらいと金のラインと言ったかなり凝ったチャイナドレス。それを着た人物、それはおそらくこの学園でこれ以上の適任者はいないであろう、中国の代表候補生 凰鈴音だ。

「しかし何だよその格好は…」
「い、一夏にだって似たようなもんでしょう!?」

確かに。しかしチャイナドレスに燕尾服とはまた妙な組み合わせだ。

「まあ、似合ってるけどな」
「そ、そう?ま、まあ、このアタシが着るんだから似合ってて当然よ!当然!」

そんな俺の褒め言葉に鈴は当然だとツンケンした態度を返してくるが、顔が真っ赤なので照れてるのが丸分かりである。

「でも、何でまたそんな格好してるんだ?」
「あたしだって好きでこんなの着てる訳じゃないわよ。うちはほら、中華喫茶だから」
「なるほど」

中華=チャイナ服と言う方程式が脳内に組み上がる。つまり中華風メイド喫茶か。いや、チャイナドレスは給仕服じゃないからそれは少し違うのか?

「…って、おいおい。ならお前はここに居て良いのか看板娘」
「か、看板娘って…も、もう!変なこと言わないでよ!」
「いや、別に変じゃないだろ?店の目玉が抜けてどうするんだよ」

メイド喫茶にメイドが居なかったら唯の喫茶店。つまり、今の鈴のクラスの店はその状態なのだ。

「そもそもあんた達がお客を全部取ってくからいけないんじゃない!全然客が来なくて暇でしょうがないっての!」
「そんな事言われてもなぁ」

それが商売としか他に言いようがない。
あと、立地条件があまりにも悪い。唯でさえ一年は全てのクラスが飲食関連なため飲食店が密集していて競争率が激しいんだ。お客の目を惹き付けるものがないとお客を全て持って行かれてしまう。山田先生が言うには毎年そんな感じらしいのだが、今年は例年に増して酷いらしく殆どの客をうちのクラスが独占してしまっていて、『これも織斑君効果ですね♪』とか言って自分の担当するクラスが繁盛していた事に喜んでいたが、ひっぱりだこの身としては複雑な気分である。ああでも、4組は気軽にテイクアウトが出来るのでその被害は少ないんだとか。廊下側の窓からサンドイッチを片手に歩いている生徒がちらほら見えるのがその証拠だろう。

「いや、こっちだって忙しいんだぞ?殆ど俺限定だけど」
「ふ~ん……人伝に聞いた話だけど、執事があ~んしてお菓子を食べさせてくれるメニューがあるらしいじゃない。良かったわね、人気者で」

いきなり不機嫌になる鈴に、人の気も知らないでと俺は思う。
鈴の言うメニューは『執事に御褒美セット』というのだが、そのメニューの内容は今鈴が言ったように執事である俺が注文したお客にお菓子を食べさせてあげると言う恥ずかしいメニューだ。それをお客の殆どが注文して来る所為で俺はひっぱりだこな訳なのだが、言っておくが全然嬉しくもなんともない。唯々忙しくて恥ずかしいだけだ。ちなみに『メイドに御褒美セット』と言うのもあるがこれは開店してから一度も注文されてはいない。そりゃそうだ。まあ、そのおかげもあってかメイド組は楽しそうに仕事をしている。特にシャルロットなんて朝からにこにこしている。そんなにメイド服が好きなのだろうか…。

「全然良くねェよ。全員が同じ注文してみろ、店が回らないっての」
「まっ、アンタがそんな気持ちで仕事してる訳ないか……そうだったらこっちも苦労しないし」
「ん?苦労しないって何がだ?」
「なんでない!」

い、いきなり怒鳴るなよ。よく分からん奴だなぁ…。
更に不機嫌度が増す鈴に怯えてそれ以上は何も言えなくなる俺だったとさ。

「ところで、朝にアンタ達の教室から物凄い音がしたけど何かあったの?」
「急に話が変わったな。まあ、なんだ、いつものようにセシリアが暴走しただけだよ」
「何だ。いつも通りね」
「ああ」

それもどうかと思うんだけどな。常識的に考えて。常識的に考えて!

「一夏。お客さま、待ってる」

トテトテとメイド服を着たミコトがやって来る。見れば店内は『執事に御褒美セット』の順番待ちのお客で一杯になっていた。ほんの少し話してたつもりだったんだが…。

「お仕事中。おしゃべり、ダメ」

胸の前で腕をクロスさせてバッテンを作っていけない事だとアピール。これは叱っているつもりなのだろうか?だとしたらミコトには悪いが全然迫力がないから叱られてる気がしない。むしろの見ていてほんわかとしてしまう。

「ああ、悪い。それじゃあな、鈴」
「精々頑張んなさいよ~」
「お~う」

背中に送られる声援に振り向かずひらひらと手を振って返す。

はあ……またご奉仕地獄が始まるのか…。





「アンタも大変ね(セシリア的な意味で)」
「う?」
「なんでもない。ところでちびメイド。追加でショートケーキを注文して良いかしら?」
「ん。少し待ってる」

銀のトレーを片手に持ち、てけてけと小走りでオーダーを伝えにミコトは鈴の座るテーブル席から離れていく。

「(前に喫茶店でバイトをしたって話してたけど、その時も同じ接客対応をしてたのかしら…?)」

紅茶を啜りながら鈴はだとしたらその噂の喫茶店の経営方針はどうなってるんだろう?と、困惑するのだった。





「……何で楯無先輩がいるんですか?」
「あら?お客様にその対応は無いんじゃない?」

鈴と別れて接客に戻った俺を待っていたのは、優雅に紅茶を飲む楯無先輩だった。しかも、何処から調達してきたかは知らないがミコト達と同じメイド服を着ている。

「お客様ならウチのお店のメイド服なんて着ませんよ…」

というか、何故着た?やっぱりこの人の考えは俺には到底理解出来ない。

「はぁ……お嬢様。何になさいますか?」
「お~、一夏くんにそう呼ばれるのは何か新鮮だなぁ。でも、その呼ばれ方はあまり好きじゃないから止めてね?」

此処を何処だと思ってるんだろうこの人は…。

「何しに此処に来たんですか貴女は…」
「うん?生徒会のお仕事。提出した書類の通りにお店をしているか一つ一つ見て回ってるの。たま~にあるのよ、書類に書いてる内容とは違う出し物してるところが」
「申請が通らなかったのに無断でやってるってことですか?よくやるなぁ…」
「この学園じゃあ作ろうと思えば簡単に危険物とか作れるからね。材料なんて腐るほどあるし。去年は天文学部がロケットを打ち上げようとしてたんだけど、打ち上げ直前で風紀委員が取り押さえたのよん」

いやーアレは流石に焦ったなぁと楯無先輩は気楽に語っているが、それを聞いている俺の顔は最悪の結果になった場合の惨状を思い浮かべて真っ青である。ロケットって……千冬姉も言ってたけど常識はずれも良い所だ。

「それでうちのクラスにも見回りに来たって事ですか。ご苦労様です」
「うむ♪一夏くんがホストクラブみたいなお店を開いて女の子にいやらしい事してるんじゃないかと思って♪」
「するわけないでしょう!?」

千冬姉の御膝元でそんな命知らずな真似できる訳がない。そもそも俺はそれを阻止する側であり、間違ってもそんな血迷った真似はしない。

「そう?でも残念。今年の暴走組はこのクラスだって期待してたのになぁ」
「いや、そんな期待をされても困りますって…」
「えぇ~?つ~ま~ん~な~い~!」

バンバンとテーブルを叩いて不満げにぶぅぶぅと口を尖らせる楯無先輩。ゴーイングマイウェイ過ぎる…。
そんな楯無先輩の対応に困り果てていると、火に油を注ぐが如くタイミングを見計らったかのようにまた騒がしい人間が教室に飛び込んできた。

「どうもー、新聞部でーす。話題の織斑執事を取材に来ましたー」

新聞部のエースこと黛薫子先輩。この人も同じくノリで生きてる人である。そのうえ、俺より年上なために強く言えないのが質が悪い。まさか、この状況でこの二人が一緒になろうとは…。

「あっ、薫子ちゃんも来たんだ」
「当然!乗るしかないでしょこのビックウェーブに!」

そう言って、被写体の許可も無しにシャッターを切りまくり始め、絶え間無く鳴るシャッター音とフラッシュに俺は溜息を吐く。
唯でさえ一人だけでも騒がしいんだ。それが二人になったら当然それだけ騒がしくなり人の注目を集める。つまりだ――――。

「もう、一夏!ちゃんと仕事してよ!」
「この忙しい時にお前は何を遊んで……また貴様か」
「ご注文の紅茶、誰も取りに来ないのですけど如何かしましたの……って、あら?」
「むぅ……」
「あ~おじょーさまだ~。いらっしゃいませ~♪」
「たっちゃん。いらっしゃいませ」

……まあ、こうなるよな。
この騒がしさにシャル、ラウラと続いて他のコスプレ組も次々とこのテーブルへ集まりだし、気が付けば皆が此処に集まっていた。

「お~!世界各国のメイドさんが大集合!ほらほら皆並んで~!集合写真撮るから!」
「え?いや、あの、僕達仕事中…」
「良いから!並んで並んで!」

シャルロットの言葉なんて聞く耳持たずで、ぐいぐいと強引に背中を押して俺達を並ばせていく。

「ちょ、ちょっと!なんなんですのこれ!?」
「わ、私に聞くな!?」
「う?写真?」
「写真撮るの~?わ~い私みこちーの隣ね~。ほら~ラウっちもはやく~」
「分かったから服を引っ張るな。借りものなんだぞ?」

半分は突然の事に戸惑い、もう半分は面白そうだと乗り気な感じの割合な面々。俺の場合、もう何を言っても無駄だろうと悟っているので諦めて流れに身を任せていた。

「あ、ずる~い。ねえ、私だってメイドなんだから写る権利はあるよね?」
「もっちろん!むしろたっちゃんも入ってくれた方がネタ的に美味しいから大歓迎!ああ、あとそこでケーキを食べてるチャイナっ娘!貴女もカモン!」
「もぐもぐ……へ?あたしも?」

ケーキを食べて此方を観察していた鈴は、突然の指名に顔をきょとんとさせて自身を指差すと、黛先輩はにっこり笑って頷く。

「いやでも、あたしは2組だし…」
「そんな事言ったらたっちゃんなんて別のクラスなうえ学年まで違うじゃない」
「いえい♪」

黛先輩の尤もな指摘に楯無先輩は何故かピースサイン。

「そ・れ・に、いつも一緒に居るんだからクラスが違うからって一人だけハブられるのは寂しいでしょ?
「………まあ、何も思わないと言えば嘘になるわね。うん、分かった。あたしも写る」

こうして、撮影に鈴も参加することになったのだが、実際に列に加わってみて鈴は何とも言えない違和感を感じることになる。

「……何かあたしだけ妙に浮いてるんだけど…」
「一人だけチャイナドレスだからな」

周りは黒と白の従者らしい地味なメイド服or燕尾服に対して、鈴は派手な赤一色のチャイナドレス。確かにこれは異様な光景と言えなくもない。
しかし、撮影する当の本人はそんなこと気にした様子は無く。ウキウキとはしゃいだ様子で皆を並ばせる。

「織斑君は真ん中ね。んで、その前にミコトちゃん!あ、後は好きにしていいから」
「適当ですのね…」
「いいじゃないいじゃない♪自分の好きな位置を選べるわけだから、さ!」
「うおっ!?」

楯無先輩がいきなり俺に抱き着いて来て腕を絡めてくる。

「あはっ♪一夏くんの隣GET♪」
「なっ!?何をしているんですのっ!?」
「え~?だってひっつかないと全員が入りきらなくて写真が見切れちゃうでしょ?」

そう言って楯無先輩はぐいぐいと腕に柔らかい何かを押し当ててくる。この腕に伝わる温もりと柔らかな感触。これは、間違いなく……。そう思わず表情を緩めてしまいそうになる俺であったが、背後から感じる凍える様な殺気にそんな腑抜た気持ちなど何処かへ行ってしまう。

「………一夏。貴様…」
「これだから男という生き物は…」
「一夏のえっち…」
「サイッテー…」

冷たい視線と共に突き刺さる冷たくそして刺のある言葉を数名から頂いた。

「待て。落ち着けお前ら。俺が一体何をした?」
「知らん。私に聞くな」
「あはは~おりむーはダメダメだね~」
「?」

助けを求めてラウラ達を見るが、投げかけられたのは非情なお言葉。チクショウ、俺に味方はいないのか…。そう思っていた俺に助けを……いや、これは助けと言うより燃料と言うべきなのかもしれない。火災現場に燃料を投下したのはこの状況の原因となった楯無先輩だった。

「あれれ?喧嘩してて良いのかな~?早くしないと一夏くんの隣がとられちゃうよ?」
「「「「!」」」」

楯無先輩の言葉にハッとした表情を浮かべる。……は?俺の隣?
何を言っているんだろうと俺は眉を顰めるが、場の雰囲気は先程までとは一変しており、先程まで感じていた俺に圧し掛かる重い空気は何処か消え去ってしまっていた。ますます状況が呑み込めない。一体全体何が起こっているんだ?

「……コホン。まあ、一夏さんがだらしないのは今に始まった事でありませんし、怒っても仕方がありませんわね」

そう言いながらセシリアは空いている方の隣にスススッと移動して来る。うん?どうした?

「おい待て。なに当然のように隣を陣取ろうとしている。そこは幼馴染である私に譲るべきだろう!」
「ちょ、箒さん!?」

すると、そこへ箒が俺とセシリアの間を強引に割り込んで来た。

な、何だ何だぁ?

まるで場所を奪い取る様に割り込んできた箒に俺は困惑する。しかし、乱入はまだ続く。

「ちょっとちょっと!幼馴染はもう一人居るってこと忘れないでよね!」

セカンド幼馴染である鈴も乱入。

「お、幼馴染とか関係無いよ!ね、ね?そうだよね?一夏!?」

シャルロットも取り合いに参加。状況は更に混沌とした方へと進行していく。

「ぐぬぬぬぬっ」
「フーーーッ!」
「ガルルルル」
「むぅ~っ!」

俺を中心にして威嚇し合う4名。幻覚の筈の飛び散る火花は何故か俺にチクチクとダメージを与えていた。幻覚痛と言う奴だろうか?いや違う。これは単なる頭痛だ。

「そこは!」
「わたくしの!」
「場所!」
「だよ!」

それぞれバラバラに言葉を口にして見事な一文を完成させる。息が合っているのかいないのかどっちなんだ…。

「くすくす……モテモテだね、一夏くん?」
「あ、あんたって人は…」

楽しげに語る楯無先輩を見て俺は悟る。こうなる事を見通して先輩はあんな発言をしたのだと。どんだけだよこの人…。

「まったく、何をやっているんだあいつらは…」
「いつものことだよ~」

ラウラ達はラウラ達で眺めているだけで、箒達を止めてくれそうには無い。この騒ぎの原因となった一人である黛先輩……は、期待するだけ無駄だろう。止めるどころかその争っている光景をカメラに収めまくっている最中だ。

「? みんな、何してるの?」
「…俺にも分からん」
「う?」

状況を全く理解できていない様子のミコトはそんなこと俺に訊ねてくるが、そんなの俺が教えてもらいたいくらいだ。
しかし、流石にこのまま放置と言うのはまずい。現在、接客担当であるコスプレ組の全員が仕事を放り出して一か所に集まってしまっている。これはつまり店の流れが完全に停止していると言う事であり、これは言うまでもなく大問題だ。今はお客もアレを見世物として笑って済まされてはいるが、このまま続くとなるとクレームは必至だろう。

ハァ…この事態どう収拾したものか…。

―――と、俺が頭を抱えていると…。

「……な、なに?……この騒ぎ…?」

騒がしい教室に気弱なそうな声が俺の耳に届く。聞き慣れない声。けれど、つい最近何処かで聞いた事のある声だ。誰だと俺はその声のした方へ振り向くと、楯無先輩に顔立ちが似たエプロン姿の眼鏡を掛けた少女が惑った表情を浮かべて立っていた。
ええっと、誰だったか。確かな名前は……そう、更識簪さんだったよな?

「ああ、更識さん。いらっしゃい……じゃなかった。いらっしゃいませ、お嬢様」
「…………その呼び方は止めて」

姉妹揃ってそれかい…。

俺にお嬢様と呼ばれて顔を顰める更識さんは……ああ、ややこしいから簪さんで良いか。簪さんは何か警戒するように俺を見ている。嫌われているんだろうか?好意的じゃないのは誰が見ても明らかだ。しかし、ご来店してくれたお客に対応しないという訳にもいかない。

「えっと……?」
「っ!」

俺が話しかけようとすればビクリと身体を縮み込ませ、近寄ろうとすればジリジリと後退りして俺から距離をとる。その仕草はまるで小動物のそれに似ていたが、とても俺に心を許してくれそうにはなかった。
はて?俺は彼女と顔を合わせたのはあの食堂の時の一度きりで、嫌われる様な事をした覚えなんて無いのだが…。

「あ、簪。いらっしゃいませ」
「かんちゃんだ~。きてくれたんだね~♪」

対応に困っていた所、ミコトとのほほんさんも簪さんの存在に気付いてこっちにやって来て、二人の姿を見ると彼女はやっと警戒を解いた。やはり人見知りとかではなくて、ただ単に俺が嫌われているのか……少し傷付くなぁ。

「か、かんちゃんはやめて…」
「じゃあ、いらっしゃいませ~おじょーさま~」
「そ、その呼び方もやめて…」
「ええ~?私はおじょーさまの専属メイドなのに~」

どうやら簪さんとのほほんさんは楯無先輩と虚先輩と同じ関係にあるらしい。

「そ、それで……この騒ぎは何なの…?」
「えーっとね~?皆で~写真を撮ることになったんだけどね~?誰がおりむーの隣になるか取り合いっこしてるんだ~」
「ん」
「……そう」

のほほんさんの説明を聞いて簪さんがジト目でこっちを見てくる。

「な、なんだよ?」
「……女たらし」

ぐふっ…!?

ボソリと呟かれる言葉がグサリ胸に突き刺さる。蔑む様な目でその言葉はかなり辛い…。俺は別に何もしてないのに…。

「いや~何もしてないのがいけないんだと思うな~わたしは~」

俺の心を読むなよ…。

「? よく、わからない、けど。みんな、止めるべき」
「だね~。廊下で並んでる待っている人たちも増えてくてるし~」
「………そうね…今直ぐ解決するべき……」

窓から顔だけを出して廊下の様子を窺ってみると、その光景に「げっ」と声を出してしまう。俺が見たのは4組の教室まで届く程の長蛇の列。店の回転が完全に停止していたことで、廊下ではとんでもない状況になっていた。

「まずい!まずいってこれ!?」
「そう……まずい……私がお店に入って来れたのも……営業の妨害になるから止めて欲しいって伝える為で……お客じゃなかったからだし…」

うげっ…他のクラスにまで迷惑が掛かってるのか。これは早急に何とかしないと…!

「い、今直ぐ止めてくる!」
「あっ……まだ話の途中…!」

俺は慌てて未だにぎゃあぎゃあと騒いでいる箒達のもとへ駆けて行くと、箒達をぼーっと眺めていたラウラが焦る俺を見て不思議そうに訊ねる。

「む?どうした?そんなに慌てて…」
「ラウラ!大変だ!今直ぐに連中を止めないと!」
「いきなり何を……ああ、そう言う事か。把握した」

脈絡のない俺の言葉に訳の分からないと言った様子のラウラだったが、廊下を見ただけで皆まで聞かずとも状況を把握する。そして、流石にラウラもこのままは不味いと判断したのだろう。今まで傍観に徹していた彼女も少し困った顔をする。

「軍なら規律を乱す馬鹿は殴って身体で分からせてやればすぐに終わるのだがな…」

そう口惜しげにペキペキと指を鳴らすラウラ。祭りのせいもあってか今日の彼女はいつも以上にヴァイオレンスである。

「ぼ、暴力はやめようぜ?」
「元はと言えばお前がハッキリしないから………ん?誰だそいつは?」
「え?」

ラウラに言われて振り向けば、俺の後をついて来ていたのらしく簪さんが立っていたのだが、ラウラに指摘されると怯える様にして遅れてやって来たミコトの後ろに隠れてしまう。

「え……えっと…私は……」
「ああ、この子は更識簪さん。ミコトの友達だよ」
「………か、勝手に…人の名前おしえないで…」

いかん、善意でやったつもりが逆効果だったようだ。勝手に本人の名を名乗ってしまったため、不満そうな顔で簪さんに睨まれてしまった。

「? 誰が名乗っても変わらんと思うが……まあいい。ミコトの友達だと言うのなら私の友達だ。よろしく頼む」
「え、え?……う、うん……よろしく…」

そんな戸惑った様子の簪さんだったが、頷く際に僅かに見えた口の端は僅かに微笑んでいる様に見えたのはきっと気のせいではないだろう。

「しかし、更識か……もしかして、アレの身内の者か?なら、如何にかして欲しいのだが」
「…え?」

クイッと親指をラウラは『アレ』と呼ばれた人物へ向けると、自身へ集まる視線に気付いて楽しそうに箒達を眺めていたその人物は此方へと顔を向け――――ピシリと固まった。

「あ、あれ…?簪…ちゃん?」
「お姉ちゃん…」

楯無先輩の顔を見ると簪さんはまるで会いたくない人に会ってしまったと、そんな風に表情を歪める。それに、楯無先輩もここに簪さんが来るのは予想外のことだったらしく、普段はあまり見せない地の部分を曝け出した状態で戸惑った表情を見た。

「…………」
「か、簪ちゃんも来てたんだ」
「………っ」
「あ、あはは……」

ぎこちない笑顔で楯無先輩は話しかけるも、簪さんは姉である楯無先輩を避ける様に顔を逸らす。
姉妹の間に流れる気まずい空気。それはとても姉妹同士が顔を合わせた時の雰囲気とはあまりにもかけ離れたものだった。

「「…………」」

「………何やらまた厄介事が増えた様な気がするな」
「何で俺を見る?」

何でもかんでも俺のせいにするのはよくないぜ?

しかし、この二人仲が悪いんだろうか?というよりも、簪さんが一方的に楯無先輩を拒絶している様にも見える。かといって、楯無先輩もなかなか踏み込めないでいるのも事実だ。
らしくもない。それが今の楯無先輩を見た俺の感想だ。普段の先輩なら人の意思も関係無しにズケズケと此方のパーソナルスペースに踏み込んでくるのだが…。どうやらラウラの言う通りこの二人は何か訳ありらしい。しかし、この状況は声が掛け辛いったらない。こっちはだんまり状態だが箒達の方は未だ騒がしいままだと言うのに…。

「っ……こ、これは……」
「う、うん!?何かな?」
「………これは……お姉ちゃんが原因…?」
「あ、あははは…は……はい…」

重苦しい沈黙を破ったのは口を利こうともしなかった簪さんからだった。
簪さんが言うこれとは勿論箒達の事だ。簪さんは眼鏡越しに眼をキッと鋭くさせると、楯無先輩は完全に弱腰になってしまい、ヘタレ度の倍率がドン!でカリスマ生徒会長(笑)ならぬヘタレ生徒会長(真)が爆誕。

―――カシャッ!

おい誰かあのパパラッチを止めろ。空気読めよほんと。

「……私が此処に来たのは、クラス代表として……外の行列がウチのクラスの邪魔になってるって注意しにきたから…」
「あ、あれ?簪ちゃん今は余裕がないからって他の子にクラス代表譲ってたんじゃ…?」
「謝って……元に戻して貰った……から…」
「そ、そうなんだぁ。お姉ちゃん知らなかったなぁ…(そんな報告聞いてないよ!?)」

ダラダラと額に物凄い勢いで汗を流し、楯無先輩は簪さんに気付かれない様に手帳らしきものを背中に隠しながら慌てた様子でページを捲って確認している。どうやら、あの手帳にはこの学園の近状が記されているらしい。

「すぐにあの行列をどうにかして……これは私のクラスの総意…」
「でもかんちゃーん。すぐにあれを如何にかするのは無理だよ~?」
「………なら、あれを止めて…」

そう言って簪さんは箒達を指差す。

「あれを止めるって私じゃあ無理なんじゃないかなぁ……あ、ああうん、分かったわ!お姉ちゃんがんばっちゃうぞっ!?」

妹に睨まれて即折れる姉。見ていて涙が出てくる。

「おりむーも~似た様な物じゃない~」

だから何で口に出してないのに俺の考えてるの事が分かるのかな!?

「……お姉ちゃんが……原因なんだから…誠意を尽くすのは当然…」
「あ、はい…」

御尤もな簪さんの言葉に楯無先輩はしょぼんと肩を落として箒達のもとへトボトボよ向かうのだった…。
これを期に自分の行いを振り返り反省して下さい。

「皆~、そろそろ喧嘩するのはやめなさい」
「生徒会長は引っ込んでて下さいまし!これはわたくし達の問題です!」
「そうだ!黙っててもらおう!」

楯無先輩が説得するも予想通り突っぱね返されてしまう。廊下の行列といい、先程の重苦しい空気の時といい、あいつ等は周りが見えいないのか…。

「ん~、そうは言うけどね?このまま貴方達を放置してるとお店のにも迷惑かかっちゃうのよねぇ」

それを貴女が言いますか…。

「そ・れ・に、隣って言うのはそのままの意味なんだからさ♪360°幾らでも空いてるじゃない♪」
「えっ」

何を言い出すんだろうこの人はと俺は困惑するが、それを聞いた箒達は先程まで騒いでいたのが嘘のようにしんと静まって、何やら考えるような仕草を取った後に無言でじっと俺を見てきた…。
何故だろう?家畜の豚になった気分だ…。

「………成程な」
「言われてみればそうですわね…」
「そうね、何で気付かなかったのかしら」
「うん!場所を取り合う必要なんて無いよね!」

何やらあっちは納得してくれたようだけど、生贄にされたこっちはまったく釈然としないんだが…。
何はともあれ、騒動は収まり改めて皆で集合写真を撮ることになった。しかし、俺の現状はと言うと―――。

「お、おい!押すなって!?」
「こ、こうしないと写真に写らないだろう!?」
「そうですわ!せっかくの写真なのですからちゃんと写りたいですし!」
「男なんだから少しぐらい我慢しないさいよね!」
「そうそう……えへへ♪」

―――箒達に囲まれて押しくら饅頭の状態で写真を撮るどころではなかった。
気分はさながら通勤ラッシュの満員電車に乗るサラリーマンだ。しかし何故写真を撮るのにこんな状態になるのだろう?箒達にぎゅうぎゅうと押しつぶされて俺が困惑するなか、この押しくら饅頭に参加していないミコト達はと言うと…。

「え、えっと……私は別のクラスなんだけど…」
「そんなのお前だけではないし、別にかまわんだろう」
「ん」
「そうだよかんちゃん~。こういうのは~皆で楽しまないと損だよ~」

折角だからと一緒に写ることになった簪さんと一緒に、前列はこちらの様子なんて対岸の火事であるかのように平和に雑談を楽しんでいた。
普段は堅物なラウラもミコトの友達と聞けば初対面の相手でも表情は柔らかくして接している。基本、ラウラはミコトが関われば何でも対応するのだが、逆にミコトと無関係なら無関心を通している。現在、助けを視線で訴える俺を無視している様に……理不尽だ。

「は~い!みんな撮るよ~?」

黛先輩の合図に皆はレンズを見て微笑む。その笑みは楽しそうだったり恥ずかしそうだったりぎこちなかったりとそれぞれ。

「はい!チ~ズ!」

――――カシャッ!




それが、みんな揃っての最初で最後の集合写真。
これから先もずっと続く、何気ない楽しい思い出の沢山あるうちの一ページに過ぎないんだと、あの時の俺は思っていた。でも、それがまさかミコトと一緒に撮る最後の写真だなんて、あの時の俺達は誰一人思ってもいなかったんだ…。













あとがき

戦闘まで入れるととんでもない程長くなりそうなんで前半後半に分割します。
え?まだ終わらないよ?安心して下さい学園祭の次の行事で終わらせるつもりだから。『絶望』を『希望』と言う水でじっくり育てるのが私のモットーですから!





[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第四十六話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/09/12 06:17

一夏達が学園祭を楽しんでいる同時刻。IS学園から数キロ離れた廃棄された古びたビル、その屋上に一人佇む少女の姿がそこにあった。
少女は待つ。9月とはいえまだ夏の暑さを残す日差しを浴びながらも、その額には汗一つ浮かんではいない。その整った顔に浮かぶ表情はまるで氷像のように冷たく、その瞳は遠くに見える学園だけを捉えていた。

―――すると、そこへプライベート・チャンネルに通信が入る。

『…学園内部に潜入。此方から合図を送るからそのタイミングに合わせて襲撃しろ。わかったな?』
「…………」

通信越しに聞こえてくるキツイ女の声。その声からは好意的なものは一切感じられず、二人がどういう関係か明確に表していた。 

『っ!おい!分かったなら何か言いやがれっ!』
「………」

少女は何も応えない。何故なら少女にとってこの女の声など雑音でしかないのだから。少女は狂気に満ちた笑みでその整った顔を歪ませて、その時が来るのを待つ。その右手にはターゲットである自分に瓜二つの白き少女の写真を握らせて…。









第46話「鏡映しの学園祭―中篇―」










――――Side 織斑一夏


「ご協力ありがとうね。写真出来たらみんなにあげるから♪」
「はぁ、そうっすか…」

写真を撮り終えてご満悦な黛先輩だったが、それに対して俺の方はと言うとゲンナリとした表情で、その黛先輩のカメラを持って嬉しそうにはしゃいでいる様子を眺めていた。文句の一つも言いたいところだがそんな気力も暇もない。俺やミコトとのほほんさんを除いた他のメイド達も撮影を終えると、周りの状況に漸く気付き大慌てで仕事場へと戻り、鈴も行列の客が自分のお店に流れてくるかもしれないと戻ってしまった。俺もこんなことしてないで早く仕事に戻らないといけない。

「ミコト、塩撒け塩」
「? ん」

俺の言う言葉の意味を理解できていなかった様子のミコトだったが、暫し塩の入れ物と黛先輩と俺をを交互に見て考えこむと、その純粋な性格のためか言葉をそのままの意味で捉えて身近のテーブルに置いてあった塩の入れ物をぐいっぐいっと黛先輩に押しつけ始める。直接塩を撒かないのはミコトの優しさからか。

「ちょ、ミコトちゃん塩押しつけて来ないでぇ!?」
「? 違うの?」

言われたとおりにしただけなのに何故か拒絶されてしまい、首を傾げるミコト。

「間違ってないぞミコト。ほら、楯無先輩にもやってしまえい」
「ん」

ズビシ!と指をさすと、ミコトはラジコンのロボットのように楯無先輩へと方向転換して黛先輩同様に塩の入れ物を押しつける。

「あ、あらん?私も?」
「自業自得」

俺達の輪から離れた場所から妹さんのナイスなツッコミでヲチがついたところで、そろそろふざけるのも終わりにするとしよう。

「それじゃあ俺達は仕事に戻るんで先輩達も退散して下さい」
「あいあい。これ以上お邪魔するのも悪いしね」
「そう思うなら最初からしなけりゃ良いのに…」
「分かってないねぇ織斑君!シャッターチャンスは自分の手で作るものなんだよ?」

人それをマッチポンプと言う。

「それじゃあ私は別の場所の取材を――――と、いけない。ミコトちゃんに大事なこと伝えるの忘れてたわ」

黛先輩は何かを思い出し、去ろうとして出口の方へと向けていた身体をくるりと翻し此方へと向きなおる。

「う?私に?」
「そう、ミコトちゃんに♪」

そう言ってニコリと笑顔を浮かべる黛先輩。

「パンパカパ~ン♪なんと、なんとですよ?朝方にミコトちゃんの機体が完成したのです!」

態々自分で効果音までつけて、黛先輩は何かとんでもない事を言い出した。
ミコトの機体、考えるまでも無くイカロス・フテロの事だろう。完成したと言う事はつまりあのボロボロの状態から直ったと言う事だろうか?黛先輩の言葉にミコトは眼を大きく見開いてパチクリと瞬きをして驚いた表情を浮かべた。

「……ほんと?」
「勿論♪わたし、嘘吐かない!」

記事の捏造は普通にするけどなと言いたくなったが、此処は空気を読んで胸の内に仕舞っておこう。それに……。

「…………………わぁ♪」

こんな花の咲いた様な笑顔を見せられちゃ、それ以外の事なんてどうでも良くなってしまうじゃないか。

「やったね~みこち~♪」
「ん♪やた♪」
「あら、予想してたより早かったわね」
「そりゃミコトちゃんの頼みですから。頑張っちゃうよ」
「えっ、イカロス・フテロの修理って黛先輩がしてくれてたんですか!?」

楯無先輩が修理の件を知っていたのもそうだが、黛先輩がそれに関わっていたのは驚きだ。2年生から専攻が分かれて専門的な技術が学べるからと言って、まさかあの状態のイカロスを修復するとは…。IS学園の生徒がエリート集団だと言う事を改めて思い知らされる。

「正確には私と私の友達。あと、そこの子達もね?」

そう言ってちらりと視線を向けた先には、急に自分を見られてびくりと身体を跳ね上がらせる簪さんと、にぱ~と笑顔を浮かべるのほほんさんがいた。
この二人も関わっていたのか。ああなるほど、何と無く最近のミコトの行動が読めて来たぞ。

「あは~、みこちーのためなんだから当然だよ~。ね~?かんちゃん~?」
「ぇ、えっ?…………わ、私は……自分のためでもあるから……」

そうのほほんさんに話を振られた簪さんは、モジモジと顔を赤く染めて照れた様子でぼそぼそと微かに聞き取れる程の声で呟く。ふむ、どうも彼女はお姉さんとは正反対で自己主張が乏しいようだ。
簪さんは自身に向けられる視線から逃げるようにのほほんさんの後ろに隠れるその仕草は怯える子犬の様で微笑ましい。

「………ふふっ」

そんな簪さんを楯無先輩も慈母の笑みを浮べて見守っている。
色々と規格外であまり素の自分を見せない人だけど、こういうところを見るとやっぱりこの人も一人の妹を持つ姉なのだなとしみじみ思う。

「時間があいたら第二整備室に行ってみるといいよ。あの子もきっとミコトちゃんのこと待ってるだろうからさ」
「ん!」

ISは機械なのにミコトのそれは、まるで家族の退院を喜ぶ子供の様だった。きっとミコトにとってはその表現で間違ってないんだろうな。いや、もしかしたらそれ以上にかもしれない。

「では、今度こそさらば!」

そう言って、黛先輩はカメラを大事そうに抱えて次のネタを探しに何処かへと去っていくのだった。

「さ・て・と、薫子ちゃんも行っちゃったし、私もそろそろお暇するわね」

パチンと音を鳴らして開いていた扇子を閉じ、楯無先輩も最後に俺達にウインクを残して教室を出ていってしまう。

「あっ………わ、わたしも……それじゃあ…!」
「かんちゃ~ん!あとでお店に遊びに行くからね~!」
「いく」
「……う、うん!」

そう言って簪さんは教室を出て行った楯無先輩を追いかけていく。
一気に人が居なくなってしまい、騒然としている教室も俺達の居る場所だけ何だか妙に静かに感じる。まるであの先輩達は台風の様な人だな本当、過ぎ去ったあとの静けさが正にそれだ。

「ひぃ~!?織斑くん!はやく仕事に戻って~!?」
「そうだよぅ!もう行列が凄くて手に負えないだからぁ!」

廊下の長蛇の列を整理しているスタッフからついに泣きの声が…。
やはりあの行列を抑えるのは無理があったか。いや、むしろ今までよくもったと言うべきだろう。スタッフの尽力には感謝しきれない。その頑張りに報いる為にも俺も先程以上に仕事をこなすとしよう。

「わるい!すぐに戻る!ほら、ミコトとのほほんさんも仕事に戻るぞ!」
「ん。がんばる」
「らじゃ~!」







――――Side 更識簪


ミコトと本音と別れた後、私はらしくもなく廊下を走っていた。

「お、お姉……ちゃん…っ!」

立ち去ろうとする姉を私は慌てて追いかけてその背中を呼び止めると、此方に振り返って姉は笑顔を浮かべた。

「うん?簪ちゃんじゃないの。どうかしたのかな?」
「………ぁ」

さっきまでは普通にあの苦手な姉と話せていたというのに、ミコト達と別れて二人っきりになった途端、言おうとしていた言葉を今更になって身体が拒む。

「あ………ぅ……」

どうしよう…。さっきまではちゃんと喋れたのに…。
声を出そうとすれば言葉が喉に詰まりまともに声が発せられない。顔だってそう、俯いて視線を合わせる事だって出来やしない。当然だ。今まで私は姉に怯えて逃げてきたのだから。それが今日になってまともに会話が出来る訳がないのは分かりきった事だった。さっきのはまぐれ、ミコトや本音が居てたまたま会話が成り立ったに過ぎない。なのに、私はそんな事も忘れてこんなことして…。
自分でも馬鹿だと思う、何を勘違いしていたのだと。私なんかがお姉ちゃんと二人っきりで面と向かって話せる訳が―――。

「大丈夫」
「…………ぇ?」

優しい声と、緊張で固く握られた私の手を包み込む暖かな温もり。私はその声と温もりに俯いていた顔を上げると、私の手を両手で包み込む様に握り、優しく微笑むお姉ちゃんの顔がそこにあった。

……なつかしい。

この感じ、何時ぶりだろう?随分と昔の様な気がする。更識とかそんなの意識して無かった頃、私とお姉ちゃんが幼かった頃…。

「いくらでも待っててあげるから。ゆっくり話して…ね?」
「………ぅ……ん……」

そう優しく言い聞かせてくるお姉ちゃんに私は頷き。一旦、深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、途切れ途切れになりながらも言葉を紡いでいく。

「っ……な…で……なんで……あんな事……したの…?」
「あんな事?」
「お姉…ちゃんは………はちゃめちゃなこと…ばかりしてるけど……その行動には……必ず意味があるから……」

さっきのそう、周りからしてみれば傍迷惑極まりない行動だけど、きっとあの行動には意味があると私は思っている。各部活を騒がせている彼の争奪戦もそうだから。けれど分からない。さっきのあれにはデメリットが大き過ぎる。何か意味があるにしてもお姉ちゃんならもっとスマートに出来た筈だ。

「あはは、はちゃめちゃかぁ…」
「………事実」

ボソリと呟かれた言葉にお姉ちゃんはうぐっ!と情けない声を洩らすけど、直ぐに調子を元に戻して私の問いに答える。

「意味、か……。簪ちゃん、今しか作れない思い出ってあるよね?」
「? うん…」

時間は戻る事は無い。その時その場所でしか作れない思い出だってあるだろう。

「私はね、その思い出を強引に作っただけなの。少しでも記憶に残しておくために、あの時こうしてれば…とか、そんな後悔はしたくないから」

「あっ、ついでに言うと、薫子ちゃんも協力者なのよねん」と、お姉ちゃんは言葉をつけたす。やっぱり…。
あの状況での集合写真はやり過ぎだなと思ってたけど、やっぱりそうだったんだ。あの人の場合、半分以上は趣味の様な気もしないでも無いけど。

「でも………うふふ、簪ちゃんがあそこまで怒るなんてね。私がミコトちゃんの邪魔をしてるのがそんなに不満だった?」
「わ…私は……怒ってなんて……」
「嘘。だって、そうでなきゃ私に話しかけるなんてしないもの。覚えてる?最後に私と会話したのは何時だったか」
「…………」

少なくとも半年はあると思う。IS学園の入学について話したのが最後だった筈だから…。

「うん、随分と前よね?その時も私から話しかけた筈よ」
「……………ぅん」

家で姉さんと顔を合わせる事なんて殆どない。姉さんから逃げていたから。だから、逃げている方の私が話しかけるなんてことはまず無い。

「それなのに簪ちゃんから話しかけて来て……ふふ、嬉しくなっちゃった。話しかけてくれたこともだけど、それ以外にも色々と、ね♪」
「…?」

口元に扇子を当ててお姉ちゃんは本当に嬉しそうに笑う。私には何でそんなに嬉しそうなのか理解出来ないけれど…。

「何で……そんなに嬉しそうなの…?」
「うん?だって、壁を作って他人を寄せ付けなかったあの簪ちゃんが、他人のために怒ったんだよ?姉としてそれを喜ばない筈がないじゃない!」

大衆の面前でなんて恥ずかしいことを…ううん、それ以前に怒られてるのに何で喜んでるの?この姉は…。

「ねえ、簪ちゃん」
「な……なに…?」
「簪ちゃんにとってミコトちゃんは何?」
「な、何って…」

改めて問われてふと考えてみる。私とミコトの関係って…。

―――私は……ミコトの……。

ふと、食堂で彼に言った自分の言葉を思い出す。
あの時は誤魔化し半分で言ったつもりで言った言葉。何も意識しないで咄嗟に口にしていたその言葉の続きは…。

「………と…」
「と?」
「と……ともだ…ち…」
「………そっか♪」
「~~~~っ///」

また嬉しそうに微笑むお姉ちゃんに、私はなんだか恥ずかしくなって顔を伏せた。
嗚呼…失敗した…。そう言えばあの時も同じことになってた…。

「んふふ~♪そんなに照れなくてもいいのに~♪」
「……ぅ…うるさ…ぃ…」

照れてなんかないもん…。

「あははっ♪……うん、でも安心した。大切にするんだよ?友達を、友達と過ごす今この時を」
「ぇ?それって………ぁ… う、うん……」

それって、どういう意味なの?と、訊ねようかと思ったけどお姉ちゃんの笑顔を見てすぐにその考えは止めた。先程までの暖かな笑顔とは違う。温もりを感じさせない仮面を張り付けた様な笑顔。明らかな拒絶がそこにあったから…。

「話は終わり?なら、名残惜しいけど私も仕事があるからもういくわね?」
「………ぅん……」

…そうだ。お姉ちゃんは生徒会の仕事があるんだった。それに、私もクラスの子に仕事を任せて来てるから早く自分の教室に戻らないといけない。

「うんうん。簪ちゃんもクラスのお店頑張ってね。じゃあバイバイ」
「………」

お姉ちゃんは別れを告げて行ってしまう。私も自分の教室へ戻ろうと元来た道を引き返す。…でも、お姉ちゃんが最後に見せたあの笑顔。あれがどうしても気になって、教室に戻っても脳裏から離れる事は無かった…。







――――Side 織斑一夏


「やった~休憩時間だ~♪みこちー、かんちゃんのところいこ~♪」
「ん。お腹すいた。サンドイッチ、たべる」
「あっ、二人とも待ってくれ!」

廊下に出て行く二人を慌てて追いかける。

「ん?一夏、どうしたの?」
「二人とも簪さんのクラスに行くんだろ?だったら俺も一緒にいいか?」
「おりむーも~?」

飴玉がなければ蟻も群がらないという、俺が居なければ先程の騒動で溜まりに溜まったお客も少しは減るだろうと言う考えで、多少のクレームは致し方なしと俺も休憩を貰えることになったのだ。客の殆どが俺が目的だったために休憩は無いと思われていたのだが、これは嬉しい誤算だ。

「ああ、簪さんってイカロス・フテロの修理を手伝ってくれたんだろ?なら俺もミコトの友達としてお礼を言いたいんだ。でも、ほら……簪さんって、俺のことが苦手みたいだからさ。何か逃げちゃうし」
「あ~…でも、おりむー、それは逆効果かもぉ~…」

逆効果とはまた

「えっとねー…」
「あの、ちょっといいですか?」
「はい?」

俺とのほほんさんが話していると、その会話に割り込んでくる女性の声。
声の聞こえた方へと振り向けば、そこにはキッチリとスーツを着こなしたロングヘアーが良く似合う美人な女性が立っていた。

「えっと…何か?」
「失礼しました。私、こういう者です」

初対面の人間に話し掛けられて困惑する俺に、スーツの女性は素早く名刺を取り出して俺に渡してくる。

「は、はぁ……IS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当・巻紙礼子さん?」

名刺を読み上げてからもう一度巻紙さんを見る。話しかけてきてから常ににこにこと笑顔を浮かべているその様は実に『企業の人間』らしい人だった。

「はい、織斑さんにぜひ我が社の装備を使って頂けないかなと思いまして」

ああ…、またこの話か…。

世界で唯一ISが使える男子である俺が駆る白式に装備を使って貰えると言う事は、想像以上に広告効果が高いらしく、白式に装備提供を名乗り出てくる企業は後を絶たない。夏休み中も巻紙さんの様な人達が家に訪問してきて、夏休みの半分以上の時間を費やしてしまったのだ。企業の方も必死なんだろうけど此方から言わせてもらえれば、学生にとって貴重な夏休みと言う憩い時間を無駄にされたのだからあまり良い印象は無い。

「あー…すいません。こういうのはちょっと……」
「そう言わずに!」
「いや……そんな事言われてもですね……」

手早くお断りしてお帰り願おうとしたのだが、巻紙さんは俺が思っていた以上に押しが強く、簡単に引き下がってくれそうに無かった。

困ったなぁ…。厄介な人に捕まっちゃったみたいだ…。

巻紙さんの対処に困り果てていると、右手を誰かに掴まれて引っ張られる。視線を下ろせばそこにはミコトが手を引いて俺を見上げていた。

「ミ、ミコト?如何したんだ?」
「………一夏。いく」
「行く?行くってどこに…」
「いく。急ぐ」

ミコトは俺と質問に答えようとはせずに、何か必死に手を引っぱっては俺を何処かへ連れて行こうとする。大した力じゃないので簡単に抗えるのだが、どうもミコトの様子がおかしい。

「わ、分かったから引っ張るなって!?すいません!そう言う事なんで!悪いですけどこれで!」
「あっ!」

うまいことミコトを利用してこの場から脱出。
ミコトに手を引かれていた筈の俺はいつの間にかそのミコトを脇に抱えて猛ダッシュで巻紙さんから逃げるのだった。







「どうしたんだよミコト?あんなことして」

巻紙さんを撒いて人気のない階段の踊り場までやって来ると、あの人が追って来て無いかを確認してホッと一息吐いて、俺は先程の行動の説明をミコトに求めた。
確かにミコトはいつも突拍子もない行動をとることが多いが、さっきのミコトは様子がおかしかった。まるで……そう、何かに怯えている様にも見えた。

「…一夏。あの人、怖い。お話……だめ」
「あの人~?巻紙さんって人のこと~?」
「ん。あの人…怖い。だめ」

怖い…か。俺にはそういう風には見えなかったんだけどなぁ。
でも、ミコトのこの真剣な表情で訴えているのを見ると、勘違いとして終わらせるのは不味い気がする。一応気には止めておくとしよう。

「なるほど、分かった。気をつけるよ」
「……ん」

頷くミコトだったけれど、握った手は緩めてはくれなかった。どうやらまだ警戒は解いてはくれないらしい。

「……一夏。はやく簪のところ、いく」
「ああ、分かったから。いい加減手を離してくれ、な?」
「や」

手の開放を要求するもミコトはふるふると首を振って頑なにそれを拒む。周りから感じる生温かい視線がとても居心地が悪いんだが、やれやれ……。
ミコト自身、善意で俺を心配してのことだから強くは言えない。此処は俺が我慢するとしよう。

「……はぁ、分かったよ。好きなだけ握っててくれ」
「ん」

握られた手の力がぎゅっと強くなるのが分かる。ははは…これは何が何でも話してくれそうにはないぞ。

「あはは~相変わらず兄妹みたいだね~」
「あのなぁ…」

他人事だと思って無邪気に笑いおってからに…その台詞は聞き飽きたっての。
周りから感じる生温かい視線の殆どがそんな事を考えてるに違いない。いや、別にそれが嫌という訳ではないんだけど、何だかこそばゆいと言うかなんというか…。

「仲が良いのは良いことだよ~。と言う訳で~私もぎゅ~♪」

のほほんさんは反対側へと回り込むと、ミコトの空いてる方の手をぎゅっと握り、俺とのほほんさんでミコトを挟む様な形で三人横一列になって手を繋ぐ。

「えへへ~仲良し仲良し~♪」
「ん~♪」
「ったく、何やってんだか…」

とか言いながら、俺も気付たら笑ってたりするんだけどな。

「今度さ~みんなで一緒に手を繋いでみようよ~楽しいよ~きっと~」
「おお~」
「…………」

8人が横一列に並んで手を繋ぐ光景を想像してみる。……奇妙な光景だ。てか、通行の妨害以外の何ものでもないだろそれ。

「ば、馬鹿なこと言ってないではやく簪さんのクラス行こうぜ?」
「え~、やっぱり来るつもりなの~?」

そこまで嫌なのか、渋い顔をさせるのほほんさん。何でそんなに俺を簪さん会わせたくないのか…。のほほんさんが意味も無く人を遠ざけようなんて事はしないと思うから、きっと理由があるんだろうけど……ああ、そう言えばさっきな気か言い掛けてたがそれが理由なのかもしれない。

「一体何でそんなに嫌がるのか教えてくれないか?俺が簪さんに会うと何かまずいのか?」
「違う~違うよ~。会うのがまずいんじゃ無くて~、その会う理由がまずいんだよ~」

会う理由?イカロス・フテロを直す手伝いをしてくれたお礼を言うのがそんなにまずいことなのか…?

「えっとねー、かんちゃんはねー4組の代表候補生なんだー」
「4組の代表候補生……というと、あの噂の?」
「そーだよー。代表候補生なのに専用機を持ってない。正確には完成して無いんだけどねー」

随分と前にクラスメイトの女子達と話していてそんな事を耳にした記憶がある。確かその話を聞いたのは4月頃だっただろうか。あれからもう半年ほどするが、学園行事で4組の代表候補生の専用機を目にしたことは一度もないのはそれが理由だったのか。

「そうなのか。でも、それが何の問題があるんだよ?」
「その完成してない原因が問題なんだよー」

完成してない原因が問題?また妙な言い回しだな。

「かんちゃんの専用機の開発元はねー、倉持技研、つまりねー…」
「一夏の白式と同じところ」

のほほんさんの言葉にミコトが続ける。
倉持技研、白式と同じ開発元…。俺の関係はあるのは間違いないようだが、情報が不足していてまだ話の全容が見えない。

「かんちゃんの専用機が未完成なのはねー。白式の方に人員を全員回しちゃってるからなんだー」

白式の方に人員を全員……成程、のほほんさんが何を言いたいのかが大体分かった気がする。本当なら簪さんの専用機は今頃は完成していた筈だったんだろう。でも、俺と言うイレギュラーが現れた所為でその予定も狂ってしまったと…。
だれど、それが理由でのほほんさんが俺を簪さんに会わせたくないと言うのなら納得はいくんだが、『完成してない原因が問題』と言う台詞を聞く限りでは会わせたくない理由は別にある様に思える。

「それでねー、つい最近まではかんちゃん一人で専用機を完成させようとしてたんだー」
「へぇ、凄いな」

流石は代表候補生なだけはある。俺なんかじゃとてもそんな事は出来やしない。

「でもねーでもねー、一人で完成させるのはやっぱり無理だったのー。だからーイカロス・フテロのデータを条件にー、イカロス・フテロの修理を手伝ってたんだー」
「……ああ、そう言う事か」

漸く合点がいった。つまりだ、俺の所為でこんなことしてるのに、どの面下げてお礼なんてぬかしやがるんだと、そう言う訳だな。

「確かにそれだと俺が会いに行くのは不味いよな」
「ごめんねー、おりむーは悪くないのにー…」
「い、いやいや!のほほんさんが謝ること無いって!?」

申し訳無さそうに頭を下げて謝るのほほんさんに、俺は慌てて頭を上げる様に求めた。
この事については誰が悪いとかそう言うのがある訳じゃなくて、間が悪かったのだ色々と…。

「そう言う事なら仕方ないよな。残念ではあるけど諦めるよ」
「? 何で、会わない?」

簪さんにお礼を言いに行くのを諦めた俺に、ミコトは不思議そうにしてそれを訊ねてくる。

「何でって…ミコト、話聞いてたか?」
「ん。でも、一夏悪くない。簪も悪くない」
「いや、そうなんだけどさ…」

ミコトの言う通りなんだろうけど、簪さんが俺をあまり快く思っていないのも事実なんだよなぁ…。簪さんと顔をちゃんと見て会話した事なんて一度もないし。

「なら、一緒にいく」

そう言ってミコトは俺達の手を引いて歩き出した。

「お、おいおい…?」
「みこちー?」
「ずっとこのまま、ダメ。話さないと、ダメ」

ミコトはじっと真剣な眼差しで俺達を見上げてこう語る。逃げるな、と…。確かに現状を先延ばししたところで、何時まで経っても関係が改善される事は無いだろう。そして、向こうが此方を避けると言うのなら、此方から向かって行くしかないということか…。

「いく、話す」

ぐいぐいと引っ張る力は大したことは無いものの、俺ものほほんさんもその真剣な訴えに圧されて、抗う事が出来ずにずるずると引き摺られていく。
参ったな。こうなったミコトは何を言っても聞かないぞ…。

「………はぁ、分かったよ。簪さんに会って話せばいいんだな?」
「ん」

こういうのはタイミングとか必要だと思うんだけど、それこそ先延ばしの言い訳だもんなぁ。腹を括るか……ああ、胃が痛い。今の話を聞くと尚更…。

「……あはは~がんばれ~おりむー。ふぁいとだ~」

一緒に引き摺られているのほほんさんの暖かなエールが心に沁みるよ、まったく…。

「他人事だな…」
「そんなことないよ~?だって私はかんちゃんの従者だもん~」

そう言いながら何処か嬉しそうにしているのは、きっと俺の気のせいでは無いのだろう。







「………ぇ?」

色々な具材が並べられたショーケースの前に立っていた簪さんが俺達の姿を見て唖然と目を丸くした。

「な……なんで…」

俺と簪さんがはち合わせた途端、なかなかの盛況ぶりだった店内に気まずい空気が…。いかん、これじゃあ営業妨害も同然じゃないか。

「あー…その、時間良いかな?少し話したい事があるんだけど…」
「……私には無い…仕事中だから帰って」

第一声から帰れと言われて早くも挫けてしまいそうになる。が、男がやると言った以上は簡単に引き下がるわけにはいかんのですよ。本人が話す気がないと言うのなら話さざるおえない状況を作るまでだ!無駄に楯無先輩に振り回されてる訳じゃないって事を見せてやる!

「お~い、ちょっと簪さん借りて良いかな?」
「……えっ……何言って…!?」
「えっ?……あ、うん!そろそろ交代の時間だから別に構わないよ!」

簪さんの隣で作業をしていた女子に簪さんの貸し出し許可を求めると、声を掛けられた女子はいきなり声を掛けられたことに慌てながらも簪さんを連れていく事を許可してくれた。ありがとう、名も知らぬ女子生徒さん。これで外堀も埋まったと言う訳だ。

「……え?……ま、まだそんな時間じゃ…」」
「更識さん学園祭の準備とかも人一倍頑張ってくれてたし、少し予定より時間が早くても気にしなくていいよ!」
「うん!そうそう!」
「織斑君と学園祭見て回れるのは羨ましいけどね~!」
「……えっ?…えっ?…えっ?」

周りがもう自分が休憩することが決定していることに、簪さんは訳がわからないと戸惑った様子でキョロキョロと周りを見回すが、周りのクラスメイトから向けられるのは善意の笑顔だけ。

「ミ、ミコト、本音…」

クラスメイトは駄目だと悟った簪さんは、ミコトとのほほんさんに助けを求めようと二人の名を呼ぶのだが、その呼ばれた本人達はと言うと…。

「卵サンドふたつ」
「あ!私は生クリームといちご~!あ~と~は~チョコクリームのバナナ~♪」
「かしこましましたー」

友達と主人のピンチなど気にも止めずにサンドイッチを注文していたのだった。

「………はぁ…」

それには簪さんも駄目だこりゃと頭を抱えて深く溜息。
そんな簪さんの苦悩を他所に、サンドイッチを買い終えたミコトは、満足そうに両手にサンドイッチを持って簪さんのもとへとやって来ると、ふたつあるサンドイッチのうち片方を簪さんへと差し出してにこりと笑った。

「簪、学園祭、一緒に見てまわる」
「…………何言っても無駄なのね…」
「?」

諦めた様子の簪さんにミコトは首を傾げる。

「……なんでもない、気にしないで」
「? ん」

こうして、クラスメイトに「がんばれ~」とよく分からないエールと共に見送られながら。殆ど強引なやり方ではあったが簪さんと学園祭を見て回ることになったのだった。







「みこちー、アレ面白そうだよ~。行ってみよ~!」
「ん」

普段とは違う賑わいを見せる廊下をはしゃいで駆けまわる二人のメイド達。
しかし、従者が主人を置いて遊びに没頭すると言うのは如何なものだろうか?

「あまり離れるなよ~?また逸れるから」
「ん!」
「りょうか~い!」

そう言った傍から二人の姿は見えなってしまう。まあ此処は学園だし、のほほんさんも一緒に居るから大丈夫だろう。

「さてと…」

チラリと隣を近くもなく遠くもなく、ギリギリ一緒に歩いていない様に見える程度に微妙な距離を空けて歩く簪さんを見る。

「二人っきりになった訳なんだが…」
「……不潔」

なんでさ。

二人っきりになって早々、冷たいお言葉を頂いた。

「……私には貴方を叩く権利がある。色々と…」
「そ、そうだな」

ギロリと睨まれて思わずたじろぐ、『色々』の部分はきっとさっきのことも含まれてるんだろうなぁ、あはは…。

「でも……しない。人を叩くと、叩かれた方も叩いた方も痛いって知ったから…」

そう言って彼女は自分の右手を見下ろし、ぎゅっとその右手を握り締める。

「………この前、ミコトが4組に行ってくるて言って戻ってきたら頬を張らせてたんだけど、それって…」
「……私……私が叩いたの…」
「…そうか」

後悔の表情を浮かべて、簪さんは自白する。
……まあ、大体予想はついてたんけどな、ミコトが4組に行って誰に会っているのか知った時点でかなり人が絞れたから。

「「…………」」

周りが賑わうなか、俺と簪さんの間にだけ気まずい沈黙が流れる。

……さて、どうしたものか。正直、その件について俺がどうこう言う資格は無いんだよな。

これはあくまでミコトと簪さんの問題で、その問題も二人の様子を見ると解決しているようだし、俺が如何こうする事じゃない。まあ、ミコトの友達として思うところがない訳じゃない……でも。

「ミコトとは仲直りしたんだろ?」
「え?……う、うん…」
「そっか、ならそんな顔すんなよ」

ミコト本人が許したんなら、それこそミコトの友達を名乗るのなら受け入れなければいけない。

「で、でも……私は貴方の友達を傷つけた…」
「ミコトは許したんだから、俺からは何も言う事は無いさ。それに、ミコトの友達は俺の友達だろ?」

友達の友達は友達ってね。

「……あと、俺からもごめんな」
「えっ…?」

突然の俺からの謝罪にきょとんとする簪さん。

「のほほんさんから聞いたよ。俺の所為で簪さんの専用機が未完成のまま開発が止まったんだよな?」
「………ええ、私の専用機『打鉄弐式』は、開発に携わっていた人員を全て奪われて開発途中のまま放置されたわ。本来なら凍結されていた筈の貴方が乗る白式のデータ取りの為に」

そう言って、視線を右腕に付けられたガントレットへと向けた。

「……ごめん」

二度目の謝罪。けれど、簪さんはその謝罪に首を左右に振る。

「……貴方が謝る必要なんて無い、そんな事は分かってる。……でも、どうしても心の何処かで貴方が居なければ…って…そう思ってしまう」
「ああ、その感情は当然だと思うよ。事実だし」

実際に俺と言う存在が現れた所為で、散々な目に会った人物を簪さん以外で俺は知っているから…。そいつは俺を責めることはしなかったけど、本当は簪さんみたいに思うのが当たり前なんだ。例え俺が望んでISに関わった訳じゃないにしても、彼女達は被害者で、彼女達から見ればから『織斑一夏』という存在は嵐という災害でしかないんだから。

「俺は望んでISを動かした訳じゃない。でも、簪さんに…色々な人に迷惑を掛けたのは事実だ」
「……だけど…貴方も大変な思いをした」
「ああ、そうだな。前まであった筈の平凡な生活なんてもう無いし、学園に来てからは命の危険に曝されたこともあった。弱音を吐きそうになった時や、何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんだって思ったことは何度もある」

入学当初はもう胃に穴が開きそうで本当に辛かった。千冬姉や箒達と言った家族や友達の存在がなければたぶん心が折れていただろう。

「…じゃあ、どうして笑っていられるの?」

簪さんは俺の目を見て訊ねてくる。初めてちゃんと目を見て話しかけてきた彼女の瞳は、とても真剣な物だった。

「どうして、か……いや、だって文句だけ垂れてても仕方がないだろ?俺がどれだけ文句を言っても、周りは俺の意識に関係無く進んでくんだから」
「…………」

彼女は何も言わずにただ黙って俺の言葉に耳を傾けいる。

「なら、さ。やれるだけやってみようって思ったんだよ。その理由も見つけたから」
「………まるでアニメや漫画の主人公みたいな台詞」
「あははは、自分でもクサイ台詞だとは思ってるんだけどな」
「…………そんなことない」

照れくさそうに笑う俺に簪さんは小さく首を振ってそれを否定した。

「……言うだけなら簡単。でも、それを実行するのは凄い勇気がいる…………わたしには……むり」
「そうか?自分の専用機を完成させようと一人で頑張ってたらしいじゃないか。それこそ俺には無理だな」

最新鋭のテクノロジーの塊であるISを自分で作ろうだなんてとても常人には考え付く事じゃない。

「…結局、私一人じゃ出来なかったから」
「いや、別に一人でやる必要なんて無いだろ?」
「………そうね、本当にそう」

簪さんはくすりと笑う。その時の簪さんは、まるでそんな事を言った自分を笑うかのようだった。
一人で出来ないのなら誰かに手伝って貰えばいい、それは社会で生きるのに当然の事だ。けれど、そうしようとしなかった簪さんはきっと何か理由があったのかもしれない。その理由がなんなのか俺には分からなかったが。

「えっと……話が逸れちゃったけどさ。とにかく謝っておきたかったんだ」
「………いい、私もごめんなさい」
「おいおい、何で謝るんだよ?」
「え?だって私は貴方を一方的に嫌って……」
「そんなの関係無いだろ?今はこうして話せてる訳なんだしさ。それにさっきも言ったろ?」
「……友達の友達は…友達?」
「ああ!簪さんと俺は友達なんだからそういうのはナシナシ!なにより気まずいだろ?」
「う、うん……」
「よし!じゃあこの話は終わりな!」

俺は暗い話は打ち切って楽しい学園祭見学を再開することにした。

「おりむー!ただいま~!」
「おう、おかえ……り゛!?」

タイミング良く帰って来たミコト達を見て俺は思わず目を疑う。戻って来たミコト達の両腕に抱えられていた物は沢山のお菓子。しかも、その腕にあるどのお菓子も見るからに高そうな高級感あふれるパッケージばかり。その所為もあってかミコトものほほんさんもこれ以上に無い程にホクホク顔だった。

「な、なんだよ、その豪華なお菓子の詰め合わせは?」
「景品」

そう言ってミコトは指をさしたのは美術部の看板で、その看板には『爆弾解体ゲーム』と言う文字がド派手なデザインで書かれていた。

「みこちーってば凄いんだよ~。こう、シュバババ~って~!」
「むふ~♪」

どんなもんだと誇らしげに勝ち取った景品を俺に見せてくるミコト。そんなミコトに俺はポンと頭に手を置いて褒めてやる。

「へぇ、凄いな。俺もラウラにみっちり教わったけど、そんなに速くは出来ないのに」
「ん。『知ってる』から簡単だった」

うん?まあ知識がないと爆弾の解体なんて出来ないよな。
と、何だかお互いの認識が合っていない様な会話をしている所で、ポケットにしまってあった携帯電話が鳴り響く。

『一夏、今どこ?そろそろ戻って来て。一夏は居ないのかってクレームが殺到してるから』

電話越しからも伝わって来るシャルロットの焦りよう。ふむ、どうやら例の作戦はあまりうまくいかなかったようだ。

「わかった、すぐに戻る。わりぃ、一緒に回ろうって言って早々なんだけど、店の方がヤバイんで戻るわ」
「ぁ……ごめんなさい。私の所為で時間とったから…」
「いやいや関係無いって、そもそも簪にお礼を言うのが目的だったんだからさ。長時間休憩できないのは分かりきってたことだし」
「そうだよ~きにしな~いきにしな~い。、おりむーはうちの売れっ子なんだからバシバシ働くのだ~」
「だ~」
「売れっ子って……あのな?ホストじゃないんだから」
「でもでも~似たようなものだよね~?」

ひ、否定出来ない。やってることはホストクラブと大差ないし…。

「そ、それじゃあまた後でな!」
「ん。がんばる」
「おりむー、がんばってね~」
「が、がんばって…」

3人の暖かい声援に見送られながら俺はいそいそと仕事場に戻るのだった。








――――Side 更識簪


「クレープ~♪うまうま~♪」
「うま~♪」
「た、食べ過ぎじゃない…?」

塞がっている両手を器用に使ってさっき買ったクレープを頬張る二人にそう訊ねてみる。実はこの二人、クレープだけじゃなく目に止まった屋台を虱潰しに買い漁り、かなりの量を平らげているのだ。私はもう見ているだけでお腹いっぱい……。それに、何より驚くべきことは、その食べた物の殆どが無料だと言うことだった。

「歩いてるだけで食べ物の方から集まって来る……なんなの、これ?」
「みこちーは~人気者だから~」

通りかかった2年生と3年生から「おいでおいで~」と手招きされてついて行けば、何故か売り物である筈の食べ物を無料の貰うと言う不思議な光景に度々遭遇。その光景はハロウィンで子供がお菓子を貰っている様子と酷似していた。

「人気者というより、甘やかされてる感じ…」

お菓子をあげたり頭を撫でたり抱き着いたりと、あれはどう見ても同年代や近い年齢に人に対する扱いじゃなく、小さい子供に対する扱いな気がする。

「いつものことだよ~」
「いつもなんだ…」
「~♪」

でも、その光景が容易に想像できるのがまたなんともミコトらしいと言うかなんと言うか…。

「まあその分セシリアが厳しくするからバランスは取れているがな」
「えっ」

突然現れる凛とした声に振り向くと、そこには眼帯をつけた銀髪のメイドが立っていた。この子はさっき一緒に写真を撮った…。えっと、名前は確か……。

「先程は慌ただしくてまともに自己紹介も出来なかったな。もう一度名乗ろう、ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

…そう、ラウラ・ボーデヴィッヒさん。ドイツの代表候補生でミコト達の仲が良いグループの一人。
そのボーデヴィッヒさんは改めて自己紹介をすると右手を差し出して握手を求めてきた。私はその差し出された右手に恐る恐る手を伸ばして握手を交わし、自分からも改めて自己紹介をする。

「……さ、更識簪…です」
「うむ。よろしくだ」
「あ~ラウっち~。ラウっちも休憩~?」
「おつかれ、さま?」
「うむ、お疲れ様だ。一夏と入れ替わりでな。更識…は二人もいるし分かり辛いから簪で良いだろうか?私もラウラと呼んでいい」
「う、うん…」

もうそれが定着しつつあるからそれでいいよ、もう…。

「簪も一人だけでこの二人の手綱を握るのは大変だっただろう?」
「ああ~その言い方ひどいよ~それじゃ~私達が手が掛かるみたいじゃないか~」
「ふふ、違うのか?」
「ぶ~ぶ~失礼しちゃうな~」

笑ってからかうラウラさんに、本音は頬をぷくぅ~と大きく膨らませて不満そうに抗議する。…なんて言うか、二人とも背は小さいから見ていて微笑ましいな。

「な、仲良い…ね?」
「誓いを交わした親友だからな」
「だね~二人は仲良しなのだ~。でも~みこちーやみんなとも仲良し~♪」
「そ、そう…」

聞いてもいない事までぽややんと答えてくる本音。
誓いと言うのは分からないけど、そんなのを交わすくらいなんだからよっぽど仲が良いんだこの二人。一時期は険悪なムードだったってクラスの子達が話しているのを聞いたけど…何があったのかしら?

「さて、折角の学園祭をこんな立ち話で時間を無駄にしていないで楽しまないか?」
「だね~」
「ん!ラウラ、あれやって!」

指差したのは弓道部の出し物。看板には『ダーツ』と書かれていて、高スコアを出せば景品が貰えるシステムの様だ。

「む?弓道部のダーツ?また妙な組み合わせだな…よし、私の投げナイフで鍛えられた腕前をとくと見るが良い」

余裕の笑みを浮かべて屋台へと進んでいくラウラさん。と、その時だった。スピーカーから音が響いたのは…。

ピンポンパンポ~ン♪

……校内放送?

『唯今から、第四アリーナにて生徒会企画参加型演劇【シンデレラ】を始めます。生徒の皆さまもどうぞご来場ください』

生徒会と聞いてお姉ちゃんの顔が思い浮かぶ。
どうせまたろくでもないことを企んでるんだろうなと、少し頭が痛かった…。

「…しんでれら?」
「『参加型』というのが何ともな。本音、生徒会…と言うより、あの生徒会長は今度は何を企んでいるんだ?」

ラウラさんも私と同じ事を考えていたらしい。本当に信用の無いんだねお姉ちゃん…。

「ほえ~?私は知らないよ~?生徒会室にいっても寝てただけだから~」
「いや、役員としてそれはどうなんだ?」
「本音…」

呆れ顔の私とラウラさん。役員としてもだけど従者としても失格だよ、それ…。

「まあ、一夏が巻き込まれるのは確定だろうな。王子役なんてこの学園で唯一の男子であるアイツ以外にあり得ん」
「ご、ごめんなさい。またお姉ちゃんが迷惑掛けて…」

さっきも迷惑掛けたばかりなのに…。本当にあの人は何やってるんだろ…。

「いや、簪とアレは関係無いだろう?気にする事じゃない。それに、そこまで不快でもない。だからこそ厄介なのだがな」

やれやれ困ったものだ、とラウラさんは溜息を吐いた。

「……それで、どうする?見に行くのか?演劇」
「第四アリーナでするんだよねー?なんで体育館じゃないんだろー?」
「普通じゃないのは明らか…」

コンサートとかならともかく、演劇だとアリーナはどうしても不向き。まあ、あの人が関わってるんだから普通の演劇じゃないのは当然かもしれない。常識的な演劇を求めてるのなら、見に行くべきじゃないと思うのだけど…。
私はちらりとミコトを見る。

「演劇…」

……どうしよう、すっごく興味津々って顔してる。

「見てみたい。演劇!」
「まあ、分かりきった事ではあったが……あれを見に行くのか?」

ラウラさんは窓の外を指差す。窓から見える第四アリーナからは何かの爆発音と、蒼い光の柱が光っては消え光っては消えと繰り返していた。演劇の演出にしてはあれは派手すぎる気がする。そもそもシンデレラってあんな派手な演出が必要な部分ってあった?

「演劇って、凄いんだね!」

キラキラと目を輝かせるミコト。いけない、演劇をあんな滅茶苦茶なものだと間違った知識として認識しちゃってるわこの子。

「……決まりだな。なら急いでアリーナに―――」

ジリリリリリリッ!!

「な、なになに~!?」
「……か、火事?」
「お~?」

突然、校舎中に火災警報器のベルが鳴り出した。
何事かと他の生徒達もざわめき出し「え、なに?火事?」「え!?嘘!?どこが燃えてるの!?」「ひ、避難しないと!」等と、口々に不安を露わにする。
でも、周りが騒いでいる中、ラウラさんだけ(ミコトだけ状況を理解していない)が冷静な様子で外を眺めていた。出火場所を探しているんだと思う。けれど急に動いていた視線をピタリと止めて、ラウラさんは何かを見つけたのだろうか?じっと目を凝らす。

「……む?」
「ど、どうしたの~?らうっち~?」
「…いや、いま空に蒼い光が落ちたのが見え―――」

そうラウラさんが言いかけた、その瞬間―――。

ドゴオオオオンッ!

―――先程よりも一段と大きい爆発が学園を揺らした。

『きゃあああああああっ!?』

校舎の彼方此方から生徒達の恐怖に満ちた悲鳴が聞こえてくる。火災報知機に続いて今の爆発。唯事では無いと理解するには十分だった。

「あ、あわわ~!?なんなの~!?」
「い、今の爆発って……第二アリーナの方から…?」
「!」

その私の言葉を聞いた途端、ミコトは突然は駆け出した。

「ミコト!待てっ!―――っ!?」

ラウラさんが慌ててその後を追おうとしたが、混乱する女子生徒達にそれ阻まれてしまう。

「まて、待つんだミコトッ!?ミコトォォォォ!」
「………ぁ」

ラウラさんの呼び掛けは虚しく警報器の音に掻き消される。私は自分の失態に悔いるラウラさんから視線を外へと移すと、窓から見える第二アリーナには、もくもくと黒煙が上がっていた…。
ミコトが向かった先、それはきっと第二アリーナ。あの黒煙が上る場所だった……。










あとがき

前篇後篇に分けると言ったな。アレは嘘だ。
作中の『散々な目に会った人物』と言うのはシャルのことです。親の命令の所為で大罪人になってますからねwその原因も一夏ですし。あと、簪はミコトの寿命のことを知りません。のほほんさんの様に器用な性格の持ち主ではありませんから。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第四十七話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/10/18 01:34
走る。走る。流れる人の波とは逆方向に、鳴り響く警報音に慌てふためく生徒達の間を掛け分けて。

「はぁ…はぁ…っ!」

蒼い空に広がる黒い煙。その煙が上る第二アリーナ。さっきの爆発。
爆発が発生したのはたぶん第二アリーナ。あそこには第二整備室があって……あの子が居る。

「いか…なきゃ…っ!」

やっと直ったんだ。やっとまた飛べるようになったんだ。なのに、また壊れるなんて……そんなの絶対に嫌だ!
行かなきゃいけない。すぐにあの子のもとへ、イカロス・フテロのところに。

バタンッ!

「―――イカロスっ!」
「何だ、随分と遅かったじゃないか」

勢い良く第二整備室に飛び込んでいた私に、部屋の奥からよく聞き慣れた…でも、それとはまったく異なる冷たい声が出迎える。
その声に私はビクリと身体を震わせると、きょろきょろと辺りを見回してその声の主を探した。けれど、部屋に充満する煙が光を遮断して視覚が殆どきかず、部屋の奥に居るであろうその声の主を確認する事が出来なかった。

「……だれ?」

私は暗闇に問い掛ける。

「せっかく分かりやすいように目印までつけてやったのに、随分と待たせるじゃないか。お前が来るまでの時間に私はどれだけのことが出来たと思う?」

私の問いに声は答えもしないで、自分の好きなように話を続けていく。

「これがあの人のコピー?あまりガッカリさせてくれるなよ……なぁ?」
「……っ」

私に向けられる殺意。怒りとかそういう余計な感情が一切含まれない混じりけの無い純粋な殺意。『ただ殺したい』それはまるでナイフみたいに無機質な凶器そのもので、こんな澄んだ殺意…感情を向けてくる人を私は初めて見た。

「しかし、困った。報告には大破して搭乗は不可能と聞かされていたが…。ああ、これはいけない。予期せぬ事態だ。これでは作戦に支障をきたしてしまう」

そんな事を言っているけど、その声からはとても焦っている様にはみえなくて、それどころか逆に喜んでいる様にもみえた。

……怖い。

ラウラの時とは違う狂気。理解出来ないその存在が私は怖かった。

「操縦者に乗られでもしたら厄介だ。ふふふ…」

ワザとらしいもの言い。まるでそうしろと言うかのよう…。

「さあ、あの時の続きだ。私を楽しませろ」
「……あの時?」

まるで一度私に会ったかのような言い方。でも、私にはこの声の主に心当たりは無い。同じ声をした人には毎日会ってるけど、こんな冷たい声をする人じゃない。
私がその言葉に頭を悩ませているなか、煙は爆発で出来たと思われる壁に空いた大きな穴へと流れて行き、部屋に充満していた煙は少しずつ晴れていく。始めに蒼い装甲が光を反射させながら煙の中から現れて、そして―――。

「…………え?」

―――その声の主は姿を現し、私はその姿を見てどうして?と此処にはいない筈のその存在に目を丸くする。
私が見たもの。それは、まるで鏡映しでもしているかのように、私にそっくりな『私』の姿だった…。












第47話「鏡映しの学園祭―後篇―」














……時間は少しばかり遡り、場面は第四アリーナへと切り替わる。


――――Side 織斑一夏


「ぜぇ…ぜぇ…っ!死ぬ!死んでしまうっ!?」

第四アリーナいっぱいに作られた豪勢なセット。そんな広大なステージを、俺こと織斑一夏は自身に襲い掛かる脅威から逃れる為に全速力で駆け抜けていた。後ろの方から聞こえてくるレーザーが地面を抉る着弾音や、刃物の空を切る音を耳にする度に、俺は命の危険を感じて声にならない悲鳴をあげながら涙目で唯只管にステージを右へ左へと逃げ回っていた。
何故こんな状況になったのか?そんな物は明白だ。こんな状況を作る人物なんてこの学園に一人しか居ない。

『王子の冠に隠された軍事機密を狙いシンデレラ達が王子に襲い掛かる!嗚呼、頑張れ王子!負けるな王子!」
「…あんの愉快犯めぇ!」

スピーカーから聞こえてくる呑気なナレーションに、俺の怨嗟の叫びが殺伐としたステージに虚しく響き渡る。
こんな命の危険に曝される状況を作ったのは、もちろん毎度お馴染みと化したIS学園生徒会長を務める楯無先輩だ。シャルロットに電話で呼び戻されて教室に帰って来てみれば、俺を待ち構えていた楯無先輩に有無言わさず俺と箒達は連行されて、『観客参加型演劇』とやらに強制参加させられることになった。演目は『シンデレラ』。それらしい王子の衣装に着替えさせられ、それらしいナレーションの出だしに俺は最初は普通の演劇かと思っていたのだが、そんな事は全然無かった。出だしのまともなナレーションから、先程の様な妙なナレーションが流れ出したと思ったら、ドレスを着た箒達がいきなり凶器を手に持って襲い掛かって来て、ステージは戦場へと変貌し今の状況へ至ると言う訳だ。

ヒュンッ!

回想に耽っていると、後方から飛んできた飛刀が俺の頬を翳める。

「ひぃ!?どうしてこうなった!?どうしてこうなった!?」

演劇……そう、演劇をする筈だったんだ!なのに何で俺は襲われなくちゃならない!?演劇というのはレーザーや手裏剣が飛び交ったり、真剣の刀で前髪斬られたりするものじゃない。決して無い。そもそも演劇で命の危険に曝されること自体がおかしいんだ。

「一夏、覚悟おおおおっ!」
「ぬわあああ!?」

いつの間にか追い付いていた箒が俺に目掛けて刀を振り下ろす。ちょ、それ俺の頭が真っ二つコース――――。

ガキィンッ!

鉄同士がぶつかり合う音。
流石にもう駄目だとへたり込んでしまっていた俺はハッとして顔を上げると、そこにはみんなと同じシンデレラ・ドレスを着こんでシールドを装備したシャルロットが俺を守る様にして立ちはだかっていた。

「ムッ!邪魔立てするかシャルロット!?」
「み、みんな正気を失い過ぎだから!?死んじゃうからねそれ!?」
「シャ、シャルロット。た、助かった……」

やっと常識的な言葉を聞けて俺は安堵する。そう、そうだよ。俺が求めていた反応はこれなんだ。凶器は人に向けて使っちゃいけない。これは世界に通じる一般常識なんだよ。

「ありがとう、シャルロット。死ぬかと思ったよ…」
「そんな事より!一夏、速く逃げて!此処は僕が抑えるから!」

繰り出される剣戟を全て防ぎながらシャルロットは俺に逃げる様に促すと、俺はチラリと視線を箒へと向ける。

「がるるるっ!」

け、獣と化してる…。

これは是非もない。ここはシャルロットに甘えさせてもらおう。

「あ、でも!」
「お、おう?なんだ?」

この場から逃げようとした俺に、シャルロットが慌てて呼び止めてくる。

「に、逃げる前にその冠は置いて行って欲しいなぁ、なんて…」
「冠か?別に構わないけど…」
「なぁっ!?シャルロット、貴様!?」

何をみんなそんなに必死になっているのかは知らないが、狙われる原因はこの冠みたいだし、俺もこんなものは早々に捨ててしまいたいので別に構わない。そう思い頭の上にある冠に手を伸ばしたのだが…―――。

バチバチバチッ!

「あばばばばばばb!?」
「い、一夏ー!?」

王冠に手が触れた瞬間。俺の身体に電流が駆け廻る。

『王子にとって国とは全て。その重要機密が隠された王冠を失うと、自責の念によって電流が流れます』

俺がぷすぷすと香ばしい香りを漂わせていると、俺をあざ笑うかのようにアナウンスが流れる。

「ふ、ふざけんなああああああっ!?」

ガバッと起き上がりアナウンスに向かって吠える。

『ああ!なんということでしょう。王子様の国を思う心はそうまで重いのか。しかし、私達は見守る事しかできません。………プークスクス』

おい今あの人笑っただろ?絶対に笑ってただろ!?

「こんな場所に居られるか!俺は安全な場所に逃げるぞっ!」
「あっ、一夏!王冠は~!?」
「悪い!諦めてくれ!」

助けてくれたシャルロットには申し訳ないが、王冠を渡してまたあの電流が流れるのは流石に御免だ。

「そ、そんなぁ~…」
「すまん!」

背中に「まってぇ~…」と未練がましいシャルロットの声を浴びながらこの場から逃げ出す。それから少しすると、後ろの方から金属同士のぶつかる音が響き始める。どうやらシャルロット達が戦闘を始めたらしい。凛と箒はシャルロットが抑えてくれている筈だから、俺が警戒するべきは何処からともなく飛んでくるセシリアの狙撃のみ………ん?何か地響きが…。

『さあ!ただいまからフリーエントリー組の参加です!皆さん、王子様の王冠目指して頑張ってください!』
「は、はぁ!?」

アナウンスを聞いて驚愕する俺だったが呑気に驚いている暇は無く、地響きは次第に大きくなり始めていき…地響きを響かせながらざっと見ても数十人以上のシンデレラがステージに現れた。

ドドドドドド…ッ!

「織斑くん、おとなしくしなさい!」
「私と幸せになりましょう!王子様!」
「そいつを……よこせぇ!」

…まるで飢えた狼の群れだ。
その群れを見て即座にUターンしようとしたのだが…。

「いぃちぃかぁあああああ!」
「ひぃぃぃ!?」

振り返るとすぐそこまでシャルロットの防衛を抜けきた修羅の形相で迫ってくる箒を見て情けなく悲鳴を上げた。あれが居る方へ向かいのは自殺行為に等しい。『前門の虎、後門の狼』というか『前門の鬼、後門の狼』だこれ。

「その王冠をよこせえええええ!」
「ぎゃああああああっ!?」

頭上を翳める斬撃を地面をごろごろと転がって避け、そのままゴキブリよろしくカサカサと地面に這い蹲りながら逃げる。

「このっ!往生際が悪いぞ!?」
「当たり前だ馬鹿!?こっちは命掛かってるんだぞ!?お前等は何を必死になってるんだよ!?」
「そ、それは……ええい!お前は黙ってその王冠を差し出せばいいんだ!」
「理不尽だ!?」

まともな返答が返ってると期待した俺が馬鹿だったようだ。正気を失っている奴に凶器なんて持たせるべきじゃない。というか誰か助けて!?

「こちらへ」
「へっ?」

され夏の声が聞こえたかと思えば、俺は這い蹲っている足を誰かに引っ張られてセットから転げ落ちた。









「此処なら誰も来ないでしょう」
「はぁ、はぁ……ど、どうも…」

俺は誘導されるまま、セットの下を潜りぬけて更衣室までやって来た。幸か不幸か衣装を着替える時に使った部屋なので俺の制服も揃っている。こんなもの早々に着替えて此処から脱出しよう。そうしよう。

「えっと……?」

そういえば、セットの裏が暗いこともあったが逃げるのに夢中で、此処まで誰が連れて来てくれたのか確認出来なかった。改めその人を確認すると、なんとその人は今日廊下でしつこく付き纏ってきた巻紙礼子さんだった。

「―――うわっ!?」

此処まで連れてきてくれた人間の正体を知って、思わずバッと繋いでいた手を振り払ってその人から距離をとる。

「どうかしましたか?」

相変わらずのニコニコと笑顔を浮かべてそう訊ねてくる。

―――あの人、怖い。お話……だめ。

あの時のミコトの言葉が脳裏を過ぎる。
こんな美人な人と二人きりという状況に、健全な男児ならドキドキするのは当然のことなのだろう。けれど、俺には警戒、緊張、疑心、そう言った感情が頭の中でぐるぐると回って、全く異なる意味でドキドキと心臓が鳴っていた、

「……な、なんで巻紙さんが…」

恐る恐る質問する。いくら参加型とは言え、まさか巻紙さんも演劇に参加しているなんてことは無いだろう。それを証拠に巻紙さんの服装はさっき会った時と同じのキッチリと着こなしたスーツ姿だった。ならば何故ここに居るのか?巻紙さんはその質問に変わらない笑顔のままで答える。

「はい。この機会に白式を頂きたいと思いまして」
「……何?」

予想だにしなかった回答に一気に警戒を強め、臨戦態勢をとる。ISは何時でも展開できる様に意識を常に集中している状態だ。少なくとも、銃を持ち出されてもISの装甲でやられる事は無い。

「冗談にしては笑えませんよ?」
「冗談でテメェみたいなガキと話すかよ、マジでムカツクぜ。いいから、とっととよこしやがれよ」

先程の丁寧な口調とは一変し、汚い言葉が吐き捨てられるが、表情は先程のままで不釣り合いな笑顔を浮かべていて、それがますます不気味を引きたてていた。
何なんだこの人は?何で白式を狙う?そう俺が疑問に思っていると、女は突然俺の腹に目掛けて蹴りを放たれる。

「ぐっ!?」
「チッ!」

咄嗟に腕に巻かれたガントレットで蹴りを防ぐ。蹴りを受け止めた腕がビリビリと痺れる。鍛えられた人間だからこそ放てる鋭い蹴りだ。警戒していなかったら、俺じゃ避ける事は出来ずに確実に喰らっていただろう。
そして、俺はそこから目の前の人物を巻紙礼子から敵へと認識を切り替えた。

「くそがっ!警戒されない様にニコニコしてたのによぉ、何で警戒してるんだよボケ。無駄骨じゃねーか、どうしてくれるんだよ、あ゛っ?戻らないじゃねーかよ。私の顔がよ」

八つ当たりも同然に訳の分からない言葉を女はぶつけてくる。
顔が戻らない?……ああ、なるほど。常に笑顔だったのは慣れない表情を無理につくってそれを続けていたからか。そりゃあんな性格だ。普段あんな笑顔なんて浮かべてる様にも思えないし、顔の筋肉が固まって戻らなくなる訳だよ。

「自業自得って言葉知ってますか?」
「……ブチ殺すぞ…テメェ…」

先程からの会話から女の性格が短気だと言う事は容易に察しがつく。それをうまく利用しようと挑発して相手の判断力を乱しつつ、俺はこの窮地からどう脱出するか考えるが、更衣室の出口は女の後ろにあり当然目の前の女はそう易々と通してはくれないだろう。

「上等だ…。そんなに死にてぇなら今直ぐ殺してやるよぉ!」

女がそう吠えると同時に、スーツを引き裂き女の背後から鋭利な『爪』が飛び出す。
現れた『爪』の正体…。それはISだった。それも、クモの様に複数の脚を持った黄色と黒の禍々しい配色で、脚の先には刃物の様な物が備わっていた。『悪趣味』この一言に限る。あの女のISにはある意味お似合いなのかもしれない。

「オラァ!死ねよっ!」

背中から伸びた八つの装甲脚、その先端が割れるように開いて銃口が姿を見せる。

「くそっ!」

その銃口を見て俺は危険を察して床を転がると、それと同時に発砲音が響き、先程まで居た場所は弾けて大きな穴が出来上がる。

生身でISに立ち向かうのはまずい!すぐに白式を―――!

転がる勢いを利用してすぐさま立ち上がると、俺は白式を展開しようと意識を集中する。しかし、それは敵の可笑しな行動により中断されてしまう。

「―――ああ、大事なことを忘れてたぜ」

何を思ったのか、女は突然すぐ近くにあった火災報知機のがしゃん!と殴りつけたのだ。ボタンを保護していたプラスチックは音を立てて砕け散り、学園にはジリリリッ!と耳をつんざく喧しい音が鳴り響く。

「な、なにを――――うわっ!?」

女の不可解な行動に困惑とする俺だったが、火災報知機の音が鳴り始めてから少し間を置いて、大きな爆発が建物を大きく揺らし、堪らず俺は身体をよろめかして膝をついた。

「っ……今の爆発もお前の仕業か!?」
「はぁ?ちげぇーよ、ボケ。今のは私の同業者だ。こっちの合図に合わせて襲撃する手筈だったんだよ」

女が言う合図というのは火災報知機のことだろう。けど、何が目的でこんな大胆な事を…。

「何でこんな事をする!?此処が何処だか分かっているのか!?IS学園だぞっ!?」
「馬鹿かお前?だから何だってんだよ。こんな宝の山襲わない手は無いだろうがよぉ」
「それこそ無理だって言ってるんだ!学園にあるISは全て地下深くにある保管庫に厳重に保管されている筈だ!あそこは一部の教員にしか近づけないって聞いてるぞ!?」
「るっせーなぁ……あるだろうがよぉ!大破して操縦者の手から離れている専用機がよぉ!」
「……まさかっ!?」」

嫌な…とても嫌なイメージが脳裏を過ぎった。思い浮かんだのは機械仕掛けの翼。少女の願いの象徴である翼。つい最近まで傷を負い飛ぶことが出来ず、今日やっとその傷が癒えたことを知らされた翼。少女はその傷が癒えるのを待ち遠しにして、それを聞かされてとても喜んでいた。それなのに…。
そんな筈は無い。外れろ、外れろと俺は必死に願う。けれど、現実はとても残酷で…。

「そんな……まさか、そんな…!?」
「今頃は回収されてる頃だろうなぁ……アハハハッ!」
「――――」

少女の想いを嘲笑うその嗤い声に、俺の思考は怒りに染まり―――弾けた。

「白式ぃいいいいいいっ!!!!」

怒りに満ちた声で己の剣の名を叫ぶ。
その咆哮に呼応して光の粒子が俺の身体を覆い、緊急展開によって服は粒子分解されてISスーツに、俺の身体にはISが一瞬にして装着され、更衣室内はスラスターの最大噴出によって生れた暴風でベンチやロッカーが宙を舞い、俺自身も暴風となって突進する。

「うおおおおおおっ!」

どす黒い感情。それは決して抱いてはいけないもの。人として心を委ねては許してはいけないものだ。……だけど、込み上げてくる怒りの激流に身を任せて眼前の敵に斬りかかった。しかし、感情に任せた斬撃は敵から見れば軌道が読み易く、女は後方に大きく跳び上がり天井に張り付いて振り下ろした斬撃を余裕の笑みを浮かべて難なくかわす。

「おっと、あぶねぇあぶねぇ。はははっ、やっと使いやがったな!待ってたぜぇ!それを使うのをよぉ!?」
「くっ!」

場所が悪すぎる。こんな狭い空間じゃいくら機動性に優れていようがその性能を十分に発揮できない。それに引き換え女のISは天井に張り付くなどして、蜘蛛の見た目通りの動きでこの狭い空間を物ともせずにすばしっこく動きまわる。その背中から伸びる複数の装甲脚が見せる機動はまるで蜘蛛の巣…狩り場を駆ける蜘蛛そのもの。イカロス・フテロといい、どうして異形のISはここまでそう言うのに特化しているのか……。しかし、機体の性能が発揮できない以上、いま俺が置かれている状況はどれもこれも不利なものばかり。これじゃあまるで蜘蛛の巣に飛び込んだ獲物の気分だ。

「おらおらぁ!みっともなく踊れや!」

天井に張り付いての実弾射撃による銃弾の雨が俺にへと降り注ぐ。
機動力は殺されはしたが、幸いにして実弾は≪雪華≫で防ぐことは出来る。俺は降り注ぐ銃弾を≪雪華≫を傘の様にして銃撃を凌ぎ、そのまま押し返す様にして盾を構えたまま敵に向かって突進する。

「ぐぅっ!」
「―――チッ!ウザッてー盾だなおい!」

反撃の筈だった突進はまたも簡単にかわされてしまい、奴がさっきまで居た天井に激突により生れたクレーターという結果だけが残る。

「くそっ、またっ!?」
「おらぁ!後ろががら空きだぁ!」
「っ―――ええいっ!」

背後から響く機銃を構える音に、俺は振り向くこと無くスラスターを噴かせて飛び退き、それにコンマ単位で遅れてコンクリートが弾けた。

「っ!」
「アハハハハハハッ!」

銃声で満ちた更衣室に耳障りな女の嗤い声がやけに耳につく。
いつの間にか女の両手に構築されていたマシンガンの乱射により、コンクリートの天井は逃げ回る俺を追跡する弾丸によって耕され、更衣室の壁やロッカーは瞬く間に銃痕で埋め尽くされて気が付けば見事な蜂の巣が完成していた。

「……ちっ、うぜぇ」

なかなか当たろうとしない俺に女は苛立ち始める。

「ちょこまかと鬱陶しいなぁ、おい……そもそも生意気なんだよ、お前みたいな男がISを使うなんてよぉ。お前らクソ虫は地面に這い蹲ってればいいんだよぉ!クソがっ!」
「勝手なことばかりっ!」
「―――ちぃっ!?」

ガキィンッ!

刃と爪がぶつかり合い火花を散らす。
回避行動から反転し、弾幕を掻い潜りながらの接近への切り替え。楯無先輩との特訓が活きた瞬間だった。

「あんたは……あんたは一体何なんだっ!?」

雪片による斬撃を複数の脚を巧みに使って撥ね退け、後方に飛び跳ねて再び距離は女の優位な間合いへと開く。

「何で…何でこんな事をする!?」

何で人の想いを踏みにじる様な真似をそんな楽しそうに笑いながら出来るんだ?あの機体の持ち主が…ミコトがどんな想いであの機体が直るのを待ち望んでいたのか知っているのか!?

「ああん?そんなの悪の組織だからに決まってるだろーが!」
「ふざけるなあああああっ!」

こちらへ放たれる銃撃の回避など完全に無視して、俺は真っ向から全速力で女に斬りかかる。

「おっとあぶねぇ、イノシシかっつーの。そんな単調な攻撃当たるかよ、バーカ」

―――が、しかし。勢いに任せただけの攻撃は簡単にかわされてしまう。

悪の組織。そんな事は如何だっていい…。俺は、俺が言いたいのは…!

「あんたは知ってるのか?あの機体の持ち主がどんなにあの機体を大切にしているのかを……。あの機体は!持ち主にとってどんな存在なのかを!?」
「はぁ?知るかよバーカ。ISなんてただの兵器だろ?他人の殺す為の兵器、それだけだろーが!」

八門の集中砲火が俺へと降り注ぐ。しかし、何層にも重なった鉄壁のシールドが弾丸を尽く弾き飛ばし持ち主へと通す事を許さない。楯無先輩から聞かされた話によれば、≪雪華≫のシールドは世界最高峰の防御力とのことらしい。銀色の福音の高出力レーザーすら防ぐシールドだ。例え至近での射撃であろうとビクともしない。

「この程度ならっ」

反撃に移る。そう思った矢先―――。

「っとにめんどくせー盾だな、おい。何時までの時間を掛けてる訳にもいかねぇし……しゃーねーなぁ、そろそろお遊びの時間は終いにするか」

指先に何か糸の様な物を弄る動作を見せる。
何の真似だ?俺は訝しげにそれを見るが、敵が何を仕出かすか分からない以上、時間を与えることは危険だと判断し、そのまま構わずスラスターを最大出力で敵の懐へと飛び込む。――――が、俺が女の目前まで迫ったその時。その瞬間を待っていたかのように、女の口がニタリとつり上がる。

「私の名前を覚えて逝きな!秘密結社『亡国機業』が一人、オータム様だ!」
「―――なっ!?」

女はそう叫び、手で弄って何かを俺目掛けて投げつけてくる。
投げられた物体の正体はエネルギー・ワイヤーで構築された塊。その塊は俺の目の前でパンッと音を立てて弾けて巨大な網となって視界いっぱいに広がる。

「まずっ―――!」

咄嗟に回避行動を取ろうとしたが、瞬く間もなくワイヤーは全身に絡まり付き一瞬にして雁字搦めにされてしまう。

「いっちょあがりってなぁ!クモの糸を甘く見たなぁ、おい?」
「くっ……!」

ニヤニヤと人を馬鹿にした笑みを浮かべるオータムに、ギリッと歯軋りの音を鳴らして睨む。
ワイヤーの拘束から脱しようともがくが、下手に動けば動く程ワイヤーは身体に絡みつき、更に締め付けが強くなり呼吸すら困難になり、状況はますます悪くなってしまう。

「ぐっ……か…はぁ…」

エネルギーで構成されたワイヤー…。≪零落白夜≫さえ使えればこんなもの切り裂けれるのに…!

その頼りの雪片弐型もワイヤーに絡み取られ、使用する事は不可能。俺に抗う術はもう………ん?
俺の中で何かが引っ掛かる。

いや、待て。本当に無いのか?『エネルギー』で構成されたワイヤーを斬り払う手段。それは本当に≪零落白夜≫だけなのか?

「!」

そうだ、あるじゃないか!一つだけ、もう一つだけこの状況から脱出する手段が!『攻撃』することは封じられた。でも―――!

「何だぁ?急に大人しくなったな。足掻いても無駄だって気付いたのか?」

耳障りな女の声が耳もとに響くが、俺はそんな雑音に耳を傾けず左手に意識を集中させる…。

力を…もっと力を……!

「………せ」
「あ?」

呼吸もまともに出来ず、擦れた声でポツリと零した言葉にオータム訝しげに俺を見る。

「吹き…飛ばせっ……≪雪華≫ァ!!」

―――――カッ!

強烈な閃光が≪雪華≫から発生し、俺の全身に絡みついていたワイヤーごとオータムを吹き飛ばした。
≪雪華≫から発せられた衝撃により、オータム壁に打ちつけられる。そして、その生れたチャンスを俺は見逃さなかった。体勢を整える間なんて与えはしない。突撃槍モードへ移行、最大噴力での突撃体勢に入る。

「けほっ!ごほっ……!もう加減とか遠慮とか抜きだ。この部屋ごとぶち壊す…っ!」

場所が狭く不利だと言うのなら、その不利となる物全てを薙ぎ払ってしまえばいい。此処には俺と俺の命を狙う敵しかいない。そうだ、何も遠慮することは無いじゃないか。俺はただ、眼前の敵を倒すことだけを考えれば良い…。

「く、くそっ……そんな機能訊かされて……てめぇ、まっ…!?」
「いっけえええええええええっ!!!」

よろめきながら立ち上がり、此方を見たオータムは初めて焦る表情をみせる。けれど、俺はそんな表情も制止の言葉も気にも止めずに突貫した。

「う、うわああああああああっ!?」

錯乱しながらも俺の突進を食い止めようと、全砲門での威嚇射撃と再び撒かれるエネルギー・ワイヤー。しかし、そんな物では突撃槍モードとなった≪雪華≫は止まらない。実弾の弾丸もエネルギーで構築されているワイヤーも尽く消し飛ばして、白式は前へ前へと突き進む。

「く、くるな……くるなぁあああああ!?」
「貫けえええええええっ!!!」

ズガアアンッ!!

激突により生じた衝撃が、アリーナ全体を大きく揺らした。

「…………」

静まり返る更衣室。舞い上がる煙と埃で視界は埋め尽くされ、パラパラと崩れた破片が地面に落ちる音だけが部屋に響いていた…。
ゆっくりと煙が晴れていく。漸く視界が回復して俺は辺りと確認する。更衣室は半壊。白式が通過した床は抉れ、衝突した壁には大きな穴がポッカリと空き、そこからは廊下が姿を覗かせていた。

「……そ、そうだっ!アイツはどうなった!?」

漸く訪れた静寂に気が抜けてしまったのか、慌ててオータムの姿を探すと、足元に転がる無惨に大破したISと地面に横たわるオータムを見つける。恐る恐る雪片の剣先でつついてみるが反応は無い。どうやら気を失っているようだ。

「お、終わった……のか…?」

その問いに答える者はいない。変わり果てた更衣室には静寂が流れるのみ。

「とにかく警備員に連絡して……そうだ!第二整備室に急がないと……!」

そう言ってオータムから背を向けた――――と、その時だ。
背後からカチャリという金属音をハイパーセンサーが感知し、はっと俺は後ろを振り向く。振り向いた先には、何やら40センチ程の大きさの奇妙な四本脚の装置を持ったオータムがボロボロの姿で立っていた。

「――――!?」

俺は驚き咄嗟に離れようとしたが、オータムはそれよりも速く手に持っていた奇妙な装置を俺の胸に押し付ける。
刹那、俺の身体に電流を流された様な激痛が奔る。

「がああああああああっ!!」

身を引き裂かれる様な激痛。何かを身体から強引に引き剥がされる様な感覚。正体不明の脱力感。そして、電流による脳が焼かれる様な激痛の中、俺は自分に起こっている異変に目を見開いた。
俺に装着された白式が……光の粒子となって少しずつ消滅を始めていたのだ。

「なっ……んでっ…!?」

目の前で起こっている現象にそう疑問に思わずにはいられなかった。
電流が収まる頃にはもう白式は完全に消滅してしまい、装置が外された俺は身体にかかる脱力感に、まるで人形の糸が切れた様にガクリと身体は力無く地面に崩れ落ちる。

なに……が…?

何が起こったのか。ぼやける思考が現状に全くついて行けない。消えた白式に呼び掛けても何も反応がない。いや、そもそも白式との繋がりも感じられなかった…。

「…は、ははっ……」

……?

「はっははは……アハハハハ!………アハハッアハハハハハハハッ!!!!死ねぇえええ!」
「がァっ!?」

壊れたかのように笑い出したかと思えば、俺は腹を蹴りあげられその痛みに、たまらず身体を丸めて蹲る。
しかし、オータムの暴力は止まらない。何度も、何度も俺に蹴りを浴びせてくる。

「シネッ!シネッ!くそっ!くそっ!くそっ!死ねっ!死ねぇ!!!」
「がっ……くっ……!」

くそっ、やりたい放題したやがって…。
キッとオータムを睨みつける。するとそれが気に入らなかったのか、今度は顔を力一杯踏みつけられる。

「ぐぁ…!」
「何睨んでんだ、アァッ!?ISも無いくせに粋がってんじゃねぇ!!」

……そうだ。何でISが無くなったんだ?あの装置…コイツが何かやったのは間違いない。

「何を……何をした…?俺の……俺の白式に何をしたっ?」
「るっせーんだよ!誰がしゃべっていいって言ったんだ、アァっ!?」
「あぐっ…」

また、腹を蹴られる。
どうやら逆上しているのか、俺の疑問への返答は期待は出来ないらしい。……が、その返答は此処にはいない筈の別の人物がしてくれたのだった。

「―――≪剥離剤≫。ISを強制解除させる装置よ。まさか実装されてるとは思わなかったけど」
「なっ!?誰だっ!?」

聞き覚えのある女性の声。その声の出所を追えば、そこには崩れた壁に腰を掛けた楯無先輩がいた。殺伐とした状況で普段通りの余裕に満ちた振舞いと、その手にはいつもの扇子が握られている。

「せ、先輩……?」
「YES!完璧正統派美少女生徒会長の楯無先輩ですよ~♪」
「…………」

こんな状況でもこの人はいつものペースを崩さないのか…。

「おい、なに無視してやがる!?……けっ、まあいい。見られたからにはお前から殺す!」

身を翻し、オータムは≪雪華≫による攻撃に唯一生き残った一本の装甲脚が楯無先輩に襲い掛かる。そして……。
一瞬、一瞬の出来事だった。襲い掛かるオータムに楯無先輩は何も反応も出来ずに装甲脚の鋭い爪が楯無先輩の身体を貫いた。

「た、楯無先輩!……よ、よくも、てめぇ!!」
「もう、心配しないの。一夏くんも知ってるでしょ?私の実力」
「………へ?」

身体を貫かれた筈の楯無先輩の声が俺の耳に届く。
そんな馬鹿なと、俺はもう一度楯無先輩を見るが、その身体はちゃんと装甲脚に貫かれて………いや、待て。よく見れば血は一滴も流れてはいない。それに、目を凝らしてよく見ると何か身体に違和感が…。

「何だ、お前……?手応えがないだと……?」

一番混乱しているのは貫いた本人であるオーラムだ。そのオータムの戸惑う表情を見て、楯無先輩は満足そうにくすりと笑みを零す。……が、その笑顔もそこまでだった。

「……うん。もう既にボロボロだし、弱い者いじめになるから少しは手加減してあげるべきなんだろうけど………私も怒っちゃってるから全力で潰すわね?」

楽しげな声。だと言うのに、俺はその声を聞いてゾクリと身体を震わせる。怒っていた。いつも自分を隠していた先輩がそれを隠そうともせずに怒りを露わにしていた。
そして、不思議なことはまだ続く。次の瞬間、なんと楯無先輩の身体が突然ぱしゃっと音を立てて崩れ落ちたのだ。

「!?こいつは……水か?」

先程まで楯無先輩が立っていたところの床の水溜りを見て、オータムは妙な手応えの正体に気付く。
水……そうか、さっきの水の跳ねた時の様な音がしたのはそれでか。

「ご名答。貴方が貫いたのは、水で作った私にそっくりな偽物」

何処からか聞こえてくる余裕に満ちた声…。
そして、ふと肌に感じる湿気に気付きいて辺りを見回す。すると、俺が目にしたのは、いつの間にか発生した部屋一面に不自然に漂う霧。なんで、こんな室内で……。

「私ね、この日の為に頑張ってきたのよ?どうすれば『あの子』に良い思い出を作ってあげられるか私なりに考えた。いっぱい、いっぱい考えて……でも、それも無駄になっちゃった」
「はぁ!?なに訳の分からないこと言ってやがる!?」

霧の中から響いてくる楯無先輩の語りに、オータムは声を荒げながら、装甲脚を我武者羅に振りまわしながら霧を振り払って先輩の姿を探そうと試みるが、振り払えども振り払えども霧は直ぐに元に戻り視界は遮られ、楯無先輩の姿を確認する事は叶わない。ハイパーセンサーなら索敵するのは容易の筈なのだが、≪雪華≫のダメージか、それともこの無正体不明の霧の仕業かそれも出来ないようだ。

「貴方には分からない、か……それもそうでしょうね。なら……」
「な、なんだっ!?」

オータムの周辺だけ、霧の濃度が急速に高くなっていく。

「吹き飛びなさいな」

パチンッ!と、指を鳴らした。その次の瞬間、オータムの身体は爆発に呑まれた。

「『ミステリアス・レイディ』。それが私のISの名前。『霧纏の淑女』の名前の通り、水を自在に操る機体よ。って、あら……?」
「…………」

≪雪華≫の突撃でなんとか残っていたISの装甲も今の爆発で完全に壊れ、オータムは白目を剥いてピクピクと身体を痙攣させている。完全に気を失っていた。

「聞いてないか」

反応の無いオータムに興味を無くしたのか、オータムから視線を外すと何かを探す様にキョロキョロと辺りを見回し「あっ、発見!」と言って何かを見つけると、床に落ちていたそれを拾い上げ、此方に振り向いてにっこりといつも通りの笑みを浮かべた。

「た、楯無先輩…」
「うんうん、良く頑張ったね。はい、これ」
「これは……」

そう言って笑顔で差し出されたのは、菱形立体のクリスタル。白式のコアだった。そのコアは第二形態まで発展した証として、通常の球形コアよりも強い輝きを宿している。
俺はそれに手を伸ばしてそっと触れる。すると、その瞬間、触れたコアからトクンと鼓動の様な物を感じると、コアは光と粒子となって霧散、白式と再び繋がったのを確認するのだった。

「しかし≪剥離剤≫とはねぇ。こんな大胆な真似をして盗りに来るだなんて迂闊だったわ」

指で何か見覚えのある円状の物体をクルクルと回して弄びながら、楯無先輩は転がっているロッカーの残骸に腰を掛ける。気楽そうに喋ってはいたが、その表情は何処か悔しげな表情だった。
しかし、楯無先輩が指で回してるのって俺がかぶってた王冠じゃないのか?……いや、それよりも!

「先輩!イカロス!イカロス・フテロはどうなったんですかっ!?」
「大丈夫よ。襲撃犯は逃走。イカロス・フテロも無事だから」
「そ、そうですか。良かった…」

その報告を聞いてホッと安堵する。ミコトの夢が守られた。これ程嬉しいことは無い。

「そうね。………それが、幸か不幸かは分からないけれど」
「はい?何か言いました?」

聞き取れはしなかったけど、最後に何か呟いてた気がしたんだが…。

「うん?何が?…それよりも早くミコトちゃんの所に言ってあげなさいな。私はコレの後始末があるから」
「あっ、はい!」

本当ならこの後は報告やらなんやらで缶詰になる筈なのだが、ここは楯無先輩の気遣いに甘えることにして、すぐさまミコトの許へと向かったのだった。


「だって……その結果、ミコトちゃんはまた戦闘で身を削る羽目になったのだから…」


更衣室に残された楯無先輩の呟きに気付かないまま…。









……そして、時間はまた遡る。


――――Side ミコト・オリヴィア


「家から来たの?何番?」

パンッ!

耳を突く音と同時に後ろコンクリートの壁が弾けた。ツゥーっと私の頬に血が伝う。

「お前達と一緒にするな。虫唾が走る」
「……違うんだ」

純粋に気になっただけなのにすっごく怒られた、なんでだろ?

「お前達はこの顔を見慣れているかもしれんがな。……ああ、だがその顔を原形が留めない程にズタズタに引き裂くのは面白そうだ」

そう言って、女の子は口の端をニタリと吊り上げて嗤う。

……怖い人。人を傷つけることを遊びとして楽しんでる…。

「しかし、ただ一方的に殺るのはつまらん。だから―――」

暗闇から何かを掴むと、私に似た女の子はそれをそのまま私の方へと放り投げてくる。がしゃんと大きな音を立てて目の前に落ちてきた大きな影。それは……。

「―――乗れ。お前の機体に」
「!」

生まれ変わったイカロス・フテロだった。
背中の羽は勿論健在。それだけじゃなくて、脚部や腰の辺りにも羽型のスラスターが追加されて、全体的なフォルムも羽をイメージされたデザインとなっていた。

ん。私の要望通りに仕上がってる。薫子は良い仕事した。

「……ん」

私はコクピットに乗り込む。久しぶりのコクピットの感触。三ヶ月は乗っていなかったから、ほんとうに久しぶり…。

『―――Access』

座ったと同時にシステムが起動。装甲が私に装着され、またこの子と繋がるのが分かる。

―――ただいま。

…ん。おかえり。

聞こえてくるこの子の声にくすりと笑う。
また飛べることが嬉しい。そんな感情が沢山私に伝わって来る。同じ。私もその気持ちは同じ。だから…。

「……それじゃあ、いこう。イカロス・フテロβ」

ぽっかりと開いた天井から覗かせているあの場所へ。あの空へ…。
その意思に答える様に畳まれていた翼が大きく広がり、機体を廻るエネルギーがドクン、ドクンって脈動のように伝わって来る。私はその駆け廻るエネルギーを翼に込めて―――。

バサァ!

―――大空へと飛翔した。










――――Side エム


「……来たか」

先に空に上がって待機していると、漸く贋作も空へと上がって来る。
翼を持ったIS。形はだいぶ変わりはしていたが、『あの時』私から逃げ切ったあの翼は今も健在で、私にそれを知らしめる様に悠々と羽ばたいて、私の乗る『サイレント・ゼフィルス』対峙していた。

「あまり時間は無い。そのご自慢の翼をもぎ取って早々に終わらせてもらおう」

別に、目の前に居る贋作があの人に対する渇望を少しでも満たせてくれるなどと微塵も思ってなどいない。私は『あの時』の借りと、あの人と同じ顔をしたアレさえ殺せれば満足なのだから。そう、これは猫が獲物である鼠で遊ぶあれと同じなのだ。退屈しのぎその程度の価値しか無い。
……しかし、そんな私の言葉に対して奴は不快そうに表情を歪める訳でもなく、ただ平静に首を左右に振って言葉を返してくる。

「貴方に勝つことは出来ない」
「命乞いか?今更そんなつまらないことをするな」

興ざめも良い所だ。そんなものを私は期待していない。そんなものじゃ楽しめない。

「でも……」

む?

「貴女に私とこの子は落とせない」
「………ほう」

奴の言葉を聞いて、自然と口の端がつり上がる。
大した自信じゃないか。羽をもがれた時に見せる表情。それを見るのが楽しみでならない。

「絶望に堕ちろ!」

開戦と同時にスターブレイカーのビームを奴の機体の命である翼に向けて放つ。

「―――ん!」

不意打ちに近い攻撃だったのだが、驚いた様子もなく驚異的な上昇よって容易く初撃をかわされる。一発、二発、高速機動で逃げ回る奴を高速機動で追尾しながら精密射撃を続けたが、奴は舞いを舞う様にして尽くかわして見せた。
尋常じゃない程に高機動に特化した機体。並の機体では追尾することは不可能だろう。純粋な速さ比べをするなら、高機動化パッケージをインストールしても厳しいと推測する。

…見たところ奴に攻撃手段は無い。となると、敵の援軍が駆け付けるまでに落とせなければ私の負けと言う事か。

「…ははっ!」

良い!良いじゃないかっ!あの時と同じ状況!こうでなくてはなぁ!

「なら、これはどうだ?」

再びビームを奴に目掛けて放つ。奴は先程同様に回避しようとするが……回避行動を取った直後、奴が避けたと思ったているビームは弧を描いて大きく曲がり、再び奴に目掛けて奔った。

「えっ―――あぅ!?」

それを見て奴は初めて表情を驚きに変え、慌てて回避行動を取ろうとするがもう遅い。ビームは奴の腹部に着弾して装甲を破壊。奴の機体はそのまま着弾の衝撃でバランスを崩し、クルクルと回転しながら落下。海面から数百メートルの高度で体勢を持ち直す。

「一撃は耐えたか」

パイロットには直接のダメージは無いとは言え、あれだけの薄い装甲、気を失うには十分の筈だが…。初めて見た時よりも気休め程度に追加された装甲に助けられたようだ。しかし、次を耐えきれるかどうかは明らか―――。

「最初からその予定だったが、あっけない幕切れだったな」

2発目は耐えきれまい。そう思いながら止めの一撃を放った。
迫りくるビーム。無論奴も回避を試みる。しかしビームの速度には勝てる訳もなくこれで終わりだと私は確信した。だが…―――。

「むぅ~~~!」

「……何?」

―――突如、視界から奴が消えた。

標的を見失ったビームはそのまま海面へと消え、慌ててハイパーセンサーで索敵をして奴を探す。すると、センサーが示す奴の座標は私の後方、はっとして振り向けば。そこには優雅に空の遊泳を楽しんでいる奴が居た。

「むふぅ~♪」

…私が感知できなかった?馬鹿な。

あの人ならともかく、贋作である筈のアレに私が劣る筈がない。何かの間違いだ。そう思いながらも、今度は奴の動きに注意しつつもう一度ビームを放つ。
すると、また奴は姿を消して遥か上空へと姿を現す。ビームは当然外れる。……だが、今度はこの目で確かに奴の動きを追うことが出来た。追うのがやっとでビームの操作に意識を割く余裕は無かったが…。

信じられない事だが、奴は高速機動を維持したまま、2段…いや、恐らく4段以上の瞬間加速で追尾して来るビームを避けてみせたのだ。その結果、あまりの超機動に私も目標を追う事が出来ず、ビームは私の操作から外れて目標とは明後日の方角へと飛んでいってしまった。

もうあのビームの軌道に適応したとでも言うのか?ありえん…。

「ちぃっ!」

ならば2射連続。複数のビームの追尾に対応できる訳が…。
しかし、そんな私の予測は簡単に裏切られる。奴は2つの追尾して来るビームをまた瞬間加速を多用した超高速機動でまたかわして見せる。これも避けるか…。

「射撃では埒が明かんっ!」

射撃モードから銃剣モードに切り替える。ビームを避けると言うのなら仕方がない。こうなったら接近して直接叩き斬ってやる。奴が瞬間加速を使うと言うのならこちらも使うまでだ。あの機動は確かに脅威だが、身体にかかる負担も相当の筈。常に瞬間加速を使用している訳ではない。ならばあれに追い付くことは可能だ。
海上では2機の機体が繰り広げる戦闘。その速度は目視出来ず、緑と蒼の2色のスラスターの光だけが∞のアーチを描いて空を交差し、その戦闘の激しさを物語ってる。

「疾ッ!」
「むぅ!」

擦れ違い様を狙ってブレードを振う。が、奴は羽と機体の各所にあるスラスターを巧みに使い、本来なら無理な体勢での回避行動をやってのけた。

…そういうことか。

避ける様子を見てあの機動の仕組みを理解する。あの異常なまでの瞬間加速の連続使用は、あの多数のスタスタ―を小分けにして行ったからか。言葉にすれば単純で簡単なようにも聞こえるが、それはかなりの操縦者の技量が求められる高等技術だ。誰もが真似できる物じゃない。

「だが―――!」

私がそれに対処できないと思ったか!?

そんな訳がない。贋作のお前に出来て私に出来ない訳がない!
スラスターの出力を更に上げる。奴に喰らいつく為に、奴に追い付く為に……と、その時。私の耳にある音が聞こえてきた。

「~♪~~♪」

鼻歌だ…。奴とすれ違う際、奴が鼻歌を歌っているのを、私の耳が確かに聴いたのだ。

戦闘中に鼻歌?私を相手にして鼻歌を歌う余裕があるだと…?

馬鹿な、そんな事有り得ない。奴はあの人じゃないんだ。奴が私に勝る筈が……そう自分に言い聞かせている途中、私は奴を見て言葉を失った。
自由に空で戯れている贋作。そして、奴の視線の先は…。

私を…見ていない…?

戦闘中でありながら、奴は対戦相手である私を見ていなかったのだ。奴が私を見ていない。奴が見ているのは、視線の先にあるのは…空。
あの時もだ。あの時も奴は私を見向きもしなかった。まるで、子供が遊びに夢中になる様に、私など眼中になかった。

戦闘をしているつもりだったのは、私だけだと言うのか…?

「な、舐めるなああああっ!」

スラスターを最大噴力で一瞬で奴との距離を詰める。

「…足りない」

しかし、奴は自分に目掛けてブレードが振るわれていると言うのに興味を示さない。ぼそりと奴は何かを呟くと、突然上昇を始めブレードは空を斬る。

「もっと…もっと、高く」
「逃がすかっ!」

そのまま上昇する速度は上げ続ける奴を追うために私も上昇する。
上昇する奴の後ろは無防備。後ろから射撃で撃ち落としてしまえばと思いライフルを構えたがすぐにそれを止める。大気圏離脱でもするつもりなのかと疑う馬鹿げた上昇速度。身体にかかる負荷が半端では無く、狙いを定める余裕なんてなかった。ともすれば、直接近づいて奴を引き摺り下ろすしか他に手は無い。

―――エンジンが限界値に近づいています。直ちに速度を落として下さい。

先程からハイパーセンサーの警告音が煩い。エンジンがレッドゾーンに近づいているようだが、私はその警告を無視して更に速度を上げる。
奴との距離が縮まって行く。もう少し、少しだ。あと少しでブレードの有効範囲内に入る。相手との距離、100m…80…50…30…。

追いつい―――。

「ごめんね」
「……何?」

ブレードを振う直前、奴は謝罪の言葉をセンサーが拾う。一瞬、その言葉に眉を顰めた私だったが…。

トンッ…。

――――なっ!?

奴の行動にその表情は驚愕へと変わる。向かっていた反対方向へ押し返される感覚。ふと気付けば、サイレント・ゼフィルス上空では無く海へと降下していた。

「私を……踏み台にっ!?」

そう驚く私を置いて、奴の機体はグンッ!と上昇速度を爆発的に上昇させた。

私を踏み台にすることで、補助ブースターの代わりにしたのか!?

縮めた距離がまた離されて行く。急いで体勢を戻し、再び奴を追いかけるがその距離はもう縮めることは出来なかった…。
だんだんと離れて行く奴の後ろ姿に無我夢中で手を伸ばす。

届かない…だとっ?

どんなに速度を上げても…手を伸ばしても…あれには届かない。

認めん!認められるか!こんなっ…!

こんな子供のお遊びに私が振りまわされるなんて結果、認められる筈がない。届く、届くんだ。手を伸ばせば必ず…!何故なら、いくらコピーとしての性能が優れていようと、奴は所詮あの人の贋作でしかない。私が劣る筈がないのだから。だから―――!

ガクンッ…。

突然、スラスターの出力が落ち急速に速度が低下する。
機体の異変に即座にパラメーターを確認。スラスターのステータスが赤く点滅し、スラスターに異状がきたしているのが分かった。

「―――エンジントラブルっ!?」

今もこうして飛行していられるのは、ハイパーセンサーが危険と判断してエンジンをカットしてくれたからだろう。でなければ今ごろは空中でバラバラになっていた。しかし、これではもう奴を追う事は出来ない。それに下を見れば学園から複数のスラスター光が此方へと向かって来ていた。

「くっ、時間切れか……離脱する」
『了解。至急この空域から離脱しなさい』

どうやらずっと私の戦闘をモニターしていたらしい。スコールから直ぐに撤退の許可が出た。

「……オータムは回収しなくて良いのか?」
『ええ、構わないわ。もともとそれも計画の内だから』

私も奴も失敗するのは全て計算ずくと言う訳か…。

「……捨て駒か」
『あら、捨て駒なんて酷い。『種』を撒くための苗所を準備しただけよ』

奴が何を考えているのか、それは私には分からない。そもそも興味もない。すぐに思考を切り替えて離脱を始めた。
離脱の際に私は空を見上げる。そこにはもう奴の姿は無く、奴が消えた青々とした空を忌々しく睨むと、この場から離脱するのだった…。









――――Side ミコト・オリヴィア


「――――届いた♪」

キラキラと輝く星々、大気圏内の空とは違う浮遊感、私の後ろには青くて綺麗な地球。

「宇宙……来たー♪」

宇宙。これが私が見てた空の向こう側…。

「空って……本当に広いんだね、イカロス」

キラキラと輝く星の海。この光景が無限に広がってるのが宇宙なんだ…。

「きれい…」

私がいつも見上げていた空の向こう側はこんなに綺麗だったんだ。

「お、おお~?……おお~~!」

少し散歩してみようと思って羽ばたいたら、機体がぐるんぐるんって回りだす。

―――PIC/ON.

「……お~」

薫子が付けてくれたPICが起動して、ぐるぐる回転していたのがピタリと止まる。
これが無重力…。宇宙で散歩するのは難しそう。これは練習が必要。ん、頑張る。―――と、私が意気込んでいると、そこに通信が入った。

『―――ミコトさん!応答して下さい!聞こえてますの!?』

あ、セシリアだ。これは良いタイミング。さっそくセシリアに自慢する!

「セシリア!届いた!宇宙!届いた!」

私は興奮気味にそう自慢した。

『宇宙って……え、ええええええっ!?』

むふ~♪セシリアすごく驚いてる。私、満足。

『アンタ、なんてところに居んのよ…』
『お、お前なぁ…』
『ま、まあ無事なんだから良かったじゃない!……驚いたけど』
『まさか、宇宙とはな…』
『まったく、ミコトにはいつも驚かされる…』

あっ、他のみんなもいるんだ!

「みんな!すっごい!宇宙ってすごい!」
『がくっ…俺達の気も知らないで…』
『はぁ……良いから降りて来なさいな。皆心配してますのよ?』
「ん~♪」

本当はもっと居たかったけど、セシリアの言う通りにする……何だかとっても疲れたし。

「またこようね、イカロス♪」

――――♪













…そして、騒乱の学園祭が終わり。再びいつも通りの学園での生活が戻って来た。あの事件後、IS委員会はようやく相次ぐ事件の重大さを危険視し、警備の強化として教員が搭乗したISを学園の警備として配備する事を決定。

「スゥ……スゥ……」

「何かさ、最近物騒になってきたよねぇ。何があったんだろ…」
「さあ?この間の学園祭が関係してるんじゃない?」

当然、あの事件の真相は生徒や来訪客には明かされてはいない。表向きでは調理用のガスボンベがガス漏れを起こして爆発したと説明はしているが、それを信じる者は殆ど居なかった。

「何だか怖いなぁ…」
「だね~、怪我人は出てないから大丈夫だとは思うけど…」

この処置の結果が大きな事態を引き起こす事はまだ誰も知らない…。

「ん~……むにゃむにゃ…」







あとがき

多段クイックブーストとかどこのラインの乙女だよって言うくらいにミコトの機動は人外でしたとさw
メインスラスターだけじゃ大気圏離脱は無理。なら補助ブースターも付ければ良いんじゃね?そんな考えの末に出来たのが新生イカロスw人型ロケットも良い所だw




[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~幕間
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/10/18 01:05

「失礼します」

重厚なドアを開いて学園長室に入る。

「ああ、更識くん。ごくろうさま」

私を迎えたのは穏やかな顔をした初老の男性。その頭は白髪で歳相応の皺が顔に刻まれている。
この男性の名前は轡木十蔵。柔和さを感じる人柄は、親しみやすさからか『学園内の良心』などと呼ばれている。普段は用務員として仕事していて、表向きはこの人の妻である女性が学園長を務めているが、実務に関してはこの男性が取り仕切っている。

「それでは、報告をお願いしますね」

学園長の地位には相応しい立派な机に組んだ手を置きながら、私に報告を求めてくる。

「はい、≪亡国機業≫の構成員、オータムの尋問は今だ続いていますが、組織のことはまだ聞き出せていません。唯一聞き出せた情報と言えば、近々IS学園に大規模な襲撃作戦が予定されていると言う事だけ…。委員会はそれに備えてISを防衛として配備を決定したようですね」
「ふむ……第二次世界大戦時にも、彼等の影があったと言われる程の組織。この様な博打にも等しい襲撃をするとは到底思えないですよ、私は」

私もその意見に頷く。

「はい、私も同意見です」
「だからこその今回の措置なんでしょうが……きみはこの件についてどう思いますか?」

十蔵さんが言うのはISの配備のことね…。

「措置については間違ってはいないと思います。ですが、やはり分からないんです。襲撃が目的だと言うのなら、なぜ大事の前にあのような事件を起こして警戒させるようなことをするのか…。奇襲と言うのは敵の不意を打つからこそ効果があります。ですがこれは…」
「これから襲撃しますよと予告している様に見える、ですか?」
「……はい」

というより、そうにしか私には見えなかった。
今回の襲撃事件、あまりにも計画がおざなりに過ぎる。まるであの事件そのものが失敗が前提であるかのように…。

「謎な部分も多くありますが、亡国機業が保有しているISは現在確認出来るだけでも2機。その内1つは回収済みですが、ISをどれだけ保有しているか分からない組織に警戒するのは当然のことです。私も委員会の決定には異論はありません」

パイロットが優秀ならその気になれば一機だけでも一国を落とせるほどの戦力。それが最強の兵器≪インフィニット・ストラトス≫。何が目的か不明であっても、それを保有する組織が学園を狙っていると言うのだから、万全の態勢で備えるのはISとIS学園を管理する委員会として当然の責務である。

「結局、我々は後手に回るしかない。頼みましたよ?更識楯無くん」
「はい。楯無の名に賭けて」

そう、それが私がこの学園にいる存在理由なのだから。

「……ですが、ISまで使用してのテロ行為。彼等は何が目的なんでしょうか?こんなこと許してたら最悪戦争が起こる可能性もありますよね?」

今、世界はISを競技の道具として扱う事で平和と言うバランスを保っている。 しかし、それはとても不安定なもので、少しでも衝撃を加えてしまえば簡単に崩れてしまう。まるで、世界が火薬で満ちていて、そこに火種を投げ入れるようなものだ。亡国機業のやっている事は…。

「戦争で得をする人間もいると言う事でしょう」
「亡国機業……企業ですか」

世界規模の戦争が勃発すればさぞ大儲けが出来る事だろう。それを可能とする政治や軍に干渉できる程の組織。その規模はどれ程の物か…想像しただけでもゾッとする。

「ジョークのつもりなら、即座布団全ボッシュートものですね」
「ですが、だからこそ今もそのような組織が存在していられるのですよ。国だってお金が無ければ回せません。なら、そのお金はどこが出ていると思います?」
「……企業ですね」
「そうです。潰したくても潰れない。仮に潰してもまた別の野心を持った者が現れる」
「いやですね。お台所の黒光りしてるアレみたい」
「ははは、嫌われ者には変わりないですね」

と、ふざけたことを言っていたら張り詰めていた空気もいつの間にか霧散して消え、学園長室には穏やかな空気へと変わっていた。

「さて、気が重くなる話はこの辺にしてお茶にしましょう。いいお菓子があるんですよ。それを頂きながら、生徒としての更識くんの学園でのお話を聞かせて下さい」

お菓子と言うキーワードに私は目を輝かせる。

「十蔵さんのお菓子チョイスは外れがないですからね。楽しみ♪」

そうはしゃぎながら応客用のソファーに腰を下ろす、その様は歳相応の女子のそれだ。十蔵さんの選ぶお菓子は私がそうなる程に絶品なのだ。

「はっはっはっ、そんな大したものじゃありませんよ」
「いえいえ、本当においしいです。それを証拠に私もお茶を用意して来たんですよ?」
「おお、まさか布仏虚くんの?」
「はい、そのまさかです」

実は、毎回報告の度に出てくるお菓子が密かに楽しみで、虚ちゃんにお茶を用意して貰っていたのだ。

「おお!彼女のお茶は素晴らしいですからね、これはいいお茶会になりそうだ」

それとは逆に、私の話を聞いて年甲斐もなくはしゃぐ姿は七十近い男のものには見えない。
まるであべこべの二人、仲が良い友達がそうするように互いに差し向かいで座ってお茶をはじめる。傍から見たらそれは奇妙な光景なのかもしれない。でも、これは二人にとって見慣れた光景。IS学園それぞれの長のよくある光景なのだ。

「最近、君の噂をよく耳にしますよ。何やら『うっかり癖』が出来てしまった様で」
「あははは…おはずかしい」

くっくっと笑いを堪える十蔵さん。身に覚えがあり過ぎてすっごく顔は熱いんですけど…。

「いやいや、責めるつもりはありませんよ?生徒会長としてに役目はしっかり果たせていますし、寧ろ私には好ましく思えます。若者なんですから青春を謳歌することは素晴らしいことです」
「あの、恥を掻いてるだけでそんな大げさな物じゃないと思うんですけどぉ…」
「人生と言う物はそう言うものですよ」

流石この人が言うと言葉の重みが違う。

「若い頃はいくらでも無茶をしなさい、失敗しなさい、恥を掻きなさい、悲しみなさい、笑いなさい、そして人生を楽しみなさい。大人になってそれは思い出となり、きっと貴方達の力となります。過去とは未来へ進むエネルギーなのですから」
「…はい。胸に刻んでおきます」
「はっはっはっ、少し老婆心が過ぎましたかな?」
「いえ、とてもためになりました。さすが『学園内の良心』」
「その呼び方は止めてください。お恥ずかしいですから」
「お返しです♪私だって恥ずかしかったんですから」

からかう様にパチリとウインクをすると、何故か十蔵さんはそれを微笑ましいそうに見ていた。

「……本当に変わりましたね」
「え?そうですか?」

十蔵さんとお茶をするときはある程度我を出してると思うんだけど…。

「それも、ミコトちゃんのおかげですかね」

十蔵さんはミコトちゃんにだけ『ちゃん』付けで呼ぶ。ミコトちゃんは学園長室には立ち寄らないが、よく校舎内を散歩しているだけあって、校舎の掃除をしている十蔵さんとはよく面識があり、かなりの仲良しさんだ。よくお話をしたり、掃除の手伝いをしてくれたりなど、まるで孫出来た様だと嬉しそうに語るその表情は、孫を可愛がるおじいちゃんその物だった。

「……そう、ですね。そうかもしれません」

十蔵さんの言う通り私が変わったと言うのなら、それは間違いなくミコトちゃんが原因なのだろう。あの子には、そういう不思議なものがあるから。

「……あの子には、いつまでも笑顔であって欲しいものですね」
「ええ、本当に……」

私も十蔵さんも近い未来の事を知りつつも、そう願わずにはいられなかった…。











幕間「学園祭の後、後悔の後…」










――――Side 織斑 一夏


「織斑一夏くん、生徒会副会長着任おめでとう!」
「おめでと~」
「おめでとう。これからよろしく」

楯無先輩、のほほんさん、虚先輩。三者三様の祝福の言葉の後に、パーンッ!と盛大なクラッカーの音が鳴り響く。
今、俺がいる場所は生徒会室。豪華な机や部屋の装飾がその権力を象徴しているようだ。

「なぜこんなことに……」

自問自答するが、答えはいま楯無先輩が言ったばかりだ。『生徒会副会長』、つまりそう言う事なのだ。学園祭を舞台に行われた俺の争奪戦。投票で一番票を取ったのは生徒会主催観客参加型『シンデレラ』。つまり一位は生徒会であり、俺の強制入部先は生徒会。
後から聞かされたあの演劇のルール。それは、王冠をGETした人が俺と同じ部屋に暮らせるというものだった。
そして、演劇の参加条件は『生徒会に投票すること』。その餌もあってかあの演劇にはかなりの人数が参加していたので、生徒会がダントツで一位になるのは当然の結果とも言える。八百長といわれても仕方ないが…。その所為でやはりというか生徒からは非難が殺到。その不満を鎮める為に楯無先輩がとった対策とは、生徒会のメンバーとなった俺を各部活動にマネージャーや庶務として派遣するというもだった。たぶん、これは最初から計画の内に入っていたんだろうなぁ。

「あら?良い解決法でしょう?元はといえば一夏くんがどこの部活動にも入らないからいけないのよ。学園長からも、生徒会権限でどこかに入部させるようにって言われてね」
「おりむ~が何処かに入ればー、一部の人は諦めるだろうけどー」
「その他大勢の生徒が『うちの部活に入れて』と言いだすのが必至でしょう。そのため、生徒会で今回の措置をとらせていただきました」
「今回の騒動は私が原因でもあるからね。一夏くんも猛獣の入った檻の中にぶち込まれたくないでしょ?」
「それは……そうですけど…」

3人の正論に何も言い返せない。しかしこの3人見事な連携である。幼馴染は伊達じゃないとでも言いたいのか…。

「なら問題無いわね♪派遣先の部活動が決まり次第そっちに行ってもらうことになるから頑張ってね?」

無駄に綺麗な笑顔で話を半ば強引に終了させられると、この場の空気は副会長就任を祝うパーティーへと切り替わる。

「よぉし!お仕事の話はその辺にして、今日はケーキを焼いて来たからみんなで頂きましょう!」
「さんせ~♪」
「では、お茶を淹れましょう」
「ええ、お願い。本音ちゃんは取り皿お願いね」
「はーーい」

成程、これがこの生徒会での基本的な役割分担なのか。3人の息の合った連携に着々と準備が進められていく。
切り分けられて皿に乗せられたケーキは、お店に並べても問題無いくらいに美味しそうに仕上がっており、本当に何でも出来る完璧超人なんだなと改めて思い知らされる。

「……あっ、そういえば、ミコトちゃんは来てないのね?てっきり一緒に来ると思ってたんだけど」

気付けば一つ余分にケーキが切り分けられている。きっとこれはミコトの分なんだろう。しかし、この場にはミコトの姿は無い。

「みこちーね~、おねむおねむ~なんだ~」
「すいません。誘ったんですけど、今日は眠いからって部屋に戻っちゃって…」

なんだか最近のミコトは常に眠そうにしている。
授業中は居眠りが多くなり、前よりも就寝時間も早く寝るようになったそうだ。それを皆はまた前みたいに体調を崩したのではないのかと心配したのだが、熱もないし食欲もあり体調は問題は無かった。しかし、学園祭や戦闘といった疲労する事が立て続けに起こったこともあって、前みたいに倒れるんじゃないかと心配して、念の為メンバーの内の誰かが常に傍にいる様に気を配り、今はラウラがミコトに付き添っている。

「……そっか、もう秋だからね。うんうん、お昼寝が気持ちいい季節だ」
「ミコトちゃんの分のケーキは冷蔵庫に入れておきましょう」
「そうしてあげて、今度来た時にケーキが残って無かったらミコトちゃんったら膨れちゃうもの」
「そうだね~……じゅるり」
「……本音?駄目だからね?」
「な、なんのこと~?」

よだれ垂らしながら惚けるなっての、視線がケーキに釘付けで何を考えてるか丸分かりだから。

「流石にミコトちゃんの分を食べたら私も怒るからね?本音ちゃん」
「や、やだな~。そんなことしないよ~」

俺、楯無先輩、虚先輩、3人の疑いの眼差しがのほほんさんへと集まる。普段の食い意地が汚いのを目にしている所為か、のほほんさんの言葉には全く説得力が無かった。

「虚ちゃん、冷蔵庫にはカギを掛けててね」
「かしこまりました」
「え~~~!?それじゃあ他のお菓子も食べられないよ~!プリン~!ゼリ~!アイス~!ジュ~ス~!」

日頃の行いだよなぁ…。

涙目ののほほんさんを見て、俺は日々真面目に生きて行こうと誓いながら、自分の分のケーキを食べるのだった。








――――Side ラウラ・ボーデヴィッヒ


「すぅ…すぅ…」
「…………」

呼吸は乱れた様子もなく、ミコトは安らかに眠っている。私はその寝顔を枕元まで持って来た椅子に腰を下ろしてじっと静かに物思いに耽りながら眺めていた…。

あの時、私が役目を果たせていたなら…。

あの学園祭での襲撃事件の際、私がミコトを引きとめることが出来れいれば、行かせさえしなければ、そんな過ぎてしまった過ちを振り返れば振り返るほど後悔は募るばかりで、自分の情けなさに嫌気を感じるどころか殺意さえ覚える。
先の戦闘でミコトは夢にみた宇宙に辿り着く事が出来た。その奇想天外な記録に皆は最初は驚き呆れもしたが、ミコトの夢が叶った事を自分の事のように喜び祝福していた。しかし、皆が宇宙から戻って来たミコトを祝福するなか、私だけがその輪から外れて曇る表情でそれを眺めていた。笑える筈が無い。今のミコトがISで戦闘をするということは、命を削ると同義なのだから…。あの場に本音はいなかったが、もし、あの場に本音がいたなら本音は笑顔でいられたのだろうか?いや、きっと笑っただろう。本音は私よりずっと強いのだから…。

「……愚か者めっ」

自分に向けての怨嗟の言葉。爪が肉に喰い込むのも構わずに拳を握りしめ、指の間から血が滴り落ちて自分の白い制服を紅く汚す。私は本音になんと詫びればいいんだ?あの夜の誓いを破っておいてどの面を下げて盟友に会えばいい…?
あの笑顔を見るのが辛い。私を誓約を破ったと言うのに私を責めようとしない本音の笑顔が…辛い。

「ミコト……私は…」

お前に…何もしてやれていない。

その事実に自分の情けなさや後悔で押しつぶされそうになる。
戦う事しか出来ない私がそれすらも出来ないのなら、一体私に何の価値があるというのか…。
傍から見ればこんな何時までもウジウジとしている姿など見るに堪えないと罵られてしまうかもしれない。しかし、どうしてこうせずにいられるだろう?一度失敗したのなら、同じ失敗を繰り返さない様に次に活かせば良い。だが、ミコトの事に限ってはそれは許されない。何故なら失敗するということは、ミコトの命の消費もしくは死に繋がるのだから。

結果的に私がミコトの命を削ったと同然だ…。

「なにが…っ!」

―――では、私がミコトの身を守ろう。

「なにが…守るだ…っ!!」

自分の噛み殺した声が部屋に響いた…。








あとがき

次の話に移るための繋ぎ。インターバルですね。自分でも驚く程にすっごく短いです^^;



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第四十八話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/10/28 04:24

「うぅ~……」

カーテンの隙間から、朝の光が漏れている。もう朝だ。
布団の中でもぞもぞと身体を動かす。季節はすっかり秋となって、肌寒い朝は布団から出るのにすごく頑張らないといけない。隣のベッドで寝ている本音は今日もこの布団の誘惑に勝てなかったみたいで、今も気持ちよさそうに寝息を立ててお休み中で、一向に目覚める気配が無い。

「……なんだか身体が重い」

身体を起こすと、何か自分に圧し掛かってるような感覚にみまわれる。

「けほっ……んー…?」

風邪かな…?

額に手を当ててみるけど、熱があると言う訳じゃないみたい。

「………………ま、いっか」

特に動くのが辛いと訳でもないし、たぶん寝起きだからだと思う。放っておいても多分平気。
そう自分で結論付けて、重い瞼を擦ってベッドから這い出るとカーテンを開く。その途端に薄暗かった部屋は陽の光でパッと明るくなり、私の視界に気持ち良い青空が飛び込んでくる。

「ん……良い天気」

朝陽の光に輝く青空。それを何かをする訳でもなく暫く眺めていると、気が付けば先程まで感じていた身体のダルさも嘘のように吹き飛んでいた。

「よし、今日もがんばる」

そう意気込むと、まずは日課の本音を起こす事から始めるのだった。







第48話「今は休息を」








――――Side 織斑一夏


「ふふん!よく来てくれたね、みんな!」
「は、はぁ…」

学園祭での騒動も落ち着いて数日が経過した頃、放課後に俺達は黛先輩に呼び出され、第二整備室にやって来ていた。
第二整備室に入って俺達が目に下には部屋の中心に鎮座するカバーシートに覆われた大きな物体と、その前で得意げな表情を浮かべて仁王立ちする黛先輩。それを見てこれから何が始まるのか察した俺達は少し気まずそうに顔を合わせる。

「ジャジャーン!これがイカロス・フテロの生まれ変わった姿。イカロス・フテロβだよ!」

そんな大げさにカバーシートを引っぺがしてそこから姿を現したのは、もはや俺達が一度目にしているミコトの専用機『イカロス・フテロβ』だった。

「うん、知ってる」
「知ってるな」
「知ってますわね」
「知ってるわ」
「知ってるねー」
「ん」
「………」
「あ、あはは…」
「え、えっと……?」

以上、直ったイカロス・フテロを自慢げに見せびらかす黛先輩に対する全員からの冷めた反応でした。

「……え、ええっ!?どうして知ってるのー!?」

期待していた反応とはまったく逆方向な反応に、黛先輩は驚かす筈が逆に驚かさてしまう。なんというか、期待させてた様で申し訳ない…。
あの襲撃事件の詳細は生徒達には知らされてはいない。黛先輩も当然その中に含められるし、俺達がイカロス・フテロβを初見では無いことを黛先輩が知る筈が無いのだ。

「ミコトちゃん、本音ちゃん、簪ちゃんは手伝ってくれたからその反応は納得できるけど、他の皆はどうしてー!?学園祭で謎の爆発事故で機材や機体も傷ついてるし!もう散々だよー!」

いや、なんと言うか本当に申し訳ないです。

黛先輩がまじでへこんでる。そりゃ貴重な設備と機材がボロボロになった挙句、俺達の反応がこれじゃあ頑張った甲斐が無くて黛先輩の言う通り本当に散々だろう。

「そ、それより機体の説明をしてほしいな~なんて。ね!黛先輩お願いします!」

おお!シャルロットナイスだ!

「そ、そうそう!見た事はあるけど詳細は知らないんですよ俺達!」
「そ、そうですわね!わたくしもさっきからそれが気になってましたの!」
「ア、アタシも知りたいな~!」
「う、うむ!黛先輩!御教授願えないだろうか!?」

シャルロットに続けとみんなからの必死なフォロー。

「………うん!そうだね!」
「「「「「「(ホッ…)」」」」」」

立ち直った黛先輩に胸を撫で下ろす一同。ノリで生きてるだけあって乗せられ易くて助かった…。

「コホン…じゃあ、説明するね。イカロス・フテロβは分かってると思うけどイカロス・フテロを改修した機体だよ。その機体の性能は機動性だけを見るなら、織斑君の白式や篠ノ之さんの紅椿を大きく上回る性能を持ってるわ」

それはそうだろう。なんて言ったって大気圏離脱を可能とする出力なんだからなぁ。

「あの…話を折って悪いんですけど、質問良いですか?」
「うん?なになに?」

シャルロットが手を上げて質問の許可を求めると、黛先輩は笑顔でそれを受け入れる。

「最初に見て思ったんですけど、足が無いですよね?」

ISはパワードスーツとして開発されている為、人型であるのが基本である。けれど、イカロス・フテロの脚部には足がない。スラスターに取り換えられている。

「あーそれはね、脚としての歩行機能を一切捨ててスラスターに取り換えたの。イカロス・フテロは外付けなんて積める余裕は無いから」

あの変則的な機動を可能とする為に、可能な限り余計な物を削った機体がイカロス・フテロだ。機動性を上げる為に追加のスラスターを付けようものなら、逆にその機動性を殺してしまうだろう。なら、代わりに他のものを外すしかない。その結果この形になったと言う訳か。

「PICもちゃんとしたのに取り換えたわ。宇宙空間だとPIC無しじゃ溺れちゃって身動きとれないから」
「え?それだとまずいんじゃ…」

俺の記憶が正しければミコトのあの変則的な機動はPICが無いから可能であって、PICが搭載されたらもうあの機動は出来なくなるんじゃ…?

「心配ご無用!PICはON/OFF切り替えれるから、イカロス・フテロの長所を殺す事は無いよ」

普通はそんなことしないんだけどね、と苦笑しながら付け加える黛先輩に俺も苦笑で返した。確かにPICを切る奴は普通はいないだろう、あれが起動していないとISは『飛ぶ』ことは出来ても『浮く』ことは出来ないんだから。PIC無しで空中でその場に停止しながら飛行を維持するのは至難の業だ。

「でも不思議なんだよねぇ」

黛先輩は不可解だと言う様にイカロス・フテロを見て首を傾げる。

「えっ、何がです?」
「えっとね、メインフレームとか換装すると、コアが馴染むまでかなりの時間が必要なの。なのにこの機体ったら驚いたことにすぐに馴染んじゃったんだよね。出来るだけ早く馴染むように、メインフレームを前の形に可能な限り似せたりとかして工夫はしたけどさ、普通はこんな早く馴染むなんて有り得ないよ。いやはやビックリだわ。ISは解明されてない部分が多くあるけど、その一つを目の当たりにしたってカンジ?」

少し興奮気味に黛先輩は語る。
ISには謎が多く、全容は明らかにされていない。だから不可解なことが起こっても、それは不思議であって不思議ではない。実際に俺自身も身に覚えがある、黛先輩もそれを経験して技術者として感動しているのだろう。

「よっぽどこの機体、イカロス・フテロのコアと相性が良かったのね。それともミコトちゃんのおかげか……興味深いわね」
「う?」

おっといかん。この辺りで止めておかないと話が大きく逸れてしまいそうだ。

「先輩先輩、説明の続きお願いします」
「あっといけない、そうだったわね。この後、機体の最終調整とかもあるからちゃっちゃと終わらせないと…。といっても、あとは腰部のスラスターと気休め程度の装甲が追加されたってくらいしか変更点は無いのよね。何かそっちから質問とかある?」
「一つだけ。装甲やスラスターを追加したと今おっしゃりましたけど、それによる機動性の低下は大丈夫なんですの?」

そのセシリアの疑問には俺も気になっていた。つい先ほど外付けする余裕は無いと言ったばかりじゃないか。

「ああ、うん。それね……ほんっとギリギリ。機動性に影響が無いギリギリのラインまで計算に計算を重ねて、なんとか大気圏離脱可能な速度と耐久のレベルまでいけたの。これ以上手を加えるのは無理って断言できるね」
「つまり影響は無いってこと?」

鈴の問いに黛先輩は頷く。

「ええ、大丈夫。装甲と腰のスラスターはそこまで重量は無いから。本当に気休め程度だし、特に腰のスラスターに関してはメインスラスターの翼を参考にして作ってあるから重たくないわ」

それを聞いてシャルロットは胸を撫で下ろす。

「ホッ…良かったぁ。いざって時に今まで通りに動けなくて、もしも何かあったら大変だもんね」
「うん?いざって時って?」
「へっ?……あっ!?ううん!?何でも無いんです!こっちの話でっ!ア、アハハハ!」

慌てて誤魔化すシャルロット。一般生徒である黛先輩にはいままでの事件の真相を知らない。まさか自分達が通っている学園で、命懸けのIS同士の戦闘が繰り広げられていただなんて思いもしないだろう。世間ではISは軍事目的とした運用は禁止されているのだから。

「ふ~ん?まあ、もうすぐキャノンボール・ファストの時期だから、心配するのも分かるけどね。いくら絶対防御があるからって、操作を誤って衝突事故とか危ないものは危ないし」
「そ、そうそう!そうですよ!アハハ!」
「安全第一だよね~。ね~ラウっち~?………ラウっち~?」
「………っ!?あ、ああそうだな」

真剣な表情を浮かべて何やら深く考えてごとをしていたのか、のほほんさんの呼び掛けに反応が遅れる。何だろう?いつものラウラらしくない。いつもなら自分の名を呼ばれれば即座に反応を示すというのに…何かあったんだろうか?

「どうしたんだよラウラ?体調でも悪いのか?」
「体調……」

体調という言葉に更にラウラは表情を強張らせたが、すぐに表情を和らげ、ぎこちない笑みを浮かべて首を左右に振る。

「……いや、なんでもない。大丈夫だ」
「そうか?ならいいんだけど…」

とてもそうには見えないが、ラウラの態度からは明確な拒絶が見てとれた。ここは深く問わない方が良いんだろう。
実はこういうのはラウラだけじゃない。セシリアもミコトと襲撃者の戦闘映像を見て、放課後一人で黙々と訓練を続けている。セシリアの方は表情は出してはいないが、映像を見た時のセシリアの屈辱を受けたかのような表情を俺は覚えている。俺は機密だとかでその映像を見てはいないが、セシリアには確認のために観覧の許可が下りたらしいのだが、一体セシリアは何を見たのだろう?

「それよりいいのか?時間が圧しているのだろう?」
「うん、そうだね。時間は有限だから有効に使って行かないと!簪ちゃんももう少し待っててね。この調整が終わればすぐに貴女の打鉄弐式の方を取りかかるから」
「あっ…は、はい……よろしくお願いします…」

いまいちこの場の空気に馴染めていない挙動不審な簪さん。実はこうしてちゃんとみんなと顔を合わせるのは今日が初めてだったりする。学園祭の時はごたごたし過ぎて話をする暇なんてなかったからな。

「あら、では貴女が4組の代表候補生ですの?」
「う、うん……」
「今更かよ」

簪さんの正体を知って、今更驚くセシリアを俺は呆れた目で見る。しかし、セシリアはそれが気に喰わなかったのだろう。懸命に弁解を試みてきた。

「し、仕方がないではありませんか!4組の代表候補生の事は噂程度しか耳にしてないのですから!まさかミコトさんのお友達がご本人だなんて誰が思いますの!?ねぇ!皆さんもそうでしょう!?」
「「「………(サッ」」」

箒、鈴、シャルロットがセシリアから一斉に視線を逸らす。お前らも同類か…。

「卑怯ですわよ貴女達!?」
「あ、あの…べ、別に気にしてない……私も目立たないようにしてたし……顔を知られて無いのは当たり前だと思うから…」
「うぅ…申し訳ありません。セシリア・オルコットですわ」
「更識簪…です」
「なら、友達らしく簪さんとお呼びしてもよろしいかしら?」
「う、うん」
「良かった。なら改めてよろしくお願いしますわ簪さん」
「よ、よろしく……その、セシリアさん」

そう言って微笑むとセシリアはスッと右手を差し出さすと、差し出された簪さんは少し戸惑いながらもそれの手を握り返した。出会ってから数日、漸く二人が自己紹介をする事が来た瞬間だった。
そして、二人が自己紹介を交わした次の瞬間、タイミングを見計らったかのように、まだ自己紹介を終えていない箒達が、セシリアを押し退ける形でずいっと簪さんの前に出てくる。

「篠ノ之箒だ!よろしく頼む!」
「えっ……あの…?」
「凰鈴音よ!鈴って呼んでね!アタシも簪って呼ぶから!」
「えっと……」
「シャルロット・デュノアです!よろしくね?」
「………う、うん…よろしく…?」

セシリアに続けと自己紹介を始める3人に、簪さんはその勢いに圧されながらも「よろしく」と返した。
これで3人も自己紹介が終えた訳なのだが、それに納得出来ない人物が一人。

「貴女達はぁ~…!わたくしに嫌な役目だけを押し付けてぇ~……!」

ぷるぷると怒りに震えながらジト目で3人を睨むセシリア。まあ自分をダシに使われれば当然怒るよな、うん。
また大騒ぎになって話が大きく逸れるかと思われたが、そこに今まで静観していた3人のSTOPが入った。

「そこまでにしておけ。話が進まん」
「そーだよー、みんなともだちでいいじゃないー」
「ん。ともだち」
「…むぅ、仕方がありませんわね。納得は出来ませんが」

流石にこの3人に止めわれたら、セシリアも怒りを鎮めるしかない。何せ3人の内二人は天然キャラだからな。怒りなんて自然と何処かに吹き飛んでしまう。

「……すごい」

一瞬で場を鎮めたミコト達を驚きと尊敬の眼差しで見る簪さん。

「ん?ああ、いつもの事だよ。もめそうになるといつもミコトやのほほんさんとかが、ああやって割って入ってそれを止めるんだ」
「…ミコトらしい」

その光景を思い浮かべたんだろう、簪さんはくすりと小さく苦笑する。
まあ学園祭の時とか止めてくれなかったけどな。あの後ミコトからその理由を求めたら、みんな楽しそうだったからと言われたが……正直、ミコトの基準が俺には分からん。

「はいは~い。もういい加減おしゃべりはその辺にしてね~。整備室を使える時間だって限られてるんだからさ。ほらほら、ミコトちゃんもはやく乗り込んじゃって」
「ん」

黛先輩に促されて既にISスーツに着替えていたミコトは、トテトテとイカロス・フテロのもとに歩いて行くと、慣れた様子でコクピットへと乗り込む。
イカロス・フテロは主の搭乗に反応して独りでに起動すると、開いていた装甲は閉じパイロットであるミコトを機体に固定する。

「うん。起動の方は問題無いね。それじゃ次は実際に飛んで見せて」
「いや、先輩。此処は室内ですから!?」
「ハハハ何を言っているのかな織斑君は。天井に丁度良くポッカリと空いている出入り口があるじゃないのー…グスン」

あの……笑うならせめて泣くのを止めて下さいよ。

「薫子、飛んでいい?」
「ああ、うん……。でも間違っても大気圏を離脱しようだなんて考えないでね?まだ飛行実験だって試して無いし、どんなトラブルが起こるか分からないから」
「大丈夫。もう試したから」
「へ?試し……?」
「わああああっ!?何でも無い!何でも無いですから!?」

慌てて大声を上げて誤魔化す。
何を言い出すんだこのちびっ子は!?あの事件は誰にも話すなって言われてるだろうがっ!?

「そ、そう?」
「はい!それより早く始めましょうよ!ほ、ほら!ミコト!もう飛んでいいってさ!」
「いや、ちょっと織斑君!?」
「ん。飛ぶね?」

有無言わせずに飛行テスト開始。ミコトは天井に空いた大きな穴から外に飛び出し大空へと飛び立つ。

「強引に流された気がするけど………まあいいや!ミコトちゃん、最初は軽くアリーナ上空を旋回して、それから徐々に速度を上げていこっか!」
『ん!』

黛先輩も気持ちを切り替えて管制を開始。ミコトも管制モニターからの指示に従い、空で円を描きながら少しずつ機体の速度を上げて行く。

「……美しいですわね」
「うん、そうだね。翼のフォルムがとっても綺麗。鳥というよりも、お伽噺に出てくる天使みたいだ…」

空を見上げてぽつりと呟かれたセシリアの言葉に、隣で同じように空を見上げていたシャルロットが同意する。
イカロス・フテロの全体的に翼をイメージしたフォルム。それが空を舞う姿はシャルロットが言う様にとても神秘的だった。でも、それは機体の見た目だけじゃない。そう見せているのはミコトの技量のおかげもあるんだろう。ミコトの技量と空を飛ぶ事を心の底から楽しんでいるからこそ、あれはあそこまで美しく見えるんだ。

「天使……か」

空を見上げていたラウラがシャルロットの言葉をぽつりと繰り返す。けれど、それに対して誰も気には止めはしなかった。

「わぁ……うん、飛行速度も問題無し。調整も無しで理論上の数値を余裕で超えてる辺り流石だね」

管制モニターの随時知らされるパラメーターを見て、黛先輩は感嘆の吐息を洩らす。
空を舞うイカロス・フテロの姿はもう人の目で追うことは出来ない程に加速していた。ISのハイパーセンサーを通じて見ればまだ追えるんだろうけど、それも今の速度ならというだけだ。あれよりももっと速度が上がると言うのなら、仮に高機動戦仕様に調整したハイパーセンサーであったにしても、どこまでついて行けるか分からない。

「んー、これはキャノンボール・ファストはミコトちゃんが優勝で決まりかな?」

速度計を眺めながら呟かれた黛先輩の言葉に、みんな頷くしかなかった。
さっきから話にちらほらと出ているキャノンボール・ファストというのは、ISの高速バトルレースのことだ。本来なら国際大会として行われるそれだが、IS学園は少し状況が違う。市の特別イベントとして催されるそれに、学園の生徒たちがそれに参加することになる。けれど、それだと専用機持ちが圧倒的に有利になる為、一般生徒が参加する訓練機部門と専用機持ち限定の専用機部門と分かれている。勿論俺達は専用機部門でいつもと一緒に居るメンバーはお互いに対戦者相手となる。しかし、目の前であれを見せつけられれば、ミコトに勝てるだなんて幻想はまず思い浮かばないだろう。非公式らしいけどキャノンボール・ファストのみなら、楯無先輩にもミコトは勝った事があるらしい。本当に勝てる気がしない。

「……よしっ!追加されたスラスターは少し調整する必要があるけど、それ以外はもともとイカロス・フテロをベースにしてるから殆ど調整しなくても大丈夫みたいね。ミコトちゃん、もう降りて来て良いよ~」
『もう少し…だめ?』

名残惜しそうなミコトの声がモニターから響いてくる。

「だ~め、これから調整作業もあるんだから。それに、早く済まさないと簪ちゃんに悪いでしょ?」
「そうだよ~みこち~。かんちゃんと約束したんでしょ~?約束破ったらだめなんだよ~?」
『……ん。ならガマンする』

素直に従ってくれたものの、それでもまだ名残惜しそうである。今まで飛べなかったぶん鬱憤が溜まってるんだろうなぁきっと。

「ただいま」

ミコトが空から戻ってきた。イカロス・フテロは地面に降りると光の粒子となって霧散して消え、待機形態の翼を象ったキーホルダーとなって、ミコトの小さな手に収まる。

「おかえり~みこち~」
「ん」
「どうだった?実際に飛んでみて。何か違和感とかあった?」
「大丈夫だ、問題無い」
「あはは…そ、そっか、なら良いんだけど(本音ちゃんの影響よね?これ…)」
「ん~?な~に~?」

表情をキリッとさせて久々に聞いた気がするあの台詞を口にしたミコトに対し、黛先輩は苦笑いをしながらのほほんさんを見た。はい、たぶん黛先輩の想像している通りだと思います。

「な、なんでもないよ、あははぁ………あっ、ミコトちゃん。わざわざ待機形態にしたところ悪いんだけど、それ置いて行ってね」
「ん、おねがいします」
「うん、おねがいされました♪」

ミコトは礼儀正しくお願いして黛さんにキーホルダーを渡し、黛先輩もそれ笑顔で受け取る。

「簡単な調整だから明日には返せると思うよ……あっ!ところで簪ちゃん!」
「え?はい、なんですか?」
「作業を手伝ってて何か掴めたものはあるかな?打鉄弐式の当初の予定の変更点とか、あるなら教えてくれる?」
「あ…はい。実は試したい事があるんです。ミコトに見せてもらったイカロス・フテロの展開装甲のデータ。完全再現は出来ないけど、その応用は出来るかもしれないから…」
「ふむふむ、興味深いね。続けて」
「は、はい。シールドの性質を守りから攻めに転換出来ないかなって…」

何か聞く限りだと凄そうだな。とは言っても、チンプンカンプンなんで黙って聞いていよう。

「攻性障壁ってことね?シールドのエネルギーを暴発させて周辺に居る相手にダメージを与えるってところか、面白い発想ではあるけど……分かってる?それだと使用後にシールドが暫く使えなくなって無防備な状態になっちゃうってことだよ?」
「そっか、シールドが無くなれば絶対防御が起動するから……正に諸刃の刃って感じだね」

話について行けているシャルロットが捕捉する。ああ、つまりセルフ零落白夜ダメージ状態ってことか。

「うん、わかってる。けど、懐に入られた時の対抗手段を一つくらいは欲しいかなって…」
「なるほどね。長い得物だと懐に入られちゃうと対処できなくなるものね。あと、簪ちゃんに一つ質問があるんだけど」
「あ、はい。なんですか?」

薫子先輩は眼鏡をくいっと持ち上げると、レンズを光の反射でキランと輝かせてニヤリと笑う。

「これ、たっちゃんを意識してるよね?」

黛先輩の指摘に簪さんは目を丸くする。

「!?………ど、どうして…?」
「そりゃ私もミステリアス・レイディの開発に関わってるもの。その性質からみればミステリアス・レイディを意識してるのはすぐ分かっちゃうよ」
「………」
「……まだ、たっちゃんに対抗心を燃やしているのかな?」
「対抗とか、そういうのじゃないんです。でも、これは私自身にけじめをつける為には必要なものだから…」

きゅっとスカートを握り締め、さっきまでぼそぼそと呟く少し聞き取り辛い口調とは違い、ハッキリとした口調で告げた簪さんの表情は真剣そのものだった。その表情を見て満足したのか、ニッコリと黛先輩は笑って頷いて見せた。

「そっか♪なら私からは何も言う事は無いよ。姉妹の問題は姉妹で解決しないとね?」
「……はい!」

うんうん、解決したようで良かった。話の内容がさっぱりだが…。えっと、もしかして簪さんと楯無先輩って仲が悪かったりするのか?
気になって、簪さんの従者であるのほほんさんを見るけど、のほほんさんはにぱ~と笑うだけだ。う~ん、のほほんさんの反応を見る限りそうは見えないだけどなぁ。

「でも、それだとキャノンボール・ファストはどうする?キャノンボール・ファストに出るつもりなら、高機動パッケージの調整もしなきゃいけないけど、そうなると簪ちゃんの言うそれと同時にやるのはちょっと無理っぽいかな」
「高機動パッケージの方は結構です。元々キャノンボール・ファストは間に合わないって思って出場するつもりはありませんでしたから」
「そんな事よりもやりたいことがあるって?」
「はい」

にやにやと笑う黛先輩の言葉に簪さんは迷い無く頷く。

「ふふ、りょーかい!データはもう纏めてあるんだね?(ほんと、姉妹揃って不器用なんだから)」
「はい、問題無いです。何分素人が考えて設計ですから、色々と不備はあるとは思いますけど…」
「大丈夫大丈夫!一緒に考えていこ!たっちゃんもそうだったんだから!」
「お姉ちゃんも…」
「そりゃ幾らたっちゃんでも一人で専用機を仕上げるだなんて無理だからね。私だけじゃなくて本音ちゃんのお姉さんも手伝ってたみたいだし」

虚先輩のことか。そういえばあの人も整備科だったよな。

「…そうなんだ」
「ま、たっちゃんも人に頼ってるところとか見せない子だしね。勘違いしちゃうのも無理は無いとは思うよ」
「気付いてたんですか…?」
「新聞部ですから♪私の情報網をあまく見ないでよね?」

いや、楯無先輩と同じで貴女も少しは自重すべきだと思いますよ?

「色々と思うところはあるんだろうけど、そういうことだから。ま、それも今となっては関係無いかな?」
「……はい、そうですね。そうかもしれません」

そう言って簪さんは微笑んだ。

「話について行けないんだけど」
「同じく」
「ですわ」
「いや、黙ってようよ…」
「貴様等空気読め」
「?」

結局、終始置いてけぼりな俺達であった。









「晩御飯、うまうま~♪」
「うまうま~♪」

寮の夕食。今日は簪さんを含めて食事を摂りながら談笑を楽しんでいた。

「キャノンボール・ファストか…。そう言えば明日からキャノンボール・ファストのための高機動調整を始めるんだよな?具体的に何をするんだ?」
「き、基本的には高機動パッケージのインストール…」
「うむ、だが、一夏の白式には無いだろう。紅椿もそうだが」

そもそも、白式には後付けが出来ないからな。

「その場合は駆動エネルギーの分配調整とか、各スラスターの出力調整とかかなぁ」
「ミコトの機体は機動特化だから当然として、白式と紅椿は異常なのよ。パッケージ抜きで高機動戦も問題無くこなせるとかおかしいから」

束さん作だからなぁ。あの人色々飛びぬけてるし…。

「つーかさあ、うちの国は何やってんのよ。『甲龍』用高機動パッケージが間に合わないとか、あたしには散々言ってくる癖にさ。自分はどうなんだっての!」

そう言って鈴は不満丸出しで、がぶっとチャーシューを口の中に放り込む。そういえば、鈴の担当者って何だかんだ口を出して来てうるさいだの文句言ってたな。

「何処も同じようなものですわよ鈴さん?わたくしだって一方的に結果を出せだの言ってくる癖に、こちらの要求は聞いてくれないんですもの」
「あはは…二人とも落ち着いて」
「そういうシャルロットはどうなのよ?」
「僕?僕は必要以上の連絡は無いよ?」
「うらやまし……あーごめん。今のは失言だったわ」

そう謝罪する鈴に、「気にしないで」とシャルロットは苦笑しながら首を左右に振る。

「シャルロットさんって確か…」
「シャルロットで良いよ?……うん。実質、絶縁状態。連絡も本当に最低限しかしてないんだ」
「ご、ごめんなさい…」
「だから気にしないでってば」

そして、場の空気を悪くしてしまわない様にとシャルロットは話を戻す。

「あと、僕も高機動パッケージは無いよ。『リヴァイヴ』の第二世代で開発は止まってるから。増設ブースターで対応する予定」
「疾風の名は伊達じゃないってか」
「うん。一夏の白式に負けるつもりは無いからね?」
「おう!上等だ!」
「そして熱血シーンのように見えて、ミコトには負ける前提なのでしたっと……アタシはもう勝負以前の問題だからねぇ」
「「………」」

色々と台無しなこと言うなよ鈴…。

「うにゅ?」

自分の名が出てきて卵サンドを頬張っていたミコトが反応する。その表情は全然話の内容を理解していなかったようだった。

「みこちーはー、気にしないで好きなように飛んでればいいんだよー」
「ん……ケホッ」

そう笑顔で言うのほほんさんの言葉に、ミコトはこくんと頷き食事を再開する。

「そう言えば、9月27日だよな?」
「キャノンボール・ファストのこと?うん。9月27日、市のISアリーナが会場。それがどうかした?」
「「(げっ、まずい…)」」

…箒と鈴が何か苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてるけど、一体どうしたんだ?

「いや、どうかしたって訳じゃないけどさ。その日、誕生日なんだよ。俺の」
「ええ!?聞いてないよ!?」

突然、シャルロットが大声をあげて驚く。

「いちいち言う事でも無いだろう?催促してるみたいで嫌だしさ」
「あるよ!大ありだよ!もう!そう言うのはもっと早く言ってよ!全然準備とかしてないんだからねっ!?」
「お、おう。すまん?」

身を乗り出してぷんすかと怒りだすシャルロットに、俺は訳も分からないままシャルロットの気迫に負けて謝ってしまう。

「ええ、本当に…。ですが、今はそれよりも重要なことがありますわ。このことを黙っていた罪人を問いつめなくては」

じとっとセシリアに睨まれて、「罪人」を呼ばれた幼馴染達は固まっている。

「べ、別に隠していた訳じゃない!聞かれなかっただけだ!」
「そ、そうよそうよ!聞かれもしないのに喋るとKYになるじゃない!」

箒と鈴は俺の誕生日を黙っていたことについて、言い訳じみた言葉を述べて話を逸らす様に自分の夕食をぱくぱくと頬張る。けれど、そんなことで話が逸らせる筈もない。

「あなたたちはぁ~!」
「ずるいよ二人とも!」

ガタンッ!と大きな音を立てて同時に椅子から立ち上がるセシリアとシャルロット。さっきから何をそんなに怒ってるのかは知らんけど、食事中は静かにしようぜ頼むから。

「い、良いの?止めなくて…?」
「食事のときくらいはゆっくりさせてくれ」

あわあわと戸惑う簪さんに、ラウラは我関せずとマカロニをフォークで突き刺し口の中へ運ぶ。同じテーブルで食事をしている筈なのに、どうしてこうも温度差があるのだろう。

「誕生日…一夏、もうすぐ誕生日なの?」

周りが騒がしいなるなか、ミコトは『誕生日』と聞いてピクリと反応すると、食事の手を止めて俺に訊ねてきた。

「あ、ああ、そうだけど…」
「なら、誕生日ケーキたべるの?」

俺はそうだと答える。すると、それを聞いた途端にミコトはキラキラと目を輝かせて、どういう訳かか誕生日ケーキは食べるかと訊ねてくる。

嗚呼、だんだんのほほんさんに似てきてからに…。

「ど、どうだろうなぁ?もう誕生日を祝われても喜ぶ歳でも無いし、食べないんじゃないかなぁ?」
「……そうなんだ」

しゅんっ…と、がっかりしましたと言わんばかりに肩を落とすミコト。俺は別に悪いことはしていない筈なのに、何でこんなに罪悪感で胸が痛くならなければならないんだろう?

「え~っ!そんなのだめだよ~!折角のお祝い事なんだから、みんなで楽しまないと損だよ~!」
「本音さんのおっしゃる通りですわ!是非祝わせてください!」
「うんうん!」

「いや、でもさ。当日はキャノンボール・ファストの件で忙しいと思うし…」

当日までキャノンボール・ファストに向けて機体の調整や何やらで忙しいだろうし、イベントが終わった後に準備するのは流石に厳しいだろう。

「あ、ごめんね。それ来月からなんですよ」

何を言ってるんだろうこの人は…。てか、突然現れないで下さいよ楯無先輩。

「ガーン」
「出鼻を挫かれたー」

この二人も何を言ってるんだろう…。

「お、お姉ちゃん?なんでここにいるの?」
「そりゃ私もこの寮に住んでるからね。ここの寮の食堂に居てもおかしくないでしょ?あ、住んでるのは一夏くんの部屋ね」

その瞬間、簪さんの冷たい視線が俺に突き刺さる。

「…不潔」

俺の意思じゃねぇよ!?

「そ、それで、来月からってどういう事なんです?」
「警備体制の見直しとかでね。なんせ学園外での大きなイベントだし。それにほら、最近問題続きだからそれも含めて…ね?」

一般生徒で溢れかえるこの食堂で、あの事件のことを話す訳にもいかないため、内容をぼかして楯無先輩は延期の理由を説明をする。
相次ぐIS学園で起こった事件。どの事件も強固な警備体勢で侵入など普通なら不可能なものだった。しかし、それでも起きてしまったのも事実。学園内でそうなら、学園外ではどうなるのか……。学園側が警戒するのも仕方のないことだろう。

「明日のHRで詳しい話を担任から聞かされると思うよん。と言う訳だから、お誕生日会は私も呼んでね?」
「決定事項なんですね…」

去年までは弾とか中学のときの友達が祝ってくれてたし別に構わないけど、今年は寮生活だからそう言うのは無いと思ってたんだけどな。

……まあ、祝われるのは素直に嬉しいと思うよ、うん。

「9月27日……楽しみ♪」
「ケーキを食べるのがか?」
「それも……でも、一夏のお誕生日会も、楽しみ♪」
「あはは、そうか」
「むふ~♪」

ケーキは否定しないのはミコトらしい。俺は苦笑しながらぐしぐしとミコトの頭を撫でてやる。

「会場はどうする?寮でやるのか?」
「いや、俺の家でやろうぜ。その方がキッチンとか自由に使えるし」

それに、寮でやると飛び入りが続出して大騒ぎになりそうだ。

「その方が都合がいいわね。料理を市販品ってのも味気ないもの」
「ええ!そうですわね!」

何で意気込んでるんですかねぇ?

「…こういうのを天丼と言うのだったな?」
「よく勉強してるな、ラウラ」
「うむ、軍人たるもの情報収集は怠らない」
「どういう意味ですの!?」

ノーコメントで。

「お菓子い~っぱい持っていくね~♪」
「本音ちゃん?ほどほどにしとくのよ?」
「は~い、お嬢さま~♪」
「虚ちゃんも連れてくからね?」
「げぇ~!?」
「当たり前じゃない。仲間はずれはダメでしょ?」
「うぅ~…そうだけど~そうだけど~…」
「ほ、本音。どれだけ持って行くつもりだったの?」
「セシりんの体重が増えるまで~♪」
「嫌がらせですの!?嫌がらせですわよねっ!?」
「はははは…」

誕生日会か、今年は例年以上に騒がしくなりそうだな。
はしゃぐミコト達を眺めながら、俺自身何だかんだ言って自分の誕生日が楽しみになっていたのだった。










あとがき

弾、蘭の二名はボッシュートです!実際に話を書いてるとどうしても誤差が出てしまうんですよね。蘭のIS学園入学云々の話は入れるべきじゃ無かったなぁ…。
TINAMIとpixivにてイカロス・フテロβの画像公開中!



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第四十九話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/11/21 06:13




第49話「それぞれの日常 1 」






9月ももう末が近づいてきて、夜の時間が長くなる為か、時間の流れが速く感じるようになった。
学園祭も過ぎてもう1週間程が経過。その間に起こった出来事と言えば、簪の専用機の開発が始まったくらいだろうか。それ以外にメンバーに変化は無く、ミコトの体調は良くも悪くも変化は見られない。
学園祭の後、一夏が生徒会に入ったのが影響したのか、皆それぞれ部活動に興味を示していた。元々、一夏やミコトを中心に集まっていた様なグループだ。その片方である一夏が生徒会で忙しくなれば集まりも悪くなり、暇を持て余す人間が殆どだった。しかし、最近のミコトの変化に警戒して入部は見送ることにしたらしい。前の事がある。今はミコトが目の届く所に居たいと言うのが皆の総意だ。

そして、皆がミコトにつきっきりになっている時に、私はというと……。

「はぁ…はぁ…くっ!」

夕陽が沈み暗闇が差してきたアリーナ。そこには重い金属音を響かせて膝をつく私の姿があった。

「ラ、ラウラさん?もうそろそろお止めになられた方がよろしいんではなくて?わたくしとしても特訓の相手になってくれるのは、とても有り難いのですけど…」

無理な訓練による身体の酷使。身体はとうに限界で、呼吸は乱れ膝はがくつき、立っているのも困難な状態。それを見かねた途中から訓練に加わっていたセシリアが、私に訓練を止める様に勧めてくるが、それでも私は止めようとはしなかった。止める訳にもいかなかった。

「……大丈夫だ。続けてくれ」
「今にも倒れそうなくせして何を言っていますの?今日はここまでにしておきなさいな。ここ最近、無理をし過ぎではなくて?ほら、肌寒くなってきましたし、早く着替えないと身体を冷やしてしまいますわ」

そう私に言い聞かせて手を伸ばしてくるセシリアの姿は、同い年の筈なのに如何してか大人びいて見えた。その姿は試験官から生まれた私には知りもしなければ存在さえしない『母』というモノと重なる。
思えばミコトもいつもの面子の中で、特にセシリアに甘えている様な気がする。ミコトは本能でセシリアは自分が甘えられる母性を持つ人間だと感じたのだろうか?例え知識は刷り込まれているとはいえ、ミコトはまだ生まれて一年も満たない赤子も同然。私のように軍人として育てられたのなら兎も角、そうじゃないミコトは母親の温もりを求めるのは当然のことなのかもしれない。

そう言えば、ミコトの母親は……。

「…………」
「? 如何かいたしましたの?」

首を傾げて不思議そうにセシリアは私の顔を覗きこむ。

「……いや、何でもない」
「そうですの?」

シュヴァルツェア・レーゲンを待機形態に戻し、やんわりと差し伸べられた手を払い除けて立ち上がろうとすると、がくんと膝に力が入らずに体勢を崩す。

「……っと」
「あぁ、もうっ、言わんこっちゃない」

前倒れになる私をセシリアは正面から抱きとめる。
セシリアの胸に頭が沈んだ際に香って来たとても良い香りが私の鼻を擽る。香水だろうか?戦う事しか能が無く、女としても魅力が無い私には縁の無い香りだ。

……だが、嫌いではない。

ミコトがよくセシリアの胸に顔を埋める気持ちが良く分かる気がする。

「やはり無理をしていたのではありませんか!ほら!貴女がなんと言おうと戻りますからね!」

眉を吊り上げてセシリアはそう怒鳴ると、強引に私を自分の背に乗せて更衣室へと歩き出す。

「お、おい……」
「まったく、ラウラさんが小柄で助かりましたわ。これがもし他の方でしたらわたくしなどでは運べませんもの」

突然のセシリアの行動に戸惑う私に、セシリアは構わずにぶつぶつと文句を垂れながらも私を降ろそうとはせずに歩いていく。
流石に気恥かしさもありぐいぐいと腕に力を入れて離れようと試みたが、どうやら自分が思っていた以上に疲労していたようで身体に力が入らず、そのうえセシリアも離そうとはしなかったため、この状態から抜け出す事は叶わなかった。
私は仕方なく運ばれるのを受け入れて、セシリアの方に顎を置く。そして、気が抜けた所為もあったのだろう。胸に秘めていた弱音をぽつりと溢してしまう。

「……情けないな」
「え?」

私の呟きに何の事か分からず顔をきょとんとさせるセシリア。

「守ると言っておきながら、今もこうして周りに迷惑を掛けている」
「………」
「生れた時から軍人として育てられた。戦う事しか出来ない。それしか知らない。だというのにこの有様だ……本当に情けない」
「……貴女が何を言っているのか、わたくしには分かりませんが」

私の弱音に黙って耳を傾けていたセシリアは、此方に顔を向けようとはせずに、前に向けたまま歩きながら語り始めた。

「別に迷惑を掛けても良いではありませんか。友達なんですもの、わたくしは頼られて嬉しく思いますわ」

背中からでは表情は見えないが、セシリアは本当に嬉しそうに語る。その様は先程の大人びいて見えていたのが嘘のように、玩具を貰って喜ぶ子供のようだった。

「わたくしは、故郷で誰かに頼ることも頼られることもありませんでしたわ。他人を信頼していませんでしたから」
「む?どういう事だ?友達が居なかった訳ではないのだろう?」
「わたくしが故郷で友達と呼んでいる人達は、その……とても裕福な家庭の人達ばかりでしたの。そういう人達は家との交友のために近づいてくる人ばかり。わたしくしが友とと呼んでいる人達も、家にとって有益であるかないか、損得勘定での上辺だけで関係でしか無い。とても信頼を寄せられる人達ではありませんでした。それに、わたくし自身もそれを望みませんでした。両親が残してくれた遺産を守るためには、心を許せる人達は周りには居ませんでしたから…」
「………」

セシリアから聞かされた私が想像していたものとは、まったく懸け離れた現実に言葉を失う。何の不自由のない裕福な生活を送っているとばかり思っていたのだが、こんな重いものを背負っていたとは…。
周りの令嬢達は親の手先として言い寄って来る人間が大半の生活。そんな生活を送っていれば人間不信になってもおかしくは無いだろう。まして、まだ心が未熟な少女なら尚更だ。だが、目の前の少女はそうなっていない。それだけ家を守ろうとする強い意志が、きっとセシリアをこうも気丈とさせているのだろう。

「初めてでしたわ。腹の探り合いが無ければ、損得を考えた関係でも無い、そんな友達を得られたのは」
「………」

私も同じだ。軍に居た頃は友達なんてものは居なかった。信頼を寄せてくれる部下達は居たが、友達と言う関係ではない。この学園に来て、ミコトと出会って初めて友達と言う物を得た。

「助けを求めれば助けてくれる人がいる。それってとても素敵な事ですのよ?」
「……ああ、そうだな」

此処に来るまではそんな考え方はしなかっただろうが、今はそう思う事が出来るよ。

「先程の守るというのは、ミコトさんのことですの?」
「…何故、そう思う?」
「分かりますわよ。ラウラさんがそう必死になるものなんて、ミコトさん以外にありませんから」

可笑しそうにくすくすと笑みを溢すセシリアに対して私はムッとなる。見通されているのは何だか気に喰わない。
そんな風にからわれて数十秒ほどした頃だろうか、笑い声がピタリと止む。

「……わたくし達は頼り無いですか?」
「っ…」

セシリアの悲しそうな声が私の胸に抉るように突き刺さる。

「今のラウラさんを見ていると、とても辛いですわ。何も全て自分だけ背負おうとしなくても良いではないですか。確かにわたくし達はラウラさんよりISの技量は劣るかもしれません。でも、それでも、一緒に戦う事は出来ますわ」
「……そんなことはないさ」

お前達が頼り無いなんて事は無い、そんな事は決して無い。お前達はこれ以上に無い程に信頼できる友人だ。

「なら……」

でも、でもな…セシリア。

「……違う」
「えっ?」
「違うんだよ。セシリア……」

それ以上、私は何も言わずに固く口を閉ざし言葉を紡ぐ事は無かった。
セシリア…お前が思っている現実と、私が知る現実は余りにも異なっていて……余りにも残酷なんだ。きっと、お前は頭が良いから勘づいているのかもしれない。ミコトの正体に、今後起こり得る未来に、けれどそれは確信に至っていない。だからまだそんな平然としていられるんだ。それを確信した時、どれだけ後悔するか、どれだけ明日を怯えることになるか、お前は分かっていない…。

私は……私は強くなりたい。

「…………ぁ」

ふと気が付けば肩に置いてあった筈の私の両腕はセシリアの首に回っていて、セシリアにぎゅっと抱き着くような形になっていた。

「……ふふっ、まるで小さな子どもですわね」

セシリアはそれを拒絶しようとはしない。ただ苦笑してそれを受け入れて、先程の言葉の意味も深くは問いつめようとはしなかった。ミコトに関わることついての探索は禁止されているからもあるのだろうが、それ以上に私を気遣っているんだと思う。

「………」

ぼふんと髪に顔を埋める。そしたらまた、あの心地良い香りが鼻を擽り、暖かな温もりが疲れきった私の意識を眠りへと誘う。

……嫌いではない。

この安心感、こういうのをきっと……。

「……母上」
「誰が母上ですか」

無意識にぼそりと呟かれたその言葉。けれど、その言葉を呟いた瞬間、ごつんと後頭部でおでこを小突かれて叱られてしまうのだった。










――――Side 更識簪


本格的に『打鉄弐式』の開発が始まってから数日。ここ第二整備室はイカロス・フテロβの完成から冷めていた熱が再発して、工具の音や活気に満ちた声が整備室に飛び交っていた。
ミコトが掲示してくれた『イカロス・フテロ』のデータは打鉄弐式の開発に大きく貢献してくれた。特に展開装甲のデータは物凄く、その万能性はスラスタ―だけではなく、未完成であった荷電粒子砲にさえ役立った。

「う~ん…」

山のように積んである機材に腰をかけて、黛先輩が困った表情を浮かべて『打鉄弐式』を見上げている。
しかし、黛先輩を困らせるそれは殆ど完成された状態だった。そもそも、『打鉄弐式』自体は先輩達が手伝ってくれる前から完成されていた。問題となっていたのは中身。その中身もマルチ・ロックオン・システムを通常のロック・オン・システムに変更したところを除けば、先輩達の尽力とイカロス・フテロの齎したデータのおかげで解決している。そう、本来の『打鉄弐式』はもう完成している。だけど、黛先輩を困らせているのは、その本来なかったものが原因だった。

「やっぱり今までに作ったこと無い武装だから思う様に捗らないねぇ」

黛先輩を悩ませているもの。それは、私が提案したイカロス・フテロの展開装甲を参考にした武装『攻性障壁』。この武装はまったくの未知の領域の武装だ。例え参考する物があったとしても、そう簡単に作れるものでは無かった…。

「面白い発想ですけどぉ、これぇいろいろとぉ問題ありありですよぉ?」
「だな、これ使うのにシールドエネルギーを消費するってのはな。しかもその後はシールドバリアが暫く使えないから、使いどころ誤ったら自爆だぜ?本当にこれでいいのか?」
「は、はい。覚悟の上ですから…」

2年生の先輩方の問いに、私は言葉に詰まりつつもしっかりと答える。

「なら良いんだけどさ。まあロマンがあってアタシは好きだぜ?こういうの」

先輩はそう言うと、ニカッと楽しげに笑って作業に戻っていった。

「ん~…これはぁAICのデータもぉ欲しいところですねぇ」
「それくらいなら、私達だけでもなんとかなるんじゃない?理論は分かってるんだからさ」

何か凄いこと言ってる…。

まあ、自分も人の事言えないかもしれない。学生が現状存在しない兵器を作るだなんて、自惚れも甚だしい。

「…とっ、でも今日はこの辺にしよっか。もうこんな時間だし」

時計が指し示す時間はもう5時を過ぎていた。整備室が使える時間は6時までだが、道具の片付けなどを考えるとそろそろ止めないといけない時間。

「じゃあ今日はぁここまでにしましょうかぁ」
「そうすっか、あ~腹減ったぁ~。今日何食べっかなぁ~?」

黛先輩の終了の言葉を合図に、他の先輩方もそれぞれ手慣れた様子で片付けを始める。勿論、私も先輩達と一緒に片付け作業に加わっている。ろくに役に立てないのだから、せめてこれ位しないと申し訳なくて仕方が無い。
慌ただしく片付け作業をこなし、片付けもあらかた済んだ頃にはもう時間はギリギリで、窓から見える外の景色はすっかりと暗くなってしまっていた。 こう暗くなってしまえば流石に部活動で残っていた生徒達も寮へ帰ってしまい、人気のない校舎は怖いくらいに静まり返っている。季節外れではあるけど、まるで怪談話のワンシーンのようだ。

そう言えば一学期に、寮で幽霊が出たって騒いでたっけ…。

そんな馬鹿なことを考えていると、このタイミングで廊下から小さな足音が耳に聞こえてくる…。もうこんな時間だ、生徒は寮に帰って校舎には居ない筈。でも、足音はゆっくりとした歩調で静かに響いて少しずつ少しずつ此方へと近付いてくる……。そして、この部屋の前でピタリと足音が止まった…。

「「「「………」」」」

ドアの前に止まった足音。しんっと静まり返るこの場の空気に、全員がごくりと唾を呑む。そして、整備室入口のドアがガラリと音を立てて開いた。

「簪、かえろ?」

ドアから現れたのは、少し眠たそうな表情をしているミコトだった。

「「「「……はぁ~」」」」
「?」

それを見て安堵の溜息を吐く一同。そんな私達にミコトは不思議そうに首を傾げるのだった。









「今日もありがとうござました」
「うん、バイバイ!」
「おつかれさまですぅ」
「また明日な~!」

学年が違うため寮が別々な先輩方とは途中で別れを告げて、ちらほらと輝く星空に照らされて一年学生寮へ続く道を歩く。

「簪、順調?」
「うん。色々と行き詰ってるところはあるけど……ミコトは今日は何をしてたの?」
「たっちゃんのところで、お菓子食べて、そのあと本音と一緒に寝てた」
「ふ、二人らしいね……」

その光景が容易に想像できるのってどうなんだろう…。

そんな近状報告を交しながらミコトと歩いていると、急にミコトが立ち止まり私を見上げてくる。

「ね、簪」
「うん、何?」
「専用機が完成したら、簪はどうするの?」
「え…?」

突然、何を聞いてくるんだろうと私は思った。そんなの今更になって聞く必要なんてないじゃないって…。でも、ミコトはそんな当たり前の事を聞いて来た。純粋な瞳で、何もかもを見透かすかのように私を見つめながら…。

「簪、周りの人から認められたい」
「……うん」

生徒会長・更識楯無の妹としてではなくて、更識簪として認められる。そのために打鉄弐式を完成させる。そう、思っていた…。

でも、今は…。

「でも、今の簪、そうじゃない。もうそんな気にしてない」
「…っ!?」

どうして、この子は…こんなにも、人の気持ちが分かるんだろう…。

隠し通せない。そう思った私は、当日まで黙っていようと決めていたことを、全てを白状することにした。どうせこの子には隠し事なんて出来そうにないから…。

「……私…お姉ちゃんと決闘を申し込もうと思ってるの……今までの自分にけじめをつける為に……」
「けじめ?」
「うん、けじめ」
「なんの?」

なんの…なんのかな?言葉にしづらいけど、ミコト風に言うと…。

「仲良くする為の……かな?」
「そっか」

私の言葉にミコトは短く答えると…。

「簪、がんばる」

…ミコトは笑顔で応援をしてくれた。

「………うん!」

姉との決闘。それは自分で決めたことだけど、それでもまだ不安があった。でも、ミコトのおかげでその不安はもうない。勝てない勝負。そんなの最初からわかってる。でも、私は臆する事は無いだろう。ここにこうして応援してくれる友達がいるから…。

「ミコト、ありが………あれ?」

ミコトにお礼を言おうとしたのだが、そこで妙なものを視界の端に捉えてしまいそれは中断される。
私が見たもの…。それは、ラウラさんをおぶるセシリアさんという奇妙な光景だった。

…え?え?なにしてるのあの二人?

一夏くん達のグループ混ざるようになってから日は浅いけど、二人ともこんな目立つような事するキャラだっけ…?
そんな二人に私は困惑していると、ミコトも二人に気付いてテケテケと二人の所へ小走りで駈けていってしまう。

「ちょっ、ミ、ミコト!まっ……」

咄嗟に止めようとしたけど、私が止める間も無くミコトは二人の目の前へ…。

「あら?ミコトさんも今帰るところですの?」
「な、なに!?ミ、ミコトだと!?」

ミコトと聞いた途端、カァっとまるで茹でダコみたいに真っ赤に染まり上がる。けれど、そんなラウラさんに気付いた様子も無く。ミコトは期待に満ちた表情で、セシリアさんのスカートを子供が親にせがむ様にくいっくいっと引っ張った。

「セシリア。私も、私も」
「んー、二人同時は流石に無理ですわね」
「ぶぅ…」

やんわりと断られ、不満そうに頬を大きく膨らませるミコト。すると、背負われていたラウラさんが突然暴れ出した。

「お、降ろせ!こ、このっ!」
「いたっ!?いきなり暴れないで下さいなっ!?ちょ、こら!?なに他人様の髪を引っ張って……あいたたたたっ!?」

いきなり背中でジタバタと暴れ出したかと思ったら、ラウラさんは今度は髪を引っ張りだし、セシリアさんは堪らす拘束を緩めると、ラウラさんはその隙をついて背中から飛び下り、シュタッと地面に着地すると…。

「う、うわあああああああああああああ!」

変な悲鳴をあげながら、ズドドドドドッ!地響きを響かせて走り去っていった…。

「いたた……こ、こらぁ!待ちなさーいっ!」

髪型をめちゃくちゃにされたセシリアも、逃げて行ったラウラさんを追いかける。

「人の髪をめちゃくちゃにしてぇ!この髪をセットするのにどれだけ時間が掛かると思っていますのぉ!?」
「だ、黙れぇ!追って来るなぁ!」

暗くなったグランドを追いかけ回る二人。そんな二人を私とミコトは見守る。

「えっと…仲良いね?二人とも…」
「ん。友達だから」

にんまり笑ってミコトは言う。
友達。何か違う気がするけどミコトが言うんならきっとそうなんだろう。ミコトの笑顔に私は苦笑で返すと、また二人へ視線を戻すのだった…。








――――Side 織斑千冬


「まったく、最近忙しなくていかんな。落ち着いてお茶も飲めやしない」

職員室にある自分用のデスクに腰を掛けて、淹れてからかなり時間が経過して温くなったお茶に顔をしかめて渇いた喉をうるおす。
授業が終われば、その後はキャノンボール・ファスト当日の警備体制の確認、緊急事態が発生した場合の対処、情報規制の手続などの打ち合わせ等々、似たような事ばかりを何度も何度も飽きもせず繰り返し話し合う毎日に、私もいい加減嫌気が差していた。

「世界各地でも頻繁に軍の重要施設が襲撃されたという噂もありますしね。あくまで噂ですけど」
「噂にしては身に覚えがあり過ぎるがな」

忙しないのはIS学園だけではない。ここ最近世界各地の重要施設が何者かに襲撃されているという『噂』をよく耳にするようになった。
事実にせよ如何にせよ、各国はそれを認める事は無いだろう。まして、本当に貴重なISを奪われていたのなら尚更だ。一機で国を滅ぼせる戦力を有しているISを奪われたなど、所有国としての管理責任が問われて、国の所有しているISは全てIS委員会に没収されてしまうだろう。どの国もそれだけは避けたい。だから隠蔽する。そんな事実は無かったかのように…。

「シュヴァルツェア・レーゲン、銀の福音、アラクネ、サイレント・ゼフィルス……」
「ボーデヴィッヒさんの証言から『Berserker system』を埋め込んだのは、亡国機業だと言う事は明らかです。アラクネとサイレント・ゼフィルスに関してはもう考えるまでもないですね」
「……ああ」

二機は軍内部から、残り二機は恐らく武力での強奪。どちらもちんけなテロリストなんぞでは遂行する事はまず出来ない。それ程、世界に根付く『亡国機業』という闇は深く凶悪な存在なのか…。
そして、予告された大規模な襲撃作戦…。

「来月に学園外で行われるキャノンボール・ファスト。襲撃されるとしたらその日だろう」
「……そうですね」

学園外のイベントとなればそれだけ多くの一般人来訪客が訪れる。ともなれば警備の目も届かない箇所が出てくるだろう。学園祭の時とは違い入場に制限は無い。しかも学園外と言うのがネックだ。学園内と同じようにはいかない。何か問題でも起きれば混乱は必至だ。考えれば考える程、頭が痛くなる

「何も無理に行うこと無いんじゃありませんか?襲撃されると分かっているのに…」

山田君の言う事は尤もだ。私も含めて誰もがそう思っているに違いない。だが……。

「市との合同行事だ。世界各国からIS産業関係者や政府関係者も来る。中止には出来ない。延期するのだって色々と無茶をしたらしい」

それに、委員会はその中に『亡国機業』の関係者が潜んでいる可能性がありと睨んでいる。恐らく上層部はこの機会を利用して、危険を冒してでも『亡国機業』の構成員を捕えようと企んでいるのだろう。これは謂わば餌と言う訳だ。

さて、そんなにうまく事が運ぶかな?

第二次世界大戦から存在する闇の組織。そう簡単に捕まってくれるのなら今頃とうに滅んでいると思うのだが…。と言うのは私の意見だ。

「最悪の場合を想定して、教員が搭乗したISを10機配備することが決まっているが、先日の襲撃で国家代表クラスの操縦者も確認されている」
「サイレント・ゼフィルスの操縦者…」

険しい表情を浮かべてそう答える山田君に私は頷く。

「国家代表は別格だ。並みの操縦者では相手にならん。うちの教員は優秀だが、それでも4対1でなんとか互角と言うレベルだろう」
「そうなると、更識さん頼りですか…」
「………」

確かにロシア代表の更識ならサイレント・ゼフィルスの相手は出来るだろうが、それを連中が何も対策なしで襲撃してくるとは思えん。

「………最悪、私も出るさ」
「ええっ!?織斑先生がですか!?」

何を驚く?戦力が必要なら現状で使えるものは使うだけるだけだ。そう、『使えるもの』を、な…。『アイツ』も何時までも埃を被ったままでは気の毒だ。お互いに溜まった鬱憤を晴らすとしようじゃないか。










あとがき

キャノンボール・ファスト編って、当日までヒロインズの日常が書かれてるだけだから書き辛いです。どうしても短くなってしまいます。さっさと進めちゃうと、もうエンディングになっちゃうんですよねぇ…。




[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第五十話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/11/21 21:05


「一夏。今度の日曜日、一緒に街いく」

ある日の夜、ミコトが俺と楯無先輩が居る部屋にやって来たかと思ったら、突然そんな事を言い出した。

「またいきなりだな…」

ミコトの前振りの無い急な発言は今に始まった事じゃないので、俺は苦笑しつつ中腰にしゃがんで視線の高さをミコトに合わせてやると、とりあえず何で急にそんな事を言い出したのかを訊ねる。

「街に行くのは別に構わないけど、一体何しに行くんだ?」
「一夏の誕生日プレゼント、買う」
「あらま、これは予想外」

ベッドに腰を掛けてこちらの様子を観察していた楯無先輩が、開かれた扇子で口元を隠して驚く。もちろん俺もだ。まさか面と向かって言われるとは思わなんだ。

「……あのな、ミコト。そう言うのは普通プレゼントをあげる人には秘密にしとくもんだ」
「? どうして?一緒にいかないと、欲しいものわからない」

心底不思議そうに首を傾げてミコトは言う。
確かに効率とかそういうのを考えれば、ミコトの言うことも間違ってはいないんだろうけど…。そう言うのも含めてプレゼント選びの醍醐味だと俺は思うぞ?貰う本人が偉そうに言うのも何様だって話だから口にはしないけど。

「ねえ、ミコトちゃん」
「ん?」

なんと言えばいいのか俺が困っていると、楯無先輩は俺の横をすり抜けてミコトの前にしゃがみ、にこりと笑顔で話しかけた。

「ミコトちゃんは、買い物をするときにどんな事を考えながら買い物をするのかしら?」
「んー……このお菓子、おいしそう?」

安心と安定の食いしん坊なミコトの回答に、俺はズッコこけそうになるのをなんとか耐える。

お前の買い物はお菓子オンリーなのか…。

「ふふっ、そうね。このお菓子美味しそうだなーっとか、どんな味するんだろーっとか、そう言うのを楽しむのも買い物の楽しみ方の一つ。でもこれってね、プレゼントも同じなのよ?」
「同じ?」
「うん、同じ。だから一夏くんもね、ミコトちゃん達がくれるプレゼントはどんなものなんだろーって、楽しみにしてるの」
「ほんと?一夏?」
「え?ああ、うん?もちろんだ」

いきなり話を振られて、その流れに乗せられて思わず肯定してしまう。
本当はこの歳でプレゼントを楽しみにしてるってのはないけど、俺なんかの為にプレゼントを用意しようって考えてくれるのは嬉しいとは思う。

「……そうなんだ」

そう呟きうんうんと何度も頷き、私は学習したと少し得意げに表情を浮かべるミコト。果たしてどのように認識したのか、とても不安なのだが…。

「そ・れ・に、自分が一生懸命考えて選んだプレゼントで、喜んでもらえたら嬉しいじゃない?」
「んー……ん♪」

ミコトは暫し考えた後、頭の中で思い描いたビジョンに、えへへ~♪と満面の笑み。どうやら頭の中の俺はプレゼントを貰えてとても喜んでいたようだ。一体何を貰ったのか気になるところである。

「だったら、一夏くんには誕生日までプレゼントを内緒にして、素敵なプレゼントを送って驚かせちゃいましょ、ね?」
「ん!一夏が喜ぶプレゼント、用意する!」
「はは、楽しみにしてるよ」

張り切るミコトにそうエールを送ると、ぐしぐし頭を撫でてやった。
…さて、となると他の皆も週末は街に出掛けるってことになるんだよな?俺も一緒に行く訳にもいかないし…。一人で何をして休日暇を潰すとしますかねぇ。











第50話「それぞれの日常 2」









――――Side セシリア・オルコット


「街に出たのは夏休み以来でしたかしら?季節が変わると街の雰囲気も変わるものですわね」
「ん」

週末、ミコトさんの急な提案で一夏さんの誕生日プレゼントを買う為に、街へとやって来たわたくし達。
夏の時と比べ肌寒くなると、どうしても肌の露出は少なくなり、まるで木々の紅葉のように、街に溢れる人々の服装が季節の移り変わりを教えてくれます。あれだけあった夏の活気も今はもう感じられず、今は何処か忙しない雰囲気が街に漂っていました。

「それにしても、わたくしの国とは大違いですわ」
「む、そう言えば西洋人は日本人より体温が高いと耳にした事があるな。気候も日本と違って安定しないと聞いたが?」

その呟きに箒さんが反応します。

「はい。一日のうちに四季がある、と言われる程ですから」

その所為でしょうか。日本といった気候が安定した国から訪れた方達は、環境に慣れず体調を崩すことが多いとよく聞きます。わたくし自身、日本に来た当初は日本の環境になれるのは苦労しましたから、きっとその方達はもっと苦労したのでしょうね。

「体温が高いというのもあながち嘘ではありませんけど、もちろん個人差はありましてよ?わたくしは冷え性ですし」
「むぅ…(冷え性の人って胸が大きい人が多いらしいわね…)」

…何やら鈴さんの視線がきつくなったのは気のせいでしょうか?

「地域の差は如何しても出てくるよね。フランスでも四季はあるけど、日本と比べて湿度が低いし……って、何で地理の勉強になってるの?」
「し、知らない…」

まあ、原因は間違いなくわたくしですわよね。
こんな所で集まってする話ではありませんし、この話題はここまでといたしましょう。

「……しかし、会長は遅いな」

今まで話に混ざらなかったラウラさんが、駅前に建てられた時計のオブジェを見て少し苛立った様子で、タンタンと靴先で地面を鳴らしながらそう溢す。時計の針は約束の集合時間の10分程過ぎた所を指していました。今まで喋らなかったのは、じっと時計と睨めっこしていたからでしょうか?本当、変なところで可愛いですわね。

「完璧主義っぽいから遅刻するなんて意外ね」

鈴さんの言う通り、あの人がこう言った約束を破るのは予想外ではありました。わたくしのイメージでは約束の時間5分前にはちゃんと集合してそうな方だと思っていたのですけど…。

「ん~…たぶんキャノンボール・ファストの影響だと思う。急な延期だったから生徒会も色々と忙しいのかも。ほら、IS学園ってそう言うの生徒に一任してる部分ってあるし」
「なるほど、学園祭のあの騒動もそうですわね。普通の学校じゃあまず許されませんわよ…」

その滅茶苦茶な行事に参加していた自分を棚に上げて、と言われそうですが、此処に居る殆どがわたくしと同類ですので問題無いでしょう。

「ふ~ん。だったら、何で生徒会役員であるコイツが此処に居るのかしらね?」

何故かこの場に居る生徒会役員である筈の本音さんに全員の視線が集まります。

…そう言われてみれば、何で本音さんはここに居るんでしょうね?

「にゃはは~♪私は~かんちゃんの従者だから~♪」
「え、えぇ…!?わ、私の所為にしないで…」

簡単に主を売りましたわこの子。末恐ろしいですわ…。

ほら、簪さんも急に自分へと振られて驚いてびくりと身体を跳ねらせてるじゃないですか。それにしても、ぷるぷる震えるその様は、まるで怯える子犬の様ですわね。
そんな妙な主従関係を眺めていると、そこに改札口を抜けてこちらへ一直線に駆けてくる足音が。

「や!お待たせ!ごめんね~、生徒会の仕事がごたついちゃって」

そう申し訳なさそうに手を合わせて謝罪しながら登場したのは、約束の時間とは少し遅れてやって来た会長さん。随分と急いでここまで来た様子ですけど、表情は涼しげでまったく息は乱れた様子がないのは流石と言うべきでしょうか?

「遅い!」

ダンっ!と地面を蹴って不機嫌なのを隠そうとせず、遅れてきた会長さんを怒鳴り散らすラウラさん。

「ほんっとーにごめん!その分、埋め合わせはするから!」

そう言って深々と頭を下げる会長さん。

「ねえ、ラウラ。その辺で許してあげなよ。楯無先輩だってきっと急な仕事で大変だったんだろうし…」
「そうね。仕事ほっぽり出してこっちに来るよりだいぶ好感がもてるわ」
「むぅ…」

それでも、ムスッとした顔をして納得のいかなそうなラウラさん。

「もう、ラウラさん。何時までも剥れていないで」
「うるさい…」

わたくしがそう言っても、ラウラさんはぷいっと顔を逸らしてしまいます。困りましたわね…。

「ラウっちは~、みこち~と遊ぶ時間が減るのが嫌だったんだよね~?」
「ん?」
「なぁっ!?ほ、本音!?」
「あらまあ」

本音さんに図星を突かれ可笑しな声を上げ、一瞬で顔を真っ赤に染める微笑ましいラウラさんの姿を見て、わたくしは頬に手を当ててくすくすと笑みを溢します。

「わ、笑うなぁ!」
「うふふ、照れなくてもよろしいのに」
「照れてないっ!集まったんならもう行くぞ!時間は有限なんだっ!」

ラウラさんはそう言うと、居心地の悪いこの場から逃げるようにして、ずんずんと一人で先に行ってしまいます。

「ああっ!待ってよラウラー!」
「アンタもチビなんだから、人混みに紛れたら見失っちゃうでしょうが!」
「まったく、街に出る度これなのか…?」

慌ててシャルロットさん達もその後を追いかけて、わたくしとミコトさん、それに更識家の人達を置いて先に行ってしまうのでした。

「あららーラウっち達行っちゃったねー」
「ふぅ、ラウラさんも仕方がありませんわね。わたくし達も追いかけましょう」
「お~♪」
「たっちゃん。虚は?」
「虚ちゃんは今日はお留守番するって、プレゼントは何にするか聞いて来てるから大丈夫♪」
「…やっぱり、無理してるじゃないの?」
「そんなことナイナイ!簪ちゃんってば心配性ねぇ」
「……なら、良いんだけど…」

不安げにそう訊ねた簪さんに、会長さんは大丈夫だと笑顔で手を振って答えると、簪さんは納得はしていない様子でしたが、それ以上は何も言おうとはしませんでした。
嘘を言っている様には見えませんが、簪さんにはそう見えなかったのでしょう。もともと、何を考えているのかよく分からない人ですし、疑うのは仕方のないこと。それに、姉妹だからこそ分かるものがあるのかもしれません。

「ほらほら!ぼさっとしてると置いてかれちゃうよ!いこ!」
「あっ、お、お姉ちゃん!?そんな急に手引っ張らないで……ああっ!?」

ラウラさん達に続いて、更識姉妹も行ってしまいます。

「……わたくし達も行きましょうか?」
「ん」
「そうだね~」

ぎゅっ…。

二人は頷くと、わたくしを挟む様に両側に立って、わたくしの手を握ってきます。

「え、えっと…?」

突然の事で戸惑うわたくし。ミコトさんは分かりますけど、本音さんが手を握って来るだなんて驚きましたわ。

「えへへ~♪学園祭の時もおりむーと同じことしたんだよね~♪」
「ね~♪」

ミコトさんも楽しそうに本音さんの口調を真似します。
そんなことがあったんですの…。微笑ましくもあり、羨ましくもありますわね。

「……それにしても、歩き辛いですわね。これ」

本音さんは大丈夫ですが、ミコトさんとは身長差があって如何しても身体が傾いた状態になってしまうので、とても歩くのに適した体勢とは言い難いですわね。

「え~?でも楽しいよ~?」
「よ~?」
「……まあ、良いですけど」

何だかんだ言って、満更でも無い自分が居るのも事実ですしね……。
小さく溜息を溢したあと口元に笑み浮かべると、わたくしは二人に手を引かれて街道を歩き出すのでした。









「そうですか。そちらはそちらで買い物をするという事でよろしいんですのね?」

わたくしは溜息混じりにそう訊ねると、携帯電話のスピーカーから聞こえてくるシャルロットさんの申し訳無さそうな声が返って来きます。

『うん。また合流するのに時間使うの勿体ないしさ。それぞれ店を見て回ってプレゼントを選ぶのはどうかなって』
「……仕方が無いですわね。そうしましょう」
『じゃあ、4時にまた駅前で集合ってことで!あっ、楯無先輩には僕から伝えておくから』

用件を伝え終えシャルロットさんは通話を切ると、スピーカーからはツーツーと言う寂しい音だけが残る。

「ハァ…まったく」

通話を終えわたくしは大きな溜息つく。
こうなるんじゃないかとは思ってはいましたけど…。結局、毎度の事のように逸れてしまったという訳ですわね。

「セシり~ん、どうだった~?」
「各グループで回ることになりましたわ。4時にまた合流しようとのことらしいです」
「そっかー、皆と回りたかったけど仕方ないねー」

ラウラさんには少し悪いことをしてしまいましたわね…。

「本当にあの人達は……。いつも暴走ばかりで計画性と言う物がありませんわ」
「(……人の事言えないよねー)」

…? 何か視線を感じるのですが気のせいでしょうか?

「ね。何処、行くの?」
「―――と、そうでしたわ。とりあえず適当にお店を見て回しましょうか。その内プレゼントも見つかるでしょうし」
「ん」

そう頷いてミコトさんは、電話中だった為に離していた手をもう一度、もはや定位置となったわたくしの右手へと手を伸ばしてきます。
…本音を言わせてもらえれば歩き辛いので遠慮して頂きたいのですけど、だからと言って繋いで来た手を払い除けるのは良心の呵責に苛まれると言いますか…。

「……行きましょうか」
「ん♪」

ま、諦めるしかないんですけどね…。

なんというか、もう今更って感じもありますし、気を取り直して本来の目的を果たすと致しましょう。

「ねぇ~どの店からいくの~?」
「そうですわねぇ…」

丁度近くにあったショッピングモールの案内板へ視線をを移す。
まず最初にわたくし達が居る現在位置を確認。その次に一番自分達から近いプレゼントを選ぶのに良さそうなお店を探していきます。この辺りはお洋服を売っているお店が集中しているようですわね。

「お洋服は除外したい方がよろしいですよね。服のサイズもそうですけど、好みに合わない服を貰っても一夏さんも困ってしまうでしょうし」
「食べ物、ダメ?」

ミコトさんはわたくしの手を引いて、すぐそこにあったお菓子が売ってあるお店を指差します。

「ミコトさん?こういうのは、形に残るものが良いのですよ?」
「ん…むずかしい」
「うふふ、お祝い事によってはお菓子の詰め合わせも贈ることはありますけどね。でも今回は誕生日ケーキがありますし、それ以外のものにしましょう?」
「ん」

そうして、ミコトさんの手を引いて…。

「セシり~ん。私は~?」
「はいはい…」

……訂正。ミコトさんと本音さんの手を引いて、お店を見て回るためにまた歩き出します。







―――そしてあれから2時間が経過して…。

CDショップ、本屋、バッグ、一通りプレゼントが買えそうなお店は回って見たものの、どうもミコトさんはそのお店から気に入ったものが見つからなかったらしく、わたくし達はもう途中でプレゼントは買ってしまったなかで、ミコトさんだけがまだプレゼントを買えないままでいました…。
そして、プレゼントも決まらず、何の成果も得ないまま時間は経過していき…。

「ねーねー、もう夕方だよー?」
「んー…」

気付けばもう空は茜色に染まり、陽が沈みはじめようとする時間。けれど、ミコトさんはまだプレゼントを決まってはいませんでした。時間的に考えて回れるのはこれが最後でしょう。

「そうですわね……では、このお店を最後にしましょうか」

決められなければまた今度こそ皆と相談して決めれば良い。そう思いながらわたくしが立ち止まって視線を向けたお店はというと……。

「おーアクセサリーショップだねー」
「銀色…キラキラ…」

それは、男性向けのアクセサリーの専門店。
男性が好む様なデザインのシルバーのネックレスやブレスレット等が沢山並べられた店内を、ミコトさんは物珍しそうに見まわして、ボソリと率直な感想を洩らします。

「ほら、ミコトさん。あまり時間は無いのですから早くプレゼントを決めてしまいなさいな」
「ん。本音」
「あいあいさ~♪」
「店内で走ると他の人達に迷惑になりますから…って、行っちゃいましたわね」

わたくしが止める間も無く、ミコトさんと本音さんは店内へと駆けて行ってしまいました。はぁ……二人にも困ったものですわね。

さて、わたくしも適当に店内を見て回ることにしましょうか。

「それにしても、さすが専門店なだけあって種類が豊富ですわね」

こうして見て回ってみると、様々な種類のアクセサリーを取り扱っているのがわかります。ネックレス、ブレスレット、指輪、ピアス、専門店なだけあって見事な品揃えだと感心します。どれもわたくしの趣味とは懸け離れてはいますけど。

「……あら?これは…」

ふと、立ち止まって、とあるネックレスに目が止まる。
他のアクセサリーとは違って、男性向けのカッコいいというような感じのデザインでは無く、どちらかと言えば女の子向けの花をデザインをしたアクセサリーでしたから一際目立ったのでしょう。それに…これはライラックの花でしょうか?枝に複数の花が集う様に咲いていますからきっとそれで間違いないと思いますが、ネックレスにしては少し大きいというか、ゴツゴツし過ぎはしませんの?

「すみません、これはなんですの?」

気になって近くで商品を整理していた男性店員に

「あっ、それですか?やっぱり目立ちますよね?間違って取り寄せちゃった奴なんですよ。何でも『友情』をモチーフにしたアクセサリーで……ほら、これ花が枝から一つ一つ分離するんですよ」

そう言って、店員さんは枝から一つ花をとって見せます。

「なるほど…よくあるカップルのあれですか。ハートが二つに別れる感じの」

そんなもの一夏さんにプレゼントしたら、箒さん達に睨まれること必至ですわね。流石にそれはフェアじゃありませんのでしませんが…。
でも…でも、いつか一夏さんとそういうアクセサリーを付ける仲に……うふふ♪

「そうです。それの友達バージョンですね。でも、友達同士でだなんて今時そんなことする若者なんていませんし……あの、聞いてます?」
「……あっ!?そ、そうなんですの?お、おほほほ!」

いけませんわ。軽くトリップしていました…。

「その所為でまったく売れなくて、今じゃ店の飾り状態ですよ。困ったもんです」
「まあ、大変ですのね…」

お店としても売れない物を何時までも並べておきたくないでしょうし…。けれど、ここは男性向けのお店でしかもアクセサリーの仕様がそれだと、今後も絶対売れる事は無いでしょう。
わたくし自身も買う気は無かったので、店員さんに買う気があると誤解されたくなかったので、早々に話を終わらせるつもりだったのですが…。

「友達…」

突然、背後からミコトさんがひょこりと現れる。
友達と言う単語に反応したのでしょうか?食い入るようにじっとそのアクセサリーを見つめて、そこから動こうとしません。そして、しばらく考え込む仕草を見せた後―――。

「……ん、決めた。これにする」

ミコトさんはそう呟き、ネックレスを手に取りました。それを見た店員さんは驚いてミコトさんに訊ねます。

「えっ、ご購入なさるんですか?」
「ん」

その質問に対しミコトさんは肯定と頷く。

「ええっと……じゃあお会計をしますんでこちらへ」
「ん」

戸惑いながらも店員さんはお会計を済ませる為にレジへ誘導すると、ミコトさんもその店員さんの後ろを素直についていきます。 

「これは誰かへのプレゼントですか?」
「ん」
「あ、はい。ではラッピング致しますね。ネックレスが一点で40000円になります」

一夏さんが聞いたら卒倒しそうな値段ですが、ミコトさんは平然とお財布から一万円札を4枚取り出して店員さんに渡す。

「ん」
「丁度頂きます。これがお買い上げのお品です。毎度ありがとうございました」

プレゼント入った袋を受け取ると、ミコトさんはそれを大事そうに胸に抱えて、ニコニコ笑顔でこちらに戻って来ました。

「ただいま」
「はい、おかえりなさい。プレゼントはそれでいいんですの?」
「ん」

わたくしと問い掛けにミコトさんは自信有り気に頷きます。
男性の方向けのプレゼントとは言い難いのですけど、ミコトさんが悩んだ末にこれが良いと決めたのなら、きっとそれで良いのでしょう。わたくしからは何も言う事はありません。

「そうですか……ところで、本音さんは何処に行きましたの?」
「ん?」

どうやらミコトさんも存じない様です。一体、本音さんは何処に……。

「いつもニコニコ~貴女の隣で~だらけるのほほん~布仏本音~だよ~♪」
「………」

タイミングを見計らったかのように現れた本音さんの登場文句に軽く頭痛を覚えつつ、無言でぺしっ!と本音さんのおでこを叩く。

「あにゃ~!?いたいぃ~…」
「少しはそのだらしない生活態度を改めようとする努力をしなさいな」
「いや~でも~これは私の個性だから~」

悪びれもせず笑って堂々と言える辺り流石と言うかなんと言うか…。

「はぁ……馬鹿言ってないで行きますわよ?もう約束の時間まで余裕はないんですから」
「りょうか~い!……あっ、あそこのクレープおいしそ~う!ちょっと買ってくrふぁあああ~~っ!?」
「お、おー……」
「うふふ♪わたくしがたった今言った事を聞いていまして?」

まったく笑っていない笑顔で本音さんの両頬を引っぱる。涙目で悲鳴をあげながら私の手から逃れようとジタバタを暴れますが、そんなことで解放なんてしません。

「いひゃいよぉ~!だって~だってぇ~!おなか空いたんだも~ん!?」
「ですから!時間が無いって言ってるでしょう!それに、こんな時間にそんなもの食べたら夕食が食べられなくなってしまいますわよ?」
「晩御飯の量減らせばにゃ゛にゃ゛にゃ゛にゃ゛っ!?」
「偏食はもっといけません!」

頬から頭へ手を移動してグリグリと拳に力を込める。

「あだだだだだ~っ!や~め~てぇ~…」

すれ違う人々の視線を集めながら、本音さんは痛みから解放してくれるよう哀願してきます。
すると、そこにミコトさんがやって来て、わたくしのお洋服の端を掴んで、もの欲しそうにじ~っとわたくしを見上げて来たのです。

「……セシリア。私も、食べたい」
「ミコトさんもですの?駄目ですよ、ミコトさんは唯でさえ小食なんですから」
「一つを、3人で食べれば、問題ない。ん」

ぐっ!と親指を立てて、むふーと自信満々な表情で告げるミコトさん。

「はぁ…仕方がありませんわね。それなら夕食が食べられなくなる心配は無いでしょうし…」
「扱いの違いに全わたしが泣いたー…」

「ミコトさんはまだ理屈が通っているから良いんです」
「むぅ~…不満ありありだけどぉ~…ま、いっかー♪それじゃあー買ってくるねー♪」

わたくしの拘束から解放された本音さんは、ほんの数秒前まで不満そうだった表情から笑顔にコロリと表情を変えて、鼻歌を歌いながらのったのったと、ゆったりとしたスキップでクレープ屋さんへと向かって行きました。

なんと言うか……ラピッド・スイッチも驚きの凄まじい切り替え速度ですわ…。

そんな風にわたくし呆れていると、もう本音さんはクレープ屋の店員さんに注文し終わっていて、クレープが出来るのを待っている本音さんがわたくしの視線に気付いて長い袖をブンブンと揺らして此方に手を振り、それを見たミコトさんも手を振り返します。そのミコトさんの横顔はとても無邪気で楽しそうでした。

「むふぅ~♪」
「ふふ、嬉しそうにして、クレープがそんなに食べたかったんですの?」
「んーんー、ちがう」

ですが、ふるふると首を振ってミコトさんはそれを否定。

「あら?違うんですの?」

ミコトさんの反応に少し意外で驚いてしまう。
本音さんと同じでミコトさんにデザートが大好きですから、てっきりクレープが食べられるのを喜んでいるのだと思っていたのですけど…。

「では、何故?」
「ん。最近、セシリアもラウラも、特訓ばかりだから。一緒にいられるのが、嬉しい。ラウラ、いないけど……でも、嬉しい」
「あ……」

ミコトさんの言葉を聞いて、自分の愚かしさに漸く気付く。
わたくしもラウラさんも最近は訓練ばかりに時間を割いて、ミコトさん達との時間が以前と比べて減ってしまったのは、間違いなくわたくし達が原因。自身を磨くために時間を費やす、それは候補だとしても国を代表する者として当然のこと。それをわたくしも間違いだとは思ってはいません。ですが……。

「……ミコトさん。聞いていただけますか?」
「? ん」

これだけは言いたい。これは義務とかそういうものためだけじゃないと言う事を……。

「ミコトさんは学園祭でサイレント・ゼフィルスと戦いましたわよね?」
「う?サイレント・ゼフィルス?」
「わたくしのブルー・ティアーズに似た武装を持った蒼い機体です」
「……おー」

ミコトさんは暫く黙った後、ぽんっと手を叩く。どうやら思い出してくれたようですわね。

「どう、思いました?」
「?」

何のこと?と、不思議そうな顔で私を見上げます。

「あの襲撃者と戦って思ったこと……何かありませんか?」
「んんー……グネグネ?」

グ、グネグネ……恐らくビームの軌道操作のことでしょうけど、他に言い方があるでしょうに…。

「そ、そうですね。そのグネグネなのですが、実はわたくしのブルー・ティアーズも同じ事が出来ますの………操縦者の実力がなければ不可能ですけど」
「セシリアは?」
「………出来ません」

嫌味とかそういう物を含まない純粋なミコトさんの疑問に、わたくしは自分の未熟を恥じながら事実を答えました…。

「機体を強奪されたうえ、技量も賊に劣るなど祖国の…いえ、オルコット家の恥。その恥辱に甘んじることがわたくしには耐え難かった……」
「………」

ミコトさんは私の話を何も言わずじっと私を見つめて耳を傾けてくれます。

「ですから、強くなりたかった。例えそれが、ミコトさん達の時間を削ってでも…」
「……ん」

ミコトさんは頷きます。でもその声はやはり悲しそうで……でも、ミコトさんにはそれがわたくしの譲れないことだとわかっているから、だからわたくしに迷惑をかけたくないからと我儘して…。

「ミコトさん…それだけじゃないんです」
「?」

貴女を悲しませている私が言う事じゃない。それは分かってはいます。でも、これだけは言っておきたい。それが押し付けの自己満足でも、この気持ちだけは伝えたい…。

「守りたいんです。貴女を…いいえ、ミコトさんを含めた友達を…」

専用機持ちの中で機体の相性の問題もありますが、わたくしの勝率は最も低いのが現実。これでは守る以前に、もしもの事態が発生した時に皆さんの足を引っ張ってしまうでしょう。
ですが、機体の欠点を埋めようと実弾兵装を要請をしても、本国は承諾してはくれませんでした。なら、今使える武器を極めるしかない。そう、あの襲撃者が駆るサイレント・ゼフィルスの様に…。

「ビームの軌道操作。それは相手からしてみればとてつもない脅威です。一直線でのビームもその弾速ゆえに回避が難しいというのに、それに追尾が加わればほぼ回避不可能な攻撃となるでしょう」
「おー……?」

…尤も、目の前でわたくしの話の内容をあまり分かっていないこの少女は、その不可能をたった一発の被弾で見切って簡単に避けてみせたのですが。

「セシリアも、あのグネグネ、したいの?」
「したいのではなく、出来るようにならねばならないのです。それで漸く、わたくしはスタートラインに立てるのですから…」
「守る、ため?」
「……はい。恩着せがましいのは重々承知していますわ。ですが…」
「いい、よ」

弁明の言を述べようとすると、それはミコトさんによって遮られた。

「…え?」
「セシリア、がんばってる。私達のために、がんばってる。すごくうれしい。だから、いい」

右手に感じる温もり。いつの間にか私の手は小さな手に握り締められていました。その手の主は私を見上げて無垢な笑顔でそう語りかけて来ます。手に伝わる温もりと同じ暖かな言葉。まるで、その言葉の一つ一つにミコトさんの気持ちが籠っているかのようでした。

「わ、我儘も同然なのですよ?押し付けの善意なんですよ?」
「だったら、私がしてること、私が言ってること、全部わがまま、だから……」

ミコトさんの笑顔が微かに曇る。けれど、ミコトさんは笑顔のまま言葉を続けます。

「だから、セシリアは、それでいい。悪くない。わたしのせいで、セシリアのしたい事が出来ないのは、やっ」
「ミコトさん……」
「自分のために、がんばる」
「……ありがとうございます」

わたくしの意を汲んでくれて、本当に……。

きっと、ラウラさんもこの言葉を聞いたら、きっとわたくしと同じ想いを抱くことでしょう。
どんなに正当な理由や言葉を並べても、結局はわたくしもラウラさんも、先の騒動で自分の未熟さに焦った末での暴走。他人の気持ちを考慮していなければ、それは自己満足でしか無い。それを分かっていながら、わたくし達は正そうとはしなかった。なのに彼女は…。

「むぅ…ありがとされる理由、ない」
「ふふっ」

感謝を述べたわたくしにミコトさんは少し不満そうでしたが、わたくしはそんなミコトさんを見て微笑ましく思いながら、膨れるミコトさんの頭をそっと撫でるのでした。

「ミコトさん……わたくし、頑張りますから」
「ん。がんばって、セシリア」

嗚呼…本当にわたくしときたら……。ミコトさんを守ると言っておきながら、そのミコトさんに背中を押されるだなんて…。ならば、このセシリア・オルコット。全身全霊をもって必ずその笑顔に応えてみせましょう。

「はい♪……しかし遅いですわね、本音さん」
「ん。本音、お菓子にこだわるから」

ああ、作り置きでは無く出来たてをオーダーしたと…。まったく、時間が無いとあれ程言いましたのに困った方ですわ。仕方がありません。電話でシャルロットさんに連絡を入れておきましょう。
そう思い携帯を取り出そうとしたところ、後方から聞こえてきた若い男性の声によりそれは妨害されてしまいます。

「ねえねえ、そこのカーノジョっ♪」

声を掛けられ振り向くと、そこには見るからに『遊び人』といった風体の男性が二人。その男性二人はわたくしの大っ嫌いなタイプをそのまま体現していて、わたくしは顔を顰めます。

「……何か?」

見るからに嫌そうなのを隠そうともせず、わたくしは素っ気無い態度で彼等に応じますが、彼等はそれを気にしていないのか、それとも気付いていないのか、馴れ馴れしく話しかけて来ます。

「今日ヒマ?今ヒマ?どっか遊びに行こうよ~」

はぁ……せっかくいい気分で買い物をしていましたのに台無しですわ。

俗に言うナンパと言う奴でしょう。『見た目』だけが良いとこれだから…。

「……友達と一緒に来ていますので」
「へぇ!友達と来てるんだ。ならそのお友達と一緒にさ………あん?」
「ん?」


男性の一人が漸く私の側に立っていたミコトさんに気付く。

「(妹か何かか?うざってぇなぁ…)……あーごめん。おねーさんな、おにーさん達と用事があるんだわ。だから向こう行ってろ、な?」
「あうっ」

ドンッ…。

男性にとっては軽く押したつもりなのでしょう。ですが、小さい身体のミコトさんを突き飛ばすには十分で、ミコトさんは当たった男性の手にバランスを崩し、尻餅をついてしまいます。

「ミコトさんっ!?……っ!貴方たちっ!」
「あー、ごめんね?悪気があったわけじゃないんだー」

突き飛ばされたミコトさんに慌てて駈け寄り、怪我が無いか確認してからキッ!とミコトさんを突き飛ばした男を睨む。けれど、その男達はヘラヘラと癪に障る笑みを浮かべて悪びれる様子もない。

っ!この……!

もう我慢ならない。誠意をもって詫びるのなら、ミコトさんの前ですし平手打ち程度で済ませてあげようと思いましたが、骨の二三本は

―――と、次の瞬間…。

「ミコトおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「へ?……ぶふぉあ!?」

何処からともなく現れた

「なあっ!?お、おい!?どうs「みこちーになにすんだああああああああ!」がりっ!?」

突然吹き飛んだ相方に男は驚いた声を上げますが、すぐにそれはまた新たに現れた影によって悲鳴へと変わる。二つ目の影が驚いて立ち尽くすもう片方の男の顔面を蹴り飛ばし、二人は揃って宙を舞う。

………はい?

わたくしも男と同様に突然の出来事について行けず、きょとんとしながらソレ目で追った。
突然現れた二つの影。その一つは先程までそこのクレープ屋の前に居た筈の本音さん。そしてもう一つは、ミコトさんの危機に駆け付けたとでも言うのでしょうか?別行動していてこの場には居ない筈のラウラさんでした。

「お前等を真っ赤にサンタクロースにしてやろうっ!」
「ミッコミコにしてやんよおおおおおおおっ!」
「ちょっまっぎゃああああああっ!?」
「あばばばばばばばっ!」

蹴り飛ばされて倒れた男達にゲシゲシと一片の容赦のない蹴りが降り注ぎ、夕焼けの空に男二人の悲鳴が木霊するのでした。
追伸。あれから少しして、通報を聞いて駆けつけて来た警察の方がボロボロになった男性二人を発見。その場に居た通行人に事情を聞いて、女性側の正当防衛と判断。騒ぎの原因となった男性二人を回収して、騒動はそれで終了となりました。……え?お咎め?悪いのはあちらでしょう?それに、警察が来る前にわたくし達は早々にお暇しましたわ。









時間は昼過ぎにまで戻り、場面は更識姉妹へ切り替わる。

――――Side 更識楯無


ミコトちゃん達と『わざと』逸れた私と簪ちゃんは、日曜の人混みで溢れるショツピングモールの道を歩いていた。

「そういえば、簪ちゃんと一緒に出掛けるなんて何時ぶりかしらね?」
「ずっと……前、かな…?」
「そうね。私が更識家当主として本格的に訓練が始まってから、姉妹らしい時間なんて全然なくなっちゃったから」

街道を姉妹で並んで歩く。一般家庭では当たり前な光景かもしれないけれど、ウチではそうじゃない。更識は社会の暗部に深く関わる家系。そんな家がごく一般の家庭と同じ生活が遅れる訳が無い。
私は次期当主、『楯無』の名を継ぐために、幼い頃から厳しい教育を受けてきた。その所為で姉妹としての交流も少なく、『楯無』を継いでからはその少ない時間も消えて、私達姉妹が顔を合わせる事は殆どなくなってしまった。その結果、気まずい姉妹関係が出来上がってしまったと言う訳だ。

「……仕方ないよ。お姉ちゃんは更識家の当主だもん」
「分かってるよ、そんなこと。私が更識家の長女として生まれた時から、ね」

小さい時から、ずっと、ずっとそう教えられてきたんだから。それについて何の不満も後悔もない。でも、最近ではそう思えない自分がいる……。

「……でも、こういう家族らしい時間が無くなるのは嫌かな?」
「えっ?」

私が言葉がそんなに意外だったのかな?簪ちゃんは驚いた表情で私を見た。

「お姉ちゃん…何かあったの?」
「う~ん、心境の変化って奴かな?責任を言い訳にするのは止めにしないとなって……あっ、もちろん自分の責務を疎かにするつもりは無いけどね」

責任から逃れるのはそれこそ私の背を追ってきた妹を裏切ることになるから。だから、私は『楯無』であり続けなければならない。更識家当主として、そして簪ちゃんの姉として。

「……ミコトちゃんのおかげだね。あの子が居なければ、こうして簪ちゃんと一緒に並んで街を歩く事なんて出来なかったと思う」
「その話をするためにわざと逸れる様な真似をしたの…?」
「バレてた?」
「ばれるよ…」

ぺろっと舌を出して可愛らしくウインクすると、簪ちゃんは呆れた様子で溜息を溢す。

「あとで皆に謝らないと…」
「大丈夫大丈夫♪最初に逸れたのはラウラちゃん達だし♪」
「ハァ…(自分から進んで逸れたことが問題なのをどうして分からないんだろう…)」
「もー、さっきから溜息ばかりだなぁ。幸せが逃げちゃうぞ?」
「誰の所為だと思ってるの…?」

誰だろうねー?お姉ちゃんわかんなーい。

「そ・れ・よ・り・さ♪お姉ちゃんに何か言う事あるんじゃないのかな~?」
「えっ…何かって……何を?」
「あん、つめたい。『打鉄弐式』、もうすぐ完成なんでしょ?」
「!? ど、どうして……?」

おー驚いてる驚いてる。

「IS学園で私に届かない情報は無いよ?ま、機体の詳細までは知らされて無いけど」
「そ、そう……」

ほっと安心した様子を見せる簪ちゃん。もう、それじゃあ隠し事をしているのがバレバレだよ?

「で、あるんでしょ?私に伝える事が」
「う、うん…」

本当は簪ちゃんから言ってくるのを待つべき何だろうけど、簪ちゃんは臆病だからきっと言い出せない。だからここはお姉ちゃんとして背中を押してあげよう。たぶん、これが簪ちゃんに私が出来る最後の事だから。これが済めばきっと簪ちゃんは、『私』に惑わされて道に迷うことなく一人で歩き出せると思うから。
スゥ…ハァ…と深く深呼吸をして簪ちゃんは少し間を置いて、覚悟を決めると真剣な表情で私と向き合った。

「……姉さん。日本代表候補生、更識簪。ISでの決闘を申し込みます」
「IS学園生徒会長として、更識家当主として、その決闘お受けします」

茜色に染まる街道。私達を避けて流れる人混み。それはまるで、向き合う私達がいる場所だけ世界から切り離されているかのようだった…。







あとがき

ご迷惑をおかけしました。なんとか投稿完了です。しかしなんであの単語が駄目なんだろう…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第五十一話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/12/08 15:54

「あ゛ぁ~……」

朝から気が滅入るうめき声に、朝食を摂っていた皆の箸がピタリと止まり、その声の発生源に視線を向ける。

「……如何したんだよ、鈴?朝っぱらからそんな声出して」
「本国からねぇ…候補生管理官が来るのよぉ……しかも今日…」
「あらまあ、それはお気の毒に」

セシリアが嘘偽りなく心底から同情する眼差しで鈴を見る。その眼差しはまるで明日の食事には食卓に並ぶ家畜に向けられるそれだったが。

えっ、何?候補生管理官ってそんなに毛嫌いされるような人間なのか?

「それにしても突然ですわね。何かありましたの?」
「間に合わないって聞いてた高機動パッケージを届けにこっちに来るんだってさぁ~…やだぁ~…放課後になってほしくない~…」

今からもう放課後のことを考えて鈴はテーブルに突っ伏する。気が早いと言うか……それだけその管理官が嫌いらしい。

「何をそんなに嫌がるのだ?」

さっきから二人の管理官を嫌っている様子を見て箒は疑問に思ったのだろう、実のところ俺も箒と同意見である。

「アンタは国からISを支給されてないから分からないかもね。ISは国の財産みたいなものだから、専用機を支給される代表や候補生には管理官が付けられるのよ。そいつがまた融通が利かないうえにうるさくってさぁ…」
「やっぱりどの国も似たようなモノなんですのね。わたくしも似た様なものですわ。此方の要求なんて一つも聞いてくれないんですもの」

そう二人で愚痴を洩らしていると、そこにラウラが話に加わる。

「ISは子供の玩具じゃないんだ、厳重に管理されて当然だろう。そもそもこの学園の連中はそういう感覚の奴らが多過ぎる」

叱るように言うと、フォークで突き刺したソーセージを齧り、カリッと食欲をそそる心地良い音が響かせる。
ラウラの言う通りISは兵器だ。戦略が戦術に覆される程に一機の有する力は強大で、よからぬことを考える人間がISを持てば大変なことになるだろう。そう、学園祭でオータムと名乗ったあの女のように…。

「………まあ、私も管理官にはあまり良い思い出は無いがな」

抑えているつもりなんだろうけど、その滲み出る怒気は全然抑えられてない。ふとラウラの手元を見れば、手に持っていた金属製のフォークが尋常じゃない握力でぐにゃりと曲がってしまって、それを見たミコトを除いた皆はドン引きである。

「ラ、ラウラもその候補生管理官って人が嫌いなのか?」
「管理官と言うより私の場合は上官だな。……いや、アレを上官と言うのも可笑しいか。あんなものを上官と呼べば、私だけでなく隊の部下達の尊厳に関わる」

語れば語る程ラウラの表情から怒りの色が濃くなり、ピリピリと肌に伝わる殺気に爽やかな朝食は一気に殺伐とした空間へと変貌してしまう。

「ツーマンセルトーナメントで起こった騒動の仕掛け人と思われる人物。それが私の管理官だった。簡単に座れる地位でもないのだが……さて、どうやって潜り込んで、誰が手引きしたのやら」

ちょっ、おま!?こんなところで何言い出してんだ!?

「ラ、ラウラ!?そんなこと此処で言っちゃ…」

慌ててシャルロットがラウラを止めに入る。

「心配するな。私に怯えて皆このテーブルから離れた場所で食事を摂っているし、聞き耳を立てている奴も居ない」

確かに周りを見渡してみれば、皆俺達が居るテーブルを避ける様に離れた場所で朝食を食べていた。これなら話を聞かれる心配は無いだろうけど、その気遣いを一緒に食事をしている俺達にも向けて欲しい…。

「ラウラ。ごはん食べてる時、こわい顔、ダメ」
「む、すまん。どうも奴のことを思い出すと冷静さを欠けてしまう」

恨み骨髄といったところだろうか。
ミコトに注意されて申し訳無さそうにラウラは謝罪してこの話はこれで終わりとなる。しかし、ラウラの管理官があの事件の黒幕だったとは…朝からとんでもないことを聞かされてしまった。

「ごちそうさまでした」

空となった皿の前で手を合わせてごちそうさまをするミコト。

「お、今日は食べ終わるのが速いなミコト」
「ん。今日は、いつもより少なめだから」

それは大丈夫なのか?もともと多いとは言えない食事の量を、さらに減らすとなると心配になって来るんだが…。そう思ったのは俺だけじゃ無いらしく。

「えっ!?体調が悪いのー?みこちー?」

ガタンッと椅子を倒して立ち上がったのほほんさんが、テーブルに身を乗り出してミコト顔を覗き込む。俺ものほほんさんに見習ってミコトの顔色を窺うが、別に体調が悪そうには見えなかった。

「大丈夫。おなか、空かないだけ」
「ほんとー?」
「ん」

心配そうにするのほほんさんにミコトは頷く。

「体調が優れない時は直ぐに言うんだぞ?ミコト」
「そうだよ?ミコト。辛かったら言ってよね?」
「むー…大丈夫なのに」

俺達は純粋に心配しているだけなのだが、ミコトにとっては自分は大丈夫だと言っているのに皆に信じてもらえず、まるで自分が嘘をついてる様に思われていると勘違いしたのだろう。不満そうに頬を膨らませている。

「し、信じてない訳じゃないんですのよ?わたくし達はただ心配で…」
「……ぷいっ」
「ああっ!?拗ねないでくださいな!?」

拗ねて顔を背けてしまったミコトに若干涙目でうろたえてしまうセシリア。その姿は溺愛する娘の反抗期に戸惑う母そのものである。

「あはは、また始まったね」
「セシリアママも過保護なんだから…」
「そうからかうものではないぞ?……ぷっくく」
「そう言うしののんだって笑ってるよー?」

なんて言うかもう当たり前の光景だよなぁ。最初は嫌がっていたけど、今じゃ周りからからかわれても満更じゃない反応を見せる様になったし、もう『セシリアママ』はクラスの公認も同然だし…。

「…………」
「…ん?」

皆が騒いでいる中、一人黙ってじっと真剣な表情でミコトを見ているラウラに気付く。

「ラウラ?どうかしたのか?」
「……いや、またお菓子でも食べ過ぎたのだろうと思ってな。まったく、ミコトの間食癖にも困ったものだ。ルームメイトが本音だから仕方が無いことなのかもしれんが」

俺が話しかけた途端に険しい表情は薄れ、ラウラは苦笑を浮かべる。

「え?あ、ああうん。そうだな」

明らかに誤魔化されたのだが…。

「なあ、ラウ―――」
「貴様等!騒いでないでさっさと朝食を済ませろ!遅刻なんぞしたら容赦しないからな!」

気になって訊ねようとしたところに、食堂に響き渡った千冬姉の怒声によってその言葉は遮られ、俺が抱いた疑念をラウラから問いただす事はできなかった。











第51話「それぞれの日常 3 」









――――Side 凰鈴音


「はぁ……」

ISスーツに着替え終えたアタシはロッカーに手をついて、今日何度目か分からない重い溜息を吐く…。
ついにやって来てしまった放課後の時間。高機動パッケージ『風』の試運転を第四アリーナで行うと言う事なのだが、その第四アリーナに行けばあの堅物ツリ目管理官が待ち構えている。それ考えると足がまるで鉛になったかのように重く感じてしまう。

「なんで来るかなぁ…パッケージだけ本国から送ってくれればいいのに…」

そうはいかないことぐらい自分でも分かってるけど、そんな子供染みた我儘を言いたくなるぐらいに、あの候補生管理官が苦手なのだ。

「―――っと、いけない!遅れるとまた小言言われちゃう!」

バタンと乱暴にロッカーの扉を閉めると、アタシは慌ててロッカールームから出てアリーナへ急いだ。







「遅いですよ、凰・鈴音代表候補生。本日の教習課程はもう随分前に終了していた筈です。着替えるだけにどれだけ時間を掛けているのです?」
「す、すみません……」

アリーナで待ち構えていた、ピリピリと苛立った雰囲気を纏い、切れ目に鋭いエッジの眼鏡をかけ、ばっちりとスーツを着こなした女性に、アタシは若干ビクつきながらも謝罪する。
目の前に居るこの女性の名前は楊 麗々(ヤン レイレイ)候補生管理官。アタシの管理官を務めている人だ。

「時間が押しています。早速、実装と量子変換、それに試運転を開始します。準備を始めなさい」
「ぐっ………は、はい」

人が謝っているのにも関わらず、この管理官は私を見向きもしないで背を向けて歩きだす。イラッときたが此処はアタシに非があるので、怒りをぐっと我慢して楊候補生管理官の指示に従い準備に取り掛かった。

「高機動パッケージの主な変更点は、増設されたスラスター4基、衝撃砲の出力を落として砲弾が拡散タイプの近距離仕様に変わったこの2つです。操縦の際はそれを考慮して運用して下さい」
「了解」

管理官の説明を、量子変換とハイパーセンサーに表示されるパラメーターチェックを行いながら返事を返す。
やっぱり、スラスタ―に出力を回すために、武装の方の出力がだいぶ落ちてるわね。主砲の火力が落ちて決定打が欠けるとなると、火力不足で専用機持ちの中じゃ結構不利かも…。

「キャノンボール・ファスト当日には、本国から軍や企業の重鎮の方々もお見えになります。無様な結果は出さない様に」

余計なプレッシャーをかけてこないでよぉ、もう…。

正直、あの面子でレースをすればアタシは最下位を争う形になる可能性は高いのだ。一位はまずミコトが居るから無理。2位も高機動の白式と紅椿の二機で争う事になると思う。というか、今回ばかりは相手が悪い。もし白式の前に出たならば、『雪華』の突撃槍モードで跳ねられてそれで終了なのだ。箒の方は紅椿の操縦に慣れていないようなので、まだやりようはあるかもと思われるかもしれないけど……。

純粋にマシンスペックの差がなぁ…。

流石はあの篠ノ之束が手掛けた機体。操縦者の技量を補う性能を持ち合わせている。それはスペック差を見比べるのが馬鹿馬鹿しくなる程に。……あ、やっぱり上位3位に喰い込むのは無理かも…。

「ぜ、善処します」
「そんなものは求めていません。此方の要望通りの結果を示しなさい」

簡単に言ってくれるわね、ほんと…。

―――と、そこで高機動パッケージの量子変換が完了する。

「さて、準備は整いましたか?なら試運転を………おや?」

あちらでもそれを確認したのか、すぐさま試運転に取り掛かる様に指示を出そうとしたのだが、アリーナのゲートにひょこひょことやって来た、生徒に気付いて中断して、やって来たそれに声を大きく上げて呼び掛けた。

「一般生徒ですか?独占する様で申し訳ありませんが、今は我々が使用していますので、別のアリーナに移動してはいただけないでしょうか?」
「ん?」

声をかけられてこちらを振り向く生徒。
小柄な体に揺れる白い髪。もうお分かりだろう。やって来た生徒と言うのはミコトだった。ミコトは立ち去る様に言われたにもかかわらず、何故かこちらに向かってひょこひょこと歩いてくる。

「鈴」
「いや、アンタなんで此処にいんのよ?てか、何でこっちに来にきたし…」
「散歩中。鈴みつけたから来てみた」
「あ、そう…」

なんて言うか、アンタらしいわ…。

「凰・鈴音候補生。彼女は貴女の知り合いですか?」
「あ、はい!アタシの友達です」
「ん。ミコト・オリヴィア。鈴の友達」

ミコトの名前を聞いて、楊候補生管理官はつり上がった目がピクリと反応する。

「………ミコト・オリヴィア?」
「ん」

訝しげに呟いた管理官の言葉にミコトは頷く。

「………貴女が例の…」
「?」

意味の分からない言葉にミコトは首を傾げる。
この口ぶりから察するに、管理官はミコトの素性を知っている…?アタシ達はミコトの詮索を禁じられている筈なのに、どうして本国に居るこの人が?ミコトがアタシと同じ国の出身とか?確かに顔立ちは東洋系だけど、やっぱりそれは考えづらいし…。

「ミコト・オリヴィアさん。先程も申しましたように、今から新装備の試運転を行うので、用が無いのでしたら早急に立ち去っていただきたいのですが?」
「見てちゃ、だめ?」
「私にこの施設を独占する権限はありませんが、キャノンボール・ファストに備えて此方の手札を明かすのは避けたいのは当然の事。ご理解していただけますか?」
「……ん。わかった」

不服そうではあったが、アタシも手を合わせてお願いしているのを見ると、ミコトはしぶしぶ承諾してくるりと身体を翻して出口に向かって歩いていく。
―――けれど、途中で立ち止まって、ミコトはこちらを振り返る。

「……鈴」
「? なに?まだ何か用があるの?」

さっきから隣にいる管理官が何時にも増してピリピリしてるから怖いんだけど…。

「晩御飯は一緒に食べる」
「……ぷっ、はいはい。てか、いつもそうしてるじゃないの」
「ん」

少し不貞腐れてぎみに言ってるミコトに、アタシは苦笑をしながら承諾すると、ミコトは満足そうに今度こそアリーナを出て行った。
すると、ミコトの姿が見えなくなったところに管理官が何やら険しい表情を浮かべて話しかけてくる。

「……随分と仲がよろしいのですね」
「え?ま、まあ、見ての通り裏表の無い子ですから。こっちも自然と仲良くなったと感じで…」
「そうですか…」

アタシの返答に管理官は更に表情を険しくさせる。
そんな管理官をアタシは不審に思っていると、突然管理官はとんでもない言葉を突き付けてきた。

「凰 鈴音代表候補生。忠告しておきます。あの少女に関わるのはやめなさい」

ブチッ…!

アタシの中で何かが音を立ててキレた。

「アタシの交友関係まで管理される筋合いはないんですけど?」

殴り倒したい衝動を歯を食い縛って抑え込む。立ち場の関係とかが無ければ、確実にその衝動に身を任せてボコボコにしていたことだろう。
それだけ今の発言はアタシにとって許せない物だった。喰ってかかるのはせめてもの反抗である。

「……忠告はしました。私の忠告を無視するなら、必ず貴女は後悔することになるでしょうね」
「ふんっ!」

…その後、予定通りに新装備の試運転は行われた。作業中は一切会話など有りはしなかった。もともと必要以上に話す人ではなかったが、いつも以上に口数が少なく、ただ黙々と機体の調子を確認し、黙々とデータを収集する。ときどき事務的な問答をするだけで、試運転はほぼ無言で行われて終了したのだった。
データを回収した管理官は用件を済ませると、早々に本国へと帰って行った。彼女が居なくなった後、アタシはぽつんと誰も居ないアリーナの隅で座り込んでたそがれる。
誰もいないアリーナはとても静かで、その静寂の中でアタシの頭の中にはあの時の楊候補生管理官の言葉が、何度も、何度も、繰り返し響いていた……。

―――私の忠告を無視するなら、必ず貴女は後悔することになるでしょうね。

ギリッ!奥歯が鳴る。静まり返っている所為でその音はやけに大きく響いた…。







「……えっ、ミコト!?」
「ん。鈴、遅い」

制服に着替え終えてアリーナを出ると、ゲートに寄りかかってアタシが出てくるのを待っていたミコトを見てアタシは驚く。
まさか…あれからずっと外で待ってたの?軽く2時間以上は経ってるってるわよ!?

「アンタ、もしかしてずっと外で待ってたの!?」
「ん」

アタシの質問にミコトは頷き、アタシはそれに呆れる。

「あ、あんたねぇ…。晩御飯は一緒に食べるって言ってたあったでしょうに…」
「今日は、鈴といっしょにいたい気分だった」

ああ、そうだった。このちびっ子はこういう性格だったんだ…。一度決めた事は絶対に曲げないって言う…。

「ああもうっ!ほら、寮に戻るわよ!」

強引にミコトの手を掴み、ズンズンと寮に向かって歩きだす。

「ったく、最近は夕方から冷え込む様になってきたんだから、こういうのはやめなさいよね。あんた身体弱いんだから」
「大丈夫だ、問題無―――」
「あるのよ!この馬鹿っ!」

ぺしんっと頭を叩く。どうしてこの子はこうも自分に関しては無頓着なんだろう。おかげで見てるこっちがハラハラさせられるわよ、まったく…。

「むぅ…」
「不満そうにしてもダメよ。セシリアに言い付けてやるんだから」

似たようなこと前にもあったらしいし、その時もセシリアが注意したんだから、これは当然の罰だと判断する。といっても、このちびっ子は懲りないでまた同じことをやらかすと思うけど。

「オワタ」
「はいはいオワタオワタ」

テキトーに聞き流して相槌をうちつつ、寮へ続く道を歩く。
てか、最近になってミコトが言っていることの意味が分かるようになってきてる自分が嫌になるんですけど。

「セシリア、怒るとこわい」
「そりゃ怒ってるんだからこわくて当然でしょ」

セシリアの奴、普段はミコトに檄甘だけどね。

「……まっ、アタシのために待っててくれたのは嬉しかったから今回は勘弁してあげる。でも、少しは自分のことも心配しなさい。わかった?」
「ん~」

全然分かってないわねコイツ…。

「……やっぱり言いつけてやろうかしら」
「! 鈴、一度言ったことは守るべき、そうするべき」

とても言いつけを守らない人間が言う言葉じゃないわよねそれ。とりあえず躾けとしてミコトの両頬を引っぱっておく。

「いひゃい…」
「反・省・し・ろ!」
「あぃ…」

涙目でコクコクと頷くミコトを見て、アタシはぱっと頬を引っ張る手を離した。

「うぅ~…鈴も、怒るとこわい…」
「怒ってるんだから当たり前」

ヒリヒリと痛む両頬を押さえながら、目に涙を滲ませて恨めしそうにこっちを見上げてくるミコトだったが、アタシは全然気にも止めずにキッパリと言い放ってやる。

「う゛~っ…う゛~~っ!」
「………プッ、あはは!」

ちょっと紅くなった頬を膨らませているミコトが可笑しくて、不覚にも吹き出してしまう。

本当にこの子は…。アタシ達と同い年だなんて信じられないわね。

「笑うのは、ひどい」
「あはは!ごめんごめ―――」

―――私の忠告を無視するなら、必ず貴女は後悔することになるでしょうね。

「………」
「? 鈴?」

突然黙りこむアタシをミコトは不思議そうに見上げる。

「………ううん、なんでもない。ほら、何時までもむくれてないで帰るわよ?」
「ん」

後悔なんてするもんですか。アタシはミコトの友達なんだから…!

そんな想いを胸に抱いて、アタシはミコトと一緒に寮へと戻るのだった。













あとがき

ISの新刊が出ると聞きましたがコミケ限定らしい。てか冊子が新刊ってどういうことなの…。また失くさないといいんだけどね。
というわけで鈴パートは終了。次はシャルやって。姉妹対決、誕生日、んで最後か…長いなぁ。年内に終わらないなこりゃwww




[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第五十二話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2012/12/31 05:48



「ふふふ~♪まだかなまだかな~♪」

ベッドの上でそわそわと落ち着かない様子で、今夜この部屋に訪れてくる来客を、もう何時間も前から一日千秋の思いで今か今かと待ち続けている。
何故こうも僕が待ち続けているかと言うと、ある日の放課後のことだ。僕はラウラに本音と大事な話をしなければならないから、ミコトを僕達の部屋に泊めてはくれないかと頼まれたのが始まりで。急な話に僕も最初は戸惑ったけど、前々からミコトのペンギン型ぱじゃまには興味津々だったため僕は快く承諾。こうして、ミコトがラウラと入れ替わる形で僕の部屋に泊りにくることになったと言う訳だ。そして、ミコトが部屋に泊りにやって来る夜になり現在に至る。
僕も猫の着ぐるみパジャマを着て準備万端。ペンギンと猫。鳥と猫で狩る側狩られる側で、本来あり得ない夢のコラボレーションが実現されようとしている。あとはミコトが来るのを待つばかりだ。―――すると、入口のドアからノックの音が響いた。

―――来た!

「は~い!今開けるから!」

どたばたと慌ただしくドアのところまで走って行き、がちゃりとドアを開ける。
ドアを開ければそこには可愛らしいペンギンの着ぐるみを着たミコトがぽつんと立って、こちらをじっと見上げていた。その仕草がまたとても可愛らしくて…。

「シャルロット。泊りにき―――わぷっ」
「んも~~!かわいいぃぃぃ~~~♪」

僕はもうたまらず、今まで人の目があったために我慢していた欲望を一気に爆発させたのであった。









第52話「それぞれの日常 3 」








――――Side シャルロット・デュノア


「くるしかった…」
「あはは………ごめんなさい…」

暴走による熱い抱擁から解放されたミコトが少し恨めしげにジト目で訴えてくるのを、僕は気まずくなってしょぼんと頭を下げて謝った。

「シャルロット、ときどき怖くなるから、やっ」
「あうっ……悪気があったわけじゃないんだよ?むしろ好意的と言うかなんと言うか…その……」

可愛いから我慢できなくて抱きしめたと理由は、一応褒めている?かもしれないけど、本人からしてみれば堪ったものじゃない……と思う。僕は抱き着く方だから分からないけど、ミコトの反応を見ればきっとそうなんだろう。

でも、我慢できないよぅ…。だってこんなに可愛いんだもん…。

長い間男の子として教育されてたから、女の子が好みそうな物は遠ざけられてたし、元々可愛いモノ好きだったから可愛いものには飢えているのだ。
現に今も、気を抜けばまた無意識に抱きしめてしまいそうになっているのを必死に我慢しているんだから。可愛いミコトを目の前にしてこれは拷問に等しい。

…それに、ミコトも一夏と同じで僕をかばってくれようとしてくれたんだよね。すぐにばれちゃったけど。

思えばその時からかな。本人は何も考えずの何ともない発言だったんだろうけど、僕にとってそれがミコトは他の女の子達とは違う特別な存在になったんだ。
あの時のあの言葉、『友達は、助け合うものだから』と言う言葉は、今も僕の脳裏に鮮明に暖かな温もりと共に残っている。あの時の僕は、実の父に身売りも同然なことを強要されて、人の事が信用できなくなり、もうどうにでもなってしまえと自暴自棄になりかけていた。そんな時にあの言葉は僕には涙を流してしまいそうになる程に、暖かくて、優しいものだった…。だからこそなんだろう、僕はミコトに対して友情とは違い、愛情に似た感情を抱いているのは…。

「うぅ……もう抱きしめちゃ駄目?」
「さっきみたいなのは、やっ」
「そ、そうだよね……」

ミコトの拒絶にがくりと肩を落とす。

「……でも」

ミコトが『でも』と言葉を続けた。

「でも、くるしくなかったら、いいよ?」
「い、いいの!?ほんとに!?」
「ん」

そんなミコトの言葉を聞いて、僕はガバッと俯いていた顔を上げキラキラと目を輝かせてそう訊ねると、ミコトは小さく頷いて見せた。それを聞いて僕は嬉しくて、また―――。

「ミコト~!」
「あ、あが~…」

―――ミコトを強く抱きしめてしまうのであった。
当然、ミコトはそのあとご立腹でしばらく話を聞いてくれなくて、そのあと散々頭を下げて謝まった末、抱きしめは禁止で膝の上に座らせる形で落ち着いた。







「それでね、この前駅前で買い物に行った時に、すっごい可愛い洋服が売ってあるお店見つけたの!あの時は一夏のプレゼントを買うのが目的だったから寄らなかったけど、今度また皆で一緒に街に行く時に行ってみようよ!」
「ん」

膝に乗せてペンギンなミコトを堪能しながら、とりとめのない話で夜の時間は過ぎて行く。
僕が話題を振れば、ミコトが短く相槌を返す。傍から見れば会話が成り立っていない気まずい光景に見えるかもしれないけれど、僕にとってそれはとても幸せな物だった。
小さくて柔らかな身体の抱き心地。香水を使っていないのにフワフワな髪から香る甘く優しい匂い。もうこれだけで僕には至福の時である。これ以上なにを求められようか。

ふふふ♪幸せだなぁ♪ずっとこうしていたいなぁ♪

ミコトのご機嫌を損なわないよう慎重に加減して抱きしめる。
ラウラに同じ事頼んでも嫌がってさせてくれないんだもん。せっかく猫の着ぐるみパジャマ買ったのに、学園指定のジャージをパジャマの代わりにして着てくれないし…。あんなに可愛いのに勿体ない。こうなったら今度無理やりにでも着せちゃおうかな?うん、そうしよう!




……ゾクッ!
突然身体に奔った悪寒に、ラウラはぶるりと身体を震わせて何事かと辺りをキョロキョロと見回す。

「ど~したの~?」
「い、いや……なんでもない…のか?」
「ほえ~?」




「よし!今度、絶対着てもらうんだから!」
「………ん」

新たな決意にむんっとガッツポーズをとる僕。

「その時はミコトもまた泊りに来てね!みんなで一緒に可愛いパジャマ着てさ♪」
「――――」

………あれ?

先程まで膝の上に座って相槌をうってくれていたミコトの反応が急に無くなってしまう。

「……ミコト?―――――ッ!?」

僕は不思議に思いミコトの顔を覗き込み。そして、僕はそれを見て驚いた。
なんと、ミコトが視点が定まっておらず明らかに意識を手放している状態だったのだ。ただ事ではない。その状態のミコトを見て僕はそう思うと、慌てて肩をがしりと掴んで大きく揺さぶり彼女の名前を呼び掛ける。

「ミコト!?ねぇ、ミコトってば!?」
「―――……おぉ?」

揺さぶられる振動にハッと意識を取り戻すと、漸く僕の呼び掛けにミコトは反応して、不思議そうな顔を浮かべて僕を見上げた。

「如何したの?いま完全に意識が飛んでたよっ!?」
「?」

何の事か分からないと首を傾げるミコト。どうやら本人は自分が意識を失っていた事に気付いていないらしい。

「わ、わかってる?気を失ってたんだよ?」
「んー…………もう、寝る時間だから…?」
「いや、そんな疑問形で言われても…」

確かに、最近のミコトの睡眠時間は一日の半分以上を占めていると言っても良い。授業中も居眠りが多いし、昼食の後も教室で寝ているのが殆どだ。もう時間も時間だし急に寝てしまっても不思議じゃないけれど……でも、やっぱりこれはどう考えても異常だ。健常者なら突然気を失う様に眠るとか有り得ない。

「………ねぇ!ミコト本当に………って…」
「スゥ……スゥ……」

気が付けばミコトはまた眠ってしまっていた。

「……寝ちゃった…」

今度は安らかな寝息を立てていて、気を失ったと言う訳ではなさそうだ。先程のことを確認したかったのだけど、起こしてしまうのも忍びないし、このまま寝かせてあげよう。
僕はミコトを起こさない様にそっと持ち上げてベッドに寝かせてあげると、僕もミコトと同じベッドに潜り込み―――。

「ん……」

―――そして、ミコトをぎゅっと抱きしめるようにして瞼を閉じる。
如何してかミコトが何処かに行ってしまいそうな不安に駆られたから……だから、大好きなミコトが何処かに行ってしまわない様に抱きしめて、その不安を腕の中の温もりで紛らわしながら眠りにつくのだった…。
















そして、平穏な日常と共に時は流れて…。


――――Side 更識簪


「ハァ…ハァ…ッ!完成したって本当ですかっ!?」

自分の専用機が完成した。その報告を聞いて教室から整備室までの道を息を切らせて走ってきた私は、勢い良く扉を開いた第一声に出たのはその言葉だった。

「おっ、情報が速いね。うん、例の機能もなんとか実用化まで持ってこれたよ」

こんこんと蛍光灯の光を反射させている金属を叩く黛先輩の手の先を視線で辿る。すると、そこには整備室を静かに佇む自分の愛機の姿があった。

「っ!………本当に完成したんだ…!」

未完成じゃない、完成された機体。その雄姿に感嘆の溜息を溢す。

「おやおや~?もしかして私達を信用していなかったのかな~?」
「い、いえ…!そう言う訳じゃないんですけど…。で、でも夢みたいで…」

意地の悪い笑みを浮かべる黛先輩に、私は慌てて手を振り弁解する。
すると、先輩はそんな私を見て可笑しそうに笑い出す。

「ぷっ、あははっ!冗談よ冗談♪そう真面目に捉えないでよ」
「あぅぅ……」

顔がだんだん熱くなって、私は堪らず顔を俯く。
そして、黛先輩は一頻り笑ったあと、目尻に溜まった涙を指で拭って、笑い過ぎて乱れた呼吸を整えながら話を再開した。

「はぁ……笑った笑った。簪ちゃんはたっちゃんと違って真面目すぎるわね。もう少し肩の力を抜いたほうがいいわよ?」
「ぜ、善処します……」

本音にもよく言われてるんだけど…。言う本人がマイペース過ぎるから、反面教師みたいになって、余計気が抜けなくなっちゃうんだよね…。
改めて思うけど、アレは本当に従者なのだろうか?幼馴染としてなら大切な親友なんだけど…。

「予定よりかなりピーキーな機体になっちゃったけど……まっ、その方がたっちゃんの不意を突くのには丁度良いでしょ」

隣で話す黛先輩の言葉に頷きながら、私は生まれ変わった自分の愛機を見上げる。
もう、これは第二世代型ISじゃない。第三世代の領域を踏み入れた機体。

「―――第三世代型IS『打鉄弐式・転』!」

それが、私の愛機の新しい名前だった。








あとがき

師走と言うだけはある。書く暇なんて全然ないですね。とりあえず日常編だけでも強引に年内に終わせました。
今思うと鈴やシャルってあまりミコトと接点が無いんですよねぇ。だから絡ませ辛い。可愛いモノ好きって設定だけで一話分書くの難しい、クライマックスに向けてなら尚更…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第五十三話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2013/04/01 06:11


此処は第3アリーナ。そこに2機のISがあった。
片や火器を大量に積んだ重装備機体。それに対してもう一方は、装甲や装備を省いた機体だ。全く正反対の方向性を行く機体が、いつ戦闘が始まっても可笑しくない張り詰めた空気のなかで無言で対峙している。
しかし、今から始まるであろうその戦いを見届ける人間は観客席には誰一人としていない。このアリーナに存在するのは、2機のISを駆る二人の人間だけ…。二人だけの戦いが今、始まろうとしていた…。

「……さて、準備は良いかな?簪ちゃん」

楯無はにこやかに笑いかけると、ガチャンッと重い音を立てて、自身の身の丈以上はある槍を持ち上げ、その鋭い先端を簪へと向ける。

「うん、何時でもいけるよ。お姉ちゃん」

真剣な面持ちで、相対する彼女は頷き。それと同時に、彼女の眼前に4つの空中投影ディスプレイが出現する。
これが彼女にとっての機体に大量に積んだ火器のトリガー。自分により使いやすさを求めた結果の形がこれなのだろう。姉妹揃って変わった機体なのは、やはり姉妹ゆえか…。

「でもまさか、一夏君のお誕生日会当日に決闘を申し込まれるだなんて、さすがのお姉ちゃんも思ってなかったわよ?」

そう言って、楯無は少し呆れたように苦笑を浮かべた。
今日は9月27日。織斑一夏の誕生日だ。そんな日に今から決闘を始めようとしているのだから、妹に呆れる楯無の反応も当然とも言える。

「時期はいつでも良かった。最終調整が済めば。唯それが今日だっただけ……みんなに準備を任せちゃったのは申し訳ないと思うけど」

申し訳無さそうにボソリと最後に付け加えた。
他の友人達は既に夜に行われる誕生日会の準備のため、一夏の家に行ってしまっている。自分だけその準備に加わらずに、こんな誕生日会とは全く関係無い事をしていれば、やはり心苦しさを感じてしまうのだろう。

「けど、皆に内緒って言うのはどうして?」
「……これは、私とお姉ちゃん、姉妹の問題だから。二人だけで戦いたかったから…」

そう、友人達には今日二人が戦う事を知らされてはいない。どうしても外せない用事があると説明しているだけで、その内容までは皆に明かしてはいなかったのだ。
けれど、これは簪にとっても都合が良かったと言うのも事実である。皆が学園を留守にしている今だからこそ、こうして二人っきりで戦えるのだから。

「(皆には後でちゃんと謝ろう。だから今は―――!)」

カッ!と目を見開いて、簪は投影ディスプレイに指を走らせる。それに呼応しミサイルポッドの発射口がガコンッと音を立てて口を開いた。

「―――勝負!(この戦いのために全てを懸ける!)」
「かかって来なさいっ!」」

その叫びと共に射出されたミサイルの爆音によって、姉妹同士の激闘が幕を開いた。









第53話「姉妹」








――――Side 更識楯無


時は二人の決闘の前日にまで遡る…。

「明日はいよいよ一夏君の誕生日ね」

仕事の手を止めて明日のイベントについて溢すと、向かいの机で書類の整理をしていた虚ちゃんも作業の手を止めて頷く。

「そうですね。本音も日が近づくにつれて、楽しみで仕方がないようでした」

「もう高校生になるのに、仕方のない子」と、頬に手を当てて溜息を吐く虚ちゃんだけれど、そう言う虚ちゃん本人も楽しそうにしてるじゃないの。

「……口元、にやけてるわよ?」

ニヤニヤと笑みを浮かべて、虚ちゃんににやけているのを指摘してやると、虚ちゃんは恥ずかしそうに頬を赤く染め、コホンッと咳払いをして表情を業務的な者へと切り替えた。

「は、話は変わりますが、簪お嬢様の専用機の件でお話が…」
「あっ、誤魔化した」

でもまぁ、このまま虚ちゃんを弄るのも面白そうではあるけど、あの子の専用機の事の方が気になるわね。今回は見逃してあげましょう。

「完成したのはもう私の耳にも届いてるけど、何かあったの?」
「いえ、最終調整の方も無事終えたと本音から報告がありましたので、時期的にそろそろかと思いまして」

なるほど、確かにそうかもしれない。なら来週末あたりは予定明けとかないとね。―――と、私が思っていたところ、何やら外の廊下からドタバタと騒がしい足音がこの生徒会室へ近づいて来る。

「騒がしいですね。注意して来ます」

そう言って椅子から立ち上がった虚ちゃんを手で制した。廊下を走るのは感心しないけど、そんな気にする事でも無い。

「まあまあ、騒がしいのはこの学園ではいつもの事でしょ?んーでも、この辺りに生徒が来るなんて珍しいわね?私の生徒会長の座を狙った挑戦者かしら?」
「それにしては時期外れな気がしますが…」

以前の騒動となった一夏君争奪戦は過ぎちゃったしね。今更私の座を狙ったところで、そこまで美味しいところなんてあまり無いって言うのは同意見だね。
そんな会話をしていると、バンッ!と大きな音を立てて生徒会室のドアが開く。その音に私と虚ちゃんはドアへと視線を移したのだけど、そこに息を切らせて立っていた思いもよらぬ人物に、私と虚ちゃんは二人揃って目を丸くしたのだった。

「ハァ…ハァ……お…お姉、ちゃん…!」

生徒会室へ飛び込んできた来訪者は私を姉と呼んだ。それもその筈、何故ならその来訪者と言うのは、私のたった一人の妹である簪ちゃんだったのだから。
けど、だからこそ驚いた。あの大人しい簪ちゃんがまさかこんな騒々しい登場仕方をするだなんて、昔からこの子を知る私達にとっては思いもしなかったから。

「ど、どうかしたの簪ちゃん?」

あまりにもらしくない簪ちゃんの行動にやや引き気味に訊ねると、簪ちゃんは乱れた呼吸で声を絶え絶えにしながらも、私の問いに答え始めた。

「ハァ…ハァ…わ、私の専用機……完成した、の…!」
「う、うん。それは聞いてるわ。よく頑張ったわね。えらいえらい……えっと、それで?」

まさかそれだけのためにこの慌て様?ないないそれはない。
いくら念願の専用機が完成したからと言って、その報告をしに来るのにこんな慌て様はおかしい。それに、簪ちゃんから発せられてる気迫が尋常じゃない。なんかゴゴゴゴって擬音が聞こえてるし…。

「ち…調整も…ハァ……昨日、終わったの……」
「うん。それも聞いてるよ」

しかもほんの数十秒前に入手したばかりの最新情報。
それを伝えると、簪ちゃんは「そう…」と呟いて顔を俯く。そして少し間を置いて何かを意気込むかのようにうんと頷くと、再び顔を上げて真っ向から私を見て、大きく声を張り上げてた。

「……明日!明日私と勝負して!お姉ちゃんっ!」

突然の決闘の申し込みに、私はぽかーんとしてしまう。……はい?明日?

「ちょ、ちょっと簪ちゃん?明日って一夏君の誕生日じゃない。忘れちゃったの?」

そんな日にわざわざ戦わなくてもとお姉ちゃんは思うのだけど…。けれど、簪ちゃんの様子を見るに、それを承知のうえでの発言のようだ。

「忘れてないよ。忘れる訳ない。……でも、それとこれとは違うから」
「ふむ、どういうことかな?」

簪ちゃんにとって一夏君は友達の筈だ。確かに最初は専用機の事でよく思っていなかったかもしれないけど、今はそういった感情は抱いてない。それは食堂で一夏君を含めた友人達と、楽しそうに食事をするこの子を見れば分かる事だ。
なら、どうしてこういう事を言い出したのか。友達の誕生日。その他の友達はそのために色々と準備をするのだと、当日は早めに一夏君の家に向かうことを私も聞いている。私は生徒会長の仕事があるためその準備は参加出来ないと予め伝えて謝っている。けれど、簪ちゃんはそうじゃない。

「私と戦いたい。それはあくまで簪ちゃん個人の都合だよね?しかもそれは何時でも出来ることなのに、前々から予定されていた一夏君の誕生日パーティの日にする理由は何?」
「もちろん皆にはちゃんと謝る。でも、前から決めてた事だから……」

うーん…。私が聞きたいのは理由の方なんだけどなぁ。

「それに―――」
「?」
「これは、私にとって……『更識簪』にとって、何よりも譲れないものだから」









黒煙を切り裂いてミステリアス・レイディが上空へと舞い上がる。
機体のダメージはゼロ。ミサイルが着弾する前に槍で切り払ったためだ。しかし、それも想定の内だったのか、私がミサイルを迎撃している隙に、自分の有利な距離まで離脱した簪ちゃんはすぐに追撃に出て、多数のミサイルが放たれた。その量は初撃の比じゃない。まるで鉄の雨のようだった。
ハイパーセンサーが告げてくるミサイルアラート。その喧しい音が鳴り響くなか、私は簪ちゃんを見上げて小さく笑みを溢す。

「本当に一生懸命な子……ふふっ」

「『更識簪』にとって、何よりも譲れないものだから」そんな私の背中を懸命に追いかけてくれる一途な想いに、姉としては擽ったくもあり、そして、何よりも嬉しかった。
嫌われてると思っていた。私の存在があの子を苦しめていたから、嫌われて当然だと…。だから、私から進んで関わることは出来なかった。けど、いま私と簪ちゃんはこうして向き合う事が出来ている。それはどれだけ幸せな事だろう…。
自分に目掛けて降り注いでくるミサイル群が目前に迫ってくる。それを見て私はニヤリと口を吊り上げると…。

「―――よっ!」

私が槍を振うと、その刀身を覆っていたナノマシンが水を散らす様にして宙を舞う。そして、飛び散ったナノマシンは七色に光輝くカーテンとなり、視界を埋めつくす程に迫りくる多数のミサイルの方へゆらゆらと風に揺られて飛んでゆくと、先頭を飛来するミサイルがナノマシンで構築されたカーテンに接触した瞬間、信管が反応して眩い閃光と共に爆発を起こす。
その爆発に続く様に他のミサイル達もカーテンに阻まれ爆発、または誘爆を起こして次々と消滅していき、最後の爆発の後には、先程まであれだけ五月蠅かったミサイルアラートは鳴り止みすっかり静かになっていた。

「ふぅ………さて、と」

一息吐いて私は辺りを見回す。
視界を奪う周辺に立ち籠める煙。これは、最初の時と同じで……。

―――警告。敵ISのセーフティのロック解除を確認。前方より高エネルギー反応。

「ま、そう来るわよねっ!」

ハイパーセンサーの警告にすぐさま回避行動をとる。
それと同時に、煙を貫いて伸びてきた荷電粒子砲による2つの閃光が、私が先程までいた場所を通り過ぎていった。

「視界を奪い動きが止まった時を狙う、か。そのやり方は間違っては無いけど、まさかそんな教科書通りのやり方が通じるとは思ってないわよね?」
『当然』

私の問いに通信越しで返してくる簪ちゃん。
そして、私が煙から抜け出したところに、再びミサイルが飛来して来る。

「流石に芸が無いよ?」

ワンパターン過ぎるその攻撃に少しむっとすると、今度はミサイルを迎撃せずにヒラリと避けてみせ、離れた所からランスに内蔵されているガトリングガンによってミサイルを撃ち落とす。
しかし、簪ちゃんは難なく回避されたと言うのにも関わらず、またミサイルを放ってくるのだった。

……また?

またもや行われる同じ行動に、流石の私も顔を顰めた。
確かに今度は先程よりもミサイルを多いけれど、少し数を多くしたところで回避するのは容易い。それはあの子も分かってる筈なのに…。
不自然な行動をとる簪ちゃんに、私はミサイルから簪ちゃんの方へと視線を移すと、そこで私は2門の荷電粒子砲を此方に向けていることに気付く。

私がミサイルに気を取られている隙を狙うつもり?でも、そんなのさっきと同じじゃないの。

ここまでね。と、心の中で呟いた私は早々に幕引きにしようと、必殺の一撃を放つためにランスにナノマシンを集束させ、向かってくるミサイルに構うこと無く前へ、簪ちゃんへ目掛けて弾丸の如く飛び出した。
いちいちミサイルの相手なんてしない。飛来するミサイルをギリギリのところで体勢を逸らす事でかわして、前へ突き進む。

―――しかし、その『ギリギリ』というのがいけなかった。その、余裕が大きなミスを生む事となった。
荷電粒子砲光がミステリアス・レイディを……ではなく、ミステリアス・レイディから少しずらした所をかすめていった。

「? 外した?――――っ!?」

明らかに標的である筈の私からずれた射線。まるでわざと外したかのようなそんな簪ちゃんの射撃に、私は疑問を抱いたが……その瞬間、強烈な爆音と共に背中に衝撃が襲う。

「――――くぅ!?これって!?」

着弾していない筈のミサイルが爆発し、その爆風が私を呑み込んだのだ。しかし、爆発はまだ収まりはしない。私の周辺を飛んでいたミサイルが次々に誘爆を起こし、ミステリアス・レイディのシールドエネルギーを削っていく。

そう、そう言う事っ!簪ちゃんは最初から攻撃なんて当てるつもりじゃなかったんだ!

ミサイルを着弾させてのダメージじゃ無く、爆風によって間接的にダメージを与える。普通なら至近距離とはいえど、爆風程度でISにそこまでダメージは与えられはしないけれど…。ミステリアス・レイディは他のISとは違って装甲が薄いから効果的ではある。しかも、その薄い装甲を補うためのナノマシンも今はランスの方に集中させたから尚更だ。

『……私じゃお姉ちゃんに当てられない』
「っ!?」

ハイパーセンサーから静かに呟く声が聞こえてきた。

『なら、別の当てられる的を狙えばいい』

通信越しに聞こえてくるあの子の冷静な声に、私は初めて表情から余裕が消えた。

……やられた!

読まれていた、私の行動が…。いや、誘導されたというのが正しいのかもしれない。次の一撃で終わらせようと。
慢心せずに全力で潰すつもりが、まさか逆に利用されるだなんて…!最初からあの子はそれが狙いで、あんなワンパターンな行動を繰り返してたんだ。よくよく考えれば あの子は私をずっと見てきたのだから、私の戦い方や性格なんて誰よりも熟知してるのは当然。

「――――でも!」

私を落とすにはまだ足りない!

崩した体勢をすぐさま立て直し、ランスを正面に構えて再び突進する。

『えっ?な、何で……?』

ふふん、解せないと言った感じだね?そりゃ簪ちゃんからしてみれば、この状況で尚も突き進んでくるのは不自然でしかないわよね。……でもね?

私がある指示をナノマシンに送る。すると、私の意に従ったナノマシンに変化が表れ始めた。
それはまるで蕾が花を咲かせるかのように、ランスの刀身に集束されていたナノマシンが散開し、別の形へと形成されていく。そして、完成したそれを見た簪ちゃんは目を見開いた。

『っ!? これって、織斑君と同じ―――!』

簪ちゃんの言葉に、私は当たりだと頷いて得意げに笑みを浮かべた。
あれ程の防御力と突破力はなくとも、荷電粒子砲さえ気をつけていれば、真似ごとなコレでもこの弾幕を容易に強行突破は可能。私は簪ちゃんに向かって一直線に最短コースの道を、邪魔をしてくるミサイル達を尽く破壊しながら突き進む。

『速い…っ!(接近戦に切り替える?……駄目っ、間に合わないっ!?)』

自分に優位だった距離をみるみる詰められ焦った簪ちゃんは、迎撃しようと荷電粒子砲を放つ。
しかしながら、荷電粒子砲は連射には向いてないため、私の速度には敵わず迎撃は失敗し、空いていた距離はもう目前まで詰められ、私が持つ槍は簪ちゃんを貫こうと迫る。

『うっ…ああああああっ!!』

直撃だけは避けなければと強引に身体を捻り、ぐるんとアクロバティックな動きでランスの突進を回避。この場から離脱しようと試みるが、それを私は見逃さなかった。やられっぱなしってのも私の性分じゃないのだ。
突撃槍モードからコンマ単位の速度で通常のランスに切り替える。凄まじい速度でナノマシンがランスに集束されていく様子を見た簪ちゃんは目を見開いた。

『えっ!?(切り替えが思った以上に速いっ!?これじゃあ逃げ―――)』
「さっきのお返し!」

戸惑い逃げようとするその背中に容赦無くランスを振り下ろす。

『きゃあああああああっ!!!』

背中を襲う衝撃に機体は砕かれた装甲を散らしながら地面へと墜ちていく。

「なかなか面白かったけど………今度こそお終いにしましょうか?」

地上を見下ろしながら小さく呟く。
そろそろ戦いも終幕。なら幕を下ろす準備に入るとしよう。







――――Side 更識簪


「…痛ぅ…」

グワングワンする頭を振って意識をはっきりさせると、あちこち痛む身体に鞭を打って機体を起こし空に浮かぶ姉を見上げる。
油断した。姉さんの戦い方は知りつくしてるつもりでいたけど、まだまだ研究不足だったらしい。

「でも、この距離なら―――」

怪我の功名とはこのこと。かなりのダメージは負ってしまったが、結果として相手との距離は離された。この位置なら自分にとって優位な距離だと、ミサイルの発射しようとしたのだが、そこで姉の待ったが入る。

『ああ、自爆したくなければミサイルはやめといた方がいいよ?』
「え?……っ!? これは…!」

そこで私は霧状となって周辺に漂うナノマシンに漸く気が付く。恐らく私が倒れている隙に散布されたのだろう。
こんな所でミサイルなど撃てば、忽ち周辺に撒かれたナノマシンがそのミサイルを破壊し自滅してしまうのは誰が見ても明らかだ。

「でも、まだ攻撃手段は残されて……えっ?」

荷電粒子砲のトリガーを引いても砲身はピクリとも反応しない。
慌ててハイパーセンサーを確認すると、そこには荷電粒子砲の破損を示す文字が…。よく見てみればエネルギー機関だけを正確に破壊されている。これでは弾を撃つなんて到底不可能な状態だった。ミサイルが封じられ、現状で唯一使える武装がこの有様では…。

『あそこに届く』攻撃手段がない…。

『残念だけど、チェックメイトよ』

右手をスッと持ち上げると、それに呼応して周囲のナノマシンがキラキラと輝きを発し始める。そして、それと同時に周辺の湿度が上昇するのをセンサーが感知する。

「これって……」

『水蒸気爆発』。その言葉が私の脳裏を過ぎった。
生身やISの損傷が激しい状態なら兎も角。現在の打鉄弐式の状態は半壊かそれ未満。打鉄弐式を撃破するつもりなら、ほぼ全てのナノマシンを使わなければまず無理だろう。だとすれば、次に姉さんが何をしてくるかだなんて容易に想像が出来る。挑戦者に力の差を見せつけることはあっても、決して見下しはしないあの人のことだ。きっと今回も最後は全力で潰してくるだろう。だったら……。

「……うん。終わりにする」
『あら?降参しちゃう?』
「ううん、そうじゃないよ。そうじゃなくて…」

降参とかそうなんじゃなくて。私も―――。

キィィィィィィンッ……!

全身の装甲が開き耳を劈く音がアリーナに響き渡る。

『? 何…?』

―――出し惜しみは終わりにするっ!!

「(っ!?これはヤバいかも!?)爆ぜなさいっ!」

国家代表に選ばれる程の実力を持つ強者の勘が、事前に危険を察知しすぐさま水蒸気爆発を起こそうとしたがそれが大きなミスだった。決着を急ぐのではなく、ナノマシンを回収するべきだった。
そう、何故なら私の目的は姉さんでは無く、私を囲うこのナノマシンなのだから。

霧と同化していたナノマシンが光を発する。しかし……。

――――カッ!

その光よりも強い閃光が縮まって……そして、大きく爆ぜた。
周辺に散布された霧が、ナノマシンが、膨れ上がった強い閃光に呑み込まれ……蒸発した。

『………うそ』

姉さんは目の前で起こった事態に唖然と言葉を溢した。
先程まで制御下にあった筈のナノマシンが、一瞬にしてその反応を消失してしまえばそうなるのも当然。気体と同化したナノマシンを破壊されるなんて誰が考えるだろう。しかし、これは紛れもない事実であり、これでミステリアス・レイディの性能の殆どを『殺した』ことになる。

そう、これが…。

「アサルトアーマー≪功性障壁≫」

ミコトから貰った展開装甲のデータを基にして作り上げた、私の…打鉄弐式の切り札。

『アサルトアーマー≪功性障壁≫……。成程ね、本来は守るために使われているバリアのエネルギーを攻撃に利用したのね。ならあの火力も頷けるわ。ISの強固なバリアのエネルギーを、守性から攻性にそのまま反転させたんだもの』

そうブツブツと呟いては、私の打鉄弐式をじっと眺めて冷静に分析していく。そして、分析が終えた後に私に向けられたのは、ぱちぱちと拍手と共に贈られた賛辞の言葉だった。

『すごいよ、簪ちゃん。その打鉄弐式は篠ノ之博士が手掛けたあの二機を除けば、間違いなくこの学園で……ううん、世界で最先端の技術を持った機体。それを作り上げたんだから』

………ぁ…。

その言葉を聞いて、まだ戦闘中だと言うのに視界が少し滲んでしまう。
お世辞とかそんなのじゃない。純粋な気持ちで姉さんは私を褒めてくれる。私の目標であったあの姉さんが褒めてくれたのだ。こんなに嬉しいことは無い。今まで頑張って来た事が報われた気がした。追い続けた物に漸く近づけた気がした。でも、足りない。まだ足りない。

「姉さんに勝つため……だから…」

そうだ。このアサルトアーマー≪功性障壁≫は、ミステリアス・レイディのためだけにある兵器。その火力は確かに驚異的なものだけど、高機動戦がメインであるISの戦闘においてその性能を活かすには難しい。その威力を発揮するにはまず至近距離で、しかも発動には時間を数秒ほど必要とするからだ。その数秒はIS戦にでは大き過ぎるため、相当な鍛錬と実戦を積まなければまず当たらないだろう。
でもそれで良い。何故ならこれは攻撃のためにあるんじゃない。『ナノマシンと言う鎧を剥ぎ取る為にある』のだから。姉さんが全てのナノマシンを投入して私に攻撃を仕掛けてくる、そのタイミングのためだけに…。だからこそ、これは対ミステリアス・レイディ特化の兵器と呼べるのだ。

『うん、そっか……でも、少し楽観的過ぎないかな?確かに私からナノマシンを剥ぎ取りはしたけれど、それは簪ちゃんも同じ事だよね?』

姉さんの言う通りだ。アサルトアーマーはシールドのエネルギーを開放することで発動する。使用してしまえばシールドは暫く使えなくなり、丸裸も同然な状態になってしまうのだ。
けれど、そんな事は使用する前から分かりきったこと。さして問題は無いと私は薙刀を展開し、刃を上空に居る姉さんに向けて静かに言葉を投げかける。

「……条件は対等。なら、後は『技』で決着をつける」
『確かに、この状況で射撃兵装を使うのは無粋よね』

私の言葉の真意を理解した姉さんは、笑みを浮かべ私から少し離れた所に降りてランスを構える。

「「………」」

無言で対峙し、互いに得物を構えて睨みあう。
それからどれだけ時間が経過したのだろう。10分だろうか?それとも30分?いや、もしかしたら1分も経過していないかもしれない。そんな時間の流れが曖昧になるこの空間で、二人はピクリとも動かないでいた。

「……そう言えばさ」
「?」

離れた場所からではあったが、十分に自分の耳でも聴き取れる声量で、姉さんが沈黙を破り話しかけてくる。

「こういうのも久しぶりね」
「……うん。ずっと、ずっと前……ちっちゃい頃に稽古で組み手をしたとき以来、だよね……」

あの時は完膚なきまでに負けたんだっけ…。
そんなちっさな子供の頃から私は一度も姉さんに勝てたことが無い。けど、だからこそ、その背中に憧れて、その背中を追い続けた。時に自分とはかけ離れている才能に嫉妬を抱く事はあったけれど…。

……けど、それももう終わりにする。けじめを付けよう。

「でも、あの時とは違う。それを証明する…!」
「うん、見せて。簪ちゃんがどれだけ頑張って、どれだけ強くなったのか」

その交わした言葉を合図に空気の流れが変わった。互いに手に力が込もり、腰を落とし地面を踏みしめる。
勝負は一瞬。次の瞬間で勝負は決まる。そして、最初に動いたのは私からだった。

「更識簪…参りますっ!」
「更識楯無!受けて立つわ!」

姉さんもそれを向かい討つ。刃と刃。互いに交差し、そして――――。

――――ガキィンッ!

鉄を砕く音を耳にすると同時に、私の意識は暗転するのだった………。









「………ん……あ、あれ?私……」
「あっ、起きた?」

目覚めた私の頭上から聞こえてきたのは、さっきまで戦っていた筈の姉さんの声だった。
その声に私は思わず身体を起こそうとしたけど、頭を手で押さえられてしまい、ポフンと再び柔らかい何かに頭を戻されてしまう。

「こ~ら!気を失ってたんだから急に身体を起こさないの」
「う、うん……」

頭上から覗きこんできてめっ!する姉さんに素直に従うと、柔らかなクッション?に頭を埋めた。それに満足そうに笑みを浮かべる姉さんの顔をぼーっと眺めながら、次第に思考が今の状況を理解していき、ふとある事に気が付く。

……あれ?これってまさか膝枕?

自分の体勢と姉さんの頭の位置を考えてまず間違いない。想像だにしなかった状況にかなり戸惑っているけど、それよりも……。

「負けたんだ…私……」
「そうね。生徒会長はお姉ちゃんが続行です」

別に生徒会長になりたかった訳じゃないんだけど…。

「そっか………やっぱり勝てなかった…」

右手で目を隠してそう呟く。
不安要素しかないギャンブル同然の綱渡りな勝負だったけど、やっぱり負けてしまうのは悔しい。今までの努力と、協力してくれた人たちの事を想えば尚更…。

「そう簡単には勝たせてあげないよん。それだとお姉ちゃん寂しいもの」
「えっ?」

予想外の言葉にきょとんとしてしまう。そんな私を見て姉さんは苦笑するとそのまま言葉を続ける。

「完璧でいるっていうのはね、結構寂しいものなのよ?だから、後ろから追いかけてくる人がいてくれるのって、すごく嬉しい。それが自分の妹なら尚更…ね?」

『学園最強』。その称号がきっと姉さんを孤独にしているのだろう。学園で姉さんは全生徒から慕われている。けれど、姉さんが心を許している人は一体どれだけいるのだろう?学園だけじゃない。更識家の当主としての責任もこの人は背負っているとなると、その重みはどれ程のものだろう。私には想像も出来ない。
それでも、どんなに責任を背負っていようと、この人はきっと弱味など見せずに笑うのだろう。いま、こうして笑っている様に…。

「……私は、お姉ちゃんの助けになれた?」
「うんうん!すっごく嬉しかったよ!」

嬉しそうに姉さんは頷いた。

「なら……良かった、かな」

その笑顔に満足すると、安堵するように深く息を吐き、私は姉さんの後ろにある茜色の空に目をやった。負けたことは悔しかったけれど、今の私の心はこの空のように澄んでいて穏やかだった。

本当、あれだけ悩んでたのが嘘みたいにスッキリしてる…。

生まれ変わった気分とは少し違うけど、以前の自分と違うのは確かだ。新たなスタート。つまりこの気持ちはそういうことなのだろう。

「……うん、簪ちゃん。清々しい顔をしてるところ悪いんだけど、何か忘れてないかなぁ~?」
「あっ……」

姉さんの言葉にしまったと短く声を溢した。
空はすっかり茜色。誕生日会が今にも始まるであろう時間だった……。







あとがき

篠ノ之姉妹とはとんでもない差ですな(爆)
更新遅れて申し訳ないです。モチベーションやら積みゲーの処分やらで気付けばもう4月に……orz



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第五十四話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2013/05/16 04:45

「遅れてきた理由がISを使っての姉妹喧嘩とか何やってんすか……」

俺の家に遅れてやって来た更識姉妹から聞かされた事情に俺は心底呆れてしまう。
他人の誕生日に姉妹喧嘩をする事もそうだが、その喧嘩にISまで持ち出してくるなんてもうスケールがデカイとかそういうレベルではない。前代未聞なのではないだろうか?

「てへペロ☆」

うわ、ウザイ!容姿が完璧なぶん余計にウザイ!

「ご、ごめんなさい…」
「あっ、いや!?別に怒ってないぞ?」

姉とは反して、妹の方は本当に申し訳なさげに深々と頭を下げて謝罪してきたので、慌てて頭を上げさせる。俺は祝って貰う側だからそんな事言える立場じゃない。そもそも遅れてきたことに関しては何とも思ってないし。……まあ、その内容には驚いたが。
が、しかし、簪本人は真面目な性格な所為もあってかどうしても納得出来ないらしい。

「で、でも、準備を手伝えなかったのは事実だから…」
「あら、気にする事はありませんわよ?人手も沢山ありましたし、パーティーに慣れているわたくしが居ましたから!」

フフン!と自慢げに語るセシリアだったが、周りからセシリアに向けられる視線はやけに冷たい。

「ええそうね。準備の方は何ら問題無かったわ。寧ろセシリアの料理を阻止するのが一番苦労したしね」
「ええ本当に……え?わたくし?」

まさか自分に矛先が向けられるとは思いも因らなかったのか、解せないと言った感じでセシリアはきょとんとして自分を指差す。
鈴の言う通り『準備』事態はそれ程苦労すること無く終わった。が、それとは別に、目を離せばすぐ料理をしようとするセシリアを止めるのに、無駄に労力を浪費して疲れ果てたのもまた事実だ。いや本当に毎度毎度勘弁して下さい。

「まさか加熱するのにレーザーを持ち出そうとするとは思わなかったよ…」

げんなりとした表情で料理担当だったシャルロットが語る。他の料理担当だったメンバーも疲れ果てた様子でうんうんと頷いた。

「ちゅ、中華料理は火力が命だと聞いたからですわっ!」
「え、なに?それは中華料理店の子であるアタシに喧嘩売ってるの?」

周りに自分の味方が居ないことに焦ったのか、セシリアは弁解しようとするものその発言に本場の中華娘が噛みつく。鈴の言う事もご尤もだ。アレを中華料理などと言われたら溜まった物じゃない。というより料理に対する冒涜である。

「本音がよく話していたけれど、まさか本当に此処までとは思わなかったわ」

セシリアのメシマズは最早クラスの中でセシリアママに続く常識であり、それをのほほんさんから聞かされていた虚先輩は、その実物をその目で見て驚きやら呆れやらを含んだ何とも言えない表情で頬に手を当てて疲れた溜息を溢す。実は虚先輩も料理担当だったりする。

「? セシリアのサンドイッチ、おいしい、よ?」
「ミコトさん…。ほら、聞きまして?ミコトさんは美味しいと言ってくれますわ!」

ねーよ…。

「だよね~。あのサンドイッチは美味しかったよ~?」
「(それはミコトと本音の味覚にたまたまあっただけだと思うのだが…)」
「(ミコトは甘いモノ好きだから…)」
「(アタシは甘いサンドイッチなんて認めない…)」

のほほんさんの援護射撃も受けて、どうだ!と胸を張って勝ち誇るセシリアだったが、あの時一緒にセシリアの作ったサンドイッチを食していた一部を除いた面々は、それは無いと言いたそうだったが、またセシリアが騒ぎ出しそうだったので敢えて口には出さなかった。

「あの頃の私は『アレ』だったからよく分からんが。まあ、なんだ。皆の言う通り気にすることは無い」
「う、うん…(なんだか余計に申し訳なくなったんだけど…)」

厨房の惨事を耳にして余計に気を負わせてしまった感がハンパないが、こんなもの俺達にとってはもう日常茶飯事なので気にしなくていいし、簪もいずれこの騒がしさに嫌でも慣れることだろう。

―――ぱんっ!

手を叩く渇いた音がリビングに響く。
皆は何事かと視線をその音の発生源へと向けると、そこには手を合わせて人を惹き付かせる笑みを浮かべる楯無先輩が居た。

「よっし!ちゃんとお詫びもすんだことだし、誕生日会を始めちゃいましょうか!」
「っと、そうですね。こんな話で時間を潰すのは勿体ないですし」

話の切りが良いところを見計らってくれたんだろう。話の話題がこの家に集まった本来の目的へと切り替えると、楯無先輩が醸し出す明るい雰囲気に先程までの混沌とした雰囲気は何処へやら、もうすっかりパーティーを楽しむ空気に変わりつつあった。流石、全生徒に人気な生徒会長である。

「それでは!不肖このわたくし!IS学園生徒会長 更識楯無が音頭をとらせていただきます!皆さまコップは手に渡りましたかな?」

そんなノリノリな口調で皆を見渡しコップが手に渡ったかを確認すると、コップの中を満たすジュースを揺らして上に持ち上げ、高らかに声を合図に。

「一夏くん!誕生日おめでと~!」

『お誕生日おめでとう!一夏!(さん)』

皆の祝福の言葉と、パンッパンッ!とクラッカーの音と共に誕生日会は始まったのだった。











第54話「誕生日」










――――Side 織斑一夏


時刻は夕方の5時。織斑家のリビングにはちょっと豪華な料理がテーブルに並び、皆のわいわいと賑わう声で満ちていた。
賑わう皆を見渡す。例年とはまったく異なるメンバー。例年通りなら弾や中学の友達などで集まって祝って貰っていたのだが今年は違う。此処に居る者みんな国籍がバラバラで、その誰もがISの関わる人間だ。少し前までは外国人の知り合いなんて鈴ぐらいしか居なかったし、IS関連も千冬姉に遠ざけられていたから関わる事が無かった。だからいま俺がこうして見ているこの光景が、俺の人生が劇的な変化したことを表して居る様だった。

「ぷはぁ…IS学園に入学したり、死にかけたりと色々あったけど、今年もなんとか歳を一つ重ねる事ができたなぁ」

コップに入ったジュースを一気に飲み干し、こうして五体満足で誕生日を迎えられたことに安堵を溢す。
幼馴染との再開。ミコトとの出会い。セシリアとの決闘。そして、命懸けの事件と遭遇の数々…。振り返ってみればなんとハードな半年だった。入学当初、こんな物騒な学園生活を送ることになるなんてあの時の俺は想像もしていなかった。

「大袈裟な……とは言えないか」
「そだねー。トラブル続きだったもんねー」
「そのトラブルの中心に居たのは殆どアンタだったけどね」
「いや、好きで中心にいるわけじゃねぇよ?」

俺の存じない所で物事が勝手に進んでるだけだ。別に俺が悪い訳じゃない……とは言っても、周りからすれば俺がトラブルメーカーなのは事実なんだろう。大変不本意ながらそれは認めなきゃいけない。

「ん、知ってる。はらんばんじょうって、言うんだよね?」

ミコトはフォークを片手に持ち、口元にクリームでべたべたにして、そう得意げに俺を見上げてくる。

「はいはい、口元を拭きますから……ほら、じっとしてくださいな」
「ん~…」

ミコトとセシリアのそんなテンプレと化しているやり取りを眺めながら話を続ける。

「あむっ……じゃあ、ついでに生き残れたことも祝っとく?」
「お、お姉ちゃん!?不謹慎…!」

ケーキの上に乗っかったイチゴをフォークでつき刺しパクリと頬張ると、楯無先輩はそんな事を言い出してそれを聞いた簪があわあわと慌てふたく。いや本当に何を言い出すんだろうこの人は…。

「もう、折角のお祝いなのにそんな物騒な話題持ち込まないで下さいよ」
「? そうか?」

そうジト目で批難するシャルロットだったが、根っからの軍人であるラウラからしてみればそうでも無いらしい。そりゃ特殊部隊に所属する軍人という、物騒と共同生活な日常を送ってそうなラウラならそうかもしれないが。

「あはっ♪まあそれは冗談だけどね~………半分は」

こらこら、最後にボソリと呟くな。半分は本気なのかよ。そりゃ確かによく生き残れたなって思える程に危ない目には沢山遭ったけどさ。

「ほ~ら!そんな不満そうな顔しないの。何だかんだ言って学園祭からここ最近は平和だったじゃない」
「お嬢様、本来はそれが普通なんです。本当、今年は例年に比べてトラブル続きでしたね」

学園生活3年目の虚先輩は例年と比較して溜息混じりにそう溢した。きっと生徒会の人達も事件の後始末とかなんやらで忙しかったのだろう。その事件に関わっていた人間としては、わざとじゃないにしても忙しそうに仕事をしている姿を見てしまうと申し訳ない気持ちになってしまう。

「なんて言うかその…ご迷惑掛けます」
「いいえ、一夏君は悪くないわ。それに、私達より一夏君達の方がずっと大変な目に遭ってるじゃない。だから気負う必要なんて無いのよ?」

嗚呼、良い人だぁ。流石は生徒会の常識人だぁ…。

「そ~だよ~。気にしな~い気にしな~い」
「………」
「にゃ~!?いひゃいいひゃい~!?」

最も気にするべき人間がケーキを美味しそうに食べながら、まるで他人事のようにそう言うと、虚先輩は無言でのほほんさんの頬を引っ張り、のほほんさんは間の抜けた声で悲鳴をあげる。
俺が生徒会に入って一ヶ月程度しか経ってないが、その一ヶ月でのほほんさんが仕事をしている姿を俺は一度も見たことが無い。生徒会室に居る時の殆どが寝ているかお菓子を食べているかのどちらかだ。のほほんさんが少しでも仕事をしてくれれば虚先輩の少しでも負担が減るだろうに…。

「俺が言うのもなんだけど、のほほんさんは少し働いた方が良いと思うぞ?従者的に考えて…」
「働きたくないでござる!ぜったいに働きたくないでござるっ!」
「………」

妙な台詞を口走るのほほんさんに虚先輩は頬を引っ張る力を強め、リビングにはのほほんさんの悲鳴が響く。

「うちの駄メイドちゃんは放っておくとして、こんな時にそんな暗い話をするもんじゃないわよ?」
「言い出したのは楯無先輩じゃないですか…」
「あら?そうだったかしら?」

楯無先輩は広げた扇子で口元を隠し視線を此方から逸らす。こ、この人は…。

「それにしても随分な量の料理を作ったのね。和・洋・中勢揃いじゃない」

わざとらしい話題逸らしである。まあ、作り手がそれぞれ国が違うから必然的にそうなってしまうのは仕方ない。

「……うん。でもまさかパーティーでラーメンが出てくるとは流石の会長も想像出来なかったわ」
「何よ?何か文句ある?」

楯無先輩の言葉に、ずずずーっとラーメンを啜っていた鈴が反応する。
パーティーに出てくるご馳走を想像すれば、大抵が自分に好物を思い浮かぶことだろう。そして、鈴の好物はラーメンで鈴は料理担当の一人。ならテーブルにラーメンが並んでいても不思議では無く、何より鈴の作るラーメンは絶品でご馳走と呼ぶに相応しい一品だ。

「ううん、文句なんて無いわよ?これ美味しいし」

そう言って楯無先輩もお椀によそわれたラーメンを啜る。流石に全員の分を用意する時間も人数分の器も無かった為か、大きめの鍋でラーメンを作り、各自でよそって食べるという形式となっている。それでも自分の分はしっかりマイどんぶりで作ってあるのは流石と言うべきか。

「本当にな。この麺手打ちか?市販のじゃないだろ?」

既製品の市販のモノではこんな歯ごたえはまず出せない。俺がそう訊ねると、鈴は自慢げに胸を張って大きく頷く。

「あったりまえよ!アタシがラーメンに関して手を抜く訳ないでしょ?それに麺だけじゃないわ。チャーシューも手作りなんだから!」
「おおう、正にこだわりの一品って奴か」

それを肯定するかのように黄金色のスープがきらりと光を反射して輝く。

「………一夏、それおいしい?」

ミコトに声をかけられて振り向けば、じーっと興味深そうに俺が食べているラーメンにミコトの視線が注がれていた。そう言えばミコトはいつも学食ではサンドイッチばかりで、ラーメンどころかそれ以外のメニューを食べているところなんて見たことが無い。

「うん?おお、美味しいぞ?食べるか?」
「ん」

『美味しい』という言葉に興味を惹いたのか、好奇心旺盛なミコトは間を置くこと無く即座に頷き。俺はそんなミコトを微笑ましく思いつつ自分が持っている器をミコトを手渡した。

「どうだ?美味いだろ?」
「ずずずっ……ん、おいしい」

俺や鈴を真似て麺を啜ると、きゅもきゅと美味しそうに食すミコト。どうやらご満悦のようだ。

「ふふんっ!ミコトのラーメンの素晴らしさに気付いたようね!」
「ん。とくにナルト、おいしい」
「いや、ナルトは既製品だから…」

うずまき模様のナルトを箸で一つ摘まんで口の中に放り込むと美味しそうに頬を緩める。きっとミコトの美味しいの判断基準は、単純に『甘い』か『甘くない』かのどちらかなのだろう。

「うぅ、ずるいですわ…わたくしも一夏さんやミコトさんに料理を食べてもらいたかったですわ…」

未練がましそうに此方の様子を見て、そう呟くセシリアだったが全員が聞こえてないフリをする。触らぬ神に祟りなし。誰も地雷原に自ら進んで足を踏み入れようとはしないだろう。

「一夏、一夏」
「ん?なんだ?」
「ん。これ、食べる」

落ち込むセシリアを他所に、ぐいっぐいっと俺の服を引っぱり俺の名を呼ぶミコトに俺は視線を落とすと、ミコトがテーブルの皿を一つ手に取り俺に向けてずいっと差し出してきた。
その皿に乗せられていたのはスクランブルエッグ。他の豪華な料理とは比べて地味なものだったが、そのちょっと焦げが目立ち不慣れさが伝わってくる料理を見て随分と前にミコトとの会話を思い出し、まさかとミコトを見て訊ねた。

「もしかして、これって…?」
「ん。私が作った」

頬をピンク色に染め、褒めて褒めてと期待の眼差しで見上げてくるミコト。そんな可愛らしい姿に苦笑すると、俺は箸で一口分程摘まんで口の中に放り込み卵を噛み砕く。
……うん。焦げで少し苦いが食えないことは無い。それに、ミコトの事だから砂糖を多めに入れてると思ったがそんな事は無く丁度良い甘さだった。きっと、教わったことを忠実に守って作ったのだろう。

「……美味しい。ありがとうな、ミコト」
「! ん♪まだ、たくさんある。食べる」

俺の言葉にパァァっと笑顔を咲かせてミコトはおかわりを勧めてくる。

「まあまあ♪本当、美味しそうですわね。わたくしも一口頂けます?」

落ち込んでいた筈のセシリアが横からひょこりと割り込んできた。

「ん。いいよ」
「ありがとうございます♪では…………まあ!大変美味しいですわ♪」

ミコトの了承を得ると、セシリアはスプーンで卵を掬って口の中に含んだ。そして、じっくりと味わう様にして卵を飲み込んだ後、ニコリと柔らかい笑顔を浮かべて。

「こんな美味しいものを作れるだなんて、ミコトさんは凄いですわね♪」
「むふぅ♪」

少し大袈裟に褒めてミコトの頭を優しく撫でた。
まるでそれは、母親が子供に褒めて成長を促すそれに似て無くもなかったが、きっとセシリアはそう言うのではなく素で褒めたのだろう。セシリアのミコトに対する溺愛ぶりは少しアレだからなぁ。

まあ何にせよ微笑ましい光景……。

「これはお礼としてわたくしも何か料理を……」

『おいばかやめろ』

折角、心が和んだのに台無しにしてくれるな…。
そんなこんなで、時折地雷が隠れ潜む危険と隣り合わせの会食を楽しみながら時間は過ぎていく。料理があらかた喰いつくされた頃には時計の針は8時を指していた。







「けぷっ……むふぅ、まんぞく」
「はにゃ~、もう食べられないよ~」

料理を食べつくした(主にケーキといったデザート類など)ミコトとのほほんさんは、ごろんとソファーに寝転がる。食べたら寝る。まるで子供を見ているようだ。

「こら、お前達。食べてすぐ寝てしまうと牛になってしまうぞ?」
「ぶぅ~…しののん大袈裟~。それにおばさんくさ~い」
「おばっ……」

のほほんさんの言葉にピシリと硬直する箒。

「牛?牛がなんですの?」

外国出身であるセシリアが首を傾げる。

「食べてすぐ横になると太るぞってことだよ」
「あ、あ~、なるほど…」

意味を理解したシャルロットが苦笑いをして「少し食べ過ぎたかな…?」と何やらお腹を気にした様子でブツブツと呟いていた。

「む~!おりむ~は~デリカシ~がな~い!」

そう言うのほほんさんは従者としての心構えが無いけどな。主人を前にしてそのだらけっぷりは如何かと思うぞ?

「一夏が女心を分からないのは今に始まった事じゃないでしょ?」
「ああ、そうだな」
「ですわね」
「うん」

……何故か女性陣からジトーッと冷たい目で見られているのだが俺が何かしたか?やはり太ると言う単語がいけなかったのだろうか?

「あ、あー……料理も食べ終わったし、そろそろお開きにするか?」

いつまでもこの視線を向けられるのが居た堪れなくなり、テーブルの空き皿を片づけようと手を伸ばすが、そこに楯無先輩の待ったが入る。

「いやいや、何言ってるのかな君は?まだメインイベントが残ってるじゃない」
「へ?でももう料理ありませんよ?もしかしてまだ食べ足りないんですか?」

だとしても冷蔵庫の中は空っぽだから今から買い出しに行かないといけないのだが…。

「も~違うでしょ?誕生日って言ったら誕生日プレゼントじゃない」
「…………あっ」

言われてみればと楯無先輩に言われて思い出したけど…。いや、仮に覚えていたとしてもだ。プレゼントをくれだなんてがめついこと言える訳が無い。こうやって祝って貰えるだけで嬉しいのだから。
かと言って、俺のためにわざわざ用意してくれたプレゼントを断るのも失礼になる。特にミコトだ。これはセシリアからこっそりと聞かされたことなのだが、ミコトは一生懸命悩んでプレゼントを選んでくれたらしい。それを無碍にするのは最低の人間がする事だろう。

「何を呆けている?ほれ、受け取れ」
「うわっと…!?」

ラウラがぽいっと大雑把に紙袋を投げ渡してくるのを、俺は慌てて落とさぬよう空中でキャッチする。
投げ渡された紙袋は白一色の地味で飾り気の無いものだった。ラウラらしいと言えばらしい。しかし紙袋は随分と軽いもので、キャッチする時に聞こえてきた金属独特の擦れる音から察するに、紙袋の中身はキーホルダーとかの類いだろうか?

「えっと、これって…?」
「うむ。誕生日プレゼントと言う奴だ。開けてみろ」

ラウラに言われる通りに紙袋の口を開いて逆さまにすると、掌にジャラジャラと音を立ててシルバーのチェーンが通された金属のプレートが落ちてきた。

「おお、ネームプレートだ」

ラウラのプレゼントはネームプレート。軍で言う認識票と言う奴だった。実にラウラらしいプレゼントである。

「私はファッションやら流行やらは疎いからな。こんな物しか用意できなかった。気に入らなかったら捨ててくれても構わない」
「馬鹿。そんなことするわけ無いだろ?ありがとな、ラウラ」

もう一度ラウラに感謝を述べてプレートを手に取る。プレートの表面には俺の名前が刻まれていて、それを見るとこれは俺のために用意されたものだと言うのが伝わってくるのが分かる。それが少しくすぐったくて、そして嬉しかった。

「喜んでもらえた様で何よりだ。これで身体が木端微塵に吹き飛んでも身元確認が出来るな」
「縁起の悪いことを言うのは止めてくれ!?」

ニヤリと黒い笑みを浮かべて言ってくるブラックジョークに顔を青くする。可能性がゼロじゃないぶん余計に質が悪い。
え?何?まさかその為にこれをプレゼントした訳じゃないよな?ていうか、そう言われた途端に手に持っているネームプレートから黒いオーラが見え始めたのですが…。

「ていっ」

縁起の悪さ満載のプレゼントに俺がビビっていると鈴がやって来てラウラの後頭部を叩く。

「むぅ、何をする貴様」
「馬鹿やってんじゃないっての。次が閊えてるんだから」

不満げな表情を浮かべて抗議するラウラに、鈴は何故か口の端をヒクつかせてくいっと親指を自分の後ろへと向ける。後ろにはソワソワとした様子でまだかまだかと順番を待つ箒達の姿があり、その更に後ろには楯無先輩が面白そうに此方を眺めていた。

「何も律儀に順番を待たなくとも、一緒に渡してしまえばいいではないか」
「もうっ、ラウラってば分かってない!それに抜け駆けした人の言う台詞じゃないよそれ!?」
「な、何なのだ一体…」

プンプンと怒るシャルロットに「抜け駆けとは何のことだ…?」と、訳が分からないと困惑するラウラ。俺も順番なんて関係無いと思うんだが、それを口にしてしまえばラウラと同じように怒られてしまうのは明白なので黙っておこう。

「油断しましたわ。まさかラウラさんに出し抜かれるだなんて……(一番最初にプレゼントを渡して好印象を与える筈でしたのに!)」
「ぐぬぬ…(鈴達と牽制し合っていたのがいけなかったか。ラウラに意識を向けていなかった…無念)」
「やられたわ、まったく…(セシリアやシャルロットは勿論だけど箒も何気に金持なのよね。アタシも代表候補生として補助金とか貰ってるけど、思考が庶民的だからプレゼントのインパクトというかスケールというか、値段的な意味で負けてるってのに…)」
「むぅ~!(ど、どうしよう!みんなのプレゼントより絶対地味だよ僕の!?)」

睨みあってバチバチと火花を散らす箒達。プレゼントを貰うだけの筈なのに何だろうこの緊迫感は…。

「善意でプレゼントしただけなのに何故か責められた。何を言っているの分からないが私も何なのか分からない」
「お前もだいぶ毒されてきたよな」

きっとのほほんさんの部屋にある漫画の影響だろう。やれやれだぜ。

「あはは、一夏くん達と一緒に居るとほんと退屈しないねぇ♪」
「他人事のように…」

人の不幸を笑う楯無先輩に俺は恨めしそうにジト目で睨みそう溢すが、睨まれた本人は「他人事だからね」と悪戯な笑みを浮かべる。

「ぐぅ…」
「呻かない呻かない。それより良いのかな?一夏くんにプレゼントを早く渡したいのはあの子達だけじゃないみたいよ?」
「へ?」

そう言って楯無先輩はクスクス笑ってちょんちょんと下を指差す。言われるままに下に視線を落とせば、そこには大事そうに両腕でぎゅっと抱えて此方をじーーーっと見上げるミコトが立っていた。
腕に中に抱えられている物がきっとセシリアの言っていた、ミコトが俺のために悩みに悩んで用意してくれたプレゼントなのだろう。

「それ、俺にくれるのか?」
「ん!」

後ろの方で何やら騒がしくなっているのを無視して、屈んでミコトの視線に合わせて訊ねるとミコトは大きく頷き、抱きかかえていたプレゼントをぐいっと両手で突き出すような形で差し出してくる。そんな少し不器用な渡し方に俺は微笑ましく思いつつ、「ありがとう」と感謝を述べてそれを受け取った。
ミコトから渡されたリボンで包装された縦長の箱。重さは先程のラウラがプレゼントしてくれた物より少し重いくらいだろうか?これだけだと中身が何なのかまでは分からない。開けても良いかと訊ねようとしたのだが、ワクワクと感想を待ち侘びているミコトを見てそれは止めた。答えなんて目の前の少女を見れば聞かずとも分かると言うものだ。
これは下手な感想は言えないなと、俺は重大な責任に苦笑しつつリボンを解いていく。プレゼントしてくれた本人の手前、ラッピングを剥がす時は丁寧にだ。

「………ん?これは…」

箱のふたを開けると中には、何かの花を象った置物らしきものが……いや、少しゴツゴツしすぎる気もするが、頭に紐を通す輪っかがあるのでたぶんこれは…。

「ネックレス…にしては随分でかすぎやしないか、これ」

もし、これを首に掛けた場合。このデザインと大きさは普段生活するのに邪魔にならないだろうか?

「ん。コレね?こうやって使うの」

ミコトは箱からネックレスを取り出すと、茎の部分から一つ花を取り外し手に取る。どうやら複数ある花の一つ一つが取り外しが可能になっているようだ。手に取った花に買った時に一緒に付いて来たと思われる紐を通して自分の首に掛けて見せた。

「こうやって、ひとつ、ひとつ、皆にわけるの」

一つ、また一つと茎から花を摘みながらミコトは楽しそうに語る。ぺアネックレスって奴か?『ペア』って数じゃないけど……っていうか。

「えっと、これが俺のぶんか?」
「ん」

最後に残ったものを俺は指差し訊ねると、ミコトは平然とした顔で頷く。
俺が渡されたのは花が全て摘み取られて残った茎の部分。最早それは棒でしかなくアクセサリーと呼ぶにはあまりにも飾り気のない物だった。

「それ、今は花咲いてない。でも…」

摘み取った花を持ってミコトは未だに睨み合っている箒達の中心に割って入ると、摘んだ花を一つずつ皆に配り始めた。

「むっ?」
「え?ちょっ、なによ?」
「ミ、ミコト?」
「あら?これは…」

いきなりの乱入と、なんの説明の無いまま渡された掌の上で転がる花に、皆は顔をきょとんとさせられてしまう。例外をあげるならセシリアだけがミコトに渡された物に最初は驚き、そして次第に優しい微笑みへと変えていた。セシリアはミコトと一緒にプレゼントを選んでいたので、ミコトのプレゼントが何か知っていたからだろう。そして、そんな皆の反応を見て満足したミコトはその輪から外れて、次は更識家の皆のところへトテトテと駆けて行く。

「あれ、私達にもくれるのかしら?」
「ん。たっちゃんも虚も友達だから」

「友達だから」その言葉に花を取ろうと伸ばしていた楯無先輩のピタリと手が止まった……気がした。
それは一瞬で、もしかしたら俺の気のせいかもしれない。それだけ判断に困る程の刹那の時間だったから。それに、楯無先輩は笑っている。とても嬉しそうに。そんな楯無先輩がミコトからのプレゼントを拒む理由は無いのだから。ならやっぱり気のせいなのだろう。

「……そっか。ありがとね、ミコトちゃん」
「ふふ、大切にするわね」
「ん!」

その感謝の言葉を聞くとまた満足そうに微笑んで、楯無先輩の横をすり抜けて次はのほほんさんのところへ。

「本音と、簪も」
「わぁ~!わぁ~!ありがとーみこちー!いっしょー大切にするねー!」
「え?わ、私も貰っちゃっていいの…?」

ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶのほほんさんとは違い、簪の方は花のネックレスを受け取ることに躊躇いがある様だった。

「ん。簪も友達」
「で、でも……私、皆と違って知り合って一ヶ月くらしか無いのに……」

確かに簪はこの場に居る人間の中で一番付き合いが短い。ミコトと知り合ったのは学園祭前ごろの筈だから一ヶ月程か。
…ああ、なるほど。つまり簪が言いたいのは、ミコトが親しい友人にこの花のネックレスを配っているというのなら、短い付き合いでしかない自分が貰って良いのかと言いたいらしい。しかし、俺が思うにそんな一緒に過ごした時間の差なんて誤差の範囲だと思うが……。だって、たった数カ月の差だろう?

「関係ない」
「そーだよー。そんなの関係ないよー」
「だ、だけど……」

いつまでも悩んで受け取ろうとしない簪に、ミコトの表情にもだんだんと不満の色が濃くなりだした。するとそこに楯無先輩が乱入する。

「え?いらないの?それじゃあ、私が貰っちゃおうかな~?」
「! ダ、ダメッ!?」

そんな意地の悪いこと言って、楯無先輩は横からミコトの掌に乗っている花に手を伸ばす……が、その手は届く前に簪が慌ててミコトの手から自分のぶんの花を掴み取った。

「まったく、最初から素直に受け取ればいいのに」
「お、お姉ちゃんのいじわる…」

顔を真っ赤にして簪は恨めしそうに「う~っ」と小さく呻き声を洩らす。

「ほーら、膨れてないで
ミコトちゃんにちゃんとお礼を言わないと」

その言葉を聞いて、姉に花のネックレスを盗られまいと必死になって、まだ自分はミコトにお礼を言っていない事を思い出しまたまた焦り始める。

「あっ…その……えっと!?………ありがとう」

小さな本当に小さなボソボソとした声で感謝の言葉を洩らした簪。顔はもう林檎のように真っ赤っかである。

「ん。もらってもらえて、私もうれしい」

先程までの不満そうな顔は何処へやら。簪のその言葉を聞いた途端、ミコトの表情はパァと花が咲いた様に綻ばせて微笑む。ころころと表情を変えて忙しないミコトだが、それも半年前は殆ど表情を動かす事が無かったと言うのだから凄い変わり様である。ああ、変わったと言えば……。

「ラウラも、はい」
「ミコト……ありがとう。大切にするよ」

そう、ラウラだ。ミコトにネックレスを貰い微笑んでいるラウラも、出会った頃とは随分と丸くなったものだ。出会った当初の抜き身のナイフの様な鋭い雰囲気はもう無く、クラスメイトからはその実力もあってか頼られる存在となっていた。いや、ラウラだけじゃない。皆そうだ。皆ミコトと関わって変わったんだ。きっと……。

「一夏」
「おう、おかえり」

花を配り終えたミコトが達成感に満ち溢れた顔をして戻ってくる。

「えっとね。今は花咲いてなくても、皆が揃ったとき、この花、咲く」
「………」

ミコトの言葉を聞いて俺は皆を見回す。状況に理解出来ずに渡されたネックレスを凝視する者や、嬉しそうにネックレスを眺めたり首に掛けたりする者など様々だ。

「皆がいっしょの時に、綺麗に咲くの。だからね」

ミコトが自分の持っている花を俺の持つ茎の部分と重ねて微笑む。

「一夏が咲いて欲しいなって思った時、皆を呼べばいい」

その言葉を残しミコトは皆の輪の中へと戻っていった。戻った途端シャルロットやのほほんさんに抱きしめられたり、鈴に照れ隠しに頭をぐしゃぐしゃに撫でられたりと、皆にもみくしゃにされて大変そうなミコト。そんなミコトを見て俺はネックレスに視線を落とし先程ミコトが言った言葉をぼそりと呟いた。

「皆を呼べば……か」
「一夏さんはライラックの花言葉をご存知ですか?」
「え?」

皆の輪から外れてこっちにやってきたセシリアが、首に掛けた花のネックレスを撫でながら

「ライラックの花?」
「このネックレスのモチーフとなった花のことですわ。それで、ご存知ですか?」
「いや、花の事とか詳しくないし…」
「ふふ、まあ殿方はそう言ったものには興味が無いのは仕方ありませんわね」
「わ、悪かったな。教養が無くて」

口に手を当ててクスクスと苦笑するセシリアに、俺は無知な自分が少し恥ずかしくなって不貞腐れた様に返す。

「いいえ、別に馬鹿にしてる訳ではありませんのよ?それで花言葉なのですが、『友情・青春の思い出・純潔・初恋・大切な友達』などがありますの」

友情・青春の思い出・純潔・初恋・大切な友達……か。

「へぇ、友達に関係するのが多いんだな」
「そうですわね。うふふ、ミコトさんの想いが伝わって来ませんか?」

ほんのり頬をピンク色に染めて、嬉しそうに首に掛けてあるネックレスを両手で優しく包み込みながらセシリアは微笑み、セシリアの言葉に俺も微笑んで頷く。

「………ああ、そうだな」

皆に囲まれて微笑むミコトを見てもう一度ネックレスに視線を落とす。これはミコトの想いが沢山籠った贈り物で、ミコトの願いそのものであり、『絆』そのものなんだ。大切にしなくちゃいけない。ずっと、ずっと大切にしよう。ずっと…。
こうして、俺の16歳の誕生日は終わったのだった。











「誕生日会が終わったと思ったら今度はお泊り会とはな……」
「ん」

自販機の光に照らされてミコトと二人並んで立つ。
誕生日会からお泊り会へとシフトチェンジし、物資不足となり飲み物の補給のため、俺とミコトは自宅から最寄りの自動販売機へやって来ていた。最初は今日の主役にそんな事はさせる訳にはいかないと周りに言われたが、もう俺の誕生日会は終わっている訳で、それに俺は今日何もしていなかったので買い出しを志願した。……のだが、流石に全員分のジュースを持つことは無理だとミコトが言い出して、ミコトも一緒に付いてくることになったのだ。

「さってと、誰がどれだったかなぁ………って、あれ?」

財布を取り出そうとポケットに手を入れたのだが財布の感触が無い。慌てて上着のポケットも調べるも財布は見つからない。どうやら財布を家に置いて来てしまったらしい。

「……やっべ、家に財布忘れてきた」
「oh……」

……仕方が無い。家に戻って取ってくるか。

「悪いミコト。すぐ戻ってくるからちょっと待っててくれるか?」
「ん。待ってる」

そうミコトが小さく頷くのを見てから俺はミコトと別れ、財布を取りに駆け足で家へと戻っていった。






………。

きっとその時の俺は気が緩んでいたのだろう。平穏な日々がしばらく続いていたから。こんな市街地で万が一のことなんて起こる訳が無いと…。

今思えばあの時、ミコトと別れなければ、ミコトを一人にしなければ、もう少しは幸せで平穏な日々が続いていたのかもしれない。少なくとも、あの日からミコトが笑顔を失う事は無かったのかもしれない。

よりにもよってあの日。あのネックレスを貰った日に、ミコトの笑顔が失われる事になるなんて……。








あとがき

…………(ニコッ



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第五十五話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2013/06/04 06:08



月明かりが照らす夜。黒と白は再び出会う。
それはまるで鏡合わせの様な瓜二つの少女。片や黒、片や白といった髪の色に違うはあるものの、その容姿は殆ど変わりはしない。黒き少女が纏う狂気を除いては…。

「一月ぶりか。相変わらず不愉快な顔をしているな贋作」
「あなたも同じ顔」

まるでミコトを人だと思わぬ言い様。しかしミコトはそれを気にした様子もなく相変わらずの無表情で返し、少女は不快そうに表情を歪め舌打ちする。

「チッ……今此処で切り刻んでやりたいが、それでは私の虫が収まらん。近いうちに奴が事を起こす。その時にこの前の借りと一緒にお前を叩き潰してやる」
「? ん」

少女の言葉の意味を理解している訳でもないのに頷くが、それが彼女を余計に機嫌を損ねる事となる。

「貴様……」
「ん?」

少女から放たれる殺気が辺りの空気を震わせる。常人ならその殺気を向けられれば気を失ってしまうことだろう。
しかし、この少女。ミコトに限っては例外だった。純粋故に人の根本を見る事が出来るミコトだが、その純粋の所為もあってか人間の俗な部分には疎い。嫉妬や怒り、そう言った人の負の感情はミコトにはあまり理解出来ない物だった。そして、それが自身に向けられる物なら尚更。
自身に向けられる殺気にすら気付いていないミコトに、恐怖や暴力で屈服させるこの少女ではどうあってもミコトの怯ませることは出来ないだろう。

……だからこそ、それが引き金となった。

「………気に喰わない」

夜の街道に怨嗟の籠った声が響く。

「気に喰わない気に喰わない気に喰わない気に喰わない気に喰わない気に喰わない気に喰わない気に喰わないきにくわないキニクワナイ!お前のその澄ました顔が!出来そこないの贋作の分際で満ち足りたその顔が!」

その白い髪は失敗作の烙印。作られた模造品の中で最も粗悪な物だと言う証。だと言うのにも関わらずこの人形にもなれなかったガラクタは、それを負い目に思うどころか気にした様子もなく自身の生を謳歌していた。出来損ないの分際で、だ。そして、少女が何より許せなかったのが、ミコトの確固とした揺るがない意志を秘めた瞳。少女に怯む事が無かったその意志の強さが何よりも少女は気に喰わなかった。

――――コワシテヤル……。

そうだ壊してしまおう。その自信を、その意志を、その心を、滅茶苦茶に…。そんなどす黒く禍々しい狂気が少女の中で蠢き、ミコトを見た少女の顔にはニタァと口の端を頬までつり上がる。


「――――」


「…………ぇ?」


少女の呟いた言葉。それを耳にしたミコトは目を大きく見開く。


少女の口から告げられた真実に、あの人と過ごした幸せな日々、暖かな思い出、そしてあの時に交わした約束、それらが音を立てて砕け散り、ミコトは唖然と立ち尽くす。


そして……。


帰る場所を失ったミコトの瞳から光が消えた…。












第55話「心壊」










――――Side 織斑一夏


「まったく!夜道に女の子を一人置いていくだなんて信じられませんわ!紳士にあるまじき行為ですっ!」
「度し難いなお前は!」
「誠におっしゃる通りです…」

俺の前を先導して走るセシリアとラウラに罵声を浴びせられながら自動販売機への道を行く。
こんな夜中に女の子を一人置いていくだなんて不用心も良い所だ。ここ最近平穏な日々が続いていて、しかも誕生日パーティーに浮かれて気が緩んでしまっていたのかもしれない。
この辺りは治安は良いが以前の時の様な事もある。不安に駆られながら走っていると、自動販売機の前で立っているミコトの姿が見えた。別段何かあった様子も無く。自販機の光に照らされながらぽつんと街道に佇んでいる。良かった。どうやら大事になることは無かったようだ。

「はぁ…良かった。おーい!ミコト……あれ?」

俺はミコトの姿を見てホッと安堵してミコトと声を掛けようとしたのだが、ふとある事に気付く。

……ん?誰かいるのか?

ミコトの視線の先、暗闇の中から人影が見える。何か会話している様だったが、この暗さと離れた距離では会話の内容やその話相手の顔までは確認することは出来なかった。そしてその人影は俺達がやってくるのを見ると、ミコトに背を向けて暗闇の中へと消えて行った。
その闇に消えていくその後ろ姿を、刹那とも言える程の僅かな時間だったが俺はこの目ではっきりと見た。

え?……千冬姉?

見間違える筈もない。俺はその後ろ姿を毎日見ているのだから。そう。闇に消えて行った後ろ姿は千冬姉の後ろ姿と似ていた。でもそんな筈は無い。千冬姉は教師が一緒に居ては楽しめぬだろうと気を利かせてくれて、今日は家に戻って来ない筈だ。もしかして顔だけ出しに来たのだろうか?でもそれだと俺達に会わずに帰るのはおかしい。ミコトの横で立ち止まり闇に目を凝らすがもう先程の人影は見当たらない。確認しようと思ったが無理な様だ。けれど…。

「………」

ラウラは険しい表情を浮かべて人影が消えて行った暗闇を睨み続けていた。今さら気付いたが右手には拳銃が握られていた。

「ちょっ、ラ、ラウラ!?」
「……いや、なんでもない」

そう言ってラウラは暗闇から視線を外すと、持っていた拳銃を懐へとしまう。拳銃なんて物騒なもの取り出して何でもなくは無いだろ。銃刀法が息して無いってレベルじゃないぞ。

「ふぅ、何事も無くて良かったですわ。ごめんなさいね、ミコトさん。一夏さんには一度紳士としての心構えをしっかり教育しておきますから」

こっちはこっちで何を言い出すんだ。

「おいおい。確かに今回は俺が不用心過ぎたけどそれはないだろ?」
「い・い・え!これは常識の問題ですわ!家に戻ったら覚悟して下さいまし!」
「うぇ~…ミコトからも何か言ってやってくれよ。…ん?ミコト?」
「ミコトさん?」

俺達の呼び掛けに反応を示さないミコトに、俺とセシリアは不審に思い目を合わせる。元々ミコトは口数が少なくはあったが、此方が話しかけたら首を傾げたり頷いたりして何かしらの反応を返してくれたのだが、今のミコトは虚空を見つめたまま此方を振り返る事さえしない。これはいよいよもっておかしい。

「ム、どうした?」
「いえ、ミコトさんのご様子が…。ミコトさん?ご気分でも悪いのですか?だったらわたくしはおぶって………え?」

ポンとミコトの肩に手を置き後ろから顔を覗き込んだセシリアはミコトを顔を見て言葉を失う。

「ミコト……さん?」
「………」

もう一度セシリアはミコトの名を呼ぶ。けれど、ミコトは反応しない。

ガバッ!

「っ! ミコトさん!聞こえていますの!?ミコトさんっ!!」
「お、おい!?どうし―――うっ」

顔を蒼白にして強引に振り向かせ両肩を掴んで激しく揺らしだしたセシリアの豹変に、俺は驚いて訊ねようとしたが振り向き様に涙を滲ませた瞳に鋭く睨まれ言葉を詰まらせる。

「どうしたも何も…!ミコトさんを見て分からないのですかっ!?」
「えっ………っ!?」

セシリアに言われて漸く俺はミコトへ意識を向け。そして、セシリア同様に言葉を失った。

「ミコト………なのか…?」

何を当たり前の事を言っているのかと言われるかもしれない。目の前に居るのは誰がどう見てもミコトだ。容姿も背格好も髪の色もミコトの筈……なのに…。

「………」

俺の瞳に映るミコトはまるで抜け殻だ。生気を感じられない魂の抜けた人間の抜け殻。表情を変える事の無い人形…。
確かに俺の知っているミコトは口数が少なくて普段は無表情だ。でも、でもこんな人形の様な表情をする奴なんかじゃない。アイツの瞳は夢が希望で輝いていて、こんな感情の無いガラス玉の瞳をする様な奴なんかじゃ…。でも、今俺の目の前に居るのは……。

「ミコ……ト……」

変わり果てたミコトを見てラウラは呆然と立ち尽くす。ミコトに駈け寄ろうともせず、ただ表情を絶望に染めて立ち尽くしていた…。

「何が…!何があったのです!?応えて…!返事をして下さいミコトさん!ミコトさんっ!!」
「………」

ミコトをぎゅっと力いっぱいにに抱きしめてセシリアは懸命に何度も、何度も呼び掛ける。けれど、ミコトは何を言わない。カクンカクンと首を人形の様に揺らすだけだ。

何が…一体何があったんだ…。何が…。

別れるまでは笑っていたんだ。パーティー楽しかったって…。俺が居なかった数分の間に、ミコトをこんな姿にしてしまう出来事があった。けれど、それが何なのか俺達には分からなかった…。
俺が…俺があの時ミコトを置いていかなければ…。過ぎた事を今更悔やんだそんな時だ。

「………んだ……って…」

セシリアの呼び掛けに反応を示さなかったミコトが、初めて言葉を溢す。

「! な、何ですか?今何とおっしゃいまして?」

漸く見せてくれた反応にセシリアは顔を綻ばせ、溢す言葉を聞きとろうとミコトの口元に耳を寄せた。だが…。

「死…んだ……って…」
「………ぇ?」

ミコトの口から零れた言葉は、あまりにも残酷な物だった…。

「クリ…ス……死んだ…って……もう、会え…な……帰る場所……ないって……」

光が消えた瞳からポロポロと零れ落ちる涙。途切れ途切れの力の無い弱々しい声。それを目にして、耳にして、今度こそ俺達は何も言えなくなってしまう。

「…………は?……え…?」

『クリス』その名を俺はよく知っている。ミコトと特別親しい人間は誰もが知っている名だ。ミコトからよく聞かしてくれたから。
初めての体験、面白かった出来事、その度にその名が出てきて、その度にミコトは「帰ったらクリスに自慢する」と笑顔で話していた。それがミコトの口癖だった。そう、ミコトはそれだけ家に帰る事を心待ちにしていたのだ。なのに、なのにこんな…。

こんなのってありかよ…。

俺と別れた後に何があったのかは分からない。ミコトの言う事が本当の事なのかは分からない。でも、それが本当だとしたら…。

ミコトはあんなに楽しみにしてたんだぞ?あんなに頑張ってたんだぞ?夏休みは家に帰りたくても帰られずに寂しそうにしてたんだぞ?それでも我慢して頑張ってたんだぞ!?

「――――ッ!」
「っ!?ラウラ!?」

突然走りだしたラウラ。慌てて呼び止めようとしたが止める間も無くラウラは夜の街道へと消えてしまう。

「………なん…だよ…」

楽しい誕生日の筈だった。さっきまではそうだったんだ。なのに…。

「なんなんだよ…」

幸福に満ちた日常は脆くも崩れ去り、絶望に満ちた世界へと一変する。

急速に移り変わる現実に頭が付いて行けず。俺はもう何が何だか、如何したらいいのか、頭の中がぐちゃぐちゃで分からなかった。目の前に泣いているミコトが居るのに俺は何も言ってやれず、ただ立ち尽くしてセシリアに抱きしめられて泣いているミコトを眺めている事しか出来なかった……。









――――Side ラウラ・ボーデヴィッヒ


「はぁ…はぁ……っ!」

何処だ!?何処に行った…!?

辺りを注意深く見回しながら暗い夜道を凄まじいスピードで駆け抜ける。あれから時間は経過していない、必ずまだこの近辺に居る筈だ。ミコトをあんな姿にした奴が――!
既に眼帯は外され金色の瞳は闇を睨み殺してやりたい程憎い獲物を探す。時折通りかかる一般人が私に向けられた殺気に悲鳴をあげるが、それを無視して私は只管に走る。走って、走って、走り続けて…………やがて、その足をピタリと止めた。

「…………」

分かっていた。追い付けないことぐらい。何者かは知らないが、あの情報を知っていると言う事はその筋の人間。みすみす捕まる様な真似はしないだろう。そんな事は分かっているのだ。分かっているのだ…。

―――クリ…ス……死んだ…って……もう、会え…な……帰る場所……ないって……。

ミコトのあの泣き顔を見て、黙って見過ごす事なんて出来る筈が無いだろう!?

しかし結果はこれだ。結局はこうして逃がしている。ミコトをあんなにした犯人を捕まえる事が出来なかった。

「クソ、クソ、クソクソクソクソ………クソッ!!」

何度も、何度も、吐き捨てる。悔しくて、悔しくて。自分の愚かしさと無能さが只管に悔しくて…。
未然に防げた筈なのだ。私がミコトから目を離さなければこんな事態にはならなかった。私の気の緩みがミコトを傷つけた。私がミコトの心を『殺した』も同然ではないか。

「クソオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

無念の叫びが夜の市街地に虚しく響くのだった…。















あとがき

キリが悪いのでここで切ります。まあ正直に言えばモチベーションの問題ですが(><;
しかし過去作削除は意外に反響があるみたいですね。何かしらの形で纏めて配布した方がいいのかな?と言っても保管してるのは改変前のとか誤字修正前のなんですよね…。内容覚えて無いっての。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第五十六話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2013/08/02 16:23


「…成程、状況は大体把握した。よりにもよってこんな日に、こんな下衆なやり方で仕掛けてくるとはな」

楯無先輩から連絡を受けてすぐさま駆けつけて来た千冬姉は事態の説明を要求すると、その内容にどんな状況でも俺達に前では教師として冷静に振る舞っていた千冬姉がその体面を抜きに怒りを露わにさせる。

「申し訳ありません教官。私の責任です…」
「………」

目元を涙で腫らしたままの状態でラウラは深く頭を下げた。
決してラウラが悪い訳じゃない。責められるべきは俺で、ラウラじゃない。千冬姉もそれは理解している。しかし今のラウラにそんな言葉を投げかけたところで、逆にラウラを気を負わせてしまうだろうと千冬姉は何も言わなかった。

「オリヴィアは今どうしている?」
「今は客間で休ませてる。箒達が看てくれてるよ」
「そうか」

俺の言葉に簡潔に応えると客間へと歩き出し、俺とラウラもその後に続いた。

「入るぞ」
「あ…千冬さ……織斑先生」

千冬姉が客間に入るとミコトを看ていた全員の視線が入り口へと集まる。この場の誰もがその表情を悲しみに染めて、あれだけ楽しそうにしていた皆の笑顔は今はもう無い。
そんな皆の目にした後、その後ろで布団に横たわり虚ろな目で天井を見つめるミコトを見て、千冬姉は一瞬悲しそうに表情を歪めたがすぐに教師としてと仮面を被り直す。

「……更識楯無は如何した?」
「織斑先生に連絡を入れた後に、わたくし達にこの場を任せて虚先輩を連れて学園に戻りました」

専用機持ちの代表候補生がこれだけ集まる場所。安全面ではこれ以上の場所は無い。だから楯無先輩はこの場を俺達に任せて自分の務めを果たしに学園へ戻ったのだろう。

「そうか。妥当な判断だな。身体的な外傷は無かったとはいえ、また何時オリヴィアに接触して来るかわからん状況で学園外に居るのは危険だ。車を手配するので直ぐ学園に戻るぞ」
「……はい」

皆が力無く頷く。皆それぞれ言いたい事は色々あるだろうけど、ミコトの事でショックが大き過ぎてその余裕が無いのだろう。それに、ミコトの目の前でミコトの母親の話をするのはあまりにも愚行の極みだ。

「織斑、ちょっと来い」
「え?あ、ああ…」

千冬姉に顎でしゃくられ廊下に連れ出される。
ドアを閉め皆から見えなくなるのと同時に、千冬姉は俺の両肩に手を置き真剣な表情で俺に話しかけてきた。

「一夏、お前も自分を責めるな。誰も悪くないんだ」
「っ……」

やっぱり気付かれていた。そりゃそうだ。俺が千冬姉に隠し事が出来る訳が無いし、そもそもこの状況で自分を偽れるほど俺は器用じゃない。

「でも、俺がミコトをあの場に一人にさせなければこんなことにはならなかったのに…」

千冬姉の慰めの言葉を俺は受け止めることが、認めることが出来なかった。
俺は一体何を腑抜ていた?今まで危険な目にたくさん遭ったっていうのに何で今日は大丈夫だなんて思った?市街地だから安全?んなワケが無い。俺は過去に誘拐を経験しているんだぞ!?

「くそっ…!」

壁を殴りたい衝動に駆られたが、すぐそこの部屋で休んでいるミコトの事を思い出し握り締めた拳を解く。

「悔やんだところで結果は変わらん。それよりもこれからの事を考えろ」
「………」

千冬姉の言葉が重く圧し掛かる。これからの事を考えるというのは勿論ミコトの事だ。
母と言う拠り所を失い心が折れてしまったミコト。それを立ち直らせる…。そんな事俺なんかが出来るのか?俺はミコトが母親の事をどれだけ大好きだったのか知っている。知っているからこそそれがどれだけ難しいのを俺は理解していた。

どうすればいい?どうすれば…。

どんな言葉を掛ければ良いのか分からない。両親の顔すら覚えていない俺にとって、母親を失ったミコトの苦しみを測り知る事なんて到底出来ない。そんな俺がミコトを救えるのか?そんな苦悩で頭を抱えながら俺は皆が居る部屋へ戻るのだった…。








「……そうだ。結果は変わらない。どんなに悔やんだところで、結果は変えられない…」

一人だけになった廊下に未練に満ちた千冬の呟きは誰に聞かれる事も無く消えた…。














第56話「きみがいない」












――――Side 織斑一夏


あの誕生日から一夜が明け、いつも通りに学校が始まる。しかし、学園内の雰囲気は普段とは異なった。

「ねぇ、ミコトさんが倒れたってホント?」
「らしいよ。朝食もいつもは織斑君達と一緒に食べてるのに今日は居なかったらしいし…」
「大丈夫かなぁ?ミコトちゃん身体弱いみたいだから心配だよぉ…」
「………」

廊下を擦れ違う女子生徒の会話の内容は全てミコトに関するものばかり。学園と言う封鎖された環境に女性の噂好きな習性が加われば、ミコトの体調不良の噂は学園全体に広まるのにそう時間は掛からなかった。

「……それだけじゃないよな」

教室だけじゃない。学園全体の雰囲気が重く暗い。生徒も、教師も、従業員も、すれ違う人達全員の表情は暗く影を落としていた。それはそれだけミコトが皆に好かれていたという証明であり、噂があっという間に広まったのもその人望があってこそなのだろう。けれど、その所為で今朝からずっと事情を知らない生徒からのミコトの体調ついて質問攻めで俺は精神的にまいっていた。
教師から厳しく見舞いも禁じられているのもあって、生徒の皆が必要以上に心配するのは無理も無い。友達として当然の反応だ。だから皆の気持ちも良く分かる。分かるんだけど…。

俺だって訳がわからねぇよ…。

「はぁ………」

疲れた溜息を吐く。心身ともにくたくたで胃もキリキリする。体調は最悪のコンディションと言えよう。とても弱音を吐ける立場じゃないが…。

きっと皆も同じなんだろうな…。

ガラリと音を立てて教室のドアを開く。そして俺の目に入ったのは、自分達の席でまるで飴玉に群がる蟻の如く集まるクラスメイトに囲まれたいつもの面々で、俺はやっぱりかと頭を抱える。
事情を知る箒達も俺と同じで朝から質問攻めに遭っており表情は疲労の色が濃い。楯無先輩や虚先輩はいつも通りに振舞っている。部屋に戻った様子も無かったのを考えて、きっと昨日の夜から寝ずにあちこちを駆け回っていたに違いないのに、それを表情には一切出してはいない。本当に凄い人だ。

「……あっ!織斑くんが来たよ!」
「ねえねえ織斑君!ミコトちゃんのことなんだけど…」

教室に来た早々クラスメイト達に取り囲まれてしまう。またか…。俺は胸の内で疲れた溜息を吐いた。

「ただの疲労で体調が崩れて寝込んでるだけだって。そんなに心配する事じゃないよ」
「でもでも!お見舞いも行くのもダメって変じゃない?」
「だよね。そう言えば臨海学校の時もそうだったようね…。もしかして、重い病気とかじゃないよね?心配だなぁ…」
「ミコトは身体が弱いからさ。なるべく身体に負担を掛けない様にってことなんだと思う。ほら、ミコトって人気者だから大勢に押し掛けられたらさ…な?」

嘘だ。本当は今のミコトを何も知らない人達に見せる訳にはいかなかったからだ。ミコトが休んだだけでこの状況だ。もし今のミコトの様子を知られたらどうなる?学園全体は更に混乱する事だろう。だから真実も言えないしミコトに会わせる訳にはいかない。……だけど、心からミコトを心配している人に嘘を吐くのは、やはり罪悪感で心が痛んだ。
その後も質問攻めは続いたが、HRの時間になり千冬姉が教室に入ってくると、蜘蛛の子を散らす様にクラスメイト達はそれぞれ自分の席に戻りお開きとなり、ミコトが抜けたクラスはいつも通りに授業が始まるのだった。









「………はぁ、どいつもこいつも授業に身が入らないようだな」

何処か上の空で授業にまったく集中できていない生徒達に対し千冬姉は溜息を吐くと、まだ授業が始まって数分程しか経過していないと言うのに突然授業を止め教科書を閉じてしまう。

「まったく…。どうしてかは理由は分かりきっているので問わないが…」

バンッ!

持ち上げられた教科書が教卓へ乱暴に叩き付けられ、生徒達はその音に驚きビクッと身体を強張らせた。

「今は授業中だ。授業に集中しろ」

千冬姉の冷淡な言葉が容赦無く俺達に向けられる。
いつもならこれで生徒は静まり返って話は終わり…の筈なのだが、今回に限ってはそうはならなかった。一人の生徒が千冬姉の威圧に耐え勇気を振り絞り声を大きく張り上げたのだ。

「……っ、せ、先生!ミコトちゃ…オリヴィアさんはどうしちゃったんですか!?大丈夫なんですか!?」
「そ、そうですよ!なんでお見舞いも行っちゃ駄目なんですか!?これって何かおかしいですよ!」
「本当に体調崩しただけなんですか!?何か別の理由があるんじゃないですか!?」

一人言い出せばもう止まらない。喋れないでいた生徒も後に続けと次々に疑問の声が上がって、教室は忽ちに騒然となる。しかし―――。

バンッ!!

もう一度、今度は先程よりも大きな音が教室に響いて、教室は一瞬で静まり返った。

「面会は禁ずる。話はこれで終わりだ。授業を再開する」
「……っ」

それはあまりにも一方的で、有無言わさぬ物言いで話は強制的に終わらされると、このクラスの誰もが納得していない様子のまま授業は再開された。
さっきまでの時とは違い一見生徒達は授業に集中している様に見えるが、その表情はどの生徒も不満の色が濃く『ただ授業を受けている』という形だけの姿勢で、とても真面目に授業を受けているとは言い難かった。あんな横暴なやり方ではこうなるのは分かりきっていたことなのに…。
不満は蓄積されていく。この状況が長く続けばいずれ爆発するのはそう遠くないかもしれない。

入学した時も居心地が悪かったけど…これはそれ以上にキツイな……。

あの時は違う居心地の悪さ。入学当初は好奇の目に晒されていた為に居心地が悪かったが今回は違う。教室に漂うに重苦しい空気。それはあの時には無いもので、その息苦しさにキリキリと胃が痛んだ。

これが今日一日ずっと続くのかよ……。

今日一日。本当に今日だけなのだろうか?もしかしたら、ミコトが元に戻らない限りずっとこの環境が続くのかもしれないんじゃないのか?そんな不安を抱きながら授業は過ぎていく…。









午前の授業が終わり昼休憩の時間になる。
いつものなら昼食を摂りながら雑談を楽しむ生徒達で賑わう食堂も今日は静かで、沈んだ空気が食堂全体を漂っていた。そんな食堂でミコトや時間があれば寮に戻ってミコトに会いに行ってるのほほんさんを除いた、いつものメンバーで昼食を摂っているのだが…。

『………』

誰も喋ろうともせず、無言の食事のなかカチャカチャと食器の音だけが響いていた。

…不味い。

俺は堪らず顔を顰める。好物の鯖の味噌煮を食べてる筈なのに、舌の味覚が伝えてくる口の中の物のはまるで別のものを食べているかのように不味く感じた。
食事と言うものはその時の気分で味も大きく変わるものだ。この食堂に漂う雰囲気。そして自分達が置かれている状況から考えればどんな料理も不味く感じるのは当然と言えるだろう。そして、それは俺だけじゃない。同じテーブルで食事を摂っている皆も表情は暗く食事の手も止まっている。いつもなら、ミコトやのほほんさんが行儀悪く食べている所をセシリアが叱ったりして、それを他の皆が微笑ましく眺めながら食べてる筈のこの時間は、ミコトはこの場に居ないというたったそれだけで、こんなにも苦痛な時間へと変貌してしまった…。

「……あたし、つぎ移動教室だから先に戻るね」

鈴はそう言うと手に持っていた箸を置きまだ残っているラーメンの器を持って席を立つ。

「え?お、おい。全然食べてないじゃないか」
「……ごめん。今は食欲無いの」
「あっ……」

慌てて呼び止めるも、顔色の悪い顔を半分だけ此方に向けて沈んだ声で謝ると鈴は行ってしまう。それは明らかな拒絶だった。鈴が去り気まずい空気だけがこの場に残る。
しばらくの間途方に暮れる。こんなこと皆と一緒に過ごす様になってから一度も無かったから。何か…何かが壊れていくような気がして…。

―――悔やんだところで結果は変わらん。それよりもこれからの事を考えろ。

「………」

昨晩千冬姉に言われた言葉の解を俺は未だ出せてはいない。俺はこれから何をすべきなのか、どうすればいいのか。ミコトを立ち直らせる。それは分かりきった事だ。だけどその方法が分からない。どんな言葉を投げかけたところで、その言葉は『形』も『中身』も無い。俺にはそう風にしか思えなかった。なら、このまま時間がミコトの心をの傷を癒してくれるのを待つしかないのか?このまま何もせずに…?

「一夏。あまりゆっくり食べていると次の授業に遅れてしまう…」
「!……あ、ああ、分かってる」

箒に言い辛そうに促され俺はハッとすると止まっていた食事を再開する。けれど口に含んだ鯖はやっぱり美味しくなくて俺は顔を顰めるのであった。









――――Side 布仏本音


流れる時間。授業の風景。それは内容からすればいつもと変わらないものだけれど、誰もが胸のあたりにポカリと開いた虚無感を抱いていた。いつもそこに居る筈の存在が居ない。生活の一部となった物が欠けてしまえばそれだけ違和感を感じずにはいられないのは当然と言える。
例えるのなら色が違うのだ。目に見える風景の色が。昨日まで見ていた色鮮やかな世界が色褪せて見えてしまう。それはまるで違う世界に来てしまったのかと思ってしまう程に…。

「みこちー…」

昼食という長い休憩時間を利用して、私は寮の部屋に戻って来ていた。

「……みこちー。お昼ご飯持って来たよー。ほら、みこちーが大好きなサンドイッチだよー?」
「………」
「ほらー一緒に食べよー?みこちーも朝から何も食べてないよねー?」
「………」

…返事は返って来ない。
昨日のあの夜からずっとこうだ。何かをする訳でも無く、ベッドから上半身だけを起こしてまるで死人のように生気の感じられない虚ろな瞳で窓から見える空をただ眺め続けてるみこちー。私はそんなみこちーに名前を呼んであげる事しか出来なくて、無力な自分が歯がゆくて…。

「……ごめんねぇ…」

あの時、私はラウっちに約束した。『みこちーの心は私が守る』と…。のに関わらず今のみこちーはどうなってる?みこちーの心は…?

「ぐすっ……ごめん…ねぇ……」

無音の部屋に私の謝罪の言葉と鼻の啜る音が響く。
床に膝をつきベッドにか俺込んでみこちーの膝に顔を埋め、何度も、何度も謝った。その声はみこちーには届いてないのを分かっているのに…。


…結局、みこちーと言葉を交わす事すら出来ずに昼休憩は終わってしまう。
校舎から寮の距離は少し遠いため予鈴が鳴る前に寮から出なければ午後の授業には間に合わない。予鈴が鳴る少し前に後ろ髪を引かれる思いで私は部屋を出たると、部屋を出たすぐ外でバタリとかんちゃんと鉢合わせた。

「あっ……本音…」
「かんちゃん…」

部屋から出てきた私に驚いてから私の今の表情を見て心配そうな表情を浮かべるかんちゃん。きっと今来たんじゃなくて前から廊下で待っていたんだと思う。

「みこちー。笑ってくれないの……」
「本音…」

顔を伏せて力の無く弱々しい声でぼそぼそと呟く私を見て、かんちゃんは痛ましいものを見る様に表情を歪める。日頃の私をよく知っているかんちゃんだからこそ、こんな私を見てそう感じてしまうのは仕方の無いことなのかもしれない。本当なら従者として主にそんな想いをさせるのはいけないことなのかもしれないけど、そこまで気を配れる程わたしには余裕は無かった。

「いつもならね…朝寝坊しそうになった私を起こしてくれるの……朝ごはんを一緒に食べて、今だって何時もなら一緒にお昼ご飯食べてる筈なのに……」
「……うん」

弱った心は胸に押し込んでいた弱音を次々と吐き出していく。かんちゃんだって辛いのは一緒なのに…。
みこちーの傍で笑っているのが私の役割。でも何時かは真実を知る私も笑えなくなる日が来る。みこちーが○○○しまったら私は笑えなくなる。それはそう遠くない未来で避けられない現実。でも、まだ…まだその時じゃない筈なのに…!

笑えない……笑えないよ…。

「みこちー……みこちーが何言っても反応してくれないの…!」
「っ、本音…!」

伏せていた涙でぐしゃぐしゃになっている顔を上げた途端、強い力に私の身体は引っ張られる。ぽすんと顔に当たる柔らかな感触。気付けば私はかんちゃんに抱き寄せられぎゅっと力強く抱きしめられていた。
私を抱きしめるかんちゃんの腕は小さく震え私の耳元で囁く。

「大丈夫……大丈夫だよ。ミコトは優しい子だもの…」
「かんちゃん……」

かんちゃんはみこちーの事を知らされてはいない。つい最近まで人と接するのが苦手だったかんちゃんに対するおじょーさまなりの配慮なんだと思う。事実を知って皆の前で自分を装うなんてかんちゃんにはたぶん無理だから…。そんな事実を知らないかんちゃんの言葉が罪悪感で私の胸を抉る。

「本音が泣いてるのに、皆が悲しんでるのに、優しいミコトが放っておける訳ないよ。だからミコトは大丈夫。絶対に元気になる」
「ひっぐ……ぐすっ…」
「だから泣かないで。本音が泣いてるとミコトもきっと悲しむよ?」

私の頭を撫でながら耳もとで優しく語りかけてくる。大丈夫だと何度も何度も繰り返して…。

違う。違うんだよ。かんちゃん……。

繰り返し呟かれる度に罪悪感が積もっていく。かんちゃんからしてみれば、私の行いはみこちーの回復を信じて疑わないかんちゃんに対する裏切りでしかない。そして改めて思い知らされる。自分に課せられた責任の重さに…。
大好きな友達が苦しんでるのに笑ってなきゃいけない。皆に事実を悟られない様に笑ってなければいけない。……笑っている事しか出来ない。

「ごめんね……」

かんちゃんの腕の中でぼそりと呟かれた謝罪の言葉は、予鈴のチャイムに掻き消されかんちゃんの耳に届くことは無かった…。














あとがき

更新が遅れたうえに短くて申し訳ない…。
子供の頃から一緒だったペットが死んでしまいその所為もあってか書く気力がわかない…。15歳か…良く生きてくれたよね。あかん、鬱や…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第五十七話 ※ラウラ&本音を追加しました
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:62b80476
Date: 2014/04/05 05:18
消灯時間になる少し前。わたくしは一人談話室で自動販売機で買った紅茶の入った紙コップを持ってソファーに腰を下ろし、何をする訳でも無く唯々時間が過ぎて行くのを感じていました。
生徒同士の交流場として設けられいつもは生徒達で賑わっているこの部屋も、今日はわたくし一人だけという寂しい風景を見せています。

「っ………なんですの、この味は?」

紙コップに注がれた紅茶に口に含むと、その味にわたくしは渋い表情を歪める。
美味しくない。これは気分の問題では無く純粋に味の質の問題。やはり気が向かないと言って自分で淹れずに自動販売機で買ったのがいけなかったのでしょうか…。

「はぁ…………あら?」

紅茶を飲むのを止めて紙コップをテーブルに置くと、ふと自分に向けられている視線に気が付く。何かと思いその視線を探せば入口の陰から此方の覗いている女子生徒の姿を見つけました。
遠巻きに何かを聞きたそうにわたくしの様子を窺っている女子生徒にわたくしは全てを察すると、ただ黙って首を左右に振るとそれを見た女子生徒達は悲しそうに去って行ってしまう。その後ろ姿を見てわたくしは「あっ……」と声を溢し手を伸ばしましたが、呼び止めたところで如何するのだとその手を胸元へ降ろしぎゅっと握りしめた。

「何をしているんでしょう。わたくしは…」

親友の大事だと言うのにわたくしはあの子から逃げていた。今一番しなくてはいけない事はあの子の傍に居てあげることなのに、わたくしは失うのを恐れて傍に居てあげるどころか、衰弱して弱っていくあの子から逃げていたのです。
情けない。あの夜、あの子を抱きしめたのは嘘だったのか…。わたくしはなんて最低な人間なのでしょう。きっと本音さんもわたくしの事を軽蔑することでしょう。あれだけ友達だの何だの言っておいて、今している事と言ったらあの子の顔を見るのを恐れて震えているだけなのですから。ですが…。

あの日、物言わぬ冷たい肉の塊となった両親の姿がフラッシュバックする。

あの時、ミコトさんを抱きしめた時。その小さい身体はとても冷たかった。まるで死人みたいに、あの人達と同じみたいに…。怖い。また失うのが怖い。大切な人を失うのが怖い。一度失う恐怖を知ったしまったわたくしには大切な人を失うことが怖くて堪らない。またあんな想いをするのかと思うと身体の震えが止まらなくなってしまう。
本当は今すぐにでもあの子のもとに行きたい。抱きしめてあげたい。でも、それが出来ない…。

「わたくしはっ……」

あの子がどのような存在か薄々ですが気付いていたつもりでした。別れは必ず訪れる。それが嫌なら関わるべきではないと言うのを承知の上で今まであの子と接してきた。覚悟はしていたつもりだった。でも、実際に衰弱していくあの子の姿を見てわたくしはあの子と接するのを恐怖していた。失うのならこれ以上近づくべきではないと…。

唇を噛んで自分の愚かさに耐えられなくなり顔を伏せる。
イギリスの代表候補生?何を馬鹿馬鹿しい…!わたくしはただの臆病で卑怯者な人間です。こんな事をしていて後で後悔するのは目に見えていることでしょうに現実から目を逸らして…!

「あれれ?暗い顔してどうしたのかな?」
「え…?」

突然背後から声を掛けられ振り返ると、そこには自分の半身と化しているカメラを片手に持った黛先輩が空いた手を持ち上げてにこやかに笑って立っていました。

「やっほ、オルコットさん」
「黛先輩?どうして2年生の黛先輩が一年の学生寮に居るんですの?」

この場に少々合わない人物にわたくしは訝しげに表情を浮かべて訊ねます。
ミコトさんの御見舞いかと思いましたが、面会謝絶と全生徒に言われている筈なのでそれは考えにくいでしょう。だとすれば考えられるのは一つ。この学生寮に来たのは彼女が所属する新聞部の人間として…。

「……取材ですか?」

流石にこの状況でそれは不謹慎ではないかとキッと黛先輩を睨みつける。睨みつけられた本人は怯みはしませんでしたが苦笑を浮かべ弁明をします。

「そんな怖い顔しないでよ。私は新聞部として全校生徒が求めている事を調べてるだけ………私も含めてね」

明るい口調でそう話す黛先輩でしたが、最後の方は彼女の感情が隠れること無く零れていました。
眼鏡のレンズ越しに見える彼女の瞳を見れば、真剣な眼差しが自身に向けられているのに気が付きます。余計な詮索は禁じられている筈だと言うのに、罰を受ける危険を冒してまで真実を追求しそれを伝いえようとするその覚悟にわたくしは感心すら覚える。彼女も戦っているのでしょう。この暗い雰囲気を落とす学園を元に戻そうと必死に…。

「新聞記者も大変ですのね」
「そりゃもう!毎日ネタを探して学園中を駆け回らなきゃいけないもの!」

そう大袈裟に振る舞う先輩を見てクスリを笑みを溢す。あれから一日しか経っていないと言うのに久々に笑えた気がしました。

「ですが申し訳ありません。わたくしが教えられるのは何も…」
「そっか……うん、まぁ仕方ないよ。それに寧ろ私より困ってるのはオルコットさんの方みたいだし」
「………」

黛先輩の言葉に顔を逸らす。やはり先程の醜態を見られていましたか…。

「貴女達
にはたぶん私には知らない何かを抱えてるんだと思う。だから気安く慰めの言葉をかけるのは私には出来ない。何も知らないのにこっちの自己満足な言葉を押し付けるのは無責任だからね」

正直それはとても助かった。今こうして苦しんでいるのは全てわたくしの弱さが原因であって他の誰の責でも無い。ここで黛先輩に慰めの言葉を掛けられたのなら、わたくしは自身の罪の重圧に心が折れていたかもしれません。

「まっ、精々お互いがんばりましょってことで!私は私のやれることをするよ!」
「やれること、ですか?」
「この暗い学園の雰囲気を吹き飛ばす明るいニュースを届ける事かな?まあ、今のところそんなネタは無いんだけど」

彼女はまいったねと苦笑を溢しカメラで自身の頭を小突く。

「そんな訳だから何か良いネタがあれば教えてよ。その変わり私も何か手伝えることがあるのなら手伝うからさ。それじゃね♪」
「………」

やれることをする…。

「まっ、待って……!」

気付けば勝手に口が動いて去ろうとする彼女を呼び止めていた。
今自分がやれること、すべきこと。そんなの答えは明白です。けれど、その答えに至る度に何度も何度も頭の中で、あの光景が、あの冷たさがザザザッと砂嵐の音を立てながら脳内に蘇る。

怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖イコワイコワイコワイコワイコワイコワイ……。

だ…けど……。

怖い。とても怖い…でも…!

ここで逃げたら…!

「うん?何かしら?」
「な、ら……ひとつ…前借で質問してもよろしくて…?」

此方を振り返る黛先輩に震える声で問う。
踏み出さなければいけない、あの子がわたくしに接してきたように。越えなくてはいけない、あの悲しみの記憶を。でなければわたくしは本当に一生後悔して生きることになる。後悔に苛まれ俯いて未来を見る事が出来なくなってしまうから。

「およ?なになに?」
「ミコトさんが…このIS学園に来た頃の話を聞かせては頂けないでしょうか?」
「ミコトちゃんが学園に来た頃の話?それはまた懐かし…くもないか、まだ一年も経って無いものね」

そう言って何処か遠くを眺める黛先輩の横顔。その日々を懐かしんでいるかの様でした。

「でも、なんで突然そんなこと聞いてきたの?」
「わたくしはあの子の事…ミコトさんの事を何も知りませんでした。相手の事を知らなければ手を差し伸べるどころか歩み寄ることすらできないと言うのに…」

なんて傲慢で自惚れた人間なのでしょう。そんなことは分かりきっていた筈なのに…。
あの子の事を知ろうとする事で、自分が抱いている疑念が確信になっていくのを心の何処かで恐れて目を背けていたのかもしれません。失うくらいなら、と…。本当になんて愚かな人間なのでしょう。わたくしは…。

「ですから、わたくしは知りたいのです。ミコトさんの事を、ミコトさんを助けたいから…!」
「ふむ、今回の件に関わって無い私には何が起こっているのか分からないけれど、オルコットさんが本気だってことは分かった……うん、良いよ。先生に言うなって言われてるんだけど、別に生徒に話しては駄目って言われてる訳でもないし話したげる」
「あ、ありがとうございます!」
「あははっ、そんなお礼を言われる程のことはしてないよぉ」

頭を下げてお礼をするわたくしに困った様に苦笑を浮かべ、んー…と口元に人差し指を当てて何処から話したものかと思考し、考えが纏まったのかうんと頷きました。

「うん、ミコトちゃんの来た時の話となるとやっぱりアレかな?IS襲来事件」

何だか物騒な言葉が出て来ましたわ…。

自分の予想を斜め上をいく単語に、わたくしは話が始まって早々表情を引き攣らせます。流石はミコトさんと言うべきか、あの子は学園にやって来た時から自由だったようです。

「12月の始め頃。学園のグラウンドに何処の国の物か分からない所属不明のISが墜落してきたの」
「! それが…」
「そう、ミコトちゃん」

…墜落。あれだけの技量を持ったミコトさんが乗るイカロス・フテロが墜落?よほどの事が無い限り有り得ないとわたくしは黛先輩の言葉を疑います。では、一体何があったの言うのでしょう?いいえ、そもそも彼女は何処から飛んできて何故そんな形でIS学園にやって来たのか。考えれば考えるほど謎は深まるばかりでした。

「そんな派手な登場をしたこともあって、ミコトちゃんはIS学園に来てすぐに一躍有名人になったの。勿論私たち新聞部も取材を試みたわよ?まあ事態が落ち着くまで無理だったけど」

そうでしょうね。この人から見れば鴨が葱を背負って飛び込んできた様なものでしょうし、噂話が大好きなこの女子高では噂が広まるのはあっという間だったでしょう。

「まあその話は置いておいて。その時の学園は色々と騒然としてね。外部の人間には絶対に話すなって学園からの情報規制とかは厳しかったよ。あまりにしつこく言い聞かせてくるもんだから、聞いてるこっちがまいっちゃうくらいに。それだけミコトちゃんの背景にはヤバイものがあるんだと思う」
「………」

一切の詮索を禁じる。わたくし達も織斑先生からそう厳しく言い聞かされていました。そしてその理由を聞くことすらも許されてはいません。

「それで裏で何があったのかは知らないけど、ミコトちゃんは学生寮で暮らす様になったの。でも……」

急に言葉を濁らせる黛先輩にわたくしは眉を顰めます。

「? どうかしましたの?」
「ええっとね…ミコトちゃん今は生徒用の部屋を使ってるけど、当時は寮監の先生の部屋に住んでいたの」

恐らく正式に生徒として認められたのは今年の春からで、それまでは外部の人間という扱いだったのでしょう。寮監の先生の部屋に住まわせたのも、目の届くところで監視するという意味も含まれていたのかもしれません。

「別に可笑しな話ではないですわよね?学園の対応は正しいと思うのですけど」
「うん。それは別に問題無いの。問題が起こったのはその寮監の先生の部屋でのことなのよ」
「先生の部屋で?何があったのです?」
「私は寮が違ったから実際にそれを見た訳じゃないんだけど。学園に来てからひと月くらいミコトちゃんは夜泣き…と言えばいいのかな?それが酷かったらしいの。夜中に突然泣きだしてはミコトちゃんのお母さんの名前を何度も呼んでたらしいんだ」
「クリスさん…ですわね?」
「あ、やっぱりミコトちゃんから聞かされてたんだ」

当然です。ミコトさんと親しい人なら必ず一度は耳にしていることでしょう。それだけ彼女の口から頻繁にクリスさんの名が出ては嬉しそうに語っていたのだから。そして、今回の事件の中心に居るのもまた彼女だ。

「家に帰りたい。クリスに会いたいって………どういう事情で此処にやって来たのかはわからないけど、親元から離れて心細かったのかしら。山田先生も苦労したみたい」
「山田先生が担当だったんですの?」
「うん。正確には織斑先生なんだけど、ほら…織斑先生じゃ、ね?」
「ああ、はい…」

山田先生に押し付けましたわね。まあ精神年齢が子供に等しいミコトさんの面倒をみるのは織斑先生じゃ無理があるかもしれませんけれど…。

「そんなこともあって、最初はミコトちゃんは皆にあまりよく思われて無かったの。特に3年生は年末で進路とかでピリピリしてたし、安眠を妨害されちゃ堪ったもんじゃないから」
「まぁ……」

今の先輩方のミコトさんへの甘やかしぶりからは想像もつきませんわね。

「でもまあ、ミコトちゃんのあの性格と生徒会の協力もあって生徒達と打ち解けることが出来たんだけどね」
「生徒会……確かその頃から楯無先輩が生徒会長を務めていらしたんですのよね?」
「うん、そうだよ。前会長を圧倒的な力の差で蹴散らして今の座に就いたの。当時はやっぱり1年生の癖にって先輩達に快く思われて無かったみたいだけど、あの性格と実力で全校生徒を認めさせて今も生徒会長を務めてる」
「………そうですか」

やはり生徒会長は何かを知っている?いえ、仮にそうだとしても彼女は真実を教えてはくれないでしょう。彼女はわたくしたちに隠している事が多すぎる。ミコトさんの事を訊ねたところで惚けられてしまうのが目に見えています。
結局、新たに分かったことはミコトさんが学園に住むようになった経緯と、クリスさんと言う母親の存在はミコトさんとって掛け替えの無い存在だと言う事を再確認しただけですか…。

それはそうですわよね…。

現状を打開するための手掛かりなんて都合の良いものなんてある訳が無い。母親を亡くした苦しみはわたくしだって理解出来ます。そして、その代わりなんて居ないことも十分に。わたくしもそうでしたから…。
両親の葬儀の後、わたくしを養子として引き取ろうと言い寄って来る大人達は母の遺した遺産が目当ての亡者ばかりで、誰一人として両親の代わりになるような人は居ませんでした。いいえ、仮に人格者が居たとしてもわたくしはその人を親と認める事は出来なかったでしょう。何故ならわたくしとって両親はあの二人しか居なのだから。ですが、わたくしには両親の遺してくれた物がある。両親と過ごした家も。それがあったからこそわたくしはそれを守ろうと生きて来れた。けれどミコトさんは愛する母と帰る場所を同時に失ってしまった…。なら、彼女は何を拠り所にして生きればいいのでしょう?どうすればその絶望の底から引き上げて差し上げることが出来るのでしょうか?大切な人の代わりなんて居ないのはわたくし自身が知っていると言うのに…。

―――クリ…ス……死んだ…って……もう、会え…な……帰る場所……ないって……。

「帰る…場所……」

如何してかは解りません。けれど、あの夜にミコトさんが呟いていたあの言葉がふと蘇り、わたくしの口から零れていました。

「え?なに?」
「あ、いえ!何でもありませんわ!?」

訊ねてくる黛先輩の声にハッとして自分の口を手で覆い隠し、ふるふると首を左右に振って誤魔化す。つい無意識で口に出してしまいましたが、あの夜のあの場所に居なかった彼女にあの事を話す訳にはいきません。例えそれが僅かな情報であっても、話してしまえば黛先輩もわたくしも学園から、つまりIS委員会から罰せられてしまうのですから。
ですが、それよりも気になるのは胸のあたりに感じるこのモヤモヤとした感覚。何かが引っ掛かっているのです。それが何なのかはわかりませんが、違う、そうではないとミコトさんと過ごしてきたわたくしが訴えかけてくるのです。

何ですの?このもどかしい気持ちは?喉まで出かけていますのに出てこない。この気持ちの悪さは何…?

「えっと、どうしたの?体調が悪いなら休んだほうが良いよ?」
「だ、大丈夫ですわ。ご心配なさらないで…」

胸を抑えて苦しそうに表情を歪ませるわたくしを見て、黛先輩は心配そうに身体を支えようとしてくれましたが、わたくしはそれを大丈夫だと手で制します。けれど、わたくしの胸に纏わりつく不快感は未だに晴れません。それどころかその不快感は逆に増すばかり。単なる気疲れによるものかもしれない。そう思い込もうとしましたが、それをまるでエラーを延々と繰り返すコンピューターのように、わたくしの思考も拒絶し続けるのです。
これはもう気のせいで済ませて良いものではない。明らかにわたくしは何か思い違いをしている。ですが、それが何なのかわたくしには……。

その時、胸元に掛かっていた『あの花』がきらりと輝いた。そして―――。

―――……もう、会え…な……帰る場所……ないって……。

またあの言葉が頭の中で響いたその時、わたくしは漸く理解しました。この違和感が何なのかを、そして自分が大きな勘違いをしていたことを。

「そう…そうですわ……」

本当に自分はなんて愚かなのだろうとつくづく思う。わたくしは最初から何もかも間違っていた。
何を見てきたのですか。何を聞いてきたのですか。今までの日々は何だったのですか。分からないなんて無いはずなのに…。

「本当に……わたくしは……本当にっ…!」

今までの自分の行いと勘違いに、はしたなく整えられた自分の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。

「ほ、本当に大丈夫?」

黛先輩が何か言っているようですがわたくしの耳には届いておらず、ただ只管に自分に対して罵倒を繰り返すのに夢中だったからです。そんなわたくしに黛先輩はやれやれとため息を吐くと…。

「ていっ」
「アイタッ!?」

わたくしのおでこを叩きました。

「な、何をしますのっ!?」
「それはこっちの台詞。いきなり目の前に奇行に走られたら頭が如何にかしちゃったんじゃないかと心配するじゃないの」
「う゛っ……すみません…」

ちょっと怒り顔な黛先輩に、ヒリヒリと痛むおでこを摩りながら自分の醜態を思い出し謝罪します。

「それで?その様子だと何か気づいたのかな?」
「……はい」

わたくしが落ち着きを取り戻すのを確認してから黛先輩はそう尋ねてきます。わたくしはその問いに真剣な面持ちで頷くと、瞳を閉じあの子の顔を思い浮かべる。

あの子が恐れているのは孤独になる事。

あの子を絶望の底から救い出す方法があるとするのなら、それは……。

「わたくしはこれで失礼しますわ。わたくしは行かなくては……」

こんな所にいる場合ではない。あの子に会いたい。あの子に触れたい。あの子の声が聞きたい。今すぐにあの子の基に向かいたかった。もう、逃げないと決めたから…。

「ふふ、そっか♪私の提供した情報が明るいニュースのネタになる事を祈ってるよ♪」
「……敵いませんわね」

一体何処まで見通されていたのかは定かではありませんが、わたくしは恐らくこれからもこの人には敵わないのだろうと思いながら談話室を後にするのでした。部屋を出る際に彼女が漏らした声援に気づくこと無く…。




「………うん。やっとらしくなったじゃない。がんばれ、セシリアママ♪」












第57話「居場所」












――――Side 織斑一夏




「なぁお願いだ千冬姉!一体何がどうなってるのか教えてくれよっ!千冬姉なら何か知ってるんだろっ!?」

下校時間から随分と経ち人気が無くなった校舎の廊下に俺の声が反響する。

「諄い……何度言わせれば分かる。オリヴィアに関する情報は一切教えられん。もうとうに下校時間は過ぎている。さっさと寮に戻れ」

もはや何度目かも分からないその問いに、千冬姉はうんざりとした顔で冷たく突っ撥ねてくる。人の目が無くなれば直ぐに俺に問い詰められるのを何度も繰り返されれば対応も御座なりになるのは分かるが、それ以外にも千冬姉を苛立たせているものがあるようだ。無論、それが何なのか原因を考えるまでも無いが…。
しかし、だからと言って此処で素直に千冬姉の言うことに従う訳にはいかない。千冬姉にもそれだけの理由があるんだろうけど、俺にはそれを考慮するだけの余裕が無かった。

「それで……そんな理由で納得出来ると思ってるのかよっ!?ミコトのあんな姿を見てそれで納得するほうがどうかしてるっ!」
「…………」

相手は姉であり教師でもあると言うのにも構わず俺は千冬姉の肩を指が食い込む程に強く掴む。本来なら拳の制裁が飛んできても可笑しくない蛮行で俺自身殴られるのを覚悟で手を出したが、千冬姉はそうはせず無言で俺の怒りを受け止め怒りに満ちたその瞳を目を逸らさず真っ向から受け止めていた。その時、俺は千冬姉の目を、その瞳の奥に宿している感情を見てしまう。そして俺はそこで漸く悟る。千冬姉だってこんなこと納得出来てないのだと…。
IS学園に属する教師というの立場上私情を挟むのは許されない。世界のトップとも言えるIS委員会の運営する学園。そしてその教員となれば与えられる情報もその責任も計り知れない。それを漏らしてしまえば自身にも周辺にも危害が及んでしまう。故に己を押し殺さなければならない。例えそれがどんなに胸糞が悪く納得出来ないものでも納得しなければならない。それが組織の…千冬姉の言う大人の世界という物なのだろう。

だけど…!

ミコトの衰弱した姿が脳裏に蘇る。
千冬姉の背負う義務。それはとても重要なものなんだろう。だけど、だからと言ってこのまま何をすればいいのか分からずに時間を無駄に浪費してミコトをあのままにしておけと言うのか?分かっている。これは餓鬼の我儘だ。大人の事情を理解しない餓鬼の我儘だ。だけど、それでも…!
俺は肩を掴んでいた手を放し、プライドなんて何の役にも立たないものを捨てて地面に膝をつき額を地面にこすりつけた。

「頼む…!頼むよ千冬姉…!お願いだ…!」
「っ……一夏、お前…」

俺の行動に辛そうに表情を歪める。
実の弟が目の前で自分に土下座をしている。きっとそれは辛いものだろう。自分がもし逆の立場なら尊敬する姉が目の前で土下座なんてしたら、そしてその原因が自分だとしたら、俺は俺が許せなくて殺してしまいたくなるだろう。俺がやっている事は最低の行為だ。でも、それを分かった上でもう俺にはこれしか方法は無かった。こんな姉不孝なやり方しか…。

「強くなれば守れると思ってた!力さえあればって……でも、それは間違ってたんだ…!」

いつも、いつも俺は周りに守られてばかりいた。誘拐事件の時には千冬姉に、クラス対抗戦の時にはミコトに、臨海学校の時は皆戦っていたのに俺だけが倒れてて…。
だからもう守られてばかりは嫌だ。今度は俺が皆を守るんだって頑張って訓練をした。楯無先輩の厳しい特訓も頑張ってきた。でも結果はこれだ。何も守れちゃいない。守れると思いあがっていた。

「相手のことを知らなきゃ守れない……守れないんだ!あいつは俺のことを理解していままでずっと支えてきてくれたのに、守っててくれたのに!俺は!何一つミコトのことを知らない…!」

滲む視界にぽつりぽつりと涙が地面に零れ落ちるのが見える。自分の情けなさが只管に悔しくて、許せなかった…。
それでも、俺は何度も何度も頭を地面に擦り付けて千冬姉に乞うた。しかし……。

「………例え頭を下げられようと、お前に教えれる事は何一つない」
「………っ」

告げられたのは残酷な言葉。いや、この結果は分かりきっていた事だった。あの千冬姉が公私混同などする筈が無い。もしかしたらと言う有もしない可能性に縋ってはみたが現実はやはり非情で俺は拳を握りしめ唇を噛んだ。

「……と言うのは、このような事態になってしまっては流石に無理があるか」
「っ!? それって…!?」

諦めや呆れを含んだその言葉に、俺は表情を輝かせて顔を上げた。

「しかし私が教えられるのは真偽だけだ。それ以外は教えられん」

そう言って辺りを見回して人の目が無いことを確認し千冬姉は語り始めた。

「オリヴィアの母親が死んだと言う話だが……これは事実だ」
「そう、なのか……」

ミコトの母親の死なんて偽りならどれだけ良かったか…。そんな甘えが無かったと言えば嘘になる。しかし現実は何処までも残酷だった。分かってたさ。偽りなら千冬姉がそれを伝えない理由なんて無いことくらい。

「もう少しで一年前になるか…奴の母親が死んだのは」
「い、一年前!?それってどういう事だよ!?ミコトがIS学園に来たのもそれくらい前だろ!?何で今になって――ー」
「真偽だけだと言った筈だ。これ以上のことは教えられん」

明かされた驚きの事実に更に詳しく説明を求めたがそれ以上のことは教えては貰えなかった。
どういう事だ?ミコトの親御さんはミコトがIS学園に来るほぼ同じ時期に亡くなった?どうして今まで知らされてなかった?何故ミコトはそのことを知らない?一体何があったんだ…!?

「ま、待ってくれよ!?他にも聞きたいことがあるんだっ!?」
「駄目だ。先ほどの情報もお前が頭を下げたことに免じて教えはしたが、これ以上のことはお前達は知る必要が無い」
「そんな!?そんなの今までと何も変わらないじゃないかっ!?全然変わってないっ!」

ただミコトの母親であるクリスさんの生死がはっきりとしただけ。それ以上の進展は一切ないじゃないか…!

「変わらない、か……。一夏、お前は相手のことを知らなきゃ守れないと言ったな?」
「ああ言ったさ!それが何か可笑しいのかよ!?」

ミコトの事を知ってやれたら、もしかしたらこんな事態は避けられたかもしれないんだ。過ぎてしまったことは如何しようも無いしても、ミコトの悲しみを和らげることだって出来たかもしれないんだ。
しかし、千冬姉はそんな俺の言葉を聞いて小さく息を吐き目を細めて俺を射抜き非情な言葉を叩きつけてくる。

「そうか……ならば言ってやろう。知っていたところでお前には守れない。その結果が今の現状だ」
「なっ―――!?」

何て事を言い出すんだと俺は表情を怒りに歪めるが、千冬姉はそれを気にする様子もなく言葉をつづける。

「事情を知っていればオリヴィアを救えると?己惚れるなよ小僧。その言葉ボーデヴィッヒの前の言えるのか?」
「ラウラの?………っ!?」

ミコトがあんな事になって随分と冷静さが欠けてしまっていたのか、千冬姉に言われて自分の発言の愚かしさに漸く気づく。ミコトの素性を知る者は俺の友人の中にも居る。そう、ラウラだ。
俺は事情を知っていれば守れたと言った。なら、事情を知っていながら今回の事態を回避出来なかったラウラは如何なる?俺たちの中で一番悔いているのはラウラなんじゃないのか?そんなラウラの前で今の言葉を言ったりなんかしたらアイツはどれだけ傷つくと思ってるんだ。それを俺は知ったように…。

「理解したか。なら良い。此処でそれでも知りたいとほざいたら顔面に一発お見舞いしてやろうかと思ったが」

そうされても仕方ないとはいえ、ピリピリしているのもあってかいつも以上に物騒だ。
言うつもりはなかったが、その結果の悲惨な光景を想像して言わなくて良かったとゴクリと唾を飲む。

「ボーデヴィッヒはオリヴィアの素性を知った上で自分からオリヴィアの警護をしていた。その結果、この様な事態を招いてしまった。それが奴にとってどれ程の苦痛が友人であるお前ならよく理解しているだろう」
「………」

俺は黙って頷く。
あの夜からのラウラ表情はずっと険しく、看病をする際にミコトの姿を見ては拳を肉に爪が食い込む程強く握りしめ肩を震わしているのを俺は見ている。それなのに俺は…。

「……まぁ、奴だけでは無いがな」
「え?」

ボソリと呟かれた言葉に俺は怪訝そうにするが、千冬姉は「気にするな」とはぐらかされてしまう。

「分かっただろう?知っていたところで今回の件は回避できなかった。お前達が気に病むことではない。これは前にも言っただろう」
「だけど……!」

あの夜、俺があの場にミコトを一人置き去りにしなければこんな事には為らなかったんだ。それを気にするななんて出来るはずもない。何と言われようとこの事実は変わらないんだ。

「過ぎた事を悔いて現状が進展するのか?」
「それ、は……」

答えは『NO』だ。

「これも前にも言ったはずだぞ。これからの事を考えろ、とな」
「これからの事って……俺には何をすればいいのか…」

そんな俺を見て千冬姉はやれやれと溜息を吐く。

「馬鹿者が、お前が頭で考えて行動するタマか。いつもの様に先の事を考えず突っ走ればいい」

酷い言われ様である。確かに考えるよりも先に行動するタイプかもしれないけど…。

「一夏。勘違いしているようだから教えてやる。お前がオリヴィアにしてやることは守ってやることじゃない」
「え……?」

今までの俺の決意を否定する言葉だったが、千冬姉のどこか優しい声に俺は怒る気にはなれずそのまま耳を傾ける。

「お前がオリヴィアにしてやれることは教えてやることだ」
「教えてやること?それってどういう……?」
「さてな。だが、これはお前達にしかしてやれないことだ。『友達』であるお前達しかな………そのネックレス似合ってるじゃないか。ではな、早く寮に戻れよ」

最後にそう言い残し千冬姉は去って行ってしまった。
誰もいなくなった廊下でポツンと立ち尽くし、俺は胸元へと視線を落とす。そこには窓から差し込む月の光で銀色に輝くネックレスが首にかかっていた。

「ネックレス…」

ネックレスを手に取って月に翳す。本来なら沢山の花を咲かせているそれは、今は花ひとつ咲かせていない茎だけの棒だ。このペアリングネックレスは他のペアリングネックレスを持った皆が揃った時に満開の花を咲かせる。

「――――ぁ」

―――それ、今は花咲いてない。でも…。

―――今は花咲いてなくても、皆が揃ったとき、この花、咲く。

「………っ!!」

気が付けば俺は走り出していた。目的地は言うまでもない、ミコトの許へ。

「そう言うことかよ…っ!畜生っ!」

何で気付けなかった?俺はミコトの何だ?友達だろう!?どうしてあんなに傍にいて、あれだけ一緒に居たのに気付けないでいた?
これは俺の勝手な妄想だ。思い込みだ。この行動でミコトを救えるとは妄想の何うものでも無い。だけど、俺にはこれくらいしか思い浮かばない。千冬姉の言う通り俺は突っ走る事しか出来ないんだから。

―――クリ…ス……死んだ…って……もう、会え…な……帰る場所……ないって……。

「帰る場所なら此処にあるだろ!……馬鹿野郎っ!!」

それはミコトに向けた言葉なのか、それとも自分自身になのか。多分どちらもなんだろう。
俺は暗い廊下を駆け抜ける。この言葉を勘違いをしている少女に伝えるために…。





――――Side 織斑千冬


駆けて行く弟を廊下の曲がり角で隠れて見送る。

「やっと動いたか。遅すぎるぞ、馬鹿者め」

遠く小さくなって行く弟の背中を見てフッと笑みを零す。
あの愚弟に何が如何すればかなんて頭の良い事を考えれるはずが無い。なら、自分が如何したいのかで行動するしかアレには出来ないのだ。

「……さて、続けて私は山田君の相手をするか」

教師の立場でミコトを溺愛してるなだけあって餓鬼共より苦労しそうだ。今回ばかりは酒に溺れて愚痴を吐くなんて手段は選べないからな。

「歯痒いな。何も出来ないとは…」

IS学園の教師として中立な立場でなければならない、それは分かっている。生徒を守るのは教師の義務だがオリヴィアは特例だ、それも分かっている。
委員会の老人共にとってオリヴィアの存在は目の上の瘤だ。直接手を下さないにしても早く死んでくれる事に越したことはないだろうと、オリヴィアの警備を固めるなんて考えを思考するはずもない。更識はIS学園の生徒は全て警護対象と強引に通してはいるが、それも理事長の後ろ盾があってこそだ。私たち教師にはそれは通用しない。

「何が教師だ…糞が」

事実を知っていても如何しようも出来ない。力があっても守れない。こんなものが教師と呼べるのだろうか…?自分の生徒があんな目に遭ってると言うのに…。

「何が最強だ。笑わせる…」

運命は変わらない。物語の結末≪プロット≫は最初から決まっている。それを書き換えることなんて出来ない。でも、それでも…。

「どうか最後を迎える時が来るまでは幸福であって欲しいと願うのは餓鬼の我儘、か…」










―――Side 篠之乃箒


「………」

放課後の道場。私は一人そこにいた。
窓から見える外はもう暗く。自分以外居ない道場の真ん中で座してただ黙想し、時間が流れるのに身を任せていた。

「あれ?まだ明かりが点いてる。誰かいるの……って!?し、篠之乃さん?まだ上がってなかったの!?その、そろそろ道場の戸締りもしないといけないんだけど…」

しかし、その静寂も来訪者によって破られてしまう。もう随分前に練習時間も終わって誰も居ないはずの道場に明かりが点いているのを不思議に思った部長が道場にやって来たんだ。

「……すみません。少し一人になりたいので……戸締りは私がしておきますから、もう暫く使わせていただけないでしょうか?」
「……うん、分かった。先生には私が伝えておくわ。………あまり思いつめない様にね?」

心中を察してくれたのか部長はそう気遣う言葉を残して道場を去り、扉が閉まる音が道場に響いた後、再び静寂がこの場を支配する。

「………」

しんっ………。

肌寒い秋の夜。普段なら虫の鳴き声がこの夜の時間も今日に限っては静寂に包まれている。まるで虫たちも学園の空気に影響されて哀しんでいるかのように…。
あの夜から一日。事態は進展せず悪化の一方。学園全体の空気は凄まじいほどに悪く、生徒達の不満も増すばかりだ。初日でこれだ更に状況が悪化し始めるのはそう遠くない未来の事だろう。それ程のミコトの影響力。誰もの心にもミコトの存在があり、誰もがミコトを想っていた。

「………」

私が最初ミコト抱いた印象は『怪しい奴』だった。
ISが世界を中心とも言えるこの時代。『最強』と瓜二つの人間が目の前に現れればそう思わずにはいられないに決まっている。どうせ非人道的な研究で生み出された産物。知人が関わっているのではと言う可能性もあって不快にしか思えなかった。想い人の姉の遺伝子から生み出されたクローンではないか…と。

しかし、それも直ぐに無くなった。ミコトと話している内に、疑うという感情がいつの間にか何処かへと消えて行ってしまっていたからだ。織斑千冬に似たナニかではなく、ミコト・オリヴィアとして接していた。
心地良いとは少し違う。だけど、ありのままの自分を見てくれて、接してくれるミコトに対して自分も同じように接していた。自然体とでも言うのだろうか?自然に接していて、いつの間にか自然に『友達』になっていた。転々と引っ越しばかりを繰り返しろくに友達も作れず作ろうともしない私に、一夏の次に心から友と呼べる存在となった。そして、気付けば私の周りは沢山の友達が出来ていた。

返しきれない沢山のモノをくれた人…。

けれど、自分はあまりにも無力で、恩を返すことも、守ることも、一緒に戦うことさえ出来なかった。
悔しかった。何も出来ないのが。だから力を望んだ。忌み嫌う姉に頼ってでも力が欲しかった。皆と並び立つ力が欲しかった。圧倒的な性能を誇る力を手にした時には心が躍った。

しかし……。

「……情けない」

もう流されまいと決めた筈なのに今の自分は何をしているのか。強くありたいと願った自分は何処に行ったのか。結局、私は変わっていない。変われていない。ただ流されて、自分の力と思っていたものは所詮はあの姉から与えられたものだった。今の私は道に迷い人の波の中で泣いて立ち尽くす迷い子と何も変わらない弱い存在だ。
そう、迷っている。私はどうしたら良いのか。救いたい。言葉にするのは簡単だが……何を?ミコトを立ち直らせる……どうやって?今まで他人任せだった自分が他人を助ける?己惚れにも程があった。

「……フッ!!」

迷いを払うように竹刀を振る。それと同時に空気を斬る音が道場全体に響き渡り溶けて消えていく。

「………はぁっ!」

もう一度、竹刀を振るう。そして振り切ればまた振り上げて振り下ろす。一振り一振りに力を込めて振り上げては振り下ろす。何度も、何度も何度も何度も何度も何度も…。幼い頃からこうしてきた。ひたすら竹刀を振り続けていた。前までは一夏への繋がりを手放さないために懸命に振り続けて、今もまた何かに縋る様に竹刀を振り続けている。

「はぁっ!せぇいっ!やぁっ!!」

振るえば振るうほど素振りの型も次第に雑になって行く。ただ我武者羅に力任せに竹刀を振るう。型の為っていない素振りは体力をすぐに消耗させ、そして遂には腕が竹刀を持つのを耐え切れなくなり、竹刀はカタンッ!と音を立てて私の手から零れ落ちた。

「………っ!…はぁ……はぁ……っ!!」

がくりと膝をつき感覚の無くなった腕をだらんとさせて頭から地面に倒れこむ。地面にぶつかって発生した頭への衝撃に視界が一瞬暗転したが、ひんやりと冷たい床の感触が頬に触れだんだんと意識が晴れていく。そして、視界の端に地面に転がった竹刀が入り私は唇を噛む。
こんなこと幾らしたって何も変わらない。今自分がしていることはただの逃げているだけだ。現実から目を逸らしてる。以前と同じように…。

「私……は…っ!」

何が出来る?こんな私に何が出来るというんだ!?私は与えられてばかりの人間だ。そんな人間に如何して他人を救える?誰でもいい教えてくれ。私は如何したら良いんだ!?

「助け……たい…助けたいんだ……!!」

擦れた声が道場に響く。
あの心地良い場所をくれたあの少女を助けたい。あの少女の笑顔を取り戻したい。何度も何度もそう願う。子供が親に欲しいものを買って貰う為に泣いて縋る様に…。

そして、その時だった。
ただ求めて泣くだけの私の目の前にあるモノが転がり落ちてきたのは…。

「………これは…?」

花のネックレス。あの誕生日の夜ミコトがあの場にいた皆に配ったペアリングネックレス。それが私の目の前で銀色に輝いていた。それはまるで私の助けを求める声に応えて現れたかのようだった。

―――皆がいっしょの時に、綺麗に咲くの。

転がっているネックレスを手に取るとあの時ミコトが言っていた言葉を思い出す。

「はっ、ははは……」

嗚呼、そうか……。

「……やはり、私は求めてばかりだったのだな」

何も理解しようとせず、見えているもの見ようともせずに、こうしてまた私は答えを求めて、そして、こうして答えを貰っている。

あの子だって、私に求めていたんだ…。

一夏の誕生日プレゼントを皆で分け合う。それはきっとそういう事を意味していたんだ。

「………行こう」

私は立ち上がり歩き出す。もう迷わない。もう立ち止まらない。やるべきことは解ったから。きっと、これが何も出来ない私に唯一……いや、『私達』にしか出来ないことだから…。






――――side 凰鈴音


「なぁにやってんだろ。アタシ……」

枕を抱えてゴロンとベッドに寝転び天井を眺めて溜息混じりに愚痴を零した。 
友達があんな事とになってる時にこんなぐーたらしてて、それに加えてメンバーの雰囲気を悪くする行為。らしくない。本当に自分らしくない行為だ。かっこ悪いったらありゃしない。普段のアタシが今の自分を見たら砲撃をぶちかましてしまいたくなるほどだ。それ位に今のアタシはカッコ悪い。

「はぁ……」

寝返りをうって枕に顔を埋めた。その途端、暗闇に覆われた視界にはあの子の姿が浮かび上がる。
嗚呼、まただ…。何をしていても何処に居ても目を閉じるとミコトの姿が付き纏う。それは現実から目を背けて逃げているアタシを何処までも追いかけて来るのだ。

「嫌になるわね、ほんと…」

何がとは口には出さない。そんなの自分自身が一番分かっているから。

「ただいま~……って、鈴帰ってたんだ」

重苦しい空気が部屋に漂っていたところにルームメイトのティナが売店のビニール袋を手に帰って来る。

「ねえ、アンタ、ミコトちゃんのところに行かなくていいの?」

ティナが言いたいのはきっとミコトの面会が許されている数少ない人間なのにこんなところに居ていいのかと言いたいんだろう。
……うん。ティナの言うことは正しい。こんなところで意味も無く時間を無駄に浪費してる暇があったらとっととミコトの所に行くべきだ。でも、アタシはそうしない。ただティナの言葉を無視して枕に顔を埋めるだけだ。

「………」
「無視ですか。ま、アンタがそれで良いんなら私は構わないけど」

そう言うとティナはそれ以上何も言おうとはせずに、自分のベッドに腰掛けてビニール袋からポテトチップスの袋を取り出してファッション雑誌を片手に食べ始める。いつも思うのだが体重を気にしてる癖にどうしていつもお菓子を食べてるんだろう?まあ本人も流石に分かってるだろうし、今は誰かと話したい気分じゃないので何も言わないでおく。

「………」
「………」

パリッ…。

「………」
「………っ」

パリッ…。

「………」
「……~~~っ」

アタシとティナは会話を交わす事は無かった。時折響くポテトを齧る音だけがこの部屋で聴こえる唯一の音だ。アタシはその音がやけに大きく聴こえて少し苛立ちながらもその音を聞きながら時間は過ぎていく。それから暫くして残った滓をガサガサと音を立てて口の中に流し込むのをアタシは聴いて、やっと静かになる。そう思ったがそうはならなかった。今まで一言も喋らなかったティナが読んでいたファッション雑誌を閉じてアタシに話しかけてきたからだ。

「あのさ、そんなに気になるなら会いに行けばいいじゃない」
「……アタシは何も言ってないし」
「口に出さなくても分かるっての、アンタいつも馬鹿みたいに五月蠅いくせに今日は不機嫌オーラ振り撒いて黙ってるじゃないの。それで気にしてないってのは無理があるわよ」
「………」

誰が馬鹿だと怒鳴りたくなったが自分らしくない行動をとってるのはアタシ自身自覚しているので何も言えなかった。そして黙りこくったアタシにティナの言葉はまだ続く。

「大体アンタのキャラじゃないでしょそれ。何ウジウジしてんのよ鈴らしくもない」

その言葉がアタシの癇に障った。

「っ……アタシらしいって何よ?騒いでるのがアタシらしいって言いたいわけ?」

枕に埋めていた頭を起こしてキッとティナを睨み付ける。たかだが一年行くかどうかの付き合いしかない人間にアタシの何が分かるというんだ。何も事情を知らないくせに偉そうなこと言うな!

「少なくとも辛気臭い空気を撒き散らすような辛気臭い子じゃなかった筈ね。嫌なことがあれば直ぐに物に当たってたし……主に織斑君とか」
「……辛気臭いのはアタシだけじゃないわ」
「そうね。学園中何処も辛気臭くて気が滅入って仕方がないったらありゃしない。だから自分の部屋だけはそんな空気は勘弁してほしいの」

なっ……!?

突き放した冷たい物言いに私は目を丸くして耳を疑った。ティナもミコトとは交流がある。仲も良かったはずだ。アタシがこの部屋に居るのもあって、よくミコトがこの部屋に遊びに来てはティナに餌付けされているのをこの目で見ている。なのに何でそんなことが言えるのか…。

「ティナはミコトの事は何とも思わないの?心配じゃないっての!?」
「もちろん心配よ。私だってミコトちゃんは大好きだし。でも私が心配して落ち込んだところで何になるの?哀しんでいれば先生たちが同情してくれて面会を許可してくれるの?あり得ないわね。ここはIS学園なんだから」
「そ…れは……」

ティナはアメリカからわざわざ日本にあるIS学園に入学してきた生徒だ。海外から入学してくる生徒は大抵IS適性が平均以上の生徒が多く、そういう生徒は国がIS学園の入学を進めてくるのだ。優秀な人材の育成と確保が目的のため、国が援助などして唾をつけているのはよく聞く話だ。ティナもきっとそうなのだろう。そしてそう言う生徒は社会の汚い部分を嫌でも目にすることになるしある程度は理解している。ティナの言うここはIS学園何だからと言うのは、自分が知るべきことじゃないことが起きているのだと理解しての発言なんだろう。

「むしろ逆にこっちが聞きたいわね。鈴こそ何してるのよ?面会する権限を持っているのにこんなところで不貞腐れてる場合じゃないでしょ?」
「何も知らないくせに知ったようなこと言わないでよ…」

何の事情も知らないで上から目線の物言いは、アタシを更に不機嫌にさせるには十分すぎるものだった。
ティナの言葉は余りにも楽観的で聞いていて不愉快だ。ミコトのあの状態を見た人間としてはそう感じられずにはいられない。ミコトのあの姿を見てはたしてティナは同じ台詞を言えるだろうか?

「ええ、何も知らない。だから私には何も出来ない。けど、鈴は違―――」
「―――うるさいっ」

ティナが喋るのを手元にあった枕を掴み取りティナに乱暴に投げ付けて止めさせる。が、それをティナはひょいっと難なく避けてみせた。

「ちょっと、危ないじゃない」

自分の横を通り過ぎて壁にぶつかり落ちる枕を見て、いきなり何をするんだと不満そうな表情を浮かべるティナの態度は、アタシを更に苛立たせてアタシは声を荒げた。

「うるさいうるさいうるさいっ!だから!何も知らないくせに勝手なこと言ってんじゃないわよっ!」

結局、ティナは正論を言っているように見えて自分は傍観者の立場でものを言っているだけだ。そんな人間の言葉なんてどれ程の重みがある?当事者からしたら不愉快極まりなく、喧嘩を売られているようにしかアタシには聞こえなかった。

「ティナが言ってるのってアタシに勝手な要望を押し付けてるだけじゃないっ!やめてよそういうのっ!」
「………そっ、悪かったわね。確かに貴女の言うとおりだわ。御免なさい。これ以上何も言わないわ」
「…えっ」

言い返してくるかと思いきや、すんなり引き下がりベッドに寝転がって雑誌を読むのを再開するティナにアタシは拍子抜けしてしまう。
さっきまであれ程ミコトについてしつこく言ってきていたのに、急な態度変わり様は一体何の心境の変化があったのか?思わずアタシはそれを聞きたくなったのだが、ティナの意識はもうアタシにではなく雑誌の方に向けられており会話が続けられる雰囲気では無くなっていた。

………なんなのよ。

散々好き勝手に言った挙句、言いたいことを言って満足したら雑誌を読み耽る。その自由気ままで自分勝手な行動に本当に訳が分からず、アタシの思考は掻き乱されていく。

なんだってのよっ…!

結局ティナは何がしたかったのか、ただ溜まった鬱憤をアタシにぶつけただけ?だとしたらとんでもなく性格の悪い人間だが、この一年近くルームメイトとして一緒に居てティナはいい加減なところはあるが、人を貶したり傷つけたりするような子じゃないのはよく知っている。だからこそティナの行動が理解できない。何だ?何がしたい?あれだけのことを言っておいて唯の気まぐれ程度のノリだったとでも言うの?

「あっ、この新作かわいい」
「………」

アタシが悩んでるのを他所に、暢気に季節の新作をチェックしているティナの後ろ姿が憎らしい。かと言ってアタシにそれに文句を言う資格はない。さっきまでの口論はティナの謝罪で終わったのだから。此処で文句など言えばそれこそアタシの自己中心的で嫌な奴になってしまう。喧嘩は謝った者勝ちと言うのはよく言ったものだ。この状況はまさにそれである。何を言いたくてもこの雰囲気に封殺されてアタシに発言権なんてものはありはしないんだ。

「~~~っ!」

行き場の無い怒りが拳となって枕に突き刺さり、部屋にはぼふんっ!と力強くも情けない音が響いた。







ひとしきり枕にぶつけた後、時間は半時が過ぎようとしていた。
そこにタイミングを見計らっていたのか、殴る手を止めたアタシを確認したティナが読み終えた雑誌を閉じ身体を起こしてこちらに向きなおり口を開く。

「はぁ…感情をぶつけるなら枕じゃなくて他にぶつけるものがあるでしょうに」
「あん!?」

突然そんなことを言ってきたティナにアタシは眼を付けるが、ティナはそれを気にした様子もなく話を続ける。

「それだけ物に当たるってことは、それだけ溜め込んでるものが自分の中にあるってことでしょ?吐き出しちゃえばいいじゃない」
「はあっ?ワケ分かんないし。また説教するつもりなの?やめてよね、そういうの…」

また説教が始まるのか…。もううんざりだと顔を顰める。
そもそも、もうこれ以上は何も言わないと言ったのは誰だったか。前言を撤回するのは些か早すぎやしない?

「はいはい、悪かったわね。黙ってます」
「………」

まただ。踏み込んでくるかと思えば離れていく。まるで一定の距離を保って様子をうかがわれているみたいだ。あまり気分の良いものじゃない。何より相手の手の上で良いようにされるのが気に喰わない。

「何よ……言いたいことがあるなら言いなさいよっ!」
「アンタが言うなって言ったんじゃないの…」

アタシの逆ギレにティナは呆れた表情を浮かべる。自分でも自分の発言は矛盾しているのは分かっている。頭では分かってはいるのだ。でも感情はそれを許さない。明らかに非があるのはこっちで自分勝手なのは分かってはいても、感情をぶつけずにはいられない。
そして、そんなアタシを見たティナは冷ややかな目でアタシを見てこう呟く…。

「……結局、八つ当たりがしたいだけなんじゃない」
「っ!?ち、ちが――――」
「自分じゃ何も出来ない。それが気に入らなくて周りに当たる……違わないわよね?」
「………っ」

ティナの指摘に苦虫が噛み潰したかのように顔を歪める。反論の余地なんて無い。今までのアタシの行動は正にそれなのだから…。
そんなアタシを見てティナは、また呆れた顔をして深くため息を吐いて、もう一度あの言葉を口にする。

「ホント、鈴らしくもない」
「アタシだってらしくないってことぐらい分かってるわよっ!でもしょうがないでしょっ!?」

アタシらしくない。そんなことはアタシ自身が分かっている。だけど……!

「何がしょうがないのか、今何が起こってるのか、私には分からないし知る術も無いけどさ……結局、やるかやらないかじゃないの?」
「………」

ティナの言葉にただ黙って耳を傾ける。アタシ自身もうどうしたら良いのか分からなかったから…。

「どんな結果になるにせよ、行動しないと何も変わらない」

それは分かり切ったことだった。何事も行動しなければ始まらない。停止した状態だと前に進まない。考えなくても分かることだ。分かる事なのに……。

アタシはそれをしなかった…。

怖くなったんだと思う。現実を見せつけられたのが。今までの日常が失われるのが怖くなって、足がすくんで、動けなくなったんだ。現実は止まる事無く進んでいるっていうのに、アタシは現実から目を逸らして立ち止まっていたんだ。

「しっかりしてよ………貴方達しか助けられる人はいないのよ?」

さっきまでとは違う縋る様な言葉。きっとこれがティナの本心なんだと思う。

「押し付けてるのは分かってるわよ。勝手なのも分かってるわよ。でも仕方がないじゃない…」

ティナの声は震えていた。よく見れば瞳には涙が滲んでいて、さっきまでの強気な面影はありはしなかった。
行動したくても出来ない。その権限がティナ……ううん、他の生徒達には無い。あるのはアタシ達だけ。ミコトを託すことが出来るのはアタシ達だけなんだ。そんな事分かり切ってたはずなのに…。

馬鹿だ。アタシは…。

「だああああああああああああっ!もうっ!!」
「ひゃあっ!?ちょっ、いきなり何!?」

突然叫び出したアタシにティアは驚いて悲鳴を上げる。

「考えるのやめやめ!時間の無駄もあったもんじゃないわ!考える前に行動する!それがアタシってもんでしょ!」

本当にらしくない。考えなくても分かるじゃない。悩んでる暇があるなら行動しろってのよバカ!本当に今までくよくよ悩んでた自分をぶん殴りたくてたまらないわ!
気に入らないならぶっ飛ばす!それがアタシじゃないの!ミコトが寝込んでベッドから出てこないって言うんなら叩き起こしてやるわよ!

「いや、急に態度変わり過ぎでしょ…」
「そんな昔の事なんて忘れたわ!」
「えぇー……」

ティナが変な顔をしてるけど気にしない。

「それじゃあアタシ行ってくる!ティナ!色々ありがとねっ!」
「は?……って、ちょっと今から!?もうすぐ消灯よ!?」

ティナがアタシを止めようとするがアタシは止まらない。ポケットに手を突っ込んである物を掴み取ると、握りしめた手を広げ掌に転がるソレを見てニカッと笑みを浮かべて部屋を飛び出した。

「待ってなさい!先にアンタが欲しいって言ったんだからね!嫌がっても押し付けてやるんだから!」








――――Side シャルロット・デュノア


放課後。今日一日の学生としての生活が終わり心身共に疲れ果てた身体を引き摺って自分の部屋へと戻ろうとしていた僕は、部屋の前で待ち伏せていたと思われる女子生徒に呼び止められ足止めを喰らっていた。

「ごめん。ミコトについては話せないんだ。ごめんね……」

もう何人目になるのかも分らなくなるほどに繰り返されたこのやり取り。ただの興味本位ならまだ良かった。だけど自分に訪ねて来る人達は誰も真剣にミコトを心配する人たちばかりで、その人たちに何も教えてあげられないのがとても申し訳なく、ミコトの事を訊ねられる度に僕の精神は擦り減っていた。

「ほんとにごめんっ…!」
「あっ…待ってよ、デュノアさん!」

僕は問い詰めてきた女子生徒に一方的に謝って話を終わらせると、呼ばれる声から逃げる様に自分の部屋の中へ飛び込みドアを閉めて鍵を掛けた。
どんどんとドアを叩く振動が背中に伝わって来る。ドアに身体を預けてへたりと地面に座り込むと、ドア越しから聞こえてくる自分の名を呼ぶ声を遮断するために両耳を手で塞いだ…。







あれから数分が経過して、外に居た生徒も諦めてくれたのかさっきまで聞こえていた自分の名前を呼ぶ声ももう僕の耳には聞こえてこなくなっていた。それに安堵の溜息を吐くと両膝を抱えて小さく体を丸めて顔を伏せる。

「もう、やだ……」

ぽつりと零れる弱音。朝から続く質問責めに僕は肉体的にも精神的にも追い詰められていた。
何処に逃げても彼女達はミコトの情報を求めて追いかけてくる。こちらの都合なんてお構い無しに…。ラウラみたいに群がって来る生徒達を脅迫じみた言葉や睨むだけで追い払えればこんな思いもする事は無かったのかもしれないが、僕には彼女みたいに強気にはなれない。僕を付き纏ってくる彼女達も純粋にミコトが心配なだけであって悪気があってやってるわけじゃないのだから。それが僕を苦しめている要因の一つなのだけど…。
ミコトが倒れて一日。一日目でこれだ。これからこんな日々が続くのだろうか?どれくらい?ううん、もしかしたら今よりもっと酷くなるかも知れない。これからどうなるんだろう?考えただけで身体が震えだして怖くて堪らなかった。

「ミコト……」

助け求める様に少女の名前をつぶやく。あの子はいつも僕が困っている時にその小さな手を差し伸べて手を握ってくれた。言葉にしなくてもまるで見通しているかのように僕が一番求めている言葉をかけてくれた。だけど、その彼女は今ここに来てくれる事は無い。傍に居て欲しい時に居てくれるその笑顔は失われてしまったから…。
あの子は僕が助けを求めても助けに来てはくれない。あの子は語りかけても何も応えない。あの子は瞳に生気を宿さない物言わぬ抜け殻になってしまった。

「ぐすっ、ミコトぉ……」

鼻を啜りもう一度あの子の名を呼ぶ。
如何してこんな事になってしまったのだろう?昨日までは何も変わらない日常だったのに。昨晩はあんなに楽しい時間を過ごしていたというのに…。如何して?何で?何度問うても答えは出てこない。ただ分かるのはあの幸せな日々はもう失われてしまったと言うことだけ…。

やだ。いやだよ…。

目の前で失われていく日常を、壊れていく周りを見るのがとてつもなく怖かった。
ミコトと言う一片が欠けた環境はまるで、全体を支える最も重要な部分を抜き取られ音を立てて崩れ落ちる積木細工。今まであったもの、築き上げてきたものが崩れていく。崩れ始めたらもう如何しようもなく、僕はそれをただ眺めている事しか出来ない。そして最後に残るのは変わり果てた瓦礫だけ…。

「――――ひっ!?」

ミコトや一夏、皆との絆が砕け散るビジョンが浮かび短く悲鳴を漏らす。
壊れる?今の環境が?なら僕はどうなるの?皆がバラバラになったら、この場所がなくなったら、僕は何処に居ればいいの?国には帰れない。今の僕には此処しか居場所なんてないのに…。

「怖い…怖いよ……」

一夏に本当は女だってばれた時はこんなこと思わなかった。どうせ父に良いように利用される人生なんだって、こんな結果になるのも分かりきってたことなんだって諦めていたから。でも今は違う。あの温もりを知ってしまったから…。

一人は怖い。一人は嫌だ。助けて。誰か助けて…。

……。

………?

「ぁ……れ…?」

感じた違和感に肩を抱き震えて顔を伏せていた状態から顔を上げる。
何だろう?何か大事な事を忘れてる。何かが引っ掛かってる。今までに僕は何を思った?何を考えた?その中の何がこの違和感を感じさせるの?分からない。分からない……。

ズキッ…!

「………痛っ!?」

右手に奔る痛み。その痛みの原因は何だと視線を落とせば、どうやら何かを強く握りしめていたらしく、それが掌に食い込んで肉を切り少し血が出てしまっていた。そして、その握っていたものを見て僕は目を見開く。

―――クリ…ス……死んだ…って……もう、会え…な……帰る場所……ないって……。

「………ぁ」

その正体は、いつの間にか右手に強く握り締めていたあの夜ミコトがくれた花のネックレス。それが視界に入り、血がついてしまったそれがあの時のミコトの泣き顔と重なって見えてしまって……。気付けば、先ほどまでの震えが止まっていた。

―――あとは、シャルルの決めること。

―――シャルル、友達。私はさよならしたくない。

―――ん。友達は、助け合うものだから。一夏が言ってた。

あの時、あの言葉にどれだけ救われただろう。どれだけ勇気づけられただろう。
思えば僕は人に助けられてばかりだ。こうしてここに居られるのも一夏やミコトが此処に居ても良いよって言ってくれたから。僕に居場所をくれたから。だから僕はこうして此処に居られた。その優しさに甘え過ぎて、助けられるのが当たり前の様に勘違いをしていたんだ。だから今もこうして誰かに助けてもらおうとしている。本当に助けてほしいのは僕じゃないのに。助けるべき人がいるのに…。
嗚呼、そうだ。僕は最初から助けられてばかりで、いつも自分から何をする訳でも無く状況に流されているだけだった。それに慣れてしまって自分で歩くことを忘れてしまっていた。

「こんなのことじゃ、ダメ……だよね」

そう呟いて僕はゆっくりと立ち上がる。

―――シャルル、友達。私はさよならしたくない。

……うん。僕もさよならなんてしたくないよ。

―――ん。友達は、助け合うものだから。一夏が言ってた。

助けてもらったばかりじゃダメ。今度は僕がミコトを助けてあげる番。ミコトの居場所を作ってあげる番。あの時、ミコトが僕にしてくれたことを今度は僕がするんだ!
掛けられていた鍵を外しドアを開くと廊下へ出て駆け出した。行先は……そんなの、言うまでもないよね?








――――Side 更識簪


明かりの点いていない暗い部屋。空中投影のディスプレイの明かりだけがその部屋を薄く照らし、カタカタとキーボードの打つ音が部屋に響く。
キーボードの打つ速度に合わせて切り替わっていく文字列と画面。それらに目を走らせ、奥へさらに奥へと自分が欲している情報を求めて、厳重なデータベースの防壁に引っ掛からぬよう隙間を掻い潜り進んでいく。もう少し、もう少しでプロテクトを突破できる。その時―――パッと部屋に照明の光が照らされた。

「何をしてるのかな?簪ちゃん」

普段の明るさを感じさせない冷たい声が私の背後から聞こえてくる。その声にゆっくりと振り返ると、そこにはやはり照明のスイッチに手を添え、真剣な表情を浮かべた姉さんが立っていた。

「IS学園のデータベースに不正にアクセスされた痕跡が発見されたんだけれど……これ、簪ちゃんの仕業よね?」
「………」

苦虫を噛み潰した様に表情を歪める。痕跡が残らない様に巧く隠したつもりだったのだけれど、どうやら騙しきれなかったらしい。
そんな私の反応に、先ほどの質問の答えを肯定と見做した姉さんは、頭が痛むのかこめかみ手で押さえつつ深くため息を吐き私を睨んだ。

「学園内部からのアクセス経由だからまさかと思ったけど……あのね、簪ちゃん。いくら私の妹だからと言っても『楯無』としてこれは見過ごせない。如何してこんなことしたの?」

如何してこんな事をしたのかと姉さんは問う。如何して?そんなこと姉さんなら言わなくても分かってるくせに…。
最早時間の無駄とも言えるその問いに私は顔を顰めると、視線をディスプレイへと戻し作業を再開するため手をキーボードへ伸ばすと、その手を駆け寄ってきた姉さんに掴まれそのまま床へ身体を押さえつけられてしまう。

「ぐぅっ……!」
「止めなさい、と言っているの」

乱暴に床へ抑えつけられる強い力に小さく呻き声を漏らす。
拘束から逃げ出そうとしても押さえつけられた体はピクリとも動かない。何とか動かせる首だけを捻らせて見上げた先に見えたものは、感情の籠っていない瞳でこちらを見下ろす姉さんの顔。見るものを凍りつかせてしまう様な冷たい瞳。その瞳は私を妹してではなく『楯無』の敵として映していた…。

「もう一度問うわ。何でこんなことをしたの?」

その言葉の圧力から「次は無い」と言うのが容易に伝わって来る。返答を拒否しようものならきっと姉さんは『楯無』として私を罰するだろう。問答無用で拘束しなかったのは姉妹としての温情か…。教員を連れて来ずに単独で此処へやって来たのもたぶんそれが理由。だけどそれもここまで、私がこうして考えている間にも、私を拘束する手はじわじわと力が強くなっていく。本気で私を排除するつもりだ。

「………言わなくても分かるでしょ。姉さんなら」

苦し紛れの反抗。本来ならこの時点で抵抗の意志ありと見なされてアウトなのだが、私の返答に姉さんは呆れたような溜息の後、手の力を緩めて拘束から私を解放する。

「やっぱりミコトちゃんの情報を探っていたのね?」
「………」

そう問われたが私は掴まれていた手首を摩るだけで何も答えない。分かりっている事をいちいち口にするなんて無駄にしか思えなかったから。そんな私の態度に姉さんはもう一度溜息を吐く。

「……何を不貞腐れてるの?」
「っ!? ふ、不貞腐れてなんか……!」

見透かされた。そう思いドキッと心臓が跳ね上がる。
慌てて否定するも姉さんは「……そう」と短く零しただけで、さして興味も無いと言いたげに深く追及される事は無かった。けれど、追及されなかったというだけで話はまだ終わってはいない。その冷たい瞳はまだ私を捉えたままだ。

「どちらにしても簪ちゃんのしていることは間違ってるけどね。法的にもだけど―――――友達としても、ね」
「―――――」

何を言われたのか理解出来ず、止まった思考がだんだんとそれを理解し始めると、冷めていた感情がみるみると熱を帯―――爆発した。
その爆発した感情が普段ではとても出すことの無い荒げた声となり、部屋中に響いて部屋全体をビリビリと震わせる。

「友達として間違ってる…?何が間違ってるっていうのっ!?」
「何もかもよ、分からないの?」

姉さんはそう言うと、扇子で口元を隠し冷ややかな目で私を見つめてくるだけで何も教えてはくれない。
分からないのか、ですって?友達として間違っているなんて酷いことを言っておいて、その理由すら教えてはくれないのは余りにも勝手すぎる。

「だから何が――――」
「今、一番に何をするべきか、何をしないといけないのか、如何してそれが分からないの?貴女はこんな所で何してるのよ!」
「あ……ぅ…」

学園最強である生徒会長の、そして更織家当主の気迫に圧されてたじろき何も言えなくなる。先程までの反抗的な私はもういない。今ここに居るのは蛇に睨まれた蛙も同然な臆病な存在でしかなかった…。

「ミコトちゃんの情報を知ることが今貴女がすべき事なの?仮に知ったとして貴女はその得た情報で何をしようと言うのかしら?」
「それは…!ミコトを助―――」

ぱんっ…!

「助けるため」と言い掛けた瞬間、頬に走る衝撃にそれは遮られる。
乾いた音が部屋の中に響いたと思うと、遅れてじんじんとした痛みと熱が頬に伝わってきて、そこで自分は頬を叩かれたのだと漸く気付く。痛む頬を手で触れ唖然と姉さんを見る。姉さんは怒っていた。先ほどまでの冷たく無感情な表情ではなく、感情をむき出しにした人間らしい表情で怒り私を睨んでいた。

「そんなことで助けられるなら私がとっくに助けてるわよっ!」
「………っ!?」

あの人前では勿論身内にも滅多に素の自分を見せることの無い姉さんが自分を曝け出し、しかも声まで荒げている。そんな姉さんを見て私は驚かずにはいられなかった。

「私がミコトちゃんを助けたくないとでも思っていたの!?そんなわけないじゃないっ!いい加減不貞腐れるのも現実から目を背けるのもやめなさいっ!!」
「っ!不貞腐れてなんかないって言ってるじゃないっ!」
「不貞腐れてるでしょう!?更識なのに、従者の本音ちゃんは知っているのに、主である自分は何も知らされてないって!それを言い訳にして怯えて何もしない自分を正当化しようとして!」
「ち、ちが…っ!」
「違わない!自分だって間違ってるのは分かってるんでしょう!?なのにこんなことまでして如何して否定出来ると思うのよっ!」
「うぅ…っ」

何も言い返せない。姉さんが言うことは何処までも正しかった…。

「逃げるのはもうやめなさい!更織だと言いたいのなら!言い訳に使うのは許されないわっ!!」
「っ、だったら………だったら何で教えてくれないのっ!?何で本音には教えて私には教えてくれないのよ!?私には何もわかんなくて、何も出来なくて……なら、それに縋るしか無いじゃないっ!」

逆上して言い返すともう一度頬を叩かれ、再び部屋に乾いた音が響く。

「如何してそうなるのよ……相手の事を全て知らないと友達にはなれないの?そうじゃないでしょう?傍に居て欲しい時、傍に寄ってあげて、傍で支えてあげるのが友達なんじゃないの?」

だんだんと落ち着きを取り戻してきたのか、姉さんの声も叱るのではなく言い聞かせるように変わっていく。

「ミコトちゃんが貴女にしてくれたことを思い出して、あの子は貴女に手を差し伸べてくれたわよね?貴女の事何も知らないのに、如何してだと思う?」
「それ…は……」

その答えは分かりきっていた。あの子と共に過ごしてきたのならまず思い浮かぶ、あの子ならきっとこう答えるだろうと…。
姉さんも私の考えてる事が分かっているのか、私を見て頷くとその問いの答えを口にした。

「友達になりたかったからよ。ごちゃごちゃとした建前とか理屈とか必要ない。友達になりたいから、友達だから助けたいと思った。友達を助けるのに理由なんてこれだけで十分なのよ」
「………」

その言葉にミコトと出会った時の事を思い出す。損得勘定と言う言葉に喧嘩を売ったような無茶苦茶な理由で、ミコトは助けを拒む私に『助けさせて』と手を差し伸べてくれた。
あの時のミコトは何を考えていたんだろう?私の様にくよくよと迷ってごちゃごちゃと色々な事を考えたのだろうか?ううん、あの子は悩まなかっただろう。自分のやりたいと思ったことを素直に行える子だから。自分に嘘を吐くことが出来ない子だから。

それに比べて私は…。

自分の不甲斐なさが情けなくてぎゅっと拳を握りしめる。爪が食い込む程強く。けれど、その拳を姉さんがそっと両手で優しく包み込んでくれた。

「難しいことなんて考える必要なんてない。何も出来ないなんて事もない。簪ちゃんにしか……簪ちゃん達にしか出来ない事があるじゃない」
「私にしか出来ないこと……?」

姉さんは頷くとポケットから何かを取り出して私にそれを見せる。

「それ……」
「うん。ミコトちゃんが一夏君の誕生日パーティで皆にくれたネックレス。簪ちゃんも持ってるわよね?」
「……うん」

当たり前だ。あの夜から肌身離さずにずっと持っている。ミコトがくれた大切な物だから…。

「これが答えなんじゃないかな」

ライラックの花を象ったネックレスが照明の光を反射させてキラリと輝く。まるで姉さんの言葉を肯定するかのように。
姉さんは「行こう」と優しく微笑んで私の手を引いてくれる。結局、また私は誰かの手を借りて漸く歩き出せた。以前までの自分とは違うと思っていたけれど、私は一人では歩けない弱虫でしかなかった。なら、今度こそ変わろう。今は姉さんに手を引かれているけど、今度は私がミコトの手を引いてあげるんだ。だって私はミコトの…。

友達だから…。




――――Side ラウラ・ボーデヴィッヒ


私はラウラ・ボーデヴィッヒ。誉れ高きドイツ軍人であり、特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」の隊長を務める優れた兵士……などと自分で言っていて笑えてくる。あのような失態を犯しておいて何が優れた兵士だ。友との約束を違え、守るべき友を守れなかったと言うのに…。

―――所詮は出来損ないか。

……五月蠅い。

教官と出会う前、嘗て私に出来損ないと呼んだ者達の声が聞こえる。
幻聴だ。奴らがここに居るはずが無い。それに『出来損ない』と呼ばれたのは過去の話。今は周囲からも実力が認められて部隊の隊長を任されているのだ。しかし、私を嘲笑う声はなおも聞こえて来る。

―――出来損ない風情が身の丈以上の物を望むからそうなる。お前に友達など出来るものか。

黙れ…!

私を嘲笑う奴らの声が頭の中で響いては延々消えることなく、『出来損ない』という烙印が何処までも付き纏っては私を苦しめる。

黙れ!私を出来損ないと呼ぶな!私は……私は…!

「―――……さん?……デヴィッヒさん!」
「っ!?」

自身の名を呼ぶ声にハッとすると、心配そうに私を覗き込む眼鏡をかけた女子生徒。本音の姉である虚の顔が目の前にあった。

「ボーデヴィッヒさん?大丈夫?昨日から寝てないみたいだし、見張りなら私がするから貴女は部屋の中で休んだらどう?」
「……いや、大丈夫だ」

休むように進めて来る虚の言葉に私は首を横に振って拒否する。
たかが一日寝てない位で堪えるほど軟な鍛え方はしていない。一週間は寝なくても大丈夫なように軍隊で訓練は受けている。それに、ミコトがあんな事になっているというのに警備を放棄して私が休むなどと…。
別に部屋に入ってミコトの弱りきった姿を見るのが怖いのではない。あれは私の罪だ。それから目を背けようなどとはしない。だが、私がミコトの傍にいた所で何もしてやれる事は無い。私は生まれてからずっと軍人として生きてきた戦うこと以外に知らない人間だ。私が出来るのは戦うことだけ、だというのに…。
昨夜の出来事が脳裏を過ぎる。廊下にギリっと音が響き、それが私の奥歯が発した音だと気付いたのは虚に指摘されてからだった。

「…やっぱり中で休んでなさい。そんな思い詰めた顔で隣に立っていられてもこっちがまいってしまうわ」
「しかし……」
「駄目よ。これは上級生としての命令。そもそも彼女の警備は教員や生徒会の仕事なんだから」

正確に言えば更織家の…だ。現生徒会は一夏を除けば全て更織の家の人間。つまり日本の暗部の人間だ。今回の騒ぎの対処で学園は人手が不足しており、仮にも生徒である筈の生徒会に警備を任せる始末で、今回の件がどれ程の事態なのかが分かる。

「それに……」

虚はちらりとミコトが居る部屋のドアを見る。

「傍に居てあげなさい、友達ならね。あと……妹をお願い」
「……了解」

そんな顔と言葉を見せられて聞かされては私も素直に虚の指示に従うしかない。私は虚に一礼してから部屋の中へと入った。

「………」

音を立てぬよう静かにドアを閉めて部屋の中に入ると中は静まり返っており、二人が暮らしているはずの部屋には時折聞こえて来るすすり泣く声だけが私の耳に聞こえていた。
部屋を見渡し泣く声の主を探す。その泣き声の主……本音は枕のそばに置かれた椅子に腰を掛けて、目を赤く泣き腫らしてミコトを看病し続けていた。その姿に私は罪悪感と胸のあたりに感じるズキリとした痛みに眉を顰めると、彼女の傍へと歩み寄る。

「ミコトの容態は?」
「………」

本音は無言で首を左右に振る。
そんな彼女からミコトへと視線を移す。ミコトの様子は昨晩から変化は無く、まるで人形の様に光を燈さない瞳は虚空を眺め続けていた。ただ、間違いなく昨晩よりもやつれている様に見える。このまま続けばミコトは…。

「私を恨むか?あれだけ偉そうなことを言っておいて約束を破った私を」
「………!」

こうなってしまったのは全て私の責任。そんな不甲斐ない私を責めるかと問えば、彼女はもう一度無言で首を振る。今度は先ほどよりも激しく。
いっそ責めてくれれば…。そういう考えが頭を過ぎったが、すぐにそれを頭の中から追い払う。それは甘えだ。それは許されない。自分だけ楽になろうなどと、責める側の気持ちや痛みを思えば考える事すら許されないというのに。

「……すまない」

無意識に謝罪の言葉が零れた。それがミコトを守れなかったことからのものなのか、それとも自分の弱さに甘えようとしていたことからなのか、どちらによるものなのかは分からない。ただ謝らずにはいられなかった。

「ラウっちは悪くない。悪くないよ……」

目を赤く腫らした顔をこちらに向けて本音は弱弱しく微笑む。普段の彼女の柔らかな笑顔を知る者としては、その笑みはとても痛ましく見るに堪えなかった。しかし、彼女をそうさせたのは私でこれも私の罪の一つなのだろう。

「本音は休め。ミコトは私が看ておく」
「ううん、私はだいじょうぶだから…」

大丈夫な訳がない。そんな酷い顔色させてそれではどっちが病人なのか分かったものじゃない。

「嘘を言うな。昨日から寝てないのだろう?ミコトは私に任せて…」
「本当にだいじょうぶだから…。少しでもみこちーの傍に居たいの…」

私が休むように言っても本音は頑なにそれを拒んで椅子を譲ろうとはしない。強引に退かせようとしてもベッドに噛り付きそうな気迫でしがみ付いて椅子から動かなかった。普段ののっそのっそとした動きをするこの身体から一体何処からそんな力を出しているのだろうか。軍人である私が退かそうとしても退かせないとは…。それだけミコトから離れたくないと言うことなのか。
これは梃子でも動きそうに無いと悟ると、私はやれやれと溜息を吐き本音の隣に別の椅子を運びそれに腰を落とした。

「頑固者め」
「あはは、ごめんねー…」

苦笑を浮かべて謝って来る本音に私は「構わない」と首を振る。私も彼女と同じ立場ならきっと同じことをしただろう。
それにしても、ミコトの事情を知っているのならその心の負担もかなりのものだろうに、それでも懸命にミコトの傍に居ようとする彼女の想いの強さには驚かされる。いつ終わってしまうかも分からないの恐怖の中で、彼女は今日までミコトの傍で常に笑っていた。ミコトの前で絶対に涙を見せるようなことはしなかった。強い人間だ。私なんかよりもずっとずっと強い人間だ本音は…。

「如何して…」
「え?どうしたのー?」
「如何してそこまで強くいられるんだ?如何して笑っていられる?」
「私はぜんぜん強くないよー。それに今だって泣いて顔がくしゃくしゃだしー…」

そう言って彼女は赤く腫れた顔をを見られるのが嫌なのか恥ずかしそうに顔を伏せた。
けれど私は「そんな事は無い」とそれを否定する。確かに武力では本音は私に遥かに劣るだろう。しかし本音には私や一夏…いいや、教官よりも強い信念がある様に見えた。それが何なのか私は気になったのだ。

「う~ん……みこちーが大好きだからかなー?」
「本音。競うつもりは無いが私達だってミコトへの想いはお前に負けてはいないつもりだ」

むぅっと不満そうに訴えると、本音は「ちがう、ちがうよー」と慌てて手を振り、ちらりと本音はミコトを見る。ミコトは私たちがすぐ横で会話をしているというのにそれが耳に入っていない様子で、私が来てからずっと同じように虚空を眺めている。それに本音は悲しそうに見てから私の方へと向き直り語り始めた。

「ラウっちはみこちーの事をどこまで知ってるのー?」

まさか、此処でその話をするのか…?反応が無いだけで本当に聞こえていない確証もないんだぞ?
目で「大丈夫なのか?」と問うが本音は私の言葉を待つだけで何を言わない。今更隠したところで意味が無いと言うことなのだろうか。確かに最も避けるべき最悪な展開となってしまっては意味は無いかもしれないが……。ただ『死』と言う直接的なモノは口に出さない方が良いだろう。今のミコトは不安定だ何が引き金になるかは分からない。慎重に言葉を選びながら私は自分の持ってる情報を

「軍から与えられた情報はミコトが誰のクローンであるのか、そしてそのクローンを生み出す研究所がどうなったのか。その程度だ」

その程度とは言ったが、現状IS学園においてその程度が機密情報として扱われている。少し頭を働かせれば誰でも分かる様な情報が、だ。実際に一夏達もミコトの存在に薄々勘付いていることだろう。

「そっかー、私とほとんど同じだねー」
「殆ど?本国の諜報部でも入手していない機密情報があるのか?」

まさかミコト自身が運んできた情報か?確かにそれならIS学園以外にそれを知る組織は存在しないだろうが…。

「機密情報って大それたものじゃないんだけどねー……でも、とっても重いものだよー」

そう言って本音はダボダボの袖からボロボロで薄汚れた封筒を取り出した。中に入っているのは手紙…だろうか?見た目から薄っぺらく、書類が入っているようには思えない。

「…それは?」

本音は質問には答えず「読んでみて」と封筒を私に渡してくる。私はそれを受け取り封を開けて中を見ると、封筒の中には一枚の手紙らしきものが入っており、私はその手紙を封筒から取り出した。

「ラウっちは想いじゃ負けてないって言ったよねー?うん、私もねーそう思ってる。でもね、私の想いは私だけの想いじゃないんだー」

本音の言葉を聞きながら私は手紙の内容を確認する。

「これは……」

そこに書かれていたのは短い一文だけだった。何度も何度も書き直した跡に短い一文だけが書かれており、その文字も何かで濡れて滲んでいた。恐らくこれは涙だろう。この手紙を書いた主は涙を流しながらこの手紙を書いたのだ。この短い一文に沢山の想いを込めて…。手紙にはこう書かれていた。

―――この子を、守って…。

この手紙を書いた主。これはもしや…。

ひとりの人物の名前が頭の中に思い浮かぶ。クリス・オリヴィア。ミコトの母親でありクローン計画に関わった研究員の一人。しかし私はそれ以上の詳細は知らない。諜報部からの報告はゼル・グランと言った主要人物の情報しかなく、一端の研究員の情報までは入手出来なかった。私の知るクリス・オリヴィアはミコトから聞かされた話の中の彼女しか私は知らないのだ。
ただ、彼女がどれだけミコトを想っていたのかはこの手紙を見れば分かる。この一文にどれだけの未練や悔しさが込められているのかも…。

「その手紙を読んだとき思ったんだー。あっ、この人はこの女の子の事が大好きなんだって。この想いは消しちゃいけないんだってー」

本音は私の手から手紙を取るとその手紙を胸に抱く。

「私はねー。もうみこちーの傍に居れなくなったこの人の想いを受け継いでるの。その人が出来なかったことを私がしてあげないといけない……あっ、勘違いしないでねー?これはお嬢様から命令されたからとか義務だからとかじゃなくて、私がそうしたいと思ったからだからー」
「ああ、わかってるさ……しかし、そうか。そういう事だったのか…」

本音のミコトを想う強い気持ち。その強さの理由に漸く納得がいった。
自分の命を賭して娘を守ろうとした母親の愛。この世でこれ以上に勝るものがあるだろうか。その想いに私達が敵う筈が無い。

「偉そうな事を言ってるのは分かってるんだー。受け継いだって勝手に私がそう思ってるだけだしねー」
「そんなことはないさ」

今まで本音を見て来たからこそ言い切れる。本音がミコトをどれだけ大切に想っているのかを。
それに本音とて自分を危険に晒してまでミコトを守っているのだ。私が放った銃弾から身を挺して守った彼女の覚悟を誰が否定できよう。

「ううん、そんなことあるよー。だって私は守れなかったから……」
「………」

自分がミコトから笑顔を奪ってしまった。本音はそう言って自分を責めまた顔を伏せてしまう。
違う。そんな事は無い。そう言ってあげたかったが本人がそう決めつけてしまっている以上、私が何を言っても無駄なのだろう。

「如何してこうなっちゃうんだろうねー…?みこちーは何も悪いことしてないのに…」
「…そうだな」

そうだ、ミコトは何も悪くない。全ては人のエゴによって引き起こされたことであり、ミコトはその渦中に飲み込まれたにすぎない。
禁忌によって生み出された命に罪があるというのなら、その命を生み出した者共は一体何なのか。そう、罪を受けるのはそいつらであるべきなのだ。

「本当に…どうしてこうなってしまったんだろうな…」

誰も答えを返すことの無い呟きを零して私は天井を仰ぐ。
昨日まであった平穏な日常は何の前触れも無く壊れてしまった。もうあの日々が戻って来ることは無いのだろうか…?

「ひぐっ……みこちぃ……返事…ひっぐ……してよぉ…」

本音はしゃくり泣きながらミコトの名前を呼ぶ。けれどその声はミコトには届かない。いくら呼びかけても、願っても…。
ぽろぽろと本音の瞳から涙が零れ落ちベッドのシーツを濡らす。目の前で友達が泣いているというのにミコトは何も反応を示さない。心の優しいミコトなら目の前で友達が泣いていたらすぐに「だいじょうぶ?」「どこかいたい?」と声を掛けるだろう。だが今のミコトはそれをしない。やはり心が壊れてしまったのか?もう本当に駄目だというのか?

「………っ」

ミコトがプレゼントしてくれたネックレスを取り出す。皮肉にもプレゼントしてくれた日に平穏な日常は崩壊してしまった。このネックレスの籠った想いを嘲笑うかのように…。
ふと周りを見回す。散ってしまった花は戻らないとでも言いたいのか。ミコトを中心にした輪はバラバラとなり、この場にはいつもあった皆の姿は無い。

こんなにも簡単に壊れるものなのか、人の絆と言うのは……。

手元に視線を落とすと、手に握っていたネックレスが光を反射させて輝いていた。

―――えっとね。今は花咲いてなくても、皆が揃ったとき、この花、咲く。

……いや、違う。

頭を振り脳裏に過ぎる疑念を振り払う。絆が壊れてしまったわけではない。そんなことは決してない。一夏達はそんな奴らじゃない。突然訪れた日常の崩壊に誰もが戸惑い、迷い、恐れてしまったのだ。現に私もこうして迷っている。今、自分は何をすべきなのか…。この場に皆の姿が無いのはそういうことなのだろう。きっと、皆それぞれに迷っているのだ。自分がすべき事を…。
ミコトを救う。ミコトに生きる希望を与える。それが出来るのはやはり一夏達しかいない。誰かが一人でも欠けてはならない。皆が揃ってやっとミコトを救うことが出来る。確証なんて何処にも無い。だが私にはそう思えてならなかった。このネックレスを見ていると、散り散りになった花達がまた一つになる時あの笑顔もまた蘇る。そんな気がするのだ。そんなものはただの願望かもしれない。しかし、確証は無くとも確信はあった。このネックレスがそれを教えてくれた。花が散ったとしてもやがてまた花を咲かせるのだと。

「大丈夫だ。本音」
「ひっく……ラウっちぃ…?」

泣く本音の肩にそっと手を置き、相手を落ち着かせるようにゆっくりとそして優しく語り掛けて微笑む。

「ミコトは大丈夫。まだ大丈夫だ」

いつかは終わりがやって来る。それは決して避けられない運命だ。だが、それは今ではない。こんな終わり方であって良い訳がない。この無垢なる少女の結末がこんな悲劇であって良い筈が無いのだ。例えハッピーエンドが叶わぬとしても…。

「でも……みこちぃ…何も言ってくれない…笑って……くれないよぉ…っ」
「………」

慰めの言葉をかけても泣き止んではくれない。確証が無ければ何を言葉にしたところで気休めにもならないか…。なら、形がある物を見せるしかない。 
私はこれなら絶対に本音は泣き止んでくれるだろうという確かな自信をもって、手にもっていた物を本音に見せた。

「本音。これを…」

私がそれを見せた途端、子供の様に泣きじゃくっていた本音がピタリと泣くのを止める。それもその筈だ。確証の無い言葉よりも確かな想いが形となったそれは、本音を泣き止ませるには十分すぎるものだった。あの夜、ミコトが皆にくれたネックレスは。

「それ……みこちーがくれた…」
「うむ。私たちの『絆』だ」

そして、ミコトの願いそのもの。皆と一緒に居たいという願いが形になった物だ。

「ミコトは大丈夫だ。これがある。皆がいる」

そうだ。奴等が居る。一夏達が、私達が居る。
悲劇なんかで終わらせはしない。私達はそれを認めない。ミコトが絶望の淵に居るというのなら、私達がそこから引きずり上げてやる。それは一人では無理かもしれない。しかし皆でやればきっと出来るはずだから…。

「で、でも…おりむーたち…いないよぉ…?」

確かに本音の言う通りこの場に一夏達は居ない。けれどそれは無用な心配だ。一夏達は必ず此処へやって来る。このネックレスがそれを教えてくれる。

「やって来るさ。必ず。本音もこれを持っているだろう?」
「あたりまえだよ。みこちーがくれた大切な物だもん…」

そう言うとだぼだぼの袖から私と同じ銀色に輝く花のネックレスが顔を覗かせる。
やはりと言うかまあ予測できてはいたが、私と同じで肌身離さずに持っているのを見るとどこか嬉しいものを感じてしまう。嗚呼、やはり想っていることは同じなのだと。

「それがあるから大丈夫だ。ミコトが言っていただろう?この花が咲いて欲しい時に……」
「……皆を呼べばいい?」

本音の返答に私は微笑んで頷く。

「ああ、そうだ。奴等ならきっとここにやって来る。わざわざ呼ばなくてもな……ふふっ」
「え…?」

訳が分からぬと首を傾げる本音を余所に私はくすくすと笑みを漏らす。
本当、少しでも疑念を持った自分を馬鹿らしく思う。あのお人好し共なら呼ばなくても自分からやって来るさ。皆ミコトの事が大好きなのだからな。……ほら、言った傍から来た様だぞ?
まるでタイミングを見計らたかのように、部屋の外からどたばたと騒がしい足音がこの部屋へと近づいてくる。この足音の主が誰なのか考えるまでも無い。まったく、大遅刻だぞ馬鹿者共め。

『お、織斑君!?それに皆もどうしたの!?』
『すみません!急に押しかけるようなことして悪いんですけど部屋の中に入れて下さい!』

「ラウっち。これって…!」

虚の驚いた声の後に聴こえてきた一夏の声を聞いた途端、本音は暗かった表情に持ち前の明るい笑顔を取り戻す。

「ほら、言った通りだろう?」

私はそう笑ってウインクをすると、本音は「うん…うん!」と涙を零しながら何度も頷く。笑顔を浮かべながら。そして…。

バンッ!

「ミコトっ!!」

閉ざされていたドアは勢いよく開かれた。








あとがき

次回でこの鬱回終了です。この鬱回は…ね。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第五十八話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:93701e93
Date: 2015/01/25 16:37


「「「「「「「あっ…」」」」」」」

ミコトの部屋へ向かう途中、廊下でばったり皆と鉢合わせになり声が重なる。皆それぞれ驚いた表情を見せたが―――。

「「「「「「「…ぷっ、あははは!」」」」」」」

皆揃って同時に噴き出してしまい、廊下には皆の笑い声が響いた。
なんだ、みんな考えている事は同じじゃないか。言葉にするまでも無い。みんなの自信に満ちた顔を見れば分かる。みんな向かっている先が何処かなんてそんなの決まってる。そんなみんなを見て俺は何だかとても嬉しくなって、にかりと笑って大きく声を上げた。

「よし、行くか!」
「ああ!」
「そうね!」
「ですわね!」
「うん!」
「ミコトちゃんの所に、ね?」
「うん…行こう!」

俺の言葉に皆は互いに頷き合い、同じ場所へ向かって走り出した。同じ想いを胸に秘め、それぞれの手にはあのネックレスが握り締めて…。









第58話「居場所《友達》」









――――Side 織斑一夏


「お、織斑君!?それに皆もどうしたの!?それにお嬢様まで!?」
「すみません!急に押しかけるようなことして悪いんですけど部屋の中に入れて下さい!」

大勢で突然押しかけて来た俺達に、普段は冷静に振る舞っている虚先輩も驚いてその表情を崩すが、すぐに冷静を取り戻して押し寄せる俺達を止めに立ちはだかる。

「ちょ、ちょっと待って!中にはミコトちゃんが居るんだから静かに……って!ああ、もうっ!」

しかしそんなものでは俺達は止まらない。虚先輩の制止を振り切ってドアは勢い良く開かれた。

「ミコト!」

ミコトの名を呼びながらなだれ込む様にして部屋の中へと入った俺達。それを出迎えてくれたのは名前を呼ばれたミコトではなく、ベッドの傍に置かれた椅子に腰を掛けていたラウラとのほほんさんの二人だった。

「おりむー!」
「おっと…」

部屋に入ってきた俺達を見たのほほんさんは椅子から腰を上げ、すごい勢いでこちらに駆け寄って来ると、よほど嬉しかったのかその勢いに任せて俺に飛びついて来てそれを俺は咄嗟に抱きとめる。
すると、その時になって離れていた時は気付かなかったのほほんさんの目が赤く腫らしていることに気づく。

そうか…。のほほんさんがずっとミコトの傍に居てくれたのは知っていたけど、のほほんさんにも辛い想いをさせてしまっていたんだな。こんなに目を赤く腫らして…。

心細かっただろうに、この小さな体でじっと耐えて…。ごめんな?ありがとうな?もう一人で背負わせないから…。

「遅いぞ、馬鹿者」
「悪い。遅れた」

のほほんさんの後からラウラも歩み寄って来ると、そうラウラは俺を叱って来たがその声は何処か嬉しそうに俺には聞こえた。かと言って遅れてきたのは事実なので素直に頭を下げて謝っておこう。のほほんさんも泣かせちゃったしな。

「ふっ、まあいい。情けない面で此処にやって来たならぶん殴ってやったところだが…。その必要はなさそうだな」

そんな物騒なことを言いながらも、俺達の表情を見回して満足そうに笑みを浮かべるラウラ。ラウラが見た全員の表情はどれも自信に満ちた表情で迷いなど微塵も感じさせなかった。

「あはは、それは怖いな」

恐らく冗談じゃなく本気なんだろうけど…。流石、千冬姉の教え子なだけはある。情けない顔でこの部屋に来ようものなら、きっとキツイ気合入魂を顔面に一発貰ったに違いない。と、そんな冗談を言い合っていた俺とラウラだったが、そこにセシリア達が割って入られ話は中断されてしまう。

「お二人とも、お話はそこまでに。今はそれよりも…」
「うむ、ミコトの事が先決だ。そういうのはミコトを立ち直らせてからにすれば良い。勿論、ミコトと一緒にな?」

セシリアと箒の言葉に後ろに居た鈴たちも同意するように頷く。

「……ああ、そうだな!」

ミコトを救うために。皆で笑い合うあの日々を取り戻すために。そのために俺達はここに来たんだ。
俺は右手に握っていたネックレスに視線を落とすと、祈る様にネックレスを額に当てて数秒程目を閉じ。そして、再び目を開いてからミコトが横たわるベッドへと歩き出した。その後にラウラ達も続く。

「……ミコト」

ミコトの横までやって来た俺は、椅子に座るのではなく床に膝をついてミコトの視線の高さまで姿勢を落としミコトの手を握る。
すごく冷たい。いつかミコトの手を握った時のあの温かさが嘘の様に。それはミコトの命の灯が消えようとしていると言うこと。ミコトが生きることを放棄しようとしていると言うこと…。
させたくない。そんなことは絶対にさせない。そう願った俺は手に感じる滓かな生の温もりを、手から零さぬように両手で包み込むとゆっくりと静かに彼女に語りかけた。

「ごめんな。遅くなった。本当は真っ先に気づいてやらないといけなかったのにな…。友達だのなんだの偉そうなこと言っておいて大事な事を分かってなかったよ」

自分の愚かさが恥ずかしくてミコトから目を逸らしたくなる。けれど目を逸らしはしない。もう逃げないと決めたから。真正面から自分の気持ちをミコトに伝えるんだ。

「……千冬姉から聞いたよ。ミコトのお母さんのこと…。ごめんな。俺さ、両親の顔すら覚えてないから、親を失ったミコトの気持ちを本当の意味で理解してあげることは多分できない」

親を失うどころか、そもそも居ないものだった俺にはミコトの気持ちを理解してあげることは無理だ。どんな言葉を並べたところで薄っぺらいものでしかない。そんな言葉が相手に届く訳が無い。
それに、俺が伝えたいのは慰めの言葉じゃない。ミコトに必要なのはそんなものじゃない。ミコトが求めているものはそんなものじゃない。

「でもなミコト。そんな俺でもこれだけは言える。してやれる」

俺はミコトに碌な事をしてやれない。俺は弱いから守ってやることも出来ない。だけど、『友達』としてならこれだけはしてやれる。いや、これは俺達にしか出来ない事だ。
だから俺は自信を持って、胸を張って、手を握る力を強くして、ミコトの目を見て、はっきりとした声でそれを言葉にした。俺達の想いを言葉にした。

「俺は、俺達は何処にも行かない。ずっと一緒だ!」
「…………ッ」

虚空を眺めていたミコトの瞳が揺れる。生気を宿さなかった瞳に初めて、ほんの…本当にほんの僅かな、間近でなければ見逃してしまうほどに僅かな感情が暗い瞳の奥底で動いたのを俺は確かに見た。それは感情と呼ぶにはあまりにも希薄なものだけれど、それでも何も反応を示さなかったミコトからすればそれは大きな変化であることは違いない。それを見て俺はやはりそうなのかとミコトが何を求めているものを確信して言葉を続けた。

「ミコト。お前あの夜に言ってたよな?もう帰る場所が無いって」

ミコトはよく「帰ったらクリスに自慢する」と話していた。それは、母親がミコトの帰る場所であり拠り所であったと言うこと。その愛していた母親の死。それは何よりも悲しいことだ。帰れば愛する母が待っていてくれる。そう思っていたミコトにとってあまりにも残酷な世界。きっとミコトはいま身も心も孤独に陥っている。
なら教えてやろう。そんな事は無いと、お前は一人ぼっちなんかじゃないと…。

「そんなことない。だって……だって、帰る場所なら此処にあるだろ!」

あの夜、ミコトに貰ったネックレスをミコトの眼前にぶら下げて俺はミコトの耳に届くようにと大きく声を張り上げてそう言った。

「ひとりぼっちだって言うんなら俺達がいっしょに居てやるよ!帰る場所が無いって言うなら俺達がその居場所になってやるよ!……『友達』なんだから!」
「と…も……だち…」

『友達』その言葉を聞いてミコトの口からもその言葉が零れる。他の音にかき消されてしまいそうな程に弱々しい声。だけどそれは一日ぶりに聞くミコトの声だ。たった一日だけなのに、それなのに随分と久々に聞いたようにも思えてしまう。元々口数は少ない方なのにな。どれだけ依存してたんだよ、俺は…。

「……この学園に入学したとき、私はクラスメイトは勿論この学園の生徒と仲良くはなれないと思っていた」

後ろで俺の話に耳を傾けていた箒が俺の横に並び腰を落とし、ミコトの手を握っていた俺の手に自分の手を重ねて、俺と入れ替わる様に自分の想いをミコトへ向けて語り始めた。

「何故ならこの学園の生徒は姉さんの作ったISに憧れてここに入学してきて、この学園の生徒は誰もが私を『篠ノ乃束』の妹としてしか見ないから…。それが何よりも嫌だった」

箒の顔が苦痛に歪む。箒が束さんの妹だとクラスの皆に知られた時、皆は箒を『篠ノ之束の妹』としてしか見ていなかった。誰も『篠ノ乃箒』個人として見てはくれなかった。だけど、そのクラスの中で一人だけそうじゃなかった人間がいた。

「だがミコト、お前だけは違った。お前は私を最初から『篠ノ之箒』として見てくれた。こんな不器用な私の『友達』になってくれた」

「箒は箒」箒が篠ノ乃 束の妹だと知り、クラスメイト達が好奇心などで騒ぐ出す中でミコトが呟いた言葉。ミコトと初めて会話したあの入学した日の屋上でも、ミコトは篠ノ乃の名を聞いても何ら反応を変えなかった。まっすぐ箒を箒として見ていた。

「重要人物保護プログラムによる幾度となる転校で、人への関心も薄れていって人と関わろうとしなかった私が、今こうしてこの学園の生徒と接してられているのも、全部ミコトのおかげだ。お前が私を見てくれたから、友達になってくれたから、今の私はここに居る。お前は私にとって最高の友達だ。だから…」

箒は俺と同じようにあのネックレスをミコトに見せる。

「恩を返させてくれ。こんな不器用な私だがこれだけは出来ると思う。ずっと一緒だ。お前を孤独になんてさせはしないさ」

頬をほんのりと赤く染めて箒は微笑みそう告げた。この笑顔は光を反射して輝くネックレスの様に眩しく、傷ついたミコトを優しく照らす。

「ぅ……ぁ…」

深い闇に沈んでいたミコトの心を、俺と箒が手を伸ばして引き上げていく。ミコトの心に纏わりつく深い闇はとても力が強く、一人や二人ではとても引き上げられない。そして、そこにもう一人手が加わる。

「わたくしがミコトさんに出会ったのもお二人と同じ日でしたわね。今思えばなんと傲慢な振る舞いをしていたのでしょう」

「ミコトが居なければ自分が主席だったのに」そんな言いがかりも同然な台詞が、セシリアのミコトに対して向けた初めての言葉だった。色々と酷い事も言われた事もあったが、言われた本人はそれを気にした様子もなく…というより、悪口を言われていた自覚すらもなかったのかもしれない。ただ自然体で嫌な顔一つせずに高飛車なセシリアと接していた。だからこそだろう。クラス代表を決める決闘の前まではよく皮肉やら何やら言っていたセシリアも、決闘の後は態度が柔らかくなったのは。嫌味をいくら言っても暖簾に腕押しなミコトでは毒気を抜かれてしまうのも仕方がない。

そんな嘗ての自分の行いを恥じらいながら苦笑を浮かべていたセシリアだったが、その表情は急に沈んだものへと変わる。

「……3年前、わたくしも両親を事故で亡くしました」

当然のセシリアの告白にラウラや先輩を除いた全員は息を呑む。もう半年以上はセシリアと一緒に居るのにそんな事実は今日初めて聞かされたからだ。

「両親が遺した遺産は膨大で生活に困る様な事はありませんでしたわ。ですが、その膨大な遺産がゆえにわたくしの周りには金の亡者も群がりました」

その時の事を思い出したのか、それとも現在もそうなのか、セシリアは忌々しそうに表情を歪めて唇を噛む。

「両親の遺した遺産を誰にも渡すつもりは無い。わたくしは二人が遺したものを守るために必死になってありとあらゆることを勉強しましたわ。それ相応に成績は残せましたし、IS適性が高かったおかげでイギリス代表候補生として選ばれました」

セシリアが代表候補生になるまでにそんなことがあったのか…。

俺達は口を挟む事無くセシリアの話に耳を傾け続ける。セシリアが話しかけているのはミコトであって俺達ではないからだ。

「自分で言うのもなんですが、まさにエリートコースと言っても良い人生を歩んできたと思います。だからでしょうか。自分は他者よりも優れているのだと、他の人達は自分より劣っているのだと、そんな考え方をするようになったのは……。最初はそこまで酷いものではありませんでしたのよ?力を見せ付ける様に振る舞うことで群がる亡者達を威嚇するのが目的でしたから。ですが、次第にそれが当たり前のようになって、今申しましたように間違った考え方をする人間なってしまったのでしょう。そもそも血縁である親戚全てが敵でしたから、碌に人なんて信用出来ませんでした。身近の人間で唯一信頼できたのは幼馴染のチェルシーだけでしたし、此処に来る前の学校の友人もコネクションを広げる程度の関係でした」
「………」

人一倍プライドの高い奴だと思っていたけど、両親の遺産を一人で守るためにはそうならざるを得なかったのか。そりゃ血縁者がみんな敵ならそうなってしまうのも仕方がないのかもしれない。千冬姉も束さんと知り合うまでは人を寄せ付けない雰囲気をずっと放ってた状態だった。きっと、あの頃の千冬姉は俺を守るのに必死で他人なんて信用する心の余裕が無かったんだろうな…。

「ですが、それもIS学園に来て……いいえ、ミコトさん。貴女に出会って貴女の生き方を見て思い出しましたわ。虚勢で塗り固めた自分ではなく、ありのままの自分を」

自身の胸に手を当てて、誇らしそうに、嬉しそうに、セシリアは語る。

「あのままミコトさんに出会わなければ、わたくしはきっと最低な人間に成り下がっていた事でしょう。そして、そんな人間の未来は破滅しかありません。人は一人では生きていけないのですから」

他人を信じられない人間に誰もついてこない。力で無理やり従わせたとしてもその関係には互いの信頼は無く、いつか必ず裏切られて自滅する。後から付け加えられたセシリアの言葉はまだ社会に出ていない子供の俺にも理解出来た。

「ミコトさんの様な友達に巡り合えたから今のわたくしがあります。それだけではありません。ミコトさんには沢山のものを貰いましたわ。とても返しきれないほど沢山です」

ミコトがくれた沢山のもの。目には見えないそれを愛おしそうに抱くようにセシリアは自身の胸を抱きしめる。その表情はとても幸せそうなものだった。

「貴女の手を握ったときの温もりは例え手が離れていても簡単に思い出せます。貴女が時々見せる笑顔は目蓋の裏に焼き付いています。耳を澄ませば貴女の声が…。わたくしの日常には貴女が必ず居て、その日々はとても幸せなものでした。ずっとずっとこの日々が続いたら良いのにと願う程に。ですが……」

ですが、と言葉を続けてセシリアは手を伸ばしミコトの頬に触れると、優しく頬を撫でて微笑んだ。その仕草はまるで泣く子供をあやす母親の様だった。

「それには貴女が居ないといけないんです。食事の時にいつも口の周りを汚してわたくしに拭いて欲しいと甘えて来る貴女が。いつも斜め上の行動をしてわたくし達を驚かせる貴女が。わたくしが哀しんでいる時には傍に居てくれる優しい貴女が。誰よりも空が大好きで自由に空を楽しそうに飛び回る貴女が。誰よりの純粋で無垢な貴女が」

セシリアの口から語られる一つ一つが俺達にとっての掛け替えの無い日常で、ミコトと過ごして得た俺達にとって大切な思い出≪宝物≫だ。

「帰ってきてくださいなミコトさん。貴女の帰る場所は此処にありますわ。これまでも、これからも、ずっと…」
「………ず…っと…?」
「ええ、ずっとですわ」

聞き返してくるミコトにそれを証明するかのようにセシリアはネックレスを見せる。俺の花を咲かせていない茎だけのネックレスにまた一つ美しい花が咲いた。そして、それはまだ止まることはなく――――。

「ったく!アンタ達は難しく考えすぎなのよ!話が長いっての!」

―――続けて新たな花が咲いた。

「キャッ!?ちょっと鈴さん!?いま大切な話をしているのが分かりませんの!?」

セシリアを押し退けて強引に割り込んでくる鈴に、セシリアは先程までの慈母の様な笑顔を投げ捨ててキッと鈴を睨み付けて叱りつける。しかし睨まれている鈴本人はそんなこと気にもしないでふんっと鼻息を吹かして得意げに笑みを浮かべていた。

「だってアンタ達ってば話が長いんだもん。そんなに長々と理由を話す必要なんてないでしょ?助けたいから助けるそれでいいでしょうが!」

何と言うゴーイングマイウェイ。鈴の背後から「ババーン!」って効果音が聴こえてきそうな勢いである。そして、我が道を行く鈴はとんでもない行動に出る。なんと、衰弱しているミコトの頬を引っ張りやがったのだ。

「だいたいね、アンタの方から友達になりたいって言って来たんでしょ!?何がひとりぼっちよ!アタシを忘れるなんて失礼しちゃうわねほんと!」
「ぁ、ぅ……」
「きゃあああ!?な、なんばしよっとですの貴女はっ!?」

鈴の信じられない行動にムンクの叫びよろしくな悲鳴をあげるセシリア。しかし何故に博多弁?いやいやそれよりもなんて事してくれるんだこいつは!?

「お、おい鈴!?」
「うっさい!アンタ達は黙ってなさい!今アタシがこいつに話してんのっ!」

流石にまずいと思い慌てて止めに入ろうとした俺だったが、鈴はキッと睨みつけられて物言わせぬその気迫にたじろいでしまう。

「いい!?アタシはアンタの友達なの!だから助けてって言われれば助けるし!助けたいと思ったら助ける!寂しいって言うなら傍に居てあげるわよ!なにひとりぼっちだなんて勘違いしてるのよバカ!」
「ぅ…」

鈴に頬を引っ張りながら叱られて、ミコトは小さく呻き声を上げている。今まで肩を強く揺すったりしても反応が無かったのが呻き声とはいえ反応が返ってきたのは進歩と言えなくもない…のか?いや、やっぱりやり過ぎな気がする。鈴もそれは分かってるはずだ。なら何か目的があるのか…。どちらにせよ邪魔をするなと言われている以上、俺達ははらはらしながら事の成り行きを見守るしかなかった。

「それにね!アタシはまだアンタに借りを返してないの!アンタには助けられてばっかりなの!いつも!いっつも!たまには助けさせなさいよ!アタシ達は友達なんでしょ!?それともアンタがくれたこれは嘘だったのっ!?」
「ぁ……」

怒鳴りながら鈴がミコトの眼前に突き出したのはやはりあのネックレスだ。
次々と揃っていく花にミコトの瞳にも光が灯り始める。それはまるで欠けていた心の欠片が戻っていくかのようだった。

「嘘じゃないってんならさっさと起きなさい!いつまでも寝てるんじゃないわよ!」

傲慢で我儘な物言いだが、その瞳には涙が滲んでいた。自分の弱い部分を見せまいと強気に振る舞っても感情を押し殺すことは出来ない。そういうのが苦手な奴だから鈴のやつは。
その鈴の肩にそっと手が置かれた。鈴はそれに振り向くと柔らかな微笑みを浮かべたシャルロットがいた。

「シャルロット…」
「………」

鈴の呟きにシャルロットは特別何かを言う訳でも無く、ただ黙って頷いて鈴のネックレスを持っていない手を取り、ミコトの手に重ねられていた俺達の手の上へと添えられ、そしてシャルロット自身もその上に自分の手を重ねて、その笑顔をミコトへと向けた。

「ミコト覚えてる?僕が女の子だってばれたあの夜の事。あの時、ミコトは僕を助けてくれたよね。性別のことはすぐにばれちゃったけど…」

あはは…。とシャルロットは苦笑を零す。ああ、そういえばそんなこともあったな。あの後大変だったっけ…。

「今ここに僕が居られるのはミコトや一夏がここに居ていいよって言ってくれたからだよ?二人が手を差し伸べてくれたから、僕は此処に居て良いんだって思えた。最初から諦めていて流されるだけだった僕が抗おうって思えたんだ」

あの日の事があったから僕は歩き出せた。シャルロットはそう語る。けれど、感謝しているにもかかわらずその表情は反して申し訳なさそうな暗いものだった。

「……本当、僕ってば助けてもらってばかりだよね。自分一人で歩こうとしないで誰かに手を引いてもらわないと歩けないんだから…」

あの時のシャルロットは自分の意思を持って生きようとしていなかった。親の決めた事だから仕方がないと、ただ状況に流されるだけ流されて、いずれ必ず訪れる結末を諦めて待っているだけだった。親に逆らおうなんて考えもしていなかった。俺とミコトが引き止めなければ今ここにシャルロットは居なかっただろう。

「この部屋に来るまでだってそう。今まであった日常が壊れるんじゃないかって怯えて動けなかった。また誰かに助けてほしいって縋ってた。ごめんね。甘えてばかりだったよね?助けてほしいのはミコトの方なのにね…」

只々自分の弱さが情けなくてシャルロットは顔を俯かせる。けれど直ぐに「でも!」と声を張り上げて、うつむいていた顔を凄い勢いで持ち上げた。

「でも!でもね!もう助けられてばかりなのはお終い!今度からは僕がミコトを助ける番!」

シャルロットはミコトを見つめる。確固とした強い意志が籠った瞳で…。

「ミコトはあの時言ってくれたよね。さよならしたくないって。僕もだよ。ずっとミコトと居たいよ。これからもずっと。だから…」

シャルロットがあのネックレスを取り出す。ミコトの前に並ぶ花達にまた一つ花が加わった。

「戻ってきて、ミコト」
「ぁ…ぁ…」

『戻って』来て、自分たちがいるこの場所に…。シャルロットの眩しい笑顔はまるで太陽の様に温かく、凍てついた心を優しく溶かしていく。その温もりにミコトの瞳から一滴の涙が頬を伝った。
そして、その頬に伝う涙を雪の様に白く透き通った指先が掬う。その指の主はラウラだ。

「ミコト」

透き通るような落ち着いた声でラウラはミコトの名前を呼ぶ。

「ら…ぅ…」
「うん、私だ。ラウラだ。漸く名前を呼んでくれたな」

消えてしまいそうな程にか細い声ではあったが、自分の名前を呼んで貰えたことにラウラは顔を綻ばせて、その真紅の瞳は僅かに潤んでいた。

「そう、私はラウラ。ラウラ・ボーデヴィッヒ。そのことを教えてくれたのはミコトだったな」

恐らく≪Berserker system≫による暴走事件の後にあった事の話だろう。あの後にラウラのミコトに対する態度が急激に変化のはあの事件の後からだ。保健室でミコトと何か話をしたらしいが詳しくは知らない。ただこれだけは言える。ラウラもまたミコトの言葉に救われたのだと。

「教官に憧れて、その尊敬のあまりあの人の様になりたいのではなく、あの人になりたいと言う間違った考えをお前は正してくれた。お前を殺そうとしていた私をお前は恨もうともしないで」

聞いていてミコトがどれだけ異常なのかが良く分かる。命を狙ってきた相手を許すどころか救ってみせるのだから。優しいと言う言葉だけで済ませられるものじゃない。だけどそれも「ミコトだから」と言われてしまうとやはり納得できてしまえて俺は小さく苦笑を零すのだった。ホント、毒されてるよなぁ…。

「私はお前に救われた。この恩を返したい。だが私は戦うことしか知らない人間だ。だから私は戦うことでその恩を返そうとした。ミコトを守ることが私に出来る事だと思ったから。しかし……」

ラウラは表情に影を落とし、ミシリと音が聞こえてくるほどに強く自身の拳を握り締める。

「結果はこれだ。私はお前を守れなかった。ハッ、何が誉れ高きドイツ軍人だ。何が『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊長だ。偉そうなことを言っておいて友達一人守れやしない」

ラウラは左目の眼帯に触れながら自嘲するように薄ら笑う。

「結局、私は何も出来なかった。何もしてやれなかった。何の価値も無い人間だ」
「……ぃぁ……ぅ…」

ラウラから吐き出される自虐的な言葉。その言葉を聞いてミコトは何かを呟く。とても弱々しく聞き取れるものじゃなかったが、俺にはミコトが何を言おうとしたのかが理解出来た。「違う」ミコトはそう言おうとしたんだ。ラウラは無価値な人間なんかじゃないと否定しようとしたんだ。ラウラを見つめるその瞳はまだ虚ろなままでも、心はまだ傷ついていても、そう言わずにはいられなかったんだ。『友達』だから…。

「ミコト…」
「ぃぁ…う…」
「……あの時と、同じだな」

ミコトの反応に最初はラウラも驚いた表情を見せたが、「あぁ…」と詠嘆の声をもらしたのちそれは笑顔へと変わった。

「本当に、お前と言う奴はいつでも私を助けてくれるのだな。自分がどんなに傷ついていても…」

スッとミコトの頭に手を置くと、優しく愛おしそうに白い髪を撫でる。

「そうだ。そうだな。私はこんな事を言う為にここに来たんじゃない。お前に助けてもらいに来たんじゃないんだ。助けてもらってばかりだった私が、今度はお前を助けるためにここに来たんだ」

重なり合う俺達の手にラウラの手も添えられる。もう片方の手には当然あのネックレスが握られていた。
そして、ネックレスが放つ光にも劣らない力強い意志を瞳の奥に輝かせ、笑みを浮かべてラウラは声を張り上げ高らかに宣言する。

「私は今一度此処に誓う!ミコトを、そしてミコトの居場所を守り抜くと!」
「わた…し…ぃば…しょ…?」

虚ろな瞳でラウラを見つめ、ミコトはラウラの言った言葉に首を傾げる。

「皆が言っていただろう?お前の居場所は此処にある」
「…こ…こ……」

ミコトは視線を落とす。そこには自身の手に重ねられた複数の手、眼前には複数のネックレスが輝いていた。

「……お前の母の死んでしまった。無念だがその事実は変わらない。もう会えない。しかし母の死に哀しむな等と言わない。存分に泣けばいい。それだけ母を愛していたということなのだから。けれど忘れないでくれ」
「………?」
「お前は一人じゃないと言うことを」

ミコトは一人じゃない。何度も繰り返し言われた続けた言葉。ミコトが恐れる孤独を取り除く言葉。そして、俺達の絆を示す言葉。

「わ…わた…し…ひとり…じゃない…?」
「うん。みこちーは一人じゃないよー」

迷い子の様なミコトの心細い声に応えたのはのほほんさんだった。
のほほんさんは背後からぎゅっと自分が傍に居ることを肌で分からせるようにミコトを抱きしめて、耳元で優しく囁く。

「ほん…ね…?」
「そーだよー。本音だよー。やっと返事をしてくれたねー」

自分の顔を見て自分の名前を呼んでくれた。その事に喜び、にぱ~っといつものあの笑顔を浮かべた。

「……わた…し…」
「ううん、いいんだよー何も言わなくてー。辛かったよねー?哀しかったよねー?怖かったよねー?大丈夫、大丈夫だよー」

ミコトを抱き締めたまま、のほほんさんは「大丈夫、大丈夫」と何度も繰り返す。ミコトを安心させるように、何度も、何度も…。

「大丈夫だから。みこちーは大丈夫だからねー。私がいるよー。おりむー達もいるんだよー」
「みんな……いる…」
「そうだよーいるよー。みこちーはねー、最初からひとりぼっちなんかじゃないんだよー」
「………!」

その時、ミコトの表情が滓かな変化を見せた。
優しく言い聞かされるその言葉に、自身を包む暖かな温もりに、そしてのほほんさんの首に掛けられていたネックレスが、無機質で絶望に染まっていたあの表情に感情の光が灯らせる。そう、安堵と言う感情を…。
それは絶望の淵から生まれた希望と言う名の光だ。その光はまだ小さく吹けば消えてしまいそうな程に弱々しいけれど、ミコトの絶望に沈んだ心に希望が生まれたのは確かだ。それがどれだけ大きな進歩なのか分からない人間なんて居ないだろう。生きる希望を失くしていたミコトに生きようとする意志が芽生えたと言うことなのだから。そして、それを為したのはやはり『これ』の存在が大きいのかもしれない。

「えへへー、これ分かるよねー?」
「………」

首に掛けてあったネックレスの事を聞かれてミコトの頭が微かに縦に揺れる。

「そうだよねー。だってーこれはみこちーがくれたものだもーん」

柔らかく笑うのほほんさんは、ネックレスを首から外し、ミコトの顔の前にそれをぶら下げる。
左右に揺れるネックレスに釣られてミコトの瞳もそれを追い左へ右へと揺れる。傍から見ているとペットが食べ物を必死に目で追っているそれなのだが、ネックレスを見る行き場を失くした子供の縋る様な瞳とその姿はとても痛々しいもので、とても心が和むような光景ではなかった。けれど、のほほんさんはその様子を気にすることも無くいつものやんわりとした声でミコトに語り掛ける。

「これがー。みこちーが欲しがってたものなんじゃないかなー?」

目の前でゆらゆらと揺れるネックレス。のほほんさんはそれがミコトの求めるものだと言う。

「求める必要なんてないよ?最初からあるんだよ?みこちーの居場所は無くなってなんかないんだよ?だから…」

皆の重ねられた手にのほほんさんの手が加わる。そして…。

「『ただいま』しようよ…ね?」
「…た……だ…?」

いつも見せていた温かく柔らかなあの笑顔で言った。『ただいま』しようと…。

「皆、待ってるよ?」
「みん…な…」

そう言ってくるりと後ろを振り返り

「ね、そーだよねー?かんちゃん」
「…っ!」

名を呼ばれ皆の後ろで隠れていた人影がびくりと揺れる。

「ミ、ミコト…」
「かんざし…」

俺達の後ろで隠れる様に様子を窺っていた簪がひょこりと顔を出し、小さな声でミコトの名を呼ぶと不安げにミコトの傍に歩み寄ってくる。

「えっと…その……!」

きっと簪も俺と他の皆と同じ様に葛藤や色々な事に悩んだりしたに違いない。その悩んだ末に答えを出してこの部屋にやって来たんだと思う。
けれどいざミコトの前に立ったのは良いものの、何を言えばいいのか、どう接すればいいのか分からず。口の中でもごもごと何かを伝えようとはするものの、それも言葉として口から出る事は無かった。
勇気を振り絞ろうとプルプルと震えるその手には、あのネックレスがとても大事そうに握られている。けれど、やっぱり怖くて、何も言えなくて…。

「っ…ごめんなさいっ…私、こういう時なんて言えばいいのか分からなくて、私…っ!」

くしゃりと表情が歪み潤んだ瞳から涙が零れ落ちそうになる…その時だ。
簪の背中に手がそっと添えられる。それはまるで簪を勇気づけようと背中を押してあげているみたいで、その感触にはっと簪は振り返ると…。そこには彼女の姉。更織楯無が優しく微笑んで立って居た。

「お姉ちゃん…」
「うん」

楯無先輩は頷くと簪の隣に並んでミコトの前に立つ。

「こんばんわ、ミコトちゃん。ごめんねーお待たせしちゃって」
「たっちゃ…」
「うん……本当、随分と待たせちゃったね。私達姉妹はミコトちゃんにすっごく助けてもらってばかりなのに。本当にごめんなさい」

微笑みを浮かべてミコトに話しかける楯無先輩。彼女の首にはあのネックレスが掛けられており、それは持ち主の笑顔に負けぬほどに輝きを放っていた。
けどその笑顔はいつもの気丈に振る舞い皆に憧れている生徒会長更織楯無のものじゃない。鉄壁の仮面をはぎ取り自ら素の自分を曝け出し、その笑顔からは更織先輩が普段決して見せることの無い彼女の弱い部分も垣間見えていた。それはきっと自分を偽らずにミコトと話したいと言う楯無先輩の心の表れなんだと俺は思う。

「姉妹の問題は姉妹で解決しなくちゃいけないものなのに、私はミコトちゃんに甘えてた。ミコトちゃんに頼らなければ今こうして簪ちゃんと並んで立っている事は無かったと思う」
「………」

楯無先輩の言葉に簪も黙って頷く。ミコトが居たからこそ今の自分たちがある。口で語らずともじっとミコトを見つめる目がそれを物語っていた。

「皆に慕われる無敵の生徒会長なんて大層な呼び名で呼ばれておいて、血の繋がった妹にすら満足に接する事が出来ないなんて……とんだ道化よね。私」
「そ、それは違う!」

自嘲する楯無先輩の手を掴み、簪は必死の声を上げて彼女が言った発言を否定する。

「お姉ちゃんだけが悪いんじゃない…。私だって意地を張ってお姉ちゃんに対抗意識を燃やして碌にお姉ちゃんと話そうともしなかった。そんなこと無意味なのに、ミコトに教えて貰うまでそんな事すら気づけなかった…」
「簪ちゃん……そうね、そうよね。私達姉妹どっちも間違ってて、だからこそ私達姉妹はずっと分かり合えずにいた」

らしくも無く声を張り上げ自分を必死に擁護してくれる妹。そんな妹に驚く楯無先輩であったが、その必死な表情を見てクスリと笑みを零すと自分の発言を訂正しミコトへと向き直る。

「…それを救ってくれたのがミコトちゃん、貴女なの。貴女が私達姉妹を仲直りさせてくれた。貴女が間違いを正してくれた」
「だから今度は私たちの番。今度は私達がミコトを助けてあげる番。教えてあげる番」

二人の姉妹の手が…そして声が重なる。

「貴女は一人なんかじゃない。貴女は全てを失ってなんていない。だから…」
「私は此処にいるよ?だから…」

「「帰って来て!」」

「………!?」

二人の姉妹の呼び掛ける声。ミコトの閉ざしていた心の壁は既に罅割れ、その声は確かにミコトに届いたのだ。
その声を聞いた瞬間、まるで強い衝撃を受けたかの様にミコトの身体が大きく揺れる。そこへ間入れず一人の従者が音も無く歩み寄り、スッと姉妹に続いて手の上に重ねられる。それはまるで主を助力するかのように…。

「うつほ…?」
「お嬢様達と妹がお世話になったこの御恩。私は決して忘れはしません。微力ではありますが私が貴女の心の安らげる場所になれると言うのなら……いいえ、貴女の居場所になりたいの。ミコトちゃん」

多くは語らない。虚先輩は従者であり陰で支える人間だ、主より目立つ行動はしない。
けれど想いを伝えるのに多くは必要ない。一言でも良い。その想いが本物なら必ず相手には伝わるから。それに、言葉なんてそもそも不要なんだ。優しく微笑んでいる虚先輩の首元で輝くネックレスさえあれば…。それが、ミコトの何よりも求めていた物だから…。

「……ぁ…」

一つ、また一つ…。

「ぁあ……」

一つとして花が咲いていなかった茎から…。

「ぅ…ぁあ…」

美しい花が咲いて行く…。

「ぁ…あぁ…っ」

皆の想いや願いが花となって…。

そして、ついに…。

あの誕生日の夜。バラバラになって枯れてしまった花が…。

もう一度集まって美しく光り輝いて満開の花を咲かせたのだ。

「うぁ…ああっ」

美しく咲き誇る絆の花。その美しさと、眩しいほどの希望に…。

その輝きに、壊れた心が、失われた感情が…。

「…ああああああっ!」

ぽろぽろと瞳から零れ落ちる涙と嗚咽となって、まるでそれは崩壊したダムの様に…。今まで溜め込んでいた物を全て出し切る様に…。

「うあああああっ!ああああああああああっ!」
「……やっと泣いてくれたな」

幼い少女の泣き声がこの部屋に響き、感情をむき出しに涙を流す少女に不謹慎と思われるかもしれないが、その泣き顔を見て俺は嬉しく思えてしまった。
皮肉なことにミコトが此処まで感情を露わするのを俺達が見たのは今日が初めてだ。出来る事ならそれが笑顔ならどれだけ良かったことだろう。けどそれはもう良い。この状況に至ってはもうそれは些細な問題でしかない。

「良いんだミコト。それで良いんだ」

泣き叫ぶミコトに俺はやさしく語り掛ける。
そうだ。泣きたかった泣けばいい。人はだからこそ泣けるのだから…。

「悲しかったら泣けばいい。寂しいなら寂しいって言えばいい。俺達が受け止めてやるから。俺達が居るから」
「っ!うわあああああっ!」

俺の言葉にミコトは俺の胸へと飛び込んでくると、ぎゅっと俺の服を掴んでわんわんと泣きじゃくる。
そんな胸の中で泣きじゃくる少女が愛しくて堪らなくて。涙や鼻水なんて構わず力一杯に、だけどこの小さな少女が壊れてしまわない様に慎重に抱き締める。そしてそれは俺だけじゃない。この場に居た他の皆もミコトを囲むようにして抱き締め始めたのだ。

「ああ…ぁ…」

温かい。ちょっと息苦しいけれど皆の優しさはとても温かくて、その温もりに包まれて大きく響いていたミコトの泣き声がだんだんと小さくなって行く…。
そして安心したのだろう。完全に泣き止むとミコトは赤く腫れ上がった目で自身を抱き締めてくれる人達を見渡す。皆微笑んでミコトを見ていた。

「みん、な…?」

「何だ?ミコト」
「はい。ミコトさん」
「なーによ寝坊助」
「呼んだ?ミコト」
「ああ、私は此処にいるぞミコト」
「なぁに~?みこちー?」
「うん、呼んだ?」
「何かな?ミコトちゃん」
「お呼びですか?ミコトちゃん」

「ぁ……」

ミコトの声に即座に皆の声が返ってくる。
それを聞いてミコトの強張っていた表情が和らぐ。自分は一人ぼっちなんかじゃない。それが偽りじゃないと理解出来たから…。

「おかえり。ミコト」

俺は抱き締めたまま耳元で優しくそう囁いた。それを聞いたミコトはビクンと小さく身体を震わせて俺を見上げてくると…。

「ただ…い…ま…」

「……ただいま!」

また涙を流して「ただいま」と、笑顔で俺達に言ってくれた。
それを見て俺達は涙を流してミコトを抱き締める。ミコトの笑顔が帰ってきた。たった一日。たった一日だけなのにミコトの笑顔を見たのが随分と久しぶりに思えた…。












あとがき

最後に更新したのが一年前…だと?
更新が遅れて申し訳ありません。就職やら環境の変化も理由にありますが、一番の原因はモチベーションの低下で此処まで遅れてしまいました。
久しぶり過ぎてキャラ同士の呼び方や口癖などを忘れてしまったり、作品の質を低下させてしまったりで大変だ…。
今後も更新は遅れてしまうでしょうが、完結目指して頑張っていきたいと思います。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~幕間
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:93701e93
Date: 2015/02/22 16:10

「鎮圧ですか。穏やかではありませんわね…」
「キャノンボール・ファストの開催日が迫っている。そんな大切な時期に一日たりとて無駄にする訳にはいかんからな。強引にでも授業を受けさせるさ」

この後の生徒の『鎮圧』とやらの事を考えたのか、千冬姉は頭を痛そうに抱えて疲れた溜息を吐く。

「唯でさえキャノンボール・ファストの延期で各所に多大な迷惑をかけているんだ。この上情けない醜態を晒してみろ。IS学園の威信にも関わる」

今回のキャノンボール・ファストは今までの行事とは大きく異なる特徴がある。IS学園は非常に閉鎖的であり、学園の行事は国や企業と言った限られた人間しか見学することは出来なかった。しかし、今回は違う。キャノンボール・ファストは学園外にある市のアリーナで行われ。そこには各国や企業のお偉いさん方は勿論、一般人も入場することが出来るのだ。つまり、多くの人達が生徒たちのこの一年間の成果を見に来るわけだ。そんな大勢の人達の前で見っともない姿を見せてしまえばIS学園の名はガタ落ちである。千冬姉の言っているのはそういうことだ。『鎮圧』と言う物騒な言葉を出すのもそれだけ切羽詰っていると言うことなのだろう。唯でさえ今までの行事は全てトラブル続きで殆どが中止されているんだ。IS学園の信用も下がりつつあるのかもしれない。

「えぇー?だったらパーティーはしちゃいけないのー?」
「…千冬?」

パーティーの中止と聞いて、先程まで楽しそうにしていたミコトがしゅんっ…と落ち込んだ表情へと変えて千冬姉を見上げる。
うるうると揺れる悲しそうな瞳に見つめられて、千冬姉は「ぐっ…」と言葉を詰まらせると、いたたまれなくなり視線を逸らしてゴホンと咳払いをする。そして…。

「……授業が終わった放課後なら学園の関与するところではない。節度を守ると言うのならお前達の好きにしろ」

折れた。無敵のブリュンヒルデも泣く子には敵わなかった。

「やった~!」
「お~♪」

パーティーの許しを得てぴょんぴょんと跳んで喜ぶミコトとのほほんさん。

「よーし!織斑先生の許しも得た事だし!今日の放課後は誕生日パーティーの分も楽しんじゃおう!」
「「お~♪」」

楯無先輩のテンションの高い号令に、ミコトとのほほんさんも乗っかって天高く腕を突き上げて楽しそうに声を張り上げた。
その日の放課後は、何処から聞きつけたのか上級生や下級生の生徒達が大勢集まって、ミコトの回復を祝い盛大にパーティーが執り行われた。
そのパーティには山の様に積み上げられていたお見舞い品のお菓子の他に、パーティーに参加した生徒達が持参してきたお菓子もテーブルに並べられ、パーティー会場である一年生寮の食堂のテーブルはお菓子に埋め尽くされると言う壮絶な光景が生み出されてしまう。
そんな二人が歓喜するお菓子尽くしなパーティの最中、一心不乱でお菓子をリスの様に頬張るミコトは先輩達に揉みくちゃにされながら楽しそうに笑っていた。幸せそうにこの場にある温もりを包まれながら笑っていた。
そんなミコトの笑顔に俺達もつられて笑顔になって、ミコトが騒げば俺達も騒いで、そんな馬鹿をやって騒ぐ俺達を見て、様子を見に来ていた千冬姉がやれやれと溜息を吐く。

それはいつも通りの日常。


変わり映えの無い当たり前の毎日。


騒がしくも楽しい日常が戻ってきた。


誰もがそう思い笑い合う。
















そう思っていたんだ。その時は……。









罅割れた器は決して元には戻らない。






その時は刻一刻と迫っていた…。












あとがき
一日にPCに触れる時間が1時間も無い…。
次はいつ更新できるんだろう。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第五十九話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:93701e93
Date: 2015/05/10 23:48

第59話「終わりの足音」



―――Side 織斑一夏


「キャノンボール・ファストかぁ…色々な事があり過ぎてすっかり忘れてたな」

もう目前にまで迫るキャノンボール・ファストの存在を、千冬姉に言われるまですっかり忘れていた俺は頬杖をついて気の抜けた声でそうぼやいた。
ミコトの体調が回復して気が緩んでいるのだろう。身が引き締まらずだらーと自分の席でだらけていて、その見っともない姿はまるで某RPGゲームに出て来るバブルスライムの様である。
―――と、俺がダラダラとしているところ。そんな俺を見かねてセシリアがかみなりが落ちる。

「一夏さん!キャノンボール・ファストが目前に迫っていると言うのに何ですかその体たらくは!見っともないですわよ!」

委員長タイプなセシリアにどうも今の俺の態度がお気に召さなかったらしい。ぷんすかと擬音が聞こえてきそうな程に怒っていた。
そして、そんなセシリアに続いて他の代表候補生たちも俺を叱り始める。

「なっさけないわねー。もっとシャキっとしなさいよシャキッと!」
「そうだよ一夏。それに織斑先生も言ってたじゃない。今度のキャノンボール・ファストではちゃんと結果を出せって」
「まったくだ。情けない結果を出して教官に折檻されるのは貴様なのだぞ?」
「うん。気を引き締めないと…駄目」

だらける俺とは違い代表候補生組は各々やる気に満ち溢れ……ていると言うより、焦っているのか?放課後の自主練もいつも以上に気合が入っていると言うか切羽詰っていると言う感じだ。

「わかってるんだけどな……それにしても皆なんか落ち着きが無くないか?」
「そりゃアタシ達は結果が芳しくなかったら千冬さんだけじゃなくて国の担当官からもお叱りが待ってるからね」
「ええ、わたくしは代表候補を務める代わりに色々と国から援助を受けておりますから、好ましくない結果を出すと代表候補の資格を剥奪されてしまいますの。それだけはなんとしても阻止しなくては…」
「僕はIS適性が高いから性別を偽ってた罪を許されてるところもあるから、良くない結果は出せないよ…」
「祖国の誇りに泥を塗る訳にはいくまい」
「うん。国を代表してる…訳だから…」
「ふ~ん…」

皆それぞれ色んなものを背負っている。その事実を皆の話を聞いて改めて皆が国の代表なのだと認識する。
そう考えるとなんだか皆が遠い世界の人間のように思えてきてしまい、なんだか疎外感を感じてしまった俺は仲間を求めて箒へ話を振った。

「代表候補生って大変なんだな。な、箒?」
「…おい、それでは私もお前の様に腑抜けている様ではないか」

俺と同じ代表候補ではない箒が俺の発言にピクリと反応して異議を申し立ててくる。俺と同類にされるのは気に入らないらしい。凄い不満そうな表情で俺に向けている。

「え?」
「え?ではない!私とて日々鍛錬に勤しんでいる!お前と一緒にするな!」

ダンッ!と竹刀で床を突きウガー!と威嚇してくる箒。
なんと…。まさか仲間だと思っていた箒が裏切っていたとは…。これはもう俺の味方はのほほんさんしかいないのか。そう思い俺はのほほんさんに視線を移すと俺の視線に気づいたのほほんさんは…。

「私だってお菓子を食べるっていう仕事を頑張ってるよー!」

ぷくぅと頬を膨らませてそのダボダボな袖をぶんぶんと振り回して抗議してくる。嗚呼良かった。のほほんさんは何処までものほほんさんだった。

「…何を安心しているのか知りませんけれど、お仲間が居た所で一夏さんが怠けている事には変わりませんのよ?あと本音さん?後でお話があります」
「ぐっ…」
「っ!?うぐぅ~…」

セシリアはじとーっと俺を睨み咎めつつ、尚且つ自身に矛先が向くと予知してこっそり逃げ出そうとしていたのほほんさんを見逃さない。俺とのほほんさんは親に叱られる子供の様にしゅんっと縮こまるしかなかった。
…しかし、確かに皆が言うのも尤もだ。ミコトが元気になったからと言って少し気が緩み過ぎてしまったかもしれない。強くなるんだと決意した手前こんな体たらくでは誠によろしくない。それに、またいつかミコトをあんな目に遭わせた奴が現れるか分からないのだ。今一度覚悟を決めて気を引き締めなおす必要がある。

「………うしっ!」

パンッ!

俺は自らの両頬を思いっきり叩き教室全体にその音を響かせた。そんな俺の突然の行動を見て皆がきょとんとする。

「い、一夏さん?突然どうしましたの?」

俺の目の前に立っていたセシリアは恐る恐る俺に訪ねて来る。む?何だ?人を変な物を見るような目で見てきて…?

「ん?ああ、気を引き締めなおしただけだよ。皆の言うとおり気が緩み過ぎてたからな」
「まぁ、そうでしたの。突然自分の顔を叩くものですから驚いてしまいました。ですが理解して頂けたのでしたら良かったですわ」
「ああ、もう大丈夫だ!」

そう言って俺は少しヒリヒリする顔を引き締めてぐっと握り拳を作ってみせると、セシリアは「やはり殿方はこうでなくてはいけませんわね」と、ご満悦な表情で微笑む。どうやら失望されずには済んだらしい。しかし、それとは反対に…。

「尻を叩かれなければ動かないのもどうかと思うがな」
「同感だ」
「ぐっ…ぬ…」

冷たい視線を向けて来る箒とラウラ。自分が完全に非があるとはいえ、この二人は本当に容赦がない。冷たい視線がグサグサと刺さってとても痛く、再び俺は縮こまってしまう。

「ま、まあまあ。一夏もやる気出してくれたんだからそれで良いじゃない。ね?」

そんな俺を見かねてシャルロットが間に割って入って俺を庇ってくれた。それにより俺に向けられていた視線も弱まる。けれど、その矛先は俺ではなくシャルロットに向いてしまい…。

「シャルロット。あまり甘やかし過ぎるのは一夏にも良くないぞ。大体、いつもお前は一夏を甘やかしてだな」
「あ、あははぁ…。甘やかしてるつもりは無いんだけどなぁ…?」
「いいや甘いな。そんな事だから一夏はいつまで経っても…」

くどくど…。

自身に矛先が向けられて今度はシャルロットがたじたじになってしまう。くどくどと長い説教を受けながら、シャルロットは俺の方をちらちらと見てきて助けを求めて来る。
しかしこの状況を俺に如何にかするのは無理難題に等しい。俺が何か言ったところで「お前が言うな」と返されるだけだ。しかもまた矛先が俺に戻ってくる。と言う訳で―――。

「(すまん!)」
「(ひどいよ一夏!?)」

シャルロットには尊い犠牲になってもらうと言うことで、手を合わせてごめんのポーズをとると、シャルロットはガーンと効果音が聴こえてきそうな表情を浮かべる。そんなシャルロットを見て罪悪感で胸を痛めつつ、「すまぬ。俺にはどうする事も出来んのだ…」と、心の中でそう謝罪するのだった。

―――カランッ…。

……と、俺達が騒いでいるところに何かが床に落ちる音が響いた。
それは小さな音だった。騒がしい教室の雑音にかき消されてしまう程の小さな音。けれど、それが何故かやけに大きく響いたかのように聴こえしまい。教室はしんと静まり返ると皆の視線がその音の発生源へと向けられる。

「……お~?」

皆の視線が集中するの先には、数日間欠席していたため宿題やらが溜まっていて一人自分の席でその処理をしていた、不思議そうに首を傾げて床に落ちた自分のシャープペンシルを眺めているミコトの姿があった。
ミコトは席を立って床に落ちたシャープペンを拾おうと手を伸ばす…。

カランッ…。

…また落とした。
二度三度。拾っては落とし拾っては落としの動作を繰り返して、漸くシャープペンシルを拾うことが出来ると、今度はしゃがんだ体勢から起き上がろうとしてバランスを崩してコテンと尻餅をついてしまう。

「「「「「「「ミコト!?」」」」」」」
「ミコトさん!?」
「み、みこちー!?」

これにはそれまで黙って見ていた俺達も慌ててミコトへと駆け寄ってミコトを抱き起した。

「おいおい!?大丈夫かミコト!?」
「どこか調子が悪いんですの?ミコトさん!?」
「おー…?」

また臨海学校の時の様に突然体調が悪くなって倒れてしまったのではないか。俺達はそれを心配してミコトに訊ねたのだが、尋ねられた本人は俺の腕に抱えられてたまま何の答えずにただ不思議そうに自分の手に持っているシャープペンシルをぼーっと眺めている。

「みこちー?大丈夫ー?」
「?」

のほほんさんは俺の腕をぬっと強引に横から割り込んでミコトの顔を覗きこんで安否を心配する。けれどミコトはどうしてそんな事聞くのかと不思議そうに首を傾げるだけだ。
ミコトは皆の顔を不思議そうに眺めて、そしてもう一度自分の持つシャープペンシルへと視線を落とす。そしてそれから暫くじーっとそのシャープペンシルを見つめていたのだが、急に俺の顔を見て来たと思ったらすっと俺の顔に手を伸ばしてきたのだ。

しかし…。

俺の顔へ伸ばされた手は、顔を通り抜けて明後日の方向へと向かっていき虚空を切る。
俺は何をしているんだ?と首を傾げていたが、ミコト本人もかなり戸惑っている様子で必死に何かを何度も何もない場所を探っていた。そして次第にその表情は怯えへと変わっていく。

「どうしたんだ?ミコト?」
「ぁ……」

俺は心配になってミコトの手を掴むと、ミコトは小さく安堵の声を洩らした。

「本当にどうしたの?気分でも悪いの?」
「ミコトさん?どうなんですの?」
「んー…わかんない」
「分からないって、アンタねぇ…」

分からないって事は無いだろうとは思ったが、言っている本人も本当に分からないようで戸惑っている様子だった。これ以上問い詰めても逆にミコトを困らせるだけだと思いそれ以上深くは問わなかった。
無論、皆納得している訳じゃない。この間の様な事があったばかりだ。また倒れてしまうのではないかと俺達も、クラスの皆も心配そうにしてミコトを見ていた。しかし、そんな中…。

「まさか…もう…なのか…?」

ラウラがだけ深刻そうな表情を浮かべて何かをぶつぶつと呟いていた。
おかしい。こんな時、ミコトに過保護ないつものラウラなら大袈裟なくらいに騒いでいる筈だというに…。

「ラウラ?どうしたんだ?」
「っ!?……いや、何でもない。きっとストレスの所為で疲れが出たのだろう」
「え、はぁ?いきなり何を言って…」

ストレスによる疲れ?さっきのミコトのあの症状はそんなものによるものじゃ無かった。もっと別の何かによるものだ。しかし、ラウラは強引に話を推し進め、ミコトを俺の腕から奪うとミコトを背負う。

「う?ラウラ?」

ミコトはきょとんとした表情でラウラを見上げる。

「念のためだ。ミコトは保健室で休ませてもらおう。本音、教官にそう『報告』しておいてくれ」
「ほぇ?………あっ、うん…わかったよー」

ラウラの言葉に一瞬沈んだ表情を見せたかのように見えたが、やはり気の所為だったかいつも通りのぽややんとした笑顔で、のほほんさんは頷いて返事をすると教室を出ていく。
そして、その後に続くように指示を出したラウラも医務室に向かおうとミコトを背負って歩き出す。

「お、おい!待ってよラウ…」

それを俺は慌てて呼び止めてラウラの肩に手を伸ばしたのだが…。

「―――ッ!」
「うっ……」

振り向きざまに向けられた有無を言わさないその眼力に、伸ばされた手はビクッと止まり俺はたじろいでしまう。その眼はまるで氷の様に冷たく、触れるものすべてを拒むように「触るな」「関わるな」そんな感情が言葉にせずとも伝わってくる様だった。
しかし、その眼を向けられたのは一瞬で、さっきまでの冷たい眼が嘘だったかのようにラウラは微笑んだ。

「……フッ、心配するな。さっきも言った通り唯の疲れによるものだろう。あんなことがあったばかりだ。あまり騒ぎになるような事は避けたい。この事は黙っておいてくれ」
「あ、ああ……そう、だな…」

そう微笑んで背を向けて歩き出すラウラを、俺はもう引き止めようとはしなかった。いや、出来なかった。ラウラのあの眼を見たらそんな気なんて起きる筈も無かった…。
ラウラはまだ状況を呑み込めず不思議そうにしているミコトを背負って教室を出ていく。教室に残されたのは気まずい空気だけ…。

『………』

いつも通りの日常が戻ってきた。俺はそう思っていた。しかし本当にそうなのだろうか?俺はラウラが去って行った出入り口を眺めながら、そんな疑念を抱かずにはいられなかった…。












――――Side 織斑千冬


「……老衰化が進んでいます。それも凄まじい速度で」
「…そうですか」

精密検査の結果が出たと聞いて、医務室へとやって来た私に保険医は一番初めにそう告げたのはそんな無情な台詞だった。
その報告に私は目を閉じて頷くしかなかった。分かっていたのだ。先日の事件がミコトの心と身体に大きな負担になっていたことも、それが身体に何らかの形で影響を及ぼすであろうことも…。

「殆どの臓器機能が60%程まで低下しています。正直、よく今まで普通に生活できていたのかが不思議なくらいです」
「我慢していたのでしょう。あれは人一倍我慢強い奴ですから」

身体の異変に気付かなかったと言う可能性もあるだろうが、あの少女は自分の死期を悟っていた節があった。こうなる事を予想して黙っていたのかもしれない。

「………それで、いつまでもちますか?彼女は」

本当はこんな事は聞きたくない。オリヴィアと親しくする者達の事を考えると、胸が苦しくなって事実を聞くことを拒みたくなる。しかし、自分は大人でそれと同時に教師だ。目を逸らすことは許されない。だから訊ねた。彼女が何時まで『生きられる』のかを…。

「いつその時が来ても可笑しくないです。先程も言いましたが、本当によく今まで普通に生活できていたのかが不思議なくらいなんです」
「………」

保険医の沈痛な面持ちで告げられたに現実に、ガツンと頭を殴られたかのような衝撃が奔り視界が大きく揺れ、身体のバランスが崩れそうになるのを何とか足に力を込めて耐えた。

「そう…ですか…」

いずれは来る事だと覚悟していた。そう遠くなる未来必ず訪れる事だと…。しかし、まさかその時がもう目前にまで迫って思いもしなていなかった。もしかしたら無意識のうちに甘い考えを抱いていたのかもしれない。まだ大丈夫だと、まだ時間はあると…。

「いつその時が来ても可笑しくない…」

もう一度、自分に言い聞かせるように復唱する。その瞬間脳裏に過ぎったのは自分の弟や生徒達の笑っている光景だった。その光景はどれも傍にはあの少女の姿があった。どれも幸せそうで温かな光景であった。その光景を思い描く度に胸が痛んだ。その時が来たとき、彼等一体どうなるのだろうと…。

「今すぐ設備の整った病院に入院させるべきです。少しでも長く生き長らえさせたいのなら…」
「……」

この医務室もISという兵器の取り扱うこの学園のものなだけあって、並の病院以上の設備は整ってはいる。しかし、病気などと言ったものとなるとやはり病院の方が設備も環境も上だろう。保険医の判断は正しい。オリヴィアを少しでも延命させたいのなら病院に移すべきなのだろう。しかし…。

本当にそれで…良いのか?

私は廊下の窓から見える青空へと目をやる。空はいつもと変わらず青く澄み渡り何処までも続いてた。
オリヴィアを病院に移す。そうなればあの少女は残りの人生を病院の狭い一室で送らなければいけなくなる。残った時間をずっと病室の小さな窓から見える狭い空を眺めながら生きて……そして死んで逝く事になるだろう。しかし、それは果たして生きていると言えるのであろうか?自由を奪われ、夢を奪われ、狭い部屋に閉じ込められて、ただ無意味に生かされる余生に何の意味があるのか?それはあの少女が最も嫌うものではないのか?

「オリヴィアは今まで通り学校を通わせる。最後まで、普通に生活できるまで…」
「は?しょ、正気ですか織斑先生!?先程も言ったでしょう、いつ倒れても可笑しくないんですよ!?」

私の発言に保険医は信じられないと言った面持ちで私に考えを改めるよう説得してくるが、私は決定を曲げる気は無かった。最後まであの少女の好きにさせよう。そう決めたのだ。

「例えそうだとしてもオリヴィアはそれを望むだろう。そして、あの子の母親も…」

あの少女の母親は娘の幸せを願った。だからこそ先が短い人生であったとしても少女をIS学園へと送ったのだ。己の命を犠牲にして…。

「どれだけ長く生きたかではない。どんな生き方をしたか。それが重要なのだと私は思う。少なくともあの少女には…」
「ですが…」
「貴女の言うことも正しいだろう。生きていれば良いこともあるかもしれない。しかし、それは人並みに人生を謳歌した人間だからこそ言える言葉だ。あの少女は余りにも生きてきた時間が短すぎる。やりたいことも殆ど出来ていない。それなのに残りの人生を病室に閉じ込めて自由を奪って何があの少女のためになると言うんだ?」

あの少女は生まれて1年するかどうか程度の時間しか生きていない。その短い時間の中でどれだけ少女のしたかったことが出来たであろうか。殆ど出来ていない。時間さえあれば人並みの幸せを得られたかもしれない、人並みに恋をすることだって出来ただろう。けれどそれは許されない。ならば残り短い時間を少女の好きに使わせてあげるのが、少女にとって一番ではないのか?少しでも長く生きてもらいたいと言う周りの感情ではなく、少女の望むようにさせてあげるべきではないのか?私はそう保険医に説き、保険医もそれ以上は何も言わなかった。

「………オリヴィアさんにこの事は?」
「伝えない。生徒達にもだ。ボーデヴィッヒや布仏も含めてな」
「よろしいのですか?あの二人はオリヴィアさんの監視役なのでしょう?」
「あの二人もいっぱいいっぱいの状態です。事実を伝えてられて普段通りに振る舞うのは無理でしょう」

それはもう以前の事件で証明されている。今度オリヴィアの身になんかが起きればボーデヴィッヒは勿論、笑顔が絶えなかった布仏も自分を見失わないでいられるはずが無い。あの二人ももう限界に近い状態なのだ。

「事実は教員と生徒会長の更織姉だけに伝える」
「…わかりました」

保険医はそれだけ言うと、この話を切り上げて今後どのようにオリヴィアの生活をサポートしていくかの話へ移っていく。常に目が届く距離に教員を配置、専門の医療スタッフを学園に常置、24時間万全の態勢でオリヴィアをサポートをするなどといった話し合いが行われた。









今後の対策の話を終えた後、私はオリヴィアが休んでいる医務室へと足を運んだ。
実のところあまりにも急な事態にゴタゴタしてしまい、オリヴィアの様子を実際に自分の目で確かめていなかったのだ。保険医の話では今のところ表面上では何の症状は出ていないとのことだが、一度この目で確かめておく必要があった。

「オリヴィ―――」

医務室のドアの前でノックしようと伸ばした手がピタリと止まる。
部屋の中から複数人の楽しそうに会話する声が聞こえてきたからだ。それもその声はどれも聞き覚えのある声ばかり。私はそっとドアを少しだけ開けて中の様子を覗き込むと、そこにはやはり一夏達いつものメンバーが楽しそうにミコトと談笑していた。

「まったく!いきなり医務室に運ばれるから心配したのよこの馬鹿!」
「ん。すまぬ…すまぬ…」
「また何か変な言葉覚えてる…」

まったく、何をやっているのやら…。

普段と変わらぬ馬鹿な会話にクスリと笑みを零した。

「でもほんとに良かったよー。何にも無くてー」
「だから言っただろう。疲れによるものだと。お前達が大袈裟過ぎなのだ」
「いや、お前に言われたくないぞラウラ…」
「ですわね」
「セシリアもな」
「ですの!?」

………。

幸せが、ぬくもりが、そこにはあった。この日々が何時までも続くと疑わない子供たちの笑顔がそこにはあった…。

私は医務室から背を向けて歩き出す。目的は果たした。ならば私が此処にいる意味はもう無い。
医務室から漏れて来る笑い声を背に受けながら私は廊下を歩いて行く。いつまでも聞こえて来る笑い声。それを聞きながら私はギュッと拳を握りしめて、世界の非情さと、己の無力さを恨んだ…。

終わりがもうすぐそこまで来ていた…。




[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第六十話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:93701e93
Date: 2015/07/20 22:41


「いよいよ『キャノンボール・ファスト』も目前だな。今日から高速機動調整が始まるんだっけ?」
「うん、そうだよ。僕は違うけど他の専用機持ちは本国から高機動パッケージが送られてきてるんじゃない?」
「ぶぅ…」

HR前の朝の教室はいよいよ目前にまで迫った『キャノンボール・ファスト』の話題で盛り上がっていた。
閉鎖的なIS学園が唯一学園外で行う行事でもあり、尚且つ一月も延期されたこともあって生徒たちの関心は異常とも言えるものだった。しかも今年の一年は専用気持ちの代表候補生が多数居る。各国の新型が競い合うのを生で見る機会なんてそうそう無いので盛り上がってしまうのも無理もない。

「え?俺は何も聞いてないぞ?」
「私もだ」
「あんた達はそんなもの必要ないくらいの高スペックでしょうに…」
「ぶぅ~…」

俺と箒はきょとんとしてお互いを見合わせる。俺はISについて素人で、箒に至ってはISに関心が薄い。凄い機体と言うイメージだけで、実際に自分がどれだけ凄い機体に乗っているのかあまり良く分かっていないのだ。

「まったくこの人たちは…」
「もう少し危機感を持て。お前達の持つ機体は世界を技術を一段飛びぬけた物なのだぞ?」
「ぶぅぅ~…」

セシリアとラウラがこめかみに手を当ててやれやれと溜息を吐く。そんな二人の反応に俺と箒はムッとする。

「そ、そんなことくらい分かっている!」
「そ、そうだそうだ!」
「これ、分かって…ない…」

ついには簪にまで呆れられてしまう。誠に遺憾である。

「ぶぅ~~~~!」

…あえて無視してたんだがなぁ。
こうも構ってくれと言わんばかりの自己主張が激しい大きな鳴き声を上げられてしまっては無視するわけにもいかない。

「…どうしたんだ?ミコト」
「ぶぅ~…」

先程からぶうぶう鳴いている子豚…もといミコトに話しかける。
すると、また珍妙な鳴き声をあげて机に顔を乗せたままぷくぅ~お餅みたいに頬を膨らませるミコト。見るからにご機嫌ななめで、先程の大きな鳴き声で何事かとこちらに視線を向けていた周りのクラスメイト達はそれを見て苦笑を浮かべる。

「みこちーはねー不貞腐れてるのー」
「ぶぅ…」
「不貞腐れてる?」
「最近ーお空を飛んでないからー不貞腐れてるのーつまんないってー」

ああ成程。そういう事か。

よくよく考えれば理由なんて分かりきった事だった。ミコトの体調不良の所為もあってか、ここ最近のミコトの行動制限はとても自由と呼べるものではなかった。今もこうして学校に登校して普段通りに生活している様に見えるが、ISを使う実習授業では一切のISの使用を禁じられており、空を飛ぶことを誰よりも大好きなミコトにとってそれは不自由としか言いようがないだろう。
…しかしまあ、IS以外を除けばいつもと変わらない生活ではあるのだ。空を飛ぶことが大好きなミコトには可哀想だとは思うが、ここ最近はミコトの体調は優れないみたいだし大人しくして貰うほかないだろう。

「これではキャノンボール・ファストに向けての高速機動調整も行えませんわね…」

不貞腐れるミコトをあやす様に頭を撫でながらセシリアはそう呟く。

「高速機動調整ってそんなに大事なものなのか?」
「う、うん…。標準装備は高機動パッケージの有無とか、駆動エネルギーの分配とか…スラスターの出力調節とか全然違う…から」
「当日に調整してぶっつけ本番でやるのはまず無理ね」

…ふむ。

おれはそれを聞いて考える仕草を見せたあと、ふとある事を思いつきにやりと笑みを浮かべる。

「おっとぉ?これはもしかするとミコトに勝てちゃうかもしれないな!にしし!」
「むぅ~!?」

今まで一度たりともミコトに勝ったことがない俺は、男のプライドの所為か初白星をあげるチャンスだと、ついちょっと意地悪な事を言ってみてしまう。
すると、そんな俺の挑発にミコトは見事に反応して頬の膨らみ具合が焼き餅のあのぱんって破裂するギリギリぐらいまで膨れ上がる。

「一夏ってば。ミコトに勝つとはまた大きく出たね」
「いや分からないぞ?俺だって最近は模擬戦の勝率も上がって来てるしな!」

楯無先輩の地獄の特訓で確実に俺は成長している。それは日々の実機訓練で実感していた。そのうえミコトはここ最近実機訓練を行っていないためブランクもあり、しかも機体は未調整のまま大会に挑まなければならないときた。それでも実力の差は歴然ではあるが、ミコトに勝てる可能性はゼロではないだろう。

「ぶぅ…一夏の勝率なんてスパ〇ボの命中率くらいにあてにならない」
「ほんと何処でそんな知識覚えて来るんだよ!?」
「回避率一桁で被弾…うっ、頭が…」
「いや、簪も何でダメージ受けてんのさ…」

何故か簪の方にまで被害が…。きっとこのネタを教えたのは簪なんだろうなぁ…。

「今日のミコトさんはいつになく毒舌ですわね…」
「相当鬱憤が溜まっているのだろう。大好きな実機訓練も見学させられているしな」

そう言いつつ箒は餅の様に膨らんだミコトの頬をつんつんと突く。

「ぶぅ~…ぶぅ~…」
「ああ、また豚に戻っちゃった…」
「でも少し厳しすぎじゃないか?これじゃあ調整もせずに当日挑むことになるぞ?」
「…仕方が無いだろう。ミコトはここ最近体調が優れないのだから大事をとるのは当たり前のことだ」
「そーだねー」

珍しくミコトに甘々なのほほんさんとラウラがミコトを擁護しない。いつもならミコトが可哀想だとか言いそうなものなんだが…。まあ、過保護だからこそのこの慎重さなのだと考えれば不自然ではないか。

「そもそもミコトのイカロス・フテロは高機動専用の機体だ。高機動調整は既に済ませてある。必要なのは我々だけだ」
「え?あっ…そうか」

ラウラに言われてそう言われてみればと納得する。そんな俺の反応を見てラウラは頭を抱える。

「今までずっとミコトを一緒に過ごしてきただろうに何故気づかなかったのか…」
「いやあ、他の機体は高機動パッケージとか普段装備してないからさ…」
「学園内のアリーナでそんなもの使えれる訳ないだろう。狭すぎて性能の60%も活かせんわ」
「いや、でもミコトは…」

物凄い機動でアリーナ内をすいすい飛び回っていると言おうとしたが、ラウラはそれを遮る。

「ミコトの操縦センスが異常なんだ。貴様との技量差など天と地の差があると知れ。それとも何か?貴様は本当にミコトより操縦技術が優れているとでも?ほぅ…」
「はい!生意気言ってすいませんでした!」

絶対零度のラウラの瞳に睨まれ、俺は即座に土下座する勢いで頭を下げる。情けない。情けないぞ自分。こんなへっぽこな俺がミコトに勝とうだなんて思い上がりも良い所だったのだ。ぐすん…。

「一夏。かっこわるいよ…」
「思い上がった馬鹿は放っておくとして。高機動調整と言うのは何をすれば良いのだ?皆の話を聞いていると高機動パッケージやら何やら出て来るが、私はそう言った話は何も聞かされてないのだが…」
「さっきも言ったけど、箒の紅椿は元々のスペックが高いから必要ないんじゃないかな?スラスターの出力調節だけで十分だと思うよ?あっ、一夏の白式もね」
「何せあの篠ノ乃束博士のオーダーメイドだからね。全てにおいて高スペック。後付の高機動パッケージなんていらないでしょ」
「そう…か…そうだな…」

篠ノ乃束博士のオーダーメイドという言葉に箒は表情を曇らせる。どういった経緯で箒が束さんに紅椿を求めたのかは知らない。けど、自分だけ世界に少数しかない貴重なISを、しかも度の機体よりも優れた高性能な機体を簡単に手に入れたことに負い目を感じているのかもしれない。

「なら、高機動調整とやらが必要なのは私と一夏、あとミコトを除いた専用機持ちだけか」
「あっ、ううん…私は参加しないから…」
「む?そうなのか?」
「う、うん。私の打鉄二式は標準装備を優先したから高機動パッケージは全然手付かずなの…。だから参加は無理かな…」

そう言えばイカロス・フテロβのお披露目の時にそんなこと言ってたな……うん?

「あれ?それって不味いんじゃ…」

以前、千冬姉が今回の行事は各国各企業のお偉いさんが来ると言っていた。そんな大事な行事に不参加と言うのは代表候補生として良くないのではないのだろうか?同じ事を思ったのか、簪と同じ代表候補生と言う立場であるセシリア達も表情を曇らせて心配そうに簪を見ていた。

「査定に響かないか?」
「査定?」

ラウラの口から出た聞きなれない単語に俺は首を捻る。

「貴重なISを預けるんだ。当然それに相応しいかどうか定期的に審査がある。IS学園に入学したのなら学校行事の成績も審査に含まれるだろう」
「あっ、そうだよな…」

唯でさえ数が限られているんだ。そんな貴重なISコアを結果の出さない人間に預けておける訳がない。当然それを判断するための審査がある筈だ。ラウラが言う査定と言うのはその事を言っているんだろう。

「で、そこんところは大丈夫なの?」
「うん。打鉄二式を完成させたから…それの分が評価されて±0ってところ、かな…」
「いや、むしろプラスなんじゃない?」
「ええ、国の方が無責任に放棄した未完成の機体を完成させたんですから、それくらいが妥当な評価ですわね」
「そ、そうかな…?」
「そうよ。だからあんたはもうちょっと自信持ちなさい!」
「あうっ…」

ばんっと強く背中を叩かれて少し痛そうに呻き声を上げる。
鈴の言う通り簪はもう少し自信を持った方が良いかもしれない。何せ個人でISを完成させたのだ。とても凡人が出来る事ではない。

「かんちゃんはーこれでも変わったほうだよー?ねー?」
「ぶぅ?…ん。簪、かわった」

豚が人語を喋った。いやミコトなんだが。俺達が話している最中もぶうぶう鳴いていたミコトがのほほんさんに同意を求められて頷く。

「そんなことな…くない、かな?うん…自分でもそう思う」

二人の言葉を否定しようとした簪であったが、何か思うところでもあったのか途中から否定から肯定的なものへと変え、その表情も何処か先程とは違って見えた。それを見たミコトとのほほんさんは何故か満足そうであった。

「なんか良く分からないけど、自信が持てたのならそれでいいわ。あんたも国を代表してるわけなんだからシャキッとしないとね」
「う、うん!がんばる…!」

むんっと胸の前で両手をぎゅっと握って意気込む簪。
簪とはそれほど長い付き合いではないが、確かにミコトとのほほんさんが言うように今の簪は初めて出会った時より自信に満ちた顔をしている様に思えた。ミコトの事でそれどころではなく気付けなかったが、俺の誕生日の日に楯無先輩との決闘が切っ掛けで彼女を変えたのだろうか?

「でもーキャノンボール・ファストにはー参加できないんだよねー代表候補生なのにー」
「ほ、本音ぇ…」

折角人がやる気に満ちているところを台無しにされて、簪はのほほんさんを若干涙目になりながら恨めしそうに見る。

「お前は…」
「台無しですわ…」
「たはは~めんごめんご~」

皆から向けられる批難の目に、のほほんさんは笑って誤魔化した。
しかしその時間、抜けた笑い声とは正反対の冷ややかな声が静かに教室に響いた。

「…で?いつまで馬鹿騒ぎを続けているつもりだ?もうとっくに予鈴は鳴っているのだが?」

『ひっ!?』

びくりと俺達は肩を震わせて恐る恐るその声のした方へ振り向くと、そこには教室の入り口で、今か今かと振るわれるのを待ち遠しそうにしている出席簿を手に持った千冬姉が教室の入り口で立っていた。

「朝から騒ぎおって、廊下まで聞こえていたぞ」

『す、すいません…』

しょぼんと頭を下げる俺達。場所が教室でなければ正座をする勢いだ。

「キャノンボール・ファストが目前でやる気を出すのは構わんのだがな。しかし更織。幸か不幸かお前の気鬱も無駄となったぞ」
「え?」
「千ふ…織斑先生。それってどういう事だ…ですか?」
「それは後で説明する…貴様ら!もう予鈴は鳴っているぞ!さっさと席に着け!凰、更識、貴様らも自分の教室に戻れ!」

「「は、はいぃ~!?」」

蜘蛛の子を散らす様にして鈴や簪、それに他の生徒達も自分の席や教室へと戻っていく。それを確認してから千冬姉は教卓の前に立ち、朝のHRを始めた。








第64話「破綻」







――――Side 織斑一夏


「あり得ませんわっ!」

朝のHR。担任である千冬姉の話を聞いて、ばんっと机を叩いて立ち上がり大きく声を上げたのはセシリアだった。

「高速機動調整なしでキャノンボール・ファストを行うと言うんですの!?そんなの前代未聞ですわ!」

千冬姉の話にざわめく生徒達。HRで俺達が千冬姉に聞かされた内容。それは目前にまで迫ったキャノンボール・ファストを高速機動調整なしで執り行うと言う信じられないものだった。

千冬姉がさっき言っていたのはこの事だったのか…。

「前代未聞も何も、そもそもISはそこまで長い歴史でもないだろう。ルールの変更などこれから幾らでもある」
「それは…そう、ですけど…」

ISが世に生まれてまだ10年も経っていない。千冬姉の言うことは尤もだ。だけど…。

「ですが、キャノンボール・ファストはその高機動戦こそ華だと言うのに…」

美しさに意識が高そうなセシリアはやはり気に入らないらしい。他のクラスメイト達もセシリアと同じ意見のようで不満の声を漏らしていた。
俺もテレビでキャノンボール・ファストの様子を見たことがある。高速で空を舞い競い合う戦乙女達。その姿は見る者すべてを魅了する程に美しく、そして勇ましかった。そう思わせる程の競技の目玉を損なわせるのは確かに如何だろうとは俺も思う。

「貴様も代表候補だというのならその技で魅せてみろ。それとも貴様にはそんな技量も無いのか?」
「ぐっ…!」

千冬姉は挑発的な笑みを浮かべてそう言い捨てると、カチンという音が聞こえてきた気がした。

「やってやりますわ…ええ!やってやりますとも!このセシリア・オルコット!その様な些細な事で美しさが損なわれると思ったら大間違いですわ!」

プライドを刺激されて簡単に挑発に乗せられてしまう。セシリアェ…。

「(ちょろい…)」
「(ちょろ過ぎる…)」
「(セシりんマジチョロイン)」

むふんと胸を張って自信有り気なセシリアを、俺達は憐れみにも似た感情の籠った目で見守るのであった。それで良いのか代表候補生…。
しかし、事が荒立つようなことにならないで良かった。仮にも国を代表している者が騒げば周りにも大きく影響を与えかねない。大きなイベントの前に大袈裟かもしれないがもう暴動なんて起きれば目も当てられない。千冬姉がセシリアに標的を絞って挑発したのもそれが目的だったのだろう。権力を持っている代表候補生が黙れば、何の後ろ盾の無い一般生徒は大きな声を出すことは出来ないのだから。
そして、もう一人のプライド高い代表候補生はと言うと…。

「………」

ラウラは何か真剣な面持ちで何かを考えているようだった。恐らくキャノンボール・ファストについて考えているんだろう思うだが、セシリアとは違って不満を抱いているようには見られなかった。

…でも。

ちらりと俺は専用機持たない一般生徒達の方を見る。

「技で魅せろったって…ねぇ?」
「私達は専用機も無いから搭乗時間も短いのに…」
「こんな事ばかりだよね。学校行事が中止になったり…」

皆が皆セシリアの様にはいかない。不満に思っている生徒はやはり多い。何せこれまでの行事の殆どが問題が発生して中止になっている。今回もそうだ。そろそろ生徒達も不満もそろそろ限界になりつつあった。

「不満は多々あるだろうが、これはもうIS委員会で決定したことだ。もう覆らない」

『………』

文句を言うだけ無駄だと言う様に千冬姉はそう告げた。ISを管理する最高機関であるIS委員会がそう決めたのなら一般生徒はもう黙り込むしかない。

「話は以上だ。今日から行われるはずだった高速機動調整は通常の実技演習を行うのでそのつもりでいる様に。ではこれでHRは終了する」

HRを済ませると千冬姉は早々に教室を出ていく。千冬姉が去って行った教室には嫌な沈黙だけが残った…。









「ったく、何だってのよ!キャノンボール・ファストの時期がずれたから、完成が遅れてた甲龍の高機動パッケージは間に合うと思った矢先のこれよ!」

ずるずると不機嫌そうにラーメンを啜る鈴。
昼休憩となり食堂に集まった俺達の一番に出た話題はやはりというはキャノンボール・ファストについての事だ。

「やっぱり他のクラスでも同じこと言われてたんだ…。本当どうしたんだろうね…?」

簪も突然のキャノンボール・ファストの規定変更に戸惑った様子だった。簪だけじゃない。食堂に居る生徒達もその事についての話題ばかりで、どの生徒の表情も簪と似たようなものだった。

「無論何か訳があるのだろう。理由も無しにこんな急な規定変更をする訳がない」
「何かって何よ?」
「それは…私に聞くな」

ぷいっと箒は顔を背ける。

「とりあえずー私が言えることはー」

はいはいーいとダボダボの袖を振り回してのほほんさんは手を上げると、皆がなんだなんだとのほほんさんの方へと視線を向ける。

「みこちーが勝った!第3部完!」
「むふぅー♪」

どっかのクイズ番組の優勝者がしそうなポーズをとって、さっきの仕返しと言わんばかりのドヤ顔を見せ付けて来るミコト。そのドヤ顔を見た俺達は盛大にずっこけた。

「だからそう言うのを何処で覚えて来るんだよ…」
「本音さん。また貴女は…」
「そこで一番に私の所為にするのはーどうかと思うのー。遺憾の意を表明するー」
「でも本音なんでしょ?」
「てへぺろ☆」

『イラッ』

「……まあ高機動調節済みというか、高機動用ISであるイカロス・フテロが圧倒的有利なのは当然だよね」
「そうね。はぁ…これで勝機は完全に消えた訳かぁ」

鈴はそう嘆くと最後に残ったナルトを口に放り込む。
完全高機動専用のイカロス・フテロと標準装備の機体ではどうチューニングしたところで前者に敵う筈もない。そこにミコトの操縦スキルも加わればもうその差は歴然だ。もうだめかもわからんね。

「情けないですわよ鈴さん!高機動パッケージが無くともミコトさんに勝て―――」
「勝てるの?」
「勝…」
「勝てないわよねぇ?」
「ぐっ…」
「意地張らない方が良いと思うぞ?」
「うっ……か…勝てますわよぉ!」

シャルロット、鈴、箒の3人にちくちくと苛められて、ちょっと涙目になるセシリア。哀れ…。

「どやぁ…どやぁ…」
「こぉら、調子に乗らないの」
「あぅ…」

シャルロットにぺチンと頭を叩かれて叱られる。子供って覚えた言葉を使いたくなるから仕方が無いね。

「高機動調節…標準装備…勝てない…やはりそういうことなのか…?」
「…ラウラ?」

朝のHRから今まで一切喋らず何かを考え込んでいたというのに、突然ぶつぶつと言い始めたラウラを俺は心配になって声を掛ける。

「…いや、何でもな…くはないか。しかし此処で話すのは不味いな」
「は?何を言って…」

言っている事の意味が分からずに、俺はそれを訊ねようとしたのだが、ラウラはそれを無視すると突然席を立ち、食べかけの昼食を放置して食堂の出口へと向かって歩き出した。

「場所を変えよう。ついて来い」
「えっ?お、おい!?待てよラウラ!?」

そう言って食堂を出ていくラウラを俺達は慌てて後を追った。









「あら?皆お揃いでどうしちゃったの?」

ラウラの後に追ってやって来たのは生徒会室。
生徒会室に入ると楯無先輩は予想外の来客だと言う台詞で、しかしその表情は俺達がやって来るの予想していたかのように俺達を迎え入れてくれた。

「いや、そのぉ…」

どうしたのかと聞かれても俺自身がそれを聞きたい。如何して自分達は此処に連れて来られたのだろう?俺達は戸惑っているとラウラが口を開く。

「キャノンボール・ファストの事について聞きたいことがある」
「ああ、例の規定変更についてね。私も急な変更で驚いたわ~」

そう言って彼女は扇子を広げて口元を隠す。その芝居がかった話し方は、彼女が言っているのは嘘だと言うのを容易に判断出来た。

「無駄話をするつもりは無い。私の質問にだけ答えろ」
「お、おいラウラ…!?」

あまりにも高圧的な態度に流石に先輩に対して不味いと思い俺は止めようとする。だが、それを楯無先輩の方が止めた。

「待って一夏君。質問?何かしら?」
「今回のアレは開催当日に起こるテロに対しての対策か?」

『っ!?』

ラウラの口から飛び出してきた衝撃的な言葉に俺達は驚愕する。しかし、楯無先輩だけは笑みを崩さないでいた。

「…ふ~ん、其の心は?」
「キャノンボール・ファストを高機動調節なしで行うと言うあり得ない規定変更。これは戦力を低下を防ぐための物だろう?」
「そっか、だからあんな…」

高機動調節をすればそうしても機動性を重視してしまうために火力を犠牲にしなければならない。そうなれば機体の本来の性能を活かせなくなってしまい、戦力の低下は避けられない。今回の急な規定変更はそれを回避するためのものだったか。

「成程、でもただのテロリストにそれはやり過ぎじゃない?仮に高機動パッケージをインストールして火力が低下しても並の武装じゃISには敵わないわよ?」
「そのテロリストがISを使ってきたとしたら?」
「!」

学園祭の時オータムと名乗った女の事が脳裏を過ぎる。奴は自分の所属する組織の事を『亡国機業』と名乗りISに乗って俺を襲ってきた。ラウラが言っているのは奴らの事か?

「今年の学園行事には全て何らかのアクシデントが発生していた。しかもどれもISが関わった緘口令が敷かれる程の大事件ばかりだ。そして、その立て続けに起こった事件。その陰には常に『亡国機業』の姿があった」

ラウラの暴走事件。福音事件。そして学園祭。どれもその裏には奴らの影があった…。

「奴らはただのテロリストじゃない。ISを保有する巨大な犯罪組織だ。それに備えて無茶を通して備えるのは当然だろう?いや、それでも足りない位だ」

ラウラは如何なんだ?と視線で楯無先輩に問い詰める。すると、楯無先輩はクスリと笑みを零し…。

「クスッ…うん。流石は特殊部隊の隊長さんね。大正解。補足するならテロは予測ではなく確定しているってことかな」

確定している?まるで誰かに聞いたかのような言い草だ。

「学園祭で襲撃犯の一人を拘束したのは一夏君も知ってるよね?]
「えっと…オータムって奴ですよね?」

俺の白式を奪おうとした奴だ。忘れたくても忘れられない。

「そいつが吐いたのよ。組織の情報は一切聞き出せなかったけれど、キャノンボール・ファスト襲撃計画だけは、ね」
「…引っ掛かるな。何故その情報だけ聞き出せた?」
「それね。どうも怪しいのよ。まるで此方がそうするように誘導されているみたい。イベント開催日に其方を襲うのでそれに備えて下さいってね…」
「如何してそんな事を…」

警備が厳重になればそれだけ奴等も襲撃するのが困難になるって言うのに、何故そんな犯行予告をするような真似をしたのだろう?一体奴らは何を企んでいるんだ?

「分からない。でもだからと言って何もしない訳にもいかない。後手に回るしかない此方はそれに備えるしかないの。それが誘導されていると分かっていてもね」
「中止にするべきですわ!当日には民間の方々が大勢いらっしゃるんですのよ!?」
「今回のキャノンボール・ファストはIS学園で行われる行事の中でも大きなイベント。しかも今回は市との合同でのイベントだから中止には出来ないの。延期の件も結構無茶したんだから」
「そんな、人命がかかっているんですよ!?」
「ご老人というのは面子を気にする生き物なの。悉く中止になった学園行事。これ以上学園行事を中止することになれば、何のためのIS学園なのか存在意義が問われてくる」

―――この上情けない醜態を晒してみろ。IS学園の威信にも関わる。

以前、千冬姉が俺達に言った言葉を思い出す。

「でも、だからって…」
「なら今後も連中を恐れて行事を中止するの?それこそ本当にIS学園が必要と無くなってくる。なら、今回のキャノンボール・ファストで奴らを一網打尽にすることをIS委員会は選んだ」

『………』

とても良手とは言えてない。何も一般人が多く関わるこの行事でそれを決行する必要はない筈だ。どうせ学園行事を利用して奴等が襲撃してくるのなら、今回の行事は中止して次の行事で備えればいい。学園内ならこちらの方が有利なのだから。
けれどそれは出来ない。度重なる学園行事の中止。これ以上学園側としても行事を中止することは出来ないのだ。もし奴等がそれを狙ってやっていたのなら、俺達はずっと前から奴等の術中に嵌っていたと言うことなのかもしれない。

「当然出来る限りの戦力は配置するわ。貴方達専用機持ちは勿論のこと、教員が搭乗した学園が所有するISも数機配備される予定」

学園の所有するISと俺達専用機持ち。確かにとんでもない戦力と言える。普通ならこんなところに襲撃しようとは思えない。それも予告までして…。奴等は何を考えているんだ?

「…本当に襲撃してくるんですかね?」
「来ないなら来ないでいいんだけどね。IS学園の評判を落とすのが目的なら一応今回の件も納得は出来るわ。高機動調節なしでのキャノンボール・ファストなんて見ていて面白くないもの。でも…」

ぱちんと音を立てて扇子を閉じると、楯無先輩は真剣な表情で俺達を見据えた。

「必ず来る。私の勘がそう言ってる」

彼女は断言する。IS学園最強の勘がそう告げているのだと。
たかが勘だ。そんなものは妄言でしかない。けれどその言葉は彼女の目を見れば口にすることは出来なかった。必ず起こる。その目はそう確信に満ちていたから…。

「ミコトちゃん」
「う?」

俺達がなんの話についていけず、退屈そうにぼーっとしていたミコトに楯無先輩は声を掛ける。

「貴女が楽しみにしていたイベントをこんなことにしてしまってごめんなさい…」

本当に申し訳なさそうに、そして、とても悲しそうに彼女は頭を下げた。
それを見て俺達は目を丸くする。あの周りの人間を巻き込んで好き勝手に大騒ぎをする生徒会長が頭を下げて謝ったのだ。

「んーん、たっちゃんがんばってる。わたし知ってる。たっちゃん悪くない」
「ミコトちゃん…」

気にするなと言う様にミコトはぽんぽんと楯無先輩の肩を叩きながらそう言った。

「関係ない。わたしは飛ぶだけだから。何があっても飛ぶだけだから。だから関係ない。たっちゃんは悪くない」
「……ありがとう」

ミコトに許されて楯無先輩は感謝の言葉を述べた。けれどどうしてだろう?その表情は許されたと言うのに何故か曇ったままだった。それはまるで謝ったのは別の理由があるかの様に…。

「…さて!話はこれで終わり?なら申し訳ないけど私はちょっとこれからやる事があるんだな~」

けれどそれも一瞬ですぐにいつも通りの彼女へと戻った。さっきまでの暗い表情は見る影もない。気のせいだったのだろうか?

「…ああ、要件はこれで終わりだ。忙しいのにすまなかったな」
「ううん、気にしないで♪私は皆の生徒会長だから♪困ったことがあったらいつでも頼ってね♪」
「あ、はい。お騒がせしました。失礼します」
「しましたー」
「ましたー…」
「うん♪バイバーイ♪」

にこやかに手を振って見送られながら俺達は生徒会室を出た。





「本当、ごめんね…ミコトちゃん」












「テロ、かぁ…。非日常な学園に来ちまったなぁ…」

生徒会室を出たあと、俺は箒達と廊下を歩きながら自分が入学してしまった学校が改めてとんでもない場所だったのだと思い知らされてぼやいていた。

「何を今更。あんたの場合はこの学園に入学する時点で非日常でしょうに」
「同感だ」

プツンッ…。

「………ぁ」

呆れ顔で言う鈴と箒。いや、確かに男の俺が女の園であるIS学園に入学するのは非日常かもしれんが…。

「いやいや、俺が言いたいのはだな。平穏な日常は何処に行ったんだってことだよ」
「あはは、物騒な事件ばかりだもんね…」
「だろ?此処は世界で一番治安が良い筈の日本だってのに」
「っ………」
「?」


その時、俺は気付いていなかったんだ…。


「………」
「みこちー…?」


平穏な日常なんて―――。


ポタッ…。

赤い雫が廊下に落ちる。

「っ!?み、みこちぃ!?」
「―――ぇ?」

のほほんさんの悲鳴に皆が一斉に振り向く。

そして、俺達の目に映ったは…。

目、耳、鼻、口…。いたる所から血の流し、白い制服をその血で汚してふらふらと今にも倒れそうに立っているミコトの姿だった…。

ドサッ…。

ミコトが力無く地面に倒れ伏す。

「ミコト!?」
「ミコトさん!?いやあああああああ!?」


―――もう既に終りが訪れていたことに…。




あとがき

あかん…。




[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第六十一話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:93701e93
Date: 2016/07/24 13:52

学園の廊下で血塗れとなって倒れたミコトはすぐさま病院へと担ぎ込まれた。付き添いとして一夏達も病院へ同行したのだが道中の事はあまり覚えてはいない。気がつけば一夏達は入室を許されず閉め出された救急処置室のドアの前で立ち尽くしていて、『手術中』と書かれた赤く点灯するランプを唖然と見上げていた。けれど、担架で運ばれる血塗れのミコトを見た女子生徒達の悲鳴だけはやけに耳に残っていた。
一体何が起きているのか。それはこの場に居る誰もが未だに事態を呑み込めていなかった。頭の中が空っぽになって思考することが出来なかったのだ。

「血圧、脈拍共に低下しています!」
「点滴急げ!輸血もだ!」
「け、血管が伸縮して点滴が思う様に流れません!」
「強引にでもボリュームを上げろ!……くっ!人体の機能が殆ど死んでいる。何だこの身体は!?このままだと長くもたんぞ…!」

今もランプを灯す救急処置室の中からは忙しない治療スタッフの声が聞こえて来る。中の状況は見ることは出来ない。けれど、その会話の内容や声色からどれだけ絶望的な状況なのか想像するのは容易だった。
救急処置室の中は絶望の一色に染まっていた。担ぎ込まれた時のミコトの状態を見た医療スタッフの誰もが目を疑った。手の施しようが無いなんて言葉はもはや生温い。どうしてこの状態で生きていられるのかが不思議な状態だった。
外科的処置も彼女の弱りきった身体では、身体に大きな負担をかける外科処置など行うことは出来ない。逆にそれは止めを刺すことに等しい。そもそも身体の殆どの部分がもう駄目となっているのだ。最早為す術が無い。彼等が出来る事と言えばせいぜい心肺蘇生か薬品を投薬して少しでも長く生き長らえさせる様に延命処置を行うことだけだった…。

「………」

誰も口を固く閉ざし一言も喋ろうとはしない。ある者は途方に暮れ。またある者は祈る様に床に膝をつき顔の前で手を組み。またある者は表情を絶望に染めていた。そう、誰一人として他人に気を掛ける余裕なんて無かったのだ。
重い沈黙。そんな一夏達のもとへコツコツと廊下を叩くハイヒールの音を立てて近づく人物がいた。一夏の姉であり彼等の担任でもある織斑千冬だ。

「まだ、終わらないのか」
「ぁ…千冬姉…」

覇気の無い間の抜けた声を漏らして一夏は振り返る。振り返ったその顔は生気を感じられない酷い有様で、その顔を見た千冬は眉を顰めた。普段の彼女なら「なんて情けない顔をしているんだ」と喝を入れていた所だろうが、この状況でそれをする程彼女も鬼では無い。弟の心中も十分に理解している。それにこの事態は自分の力不足が招いたことでもあるのだ。叱ると言う選択肢など端からなかった。

「此処は私が引き受けるからお前達はもう戻れ」
「………」

こんな事になったのだ。心労は相当なものだろうと一夏達を気遣って千冬はそう促すが、一夏はふるふると首を振って拒絶する。他の者も同じでこの場から動こうとはしなかった。その反応は予想していたのだろう。千冬は「そうか」と短く言葉を零すとそれ以上何も言おうとはせず、赤く点灯する『手術中』のランプを見上げてそれが消えるのを待った。

………。

あれからどれ程の時間が経ったのか。30分。1時間。それとも1分も経っていないのかもしれない。何もせず何も話さずただ『手術中』のランプが消えるのを待つだけ。清潔感のある白一色の廊下とこの静寂は時間の感覚を狂わせる。この空間だけ時間が止まっているのではと錯覚してしまう程に…。
このままずっとこの状況が続くのだろうか?そんな考えが頭の中に過ぎり出した頃。『手術中』のランプが消え救急処置室のドアが開いた。救急処置室から担当医が出て来ると、一夏達は一斉にその担当医に押し寄せた。

「っ!? せ、先生!ミコトは!?ミコトは大丈夫なんですかっ!?」
「なんとか一命はとりとめました。ですが…」

医者は千冬に目を向け話しても良いのか目で尋ねるが千冬はそれに対し首を左右に振る。
ミコトがもう長くない事を打ち明ける訳にはいかない。それを明かせば、何故そうなったのか。原因は何なのか。芋づる式に情報を明かさなければならなくなってしまう。中途半端に説明したところで一夏達も納得はしないだろう。なら最初から明かさなければいい。明かす時が来るとしたならそれは全てが終わった時だろう…。

「ですが?」
「……あ、いえ。意識はまだ戻っていませんが容態は安定しています。ですが、絶対安静なので暫くはオリヴィアさんには入院してもらうことになるでしょう」
「そう、ですか…」

医者の話を聞いて一夏達は最初は安堵したがすぐにその表情を曇らせる。暫く入院するということはミコトが楽しみにしていたキャノンボール・ファストの出場は諦めなければならないと言うことだ。イカロス・フテロに乗るの制限され実習ですら乗ることが出来ず、キャノンボール・ファストだけが大好きな空を飛ぶことが出来る機会で、それをミコトが心から楽しみにしていた事を知る一夏達にとってはミコトの事を想うと心苦しかった。
けれどそれも致し方ない事だと納得もしていた。あの状態でキャノンボール・ファストに出場させられる訳が無い。もしそんなことをすればミコトが死んでしまうかもしれない。ミコトが死んでしまう。それは一夏達にとってとてつもなく恐ろしい事だった。そして、だからこそ聞かずにはいられなかった。

「先生。ミコトに何があったんですか?どうしてこんな事に…」
「それは…」

医者は困った表情を浮かべる。話を逸らせられたかと思いきやそれは失敗に終わってしまった。そもそもこんな事になっても事実を隠しきること自体無理な話なのだ。友人が血を吐いて倒れたと言うのにその原因を知りたがらない訳が無いだろう。
かと言って事実を言う訳にもいかない。この医者もIS委員会が用意したミコト専属の医療スタッフだ。ミコトの情報を一切を明かすことは禁じられているのを知っている。しかしそれは本当に正しいのだろうか?目の前に居る少年達は心の底からあの少女を身を心配していると言うのに本当に真実を話さなくていいのだろうか?自分は確かにIS委員会と言う組織に属している人間だ。ならば組織の決定は絶対。けれどそれ以前に自分は医者なのだ。医者として患者の友人に真実を話すべきではないのか?
医者としてかそれとも命令か二つの選択に彼女は悩み苦しんだ。そしてその苦悩の末、彼女は打ち明けよう口を開くのだが…。

「報告はまた後日聞く。お前達は学園に戻れ」
「っ!千冬姉…」

医者と一夏の間を割って入る様な形で千冬がそれを阻み。一夏は親の仇かのように千冬を睨んだ。

「午後の授業を抜け出してきているんだ。さっさと戻れ。どのみち今日は面会は出来ん」
「そん「分かりました。今すぐ戻ります。学園の方も混乱しているでしょうから」」

反発しようとする一夏を楯無が遮り話を強引に推し進める。

「なっ!?楯無先輩!?」
「織斑先生の言う通り面会も出来ないんじゃ此処にいる意味はないでしょう?それに…言わないと分からない?」

楯無は自分達側だと思っていた一夏は何故と驚くが、そんな一夏を楯無は冷たいと言うよりも感情の籠っていない機械的な態度であしらった。

「でも…だけどっ!」
「そうですわ!こんな…!納得いく説明も無しで…!」
「こんな事になって話せませんはいそうですかで通る訳ないでしょ!?」
「せめて!せめてミコトに何があったのか説明してください!」
「こんなの…普通じゃない…!」

何の説明も無しに納得できるはずが無いと皆それぞれ反発した。しかし返ってくるのは先程と変わらぬ冷たい返答だった。

「いいから帰るの。此処は病院よ?騒ぐと他の人にも迷惑なの。皆も良いわね?」

『っ………』

有無言わさない眼光が一夏達を見据える。学園最強の絶対強者に睨まれて反抗的だった者達は全員何も言えなくなってしまう。

「理解してくれたみたいね。ほら、みんな帰りましょう……ね?」

そう言って彼女は学園に戻る事を渋る一夏達に『命令』する。彼女の表情はニコリと微笑んではいたがその目は笑ってはいなかった。反抗するなら無理やりにでも従わせる。そう目が語っていた。普段はおちゃらけていて見せることが無い学園最強の貌。敵意すら込められたその瞳に睨まれ一夏達はぞくりと身体を震わせる。楯無の実力はこの場に居る全員が知っている。もし実力行使になるようものなら圧倒的力の差で捻じ伏せられるだろう。

「ぐっ…」
「…では、皆さん戻りましょう」

納得なんて出来る筈も無い。しかし実力差は歴然。それぞれ悔しそうに顔を歪めながらも逆らうのは無意味だと諦めると一夏達は楯無の指示に従い最後にもう一度名残惜しそうに救急処置室を見た後、途中で何度か足を止めて振り返りながら虚に先導されてぞろぞろと学園へと戻るのだった。

「………?」

……ある二人を除いて。

「本音ちゃん?ラウラちゃん?」

皆が移動を始めても本音とラウラは一歩たりとも動こうとしない。そんな二人を怪訝に思い楯無は二人の名を呼んでみたが反応を示さなかった。
事情を知らない一夏達と違って二人は事情を知っている。だからこそミコトの安否に対する心配は一夏達に比べて相当なものに違いない。楯無は現在の二人の心情を察して此処はそっとしてあげたかったが、一夏達はもう既に行ってしまっている。二人が何時までも此処に留まっていれば一夏達も不審に思われてしまうだろう。二人を特別扱いには出来ない。楯無は心を鬼にして二人の肩を掴みやや強引に振り向かせた。

「ちょっと二人とも―――」

ぐいっと強く引っ張られ脱力しきっていた二人の身体は大きく振り子人形の様にカクンと揺れ、その拍子に顔が楯無の方へと振り向く。

「…っ!?」

漸くこちら向いた二人の顔を見た時、楯無は絶句した。
振り向いた二人の瞳には楯無の姿を映してはいない。二人はまるで魂の抜けた抜け殻の様に虚ろな瞳で茫然と虚空を眺めて立ち尽くしていたのだ。

「うっ…」

そんな二人の姿を目にして楯無は思わず口元を覆い後退る。
目の前に居るのは死人だ。希望を失くした人の形をした肉塊。生きる活力を感じさせない魂の抜け殻。それはあの時と同じ。何時かのミコトと同じ様に生きる屍となり果てていた…。

「二人とも…」

その痛々しい二人の姿に楯無は目を伏せた。
分かっていたのだ。いつかは終りの時が来るのは楯無も分かっていたのだ。本音やラウラもそうであっただろう。それでも笑っていられる強さを本音は持っていると楯無は思っていたしラウラもそうだ。彼女の並ならぬ覚悟を理解していたからこそ他国の軍に属している立場であってもミコトの護衛に関して楯無は何も言わなかった。きっと最後までミコトを守ってくれると信じていた。
けれど実際はいつも明るく微笑み。軍人らしく気丈に振る舞っていた二人の姿は今はもう見る影もない。死が目前にまで迫る愛する人間の姿に、訪れてしまった残酷な終わりに心が耐えきれなかったのだ。その結果、二人を生きる屍へと変えてしまった…。

「更織。二人は私に任せてお前は学園に戻れ」
「…良いんですか?」
「二人をこの状態で学園に戻す訳にもいくまい」

千冬はちらりと何も反応を示さずに立ち尽くす二人を見て言う。
この状態の二人を学園に連れ戻すのは避けるべきだ。ミコトに最も近しい人間とも言える二人だ。二人の変わる様を学園の生徒達が見れば余計な混乱を招きかねない。それを理解しているのか千冬の提案に楯無も頷き深く頭を下げた。

「…そうですね。二人をよろしくお願いします」
「ああ、学園の方は頼む。恐らく混乱している事だろうからな」
「分かってます。生徒達の事は任せて下さい」

楯無は頷いて見せると千冬に背を向けてこの場から去って行った。
立ち去る楯無の背を見送りながら千冬はその背を見ていつもの覇気が微塵も無い事を容易に見抜いていた。何んとも無い訳が無い。彼女もまた気丈に振る舞っているように見えて相当に堪えていたのだ。

「……」

楯無も去りこの場には千冬と抜け殻となった二人だけが残される。
気味の悪い静寂。千冬は抜け殻となった本音とラウラを見て思う。何だ?何なんだこれは?これが結末だとでも言うのか?千冬は世界に問う。しかしその問いの返答は当然返ってくる事は無く世界の理不尽さに千冬は呪い殺さんばかりの憎悪を込めて吐き捨てるのだった…。

「くそったれが…っ」













第65話「崩壊」











――――side 織斑一夏


学園は混乱を極めていた。
俺達が病院に居た最中、血だらけで病院に運ばれたミコトの話はあっという間に学園全体に広がり一切ミコトの情報を掲示しない学園に対して、これまでの学園側の対応を含めた溜めに溜まった不満が遂に爆発しまい、ミコトの安否や説明を求めて多くの生徒達が半ば暴徒と化し職員室の入り口に押し寄せていたのだ。
この事態を目にした楯無先輩も直ぐに生徒会長として騒ぎを収拾しようと努めたが、決壊したダムの水の流れを止めることが不可能なように、暴走する生徒達には楯無先輩の声は届く事は無かった…。

「織斑君!」
「ッ…!」

興奮して襟元を掴んでくる生徒のその力の強さに俺は表情を歪める。
病院から戻ってきた俺達に待っていたのはその生徒たちの質問責め……などと言った甘いものじゃなかった。濁流の様に押し寄せる生徒達が俺達の胸ぐらを掴み脅迫にも近いそれでミコトの安否を問うてきたのだ。

「ミコトちゃんはどうなったの!?先生達も何も教えてくれないし!ねぇ答えてよ織斑君!」
「ちょっ…はな…」

手を放してくれと言いたくても冷静さを失いかけている目の前の生徒には何を言っても通じそうになかった。
しかし無理も無い。前回の様に一切の情報が提示されていない状況じゃない。今回は多くの生徒が血塗れのミコトの姿を目撃している。誤魔化しようのないこの状況で教師から生徒達には一切の情報が公開されていない。友達が血を吐いて病院に担ぎ込まれたと言うのに何も教えられない何て納得が出来るはずが無い。そう、出来るはずが無いんだ。俺だって同じだ。俺も彼女達と同じ気持ちなんだ。

「み、皆落ち着いてくれ!ミコトの容態は安定してもう心配は―――」
「アレを見て安心できるわけないじゃない!容態は安定?ミコトちゃんがあんな事になった原因も言わないで、はいそうですかって納得できるわけないでしょう!?」

俺の説得を遮って生徒の一人がそう反発すると他の生徒達もそれに同調して「そうよそうよ!」と声を上げて場の空気は更にヒートアップしてしまう。
まずい。これ以上生徒達が興奮すれば本当に暴動になりかねない。そうなればもう収拾がつかなくなり教員達も言葉ではなく力尽くで生徒達を鎮圧しなければならなくなってしまう。以前に楯無先輩が言っていた。ミコトがその気になれば楯無先輩を生徒会長の座から引き摺り下ろすことくらいなんてことない程にミコトの人気は絶大なのだと。その話を聞いた時はミコトは人気者なんだな程度にしか思わなかったが、前回と今回の目の前の状況を見て漸くあの言葉の本当の意味を理解した。これは異常だ。彼女達はミコトが関われば何だってするだろう。これはもう人気とかそういうのではなく信仰に近かった。楯無先輩が恐れるのも良く分かる。

「みんな落ち着いてよ!アタシ達だってミコトが如何してあんな事になったのか知らないんだから!」
「嘘言わないでよ!一緒に病院に付き添ってたんだから少しくらい知ってるでしょ!?」
「ぁぐ…!?」

掴みかかって来る生徒に堪らず鈴がそう訴えるが生徒達は聞く耳を持ってはくれない。それどころかますます興奮させてしまい生徒達を鎮めるどころか火に油を注ぐ結果となってしまった。
俺の襟元を掴んでいる手の更に力が強くなり俺は小さく呻き声を漏らす。苦痛で顔を歪めながら俺は俺を掴んでいる生徒の顔を見る。彼女の瞳の中には狂気の炎が揺らめいていた。周りを見渡せば誰もが皆同じ瞳をしていた。狂気で顔を歪めていた。いつもの皆の笑顔は見る影が無くて…。それが俺にはとても怖くて悲しかった…。

壊れていく…。

何もかもが壊れていく…。

穏やかな日常が…。

笑顔に満ちていた日々が…。

温かなこの場所が…。

ガラガラと音を立てて…。

壊れていく…。

「やめろ…やめてくれ…っ」

皆がミコトを本当に大好きだってことは十分解ったから…。だからミコトを理由にこんな事をするのはやめてくれ…。ミコトを理由にミコトが好きな場所を壊さないでくれ…!

「…やめろよ!こんなのミコトが見たらどれだけ哀しむと思ってんだよ!?」

………。

悲痛な俺の叫びが辺りに響き渡り、ミコトの名を聞いた途端に殺伐としていた生徒達の騒音が嘘の様にしんと静まり返る。

「ミコトを理由にこの場所を滅茶苦茶にするのはやめてくれ!ミコトが大好きな場所を壊さないでくれよ!」

俺の叫びに生徒達は表情をハッとさせる。こいつ等がやっている事はミコトの為なんかじゃない。ミコトを理由にして自己満足のために暴走しているだけだ。
ざわめき始める生徒達。冷静になって少しは思考が回るようになったのか、生徒達もそれに気づき次第に自分のやっている事の愚かさと罪悪感に蝕まれてみるみるその表情は悲痛なものへと変わっていく。

「皆ミコトを大切に想ってるのは分かるよ!でもこれは違うだろ!?こんなの…」

哀しみで震える声を目一杯に張り上げて生徒等に訴える。

「こんなの!気に入らないからって鬱憤を晴らしてるだけだろ!」

彼女達のやっている事はあの誕生日会での俺と同じだ。ミコトに何をしてやればいいのか、何をすればいいのか分からず。何も分からないのは何も教えてくれない大人が悪いんだと他人の所為にして、ミコトの為にとミコトを言い訳に見当外れなことをしていた俺と同じなんだ。この女子生徒達もまた一時の衝動に身を任せて暴走し挙句の果てにはその言い訳をミコトの所為にしようとしていた。こんなことすればミコトが哀しむのは分かっている筈なのに…。

『………』

俺の言葉に生徒達は目を伏せて黙り込んでしまう。もうこれ以上何か言おうとする生徒は居なかった。
嫌な静寂がこの場に流れる。先程までの暴走から理性が戻り行き場を失った矛先をどうすればいいのか分からず生徒達は胸の中にもやもやとした蟠りを残したまま、先生が教室に戻るよう言いにやって来るまでこの場にずっと立ち尽くすのだった…。













あの後、なんとか生徒達の暴走は楯無先輩や教師達の必死の奮闘により鎮火され授業は再開された。
しかし、どの生徒達もみんな表情は暗く心此処に在らずと言った感じで授業に身が入っていないのは目に見えて明らかで、当の俺もその中の一人であり授業なんて耳を傾けずにずっとミコトの事を考えていた。

「ミコト…」

突然前触れも無く目や口や鼻や耳などいたる所から血を流し血だらけとなって倒れたミコト。あの時の光景が目蓋の裏に焼き付いてしまい目を閉じれば血まみれの姿のミコトが浮かび上がって離れない。
アレは異常だ。普通じゃない。以前からミコトは普通の人より身体が弱いということは知っていた。臨海学校の時に高熱で倒れたのもそれが原因だって思っていた。身体が弱いから体力を消耗してそれで高熱を出して倒れたのだと。でも今回ミコトは前触れも無く突然血を吐いて倒れた。こんなことあり得るのか?倒れる直前までミコトは普段と変わった様子は無かったのに…。

…本当に突然だったのか?

前触れも無く突然倒れた。本当にそうだろうか?臨海学校で高熱で倒れた時。あれが予兆だったとすれば?あの時からもうこうなる事が始まっていたとしたら?ミコトの詮索は一切禁止されていたのも母親の死の件が知られるのを防ぐためだけじゃなく、この事についても知られないためだとしたら?考えれば考える程思い当たることが沢山ある。逆になんで今まで不思議に思わなかったのかと言う程に…。

…違う。

気付かなかったんじゃない。不自然だと言うのはずっと前から気づいていたんだ。でも考えない様にしていた。考えるのが怖かったんだ。考えてしまったらそれが現実になる様な気がしたから。口にしてしまえば日常が壊れてしまう気がしたから。
だが今更でしかない。考える考えない関係なしに事は起こってしまったのだから。…いや、起こるべくして起こったと言えばいいのだろうか?どう判断するにしてもやはり情報が足りなかった。しかしそれも無意味な事なんだろう。
二つの空席を目を向ける。ラウラとのほほんさん。二人は未だ病院から戻って来ていない。ミコトの情報を知るラウラは千冬姉に残されでもしたのだろう。のほほんさんの方は分からない。余りのショックで体調を崩したのかもしれない。俺達の中で一番ミコトと親しかったのはのほほんさんだ。ミコトのあの姿を見て心に負った傷は相当な筈だろう。体調を崩するのは無理も無い。

―――事情を知っていればオリヴィアを救えると?己惚れるなよ小僧。その言葉ボーデヴィッヒの前の言えるのか?

「………」

ラウラの席を眺めているとあの時の千冬姉の言葉が蘇る。事情を知ってさえいればこの事態は防げていたかと言えば絶対に否だ。そんなこと間違っても口にすればそれこそあの時の繰り返しに…いや、あの時は実際に殴られはしなかったが今度はそれ以上の制裁が下されるだろう。骨の一本や二本は覚悟しなければいけない程の…。
この事態は避けられない事だったんだ。でなければあのラウラがそれを許すはずが無い。俺が知りたいのは何が原因で…いや違う。ミコトに何が起こったのか、だ。しかしそれも詮索するなと止められてしまった。これは幾らなんでも横暴としか言いようがない。大切な友達が血を吐いて倒れたと言うのに、何があったのかさえ知る事さえ許してくれないなんて…。

「こうやって慣性を利用することによりエネルギーの消費を抑え…」

集中力が散漫してもはや誰も聞いていない状態の授業の説明。本来ならこんな弛んだ授業態度をとっていれば千冬姉の雷が落ちているのだが、その千冬姉は今ここには居ない。それどころか副担の山田先生の姿もここには無かった。
いま教卓に立っているのは千冬姉でも山田先生でも無く二人の代わりとしてきた臨時の教師だ。千冬姉はミコトの付き添いで病院に山田先生は突然の体調不良と言う理由で二人は教室に来ていない。
臨時でやって来た教師はあくまで事務的に授業を進めていく。授業を聞いていない生徒達などお構いなく一方的に教科書の文章をつらつらと並べていくだけで分からないところは無いかなど確認しようともしない。これは余計な私語やミコトに関する質問などをされないための威圧行為なのだろうが、まるでロボットに授業を受けているかのようで実際にこの教師は授業中表情一つ変えない鉄仮面ぶりであった。
山田先生で誤解されがちだがIS学園の教師は兵器を扱っていうることもあり殆どがこういった感じの軍人気質な教師であり、逆に山田先生のような教師は少数であったりする。

キーンコーンカーンコーン…。

授業の終了を知らせる鐘の音が鳴り響く。教師はその音を聞くと黒板に書き込んでいたチョークをピタリと止めた。

「時間ですか。では今日の授業はこれまでに……ああ、その前に一つ大事な話がありました」

そそくさと退出しようとしていた教師が思い出したかのように言うと、『大事な話』と言うワードに全員がピクリと反応すると授業中には一切向けていなかった関心を初めて教師へと向ける。大事な話と言うのはミコトについての事じゃないのか。そんな期待を抱いて…。しかしその期待は容易に裏切られる。

「今週末のキャノンボール・ファストについてです」

期待していた物とは全く異なる内容にクラスの全員が落胆する表情を浮かべたが、そんな生徒達などお構いなしに教師は話を続けていく。

「一度延期をしてしまったキャノンボール・ファストですが当初の予定通り今週末の土曜日に行われます。皆さんもそのつもりで準備をしていてください。特に専用機持ちの生徒はこの行事の華と言って過言ではありませんので、貴重なISを与えられていると言う心構えを持って挑んでください。話は以上です。では今度こそ解散してください」
「あ、あの!」

教材を腋に抱えてそそくさと立ち去ろうとする教師を一人の生徒がガタンと音を立てて席から立ちあがって慌てた様子で呼び止める。

「はい。何か質問ですか?」
「あぅ…」

呼び止められて教師は振り返り無機質で冷たい視線を呼び止めてきた生徒へと向けると生徒はその視線にたじろいでしまい「あの…その…」と口をモゴモゴさせるだけで自分が居ようとしていたことを伝えられず。次第に教師の表情にも苛立ちが浮かび始める。

「…それで、何か分からないところでも?」
「ひうっ!キャ、キャノンボール・ファストの事なんですけど…」

苛立ちを含んだ教師の言葉にびくびくと怯えながら生徒は教師に訊ねる。

「ミコトちゃ…オリヴィアさんは出場するんですか?」

生徒の質問の内容はやはりと言うべきかミコトの事だった。その質問にクラスの視線が教師へと集中する。これは皆が気にしていた事だった。

「……オリヴィアさんは体調不良のためキャノンボール・ファストを棄権する事になっています」

ざわりと教室がざわめく。

「で、でもミコトちゃんすごく楽しみにしてたのに…!」
「たった一人の生徒のために市との合同行事を延期させろと?唯でさえ一度延期しているのです。これ以上延期など出来ません。一体どれだけの人とお金が動いていると思ってるのですか?」
「…っ!」

教師の尤もな正論に生徒は何も言い返せなくなってしまう。
教師の言うとおりこの行事には膨大な金と人が使われている。そして情報を公開されてはいないが亡国機業の件もある。一人の生徒の為に変更なんて出来る筈が無い。

「他に質問は?」

教師はそう言って生徒達を見渡すと生徒達は悔しそうに顔を伏せて押し黙ってしまいそれ以上は反発しようとする生徒は居なかった。

「……無いようなので今度こそ解散です。以上」

それを確認すると教師は今度こそ教室を出て行き教室には重い空気だけが残るのだった…。













「…申し訳ありませんが、ミコト・オリヴィアさんは絶対安静で面会は出来ない事になってるんです」
「何とか一目だけでも会わせて貰えませんか?」
「規則ですので」
「そう、ですか…」

看護師は「では」一方的に話を切り上げると何処かうんざりとした様子で去って行く。
そんな看護師に少し態度が悪すぎないか?と俺は顔を顰めたが、IS学園の制服を見た時またかと言う顔をしていたので恐らく俺達以外にも放課後になって病院に訪れた生徒が大勢いたのだろう。考えることは皆同じだと言うことだ。
放課後。楯無先輩や虚先輩を除いたいつものメンバーで病院にやって来ていた。もしかしたらあれからミコトの容態が少しでも回復しているかもしれないと淡い希望を抱いて…。けれどその希望は大きく裏切られて結果はご覧の通りの門前払いだ。

「やっぱり会わせてもらえなかったね…」
「まあ、分かってたことだけどさ…」

分かっていた。鈴のその言葉に全員が沈んだ表情で俯く。
血だらけのミコトの姿。あの姿をその目で見れば希望的観測なんて出来る筈も無い。しかしそれでも元気になっていてほしかった。笑顔で迎えてほしかった…。

「…戻ろう。いつまでも此処に居たら病院の人達の迷惑になる」
「だな…」

ミコトを一目見ることも叶わず後ろ髪を引かれる思いだが、既に大勢の生徒達が押しかけて来ていたようだし、これ以上この場に留まって重い空気を漂わせるのは病院に迷惑をかけてよろしくない。
箒の言葉に俺は渋々頷くと来た道の方へと振り返り一歩足を踏み出そうとしたのだが……ふと、ある事を思い出しピタリと足を止めた。

「……そう言えば、のほほんさんとラウラはまだ病院に居るのかな?」

結局あれから学園で二人の姿を見る事は無かった。学園に戻って来ていたのなら体調が悪くても教室に顔くらい出しに来ると思うのだが…。

「お二人とも教室に戻って来てませんでしたわね…」
「私も…あの後、本音見てない…携帯にも掛けてみたけど出てくれなかった…」

俺達は互いに顔を見合わせる。あんな事があった直後だ。もしや何かあったのでは?そう不安に駆られ次第にその不安は膨れ上がっていき次々と良くないことばかりが頭に浮かんできてしまう。
二人を探そう。あの時は周りに気を配っている余裕は無かったがあの二人も相当ショックを受けている筈だ。そんな二人を放ってはおけない。

「…二人を探そう」
「そうですわね…。お二人ともあまり素を表情に出さない方達ですけど、今回の事は流石に…」

セシリアは心配そうにそう言うが、そう言っているセシリア自身だって顔色も悪く精神的にかなり参っているだろうに…。

「学園に戻ってきていないなら恐らく病院にいるだろう。厳格なラウラが一緒なんだ流石に学園に戻らず二人揃って何処かに行ってしまったと言うことはあるまい」
「でも何処にいるの?一番居そうなミコトの病室は立ち入り禁止だし…」
「病院中を探し回るのは迷惑…どうやって探すの?」
「どうするってそりゃお前…」

俺は通りかかった忙しそうな看護師を呼び止める。その時、看護師に物凄く嫌そうな顔をされたのは言うまでもない。









――――side ラウラ・ボーデヴィッヒ


カチッ…コチッ…。

あれからどれだけの時間が経過したのだろう?壁に掛けられた時計の針の音だけがこの静寂に包まれた部屋に響いている。部屋を見渡せばあるのは2つのベッドのみで私はそのうちの一つに腰を掛けていた。恐らく私が今いる場所は病室か何かなのだろう。此処に来るまでの記憶は無く気が付けば私はいつの間にか部屋に連れて来られていた。
そして、ぼーっと部屋を見渡しているともう一つのベッドに誰かが寝かされているのに今気が付く。
…本音だ。

「…本音?」
「………うん」

返事が返ってくる。如何やら起きていたらしい。しかし、その声からはいつも元気は無かった。

「…来ちゃったんだね」
「……ああ」

彼女の悲痛な声に私は頷く。何がなんて言わない。そんなの分かりきっていた。

「何で…このタイミングなのかな?」
「…そうだな」

本音の何でと言うのは今週末に迫ったキャノンボール・ファストの事だろう。ミコトが楽しみにしていた行事であり、恐らくミコトにとっての最後のフライトになる舞台…。
如何して?何故このタイミングなのか。余りにも…余りにも残酷過ぎる。神はどうしてミコトにこんなにも過酷な運命を強いるのか。それとも作られた私達には神など存在しないと言うのか…。

「みこちー…楽しみにしてたのになー…」
「…そうだな」

最早それしか返す言葉が見つからなかった。

「どうしようもないのかな…?」
「………」

私は無言で首を横に振る。知らない。分からない。私に聞かないでくれ。どうすればいいのかなんて私が教えてほしいくらいなのだ。
どうしろと言うのだ?脳裏にあの血に濡れたミコトの姿が焼き付いて離れない。あの絶望を形にした光景が離れないのだ。あれを目にしてどうやって希望的な案を導き出せと言うのだ。どうしようもない。もう自分達が出来る事なんてあと一つだけしか…。

「私達が出来るのはもうミコトの最後を…」
「やめてよ…!」
「………」

最後まで言わすまいとする悲痛な叫びと本音の涙を滲ませた瞳にキッと睨みつけられ私は押し黙る。

「みこちーは……まだ大丈夫…大丈夫だもん…」
「本音…」

どんなに辛くともいつも笑顔で振る舞っていたあの少女の姿は見る影もない。弱々しく何かに縋る様にぶつぶつと呟く本音の姿が痛ましくして私は見ていられなかった。
ミコトは大丈夫だ。心配するな。そう言ってやりたかった。けれど口が動かない。言葉として出てこない。そんな自分が思ってもいない上辺だけの慰めの言葉など何の意味も無いと思えてしまって、友達が目の前で悲しんでいるのに何も言ってやれない。それどころか逆に本音を傷つけている…。

「いつかは来ることだったんだ。本音…」
「いやだよ…聞きたくないよぅ…」

耳を塞いで頭をぶんぶんと振って本音は私の言葉を拒む。

「受け入れなければいけないんだ。でないと…」

最後の時。誰がミコトを笑顔で送り出すと言うのだ。一夏達に出来るわけがない。友達の突然の死に一夏達が受け入れるわけがない。この役目は真実を知り運命のその時を覚悟をしていた私達だけにしか務まらないのだ。

「できないよっ!どうしてラウっちは受け入れられるのっ!?ひどいよっ!」

そんな本音の発言にカチンと来る。

酷いだって?どうして受け入れられるかだって…?そんなの…そんなの…!

ふつふつと怒りが込み上がり血が頭へと昇っていく…。

「受け入れている訳ないだろうっ!?」
「…っ!」

私の怒鳴り声に本音は驚いてびくりと身体を震わせる。
受け入れられる訳が無い。もしこんな運命を避けられる術があると言うのならその方法を選ぶに決まっている。だがそんな都合のいい方法なんて有りはしない。有りはしないんだ。

「これしかないだろうっ!もう……これしか残ってないだろうっ!私達が出来る事なんて…っ!」
「そんなの…そんなの!諦めてるだけじゃない!」
「それは…っ!」

違う…とは言えなかった。事実、私の軍人としての合理的思考がもうミコトは長くないと判断し延命と言う選択を切り捨て次の段階に意識を向けていたのだから。これは彼女に諦めただけだと責められて当然の事を私はしていた。ミコトを守ると二人で誓ったと言うのに…。

だが…。

「それなら…何が出来ると言うんだ」
「ラウっち…?」

諦めるなと言うのなら。何か出来ると言うのなら教えてくれ。何だってしてやるさ。ミコトの為になると言うのなら。だから教えてくれ。私は…。

「ミコトに何をしてやれると言うんだ…!」
「………」

本音は答えない。答えられない。それもそうだろう。それは先程本音が私に答えを求めた問いだ。同じ質問を返されて答えられる筈が無い。

何もありはしない。何も出来はしない。教えてくれ…。

「残された僅かな時間で……ミコトの為に何が出来るんだっ!」

私の叫びが病室に響く。
沈黙する病室。それはまるで時が止まってるかのように恐ろしいくらいに静かだ。……しかし、その沈黙は―――。

カラーンッ…。

「…ぇ?」

―――何かが床に落ちる音によって破られる。

「な…ん…?」

今のは何の音だ?浮かび上がる疑問。私は本音に視線を向けると本音は私を見ておらず、その視線は私の『後ろ』を見ていた。信じられないものを見た様な顔で…。
そんな本音の顔を見て私はサーッと血の気が引いていく。まるで全身の血が抜けたかのような感覚。全身は冷たく。だと言うのに汗は溢れ出し心臓の鼓動は胸から飛び出さんばかりに大きかった。

そんな…まさか…。

ドクンッ…ドクンッ…。

ゆっくり、ゆっくりと…。

どうして…こんなところに…。

ドクンッ…ドクンッ…。

どうかそうでない事を願いながら…。

あり得ない。こんなところに居る訳が…っ!

ドクンッ…ドクンッ…。

後ろへと振り返る…。


けれど、世と言うのものは余りにも無常で…。


振り返った先に私が見たものは…。


手から零れ落ちたのであろう床に散乱するジュースの缶と…。


そして…。


表情を絶望に染めて立ち尽くす一夏達だった…。




[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第六十二話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b0d26558
Date: 2016/09/23 04:24


この世に神なんて居ない。と言うのは責任の言い逃れだろうか?仮にいたとしてもこれまで立て続けに起こった出来事を考えれば相当性根の腐った糞ったれな神様だと言うのは間違いないが…。
…注意力が欠けていた。事に至った原因はその一言に尽きる。動揺で精神が不安定だったと言うのもある。普段の自分なら必ず周囲に人の気配があるのに気付けた筈だ。しかしそんなものは言い訳でしかない。これは私の愚かさから招いたことだ。あの平穏を破壊したのは…。まだ何とか保てていたあの平穏に最後の一撃を加えて粉々に砕いたのは私なのだ。振り向いた先に居る者達の表情に絶望を刻んだのは私なのだ…。

「お前達…どうして此処に…?」

震えた声が自分の口から漏れ出す。どうして此処にいるのか?そんなものは彼らの性格を考えれば簡単に察する事が出来た。でも言わずにはいられなかった。きっと私や本音の身を案じてお見舞いに来てくれたのだろう。お見舞いの品と思われる床に落ちたジュースの缶が物悲しく散らばっている…。
今の話を聞いていたのか?頭に浮かんだその疑問は口から出る事は無かった。そんなもの彼らの顔を見れば答えは解るのだから。

「今の…どういう事だよ…?」

震えながらも何とか絞り出した小さな声で一夏は私に問うてくる。
信じられない。嘘だと言ってくれ。そう縋る様な彼等の眼を私は直視することが出来ず目を背けた。そして一夏達はその態度が問いの答えなのだと捉えその表情からは絶望の色が更に深みを増す…。

「馬鹿な…」
「そんな…嘘でしょ?ほ、ほら!いつもみたいにケロっとしてすぐに元気になるんでしょ!? ねぇ!?」
「………」

私は何も答えない。

「あ…あぁ…っ」
「セシリア!? しっかりして!」

顔を真っ青を通り越し真っ白にして、くらりと立ちくらみを起こし倒れるセシリアをシャルロットが慌てて抱き止める。

「…どうしてっ!」
「ぐっ…」

床に散乱する缶を蹴とばすのを気にも留めず一夏は感情に任せて私に掴みかかり、私は肩に喰い込む指の痛みに表情を歪めた。

「どうしてだよ…どうしてそんな…!」
「そ…れは……」

強く揺さぶられながら私の心もまた大きく揺れていた。今更黙秘も何もない。ならもう話してしまっても…。いや、軍に属する者として上からの命令に背くような事をする訳には…。そんな対極の感情が私の胸の中で渦巻いている。一体どちらが正しいのか。もう私には分からなかった…。

「……すまない」

苦悩の末、選択したのは謝罪だった。
今更黙秘する意味なんて無いだろう。しかしそうなってしまったのは私の失態。自分で犯した失態を言い訳にこれ以上命令に背くのは軍人としてあってはならない。そして何より今の一夏達の状態は危うい。何がきっかけで暴走するか分からない。今真実を教えるのは危険に思えたのだ。

「っ……何で…ミコトが…っ!」

私の謝罪に一夏はキッと私を睨むとするりと肩を掴んでいた手を解き力無くガクンと膝をつき項垂れる。そんな彼に私はもう一度「すまない…」と謝った。
周りを見渡す。皆誰もが俯き泣いていた。そんな彼らにかけてやる言葉さえ思い浮かばず、ただ謝る事しか出来ない自分の情けなさにキュッと唇を噛み震える拳を握りしめ哀しみに暮れる彼らを眺めていた。

「ねぇ…」

すすり泣く声で満ちる病室にぽつりと重く沈んだ声が響いた。
その声の主は簪だった。私は簪に目を向けるとその表情を見てゾクリと寒気が奔る。眼鏡の奥にあるその瞳は普段なら透き通る美しい紫色の輝きを放っている筈だと言うのに、その輝きは無く曇りまるで沼のように濁り私と本音を映していた…。

「本音も…?」
「っ!?」

名前を呼ばれ膝を抱えて俯いていたのほほんさんはビクリと身体を震わせる。

「…本音もこの事知ってたの?」
「………」

虚ろな瞳でそう問われ本音はまるで怯えるように顔を背けた。

「ラウラさんと二人で病院に残っていたのもそう言うことなんでしょう?」
「違っ…本音は…!」
「ラウラさんは黙ってて!」
「…ぐっ!」

本音を庇護しようと私は割って入るが、ヒステリックな彼女の気迫に負けて私は押し黙ってしまう。

「可笑しいと思ってた。ミコトみたいな特殊な事情な子が更織の家の者と相部屋だなんて偶然にしては都合が良すぎるって…」

一夏や箒。そして今だダウンしているセシリアを除いた代表候補生の面々が表情を強張らせる。更織の素性を知ってから誰も口にはしなくともミコトと本音の関係には疑問を抱いていたのだろう。

「如何して黙ってたの…? ねぇ、何でなの…?」
「………」

本音に視線が集まる。本音は簪に問い詰められ何も言えずに目に涙を溜めながら唯黙っていた。
何も言える筈が無い。私はずっと本音が皆に真実を告げられないのを苦しんでいるのを見てきた。本音が皆を裏切っているみたいで辛そうにしているのを知っているのだ。そして実際にこうやって問い詰められている。

「黙ってちゃ何も分からな―――」
「そこまでよ。簪ちゃん」

凛としてそして冷たい声が病室に響いて簪の声を遮った。

「お姉ちゃん…」

簪は声がした方へ振り返り声の主を睨むと憎らしそうに喉の奥底から振り絞られた声でそう呼んだ。しかし、睨まれた本人はそんなもの気にもせずに表情をピクリともさせずに受け止め向き合う。しかし、その目は肉親である妹に向けるような物ではなく、まるで機械の様な感情を感じさせない冷たいものだった…。

「お姉ちゃんも知ってたんだよね?」
「ええ。本音ちゃんに指示を出したのは私だもの」

誤魔化そうとも悪びれようともしないで更織楯無は自分が命令したと素直に認める。それが気に入らなかったのだろう簪は更にヒステリックさが増して声を張り上げた。

「如何して!?何で私にも教えてくれなかったの!?私だって更織の―――」
「分かってたからよ」
「…分かってたから?」

訝しげに簪は眉を顰めると楯無は小さく溜息吐いて頷く。

「ええ。こうなると分かってたから」

楯無はそう言って今の私達の有様を冷たい瞳で見渡す。

「ミコトちゃんはもう長くない。それを知って貴女…貴方達はいつも通りに振る舞えた?無理よね?ミコトちゃんを気遣って自然体で振る舞えずに居心地の悪い日常になっていたでしょう。それだとミコトちゃんの残りの人生を最悪なものにしてしまう。だから教えなかったのよ」
「そ、そんなこと…」
「あるわよね?今のこの状況こそがまさにその証明じゃない」
「それは!……と、突然知らされたから混乱して!」
「簪ちゃんは普段の本音ちゃんを見たことある?」
「…えっ?」

突然の質問に簪は困惑する。そんなのいつも一緒に居るのだから当たり前ではないかと思っているのだろう。話を聞いていた他の皆も似たような表情をしていた。

「本音ちゃん。ミコトちゃんの傍でいっつも笑顔だった。本当はすっごく辛いはずなのに…。弱音を言うこともあったけれど、ミコトちゃんの前ではそんなところ絶対に見せなかった」

楯無の言葉に私は思いを巡らせる。学園での日々その記憶の中の本音はいつもミコトの隣に居てどれも笑顔を浮かべていた。幾ら記憶の断片を探ってもミコトの前で悲しい表情を浮かべて所など一度たりとも無かった…。
なんて強い少女なのだろう。改めて私は思う。これまでミコトが笑って平穏な日々を送れたのは彼女の献身があってこそだと。彼女が居なければあの温かな日々は存在しなかっただろうと。

「突然知らされたから混乱したって言ったわよね?本音ちゃんはそんなことは無かった。ミコトちゃんの事を聞いて最初は複雑そうだったけれど、ちゃんと真実と真っ向から向き合ってこれまで頑張ってくれていた。ずっとミコトちゃんの傍で笑っていてくれた。ラウラちゃんだってそう。出会い方は最悪な形だったけれどその後はミコトちゃんのずっと傍で彼女を守ってくれていた。ミコトちゃんの事をバラしてしまう重大なミスを犯してしまったけれど、それ以上の事を彼女達はしてくれたわ」

楯無の私や本音に対する評価はまさに絶賛するものだった。しかし、私と本音の表情は暗い。楯無は私達を庇ってくれている様だったが、それは逆に私達にとって辛いものでしかない。幾ら言葉を並べても一夏達を騙していたのは変わりないのだから…。

「もう一度聞くけど貴女に同じことが出来たと思う?私は思わないわ。今のこの状況を見るとね」
「……!」

そう断言されると最早何も言えなくなり簪は苦虫を噛み潰した様な険しい表情で押し黙ってしまう。

「楯無先輩!その言い方はあんまりじゃないですか!?」
「理由を求めらてそれに応えただけなのに酷いも何もないでしょう?あのね一夏君。答えを求めてそれが自分の都合が悪かったら駄々を捏ねるのは子供のやる事よ?」
「それは!……それはわかってます。わかってますよ。嫌ってくらいに…」

一夏の歯を喰いしばり拳を握りしめるその姿はまるで自分を責めているかの様だった。彼が今何を思うのかそれは私には分からない。しかし、そんな顔をする彼等が責められているのをただ黙って見ているのだけなのはとても私には出来なかった。

「…更織楯無。それ以上はやめて貰おう。一夏達を煽る事に何の意味がある?この事態は私の愚行が招いたことだ。責めるのであれば私だけにしろ」
「ラウラちゃん…」

一夏の前に庇う様に立ち楯無と対峙する。

「………」
「………」

ぶつかり合う二つの視線。互いに言葉は発そうとはしない。ただ睨み合い長い沈黙が続く。
そして、その長い沈黙が数分程経過した頃だろうか。息苦しいこの空気を破ったのは楯無の方だった。

「……はぁ」

楯無はやれやれと言った感じにため息を吐いた後、緊迫した空気は霧散して部屋中に圧し掛かっていた重圧はスッと軽くなる。

「…そうね。私も少し大人げなかったわ。ごめんなさい」

自らを省みる様に額を扇子で軽くコツンと叩くと、彼女は薄れ人形のような冷たい仮面は剥がれ今は苦笑を浮かべる。

「私も動揺してたみたい。楯無らしからぬ行いだったわね」
「お姉ちゃん…」

そう言って奴はもう一度深く溜息を吐く。頭にのぼった血をクールダウンさせているのか。奴の言う通り奴もまた冷静さを欠けていたのかもしれない。普段の更織楯無ならこんな無防備な姿を人前に晒す筈が無いのだから。

「確かに言い方が悪かった。でも本心であるのもまた事実よ。貴方達には本当に申し訳ないと思ってる。私も織斑先生もね」
「千冬姉?」

教官の名前が出てきたことに一夏が反応する。

「それはそうでしょう。織斑先生は一夏君のお姉さんであり貴方達の担任なのよ?貴方達が気付いてないだけで陰からずっと見守ってくれてる。そして見守ってきたから分かるの。貴方達がどれだけ苦しんでるのかも。そんな貴方達をただ見てるだけしか出来なくて自分達の無力さが悔しかった…」

『………』

全員が目の前に居る楯無を見て戸惑う。
更織楯無は素の顔を見せはしない。生活では常に生徒会長としての仮面を被っている。ふざけた様な振る舞っているが実際にはそういう風に振る舞っているに過ぎない。更織楯無が素の表情を見せたことなど殆ど有りはしない。けれど今の楯無のその表情は本当に無念そうで、普段決して見せる事は無い弱さを曝け出していたのだ。

「知らない苦しみ。伝えられない苦しみ。それぞれ違う苦しみを抱えてる。それを言い訳にするつもりはないわ。納得出来る筈が無いもの」
「…分かりませんわね」
「ちょっとセシリア。アンタ大丈夫なの?」
「ええ、もう大丈夫ですわ…ありがとうございます」

なんとか精神を持ち直したセシリアに鈴は心配して支えようとすると、セシリアはそれを手で制し自らの足で立って楯無を見据える。

「IS学園は中立の筈です。ですが先程から話を聞いていたらどうも貴女は…いいえ、学園はミコトを贔屓している様に見えます。生徒を守るのは学園の義務です。ですが一人の生徒に度が過ぎていますわ。確かにミコトさんはギリシャの代表候補生。他の一般生徒とは違って特別です。ですがミコトさんは何かしらの問題を抱えているのを学園は理解していたご様子。そんな人間を学園が受け入れるのはとても考え辛いですわ。政府から圧力が掛かっていたとしても入学前から学園に住まわせると言うのは他の国からの見れば贔屓しているように見えます。それはもう中立とは呼べないでしょう」
「そう、だよね…。僕も学園に守られている立場にあるけど、それはあくまで規則でそうなっているからと言う理由であって積極的に学園が庇ってくれている訳じゃないのに…」

セシリアの疑問も当然だった。楯無の説明を聞けば誰もがミコトが特別扱いされていると思うだろう。それは多くの生徒が通う学園の中で一人だけ特別扱いすると言うだけで教育機関的に問題はあるが、世界各国から推薦された生徒が集まってくるIS学園では国際問題にもなりかねないのだ。そんな危険を冒してまでミコトを贔屓する意味は何か。セシリアはそれを問うていた。

「もちろん反対する声は多くあったわ。学園に何のメリットもないもの。それどころかデメリットしかない」
「では何故?」

セシリアは更に踏み込んで問い詰める。ミコトの詮索は禁じられているのを承知のうえでだ。
再び沈黙が訪れる。セシリアはじっと楯無を睨みつけて返答を待った。

「……分かったわ。話しましょう」

…そして、暫し黙り何かを考える素振りを見せた後、楯無はセシリアの要求を了承した。

「お、お嬢様!?」
「おい。それは!?」

黙って見ていたが流石にこれには私や本音も驚いて口を挟んだ。自分が言えた立場ではないが暗部の人間が機密情報を進んで漏洩させるなど何を考えているのだ。
情報を漏らした者は当然罰せられ、情報を知った者も制約を課せられて自由を奪われる。最悪消されてしまう可能性だってあるのだ。セシリア達代表候補生はともかく一夏や箒と言った一般人にそれがどれだけ重大な分かってはいない。

「でも話は学園に戻ってからよ。ここだと何処に耳がある分からないから」
「あっ、おい!待て…!」

楯無は聞く耳を持たずで病室を出て行き。セシリア達もその後を追って出て行ってしまう。

「あう~…いっちゃったよ~…」
「ああっ!くそっ…!」

唖然と本音は部屋を出ていく彼等を見送り、部屋に取り残された私は頭を抱えて悪態をつくのだった。










第65話「真実」










――――Side 織斑一夏


学園に戻って俺達が連れて来られたのは生徒会室だった。
窓から見える外の景色は既に陽が落ちて真っ暗で校舎も皆既に下校したのか不気味なくらいに静まり返っていた。

「これでよしっと…」

生徒会室に入って早々に楯無先輩は窓のカーテンを閉じ出入り口のカギを閉めて外部から生徒会室を完全に遮断した。俺たち以外の人間に話の内容を聞かれないためだろう。今の学園が酷い混乱に陥っている。楯無先輩がこれから何を話すのかはまだ分からないがミコトの寿命の事を知られればどうなるか分からないのだ。

ミコト…。

ミコトの寿命は短い。それを知らされて俺はいまだに信じられないでいた。いや、正確には信じたくなかった。一緒に生徒会室まで来た皆の表情も浮かないものできっと同じ心境なのだろう。

「…うん?どうしたの皆。ほら座って座って。あっ、虚ちゃんお茶お願いね」
「畏まりました」

立ち尽くす俺達を楯無先輩は座る様に促した。ケラケラと笑う楯無先輩はいつもの調子に戻っているように見えたが、やはりその笑顔は何処か固くいつもの完璧な生徒会長を演じ切れていない様に思えた。
少しして虚先輩が紅茶の入ったティーカップを人数分トレーに乗せて戻ってきた。丁寧にテーブルの上に並べられるティーカップ達。それが全て並べ終えると虚先輩も「どうぞ」と俺達を椅子に座る様進めてくると、そこで俺達は漸く椅子に座り不満そうにしていたラウラも椅子に座った。

「…さて、何処から話したものかしら」

全員が座るのを確認すると楯無先輩はそう話を切り出した。

「……本当に教えるつもりか?」

いまだに納得していないラウラがそう訊ねる。

「ええ。それにここまで知ってしまったのならもう全て話してしまった方がマシでしょう。何も知らず終りを迎えるよりかは…ね」

楯無先輩の言葉に全員の表情が曇る。
『終り』。その言葉の意味は何を指しているのか俺でもすぐに分かった。その言葉がミコトの『死』を意味する事を…。

「勿論知る以上はそれ相応の制約は課せられる事になるわ。それを覚悟して上での要求よね?」
「当然ですわ」

目尻を釣り上げ鋭い視線で俺達を見回して楯無先輩はそう問うと、楯無先輩の真正面に座っていたセシリアは真っ向からその視線を受け止めて迷いの無い顔つきで力強く頷いて見せた。それに続いて俺達も同じような面持ちで頷く。

「どうかしら?彼等はそう言ってるけど?」
「………」

楯無先輩の言葉にラウラは険しい表情を浮かべて暫し沈黙した後、ギロリと効果音が付きそうな程に鋭く俺を睨んできた。

「…一夏」
「な、なんだよ?」
「これから知る事は糞みたいな現実だ。現実はどうしようもなく理不尽で、抗えなくて、逃げたくても何処までも追いかけて来る。それでもお前は知りたいか?」

紅く輝く眼光が俺を射貫く。深紅の瞳は押しつぶされてしまいそうと錯覚してしまう程の気迫を放っていて、俺は思わずその瞳から目を逸らしそうになるが歯を喰いしばりぐっと耐える。ここで目を背ければラウラは決して認めてはくれないだろう。目を背けずまっすぐラウラを見て俺は俺は意思を伝えた。

「ああ、知りたい。それがどんなに残酷な現実でも、知らなくて後悔するよりずっと良いと思うから…」
「…そうか」

俺の言葉を聞いてラウラはそう一言だけ返すと俺から視線を外して目を瞑り黙ってしまった。

「ラウラ…?」
「私はもうこれ以上何も言わない。好きにすると良い」

戸惑う俺にそう言うと今度こそラウラは何も言わなくなってしまった。

「さ・て・と、ラウラちゃんも文句無いみたいだし……話そっか」

楯無先輩の表情から笑顔が消える。
異議を唱える者は誰も居なくなった。それを確認すると楯無先輩は遂にミコトの隠されていた真実を語り始めた…。

「始まりは何時からなのか……。私からすれば去年の12月だけれど、ミコトちゃんからすればもう少し前かしら」
「12月…所属不明のISが学園に墜落してきた事件ですわね?」
「あら?知ってたの?」
「はい。黛先輩から教えていただきました」
「そっか薫子ちゃんから聞いたんだ。まぁ去年からいる生徒は皆知ってるからね」
「えっと…その所属不明機が墜落してきた事件って言うのは?」

セシリアと楯無先輩だけで話が進んで知らない俺達は置いてけぼりになってしまっている。一体その墜落事件と言うのは何なのか。ミコトと何が関係していると言うのだろう?

「去年の12月、IS学園に所属不明のISが学園のグランドに墜落すると言う事件があったの。表向きはとある国による新型機の性能テスト中に起きた事故と言うことになってるけれど真実は違う。本当は亡命するためにIS学園に逃げてきた機体とそのパイロットが力尽きて墜落したの」
「亡命って…」

いきなりきな臭くなってきた…。

「そのパイロットってまさか…」
「もう想像はついてるんじゃない?そう、その所属不明機のパイロットはミコトちゃんよ」

明かされた秘密に俺達はやっぱりそうだったのかと思うと同時に困惑する。

「…聞いた話ではミコトも去年の12月頃からIS学園に滞在していたと聞く。確かに今の話と照らし合わせると辻褄が合うが…」
「でも亡命って…。ミコトはギリシャの代表候補性なんでしょ?なんでアイツそんな大それた事したのよ?」

鈴の疑問は俺達全員が抱いたものだった。
ミコトはギリシャの代表候補に選ばれるほどの人間だ。そんなミコトが亡命? 一体何があってそんな事になったのか。明かされる情報に謎はが解けるどころか深まるばかりだ。しかし、次に楯無先輩から告げられた真実に全員が驚愕することになる。

「ミコトちゃんはギリシャの代表候補生じゃないわ。それどころかギリシャの国籍すら持ってないの」

『なっ!?』

ミコトがギリシャの代表候補生ではなかった。その事実に俺達は言葉を失う。
ミコトの素性は謎ばかりで俺達はミコトについて知っている事はほとんど無い。しかしその実力は本物でミコトが代表候補生だと言うことを誰も疑いもしなかった。
だがミコトは代表候補生ではなかった。ギリシャの国籍すらも無かった。俺達が知るミコトの情報は偽りで。なら、ミコトは何者なんだ…?

「ミコトちゃんが何者なのかって顔ね。まぁそう思っても無理もないわ。…ここからが本題」

楯無先輩は生徒会長用の立派な造形をした机の引き出しから何やら封筒を取り出すとそれを俺達の前に置いた。自然と俺達はその封筒に視線が集まる。余程大切な物が入っているのか厳重に封をされている。
一体これは何なのか。訝しげに目の前に置かれたソレに首を傾げると、楯無先輩は話を続ける。

「『白騎士事件』以来、世界はISの存在に釘付けになった。どの国も他国よりも優れたISを開発するために莫大な金と労力をつぎ込んだ。あらゆる研究が行われ、あらゆる技術が生み出された」

皆それぞれ待機形態になっている自分のISに視線を落とした。どの機体も特色を持ち独自の技術で造り上げられたものだ。

「多くの国々がISの開発に躍起になってる中、ある国はISの開発ではなくISに搭乗するパイロットの研究に焦点を当てたわ。その国の名前はギリシャ」

ギリシャ。ミコトの故郷と言うことになってた国だ。楯無先輩はミコトはギリシャの出身であることを否定したが、やはりギリシャが深く関わっていると言う事か…。

「ギリシャの技術力は他の国と比べて劣っていた。ISの開発なんて到底無理だった。だからある科学者がこう提案したの。『だったら最強のISではなく最強のパイロットを生み出せば良い』って…」

ドクンッ…。

『最強のパイロット』。その響きに嫌な胸騒ぎを覚える。
最強のパイロットと言われて誰もが最初に思い浮かべるのはモンド・グロッソ優勝を果たした織斑千冬だろう。だが、この時の俺は思い浮かんだ千冬姉の顔が何故かミコトと重なって見えたのだ。

…なんだ?この嫌な感じ…。

胸の中がざわざわして気持ち悪い。如何して千冬姉とミコトの顔が同時に思い浮かんだ…?

「最強のパイロットなんてポンポン生えて来るものじゃない。厳しい訓練の末にやっと一人前のパイロットになれるの。勿論才能にだって左右される。だったらどうやって最強のパイロットを生み出せば良い?彼等が考えた末にある計画を立ち上げたわ。その計画の名前は『クローン計画』」

ドクンッ…。

『クローン』と言う単語に胸のざわめきが更に増す。

「そう、彼等が出した答えは簡単―――」

楯無先輩は封筒の封を開けて勢いよく逆さまにした。
封筒からバサバサと落ちて散らばる無数の書類と写真。その偶然俺の目の前に落ちてきた2枚の写真に俺は手を伸ばす。

ドクンッ…。

……………え?

ドクンッ…。

心臓の音が五月蠅い。呼吸が乱れる。手の震えもやばい…。

ドクンッ…。

何だ?何でなんだ…?

脳が理解を拒んでいる。目に映るものが信じられなかった。何故なら手に取った写真に写っていたのは…。

ドクンッ…。

「―――最強のパイロットの遺伝子からクローンを生み出せば良い」

千冬姉とミコトだったのだから…。

バンッ!!

「なんだよこれ!?」

写真を怒りに任せて机に叩きつける。
何だこれは?こんな非人道的な事が許されていいのか?しかも、よりにもよって千冬姉の遺伝子を使ってこんな事を…!

ふざけるな…。ふざけるなふざけるな…!!

「見ての通りよ。クローンの素体となったのは貴女の姉である織斑千冬。そして、その遺伝子で生まれたクローンがミコトちゃんなの」
「ざけんなっ!こんな事許されていい訳が…!」
「待って一夏さん。まだお話は終わってませんわよ」

興奮する俺を止めたのはセシリアだった。
セシリアは…いや、よく見れば俺を除いた皆は俺とは反してとても冷静な様子で話を聞いていた。ミコトがクローンだったと言う事実に全く動じていないかのようだった。

「…皆は予想は出来てたみたいだね?」
「そんな予感はしてはいました。信じたくはありませんでしたが…」

箒はなんとか声を振り絞って答える。
膝の上で握りしめられていた拳はふるふると怒りに震えて今にも爆発しそうな感情をなんとか抑えているように見えた。

「もしかしてって予想はしてたけどね…」
「うん。当たって欲しくなかったけど…」

鈴達もミコトがクローンである事を疑念を抱いていたと言う。しかし言葉に反してその表情はそうであった欲しくなかったと悲痛なものだった。

「一夏君だって違和感を感じた時が何度もあった筈よ?」
「それは…」

無いと言えば嘘になる。今までにミコトの容姿に関して違和感を感じたことは何度かあった。でもそれはきっと気のせいだって…。

「そんなはずないって無意識に目を背けてたんじゃない?」
「っ!?」

楯無先輩のまるで俺の心の中を見透かしているような指摘に心臓が跳ね上がる。

「…楯無会長。話が逸れていますわ」
「あら、ごめんなさい」

セシリアが話を戻すように要求する。セシリアは「いいからさっさと話せ」と言わんばかりに鋭く楯無先輩を睨んでいたが、楯無先輩はそれを華麗にスルーして話を戻す。

「さっき一夏君が許されないと言ったけれど。勿論許されなかったわ。内部の人間がこの計画の情報をリークしたの。世界はその真偽とその計画の即停止を要求した。ギリシャ政府は計画の存在を否定。証拠隠滅ためクローンを製造していた研究所をその研究所に居た研究者やクローン達諸共地図から抹消した」
「抹消って…」
「ええ、察しの通りよ。クローン計画に関わる者は全て……殺された」

『………っ』

殺された。その言葉に全員が顔を顰める。確かに人の道を外れた研究をしていたとしても、人が死んだと言う事実は聞いていてあまり気持ちの良いものではなかった。

「あれ? ち、ちょっと待ってください。クローンも全て殺されたんですよね? ミコトは? ミコトは生きてますよ?」
「研究所襲撃の混乱に乗じてリークした人間がミコトちゃんをイカロス・フテロに乗せて逃がしたのよ。……自分の命と引き換えにね」

そこで楯無先輩が話を始めてから初めて感情を露わにした。彼女は哀しそうにリークした人間の死を悼んでいるようであった…。

「…そのリークした人って何者なんですか?」
「君達もよく知ってる人物よ」

楯無先輩の返答に訝しんだ。俺達が知っている人物…?

「…クリス・オリヴィア」

『っ!?』

楯無先輩から告げられた名前に全員が目を見開き耳を疑った。
俺達はその名前を耳にしたことがある。ミコトがよく嬉しそうに語っていた人物の名前で…。そして、ミコトの母親の名前だ…。

「それって…!?」
「うん。ミコトちゃんのお母さんよ。彼女はクローン計画に関わる研究者でミコトちゃんを監視員を担当していたの。ミコトちゃんと過ごしていく内に彼女は自分のしている事に疑問を抱くようになった。このままで良いのか。クローンの寿命は短い。このまま研究所に居てもミコトちゃんは短い人生を実験のためだけに利用されて死んでいくだけ。この子の人生をそんな無価値ものにして良いのか。彼女は悩みに悩んだ末、彼女を研究所から逃がす計画を企てた。そして、その計画の際に彼女はミコトちゃんを逃がすために命を落とした…。彼女は最後の別れ際ミコトちゃんに自分が迎えに来るまで研究所には戻ってくるなと言ったそうよ。たぶん自分の死を悟らせないために嘘を吐いたのね。ミコトちゃんに最後まで笑っていて貰うために…」
「なんで…何で一緒に逃げなかったんですか?ISなら一人くらい抱えて逃げることぐらい…!」
「少しでもミコトちゃんの生きれる可能性を増やす為よ」
「どういう事ですか?」
「…もし、仮に彼女がミコトちゃんと一緒に脱出してIS学園にたどり着いたとしましょう。その場合、絶対に学園は二人を受け入れなかったわ」
「ど、どうしてです!?」
「ミコトちゃん一人でも問題なのに非人道的な計画に関わっていた研究者なんて受け入れる訳ないじゃない」
「ぐっ…」

何も言い返せない。楯無先輩の言う事は全て正しく合理的だった…。

「彼女はそれも見通して自らの死を選んだ。すべては愛する娘の為に」

ミコトの母親の死に様に俺達は哀しむ当時にその母親としての強さに目頭が熱くなる。自分の娘の未来のために自らの命を投げ捨て、自分の娘の笑顔の為に自らの死を隠した。なんて…なんて強い人だろう。

「彼女は非人道的な研究に携わっていた研究者かもしれない。けれど彼女は確かにミコトちゃんの母親だった。娘の幸せを願って自分の命を省みずに娘を自由な空へと逃がしたの」

ミコトの母親の死がどうして死んだのか。それがずっと気になっていた。でもまさかこんな悲劇が起こっていただなんて…。

「研究所から脱出した後ミコトちゃんはIS学園に向かった。この先はさっき話したわね」

ここからの所属不明機墜落事件に繋がるわけか…。

「グランドに墜落したミコトちゃんをIS学園は保護したけれど直ぐに問題が発生した。ミコト・オリヴィアの処遇をどうするかという問題がね」
「まぁ、亡命なんてしてきた人間を中立のIS学園が受け入れる訳ないわよね…」
「ミコトちゃんに処遇について会議は揉めに揉めたわ。当然反対の割合の方が多かった。だけど簡単のミコトちゃんを学園から放り出す訳にもいかなかったのよ」
「ミコトの生い立ちが特殊だからですか?」
「組織なんて物はそんな情が溢れる場所じゃないわ。たった一人の人間の為に組織を危険に晒す事なんてしない。問題がミコトちゃんだけならとっとと見捨てたことでしょう。でもそれは出来なかった」
「それは何故です?」
「ミコトちゃんが乗ってきたIS。イカロス・フテロがあったから。これがあったから委員会はおいそれと処分が下せなくなってしまったの」

イカロス・フテロの存在が委員会は処分を下せなくなった?イカロス・フテロの所有権はギリシャにあるのだから返却して終りなのではないのか。そう俺は思ったのだがそうなると今ミコトが所有しているイカロス・フテロは何なのかと言う話になってくる。一体どんな問題が発生したのだろう。

「イカロス・フテロはギリシャに返せばいい話じゃないんですか?」
「そう言う単純な話では無いの。今現在ISは467機存在していて各国平等に分配されて、それはそれぞれの国によって管理されているわ。そして、その管理・運用がアラスカ条約に反していないか監視するのがIS委員会。此処までは授業で習ったわね?」

全員が頷く。

「では、何故その国に管理されている筈のイカロス・フテロがIS学園にあるの?それはイカロス・フテロが盗まれたと言う証明に他ならないわ」
「あっ…」

そこで俺は理解する。

「分かった?そう、ISが盗まれたことを認めると今度は管理責任能力が問われてしまうの。そうなれば他の国が所有しているISの所有権すらも取り上げられてしまうでしょうね。だからギリシャはイカロス・フテロの受け取りを拒否したの。それにイカロス・フテロのパイロットはミコトちゃんに設定されてる。ギリシャはクローン計画の存在を否定しているため、仮にイカロス・フテロを受け取った場合クローン計画の存在を認めてしまうことになるの」

そうか。だからギリシャはイカロス・フテロを何が何でも受け取る訳にはいかなかったのか。受け取った場合国の立場が底辺に落ちてしまうから…。

「委員会がイカロス・フテロを返却しようとしてもギリシャは断固としてそれを拒否。ISの処遇が決まらないためそのパイロットの処遇も決まらずに会議は停滞したわ。でも、そこに現れたのは織斑千冬だった」
「千冬姉!?」

突然出てきた姉の名前に俺は驚いた。

「ええ、一夏君のお姉さん。彼女は会議室に突然現れてこう断言したそうよ『私が全責任を取る』って」
「千冬姉が…」

千冬姉がミコトを庇ってくれた。その事実に嬉しくて堪らなくなり思わず笑みをこぼしてしまう。やっぱりあの人は世界一の俺の自慢の姉だ。

「幾ら元ブリュンヒルデとは言っても今は一介の教師。そこまでの発言力は無いわ。でも後ろ盾に理事長先生。あともう一人とんでもなく意外な人物が出てきたの」

意外な人物。誰だろうと首を捻っていると楯無先輩の視線は箒へと向けられる。え?いや、まさか…。

「篠ノ之束。箒ちゃんのお姉さんね」

『ええーっ!?』

本当にとんでもない人物の名前にラウラやのほほんさんを含めた全員が驚きの声を上げた。

「ああ、この話は本音ちゃん達にもしていなかったわね」
「聞いてないよー!」

ぶんぶんとだぼだぼな袖を振り回して抗議するのほほんさん。どうやらこの話はラウラやのほほんさんにも知らされていなかったらしい。

「ていうかあり得ないよ!アイツがそんなことするなんてー!」
「まったくですわ!あんな外道がそんなことする筈がありません」
「ああ!あの人が他人の為に動く筈が無い!」

酷い言われようだ。しかも身内である箒にまでこんなこと言われるとは…。束さんが聞いたら泣きそうである。
まぁ、意外と言うのは俺も同意する。あの人は『他人』には好きとか嫌いとかではなく無関心なのだ。関心を持たないから何もしない。興味も無い。そんな束さんがミコトの為に行動を起こしたのは驚きだ。

「私も驚いたわ。篠ノ之博士の性格は私も耳にしていたから。でも事実よ。彼女は会議室に乗り込んでこう言ったの『認めないと全てのIS爆破しちゃうよー?良いのかなー?』ってね」

『うわぁ…』

束さんの発言に全員がドン引きした。
25にもなる大人がなんて子供染みた脅し文句だろう。しかしあの人ならやりかねない。ていうか絶対にする。

「流石にそんなことされたら堪ったものじゃないと委員会もミコトちゃんの保護する事を決定。こうしてミコトちゃんは正式にIS学園の生徒になったと言う訳」

ミコトのIS学園入学にそんな秘話があったとは…。

「でも、どうして千冬姉はそんな無茶をしたんです?」

自分のクローンなんてあまり気持ちの良い物じゃ無い筈なのに、如何して自分の立場を危うくしてもミコトを助けたのだろう?

「…あの人にも色々思うところがあったんでしょう。それに、託されたから」
「託された?」

彼女は頷く。そして机の引き出しから一枚の便箋を取り出して本当に大切そう丁寧に取り扱いながら俺にそれを渡してきた。

「クローン計画の情報と一緒にクリス・オリヴィアがミコトちゃんに渡した手紙があるの。それがその手紙…」

―――この子を 守って。

その手紙にはたった一言だけそう書かれていた…。

「これは…?」
「クリス・オリヴィアが残した手紙よ」

何度も何度も書き直した跡がある。それに、この染みは…きっと涙の跡だ。

この手紙を見るだけでミコトのお母さんの手紙を書いてる姿を思い浮かべる事が出来る。きっと書きたいことが沢山あったんだ。もしかしたらミコトに遺したい言葉もあったのかもしれない。どんなに言葉を並べても足りなくて…。辛くて、悲しくて…。
だから、願いだけ言葉を記したんだ。ミコトを助けてほしいと…。

手に水滴が落ちる。何だと思い顔に手を触れると俺は涙を流していた…。俺だけじゃない。皆も泣いていた…。

「すごいよね。たった一言だけなのに、この人がどれだけミコトちゃんを愛していたのかが伝わってくる。私も織斑先生も本音ちゃんもラウラちゃんもこの手紙を見てしまった。そして託されてしまった。だから自分が出来る事ならなんだってするし、してみせる」

それを聞いて今までの彼女達のしてきた事を思い出していた。どれもミコトに思い出を作ってあげようと努力していた。どれもミコトを守って見せると努力をしていた。今思うと彼女達の異常なまでにミコトに尽くしていたのはそう言う事だったのかと納得出来てしまう…。

「貴方達には本当に申し訳ないと思ってる。何も知らない貴方達に辛いものを背負わせてしまって…」

辛かった。何も知らないのが辛かった。
でも、俺達は知ってしまった。クリスさんの願いを、想いを…。

「もうミコトちゃんの命は短い。最初は寿命も3年の予想だった。でも度重なる事件でそれも一年、そして更に短くなってしまった」

脳裏にあの激しい戦闘の光景が浮かぶ。あれがミコトの寿命を縮めたのだ…。

「どうする事も…出来ないんですか?」
「…出来ない」

もう残された時間は少ない。その残酷な事実に心が折れてしまいそうになる。でもそれはもう許されない。俺達は知ってしまったから…。

「だからお願い。最後にミコトちゃんが笑って逝けるように、幸せだったと言えるようにしてあげて…」

彼女は頭を下げてお願いする。俺達は頷く事しか出来なかった。

俺達に一体何が出来る?何をしてやれる?思い浮かべる事出来たのは、それは最後まで笑顔で居よう。そして最後は笑って見送る。それだけのことだった…。

それは諦めかもしれない。でも俺達が最後にしてやれることはこれだけしか残されていなかった…。








結局、ミコトの容態は危険な状態が続き面会は今後も許されることは無かった…。


ミコトが学園に戻らぬまま日々は過ぎていく…。


そして、キャノンボール・ファストの日がやって来た…。





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