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[26110] 【習作】IS×装甲悪鬼村正(オリ主オリ劒冑)
Name: PON◆889e7382 ID:afe753ed
Date: 2011/02/19 05:29

なんかなんとなくネタが浮かんだので脳内会議を開きました。

「――萌とかラブコメとかハーレムだとか、そういった難しいことはよくわからないんですが。
 とにかくIS世界で剣劇やってみたいんです。ガチンコの」


理性A「地雷乙」
理性B「受けないから」
理性C「に〇ファンでやってください」
ニトロ脳「やれば?」



長編書くのもネットに投稿するのも初めてなので文章の批評や改行空行のつけ方等アドバイス好評受付中です。

それといわゆるアンチやヘイトとは違うのですが、本作では装甲悪鬼村正へのアンチテーゼをテーマとしておりますので、村正クロスと聞いて期待してくださったファンの方々には申し訳ないのですが、残念ながら人は死にません。

では、オリ主オリ劍冑有りと地雷要素飽和状態の誰得小説ですが、楽しんでいただければ幸いです。



[26110] 序章 亡霊騎
Name: PON◆889e7382 ID:afe753ed
Date: 2011/02/19 13:43





 第一幕は静かに開かれた。

 中国東部に位置するとある僻地で最初の事件は起こる。

「本日の訓練はこれで終了だ。明日に備えてしっかりと休めよ!」

 その言葉とともに歓喜のこもった溜め息が溢れ、声を発した当人以外が三々五々に散っていく。
 一人残った女性――李淑花(リー・スーファ)は、懐から出した紙煙草を加えて火をつけた。
 丹東元空軍基地の内部に位置するIS操縦士訓練場……それがこの場所の名称だ。

「……やれやれ、確立されていない兵科の訓練がここまで難しいものだとはな」

 淑花は優秀な軍人だった。
 単純な身体能力や知能のスペックもさることながら、彼女は兵を統率するにあたって重要な将たる才――或いは、カリスマ性と言う才能を持っている。
 機を見るにして敏。
 物事の流れを素早く察知し、把握し、それを十全に生かしきることこそが、彼女の生まれながらにして持つ稀有な才能だった。
 淑花が今ここにこうしていられるのも、この才能のお陰である。
 十年前、全世界を混乱に陥れた『白騎士事件』。誰も彼もが躊躇い二の足を踏む中で、その重要性とその後起こり得る世界のパワーバランスの変革にいち早く気づき、自らIS操縦の先駆となることで彼女は若輩の身で不相応なほどの地位と力を手に入れることが出来た。
 第一回IS世界大会(モンド・グロッソ)では緒戦にて敗れてしまったが、その折の対戦相手が前大会の総合および格闘部門優勝者として世界最強の名を馳せた織斑千冬であったことと、その最強の相手をとって伯仲の戦いを見せたことを評価され、IS操縦士の後進育成の任につくことが出来た。
 だが、その事を賛美される度に淑花の内心(プライド)は軋みを上げる。

(あの勝負、完全に私の負けだ……)

 傍目からは善戦に見えただろう。しかし、戦った当人にしか分からぬ事もある。否、少しでもISの戦闘について知識のある者ならば気づいてもおかしくはない。
 自分は、李 淑花は――織斑 千冬に全力を出させることなく敗北したのだと。
 その証左に、あの勝負で織斑 千冬の操るISはその真価とも言える『単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティー)』を使用していない。
 その事実を淑花は知っている。国内メディアが淑花を英雄として祭り上げる中、その偽りの自分に耐えきれずにその時の上官、ひいては空軍総司令部まで出向いて直訴した。
 この偽りの報道を止めてくれ、と。
 しかし、軍部の決断は非情だった。

『確かに日本代表は単一仕様能力を使用しなかった。だが、それは李 淑花が予想外の実力を有していたことによって日本代表にその機会を与えなかったためである』

 軍部は報道を規制するどころか率先して煽動した。
 もともと対日感情の悪い国である。
 先の戦争による悪感情に加え、小国でありながら経済大国として世界に強い影響力を持つ近隣国に強い対抗心を燃やしていた。
 その上に起こった『白騎士事件』。日本人が作り出したISという絶対無比なる武力。そして、自国代表があっさりと敗北した事実。
 誰も彼もが憤っていたのだ。悔しかったのだ。矜持を傷つけられたのだ。
 そのことから軍部は、中国という国は――目を逸らした。
 偽りの英雄を作り上げ、有りもしない幻想を真実と信じ込むことで己が国のプライドを守ったのだ。
 否、守ってなどいない。
 ただ現実から目を背けただけだ。
 そして淑花は――祖国を信じられなくなった。
 ちっぽけなプライドの為に虚構を演じる軍部のなんと度量の小さいことか。
 真実を知ろうとせず、ただ与えられた情報に何の疑いも持たない国民のなんと蒙昧なことか。
 淑花が軍を辞めようとしたのは当然の帰結といえよう。愛国心無き、忠誠心無き兵士は百害あって一利無しである。彼女は最後の忠誠を持ってして軍を辞する決断をしたのだ。
 ……だが、それすらも叶わなかった。
 それも当然のこと。国の英雄が何の理由もなく退役することは民衆の不信を呼び、また対外的にも良い影響を及ぼす筈が無い。
 かくして彼女は此処へ辿り着く。
 軍を辞めることが出来ないことは、彼女自身薄々と察していたのである。故に彼女は従軍を続けるに際して条件をつけた。
 第一線を退くことと、僻地での勤務。
 それが彼女の突きつけた要求である。
 もともと軍部としても、真実を知る淑花のことを扱い難い厄介者と思っていたのだろう。あっさりと認可が降り、この東の果てへと異動が決まった。
 任務内容の表向きは『実力のある教官によるエリートIS操縦者の育成』であったが、実態は真逆である。
 送られてくる少女達は、全員IS適応力や戦闘適性が低い者ばかり。
 要は体のいい厄介払いである。
 しかし淑花はこの現状に何の不満も抱いていなかった。
 この少女達は自分と一緒だ。
 自分も少女達もともに敗者である。
 皆から出来損ないと烙印を押された少女達を、少しでも鍛え上げる。
 鍛え上げ、鍛え上げ、鍛え上げて、いつか――勝つ。
 何に対してではない。
 しいて言うならば、現実に勝つのだ。
 自分が育てた教え子が、日本の学園に出向しているエリート達に勝つ。
 そのことを夢想する度に、淑花の胸に何とも言えない甘美な疼きが走る。
 勝つ。
 いつか勝つ。
 必ず勝つ。
 自分でも気づいていないが、彼女もまた傷ついた一人なのだ。
 織斑千冬に敗れて以来、彼女は勝ちに飢えていた。
 だからだろう。

《――元IS世界大会中国代表者、李淑花殿お見受けする。まずは突然の来訪にお詫び申し上げよう》

 誘蛾灯に群がる蛾のように。
 彼女の闘気に誘われて、それは夜闇の中から姿を現した。

《勝利こそしなかったものの、貴殿の功夫は見事なものだったと記憶している。もし、その腕が錆びついていないのなら……不躾ついでに一手御教授願いたい》



 ◇



「貴様、何者だ?」

 決まり文句(テンプレート)な言葉を発しながら淑花は油断なく相手の全容を把握しようと努める。
 辺りは既に日が落ち、訓練場を照らす照明も訓練の終了と共にその出力を弱めている。薄暗がりの中、『ソレ』は僅かな光を鈍く反射していた。
 『ソレ』は異形だった。
 まるで、最初からそこにいたかのように気配も無くいつの間にか存在していた『ソレ』は、人を模した鋼色の化物だった。
 人――なのだろうか。
 もし仮にこれが人ならば、或いは出来の悪い冗句と言えるだろう。
 全身を覆う鋼の甲冑。
 関節部分においても僅かな隙間を探すのが困難なほど徹底したそれは、ヨーロッパの騎士達が中世の戦場にて使用していた全身甲冑(フルプレートアーマー)のようだ。しかし、よくよく見ればその全体的な造形は、どちらかと言えばそう、日本におけるサムライ達が使用したという鎧――武者甲冑に似ていた。
 余りにも場違い。
 ここは中国であり、仮に日本だったとしてもとうの昔に廃れ果てた存在。
 そう、それは――

《重ね重ね不躾。名乗りが遅れてしまったな。
 当方、三池典太光世――武者だ》

 鋼色をした武者だった。

「武者……だと? ならば貴様は日本人か。どうやって此処に――いや、何が目的で此処に侵入した? 今すぐにその珍妙な武装をやめて大人しく投降するならば、軍事基地に侵入したその罪、特別に不問にしてやってもいい」

 無論、それは方便だ。
 言葉に釣られてのこのこと投降してきたその時は、厳しい尋問の後、厳罰に処されることが確定するだろう。まあ、下手人は時代錯誤の全身鎧なぞ着込む頭のおかしい人間である。それを相手として取り調べを行わなければならないことは、甚だ面倒であるのだが。

《当方の目的は先にも述べた通り、高名な貴殿の教えを乞いに来た次第。不明瞭と言われるなら――行動で示そう》

 今まで不動を貫いていた武者がおもむろに動き出す。
 右手を腰に持って行き、得物を抜く仕草。
 それを確認した瞬間、淑花の判断は早かった。

「来い!『試作甲龍』!」

《お先に一手馳走仕る》

 鋼の体躯が迫った。
 抜きはなった太刀を上段に構え、鈍重そうな見た目を覆すように驚異的な速度を持ってして間合いを詰める。
 だが、それをもってしても遅い。
 武者が先手を打つならば、会話で此方の気を引きつつ間合いをもう一歩分詰めてからでなくてはならなかった。

「侮ったな、下郎!」

 量子光を纏い、虚空より世界最強の兵器が顕現する。
 赤みがかった黒色の装甲(ボディ)、肩の横に浮遊する棘付き肩甲(スパイクアーマー)の威容はまるで現代に蘇った鬼のようだ。
 試作甲龍――その名の通り、中国が開発している最新鋭の第三世代IS『甲龍』の試験機体(プロトタイプ)である。
 機体性能が計算上の理論値を下回ったためにデータ収集用の機体として払い下げられのだが、それでも淑花の現役時代に使用していた第二世代の機体よりも遥かに高いスペックを誇る。

「破ァアアア!」

 一閃。
 試作甲龍の近接武装――長大な一基の青龍刀が、上段からくる武者の太刀とガキリと絡み合う。
 鍔迫り合いの形。
 淑花はそのまま強引に押し切ろうとして――驚愕した。

(押し切れ……ない!?)

 否、それどころか徐々にではあるが押し込まれてきている。
 馬鹿な、そんなことが有り得る訳がない。
 淑花は、長い従軍経験でも類を見ないほど混乱していた。
 試作甲龍は第三世代IS――つまりは現在における最高峰の武力である。それに対抗出来る存在は同じ第三世代ISしかいない。
 いてはならない。
 いていいはずがないのだ!
 その逡巡が一瞬の気の緩みとなった。
 鎬が擦れ合い金属音が響き、拮抗は最悪の形で破られる。

《――侮ったのは、どうやら其方のようだな》

 青龍刀が弾かれる。
 束縛から解き放たれ、自由となった太刀は流れるように旋回し、無防備な胴を薙ぎ払う。

「か、はァ……!」

 試作甲龍の装甲を揺るがすような衝撃。
 機体にダメージこそ無いが、シールドエネルギーはその一撃の苛烈さを物語るように削り取られていた。
 スラスターを吹かし、後退しながら淑花は未だ混乱の渦中にある思考を纏める。

(――落ち着け、常識が覆されるのは今に始まったことじゃないだろう? まずは情報を集めろ)

 奇妙なことに、距離をとった淑花に武者は追撃をしようとはしなかった。
 残心していた構えをゆるりと正眼へと戻す。
 その様は余裕の現れのようでもあり、まるで歴戦の古兵であるかのような威を放っていた。

「……何故、追撃しなかった?」

 一撃をくらい、体勢も崩れ、心も動揺していた致命的な隙を敢えて見逃した武者に、淑花は問いかけた。
 時間を稼ぎその隙に立ち直ることと、単純に相手の言葉から情報を得ることが目的である。

《先に述べただろう。一手馳走、と》

 その武者の言葉が意味するのは。

「……挨拶代わりに奇襲か。日本のサムライは正々堂々を好むと聞いていたが、その認識は改めることにしよう」

《……………》

 淑花の皮肉を籠めた返しに何か思うところがあったのか、武者は暫し沈黙する。
 そしておもむろに構えていた太刀を地面に突き刺すと、数歩此方に向かって前進して言った。

《その言葉、一理あるどころかまるで正論。なるほど、確かに公正(フェア)ではない。
 故に――次の一撃、この身に受けよう》

 淑花は、武者が何を言っているのか理解するのに数秒を要した。

「貴様、何を考えている……罠のつもりか?」

《策ではない。言葉通りの意味だ》

 淑花は地面に突き刺さったままの太刀と、此方を向いて無防備に立ち尽くす武者に交互に目を向けながら躊躇する。

(だ、駄目だ……こいつが何を考えているのかさっぱり判らない)

 話せば話すほど、混乱していく。
 これも敵の策略なのだろうか。
 いや、もし此方を陥れるための策ならば、一気に勝負を決められたであろう此方の隙を見逃す理由がない。
 いきなり現れて、いきなり切りかかり、今度は此方の攻撃を受けると言う。
 一体、目の前の武者は何を目的としているのか。
 ぐるぐると思考が回る。
 わからない。
 わからない。
 わからない。

(――いや、もう止めよう)

 淑花は自分の中の何かが切れるのを感じた。
 そして、全思考を放棄した。
 この武者は何者なのか、何が目的なのか、何故ISに対抗できるのか、むしろこいつは  新型のISなのか――そんなことは、どうでもいい。
 ただ目の前に敵がいて、そいつは倒すべきなのだ。
 軍事基地に不法侵入した時点で有罪だ。
 こいつが何であろうが関係ない。
 疑問は全部うっちゃっておけ。
 そんなもの、目の前のこいつをぶちのめしてふん縛って尋問なり拷問なり煮るなり焼くなり好きにしてしまえば判るのだ!

「お言葉に甘えよう。貴様の公正さに感謝する。
 ――ありがとう、そして死ねぇッ!!」

 淑花は怒声とともに試作甲龍を跳ばせた。
 全力稼動する後部スラスターが荒々しく叫ぶ。獣の咆哮にも似たそれはあたかも搭乗者の怒りを表しているかのようだ。
 それを見ても、武者は動かない。
 ただ両脚を肩幅に開き、両拳を握り、腰を落としている。
 あくまで受けきる構え。

「喰らえ、『龍頸』!」

 試作甲龍の肩部アーマーがスライドし、開かれたそこにある球体が光りを放った。
 
 ――本来、これから完成されるであろう正式甲龍の武装は『龍砲』という。空間自体に圧縮をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出す、という兵装だ。簡単に言えば、目に見えぬ砲身と目に見えぬ砲弾である。
 しかし、試作甲龍にはその失敗作が積まれている。
 名を『龍頸』。
 砲弾自体の威力を求め過ぎたために砲身が砲弾に耐えきれずに撃ち出す過程で瓦解してしまい、その結果、砲弾である衝撃弾が拡散しやすく有効射程が極端に短くなってしまった欠陥兵器である。
 常に高速で動き回るIS相手に当てるのはほとんど不可能といっていいだろう。
 だが、相手が動かずただ立っているだけの『的』なら話は別だ。
 
《ぐ、ぐぬうああっ!?》

 爆音とともに必殺の一撃が武者に叩き込まれる。
 その外見に沿わず、巨岩の如き重量をもつ鎧武者が風に巻かれる木の葉のように宙に投げ出される。轟音とともに訓練場の塀に叩きつけられ、それでも止まらずに塀を砕き割って基地の外へ転がり落ちていく。
 相手がISであったとしても機能停止に追い込まれるだろう、会心の一撃。
 だが淑花は今度ばかりは油断しない。
 あの武者が動かぬ残骸と化した様をこの目で見るまでは、けして慢心などしない。
 奇襲に備え、青龍刀を構えながら慎重に近づく。
 塀に空いた穴をくぐり、目に入ったのは――

《……当方が計測するに、一撃の規模があまりにも違いすぎると思うのだが?》

 健在な武者の姿だった。
 淑花は驚かなかった。心のどこかに、この程度で終わる筈がないという予感めいたものがあったからだ。はたしてその予感は的中することとなった。

「…………」

 しかし、流石に無傷ではいられなかったようだ。
 武者の無骨ながらも猛々しい威風を放っていた装甲は見る影もなく至る所に醜い傷が付いていた。特に『龍頸』の衝撃弾を直接受けた胸部はとりわけひどい。
 一目でそれとわかるほど、激しい損傷が見てとれた。
 
「一撃を受けるといったのは貴様だろう。威力について言及された覚えはないが?」

《――然り。世迷い言を言ったな、赦せ》

 いや、あるいは一番ダメージの大きい箇所は『中身』か。
 余裕の体を装ってはいるが、武者の息遣いがときおり乱れていた。
 『龍頸』が狙ったのは人体の正中に位置する急所――鳩尾である。そこを痛打されて、よくもまあここまで取り繕えるものだ。その意志力こそ評価するが、しかし身体の反応は顕著である。現に武者は淑花(てき)が目の前に来ても地に膝をつけたままだ。

《しかし、大した威力だ。自慢の甲鉄がこうも簡単に破れるとはな。おかげでいまだに脚が利かん。故に、一つ頼み事をしたい。
 先程手放したままの我が太刀を持ってきてはくれないだろうか?》

 冷静に観察する淑花の様子に隠しきるのは無理だと悟ったのか、武者は自ら窮状を晒した。

「私がそんな頼みを聞くと思うか?
 仮にもサムライを名乗るなら、そんな腑抜けたことなど云わずに潔く散るがいい」

 淑花は青龍刀を大上段に構えた。
 隙の多いこの構えを淑花は滅多に使わない。だが今はこれで十分だ。武者には避ける足も防げる太刀もない。ならば、その堅い鎧を断つにはこれが最も効果的だ。
 軍人である淑花は何事にも効率を追求する。
 状況を正確に把握し、最小限の労力で最大限の結果を出すことこそ、彼女の求める効率である。
 それはある意味、完成された一つの理論(わざ)とも言えるだろう。
 しかし、しかしだ。
 効率を行う為には状況を正確に把握していることを前提とする。
 ――なら、その前提が崩されたら?

《やはり聞き入れては貰えないか。
 致し方ない……自分で取りに行くとしよう》

「何を言――ッ!?」

 耳をつんざくような轟音が言葉を遮った。
 淑花は反射的に耳を塞ぎ、目を閉じて口を軽く開ける。
 爆発に対する対処法だ。
 一般人ならば驚き身を竦ませるだけだろうが、淑花は熟練の兵士である。訓練で文字通り身体に覚え込ませた条件反射。平時において身を守る術となるそれが逆に仇となった。
 一瞬とはいえ視界から武者(てき)が消失する。
 しかし、ゼロコンマを争う戦闘において、それは絶望的な時間である。

「――――ッ」

 咄嗟に身を投げ出す。
 転倒するのも構わず、無様に地に伏せる。
 その真上を鋼の砲弾が掠めていく。
 あの武者と遭ってから幾度驚いただろう。
 だから備えていた。
 どんなことがあっても動けるように心構えをした。
 臨機応変。
 機をみるにして敏。
 それこそが自分の持つ才能だと自負してきた。
 そして現実もそれに応えてくれていた。
 だが、
 あの武者は、
 あの得体もしれない存在は、
 淑花の現実(せかい)に当てはまらない。
 常識に当てはまらない。
 当然に当てはまらない。
 なんだ。
 なんだアレは。
 なんなのだ、アレは――!
 理不尽な怒りと、それよりも更に大きい恐怖が淑花を苛んだ。
 理解出来ない恐怖。
 得体がしれない恐怖。
 まるで足元の地面が次の瞬間にはがらがらと崩れさってしまうかのような恐怖。
 それを怒りで無理矢理抑えつけて急速に遠ざかる武者の後ろ姿を睨みつける。
 そして、あらん限りの声で叫んだ。

「あの化け物、飛びやがった――!」

 これよりは第二幕。
 戦場(ぶたい)は空へと移る。


 ◇



 飛翔する。
 高く。
 高く。
 武者の背を追うように、がむしゃらに天へと墜ちていく。
 何故武者はこんなにも高さを求めるのか。
 その理由を淑花は知らない。
 確信に近い推測はあれど、それを信じない。
 あれはそういう次元に位置するものではないのだ。
 自分の知識と経験則を否定する。
 そんなものでは駄目だ。
 あの化け物は前提を崩すもの。
 チェスの試合なのに、相手は将棋の駒を使っているのだ。定石(セオリー)が役に立つはずがない。
 そのことに気づくまでに高い代償を払ってしまった。
 
「もう、迷わん……」

 思考は不要。
 ただ武者は自分より高度を求めているという事実があり、それに対して自分がすべきことは“武者の思惑を外すこと”だ。

「いいだろう。付き合ってやる!」

 飛翔する。
 高く。
 高く。
 ひたすらに高く。
 ゴールのない不毛なレース。
 一人と一騎は共に空を駆け上がる。
 武者との差は縮まらない。されど、開くこともない。
 最大速力(トップスピード)はほぼ互角。加えて試作甲龍には遠距離攻撃の出来る兵装は積まれていない。そしてそれは相手も同様だろう。
 そんな奇妙な確信が淑花にはあった。
 あれは武者だ。
 武者には銃砲火器よりも剣か槍がよく似合う。
 ならばこれは尻追い戦(ドッグファイト)になり得ない。純然たる力と力がぶつかり合う、正々堂々の猪突戦(ブルファイト)だ。
 
「さあ、来い。武者を名乗る化け物め。私は逃げも隠れもしないぞ……!」

 自らを鼓舞する呟きを聞き取ったかのように武者が上昇をやめた。
 ゆるりと円を描いて旋回し、下降を始める。
 太刀を肩に担ぐように上段に構え、体勢を整える。獲物に狙いを定めた鷹のように兜角を向け、稼いだ高度を速力に換えて突進する。
 
《一太刀馳走》

「――――!」

 激突。
 刃と刃がぶつかりあって火花を散らす。
 そして太刀が青龍刀を弾き、初手(まず)は武者が先制した。

「ぐ、つぅ……」

 左肩部の装甲を掠めるように削り取られる。シールドの守護によって物質的な被害はないが、エネルギーは着実に減っていく。
 このシールドは言わば借金のようなものだ。これが完全に底をついた時こそ、受けた傷(ツケ)を支払うこととなる。
 そういった意味では、まさしく命を削られた一撃だった。
 
「なんて重い剣……!」

 地上で喰らったものとは文字通りの雲泥差。小細工無し、膂力と速力の全てを集約した剛剣が、これほどまでに強烈なものだとは。斬るなんて生易しいものじゃない。要塞を食い破る破城鎚のような剣だ。
 だがそれはもとより予想していたこと。淑花とてただ阿呆のようにしてやられるために打ち合った訳ではない。
 淑花は学ぶ。
 武者の全力がどの程度のものなのかを。

 二合、

 三合、

 四合――、

 二騎の軌道が∞の文字を描き、その中心でまみえる度に夕暮れの薄闇が刹那の明るさを得る。
 幾度それを繰り返しただろう。
 両者は未だ無傷。戦況は互角に見えて、圧倒的に武者の優勢だった。
 太刀と青龍刀が撃ち合い、刃鳴散らし、そして必ず(・・)太刀が青龍刀を弾き飛ばす。
 淑花と試作甲龍の力量は武者のそれに大きく劣っているわけではない。
 しかし現実はどうか。
 試作甲龍のエネルギー残量はすでに二割を切っており、地上で傷を負ったはずの武者は一合毎に剣の冴えを増しているようにも思える。
 
(なるほど……)

 しかし偏った戦局とは裏腹に、淑花に焦燥感はない。
 彼女は学ぶ。
 激突の時の相手の体捌き、太刀の動き、打ち合った後の抜け方、下降と上昇、旋回の速さと速度の動き。
 観察し、考察し、そして理解する。
 自分が打ち負けている理由。何故武者が高さを求めたのかという疑問の解を、推論ではなく経験として身に刻んでいく。

(飛行方法は戦闘機と同じで単純、鎧の背面についているパーツがジェットエンジンのような役割をはたしている。だから奴は高度と速力を得ることに比重をおいていたのか……)

 断片的な情報が組み上がり、事実が浮き彫りになっていく。
 自力で浮遊出来ない飛行物は、航空力学の物理法則に沿って飛行する。
 シンプルに考えれば、“速度によって飛行に必要な揚力を得ている”のだ。
 そんな飛行物にとって、もっとも忌避すべきことは失速(ストール)――すなわち揚力の消失。
 武者と此方の描く軌道が∞の形をとったのもその為である。
 相手よりも上空から下降し、交差する。つまりは位置エネルギーを速力に変換し相手にぶつけるということ。そして、その余剰を利用して今度は速力を位置エネルギーに変換する。
 この繰り返しが∞を描くのだ。
 だからこそ武者は高さを求めた。
 飛行物は高度が上がれば上がるほど空気密度の関係で速力と揚力を得やすくなる。
 武者は自身の性能を十全に発揮出来る場を求めるとともに、相手よりも上に位置することで戦術的な優位を取りたかったのだ。
 武者は交差を下降しながら行うことで勢いと重力を味方につけられるが、それに対し淑花は重力に逆らい上昇しながら相手の斬撃を受けることとなる。
 これを同じ力量の両者が行ったならばその差は歴然。
 今まで淑花の攻撃がことごとく潰されたのは至極当然のことだ。
 
(カラクリは理解した。なら私がすべき事は一つ――)

 この戦法のいやらしいところは、一度優劣が確定するとそれがいつまでも続くという点である。
 劣勢に立たされた側は失った速力を回復するために下降しなければならず、上空に位置する相手に向かって勢いを犠牲にしながら上昇しながら相手を迎えることになるのだ。
 ならばどうするか。

(この優劣構造の……前提を崩す!)

 何度繰り返したかもわからない打ち合いのループに、初めて歪みが生じた。

《――――む、》

 今まで力によって武者の斬撃を受け止め、弾こうとしていた青龍刀の動きを変える。
 相手の太刀に被せるように青龍刀を打ちつけ、軌道を逸らす。
 剛から柔へ。
 相手をねじ伏せる剣から、自分の身を守る剣へと変化させる。
 いなした武者の太刀を置き去りに、淑花は再び天に向かって試作甲龍を走らせた。
 ピッチを上げ、宙返りとともに機体を反転。速力の全てを位置へと変換する。
 軌道円の頂点で完全に勢いを失った淑花に武者の声が響いた。
 
《貴様、自滅するつもりか!?》

 武者の言葉は正しい。
 ろくにスピードを稼がずに高さを求めれば訪れるのは最悪の結末――失速とそれに伴う機体の制御不能という事態である。
 だがそれはあくまで航空機での話だ。
 淑花は思う。
 今度はこちらの番だ。
 不遜な武者に、相対している相手が何なのか(・・・・)を教えてやろう。
 

「瞬時加速(イグニッション・ブースト)!!」

 
 ◇


 本来ISは宇宙空間での活動を目的として開発されたマルチフォーム・スーツである。『白騎士事件』を境に飛行パワード・スーツとしてその在り方は歪められてしまったが、マルチフォーム・スーツの名残はある。その一つが、全ISに備わっている浮遊機能だ。
 ISには、バリエーション豊富な兵装やシールドエネルギーによるバリアー、あらゆる攻撃から搭乗者を守る『絶対防御』、経験を蓄積し搭乗者にとり最適な形態へと自ら変化する自己進化機能など、『究極の機動兵器』の名に恥じない様々な機能が存在する。それらの影に隠れていて普段は目立つことはないが、この浮遊機能こそが従来の航空兵器を凌駕し倉庫へと追いやった大きな原因の一つに他ならない。
 浮遊機能の恩恵は、なにも失速による機体制御不能の危険がないというものだけではない。ISと航空兵器の最大違い――その機動力の土台となる重要な機能なのだ。
 ISはその特異な性質から既存の空中機動とは一線を画す技法を生み出してきた。一零停止、特殊無反動旋回、三次元躍動旋回……そして瞬時加速。
 その常識外れの三次元機動や、静止状態から一瞬にして最大速度(トップスピード)に達する加速にあらゆる航空兵器は敗北したのだ。
 否、敗北とは語弊がある。
 ――同じ土俵(そら)に立つことすら許されなかったのだから。

「ふん、骨董品め……」

 黒煙を上げ遥か下の大地へと墜ちていく武者に、淑花は吐き捨てるように呟いた。

「骨董品は骨董品らしく、倉で大人しく飾られていれば良かったものを」

 この高さから落下したのならば、十中八九死亡は確定だろう。だが、あの武者の正体が本当に人間だとは限らない。案外本当に魑魅魍魎の類だったりするのかも。
 だとしたら悲しむべきことだ。
 現実では有り得ないからこその『幻想』が現実の兵器で打ち砕かれてしまうとは。
 ホラー映画の悪霊が、ただの銃弾一発で消えてしまうようなものだ。三流駄作でももう少し恐怖感はあるに違いない。いや駄作も何も、もはやジャンルが違っている気がするが。
 身を包む妙な寂寥感を振り払い、機体を下降させる。
 捜索するまでもなく、武者の落下地点は知れている。黒煙がのろしのように上がっている其処は、もと居た要塞よりも少し離れた河原だった。
 別段急ぐことはなく、ゆっくりと降りていく。近づくにつれ、標的の惨状が目についた。
 
《…………》

 武者は沈黙している。
 あるいは死んでいるのかと思うほどの光景だったが、微かに聞こえる鎧の関節部分で発せられた軋みに、未だ動こうとする武者の意志が感じられた。

(つくづく、常識を破ってくれる……)

 生きていることに関してもだが、ここまでされてもなお衰えぬ闘志に、驚嘆を通り越して呆れと憐憫の情が浮かんでくる。
 やがて、がちゃりと重たげな音を大仰に立てて、武者が身体を起こした。
 無造作に打ち投げられた太刀を拾い上げ、しっかりと柄を握りしめる。

《何故、とどめを刺しにこない?》

 苦しげに息をつきながら絞り出された武者の問いに、淑花は少しだけ逡巡して答えた。

「お前は……何が目的なのだ?」

 最初に投げかけた問いを繰り返す。
 勝てない戦いを挑み、こんな傷を追い、それでも戦い続けようとする意志はどこからくるのか。

「私に怨みでもあるのか?」

 淑花は名の知れた軍人だ。淑花自身か、あるいは直接手にかけなくとも軍の象徴としての李淑花に憎しみを抱いていてもおかしくはない。
 だが、その推測は否という武者の言葉に否定される。

「男尊主義者か?」

 ISの台頭は今までの社会体制そのものを揺るがしかねない事件だった。いや、揺るがしたのかもしれない。事実、歴史上初めてと言えるかもしれない風潮――女尊男卑が広がってきている。
 それを快く思わない者は数多といるし、過激な思想家がテロリストとなるのも幾度も見てきた。
 返答は、否。

「ならば何だ。お前のその執念はどこからくる」

《大義ではない。怨恨からくる復讐心でもない。動機は口にするのも馬鹿らしくなる小事に過ぎない……》

 兜の奥から自嘲まじりのかすれた笑いが漏れていた。

《そうだな……一身上の都合、とでも言っておこうか》

 納得のいかぬ答えに、しかし淑花はそうかと短く頷いた。

「念のために聞くが、降伏の意志はあるか?」

《情け無用。刃の下で果てるのならば、それこそ我が本望》

「そうか。ならばその望み、此処で遂げるがいい」

 これは淑花なりの優しさだった。
 意識を断ち、生け捕りにすることは簡単だが、そうした末に待ち受ける未来は武者にとって良いものではない。
 目的を吐くまで拷問され、そしてISに匹敵しうる性能を持つ鎧の秘密を徹底的に暴かれるだろう。
 幽霊の正体見たり枯れ尾花。
 種の割れた手品ほど無様なものはない。それならいっそ此処で介錯してやるのが武士の情けというものだ。
 
《ああ、だが一つ忠告しておこう。
 ――嘗めるなよ女郎!
 俺はまだ諦めてなどいない!
 敗北など認めるものか。生きている内は、抗い、抗い、抗い――勝つ!!
 それだけだッ!》

 血を吐くような喝とともに武者が構えを取る。太刀を鞘に納め、右手は柄に、左手は鞘の鯉口を握る。両膝は地につけたままだが、それは確かに闘うための構え――居合い、抜刀術の構えだった。

(居合い、か……)

 淑花はその構えから放たれる刃の、その理論を知っていた。織斑千冬に敗れた後に日本の武術について学んだからだ。
 勝機に四種有り。
 そのそれぞれを、先の先、先、先の後、後の先という。
 先の先とは敵が油断していたり、裏をかかれたりなどして隙を見せている機。
 先とは敵が攻撃を仕掛けようとして、意識が攻撃に集中し、体も攻撃準備のために固まり、防御がおろそかになる機。
 先の後とは敵が攻撃を繰り出している最中、防御しようがない機。
 後の先とは敵の攻撃を己が防いだ直後、敵が体勢を整えるまでの、無防備になる機。
 曰わく、戦いはこの四機の奪い合いであるという。
 居合いはこの内の先を取る技である。
 鞘に納めた状態からの斬撃という一見不利な状況を覆すほど『速い剣』というのが一般的な居合い術のイメージだろう。
 だが居合い本来の術理は全く違う。刀を鞘に納めることで、相手の間合いを測る眼を眩惑することこそがその真髄だ。そうして間合いを測り間違え、不用意に飛び込んだ敵を待ち構えて斬る――これが居合い術である。
 『速い剣』ではない。相手よりも『早く』斬撃を繰り出す剣なのだ。
 それを踏まえて今の状況を見てみよう。
 武者は足の利かぬ状態だ。ひょっとしたら立ち上がることぐらいは出来るかもしれないが、それをしないということは両膝をついた正座のような格好が立っているよりもマシということに他ならない。少なくとも、間合いを自ら詰めて相手を斬りにいく事が出来ないと断定していい。
 なるほど、それなら敢えて抜刀の構えを取るのは理にかなっているかもしれない。自分で踏み込めない以上、相手が太刀の間合いに入った瞬間を狙うのは当然である。
 だがそれは、相手が自分を斬るよりも早く太刀を相手に届かせる剣速が必要不可欠だ。
 その肝心要の剣速を武者は持たない。持っていたとしてもこの場で発揮することは不可能だ。手負いの状態であることもそうだが、一番の理由は正座という不完全な姿勢である。腰も回せず下半身の連動も無いこの状況下において、自らに勝るとも劣らない技量の相手をとって剣速勝負で勝てるだろうか。
 答えは否。
 断言しよう。武者の太刀が青龍刀よりも早く淑花の身体に届くことはない。
 ――あるいは、まるで超電磁砲(レールガン)の如き光速の剣があるならば。
 いや、そんなものはこの世に存在しない。しないのだから考慮することに意味は無いだろう。
 発想を転換して相手の斬撃そのものを狙った場合はどうか。
 一刀目で青龍刀を弾き、返す刀で体勢を崩した相手を斬る。
 これも不可能だ。単純な膂力では武者が僅かに勝っているだろうが、ろくに力も入らぬ姿勢で、万全の体勢に加えて勢いをつけるも自在な相手の刀をどうして弾けようか。

「小事とは言っていたが、これほどの執念を見せるのだ。きっとお前にとっては命に代えても譲れないものなのだろう……」

 青龍刀を構える。
 天を衝くような大上段。
 そこから放たれる斬撃は一種しかない。
 全力を込めた唐竹割り。
 先程はしてやられたが、今度こそは外さない。
 この期に及んでまだ奇策の種を隠しているとは思えない。隠していたとしても、その奇策ごと叩き潰す。

「それを私はお前ごと斬って捨てる。だが後悔はしないぞ。それがお前の選んだ道なのだからな!」

 覚悟を胸に、淑花は吶喊した。



 ――何時の間にか出ていた月に照らされて、一人と一騎の影が交差する――



 淑花は見た。

 武者の刀が鯉口を切ったのを。

 淑花は見た。
 
 武者の刀が鞘を滑って加速したのを。

 淑花は見た。

 武者の刀は速く、しかしどうしようもなく遅かったのを。

 確かに武者の刀は速かった。
 考え得る限り最悪といってもいい状況で、よくもあれほどの斬撃を繰り出せたものだ。
 しかし、それは此方の剣速を凌駕するものではなかった。
 故に淑花の青龍刀が先に相手を切り伏せ、武者の太刀は永久に届くことはない。
考えるまでもなく当然の結果である。

 では、何故。

 何故――届くはずのない剣が、届いているのだろう。







《――――新陰流妙泉派刀法・滝崩(たきくずし)》







 その名が夜闇に溶けると同時に、打ち砕かれ、巨大な鉄枷と化した機械が音を立てて崩れ落ちた。



 ◇







[26110] コトホギ
Name: PON◆889e7382 ID:caceb6bd
Date: 2011/04/12 19:49

 男が一人、穴を掘っていた。


 がり、がり、がり、


 道具は持たず、素手である。
 感情を忘れてしまったかのように無機質めいた表情。熱にうかされたように虚ろな瞳で、一心不乱に掘っていた。

 
 がり、がり、がり、


 地面を掘り進む指先は真っ黒に染まっている。
 最初は難儀したものだ、と男はまるで他人事のように思った。
 少し掘るだけで皮膚は剥がれるわ爪は剥がれるわ。
 まったく、この役立たずの両手ときたら土を掘るのに全くもって向いていないのだ。
 でもそれもさっきまでのことだ。
 ようやくこの手は学んでくれた。
 ようやく、やりやすくなってきたのだ。
 

 がり、がり、がり、


 土を何か硬質なものが削りとっていく。
 おとこのゆびさきは、つちにまみれていて、よくみえない。
 

 がり、がり、がり、


 がり、がり、がり、


 がり、が


 不意に。
 男はびくりと体を震わせると、能面のように固まっていた顔を怯えに歪ませて硬直した。
 
「……あ、」
 
 脳裏に呪詛が蘇る。

「あ、う、」

 脳内で行われる惨劇。
 焼き払われる家。
 殺される子供。
 犯される最愛の女。
 無惨に蹴散らされる思い出の場所。
 平和な日々が、音を立てて崩れゆく姿。

「う、うあああああああぁあああああ!!」

 男は獣のように慟哭した。
 霞む視界の中で、血まみれの幻が起き上がり、口々に彼を罵倒する。
 
 ――殺された

 ――殺された

 ――お前に殺された

 ――殺した

 ――殺した

 ――お前が、

 ――お前の所為だ

 ――そうだ

 ――全部、全部お前の所為だ!


 
『や、やめてくれ……頼むからやめてくれぇッ! 何で……何で! 何でこんなことをする!? こんな……こんなことをしてあんたらに何の得があるんだっ! 誰の得になるって言うんだ!!』

『誰の得にもなりませんよ。ただ、これが我々の“掟(ルール)”なんです。
 この“掟”からは誰も逃れられない。誰も逃さない。
 今も、昔も、そしてこれからも』

 何度も、何度も、脳裏に繰り返される記憶(カシリ)。
 走る、走る、走る。
 走って、走って、走って。
 逃げなければ。
 
 ――何から?

 “奴ら”から。
 “掟”から。
 “呪い”から。
 
 ――“奴ら”とは?

 奴らは奴らだ!
 鬼だ。
 悪魔だ。
 魔王だ。
 いや、違う。
 奴らは――そう、奴らは悪鬼だ!
 悪鬼!
 悪鬼め!
 おのれ、悪鬼め……!
 
 ――恨んでいる?

 恨んでいる!
 憎い。
 憎い!
 心の底から奴らが憎い……!
 こんなことになったのは全部奴らのせいだ!
 悪鬼のせいだ!
 畜生。
 畜生、畜生、畜生!
 悪鬼め……!

 ――じゃあ、なんでお前は逃げている?

 それは……。

 ――憎いんだろう? 奴らが。

 憎い!

 ――ならば何故お前は逃げている? 憎いなら、殺せ。恨みを晴らせ。奪われたものを奪い返せ。

 ――復讐(アベンジ)!
 ――復讐(アベンジ)!
 ――復讐(アベンジ)!

 それ、は……。

 ――何故躊躇う!

 ――この後に及んで倫理規範を守ろうというのか?

 ――莫迦が。相手は悪鬼だ! 邪悪の権化だ!

 ――そして、邪悪を絶つことは正義だ。正義を行う者は英雄だ!

 ――お前は、英雄になれるのだ!

 いや、それは出来ない……。

 ――何故だ!

 何故って、そんなこと決まってる。

 俺は弱い。

 身体が弱い。性根が弱い。特別な力もない。勇気だってあるとは思えない。秘められた才能なんてない。努力もしたことはない。

 何も、ない。

 ……………。

 …………ぃ。

 ……欲しい。

 力が欲しい。

 悪を討つ為の刃が欲しい。

 復讐を遂げる力が欲しい。

 願いを叶える翼が欲しい。

 悲劇に打ち剋つ力(ツルギ)が欲しい……。


 がり、がり、がり、


 男が一人、穴を掘っている。
 道具は持たず、素手である。


 がり、がり、がり――――


 何も持たない男はひたすらに穴を掘り続けた。






[26110] 一話
Name: PON◆889e7382 ID:caceb6bd
Date: 2011/04/12 19:50
 
 例えばの話。
 君はただ単に街を歩いている。
 特別目立つようなことはしていない。
 君の容姿は普通だし、服装だって普通だ。
 隣を歩いている人と何も変わらない。
 周りを歩いている群集に紛れてしまえば、例え知り合いでも君を見つけることは難しいだろう。
 そんな君を――ナイフを持った通り魔が刺し殺す確率は、一体どれくらいだろうか。
 もちろん現実にそんなことが起こるなんて有り得る筈がない。
 次々とすれ違って行く人々の中に一人通り魔が潜んでいて、そいつが何百、何千人といる人の中から君を選ぶ確率なんて、一体コンマ以下をどれくらい積み上げればいい確率なんだろう。
 ――けれど、その確率は零じゃない。
 別に通り魔じゃなくたっていい。
 横断歩道を歩いている時に車が突っ込んでくる可能性。工事現場のそばを通り過ぎる数秒の間に機材が降ってくる可能性。雨の中外を歩いていて雷が君に落ちる可能性。はたまた唐突に隕石が君の部屋の屋根を突き破って降ってくる可能性。
 そんな有り得ない筈の出来事。
 普段なら、一笑に伏すようなブラックジョーク。
 誰もが頭の片隅では考えていても、まさか自分に限ってそんなことはないだろうと忘れているモノ。
 それが当たり前だ。
 何ら恥じることはない。
 もしそんなことまで気にしていたら、一日二十四時間中ずっと怯えて過ごさなければならない。
 それはもう心の病気の一種だろう。
 だから、俺は自分の事を恥ずかしいと思わない。
 突然降って沸いた災いに、備えずにいた自分を愚かだと思わない。
 その危機を前に何をするでもなく、茫然と自失してしまった自分を笑おうと思わない。
 
 ――後から思えば。
 
 これが始まりだったのだ。
 


 ◇



「だ・か・ら! クラス対抗戦まであと少ししかないんですのよ? 今はそんなまどろっこしいことよりも、少しでもISに慣れておくのが先決ではありませんこと!?」

「だからこそだ! 何事も基礎なくして応用は出来ん。特に白式は近接戦に特化した機体だ。生身の身体の動かし方を訓練することは必ず一夏にとってプラスに働く。
 そもそも、一週間あろうが一ヶ月あろうがISの操縦技術で代表候補生に勝てる訳ないだろう! なら少しでも勝る可能性のある部分に力を入れるべきだ!」

 俺の前で二人の女子生徒が火花を散らしている。
 見事な金髪をあられもなく振り乱している方は、イギリスの代表候補生にして生粋のお嬢様であるセシリア・オルコット。もう一方の、大和撫子というよりは町道場の剣術小町といった風貌の少女は、言わずもがな俺のファースト幼なじみであらせられる篠ノ之箒だ。
 クラス対抗戦までの日数も残り僅かになった今日この頃、鈴の機嫌も直らず目の前の友達二人の機嫌も現在進行形で急降下していた。
 どうしてこう、俺の周りの女の子はみな不機嫌になるのだろうか。いや、原因は俺か。不徳不徳。
 二人が言い争っている内容はずばり俺の特訓方法についてである。ISの操縦技術を重視するセシリアと近接格闘を重視する箒の方針の食い違いがその理由だ。確かにどちらの意見も一理あるのは確かだし、どちらも間違った事は言っていない。だからどちらか選べと言われても、むしろ両方選ぶべきなんじゃないだろうか、と日本人的に日和りたいのだが、哀しいかな、時間は有限で俺の身体もまた一つしかないのだった。
 
「とにかく一夏さんは私と特訓するんですの!」

「いいや、私とだ!」

 なんだか二人の口論は主旨が変わってきている気がする。それに、こうしている間にも何かしらの訓練をした方がよっぽどいいんじゃないか? ――などと口に出せるなら苦労はしない。
 和をもって尊しとす。
 口にするには簡単だが、実践するのは本当に難しいものだ。

「あのさ、ちょっといいか?」

「なんですの!?」

「なんだ!?」

 ギロリとこちらを睨む友人二人。
 いや、それ普通に怖いから。

「とりあえず……今日は箒と特訓しようと思うんだけど」

 涙を飲んで苦渋の決断をする。その結果は予想通り対称的なっていく二人の機嫌である。

「一夏さん見損ないましたわよ!」

「ふっふっふ、流石一夏だ。自分に誰が――じゃなくて、何の訓練が必要かちゃんと分かってるじゃないか」

 満足げに頷く箒の姿を背景に拗ねるセシリアを宥めながら、明日はこの真逆になるんだろうなぁと内心溜め息をつく。どちらにせよ、割りを食うのは俺なのだ。

「まあそういう訳で箒、場所はいつも通り剣道場でいいか?」

「ああ、先に行って待って――」

 いてくれ、と言いかけて箒は何故か固まってしまった。
 目を見開いて何か気づいちゃいけないものに気づいてしまったような、思い出したくないものを思い出してしまったような、そんな顔。

「や、やっぱり一旦部屋に行かないか? 一緒に」

「なんで? いつもは現地集合じゃないか」

「い、いやほら一夏も竹刀とか服とか取りに部屋に戻らなくちゃならないだろ?」

「でも俺、着替えはバッグの中に入ってるし、竹刀は剣道場に置いてあるやつ使ってるから別に戻らなくてもいいんだけど」

「それは、そうなんだが……」

「もしかして箒――」

 箒が急に挙動不審になった理由に一つだけ心当たりがあった。

「一人で部屋に行くのが怖いのか?」

 一学期も半ば、最近は温かいというよりは暑くなってきて夏の到来を感じさせる。毎年この時期に気温と比例するかのように増え始める嫌なものといえば、虫さされともう一つ。
 怪談である。

「そういやちょっと耳に挟んだことあるな。寮に出るお化けの話」

「ややややめてくれ一夏! というかやめろ!」

 怪談好きなクラスメイト曰わく――夜中に、寮の廊下をひとりで歩いていた生徒がいたらしい。特に何の変わりもなく普通に部屋を目指していたのだが、ふと違和感を感じて立ち止まったんだそうだ。何か呟く人の声が聞こえて周りを見渡したが、誰もいない。気のせいだと思って歩き出すと、今度は微かに自分のものとは違う足音が聞こえる。もう一度周りを見渡しても勿論誰もいない。怖くなって足を速めると足音も追いかけるように速くなり、荒い息遣いまで聞こえる。生徒はとうとう走り出し、自分の部屋の前までたどり着いた。そしてドアノブに手をかけたその時、背中にぴりぴりと嫌な悪寒が走り、恐る恐る振り返ると――

「――そこには暗闇に浮かび上がる血のように赤い二つの目がありましたのよ!!」

「ひぃいいい!?」

 いつの間にか復活していたセシリアが、腹いせとばかりに箒を脅かしていた。
 耳を塞いでうずくまってしまった箒の背中をさすってやりながら苦笑する。

「でもなんか意外だな」

「何がですの?」

「いやほら箒が怪談に弱いってのもだけど、セシリアが全然平気そうなのがさ。どっちかっていうと箒よりセシリアの方が怖がりなイメージあったから」

 セシリアは、あら、と軽く驚いた風に声を上げた。

「そんな風に見られていたんですのね。ふふふ、実は結構現実主義者(リアリスト)ですのよわたくしって」

 胸を張ってどこか自慢気に言う姿に、思わず内心吹き出してしまう。
 金髪縦ロールお嬢様なんていう漫画のキャラ並みにファンシーな容姿とのギャップも相まって、まるで背伸びしている子供みたいだったからだ。

「何にやけた顔をしている一夏!」

「あぶねっ!?」

 と、いつの間復活したのか、箒が竹刀を振り上げていた。上段の構えから振り下ろされる一撃は淀みなく流麗で、流石は剣道全国大会の優勝者、と賞賛していただろう。その矛先が自分に向いていなければ。

「ち、ちょっと洒落にならないって箒さん!」

 上段(冗談)だけに。
 なんつって。

「つまらんわ!」

「心を読むなよ!?」

 さっきまでのしおらしさは何処へやら、ぶんぶんと元気よく竹刀を振り回すファースト幼なじみ。
 でもそんな態度をしていいのか? こっちはお前の弱点を見つけたばかりだぞ?
 
「なあ、箒」

「なんだ」

「俺、少し小耳に挟んだんだけどさ」

「何をだ」

「ここの剣道場って、出るらしいぜ?」

「何が、……」

 にやりと嫌な笑みを作ってやる。
 それで全てを察したのか、箒はぶるぶると身を震わせ始めた。

「わたくしも聞いたことありますわ、その話」

 いいタイミングで便乗してくれたセシリアに心の中でサムズアップしながら、罠にかかった小動物を更に追い込んでいく。

「新聞部が特集してたよな、あの話」

「ええ、耐性のあるわたくしでも思わずゾクッときましたわね、あの話」

「俺も聞いた日の夜はトイレ行きづらかったな、あの話」

「わたくしテニス部でよかったと心底思いましたもの、あの話」

「ほんと剣道部員は凄いと思ったよ。だって毎日剣道場に行ってるんだもんな、あの話」

 もはや言語的に崩壊している会話も今の箒には恐怖を煽ることだろう。
 あ、耳塞ぎやがった。

「さ、さささきに部屋戻ってるから一夏も早く来るんだぞ? 絶対来てくれよ? 絶対だからな!」

 なんか芸人のフリみたいに念を押しながら教室から逃げるように去っていく。というか、寮に出る方の幽霊は大丈夫なんだろうか。剣道場の怪談は今作ったでっち上げなんだけど。

「んじゃ、そういう訳で俺も部屋に戻ることにするよ。また明日なセシリア」

「夕食は食堂を使わないんですの?」

「なんか箒が珍しく弁当作ってくれてさ。もともと夜はあんまり食べないようにしてるし、それでいいかなって」

「お弁当……その手がありましたか……」

「ん? なんか言ったか?」

「いいえ、何でもありません!」

 何やら悔しそうな顔をしてるセシリアだったが、まあ本人何もないと言っているのだから何もないことにしておこう。俺は空気の読める男なのだ。

「あ、そうそう一夏さん」

 学生鞄に荷物を詰め終えて教室を出ようとした俺に、セシリアの声がかかった。

「どうした? 出来れば手短に頼む。あんまり待たせちゃ流石に箒が可哀想だ」

「いえ、たいしたことじゃないのですけれど……あの話って新聞部に特集なんてされてましたっけ?」

 …………え?


 ◇


「あ~、疲れた……」

 ゴロンとベッドに倒れこんで、息を吐く。
 散々からかわれた仕返しなのか、いつもよりも数段ハードだった特訓の様は身体中の筋肉痛が物語っている。

『これくらいで音を上げるなんてたるんでいるぞ!』

 などと容赦の欠片も見当たらないお言葉を下さった鬼教官殿は既にご就寝中である。
 俺は眠れない。主に痛みの所為で。

「仕方ない……弾に付き合ってもらうか」

 強張る腕をのろのろと伸ばして携帯を開く。弾とのメールは俺の数少ない癒やしだ。健康で健全な男子高校生には女の園(ここ)での生活は何かと厳しすぎる。そんな窮状をいつも弾に訴えているのだが、奴と来たらやれ羨ましいだの全世界の男に謝れだの爆発しろだのもげろだのとまともに取り合っちゃくれない。ああ、せめてもう一人だけでも男が居ればなあ……。
 他愛もないメールのやり取りを続けていると、段々怪談や都市伝説の話になってきた。今日はつくづくそういう話と縁がある日である。

『そうそう、都市伝説と言ったらISにもそういう話が有ったな』

「ん……?」

 弾が気になる事を言ってきた。ISにまつわる都市伝説……? 何それ初耳なんだけど。

『なんでお前の方こそ知らないんだよ。ほんとにIS学園に通ってんのか? そこ藍越学園だったりしない?』

 そうだったらこんな有り様になってないっての。

『まあ、いいや。それでISの都市伝説なんだけどさ――』

 そのメールの末尾には、こう書かれていた。


 ――“剣聖号”って知ってるか?――


「けんせいごう?」

 思わず声に出して反芻してしまった。
 全く聞き覚えのない固有名詞だが、とりあえず言えることは。

「なんか強そうな名前だな」

 漫画かアニメに出てきそうなネーミングである。きっと必殺技はムラマサ・ブレードとかそこら辺。
 
『なんだそりゃ』

 ごもっともです。如何ん如何ん、疲れが脳にまで及んでるぞ俺。
 で、その剣聖号ってのは何なんだ?

『一年くらい前にネットの一部で騒がれてた都市伝説さ。なんでも、全身甲冑の鎧武者が夜な夜なIS操縦士を斬ってまわってるんだと』

 なんだそりゃ。そっちの方こそ漫画か何かだろ。俺の妄想と同レベルじゃないか。

「ばーかばかしいー」

 携帯から目を離してベッドに突っ伏す。いや、突っ込みどころが多すぎる。IS操縦士ってことはISを持ってるってことだ。でもってISは疑いようもなく世界最強の兵器である。つまりIS操縦士を斬るってことはISに勝たなければならない。ISに勝てる鎧武者って、もう意味不明だろ。どんな鎧武者だ。あれか、やっぱり必殺ムラマサブレードか。

「なんでそんなのが都市伝説になってんだか。もう少しリアリティなきゃ誰も信じないだろ」

 その都市伝説を創った奴は絶対作家には向いていないと思う。

「ん?」

 携帯の振動を感じて画面を見た。表示されている名前は五反田弾。

「もうその話はいいって、つまんないし」

 携帯の向こう側にいる親友にぼそりと呟く。でもまあ暇つぶしに付き合わせたのは俺な訳だし、もう少しだけ与太話を聞いてやるとしよう。

「ってあれ? 空メール?」

 メールを開くとそこには何も書かれていなかった。
 悪戯?……いや、違う。
 メールには数枚の画像が添付されていた。
 画像を、開く。

「これ、は……」

 画像は全部ISの写真だった。様々な型、装甲に塗装された国旗もバラバラで統一性がない。ただ、一つだけ全部のISに共通しているものがある。
 ――装甲に刻まれた、傷痕。
 切断面、あるいは真一文字の亀裂、裂傷、それらは先程植え付けられたイメージに引き摺られ、どうしようもなく一つの推測を喚起させられる。
 この傷は――――太刀傷だと。
 
「いや」

 いやいや。
 まさか。
 冷静に考えろよ。
 それだけで鎧武者の存在を証明することにはならないだろう?
 抜け道は幾らでもある。
 例えば仮に白式(おれ)がISと戦えば相手にはこれと同様の傷がつくだろう。何故なら、白式の攻撃手段は雪片のみ、近接特化型のISだからだ。
 ISを倒せるのはISだけ。
 他でもない、IS学園に通い、ISに深く関わる俺だからこそ痛感している現実だ。
 この常識(りろん)に則って考えるのならば、この画像のISに傷をつけた下手人は白式と同じ近接特化型のISだろう。
 そう考えた方がよほど自然だ。
 
「馬鹿馬鹿しい」

 さっきと同じ言葉を吐く。
 そこに込められた響きは、違ってしまったけれど。

『詳しく知りたきゃ、このサイトに色々まとめてあるから行ってみなよ。アングラサイトだからウイルスには気をつけてな。↓↓』

 再度、着信。
 親友からのメールには、やたらめったら長いURLリンクが載せられていた。
 俺は、そのリンクを、押した。

 そのサイトはあからさまに怪しかった。
 真っ黒な壁紙、文字は赤。トップページには十字架に磔(はりつけ)にされたジーザス・クライスト。
 その様相を見て、逆に俺は安堵した。
 ――なんだ、やっぱり。

「与太話は与太話、か……」

 幾分か軽くなった気持ちでそのサイトを見て回る。
 どうやら終末思想やら破滅願望やら、そういった考えを持つ人が集まって造ったサイトのようだ。サイトマップも露骨に中二病っぽい。そしてどうやら、ここの住人達はISに対して批判的であるらしかった。過激な言葉で書かれた極論の数々に、段々とうんざりしてくる。しかも嫌なことに『救世主』とカテゴライズされたトピックの中には『織斑一夏』と題されたものもあった。

「うわぁ……見たくねー」

 同姓同名の別人――ってことはないんだろうなあ。
 そこはスルーすることに決めて、お目当てのトピックを探す。確か一年くらい前って言ってたから……。

「お、これか」

 『剣聖号事件』というトピックを見つけて、それを開く。
 中身は意外にまともな言葉で書かれていた。どうやら海外のサイトから引用してきた文章であるらしい。過激な単語は少ないが、所々日本語がおかしい部分があった。
 『謎の連続IS襲撃事件』。
 その内容を一言で表すならばこれで事足りる。
 中国でISが襲撃されたこと全ての発端らしい。
 世界最強の兵器が襲われるなんてこと自体眉唾めいているが、壊されたIS画像と被害者の証言が公開されたことで当時は結構話題になったようだ。

 “鋼色をした鎧武者”。

 被害者の李淑花という人物はそう証言している。

「って、あれ? なんか聞き覚えあるような……」

 李淑花。
 その名前に既視感(デジャヴ)を感じる。
 どこで見た――あるいは聞いた――のだろうか。

「むむ、駄目だ思い出せない」

 まあいいか。“李”なんて、わりとありふれていそうだし、どこかで似た名前を聞いたのだろう。
 そう結論して記事を読み進める。
 不可解なIS襲撃事件は何度も続いたらしい。起こった場所(国)もばらばら。およそ一カ月に一度のペースでISが襲われている。そこには一定の法則があり、中国で始まり徐々に西へ、ちょうどユーラシア大陸を横断するように犯行現場が移動している。そして被害にあったISには画像のように鋭利な刃物でつけられたような損傷が残り、被害者の証言はばらつきがあるものの皆一様に“鎧”“甲冑”を示唆する内容であるようだ。中には明確に、『日本の武者甲冑に酷似している』という意見もある。

「でもこれって、単にそういう装甲のISなんじゃないか?」

 そう考えることの方が現実味があった。
 少なくとも、ISに勝つ鎧武者なんてオカルティックな存在なんかよりはよほど。
 その旨を弾にメールとして送る。

『ま、それが妥当な考え方だろうな。各国の捜査機関も最初は未確認のISを使ったテロって方向で進めてたみたいだし』

 ん? 最初はってことは、変わったのか?

『ああ、テロなら犯行声明がなきゃおかしいからな。そもそもテロリズムってのは武力で社会体制に不満を表すことなんだから、テロリストにはテロリストなりの主義主張があるわけだ。ところがコイツにはそれがない。目的不明、動機不明、手段不明。だから都市伝説なんてものになってる』

 でも、と俺は首を傾げた。
 なんかおかしくないか、この事件。
 これだけ大事になってるのに、なんでこんなに知名度が低いんだ?
 実際に証拠が残っている事件なのに、都市伝説なんていうオカルトに脚色されているのは変だ。

『ああ、そこが一番きな臭いところでな。公式ではこの事件って六件しか起きてないんだが、俺が送った画像の中で赤いISが写ってるやつあるだろ? あれの左下を拡大してみ』

 携帯を操作して画像を拡大する。
 全体を見ていた時は気づかなかったが、拡大してみるとそこには数字が表示されていた。
 これは――日付?

「二カ月前のだ……」

 剣聖号事件が一年前に始まり、一カ月に一度のペースで行われたなら、この日付は明らかにおかしい。矛盾してる。そもそも、六件しか起きていないのなら――なんで画像は七枚あるんだ?

『剣聖号事件はまだ終わってない。でもって、何が理由なのかは分からんが政府はそれを隠したがってる。
 どうよ、興味深いだろ?』

 確かに、興味わいたな。
 ところで根本的な疑問なんだけど、この“剣聖号”ってネーミングはどっから来たんだ?

『それは俺も知らねえな。推測ってーか、臆測ってーか、不確かな想像することは出来るけど』

 どんな?

『もし仮にマジで剣聖号がオカルトな存在……亡霊だったとしたら、この事件ってまるで――』

 パタンと携帯を閉じて俺は天井を見上げる。
 ふと隣のベッドを見ると、何か怖い夢でも見ているのか同居人がうなされていた。
 ほんと、怪談に弱いんだなあと苦笑して、箒の頭を撫でてやる。
 たぶんそんなことをしたのは、俺もちょっぴり怖くなったからだろう。
 亡霊。
 武者の亡霊。
 もし本当に実在するのなら、武者はどんな理由で戦っているんだろう。
 あの世から蘇ってしまうくらいだ、相当強い未練なんだろうな。
 それとも弾の言った通り、案外単純なんだろうか。


『まるで――――あの世から黄泉返った剣豪がIS相手に武者修行の旅してるみたいじゃないか』


 いつの間にか俺は箒のベッドによりかかりながら眠っていて、起きた時に顔を真っ赤にした箒に剣豪も思わず唸ってしまうような痛烈な一撃をもらうことになった。
 うん、亡霊よりも怒った箒の方がよっぽど怖い。


 ◇




[26110] 二話(加筆)
Name: PON◆889e7382 ID:2f94b048
Date: 2011/06/15 22:58
 二機のISと対峙する。
 場所、地上。
 距離、十間。
 敵近接武装、突撃槍及び西洋剣。
 敵遠距離武装、機関銃及び無反動砲と推定。

 ――状況把握完了、戦闘開始。

 抜刀。
 左肩を相手側に突き出すように身体を捻り、切っ先は後方へ向け、柄を右脇腹へ添えるように下段に構える。前に出した右足に重点を置き、左足は後ろへと伸ばす。

 ――――新陰流妙泉派刀法 車之位(シャのくらい)。

 そのままショルダータックルをするように距離を詰める。
 右方一機の機関銃が火を吹く。
 無視。
 雨霰のように降りそそぐ鉛は、しかし劒冑の甲鉄を貫く程の威力はない。
 それよりも恐れるべきは左方の敵機が持つ砲撃だ。火急的速やかに有効射程圏から逃れる必要があった。
 劒冑の加護を得た鋼の肉体は瞬きの裡に距離を奪い、近すぎるが故に砲撃の出来ない台風の目へと到達を果たす。
 どちらを狙うか。
 迷うことなく右方へ。機関銃を手にしていた敵機は、武装を切り替える時間を得ていない。本来ならば、そのまま無防備に突き出された相手の両腕を切り上げるところだ。が、敵はISである。致命傷たる一撃でなければシールドを削りきれない。狙うべきは頭部、首、または装甲の薄い胴。どちらもこの体勢では狙い辛い部位だ。
 下段八相に構えた己の失策を悟る。しかし、仕方がなかった。太刀を自身の前に構えては、刀身に銃撃が当たる危険性が高い。単発ならば斬って捨てることも可能だろうが、連射に優れる機関銃を相手にその弾幕全てを斬る、などと曲芸じみた真似が出来る筈もない。太刀を自らの装甲で守るような構えを取らざるを得なかった。
 相手の左小手を狙い、切り上げる。
 敵がこちらの動きを察知し、自らの右側に引き込むように腕を逃れさせる。此方の斬撃は回避され――そのまま楕円の軌道を描いて相手の手首を打ち据えた。

 ――――捷径(しょうけい)。

 打たれ、両腕の下がった敵の左脇を抜けるように一歩踏み込み、ままに斬。
 がら空きとなった頸部を刈り取られ、絶対防御が働きISが沈黙する。
 それを感慨をもって見やるような愚行をなす暇はない。更に一歩、誰もいない停止したISの後背の空間へと身を走らせる。
 背中を冷やりとした風が撫でていったようだった。
 身を覆う甲鉄に遮られ、感じる筈のないその感覚は、西洋両手剣(クレイモア)が生み出した剣圧によるものだ。
 太刀を構え直す。
 今度は右肩に担ぐようなオーソドックスな右上段。
 踏み込んだ右足を軸に身体を開くように反転させる。
 唐竹に振り下ろされたのだろう。瞬刻前に此方の背を掠め、地面に亀裂を入れた長大な剣が見えた。
 此方が攻勢へ出るための準備が終わるのと、二機目のISが両手剣を地面から引き抜くのはほぼ同時だった。
 西洋剣と日本刀――どちらが優れているかと問われたとしても、一概には答えられまい。
 西洋の防具に皮鎧(レザーメイル)が存在することから判るように、西洋剣は切れ味において日本刀より遥かに劣る。それこそ鞣し革を裂けぬほどに。しかし、その分単純な堅牢さは日本刀と比べるべくもない。
 まともに打ち合えば負けるのは必定。
 ならば――先を取る。
 正眼に構えた相手に上段から太刀を振り下ろす。
 受けられる。
 斬撃の速度では適わないと悟っていたのか、後の先を狙っていたようだ。
 反撃が来る。
 敵の踏み込みざまに放たれた横薙ぎの水平切りは――しかし、太刀を受けられた反動を利用し後方に退いたこの身に届くことはなかった。

 ――――村雲(むらくも)。

 重量級の獲物故に空振りの悪影響は大きい。身体を泳がせている敵手の胸部を下段から跳ね上がった太刀が貫き、活動を停止させる。

 そうして。

 瞬きの間に二機のISを斬殺し終え、岸間要(きしま かなめ)は意識を浮上させた。



 ◇



 
《いい加減、御堂は空に慣れるべきだと思う》

「…………」

 開口一番。手厳しい指摘を受けて、開きかけた口を閉じる。

《そも、光世は双輪懸を主眼においた劔冑であるのだぞ? だのに仕手がこうも空を厭うておっては光世の銘折れ。冑が自慢の母衣も泣いておろうよ》

「……だが、しかし…………」

 人は鳥ではないのだ、と言い訳をしようとして、頭を振りながら沈黙を選んだ。
 言えば口論になる。
 そして、言わずともその口論の果てが己の敗北に終わることを予見出来る程度には、過去に幾度となく繰り返された問答であった。そもそもの原因が己の至ら無さによるものなのだから、始めから此方に勝ち目などないのだ。
 俺は乏しい話術を駆使して話題の転換を図った。

「光世、あまり大声を出してくれるな。今日のこれ(・・)はただの趣味だ。穏便にしておきたい」

《金打声は原則、仕手以外には聞こえぬことを忘れたか? 光世は御堂の記憶力は評価するが、物覚えの悪さには呆れるよ》

「いや、そういう意味ではない」

 暢気な会話をしていた所為か、緩みかけた制御を律しながら逆に問う。

「耳元で説教されながら陰義を保っていられるほど、俺は器用だったか?」

《否。御堂ほどの不器用者も珍しい》

 即答と断言の二重奏に一抹の不満を覚えたが、自覚はあったので口には出さない。先程と同じく言い訳をさせてもらうなら、人は本来魔法など使えないのだ。目に見えない力の流れを感じよ、などと言われてピンと来る方がおかしいだろう。
 
《――話を戻すぞ御堂。
 どちらが勝つと思う?》

 光世の声色が真剣実を帯び、それにつられる様にして頭上で繰り広げられている二機の戦いに意識を向けた。
 突撃槍と機関銃を装備した緑色のISと、両手剣と火砲で武装した赤色のISとの試合である。
 前者は機動力を重視した戦法を取っているようだった。
 機関銃による弾幕でシールドを削りつつ、相手が隙を見せれば突撃槍による突破攻撃を仕掛ける算段なのだろう。堅実な上に重い一撃もある。隙の無い見事な動きをしているところを見れば、搭乗者の腕も問題はなさそうだ。

「…………」

 続いて赤色のISを見る。
 こちらは重武装を見れば判る通り、火力を重視した戦法だ。遠距離では火砲、近距離では大剣を振り回す……お世辞にも華麗とは言えない戦い方だったが、隙あらば相手を一息で喰い殺そうとする餓狼のような気迫を感じさせられた。

「果たして、型に填められているのはどちらなのか……」

《?》

 一見して緑色の機体が試合の流れを作っているように思える。
 遠距離でも近距離でもなく自身に有利な中距離を維持し、着実に攻撃を当て、敵の攻撃は必ず避ける。それに翻弄され、当たらない大砲を空回りさせ続けている赤色のISは、まるでアウトボクサーに遊ばれるベタ足のインファイターだ。
 誰が見てもどちらが優勢でどちらが劣勢なのかは明らかで――それ故に気がかりなことが一つあった。

「あの赤いISが一度も上段に構えない理由が判るか?」

《……ただの阿呆なだけではないのか?
 やれやれ、よくもまぁあれだけ無様に剣を振れるものよ。呆れを通り越して哀れになってくるな》

 光世の毒舌鋒も仕方のないことだろう。それ程までに剣の振り方が酷い。鉛雨の間隙を縫って竹蜻蛉のように振り回される長剣は、まるで空振りを繰り返す野球のバッターの如し。
 確かに酷い。
 否、酷すぎる(・・・・)。

「西洋剣術は日本のそれと比べて、幅が広く、そして浅い」

 日本の剣術が日本刀を扱う為の技術ならば、西洋剣術はもっと合理的だ。戦い方に合わせて武器を選ぶのである。故に銃器の登場と共に剣術は廃れ、名は残っても中身が遺らなかったものが多い。もともと個人戦闘技能よりも集団戦法が重視されていたという背景もあるのだが。
 それに比べて日本剣術は、剣禅一致、という言葉が有る通り、精神的、哲学的要素と密接に関わり合っている。謂わば、西洋における騎士道だ。一つ違うことは、騎士道が武芸と関係が薄いということ。逆に言えば、日本剣術(武道)は西洋でいう騎士道と武芸が混じったものなのである。
 だからこそ日本剣術は現代にまで連綿と受け継がれ、技術の深度は維持された。

「しかし、かといって西洋剣術が日本剣術に劣っている訳ではない」

 むしろ実践的な面を見れば西洋剣術の方が優れているか。
 日本剣術が最も興隆したのは幕末期である。戦場で培われた技術ではなく、戦闘の為に錬磨された技術とも言えた。

《つまり?》

「緑のISは決闘場にいるが、あの赤いISは戦場(・・)にいる」

 その違いは次戦を見越しているか否か。

《わざと無様に振る舞っていると?》

「そうだ。どんな不心得者であっても、唐竹に振り下ろすことと水平斬りの難度の違いは実際にやってみれば判ること。一度も縦に振らないのはどう考えても不自然だ」

 先程脳内で行った架空戦闘(シミュレート)を思い出す。
 与し易しと赤いISを後に残したが、それは大きな間違いだったのかもしれない。

《もし御堂の予想が当たっているのなら――》

 心に留めておこう。三池典太光世が挑むにたる相手である、と。
 そう結論付けたと同時、戦局が動いた。
 苦し紛れに放っていた赤いISの火砲が沈黙する。
 弾切れ。
 絶対にして不可避な隙が生まれた。
 ここが分水嶺。
 機銃はその圧倒的な弾幕で相手の動きを制限するためのもの。真の狙いは一撃必殺に他ならない。
 緻密に練り上げられた勝機。
 判っていても防げぬ、致命の隙。
 それは狙って作られ、狙われて作らざるを得なかったもの。
 故に、狙って作った方の反応は迅かった。
 一瞬の武装切替(ラピッドスイッチ)。
 騎士が長槍を具現する。
 突撃敢行。
 緑色の彗星が赤い愚者へと駆ける。
 勝利を確信した者はその胸の中で何を思ったのだろう。
 愚劣な敵手への嘲笑か憐憫か、はたまた栄光を掴む己への陶酔か。
 二つの機体の距離は勝利への階段だ。
 その間が、縮まる。

「ここだな」

 そう、何かあるとすれば今この瞬間に他ならない。
 そもそも、狙って隙を作った者と狙われて隙を作らざるを得なかった者、その両者に差など存在しない。判っていても隙を作ることが防げないということは、逆を言えば隙が出来るタイミングが判るということに他ならないからだ。
 自分でわざわざ隙を作る必要はない。ただ機を窺ってさえいれば勝手に隙が出来、それに相手は必ず飛び込んできてくれる。
 如何に強力な攻撃とて、どのような攻撃であるかを知り、放たれるタイミングが分かるのならば対処は難しくない。
 赤い機体の操縦士はほくそ笑んでいることだろう。
 莫迦め、と。

《…………!》

 肌を包む甲鉄から緊迫とした気配が伝わってくる。
 無理もない。
 かくいう自分も冷静を保っているつもりだったが、手に滲む汗はそれを否定している。これから行われるであろう未曽有の逆転劇に、知らず胸の鼓動が高まっていた。
 そうして。
 俺と光世が瞬分たりとも見逃すまいと固唾を呑んで見守る中、刻々と、無慈悲に、緑色の彗星は勝利(はいぼく)への階段を登り詰め――――


《って、あれ?》


 ――――そのまま何事もなくランスが叩き込まれ、勝敗が決した。


「…………」

《…………おい》

 勝敗が、決してしまった。

《おい、御堂》

「さて、次の試合はどのようなISが出るのだろうか」

 IS開発の有名所と言えば国内の倉持技研、翔京航空技連、タムラ・ワークス。海外では米国のL&M社、英国のBAEシステムズ、ドイツのアウディ、フランスのデュノア社辺りだろう。
 デュノア社は近頃経営不振と聞くが、それでもやはり世界第三位のIS企業。ラファール・シリーズのカスタマイズ性は他社の追随を許さない。味のあるISだ。
 
《御堂よ、何か言うことがあるのではないか?》
 
「……勝負は時の運と云ってだな」

 はぁ、と呆れかえったため息が聞こえたが、きっと気のせいだろう。
 俺はそう念じた。
 念じたが、気まずい雰囲気は変わらない。

(しかし……)

 内心で思い返す。
 あの時、緑のISが接近した瞬間。赤いISは確かに上段に構えをとった。それも奇妙な上段を。
 日本剣術でいう右上段八相に剣を位置取り、切っ先は天を指し示すように上を向いていた。
 此処までは特におかしいところはない。
 奇妙なところは剣の向きだった。
 刃を相手へと向けず、外へと九十度回転させた握り。
 その異形の構えに、記憶巣の何かが反応していた。

(いや、ただの見間違いか)

 一瞬の出来事であり、それも遠目に見ていたのだ。確信が持てるほど鮮明な記憶ではない。
 それに何をどう言おうと結局あの赤いISは敗北したのだ。所詮は、その程度の力量でしかなかったのだ。
 俺は気を紛らわせる為に深呼吸し、改めて辺りを見渡した。
 四方を丸く囲む堅固な壁、その上に鎮座する観客席、空をドーム型のエネルギーシールドで覆った此処はさながら現代のコロッセオ。
 日本に在りながら日本に非ず――IS学園の訓練場(アリーナ)の片隅に、俺は立っていた。

《しかし、存外楽に潜れたものよな。此処はあいえすの総本山のようなものではないのか? それにしては警備が緩すぎると感じたが》

「総本山であるからだ。少し歩けばISを見かけるような場所で誰が盗みを働ける」

 口ではそう言ったが、拍子抜けするほど簡単に侵入できた事に内心俺も訝しんではいた。
 無論、光世の陰義がなければこうはいかなかっただろうが、それにしても少々不用心ではなかろうか。しかして外からくる敵には敏感でも、内に元々いる(・・・・)ものには気づきにくいというのが人の常。IS学園に潜入してからもうじき半月経つという事実がそれを証明している。

《まあ、“IS同士の闘いを間近で観たい”などという理由で入ろうとする酔狂な輩は御堂だけだろうからな。此処の人間にしてみれば悪事に対する警戒はあれど、こんな馬鹿馬鹿しい行為にまで神経を使っておれんのだろうよ》

「……数少ない趣味なのだ、許してくれ。それにISの闘い方を見ることはお前にとっても有益なはずだ」

《そうでなければ手を貸しておらぬ》

 ぴしゃりと切れ味のある言葉を境に俺は沈黙し、再び意識をアリーナの中空へと向けた。
 視線の先には新たに出てきた白と赤紫のIS。
 割れるような歓声が響き渡り、次の試合が始まる。
 
《――ほう、珍しい》

「何がだ?」

 光世が驚いた風に声を上げる。
 対峙する二機のISに特筆すべき点は見当たらない。が、人には分からない細かなことも劒冑であれば分かるのだろう。

《あの白いあいえす、男児が乗って居るぞ》

「なに……?」

 





「くぅ……っ! このっ、ちょこまかと! 一夏の癖に生意気な……!」

 ドンドンと景気良く放たれる衝撃砲。
 鈴、叫ぶ叫ぶ。
 龍砲、唸る唸る。
 俺、ビビるビビる。

「ちょ、たんま。落ち、落ち着こう鈴、そして仕切り直そう大丈夫君はまだやり直せるのだから暗黒面から帰って来てくださいお願いします!」

「なら大人しく当たれ!」

「サー! 嫌です、サー!」

 クラス対抗戦当日、俺と鈴の試合は荒れに荒れていた。
 狂ったように衝撃砲を撃ちまくる鈴に、それを必死で避ける俺。
 ――やっぱり貧乳発言がまずかったんだろうか。
 なんて後悔するが時既に遅し、覆水盆に返らず、パンドラの箱は開けてはならなかったのだ。

「いや、パンドラの箱は最後に希望があるだけマシか」

 切実に命の危険を感じる今日この頃、織斑一夏はどうやってこの窮地を脱するのだろうか。脱すればいいのだろうか。脱する術を教えてくれ。

「ああ、もう! もっと訓練する時間があれば……!」

 鈴の怨念滲む声が聞こえる。
 内容から察するに、鈴はISの操縦にあまり慣れていないようだった。まあ、そのお陰で俺は助かってるんだけど。
 この試合で俺のすべきことは、どうにかして接近戦に持ち込み《雪片弐型》のバリアー無効化攻撃を叩き込む。この一点のみだ。作戦も糞もない。あらゆる面で劣っている俺が勝つ唯一手段である。そのための手段は訓練して会得した。

(大丈夫、俺は出来る)

 そう自分に言い聞かせる。
 どういう訳だか鈴の力量が想定よりも低い。衝撃砲の展開速度は遅く、狙いも結構曖昧だ。
 ……それも仕方ないか。甲龍の持つ衝撃砲の最大のメリットは目に見えない砲身で目に見えない砲弾を放つことにある。
 しかしこれは両刃の剣といえるだろう。
 よくよく考えてみれば――目に見えない砲身でどうやって狙いをつければいいのか。
 ISの操縦はイメージによるところが大きい。そして鈴は機体を持て余している。つまりは確固たるイメージを持てていないということ。
 衝撃砲は確かに厄介だ。
 鈴はああ見えて努力家だし、おそらくあと一月もしない間に衝撃砲の扱いを完璧なものとするだろう。
 しかし、今この時に限ってのみなら。

(俺の付け入る隙は――ある!)

 とは言え不慣れなのは俺も同じ。
 俺と鈴との間に横たわる力量差は変わらなく絶望的だ。
 だけど!



 ――――こころざし ふかくそめてし をりければ――――
 


 脳裏に一つ、歌が浮かぶ。
 その歌には題も無く、詠み手も誰だか知れないけれど、俺の好きな歌だった。
 俺は負けない。
 今日の為にしてきた努力は、絶対に無駄なんかじゃない。
 強く強く意志を持てば、越えられない壁なんかない。
 俺はそう思う。
 俺はそう願う。
 その歌を詠んだ誰かのように。

「鈴」

「なによ!?」

「本気で行くからな」

 真剣に見つめる。
 俺の気概に押されたのか、鈴は一瞬怯み、

「――なに当たり前のこと言ってるのよ。来なさい、格の違いって奴を見せてあげるわ!」

 構え直される両刃青竜刀が虚空に見事な円を描く。
 衝撃砲を撃つ時間など与えない。
 俺は白式を加速体勢に移行させ――――


  ◇

 
 しかして織斑一夏の一撃を遮り、空から飛来した閃光は高々に告げた。
 
 刃鳴(はな)の刻(きせつ)の到来を。

 役者は代わり、演目が変わる。
 剣劇舞踏の幕が上がった。





[26110] あとがきその他お知らせなど
Name: PON◆889e7382 ID:caceb6bd
Date: 2011/06/15 00:17
6/14
 亀更新&短めな話で申し訳ありません。



 ・原作では新兵器で武者は時代遅れの兵器になったのに、ISに対抗できるのでしょうか?

  自分もそう思います。まともに戦えばまず勝ち目はありません。もちろんレールガンもよけられないでしょう。


 ・シノギについて

  ISに通用します。なのでニッカリさんや装甲教師がトリップしてきたらワールドエンドです。
  本作のオリツルギである三池典太光世のシノギはわりとチートですが村正本編の影明さんばりに苦戦します。あっさりになんて勝てません。
 というかそもそも、「シノギを使った。相手は死んだ」なんてことしたら小説になりませんし。

 ・鍔迫り合いして太刀折れないの?

  亜音速と亜音速でぶつかり合う双輪懸で折れていないので大丈夫だと思います。

 ・影明さん出ないの?

  出ます。最後の最後で。あと大人一条さんは絶対出します。個人的なこだわりで。

 ・三池典太光世について

  勘違いされている方も多いようなのでネタバレにならない程度に。
  当作品のオリツルギは天下五剣の大典太ではなく、光世作の一振りという設定です。村正の世界観風にいうと光世一門の中の一領という感じで。

 ・滝崩って雪崩とは違うの?

  はい。詳しい術理などは本編にて明かす予定です。


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