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[26062] けいおん! 消失!軽音部の無い日常と真鍋和の相克
Name: アルファルファ◆d4222b72 ID:567b6a87
Date: 2011/02/17 20:09
疲れる。なんでこの学校は生徒会の仕事がこんなに多いのかしら。生徒の自主性を重んじると言いつつ、ただ教師が楽しているだけなんじゃないかと思えるわ。

「ふう・・・・。」

私は山積みになっている書類から目を離し、椅子にもたれかかる。部活や委員会が生徒会長の認印を必要とする書類があり、来月の文化祭の書類も新しいのがどんどん出てくる。全部私が目を通さないといけないので他の子達に任せることができない。おまけに自分のクラスの文化祭の出し物も決めないといけないし、私自身の受験勉強もある。もし漫画の主人公みたいに分身ができるなら、ぜひともお願いしたいくらい。

「もうそんな時間になったのね。みんな、先に帰ってて。私はぎりぎりまで残るから。」

時計は5時を過ぎている。他の子達には特に仕事が無いので時間を無駄にさせるのも悪いわね。先に帰ってもらうことにする。

「お先に失礼します、会長。」

「うん、また明日ね。」

最後の一人を送り出して生徒会室の扉を閉める。さて、残り時間で少しでも書類整理をしておかないと。

「うっ・・・。」

椅子に座ろうとした時、少し目眩がした。少し根を詰め過ぎたかしら。帰ったら少し休まないと。

「えっと、上半期分の部活動監査の回答用紙は・・・・。」

監査委員から回ってきた用紙。監査委員がチェックしたものを私が再度チェックする。バスケ部、バレー部、サッカー部、バドミントン部、卓球部・・・・。

「また軽音部だけ未提出か・・・。」

私のイライラのボルテージが上がってしまう。律は書類の提出期限を守ったことが一度もない。実際軽音部のそういう書類の提出率の悪さに各委員会から苦情が来ていて、私がそれをいつもなんとか取りなしている。

「今日は軽音部は活動してるはずだし、後で言いに行くか・・・。」

メールで連絡しても次の日には忘れているのが律の日常だから、直接言ったほうがいい。それにしても、しっかり者の澪が少しはサポートすればいいのに。いつも律に怒るだけでその後のフォローがなっていない。そういえばムギが持ち込んでいる私物のティーセットについても以前から何度も意見が投じられている。唯と律が持ち込む私物も同じ。それをかばっているのも私。軽音部について考えているとストレスが溜まる一方ね。

「うっ・・・。」

また目眩がした。随分疲れてるみたい。受験勉強の時間を増やして睡眠時間が短かくなっていたし、多量の仕事に圧倒されていたし。その上で軽音部。軽音部に唯がいるから肩入れしているのが大きいけど。もちろん軽音部のメンバーのことも好きだけど、生徒会長の立場で言えば軽音部の活動の不注意さは本来見逃すわけにはいかない。

「なんで私ばかりこんなに苦労を背負い込まなければならないのかしら・・・」

高校に入学した時、迷っている唯に部活動をするように勧めたのは私。もし私が後押ししなければ唯は興味を持てる部活もなく、中学までと同様に帰宅部になっていたかもしれない。そうすると、人数不足で軽音部は発足していなかったはず。一方の私はストレスが軽減されて・・・って何考えているのかしら、仕事が多いからって八つ当たりしたりして。でも、軽音部の存在が私の仕事や心配事を増やしているのもまた事実。また同じことを考えてしまう。

「もし軽音部がなくなったら・・・。」

いけないいけない。早く音楽準備室に行こう。そう思って椅子から立ち上がった。

「その世界を望むか?」

いきなり大きな声が私の耳に語りかけた。どこから聞こえてくるんだろう?

「えっ?」

その瞬間私は膝ががくんと落ち、そのまま床に倒れこみ、目の前が真っ白になった。

「・・・・あれっ?」

気が付くと私は宙に浮いていて何かを見下ろしている。なんだ、あれ私の体じゃない。あっ・・・唯が下で私の体を揺すっている。ムギに何か言われた律が生徒会室を駆けて出て行く。澪はその場で崩れ落ちて泣いている。梓ちゃんが制服の上着を脱いで私の体に掛けている。何しているの、あなたたち。そう言おうとしたが、声が出ない・・・。



「・・・・・・っ!!」

目が覚めた。生徒会室の床でそのまま眠ってしまっていたみたい。変な夢を見ちゃったわ。臨死体験みたい。ああいうのはぞっとするわ。

「あっ・・・もう7時10分。」

とっくに最終下校時刻を過ぎている。もう学校の中には誰も残っていないんじゃないかしら。軽音部も帰ってしまったに違いない。私も帰らないと。

「あら、真鍋さん。まだいたの?」

生徒会室に担任のさわ子先生が入ってきた。そういえば今日日直だったわね。

「すみません、寝ちゃってたみたいで。すぐに帰ります。」

「仕事熱心なのはいいことだけど、少しは休みなさい。体を壊したら元も子もないでしょ?」

「はい、帰ったら早めに休むことにします。あっ、そうだ、先生。文化祭のうちのクラスの出し物のことなんですけど・・・。」

古典劇がやりたいという意見がクラスで多いことを話そうとしたけど、先生はきょとんとした顔をしている。なぜ?

「クラスの出し物?それなら私なんかより担任の先生に相談したほうがいいわよ。」

「えっ?だって、先生が担任じゃないですか?」

「本当に疲れているみたいね。さっ、仕事の話はおしまいにしましょう。昇降口まで送ってあげるから。」

一方的に話を打ち切ったさわ子先生に急き立てられ、私は下校した。



続く



[26062] 第二話
Name: アルファルファ◆d4222b72 ID:567b6a87
Date: 2011/02/17 00:36
翌朝。6時55分に目を覚ました。一晩ぐっすり寝ただけでだいぶ快適な気分になっていた。朝食を食べに下りていってお母さんにそう言ったら、若くていいわねと言われた。弟と妹はすでに朝食を食べ終えて学校に行く支度をしている。運動会の朝練があるんだっけ。小学生なのに熱心なことね。

「お姉ちゃん、行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」

元気でいいわね、あの子たちは。さて、私も学校に行く支度をしないと。

「ああ、そうそう、和。進学塾の冬期講習のことなんだけどね、唯ちゃんのお母さんと相談して二人とも一緒のところに行かせようって話になったのよ。」

「えっ?別にいいけど。でも、唯と私だと学力が違いすぎない?」

お母さんがそれを聞いてきょとんとした顔をする。昨日の晩にさわ子先生が見せたのと同じ表情。

「何言ってるの。あなたも唯ちゃんも同じくらいの成績じゃない。でも、すごいわよね、唯ちゃんの成績の伸び方。あなたと一緒の学校に行くって決めてから、急に伸びちゃって。」

「えっ?唯はまだ志望先未定でしょ。何度も職員室に呼ばれているくらいだけど。」

「和こそ何言ってるの?」

あっ・・・そろそろ行かないと。私は食事を口の中に全部放り込んで鞄を持って外に出た。



「おはよう、真鍋さん。」

「おはよう、和。」

昇降口でいろいろな子から挨拶をされる。あれ?あの子知っていたかしら。なんだか知らない子にも声をかけられている気がするんだけど。

「おはよう、真鍋さん。」

「おはよう、高橋さん。」

クラスで唯たちの次に仲がいい高橋風子さん。大人しめで几帳面なところが私と似ていて結構気が合う。二人で階段を上る。

「どこ行くの、真鍋さん?」

私は普通に2組に入ろうとして高橋さんに呼び止められた。

「どこって教室に・・・。」

「そこ、2組よ?もう、寝ぼけちゃって。」

「えっ?でも・・・。」

私は高橋さんに腕を掴まれて3組の教室に連れて行かれた。

「ここ3組よ?」

「ええ、そうだけど。」

教室の中をぐるりと見回してみると、2組のクラスメイトと他のクラスの子がたくさん入り交じっている。どうなっているのかしら?まだ始業前だし選択授業の教室移動はないはずだけど。

「ここ、私たちの教室じゃないわ。」

「私もあなたも3組のクラスメイトでしょ?ほら。」

高橋さんが教卓から座席表を持ってきた。嘘、なんで?クラスのメンバーも座席も何もかも違う。一体何が起きているっていうの?まさかまだ夢の中?自分のほっぺたをつねってみる。痛い・・・。夢じゃない・・・。

「ねえ、高橋さん。あなた、本当は2組よね?私たち、さわ子先生のクラスなのよね?」

「何を言ってるの、真鍋さん?」

高橋さんがなんのことか分からないという顔をしている。私は近くの机に座っている岡田春菜さんのところへ歩み寄った。彼女も2組のクラスメイト。

「岡田さん、これってドッキリか何かなの?」

「えっ?ドッキリ?言っている意味が全然分からないんだけど?」

岡田さんは首をかしげて疑わしげに私を見ている。

「木村さん、本当はみんなで3組に遊びに来て私をからかっているだけなのよね?」

「私の席は真ん中の列じゃなくて一番窓側だったわよね、柴矢さん?」

みんな同じように首をかしげて私を見ている。なんで?なんでそんな目でみんな見るの?私がおかしなことを言っているみたいじゃない。

「和ちゃん、疲れてるんだよ。生徒会長の仕事と受験勉強、両方共頑張ってるから。文化祭の出し物が模擬店に決まって大忙しになってるし。」

巻上さんがおずおずと私に言う。違う・・・。私のクラスは古典劇にする話になっている。候補はマクベス、ロミオとジュリエット、夏の夜の夢。松本さんとムギの提案だった。それが模擬店?どうなっているの?

「みんな、おはよう~。」

数学の中本先生が出席簿を持って中に入ってきた。3組が彼の担任なのは変わっていない。他の子達が次々に席に着く。

「真鍋、席に着け。出席をとるぞ。」

「先生は私の担任なんですか?」

「何を言ってるんだ?当たり前じゃないか。自分のクラスの担任が誰なのか忘れたのか?」

「あの、変なこと聞くようですけど私は3組の生徒で間違いじゃないんですよね?」

「何を言っているんだ?熱でもあるのか?」

他のクラスの子達が口々に真鍋さんが変なんです、と言う。みんな私を心配そうに見つめている。

「ごめんなさい、なんでもありません。寝ぼけていただけです。」

これ以上の議論は不毛みたい。私は自分の机とおぼしき場所に着席した。



続く



[26062] 第三話
Name: アルファルファ◆d4222b72 ID:567b6a87
Date: 2011/02/17 20:02
英語の先生が黒板に板書する音が教室中に響く。それをみんな黙々とノートに書き写している。私もそうしているけど、ただ手が動いているだけ。

「~であるからして、このセンテンスは~」

先生の説明も右から左に抜けていく。私は頭の中で自問していた。ありえないと決めつけては話が前に進まない。落ち着いて疑問点をまとめよう。ここはどこだろう?なぜ私は3組にいるのだろう?クラスメイトやお母さん、先生との話の食い違いは一体何?そして、一番重要な問題は・・・・どうしたら元に戻るのか。この違和感に気づいているのは私だけなのか。誰か私と同じ感覚を持っている人がいればいいんだけど・・・。

「(その世界を望むか?)」

私が昨日倒れる前に聞いた声。男とも女ともとれる不思議な声だった。心あたりがあるとしたら、あそこで何かあったに違いない。その世界?何を考えていたんだっけ?そうそう、軽音部のことでイライラしていたんだった。でもそれとこれとなんの関係が?全く分からない。軽音部がなかったらなんて少しだけ考えたけど、でも本心なわけじゃ全然ない。そうだ・・・唯は、澪は、律は、ムギは一体どうしているのかしら。



一時限目の終了のチャイムが鳴った。私は英語の教科書とノートを机の中にしまうと、廊下に出た。みんなは・・・どこにいるのかしら?あ、あれは澪!?

「澪!!良かった・・・・」

私は廊下でトイレから帰ってくる澪を見つけて話しかけた。

「澪、なんだか周りが変なの。私は3組の生徒ってことになってて・・・。あなたは何か感じていない、澪?」

「えっと、真鍋さん?よく話が見えないんだけど。」

真鍋さん?澪は私のことを和って名前で呼ぶのに。それに態度もよそよそしい。まるでよく知らない人としゃべっているような素振りをみせている。

「もしかして私のこと分からないの?」

「そりゃ生徒会長だし、2年の時はクラスが一緒だったから知っているけど。でも、あんまり真鍋さんとは話したことがないよね。」

「澪、去年はいつも私と一緒にお昼ご飯食べていたじゃない。律がどうしたって楽しそうにいつも話していたじゃない。それも覚えていないの?」

「えっ?そんなことあったっけ?私と律が幼なじみなのはあなたに話したことがないはずなのに、どうして知っているの?」

嘘・・・どうして・・・?私と澪は一年生の時からお互いに知っているのに、なんでそんな他人みたいな態度をとるの?

「あなたのことなら大概の事は知っているわよ。あなた自身からも、唯からも律からもムギからもよく聞いているんだから。」

「唯?誰それ?ムギっていうのは琴吹さんのことだけど・・・。軽音部を作ろうって入学してすぐの4月に一緒になったことがあるから。でも、唯って人は知らないよ?」

えっ?唯のことが分からない?どうして・・・・

「軽音部のメンバー、平沢唯よ。ギターで、ボーカルで、お菓子ばかり食べてて、でも演奏は天才肌ですごくうまくて・・・」

「何か別のクラブと勘違いしているんじゃない?軽音部はメンバーが四人集まらなくて部として認められなかったから。で、私はその後文芸部に入ったの。」

軽音部が人数不足で発足していない?そんなことって・・・まさか、どこかで歴史が変わってしまったとでもいうの?

「ごめん、次移動教室なんだ。じゃあね、真鍋さん。」

澪は左手を上げ身を翻して去っていった。そっか・・・。澪にとっては軽音部がなかったら私は生徒会長の真鍋さんなんだ。そっか・・・。私はそれだけの存在だったのか・・・。私と澪の出会いは唯繋がりだったし、そんなものなのよね・・・。すごく、ショックだなあ・・・。



続く



[26062] 第四話
Name: アルファルファ◆d4222b72 ID:567b6a87
Date: 2011/02/18 21:49
2時間目の授業が終わった。私はまた性懲りも無く廊下に出て情報収集を始める。ダメ元でアタックしてみないことにはこの状態から脱する方法が見つからないし。でも、無駄骨折るだけで本当に意味なさそうな気もするんだけど・・・

「ム・・・・琴吹さん、ちょっといいかしら?」

「はい、なんでしょう?」

やっぱりムギも私のこと忘れているのね。一年でも二年でもクラスが違ったから交遊がなかった・・・ということになっているはず。

「ねえ、軽音部って言葉を聞いて何か思いつくことはないかしら?」

「軽音部・・・・ですか。今は廃部になっているはずですよね?私が入学したての頃に一度入ろうと思っていたんです。誘われて面白そうだったから。」

「だけど人数不足で部として認められなかったのよね?あなたは今なんの部活をしているの?」

「合唱部ですよ。」

「楽しい?」

「ええ、まあ。最初のうちはお嬢様扱いされて馴染めませんでしたけど、だんだん慣れていって。みんないい人達ですよ。」

ムギは答えるまでに若干の間があった。やっぱり軽音部のようには馴染めないのかしら。唯たちはムギをお嬢様扱いせずに普通に接しているし、彼女もお菓子やお茶を持ってきて甲斐甲斐しくみんなの世話をしている。軽音部でのムギは・・・とても楽しそう。憧れている普通の高校生になれる場所だったから。特別扱いで孤立することもないし。

「あの、真鍋さん?こんなことをわざわざ聞いてなんの調査なんですか?」

「いいえ、なんでもないの。ちょっと気になっただけ。邪魔したわね、琴吹さん。」

私はムギと別れて次の授業への準備に向かった。気が狂っていると周囲に思われたらいけない。あくまで普通に生活しているふりをしておかないと。



3時間目の授業は数学の演習問題。でも、やっぱり身が入らない。いつもより正解率が落ちているのは確実。問題解いているところじゃないというのが本音。そう・・・この世界には軽音部が存在していない。だから、桜が丘高校でのみんなの歴史そのものが変わってしまっているらしい。まさか・・・昨日の夕方に私が軽音部がなければなんて考えたせい?でも本心ではないし、実際思っていても私にそんな歴史を変える超能力なんてないし。

「真鍋さん?」

前の席に座っている子が私に演習問題の答えのプリントを送ってきた。はっと気づいてその紙を一枚取って後ろに回す。この前の子は誰だろう?顔は見たことあるけど一度もクラスが一緒になったことのない人。後ろの子は一年生の時一緒だったから知っているけど・・・。軽音部がなければこの子たちと友達になっているのが私の運命なんだろう。もし元の世界に戻れなかったら仲良くしなきゃ・・・。いや、そういうことを考えるのはよさないと。



3時間目の授業を終えてまた外に出る。律と唯を探してみよう。と思っていたら、律の方から私のところにやってきた。顔には明らかな警戒の表情が出ている。

「真鍋さん、ちょっといいかな?」

「何かしら?」

「なんか軽音部のことで私たちを聞きまわっているみたいけど、なに?」

「それは・・・・」

説明できない。なんて答えればいいの?この世界は間違っている、あなたたちは軽音部員の姿が本当だって言って信じてもらえるのかしら?だって、この子たちにはその記憶がないんだから。

「はっきり理由を言ってもらえないとすっきりしないんだ。澪・・・秋山さんのことね、それと琴吹さんに妙な質問をしていたらしいじゃない?」

「ごめん、うまく説明できないわ。でも、そうねえ、あなたドラムはやってる?」

「えっ?なんで知ってるの?私が外バンで演奏している時に見てくれてたとか?」

知っているに決まっているじゃない。あなたがドラムを叩く姿をもう二年半飽きるほど見ているんだから。

「でも、軽音部のバンドじゃないのよね。他の学校の人達と組んでいるのね?」

「まあ、そうだね。メンバーは固定じゃないからその時々によって違うけどね。」

普通はそうよね。軽音部が人数少なくてやることが固定になっているだけで・・・。

「澪・・・秋山さんとは組んでいるの?彼女はベースでしょう?」

「いや、澪は文芸部入ってそっちに入り浸ってるから。やっぱり変だな・・・。なんで私たちのことそんなに知っているの?」

「詮索しているつもりはないの。ごめんなさい、またそれについては詳しく話すわ。本当にごめんなさい。」

「いや、謝らなくてもいいんだけど。事情があるなら今度ゆっくり聞かせてね。じゃあ。」

律は少し疑わしげな目をしながら自分の教室に帰っていった。澪にもムギにも律にも私の言葉はきっと届かない。梓ちゃんとは今ではなんのつながりもないだろうし。唯・・・。そうよ、唯なら・・・。私は唯にさえ事情を話せばなんとかなるに違いないという思いにとりつかれていた。



続く



[26062] 第五話
Name: アルファルファ◆d4222b72 ID:567b6a87
Date: 2011/02/19 23:28
4時間目の授業が終わって昼休み。食事もそこそこに私は唯に会いに行った。唯は2組で担任がさわ子先生。でも、2組の教室内に彼女は見当たらない。近くにいた子が私に気づいて話しかけてきた。宮本アキヨさんだ。

「平沢さんを探してるの?」

「ええ、そうよ。どこにいるかしら?」

「この時間は図書館で勉強してるよ。」

えっ?図書館で勉強?そんな・・・・唯が勉強だなんて。一度もそんな殊勝なことしたことないのに。

「すごいよね。真鍋さんと同じ国立大学に行くって決めてからすごい勢いで勉強して結果も出してるんだから。みんな驚いちゃってるよ。」

「ええ、ああ、そうね。」

私はよく分からないまま相槌を打って宮本さんに話を合わせる。

「ねえ、宮本さん。唯は・・・楽しそうにしてるかしら。面白いこととかして。」

「さあ・・・平沢さんは部活にも委員会にも入ってないから面白いことはしてないと思うよ。明るい性格だから教室の中では楽しそうにしていると思うけど。」

「唯は受験勉強はどういう風にしてるの?」

「えっ?なんで真鍋さんが聞くの?だって、あなたが彼女の学習計画を立てて基礎固めとレベルアップをしているんじゃない。」

「ああ、ごめん。一人の時はなまけてないかなって思って。」

「なまけてたら昼休みまで勉強しないよ。よっぽどあなたと同じ大学に行きたいのね。幼なじみで一番の大親友ですもの。」

宮本さんはそう言って微笑んだ。そっか・・・。唯は軽音部がなかったら澪たちのような親友は作り出せていないのか。いや、唯は社交的で人懐っこいから話し友達はできるんだけど、それ以上の信頼関係は何かを共にしないと築けないものよね。

「じゃあ私、唯を探しに行くわね。」

「うん、いってらっしゃい。」



唯が国立大学受験に向けて勉強している。それは・・・私にとって喜ばしいことなのかもしれない。でも、それ以上に大切な高校生活の時間を犠牲にさせている気もする。いつも口を酸っぱくして勉強しろと唯に怒っていた私が言うのも変だけど、勉強以上に大切なものも高校生活にはあると思う。私が一緒にいた十三年間でギターを弾いている時の唯が一番輝いていた。高校最後の学園祭に向けて張り切っていたし。それがこの世界では勉強一筋で青春とは無縁なのか。いえ、勉強が楽しくて生きがいって場合もあるけど。唯がギターを弾いている世界がいいと思うのは私のエゴなのかしら。

「ライブ、頑張ろうね。」

「うん、そうだね、純。」

中庭を歩いている二年生の子二人。あれは・・・梓ちゃんと鈴木さん?ライブって・・・。私はライブと聞いて思わず二人を呼び止めていていた。

「あの、ちょっといいかしら?」

「はい、なんでしょう?えっと・・・真鍋先輩ですよね?生徒会長の。」

梓ちゃんが私を恐る恐る見上げている。そうよね。普通知らない先輩が話しかけたらそういう反応よね。

「ライブって言葉が聞こえたんだけど、なんのライブなのかしら?」

「学園祭のライブです。みんなでギターやベースで演奏するんです。」

学園祭!?ギター!?ベース!?梓ちゃんならもしかしたら私の力になって・・・・。

「教えて、梓ちゃん。梓ちゃんは軽音部なの?ギター続けてるのよね?何か、こう・・・この世界に違和感見たいもの感じない?」

「あ、あの、先輩・・・。何を言ってるんですか?痛っ・・・痛いです。」

はっ・・・。私は我を忘れて梓ちゃんの両肩を思いっきりつかんでいた。私が梓ちゃんから手を離すと鈴木さんが梓ちゃんの前に立ちふさがって露骨な敵意を見せていた。

「ちょっと、なんなんですか?訳のわからないこと言って梓に乱暴して。ジャズ研を潰そうっていう生徒会の陰謀ですか?」

ジャズ研・・・。そっか、梓ちゃんは軽音部がなければジャズ研に入って活動できるのね。唯の演奏で感動して、それが動機で入るのでなければ。

「そんなつもりじゃなくて、あの、その・・・。」

「・・・・・・。」

お互いに沈黙状態がしばらく続く。鈴木さんとは憂と一緒にライブハウスに見に行って仲良くしていたのに。それが、今では梓ちゃんを守って私と敵対している・・・。

「行こう、梓。」

「うん。」

二人はそそくさと校舎の方に帰っていく。一度だけちらりとこちらを見て、姿が見えなくなった。ああ、もう時間がない。教室に戻らなくちゃ。でも、何のためにこっちの世界で授業を受けるの?それでもお固い性格の私は授業をサボることを拒否していた。



続く



[26062] 第六話
Name: アルファルファ◆d4222b72 ID:567b6a87
Date: 2011/02/20 01:06
気が狂いそう。狂いたい。これはきっと軽音部がなければなんて考えた私に対する罰なのよ。青い鳥は目の前にあって、それに気がつかなかった私が愚かだったんだわ。書類の期日がどうとか私物の持ち込みがどうとか今思えば些細なことだったのよ。

「和ちゃん?」

帰りたい。私がきっかけを作って、見守ってきた軽音部のある世界に。軽音部があったからこそあの個性的で楽しい3年2組もできたんじゃない。さわ子先生が職権乱用だけどみんなを引っ張ってきてくれたおかげで・・・。そうよ。私がいなかったら学園祭のクラス発表はどうなるの?卒業式の段取りだって・・・。

「ねえ、和ちゃん?」

でも、どうやったら元に戻れるの?唯が読む漫画に出てくるようなヒーローはいないのよ。オカルト研究会に行けば・・・ってそんなわけないわよね。どんなすごい情報を期待しているのかしら。

「和ちゃんってば!」

「えっ?」

私は我に帰った。そうだ、私は放課後唯と一緒に図書館で勉強しているんだった。唯に聞いても情報は何もなかった。唯は私に部活をするよう言われることもなく、やりたいことが見つからずに帰宅部のまま3年までだらだら過ごしていた。で、私が国立受験するというのを聞いてじゃあ自分も、と私が以前経験したようなやりとりでなし崩しで勉強を始めた、と。それをこの世界の私はちゃんとサポートしていたらしい。

「ぼうっとしてどうしたの?今日の和ちゃん、なんか変だよ?」

「そうかしら。私はいつもと同じつもりなんだけど。」

「ううん、違うよ。全然ノート見てないし、別のこと考えてて上の空だし。悩み事?」

「ちょっと疲れてるだけよ。ごめん、少し外の空気を吸ってくるわ。」

私は開いている参考書を閉じて心配そうな顔をしている唯に見送られながら図書館を出た。



「はあ・・・。」

どうすればいいのかしら。誰も元の世界の記憶はない。この世界がパラレルワールドかもしれないし。で、帰る手がかりはない。どうやってこの世界に来たのかも分からない。一生帰れないんだとしたら、もうあきらめてこの世界で暮らしたほうがいいのかしら。本当は不本意だけど、でも、この世界の唯と一緒の大学に行って普通の大学生活を送るのも悪くはないわ。他の子達だって自分のことは自分でするだけの力はあるし、何にも困ることは・・・。でも、踏ん切りがつかない。だって、帰りたいんですもの。

「うっ・・・・」

自然と涙がこぼれてくる。中庭の片隅で一人で泣いていたら変に思われるけど、でも、次々に涙がこぼれてきて止まらない。

「何泣いてるの?」

バトンを持った若王子さんが目の前に立っていた。しゃがみ込んで私の顔にハンカチを当てて拭きとってくれる。いつも無表情でとっつきづらい人だけど、本当は優しい人だったんだ。

「悩み事があるなら打ち明けちゃったほうがいいよ。」

「聞いてくれる?」

「うん。」

私は若王子さんにありったけのことを話した。彼女は無表情だからどう考えているのか分からない。だけど、途中で話を否定せずに最後まで聞いてくれた。

「若王子さんだったらどうする?もし、自分が戻りたい世界に戻れなかったら。」

「あきらめなければいいと思う。」

「手がかりが全く無くて途方にくれていても?」

「少なくとも私だったら自分の信念通りに行動するから。人の意見に流されたり妥協したりせずに。」

若王子さんってそういう人よね。馴れ合ったりせず、自分の生きたいように生きる人。

「それと、少なくともあなたを助けてくれる人が必要。相手の話の真偽を把握できて柔軟性があって賢い知性を持つ人。じゃ、私はそろそろ部活に戻るから。」

若王子さんはそれだけ言うとすたすたと歩いていった。もしかして・・・ヒントをくれたのかしら。若王子さんの言う条件に該当する人・・・いるじゃない。最も適任で、私が知る限り最強の人が。



続く



[26062] 第七話
Name: アルファルファ◆d4222b72 ID:567b6a87
Date: 2011/02/20 16:40
「あっ、お姉ちゃん、お帰りなさい。」

「ただいま~。和ちゃんも一緒だよ。」

私は唯と一緒に見慣れた平沢家の玄関に入った。この問題について一番力になってくれそうな人物・平沢憂に会うために。

「いらっしゃい、和さん。珍しいですね。」

「和ちゃんでいいわ。込み入った話があるの。」

「えっ?う、うん。いいけど・・・。」

階段を上がって二階の居間で私はこれまでの経緯、私の知っている世界と今の世界が違うことを説明した。果たして信じてくれるかしら、憂。

「そんな事信じろって言われても・・・・ねえ、憂?」

唯が困惑の表情で私と憂の顔をちらちら見ながら言った。それが普通の反応なんだけど、でも本当のことだから・・・。一方の憂は私の顔を食い入る様に見つめていた。

「信じるよ、和ちゃん。」

憂は考え込む仕草を止めてポツリと言った。

「和ちゃん、いい加減なこととか嘘が嫌いでしょ?だからいつも本当のことしか言わない。言い方が直球すぎるところがあるけど。それに、声とか顔とかまったく嘘を付いている素振りはないし、ノイローゼとか精神病の兆候もない。だから、和ちゃんは本当のことを言ってるよ。」

良かった。今まで誰も信じてくれなかったけど、ようやく信じてくれる人に出会えた。若王子さんのアドバイスのおかげね。

「う~ん、憂が信じるなら私も信じるよ。憂が言ってて間違ってたことないし。じゃあ、面白そうだから和ちゃんの世界の私たちの話、もっと聞かせてよ。」

唯も少し私の話に耳を傾けてくれそう。私はいろいろな話を始めた。私にこのままじゃニートになると言われて部活に入ろうとしたこと。お菓子に釣られて軽音部に入ったこと。初めての学園祭前に練習で張り切りすぎて声が出なくなったこと。新入部員の梓ちゃんにあずにゃんとあだ名をつけたこと。ギターを可愛がるベクトルがずれていて呆れられたこと。二度目の学園祭の前に高熱を出してライブができなくなりかけたこと。ライブハウスで演奏したり、修学旅行に行ったり、澪ちゃんファンクラブのお茶会をしたりしたこと。

「毎日お菓子食べられるんだ~。夢みたい~。」

「やっぱりそこに反応するのね、唯は。」

「だって毎日いろんなお菓子が食べ放題だよ?軽音部って軽い音楽って書くからやることも簡単そうだし。」

唯が入部当初言っていたこととほとんど同じ。勉強はしていても、そっちの意味での頭は変わっていないみたい。

「本当にあったらいいね、そんな部活。お姉ちゃに何か打ち込むことがあれば私も嬉しいし。」

憂も羨ましそうに唯がギターの練習をしている姿を想像している。本当は毎日お茶飲んでお菓子食べてばかりで練習はあまりしていないんだけどね。

「ところで和ちゃん。ひとつ聞きたいことがあるんだけど。」

「何よ、唯?」

「あなたが別の世界から来た和ちゃんっていうのが本当なら、この世界に元々いた和ちゃんはどこにいったの?」

「それは・・・」

さっきもちらりとかすめた疑問。この中にいたはずの私はどこ?ここにいる真鍋和は軽音部のある世界の住人。ここに今までいたのは軽音部のない世界の真鍋和。まさかこの世界の私は部活をしていない唯に不満を持っていたのかしら?

「ねえ、唯。この世界の私・・・・昨日までの私は唯が帰宅部なのをどう思っていたのかしら?」

「別にどうも思ってないんじゃない?だって、部活に入ってない人も結構多いし。憂だってそうだよ?」

「ええ、そうよね。」

そう・・・。中学の時もそうだった。唯が部活に入らなくても、部活に入ってない人なんて今の時代ざらにいるしってあの時は考えたわ。この世界の私もそう考え、その考えが継続していたと見ていいわね。だとしたら、この世界の私はなんも現状に不満を持つことはない。むしろ唯と一緒に同じ大学を目指して一心不乱に勉強しているはず。そうしたらこの世界の私が消える理由はない。したがって入れ替わりもない。

「ねえ、和ちゃん。ちょっとお話しよっか。」

憂が真っ白な紙を一枚持ってきてテーブルの上に広げてボールペンで何本か線を書いた。

「この太い線が和ちゃんの元いた世界として、なんらかの理由で無数にあるパラレルワールドのどれかに紛れこんでしまったという考え。これが一つ。でもこれだとこの世界の和ちゃんがどこにいったのか説明できない。」

「ええ。それは私も考えたわ。」

「でね、もう一つ。現時点あるいは過去に戻ってこの歴史自体を改変してしまうという考え。これならこの世界の和ちゃんが存在しないという理由が説明できるよ。和ちゃんにとって都合よく世界が作り替えられているんだから。」

憂は二本線を引いてある間の部分を黒く塗りつぶしながら言った。つまり・・・それは私が歴史改変をしたってこと?SFみたいになってきたわね。

「私、軽音部がなくなってほしいなんて本気で考えたわけじゃないわよ。歴史の改変なんてしようと思わないわ。」

「うん、和ちゃんはそういうひどいことはしないし性格的にできないと思うよ。でも、第三者がそれを願っていたとしたら?」

「第三者?私以外で軽音部がなければなんて少しでも考えた人なんているかしら・・・。」

私がかばって抑えているくらいであり、軽音部に腹を立てている人はいる。でも、それはごく一部であり、また彼女たちも強く軽音部を憎んでいるわけではない。ちょっと書類の不備があったり、ちょっとだらけすぎて怒られるだけで・・・。そう、基本的に隣の人が何していようが大きな実害がない限りやめさせようとする人はいない。桜が丘高校はそこら辺の考え方もオープンだし。

「ねえ、和ちゃん。明日、和ちゃんの言う関係者を音楽準備室に集めてみない?」

唯がポンと手を打って突拍子も無いことを言った。

「でも、誰も・・・誰も私の話を理解してくれそうにないわ。っていうか、あなたたち姉妹が曲がりなりにも信じてくれる事のほうがよっぽど驚きなんだけど。」

「長い付き合いじゃない。よーし、明日は和ちゃんの言うとおり、お菓子を食べながらお茶にしよう!」

私のためというよりそっちの方が目的じゃないかしら。相変わらずな自分本位の思考ね。勉強してても根が変わっていなかったら意味ないじゃない。そんなんじゃ受験勉強終わったらまた怠けるわよ、と言いたくなった。



続く



[26062] 第八話
Name: アルファルファ◆d4222b72 ID:567b6a87
Date: 2011/02/23 20:57
私はいつも通り朝早く目が覚めた。この世界で迎える二回目の朝は清々しい青空。でも、私の心の中はこれから大雨が降りそうなくらいどんよりとしている。さてと、そんな感傷にひたっている暇はないわ。元の世界に戻るためにやれるだけのことはしなくちゃ。私は手早く朝食を済ませ学校へ行く支度をして外に出た。

「おはよう、真鍋さん。今日も早いわね。」

「おはようございます、先生。」

昇降口で上履きを履き替えて階段を上がる途中で下りてくるさわ子先生と挨拶を交わした。先生はそのまま私の横を素通りしていく。よし・・・試してみよう。

「待ってください、先生・・・いえ、キャサリン。」

それを聞いた先生は持っていたプリント類を床にぶちまけてしまった。かなり動揺しているのが後ろ姿でも分かる。

「キャ、キャサリン?いったい何を言ってるのかしら、真鍋さん。」

さわ子先生は震え声で喘ぐように言う。私は唯から聞いている知識を頭の中でもういっぺん繰り返してから口に出した。

「先生は学生時代、ワイルドな女の子になるためにこの学校で軽音部員でロックのようなバンドを組んでいましたよね?バンド名はデスデビル。」

「や、やめてっ!!どうしてあなたがそれを知っているの!?誰にも知られないように秘密にしてきたのに!!」

「理由は今は言えません。ばらされたくなかったら私が今から言うことを実行してください。」

本当は脅迫なんて私の主義に反するけど、やむを得ない。で、さわ子先生はどうしようか迷った表情をしたあと首を縦に振った。

「1組の秋山澪さん、4組の琴吹紬さん、5組の田井中律さん、それと2年生の中野梓さん。この4人を放課後音楽準備室に集めてください。」

「それは・・・なぜかしら?」

「世界のためにとても重要なこと、とだけ言っておきます。」



昼休み。私は生徒会室で一仕事を終えて教室に戻る途中、誰かが私を呼ぶ声がした。

「真鍋さん。」

「あら、若王子さん。」

珍しいわね。若王子さんから声をかけてくるなんて。いつもは素知らぬ顔で素通りするのに。

「どう?元気?」

「ええ、まあ。あなたのアドバイス通りにして、少しは前に進みそうよ。ありがとう。」

「そう。あなたが望むことをしたいのなら、あなたの気持ちをきちんと伝えることが大事だと思う。それと、これポケットから落ちたよ。」

私の足元に落ちている紙を私の右手に押し付けて若王子さんは去っていった。昨日から随分饒舌ね、あの子。他の子達の性格は変わっていないから、何か違和感を感じるけど・・・。まあ、気のせいよね。ただの親切心でしょうし。

「これは・・・」

私は若王子さんから受け取った紙を何気なく開いてみて、思わず仰け反りたくなるような気持ちだった。ふわふわタイムの楽譜。どうして私のポケットに入っていたのかしら。誰かからもらったことあったかしら?作詞・秋山澪、作曲・琴吹紬。私は音楽の詳しいことは分からないけど、軽音部の魂みたいな曲。一年目のライブでも二年目のライブでも使って・・・三年目もきっと。最初の頃と比べると最近は曲のレパートリーは増えたけど、やっぱりこの曲が原点よね。

「もう一度、軽音部の演奏を聞きたい・・・」

私の軽音部に対する思いが強くなっていく。そう・・・生徒会長だけが私の高校生活じゃない。生徒会の仕事が生きがいならこの世界でも我慢すれば事足りる。でも、軽音部を見守って、叱って、助けるのが私の生きがい。そうよ、簡単なことじゃない。私だって軽音部の部員みたいなものなんだから。



続く



[26062] 第九話
Name: アルファルファ◆d4222b72 ID:567b6a87
Date: 2011/02/24 00:55
放課後、私は音楽準備室の扉の前にやってきた。中からは人のいる物音が聞こえる。どうしてかしら。いつもはこの扉を意識したことないのに、今日は触れるだけで自然と胸が高鳴っている。この扉を開ければ私は元の世界に戻るためのヒントを得られるのかしら?それともただの無駄な苦労?パンドラの箱みたいだけど、でも、開けないことには前に進まない。私は意を決して準備室の扉を開いた。

「梓ちゃん、小さくてかわいい~。」

「や、やめて下さい、平沢先輩。私、人形じゃないんですよ?」

なんだかおなじみの光景。そう、一昨日までは普通に見られていた唯と梓ちゃんのじゃれ合いだわ。いつもは手前の席に澪とムギが座っていて、奥の窓側には唯と律、元の世界ならトンちゃんの水槽が置いてある側に梓ちゃん、その向かい側にさわ子先生。あれっ?えっと、唯は席を立って梓ちゃんのところにいるけど、その他の配置は全て普段と同じだ・・・。

「何してるんですか、和さん?」

後ろから憂に声をかけられてびくっとした。そう・・・。これはきっと私にしか分からない奇妙な一致でしょうね。

「和さんに言われたとおり、お茶の道具とお菓子を持ってきましたよ。」

「ありがとう、憂。」



「さあ、真鍋さん。不本意ではあるけど、約束通りこの子たちを集めたわよ。平沢さんは勝手に来ただけだけど。私たちを呼んだ理由を説明してもらえるかしら?」

さわ子先生がみんなを代表して話を切り出した。記憶がない状態では私にこのメンバーが呼ばれる必然性は皆無に等しい。疑問に思うのは当然ね。

「分かりました。私の話を聞いてください。」

私は唯、律、澪、ムギ、梓ちゃん、先生の顔を一人ずつ見ながら、あなたたちが軽音部に所属していること、この世界がおかしくなっていることを告げた。

「あの、真鍋さん。本気で言ってるの?」

澪が考え込む腕を解いて私に聞いた。

「ええ、そうよ。全く嘘はついていないわ。」

「確かに話としてはよくできてるけど・・・。でも、そのまま信じろってそれが私たちの姿だって言われても・・・。」

「やっぱり信じてもらえないのかしら?」

「い、いや、真鍋さんがそんな作り話を捏造するような人じゃないのは知ってるけど。律と違って。」

「ちょっと待て。私が作り話をするのは当然の出来事なのか?」

律が身を乗り出して澪に噛み付いた。それから私の方に眼を向ける。

「夢でも見てたんじゃないの?ほら、よく受験ノイローゼとか言うじゃん。それでリアルな夢を見ちゃってさ。私もあるぜ。妙に生々しい夢を見たことがさ。」

「そ、そうかもしれませんね。」

律の意見にムギも同調する。違う・・・。私がいた世界は夢なんかじゃない。絶対にあったリアルな世界よ。

「あの、先輩。その部活って話を聞く限りだと全然練習していないように聞こえますけど?」

「ええ、全然していなかったわ。今しているようにお茶飲みながらお菓子食べている時間のほうが長かったわね。」

「それを私が怒っていた、と・・・。確かにそういう部活だったら私はガミガミ怒っていたでしょうね。だらだらしているの許せないタイプですから。」

梓ちゃんは私の代わりかと思うくらいよく怒っている。でも、最近唯たちに感化されてきちゃっているのが残念だけど。

「真鍋さん?私、病院で働いている友だちがいるんだけど、有名な精神科医にコネがあってね・・・」

さわ子先生が恐る恐る私の顔色を伺いながら言葉を紡ぎ出していた。

「違います。私は正気です。」

「でも、精神的に疲れている人はみんな自分は大丈夫だって言うものなのよ。ね、先生、悪いようにはしないから・・・」

やっぱり信用してくれてないのね。って、もし私が逆の立場だったらこういう反応をするんだろうけど。すごくもどかしいな・・・。

「ねえ、和ちゃん。証拠ってないのかな?なんか向こうの世界の私たちが作ったものとか。」

唯が憂と目配せしながら助け舟を出してくれた。平沢姉妹だけは私のことを信じてくれている。そう・・・唯の求めているものは物証。しかも偶然にも今私のポケットの中に入っている。

「これが恐らく唯一の物証よ。」

私はさっきポケットから落として若王子さんに拾われた楽譜を机の上に広げた。

「作詞・秋山澪、作曲・琴吹紬、曲名・ふわふわ時間。昨日はこんな楽譜があるって言ってませんでしたよね、和さん?」

「ええ、偶然ポケットの中に入っていたらしいの。さっき気づいたのよ。」

憂の質問に答えた私は多少の違和感を感じた。なんで偶然そんな楽譜が私のポケットに入っていたのかしら?新曲を見せてあげるって言って唯が私にくれるのとは違うはずなんだけど。

「この作詞、私の字だ。でも、なんで・・・・」

「なんか作詞の内容が澪の甘甘なセンスにぴったりだ。澪が書いた詩みたいだな・・・」

澪と律が曲を見ながら感嘆の声を上げる。当たり前じゃない。本当に澪が作詞したんだから。他の曲も全部は覚えてないけど、甘甘な曲ばかり。最近唯が学園祭ライブに向けて書いたっていうのは別だけど。

「これ、いい曲じゃないですか。そんなに難しくありませんし、テンポもいいですし。」

「そうね。まるで私が作曲したみたい。」

梓ちゃんは楽譜を見ながら曲のメロディーをイメージしているらしい。ムギは若干震えているみたい。

「ギターがあれば弾けるんだけど・・・。音楽室に置いてないのよね。」

さわ子先生が言う。ギター・・・。そうだ。確か前に50万円で売れたって唯が言っていたギター。この世界では軽音部が掃除していないから残ってるはず。私はすかさず物置に走ってガラクタの中からギターケースを引っ張り出した。

「あら、懐かしいわね。私のお父さんが知り合いからもらったっていうギター。よく知ってたわね。」

アンプも音楽室から憂が持ってきてチューニングもして準備完了。さわ子先生が楽譜を見ながら弦を弾く。おなじみの前奏がアンプから聞こえてくる。

「ねえ、和ちゃん。歌い出しの合図してよ。」

唯に言われて私は合図を出した。唯はさわ子先生が見ている譜面台の横から顔を出して歌い始めた。でも、曲を知らないことになっていからか最初のうちはたどたどしかった。

「違うぞ、平沢さん。もう少しアップテンポだ。」

後ろから譜面を覗きこむ澪が唯に注意を与える。律と梓ちゃんも興味を持ってさわ子先生の周りに集まっている。

「先生、もう一回弾いてください。」

律に促されて二周目のふわふわ時間。先生の演奏も前よりも力強く、唯の歌も曲調があやふやではなくなっていた。澪もそれに乗せられて一緒になって歌っていた。

「いい曲だね~。和ちゃんの言うとおりなら、私たち自分たちでこの曲を演奏してるんだよ。私、こういうかっこいい演奏してみたいな~。」

「いいかもな。私はベースができて、律はドラムができて、琴吹さんはキーボード。中野さんは経験者ギタリストで、平沢さんは初心者ギタリスト。面白い組み合わせだな。」

「うん、そうだよね。軽音最高!!」

唯がにこにこしながら澪と意気投合している。

「あ、あ、あ・・・・」

「あの、どうしたんですか、琴吹先輩?」

ムギが声にならない声を上げながらその場に座り込んでしまった。梓ちゃんが近くに駆け寄る。私もムギのところに駆け寄った。

「どうしたの?大丈夫?」

「ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・全部、私のせいなの・・・・。和ちゃん、本当にごめんなさい・・・」

ムギが搾り出すような声で泣きじゃくりながら話し始めた。



続く



[26062] 第十話
Name: アルファルファ◆d4222b72 ID:567b6a87
Date: 2011/02/24 17:49
場の空気を察したのかさわ子先生がみんなを連れて音楽準備室の外に出て私とムギの二人きりにしてくれた。ドアの外で張り付いて盗み聞きしているかもしれないけど、中にいられるよりはましかしら。

「あなただったのね、ムギ。この世界を作り出したのは。」

「そうよ。ごめんなさい・・・私が全部悪いの。」

「何か理由があるのよね?あなたが本当にこの世界を望んでいたとは思えないし。」

「ええ、そうよ。未来を変えられるチャンスがあるなら、この方がいいと思ったの。」

「話してくれる?」

ムギは三十秒くらい目を瞑った。もう一度開いた時の彼女の目には迷いが消えていた。

「始まりは一昨日の夕方。私たちは部活の帰りに生徒会室に寄ったの。りっちゃんが提出し忘れていた書類を出しに。そうしたら・・・・そうしたら・・・・和ちゃんが床に倒れていたの。」

「えっ・・・私が床に?」

「そうよ。息をしていなかったの。すぐにりっちゃんに救急車と保健室の先生を呼んでもらって、唯ちゃんが必死に呼びかけて、澪ちゃんはその場に泣き崩れて、梓ちゃんが冷静に対処してくれて。運ばれた先でお医者様が全力は尽くすが望み薄だろう・・・・って。」

私の頭からすっと血の気が引いた。じゃあ、最初の臨死体験は本当に死にそうになっていたってこと・・・。その前に聞いた声も朦朧とする意識で聞こえた幻聴・・・。そっか・・・。それまで軽音部のことを考えていたせいで、私が倒れた理由を考えるのをすっかり忘れていたわ。

「私は見ていられなかった。病院を飛び出してあてもなくさまよったわ。そうすれば悲しい現実を見なくても済むと考えたの。」

「それで?」

「私はいつもみんなと行く神社にたどり着いた。そこで・・・お願いしたの。和ちゃんを助けて下さい、私の大事なものなんでもあげます、だから親友の命を救ってくださいって。そうしたらね、世界が変わってしまったの。」

「ごめんなさい。途中のいろいろな過程が飛んでいると思うんだけど・・・」

「私にもうまく説明できないの。一瞬周りの景色が揺らいで流されるような気がして、それですぐ収まってしまったわ。そして、私は軽音部員のはずなのに合唱部員だって思い始めたの。真鍋和なんて人も知らない、自分のクラスは3年4組って。意識が・・・今ままでの意識が消えてなくなりそうな気がして、それで・・・」

「あなたの大事なもの、つまり軽音部がなくなってしまったってこと?そして、それで辻褄の合う世界になったと・・・」

軽音部が成立しない一番簡単な方法は私が唯に部活に入るように言わないこと。そういう事か・・・。

「神様が願い事を聞いてくれた。でも、対価が必要だった。だから、私の一番大切な物、軽音部が消えてしまったのよ。」

信じられない。けど、それが一番説得力があって矛盾のない説明の気がする。私の命を救うためにムギが自分を犠牲に・・・。私は彼女にそんなにまで思われていたなんて。すごく嬉しい。

「だから、お願い。もうこれ以上軽音部のこととか元のクラスのこととか思い出させないで。私、和ちゃんが生きていてくれればそれでいいの。元の世界に戻ったら和ちゃん、本当に死んじゃうかもしれない・・・。」

「ムギはそれでいいの?軽音部が無くなって、唯たちとも他人同士で、クラスも全然別で、本当にいいの?」

「あとたった半年じゃない。唯ちゃんには和ちゃんと憂ちゃんがいる。澪ちゃんとりっちゃんは昔からの友達同士。梓ちゃんだって軽音部がなくてもジャズ研の純ちゃんとは気が合って、純ちゃんと同じ中学の憂ちゃんと仲良くできるわ。だから、私一人我慢すれば全てうまくいくの。例え友達でいられなくても、和ちゃんが生きていてくれてくれれば、それで・・・。」

「なるほど、よく分かったわ。やっぱり元の世界に戻さないといけないわね。」

私は腹を決めた。ムギを、親友を踏み台にして生きながらえて何になるのかしら?私は曲がったことが嫌いだから、そうして生きていることは自分自身で許せない。ムギに一生十字架を背負わせて、彼女自身苦悩して・・・。でも、ムギは首を縦に振らなかった。

「嫌よ、絶対嫌!!和ちゃんがいない世界なんて私認めないわ!!」

「ねえ、ムギ。生きているってことはすごく素晴らしいことよ。でも、それは限りあるものだから。よく言うでしょ?だから、私がもし死んだとしても、それをあなたは正面から受け止めなくちゃいけない。それに、私のことは貴方達がずっと大切に思っていてくれる。だから、貴方達が生きている限り私は完全には死なないわ。だから、お願い。」

「ヤダ!!ヤダヤダヤダ!!」

ムギが小さい子供みたいに駄々をこねるところなんて初めて見た。普段は自分を抑えて見守る側に徹しているムギ。でも、そんな彼女でも子供のまま成長できていない部分があったのね。

「私はムギのことが大好きよ。だから、私や軽音部のことを引きずりながら生きてほしくないの。あなたは軽音部にいる時が一番輝いているわ。あなたはしっかり者だし、私がいなくてもみんなを支えてあげてね。」

「そんな風に言われても嫌よ、和ちゃん。でも、どうしたらいいか分からない。分からないわ、和ちゃん・・・・。これ以上、私の心の中を乱さないで・・・」

ムギがこんなにうろたえている姿は初めて見るわ。床に座り込んで泣きじゃくなっている。私はそれをそっと抱きしめて落ち着かせようとする。その時、準備室の扉が開いて一人の生徒が入ってきた。その生徒は右手に銃のようなものを持っていて、それをムギ目がけて寸分違わず打ち込んだ。

「若王子、さん・・・・?」

「・・・・・・・・・・・」

無表情の若王子いちごが銃を片手に私たちの前に立っていた。



続く



[26062] 第十一話
Name: アルファルファ◆d4222b72 ID:567b6a87
Date: 2011/02/26 06:07
若王子さんに撃たれてムギが私に覆いかぶさるようにして気を失っている。左肩に注射器のようなものが刺さって。そして、私の目の前に立っているのはいつもの若王子いちごさんじゃない。何というか雰囲気が違う。

「よくやってくれましたね。これで世界の秩序が保たれます。」

若王子さんがにこやかに言う。違う・・・。この人は若王子さんなんかじゃない。彼女がこんなに愛想良く笑うなんてこと一度もなかったのに。

「あなたは・・・・誰?」

「それはお答えできません。それと、その方は気を失っているだけなのでご心配なさらずとも結構ですよ。ワクチンを注入しただけですから。」

「ワクチン?」

「ええ。琴吹紬さんは神になれる力・・・世界を変える力を持っている方です。私たちの観察対象にも負けず劣らないすごい力・・・」

何を・・・言っているの?さっぱり訳がわからない・・・・。

「ああ、ごめんなさい。説明の仕方を変えましょう。簡単に言えばこういうことです。琴吹紬さんは自覚なしに歴史改変の力を持っている。それは彼女が三年前から内包していた力です。そして、その力は強力な負荷・・・ストレスですね、それによって発動します。で、真鍋和さんが瀕死の危機に陥って彼女はその力を発現させて行使し、歴史を変えた。ですが、そういう歴史改変というのは大きな時間の流れで言えば恐ろしい災害を引き起こしかねない。だから、正しい歴史に戻すべく私がやってきたんですよ。」

言いたいことは分かったわ。例えるならナポレオンやヒトラーがもしいなかったらっていうのと同じことよね?ある一つの出来事が変わってしまえば、それに付随して全ての事柄が連鎖的に変わってしまう。

「詳しく話すつもりはありませんが、私たちの組織には観察対象がいて、琴吹紬さんの力を放置すれば我々の任務に支障をきたします。本来ならば我々は見守る立場なのですが、それ以上の事が起きそうであれば未然に防げというのが上層部の命令なのです。」

「それでムギを撃ったのね。ワクチンっていうのは?」

「歴史改変の能力を封じさせてもらいました。今はまだ彼女の秩序ある思考によって世界の平穏が保たれていますが、この先どうなるかは予測がつきませんから。」

さらさらと若王子さんの声色を使って話す謎の人物。この人物はどういう組織のどういう人間なのかしら?いえ、人間じゃないかもしれない。超常的な力を使っているから。

「本物の若王子さんはどこにいるの?」

「私の方で保護しています。彼女には危害を加えていません。無事ですよ。元の世界に戻す時に説明の付く形でお返しします。彼女の存在は実に便利だったのです。孤高の人という感じで感情表現が極端に下手ですから、なりすますのが非常に楽でした。私の仲間にもそういう人がいますし、ね。」

「そんな周りくどい面倒なことをしなくても、普通に来ればよかったんじゃない?」

「それはできません。下手に琴吹紬さんに接触すれば世界を元に戻すための計画がご破算になっていました。私たちとの接触の歴史が書き換えられてしまうかもしれませんから。なので、あなたにアドバイスしたり楽譜を渡すことによって彼女の精神的なガードが弱まる時を待っていたのです。でないとワクチンが跳ね返されるかもしれませんでしたから。」

楽譜・・・。そっか。あの楽譜は私が持っていたものじゃなくて彼女が拾った物。私はこの人の思惑通りに動いていただけってわけか。

「それと、ごめんなさい。私がこの部屋に入る前にあなたの先生とお友達には全員眠っていただきました。邪魔されるわけにはいかないので。」

ドアの外に視線を移してみると、唯たちが全員床に寝っ転がっていた。眠っているらしい。

「さて真鍋和さん、あなたはあの日生徒会室で倒れました。過労とストレスとあなたの元々の体質による結果です。しかも不運なことに打ちどころが悪く、呼吸機能が停止して99.7%の確率でその日のうちに亡くなっていたでしょう。」

「ええ、それがそもそもの始まりだったわね。」

「ですが、本当はあなたはすぐに息を吹き返して助かった。そういう事になると思いませんか?」

「それは・・・歴史の改変じゃないの?あなたたちの嫌っている。」

「ですが、上層部の命令であなたを生かすように言われています。あなたが今死ぬとワクチンの効果を打ち破ってまた歴史の再改変が行われるかもしれません。彼女の力はそれほど強力なので。その後の世界がどうなっているのか想像もつかないので、それなら少しだけいじったほうがいいということでしょう。ベストではなくてベターなのですよ。」

必要悪ってことかしら。まあ、私が生きて元の世界に戻れるならそれでもいいかもしれないけど。

「これで私からの話は以上になります。これから歴史の再改変を行い、あるべき姿に戻します。」

「待って。私の記憶は?ムギの記憶は?」

「残ることになりますね。この世界に改変された時も残っていたわけですから。」

「だったら、ムギの記憶は消してくれない?彼女が一生その傷を背負う事のないように。」

「命令されていた事柄ではありませんがいいでしょう。歴史再改変を防ぐ確率を上げるためと上には報告しておきます。では真鍋和さん、よい夢を・・・。」

若王子さんになりすましたその人が私の目の前に人差し指を出した。それを見ていると、なぜか眠くなってくる・・・。

「あれ・・・体が・・・?」

「あなたは目覚めると病院のベッドの中にいます。それが一番良い説明です。」

「くっ・・・・・。」

「ああ、そうそう。あなたの最初の質問ですけどね、イエローグリーンとでも名乗っておきましょう。名前ですよ。本当は規則違反ですが、口の堅いあなただからお教えします・・・」

私って随分高く買われたものね。そりゃ約束したら守っちゃうけど・・・。ダメ・・・・。眠い・・・・。そこで私の意識は消失した。



続く



[26062] 第十二話
Name: アルファルファ◆d4222b72 ID:567b6a87
Date: 2011/02/27 12:54
これは夢か現か・・・。誰かの話し声が聞こえてくる。誰かが私の側で会話をしている。電話かしら。いえ、違うわ・・・。念話のようなものかしら・・・。

「ええ、ワクチンを無事に注入しました。後処理を終え次第そちらに戻ります。」

『そう。』

「そちらの様子はどうですか?」

『特に問題ない。平穏そのもの。』

「そうですか。では、防げたわけですね?」

『恐らく。彼女と琴吹紬の二人が共に能力発現状態で接触するという事態の可能性はこれで排除された。』

「まあ、接触していたら私たちの存在など消し飛んでいたでしょうけどね。私も琴吹紬さんの歴史改変能力には驚きました。おかげで元に戻すのが大変です。膨大な情報を書き換えないといけませんから。もしかしたら、情報爆発の際に能力者として選ばれていたのは彼女だったかもしれませんね。それだけの素質があります。」

『必ずしもそうではないが可能性は十分ある。』

誰と話をしているの?それに、能力者?情報爆発?普通の女子高生のあの子に何があるっていうの?

「機関や未来人には気づかれていないでしょうね?私は彼女を血なまぐさい世界に踏み入らせたくありません。」

『心配はいらない。しかし、一方の人間に肩入れするのは得策ではない。私たちの役目はあくまで観測。今回のあなたの情報操作も100%適切とは言えなかった。』

「イエローグリーンと名乗るくらい良いじゃないですか?私の本名は漢字ではイエローではありませんし、どうせ真鍋和さんは私の正体が分かりませんよ。」

『人間の非合理性は私たちにまだ全て解明できていない。』

「はいはい、お叱りはまた帰ったあとで。今回は別の学生への変装に大規模な情報操作。私だって疲れているんですから。もっとも、15532回もアレに間近で付き合わされたあなたの疲れには及びませんが。」

情報操作?15532回のアレ?

『あなたに頼みがある。琴吹紬の歴史改変の能力についてのデータを私に全て見せてほしい。上に報告するに足らないとあなたが判断した細かい部分も。』

「はあ、構いませんけど。でも、そんなものどうするんですか?どうせあなたの役に立つものではないと思いますけど。」

『とにかく見たい。興味がある。』

「あなたがそんなに意欲的になるのは珍しいですね。まあ、減るものでもないですし帰ったらお見せしましょう・・・・ああ、そろそろ終わったみたいですね。歴史のロールバック完了っと。」

その瞬間、私の周囲の世界が真っ白になった。ああ、来た時と同じ。私は歴史の大きな流れに流されて戻って行くんだ・・・。



続く



[26062] 第十三話
Name: アルファルファ◆d4222b72 ID:567b6a87
Date: 2011/02/27 13:01
私は目を覚ました。ここは・・・どこだろう?ああ、そうそう、若王子さんに変装した誰かさんが言ってたわね。ここは病院か。見たところ個室みたいだけど。

「んっ・・・?」

枕元に置いてあった眼鏡をかけてあたりを見回してみると、私のベッドに寄りかかるようにして唯が寝ている。やれやれ、ヨダレ垂らしちゃって、この子は・・・。

「唯、起きなさい。そんなところで寝てると風邪ひくわよ。」

「むにゃむにゃ・・・・。もう食べられないよ・・・・。」

本当にこの子はもう・・・。その時、カチャリとドアが開いて花瓶を手に持った憂が入ってきた。

「和・・・ちゃん?和ちゃん、目を覚ましたんだね!?」

「えっ!?和ちゃんが!?あっ、本当だ、和ちゃんだ!!」

唯が今更起きだして憂と一緒に私に抱きついてきた。ちょっと苦しい。一応私病人って扱いのはずなんだけけど?

「大変だったんだよ。和ちゃん、過労で倒れて頭の打ちどころが悪くて。呼吸停止、意識不明の重体で病院に運ばれてきたんだから。丸二日も寝たきりだったんだよ。」

ようやく私から離れた憂が説明してくれた。なるほど、あの人の説明通りね。

「生徒会室で和ちゃんが倒れてるの見つけてね、私は和ちゃんのこと呼び続けて、ムギちゃんが心臓マッサージしてくれて、りっちゃんが職員室に行って救急車呼んでくれて、あずにゃんが和ちゃんの体を温めるために上着をかけてくれたんだよ。」

「澪は?」

「泣いているだけで全然役に立たなかった。澪ちゃんらしいよね。」

本当にね。普段しっかりしているようでいざという時こうなんだから。私の後見がまだ必要みたいね。

「失礼しま~す。和、お見舞いに・・・あっ!」

病室の扉が開いて律が隙間からそろそろと顔を伸ばしてきた。私が起きているのを見ると扉をバタンと開け放って部屋に飛び込んできた。後ろには澪とムギもいる。

「の、和ちゃん・・・・よ、良かった・・・・」

ムギがその場に座り込んで顔を覆って泣きはじめた。元の世界に戻っても、この子は子供みたいに泣いちゃって。

「良かった、和。みんな、心配していたんだ。今日はクラスのみんなで折った千羽鶴を持ってきたんだ。もういらないみたいだけど。」

澪が持っていた大きな紙袋の中に入っている千羽鶴を出しながら言った。

「和、体はどこも痛かったりだるかったりしないのか?」

「全くないわ。やせ我慢をしているわけじゃなくて、本当に。ちょっと長い夢を見ていただけよ。」

今までの出来事をこの子たちに話しても信じてもらえないだろうし、私の胸の中に閉まっておこう。

「まったく、過労とストレスで倒れるなんて嘆かわしいぞ。しっかり体を鍛えろ。」

「和に苦労をかけているお前が言うな。過労の一部分は律のせいだ。」

「ああん、おやめになって~。」

律と澪の夫婦漫才を見るのも久しぶりな気がするわ。

「お姉ちゃん。私、先に帰るね。和さんの家と学校と梓ちゃんに電話してくるから。お姉ちゃんも遅くならないうちに帰ってきてね。丸二日も家に帰ってないんだから。」

「うん、分かった。皆によろしくね。」

憂が私たちにも挨拶して部屋を出て行った。あれ?丸二日帰ってない?まさか、唯・・・・

「唯。あんた、ずっとここにいたの?」

「えっ?違うよ。しばらく集中治療室にいて、その後この病室に来たんだよ。」

「じゃなくて、学校は?」

「お休み。和ちゃんが目覚ますまでここにいるって決めてたから。」

しょうのない子ね。これがあるべき姿っていうなら、本当にしょうのない子だわ。私が何時まで経っても目を覚まさなかった場合はどうしていたのかしら。

「大丈夫。私が二人の分のノートは全部取ってあるから。その、和が倒れた時全然役に立てなかったから・・・」

澪が気恥ずかしそうに言った。

「まあ、唯はこういう時は言っても聞かないからな。私らもやるべき事は全部やったんだ。私は生徒会に出す書類を全部書いたぜ!」

「そんなの当たり前だ。」

澪にまたつっこみを入れられる律。やれやれ・・・。

「まあ、ムギに比べたら私と澪はましな方だけどな。ムギ、救急車が来るまでは冷静だったけど、その後取り乱してな。のんびり屋のムギがだぞ?信じられないよな。」

律が笑いながら言った。ムギ・・・。そうよね。どういう風に歴史をいじっているのかしら?ムギがおずおずと私の前に来た。

「私、和ちゃんのために神社でお祈りしたの。和ちゃんがずっと無事でいてくれますようにって。だって、軽音部でもクラスでも、和ちゃんがいてくれないと何にもできないもの。和ちゃんはいつも私たちの頼りになってくれて、皆を引っ張ってくれるすごい人ですもの。」

「ありがとう、ムギ。」

「そうよ。軽音部のライブ、和ちゃんなしでやるなんて嫌よ。絶対それまでには良くなってね。」

「いや、私は何とも無いから明日の朝にでも退院したいんだけど。」

あの世界から戻ってきた体だし、あの人が何らかの処置をしているから全然悪いところなんて無い、とは言えなかった。

「そうだよ。和ちゃんなしのライブなんて絶対ダメだよ。なぜなら和ちゃんは軽音部の部員その一だから。」

「私、部員じゃないわよ、唯。」

「でも、和ちゃんがいなかったら私部活やらなかったし、軽音部で友達を作ってお菓子食べてライブして、皆でこんなに楽しく過ごせなかったと思うよ。だから、和ちゃんは部員みたいなもんだよ。というわけで部員その一!」

まあ、いいわ。そういうことにしておきましょう。でも、部員なら何をすればいいのかしら?ライブの司会くらいはしなくちゃいけないかしらね。



結局私はその後の検査でも何の異常も出なかった。医者が雁首揃えてなぜそれなら今まで眠っていたのか必死になって考えているのを見て少し申し訳なく思った。憂の知らせを受けてやってきた両親と弟妹もほっとした表情をしていた。明日の朝早く退院してその足で学校に行くと言ったのに母は反対したけど、無理やり押し切った。だって、本当に異常なんて無いんですもの。



「和ちゃん、本当に大丈夫?今日は休んだほうが良くない?」

「平気よ、唯。元気だし、早く学校に行きたいから。」

「でも、あんまり無理しちゃだめだよ。お姉ちゃんも私も心配だから。」

次の日の朝、心配する平沢姉妹に付き添われながら登校した。やれやれ、しばらくは病人として扱われるから辛抱が必要ね。昇降口で梓ちゃんと鈴木さんに会って、二人とも私のことを知っていてくれた。クラスに入ると、四方八方からクラッカーが飛んできた。何かしら、この馬鹿騒ぎは・・・。先生まで一緒になって、大げさね・・・。

「やっぱり真鍋さんがいないと駄目ね、このクラスは。個性的な子が多すぎて私じゃまとめられないわ。」

先生が愚痴をこぼした。クラスの出し物は何にも決まっていない。まったく、劇何やるかってところからまた始めないと・・・。あ、そうだ。若王子さんは・・・

「なに?」

「ううん、なんでも。でも、あなたにとてもお世話になった気がするから。」

「そう。」

本当は若王子さんと入れ替わっていた人だけど。普段の若王子さんに戻っているみたい。態度が素っ気無い。

「いちご、顔には出さないけど和のことムギの次に心配してたんだぞ。二日間ずっと上の空だったんだからな・・・って、痛い!!バトンで殴るな!!いたたたたっ!!」

冷やかした律が若王子さんにバトンでバシバシ殴られていた。随分今日は反応があるけど、本当に彼女は元通りなのよね?

「さあ、みんな席について。出欠を取るわね。今日は全員出席で嬉しいわ。」

先生に言われて席に着く。当たり前の日常をありがたく感じる。そう、このクラスがあるのも軽音部のおかげ。さて、放課後に唯たちは三日ぶりの部活をすると言っていた。本当は一日ぶりなんだけどね。私の回復祝いに特別演奏をしてあげると唯が言っていたけど、せめて生徒会室に寄ってからでも遅くないでしょう?





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