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[26055] Muv-Luv BEYOND THE TIME(武ちゃん3週目&アムロ、シャア)1/11近況報告
Name: ウサ耳娘◆4441b99c ID:7a9d211e
Date: 2012/01/11 12:59
以前マブラヴの別SSを投稿していた者ですが、データを誤って消してしまったりPCが壊れたりとモチベーションが駄々下がりしてしまったため、気分転換にこのSSを始めることにしました。
以前のSSを楽しみにしていてくれた方たちには申し訳ありませんが、あちらの方は今のところ更新の目処が立っていないため削除させてもらいました。



このSSは「逆シャアのアムロとシャアがマブラヴの世界へとやってきてしまったら」ということで書かれてます。
独自解釈や独自設定に、科学知識とか皆無なのでトンデモな技術や理論がでるでしょうが、生暖かい目で見てくれるようにお願いします。
そして、過去とのしがらみが無くなったシャアがはっちゃけたキャラになることと思われます。
同様に性格が改変されるキャラも出てくると思いますので注意してください。

また、MSは出てきませんが、ニュータイプ能力+経験でシャアとアムロは武ちゃんよりも強い設定になっています。
が、戦局を覆すほどの無双はできません。

最後に、霞は作者の嫁。



2011/10/30追記
更新が止まってましたが、再開することにしました。
震災の被害はまったくない地域なのでそのせいで止まっていたわけではありません。仕事やプライベートでSSを書く時間が取れなかっただけです、はい、すみませんでした。
今後は週一は難しくても隔週、遅くても月一で更新していくつもりなので、よかったらまたお付き合いください。

そして、遅まきながら震災の被害にあった方々にお悔やみ申し上げます。


2011/12/24追記
10日ほど前、HDがお亡くなりになって全データが吹き飛びました。しかもバックアップとっている途中に逝ってくれましたよ。
リアルポルポル状態です。
復旧できないか試行錯誤しましたが徒労でした。
という訳で復旧したり作り直したりしないといけないものがいろいろ出来てしまいSSの更新はしばらくできません。
楽しみにしていてくれる方々にお詫び申し上げます。


2012/1/11追記
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
現在、プロットから各種設定まで、思い出しながらも追加や新たに構想し直したりして製作しています。
いやもう本当に覚えてない独自設定とかもあって……A-01隊員と207部隊隊員のオリキャラだけでも40人てどーいうことなの状態です。
他にも忘れてしまった設定を作り直しているので、それをとりあえずでも完成させておかないといろいろ整合性が取れなくなるので、各話だけでも何話か作ってあげていくというのも怖い状態でして。
そんなわけで、年末年始の休みで更新しようと思っていたのですが夢やぶれ、1月中には更新できるようにと鋭意製作中なので、もうしばらくお待ちください。
また、感想返しは更新時にと考えてるので書き込みしていませんが、更新停止中もきちんと読ませてもらっています。
新たに感想書いてくれる方、追記で書いてくれる方、皆さん本当にありがとうございます。

更新情報
2011/10/30
プロローグを一話に纏めて編集
プロローグから第二話までの誤字修正
第三話更新
2011/11/3
まえがきからプロローグへのリンクが上手くいかなかったので全編消去してから再掲載しました
第二話の改行ミスを修正
第四話更新
2011/11/10
神宮寺→神宮司の誤字のある話数を修正
クワトロの表記をシャアの国籍としたポルトガルにあわせてシャア・C(Cuatro)・アズナブル→シャア・Q(Quatro)・アズナブルに修正
その他誤字など修正
第五話更新
2011/12/4
第六話更新



[26055] プロローグ
Name: ウサ耳娘◆4441b99c ID:7a9d211e
Date: 2011/11/03 19:18
 ロンドベルによって爆破されたアクシズが、デブリを撒き散らしながら分断されるさまをアムロは見つめていた。

「フフフ……フハハハハハ」

「なにを笑っているんだっ」

 νガンダムの手に持ったサザビーの脱出ポットからお肌のふれあい通信で、シャアの嘲笑とも取れる笑い声が聞こえ、アムロは声を荒げた。

「私の勝ちだな。
 今計算してみたが、アクシズの後部は地球の引力に引かれて落ちる。
 貴様らの頑張りすぎだっ」

「巫山戯るなっ
 たかが石ころ一つ、ガンダムで押し出してやるっ」

「馬鹿なことは止めろっ」

「やって見なければわからん」

「正気かっ」

「貴様ほど急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいないっ」

 アムロはシャア言いようにカッとなり、脱出ポットをアクシズへと押し付け、νガンダムでアクシズを支えようとバーニアを噴出させた。

「うわぁっ
 アクシズの落下は始まっているんだぞっ」

「νガンダムは伊達じゃないっ!」

 レッドゾーンを無視してバーニアを噴出させるアムロだが、アクシズの落下は止まらない。
 冷静に考えれば、アムロ自身、ガンダム一機で半壊したとはいえ巨大な質量であるアクシズの軌道を変えられるとは思わないが、だからといって手をこまねいて見ているわけにはいかない。
 地球連邦軍や地球連邦政府に対するシャアの憤りもわかるアムロだが、人類が宇宙に住み始めてようやく一世紀が経とうかという状態で、人が理想的に変われるとも思っていない。
 そして、ブライトの家族やフラウ一家、セイラやカイ、そしてカラバ時代からの仲間。アムロはもっと身近な人々のために、地球を守りたいと思っている。
 だからこそ、理性は無理だといっていても、やらねばならないのである。

 そのアムロのさまを感じて、GMⅢが、そして敵であるギラ・ドーガまでもが、同じようにアクシズに取り付き、バーニアを噴出し始めた。
 しかし、νガンダムに劣る性能の機体は落下の摩擦熱に耐えられず、オーバーヒートを起こし自爆していく。

「もういいんだ……皆やめろーっ」

「結局、遅かれ早けれこんな悲しみだけが広がって……地球を押しつぶすのだ。
 ならば人類は、自分の手で自分を裁いて自然に対し、地球に対して贖罪しなければならん。
 アムロ……なんでこれがわからん」

「離れろっ
 ガンダムの力は……っ」

 シャアの述懐も、アムロは気にする余裕がなかった。
 しかし、そのとき光の粒子がνガンダムから噴出し、アクシズに取り付いていたモビルスーツを跳ね飛ばし始めた。

「こ、これは……サイコフレームの共振。
 人の意思が集中しすぎてオーバーロードしているのか?
 ……なのに、恐怖は感じない。
 むしろ暖かくて……安心を感じるとは」

 シャアの感じたとおり、意志の力に共振したサイコフレームが、アムロの助けたいという強い思いを受け、奇跡を起こした。
 サイコフレームの輝きは光の道を作り、アクシズを地球の軌道から離脱させたのだ。



 時に宇宙世紀0093年3月12日

「第二次ネオ・ジオン抗争」、「シャアの反乱」と呼ばれる戦乱は、ネオ・ジオン総帥シャア・アズナブル大佐と地球連邦軍外郭新興部隊ロンド・ベル、モビルスーツ隊隊長アムロ・レイ大尉のMIA認定によって終結された。









Side:白銀武

「う~……」

 目が覚める。
 なにか悲しい、いや、悲しいという言葉で表せないほどの喪失感を感じながら、ゆっくりと目を開ける。
 すると目の前に……赤毛の男が寝ていた。

「はい?
 って誰だっ!?」

 思わず大声をあげてしまい、起き上がろうとすると「ぐへぇ」というカエルが潰れたような声が反対側から聞こえてきた。
 恐る恐るそちらを向くと……金髪の男が寝ていて、眼を覚まそうとしていた。

「なんだなんだなんだ!?
 なんで純夏でも冥夜でもなくて、おっさん二人と川の字になって寝てたんだ?
 って冥夜?!ハッ……純夏!」

 あまりの状況に混乱しているけど、わけのわからない状況に置かれたのは初めてじゃない。ないはずだ。
 思わず呼んでしまった少女たちの名前で若干の冷静さを取り戻して、現状を確かめるためにカーテンを開けて、窓の外を見る。

「は……ははは。なんだよ、また戻ってきちまったのかよ。
 夕呼先生……こんなの聞いてないですよ?」

 窓の外に見えるのは、撃震が突っ込んで倒壊した純夏の家と瓦礫の町。
 そのありえないはずの光景を見て口からこぼれ出たのは、仮説が外れたことに対する抗議か、悔やみきれない後悔をやり直せる歓喜か。色々な感情が混ざり合い混沌としていたけど、闘志だけは失っていないことを強く感じ取れる。

「誰だ、私の腹を足蹴にする奴はっ」

「うるさいなぁ……スクランブルじゃないなら、もう少し寝かせてくれ」

 と、突然の自分以外の声に現実に引き戻される。
 ダメだな。焦って視野が狭くなるのは全然変わっちゃいない。
 あの世界で生きていきたいって望みは叶わなかったけど、また戻ってこれたんだ。
 ひょっとして純夏、お前なのか?俺があんまり情けなくて未練たらしいから、もう一度だけ、この世界へ戻してくれたのか?
 だとしたら……いや、そうじゃなくたって、今度こそ幸せにするよ。嫌だって言ってもしてやる!白銀武と鑑純夏は二人で一人の人間なんだから。
 そして、神宮寺軍曹に伊隅大尉、柏木、速瀬中尉、涼宮中尉、冥夜たち207Bの皆。誰一人欠けさせないでBETAをやっつけて、皆で笑って暮らせる世界にするからな。
 そのための知識も経験も覚悟もある。だけど、もっとしっかりと現状を理解して、最良の未来を引き寄せられなくちゃダメだ。
 そのためにも、まずはいちいち動揺する癖を直さなくちゃな。
 さし当たっては、この現状を解決するか。

「む……ここはどこだ?」

「あの、いきなりですいませんが、貴方たちは誰ですか?」

 眼を覚ました金髪男性に声をかける。
 この人もこの状況に戸惑っているみたいだけど、わからないことを考えるのは時間の浪費にしかならない。まずはわかりそうなことから解決していかないと。

「何故アムロがここに!?
 ……いや、すまない、少年。少々取り乱してしまった。
 私は……クワトロ・バジーナという」

 名前を言う時に間があったのは、記憶の混乱か?いや、とっさに偽名を名乗ったのか?現状がわからない状態だからかもしれないけど、この人は自分の素性がばれると不都合でもあるのか?
 少し見ただけだけど、無駄のない動きから軍人だというのはわかる。そして、どう見ても外国人の容姿……まさかっ、アメリカ人か? だとしたらオルタネイティヴ5の潜伏員!?
 いやいや。待て、俺。外人だからってアメリカ人とは限らないし、まして反オルタネイティヴ4派かどうかなんてわからないじゃないか。
 でも、警戒は必要だ。迂闊なことを話さないように注意しないとな。

「ところで少年。私からも質問したいのだが。
 重力を感じるということは、ここは地球なのだろうが、どの辺りなのだろうか?」

「えーと。日本の横浜ですが」

「ニホン? ああ、ジャパンのことか。
 しかし、あの状況で大気圏突入したとは、よくも無事でいられたものだ。
 ああ、すまない。我々を介抱してくれたのは君か? 礼を言う」

「いえ、そんな。俺も……
 あの、お二人は軌道降下兵団所属でいられるのですか?」

 っと、危ない危ない。二人の素性がはっきりするまでは、余計な情報を流さないように注意しないと。

「いや? 違うが。
 時に、アクシズはどうなったのかはわかるかな?」

「え? アクシズ?」

「む?」

 んんー? なんだか話がかみ合っていない気がするんだが、俺の気のせいなのか?

「少年。つかぬ事を聞くが、今は何年の何日だ?」

「ええと、2001年10月22日、です。……たぶん」

 俺の基点となる日はその日のはずだから、間違ってないと思うけど、やっぱり話がかみ合ってないよな?
 でも、この部屋にいたってことは、ひょっとしてこの人たちも……いや、そんな、まさかな?

「2001年? ……まさか、旧暦だとでもいうのか!?
 アムロ! ええい、いい加減に起きんかっ、アムロ!」

 あ、クワトロさんが、まだ寝てた赤毛の人を殴り飛ばした。

「くぅっ……殴って起こすことはないだろうが、シャアッ
 ……シャア? 何故貴様が。
 いや、この重力の感じ……まさか、地球か?」

 アムロと言われている赤毛の人は、目を覚ますとクワトロさんに掴み掛りそうになったけど、何かに気がついたのか慌てて窓へ駆け寄った。

「そんな……結局アクシズの落下を防げなかったっていうのか?」

「そうではあるまい……あのとき、暴走したサイコフレームのせいで、アクシズが地球の衛星軌道から外れていくのは確認した」

「だったら、この外の状況はどうだって言うんだっ?」

「フィフス・ルナの件があるだろう」

「くっ、ぬけぬけとよくも言う」

「だが、問題はそこではないのだよ。
 この少年の話では、我々が今いる場所はジャパンだそうだ」

「なっ? フィフス・ルナはラサに落ちたはずだろう?」

「そうだ。そして問題はまだある。
 今は旧暦の2001年、だということだ」

「なにを……言っている?」

 クワトロさんたちの話は、何を言っているのかわからなかったけど、だからこそ、この人たち二人がこの世界の人じゃない。いや、少なくとも、この時代の人じゃない、ということがわかった。
 それにしても、聞く立場になってわかったけど、俺も夕呼先生はもちろん皆にこんな風に思われてたんだな。そりゃ白銀語なんて言われるよな、と今更ながらに理解して少し恥ずかしくなった。
 今度はこの時代と合ってない言葉を使わないようにしよう、うん。

「さて、少年。話を戻すが、君は我々がここにいる理由を理解しているように見えるが、できれば我々に話してはもらえないだろうか?」

 俺がささやかな決意をしていると、クワトロさんが話しかけてきた。

「理解はしてません。ただ、貴方たちが置かれている状況は、なんとなくですが、わかっていると思います。
 その前に、貴方たちの事を聞きたいんですが……」

「ああ、いいだろう」

「なにがなんだかわからないが、どうやら君に話を聞くしかなさそうだ。
 俺もかまわないから、何でも聞いてくれ」

 俺の問いかけにクワトロさんが返事をして、アムロさんに目線を投げかけると、アムロさんも了承してくれた。

「ありがとうございます。おかしな質問と思うかもしれませんが、必要なことなので助かります。
 まずは、貴方たちの住んでいた時代は何時ですか?」

「宇宙世紀0093年だ」

「宇宙世紀? さっき旧暦って言ってましたけど、西暦に直すと何年になるかはわかりませんか?」

「確か……2138年になるか?」

「約140年後ですか……
 それじゃあ、地球にいることに違和感を感じてみたいですけど、ひょっとして、宇宙や他の星で暮らしてたりするんですか?」

「いや、地球に住む人々は無論いるが、テラフォーミング技術は未だ確立しておらず、スペースコロニーという人口建築物をラグランジュポイントに建設し、そこで生活している人々も多くいる。
 コロニーに住む者をスペースノイドと呼び、地球に住む者をアースノイドと呼んでいる。
 そして、私もスペースノイドだ」

「俺は、アースノイドなのだろうな」

 なんともSFな話が飛び出してきたけど、スペースコロニーとは凄いな。
 でも、アムロさんが自分をアースノイドと言ったときの雰囲気からすると、スペースノイドがエリートで、アースノイドはスペースノイドに劣等感を持っているのかな?
 宇宙に住むようになっても、そういうのは無くらなないのか……無くならないんだろうな。人類が滅亡の危機だっていうこの時代でも、人種による差別意識は根強いんだから。

「それじゃあ、アクシズっていうのは何ですか?地球へ落下とか物騒な話を耳に挟んだんですけど。」

「アクシズとは小惑星基地の名称だ。
 それを落下させて、地球に巣食う愚昧な人間どもを粛清しようとしたのが、ネオ・ジオン総帥シャア・アズナブル。この私だよ」

「情けない奴。
 こんな少年に偽悪趣味を発揮しても仕方ないだろう」

「言ってくれる」

「ちょ、ちょっと、喧嘩は止めてください」

 険悪になった二人を慌てて止める。

「でも、宇宙へ住むようになっても、人間同士の戦争は無くならなかったんですね」

「人はそれほど簡単には変われぬ、ということなのだろうな」

「それが分かっていながら貴様は……いや、今は止めておこう」

 この二人の関係は、お互いをよく知っているように見えるけど、たぶん敵同士なんだろう。
 なんとなく、委員長と彩峰の姿がダブって見えて、悲しい気持ちになった。

「次が最後の質問です。
 BETAを知っていますか?」

「ベータ?」

「ギリシャ文字のβのことではないのだろう?
 すまないが、君の言うベータが何のことだか、俺にはわからない」

「ガルバルディのことを言っているようにもみえんし、私も心当たりが無いな」

 これで確信した。この人たちは未来の、それもBATEが存在していない世界からやってきたんだ。
 無論、俺の住んでいた世界の未来ともいえないけど、ともかく、人類が宇宙へ進出する可能性のある未来から。
 そのことを二人に話すと、信じられないという顔をされた。まあ、俺自身も最初は信じられなかったしな。

「平行世界、というやつか? しかし、にわかには信じられないな」

「そうだと思います。俺も初めは信じられませんでしたから」

「君も、とはどういうことだね?」

「ああ、すいません。その話の前にもう一つだけ。
 お二人がここで目覚める前、元の世界にいたときに、原因不明の光に被われたりしたことはありませんか?」

「まさか、サイコフレームの光のことか?」

「しかし、あれは人の意思に反応するものだ。
 人間を平行世界へ移動させたり、まして、過去へ時間移動させる力があるはずが無い」

「そうとも言い切れないだろう?
 貴様に言われて思い出したが、俺もサイコフレームの光がアクシズを地球から引き離したのは見た。
 質量を持たない光の力が、それだけのことをしたんだ。俺たち二人を別の世界へ送るくらいのことをしても不思議はないさ」

「戯言だ」

「言っていろ。
 ところで君。話はわかったが、ここが俺たちの世界ではないという証拠はあるのかい?」

 クワトロさんはまだ納得がいってないようだけど、アムロさんは一応自分の中で理解できたのか、俺に話を戻してきた。

「白銀武です。
 すいません。貴方たちの身元がわからなかったので、今まで名乗らずにいました」

「ああ、かまわない。君にも事情があるんだろう?
 俺はアムロ・レイだ」

「改めて名乗らせてもらおう。私はシャア・アズナブルだ。
 先ほどはクワトロと名乗ったが、君と同じ理由があったためと思って許して欲しい」

「そんな、それこそお互い様ですから。それに今度はきちんと本名を名乗ってもらえましたし。
 シャアさん、アムロさん、よろしくお願いします」

 今更ながら、お互い名乗りあって俺が頭を下げると、クワトロさん改めシャアさんは、なんとも決まりの悪そうな顔をして、アムロさんは苦笑をしている。

「あの……何か俺、可笑しなこと言いましたか?」

「いや、そうではないのだが……」

「くくく、白銀君。確かにシャアもクワトロも、こいつの名前ではあるんだけど、本名はまた別にあるんだよ」

「ええっ、三つも名前があるんですか?」

「正確には四つだ。
 本名は既に捨てた名であるし、ここが平行世界、しかも過去だというのなら何の意味も成さない名だ。
 そして二つ目の名も同様で、シャアという名が私を表すのにもっとも相応しい名前なので、そう呼んでもらいたい。
 ええい、アムロ。何時まで笑っている」

「はい?そういうことならわかりました」

「くくく……すまない。貴様のそんな顔を見るのは初めてだったものだからな。
 んんっ。それで白銀君。どうして君は、ここが俺たちのいた世界じゃないと言えるんだい?」

 シャアさんはまだ憮然とした表情だけど、アムロさんが話を戻したので、俺も先に進めることにする。

「ああ、はい。それは、ここが俺の部屋だからです」

「「ほう?」」

 あ、みごとにシンクロした。
 やっぱりこの二人は、委員長と彩峰に通じるものがあるな……。やっぱり、どうにか仲良くして欲しいな。
 この世界の現状を教えればできないかな?

「そして、俺も平行世界からやってきたから、貴方たちの状況がわかったんです」

 その俺の言葉に驚いた顔をする二人。だけど、次の瞬間には表情を改める。
 さっきから話していても思ったけど、こういう切り替えの速さは、俺よりもよほど立派な軍人なんだろうなと思わせてくれる。
 この二人が俺の部屋へ移動してきたのは意味のあることのはずだし、協力してもらえれば頼もしいんだけどな。

「なるほど……それで、君の話は聞かせてもらえるのかい?」

 アムロさんの問いかけに、頭を切り替えて話すことを吟味する。
 無論、俺と同じように世界観の移動をした人たちだからといって、それだけで信用して全てを話すという選択肢は無い。特にオルタネイティヴ4に関することは必要なことなら夕呼先生が話してくれるだろうし、二人が夕呼先生と話す機会が無いならば、俺が話していい事ではないからだ。
 だから、それ以外の、この世界の現状、俺の体験、そしてオルタネイティヴ5の話はしよう。
 そして、信用も信頼もされなかったとしても、納得してもらって力を貸してもらえるように話してみよう。



 まず、俺の元の世界のこと。ある日突然この世界へ移動してしまったこと。一度目と認識していた世界を実はループして繰り返していたことを前置きとしてごく簡単に話した。
 それから、俺の元の世界、そして、二人の世界とも違うはずの、この世界の転換点、BETAの襲来。そこから辿る人類の敗北の歴史と逼迫した現状。
 人類を救うためのオルタネイティヴ計画とその第四計画を完遂させるために魔女と呼ばれるようになった恩師のこと。
 そして、前回の2度目の世界について。
 そこで知った戦うということの本当の意味。戦う人たちの気持ち。大きすぎる犠牲を払い続けながらようやく掴んだ勝利と、未来への光明。
 だけど、俺はその世界での役目を終えてしまい、残ることを許されず、元の世界へ返るはずだったのに目が覚めたら三度この部屋にいて、そして今に至っていると。
 話している途中に感情が高ぶってしまうことも何度かあり、上手く伝わったかはわからないけど、気がつけば2時間ほどもかけてシャアさんとアムロさんに俺が体験してきたことを話した。

「……というわけで、俺が認識している限りでは、この世界は三回目の世界です」

「なんというか、凄まじいな。この世界の現状も、君が体験してきたことも」

「…………」

 俺の話が終わると、アムロさんは息を吐き出してそう言った。
 だけど、シャアさんは何か考え込んでいるようで……俺の話が突飛過ぎて、まだ現状に納得できないでいるのかな?

「あの、シャアさん?」

「ああ、すまない。
 君の話を聞いて、自分という人間の矮小さを自嘲していただけだ。
 しかし同時に、滅亡に瀕してもなお理解し合えない人の業を聞くと、やはり人類は地球の重力から解き放たれなければならない、という私の考えは誤っていなかったと再確認した」

「貴様は。白銀の話を聞いても、まだそれを言うかっ」

「しかたあるまい。これが私という人間だ」

 シャアさんの言葉の意味を理解できたわけではないけど、言いたいことはなんとなくはわかる。
 一度目の世界で、オルタネイティヴ4が中止になったと聞かされた時。そして、最後の反攻作戦に出撃して、それが失敗しただろう喪失感を、二度目の世界で目覚めて感じた時。俺はオルタネイティヴ5と、それと実行しようとしている奴らを憎悪したのだから。何故、BETAを倒すために人類が纏まれないんだと。
 だけど、その考えは結局、傲慢で、自分の考えとは違う人の思いを無視して、強要しようとするものでしかないんだ。
 今の俺には、もう人類の勝利だけを目指して進むことはできない。勿論、BETAの殲滅は大前提で、これは変わらない。でも、それだけじゃ駄目なんだ。二度目の世界は確かに救えたけど、あれじゃあ駄目なんだ。三度目のチャンスをもらった俺は、純夏と、207B隊、ヴァルキリーズの皆と笑って暮らせる未来を勝ち取らなければいけないんだ。そのためなら自分の手を汚すことを躊躇わない。
 でも同時に、俺に託して逝ってしまった皆の思いも叶えてみせる。
 人間がどんなに利己的で、滅亡に瀕していても一丸となって力を合わせることができない愚かな種族だったとしても。彼女たちは滅亡なんて決して望んでいなかったのだから。人類の勝利を信じていたのだから。
 だから、シャアさんも……

「あの、シャアさん。俺は世界を繰り返してるといっても、貴方から見れば、まだまだ若造です。貴方の世界のことも知りませんし、その世界で貴方が何を経験して、今の考えに至ったのかなんて知りません。でも、言わせてもらいます。
 貴方は間違っている。
 確かに、この滅亡の危機に瀕している世界でも人間は利己的です。まだBETAの侵攻を受けていない国では、くだらない陰謀に耽っている人たちだっています。いや、最前線のこの日本にだってそういう人はいるでしょう。
 でも、そうやって全体を見て、人間の汚い部分ばかり挙げていくことに何の意味があるんですか?
 もっと身近な人のことを見てください。貴方の周りにいる人たちのことを考えてください。
 今、この世界の人は生きることで精一杯なんです。一年後、半年、一ヶ月、いや、明日死ぬかもしれないんです。それも兵士だけではなく、民間人もが。BETAに蹂躙されて、食い殺されていくんですっ。
 そんな人たちに、人類の一面が愚かだからといって、BETAに滅ぼされてもいいって言えますか?そんなのは俺は認められません。絶対に認めないっ。
 BETAの脅威が無くなれば今度は人間同士で戦争をするかもしれない。でも、そんなことは知らない。例えそんな愚かな未来でも、BETAから地球を取り戻さなくちゃ、全てが無意味なんだっ。
 だから俺はBETAから地球を取り戻すために戦うっ。それは人類のためってわけじゃないけど。いや、以前はそうだったけど。今は、俺の大切な人のために、大切な人達を死なせないために戦うんだっ!
 ……だけど、俺一人の力じゃ、皆を守りとおすことはできない。どんなに戦術機の操縦が上手くても、例え未来を知っていても、人間一人でできることなんて限られてるってことを嫌というほど味わされた。この手で守るんだと決めてた人たちの命が指の間から零れ落ちていくのを、俺は結局止めることは出来なかった。
 だから、貴方たちの力を貸してください。シャアさん、アムロさん。お願いしますっ」

 まくし立てるように一気に話す俺の言葉を、二人とも真剣に聞いてくれていた。
 だけど、途中から熱くなって何を話したのかわからず、恥ずかしい。

「すいません。貴方たちは、まだこの世界に来たばかりなのに、こっちの事情で勝手なことを言ってしまって。おまけに力を貸してくれなんて……」



Side:シャア・アズナブル

 白銀武という少年は、どことなくカミーユ・ビダンと似ている。
 見た目はまるで異なるが、年齢は出逢った頃のカミーユと同じであろうし、直情そうな性格もだ。そういえば、カミーユにも諭されたことがあった。もっともあれは、クワトロを名乗っていた私が、シャアと認めなかったことに対する憤りではあったが。
 アムロに出会ったころも、彼らと同じ年嵩であったか。奴とはララァのこともあり事ある毎に反目し、また、現実を直視せぬゆえに奇麗事を言うと考えていたが。

 私は間違っていたのだろうか?ララァ……

 白銀武は、私が戦ってきたどの戦場よりも絶望的な戦いをしてきたという。
 人間同士の戦争ならば、例え味方と分断され圧倒的戦力の敵に四方を囲まれても、投降すれば命は助かる。それを良しとせずに討ち死にしたとしても、選択の機会は常に用意されているものである。
 しかし、この世界の敵は人類を生命体としてみておらず、先のような状況に陥れば、蹂躙されて死ぬか、より多くの敵を道連れにして死ぬか、どちらにせよ死しか残されていないという。それは、どれほどの絶望であろうか?
 私の戦ってきた戦場が、この世界と比べて決して楽なものであったとは思わぬが、否、比べること自体が間違いではあるが、戦いの先に広がる絶望の深さに身震いを禁じえない。
 そのような戦いを続けてなお、この白銀武という少年は人間を信じている。人の醜さを理解しながらも。

 思えば、私は誰かを守るために戦ったことがあったであろうか? いや、ララァが生きていてくれれば、気付かぬまでも、そうであったのかもしれない。
 私は何時から人間を信じなくなったのであろうか? 父がザビ家に暗殺されたと知った時であろうか? アルティシアが私と反目した時であろうか? それとも、ララァを失ったからであろうか?
 いずれにせよ、アクシズ落しを決定した時、私は人の業に絶望していたのだ。故に、人の革新を謳いながら、重力に魂を引かれた人間を粛清し戦争の源を根絶すると宣言しながらも、そう口にする自身を道化だと感じだのだ。
 そして、地球を蝕む人々を嫌悪していた私自身が、その人間を抹殺するために、地球そのものを傷つけようとした。
 これでは、BETAというものがしていることとなんら変わりがないではないか。サイコフレームが人の意思と共振し、アクシズを地球から引き離したのも道理だ。

 そんな私でも、エゥーゴの空気は嫌いではなかった。自らの身を偽っていたおかげといえば皮肉ではあるが、同志では無く、対等の友人を手に入れられたのだ。
 未練だな……
 しかし、絶望を経験してなお、人を信じることができる白銀武の望む未来というものを、私も見てみたいと思う。
 あるいは、それも一つの人の革新の答えと呼べるものではないだろうか。
 今更、私がそれを望むのは罪であろうか? しかし、アクシズで死ぬ運命だった私が、この世界へと生きてやってきた意味は何であろうか? ジオンの遺児としてではなく、私という一個人として生きるためではないのか?

 願わくば、ララァ。今一度、私を導いてくれ。



Side:白銀武

 沈黙が重い……
 シャアさんはまた考え込んでしまっているようで、アムロさんは目を閉じてシャアさんが話すのをじっと待っている。
 自分が勢いで話してしまったせいだと思うと、この場にとても居辛い。夕呼先生にも熱くなる癖を直せと言われていたっていうのに……

「あの……」

「白銀武君。私は君に協力させてもらおう」

 俺が口を開こうとすると、突然、シャアさんが話し始めた。

「え?」

「私はこの世界では根無し草だ。することもなければ、しなければならないこともない。ならば君に力を貸そうというのだ」

「ほう……」

「なんだ、アムロ。私がこんなことを言うのは意外か?」

「ああ、意外だ。
 俺はてっきり、貴様なら自ら行動して、この世界での目的を探すと思っていたよ」

「ふっ、愚問だな。
 この世界は、既にBETAとかいうものによってユーラシア大陸の自然が壊滅させられたという。そして、このままではあと数年で人類は敗北し、地球そのものがBETAに蹂躙されることになるそうではないか。それは私の望むところではない。
 しかし、我々は異邦人で、しかも時間がない。ならば過去に、いや、この場合は別の未来か、一度きりとはいえ、それを阻止した実績を持つ者たちに力を貸すのは道理ではないか」

「世界が変わっても、そういった物言いは変わらないな」

「言ったであろう。これが私という人間だと」

「ふっ、違いない。
 そういったわけだ、白銀君。俺たちは君に力を貸そう」

 アムロさんが言ったように、俺もてっきりシャアさんは協力してくれないんじゃないかと思っていた。だから、シャアさんが突然話し始めた言葉を理解できなかった。
 でも、自然のために、地球のために協力してくれるというシャアさんの言葉は、どこか納得できるものだった。

「でも、本当にいいんですか? 頼んでおいて今更こんなこと言うのもなんですけど、死ぬかもしれないんですよ?」

「私は、本来ならアクシズで既に死んでいた人間だ。そして、数え切れないほどの人間を殺し、死なせてきた男だ。
 その私が生き延びたからといって、今更死を恐れるなどナンセンスだとは思わないかね?」

「ええと……」

「白銀君。シャアはこういう言い方しかできない男だ。いちいち真剣に受け取る必要はないぞ。
 だが、俺たちは軍人だ。戦う理由と戦う場所があるのなら、死を恐れて戦わないという選択肢はないさ。例え世界が変わってもな」

 最初に感じていたように、この二人は頼もしい人たちだった。その二人が俺に、この世界の人類に協力してくれるという。
 自然と頭が下がった。

「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」

「顔を上げたまえ、白銀武君。確かに、君に助力を請われた事が原因ではあるが、私自身が決めたことだ。そこまで畏まられては、かえって困ってしまう」

「それに、俺たちは戦友になるのだろう? なら、戦友の頼みを聞くのは当たり前さ」

「それでも、ありがとうございます」

 そう言って、俺は手を差し出した。その手をシャアさんとアムロさんが力強く握り返してくれる。
 思わず涙がこぼれた。
 俺はずっと、自分という存在の秘密を知っていて肩を並べて戦える戦友が欲しかったのかもしれない。
 夕呼先生の戦場は後方だ。純夏と霞と共に凄乃皇でオリジナルハイヴへ出撃したけど、二人は守るべき存在だった。そして、神宮寺軍曹にもヴァルキリーズの皆にも、話すことは禁じられていた。いや、あれは覚悟が決まっていなかった俺に対する逃げ道をなくすための、夕呼先生なりの予防線だったのかもしれない。
 だけど、今回も彼女たちには話さないだろう。少なくとも人類が劣勢から抜け出すまでは。それが、いくら夕呼先生に止められていたからといっても、今まで話さないまま別離しまった彼女たちに対する、俺なりのけじめだから。
 でも、だからこそ嬉しい。存在の秘密を共有して、同じ境遇の戦友ができたことが。

「君は、意外と涙もろいのだな」

「ははは、すいません。自覚してます」

「別に恥じることではないさ」

「ああ。君の境遇とこれまでの経験を考えれば、それが自然だ」

 それにしても、この人たちは洞察力が鋭いな。俺が逆の立場だったら、この状況でいきなり泣き出されても、こんな風にその理由を察することなんてできないだろうになあ。
 ハッ。今「武ちゃんは鈍ちんだからねー」という純夏の声が聞こえた気がする。
 いやいや、冗談はともかく。この二人モテるんだろうな。ヴァルキリーズは女性だらけだから大変なことになりそうだ。歳は結構離れているといっても、この世界の男女比は絶対的に男が少ないんだ。年齢なんて何の障害にもなりそうにないよな。特に神宮寺軍曹は歳も近いわけだし。
 ……あれ?そうすると夕呼先生の周りに性別認識圏内の男性がいる状況になるのか?シャアさんとか結構お似合いな気もするし……うわ、超見たいかも。恋する夕呼先生とかっ。

「どうした?今度はいきなりにやけだして、大丈夫か?」

「あ、はい、大丈夫です。問題ありません」

 危ない危ない。シャアさんも夕呼先生並に素直じゃない性格しているみたいだし、こんなこと考えてるって知れたら、そういうそぶりを見せないようになるだろうしな。気をつけないと。

「あの、それではこれからよろしくお願いします。
 それと、俺のことは武と呼んでください。お二人とも名前で呼び合ってますし、これからは俺も戦友なんですから」

「ああ、武。俺たちはまだこの世界のことで知らないことも多いから、何かとお前に頼ることもあるだろうが、よろしく頼む」

「私からもよろしくお願いする。武。
 しかし、歳の離れた友人を持つというのもなかなかに良いものだな」

 そう言って微笑みながら、もう一度握手を交わす。

「なんだ、アムロ。鳩がビームライフルを喰らったような顔をして?」

「……お前、本当にシャアか?まさか、お前の口から「友人」なんて言葉が出るとは思わなかったぞ」

「……それではまるで、私に友人がいなかったみたいではないか?」

「いたことがあるのか?」

「貴様は私をなんだと思っているんだっ」

「ちょ、ちょっと、喧嘩は止めてくださいよっ」

 この二人、本当に委員長と彩峰にそっくりだ。いい歳なんだから、もうちょっと何とかならないのかよーっ。

「「歳のことは言うなっ」」

「リーディングーーー!?」



[26055] 第一話 彼方から訪(き)た者たち
Name: ウサ耳娘◆4441b99c ID:7a9d211e
Date: 2011/11/03 19:18
Side:アムロ・レイ

 武に協力することが決まって、今後の予定を計画しようという時に、シャアが俺たちのことを武に話すべきだと言い出した。無論、俺に依存は無いが、武に協力を申し出てからのシャアの豹変振りには驚かされっぱなしだ。
 つい数時間前まではアクシズで戦っていたというのに、そんな気配を微塵も感じさせず、どことなく穏やかな表情さえ浮かべている。この数時間で、いや、武がシャアに対する憤りの言葉を口にしてからか。そのわずかな時間で、一体奴にどのような心情の変化が起こったのか?
 サイコフレームのオーバーロードに当てられたためか。あるいは、この世界の置かれている絶望的な状況を知ったためか。いや、違うな。それらも要因の一部ではあるだろうが、それだけで変節するような奴ではない。やはり武が原因か。
 もしかしたら、シャアは武を息子とはいわないが、歳の離れた弟のように感じているのかもしれないな。セイラさんの兄でもあるし、シャアの中では兄という立場への拘りがどこかにあったのかもしれない。
 そのセイラさんとも十台の半ばで離れ、再開後は袂を別つ形になり、ララァに妹の面影を投影していたという一面もあったのではないか? だが同時に、ララァに母を求めていたとも言っていたな。
 シスコンでマザコン。そして、今度はブラコンか?まったく、複雑で厄介な奴だ。
 願わくば、シャアが武を裏切るようなことが起きぬように。

 そんなわずかな不安を俺が感じれてるうちにも、シャアは概略ではあるが、自らの軌跡を武に話している。それに倣って、俺も自分の事を話していく。すると武はモビルスーツの話を目を輝かせて聞いていた。
 武の話では、この世界にも戦術機という人型の機動兵器があるらしいが、その性能はザクにも劣っているようで、俺たちに何とかモビルスーツやその武器の技術を戦術機に転用できないかとしきりに尋ねてきた。
 しかし、モビルスーツは地上用の機体もあるとはいえ、本来宇宙空間での運用を想定して開発されているものだ。また、その部品の多くが地上では精製できない。さらに、ミノフスキー粒子が発見されていないこの世界では、熱核反応炉やビーム兵器を初めとした技術の再現が不可能だ。
 仮に研究によって再現可能な状況になる可能性もあるが、武の話では、人類の命運を賭けた作戦までにわずか三ヶ月しかないという。
 あまりにも時間が足りないことを武に話すと予想以上に落ち込んでしまい、シャアと二人で戦術機の実物や設計図を見て改良できるところを探し、戦力の底上げを図ると約束することになってしまった。

 それからようやく今後の打ち合わせになったが、やはり圧倒的に時間がないということと、香月博士という人物に会ってからでないと俺とシャアの身の振り方が決まらないということが問題になり、件の決戦までの三ヶ月は問題点のわかっている事件に対処し、死者を出さずに乗り切るということで落ち着いた。
 いささか消極的なことを武は気にしていたが、前の世界では多大な犠牲を払ったとはいえ敵の本拠地を落としたのだから、基本的な流れを変えないほうが良いだろうと諭した。それでも、武は犠牲をまったく出さずにやり過ごすつもりのようだが。まあ、そこは俺もシャアもいることだし、後手に回らぬようにフォローをしていってやろう。
 最後に、シャアが帝国との関係を強固なものにする必要があると言ってきた。これは、国連が反第四計画派の急先鋒であるアメリカの影響力が強いことから、戦力確保が容易ではないという点が問題だという武の経験則からだ。
 極端な話、前回の最終決戦で凄乃皇という機動要塞に戦術機の1個大隊でも取り付かせて突入していれば、凄乃皇以外全滅という結果とは、また違った結果が出ていた可能性もあるという問題があげられる。しかし、香月博士には信頼を置ける戦力があまりにも少ないため、護衛をわずか5機しか用意できなかったのだそうだ。
 しかし、帝国は第四計画誘致国であり、本来最も信用の置ける国であるのだから、その関係さえ正常なものならば決戦ともなれば最新鋭機や人材を最優先に回してもらえるはずなのであるから、と。
 シャアのこういう政治的な一面は、流石にネオ・ジオン総帥をやっていただけのことはあると感心させられる。武もしきりに感心して、シャアに香月博士との交渉を頼んでいた。

 腹も減り始めたころ、ようやく出発しようという段になったが、一つ問題が生じた。俺もシャアもノーマルスーツ姿なのである。
 この世界のパイロットスーツは少々特殊なデザインをしているらしく、また、ノーマルスーツのようなデザインの服装は見たことがないという武の言葉に、俺たちは武の家にある服を借りることになった。
 ともかく、この家は俺たちがいなくなると廃墟になり、また、横浜基地では数時間の検査の上で香月博士との面会になるはずで、最悪夜まで食事にありつけないと言うので、武の家でやや遅い昼食をとることにした。
 男三人、誰も料理を作れる者がいないためレトルトの食事になったが、140年前のレトルト食品はなかなかに美味いものだった。そう武に言うと、この世界の食糧事情を聞かされたが、ここでもこの世界の悲惨さが浮き彫りになった。
 しかし、作戦行動中はチューブ食で過ごすことも多い俺はそれほど食事の味に五月蝿いわけではなく、武にそう告げたのだが、シャアの奴はそうはいかないようで、この家のありったけの食料と酒を持っていくと主張した。奴は変に貴族的なところがあるからな。まったく、インテリというやつは。
 兎も角、食事を済ませ着替えの段になったが、ここでも問題が生じた。
 俺は武の父親と背丈が近かったようでスーツを借りて着ることができたのだが、シャアの奴は上背があるためそうはいかない。ならば、武が自分の服を提案したが、どういうわけか予備があったという制服とYシャツが一着しか見つからず、しかし武の普段着はシャアの年齢にはいささかきつい。クローゼットを引っ掻き回して何とか見合う服をと探す奴の姿は、武の奴に対する淡い憧れにヒビを入れたようだった。
 しばしの時間との格闘の末に着替えた奴の姿は、麻柄のジャケットに若草色の無地のシャツと濃茶のスラックス、そしてどこからか見つけ出してきたサングラスと落ち着いた感じではあるのだが、デザインが武の年代に合ったものなので、なんと言うか……、不良中年というイメージであった。まあ、奴が納得しているのなら俺は何も言わないが。
 しかし、武が妙に自分の制服が大きいと疑問がっていた。確かに、見れば袖と裾が余って服に着られているという風な姿だ。武の身長は俺より若干高いくらいなので、シャアに武の服が合うのもおかしな話だし、一体どういうことであろうか?



Side:白銀武

 家を出る前から違和感はあった。
 シャアさんとアムロさんに、まだ話していないこの世界のことを話したり、二人から同じ組織に所属して戦っていた時の話を聞きいたりしながら横浜基地に向かって廃墟の町を歩っているけど、違和感はどんどん大きくなっていく。

「どうした、武。何か気になることでもあるのか?」

 そんな俺の様子に気がついたシャアさんが尋ねてきた。

「ええ、何か違和感を感じるんですよ」

「違和感?プレッシャーのようなものか?俺には感じれらないが」

 アムロさんの言うプレッシャーというのは、殺気とか、強い意思を持った人が発する圧迫感のようなもののことだって言う。そういったものを二人は感じ取れるらしく、宇宙時代の二人が住んでいた世界には同じような人がそれなりにいて、そういう人たちをニュータイプって呼んでるそうだ。ニュータイプ能力が強い人は、人の意思を読み取ることもでるらしく、リーディングと似ていると思ってプロジェクションみたいなこともできるのか聞いてみたら、状況によるけどできるそうだ。
 驚いたけど、それを聞いてこの二人なら霞のことを俺以上に理解してあげられるんじゃないかと思い、霞の話をして仲良くしてくれるように頼んだのだけど、人工ESP発現体のことまで話すことになってしまい、二人に苦い顔をされた。
 でも二人の表情の理由は、二人の住んでいた世界でも人工的にニュータイプ能力を与えられた強化人間という人が存在して、戦争の道具として扱われているためだった。世界が違っても戦争をしている人間の考え付くことの醜さに怒りを覚えた。
 兎も角、二人が霞と仲良くしてくれると言ってくれたのには安心した。
 だけど、俺にそんな便利な能力はないし、感じている違和感もプレッシャーのようなものではなく、もっと違った……

「いえ、そういうのじゃなくて。なんていうか、町の様子が前のときと違うような感じがするんですよ」

 そう。相変わらず廃墟が広がる柊町なんだけど、前の世界よりも、その崩壊具合が真新しいというか。つい最近こんな風になってしまったという壊れ具合みたいに見えるんだけど……
 そう感じていることを二人に話すと、

「私とアムロは、以前の世界との違いというものはわからないが、確かに、ごく最近この町が廃墟へと変わってしまったように感じるな」

「ああ、人の無念がまだそこらじゅうに渦巻いている」

 と言われた。

「他に何か違和感はないか?あるいはそれが、武の感じている違和感を解消する手がかりになるかもしれん」

「そういえば、なぜか制服が大きくなってますね」

「……それについては俺も疑問に感じていたんだが。武の身長で、何故シャアに合うサイズの服が揃っていたんだ?」

「え?」

「む?」

 アムロさんに言われて、おかしいことに気がついた。どうして服が大きくなっているんだ?なんで俺よりも背が高いシャアさんに俺の服のサイズが合うんだ? ……もしかして、俺の背が縮んでいる?
 そんな馬鹿な! ……いや、そうやって思考停止するのが俺の悪い癖だ。以前もそのせいで最悪な結果ばかり招いてしまってきたじゃないか。考えろ。何がおかしいんだ?問題点はどこだ?
 ……現実逃避するのも俺の悪い癖だな。もう状況証拠はきちんと出てるじゃないか。俺の服が俺には大きくて、俺より背の高いシャアさんに合う。最初に考えたとおり俺の背が縮んだってことだ。
 じゃあ、原因は何だ?縮んだ俺の身長。最近廃墟になったように感じる柊町。……ひょっとして、2001年よりも過去へ戻ってきてしまったのか?
 わからない。情報が少なすぎるんだ。とにかく、横浜基地へ向かおう。横浜基地が正式稼動を始めたのは、確か2001年からのはずだ。基地へ行けば過去へ戻ったのかどうかもはっきりする。
 でも、もし横浜基地がまだなかったら、どうやって夕呼先生とコンタクトを取る? いや、純夏のシリンダーはあの場所から移せないんだ。きっと夕呼先生もそこにいる。

「横浜基地へ急いで向かいましょう」

「それが良さそうだな」

「ああ、今は情報が少なすぎる。いくら時間が無いといっても基地へ行ってから考えても遅くはないだろう」

 俺がそう言うと二人も二つ返事で同意してくれた。二人には俺の考えていることくらい、すぐに見当がつくんだろうな。でもこんな状況だと余計に二人がいてくれて良かったと思う。
 そうさ、もし横浜基地がまだなくても。夕呼先生がそこにいなくても。シャアさんとアムロさんと一緒ならなんとかなるさ。



Side:香月夕呼

 気分がささくれ立っている。
 即時撤退命令が下っているというのに、なんだかんだと言い訳がましく居残っていた米軍がようやく撤退したと思ったら、今度はソビエトが協力と称して横槍を入れてきた。まあ、それは軽くあしらってやったが、肝心の研究が一向に進まない。00ユニットの最良の素体候補が手に入ったというのに。
 オルタネイティヴ4が発足して早4年。順調に行っていた計画も、最後の問題で足踏み状態になっている。

 量子電導脳

 その理論さえ完成すれば、BETAから地球を奪い返すことが出来るというのに。一体何が間違っているというの?
 人の思考を機械で再現するのは、やはり無理だとでも言うの?そんなはずはない。私の理論は完璧よ。他の誰にも不可能なことであったとしても、私なら完成させられるはずよっ。

 ……ふぅ。少し、頭を冷やした方が良さそうね。

「社。散歩に行きましょう」

「……はい」

 社を連れて仮設研究室から出る。そういえば、今日は社の誕生日だったわね。
 社も出会ったころの人形のような無表情から、大分感情を表すようになってきたわね。もっとも、親しい人間以外には、相変わらずの無表情に見えるでしょうけど。
 そういえば、私の思考をリーディングブロックするために、冗談でバッフワイト素子を埋め込んだうさぎの耳の形をした髪飾りを渡したけど、今考えれば、あれは喜んでいたのね。
 うさぎの尻尾のアクセサリーでも誕生日プレゼントにあげようかしら?鎧衣に言えばどこからか手に入れてくるでしょうし。あら、思いつきにしてはいいわね。折角だから制服も特注のものを作らせましょう。折角元がいいんだし、女の子は着飾らなくちゃ駄目なのよ、社。

 そんな他愛無いことを考えながら、久しぶりに地上へと出て、大きく息を吸い込む。
 すると、社が私の白衣の裾を掴んで歩き始めた。

「どうしたの、社?」

 私が問いかけるも、社の返事はない。
 別に目的があって地上まで出てきたわけでもないので、社の好きにさせて歩いていく。
 地上施設はまだ建設に入っておらず、あちらこちらに資材や重機が置かれていて、その中を歩って行くうちに、まりもが訓練兵を教導している姿を見かけた。帰りにからかいに行ってみることにしよう。
 そのまま社について歩っていると正面ゲートへと行き着いた。ゲートではガードと三人の男が問答しているようだった。
 その男たちは奇妙な取り合わせだった。若作りした服装の不良中年と言った風の男に、スーツ姿の小柄な男、そして、ぶかぶかな国連軍訓練兵の制服を着た少年。
 訓練兵の転属などなかったはずだけど、どういうことかしら?
 私が観察していると、その少年が私たちに気がついたようで、それをきっかけに他の者もこちらを向いた。

「香月博士! 危険ですので離れていてください」

「なによ。問題でも起こったの?」

 駆け寄ってきたガードの一人に私が答えると、社が握ったままだった裾に力を入れてきた。

「いえ、それがどうにも要領を得ませんで。
 あの少年が、自分は博士の教え子で、博士に呼ばれてやってきたと言うのですが、身分を示すものを何も所持しておらず、おまけに制服がどうも偽造したもののようなんです」

「それで、スパイだとでも言うの?」

「それが、そう考えるにはいささか間が抜けていますし、連れの男性二名を問いただしても、あの少年の付き添いだとの一点張りで。どうにも判断がつかず、博士に連絡を差し上げようかと考えていたところだったのです」

「……弛んでいるわね」

 ガードの緊張感の無さを愚痴ると、社が今度は裾をクイクイと引っ張ってきた。

「どうしたの、社?」

「……待っていた人が、来てくれました」

「待っていた人?」

 社の言葉の意味がわからず、視線を再び少年へと向ける。
 すると少年は、どこか安心したような表情で私を見つめていた。

「…………タケルちゃんが来てくれました」



[26055] 第二話 交渉
Name: ウサ耳娘◆4441b99c ID:7a9d211e
Date: 2011/11/10 19:07
Side:社霞

 私は社霞。
 この名前は、香月博士が付けてくれたものです。とても優しい響きで、好きです。
 でも、かつてはトリースタ・シェスチナというナンバーで呼ばれていました。大勢の姉妹たちと一緒に、ソビエトのオルタネイティヴ3特設科学アカデミーで実験体として。

 人工ESP発現体

 リーディングとプロジェクションの能力でBETAとの意思疎通と情報入手を実行するために創られた試験管ベビーたち。私はその第六世代の一人として生を受けました。
 アカデミーで私たち姉妹は計画実行のための作品であって、人間と見られていませんでした。いえ、そうだと理解したのは香月博士に出会ったあとでした。
 でも、私たちの使命と世界が置かれている状況を教育されていた私は、そのことに対して疑問を持つことはありませんでした。今でも、人と違った強い力を与えられて創られた私は本当に人間なのでしょうか、と疑問に思うときがあります。
 ですが結局、私が実戦に投入される前に第三計画は破棄され、続く第四計画の総責任者の香月博士に受け渡されることになりました。
 博士は、そんな私に人間として接してくれました。現実主義で効率を重視して、無駄なこと、必要のないことはやらない、といつも言っているのに。
 そんな博士は、世間では魔女と呼ばれています。計画実現のためには一切の妥協をせず、平然と人を死地へと送り出すために。
 でも、本当はとても優しい人です。自分の命令で人が死んでしまったとき、眠れずに一晩中起きていて、一心に研究をしていたことを。親友の神宮寺軍曹やA-01の人たちを気にかけて、必要なことだからと言っては態々顔を出しに行くことを。私は知っています。そして私は、そんな博士が大好きです。
 一度、そのことを話したとき、博士は顔を赤く染めていましたが、次の日、うさぎの耳を模したカチューシャをくれました。博士の思考をリーディングブロックするためと言っていましたが、私も大好きな博士を徒にリーディングしたくないので一向に構いません。それよりも、生まれて初めてプレゼントを貰ったことが嬉しかったです。
 それ以降、私はそのカチューシャを、お風呂と睡眠の時間以外いつも着けています。
 私は表情が乏しいので、カチューシャの耳で感情をある程度表せるように頑張りました。博士に見せたとき、笑いながら褒めてくれました。私の自慢の特技です。
 そんな風に、博士の研究を手伝いながら、忙しくも幸せに私は過ごしていました。

 でも、明星作戦後から博士は焦り始めました。リーディングをしないと人の感情がわからない私にも、リーディングをしなくてもわかるくらいに。
 原因はG弾だと思います。
 帝国には「百聞は一見にしかず」という言葉がありますが、G弾の威力は、まさにこの言葉のとおりでした。
 横浜ハイヴに投下された二発のG弾の威力は、地上に展開していたBETAとハイヴの地表構造物だけでなく、地下茎構造物内のほとんどのBETAまでも殲滅しました。横浜市全域と横須賀、大和、綾瀬、川崎、町田の各市の一部、そして、撤退が遅れた部隊をも巻き込んで。
 G弾の資料は、それ以前に目にしていましたが、倒壊した街を実際に目の当たりにして、香月博士ですら半刻ほど無言で町を見つめていました。
 その日以降、博士はそれまで以上に昼も夜も無く、研究に没頭するようになりました。第五計画を阻止するためにも。
 私も少しでも博士の負担を減らそうと研究を手伝い、ハイヴ内で発見された唯一の生還者、しかし、脳髄だけにされてしまった人から、BETAの情報を引き出そうと空いている時間も使ってリーディングを繰り返すようになりました。
 だけど、どれだけ時間を使ってもわかったことは、その脳髄が「カガミスミカ」という人だということと、「タケルちゃん」という人に会いたがっていることだけでした。
 博士はすぐに「タケルちゃん」を探しましたが、該当人物だと思われる鑑純夏さんのお隣に住んでいた白銀武さんは生死不明になっていました。スミカさんがこんな姿になっても会いたがっている人だから、おそらく、BETAが横浜へ侵攻してきた時も一緒にいて共に捕まってしまったのではないか、と博士は言っていました。

 そうして、何も進まないまま二ヶ月が過ぎて、私の誕生日がやってきました。
 誕生日といっても、私にとっては特別な日ではないのですが、その日は朝から何か予感のようなものがありました。
 午前中はいつもと変わらない日でした。そして、午後になって博士が気晴らしの散歩へ私も誘って地上まで出ると、懐かしい空気を感じました。
 まだアカデミーにいたころ、私の姉妹たちと一緒にいたころに感じていた懐かしい空気に誘われて歩いていくと、正面ゲートへ着き、そこで三人の男の人たちを見つけました。
 無意識にその人たちにリーディングをしていましたが、二人の大人の男の人の心は見えませんでした。私もアカデミーで情報漏えい防止のために、リーディングブロックを訓練させられましたが、その二人の男の人も同じようにブロックをしているのかもしれません。もしかしたら、私の兄に連なる人たちなのでしょうか?私の姉や兄が出撃したハイヴ侵攻作戦の生還率はわずか6%ですが、生き残った人たちはいるのですから。
 でも、もう一人の、私より数歳年上くらいの男の人をリーディングしたとき、もっと驚くことになりました。

 シロガネタケル

 それが、その男の人の名前でした。
 スミカさんが待ち焦がれている人がやってきてくれたのだとわかりました。そして、香月博士も助けてくれる人だとも。

 神様が、私に誕生日プレゼントを贈ってくれたのでしょうか?
 香月博士は「神というのは人間の弱い心が生み出した、精神的拠りどころで幻想よ」と言ってましたが、私は神様を信じてもいいと思いました。



Side:白銀武

 恒例と思えるようになってしまった三時間にも及ぶ検査を受けながら、この時間を利用して、俺は考えを纏めることにした。

 違和感を感じて、以前よりも前の時間に戻ってきたのではないかと考えて、シャアさんとアムロさんと横浜基地へ急いでやってきたけど、そこには俺の推測が正しかったと思える光景が広がっていた。
 まず、白陵柊とそっくりな横浜基地の建物が無い。代わりに資材が積まれ、重機が動き回っていた。一瞬、BETAの横浜基地襲撃後なのかと冷や汗をかいたけど、あの時は地上の建物は残っていたし、周りにはBETAの死骸がごろごろあったことを思い出した。
 そして今が、横浜基地が建設され始めた年なんだと思った。そう考えると、町の崩壊具合が新しく感じたのも、俺の背が縮んだのにも納得がいく。つまり、2001年より前に戻ってきたんだと。
 そんなことを考えていたら、懐かしい顔の伍長たちが俺たちに近づいてきた。
 そこで、夕呼先生に呼ばれて会いにきたと伝えたんだけど、やっぱりというか、以前の焼き直しのような状況になってしまった。しかも、俺の見た目が若すぎるからか、シャアさんとアムロさんもいたからかはわからないけど、夕呼先生への連絡も受け入れてもらえなくて、どうしたらいいか考えていると、なんと夕呼先生と霞がやってきてくれた。
 いや、やってきたと言うよりも偶然通りかかったら俺たちがいたといった風だったけど、兎も角、夕呼先生に興味を持ってもらえたようで、この検査の後、直接話をできることになった。
 まあ、基地の敷地内に入るために後ろ手に拘束されて、衛兵に周りを固められて、連行に近い形でここまで連れてこられたのは仕方ないか。でも、シャアさんとアムロさんにはあとで謝っておかないとな。

 ともかく、原因はわからないけど、以前より前の時間に戻ってきたというのは嬉しい誤算だ。俺自身も感じていたし、アムロさんにも指摘されたけど、前のままじゃ大きく状況を変えるには時間が足りないと思っていたからな。何年前に戻ってきたのかはまだわからないけど、これでシャアさんが言っていた帝国との協力関係を強くすることや、アムロさんに戦術機の改良を、時間をかけて実行してもらうことができる。
 帝国との関係強化は、単純に戦力強化だけじゃなく、クーデターも未然に防げば失われるはずだった戦力の低下も防げることになる。それに、あの事件は当事者とも言える委員長と彩峰以外にも、207B隊皆に影を落とす結果になったから、なんとしても未然に防がないと。
 そのためには殿下の実権を回復させないといけないけど、俺がでしゃばる余地などないし、夕呼先生とシャアさんに任せることになるかな。
 戦術機の改良はアムロさんが実物を見てからと言っていたけど、時間ができたんだし帝国の力も借りられれば、武御雷並の性能の戦術機を開発することだってできるんじゃないだろうか?
 もちろん、期待のし過ぎは危険だけど、XM3の性能をフルに引き出しても磨耗しない機体が配備されれば、皆の生存率もグッと高くなる。俺にできることはデータ取りくらいだろうけど、少しでも機体性能を上げられるように協力しよう。

 だけど、そういった期待と同時に不安点もある。
 最大の不安点は、俺の年齢が若返っている状態で、理論の回収をしに元の世界へ行けるのか?ということだ。
 これはオルタネイティヴ4完遂のために絶対必要なことだし、もし、元の世界に戻れないとしたら、最悪夕呼先生に役立たず見なされて、ここに置いてもらえなくなるかもしれない。いや、それ以上に、純夏を蘇させるためにも何とかしないと。
 ……アムロさんはコンピューターにも詳しいって言ってたな。量子電導脳の設計図を見ることができれば、アドバイスくらいできないだろうか?夕呼先生に信用してもらえるようになったら言ってみよう。
 そうなると、ここに置いてもらうのは大前提になるし、俺が理論の回収を出来る可能性があるということはギリギリまで黙っていた方がいいか? いやでも、できるだけ早く純夏をあの状態から開放してやりたいし……
 うがーっ。どうするよ、俺!



 結局、理論のことについてはまだ時間があるから、夕呼先生に信用されてから話すことに決めたところで検査が終わった。
 まだまだ考えなくちゃいけないことはあったけど、夕呼先生との話し合いをクリアーすれば、落ち着いて考える時間はできるんだ。気持ちを切り替えて気合を入れないと。

 衛兵に連れられて検査室から出て、シャアさんとアムロさんと合流し、拘束こそされなかったけど、そのまま周りを固められて夕呼先生の待つ部屋へと連行された。
 連れてこられた部屋は地下19階の執務室とは別の場所だったけど、考えてみれば横浜基地はまだ建設中のようだから、ここが今の夕呼先生の執務室かと思いなおして衛兵に続いて部屋へ入った。

 部屋の中には夕呼先生の他に、神宮司軍曹と伊隅大尉、そして見知らぬ女性兵が三人いた。
 神宮司軍曹と伊隅大尉の顔を見てこみ上げてくるものがあったが、下を向いてなんとか落ち着けていると、夕呼先生は衛兵に下がるように指示していた。

「検査はどうだったかしら?」

 俺が顔を上げると、夕呼先生が話しかけてきた。
 シャアさんもアムロさんも答えない。俺に話を任せてくれるようだ。
 だけど先生、嫌味を言って会話の主導権を握ろうってつもりだろうけど、そうはいきませんよ。

「慣れてますから。それに、おかげでゆっくりと考えを纏められました」

「へぇ~。それで、あたなたちは何者で、何の目的があって、ここへやってきたのかしら?」

 俺が嫌味で返すと、夕呼先生は目を細めてそう言ってきた。

「その前に。ここにいる人たちに話を聞かれても問題ありませんか? 空の上のこととか」

「どういうことかしら?
 私には、正体不明の男三人に、護衛も付けすに会う方がおかしいと思うけど?」

 以前は護衛無しで、初対面の俺と会っていましたよ。先生……
 まあ、今回はシャアさんたちもいるから、警戒が前の世界よりも強いんだろうな。
 それにしても、神宮司軍曹と伊隅大尉はもちろん、他の三人も顔色一つ変えないで、俺と夕呼先生の話を聞いている。大人のシャアさんたちを差し置いて、俺が夕呼先生と交渉することに少しは意外な顔を見せると思ったんだけど。でも、夕呼先生が護衛を任すくらいだから、この三人もヴァルキリーズの隊員なんだろう。それも、俺がいたころと変わらない、優秀な。
 兎も角、まずは夕呼先生に自己紹介をしないと。先生を待たせたりしたら碌なことにならないからな。

「俺は先生のことをよく知っているんですけど、はじめまして、になりますね。鑑純夏の幼馴染の白銀武です」

 軽い揺さぶりをかけたつもりだけど、周りに他の人がいる状況じゃ、流石に表情は変えないか。

「私は、シャア・アズナブルと言う。見知り願いたい」

「俺は、アムロ・レイ。はじめまして、香月女史」

 シャアさんとアムロさんも俺に続いて挨拶をする。夕呼先生は、シャアさんたちがようやく喋ったので視線を向けたけど、二人はまた口を噤んでしまったので、俺に向き直った。

「それで。その三人が、私に一体何の用があるのかしら?」

「その前に、今日は10月22日ですか?」

「変なこと聞くわね? 勿論そうだけど、それがどうかしたの?」

 気温である程度予想していたけど、日付は変わってないのか。あとは何年前に戻ってきたのか、か。

「何年のですか?」

「1999年に決まってるじゃない。一体なんなの? さっきから」

 ……2年前か。確か、明星作戦があった年だな。それでまだ町の崩壊具合が新しかったのか。
 この2年の逆行に、どういった意味があるのかはわからないけど、準備期間としてはありがたい。やらなくちゃいけないことは沢山あるんだ。
 もちろん、決戦を2001年まで行わないことで、救える可能性のある人たちを見殺しにすることになるのは理解している。準備が万全じゃないと尻込みするわけでもない。俺は、俺の目的のために、強い意志を持って事に当たる。俺をこれまで支えてくれた人たちのためにも。これから見殺しにする人たちのためにも。そして、その人たちに人類の勝利で報いよう。

 さて、ここからは神宮司軍曹たちがいるから、慎重に話さないと。

「失礼しました。今は忘れてください。
 それで、ここに来た理由ですけど、先生の研究の手伝いをするためです。
 俺のこと、本当に覚えてませんか? 一応、因果律量子論も先生直々に教えてもらったんですけど。最も、出来が悪くて、まったく理解できませんでしたけどね。ははは。
 そういえば、純夏がアレの完成のために先に来ているはずなんですけど、まだ会ってませんか?」

 軍曹たちからは見えないだろうけど、夕呼先生の視線が目茶苦茶怖い。視線が物理的な力を持っていたら、俺は間違いなく射殺されてるぞ。でも、まだ話すのを止めるわけにはいかない。

「アレだって、ようやく一度完成させたのに、このままじゃ次に代えられちまうぞ、あいつ。霞にだって会いたがってたくせに、どこで捕まってるんだか。
 あっ、霞は元気ですか? 前のときと服が違うからびっくりしましたよ。いやー、霞の国連軍の正規制服姿なんて初めて見ましたけど、結構似合ってますね。でも、俺はやっぱりあの服のほうが霞のイメージが強いですからね。
 話は変わりますけど、次のヤツってどうなってますか? そろそろ焦れてるかもしれませんけど、俺の見立てでは、まだしばらくかかると考えてるんですけど。
 あ、すいません。俺ばっかり話しちゃって。夕呼先生に会ったら懐かしくて、ついつい」

「……あなた。あの、シロガネなのね?」

 フィーーーシュッ!

「はい! 思い出してもらえましたか?」

「ええ。
 ……伊隅。私はこいつと少し昔話をするから、そちらの二人を連れて別室で待機していてちょうだい」

「はっ。……ですが、博士。よろしいのですか?」

「こいつに私を襲うような度胸なんてないわよ。それに私は年下は性別認識圏外なの。もし、こいつがとち狂って襲い掛かってきたら、股間を蹴り上げて男としての寿命を終わらせてやるわ。
 それでも心配だって言うなら、誰か部屋の外に待機でもさせておいてちょうだい」

「……了解しました」

「ああ、まりも。折角のチャンスなんだから、その二人とお見合いのつもりで話してみなさいよ。今時、見た目だけでも見られる男なんて貴重よ」

「ゆ、夕呼っ。何言ってるの!?」

「……まりも。私は冗談を言ってるわけじゃないのよ。
 お二人もよろしいですね?」

「! ……わかりました、博士」

「かまわんよ」

「俺も問題ない」

 夕呼先生が俺の話はこれ以上は軍曹や大尉たちには聞かせられないことだと判断してくれて、退出を命じた。勿論、俺と話している間、シャアさんたちを監視しておくように。そして、軍曹にああ言ったのは、二人から情報を引き出せってことなんだろう。
 俺がシャアさんたちを見ると、二人は大丈夫だと視線で返してくれた。勿論、二人ならこれまでの一連の会話で、軍曹たちには余計なことは話せないとわかっているだろうし、女性の扱い方も上手そうだから大丈夫だろう。
 それよりも、夕呼先生と二人になる俺のほうが危険だろ。なんだか先生、物騒なことを言ってたし……他の人に重要な話じゃないと錯覚させるために、あんな話し方をしたけど、怒らせちゃったか?

 兎も角、軍曹と大尉たちはシャアさんとアムロさんを連れて退室した。
 夕呼先生の言葉どおり誰か部屋の前で待機するんだろうけど、この部屋は夕呼先生が使ってるんだから防音とかも完璧なんだろう。話を聞かれる心配はないな。
 さて、夕呼先生にどこまで話すかだけど、これは理論の回収関係以外は問題ないな。でも、俺たち三人の立場を有利なものにするために、よく考えて手札は切っていかないとな。

「それで。まさか、あんたが理論を完成させたなんて言うんじゃないでしょうね?」

「え?」

 俺が夕呼先生に話すことを吟味していると、突然先生がそんなことを言ってきて、おもわず顔を向けると夕呼先生がすぐ目の前にいた。って夕呼先生顔怖いですよっ。というか近いっ。目茶苦茶近いですってっ!

「惚けるんじゃないわよっ。あんたが言ってたアレが何のことだかなんてわかってんのよっ。あんたみたいなガキが何処でそれを知ったのっ? それに一度完成させたですってっ!? 冗談言うんじゃないわよっ。この私だってまだ理論の構築中だって言うのよっ! お望みどおり二人っきりにしてやったんだからさっさと吐きなさいっ。それとも解剖して脳みそに直接聞いてやりましょうかっ?」

「ちょ、せんせ、まっ」

 物理的にも締め上げられたら話せませんよっ、先生~!
 いきなり夕呼先生に襟首捕まれて捲くし立てられたけど、これじゃあ、話そうにも話せない。それに、体重も軽くなってるせいで、夕呼先生の腕力でもいい具合に極まってしまっている。不味い、このままじゃ落ちる。
 必死に先生の腕をタップしていると、俺の状態にようやく気がついてくれたようで、俺を放り投げてくれた。地下19階の執務室の床と違って、この部屋は絨毯を敷いてないから、打ちつけた尻が痛い。
 兎も角、ここで夕呼先生の勢いに乗せられちゃ駄目だ。冷静に話を進めないと、いいように情報を吐き出さされてしまう。
 尻を擦りながら立ち上がって、深呼吸を一つしてから、夕呼先生に話しかける。

「そんなに捲くし立てないでくださいよ。それに夕呼先生なら、もう気がついてるんじゃないですか?」

「何をよっ?」

 もう一度、深呼吸をする。
 あんまり焦らすのは危険だけど、先生にも落ち着いてもらわないと。

「俺の正体をですよ」

「……」

 夕呼先生は視線だけで、続けろと促してくる。ただし、下手のこと言ったら承知しない、という意味も含めた視線で。

「俺は、この世界を繰り返しています。
 そして、前の世界で、夕呼先生が完成させた00ユニット、純夏と一緒にあ号標的を倒しました」

「……あんたの話の証拠はあるのかしら?」

  先生も落ち着いて、ようやく話を聞いてもらえる状態になった。うしっ、ここからが正念場だ。

「証拠ですか……はっきり言うと難しいですね。
 なんせ、今までより2年も時間を遡ってしまいましたから。おまけに、以前は三ヶ月に満たない時間しかなかったもので、訓練と実戦だけで、過去のことなんか調べる余裕はありませんでした。だから2年後まで、証拠になるような出来事を正確に話すことはできません。
 でも、そうですね。霞が俺をリーディングしている結果じゃ、証拠にはなりませんか?」

「社のことを知っている様子のあんた相手じゃ、お話にならないわね。
 それで、どこまで知っているの?」

「うーん。どこまでかなんて、俺にもわかりかねますね。なにせ、あのころの俺は勢いだけの若造でしたから、夕呼先生に信用されるようになるまでに、ずいぶん時間がかかりましたし。信用されたあとも、必要なことを教えてもらうだけしか時間的に余裕がなかったですから。」

「そんな言い訳で、今あんたの目の前にいる私が信用するとでも思ってるの?」

 完全に落ち着きを取り戻した夕呼先生が、俺を試すように問いかけてくる。

「勿論、思ってませんよ。でも、俺たち三人を手元において損はさせませんよ。特に、あの二人は俺なんかよりずっと頼りになる人たちです。
 シャアさんは政治に明るいし、アムロさんはメカやコンピューターに造詣が深いです。おまけに、二人とも歴戦のパイロットでもあります」

「それで、あんたはなんの役に立つと言うのかしら?」

「俺は、そうですね、衛士としての腕には自信がありますよ。これでも伊隅ヴァルキリーズの一員でしたし、突撃前衛長も任されましたから」

 夕呼先生はまったく表情を動かさない。まあ、それはそうか。俺の伝聞だけで、シャアさんたちとは直接話してないし。ヴァルキリーズだって2年前なら以前の隊員が揃っていなくても、欠員が出るほど消耗してないだろうし、もしかしたら、それ以外のA-01部隊が残っているかもしれない。そういう状況じゃ、実績も残っていない人間の腕前も見てない状態で、衛士として欲しがるような夕呼先生じゃないよな。
 でも、興味は持ってもらえたようだし、そろそろ本題に入ろう。

「それから、今の先生にも有益な情報を持っています。
例えば、XM3という新OS。これは前の世界で俺が頼んで、夕呼先生が作ってくれたものですが、戦術機の性能を飛躍的に上昇させます。
 模擬戦ですが、訓練兵の乗った吹雪3機のチームで、エースの乗った撃震4機のチームに2戦2勝しましたし。佐渡島攻略戦の時、ヴァルキリーズ12機で数万のBETAを損害0で足止めしました。
 実際に操縦した伊隅大尉や神宮寺軍曹の言葉ですが、衛士の死傷者数が半減する、と言ってくれました。
 それから、量子電導脳の技術を一部使ってるようなので、第四計画の中間報告として使えますし、性能から各国との交渉にも利用できます。
 もっとも、俺としては早く流通させて、人類の全戦力の底上げをしてもらいたいですが」

 ここで一旦、言葉を区切る。
 夕呼先生は既に自分の席に戻って、霞が俺の言葉の真意をリーディングした結果が表示されてるであろうディスプレイを見ながら、俺の話の続きを待っている。
 次は爆弾を落とすんだ。気合を入れろよ、俺。

「それと、量子電導脳ですが。このまま研究を続けても完成しません。根本理論が間違ってるんですよ」

「なんですってぇーーーっっっ!!」

「博士! どうかしましたかっ!?」

 耳鳴りで頭がくらくらする……予想以上の威力だった。
 俺が理論を間違ってると指摘した途端、夕呼先生は机を叩きながら立ち上がって大声を上げた。
 その声は、防音されてるはずの部屋の外まで届いたようで、外で待機していたのだろう、さっき軍曹たちと一緒にいたうちの一人、紫色のショートカットの女性が部屋へ飛び込んできたと思ったら俺を組み伏せた。
 いたたたっ。極まってる。極まってますよっ。夕呼先生、助けてくださーい!

「ああ、碓氷。なんでもないわ、下がってちょうだい」

「……よろしいのですか?」

「大丈夫よ。こいつがあんまり馬鹿なことを言うもんだから、つい頭に血が上っただけよ」

「でしたらよろしいのですが……
 では引き続き、扉の前で待機していますので、何かあればお呼びください」

 そう言って、碓氷と呼ばれた人は退出した。

「いたたたた。酷い目にあいましたよ」

「自業自得ね」

 夕呼先生の酷い言い分にげっそりしていると、夕呼先生は一度だけ大きく息を吐いて話し始めた。

「いいわ、あんたの戯言を聞きましょう。理論が間違っていると言う論拠を話しなさい」

 夕呼先生がようやく俺の話を真剣に受け止めてくれる様子になった。
 それはそうか。夕呼先生が人生を賭けているという言葉でも足りないほど、完成させようとしている理論のことだし。それが完成しなくちゃ、純夏の復活は勿論。人類に希望は無いんだから。
 でもここで、俺が元の世界へ行けないかもしれないという不安を抱えたままじゃ、正直に話すわけにはいかない。少なくとも、夕呼先生に信用されるまでは。
 それに、未来のコンピューターを知っているアムロさんなら、理論のヒントくらいなら、夕呼先生に話すことができるかもしれないんだ。
 今はまず、横浜基地での身分を確立をしないと先に進めない。
 ……ごめんな、純夏。俺のエゴで、お前を生き返らせるのが遅れることになる。

「論拠といえるかはわかりませんが。
 一度目の世界では、俺がオルタネィティブ計画のこと自体を知らされず、間違いに気が付く機会が無かったため、タイムリミットを告げられて第五計画に移行されてしまいました。
 前回の二度目の世界では、オルタネィティブ計画というキーワードを俺が知っていることもあり、偶然夕呼先生の理論を目にする機会があって、そのときに間違いに気が付き、それを夕呼先生に告げて、純夏を……00ユニットを完成させることができました」

「……それで。肝心の、どこが間違っているのかということは?」

「それは、教えられません」

「ふざけんじゃないわよっ!」

 うおっ、危ねえっ! 夕呼先生の投げた何かが飛んできた。
 でも、教えられないと言うのは別に嘘でもなんでもなく、本当のことだ。俺は理論を理解することなんてできないし、元の世界の夕呼先生が用意してくれた正しい理論は帰ってきてすぐに夕呼先生に毟り取られたから、結局目を通すことがなかったからな。
 それはそうと、夕呼先生の怒りを逸らさないと俺の命が危ない……

「落ち着いてください、夕呼先生。今は、本当に話せないんです。
 理論が完成して00ユニットを完成させても、00ユニットが抱える重大な問題点を解消できなくちゃ、対BETAに使うことは出来ませんよ」

 そうだ。純夏の情報流出を解消してやらなくちゃ、目覚めさせてやることはできないんだ。
 それを解決するだけの時間があれば、夕呼先生に全てを話してもいい状態にはなっているだろう。いや、そうしなくちゃいけないんだ。

「このうえまだ、00ユニットに重大な問題点があるですってっ!?」

「はい。00ユニットの血液でもあるODLはBETA由来のものであるせいで、ODLのろ過作業中に、00ユニットが知っている情報を反応炉を通してあ号標的に与えてしまうんです。
 BETAはあ号標的を頂点に置く箒型の情報伝播構造で、随時各反応炉からの情報の収集して、対策の指示を与えています。00ユニットとして完全に覚醒した純夏からそれが判明した時点で、決定していた鉄原ハイヴ攻略を取り止め、戦力不足にもかかわらず、あ号標的攻略の桜花作戦を実行しなければなりませんでした。失敗時にはG弾での全ハイヴ攻略を実行するという、トライデント作戦なんてものまで決定してしまたんです。
 夕呼先生。理論の完成を急ぐ気持ちもわかります。でも、まずODLからの情報流出を解決してください。その不安が無くなれば、喜んで先生に理論の完成方法を話しますからっ」

 しばらくの間、俺と夕呼先生は目線を向け合っていた。夕呼先生は俺が人類の敵とでも言いたそうに睨んでいたけど。
 数分の後に、夕呼先生は息を小さく吐いて、口を開いた。

「いいわ。あんたの思惑に乗ってあげましょう」

 ちっとも笑ってない目のまま、口元だけにやっとさせて夕呼先生はそう言った。
 以前より前の時間に戻ってしまったことで、結果的に前よりは余裕を持てるようにできてるけど、こうして見ると夕呼先生の言葉の裏に真意が隠されているっていうのが、なんとなくだけどわかる。
 以前の俺だったら、ここで夕呼先生に信用されたと思って小躍りするほど喜んだだろうけど……

「ありがとうございます。
 それで、先生。俺たち三人は今現在、戸籍すらない人間です。先生に俺たちの知っている知識を提供するのと戦力として使ってもらう代わりに、身分の証明と横浜基地に置いてもらえるようにしたいんです」

「あんたが今話したことだけでも、あんたを野放しになんてできるわけないでしょ。それにあの二人も、あんたと同等ではないでしょうけど、未来のことを知っている。これだけでおつりが出るほど手元に置いておくには十分よ。対価が釣り合ってないけど、いいのかしら?」

 夕呼先生は俺の要求を聞いて、訝しみながら聞き返してきた。
 まあ、ここまで思わせぶりな話し方をしてきたからしょうがないんだろうけど。

「かまいません。俺が目指す未来は、夕呼先生の協力が無いと実現できませんから。まあ、便利なコマとしてこき使われるだけで終わるつもりもありませんけどね」

「なるほどね。世界を繰り返していると言うとおり、見た目どおりの年齢じゃないってわけね。それ相応の修羅場と経験を積んできているということか。
 そういえば、2年前に戻ってきたと言っていたわね。前はどれくらいの誤差があったのかしら?」

 俺が対価に見合ってないと思われている条件でいいと言うと、夕呼先生は納得して話を変えてきた。
 夕呼先生に限って、俺に借りを作ったなんて考えても無いだろうけど。使えるものを持っているところからは、それを引き出して有効に使ってやることをありがたく思ってほしい、なんて考えている人だしな……。
 でも、理論のことを今すぐにでも聞きたいだろうに、この割り切りの早さと自制心は流石だよな。だからこそ、夕呼先生が隠している真意がわからずに、今まで利用されっぱなしだったわけだけど。
 でも今度こそ、そうはいきませんよ、夕呼先生。「吠え面かかせてくれ」っていう、元の世界の夕呼先生との約束も果してませんからね。覚悟しておいてくださいよ。

「誤差はありませんでした。いえ、眠っている間に戻ってきていたので、数時間の誤差はあったかもしれませんけど。
 2001年10月22日。
 その日は俺の因果にとって非常に重い日で、俺はその日を起点に、俺の意識に残っていないだけで、何度もこの世界をやり直していると、以前夕呼先生から聞きました。
 もっとも、俺が因果導体になった原因は前の世界で既に解消していますので、どうしてまた戻ってこれたのかもわからないんですがね」

「……なるほどね。と言うことは、あの二人は今回始めて世界を移動したのね」

「やっぱり敵いませんね、夕呼先生には。今の話だけで、そこまで言い当てられるなんて」

「あら、さっきはずいぶん私のことを知っているようなこと言っていたけど、まだまだね。
 常識と言う枠に捕らわれている人間には無理でしょうけど、私に言わせれば、こんなもの推理とも呼べないわよ。
 いいこと? 世界を移動するということは、それだけで非常に有効な人間と呼べるのよ。まして、原因がわからずにというのなら、その人間は世界に影響を与えるために移動させられたと考えるべきね。重要度が段違いに跳ね上がるわ。
 あの二人が、あんたと同じように世界を繰り返してるなら、私が側に置かないでおくはずはないわ。つまり、あの二人も、あんたと同等の情報を持っていなければおかしい。
 それなのにあの二人は私との交渉をあんたに任せた。あんたが見かけどおりの年齢じゃないとしても、世界を繰り返しているなら、それはあの二人も同じこと。あんた一人に任せるのもおかしい。
 つまり、あの二人はこれまで私と交渉できるほど重要な情報に触れる機会が無かった。もっとも、あの二人の様子だと、既にあんたがある程度の情報は与えているようだけど?
 そういうわけで、あの二人は今回初めて世界を移動した、という仮説が成り立つわ」

「……はあ」

「あんたが2年逆行したことと、因果導体から解消されたはずなのに再び世界を移動したということ。どっちも、あの二人に何らかの原因がありそうね」

 やっぱり、夕呼先生は凄い。俺は、この人に吠え面なんてかかせることができるんだろうか? …………無理だろ?

「ふふ。ようやく、あんたのこまっしゃくれた顔を崩すことができたわね。
 理論については、あんたが話してもいいというタイミングに任せるわ。ODLの問題も解決しなきゃならないしね。
 それで、新OSの他にはやっておくことは無いのかしら?BETAについても、他に情報を知っていたら教えてちょうだい。
 あんたたちの身分については、あの二人も加えて話したほうがいいでしょう。先にこっちの話を終わらせましょう」

 俺が呆然としているのを見て、夕呼先生はすっきりとした顔をして話を進めた。
 やっぱり、相当イライラさせちゃってたんだな。途中、取り押さえられて腕をひねり上げられるというアクシデントがあったけど、男として無事に済んだんだ。よかったな、俺……。
 でも、こうして余裕を持った夕呼先生と対すると、また再会できたという実感を感じられて、嬉しくもある。
 おっと、まだまだ信用されたとも思えないし、信頼はされてないんだ。また気を引き締めないと。

「そうですね。それじゃあ、俺が前回の世界で体験したことを追って話します」

「いえ、要点だけお願いするわ。
 あんたの経験談は、2年後に戻っていたなら非常に有効なものよ。でも今は、あんたの話では第四計画のタイムリミットまで、2年の猶予があることがわかったわ。
 2年後までには、あんたの知っていた状況よりも絶対に有利な状況にしておかなければいけないのよ。
 だから、余計な知識はかえって邪魔になるわ」

「そうですか……。それなら、重要な要点を話すことにします」

 俺に託して逝ってしまった人たちのことを話せないのは寂しく思ったけど、夕呼先生の言うことももっともだ。
 それに夕呼先生は衛士ではない。衛士の流儀を押し付けるのも筋違いだ。
 そう割り切って、俺は先生に要点を話していった。

 クーデター、BETAの目的とBETAの正体、そして、BETAが人間を使って実験をしていたこと。BETAが戦術を使うことに加えて、桜花作戦では対策速度が異常に早かったことも。
 そして、人類の戦力の底上げは必要不可欠だと言うことと、そのために帝国との信頼関係を強化する必要があるという意見も沿えた。

 夕呼先生は俺が話し終わるまで黙って聞いてくれ、そして、話が終わると、こんなことを言った。

「そう、ありがとう」

 予想外の言葉に俺が呆けていると、夕呼先生はバツが悪そうに言ってきた。

「なによ。私が感謝するのが、そんなに意外だっていうの?」

「……はあ。夕呼先生とは結構長い付き合いになりますけど、面と向かって感謝されたのなんて数えるくらいしかありませんでしたから」

「あんたの話は裏付けが取れていないと言っても、十分すぎるほど重要な情報よ。
 それを教えてもらえば、私だって感謝もするわよ。
 大体なによ、その先生って言うのは?私は教え子なんて持ったおぼえは無いわよ」

「あ、それはですね。俺の元々の世界では、夕呼先生は俺の高校の「碓氷。伊隅たちに、あの二人を連れてくるように伝えてきてちょうだい。ええ、こっちは大丈夫よ。」先生だったんで……」

 夕呼先生は照れてるのか? 俺から視線を外してそう言うと、俺が先生と呼んでいる理由を話しているのを無視して、ドアの外に聞こえるのだろうマイクに向かって、碓氷さんにシャアさんたちを連れてくるように命じていた。
 よく見ると耳がほんの少し赤くなっているような気がする。

「……あのー?」

「何よっ。伊隅たちが戻ってくるまで静かに待ってなさい」

 この奇怪な状況にどうしていいかわからず、先生に声をかけてみたけど、取り付く島も無かった。
 いやでも、こんな状況は流石に想定外だ。このまま静かに待っているなんて、居心地が悪すぎるぞ。
 ……そうだ!

「先生。待っている間に、純夏と霞に挨拶しに行っちゃ駄目ですか?」

「……いいわ。行ってきなさい。ただし、手短にね」

「ありがとうございます! って、まだ前と部屋が違うんだったっけ。
 先生。二人は隣の部屋にいるんですか?」

「そうよ。時間が無いんだから、さっさと行ってきなさいっ」

「はいいっ」

 結局、俺は逃げるように夕呼先生の部屋を飛び出した。



Side:香月夕呼

 まったく。世界を繰り返しているなんていってもガキはガキね。
 精神は肉体に影響されるって言うけど、ちょっと研究してみようかしら?
 幸い、ちょうどいい被検体もいることだし、それのおかげで時間も稼げそうだしね。



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桜花作戦について云々で色々感想をいただきましたが、ここで私の解釈を書かせてもらいます。
まず、直衛についてですが、これはもうゲームの演出ということなのでしょうが、現実的な見方をしたらおかしいというしかありません。
人類の決戦なのですから、電撃作戦と成功率のことを考えても戦力が少なすぎると考えます。
もっと言うならば、夕呼先生の独断を許していいはずがありません。オリジナルハイヴ攻略という実績をもってしても、国家の後ろ盾を持たない夕呼先生は、戦犯として裁かれることになります。
そのため、シャアに大隊を凄乃皇に積むという一案を出してもらいました。

帝国の戦力を借りることが政治的な問題というのは、オルタネイティヴの装備や人員は原則的に現地のものを接収できる、ということがどこかで語られていたと思うのですが、記憶違いだったらすいません。
しかし、そうだった場合、帝国に戦力の提供を求めることは問題にならないはずで。もし反対派が問題にしても、G元素などの優先権を帝国と某国の間で密約を結ぶ、などといったことができます。なんせ負けたら後が無いのですから、妥協案はいくらでも見つかるでしょう。
また、そういった密約があれば、ハイヴ突入という最も損害の大きい実行部隊を帝国が出してくれるとなれば、戦後を強く意識している某国は、あるいは進んで賛成するかもしれません。貸しを作る的な意味でも。そしてこの場合、国連以外の国が本命の戦力になることは問題ではありません。

以上のようなことを、シャアは考え、武に提案したということになっています。
本文での説明が足りずに申し訳ありませんでした。
後ほど、この辺の説明を追加して、他の話数と一緒に更新させていただきます。



[26055] 第三話 実力の片鱗は
Name: ウサ耳娘◆4441b99c ID:7a9d211e
Date: 2011/11/10 19:07
Sind:白銀武

 夕呼先生の部屋から飛び出して、その隣の部屋の扉の前に立ったのだけど。

「開かない……」

 そりゃそうだよな。まだ仮設で浅い階層なんだから部屋毎のセキュリティーも厳しくしてあるだろうし、IDカード持ってなきゃ偶然扉が開くなんて無いよな。
 しかーし、問題無し! 俺には超・能・力・てれぱすぃーがあるのだからっ。

(ハロー、ハロー。社霞君。こちら白銀武。君と、そこにいる鑑純夏に会いにきた。至急扉を開けられたし)

 ………………
 …………
 ……

「開かない……」

 あー……うん。俺が悪かった。あんな夕呼先生見たの初めてだったから、テンションがおかしくなってたんだ。うん。
 反省して夕呼先生の部屋へ戻って待っていようと引き返そうとしたら、不意に目の前のドアが開いて、霞が立っていた。
 さっきは遠目ではっきりわからなかったけど、俺が知ってる霞よりも小さい。いやそりゃ、2年前なんだから当たり前なんだけど、霞って2年で結構成長してたんだな。そして、国連正規軍服がアンバランスで、それが犯罪臭さをかもし出している。なんつーか、「大きなお友達に大人気」ってキャッチフレーズが聞こえてきそうだ……
 俺がそんな馬鹿なことを考えていると、霞は部屋へ戻っていってしまった。オートロックだと、せっかく開けるてもらったのに間抜けなことになると気が付き、急いで俺も部屋へ入った。

 入室した部屋は、以前と違って薄暗くも通路もなくて、夕呼先生の部屋と間取りの変わらない部屋だった。でも、霞の作業用の端末と純夏が入れられいているシリンダーだけしかないのが、その部屋を異質なものにしている。

「ドア開けてくれてありがとうな、霞」

 さっき考えてたことが照れくさくて、頬をかきながら霞にお礼を言うと、霞は黙ったままうなずいた。
 霞は元々無口な方だけど、ここまで他人行儀に見えるのは久しぶりで懐かしく、2年前でも変わらない霞に会えたのが嬉しく感じた。

「はじめまして、俺は白銀武。君の名前を教えてくれるかい?」

 俺が自己紹介して、霞の名前を聞くと、霞は俺のことをじっと見つめたまま口を開いた。

「……あなたは私のことを知ってるのに、どうして名前を聞くんですか?」

「俺の知っている霞は君とは違う。だから、初対面の君に名前を教えて欲しいんだ」

 霞の質問に俺がそう答えると、霞は、今度はたっぷり一分は俺のことを見つめてから話し始めた。

「……社霞です」

「ありがとう。よろしくな、霞。あ、霞って呼んでもいいか?」

「……はい」

「この時からもう、純夏の相手をしていてくれたんだな。ありがとう、霞」

「仕事、ですから……
 ……あなたは、私のことが怖くないんですか?」

 自己紹介が終わって純夏の相手をしていてくれたことのお礼を言うと、霞はそんなことを言ってきた。
 そういや、前は霞の力を知ってしまったとき逃げられたんだったっけな。

「ん~、別に怖くないぞ。俺だって霞の知らない霞のことを知ってるし、霞は俺のこと怖いか?」

「……怖くないです」

「だろ?大体俺なんて、隠し事しているつもりでも、リーディングの無い皆にばれてる事が多いんだぜ。霞にリーディングされるのも、それと似たようなもんさ。
 それに、霞の力のおかげで純夏は00ユニットになるまでの2年間、生きていられたかもしれないんだ。だから、俺は霞の力に感謝するよ」

 そう。横浜ハイヴから発見されて、00ユニットとして蘇るまでの2年間。自我が崩壊した純夏が、こんな姿のまま生き続けられたのは、霞がプロジェクションを続けていてくれたからだと思う。だから霞の力に感謝こそすれ、怖がることなんか考えもつかない。そう言うと、霞はまた俺のことをじっと見つめていた。

「純夏にも挨拶してくるから、ちょっと待っててな」

「……はい」

 霞に見つめられていて、時間がないことを思い出し、純夏に挨拶を済ませることにした。

「よう、純夏。どういうわけだか、また戻ってきちまった。わりいな。
 でも、戻ってこれた以上、前よりも絶対にいい世界にするつもりだ。もう二度とお前を失わないために。お前と、皆が揃って笑える世界にするために!
 ……だからさ、そこから出してやるのに少し時間がかかっちまうけど、勘弁してくれな」

 純夏のシリンダーの前に立って、手を置いて話しかける。言葉は多くないし、聞こえないこともわかっている。だけど、俺と純夏にはこれくらいでも十分だ。純夏のことだから「あはは。しょうがないなー、武ちゃんは」って言って笑うに違いない。
 いや、そう思うのは、すぐに復活させてやれるかもしれない可能性があるのに、そうしない俺が罪悪感から逃げようとしてるだけだ。
 だけど、ごめん、純夏。辛い思いをさせたままで。もう少しだけ辛抱してくれ。

「……大丈夫です。あなたのことをプロジェクションしたら、ほんの少しだけど、スミカさんが反応しました。
 こんなことは初めてです。……だから、大丈夫です」

「そっか。ありがとう、霞。これからも純夏のこと、よろしく頼むな」

 俺が純夏のシリンダーに手をついたままでいると、霞が俺の制服の裾を掴んでそう言ってくれた。
 霞にお礼を言いながら頭を撫でてやると、霞はくすぐったそうにしても嫌そうではなかった。

「それじゃあ、俺は夕呼先生の部屋へ戻るな」

 そろそろシャアさんたちが戻ってくるころだと思い、霞の頭から手を離して夕呼先生の部屋へ戻ろうとしたけど、霞が服の裾を離してくれない。

「あー、霞も一緒に行くか?」

 ウサ耳も下がっていて、どこと無く霞が残念そうな感じだったので、夕呼先生の部屋へ一緒に行くか尋ねたら、ウサ耳をぴょこんとさせて裾を掴んだまま歩き出した。
 その仕草が、以前の霞よりも積極的に見えて微笑ましく思い、声を殺して笑ってしまったら、霞は歩きながらも不思議そうに俺を見てきた。
 以前よりも年齢が低いせいで警戒心が薄いのか、それとも、霞の力のことを知ってたおかげで、前よりも早く仲良くなれたのか。理由はわからないけど、前よりもずっと早く霞と仲良くなれたのが嬉しくて、また頭を撫でてしまった。

「前見て歩かないと危ないぞ」

「……大丈夫です」

 いや、前に思いっきり顔面ぶつけてたことあるんだけどな。俺が声かけたせいだけど。

「大丈夫です」

 何が大丈夫なのかわからないけど、今は俺が気をつけてればいいか。



 夕呼先生の執務室、と言っても隣の部屋だけど、に戻ってくると、既にシャアさんたちも戻っていていてソファーに座っていた。
 夕呼先生は伊隅大尉と碓氷と呼ばれていた人と話していて、神宮司軍曹を含めた他の人はいなくなっていた。先生は俺と霞がやって来たことに気がついているだろうに伊隅大尉たちと話し続け、大尉も俺を一瞥しただけで夕呼先生との話を続けていたので、俺はシャアさんたちの方へ向かった。

「問題ありませんでしたか?」

「ああ、申し訳ないが適当にはぐらかさせてもらった」

「武。その子が、そうなのか?」

 俺が霞を連れたままシャアさんたちに近づいて話しかけると、シャアさんが答え、アムロさんが霞の事を聞いてきた。

「はい、そうです。
 霞。この人たちはシャアさんとアムロさんといって、俺と同じようにここへ来た人たちだ」

「……社霞です」

「私はシャア・アズナブル。よろしく、小さなレディ」

「アムロ・レイだ。君のことは武から聞いているよ」

「あの……お二人は、第三計画と関係が無いんですか?」

 俺が霞に二人を紹介すると、霞とシャアさんたちはお互いに名乗りあった後、珍しく霞から二人に質問をした。

「第三計画というと、確か君の関わっていたものだな。残念ながら、我々は関係ない」

「……そうですか」

 霞の質問をシャアさんが否定すると、霞は残念そうにウサ耳を垂らした。
 ニュータイプ能力は霞の力と似ているから、霞はシャアさんたちから、何か感じ取ったのかもしれないな。

「すまないな。でも、武共々、俺たちとも仲良くしてくれ」

「……はい」

 霞が純夏の思い出を自分の思い出と混同してたとはいえ、00ユニットとして復活した純夏に懐いていたのは、自分と同じ力を持っているということも大きいんだろう。だから、同じ力を持った人がやって来たと思っていたのに、シャアさんたちが第三計画出身じゃないと聞いて残念に思ってるんだろう。
 早く霞にシャアさんたちも霞と似た力を持っていると教えてやりたいけど、伊隅大尉たちが退出するまでは無理だな。
 そう思って、なんとなく霞の頭を撫でていたら、夕呼先生に声をかけられた。

「弁が立つ方じゃないとは思っていたけど、そうやって社を籠絡したのね」

「篭絡って、人聞きの悪い言い方しないでくださいよ」

「あら、違うの?
 でも、冗談はともかく、そうやって並んでいると、あなたたち兄妹に見えるわよ」

 夕呼先生にからかわれているのはわかるんだけど、すぐ脇に控えている伊隅大尉と碓氷さんの微笑ましいものを見るような暖かい眼差しが余計に居心地を悪く感じさせる。シャアさんたちに振り返れば同じように暖かい視線を向けられて、おまけに、霞はウサ耳をピコピコさせて喜んでいるのを見たら、皆の視線を甘んじて受け止める他なかった。

「では、博士。我々は部屋の前で待機しますが、くれぐれもお気をつけください」

「はいはい、わかってるわよ」

「社、君も一緒に退出するんだ」

 伊隅大尉が俺と霞から視線を切って夕呼先生に退出を告げると、先生はぞんざいに答えた。碓氷さんも敬礼したあと霞に退出するように促してきたけど、霞は碓氷さんの言葉に従う気は勿論ないらしく、俺に、続いて夕呼先生へと視線を送った。

「いいのよ、碓氷。社は彼らの関係者みたいなもんだから」

「しかし、お言葉ですが博士」

「碓氷。あなたたちの心配してることはわかってるわ。でも、そいつがそんな奴なら、そもそも私が社を呼びにいかせるわけがないでしょ」

「……わかりました。ですが、少しでも不穏なものを感じましたら、ただちに我々を呼んでください」

「わかったわよ」

 夕呼先生が霞も同席することを伝えると、碓氷さんは仕方なしというふうに了承した。
 碓氷さんの危惧していることは俺にもわかる。得体の知れてない俺たち三人と一緒に、夕呼先生一人だけでも残すことがありえないことなのに、自衛手段が皆無な霞が同席して人質にとられることを万が一にも心配しているんだろう。
 勿論、霞がオルタネイティヴ4の重要人物だということを知らされているせいもあるんだろうけど、それ以上に霞個人を心配しているのがさっきの暖かい視線でわかる。いい人なんだな、碓氷さんも。
 敬礼して退出する碓氷さんと伊隅大尉に、少しでも安心してもらえるようにと思いを込めて答礼すると、シャアさんとアムロさんも同じように席から立って答礼してくれた。



「さて、あまり長引くとあの二人も焦れるでしょうし、始めましょうか。
 そちらのお二人も今度はまともな自己紹介をしていただけるのでしょう?」

 伊隅大尉たちが退出するのを見届けると、夕呼先生は霞を傍らに呼び、俺たちにそう話しかけた。
 シャアさんが目線で俺に確認してきたので、肯き返すと、姿勢を正し威厳を溢れさせながら話し始めた。

「他に人の目があったとはいえ、まずは先ほどの非礼を詫びさせていただこう。
 私は、おそらくこの世界とは異なる約140年後の世界でスペースノイドの地球連邦政府からの独立、自治権確立を目的とした組織、ネオ・ジオンの総帥をしていたシャア・アズナブル大佐という」

「俺は地球連邦軍に所属し、シャアのネオ・ジオン鎮圧の任に当たっていたロンド・ベル隊でモビルスーツ部隊長をしていたアムロ・レイ大尉だ」

 シャアさんとアムロさんの二人の出身が想像外だったんだろう。夕呼先生は数瞬だけど呆然とした表情をしていた。でも、すぐにいつもの余裕ある表情に戻ると、疑問をぶつけてきた。

「紹介ありがとうございます。
 私は現在建設中のここ、国連太平洋方面第11軍横浜基地で暫定的に総責任者を任されている香月夕呼大佐相当官です。
 お二人には色々と伺いたいことがありますが、その前にまず確認したいことが。
 今聞いたお二人の身分は互いに敵対している勢力で、共にそれなりの地位にいたようですが、今ここにいるということは遺恨は残さないということでよろしいんですね。」

 暫定的な総責任者?基地もまだ建設中だし、ラダビノッド指令がまだ着任してないのか?そういえば伊隅大尉たちも夕呼先生のことを副指令とじゃなく、博士って呼んでたな。
 明星作戦は確か8月だったから、まだその事後処理も終わらずにごたごたしているのかもしれないな。
 あ、そういうことか。以前は俺だけでも月詠中尉や鎧衣課長に疑惑をもたれたのに、今回は3人、しかも、どうみても日本人には見えないシャアさんとアムロさんの身元を、あの夕呼先生がずいぶんあっさりと引き受けてくれたなと思ったけど、そういう背景もあったのか。
 これは、2年っていうアドバンテージに浮かれてると、今まで以上にいいように利用されたり、気がついたら取り返しのつかない状況になっているなんてことになっちまうな。もっと目に見えないことまで考察していく意識をつけないと。

「わだかまりが無いと言えば嘘になるが、ここは私たちのいた世界でないのが事実だ。それにアムロとは、過去に一時期とはいえ共に戦っていた時もあった。そのときに戻ったと思えば、上手くやっていくこともできるだろう。
 それに、今は白銀君がいるからな。」

「俺のほうも問題ない。白銀に話を聞いたこの世界の状況では、俺たちの因縁など拘っていられる場合ではないからな。
 仮に上手くいかなくても、そのときはこの世界が平和になった後で、改めて二人で決着をつけるまでさ。
 もっとも、シャアが言ったように、白銀がいればそんなことにはならない気がするがね」

「そうですか。それにしても、お二人ともずいぶんと白銀のことを買っているんですね」

「貴女が白銀君から伝え聞いたとおりの人なら、我々が彼を買っている理由も自ずとわかるのではないかな?」

「私の事をどのように聞いたかは非常に興味のあるところですが、あいにくと私は自分の目で確かめたことしか信用しない性質ですの」

「その考えには同感だ。風評や伝聞ほど当てにならないことが多い。
 それで、我々は貴方の眼鏡に適ったのかな?」

「そうですね。少なくとも、白銀が誇張して話していたという線は低いと言っておきますわ」

「なるほど。貴女も白銀から聞いていたとおりの人のようだ」

 俺が考え込んでいるうちに、どういうわけか話の内容が俺のことになっていた。そして、そのまま雲行きの怪しい流れになっていた。

「腹の探り合いは結構だが、話を進めないと外で待つ二人が焦れるのではなかったか?
 それと、香月女史。俺はシャアのように腹芸が得意ではないので言っておくが、俺たちは武の辿った未来よりもより良い未来を掴むために貴方に協力をしにここへ来たんだ。
 出自が怪しいことは認めるが、貴女にもこちらを信用しようという姿勢を見せてもらわなくては出来ることも出来ないと最初に言わせてもらおう」

「ア、アムロさん」

 夕呼先生とシャアさんの間で緊迫した空気が流れ始めたところに、アムロさんが話を進めるようにうながしたけど、こちらのことをもっと信頼してほしいという旨まで先生に訴えたので、俺は止めようと声を出してしまった。
 確かにアムロさんの言うことはわかる。でも、先生相手にこの段階で行き過ぎた要求は不味いんですよ。とにかく今は夕呼先生の気分を害さずに、俺たちの身分と居場所の確立を優先しないと。
 そう伝えようとしたのだが、アムロさんは手で俺の言葉を制してきた。

「武。俺たちに用意されている道は一つではないし、選択肢は常に複数用意しておくべきだ。目的と手段の優先順位を履き違えては、到底お前の望む未来へなどたどり着くことはできないぞ。
 まして2年というアドバンテージがあることがわかった今、この基地で身分を確立する条件として、俺たちの行動の自由度が著しく制限されることになるなら、別の道を辿ることも考慮するべきだ。
 その結果、女史と一時的に袂を別つことになったとしても、目指すところが同じであるなら、いずれ手を組む時が自ずと訪れるだろうさ。
 もっとも、そうはならないと思えばこそ、あんなことを言ったのだが。どうかな、香月女史?」

「まったく、そいつに余計な知恵をつけないでほしいものだわ」

「そうはいくまいよ。大事な弟分だからな」

 アムロさんの言葉はすごく納得の出来るものだった。確かに、俺は横浜基地で夕呼先生の協力を得られなければ何も始められないと、これまでのループの記憶から思い込んでいた。
 でも、今の俺の目的は大切な人を死なせずにBETAに勝利するというものだ。何を犠牲にしてもオルタネイティヴ4を完遂させてBETAに勝利するという夕呼先生の目的とは齟齬がある。
 ここで先生に譲歩して横浜基地に所属してしまったら、また誰かを犠牲にしなくてはいけないときがくるかもしれない。いや、それはどんな道を辿ったって、いずれは訪れるだろう。BETAとの戦いは甘いものじゃないというのは骨身に染みてわかっている。
 だから、そんな状況を打開できる選択肢を用意しておくことが重要なんだ。もう二度と掌から零れ落とさないために。
 だけど、それでもやっぱり夕呼先生の側で行動したほうがメリットも大きいのは確かだから、先生の前でそんなにはっきりと先生と袂を別つ可能性があるっていって大丈夫だろうかと思ったら、意外なことに先生はさっきまでの剣呑さを潜めていた。

「えーと。これはどういう状況なんでしょうか……?」

「博士が我々3人と交渉のテーブルに着いたということは、博士の中で既にある程度の妥協案があるということだよ。 そして、先ほどまでの私とのやり取りは、博士なりの私とアムロに対する人物鑑定だったのさ」

「……そうだったんですか?」

「ったく。内情知ってる白銀より二人の方がよっぽど扱い辛いじゃない。
 はあ……もういいわ。まずは未来人さんたちのことをもう少し詳しく聞かせてちょうだい。140年後なんて斜め上の存在だったなんて、今の情報だけじゃ身分も何も決めようがないわよ」

 てっきり益々緊張感が増すだろうと思っていたら、逆に場の空気がたわんだので、どういうことなのかついていけずに誰にともなく聞いたら、シャアさんが答えてくれた。
 そして、夕呼先生は気を張るのが馬鹿らしいという雰囲気で、シャアさんとアムロさんに自身のことをより詳しく話すように促してきた。
 二人には初めから夕呼先生の内情がわかっていたのか。この世界に来てまだ半日ほどしか経っていないのに、すごい順応力だな。いや、それにも増して夕呼先生と対等に渡り合えるって、つくづく二人とも唯のパイロットじゃないよな。あ、シャアさんは総帥だったっけ。てことは、そんな二人と対等に会話が成立するアムロさんが規格外なのか。
 はあ……俺って一応主観時間で成人越えてるんだけどな。あと何年位したらこの人たちみたいになれるんだろうか……?

 などと、改めて二人のことを頼もしく思うと同時に、俺自身の不甲斐なさを感じている間にもシャアさんたちは自身とその世界のことを夕呼先生に説明していく。
 それを姿勢を崩したまま、だけど目だけは真剣なまなざしで聞く夕呼先生。
 そして、霞もやっぱり二人に興味があったようで、幾分緊張した面持ちで聞いている。
 シャアさんたちの話は要点だけを纏めたものだったので30分もかからずに終わりになったが、霞は勿論先生の興味を強く引いたのはニュータイプのことについてのようだった。

「人の革新……ニュータイプねぇ。
 仮説も立っていない状態でこんなことを言うのは科学者としてどうかと思うけど、二人がこの世界にやって来たのは、そのあたりに大いに原因がありそうね」

「我々はこの世界へやって来た理由をしいて求めてはいない。それに感覚的なものだが、かつての武のように因果導体であったか? そういった厄介な存在ではないと感じられる。
 だから、我々の存在の証明は世界が落ち着いた後にでも、博士の知的欲求を満たす過程で立証してくれればいい」

「それよりも、俺たちには武の目的を達成させることのほうが重要だからな」

「貴方たち二人にそこまで言わせるなんてねぇ。
 そういえば、白銀の目的ってまだ聞いてなかったわね」

 本当に、シャアさんもアムロさんも出会ったばかりの俺にどうしてそこまで協力してくれるのかわからないけど、ありがたくて嬉しかった。
 そして、夕呼先生が俺の目的を聞いてきたので、気を取り直し、ソファーから立ち上がって目に意思を込めて告げた。

「俺の目的は、俺の大切の人を死なせずにBETAに勝利し、皆で喜び合える世界を勝ち取ることです」

 甘いことを言うと言われるかもしれないと思った。でも、なんと言われようとこの目的を違えることはない。
 前の世界で既にBETAには勝利した。でも、その結果得られたのは、わずかに残された大切な人だけという、あまりにも寂しすぎる結果だった。
 三度の機会を与えられた俺には、ただ勝利するだけということでは許されない。例えそれが俺の自己満足に過ぎないとしても、そうでなければ逝ってしまった純夏や軍曹、そして戦友たちの死を無意味なものにしてしまう。
 だから、例えどんなに甘くたって、決して大切な人たちを死なせずに勝利を勝ち取らなくてはいけないんだ。

「……それが、あ号標的を撃破して得た答えなのね?」

「はいっ」

 夕呼先生はしばし俺の目を見て意志の強さを確認してきたので、俺は確りと先生の目を見たまま力強く答えた。

「そう。覚悟が出来ているのなら、私からとやかく言うことはないわ」

 夕呼先生の答えは短かったけど、そこに込められた様々な意味を感じられた。
 俺の目的は現実不可能なほどに困難であること。目的のために、それ以外の人々の死を容認するだけに留まらず、場合によっては強いることになるということ。そして、本当は優しい夕呼先生が、叶うことなら俺の目的のような未来を見てみたいと思っているだろうことも。
 だから、アムロさんに言われたように、もう目的と手段の優先順位を履き違えるようなことはしない。
 例え夕呼先生が相手でも妥協や諾々と従うことはしません。
 
「貴方たち3人の経緯と目的も聞けたことだし、そろそろ結論へ移りましょうか。
 まず、アズナブルとレイの両氏だけど、階級は共に大尉を用意するわ」

「随分と高待遇だな」

「あら。レイ大尉は部隊長だったって話しだし、アズナブル大尉は、って、もう、呼びにくいわねっ」

「無理に姓で呼ばずとも、シャアと呼んでくれてかまわんよ」

「嫌よ。何で私が親しくもない男を名前で呼ばなけりゃいけないのよ」

「では、クワトロでもかまわんよ。こちらも姓ではないが、かつて名乗っていた名だ」

「クワトロ、ね。他の二つの名前にも興味を惹かれないでもないけど、それじゃあ、クワトロ大尉と呼ばせていただくわ」

「ああ、それで頼む」

「で、話を戻すけど、クワトロ大尉は元は大佐で、しかも一国の総帥に就いていたんだから、決して高い階級というわけでもないでしょう。
 もっとも、左官だと無用の注目を集める可能性があるからというのが実情だけど、それでも必要以上に低い階級に留めておいて遊ばせておくつもりはないわよ」

「なるほど。そこまでお膳立てしてくれれば、あとは自らの功績で上へ上がっていくとしよう」

「俺のほうも階級については問題ない」

「そう。じゃあ次に二人の経歴だけど、クワトロ大尉は名前もちょうどいいしポルトガル国籍で。レイ大尉の方は顔立ちからルーマニアあたりがいいかしら。幸いと言ってはなんだけど、両国とも対BETA戦のごたつきで二人分くらいの戸籍を用意するのに問題はないわ」

「それでかまわんよ」

「ああ、この世界の内情について無知な俺たちがどうこう言うより、その辺は女史に任せるよ」

「では、シャア・Q(クワトロ)・アズナブル、アムロ・レイの両氏とも、表向きはオルタネイティヴ4所属衛士として着任してきたということでよろしいかしら?」

「それなんだが、武の話を聞いた限りでは、どうもモビルスーツと戦術機では設計思想にかなりの違いが感じられた。
 シミュレーションでもかまわないから、まずは一度乗せてもらえないだろうか?」

「あら、歴戦のエースパイロットが随分と慎重なのね。それとも、エースゆえの慎重さなのかしら?」

「無用な挑発はよしてくれ」

「本当、つまんないわね。まあ、いいわ。そろそろ伊隅たちも焦れてる頃だろうし、ちょうどいいから三人の戦術機適正を見てから後のことは話しましょう。
 って、白銀。なに捨てられた子犬みたいな顔してんの?」

 俺の目的を聞いてからは、あれよあれよというままにシャアさんとアムロさんの階級と国籍が決められていった。
 いつの間には夕呼先生は勿論、二人も口調が砕けてるなとか、俺はいつまで放置なのかなとか、新たに決意を固めてたのにスルーされてたのはちょっと恥ずかしいなとか、色々思うところはあるけど。
 まあ、俺の戸籍はこの世界の俺が既に死んでいるとはいえ、戸籍だけ復活させればいいわけなんだけど。でも、階級についてもまったく触れられないのは、また訓練生からなのかと不安になっていたら捨てられた子犬のようだなどと言われてしまった。

「大丈夫です。……可愛かったです」

「霞……ありがとな。でもそれ、男にとって褒め言葉でも慰めでもないからな」






 俺の待遇もシミュレーションの後に決めるということで、シミュレーター室へ移動することになった。
 その際、伊隅大尉と碓氷さんも共に移動したのだけど、未だ立場がはっきりと決まってない俺たちを紹介出来る筈もなく、またシミュレーター室前で警戒待機に就いてもらうしかなかった。すいません、大尉。

 「とりあえず好きに動かして慣れてちょうだい」という、なんともありがたい夕呼先生の指示のもと始まったシミュレーションだったが、アムロさんの懸念どおりモビルスーツとは大分勝手が違うようで、二人が戦術機の操縦に慣れるまでに1時間ほどの時間を必要とした。
 それでも、さすが元エースといったところで、その習熟速度は異常なほど速かった。
 初め、機体強度と耐久を考慮して撃震を選択した二人だったが、30分ほどで戦術機の機動特性を覚えると、対戦術機戦の機動動作をとれるようになり、すぐに陽炎はおろか不知火の機体スペックでも二人の操作反応速度に機体側がついていけなくなった。
 これは勿論現行のOSでは予備動作をキャンセルすることが出来ないことが大きな理由だけど、驚くべきことに二人は予備動作のロスタイムを考慮して、予知にも近い先を見越した操作をギリギリのタイミングで入力していることが操作ログを観測していた霞の言葉によりわかった。
 それでもやはり、基地に来る前に話していたXM3が搭載されれば、更に機体スペックを引き出すことが出来ると二人共に言ってくれたので夕呼先生もXM3の開発に意欲的になってくれたようだった。
 更に驚くべきことは、二人の操縦概念だった。
 俺自身3次元機動にはかなりの自信を持っていたけど、二人は俺とはまた違った3次元機動の概念を見せてくれた。
 まず、モビルスーツは宇宙での機動が前提とされているためか、地上でも戦闘時の移動では跳躍ユニットを巧妙に操作して移動して足を使うことが非常に少ない。
 そして、その機動は戦術機の正式名称である戦術歩行戦闘機を体現するとでもいうようなもので、俺が多用する壁蹴りや反転跳躍とは違い、匍匐飛行を短く繰り返しながら機体を制御して必要以上の負荷をかけないようにされていた。
 更に、射撃の腕は勿論のこと、近接戦闘も日本人顔負けというほどで、特にシャアさんは接近戦を好むようで前面に出て、それを阿吽の呼吸でアムロさんがフォローするというフォーメーションが打ち合わせもなく出来上がっていて、対BETA戦のシミュレーションを開始しても分隊と思えぬ速度でBETAを喰っていた。
 それでも、やはり光線級が出現してからは思うような機動が取れなくなったのだが、幾度となく撃墜されるのも構わずにシミュレーションを続けた結果、かなりの確率でレーザーを回避するという離れ業まで披露してくれた。
 ただ、問題もなかったわけではなく、推進剤を多用しているため継戦時間が短くなること。機体への負荷を最小限に抑えて操縦しているとはいえ、3次元機動をしていることは代わらないので第三世代機の機体耐久値では実戦の都度オーバーホールが望ましいこと。そして、何よりも部隊行動を考慮すれば、現状の戦術機ではレーザー回避というリスクを犯すべきではない、などという反省点が二人から上げられた。
 ちなみに、俺を合わせた変則3機分隊での対BETAキルスコアは補給が完全という設定であったとはいえ、レーザー級を含む大隊規模の殲滅というもので、夕呼先生からは呆れ気味に一言「化け物ね」という言葉をいただいた。

 しかし、シャアさんとアムロさんという、人としては無論、衛士としても頼りになる二人の強力を得られたことを改めてありがたく思うと同時に、俺自身の不安点が浮き彫りになってしまった。
 2年という逆行はアドバンテージだけではなく、俺自身の肉体が15歳相当のものに戻ってしまっているというデメリットを抱えていることがわかった。
 以前なら、シミュレーションなら何時間乗っても肉体的にへばることなどなかったのに、今はシャアさんとアムロさんの戦闘機動についていくためとはいえ、1時間ほどで体力が尽きてしまった。
 まるで最初にこの世界に来たときに戻ってしまったみたいだとへこんでいたら、操縦技術自体に問題はないし、体を鍛えなおす時間も取れる時間的優位が今はあると、シャアさんとアムロさん、そして霞にまで慰められてしまった。
 まあ、「口だけの坊やにならないようにすることね」という夕呼先生の言葉も激励として受け止めておこう。

 ともあれ、夕呼先生も満足する結果でシミュレーションも終わり、腰を落ち着けて俺たち3人の処遇を決めるために、再び部屋を移すことになった。
 その際、まだ時間がかかるので伊隅大尉と碓氷さんは原隊に復帰するよう夕呼先生に告げられて、不安を残しながらも二人はその命令に従った。

「さてっと、いい加減いい時間だし、さっさと決めちゃいましょうか。
 先の8月に行われた明星作戦で私の直轄部隊であるA-01が2個中隊編成するのがやっとという状況なのよね。
 シミュレーションを見せてもらった結果を踏まえて言えば、両大尉には教導官という形でA-01に所属してもらいたいというのが正直なところよ」

「表向きはそれで構わないだろう。
 ただ、私としてはこの世界の世情を詳しく教えてもらえれば、武だけに留まらず文の面からも博士をサポートできると思うのだが」

「俺も所属については女史の直轄部隊というのには問題ない。
 しかし、これは武からもお願いされていたことだが、シミュレーターとはいえ実際に戦術機を操作して、俺自身、戦術機に対して不満と不安を覚えたところがある。開発期間としては2年という年月は十分ではないが、改良なりにでも携わせてもらい戦力の底上げをさせてほしい」

「貴方方自身の存在。知っている機密情報の深さ。そして、優秀さを垣間見せられたら、今更信用云々を言うつもりはないわ。
 すぐにとはいかないけど、両大尉の希望に沿うよう手配させてもらうわ。
 ただ、この私にそこまでさせるのだから、最大限利用させてもらうから覚悟してもらうわよ」

「さて、全てが終わった時、果たして利用されていたのはどちらだったかと博士が疑問を抱かぬ程度にはやらせてもらうよ」

「結果として笑い話に出来る未来を手に入れられれば、それもいいんじゃないか?
 ともかく、これからよろしくお願いするよ。香月博士」

 夕呼先生の執務室に戻ってきてから、先生が話し始めたのを皮切りに、あっという間にシャアさんとアムロさんの所属が決まった。しかも、二人の希望を汲んだ上で。夕呼先生を知る俺には信じられないほどすんなりと。
 これは夕呼先生を納得させるほどシャアさんたちが優れた人だからなのか、それとも2年前という時間が俺の知っている夕呼先生よりも先生が余裕を持っているおかげなのか。
 ともかく、喜ばしい結果には違いないのでホッと胸を撫で下ろしていると、いよいよ俺の所属を決める番になった。

「それで、白銀」

「あ、はいっ」

「あんたも色々と思うところはあるでしょうけど、まずは訓練部隊に入って体を作りなさい。
 前期の総戦技演習に落ちた分隊があるから、そこへ中途入隊という形で入れば年内に任官できる可能性が高いわよ」

「でも、先生。俺はっ」

 夕呼先生から告げられた俺の所属は、懸念が当たってしまい訓練兵というものだった。
 体が出来ていないことは確かだけど、今更訓練兵に所属させられて時間を無駄にしてしまうことは容認できず、考え直してもらおうと口を開いたら、アムロさんに止められた。

「いや、武。俺も博士の言うとおり、訓練部隊で確りと体を鍛えるべきだと思う。
 お前の焦る気持ちもわかるが、幸いなことに2年という猶予があるんだ。早い段階で体を作っておけば、いざという時が来ても後悔しなくてすむ。
 それに、お前がいない間、部隊の皆を守り通すことも俺とシャアで引き受けるさ」

「アムロさん……」

「私も二人に賛成だ。
 しかし、武は既に衛士の経験があるのだから、座学は必要あるまい。その時間を指揮官教育に当てることは出来ないか、博士?」

「他の訓練兵と同じ時間で割り振るとなると、適当な教官がいないわね。
 それに、白銀の年齢でそんなあからさまな腰掛入隊じゃ、部隊内で浮きまくるわよ」

「教官役なら私とアムロが時間を作れば問題あるまい。
 それに武の目的のためには、A-01という部隊は今後隊員が増えていきこそすれ、減ることはあってはならないことだ。となれば、部隊に係っきりになるのが難しい我々代わって、武にもいずれは中隊を率いてもらうことになるだろう。
 ならば、時間を無駄にせず指揮官教育を受けさせることは、武の特異性を浮き彫りにさせるとしても、メリットの方が高い。
 それに、ここの訓練校の生徒は全員A-01へ任官するという話しだし、今の訓練兵の中にも武が見知った顔があるだろう。であれば、他の訓練兵とコミュニケーションを深めることも、武であればそう難しいことではないのではないか?」

 俺が任官するまではアムロさんがシャアさんと共にA-01を守ってくれると約束してくれた。
 そして、シャアさんは、体を作るのと平行して、以前は受ける余裕さえ許されなかった指揮官教育を収めることを提案してくれた。
 確かに、未来情報という利点以外、俺には一衛士としての力しかない。おまけに、視野が狭いことは何度も指摘されたことだし、俺自身嫌というほど実感している。
 指揮官教育を受けたくらいで視野が広がるわけではないだろうけど、物事を広く見る術を身につける土台を作ることは出来るはずだ。

「そういうことなら訓練部隊に編入させてください」

「まあ、使えるようになってくれるなら、私は文句はないわ。
 それじゃあ、白銀についてはまりも、ああ、二人も最初に会った5人の中の一番年がいったのが神宮寺まりもっていう、ここの教官よ。そのまりもに指示を出しておくわ」

 一番年がいったのって……まりもちゃん。
 でも、先生。先生とまりもちゃんて同級生、ってなんでもないですよ。はい、本当。何も考えてませんから睨まないでくださいっ。

「それじゃあ、3人ともこれで問題はないわね?
 しっかし、今日は思わぬ来客で一日が潰れちゃったけど、久しぶりに有意義な日だったわ。
 ああ、そうそう。両大尉は簡単なもので構わないからプロフィールだけ今晩中に提出してちょうだい。着任の挨拶は明日にしましょう。いい加減空腹で社のお腹の虫が鳴きかねないわ」

「お腹の虫なんて鳴きません……」

「あらそう、ごめんなさい。でも、これだけ時間を割いたのだから、3人にはご馳走位してもらっても罰が当たらないと思わない? それに今日は社の誕生日よ。
 そういえば、検査させてた3人の持ち物に珍しい食品のようなものが沢山あったんだけど」

 話はおしまいと、夕呼先生が切り上げて、霞を出しにして俺たちが持ってきた食料に集ろうと悪い笑顔で言う。
 それにしても、今日は霞の誕生日だったのか……
 10月22日という起点となる日。それは2年という誤差でも変わらず、そしてどの世界でも純夏を見ていてくれた霞の誕生日。運命というほど大げさではないけど、作為的というほど仕組まれたものを感じるわけでもない。でも、やっぱり10月22日が霞の誕生日だと聞くと何か特別な意味を感じた。

 そして急遽、霞の誕生日会を兼ねた晩餐がささやかながらも開かれることになった。
 といっても、食材を今から調理してもらうのは、とっくに夕食時間が過ぎて片付けも終わったあとだろう食堂のおばちゃんたちに悪いし、何より時間が更に遅くなるということでレトルト食品でだけど。
 でも、この世界にとってはレトルトとはいえ貴重な天然物には違いなく、霞は珍しそうにしながら、夕呼先生は味付けがイマイチと憎まれ口を叩きながらも美味そうに食べていた。もっとも、先生は食事よりも天然物の酒のほうに大いに喜んでいたけど。
 そうして、いつの間にか夕呼先生はシャアさんにシャアさんの世界の事を聞きながら140年経っても政治屋は変わらいのねと愚痴をこぼしたり、霞はようやく聞きたそうにしていたニュータイプについて俺と一緒にアムロさんから話を聞いたりしながら、三度目のこの世界の初日は更けていった。



[26055] 第四話 パンドラの箱
Name: ウサ耳娘◆4441b99c ID:7a9d211e
Date: 2011/11/10 19:08
1999年10月23日(土)

Sind:白銀武

 心拍数が上がって激しく脈打つ心臓を落ち着かせるために深呼吸を何度か繰り返し、たっぷり1分ほどかけて平常心を取り戻して扉をノックする。
 部屋の中から「どうぞ」という懐かしい声が聞こえてきて、また動悸が激しくなりそうなのを気力で押さえつけるように声を大きめに出して入室する。

「失礼しますっ。本日よりお世話になる白銀武訓練兵です」

「よく来たな、白銀訓練兵。既に香月博士から聞いているとは思うが、私が貴様の教官となる神宮司まりも軍曹だ」

「はっ。ご指導よろしくお願いします」

「まあそう固くなるな。
 しかし、なんだな。昨日はそうは見えなかったが、なかなか敬礼が様になっているじゃないか。佇まいだけなら一端の衛士に見えるぞ」

「ありがとうございます」

「本来なら、このまま訓練兵舎へと移動して他の訓練兵と共に訓練に入るのだが、貴様の所属する204A分隊は少々わけありでな。貴様には事前に話しておいたほうが良いだろうと思い、今日の午前は自習にしている。
 長くなるだろうから、座って楽にしろ」

「あ、はい。失礼します」

 また訓練部隊に入隊するということで、俺は神宮司軍曹に挨拶するために教官室へやって来た。
 無論、昨日のうちに夕呼先生の執務室で予期せぬほどの早い再会は果していたけど、昨日は会話をする機会もなかったし、何より先生との交渉で気が張っていたので感慨に浸る暇もなかった。
 だけど、こうして二人っきりで面と向かって会うと、こみ上げてくるもので醜態を晒してしまわないようにと緊張する。そのため、軍曹の額を見るようにして目を合わせないようにし、口調も軍隊調にしていたせいか、軍曹は俺が緊張して固くなっているせいだと勘違いしてくれたらしく、軽口を交えて席を勧めてくれた。
 しかし、そうしたやり取りのおかげで幾分落ち着いたのか、椅子に座って初めて軍曹の顔をちゃんと見たときには取り乱すこともなく、落ち着いて懐かしさだけを感じられた。
 その俺の様子に、軍曹は緊張が和らいだと考えたようで、一つ肯くと話を始めた。

「白銀。香月博士から、貴様は博士の推し進めている計画に深く関わっていて、既に実戦を経験済みだと聞いている。
 しかし、戦地徴用であったため、今回の訓練校入隊は正規任官のためと貴様が劣っている体力の向上が目的。そして、既に座学は納めているため、昨日貴様と共に着任した二人の大尉から座学の時間を利用して指揮官教育を受けると辞令が出ている」

「はい。聞き及んでいます」

「ふむ。貴様の年齢でと思わぬところでもないが、それは私が口を挟む領域を超えているのであろうな。
 それは兎も角、貴様のような中途入隊は決して珍しいものではないし、チームワークに問題が出ることもあるが後学のためと思い、通常なら問題も起きぬうちから何を言うこともせんのだが。
 最初に言ったように、今回白銀が入隊することになった部隊は訳ありでな」

 軍曹は、まず俺の入隊経緯を確認してきた。これは昨日の打ち合わせのとおりだったので、俺も肯定の返事を返す。
 すると、やはり15歳という年齢のせいか、軍曹は一瞬いたたまれないものをみるような表情をしたが、すぐに切り替えて、合流する訓練部隊の話に移った。
 しかし、夕呼先生からは何も聞いてなかったけど、訳ありの部隊とは一体どういうことだ? そもそも、この時期の訓練兵って誰が所属してたっけ? それに、207B分隊以上に訳ありの部隊なんてあるのか?

「貴様の所属先になった204A分隊の訓練兵は現在2名しかおらん」

「は?」

 所属訓練兵が2人しかいないと聞いて、思わず間の抜けた声が出てしまい、軍曹に睨まれる。すぐに姿勢を正すと軍曹は流して、話を続けてくれた。

「本来であれば、その204A分隊も既に任官していて、貴様は一期下の205隊のいずれかの分隊に所属することになっていたはずだ。
 しかし、204A分隊は昨年の6月の総戦技演習で2名の死亡者と1名の重傷者を出し不合格になって以降、BETAの本土進攻と明星作戦があったため、1年を過ぎた今も任官していない」

 2名の死亡者と1名の重傷者……思い出した。
 速瀬中尉と涼宮中尉が所属していた訓練部隊での事故だ。
 涼宮中尉はこの事故のせいで両足の切断を余儀なくされ、義足になって衛士の道を閉ざされることになったんだ。
 そして、続く軍曹の言葉でもう一つの速瀬中尉たちの重要な過去を思い出されることになった。

「もっとも、演習に落ちたせいで任官が遅れ、明星作戦にも参加することなく、無事にすんだというのは皮肉ではあるがな。
 明星作戦では多くの衛士が戦死した。
 この国連軍横浜基地訓練校の前身となる白陵基地衛士訓練学校の卒業生も皆A-01連隊に所属していたが、半数以上もの者が先の大戦で命を落とした。
 その中の、204A分隊と同期の元204B分隊の隊員たち中に、現在の204隊の2人と恋仲の者がいてな。
 今の時代珍しい話でもないが、1年も任官を遅らされた上で思い人を亡くしているため、2人は任官さえしていればあるいは、という無念と自責を抱えている。
 加えて演習の事故後にもう一人残っていた訓練兵が衛生兵への転科を希望、これが受理され、今年の4月に除隊したことも尾を引いている。
 今の2人は表向き平静には見えるが、その実、崖下に転落するのを互いに片腕で支え合いながら、もう片方の手で辛うじて堪えているといった状態だ」

 そう。速瀬中尉と涼宮中尉と三角関係にあった男性衛士は、その決着をつける事無く戦死してしまい、2人はその思いから立ち直るのに随分長い時間を必要としたそうだ。その悲しみの深さは、あの速瀬中尉が酒に溺れるほどのものだったという話だ。
 そんな状態の2人の中に、腰掛入隊としか見られない俺が何も事情も知らずに入っていけば、2人に引導を渡しかねない状況になると軍曹が危惧するのも良くわかる。

「お話はわかりました。
 軍曹は、自分が204隊ではなく、205隊に入隊するべきだとお考えなのですね?」

「そうもいくまい。いや、正直に話せば、今回の辞令を受けたとき、私は香月博士に貴様が言ったように抗議した。
 だが博士は、白銀の入隊で潰れるような者なら必要ないとおっしゃった」

 先生ならそう言うだろう。
 2人の未来を変えてしまうことにはなるけど、あるいはここで衛士の道を諦めるというのも幸せなことなのかもしれない。衛士になって戦うことだけが人類の勝利に貢献することではないのだから。
 だけど、速瀬中尉も涼宮中尉も本来ならその悲しみを乗り越えて、A-01へと任官するんだ。その未来を、俺が入り込むことで潰してしまうのは、あってはいけないことだ。
 その結果が、たとえ死地へと送り出すことではあっても。
 生きていれさえすればいいということではないことを、俺はもう知っている。自らの意思や希望を伴わない生は死んでいるのも同じ、いや、死以上に辛いことだと。そう、今の純夏のように……

「しかし、博士はこうもおっしゃられた。
 案外、白銀の入隊が2人を立ち直らせる助けになるんじゃないか。白銀を年齢どおりの者と考えないことだ、とな」

 軍曹の続けた言葉を聞いて、気づかないうちに俯き気味になって考え込んでいた顔を上げる。
 すると、そこには俺を挑発するように見つめる軍曹の顔があった。

「聞いたぞ。何でも、貴様は『特別』だそうだなぁ、白銀」

 馬鹿か俺はっ。
 速瀬中尉と涼宮中尉の問題に俺が何に出来るとは思わないからって、そこから逃げるような気持ちで205隊に入隊させてもらうようにしたほうがいいんじゃないかなんて、一瞬でも考えちまうなんて。何弱気になってんだ。
 アムロさんにも、目的と手段を履き違えるなって言われたじゃないか。

「はっ。鋭意努力いたします」

 どうしたらいいかなんてわからない。
 でも、あの速瀬中尉と涼宮中尉じゃないか。俺が俺らしくしていれば、腰掛入隊だとしたって認めてくれるはずだ。
 逆に速瀬中尉だったら発奮するに違いない。そして、お互いに研磨すれば、それが延いては戦死から遠くなることになるはずだ。

「ふふ。まあ、そう気負うな」

「あ、すいません」

 思わず立ち上がって敬礼して答えていた俺に、軍曹は苦笑して、手で着席を促す。

「しかし、あの夕呼に特別と言わせるとは。白銀、貴様何者だ?
 昨日は博士の教え子のようなことを言っていたから、任官するにしても技術仕官かと思えば衛士だというし。その年で実戦を既に経験し、座学も納めているくせに体力がないという。まったくもってアンバランスだ。
 教官でしかない私が無用な詮索をするべきではないのは重々わかっているが……それでも貴様は不自然と言わざるを得ない」

 軍曹はあくまでも軽口と言う風を装って俺のことを聞いてくるが、その目は俺という人間を見極めようという真剣みを帯びていた。
 言葉には出してこなかたけど、その裏には、昨日俺が夕呼先生と会ったとき、初め先生は警戒した態度を示していたのに、一転して訓練兵として転属したこと。そして、シャアさんとアムロさんという大尉2名の着任を、明らかに先生が知らなかったこと。加えて、その両大尉を差し置いて、俺が夕呼先生との話し合いを行っていたことの疑問が含まれていた。
 そこで、俺は今朝、シャアさんとアムロさんの3人で話しあったことを思い出す。



 昨夜、霞の誕生会を終えたあと、夕呼先生が俺たちの部屋を手配し忘れていたことがわかった。先生曰く、シャアさんたちがプロフィールを提出してから纏めて手配するつもりだったそうだが、あれはうっかり忘れていたに違いない。
 兎も角、酒も入っていた夕呼先生は、面倒くさいの一言で俺たちを執務室から追い出したのだが、流石に不憫に思ってくれた霞がピアティフ中尉に取り次いでくれて、4人部屋の空き室を臨時に宛がってくれた。
 その日は、俺は最後の方で先生に無理やり酒を飲まされていたので、部屋へ入るなり早々寝入ってしまったが、今朝起きてから、既に目を覚ましていたシャアさんとアムロさんと、横浜基地での地位を得た今後の方針を打ち合わせることになった。
 その中で、俺はまだ話していなかったオルタネイティブ計画についても全て2人に打ち明けた。
 すると、シャアさんが同志を増やすべきだと言った。
 俺の目的に共感し、オルタネイティブ4の全容を知っても協力してくれ、その結果、たとえ夕呼先生を裏切ることになっても共に歩んでくれる、同じ思いを懐いてくれる仲間。
 これは、いずれ夕呼先生と袂を分かつという意味ではない。
 ただ、先生は汚泥に塗れて底を歩むのは自分一人でいいと考え、霞という例外がいるとはいえ、事実自分の身近な人や大切な人には決して必要最低限の情報しか明かすことをしない。あの規律なんてクソくらえという夕呼先生が、階級を盾にとって神宮司軍曹に立ち入らせなかったほどだ。
 しかし、一人で全てを背負い込む先生のやり方では、BETA以外にも反オルタネイティブ4派という強大な敵が存在する以上、2度目の世界と然程変わらない未来へと進む可能性が高い。
 俺たちが動くといっても、今の地位は夕呼先生に保証されてのものなので、最終的に夕呼先生の方針を越えることは出来ない。この先、先生の後ろ盾を必要としない地位を手に入れられても、やはり袂を分かつのは本意じゃない。
 では、内堀を埋めてしまい、先生に考えを改めてもらおうというのが真意だ。

 しかし、これは二度と引き返せない道に引きずり込んで、泥の底を歩ませる人を増やすという意味でもあるし、不必要に増やせば、そこから破綻しないとも限らない。人選は慎重を期さなければならない。
 それでも、俺は同志になってもらうべき相手をシャアさんたちに告げた。
 伊隅大尉、月詠中尉、殿下、そして神宮司軍曹。
 伊隅大尉はおそらく今現在、霞を除いて最も先生に近い立場にいる人物なので、俺たちと十分に信頼関係が築けるまでは話すべきじゃないし、月詠中尉と殿下は接点がないので言うに及ばず。
 しかし、神宮司軍曹はどうであろうか?

 軍曹は常々夕呼先生の力になりたいと思ってるはずだ。
 そのために、先生から教官の話を持ちかけられたとき、その話しに乗ったのだろう。
 先生の抱えている問題に力を貸したいと思っていても、階級のせいで立ち入ることは許されず、だけど、ならばせめて優秀な人材を育て上げてA-01の戦力を強化することで先生の助けになろうと。
 むろん、教え子たちが少しでも長く戦場で生きられるようにと願いを込めて指導していることに偽りなんてあるはずもないけど、それと同等かそれ以上に、神宮司軍曹と夕呼先生の友情は深いもののはずだから。



 神宮司軍曹に話を打ち明けるタイミングは、二人から俺に一任されていた。
 しかし、このタイミングで話すのは早すぎるだろうか?
 出会ったばかりの軍曹から俺に寄せる信頼など皆無だ。この先、俺が特別さを発揮していったとしても、それは衛士としての実力においてであって、人として信頼されるかどうかは別の話だ。
 それに、本当の意味で俺が特別な理由はこれから話すかどうかということなのだから、先入観なく俺という存在に疑問を持たれてる今がやはり良いタイミングなのではないか?
 
 違う……違うだろ、白銀武。

 相手はあの神宮司軍曹だぞ。俺を、俺たちをいつだって見守り、育ててくれた『神宮司まりも』その人じゃないか。
 タイミング? 信頼? そんなもの、こちらが真剣に話せばわかってくれる人じゃないか。
 二度と引き返せない道に引きずり込む? そんなこと、俺に心配されるほど軟じゃないって叱り飛ばしてくれる人だぞ。

 俺は軍曹の目を見て、打ち明ける決心を固めた。

「神宮司教官。実は香月博士に対する悪巧みがあるんですが」

「ほぅ? 教官からの質問を無視するだけでは飽き足らず、悪事をそそのかすとはいい度胸だな、白銀」

「はっ、すいません。
 ですが、聞けば教官殿も常々博士の被害にあっておいでとか。
 自分としましては同じ被害にあった者として、教官殿をお誘いしようと思ったしだいであります」

「……貴様はなかなか人の興味を惹くことに長けているな、白銀。
 良かろう。話だけでも聞いてやろう」

「教官には是非乗っていただきたく思っていますが、この部屋は傍聴とか完全でありますか?
 何分、香月博士へのことなので、万が一にも聞かれたりしていたら、どうされるかわかりませんので」

「ふむ。もともと午前は自習だ。私の部屋に移って話の続きを聞かせてもらおう。
 私は下士官ではあるが、特別に士官用の個室を与えられている。そこでなら博士にもばれはすまい」

 軽口で話しても、俺にできる精一杯の真剣さを込めて神宮司軍曹の目を見て話す。その際、夕呼先生は無論、万一反オルタネイティブ派に盗聴されている危険性も考慮して、内密の話をしたいと暗に告げると、軍曹は俺の意図を汲んでくれて部屋を移すと答えてくれた。

 軍曹に先導されて、無言で軍曹の部屋へと向かう。
 そして部屋に着き、俺を招き入れて扉が閉じると同時に、軍曹は俺の眉間に銃口を押しつけてきた。

「さて、白銀武。話を聞こうか。
 しかし、あまりくだらない話だったら、貴様に鉛玉をプレゼントしてやることになるぞ」

 この事態はある程度予想してたし、既に一度、前の世界で夕呼先生にされていたため俺は慌てることはなかった。
 ただ、夕呼先生のときとは違って、軍曹は俺の態度しだいで言葉どおりに引き金を引くだろうし、俺が反撃したり逃げ出す前に頭をぶち抜くだろう。
 だから、俺も余計なことは話さずに真剣に軍曹に答える。

「神宮司軍曹に俺の同志になってもらいたいのです。これは、香月博士を救うためでもあります」

 俺も瞳の奥の真意まで見逃すまいと見つめていた軍曹は、戯言を言っているわけではないと判断してくれたようで、無言で先を促してきた。

「話を始める前に、軍曹に約束して欲しいことがあります。
 これからの話し合いは軍曹と訓練兵ではなく、神宮司まりもと白銀武というお互い一人の人間としてのもので、その上で判断し、決断していただけると」

 軍曹は銃を構えたまま無言で俺を見つめ続けた。俺も、軍曹が約束してくれるまでこれ以上話すことはないと見つめ返す。
 そのまま10分ほどが過ぎた頃だろうか。
 
「わかったわ。約束しましょう。
 話を聞かせてちょうだい、白銀」

 軍曹は銃口を下ろし、銃をしまうと口調を変えて約束の了解を返してくれた。
 そこには久しぶりに会う神宮寺まりも本人がいた。

「ありがとうございます、先生……」

「ちょ、ちょっと。いきなり泣き出してどうしたのよ?」

 教官としての神宮司軍曹ではなく、神宮寺まりもという個人との再会は、あの日、スカイテンプルで別れて見送った『まりもちゃん』を否が応でも重ねることになってしまい、俺の両目は俺の意志を振り切って涙を溢れさせていた。
 だけど、今はまだ感傷に浸って泣いていいときじゃない。
 俺は両頬を思いっきりひっぱたくと、意志の力で涙を止めて顔を拭った。

「突然すいませんでした。
 ……実は俺、俺自身のせいで神宮司軍曹とまりも先生を死なせちゃっているもので。
 それが軍人としてじゃなく、神宮司まりもという本人に再会できたと思ったら勝手に涙が」

「え? え? 何の話? 先生ってどーいうこと?」

「すいません。まだ動揺しているみたいだ。
 順を追って話します。あ、これから話すことはとても信じられない話でしょうけど、嘘でも作り話でもなくて、まして俺の頭がどうこうしているわけでもないですから聞いてください」

「え、ええ?」

 いきなり泣き出して、軍曹にとってはわけのわからないことを言う俺に慌てる軍曹は、だけど俺が話し始めると言うと、相談に来る訓練兵用なのだろう折りたたみ式の椅子を出してくれた。
 俺が深呼吸をしてからその椅子に座ると、軍曹もデスクチェアへと腰をかけた。

「夕呼先生が俺のことを特別と言っていた理由ですが、それは俺がこの世界を繰り返しているためです」

 昨日、三度この世界で目を覚ましてから、自分という存在の秘密を人類が劣勢から抜け出すまでは、この世界の人たちには話さないと決めていた。だけど、同志を得ると決めたことで、その考えを改めることにした。
 俺という存在のあり方とその経験を知ってもらわなければ、人類を救うために魔女と呼ばれてまでオルタネイティブ4を完遂しようとしている夕呼先生と、最後の一点とはいえ目的を違えることに賛同してもらえるとは思えなかったからだ。
 それほど、俺の目的は夢物語な理想論だと承知している。

「俺は元々この世界とはよく似た別の世界の人間でした。
 その世界にはBETAがいない平和な世界で、この世界の俺がよく知る人たちも、それぞれ身分や役割は違っても存在していました。
 俺が夕呼先生のこと先生と呼んでいたり、軍曹のことをさっき先生と呼んでしまったのも、2人がその世界では俺の通っていた高校の先生だったからです。
 それがある日、目が覚めたらこの世界に存在していて……」

 俺は話し続ける。一度目の世界と二度目の世界で俺が辿った軌跡を。
 そして本来なら、再構成された元の世界へと帰るはずだった俺が昨日、三度この世界で目を覚ましたこと。そこには俺と同じように別の世界からやって来たシャアさんとアムロさんがいたこと。その3人でこの横浜基地へやってきて、今ここにいるということを。

「……そうか。人類は、勝利できるのね。
 白銀。今まで人類のために戦い続けてくれて、ありがとう」

 黙って俺の話を聞いていてくれた軍曹は、俺が話終わると、そうつぶやいた。

「あの……信じてもらえたんですか? 自分で言うのもなんですけど、かなり突拍子もない話だったと思うんですが」

「何よ、白銀が信じろって言ったんでしょ。信じるわよ。
 それに、私には信じるに足る確信があるわ。
 私は夕呼と付き合いが長いからね。昔、わかりもしないのに無理やり彼女の打ち立てた因果律量子論を散々聞かされたわ。そして、その中に多世界解釈というのがあったのは今でも覚えているわ。
 その夕呼が、貴方のことを特別と言って、貴方たち3人を手元に置くことにした。
 どんなに信じられないような話だったとしても、白銀が話した内容は、昨日の夕呼の様子と今日までの言動と照らし合わせれば、信用に値するものよ」

「……ありがとうございます」

 神宮司軍曹なら信じてくれると思っていたけど、こうして実際に話して信じてくれるといわれると、涙がこみ上げてくるほど嬉しかった。
 同時に、神宮司軍曹と夕呼先生の深い友情を再確認し、先生を欺いてまで軍曹に協力を求めることに、今更ながらに罪悪感を感じずにはいられなかった。
 しかし軍曹は、そんな俺の考えを見透かしたように、口を歪めて笑い顔を作って俺に先を促した。

「もっと詳しく白銀のことを聞きたいとは思うけど、この話をするためだけに、態々私の部屋へ場所を移したわけではないんでしょ?」

「はい。最初に話したとおりに、軍曹には俺の目的を果すための同志になってもらいたいんです。
 そして、俺の目的は、大切の人を死なせずにBETAに勝利して、皆で喜び合える世界を勝ち取ることです。
 2度目の世界で、あ号標的をぶっ潰したあと、俺はその世界に残って、死んでいった先達たちの夢見た未来を創る礎になりたいと願いました。
 でも、その願いは叶わないもので、元の世界へ戻るはずでしたが、どういうわけか3度目のこの世界へやってきました。
 だけど、こうしてまた機会を与えられたのならば、先達たちのためにも、何より俺自身のわがままのために、以前の世界よりもより良い未来を勝ち取らなければ、俺がこの世界にいる意味はありません。」

 俺の目的を話して熱くなりかけた気持ちを覚ますために、一度言葉を区切って深呼吸をする。
 
「無論、そのためには夕呼先生の協力が不可欠ですが、先生の目的は、何を犠牲にしてもBETAに勝利するというものです。
 そして、先生はその目的のために全ての罪を一人で被ろうとしています。
 でも、いくら夕呼先生でもそんなのは無理です。敵はBETAだけじゃないし、しかも強大です。多くの人の協力を得なくちゃ、前回以上の勝ちなんて見込めません。そこまでやっても、大きな犠牲がでるかもしれない。
 だけど、犠牲を恐れて協力を得ることを躊躇していたら、掴めるはずの可能性まで逃してしまいます。
 だから俺は決めたんです。
 例え二度と引き返せない道に引きずり込むことだとしても、それを承知で手を差し伸べてくれる人なら協力してもらおうと。その上で、皆で守りあい、支えあって、皆で未来を勝ち取ろうって。
 だから神宮司軍曹、お願いします。軍曹の力を俺に貸してくださいっ」

 冷静にと心掛けていたつもりが、話しているうちにどんどん熱くなっていってしまった。
 軍曹は、そんな俺の熱くなった心を覚ますように優しい声で話し始めた。

「白銀……貴方の目的は、実現するのが到底不可能とも言える理想論よ」

「はい、わかってます」

「確かに、夕呼は一人で罪を被ろうとしているのでしょうね。
 それでも、貴方を今ここで拘束して、夕呼に私が機密を知ったことを話せば、私は今まで以上に彼女に協力できるようになるはずだわ。
 そのほうが人類の勝利への道を確かなものにすることに近いんじゃないかしら?」

「軍曹がそう考えるなら仕方ありません。
 でも、そのときは俺も抵抗して、軍曹を無力化させてもらいます」

「そして、その後はどうするのかしら?」

「それは……」

「仮に、夕呼と交渉して元の鞘に納まるとしても、帝都なりへ逃げて新たに足場を作るにしても、貴方たちの行動は制限されたものになるでしょうね。
 かといって、白銀には私を殺して機密を保つこともできない。
 そんなことをすれば、貴方の立場では更に悪い状況に陥ることになるし、そもそも、それをしてしまったら貴方の目的は破綻してしまうのだから。
 だけど、夕呼になら出来るし、やるわ」

 軍曹の指摘を聞いて、俺は酷い考え違いをしていたことに気がつかされた。
 夕呼先生は罪を一人で背負い込むためだけに頑なに協力者を増やさないようにしていたのではない。
 大事な人たちを守るために、そして、殺さなければいけない状況を作らないためにも、一人で抱え込まなくてはならなかったんだと。
 俺は自分の浅はかさに、ただ歯噛みすることしかできなかった。

「ありがとう、白銀。私に話してくれて。
 そして、私からもお願いするわ。貴方に協力させてちょうだい」

 だけど、神宮司軍曹は……そんな俺に優しく微笑んで、手を差し伸べてくれた。

「……え?」

「白銀は今、自分の目的と行動がどれだけ危ういものか理解したでしょう? それなら、これからはもっとうまくやれるようになればいいわ。
 そして、貴方の目的はとても尊いものよ。私だって貴方が言った未来を目にしたいわ。
 だから、貴方に協力させてちょうだい」

「ありがとう……ございます」

 軍曹は手を差し出したままで、俺のやろうとしている問題点がわかっていて尚、そう言ってくれた。
 俺はまた溢れ出した涙を止めることも出来ず、その手を力強く握り返すので精一杯だった。



「……落ち着いた?」

「はい。すいませんでした」

 自分の不甲斐なさや、神宮寺軍曹の協力を得られたことや、軍曹の中のまりもちゃんにまたで会えたことなんかがごっちゃになって、あれからしばらく流れ出る涙を止めることが出来ず、神宮司軍曹の胸を借りることになってしまった。

「ふふふ。なんだか教え子っていうより、大きな弟が急に出来たみたいだわ」

「どの世界でも軍曹にはみっともない姿を見せちゃって、お恥ずかしい限りです」

「あら、世界を救った英雄に頼られるなんて光栄よ」

「からかわないでくださいよ」

 本当に、どこの世界でもこの人は俺の先生なんだ。

「ふふ、ごめんなさい。
 じゃあ、ここからは真面目な話に戻るわよ。
 白銀。夕呼には、私に貴方が世界を移動してるということだけは話したと報告しなさい」

「え?」

 軍曹は和やかな顔から一転、真剣な顔に戻って俺に夕呼先生に報告するように忠告してきた。

「おそらく白銀を含めて貴方たち3人には、夕呼が監視の目をつけているはずよ。
 となれば、当然白銀が私に何事か内密な話をしたという報告を夕呼は受けるはずで、白銀がそのことについて夕呼に黙っていれば、余計な疑惑を受けることになるわ。
 だから、適度に真実を語って矛先を逸らすのよ」

「たしかに。夕呼先生なら、こちらが無理に隠そうとするほど真実にたどりつかれそうですね……」

「ええ。だから、初めは本当に夕呼に対する報復の相談をしていたけれど、白銀が私の素に触れて取り乱して、機密に触れない程度に、自分が世界を移動していることを話してしまったことにするのがいいわね」

 嘘の中に少しの真実を交えて話すことによって話の真実味を増させる。これは夕呼先生も良く使う手だ。
 それだけに上手くやれば、確かに夕呼先生の目を逸らせるかもしれない。
 でも、俺に演技ができるとは思えないし、それにその流れだと……

「ええと、それって俺が泣いたことも報告するんでしょうか?」

「白銀が話しづらいことをしぶしぶといった感じで報告したほうが真実味が出るでしょ。
 それでも報告しなければという理由は、因果情報だったかしら? そのせいで別の世界で私が死んでいるのよね。その流入がこの世界にもないかという不安から、というのがいいんじゃないかしら」

「……あっ」

「ひょっとして、そのこと忘れてた? ひどいわぁ」

 忘れていたわけではない。俺が因果導体から解放されているのは純夏が原因だった以上確かなはずだ。
 でも、夕呼先生の仮説と違い、こうして俺がまたこの世界をやり直している事実を考えると、因果の流入という問題点は絶対に軽く見てはいけないはずだ。
 夕呼先生に俺が神宮司軍曹を仲間に引き入れたことをばれないようにするとかの以前に、これははっきりと確認しておかなければ駄目だ。

「いや、大丈夫です。俺はもう因果導体から開放されてるのは確かだから、記憶の流入も因果の影響もないはずです。
 でも、軍曹。これから2年間は気をつけてください」

「大丈夫よ。少なくとも白銀が原因で死んだりなんかしないから」

 軍曹にも注意を喚起したら、既に俺が因果導体から開放されているのだから問題ないと思っているようで、軽い調子で返されてしまった。

「冗談。冗談だから、そんな顔しないでよ。」

「本当に注意してください。
 今回のループは今までとまったく違うものだし、何が原因かまだわからないんです。だから、どんな影響があるのかもわかりません。
 それに、死という因果はとても重いものだとも、元の世界の夕呼先生が言っていましたから」

「わかったわ、白銀。十分に気をつけるし、何か違和感を感じるようなことがあれば、すぐ貴方にも教えるわ。
 ほら、いつまでもそんな顔してないでしゃんとしなさい、白銀訓練兵。
 皆で笑いあえる未来を勝ち取るんでしょ。その目的のためにも、私はどんなことがあったって死なないわ」

 話してしまったことでどんな影響があるかはわからない。でも、例え因果の影響があろうとも、軍曹本人が別世界の自分の死の原因を知っていれば、防ぐことが出来るはずだ。それに今はシャアさんとアムロさんという頼もしい仲間もいる。
 そう考えて、俺は頭を切り替えることにした。
 ただし、この問題は確りと夕呼先生に解明してもらうことを決めて。

「夕呼のほうは私も口裏を合わせておくから、当面はそれで大丈夫でしょう」

「あ、それじゃあ、まだ話していなかった機密に関してですけど」

「待って、白銀。それは今、私が知っておくべきことかしら?」

「はい。軍曹が機密の漏洩を心配していることはわかりますけど、これから話すことは根幹なので、知っていてもらわないと行動に支障が出るかもしれませんから」

「わかったわ。お願い」

 そして俺は、オルタネイティブ計画と00ユニット、反オルタネイティブ派、BETAの生態と目的を軍曹に話した。
 しかし、こうして話すたびに、つくづく俺の目標を成し遂げることの困難さを再確認させられる。
 少なくとも、後顧の憂いなくBETAとの戦いに専念できる状況を作り出すことが、最も優先してやらなければならないことだろうと、軍曹に話しながら俺自身で再確認する。



「……ふぅ。
 ごめんなさい、あまりにも重大に過ぎる情報ばかりで、自分の中で処理しきれないわ。
 申し訳ないけど、今聞いた話の続きは、私の中で整理がついてからにしてもらえないかしら?」

「はい、わかりました」

「ごめんなさいね。
 ただ、白銀。白銀と私、それに2人の大尉の4人で事を運ぶのに十分対応できているうちは、これ以上仲間を増やすべきではないわ」

「はい。俺も軍曹にさっき指摘されてよくわかりました」

「そうね。誰も殺すわけにもいかないんだから」

 確かに。今回神宮司軍曹に仲間になってくれるよう話を打ち明けたのは、俺の勇み足だったと言うしかない。
 軍曹が仲間になってくれたおかげで事無きを得たけど、そうでなければ、その時点で俺の目的は破綻していたかもしれないんだ。
 これからは、もっと慎重に行動しないと。
 俺が自戒していると、軍曹は二度ほどゆっくりと肯いてから話を切り替えてきた。

「ところで、白銀。あなた、涼宮と速瀬のことは知っているのよね?」

「はい。尊敬できる先任でした。
 でも、俺の知っている2人は既に抱えている問題を解決していた、今の2人とは別の人です。
 だから、この世界の2人とは、別人として新しく関係を築き上げていきます」

「そう。それなら、安心して貴方の入隊を歓迎できるわね」

「あまり期待されすぎても困りますけど、俺は俺のできることを精一杯やるだけです」

「貴方自身、2ヶ月で並みの体力をつけないといけないものね。
 歩くのも辛いほどしごいてやるから覚悟しておけ、白銀訓練兵」

「はっ。よろしくご指導お願いします。神宮司教官」

 速瀬中尉と涼宮中尉。いや、速瀬さんと涼宮さんだな。
 俺は時々考えていることを口に出してしまうという悪癖があるんだ。普段から確りと前の世界との区別をしておかないと、うっかり口を滑らして余計な問題を起こしかねない。
 何よりこの世界とこれまでの世界の人たちは同一存在でも別人だ。混同するなんて失礼なことをしてはいけない。
 速瀬さんと涼宮さんの2人のことを俺が知っていることを軍曹は確認してきた。
 2人の抱えている問題を俺がどうこうできるわけではないとは思うけど、俺は俺らしくやるしかない。そういう意思を込めて返事をすると、軍曹は安心してくれたようで、内密な話はここまでと軍隊調に戻って俺に発破をかけてくれた。



 軍曹に無事に仲間になってもらうことが出来、話も一区切りつくと、既に昼に差し掛かる時間になっていたので、俺たちはPXへ向かうことにした。

「それで、涼宮だが。数度の手術を繰り返したが、やはり完全に義足が適合しなかったようでな。訓練には問題ないのだが、衛士としては適正検査をしてみるまでは正直なんともいえん状態だ。
 まあ、それを差し引いても、涼宮は元々運動神経がいいほうとは言えんところがあるからな。貴様に気にかけるほどの体力が残るかはわからんが、男ならフォローしてやるくらいの気概は見せてほしいものだ」

「ぐぅっ……努力します」

「神宮司軍曹に敬礼っ」

 道すがら、速瀬さんと涼宮さんについて教えてもらいながらPXに着き、食事を受け取ってテーブルの空きを探していると、軍曹に敬礼する声が聞こえてきた。

「なんだ、貴様らそろって昼食か?」

「はい、教官。皆、今日入隊する人に興味があるらしくって、私たちは何も知らないっていったんですけど、それじゃあどんな人だろうって話が盛り上がってしまいまして」

 軍曹の答礼に合わせて俺もテーブルを囲んでいる女の人たちに敬礼を返す。
 するとその中に、速瀬さんと宗像さんの姿があった。
 ということはひょっとして、髪型がセミロングで違うけど、このほんわかした雰囲気で軍曹と話している人は、涼宮さん?

「ふむ。ちょうどいい。
 白銀」

「はいっ」

「こいつが貴様らの噂話に上がっていた、白銀武訓練兵だ。
 午後の訓練前に紹介しようと思っていたが、ちょうどいい機会だ。204隊は無論、205隊の者も昼休みを利用して親睦を深めておけ。」

 軍曹が俺を呼んで紹介する。
 おそらく、このテーブルを囲んでいるのが現在の横浜基地訓練兵の全員なんだろう。204隊は速瀬さんと涼宮さんの2人だけだから、宗像さんを含めた残りの15人が205隊の人たちか? 結構多いな。
 というか、やっぱり全員女の人なのか……

「教官殿に質問があります」

「なんだ、宗像? 話してみろ」

「はい。彼は涼宮先輩たちよりも些か年下に見えますが、本当に204隊への編入なのでしょうか?」

「そのとおりだ。といっても、白銀はまだ15歳ではあるが、少々事情が特別でな。
 しかし、途中入隊とはいえ、書類上では205隊の一期上になることには変わりない。宗像、先輩をからかうのは程ほどにしろよ」

「了解であります」

「私がいては話も弾まぬだろうから別の席へ行くことにするが、白銀、貴様はここで食事をしろ。
 それから貴様ら、あまり羽目を外すなよ」

「え、あ、はい」

「敬礼」

 やはり、男の途中入隊というだけでも珍しいのに、諸事情から任官を送らされている204隊への入隊というのは必要以上に訓練兵たちの興味を惹いてしまったようで、宗像さんが軍曹に質問をしてきた。
 それに対して軍曹は意味深な言葉を残して、俺を彼女たちに押しつけて去っていってしまった。
 そして、俺は思い知ることになる。
 特殊な身の上ではない普通の訓練兵の女の人の集団のバイタリティーの凄さを……



「本日の訓練はここまでとする。解散」

「敬礼」

 昼休みに205隊の皆から質問攻めにあい、気疲れしてから午後の訓練が始まり、神宮寺軍曹の容赦ないシゴキを受けて訓練が終わる頃には、俺は心身共に疲れ果てていた。

「白銀っ。貴様の私物は既に204隊の部屋へ移されたそうだ。部屋の場所は涼宮たちに教えてもらえ。
 涼宮、速瀬。頼んだぞ」

「はい」「了解しました」

「りょうかいしました~」

 軍曹への敬礼が終わった途端へたり込んだ俺に、軍曹は部屋のことを知らせてくる。
 そういや昨日は臨時に宛がってもらった部屋だったっけなと思い出しながら返事を返した。

「ほら、白銀君。案内してあげるから行こう」

「ったく。態々私たちの隊に編入されたからどんな凄い奴かと思ってたら、とんだ期待はずれね」

「まあまあ、水月」

「それでは、涼宮先輩、速瀬先輩。お先に失礼します。
 白銀センパイもあまり二人の手を焼かせないであげてくださいよ」

「それじゃあねー、白銀センパイ」

「すいません。それじゃ、部屋までよろしくお願いします」

 座り込んでいる俺に、涼宮さんが声をかけてくれると、速瀬さんが憎まれ口を言ってきた。
 二人は俺を避けているわけじゃないんだろうけど、やっぱり、まだ本来の2人ではないせいで205隊の人たちに囲まれていた俺に、いままで積極的に話しかけてはこなかった。
 というか、もしかしたらこれが始めての会話らしい会話かもしれない。
 などと考えていると、宗像さんや205隊の人たちが俺たちに声をかけて、基地内へと先に戻っていく。
 どうでもいい事だけど、205隊の人たちからの俺の呼ばれ方は「白銀センパイ」で決まってしまったようだ。センパイというニュアンスに悪意のないからかいを感じられる……
 ともかく、いつまでもグラウンドで座り込んでいては涼宮さんたちまで夕食が遅れてしまうので、悲鳴を上げる体に活を入れて起き上がり、部屋まで案内してもらうことにする。
 しかし、その道中に会話はなく、よくない状態だとは思いつつも、俺自身は足を前へ動かし続けるので精一杯だった。
 そんなわけで、どーにかこーにか部屋の前まで案内されていくと、そこには霞が待っていた。

「おかえりなさい、白銀さん」

「ただいま、霞~」

「……大丈夫ですか?」

「おうよー、全然元気だぜ」
 
「あ、あの、白銀君。この子は白銀君の妹さん?」

 霞と挨拶していると、涼宮さんが申し訳なさそうに話しかけてきた。
 しかし、霞が妹って。いくら霞が軍事基地にいるのに似つかわしくないほど小さいからって、その発想がまず出てくるとは、さすが涼宮さんの天然っぷりなのだろうか?
 
「いや、遥。流石にそれはないでしょ? この子、どう見ても外人じゃない」

 速瀬さんも涼宮さんの発言に突っ込みを入れてるし、やっぱり俺と霞じゃ似てないし、兄妹に見えないよなー。

「はい。この子は社霞といって、「白銀さんの、義理の妹です……」……」

 えーと、霞さん?
 ひょっとして、昨日夕呼先生にからかわれた兄妹設定、結構気に入っていらっしゃる?

「あ、やっぱり。
 はじめまして。私は、白銀君が編入した204A分隊で分隊長をしてる涼宮遥っていいます。よろしくね、社さん」

「社霞です。よろしくお願いします」

「へー、こんな可愛い義理の妹なんて、白銀にはもったいないわね。
 あ、私は白銀と同じ分隊の速瀬水月。よろしく、社さん」

「よろしくお願いします」

 俺が紹介していたはずなのに、女の子同士で勝手に自己紹介が始まっていた。
 まあ、霞に友達が増えるのは喜ばしいことなので構わないんだけど、流石に疲れてて突っ込みも入れられん。

「あー、霞。悪いんだけど話し聞くの部屋の中でいいか?
 流石に疲れちまってて、座りたいんだ」

「まったく、だらしない奴ね」

「しかたないよ、水月。白銀君は初日なんだし、教官のシゴキを受けたんだから」

「はい。わかりました」

「それじゃあ、涼宮さん、速瀬さん、失礼します。部屋までありがとうございました」

 貴重な飯を食いっぱぐれるわけにはいかないのでこのまま寝ちまうわけにはいかないが、いい加減座って休みたかったので、涼宮さんと速瀬さんにお礼と挨拶を言って部屋に入る。
 と、個室だと思って入った部屋は、何故か大部屋だった……?

「なに部屋を独占しようとしてんのよ。私たちだってシャワーも着替えもするし、夕食まで休みたいんだから」

 俺が部屋を見て疑問符を浮かべていると、速瀬さんが文句を言いながら続いて部屋に入ってきた。

「……あの、つかぬことをおききしますが」

「なによ?」

 駄目だ、聞くな、白銀武。世の中には知らない方がいい事もあるんだ。

「ひょっとしておれのへやははやせさんとすずみやさんとどうしつなのでしょうか?」

「なに当たり前のこと言ってんのよ。私だってあんたみたいなへたれた男と同じ部屋なんてごめんだけど、しかたないでしょ。
 ここは軍隊なのよ。訓練兵に個室なんて与えられるわけがないじゃない」

 ですよねー。
 思えば今までが異常だったんだ……
 207隊が個室を与えられていたのは政治的配慮というやつで、俺は幸運にもその恩恵にあずかっていただけだ。

「あ、あの。白銀君。これからよろしくね?」

「ったく。本当になんでこんな男と同室でやらなくちゃいけないのよ。
 あ、遥。悪いけど先にシャワー使うわよ。
 白銀。あんた絶ーっっ対に、こっち見るんじゃないわよっ!!」

「あ、うん。
 社さんも、中へどうぞ」

 速瀬さんが文句を言いながらも着替えを用意したところで、俺は慌てて、見ないように体の向きを変える。
 間仕切り一つないこの部屋で、アホみたいに突っ立ってたら、俺は天国と地獄を見るはめになると理解したのだ。

「すまん霞。早急に用件を教えてくれ」

「……アムロ大尉が、白銀さんの訓練が終ったら、部屋へ来てくれるようにと言っていました」

「そうかありがとう。それじゃあ悪いけどアムロさんの部屋まで案内してくれ。今すぐ」

 霞に用件を聞いて、俺は急いで部屋の外に出る。体が悲鳴を上げているが、今は何よりも迅速な行動が必要だ。涼宮さんが俺の突然の動きに固まっているが、今は気にしている暇がない。いくら強化装備で女性の体に免疫が出来ていても、ナマなんて話は聞いてない。とにかく今は戦略的撤退だ。

 ……しかし、これから俺はどうすればいいんだ?


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今回の話は人物配置に「あれ?」と思われた方もいると思いますので、作中に入れられなかった説明をここでさせてもらいます。
でも、蛇足的なオリ設定なので読まなくても問題ありません。

━━━訓練校の時系列と補足説明━━━

00ユニットの選定候補者の受け皿として白陵基地衛士訓練学校が1995年に開校されますが、同年に18歳以上の未婚女性が徴兵対象となったばかりなので、伊隅大尉は1期生(18歳)で入校したとします。
その当時の日本は、まだいくらか余裕があったはずなので1年制ではなく、少なくとの2年以上は在学したと考えます。
そして、A-01連隊が1997年に発足。
訓練学校開校から2年で、ちょうど1期生が卒業し、任官します。この時点で18歳になっていれば徴兵年齢に達しているので1期生は卒業時18歳~20歳の混成だったとします。
しかし、連隊規模を全て新任でそろえるはずがないので、発足当時のA-01は外部から引き抜いた先任と訓練校卒業生の新任が半数ずつだったとします。(A-01の特殊性と任務の困難さを考えるとありえない比率ですが)
そこで、1期生の総数は54名。訓練校時代は1分隊6名が9分隊。3分隊で1部隊として201、202、203の3部隊だったことにします。(ちなみに1学年時は101、102、103の部隊呼称)
A-01は人員損耗率が最も激しい部隊ですが、選定候補者の受け皿という性質と5年後には1中隊を残すのみとなるほど酷いとは、流石の夕呼先生も当初から考えてはいなかったと思うので、2期生以降は選定の質を上げて部隊数が1期生より少なくなっていたと考えます。
そこで、1998年任官の2期生(鳴海孝之ら)は、1分隊5~6名が3分隊で204隊の1部隊のみ。以降、各年度1部隊ずつ(途中で分隊数は2つに減るが)という枠組みが決まって2001年(武ちゃんたち)の当時は207隊という呼称だったのではないかと妄想します。

ところで、2期生の遥と水月は1998年の前期総戦技演習に落ちてから、1年以上も経った1999年明星作戦当時(8月5日)にまだ任官していません。
これは1998年夏にBETAが日本本土に上陸し、オルタネイティヴ4本拠地と共に訓練校も仙台へ移設、以降明星作戦終了まで放置されていたためでしょう(゜ーÅ)

また、1998年のどの時期かは不明ですが光州作戦が発動しています。作戦が失敗したとはいえBETAの数はそれなりにこのときに減らしていると思われるので、BETAの本土上陸が夏だということから、光州作戦は1月~2月頃の年の早い時期に行われたように考えられます。
しかし、作戦は失敗。この作戦の失敗と同時に夕呼先生は近いうちにBETAの日本侵攻を予測した可能性が高いです。
年表でも同年中に横浜ハイヴ攻略作戦を提案していることから、年の初めから様々な作戦立案やロビー活動をしていたと思えます。
その中で、訓練校の在学期間が2年というのは長いと考えたかもしれません。
そこで、1998年4月入校するはずの4期生は白紙に戻し、1年制でのカリキュラムを神宮寺軍曹に打診。3期生が卒業したあとの2000年から新たに再スタートされることになるとしました。

以上を踏まえ、本作ではこのように設定しました。

1期生201隊、202隊、203隊(2001年時点で22~24歳)1995年~1997年在学(2年教育)1分隊6名。計9分隊、53名任官(訓練中の事故で1名死亡)。201隊所属、伊隅みちる。202隊所属、碓氷
2期生204隊(2001年時点21歳)1996年~1998年在学(2年教育)1分隊5~6名。計2分隊、10~12名任官。所属、鳴海孝之、平慎二
2期生204A分隊(2001年時点21歳)1996年~1999年在学。所属、涼宮遙、速瀬水月
3期生205隊(2001年時点20歳)1997年~1999年在学(2年教育)1分隊5名。計3分隊、15名任官。所属、宗像美冴
4期生206隊(2001年時点19歳)2000年在学(1年教育)1分隊6名。計2分隊、12名任官。 所属、風間祷子
5期生207隊(2001年時点18歳)2001年在学(1年教育)1分隊5名。計2分隊、10名任官。 207A分隊所属、涼宮茜、柏木晴子、築地多恵、麻倉、高原。207B分隊所属、榊千鶴、御剣冥夜、珠瀬壬姫、彩峰慧、鎧衣美琴



[26055] 第五話 御伽話
Name: ウサ耳娘◆4441b99c ID:7a9d211e
Date: 2011/11/10 19:04
1999年10月30日(土)

Sind:白銀武

 三度目のループから早くも一週間が過ぎた。
 この一週間は、二日目の10月23日に神宮司軍曹に仲間になってもらうという、これまでのループと大きく異なる行動を取ったけど、それ以降は訓練と指揮官教育に追われる日々だった。まあ、部屋が速瀬さんと涼宮さんと同室でシャワーや着替えに困る事態ではあったが、概ね順調といえる日々だった。
 もっとも、23日の夜にアムロさんの部屋で具体的に決まった今後の予定を報告しあっているときに、軍曹のことも話したが、流石にシャアさんもアムロさんも朝話し合ったその日のうちに、俺が軍曹に仲間になってもらうよう話を打ち明けるとは考えていなかったそうで、焦りと行動の迅速さを混同しないようにと諭される結果になってしまった。
 その神宮司軍曹とシャアさんの顔合わせは、俺の指揮官教育の時間を利用してなされた。しかし、アムロさんは霞と共にXM3の開発に当たることになったということで、それが落ち着くまでは俺の授業をシャアさんに一任することになったので、4人揃って顔を合わせたことはまだない。
 大きな行動を起こしていない今は、態々時間を作って4人揃って合う必要もないし、そうすることで必要以上に夕呼先生の関心を買うこともないと、シャアさんと軍曹が共に言っているので、俺も今は自分が力をつけるのに専念している。
 
 また、神宮司軍曹と話したときに気がついた因果情報の流入に対する懸念だが、これは24日の早朝に夕呼先生の執務室を訪れて先生に相談した。
 その際、軍曹の言葉どおりに、俺が軍曹にループしていることがばれてしまったということも報告した。
 俺は因果情報の流入にかなり危機感を懐いたので、必死に夕呼先生に解明を頼んだのと、その日のうちに神宮司軍曹から夕呼先生にループばれの件で確認を求め、その際、俺が軍曹に泣きついたという情報も伝えられてしまい、その点に夕呼先生の興味が集中し、軍曹を仲間に引き入れた件から目を反らせられたようだ。
 もっとも、俺が神宮司軍曹に泣きついたということは、後々まで先生から弄られるネタになってしまったが。

 一方、シャアさんとアムロさんは、シャアさんが俺の授業を受け持つのと、アムロさんがXM3の開発を行っているのと平行して、夕呼先生を介して、この世界の歴史と情勢を詳しく学んでいる。
 また、A-01の教導官という人事になっているので、その為の対BETA戦術も学んでいる。
 A-01への着任は、それらが一通り終了し、XM3のβ版の完成と共に成されるそうだ。
 そのため、シャアさんはA-01隊員の恩師である神宮司軍曹から隊員たちのことを聞くという、至極まっとうな理由で軍曹と接触できるということで、俺の人選の妙を褒められてしまうという出来事もあった。

 ここまで、因果情報の流入の是非という懸念事項があるとはいえ、それ以外は問題なく日が過ぎたが、俺の中では一つの懸念事項が存在していた。
 そして今朝、霞が俺に夕呼先生が執務室に呼んでいるということを伝えに来たので、俺はその懸念を晴らすことを決意した。



 霞と共に夕呼先生の執務室へ向かう途中、隣を歩く霞を見てから決心をして、霞に話しかける。

「なあ、霞。
 霞は俺がやろうとしてること。それと、今日までしたことを知ってるよな?」

 既に機密性の高い通路に入っていたが、どこに監視の目があるかわからないので、誰に聞かれても問題ないように、だけど霞には確りと意味が伝わるように話しかけたが、霞はなかなか返事を返してくれない。

「………………はい」

 それでも霞の返事を待っていると、霞はようやく肯定の返事を返してくれた。

「……どうして、夕呼先生に黙っていてくれてるんだ?」

 俺は立ち止まり、辺りに人の気配がないことを確認してから、先に進んだ霞の背中に今日まで抱えていた疑問を問いかけた。
 
 考えればすぐわかることだった。
 シャアさんとアムロさんには兎も角、夕呼先生が俺に態々監視を付ける必要がないことを。俺が無警戒で、側にいることを当たり前だと思っている霞がいれば、俺の行動なんて先生に筒抜けなのだから。
 それに気がついたのは、因果情報の流入の是非の解明を先生にお願いした後だった。
 あれで神宮司軍曹にループしていることがばれたことが先生に伝わったのに、今後、俺という存在の秘密をばらすようなことがないようにと厳重注意されただけで、以降、今日まで先生からそれ以上の言及がまったくない。
 初めは泳がされているのかとも疑った。
 でも、俺たちに背後関係など無いし、泳がせても先生の計画の邪魔になることこそあれ、先生にとってメリットがない。逆に、釘を刺して俺たちの行動の自由を制限する方が、先生にとって扱いやすい駒を手に入れる機会を作れる。
 すると、夕呼先生は、俺と神宮司軍曹の報告以上の問題点はなかったと考えている可能性が高い。少なくとも、軍曹が俺の仲間になってくれたという事実を掴んではいないと考えていいだろう。
 何故なら、先生にとっても重要な判断材料となる霞からの報告が無いのだから。

 俺はそう結論付けたものの、霞が何故、夕呼先生に秘密にしていてくれるのか、真意を聞かなければならないと考えた。
 確かに、霞はどの世界でも俺の理解者でいてくれたけど、だからといって、この世界では会ったばかりの俺のために先生の意思に反して行動をしたことを黙っていてくれると、都合よく考えるわけにはいかない。
 また、俺の予想とはまったく異なり、霞は俺の行動を包み隠さず先生に報告していていて、その上で、やはり先生が俺を泳がせているという可能性もあるかもしれない。だけど、霞は表情が乏しいけど嘘や演技は下手だから、もし先生に報告が伝わっていれば、霞が俺に対して何かぎこちなさのようなものを感じられる行動が見られるはずと思い、ここ数日、霞を注意して見ていたが、そういった様子はなかった。
 そこで俺は、今日、霞に思い切って尋ねてみることにした。
 これは神宮司軍曹のときとは趣の異なることだけど、一応シャアさんにも報告済みだ。
 シャアさんは霞のESP能力がそこまでとは考えていなかったようで、俺から霞の能力を確り確認すると、最優先で同志に加わってもらわなければならないし、最低でも夕呼先生に俺の行動を黙っていてくれるようにしてもらわなけばならないと、早急に霞と話し合うべきだと俺に告げた。
 蛇足だが、軍曹には霞の能力については教えていない。そもそも、仲間になってもらう上で機密を明かすことと、霞のプライベートともいえる問題を、霞の断りも無く話すのは別のことだから。
 シャアさんとアムロさんに霞のことを話したのは、2人がニュータイプで、霞が思い悩んでいる自分の能力について理解者になってくれると思ったからだ。
 兎も角、俺の行動は霞が夕呼先生に黙っていてくれるという前提でなければ成り立たない、まるで釈迦の掌の上で息巻いてる孫悟空の例えのようなものだったわけだ。でも、俺の目的のためにはどうしても夕呼先生は乗り越えなくてはいけない存在だし、霞の真意を確認しておかなければ、これからの行動にも支障が出てしまう。
 もっとも、出会って間もない今の段階で、霞が俺に正直に答えてくれるとは限らないが、やはり霞はどこの世界だろうと霞であることには違いないので、俺は霞を信じて疑問を投げかけた。
 信じるだけで事を進めては窮地に陥りかねないことは神宮司軍曹に諭されて俺自身確り認識したことだが、それでも信じるべき存在を最初から疑ってかかるようなことだけはしたくない。
 甘いことだとはわかっているけど、これはどうしても曲げられない俺の信念の一つだ。

 そして、霞は俺に振り向いて、しばらくの間俺を見つめた後、ゆっくりと話し始めた。

「白銀さんがこの基地へ来たとき……私は貴方が、香月博士も救ってくれる人だと感じました。
 そして、リーディングで見た貴方の心は、一見、香月博士と異とするものですが、その奥には、博士も救おうという優しい色が見えます。
 それに……白銀さんは、どの世界でも、私と仲良くしてくれて、沢山の思い出を作ってくれていました。
 だから、私は、白銀さんを信じて、香月博士には話しません」

 霞の答えは、やっぱり霞は霞だったというものだった。

「そうか……ありがとう、霞。
 霞の立場からすれば、嘘の報告をさせることになって、夕呼先生のお前に対する信頼を裏切らせることになっちまってすまないと思ってる。
 でも俺は、これからも俺の行動を止めるわけにはいかないんだ」

「大丈夫です。これは、私が自分で決めたことです。だから、白銀さんが気に病む必要はありません」

 霞が先生に黙っていてくれたことと、俺を信頼してくれたことにお礼を言う。
 今後も俺が皆と世界のために行動している限りは、霞が黙認してくれるはずだから、俺もそれ以上は言葉にしない。
 ただ、夕呼先生の信頼を裏切らせてしまうことだけを謝った。
 すると霞は、自分の意思だから俺が気に病む必要はないと励ましてくれた。
 だから俺は、俺を信頼してくれた霞に誓う。

「必ず皆で喜び合える未来を勝ち取ると約束する。
 だから、霞。全てが終わった時、苦労話に花を咲かせられるように、これから思い出をたくさん作っていこうな」

「思い出…………
 はい。私も思い出、たくさん作りたいです」

 霞は憧れるような顔をして、そう返事をしてくれた。
 思い出を渇望している霞。
 苦しくて辛い出来事がこれから数多く降りかかてくるに違いない。でも、それ以上に楽しい思い出を霞とたくさん作ろうと、改めて心に誓った。



 霞に対する懸念も晴れ、誓いを新たにして、俺は夕呼先生の執務室へと霞と共にやって来た。
 霞との話は重大なことだったけど、要した時間はわずかだったため、夕呼先生を待たせることにはならず、すんなりと話を聞くことが出来た。

「白銀。あんたが気にしていた因果情報の流入だけど、数日の経過から得た仮説でよければ話してあげるわよ」

「はい。お願いします」

 先生の呼び出しは、因果情報の流入の是非についてのことだった。
 確かに、俺は出来るだけ早く結論を出してくれるようお願いしたけど、それにしてもこんなに早く答えを出してもらえるとは思っていなかったので驚いた。
 神宮司軍曹に関わることなので、それだけ夕呼先生も結論を急いでくれたということか。
 兎も角、俺は先生に話してくれるようお願いした。

「既に知っているでしょうけど、記憶の流入は因果導体であった白銀が、過去に体験したことを強く意識するほど起こる現象よ。これは1998年の現在より未来の出来事でも、過去の経験として変換されて記憶という形で保管される。
 ただし、この現象は記憶を受信する人物が、白銀に対して何某かの強い興味を懐いているという前提条件があるわ。
 そこで私は、世界を移動しているという稀有な存在であるあんたに対して元々興味は懐いていたけど、それを更に、私の理論の実証存在である要観察対象人物として白銀を強く意識したわ。
 そして、ここ数日、白銀に白銀の元の世界とこちらの世界でを問わず、私と出会ってからの出来事を出来る限り詳しく思い出して話してもらったけど、その結果、私に記憶の流入は一切無かったわ。
 一方、因果情報の流入は記憶の流入とは異なり、重い因果ほど白銀の意識する強さや受信者の有無に限らず流入し、因果情報を上書きする。
 ただしこれは、異なる二つの世界間で行われる事象で、その結果、流入した因果に押し出される形で記憶の流出が行われる。
 もっとも、この世界に存在する白銀武という存在が無数の世界の白銀たちの集合体だというのなら、この世界と同一の未来の因果の影響をまったく受けないとも言えないでしょうけど、この記憶と因果の流入という事象が、白銀という因果導体が存在してのみ引き起こされる現象ならば、白銀が因果導体でなければ問題はない。
 そして、白銀は前の世界で原因を取り除き、因果導体から開放された」

「はい。そのはずです」

「既に話したとおり、今日まで私に一切の記憶の流入は無かったこと。そして、前の世界で00ユニットである鑑純夏が、自らが白銀を因果導体にした原因で、かつ、白銀は既に因果導体から開放されたと語ったということから、白銀は既に因果導体ではないといってまず間違いないでしょう」

 ここまで話して夕呼先生は一旦言葉を区切ると、机の上から何か書類を手に取った。
 しかし、ここまでの先生の話からすると、俺は因果導体から解放されてるのだから因果情報の流入は心配ないということでいいんだろうか?

「さて、そうなると、何故因果導体ではなくなった白銀が、また世界をやり直すことになったのかという疑問だけど。
 白銀。あんたは、2発のG弾によって引き起こされた時空間の歪がこの世界と近い別の世界に繋がったことで、大量のG元素の消失と引き換えに鑑純夏の白銀武に会いたいという最後に残った強い思いを顕現した結果、無数の世界の白銀たちが集められて作られた存在だという話だったわね」

「はい。喀什から帰還したときに霞が聞かせてくれた、純夏の話から夕呼先生が導き出した仮説だそうです」

「そうね。00ユニットから直接話を聞けば、私も同じ仮説を立てるでしょうね。
 そこで、私はあんたからその話を聞いた後、最優先であることを調べさせたわ」

 夕呼先生は手に持っていた書類をひらひらとさせてみせた。

「あんたも知ってのとおり、この基地はつい2ヶ月程前までは横浜ハイヴだった所で、そのハイヴではBETAによる人類に対しての研究が行われていた。そして、その唯一の生還者が鑑純夏。
 彼女は今もこの部屋の隣で生かされているけど、それ以外の発見された者の脳髄も、既に死亡しているとはいえ、貴重なサンプルとして基地の別の場所に保存しているのよ。
 そして、それらの脳髄を確認させた結果、20代から30代の脳髄が2つ。そして、10代の脳髄1つが少量というにはやや多いG元素と共に消失していたわ」

 消失した3つの脳髄とは、つまり俺とシャアさんとアムロさんのものということだろうか? だけど、俺は兎も角、シャアさんとアムロさんはこの時代の人じゃない。それに、消失したG元素も大量にではないというのはどういうことだ?

「10代の脳髄は間違いなく、この世界の白銀自身のもの。そして、他の2つの脳髄はクワトロ大尉とレイ大尉と存在が近い人物、もしかしたらこの世界での彼らの祖先に当たる人物のものかもしれないわ。
 その3つの脳髄とG元素が媒介になって、あんたたちはこの世界に顕現した。
 クワトロとレイが、この世界で目覚める直前に体験したサイコフレームという物の暴走は、地球に落下する隕石から『守りたい』という意思に反応して引き起こされたものでしょう。そして、その暴走の中心にいた二人はニュータイプという資質の持ち主だった。
 一方、白銀は役目を終えた前の世界から、再構成された世界へ帰還した。ただし、その世界では不要となる、この世界の記憶を虚数空間に残して。
 だけど、その残された記憶は虚数空間を漂うには、あまりにも強くはっきりとした意思だった。
 そして、この世界のG弾が引き起こした時空間の歪が、虚数空間に残った白銀の意思を介して、サイコフレームが暴走した世界と繋がった。
 G弾の投下から、あんたたちがこの世界に出現するまでに2ヶ月程のタイムラグがあるけれど、世界からすればわずかな誤差でしかないでしょうし、あんたたちの存在がこの世界に定着するまでに2ヶ月程必要だったとも考えられるわ。
 この仮説から導き出される答えは、白銀、あんたは因果導体ではなく、限りなくこの世界の白銀武に近い人間として再構成された存在よ。
 ……鑑純夏は世界が再構成されるとき、白銀の願いも叶えたのよ。おとぎばなしさながらにね」

 肩をすくめながら両掌を上に向け、夕呼先生はそう言葉を結んだ。

「つまり、因果情報の流入は無いということですか?」

「ええ。少なくとも、今話した仮説に矛盾が生じない限りはね」

 俺は夕呼先生の結論を聞いて、思わずガッツポーズをした。
 俺が因果導体でないから因果情報も流入しないというのは勿論、純夏が俺の願いを叶えてくれたというのなら、神宮司軍曹があんなひどい死に方をする因果が、この世界に流れるはずがないんだから。

「喜んでるところ悪いんだけど、今話したのはあくまでも仮説よ。
 もっとも、00ユニットが完成して話を聞ければ、この仮説をより確かなものに出来るんだけどねぇ?」

 夕呼先生はまだ仮説でしかないと俺に釘を刺し、00ユニットを早く完成させるために協力しろと促してきた。

「いや、その件は本当にすいません。
 俺も早く純夏を自由にしてやりたいのは山々なんですが……」

「わかってるわよ。
 少なくとも、ODLの問題を解決しないうちは理論が完成しようがしまいが、それ以上先には進めないんだから」

 00ユニットの理論をやはりまだ教えられないのではぐらかすと、先生は不貞腐れたような返事をしてきた。
 それにしても、先生の仮説を聞いて因果情報の流入は無いと考えてよいことがわかり、そのことは心底安心したけど、今度は別の問題点が明らかになってしまった。
 今までも、2年の逆行で元の世界へ理論の回収に行けるのかという不安はあったけど、今の俺はこの世界の元の俺に限りなく近い存在だとすると、やはり前の世界のやり方では、元の世界へ行くことは出来ないと考えた方がいいだろう。
 ……まずいな。
 これじゃあ、2年の時間的猶予があろうが、状況を変えようが意味がなくなっちまう。
 アムロさんに理論のことで先生に協力してもらうというのは初めから考えてたことだけど、元々保険という案でしかなかったし、いくらアムロさんが未来の技術を持っているといえ本職の研究者というわけではないんだから、夕呼先生が全てをかけても完成させることが出来なかった理論に辿りつけるとは、素人考えでも無理だろうということはわかる。
 ただ、わずかだけど希望もある。
 理論回収が無理かもしれないと不安を覚えてから、元の世界の夕呼先生が黒板に書いていた公式を思い出せないかと何度も思い返していて気が付いたことだけど、並列コンピューターについて熱く語りながら何やら書き進めていた先生は「こんな簡単なことでノーベル賞が貰える」というようなことを言っていたんだ。
 そう、この世界では辿りつくことの出来ない理論が「簡単なこと」だと。
 つまり、夕呼先生が00ユニットの根幹である並列コンピューターの理論に辿りつけるか否かは、発想力の違いなんじゃないのかと俺は考えた。
 そう思ってみると、確かに説明を始めた当初、先生は理論について漠然としか自身の考えを纏めていなかったようで、黒板に書き進めていくわずかな時間で答えを導き出していたように思う。
 そして、並列処理の発想を思いついたのがクソゲーをやっているときだとも言っていた。
 前回の世界では置いてきていたが、今回は何か役立つかもしれないとゲームガイを持ってきている。そのゲームガイで元の世界の夕呼先生がやったというクソゲーと同じようなものアムロさんに作ってもらい、この世界の夕呼先生がやった場合どうなるだろうか?
 それに、夕呼先生が言っていた『発想が古い従来の並列処理コンピューター』でも、140年後の技術ならそれの発展した技術を利用したものが色々あるかもしれない。それをアムロさんに再現してもらって、夕呼先生の発想を転換させることが出来れば先生が独自に理論へ辿りつけるんじゃないか、と考えているんだけど。
 兎も角、早いうちにアムロさんにも時間を作ってもらって相談しないとな。
 それにしても、何か一つ行動を起こすたびに、次々と問題が出てくるな……
 まあ、今までとは違うことをしようとしてるんだから仕方ないんだろうけど、常に気を引き締めていかないとな。

「何考え込んでるのか知らないけど、白銀、話が終わったのにあんたいつまでものんびりしてていいのかしら?」

 夕呼先生の声で、つい考え込んでしまっていたのに気が付き、先生が時計を指差している時計を見ると、既に朝の点呼の時間に差し掛かっていた。

「やばっ。
 兎も角、先生、ありがとうございました。それじゃ、これで失礼します」

「はいはい。あんたの不安を解消してやったんだから、確り訓練受けてきなさいよ」

 俺は夕呼先生にお礼と退室を告げると、先生の返事を聞くのもそこそこに部屋から退出して、全力疾走で自室へと駆け出した。



side:アムロ・レイ

「提出してもらったデータと映像で動きが良くなったのはわかったけど、正直なところどうなの?」

「実機を動かしてみるまでは断言できないが、現存するどの戦術機でも機体の性能を100%発揮できる仕様には仕上げたつもりだ」

 昨夜、ようやくXM3のβ版を完成させ、久しぶりにベットで休むことができた。
 今はそのXM3のお披露目と共に、A-01との顔合わせをすることになり、香月女史とシャアと共に部隊の待機所へ向かいながら話をしている。

「ほう。MSと比べてはどうなのだ?」

「MSと戦術機じゃ、そもそも設計理念からして違っている。比べる以前の問題だ。
 ただ、やはり世代が進むごとに軽量化も進み、その弊害からどうしても機体耐久面での不安が増す。BETA相手に有効なのは確かだが、持論を言わせてもらえば、第一世代機のF-4がXM3と、あるいは最も相性がいい機体かもしれないな」

「ちょっと、それ本当に使えるんでしょうね?」

 女史の疑問に問題ないと答えると、シャアがMSとの比較を尋ねてきた。
 しかし、シミュレーションで感じたとおり、XM3を開発する上でこの基地にある全ての戦術機の設計図に目を通したが、運用思想は勿論、設計理念すら違うMSと戦術機では同じ感覚で動かすことは到底できるはずもない。
 そして、戦術機の世代が進むのに合わせて部品の強度も上がっているようだが、それでも軽量化に伴う耐久度の犠牲は、やはり重力干渉のある地上では無視することができない。
 その点では、戦術機としては頑強に作られているF-4が最も信頼性を置ける。
 この世界のパイロットの腕がどれほどのものかはわからないが、一般兵ならば対BETA戦戦力として、XM3を導入して機体のフルスペックを引き出せるようになったF-4で第三世代に劣らない戦果を出せるだろう。
 そういった旨を話したつもりだが、説明が足りなかったのか、女史からXM3の性能に不安を持つような言葉を投げかけられた。

「武の要望を全て満たした上で、俺なりに多少アレンジしたが、そこは保障する。
 事実、シミュレータのみとはいえ、機体性能を引き出すという点では、第三世代機に最も合っている。
 ただ、現存の戦術機は予備動作で機体にかかる負荷を減らしているというのが事実だ。キャンセル機能はそれを中断させて次の動作へ繋げることで機体反応を上げている。当然、キャンセルを多用するほど機体にかかる負荷が増えていくことになるが、これはソフトの欠点というよりも、ハードである機体側の問題だ。
 そもそも、戦術機は人型兵器という意味では第一世代で既に完成しているんだ。そこから、物量で劣るBETAに対して機動で対抗しようと第二、第三世代機へ発展していったこと事態は間違いではないが、ハードの開発に偏重していた弊害がXM3で明らかになったともいえるな」

「いっそ機体も開発して、ソフトとハードをセットにして売り出してみてはどうかね、博士?」

 女史の不安を取り除くよう説明すると、シャアが機体の開発を女史に持ちかけた。
 元々、武にも戦術機の改良や開発は希望されていたことだし、俺自身実機にはまだ乗っていないが、既に戦術機に対する不満はあるので、機体の問題点が挙がったこのタイミングで女史へ打診をするのはちょうどいい機会だろう。

「あのねえ。確かに私はオルタネイティブ4の責任者として多大な権力が与えられているけど、そう何でも出来るわけじゃないのよ。
 XM3はオルタネイティブ計画で開発していた並列処理コンピュータのスピンオフという側面があるから許可を出したの。
 だけど、護衛戦力には既に目星をつけているし、戦術機の開発なんて専門外もいいところよ。大体、予算をどこから持ってくるのよ」

「開示してもらった資料に、帝国軍技術廠へここの開発部からレールガンの機関部と機密技術を提供したとあったが、そこから引っ張ってくることが出来るのではないか?
 詳しい資料はなかったが、件の技術廠では94式の改修機開発計画もあるようだし、それを利用すれば俺たちの望む戦術機の開発予算くらい帝国から引き出せるだろう」

「嫌よ。勝手に改修機を開発してくれるって言うのなら、やらせとけばいいじゃない。
 それでなくたって、私はあんたたちのせいで色々予定が狂ってんのよ」

 しかし、女史の反応は芳しくなく、それ以上話を続ける前にA-01の待機所の前へと着いてしまった。



Sind:白銀武

「白銀君、生きてる~?」

「じゃあ、遥。私は先に戻ってるわよ」

「涼宮先輩、お先に失礼します」

「あ、うん。お疲れ様」

 今日の訓練も終わり、皆次々と基地へと引き上げていく。
 それにしても、疲労した体の熱に地面の冷たさが気持ちいい……

「白銀くーん。グラウンドで寝ちゃ駄目だよ~」

 いや、涼宮さんもちょっと寝転んでみてくださいよ。この気持ちよさはなかなか癖になりますよ。

「も~。とにかく起き上がって」

 涼宮さんはすっかり慣れた調子で、地面に突っ伏した俺を起き上がらせて座らせる。
 それにしても、朝点呼の時遅刻したせいか、今日の訓練は一段と厳しかった。
 A-01の先任たちから神宮司軍曹は鬼軍曹だったと聞いたことがあったけど、今日の軍曹はまさしくそのとおりだった。
 完遂がとても無理に思える指示を出し、途中でへばればとてもいい笑顔で水をぶっ掛けて起き上がらせ追いたてる。そのくせ、体力の最後の一滴まで絞りつくせば完遂できるように考えられているという、なんともありがたくも恐ろしい訓練内容だった。
 神宮司軍曹の素顔を知っている俺には、その鬼軍曹っぷりは、夕呼先生が密かに制作したクローンと入れ替わったのではないかなどと馬鹿なことを考えてしまうほどだった。

「毎日お手数かけてすいません」

「あはは。気にしないでいいよ。今日の訓練は特別厳しかったもんね。
 それに、教官から白銀君の面倒見るように言われたけど、私、妹がいるから元々年下の面倒見るのには慣れてるから」

 体力が年齢相応になってしまっている俺は、訓練が終わると同時にへたり込んでしまうため、神宮司軍曹は分隊長である涼宮さんに俺の世話を言い付けていた。
 初めの数日は速瀬さんも涼宮さんに付き合ってくれていたけど、俺の不甲斐なさに呆れたようで、今では205隊の皆と一緒に先に戻ってしまうようになった。
 だというのに、涼宮さんは嫌な顔一つせずに俺の面倒を見続けてくれる。
 はあ、本当この人は癒しの存在だなあ……

「妹さん、ですか?」

「うん。白銀君と同い年だよ。
 今は普通の高校に通ってるんだけど、来年から衛士訓練学校へ転入するんだ。
 ……私はこのまま普通に高校を卒業してほしいんだけど、自分が訓練学校へ進んじゃった手前、強く反対もできなくて」

 涼宮さんの妹といえば、俺もよく知っている涼宮茜だ。
 でも、そうか。あいつは初めから訓練学校へ進学していたわけじゃなかったのか。
 姉である涼宮さんのために衛士への道へ進んだって言ってたけど、きっと、涼宮さんが総戦技演習の事故で義足になった頃から、その道を進むことを決心したんだろうな。

「ねえ、白銀君。少し、私の話しに付き合ってくれるかな?」

「はい。俺でよければ」

 俺が涼宮のことを思い出していると、涼宮さんは俺の横に座りながら、自分の話しに付き合ってほしいと言ってきた。
 疲労しきって動けない俺が回復する時間を待とうと思ってくれたのだろう。

「私ね、この間まで除隊しようかとも考えてたんだ……」

「えっ?」

 涼宮さんは日が暮れようとしている空を見つめながら、驚くことを言ってきた。

「私、こんな足でしょ。
 お医者さんや教官は適性検査を受けるまで諦めるのは早いって言ってくれてるけど、自分の体のことだからわかるの。元々私は運動神経が悪いし、完全に適合しなかった義足じゃ衛士にはなれないって。
 それでも、私まで辞めちゃったら、204隊は水月一人になっちゃうから、せめて総戦技演習をクリアーして、戦術機教程に進むまではって思ってたの。
 だから、茜が、あ、妹の名前なんだけど、その茜が衛士訓練学校へ転入するって言い出したときは反対だったけど、ちょっぴり嬉しかったんだ。
 でもね、そんな後ろ向きな気持ちになっていたときに白銀君がやって来た。
 白銀君は茜と同い年なのに士官教育を受けていて、苦手な訓練も一生懸命で、教官がどんなに厳しいことを言ってもフラフラになっても必ずやり遂げて、凄いなって思ったの。
 それでね、年上の私がいつまでも落ち込んでいられないって思ったの。
 実は昨日、教官に戦域管制官の話を聞きに行ったんだけど、そうしたら、転化しないでこのまま204隊で指導をしてもらえることになったんだ。
 衛士として一緒に戦うことは出来ないけど、戦域管制なら水月や白銀君を支えてあげることはできるからね。えへへ」

「……凄いじゃないですか、涼宮さん」

「ええっ。凄くないよっ? 私ダメダメだよって話だったはずなのに、何でそんな感想が出てくるのっ?」

 本当に涼宮さんは凄い人だ。
 確かに、話を聞いた限りでは俺もきっかけの一つにはなっているようだけど、確りと一人で立ち直ったんだ。
 やっぱり世界が変わっても、この人はヴァルキリーマムなんだ。
 そして、こうして涼宮さんが自分のことを話してくれたことで、俺はようやく204隊の一員として迎えられたと思えて、気がついたら笑っていた。

「もー、からかうなんて酷いよー」

「いや、すいません。別にからかったわけじゃなくて。笑ったのも、嬉しかったからなんです」

 俺が笑ったので、涼宮さんを凄いと言ったことがからかったと思われてしまい、慌てて謝る。

「涼宮さんが自分の事を話してくれたから、俺もやっと204隊の仲間になれたって気がして嬉しかったんです。
 だから、俺のことも聞いてくれますか、涼宮さん」

「うん。白銀君のことも聞かせて」

 涼宮さんの誤解が解けたところで、俺を仲間として認めてくれた涼宮さんに、俺も自分の事で話せることを話そうと考えた。

「教官は話しませんでしたけど、俺は既に実戦経験があるんです。
 士官教育を受けてるのもその経験のおかげで、ちょっと理由があって体力も落ちちまたんで、ここで鍛えなおしてもらってるんです。
 そして、俺が生きてこれたのは、支えてくれて、犠牲になってくれた大切な人たちがいたおかげなんです。
 だから、涼宮さんだって俺を凄いって言ってくれたけど、俺は訓練部隊の皆より経験があるってだけで、本当はそんなに凄いやつじゃないんですよ。
 それでも、俺を生かしてくれた、そして、この世界の礎になってくれた人たちのために必死にやっているだけなんです。
 ねえ、涼宮さん。
 涼宮さんは、前線で戦う衛士にとっての一番の多い戦う理由って何だかわかりますか?」

「え? えっと……家族や……大切な人のため、かな?」

 大切な人のためと言ったときの涼宮さんは少し辛そうだった。
 恋仲だった人のことを思い出させてしまったことを申し訳なく思ったけど、今は話を続ける。

「そうですね。それはとても大切な理由です。
 でも、それは実戦を経験していない衛士や送り出す側が最も多く望んでいる理由だそうです。
 他にも、国や世界を救うためとか、大切な人を奪ったBETAに復習するためというのも多いと思います。
 実際、俺も以前は、二度と悲劇を生み出さないためにBETAから地球を取り戻す。世界を救うんだ、って息巻いてました。
 勿論、今言った理由やそれ以外にも、人によって違った大切な理由があるだろうし、ずっとそれを懐いて戦い続ける人だっているでしょう。そして、そのどれもが間違っているわけじゃないんです。
 それでも、戦う理由は?と聞かれたときに出てきた一番多かった理由は、仲間のためだったそうです」

「仲間の、ため……」

「ええ。これは、俺が所属していた部隊の部隊長が初陣の前日に教えてくれたことで、昔の米国が行った調査結果だそうです。
 でも俺は、この話を聞いたときはピンときませんでした。なんせ、俺が世界を救うんだ、なんて思い上がってたんで。
 で、その部隊長にも聞いたんです。部隊長が戦う理由って何ですかって。
 そしたら、色々と個人的な理由はあるけど、それでも一番は何かって聞かれれば、やっぱり仲間のためだって。
 BETAとの戦場は、それを経験したことのない人が想像も付かないほど過酷なものです。そんな戦場で最後まで頼れるものは、共に戦っている仲間、戦友なんです。
 だから、実戦を知れば知るほど、戦友を死なせたくない。一緒に生きて帰りたい。一分一秒でも長く生き残らせたいって、いつの間にか俺もそう思うようになってました。
 だから、俺の一番の戦う理由も仲間のためなんです。
 そして、俺の夢は、これから出会う仲間皆で生き残って、BETAから地球を取り戻して、平和な世界で喜び合いたいんです。俺を生き残らせてくれて、先に逝ってしまった人たちのためにも……」

「……素敵な夢。
 それに、やっぱり白銀君は、私なんかより全然凄いよ」

 涼宮さんは俺が話し終わっても何かを考えていたようでしばらく無言でいたが、やがて、俺を凄いと言ってくれた。
 涼宮さんに賞賛されるのはとても気恥ずかしいが、もうその賞賛を否定する言葉は口にしない。それは、涼宮さんにそう思ってもらえる人間に俺を成長させてくれた皆のことも否定してしまうことになるのだから。

「だから、涼宮さん。これからも迷惑かけると思いますけど、よろしくお願いします。
 そして、一緒に頑張って、平和な世界を勝ち取りましょう」

「うん……うん。私たちもう仲間だもんね。
 私はまだ一番の戦う理由ってわからないけど、白銀君に追いついけるようにも頑張るよ」

 きっと涼宮さんならすぐに俺に追いつくだろうと思ったけど、言葉には出さず、俺も涼宮さんに追い越されないようにこれからも頑張ろうと気持ちを改めた。

「涼宮さんのおかげで休めたから、動けるくらいに回復しましたし、そろそろ戻りましょう」

「あ、結構話し込んじゃったね。
 白銀君、また水月に文句言われちゃうかも」

「あ、あははは」

 話している間に結構時間が過ぎていて、もうすぐ夕飯が始まるという時間になっていた。
 でも、おかげで歩けるくらいには回復したし、俺は話を切り上げて、涼宮さんに基地に戻ろうと声をかけた。
 すると涼宮さんは、また涼宮さんに迷惑をかけていた俺のことを速瀬さんが怒っているだろうと心配してくれた。
 速瀬さんはまだ気持ちに問題を抱えたままなので、速瀬中尉のような後を引かない豪快さが見られず、毎日訓練が終わるたびに涼宮さんに迷惑をかけている俺のことが気に入らないようだ。
 そして、ことあるごとに俺に文句を言ってくるのだが、言いがかりや八つ当たりはなく、どれも俺の不甲斐無さの指摘なので俺は速瀬さんの言葉を受け入れてるのだが、何も言い返さないその態度がまた気に障るようで悪循環になってしまっている。
 そろそろ、どうにか関係を改善しないといけないな。

「ねえ、白銀君。水月にも白銀君のこと、話してあげてくれるかな?」

「はい、勿論です。速瀬さんのことも、俺は仲間だと思ってますからね」

 涼宮さんから俺のことを速瀬さんにも話してほしいと言われたので、関係改善に機会になればと思い、涼宮さんに返事をして、今度速瀬さんと2人で話す時間を作ろうと決めた。

「うん。ありがとう。
 それから、白銀君はこれから私に敬語禁止だよ」

「えっと……それはありがたい申し出ですけど。どうしてでしょう?」

「私ね、人見知りだから昔は敬語で話すことが多かったんだ。
 でも、戦死しちゃった好きな人が「俺たち仲間なんだから、遥だけ敬語なんておかしいだろ。だから敬語禁止」って言ってたの。
 だから、白銀君も仲間なんだから敬語禁止だよ」

 速瀬さんの話題から切り替わって、涼宮さんから敬語禁止令が発効された。
 年上であるし、重ねないようにしているとはいえ尊敬する先達と同じ人なので、俺としてはごく自然と敬語を使っていたんだけど。それで、禁止の理由を聞けば、涼宮さんの思い人の言葉を教えてくれた。
 それを話したときの涼宮さんは、戦う理由の話をしたとき思い人を思い出して辛そうにしてた様子はもう見せなかったので、俺の話で涼宮さんが少しでも気持ちの整理をつけ始めてくれたのかもしれないと思うと嬉しかった。

「わかりました。でも俺、結構言葉乱暴ですよ?」

「もー、まだ敬語使ってる。それに、仲間にそんな遠慮はいらないよー」

 それでも、今までずっと敬語だった人に対して止めるのを俺が躊躇っていると、仲間なんだから遠慮はいらないと言ってくれた。

「わかった。これからもよろしく、涼宮さん」

「うん。私もよろしくね、白銀君」

 だから、俺は敬語をやめて、仲間としてよろしくと手を差し出した。
 そして涼宮さんは、俺の手を確りと握って返事を返してくれた。









━━━蛇足。あるいはIFの世界での出来事━━━

「急がないと、晩御飯のメニューなくなっちゃうね」

「うわー。合成素うどんだけは勘弁してほしいな……」

「あはは。いくら京塚曹長のご飯でも、あれじゃ食べた気にならないもんね。
 あ、そうだ! 時間もないし、シャワー一緒に済ませちゃおうか?」

「……はい?」

「急がなくちゃいけないけど、シャワーを浴びないわけにはいかないでしょ。汗臭いままじゃ、他の人にも迷惑になっちゃうし。
 だから、二人で一緒にシャワー入っちゃえば、時間の節約になるよ」

「いやいやいや、何いいこと思いついたみたいな顔してるんですか? その発想はおかしいですよ、涼宮さん」

「だって、水月とも時間がないときはそうしてるよ?」

「速瀬さんは同姓でしょ。俺は男ですよ?」

「あ、なんだ、そんなこと気にしてたの? 大丈夫だよ。白銀君は仲間だけど弟みたいって思ってるし、私ほら、妹と一緒にお風呂とか結構入ってたから」

「大丈夫じゃないです。全然大丈夫じゃありません、俺が。っていうか涼宮さんは恥ずかしくないんですか!?」

「そ、それは恥ずかしいけど……
 教官が「戦場じゃ男女の区別なんてない。風呂もトイレも一緒だ」って言ってたし、その訓練も兼ねて、訓練兵は大部屋でプライベート無く過ごさせられてるでしょ。
 私たちは女所帯だったからそういうの慣れる機会無かったし、だから、せっかく白銀君が仲間になったんだから、お風呂も今のうちに慣れておいたほうがいいかなーって」

「いや、まあ、言いたいことはわかりましたけど。
 でも、あいにくと俺は戦場でも女性と一緒に風呂に入るなんて機会は無かったんで、正直いきなりなんて勘弁してください。
 それよりも、ほら。そういうのって、もっと慣れる段階ってもんがあるんじゃないですか?
 仲間の前で薄着や下着で過ごせるようになったりとか、着替えを見られても気にしなくなったりとか。
 実際今日まで、そういうこと何もクリアーできてないじゃないですか。それを一足飛びしてシャワーなんて、何でそんなハードルの高いことしようとするんですか!?」

「む~。なんか、そっちのほうが恥ずかしいよぅ……
 それよりも、初めにバーンっていっちゃったほうが、その後が恥ずかしくなくて済む気がしない?」

「やばい。涼宮さんに速瀬さんが染ってる」

「もー、水月に失礼だよ。
 それと、敬語に戻ってるよ、白銀君」

「あー、はい。ごめんなさい」

「うふふ。ダメです。許しません。
 罰として一緒にシャワーに入りなさーい」

「ちょ、本当勘弁してくださいって。それに走るの辛いんですから、追いかけないでください」

「ほら、また敬語。
 これはもう、分隊長として指導するしかないよ」

「誰か、助けてくれ~~~っ」



[26055] 第六話 動き始める歯車
Name: ウサ耳娘◆c2493606 ID:7a9d211e
Date: 2011/12/04 18:47
1999年10月30日(土)

Sind:シャア・アズナブル

 A-01への着任の報告やその他にも武と相談しておくべきことが出来たため、武が夕飯を済ませ部屋へ戻った頃合を見計らい部屋へと赴く。
 大尉自ら訓練兵を呼びに行くというのはあまり褒められた行為ではないが、副官や直属の部下がいない今の状況では仕方のないことであろう。
 とはいえ、今までは社に頼んでいたのだが、その社のことでも武から報告を受けるための今夜の話し合いでもある。そして、アムロは昼の香月博士との話題に出た戦術機の問題について調べごとをしていたので、こうして私が赴くことになった。

 ノックをして部屋の前で待つと、すぐにセミロングの少女が扉を開けてくれた。確か、涼宮という武の訓練部隊の分隊長を務めている少女だったはずだ。

「し、失礼しました、大尉殿。」

 武の指揮官教育は他の訓練兵とは別室で行っているため、私の顔を知らなかった少女は、階級章を見ると慌てて敬礼をしてきた。
 私はそれに軽く答礼し、要件を告げる。

「いや、楽にしてくれたまえ。連絡も寄こさずに突然訪れたこちらも悪かった。
 すまんが、武にシャアが呼んでいると伝えてくれんかね」

「はい、了解しました。白銀訓練兵にシャア大尉がお訪ねになられていると伝えてきます」

 少女は復唱して部屋の中へと戻った。
 しかし、武に聞いていたことでもあり、この世界のことを学んでもわかったことだが、今の訓練兵の少女といい、A-01の隊員といい、軍隊に身を置きながら出会う者が圧倒的に女性の割合が多いという事実には遣る瀬無さを感じずにいられない。
 ララァやクェスを戦場に駆り立てた私ではあるが、それでも、こうも女性を戦場へ送り出さなければならないこの世界の現状に憤りを覚えると共に、このような世界を何度も繰り返して尚、夢物語のような目標を掲げ、それに邁進する武の存在を得難いものと感じる。
 そして、そんな武の行く末を見てみたいと思い、協力しているとは、私もこの世界へ来て随分と変わったものだ。

「すいません、シャアさん。お待たせしました」

 私が考えごとをしていると武が部屋から出てきた。

「いや。疲れているところすまんが、少々話したいことがある。私の部屋まで来てくれんか」

「はい、わかりました。
 俺のほうからも話があったので、こちらから出向くつもりだったんですけど、わざわざ迎えに来てもらう形になってしまい、すいません」

「かまわんよ。私もまだ基地内を全て把握してはいないのでな。散歩のついでといったところさ」

「あー、この基地って結構入り組んでますからね」

 香月博士の監視の目を考慮し、内容は告げず目的だけを伝え、武と共に軽い会話を交わしながら私に宛がわれた部屋への道を戻る。
 部屋の前まで戻り、隣室のアムロへ武を連れてきた旨を伝えると、アムロの作業はまだ終わっていなかったので、話し合いの場をアムロの部屋へと変更する。
 私もアムロも部屋を割り振られたその日のうちに盗聴の類の機器を黙らせ、香月博士にプライベートの詮索を無用に願うよう申し入れているため、以降博士も無駄な労力は使ってこようとはしない。そのため、どちらの部屋でも室内ならば傍聴の心配はない。

 アムロに手を休めさせ、まず、現在の最大の懸念事項である社霞の問題から武に報告を聞くことにする。
 武は今朝、社に確認を取ったところ、博士の意思と反したこちらの行動を黙認するという言質を得たという。
 社をよく知る武と、XM3の開発で行動を共にすることが多かったアムロの二人が揃って、社は信用できると言ったことで、私はこちらの行動が香月博士に把握されているという懸念を収めることにする。
 我ながら些か不用意に信用しすぎると思わぬでもないが、社は心根の素直な少女なようであるし、仮に博士にこちらの行動を掴まれていても、それを逆手に取れば立ち回りようはあるだろう。

 次に、XM3のβ版の完成と私とアムロのA-01着任を武へ報告する。
 武はまず、現在のA-01の構成隊員について尋ねてきたので、18名の隊員が1中隊9名で2個中隊を構成していることを伝える。
 私は着任前に神宮司軍曹よりA-01隊員のことを聞いていたが、武は初日に香月博士から「2個中隊編成するのがやっと」とだけしか聞いていなかったため、実質1個半中隊という構成員の少なさを知り、わずかに顔をしかめさせた。
 だが人員消耗率の激しさは元々武の知っていたところで、加えて、つい二ヶ月前に明星作戦という大規模反攻作戦が行われたことで18名まで隊員数が減少したことを悟ったのだろう。しばしの黙祷を捧げていた。
 武は黙祷を終えると、隊員個人のことについて尋ねてきたが、私もアムロも未だ個人については把握しておらず、武も何事も起こらなければ年内にはA-01へ着任するので、そのときに自らの目で確かめるということで話は落ち着いた。
 続いて、XM3に話題が移り、アムロは武の要求どおりに仕上げたことに加え、汎用性を高めたと武に告げた。
 武の話では、XM3は第三世代機の性能を向上させることに主眼を置かれていたようで、結果として第一、第二世代機にも適用性があったが、やはり機種によっては性能の向上にばらつきがあることを開発中にアムロが確認し、横浜基地のデータベースにあった機体に限定されるが、世代を問わず機体の性能を向上させる使用に変更したという話であった。
 向上の度合いを落とす事無く、そのような使用要求を満たしたアムロに関心をしていた武だが、キャンセルの多用により機体消耗速度が早まる機体側の問題点をアムロが指摘すると、武は引きつったような笑いを漏らした。
 聞けば、武はキャンセルを前提として操縦をしていると言い、自身の操縦技術の未熟さに消沈していた。
 しかし、事は武の操縦技術云々だけではなく、XM3が広まれば広まるほど深刻視される問題だ。
 熟練の衛士ならば機体にかかる負荷を考えて動かし続けることも出来ようが、極限状態である戦場で一体どれ程の者がそのように操縦することが出来るのか。大多数の衛士にとって要求を満たすことができぬのであれば、もはやこれは機体の欠点ともいえる。
 無論、戦術機開発に携わる側からすれば、XM3にこそ欠点があると言うだろうが、衛士の生存性という観点で見ればどちらに軍配が上がるかは自明の理だ。
 そもそも、戦術機はMSと比べると脆弱すぎるといえる。140年の技術差があるとはいえ、戦術機は世代が進む程、BETAの攻撃を受けない前提で開発されているため、その耐久度は言わずもがなだ。私とアムロが専用MSのつもりで動かせば空中分解する恐れすらある。
 香月博士は乗り気ではなかったが、やはり新型機の開発とそれに続けるまでの既存機の改良は急務といえるだろう。
 そこまで話し合ったところで、アムロは端末に資料を表示してきた。
 その資料によると、帝国国内に94式、不知火の改修機開発計画の動きがあるというものだった。

 不知火は現場の高い要求を満たすために発展性を犠牲にして完成したが、配備が進むとやはりその発展性の低さが問題視されるようになった。
 そのため、早くから94式戦術機改修機開発計画が始動され、現在までに不知火・壱型丙という改修機が完成している。だが、その機体にも様々な問題があり根本的な解決には至らず、計画は継続された。
 途中、BETAの帝国侵攻という事態が起こり、計画は一時凍結されたが、明星作戦の成功によって再び息を吹き返したらしい。
 これは、帝国へ横浜基地の技術部よりレールガンの技術提供を行ったという資料からアムロが辿っていき、先程発見したものだという。

「俺はこの計画を足がかりに、俺たちの要求を満たす戦術機の改良機なり新型なりを開発出来ないかと考えている」

「不知火の改良発展型ですか。今よりも性能が高い機体が完成すれば生存率も上がるし、俺も賛成です」

「いや。元々発展性の低い不知火を改良しても、俺たちの要求を満たすことは難しいだろう。帝国内でもこの改修機開発計画は、次の新型戦術機へ繋ぐ技術獲得が本来の目的だ。
 だが、不知火の配備数を考えれば、94式戦術機改修機開発計画は切迫しているこの国の状況下でいつまでも推し進めるべきものでもないはずだ。おそらく、初の国産機を埋もれさせたくないというこだわりが多分に含まれている。
 外来者の俺の意見としては、耐久性に最も信頼性が見られ、かつ配備数が最も多い撃震に次世代戦術機の構想を組み込んで改修するほうにこそ現実性を見出せる。
 おそらく、ブロック214タイプの撃震にXM3を搭載し、駆動系と関節部分の強化を施すだけでも、現行OSの第二世代機以上、パイロット次第では第三世代機にも迫るポテンシャルを引き出すことが出来るだろう。
 そして、撃震に改修を施すことは、差し迫った耐用年数を引き伸ばすことにもなり、不知火の改修よりもはるかに安価に済むというメリットもある」

「なるほど……
 そういえば、前の世界では神宮司軍曹がクーデターのときにXM3搭載の撃震で不知火を撃墜してますし、最初の世界では俺も任官して3年撃震に乗ってましたけど、ロートル機という感は拭えなかったけど、悪い機体ではなかったです」

「その話は後で詳しく聞かせてくれ。
 しかし、今話した撃震の改修は戦場全体を見たときの話だ。
 A-01の生存性を高めることや、俺たちの操縦技術に十分耐えられる機体となるとやはり新型の開発は必要だろう。
 今後配備が始まっていくという武御雷、ラプター、タイフーン。機体名と概要しかわからなかったが、少なくともこれらの次世代機よりも高性能な機体を、武が経験した前の世界のタイムスケジュールに照らし合わせて、2年後の2001年までには手に入れたい」

「たった2年で、そのとき最強っていわれてた機体よりも高性能な機体を開発するんですか……?」

「ああ。それも、その後も続くBETAとの戦いを見据えて、発展性と整備性、可能であれば生産性も高い機体をだ」

「ちょ、ちょっと待ってください。いくらなんでもそんな要求の高い機体を2年でなんて、素人の俺でも開発期間が短すぎるってわかりますよ」

「そうでもないさ。
 確かに、俺たちが持っているこの世界にはまだない知識や技術があっても、横浜基地単独では不可能だろう。同様に、帝国に任せるだけでも無理だ。
 しかし、俺たちが技術提供し、帝国が国力をあげて開発すれば非現実的なものではないと思う。
 現に、武御雷というベースとするべき機体は既に完成しているんだ。この機体に使われた技術を全て転用できるのなら、2年という開発期間は十分とはいえなくても、試作機の完成にこぎつける程度には短いものではないだろう」

 アムロと武が話すのを聞きながら、昼に私自身が香月博士に何気なく口にした言葉を思い返す。
 XM3というソフトと新型戦術機というハードをセットにして売り出す。
 その時は、未だ実機にも搭乗しておらず、BETAとの戦闘の経験もないため、さして意識して言ったわけではなかったが、XM3を制作する上で戦術機の性能を把握したアムロは新型の開発を重要な問題ととらえたようだ。
 事実、シミュレーションで感じた戦術機の性能からすると、アムロの言葉は的を射ているのであろう。

「しかし、そうなると帝国の技術者に、こちらの意図するような意識改革をさせる必要があるな。
 加えて、我々が開発計画に参加するには、技術提供をすることが出来るという実物が必要となるだろう。
 アムロ。貴様の持っているこの時代でも利用可能な技術で、ここに配備されている戦術機の改修は可能か?」

「XM3の開発中に閲覧可能な設計図全てに目を通したが、手を加えるべき点を構想したことは数箇所ある。
 後はここの整備兵の腕次第という問題があるが、やってやれないことはないだろう」

 が、やはり戦術機の開発となると、この基地単独では手に余る。
 香月博士にも指摘されたことだが、オルタネイティブ4に戦術機の開発は計画として組み込まれていない。
 そもそも、00ユニットの直援部隊に専用機を必要とするのならば、その開発は誘致国である帝国が担うべきものである。
 事実、この世界を学ぶ上で目を通した資料にも、第三計画を推し進めたソビエトがその計画に合わせた戦術機を多数開発しており、第五計画を画策している米国は2種類の第三世代機を競合開発させ、その戦略ドクトリンに合わせてF-22を採用しているとある。
 しかし、帝国は第四計画を誘致して4年。国防戦力として開発した94式をわずかに連隊規模提供したのみで、他にはA-01以外のエースに陽炎、以下は第一世代機の撃震という、人類の明暗をかける計画に提供するにはお粗末としか言いようがない状態である。
 武の話では、2002年の人類の存亡をかけた桜花作戦の当時に、武御雷を供与したことが問題となるものであったというから馬鹿げた話という他ない。
 本来、オルタネイティヴ4は誘致国である帝国にとっては国策でなければならず、であれば00ユニットが完成し臨んだ甲21号作戦の時点で、国内最大戦力である武御雷を00ユニットの直援に当たったA-01に全機配備するのが作戦成功率を高める意味でも当然といえる。
 しかし実際は、機体の機密保持や武家社会というシステムもさることながら、香月博士と帝国政府の関係の希薄さにより、国策であるべき計画に十分な支援を受けられなかったと考えられるところに重大な問題があるだろう。
 ならば、まず今話題にしている新型機の開発を足がかりにし、状況を立て直さなければなるまい。
 そのための改修機の製作をアムロに打診した。

「では、一機でいい。可能なら今月中、遅くとも年内に仕上げてくれ」

「厳しいな……
 しかし、香月女史の許可が下りるか?」

「そちらの方は私が話をつけておく。
 それよりも、94式改修機開発計画が実行に移されては、新型機の開発は難しくなるだろう。早い段階で帝国内と繋ぎを作る必要があるな。
 しかし、今の段階でXM3以外に提示できる実物が無いとなると……
 アムロ。改修機開発計画のこれまでの動きと帝国の軍需企業の資料は出るか?」

「ちょっと待ってくれ……これだ」

 この世界にやってきて一週間あまり、未だ行動を起こすには早いかと考えていたが、こうして目的が明らかになったならば手をこまねいているということはあるまい。
 まずは、我々が新型機の開発に携わるためには十分な技術提供を出来ると示すことが必要であり、そのための改修機をアムロに製作するよう指示を出す。
 香月博士の方は戦力が増えることになるのだから、話の進め方さえ間違わなければ、改修機自体には難色を示すことはあるまい。
 それよりも、帝国で既に再始動しているという94式改修機開発計画が新たに発動される前に、関係者の意識を新型機開発へ誘導しておく必要がある。

「……なるほど。
 武。確か帝国内には将軍の復権を望む意識が強いのであったな? それと、国連軍は米国の影響が強く、帝国民のこの基地への反発も高いと」

「はい。将軍の復権は、クーデターが起きた際、それに呼応しなかった人も内心では共感しているところが強かったし、帝国内での将軍本来の役割を考えれば、ほとんどの国民が望んでいることだと思います。
 国連軍への反発は、俺自身そこまで経験したことじゃないですけど、実際かなり深刻なものだと聞いた感じではします」

「ふむ。ならば……」

 これまでの話と、アムロに提示させた資料、武にとった確認を纏め、構想を練る。
 資料によると、改修機開発計画の方は即戦力を望む軍部が強く推進しているようだ。
 一方で、開発企業の方は94式、武御雷と2機続けて発展性や整備性、生産性に問題の残る機体を開発することになり、次期戦術機ではそれらの問題を解消したいために改修機開発計画で技術獲得をしたいというのが見て取れる。
 しかし、その問題点を踏まえた我々からの技術提供とXM3で稼動することを前提にした新戦術機の開発という道を示せば改修機開発計画に拘るとも思えんが。問題は純国産の技術による開発への拘りと、提供する我々が国連軍所属である以上、反感を避けられないところか。
 だが、94式が開発されて5年が過ぎ、それより上位機種である武御雷も開発され、技術的にはそろそろ頭打ちになっていることであろう。それを打破するには外からの新しい風を入れる必要があり、そのことに気が付いている者もいよう。
 であれば、開発関係者に当たってゆき新型機開発へ誘導するよりも、より上位の者と接触を取り、関係者の納得の行く命令を出してもらったほうが効率的であろう。
 元々オルタネイティヴ4は国策であるはずなのだから、将軍も第四計画を熟知しているはずだ。ここは関係の強化という面でも技術廠よりも、まず将軍に内諾を取るべきだが、流石にそこまで一足飛びというのは無理があろうな。
 ここはまず、オルタネイティヴ4の後ろ盾ともいえる内閣総理大臣に渡りをつけてみるか……実際にどの程度の人物までと接触することが出来るかは、香月博士に依頼してみなければわからんが。博士の説得には些か骨が折れそうだな。
 そして、新戦術機開発を将軍の発案、ないしは主導で行うことにより、その功績で復権への道筋も立てられるであろうし、帝国と横浜基地の関係の強化にも繋げられるか。
 これまでに有した情報だけでは、この程度の道筋を定めるのが精一杯だな。
 後は博士を説得すると見せかけて、数度の折衝を繰り返す上でさらに情報を引き出し、より具体的な戦略を組み立てていくとして。ここは戦死者を減らしたい、特に武の思い入れ深いA-01から死者を出したくないという所を全面に出させてもらおう。
 今の私の行動原理は武の望みを叶えることであるから、まったくその方針のとおりだが、香月博士のことだ、私に何か裏があるだろうと勘ぐってくるであろう。博士には大いに誤解していただき、その隙に帝国、特に将軍と強いつながりを作ることが出来ていれば、博士が私の真意に気付いたときには、こちらの戦略に乗らざるを得ないという状況にも出来よう。
 しかし、こうして謀略を巡らせ、事を成した後には空しさを感じていたものだが、こちらの世界へやってきて、いざ事を起こそうと考えれば、高揚感にも似た感情の高ぶりを感じるとは。過去のしがらみを捨てたおかげか、あるいは私という人間が本当に変わってきているのか……どのみち人が悪いことには変わらんが、なかなかに今の自分の在りかたは悪いものではないな。

「新型機の開発、この基地の置かれている立場、将軍の復権……上手くすれば、これらを纏めて解消できるかもしれんな」



1999年11月7日(日)

 シャアさんとアムロさんと新型機などの話をしてから一週間がたった。
 話し合いの翌日、シャアさんは早速改修機の開発許可を夕呼先生に取り付け、アムロさんはXM3の調整を霞に任せて、A-01へのXM3の教導時間以外は整備ハンガーで過ごしていて部屋には着替えに戻るだけだという。
 シャアさんの方も、夕呼先生の戦略プランを崩すことなく、帝国との新戦術機開発の許可を得るための資料作りに追われていると、指揮官教育の授業の合間に聞いた。
 一方、俺の方はといえば、シャアさんたちと話し合いをする前。涼宮さんと話したときに、速瀬さんとも話をして関係改善を図ろうと考えて、翌日は日曜で訓練も休みで絶好の機会だったというのに、疲労と筋肉痛で一日をベットの上から動く事無く終えてしまった。
 その翌日からも速瀬さんと話し合おうとは思ったが、そう決めることになった日の過酷な訓練をやり遂げてしまったことで、神宮司軍曹は俺の訓練量をその日をベースにして引き上げてくれて、唯一の自由になる時間の夜には早々に寝てしまうようになり、今日まで速瀬さんと話し合う機会を作れなかった。
 しかし、今日ですでに11月に入り一週間。いつ総戦技演習が始まってもおかしくない時期にさしかかっている。
 神宮司軍曹は仲間になってくれたとはいえ、公私の区別が確りしているところはさすがで、訓練兵として知るべき情報を他の訓練兵より先んじて開示してくれることは一切なかった。
 でも、今までの経験でいけば、遅くても来週には総戦技演習が行われるだろう。
 体を動かすのが辛いなんて言って、せっかくの休日をまた無為に過ごしてしまうわけにはいかない。今日はなんとしても速瀬さんと話し合おうと決心をした。

 だというのに、起きてから朝食までの間、俺が話しかけようとするたびに速瀬さんは涼宮さんに会話を振り、朝食後は何所かへ雲隠れしてしまい、あからさまに俺を避けている。
 だけど、避けられてるからといって話し合いを諦めるという選択肢はなく、速瀬さんの姿を求めて基地の内外を捜し歩く。
 そういえば、前の世界で霞の出自や能力を知った時も、霞に逃げられてこうして捜しまわすことになったけど、そもそも速瀬さんに俺はどうしてここまで避けられているんだろうか、という疑問に探しながら気が付いた。
 あの時、霞が俺を避けたのは、俺に自分の事を知られて恐れられるかもしれない、嫌われるかもしれないと思っていたからだ。
 だけど、俺と速瀬さんの現在の関係は、険悪なものではないけど友好的といえるものでもない。当然、話すことによって関係が壊れるのを恐れるという霞のときのような状況には結びつかない。
 それじゃあ、単に話もしたくないほど嫌われてるだけかというと、これまで必要最低限とはいえ会話をしてきたし、そもそも速瀬さんの性格なら、そこまで嫌うほどの人物にはそのことをはっきりと伝えるだろうし、避けて問題を先送りにするということの方を嫌うだろう。
 特に総戦技演習を間近に控えた時期でもあることを考えれば、演習中に無用なトラブルを起こさないように考慮して、逆に速瀬さんのほうから俺と腹を割って話そうとするほうがしっくりくる。
 ……うーむ、何故避けられてるのかさっぱりわからん。

 考え事をしながら探していたせいか、午前中はとうとう速瀬さんを見つけることは出来なかった。
 だけど、速瀬さんが俺を避けているといっても、朝食だってきちんととったし、昼食にも来るだろうと思いPXへ向かうことにした。
 しかし、俺がPXへ着いたときには、速瀬さんは既に食事を終わらせて、何か用事があるということで早々に席を後にしていた。
 前日までの疲労が抜けていないまま午前中歩き回っていたので、ここは慌てても仕方ないと思うことにし、午後の速瀬さん探索へ向けて英気を養うことにした。

「しかし、白銀センパイもやりますね。涼宮先輩だけでは満足できず、速瀬先輩にまで手を出すとは」

「は?」

 俺が食事を始めると、食事を終えた宗像さんがわけのわからないことを言ってきた。
 思わず疑問の声を出してしまったが、敬語を使っていたので、またからかわれているとすぐに理解して、気にせず食事を続ける。
 宗像さんを含め205隊の人たちは、俺が一期上に当たるとはいえ年下なので、普段は敬語など使わず普通に話してくる
。それが俺をからかう時だけは敬語を使ってくる。からかっていることがこちらにもわかるようにという宗像さんなりの配慮なのかもしれないけど、そんな配慮をするくらいなら初めからからかわないでほしいと思うのは、この人相手には無駄なことなんだろうなぁ。

「女性と寝食を共にしていては、意図せずともあられもない姿を目にしてしまい、滾る欲情を募らせるのも無理からぬこととお察しします。
 かく言う私も、速瀬先輩ほどの人が同室となったら、同性とはいえどこまで自制できるものやら」

 俺が何も話さないのをいい事に、宗像さんの話はだんだんと怪しい方向えと進んでいき、205隊の他の人からの「きゃー」という黄色い声まで混じり始める。
 訓練兵とはいえ軍隊組織には違いないので日々の暮らしに娯楽が少ないのは当たり前だけど、それ以前にBETAの侵略を受けているこの世界には元々娯楽が少ない。
 それに対して宗像さんは、こういう話題をすることによってガス抜きをしようという考えがあるのかもしれない。この人はお茶らけているように見えて、そういった配慮ができる人だし。もっとも、人をからかうという趣味を多分に兼ねているところが、標的にされた方はたまったものではないけど。
 だけど、まあ、これも女性ばかりの中に男一人ということで仕方のないこと、と自分に言い聞かせながら無言で箸を進める。

「速瀬先輩の今朝からの態度を見るに、首尾は上手くいかなかったように見受けられますが。
 若さに任せて強引に押し倒しましたか? それとも、強欲にも涼宮先輩も交えてなどと?」

「いやーん、大胆。でも私も一度くらい男性からそんな風に情熱的に迫られてみたいわ~」

「あんたじゃ無理無理。で、実際のところどうなんですか? 白銀センパイ」

「あれ? でも、白銀センパイはもう涼宮先輩と付き合ってるんじゃなかったの?」

「馬鹿ね。白銀センパイくらいの年頃の男の子は、暴走を止めるブレーキなんてあってないようなものなのよ。
 しかも、軍隊では自由恋愛は黙認されていて、同室は涼宮先輩と速瀬先輩という美女2人。後は、言わなくてもわかるでしょ」

「ドキドキ、ハァハァ」

 が、しかし、どうしてこの人たちはこうもあけすけなのか……
 俺が今まで所属していた207隊やA-01のメンバーが、軍隊という組織において慎みをもった人たちで構成されていただけなのか。それとも、男だけで集まると下ネタも遠慮なく過激になるように、女性も集団になればそれと変わらないというだけなのか。
 男の俺には真相などわかるわけもないが、そろそろ右隣に座っている涼宮さんから発せられているプレッシャーが危険なものになってきたので、この人たち相手に事態を好転できるとは思えないけど口を開くことにする。

「人をネタに楽しむのは結構ですけど、総戦技演習が始まる前にチームの結束を固めようと思って、速瀬さんと話をしようと探しているだけですよ。
 それから、涼宮さんと速瀬さんの名誉のために言っておきますけど、俺にはもう好きなやつがいますから、お二人に迫るなんてことはしません」

「おーっと。白銀センパイから暴露発言だー」

「ついに、謎につつまれてた白銀センパイのプライベートが公にされる日が来たのねっ」

「で、で、好きな子って誰なんです?」

「ひょっとして、この中にいたりしちゃったりして?」

「きゃ~~~っ」

 出来る限り誤解を介入させないよう事実だけを言ったつもりだったけど、どうやら余計なことまで言ってしまったようで、場は更に混沌としたものへとなってしまった。

「ねえ、皆。白銀君も皆の勘違いだって言ってるんだし、この話はもうこれでいいんじゃないかな?」

 が、それまで黙って食後の合成緑茶を飲んでいた涼宮さんが、コトンと小さな音を立てて湯飲みを置いて一言発すると、たちまち辺りは凍りついたような静寂に包まれた。

「そうですね。では、我々は食後の腹ごなしに自主訓練にでも向かいますが、先輩方はごゆっくりしてください」

 205隊の中でも特に危機察知能力に長けている宗像さんがそう言葉にすると、それまでの騒がしさが嘘のように205隊の面々は整然と席を立ち始め、あっという間にテーブルには俺と涼宮さんが残されるだけになった。
 そんな波が引くような様子を見ながら食事を終わらせると、俺は前の世界で伊隅大尉がA-01の隊員紹介の時に、涼宮さんを部隊内で一番怒らせてはいけない人物だと言っていたのを思い出していた。

「もう、205隊の皆も明るいのはいいけど、困っちゃうねー。
 それで、白銀君はこの間の話を水月にもしてくれようと思って、探してくれてたの?」

「え、ええ。そうです」

「ほら、白銀君。また敬語に戻っちゃってるよ」

「ああ、すいません。じゃなくて、ごめん。
 それで、涼宮さん。速瀬さんの行きそうな場所ってわからないかな?」

 涼宮さんはそれまで発していたプレッシャーをいつの間にか霧散させて、いつものほんわかした雰囲気に戻っていた。
 でも俺は、怒らせてはいけないという涼宮さんの暗黒面の一端を目の当たりにして、涼宮さんの言葉に自然と敬語を返してしまったようで、それを指摘されて慌てて言葉遣いを戻して、涼宮さんに速瀬さんが行く場所の心当たりがないかを訊ねた。

「んー。そうだねぇ……
 その前に、白銀君はどこを探したの?」

「一応、訓練兵が立ち入れる場所は全部回ってみたんだけど、速瀬さんも移動してるとすると、午後はどこから回ったもんかなーって考えて」

「それは、疲れてるのにご苦労様だよ」

「いえいえ。俺が勝手に速瀬さんを探して回ってるだけだから」

「それでも……あ、そうだ。基地の敷地内から出ちゃうけど、裏手にある丘には行ってみた?」

「それって、大きな木があるあの丘のことか?」

「うんうん、その丘。
 あそこは、私たちには思い入れのある場所で、今でも考え事とかするときについ足が向いちゃう所なの。
 水月も、白銀君が話をしようとしてるのを感じ取って、何か考えることがあって避けてるんじゃないかと思うんだ。だから、もしかしたらあの丘にいるかも」

 涼宮さんは俺が基地の敷地内を既に探し回ったことを聞くと、俺も色々な思い出のあるあの丘に、速瀬さんがいるんじゃないかと言ってきた。
 そういえばあの丘は、元の世界では多くの白陵柊生の思い出の詰まった場所だと聞いたことがある。それが、世界が違うこの世界でも同じものだったというのは感慨深く嬉しいものを感じる。

「そうか……
 でも、そうなると外出許可を取らないとな。許可証が出るまでに時間がかかって、行き違いにならなきゃいいんだけど」

「あのね、白銀君……」

 俺が涼宮さんの話を聞き、すぐ側の丘とはいえ基地外へ出るのに外出許可証を取ってる間に、また速瀬さんと行き違いにならないかと考えていると、涼宮さんはいかにも内緒話をしますという風に声を潜めて俺に近づくよう手招きをした。
 PXは既に昼のピーク時間も過ぎて人が疎らになり始めていたが、かえって食後の雑談が交わされていて騒がしかったし、俺たちの回りは205隊が席を立ったあと新たに席に着く人もいないため、小声で話すだけで人に聞かれる心配はなさそうで、涼宮さんのその態度はかえって人の注意を引きそうなんだけど。
 それでも、元々人に聞かれて困るような話をしていたわけではないから、態々指摘して尊敬する先輩に恥をかかせる必要もないと思って、耳を近づけた。

「……あのね。本当は気がついてたら申告しなくちゃいけないことだし、やっちゃ駄目なことなんだけど。
 あの丘に面してるフェンスで壊れてるところがあって、そこから丘に抜けられるの。
 わ、私も水月もこの一年、考え事するときが多くて、それで、この基地へ戻ってきてすぐにフェンスが壊れてるのは見つけたんだけど、思い出が色々ある丘にいつでも行けるんだって思ったら、つい……」

 しかし、涼宮さんの内緒話は思ってもみなかったことで、人に聞かれては不味いことだった。
 確かに、フェンスが壊れていることを発見していながら黙っていることも軍組織としては十分問題とされることだけど、加えて、そこから敷地外に程近い距離とはいえ無断外出するというのは、見つかる相手が悪ければ脱走罪に問われても文句をいえないほどのものだ。
 だけど、そんな内緒話を聞いて俺は驚いたけど、何も指摘することはなく、にやりと笑って涼宮さんにこう告げた。

「涼宮の。そちもなかなか悪よのう」

「……
 いえいえ。お代官様にはかないませぬ」

 時代劇ネタはこの世界でも通用するようで、涼宮さんは俺のノリに返してくれた。そして、二人して顔を見合わせて忍び笑いをする。

「ありがとう、涼宮さん。早速行ってみるよ」

「うん。私も少し時間を置いてから、人が来ないか見に行ってみるね」

 俺は涼宮さんにお礼を言うと、食器をおばちゃんに返し、早速丘へと行ってみることにした。



 フェンスから抜け出すのを誰にも見つからないように注意して、丘へやってきてみると、涼宮さんが言ったとおり、そこに速瀬さんの姿があった。

「午前中もここにいたんですか、速瀬さん?
 どおりで、敷地内を探し回っても見つからなかったわけだ」

「え? 白銀? どうしてそっちから……」

 俺が声をかけると、木にもたれ掛かり元は柊町だった廃墟を眺めていた速瀬さんは、驚いて振り返った。

「涼宮さんが教えてくれたんですよ。フェンスのことも、速瀬さんがここにいるんじゃないかってことも」

「……遥のやつ」

 俺は速瀬さんの反応を気にしてない風を装って、側まで歩っていき、座りながら話を続けた。

「俺の相手は嫌かもしれませんが、少し話を聞いてくれませんか?」

「べ、別に私はあんたのことを嫌っちゃいないわよ。
 そりゃあ、気に食わないやつとは少しは思ってるけど……」

 俺から逃げ回っていたのをバツが悪く思っているのか、それとも、見つかってしまって尚逃げ出すのに躊躇しているのか。速瀬さんは少し焦りながらもいつものように憎まれ口を返してきた。
 だけど、俺はそんなめったに見られない速瀬さんの様子が可笑しくて、つい忍び笑いを漏らしてしまった。

「な、何よ。いいわよ、話でも何でも聞いてやろうじゃない。
 さあ、話しなさいよっ」

 速瀬さんはそんな俺の態度に対抗意識を刺激されたようで、どかっと腰を下ろして、俺に話し始めるように言ってきた。

「そう凄まれると、どう話し始めたらいいのか困りますが……
 そうですね。速瀬さんは俺のことをおかしいと思ったことはありませんか?」

「ありまくりよ。
 体力はからっきしで情けないくせに銃器の扱いや狙撃、格闘術は水準以上に見えるし、座学免除で私たちとは別に指揮官教育受けてるし、そもそもあんたの年齢なら来年度から入校するのが普通なのに、それがわざわざ1年も任官を遅らされてる私たちの隊に編入してくるなんてわけわかんないわよ」

「そうですよね。神宮司教官にも最初にアンバランスなやつだって言われました。
 でもそれは、俺が衛士としての実戦経験があるためなんですよ」

 速瀬さんに俺の不自然さを指摘してもらい、その理由が衛士として実戦経験があると伝えたら、速瀬さんは口をあんぐりと開けて驚いた表情をした。
 でも、その驚きは長く続かなかったようで、すぐに呆れたという表情で切り替えしてきた。

「あのねぇ。冗談でももう少しましなこと言いなさいよ。
 どこぞの御曹司でエリート士官になるための経験積むために腰掛け入隊しに来たってほうが、よっぽどリアリティーあるわよ」

「ああ、そういう考え方もありますね。
 でも冗談でもなんでもなく、本当のことなんですよ」

 俺は真剣さを込めて速瀬さんの顔を見つめながら、実戦経験があることは本当だと答えた。
 しかし、速瀬さんは俺の真剣さをどうとらえていいのかわからないのか、顔を背けてしまった。
 仕方なく、俺は丘から見える廃墟を見ながら話を続ける事にした。

「戦術機教程に移れば信じてもらえると思いますが、兎も角、俺はとある理由から体力が極端に落ちてしまったので、鍛えなおしてもらうために204隊に編入することになったんです。
 でも、中途編入とはいえこうして同じ部隊になったんだから、速瀬さんとも信頼できる仲間になりたいんです。
 速瀬さんには訓練のたびに色々と指摘されてますけど、俺自身最もな指摘だと思ってたから、その言葉で奮起してたんですよ。でも、何も言い返さなかったことで、かえって速瀬さんには嫌われることになってしまったから、一度こうしてきちんと話をしようと思ったんです。
 これからもいらいらさせることがあるかもしれませんが、行動で示していくので、もう少し俺に時間をくれませんか?」

「……なんで、わざわざ嫌われてる私にまで認めさせようなんてするのよ? あんたが元衛士だって言うんなら、今のままの関係でも十分総戦技演習をクリアーして任官できることが決まってるんでしょ?」

「俺を204隊に編入させたのは香月博士なんで、そんな風に油断してたら容赦なく落とされるでしょうね、間違いなく。
 それと、速瀬さんに認めてほしいのは、それが俺の戦う理由に繋がってるからです」

「戦う理由……?」

 速瀬さんが俺のほうを向いているのを感じたので視線を向けると、またすぐに逸らされてしまった。けれど、聞いてくれていることはわかっているので気にせずに、今度は海を眺めながら話を続けることにした。

「ええ。仲間を死なせたくない。仲間と一緒に勝利を勝ち取りたい。そして、平和になった世界で仲間と笑いあいたい。これが俺の戦う理由です。
 確かに速瀬さんが言ったように、任官するだけなら、お互いある程度の折り合いをつけてやっていけば問題ないかもしれません。
 でも、俺の戦う理由は仲間のためだから、こうして同じ隊の一員になった速瀬さんとも仲間として認め合える仲になりたいと思って、きちんと話をする時間を持ちたかったんですよ」

 一度言葉を区切って速瀬さんの反応を伺ったけど、相変わらず顔は逸らされたままだったので、そのまま話を続ける。

「といっても、こう思えるようになったのは結構最近のことなんですよ。
 それまでは俺、この世界を救うんだ。人類を救うより優先していいことなんてない、なんて威勢のいいこと言ってたんですけどね。
 でも、世界や人類全体なんていう大きすぎて抽象的な理由じゃ、戦場っていう極限の状況におかれると、どうしてもボロが出てしまって弱い自分が出てきてしまいました。
 そんなとき、俺が決断を間違わないように背中を押してくれたのは恩師や仲間たちでした。
 でも、BETAとの戦いは想像できないほど過酷で、戦うたびに犠牲が出て、俺が所属していた中隊は最後は健在だったのは俺一人、他に重傷者4名を残すだけで、他の皆は戦死しました……
 だから、生き残させてもらった俺は、死んでいった皆の願いのためにも戦う。いや、皆の思いが俺の中で生きているから戦えるんです。
 それと同時に、もう二度と仲間を失いたくない。今度こそ、皆と未来を見たいと、いつの間にか考えるようになっていました……
 これは俺が所属していた隊の隊長が教えてくれたことなんですけど、衛士の戦う理由で一番多いのは仲間のためなんだそうです。
 きっと、俺だけじゃなくて、多くの衛士が同じような経験をしていて、仲間のために戦うっていう理由が一番大きな戦う理由になっていくんでしょうね」

「……かにも……たのね?」

「え?」

 俺が話し終わると、今度は速瀬さんは無言ではなく、何かを呟いた。

「遥にも、同じことを話したのね?」

「はい。本当は三人揃って話すべきことだったと思うんですけど、先週の土曜に訓練後に俺が潰れてる時にそういう話の流れになって」

「そう……白銀も、遥も凄いわね。
 それに比べて私は駄目だわ……」

 速瀬さんの呟きは、涼宮さんにも同じ話をした事の確認で、感情を押し殺した低い声だったので、俺は速瀬さんが、涼宮さんとだけ先に話したことを怒っているのかと思い、つい弁解するようなことを言ってしまった。しかし速瀬さんは、俺と涼宮さんを凄いと言い、自らを駄目だと言った。
 でも、今は失ったものが大きすぎてそのショックから立ち直れていないけど、この人が本当は凄い人だと俺は知っている。
 だから、同情や励ましなど一切挟まずに、素直に俺の気持ちを伝えた。
 
「速瀬さんだって凄い人だと、俺は思ってますよ」

「知った風なこと言わないでっ!
 確かに白銀は実戦経験あるんでしょうね。あんたの話、聞いてて凄く実感こもってた。くやしいけど納得したわよ。
 でも、私はあんたみたいに大切な人を亡くして、前に進むことなんて出来ないっ。
 頭ではわかってるわよ。私がいつまでもうじうじしてても誰のためにもならないって。あんたが話したように、死んでしまった人の思いの分まで先へ進まなければいけないんだって。
 でも……でも私は駄目なのよ。もし進んでしまったら、孝之との思い出が過去のものになってしまうって考えたら、そこから一歩も動けないのよっ」

 しかし、俺の言葉に対して速瀬さんの反応は、思ってもみなかったものだった。
 いや、純夏を失った経験のある俺には想像できたはずだ。自分の本当に大切な人を失ったときの絶望の深さを。
 俺は誤解していたんだ。致命的な誤解を。
 涼宮さんが立ち直ってくれたから、速瀬さんも同じだと。そして、決して重ねないように気をつけていたのに、無意識に前の世界の速瀬さんのイメージとこの世界の速瀬さんを重ねてしまい、今の彼女の悲しみの深さを知っていても、立ち直ってくれると勝手に期待をかけてしまったんだ。

「どうしてあんたは私たちの前に現れたのよっ。何でほっといてくれないのよっ。遥にまで置いていかれたら私はどうしたらいいのよぉっ」

 俺が自分の間違いに気付き何も言えないでいると、速瀬さんは感情を爆発させて叫び、踵を返して基地へとかけ戻っていってしまった。
 走り去り際にに速瀬さんから涙が一滴零れたように見えて、俺は追いかけることも出来ず呆然としているだけだった。

 速瀬さんがいなくなってからしばらくして、俺は自分のしてしまった間違いに頭を抱えた。
 元々、速瀬さんが抱えている問題に俺が何か出来るとは思っちゃいなかったけど、だからといって、一方的に俺の話をして仲間として認めてもらおうとするなんて、なんて馬鹿なんだ、俺は。
 神宮司軍曹にも聞いていたじゃないか。今の速瀬さんと涼宮さんは、崖下へ転落しそうなのを辛うじて2人で支えあっているって。
 それに、前の世界でも宗像中尉が言ってたじゃないか。速瀬中尉は本当は弱い人だって。
 ……どうして俺はいつもいつも、やってまった後になってから気付いたり、思い出したりするんだ。

「まったく、俺ってやつは、いつまでたってもどうしようもなく鈍感でダメダメだよ。またお前に呆れられちまうな、純夏」

「……そんなことないよ」

 一瞬、純夏が答えたのかと思った。
 驚いて、背後から聞こえた声に振り返ってみると、そこには涼宮さんの姿があった。

「……ごめん。速瀬さんを怒らせちまった」

 思わず、敬語を使ってしまいそうになったけど、涼宮さんは仲間と認め合ってから俺が敬語を使うのは嫌がるので、せめて涼宮さんへの接し方は間違えないようにと普通に話すようにする。

「うん、水月が走っていくの、見えたから……
 でも白銀君、謝る相手が違うよ」

「そう、だよな」

「うん……でも、しばらくは水月を一人にしてあげて。今は水月、冷静になれないだろうから」

「ああ、わかった」

 涼宮さんと2人、座って廃墟の町を見下ろしながら話をする。
 まだ昼間だというのに、遮る物がないこの町は海風からの冷たい風を運んできて、もうすぐ冬がやってくるのを感じさせる。

「……実を言うとね。白銀君が水月と話をしたら、こんな風になるんじゃないかなって思ってもいたの」

「え?」

 俺と速瀬さんの話し合いが初めから失敗に終わることを予想していたと、木枯らしが背筋を吹きぬけたような冷たさを感じさせる言葉が涼宮さんの口から出て、俺は驚いて涼宮さんを見つめた。

「どんな会話をしたかまではわからないけど、きっと水月は自分独りだけ取り残されていく気がして、白銀君に辛く当たったんじゃない?」

「いや、俺が速瀬さんの気持ちをちゃんと考えずに、一方的に自分の事を話したのがいけなかったんだ」

「ううん。きっとどういう風に話していても、最後には水月、白銀君のことを突き放していたと思う。
 だって……私が独りで、先に進むことを決めてしまったから」

 涼宮さんは相変わらず眼下の廃墟を見つめたまま話を続けていたけれど、その目は愁いを帯びてはいるもののどこか暖かさも感じさせるものだった。
 だから俺は、そんな涼宮さんの様子にどこか安心を覚えて、さっき自分が犯してしまった失敗を素直に話すことが出来た。
 でも涼宮さんは、速瀬さんの態度の原因は自分にあると俺に告げた。

「私が好きな人が戦死してしまったことは白銀君に話したかもしれないけど、私とその人と水月は三角関係、だったんだ。
 私と水月が好きな人は、鳴海孝之君というの。
 去年の6月に私たちの204A分隊は総戦技演習に失敗して、孝之君と一緒に任官できなかったことに落ち込んでたわ。
 そして、両足が義足になったことに、より落ち込んでた私を、水月は後期の演習に合格して追いつこうって励ましてくれてたの。
 全てが上手くいって任官してたとしても、孝之君と同じ部隊に配属される可能性がどれくらい高いかわからないのに、私たちはそれを励みにしたわ。
 でも、それから一月後の7月にBETAの日本侵攻が始まった……。
 帝都の移設に合わせるように、その時はまだ白陵基地だったこの基地に所属していた私たちの訓練部隊も仙台基地へと移設されたの。
 私たちは仙台で、本土が次々とBETAに蹂躙されていく情報を歯噛みして聞くことしかできなかった。
 そして、孝之君の安否を心配して何度も軍に彼の所属や戦闘に参加していないか問い合わせたけど、身内でない訓練兵の問い合わせに答えてくれるほど、その当時の軍部に余裕はなかったみたいで、孝之君の詳細はまったくわからなかったわ。
 そうしたやきもきした気持ちのまま時間だけが過ぎていって、後期の演習も今年の前期の演習も中止されて、三ヶ月前の明星作戦の後にようやく照会が取れて、孝之君が戦死したということだけがわかったの……」

 思い人の死を知らされてまだ三ヶ月。悲しくないはずがないのに、涼宮さんは俺に話してくれた。
 衛士が仲間の死を受け入れて前へ進めるのは、死んだ仲間がどんな思いを懐いて逝ったのか、どういう状況で逝ったのか、直接であれ間接であれ、知ることが出来、その思いを受け継いでいこうとしているからだ。
 だけど、この基地の訓練校出身者は全てA-01に任官する。そして、A-01は非公式部隊だから戦死の報以外、詳しいことは一切知らされなかったはずだ。
 鳴海さんという人が衛士になってどんな思いで戦っていたのかも、どのように逝ったのかも知らない。そんな状態では、彼の死を受け入れて、前へ進むなんて出来なくてもしかたないことだ。

「それからの一月ほどは記憶が曖昧でよく覚えてないの。
 でも、205隊の皆が心配してくれて、励ましてくれて、いつまでも落ち込んだままじゃいけないって思ったんだけど……
 そんなときに、白銀君がやって来たわ。
 初めはどうして私たち「居残り組」の隊にって思った。それに、最初の頃は体力だけじゃなくて格闘術も私が勝ててたから、本当になんで私たちの隊に編入されたのか不思議だった。
 でも、そう思ってよく白銀君を見ていたら、覚えていたものを忘れてしまって、それを取り戻そうといてるように見えたの。私が両足のリハビリをしていたときみたいに。
 そして、白銀君の話を聞いて納得したわ。白銀君の技術の上達が早いのも、厳しい訓練に泣き言一つも言わないで臨んでいるのも。
 白銀君も私たちと同じように大切な人を亡くしている。ううん、私たちよりももっと多くの大切な仲間を失ってしまってた。
 それでも、白銀君は前に進んでいる。亡くなってしまった人たちの思いも抱えて、もう大切な人たちを失わないように未来を勝ち取ろうとしている。
 これが本物の衛士なんだって思ったわ。
 そして、白銀君は私を仲間だといってくれた……
 だから私は、孝之君の死を無駄にしないためにも、孝之君が夢見た未来を勝ち取るためにも前へ進もうって決めたの。 そして、水月にも同じ思いを懐いてほしいって思った。
 ……でも、水月は優しいから。
 私みたいに、まだ気持ちを切り替えられないと思ったわ。それに、私と水月は距離が近過ぎるし、同じ訓練兵でしかないから、私じゃ水月の気持ちを前へ向けることは出来ないとも。
 きっと水月は、知らない間に私が前へ進むことを決めてしまって、独り取り残されたと感じていると思う。
 そして、そのきっかけを作ったのが白銀君だと知ったら……こうなることがわかってて、私は白銀君にお願いしたの……ごめんなさい」

 ……それでも、任官すれば知ることは出来るんだ。そのときこそ、涼宮さんたちは本当の意味で前へ進めるのかもしれない。
 そして、俺が速瀬さんにしてしまった失敗を悔やむときはもう終わりだ。
 初めから俺が速瀬さんや涼宮さんの問題に何か出来るとは思っていなかった。でも涼宮さんは、俺の話を聞いて前へ進む決心をしてくれて、速瀬さんも先へ進むきっかけを作ったと言ってくれた。
 なら俺は、元衛士として彼女たちを見守って、支えられるように自分を鍛えていけばいい。前の世界の彼女たちが俺にしてくれたように。
 だから、話しているうちに涙を流して、それに気がついていない涼宮さんにハンカチを差し出しながら、俺はこう言った。

「なに謝ってるんだよ。俺たち仲間じゃないか。
 それに、俺がもっと上手く話を進めてれば、速瀬さんを怒らせないですんだかもしれないんだし。涼宮さんが言ったように、どういう形であれ、速瀬さんが前へ進むきっかけが作れたのなら嬉しいよ。
 あっ。勿論、速瀬さんには後で謝るぜ」

「……うふふ。
 ありがとう、白銀君」

 涼宮さんは俺のハンカチを受け取って涙を拭くと、そういって微笑んでくれた。

「よしっ。今度は私の番だよ。
 白銀君。私、水月と話をしてくるね」

 涼宮さんはハンカチを握り締めながら立ち上がると、気合を入れてそう言った。

「俺が言うのも変かもしれないけど、速瀬さんのことよろしくお願いするな」

「うん。
 ……あっ。あのね、白銀君。多分……ううん。きっと色々話すだろうし、時間もかかっちゃうかもしれなくて……その。あのね……」






「アムロさんの部屋で寝かせてもらおうと思ったけどつかまらないし、シャアさんも不在か。
 ……夕呼先生に頼んで、純夏の部屋を使わせてもらうしかないか?」

 立ち去り際、涼宮さんは速瀬さんとじっくり話をするために、今夜は2人っきりにしてほしいと申し訳なさそうに言ってきた。
 俺はシャアさんとアムロさんという当てもあったので快く了解し、自主訓練をして夕食を済ませてからシャアさんたちを探したのだが、2人とも見つからなかった。
 涼宮さんたちは夕食に姿を現さなかったからまだ話し合いは続いているのだろうし、当然約束したとおり部屋に戻るわけにはいかない。
 そうこうしている間に、夜間の自主訓練も終わらせてしまい、さてどうしたものかと考えながら通路を歩っていると……

「……白銀さん?」

「お、霞。どうしたんだ、こんな所で?」

 霞に声をかけられて、考え事をしながら歩いていたせいか、知らぬ間に夕呼先生の執務室へ向かう通路を歩いていることに気が付いた。

「今日は仕事が終わったので、部屋へ帰るところです。
 ……白銀さんは、どうしたんですか? 何か、考え込んでいるようでした」

「休日なのに仕事ご苦労様。
 俺は、ちょっと事情があって今夜は部屋にいられないんで、シャアさんたちの所に泊めてもらおうと探してたんだ。
 っと、そうだ。霞はシャアさんかアムロさんがどこにいるか知らないか?」

 衛士だって休日はあるのに、オルタネイティブ4の最重要員である霞には定休日がない。
 仕方ないこととはいえ、霞の年齢を考えると思うところがないわけじゃないけど、当の霞が自分に出来る仕事があることを喜んでいる節があるので、せめて頭を撫でて労わってやる。
 霞が撫でられて嬉しそうにしているのを見て和みながら、シャアさんたちの所在を知らないか尋ねてみた。

「アムロさんは、九十番格納庫で作業をしています。シャアさんは、わかりません」

「そっか、ありがとう。
 ……俺のIDじゃ九十番格納庫へは行けないから、アムロさんに頼むのは無理か。シャアさんはどこかの資料室で、夕呼先生へ提出する書類の制作でもしてるのか? だとしたら、いつ戻ってくるかはわからいな。
 やっぱり夕呼先生に頼んで、純夏の部屋を使わせてもらうか……」

「あの……」

「ん? ああ、悪い。いつまでも撫でられてたら嫌だったよな」

「いえ。それは全然、大丈夫です。
 ……あの。嫌じゃなかったら、私の部屋へ、来ませんか?」

「……はい?」

 霞に聞いて、シャアさんたちの部屋に泊めさせてもらうのが難しいことがわかり、夕呼先生に頼みにいこうと考えていると、霞が自分の部屋へ留まりに来ないかと誘ってくれた。
 って、いやいやいや、待てっ。
 確かに、前の世界で俺の部屋に霞が泊まったことがあったけど、それは霞が俺を観測しやすくして理論の回収をするためって目的があったためだし。そうじゃなくて、霞も女の子なんだから、さしたる理由もなく男の俺が部屋へ泊まるなんてやっぱり問題があるよな。それに、もしそんなことが夕呼先生に知られたら、また何を言われるかわからないし。いや、霞の部屋に泊まったからといって何をするつもりもないけど。

「……嫌、ですか?」

「いやいや、嫌じゃないぞ。むしろ光栄っていうか。でも、男が女の子の部屋に泊まるっていうのは、色々問題があるわけでな」

「白銀さんは、涼宮さんと速瀬さんと、同室です」

「あー、まあ、そうなんだけど。それは同じ訓練部隊だからであってな……」

 予想外な霞のお誘いに慌ててしまったが、霞が不安そうな目で俺を見つめていたのに気がついて冷静になった。
 つい先週、霞に思い出をたくさん作ろうと約束したというのに、それ以降訓練が厳しくなって、こうして霞に会ったのも一週間ぶりで、霞に思い出の「お」の字も作ってやれてない。
 でも、命令とか任務とか抜きで霞の部屋に泊まめてもらうのは、いい機会かもしれない。
 それに、霞も俺を泊めたことを態々夕呼先生に報告しないだろうし、一応、口止めをお願いしておけば問題ないだろう。

「それじゃあ、霞の部屋に泊めさせてもらってもいいか?」

「はい」

 というわけで、霞の部屋に泊めてもらうことが決まり、今夜の部屋を無事確保できることになったのだが……

 忘れていた。霞が結構頑固だということを。

 俺は床で寝るつもりだったのに、まだ訓練についていくのが精一杯で疲れているのだから、俺も一緒にベットで寝るように言って譲らないし。それを断っていると、霞が自分が床で寝るから俺にベットを使えと言うし。仕方なく、一緒に寝ることを承諾すれば、霞の歳に似合わないあの下着?ネグリジェ?に着替えるし。そんなわけで横になっても、疲れているはずなのに眠れずにいると、霞は先に寝てしまい、寝ぼけて寝返りを打って服?が肌蹴たり。抱き枕代わりなのか、俺にしがみついてきたり。
 結果、疲れの取れない夜が更けていくのだった……


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