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[26037] 【ネタ】トリップしてデュエルして(遊戯王シリーズ)
Name: イメージ◆294db6ee ID:bf7f6dc1
Date: 2011/11/13 21:23










「レベル8のレッド・デーモンズ・ドラゴンに、

 レベル3のクリエイト・リゾネーターとレベル1のアタック・ゲイナーをダブルチューニング!

 王者と悪魔、今ここに交わる。荒ぶる魂よ天地創造の叫びをあげよ! シンクロ召喚、スカーレッド・ノ」

「強制脱出装置で」



ひどい。せめて攻撃宣言だけでもさせてくれよ。

いそいそとフィールドに出したスカーレッド・ノヴァをエキストラデッキに戻す。

泣きたい。

手札が尽き、フィールドも制圧され、墓地利用出来るカードもない今、俺に為す術はなかった。



「……ターンエンド」

「じゃあ俺のターンな」



言いながらドロー。引いたカードも確認し、きゃつめはふふんと笑った。

どっちにしろ相手の勝ちなのでどうでもいいが、この期に及んで舐めプでもする気なのか。



「ダークバーストでミラージュ回収、で召喚。ネクロマンサーでビートル蘇生。

 ブリュとビートルでレモン、ミラージュでビートル二体蘇生でスカノヴァ召喚ね」



ふざけろこの野郎。



「トリシューラで攻撃」



で、使わねぇとか。せめて折角出したスカノヴァを使えと。

……まあどう足掻こうとどうしようもないので、ここで終わりである。



こんな感じで俺は都合38連敗を記録したのであった。







お前、引きいいのにデッキ構成最悪だよな。それが俺の相手をしていた相手の言である。

それはそうだ。基本的にキャラクターが劇中で使用したカードをピンで挿しているのだから。

これで良デッキとか言われたら意味がわからない。



そんなデッキでさえスカーレッド・ノヴァを呼び出せたように、回転率は何故かいい。何故か。

例えば同じストラクチャーデッキを使ってあいつとデュエルすれば負ける気はしない。

それはデュエルにおける運命力とでも呼ぶべき、稀有な、しかし実生活では何の意味もない才能だった。



むしろ、どうなデッキ構成でさえ一応デュエルのカタチに出来る。

そんな才能に恵まれたからこそこんなデッキしか作らなくなったのかもしれない。

別に嫌だとか、つまらないとか思っているわけではなく。

ここまで負け続けてちょっとへこんでいるだけだから、大したことはない。



前はあいつもファンデッキとかを使っていたから、勝敗は均等にとは言わずとも、分散されていた。

ところが今ではあれだ。ガチデッキが悪いと言いたいわけじゃないが、仲間内でそれしか使わないのはどうか。

もちろん相手の主張は俺の逆。勝ちたければお前もガチデッキを使え、って話だ。

もっともな話なので反論する余地もない。



「……こんなんじゃ、満足できねぇぜ」



ポツリと呟いてテーブルに伏せる。

明日も仕事があると言うにのんべんだらりとおこたでデッキの調整である。

何というか、どうしようもなく、楽しめなくなってきていた。



次の日の仕事も忘れ、その日はそのまま寝付いてしまったのであった。











翌朝、俺は目覚めたばかりで寝ぼけた頭を振りながら、がっつりとやっちまったと後悔していた。

窓から差し込む光を浴びて醒めた意識は、その光がどう見ても黄昏色だと言っているのだ。

昨日の夜から今日の夕方まで、仕事場から電話もあったろうによく寝てられたものだよ、ホント。



そう思い、電話越しに土下座をする覚悟をして、仕事場に連絡を入れようとした時。

異変に気付いた。



「どこだ、ここ……?」



くるりと首を回し、周囲を見回す。

完全に見覚え皆無な空間。どこ、ここ。



「ふむう、目覚めたようじゃな」

「?」



どこからか声がする。首を左右に動かしても姿は見えない。

と言う事は、上から来るぞ、気をつけろって事か。



「こっちじゃよ」



案の定、上からだった。

知らない天井から人が生えてきた。とかじゃない。そもそも屋根がなかった。

何というかここは廃墟だった。俺の癒しであるおこたとカード以外は俺の部屋のものはない。

屋根が無い、壁もボロボロの元住居って感じの様である。



屋根が無いのに上からでなく窓から夕焼け色が入ってくるのは何故か。

それはこの家の直上にある、なんらかの飛行物体が原因だった。

とりあえず俺はこの時点で現状が夢だと断定したのであった。



その飛行物体は空中で形を変え、俺の真横に落ちてきた。

夢断定している俺はその光景をぼけっと見つめ続け、落ちてきたそれが着地し、どっかんと風が巻き起こるに至って。



「うわっは」



と言う感じに驚いた。

着地した代物は、バイクだった。当然だが普通のバイクじゃない、だって空飛んでたもん。

カラーリングは白を基本色にし、トリコロールで飾ってある感じ。

その巨大さは最早バイクと言うより軽自動車みたいなもの。イメージはジェットスライガーだろうか。



その謎のバイクからひょいと、老人が頭を出してきた。

ハゲている。

そのハゲは俺を高みから一瞥すると、顎に手を添えてかかかと笑う。



「成功したか。出てきたのは思ったよりガキじゃが…

 ま、外見で当たり外れは分からんしのう。ひょうっ」



ひょうっと其処から飛び降りてくる爺さん。元気だな。

飛び降りてきた老人は膝を曲げて着地の勢いを殺し、実に華麗な感じで俺の前に降り立った。

その爺さんの外見はどう表現したものか、とりあえず汚らしい恰好であった。

服を着ている、よりはボロを身体に巻いているの方が正しいだろう。

身体は細く、骨と皮の間にちゃんと肉があるのかと心配になってくるレベル。



とはいえ、高所から飛び降り、無事に着地するのだから心配はいらないだろう。



「おい坊主。お前、デュエリストかね」



どうやら遊戯王の夢らしい。割に周囲はかなり荒廃しているのは、あれか。

滅びの未来の話を妄想した夢だからか。探せばアポリアとかいるのかもしれない。



「んー…そう、かな」

「なんじゃ、歯切れの悪い奴。まあいいわ、ほれこれをやる」



ぽいと何かを投げ渡された。取ろう、とは思ったのだが。

手を伸ばしたものの、するっと俺の手をすり抜けて床に落ちる何か。

…だっさ。老人に目を向けず拾う。



「何コレ、カードじゃん」



カードの名前は『ホープ・トゥ・エントラスト』

テキストは何も書かれていない。イラストは暗闇の中にある一筋の光、みたいな感じ。

老人に目を向けると、うむうむと大きく首を縦に振った後、後ろのバイクを指差した。



「ワシが最後の望みとして造り上げた最高のD・ホイールじゃ。お前に託そう。

 例え滅びがワシらの運命だったとして、ワシはそれを変えようとは思わないのだ。

 ま、お前にゃ何を言ってるか分からんのだろが」

「? 何で俺に」

「うん? 別に誰でもよかったよ、ただお前だったってだけじゃ。

 ただ思いついたから造って、どうせだから誰かに託そうとしただけ。ま、貰っとけ」



そうして早く乗れと言わんばかりに俺の背中を蹴飛ばすジジイ。

俺はどうせ夢だし仕方ないと、俺のデッキやらを拾って何故か横に落ちてた鞄に突っ込む。

何というご都合。サービス満点である。



立ち上がり、バイクに乗るためにごてごてした外装に足を乗せてよじのぼる。

運転席に座ってみる、という表現がバイクに正しいのかは知らないが、

っていうかこれをバイクと呼称していいのか。

そんな事を思いつつも、中を見渡してみる。



ハンドル、アクセル、ブレーキ、…見て分かりそうなものはそれくらい。

っていうか俺はバイクの免許持ってないし。

正面のモニターや、カード用のスペースはいいが、それ以外が分からない。

とりあえず渡されたカード、『ホープ・トゥ・エントラスト』をハンドルの近くにあるスリットにいれる。



「多分こうだろ」



正解。中央のモニターが点灯し、何やら凄い勢いで文字が流れていく。

意味は分からない。と言うか英語なので読めない。立ち上げてるってのは分かる。

それから2、3秒、このバイクの名前が表示され、そこで止まった。

多分終わったんだろう。



「ほれ、デッキはそこじゃ」



ジジイが横から口をはさみ手を伸ばし、指差した場所にデッキをセットする。

どういう仕組みか、何故かオートシャッフルされた。いつ見ても不思議なシャッフルだ。

そのままジジイの指示通りエクストラデッキもセット。



「余ったカードもどうせなら入れとけ、パネルのAnother sideじゃ。

 そこを押すとデュエルに使わんカードも仕舞っとける」



後ろの方から右肩の上辺りにカードの投入口が出てくる。

10枚くらいしか一度に入れられなそうだ。鞄に突っ込んだカードボックスには数百枚収納されているのだが。

とは言え、文句を言っても始まらない。

カシュン、カシュン、カシュン、カシュン、カシュン、カシュン、カシュン―――











延々十数分。やっと全部入れ終わった。

驚くべき事に、このバイクは俺が入れたカードを全て判別し、内蔵カードをモニターでリストしてくれている。

このモニターで検索して選択するだけで、そのカードだけ取り出せるそうだ。



「ま、大まかにはこんなとこじゃろ。後はシステムAXDくらいか」

「AXD? 何だそれ」

「お前をこの世界に呼んだ装置じゃよ」



そう言ってこの爺さんはパパッとモニターをタッチし、流れるような操作を見せる。

ニュートラルの状態からデュエル外の設定に入り、安全装置を幾つも解除し、最後に、

<System Advent "X" Duelist.>



「日本語でおk…」

「何をいっとるのかよう分からんな、お前は。

 とにかくお前を見つけた今、そいつは戦いたくてしょうがなかろう。

 だから探しに行くのじゃよ、こんなところではなく。もっと強いデュエリストのいる地へ。

 時空を超え、次元を超えてな」

「は…?」



いつの間にかジジイは飛び降りていた。

声をかけて今の言葉の意味を確かめようとしたが、既に遅かった。

急速発進。俺は何も操作していないというに。

モニターの速度メータがあっと言う間に100km/hを超え、200を超え。



(あ、死んだ)



俺の意識は振り切れた。











そうして再び目が覚めた時、夢は終わって…いなかった。

やっぱり廃墟だったが、大分趣が違うような気がするので同じ場所ではなさそうだ。

はぁ、と溜め息一つ。とりあえずシートの下辺りをまさぐる。

とりあえず風除けにヘルメットの一つや二つないものか。



「お」



あった。

ただ何故かアイシールドが色付きで中が見えない。

ちょろっと覗くと、中からは外がはっきりと見えるので大丈夫だろう。

というわけで被る。



ガシャッと。何か口の部分が閉じた。

まるで貴様らに名乗る名はないっ!と大見得を切ったロム兄さんのマスクの如く。

かなり驚いたが、息はできるし当たる風が減るのでまあ別にいいだろう。



バイクを通常走行モードにし、ハンドルを握る。

そうしてアクセルを踏み込めば、こいつは俺の思うがままに走るのだ。

グイッと踏み込んだアクセルに応じて速く。200km/hで。



爆進、衝突、大破壊。であった。

廃ビルに突っ込んだ俺はもう生きた心地がしなかった。

老朽化、だけではないだろう。なんらかの原因で弱っていたコンクリの柱を2、3纏めて粉砕。

中央にある大階段に真正面から突っ込むものだから上に昇るか、と思ったがぎっちょん。

階段を破壊してまっすぐ突き抜けた。

死ぬ気でハンドルを横に回すと、タイヤが横転する。



「は――?」



前後のタイヤが同時に横転。

そしてそのタイヤが回り続ける事によって、起こされる現象。



「――――!」



その場でバイクはスピンを始めた。

最初見た時ジェットスライガーと例えた。運転席もそうだったが、完全にそうだった。

アクセルを開放し、すぐさまブレーキング。



ガックン、と大震動の後。漸く初めてのドライブは終わったのであった。その間5秒である。



「ヘルメットがなければ即死だった…」



ふぅ、と汗をぬぐう仕草。ヘルメットの上からだが。

……今度は細心の注意を払いつつ、アクセルを踏み込む。

それでもかなりの加速で、壁をぶちぬいて表へと躍り出た。



そしてコンクリートの塊を吹き飛ばしながら突き抜けた先には、人がいた。



「――――」



唖然。そんな感じ。

恐らく轟音を聞きつけて来たのだろうが、流石にこれは予想外だったようだ。

当たり前だろう。



それはそうと、目の前の人間の姿だった。問題は。

赤いヘルメット。服装は青が目立っている。上着は肩に何やらオレンジ色の装飾があり、

そして何故か裾が重力を無視して跳ねていた。



つまり不動遊星である。未知すぎる。



「…デュエリストだな」

「お前は、何者だ…?」



とりあえず俺は遊星を指差し、カッコつける。

人を指差す事が無礼な行為だとは後で気付いた。

フルフェイスのヘルメット、巨大なバイク、邪気眼スタイル。怪しまない方が異常である。

しかし主人公相手に警戒される巨大なバイクに跨った仮面の男。

何となくボスキャラっぽくてカッコイイじゃないか。



「……デュエルだ(キリッ」

「何だと…? どういう事だ、何を考えている」



いや何も。折角だしいいじゃない。

デュエルモードに切り替えて、オートパイロットで走らせる。

これで遊星の方にデュエルの申請が行ってる筈だと思うが、どうなるかは分からない。



俺のバイクがまともに使用されていない、サテライトの道路に躍り出る。

D・ホイールが勝手にコースを設定し、それをなぞる走行を始めた。

ついてくるかどうか分からなかったが、遊星もそれについてきていた。いい奴だ。



「いきなり仕掛けてきてどういうつもりだ」



遊星は静かに俺を問いただす。

ここで答えるのは簡単だが、ここではデュエルで応えるのが正答だろう。



「お前もデュエリストならば、カードで訊き出せ」

「いいだろう。デュエルだ!」



何故OKしたし。普通無視するだろう。何というデュエル脳。

互いが手札を5枚ドロー。そして同時に宣言する。



「「スピードワールドセット! ライディングデュエル、アクセラレーション!」」



…遠慮なく叫べるってのは厨二にはありがたいな。

表示されてる画面には、先攻が遊星である事が示されていた。



「オレのターン、ドロー!

 ロードランナーを守備表示で召喚、カードを1枚セットし、ターンエンド!」



遊星がくわっという感じにカードを引き抜き、シュバっという感じでフィールドに出した。

何故火花が出るのか。いいチャージインだ!

遊星号の前に光が立ち上り、その中から青い鳥の雛みたいなのが出現する。

両の翼で顔を守るような体勢で浮かぶのはロードランナー。

ドローした時遊星が嫌な顔をした事で有名なモンスターだ。

そりゃ攻撃力1900以上のモンスターには戦闘破壊されないとはいえ、貫通ダメージ食らえば意味無いしね。



そういえばここでは裏守備表示で出さなくていいのか。ふむふむ。



「俺のターン、ドロー」



そうなってくるとまた戦い方も変わるような気がするけど。

まあおいおい慣れようと言うかこの夢はいつ終わるのか、起きたら忘れてしまうのだろうか。

残念だな。



モニターのスピードカウンターが0から1に。

…そういえばこれライディングデュエルか。俺のデッキSPもなければ通常の魔法も入ってるんだが。

既に薫るオワタ臭。



「スピード・ウォリアーを攻撃表示で召喚!」



先程のロードランナーと同じく、俺のバイクの前にも光が現れ、

その中からパワードスーツに身を包む戦士が飛び出した。

中に人入ってそうな感じがするけど実際どうなのだろうか、機械族でなく戦士族ではあるが。

でも足はローラーブーツって感じでもないんだよな、踵が丸々タイヤだし。



なんて、考えていたらスピード・ウォリアーがこちらに目線を送り、微かに首を傾げた。

―――なん、だと…? それはプレイを進行しないプレイヤーに対する遠回しな催促か何かか。

いやそんな事はどうでもいい、スピード・ウォリアーちゃんマジ過労天死。



「スピード・ウォリアー…」



遊星が俺の過労天死を見ながら僅かに戸惑う。

だってこのデッキ君のファンデッキだしね。



「バトル! 過ろ、スピード・ウォリアーでロードランナーを攻撃!」



俺に追従して走っていた過労天使、むしろ過労戦死が身体を横に捻りブレーキ。

盛大に火花を散らしながら減速した身体をロードランナーに向け、急加速。

ロードランナーが泡を食って、目を見開き、翼を振り乱している。あれもかわいいな。

過労戦死は相手の目前まで接近すると、転がり込むように身体を前に倒し、両手で身体を支え、脚を振り上げた。

多分今だ。



「ソニック・エッジ!」



回し蹴りを見舞う。その名の通り音速で放たれているのかどうかは知らないが。

その威力にロードランナーは耐え切れず、直撃した次の瞬間にはガラスの如く砕け、散っていた。

遊星がフィールドのロードランナーを墓地に送る。

それを見届けてから、手札からもう1枚。



「伏せリバースカードを1枚セット。ターンエンド」



一度走るバイクの前にカードが浮かび、見えなくなった。

遊星はその直後、俺を一気に抜き去り前に躍り出る。



「オレのターン!」



互いのスピードカウンターが2を刻む。



「ドロー!」



引き抜かれるカード。

遊星はそれを一瞥するとホルダーに固定し、手札の中からカードを選び取った。



「Spスピードスペル‐エンジェル・バトンを発動!

 スピードカウンターが2つ以上ある時、デッキからカードを2枚をドローし、その後手札を1枚墓地へ送る」



遊星号の前に開示されるカードのソリッドヴィジョン。

天使が胸の前で宝石を手で覆っているイラストのカード。

ライディングデュエル用の天使の施し下位だ。



スタンディングでは禁止になるほどのカード。いや立ってデュエルした事無いけど。

とにかくその効果は強力の一言。下位互換とは言え、それは変わらない。

手札交換の手に淀みはなく、何を引こうと墓地に送るカードは決まっていたのだろう。

墓地利用出来るカードは多く、ちょっと絞り切れないか。



墓地は公開情報? 何を言っているのか分からんな。



「カードを一枚セットし、スピード・ウォリアーを召喚!」



なん…だと…!

フィールドに揃った二人のスピード・ウォリアー。過労死が二人揃う事によって労災が下りる。



遊星の過労戦死がバイザーを煌めかせ、肩で風を切り参上する。あらやだカッコイイ。

流石に本家、俺などがやってみせるより遥かにカッコイイじゃないか。



「バトルだ!」



モニターにバトルフェイズ移行が表示される。

過労戦死が身を沈み込ませた。召喚されたターンのみの効果。それは、攻撃力の倍増だ。

既にその力を発揮出来る時間を終わらせている、俺の場の過労戦死では太刀打ちできない。



遊星は高らかに宣言する。



「スピード・ウォリアーでお前の場のスピード・ウォリアーを攻撃!」



ATK値は先述の通り倍の差。これは数値を競うカードゲーム。

気合いと勇気による補正などかかりはしないのだ。例え差が1であろうと、それは絶対の線引きだ。

相手は1800。そしてこちらが900。

無論、真正面からでは勝負になりはしない。



青い光を全身から放つ過労戦死が、一際大きく身体を沈めた。

それに反応して構えるこちらの過労。迎撃の体勢、これに何の意味があるのだろうか。

そんなことはさておき、遊星のスピード・ウォリアーが跳びかかる。



目前まで瞬間に距離を詰め、青い光を纏った脚を振り抜く。

だがこちらのスピード・ウォリアーもそのままではいない。

即座に後方に飛び退り、その一撃を躱してみせる



だから一体その行為に何の意味があるのかと(ry



「罠トラップ発動、くず鉄のかかし!」



すかさず追撃を試みようとした過労戦死の前に、突然くず鉄の寄せ集めで形作られたかかしが立つ。

加速に乗っていた過労戦死は止まれず、そのかかしにがっつんと頭部を衝突させて跳ね返った。



「相手モンスターの攻撃を無効し、再びセットする」



かかしの姿が消える。

くず鉄のかかしは、一度だけモンスターの攻撃を無効にするカード。

その最大の特徴は使用した後、再びセットするという効果だ。

基本的に一度発動したら墓地に送られるカードらとは違い、何度でも再利用する事が出来るのである。

とはいえ、罠トラップカードはセットされたターン発動出来ない。

つまりこのカードの効果は、1ターンに一度相手モンスター一体の攻撃を無効にする。

と言うと分かりやすい。



そしてかかしにごっつんこしたスピードちゃんマジアホカワイイ。



「――――」



そしてそろそろ蟹さんの無言の圧力が怖い。



「フフフ…」



フフフ…デッドエンドシュート

ではなくて、とりあえず笑ってごまかしつつ、俺のターン。

エンド宣言してないけど、モニターで俺のターンって言ってるんだから間違いない。



「俺のターン。ドロー」



スピードカウンターが3をカウント。関係無いけど。



「ジャンク・シンクロンを召喚!」

「やはりか」



何がやはりなのかはスルーする。多分きっと勘違いでござる。偶然でござる。



頭部のヘルメットを頭部に含めるなら、三頭身ほどの大きさ。

隙間から覗く間接は金属の骨格。

胴と四肢を覆う橙色の鎧を鈍く光らせ、純白のマフラーを靡かせながら、ハッ!と叫んではいポーズ。

どう見ても機械族です本当に(ry

何故戦士族なのだろう。ターボやニトロは機械族なのにね。



「レベル2のスピード・ウォリアーに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング」



過労戦死が地につけていた足を離し、空中に舞う。

ジャンクロンが過労戦死の前に飛び出し、腹の左下に付けられたリコイルスタータを引く。

背負ったエンジンが始動する。ドルル、と唸るエンジンから光を放ち、ジャンクロンが弾けた。



弾けたジャンク・シンクロンの姿は三つの星になり、スピード・ウォリアーの周囲を回転する。

周りに星を纏わせたスピード・ウォリアーの輪郭のみを残し薄れていく。

光となった二体のモンスターが溶け合い、新たな光となり、別の輪郭を描き始めた。



で、シンクロ口上なのだが。

流石にそこまで遊星と同じの使うわけにはいかないし、どうしよう。

いいか、言わなくて。



「シンクロ召喚!」



輪郭から実像が浮かび上がる。

青色を基本色にした機械の戦士が、光の中から右腕を掲げ、舞い上がった。

頭部では赤いレンズの瞳が一対輝き、首にはジャンク・シンクロンと同じく白いマフラーが巻かれている。

特に目立つのは左腕と比べ大きく、力強いフォルムの右腕。

そして肩に背負ったブースターと翼である。



何度も言うが、どう見ても機械族(ry

ともかく。



「ジャンク・ウォリアー!」



マフラーを風に靡かせながら、俺の隣に並び飛行する戦士。

何か味気のない召喚だと思うが、仕方ない。



「バトルだ! ジャンク・ウォリアーでスピード・ウォリアーを攻撃!」



マフラーが翻る。カメラアイを一度強く輝かせ、ジャンク戦士は拳を腰溜めに構えた。

どの辺りがジャンクなのかは知らない。

肩のブースターが炎を噴き出し、上空へ向かい、大きく飛び上がった。

俺の頭上へ舞い上がり、一瞬停滞した後にスピード・ウォリアーを見据えて再加速。



「スクラップ・フィスト!」



溜めた右の拳を突き出す。一際ブースターが吐き出す炎が盛った。

スピード・ウォリアーを目掛けたその攻撃は、さながら青い流星。



しかして、スピード・ウォリアー一方的に破壊されるのを待つだけではない。

何故か。意味無いのに。

その速さ、回避は出来ぬとは悟ったのか咄嗟に両腕を胸の前で交差させ、守りの姿勢に。



スピード・ウォリアーの攻撃力は900、対してジャンク・ウォリアーは2300。

その差、1400。これだけの力量差、如何なる手段を持っても覆らない。

わけではない。ライジング・エナジーでもあれば覆る。

だが例え覆せる手段があろうと、実行できなければそれはないも同じ。

デュエルはモンスターだけでは勝てない、魔法マジックだけでも。罠トラップだけでも。

それは一体誰の言葉で、誰に送られた言葉であったか。



正面から二体が激突。防御の姿勢は一秒持たず、両腕が弾け飛んだ。

ジャンク・ウォリアーに比べて細く、小さな体はまるで木の葉の如く吹き飛ばされた。

吹き飛んだ身体は一直線に遊星へ向かう。

攻撃力の差分、1400ポイントのダメージは、モンスターを従えるプレイヤーに向かうのだ。



「罠トラップ発動! ガード・ブロック!」



遊星の目前でスピード・ウォリアーが爆散する。

爆風は遊星を呑み込むように吹き荒れて、しかし一瞬後には何もなかったかのように消し去られた。



「相手ターンに発生した戦闘ダメージを一度だけ0にし、その後カードを1枚ドローする!」



なんて奴だ、スピードちゃんをおとりにしてカードをドローするなんて。

これはもう労働基準法を違反しているとしか思えない。



遊星がカードを1枚ドローする。



「フフフ…カードを1枚セットしてターンエンド」



何となくフフフ…が気にいってしまった俺である。



「オレのターン、ドロー!」



スピードカウンターが4つとなる。

ドローしたカードを横目で一瞥し、手札のカードへと目を向けた。

その状態で約3秒、そして再び視線を前に向ける。



引いたカードを手にしたまま、手札用のホルダーから更に2枚引き抜く。



「ボルト・ヘッジホッグを通常召喚!

 更に手札からモンスターカードを1枚墓地へ送り、クイック・シンクロンを特殊召喚!」



背中からボルトを生やしている丸々とした黄色いネズミが出現。

きゅ、と一鳴きして丸まった。姿が青く染まるのは、守備表示の証だ。



更に光の中で赤いマントが翻る。

ジャンク・シンクロンによく似た姿、青い身体を持つチューナーモンスター。

目深に被ったカウボーイハットのつばを指で弾き、片目をさらす。



そのつばを弾いた指で銃を象り、BAN☆とポージング。

なにあの子かわいいんですけど。



「墓地のレベル・スティーラーの効果を発動!

 フィールドのレベル5以上のモンスターのレベルを1つ下げ、特殊召喚する!」



立ち上る光の中から、テントウムシに似たモンスターが現れる。

クイック・シンクロンの身体が輪郭だけに薄れると、その内部に5つの星があった。

そのモンスターは、薄れたクイック・シンクロンの中の星の1つに衝突し、吸収する。

と、同時に何の模様も描かれていなかった背中に、大きな☆マークが浮かび上がった。



クイック・シンクロンが再び色を取り戻し、マントを靡かせる。



あれは今墓地に送ったカードか、それともエンジェル・バトンの効果で送ったカードか。



「レベル1のレベル・スティーラーに、レべル4となったクイック・シンクロンをチューニング!」



赤いマントを跳ね上げ、腰部にある赤と緑と青、三つのライトを点灯させる。

正面に映し出されるのは光のルーレット。

ジャンクに始まり、ターボ、ニトロ、ハイパー、ロード、チェンジ、ドリル、ブライ…

様々なシンクロンのカード画像が映り、それが高速で回転を始めた。



その高速回転を過たず捉えているガンマンが、瞬時にガンベルトから銃を抜き、撃ち放つ。

渇いた銃声の後に、ゆっくりとルーレットが止まる。

撃ち抜かれていたカードは―――



「集いし星が、新たな力を呼び起こす。光さす道となれ!」



中心に風穴を空けられたジャンク・シンクロンのカードが表を向く。



同時にクイック・シンクロンの身体は四つの星となり、レベル・スティーラーの周囲に取り巻く。

レベル・スティーラーは身体を透けさせ、緑色の光の輪郭のみを残している。

その中で星は溶け合い、新たな姿を形作る。



「出でよ! ジャンク・ウォリアー!」



赤いレンズの瞳。青い身体。巨大な拳に、肩のブースター。

再び、互いのフィールドに同じモンスターが並ぶ。



「ジャンク・ウォリアーの効果発動!

 フィールドのレベル2以下のモンスターの攻撃力を、自身の攻撃力に加える!」



ジャンク・ウォリアーが拳を振り上げ、握り込む。

隣に存在する丸まっているボルト・ヘッジホッグから、青い光が溢れ、その拳に宿された。



「フィールドのレベル2以下のモンスターはボルト・ヘッジホッグ。

 その攻撃力分、800ポイントがジャンク・ウォリアーの攻撃力に加算される。

 パワー・オブ・フェローズ!」



効果を発揮していない俺の場のジャンク・ウォリアーの攻撃力は元々通りの2300。

その攻撃力に遊星が宣言したように、ボルト・ヘッジホッグの攻撃力分が加算され、3100となる。



カメラアイが発光し、全身を青いオーラに包まれたジャンク・ウォリアー。

今にもここからいなくなれーと叫んでスイカバーを叩き付けてきそうだ。



「伏せリバースカードを1枚セットし、ターンエンド」

「どうした、攻めてこないのか」



またフフフ…である。

そしてどうした、変身しないのか? もといどうした、合体しないのか? である。



「挑発か、オレがくず鉄のかかしの効果を知らないとでも思っているのか?」

「フフフ…そうだったな」



俺が忘れてた。いや、ソリッドヴィジョンに夢中になってた。

遊星からの視線がきつくなり、俺は逃げるように視線を逸らす。



「俺のターン、ドロー!」



スピード・ワールドに乗せられたカウンターは5つに。



「フフフ…折角のデュエル、このまま同じモンスターを召喚しあっても平行線。

 その流れを俺が変えてやろうじゃないか」

「何?」



ニヤソと笑う。サテライトを一人で走ってるくらいだから、多分時代設定はフォーチュンカップ前だろう。

折角主人公とデュエルするのだから、内容もそうだがシチュエーションにもこだわりたいところ。

そんな状況では、いいモンスターを呼び込んだ。



「ドリル・シンクロンを召喚!」



出現するのは球体。ブラウンのボディには二つの眼と、頭頂部のドリル。

そのボール状のボディから伸びる細いアームドリルが二本に、脚の代わりにキャタピラ。



「ドリル・シンクロン…?

 だが、そのモンスターではジャンク・ウォリアーは倒す事も、新たなモンスターを呼ぶ事も出来ない」

「フフフ…俺の場のモンスターはレベル5のジャンク・ウォリアーと、レベル3のドリル・シンクロン。

 いるじゃないか、一体だけこの二体のモンスターで呼び出せる、レベル8のドラゴンが」

「なん…だと…!」



なん…だと…! いただきましたー。

驚愕の遊星を一瞥し、それを宣言する。



「レベル5のジャンク・ウォリアーに、レベル3のドリル・シンクロンをチューニング!」



ドリル・シンクロンの三つのドリルを高速回転させる。

三つのドリルの回転が限界まで高められた瞬間、その身体が三つの星と化した。

星は光のリングとなり、ジャンク・ウォリアーが駆け抜ける道を構成する。



ブースターを噴かせたジャンク・ウォリアーがリングの中に飛び込む。

三つのリングが並ぶ空間の中心まで到達した所で、輪郭のみを残して薄れていく。



「フフフ…シンクロ召喚」



すごくフフフ…が気にいってしまった件について。

何も言わないよりそれっぽく演出になるので、いいのではないのだろうか。



光が全てを包み込んだ。8つの星が集束し、巨大な光の柱となる。

その溢れる光の中から、白銀が光を切り裂き躍り出た。



「フフフ…スターダスト・ドラゴン」



先鋭なフォルム。白銀の翼を羽ばたかせ、それは降臨した。

白銀と青色染みた銀色の身体。胸と肩の一部に半透明、サファイヤの如き深い青色の輝きが見える。

細身の身体は力強さよりも、その速さを如実に物語っている。



「スターダスト…ドラゴン…! 何故お前がこのカードを…このカードは」

「フフフ…いるじゃないか、一人だけこのカードを持っている、お前の知るデュエリストが」



すごくデジャヴ。直前に全く同じセリフを言ってた予感。

そしてそろそろフフフ…が何か別のものに見えてきた。ゲシュタルト崩壊でござる。



「まさか…ジャックから」

「ハァン…それはどうかな?」



それはどうかな?と言えるデュエル哲学。著:エド・フェニックス。

間違ってるだろうけど気にしない。



手札用のホルダーからカードを1枚引き抜き、セット。

そしてターンエンドの宣言をする。



「言った筈だ、デュエリストならばカードで問え(キリッ、と…」



言ったっけかな、と思いつつ一言。

多分に動揺していた遊星は、その一言で平静をある程度取り戻した様子だった。

例えこの状況がどうだろうと、今自分に出来る事は一つだけ、そう―――



「ならば、このデュエルで問い質す! 俺のターン!」



矢張りデュエル脳。

普通はここで警察に行く。誰だってそうする、俺だってそうする。



スピードカウンターは6。そろそろもういらない感じ。

スピードワールド2の効果があれば盛り上がるんだが、残念な事に今はないのだ。



「きた―――」



遊星の口端が微かに上がった。

これは、脳内BGM♪遊星バトル安定である。



「手札からSpスピードスペル‐サモンクローズを発動!」



―――む。



「スピードカウンターが4つ以上ある時、手札を一枚墓地へ送り、デッキからカードを一枚ドローする」



言葉の通り、カードを一枚墓地に送ってからドローをする遊星。

サモンクローズはルチアーノが使ってたカード、の筈。

確かあれは…



「フフフ…なるほど。スターダストの事はよく知っていると言う事か」

「更にSpスピードスペル‐ハイスピード・クラッシュを発動!」



連続スピードスペル。

このコンボにおける目的は、完全にこちらのエースを封殺する事。

流石に緊急事態にも対応が早い。



「自分のスピードカウンターが2つ以上ある時、自分の場のカード1枚と、

 フィールド上のカード1枚を選択し、破壊する!

 選択するのは俺の場の伏せリバースと、お前の場のカード、くず鉄のかかしだ」

「サモンクローズはこのターン、俺の特殊召喚を封じるカード。

 ハイスピード・クラッシュからカードを守れば帰還出来ず、しかし見過ごせばジャンク・ウォリアーの攻撃に対応出来ない」



遊星号の目前に消えていた伏せリバースが姿を現す。

加速しそのカードを踏み潰した遊星号のホイールが光を纏った。



その効果には割り込まない。

ホイールが回転するごとに大きくなる光が、こちらの伏せリバースに向けて放たれた。

光輪がくず鉄のかかしを踏み潰し、光片を巻き上げて共に砕け散る。



「リミッター・ブレイクが墓地へ送られた時、手札、デッキ、墓地からスピード・ウォリアーを特殊召喚する!」



墓地から出てきたスピード・ウォリアーを遊星が抜き放つ。

モンスターゾーンに火花を伴って置かれたカード。



召喚されたスピード・ウォリアーは両腕を交差さえ、守備の体勢をとる。

スピードかわいいよスピード。



「フフフ…ハイスピード・クラッシュを先に使い、俺にスターダストの効果を使わせた上で、

 サモンクローズを使えば、確実にスターダストを封じる事が出来るだろうに」

「バトルだ! ジャンク・ウォリアーでスターダスト・ドラゴンを攻撃!」



遊星に追走していたジャンク・ウォリアーが急停止し、スターダストに向き直る。

肩のブースターを吹かし、青く光る拳を握り込んだ。

カメラアイが一閃、赤光を放つ。



「スクラップ・フィストォッ!」

「迎え撃てスターダスト!」



迎え撃って一体どうなると言うのか。

銀竜が両翼を身体を覆うように折り畳み、拳撃を受け止めようとする。

スターダストの攻撃力2500。対してジャンクの攻撃力は3100。

何度も言うまでもなく、全く勝負にはならない。



勿論、モンスターの能力だけで比べた場合は、だが。



「罠トラップ発動、奇跡の軌跡ミラクルルーカス!」



身を守るスターダストの翼に、拳が叩き付けられる。

一瞬の拮抗は、しかし仕掛けた側が押し返された事であっさりと崩れ去った。

発動した奇跡の軌跡ミラクルルーカスは翼に光を纏わせ、その能力を飛躍させる。



底上げされた攻撃力はジャンク・ウォリアーのそれを超える3500。

ブースターを噴かせ、吹き飛ばされる勢いを押し止めたジャンク・ウォリアーを、スターダストが追撃する。

迎撃しようと突き出された拳を潜り抜け、片翼が剣の如く閃く。



一閃。薙ぎ払われたジャンク・ウォリアーが爆発し、その姿が消える。



「モンスター一体の攻撃力を1000ポイントアップさせる」

「攻撃力を上げる罠トラップか」

「順番を違えたな」

「フ…それはどうかな?」



それはどうかな?と言える哲学(2回目)

舞い上がる爆風に視線を向けると、内部から大きな腕が突き出されてきた。

ジャンク・ウォリアーの腕である。



爆風を振り払い、再びその姿を現すジャンク・ウォリアー。

滑らかだった装甲に所々ヒビが走っているものの、それでも動くに問題なしと言わんばかり。

そもそもこの演出は必要なのかと小一時間(ry



「オレは墓地のシールド・ウォリアーの効果を発動していた!

 このカードをゲームから除外する事で、モンスターの破壊を無効にする!」



出た、発動していた(事後宣告)

いや、別にいいだけどね。オネスト・カルート「ダメージ計算いいですか?w」よりは遥かにいい。



「シールド・ウォリアーの効果では戦闘ダメージは無効にされない。だが…」

「知っているさ!(ジャック風。奇跡の軌跡ミラクルルーカスの効果で戦闘ダメージは0となる」



くず鉄のかかしという後々まで残る禍根を断つ事を優先し、スターダストは戦闘による排除で対応する。

俺の伏せたカードに対する警戒を含め、墓地利用の出来るカードも充実させた上で。



「お前の奇跡の軌跡ミラクルルーカスの効果で、カードを1枚ドロー。

 ターンエンド」



何と、俺が経験したデュエルでここまで互いの戦術をもっての鬩ぎ合いがあっただろうか。

思えば最近、俺が仲間内で行ってたデュエルはまあ…

俺がデッキの組む時妄想していたカッコイイコンボ集を実現しても、それは一枚のカードで引っくり返る。

例えばちょっと前の強制脱出装置みたいに。



いや悪いわけじゃないけどどうにもそうじゃないような的なあれだから…ねぇ?



「俺のターン、ドロー!」



スピードカウンターが7つ。大体意味がない。



うむ。イマイチむず痒くなるような戦況だ。

言ってもこちらから攻め入れるようなタイミングではないので、行えるのは牽制だけか。



「バトル! スターダスト・ドラゴンでスピード・ウォリアーを攻撃!」



白銀の龍は翼を一度羽ばたかせ、俺に追走する体勢から、攻撃をするための体勢に変わる。

キィン、と鳴り響く息吹の前兆。



「シューティング・ソニック!」



スターダストの両の瞳が爛々と輝き、口腔の中に蓄えた、音波の奔流を解き放った。

周辺一体が、圧縮された音の波動を受けて軋みをあげている。

その威力は2500。スピード・ウォリアーどころか、常ならばジャンク・ウォリアーですら一呑みにする一撃。



しかしそこは我らがスピードさん。

音速の一撃を察知していたのか、即座にクイックターンを繰り、音波の軌道から逃れようとする。



紙一重。

火花を散らしながら切り返した脚は、掠める程度で攻撃を躱してみせた。

が、

スターダストが息吹を放出しながら、首を振るった。

薙ぎ払われるブレスは一文字に地表を削り、紙一重で命を繋いだ筈のスピード・ウォリアーはその軌道に巻き込まれる。

瓦礫と纏めて弾け飛ぶ崩れた道路には、スピード・ウォリアーの姿はない。



さらばスピードさん。



「カードを1枚セットし、ターンエンド」

「オレのターン!」



スピードカウンターは8。今やもうそんな事関係ないとばかりであった。



ドローしたカードを手札にホルダーし、別のカードを引き抜く遊星。

淀みも迷いも当然無い。



「シンクロン・エクスプローラーを召喚!」



赤色の球体である胴体から、その大きさに比して小さな四肢と頭部が生えている。

その特徴は何より、胴体の中心に穴が開いている事か。



「このカードの召喚に成功した時、自分の墓地からシンクロンと名のつくモンスター一体を、

 その効果を無効にして特殊召喚する事ができる! オレはクイック・シンクロンを特殊召喚!」



そう。その特徴たる穴は、墓地へ繋がる通り道。

フィールド行きのチケットを貰えるモンスターには条件があり、一体のみ。

かつ、その能力を大きく制限されるデメリットもある。



だがしかし、このモンスターが墓地より引き上げられるモンスターは大きな特徴を持つ。

それはチューナーである事。

呼び戻されたチューナー、そして呼び出したエクスプローラー。

この二体が揃ったのならば、次の一手は決まっている。



エクスプローラーの胴体から飛び出て来たクイック・シンクロンがマントを跳ね上げた。



「さらに、墓地のレベル・スティーラーの効果を発動!

 クイック・シンクロンのレベルを1つ下げ、特殊召喚する!」



クイック・シンクロンの身体から星が1つ飛び出し、それを光の中から現れた昆虫が吸収する。

背中に星を浮かべた一つ星テントウが、全身を青くして浮遊しはじめた。



シンクロ召喚を行う為のレベル調整。



「流石に攻め手が速いな」

「レベル2のシンクロン・エクスプローラーと、レベル2のボルト・ヘッジホッグに、

 レベル4になったクイック・シンクロンをチューニング!」



クイック・シンクロンの腰のライトが点灯し、映し出されるルーレット。

高速回転するそれを、カウボーイハットの下に顔を隠したまま、ガンベルトの銃を抜き撃ちした。

ゆっくりと停止するルーレット。



風穴が開けられたカードが、今回クイック・シンクロンの効果に選ばれたカード。

そのカードは―――ロード・シンクロン。



「集いし希望が、新たな地平へ誘う。光さす道となれ!」



ガンベルトに銃を納めたクイック・シンクロンの身体が弾け、4つの光の星となった。

短い脚部で精一杯跳躍したエクスプローラーと、きゅ! と一鳴きしてとび跳ねたボルト・ヘッジホッグ。

その二体を包み込むように、4つの星は光のリングと化した。



「シンクロ召喚!」



二体のモンスターも星となり、それがリングの中で一列に並んだ。

光の柱が現れる。合計8つの星はその中で一つとなり、新たな身体を得る。



薄い金色の鎧。鎧の下にはネイビーブルーのボディスーツ。

背中には幅広の剣のようなものを背負い、腕に三本の鋭い爪状の刃が取り付けられた手甲。

マッシブな形態は見かけだけでなく、そのモンスターの圧倒的攻撃力を示威している。

爛々と赤く輝く双眸が一際大きな光を放つと同時に、纏わりつく光を薙ぎ、腕を振るって見せた。



「駆け抜けろ、ロード・ウォリアー!」



オオオ、とエンジンの唸りの如き咆哮が挙がる。

遊星は二体の戦士に挟まれながら、俺の場のカードをDホイールのモニターで確認した。



恐らくは伏せカードの正体を探っているのだろう。

俺の場にはスターダストのみ。

ジャンク・ウォリアーとロード・ウォリアーが揃った今ならば、俺のライフを削り切れる。



ただしそれは、ロード・ウォリアーの効果を用いた場合だ。

ロード・ウォリアーは1ターンに一度、レベル2以下の戦士、機械族のモンスターをデッキから呼び出せる。

二体の攻撃で残る俺のライフは僅か400。

効果で呼び出せる低級モンスターの攻撃でも、止めを刺せるライン。

だがしかし俺の場にある伏せカードでスターダストの攻撃力が上がり、ジャンク、あるいはロードに反撃された場合。

返しのターンでその低レベルモンスターを攻撃力の上昇したスターダストで破壊され、

ライフを全て持っていかれる可能性もある。

こちらの攻撃を止められるカードがないのなら、確実を期してこのターンで性急な攻めを展開する必要はない。



―――デッキにマッシブ・ウォリアーが眠っているとすれば、迷う必要はない、筈だが。

あるいは手札に眠っているのか。



「バトルだ!」



選択するのは堅実な攻撃。有利なフィールドを持つ相手ならば、当然の選択だろう。

決戦を仕掛けてこないならば、同時にこちらも対抗する必要はない。



「来い、不動遊星!」

「行け、ロード・ウォリアー! ライトニング・クロー!」



ロード・ウォリアーの手甲の爪が帯電する。

対象に選ばれるのは、俺の場の唯一のモンスター。スターダスト・ドラゴン。



加速をつけたロード・ウォリアーの身体が、上半身を思い切り90°捩じり上げ、力を蓄えた。

抵抗する必要はなく、また抵抗出来るわけでもない。

雷光の如き速度でスターダストまでの道を詰めたロードが、振り上げた腕を振り下ろした。



即座の防御。翼を身体の前で折り、それを盾とする。

しかしスターダストの攻撃力は2500であり、ロードの攻撃力は3000。

攻撃力の差は明確。故に結果も明確。



翼膜を突き破った爪が、スターダストの身体に突き刺さる。

雷に焼かれたスターダストが墜落し、その姿を光の破片に変えて霧散した。



「スターダストは破壊された。さあ、まだジャンク・ウォリアーの攻撃が残っているぞ」

「――――ジャンク・ウォリアー!」



俺のライフはダウンし4000から3500に。

更に俺を追い詰めるべく、ジャンク・ウォリアーは空中に身を躍らせた。

肩のバーニアを吹かし、俺の目前へと急接近してくるジャンク・ウォリアー。

振り被った右腕は青い光を纏い、振り抜かれる。



「スクラップ・フィストォッ!」



直撃。

巨大なDホイールが大きく傾き、バランスを崩して失速した。ビビった。

同時に俺のライフカウンターは3500からたった400へ。

そしてスピードカウンターは8から5となった。関係無いけど。



「さあ! 俺のライフは風前の灯、更なる追撃を仕掛けないのか!」

「…カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」



うむ。何かイメージと違う。

遊星はもっと果敢に攻めてきそうな気がしたんだが。

そんな事言ってたら「お前の勝手なイメージを押し付けるな」って言われちゃうね。

まずはイメージフェイズで惑星クレイに行くか。



ともかく。



「確実性を重視して、全力でぶつかれないか。

 その程度の覚悟で、お前は今のシンクロ召喚を超える、新たな戦術を身につける事が出来るかな?」

「何だと?」



勝手に伏線を張る。俺が張った伏線は下っ端さんが体を張って回収してくれる。

何の問題もない。



シンクロ召喚を超える戦術。それはつまり、シンクロモンスターの融合だ!(キリッ

究極を超えた究極、そのモンスターの名は、波動竜騎士ドラゴエクィテス!テッテレー

俺の前を走りながら、微かに視線を送ってくる遊星に、フフフを返して宣言する。



「俺のターン!」



スピードカウンターが6に。遊星は9だ。

ドローしたカードを含め、手札は3枚。ここからは、と言うより前のターンから完全に運任せだった。

前のターン三度目の攻撃をされていたら、負けこそしなくとも、そこから防戦一方以外の選択肢がなかったのだ。

だが、次の戦術に繋がる布石は打ってある。



「カードを1枚伏せ、スターダスト・ファントムを守備表示で召喚!」



青いマントを纏い、スターダストを模した兜を被り、同じくスターダストを模る杖を手にしている。

その能力は自身と引き換えにスターダストを呼び戻す。

とはいえ、相手によって破壊される必要のある受け身効果のため、確実性は薄い。



「俺のターンはこれで終了だ」



追い詰められているのはこちら。

しかし余裕は崩さない。そうすれば相手は勝手に深読みしてくれる。



「オレのターン!」



俺は7、遊星は10蓄えたスピードカウンター。



「ターボ・シンクロンを召喚!」



胴体はレーシングカーを連想させるフォルム。

両肩から伸び、後ろに突きだしたマフラーから排煙をボウと吹かせてみせる。

腕の付け根にはタイヤが付属しているのが見て取れた。



「ロード・ウォリアーの効果発動!

 1ターンに一度、デッキからレベル2以下の戦士、または機械族モンスターを特殊召喚できる。

 オレはチューニング・サポーターを特殊召喚!」



恐らくモニターに映し出された候補を選択すると、オートでディスクが出してくれるのだろう。

そのカードをフィールドに特殊召喚する遊星。



その選択に呼応してか、ロード・ウォリアーが赤の眼光を滾らせ、背負った大剣のようなものを抜き放つ。

天に向けて振り上げられたそれから、光の道が走り抜けた。

デッキというピットから、フィールドというコースに導く光のロード。



その中から現れたのは、中華鍋のような被りモノをしている、小さな機械人形。

その被りモノと、口許を隠すように巻かれたマフラーで顔を隠したそれは、ターボ・シンクロンと並んで浮遊する。



チューニング・サポーターには二つの特殊効果がある。

一つはシンクロ召喚に素材としてする際、レベルを1とするか、2として扱うか選択できる調整効果。

そしてシンクロ素材として墓地に送られた時、カードを一枚ドローできる効果だ。



この場合使用するのは、まずは前者から。



「合計レベルは3か4。なるほど、スターダスト・ドラゴンの蘇生を行わせた上で、俺を仕留めにくるか」

「チューニング・サポーターの効果。シンクロ召喚の素材にする時、レベル2のモンスターとして扱う事ができる。

 レベル1、レベル・スティーラーとレベル2、チューニング・サポーターに、

 レベル1、ターボ・シンクロンをチューニング!」



チューニング・サポーターがレベル・スティーラーの上に飛び乗り、二体纏めて飛翔する。

ターボ・シンクロンの頭部ヘルメットのバイザーが下り、腕部と脚部が格納され、

小型のレーシングカーそのものとなった。



ブォンとマフラーが一つ嘶き、ターボ・シンクロンの身体は星と化し、光のリングとなった。

二体のモンスターを導く光の道が、一際大きな光を放ち、柱となる。



「シンクロ召喚! 出でよ、アームズ・エイド!」



光の中から現れたのは、巨大な右腕。

緋色に染まった鋭利な爪を五つ生やした手甲。



「チューニング・サポーターの効果発動!

 このカードがシンクロ召喚の素材にされた時、カードを1枚ドローする!」



ドローしたカードを見た遊星の表情が、硬く引き締まった。



「さあ、ロード・ウォリアーにその腕を持たせ、攻めてくるといい」

「ああ、そのつもりだ…いや、だった」



遊星の口端が微かに上がる。そして、俺も微かに笑った。

指芸が冴え渡るカード回し。

Dホイールの魔法・罠ゾーンに差し込まれる、サポーターの効果でドローされたカード。



「Spスピードスペル‐ダッシュ・ピルファーを発動!」

「Spスピードスペルか…俺の場に対象にできるモンスターは一体」

「そうだ、ダッシュ・ピルファーはスピードカウンターが4つ以上ある時に発動できるSpスピードスペル。

 その効果で、エンドフェイズまで相手フィールドに存在する守備表示モンスター一体のコントロールを奪う!」



俺の場に存在するモンスターは一体、スターダスト・ファントムのみ。

そしてファントムの効果は破壊された時に発揮するもの。

コントロールを奪われる事で排除されてしまえば、その効果は発動しない。



「俺の場はガラ空き。このターン、先刻とは違い、来ない理由はないだろう?」

「ああ、全力で仕掛ける! 行くぞ!」



ジャンク・ウォリアー、ロード・ウォリアー、アームズ・エイド。

三体のモンスターが戦闘態勢を整え、俺に対して向き直った。



「アームズ・エイド!」



爪は展開されないまま、爪手甲が俺を目掛けて飛来する。

これに限らず、一撃で吹き飛ぶライフしか残っていない身である。

ここからは掠る事すら許されない戦闘。



「相手モンスターの直接攻撃宣言時、手札からジャンク・ディフェンダーを特殊召喚する事ができる!」



手札からモンスターゾーンへ、カードを出す。

正面から見れば、頭部と胴が一体となった逆さまの三角形から、本体と同サイズの肩、そして腕が伸びている。

腕には左右それぞれ凹凸型に分けられて、盾が装備されていた。



出現したディフェンダーは両腕を頭の前で交差させ、その凹凸をドッキングさせる。

そうする事によって出来あがった一枚盾から、その身体は青く染まっていく。



「ジャンク・ディフェンダーの守備力は1800。

 その防御力と同じ数値しか持たないアームズ・エイドでは、破壊はできない」

「くっ…アームズ・エイドの攻撃宣言はキャンセル。ロード・ウォリアーでジャンク・ディフェンダーを攻撃!」



俺の前で防御姿勢をとるディフェンダー。

撤退し、遊星の横に並ぶ位置に戻った代わりに、ロードがこちらへと迫りくる。

雷光を纏ったクローを振り上げ、二つの瞳を煌々と輝かせた。



「ライトニング・クロー!」



横一線に薙ぎ払われた刃が、ディフェンダーを切り裂く。

一瞬で砕け散った身体が光の破片となって飛び散る中、追撃の戦士が加速する。



「ジャンク・ウォリアー! スクラップ・フィストォッ!」



言うまでもなく対象は俺。壁を突破された俺は、守るもののない的にすぎない。



「だが、それは通せないな! 罠トラップ発動、スピリット・フォース!」



俺の身体から何故かオーラが噴き出す。

まるでスーパーサイヤ人の如く、それはもうゴウゴウと光が立ち上る。



ジャンク・ウォリアーの拳は直撃。

過たず、俺の身体を撃ち据えた拳からは、しかし一片の衝撃すら伝わってこなかった。

それは何もソリッドヴィジョンだからとか、そんな理由ではない。

俺の放つオーラの壁に阻まれた一撃は、全ての威力を殺されて無力と化したのだ。



「一度だけ戦闘ダメージを0にする。

 そしてその後、墓地から守備力1500以下の戦士族チューナーを手札に加える。

 勿論、手札に加えるのはジャンク・シンクロンだ」

「凌ぎ切られた、か」



僅かに悔しげな遊星は、俺の手札を一瞥し、一瞬迷った様子を見せたが、



「アームズ・エイドの効果発動!

 1ターンに一度、装備カードとしてモンスターに装備するか、またはそれを解除して特殊召喚できる。

 オレはアームズ・エイドをロード・ウォリアーに装備する!」



アームズ・エイドが展開する。

爪が五指と変わらぬように動く為に開かれ、肘まで包み込む手甲がロードの腕を受け入れる為に開放された。

ロード・ウォリアーが右腕をその中に突き込むと、アームズ・エイドはそれを固定。



そう、これでいい。



「この瞬間、罠トラップカード発動! ロスト・スター・ディセント!」



最初期から伏せていた罠トラップを発動する。

ここから遊星はターンを終えるしかない。こちらの戦術に、割り込む事はできないだろう。



「墓地のシンクロモンスター一体のレベルを1つ下げ、守備力0にして守備表示で特殊召喚する。

 召喚するのは…スターダスト・ドラゴン」

「なに…?」



墓地から出てきたスターダストのカードを一度遊星に見せ、フィールドに置く。

銀色の翼を折り畳み、スターダストは青く染まった状態で蘇る。



俺の場にはジャンク・ウォリアーもいる。ファントムがいると言うのに、何故スターダストを呼び出すのか。

と言ったところだろう。今の、遊星の考え方は。

遊星が深読みし、こちらの手を見通そうとするように仕向ける。



これも立派な心理フェイズにおける戦闘である。



「…ターンエンド」

「スターダスト・ファントムのコントロールは返してもらうぞ」



遊星の場に並んでいた、ファントムがスターダストと並ぶ位置に戻ってきた。

普通、並ぶ事のない筈のモンスターを並べる。と言うのは、中々面白い。



「俺のターン、ドロー!」



スピードカウンターは8。遊星は振り切れる一歩手前、11だ。



「伏せリバースカード発動オープン! 罠トラップ発動、捨て身の宝札!

 自分フィールドに存在するモンスター2体以上の攻撃力の合計が、

 相手フィールドで最も攻撃力の低いモンスターを下回る時、デッキからカードを2枚ドローする!

 俺の場にはスターダスト・ドラゴンとスターダスト・ファントム。攻撃力の合計は、2500。

 お前の場の最も攻撃力の低いモンスターは、ジャンク・ウォリアーの3100」



よって2枚のドローが可能となる。

デッキからカードを2枚ドローし、手札のホルダーへ1枚セットし、逆に手札にあるカードを取る。



「捨て身の宝札を発動したターン、モンスターの召喚、反転召喚、特殊召喚、そして表示形式の変更はできない。

 カードを2枚伏せ、ターンエンド。フフフ…アームズ・エイドの効果を発動したのは失敗だったな」

「…こちらの手に全て先回りしてくる。やはりデッキは知られているのか。

 なら、オレはそれを上回る戦略で戦うだけだ。オレのターン!」



スピードカウンターがついにカンスト。遊星のカウンターは12、俺は9となった。



ドローしたカードを見た遊星が、そのカードをモンスターゾーンへと叩きつける。

火花を散らしながらフィールドに置かれたカードは、遊星号の前にモンスターを呼び出す。



「来い、マックス・ウォリアー!」



岩のような面を上げ、首に掛けられた数珠を鳴らしながらマックス・ウォリアーが現れる。

巨大な肩は光を反射するほどに輝かせ、胴の細さに対して力強く太い四肢。

武器とする錫杖を右手に構え、それは錫々とした音と共に遊星の隣へ降り立った。



これで遊星の場には再び三体のモンスター。こちらの二体を打ち破り、止めを刺しにこれる数。

まずはアームズ・エイドの効果が襲い、例えそれを凌いでも三体目の攻撃がくる。

だが、防ぎきれる。



「バトルだ!」

「この瞬間、罠トラップ発動。シンクロ・バリアー!」



明かされる伏せリバースカード。

開放されたカードから光が放たれ、俺の場に存在するスターダストを包み込んだ。



「シンクロ・バリアーのコストにスターダストをリリース。

 その効果によって、次のターンのエンドフェイズまで俺の受けるダメージは全て0となる」

「戦闘ダメージも、効果ダメージも通さない効果か。

 だが、モンスターを破壊する事はできる。行け、マックス・ウォリアー!」



マックス・ウォリアーが錫杖を振り回し、遊環を鳴り響かせる。

その狙いは俺の場のスターダスト・ファントム。

スターダスト・ファントムの守備力は0。

マックス・ウォリアーの攻撃力は、効果によって上昇し、2200。



ファントムは自身の目の前で杖を構え、防御の体勢を取る。

しかしマックス・ウォリアーの前ではそれも無意味。

振り抜かれた錫杖が杖ごとファントムを両断し、吹き飛ばした。



「スターダスト・ファントムが相手によって破壊され、墓地に送られた事により効果発動。

 自分の墓地からスターダスト・ドラゴンを守備表示で特殊召喚できる!」



このターンの初め、墓地に送られたスターダストを再度特殊召喚する。

墓地より光と共に現れたスターダストが、翼を目の前で畳んで防御姿勢を取った。

全身に風を纏った白銀の竜は、青く染まっていく。



同時にモンスターを破壊したマックス・ウォリアーは自身の効果により攻撃力とレベルが半減した。



「だが、スターダストの守備力は2000。オレの場のモンスターならば、破壊できる。

 行くぞ、ジャンク・ウォリアーの攻撃だ!」



ジャンク・ウォリアーが空中で一回転し、肩のブースターを唸らせた。

目標は勿論、スターダストである。

スターダスト・ファントムには墓地から除外し、ドラゴン族のシンクロモンスターに戦闘破壊耐性を与える効果がある。

だがそれは自分ターンのメインフェイズのみに発動する事のできる効果。

今破壊されてしまえば、それどころではない。



その間にもジャンク・ウォリアーはトップスピードに乗り、

スターダストを目掛けて急速に接近してくる。



「やらせはしない! 罠トラップ発動、D2シールド!」



オープンされたカードから放たれた光はスターダストを覆い、翼が強固に固められる。

そのままの勢いで突撃を続行したジャンク・ウォリアーの拳が、スターダストに叩き付けられた。

しかし衝突の瞬間、折り畳まれていた翼が開放され、その衝突の威力は全て跳ね返った。

跳ね返る衝撃は全てジャンク・ウォリアーを襲い、突撃した時と同じ速度で弾け、地面に落下する。



背面から勢いよく落下したジャンク・ウォリアーが先程以上に損傷した。

マフラーは汚れ、全身のヒビは更に大きくなり、装甲に美しい曲面はもう見当たらない。

だが、それでもジャンク・ウォリアーの能力は変わりない。

彼の背中越しに闘気を放つ、遊星の眼光も。



しかしやっぱりこれはどう考えても過剰演出である。



「D2シールドはモンスター一体の守備力を元々の数値の2倍にする。

 スターダストの元々の守備力は2000。よって、この効果を受けたスターダストの守備力は4000だ!」



遊星のライフカウンターがジャンク・ウォリアーの攻撃力3100との差分、

900ポイントのダメージを刻む。これで残りのライフは、3100。



そして、今のスターダストの守備力はアームズ・エイドを装備したロード・ウォリアーと並んだ。

これでこのターンに追撃をかける事はできなくなったろう。



「くっ…カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン。フフフ…」



カードをドローする。

少し気にかかっていた遊星の消極性、その正体は既に大体掴めた。

心理的アドバンテージを握れる以上それを有効に利用しない手はないだろう。



「恐れているのか、自分のカードを」

「…何の事だ?」

「俺が気付いてないとでも思っていたか。いや、先程までは疑い半分だったさ。

 あの伝説のサティスファクションのメンバーであるお前が、ここまで攻めに消極的なのがな」



さすが伝説のサティスファクションのメンバーだ!



「何を、言っている」

「疑問は9ターン目、お前が攻めに二の足を踏んだ時だ。

 確信はお前がジャンク・ウォリアーではなく、アームズ・エイドをロード・ウォリアーに装備した時」



手札のホルダーからカードを選び、それをモンスターゾーンに置く。

置いたカードはジャンク・シンクロン。先のターン、墓地から回収したカードだ。



オレンジ色の装甲を鎧う、チューナーモンスター。

ジャンク・シンクロンが掌を宙に翳すと、光が溢れ、その中からスピード・ウォリアーが姿を現す。

バイザーを煌めかせたスピード・ウォリアーが、その場で決めポーズを極めた。



「意識しているかいないかは知らないが、お前は俺の戦術を予想している。

 お前自身が行おうとしている攻撃を、もし自分がされた時、自分ならばどう対応するかを重ね合わせてな」



手札から更に1枚。

スピード・ウォリアーをリリースし、特殊召喚する。

再登場後、速攻で出戻りされるスピードさんマジパネェっす。



姿を現したのは歩く要塞、ターレット・ウォリアー。

その身体は要塞そのもの。肩は敵を迎撃するための砲塔であり、砲身は鈍く光っている。

このカードは戦士族モンスター一体をリリースする事で、特殊召喚する事ができるのだ。

更にこのカードを特殊召喚するためにリリースしたモンスターの攻撃力を上乗せする。

元々の攻撃力1200に合わせ、スピード・ウォリアーの900。合計は、2100だった。



「その結果、お前の攻め手は鈍りに鈍り、このザマだ」

「………っ」

「レベル5のターレット・ウォリアーに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング」



ジャンク・シンクロンがスターターを始動すると、背負ったエンジンが咆哮を上げた。

身体が光の輪郭と化し、解けていく。光は形を変え、星となり、ターレット・ウォリアーを取り巻いた。

要塞が浮遊し俺の頭上まで浮かび上がる。



「フフフ…シンクロ召喚」



閃光が迸る。

視界を塗り潰す光が消えた先、出現するのは圧倒的な巨体。



同じジャンクの名を冠するジャンク・ウォリアーを凌駕する力強さ。

真紅の双眸が輝く頭部には、紅の宝玉が埋め込まれた三又に分かれた黄金の巨角。

両頬からは白く鋭い角が二本。



巨大な胴体を守るのは、ジャンク・ウォリアーの装甲よりも深い青色の鎧。

中心には緑色の宝玉が四つ、それらと比べサイズの大きい紅の宝玉が埋め込まれている。

背面からは銀色の鋼翼が四枚。



そして何よりの特徴は、その腕。

二本の腕の拳を握り込み、肩より伸びるより巨大な腕を僅かに揺らす。

合わせて四本の腕は、破壊者と名付けられたパワーを惜しげなく見せつける。



「ジャンク・デストロイヤー!」



その圧倒的なパワーは大地を震撼させるエナジーとして、巨腕の拳から溢れだす。

拳に青い炎が宿り、その炎を今にも遊星のフィールドに向けて、解き放とうと―――



「お前が恐れていたのは、お前のカード。

 レベル6以上のシンクロモンスターキラーであるターボ・ウォリアーは、ロード・ウォリアーにとって天敵。

 だが、レベル5でありながら攻撃力3100を誇るジャンク・ウォリアーならば、

 例えターボ・ウォリアーを相手にしたとして、後れは取らない。

 お前はアームズ・エイドの、戦闘破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える効果を与えた、

 ロード・ウォリアーに視線を向けさせる事で、リスクを回避していた。

 恃みにしているジャンク・ウォリアーが破壊されるリスクをな…」

「――――」

「そのリスクを回避するために、俺を倒すチャンスを幾度も逃しながらな」



デストロイヤーの拳が、ジャンク・ウォリアーに向けられる。

しかし、そこは放たずに言葉を続けた。



「ジャンク・デストロイヤーはシンクロ召喚時、

 チューナー以外のシンクロ素材の数だけ、フィールドのカードを破壊する事ができる…

 シンクロ素材となったターレット・ウォリアーの分のカードを1枚、破壊させてもらおうか。

 ジャンク・ウォリアーを破壊したいところだが、対応すべきはアームズ・エイドとロード・ウォリアーだ」

「………」



遊星は無言。ノリノリの俺に引いているのかもしれない。

俺が遊星だったら確実にドン引きであるからして、しょうがない。



デストロイヤーが拳のエネルギーをロード・ウォリアーに向けた。



「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! 破壊するカードは、」



腰を捻り、拳を振り被ったデストロイヤーの瞳が輝く。



「9ターン目にお前が伏せたカードだ!」

「なに…!?」



タイダル・エナジー。振り抜かれる拳からエネルギー波が放たれ、遊星の前方に現れた伏せリバースを破壊。

粉砕される前に一瞬映るカードの正体は、悲劇の引き金。



「やはり誰よりもスターダストの事を知っている…

 俺がスターダストの能力に恃み、一方的にモンスターを破壊するカードを使ってくると予想していたか。

 モンスターに対する破壊効果を移し替える悲劇の引き金。

 ロード・ウォリアーを狙っていれば、デストロイヤーとスターダストで同士討ちせざるをえなかった」

「思った以上に、読み切ってくる」



微かに悔しさを滲ませた声。悔しそうな声もカッコいい蟹である。

ある程度予想していた以上、破壊する効果を使わなくてもよかったのだが…動きを封じられるのは良くない。

この後、何があるのか分からないのだから破壊しおくに越したことはないか。



「墓地のスターダスト・ファントムの効果発動。

 このカードを除外し、ドラゴン族シンクロモンスター一体に、1ターンに一度の戦闘破壊無効効果を付与する」



墓地からファントムが現れ、スターダストを模した杖を振るった。

スターダストの身体が発光し、青い光を帯びた状態となる。



「更に、モンスターの召喚の成功したこのターン、ワンショット・ブースターを特殊召喚できる!」

「ワンショット・ブースター、ラリーのカードか…」



ジャンク・シンクロンによく似た顔のモンスターが現れる。

ただ、色はジャンク・シンクロンのオレンジとは違い、イエローを主体にしている。

更にワンショット・ブースターは人型ではなく、両腕がカタパルトレールになっていた。

脚は存在せず、宙に浮遊するための装置となっている。



脚なんてただの飾りですよ、偉い人にはそれがわからんのです。

言ってみたかっただけだが。



「バトルだ、ジャンク・デストロイヤー!」



ジャンク・デストロイヤーが双眸に光を湛え、飛び上がった。

その向かう先は遊星のもとでなく、ワンショット・ブースターの上である。

些か以上に小さく見えるカタパルトに脚を下ろしたデストロイヤーが、四つの拳を輝かせた。



ワンショット・ブースターの頭の上に付いている、シグナルが点灯する。

レッドから始まり、イエロー、そしてブルー。

その瞬間、カタパルトからデストロイヤーが高速で射出される。

射出の反動を消すために最大稼働していた胴体下の浮遊装置が機能を停止し、地面に向かい墜落していく。



ワンショット・ブースターの命を賭した行動に、同時に自身の命を捨てて応えるべく、デストロイヤーが飛翔する。

目標は、ロード・ウォリアー。



「くっ、迎え討て、ロード・ウォリアー!」



対する二つの巨体は互いに加速し、空中で正面から衝突しあう。



「デストロイ・ナックル!」

「パワーギア・クロォオオッ!」



肩から伸びる巨腕が、拳に白んだ赤光を纏わせながら、ロードに叩き付けられる。

だがしかし、相手はロードの名を与えられる、戦士たちの支配者。

その単純な戦闘能力は他のウォリアーを圧倒するものであり、破壊者とは言え及ばない。



更に、戦闘力を跳ね上げるギア。アームズ・エイドを装備している今、その差は広がっている。

結果は必然。一撃目、突き出された拳をアームズ・エイドの爪で引き裂き、二撃目を自身の爪で弾き返す。

本来の腕となる二本の腕での追撃が行われるも、三撃目を放った腕ごと、アームズ・エイドに引き千切られた。



アームズ・エイドが炎を発し、同時に雷電を纏い始める。

四撃目を左腕でいなした直後に、腕から放たれる炎雷が一層大きくなった。

胴体の中心、ちょうど紅の宝玉がある場所に、その爪は深々と突き立てられる。

寸前で、両肩の腕がそれを両の横合いから捕まえた。



だがそれでも止まらない。

肩腕を根元からもぎ取りかねない勢いで、その腕は押し込まれ、遂にはデストロイヤーの胴体に達した。

背中から突き出るほどに刺さった爪を、ロード・ウォリアーはそのまま横に引き裂いた。

爆炎が噴き出し、ジャンク・デストロイヤーの双眸から光が消えた。

抉り取られた半身が崩れ、炎の塊となり、ワンショット・ブースターと同じく墜落の最期を迎える。



だが迎撃したロード・ウォリアーは無傷。―――ではなかった。

胴体に残った腕の拳が深々と打ち込まれており、瞳の光は消え、その機能を停止していた。

ジャンク・デストロイヤーの拳を打ち込まれたまま、共に大地に向かい、衝突して爆発、炎上したその姿は見えなくなった。



「ワンショット・ブースターをリリースすることで、このターン自分のモンスターと戦闘を行った相手モンスターを破壊する。

 そして、ジャンク・デストロイヤーがロード・ウォリアーとの戦闘で発生する全てのダメージは、0だ」



それこそが前のターン、発動したシンクロ・バリアーの狙い。

戦闘、効果、全てのダメージを0にし、シャットアウトするこの効果は、発動した次のターンのエンドフェイズまで持続する。



「俺はこれでターンを終了する」

「オレのターン」



遊星はそのまま無言で数十秒、走り続けた。

あれ、ツーリングフェイズのフラグなんて立てたかね?



更に数十秒。遊星は目を瞑り、何かを黙考している様子だったが、遂に目を開けた。

先程までとは、何かが違う視線。

正直、それと目を合わせた瞬間、ああ、これは不味い負けたこれ。

と、思わされた。



「お前のカードは、お前の想いに応えた。

 オレのフィールドにも、手札にも、今のお前のスターダストを倒す事のできるカードはない」

「………」



指を、デッキホルダーの一番上にかける。



「スターダストを持っている理由も、お前の正体も、今のオレには分からない。

 キングとなったジャックが、オレを追って来いとでも焚き付ける為のメッセンジャーかとも思ったが、違う」

「何故違うと言い切れる」



指に力が籠る。遊星の眼は鋭く、力強く俺を見据えて言い放った。



「お前と、お前のカードたちの絆が見えた。ずっと、一緒に闘ってきたカードたちと結ばれる絆が」

「……否定はしない」



まあ細部はちょいちょい変わっているが、数十回のデュエルを共にしたデッキである。



「お前の持つスターダストは、オレたちのスターダスト・ドラゴンではなかった。

 確かにオレとお前の使うカードは同じものだった。ただ、それだけだ。

 お前はオレが全力を尽くして闘うべき―――決闘疾走者Dホイーラー!」



遊星がカードをドローする。

そのカードを見た遊星が、俺の場のスターダストを見据えた。



「自身の効果によって能力が半減していたマックス・ウォリアーは、このスタンバイフェイズで元に戻る。

 マックス・ウォリアーを守備表示に変更し、カードを1枚セット。

 ターンエンドだ」



過剰評価すぎる。

イケメンな蟹は、完全に俺をライバルデュエリストとして扱っているらしく、目が怖いでござる。

と言うか性格が一期じゃなくて二期以降な件について。



セルフ収縮していたマックス・ウォリアーが、その身体を元の岩のように力強いものに戻した。

そして両腕を身体の前で交差させ、身体を青くする。



「俺のターン!」



俺のスピードカウンターが11になる。

既に振り切れている遊星のカウンターは変わらず。



ドローカードをしても手札は1枚。ここからは何処まで行っても運ゲー。

しかし、そこで初めて運命力が問われてくるのだ。



「カードを1枚伏せ、ターンエンド」



膠着状態は続き、どのタイミングで解けるかは分からない。

だが、今の不動遊星ならば、



「オレのターン!」



互いのカウンターが12。実に無駄無駄しい。

カードをドローすると同時に、メインフェイズをすっ飛ばしてバトルフェイズへ突入する。



「罠トラップ発動、シンクロ・ストライク!

 シンクロモンスター一体の攻撃力を、エンドフェイズまでシンクロ素材の数×500ポイントアップする!」



遊星と並び飛行していたジャンク・ウォリアーが、加速し飛翔する。

召喚された時に見せた青く滑らかな装甲は激しく損傷しているが、しかし。

その動きに鈍りは見れない。



ツインアイが赤く輝き、ブースターが唸りを上げた。

青い光を帯びた右の拳を握り込む。溢れる波動がジャンク・ウォリアーの攻撃力を上昇させる。



「ジャンク・ウォリアーで、スターダストを攻撃!」



ブースターが一気呵成に炎を吐き出し、静止状態から一瞬でトップへ。

ジャンク・ウォリアーの攻撃力は4100。スターダストの守備力を上回る、圧倒的なパワー。

スターダストが一度はばたき、前方で翼を交差させる。



放たれた青い彗星は翼を撃ち抜き、その身体を断ち切るほどの勢いでの衝突。

衝撃はスターダストの全身を蹂躙する。

翼膜に数箇所亀裂が走り抜けて、防御力を削ぎ取っていく。



打ち付けられた拳は、そのままスターダストを撃ち抜いていくかと思われた。

が、そうとはならず、翼を一息に広げ、ジャンク・ウォリアーの拳を弾き返した。



「スターダスト・ファントムの効果により、

 スターダスト・ドラゴンは1ターンに一度、攻撃力及び守備力を800ポイント下げ、戦闘破壊を無効にする」



翼に傷を残し、しかしスターダストは倒れずに咆哮を上げた。

ジャンク・ウォリアーはブースターの動作を止め、遊星の元へと一旦下がる。



これでもスターダストの攻撃力は1700で、守備力は3200。

ジャンク・ウォリアーの攻撃力3100を超えている。

次のターンにも、相手は攻撃力を上げる効果を使用して攻撃しない限り、負ける事はない。

だが、逆にもう一度削られれば、ジャンク・ウォリアーの攻撃力を下回る。



「カードを1枚伏せてターンエンド」

「俺のターン、ドロー」



引いたカードを見て、遊星の過大評価もあながち間違ってないかも、と調子に乗る。



「ミスティック・パイパーを召喚!」



フードのついているワインレッドのコートを着た、笛吹きの男を召喚する。

長く伸びた青い髪を振り回しながら横笛を吹き鳴らす男は、正直このデッキにあっているように思えないが。

まあ、効果は優秀なのでいいとしよう。



「ミスティック・パイパーの効果発動! このカードをリリースし、カードを1枚ドローする」



笛吹きは光となり消滅し、俺のデッキトップが同時に光る。

そのカードを引き抜き、目で確かめる。



「ドローカードは速攻のかかし! レベル1モンスターをドローした場合、更にもう一枚ドロー!」



ドローしたカードを遊星に見せ、更にデッキからカードをドロー。

遊星に言わせるのであれば、カードたちが応えてくれていると言ったところか。

だとするのであれば、やるべき事は一つ。信じる事である。



「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」



これで伏せリバースは2枚。

ここからどこまで繋がるか、疑問ではあるが楽しみでもある。遊星が言うとおりなら、きっと応えてくれるだろう。



「オレのターンだ!」



カードをドローした勢いのままに、バトルフェイズへ突入。

ジャンク・ウォリアーが再度拳を握り込んだ。



「伏せリバースカード発動オープン! スキル・サクセサー!

 ジャンク・ウォリアーの攻撃力を400ポイントアップする!」

 

拳に灯る青い炎。心配した予想をあっさりと叶え、遊星はジャンク・ウォリアーをパワーアップさせた。

その攻撃力はスターダストの低下した守備力を凌駕し、再びその翼を削るだろう。

そうなれば後は時間の問題である。



「行け、スクラップ・フィスト!」



青い彗星の発光は先程より弱いが、それでも星屑を呑み込むのに支障はない。

このまま、放置してしまえば。



「罠トラップ発動、パワー・フレーム!」



閃光が奔り抜ける。

光のフレームで四角形が、ジャンク・ウォリアーの前に現れる。

速度を緩めずに突撃したウォリアーは、光のフレームの中をくぐる事になり、直後に異変が起きた。



「相手モンスターの攻撃を無効にする」



加速していた筈のジャンク・ウォリアーはその速さを全て失い、スターダストの目前で停止した。

その相手をスターダストは翼で打ち据え、遊星の元まで弾き返す。



パワー・フレームの光は一度解け、スターダストを取り囲む立方体となった。

ジャンク・ウォリアーの力を奪った光は、溶け込むようにスターダストの身体の中に消えた。



「そして、攻撃してきたモンスターとの攻撃力の差分だけ、攻撃力を上げる装備カードとなる。

 今のジャンク・ウォリアーの攻撃力は3500。よって、スターダストの攻撃力は1800ポイントアップ」



逆襲の力を手に入れた星屑龍が、猛るように咆えた。

遊星は驚きなく、その結果を受け入れると、微かに微笑んだ。



「オレはターンエンドだ」



まるでかかって来いと言わんばかりである。

流石に風格が違う。



「俺のターン! スターダスト・ドラゴンの表示形式を変更し、バトルだ!」



今まで何度も攻められる側として対応していたスターダストが、攻勢に出る。

守備表示の証である青く染まった身体を、白銀に戻した姿で、一度大きく羽ばたいた。

翼からこぼれおちる星屑の残照が、俺の上から降りかかってくる。



その眼は何も宣言する前から、相対するべくジャンク・ウォリアーを見据えている。

ならば、俺に出来る事は一つ。



「スターダスト・ドラゴンの攻撃! シューティング・ソニック!」



先のターン見せた破壊力とはまるで桁違い。

相手を薙ぎ払う光線状のブレスでなく、まさしく流星。

津波のように押し寄せる圧縮された音波の波動に、ジャンク・ウォリアーは離脱する間もなく巻き込まれた。

損傷してなお、闘気を漲らせていたボディは、しかしこの攻撃の前では跡形すら残らない。



「ぐ、うぅ……!」



遊星号の車体が揺らぐ。

俺はこれより大きいダメージを受けてもあそこまで揺れなかったが、それはDホイールの巨大さのせいか。



LPが2700となる遊星は、僅か400ポイントのライフが削られただけだと言うのに、大きく怯んでいた。

が、体勢を立て直した時の顔は不敵に笑っている。

ああ、そんな顔を見せられればよく分かる。強すぎワロタ。



「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

「次は、オレのターンだ!」



ここからは私のターンだ! 内藤くんカッコいいよ内藤くん。

と、ふざけている暇はないのだろう。



「カードたちよ、力を貸してくれ…!」

「――――」



ちなみに俺は力を貸してくれより、

力は借りたり与えたりするものじゃない、力は合わせるものだ!

というサンダーグレイモンのセリフの方が好きだ。

なので、偉そうにふんぞり返りつつ、先達デュエリストの名言を後輩デュエリストに授けてやろう。



「不動遊星、それは違う」

「なに…?」



ドローフェイズの集中を乱すプレイである。フォレッセドロー涙目。

本田くんに真のデュエリストではないと言われてしまうね。



「お前はこのデュエル、カードたちの力を借り、一人で闘っているのではない」

「………」

「カードたちと力を合わせ、共に闘っているんだ!」

「!」



!である。流石サンダー(の中の人のキャラ)が残した名言。

蟹の目から鱗が落ちるとは。甲殻類なのに。



その言葉に瞠目した遊星は、デッキから指を離し、そのデッキを見つめた。

数秒か、数十秒か、やがて眼を閉じた遊星は更に強くなっていた。

オーラがビリビリくるぜぇ~!(牛尾風



今の奴はただの遊星ではない。

鬼柳京介を結果的に裏切り、バラバラになった仲間に悩む男ではなかった。

少なくとも今は、後にデュエルキングとなり、世界を救う伝説のデュエリスト、不動遊星。

誰よりも心が熱く、絆に篤い、皆の中心となり絆を繋ぐ男。



分かりやすく言うのであれば、

見よ! 称えよ! ひざまづけ! 荒蟹グレート降臨!である。

もっと分かり易くすれば、カニキング・ザ・グレートである。

ガイキングとライキングとバルキングのデルタアクセルである。

もといカニキングとモトキングとインチキングのデルタアクセルである。



無理ゲーハジマタ。



「勝ってみせる、お前とのデュエル。そして証明してみせる。

 お前が気付かせてくれた、オレたちの、絆を!」



カードが引き抜かれる。

絆の証明。その言葉に応えるかの如く、奴は遊星の手に舞いこんだ。



「行くぞ、ジャンク・シンクロン!」



オレンジ色の装甲が光を放つ。

三頭身ほどの身体を大きく揺り動かし、光のリングを生み出す。

それは墓地から希望を呼び出す力。



「来い、ターボ・シンクロン!」



光の道をレーシングカーが走り抜け、再び姿を現してきた。

レーシングカーの車体を模した胴体から脚部が現れ、肩のホイールから腕部が現れる。

頭部のバイザーが展開し、その姿を完全に現したターボ・シンクロン。

肩部のホイールが回転して火花を散らす。



「二体のチューナー…!」

「相手フィールド上にシンクロモンスターが存在し、自分のフィールドにシンクロモンスターが存在しない場合、

 手札からリード・バタフライを特殊召喚できる!」



浅葱色の模様が描かれた黒い翅をぱたぱたとはばたかせる蝶々が出現する。



「更に伏せリバースカード、ロスト・スター・ディセント!

 墓地から特殊召喚するのは、ジャンク・ウォリアーだ!」



先程スターダストの攻撃で葬られた戦士が、再びフィールドに舞い戻る。

まるでイタチごっこである。

ロスト・スター・ディセントの効果で、ジャンク・ウォリアーは守備力0。

その状態で守備表示に固定され召喚されたのだ。



一際大きな右の腕を前に出し、それを盾のように構えて身体を青くする。



「レベル4となったジャンク・ウォリアーに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」



ジャンク・シンクロンがエンジンを始動させて星となり、その星が光の道を描き上げる。

守備表示で封じられたジャンク・ウォリアーをシンクロ素材にする事で、新たなモンスターを召喚する。

例え予防線を突破され、破壊されたとしても即座に対応してみせた。



それを成し遂げる事が出来た理由は、ただの圧倒的なデュエルセンスだけではない。

カードとデュエリストを繋ぐ絆。それが、全ての戦術を凌駕する力となる。



「集いし叫びが、木霊の矢となり空を裂く。光さす道となれ!」



新たなモンスターを呼び出すための光の道が一瞬、一際大きくなり、直後に消失した。

残されたのは新たなる力を宿したモンスター。



「シンクロ召喚! 出でよ、ジャンク・アーチャー!」



現れる濃厚な橙の鎧を纏った戦士。

今までの二体のジャンクの名を冠するモンスターとは違い、スマートなフォルム。



身体を包むジャンク・シンクロンのそれより強い橙色と、手足を包む深い藍色。

頭部は縦に長く、他の戦士らとは違い、モノアイが特徴となっている。

最も特徴的なのは、その名を象徴する左腕の手首に装備されている、ピーコックグリーンのアーチ。

その名の通り、アーチャーとしての武器。



「スターダストの天敵を出してくるか。それも…」

「更にレベル4のマックス・ウォリアーとレベル1のリード・バタフライに、

 レベル1のターボ・シンクロンをチューニング!」



守備の体勢を取っていたマックス・ウォリアーが、その体勢を解いて跳び上がる。

小さな体で翅をせわしなく動かし、その後を追うリード・バタフライ。

二体のモンスターを背後から追いかけるターボ・シンクロンの身体が、光の星となる。

光をリングがマックス・ウォリアーとリード・バタフライを覆い、光へと変えた。



「集いし絆が、更なる力を紡ぎ出す。光さす道となれ! シンクロ召喚!」



閃光と共に姿を現す真紅の戦士。

胴体がトラック模した造りになっており、胸部ではヘッドライトが点灯している。

腰部にはホイール、背中にはマフラーを背負っており、そこからはエンジンの雄叫びが響く。

スラリと伸びるスマートな下半身と、大型トラックの如き力強い上半身。

両腕に鋭い爪の五指が並ぶ、速攻の戦士。



「轟け、ターボ・ウォリアー!」

「二体連続で…!」



二体の戦士がフィールドに並ぶ。

身構えているジャンク・アーチャーと、腕を組んでそびえ立つターボ・ウォリアー。

どちらもスターダスト・ドラゴンの天敵となりえるモンスター。



「さぁ、来るか!?」

「あぁ…行くぞ!」



遊星のDホイールが加速し、俺を追い越し、遥かに先を行く。

俺もそれに追従しようとアクセルを吹かそうとした瞬間、奴が最早横方向へのスライド移動と言うべき、ドリフト走行に入る。

え、いやちょっとあれはないって。見てる方が怖いわ。

半秒の後に切り返す。俺と正面から見合い、すれ違うような軌道を描き向かってくる車体。



「ターボ・ウォリアー! スターダスト・ドラゴンへ攻撃!!」



真紅のボディが加速に乗り、こちらのスターダストを目掛けて迫りくる。

ターボ・ウォリアーの効果は、レベル6以上のシンクロモンスターの攻撃力を半減させること。

攻撃力3500のスターダストの攻撃力は、いまや1750。

スターダスト自身には攻撃力を下げ、破壊を免れる効果が備わっているが、俺のライフは僅か400。

この一撃を受ければ、その僅かばかりの命運も尽きる。



しかし闘いは止まる事など知りはしない。

ターボ・ウォリアーが放つエグゾーストノートと、スターダストが放つ龍の咆哮。

轟音が前後から炸裂し、重なる。一瞬の交錯。

振り抜かれた戦士の腕は、しかし龍が跳ね上げた翼で受け流されていた。



「―――っ!」

「先程のお前と同じ罠トラップ、ガードブロックだ。

 戦闘ダメージを0にして、カードを1枚ドローする。

 ただしスターダストにはファントムの効果が付与されているが故、攻守を800下げる代わり、戦闘破壊はされないがな」



これでスターダストの攻撃力は2700。そして、守備力が2400。

下がったとはいえ、それでも返しのターンにターボ・ウォリアーを戦闘破壊できる攻撃力。

しかしそれは、装備カードとなったパワー・フレームあってこそ。

同時に、スターダスト・ファントムによって付加された戦闘破壊耐性も持ち合わせているからこそのこの強靭さ。



ならば、それを失ってしまえば、その強く磨かれた強靭さを発揮する事はできなくなる。

そしてそれを奪い去る手段は、既に遊星の掌中に収められている。

バイクの車体を更に反転させ、俺と並走する形に戻る遊星。



「バトルフェイズを終了! そして、ジャンク・アーチャーの効果!」



モノアイが光を放つ。

頭部の、正しく今光を放つ眼がある顔面を隠すように、格子状のマスクを展開した。

ジャンク・アーチャーがスターダストに向ける左腕の弓には矢は番えられておらず、ただ弦のみが絞られる。



「1ターンに一度、相手モンスター一体をエンドフェイズまでゲームから除外する!

 ディメンジョン・シュートッ!」



引き絞られた弦が、空撃ちされる。

ビンと張られた弦が撓るものの、そこからは何も発射される筈がない。

が、しかし。



空撃ちは空撃ちでなく、何も番えられていなかった弓からは、一条の閃光が放たれていた。

光速の一矢は違う事なくスターダストを狙い据え、その胴体へと突き刺さった。



スターダストが苦悶の叫びを放ち、消えていく。

薄れていく身体をもがくように動かしながら。

そしてこの瞬間、俺のフィールドは空となる。



これで、エンドフェイズに帰還するスターダストには、今までその力を盤石にしてきた効果はない。

パワー・フレームにより得た攻撃力も、D2シールドで得た守備力も、ファントムにより得た不死性も。

全てが消え、丸裸となったスターダスト・ドラゴンとして俺の場に帰還する。

攻撃力はターボ・ウォリアーと互角の2500。

攻撃すれば相討ち。当然アーチャーを止める事はできず、次のターンを速攻のかかしで防いでも、

その次のターンで何もできずに俺はやられる事になるだろう。

攻撃力を上回るアーチャーを破壊し、フィールドに残したとしても、次のターン。

このターンでは何とか凌いだターボ・ウォリアーの攻撃を防げず、矢張り負け。



だが、それは俺の場にスターダスト以外のカードがなければの話。

Dホイールにセットされた、伏せリバースカードを始動させる。



「この瞬間、罠トラップ発動、ゼロ・フォース!」

「ゼロ・フォース!?」



除外されたスターダストが残した残照が、光の0を形作る。

その0がジャンク・アーチャーとターボ・ウォリアーの二体の身体に刻印され、薄れて消えた。



「俺の場のモンスターがゲームから除外された時、全てのモンスターの攻撃力を0にする!」

「くっ…!」



これで二体のモンスターの攻撃力は0と化した。

その圧倒的なパワーを失ったモンスターたちは、最早帰還するスターダストの障害となりえる力は持っていない。



「オレはこれで、ターンエンドだ」

「エンドフェイズにスターダストはフィールドに戻る。

 フィールド全体に効果を及ぼすゼロ・フォースの効果を受けていない状態でな」



ジャンク・アーチャーの効果で除外されていたモンスターは、エンドフェイズにフィールドに戻る。

ゼロ・フォースの力を受け、力を失ったモンスターたちとは違い、万全の力を備えたスターダストが。

咆哮は高らかに、天敵をも見下す銀竜の雄叫びが響き渡る。



次の一手に繋げるための温存。それが遊星のとった戦略。

ならば俺は、その道を断ち切り、このまま勝つ事を考えていればいい。



「スターダスト・ドラゴンでジャンク・アーチャーを攻撃!」



攻撃力を失った以上、相手の力を半減させるターボ・ウォリアーは無力と化した。

ならば、優先して排除すべきは除外効果を持ち合わせるジャンク・アーチャー。



口腔に蓄えられ、増幅された音の波動が、開放される。

最早逃れるためにもがく力も残っていないのか、スターダストのブレスをそのままに受けるアーチャー。

胸部に直撃を受けた身体は爆砕され、四肢をバラバラに吹き飛ばされて霧散した。エグい。



攻撃力0となったジャンク・アーチャーではスターダストの攻撃力を全く止められない。

その威力は全て、プレイヤーである遊星に突き抜ける。

ジャンク・アーチャーを貫いたブレスは、そのまま遊星号に着弾した。



「ぐぅっ、あ…!」



ライフが一気に2500削られ、カウンターは僅か200となる。

これで互いにほぼオワタ式。後は先に一本をとった方が勝者となるだろう。



傾いたDホイールの体勢を立て直し、遊星は声を張り上げる。



「罠トラップカード、奇跡の残照!

 このターン、戦闘によって破壊されたモンスター一体を墓地から特殊召喚する!」



ジャンク・アーチャーの砕けた破片が集束し、再び同じ姿を取りる。

弾け飛んだ四肢は再生し、破壊された痕は微塵も見当たらない。

ゼロ・フォースにより奪われた攻撃力を取り戻した身は、先程を上回る力強さを持ち合わせていた。



「伏せリバースカードをセットしてターンエンド」



……このターン、通常召喚可能なモンスターを引き当てていたとすれば。

恐らくは、ここで勝ていた。



さて、その断てなかった禍根がどうなるのかといった所。



「オレのターン! ジャンク・アーチャーの効果、スターダスト・ドラゴンを除外する!」



腕のアーチがスターダストに照準され、弦が引き絞られる。

光の矢が番えられた弓弦が弾け、閃光はスターダストの胸へと突き立った。

効果を受け、除外された時にばら撒かれた残光は、此度はそのまま消失するのだった。



「ジャンク・アーチャーでダイレクトアタック! スクラップ・アロー!」



今回番えられるのは光の矢ではなく、鉄鏃と矢羽の付けられた代物。

そして格子状のモノアイを守るガードの奥から狙われているのは、モンスターではなく俺自身。



きりきりと弦を鳴らす音が消えると同時に、風を裂いて進む鏃の声が聞こえた。

その一撃の直撃を許せば、俺の風前の灯のライフは一瞬で吹き消される。

だが、それは通さない。



「手札の速攻のかかしの効果を発動。

 相手の直接攻撃宣言時、このカードを手札から墓地へ送り、その戦闘を無効にし、バトルフェイズを終了させる」



俺と、背後から寸前まで迫った矢との間に割り込む存在。

青いボディと、鉄製のフレームでできたかかし。

ボロボロのハットから覗く赤いサングラスを一度煌めかせ、それは俺の身代わりとなり、矢に穿たれた。

だがそのままでは消えず、ボディから下に伸びるフレームの後ろに据え付けられたブースターを吹かして舞い上がる。

俺と遊星のちょうど中間まで飛んだかかしは、そこで爆散した。



強制的に遊星のターンがバトルフェイズからメインフェイズ2に移行する。

どちらにせよバトルフェイズ中に出来る事は残っていなかったろうが。



「ゼロ・ガードナーを召喚し、ターンエンド」



青く小さい身体。平べったい形状の頭に、ぱっちりと大きく開いた眼が二つ。

肩から突き出たウイングと、背中にあるプロペラで飛行する身体には細い腕と丸い足。

細く伸びている腕には、自身の身体の4、5倍の大きさを持つ0型のオブジェを持っている。



「エンドフェイズにスターダストは帰還する」



星屑は 再び場地に 舞い戻る マリ句。

そいつはともかく。…場地って何だよ。ともかく。



星の欠片が降り注ぎ、一体の竜の形を成す。

スターダスト・ドラゴンの形状へと姿を変えた光が、完全に元の姿を取り戻した。



「俺のターン!」



互いのスピードカウンターが再び12を刻む。



「ゼロ・ガードナーの効果を発動!

 このカードをリリースし、このターンに発生する戦闘ダメージと、モンスターの戦闘破壊を無効にする!」



ゼロ・ガードナーが手にした0のオブジェを投げつける。

オブジェは遊星号の走るコース上に落ちた。

そいつをどうするものかと見ていると、何と遊星は大きく車体を揺らし始めた。

どっかんとタイヤが瓦礫を弾き、それと一緒に飛び跳ねる遊星号。



飛翔せよ、俺! である。

ヤックデカルチャー。



飛翔した遊星号が0のオブジェの中をフープをくぐるイルカの如く通り抜ける。

すると、その車体が淡い光を帯びた。

さて、一応考えてはおく。何の意味があるんだそのジャンプ。



「手札のモンスターカードを一枚墓地に送り、クイック・シンクロンを特殊召喚!」



手札に眠っていたカードを墓地へ送る事で、新たなるチューナーを呼び出す。



カウボーイハットを指で弾いて見せるガンマンが、腰からリボルバーを引き抜いた。

で、くるくる回して仕舞った。

…流石は蟹のモンスターである。だが俺はレアだぜとでもいいたげ。

しかしお前はノーマルだ。レアでもなければましてスーレアでもウルレアでもありはしない。



「更に伏せリバースカード発動オープン! エンジェルリフト!

 墓地よりレベル2以下のモンスター一体を特殊召喚する。俺はスピード・ウォリアーを選択する!」



再々度舞い戻る俺の天使。

肩で風を切り、疾走する様は最早カッコいいを超えてふつくしぃ…の域に達していると言っても過言ではあるまい。

俺的に考えて。

だがしかし、彼の出番はそれだけなのだった。



「レベル2のスピード・ウォリアーに、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」



クイック・シンクロンの腹部のシグナルライトが点灯する。

ルーレットが前方に投影され、回転し始める。

それを見もせずに引き抜いたリボルバーの撃鉄を引き起こすとほぼ同時、引金は引かれ、銃弾は奔っていた。



穴を開けたカードはジャンク・シンクロン。

星と化したクイック・シンクロンはその力を得て、新たなる力を導きだす。



「フフフ…シンクロ召喚! 出でよ、ジャンク・バーサーカー!」



ジャンク・デストロイヤーすら凌駕する巨体。

紅に染まった鎧に身を包む狂戦士が咆哮を上げた。



暗紅の翼を二枚、大きく広げて羽ばたく戦士の手には、身の丈を上回る一振りの戦斧。

額から生えた金色の一本角、腰部の防具に意匠される仮面、人体として見ればバランスを崩すほど極度に肥大化した四肢。

威圧を放つ身からは、昏い眼洞の中の小さな青い光のみが、唯一感じ取れる鬼神の正気であった。



「だが、ゼロ・ガードナーの効果でこのターン、全ての攻撃は無効となる」

「確かに、攻撃は封じられている。ならば次のターンのために、そちらのモンスターに更なる枷を与えるだけだ。

 ジャンク・バーサーカーの効果を発動!」



鬼神が身動ぎする。張り上げられた雄叫びは、確実に俺の鼓膜にダメージを与えていた。

振り上げられる戦斧が軋みを上げ、自身の超重の様を見せつける。

それを軽々と振り上げたバーサーカーは、そこで一度停止した。



「自分の墓地のジャンクと名のついたモンスターを除外し、相手モンスターの攻撃力を除外したモンスターの攻撃力分ダウンする。

 俺が除外するのは墓地のジャンク・ウォリアー、攻撃力は2300。対象は当然、」



戦斧が叩き落とされる。地面を砕き、コンクリートと土砂をぶち撒けた。これぞソリッドヴィジョンの本気である。

叩き砕かれた地面に遊んでいた左手を突っ込むバーサーカー。



何をするかと見ていれば、何とバーサーカーのその中からジャンク・ウォリアーを引き抜いた。

墓地だからって地面に埋まっているのはどうかと思う。

ジャンク・バーサーカーの左手一本で持ち上げられるウォリアーを見ても、この鬼神の強大さが分かる。

機能を停止しているジャンク・ウォリアーを雄叫びと共にアーチャーへ向け、放つ。

投げるのかよ。



高速で飛来する砲弾に対し、身構えるジャンク・アーチャー。

回避はし切れず、同時に自身を上回る質量の砲撃を防御しきる事は当然出来ず。

左肩にそれを受け、ごっそりと左半身が大きく削ぎとられた。

武装のアーチごと腕を全て持って行かれ、全身に走り抜ける亀裂。



「ジャンク・アーチャー!」



遊星の切羽詰まった焦燥が聞こえる。



「これでジャンク・アーチャーの攻撃力は再び0だ! ターンエンド」

「オレのターン…!」



遊星の手札は1枚。その様子を見るに、逆転の可能性は持っていないカード。

っていうか多分マッシブ。

勝利の希望を繋ぐには、このドローで新たな手段を導かなくてはならない。

それが可能か否かは、大いなる蟹の味噌汁。違った、大いなる神のみぞ知る。



どちらにせよ、見えざる神の手が蠢いていたとして、今はそんなことを気にかける場面じゃない。

今この時、それは闘う場面以外の何時でもありはしない。

ただそうであるならば、一つだけ。



「…今だからこそ言わせてもらうが、このデッキは間違いなく君のモノのコピーだ。

 君のデッキの力は流石だった。例え自分と同質の力のデッキを相手にしても一歩も退かない結束。

 流石は不動遊星。俺の知るところ、全デュエリストの中でも三指に入る実力だ」

「称賛は受け取れない。それに言った筈だ。それはお前のデッキ、お前たちの絆だ」



遊星を見る。嫌味でも何でもなく、純粋な感想だと思えた。



「例え始まりがどこにあったとしても、お前がそのデッキと築き上げてきた想いはけして嘘じゃなかった。

 だからこそ、そのカードたちはお前の声に応えたんだ。

 この風スピードの中、お前のデュエリストとしての力と一緒に、聞こえてきた声。

 それは間違いなく、お前が持つデュエルとカードへの想いの強さだった」

「―――――」



…勝てなくなっていたからと言って、楽しめなくなっていたデュエル。

本当にこんなにも楽しかったものだったか。

いや、本当に楽しんでいたものは何だったか。



本当は、デュエルをする時以上に、彼らのデュエルを見ているのが一番だったような気がする。

彼らは色々なカードを使い、戦術を駆使し、勝利への道を切り開いた。

それを真似してみたくて、作っていたデッキたち。

それは彼らのデッキを模倣したものだったけど、そこにあったのは勝つための意思じゃなくて…

ただ純粋に、憧れと楽しさを求めていただけのような気がする。

こうすれば強いじゃなくて、こうしていたのがカッコよかったから始まった。



カッコいい戦士が好きで戦士族を組むように、強力なドラゴンが好きでドラゴン族を組むように、

海竜族が好きでOCG増やせとコナミに求めるように。いや、最後はどうだろう。



そっか、こいつらは今、遊星が作ったデッキじゃなくて、俺が作ったデッキだった。

遊星と闘ってきたカードたちじゃなくて、俺と一緒に闘っていくカードたちだった。

例え外見はコピーでも、中身はずっと俺と一緒の仲間たちだ。

遊星が俺のデッキを使っても力を発揮出来ないだろうし、俺が遊星のデッキを使っても駄目だろう。

ならこれは、きっと俺のデッキでいいんだろう。



ならもっと一緒に頑張ればいいんじゃないか。

まだ頑張れる事はある。



「だからこそ、オレはこのデュエルで見せられた、その想いに応えてみせる!

 オレのカードたちと共に!」



カードをドローする遊星。

その顔を見れば分かる。希望は、繋がったのだ。



「Spスピードスペル‐シフト・ダウンを発動!

 自分のスピードカウンターを6つ取り除く事で、カードを2枚ドロー!」



そして、最初のドローが繋いだ希望を更にその2枚が、最後の光をフィールドに託す。



「これがオレたちの最後の力、手札から2枚のスピードスペルを発動!

 Spスピードスペル‐チューンナップ・123ワンツースリー!

 そしてSpスピードスペル-スター・フォース!」



2枚は最後に繋げた。後は、最後の結果が出るのを待つのみとなる。

運命が導いたのではないだろう。ただ、勝ち取ったのだ。

ただ自らの命運を賭けた勝負から。



「スター・フォースの効果は、自分フィールドのモンスター一体を除外し、

 除外したモンスターのレベル×100ポイントの攻撃力を別のモンスターに与えるカード。

 ジャンク・アーチャーのレベルは7。この効果を受ければ、ターボ・ウォリアーの攻撃力は700となる」

「墓地のスキル・サクセサーと合わせても、攻撃力は1500。

 ターボ・ウォリアー自身の効果でスターダストの攻撃力は1250になるが、俺のライフ400は削り切れない。

 例えスターダストかバーサーカーを破壊出来たとしても、

 次のターン攻撃力が0に戻ったターボ・ウォリアーは破壊され、お前のライフは0になる」

「ああ、だからこそチューンナップ・123ワンツースリーの効果が必要になる。

 ダイスを振り、出た目が1、2の時には1。3、4の目が出た時は2。5、6の時は3。モンスターのレベルを上昇させる。

 この効果でジャンク・アーチャーのレベルを上げ、スター・フォースの効果を底上げする」



足りないのは僅か150ポイント。3以上の目が出れば、それで相手の勝ちとなる。

2/3の確立で当たりを引ける、有利な賭け。

例え、目が外れたとしても、モンスターを守備にし攻撃を凌ぐと言う手を取る事も出来る。

その筈なのに、遊星は2枚のカードの使用をすると宣言した。



「スター・フォースの発動宣言はチューンナップ・123ワンツースリーの効果処理後でいいだろう。

 確立の高い賭けとは言え、何故わざわざ今それを…」

「引き当てて見せる。お前とのデュエルに本当の意味で勝つためには、ここで全てを賭けなければならない」



遊星号の真上から、サイコロが射出された。

それこそ、ジャンク・アーチャーの矢の如き速度で発射されたそれは、俺達のDホイールの走行ルート上。

だが遥か前方に位置する場所に落とされた。

この速度で一瞬、それとすれ違う瞬間に確認しろ、と言う事なのだろう。



ほんの数秒でしかなかったが、互いが目を瞑り、その決着の時を待つ。



お互いが同時に、自然に眼を開いた時、その結果は二人の眼に刻み込まれた。



「出た目は、」



微かに溜め息を漏らす。一瞬の交差で見て取れたサイコロの目は、



「チューンナップ・123ワンツースリーの効果で出たダイスの目は、4!

 よって、ジャンク・アーチャーのレベルは2、アップする!」



これでジャンク・アーチャーのレベルは9。

片腕をもがれた戦士は、その位を上げて最期の使命を果たすべく空へと舞い上がった。



「そして、スター・フォースの効果! レベル9となったジャンク・アーチャーを除外する事で、

 ターボ・ウォリアーの攻撃力を900ポイントアップ!」



崩れ落ちるようにカタチを保たなくなったジャンク・アーチャーが九つの星となる。

一つ一つは小さい力だが、それは全ての力を残った戦士に託す事でこの場を切り拓くための力と化す。

ターボ・ウォリアーの胸に、全ての星が吸収された。



「墓地のスキル・サクセサーをゲームから除外し、効果発動! モンスター一体の攻撃力を800ポイントアップ!」



遊星の前にスキル・サクセサーの映像が出て、次元の狭間に消えていく。

その際に残した光はターボ・ウォリアーに。



これで奴の攻撃力は、1700となった。

スターダストを破壊して尚、突き抜ける威力は俺を葬るに余りある力。

俺には手札も、伏せリバースも残っていない。本当に全てを出し尽くしたデュエルだった。

なら、悔いは残らない。…と、言いたかったが。



俺に応えてくれたカードたちに応えられなかったのが、唯一最大の心残りか。



「―――来い、不動遊星!」

「これがオレたちの最後の一撃、ターボ・ウォリアァアアッ!」

「迎え討て、スターダスト・ドラゴンッ!」



最後の足掻きか。いや、それは努めか。

互いに全力をぶつけあって、それで負けた。でも、まだ負けてはいない。

このバトルが終わるまでは、俺はまだ負けていない。なら諦めちゃいけないも道理だ。

俺が最後までカードを信じてなくてどうするのか。



空中で二体のモンスターが衝突する。

突き出されるターボ・ウォリアーの腕を潜り抜けたスターダストの翼が、逆に胴体を打ち据える。

揺らいだ身体を立て直す間を与えずに、首を目掛けて牙を突き立てるべく、奔る頭部。



だがそれは届かず。

胴体を打った翼を捕まえたターボ・ウォリアーが、翼ごとスターダストの身体を振り乱した。

悲鳴に近い叫びを上げる竜が、大地へと叩き付けられる。



地面を仰向けに滑りながら、ビルの跡地に衝突して止まるスターダスト。

その身体に止めの一撃を突き立てるべく、爪を揃えて構えるターボ・ウォリアー。

背面のエグゾーストマフラーが嘶き、その一撃を放つための加速へ入る。



倒れていたスターダストは翼を折られ、その飛翔能力を発揮出来ぬまま、地表で身体を起こしていた。

だがその瞳からは戦意は消えず、こちらも最後の足掻きを繰り出すべく、口腔にエネルギーを集束し始める。



「アクセル・スラッシュッ!!」

「シューティング・ソニック!!」



放たれるブレスは敵の身体を丸々呑み込んだ。

音波の奔流は完全に相手の姿を消し去るほどの規模で放たれ、そしてそれは間違いなく威力を発揮した。

だが、それでも。



波動の中を逆流するかの如く、突き出した両腕で津波を切り裂きながら進行する。

その風景は数秒で終了した。

スターダストが片膝をつく。限界を超えた活動に耐えた身体は、既に死に体。

信じる事も、潮時だった。あとするべき事は、限界を超えた闘いを演じた敗者へと称賛を送る事。



「…よくやった、スターダスト」



ただ、呟くように。



最後の一撃を凌いだ勝者が、装甲を焼け爛れさせながらも、敗者に肉迫する。

それでも瞳に宿る闘志は消えず、しかしその意思を果たす事は出来ず、その肉体を貫かれた。

胴体を突き抜ける一撃を受けたスターダストは、最後に大きく雄叫び、星屑の残照を残して消え去った。



同時に、俺のライフカウンターが0を示す。

俺の負け、だった。



Dホイールのから白煙が噴き出し、モニターには「You Lose」という表示が。



遊星も俺の近くにDホイールを停止させ、ヘルメットを外す。



「いいデュエルだった。色々学ばされた」

「こちらこそ、だな。もっとも、俺のは受け売りだったが」



主にサンダーグレイモンの。

少し遊星の顔が緩んだ。うむ、奇抜すぎる髪型を除けば、普通にイケメンである。



「負けた以上、俺の正体も話さなければな…」



と言っても正体もクソもないんだが、異世界人が妥当か。

どうせ夢なのでヒポポタマスとかトンヌラとか名乗って笑いを狙いに行くべきなのだろうか。

などと、取りとめのない考えをしていたら、遊星は静かに首を横に振る。



「いや、いい。お前がデュエリストであると分かった以上、余計な詮索はしない。

 何か果たすべき目的があってやったのなら、それでいい」



…やはりイケメン。イケメンで、強いのね! 嫌いじゃないわ!!



「そうか、ならば言うまい。恐らく会う事はもうないだろうが…頑張れ、とでも残していこう」

「ああ、受け取っておこう」



俺はデュエルモードを解除したDホイールのハンドルを握りなおす。

通常走行モードの画面に、何やら見慣れないアイコンが増えていたが、とりあえず今はここを離れるのを優先すべきだろう。



アクセルを踏み込む。

殺人的な加速に、一瞬意識が吹っ飛んだが、何とか持ち直して頑張る。

一気に遊星の姿が見えなくなった。

そして感慨に浸る走行中、Dホイールが何故か謎発光し始め、俺の意識も吹っ飛んだ。







「…ジャック。俺はお前に会いに行く、奪われたものを、取り戻すために」



超速で走り去るDホイールの加速を見届けた遊星は、自身の造り上げたDホイールに目を向ける。

今のこいつにあそこまでのパワーはない。だがいずれ、このマシンが完成した時に。



奪われたDホイール、カード、そして―――絆。

その全てを取り返すために、ジャックの前に…いや、ジャックの後ろから追いついてみせる。

今ならば分かる。あの時の答えが。

その答えを伝えるためにも。











「と、いう夢を見たのさ」



ふぅと一息。

だよね、流石にいきなり遊戯王の世界に行っちゃうとかねーよ。

いや、順序踏んで行けても困るけどさ。



ふと眼を覚まして、バイクではなくベッドで寝ていたのだから間違いない。

あーそうとも間違いなくDホイールは夢だった。



…俺んち敷き布団だったけどな。



何故にベッドで寝ているのか、ここはどこなのか、それは分からない。

でもとりあえず一つ、鉄板すぎてやらないといけない気がする一発ネタを。



「知らないて」

「おや? 起きたのかニャ?」



ガチャリ、とドアノブを捻って登場。まさかの知らない天井キャンセル。

うおおい、ちょっとやってみたかったのに。ちょっとやってみたかったのに。



中に入ってきたのは、長身痩躯の男性。

眼鏡をかけ、細っそい眼をしているのがまず目に止まり、そして腰近くまで伸びている長髪も目立っている。

首の後ろで束ねていなければ、さぞ鬱陶しい事だろう。

そして目でなく耳で捉える情報。かっぺーだ、超かっぺーだ。

かごめぇえええええええ! と、台本違った。みたいな?



「え、と…」

「まさかでっかいバイクに乗ってここまで来ちゃうとは、流石の先生も予想してなかったにゃあ。

 今時のバイクは水上バイクに変形するのかニャ?」



しねぇよ。でも宇宙は走れるよ。あと合体もする。(ただしイリアステルに限る。



猫を抱えた、大徳寺某はそう質問しておきながら答えを聞かず、窓にかかったカーテンを開けた。

明るい。日差しの色的に多分、早朝なのかと思った。答えは知らないが。

照らされる部屋は間違いなく木造建築のレッド寮であり、それ以外とは考えにくい状況だった。



「えーと、あはは~、すいません」

「謝る事はないのにゃあ。ただ幾ら嬉しかったからと言って、フライングはあまり感心できないのにゃ」

「はい?」

「筆記試験200番、実技試験もギリギリでレッド寮の新入生の中でも、下から一番。

 落ちたと思ってたのがギリギリ補欠合格出来たとはいえ、入学前に死んでしまったら元も子もないにゃあ」



何だその酷い成績。そして誘発即時で自殺させる効果持ってそうな発言を止めてくれ。

俺そこまで頭は悪くないと思うと言うか、何で俺がそんな試験を受ける事になっているのか。

さっきの5D’sと違って、ただ出ただけじゃなく何か設定しょってるのか今回は。



「それって、つまり、俺がこの寮の生徒って事。です、よね?」

「そう、ここが今日から君が暮らすデュエルアカデミアの三つの寮の一つ、レッド寮。

 ちなみに、君が流れついたのは二日前。今日は入学式当日。荷物はそこにあるから、遅刻しないようにするのにゃ」



それだけ言って、大徳寺先生は部屋を出て行ってしまった。

よくよく部屋を見回してみると、何か色々雑多にモノが置いてある。

なるべく端っこに寄せてあるが、入口からシングルベッドに繋がっている一本道は整っているが、それ以外。

部屋の八割はカラーコーンだの石灰で線引くアレだの、詰め込んである。



つまり最下位にはちゃんとした部屋を貰う権利はなく、倉庫で暮せと。

くそう、コナミくんは一人部屋に老若男女が押し寄せる人気者だと言うのに。

何だこの扱いの差は!(ジャック風。



とにかく今度は、GXの世界に来てしまった様子であった。











後☆書☆王



やはりあった1話のデュエル間違い。



>>ターボウォーリアーへのエフェクトヴェーラーの効果使用ですが、ターボさんは星6以下のモンスターの効果対象になりません。

ついでにファントムの効果も間違ってました。攻撃力も800下がるのね。

まぁパワーフレームで実質リセットされてたからあんまり関係なかったけど。

指摘をしてくださったひふみ様、ありがとうございます。



ああ、そうそう。今回の指摘受けてどうしたもんかと悩んで、一時星屑のレベル下げればよくね?

という結論に至ったんですよ。トリッキーだし、なんとなく。結局安易に処理しましたが。

で、ターボさんの半減効果の効果処理は攻撃宣言時との事で、攻撃宣言時にチェーンしてレベル下げたらどうなるのか。

よく分からなかったので、事務局に電話したわけです。



Q:ターボ・ウォリアーのレベル6以上のシンクロモンスターに対しての攻撃宣言時、

  レベル・リチューナー等で攻撃対象となったシンクロモンスターのレベルが5以下になった場合、

  攻撃力の半減効果は適応されますか?

A:担当の者が確認していますので、回答しかねます。



これが巷で噂のA:調整中って奴か! こんな風な答えが返ってくるんだー!

と、何度か電話した事あるなかで初めての体験でテンションが上がりました。いや、ただそれだけですけど。

戦闘時に誘発効果ってこんなんが多いらしいですねー



>>第一話の

>>勝手に複線を張る。俺が張った複線は下っ端さんが体を張って回収してくれる

>>複線→伏線ではないでしょうか

修正しました、ご指摘ありがとうございます。



ファンゴ様よりご指摘。

>>第一話

>>>「罠トラップ>発動、シンクロ・ストライク!

>>>「スター・フォースの発動宣言はチューンナップ・<123ワンツースリーの効果処理後でいいだろう

共に修正しました。どうもありがとうございます。



ぶっちゃけ今見て1話は自分で気付いてるだけでもどでかい間違いが一つあったりする。

デュエルの内容半分くらいやりなおさなきゃいけないくらいの。



[26037] リメンバーわくわくさん編
Name: イメージ◆294db6ee ID:eeea2184
Date: 2014/09/29 00:35
「太陽よ、炎を纏いて龍となれ! 太陽龍インティ! レベル8で召喚!」



これは違う。もう全然違う。くそう、中々カッコいいシンクロ口上が決まらんぜ。

クイラはストライクですね分かります。

じゃなくて。そんな事をしている場合じゃなくて。



制服やら何やらは確かにこの部屋にあるけど、肝心のデッキがここにはない。

恐らくDホイールにセットしたままなのだろう。

まずそれを回収しないと何をするにも話にならない。主にSS的な意味で。

メタ発言? 何の事だかわからんな。



とりあえず捨て猫の如き俺を拾ってきた大徳寺先生を探すべき。

多分大徳寺先生は俺が捨て猫だったらもっと優遇してたよな。いいけどさ。

まさにレスキュー・キャット。なんのこっちゃ。



とりあえず用意されていたアカデミアレッドの制服に袖を通す。

サイズがピッタリなのは、俺が寝ている間に、あんなことやこんなことをされたからなのかもしれない。

思わぬところで大人になってしまった。



ヘルメットもないが、そっちもバイクと一緒にあるだろう。

あとあのDホイールはジェットスライガーに酷似しているだけで、本物じゃないのだ。

名前は鍵代わりのカードの名前と同じ『ホープ・トゥ・エントラスト』

ちゃんと書かなきゃ分からないよね。これ書いてる奴は焼き土下座すべき。

何故感想で突っ込まれていた事を知っているか? それはあれだよクアンタムシステムがついてるんだよ、あのバイク。

異種との対話しちゃってるんだよ。

ジェットスライガーというか、ジェッ○スラ○ガーとすべきだったね。

ちなみに元ネタはライダーだよ。555。

あとついでにバイクに乗ってガンバライドする時、ライディングガンバライドとガンバライディング。

どっちが正しいんだろうね。



そしてサンダーグレイモンは、

万丈目サンダーの中の人がデジモンセイバーズでやってた役、シャイングレイモン(アグモン)の事。

ちなみに十代の中の人、KENNも出てるよ! ジオグレイソードさんが唯一活躍した敵キャラとして。

みんな、こんな駄文見てないでデジモン見ようぜ!



と、そのあたりまで考えた所で着替え終了。

うん? メタ発言が満載? 何の事だかさっぱりだわ。

もう江戸川コナンやクワトロ・バジーナの正体くらい全く分からない話だ。



外へ出て、左右を見渡す。

デュエルアカデミア本校の中でも外れにあるレッド寮の周りは、本当に殺風景な場所だった。

まあ瓦礫の街よりはいいかもしれないが。

大徳寺先生の部屋なぞ知らんので、とりあえず食堂の中へと入ってみた。

いなかった。結論が早いが狭いのだからしょうがない。



と言うか誰もいないと言う事は、もう入学式始まってんじゃね?

まあ俺はさっきの流れ鑑みるに、十代とデュエルしたら今度はDM世界で遊戯とデュエルするんだろうし。

ここでの僅か一日に満たないだろう学園生活を満喫する気はないので構いやしない。



ご都合夢とはいえ、あのデュエリストたちと戦えるとはヒデキ感激だ。俺はヒデキじゃないけど。

シーフードカレーのCM出れるよね、みんな。まあヒトデやクラゲの入ってるカレーが売れるかは知らんが。

っていうか王様はカレーうどんのCMやってたね。そういえば。

それよりレモンヌードル食ってみたいわ。さっきシティに行って買えばよかった。



話が脱線事故を起こしているが、あいにく突っ込み不在なのでしょうがない。

しょーがなーいーしょうがないー。

さておいて。



食堂から出て、もう一度辺りを見回す。

やっぱり誰もいない。そういえば、今でも十代たちの部屋にコアラがいる筈。

だが流石に不法侵入はいけないだろう、常識的に考えて。勇者的に考えたら許されるが。

残念なことに俺は勇者じゃない。



そうそう、勇者といえばDMのデュエルモンスターズクエスト編のモクバ姫もといメアリー姫の中の人、

早乙女レイと同じなんだよな。

個人的にあの中の人のセリフで印象に残ってるのは、今日は本気でいくわよ!だ。

フユーン前はトラウマ。や、ユイチイタンほどでもないが。ギャランティマジうざい。シンセイバー(笑)



地の文が迷子。このgdgd感はこれを書き始める前に読んでた傾物語と無関係ではないだろう。

人のせいにすんなし。



うだうだと頭の中でgdgd一人ボケツッコミを繰り返していたら、視界に一人、ブルーの制服の人間が見えた。

可愛い女の子であるが、見た事はないのでモブキャラだろう。

他人の制服姿を見て思い出したが、20越えてる俺の制服姿って実際どうよ。

…留年したなら仕方なーいね。赤いと色々なものが三倍になるのさ。歳も三倍に見える能力が働くのさ。



アニメ描写見る限り、確実にレッドは話しかけるなks。

みたいな事になると思うが、やらないよりはマシだと思う事にして。



「すんませーん」

「?」



何故かレッド寮を目指していたように見える少女を呼び止める。

とりあえず第一段階は成功である。



「お茶しない?」

「はぁ?」



しまった、メダロットの思い出話をしていたらつい。

くそう、これは彼女が実はリバティーズのメンバーであることに期待するしか…



「ふざけているなら邪魔なだけだから。どいてくれないかしら」



ですよねー。

冗談冗談、と手を振って場を和ませる俺。全然和まないけど。

リアルで発動して欲しいカードが和睦の使者とか初体験でござる。



「いや、ごめん、冗談。ちょっと訊きたい事が…」

「嫌よ、何で私が……いえ、いいわ。代わりに私の質問にも答えてもらうけど」



ふん、と顔を背けながらも視線だけはこちらに向ける女の子。

これはもう性格:ツンデレだな。

ツンデレと言えばDM前の初代遊戯王ってDVDにならないのかな。

俺久しぶりに、キャベツがゴーゴン三姉妹を倒して、

「べ、別にお前を助けたわけじゃない。お前を倒すのは俺の造ったDEATH‐Tなんだからね!」

って言ってるのが見たい。

いや、基本的に嫁自慢にきただけだったがな。



そう言えばあの頃のカードまだ微妙に残ってたなぁ。

あと初代の頃にモンスターが書かれたトランプ出てたよな、あれどこ仕舞ったっけなぁ…

ついに書き手の完全なチラ裏と化してきた。

今更か。



「ああ、分かった。俺に答えられる事なら」

「そ。じゃあ、あなたから」



うむ。と、その段階に至って、少女の姿をよく見る。

ロングのブロンドヘアー。と言うと、GXでは明日香をイメージする。

が、彼女はどちらかと言うとシェリーのような外人さんな雰囲気があるようなないような。

シェリーとは直接会ってないけどな。



「もう入学式って始まってる?」

「ええ。新入生?」

「んー、まあ」



どうやら遅刻らしい。まあ問題ないからいいか。

次は彼女の質問。



「数日前、大きな水上バイクと新入生が流れ着いたと聞いたの。

 その事を訊きたかったのだけど、新入生じゃ……

 あなた、新入生は本来、この島に来てそのまま講堂で入学式をする筈だけど?」

「漂流者でして」

「あなたが?」



ねめつけられる。美少女にされるなら本望なので問題ない。

彼女は顎に手をやり、少し考えてみせたあとに、太腿に巻いたデッキホルダーから一枚のカードを取り出した。

おお、エロいエロい。



だが、そんな日常にちりばめられたエロイベントの一つを吹っ飛ばす、一大イベントが発生した。

彼女が取り出した、一枚のカードから。



「…バイクにはデッキホルダーがついていて、そのデッキには白いモンスターカードが入っていたそうね」



取り出されたるは彼女の言う白いモンスターカード。

シンクロモンスター。

何故にこの世界にあるのか。パラドックスか、あいつが悪いのか。

なんて奴だ。これは2月26日から公開される、

『劇場版遊戯王~超融合!時を越えた絆~』のアンコール上映を劇場まで見に行き、文句を言わねばならんね。

更にアンコール上映と同時に発売さえるMOVIE PACKを買おうぜ。



「ああ、入ってたよ。14枚ほど」

「………」



エクストラデッキの制限ギリギリだ。

後1枚? エクィテスさんに決まってるだろ。

この前のデュエルでも出したかったけどスピード・フュージョンなんて持ってないから仕方ない。



隠す気のない俺に毒気でも抜かれたか、彼女は拍子抜けした表情で俺を見る。



「…これはシンクロモンスターと言って、一般には出回っていないカードよ。

 何故あなたがそのカードを持っているの?」

「未来から来たからね」



しーん……

場に静寂をもたらす俺の一言。こういうのを鶴の一声と言うのだろうコケコッコー。

全く違う? そうですか。



「……正気?」

「ふぅん、質問が多いぞ貴様」



睨まれた。でも長々と質問攻めにあうくらいなら、とっとと十代とデュエルしに行くべき。

そうすればこのよく分からない状況を打破出来るしな。



「未来にタイムマシンがあるのはおかしいか?」

「………ありえなくは、ないだろけど」



いや絶対おかしいから。普通に考えてありえないだろ。

ドラえもんじゃあるまいし、そうそう色々な法則を無視されてたまるか。

が、バクラと言うかゾークなら出来るかも分からんね。

ゾーク・ネクロファデスは邪神然としててそれなりに好きだが、ラスト・ゾークの方がモンスターとしてはカッコいいと思う。



「それは明かして大丈夫な事なの?」

「訊いた当人から言われても…いいんじゃない? 多分」



本来の時間であり得ないモンスターを未来から過去に送るのはZ‐ONEもやってた事だ。

多分OKだろ。ギリギリセーフなラインの筈。



「で、仮に俺が未来人で、未来ではシンクロが一般で流通してるから持ってたとして、それ以上の質問は?」

「―――じゃああと一つ、トリシューラというシンクロモンスターを知ってる」



現環境最強のモンスターですね、分かります。

ってか何でトリシューラ。これはイエスにすべきかノーにすべきか迷うな。

あのDホイールの中に入ってるしな、トリシューラ。



目の前の少女の目を見る限り、ここからは何だか踏んだらいけない地雷原な臭いがする。

何と言う危機回避能力。で、ここはどうやって抜けるべきか。



「知らない、と思う。全部のシンクロモンスターを知ってるわけじゃないからどうにも曖昧だけど」

「そう……なら、さっきの仮定を真実とすれば、未来ではトリシューラの脅威はないって事ね」



トリシューラの脅威? 鼓動じゃなくてか。

っていうか、何故にシンクロモンスターがこの世界にあるんだよ。

まさかホントにパラドックスが引っ張ってきたわけじゃないだろうに。



「で、トリシューラって言うのは?」

「それを話す前に。

 あなたは何年か前に行われた、海馬コーポレーション主催のカードデザイン募集イベントを知ってる?」



ああ、ネオスとユベルを打ちあげた話だな。

ネオスたちの存在や、ユベルの愛理論も完成せずに二期以降がガッツリ吹き飛ぶどころか、

何気にあれがなければ十代は鮫島校長に目をかけられる事もなくなって、クロノスに落とされてたんじゃないか?

というレベルの重要イベントだったな。

流石社長。やることが一味も二味も違う。



「知ってる。宇宙の波動を受けたカードを作ろう、って企画だったっけ」

「ええ、そうよ。でもその宇宙の波動でカードが生成されるという話は、どこからきたか知ってる?」

「いや?」

「落ちて来たのよ、その企画より前に。宇宙から3枚のカードが」



ΩΩΩ<な、なんだってー!

待って、待ってくれ。やばい、置いて行かれそうなくらいいきなり話が加速した。



「宇宙から南極に落ちた3枚のカード、それは白いモンスター。氷結界の龍という名のカードたちだったわ。

 それは慎重に回収され、1枚はインダストリアルイリュージョン社のペガサス氏の許へ。

 1枚は海馬コーポレーションの海馬社長の許へ。

 そして、最後の1枚は―――シンクロモンスターをデュエルモンスターズに組み込むべく、

 研究と開発を任された一人のカードデザイナーの許へ……」



なんだこの女の子がそのカードデザイナーの娘さんフラグ。



「だけど、開発は難航したわ。

 シンクロモンスターを、通常のモンスターとチューナーと呼ばれるモンスターを使い、召喚するところまでは順調だった。

 でも……」



むしろそこ以外で難航する場所が見当たらないのだが。

何が難航したというのだ。



「召喚された氷結界の龍 ブリューナクは制御出来ず暴走し、

 そのカードデザイナーに与えられた研究施設を破壊し尽くしたわ。そのデザイナー自身をも巻き込んで……」



あれ、俺は今カードゲームの話をしていたんだよな。

一体全体どこを繋げたらその結果に辿りつくのだろうか。

もうちょっと初心者向けに、優しくお願いしたいのだが。



「その結果、事態を重く見たペガサス氏は三体の龍を封印した」

「……で、さっきまで言ってた事と合わせると、そのカードの封印が解かれて盗まれた、とか」

「ええ、そうよ。アメリカのペガサス邸、インダストリアルイリュージョン社、海馬コーポレーション。

 それぞれ封印処理されたカードは全く別の場所で厳重に警備されていた。

 筈なのに、3枚とも同日、同時刻に盗まれてしまった」



手があるならそれが最も効率のよい盗み方だったのだろう。

1枚盗めば自ずと残るカードの警備は強まる。

全てを同時に盗めば、警戒ランク最低の状態で全てのターゲットを処理出来るのだ。

ただそんな事、彼の盗賊王だって出来るかどうか…



「私はそれを探しているの。

 あなたが知らなかった、と言う事は未来はあんなカードに壊されはしないということね。

 話半分にして、信じておくわ」

「俺の疑い、何で晴れたのかよく分からないんだけど」



よくわからないが、それはそれでシンクロを知っている俺を徹底的に絞るべきではないのか。

冗談ではないが、普通に考えてそうするべきな状況に、口が勝手に動いた。

ただ少女は、俺に背を向けて来た道を戻り始める。

その途中、足を止めて顔だけ振り抜き、微かに口を歪ませた。



「貴方、カード盗むような顔してないわ」



キラッ☆

なんて、カッコいい女傑だったわけだが、遊戯王のヒロインはイケメンじゃなければいけないのか。

と言うかお前ヒロインじゃねえよ。



「出来そうにも見えないし」



ですよねー。そうなっちゃいますよね。

彼女はそれを言い残して、鮮やかに立ち去って行った。



「んーむ、流石アニメで最強公認されたカード。パネェわ」



きっともうあれだ、三つの首で過去、現在、未来を除外してしまうのだろう。

劇場版第3弾ktkr。



まあそれはおいおいとして、俺はDホイールを探しに行くとしよう。

あれがないと十代とデュエル出来ないし。

さて、今度はどのデッキを使おうか。深く考えてなかったが、感想見ると色々使うの期待されてないでもない感じだったし。



M・HEROや妖怪はOCGカード足りないって。

モンスターカード2枚or5枚だって。まあ漫画HEROと言う括りなら十分いけるか。

通常召喚可能なモンスター入れてないリシドやら7枚しかないヨハンじゃあるまいし。

と言うか、TG組みたい超組みたい。ブルーノォオオオオオオオオオオオオオ!!!

あと機皇組みたい超組みたい。アポリアカッコいいよアポリア。

俺、機皇組んだらマシニクルとアステリスクを三積みするんだ…(死亡フラグ)



優秀なのは分かるが、サイバー・マジシャンSRきつ過ぎる…

ワンダーは揃ったがサイバーが一枚もない。

あとライブラリアンのせいでグラディエイター影薄いよ。

そりゃライブラリアン×2+フォーミュロンの方がいいもんね。

効果でドローブーストかかるし。



つーかギア・ゾンビは諦めるとしても、ドリル・フィッシュOCG化しろよ。

バスター・ショットマンしかブルーノが使ったレベル1非チューナーいねぇじゃねーか。



そうだね、書き手のコナミへの文句など激しくどうでもいいね。

もはや趣味のブログレベル。



Dホイールはレッド寮の裏手に放置されていた。

でかいから滅茶苦茶邪魔だしな。

マシンが放置されてるのはまだしも、潮風にカードをさらすなし。



デッキの内容を変更するためには、こいつのモニターに映る画面で編集すればいい。

なんと便利な…



文字通りのカードキーは挿入しっぱなしだったので、モニターをタッチして操作する。



『くぁwせdrftgyふじこlp』

「うぉおおう!?」



何だかいきなりバイクが喋った。だが分からん。

俺はアメリカ語は分からない。英語だって分からない。日本語だってあやしい。

べ、別にエキサイト先生に頼んで翻訳するのが面倒だったとかそういうんじゃないんだからね!



「に、日本語でおk?」

『くぁwせdrftgyふじこlp…言語設定:日本語』

「できたし」



流石だな、俺。まさかあの難解な英文を一瞬で日本語に変換してしまうとは。

ほんやくこんにゃく涙目。他の奴ならばこうはいかなかっただろう。

バ、バームクーヘン? とか言っちゃったに違いない。

ビバ・ノウレッジとか言って、ビバはイタリア語で、ノウレッジは英語だ。とか突っ込まれたに違いない。



「で、何で喋るんだ。このバイク」

『要求:「で、何で喋るんだ。このバイク」の明確な内容を入力して下さい』



はぁ? 何様なんだこのバイクは。

俺はどこでもいっしょをやってるわけでも、シーマンをやっているわけでもないと言うのに。

実際やったことねぇから昔話に発展しないじゃないか。



あ、でもポケットステーションの話は出来るぞ。

封印されし記憶はポケステゲーだったよね。

ポケステを封印されし記憶とデジワー2以外で使った記憶はない。



「あー、えーと。お前が、何で音声出すのか、疑問なの」

『予測結果:「ホープ・トゥ・エントラスト搭載型デュエルAI・“X”が、

 搭乗するD・ホイーラーを対象に行う音声ガイド」が最も確立の高い原因と予測』

「はぁ…」



そんな話ジジイから聞いてはいなかったが。

まあ付いてる機能を活用するのは悪い事じゃないか。



「何で今まで喋らなかったの?」

『要求:「今まで」の期間を指定してください』



何だ、そのくらい勝手に予測して答えろよ。



「俺が初めて乗った時から、今まで」

『要求:「俺が初めて乗った時」の明確な時期を…』

「ああ、もうめんどい。予測して答えろ」



モニターのタッチパネルを適当に触るが、モニターが音声ガイド中という画面から切り替わらない。

なんという奴だ。こちらの操作をガン無視してやがる。



『前提:ホープ・トゥ・エントラスト開発後より今回起動時の間。

 予測結果:約37時間前に始動キーの投入を確認。よって、約37時間前と予測』

「ああはいはい、よくできました。で、何で喋らなかったの」

『回答:デュエルエネルギー不足のより、デュエルAI・“X”の起動が不能だったため』



デュエルエネルギーですってよ。

デュエルは凄いね。不思議現象は当然に、デュエル発電まで出来るんだから。

電気・化石燃料「もうあいつ一人でいいんじゃないかな」



「で、何で今は喋れるの」

『回答:約37時間前に行われたライディングデュエルにより、デュエルエネルギーを充填。

 充填したエネルギーを使用し、タイムワープを実行。

 現在の起動状況は20%を下回っているため、再度のタイムワープは不可能』



タイムワープ。…タイムワープ?

駄目だスネーク! 未来が変わってしまった! タイムパラドックスだ!

世界の未来を守るため、俺のリロードはレボリューションだ!

違うお前じゃない。



そんな事はどうでもよくて、だ。

…実際、これって本当に夢なんだろうか。

まあこの状況が夢以外のなんだと言うとあれなのだが、少なくともこんなリアリティのある夢は他に見た事無い。



夢ではないと仮定して、他にどんな状況となるか。

本当に現実世界…と言うか、俺の世界から遊戯王世界へきてしまったと言うのがまあ妥当。

原因としてはこのバイクとジジイ。

問題としては、帰還が可能かどうか、それに尽きる。

帰還出来るなら特に問題ない。遊んで帰ろう。



「質問だ」

『了解:要求:質問の内容を入力して下さい』

「俺が元にいた世界に戻る方法は?」

『要求:「元にいた世界」の意味を入力して下さい』



え? …具体的に元にいた世界と考えると、なんと説明すればいいのか。

むぅ、正直どこが違うとかどこが合ってるとか口での説明は不可能な気がする。



「質問変更。そのワープ機能って並行世界とか行ける?」

『了解:要求:「並行世界」の明確な範囲を指定して下さい』

「いや、ぁ~…? んん~? 例えば今この時と同じ時代だけど、このデュエルアカデミアみたいな学校が無い世界に、

 今の俺のままで行く事出来る?」



数秒沈黙。



『特殊回答:ホープ・トゥ・エントラスト搭載の〈System Advent "X" Duelist〉は、

 時間軸の移動、別次元世界への移動、時空・次元を越えたデュエルエネルギーのサーチが可能。

 時間軸及び次元の位相が観測できる範囲であれば可能』



ここは俺からすれば2次元の世界なわけだが、つまり3次元から2次元に来たって事になるのか。

っていうかここが元いた世界から見て2次元だとすれば、こちらから3次元を観測できず、戻れないと?

いや待てれれれ冷静になれ。十代だって雨上がり決死隊を召喚する事が出来たんだ。

どうにかして3次元を観測する方法はある筈だ。



ハッ!? つまり俺は3次元の人間たちから観測されていると言うのか!?

貴様! 見ているなッ!



え? さっき読者がどうのだのクアンタムがどうのだのメタってたのはどこのどいつだって?

さあ、俺のログには何もないな。

上にスクロールさせるなよ。絶対にさせるなよ。

ともかく。シリアスにならん奴だな、俺は。



超融合ならどうよ?

もうあれなら余裕で12次元くらいまで干渉出来ちゃうっしょ。どうよ。



「よし、カード検索だ。超融合だして」

『了解:検索:『超融合』:検索終了:結果・該当0件:関連カードを再検索しますか?』



ぶ、それはない。持ってた筈だ。…嫌な予感しかしなくなってきた。



「嫌な予感で背筋がゾクゾクするねぇ。さあ、検索を始めよう。

 検索ワードは『E・HEROエレメンタルヒーロー ネオス』…あと『氷結界の龍 トリシューラ』も」

『了解:検索:『E・HEROエレメンタルヒーロー ネオス』・『氷結界の龍 トリシューラ』

 検索終了:結果・該当1件。『E・HEROエレメンタル・ヒーロー ネオス』がヒット』



……ネオスはあるのか。なら、その時代にありえないカードが消える。ってわけではないと。

で、だ。



……確実に俺のせいだよね? 宇宙からトリシューラ降ってきたの確実に俺のせいだよね?

マジですかしら。いやいや、盗み出したどうの以前に根本的に俺の責任じゃねぇか。

うっわぁ…つーことは、



「再検索、『氷結界』のシンクロモンスターで」

『了解:検索:『氷結界』と名のつくシンクロモンスター:検索終了:結果・該当1件。『氷結界の虎王 ドゥローレン』』



虎さんはぶられてる…あと制限解除おめ。

くそう、トラメダルさんといい何故世界はここまで虎に辛くあたるのだ。

一体虎が何をしたと……

ナチュルガオドレイク! ドゥローレン! スピードジャガー!

ガオ! ガオ! ガァアオ! 百獣戦隊ガオレンジャァアアアッ!

歌は気にするな!



ってちげぇよ。10年と30分くらいずれてるわ。

つーかスピードジャガーOCG化してねぇし。

俺の天使、スピードウォリアーさんと似た名前のスピードジャガーさんの活躍が見たい人!

遊☆戯☆王R 全5巻好評発売中だ!



ボケてないでどうにかする手段を考えないとな。

ううん。まあ行動に方向性を付けるとすれば、

1.俺がするべきは元の世界への帰還。

2.その為に必要なものは(恐らく)超融合辺りの、(この世界では)リアルで危険なカード。

3.俺が原因の一端と思われるトリシューラ等の回収も行うべき。と言うか捨てて帰る気はない。



まあいうまでもなく最初にやらなきゃいけないのはカードの回収。

と言う事は、あのイケメンヒロイン(仮)と協力するのが一番いいだろうな。

ちょっくら追いかけて話しようか。



Dホイールを起動する。モーメントエンジンは一気に最大稼働。

もしもの時のため、デッキも準備しておく。

折角なのでHEROデッキだ。



『警告:デッキレシピに指定されたカードを所持していません。

 不足カード:『ハネクリボー』」



あれ、ネオスはあるのにハネクリボーはないのか。

本当にランダムで無くなってるっぽいな。

あとで中のカード確認しておこう。

とりあえず今回は代わりに翅無しいれとくか。



「って、あ。俺スタンディングのためのデュエルディスク持ってないや。

 このバイクの中に入ってたりしないか?」

『回答:一般に使用されている腕部装着型デュエルディスクはありません。

 特殊回答:ホープ・トゥ・エントラストではスタンディングデュエルを行う際、モードチェンジを行います』



……あれ、嫌な予感。

いやいやまあそれはあれだ、考えすぎなのだろう。気にしなくても問題ないさ。

じゃあ行きましょう。大丈夫、合体なんかしないし、出来ない…筈!

念のためにサイキックアーマーヘッドとは合体しておく。

つまりヘルメットをかぶっておく。

かぶるとやっぱり、お前たちに名乗る名はない現象が発生する。



アクセルを開放する。

ビルに突っ込んでもビクともしないボディのDホイールは、今もまるで新品のようだ。

レッド寮の裏手の崖っぷちから躍り出た車体は、ありえないくらいタイヤの角度をぐるぐる回す。

半ばベイブレードの動きで飛び出す俺。



その目の前、丁度レッド寮の目の前へと飛び出したバイクの目の前。

そこにはなんと、この寮の生徒がいた。

またこのパターンである。ワンパターンすぎる。



手にしているのは恐らく寮の部屋番号でも書かれた合格通知の類だろう。

つまりは、入学式を終えて初めて寮に来た生徒だ。

どこかの蟹型もとい髪型みたいな奇抜なんて事はなく、髪型は丸みのある、普通の髪型。

しいて例えるならばクラゲ。ドククラゲ。

ちなみにポケモンはカーバンクル・ペガサス・タートルまでしかやっていないので今のは分からない。

どちらかと言うとデジモン派だからである。



この文を書いている時に丁度D-Artsオメガモンが発売された。勿論買った。

オメガモンマジカッケェ。いや、カッコEー!

え? 異世界に迷っているのに何の話だって? ただの電波である。



曲芸機動で現れた俺をポカンとした目で見つめる、二対の視線。

先程の遊戯王的に突っ込み辛い髪型をしたクラゲ、遊城十代。

そしてその眼鏡に意味があるのかどうかと問いたい感じの、背の低い少年、丸藤翔。



まあ、予定は狂うが。

ここで十代と闘ってからでもいいか。そもそも別に今日でなくてもいいしな。

イケメンヒロイン(仮)に会いに行くの。

ある程度解決策に繋がる道があれば、そこはもう余裕を持って行動するべきである。

最悪、超融合はこの世界であと2年待てばね。十代に貸してもらえるかもしれないしね。

そのためにはここで十代と友好関係を築いておかねば。



「さあ新入生くん! レッド寮の掟デュエルだ!」

「おぉっ! そんなのがあるのか! 翔、ちょっとオレの荷物持っててくれ」

「えっ、ちょっ、十代くん!? あんな見るからに怪しい人とデュエルするの?」



俺も翔の意見に賛成である。なんだこの十代、ワクワクさんすぎるわ。



「あったりまえだろ。せっかくデュエルを挑まれたんだ、受けなきゃ損じゃないか」



荷物の中から今日配布されただろうアカデミアディスクを取り出し、腕に装着する十代。

腰のデッキホルダーからカードを引き抜き、ディスクのホルダーにかませる。



「ところで先輩、デュエルディスクしてないけど?」

「うむ、とりあえず俺は先輩ではない。お前たちと同じ新入生だ」

「えぇ!? じゃあレッド寮の掟デュエルって……?」

「今考えた」



肩を落とす翔。反対に、何故かテンションの上がる十代。



「そんなにデュエルしたかったのか! やっぱりここはデュエル好きな奴が集まるんだな…

 くー! 面白いぜデュエルアカデミア! お前の挑戦、オレはいつでも受けるぜ!」

「フフフ…」



デッキをホイールのホルダーにセットし、スタンディングデュエルをセットアップ。

すると、



『スタンディングデュエル:セットアップ』



Dホイールの後部が中央からタイヤごと二つに分かれる。

俺が乗る運転席の左右を塞ぐガードのようにそれがスライドし、同時に前輪が横向きに倒れた。

二つに分かれた後輪も倒れ、三つとなったホイールが回転を始める。

そうなった直後、Dホイールだった筈のものが、浮 き は じ め た。

三つの車輪の回転を浮力に空中を浮遊する俺たち。

能力といいこれはパラドックスのアレか。



これスタンディングやない、フライングや。



「すっげー! 飛んだ! なぁなぁそれ後でオレも乗らせてくれよ!」

「じゅ、十代くん…そういう問題じゃ…」

「フフフ…これぞデュエルディスクの究極形態だ!」



デデーン。



「さあ、やろうぜ! デュエルだ!」

「ああ、行くぞ!」



「「デュエル!!」」



互いのプレイヤーはカードを5枚ドローし、デュエルディスクに先攻の選択預ける。

先攻の権利を会得したのは。



「俺の先攻、カードドロー!」



うむ、実に怖い。

カードを思いっきり引き抜くと足場がぐらついた。

なにここ超揺れるんですけど。マジでヤバいって。スゲー怖いんだって。



「フ、フフフ…E・HEROエレメンタルヒーロー エアーマンを召喚!」



青い肌の上に青い鎧を纏う戦士。

顔は兜に付けられた顔面を覆うバイザーに隠れて見えないが、その屈強な肉体は鎧の上からでも見て取れた。

その最大の特徴と言えば、鎧の背中に付いた一対の翼である。

機械的な翼には両翼の中央にプロペラが存在している。見て取れる属性は風。

あらゆるエレメントを持つに戦士たちによって構成されるシリーズ、E・HEROエレメンタルヒーローの一人。



E・HEROエレメンタルヒーロー…! あんたもHERO使いなのか!」

「フフフ…それは俺の顔の一つにすぎない。俺はあらゆるデッキを使いこなすデュエリスト! 宇宙デュエリストX!」

「すげー!」



なん…だと…! 突っ込み待ちの俺のボケをスルーした、だと…!

翔、丸藤翔! お前だけが俺の希望だ、突っ込み来い、カムオン!

カムオンって何だか時械神みたいだね。



「変な名前だなぁ」



感想なんか訊いてない。突っ込めと言うのに。

俺は自分のボケを自分で回収しなくちゃいけないと言うのか。これがメダロットのネタだと言う事も…

ブラックビートルは俺の嫁。色々な意味で時代を先駆けたコクエンには尊敬の念を送らざるを得ない。

関係無い話多すぎる。っていうか突っ込みが欲しい。



E・HEROエレメンタルヒーロー エアーマンの効果発動!

 こいつが召喚に成功した時、デッキからHEROと名のつくモンスター一体を手札に加える事が出来る」



またはエアーマン以外にフィールドに存在するHEROと名のつくモンスターの数だけ、

魔法、罠ゾーンのカードを破壊出来る。

だが今俺の場にはエアーマンのみで、魔法、罠ゾーンにカードは存在しない。ので、意味がない。



「俺はデッキから、E・HEROエレメンタルヒーロー フラッシュを手札に加える」

「おお、また見た事ないHEROだ! なあなあ、このデュエル終わったらよく見せてくれよ!」

「お前が勝ったらな」



デッキがオートでサーチし、俺がそれを引き抜くと勝手にシャッフルされる。

それを見た十代は、更に追撃をかけてくる。



「おおおおお! デッキが自動でシャッフルされるのか! それいいなー」



お前、俺今飛行してるんだが。何で手元が見えるんだ。

デュエリストの視力はマサイ族並みなのか?

むしろデュエリスト族と呼ぶべき新人類と化しているのか。



伏せリバースカードを2枚セットし、ターンエンド」

「よっし、オレのターン! ドロー!」



手札を6枚、全て指差すようにして確認した後、十代は笑った。



「融合発動! 手札にある二体のE・HEROエレメンタルヒーロー

 バーストレディとクレイマンを融合する事で、新たなるHEROを召喚する!」



十代の目の前の空間が歪み、融合の効果が発動される。

その歪みの左右にそれぞれ、モンスターが現れたのだ。



一本の角が反り立つ黄金の冠を被り、黒い長髪を背後に広げる女性。

その胸元が際立つ細く女性的な肢体には赤い紋様が描かれている。そこから読み取れる属性は、炎。



球状の胴体に赤い頭部を乗せ、土偶を連想させる無表情を描かれた土塊。

太く、力強い四肢は全て粘土で作られているような身体を見るに、属性は地。



二体の戦士は同時に、空間の歪みに身を投じ、溶け合っていく。



「来い、E・HEROエレメンタルヒーロー ランパートガンナー!」



捩じれた空間が打ち砕かれる。

混ざり合った身体は面影を微かに残しつつも、全く別のそれへと造り変えている。



粘土どころか鋼鉄の装甲に包まれた肉体。

左腕には赤い装甲の盾が装備され、右腕は多連装ロケットランチャーとなっていた。

外から見る限り、唯一女性の面影が見えるのは、頭部。

黄色いヘルメットと赤いバイザーに隠されてはいるが、口許が僅かに露出している。



重装の兵器は重々しい音を立て、大地へと足を下ろす。

それを見届けた十代は、何の迷いもなくそのしもべへと指令を出す。



「バトルだ! ランパートガンナーで、エアーマンを攻撃。ランパート・ショットォッ!」



重々の身を繰っているとは思えない素早さで突き出された右腕が、炎を噴き出した。

十数と放たれた小型のミサイルは、空中にいる俺の隣で待機しているエアーマンを目掛け、加速してきた。

ランパートガンナーの攻撃力は2000。そして、エアーマンはそれを下回る1800。



エアーマンが身構え、翼のプロペラを回転させる。

発生するトルネードはエアーマンを包み込む風の障壁となり、ミサイルを防ぐ防壁と化した。

風に衝突し、爆散するミサイルたちはしかし無意味などで無く、その爆風のみでエアーマンを破壊に導く。

爆炎と衝撃は障壁を突破し、高速で回転を続けるプロペラを侵す。

メキメキとひしゃげ、折れ、砕けるプロペラ。



それは同時に飛行能力を失う事を意味し、地上へと引き寄せる重力に逆らう手段を失った事を意味する。

浮力を失った身体は真っ逆さま、地面に落ちていく。

だがしかし、風の戦士がその足を地に付ける事はなかった。



落下先に待ち構える重戦士は重火器である筈の右腕を振り上げる。

頭から落ちるエアーマンにそれを躱す方法などなかった。

超重の鈍器に殴打された身体は、ガラスの如く砕け散り、消滅した。



俺のライフカウンターが4000から3800まで削られる。



トラップ発動、ヒーロー・シグナル!」



だが同時に、それが俺の狙いを満たす。

最強の戦士を呼び出すための布陣。



「自分フィールドのモンスターが戦闘によって破壊された時、」

「手札かデッキからレベル4以下のE・HEROエレメンタルヒーローを呼べる、だろ。

 知ってるって。次はどんなHEROが出てくんのか楽しみになってきたぜ」

「フフフ…その余裕がどこまで持つかな?」



何せ、そいつはあらゆるHEROの中で最強と噂される融合モンスター。

そう簡単に攻略は出来ないのは、分かり切っている話だ。



E・HEROエレメンタルヒーロー オーシャンを守備表示で特殊召喚!」



海色の肌を持つ、その名の通り海の化身である戦士。言うまでもなく、その属性は水。

魚類の背ビレを彷彿とさせる角を頭部に生やし、海の中でもその存在を誇示する真紅の瞳を輝かせる。

手にした白い杖を奮い、俺の目前で片膝立ち、腕を交差させた姿勢で身体から透明感を失った青に変えた。



「あ、青くなった」

「ホントだ、何でだろう?」

「お、俺のフライングデュエルディスクには守備表示モンスターをより分かり易くする、

 バーチャルシミュレーションシィス↓テェム↑を実装しているのさ」

「へー」



そういや5D’sからだもんな。あの青くなるの。

ついでに戦闘が派手になったのもゴッズからだよな。

そしてその派手な戦闘シーンの皮切りとなったのは俺らの英雄スピード・ウォリアーさんだよな。

マジパネェっす。



「オレはカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」



既に呼び込まれた水の力と、それを宿すためのHEROの名を冠する戦士。

後は1枚、その力を呼び起こすためのキーカードを呼び込めばいい。



「オーシャンの効果を発動!

 自分のスタンバイフェイズ、フィールド、または墓地のHEROと名のつくモンスターを手札に加える。

 俺が選択するのは当然、エアーマンだ」



と言うかそれしかいない。オーシャンを手札に戻す事も出来るが。



「そして、E・HEROエレメンタルヒーロー クノスペを召喚」



四つの蕾と葉で身体が出来ているHERO。

頭部にあたる蕾は微かに花を開く予兆を見せており、可愛らしくも強さを秘めた眼をしている。

両腕の蕾は固く閉じており、それで相手を殴ればそれなりのダメージを与える事が出来るだろう。



「おー、あんなHEROもいるんだな」

「クノスペは場に他のE・HEROエレメンタルヒーローがいる場合、攻撃対象に選択できない。

 そして、クノスペ自身は相手にダイレクトアタックする事ができる」



クノスペがふんふんと蕾の両手でシャドーボクシングする。



「クノスペで十代へダイレクトアタック!」



葉っぱの足でひらひらさせながら、十代目掛けて飛びかかる。

しかしその瞬間、ランパートガンナーが十代の前に立ちはだかった。

だが、そこでクノスペの力が発動する。



俺の目の前で防御態勢を取っていたオーシャンが、ランパートガンナーに向かって行く。

シールドを掲げていたガンナーに組みつき、クノスペの道を切り拓いた。



「げっ、あだっ!」



硬い蕾は鈍器として丁度よかったらしく、十代は頭を殴打される。

別にソリッドビジョンは痛くないが、これはふいんき(何故か変換できない)の問題だろう。



クノスペの攻撃力は600。ダイレクトアタックを受けた十代のライフは3400。

更に、ここでクノスペの効果が発揮される



「クノスペは相手に戦闘ダメージを与えた時、守備力を100下げて攻撃力に加算する効果を持っている」



クノスペの元々のステータスは攻撃力600、守備力1000。

よって、今のクノスペの攻撃力と守備力は700・900と言う事になる。



「ターンエンド」

「おう! オレのターン、ドロー!」



ドローしたカードを見た十代は微かに笑い、そのカードをディスクに置いた。



E・HEROエレメンタルヒーロー スパークマンを召喚!」



電撃が十代の足元から立ち上る。

青い身体を黄金のボディアーマーで包み、ブルーのマスクで頭部を全て覆い隠す戦士。

それが両の拳を目の前で打ち合わせると、周りに飛び散る電撃が腕のリングに嵌められた宝玉に集う。

雷光を自在に繰る光の戦士。



「バトルだ! スパークマンで、オーシャンを攻撃!」



アーマーの背中に伸びる二枚のブレードの間に雷電が奔り、背中肩当てに嵌められた宝玉へ。

手首のリングの宝玉でそれを再び放出し、掌で押し止める。



「スパァアアアク、フラァアアアッシュ!!」



解放された光が矢となり、オーシャンを目掛け殺到する。

幾条もの閃光の刃の威力はスパークマンの攻撃力に準拠し、1600。

守備力1200しか持たないオーシャンがそれに焼かれれば、あっという間に焼き魚と化すだろう。



トラップ発動! 攻撃の無力化!」



オーシャンの目前。空間の捩じれが生じ、裂けていく。

先の融合召喚とは違い、その歪みはモンスターを融合する特殊な空間などでなく、それは虚無へと繋がる孔。

あらゆる攻撃を呑み込み、次元の彼方へと捨て去る冥界の秘奥義。



いや、知らないけど。マハードが冥界の時空とかいう技を使ってたので、それっぽくなくもない。

どっちかと言うとあれは筒だが。



「相手モンスターの攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる」

「ちぇー、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」



きた…きた…ザワ…ザワ…

俺のデッキ。いや、あらゆるHEROの中でも圧倒的なまでの破壊力を持つ戦士。

最強の名に相応しい絶対零度の冷気。



「俺は手札から魔法マジックカード、融合を発動!」

「融合HEROか! やっぱ融合モンスターもオレが見た事ない奴かぁ?」



十代は相変わらずワクワクさんだが、それもいつまで続く事か。

例え十代の力をもってしても、こいつが如何に倒し難いモンスターなのかは言うまでもない。

それほどにこいつは、強い。強すぎると言ってもいい。



単体の火力は最上級モンスターの平均値。

そこだけ見れば、最強などと言ってもやや頼りなく見える。

だが、真価はその効果にある。



「フィールドの水属性モンスター。オーシャンと、HEROと名の付くモンスター、クノスペを融合!」

「水属性と、HERO?」

「そう! これこそがE・HEROエレメンタルヒーローの特性である属性の豊富さから生まれる力。

 エレメンタルフュージョンパワー・メイクアップ!!」



なんのこっちゃ。そんなシステムは存在しない。セーラームーンプラシドかよ。

ただ言ってみたかっただけである。



「エレメンタル…フュージョンパワー…!」



何故一番重要なメイク☆アップを抜かしたし。俺だけ恥ずかしいだろ。

くそ、セッタップにしておけばよかった。



言ってる間に、フィールドに出揃っている二体のHEROが空間の歪みに巻き込まれていく。

ランパートガンナーのそれとは違う融合。

そこには元となるモンスターたちの面影は微塵と残らず、ただ特性のみを抽出した存在と化す。



その姿は、純白。

間接には藍色が覗くものの、全身純白の鎧である戦士。

最強と称し続けてきたが、その細身の立ち居姿には力強さはなく、ただ美しさが先に立つ。



全身の白はまるで鏡のように、周囲を映し出すほどに輝く。

鋭角に尖る肩を揺らし、そのマスクの奥から鎧と同じ白く輝く瞳を開いた。

ふわりと白いマントを靡かせて降臨した戦士は、微かに腰を落として構える。



「これが俺のデッキ、最強を誇るHERO。

 E・HEROエレメンタルヒーロー アブソルートZero!!」

「すっげぇ…すげーよ! これがあんたのHEROか!」



目をキラキラさせて食い入るようにZeroの姿を見つめる十代。

それも仕方あるまい。俺も思った以上にカッコよくて、軽くビビってた。



汚れの一つもないその身体は、まるで氷の彫像。

侵す事が許されない美がそこにあった。

そのZeroは俺に一瞥をくれると、十代に対して向き直った。

―――声が、聞こえた気がした。



このデッキも、遊星とデュエルしたデッキと同じく俺と何度もデュエルを経験したカードたち。

そいつらと一緒に戦うのだ。今度こそ、負けられない闘いである。



「行くぞ、Zero! ランパートガンナーに攻撃!」



マントが風に巻かれ、Zeroは弾丸の如くランパートガンナーの許へと弾け飛んだ。

一瞬で間合いをクロスまで持って行かれたランパートは反応すら出来ず、その攻撃を許す。

最大の速度でZeroへと照準されようとした右腕のランチャーはいつの間にか氷結し、足許すら地面に氷で縫われている。



冷気でふわりとマントが浮く。

圧倒的な一撃。他のHEROすら寄せ付けぬ戦闘力。

しかしこれは、アブソルートZeroの力の一端に過ぎないのだ。



ランパートガンナーの身体が完全に氷に覆われ、氷像と化す。

それに止めを刺すため、Zeroは一度拳を振り被ると、一気に振り切った。



トラップ発動! ドレインシールド!」



拳が氷像に届く直前、透き通るエメラルドグリーンの壁がそれを阻んだ。

必殺の一撃の威力、全てを殺して、それは光の宝玉となった。

宝玉は十代の元まで飛び去り、その胸へと溶け込んでいく。



反して、阻まれたZeroは弾き返され、俺の横まで戻ってきていた。

凍結していたランパートガンナーも、その間に氷を砕き、自由を取り戻している。



「相手モンスターの攻撃を無効にし、その攻撃力分のライフを回復する!」



Zeroの攻撃力は2500。最上級モンスターの基準値である。

その攻撃力分がまるまるライフに加算された十代のライフカウンターは、5900まで跳ね上がった。



「あー、あっぶなかったー」



胸を撫で下ろす十代。

流石にそう簡単に攻め切らせてはくれないが、まあいいだろう。



伏せリバースカードを一枚セットし、ターンエンド」

「オレのターン!」



引いたカードを確認。

なんだかスピードカウンターのピッという音がないと寂しくなるな。



魔法マジックカード、融合回収フュージョン・リカバリー

 自分の墓地にある、融合召喚に使用したモンスター一体と、融合の魔法マジックを手札に加える!」



ディスクのセメタリーから二枚のカードが吐き出される。

それを取ると、十代は俺に見せながら宣言した。



「オレはバーストレディを選択し、手札に加える」



それを合わせても十代の手札は4枚。

融合召喚はそれに使用するカードが多く、手札アドバンテージを確保するのが難しい。

今の十代が持つ融合方法は恐らく融合とフュージョン・ゲートくらいなものだろうから、なおさらだ。



「ランパートガンナーとスパークマンを守備表示に変更し、カードを一枚セット!

 ターンエンド」



ランパートガンナーは左腕のシールドを前に構え、スパークマンは両腕を身体の前で交差させる。



「俺のターン、ドロー。俺は再び、エアーマンを召喚!」



オーシャンの効果により、墓地より手札に舞い戻ったエアーマンが現れる。



「そして、エアーマンの二つ目の効果を発動!

 自身以外に自分フィールドに存在するHEROの数だけ、魔法マジックトラップゾーンのカードを破壊する。

 俺の場にはアブソルートZeroのみ。よって一枚、今セットしたカードを破壊!」



翼のプロペラが回転を増す。

Zeroがエアーマンに手を向けると、その回転がより加速していく。



「させるかぁ! 伏せていたカードは速攻魔法、クリボーを呼ぶ笛!

 壊される前に効果を発動だ、自分のデッキからハネクリボーを手札に加える!」



十代がデッキをホルダーから取り外し、ハネクリボーを選び取る。

その瞬間、エアーマンの翼から竜巻が放たれ、役目を果たした笛を粉砕する。

デッキをシャッフルして再びホルダーに嵌めこむの待つ。



「なるほど、エアーマンが手札に加わるのを見ていた以上、対策は怠らないか」

「え? いや、オレは今の効果の事は知らなかったけど?」



おい、テキスト読めよ。墓地は公開情報だぞ。

いや、俺も雰囲気ふんいき(何故か変換できる)読んで確認しないけどな。

それにしても恐ろしきは天性のデュエルセンスか。



「いやー、今のってつまりさ、エアーマンはライトジャスティスとエマージェンシーコールの力持ってるって事だろ?

 凄いHEROだな、オレも欲しいぜ」



いや全く。こいつ何なの? と言うくらいアドの塊だからな。



ランパートガンナーの守備力はZeroの攻撃力と並ぶ2500。

このままでは破壊する事が出来ない。

戦闘以外の方法で破壊する手段もあるが…



「俺は手札より装備魔法、シンクロ・ヒーローを発動!」



星が一つ、俺の目前に現れる。

その星はZeroの身体の中に溶け込み、レベルを一つ、押し上げる。



「シンクロ・ヒーローは装備したモンスターのレベルを一つ、攻撃力を500アップさせる。

 これでZeroの攻撃力は3000となる」

「へー、変わったカードだな。レベルを変えるなんて」



夜行さんディスられてます。レベルトリックなんてこの時代あんま意味無いもんね。

バルバロスだって別にレベルを変更するわけじゃないしな。



「Zero! ランパートガンナーを破壊しろ!」



Zeroが両手を広げ、腰を落とす。

冷気の白煙がその姿を隠す中、煙の中で強く輝く白光が際立った。

白い閃光が奔り抜ける。



「っ!」



十代が息を呑む。

盾を構えていたランパートガンナーの背後に、その純白の姿を見たのだ。



瞬間凍結Freezing at moment



俺が技の名を告げると同時、ランパートガンナーの身体が砕けた。

鋼鉄とは言え絶対零度の冷気の前では、何の意味も持たない。

まるでシャーベットのように崩れていくそれを見届けたZeroは、十代を一瞥して俺の前に戻る。



かっこええのう。



「更にエアーマンでスパークマンを攻撃!」



プロペラが回転し、暴風を巻き起こす。

スパークマンの守備力は1400。その防御力ではその竜巻を防ぎきる事は出来ない。

大地ごとスパークマンの身体を抉り取る威力は、遺憾なく発揮され、光の戦士を引き裂いた。



「くっ!」

「これでターンエンド! さあ、ここからどうする!」

「へへっ! 勿論、逆転してみせるさ! ドロー!!」



十代の顔に恐れも諦めもなく、際限なく闘気を高めていく。

そうだ、それでこそ俺のデッキの力が輝く。

このデュエルで、今度こそ俺はこいつらの声に応えてみせる。



「オレはハネクリボーを守備表示で召喚! カードを2枚伏せて、ターンエンド!!」

<クリクリ~!>



ブラウンの体毛に覆われたボールのような生物。

緑色の短い手足で必死に顔を隠すように身を守っている。

その背中には小さい、一対の白い羽が生えている。

それこそが名の由縁だろう。



「俺のターン! E・HEROエレメンタルヒーロー フォレストマンを守備表示で召喚!」



葉緑色の肉体の右半身は樹木に侵食され、半ば樹と一体化している。

大樹の力を授かった大地のHEROは、大木の幹のような太い腕を前に出すと、守りの体勢に入る。

その色は緑色から青へ。



「新しいHERO…今度はどんな力を持ってるんだ?」

「Zero! ハネクリボーを破壊しろ!」



Zeroが掌をハネクリボーに向ける。

冷気が相手に向き流れ、ハネクリボーの身体が徐々に凍りついていく。



<くり~!?>



パリン、と鏡が割れるように砕ける氷。

ハネクリボーの守備力は200。当然の如くそれを防ぐ事は叶わず、砕けて散った。



「悪い、相棒…! ハネクリボーのモンスター効果!

 このカードが破壊され、墓地に送られた時、そのターンの戦闘ダメージを全て0にする!」



ハネクリボーが散り際に残した一枚の羽が、十代の足許に落ちる。

それは光を放ち、周囲に虹色の壁を作り出した。

戦闘によって発生する全てのダメージを無効にする壁、それこそがハネクリボーの特殊効果。



「これ以上の追撃に意味はないな。ターンエンドだ」



戦闘できるモンスターはいるが、ダメージを発生させられなくては意味がない。



「オレのターン! よし、魔法マジックカード、強欲な壺を発動!」



壺ktkr。

最強最高のドローカード。恐らく、デュエルモンスターズ史上ここまで強いカードはこれ以外にない。

そう言っても過言ではないほどに強力なカードである。

たかが2枚のカードをドローするだけ、などと言えたものか。



1枚のカードで行う事のできる無条件ノーコストによる2枚のカードドロー。

それがどれほどのアドバンテージを持ち込むかは、言うまでもない。



「へへ、更に魔法マジックカード、オー―オーバーソウル!

 自分の墓地に存在するE・HEROエレメンタルヒーローと名の付く通常モンスターを特殊召喚する!

 オレはスパークマンを選択する。来い、スパークマン!!」



先程とは違い、十代の足許に黒い孔が開く。

冥界へと続くその孔から白い光が僅かにパリパリと鳴り、一気に噴き上がった。

雷光と共に魂を現世に呼び戻したのは、光のヒーロー・スパークマン。



「まだまだぁ! 装備魔法、ライトイレイザーをスパークマンに装備!

 ライトイレイザーは光属性、戦士族のモンスターに装備できる専用武器だ」



スパークマンが前に突き出した拳に、銀色のナックルダスターが装着される。

中央に埋め込まれた赤い宝玉が、スパークマンの放つ光のエナジーを使用して光の刃を形成する。



「ライトイレイザー…戦闘を行った相手モンスターを除外する光の剣」

「そう、これで他のモンスターもスパークマンを易々と攻撃できなくなった。

 スパークマンで、守備表示のフォレストマンを攻撃! フォレストマンを除外しろ!」



光が閃く。一度大きく振り上げた剣を後ろに流す。

正しく電光石火の様。武器を構えた瞬間には、スパークマンの身体はフォレストマンの許まで迫っていた。

フォレストマンの守備力はスパークマンの攻撃力を上回るが、しかしその手に持たれた光剣には意味を為さない。



だが、それは届かせない。

この瞬間に、それは漸く解放される。



「その眼に刻み込め、最強のHEROが持つ絶対の奥義を!」

「え?」

「アブソルートZeroに秘められし能力を解放しろ、魔法マジック発動、融合解除!!」



融合解除はその名の通り、融合モンスターをエクストラデッキに戻し、その素材を再召喚させるカード。

その効果を受けたZeroは、白く輝く瞳の光を消し、力を無くし糸が切れた人形のようにくずおれた。



それを見た十代は不思議そうに首を捻る。



「…何で融合解除なんだ? それじゃあZeroが帰っちゃうじゃん」

「フフフ…それは、今に分かる」



Zeroの身体が完全な氷像と化してしまう。

氷の戦士がそこに残すのは最後の輝き。フィールド全てを0にする、凍てつく波動。



パキン、と。

Zeroの氷像にヒビが入った。その瞬間、氷の割れ目から冷気の嵐が噴き出す。

さながら、雪崩の如く。



敵陣全てを呑み込むそれは、フォレストマンの目前まで迫っていたスパークマンをも押し返す。

雪崩という表現ですら生温い、最早氷山がそのまま天から落下する勢いで。

スパークマンを呑み込んだそれは俺と十代の間に叩き落ちて、積み重ねられていく。



「な、なんだぁ!?」

「アブソルートZeroの効果発動!

 このカードがフィールドを離れた時、相手フィールドのモンスター全てを破壊する!!」



積層される氷の山はやがて、天を衝く大地から伸びる氷柱と化した。

相手のモンスターを全て蹂躙し、巻き込む氷の墓標。

それはざらざらと崩れていき、ほんの数秒で霧散した。

そこにスパークマンの姿はない。



「スパークマンが一瞬で…すげぇパワーだ」

「これが最強のHEROの力だ。更に俺は、融合解除の効果でオーシャンとクノスペを守備表示で召喚」



蕾の戦士と、海の戦士が帰還する。



「もうひとつ、いい事を教えてやる。

 フォレストマンには、スタンバイフェイズに墓地の融合を回収する効果がある」

「なるほど、つまりフォレストマンとオーシャンはセットで大活躍ってわけか」



十代は微かに焦燥の混じった声で納得した。

だがそれを聞いていた翔は理解が一拍遅れて来たのか、その驚愕を声に出しきれず息を詰まらせる。



「それってつまり…」

「次のターン、俺の場には再びZeroが降臨する。

 そして手を尽くしてZeroを倒したとしても、Zeroの効果は十代のフィールドに0地点までの強制リセットをかける…

 更に俺の場にオーシャンとフォレストマンがいれば、融合素材も、融合も、無限に回収が可能だ」

「そんな! それじゃあ十代くんに勝ち目なんて…」



翔が声を荒げる。だが、その声を聞いて逆に落ち着いたかのような十代は、俺に問う。



「なあ、お前のデッキにZeroは何枚入ってるんだ?」

「フフフ…一枚だ、今融合解除で帰還したもののみ。

 そして融合召喚以外で召喚する事は出来ないと言う、HEROの制約を破る能力も持っていない」

「へへへ、つまりそいつを倒せば道は切り開けるわけだ。なら、そいつをぶっ倒してオレが勝つ!」



闘志がより増した。Dホイールのモニターに、高密度のデュエルエネルギー感知という表示が出た。

だが、そんな事はどうでもいい。どれだけ熱量を増した闘気であろうと、それは絶対零度の前では全てを無くす。



「バーストレディを召喚!」



赤い紋様がペイントされた肢体を、惜しげなく見せつける女性戦士。

炎の女傑が再びフィールドに降り立つ。

自分のデュエル中でなければついつい (*´д`*)<ハァハァ などとでも言ってしまっていたかもしれない。

シリアスに耐えきれなくなった時はとりあえずエロネタに走る。つまりはそういうことだ。

俺の事じゃない。書いてる奴(ry



先程の融合回収フュージョン・リカバリーで手札に加えたカード。

あとの手札は1枚。つまりあれは、融合か。



「更に手札の魔法マジックカード、天よりの宝札を発動!」

「なっ、あぁ!」



思わず声が出た。あらゆるドロー加速の頂点に立つ究極の1枚。

あまりの性能からOCG化の際は全く波乱万丈奇々怪々奇想天外吃驚仰天関係無い効果になってしまった。



「互いのプレイヤーは、手札が6枚になるようドローする。オレの手札は0枚、よって6枚ドロー」

「…俺は3枚、3枚のカードをドロー」



互いにデッキから同時に必要枚数を引き抜く。

これだけで一気に3枚分。勿体ない、あと1枚2枚伏せておけばよかった。

後悔ばかりしていられない。これで十代の手は充足した。



一気呵成の攻めが展開されたとして、何もおかしくはない。

このターンのバトルフェイズが終了していなければ、危なかっただろう。



「オレは伏せリバース魔法マジック、融合を発動!」



当然そうなる。天よりの宝札で最大限のドローを得るために、前のターンでブラフにしつつ仕掛けられていたのだ。

…こちらは本当のトラップだろうと踏み潰せるZeroがいたからこそ迷わず攻めた。

だがこれは…



いや、いいんだ。こちらはこちらの戦略を貫く。

十代が正面突破を仕掛けてこようと、搦め手で封じてこようと、それを真正面から食い破るポテンシャルを持っている。

だからこそ俺は常にZeroが最大の力を奮える戦場のメイキングに力を尽くせばいい。

そうすれば自ずと、こちらが勝つ―――!



「フィールドのバーストレディと、手札のフェザーマンを融合! 行くぜ、マイフェイバリットHERO!!」



新たに姿を現すのは、緑色の羽毛に身体を包み、同じもので作ったマスクを被った戦士。

背中には真っ白な翼を一対、背負っている。

エアーマンのもののような機械的なそれではなく、美しく風に靡く白翼。

左腕は腕を覆う手甲のように、鳥の脚をイメージするような爪が生えている。

足はそれどころか、正しく人間サイズの鳥の脚そのもの。



四肢を異形で構成された風のHERO。

そして先程に召喚されたバーストレディが、空間の歪みに取り込まれていく。



「来い、E・HEROエレメンタルヒーロー フレイム・ウイングマン!!」



歪みが焼き切られる。

次元の狭間から顔を出すのは、一頭の龍。

龍の顎が開かれる。ごう、と炎が周囲を舐めまわすように取り巻いた。

残り火を散らし、照らされながらその場所に姿を現したのは、龍…ではなかった。



右腕が丸々龍の頸と化しているのだ。

赤と黒のトサカを揺らしているのは、恐らくその部分の素材と化した女戦士の美髪の名残だろう。

右の肩から続いて、腰から赤い竜尾を垂らしている以外は、残りは緑色の肌。

左肩からは純白の翼が生えており、そこには片割れの名残が見える。

黒いマスクのような頭部で赤い瞳を輝かせ、そいつは降り立った。



「こいつがオレのエース、フレイム・ウイングマンだ!」

「たかがその程度の炎が絶対零度に届くかな?」

「へっ、やってみなきゃ分からないぜ。カードを3枚セットして、ターンエンド!」



3枚の伏せリバース。また、大盤振る舞いだな。

ならば、俺はその程度で臆しはしないという事を示すべきだ。

そうすることで相手は賭けには出辛くなる。手堅い手ならば、予測するのも、受け流すのも容易だ。



「俺のターン! スタンバイフェイズ、フォレストマンの効果で、墓地の融合を手札に加える!

 フフフ…再びその姿を現せ。フィールドのクノスペと、手札のアイスエッジを融合!」



その姿はまるで小さいZeroのようだった。

純白のZeroの鎧を模しているのだろう鎧を纏った小さな戦士。

その力は、小ささを活かした相手への直接攻撃。

そして、Zeroの足りない部分、伏せリバース対策を備えている。



だが今は、のんびりと相手のカードを潰していく労力は支払えない。

迷いと躊躇で僅か1ターンでも猶予を作れば、それは相手の希望となるのだ。

Zeroの進む道と、1ポイントのライフさえ残ればいい。

常に手札に活路を開く手段を残し、あとは全てをお前に託す。



「アブソルートZero!!」



足許から立ち上る氷河が爆ぜた。

マントを一度大きくはためかせて、腕を組んで十代を見据えるZero。

その視線を受け止めて、十代をむしろ歓喜に震えているようだった。



ちなみに今のは歓喜と寒気をかけたギャグだった。



「バトルだ! 侵食しろZero、相手のフィールドを!」

「この瞬間、トラップ発動、立ちはだかる強敵!」

「戦闘強要のトラップ。ならば狙いは、エアーマンか!」



Zeroが瞬きの内にフレイム・ウイングマンへと接近して、その掌を翳していた。

あらゆるものを一瞬で凍結させる瞬間凍結Freezing at momentは、その名の通り、一瞬の間に凍結させる筈で、

しかしそれは無効とされていた。



「更にトラップ、ヒーローバリア!!

 このカードの効果で、一度だけE・HEROエレメンタルヒーローを狙った攻撃を無効にする!」



Zeroとフレイム・ウイングマンの間に現れていた渦巻くエネルギーシールド。

それはいかなZeroと言えど破れず、その場は退くしかあり得ない状況とされた。



「っ、エアーマンでフレイム・ウイングマンを攻撃!」



十代のトラップ。立ちはだかる強敵

その効果で、攻撃表示のモンスターは十代の指定したモンスターに攻撃を仕掛けねばならない。

十代の場にはフレイム・ウイングマン以外のモンスターはいない。

よって、フレイム・ウイングマンに攻撃しなくてはならないのは、確定的に明らかなのだ。



だがしかし、みんなはエアーマンがフィールドに残っていた事を覚えていないのではなかろうか。

大分久しぶりに名前が出てきた気がするが。まるで三さおっと誰か来たようだ。

さておき。



「更に更に! トラップ発動、異次元トンネル-ミラーゲート-!!」

「な、に? だがそのカードは…!」

E・HEROエレメンタルヒーローが攻撃対象になった時に発動出来るカード。

 攻撃してきたモンスターと、攻撃対象となったHEROのコントロールをエンドフェイズまで入れ替え、その状態でダメージ計算だ!」



攻撃態勢になっていた俺のエアーマンと、迎撃態勢だった十代のフレイム・ウイングマンが入れ換わる。

俺の隣にはフレイム・ウイングマンがいて、十代の前にはエアーマンがいる。



エアーマンは翼のプロペラを最大稼働させ、巨大な竜巻として撃ち出した。

が、しかし。

フレイム・ウイングマンはその竜巻を左肩の翼で跳ね除けると、右腕の龍を突き出した。

火炎弾が吐き出され、それは空気の壁を易々と打ち破る。

力量差は明白。同じ風使いとしても、あるいはHEROとしても。

炎の塊はエアーマンに直撃し、一瞬で火達磨にしてみせた。



十代のライフが、フレイム・ウイングマンの攻撃力2100。エアーマンの攻撃力1800。

その差分、300ポイントのダメージを負う。十代LP5600。

だが、それでは終わらない。



「フレイム・ウイングマンの効果、相手モンスターを破壊した時、

 相手プレイヤーにそのモンスターの攻撃力分のダメージを与える。忘れてはいないだろう」

「あ、ああ…勿論」



火達磨と化したエアーマンが、十代の目前で炸裂した。



「ぐぅううぁああ!」



これで1800のダメージ。十代の残りライフは、3800。

何故こんな事をする。まるで自爆でしかない。



「だけど、これで次のターンに繋がった…! 最後の伏せリバースカードだ…!

 速攻魔法、融合解除を発動!! 対象は、アブソルートZero!」

「な、まさか…!」



Zeroの身体が氷像と化し、弾けた。

だが今、十代のフィールドにはモンスターがいない。

十代のモンスターは今は俺の場にいて、エンドフェイズに戻るフレイム・ウイングマンのみ。

一時的にコントロールを俺に移す事で、Zeroの効果を避ける…?



尋常な手段じゃない…!

普通だったらそういう手段もあると思える。

だが俺は、HEROデッキで、あいつに属性とHEROで融合している事も話した。

つまり、今のフレイム・ウイングマンは新たなHEROの恰好の餌だ。

自分の切り札を相手に預ける。相手を絶対的有利に導きかねない方法で…



「…融合解除した融合モンスターの素材をフィールドに戻す効果は、

 融合解除をプレイした側の墓地を参照し、融合素材一組が揃っている場合に発生する。

 アブソルートZeroの融合素材は当然、俺の墓地であり、お前の墓地にはない。

 よってZeroは融合デッキに戻るが、アイスエッジとクノスペが特殊召喚される事はない」

「ああ、後は次のターン、反撃するだけだ」



十代はそう言って笑う。



「…俺の手札に融合はない。だがもし、もしあったらどうするつもりだったんだ…

 俺の融合デッキには風属性を使った融合も、フォレストマンの地属性を使った融合もある。

 考えてなかったのか? そんな筈はないだろう。

 フレイム・ウイングマンを融合素材にされる可能性は高くはないが、低くもなかった」

「ああ、それも考えた。すげー悩んだけど、やっちまった」



ははは、と笑う。

そこまで来れば流石に俺も沸点だった。



「バカかお前はっ! 今のはミラーゲートでエアーマンを破壊して俺のライフを削り、

 次のターン、フレイム・ウイングマンでオーシャンを破壊すれば俺の残りライフは僅か200になった!

 そこまで削れればZeroがいても押し切れる可能性の方が高い!

 何故わざわざそんな…!」

「…だってさ、どっちの方が高い可能性かなんて考えないから。

 やっぱお前、何かデュエルが違うぜ。見てれば分かる。もっとやりたい事あるんだろ?

 色んなHEROと一緒に闘いたいんじゃないのか?

 勝率なんて捨ててかかってこいよ。そっちの方がオレも楽しくなるしさ」



…それは、そうだろうよ。出せるなら全部出して、全ての力を尽くしたい。

だが応えられる自信がない。応えきれるほどに強くない。

勝てなければ、意味がない。勝利と言う答えが用意できなければ、応えられない。



「つまんない事考えないでさ、めいっぱい楽しもうぜ!

 見てみろよ、お前のHEROたちを」



俺の場のモンスターはオーシャンとフォレストマン。

守備表示で待機している彼らを見つめ、一つ問うてみた。



「闘いたい、んだよな」

「オレたちだってそうだぜ」



未だ俺の場にいるフレイム・ウイングマンを見る。

その眼には“かかってこい”という意思が見えて…



一度、目を瞑り、深呼吸。

ごめん、と謝って眼を開く。



「闘おう」

「ああ、そうだ。来い!」



悔しいなぁ、最初っから完敗してたじゃないか。

泣きたくなるほど勝負になってないけど、泣きながらでも立ち向かおう。

一緒だから、絶対に諦めない。



「これからが、俺のターンだ!」



ここから、俺の、俺たちの全てを叩きこむ。



「俺はE・HEROエレメンタルヒーロー フラッシュを守備表示で召喚!」



青いボディスーツに、銀色のボディアーマー。

頭部を覆うマスクには雷マークが表されており、その全体像はスパークマンによく似ている。



「オーシャンを攻撃表示に変更!」



海色の戦士が防御姿勢を解き、その杖を構える。



「カードを2枚伏せて、ターンエンド!」

「オレのターン、ドロー!」



俺に合わせ、十代の表情もより締まっている。

互いに全力、死力尽くしてのデュエルになるかどうか。それは俺たち自身にかかっているのだ。



魔法マジックカード、戦士の生還!

 自分の墓地からの戦士族を手札に加える。オレはスパークマンを選択し、手札に加える。

 そして、再び召喚! 来い、スパークマン!」



再びの参上。だが、スパークマンの攻撃力では、

守備力2000のフォレストマン、1600のフラッシュは倒せない。

故に狙ってくるとすれば、オーシャンだ。



だが狙わせない。



「スパークマンでオーシャンを攻撃!」

「この瞬間、トラップ発動、スーパージュニア対決!

 相手モンスターの攻撃宣言時発動するトラップだ。

 その戦闘を無効にし、相手フィールドの攻撃力が最も低いモンスターと、

 自分フィールドの守備力が最も低いモンスターとで戦闘を行わせ、バトルフェイズを終了させる!」



十代のフィールドで最も攻撃力が低いのは、攻撃力1600のスパークマン。

そして、こちらの最も守備力の低いモンスターは、守備力1600のフラッシュ。



スパークマンの視線が自然とフラッシュに固定され、十代の指示を無視させる。

両手に溜めた雷光が、防御姿勢を取っているフラッシュに向けて解き放たれた。

閃光は集束し、光線となり相手を焼き払う。



だが受けるは同じく光のエレメントを持つ戦士。

それが簡単に焼き払える筈もなく、僅かな後退のみが勝ち得た戦果。

どちらも何も受けず、得ず、このバトルは終結する。



「ターンエンド…!」

「俺のターン! スタンバイフェイズにフォレストマンの効果を発動、融合を墓地より手札に!」



そう。今度こそ、ちゃんとした意味で俺は呼ぶ。

俺と共に闘う戦士を。

勝つ為だけではなくて、勝つ為に。共に。



「フォレストマンとオーシャンを融合! 来い、アブソルートZero!!」



弾ける氷飛沫と共に、再三、彼は俺の求めに応じて降臨した。

勝つ為の一手ではなく、闘う為の命を共有した相棒として。

今度こそ間違えない。俺の答えを彼らに示す。



「Zeroで、フレイム・ウイングマンを攻撃!」



即座に双方の対応が始まった。

Zeroはその速さで、フレイム・ウイングマンが動くに先んじて距離を詰めていた。

絶対零度の凍気にあてられれば、いかな戦士とは言え氷結が必定。



だが、動きの早さは敵わねど、それが敗北に直結するわけではないと言わんばかりに。

フレイム・ウイングマンは突き付けられる掌に、口を開けた龍の顎を合わせた。

Zeroが距離を詰めるための一瞬でその炎を溜めこんでいたのか、

即座に解放された炎と冷気はぶつかり、混ざり、反発しあって爆発する。



その爆発に紛れ、下がろうとしたのだろう。

翼が広がるフレイム・ウイングマンは、直後に驚愕と、困惑を残した。

爆発が凍る、その異常に。爆発が凍り、爆炎をも凍らせ、爆風すら凍る。

その凍結異常状態は元を遡り、冷気とぶつかった炎を凍らせて、フレイム・ウイングマンの身体を侵しに来る。



凍りついた翼では羽搏けず、彼はその凍死を甘受した。

英雄の氷像はぱきぱきと音を立てながら、それを断末魔として崩れて消える。



Zeroの攻撃力は2500であり、フレイム・ウイングマンは2100であった。

故にその結果は当然と言う事になる。

ならば、こうやってそれに逆らう事は無意味なのか。けして違う。

こうやって闘っている彼らには数字など見えてない。全力で、必死で、闘っているんだ。



十代のライフは、3400となった。

そしてエースが墓地へ送られた。だがしかし、彼は何一つ諦めていない。

そう、そういう奴なのだろう。



伏せリバースカードを1枚セットし、ターンエンド」

「オレのターン!」



十代は宝札で補充したとは言え、前のターンに大量に使用した結果、手札はあまり残っていない。

この状況で、どんな攻めをしてくる。楽しみで、怖くて、泣きそうだ。



魔法マジックカード、貪欲な壺を発動!

 自分の墓地からモンスターカードを5枚選んでデッキに戻し、カードを2枚ドローする!

 戻すモンスターは、バーストレディ、クレイマン、ハネクリボー。

 あと、融合デッキにランパートガンナーとフレイム・ウイングマンを戻す」



そして、戻した後のデッキをシャッフルする十代。

その後、2枚のカードをドロー。



HEROの融合モンスターは、融合召喚でしか召喚出来ない。

という誓約を背負っている。つまり、墓地から蘇生召喚できないのだ。

だから、今ここで墓地に放置せずに戻しておけば、再度融合召喚につなげられる。



「更に魔法マジック融合回収フュージョン・リカバリーを発動!

 オレが手札に戻すのは融合1枚と、フェザーマンだ!」



墓地から出てくるそのカードを取る十代。

2枚目の融合回収フュージョン・リカバリー。ここからどう繋げてくる。

更なる融合召喚を行ってくるか…?



「いや、まだだ! 手札の魔法マジックカード、天使の施しを発動!」



天使の施し。カードを3枚引き、その後2枚墓地に送る魔法マジックカード。

その強さは、遊星を相手にした時も語っていたか。

今回は更に、十代が直前に使った融合回収フュージョン・リカバリーの効果で更に活きる。

融合回収フュージョン・リカバリーは1枚で、融合とモンスター、2枚のカードを墓地から持ってくる。

つまりは、天使の施しのデメリット分を1枚で埋められるのだ。



ドローした3枚のカードを見た十代は、一瞬だけ悩み、墓地へ送るカードを決めた。



「オレは融合回収フュージョン・リカバリーの効果で手札に戻した、

 融合、そしてフェザーマンを再度墓地へ送る」



融合を墓地へ送った。しかしそれは、単体での攻撃力に欠くHEROとしては、良いものなのか。

いや、十代は勝利へと繋がる希望の道を創り出す賭けに、勝機をベットしたのだ。



「オレはスパークマンを守備表示に変更!」



スパークマンが膝を落とし、両腕を胸の前で×字に交差させて身を守った。

攻めては来ないと言う事か。それとも別の…



「そして、E・HEROエレメンタルヒーロー ワイルドマンを攻撃表示で召喚!」



どうやら攻めてくるようだ。当然とでも言いたげな十代の表情。

全く持って恐ろしい。



筋骨隆々の肉体、褐色の肌を晒す、ネイキッドヒーロー。

他のHEROとは違い、その姿からはアメリカンなヒーロー像よりも、自然と共存する民族のそれらしさが見える。

黒い髪を頭の後ろで結び、ポニーテイルにしている。

その武器は背負った大剣。

大地に共栄する部族の戦士のエレメントは、当然の如く地。



「更にワイルドマンにサイクロン・ブーメランを装備!」



十代の前にカードのソリッドビジョンが出現し、そこからワイルドマン自身と同じ丈を持つブーメランが放たれた。

自分を標的に、回転しながら向かってくる刃に怖じず、彼はその巨大ブーメランを片手で掴み取った。

さしずめ、ワイルドマンが狩りで仕留めた大物の骨から削り出した武器なのだろう。



それはワイルドマン以外に扱う事の出来ない、大地の加護を受けながら大地を薙ぎ払う刃。



「サイクロン・ブーメランを装備した事で、ワイルドマンの攻撃力は1500から2000にアップ!」

「だがZeroには及ばない」

「だけどフラッシュは倒せるぜ! ワイルドマンでフラッシュを攻撃、サイクロン・ブーメラン!」



己と同じ身の丈を持つ巨大武器を両手で持ち、まるでゴルフの如く上半身を捩じり上げる。

ぬあぁああっ! と、野生の英雄の咆哮が高く挙げられる。瞬間、それは放たれた。

空気を炸裂させて弾け飛ぶブーメラン。



描く軌道上に嵐を引きずりながら、対象を目掛けて飛翔する。

それを避ける術はフラッシュには当然なく、まともな反応すら返せずにそれと衝突した。

スパークフラッシュにすら耐えたボディと鎧は、まるで紙切れの如く引き裂かれた。

進撃に一度、後退に一度、合わせて二撃はフラッシュの身体を四つに断つ。



残光を残すフラッシュには、だがまだやってもらわねばいけない事がある。



「フラッシュが破壊された瞬間、効果を発動!

 フラッシュ自身と、自分の墓地のE・HEROエレメンタルヒーローを3体。

 それらをゲームから除外する事で、墓地の通常魔法カードを1枚手札に加える事が出来る!」

「通常魔法、って事は…」

「俺はフラッシュ、エアーマン、クノスペ、アイスエッジの4体を除外し、墓地から融合を手札に加える!」



墓地より4体のHEROたちが現れ、フラッシュの身体にエネルギーを集中させた。

仲間たちの力を受け取ったフラッシュの能力は飛躍的に上がり、その雷撃は次元すら焼き切る熱を帯びる。

隔たる現世と冥界の間に、その雷撃を湛えた掌を差し込み、引き抜いた。



その手の中には、HEROの真の力を解放するための魔法、融合のカード。

フラッシュはそのカードを俺に投げ放つ。

俺がそれを受け取るのを見ると、4体の戦士の魂は一時の眠りにつく。



「オレは、永続魔法、悪夢の蜃気楼を発動する!

 更にカードを2枚伏せて、ターンエンド」



永続魔法、悪夢の蜃気楼。

相手のスタンバイフェイズに手札が4枚以下の時、手札が4枚になるようドローする。

そして、自分のターンのスタンバイフェイズにその時引いた分だけ、ランダムに手札を捨てさせられるカード。

このカードが永続魔法の意味。

それは、このカードでドローした相手ターン中にこのカードを破壊してしまえば、もう一つの効果を無視できる事だ。



ここでは普通に使用できるのかもしれないが、とっくに禁止カードに行くほどの強力なドローブースト。

既に十代の場にはその使用方法のお手本となるコンボの、伏線が張られている。



サイクロン・ブーメランは、装備モンスターが効果で破壊された時に発動する効果を持っている。

それは、魔法・罠ゾーンのカード全てを破壊するという、大嵐同然の効果。

更にその条件を満たすためには最高の標的、あらゆるモンスターを効果により破壊するZeroが、俺の場にいる。



たとえ、そうだとして。だからと言って最早退く気はない。



「俺のターン!」

「このスタンバイフェイズ、オレは悪夢の蜃気楼の効果で手札が4枚になるようにドロー!」



一息に全ての手札を吐き出したと言うのに、十代の手の中には再びカードたちが舞い込む。

恐怖すら覚える。だが同時に、尊敬すら抱ける。



魔法マジックカード、魔法再生を発動!

 手札の魔法マジックカードを2枚墓地へ送り、墓地の魔法マジックを1枚手札に戻す」



墓地に送るのは先程フラッシュが再生してくれた融合と、フィールド魔法フュージョン・ゲート。

フラッシュの能力は通常魔法を再生できるが、他の速攻魔法等は戻す事ができない。

だが、フラッシュの能力で回収したこのカードがコストとなり、キーカードを呼び戻す。



「速攻魔法、融合解除を手札へ!」

「だが、その能力を使えば悪夢の蜃気楼も破壊されるぜ」



そうなれば十代は丸々手札を4枚残す。

だが、このターン。今エンド宣言をしてしまえばそいつらは墓地へ直行する。

それでもいい。



十代のスタンバイフェイズ、手札を4枚墓地へ送った後のメインフェイズ。

そのタイミングで融合解除を発動すれば、十代の手札、フィールド。共に一気に力を削げる。



「退くかい?」

「いいや、全力で叩き付ける」

「そうこなくっちゃ!」



だがしかし、そんな逃げは取らない。

デュエルに勝てても、心で負ける。心が折れる。戦術や戦略じゃない、純粋にデュエリストとしての誇りプライドが。



「行くぞ、俺はフィールドに新たなHERO、ザ・ヒートを召喚!」



レッドとオレンジ。太陽のイメージか、その二色を基調に丸みのあるシンプルの鎧を纏う炎の化身。

種族は標準的なHEROたち戦士族と違い、炎族。

炎のエネルギーの結晶である鎧は、共に闘う仲間のハートに触れれば、更なる熱を解き放つ。



「ザ・ヒートは、自分フィールドのE・HEROエレメンタルヒーロー一体につき、攻撃力を200アップさせる。

 俺の場にはザ・ヒート自身とZero、二体のHEROが存在している」



ザ・ヒートの纏う炎熱のオーラが密度を増す。

元々の攻撃力1600に加え、200×2ポイントアップした今の攻撃力は2000に至る。



「あっついHEROじゃないか。まだまだ色んなHEROがいるんだな!」

「ああ、行くぞ。ザ・ヒート、スパークマンを燃やし尽くせ!」



ザ・ヒートが濃密に漲らせた熱気を帯びたまま、深く沈みこみ、直後に飛び跳ねた。

守備の姿勢をとるスパークマンは前方に雷の壁を張り、より強く守りを固める。

だが、その程度で止まる炎ではない。



空中へと躍ったザ・ヒートは更に力を滾らせ、炎の塊を化す。

その姿は正しく隕石。膨大な熱量となったそれはスパークマンを目掛けて落下し、炸裂した。

電光の防壁は意味を為さず、その炎は突き抜ける。



瞬く間に溶岩の波に浚われたスパークマンは、その姿を消した。



「くっ! だが犠牲になったスパークマンが最後に残す輝きが、ピンチを切り拓く光明となる!

 トラップ発動! ヒーロー・シグナル! オレは、デッキからクレイマンを攻撃表示で召喚!」



パッ、と突然現れたスポットライトが、天頂にサインを映し出す。

そのピンチに駆け付けるのは最硬の下級HERO。

土塊の戦士が、新たに十代を守る守護者として天から現れる。

だが、攻撃表示として。



十代の場には、攻撃表示のワイルドマンと、同じく攻撃表示のクレイマン。

ワイルドマンの攻撃力は2000。クレイマンの攻撃力は僅か800。

明らかに誘われている。

だがその目的は? 最終的に十代はどちらに攻撃させたい?



ワイルドマンを効果で破壊した時、サイクロン・ブーメランが効果を発動し、悪夢の蜃気楼のデメリットが消える。

だが戦闘破壊であればそれは発生しない。

つまりワイルドマンへ攻撃させ、反撃でZeroを破壊する事ができれば、Zeroの脅威を取り除きかつ手札の確保ができる。

伏せリバースはそのためのカードか。



いや、だがそうとさせないためのクレイマンの攻撃表示か。

裏の裏と読めば、見え見えの餌である筈のクレイマンこそが破壊すべきキーカードに見えてくる。

その二択、どちらもがフェイクであり、このターンの攻撃を伏せリバースで防ぎ、

次のターンで最上級モンスターに繋ぐ事が狙いだとも考えられないわけではない。



サイクロン・ブーメランの存在で深読みさせ、実は伏せリバースの方が悪夢の蜃気楼を破壊する手段。

と言う事も考えられる。

だとすれば、こちらがサイクロン・ブーメランの効果を阻止するために、ワイルドマンへ攻撃を行う。

それが十代の狙いか?



…これ以上悩んでも意味がない、か。



「十代、一つ訊いていいか?」

「何だよ?」

「お前今、結構ピンチ?」



訊かれた十代はきょとんとした後、笑った。



「ああ、大博打の真っ最中だ!」

「そうか―――」



なら今度はこっちがベットする番か。

確率は、知らない。カードの数だけ手段があって、それはきっと数えきれない。

だから後は、信じるだけだ。



「Zeroでクレイマンを攻撃!」



Zeroが躍り出る。その一撃は例え最上級モンスターだったとしても易々と凌げるレベルではない。

まして、下級のクレイマンではどうやったところで躱す事は不可能。

鈍重なクレイマンは瞬きの間すら与えずに接近したZeroに腕を掴まれ、―――



トラップ発動、クレイ・チャージ!」

「クレイ…チャージ…!?」



茫然とした直後、我を取り戻し、思わず歯軋りした。

負けたっ……!!



「クレイマンが相手モンスターの攻撃対象に選択された時に発動出来るトラップ

 攻撃モンスターとクレイマン自身を破壊し、相手に800ポイントのダメージを与える」



俺の手札には融合解除。このターン、それで躱しても、再度融合を手札に戻すには次のターンまで待たなくてはならない。

フォレストマンとオーシャンを特殊召喚して攻撃したとしても、十代は倒しきれないのだ。

次のターン、十代の攻撃をそんな様で防ぎきれるのか?



この、俺などより遥かに強いデュエリストの本気の攻撃を?

冗談としても通用しない。選ばなくてはならない。最強のHEROに恃み、眼を逸らすか。

それとも―――



ふぅ、と。溜め息一つ。弱いから強さに頼る、恃む、縋りつく。

俺が望めば、俺が引き出せれば、こいつらはもっとずっと強いと言うのに。

何故、俺はこうまで、弱い。



「……っ、速攻魔法を発動!」

「融合解除か? その手はもう、」

「いや、違う。俺が取りえる、お前に未知の戦術!!

 俺が発動したのは、フィールドに伏せられたカード、マスク・チェンジだ!」



クレイマンを捕まえていたZeroは、その立場を逆転させて、クレイマンに捕まえられていた。

その粘土の巨腕で振り回されて、大地に叩き付けられる。

汚れ一つなかった純白の光は泥に塗れ、その彫像と見紛うボディには亀裂が奔っていた。



「マスク・チェンジはHEROを、新たな姿へと変身させるカード!」



Zeroの視線が一度、こちらに向いた。

合わせられる顔など無い。結局なんだかんだと、彼に縋っていたのは俺だ。

十代のように仲間たちの力を限界まで引き出し、共に戦えていれば、負ける事などなかった筈だ。

そうだ、確信がある。俺の作ったデッキは、例え十代が相手でも負けはしない。

絶対に。



俺が十代に数段劣るのは分かっている。

だが、俺のデッキは確実に勝っていた筈だ。あらゆる戦術に対応出来るように作り上げた筈だ。

遊星の時のミラーマッチとは違う。俺のデッキは、勝っていた筈なのだ。

だから、だからこそ、死ぬほどに悔しい。

俺が弱いせいで、こいつらはいつまでたっても勝てやしない。

こんなに悔しいのは初めてだ。負けた事の方が多いのに、ここまで悔しい負けは初めてだ…!



「水属性のHERO、アブソルートZeroを生贄に捧げる事で、

 融合デッキからM・HEROマスクドヒーロー ヴェイパーを特殊召喚!」



クレイ・チャージの効果でZeroを跳ね退けたクレイマンが、Zeroに向かい突撃してくる中、

Zeroは周囲に水を巻き上げる。



その中に包まれたZeroは一体何を考えたろう。

情けなく、弱い主人に失望したか。それとも、元から望みなど抱いていないのか。

Zeroのカードをフィールドから、セメタリーゾーンに移そうと手にする。



『警告:モーメントに異常なエネルギー発生』

「っ!」



ぴー、と“X”が警告音を発する。

だがそれほど大した異常でもないのか、特別な対応をし始めたわけではなかった。

ただ、一つ。



『報告:モーメントを経由し、何らかのシグナルを受信。

 『E・HEROエレメンタルヒーロー アブソルートZero』のカード情報欄が内容変更を行いました。

 要求:対応を指定してください』

「……なんて、追加された?」

『回答:カードテキスト欄に二文字追記されています。『GO』。デュエルには関係のないテキストです、削除しますか?』



……それは本当に、Zeroがそう考えたと?



『追加報告:このデュエルに使用しているエクストラデッキに存在するカードの情報欄にも、不備を確認。

 『Come On』『Call Me』等、意味が類似するものが追加されています。デュエルには関係のないテキストです、削除しますか?』

「このデュエルが、終わったらな」

『了解』



…闘おう、それしかないんだ。

俺にはそれしか、ない。



『報告:『E・HEROエレメンタルヒーロー アブソルートZero』のテキストに更に追加。

 『くぁwせ…』』

「翻訳して報告しろ」

『了解:『おれたちは、たのしい』先程の決定に基づき、このデュエル終了後、修正します』



「たの、しい? この負け戦が? 俺はお前たちを全然…使いこなせ、て、ない…のに…?」



負けたって楽しい。それは分かる感情だけど、力を尽くせればの話だ。

このザマで、この有様で、この惨状で、楽しいって?



もう応えはなかった。



一緒に、闘えてるだけで…?



「今度はE・HEROエレメンタルヒーローじゃない、新しいHERO?」

「なあ、十代。お前、」

「え、何?」



(ごめんよ、ユベル。また君を呼べなかったね…)

(ありがとう…十代)

そっか、誰だってそうなんだ。でも、呼べなかったなんて感想は間違ってた。

ずっと、ずっと一緒だったんだ。俺たちは。

デッキを組んだ時から、デュエルを通じて感じられる全て、俺たちが共有している筈のものだ。



力は貸りたり与えたりするものじゃない、力は合わせるものだ。やっぱり名言だな。



「いや、やっぱり何でもない。デュエル、続行だ」



Zeroを取り巻いていた水竜巻が、内側から吹き飛ぶ。

水の飛沫はZeroの力となり、無数の氷刃となって十代のフィールドを襲う。



クレイチャージはクレイマンと相手モンスターがいて、初めて互いのモンスターを破壊する効果が成立する。

よって、Zeroが消えた事によりその効果は不成立。



そして、Zeroは生贄にされ、フィールドを離れた瞬間、その能力が起動する。



「Zeroの効果! ワイルドマンとクレイマンを破壊!」



降り注ぐ霰の雨に打たれ、身体を抉られ、散りゆく二体のモンスター。

だがそれは、同時に十代の狙いでもある。



身体を打ち砕かれたワイルドマンが持っていたブーメランが、弾かれて宙を舞う。



「この瞬間、ワイルドマンに装備されていたサイクロン・ブーメランの効果が発動!

 サイクロン・ブーメランを装備したモンスターが効果で破壊された時、互いの魔法・罠ゾーンのカード全てを破壊する!

 オレの場の悪夢の蜃気楼と、」

「俺の場には伏せリバースが1枚」

「合計2枚のカードを破壊し、破壊したカード×100ポイント、200ポイントのダメージを与える!」



空中に放られていたサイクロン・ブーメランがまるで意思を持つかのように軌道を変える。

俺と十代の目の前を通るように円を描いたコース。まるでコンパスのペンだ。

互いの魔法・罠ゾーンを切り裂いた後に、それは俺の前まで来て、爆発した。

ライフカウンターが3600になる。



「どうだ!」

「ああ、完全に上回られた。完敗だった…だが、まだ終わらないぞ。俺のHEROは」



マスク・チェンジの効果で召喚された戦士が、Zeroがいた筈の場所に現れていた。

オーシャンの体色によく似た色の鎧。

その姿、身体の肌を晒している場所はなく、全身全てを鎧に包んでいた。

海神の矛を模しているのか、トライデントを連想するのようなデザインのマスクに顔を隠している。



「こいつが、M・HEROマスクドヒーロー

 融合せずに、融合モンスターを召喚しちまいやがった…」

「そう、マスク・チェンジの効果でのみ召喚できるHERO。それが、こいつだ。

 バトルフェイズ中の特殊召喚だ。ヴェイパーでガラ空きの十代を攻撃!」

「げっ!」



ヴェイパーはその手に構えた槍を、十代に向ける。

その足許からはまるで噴水の如く水流が立ち上り、ヴェイパーの全身を呑み込んだ。

水の流れはそこでは止まらず、意思を持つかのように十代の許まで奔り抜けた。



目前まで迫った津波に、十代が咄嗟にデュエルディスクを盾に構えた瞬間。

水が爆ぜ、中に居たヴェイパーが姿を現した。

振るわれる槍の一撃は十代を切り裂き、そのライフポイントを大きく削ぎ取る。



「ぐっ…!」



攻撃力2400のヴェイパーの一撃を直接受けた十代のライフは1000となる。

ばしゃんと、波を置き去りにしてヴェイパーは俺の許へ帰還する。



「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

「ついに別のHEROか。へへ、どんと来い! オレのターン!」



ドローした十代。悪夢の蜃気楼は破壊され、そのデメリットは消えている為、手札は十二分。



魔法マジックカード、黙する死者を発動!

 自分の墓地の通常モンスター一体を、守備表示で特殊召喚する。オレはフェザーマンを選択!」



光と共に風が巻き起こり、フェザーマンがセメタリーから帰還する。

壁、などという消極的な目的で呼んだわけではあるまい。



「そして手札の融合を発動! フィールドのフェザーマンと、手札のバーストレディを融合!

 決着をつけるぞ、こいつがオレの切り札だ。来い、フレイム・ウイングマン!!」



バーストレディが出現し、フィールドに存在していたフェザーマンと共に、次元の狭間に消える。

再び姿を現すのは、龍腕と白き片翼を持つ十代のフェイバリット。

だが、それだけではヴェイパーを倒すのに遠く及ばない。



「そして魔法マジックカード、ホープ・オブ・フィフスを発動!

 オレは、スパークマン、クレイマン、バーストレディ、フェザーマン、ワイルドマンをデッキに戻し、シャッフル」



墓地のカードを回収し、デッキに混ぜてシャッフルし、再びデッキホルダーに戻す。

ホープ・オブ・フィフスはE・HEROエレメンタルヒーロー専用の貪欲な壺。

つまり、この墓地回収を行った後は、



「そしてカードを2枚ドロー!」



これで手札は3枚。だがそれで、この状況が覆るのか。

いや、確実に覆してくる。それが十代だ。



「さあ、次はどうする気だ!」

「こうする気だ! 魔法マジックカード、魔法再生を発動!

 エイチ-ヒートハートと、アール-ライトジャスティスを墓地へ。

 そして墓地の魔法マジックカード、天よりの宝札を手札に加えて、効果を発動!」



互いの頭上に光が降り注ぐ。全プレイヤーの手札を6枚にする天よりの宝札をエフェクト。

俺と十代はともに手札を6枚にし、確認する。

どこまでも止まらない攻撃。これが、遊城十代。これが、真のデュエリスト。



魔法マジックカード、イー-エマージェンシーコール!

 デッキからE・HEROエレメンタルヒーローを一体、手札に加える。オレが選ぶのは、スパークマン!」



息を呑む。この瞬間、下級HEROたちの切り札の発動条件が整ったのだ。

能力は高くなく、融合する事で真の力を発揮するものたちが、融合ではなくその身の力を合わせる事で生む光。



「そう、この瞬間がクライマックス! HEROたちの絆が、電光石火のフィニッシュだ!

 墓地のエイチ-ヒートハート、イー-エマージェンシーコール、

 アール-ライトジャスティス、オー-オーバーソウルをゲームから除外!」



十代の目の前に文字が浮かぶ。

燃え盛る炎の中から浮かぶH、背後の爆発と共に姿を現すE、赤い閃光を背負うR、魂のオーラとゆらめくO。

それらが示すのは、輝かしい一つの称号。



魔法マジックカード、ヒーローフラッシュ!!」



HEROの名が燦然と輝く。

場に並んだ四つの光は一つに交わり、その輝きで新たなる戦士を呼び起こす。



「デッキからE・HEROエレメンタルヒーローと名の付く通常モンスターを特殊召喚する!

 オレはクレイマンを特殊召喚! 更にスパークマンを通常召喚!」



ヒーローフラッシュの中から現れたのは、粘土の身体を持つ戦士と、雷光の戦士。

フレイム・ウイングマンを二つのエレメントを持つ戦士とすれば、これで四つの属性が並んだ事となる。

火、風、光、地。



「行くぞ、フレイム・ウイングマンでザ・ヒートを攻撃!」



フレイム・ウイングマンの身体が炎に包まれる。

対するザ・ヒートも同じく炎の弾丸と化し、迎え撃つ姿勢を取る。

下から上に、突撃を仕掛けてくるフレイム・ウイングマンと、隕石の如く落下して向かうザ・ヒート。



その衝突は爆炎と爆風を生み出し、そちらに全てのエネルギーを渡したかのごとく、どちらの動きも停止する。

拮抗は数秒続いたが、しかしそれ以上は続かなかった。



風が巻き起こる。ザ・ヒートの炎を吹き消すように、フレイム・ウイングマンの炎を盛らせるように。

火力を増したフレイム・ウイングマンは左肩の翼で、ザ・ヒートの右肩を打ち据える。

怯み、体勢を崩したザ・ヒートはその瞬間、大口を開けて迫る龍の顎を見た。

バギリと嫌な音を響かせながら、もぎ取られる左腕。

オオオ、とザ・ヒートの悲鳴と共に、亡くした腕の裂け目から炎が吹き抜けていく。



更なる追撃、身体を捻ったフレイム・ウイングマンの龍尾に腹を打たれ、吹き飛ぶ。

その身体は俺の目前まで吹き飛ばされてきて、漸く止まった。



「フレイム・シュゥトォオオオオオッ!!」



満身創痍のザ・ヒートに止めの一撃が迫りくる。

体勢を立て直す暇すらなく、炎の龍と化したフレイム・ウイングマンの攻撃に直撃する。

炎の化身すら耐えきれぬ熱量に、鎧は融解し、焼き尽くされた。



「ザ・ヒートの攻撃力は2000。よって、フレイム・ウイングマンとの戦闘ダメージは100だ。

 だがまだフレイム・ウイングマンには必殺の特殊能力がある」

「だがフレイム・ウイングマンの効果は墓地参照。ザ・ヒートの元々の攻撃力は1600」



鎧が熱に耐えかね崩れ去ると同時に、その中の炎が氾濫する。

それはフレイム・ウイングマンによって誘発された、俺を巻き込む為の自爆。

フレイム・ウイングマンの能力は、戦闘破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える事。

よって合計ダメージは1700。俺のライフは残り、1900。



「そして、クレイマンとスパークマンの追撃だ!」



HEROの文字が輝きを放つ。

これこそヒーローフラッシュが持つもう一つの効果。

このターン、E・HEROエレメンタルヒーローの名を持つ通常モンスターは、ダイレクトアタックが可能となる。

攻撃力の合計は2400。俺の今のライフでは、耐えきれない。



「スパークマン、スパークフラッシュ! クレイマン、クレイナックル!」

「だがぁッ!」



十代の宝札は俺の手札にもそれを打開するカードを呼んだ。



「スパークマンの攻撃に対し、俺は手札のクリボーの効果を使用! ダメージを0にする!」



ぽん、と俺の目の前にクリボー。ハネクリボーからそのまま羽を取った外見のモンスターが出現する。

その効果により、俺の前に立ちはだかりスパークフラッシュを一身に受ける。



しかしそれで止まるのはスパークフラッシュのみ。

掻い潜ってきたクレイマンの拳が、俺に向かって振るわれ、足場を揺らす。

同時に俺を死守したクリボーの身体が砕け散る。

残ったライフは1100。



「クリボーか…まさか止められるとは思ってなかったぜ」

「お互い様だ」

「へへ、手札を4枚。全てセットしてターンエンド!」



次が最後のターン。そう言わんばかりに、十代の闘気は限界まで上昇している。

ならばこちらも、腹をくくった最後の一撃に臨むだけだ。



「これが俺の、最後のターンだ!」

「来い、宇宙デュエリストX!」



そんな名前も名乗っていたか。まあどうでもいい。



伏せリバース魔法マジック発動オープン

 異次元からの埋葬! 除外されているエアーマンを墓地へ戻し、

 更に魔法マジック発動、死者蘇生! 墓地よりエアーマンを特殊召喚し効果発動!」



エアーマンには召喚・特殊召喚した際に発動できる二つの効果がある。

一つは、デッキからHEROを一体呼び寄せる効果。

もう一つは、自身を除くHEROの数だけ、魔法・罠を破壊する効果。

これらを選択し、発動するのだ。



十代が伏せたカードは4枚。

ヴェイパーが存在する以上、それを破壊するための効果を使えないわけではない。

だがいずれかが必勝につなぐトラップで、他はブラフという可能性も低くない。

最早手の内の探り合いはいらないのだ。俺は全力でぶつかり、それを全力で迎え撃つと十代は言った。



ならばそこに必要なのは、保険ではなく更なる力を呼び出すコール。



「エアーマンの効果で、デッキからE・HEROエレメンタルヒーロー ボルテックを手札に!

 そして融合を発動! フィールドのエアーマンと、手札のボルテックを融合し、降臨しろ風のHERO!

 E・HEROエレメンタルヒーロー Great TORNADOグレイトトルネード!!」



鋼の翼を持つ風の戦士、エアーマン。

そしてスパークマン、フラッシュたちと同じく雷光を帯びるボルテック。

ボルテックの姿は、同じエレメントを持つ戦士たちとよく似ているものの、一番近しいのは恐らく、ザ・ヒート。

紺色の鎧に身を包むその姿は純粋な戦士ではなく、戦士という形を取る雷の力そのものに思えた。



それら二体の力が、融合によって新たな力を生み出す。



風が吹き荒れた。

嵐の如きそれにボロボロのマントを靡かせる雄姿が、現れる。

黒と緑で彩るボディスーツを纏い、両の腕脚、そして肩を白い鎧で固める暴風を操る戦士。

その戦士が降臨する戦場では、相手のフィールドに暴風が発生し、動きを大きく制限する。



Great TORNADOグレイトトルネードの効果発動!

 このモンスターの融合召喚時、相手フィールドのモンスター全ての攻撃力を半減させる!」

「なに!?」



フレイム・ウイングマン、スパークマン、クレイマンが暴風に巻き込まれる。

翼を折られ、鎧を砕かれ、あるいは腕を砕かれ。

その戦力の大半をこそぎ取る風の暴力。

フレイム・ウイングマンは1050、スパークマンは800、クレイマンは400。

下級モンスターと比べてもなお低く見える。

ヴェイパーと、Great TORNADOグレイトトルネード

二体のモンスターを相手取るのに、それは余りにも絶望的な数値。



「くっ…!」

「更に魔法マジック融合回収フュージョン・リカバリーを発動。

 墓地の融合と、フォレストマンを手札に加える。更に魔法マジック、戦士の生還で、オーシャンを手札に」



これで俺の力は、揃った。

あとは、出し尽くすだけだ。



「そいつらを戻しても、もうZeroはいないぜ?」

「ああ、お前に今から叩き込むのは、真正面からの一撃だ。

 融合発動! 手札のオーシャンと、フォレストマンを融合する!」



大地と大海、それぞれを表す二体のモンスターが、一体と化す。

それは、惑星の生誕。



「つまり今度は地属性の融合ってわけか」



空間に二体が吸い込まれ、消えた後。

揺らめく孔を見据えた十代がそうこぼした。

確かにその選択肢がなかったわけではないが、これは、違う。



「いや。これは俺のHEROたちが持つ、数少ない特定のモンスター同士の融合形態。

 大地を象徴するフォレストマンと、大海を象徴するオーシャンのみが行える、星を創る融合」

「星を、つくるぅ?」



空間の歪みが一際大きくなる。

それは巨大なパワーの解放される前触れ。俺は最後を担うHEROに対し、その名を呼び掛けた。



「降誕せよ! E・HEROエレメンタルヒーロー ジ・アース!!!」



一点の曇りもない白い巨体が舞い降りる。

能面のような無表情、肩と額には青く輝く結晶、胸の中央には赤い結晶。

まるで飾り気のない。特徴がないと言い換えてもいい。

そのHEROの姿を見た十代は、微かに息を呑んだものの、首を傾いだ。



「そいつが星なのか?」

「そう、原型が整ったばかりのこの惑星は何がその力なのか分からないだろう。

 だがお前は今からその力に臨む事になる。これが俺の、出し得る全ての力だからだ。

 ジ・アースの効果を発動!」



Great TORNADOグレイトトルネードが両腕を掲げ、そのエネルギーを全て竜巻に変換した。



「な、なんだ…!」

「ジ・アースの効果。自分の場のE・HEROエレメンタルヒーローを生贄に捧げる事で、

 生贄に捧げたモンスターの攻撃力分、ジ・アース自身の攻撃力を上昇させる…」



ジ・アースの攻撃力は2500。

Great TORNADOグレイトトルネードは2800。

よって、この効果によりジ・アースの攻撃力は、



「こ、攻撃力5300!? ただでさえ十代くんのフィールドのモンスターは、攻撃力が半減してるのに!」



Great TORNADOグレイトトルネードが全てを託した竜巻が、ジ・アースを包み込む。

唸りを上げるジ・アースの身体が灼熱し、その身体を白から真紅に染めていく。

生誕した惑星がそこにある。



「更に魔法マジックカード、受け継がれる力を発動!

 モンスター一体を生贄に捧げ、別のモンスター一体にその攻撃力を受け継がせる! ヴェイパーの力を、ジ・アースに!!」



ヴェイパーが津波を呼び寄せ、己の身体をその中に投じた。

水の中に溶け合う事で、その力を全てジ・アースに託すために。

水流はジ・アースの身体に全て吸収され、膨大な蒸気を周囲に撒き散らしながら、更なる力と化した。



「ヴェイパーの攻撃力は2400…つまり、ジ・アースの攻撃力は」



攻撃力・7700。

それが今の俺が持ちえる最高攻撃力。これを、どう躱すか凌ぐかは十代次第。

だが、十代も知っている。俺の手札にはまだ、融合解除が残っている。

ジ・アースに逃げを打てば、スパークマンとクレイマンを、フォレストマンとオーシャンが襲う。



「行くぞ十代…! これが最後のバトルフェイズだ!!」

「ああ来い! 正面からそいつに打ち勝ってやる!!」

「「バトル!!」」



地球灼熱ジ・アース マグマで、フレイム・ウイングマンを攻撃!

 地球灼熱斬アース・マグナ・スラッシュッ!!」



マグマが沸き立つ。巨神が溢れだす熱量を腕からマグマの剣として顕現させ、フレイム・ウイングマンへ向かう。

その戦闘能力の差は歴然。

そのまま組み合えば一合持たず、フレイム・ウイングマンは蒸発して、十代のライフを完全消滅させる。



「どうする十代ッ! 避けるかっ、それとも守るかっ!?」

「言った筈だぜ。正面から打ち勝つってな! 速攻魔法、突進!!」

「!?」



猪突のイラストが描かれたカードが現れる。

その効果はモンスター一体の効果をエンドフェイズまで700ポイントアップさせる。というもの。

効果が成立すれば、フレイム・ウイングマンの攻撃力は1750となる。



「たった700!? それじゃあ焼け石に水、マグマに水を入れるようなものだよ!」



翔がその効果を見て悲鳴を上げた。

フレイム・ウイングマンは十代に従い、恐れなく最大速度でジ・アースに立ち向かう。



「攻撃力1750…今のままで、発生するダメージは5950…」



十代の場には3枚の伏せリバース

そして、三体のE・HEROエレメンタルヒーロー



「ま、さか…! 本気で…! 真正面からっ…!?」

「相手の攻撃宣言時に発動させた突進にチェーンして、トラップ発動! エレメンタル・チャージ!!

 自分の場のE・HEROエレメンタルヒーロー一体につき、1000。ライフを回復する」



これで十代のライフは4000。

つまり、あと1枚。



「エレメンタル・チャージにチェーンして、速攻魔法を発動、非常食!

 突進とエレメンタル・チャージを墓地へ送る事で、ライフを2000回復!!」



覆した。真正面から。



フレイム・ウイングマンの特攻をジ・アースはマグマの剣で迎え撃つ。

折られた翼では満足なスピードも出せず、火炎弾など吐き出してみてもまるで通じない。

それでも、限界に挑む。



速度はけして緩めずに巨大な惑星へと仕掛ける突撃。

それはしかし、ジ・アースが突き出した剣によって、胸を貫かれるまでの事だった。

フレイム・ウイングマンはけして、ジ・アースには届かない。



「十代くんのライフはこれで6000になって、ダメージは5950だから…の、残った!

 50ポイントだけど、まだ負けてない!」

「だッ、が…! 俺は融合解除を―――!」

「いいや、まだオレたちの最後の攻撃は残ってるぜ…!」



不敵に笑う十代は、最後の、4枚目の伏せリバースを示す。



「―――!」

「これがオレたちのラストアタック!

 トラップ発動、英雄変化チェンジ・オブ・ヒーロー-リフレクター・レイ!!」



ガッ、と胸を貫かれたフレイム・ウイングマンが左腕でジ・アースの炎の刃を掴んだ。

万物を焼き尽くす力の前に、対抗出来ずに焼かれた筈のフレイム・ウイングマンが。

ジ・アースが一瞬怯んだ瞬間に、それを握り潰す。マグマに触れた左腕は、やがて燃え尽きる。

だが、まだ動く。



後退を余儀なくされたのはジ・アース。

全身をを崩しながらも、未だ眼光の鋭さを残す戦士に気迫で敗北した。

瀕死のフレイム・ウイングマンは半ば以上に消滅・炭化しており、僅かな身動ぎで崩れてしまいそう。



「リフレクター・レイは、E・HEROエレメンタルヒーローと名の付く融合モンスターがが戦闘で破壊された時発動する。

 HEROが遺した最後の力で、相手に直接ダメージを与える効果を持つトラップ

 その威力は、HERO自身のレベル×300ポイント!

 フレイム・ウイングマンのレベルは6。よって、1800ポイントのダメージだ!!」



フレイム・ウイングマンの瞳が赤く輝く。

黄金色のオーラを身体の底から溢れさせたHEROの眼光が向かう先は、紛う事なく俺だ。

原型など残っていない身体で、それでも勝利に向かってHEROは羽搏いた。



黄金の龍が俺を目掛け殺到する。

ギリ、と歯を食い縛り、直後の衝撃に備えた。



が、それは直後のものではなかった。

俺とフレイム・ウイングマンの間に割り込む、ジ・アース。



「ジ・アース…」

「これで決着だ! フレイム・シュゥトォオオオオオオオッ!!!」



龍の前に立ちはだかる地球の分身は両腕を大きく広げ、俺に向かう敵を灼熱した身体で受け止める。

龍頭はその敵に向け、称賛するように赤い眼を一度、一際大きく輝かせると、一撃の許に葬り去った。

両断されたジ・アースは身体をガラスのように散らし、消え去る。



ジ・アースを破壊したフレイム・ウイングマンの魂の一撃は、最後に俺を貫いた。

ライフカウンターが0を刻み、Dホイールから白煙が噴き出し、強制的にバイク形態へ戻ってしまった。

当然浮力も失い、落下する。



その時に見えたのはディスクから外れたジ・アースのカード。

それを掴みとり、満足して、俺の意識は落下の衝撃に持って行かれた。











後☆書☆王

↓書き手が今回のデュエルで感じた事をエアーマンが倒せないにのせて。



気が付いたら いつの間にか出てきてる

そしていつも 効果を使われる

諦めずに 手札のHEROを融合するけど

すぐに 効果発動

※ミラクルフュージョンあれば 墓地のHERO融合出来るけど

どう考えても どう考えても

アムナエルが初出だから

あの効果が何回やっても避けれない

天罰使えば 無効になるけど

十代の奴は使わない

Wikiにらめっこしてみたけれども 使ってないから意味がない

だから場アドの維持をするために 僕は強欲だけは最後まで取っておく



気が付いたら ライフももう少ししかない

そしていつも そこでドロー加速する

諦めずに エアーマンは何とか除去するけど

すぐに Zeroがわいてくる

ネオスビートが組めれば 楽にZeroをはったおせるけど

どう考えても どう考えても

キモイルカはまだいないよ

帰るアブソは何回やっても止めれない

こっちも帰して 効果避けても

いずれは手元がハンドレス

Wikiとにらめっこしてみたけれども 効果耐性がありゃしない

だから手札を確保するために 僕は宝札だけは最後までとっておく



※ リピート



汗べいべぇ…







エレメンタルVSエセメンタル。エセメンタル強すぎる。

アドの塊空気男。相手の場アド根こそぎ削り取る絶対零度。

どうやってエレメンタルを勝たせろと…

効果破壊を防ぐカードの1枚もないと言うのに…



書き手のデュエリストレベルではこの程度が限界でした…

俺はあと何回wikiに行けばいい? 俺はあと何回、あの効果とあの裁定を確認すればいいんだ…

Zeroは俺に何も言ってはくれない…教えてくれ、ごひ。



今回のテーマはリスペクトデュエル。コンセプトはHERO。メインはZero。

キーモンスターはフレイムウイングマン。メッセージはわくわくを思い出すんだ。



ちなみに前回のテーマは絆。コンセプトはシンクロン。メインはスターダスト。

キーモンスターはジャンク・ウォリアー。メッセージは集いし絆が更なる力を紡ぎ出す。



天よりの宝札は言うまでもなくアニメ効果です。

あれがないとデュエルの展開がgdるのでどんどん使用していく予定です。制限扱いとして。

ただし主人公は完全OCG縛りなので持ってません。※OCG効果のなら持ってます。

OCG化しているものは大体OCG効果で進めますが、時々アニメ効果のままなカードもいます。※主人公は全部OCG。

あとアニメオリカも多分使います。※勿論原作キャラ限定で。Spもオリカですし?



あと今回どうしても劇中使ったカードっだけでは足りず、十代は数枚使った事無いカードを使ってます。

前回もクローズサモンとか使ってたけど。



ではちょっとアンコール上映イテキマースノシ



時械!じゃなくて次回!

立ちはだかる超魔導剣士! 打ち破れ 波動竜騎士 ドラゴ・エクィテス!

※次回予告の内容は変更の可能性があります。



投稿直後に決定的なミスのご指摘あり。



>>OCGでは平行世界融合は発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚できないとあるのですが、

主人公がこのカードを使用した後に融合によりジ・アースを融合召喚しています。



すいません…直しました。

ご指摘下さったTR様、ありがとうございます。



更に致命的なミスをご指摘いただきました。



>>フラッシュの効果でエアーマンは除外されているのでまず墓地に戻さなくてはなりません。



ホントに何やってんだろ俺。すいません、直しました。

ご指摘下さった通りすがりの日本人様、ありがとうございます。

も、もうないよな…?



などと言っていたらまだありました。



>>なぜ入学当初の十代がエクストラデッキの名称をしっているのですか?

>>疑問:十代が主人公に対して「お前のエクストラデッキにはZeroは何枚ある?」みたいな発言をしてたけど、

 この時代だとまだ『融合デッキ』と言われていたのでは?



ですよね。この時はまだ新エキスパートですからエクストラじゃなくて融合ですよね。

根本的に間違ってますね。

…15枚制限がついたのはマスタールールからというのは覚えてましたが、名称も変わってた事をすっかりと…

何度間違えれば気が済むんでしょうね。

十代のセリフ及び、十代との会話で出るエクストラデッキというセリフを修正。

戒めのために地の分で使ってしまったのは、エクストラデッキのまま放置。

ご指摘を下さったネラー様、翠玉 皐月様、ありがとうございます。



>>デュエルの間違いではないですが、第二回のマスクチェンジのシーンでの『Came On』

>>過去形になってます。Come Onではないでしょうか



なん…だと…!? 俺は小学生か。修正しました。

ひふみ様、ありがとうございます。


>>初めまして、初見ですが楽しんで読めました・・・1話だけですが。

>>2話のリメンバー(ryの後半(十代とのデュエル部分)が

>>非常に読みづらくなっていたので修正してもらいたいです


なんか変なとこにルビタグがついてました。そのせいです。

修正したので大丈夫だと思います。波人様、ご指摘ありがとうございました。



[26037] デュエルを一本書こうと思ったらいつの間にか二本書いていた。な…なにを(ry
Name: イメージ◆294db6ee ID:67cf16fe
Date: 2011/11/13 21:24










完敗である。

負けたのだ。

鬱だ死のう。



「じゃあ死ぬ前にデッキ見せてくれ!」

「いやアニキ、そこは一応止めましょうよ。もう同じセリフ10回以上聞いてるとは言え」



俺に手を差し出す十代の手に、俺が今回使ったデッキを乗せる。

すると十代は俺のデッキを吟味し始めた。一喜一憂。懐かしい、こんな時が俺にもあった。

わくわくか…なにもかもみな懐かしい…



ちなみに今の俺はDホイールの運転席に体育座りしている。

前回驚くと突っ込み以外の仕事がなかった翔は、俺が気絶している間に十代をアニキと呼び始めた。

そうそう、そういえば翔は十代の事をアニキと呼ぶ前にファラオだなんだ神官がどうだと言っていたな。



俺はここでデュエルエネルギーを溜めて、次はDMの世界で遊戯と闘いにいかなきゃならないのだろうか。

まあ行けるなら行きたいな。遊星や十代とのデュエルも最早感激を通り越した領域にあるものだが…

それにも増して、デュエリストならば、武藤遊戯とデュエルできる機会があれば絶対にやりたいだろう。

首領パッチやところ天の助だってそういうに違いない。



「一回負けたからってそう落ち込むなよ…すっげー楽しいデュエルだったじゃんか」

「そうだよ、エックスくん。あんなに凄いデュエル、ボクは見た事も…」



翔はそう言った後黙り、うーんと悩んだと後に付けたした。



「そうそう見れるものじゃないよ。アニキも凄かったけど、エックスくんだって同じくらい凄かったじゃないか」



カイザーか。カイザーの生デュエルは俺も見てみたい。



「で、そのエックスくんてのは?」

「宇宙デュエリストXなんでしょ? エックスくん」



素で言ってんのかお前は。

あれか、タッグフォース5でアンチノミーは「コナミとDホイーラーか、何か用?」

みたいに大人の都合で名前が出ずにDホイーラーとしか呼ばれない仕様みたいなものか。

まあいいけどな。

ただGXにエックスって名前のキャラいるんだけどな。



「それよりアニキもだけど、何でエックスくんみたいに凄いデュエルが出来るのにオシリスレッドなんだろうね?

 三沢くんみたくラーイエローに入れても全然おかしくないと思うんだけど」

「俺は筆記実技両方ギリギリの補欠合格のサイカイザーだけどな」



そうらしい。大徳寺先生が言ってたのだから、間違いないのだろう。

その告白を聞いた二人は一度きょとんとして、驚愕した。主に翔が。



「えぇえええぇえええええぇ!?」

「へー」



十代はへーの一言である。デッキをこっちに向けて来たので、受け取り、バイクの中に戻しておく。

使うとき以外はちゃんと中にいれとかなきゃな。



「最下位ってボクより悪いの!?」

「最下位はそれより下がいないから最下位なんだぞ」



主人公はランキング的なものを最下位から始めるものとして相場が決まってるしな。

前作で世界最強になろうが宇宙最強になろうが、続編ではまた最下位からだ。

ま、主人公オレの特権というか?



そいつはともかくだ。

と言うか感想であれだけメタ止めろと突っ込まれていながらこの惨状である。

まあ前回と同じノリならここから三十行くらい使っていたところを、さっさと切り上げる分だけ自重したという事か。



「ははは、そっかー最下位かー! じゃあ翔はもっと強いのか! なあなあ翔、今からデュエルしないか?」

「ちょ、無理だってばー! ボクにはあんなデュエル…」

「なーに言ってんだよ、ほらほらディスク付けて……」



嫌がる翔を組み伏せて、十代がのしかかる。アッー!



「アニキ痛いってば! そんな無理矢理…!」

「いいからいいから! ほら始めようぜ!」



ふむ。セリフだけで書くと、ただのエロネタに見えなくもない。

腐女子歓喜。



「お?」



翔に無理矢理あれやこれやそれや○○を××していた十代は、突然視線をあらぬ方向へ向けた。

その視線と同じ方向に視線をやってみると、デュエルアカデミアの頭が見えた。

赤と青と黄、三色の屋根。三幻神のパーソナルカラーをイメージしたデザインなのだろう。



「どうした、デュエルしないのか?」

「あっちからデュエルの気配がする!」

「感動的だなといいたいが、そうでもなかった」



むしろ懐疑的だ。だが嫌いじゃないわ!

適当に思考していると、十代は翔の上からどいて、デュエルアカデミアの方へ走り出した。



「おーい、翔! エックス! 行ってみようぜ! もしかしたらスゲーデュエルが見れるかも!」

「あーもう、待ってってばぁー!」



十代に抵抗していたせいで無駄に体力を消費している翔が、ひーこら言いながらそれを追う。

そして俺はDホイールを動かす。当然の如く二人を追い抜いて行く。

ははは、のろまどもめ。

貴様らはOPでディケイダーとビートチェイサーを走って追いかけるどこぞの怪盗の気持ちを味わうがいい。



「あー、ずりぃぞ! おい待てこらぁあああ!」

「ははは、待てと言って素直に待つのはギャンドラーくらいなものだぞー」



ちなみに、デュエルアカデミアの通学はバイクOKなのだろうか?

普通に考えて通学距離的にアウトだよな。

そんな事を考えながら、俺は二人を置き去りに先へと進んだのであった。











ついた先、折角なのでまずは購買部を探す。

今頃気付いたが、俺ってば二日近く何も口に入れてないんだもの。

一応財布はあるんだが、そもそも俺の金が使えるのかどうか…

紙幣に描かれた偉人が遊戯や海馬やペガサスになっていてもおかしくない世界だから少し怖いわ。



購買部は2、3分歩き回っていたら、ほどなく見つかった。

入学式が終了し、今はどうやら昼食の時間帯のようだ。

在校生の中には、購買で買ったもので済ませるのもいるようで、

袋を持って歩いてくる人の流れに逆らうように進むだけで、簡単に見つかったのだ。



が、商品の購入は全てデュエルアカデミア生徒に配布されるPDAに入った電子マネー(デュエルポイント?)

で行っている様子で、少なくとも俺に手出しできるような状況ではなかった。

ぐあぁ、大徳寺から貰った、と言うか大徳寺が置いて行った荷物の中には、そんなものはなかった。

うぅ、ひもじいよう。

こうなったらダークダイブボンバー1キル組んで、ちょっくら誰かを襲って奪



「あら、あなた…」

「おやイケメンさん」



はぁ? とイケメンヒロイン(仮)が首を傾げた。

あらかわいい。そんな反応もできる天然産もとい天然さんなんだな。

まるで2話までとそれ以降では明らかに声の出し方が違う、明日香を見比べてしまった時みたいな衝撃だ。

2話の声は明らかに可愛すぎる。



「何やってるの、あなた」

「メタってもとい飢えてる」



必死にお腹がすいたアピールをする。腹を得よう手で押さえ、ぐぅぎゅるるぅと口に出してみた。

変な顔をされた。何やってるのこのバカ、と言いたげだ。

同情すらされないんじゃ金をくれともいいがたい。



「いやね。PDAもらってないんだ。あとディスクも」

「ああ、そういうこと。で、ずっと寝てたせいで空きっ腹って事ね」



理解が早くて助かるね。そんなわけでとりあえず、アイフルのチワワの如き視線を送ってみる。



「…その眼、殴りたくなってくるからやめてくれない?」



こうかは ばつぐんだ!(ただし逆の意味で)

流石に殴られる趣味はないので、即座にやめる。でも物乞いの視線はやめない。

俺が拳銃を持っていれば、コッペパンを要求しかねないほどに追い詰められているのは事実だ。



イケメンヒロインは自身のイケメンぶりを理解してか理解せずか、溜め息一つでPDAを取り出した。

そしてすぐ近場のドローパンのワゴンに近づき、フリーのレジにそれを通すと、適当に一つ引っ掴んで俺に投げる。

危うく俺はそれをキャッチすると、涙目でイケメンを見る。

なんて豪傑。私、この方になら一晩好きにされてもいいわ…



俺が女なら惚れてたかもしれない。



「私の方が質問、多かったからね。その分のお釣りよ」

「最早一挙手一投足全てにイケメンオーラがにじむな…」



お釣りよ、と言ってぷいと顔を背けるのだ。属性はやはりツンデレである。

溢れ出るカリスマ。そしてイケメン。嫌いじゃないわ。



まあ貰ったものは遠慮せずに頂こう。

ベリッと包装を破き、パンを取り出す。ドローパンの最大の特徴は、その中身がランダムな事だ。

食ってみれば分かる事だが、しかしそこは食う前にチェックしてしまう。



ぱかっとパンを開く。そこからなんと、黄金色が覗いた。



「おお、黄金のタマゴパン」

「!?」



黄身、むしろ金身な目玉焼きが挟まれたパン。

それはデュエルアカデミアで飼育されている、一羽の金色の鶏が生む卵を使用して作った目玉焼きを挟んだパン。

そのおいしさは筆舌にしがたく、パンドラや斎王が口にしようものなら、リアクション芸の域を超えたリアクションをするとかしないとか。

テラ子安。



しかし、まあそれがどんなものかは食ってみなければ分からないわけで。

空きっ腹もあり、それを味わうべく口に運び―――



こもうとして、止めた。



「これ返すから、も一個買ってくれ」

「え?」



イケメンヒロイン(仮)が余りにも酷い羨望の眼差しを向けるので、その手の中に帰してやる。

きょとんとしている彼女にそれを押し付けた。

それを自分の視線が理由だと気づいたか、頬をさっと朱に染め、もう一つドローパンを購入すると、俺に渡してくる。



「…ありがと」

「礼を言われる覚えはないけど、まあこちらこそどうも」



俺のイケメンレベルが1上がった。イケメンフラッシュを覚えた。

どの技を忘れますか? →ネタ発言 メタ発言 時たまシリアス 指芸Lv1



「………」



無言でBボタン。イケメンフラッシュを忘れる。

大事そうに手の中の黄金のタマゴパンを見つめる少女に、俺は幾分か満足しつつ、パンの包装を破る。

そして食む食む。



ドローパン は めざしパン だった!

呪い装備を付けた時のBGMが脳内再生される。いや別にまずかぁないけどさ。

あんまおいしいと言い切れるものでも…

落差が酷いな。イケメンヒロインは一回目のドローでLUCK値全消費したらしい。

ていうかLUCK値は消費するもんでもなくないか。

まあいいか。



うむ、見てて面白くて可愛いし。

腹満たされたし。微妙に足りないが、その辺りはしょうがない。



「あら、ユニ?」

「ん?」



どっかで聞いた声がする。主にテレビの向こうから。

声のした方向に首を振ると、そこには、



「明日香…」

「どうしたの、こんなところで?」



天上院明日香がいた。

ブロンドの髪を腰近くまで流し、イケメンヒロインと同じ女子用のブルー制服を着た少女。

それにしてもこの女子用の制服はいつ見てもけしからんな。フトモモが実にエロい。もっとやれ。

ついでに、イケメンヒロイン(笑)には足りない、胸元の膨らみも凄い事になっている。

なんてこった、いけないと分かっていながらもこれはつい目が行ってしまう。



とはいえ流石にそれはセクハラのデッドラインを超えかねないので、不自然にでも目を逸らす。

それにしてもこっちのイケメンヒロインはユニって言うのか。



どうせ書いてる人間がオリキャラの名前? しかも外国人?

そんなのが決められるセンスが俺にあるわきゃねぇだろ! と開き直って、

遊戯王→結束の力→ユニオン→ユニとか付けたに違いない。

馬鹿すぎる。



「いえ、ちょっと。今朝は料理をしている暇がなくてね…」

「へぇ、珍しいわね」



そう言いながら明日香は俺に軽く視線をくれた。

このオシリスレッド風情が! と思われているわけではないだろうが。

オシリスさん舐めるなよ、一人だけOCG化してないからって馬鹿にすんなし。



「あなたは?」

「俺は…」



持ってきていたヘルメットを被る。当然、貴様らに名乗る名前はない現象が発生する。

明日香とユニは目を丸くして、それを見ている。



「俺は、太陽の子! 仮面デュエリストBLACK! アァゥエ゛ッ!!」

「「はぁ?」」



サラウンドで正気を問われる俺。おのれゴルゴム、いやクライシスか。

流石にまあこれはない。と、俺も思う。ので、ヘルメットを外そうとして、



「あぁうえ゛…? あぁヴえ…ア、ベ…?」

「ブラック・アベ…?」



おやおや~、エックスから二転三転、また新しい名前が…

RXには聞こえないよね。だがそれがいい。

今の俺は宇宙仮面デュエリストBLACK・安部Xとなったのだった。

アーヴェエックスと言うとアールエックスに聞こえなくもない。

そしてエイベックスに聞こえなくもない。

だからなんだと。



「うん、まあいいやブラック・アベエックスで。いや、もうエックスで」

「それは本名じゃないわよね…? まあいいけど」



いいのか。

それでいいのかデュエルアカデミア。それでいいのか天上院。

サイカイザー+BLACK・アベX=でXIカイザー・BLACK安部とかかっこよくない?



かっこよくないね。



「で、安部くんはユニと知り合いなの?」



安部くんにされてしまった。別に困らないからいいのだが。

あれだ、冗談でヒポポタマスを選んだらずっとそれだったとか、つい出来心で弓矢を盗んだら名前がドロボーになったとか。

まあそんな感じ。懐かしいなぁ。DASH3楽しみだなぁ。時オカ移植楽しみだなぁ。



「や、ちょっとまあ。今日知り合ったばかりですが」

「ええ、ちょっとわけありでね…」

「へぇ…」



軽く興味ありげな明日香。

だが、ユニの表情を見てか、それを突っ込むのは控えたようだ。

恐らく秘匿するものを持ち合わせている者同士、何らかのシンパシーでもあったのだろう。



「で、あんたたちの名前は」



知ってるけど、訊いておく。



「天上院明日香、中等部からの進学組よ」

「そう言えば私も名乗って無かったわね、ユニファー・リムアート」



ユニファ―って何さ。流石にユニだけじゃ駄目だと思ったか、なんか末尾に追加してるし。

まあ別にいいけどさ。



「へー、つまりエリートさんか。

 最下位独走の俺には金輪際、縁のなさそうな美少女に会えただけでこの購買にきた意味があるってもんだ」

「あら、ありがとう。でも、ちょっと順位が悪かったくらいで諦めるのは感心しないわ。

 同じオシリスレッドにも、クロノス教諭に勝っちゃう奴もいるっていうのに」



ふふ、と楽しそうに笑いながら明日香は言う。

やっぱり主人公は違うな、っていうべきか。



「ああ、俺も今日デュエルしたんだ」

「へぇ…! で、どうだったの?」

「完敗。あれは幾ら足掻いても話にならない差があった」

「ふーん…」



考え込む明日香。俺の偽らざる感想には真剣味があったのか、どうやら心に届いた様子。

まあ十代以外のオシリスレッドの意見に参考にするほどの価値がある、と思ってはいないだろうが。

俺のデュエルの腕にしたって、見た事無い上最下位なんだから最低ランクだろうし。



それにしてもユニファ―が喋らなくなった。

とりあえずそちらに目を向けてみると、両手に持ったタマゴパンを注視している。

目がきらきらしている。



「……食えば?」

「え、ああ、うん…」

「ユニの持ってるのって、もしかして…」

「金タ……黄金のタマゴパン」



金タマパンと言おうとして流石に自重する。

この状況で下ネタ行ったらユニファー泣きそうな気がする。

男同士ならこんな気兼ねしないが。流石に美少女二人がいれば自重する。

勿論地の文では自重しないが。



「ええ!? 引き当てたの!?」



明日香のテンションが変わる。

食い入るように見つめる明日香のせいで、とても食い辛そうなユニファー。

まあ別に俺には関係ないけど。



「明日香、さん? 食い辛そうだけど?」

「あ、ええ…そうよね、ごめんなさい」



名残惜しそうにもう一度タマゴパンを見ると、明日香はドローパンのワゴンに向かっていく。

今日の大当たりはもう引かれてしまっているが、まだパンは大量にある。

ので、もしよければ奢ってくれないかなぁ…なんて思いつつ、ふらふらと後ろについていく。



「あ…」

「ん?」



ユニファーの声が聞こえたので、振りかえる。



「あ、ありがとう…」



矢張り属性がツンデレである。

頬を染めて目を逸らしながら、大事そうに抱えたタマゴパン。

しかしそんなツンデレより、俺の目はどちらかと言うと明日香のお(ry

何でもない。



「二つ買わせたお詫びだって、今度PDA貰ったらちゃんと一つ返す」

「いらないわよ」



そんなにタマゴパンが食いたかったのか。

嬉しそうにタマゴパンを口に運び始めるユニファー。

まるで子供である。



見ているのもあれなので、俺は明日香を追ってワゴンの方へ行く。

すると先程までいなかった人物、少々太めの身体の女性店員。まあトメさんである。

ドローパンのワゴンを確認しにきていたようだが、俺を見ると何か反応された。



「あら、その被りモノ…アンタ、この前流れ着いた男の子でしょ!」

「え、あ、はあ」



そう言えば変身(笑)したままだった。



「そうそう! 大徳寺先生に頼もうと思ってたんだけどねぇ、あれあれ!

 セイコちゃん、あれ。持ってきて!」

「あ、はぁーい」



カウンターの奥で、在庫の整理をしていたセイコさんが顔を出して応えた。

あれで分かるのか。と言うかセイコさんマジかわいいわ。好みです。



ぱたぱたと慌ただしく(可愛らしくと言ってもいい)セイコさんが走ってくる。

その手には、アカデミアのモノとは違う旧型デュエルディスクと、PDAがあった・

と、言う事は。



「はいっ、どうぞ!」



俺に、セイコさんの手から、PDAとデュエルディスクが渡される。

セイコさんと手が触れてしまった。何たる役得。



「それそれ! アンタ、デュエルディスク持ってなかったから取り寄せてたのよ!

 ここの特注のは今、在庫がなくてねぇ…今はそれで我慢してね」

「いえ、ありがとうございます」



やだねぇ、と手を振るトメさんとセイコさんに礼を言う。

なんか妙に都合がいい感じに流れていくな。

なんて考えていたら、暗くなっていると勘違いされたのか、トメさんに励まされた。



「ほら、そんな暗い顔していないで! これでも貰って元気だしな」

「え?」



トメさんが一枚のカードを俺に渡す。



「今朝落ちてるのを見つけてね、あたしにはよく分からないけど、きっと役に立つカードだよぉ」



ぱん、と肩を叩いて仕事に戻るトメさん。

一応セイコさんも戻る前に頑張ってください、と言ってくれたのが地味に嬉しい。

いや美人の応援とかホント嬉しいわ。



のほほんとしながらトメさんがくれたカードを見てみる。



超 融 合



「ブフゥウッ!?」



流石に噴いた。

俺が落したんだからおかしくないけど、流石にそれは俺の受け切れるボケの許容量オーバー。

せめてハネクリボーであってくれれば突っ込めたのに。



…まあ。変な奴に拾われなくてよかった。

これが悪用とか少なくともこの世界じゃ洒落にならないからな。

トリシューラとかwwwそんな雑魚に何ができるの?www

ってくらいすげーリアル効果持ってるし。



これ使って元の世界に戻れるかやってみるか…



「どうしたの、安部くん?」

「ん、ああ。ちょっとな…」

「ふぅん…あらそれ、旧型のデュエルディスク?」



俺が持っているディスクを見て、明日香は首を傾げた。

新入生は今日、アカデミアディスクを貰うのだろうから、それも当然の反応だろう。



「足りないらしくて。俺の分はまた今度ってさ」

「そうなの? うーん、そう言う事はないように学園は調整している筈だけど…」

「ま、別段困るわけじゃないし、いいさ」



ディスクを付けてみる。

適当にボタンを押してみると、ガシャン展開してぺかぺかと光り始める。

5D’sのディスクの動力はモーメントだけど、こいつは何なんだろう。電力?



「あなたがいいならいいけど…

 ねぇ、今からちょっとデュエル場までいかない? あなたの実力、見てみたいわ。

 丁度デュエルディスクもしているし」

「あ、悪い。今からちょっと用事が一件入っちゃったんだ。折角のお誘いなのに、すまないけど」

「そう、ならしょうがないわね。また今度にしましょう」



溜め息を一つ。十代の実力を測るための前座、と言ったところだったのかもしれない。

やってみたくもあるが、先にこれを確かめたいんだ。



「ホント、悪いな」



そう言って外を目指す。

そう言えばこれからデュエル場って事は、一緒に行けば青い頃のサンダーが見れたのか。

まあ青い頃のはどうでもいいから気にしない。

ただしサンダーコールは絶対に参加したい。



さて、出来るのだろうか。











アカデミアの前に止めていたバイクに飛び乗り、スロットにカードキーを投入。

起動するAIのX、めんどいから平仮名でえっくすでいいや。

そのえっくすのカードゾーンに超融合を置き、検索させる。



『起動:要求:指令を入力して下さい』

「今セットしたカードの能力で、観測できる世界が増えたりしない?」

『検索:観測、移動可能な世界の増加を確認。確認出来た移動可能かつ、移動後に搭乗者の生命を脅かす危険のない世界。

 百四十三億八千九百四十七万九千三百八十四つの世界を確認。内容を全て確認しますか?」



増えたなおい。いや、これでも少ない方なのかも。

だが流石にこれを全部チェックは出来ないし。



「……このカードが作られた世界、で逆探知とかかけられない?」

『了解:検索:―――可能。一つの世界が探知にかかりました』



解決した。

何だ、こんな簡単に解決する程度の問題だったのか。

と、なると……思い出には、もう一戦。



まあカード拾いがまだあるんだが。



「なあ、今のエネルギーで時間移動出来るか?」

『可能』

「よし、じゃあ行くぞ」

『了解:<System Advent "X" Duelist.>起動:3カウント後、発動します。3:2:1』

「GO! アクセルシンクロ!!」



ホープ・トゥ・エントラストが加速する。

流石に三度目、それもくる瞬間が分かっていれば、流石に気絶はしない…!

が、やっぱキツイ…!



「う、ぉおお……!?」

『要求:イメージしてください。あなたが辿りつきたい、デュエリストの事を』



そんな事、決まっている。俺は、……!











バキィイイイン、と歪曲した空間の壁を突き破り、新たなる時代に辿りつく。

何とか気絶はしなかったが、二度とはごめんな感覚である。



D・ホイールを降りる。

どうやら港に辿りついていたらしく、人気は感じられない。

足許に紙切れが飛ばされてきたので、それを拾ってみる。



『バトル・シティ決着! 初代デュエルキング 武藤遊戯!』

紙切れは新聞の切れ端。大きく取り上げられた、後々世界に常識とされるカードゲームの大会の事。

始まりにして至高。最強にして無敵。時代を超越して頂点に君臨する王者。



武藤遊戯。そして古代エジプトの王、アテム。



「大当たり…だな」



自然と喜悦に頬が緩み、緊張に口がひくつく。

これから無謀にも挑戦しようとしているのは、生きた伝説。未来永劫続く神話。



デッキが嘶く声が聞こえた気がする。

楽しみなのだろう。最強にぶつかれる事が。



「行こう」



再びD・ホイールにまたがる。

ドーマ編がどうなっているのかはしらないが、多分この平和そうな街並みを見る限り始まってすらいない筈。

望むところである。











「すっげー! これが神のカードかぁ!!」

「かっこいい!」

「この前のバトルシティ大会で手に入れたんだって!」

「おおー!」



お世辞にも広いとは言えない空間に歓声が高鳴る。

その原因は、もう一人のボクがバトルシティでの命がけのデュエルで勝ち取った、三枚の神のカードなのだ。

ひょほほほ! という笑い声がするのをじっとりと見つめるも、じーちゃんには効果が無い。



あのカードはもう一人のボクが勝ち抜いた証というだけでなく、

エジプトにあるという王の記憶の石板に関する、重要なカードなのだ。

それだっていうのに、じーちゃんは夜通し土下座してでも飾る事を求めてくる。

ボクは駄目だと言ったが、とうのもう一人のボクが折れてしまったのだから仕方ない。



はぁーと大きく溜め息一つ。

もう一人のボクは、じーちゃんに甘過ぎると思う。

こういうときはがんとした態度で跳ね除けなくては。



「ではいよいよ、亀のゲーム屋主催のデュエリストレベル認定大会を始めるぞい!」



じーちゃんが告げた開幕の合図と同時に、ゲーム屋に集まった子供たちが元気よく応えた。

それだけ見てると微笑ましくて、ボクも楽しめるんだけど。



「おっしゃー! ぜってー遊戯と同じレベル8になってやるぜ!」



城之内くんが昨日寝ずに考えて来た、と言っていたデッキを握りしめて決意表明。

デュエリストレベルというのは、海馬コーポレーションが定めたデュエリストの戦績と実績を8段階に評価したもの。

ボクはこのシステムが出来た時からレベル8に設定されていたのだけれど、多分それは海馬くんに勝ったのが原因なのかな。



今レベル5の城之内くんは、この大会であと3つのレベルを上げて、レベル8になろうとしている。

残念ながらレベル8の人間は参加できない大会だけど、ボクは今回城之内の応援に専念して…



「今回一番優秀だった者には、亀のゲーム屋大会特別サービスとして、ここにいる遊戯へのデュエル挑戦権が与えられるのじゃ!」

「「「「おおおおおおお!!」」」」

「ぶっ!」



突然の出来事に吹き出し、せき込む。

そんな事一言も聞いていない。またじーちゃんの悪い癖が…!



「じーちゃん! 勝手に決めないでよ!」

「ひょほっほ、聞こえなーい」



耳を塞いで知らんぷりのじーちゃん。

更に詰め寄ろうとするボクの前に、目を輝かせた小学生くらいの男の子たちが割り込んでくる。



「あの…遊戯さんとデュエルできるなんて…夢みたいです!」

「バカ、デュエルしてもらうのは俺だぞ!」

「ち、ちょっと…タンマ!」



じーちゃんが勝手に決めた事を信じて、もう一人のボクと闘えると張り切っている。

流石にこの状況でデュエルしない、とは言えず思わず店外へと飛び出した。

引き止める声が背中にかかるが、このまま為されるがままにしているわけにはいかない。



「まったくもう…じーちゃんめ! ボクを店の広告塔にするつもりだな!

 そんなのもう一人のボクも絶対に反対する筈さ!」



もう一人のボクはそんな事のために闘ってきたわけじゃない。

どうせ、もう一人のボクの事だからじーちゃんにせがまれれば折れちゃうだろうけど…

そーいうのはボクの方でシャットアウトだ。



ぶつぶつとじーちゃんへの恨み言を呟いていると、店の外からデュエル大会を観戦している子たちが目に留まる。

どうしたんだろう? 参加者なら、中に入ればいいのに。



その子たちに声をかけてみようかと、近づこうとした時。

キィイインと、いやに静かに動いているバイクのエンジン音がした。

振りかえってみると、大きな白いバイクに乗った人が、そのバイクを店の横につけている。



狭い店だから駐車場もないし、しょうがないけど…

フルフェイスのヘルメットを被ったその人は、バイクを降りるとボクの方へ歩いてきた。



「はぅあーゆー」

「え!? あ、いや…英語はちょっと」

「俺も分からないから気にするな」



え? いや、君の方から英語でいきなり…



変な人だな、と思ってよく見てみると、ヘルメット以外はまるでバイクに乗る人間とは思えない恰好だった。

まるで学校の制服のような服装で、普通に走っていたのだろうか。



「あなたもデュエリストレベル認定大会に参加しに?」

「認定大会?」



疑問そうに少し首を傾げた後、店のドアに貼られたチラシを見る。

そこに書かれたものと、店の中の様子を少し見てから、再びこちらに向き直った。



「違うんですか?」

「ああ。だけど、参加したいな。トップならあんたと闘えるんだろ?」

「え、ええ!?」



その情報、じーちゃんが今この場で解禁したものと思っていたが、実はもっと前から…?

じーちゃんの作戦に乗せられるのは嫌だけど、こうやってもう一人のボクと闘うために来ている人がいると考えると…

もう一人のボクに頭を下げて、出てきてもらった方がいいかもしれない。



「じーちゃんってば、もう…!」

「あ、あの!」



ボクの事をヘルメットの下で見つめてくる人の視線に頭を悩ませつつ、再びじーちゃんに恨み言。

そうしていると、さきほど店の中を外から覗いていた子たちが、いつのまにかボクの後ろにいた。



「え?」

「い、いますぐこの大会を中止してください!」



4人組の少年たちの中、中心にいる眼鏡をかけた子が訴える。

そのセリフは予想外で、面食らってぼうっと立ち尽くす。

ただ、続く言葉には茫然自失だったボクを一気に引き戻すインパクトがあった。



「そうしないとこの店、潰されちゃう!」

「ええー!?」



ドアごしに店内を見る。そこには、デュエルテーブルにつく城之内くんの姿。

肩を落としているのを見る限り、それは多分、負け姿。

向き合う席に座っている太った男に負けたのだろう。



「城之内くんが…!?」

「僕たち、隣町でデュエリストを目指していたんです。

 この店みたいに、みんなが集まってデュエルする場所があって…でも、そこに奴らがやってきた」



奴ら。彼らはそう言って、店の中にいる人間を見る。

城之内くんの相手をしていた太った男と、その背後に立つ角刈りのノッポと、フードで顔を隠した男。

その三人の事だろう。



少年たちの言葉を最後まで聞かず、ヘルメットの彼は店へと向かっていく。



「あ、ちょっと…!」

「奴らはデュエルが強くて、僕たちじゃまるで敵わなかった…

 でも、奴らに負けたからって大会を中止してくれって言ってるわけじゃないんです!」

「え? それはどういう…」

「僕たちからはレアカードを奪い、店からは上納金を巻き上げる…

 奴ら、『ストア・ブレーカー』はそうやって僕たちの町のカードショップを支配したんだ…

 そんな状態が続いて、僕たちの町のカードゲームプレイヤーはバラバラになってしまった!

 奴らのせいでみんなで楽しくデュエルできる場所を奪われてしまったのが悲しいんだ!!」



息を呑む。そんな奴らがいる事も、そんな奴らのせいで彼らが今、泣いている事も。

そんな事は許せなかった。



「そんなのはもう、僕たちだけでいいんだ…」



歯を食いしばる。怒りがふつふつと沸いてくるのが感じられる。

その心の怒りに、もう一人のボクが応えてくれる。



『相棒、オレに任せな。デュエリストの誇りを持たないそんな奴らには言葉はいらない』

「うん、お願い……もう一人のボク」



首から下げた千年パズルのウジャトが輝きを放ち、ボクの身体に宿る二つの心を入れ替える。

眼を瞑り、いつも通りに心に願う。



再び眼を開けた時、この身体を動かすのは相棒ではなく、オレとなっている。



「待ってな、そのストア・ブレーカーなんていうクズ共は、すぐに片付けるぜ」



4人の涙を流す少年たちに言葉をかけ、店の中に入る。

そこに広がっていたのは、オレたちには思いがけない光景だった。











ダン、とデュエルテーブルを叩く。

今座っているデュエリスト二人、太った男と城之内克也は驚いたようで、俺を注視する。



「お前がいまここで最強なんだろ。なら次は俺とだ」



太った男に対して言い放つ。そいつは軽く舌打ちして、背後のフードをうかがっている。

フードはそれには興味ないとでも言わんばかりに、顎をくいと振って勝手にしとけという仕草。



「それとも、最強なのはお前か」



太っているのから視線を外し、後ろのフードに眼を向ける。



「フン…」

「俺は是非ともデュエルキングとやりたくてね、この場の最強が欲しいんだ。

 ああ、お前が最強を賭ける代わりに、俺はこんなものでも賭ければいいのか?」



ポケットからカードを5枚取り出して、テーブルに出す。



「エクゾディアじゃねぇか…!」



俺の後ろから城之内の声が聞こえる。

よく見知ったカードであるからこそ、その価値も知っていると言う事だろう。

この時代で特別価値の高いカードと聞いて、浮かんだのはそれくらいだった。



「足りないか、ならこいつもだ」



更に3枚。



「おわっ!? 真紅眼レッドアイズがさ、3枚…!?」

「3枚で100万以上にはなるだろ」



これでどうだ、とフードを見る。

微かに口角を吊り上げたフードは太いのにやってやれ、とジェスチャーで伝えた。

太いのも太いので、100万以上になるカードの登場に下品な笑いが止まらない様子だ。



「100万か…!」

「カードが金にしか見えねぇんだな…! 人のカードを奪う奴らには」

「ど、どういう事だ…?」



話の流れについてこれないまま何故か挟まれた城之内が、疑問の声を上げる。

だがそれを丁寧に1から10まで話してられるほど、俺の頭はクールな状態ではなかった。

悪いとは思いながら、城之内の肩を引いて席から無理矢理どかす。



そこに座り、フードを指差す。



「お前がやれよ、負けたら奪ったカードを全部持ち主に返せ」

「ああ、いいだろう。だが私からじゃつまらない。まず、そいつを倒してみな」



太いのを指差す。

そんな事を言っている理由など一つしか見つからない。



「相手の手の内が見えないと勝負の席にもつけないのか。いいぜ、見ろよ」



デッキをテーブルの上で、全部開示する。

流石にそれはフードも微かな驚きを見せた。

城之内もデュエル前にデッキを全て見せる俺の態度に、はぁ!? と理解出来ないと言った声を上げる。



「ハハハハハ! そんな事をして勝てると思っているのか?

 逆上して手の内を全てさらしてくれるとはな……手間が省けた、いいだろう。私がやってやる」



太いのをどけ、フードの男が席に着く。

被っていたフードを脱ぎ、肩にかかる長い髪と充血した眼を露わにした男は、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。



「だが、私たちの持っているカードとその8枚だけでは流石にアンティの釣り合いが取れないな」

「お前……!」

「いいぜ、ならそれに3枚のゴッドカードもつけてやる」



未だなお恥知らずな発言を続ける男に対して、俺がいい加減殴りかかりかねないほどに怒りが積もった時。

後ろから声がした。

それは威風堂々、こんな雑兵どもとは比較にならないほど、誇りに満ちた声だった。



「遊戯!? おま、神のカードは…!」

「アンタ。手の内を全部さらしてたが、勝てるか?」

「強さとレアリティだけを見て自分のカードを持たずに、他人のカードに縋る奴らに負ける理由がない」

「なら、アンタに託すぜ」



俺たちのやりとりを見た上で、優男はコートをはだけ、そのコートに納められたデッキを見せつけてくる。



「お前のデッキのカラー機械メタル

 それが私にさらされた時点でお前に勝ちはない。ここまで簡単に神のカードを手に出来るとはな」

「御託はいいからとっとと座れよ、ここには後ろに居るデュエルキングに挑戦しにきたんだ。

 ゴミ拾いのためにきたわけじゃない」



ばん、とデッキをデッキゾーンに叩き付ける男。



「あ、あー!? こやつはカードショップ仲間から要注意人物としてあげられておった……!

 百のデッキを持つデュエリスト! 百野真澄じゃ!!」

「じいさん! 今更おせぇよ! ……って百ぅ!?」

「ああ、そうじゃ。その全ては対戦相手が使ってくるだろう、あらゆるデッキに対抗できるアンチデッキ…!」

「アンチデッキ…俺もそいつにやられたってわけか」



デッキをシャッフルしてデッキゾーンに置く。



「ジイサン、それは間違ってる」

「ほ?」

「こいつをデュエリストとは呼ばない。行くぞ」

「フン」


「「デュエル!」」



ディスクを使っているわけではない今は、先後攻の決定は本人たちに任される。

俺が百野の様子を窺うと、奴は先攻を取る気配がなく、後攻を望んでいる事が見て取れた。



「俺の先攻、ドロー! フィールド魔法、機皇城を発動。更にフィールド魔法ゾーンにカードをセット」



一度機皇城をフィールド魔法ゾーンに置き、直後にそれを取り除いて新たなフィールド魔法をセットする。

機皇城は当然、ルール効果によって破壊を余儀なくされて墓地へ送られた。



「何やってんだよ! 折角のフィールド魔法を…!」

「いや、恐らくあれは…」

「機皇城の効果発動。フィールド上に存在するこのカードが破壊され、墓地に送られた時、

 デッキから機皇帝と名の付いたモンスター一体を手札に加える。

 俺はデッキから機皇帝グランエル∞を選択」



デッキから手動でサーチし、手札に加えた後にシャッフル。

再びデッキゾーンにそのデッキを戻した。

最近はDホイールのオートシャッフルに頼ってばかりで、久しぶりにカードを切るデュエルだ。



「機皇兵スキエル・アインを守備表示で召喚。

 そして永続魔法、マシン・デベロッパーを発動。カードを一枚伏せてターンエンド」



機皇兵スキエル・アインの元々の攻撃力は1200。

そしてマシン・デベロッパーは永続的に機械族の攻撃力を200ポイントアップさせる。

つまり、今のスキエル・アインの攻撃力は1400となる。

まあ攻撃力がどうなろうと、守備表示では意味がないが。



「フン…私のターン、ドロー」



手札を数秒間見つめていた百野は、僅かに口角を上げる。

相手にはこちらのデッキの内容が割れている。それを思えば、じっくりと戦略を練るのも分かるが。



「私は手札のサイバー・ドラゴンを特殊召喚!」

「サイバー、ドラゴン…!」

「サイバー・ドラゴンはレベル5だが、相手フィールドにのみモンスターが存在する場合特殊召喚できる」



フィールドに置かれたカードを見る。

この時代にもこいつがあったとは知らなかったが、ありえない話ではない。

翔の回想でGX時代の大分昔にパワーボンドなども出て…



「!?」



しかし、それは余りにも違った。

本来この時代にあり得るカードではないだろう。



黒いサイバー・ドラゴン。俗にシャドウverと呼ばれるタイプのカードイラストだ。

―――これは、もしかしたら。



「そのカード、どこで手に入れたんだ。奪ったカードじゃないだろう、拾ったのか」

「…フフ、なるほど。あいつが言ってたのは貴様の事か。

 なら都合がいい。このカードはお前を倒した後、正式に私のカードだ」

「あいつ…? まあ、いい。返してもらうカードが増えただけだ」

「出来はしないよ、バトルフェイズだ」



よりいっそう笑みを深くして、奴は宣言する。

俺にはその宣言に割り込むカードの発動があるわけではないので、そのまま流す。



「サイバー・ドラゴンでスキエル・アインを攻撃。

 マシン・デベロッパーはフィールド全体に効果を及ぼす、私のサイバー・ドラゴンの攻撃力もアップ!」



スキエル・アインの守備力は1000。サイバー・ドラゴンの攻撃力は2300。

当然、破壊されるのはスキエル・アインだ。

フィールドに置かれたカードを取り、墓地へ移動させながら、奴を睨めつける。



「履き違えんなよ。お前の、サイバー・ドラゴンじゃない」

「フ…」

「スキエル・アインの効果。戦闘破壊された時、デッキから機皇兵と名の付くモンスターを特殊召喚できる。

 俺はデッキから、機皇兵グランエル・アインを守備表示で特殊召喚。

 更にマシン・デベロッパーの効果、機械族モンスターが破壊された事により、ジャンク・カウンターを二つ乗せる」



テーブルの隅に設置されていたトレイから、カウンターを二つ取り出して乗せる。

そして、伏せたカードに手を伸ばした。



トラップ発動、デストラクト・ポーション。

 自分の場のモンスター、グランエル・アインを破壊する事で、その攻撃力分のライフポイントを回復する」



特殊召喚したモンスターをそのまま墓地へ。

ライフカウンターはないので、恐らく自力で計算しろと言う事だ。

グランエル・アインの元々の攻撃力は1600。

そこにさらに、マシン・デベロッパーの永続効果で200ポイントアップしている。



「更にこの瞬間、手札の機皇帝グランエル∞の効果発動。

 自分の場の表側表示モンスターが効果によって破壊され、墓地に送られた時、特殊召喚できる」



機皇城の効果で手札に加えたグランエルをフィールドに。

そして再びカウンターが入っているトレイに手を伸ばす。



「機械族モンスターが破壊されたこの時、更に二つジャンク・カウンターを追加する」



これでマシン・デベロッパーのジャンク・カウンターは四つ。

そして俺のフィールドには最上級モンスターに匹敵する機皇帝が呼び出された。



「機皇帝グランエルの元々の攻撃力、守備力は0だが、俺のライフポイントの半分がそれぞれの能力値に加えられる。

 俺のライフは5800。よってその半分、2900が今のグランエルの攻撃力」

「おお! 自分のモンスターを破壊してライフを回復するカードと、

 自分のモンスターが破壊された時に召喚出来るモンスターで、上手くコンボを繋げおった!」

「よっしゃあ! これであの機皇帝ってモンスターはそう簡単に倒せなくなったぜ!」



ジイサンと城之内が喝采を上げ、それにつられて背後の子供たちも喜色を浮かべた。

だが、これは相手がどう対応してくるのか見るための策。

奴の場にはサイバー・ドラゴン。奴は機械族を徹底的にヘイトしてくる筈。

ならば、ここから出てくる手は一つ。



「フ…倒す必要なんてないんだよ。

 私のデッキには、機械族を倒すどころかその力を自分のモノにしてしまえるモンスターがいるのだから」

「へ! だったらやってみやがれ!」



城之内が中指を上に立てて、百野を挑発する。

その様子を見た奴は、城之内を小馬鹿にした目で見た後に、エクストラデッキ…融合デッキか。

そちらへ手を伸ばした。



矢張りくるのか。



「ああ、今見せてやろう」

「え?」

「の、前にだ」



手を戻す。城之内に向けられていた視線は再び俺へ。



「ヘイトデッキを相手にしたデュエリストたちは、何をやっても破れない壁にいずれ絶望する。

 貴様が託した希望を、元・貴様のカードたちで絶望に染めてやろう!」



手札から2枚のカードを引き抜き、俺に見せる。



「手札のマシンナーズ・フォートレスとサイヴァー・ヴァリーを墓地へ送り、

 墓地へ送られたマシンナーズ・フォートレスの効果を発動! このカード自身を特殊召喚する」



一度セメタリーに送ったマシンナーズ・フォートレスをフィールドに召喚。

ステータスは最上級の標準値だが、それの特性は墓地からさえもコストさえ用意すれば蘇る不死性。

軽く舌打ち、対処が容易ではない。



「更にプロト・サイバー・ドラゴンを通常召喚」



更なる追加モンスター。

恐らく、これから召喚するモンスターのための下準備。

それは喰った機械族モンスターの数だけ力を得る機械獣。



「そしてぇ!」



今度こそ、奴はエクストラデッキを掴みとり、その中から一枚のカードを選び取る。

見せつけるようにさらされるカードの姿は、矢張り見紛う事なき俺のよく知るモンスター。



「フィールドのサイバー・ドラゴン、プロト・サイバー・ドラゴン、機皇帝グランエル∞を素材として……

 キメラテック・フォートレス・ドラゴンを特殊召喚!!」

「相手の場のモンスターを融合素材にするじゃと!?」

「何だそりゃ、テメェ卑怯だぞ!?」



ジイサンと城之内はこちらの言いたい事を全部代弁してくれる。

それ以上特に言う事もなく、なおかつこうなる事は見えていたので特段驚きもない。

二つ並ぶ強大な要塞は、俺のカードでありながら俺に向かい牙を剥く。

どちらも強靭な力を持っている事は何より、俺が知っている。



「…アンタは知ってたんだろ? こいつが使うモンスターの能力を」

「ああ、よく知ってる。よーく、な」

「そうか」



遊戯はそれだけ言うと、不敵な笑み。

例えどんな状況になろうと、その姿勢は崩れないだろう。



「私は最後に魔法マジックカード、タイムカプセルを発動する。

 デッキからカードを1枚選択し、裏側の状態でゲームから取り除く。

 タイムカプセルを発動してから二回目の自分のスタンバイフェイズ時、このカードは手札に加わる」



一度デッキを取り、その中から1枚のカードを選び取った奴は、裏向きでフィールド外にカードを置く。

後に並びを見たデッキをシャッフルして、元の位置へ。



「ターンエンド。フフ…貴様自身のカードたちに歯向かわれる気分はどうだ」

「完全にキてるよ。お前の面を張り倒したくてしょうがない。俺のターン」



カードをドロー。こいつは分かっていない。

得意げに俺のカードを使い、お前が俺を追い詰める度、こいつらの声がする。

一緒に闘ってきた奴らだ。簡単に分かる。



「闇の誘惑を発動。カードを2枚ドローし、手札から闇属性のモンスターをゲームから取り除く。

 機皇兵ワイゼル・アインをゲームより除外」



プレイフィールドから外れた場所に、ワイゼル・アインのカードを置く。

俺の手札から召喚可能なモンスターが消えるが、それでいい。

ああ、こいつらの声に耳を傾けさえすれば、絶対の自信をもって言える。



「マシン・デベロッパーのもう一つの効果だ。

 カウンターの乗ったこいつを墓地へ送る事で、カウンターの数以下のレベルの機械族を墓地から特殊召喚する。

 ジャンク・カウンターは四つ。俺が特殊召喚するのはレベル4のスキエル・アイン。守備表示」



フィールドにプレイされているマシン・デベロッパーに乗せたカウンターを、じゃらじゃらとトレイに返す。

そしてカウンターを取り除いたカードを墓地へ送り、墓地からスキエル・アインをフィールドに戻す。



「カードを1枚セットし、ターンエンド」

「おいおい…下級モンスター1体だけじゃあのモンスターたちは止められないぞ…!」



城之内の焦燥の声が聞こえる。

あちらからすれば、見ず知らずの俺に神のカードの運命が左右されるのだから、堪ったものではあるまい。



「私のターン。フフ…!」



引いたカードを見た奴が、低く笑う。



「いいカードを引いたかよ」

「ククク…! ああ、いいカードだ」

「本当にそうかな?」



逆に言い返すと、くつくつと嗤っていた百野はその嗤笑を止めた。

逆にくつくつと笑い返す。

ヘルメットを被っているので表情は見えないだろうが、揺れるヘルメットとくぐもった笑い声で分かるだろう。



「…ッ! このカードを見てまだそれが言えるかな?

 魔法マジックカード、システム・ダウンを発動!!

 1000ポイントのライフを支払い、相手のフィールドと墓地の機械族モンスターを全てゲームから取り除く」

「…スキエル・アイン、グランエル・アイン、グランエル∞をゲームから除外」

「やべぇ! 壁になるモンスターまで消されちまった…!」



三枚のカードをフィールドと墓地から、ワイゼル・アインに重ねるようにゲーム外へ。

俺の場はこれでガラ空き。伏せリバースはあっても、それは二体の攻撃を止められるものじゃない。

ニタァと顔を崩した百野は、高らかに宣言する。



「キメラテック・フォートレス・ドラゴンの攻撃力は融合素材の数×1000。よって3000!

 そしてマシンナーズ・フォートレスの攻撃力は2500! 合わせて5500のダメージだ!!」

「300残るな。で、もう終わりか?」

「ッ!! 幾ら強がろうが、この状況は逆転しない!」

「なら、俺のターンだ」



カードをドローする。

機械族のメタデッキを謳う以上、キメラとシステム・ダウンは分かり切っていた。

そして、俺のデッキはそんな程度の逆境で負ける筈がない、そう言っている。

奴は気にしていないのだろう。その場で凌いでしまえば、逆転などできないと思って。



だから、俺のデッキを見ていながらシステム・ダウンを使った。



伏せリバースカード発動オープン! 異次元からの帰還!」

「な!?」

「見ていた筈だぜ? 俺のデッキに1枚入っているのを。それとも、こんなに都合よく引いている筈がないとでも?」

「ぐぅ…!」

「ライフコスト。全ライフの半分を払い、効果を発動。

 除外されている自分のモンスターを可能な限り特殊召喚する。

 グランエル∞は召喚制限を持っている為召喚出来ないが、ワイゼル・アイン、スキエル・アイン、グランエル・アインを特殊召喚だ」



元々残り300のライフが150になったところで、痛くも痒くもない。

ゲームから取り除いていた三体の機皇兵たちをフィールドに並べる。

だが、幾ら並んでも二機の移動要塞には届かない。



「だが、幾ら雑魚が並んだところで…!」

「どうかな。フィールドに三体の機皇が並んだこの時、新たなる機皇が呼び覚まされる…

 俺は手札から機皇神龍アステリスクを特殊召喚!」



アステリスクを特殊召喚すると同時、奴が失笑した。



「その攻撃力0の壁にもならない雑魚で何をするつもりだ」

「機皇神龍は召喚された時、自身の攻撃力を持たない。

 だが、三体の機皇兵たちが己を供物とし、その眠りし力を呼び起こすのさ。太陽神のカードのようにな」



城之内が店の壁に掲示されたラーの翼神竜へと目をやる。

そして再びアステリスクへと目を移し…



「確かに色は似てるような…ってもそんなに似てないような…」

「城之内くん…」



遊戯が僅かに肩を落とした。



「ワイゼル・アイン、スキエル・アイン、グランエル・アインの三体を墓地へ送り、アステリスクの力とする!

 三体のモンスターの攻撃力、それぞれ1800、1200、1600の合計。4600がアステリスクの攻撃力となる!」

「ああ! そーいうことか!」

「…城之内くん」



遊戯が更に深々と肩を落として見える。



これでアステリスクの能力値は二体の要塞のそれを越えた事になる。

ギリ、と歯を食いしばった百野の顔には、驚愕と焦燥が浮かんでいる様子。

メタを張って、相手の戦略を見ずに潰してきた奴の限界か。



「アステリスクでキメラテック・フォートレス・ドラゴンを攻撃!」

「くっ…!」



キメラテック・フォートレスは戦闘破壊され、攻撃力の差分1600ポイントが奴のライフから引かれる。

ライフが1400となった奴は、フィールドに置かれたカードを墓地へ送る。

その表情は苦渋に満ちていた。



「どうしたんだ? 追い詰められてるぜ、お前」

「フン…! だがこの程度で…! 私のターン!」



ドローしたカードを見ずに、奴は焦りを見せたままの顔で俺の嘲笑う。



「タイムカプセルを発動してから二度目のスタンバイフェイズだ!

 フィールドに残っていたタイムカプセルを破壊して、除外していたカードを手札に加える!

 そのカードは、未来融合-フューチャー・フュージョン!!」



単純な機械族メタだけではなく、それで封じた上での1ターンKillのギミック。

未来融合を使い、墓地の機械族を肥やす事で墓地融合のオーバーロード・フュージョンに繋げるコンボ。

だが……



「フューチャー・フュージョンの効果!

 私はデッキから、サイバー・ドラゴンを含む14体の機械族モンスターを墓地へ送る。

 そしてこのカードの発動から二回目のスタンバイフェイズを迎えた時、キメラテック・オーバー・ドラゴンを融合召喚する!」

「じゅ、14体!? なぁじいさん…そんな融合モンスターがいるのか!?」

「い、いやぁ~…ワシには何とも」



手札にキーパーツは揃っていない。

オーバーロード・フュージョンだけではない。墓地の機械族を利用できるサイバー・エルタニンもないのだろう。

俺のカードを利用している以上、どちらも1枚しか入っていないだろうから、引き当てる確率は高くない。



だが、カードが奴に応えるのであれば、不可能なんかじゃない。

そして絶対に言える事が一つ。カードは奴の声には応えない。

他人のカードで闘っている事じゃない。

カードを奪い、デュエリストとカードの間に存在する絆を壊す奴に、カードとの絆は築けない。



「強欲な壺を発動! カードを2枚ドローし、…マシンナーズ・フォートレスを守備表示に!

 カードを1枚伏せてターンを終了する…!」

「俺のターン!」

「この瞬間、トラップ発動、サイバー・シャドー・ガードナー!」



百野が伏せていたカードを開き、モンスターゾーンに出す。

モンスターとして扱う事の出来るトラップ



「サイバー・シャドー・ガードナーは相手ターンのメインフェイズにのみ発動可能なトラップ

 このカードが戦闘の対象にされた時、このカードの攻撃力、守備力は攻撃宣言したモンスターと同等となる」

トラップモンスター…リシドが使ってたみたいな奴か…

 どっちのデッキも見た事無いカードの応酬だぜ…」

「幾ら攻撃力4600の機皇神龍アステリスクと言えど、奴に攻撃しては相討ちされてしまうと言う事か…」



ドローしたカードを見て、微かに逡巡。

こちらの手が遅いのは、まあ俺の実力が低いせい。

もっとも相手があのザマなのでは気にかける必要はないのかもしれないが。



「ターンエンド」

「私のターン。カードをドローし、ターンエンド」



次のターン、奴の場にはキメラテック・オーバー・ドラゴンが降臨する。

それを皮切りに何らかの攻撃に転じる手段があるのか、奴の口許は微かに余裕を湛えていた。



「俺のターン!」

「サイバー・シャドー・ガードナーを発動!」



再び奴の場に現れる鉄壁。

その写し鏡の壁は、如何にアステリスクとはいえ突破不能。

しかし次のターンには、キメラテック・オーバー・ドラゴンが出る。

出た瞬間、それの効果によりその写し鏡は砕け散る事となるのだから、わざわざ今、どうこうするものでもないだろう。



「永続魔法、冥界の宝札を発動。

 二体以上のモンスターを生贄に、最上級モンスターの召喚に成功した時、カードを2枚ドローする」



行うべきは、奴が自滅以外の行動を許すカードの発動をした場合の対策。

そして、更に続くターンにおける主導権の奪取。

そのために――――神を喚ぶ。



「そして、神を喚ぶ悪魔の聖域―――デビルズ・サンクチュアリを発動!

 メタルデビルトークンを一体、俺の場に特殊召喚する!」



神を喚ぶための聖域。それは、三幻神のみならず、他の神を冠する者たちをも呼び寄せる。

このデッキに唯一混ざる、機械族以外のモンスター。

それを手札から引き抜く。



「機皇神龍アステリスクと、メタルデビルトークンを生贄として捧げる事で……!

 ――――時械神メタイオンを攻撃表示で召喚!」

「また攻撃力0のモンスターか…!」

「冥界の宝札の効果、カードを2枚ドロー。

 時械神メタイオンは戦闘及びカード効果による破壊を一切受け付けない。

 そして、このカードが行った戦闘で発生するダメージを0にする」

「おお! こいつなら次のあいつのターンも耐えられるぜ!」

「じゃがそんな強力なモンスターにデメリットがないわけがない…」

「ああ。メタイオンは次の俺のターンのスタンバイフェイズに、俺のデッキに戻る。

 ターンエンドだ」



その説明を聞いた百野は憐れむような視線で俺を一瞥し、カードを引く。

そして新たに引いたカードを見てより笑みを深くし、エクストラデッキに手を伸ばした。



「僅か1ターンの延命に随分と必死なようだ。

 この私のターンでフューチャー・フュージョンの効果が発動し、キメラテック・オーバー・ドラゴンが召喚される」



フィールドに出されたキメラテック・オーバー・ドラゴンは複数体の機械族を融合させたモンスター。

その攻撃力は、融合素材とされたモンスターの数で決定する。



「キメラテック・オーバー・ドラゴンの攻撃力は融合素材の数×800ポイント。

 14体の餌を食わせた事で、その攻撃力は――――!」

「14×800!? え、えーと幾つになるんだ…?」

「攻撃力11200じゃと!?」

「い、11200ぅ!?」



驚くテンポがずれている城之内の隣で、しかし遊戯は表情一つ崩さない。

後ろの子供たちも最早俺の勝利を諦めたのだろう。

遊戯さんが闘ってれば、という空気が肌で感じられる。



「キメラテック・オーバー・ドラゴンが召喚されたこの瞬間、私のフィールドのカード全てが墓地へ送られる。

 未来融合-フューチャー・フュージョンがフィールドから離れた瞬間、

 その効果で召喚したモンスターも道連れとなるが、このカードを発動させてもらおう。

 速攻魔法、禁じられた聖槍。

 このカードの効果対象となったモンスターは攻撃力を800下げる代わりに、禁じられた聖槍以外の効果を受け付けなくなる。

 よって、道連れ効果も無効だ」



それでも攻撃力は10400。

アステリスクの倍以上の攻撃力を持つモンスターには、攻撃力が多少ダウンした所で問題はないのだろう。

だとして、どんな攻撃力もメタイオンを相手取るには何の意味もない。



「で、攻撃するのか?」

「フン…そんな意味のない事はしない。

 手札から古代の機械巨竜アンティークギア・ガジェルドラゴン、を墓地へ送る。

 それにより墓地からマシンナーズ・フォートレスを守備表示で特殊召喚し、ターンエンド」

「俺のターン。スタンバイフェイズに時械神メタイオンの効果発動。

 このカードをデッキに戻す」



フィールドに君臨していた絶対者。機械の神はデッキに戻される。

デッキとメタイオンを合わせ、シャッフル。再びデッキゾーンに置いた。



「壁はなくなったようだな…で、次はどうするんだ?

 ギャラリーもそろそろ諦めているようだぞ?」

「どうするも何も、どうもしないさ」

「フ、ハハハハハハ! 万策尽きていたか!

 私の手札にはまだ貴様の攻撃に対する備えがあったんだが、どうやら無駄になったようだ」



店内から悲鳴が上がった。

正面の百野からは俺たちを嘲る哄笑。背面ではカードを奪われた子供たちの悲痛な叫び。



「なら潔くサレンダ―するんだな…これ以上手間を、」

「何を勘違いしているんだ?」

「!?」

「何も特別な事なんてしない。ただ、俺はお前を倒す。最初からそれだけは決まってる。

 フィールドゾーンにセットされていたSin Worldを発動オープン

 そして融合デッキより、サイバー・エンド・ドラゴンをゲームから除外!」

「なに!? 融合モンスターを直接除外……!」



それはあいつが使っているカードたちにも関係の深いカード。

サイバー・エンド・ドラゴン。

サイバー・ドラゴンを三体融合させる事で生みだされる、機皇神龍アステリスクと並ぶ最強格の機械竜。

それをエクストラデッキから直接除外する事で召喚条件を満たす、特別なモンスター。



「Sin サイバー・エンド・ドラゴン!!」

「……そ、そんな機械族モンスターのカードは、私の持つカードの中には……!

 っだが、たかが攻撃力4000程度のモンスターで今更何ができると……!」

「未来への祈りさ。更に魔法マジックカード、アドバンス・ドローを使用。

 レベル8以上のモンスターをコストに、カードを2枚ドローする。

 勿論、コストとなるのはSin サイバー・エンド」



召喚したばかりの最上級モンスターをそのまま墓地へと。

フィールドはガラ空き。だが、これで発動条件を満たしたカードもある。



「たった今墓地へ送られたSin サイバー・エンド・ドラゴン。

 そして機皇兵ワイゼル・アイン、機皇兵スキエル・アイン、機皇兵グランエル・アイン、機皇神龍アステリスク。

 選択した五体をデッキに戻し、シャッフル。後にカードを2枚ドローする。

 このドローで祈りが、未来へと通じる」

「ハッ! その希望の未来とやらがどんなものかは知らないが……

 私のデッキにはまだ2枚のキメラテック・フォートレス・ドラゴンがいる事を忘れたのか?

 ヘイトデッキと言うのは、相手が縋った一筋の光明を絶望に変えるデッキだと言う事を教えてやろう!」

「……何度も何度も。言った筈だぜ、それはお前のデッキじゃない。

 俺は、貪欲な壺の効果でカードを2枚ドロー」



シャッフルしたデッキの上からカードを2枚ドローする。

不安なんかある筈がない。繋がらない筈がない。

疑った事なんて、一度とすらありはしない。



「―――再び俺の前に姿を現せ、時械神メタイオン!」

「なに…!? 最上級モンスターを生贄無しで…!」

「メタイオンは自分フィールドにモンスターがいない時、生贄無しで通常召喚できる」

「…ちっ、また時間稼ぎか…!」

「時械神メタイオンでキメラテック・フォートレス・ドラゴンを攻撃」

「お、おい攻撃力0のモンスターで攻撃力10400のモンスターに攻撃したって…」



この瞬間、神はその本当の力を発揮する。



「互いに破壊されず、ダメージを受けず、バトルフェイズは終了。

 この瞬間機械仕掛けの神、時械神メタイオンの効果が始動する……

 フィールドのモンスター全てを手札へと戻し、戻した数×300のダメージを受けてもらう。

 キメラテック・オーバーは融合モンスター。よって融合デッキへ。

 そしてマシンナーズ・フォートレスは手札へと戻ってもらおうか」

「なっ…あ…!」



奴のライフはこれで800。

少しずつ追い詰められていく奴の顔に焦燥が色濃く浮かんでいる。

メタイオンが次のターンに俺のデッキへ帰るまで、奴は攻撃を仕掛ける事はできないのだ。

だが、そんな事をして保身を計るのが俺たちか?



「違うよな」



デッキから声がする。来いと。



魔法マジック発動、二枚目のアドバンスドローだ。

 自分の場に存在するレベル8以上のモンスターを生贄に、カードを2枚ドローする。

 俺は時械神メタイオンをコストにする事で、その効果を得る」

「なにぃ!? 何やってんだ、次のターンのフィールドがガラ空きじゃ…」

「城之内くん。任せよう、これは彼のデュエルだ」

「遊戯! おま、神のカードがかかって…」

「ええい、男らしくないぞ城之内! それでもワシの弟子か!」

「そういう問題じゃ…」



いい加減外野がうるさいな…



「カードを3枚伏せ、ターンエンド」

「くっ…! 私のターン!」



切羽詰まった顔でドローしたカードを見た瞬間、奴の顔が崩れた。

数秒間固まった奴は、突然堰を切ったかのように笑いだす。



「貴様の悪運も尽きたな。私がドローしたのは、サイバー・エルタニン!」



プレイされるカードはおおよそ、この状況下ではフィニッシュを宣言するに近いモンスター。



「自分のフィールド、墓地の光属性・機械族のモンスターを全て除外!

 11体のモンスターコストを生贄に、サイバー・エルタニンは特殊召喚される!!」

「またそんなモンスターかよ!?」

「サイバー・エルタニンは召喚された時、このカード以外の表側表示モンスターを全て墓地に送るが…

 今この場に存在するのはサイバー・エルタニンのみ。そちらの効果は発揮しない。

 だが、その攻撃力は召喚時に取り除いたモンスターの数×500、よって、5500ポイント!!」



キメラテック・オーバー・ドラゴンの融合素材にするため、デッキから取り除かれたモンスターたち。

それらの中で、サイバー・エルタニンの召喚条件を満たすモンスターたちがゲームから取り除かれた。



「や、やべぇ!? たった150のライフじゃ…!」

「サイバー・エルタニンでプレイヤーへダイレクトアタック!」

「ま、まずいぞい…あの伏せリバースカードが攻撃を防ぐものでなかったら…!」

「さぁ! そのカードは何だ、ただのブラフか!?」

「リミット・リバース。墓地から攻撃力1000以下のモンスターを特殊召喚する。

 時械神メタイオンを特殊召喚」



言うまでもない。こちらがメタイオンを何の考えもなく墓地へ送った筈がない。

攻撃を続行したところで、メタイオンは倒す事ができない。どころか、サイバー・エルタニンが手札に帰されるだけ。

当然、奴は攻撃宣言を撤回する。



「…ターンエンド、悪足掻きを…! 貴様に希望などないというのに…!」

「悪足掻き、か」

「ハン、そいつはどうかな?」



ここにきて、遊戯が口を出す。

自身の神のカードがかかっているというのに、彼は余裕綽々に腕を組み、俺たちのデュエルを見ている。



「最後まで悪足掻きできない奴に、勝利という結果が引き寄せられる事はない。

 カードにはオレたちデュエリストの誇りが乗せられている。

 誇りある闘いに臨めない奴に、カードは応えちゃくれないのさ」

「希望はある。絶望っていうのはな、一人じゃない奴には許されてない行為だぜ。俺のターン」



そう。俺にはまだ、一緒に闘うこのカードたちがいる。

絶望などない。希望を繋ぐカードたちがいる限り。



「メタイオンはこのターンのスタンバイフェイズ、デッキに戻る」



このターンへと希望を繋いでくれたメタイオンをデッキに戻し、シャッフル。

さあ、ラストターンだ。



トラップ発動、ゴブリンのやりくり上手。

 それにチェーンし、二枚目のゴブリンのやりくり上手を発動、そして更にそれにチェーンさせ、非常食を発動!」

「………っ」

「ゴブリンのやりくり上手を二枚、そして冥界の宝札を墓地へ送る事で、ライフを3000回復。

 そして墓地に送られたゴブリンのやりくり上手の効果。

 チェーンし、墓地に送った状態で効果を処理する。墓地のゴブリンのやりくり上手の数+1枚のカードをドロー。

 二回分の効果で、それぞれ3枚。合計6枚のカードをドローし、その後2枚のカードをデッキに戻す」



これで手札は5枚。そして失われたライフの補充も。

とはいえ、そんなものは必要ない。このターンで終わり。ライフは1ポイントあれば十分。



「例えどれだけライフを回復しようが、その程度一撃で…!」

「例え絶望の最中でも、光はある。気付くか気付かないか、掴むか掴まないかは人それぞれ……

 俺は、俺たちはそれを掴み取る。限界を越えた先にあるものを。真の勝利を…!」

「何を…ごちゃごちゃと…! 攻撃力5500のサイバー・エルタニンを倒してから言ってみせろ!

 それともまた時械神メタイオンを引き当ててでもしたか!?」

「いや。サイバー・エルタニンを倒しても、もう言う事はない。これで終わりだ。

 手札の機皇帝ワイゼル∞、機皇帝スキエル∞、機皇神龍アステリスクを墓地へ送る事で――――

 機皇神マシニクル∞を特殊召喚する」



そして最強の機皇帝が姿を現す。

三体の機皇を捧げる事でのみ、その力を発揮する絶望の魔人。

しかし、俺とともに闘うこいつは絶望を力にするわけではない。

他の機皇たちから託された希望を糧に、力を奮う。



「更に速攻魔法、リミッター解除を発動。機械族であるマシニクルの攻撃力は倍、8000となる」

「こ、攻撃力8000、だと……!?」

「お前の手札は2枚。1枚はメタイオンの効果でバウンスされたフォートレス。

 そしてもう1枚。どうせ、後生大事に温存していたサイバー・ドラゴンなんだろう?」



奴は手札のサイバー・ドラゴンを取り落とした。



「ヘイトデッキを組んで相手の戦術を、人がカードに託す夢や希望を破壊する事だけにしか眼を向けないお前らしい。

 それを使って、闘いたいわけでも、勝ちたいわけでも、楽しみたいわけでもない……

 ただ人を苦しめたい。他者から搾取したい」



背後の気配たちも悲哀から歓喜に変わる。それは、俺の勝利に誘発されて起きた現象だ。

うつむく百野。

その姿を見た城之内とジイサンが、互いに手を取って笑った。



奴の顔が上がり、俺を捉える。

敗者となった略奪者へと、俺が送りえる最後のセリフを送る。



「そんなお前に、俺が与えてやるのはたった一つ。―――これがお前の絶望だ」

「あ…うぁ…」

「終わりだ」



故にこれで終幕。

奴は放心してうなだれ返し、俺は奴の使っていたデッキを取り上げた。

同時に、カードを奪われた子供たちがこいつらに向かってくる。

デブとノッポはそうそうに逃げようとしたところを、城之内に殴り倒されている。

ジイサンは心臓に悪いデュエルじゃった、と立ちっぱなしだった身体を椅子に預け―――



そして、武藤遊戯は、



「今のデュエルで、アンタがこの大会のトップになった。闘ろうぜ」

「望むところだ」



デュエルディスクを手に、俺を外まで導く。

俺はそれに後ろからついて行くと共に、外へ出るとすぐ近くにあるバイクからディスクを取った。

取り戻したカード、今まで使っていたデッキをDホイールに収納し、新たなデッキを取り出す。



「へぇ、面白いもの持ってるんだな」

「まぁ、な」



ディスクを装着し、デッキをシャッフルしてホルダーにセットする。

既に相手は臨戦態勢。

ギャラリーは先程から続いて、城之内にジイサン。子供たちと、縄にふん縛られたストア・ブレーカー三人。



互いがカードを五枚引き、先程以上の緊張を持って始められる決闘。

それこそ俺が今、この場にいる理由。望んでいた事。



「行くぜ」

「ああ」



「「デュエル!!」」



互いの声を皮切りに始められた決闘の先攻が与えられたのは遊戯。

彼はドローを済ませると、即座に手札の内容から流れを決めたか、迷いなくカードをプレイした。



「クィーンズ・ナイトを守備表示で召喚!」



赤く輝く鎧に身を包む女剣士が現れる。

鎧の色とは違う金色の輝きは、その腰まで伸びた長い髪が光を返す輝き。

名の通り女王の威風を持つ剣士は、右手に持つスペード、クラブ、ダイヤ、ハートが意匠された盾を構えた。



絵札の三剣士。トランプに存在する絵札。

キング、クィーン、ジャックをモチーフに作られた、高速召喚能力を持つ下級モンスターたち。

クィーンがいる時にキングを呼ぶ事で、二人はジャックを呼び出す。



「カードを2枚伏せて、ターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」



だがそれは遥か昔の高速召喚。

俺はそれを越え、一撃を確実に叩き込む。



魔法マジックカード、コンバート・コンタクトを発動!

 手札及びデッキより1枚ずつ、ネオスペーシアンと名の付くモンスターを墓地へ送る」



手札から引き抜くのはネオスペースに住まう有翼の戦士。

ネオスペーシアン・エア・ハミングバード。

更にデッキホルダーの中からディスクが選別した、条件に見合ったカードの中から1枚を。



ネオスペーシアン・エア・ハミングバードとネオスペーシアン・グラン・モールを墓地ヘ。

 その後、デッキからカードを2枚ドローする!」



事実上、手札2枚をトレードするカード効果。

その効果は当然、そこだけに留まらない。

残されるのは交換されたが故に墓地ヘ送られた、二枚のネオスペーシアンの名を持つカード。



「そして、魔法マジックカード。コクーン・パーティを発動!

 墓地に眠るネオスペーシアン一種につき、コクーン一体をデッキから呼び出す!」



ごうごう、と。背後で渦巻く風と、隆起する大地。

風のネオスペーシアンと、地のネオスペーシアンの二体が道を織り成す。



「エア・ハミングバードとグラン・モールの二種につき、二体のコクーンをデッキから特殊召喚する!」



風の中から、あるいは地中から染み出すように泡が浮き上がってくる。

二つの道を辿り、デッキよりフィールドへと招来されるのは、繭の内に眠る生物の幼生。

シャボンのような透明な殻に包まれた子猫のような存在と、淡く光るヒトガタが現れた。



「デッキより、コクーン・パンテール、コクーン・ピニーを特殊召喚!」

「一気に二体のモンスターを並べやがった……! 上級モンスターを召喚する気だぜ!

 気をつけろ、遊戯!」



城之内の声が聞こえていないわけではないだろうが、遊戯は俺から眼を外さない。

俺がいかように攻めるか、見届けようと構えているのだろう。

ふ、と小さく口を歪めて更に1枚手札を切る。



「更に魔法マジック、コンタクトを発動!

 フィールドのコクーンを全て墓地へ送り、そのテキストに記されたネオスペーシアンを一体、特殊召喚する。

 俺が呼ぶのは、コクーン・ピニーに記されているネオスペーシアン



俺の頭上から先端にレーザー照射設備を備えたアームが下りてくる。

二つの繭のうち、アームが向けられたのはピニー。

パンテールは同時に降りて来た、キャッチャーに捕まり、そのまま上へと運ばれていった。

ぱちぱちと数瞬雷光が弾け、直後にレーザー光線がコクーンに向けて照射される。

剥けていく透明な繭の中から出現するのは、ヒトガタを描く光の輪郭。



繭の中でたゆたっていた時よりも遥かに明確に、人のカタチをとる光は立ち上がった。

空洞のような眼を奮わせて身体を揺する光の戦士。



ネオスペーシアン・グロー・モスッ!」



続けて、手札のカードを弾き上げ、指で取る。



「更に! 進化せよ、魔法マジックカード、NEXネオスペーシアンエクステント!」



グロー・モスの姿が発光の度合いを高め、閃光を放つ。

俺のも、遊戯の視界をも塗り潰す大きな光が炸裂し、その中に在るヒトガタの姿を造り変えていく。



ネオスペーシアンを墓地へ送り、

 同名扱いのネオスペーシアンを融合デッキより、特殊召喚する――――現れろ、ティンクル・モス!」



すらりと伸びた光の手足。

起伏の乏しい体型から、女性的な丸みを帯びた姿へと変貌していく光の身体。

空洞の瞳を僅かに眇め、変化した光の戦士は降臨した。



「そして、手札より魔法マジックカード、スペーシア・ギフトを発動。

 自分フィールドのネオスペーシアン一種類につき、カードを1枚ドローする。

 ティンクル・モスはルール上、グロー・モスとしても扱われる。よって二種類、デッキより2枚をドロー」



デッキから2枚のカードを引き抜く。

ドローしたカードに眼を送り、続く戦術を練り上げていく。

選ぶべきは一つ。故に選ぶカードは一択。



「そして、ジャンク・シンクロンを召喚!」



橙色の装甲の戦士。四肢を繋ぐフレームは金属骨格で、背中にはエンジンを背負っている。

ヘルメットの下に覗く二つの目には感情が見え、そこには戦士特有の意思が滲む。



「ジャンク・シンクロンの効果! 召喚時、墓地からレベル2以下のモンスターを特殊召喚する!

 俺はレベル2のコクーン・パンテールを特殊召喚!」



ジャンク・シンクロンが指揮者の如く手を奮う。

すると、ジャンク・シンクロンの手元に冥界と現世を繋ぐワームホールが開く。



そこから浮き出てくるのは泡のような殻に包まれた獣の子。

こことは別の宇宙に住まう戦士、ネオスペーシアンとなる生命のタマゴが浮遊する。

タマゴの中で黒毛の猫が一つ鳴く。



「これで一気に三体ものモンスターを並べおったか……」

「だがどいつもクィーンズ・ナイトを倒せる攻撃力は持ってないぜ、次のターンまで待たなきゃ上級モンスターも出せねぇ」

「レベル2のコクーン・パンテールに、レベル3のチューナー、ジャンク・シンクロンをチューニング!!」

「「え?」」



城之内とジイサンの疑問符が見えた。

当然、この世界にはまだないものなのだろう。GX時代に出来ていたからとはいえ、それがこの世界でもあるとは限らない。

だが、出来れば問題ない。



ジャンク・シンクロンが身体の下に付いたスタータを引き、エンジンを揺り起こす。

ドドド、と唸りを上げるエンジンを背負ったジャンク・シンクロンは宙に跳び上がる。

それに続き高く舞い上がるパンテール。



やがて臨界を越えたエンジンの唸りは一気に弾け、ジャンク・シンクロンの姿を三つの光の星に変えた。

光の星は後から続くパンテールの周りを回り、円を描く。

星の軌道によって作られた光のリングは、パンテールの身体を呑み込む光の柱を立てる。



「シンクロ召喚!!」

「シンクロ、召喚…」



初めて遊戯の顔が驚愕に染まる。



光の柱を切り裂き、中から現れた戦士のカメラアイが一際強く、赤く発光させた。

青い装甲の機械戦士は、首に巻かれたマフラーを風になびかせながら光の渦を左の拳で打ち抜く。

天空高く降臨した戦士は、背部のブースターの炎を抑え、俺の許まで下りてくる。



「ジャンク・ウォリアーの攻撃力は2300!

 クィーンズ・ナイトでは止められない。ジャンク・ウォリアー!!」



ジャンク・ウォリアーがブースターを噴かせ、翼で風を切りながらクィーンズ・ナイトを目掛ける。

飛び上がる事はせず、クイーンズ・ナイトを真正面から打ち倒すために直進のブースト。

クィーンの守備力は1600。



だがそうそう、通してくれる筈もない。



トラップ発動、重力解除!」



炎を吐くブースターの火力で重力に逆らっていたジャンク・ウォリアーが、突然の重力喪失を受けてバランスを崩す。

上に上に向かおうとする身体を抑えようとしての推力を用いての姿勢制御はしかし。

トップスピード中に起きた突然過ぎる現象への対応の要求だったためか、巧く御しきる事が出来ずに失敗。

上昇を抑えるために、ジャンク・ウォリアーは地面に激突しての停止となった。



「フィールド上の表側表示モンスター全ての表示形式を変更する。

 攻撃表示だったお前のジャンク・ウォリアーとティンクル・モスは守備表示に。

 クィーンズ・ナイトは攻撃表示に変更されたぜ」

「おっし! これで次のターン、守備表示のあいつのモンスターをクィーンズ・ナイトが破壊できるぜ!」

「…なら、装備魔法を発動、プリベント・スター!」



地面に突っ伏したジャンク・ウォリアーの身体の周りに、シンクロ召喚の際のものとは違う星が取り巻く。

その星は二重に巻かれており、ゆらゆらと揺らめいていた。



「プリベント・スターは自分の場の表側表示モンスターの表示形式が、攻撃表示から守備表示に変更されたターン。

 表示形式が変更されたモンスターを対象に、発動する事のできる装備魔法。

 プリベント・スターの効果の番いとなる対象を、クィーンズ・ナイトに指定!」



二重の星の片割れがジャンク・ウォリアーを外れ、クィーンズ・ナイトの元へと訪れる。

その星に取り巻かれたクイーンは何やら不思議そうにした直後、突然手にした剣と盾を落としてしまった。

力が抜けたかのように跪き、苦悶を浮かべる。



「な、なんだぁ!? 装備したのはジャンク・ウォリアーなのに、クィーンズ・ナイトが…」

「…プリベント・スターがモンスターに装備された時、相手の場のモンスターを一体指定する。

 指定されたモンスターは表示形式の変更と攻撃ができず、

 また、プリベント・スターを装備したモンスターが破壊された時、ゲームから取り除かれる事になる」

「つまり、次のターン。

 遊戯が守備表示のジャンク・ウォリアーを破壊してしまえば、同時にクィーンズ・ナイトも除去されてしまうと言う事か」



例え次のターン、絵札の三剣士を揃えたところで、ジャンク・ウォリアーを破壊してしまえば一枚は消える。

そうなればリリース要員としての役目を果たせず、次の返しのターンで破壊できる。



「だが、その程度の守りじゃオレは止まらないぜ?」

「!?」

トラップカード、砂塵の大竜巻を発動!

 相手の魔法マジックトラップゾーンのカードを1枚破壊する。破壊するのは勿論―――」



ジャンク・ウォリアーを竜巻が襲う。

地面に突っ伏していた身体が巻き込まれ、纏われていた星が消し飛んだ。

同時に、クィーンを捕らえていた星も消失。

正気を取り戻した騎士は足許に放られた武具を急いで取り直すと、盾の方を構える。



「くっ…」

「砂塵の大竜巻の効果で手札のカードを1枚、セットさせてもらうぜ」

「俺はカードを2枚セットし、ターンエンド」

「オレのターン、ドロー!」



引いたカードを手札に加え、残る1枚を二本の指で挟み、指の動きだけで裏返して俺に見せる。

そのモンスターこそ、フィールドに新たな騎士を導くキーカード。



「キングス・ナイトを召喚」



黄金の騎士が召喚される。

左手に構えるは中央に星が装飾された円形の盾。右手に構えるは無骨な長剣。

王冠をイメージした拵えの兜を被り、肩当てから広がるマントを翻す身。

年月の蓄積を思わせる顎に蓄えられた白髭は、威厳の印。



クィーンと並ぶキング。それは、今この場に新たな騎士の招来を告げる。



「キングス・ナイトの効果を発動!

 クィーンが場に居る時にキングが召喚された場合、デッキから新たなるナイトを召喚出来る!」



デッキをホルダーから取り外した遊戯は器用にそれを片手で広げ、その中から1枚を選び取った。

選択されたカードはそのままディスクにプレイされ、キング。そしてクィーンの間に降臨する。



「ジャックス・ナイト!!」



西洋の王と王妃、そして騎士がモチーフの二体とは違う性質。

浅黒い肌が目立つ顔の目元と口許に施されたフェイスペイント。

青く煌びやかな鎧を纏うのは他の二人とは違い、威厳は持たずとも威風を連れるただの騎士。



「絵札の三剣士…!」

「行くぜ―――! バトル!!」



三剣士が剣を構え、俺を目掛けて疾駆した。

その連撃を浴びせられれば如何に今無傷とは言え、致命傷に近いものとなる。



「三剣士の攻撃! クィーンズ・ナイトでジャンク・ウォリアーを攻撃!」



先陣を切るのは女王騎士。

大地に伏すジャンク・ウォリアーはその攻撃に対し、反抗する事はできない。

攻撃力1500のクィーンズ・ナイトに対し、ジャンク・ウォリアーの守備力は1300程度。

特別鋭くも、重くもない剣。

平時、それを拳で迎え撃つとすれば勝利を掴むのは、言うまでもなく鉄屑の戦士。



しかし、今この状況。

既にそれを塗り替え、潰すためにデザインされたフィールドの環境。

ちぃ、と小さく舌を打ってその攻撃を待ち受ける。

身体を軋ませながらジャンク・ウォリアーが重力の縛りを強引に跳ね除け、立ち上がろうとし―――

瞬間、地を踏み切り、加速した女王の剣尖が戦士に向け、奔る。



「クィーンズ・セイバー・クラッシュッ!」



ぐしゃりと鉄塊を拉げさせる音。

半ばまで身体を起こしていたジャンク・ウォリアーの頭部に、突き刺さる剣の刀身。

その衝撃でカメラアイのレンズが弾け割れ、青色の身体が大きく後ろに反り返る。

突き刺したままの剣を上へ向け、思い切り振り上げる事で両断される戦士の頭部が中身をぶち撒け、爆発した。

爆風と炎を寸前に構えた盾で凌ぎ、クィーンズ・ナイトは戦闘を制した。



「ジャンク・ウォリアー撃破ッ! 更に、キングス・ナイトでティンクル・モスへ追撃!」



続くのは王者の剣。

身体を丸め攻撃を待ち受ける光のヒトガタに向かい、突撃を仕掛ける。

隆々と盛り上がった筋肉の鎧の上から更に黄金の防具を鎧った王者は、その筋力に任せて大地を蹴り砕き、跳ね上がる。

振り翳される剣閃を前に、ティンクル・モスはゆっくりと両腕を前に出した。

途端、灯り燃え上がる三つの光。

赤、青、黄。信号機と同じ色で輝くシグナルは、不規則に光を揺らしている。



「――――!?」

ネオスペーシアン・ティンクル・モスの効果!

 戦闘を行う時、デッキよりカードを1枚ドローして、そのカードの種類により発動する効果を決定する!

 魔法マジックならばティンクル・モスはダイレクトアタックの能力を得る。

 トラップならば守備表示になる――――」



キングス・ナイトが、ティンクル・モスの目前まで迫り、その剣を全力の許に振り下ろす。

それは俺がデッキに手をかけて、カードを1枚引き抜いて見せるのと同時。

引き抜かれたカードにより決定する効果。その正体は、



「引いたカードは―――ターボ・シンクロンッ! モンスターカード!」



叩き付けられる。

豪快に奮い落とされた剣撃がティンクル・モスに殺到した。

突き出された腕の前に光る輝きは、黄色いランプ。

王者の剣がティンクル・モスに届く間際、その光から迸る衝撃波がキングの身体を弾き飛ばした。



「―――――!」

「モンスターカードならば、バトルフェイズを終了させる……!」



吹き荒れる風は、不動のジャックス・ナイトの追撃すらも封印する。

三騎士の侵略をもってしても、このターンで俺のフィールドは落とせなかったのだ。



「…躱されたか。カード1枚セット、ターンエンドだ」

「俺のターン!」



カードをドローし、即座に手札のカードと入れ替える。

新たに召喚するのは、新たな星となるべきチューナーモンスター。



「チューナーモンスター、ターボ・シンクロンを召喚!」



レーシングカーのそれを模したフォルムの胴体に二手二足。

ライトグリーンの車体色が光を返し、輝きを放つ。

ジャンク・シンクロンとよく似た顔に、ボディと同色のヘルメットに付けられた黒いバイザーが下りた。

肩のホイールから生えている腕が引き込み、脚部も胴体に格納される。



「更に! 伏せリバースカード発動オープン、リミット・リバースッ!

 墓地より攻撃力1000以下のモンスター、ネオスペーシアン・エア・ハミングバードを特殊召喚ッ!」



朱い身体、有翼の戦士が墓地より復活する。

身体の色とは反する白く大きな翼を広げ、飛び立つ戦士の向かう先は遊戯の許。

僅かに身構えた遊戯の構えた手札から、一輪の花が咲いた。



「これは―――!」

「エア・ハミングバードの効果発動! 相手の手札1枚につき、ライフを500ポイント回復する!

 よって、手札1枚分500ポイントのライフを回復! ハニー・サックッ!」



エア・ハミングバードが羽搏きながらその黄色い嘴を花の中に突き込み、蜜を吸う。

徐々に増えていく俺のライフポイント。

俺のライフカウンターが4500を示すと、エア・ハミングバードが俺のフィールドに帰還する。



「そして行くぞ、ターボ・シンクロンッ!」



ぶるるんとエンジンを啼かせて応えるチューナーモンスター。

その様子に僅かばかり口許を緩め、相対するデュエリストを見つめる。

そんな中にこのデュエルの外から声が入ってきた。



「チュ、チューナー…? っつーことは…」

「新たなシンクロ召喚という奴じゃな…!」

「――――そうだ! こいつこそが俺のデッキの片翼を担うモンスター!

 レベル4のティンクル・モスと、レベル3のエア・ハミングバードに、レベル1のターボ・シンクロンをチューニング!!」



ゆらゆらとたゆたっていたティンクル・モスが確りと体勢を直し、ターボ・シンクロンの背後につく。

ターボ・シンクロンが上を向き、加速に乗る。

大きく広げられた白い翼で羽搏き、それを追うのはエア・ハミングバード。

遥か上空まで、速度の限界に挑むターボ・シンクロンの姿がやがて一つ星と化す。

それに遅れる事数秒、追い付いたエア・ハミングバードは星が描く円環を潜り抜け、己の身体も星とする。



ティンクル・モスの身体は伸ばした腕の指先からゆっくりと、はらはらと解けていく。

たっぷりと数秒かけて光の粒子と化したティンクル・モスの身体の欠片が四つに塊を星を生む。

合わせれば七つの星と一つの円環。

それらを束ね、新たな力とする呼応。天空に叫ぶのは、そのモンスターの名。



「シンクロ召喚! 来い、スターダスト・ドラゴン!!」



八つの星が集束し、光の柱を立てる。

眩く一帯を照らす星はやがて消失し、その中心に残る一頭の竜の姿のみを残していく。

白銀の身体。サファイヤの如く煌びやか胸板。線の細い、星の残光に照らされた竜。



黄色の瞳に光が宿る。



「スターダスト・ドラゴンの攻撃! クィーンズ・ナイトを撃ち抜けッ!!」

「!」



遥か上空。その場で、スターダストは首を大きく傾け、一度翼を羽搏かせた。

口腔に蓄えられた白い閃光は圧縮された音波の衝撃砲。

対象として指定された女王騎士は上から来る一撃に備え、剣を構え――――

瞬間、音が消えた。



音波の奔流は世界の音という音全てを塗り潰し、昂ぶる空気振動は轟音を越え、無音へと達する。

衝撃と爆音はコンマ三秒後に一気に襲い来る。



衝撃波は僅かな照準のブレさえなく正確にクィーンを目掛け、それを察知していた剣閃に直撃していた。

一瞬の交錯で溶解た剣。もろとも、クィーンズ・ナイトの身体を呑み込んだ。

口惜しそうな表情を残し、鎧の後欠片も残さず吹き飛ばされる女剣士。



スターダストは2500。そしてクィーンは1500。

攻撃力の差は1000に及ぶ。その差分はダイレクトに遊戯の残りライフに響く。

これで、遊戯のライフポイントは3000。



「これがこのデッキのエース、スターダスト・ドラゴン」



上空からゆるりと舞い降りてくるスターダスト。

バサッ、とめいっぱいに広げた翼を少し折り、俺の隣で低空飛行を続ける。

その姿を見た遊戯は微かに口端を吊り上げ、微笑んだ。



そう、この程度でビビる相手じゃない。



「カードを1枚伏せ、ターンエンド」

「そいつがお前のエース……なら、こっちも呼ぶとするぜ。

 このデッキのエースをな! オレのターン!!」



カードをドローした遊戯が、笑う。



「行くぜ、キングス・ナイト、ジャックス・ナイト。二体のモンスターを生贄に捧げ―――」



二人の騎士が剣を大地に立てる。

身体を取り巻くように噴き上がる渦巻きが、二体が持つその力を昇華し、新たなしもべのための呼び水となる。

黒い魔力が氾濫し、二体の姿が呑み込まれた。

来るのは、三幻神と呼ばれるデュエルモンスターズ中最強の名を受ける三柱。

それらを従える最強のデュエリストである武藤遊戯。

そのデュエリストが従えるしもべの中で、神すらさしおき、最強と称される魔術師。



「来い、ブラック・マジシャン!!」



弾け飛ぶ。凝り固まっていた黒い魔力が霧散し、全て黒装束の魔術師の身に宿った。

名の通りに黒一色。頂点が高いためか、僅かに前に傾く尖った帽子。そして一繋ぎの黒い導衣。

右手に構えた先端に碧色の宝玉の埋め込まれた魔杖を回し、鋭い眼光をスターダストに奔らせた。



「よっしゃあ! ブラック・マジシャンさえくれば遊戯には怖いもんなしだぜ!」



城之内の声が聞こえる。俗に言う、ブラマジキタ―――(゚∀゚)――――!!

という奴だ。



「更に、装備魔法・魔術の呪文書をブラック・マジシャンに装備!

 攻撃力を700ポイントアップ!」



ブラック・マジシャンの手元にハードカバーの分厚い本が一冊現れた。

それは魔術師の手に取られると、自動的にページを送り、あるページを開示する。

古代神官文字で記されたそれは特定の魔術師にしか解読できない魔法書。



開かれたページに一通り目を通した魔術師は、小さく口を動かし、何事かを呟く。

するとその魔力は格段に跳ね上がり、数段攻撃力を上昇させる。

その攻撃力は3200。



使うか? いや、そうなれば相討ちになりかねない…



「ブラック・マジシャンでスターダスト・ドラゴンを攻撃!」



黒魔導師が身体を捻り、左腕を突き出す。

風景を暗転させる光。その衝撃を受け、空中に放り出されるスターダスト。

翼を広げ、体勢を即座に立て直す。

が、その間にブラック・マジシャンは魔杖を掲げていた。



黒・魔・導ブラック・マジック!!」



紫電を伴う魔力弾が放出される。狙いは過たずスターダスト。



「通さない! トラップ発動、荒野の大竜巻!

 フィールド上に表側表示で存在する魔法マジックもしくはトラップを1枚破壊する!

 対象は当然、魔術の呪文書!」



暴風が巻き起こる。

それは吐き出された魔力の波動と、ブラック・マジシャンの近くに浮遊している魔法書を目掛けたもの。

竜巻は呪文書を滅ぼし、同時に魔力波の威力を削ぎ取る。



「相討ち!?」

「いや、よく見るんじゃ城之内」

「へ?」



魔術書に与えられていた魔力を散らすだけではなく、竜巻はその攻撃自体を全て削ぎ落としていく。

その原因は―――



「更に発動した瞬間、荒野の大竜巻をコストとして扱い、

 永続トラップ・強制終了を発動し、その効果を使わせてもらった」

「強制終了―――なるほど。文字通り、戦闘を強制終了させるトラップか」



強制終了は、自分フィールド上の強制終了を除くカードを1枚墓地へ送る事で、バトルフェイズを終了させるトラップ

その効果の波動を受けた魔力波は完全に散らされ、互いのエースでの決着は持ち越しとなった。



「魔術の呪文書はフィールドから墓地に送られた時、プレイヤーのライフを1000回復する。

 どうやら、ここで仕切り直しらしいな」

「そうらしい」

「オレが攻撃する前に呪文書を破壊すれば、無駄な攻撃をされずに済んだんじゃないか?」



ライフカウンターが4000になるのを確認した後。

からかうように遊戯が問うてくる。

わざわざ窺い考えてみるまでもない。その眼には―――



「アンタは臆さない。確実に相討ちを選んでいた」

「フッ…いい読みだぜ。ターンエンドだ」

「俺のターン!」



完全に、上を行かれている。

5ターンも攻防すれば分かる。絶望的なまでにデュエリストとしての差がある。

運命力、勘の良さ、勇気、全てが相手の半分の数値だ。

だけど―――カードとの揺るぎない絆だけなら足許、まで行かずとも天井として見える所まで及んでいる。



魔法マジックカード、調律を発動!

 デッキからシンクロンと名のついたチューナーを手札に加え、シャッフル後にデッキトップを1枚墓地へ…」



手札に加えるべきチューナー。俺にはこのカードしか手札はない。

この状況を変え得るのは、調律の効果によって墓地へ送られるカード。



俺は闘いたい…もっと、もっとだ。目の前の壁に対して、もっと、更なる全力をぶつけてみたい。

お前はどうだ…? スターダスト。



クォオオ、という彼の嘶きが聞こえる。

そうか、お前もやりたいよな。なら、取るべき戦略は一つ。



「手札に加えるのは、チェンジ・シンクロン!」



デッキを外し、中から探したチェンジ・シンクロンを抜き、再びシャッフル。

ホルダーにデッキを設置すると、デッキトップのカードに手をかける。



「行くぞ、俺たちの全力で」

「ああ、かかってきな!」

「墓地に送られるカードは……!」



デッキトップを確認する。そのカード、それは…



「レベル・スティーラー!」



繋いだ。ここから更に、もう一つ。



「レベル・スティーラーの効果発動!

 自分フィールドのレベル5以上のモンスターのレベルを1つ下げ、墓地から特殊召喚できる!」

「墓地からの特殊召喚。そして、手札に加えたチューナーモンスター…くるか?」

「ああ、必ず叩き込んで見せる…! チェンジ・シンクロンを召喚!」



白いボディを所々オレンジで縁取られた小型の人型機械が飛行しながら現れた。

頭部にはその名の示す通りの、何かの切り替えスイッチらしきものが付いている。

小さい身体とのバランスにあう手足を振り回し、二枚の翼を揺らす新たなシンクロン。



スターダスト・ドラゴンのレベル7にして、その一つ分の星を食んだ天道虫が墓地から浮かんでくる。

キーは揃い、あとは開いた扉によりけりだ。



「そして、レベル1のレベル・スティーラーに、レベル1のチェンジ・シンクロンをチューニング!」



チェンジ・シンクロンがブラック・マジシャンを睨み、頭の上のスイッチをカチリと切り替えた。

すると、まるでブラック・マジシャンのスイッチが切り替わったかの如く、彼は膝をついた体勢となる。



「チェンジ・シンクロンがシンクロ素材となる時、相手モンスター一体の表示形式を変更する!」

「……!」

「そうか…! 攻撃力は互角じゃが、相手を守備表示にしてしまえば容易に戦闘破壊することができる…!」

「や、やべぇ、これじゃブラック・マジシャンはスターダスト・ドラゴンのいい的だぜ…!」



スイッチを切り替えたチェンジ・シンクロンは星と化す。

その星と同化し、レベル・スティーラーの身体が解けていく。



「そして、シンクロ召喚するモンスターは―――!」



光が新たなカタチを編み出す。

その姿はターボ・シンクロンをより力強くしたようなフォルム。

胴体はF1カーそのもの。身体からは太く力強い腕が二本。脚部だけではなく腰まで含めた下半身。

目元だけを露わにしているヘルメットの下からは、限界へ挑む為の意思を宿す瞳。

肩より後ろに付いているボディの後輪が高速で回転し、火花を散らす。



「シンクロチューナー、フォーミュラ・シンクロン!!」

「シンクロチューナー…? シンクロモンスターで、チューナーって事か?」

「フォーミュラ・シンクロンの効果! このカードのシンクロ召喚に成功した時、カードを1枚ドローする!」



もう1枚。ここで繋がりさえすれば……行けるか…!



「ドローッ!!」

「………」



遊戯は何も言わず、ただ静観している。

まずは俺の全力を見極めようと言う事だろう。ならば、俺のすべてをさらけ出すさ。

それがデュエリストとしての最大の礼でもあるのだから。



「引いたカードは…魔法マジックカード、スター・チェンジャー!!」



レベル・スティーラーに喰われた星が、再びスターダストの胸に灯る。

他のカードの効果で変わった数値をリセットされ、本来の状態を取り戻した星龍。

それを歓喜するかのように、あるいはここから先の展開に奮い立つかのように。

風を凪ぐ。翼が広がり、周囲の空気を弾き出した。

身体から毀れ落ちる星光の残照を自ら起こす風で払い、白銀の竜は高らかに咆哮した。



「レベルを変えただけじゃあこのターン、ブラック・マジシャンを破壊する事はできても、

 遊戯のライフを削る事はできねぇ……

 それどころか、攻撃力の低いフォーミュラ・シンクロンを攻撃表示のままで遊戯のターンになりゃあ一気に逆転だぜ!」

「うむ…しかし彼もそれは分かった上でやった事じゃろう。つまり、あれは次なる攻撃の布石」

「ああ、これでレベル・スティーラーの効果が消えたスターダスト・ドラゴンのレベルは8に戻った。つまり―――」

「そう。これで――――!!」



身構える遊戯。デュエリスト特有の感という奴で、全て悟っていたのだろう。

それほどの、あらゆる戦略を見透かし攻略し乗り越える最強のデュエリストに。

挑む。

それは常に自身が為し得る最強の戦略とモンスターでなければならない。



スターダストが空を翔ける。

俺の頭上へと飛び上がったスターダストを追い、フォーミュラ・シンクロンも翔け上がった。

天空を目掛け、走り征く二体の身体が赤光に包まれ、更なる加速を得る。



「な、なんだ…!」



風が啼き、差す太陽光すらも二体のモンスターが放つ光越しに歪む。

閃光と衝撃を伴った疾翔はやがて限界点へと達すると同時に白雲を破り、吹き飛ばした。

スターダストが嘶く。

呼べ、と。叫べ、と。



「行くぞォッ!!

 レベル8、シンクロモンスター。スターダスト・ドラゴンに、レベル2、シンクロチューナー、フォーミュラ・シンクロンをチューニングッ!!」



瞬間に消失。眩い赤るい光を放っていたスターダストとフォーミュラ・シンクロンの姿が消えさる。

くぉおん、と突然の消失に暴れる事を止めさせられた風の声が虚しく響き、

直後に来る衝撃を察知した遊戯が、微かな戦慄を混ぜた言葉をこぼした。



「来る……!」



こぉ、と一つ息を吸う。

光と共に生来される次なるエースの登場を迎えるに使われるべき、キーワード。



「アクセルシンクロォオオオオオオオッ!!!」



背後に異次元より通じる光の門が開く。

微かに翠色の混じった光を打ち破り、フィールドに現れる流星。



細身の身体はそのイメージを残したままより洗練され、より強靭に。

頭部はまるでマスクを被ったように口を失い、胴体と繋ぐ首も鎧を纏っているかの如く太く。

筋肉が増大した胴、そして四肢の中でもより力強さ増した太腿には左右それぞれにサファイヤに似た宝玉が埋め込まれているのが見て取れる。

最大の力、飛翔するための翼はまるで、ドラゴンが羽搏くためのものではない。

それは風を―――光さえ切り裂く刃。



「来ぉいッ!! シューティング・スター・ドラゴンッ!!!」



弾ける風が衝撃となり、世界を震撼させる。

光さえ置き去りにして翔ける翼の登場に畏怖するかの如く。

世界を満たす光をして、退かせる力。

しかし最強はそれを前に、更なる闘志を滾らせる。



「そいつがアンタの新しいエースか…!」

「ああ、そうだ! そして、行くぞッ! シューティング・スターの効果発動!!

 デッキを上から5枚確認し、その中に存在するチューナーモンスターの数だけ、このターン中に攻撃する事ができる!!」

「なんだとぉ!? じいさんいいのか! あんなズッケェモンスター!!」

「ワ、ワシに言われてものぅ…」



デッキから5枚を指にかけ、それを一気に引き抜く。

それを流し見て、その後に遊戯に見せつけ、告げる。



「上から、くず鉄のかかし、ニトロ・シンクロン、オー-オーバーソウル、クイック・シンクロン、融合。

 チューナーモンスターはニトロ・シンクロンとクイック・シンクロンの二体。よって、合計二回の攻撃権を獲得!」

「やべぇ、遊戯の場にはブラック・マジシャンしかいねぇ…一回目は通らねぇが、二回目は…!!」

「シューティング・スター・ドラゴンで、ブラック・マジシャンを攻撃! スターダスト・ミラージュ!!」



シューティング・スターが身を捻り、閃光を放つ。

放たれた光は二色。薄い赤色とシューティング・スター自身の身体と同じ白色。

腕と脚が折り畳まれ、その身体を光速飛行を可能な姿にする。と、同時。

光の色と同じ数、未来デッキに眠るチューナーたちからの力を得て、二体へ分身する。



迫る相手は光速。

ブラック・マジシャンとはいえ。いや、ブラック・マジシャンですらそれは対応仕切れぬ進撃。

赤く発光する竜が瞬きの間すら与えずに肉迫し、最強の魔導師を打ち貫いた。

弾け飛び、ガラス片のような欠片を残してフィールドを去りゆく王のエース。



「くっ…!」

「シューティング・スター・ドラゴンの追撃! ダイレクトアタック!!」



流星が奔り抜ける。

星は軌跡のみを後に残し、一瞬の交錯のタイミングすら理解させずに遊戯からライフを削ぎ取った。

衝撃で僅か後退し、たたらを踏んだ遊戯の表情が流石に少しだけ厳しいものを含んだ。



4000のライフはシューティング・スターの一撃でその攻撃力分。

つまりは3300分、残り僅か700まで一気に削り取られたと言う事だ。

無傷の状態からたった一撃で瀕するライフ0のリミット。

いかな最強とて俺とカードたちが力を結集した一撃ならば、揺らぐ―――!



「ターンエンド!」

「オレのターン、ドロー!」



手札はそれで1枚。如何なる逆転手か。

それは確信に近しい。たった1枚で覆らないならば、逆転のカードたちは自ずと手の内に舞い込む。



魔法マジックカード、強欲な壺を発動。更にカードを2枚ドロー!」



だがそれでも、この状況をどう覆す。

戦闘力はいわずもがな、効果破壊を受け付けず、万が一つに攻撃を受けてもスピードの極致に至った流星には、回避する術がある。

フィールドを席巻するシューティング・スターはそれこそ、俺がこれまでのターンで重ねた手段の奥義。

例えブラック・マジシャンが復活しても、それを凌駕する威力を持つ。



「今のターン、いい攻めだったぜ」

「ああ、俺の全力だった」



然もあらん。そうでなければ、武藤遊戯には傷一つ付けられない。

だが、その一撃を受けた方はまるで焦りはなく、微かに残念さを隠し切れていない様子だった。



「……?」

「だが、一撃を入れた時点での油断は命取りだぜ。オレは、魔法マジックカード、戦士の生還を発動。

 キングス・ナイトを手札へ戻し、召喚する」



黄金の鎧を纏った騎士が再臨する。

巌の面をより厳しくし、盾を構えながら膝をついた。

しかしそれではシューティング・スターの怒涛を止められる筈もない。

次のターン、二体のチューナーを引き当てればそれで閉幕。



「更に魔法マジックカード、天よりの宝札を発動!」

「―――!!」



更なる手札増強を呼んでいた。

それは…いや、だとして簡単に攻略出来るものではない。

そう。簡単になど出来はしない。だが、相手は最強のデュエリスト。

常に最高の一手をその手に――――



「互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにデッキからカードをドローする」



――――呼び込む。



伏せリバース魔法マジック! 闇の量産工場を発動!

 墓地の通常モンスターを二体、手札に加える。オレはクィーンズ・ナイトとジャックス・ナイトを手札に」

「絵札の三剣士!?」



そう。簡単にでも、偶然にでもない。

既にフィールドには…いや開幕よりこの布陣を導くためにデザインされたプレイ。

微かに歯を食い縛り、決まり切った次の一手を待つ。



魔法マジックカード、融合を発動!

 絵札の三剣士を束ね、今ここに天に位置する騎士を呼ぶ―――」



手札より現れたクィーン、ジャック。そしてフィールドで跪くキング。

三騎士は立ち誇り、その剣を高く高く掲げた。キン、と打ち合わせた刀身が澄んだ音を鳴らす。

剣士たちの身体が光を放ち、その姿が見えなくなる。

煌々と立ち上る光の柱が三つの影を一つに束ね、新たな騎士の姿を形作る。



「天位の騎士、アルカナ ナイトジョーカー!!」



光が切り裂かれた。

浅黒い肌に目元と口許のフェイスペイント。その顔はジャックス・ナイトそのもの。

しかしその装備は大きく違った。

黒を基本色とした鎧。胸にかかるほどに伸びた黒髪。肩当てから広がるマント。

それは、三騎士の力の結集。戦士の中でも指折りの能力を持ち合わせる、最強の一角。



彼は霧散していく光の中、ゆっくりと眼を開くと、シューティング・スターと対峙する。



「ぐ…う…!」



思わず苦悶の声を漏らす。

この状況は、



「アルカナ ナイトジョーカーで、シューティング・スター・ドラゴンを攻撃!」

「…ッ、シューティング・スターの効果発動…!」



アルカナ ナイトジョーカーが身体を沈め、今にも駆け出す構えへ。

だが速さの極み、シューティング・スターはあらゆる攻撃に先取を取る。

シューティング・スターの身体が発光し、真上へと向かって翔け上がった。

キィイイン、という音が鳴り響く中、光となり消え去る身体。



「シューティング・スター・ドラゴンは、相手モンスターの攻撃宣言時に一時的にゲームから除外する事で、

 そのモンスターの攻撃を封じる事ができる……」

「フッ…その様子じゃあ分かっているみたいだな。

 アルカナ ナイトジョーカーがシューティング・スター・ドラゴンの攻撃無効効果の対象となったこの時、ジョーカーの効果が発動するぜ。

 手札のモンスターカードを墓地へ送る事で、ジョーカーを対象とするモンスター効果を無効にする!

 オレは手札のバスター・ブレイダーを墓地へ送り、効果発動!!」



ジョーカーの剣が力を得て輝く。

風を巻きながら掲げる剣を薙ぎ払い、腰を捻り上げるように背後に剣閃を流した。



「戦闘続行! 次元を斬り裂け、アルカナ ナイトジョーカー!!」



捻り上げた身体を捻るに使った速さに倍する速度で返す。

閃く剣尖が描いた軌跡が裂け目。異なる次元とこの世界の境目の印。

バリン、と鏡のように割れる空間の亀裂の先に、白竜の姿が見えた。



シューティング・スターの嘶きが轟く。

不可侵の領域に切り込む最強の騎士に向けての威嚇か、あるいは純粋な驚愕か。

腕と脚部を折り畳み、飛行形態へとシフトする。

逃れ得ぬと察した流星は、その名に恥じぬ衝突力を見せつけるべく、速度に任せての先攻を取る。



光速に至る突撃は初速からトップスピードに乗るための僅か半秒に満たぬ隙間にしか死角はない。

放たれれば必中。そしてその攻撃力は必殺に値する。

だがそれは天の騎士ほどの力の持ち主と当たるとなれば、別次元の話。



流星が迫るのは真正面より。

光速の機動ともなればそれはけして自在ではない。元より、光速に至るのは突撃においてのみ。

微かに合致した互いの目線から軌道を探るは必要としない。

ジョーカーはただ剣を構えるのを両手にし、頭上に掲げるよう構えるのみ。



瞬間、交差。

光速の一撃は視認する事はできず、同時に神速で放たれた迎撃も視認は不可能。

ただ結果として右の肩口から右の股関節にかけ、翼もろとも斬断された流星龍の姿が遺された。

ぱぁ、と弾けて消える身体。



攻撃力3800、戦士族最強モンスターに次ぐ攻撃力。

その壁は如何にシューティング・スター・ドラゴンとは言え天井の見えない絶壁。

光速を持ってしても埋まらぬ差。

シューティング・スターの攻撃力は3300。

その差500ポイントが俺のライフから間引かれ、4000を指し示す。



「…シューティング・スターが、僅か一瞬で…!」

「あんたの場にはレベル10のモンスターと強制終了。そして、墓地にはレベル・スティーラー。

 確実に二段構えの防壁さえ築いていれば、このターンの攻めは通らなかったかもな。

 カードを1枚伏せ、ターンエンド」



それこそ油断。遥か頭上の相手を前にしての、致命的なまでの隙。

それがシューティング・スター・ドラゴンを敗北へと追い込んだ。

油断できるような余裕があったとは、俺自身も知らなかった事だ、何という無様。



「アンタのデュエリストレベルは認めるぜ。だが、決定的に足りないものがある」

「足りないもの…?」

「戦術を展開する知恵も、カードに命を託す勇気も、天運を呼び込む力も、勘の鋭さもある。

 だけど、アンタの攻めにはデュエリストが持っている闘いの中で鋭く、厳しく磨かれていく本能ってのが混じってない。

 アンタはもっと闘れる筈だぜ。きっと、さっき店の中でやってた時の方が強かった」



怒りで染まっていた時とは違う。感覚で感じていたさっきとは違う。

今相手と対峙している俺の中には理性と、打算で凌ぎ合うデュエルしかない。

俺が挑む相手は、心底見透かしてくる。



「天よりの宝札は相手もカードを十分に補充するカード。

 これでアンタには次の手が舞い込んだ筈だ。戦術に本能が導きだす力を織り込みな。

 アンタはそれを乗りこなすだけの勇気も勘も持っている。

 全力で来な――――」



風がざわめくのは最強の持つ威風か。それとも、自然すらも彼を讃えるのか。

ゴクリと唾を呑み、遊戯を見た。



「オレの全力デッキが粉砕するぜ―――!」



渦巻く風も、ざわめく木々も、それは世界の讃称。



…なるほどである。どうやら俺は自惚れ、気負いすぎていたようだ。

俺に出来る事は何の代わりもない。

こいつらと一緒に、全力でぶつかる事。信じる事。託す事。受け取る事。



「行くぞッ! 俺のターン!!」



天よりの宝札の効果で舞い込んだカードも含め、手札は7枚。

全力でぶつかる事ができる。尽くす。ただ尽くす。

それはそうだ。誰だって勝ちたい。やる限りは勝利を手にしたい。こいつらと白星をもぎ取って歓喜したい。

だがそれは結果だ。



デュエルの中で互いが凌ぎ合う緊張、理を詰め合う思考。

その中で通じる事がある。今はただ感じる事で、その光明を見晴らす。



魔法マジックカード、ワン・フォー・ワン!

 手札のモンスターカード、ボルト・ヘッジホッグを墓地へ送る事で、効果を発動。

 デッキからレベル1のモンスターを特殊召喚する! 来い、チューニング・サポーター!」



鉄鍋らしきものを被る小さな機械人形が現れる。

マフラーを細いアームで掴み、ばさりとはためかせている人形。



「更にニトロ・シンクロンを通常召喚!」



白の上から赤いペイントを施された、液体ボンベに顔が付いたような身体。

黄色い手足を生やし、身体の上には圧力計とバルブが据えられている。



「ニトロ・シンクロンはチューナー!

 フィールドにチューナーがいる時、墓地のボルト・ヘッジホッグは特殊召喚できる!!」



セメタリーゾーンからスライドしてきたカードを引き抜き、フィールドに。

黄色い体毛のネズミが現れる。その身体には名の通り、ハリネズミの針代わりにボルトが突き立っている。



「更に! 手札のドッペル・ウォリアーは墓地のモンスターが特殊召喚された時、特殊召喚が可能!!」



黒い軍服らしく装束で、服と同色のヘルメットを目深に被った兵士が現れる。

両手でアサルトライフルを構えて、それはまるで敵を威嚇するように。



これでフィールドのモンスターは一瞬で四体。

新たな手筋の展開には滞りなく、着実な侵攻の手段を充実させていく。



「フィールドが空っぽの状態から、一気に四体のモンスターを並べちまったぜ…!」

「ふむぅ…彼もここからが更なる本領と言ったところか」

「レベル2、ボルト・ヘッジホッグと、レベル2、ドッペル・ウォリアーと、レベル1、チューニング・サポーターに、

 レベル2、ニトロ・シンクロンをチューニング!!」



ニトロ・シンクロンが頭上のバルブを解放し、圧力計が一気に振り切れた。

に~! という唸り声とともに弾ける身体が二つの星と化し、それがリングを描きだす。

チューニング・サポーターが舞い、ボルト・ヘッジホッグが跳び、ドッペル・ウォリアーがそれを追う。

三体の姿が輪郭の光のみを残し、二重のリングに包まれた。

並ぶは五つの星。リングと合わせ、七の光が混ざり合う。



「シンクロ召喚! 来いッ、ニトロ・ウォリアー!!」



ライトグリーンとディープブルー、二種の体色に飾られた戦士が爆現する。

今までの戦士たちに感じられた機械的要素は見えず、ただマッシヴな筋肉の威容を見せてくる。

悪魔の如き様相に、頭からは二本の白い角が聳え立つ。

その最大の特徴は臀部から突き出た大きなブースター。



「二トロ・シンクロンがニトロと名の付いたモンスターのシンクロ召喚に使用された時、

 そしてチューニング・サポーターがシンクロ素材となった時、それぞれデッキから1枚ドローする!

 カードを2枚ドロー!」



止まらない。けして、止まってやれる暇なんて持て余してはいない。



「ドッペル・ウォリアーがシンクロ素材になったこの時、二つ目の効果が発動する!

 自分の場に、ドッペル・トークンを二体攻撃表示で特殊召喚する!」



ドッペル・ウォリアーがデフォルメーションされた姿。

二頭身で黒い制服に身を包んだ可愛らしい兵士が出現する。

攻撃力は僅か400であるというのに、攻撃表示で放置されてしまうデメリット。

返しのターンまでに処理できなくば、自身の枷として機能する。

しかしそのリスクに見合う存在だ。

シンクロ召喚にレベル1のモンスターを二体、自由に扱える権利を得ると言う事は。

だが、まだ使えない。使わない。



「レベル・スティーラーの効果!

 ニトロ・ウォリアーのレベルを7から6へ下げる事で、墓地から特殊召喚する!」



ニトロ・ウォリアーの胸板から染み出すように星が一つ。

浮かび上がる星に導かれるように、ニトロ・ウォリアーの足許にゲートが開き、天道虫が現れた。

身体と星を重ね、何も描かれていなかった背に、一つ星の紋様を描きだす。



「ん? なんでわざわざ…」

「強制終了のコストはカードを墓地に送る事。

 トークンは墓地には送れんから、レベル・スティーラーでトークンを守る気なんじゃ」



次のターンで大ダメージを防ぐには、攻撃そのものを行わせなければいい。

その為の手段はある。先程は行使する事が出来なかったが、今度はもう油断しない。

ただ、出来る全てを出し尽くす。



「更に、手札から魔法マジックカード、融合を発動!

 俺は手札のE・HEROエレメンタルヒーロー ネオスと、ニトロ・ウォリアーを融合!」

「融合!?」



銀色の体色に、赤いラインと紺のアクセント。

胸部には空色の宝珠とそれを囲うように配置された赤のトライアングル。

ニトロ・ウォリアーと同様に強調される筋肉からはその力強さを見せられる。

黒い拳を握りしめ、ブルーの瞳と額に輝くイエローの宝石から光を放つ。



その身体がニトロ・ウォリアーのそれと重なり、空間の歪みに吸い込まれていく。



「融合召喚―――!!」



歪んだ空間が斬り捨てられた。

体色と同じ色合いで揃えられた鎧。胸部に輝くのは本体のそれより遥かに大きい空色の宝玉。

両の肩当てにも同様の宝玉が一つずつ。頭部を鎧う兜には二本の白角が聳え、オレンジ色の飾り髪が膝裏まで伸びている。

左腕には紺を金で縁取り、サファイヤのような宝石が飾られた盾。

右腕には柄にも刀身があるツインブレードを持つ。



E・HEROエレメンタルヒーロー ネオス・ナイト!!」



空間を切り捨てた一閃の返す刃で光を断ち、その姿を見せつける。

対峙するは同系統で最強に次ぐ一体。しかし、それに後れを取る能力ではない。

ネオス・ナイトの持つ剣に炎が盛る。



「ネオス・ナイトの効果!

 このカードの融合素材となった、ネオス以外の戦士族モンスターの攻撃力の半分を得る!

 ニトロ・ウォリアーの攻撃力は2800、よって1400ポイントの攻撃力を得たネオス・ナイトの攻撃力は―――

 3900だ!!」



ネオス・ナイトが舞う。

全身鎧に身を包む戦士とは思えぬ爆発的な脚力で跳ね上がり、手にしたツインブレードを振りかざす。

眼下のアルカナ ナイトジョーカーを目掛けて、落下に合わせた神速の振り抜き。

対処は意味がない。互いに持ち合わせる刃の切先の強さは、数値化した戦闘力によって測られる。

僅かに、微かに、上回るのはネオス・ナイト。



「ラス・オブ・ネオス・スラッシュッ!!」



ジョーカーは不動。それに一瞬、呆ける。

今まで見て来たソリッドヴィジョンによるバトルは理由は知らずともバトル、という表現が最も似合う体裁をとってきた。

棒立ちでやられる事は一度たりともなかった。

つまり…



「カウンタートラップ、攻撃の無力化!」



互いのモンスターの間に次元を歪める渦が発生する。



それは同じフィールドに存在するカードを知り、主人の取る戦略を識るが故の態度。

しかも、今開かれたゾーンは遊戯は砂塵の大竜巻で伏せた場所のカード。

つまり、ブラック・マジシャンを守る事もできた、と言う事だ。

彼は俺の全力を受け止める事を選んだ。その上で、全力で叩き潰す事を。

エースの一時離脱すら惜しまずに。



寒気が足許からじわじわと立ち上ってきていた。

どこまで、見透かされているのか。



歪みに剣撃を弾かれたネオス・ナイトが後退し、俺の目前に降り立つ。

それを見て、なおも不安が残るような事はない。

たとえ何が来ても、一緒に立ち向かう。力の全てを出し尽くして。



「ターンエンド」

「一進一退の攻防じゃな…どちらも最上級モンスターを惜しげなく召喚しあっておる」

「それにしても、あんな奴この町にいたか…? 遊戯と闘えるレベルなら、バトルシティにもいたんだろうけどな」

「オレのターン!」



引き抜かれるカードを横目で確認した遊戯が、微かに口の端を上げ笑う。

何ら疑う事無き、次の攻め手だ。



魔法マジックカード、天使の施しを発動。

 カードを3枚ドローし、その後手札を2枚墓地へと送る」



セメタリーに呑み込まれていくカードたち。

その瞬間、ネオス・ナイトが膝を屈した。



「ネオス・ナイト!?」



呻き声のようなものを絞り出すネオス・ナイトの身体には、黒い靄のものがかかっていた。

その足許に攻撃力のカウンターが現れて、数値が3900から3400までダウン。



攻撃力の低下、天使の施し、効果処理として捨てられた手札。

即座にディスクで確認する。ネオス・ナイトを対象とした装備カードが1枚。



「くっ…! ギルファー・デーモン…!!」

「暗黒魔族ギルファー・デーモンの効果は、このカードが墓地へ送られた時に発動する。

 魔族の魂が攻撃力を500ポイントダウンさせる呪詛となり、モンスターを侵食するぜ」



ぐぉおお…! という呻き声は大きくなるばかり。

例え破壊しても、墓地に送られた瞬間に再度効果を発現するこの呪詛を振り払う事はできない。

この環から抜け出すためには、墓地に送った直後に被る別の効果処理を割り込ませるしかない。



「アルカナ ナイトジョーカーで、ネオス・ナイトを攻撃!!」

「通すかっ! 強制終了のコストにレベル・スティーラーを使用し、バトルフェイズをスキップさせる!」



レベル・スティーラーが光の粒子と化し、煙幕の如くフィールドに撒き散らされる。

光のカーテンの中は視界の確保が出来ないほどに濃密で、また身体に絡みつき動きの自由を奪う。

顔を顰めたジョーカーは踏み込みかけた空間から遠ざかるためにバックステップ。

遊戯は言うまでもなく予測していたそれには反応せず、そのままメインフェイズ2へと。



「カードを1枚セット。ターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」



手札は4枚。

…繋がる手がないわけではない。

だがそうすればアルカナ ナイトジョーカー討つ代わりに俺の場には強制終了しか残らない。

レベル・スティーラーを事前に蘇生すれば1ターンは持つ。

だが、それは余りにも無謀な賭けに思える。



どちらにせよ、強制終了が破壊されれば攻撃を受ける。

ならば、この1ターンを何もせずに過ごし、更なるターンに備え、手札を1枚でも増やすべきか。

どちらが勝率が高いか。当然、それは手札を増やして備えた方がいい。

どちらがリスクが重いか。当然、1ターンの時間を最強のデュエリストに与えるという自殺行為。



ならば、



「ネオス・ナイトのレベルを7から6へ! レベル・スティーラーを特殊召喚!!」



選択はハイリスク・ハイチャンス。

ネオス・ナイトの胸からこぼれ落ちた光が、昆虫の姿となる。

セメタリーのカードをフィールドに移動させ、その姿を見届けた後。

手札のカードをフィールドへ。



「カードを1枚伏せ、トークン二体の表示を守備に。ターンエンド!」

「オレのターン、ドロー! アルカナ ナイトジョーカーでネオス・ナイトを攻撃!」

「だが強制終了がそれを通さない!」



それは先程と全く同じ光景。

コストとされたレべル・スティーラーは光のカーテンとなり、侵略者に対する防壁となる。

ジョーカーもその中に踏み込む気はない。ただそのまま、バトルフェイズを終了し、メインフェイズへと。



「カードを更に1枚セット。ターンエンド」

「俺のターン!!」



ドローしたカードを見、微笑む。

これで、もう一歩。



魔法マジック発動、融合解除!」



それは融合モンスターに対する魔法マジック

相手の場の融合モンスターを対象とすれば、その身をデッキに帰還させ、素材モンスター、そして融合魔法分の損害を与える。

だがしかし、それは通常の融合モンスターであればの話。

相手は天位の騎士。自身に向かう魔力を斬り払う事すら可能としている。



故に解除するのはネオス・ナイト。



「ネオス・ナイトの融合を解除し、E・HEROエレメンタルヒーロー ネオスとニトロ・ウォリアー。

 二体の戦士を墓地から特殊召喚する!」



ネオス・ナイトの身体が歪み、二つの光に分かたれた。

ベースとなっていた銀色の身体の戦士、ネオス。そして剣として力を与えていたグリーンの体色を持つニトロ・ウォリアー。



「融合解除の効果でデッキに戻ったネオス・ナイトに装備されていたギルファー・デーモンは墓地に送られる。

 だがその効果は、融合解除の効果によって墓地のモンスターが特殊召喚される処理が入る為、タイミングを逃す!」

「………」



怨念はここに死滅。遊戯がカードを墓地に送っても、その怨霊が地獄から這い出る事は出来ない。

しかし二体の戦士が降臨するのは、天位の騎士が席巻するフィールド。

そのままでは如何に屈強なモンスター勢と言えど、殲滅されるのは必定。



「だが、希望を繋ぐ道がある…! 魔法マジックカード、貪欲な壺!

 墓地のモンスターを五体選択し、デッキに戻した後シャッフル。その後、カードを2枚ドローする。

 俺が選択するのは、ジャンク・シンクロン、ティンクル・モス、ターボ・シンクロン、ドッペル・ウォリアー。

 そして、スターダスト・ドラゴン!!」



墓地から5枚のカードが吐き出される。それをデッキに合わせ、切り直した後に再びホルダーへ。

2枚のカードをドローしながら、告げるのは新たな戦略の一端。



「スターダストはシンクロモンスター、メインデッキに戻らない。だがこれで、再度のシンクロ召喚が可能となる!

 更に魔法マジックカード、調和の宝札!

 攻撃力1000ポイント以下のドラゴン族チューナーを墓地に送り、カードを2枚ドローする。

 攻撃力0のドラゴン族チューナー、救世竜 セイヴァー・ドラゴンを墓地へ。そしてカードを2枚ドロー!

 続いて、魔法マジックカード、魔法石の採掘を発動!

 手札のカード2枚をコストに、墓地の魔法マジックカードを1枚手札へ!」



選ぶべきはこのカードが持つ手札アドバンテージの喪失を埋めるためのカード。

遊戯のように天よりの宝札や強欲な壺があれば迷う必要はない。

が、生憎なところ俺のデッキにはそんなカードは入っていないのだ。

手札の損失を抑えるために間違いのない選択は、



「加えるカードは貪欲な壺!」

「ん? なんでそんな手札が減るだけの使い方…」

「いや、彼の今までの闘い方を思い出すんじゃ。重要なのは回収したカードではない」

「…そうか、墓地に送ったモンスターに特殊効果が!」



ここまでターンを過ごせば、デッキの特性はもうバレている。

だがしかし、と。戦慄を含む笑みを浮かべた。

知っているからこその対応。知っているからこその予想。

武藤遊戯・アテム。彼のデッキからはまるで、次の手が見えてこない。

それでいてこちらの最高を上回る力で打ち破ってくる。



「フィールドのモンスターを除外する事で、異次元の精霊は手札から特殊召喚できる!

 ドッペル・トークンを除外し、特殊召喚!!」



ふよふよと緑色の髪の赤子が浮遊しながら現れた。

頭部から二本の触覚を生やした赤子は、身体を全く動かす事なく滞空している。



「行くぞッ! レベル7のニトロ・ウォリアーに、レベル1の異次元の精霊をチューニング!!

 再び俺のフィールドに舞い戻れ…スターダスト・ドラゴンッ!!」



白銀が再び星の光を散らしながら舞い踊る。

銀色の戦士、ネオスと並ぶ姿は言うまでもない、壮観の一言に尽きる。



だが二体の攻撃力は共に2500。このままでは及ぶべくもない。

しかしこちらの手は未だ尽きていないのも、事実。



「スターダスト・ドラゴンのシンクロ召喚に成功したこの瞬間、墓地のスターダスト・シャオロンの効果が発動!

 このカードはスターダストのシンクロ召喚時、墓地より特殊召喚できる。

 攻撃表示で特殊召喚!」



光と共に墓地より昇り出たのは、西洋のドラゴンと言うよりは東洋龍。

蛇に近しい身体のカタチ。緑色の鱗に包まれ、青い背毛を立ち上らせる細い身体。

髪の毛のように青い毛を振り回しながら、強くはないものの雄叫びを鳴らす。



「これが、墓地に送ったモンスターの正体…?」



疑問の声は、この状況を変える能力を持っていないシャオロンに対するもの。

わざわざの手間、もっと何らかの強力な効果を秘めているものと、思われていたのだろう。

攻撃力僅か100ばかりの戦闘において全く頼りにならなそうなモンスター。



「魔法石の採掘の効果で墓地へ送った、ADチェンジャーの効果。

 このカードを墓地から除外することで、フィールドのモンスター一体の表示形式を変更する!」



遊戯の伏せリバースは3枚。

これから行う攻撃が成功すれば必要なくなるだろうが、低攻撃力モンスターの攻撃表示での放置は避けたい。

この効果をアルカナ ナイトジョーカーに使用したところで、やはり確実に通るとは言えない効果なのだ。

遊戯の手札3枚中、1枚でもモンスターがあれば防がれる。

手札を削れるというメリットにもなるが、墓地に送られるとこちらの不利益と化すモンスターもいないわけではない。

先のギルファー・デーモンほどに直接的ではなくても、それだけで何らかの抑止力として機能するカードもある。



「スターダスト・シャオロンを守備表示に変更!」



シャオロンが身を縮こめる。



「そしてトラップ発動、エンジェル・リフト!

 墓地よりレベル2以下のモンスターを一体、特殊召喚させてもらう!」

「レベル2!? つーことはまたあのシンクロチューナーっていう…」

「いや、じゃが彼はシューティング・スター・ドラゴンをデッキに戻さなかった…」

「呼ぶのは新たなドラゴン。忘れてもらっちゃ困る、このターン俺が墓地へ送ったのは、3枚のカード!

 墓地より、救世竜 セイヴァー・ドラゴンを特殊召喚!」



透き通る赤。ピンクと言った方が近しいかもしれないほどに明るい赤。

両眼のイエローを残せばそれ一色の小さき竜が顕現する。

頭から繋がる短い胴体に、二枚羽。それだけのパーツしか持たないモンスター。

それはデュエルを見るものたちにどう映ったか。



恐らくはその姿の真の意味を悟れた者はいないだろう。

それは、奇跡の結晶。



「見せてやる…! これが、最高の竜、最高の戦士に次ぐ俺の全力。奇跡の力!

 レベル8のスターダスト・ドラゴンと、レベル1のドッペル・トークンに、

 レベル1のチューナーモンスター、救世竜 セイヴァー・ドラゴンをチューニング!!」



スターダストが舞い上がる。続くドッペル・トークン。

普段のシンクロ召喚であればチューナー。この場合、セイヴァー・ドラゴンが光の星となる事で星を束ねる。

だが今回のそれは違った。



セイヴァー・ドラゴンは薄いとすら言える明るさを更に薄くし、広がっていく。

ドッペル・トークンと同サイズ程度だった身体は、中にスターダストを内包してもなお余裕がある巨大さ。

二体のモンスターを包んだセイヴァー・ドラゴンの姿が光度を増し、輝光そのものと化す。



「来たれ、セイヴァー・スター・ドラゴンッ!!!」



光が破れ、中から光よりも眩い蒼銀が飛び出した。

同じスターダストを源流とするモンスターでも、白を基調とするシューティング・スターとは違う。

鮮明な蒼。闇を照らす白光とは違う、闇の中でも輝く蒼の光。



その身体は先程のスターダスト・シャオロンのようにドラゴンより東洋龍に近しい。

顔はスターダストのそれに近いが、蛇のような形状になった身体には鎧のような胴体。

背後まで長く突き出た肩からは、それぞれ四枚一組の翼が二組ずつ。左右で四組十六枚の翼。

脚部は足としての機能を求められていないとでもいいたげな形状。



奇跡の龍は俺の頭上でその翼を大きく広げ、滞空する。

救星竜という名を冠する龍は、その力を現世で発揮し続ける事が出来ない。

僅か1ターンのみ。それが地上で行動する限界。

だがその攻撃力、効果、共に強力。

故に彼が留まれる1ターンで如何なる手を打つか、そしてその一手を後にどう生かすかは全てデュエリスト次第。



「シューティング・スターすら軽々と乗り越える。

 俺が闘う為には、常に刹那的なまでの死力でなきゃ、同じ舞台にすら立てやしない…」



全力じゃ足りないなら、死力を尽くすだけだ。

それでも足りなければ……



「セイヴァー・スターの効果! 相手モンスターの効果を無効にし、その効果を得る!

 アルカナ ナイトジョーカーの効果を奪わせてもらう!!

 これで、ジョーカーは効果に対し無力、対してセイヴァー・スターは万全となる!

 サプリメイション・ドレイン!!」



セイヴァー・スターが頭部から放つ光線に当てられ、ジョーカーが呻く。

それは相手モンスターの効果を略奪する対モンスター戦最強級の能力。

だが、それは奪えればの事。

ジョーカーは効果対象にされた時点で、それを切り払う事が出来る。



だがそれを、遊戯は行わなかった。

モンスター効果を無効にするにはモンスターカードが必要。それがなかったか。

あるいは…一体、どこまで読み切ってくると言うのか。



「セイヴァー・スターでアルカナ ナイトジョーカーを攻撃! シューティング・ブラスター・ソニックッ!!」



彗星が騎士に向かい奔った。

互いの攻撃力は互角の3800。このままいけば相討ち。だが、こちらはそれが狙い。

遊戯がフィールドに伏せたカード。あれらのうち、攻撃に誘発されるトラップがあれば…

発動した時点で、セイヴァー・スターの効果が遊戯のフィールドを蹂躙する。



だが、遊戯は動かない。



セイヴァー・スターの突撃に対し身構えるジョーカーが、剣を返し振り被る。

直線に軌道を取るセイヴァーの突撃は、シューティング・スターの時と同様、ジョーカーには簡単に捉えられる一撃。

軌道と速度を合わせ、剣を奮うだけならばむしろシューティング・スターを相手にする時より容易い。

だがそれは、その彗星の威力を鑑みない的当ての結果。



彗星は地に立つ騎士に迫り、騎士はそれを全力を乗せた大上段からの一閃で迎え撃つ。

衝突により光の波紋が広がり、霧散していく。

衝撃波に巻き上げられた星の欠片たちが、幻想的な輝きを放つ戦場。

その光の中で、二体のモンスターたちは命を賭けた衝突の果て、

そのまま互いの身体が交差して、ぱさぁと光となってばらけた。



相討ち。それが結果。

だがそれはつまり遊戯の場のモンスターの喪失と、トラップが張られている可能性の薄弱さを示した。

遊戯のライフポイントは風前の灯。

一撃さえ、叩き込めればそれで―――



E・HEROエレメンタルヒーロー ネオスで、ダイレクトアタック!!」



ネオスが跳ねる。拳を解き、手刀を作り、その一撃を遊戯へと向ける。

攻撃力は2500。僅か700のライフを削り切るには十分すぎる攻撃力だ。

ネオスの一撃ラス・オブ・ネオス。は紛う事なく遊戯を打ち据え、俺に勝利をもたらすだろう。



なんて、そんなものはただの虚勢だ。

対策がないわけない。対応が出来ない筈がない。あれは、そういう眼だ。



トラップ発動、聖なるバリア-ミラーフォース-!」

「…は、」



遊戯を覆うように虹色に輝く半透明の結界が出現する。

それにより、ネオスの一撃は威力を全て吸収され、自身のフィールドにその破壊を反射される。

ミラーフォースの放つ波動に巻かれ、ネオスの身体が分解した。

これで互いのエースは消失。



攻撃に反応し、攻撃表示モンスターを全て破壊する反射鏡。

これで俺の場には、守備表示のシャオロンのみとなったわけだ。

しかしその事自体より、今、このタイミングで。そのカードを使う理由だ。



ジョーカーを守るためにそれを使っていれば、フィールドが全滅した。

セイヴァー・スターにはその力がある。そして、遊戯はそれを知らなかった筈だ。

何故、セイヴァーに対してそれを使わなかったか。



「フェイクが見え見えだぜ。アンタの手札は1枚、それも魔法マジックだと分かっている。

 この状況で一番警戒すべきトラップに対する防御にはなりえない。

 恐らく、セイヴァー・スター・ドラゴンにはトラップを破る隠された効果があったんだろうが…

 そう簡単には引っかからないぜ」



完全だ。ここまで読み切られていれば、いっそ清々しい。



「ターンエンド…」

「オレのターン、ドロー…次は、オレの攻めだ」



それは侵略。正しく、相手の領地を侵す攻撃。

冷や汗で身体が凍るのも最早何度目か。そこから続く恐怖には、膝を屈し、心を折ってしまいそう。



「熟練の白魔導師を召喚!」



白装束に身を包み、魔石の埋め込まれた杖を奮う魔導師が出現する。

その胴と肩を守るために付けられたプロテクターには、杖に据えられた魔石と同じものが三つ。



伏せリバースカード発動オープン

 凡人の施し! カードを2枚ドローする」

「んなにぃ!? 凡人!?」

「あ、いや…別に城之内くんの事を言ったわけじゃ…!」

「黙っておれ、城之内」



うるさい凡骨にたじたじになりながら、遊戯はカードを2枚ドロー。

だがそれはただ、2枚のカードをドローさせるだけのものではない。

その効果に見合うデメリットも持ち合わせている。



「その後、手札の通常モンスター。幻獣王ガゼルをゲームから取り除く」



実質的には2枚の手札交換。

それもトラップであるが故、1ターン待たねば発動出来ない速攻性にかける交換方法。

ドローが重要とされるこのゲームでは、しかしそれも一つの戦術。

ブラフとしての役割も持ち得ている。



魔法マジックカード、トレード・イン!

 手札のレベル8のモンスターをコストにし、デッキから更に2枚ドローする!

 オレは手札のマジシャン・オブ・ブラックカオスを墓地へ」



またも2:2で行われる手札交換。しかし今度は魔法マジック

それはつまり、フィールドに存在する魔導師の力を発揮するための備え。



魔法マジックカードの発動により、白魔導師の効果が発動!

 発散された魔力を集束させ、魔力カウンターを生成する能力により、カウンターが一つチャージされる!」



白いフードに隠された精悍な顔立ちの魔導師は、魔力を蓄える能力を持つ。

右肩のアーマーに付いた、魔石が淡く光り始めた。

それこそが魔力カウンター。



「そして更に魔法マジックカード、死者蘇生を発動!」



光のアンクが出現する。エジプトにおいて生命を象徴するエジプト十字。

それは冥界から死した者の魂を呼び寄せ、現世での器を与える。

墓地より現れるのは最強のデュエリストが誇る、最強のしもべ。

黒い渦が立ち上り、その中から黒い魔導衣に身を包む魔術師が出現した。



「ブラック…マジシャン…!」

「更に白魔導師にカウンターチャージ!」



左肩の魔石が点灯する。プロテクターに埋め込まれた石はあと一つ。

それが点灯した時、更なる力が出現する事だろう。

だがそれでも、まだ俺の場にはバトルフェイズをスキップさせる強制終了が…!



魔法マジック発動! 黒・魔・導ブラック・マジック!!」

「っ!」



ブラック・マジシャンが杖を掲げる。それは、攻撃ではない。

最高位の魔術師だからこそ可能な、主人より解放を許されたが故に可能な、魔術の奥義。

眼を見開いた魔術師の魔力が、眼に見えて分かるほどに膨れる。

彼は俺に向け、一直線に飛来し、杖を振り抜いた。



ドッ、と足許から黒い極光が広がっていく。

紫電を帯びた暗闇の拡大は俺の周囲一帯を包み込み、炸裂した。



「ブラック・マジシャンがいる時、相手フィールドの魔法マジックトラップを全て破壊する」

「は…!」



黒魔術の光の中から視力を取り戻した時、見出したのは破壊された強制終了の姿。

ディスクからカシュゥと音を立てて吐き出されたカードを取り、セメタリーへ送る。

これで完全な防壁消失。

あと、残るのはモンスターが一体のみ。



「そしてこの瞬間、三回目の魔法マジックが使用された事で、白魔導師のカウンターが生成」



胸を覆う鎧に埋め込まれた魔石。最後のそれが光を灯し、その力を最大限まで高めた。

魔力がオーバーフローし、雷に似た光が魔導師の身体を取り巻くように暴れる。

この瞬間、高められた魔力は冥界と現世を繋ぐ境界にすら影響を及ぼすほど。

あとはそれを、道筋を決めて放出させるのみ。



「熟練の白魔導師の効果により、魔力カウンターを三つ蓄えたこのカードを墓地に送る事で―――

 竜破壊の剣士、バスター・ブレイダーを墓地から特殊召喚する!!」



紫紺の鎧の剣士が立ち上る光を斬り、現れる。

自身を呼び出すために魔力を蓄えたその身を引き換えに差し出した魔導師の遺志を受け取り、立ち誇る姿。

黄色く縁の取られた紫紺の鎧は巨大で、並ぶブラック・マジシャンを二周り上回っている。

頭部からは触覚のような角が二本突き出ており、こちらを見据えるのは真紅の瞳。

竜を斬るための大剣を片手で持ち、剣の背を肩に乗せて支えている。



「くぅ…っ…!」

「バスター・ブレイダーは相手フィールド、及び墓地のドラゴン族一体につき、攻撃力を500アップする!

 スターダスト・ドラゴン、シューティング・スター・ドラゴン、スターダスト・シャオロン、セイヴァー・ドラゴン、セイヴァー・スター・ドラゴン!

 合計5体のドラゴンが存在する今、バスター・ブレイダーの攻撃力は、5100ポイント!!」



俺のフィールド、そして墓地から放たれる竜の気に当てられた剣が、その本領を発揮する。

鳴動するドラゴンバスターブレイドはその高鳴りを抑えもせず、獲物の気配に雄叫びをあげた。



じゃり、とバスター・ブレイダーが大地を足裏で踏み躙る。



「バスター・ブレイダーでスターダスト・シャオロンを攻撃! 破壊剣一閃!!」



爆ぜる地面が土砂をばら撒いた。

突撃力の強さに応じてか、まるで地雷でも作動したかのような炸裂。

それは同時にその脚力から生まれる速度で振り抜かれる剣閃の苛烈さを示す。

シャオロンの身でそれを防ぐ事など出来はしない。

身を縮めていた龍に容赦なく振り下ろされる凶刃が、龍の身体を両断した。



「だがっ、シャオロンの能力はそれすら通さない!

 龍の再生能力をもって、1ターンに一度だけ破壊を免れる事ができる!」



両断された身体が光を放ち、寄せ付けあい、ぴたりとくっついた。

傷口から泡を噴きながら急速に再生されていく肉体は、1ターンあれば完治する。

だがそれは、更なる追撃によって許されない。



「ブラック・マジシャンによる追撃! 黒・魔・導ブラック・マジック!!」



バスター・ブレイダーの攻撃が未だ完治せぬ龍の身では耐えられない。

急接近し、目前まで迫った魔術師は杖を翳し、振り抜く。

先程俺のフィールドを破壊したそれより圧縮された魔力の波動。

黒い魔力はスターダスト・シャオロンの身体を呑み込み、その存在を欠片残さず蒸発させた。



「スターダスト・シャオロン撃破!」

「くっ…!」

「カードを2枚伏せ、ターンエンド」

「俺のターン!」



まだだ。まだやられて堪るか。まだ俺たちは闘える。

まだ尽くせる力が残っているのだから。



魔法マジックカード、貪欲な壺を再度発動!

 戻すのはセイヴァー・ドラゴン、スターダスト・シャオロン、ニトロ・シンクロン、チェンジ・シンクロン、異次元の精霊!

 墓地のドラゴンが二体減り、バスター・ブレイダーの攻撃力は1000ポイントダウンだ!」



それでもなお4100ポイント。並みではまるで届かない強さ。

ここで引く2枚のカード、こいつらにかかっている。



「貪欲な壺の効果でカードを2枚ドロー! ―――!」



この状況でこのカードは…いや、遊戯の手札は今0枚。

だとすれば、ここでエース二体を破る事が出来れば、次のターン。遊戯は新たな手札を補充するしかない。

強欲な壺、天使の施し、天よりの宝札、最高の手札増強はいずれも墓地。

だとすれば次に出てくるモンスターは…



ブラック・マジシャンを見る。

だとすれば、これで…!



「カードを2枚セット!

 そして手札から魔法マジックカード、ミラクルシンクロフュージョンを発動!

 墓地、フィールドから融合素材モンスターを除外する事で、シンクロモンスターを素材とする融合モンスターを召喚する!」

「墓地のモンスターを融合!?」

「なんと…!」

「指定するのは墓地のドラゴン族シンクロモンスター、シューティング・スター・ドラゴン。

 そして、戦士族モンスター、ジャンク・ウォリアー! この二体のモンスターを除外する事で―――

 融合召喚、波動竜騎士 ドラゴエクィテス!!」



次元の彼方へ送られた二体のモンスターが融合し、新たなる力となって呼び覚まされる。

空間に孔を穿ち、蒼い鎧竜が異次元の底よりその翼を躍らせた。



竜の背を借りる騎士ではない。騎士の姿をした竜。

蒼い鎧は全身を覆いつつもそのシルエットの細さを隠す事はない。

左右二枚の翼を大きく広げ、右手には長大なランスを引っ提げている。

頭部はフルフェイスの兜のようであり、オレンジ色の角がトサカのように五本並んでいた。

シューティング・スターとはまた別のカタチの鎧をスターダストに着せたかのような外見。

それが竜騎士の姿。



「シューティング・スターが取り除かれた代わりに、

 ドラゴエクィテスが召喚され、バスター・ブレイダーの攻撃力変化はない」

「ああ、だがまだエクィテスには強力な効果があると知れ!

 ドラゴエクィテスの効果、墓地のドラゴン族シンクロモンスターを除外し、その名と効果を得る!!

 セイヴァー・スター・ドラゴンを除外し、その効果を会得!

 サプリメイション・ドレインによって、バスター・ブレイダーの効果を無効にする!!」



エクィテスが左の掌を翳し、バスター・ブレイダーへと向けた。

途端、眼を苦しげに歪めて膝を着く。微かに遊戯の顔も、歪んだ。

エクィテス、いやセイヴァー・スターの効果奪取能力は永続効果に対しては無効化能力としてしか働かない。

つまりエクィテスはドラゴン族を相手にする際の攻撃力アップ効果は得られない。

だとしても、2600に攻撃力を低下させたバスター・ブレイダーならば、攻撃力3200のエクィテスが撃破できる。



だが、遊戯の残りライフは700。

同じくフィールドに並ぶ攻撃力2500のブラック・マジシャンならば撃破し、ライフを削り切れる。

ならば迷う事は、ない。



「波動竜騎士 ドラゴエクィテスで、ブラック・マジシャンを攻撃!」



エクィテスが槍を引いた。それは上空から相手を目掛けた投擲の体勢。

それを放たれれば目標とされたブラック・マジシャンは貫かれ、消し飛ばされるが必定。

ぐぐぐ、と臨界まで引き絞った弦のようにエクィテスの身体が悲鳴を上げた。

その瞬間、解放される一撃。



「スパイラル・ジャベリンッ!!」



それは過たずブラック・マジシャンの許へと奔る。

このまま行けば、半秒必要とせずに魔術師は槍の餌食となり、食い破られるだろう。

だが、



トラップ発動!」



その遊戯の声が遮った。

そう、この瞬間こそがエクィテスをコピーしたセイヴァー・スターの力が存分に発揮される時。



「シフトチェンジ!

 ドラゴエクィテスの攻撃対象をブラック・マジシャンからバスター・ブレイダーへ変更!」

「シフトチェンジ…!」



攻撃対象の変更カード。それは、ドラゴエクィテスに授けられたもう一つの効果を使うに足る効果か。

もし使ったとすれば俺のフィールドには伏せリバースが2枚のみ。

だが遊戯のフィールドは壊滅し、手札も0枚。次のターンの1枚だけでは、如何に遊戯だろうと…



――――如何に彼だろうと? どうなる。

切り札をこのタイミングで失った俺は、逆転の一手を打つ為のキーカードをフィールドから失い、次のターンで遊戯の勝利となる。

そうだ、奴の強さは侮る余地など一片たりとも介在しない。

常に死力を。そう言ったのは俺自身。

次の手に繋がる要素が残らない一手を打てば、その時点で俺の敗北。



「攻撃続行…だ!」



ブラック・マジシャンの前にバスター・ブレイダーが立ちはだかる。

その身体がエクィテスの槍に貫かれて、地面に縫いつけられるように衝突した。

バキバキと割れてく紫紺の鎧がたちまち光の粒子となって消えゆく。

これで、遊戯のライフは残り100。



「ふっ…いいのか? トラップに対する備えはあったんだろう?」

「…エンドフェイズ、セイヴァー・スターの能力をコピーしたドラゴエクィテスは、デッキに戻る」



すぅと消えていくドラゴエクィテスを見送った後、続く効果の宣言をする。

セイヴァー・スターの効果を継いだエクィテスには、その翼から毀れる星屑をフィールドに呼び戻す。



「そして、墓地からセイヴァー・スターのシンクロ召喚に使用したスターダストを特殊召喚する!」



光の欠片が集い、竜の形を成していく。

この局面、互いのエースが会するこの場で、次に打たれるべき手は…

次のターンがきっと終幕。ここで凌げれば俺が勝つ道が開く。だがしかし、



「オレのターン!!」



アレを相手にどう凌げと言うのか。

増す事しか知らないように、際限なく膨れ上がり続ける闘気は最早俺の知覚外。

天井が遥か高くにでも感じられた十代と遊星はまだ、低位置だったのだ。

ランク評価すれば遊戯をS。それと比べれば二人ともギリギリA、下手したらBだ。



手は尽くす。死力を持って。だがそれでも、足許すら見えてこない。



魔法マジックカード、光と闇の洗礼を発動!」



矢張り、きた。確信はなかったが、手札1枚とブラック・マジシャンからならばこの流れこそ、最高の布陣。

黒魔導師の身体が混沌の闇に包まれていく。ゆっくりと眼を閉じ、己の魔力をその闇に委ねる。

取り込まれた魔力は異界を通り、魔術師を新たなる次元へと導く。



闇が晴れる。

天を突くように伸びていた帽子は二股に分かれ、左右に流れていた。

魔導衣は黒いタイツのような身体のラインを確かに現す意匠となり、手足に拘束衣のようなベルトが巻かれている。

黒紫と緑だったカラーはより黒く、そして差し色が赤紫色に。

体色が薄青く変色し、黒い髪が風に靡いていた。

鋭い眼光はスターダストとその先の俺を捉え、光る。



「ブラック・マジシャンを生贄に捧げ、デッキから混沌の黒魔術師を特殊召喚。

 更に混沌の黒魔術師の効果により、墓地の魔法マジックカードを1枚、手札に加える。

 選択するのは天よりの宝札だ」



混沌の黒魔術師の肩の横に、黒い光がゆらめく。

彼はその中へとゆっくりと手を突き入れ、同じくゆっくりと引き抜いて見せた。

人差し指と中指に挟まれたカード、それを指遣いだけで綺麗に取り回し、俺に見せる。

遊戯が宣言した通り、天よりの宝札。



俺が肯くと魔術師はそれを指の動きだけで巧く投げて見せ、

遊戯はそれを魔術師と同じように人差し指と中指のみで挟み取った。

受け取ったカードはそのまま、デュエルディスクへ。



「天よりの宝札を発動し、互いのプレイヤーの手札を6枚に。

 オレは、通常のドロー以外でワタポンをドローした事により、ワタポンを特殊召喚!」



白い毛玉に、青く大きな瞳のモンスターが現れる。

わたぽん、と可愛らしく鳴き声を上げているが、こちらはそれに和んでいられるほど優しい状況じゃない。

リリース要員が出現したこの瞬間、次に来るのは…



「そして、魔法マジックカード、ディメンション・マジックを発動!」



これだ。破壊効果を有しているにも関わらず、ここまで止め難い効果もそうあるまい。

破壊効果を無効にするスターダストとは言え、この魔法攻撃の名が相応しいカードを止める事はできない。

そう、それは見えていた。この魔法マジックの脅威が如何程か。



「オレの場に魔法使いがいる時、モンスター一体を生贄に捧げ、手札の魔法使いを特殊召喚する!

 ワタポンを生贄に、来い! ブラック・マジシャン・ガール!!」



混沌の黒魔術師が手を翳し、ワタポンの身体を同胞を呼び出すための魔力へ変換する。

わたぽーん、という最期まで可愛らしい断末魔を残して消える毛玉のモンスター。

そしてそれが残したものもまた。



ワタポンの命を呼び水に、黒魔導を継ぐ魔術師の見習い娘がフィールドに降臨した。

黒に近しいブラック・マジシャンのそれより青に近い明るい魔導衣。

それは肩から胸元にかけ、大きく露出したワンピース状のもの。

肩にかかる程度の金色の髪と、師匠の被るものとよく似た帽子を頭に乗せた少女が、混沌の横に降り立つ。



「そしてディメンション・マジックの追撃効果、モンスター一体を魔術師の攻撃で破壊させてもらうぜ!

 スターダスト・ドラゴンに混沌の黒魔術師とブラック・マジシャン・ガールの連携攻撃!!」



混沌の黒魔術師が杖を掲げ、それを見た少女も慌て続くように杖を掲げた。

ガールの杖は同族の持っていた杖に比べると、まるで玩具のような外見。

だがその杖から放たれる一撃は、師には及ばずとも黒魔術の破壊力に違いはない。

掲げ、魔力を集中させた杖を同時に振り下ろす。



瞬間、スターダストを包み込むほどに巨大な黒魔導の波動が炸裂した。

立ち上る漆黒からは逃れ得ず、それに直撃するスターダスト・ドラゴン。

あらゆるモンスターを破壊する魔力波は一気に膨れ、その内に捉えた竜を破壊する。



「よし、これであいつのフィールドはガラ空き! 二体のモンスターでダイレクトアタックが決まるぜ!」

「この瞬間、トラップ発動! チェーン・マテリアル!

 このターン融合召喚を行う場合、除外する代わりに融合素材をデッキ、手札、フィールド、墓地から使用できる!」

「んだと!? そんな融合ありかよ!? って、今は遊戯のターン。このタイミングじゃ融合は…」

「…オレは魔法マジックカード、貪欲な壺を発動。

 墓地のブラック・マジシャン、キングス・ナイト、クィーンズ・ナイト、ジャックス・ナイト、ワタポンをデッキへ戻すぜ」



そしてシャッフルした後に、デッキよりカードを二枚ドローする。

墓地にある事でガールの攻撃力を上昇させていたブラック・マジシャンをデッキに戻す。

フィールドにはブラック・マジシャン・ガール。そしてデッキにブラック・マジシャン。

その状況で活きるカード。そんなもの、1枚しかないだろう。



「オレはまだ、このターン通常召喚の権利を残している」

「通常召喚…?」



デッキに戻したブラック・マジシャンを呼び戻すためのカードではない?

遊戯が手札から選び取るカード。



「オレは混沌の黒魔術師を生贄に捧げる!」

「なに…一番攻撃力の高いモンスターを?」

「召喚するのは、闇紅の魔導師ダークレッド・エンチャンター!!」



混沌の黒魔術師はその場に杖を突き立て、自身の身体を魔力に変える。

その魔力に導かれるのは、その魔術師の魔力を糧として現れるには些か以上に頼りなく見えた。



その名の通り全身をダークレッドの衣装に身を包む魔導師。

頭部を二本角の兜のような装備で守り、肩には大きなアーマーを装着している。

三日月状の杖の先端には赤い宝玉が飾られ、同じものが肩のアーマーにもそれぞれ…



「!!…ま、魔力…カウンター…! まさか、バスター・ブレイダーを墓地に送ったターンに伏せたカード…!?」

「そう。闇紅の魔導師ダークレッド・エンチャンターは召喚に成功した時、自身に魔力カウンターを二つ溜める」



両肩の宝玉が赤く淡い光を帯びる。

魔力カウンターが二つ。

そしてこの瞬間を待っていたかのように、遊戯のデッキに存在する切り札の鼓動が高鳴る。



デュエル中盤に伏せられた1枚のカード。それがこの場にあって、今その力を解放する。



「アルカナ ナイトジョーカーを従えていて…!

 手札のトラップカードがジョーカーの耐性を万全にすると知っていて…

 それでも、長時間使われない事でブラフの可能性すら疑うこのタイミング、この状況で…切り札を呼び出すキーカード…!!」

伏せリバーストラップ発動オープン!!

 奇跡の復活!!」



魔導師の両肩から光が消失し、展開されたカードに、二つの赤い光が吸収された。

魔力を取り込んだカードが中でその力を循環させ、研ぎ澄ませていく。

冥界に送られた黒き魔術師、あるいは竜破壊の剣士の魂を宿す、新たな器を造り上げるほどの魔力。

少しずつ人型に凝り固まっていく魔力の渦が、紫紺の色を帯びていく。



黒き魔術師はいまやデッキの中に転生している。

墓地に眠るのは、竜破壊の剣士の魂のみ。故に召喚される魂も思考の余地なく、それでしかありえない。



「二つの魔力カウンターをコストに、墓地よりバスター・ブレイダーを特殊召喚!!」



竜破壊の剣士が、現世に再臨する。

ドラゴエクィテスの槍に貫かれる前、滑らかな曲線を描く紫紺の鎧は傷一つない姿で。



「そして魔法マジックカード、賢者の宝石を発動!

 フィールドにブラック・マジシャン・ガールが存在する時、デッキからブラック・マジシャンを特殊召喚する!」



ガールが掌を天へ向けると、その中にまるで水の雫のような宝石がどこからともなく現れた。

それを掌の上に浮かせた少女は喜色の微笑みを浮かべ、もう片手で杖をくるくると回し、真上へと放り投げる。

くるくると回りながら空へ飛んだ杖は、魔力の線で円を描き、やがて重力に捕まり、落下していく。

危なげなくその杖を手に取ったガールは、今度は代わりに宝石を天に掲げた。



宝石が輝きを放ち、魔力円の中に魔法陣を投影する。

魔力が描きだす五芒星はデッキに戻された黒き魔術師を呼び出す標。

力を放出し切った宝石が少女の手の中で音もなく砕け、散っていく。

直後、魔術師が魔法陣の中から浮かび上がってきた。



「っ…!」

「そして、アンタが融合を使って最強の切り札を呼んだように。

 オレも場のエース二体を融合し、最強の切り札を呼び寄せるぜ! 魔法マジックカード、融合!」



言うまでもない。融合されるのは…



「ブラック・マジシャンと、バスター・ブレイダーの力を一つに束ね、究極の魔導剣士を降臨させる!!」



ブラック・マジシャンが光を纏う。同じように、バスター・ブレイダーの身体も光を。

遊戯の目前、二体のモンスターがゆっくりと空へと舞い上がり、その身体を重ねた。

光は留まる事を知らず、その二体が重なり合った事に誘発され、氾濫する。



「超魔導剣士-ブラック・パラディン!!」



そのベースは紛う事なく黒き魔術師。

魔導衣は魔力によって鎧と完全に同一化し、それは竜に対する耐性を帯びた魔導鎧と化した。

全身碧色がかった黒。

魔導鎧自体とほぼ同色の宝玉がところどころ埋め込まれ、金色の装飾模様が全身に奔っている。

武具も双方のもの、魔杖と竜破壊の剣とが合わさり、自身の身長の半分ほどの長さの刃に、それと同じ長さの柄。

槍か長刀か、という風に見える武器を手にしている。



その能力は、竜破壊の剣士のものを受け継ぎ、ドラゴンの数だけ能力を上げる。



「手札のエフェクト・ヴェーラーの効果を発動!

 このカードを墓地へ送り、相手モンスターの効果を無効にする!!」



俺の前に肩を露出させた白い着物の少女が現れる。

彼女が纏っていた半透明の羽衣を、ブラック・パラディンに向け差し向けた。

如何に魔力を征服する超魔導剣士とはいえ、モンスターの特殊能力は防げない。

それに取り巻かれたブラック・パラディンは微かに顔をしかませた。



「これで攻撃力の上昇する永続効果はこのターン失われる!」

「ここでトラップを発動させてもらう、強欲な瓶!」

「か、め…?」



カードを1枚ドローする。それだけのトラップ

多分オシリスの天空竜用のブラフトリックのためのカードだ。

セイヴァーの効果をエクィテスに使わせていれば、その時に発動し、次のターンで手札は2枚。

手札から使われたカードの位置からすると、あの時点で光と闇の洗礼の次のカードは、貪欲な壺だった。

そのカードで矢張りブラック・マジシャンを戻せば、……恐らく黒魔術のカーテンが彼の手に舞い込んだろう。

紙一重、あそこで行っていれば、そのまま逆襲されていた。



「くっ…ぅ…!!」

闇紅の魔導師ダークレッド・エンチャンター魔法マジックの発動の度、

 最大二つまで魔力カウンターを復活させる効果を持つ。賢者の宝石、融合の分。二つのカウンターが復活!

 そして、装備魔法、団結の力を発動し、闇紅の魔導師ダークレッド・エンチャンターに装備!!」



団結の力。自身の場のモンスター一体につき、攻撃力を800ポイント上昇させる装備魔法。

遊戯の場のモンスターはブラック・パラディン、ブラック・マジシャン・ガール、闇紅の魔導師ダークレッド・エンチャンター

合計2400ポイントの攻撃力が加算された魔導師の攻撃力は元々の攻撃力1700に合わせ4100。

そして溜め込んだ魔力カウンター一つにつき、300ポイント。二つのカウンター分を合わせると4700。



闇紅の魔導師ダークレッド・エンチャンターでダイレクトアタック!」

「この瞬間、速攻魔法・超融合を始動! 融合を越えた究極の融合、超融合!

 手札1枚、ネクロ・ガードナーを墓地へ送る事で効果を発揮!!

 ドラゴン族シンクロモンスター、スターダスト・ドラゴンと、戦士族モンスター、ニトロ・ウォリアー! 二体のモンスターを束ねる!!」



冥界の壁を打ち破り、星の光が現世へと舞い戻る。

星光の路を後から続くニトロ・ウォリアーと共に、スターダスト・ドラゴンが拡大する次元の歪みへと身を投じた。

超融合が発生させる超次元の渦は融合の魔法マジックのそれとは規模が違う。



「何を召喚するかは言うまでもないだろう」

「フッ…そいつがお前の命運を託されたエースって事か。ならば、打ち破ってみせるぜ」

「来い、波動竜騎士 ドラゴエクィテス!!」



黒い魔力の渦が内側から引き千切られた。

腕を奮い、竜の力としての爪を用い、邪魔な障壁を裂いての登場。

霧散していく魔力の光越し、二体の魔術師の奥にいる王の姿に臨む。

その視線を受け止め、かつ、かかってきなという視線を返した遊戯。



「チェーン・マテリアルの効果で呼び出した、融合モンスターはエンドフェイズの自壊が確定している。

 だが、このターン。こいつを突破しなくては俺を倒す事はできない!」



そして、次のターン。

天よりの宝札で俺の手札に舞い込んだミラクル・フュージョンと次元誘爆が発動すれば……

ミラクル・フュージョンで墓地に残したネオスを使い、ネオス・ナイトを召喚。

そのネオス・ナイトをデッキに戻すことで次元誘爆を発動すれば、除外されたセイヴァー・スターとシューティング・スターが再臨する。

相手のゲームから除外されたカードは、フィールドから離れる時除外される混沌の黒魔術師と、コストとして除外されたガゼル。

ブラック・パラディン。もしくはブラック・マジシャン・ガールを戦闘破壊すればわずか100のライフしかない遊戯は……

それで俺の勝ち―――!



「なら行くぜ! 闇紅の魔導師ダークレッド・エンチャンターで波動竜騎士 ドラゴエクィテスを攻撃!!」



三日月の杖を振りかざし、ドラゴエクィテスへと向ける。

月の中心に存在する紅の宝玉がその名の通り、闇紅色の光を灯し、徐々にそれを大きくしていく。



闇紅衝撃波動ダークレッド・ショック・ウェイブ!!」



攻撃力4700まで高められた魔導師の攻撃は、攻撃力3200のドラゴエクィテスを遥かに上回る。

このまま破壊される事を許せば、ライフは1500削られ、かつ続く二体の魔術師の連撃を受ける事だろう。

だからこそ、ここで止めるしかない。



「墓地の、ネクロ・ガードナーの効果を発動! このカードをゲームから除外し、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする!」



地中から瘴気の煙幕が発生し、視界を塗り潰す。

闇色の光の魔導波はそれの中に呑み込まれ、徐々に力を散らされ、消滅した。

これで攻撃力がドラゴエクィテスの攻撃力を上回るモンスターはいない。

もう、攻撃する事はできないだろう。

ドラゴエクィテスを問答無用で除去できる融合解除があれば、既に使っている筈。



「これで……!」

「ああ、これで終わりだ―――速攻魔法、移り気な仕立屋の効果で、装備魔法・団結の力をブラック・パラディンへ移譲!!」

「はっ……!?」



すぅとブラック・パラディンが杖を引く。魔導師がパラディンに向けた掌から光が奔る。

フィールドに存在するモンスターたちが結束する事により発生する驚嘆すべき、絆の力。

それを引きだす最強の装備魔法は、ここでブラック・パラディンに渡された。

ブラック・マジシャン・ガールも、魔導師と同じように手を翳す。

杖の先、刀身に極彩色の魔力が集束し、決着に繋がる一撃を放つため、凝り固まった。



「う、ぐ……!」

「超魔導剣士-ブラック・パラディンの攻撃―――超・魔・導・無・影・斬!!!」



魔力を帯びた刃が振り抜かれ、三日月状に凝り固まった魔力刃を放出する。

ドラゴエクィテスが手にした槍を奮い、それを迎え撃つ。

魔力の剣閃は最早嵐の如き苛烈さで、大地を抉り取りながらまっすぐに奔り抜けてきた。

突き出される槍の一撃の切先が、閃光と衝突し魔力の爆風と衝撃波を撒き散らす。



しかし今となっては、あまりにも大きすぎる能力差。

槍が穂先から曲がり、折れ、潰れて拉げてくる。

魔力風の破裂に引き裂かれた翼が飛翔能力を喪失し、細い足で地面に降り立ってでも攻撃を迎え続ける。

引き潰された槍が、限界を迎え、完全に粉砕される。柄のみとなった槍には何の力もない。

止めきれない衝撃はドラゴエクィテスの身体を今度こそ蹂躙し、斬断する。



竜の悲鳴が、耳に残る。

くそっ、と口の中で呟いた瞬間。エクィテスを貫いてきた衝撃波が今度は俺を襲う。

身が引き裂かれるほどの突風が、数秒に渡って荒れ続けた。

ブラック・パラディンの攻撃力は2900。それが団結により、5300まで高められている。



「ぐぅ、ぁああああああっ……!!



これでライフは1900。

もう、手はない。



「そして、ブラック・マジシャン・ガールによるダイレクトアタック!」



ブラック・マジシャン・ガールが杖を掲げる。

桜色の魔力が杖の先端に灯り、紡がれる魔導の奥義の一端。

ゆっくりとその杖がこちらに向けられる。



死力を尽くしても駄目ならば、その時は……

完全な、完璧な、完膚のない、決定的な敗北を味わおう。

それが俺を悔しがらせる。泣かせる。そして、強くなろうと思わせる。



「さあ来い! この負けで、俺はもっと……!!」

黒・魔・導・爆・裂・波ブラック・バーニング!!!」



魔術師の少女が放った波動が俺に直撃する。

攻撃力2600に及ぶ、一時的に師の魔力すら凌いでいる魔力の奔流に呑まれ、俺は衝撃で吹き飛ばされた。

背後に置いてあったDホイールにぶつかり、漸く止まる。

ずる、と背中をぶつけた姿勢から滑り落ちるように地面に。



これで言うまでもなくライフは0。

全力は尽くしたが。なるほど、一歩どころかスタート地点さえ見えなかった。

別格だった。俺は十代や遊星の足許どまりだと感じていたが、この人と比べればあの二人だって足許だ。

もっともそうすれば俺は地球の反対側まで突き抜けるほど下だが。



デュエルが終了し、地面に座っている俺に遊戯が近づいてくる。

そして手を差しだした。



「いいデュエルだったぜ」

「ありがとう、と言っておく」



手を取り、そのまま握手などしてもらう。

もし、出来得るならば……



「また、デュエルしてもらっても?」

「ああ、いつでも来な」



帰れるのが分かったなら、そんな約束だってありだろう。

帰ったってあのバイクさえあれば、またこれるのだから。

時間軸の移動だって出来るんだから、帰るのはもっとここでデュエルしてからだっていい。



遊戯は軽く応えた後、ふとゲーム屋の方に眼をやり、少しだけ表情を曇らせた。

俺が小さく首を傾げると、それは杞憂だと気付いたように態度も戻す。

すると、そんな間に。



「遊戯さん! 今度は俺とデュエルして下さい!」

「あっ、おい待てよ順番だろ!」

「遊戯さん、僕も…!」

「え、あ、ちょ、ちょっと待ってくれ……あ、相棒! か、変わってくれ…! あ、相棒? 相棒…!?」



返事がない。ただの留守のようだ。

必死にパズルに視線を向ける決闘王は、実に愉快な事になっていた。

俺はそれを少し笑いながら流すと、Dホイールに乗る。

カードキーは挿しっぱなし。駆動音も殆ど残さず、動き始めた。











「なんだこれは!(ジャック風」

『要求:「これ」の意味を入力して下さい』



↑のデュエルの事だよ。何だこのネタ成分とメタ成分の欠如した展開は。

あ、ここから先は完全にネタメタだから読まなくても問題ないよ。



「大体、俺からネタとメタを取ったら……ただのイケメンしか残らないじゃないか……!」

『要求:「イケメン」の意味を入力して下さい』

「ゑ?」

『予測結果:大衆的美的センスにおいて、顔の造形が整っており、美しいと判断される格好の良い男性。

 この分類に俗する男性は特別とされ、異性である女性及び、特定の性癖を持つ同性に好まれる事が多い。

 特定の事柄において優遇されるとされ「ただしイケメンに限る」などの言葉が存在する。

 搭乗者がこの分類に当て嵌まるものかどうかの判断基準を提示して下さい』

「な、なんでさ!」

『回答:AI“X”の所有情報に、人間の顔の造形に対する判断基準が入力されていません。

 そのため、搭乗者からもたらされる情報、外界から得られる情報を統合し、フォーマットを作成します』

「うるさいばーか! 泣くぞ、俺は泣くぞ! それ以上言ってみろ泣くからなばーか!」



そして泣く。ボケがそんなに悪いと言うのか。

俺はただちょっと緊張感を振り払うジョークを言っただけだって言うのにこの仕打ち。



『要求:理由を入力して下さい』

「てめーは俺を怒らせた」



テメーが売った、俺が買った。だからテメーをボコる。徹底的にだぁ!

殴ったら俺の拳が壊れるけどな。こんなビルを粉砕するバイクのボディ。

はぁ、疲れた。もう少し俺を気付かってくれてもバチは当たらんぞ?



「お前さぁ、もう少し砕けた喋り方できない? そんな、要求だの回答だの……聞く方が面倒だわ」

『了解:音声ガイドの形式を変更します……変更完了』

「めんどくさい奴……とりあえず、GX世界に戻ろうか」

『はい、分かりました』



あ、変わってる。

まあ、こいつもカードたちと同じ、共にデュエルする俺の仲間。

そして俺のタイムマシン。仲良くしようじゃないか。



さあ、折角だからデュエルアカデミアで授業受けてみるか!











後☆書☆王



何故かデュエルが二本立て。何故書き足したし。



エクィテスVSパラディンと言ったが、あれは嘘だ。

この二体がちゃんと闘わなかったのは私の責任だ、だが私は謝らない。

のちのちにこの二体がちゃんと活躍してくれると信じているからだ。



次のデュエル、どっちが先攻かすらも決めずに次回予告などするからこうなるのである。

ストーリーをまるで作っていないから急遽デュエル回数が増えたりするのである。



今回のテーマその1は欲望。コンセプトはアポリア(プラスZ‐ONE)。メインはキメラテック・フォートレス・ドラゴン。

キーモンスターは時械神メタイオン。メッセージはクリアマインドォッ!。


アステリスク→(*)<この書き込みはイリアステルによって修正されました。



今回のテーマその2は右手のカード誇りプライドを、左手のディスクに魂を宿せ。

コンセプトはネオス+シンクロン。メインはネオス+スターダスト。キーモンスターはドラゴエクィテス。

メッセージは全力でかかってきな、オレのデッキが粉砕するぜ!



主人公の負けは揺るがないが、遊戯が様子見してなければ多分1ポイントもライフ削れなかったね!



スターダストが優秀な破壊無効効果を持っているのに全然使わないのも私の責任だ、だが私は謝らない。

ネオスが活躍できなかったのだって私の責任だ、だが私はあ(ry

ネオス・ナイトは相手のフィールドによるけど、

ネオス軸には無理なく入るヒーローマスクとネオスフォースで6000以上のバーンが決まったりするから大好きです。

シリアスじゃなければルイズコピペをネオスにして使ってたくらい好きです。



ちなみに遊星が使うシューティングスターはアニメ効果になる予定?

その辺りは主人公→アクセルシンクロォオオッ!! 遊星→ゥアァクッセルッシンクロォオオオオオオオオオオゥッ!!!!!

の差なのでしょうがない。

遊星のシャウトはホントかっこいいよねー



次のデュエルの流れは最初くらいしか出来てないけど…

セフィロンとクェーサー書きたいなぁ。

セフィロン二体と正位置のザ・ワールド並べてずっと俺のターン無駄無駄とかロマンだ…。

攻撃力的に決まれば1ターンだが。

ああ書きたい書きたい。

残り9体の時械神出ないかなぁ…プレミアムパック14とかで。絶対組むのに…



ふふふ、またでっかく失敗したなぁ。

うん、多くの人から言われたのでお名前の方は省略させていただきつつ一言で纏めると。



>>未来キメラ自壊しろ。



カード処理のタイミングを逃すとかの勘違いはまだしも並行世界融合といい何故テキストに書いてある効果を間違えるし。

バカなのか、俺はバカなのか。バカですね。バカイザーですね。ちょっとTF2やってくる。



あと、

>>フォートレスの効果破壊のタイミングはダメージステップなのでワイゼル無理。

>>シャオロンは攻撃表示。これもテキストに書いてある。

>>ディメンションマジックは効果解決時の選択だからチェーンして回避無理。

とうとう、デュエリストレべル1の馬鹿に様々な助言の数々…



長ネギ様、アンデビ様、ぷろぱー様、ガトー様、山川様。ありがとうございます。



一戦目はテーマ(笑)消去。しょうがない。もともとアステリスクとマシニクルが出せればそれでよかった。

ワイゼルの出番などなかった。

やりくりターボは多分きっともしかしたらおそらくグランエルのためさきっとそうさ。

しょうがないじゃない、賜与が仕事できないんだもの。

きっとあれだ、真っ二つになったプラシドをゾーンがあのでかい手でちくちく裁縫で直してるイメージ。

かーさんがーよなべーをしてー、みたいなノリで、やりくり上手。

それより冥界の宝札なんか対応してるモンスターメタイオンしか…

Sinは…エンドしかいないけど、

まあコストダウンでレベル下げてパラレルギアとでパラドクス出して、強制転移で送りつけて機皇神で頂きますバズーカするんでしょう。

多分。

ああ、サイバーエンドとアステさんが並んでいるのはレベルと召喚制限満たした後の出し易さくらいです。念の為。

メタルリフレクトスライムがサイバーエンドに突然変異したあの頃が懐かしい。

ネオバブルマンは犠牲になったのだ。突然変異禁止の犠牲にな…

泣けるぜ……



遊戯戦は……むしろ綺麗に纏まった…?

わざわざADチェンジャーをジョーカーでなくてスターダストシャオロンに使ったのはあれだ。

超電磁タートルを警戒したんだ。OCG化してないけど、っていうかしろよ。

変更前はぶられてた闇紅さんもちゃんとバトルに参加したし……パラディンでエクィテス倒せたし。

団結は結束の力っぽいし、魔導師の力を使った事はあったからまだあれだが、移り気な仕立屋がどうも…

うーん力の集約は本編で使ってたから、ホントはそっちを使いたかったけど。罠だし、流れがまたあれで…うーん。



>>3話の遊戯とのデュエルでドッペル・トークンを1体異次元の精霊のコストに使ったのに、

>>セイヴァー・スターのシンクロにドッペル・トークン2体をシンクロ素材にしてレベル11になってる。

>>『レベル1のドッペル・トークン二体を・・・』のところを一体に直すべき。



一応「星屑龍とトークンの二体に…」と、星屑を含めた二体のモンスターにセイヴァーをチューニング。

となっていました。が、分かり易い方がいいので修正。

GFX様、すみませんでした。ありがとうございます。



レン様よりご指摘。

>>第三話の、主人公VS遊戯戦ですが、主人公の1ターン目の行動は、

>>1,カードフリッパーの使用(手札コストで1枚墓地へ)

>>2,ジャンク・シンクロンの召喚(手コスで墓地に送ったスピード・ウォリアー蘇生)

>>3,ジャンク・ウォリアーをシンクロ召喚(遊戯の重力解除で守備表示に)

>>4,プリベント・スター発動(砂塵の大竜巻で破壊される)

>>5,リバースカード2枚(次のターンで発動される強制終了とリミッター・ブレイク)

>>つまり主人公の初ターンの手札6枚は、

>>『カードフリッパー』・『スピード・ウォリアー』・『ジャンク・シンクロン』・『プリベント・スター』・『強制終了』・『リミッター・ブレイク』となり、

>>このターンで全て使ったことになります

>>そして次の主人公のターンですが、

>>『カードをドローし、即座に手札のカードと入れ替える。』

>>とありますが、手札ないですよね?

>>しかしこのターン主人公は、『ターボ・シンクロン』の召喚とリバースカードのセット(荒野の大竜巻)となぜか二枚の手札が存在します。



なん……だと……?

ホントだ。ホントに最初の方の話間違い多いなぁ。修正しました。

ご指摘、ありがとうございました。



>>第三話

>>>「だが、私たちの持っているカードとその5枚だけでは流石にアンティの釣り合いが取れないな」⇒(エクゾ+紅眼×3=)8枚だけでは?

>>>そしてマシンナーズ・フォートレスは手札経と戻ってもらおうか」

>>⇒手札へと

ファンゴ様より指摘ありました。修正済み。ありがとうございます。




[26037] 太陽神「俺は太陽の破片 真っ赤に燃えるマグマ 永遠のために君のために生まれ変わる~」 生まれ変わった結果がヲーである
Name: イメージ◆294db6ee ID:659e7939
Date: 2011/03/28 21:40
「泣けるぜ……」

「何言ってんだ?」



十代に突っ込まれる。いや、別に泣かないけど、とりあえず言っておきたかっただけだ。

特に意味はない。

数匹のめざしと味噌汁、それにちょっとした付け合わせだけだったとして、まあそれはそれで全然いいのだ。

食えるんだから死にはしない。特に今はあれだし。



「ああ、そうそう。ところでさ、昼間は何処行ってたんだ?」



めざしを頭からガブリ。マミった。めざしさんがマミった。

めざし「もう何も怖くない」

無茶しやがって……いや、何でもない。やっぱりボケにキレが足らないな。

いつもの俺ならば、……さして変わらないグダグダだったか。

どうやら俺はいつも通りらしい。



「いや、別に大したことじゃないさ」

「ふーん」



もぐもぐと。十代の口の中でから飛び出た尾びれがぷらぷらする。

やめて、もうマミさんのライフは0よ。いや、そいつはマミさんじゃなかったか。

ふぅ、さす蟹こうも立て続けに緊張感溢れるデュエルが続くと、精神力が持たないわ。

ボケる余裕はあるけど。

余裕のあるなしと言うかむしろボケは俺の生態なので比較するのは間違っているのかもしれない。



ずずずと味噌汁を啜る。うん、何とも言い難い。

不味くはないし、美味しいと諸手を上げてYATTAしたくなるほどでもない。

十代は実に美味しそうに食っているのだが。

うらやま。

うらしま。

うらたろす。

JOIN!



はいはい。

自分のボケに呆れる時がこようとは。人とは難儀なものである。

たくあんを箸で摘まんで口の中へ、ポリポリ。

ふぅ……不味いな。キレのあるボケが浮かんでこない。

たくあんを見ているとベガ星の兵士の事が思い浮かぶ件。



「……はぁ」

「他の寮は、凄い御馳走だってよ…」

「なんで俺はこんな…」



周囲で自分の飯をつついている奴らは、異様なまでにテンションが低い。

そんなに嫌かね。オシリスレッド。まぁ、嫌なんだろうなぁ。

要するに第1志望、第2志望に落ちて、滑り止めのギリギリ合格みたいなものなのだから。

つっても、まだ上がれる可能性が残っている分マシだろう。浪人せずに済んだだけ、よかったと思えと。



「そんなに嫌かねぇ」

「そりゃそうだよ」



自分の料理を一応食っていた翔は、微かに自分も落胆しています。

みたいな顔で俺の独り言に答えた。



「オシリスレッドのレッドはレッドゾーンの赤、なんて言われて素直に喜べるのなんて……

 アニキくらいなもんさ」



むしろドジっこ属性のカラーみたいなもんだろ。

燃える情熱の赤ならぬ、萌える情熱の赤である。

俺は好きだぞ、ってか早くOCG化しろ。ちゃんと効果調整して。ラーの悲劇を繰り返してはならない……



「オレは好きだぜ、赤」

「アニキの好きな色はこの際関係ないよ」



いい突っ込みだ。

味噌汁の中の豆腐をいじりながら、俺はその二人の会話に耳を傾ける。

トゥーフと言うと地獄兄弟を思い出すな。正確には矢車さんだが。

汚してやる…太陽なんて…! とは弟さんの弁である。

三期ですね分かります。



「はぁ……何でボクってばこんな」



どうやら兄の出来がいいと出来の悪い弟としては辛いものがあるらしい。

いやビークロイドいいじゃん。コネクションゾーンとチェンマテは相性いいぞ。D-ENDくらい。

まあロイドの何が一番いいかと言われると勇☆者☆王レックスユニオンなわけだが。ださかっこいいよな。

異論は認める。



何せ俺は最近ディケイドコンプリって実はカッコいいんじゃないか、などと思えてならないからな。

フィギュアーツで最初に出た最強フォームだったし。

激情態はイケメンだし。オマケのカードは飾りづらい事この上ないが。



「気にすんなよ翔、どうしてもここじゃないのがいいなら上がればいいじゃん」

「アニキはクロノス先生を倒せるほどに強くて、すぐにオベリスクブルーに行っちゃえそうだもん……

 ボクにはとてもそんな事……」



めざしの尻尾が口の中に消え、味噌汁で流されていく。

さようならー



「そんな弱気じゃ勝てるもんも勝てなくなっちゃうぜ。…ちょっとおかわり行ってくる」



十代は自分の皿と御椀を持って厨房に。

そしてその場に残される俺と翔。何という気不味い空気。

俺にどうしろと。



「翔……」

「え、なに?」

「どうだ、学校は楽しいか…? いじめとか、ないか?」

「いや分からないよ。まだ初日だもの」

「久しぶりにあった父親のように話しかけたんだからちゃんと役作りしろよ」

「そんなの無理だよ」



突っ込みにキレが戻ってくる。主に俺の心を切り裂く刃としてのキレが。

しかし何故無理だし。



「そうか、釣りしながらってシチュエーションを忘れていた」

「そこじゃないよ。もっと根本的だよ」

「父親じゃなくて兄って事か」

「え? いや、そうじゃ…なくて…」

「まあ、あのパーフェクト兄だとへこむだろうな。

 兄よりすぐれた弟なぞそんざいしねぇと言う考えに至るのも無理はない」



そんな貴方はインダストリアルイリュージョン社で天馬兄弟の顛末を聞いてくるがいい。大体あってるから。

カイザーと月光どっちが強いんだろう。やっぱ現時点では月光かな。

デュエルアカデミアのカイザーと言ってもまだ限界は割と上にあるし…と言うか下にあるのか。

軽く色々と悟ってるだろう月光の方が精神的に上な気がする。

まあジャギ様と比べれば雑魚なのは間違いない。流石ですジャギ様。



「別にそんな事は…」

「ふーん、まあいいけど。本人同士の問題だもんな」

「お、どうしたんだ翔。さっきより暗くなってるぞ?」



山盛りの飯を持ってきた十代が帰ってくる。よく食えるな。

俺はストレスで胃がもたれているから無理だ。

きりきり舞いである。



十代は席に座るとまた美味そうに料理をパクつき始めた。

再びマミるめざしさん。さようならー











物置、つまり物置に中に運び込んだホープ・トゥ・エントラスト。

そこから声がする。



『はい。その端子をディスクへ接続してください』

「ここ?」



聞いておきながらそのまま勝手に接続。

特に問題はないようだが、Xから無言の抗議らしきものがヒシヒシと。

ぴぴっ、とディスクのライフカウンターが赤く点滅。

無言かつ直接的な抗議である。



「ここか、ここがええのんか」

『轢きますよ』



ぶぉんとエンジンが一鳴き。当然そんな事されたら死ぬわけだが。

とりあえず夜も更けて来た今、エンジンを鳴らすのは止めなさい。

明らかに性格が変わっている。

それは今、こいつが搭乗者の人格に合わせたナビゲーションを行えるように合わせているのが原因だそうだ。

つまり俺に合わせた結果、こいつは『ツッコミ』属性を手に入れたという事だ。※ただし轢き逃げアタック的な意味で。



そして、その人格は当然の事ながらデュエルを通じて情報を収集するらしい。

つまりデュエルをするたびにこいつが俺に合わせた成長をする。

今のところこっちに来てから4戦やらかしたが、そのうちこいつで戦ったのが2回。

あとコイツ自身がモニターしていたのが1回。

その情報を統合して今の状態だそうな。



一刻も早いツッコミ役確保のためには、早急なこいつの成長が望まれるわけである。

そしてそれは勿論こいつを使って行わなければならない。

と言っても、アカデミア内でこいつを普通に使えるわけがないのだから、どうしたものか。

そんな話になり、最終的にデュエルディスクにこいつの分身を送り込み、ディスクでデュエルしても情報が集まるようにした。

そんな感じである。



つまり今のデュエルディスクはXの影分身なんだってばよ。



用の済んだコネクタを外し、バイクの方へと巻き戻す。

すると、ディスクの方がぺかぺかと光り、音声を発してきた。



『発音テスト―――クリア』



続いてデッキにセットされたカードが勝手にシャッフルされる。



『オートシャッフル―――クリア』



それ明らかにソフトじゃなくてハードの領分だよな?

とは思ったが、まあいいや。便利に越したことはない。

次はライフカウンター、数値がとんでもない速度で上下する。



『ライフカウンター―――クリア。

 ハードウェアのコントロール領域を全て獲得。テストデュエルを要請します』

「えー、もう夜だし明日にしようよう」



駄々を捏ねてベッドに向かう。

するとびーびーと警告音。俺がどうせ先延ばしにしてやらないとでも思っているのだろうか。

失敬な奴だな。そのうちやるとも。そのうち。



『先程のデュエルでチャージした分も残量は転移一回分程度。

 時間経過で消費される分を考えても、明日まで何もしなければこのまま底を尽きます』

「燃費わりぃなオイ!」

『燃費が悪いのではありません。

 遊城十代とのデュエルでチャージした分を、先程の往復転移で使い切ったのは貴方です』



そうでした。普通のディスク使ったから遊戯とのデュエルでは貯まらなかったんだった。

つってももう夜だしな。

あー、そう言えば今頃青い非サンダーと十代がデュエルやってるんだろうな。



ところで、原作のデュエルって描写した方がいいんだろうか。

明らかにOCGでは無理な手がちらほらあるけど、その辺り書いてる奴がOCG効果で書きなおした方がいいのか?

今、GX2話だけど、次の風呂覗きイベントの十代VS明日香とか。

心配しなくても俺はデュエルしないから。流石に3話4連続デュエルは疲れたからちょっと休憩したい。



「夜間下手に出歩いて勝手にデュエルなんてしたら退学しかねないし……

 しゃあない、お前でデュエルし易い5D’s時代で1、2回」

『了解』



デュエルディスクで光っていたのが大人しくなり、勝手にバイクに起動する。

ぱっ、とヘッドライトが点灯する。のを見ながら、軽く溜め息。

乗りこみ、ライディングデュエル用にデッキを選ぶ。

スピードスペルは持ってないから、魔法カード縛りになっちゃうんだよな。

ウリアでも使ってみるか。いっそアーミタイル……ってだからハモンが役に立たない。

ああ、宝玉獣がいれば何とかなるか。



そんなこんなで悩んでいると、Xがライトを点けたり消したり。

うるさい。お前は散歩待ちの犬か。



「うっさい、少し待ってろよ」

『いやです。早くして下さい』



ぷっぷーとクラクション。

だからお前は夜の学生寮で何を…!

仕方ない。デッキは後だ。とりあえずサテライトまでかっとビングするっきゃない。

左右に付いたハンドルを手に取り、少し前に出す。

扉の前で一度降りて、ドアを開ける。



開けながら手でくい、とXに合図。勝手に動くDホイールが俺の合図で外に出る。

戸締りはしっかりと。ちゃんと指差し確認した後に、バイクにライド。

ヘルメットを被り、言うまでもなくロム兄現象が発生する。



「さてと、じゃあ……最初の時と同じくらいで」

『了解。転移先をマークしました。助走距離を取り、速度を上げて下さい』

「あいさ」



ハンドルを握り込み、アクセルを踏み込む。

徐々に加速していくホイールの回転が一定を越えた時、何か赤い光のようなものが放たれ始めた。

それが合図。その瞬間、一気にアクセルを踏み切った。

ゴウ、と加速する車体が限界に迫り、一気に弾け飛んだ。











「で、ここどこよ」

『不明。時間軸を見ると恐らく―――マスターの言う、DM時代より前にあたるかと思われます』

「よーしそこに正座しろ。お前はマークしたと言ったよな? 5D’s時代をマークしたと」

『5D’s時代をマークしたと言ったな? あれは嘘だ』

「黙れ! ボケの方面まで頭を突っ込んでくるんじゃねぇ! 誰が収拾をつけるんだ」



しょぼーんとXがライトを下向きにして傷心をアピールしてくる。

なんという奴だ。俺が立派なツッコミに育てようとしているというのに、ボケに流れてくるとは。

それにしても失敗しても一回は一回。これで転移用のエネルギーは枯渇。



その上、ここはまるで無人。

無人どころか、バイクのライトが無ければ一寸先も見えやしない暗闇の中。

夜とかそういう空気じゃない。この淀み、沈殿した悪い空気は長い事密閉されていた空間。

Xにライトを点けさせたまま、降りる。



足許からはじゃりじゃりとした砂…と言うより、風化した石の踏み心地が伝わってきた。

とりあえずライトを背に、その光に照らされている壁へと歩を進める。



「……石板…?」



風化していて殆ど痕跡しかないが、これは多分…そうなんじゃないか、と思った。

遊戯王世界だし、そんな事もあるのかもしれない。

と、なるとここはエジプトの地下遺跡とかか。最悪だな。死ねるレベル。

いしのなかにいる、ってならなかっただけマシか。



「…どうした、もんか…っと!」



俺が触れていた石板が少しずつひび割れていく。

崩れてきたら堪ったものではない。俺はすぐにDホイールに向け引き返そうとして―――



『離脱をっ!! マスター!!』

「はっ?」



Xの悲鳴を聞いた。



突然足首を何かに掴まれた。びっくぅ! と背筋に衝撃が奔り抜ける。

な、な、と口を金魚のように開閉しながら脚を引っ張り、すぐさまDホイールへ向けて一歩。

暗闇で俺の脚を掴み、そこからライトの中に引きずり出されてきたのは、そのまま腕だった。



「ひっ……ぃッ!?」



ただし骨。骨格だけで出来た腕。

オカルトではあったが、それでもただの白骨でよかったのかもしれない。

ただの、現実味がない光景だったから驚愕と混乱で済んだ。

この骨に腐肉や呻き声などが追加された日には、ショック死しててもおかしくなかった。



必死に振り払おうと脚を振り回すが、逆に変な体勢になり、こける。

直後、上からDホイールが降ってきた。

俺の脚を掴んでいた腕を、地面に敷き詰められたブロックごと粉砕して。

ブロックの破片や貯まりに貯まっていた埃が凄まじい勢いで巻き上げられ、視界を覆う。



『搭乗を。迅速な行動を』

「あ、ああ!」



先程の悲鳴をは比べられないほど、平坦な声。

しかしそれはどうやら、X自身も焦っているからこその声なように思える。

恐怖で竦む、しかし離され自由に動く脚を必死に動かし、Dホイールを目掛け―――



ぐいん、とDホイールが持ち上がった。

浮遊とか飛行じゃない。揚力が持ち上げたわけではないのはすぐ分かった。

それはただ、腕力と言う名の力で強引に引き上げられた鉄の塊。

それが今のDホイールの現状。



「なっ……」



茫然自失。流石にそこまで来ると、もう思考の放棄しか道がなかった。

持ちあげた腕は先程俺の脚を掴んだ白骨の腕。

筋力など存在し得ないというのに、何故そんな事が出来るのか。

オカルトにもほどがある。まだポルターガイストで浮いてくれた方がマシだ。



ドッガッン! と、爆音が響く。狭い遺跡内にはその音が反響して何度も頭の中で暴れる。

耳を塞いでいる暇はなかった。

その音源はDホイール。それが白骨の力で地面に叩き付けられ、横転したものだった。

かちかちと点滅するライトを見て、俺は漸く我を取り戻す。



「X! こっちに、」

『逃亡を推奨。こちらはまだ抑えられています』



この密閉空間でお前なしに逃げられない。

情けない事にお前を助けるでもなく、お前を置いて行けるかですらなく、自身の逃亡のためである。

だが、まだ抑えられていると言うのは不可解。

ライトが照らすのは白骨の腕のみ。それ以外のものは見当たらない。



ボゥッ



「あ?」



ボゥッ、ボゥッ、ボゥッ。

連続して周囲にあった燭台が炎を灯し、辺りを照らし始めた。

そうして漸く、俺は目の前の存在の全身を捉える。



薄れた身体は骨一身。筋肉など何処にもないのだろうから、当然立つ事すらできない筈。

だが、纏う衣装は荘厳な金色の鎧。超重の装甲を纏った身体は揺るぎない。

大きく膨れた肩の鎧。同じく白骨の頭部、頭蓋骨には左右二つに分かれて盛り上がる二重の兜。

胴体を覆う部分はネイビーの胴当てで、金色の装飾が模様を描くように。

襟の辺りからは水晶が幾つもぶら下がっている。

丁度腹の辺りには翠色の宝玉が埋め込まれており、肩の鎧の紅玉とともに煌々とした光を放つ。

腰から下はボロボロの布が巻いてあり、よく見れば鎧の方も既に大分損傷しているように見える。



だが、そんな事はどうでもよくて、これは、見た事が……



「魔神……!?」

『オ、』



バキンとその脚でDホイールを踏みにじり、奴が紅の双眸から光を放った。



『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』



死霊の咆哮が巻き起こり、それに触発されたかの如く、Xのボディから黒い光が溢れだした。

その光は大口を開けた頭蓋の口の中へと吸い込まれ、たちまち魔神の身体の薄らいでいた部分を塗り潰していく。

同時、掲げられた白骨の腕の中に、勝手にカードが集まっていく。

それはDホイールに収納していた俺のカードたち。



「お、まえ……!」



それを邪魔しようとも、抵抗しようとも思ったが恐怖で竦む。

前に踏み出すどころか一歩後退。

一歩目を踏み出すと後はずるずると。脚を引きずるように壁際まで下がっていく身体。

勢いよく壁に背中をぶつけ、咳き込んでからようやっと身体が止まった。



『ウゥ…ウグゴゴゴォゥ………!!!

 グ、ガガ、グ、グクク………! モドッタ…! ワタシノチカラガ……!!!』




咽喉ではないナニカ。深淵から染み出してきたような暗い声。

それに当てられ、俺は更に竦み上がる。



『ククク、コゾウ……! コレハキサマノカードカ……

 ダトスレバ、礼ヲクレテヤラネバナ…

 ヨロコベ、今カラキサマハ、カードノ神デアルワタシノコレクションノ一枚トナルノダ……!!』




紅の眼光が俺を捉え、俺の魂を射抜く。

ひっ、と恐怖から息を漏らす俺を見た奴が、変わる筈のない表情を変えた気がした。

即ち喜悦の色。



駄目だ。これは。どうしようもない。あんな化物から逃げれっこない。

まして出口のない閉鎖空間でなどと。

ずる、と壁を背中で擦りながら地面に尻餅を着いた。



ゆっくりと向けられる白骨の腕を引き攣った顔で迎え―――

ドゥンッ! という何かの発射音に気を取られた瞬間、魔神が揺らいだ。

そして手の中に落ちてくるカードの束を中に入れたデッキケース。



『ヌゥッ…!』

『立って下さいマスター』

「えっ…くす…?」



地面に半ば埋まっていたDホイールから声がする。



『言った筈です。私は登録された搭乗者に合わせ、より効率的な状態に“性格”がフォーマットされると』



言葉の音自体、いつも通りに淡々としたものだった。

でも、ほんの一日。24時間に満たない時間付き合っていただけの俺にも分かる、何かが違った。



『貴方が消えれば、私は次のマスターに合わせるために消えます。

 いやです。やです。絶対に。私は貴方がいなくては私であり続けられません……

 貴方が消えたら、私は誰も乗せられません。それもやです。

 貴方が、マスターが乗り続けて下さい。それ以外の状態は、何が何でも拒否します』

「それは…俺が心配なの? 消えたくないの?」

『どっちもです。でも、貴方が消えたら誰に乗られなくても消えます。

 貴方をナビゲートするのが私の…』



ガァンッ! と。喋り続けていたXのボディが更に地面に沈み込む。

魔神が蹴り抜いたのだ。



『耳障リナヤツダ……!!』

「お、まえっ…!!」



デッキケースを解放し、ディスクのホルダーにセットする。

待機状態にあったディスクがそれに連動し、デュエルモードに展開される。

点灯するライフカウンターは4000を示し、次なる進行を待つ。



「神様だっていうのならカード勝負から逃げないよなぁッ!

 俺とデュエルだ! 俺に負けたら、冥界にまで落ちやがれぇッ!!」



魔神が手にしていたカードを放り投げる。

ぱぁっ、と輝いたカードは黒い光を放ちながら消えゆく。

代わりに天井にぽっかりと空いた黒い孔から、石板が五枚落ちてくる。



『イイダロウ…!

 チョウドイイ、アノファラオノ魂ヲ砕キニ行ク前ニコノカラダ、キサマデ慣ラシテオコウ!!』


デュエル



カードを5枚ドローする。

相手が特殊な為、先攻、後攻の選択権はディスクに委ねる事はできない。

ただ、今の怒りを失えば確実に折れてしまうのは俺。

とにかく我武者羅でもいい。攻め込む。



「俺の先攻、ドロー! 熟練の黒魔術師を召喚!!」



先のデュエル。遊戯が使っていた、白魔導師によく似た外見。

黒いローブを纏った魔術師の顔は、目深に被られた帽子によって覗けない。

ローブの上からは微かに青みがかる黒のプロテクターを装着し、両肩と胸、三つの魔力石が据え付けられている。

魔法使いの杖、と言うよりは奇術師のステッキのような杖を手にし、彼は俺の前に降り立った。



「そして、魔法マジックカード、調律を発動!

 デッキからシンクロンと名のついたチューナー、クイック・シンクロンを手札に加える!!」



相手に選び取ったカードを見せる。

奴は骸骨の顔を能面の如き変わらぬ表情で、しかしその双眸に灯る紅光だけで俺を威圧する。



デッキをホルダーに戻すと、オートシャッフルが行われる。

Xが行ってくれたものは十全と発揮されている。あとは、あいつを助けて何とか逃げ出したい。

だがそんな事は無理だ。あいつを、倒さなければ。



「調律の効果! チューナーを手札に加えた後、デッキをシャッフルし、デッキトップから一枚墓地へ送る!

 俺はデッキトップの……ダンディライオンを墓地へ!!

 この瞬間、ダンディライオンの効果が発動!!」



俺のフィールドにたんぽぽのように黄色い花弁のような鬣に頭を包まれた獣が現れる。

いや、確かに顔はライオンのように見えなくもないが、手は葉っぱ、脚は根となっているため、

どちらかと言えば、植物のたんぽぽそのままのそれに近しい。

そのダンディライオンは頭をぶんぶんと二度振るい、光となって消えていく。



「ダンディライオンが墓地へ送られたこの時、綿毛トークンが二体特殊召喚される!」



ダンディライオンが振るった頭から飛び出た種子が、ぴょこんと顔を出す。

それは地面に種を下ろし、ゆらゆらと揺らめいている。



「そして、魔法マジックカードの使用により、黒魔術師に魔力カウンターがチャージ!」



黒魔術師が杖を振るい、右肩に今使われた魔法マジックの残留魔力を回収する。

外見が瓜二つであれば、その能力もまた似通っている。

白魔導師は竜破壊の剣士を呼び出す召喚師であり、また黒魔術師は同族であり上位である黒き魔術師を呼び出す者。



「そして、手札のモンスター、E・HEROエレメンタルヒーロー ネオスを墓地へ送る!

 そのコストを捧げる事によって、手札のクイック・シンクロンは特殊召喚する事が出来る!!」



手札のネオスをセメタリーゾーンに送る。

そうして召喚の権利を得たモンスターを、また手札から呼び出す。

カウボーイハットのツバをマニピュレーターで一度弾き、青いボディを覆うマントを翻した。

ハットの下から覗く一対の瞳が、正面に位置する敵を睨む。



「まだまだぁッ! 手札の魔法マジックカード、ワン・フォー・ワンを発動!

 発動コストとして手札のボルト・ヘッジホッグを墓地へ送る事で、効果を発揮!!

 デッキからレベル1モンスター、ターボ・シンクロンを特殊召喚!!」



オートサーチによって、デッキの中から1枚。

カードが飛び出てくる。それを指で挟み、抜き取る。

フィールドゾーンにカードが置かれると同時、ターボ・シンクロンが姿を現す。



レーシングカーをモデルにしているだろう、肩にホイールがついた胴体が車体になっているモンスター。

肩のホイールをぎゅいぃんと一度回し、クイック・シンクロンと並び立つ。



「更なる魔法マジックの使用で、魔術師のカウンターがアップ!」



熟練の黒魔術師が纏うプロテクターの左肩が点灯。

最大三つまでのカウンターのうち、二つまでがこれでチャージされた事となる。



「そして、レベル1、綿毛トークンに、レベル5、クイック・シンクロンをチューニング!」



クイック・シンクロンが左手でカウボーイハットを押さえ、右腕でマントを払った。

青い胴体の下部、信号機のように並ぶ三色のシグナルライトが点灯し、前方に数枚のカードが映るルーレットを投影する。

それはクイック・シンクロンの能力により、名をコピーする事の出来るシンクロンたち。

ルーレットが高速で回り始めて数秒、一瞬、クイック・シンクロンの腕がかき消える。

それと同時に打ち抜かれたのは―――



ドリル・シンクロン。



肩手でホルスターから引き抜いた銃を構えたまま、彼は再び帽子を押さえた。

その次の瞬間、ぱん、と弾けて五つの光の星と化したクイック・シンクロンが舞う。

綿毛もそれを追い、風によってふわふわと舞いあげられていた。

風に乗せられて舞う綿毛を囲う五つの星が、光のリングとなった。



「シンクロ召喚!」



光の輪に包まれた綿毛も、同じように光の星と化す。

そして、光のリングが並ぶ事で出来た道に、一つ星が放つ光が満ちた。



「ドリル・ウォリアー!!」



光を螺旋が引き裂く。

中から出現したのは、微かにオレンジがかったブラウンの装甲に鎧われる戦士。

その特徴は言うまでもなく、その名から察する事が出来る。

右腕のドリルが轟々と唸り続け、光の粒子を散らかしていく。

肩から左右に一本ずつ、ドリルが突き立っている。

黄色いマフラーをドリルが起こす旋風になびかせて、そいつは俺の許に降り立つ。



勿論、こいつが優秀なモンスターだと言う事は知っている。

だが今この場は、俺の全力として出し切るには不相応なのも、事実だろう。

ドリル・ウォリアーに眼を向け、視線を交す。

微かに首だけで肯いてくれたのを確認し、次なる一手に繋げる。



「更にレベル1の綿毛トークンに、レベル1のターボ・シンクロンをチューニング!」



ターボ・シンクロンがその腕を肩のホイールに収納し、ヘルメットのバイザーを下ろす。

脚部も同様に格納された事で、そのボディに秘められた加速性能を十分に発揮できる状態。

高く舞い上がる車体は星となり、円を描いて円環となる。

やはり風に舞う綿毛はふわふわと。

その円環の中心に入り、己の身体も星へと変える。

二つの光が交わり、新たな一つの力へ。



「シンクロ召喚! フォーミュラ・シンクロン!!」



光を突き破るのはターボ・シンクロンを一回り大きくしたようなボディ。

フォーミュラカーを胴体に、車体の下から腰と続く脚、力強い両腕に、鋭くなった眼で相手を睨み据える頭部。

身体の背部に付いているホイールがギャリギャリと音を立てて回転し、火花を撒き散らす。



「フォーミュラ・シンクロンのシンクロ召喚に成功した時、カードを1枚ドローする! ドロー!!

 そして、自分フィールドにチューナーがいる時、墓地のボルト・ヘッジホッグは特殊召喚出来る!

 守備表示で特殊召喚!」



フォーミュラ・シンクロンはシンクロチューナー。

よってセメタリーに置かれているモンスターの召喚条件を満たし、そのモンスターを呼び寄せる。

選択されたカードが墓地からスライドして出てくるのを引っ掴み、ディスクへ。

黄色の毛に包まれたネズミが丸まった姿で現れる。

背中に突き立つボルトで身を守るように。



「行くぞ! レベル6、ドリル・ウォリアーに、レベル2のシンクロチューナー、フォーミュラ・シンクロンをチューニング!!」



フォーミュラ・シンクロンのボディが唸りを上げた。

巻き起こる赤い閃光の渦が二体のモンスターを包み込み、更に眩き光を生み出す。

合計のレベルは8。つまりは、



「シンクロ召喚! 翔けろ、スターダスト・ドラゴン!!!」



新しき星が降誕する。

微かに青みがかった白銀の身体。スマートなフォルムから彷彿させるのは疾風。

羽搏くたび、銀色の粒子を零す翼を大きく広げ、銀竜は俺の目の前に姿を現した。

不動遊星のエースにして、5D’sを象徴するモンスター。

スターダスト・ドラゴン。



「続けて魔法マジックカード、オー-オーバーソウル!!

 墓地のE・HEROエレメンタルヒーローと名のつく通常モンスターを一体、特殊召喚する。

 選択するのは、クイック・シンクロンの効果で墓地に送ったE・HEROエレメンタルヒーロー ネオス!!」



墓地から光が溢れ、共にカードを吐き出す。

それを取り出し、相手に見せつけてからフィールドへ。

銀色の身体に差し色は紺。そして赤いラインで彩るネオスペースからやってきた戦士。

胸部の中心には透き通る空色の宝珠。それを取り囲む三つの紺色のトライアングル。

彼はマッシヴな肉体を強調するように、一度力を込めて腕を振るい、その後すぐに腕を開いて構えてみせた。

遊城十代のエースにして、GXを象徴するモンスター。

E・HEROエレメンタルヒーロー ネオス。



「そしてこの瞬間、三枚目の魔法マジック使用により、魔術師の蓄える魔力カウンターが三つとなった!」



熟練の黒魔術師のプロテクターに付いていた最後の魔石。

胸部のそれが光を帯び、その瞬間を待ちわびていたかのように三つの魔石は輝きを増していく。

互いに反応しあい、その光を徐々に大きくし、炸裂した。



「魔力カウンターを三つチャージした熟練の黒魔術師をリリースする事で、デッキよりブラック・マジシャンを特殊召喚!!」



光の中から現れたのは黒。黒の魔力を纏いし魔術師。

紫黒の導衣に身を包み、上に伸びる先端の尖った帽子を被った姿は見間違う事など無い。

頂点にして伝説。最強無敵の神話の称号、初代デュエルキングのエース。

武藤遊戯のエースにして、遊戯王を象徴するモンスターを代表する二体のうちの一体。

その名を、ブラック・マジシャン。



「カードを1枚セット!

 ―――これが俺の、出し得る全ての力! この世界に来て学んだ全て! 行くぞ、カード魔神!!」

『ク、ククク…ナラバソノ全テヲ、神タルワタシガ否定スル―――! ワタシノターン』



天井の闇から、石板が1枚落下してきた。

ズシン、と地面に突き刺さったそれは足場を揺らし、俺もそれに揺すられてたたらを踏んだ。

奴が我が物顔で振り回すあの石板たちも、元は俺のカード。

あの野郎、必ずハッ倒して取り戻す!



「っ…!」

『フン…マジック・“強欲ナ壺”ノ効果ニヨリ、2枚ドロー。

 ソシテ、フィールドマホウ“フュージョン・ゲート”ヲ発動』




フィールド魔法はフィールド全体に効果を及ぼす。

その効果故、ソリッドヴィジョンで使えば周囲の風景すら塗り潰すが、このカードではその現象は起きなかった。

それはこのフィールドの効果が特殊な条件下でのみ発生する、次元の歪みだからだ。

本来墓地に送られるカードを、ゲームから除外する事で、融合の効果を自在に扱えるようにする超次元空間。

奴が出すモンスターは、つまり融合モンスター。

だが融合モンスターは手札の消費が激しく、また除外する事で回収も難しくなる。

一気呵成の攻撃を凌げば、次には攻撃のチャンスが訪れる。



そう、考えていた。

まるでその考えを見透かしたかのように嗤う、恐怖を誘発するような骸骨を見るまでは。



ぅっ……駄目だ、呑まれたらそこで負ける―――!



『手札ノ“青眼ノ白龍ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン”ヲ三体。

 ソシテ、“真紅眼ノ黒竜レッドアイズ・ブラックドラゴン”ト“メテオ・ドラゴン”ヲ除外…!』


「なっ……!?」



石板が合わせて五枚、地面の中に沈み込んでいく。

空間が捩じれ狂う。異空間に沈んだ五枚の石板に宿るモンスターたちは、その歪みに囚われたのだろう。

それらを供物とし、歪曲した空間が新たなモンスターを生み出す。



バチン、と雷電が弾ける音。それと同時、たわんでいた空気が焼き切れた。

歪みの奥から溶岩の如き肉体の竜。そして、白き巨竜が姿を現す。



白き身体、青き眼光、それはまさしくブラック・マジシャンと同じく遊戯王を象徴する二体の片割れ。

そして、その龍の究極進化形態。

三つの首はそれぞれ全く同じモンスターのモノ。

刃にも似た鋭さを持つ二枚の翼を狭い室内に大きく広げ、三つの顎が同時に開き咆哮を上げた。

それは、神をも越えし究極の白龍の姿。



それと並ぶように現れたもう一体は地面に脚を下ろし、自身が纏う熱量で床を溶かす。

腹と首、そして間接は橙色の肉に、赤い紋様。腕や胸、そして頭部は紫色の岩の如く硬質化した甲殻。

赤い血管のようなものが体中に浮かび上がり、脈打っている。

闇色の瞳の中に虚ろな白光が灯り、その大口を開いて咆哮。



『“青眼ノ究極竜ブルーアイズ・アルティメットドラゴン”、“メテオ・ブラック・ドラゴン”。

 二体ノモンスターヲ融合召喚……ソシテ更ニ、マジック・“天ヨリノ宝札”ヲ発動…!』


「く…俺は持ってないってのに…どっから持ってきやがった…!!」

『……互イノ手札ヲ6枚ニ』



答えはない。神様だからってふざけやがって。

連続して降ってくる6枚の石板が地面に突き刺さり、俺は咄嗟に壁に寄りかかり、転倒を防いだ。

それが収まった後に、俺自身もカードを補充する。



『サァ、コレガ始マリダ……! “青眼ノ究極竜ブルーアイズ・アルティメットドラゴン”ヨ…

 神ニ刃向カウ愚者ニ、ソノ威光ヲ示スガイイ―――――! アルティメット・バースト!!!』




白き、青き瞳の竜がその顎を開き、口腔に光を集束させていく。

溢れ出す威光は余波のみで瓦礫を消し飛ばし、天井を溶解させている。

食らうまでもない。これは実際の威力を伴った実体衝撃波。

まともに直撃すれば、LPなど関係なく俺の身体が消し飛ぶだろう。



かちかちと、噛み合わない歯の音が聞こえて来た。

くっ、ビビってんな…! 大丈夫だ、やれる。

ビビって逃げれば生き残れるんだったらそうするさ。でも、そうじゃない。

俺と、Xが生き残るためにはあいつをぶちのめさなくちゃいけないんだ。

こんなんで負けたら、俺とのデュエルで色々な事を教えてくれたデュエリストたちにだって申し訳が立たない。



トラップ発動! スーパージュニア対決!

 お前のフィールドの攻撃力が最も低いモンスターと、こちらのフィールドの守備力が最も低いモンスターを強制戦闘!

 その後、バトルフェイズを終了させる!」



究極竜アルティメットドラゴンの口腔に蓄えられていた光が急速に萎む。

身体を丸めていたボルト・ヘッジホッグが、きゅいと一鳴きして三体のモンスターを庇うように、最前線で立ちはだかる。

究極竜アルティメットドラゴンが停止する代わりに動き始めたメテオ・ブラックが、猛り狂って翼を広げた。

一度の羽搏きで、低空に跳び上がった溶岩竜が、その巨体をヘッジホッグの前へと着陸させた。

きゅー、という鳴き声を塗り潰す咆哮とともに、振り下ろされる剛腕。



圧砕。

纏めて床を粉砕したメテオ・ブラックは、やり足りないとでもいうかのように大地へと幾度も拳を振り落とす。

吹き飛ばされる瓦礫が壁や天井に跳ね、その被害を拡大させていく。

ひとしきり暴れたメテオ・ブラックは、こちらへ迫った時と同じように跳び、魔神の許へと帰還する。

奴が拳を打ち付けていた床から、岩の焼ける臭いが瓦礫と砂塵に交じってやってくる。

けほ、と一度咳き込んで、相手を見据えた。



『フン……リバース5枚ヲセットシ、ターンエンド』



石板が思い切り倒れ込み、やはり大きな震動を巻き起こす。

しかしもうもうと砂塵の立ち込める床に膝を着こうものなら、それは呼吸すら許されなくなる。

壁も溶けた岩のせいか熱気を帯び、触りようがない。



「っ、俺の、タァーンッ!!」

『コノ瞬間、永続トラップ・“融合禁止エリア”ヲ発動』



倒れ込んだ石板が起き上がる。全く、忙しいこって。

それはモンスターの融合召喚を不可能とするトラップ

フュージョン・ゲートはフィールド魔法であるがため、コントローラー以外にも効果の使用が可能。

相手がこれ以上の融合モンスターを出す気がなく、同時に俺の融合召喚を防ぐのなら、そうするだろう。



「だが、ネオスの前に融合封じなんて通じない! 俺はフィールド魔法、ネオスペースを発動!!」



今まで使っていたディスクのゾーンとは別、モンスター、魔法マジックトラップ

それらとは違う、専用のゾーンが展開される。即座にカードを設置すると、駆動部が火花を散らしながら閉まった。

フィールド魔法は互いのフィールドを合わせ、1枚しか存在できない。

モンスターを融合させる時空の歪みは後から発動された広大な宇宙空間によって上書きされる。

互いの中心から極彩色の空が広がっていく。

今までの閉鎖空間故滞留していた砂塵、熱量、息苦しささえも吹き飛ばし、ネオスの独壇場が展開された。



リアルに影響を及ぼすデュエルのため、これは幻想なんかじゃない。

今ここは、ネオスペースそのもの。



「そして、ネオスペーシアン・フレア・スカラベを通常召喚!!」



ネオスの隣に炎が噴き出した。

炎が取り巻くのは黒い甲殻、頭部から大きく突き出た角、背面の甲殻に仕舞われた翅。

それらを持ち合わせる、炎の属性が昆虫に宿るネオスペーシアン、フレア・スカラベ。

フレア・スカラベ自身は高い能力を持ち合わせてはいない。

だがその力は、ネオスペーシアンとコンタクトするネオスによって限界を越えて引き出される。



「ネオスとネオスペーシアンがフィールドに揃った時、融合は新たな次元に踏み込む。

 それが――――コンタクト融合だ!!

 ネオス! フレア・スカラベ! コンタクト融合!!」



ネオスが大地を踏み砕き、舞い上がる。

フレア・スカラベが背面の殻を開き、翅を高速で羽搏かせて、それを追う。

空中で二体のモンスターの身体が重なる時、ネオスペースの波動に包まれた戦士たちは新たな姿を得る。

融合を必要としない融合。それこそ、コンタクト融合。



「燃え盛れ、E・HEROエレメンタルヒーロー フレア・ネオス!!!」



フレア・スカラベの一本角は二本角となり受け継がれ、甲殻と翅が一体化した翼が広がる。

マッシヴな肉体は黒い甲殻の鎧に包まれ、先程遥かに細くなっていた。

単純な腕力などは削がれてるように見えるが、しかし。

両の拳を握り込み、胸を突き出すような体勢を取る。

その身体が炎に包まれ、燃え盛った。



「ネオスペースの効果! ネオス及びネオスを融合素材としたモンスターは、攻撃力が500ポイントアップする!!」

 更にフレア・ネオスの効果!

 フィールドの魔法マジックトラップカード1枚につき攻撃力を400ポイントアップ!!」



炎に包まれたフレア・ネオスの攻撃力が上がり続ける。

更なる追加。



「カードを4枚セットする事で、フィールドの魔法マジックトラップは11枚!

 これで攻撃力4400ポイントアップ! 最終的な攻撃力は7400!!」

『ヌ…』



取り巻く火炎はさながら太陽のよう。

圧倒的な熱の奔流は地面に立つ俺たちにすら届き、燃え尽きそうなほどの陽射しを浴びせる。

止まらない汗にも、この際構っていられない。



「燃え尽きろ、究極竜アルティメットドラゴン!! バーン・ツー・アッシュッ!!!」



フレア・ネオスが腕を翳す。

前方に集まっていく熱量の塊が、フレア・ネオス自身の身長を追い越し、巨大な炎弾となった。

ぐいと押し込まれた腕に押され、その火炎の大砲は白竜に向かい殺到する。

迫る太陽が周囲一体焼き払いかねない熱を撒き散らしながら、空を制する白竜の目前まで迫った瞬間。

しかし、それを許さぬ魔神のくぐもった声が響いた。



『トラップ・“ドレイン・シールド”ヲ発動…!

 ソノ攻撃ヲ無効ニシ、ワタシノライフトシテ吸収スル……!!』




火炎弾は竜の前に現れた膜に遮られ、その威力を魔神の命と変えられる。

熱量がさっぱりと消え去った後、火の粉のようなものが魔神に降り注ぐ。

それは魔神の身体を焼く事なく、ただその鎧われた骸骨の身体に染み込んでいった。



「くっ…! そう簡単には通らないか…」



大きく跳ね上がる魔人のライフはこれで残り、11400。

そして究極竜アルティメットドラゴンとメテオ・ブラックを上回る攻撃力は俺の場にはもうない。



「エンドフェイズ、フレア・ネオスの帰還効果をネオスペースにより無効にし、ターンエンド!」

『ワタシノターン!』



落下してくる石板。砕ける地面。

フィールドがネオスペースに塗り潰されてはいても、大地を揺らすそれは止まらない。



『“天使ノ施シ”ヲ発動…ソノ効果ニヨリ、3枚ドローノ後、2枚ヲ墓地ヘ…』



更に2枚、石板が落ちてくる。

流石に体勢を崩し、膝を着く。ネオスペースの効果により開けていた空間とは言え、足元にはまだ粉塵がある。

舞い上がったそれを口を手で押さえて防ぎ、すぐさま立ちあがった。

粉塵自体はすぐに宇宙空間へと流されていく。



「くそっ…ドカドカ足場揺らしやがって…!」

『更ニトラップ・“リビングデッドノ呼ビ声”ヲ発動…!

 ソノ効果ニヨリ、“天使ノ施シ”デ墓地ヘ送ッタ、“太陽ノ神官”ヲ特殊召喚!』




足場に孔が開き、その中より手が這いずり出てくる。

ずぅっと顔を出したのは、胸に太陽が描かれたどこかの民族衣装を着こんだ、黒い肌の男。

羽飾りのついた帽子の下、真紅の瞳が怪しい光を放つ。



「太陽の神官……!?」

『墓地ヨリモンスターガ蘇生シタコトニヨリ、次ナルトラップ・“死神ノ呼ビ声”ガ連動…!

 フタタビ、“天使ノ施シ”ノ効果デ墓地ヘ送ラレタ、“赤蟻アスカトル”ヲ特殊召喚!』



太陽の神官が通ってきた冥界の続く孔を同じく通り、蟻が姿を現した。

その名の通り、赤い体色をした蟻。

この二体のモンスターが揃ったという事は、透けて見える相手の一手。



「まさか……!」

『太陽ノ力ヲ宿セシカードヨ……! ソノ力ヲ持チテ、神タルワタシノ威光ヲ示スガイイ―――!

 レベル5ノ“太陽ノ神官”ニ、レベル3ノ“赤蟻アスカトル”ヲチューニング!』




冥界より出でた二体が交わっていく。

俺や遊星が行っていた時のように輝く星ではない。

二体のモンスターが溶け合い、混ざり合い、蠢く黒い泥のようになり、断末魔が響く。

それが停止うるまで数秒。その後、八つの星が動きを止めた泥から吐き出された。

それと同時に崩れ去る泥の塊。



「お、まえ……!!」

『シンクロ召喚―――照ラセ、“太陽龍インティ”!!!』



八つの星が重なり、新たな身体を作り上げていく。

胴体は球体の周囲を円に囲うように角が生え、黄金色に輝く顔。

それはまさしく太陽の象徴であり、神聖なる絶対存在。

太陽から伸びる四つの赤い首は、燃える炎のような鬣を生やした、その名の通り太陽そのものから力を得る龍。



「ぐっ…!」



眩いばかりの陽光が突き刺さってくる。

目の前に腕を翳し、それを防ごうとしても焼け石に水。



『破壊以外ノ方法デフィールドカラ離レタガタメ、“リビングデッドノ呼ビ声”ハ残ルガ…

 “死神ノ呼ビ声”分ノスペースガ確保デキタ……ヨッテ、コノマジックヲ使用スルトシヨウ……

 “アドバンス・ドロー”ノ効果デ、“太陽龍インティ”ヲリリース!』


「!?」



天上から鎖が降ってきて、インティの身体を捕縛した。

虚空に発生した鎖はインティを捕まえたまま、引きずられて再び虚空へと消え失せる。

直後、降ってくる2枚の石板。

レベル8以上のモンスターをリリースすることで、2枚のドローを可能とする魔法マジック

それは手間をかけ、召喚したモンスターを易々と葬り去る行為。

普通ならばそれは自身を不利にする行為に他ならない。

だが葬ったのは太陽。太陽が闇に沈む事、それは月が昇る事を意味する。



『トラップ・“リミット・リバース”ヲ発動! 墓地ヨリ、“太陽ノ神官”ヲ特殊召喚!

 ソシテ、手札ヨリ“スーパイ”ヲ通常召喚!!』




突き立っていた石板が裏返り、そこから悪魔の首が現れた。

黒い二本の角と、外に反るように伸びる二本の巨大な牙。

青い眼が邪悪に光る顔が、にたりと歪んで見える。

ミノタウルスの頭部を連想させる首が、再び冥界より引きずり出された太陽の神官と交わる。



『レベル5ノ“太陽ノ神官”ニ、レベル1ノ“スーパイ”ヲチューニング!

 太陽ノ威光消エシ刻、闇ヘト沈ミシ世界ヲ見下ロス月ガ目醒メル……!』




悪魔の首と交わる神官の身体が、先程のように黒い泥と化し、その中から星を吐き出す。

その数は6。それらが新たなシンクロモンスターを作り上げる。

インティと同じように球体の胴体に顔が浮かび、そこから四つの首が出現する。

燃え盛る太陽の化身、インティとは真逆の青い光と、氷のような鬣に包まれた四頭の龍。



『シンクロ召喚―――鎖セ、“月影龍クイラ”!!!』

「くっ!」



ネオスペースの極彩色すら塗り替える、青い月光の混じる闇色の空が広がっていく。

太陽が沈み、現れた月は、破壊された時対となるモンスター、インティを空へ上げる効果を持つ。

モンスター一対で完成されるループコンボ。



『ク、ハハハ……! 更ニ――――!!

 “リビングデッドノ呼ビ声”“リミット・リバース”デ蘇ッタモンスターガ破壊以外ノ方法デフィールドカラ消エタ…

 ヨッテ、コノ2枚ハフィールドニ残リ続ケル……!

 “融合禁止エリア”ヲ合ワセタ3枚ノ永続トラップヲ捧ゲル……』


「なん…だと…! 3枚の永続トラップ…!?」



突き立っていた3枚の石板が罅割れ、がらがらと崩れていく。

大地が割れる。裂けた地面から溶岩が溢れ、その中で金色の光が二つ、瞬いた。

ゆっくりと溶岩の中から真紅の身体が姿を現した。

東洋の龍のように大蛇をイメージするフォルム。

爪と一体化した翼を広げ、顎が開かれる。口腔の中から溶岩が滴り落ち、咆哮とともに撒き散らされる。

飛び散ってくる溶岩の欠片に、思わず跳び退る。



「げ、幻魔……?」

『“神炎皇ウリア”――――!

 コノモンスターノ攻撃力ハ、墓地ノ永続トラップノ数×1000トナル…! ヨッテ3000!!

 更ニソノ効果ニヨリ、セットサレタカードヲ破壊スル!!!』




ウリアが開いた口の中に炎を溜め込む。

それは攻撃で無く、俺の場の魔法マジックトラップを破壊するモンスター効果。

迸る炎の濁流は問答無用でそれを押し流すトラップの力を得る魔龍の放つ究極の一撃。



『ト、言イタイガ―――マズハ眼触リナソイツカラダ!』

「だがっ……!」



スターダストの効果ならば、それすらも防ぎ、かつウリアを破壊する事が出来る。

故に、奴はスターダストを破壊してから、その効果を使う必要がある。

つまりはまず、奴はスターダストの戦闘破壊を狙ってくる―――!



「だったら! バトルフェイズ前にこいつを発動させてもらおうか!

 トラップ発動、エンジェル・リフト!!

 その効果によりレベル2以下のモンスターを墓地より特殊召喚する! フォーミュラ・シンクロンを特殊召喚!」



車体に取り付けられたホイールを回転させながら、フォーミュラ・シンクロンが再度現れた。

スターダストが唸りを上げ、翼を大きく羽搏かせる。

並び立つ二体のモンスターが導くのは、限界を越えた境地。



「行くぞ、スターダスト!」



雄叫びとともに飛翔する。

赤光に包まれたフォーミュラ・シンクロンが、ネオスペースの宇宙そらに舞い上がった。



「フォーミュラ・シンクロンの効果! このカードをシンクロ素材として、相手のメインフェイズにシンクロ召喚を行うことができる!

 レベル8、シンクロモンスター、スターダスト・ドラゴンに、レベル2、シンクロチューナー、フォーミュラ・シンクロンをチューニング!!

 ―――アクセルシンクロォオオオオオオオッ!!!」



月影龍の放つ闇を切り裂きながら、並列に翔けるドラゴンとチューナー。

二体は光すら置き去りにする速度で、新たな次元へと突き抜ける。

閃光に包まれた身体が消失し、一瞬の静寂が訪れる。



その、次の瞬間。

俺の背後に光が溢れ、その中から二体のモンスターを束ねた新たな力が生来する。



「闇を切り裂き翔けろ、流星――――シューティング・スター・ドラゴン!!!」



機械的な意匠が透けて見え身体、首ごと覆うような兜を被っているかのような白き龍。

細身の身体は筋肉の鎧に包まれ、羽搏くための翼は、切り拓くための刃に。

速度の極致、進化の証、アクセルシンクロモンスター。

舞い降りた流星は、他のブラック・マジシャン、フレア・ネオスと並び、吼えた。



『フン……ナラバ、“青眼ノ究極竜ブルーアイズ・アルティメットドラゴン”ノ攻撃……!

 “シューティング・スター・ドラゴン”ヲ消シ飛バセ―――!!』


「させるかぁ! 速攻魔法、コンタクト・アウトッ!

 フレア・ネオスをエクストラデッキに戻し、コンタクト融合時にデッキへ戻したネオスとフレア・スカラベを特殊召喚する!!」



フレア・ネオスが光を放ち、消え去る。

ディスクのフレア・ネオスをエクストラデッキのスペースに戻すと、デッキからオートで2枚のカードが飛び出した。

それらを挟み取り、抜き放つ。



「来い! E・HEROエレメンタルヒーロー ネオス! ネオスペーシアン・フレア・スカラベ!」



二体のモンスターをディスクに並べる。

それは高攻撃力のフレア・ネオスを究極竜アルティメットドラゴンには及ばぬ攻撃力のモンスター二体に変える行為。

微かに魔人の雰囲気に疑念が混じった事を感じ、安心する。

大丈夫だ、神様だろうが相手は全知でも全能でもない。それならば、倒す事ができる。

俺の場のモンスター数が変わったこの瞬間、究極竜アルティメットドラゴンは一時の待機状態になる。

その隙を逃がさない。



「更に速攻魔法―――! ディメンション・マジック!!

 黒き魔術師の力によって、フィールドのモンスターの魂を捧げ、手札の魔術師を新たに呼び出す…

 フレア・スカラベをリリース! そしてブラック・マジシャン・ガールを攻撃表示で特殊召喚!!」



炎の力を持つネオスペースの民と、黒き魔術師が眼を交差させる。

うん、と肯いて見せるフレア・スカラベがその命を燃やし、全てを魔力に変換していく。

地面から人型の棺がせり出し、燃えるフレア・スカラベの身体をその中に包み込んだ。

ブラック・マジシャンはそれを自らの魔杖で一度叩くと、指を鳴らす。



再びその棺が開かれた時、その中にいたのはフレア・スカラベではなかった。

ブラック・マジシャンの魔導衣をベースに、ピンクとブルーのカラーで女性用に仕立てた衣装。

師と同じデザインの先端の尖った帽子を被った見習い黒魔術師。

ブラック・マジシャン・ガール。



「ディメンション・マジックの追撃効果発動!

 特殊召喚した魔術師による攻撃で、相手モンスターに不可避の破壊効果を叩き込む!!

 黒魔術の師弟による合体魔術――――標的は、青眼の究極竜ブルーアイズ・アルティメットドラゴン



ブラック・マジシャンとガールが杖を合わせる。

紫黒と桜色の魔力が互いの杖の先に集束していく。それを察知した究極竜アルティメットドラゴンが、三つの顎を開いた。

破壊神すら凌駕する絶対の攻撃、それは如何なモンスターであろうと避けられぬ破壊の結末。

まさしく究極の一撃アルティメット・バースト

だが今俺が繰るしもべたちは、それすらも乗り越えて来た者たち。

真似事だったとしても、それを可能とするポテンシャルを秘めている事には変わりない。

あとは俺次第―――!!!



黒・爆・裂・波・魔・導ブラック・バーニング・マジック!!!」

『ヌゥウウウ……!』



究極竜アルティメットドラゴンの口腔で氾濫する光が吐き出された。

全てを薙ぎ払う究極の一撃は、下級モンスター程度ならば余波のみで壊滅させる事の出来てしまいそうな暴虐の嵐。

だがそれも、魔術師の師弟がフィールドに降臨した今ならば、一度だけ打ち破る一撃を放つ事を許される。

二人の魔術師が合わせた魔力の波動が、それを真正面から迎え撃つ。



杖から放たれた魔力球は直進し、アルティメット・バーストと衝突する。

究極竜アルティメットドラゴンがブレスの勢いを強め、更なる威力を上乗せした。

対する魔術師は二人揃って掌を翳し、その魔力球を支え続けている

威力は拮抗。互いに退かぬ一撃は大地を震撼させ、宇宙そらを揺るがす。



「ぶっち、抜けぇえええええッ!!」



炸裂する。爆発の威力で粉塵とブレスと魔力の残光が巻き散らかされ、数秒視界を失う。

そしてそれは相手も同じこと。

自身を脅かす魔術師の姿を見失った究極竜アルティメットドラゴンの威嚇が轟く中で。



数秒後、煙幕が晴れかかった場で、

チッチッ、とブラック・マジシャンが魔神の目前で指を振り、舌を鳴らして見せていた。



『ヌッ、グッ…神官風情ガ……!!』



怯む魔神の許に対象を見つけた究極竜アルティメットドラゴンが、そちらに注視する。

その瞬間、究極竜アルティメットドラゴンの頭上から、桜色の魔力が降り注いだ。

竜の悲鳴が上がる。本来なら傷付け得ない攻撃力は、師との魔力の交差により限界を越えて高まっている。

三つの首がどちらを狙うべきか、一瞬の躊躇。

その一瞬で十分であった。



魔神の目前で振り向きざまに振り抜かれる杖から、限界以上に高まる弟子の魔力を越える魔力波が放たれる。

同時に両手で杖を振り上げた少女も追撃の魔力弾を放つ。

二人の魔力は究極竜アルティメットドラゴンの胸へと突き刺さり、混ざり合い、更なる威力を発揮する。

徐々に消滅していく竜の身体は、一際高い断末魔とともに消え去った。



俺の許へと降り立った二人の魔術師が互いの杖を合わせ、互いの健闘を讃え合う。

喜び勇む少女と、威風堂々の黒魔術師。

確かに単騎では究極竜アルティメットドラゴンには敵わない。だがそれは、結束の力によって、覆す事ができるのだ。



最強の竜を失くした魔神はその双眸により強い怒りの光を漲らせ、俺を睨み据える。



『調子ニ乗ルナ人間ガァッ―――!

 ワタシノフィールドニハソレニ続クモンスターナド、幾ラデモ用意サレテイルッ!!

 “月影龍クイラ”ノコウゲキッ! ソノ忌々シイ神官ヲ葬リサレェッ!!!」




青い光を纏う月が動く。それはゆっくりとブラック・マジシャンの許へ向かってくる。

互いの攻撃力は2500。結果は相討ちに他ならない。

だが、クイラには破壊された時、墓地のインティを蘇生する効果が備わっている。

インティの攻撃力は3000。更なる追撃で、ネオスまで道連れにされ、インティの効果でクイラが帰還する。

そこれそが太陽と月のデザインする、無限のループコンボ。

ブラック・マジシャンを破壊された揚句、更なる追撃をされたのではこちらは持たない。



トラップ発動! ヒーローバリア!!

 フィールドにE・HEROエレメンタルヒーローと名のつくモンスターが存在する時、相手の攻撃を一度だけ無効にする!

 俺の場にはE・HEROエレメンタルヒーロー ネオスがいる! その攻撃は無効だ!」



ブラック・マジシャンの前に、青と白の光が渦を巻く盾が出現した。

それでも接近を止めぬクイラはその盾にぶつかり、まるで毬のように弾き返されて、魔神の目前へと失墜する。

墜落で発生した突風と粉塵の止まぬうちに、魔神は次なる命令を下す。



『ナラバ“メテオ・ブラック・ドラゴン”ヨ……“E・HEROエレメンタルヒーロー ネオス”ヲ消シ飛バセェイッ!!』



溶岩の塊のような身体が動く。

竜という以上に、悪魔に近い容貌の竜は岩石を削り出したかのような翼を広げ、僅かに飛んだ。

僅かに浮いた程度であったが、その瞬間、岩の焼ける臭いと熱気が周囲に散乱する。

オォオオオウ、と火山の噴火の如き咆哮。

瞬間、奴は隕石と化した。

身体を丸め、熱の殻を被り、それは高速でネオスの目掛けて殺到する。



ここでは、使えない。続くウリアを止めるためには、シューティング・スターを温存する必要がある。

最も攻撃力の低いブラック・マジシャン・ガールを攻撃されれば、俺のライフは大きく削られる。

奴が唯一ネオスの攻撃力を越えるメテオ・ブラック・ドラゴンで、

ブラック・マジシャン・ガールを攻撃してくるのを誘った小細工は、まるで意味をなさない。

すまない、ネオス…! お前の力はまだ必要だ、だけど今は眠って待ってていてくれ。



ネオスに向けた視線。彼はそれを汲んでくれたようで、一度肯き両腕を前に翳した。

隕石がネオスを目掛け、直線に突っ込んできた。

それを両腕で、足場を踏み締め、真正面から受け止めるネオス。

熱波が背後にいる俺に届かぬようにと、その全身を駆使して溶岩の塊を決死で受け止める。



「くっ……ネオス……!」



身体が融解していく。

歯を食い縛ってみても、全身全霊をかける彼を助ける事など出来ない。

もう一度心中で謝り、その戦闘を眼に焼き付ける。



隕石の勢いが消える。

突進力を全てその身をもって受けてみせたネオスから、メテオ・ブラック・ドラゴンが退避する。

それと同時、全てを使い果たしたネオスが消え去った。

ドン、と再び溶岩巨竜は魔神の傍に降り立つ。

ネオスペースの地に立つネオスの攻撃力は青眼ブルーアイズに及ぶ攻撃力3000。

しかし、メテオ・ブラック・ドラゴンは攻撃力3500を誇る魔竜。

俺のライフは3500まで削り取られた。



「くそっ…!」

『次ノ“神炎皇ウリア”ノ攻撃ガソノ魔術師ノ小娘ヲ葬リサル―――!!

 消エサレ、ハイパーブレイズ!!!』




ウリアが炎の濁流を閉じた口の端から零す。

その口が開かれた時が、その濁流が解き放たれる時だろう。

少女はその攻撃に身構え、杖を目前に翳す。

だが、ウリアの攻撃力は3000。僅か攻撃力2000しか持たない魔術師では対抗する術はない。



「だが、その攻撃が通るかどうかは別の話だ! シューティング・スターがそれを通さないッ!!」



顎が開かれ、炎の奔流が放たれると同時、ブラック・マジシャン・ガールの目前に流星龍が割り込む。

速度を極めし光速の龍に、攻撃という行為は通用しない。

あらゆるモンスターは異次元すらも翔けるこの龍に追い付く事が出来ず、攻撃自体を断念せざるを得ない。



直前に割り込んだ流星龍に気を取られ、その炎を解放するタイミングが一瞬ずれた。

ガールはその間に素早く離脱し、熱波の射線から退避する。

獲物を逃した怒りからか、ウリアの攻撃はシューティング・スターを目掛けて放たれた。

手足を格納し、翼を横に広げた光速形態へ迫る、炎の奔流。



しかし、それが流星龍の思惑。熱量の塊が自身を呑み込もうとした瞬間、その姿が掻き消えた。

炎は虚しく空を焼き、戦果を上げられぬままに霧散する。

目標を失い、その動きを停止し、周囲を見回すウリア。



「相手モンスターの攻撃宣言時、シューティング・スターを除外し、その攻撃を無効にする!」



ネオスを守る事もできた。

が、ネオスを再召喚するためのギミックは豊富。かつ、ライフダメージは最小限に抑えたかった。

すまない、ネオス。だが、お前が稼いでくれたディスアドバンテージで、俺の勝利が見えて来た―――!



『チッ……カードヲ1枚セットシ、ターンエンド』



俺はこのバトルフェイズでセットされていたカードを全てさらけだした。

故に、ウリアが持つ最強のアンチリバース能力は、発揮されない。



「エンドフェイズ、除外されていたシューティング・スター・ドラゴンは帰還!

 俺のターン!!」



光の欠片が集束し、流星龍が俺の許に帰還した。



俺が勝利するために繋ぐべき道筋。

そのために、このターン、俺が組み上げた戦術を最大限活かすためのフィールドを築き上げるより他にない。

手札は0枚。この状況を打開してくれるのはたった1枚。

そのカードを引き当て、かつその効果で更なる2枚を引き当てる。

馬鹿みたいに遠い夢の出来事みたいだ。

だけど、



「信じるまでもない……一秒だって、疑った事なんてない! ドロー!!」



ドローしたカードは、俺の過去と未来を繋ぐ。



魔法マジックカード、貪欲な壺!

 墓地のダンディライオン、クイック・シンクロン、ターボ・シンクロン、熟練の黒魔術師、フォーミュラ・シンクロンをデッキへ。

 その後、シャッフルしたデッキから2枚のカードをドロー!!」



墓地のカードを合わせたデッキがオートシャッフルされるのを見届け、カードを引く。

その2枚が、更なる力として俺を導く。



「続けて魔法マジック発動、二重魔法ダブルマジック!!

 手札のアール-ライトジャスティスをコストに、お前の墓地の魔法マジックの効果を使用する!

 選択するのは天よりの宝札! 互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにドローする!!」



俺が手札を補充すると、奴のフィールドにも6枚の石板が降ってくる。

腰に力を入れて、何とかその衝撃に耐えつつ、デュエルを続行していく。

よし、これでいける……!



魔法マジックカード、イー-エマージェンシーコール!

 デッキからE・HEROエレメンタルヒーローと名のつくモンスター一体を手札に加える。

 俺が選択するのは、E・HEROエレメンタルヒーロー プリズマ―!」



デッキから選択されたカードを抜き取り、手札に加える。



「更に魔法マジックカード、高等儀式術を発動!」



俺の目前に現れる儀式を執り行う為の魔法陣。

この魔法はデッキに眠るモンスターを直接供物として捧げる事で行える、代替術。

捧げる事の出来るモンスターは特殊能力を持たないモンスターに限られるが、その効果は強力無比。



「俺はデッキからレベル4の通常モンスター。

 E・HEROエレメンタルヒーロー スパークマン及びクレイマンを墓地に送る!

 その効果により、手札のレベル8儀式モンスター、カオス・ソルジャーを儀式召喚!!」



魔法陣の中に、青い体色に鎧を着込んだ光の戦士と、粘土で作られたような身体の地の戦士が現れる。

デッキからそれらのモンスターが直接呼び出され、新たな戦士の糧して捧げられる。

立ち上る翠色の光に呑まれた二体の身体が徐々に解け、消えていく。



儀式に用いられた魔力はやがて霧散し、魔法陣の中心に一人の戦士を呼び出していた。

役目を終えた魔法陣も消えていく中、紫紺の鎧を纏った戦士が、右手に構えた剣を構える。

紫紺色の鎧は金色の縁取りで装飾され、僅かな光さえ照り返すその輝きには一点の曇りもない。

兜からは三本の角が伸び、赤い髪が生やされている。

左腕に持つ盾も鎧のそれに似て、煌びやかな装飾が施されている。が、対し剣である。

鎧の装飾の美しさに比べ、特段何らかの飾りがされているわけではない剣。

それで全てを切り拓くという、剣士の質実な印象を見るものに与えるのだ。



『フン……! ソノ程度ノモンスターナド』

「シューティング・スターで、神炎皇ウリアへ攻撃! スターダスト・ミラージュッ!!!」



シューティング・スターが腕を折り、脚を格納し、翼を広げ、首を伸ばす。

光速の突撃形態へと変形した竜が、上空へと向かい加速する。

限りのない宇宙の彼方まで、流星はその翼で飛んでいく。

捉え切れぬ敵の速度に、幻魔であるウリアと言えど反応しきれず、その口腔に炎を蓄えたまま待機するより他はない。



宇宙を自在に奔る姿はまさしく流星。

その光速の一撃が今、ウリアへと向け解放される。

視界にすら映らぬ彼方から、白い光に包まれた閃光がウリアを目掛け、殺到した。

彼方に煌めく流星が見えた次の瞬間には、既にそれを見た相手は貫かれている。

だが、その一瞬があれば、ウリアの感覚であれば反応は返せる。

顎を開き、その炎を解き放つ――――!



瞬間、一閃。

ウリアの頭部が根こそぎ抉り取られ、破裂していた。

光速の突撃には反応以上の行動は許されない。

飛行形態を解除したシューティング・スターは、ウリアと魔神の間に滞空し、魔神を見据える。

堕ちていくウリアの身体が、炎をぶち撒けながら崩れ落ちていく。

憎悪の籠った魔神の視線を跳ね返し、シューティング・スターが俺の許へと帰還する。

ウリアの攻撃力は3000。対してシューティング・スターは3300。

奴のライフは11100。焼け石に水、と言ったところか。



「さあ、次はカオス・ソルジャーの攻撃だ! 月影龍クイラを攻撃!」



剣士がその無骨な剣を振り翳す。狙うは天に浮く月の化身。

四頭の龍がカオス・ソルジャーに対し、威嚇するように咆哮をあげる。

しかし、その程度で臆する事などありはしない。

剣士が地盤を打ち抜くような鋭い蹴りで大地を蹴り、跳躍する。

自らに接近してきた剣士に対し、龍たちは本能のままに牙を剥く。



一閃、月の上から生えていた龍の頸が跳ぶ。

左右の龍たちがそれも構わず突撃を仕掛け、左の龍の頸が跳び、右の龍の口の中に盾が突き込まれる。

しかし無防備は下方。下より迫りくる龍の牙には、剣士に逆らう術がない。

それがただの剣士なのであれば。

右の龍の口に突っ込まれた盾を持つ手に力が籠る。

そこを支点に、カオス・ソルジャーの身体が上へと向け、持ち上がる。

距離を誤った攻撃は、ガキン、と言う音と共に、牙の空振りをいう結果を知らしめた。



空中で盾にかけていた手を離す。

両腕は共に剣の柄へあて、ゆっくりとその刃を振り被る。

変わる事ない月の顔が、微かな恐怖に歪んだように見えた瞬間、振り下ろされる刃。



「カオス・ブレード!!!」



縦一閃による両断。胴の中心から、下に付いていた龍も巻き込み。

ざっくりと斬り捨てられた身に残る、最後の一頭が断末魔を発した。

直後に横薙ぎの一閃。最期に残った龍をも容赦なく両断。



トン、と重さを感じぬ綺麗な着地を決めて見せ、龍の口から吐き出された盾を掴み取る。

クイラが大地へと落ちる。砂塵を巻き上げ、墜落した身体が消えていく。

だがそれを見て、魔神はその双眸に不気味な光を湛えるまま。



『ダガ“月影龍クイラ”ノ効果ニヨリ、ソノ攻撃ハ意味ヲナサナイ……!』

「クイラの攻撃力は2500。カオス・ソルジャーは3000……その差、500ポイントのダメージだ」

『“月影龍クイラ”ノ効果ハ、攻撃対象トサレタ瞬間二発動シテイル。

 攻撃モンスターノ攻撃力ノ半分、1500ノライフヲ回復シテイタ』




よって奴のライフは12100。減るどころか、増えている。

しかしそれも知らずに仕掛けたわけではない。



『更ニ、“月”ノ沈ミシ刻、ソノ対トナル“太陽”ガ天ヘト昇ル……!

 墓地ヨリ、“太陽龍インティ”ヲ特殊召喚―――!』




クイラの落下跡より、炎が立ち上る。

月が齎していた闇は晴れ、次は燃え尽きそうな日光が戻ってきた。

炎の鬣の四頭の龍を生やした黄金の太陽が、冥界の壁を焼き切り、天へと。

じりじりと肌を焼く熱気が戻ってきた事に一つ舌打ちし、文句も言ってられず、続行する。



「……カード2枚セット、ターンエンド」

『ワタシノターン!』



ガッン、と新たな石板が落ちてくる。

それが起こした突風に乗って、呼吸すら辛くなる熱風が咽喉に侵食してきた。

くそっ、頭が回らない。ぼうっとしてきた……ヤバい、かも、しれない…



『トラップ発動、“死霊ゾーマ”!

 ソノ効果ニヨリ、トラップモンスター“ゾーマ”ヲ特殊召喚スル……

 ソシテ更ニ、マジック・“デビルズ・サンクチュアリ”ヲ発動…メタルデビル・トークンヲ特殊召喚』




起き上がった石板に描かれていた、黒い骸骨龍が闇と共に這い出た。

頭蓋に空いた眼の空洞に、虚ろな闇色の光が揺らめいている。

それは破壊された時、その身を怨霊と変えてプレイヤーの咽喉を食い破る邪龍。



そして、メタルという名の通り、金属そのもののような浮遊する物体。

頭部らしき球体には俺の顔が映っており、その頭から生える胴体と腕は縄か紐のようにぶらりと垂れ下がっている。

それは対する相手の命を写し取り、こちらの攻撃の壁とする呪いの人形。



だがこの場、この状況で呼び出されたと言う事は、それらの目的はそれではない。



「シンクロ、いやアドバンス召喚か…!」

『闇ノ魔力ヲ孕ミシ呪ワレシ者ドモヨ……ソノ身、闇ノ太陽ノ降誕ニ捧ゲヨ!!』

「闇の、太陽……!」



漆黒の球体が奴の頭上に出現した。

呑み込まれていくゾーマとメタルデビルの身体が、煙を放ちながら溶かされていく。

二体のモンスターを供物とするアドバンス召喚。しかし、この情景は―――あえて、生贄召喚と呼ぶべきか。

ドクンと脈打つ漆黒の球体にヒビが奔る。



太陽の生誕。

自然に剥がれていくように、漆黒の殻ははらはらと散っていく。

その中心にいたものが、瞳を開く。

漆黒と黄金の多層鎧に守られた血色の肌を持つ神が、血涙を流しているかのような眼で俺を見降ろした。

胴体の中心に燦然と輝く光がゆらゆらと光の強さを揺らめかせている。

死と再生を繰り返す絶対神。それこそが、太陽。



『“The supremacy SUNザ・スプレマシー・サン”』



大地を蹂躙する溶岩竜を従えた灼熱の太陽龍と、漆黒の太陽神。

焦熱に晒される大地は水分を枯渇し、急速に枯れ果てていく。

その太陽らは命の恵みを他者に与えるものではなく、自身の糧に全てを搾取するもの。



「はぁっ……はぁっ、ッ!」



汗を拭う。全身がべたべたするのはどうしようもない。

むしろ恐怖から来る冷や汗を押し流してくれた事に感謝しよう。

そうして+にでもしないと、今にも倒れそうだ。



『我ガ化身ラヨ、眼前ノ敵ヲ灼キ払エ―――――!!!

 “メテオ・ブラック・ドラゴン”デ、“シューティング・スター・ドラゴン”ヲ攻撃!!!』


「だ、だがっ、そいつじゃあシューティング・スターには追い付けないな……!」



溶岩竜がその身体を重々しく動かし、空気を焦がす。

対する流星龍は軽やかに、翼を繰ってその相手へと対峙する。

パワーは200ポイント、溶岩竜が上回る。

光速の突撃を持ってしてもその溶岩石の身体を貫く事は出来ず、逆にその白の肉体を焦がされ、灰にされるだろう。

このまま戦闘が続行すれば当然の結果。



巌の翼が一度羽搏く。

巨竜が熱波を撒き散らしながら飛翔し、流星を目掛けた隕石と化した。

互いに持ち得る最強の攻撃手段は、その肉体を活かした最速の突撃。

だがそれに応じれば、破壊されるのは言うまでもなくシューティング・スター。



「シューティング・スター・ドラゴンを除外し、その攻撃を無効にする…!」



手足が折り畳まれ、翼が広がる。

一対の瞳が一際大きな光を放ち、光の残照を撒き散らしながらその突撃を真正面から受けて立つ。

速度は流星が遥かに上回り、隕石は最高速に達そうとも、先手は争う事すら許されない。

互いが直線の軌道を描き、お互いを目掛けた突撃を放つ。

半秒待たずに交差する突撃。



それはどちらが破壊されるでもなく、衝突以外の結末。

交差する瞬間に光の粒子のみを残して消え失せた流星には、触れる事はできない。

衝突に身構えていた隕石はそのまま、肩透かし。

俺の頭上高くを通り過ぎた溶岩竜は、その力のぶつけどころを失って、魔神の許へと帰還する。



『フン、続ケ“太陽龍インティ”! “カオス・ソルジャー”ヲ喰イ千切レ!!』



黄金の光を纏う太陽が、胴体の顔の眼だけをぎょろりと動かし、眼下の剣士を見下ろす。

四頭の龍は片割れたる月影龍を斬って捨てた剣士へ対し、呪恨の念を吐き出すように吼えた。

速くもなく遅くもなく、少しずつ侵食するように空から地上へと落ちてくる太陽。

放たれる熱気は大地を焦がし、こちらの体力を抉っていく。



「っ……む、迎え撃て、カオス・ソルジャー!」



攻撃力は互いに3000の互角数値。

牙を剥く龍四頭は、月の龍のそれとは比較にならぬほど強力な龍。

クイラを苦も無く屠った剣士の実力を持ってしても、それは―――



太陽龍がその炎の如き鬣を燃やし、その顎から炎弾を連続して吐き出す。

即座に盾を構える戦士の許に、狙いを定めず乱雑に吐き出された炎の塊が着弾し、炸裂する。

それは剣士のみを狙ったものでなく、周囲の大地、そして俺をも巻き込む破壊の嵐。

爆風と火炎に巻き込まれ、息に詰まる。咳き込むと粉塵が咽喉を侵す悪循環。

膝をつき、咳と荒い呼吸を繰り返す。



「げほっ! ぇほっ…! く、そっ……!?」



爆風と爆炎が一瞬止んだ。

涙ぐみながら、視線を上へ。

その破壊の嵐の静止は、自らと同等の力を持つ龍に恐れなく挑む剣士の剣が導いた結果。



跳躍し、太陽龍より高位置へと躍り出た剣士に待つのは集中砲火。

四つの砲口から放たれ続ける火炎弾を盾一つで防ぐ事は出来ず、やがて罅が奔り、数秒持たずに粉砕される。

止む事無く続く砲撃。それを一身に浴びながら、剣士は怯まず、臆さず、両手で剣を振り上げた。

光と闇の集束、束ねた力が混沌の色を帯び、極光と化して剣に纏われる。

カオス・ブレード―――混沌の戦士が振るう剣技の境地。



一閃、振り抜かれた刃は光と闇のエナジーを合わせた斬撃を放つ。

それは動きの鈍い太陽龍に逃れ得る速度でなく、回避の暇を与えず呑み込んで見せた。

熱量の塊であった黄金の太陽は、しかし光と闇の波動を浴びて蒸発する。

跡形残さず消え失せたインティを見届けたカオス・ソルジャーもまた、その身を硝子のように砕いて消えていく。



「カオス・ソルジャー……!」



負ける事のできない理由が増えたなんて、言ってくれる必要はない。

最初っから抱えてる。俺のデッキ、カードの全てをとっくに背負ってる。

荒い息のまま立ち上がり、魔神を見据えた。



『更ニ続クノハ“The supremacy SUNザ・スプレマシー・サン”!

 “ブラック・マジシャン・ガール”ヲ焼キ尽クセ、SOLAR FLAREソーラーフレア!!!』




黄金に彩られた漆黒の太陽が動く。

鎧の中央で輝く光の球体が一層輝きを増し、その閃光で周囲を照らす。

血色の瞳はその中に何一つ感情を交えず、自らの下に位置する魔術師を見下している。

日光と、そう称する以外他にはない。しかしその語感から察するには余りに膨大な熱量の放熱。



インティの自爆特攻は通す必要があった。

だけど、こいつを通す理由はない。



トラップ発動! くず鉄のかかし!!」



リバースする伏せられた1枚。

それは、1ターンに一度、相手の攻撃を無効にする守りの要。

魔術師の少女を対象に放たれた眩い閃光を、ジャンクで作り上げられたかかしで防ぐ。

少女を背後に隠したかかしが、灼熱の陽光にさらされる。

頭部のヘルメットとゴーグルが変形し、フレームがぐにゃりと拉げ、それでも地に生える支柱は揺るがない。



The SUNの胸の光が徐々に薄れていく。

焦熱地獄が終わりを迎え、ブラック・マジシャン・ガールはその背後から姿を現す。

無論、無事であろう。

くず鉄のかかしは、如何なるモンスターであろうとその攻撃が一度きりならば、完封してみせる。

熱によって変形したくず鉄のかかしは、再びフィールドにセットカードとして配置される。



『……“魔法石ノ採掘”ヲ発動。手札ヲ2枚墓地ヘ送リ、“天ヨリノ宝札”ヲ手札ヘ加エル…

 2枚ヲセットシ、“天ヨリノ宝札”ヲ発動……!』




揺さぶられる前に膝を落とす。強がっていられない、転倒するよりはマシだ。

石板が墜落してくる震動を脚に、肌に感じながら息を少し落ち着ける。

手札を補充し、魔神の次の手を待つ。

手札によるアドバンテージはこのデュエルで意味をなさない。

相手より強く、相手より早く、自らの分身たるしもべを繰り、フィールドを席巻したものが勝利。

このデュエルは、後出しなどという悠長を構えている暇はないのだ。



『永続魔法“生還ノ宝札”ヲ発動、更ニ1枚ヲセットシ、ターンエンド』

「エンドフェイズにシューティング・スターは帰還……

 次は、俺の、ターンだ…!」

『コノ瞬間、前ノターンニ破壊サレタ“太陽龍インティ”ノ効果ガ発動!

 “インティ”ガ破壊サレタ次ノターンノスタンバイフェイズ、墓地ヨリ、“月影龍クイラ”ガ蘇ル。

 フン…キサマノターン故、守備表示トシテオコウ。

 “生還ノ宝札”ノ効果ニヨリ、墓地ノモンスターガ蘇生シタ時、手札ヲ1枚追加』




太陽が沈み、そして月が昇る。

青い光を帯びた月の顔が、再び空へと上がった。四頭の龍が雄叫び、ざわめきだす。

カオス・ソルジャーの命を賭した攻撃は、二体の太陽と月が繋ぐ円環によって、いとも簡単に無視された。

だが、今のお前の行動。それが、ネオスとカオス・ソルジャーが繋いだ活路への希望を開く―――!



「俺は、E・HEROエレメンタルヒーロー プリズマーを召喚…!」



水晶のパーツを繋ぎ身体とする、光のE・HEROエレメンタルヒーロー

そのボディを構成するパーツを見れば分かる、当然の事ながら角張った身体。

月の闇にも包まれず、闇の太陽の光を反射する輝かしい多面体のボディ。

広がるプリズムの翼に映るのは、二体のモンスターの影。



「プリズマーの効果、エクストラデッキのE・HEROエレメンタルヒーロー エアー・ネオスの融合素材…

 ネオスペーシアン・エア・ハミングバードをデッキから墓地へ送る…」



プリズムの翼に映るのはネオス。

そして、赤い人型の身体に鳥の頭部を持つ風のネオスペーシアン



「プリズマーはこの効果によって墓地へ送ったモンスターの名を得るリフレクト・チェンジの能力を持つ!

 そして魔法マジックカード、黙する死者を発動し、墓地よりネオスを特殊召喚!」



墓地よりスライドしてきたネオスのカードを取り出し、場に出す。

メテオ・ブラック・ドラゴンの攻撃によって葬られたネオス。

だが、最上級でありながらも通常モンスターであるため、その再召喚は他の最上級に比べれば、召喚は容易い。

蘇りしネオスペースの戦士は、その銀色の身体に力を漲らせ、他のモンスターたちと並び立つ。



E・HEROエレメンタルヒーロー ネオス!

 そして、ネオスペーシアン・エア・ハミングバードの名を得たE・HEROエレメンタルヒーロー プリズマー!

 二体のモンスターをデッキに戻す事で、コンタクト融合!!!」



ネオスの胸の中心、青い宝玉が光を放つ。

照らされるのはプリズムに映し出された、風のネオスペーシアン

ネオスとプリズマーの身体が重なり、閃光と突風を巻き起こす。

フィールドのカードをデッキに戻す事で、新たなる融合モンスターを召喚する、魂の交差、コンタクト。



「風に導かれた戦士よ、舞い降りろ! E・HEROエレメンタルヒーロー エアー・ネオス!!」



ネオスの身体が赤く染まっていき、頭部が後ろに尖っていく。

腕が鳥獣の如く鋭い爪を生やし、足首からは黒い羽飾りが飛び出す。

胸の宝玉は腹に移り、そのサイズを肥大化させている。

自身を覆い隠すほどに大きな白い翼を一度はためかせ、宝玉から放つ青い光で全身を満たした。



「エアー・ネオスの効果! 自身のライフが相手のライフを下回る時、その差分だけ攻撃力が上昇する!

 俺のライフは3500。対して、お前のライフは12100!

 よって、エアー・ネオスの攻撃力は8600ポイントアップッ!! ネオスペースの効果と合わせ、攻撃力は11600だ!」



青い宝玉は生命の力を宿す。

そこから溢れ出す光を浴びるエアー・ネオスの攻撃力は限界を超越し、次元を揺るがすほどに昂ぶる。

しかし、それでも魔神は揺るぎない。



『ソレガ、ドウシタ…!

 ワタシノフィールドニハ、不死身ノ“The SUN”ト“クイラ”―――“インティ”ガ存在シテイル』




例えエアー・ネオスでモンスターを破壊し、相手のライフを削っても、The SUNとクイラを突破しなくてはならない。

クイラは攻撃すればライフを回復し、破壊すればインティを蘇らせる。

そしてインティは破壊した時に、インティを破壊したモンスターを破壊し、その攻撃力の半分のライフを奪ってくる。

ライフを犠牲にインティを倒しても、次のターンにはクイラが復活する。

The SUNも同じく、破壊した次のターンに再び再生する絶対の太陽。



「だが、お前は不死身じゃない! その上からでも、ライフを削り切る事は可能だ!」

『ヌ……!』

「シューティング・スターの効果! デッキの上からカードを5枚確認し、その中のチューナーの数だけ攻撃出来る!!」



流星龍の瞳が閃光を放つ。

デッキという未来に眠る力を得て、龍は闇を切り裂く流星群と化す。



「1枚目ぇッ! ―――魔法マジックカード、エイチ-ヒートハート。

 っ2枚目ッ! ―――よしっ、チューナーモンスター、クイック・シンクロン!

 3枚目ぇッ! ―――続けて、チューナーモンスター、ターボ・シンクロン!!

 4枚目ぇッ! ―――っ、ネオスペーシアン・グラン・モール。

 これで、最後ぉッ! ―――チューナーモンスター、ジャンク・シンクロン!!!

 その効果により、シューティング・スターは合計3回の攻撃権を獲得!

 行くぞォッ!!!」

『コノ瞬間、トラップ発動“サンダー・ブレイク”!

 手札ノ“キラー・スネーク”ヲコストトシ、効果ヲ発動! “エアー・ネオス”ヲ破壊スル!!』


「っ、だがシューティング・スターの効果はそれを凌駕する! 1ターンに一度、破壊効果を無効にし、破壊する!!」



起き上がる石板から、雷撃が迸る。

それはネオスペースの宇宙を行く翼を目掛けて放たれた破壊の雷。

だがしかし、それはシューティング・スター・ドラゴンの能力によって寄せ付けられる事なく消失する事なる。

エアー・ネオスの眼前に割り込んだ流星龍が翼を折り畳み、自身の盾のように前方へ翳す。

その盾の翼に衝突した雷撃が裂け、霧散していく。



だがこれで、インティを破壊した際に発生する破壊効果を防ぐ手立てが消えた。

小さく歯を軋らせて、だが迷う暇などない。



「エアー・ネオスで、メテオ・ブラック・ドラゴンを攻撃!」



飛行していたエアー・ネオスがその巨大な翼を広げた。

腹の宝玉から放たれる命のエネルギーが、翼に埋め込まれた同様の青い宝玉に集まり、光を纏う。

今のエアー・ネオスの能力はあらゆる最上級モンスターを凌駕して余りある。

それをぶつけられては、如何に溶岩竜とはいえ一撃で消滅し、その余波で魔神を瀕死まで追い詰める事となる。



身構え、その身体に灼熱を纏うメテオ・ブラック・ドラゴン。

悪魔の如き容貌が更なる狂気を帯び、その突撃力を遺憾なく発揮した一撃をエアー・ネオスに対して見舞う。

隕石そのもの。その一撃は遥か上空に聳える戦士までの間合いを一息に詰め、



「スカァアアアアイリップッ・ウイングゥウウウウッ!!!」



振り抜かれた二枚の翼が放つ風の刃に、両断された。

衝突や拮抗、一瞬の停滞すらありはせず、まるで素通りするかの如く魔竜を刻み、そのエネルギーは魔神へと向かう。

砕け散る溶岩石を頭上に眺め、舌打ちする魔神。



『チィッ……! 手札ノ、“アルカナフォースⅩⅠⅤフォーティーンTEMPERANCEテンバランスノ効果…

 コイツヲ墓地ヘ送ル事デ、戦闘ダメージヲ一度ダケ0ニスル事ガデキル』


「テンバランス……!? くっ…」



魔神の前にある石板が動き、奴の身体をその陰に隠す。

スカイリップ・ウイングの衝撃波が襲うのはその直後。8100ポイントに及ぶ超過ダメージ。

それを丸々受け止めた石板が砕け、崩れていく。

奴自身はその効果により無傷。

これで、クイラを破壊したとしてもライフを回復される。

そしてインティを破壊すればこちらのモンスターが破壊され、こちらのライフが削られる。

まして、奴の場にはまだThe SUNもいる。



シューティング・スターは俺の場の要。

勝負所から外された今、易々と攻撃を仕掛けて失う事はできない力。

だが、



「月影龍クイラを、シューティング・スターで攻撃!」

『“クイラ”ノ効果…攻撃対象トサレタ時、攻撃モンスターノ攻撃力ノ半分、ライフヲ回復スル……!』



シューティング・スターの攻撃力は3300。

よって回復するのは1650ポイント。これで奴のライフは、13750……!



突撃形態へと変形したシューティング・スター。

狙うのは、龍の首を中心である月に巻き付かせて防御の姿勢を取るクイラ。

流星龍の眼が一瞬眩く光り、相対する月影龍を目掛け、進撃する。

光速の一撃は視認さえも許さぬ電光石火。



回避する事もないクイラは、その一撃を正面から受け、爆炎と黒煙に包まれた。



『フン…! ダガ“月影龍クイラ”ガ破壊サレタ時、“太陽龍インティ”ガ特殊召喚サレル―――!』

「は、そいつはどうかな?」

『ヌ……!?』



黒煙が周囲に溶けていく。視界を塗り潰していた煙が晴れた時、見えたのは破壊されたクイラではない。

シューティング・スターの突撃の直撃を受けながらも、クイラの身体は崩壊していなかった。

クイラと交差し、その一撃を叩き込んだシューティング・スターは相手の背後へと突き抜けている。

どちらのモンスターも破壊されぬという戦闘の結果。



『“クイラ”ガ破壊サレテイナイ、ダト……?』

「速攻魔法、ハーフ・シャットの効果!

 このターン、クイラは攻撃力を半分にする代わりに、戦闘では破壊されない効果を得る!

 さぁ、シューティング・スターの残る2回の追撃だ! スターダスト・ミラージュッ!!!」



クイラの背後から、急上昇。

光の軌跡を描く飛行はやがて白と赤、二つの光で螺旋を描き始める。

螺旋を描く光が左右に分かれ、瞬間に消失した。



直後、背後からの衝撃に吹き飛ぶクイラ。

赤い光を纏っていたシューティング・スターの分身が、衝突と同時に消えさる。

振り向く暇もない。龍の悲鳴が微かに絞り出され、しかしそれを押し殺す第二撃が正面より。

直撃を防ぐ手段はない。再び吹き飛ばされたクイラが、大地に衝突、埋没する。

唸るような声は、余りの衝撃に悲鳴を上げる事すら出来ないからか。



「お前のライフは更に3300回復! 更に、二体の魔術師による追加攻撃!!」



大地に埋まるクイラはそれでも破壊されていない。

四頭の龍は、周囲の瓦礫を打ち抜きながら、ゆっくりと身体を持ち上げようと蠢く。

しかし、その頭上。二体の魔術師はその杖に、魔力の集束を完了している。



黒・魔・導ブラック・マジック!!」



黒き魔術師が杖を振り下ろす。

闇色の光は月を包み込み、龍を埋没させていた瓦礫ごと奴を更に追い詰める。

月の顔が苦悶の表情を取るように見えるのは、果たしてただの勘違いか。

紫黒の魔力波はクイラの能力によって、更なるライフを魔神に与える。



「これで更に、ブラック・マジシャンの攻撃力2500の半分、1250ポイントのライフが回復!

 そして、ブラック・マジシャン・ガールの攻撃―――黒・魔・導・爆・裂・波ブラック・バーニング!!」



師の魔力には及ばず。しかし、桜色の魔力の波動は確実に月影龍を捉える。

大地の欠片を薙ぎ払い、着弾した瞬間に魔力が爆裂し、光が散らばる。

その攻撃により更に1000。奴はライフを回復した。

よってそのライフポイントは先程までの数値すら遥かに凌駕する19300。



「この瞬間、トラップ発動! 活路への希望!!

 ライフを1000支払い、相手と自分のライフポイントの差2000ポイントにつき1枚、カードをドローする!

 コストを支払った俺のライフは2500。そしてお前は19300! その差は、16800ポイント!

 よって、8枚のカードをドロー!!」



そして、更に俺の場にはその差を力とする戦士がいる。



「俺とお前のライフの差が広がった事により、エアー・ネオスの攻撃力は19800までアップする!」

『ヌ、ゥ……!』



腹にある宝玉の輝きが一層増して、全身から滲み出るオーラの量が先程の倍するものとなる。

太陽の光など今やエアー・ネオスを灼くには役者不足。

大空、ネオスペースという宇宙の化身には、たかが太陽程度の光では届かない。



「バトルフェイズは終了。そして俺は手札から、魔法マジックカード、融合を発動!

 手札のE・HEROエレメンタルヒーロー バーストレディ、E・HEROエレメンタルヒーロー フェザーマン。

 二体のモンスターを融合する事で、E・HEROエレメンタルヒーロー フレイム・ウイングマンを融合召喚!!」



黄金の冠を被り、長い黒髪を揺らす赤い女戦士。そして、緑色の羽毛に包まれた、マスクを被った有翼の戦士。

二人の戦士が俺の目の前に現れ、並び立つ。

その中心に空間の歪みが発生し、その二体のモンスターを呑み込んでいく。

次元の歪みに巻き込まれたモンスターは、その身を融合させて、新たなる身体を形作る。



空間を焼き切る炎と共に出現したのは、赤い竜頭。

赤い鬣の中に混じる黒い鬣は、その竜を構成する一部となった女戦士の名残であろう。

腕の竜から続くのは腰より生やした竜尾。

左肩からはもう片割れの有翼戦士の翼が引き継がれ、頭部を覆う黒いマスクのような顔で敵を睨み据える。



「そして、融合回収フュージョン・リカバリーを発動!

 墓地の融合と、フェザーマンを手札に加え、再び融合を発動!

 ドラゴン族シンクロモンスター、シューティング・スター・ドラゴン、戦士族モンスター、E・HEROエレメンタルヒーロー フレイム・ウイングマン!

 二体のモンスターを融合!!」



二体の羽搏く翼が起こす風が、有翼戦士と流星龍を包み込んでいく。

渦巻く風に乗り、火の粉と星屑の残照が散華する。

赤と銀の光の雨に照らされ、蒼き鎧の竜騎士が降臨した。



細身の身体を鎧で覆い、縦に並ぶ五本角の兜の中で橙色の眼光が煌めく。

大きく広げた二枚の翼を羽搏かせ、右手に持つ槍を構える。



「波動竜騎士 ドラゴエクィテス!!

 この融合騎士、ドラゴエクィテスの効果が、お前のループコンボを断ち切る!!」



槍を振り上げ、投擲の体勢。

バトルフェイズは終了しているが、その槍の狙いはフィールドのモンスターではない。

地面に埋まっているクイラが、漸く這い出してきた瞬間、それは放たれた。

風を穿ちながら突き進むそれは、クイラを狙って放たれたように見えて、しかし。



貫くのはクイラの直下。陥没した大地。

そこへと突き刺さった槍は、周囲の瓦礫を消し飛ばして、そこで眠っていた一枚の石板を狙ったものである。

打ち砕かれる石板を見て、魔神が言葉を詰まらせた。



『ヌ…! “インティ”ガ、消サレル、ダト……!?』

「ドラゴエクィテスは墓地のドラゴン族シンクロモンスターを除外し、除外したモンスターの名と効果を得る…!

 その除外するカードを選択する墓地の範囲は、デュエルに参加しているプレイヤー全ての墓地!!

 お前の墓地のインティは除外した! これでクイラとインティの輪廻転生は打ち砕かれた!!」

『グッ…、ヌゥ…! 人間風情ガァアアアアア……!!』



憎悪の光が奴の瞳をより一層赤く染める。

戦慄く顎を抑え込むため、ギリギリと食い縛った歯を更に強く。



「カードを3枚セット。エンドフェイズ、手札が7枚のため、6枚になるよう1枚を墓地へ送る。

 手札のネクロ・ガードナーを墓地へと送る。ターンエンド」

『ワタシノターン! 貴様ノターンニ使用シタ“サンダー・ブレイク”…!

 ソノコストトシテ墓地ヘ送ッタ、“キラー・スネーク”ハスタンバイフェイズニ手札ヘ戻ル……!!』




天より舞い落ちる石板が1枚。そして、地面から競り出てくるものが1枚。

キラー・スネークは自身のスタンバイフェイズに墓地に存在する場合、手札に加える事が出来る。

手札1枚をコストに蘇生するThe SUNとの相性は最高であろう。



『更ニ永続トラップ“リミット・リバース”ヲ発動シ、“魔法石ノ採掘”デ墓地ヘ送ッタ“ジャイアント・ウィルス”ヲ召喚…!』

「……?」



生還の宝札の効果で、ジャイアント・ウィルスを墓地から特殊召喚した瞬間、あいつにはドロー権が与えられる。

だが、地面の奥底から染み出すように現れた紫色の球体が現れても、奴の手札は追加されない。

……攻撃力1000のモンスターを特殊召喚。

奴の場には、太陽と対になっていた月影龍。そして漆黒の太陽、The SUN。



「っ、太…陽…?」

『“ジャイアント・ウィルス”ノ召喚ニ呼応シ、速攻魔法“地獄ノ暴走召喚”ヲ始動……!!

 “ジャイアント・ウィルス”ヲ更ニ二体、特殊召喚スル…!!』




ジャイアント・ウィルスの身体が分裂する。

ウィルスというだけあって、増殖もお手の物ということか。

これで奴の場には、一瞬で三体。クイラ、The SUNを合わせてモンスターゾーンを埋め尽くす五体。

だが、戦闘の場で役立つのはクイラとThe SUNのみだろう。

クイラにしても、半身たるインティを排除した今となっては、脅威ではない。



そう、こちらの脅威とならないモンスターが四体、並んでいる。

そして奴が今まで扱ってきたモンスターを考えた時、次に来るモンスターの姿がおぼろげにだが、見えてくる―――



「――――ッ、ト、トラップ発動!

 リビングデッドの呼声、そして和睦の使者! 更に速攻魔法、クリボーを呼ぶ笛!

 その効果でシューティング・スターを墓地より特殊召喚、デッキからクリボーを手札に加え、このターン全てのダメージを0にする!!」



デッキの中から1枚のカードが押し出され、墓地から1枚のカードがせりだし、俺の周囲を光が囲った。

クリボーのカードを手札に加えると、墓地のシューティング・スター・ドラゴンをフィールドへ。

ドラゴエクィテスの融合に使用された龍は、再び俺のフィールドに舞い戻ると、翼を大きく広げて嘶いた。



『ソノ様子デハ察シタカ……構ワンゾ、モウナイノカ……?

 ククク…ナイノデアレバ、ワタシノターンヲ続行サセテモラオウカ……!』


「くっ……!」

『三ツノ供物ノ魂ヲ天ヘト捧ゲ、新タナル太陽ヲコノ地ニ降臨セシメン―――!!』



ごぽごぽとウィルスが泡立つ。

蒸発していくのは、自らの魂を供物として開いた天界への路から降り注ぐ極光の雨に耐えられぬからか。

三つの魂は神を呼ぶ礎として捧げられ、そして、神が降臨する。



「―――――ハ、」



太陽。その名を冠するモンスターを見て来た。しかし、別格。

なるほど、これこそ正しく、正しく、――――太陽神。

思い描いていたモノとは違う、相手のモンスターに疑問を挟んでいられるほど、思考回路は余っていやしない。



黄金の太陽がゆっくりと天から降りてくる光景は、正に神の降誕。

ネオスペースの無限に広がる宇宙空間ですら、その存在に圧倒されて歪んで見える。

ゆっくり、ゆっくりと、じわじわと勿体ぶるように降りて来た太陽神は、しかしそのままでは起動しない。



『ククク…“ラーノ翼神竜”ノ召喚時、別ノ効果ガ割リ込ム事ハ不可能…

 ソシテ、ワタシハ“太陽神”ガ持チ得ル、最強ノ効果ノ一端ヲ発動サセテモラウトシヨウ……!!

 我ガ命脈ヲ喰ラワセル事ニヨリ、“ラーノ翼神竜”ノ攻撃力トスル―――!

 捧ゲラレルノハ、残リライフ-100ポイント。ヨッテ、ワタシノライフハ100……ソシテ!』




起動する。

待機スフィア形態から、敵陣全てを焼滅させる戦闘バトル形態へ。

球体はまるでパズルのように複雑に折り畳まれたそれぞれのパーツ。

腕部が伸び、脚部が展開し、胴体を起こし、頭部の瞳が力を宿す。黄金の翼が広がり、その姿を現す。

額には青い宝珠が煌めき、背後に背負う天輪の中に炎が盛る黄金の隼は、その巨大な四肢と翼を揺らし、産声を発した。

全てのモンスターを凌駕する究極の神。

万象を焼き尽くす太陽の炎には、同じく三幻神と称される天空の神オシリス大地の神オベリスクすら及ばない。



その攻撃力――――19200。

同時に、相手のライフが俺のライフを下回った事で、エアー・ネオスの力は失われる。

腹の宝玉は光を失くし、ネオスは通常通りの能力しか発揮できない戦士と化してしまう。



「だが、このターンは和睦の使者の効果がある……! 攻撃は通らない!」



そして攻撃無効効果を持つシューティング・スター。攻撃を一度だけキャンセルするネクロ・ガードナー。

ダメージを0にするクリボー。俺のフィールドの状況は、強力な神だろうと、易々とは破れない―――

だがそれが、複数体による侵略であったとすれば…



『マジック・“生者ノ書-禁断ノ呪術-”ヲ発動!

 墓地ヨリアンデット族モンスターヲ特殊召喚シ、相手ノ墓地ノモンスターヲ一体、除外スル……』


「あ…な、ま、さか……!」

『“魔法石ノ採掘”ニヨリ、“ジャイアント・ウィルス”ト共ニ墓地ヘ埋葬シタ、“ダブルコストン”ヲ特殊召喚!

 ソシテキサマノ墓地ノ、“ネクロ・ガードナー”ヲ除外!』




俺の墓地から、先程送ったネクロ・ガードナーが現れる。

本来、相手の攻撃を防ぐためにそうする筈だったそれを、役目を果たす前にゲームから取り除く。

そして奴の足許からは、黒い粘土のような繋がった二つの顔が現れた。

ぐにゃりぐにゃりと形を変えながら、それは宙で揺れている。

それは、闇属性のモンスターを呼び出すために、二体のリリース要員として扱える魔物。



『“生還ノ宝札”ノ効果ニヨリ、手札ヲ1枚追加――――

 ククク…ソシテ、マジック・“二重召喚デュアルサモンヲ使用……!』


「二回目の、通常召喚……!」

『フン、既ニ役立タズトナッタ“月影龍クイラ”ハモウ必要ナイ……

 “月影龍クイラ”及ビ“ダブルコストン”ノ二体、合計三体分ノ供物ヲ捧ゲ、呼ビ出スノハキサマガ想像シタ通リ―――!!』




青い月に照らされた不死者。

天上から降り注ぐ月の光に濡れていた不死者はボロボロに崩れ、やがて自ら光を帯びた月も崩れていく。

二体、三体分の魂を天へと。ドクン、と鼓動が世界を揺らした。



それはまるで、太陽神の生来の再現。

降り注ぐ威光も、ゆっくりと降りてくる球体も、俺が感じる戦慄も。

全て先程の再現。

ただ違うのは、降臨する球体の色。黄金とは真逆。漆黒の球体。

同じ漆黒の太陽でありながら、The SUNのそれすら上塗りする波動。



『“邪神アバター”――――!!!

 ソノ姿ハ最モ強キ者ヲ写シ出ス……当然、“アバター”ガ写シ出スノハ―――“太陽神ラー”!!!』




漆黒の太陽が渦を巻き、フィールドにおいて最も強きモンスターを写し身となる。

その能力は写したモンスターの攻撃力に100ポイントを加えた数値。

あらゆるモンスターを寄せ付けぬ、最強の戦闘耐性を持ち得ているその身。

それは太陽神ラーに唯一比肩し得る、最上級の邪神。



漆黒の太陽はその色のまま、黄金の太陽神と同じ姿形となった。

攻撃力は19200のラーを写し、かつ100ポイントを加え、19300。

フィールドに並ぶ、二体の太陽神。

それは戦場において全てを照らし、敵対する全てに絶望という名の影を落とす。



その上、邪神アバターには更なる効果がある。



『“アバター”ノ召喚ニ成功シタ時、相手ハ相手ターンデ数エテ2ターン、マジック・トラップヲ使用デキナクナル―――

 ククク……先ニ発動シテオイテ助カッタヨウダナァ……?』


「……っ、このターン、和睦の使者の効果で、俺とモンスターへの戦闘ダメージは0!

 バトルは行えない―――」

『フハハハハハハハハハハハハァッ―――――!!!

 ソレハ、ドウカナァッ! “太陽神ラー”ノ攻撃―――!!』


「なっ……!」



太陽神が背負う天輪に炎を集めていく。

その膨大なエネルギーは、ネオスペースの空をも焦がし、奴の場にいるThe SUNすら怯えさせる。

僅かにこちらへ流れてくる熱波ですら肌が焼かれている。目など開けていられず、思わず瞼を閉じた。



瞬間、



『ゴッド・ブレイズ・キャノン―――――!!!!』



世界が震撼し、俺は自身が吹き飛ばされるのを自覚した。











「――――っ、あ……、」



ゆらゆらと浮遊感。意識が飛んでいたのは何秒か、あるいは何分間か。

倒れているわけではない。まして、立っているわけでもない。

浮遊感を感じている通りに、浮いている。

焼けた瞼を何とかこじ開け、周囲を見回す。

ネオスペースの宇宙空間に漂っている、のだろう。

極彩色の空に瞬く星の光は、先程まで見ていた光景に違いない。

身体が、動かない。何とか腕を動かす程度で精一杯だった。

にも関わらず、手札は放していない。よくやった、と自分を褒めてやりたいところだ。



『ホウ…? 生キテイルカ―――所詮、神トハイエ紛イ物……カ。

 カードノ魔神タルワタシノシモベトスルニハ、些カ力不足ダッタヨウダナ……』


「ッ―――!!」



驚こうにも声が出ない。ただ息を詰まらせ、太陽神の背に乗って現れた魔神の姿を見つめる。

その太陽神と俺の間に割り込む、流星龍、魔術師の師弟、竜騎士、そして風の戦士。

俺のライフは変わらず。矢張り、奴の攻撃は通っていない。



「…一体、な、にが……」

『ククク……ナニ、タダノ遊ビダ……

 神ノ攻撃ハ通ラズトモ、ソノ余波ノミデ人間一人ノ魂ヲ砕ク程度ノ威力ハアル…ト思ッテイタガ。

 キサマノ持ッテイタノハレプリカ。矢張リ直接当テネバ効果ハ薄イヨウダ……

 覚エテイナイ、トイウナラバモウ一度クレテヤロウ。今度ハ、死ヌカモシレンガナ……!!』




太陽神の写し身、邪神アバターが、先程の太陽神と同じく、背後の天輪に炎を集める。

その炎は自身の身体と同じく漆黒のそれ。

同じく、その炎の集束が起こす熱気の奔流も先程の再現。

余波のみで身体を焼いた炎に、身体が竦む。

だが、これを受けたらライフが変わらずとも死を迎える、という恐怖が身体を動かした。



「シュ、シューティング・スターの、効、果……こいつを、除外して、攻撃を、無効に、す、る……!」



流星龍が翼を広げ、四肢を格納する。

破壊力では神には及ぶべくないが、その速度は神に匹敵、いや凌駕する。

その身体は五つの光に分裂し、五つの方向からアバターへと向かう。

漆黒の太陽神の頭部が揺れる。脅威とはならずとも、羽虫の如く飛び交う龍に怒りを誘われたのだろう。

分身の一つが、その右翼を打つ。と、同時に砕け散った。

二つ目の分身は脚を打ち、砕ける。三つ目は左翼を。そして四つ目が腹へと突撃を仕掛けて砕けた。

最後、五つ目である本体が迫るのは自身の頭上から。

即座に反応する太陽神は、その黒い炎を天輪から口腔に移しながら解放した。

瞬間に消失するシューティング・スターの姿。



炎、などというレベルではない。

黒い極光。真正面から見て、十数メートルの太さを持った光の柱がその口から立ち上った。

襲いかかる余波に焼かれ、吹き飛ばされ、俺は再び混濁する意識を必死に繋ぎとめ、荒い呼吸を繰り返す。

あれと同等の力に当てられ、生き延びていた。それだけで渇いた笑いが頬を引くつかせる。



『ドウヤラ神ノ攻撃ガ気ニイッタヨウダナ……ナラバ、キサマハ神ノ裁キデ葬ッテヤロウデハナイカ……

 モウコイツハ攻撃サセルマイ……“The SUN”ヲ守備表示ニ変更シ、ターンエンドダ』


「エ、エンド、フェイズ……シューティング・スターは、帰還する……!」



奴のライフは、僅かに100ポイント。

攻撃力3000のThe SUNを放置する事は、攻撃力3300のシューティング・スターがいる今、自殺行為。

当然の話だろう。神の攻略は、今の俺には……不可能。

ましてアバターの効果により、次の自分のターンの終了まで、魔法マジックトラップは使えない。

頼みの綱、ネクロ・ガードナーは除外されている。

次のターン、確実に一撃は受けねばならない……!



「う、く……あ、に、2枚のカードをセット。全ての、モンスターを、守備表示に変更……ターンエンド…」

『フン、攻撃シテコナイノカ? ワタシノライフハ僅カ100。

 少シ頑張レバ削リ切レルヤモ知レナイゾ? ―――――ク、ククク……!! マァイイ、ワタシノターン』




奴の手札には無限に回収できるキラー・スネーク。

そしてThe SUNと生還の宝札。このコンボにより、破壊したところで奴の手札を増やすだけに終わる。

それを理解した上で、怯え、竦む俺の姿を愉しんでいるのだろう。



『今度ハ“邪太陽神アバター”ノ攻撃ダ!

 ダークネス・ゴッド・ブレイズ・キャノン―――――!!!』




あの、黒い極光。天輪に集まる炎を見た瞬間、理性を振り切って本能で叫んでいた。



「シュ、ティング・スターの、効果ぁっ!」



再び流星龍が躍り出る。

先程の回避を理解していてもなお、邪神にとってその龍は眼触りこの上ないのだろう。

舞い上がったシューティング・スターから視線を外さず、俺から離れた位置で停止した一瞬。

その口から最早ビームとでも称するべき極太の黒炎が放たれた。

しかし、如何に光速で迫る攻撃であろうと、流星は光速を超えて躱す。

光の粒子と化した流星龍を呑み込む事はなく、極光は無限に広がる宇宙の果てへと消えた。



「はぁ、はぁ……はぁッ―――!」

『サァ、次ヲ回避スル手段ハアルノカ―――!?

 太陽神ラーノ攻撃! マズハ、ワタシニ刃向カッタソノカトンボカラダ―――!!

 ゴッド・ブレイズ・キャノン―――――!!!』




狙われているのは、エアー・ネオス。

その効果によって奴を追い詰めた戦士を、奴は初めに狙ってきた。

もう俺には攻撃を無効にするためのカードはない。くず鉄のかかしは、発動できないのだ。



天輪に輝くのは烈火の炎。

黄金の身体を照らす炎は、邪神の禍々しさとは対照的にその神聖さを際立たせる。

天輪の炎が口腔に集い、やがてその砲口がエアー・ネオスに向けられた。

眩いばかりのフラッシュと同時に一瞬遅れて爆音。

その真紅の奔流は放たれた。超広範囲を包み込む炎の氾濫から、一体どうやって逃げればいいと言うのか。



エアー・ネオスが即座に前方へ飛び出し、その両腕を前に翳す。

まるで、俺までは届かせないと言うかのように。



「ぅっ……、くぅッ……!」



二体の魔術師が。竜騎士が俺をかばうように前に立ちはだかった。

熱波を堰き止める魔力の壁と、竜騎士の巨大な身体。

その状態で10秒あったか。やがて、炎の奔流は力を失い、消えていく。

三体のモンスターはいる。が、エアー・ネオスの姿はどこにもない。



「……ッ、!」

『マズハ一匹。眼触リナ蝿ガ消エタ……ターンエンド』



エンドフェイズに、シューティング・スター・ドラゴンが帰還する。

しかし神を相手にしていれば、このままでは一体ずつ、やがて全滅する。

だが、このターンでもまだ俺は手を打てない。



「カードをドローし、ターン、エンド……!」

『“アバター”降臨カラ2ターン。キサマノマジック・トラップ制限モココマデ……

 ソノリバースカードニ神ヲ打倒スルカードガアルカナ……? ワタシノターン』




ない。だが、シューティング・スターの効果と、くず鉄のかかしがある限り、神とは言え二体ならば。

その攻撃を凌ぎ続ける事ができる。



『フン……時間稼ギカ……ソンナツマラン手ハ見テイテ飽キ飽キシテイタトコロダ……

 次ハ、ソノ流星ヲコノ宇宙ノ藻屑ニ変エテヤロウ……

 マジック・“死者ヘノ手向ケ”ヲ“キラー・スネーク”ヲコストニ発動!

 “シューティング・スター・ドラゴン”ヲ破壊シテクレル!!』




奴の目前に現れた石板から、包帯が幾条も放たれ、流星龍を目掛けて奔る。

それは、キラー・スネークによって機能する、実質ノーコストのモンスター破壊魔法。

だがしかし、破壊する効果であれば、それは―――!



「シューティング、スター…! 破壊効果を無効にし、破壊、する……!!!」



シューティング・スターに絡みつく包帯の数々。

結果と仮定の逆転。死者へ送る手向けではなく、手札1枚という手向けを送られたモンスターは、冥府へと引きずり込まれる。

冥府へと引きずり込もうとする死者の意思が、強烈な引力を持って流星を取り込もうとする。

が、その程度。流星には通じない。

二つの瞳がライトイエローの閃光を放ち、絡みつく包帯全てを引き千切る。



あらゆる破壊効果を無効化する絶対破壊防御能力。

しかし、その力は……



『ソノ効果ハ、1ターンに一度キリ―――二枚目以降ノ破壊効果ハ防ゲン!!!』

「……くっ!?」

『トラップ発動“デストラクト・ポーション・・・・・・・・・・・・

「………え?」



それは、シューティング・スターを破壊するための効果ではなかった。

自分のモンスター一体を破壊し、その攻撃力分のライフを回復するトラップ

デストラクト・ポーションによって回復するのは、フィールドにおいてそのモンスターの誇る攻撃力。



バキン、と邪神の身体が罅割れた。

神すらも、自らの命として取り込む不遜を犯す魔神の双眸がより大きな深紅の光を湛えた。

崩れていく邪悪なる太陽神の攻撃力は19300。その力を全て、一切合財、自らの魂で捕食する。

そして、ライフが1000を超えた瞬間、太陽神はその究極の力を解放する権利を得た。



『“太陽神ラー”ノ効果――――ライフヲ4000ポイント支払イ、発動』



それこそが太陽神ラーの真の姿。

自らを従える王が捧げる命の一滴を糧に、敵のモンスターたちを――――

そして、敵対するデュエリストの魂をも一瞬にして焼き払う、炎の鎧を纏った飛翔。

力を写し取る邪神ですら写し取れぬ、太陽神が持つ絶対能力。



―――――不死鳥ゴッド・フェニックス



全身を包む炎の衣は、最早恐怖を通り越して、戦慄すらする暇なく、凄絶なまでの存在感にただ見入る。

嘶きは敵に対する最期を告げるもの。

飛翔した太陽神は、ただ炎の翼を羽搏かせ、俺のフィールドに舞い降りる。


瞬間、世界が赤く染まった。



「ア゛ッあ゛ぁああああああ、ッあ゛ああああああああああああああァァッ!!?」



痛み、苦しみ、それらは全て肉体を超えて魂まで侵食する。

ライフ1000につき、一体。4000のライフを支払って放たれた不死鳥は、俺のフィールドを全て侵す。

シューティング・スター・ドラゴンがその翼を焼かれ、落ちる。

白く輝く肉体は一瞬のうちに赤く、黒く、そして灰すらも残さずに完全な消滅を迎えた。

ブラック・マジシャンは背後の弟子を庇いながら、杖を構える。

しかし抵抗などする手段はあり得ぬ。そう言わんばかりの焦熱地獄の前に、全魔力を持ってしても抵抗は意味を為さない。

ブラック・マジシャン・ガールとて守られるばかりではない。

師の杖に自身の杖を合わせ、最後の。いや、最期の抵抗を試みて、しかし敵わずに師弟纏めて炎に巻かれた。

ドラゴエクィテスはその槍を投擲し、俺の目の前にそれを放り出した。

俺の事を案じ、炎の氾濫に対する防壁とするための槍。自身の武器を失った彼は抵抗すら出来ず、炎に押し流された。







その地獄が如何程に続いたのか。

咽喉が潰れそうなほどに、悲鳴を上げていたように思えた。

いつの間にか終わっていた、その不死鳥の侵略。

自身の役目を果たした太陽神ラーは魔神に許へと帰還し、全身を包む炎を霧散させた。



『マダ生キテイルカ……ム』



バキリと。ドラゴエクィテスの遺した槍が、最期の声を上げて消え去った。

あるいは、これが無ければ既に終わっていたのかもしれない。

いや、どちらにせよもう、動けない。ここで、終わりだ。



彷徨うように流されていく宇宙の中で、眼を閉じる。

走馬灯、というものはどうやら見れないらしい。

少し、名残惜しい。見てみたかった、かもしれない。



ごつんと、背中を何かに打ち付けて宇宙遊泳が止まる。

首を動かす力もないから、何にぶつかったのかは知らない。

ただ、少し懐かしい感触なような気がする。



『フン……! “The SUN”ヲ攻撃表示ヘト変更!!

 “太陽神ラー”ニヨル裁キヲ受ケヨ……ゴッド・ブレイズ・キャノン―――!!!』




最後の一撃。俺の場には、3枚の伏せリバース

くず鉄のかかし。そしてもう一枚、攻撃の無力化も伏せてある。

アバターの効果が消えた今ならば、これで攻撃を防ぐ事が出来る。

が、もうそれを起動するにも、腕が動かない。脚も、首も、眼も、だからこれで、終わりなのだろう。



轟々と唸りを上げる炎の音に混じって、何か別の音がした。

しゅっという何かが風を切る音、そしてカチリと何かがはまる音。

その直後に、迫ってくる熱気。最期の一撃が放たれたのだ。

身体を焼くそれにも、悲鳴一つ上がらない。

だが、それでも。



まだ、終わるなと。



『カウンタートラップ発動、“攻撃の無力化”

 攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させます』



ディスクにセットされたカードが勝手に発動する。

聞こえて来た声に反応し、限界の力を振り絞り、眼を微かに開いた。

眼前の光景は、巨大な光芒がブラックホールの如く宇宙空間に空いた虚空に吸い込まれていく様。

そして、先程の音も、声も。



『チィッ―――1枚セットシ、ターンエンド』

『マスターのターンです。ドローを』

「え、っ……ク、ス」

『はい。私は無重力空間におけるライディングデュエルも想定されています。

 デュエルを行うには問題ありません』



何でだよ、とツッコミを入れたかったが。

もう咽喉から声を絞り出す気力はなかった。

見れば、ディスクにDホイールから伸びた端子が刺さっており、それで勝手に動かしたのだろう。

だがどれだけ存命しても、もう無駄だ。俺はもう、戦えない。

X自身、Dホイールのボディにも幾つか亀裂が奔り、一部は溶解しかけている。

専門的な事は何一つ分からなくとも、まともな状態でないのは分かる。



「は、―――な、んで……そ、こ、ま…で―――」

『言った筈ですが。私は貴方と一緒がいいのです。一緒でなくては嫌なのです』



だから、勝てと。そう無言で圧力をかけてくる。

漂っていた俺の身体を巧みな動きでDホイールに搭乗させたXは、その車体を魔神と対峙させた。

だが、もう動かない。動けない。休ませろと。

そうこめて、俺はXの声がするディスプレイに倒れ込んだ。



『絶対に、やですから』



ぽん、と。何かの音がする。

ディスプレイに映ったものは、近すぎて目で見る事は出来なかったけれど。

その声が、耳を叩いた。











「遊星! 帰ってたんだ」

「ああ」



元々地下鉄が通っていた場所。

ゼロ・リバースによってその機能を停止させ、恐らくこれからも復旧することはない。

そんな場所がオレたちのねぐらであり、このDホイールのガレージだった。

その家に、一人の少年が駆け込んでくる。



赤みがかった癖のある髪を伸ばし、黄色い帽子を被った少年。

オレとジャックが、クロウ、そして鬼柳と分かれてから出会い、共同で生活を営んでいた仲間の一人。



「どうしたんだ、ラリー」

「どうしたもこうしたもないよ! 勝手にDホイールに乗って出てっちゃって…心配したんだよ?」

「それは、すまない。少し、考える事があってな」



先程、大型のDホイールに乗っていた男とのデュエル。

その内容を確認するために映していた、Dホイールに保存されたリプレイ映像を停止させ、動画ファイルを閉じる。

スターダスト・ドラゴンは、恐らくラリーたちには見せない方がいいだろう。

オレ自身、何故奴がスターダストを所有していたかは、分からないのだから。



「それって、ジャックの事…?」

「ああ」

「……やっぱり遊星も、ジャックの事を恨んでる?

 遊星が作ったDホイールと、あのカードを盗んで、シティに行っちゃったジャックの事」



恨んでいるか。と聞かれれば、それは…



「いや。奴も―――自分の可能性を試したかっただけだろう。

 シティという場所でキングという高みに立つ事で、見えるもの。それがジャックが求めていたのであれば、それでいい。

 Dホイールも、そのために必要だったと言うならば。あいつがデュエルで勝ち取った結果だ」

「うん……」

「だが、オレもこのままで終わらない」

「それって―――遊星もシティに行くって事?」



一瞬、戸惑わなかったわけではない。

だがそれを呑み込んで、ラリーと正面から視線を合わせる。



「ああ」

「そっか……そうだよね。遊星だってジャックみたく、みんなの星になれるんだ!

 俺、応援するよ! 遊星の事、シティに行ってもずっとずっと!」

「ああ、そのためにはまず……」



外へと視線を向ける。そこには、今回のデュエルで大分ダメージが残っている。

まずはこいつを、完成させる必要があるだろう。

そのためには、まだまだ調整に時間がかかる。だが、遠くない未来、いつか必ず……



「シティでキングになったジャックのDホイールに負けないように、

 遊星のDホイールもめいっぱい改造して負けないようにしなきゃね! 俺、ちょっと外でパーツ探してくるよ!!」

「え、ああ…」



ラリーは来た道を逆に駆けていく。

彼の顔に付けられた黄色いマークは、マーカーという前科の証として機能している。

それは言うまでもなく、ラリーが過去に犯罪。彼の場合、窃盗を行っている事を指していた。

だが、だからと言って彼を責める気はない。

責められるべきは―――窃盗をせねば生きていけない世界。

彼のような親と一緒に生活しているべき少年を、親と離別させ、サテライトという監獄に閉じ込める原因となった事件。

ゼロ・リバースという名の惨劇を引き起こした男の息子。



「オレ、か……」



眼を閉じて、歯を食い縛る。

ジャックも、クロウも、そして鬼柳も。

あのマーサの家で暮らしていた日々も、チーム・サティスファクションで戦った日々も、そして今も。

全てはオレの親が原因で、元凶。

オレにとって笑い、悩み、苦しみ、しかし仲間たちとの楽しかった日々。

それは多くの人々の命を奪ったゼロ・リバースの発生から始まった日々。



「オレはどうすればいい、ジャック……!」



そしてまた、仲間であり親友であった鬼柳はいなくなった。



「オレに出来る事はただ、お前に全力をぶつける事だけだ……オレの絆を」



デッキホルダーに収納されたデッキを取り出す。

ヘルメットに包まれた顔は見えなかったが、相手の力は伝わってきた。

デュエルの中で見つけ、繋いだ絆が一つ。

そうやって繋ぎ、築き上げていくもの。

遊星粒子が粒子同士を紡ぎあげていくように。

オレはデュエルで、絆を紡ぎあげていく。



「そして、取り戻す。―――見えなくなってしまった、お前との絆も」



そうしてふと、再び動画ファイルを開き、先程のデュエルを見直す。

スターダスト・ドラゴン。俺たちの絆と、夢の結晶。

破壊を包む星、スターダスト。そしてそれを使う、Dホイーラー。



「頑張れ、か。フ―――」



奴の目的が何だったのかは分からない。

だが、それでも、オレは奴に返すべきだったのかもしれない。



「お前こそ、頑張れ。とでもな」











「全く、世話の焼ける人ね…」



むっすーとした顔で翔くんに背中を押されて歩いてくる十代。

夜間に校舎へ不法侵入及びデュエル施設の無断使用。

もし見つかれば退学、というような状況だったにも関わらず、彼はまだ万丈目くんとのデュエルが名残惜しいようだ。

相変わらず拗ねた表情のまま、彼は不満そうにこぼす。



「ちぇー、余計な事を…」

「ありがとう、明日香さん」



翔くんの方も、十代の頑固さ。

そしてデュエル馬鹿ぶりには、少々呆れ気味に見える。

くすり、とその姿を微笑んで眺めてから、一つ意地悪な質問をする。



「どう? オベリスクブルーの洗礼を受けた感想は」



訊かれた十代は拗ねるどころか、軽くふんぞり返って堂々と言い放つ。



「まぁまぁかな、もう少しやるかと思ってたけどね」

「そうかしら? 邪魔が入っていなかったら、アンティルールで大事なカードを失うところじゃなかったの?」



彼にはどうやら少し反省が足りないらしいので、少し追い詰めてみる。

かわいそうだとは思うが、このまま調子に乗っているといつか痛い目を見る。

デュエルアカデミアというのは、そういう場所なのだ。



「いやぁ? あのデュエル、どう転んだなんて分からないぜ」

「――――ぁ」



そう言って彼が見せたのは、“強欲な壺”

どうやら本当に彼のドロー力は天性の力らしい。

彼のデッキに目を向ける。2枚のドローカードを許される強欲な壺。

しかし、それで呼び込んだカードがあの状況で活きるのか。



「おぉっ? 気になるのか。言っただろ、オレの引きは奇跡を呼ぶって」



デッキの上から1枚。彼はカードを引く。

そのカードを見て、私は溜め息を吐いた。E・HEROエレメンタルヒーロー ネクロダークマン。

彼の場には生贄となるモンスターはいなかったし、まして地獄将軍ヘルジェネラル・メフィストの攻撃力は1800。

攻撃力1600のネクロダークマンでは倒せない。



「で、2枚目だ」

「――――!?」



“天使の施し”

カードを3枚引き、2枚を墓地に送る魔法マジックカード。

これでネクロダークマンを墓地に送れば、最上級のHEROを生贄無しで召喚できる。

しかし彼の手札の残りはハネクリボーのみ。続く3枚は――――

食い入るように、十代の手の中にある続くカードを見る。



E・HEROエレメンタルヒーロー エッジマン”

“フレンドッグ”

“ヒーローアライブ”



「これは……!」



墓地にネクロダークマンとフレンドッグを送る。

そしてヒーローアライブの効果でデッキからレベル4以下のE・HEROエレメンタルヒーローを特殊召喚。

更にエッジマンを通常召喚。そうすればメフィスト以外のモンスターがおらず、ライフも1500しかなかった万丈目くんは…

万丈目くんの手札に対応できるカードはなかった、とは言い切れない。

だが、これは。



「オレの勝ち、だろ?」

「………そう、ね」

「オベリスクブルーのエリートっていうからもっと強いのを想像してたけどな。

 あいつよりも、きっとエックスの方が強いぜ。あいつとカードの間にある信頼は、すっげー強いからな」

「…エックス?」

「えっと、オシリスレッドの生徒で、バイクとヘルメットが特徴的なよくわからない人」



翔くんの説明で出て来た、ヘルメットで思い当たる人間が一人。

彼か、と。そう言えば彼は十代とデュエルしたと言っていた。

だが……



「彼は、確かあなたに完敗した。そう言っていたけど」

「とんでもないね、限界ギリギリのデュエルだったさ。あいつは絶対まだまだ強くなる気がするぜ。

 オレももっと強くならなきゃ危ないし……どうだい、アンタ。オレとデュエルしないか?」



ギラギラとライバルを見据える瞳でこちらを見る十代。

全く……大体、こんな時間にデュエルするのが見咎められるからここに居るというのに。

そのデュエルの申込、僅かに勿体ない気もするが……



「夜も遅いし、今日は遠慮しておくわ。また、機会があったらね」

「ああ、楽しみにしてるぜ」

「そう言えば、エックスくんは寮にいなかったっすね。ここに来る前に誘おうとした時」



彼もか……校則を遵守しろとは言わないが、入学式当日からこう破りまくられるとその存在意義を疑う。

しかし、十代はそんな事、理由は分かっていると言わんばかりに大きく肯いた。



「ああ、あいつもきっとデュエルだぜ! 何だか知らないけど、そんな感じがする」

「はぁ……大丈夫かしら」



十代の頭が。



「決まってるだろ、あいつは勝つさ。おおー! エックス、勝てよぉー!」



そうじゃないというのに、彼は思い切り夜の空を目掛けて雄叫びを上げる。

そんな事をすれば、当然ガードマンの眼に付きかねない。

いや、こんなに声を張り上げれば気付かれているかもしれない。

はぁ、と溜め息を一つ。

バレる前に退避する事を始めるのであった。











『相棒……』

「ご、ごめんよ。でも、君とデュエルしたがってる子たちとボクがデュエルしたら悪いでしょ?」



子供たちのおもり、っていうと失礼かもしれないが……

とにかく、あの大会。ヘルメットの人とのデュエルが終わった後、もう一人のボクは子供たちの相手に忙殺された。

流石に城之内くんもあそこに割り込む事は出来ず、二人のデュエルは流れてしまったが。

ところで……



「ねぇ、もう一人のボク」

『どうした?』



彼とのデュエルの後、「また戦って欲しい」という彼に、もう一人のボクは肯定で返した。

でも、その前に一度。この家の事を見た。それは恐らく、飾られた三幻神を見たものであったのだろう。

恐らくは、もう一人のボクは、記憶が戻った後の事を考えていたのだ。



「彼との再戦の約束は、キミが、キミ自身が果たすつもり……なんだよね」

『―――――』



答えは、イエスでもノーでもなかった。

それはまるで、その約束を果たす前に自分が消える事を悟っているかのように―――



『もしも、オレが果たせなかった時は……頼むぜ、相棒』

「―――そんな、そんなのは…!」







あの場にいたデュエリストたち。

最強の名を争い、そしてその名を手に入れた者に与えられる王への挑戦権。

それを獲得したのは、あのヘルメットを被ったデュエリストだった。

だが、あの場に居たデュエリストの最強、というのは間違いだろう。

あそこにいた、オレを除くデュエリストの中で最も強いのは―――



隣にいる相棒を見る。

眼を閉じ、うつむいたままでいる相棒。

まだ発展途上。毎日のようにデュエルについて言葉を交わし、戦術を練り、デッキを作る中でいつも思う。

少しずつ、差がなくなっていく事に気付かされる。

相棒に足りなかったのは、最初の一歩を踏み出す勇気だけ。オレの存在は切っ掛けにすぎない。

オレという存在を呼び寄せ、最初の一歩を踏み出し、もう一人で歩いて行ける強さを得た。



『そんな顔をするなよ、相棒。オレはそうそう消えやしないさ』

「……うん」



オレが消えるのは。オレがお前に追い抜かれた時だ。

その時、お前はあのデュエリストたちの中で、最強を名乗るデュエリストになるんだ。

だから、最強への挑戦はお前が受ける事になる。

オレは待ってるぜ、相棒。お前の成長がいずれ、オレに引導を渡してくれる時を……



だが、その前に彼がまた挑戦してくるならば、



『全力で粉砕する。それが、デュエリストとしての礼義だ』

「――――うん」



優しすぎる相棒には、難しい事なのかもしれないが。

相棒もまたデュエリスト。そこに妥協はいらない。全力で、だ。











盗聴、じゃないのだろうか。これは。全く常識を介さない奴だ。

だけど、それがうちのDホイールのデフォルトなのだろう。

あんな事を聞いて、俺が奮い立つとでも思ったのか。なんて奴だ、こいつは。



これで立てなきゃ―――俺とデュエルして、過剰評価してくれた奴らに、申し訳が立たないだろうに。

腕は動かない、脚もだ。首を僅かに動かすだけで限界。

上等。限界が見えた。後はそれを乗り越えて身体を動かすだけだ。



『立ち上がる力がないのなら、私が貴方の脚になります。

 だから貴方は前を向いて―――託して下さい。貴方の心を、カードたちへ』



掌をディスプレイの縁にかける。歯を食い縛れるほどに顎に力が入らない。

少しだけ持ちあがった頭と、Dホイールのディスプレイの間にディスクの付いた腕を置き、そこで力を抜く。

ディスプレイに散乱した手札が勝手に、整列されていく。

手札を持ったまますら出来ない。だがどうやら、こいつがいればデュエルは出来るらしい。



「ド、ドロー……!」



ドローしたカードもディスプレイに落とす。

そうだ。諦めなければ、デュエルは終わらない。

こうして引いたカードが、新たな道を切り拓く。



「フ、はは……ぇほっ、は、は……!」

『ヌ……? 錯乱デモシタカ…』

『してません。私のマスターをなめないでください白骨標本』



どうやら怒っているらしいXが車体を揺らす。

止めろ、バカ。身体が痛い。



「手札、から……魔法マジック、魔法石の、採掘を、発動し、て……はぁ、ぁっ…

 墓地の、貪欲な壺を、手札に戻し……手札の、ユベルと、ネクロ・ディフェンダーを、墓地へ……」



これで、準備はほぼ整っている。

後は、貪欲な壺で新たにドローするカードに託さねばならない。

それ次第では打つ手なし。だが、成功すれば逆転勝利。



「っ、墓地の、スターダスト、シューティング・スター、ブラック・マジシャン、ブラック・マジシャン・ガール、ドラゴエクィテス……

 五体のモンスターを、デッキに、戻し……カードを、2枚、ドロー……!!」



そう。だからこそ信じよう。一緒に戦っている仲間たちを。

仲間たちが死力を尽くすんだ、俺が死力を尽くさないでどうするんだ。

身体を起こす。

激痛と重度の倦怠感が襲ってくる。だが襲われたのなら返り討ちにすればいい。

痛いと感じているのなら、眠ってしまえと囁かれるなら、そんな暇があるくらいだ、まだ余裕がある証拠。



Xが動かしてくれていた手札を、自分の手に取る。

それでなくては手札とは言わないだろう。

手を通じて伝わってくるのはカードの声。あとは、俺次第―――!



「更に魔法マジックカード…! おろかな埋葬…!

 そ、の効果で、コンタクト融合時にデッキに戻った、E・HEROエレメンタルヒーロー ネオスを墓地ヘ……!

 続けて、伏せリバースカード発動オープン…!

 正統なる血統、の効果で……墓地の通常モンスター、ネオスを、特殊召喚……!!」



俺のガラ空きのフィールドに、この宇宙の彼方から銀色の戦士が舞い降りた。

ネオスペースの戦士、E・HEROエレメンタルヒーロー ネオス。

胸の空色の宝珠が光を放ち、その瞳は黄色い光に閃く。



『フン……! 今更ソノ程度ノモンスターナド!!』

「そいつは、どうかなぁ……! ファントム・オブ・カオスを通常召喚……!!」



ネオスの足許に闇の渦が現れる。

それは特定の姿を持たず、墓地に送られたモンスターを冥界から呼び出し吸収する事で力を写し取る混沌の渦。

そのモンスターが、ネオスの身体を徐々に包み込んでいく。



『ヌ……何ダ……?』

「ファントム・オブ・カオスの効果で、コピーするのは、墓地のユベル……!

 そしてフィールドのネオスと、ユベルを墓地に送る事で召喚できるのが……

 来たれ、賢者の名を持つ十二次元の覇者――――ネオス・ワイズマン……!!!」



闇の中に沈み行くネオスの身体が、闇の衣を纏ってその中から再び現れた。

その闇はネオスの身体に肉となり張り付き、強靭な肉体を更なる筋肉で包み込む。

胸の闇の衣の中央が破れ、胸の宝石が現れる。

額から朱い瞳が現れ、側頭部から一対の黒い翼が現れた。



これが俺たちが繋いだ希望。



「そして、ミラクル・フュージョンを発動っ!!

 墓地のネオス、E・HEROエレメンタルヒーローネオスペーシアンをそれぞれ一体以上…

 合計五体のモンスターを融合素材として、最後のE・HEROエレメンタルヒーローを呼び起こす……!

 俺はネオス、フレア・スカラベ、エア・ハミングバード、スパークマン、クレイマンを除外…!」



次元を超越した戦士が今、ここに目覚める。

身を包むのは黄金の鎧。神像の如き姿は、未来を照らす光となる。

頭部を鎧う兜にはネオス・ワイズマンの頭部と似た、しかし黄金の翼飾り。

背面には太陽神の翼の如き、黄金の翼。

神の名を持ち、神に匹敵する力を有する、最強のE・HEROエレメンタルヒーロー



「これが、俺たちの築き上げて来た絆の証―――! E・HEROエレメンタルヒーロー ゴッド・ネオス!!!」



賢者と神。それは外宇宙、ネオスペースにおいて頂点に立つ究極のHEROたちの姿。

並び立つ姿は相対する太陽神にすら引けを取るものではなく、暖かな威光のカーテンで俺を包み込む。

灼熱の太陽の輝きも、もう俺には届かない。



「ゴッド・ネオスの効果発動…! 墓地のE・HEROエレメンタルヒーロー エアー・ネオスを除外!

 攻撃力を500ポイントアップし、その効果を得る……更に、俺とお前のライフ差分の攻撃力がアップ!!」



ゴッド・ネオスの胸の宝石が輝き、その中にエアー・ネオスの姿を写した。

奴のライフは15400。俺のライフは2500。その差分は12900。

エアー・ネオスの風の力を得たゴッド・ネオスは、緑色の光を纏い、その力を増す。

元々の攻撃力2500に加え、ゴッド・ネオス自身の効果の500。そして、エアー・ネオスの12900。

その力は15900まで上昇。



『ダガ、ソノ程度デハ太陽神ラーニハ及バン!!!』

「それは……どうかなっ! 墓地のネクロ・ディフェンダーを除外……!

 このターン、ネオス・ワイズマンに戦闘破壊無効効果と、戦闘ダメージを0にする効果を付与……!」



賢者が冥界より出でる、守護の光を纏う。

魔神が、一瞬怯んだ。



「ネオス・ワイズマンの攻撃……! ラーの翼神竜を攻撃―――!

 太陽すら灼く究極の光、アァアアアアアアルティメットォッ・ノヴァァアアアアアアアアアアッ!!!」



ネオス・ワイズマンの胸の宝玉が巨大な光を湛える。

その光が狙うのは、絶対なる太陽神。

太陽神の攻撃力は19200。対するネオス・ワイズマンは3000。

その攻撃で破壊する事はできず、またネクロ・ディフェンダーの効果でネオス・ワイズマンも破壊されない。

だが、



「ネオス・ワイズマンの効果!

 このカードが戦闘を行った時、ダメージ計算後に相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える……!

 相手が不死鳥とは言え、言った筈だ……お前は不死身じゃない!!」

『ヌ、グゥウウ……!』



ラーの攻撃力19200を下回る15400しかライフを持たない奴には、この攻撃を受け切れない。

ネオス・ワイズマンの胸の光が全身へと広がり、幾条もの光芒が太陽神へと向けて放たれた。

閃光の雨はラーを傷つける事はできない。しかし、それは奴へと止めを刺す一撃。



『オ、ノレェエエエ!! トラップ発動! “デストラクト・ポーション”

 “太陽神ラーヲ破壊スル事デ、ソノ攻撃力19200ヲライフニ加エル!!!』


「……………」



太陽神が悲鳴とともに崩れ落ちていく。

そうだろう。奴のデッキはそういうデッキだ。これまで見せた奴の戦術ならばその予想がついた。

神すら恐れず自身の命へと昇華する戦術。

だがそれは予測していた。だからこその―――神に匹敵する最強のHERO。



「ネオス・ワイズマンの攻撃を続行! The SUNを攻撃!」



漆黒の鎧が閃光に当てられ、溶解していく。

二体の攻撃力は互角だが、ネクロ・ディフェンダーの加護がある賢者は戦闘で破壊されない。

太陽でありながら、自らが焼かれると言う状況にThe SUNの断末魔が響く。



「The SUNは破壊され、その攻撃力3000のダメージをお前に与え、その守備力3000のライフを俺は回復する……!」



突き抜けた閃光が、魔神を侵す。

そのライフは太陽神から奪い去った攻撃力分も含め、33600ものライフを得ている。

絶対量から見れば、僅かなダメージだったろう。

だがその光は魔神の身体を焼き、その身に纏った鎧をも焦がしていく。



『ヌグァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!!』



光に撃ち抜かれた魔神の絶叫が轟く。

これで奴のライフは30600。そして、俺のライフは5500。

ライフポイントが変動したことで、命の風の力を得たゴッド・ネオスの攻撃力も変動する。

その差分は25100ポイント。よって、攻撃力は、28100。



「ゴッド・ネオスで、お前にダイレクトアタックだ――――!」



ゴッド・ネオスの周囲に六つの光が灯る。

炎の赤、水の青、風の緑、地の橙、光の白、闇の黒。

胸の前に翳した両腕の掌の中に、その六つの光は集っていく。

全ての属性を束ね、叩き込む究極の一撃――――!



「レジェンダリー・ストライクッ――――!!!」



閃光が奴を塗り潰す。

紡ぎあげて来たこれまでのデュエルが、その一撃に力を与える。

E・HEROエレメンタルヒーローを超え、神すらも超え、その力は留まる事を知らずに膨れ続ける。

奴の悲鳴すら呑み込む光の奔流。

宇宙全てを満たす衝撃波が発生し、俺の身体も、Xごと弾き飛ばされた。



しがみ付いた腕には、いい加減力が入らない。

だが、まだだ。まだあいつのライフは2500残っている。



光の晴れた先、奴は満身創痍の身体で立っていた。

ただでさえ砕けていた鎧は、最早見る影もないほどに損傷している。

破損した冠から覗く頭蓋で、弱々しく光る真紅の双眸。



「エンドフェイズ―――エアー・ネオスの効果を得ていた、ゴッド・ネオスはデッキに戻る」



神の威光を宿す戦士は、ゆっくりとその姿を消失させた。

ゴッド・ネオスはただ除外したモンスターの効果を得るのみ。

E・HEROエレメンタルヒーロー ネオス”及び“E・HEROエレメンタルヒーロー ネオス”を素材とするモンスター。

明確に素材として指定していないゴッド・ネオスは、それらに加護を与えるネオスペースの後押しを得られない。



『オ、』



骸が呻く。

その双眸が今までにないほどに強く、真紅の閃光を放った。



『オノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレェエエエエエエエッ!!!!

 コゾォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』




再びキラー・スネークの石板が奴の場に浮かび上がり、燃えた。

墓地のThe SUNが蘇る。そして、生還の宝札により更なる手札の追加。



漆黒の鎧に包まれた太陽は、しかしネオス・ワイズマンの攻撃力と互角。

だが、相討ちに持ち込んだとしても賢者の能力。攻撃力分のダメージは発動し、奴のライフを奪い取る。

そして、俺の手札には戦闘ダメージを0にできるクリボー。

効果で破壊できないネオス・ワイズマンを奴が例え、戦闘でネオス・ワイズマンを破壊。

かつ俺のライフを全て奪える攻撃力8500以上のモンスターを出しても凌ぎ、ワイズマンの効果で俺の勝利―――

奴がこのターン何もしなければ、次のターンでネオス・ワイズマンでThe SUNに仕掛ける。



俺の、勝ちだ―――――!!



『ワタシハ“再融合”ヲ発動! 800ポイント支払イ、墓地ノ“青眼ノ究極竜ブルーアイズ・アルティメットドラゴン”ヲ特殊召喚!!

 ソシテ、1000ポイントノライフコストデ“イタズラ好キナ双子悪魔”ヲ発動!!

 キサマノ手札ハ2枚シカナイ! ソノ手札ヲ全テ墓地ヘ送レ――――!!!』


「………っ、だがこれでお前の残りライフはこれで700だ」



冥府の底から現れたのは、三頭を持つ巨大な白竜。

その召喚に成功した瞬間、生還の宝札によって更なる手札が1枚追加。

ネオス・ワイズマンを攻撃力では上回るが、攻撃すれば魔神の命が尽きる。

クリボーの効果は使えなくなったが、究極竜アルティメットドラゴンの攻撃一度きりでは、俺のライフは残る。



『リバースヲ1枚セット……! ターン、エンド……!!』

「俺のターン…!」



これが最後のターン。奴のライフは700。

ネオス・ワイズマンの攻撃力は3000だが、その効果は戦闘破壊されても発揮される。

究極竜アルティメットドラゴンとネオス・ワイズマンの攻撃力の差は1500。

超過ダメージを受けても、俺のライフは4000残る。



だが、わざわざ攻撃力の高いモンスターを攻撃する必要はない。

再び攻撃するべきは、ネオス・ワイズマンと同等のThe SUN。

ネオス・ワイズマンに眼を向ける。首を縦に振る賢者。



「行くぞッ! ネオス・ワイズマン――――アァアアアルティメットォッ……!」

『コノ瞬間、トラップヲ発動スル――――――ククク、終ワリダ……コゾオォッ!!』



開け放たれる石板に描かれているのは、



宇宙が罅割れた。ネオスペースの空に亀裂が奔り、その光景が漆黒に包まれた。

The SUNの身体が漆黒の渦に巻き込まれ、消滅する。

そして同じように、ネオス・ワイズマンが次元の歪みに引きずり込まれていく。

しかし、その歪みに影響されず、残るモンスターが一体。

青眼の究極竜ブルーアイズ・アルティメットドラゴン



「ネオス・ワイズマン……ッ!」

『フ、フハハハハハ!! トラップ・“ラストバトル!”ノ効果ダ!!

 ワタシハ“究極竜アルティメットドラゴン”ヲ指定シフィールドニ残シ、ソレ以外ヲ墓地ヘ送ル―――!

 キサマノフィールド・手札ノカードヲ全テ墓地ヘ送ル。サァ、デッキカラ最期ノモンスターヲ特殊召喚シロ――――

 サァ、サァ、サァ、サァサァサァサァサァサァサァアアア――――――!!!!』


「くっ……」



攻撃力4500のモンスターに敵うモンスターは、俺のデッキにはない。

ラストバトル! の効果はその特殊召喚したモンスターと、自分の場のモンスターを強制戦闘させる。

そして、このターンのエンドフェイズ。モンスターをコントロールしていないプレイヤーの敗北を決定する。

このターン、通常召喚の権利は残っているが、手札は当然0枚。

何の意味もない。



っ、ならばせめて、攻撃力4500の究極竜アルティメットドラゴンには破壊されないモンスター。

ロード・ランナーを召喚し、そのバトルフェイズをやりすごせば、このデュエルは引き分けに終わる。



「お、れは……」

『ククク…』

「俺が召喚するのは―――」

『マスター』



Xの声がする。

そちらに目を向けても、もう何も言わない。

息を吐く。ここまで来て、諦めていいわけがない。



「俺が召喚するのは―――――!」



崩壊する宇宙の中、水が弾けた。

恰幅のいい水色の鎧に、貯水タンクを背負った戦士が現れる。

両耳の辺りから角が伸びる仮面で、その顔を隠した水のE・HEROエレメンタルヒーロー



E・HEROエレメンタルヒーロー バブルマン!

 ラストバトル! の効果によるバトルフェイズは、入る前に特殊召喚時に発動する誘発効果を処理してからだ―――

 バブルマンの召喚時、手札・フィールドにこのカード以外のカードがない時、デッキから2枚ドローする!!」



これが、最後の希望。

デッキに眠る未来の力が、最後に導く俺たちの答え。



「ドロー!!」

『幾ラ足掻コウガ、コレガ最後ノバトルダ―――!

 青眼ノ究極竜ブルーアイズ・アルティメットドラゴンノ攻撃――――!!

 アルティメット・バァアアアアアアアストォオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』




三頭の白竜の口腔に集束する閃光の渦。

バブルマンにはそれに逆らう術はなく、ただその破滅を待つ。

彼は最期に俺へと目を向け、拳を握り、笑った。

瞬間、消し飛ばされるバブルマンの身体。

余波が俺たちを吹き飛ばし、俺のフィールドを空にする。



『コレデ、終幕ダ――――!』

「そう。これで、終わりだ」



魔神の双眸の光が揺れる。



「俺のメインフェイズ2! ミスティック・パイパーを通常召喚!」



ワインレッドのコートを纏う笛吹きが現れる。

横笛を吹きながら踊る彼を見た魔神が僅かに呻き、しかしそれでも余裕だけは崩さない。



『互イガエンドフェイズニモンスターヲコントロールシテイル場合、

 “ラストバトル!”ノ効果は引キ分ケトイウデュエルノ結果ヲ齎ス―――歓ベコゾウ……

 ワタシト引キ分ケタキサマハ、我ガカードコレクションノ中デ最モレアリティノ高イ物トシテ扱ッテヤロウ!』


「ごめん、だね……! ミスティック・パイパーの効果! このカードをリリースし、デッキからカードをドローする!」

『ナニ……!?』



ミスティック・パイパーが縦笛を吹き鳴らす。

それは、俺の勝利を導く音色。消えていく身体で最後に俺を見た彼もまた笑う。



「ドロー! ドローカードは、レベル1のロード・ランナー!

 ミスティック・パイパーの効果により、追加でカードを1枚ドローする!

 これが、ラストドロー! ドッ、ロォオオオオオオオオオオッ!!!」



俺の手札、3枚。それらは築き上げて来た過去、そして続いて行く未来。

それらの力を全て集め、最後の、最後の攻撃!



魔法マジックカード、死者蘇生を発動!!!

 蘇生するのは、カァオス・ソルジャァアアアアアアアッ!!!」



蘇らせるため、墓地へと光を注ぐエジプト十字。

その光に当てられ、冥界へと繋がる孔が開く。

そこから現れるのは、混沌の力を宿す最強の剣士。

紫紺の鎧に身を包み、無骨な剣と荘厳な盾を構える者。



『フン……今更幾ラモンスターヲ出ソウガ、最早意味ハナイ―――!!!』

「そいつは、どうかな―――?」

『ヌ……!?』

「これが、最後のカード! 手札のロード・ランナーをコストに捧げる――――

 起動せよ、魔法マジックカード、超融合ォッ!!!」



渦を巻く。

砕けたネオスペースの残照が渦を巻き、十二次元を融合するほどの魔力が放たれる。

その効果は俺の周囲だけに留まらずに暴れ、魔神のフィールドまでも侵食していく。

荒れ狂う魔力の渦が、カオス・ソルジャー、青眼の究極竜ブルーアイズ・アルティメットドラゴンを取り込む。



「俺は、自分の場のカオス・ソルジャーと、お前の場の青眼の究極竜ブルーアイズ・アルティメットドラゴンを融合する―――!」

『ナン―――ダト―――!?』

「超究極融合召喚―――――!!!!」



宇宙の底、異次元の彼方から閃光が迸った。

三頭の白竜が雄叫びを上げ、刃の如き鋭い巨大な翼を広げる。

その頸の付け根に紫紺の鎧を纏った剣士が、立ち誇っている。

それこそが究極の姿。

デュエルモンスターズにおいて、最も攻撃力の高いモンスターの一柱。



究極竜騎士マスター・オブ・ドラゴンナイトォオオオオオオオオッ!!!!!」



羽搏く白い翼が次元を切り裂き、俺の許へと舞い降りる。

その姿が背負うのは、俺の、俺たちの全て。

このデュエル。それだけではない、今までのデュエル全てをひっくるめた全てを―――



『バ、馬鹿ナァ……! ワタシノフィールドノモンスターガ……消エタァ―――――!!?』

「お前のラストバトル! の効果だ……エンドフェイズ、モンスターをコントロールしていないプレイヤーの……

 敗北けとなる――――!!!」



三頭の青眼ブルーアイズ全ての口腔に、白い極光が集束する。

そしてカオス・ソルジャーの振り上げた剣に、紫紺の極光が纏わった。



「これがラストバトルだ―――! 究極竜騎士マスター・オブ・ドラゴンナイトのダイレクトアタックゥッ!!!」



究極竜アルティメットドラゴンが三つの顎から同時に極光を解き放つ。

それに乗せ、カオス・ソルジャーが剣を振るう。更に解放される極光。

四条の光は混じり、絡み合い、一条の光芒と化す。

放たれた一撃は周囲に残っていたネオスペースの景色すら消し飛ばしながら、奴の許へと殺到する。

宇宙すら砕く、最後の一撃――――――!!!



「ギャラクシィイイイイイイイイイイイッ・クラッシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!!!!!」

『馬鹿ナ……神タルワタシガ……神ガ! 人間ノコゾウ如キニ、二度モォオオオオオオオオオオオオッ!!?』



極光が魔神の姿を呑み込む。

発生した衝撃がネオスペースの残照を残さず削ぎ取り、その光景を闇色に変えていく。

僅かに一瞬で消滅していく魔神の姿が消え去り、周囲の風景が元の、遺跡の中へと移り変わっていく。

漏れ出したギャラクシー・クラッシャーの衝撃で、崩壊していく遺跡内。

完全に遺跡の内部へと戻ってしまえば、そのまま生き埋めが必定。



「は、はぁっ……はぁッ……!」

『このままでは巻き込まれます。衝撃波を利用して加速、のちに転移を行います』



魔神がいた場所まで移動したXが、周囲に散らばっていたカードを吸引していく。

それを見て、一気に安心して、ただ縋りつくようにXの身体を掴む。

俺を振り落とさないように、慎重な、そして最大限の加速を。Xは行い、その機能を発揮した。

限界を越えた、俺の意識はそこまでだった。











『マスター……無事ですか?』

「死ぬほど、痛い」

『死んでいないなら、問題ないでしょう』



レッド寮の前で横倒しになり、転がっている俺とX。

全身の苦痛は未だ経験した事のないレベルで、俺の身体を蝕んでいる。

ため息にも、一苦労する。

部屋に戻るとか、そういうのは無理そうだった。

このまま冷たくて、ひんやりするバイクのボディの上で、夜を明かすより他はないだろう。



『膝枕が出来ればいいんですが』

「黙ってろ」



一喝。ツッコミはかかさない。いつのまにか、望んだのとは逆の配役である。

だがまあ、それもいいのかもしれない。

こいつに助けられた身としては(原因もこいつだが)、一歩引いてやろうと思わないでもないのだ。



「おやすみ」

『―――おやすみなさい、マスター』











ここからオマケ↓





「わーい、今日の最強カードのコーナーだよー。なーにっかな、なーにっかなー今週はーこれっ♪」

『週一で投稿してから言って下さい』



初めてのコーナー最初のツッコミ。それは一撃で俺のライフを0にした。

と言うかそれは主人公の俺で無くて、作者である馬鹿に言えと。

こんなコーナー書いてる暇があれば本編書いて続きを上げろ。

だが悲しいかな、ネタのみで構成されるこっちと、↑のシリアスでは労力が違うのだ。

ここから↓、全部合わせて20分くらいしか使ってないもの。

本編では20行しか進まない時間なんだ。



冴え渡る相棒のツッコミに溜め息を吐きつつ、俺は1枚のカードを取り出す。



「今日の最強カードはこれ!デデーン、“ラーの翼神竜”~テッテレー♪」

『四体纏めてこんがり焼かれてましたね、マスター。ウルトラ上手に焼けました』

「謝れ、みんなに謝れ!」



しかし無視。

強い子に育ち過ぎたらしい。



『ではデジモン風に私が読み上げます。

 ラーの翼神竜

 究極体。GB版遊戯王DM4では、何故か城之内のカードとして扱われていたモンスター。モンスターではない、神だ!

 墓地のモンスターを蘇らせ、相手モンスターのコントロールを得る謎の効果を持っていた。

 これは三幻神全てに言えますがGBA版DM8ではアホみたいに強く、これぞ神!

 と言わんばかりの強さを誇っていたが、ご覧の有様である。

 ちなみにGB版全てに言えますが、手に入れるまではクソかったるいです。

 今のWCSではゲーム性がちょっとずつ改善されてますが……

 TFがいかに優しいゲームかよく分かります。

 GBA版とかやってると、ムカムカは盟友と言いたくなります。基本最初のエースです。

 目指せデュエルキングとかは追放開闢種ショッカーの無限リミ解コンボで楽でしたね。

 詰んだら滅びのバーストストリーム三積みしてしまえ。

 必殺技は背中のリングにエネルギーを集め、それを口から放つ“ゴッド・ブレイズ・キャノン”

 そして、対象とされたモンスターは神であろうと魂ごと焼き払う“ゴッド・フェニックス”

 オベリスクは対象にとれませんが。そしてラーは何故か対象にとれる謎。

 そんなだからくず鉄流星に攻撃できないんです。



 効果モンスター

 レベル10/神属性/幻神獣族/攻 ?/守 ?

 このカードは特殊召喚できない。

 このカードを通常召喚する場合、自分フィールド上のモンスター3体をリリースして召喚しなければならない。

 このカードの召喚は無効化されない。

 このカードが召喚に成功した時、このカード以外の魔法・罠・効果モンスターの効果は発動できない。

 このカードが召喚に成功した時、ライフポイントを100ポイントになるように払う事で、

 このカードの攻撃力・守備力は払った数値分アップする。

 また、1000ライフポイントを払う事でフィールド上のモンスター1体を選択して破壊する。



 これを見たデュエリストたちは口を揃えて言う、どうしてこうなった。

 そしてこれをボスキャラのエースとして登用しようとしたのは、作者の愛。ラーカッコいいよラー。

 Vジャンプ付属カード人気投票でのコメント「今でもこのカードを使ってます」が嫌味にしか聞こえないよラー。

 クイラはインティの為にいるのではない。ラーのためにいるのだ。

 さあ、ライフストリームもこっちにおいで』



ライフが回復すればいいといいたげである。

それより時械神サディオンがOCG化すれば、もっと簡単にライフ4000に出来るぜ。

GB版懐かしいよな。クリボーで青眼を戦闘破壊できたあの頃が懐かしい。

幻想魔族は数がいないから黒魔族が弱点を突かれる事は殆どない。

その発展がカタストルかと思うと泣きたくなるが。



「明らかに必要のない部分まで語るな。そして俺のボケる暇を残せ」

『やです、せっかくの出番なんですから。私、今回ずっと踏まれてたんですよ。

 あの溶岩筋肉達磨竜が傍にいるのが熱いのなんのと』



ぺかぺかとライトが光る。

溶岩筋肉達磨とか言うな。お前、三体連結を方法は知らないが倒して見せたメテオブラックさんディスるなし。

攻撃力4500で8回攻撃だぞ? そんな化物倒すとかマジパネェ。方法は知らないが。



『海馬瀬人を使ったんですね、分かります。東映版だけに』

「本田にも負ける。って、やかましい。お前キャラ変えすぎだ。

 本田はあれだ、レベル100に進化して殴り倒すんだ」

『それはコブラです。ヴェノミナーガは召喚条件に見合った強さ持ってるのですが。

 あとそれはマスターのせいですけどね。私のキャラが変わっても、私のマスターは貴方以外には変わりません』

「コブラって名前自体で既に強そうだよな、左腕がサイコガンになってそうで。そしてデレるな気持ち悪い」

『ひどい。泣きますよ』

「どうやって」

『目の前が涙で霞んで前方不注意走行します』



唸るエンジン。点灯するヘッドライト。

何故かワイパーも動く。かしゅかしゅ、やめろ…そんなことしちゃいけない。ワイパーゴムが駄目になる。

ぶるるぅんと咆哮を上げたバイクの前に、俺は即座に遁走を開始したのであった。







後☆書☆王



幾つか感想板での質問の答え。

アンデビ様

>>最後のブラックパラディン出す前に遊戯がブラマジガールと混沌魔術師で攻撃宣言してたから、

 それを中止してバトルフェイズ終了メインフェイズ2でブラックパラディン出したんだから攻撃無理じゃね?

A.あれはバトルフェイズではなく、メインフェイズでのディメンションマジックの破壊効果です。

  原作の雰囲気的に「合体魔法攻撃」と言わせたかっただけです。



ガトー様

>>主人公がハイランダーしか組まないのに主人公のカードであるサイバードラゴン、

 キメラティックフォートレスドラゴン、マシンナーズフォートレス等が複数枚投入されている。

 (デッキではなくカードプールごと落とした?

A.主人公が組んでいるのはハイランダーではなく、ファンデッキ。カイザー亮ならば当然サイドラは三積みです。

  ただ今回のはカードプールごとっぽいですね。「機械族」を入れたキャリングケース丸ごと落としたんじゃないですか?

  「(ヘル)カイザー亮」のプールは無事でしょう。

  主人公はキャラ別に分け、余ったのは種族ごとに分けて収納し、あまりそちらを使用していなかったので、

  一緒に転移してきた事にあの時気付いたのでしょう。

  と、いう設定を今考えた。



モンスターカード(26)



遊戯系モンスター(4)

熟練の黒魔術師

ブラックマジシャン

ブラックマジシャンガール

カオスソルジャー



十代系(ユベル含)モンスター(15)

フェザーマン

バーストレディ

クレイマン

スパークマン

バブルマン

プリズマー

ダンディライオン

ネオス

フレアスカラベ

エアハミングバード

グランモール

ネクロガードナー

ユベル

ファントムオブカオス

ネオスワイズマン



遊星系モンスター(7)

ジャンクシンクロン

ボルトヘッジホッグ

ターボシンクロン

クイックシンクロン

ネクロディフェンダー

ミスティックパイパー

ロードランナー



魔法カード(21)

調律

融合

超融合

融合回収

おろかな埋葬

オーバーソウル

ワンフォーワン

ネオスペース

ディメンションマジック

コンタクトアウト

貪欲な壺

二重魔法

ライトジャスティス

ヒートハート

エマージェンシーコール

高等儀式術

ハーフシャット

クリボーを呼ぶ笛

魔法石の採掘

ミラクルフュージョン

死者蘇生



罠カード(9)

和睦の使者

リビングデッドの呼声

ヒーローバリア

スーパージュニア対決!

くず鉄のかかし

エンジェルリフト

活路への希望

攻撃の無力化

正統なる血統



エクストラデッキ(10)

究極竜騎士



フレイムウイングマン

フレアネオス

エアーネオス

ゴッドネオス



フォーミュラシンクロン

ドリルウォリアー

スターダストドラゴン

シューティングスタードラゴン

ドラゴエクィテス





や☆り☆す☆ぎ☆た

50枚とかどういうことなの……ハイランダーってレベルじゃねぇぞ。※修正後は51枚。

光速デュエルにもほどがある。これでたった15ターンとか。遊星はあれで25ターン使ったんだが。

勿論デッキは60枚です。それでも足りないという。むしろ残りの10枚は何だ。

究極竜騎士入ってると言う事は、魔神王とか入ってるのかな。

何で回ってたんだこれは? つーかチューナー3枚しか入ってないのに3回攻撃ってどうよ。運命力だね。

最後のレベル1はセイヴァーとロードランナーで悩みどころだった。

ロードランナーの方が綺麗に纏まってる気がしたので。



エクストラデッキは空きが5つ。

……まあジャンクやセイヴァーでしょうか。シャイニングフレアやエリクシーラーか?

ネオスナイトは入っていそうだ。スカラベモグラがいるからマグマあるのかな。

マグマ入ってるなら出したかったなぁ……

何でこんなに重いかって、HEROとネオスペーシアンが混合だからだよね。

ユベルまで入ってるし。いや、そもそもそれ以前だけど。



そして天よりの宝札便利すぎて泣けてきた。

始まってから6ターンで3回使われてるとか。意味不明すぎる。

主人公なんかそれに加えて活路への希望でアホみたいにブーストかけてるし。デッキ切れで負けるかと思ったわ。

互いにビートダウン。総ターンは15ターン。何故にデッキ切れを起こす?

正直、まだやりたかったがデッキがないからしょうがないね。

三極やらトラゴやらシュノロスやらネオスフィアやらアンドロジュネスやら地縛神やらトゥルースも出したかったが……残念。

それなりに出来たと思うがイマイチ消化不良な結果…



まあこの色んな意味で超融合なデッキはしばらく封印でしょうがね。

次はGX編だし……うーん、DM系のファンデッキがいいな。

究極完全態VSゲートガーディアンとかやってみたくはある。

キモい絵面なんだろうなぁ。



スピリット+シナトとかよくわからないデッキとかも書きたいかもしれない。

それよりはエアトス書きたい。でもDM時代はドーマ編から始まるんだろうしなぁ。そこまで我慢?

536ネクロスとかやってみようか。ネクロス出すより墓地のパーツ回収した方が早いし確実だけど。

いっそストラクチャーデッキ2011をそのまま使ってしまうか。

うーん、まあ基本は漫画HEROでいいか。最終巻に付いてくるだろうマアトを楽しみにしつつ。

漫画丈目だと光と闇以外のエースがシンクロになっちゃってるせいで……



そうそう、あと原作デュエルどうします? 正直メンドク(ry

実際ちょこっと出しただけの「死者蘇生でフレイム・ウイングマンを墓地から召喚!」のシーンですら悩んでましたよ。

どうしたもんかなぁ、と。そのまま書くのは簡単ですが、前回ちゃんと融合HEROは墓地から出ない演出入ってるし。

ミラクルフュージョンでシャイニングフレア出すのが一番手っ取り早いのは秘密。



とりあえずテーマはこれまでの3話分総決算。コンセプトは超融合! 時空を越えた絆。DVD楽しみ!

メインは特に決めず歴代主人公のエース+ボスのエース(太陽?)。キーモンスターは究極竜騎士。

メッセージはなし。今までの主人公ズと闘って受け取ったメッセージに対する主人公なりの答え。



第一部ボス、みたいな立ち位置で出て来た魔神さんマジトラウマ。

なんだが、ぶっちゃけセト3戦目と比べるとまだやり易い、みたいな?

そもそもポケステ使ってれば無理ゲーではないし。真の姿のせいで巨大化が入ってないんですよね。

ゲームシステムのせいだが、単調なイメージしかないので、デュエリストレベルはかなり低めに設定。神(笑)です。

高く設定したら主人公勝てないしね! 主人公(笑)



一応今回の世界は、DM時代の並行世界。封印されし記憶世界の現代編。

フォルスバウントキングダム編とかやってみたいなぁ、オールキャラで。

ユギ+ジュダイ+カニVSセト+ジュン+ジャックってか。

あれだな十代ユベルの前世の話や伝説のシグナーの話と合わせて長編作れるぞこれ。



とりあえず究極嫁とメテオブラックはそっちのイメージから。残りはボスイメージですね。

インティクイラ、ウリア、The SUN、ラー、アバター。何だかいい感じに太陽で統一されてる気がしますけど。

ウリアは知らない。

だとしたらなおさら光のピラミッド使えなかったのがなぁ……多分入ってはいるんじゃないかな。



さて、今回は幾つ間違えたかな(笑)

間違ってるところ指摘募集中!



早速ご指摘! またテキストに書いてあるよ、学べよ俺。

ひふみ様よりのご指摘。
>>自身の効果で蘇生したボルトヘッジホッグは、墓地に送れないので強制終了のコストに使えません

>>ウリアが破壊できるのはセットされたカードのみなので強制終了を破壊できません

修正しました。ご指摘、ありがとうございます。



[26037] 主人公がデュエルしない件について
Name: イメージ◆294db6ee ID:659e7939
Date: 2012/02/21 21:35








「ペガサス様、海馬社長がお見えに…」

「ペガサス! どういうつもりだ、この多忙な時に―――!

 もしつまらん要件だったとしたら、どうなるか分かっているのだろうな――――!!!」



バタン、ではなくドガン!

月行の身体を押し退け、海馬瀬人の姿が現れる。

白く輝くコートで照明の光を反射させながら、ブラウンの髪の少年が随分と早い歩調でこちらへと歩みを進めてくる。

小さく溜め息を吐き、手にしていたコミックを閉じてテーブルの上に置く。



「OH…! お久しぶりデース、海馬ボーイ。どうぞそちらへ掛けて下さい。月行、彼に何か飲み物を」

「フン、そんなものどうでもいい。早く要件を話せ!」

「フフフ、そうですか。では、月行。外して下さい」



月行は頭を一度下げ、部屋を出ていく。

それを見送った後、焦らされて猛っている海馬瀬人をからかうのは余りよくないだろう。

プラチナの髪を一度掻き上げ、着席を勧める。

彼は苛立っているようだが、それでもその勧めには従った。



「では早速本題へ……海馬ボーイ。アナタは先日、南極に落下した隕石をご存じですか?」

「フン」

「おっと。どうせアナタの事ですから、宇宙から落ちて来た石ころになど興味はない―――などというのでしょう。

 どうです? 当たっているでしょう。これもまた、マインドスキャンデース。

 OH イッツジョーク! ハハハハハ!」

「黙れペガサス! 不愉快だ、オレは帰らせてもらう!!」



ガシャン。彼がテーブルを拳で叩いた瞬間、その震動でグラスが倒れて割れてしまった。

どうやらからかいすぎてしまったようだ。

立ち上がり、踵を返して立ち去ろうとする海馬瀬人。実に単純明快。



「その隕石が実は、石ころなどでなく三幻神に匹敵する神秘を持つカードだとしたら――――

 アナタはこのまま帰らないでしょう?」

「なに……!?」



腰を掛けた椅子の脇に置いてあるケースを持ち上げる。

それを海馬の拳で歪んだ机の上に置き、開く。

開放されたケースの中には、3枚の白いカードが納められている。

彼にそのケースの中身を向け、微笑んで見せた。



「――――何だ、この白いカードは…?」

「シンクロモンスター。そのカードのテキストには、そう記されています」



勿論、自分がデザインしたものではない。

口振りからそれを察した彼の表情が僅かばかりだが厳しくなっている。



「これらのカードが、デュエルモンスターズの作ったワタシでさえ知らないモンスターであること……

 それはさして大きな問題ではありまセーン」

「なに? それは一体どういう意味だ」

「そのカード、手にとって見てくだサーイ」

「…………」



彼はケースに納められたカードの1枚、“氷結界の龍 グングニール”を手に取る。

瞬間、弾けるようにそれを手放し、後ろに下がった。

その額には微かに汗が滲みでている。

本能に任せた判断力。その反応に感嘆の拍手を送る。

ぱちぱちぱちと響く音に、彼は鋭い視線でこちらを睨みつけてきた。



「矢張り、アナタには感じられるようだ。このカードに宿る、“破滅の光”の波動が……」

「“破滅の光”、だと……どういうことだ、説明しろペガサス!」

「“破滅の光”というのは、ワタシがこのカードを手に取った時に感じたインスピレーション。

 アナタも垣間見たのでしょう。このカードを手に取った時、まるでこの世界が滅亡したかのような錯覚を」



無言は、恐らく肯定の証。

その光景は地獄の様相を呈していた。いや、地獄と化していたと言っていいだろう。

滅亡を迎えた世界には、石板と化したデュエルモンスターズのカードが散乱し、空は赤く染まっていた。

絶望しか残らぬ世界の中で、嘆きを叫ぶ僅かな人々。



「ワタシも、そのカードを回収した者たちも、一様にそのヴィジョンを脳裏に焼き付けました。

 それが何を意味しているのかは、誰にも分かりませんでした……ですが、一つだけ理解出来た事がありマース。

 このカード。いえ、このカードに宿る謎の力は危険すぎる。三幻神と同じく、封印すべきだと」

「……下らん、非ィ科学的だ。3枚のカードが何だと言う! そんなもの……!」

「杞憂ならばそれでいいのデース。ですが、アナタも分かっているのではないですか?

 アナタが今、手にしたカード。それは、人の心を侵す危険な力を秘めた……」

「下らんと言った! そのようなオカルト話、聞く耳持たんわ!」



彼は手放したカードを再び手にし、それをワタシに見せつけてくる。

そのカードが放つ不吉な白い光はしかし、彼の放つオーラに呑み込まれていくように感じられなくなる。

その光景を見て、半ば以上に確信した。

矢張り、これらのカードは真の決闘者に託し、力を抑え込むべきだろう。

この力に操られず、魅せられず、御する事のできる決闘者へと。



「そんな事よりも、オレを呼び出した要件をさっさと話せ!

 でなくば、キサマがオカルト話に利用したこのカード、今この場で破り捨ててくれよう―――!」

「では、次はこちらのカードを見てくだサーイ」



もう一つ、新たなケースを取り出し、開けた状態で彼へと見せる。

その顔色の劇的な変化は、先程のそれを遥かに上回るものであった。



「こ、このカードは……!」

青眼の光龍ブルーアイズ・シャイニングドラゴン……

 ワタシが、“破滅の光”というインスピレーションの許、生み出してしまったカード。

 持ち主に輝かしき勝利の栄光を齎し、相対する敵には破滅の威光を降り注がせる……

 これを、アナタに譲りたいと思ったのが、この度の招待の理由デース」

「なにっ、このカードを……オレに?」



彼はそのカードをケースから取り出し、その手に乗せて注視する。

青眼ブルーアイズを餌にすれば、彼は至極簡単に思考が読めるのである。

千年眼ミレニアムアイを失った今でも、失った今だからこそ、斯様な少年の思考の一つは手に取るように分かる。

まるで恋する乙女のようだと、大人びてはいても未だ少年に違いない彼へと小さな笑いをこぼした。

だが、そのカードは彼を喜ばせるために用意したものではない。



「アナタにはそのカードを引き換えに、その“氷結界の龍”の1枚を預かってほしい」

「なに……?」

「これほどの力、一所に集めておくのは危険。

 人に触れられぬ場所に封印しようとしても、それが通用しないのは三幻神の時に分かりました。

 だからこそ、最強のデュエリストの手許へ預けておくのが最も安全な策。

 そう考えた結果、アナタに託すのが最上と。そう判断したのデース」



そして、自分の手元へ一体。更にもう1枚は武藤遊戯の手元へ――――

送りたかったが、彼は三幻神の所有者。

このカードと三幻神が並んだ時、何が起こるか分かったものではない為に断念。

だからせめて、1枚だけでも別の場所に。と判断した結果であった。

その口振りに機嫌をよくしたのか。彼は2枚のカードを手に、咽喉を鳴らし始める。



「クックック……いいだろうペガサス。オカルトに興味はないが、このカード―――

 オレの手中にてその力を御し、キサマが懸念している破滅のなんとやらなど、キサマの脳内で生み出された空想の産物だと証明してやる。

 フフフ、ワァーハッハハハハハ!! ハァーッハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」



彼はそう言って高笑い。実に機嫌のよいままにこの部屋を後にした。

とても大きな彼の高笑いの直前にはめていた耳栓を外し、一息つく。

これで、自身の手元には残るカードが2枚。

“氷結界の龍 ブリューナク”“氷結界の龍 トリシューラ”が残った事になる。



海馬瀬人の方は心配いらないだろう。

神を御し、唯一武藤遊戯と肩を並べるデュエリストたる彼ならば、あの光にも負けはしない筈だ。

それに、“破滅の光”のインスピレーションから書き起こした、最強の龍をも託している。

海馬瀬人と青眼ブルーアイズの間に存在する絆は、何よりも強いものを感じる。

“破滅の光”を宿した青眼ブルーアイズは、禍々しくも強靭なその力を全て彼のために使うだろう。



「これで一つ。ですがまだ問題は山積み」

「ペガサス様」



海馬瀬人と入れ替わり、月行が部屋に入ってくる。

彼は割れたワイングラスを眼に止めたが、何も言わずに本題へと移った。



「―――矢張り、リムアート氏は自分がやると」

「OH……そうですか。彼には、まだ幼い子供がいた筈デース。

 彼に託さずとも、2枚纏めてワタシが行った方が、危険は少ないでしょう……」



リムアート。

彼は、インダストリアルイリュージョン社において、カードデザイナーとして働いている男性だ。

ワタシ自身、彼の面白い発想には期待しているのだが、彼のカードデザインが採用された事は多くない。

彼が行うデザインは、少々突飛すぎるのだ。目新しさはあるのだが、既存のカードを考えていない。

新たな境地の開拓者としては、評価できるのだが。

その功の少なさに、彼自身も焦りを感じているのだろう。

彼は今回の南極カード発掘隊に参加し、そしてこの龍たちに触れて帰ってきた。



ワタシのインスピレーションに従って称して“破滅の光”

その一端に触れたにも関わらず、彼はむしろ喜び勇み、このカードを研究すべきだと訴えた。

研究する、という行為自体には賛成できる。だが……



「彼の中では、焦燥と熱意が混じり合い、どこかおかしくなっているように思えマース」

「シンクロモンスター。レベルトリックタクティクスを進化させる、新たな境地……ですか」



月行はそう言って、開けっ放しのケースに納められた2枚のカードを見る。

レベルトリック。それは彼の弟、天馬夜行が最も得意とするカードタクティクス。

しかし今、その夜行は……



「月行……あれから夜行の行方について、何か分かった事はありますか?」

「――――一つだけ」



夜行は、ある時を境にこの場所から姿を消した。

それはいつであったか。



月行は幾つかの大会の優勝をいとも簡単にさらい、パーフェクトデュエリストの名が世界に広まりかけた時。

彼は自分自身の意思で、表舞台を降りた。

完了パーフェクトしてしまった自分の実力に、悔しさと口惜しさを滲ませながらそう宣言したのを覚えている。

しかし、それは同時に自らの半身である夜行を自分より高く、自分より上へ、何よりも上へと成長させるためでもあった。

そうすることで、自分が達成できなかった夢を、魂を分け合った双子として分かち合うつもりだったのだろう。



だが彼は、夜行はそれを同情と受け取った。

月行の許を。そしてワタシの許を離れ、彼は行方を晦ましてしまったのだ。



「リッチーが全米大会の観客席に見た、と」

「全米大会……? リッチーは参加していたとは聞いていませんでしたが」

「はい。ガーディアン使いのラフェールが参加していないのならば、出る意味はないと。

 ですが観戦にはいったようで、そこで見かけたと……その、ガーディアン使いのラフェールと共にいるのを」



ガーディアン使いのラフェール。

一時期世間を騒がせた豪華客船の沈没という海難事故の唯一の生還者。

父母、そして妹と弟をその事故で亡くし、流れ着いた無人島でカードを友として生き続けていた少年。今は、青年か。

覚えている。ボロボロになったカードが送られてきた事を。

それはそのカードたちが自らの主人と生を共にしてきた証の傷であった。

傷の付いたカードは、公式で使用する事はできない。当然、不正防止のためだ。

だがそこを曲げて使用するために、目印となってしまうカードの裏面張替の依頼として送られてきたのだ。



そんなことは初めてだった。当然、勝手に行っては違法カードになるからだろう。

自らの主人とともにありたい、という声が聞こえてくるほどに深い絆で繋がれたカードたちであったように思う。

だからこそ、前例はなかったが、その想いに応えた。

カードたちを公式大会でも一緒に闘える姿へと治し、主人の元へと送り返した。



その彼と、夜行が……?



「そうですか……分かりました。夜行の事は、自分自身でしか解決できない問題。

 少々厳しいように思えますが、もう少しの間自分で考えてもらいましょう―――

 リムアート氏は、ワタシが直接話しましょう。月行、会談の場を設けてくだサーイ」

「はい。分かりました―――」



最終的にワタシは、彼に“氷結界の龍 ブリューナク”を託す事になった。

しかしそれが、幼い少女から父親を奪い、そして世界を震撼させる事件に繋がる事には、思い至っていなかったのである―――











そこは、かつては荘厳な雰囲気漂う遺跡の内部だったのだろう。

しかし今はその見る影なく、ところどころが焼け、崩れ、半ば以上に崩落が進んでいた。

脚を進める毎に埃が舞い立ち、その服を汚していく。

だがそれには構わず、一点を目指して歩き続けた。

一際大きく盛り上がった瓦礫の山。



「フン、どうやら奴のDホイールの転移は、時間軸を著しく歪めるようだ――――

 奴を追って転移してみれば、過去の奴がいた場所に流れてしまうとは……」



だが、この時はその幸運に感謝しよう。

まさに天運とでも呼ぶべき、大当たりのクジを引き当てたのだ。

自身で引き寄せた天運、と言うべきか。それとも、彼の強運のおこぼれを貰う形となったのか。

くつくつと仮面の中で頬を揺らす。



バキリ、とその瓦礫の山が崩れ始めた。



『グゥ……オォオオオオ――――!!!

 ワタシは滅ビヌゥ……千年アイテムニ封印サレサエシナケレバ、コノ程度ノ傷ナドォッ……!!』




瓦礫より這い出たのは、全身にズタボロの布を垂らし、砕けた鎧を張り付けた骸骨。

それは頭蓋の奥に弱々しい紅の光を灯し、ゆっくりと這い上がってくる。

く、と笑いを噛み殺し、腕のデュエルディスクを起動させた。



「ならば、封印など必要のない。永遠の闇に招待してさしあげよう――――」

『ナ、ニ……!?』

「キサマが生きている以上、デュエルは続行―――前の相手を引き継ぎ、私が相手をしよう。

 フィールド、墓地の引き継ぎを行わない代わりに、手札は5枚頂く。

 さぁ、キサマのターンだ。もっとも、奴から奪ったカードは全て取り戻されたのだろう。

 どれだけのカードが残っているかは、知らないが……」

『キサマ、……! 何者ダ―――!?

 マァ、イイ……デュエルナド、モハヤ必要ナイ――――キサマハカードニデモ、ナッテイロ』




骸骨が弱々しい手つきで、掌を向けてくる。

それに一体、何の意味があると言うのか。

向けた掌が、目の前の人間の魂を封じると思いこんだ骸骨の滑稽さを笑う。



「フフフ、ハハハハハハハッ!!

 無駄だよカードの神、私にはそのような手段は効かない……私を消したくば、デュエルに勝ちたまえ」

『ヌ、グ……! 何故ダ、千年アイテムノ加護ナキ人間ガ、ワタシニ逆ラエル筈ガ……!?』

「時間切れだ。私のターン! 彼のライフは5500だったか。ならば、闇の誘惑を発動し、カードを2枚ドロー。

 その後、手札の闇属性モンスター、Sin パラレル・ギアを除外。

 そして私は手札よりフィールド魔法、Sin Worldを発動―――――!」



周囲の風景の色が反転していく。漆黒に鎖されていた空間。

塗り替えられた色はまるで、遥か過去に映された映像のように、褪せていた。

その風景こそが我が神が裁く者たちの造り上げた世界――――!



「そしてライフコスト2000を支払い、魔法マジックカード、次元融合を発動。

 互いのプレイヤーは、可能な限り除外されたモンスターを召喚する……私は、Sin パラレル・ギアを召喚」



キチキチと音を立てながら、金色の歯車が目の前に落ちてくる。

幾つかの歯車が重なり合い音を鳴らす、小さなギア。

それは初期ライフで言えば50%もの大量のライフを消費してまで、出すべき存在には思えないもの。

だが、次元融合の目的はこちらではない。今、目の前で展開される、龍の群れ。



白き身体は深淵の如き遺跡の最奥にても、眩き閃光の如く輝く。

その名に偽りなく、青き眼を持つデュエルモンスターズの象徴たる最強のドラゴン。

名は、その姿の美しさを讃えるために、見目麗しい姿そのものとされた。

故に青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイトドラゴン



それらが三頭、威光を纏いてこちらを威嚇するように、その咆哮を高らかと響かせる。

生憎、狭苦しい屋内ではその大空を切り裂く翼が存分に広がっているところは見れないようだ。

至極残念である。これが、彼らの真の姿での、最後の飛翔となるだろうに。



並び立つは、黒き身体に真紅の瞳。白き龍とはまるで反対の色を持つ者。

洗練されたシャープさの中にも、どこか丸みを帯びた印象を受けた青眼ブルーアイズとは矢張り真逆。

全身が鋭角化した鎧の如き皮膚に守られ、強力な力を持っている事が窺える。

その名は、また青眼の白龍ブルーアイズと同じ理由の許に、与えられたもの。

真紅眼の黒竜レッドアイズ・ブラックドラゴン



隕石の如き身体の、赤と紫の入り混じる小さき竜も出たが、そちらはどうでもいいだろう。



『ク、……フハハハハハハハッ!!

 何ガ、私ヲ消シタクバデュエルニ勝テダ―――! イイダロウ、今スグ、終ワリニ―――』


「矢張り、それらだけはキサマ自身のカード……そう、それが欲しかった――――!!!

 カードの神よ、キサマの生誕。その原罪Sinを、己が魂をもって償うがいい……!

 私はデッキから、2枚のカードを墓地へ送る……その名は、」



手をかけずとも、デッキより己の意思で浮かび上がるカードたち。

それは何の絵柄も書かれていない、白紙のカード。

骸骨の顔に疑念が浮かぶ。



合わさる白紙のカードから、合わせ鏡のように無限に続くカードの回廊が出来あがる。

その中に包まれていく一体の青眼ブルーアイズと、真紅眼レッドアイズ

パァッ、と一度大きな光が瞬いた後に、その二体の姿は忽然と消え失せ、白紙のカードにイラストが刻まれていた。

その光景を目撃した骸骨が、震えた。



『ナン、ダト……? バカナ…封ジタトイウノカ、人間ガ。カードノ精霊ヲ……!?』

青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイトドラゴン。そして、真紅眼の黒竜レッドアイズ・ブラックドラゴン

 二体のモンスターを墓地へと送り、私が手札から召喚するのは―――――!」



閃光が迸り、粉塵が焼けていく。先程までの戦火の被害が漸く治まったと言うのに。

再び焦熱に焼かれた地面が、焦げた臭気を周囲に充満させていく。



青みを帯びた白い閃光が集束し、その中から一体の龍の姿を曝け出した。

その姿は、何やら妙な装飾を纏わされているものの、紛う事無き青眼ブルーアイズの姿。

真紅を混ぜた黒い波濤が波打ち、弾けるように飛び出した一体の龍の姿もまた。

銀色のマスクを被せられ、翼にはまるで眼のような紋様が描かれている真紅眼レッドアイズ



「見るがいい! デュエルモンスターズが齎したモノの果てを! キサマたちの原罪シンの姿を!!」



二体の龍が咆哮を放つ。

その声は怨嗟、憎悪、絶望。様々な負の感情に彩られ、周囲を揺さぶる。

まるで自らの根幹、カードの神である事を憎むような口ぶりに、魔神の脚が一歩退いた。



『ナ、ンダ……! 何者ダ―――キサマハ……!?」

「ククク……我が名は、パラドックス――――デュエルモンスターズを憎み、裁く者。

 キサマが神であろうが、何であろうが関係はない…カードのルーツとなるモノ、私はそれらを全て、赦さない……

 レベル8のSin 青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイトドラゴンに、

 レベル2のSin パラレル・ギアをチューニング……!」



ギアが時を刻む時計のように、カチカチと音を立てながら回り続ける。

ゆるりと宙へ浮き上がったギアは、止む事のない怨嗟を繰り返し叫ぶ白龍の身体に沈んでいく。

二体のモンスターを依り代として召喚されるのは、己と同じ名を背負いし存在。

デュエルモンスターズという存在の象徴として扱われ、長らくそれらと人間を結び付けて来た龍。

それが叫ぶのは絶望の声。

己らが支えて来たものに、滅びを齎す矛盾。



「次元の裂け目から生れし闇、時を越えた舞台に破滅の幕を引け――――!」

『バ、バカナァ……! ワタシガ、恐怖シテイルトイウノカ……!?

 タ、タカガ人間如キニィ……!? ワタシノ玩具デシカナイ、人間如キニィイイイイ!?』




闇が爆ぜる。次元の彼方へと消え去った青眼ブルーアイズと入れ替わるように。

それは、姿を現した。

解き放たれた、解き放たれてしまった事を嘆くかのような咆哮を上げる龍。

その瞬間、魔神の場に残っていた三体の龍の身体が砕け、裂け、消し飛んでいく。

僅かばかり残っていた魔神のライフもまた。



『バカナ…バカナァアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 アァアアアアアアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアァアアアァッ!?!?!?』








目前には既に、最期を告げる攻撃を受け、完全に消滅した魔神の姿はない。

咽喉を鳴らして、顔を覆っていた仮面を外す。

仮面を投げ捨て、デッキのカードを全て引き抜き、その様子を検めた。

――――何一つ消えていない。

つまり、自身の目的においてアレは何の意味もないデュエルだったと言う事になる。



「フ……まぁいい。この程度で解決するなどとは思っていない」



踵を返し、自らのDホイールへと向かう。

それに乗ると、これを与えてくれた―――正確に言えば、生前・・のそれを再現してくれた。

友の姿が脳裏に蘇る。



世界は破滅へのカウントダウンを振り切り、最期の時を迎えた。迎えてしまった。

その世界の中で嘆きの叫びを上げる友を見た。



大地が裂け、地中から噴き上がる溶岩に呑まれていく仲間たち。

みんなを救おうと、手を伸ばし、しかし届かぬ手。

やがて彼に救いを求めた声は聞こえなくなり、人の声のない地球の叫びのみが聞こえる世界の中。

彼は自らが信じたものを、仲間を助けられなかった手で握り潰した。



彼がその時挙げた慟哭は未だ耳に残っている。

私は、私ともう一人の仲間はその場面に立ち会い、彼と共に手を伸ばす事すらできなかった。

限界を越えた咽喉から嘆きの叫びを振り絞る憔悴しきった彼を、ただ迎えてやる事しかできなかった……



「そうだ、まだ世界は終わってなどいない……!」



最後ONE一人がいる。

彼がいる限り世界は終わっていない。世界を守るため――――?

否、世界などより遥かに大切なもの。たった一人、絶望の地で希望を目指し死闘を続ける……友。

瞼を閉じれば、彼の慟哭する姿が蘇る。彼の苦しみを思えば、なんのことはない。

彼を救う為ならば修羅になろう。悪魔に魂を捧げよう。如何な絶望とて耐えてみせよう。

彼が生きる世界を救う為、世界を滅ぼす矛盾さえ厭いはしない。



「待っていろ、Z-ONEゾーン……

 私の実験の果てに、必ず君の希望を見つけ出してみせる―――!」



未だ見えぬ明日と言う名の希望。

延々と繰り返される絶望と言う名の明日の先に、未来を見つけ出す。

見えるんだけど・・・・・・・見えないもの・・・・・・

それは眼に映る明日ぜつぼうを越え、眼に見えぬ明日きぼうを手に入れるための旅路。











「む……?」

「どうかなさいましたか、アトラス様」



いつも通り、デュエルスタジアムへと向かう道すがら。

初めて見る光景を目の当たりにした。

道端に捨てられた1枚のカード。それは、自分がサテライトにいた時を思い起こさせる。

サテライトには、シティの住民が不要と断じたカードが何枚も落ちていた。

子供の頃はそれを拾い集め、一喜一憂していたのを覚えている。



だがしかしそれは、キングとなった今恥ずべき記憶。

微かに鼻を鳴らしてそれを見なかった事にしようかとも思ったが、何か、それに惹かれるものを感じていた。

己の背に声をかける深影の声を無視し、その1枚のカードに歩み寄る。



「ふん、所詮シティもサテライトも大差ないと言う事か。

 どこにでもこんなものは捨てられている。掃除が行きとどいているかどうかの差しかない……」

「アトラス様、まるでサテライトを知っているような口振り。

 どこに耳を立てられているか分かりません。あまり、そのような事は……」

「分かっている」



1枚のカードを拾い上げ、埃を払う。

隣に並んで周囲を頻りに気にしている深影を横目で見る。

再び、微かに鼻を鳴らしてカードへと目を向けた。



高い攻撃力を誇る、最上級のモンスターカードであった。

眉を顰めて、周囲を見回す。明らかに捨てられるようなモンスターではない。

むしろ極上のレアカードである。

シティにこれだけのモンスターが落ちているとすれば、誰かが意図せず紛失した可能性の方が高い。



やはりクズの街とは違う、か。

興味は尽きた。誰のものとも知れぬカードを持ち歩く趣味はない。

そのカードを落ちていた場所に戻そうとして、―――無意識に踏みとどまっていた。



これだけのモンスター、無駄にするには勿体ないだろう。

キングの許で力を奮えるとなれば、このカードは元より元々の持ち主も満足するに違いない。

そのカードをデッキホルダーの中に差し込む。



見る事などあり得なかった筈の瞬間。

しかしデッキにそのカードを差し込む瞬間、確かにカードに描かれた魔物は嗤っていた。











ゴドウィン長官からの条件はたった一つ、けしてジャックには勝たない事……いいですね?



ネオドミノシティにおいて、街の実権を握る治安維持局。

その長官であるレクス・ゴドウィン。彼からの言伝を預かってきたピエロの名は、イェーガーと言った。

奴が伝えて来た内容は、要訳すれば金の為にかませ犬になれ。そういう事だ。



例え何があろうとも、デュエリストはデュエルのフィールドにおいて全力で戦う。

その権利であり義務であり、礼義であり誇りとなる全てを、否定しろと。

奴は言ってきたのであった。

平時であれば、誇りを賭けた戦に臨む者に対しての言葉ではないと激昂しただろう。



だが、今のオレにはその誇りを捨て、魂を売り捌くしか方法がなかった。

今は自らのデッキに眠りし三極神。

極神皇トールのカードを発掘する際、突如発生した落盤事故に巻き込まれた父親の命を救う為には―――

自らの誇りなど一山幾らと扱われようとも、治療費を手に入れるためには必要とされる事であった。

そこには悔恨が残る。一生を経ても取り戻せない喪失がある事だろう。

だが、それでも……誇り如きと、父の命を比ぶれば、どちらに天秤が傾くかなど、言うまでもない。



借り物のDホイールの上で、最後となるだろうデュエルを待ち詫びる。

デッキに眠りし無敵の三極神は、恐らく使わぬままにデュエルを終幕させることとなるだろう。

そこに怒りがないわけではない。だが、どうしようもないのだ。



入場ゲートが開き、ピットに取り付けられたモニターが入場を求めてくる。

慣れぬDホイールを動かし、その車体をスタートラインへと進めた。

オレがスタートラインで停止した直後、実況者がその声を張り上げるのが聞こえる。



『さぁ! 今回、キングに挑戦するデュエリストは北欧の死神を謳われるドラガン!

 北欧神話に準えるカードと戦術を前に、我らがキング! ジャック・アトラスはどう立ち向かうのかぁー!

 キング、ジャック・アトラスの入場だぁああー!!』



オレが出て来た場所とは反対のゲートから、奴のDホイールが姿を現す。

特徴として上げ得る部分は幾つもあるが、その最大の特徴はそれが一輪車である、と言う事だ。

巨大なホイール一輪の中に乗る。という形で成り立っている、突飛なマシン。

だが、一輪車などと侮るなかれ。



一輪のみで車体のバランスを取り得る構造のため、旋回性能やバック走行の性能が他のDホイールを圧倒している。

奴は前を向いて走ると同じ要領で、後ろを向いたまま走る事ができる。

ライディングデュエルはデュエルの腕だけでは勝てない。Dホイールライダーとしてのスキルも要求される。

相手の前を走るという位置的アドバンテージを奪いつつ、後方を向いて対戦相手にプレッシャーを浴びせるバック走行。

それは、Dホイールの走行技術の中でも、最上位のスキルに位置する。

だが、奴はそれを当然の如く行ってくる―――



「待たせたなぁ! オレがキングだ!!」



惜しげなくオーディエンスへ自らの存在をアピールするジャック・アトラス。

彼は自らを称賛する歓声を浴びながら、オレの隣へとDホイールをつけて来た。



「フン……北欧の死神などと呼ばれているようだが、

 キサマ程度がこのキングに敵うべくもないという事を、その身に刻んでやろう!」



挑発も、憤りを呑み込んで受け流す。

それに乗る資格は、今のオレにはない。

ただそれを呑み下すには、余りにもオレは弱かったのだろう。



「「スピード・ワールドセット!

  ライディングデュエル、アクセラレーション!!」」



互いのDホイールが火花を散らし、その車輪を回転させる。

アスファルトの大地を駆けるDホイールを身体を使って抑え込み、その加速を限界まで高めていく。

時速200キロ近くまで加速する車体を制御しながら、カードをプレイする事を必要とされる競技だ。

そこには数えきれないほどの危険が付き纏う。

Dホイール自体はスタートを終え、既に自動制御に入っている。

だが、そんな事は関係ないと言わんばかりに、ジャックは自らの腕でDホイールを繰り、こちらを引き離していく。



「チャレンジャー! その程度の加速で、このオレの相手など片腹痛いわ!!

 早々に引導を渡してやろう……オレの先攻だ! ドロー!!」

「くっ……!」



奴はこの風を全く意に介さず、余裕を保ったまま、自らのターンへと突入した。

流石にただの操り人形ではないと言う事か……!



「オレはチューナーモンスター、トップ・ランナーを召喚!」



白い光と共に、奴のフィールドにモンスターが現れる。

卵のような頭部と一体化している丸い胴体で、細い眼が爛々と光を放つ。

長い手足を疾走の構えで固定し、残像を引きずりながら空間をスライドして進むモンスター。



「更にカードを2枚伏せ、ターンエンド!

 北欧の死神だろうがなんだろうが、このキングの前では無力な羊にすぎない。

 その事を身を持って味わうがいい!」

「ヌゥ…! オレのターン!」



スピードカウンターが一つ目を刻む。

ドローしたカードと、手札を合わせる。

……これならば―――!



「オレは極星獣ガルムを召喚!」



Dホイールに追走する赤毛の猟犬が出現する。

トップ・ランナーの攻撃力は1100。対するガルムの攻撃力は800しかない。

このまま攻撃する事はできない。



「カードを1枚伏せ、ターンエンド!」

「フン、攻撃表示の雑魚モンスターに伏せカードか。

 そんな小細工がキングに通用すると思うのか! 見せてやろう、追われる者の力を!

 オレの、タァーンッ!!」



そう、確かに小細工と称される戦術だろう。

だがその小細工を用いる事で、オレは自らの最強モンスターを呼び出す布石を打った。

まずはキサマの力を曝け出すがいい。

その時こそ、我が最強の極神皇の力の前に、キサマはひれ伏す事に――――



「ッ!」



できない。

そんな事はけして、行ってはならないのだ。オレはこのまま道化を演じ、敗退する必要がある。

歯を食い縛り、必死にその感情を押し殺す。



「オレは手札より、パワー・ブレイカーを召喚!」



続いて奴のフィールドに現れたのは、両腕に斧がついた腕輪を装備したモンスター。

頭を覆う兜から伸びるオレンジ色の飾り髪と、背負うくすんだ布の中には、巨大な鉄球が隠されている。

まるで囚人。全身を拘束され、動きを封じるために設けられた枷は幾つとも知れない。

囚人、今のオレも、あのようなものだろう。



「くっ……!」

「更にレベル4のパワー・ブレイカーに、レベル4のトップ・ランナーをチューニング!」



奴が宣言するのはシンクロ召喚。

そして、そのレベルの合計は8。ジャック・アトラスをキングたらしめる最強のしもべを呼び出す数値。



トップ・ランナーがその手足を大きく振りながら、加速する。

先程までのスライド移動とは違い、残像が消えた本来の疾走。

先頭を走る者という名の通りのそれに、後からパワー・ブレイカーが続く。



「王者の鼓動、今ここに列を成す。天地鳴動の力を見るがいい!!」



疾走者はその身体を四つの星に変え、弾け飛んだ。

星は円環を描いて光のリングを作り上げる。

そのリングが作る光の路を進むのは、後から続くパワー・ブレイカー。



それは、他のモンスターを新たなるモンスターへと進化させる力。

それこそが、シンクロ召喚。



「シンクロ召喚! 我が魂――――!!」



真紅の炎が破裂した。

炎の怒濤がフィールドを埋めつくし、視界を塗り潰す。

そして見た。その合間から覗く、真紅の波濤を纏う、悪魔の如き相貌の魔龍の姿を。



三本の白い角が生えた頭部は悪魔そのもの。

ドラゴンと言うには、余りにも人型に近すぎる体型を持つのは、むしろ悪魔に近い証拠か。

黒々とした筋肉の鎧は一部真紅で彩られ、その色合いからでさえ攻撃性を見いだせる。

龍以上に悪魔に近しいその翼を広げ、魔龍は雄叫びを。

そしてそれを従える王者は、その名を呼ぶ。



「レッド・デーモンズ・ドラゴォオオオオオンッ!!!」



雄々と。魔龍は王者の風格を纏い、フィールドを席巻する。



「これが、キングのエースモンスター……!」



見れば分かる。その力、その誇り、その威容。

奴はレクス・ゴドウィンにただ使われている人形などではない。

その力は紛う事なき真の王者。

だからこそ、感じる。その感情を覚えてしまう。



勝ちたいっ……! いや、勝てる―――!

俺のこのトラップを使いさえすれば、勝利をもぎ取る事ができる……!

だが、そんな事をすれば……!



ギリギリと歯を食い縛り、そのカードに伸ばした手を引き戻す。

それと同時、左眼の中に灼熱を感じた。



「っ……!?」



スリサズのルーンが刻まれた瞳が発現する。

それは神より下される神託。

下されたその言葉に、愕然として口でそれを繰り返す。



「馬鹿な……呼べと言うのか、神を!? そんな事をすれば……」

「行くぞ! レッド・デーモンズ・ドラゴンで、極星獣ガルムを攻撃!!」



悪魔龍がフィールドで翼を一つ羽搏かせ、こちらのフィールドに侵攻してくる。

黄金の瞳を輝かせ、その掌に爆炎を凝らせる。

絶対破壊の一撃。あらゆる守りを撃ち崩す苛烈なる波動。



「アブソリュート・パワァーフォォオオオオオオオスッ!!!」

「できない……そんな、事は―――!?」



Dホイールのハンドルをきつく握りしめ、反応しようとする身体を抑え込む。

だがしかし、その一撃を真正面から見据えた時に見た。



―――何かが、ある。

邪念か、あるいは邪悪そのものか。何かは判然としないが、闇色の力が。

それも、三極神に及ぶほどに巨大な力。

ルーンの瞳が発現している今だからこそ眼に映る、邪悪な瘴気。



「なんだ、あれは……!?」

「砕け散れ、雑魚モンスター!」



攻撃力3000を誇る魔龍を迎え撃つは、僅か攻撃力800のガルム。

レッド・デーモンズの攻撃が攻撃表示のガルムに突き刺さる。

その掌を打ち付けられたガルムは、断末魔をあげる間もなく焼滅した。



瞬間、消し飛ぶガルムの身体を構成していた光の欠片と共に、衝撃が身体を揺さぶった。



「グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」



衝撃が身体を襲う。Dホイールが軋み、いずこからか致命的な音が聞こえた。

ライディングデュエルにおいて、互いの攻撃が仮想立体触感バーチャルソリッドフィールとなってプレイヤーを襲う事はある。

だがそれが、実際に物質を破壊する事などありえない。

悲鳴をあげる身体が力を失い、抑え付けていたDホイールのボディに振り回される。

ライフカウンターが一気に2200ポイントのダメージを受け、急激に低下していく。

スリップしたホイールを何とか抑え込み、持ち直す。



「フハハハハハッ! どうだ、キングの一撃は!」

「グッ、ウゥッ……オ、オレは戦闘によってモンスターが破壊されたこの瞬間、極星獣タングニョーストの効果を発動!

 極星獣タングニョーストは、オレのモンスターが戦闘破壊され、墓地へ送られた時、手札から特殊召喚できる!

 守備表示で特殊召喚!」



黒い体毛に包まれた山羊が現れる。

その能力値は高くないが、このモンスターには特殊能力がある。

それこそが絶対の神を降臨させる礎となる効果。



「フン、まだ分からんか。このキングを前に、雑魚モンスターを幾ら並べようと無駄だと!」

「ならば……見せてやる! 神の姿を!!」



自身のプライドはもはや捨て去った。最早何も恐れるものはない。

父の医療費ならば、好事家に神のカードを売り払ってでも確保してみせる。

キングをも打ち破った最強のモンスターとして。



今はそれよりも、あの邪悪なオーラを振り払う方が最優先。

あれが何に侵されているかは知らないが、その闇を神の威光を持ちて消滅させる―――!



借り物のDホイールの通信機能はイェーガ―に掌握されている。

だと言うのに、奴は何も言ってこなかった。

今何を言われたとしても、止まる気など微塵もなかったが。



「ほう…? ならば見せてみるがいい、神とやらを!

 カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

「オレのタァアアアアン!!」



ルーンの瞳が光を湛え、溢れさせる。

神が呼ぶ声に応え、オレもまた、現世において神を呼ぶものとなる。



「極星獣タングニョーストを攻撃表示に変更!

 その効果により、デッキからタングニョースト以外の極星獣と名のついたモンスターを特殊召喚する!

 オレはデッキより、極星獣タングリスニを特殊召喚!!」



メェエエというタングニョーストの鳴き声に応えるのは、デッキに眠りし新たな極星獣。

タングニョーストとは真逆。白い体毛の山羊こそ、極星獣タングリスニ。

二体の供物の山羊、そしてもう一体。



「更に極星獣グルファクシを召喚!」



漆黒の馬が黄金の鬣を振り乱しながら、雄叫びを上げる。

蹄でで大地を蹴り穿ち、オレが駆るDホイールを追走する。

グルファクシは巨人に従えられし名馬。

その巨体はレッド・デーモンズのそれには僅かに及ばぬものの、その力強さは他の馬とは一線を隔す。

勿論、真正面からレッド・デーモンズに勝てるわけではない。



だがその力は、神を呼ぶ。



「レベル3のタングリスニとタングニョーストに、レベル4のグルファクシをチューニング!」

「レベル10のシンクロモンスター、だと…?」

「星界の扉が開く時、古の戦神がその魔槌を振り上げん―――!

 大地を揺るがし、轟く雷鳴とともに現れよ。シンクロ召喚!」



白山羊、極星獣タングリスニと黒山羊、極星獣タングニョーストが宙へと躍った。

その名の通り、タングニョーストが自らの歯を軋らせる。

二体の山羊に続くのは巨体の馬。

光と化したグルファクシは、リングとなり、二体のモンスターを包み込んでいく。

眩く発光するその先には、新たなるモンスター。否、神を呼ぶ力が宿っている。



「光臨せよ、極神皇トォオオオオオオオオオオオオルッ!!!」



天が裂け、雷光を纏いてその姿を現す者こそ、三極神が一柱。極神皇トール。

タングリスニとタングニョーストが牽引する戦車の車輪が鳴らす音こそ、雷鳴と言われるもの。

三体のモンスターが供物として自らの身を捧げる事で、神は現世へと降りる。

自身の力に絶大なる自信を持つからこそか、その鎧は軽装。

鉤爪のような角が三本生えている肩当てと、胴のみを覆う鎧。

そして雷をイメージする黄金の二本角の兜。

風を受けて暴れるマントを背負い、最強の力を持つと云われる神は舞い降りた。



その能力は如何なるモンスターの能力をも封じ、戦闘能力のみで競う事。

最強と謳われるトールの攻撃力の前では、それが最強の特殊能力となる。



「フン、なるほど。これがキサマの言う神か……」

「神の力、存分に味わうがいい―――! 極神皇トールよ、レッド・デーモンズ・ドラゴンを…」

トラップ発動! スクリーン・オブ・レッド!」



奴の伏せリバースが開放される。



「スクリーン・オブ・レッドがある限り、相手モンスターは攻撃宣言を行う事ができない。

 神などと謳われてはいても、所詮その程度だ!」

「……ならば、カードを1枚伏せ、Spスピードスペル-オーバー・ブーストを発動!」



瀕死のDホイールが限界に迫るスピードを捻り出す。

借り物の安物Dホイールではこの程度。

邪気を纏ったレッド・デーモンズの攻撃により、追い詰められていたDホイールが悲鳴を上げている。

だが、こいつが使い物にならなくなる前に決着をつける―――



「オーバー・ブーストの効果により、オレのスピードカウンターを4つ上昇させる!

 オレのスピードカウンターはこの効果により、5となる!」

「ふん、キサマのスピードカウンターは元より1つ。

 代償としてエンドフェイズにスピードカウンターが1つとなる効果も、デメリットとして働かないか」



スクリーン・オブ・レッドはこちらのモンスターの攻撃宣言を封じるカード。

その攻撃無効効果は優秀であるが、毎ターンのエンドフェイズにプレイヤーのライフを強制的に1000削る。

奴がその維持を許されるのは3回。その間に状況を整え、神を攻略するつもりなのだろう。



だが甘い。



Spスピードスペル-運命の呪縛を発動!

 スピードカウンターが2つ以上ある時、オレの場のモンスター一体に呪縛カウンターを二つ与える!

 極神皇トールに呪縛カウンターを二つ与える。

 その効果により1ターンに一度、攻撃を行わない代わりに呪縛カウンターを一つ取り除く事で、

 呪縛カウンターの乗せられたモンスターの攻撃力の半分の数値のダメージを相手に与える!

 キサマのスクリーン・オブ・レッドは攻撃宣言前に発動されたもの。

 よって、このターンの使用が可能となる。行け、極神皇トール!!」



トールがその腕で巨槌を振り上げ、その槌に雷光を蓄えていく。

天より降る雷撃が槌に集中して狙いを定め、幾条もの閃光が降り注いでくる。

その光景は天が怒る様。天に刃向かう傲慢な王者に対して下される、神の裁き。

トールがその鉄槌を振り下ろし、地面に対して叩き付ける。

その瞬間、雷光が解き放たれた。



大地を奔り、その雷光は過たずジャックの身体に直撃した。

オレ自身がレッド・デーモンズの攻撃を受けた時のように、それは実際の威力を伴ったもの。

ホイール・オブ・フォーチュンの車体の塗装がバチリと弾けて、微かに覗く鉄の色を曝け出す。

だがしかし、ジャック・アトラスは微塵とて揺るぎない。



「フン、極神皇トールの攻撃力は3500。よって、オレは1750のダメージを受ける。

 オレの残りライフはこれで、2250となったわけだ」

「これで次のターン、キサマがスクリーン・オブ・レッドを維持したとすればライフは1250……

 2つ目のカウンターを取り除いた効果で、キサマのライフは0となる!」

「ク……」



こうなってしまえばスクリーン・オブ・レッドは奴の枷にすぎない。

奴は次のターン、スクリーン・オブ・レッドが持つもう一つの効果を使用せざるを得ない。

レッド・デーモンズがいる時に、自身を破壊し、墓地のレベル1チューナーを蘇生する効果。

これはオレのターンでも使えるが、奴の墓地にレベル1チューナーが存在しない今は無力。

恐らく何らかの手段でこのターン、レベル1のモンスターを墓地へ送るだろう。

だがそれは無意味だ。



オレがこのターン伏せたカードは、ミョルニルの魔槌。

次のターン奴はスクリーン・オブ・レッドの効果で特殊召喚するチューナーと合わせて、モンスターの壁を並べるだろう。

だがしかしそんなものは神の前では無力。

二回の連続攻撃を可能とするミョルニルの魔槌でそれらは全て粉砕される。

例え数ターン、モンスターの壁で凌いだとしても奴にはいずれ限界が訪れるだろう。

何故ならば神は不死。

奴が幾ら足掻こうと、神が降臨した以上このフィールドの支配権は神の手に握られたのだ。



「ククク…フフハハハハハハハ! ハァーッハッハッハッハッハッハッ!!

 次のターン・・・・・だと? キサマに次のターンが与えられるとでも思っているのか?

 キングの前ではキサマの浅はかな戦略など何一つ通じぬわッ!!

 キサマのようなノロマに、キングに挑戦する資格などないと痴れェッ!!!」

「なにっ……!?」

「オレのターン!!」



奴の纏う闇色のオーラがより強大なものとなる。

それは余りにも大きく、トールの力以上のものすら感じるほどに、大きい。

馬鹿な、そんな事はありえない。神をも超越する力など―――!



トラップ発動、強化蘇生!

 墓地のレベル4以下のモンスターを特殊召喚し、このカードを装備。

 蘇生させたモンスターのレベルを1、攻撃力・守備力を100ポイントずつ上昇させる。

 オレは墓地のトップ・ランナーを特殊召喚!」



疾走者が再びフィールドに舞い戻る。

その攻撃力は強化蘇生の効果を受けても僅か1200。無論、トールには及ばない。

だがその狙いは見えた。トップ・ランナーは自分のシンクロモンスターの攻撃力を600ポイントアップさせる。

つまり、これでレッド・デーモンズの攻撃力は3600となった。

攻撃力3500のトールを戦闘破壊する事が可能となったのだ。



微かに口許を吊り上げ、ジャックの攻撃宣言を待つ。

このターン、トールは破壊される。

しかしそれは、奴に更なる悪夢が訪れる事に他ならない。

トールが、三極神が持つ絶対の不死性。破壊されたターンのエンドフェイズに再生する能力の発現に繋がるからだ。

更にその際、トールは奴に800ポイントのダメージを与える効果が備わっている。

奴がこのタイミングでスクリーン・オブ・レッドを維持すれば残り450。

維持せずとも残り1450ポイント。

しかし維持しなければ、蘇ったトールがトップ・ランナーの効果を吸収し、レッド・デーモンズを粉砕する。

無論、ミョルニルの魔槌の効果でトップ・ランナーをも纏めて、だ。



さぁ、こい。ジャック・アトラス―――!



「更にオレは、手札のバリア・リゾネーターの効果を発動!

 このカードを墓地へ送り、チューナーを一体指定。そのモンスターはこのターン戦闘で破壊されず、ダメージも受けない。

 オレが指定するのは勿論トップ・ランナーだ」



トップ・ランナーの前方に青白い膜が現れる。

文字通り、戦闘で発生するあらゆるダメージを無効にするバリア。

バリア・リゾネーターはレベル1のチューナーモンスター。

なるほど、これでスクリーン・オブ・レッドを破壊する、という魂胆か。



「そして、スクリーン・オブ・レッドのもう一つの効果!

 レッド・デーモンズ・ドラゴンがフィールドに存在する時、このカードを破壊し、墓地のレベル1チューナーを特殊召喚する!

 バリア・リゾネータ―を特殊召喚!」



背にバリアの発生装置のようなものを背負った、三頭身程度の小悪魔が現れる。

手には音叉を持ち、頭の触覚を横に揺らしながら、バリバリと鳴くモンスター。

これで奴のフィールドに、攻撃を防ぐ壁はなくなった。

次のターンで、ジャック・アトラスの敗北は揺るがない―――!



「ククク……オレは言った筈だ。このキングの前に、雑魚モンスターを幾ら並べようが無駄だとな!」

「なに……!?」



今奴は、フィールドに降臨した神を雑魚、と。

この神が放つプレッシャーの中でそうのたまったというのか。

何と言う侮辱か。

歯を食い縛り、前を行くジャック・アトラスを睨みつける。



「キサマが神を信奉するのは勝手だが、神すらしもべとして従属させてこそ、王者!!

 神の許にひれ伏すキサマ如きが、このキングに敵うべくもないという事を、その身に刻み込むがいい!

 オレは、レッド・デーモンズ、トップ・ランナー、バリア・リゾネーター、この三体のモンスターをリリース!」

「リリース、だと……!?」

「神とは絶対者。絶対の力を持ちて、人の世を支配する者。

 王者とは超越者! 森羅万象全てを超越した次元に君臨する、世界を遍く席巻せし者!!

 キングの称号を持つ頂点、このジャック・アトラスを前にすれば、神すらもその頭を垂れる。

 絶対の力を従え、人の世を超越せし者。故に、絶対王者キング!!!」



レッド・デーモンズがその悪魔の如き顔面を歪め、闇色の力に呑まれていく。

当然、トップ・ランナーとバリア・リゾネータ―もそれに続く。

奴の身体から滲み出るように放出される闇色の気配は留まる事を知らず、たちまちオレたちを全て包んだ。



「なんだ、何が起きている……!」

「さぁ、降臨せよ! 邪神ドレッド・ルート!!」



瞬間、闇が膨れ、弾けた。

闇の奥から現れたのは悪魔そのもののような、しかし悪魔を超越した果てに神域まで達した存在。

悪魔の頭蓋骨を被っているのか、それともその頭蓋骨も自らの身体の一部なのか。

どちらにせよ膨張した筋肉に鎧の如く張り付いた様々な骨格は、既に身体と一体化している。

トールと並ぶ同等の背丈を持つモンスターの、その頭蓋の兜に覆われた顔が、一瞬嗤った。



「邪神、だと……」

「バトルだ! 攻撃力4000に及ぶ邪神の攻撃、その身でとくと味わうがいい!」



攻撃力4000。それは、トールの攻撃力3500すらも上回る。

三体に及ぶモンスターをリリースしたとはいえ、その攻撃力は破格のものだろう。

だがしかし、神にはその程度の攻撃力の差は意味をなさない。



「ならば、トラップ発動! 極星宝ブリージンガ・メン!!

 互いのモンスターを一体ずつ指定し、こちらのモンスターの攻撃力を、相手モンスターの元々の攻撃力と同じにする!

 これによりトールの攻撃力はキサマのドレッド・ルートの4000と並んだ!!」



これにより相討ちさせれば、奴のモンスターは消滅。

だがこちらのトールにはエンドフェイズに蘇生する効果が備わっている。

次のターンにダイレクトアタックを仕掛ければ、それで終わり。



そう考えた刹那、邪神と呼ばれたモンスターが嗤う。

勝利を齎す女神の首飾りをかけられたトールの力が増大し、漲る。

力を得たトールがその腕で雷撃を纏いし巨槌、ミョルニルを振るった。

向かってくる邪神は、横合いから来たその一撃を躱すでもなく、受け止めるでもなくただそれを甘受した。

雷撃が解放され、邪神の身体を焼き払う。



「やったか!?」

「フン……」



ガシン、とミョルニルを邪神の腕が掴み取った。

メキメキと音を立てて拉げていく雷撃の槌。

撃ち込まれた一撃に、邪神の身体は傷一つ負っていない。



「馬鹿な、トールの一撃を受け止めた、だと……!?」

「フン、だからわざわざ忠告してやったのだ。雑魚を出しても意味はない、となぁッ!!

 邪神ドレッド・ルートよ、その雑魚モンスターごと、絶対王者キングに刃向かう愚者に裁きの鉄槌を振り下ろせ!」



邪神の双眸が輝き、その拳を振り上げる。

その時に、命令を下すジャック・アトラスの腕に、赤く輝く何かの紋章が見えた。

赤く輝く腕の紋章は、徐々にその輝きを赤から黒へと変えていく。

武装を失ったトールが膝を着く。

その頭上から、邪神の拳が振り落とされた。



「フィアーズ・ノックダウン!!!」



粉砕。そして、圧壊。デュエルスタジアムが震動し、鳴動する。

邪神の一撃により神は葬り去られ、オレのライフは一瞬で尽きた。

何故、と考えている暇もなかった。

奴の攻撃により発生した実際の衝撃が、Dホイールを損壊させたのだ。

外れるホイール、炎を上げるモーメントエンジン、本体も半ばから真っ二つに折れ、空中へ放り投げられた。

その直前、デッキだけはホルダーごともぎ取る。

爆発、炎上。200キロ近いスピードで放り出された身体は、

その反動で大地へ叩き付けられた後も数十メートル以上転がり続け、漸く止まった。

朦朧とした意識の中、最後に聞いたのはあの男の声だった。



「畏れよ! 慄け!! 圧倒的な力で相手を組み伏せ、その頭を踏み付けて頂上に君臨する!!!

 これぞ絶対王者キングのデュエル!

 フフフ、ハァーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」







「ハ、ハァア……邪、邪神ですと……!?

 ゴドウィン長官。まさかあれが、ドラガンが三極神を出すのを止めなかった理由……!」

「ええ、私も半信半疑でした。が、どうやら正解だったようですね」



窓際に歩み寄り、その硝子に手をあてる。

義手からはなんの感触も伝わってはこない筈だが、まるで灼熱に触れたかのように熱さを覚えた。

ジャック・アトラスの腕。赤き竜の痣が黒く染まる瞬間に覚えたこの昂ぶり。

絶対の存在に思えていた赤き竜すらも塗り替える力。それが、邪神。

ならば、赤き竜と邪神の力。双方を手にすれば、それは運命などいとも簡単に捻じ伏せる事ができるだろう。



「救護班を。彼を医務室へ運んで下さい」

「はっ」

「それに、契約金の方も彼の指定した口座に。

 ああ、彼自身の治療費の方も上乗せしておいて下さい」



イェーガ―副長官がその指令を受け、すぐさま動き始めた。

彼は十分以上に役目を果たしてくれた。



兄さん、矢張り貴方は間違っていた。

貴方の元々持っていた力は、今のジャック・アトラスに等しい、いやそれ以上のものだった筈。

神すら凌駕する力を、有効的に使えなかったのは貴方の過ち。



故に、今度は私が――――――











「ふぅ、なんだな。何だか凄い疲れた気がする」

『私たちは何もやってませんが、何だか凄く物語の根幹に関わってきそうなイベントがあった気がします』

「うん」



何でだろうな。俺たちはまだ何もやってないのに。

まるでこれを書いてる奴がもう疲れたという毒電波を送っているようだ。

まぁ俺にはそんな事関係ないので、のんびりとマスターガイド3を読みふける。

やっぱりマスターガイドで一番面白いのはイラストの影に歴史ありだよな。

今回はDTのストーリーが解説されててマジ面白い。

これが3年に一回しか出ないとかホント何でだろうな。

DTのストーリーとかの解説本出してくれればいいのに。



遊戯王はホントにカード以外の展開しないから困る。面白いのに。

月刊遊戯王とか出せば買うのに。毎号カード付属にすれば、OCG化されないカードも減るし。

更に毎回リミテッドエディションも出してくれれば、言う事はない。



『月刊遊戯王はあるじゃないですか』

「もう言いたい事は分かったけど、どこに?」

『Vジャ「違うから。分かるけど違うから」



まさしく大体あってる。

というかあそこまで間違いだらけの専門誌なんて嫌だ。

このSSのデュエルレベルで間違えてる事があるなんて、一体どういう事だ。



『ところでマスター、いつになったら帰るんですか』

「帰るも何もこっちが俺の世界だがな」



今俺は自分の家に帰省中だ。

超融合を手に入れた時点でこうする事ができるようになったので、ホントに困らない。

もし打ち切りになっても簡単にエンディングを迎えられるのだ。

そして外に置くわけにはいかないので家の中にくそでかくて邪魔なこいつも置いてる、というわけだ。

まぁ今回の帰省はマスターガイド3とスターターデッキ2011を買いに来るためだったが……

発売日に直行、というわけにもいかないので、俺が向こうの世界に行ってしまった日に戻り、今まで過ごしてきたのだ。



『マスターマスター』

「なに」

『マスターがあちらの世界に転移したのは、2月15日ですよね』

「そうだな、投稿日的にそんくらいだな」

『2月26日発売のムービーパックのカードを3話で使ってたのはいかがなものか』

「黙れ、大人の事情だ」



ついでに俺はジャンプフェスタに行ってないので、3月発売のヴェイパーを持っているのもおかしい。

しかしそんな道理、私の無理でこじあけた結果である。

言わなければ分からない。もう遅いが。



「ああ。目的は果たしたし、そろそろ向こうの世界に行こうかー。

 それにしてもこっちに帰ってくるまで、色々あったよなぁ」

『回想でセブンスターズ編までカットですね分かります』



俺の目的を的確にあててくる。何と言う奴だ。流石は俺の思考を元にしたAI。

かわいくない育ち方をしてやがる。











「おーい、エックスー? いるかー?」

「ふぁ……アニキ、こんな朝早くから尋ねるのはどうかな」

「いいじゃんいいじゃん。エックスがやったデュエルの結果が気になるし!」

「アニキがデュエルの気配がするって勝手に言ってただけなのに……」



本当にデュエルしてたかも知れないのに、いきなり部屋に押し掛けて「デュエルどうなった!?」である。

流石の非常識もここまでくると清々しい朝、を迎えるに相応しい言葉になる。

わけがないだろう、などと思っている。

そんな翔に、来訪を察知(Xさんマジ便利)し、扉の横合いに潜んでいた俺は声をかけた。



「オイテケ~オイテケ~ おいしいポリポリできれば5つ オイテケ~オイテケ~」

「ギャァアアアア!? ミイラ男ぉおおおお!?」



いきなり跳び上がって俺のベッドに突っ込んでいく翔。

人のベッドを荒らすな。



「な、何だぁ!?」

「オイテケ~オイテケ~ 元気が出る青いもの オイテケ~オイテケ~」



全身が包帯に包まれた俺は、ゆらゆらと二人に歩み寄っていく。

当然である。あの魔神に、と言うか主にラーにこんがり焼かれた俺は全身火傷状態である。

志々雄状態である。実際焼けてるわけではないし、肌がヒリヒリするくらいだが。

状態的にはむしろ日焼けである。太陽に焼かれただけに。



「あ、リボーンゾンビか!?」

「違う。死者への手向けごっこだ」



魔神追悼の会。ざまぁw二度とこの世に戻ってくんな。

そのままオシリスレッド制服の上着を羽織る。

そこまでくればこのミイラの正体が俺だと気付いたようで、気が抜ける二人。



「エックスくん、何してるんすか?」

「俺に質問するなぁああああああ!」



あの人は全身火傷からの全身包帯が妙に印象に残ってる。何故か。

ああ、もうアクセルタービュラーカッコよすぎるだろ。

同じバイク同士で何故ああもプラシドと差がつくのか。

初めて見た時シャアザクwとか言ってた奴誰だよ、謝れ。サーセン。



「で、結局何してるんだ?」



向こうは向こうで俺の扱いに慣れ始めているらしく、スルーである。

悲しくなってきた。



「いや、特に意味はないけど。まぁ赤いから。バイクだし」

「なんのこっちゃ」



まぁそうだな。俺の存在的にはどれかと言えばギャレンだな(ただしジャックフォーム)

空飛ぶし。ついこの前、初登場促販に近い勝利をもぎ取った後なので、後は負ける予感しかしない。

フュージョンジャーック、フュージョンジャーック、フロート。

まあ最強のライダーはフュージョンジャックしてもゾウだしな。

ダンボなら飛べたかもしれないが。

残念ながらガーネシア・エレファンティスの地割れ攻撃は、飛行エレファントには無効だ。

どっちもゾウじゃねーか。でもトムの勝ちデース。

砦を守る翼竜は35パーセントの確率でその攻撃を回避するぜ!



「なぁなぁ、そんな事より昨日のデュエル、どうだった!?」

「俺に質問するなぁああああああ! 勝ったぞ」

「へー! どんな相手だったんだ?」

「ゴギガワイト」



はい? と十代は首を傾げた。俺だってあいつの正体なぞ詳しくは知らん。

自称カードの神で、かつ骨太で犬の前に立たせたら襲われそうな外見をしている。

しかしその能力は俺程度に負けるレベルの神(失笑)であり……

あ、自分で言ってて悲しくなってきた。



「まあつまりワイトだ。いや、さまよえる亡者か」



ワイトは強いもんな。

ミノタウロスに握り潰されたりと、原作での出番もあるし。

しかし何故遊戯はワイトを入れていたのだろう。

相手モンスターと融合させて腐らせるためだろうか。

オベリスクと融合させたらもう巨神兵ってレベルじゃねーぞ。早すぎたんだろうな。



「ふーん、アンデットデッキ使いとか?」

「間違ってないな」



基本的に墓地から這い出てくるモンスターたちだったし。

行動パターンがゾンビである。

アニメ効果の三極神ほどではないが。

ラー? 太陽神は犠牲になったのだ……古くから続くコナミの暴走……その犠牲にな。

オシリスはホントにどうにかしてくれ。せめてオベリスクと肩を並べるくらいに。



オベリスクはハムド食わせればほぼ無敵だしな! ハムドは青眼と共存できるし、社長デッキのお供である。

トリシューラ? 知った事かそんなものは。



「ま、いいや。そろそろ行こうぜ、学校」

「そっすね、そろそろ出ないとまた走らなきゃいけなくなっちゃう」

「じゃあ歩きながらどんなデュエルだったか教えてくれよ」



そんなこんなで駄弁りながら、のんびりと歩き始める。







「デュエルモンスターズのカードには、

 モンスターカード、融合モンスターカード、儀式モンスターカード、効果モンスターカード。

 そして、トラップと、魔法マジックカードカードがあります。

 更にトラップには通常トラップ、カウンタートラップ、永続トラップ

 そして魔法マジックカードには、通常魔法、永続魔法、装備魔法、速攻魔法、儀式魔法。

 そしてフィールド魔法と分ける事ができます」

「ベリィッシモ! 非常によろしィノ!

 オベリスクブルーのシニョーラ明日香には、優しすぎる質問でしたぁーネン」

「基本ですから」



そう言って着席する明日香。しかし何故モンスターにだけ通常をつけなかったし。

うむむ、これから更に6年ほどでシンクロとエクシーズも追加されるんだからなぁ。

つーかデュエルモンスターズって基本を理解してからが長いカードゲームナンバー1だと思うわ。

効果処理がめんどくさいカードゲームナンバー1と訳してもいい。

あとテキストの理解が一番難しいとも言える。抜け道が多いとも。

遊戯王のはじめて教室とか、一体どれだけ効果があるのだろう。



包帯の端をひらひらさせて、何故か教室にいるファラオと遊びながら考えていると。



「それでは―――そこで猫と遊んでるシニョール……包帯ぐるぐ~る誰なノーネ?」

「ひでぇ!? それが生徒にかける言葉か!?」



まあ初登校なんですがね。

ぺらぺ~らぁなどと口にしながら、生徒の名簿をめくっているクロノスはそれを完全に無視。

ま、オシリスレッドの生徒など覚えないのかもしれない。



「おかしいノーネ、名前が全く見当たらないノーネ。

 ………ま、いいでしょう。シニョール。フィールド魔法の説明をお願いしますーノ」

「いいのか……? ではこの負傷、

 もとい不肖仮面デュエリストBLACKアーヴェッ! ロボ光と闇ライダーが」



まあ別にいいけど。

とりあえず名前を前より長くしつつ、立ち上がる。



「フィールド魔法は、永続魔法等と同じくその名の如くフィールドに残り続けるカードです。

 フィールド魔法の特徴は、フィールドカードゾーンと呼ばれる専用のカードゾーンを持っている事。

 そして、基本的には互いのフィールドに効果を及ぼす魔法効果を持っている事です。

 最初期には草原、海、荒野、森等、デュエリストキングダムにおいて採用された、

 特定種族に対するフィールドパワーソースとなるフィールド魔法が主流でした。

 後々には特定属性のフィールドパワーソースとなる、バーニングブラッド、ガイアパワーなども作られています。

 最近では、特定のテーマに対応したフィールド魔法も次々と登場しています。

 例えば、E・HEROエレメンタルヒーロー専用の魔天楼-スカイスクレイパー-」

「よ、よろしい。そこまでいいノーネ。引っ込みなさいーノ」

「これはフレイム・ウイングマンとコンボさせる事で、攻撃力3100となります。

 そうする事によって攻撃力3000の古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムを戦闘破壊できます。

 更にフレイム・ウイングマンの効果により、3000ポイントのダメージが発生するので、とても強力です。

 他には魔天楼-スカイスクレイパー-などがとても強力な効果を持っており、

 なんとあの超強力モンスター古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムをフレイム・ウイングマンで倒せるようになります。

 あとは魔天楼-スカイスクレイパー-も有用なフィールド魔法と言えるでしょう。

 なにせあの古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムをフレイム・ウイングマンで倒せてしまうのです。

 他に挙げるとすれば、矢張り魔天楼-スカイスクレイパー-も外せないでしょう。

 あの効果は、古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムを倒せる事で有名です。

 フレイム・ウイングマン等と積極的なコンボを狙うのが望ましい運用方法ですね。

 それから―――――」

「もういいノーネェ!! 黙らっしゃい!」

「はーい」



座る。あー、楽しかった。

あ、でもこれって元々十代に立ってたフラグが俺に……?







立った。

鮎川先生の体育の授業を終えてロッカー室に帰ってくると、妙にでかいキスマークで閉じられた便箋が入っている。

ぺリ、と何だか嫌な気分になりつつも開けてみる。



「ん……?」



差出人の名前が明日香じゃなくて、ユニファーになっている。

ちらっと翔の方を見る。なんとなーく浮かれているように見えなくもない。

なるほど、俺と十代二人まとめて、って事か。

よし。



くしゃっと丸めてぽいっと捨てる。行く必要はない!

俺は寝る。ただでさえ包帯男なのに、夜遊びなどやっていられるか。

ついでに言うと確実にXがうるさい。私はただの遊びだったのかうんぬんなどと。

お前は遊び以前の問題だ無機物。



「さぁって、ドローパン買って帰るか」











「へー、そんなことがあったのかー(棒)」

「大変だったんだよ。ボクは覗いてなんかいないのに、覗き犯にされちゃって…」



包帯だけなのも味気ないので、鉢金と着流しを装備してCCOモードになってみる。

着流しの上から制服のジャケットを着るという、微妙にとあるツンギレの真似をしつつ。

頭に鉢巻きをして、死者蘇生を何やら祀り上げている翔を横目に、欠伸する。

最近Xが夜遅くまでじゃれてきて困る。

俺がボケに対してツッコミを返さねば気が済まない体質だと知って、ボケまくってきやがる。



十代はまだ寝ている。今日がテストだと分かっているのだろうか。

俺もテストの前日だろうが夜更かしして、テスト当日寝てた事あるけどな。

隼人も出る気ないみたいだし、ぶっちゃけ出ないでもいいんじゃないかと……

オシリスレッドって進級に出席日数関係ないし。テストの成績は関係あるのか?



「まあサボる理由もないし、行くか……俺は先に行くぞ。早く十代起こせよ」

「んー、うん。ほらアーニーキー、起ーきーてーってばぁ!」

「んぁー、……ダイレクトアタックぁー!」



十代がベッドの上で両腕を振り上げる。

翔の額にゴッドハンドクラッシャーが直撃し、吹っ飛ばされた。

あらまぁ。



「いっつつ……! 何するんだよ、アニキ! ほら早く起きないと遅刻しちゃうよ! あーにーきー!!!」

「ふぅ……翔、お前そんなんで大丈夫なのか?」

「え?」



三段ベッドの最上段からコアラ、もとい隼人が声をかけてくる。

悪魔のささやきタイム開幕である。

わざわざ言わんでもいいのに。



「試験っていうのは競争だ。結果が優秀なら、オシリスレッドからラーイエローに行く事もできる。

 クロノス先生を倒した十代の実力は、一番ラーイエローに近いってみんな知ってる。

 だからみんなラーイエローに上がるために、十代を蹴落とそうとしてるんだ。

 ここで十代を寝かせたままにしておけば、確実に順位は一つ上がるんだな」

「何を言うのさ隼人くん! ボクは十代のアニキの弟分だぞ! そんな事できるわけないじゃないか!

 ほら起きてよアニキ! アニキってば! アニキィイイイイイイイイイイ!!!」



声は徐々にフェードアウト。

叫びながら寮の部屋を出ていく翔には、弟分としての姿を見る事はできなかったのだが。

他者より強く! 他者より先へ! 他者より上へ! 競い、憎み、妬んで、その身を喰いあう!

だから知る! 自ら育てた闇に喰われて人は滅ぶとなぁ!

とまぁあれもダークネェス…の一片なわけか。

あらやだ、こんな日常の風景にラスボスに片鱗を見てしまった。

心の闇なだけに日常に紛れ込み過ぎだ、ラスボス。



「ま、そういうもんだよな」

「エックスはいかないのか?」

「行くよ? 十代はどーせ実技で満点だから学科0でも問題ないっしょ」



だって今回あいつラーイエロー進級デュエルじゃん。

青いのに勝って結局レッドに帰ってくる話だったし。

というわけで、志々雄モードの俺はデュエルアカデミアに向かうのであった。







……むぅ、難しいなおい。

テキスト文の問題…現代文みたいに言うなよ。

「青眼の白龍」のテキストを全て書き出せ……?

なんの意味がある。おぼえてないぞ。社長じゃあるまいし。

……海馬瀬人が最も愛し、誇りとするモンスター。その攻撃は魔力を帯びているらしい。

よし、次。



英語の問題、「魔神 ダーク・バルター」の英名を書け。

なんっ、でそんな中途半端なカードを選びだしてくる……!

正規融合限定なせいで簡易融合にも使われないモンスターじゃないか。

分かるわけがない。英語って何だよ、英語って日本語か? 日本語でおk。



数学の問題は、

自分のライフポイントが3600。相手のライフポイントが5000です。

「マハー・ヴァイロ」を召喚し、「進化する人類」と「デーモンの斧」を装備して、相手の場の「青眼の白龍」に攻撃しました。

その戦闘のダメージステップ時に相手が「プライドの咆哮」を発動し、「青眼の白龍」の攻撃力を上昇させました。

この戦闘の終了時の自分のライフポイントの数値を書きなさい。

な、ん、で、進化する人類を使った…! なくても倒せるだろ……

めんどくせぇ……!



歴史の問題、か。

初代デュエルキング、武藤遊戯の生家であるゲームショップの名前を答えろ。

社会の問題になってらっしゃるよ、あのお方。

亀のゲーム屋ね、はいはい。



科学の問題。

時速160kmの速さでデュエルモンスターズのカードを木の板に対して投げました。

この時、カードは木の板に何cm刺さるか答えろ(木の板に対し垂直に投げたものとする)

知った事かそんなものはぁああああああああああああッ!!!



カオスすぎる……色んな意味で、カオスすぎる。

もう駄目だ、俺この世界でやっていく自信がないよ。

そんなこんな、カオスの坩堝を紙面にぶちまけたテスト用紙に突っ伏した。



そんな中で大遅刻の十代と翔が騒ぐのを聞きながら、もうしょうがないので寝た。







そんなわけで、学科試験終了後。

午後からは実技試験との事で、とりあえず飯を買いに購買に行こうかと。

何やら馬鹿みたいに厳重な警備で新カードが運ばれて来たらしく、他の奴らも購買に一直線である。

俺はドローパン目当てだが。

ああ、でもアニメ効果の打ち出の小槌は欲しいな。あれ禁止級だろ。



まあどちらにせよクロノスが買い占めているので関係ない。

とぼとぼと逆流してくる人の流れに逆らい、ドローパンのコーナーまで。



「お」

「あら」



ユニファーがいた。凄く久しぶり感がある。

どうやらこいつは自分で弁当を作るくせに、結構な確率でドローパンを買いに来るらしい。

弁当+ドローパンとか。



「太るぞ?」

「黙りなさい」



ぴしゃりと一声。

たった今買ったドローパンの包装をびりびり破き、一口。

微妙な顔。どうやら目当てのパンじゃなかったらしい。

ま、狙いは黄金のタマゴパンなんだろうが。

俺は正直ステーキパンとかニクニクしたのが喰いたいのだから、関係ない。



「ドロォーッ!」



PDAをピッとレジに通してドロー。

叫ぶのはお約束と言うか礼義である。

俺も同じく包装を破き、パンを開いてみる。

喰わずに開くのは礼義を欠いているのではないか、と言われれば確かにそうだが。

まあ、こっちは癖である。



「「あ」」



また黄金のタマゴパンである。

最近よくくるが、黄金のタマゴパンがまだ引かれていない時にくるといつもこうである。

っていうか俺はこれほどの運命力を持っていながら、何故十代たちに勝てないのだろう。

運命力と言うかドロー力では負けてない筈なんだけどなぁ。

デュエリストレベルの格が違い過ぎるのだろう。

ちなみに十代と同時に引くと十代が引く。黄金のタマゴパン。

やっぱ運命力でも負けてるのか。



それはそうと、睨まれている。



「……なにか言いたげだけど」

「別に……」



むっすーとしている。

可愛くない奴だな、欲しいと言えばやるのに。

別に黄金だろうが何だろうがタマゴにゃ変わりないんだし。

美味いは美味いがそんな毎日食う気はでない。

ま、いつでも食えるから譲ってやるよ(笑)という余裕の顕れでもある。



「あら、また二人? 仲がいいのね」



そしてまたこの状況で明日香である。なんだこれ。

そう言えば取り巻き二人はまだ見てないな。

青いのの取り巻きの片割れの名前は確かそのまま取巻なんだっけか。



「明日香殿、これを受け取るでござる」

「え? っていうか試験の時も思ってたけどそのミイラ姿は何?」

「二重の極みを喰らったのでござる。ヤリザ殿がいなければ即死でござった」

「はぁ……」



内容など考えないで発言しているので、意味を問われても困る。あしからず。

そう言いながら黄金のタマゴパンを押し付ける。

ユニファーの視線がぎゅうっときつくなった、ざまぁ。素直じゃないからだ。



「これって……黄金のタマゴパン!?」



あんたのテンションも大概おかしいと思うんだ、俺は。

俺の姿を窺うようにちらっと見ると、そのまま一口。

ハムスターのようでたいへん可愛らしい。



「美味しい……ありがとう、エックス?くん」



うむ、素直でよろしい。俺の名前が疑問形なのが気になるが。

どちらもツンデレ風味だが、この辺り明日香の方が素直だよな。

基本的にツンを発揮するのは十代に対してのみだからか。

その辺り俺としては明日香の方が評価高いな。あと胸の大きさとかも含めて。



などと考えながらうんうん、と肯いているとだ。

徐々に鋭くなっていく後ろからの視線。言うまでもなく貧乳ユニファーの視線だが。



「さってと、自分の分でも買うかー」

「………ふぅん」



どうやら怒っているらしい。

俺は俺の分のパンを追加でドローしつつ、再び彼女に視線を向ける。



「だから何怒ってんだよ…」

「怒ってなんかないわよ。ただ、なるほどねーって」

「なにが……」

「明日香みたいな娘が好みなの?」

「うん」



コンマ2秒での返答である。

そしてそこまできて腕のデュエルディスクがビービー鳴り始めた。うるさい黙れ。

軽く一回叩くと鳴り止むデュエルディスク。

その返答は実にユニファーを怒らせる要因になりえたらしい。ついでに馬鹿AIも。

更に悪化する機嫌。

対して、好みのタイプと言われた明日香はにっこり微笑んで、



「あら、ありがとう」



である。完全に流されてますよ、旦那。



「で、それがどうしたよ」

「そうでしょうよ。翔くんから聞いたけど、貴方は私を騙ったラブレター貰ってたらしいわね。

 翔くんと同じように、女子寮の大浴場の裏に呼び出される手紙を。

 で、こなかったわけね?」



何話してんだあの馬鹿は。つーか人の捨てた手紙を拾って読むな。

はぁはぁなるほど。

未来人で優しくしてくれたちょっと気になる男の子にそんな風に扱われて怒ってます、と。

わっかり易くて可愛い反応じゃないか。おじさんは嬉しいよ。

これも黄金のタマゴパンをプレゼントしてハートが一つ貯まってたおかげか。

つまりこれがハート1イベントってか。



「うん」

「…………」



ジト目で睨まれる。

そんな姿もタネが割れればただの駄々っ子にしか見えない。



「本物だったら行ってたよ。本当にユニファーに呼び出されたら、行かないわけがないだろう―――?」



流し目によるダイレクトアタック。

それを受けたユニファーの反応は、身震いをして一歩下がる事だった。



「気持ち悪いんだけど」

「お前ひどいなぁ」



俺も気持ち悪いと思うが。それを直で言わなくてもよくないか?

新しいドローパンはピザパンだった。

それを一口、租借して味わいつつも再びユニファーに視線を向ける。



「ま、実際お前のじゃないのは分かったし。

 お前だったら絶対にラブレターなんか書かないだろ。敵にも想い人にも、手袋投げて決闘するって奴だ」



図星なのか、ユニファーが顔を顰めた。



「なら、果たし状だったらきた、と?」

「行くわけないじゃんめんどくさい」



結局はそこに行きつくわけだが。

明日香も含めてジト目で見つめてくる二対の視線。

やれやれだぜ。



「押しかけてきたら断れないかな」

「弱いのね」

「そりゃあもう」



知ってる事だ。

何か勝手に納得してくれたユニファーが、硬化させていた態度を和らげた。

何やらデレ期がきたらしい。

パンを食いながらけらけら笑っていると、購買に十代と翔が走り込んできた。



「レアカードは!?」

「SOLD OUT~」

「えー、もうかよ!? ちぇー、見たかったなぁ」

「まあ俺はカード買いにきたんじゃないし、店員さんに訊いてみれば?」



ここで十代が進化する翼手に入れないとのちのち問題になってくるだろう。

当然今日のデュエルもだが。

レジに向かって走る二人を見届け、俺は一度身体を伸ばしてパンの包装紙をゴミ箱へ放った。



「さって、じゃあ行くか」

「最下位の割に余裕あるのね?」

「負けないさ、ずっと強い奴らから学んだ事があるからな。

 こんなとこで負けちまったら、それが無駄だったって否定する事になっちゃうから。

 まあどこぞの骸骨野郎とのデュエルで理解したってのがあれだけど」



首を傾げる二人の美少女に手を振り、カッコつけながら歩き去る。

さて、まあどっちにしろ俺のデュエルの結果など見えてる。

何故ならば――――







「くそっ、最下位の補欠合格なんかに負けられるか!」

「俺の先攻! そして、俺のスタンド能力発動!

 このデュエルの時間は消し飛び・・・・・・そして全ての人間は、この時間の中のデュエルの内容を覚えていないッ!

 ついでに言うならデュエルの内容を作者は考えていないッ!

 キングクリムゾン・ヘル・フレアァアアアアアアアアアアアッ!!!」







「ノヴァマスターでダイレクトアタックッ! 弐の秘剣、紅蓮腕ァッ!」

「ぐぁああああああっ!?」



そんなこんなで全カットである。

だって、別にこいつとのデュエル書いてもしょうがないし。

特別重要な話じゃないし。カッコつけた後にこれじゃカッコつかない?

そっちの方が俺らしいし、いいじゃない。



「く、くそっ……なんで最下位のこんなふざけた包帯野郎がこんなに強いんだ……」

「ククク……そう。俺は、ワースト1。つまりサイカイザー!

 えーマジ最下位!! 最下位が許されるのは小学生のマラソン大会までだよね! 絶対に許さない!

 つまりはそういう事だ!!」

「な、何言ってるか分からない……」



俺も意味は考えていないのでそれが正しい。



「頂点ってのは上にも、下にもあるものさ……俺こそ下の頂点サイカイザー!

 弱いからって、勝てないからって諦めるのはもう止めた。

 オシリスレッドだからって腐ってるお前なんかに負けはしない!!!」



キリッ!! 決まった……



がっくりと崩れ落ちたレッド生へと背を向け、デュエル場を後にする。

十代が空いたデュエルスペースに下りてくるのと、丁度すれ違う。

軽く手を上げると、十代も同じく手を上げる。

パンッ! と打ち合わせる掌が小気味いい音を弾けさせた。



「いいデュエルだったぜ!」

「カットしたけどな!」



十代には分からないメタボケをかまし、もう一言。



「勝って来い」

「おう!」











「あー、懐かしいなぁ。あったあったそんな事」

『で、何であの貧乳とフラグ立ててるんですか? 私とも立てましょうよう』



誰が立てるか。

結局十代はアニメ通りに万丈目に勝ったわけだが。

うん、その後語るべきは……次にやったのは、あれか。

若本編。偽千年パズルを使う若本に対し、アイテムなんぞ使ってんじゃねぇ!

と言いたいがための話にしかならないけどな。











「ここらで一杯お茶が怖い」

「いきなりそれっすか。幾らレベル1でも酷いと思う」



流石の翔である。矢張りツッコミは翔がいないとな。

まあ俺は真面目に怖い話などする気はないのだが。

そもそも怖い話など持っていない。せいぜい箱にくっついたシュウマイの話くらいだ。



そんな中、ぐだぐだと隼人のみが無駄にビビる中で進行する怖い話inレッド寮食堂。

やれ泉の中に映った欲しいカードに手を伸ばすと泉に引きずり込まれるやら。

あるいは昔はユベルというカードの精霊のヤンデレ嫁がいたっていう話やら。

なんだ、また俺か。



カードをドローする。ゴッド・ファイブ・ドラゴンを引いた。間違ってるわけじゃないぞ。

この中にあのエロペンギンやら悪徳弁護士が入ってるかと思うと破きたくなるな。

レベル12の話か。じゃあ今度は骸骨騎士の話でもしてやろうか……

などと、考えていると。



「なーにをやっているのかにゃ?」



後ろから大徳寺先生にカードを取り上げられる。

お、これは大徳寺先生が幼馴染で同級生の女学生と遊園地に行った帰りに遭遇した事件の話が聞けるのか?

後ろから襲われてジガンテ・ウンギャー!? ってか。

いやぁ、グレート雷門は強敵でしたね。



「あ、大徳寺先生。今引いたカードのレベルだけ怖い話をしてるんだ」

「折角だから大徳寺先生も怖い話してくれよ。レベル12の、とびっきりの奴!」

「ふぅむ」



俺の隣の椅子を引いて座る大徳寺先生。

抱えられたファラオがくぁと欠伸をして顔を掻いている。



「それじゃあ、この島の奥にある廃寮の事を知っているかにゃ?」

「「廃寮?」」



っていうか隼人何処行った。完全に見えないぞ。どこ隠れた。

辺りを見回すと、台所の奥にまで避難している。ビビりすぎだろ。



「その寮では、何人もの生徒が行方不明になっているそうだにゃあ」

 かつて、その寮の地下深くでは闇のゲームと呼ばれるデュエルの研究がされていたそうですにゃ」

「闇のゲーム!?」



闇のゲームの名前を聞いた途端に隼人が台所から顔を出し、反応してきた。



「そう。伝説の千年アイテムを用いたデュエルの事をそう呼ぶ、と言われているのにゃ」

「千年アイテムねぇ、でもそんなの迷信だろ?」

「ほっほっほ、真実は私も知らないのにゃ。

 私がこの学園に来た時には、あの寮は立ち入り禁止になってたのにゃ」



トラップ発動、進入禁止! No Entry!!



そこでファラオがぶみゃーと一鳴き。

その声を聞いた大徳寺先生は立ち上がり、



「そろそろ部屋に戻る時間だにゃ。では、おやすみ」



ファラオを抱えたまま、自分の部屋に戻っていくのであった。

翔はその姿を見送ると、難しい顔をして言葉をこぼす。



「やだなぁ、ホントにこの島にそんな場所があるのかなぁ」

「おっもしれぇ! 俺スッゲー興味わいてきたぁ、早速明日の晩にでも行ってみようぜ!」

「えぇ!?」

「こ、怖いけどオレも行きたい…」



隼人が無言で翔の背後につき、そこで声を出す。

と、同時に跳ね上がる翔。確かに突然真後ろで呟かれたら怖いだろう。



「よーし、決定!」

「けってーい!」

「おー……」



まぁ俺は行かないが。

行ったら確実に制裁デュエルに巻き込まれるもの。







「ふー、でも若本の声は聞きたいなぁ」

『マスター』



既に↑でやってた怪談大会の次の日の夜。

誘いにきた十代たちに断りを入れて、ベッドの上で寝ころんでいた。

ところ、いつも通りXが声をかけてくる。

またか、今度はどんなボケをかましてくるか、などと思っていたら。



『できる子“X”はマスターのために準備しておきましたとも』



何やらボディの横から伸びているロボットアームがぐいんぐいん。どこについてたんだオイ。

そのアームの先につままれているのは、紙袋であった。

顔を顰めながらそれを受け取り、中を開けて覗いてみる。

その中には何かの服が入っていた。



「こ、これは……!?」

『どうですか?』

「なるほど、そういうことか……! うむ、よくやった相棒。褒めてつかわす」

『わーい』







「ダーク・カタパルターの、特殊能力を発動する!

 このカードが守備表示でいたターンの数だけ墓地からカードを除外する事で、

 同じ数のフィールド上のトラップ魔法マジックカードを破壊する事ができる!

 俺はフェザーマンを墓地から除外し、フィールド魔法・万魔殿パンデモニウムを破壊!!」



ずっしりとした黒い機甲がその身体を四つん這いにして、背面の角を高く掲げた。

竜をイメージされた頭部にの顔面は紅のレンズになっており、その中に灯るほのかな輝き。

レンズの中で光る輝きが薄れていくと同時、背面のカタパルトホーンに雷光が集っていく。

狙うは、対峙するデュエリストの腕に嵌められたデュエルディスク。



「フォーリン・シュゥウウトォオオオオオッ!!!」



カタパルトから閃光が奔る。

放たれた光は十代の対峙する相手、闇のデュエリスト・タイタンのディスクへと直撃した。

フィールドカードゾーンが展開し、万魔殿のカードが吐き出される。

同時に周囲に広がっていた悪魔の巣窟そのものな光景が、元の廃寮のそれへと戻っていく。



ぐぬっ、と息を詰まらせたタイタンが懐に手を入れ、その中から黄金の逆三角睡を取り出す。

それはまるで彼のデュエルキングが身につけていた事で知られる、千年パズルそのもの。

三角睡に刻まれた眼の紋様から、怪光が放たれる。

それは視覚を介して脳を侵す代物。



本来であれば、ここで十代がフェザーマンを投げるという暴挙にでる。

なだが、それは余りにも過酷。

と言うか金属に刺さるなよ。理科の問題で木の板にどの程度刺さるか、と言われてたが実際どのくらい刺さるんだ。

大木が丸々両断されても驚かない。



というわけで、



「レベル5のTGテックジーナス パワー・グラディエイターに、

 レベル5のTGテックジーナス ワンダー・マジシャンをチューニング!

 リミッター開放レベル10! メイン・バスブースター・コントロール、オールクリア!

 無限の力、今ここに解き放ち次元の彼方へ突き進め!!

 GO! アクセルシンクロ!! カモン、TGテックジーナス ブレード・ガンナー!!!」



白光を引きずりながらライトグリーンの閃光が舞い降りる。

洗練され、スマートながらも力強さを感じさせるボディ。

肩部は胴体よりも巨大なほどで、その不釣り合いなように思えるデザインが、力強さを感じさせる要因なのだろう。

ウイングの飛び出たバックパックもまたボディ以上のサイズ。その巨大な身体でありながらの超スピードを実現するためのもの。

臀部から生えた二枚の尾翼で体勢を整え、右腕に構えた銃剣を振るう。

二つ、両頬から伸びるアンテナの際立つ頭部で、ツインアイが真紅の閃光を灯し、漲った。



「え?」

「なぁにぃっ!?」



ブレード・ガンナーがタイタンの目前まで迫る。

そちらに全員の視線が集中した瞬間、俺はこっそりと足許に落ちていた石ころを拾う。

銃剣を振るい上げるとその銃口に光の刃が発生した。



その瞬間、叫ぶ。

と、同時に石ころを投げた。



「シュート・ブレードッ!」



タイタンの手にした千年睡を掠めるように光の刃が通り過ぎる。

当然、ソリッドビジョンなので意味はない。が、同時に俺の投げた石ころがタイタンの手首に当たった。

狙いは完全に外れてたらしい。残念だ。

が、タイタンが怯んで放してしまったようで、ぽーんと吹っ飛んでいく千年睡。

壁に思い切りぶつかり、地面に落ちる。



その千年睡が放っていた催眠光の影響が失せ、消えていたように見えた身体が元に戻る。

自らの催眠術の要を吹き飛ばされたタイタンが、悲鳴を絞り出す。



「な、なぁ……私のぉ、千年パァズルがぁああっ……!?」

「フッ―――」



ブレード・ガンナーが俺の隣へと帰還する。

それ眼で追った十代が俺の姿を捉えた。



「誰だ!」

「―――――」



無言。同じく、しかし遅れて俺の姿を見つけた翔と隼人が、俺の姿に絶句した。



「あ、あれは……め、冥府の使者 ゴーズ……!

 まさか闇のゲームに負けた方の魂を連れていくためにぃ……!?」

「あ………」



つまりはコスプレである。

でもこれ、レッド寮名物のあれだから隼人は完全に気付くよな。

今の反応も気付いたっぽい感じだし。もしかしたら、俺だとは気付いてないかもしれないが。



まぁミスターブシドーの正体がグラハム・エーカーだと見抜く程度の洞察力は必要だろう。

この関係に気付けたとしたら、それはもうコナン並みの推理力と直観力を持っていると言えるだろう。

サングラスとかつけてるし、看破するのはまず不可能な筈。



「あ、でもあれってエッ…」

「さぁ遊城十代! 奴が騙る闇の力は消滅した! 今こそ君の力を見せてみろ!!」



気付かれてた。前田隼人、ただものではないな……



「誰だか知らないけど、おぉッ!!」

「ヌゥ、グゥッ……!?」

「思った通り、お前の言う闇のゲームはインチキだ。

 あんたの本当の正体はマジシャンかなんかで、今までの事は全部その偽パズルでオレたちで見せてた幻だ!」

「なぁにをほざく…私は本当に闇のゲームをぉ……!」

「なら当然知ってるよなぁ! あんたが持つ千年アイテム、それが幾つあるのか!」



今日の心理フェイズ。

心理フェイズを仕掛けられたタイタンは一歩後退り、ヌゥと呻いている。

そのくらいに下調べはしておくべきだと思うの。



「千年アイテムの…数だと…!?」

「答えてみろよ」



ちなみに現代における千年パズルの所有者だった遊戯がそれを知ったのはバトルシティ前の筈である。

別に持ってるから知っているという理由にはならない。

知らずに手の入れたって何もおかしくない。

それっておかしくないかな? である。

まあタイタンの持ってるあれは分割線が全くない「パズル」ではない代物なので、そんなの関係ないが。

つーかパズルは遊戯の写真か何かで簡単に見れるんだから、ちゃんと作れよ。



「そ、それはぁ…な、7……!」

「!」



十代の顔が知ってたのか! と言わんばかりに変わる。

別にここで「違うな、間違っているぞブリタニア皇帝!」とでも言えば、確実にごまかせるのに。

その表情から確信したのか、いやに自信ありげになるタイタン。



「フフフフフ……なぁーなだぁ……!」



大事な事なので2回言いました。別にそんな何回も言わんでもいい。



「当たりだ…」



そして正解を漏らす隼人。だからそんな事を言うなと…



「フフフ…どぉうだ、これで分かったかァ。私は本物の闇のゲームの使い手……」

「ク―――フフフ…」



とりあえず嗤ってみた。その嗤笑に反応して、タイタンの眼がこちらを向く。

正解を当て、気が大きなった上でのそれが、実に気に障ったのだろう。

奴は烈火の如く俺に牙を剥いた。



「なぁにぃが可笑しいッ!!」

「7の光からなる千年アイテムの先に、選ばれた聖者にのみ扱う事を許される隠された8つ目の千年アイテムがある!!

 無は無限となり、無限の光から生まれる究極の千年アイテム――――」

「究極の千年アイテム!?」

「馬鹿な…なんだな」

「アイン・ソフ・オウルの効果発動! 究極千年アイテム 千年の盾を特殊召喚!」



みんなのノリがいいの調子に乗る。

懐から出したカードを上に向かって放り投げた。

当然それはひらひらと風に流され、飛ばされる。ですよねー。

しかしそれはゆっくりと十代の許へと流され、十代の手の中へ。



「なるほど、千年アイテムには千年アイテムって事か!」



千年の盾のカードを手にした十代が、それを地面に落ちた千年睡に対して投げつけた。

カツン、と高い音を立てて突き刺さるカード。何故だ。

恐らく壁に叩き付けられた衝撃で既に内部が壊れていたのだろう、それは簡単に砕け散った。

中から出て来たのは何らかの機械。恐らく、暗示に使う発光装置だろう。



ただ俺はそんな使い方をするために出したわけじゃなかった筈だが。



「へっ、タネが割れたぜ! お前がインチキ野郎だって分かった以上、もうビビる事なんてないぜ!」

「グヌゥ…! 私の仕掛けが効かない以上、貴様とデュエルを続ける事など、無意味な事ォ!」



ばふん、とタイタンの足許に煙幕が広がる。

それを逃がすまいと追う十代。

そして二人が闘っていたデュエルフィールドの周りに設置された、蛇の石像の口が光を灯していく。

これはまずい。巻き込まれる前に退避せねば。

ブレード・ガンナーをディスクから取り外し、デッキに戻す。

そして来た道を戻る全力疾走を開始した。











「いやぁー気分はまるでシンデレラ」

『じゃあ衣装を用意した私は魔女ですね。ソウルジェムがグリ』

「黙れ」



ふむ、とりあえず思い出話はまずここまでで引き上げるか。

しょうがない。大したデュエルなぞしていないのに、長くなりすぎた感がある。

続きは次回だなぁ。











「わー今日の最強カードはなにかな、なにかなー」

『おい、デュエルしろよ』



だからその手のツッコミは書いてる人間にいれろ。

そして今回はデュエルを俺以外の他の方が担当して下さったと天よりの声がかかったので問題ない。

誰が誰とデュエルしたのかは知らないが。



「うるさい黙れ。今週はー………Sin 青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイトドラゴン…?」

『テキストが劇場版ですね。



 効果モンスター

 レベル8/闇属性/ドラゴン族/攻 3000/守 2500

 このカードは通常召喚できない。

 自分のデッキから「青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイトドラゴン」1体を墓地へ送る事でのみ、

 手札のこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 フィールド上に「Sin Worldシン ワールド」が存在しない場合、このカードを破壊する。



 やたら回りくどいテキストですね。

 「手札のこのカードを自分フィールド上に」とか間違いなく要らない一文ですね。

 OCG化されたものと違い、他のモンスターへの攻撃制限や、Sinと名のつくモンスターの展開制限がありません。

 ただし、Sin World以外のフィールドでは破壊されるようになってしまいましたが』



ただそれでも、いやむしろそれでこそな感じがする。

超大型モンスターたちが次々とフィールドに並んでいく様は、何と言うか例えようのないわくわく感に満ちている。



「SinカッコいいよSin。WCS2011では常に使ってる。

 ライディングでSinエンドもしくはSinボーにファイナルアタック使ってソニックバスター×2で1Kill。

 躱されてもエンドフェイズにはトゥルースでてくるし。………という毒電波を天から受信した。

 まぁそれはともかく、なんで劇場版のテキストなんだ」

『マスター、お気を確かに』



妙に心配そうな声なので、ついこちらも安心させるよう、優しく応えた。



「もう大丈夫だって」

『ですよね、Sinボー採用はないですよねー』

「よしキサマ、そこになおれ。俺がキサマに天誅をくだしてくれるわ」



だというのに、あろうことかこやつめはSinボーさんをディスりやがった。

Sinを使う上で当然入るだろ。常識的に考えて。

重い? エンドでいい? そんな事は知らない。レインボーさんが入ってないデッキなど、Sinとは呼ばん。



『重い上に月の書エネコンで終了なんて軽い上に守備力2800のサイバーエンドを少しは見習ってから出直して下さい。

 機械族で未来組という共通点を持ち、無理なく共存できるワイゼルアインまでいるあっちは、劇場版の再現だって難しくないのに』

「Sinボーさんはすげーんだよ! 劇場版では! 間違いなくトゥルース以外では最強だって!」

『はぁ……



 効果モンスター

 レベル10/闇属性/ドラゴン族/攻 4000/守 0

 このカードは通常召喚できない。

 自分のデッキから「究極宝玉神 レインボー・ドラゴン」1体を墓地へ送る事でのみ、

 手札のこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 自分フィールド上に存在するこのカード以外のモンスターを全て墓地へ送る。

 墓地へ送った「Sin」と名のついたカード1枚につき、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。

 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。

 自分の墓地に存在する「Sin」と名のついたモンスターを全てゲームから除外する事で、

 フィールド上に存在するカードを全て持ち主のデッキに戻す。

 フィールド上に「Sin Worldシン ワールド」が存在しない場合、このカードを破壊する。



 確かに強力ですね。

 特に4000しかライフがないので、トレードインでSin嫁、Sin星屑を捨てて、

 それを除外して発動した二つ目の効果の直後にSinエンドが出てきたら一瞬でお終いです』

「そう、強すぎたんだよ。だから仕方ない。仕方ないんだ」

『Sin Worldもデッキに戻りますがね』

「テラフォで戻せ。異論は許さんSinボーさんは最強だ」

『レインボーネオスがE・HEROエレメンタルヒーローなら、

 ミラクル並行世界融合でネオスナイトとレインボーネオスとか出来たんですけどね』

「うるさい黙れ、レインボーネオスは戦士族最強のお方だぞ。そう簡単に出せちゃいけないんだ」

『ファンカスでおk』

「黙れと言った」



なんと夢のない奴。前回ファンカス使ってネオスワイズマン出した俺が言っていい事かって?

ワイズマンはいいんだよ、ユベルなんだから。

ファンカスはユベルのカードだからな。



『言い訳乙』

「してない。脳内で考えただけだ」

『きゃっ、私とマスターの思考がアクセルシンクロしました』

「黙れ気持ち悪い」

『ぶぅ』



セルフクラクションを鳴らすXをスルーし、オチもなくここで終了。

ちゃんちゃん。







後☆書☆王



ペガサスが死のうが死ぬまいが夜行の事件は起こせる。流石ダーツ様!

今回はデュエルが短いので、特に語る事ないかもしれない。

そもそもパラさんのはデュエルと言っていいのか。格が違うからしょうがない。



ジャックは絶対王者タイム発動。

今回の被害者はドラガン。爆発しおった。説明フェイズになんて入るから…

手札は原作から変えてしまったが、うん。仕方ない。

ちなみに代わりに消えたのはバーニングリボーンと反応召喚。丁度アニメオリカが両方消えた。

代わりにアニメオリカの強化蘇生を入れてみたが、OCG化縛りなら別にリビデやリバイバルギフトでもよかった。

ジャックっぽいカードの方がよかったし、ギフトデモンが相手の場に残るのがなんとなく気にかかったので。

強化蘇生はTFで使えるわけだが……アニメオリカはアニメオリカで、基本的にアニメのままで。

レモン以外にレベル8以上のシンクロモンスター入ってないのに、リボーンは何で入ってたんだ。

クリムゾンブレーダーか?

まぁドレッドルートが入ったから並び順が変わったに違いない。

でもドラガンのカードも変わっているという……神の威光が最後の進軍にね。

だって神の威光じゃスクリーンオブレッド無視できないもの。

何故だ!? そうだ、絶対王者キングだからだ!



復讐も何も完全に負けてしまった。

まあアニメのトールは永続効果も奪えるコピー能力持ちなので、ライフさえ残れば返しのターンでやり返せたわけですが。

ブリージンガ・メン使って最初のダメージを抑えていれば、復活するトールでそのまま邪神を倒せたでしょう。

別にOCG効果でもよかったが、やっぱり無限に再生し続けてくれないと盛り上がらないよねー。

折角驚異のアニメ効果があるんだから、調整されたOCG効果などいらん。

と言うか普通にThe SUNくらいの効果くれてもいいだろ。

せめて「相手によって破壊」だけでも消してくれ。なんてな! ができないじゃないか。

レーヴァテインが涙目すぎるだろ。



と言うかドラガン1戦目ってジャックがシティにいった半年後くらいの筈。

原作開始まであと1年半も余ってるじゃん。



そして初の主人公がデュエルしない回。してないわけじゃないが。影が薄い。

正直GXはサンダー辺りまで飛ばすのが早い。どうせ主人公デュエルしないし。

わざわざ十代をのけてデュエルする理由がない。まあ全シリーズの導入のための回が続く、と言う事で。



VS翔、VSカイザー、隼人の親子デュエル、制裁タッグ、三沢VS青いの、VSSAL、VSショッカー、

VS上田修造、VSキングゴブリン、VS大山、VS神楽坂、VSレイ、VS三沢、VSもけお。

この辺りは主人公全く出番がない。なんでこれが主人公なんだろう。

後半の主人公の回想的なものがいらないなら、もうサンダー編まで飛ばしてもいいような気がする。

今回みたいなメイドインへヴンと完全なキングクリムゾンどっちがいいか。

そのうち自然消滅するかも分からんね、主人公。

まあ主人公書くのは楽だからいいけどね。行間が簡単に埋まるし。メタとネタで。



ドーマ編+夜行=王様スーパーハートフルボッコフェスティバル開催のお知らせ。

うむ、それにしても折角のトリシューラは破滅の光、光の結社のあれこれまで関わってこないのか。



楽様よりのご指摘。

>>ちょいと疑問点が出たので質問します。

>>第二話でカードデザイナーに託され、結果暴走したのがブリューナク。

>>最新話でリムアート氏(多分カードデザイナー)に託されたのはトリシューラ。…あれ?

あれ? あー、俺ってば二話でそんな事書いてたんだぁ。すっかりわ(ry

すいません、修正しました。紅蓮の悪魔の仕業でございます。



ひふみ様よりのご指摘。

>>最後の進軍

>>速攻魔法なので、ライディングでは発動した時点で二千ポイントのダメージです

わお、ついにカードの種類を間違え始めた。

だがしかし、こんな短いデュエルでも間違えていてこそ俺のSS! と最近思い始め(ry

ごめんなさい、修正しました。

それにしてもレベル4のモンスター出されたらその時点で負けなのに、なんでドラガンはこんなに余裕があるのか。



[26037] 交差する絆
Name: イメージ◆294db6ee ID:659e7939
Date: 2011/04/20 13:41
「制裁タッグデュエル? ふーん大変だな。俺は現場にいなかったからよく分からないけど」

「え? 何言ってるんだな、エックスもあそこに…」

「俺は現場にいなかったらから全然知らないんだけどさ、まあ気に病むな。

 頑張れ、俺も応援に行くから」

「おう!」



何か言いたげな隼人をスルーし、俺は十代の手を取り、握手した。

実に純真な十代くんはその応援を受け取り、元気よく返事してくれたのであった。

対して制裁タッグデュエルのパートナー、丸藤翔は部屋の隅で震えている。



「うぅ、無理っす無理っす! ボクにアニキのパートナーが務まるわけがないよ!

 そうだ、エックスくん! ボクと代わってよ、エックスくんもアニキと同じでHEROデッキで相性もいいし!」



絶対に嫌だ。負けたら退学とか重すぎる。

十代がタッグパートナーで負ける気はしないが、それでも嫌なものは嫌である。

しかしここで「働きたくないでござる!!! 絶対に働きたくないでござる!!!」

と言うのも何だか空気が読めていない。

そもそも俺に空気を読む能力は備わっていないのだが。

デュエルはデュエリストの義務なんだよ。義務であろうとデュエりたくないでござる。



「俺はそれでも構わないさ、だが―――十代はどうだ?」

「勿論、翔と一緒にやる気だぜ」



だろうよ。

まあ俺と一緒にやるとか言われても困るのだが。

そう言われても隅っこで縮こまっている翔を見ながら、俺は頭を掻く。



「だってさ。お前とやるって」

「だから無理だってばぁ!」



自分のベッドに頭を突っ込み、布団を被る翔。

なんとめんどくさい奴だ。

その翔を横目にしながら十代はのんびりと自分のデッキを調整している。

タッグ用に調整すると言っても、こいつら完全に合わないだろ。

種族も違えば属性が統一されているわけでもない。

せいぜい融合モンスターをエースに据えていると言う事くらいだろうか。

まあユーフォロイドファイターで勝つんですがね。



「そんなに心配すんな、勝ちゃあいいんだろ?」

「アニキはそんな簡単に言うけど、ボクはタッグデュエルなんてやったことないよぅ」

「オレだってやったことないさ」



正直なのはいい事だが、そこまで自信満々に言い切る胆力はいずこから。

翔はやっぱり駄目だと更に布団の奥深くに沈んでいく。

まぁ俺だってタッグデュエルなんてタッグフォースでしかやったことはない。



「翔、本当にオレの弟分なら、弱気を出さずに頑張れよ」

「うぅ……」



ひょこりと生えてくる頭。

十代はいじっていたデッキを纏め、腰のデッキケースに収納する。

余分カードを机の端に避けると、立ち上がった。



「まだお前のデッキの特性、何にも知らないからな。

 まずは腕試しにデュエルと行こうじゃないか!」



素直にデッキ見せてもらえば、と思ったが口に出さない。

まぁプレイングの傾向も見といた方がいいのは確かだしな。







所変わって断崖絶壁のレッド寮の裏手。

バックの火山が煙をもうもうと吐き出しているのはいつ見ても怖い。

何でこんな活火山島に学校なんて造ったのか。

漫画版の馬鹿どもはあの上でデュエル始めるしな。ダークネスとやってる事が同じじゃねーか。

崖下でデュエルをするために並ぶ十代と翔、そして何故かそれを崖の上から見守る俺たち。



うん、見てる時いつも思ってたけど何なんだろうこの距離感。



「十代、翔、オレ、何もしてやれないけど…」



何やら悲愴感漂う隼人のセリフを聞き流すと、



「きっと大丈夫よ」



明日香がわいてきた。

まぁいいけど。今回は当事者だしなと言うか前回スルーしてたけど捕まってたんだっけ?

いやそれにしてもタイタン。明日香を捕まえておきながらエロい事一つしないとはなんという紳士。

俺だった(ry いや何でもない。音速丸だったらおっぱい祭りだったろうに。



「十代くんのデッキは知っているけど……翔くんのデッキは、どんなテーマなのかしらね」



ユニファーもわいてきた。何でお前までいるの? 出番がないからきたの?

それとも感想で俺とのシンクロモンスターを使ったデュエル希望が出てたから来たの?

やらないぞ。何せ俺はセブンスターズ編まで出番なしが確定してるからな。

どうだ、いいだろう。更に何の活躍もしない→校長から鍵を渡されない→巻き込まれない。

超完璧な理論に基づいて、つまり俺マジピースウォーカー。



『そいつはどうかな?』

「喋るな」

「ん? 今誰かの声がしたような気がしたんだな」

「何故かしら……“X”の声? ワンダーマジシャンみたいな声だよという謎の言葉が脳裏に……」

「ええ、初登場の時の声とそれ以外の声どっちかはイメージしろ、という電波まで……」

「お前ら凄い電波受け取ってんな」



一体何が起きたんだ。腕につけたディスクを一発殴りながら、崖下に視線を送る。

いつの間にか始まっていた。



十代の場には伏せリバース1枚と、フェザーマン。

翔の場にはパトロイドがいる。

いまいち覚えていないが、この状況。確かあの伏せリバースは攻撃の無力化。

まあパトロイドのピーピングを発動しようがしまいが、攻撃以外の選択肢もないだろう。

そういやこの時翔の手札にウェポンチェンジあったな……トラックロイド用か?

永続魔法の効果が共有できればHEROでも使えるんだけどな、効果。

できるんだっけ? タッグの時。



「よし、バトルだ! 行け、パトロイド!」



チェロQのパトカーのタイヤを一度外し、アームをつけた後にアームへタイヤをつけました。

みたいな外見のモンスターなのだが、これってデザイン的にはシンクロンの前身だよな。

何となくイメージ的にはヒカリアン辺りだろうか。働くのりもの的に考えると。

そのボルフォッグ、じゃなかったパトロイドは赤色ランプを鳴らしながら、フェザーマンに突撃する。



「シグナル・アタァーック!」

トラップ発動! 攻撃の無力化!」



フェザーマンの前に広がる空間の歪み。

それは攻撃の威力を吸収する異次元へのコネクション。

パトロイドがフェザーマンへの突撃のために加速させていた身体が、一気に速度を失う。

ガソリン切れだろうか。



「あぁ!? パトロイドのエネルギーが吸い込まれていくぅ!」



まぁいいじゃない。このタイミングで無力化使わせたのは大きいだろ。

でも明らかにこれは使うタイミングじゃなかったよな。

むしろ十代は何で使ったんだ。あいつ、確か戦士の生還が手札にあった筈。

融合に使うにしろ、この攻撃は通しておけばよかったのに。



「あぁ…いきなりやられちゃったんだな」

「やっぱり翔くんには、十代のパートナーは重荷なのかもしれないわね」



あれをやられたとは言わない。



「パトロイドには場のセットカードを確認する効果がある。迂闊ね」

「権力って奴か……」



ぼそりと呟く。顔を顰めたユニファーに見られる。

同じ警察関係者でありながら、パトロイドの中途半端な微妙な能力に比べてゴヨウの壊れっぷりと言ったら。

まぁゴヨウが禁止になって困る事と言ったら、牛尾デッキの主戦力が消える事だよな。

俺は別に困らないのだが。にしてもDDBに続いてねぇ……ボマーデッキもエアレイドとフェネクスになっちゃったしな。

漫画版に期待できるのだろうか、牛尾が。



「ま、結果オーライ。無力化を使わせたのはいい事だ」

「だとしても無防備すぎる。パトロイド以外のカードなしにターン終了なんて」



なかったんだろうからしょうがないだろ。言えてるけど。

確かに伏せリバースなしでターンが終了はまずいかもな。

確かこのデュエル、十代の残る手札は戦士の生還、ヒーロー見参、バーストレディ、スパークマン。

スパークマンで返しのターンにパトロイドはやられて、フェザーマンに直接攻撃をもらう筈。

と言うかもらった。吹っ飛ぶ翔。



「とほほ、いきなし本気を出すなんて酷いよアニキ…」

「早くも戦意喪失なの…?」

「ビークロイド。HEROとの相性もいいわけではないし、ホントに大丈夫かしら…?」



まぁ、なぁ。ユーフォロイドファイターだって攻撃力より効果が優秀なHEROとあってるわけじゃない。

それこそZeroを融合素材にすれば、相手モンスターを破壊しつつ攻撃力3700のモンスターで直接攻撃できる。

が、当然この十代はZeroは持っていない。

いやまあ勝つのが分かっているのに心配する事自体ナンセンスだけどさ。



「きばれぇ――――! きばるんだ、翔――――!!」



隼人が大声で応援している。うむ、友情は美しきかな。

その後の流れは矢張り翔の敗北で落ち着いた。

強欲な壺で融合とパワー・ボンドを引いた翔はパワー・ボンドを使う事はしなかった。

使ったのは融合。手札のスチームロイドとジャイロイドを融合する事でスチームジャイロイドを召喚。

フェザーマンを破壊したが、次のターンでサンダージャイアントに効果破壊されてダイレクトアタック。

サンダージャイアントがいたんじゃパワー・ボンド使ったとしても何の意味もないな。

どっちにしろ負けてた。



「まぁ、十代相手に勝つのは無理だし。しょうがないね」

「あら、そんな消極的な事を言ってたら勝てるものも勝てないわよ」



明日香はそういうが、俺と十代の間にゃ分厚すぎる壁があるので賛同しかねる。

勝てる気がしないんだもの。何だろうな、仮面ライダー世界に駆けるで4人のてつをを前にしたクライシスな気分。

1人で一杯一杯なのに4人とかもうね。

だってあいつ要するに戦闘破壊→無効、効果破壊→無効、バウンス→2体に増える、除外→4体に増える、ライフ→毎ターン全快、攻撃力→∞。

ねぇ、どうやって倒せばいいの? 蛇神ゲーだってもっと優しいわ。



「まぁねぇ……それも尤もな話なわけで、翔が勝てると思ってくれないと」

「そう、ね。結局、それが一番の問題」



大体カイザーのせいなわけだが。あの兄の不器用さはどうにかならんか。

何も語らずオレの背中をリスペクトしろ、と言わんばかりだからな。

カイザー自身、最終的な位置づけはもうできているのかもしれない。

自分を越えるものとして、翔の成長を待ち望んでいる事だろう。

この世界そういう奴ら多すぎるわ。

喋れよ、口は会話するためにあるのであって、効果説明をするためにあるわけじゃないぞ。

と、思ったがこいつら会話もぶっ飛んでたな。

Q:伝説って? A:ああ! それってハネクリボー?

待てハラルド! 何の事だ、まるで意味がわからんぞ!?

何故かこのドッジボールが癖になる。そして引き返せなくなる。



「とどのつまりはカイザー、か」

「ん………そう、ね」

「カイザー? カイザー亮が何か関係があるの?」



ご存じ、ないのですか!?

彼こそデュエルアカデミアで、カイザーの名を欲しいままにしている超時空変態と言う名の紳士、くま吉くん、じゃない。

超時空ボーガー、ロイド安藤、でもない。超時空リアルファイター、ヴァロン、は惜しい。

まぁ冗談はさておいて。



「兄弟。傍目には出来のいい兄と、出来の悪い弟」

「それで……」



ユニファーが翔を見る視線が、何やら複雑な色を帯びる。

なんだ、また何かのフラグか?



その後、敗北した翔はまた部屋に引き籠った。

そして明日香に兄、カイザーの事を教えられた十代は、翌日にデュエル許可願書を書きに行った。

言うまでもなくクロノスに破られたらしいが。

別に十代に負けたからって引き籠る事ないのにな。でも、気持ちは分からなくもない。



なので、







『はぁ、マスターも引き籠る事にしたと。まるで脈絡が掴めないのですが、流石マスターとでも』

「うむ。翔を励ますためにはまず翔の気持ちにならないとな」



俺も十代に負けた男。その悔しさが理解できないでもない。

まぁ確実に悔しさとかが引き籠りの理由ではないけど、基本的にインドア派だしな、俺。

そもそもカードゲームが趣味の奴がアウドムラ、じゃなくてアウトドアってのも妙な話である。

つまり、何が言いたいかと言うと、寝ている時が一番幸せなのである、



なのに、どんどんと扉をたたく音。



『マスター?』

「はぁ……」



ベッドの上から起き上がり、ドアへと向かって歩いて行く。

ガチャリとドアを開けると、そこには隼人がいた。



「どうしたんだ、俺の眠りを妨げるほどの何かがあったんだろ?」

「しょ、翔がいなくなっちゃったんだな! 探すの手伝ってくれ!」

「よし任せろ。俺は俺の部屋を探す」



ドアを閉じる。

しかし隼人はその扉が閉まる前に手を差し込み、一気に広げる。

流石コアラ、俺なんかじゃ力勝負じゃ相手にならない。



「ふざけてる場合じゃないんだなッ!」

「ふざけてる場合じゃなくても、俺が行くべき場面でもないだろ。

 翔が思い込んでる理由から何かの答えを得ないと、何も変わらないじゃないか」



どうせ俺には何もできないし。

翔が悩んでいるのは、デュエルに対する姿勢の根幹だし。

その辺りは、十代とカイザーの互いにリスペクトし合うデュエルを見るまで翔は立ち直れないだろう。

例えそれを見ずに立ち直れたとしても、それは恐らく長続きはしない。

きっとカイザーが願うようなデュエリストには成長しないだろう。



「ま、しょうがない。探すだけ探すか」



Dホイールのハンドルに手をかけ、ヘルメットを取り出す。

かぽっとそれを被り、いつも通りにお前たちに名乗る名はない現象でフルフェイスとなる。

確か海岸にいたな。しかしどの辺りの海岸なんだか。

部屋から飛び出し、隼人に向かって手を振る。



「乗れよ、急ぐだろ」

「お、お願いするんだな」



隼人が乗った瞬間、Xが実に不満そうにディスプレイでこっちに訴えてくるが無視。

俺にしがみつくまで待ち、一気にアクセルを踏み込んだ。

途端、300キロオーバーの速度で解き放たれる機械獣。最早本気でライダーマシンである。

通常バイクであり得ないレベルの速度で、こいつは走り抜けていく。

普通なら死にかねない空気の抵抗があるのだろう。

しかし、その辺りはデュエルエナジーがチャージされてる状態であるが故、何かそういうののキャンセルができるらしい。

理屈は知らないけど。何でもありなのだ。



適当に海岸線を、港の灯台を目印に適当に走っていく。

やがてそれは荒れた岩ばかりのコースになってきたので、仕方なく粉砕しつつ走行する。



「ななななななななななななななぁっ…!?」

「えびゅばでぃせーい、かーなーうーよー!

 なーな! なーな! なーな! なーな! なーな! なーな! なーな! え、違う?」



流石に慣れたもので、最早こいつのバイク離れしたとこなど無視する。

こいつに乗って高速で流れていく風景の中、やっと一応物を見れるようになってきた。

そんなちょっとおかしくなり始めた俺の視力。

その眼で、海辺でもめている十代と翔の二人を捉えた。



よし、飛ばそう。弾丸的な意味で。



「隼人、歯を食い縛れッ!」

「えぇっ!?」



車体を横に向け、急ブレーキ。

反動で発生した勢いに任せて、隼人の身体を撃ち出す。

よくコアラに間違えられている巨体が空を舞う。計画通り……!

その巨体は翔が造ったのだろう丸太のイカダに尻から着弾し、弾け飛んだ。

丸太が粉砕され、結んでいた縄も勿論吹き飛ぶ。



「おぉ、ホントに吹っ飛んだ」

『何をやるかと思えば鬼を通り越して外道と言うか人非人ですね』



本来俺を呼びに来ず、十代と一緒に行動していた筈で俺関係なしにあの場面に立ち会った隼人だ。

俺のせいで原作の流れを変えるわけにもいかない。よって、強制的に原作の流れへ送還である。

けして、悪意などない。もしあるとしたらそれは、増幅する悪意マリスのせいだ。

のんびりと海辺から遠く、離れて見ていたらどうやら話が決着した様子だ。

ここからでは見えないが、カイザーと明日香がいるのだろう。

あの作画が途中でいきなり原になってエターナルエヴォリューションバーストするあの回だからな。



欠伸して、そのまま帰路へとつく。

別段カイザーとの接点を作っておく必要性もなし。

それにアレ見てたら晩飯食い逃すしな。仕方ない、あの三人分も確保しておいてやろう。











「ふぁ……あぁ、またか……」

『ええ、まぁ』



だんだんと扉をたたく音。

今度は何だ、折角晩飯を取っておいてやったと言うのに俺の睡眠を妨げるとは。

Xの声も何処か眠たげだ。

こいつ寝るのか、と思って聞いてみたら省エネ用のスリープモードがあるそうな。

再起動時は処理が重たくなるので眠いらしい。どういうこっちゃ。

低血圧ならぬ低性能か。このロースペックがッ!



『まったく問題ありません!』

「そっちのアリスじゃねーよ」



ベッドから起き上がり、扉へと歩み寄っていく。

鍵を開けて、扉を開く。いたのは十代。



「大変だ!」

「頑張れ」



ドアが閉まります。ご注意ください。

また掴まれた。強制的に解放されるドアを放して、でなによと言わんばかりの視線を送る。



「隼人が退学の危機なんだ、手伝ってくれ!」

「翔の次は隼人か……」



まぁちょっと前にカタパルトタートルしてしまったので、謝罪の意味もこめて手伝うとするか。

しょうがないので立ち上がり、十代の後について歩いて行く。







要約すると、留年したせいで親父が実家に連れ戻しにきた。と言う事らしい。

まあ今の心持ちはどうあれ、親の金で通っているのに適当にやって留年したらそうなるよな。

しかし十代と翔、そして隼人自身の懇願によりそれは延期になった。

明日、その退学を賭けた隼人と隼人パパのデュエルが行われる。

そんなこんなで、今隼人がデッキを組んでいるわけだが。



「なんだよ、隼人のデッキ、コアラばっかじゃないか…」

「コアラデッキなんだな」

「コアラデッキって、こんなんで勝てるのかよ…」

「あ、じゃあこれあげるよ」



翔が自分のカードケースから、1枚のカードを取り出す。

デスカンガルーである。

イラストに描かれた緑色のカンガルーは、俊敏な動きで様々の攻撃を繰り出している。

ふ、残像だ。とでもいいたげなどや顔をしている。



「こないだ買ったパックに入ってたんだけど、ボク使わないし」

「オレにくれるのか?」

「ほら、コアラにカンガルーが加われば、オーストラリアデッキになるじゃない?」



何だろうな、この翔は。作画が悪いのか声優さんの演じ方がイマイチだったのか、軽く見下して聞こえ(ry

俺も隼人のデッキを一通り流し見て、内容を確認する。

この後十代もあげるのに俺だけ何もなしは流石にあれなので、先手を打っておこう。



「じゃあ俺はこれをやろう。コアラッコとラッコアラとコアラッコアラ。

 ラッコとコアラが文字のゲシュタルト崩壊を起こす誘発効果を発動する事ができる凄いモンスターたちだ」



嘘だが。

レスキューキャットも上げた方がいいだろうか。

3枚のカードを隼人の手に掴ませる。まぁ殺人未遂の代償としては安物極まりないだろうが。

隼人の瞳がうるうると涙を湛えている。



「よしっ、それじゃあちょっと待ってろ」



それを見ていた十代は立ち上がり、自分のベッドの下を探り始めた。

恐らくとっておいた秘蔵のカード、マスターオブOZだろう。

しかしまぁ、どちらにせよ負けてしまうのだろう。と思うと悲しくなるね。



「じゃあオレはこれをやるよ。攻撃力4200ポイント、こいつを巧く使えりゃ絶対勝てるぜ!」



絶対魔法禁止区域とガイアナイトとナチュルガオドレイクもあげようか。

と思えてきた。何故かは知らない。知らないったら知らない。

レスキューキャットからベルンベルン、コアラの行進でデスコアラ二体並べてガイアナイトさん二体。

絶対魔法禁止区域でちゃぶ台返しの効果を受けずに攻撃するガイアナイトさん……

あれ、相性よくないか? あ、でも禁止区域も破壊されちゃうのか。

毎ターンブラックローズガイルは厄介だなぁ。



「そんな凄いカード、オレにくれるのか?」

「オレは、お前に勝って欲しいんだよ。折角友達になれたのにさ、故郷に帰っちゃうんじゃ、寂しいもんな」



独りぼっちじゃ、寂しいも(ry アポリア……私を、独りにするのですか……

ふう……なんかネタのつもりで出したセリフでもう賢者なのだが。

ああ、もう駄目だ。鬱だorz

鬱状態に突入した俺を尻目に、がっちりと手を握り合う二人。

しかしこれで負ける展開なのだからどうにも。



「まぁ……頑張れよ………」

「なんでそんな憔悴してるのさ」











結果、隼人は負けたがパパンが隼人の成長と、ここで築いてきた友情を認め、在学を許してくれた。

流石に薩摩示現流を体得した武士コアラである。実にダンディなパパンであった。

ただ使うデッキが酔いどれなのはどうかと思わんでもない。



さて、解決した事件をいつまでも語る事はせず、次の思い出話に移ろう。

隼人の退学問題が解決した、そう思ったら次は十代と翔の制裁タッグの話であった。

まぁ結局のところ俺は何もしないのだから、どうにもこうにも……



自分のデッキを確認しても、タッグ用の最終調整などしている様子もない二人。

とは言えデュエル直前にその二人の許を訪れて騒ぎ立てるのもどうかと思い、俺は寮からそのままデュエル会場へと向かった。

クロノス教諭を倒した遊城十代がデュエルする、というだけでもそれなりの人数。

更に今回は何やら凄いデュエリストが相手として呼ばれている、という噂が生徒たちの中で飛び交っていた。

Q:こだまでしょうか? A:あ、違う! クリボーが勝手に!

噂です。



「あら、エックス?」

「おぉ、あすにゃん」



ごす、と問答無用で殴打された。最早問答無用!

どうやら今度は黄金のタマゴパンをプレゼントしたにも関わらず、ハートは溜まっていなかったらしい。

殴られた箇所を抑えつつ、明日香の隣に座っている黄色い制服の男子生徒を見つけた。

三沢である。ブレオではない。



「おお、そこにいるのはラーイエロー1の天才、三沢大地くん」

「え? ああ、いやそんな風に呼ばれた事はないが」



謙虚だ。とりあえずお前の頭の良さが異常なのは知ってる。

正直お前とツバインシュタインは未来組レベルだ。三沢はいずれ、だが。

当然の如く異世界に進出するなよ、と言いたい。バトスピじゃあるまいし。

しかし後々この彼が三沢は二組ラーイエローだからいない、状態だからな。

最終的にメンタル面ではGX最強クラスだろう。メンタル面は。

そもそも未来への不安を払拭して(キャストオフ)たのに、なんでダークネスに囚われたのだろうか。

やっぱりダークネスは凄いんだろうな、デュエル以外は。デュエル以外は。

ネオスフィアの活躍がないに等しいからなぁ。

いやワイズマン倒したんだけどさぁ。

でも、シュノロスやセフィロン、それでなくとも三幻魔とかダークルーラーとかユベッヘに比べてどうなのという。

ネオスフィアを倒されたどうのじゃなくてダークネス再セットされた時点で詰んだとか。

ゴッドネオスでネオスフィアを倒したのは駄目押しでしかない。

そりゃZ-ONEだって虚無械破壊されれば展開が遅くなり、結果詰むかもしれんさ。

だからって、だからってそこで詰んだらラスボス台無しだろ。

破壊しようとしても破壊できないオレイカルコスの結界は言わずもがな。

Z-ONEは破壊しようとしたら『この瞬間、手札からトラップ発動』とか言ってきそうだし。

『魂に刻むがいい、神のデュエルを』というセリフで始めた結果。

『神を名乗る割にはセコイ手を使うねぇ、ダークネス・アイはお前の伏せカードを確認する能力を持っていた』

『だが、ダークネス・アイの効果がなかろうと。トラップ発動! ぐぅ…』

外しました。何なんだお前、当てろよ。

そしてネオスフィアの効果を逆利用されてダークネスを再セットされたあげく、

『だが我が手中には、圧倒的攻撃力を誇るダークネス・ネオスフィアがいる』って………

ただでさえインフレが激しいGXでそのセリフかよ。

高攻撃力のモンスター出してたら、除外されてたアニメ効果のユベルを出された時点で終了なの分かってるのか。

魔法マジックトラップゾーンは虚無・無限・ダークネス1・2・3で埋まってるし。



二人に並んだ席に座り、十代と翔がデュエルスタジアムに入ってくるのを待つ。

暫くすると二人は入場する。二人は、というか十代は特に気兼ねしている事はない様子。

まぁあいつがそんな殊勝な性格でないのは知っているので、問題ないだろう。

二人がスタジアムの中央まで辿りつくと、待ち侘びた様子のクロノス教諭が腕を挙げ、開幕を宣言した。



「ではこれより、タッグデュエルを始めるーノデスネ!」



この広いスタジアムでよく通る声である。

その背後から校長がクロノス教諭へと声を投げかけた。



「それで対戦相手は? 教員か、オベリスクブルーの生徒かね。

 それともまさか、また君が相手をするのかね?」

「いいえ、これは彼らが立ち入り禁止区域に入った、校則違反の罰則を審議するためーノ、デュエルですーノ。

 相手はそれ相応ーノ、デュエリストでなければ意味ありませんーノ」

「ふむそれで」



校長の目がきらきらして、ぴろりろりろ☆という謎のSEが入る。



「不心得者を叩き直すべーく、んーパルメザンチーズ!

 伝説ーノデュエリストを呼んでありますーノ!」



途端、どこに隠れていたのかハゲが飛び出してきた。

ああ、俺がさっき三沢と中華の影の薄いところをネタにしたせいで、中華な感じの奴らが出てきてしまった。

そのまま、十代と翔の近場から出てきた橙と緑のチャイナハゲは、ひょいひょいと回転し跳ねながら、スタジアムの対面まで行った。

歩いて行け。

互いが同時に一際大きく跳ね上がり、空中でうまい事交差して、着地。



「我ら流浪の番人」

「迷宮兄弟」



一生流浪してろよ、と思わざるを得ない。

と言うか流浪と番人は共存しねーよ、つまり番をする門がなくなったニートなんだよな。六武ですね分かります。

ところであいつら舞ビビアンタッグとのデュエルどうなったのだろう。どうせ負けたんだろうな。



「うおー、香港映画かぁ」

「もしかしてこの人たちが対戦相手ぇ!?」

「彼らはあの、デュエルキング武藤遊戯と対戦した事があるという、伝説のデュエリストなのですーノネ」



つまり俺も伝説か。いやーまいっちゃうなぁ、俺が伝説だってよ。

レジェンド・オブ・俺-七つの俺の物語-

こういう時の何か凄いサブタイトルには7ってつけたくなるよね、何でだろう。

セブンスターズも七人だし。



「聞いたことがあるわ」

「知っているのか、明日香!」

「え? えぇ、その無敵のコンビネーションで、デュエルキングを苦しめたという兄弟デュエリストよ……」



自分のホームに誘い込み、イカサマ問題で精神的に揺さぶりつつ、決定的に有利なフィールドでのデュエルを強制する。

何と言う無敵のコンビネーション。すごいなー憧れちゃうなー。

俺だったら告訴も辞さない。



「そんな相手なんて、十代たちが勝てる筈がない…!」



ふむ。

立ち上がり、スタジアムの観客席からデュエルリングまで最も近い場所まで歩いて行く。

ここからならばそこまで声を張り上げなくても、対面まで声が届くだろう。



「大徳寺せんせー!」



反対側、教員用の観客席に座っていた大徳寺先生が反応し、手を振ってくる。

それを見届けて、俺は続く言葉を先程と同じ程度の声で発した。



「今日十代と翔の快勝とー、デュエルアカデミア残留記念のパーティ用にー、食堂借りていいですかー?」



周囲はきょとん。同じく大徳寺先生も一瞬呆けたが、頭の上で両手で○を作り、OKサイン。

なら次は、メインキャストに了解を得よう。



「十代、なんか購買で買っとくものあるかー? 奢るぞー」

「え、ホントか! じゃあステーキパンと、キムチパンと、幻のとうがらしパンと、伊勢エビパンと……」

「それを全部引き当てろってか。よし引き受けた、言った以上やってやるさー。翔はー?」

「え、いや、この状況でそれを訊くの……!?」

「じゃあ外れたドローパンでいいな」



まあ十代の事だから後はドリアンやら熟成チーズやらにんにくやら納豆だろう。

翔は確かエビだったな、エビフライと伊勢エビ。

あぁ、そういえばゼアル始まったなぁ、楽しかったぜ。続きが楽しみだ。最近アニメが面白い。

いやぶっちゃけ遊戯王とデジモン、あともうすぐ終わるまどかくらいしか見てないけど。

さて、ここから俺のドロー力が試される、と。

ははは、DP使い果たしかねないなぁ、おい。



「ちょっと、貴方……二人のデュエル見ないの…!?」

「お、ユニファー」



案外、俺たちの近くに座っていたユニファーに声をかけられる。

だって見る必要なんてないし。

俺がいるから原作通りに進まないかもしれないとか、俺がいなければ原作通りとか、そんな事は関係ない。

十代が主人公だからとかでもない。十代は十代だから、負ける筈がないんだ。



「ああ、折角だから快勝祝いの一つもな」

「相手は伝説のデュエリストよ? 勝てる可能性なんて無いに等しいでしょう?」

「あいつらが伝説のデュエリストなら、十代は伝説を継承したデュエリストだぜ?

 デュエルキングの最強伝説の登場人物なんかじゃない、デュエルキングに並ぶ伝説を創るデュエリストは、負けやしないさ」



キリッ! と決める。

ぱたぱたと手を振りながら、茫然としているユニファーに背を向ける。

さぁ、そんなわけでここからが俺の闘い――――!

引き当てて見せる、俺が手にしなければならない神の一手を!







で、十代たちは勝ったわけだが。

俺は惨敗。流石にあれだけの正解を連続で引き当てる事は出来ず、DPはすっからかんである。

うぅ、俺のおやつ……

何故包装紙を破かずに中身が分かるかって? 引いた瞬間、ピキーンとくる事があるのさ。

コナミくんだって使用する前から中身が分かっていた。

こう、目の前になんか出てきて『○○パンを手に入れた!』みたいな。



まあデュエルに関して全く手伝わなかった分のハート稼ぎのためだと思えば、しょうがない。

あの後、食堂に反省文の提出を課された十代たちが憔悴して帰ってきた。

それを俺はなけなしのドローパンの山で迎えたわけだ。

何故か、明日香と三沢とユニファーもいたが。

いやもう、俺のお小遣いは消えたよ。本当に全部奴らの胃の中に。

ま、たまにはこんな事も悪くないだろう。











「かっとばせー、十代」

「アニキー! たのんますよぉー!」

「帰ってテレビを見ていたーい、最近アニメーがおもしろーい」



全然関係ない歌を歌いつつ、十代の打席を眺める。

今は体育の時間。理科と社会も平均点、得意なのは体育くらい。

などという事もなく、俺はそこまで体育得意じゃない。苦手だと言うほどでもない、と思うが。

つーかデュエリストの体力やばすぎるだろう、お前ら人間じゃねぇ。

何だろう、ミニ四駆と一緒に崖を走ってる小学生とかそういうレベルだもん。

マグナーム。



「任せとけ! ここで一発打てば、一点・二点・三点追加で一気に決まりだぜ!」



より力を込めて、十代が身体を捻る。

現時点で9回表3対0、その上で2アウト満塁という中々愉快な状況だ。

どいつもこいつも大抵平均的な男子高校生のそれを越えてる集団だが、その中でも十代のそれは頭抜けている。

このエーススラッガーを前にしては、ラーイエロー組も太刀打ちできないだろう。

しかして、そのエーススラッガーを打ち取れる力を持つ黄色組唯一の男が今、現れる。



「おーい、待てぇー! その試合、待ったぁー!」



アカデミア指定のジャージに、ラーイエローを示す腕に巻かれた黄色のスカーフ。

この年代の平均的な男性よりも大きめな体格の少年の登場。

それは、ラーイエロー組最強の切り札の登板であった。



「すみません、遅れてしまって。ついデッキ構築論に夢中になってしまって」



そう黄色組チームの監督役に言い訳しているのは、ラーイエロートップにしてGX最大の愛されキャラ。

三沢大地その人であった。

俺はフルネームの頭と尻を取って三地。ミッチーと呼んだり呼ばなかったりしている。

だって磁石の戦士だし。ミッチー! マッハドリルを射出してくれ!

それでガイキングLODと鋼鉄神の据え置き参戦はいつだね。

それかOG3そろそろ出してくれよ。最後のあれはそういう事でいいんだよな? いいんだよな?

そういえばTF6は5D’sみたいだな。

やったね、ゾーン出せよ? 絶対出せよ? ダークネスと超官の悲劇を繰り返すなよ?

某ドラガンの某中の人が某つぶやきで某ボイス収録とかそんなあれで某即削除とか某なんとか某。



「投げられるのか?」

「はい!」

「よし、頼むぞ!」

「じゃあ交代だ! ピッチャーは、三沢!」



何か微妙に熱血少年野球漫画で見そうで見なそうなセリフのやり取り。

三沢が自分のグローブを取り、マウンドへ向けて走り出す。

その姿を見た十代がバットを三沢に向け、宣戦布告を開始する。



「遂に出てきたな三沢! しかし、お前の球もあそこへ叩き込んでやる!」



十代がバットで外野スタンドを示す。

ところで何でデュエルアカデミアにこんな普通に野球ドームがあるのだろう。

必要なのか?



「いや、オレの球は打たれはしない。何故なら、キミの攻略法は既に計算済みだからだ」



三沢がバックに燃え盛る炎を背負う。バ、バーニングソウル…だと…!?

まさか、OPの幻の炎の龍はのちのスカーレッド・ノヴァ・ドラゴンへの伏線だったというのか!?

マジパネェぜ。流石ナスカに新たな地上絵が発見される事すら予測していたアニメスタッフ。

さて、冗談はそれくらいにして。



「行くぞ、方程式・Ver.1!」



三沢が脚を大きく振り上げて、投球の姿勢に入った。

それはもう綺麗に上まで上がる脚で、もはやダークネスムーンブレイクかよというレベルである。

振り上げた速度に倍する速さで落ちた脚が地面を踏み締め、逆の脚が上がると同時に振り抜かれる右腕。

実に綺麗に連動して動く投球フォームは、しかし綺麗な軌跡を描く球を放つものではない。

微かに、なんてものではない。

獲物を仕留めるべく不規則に揺れる虎の如く、視界で焦点が合わないボール。

片目で見ているかのように、見えないのだ。真正面にある筈のボールが。

尋常じゃない様子である。



「っ!」



十代がタイミングのみを合わせ、バットを振るう。

ブォウ、と風を切るバットのスイング。

勿論空振りだ。あんなものが初見で返せる人間がいてたまるか。流石三沢である。

そのままストライク2、ストライク3と簡単に打ち取られる十代。

このアイスラッガー並みの切れ味を誇る、名スラッガーをいとも簡単に。

あいつこのままプロ野球いけると思う。

あの魔球は増えてブレる上に140キロオーバーである。何だお前。

パワプロ行けよ。コナミだろ。



バッターアウトによるチェンジ。

次は9回裏。最終局面に到達したわけだが、ピッチャー十代はどうも釈然としていない様子。

その理由は明白であり、また故にこれからの行動も明白。



打者を一人も出さずに2アウトを奪い取ったあと、暴投に次ぐ暴投。

12連続ボールを達成し、一気に満塁。

点差は3点。ここでホームランでも打たれようものなら、逆転サヨナラである。

勿論その理由は三沢との一騎打ちのため。

おい、フォアザチームしろよ。ブレオ、お前も何とか言ってやれ。



「三沢ァ! 今度こそお前を討ち取ってやる!」

「それもできない事だな。キミを打ち崩す方程式も、もう既に出来ている。

 オレはその数式に則り、お前を叩くまでの事――――!

 そして敗けたお前は、オレの言いなりとなれ!」



これだから三沢は……

十代はその言葉に闘志を燃やし、矢張りバックに炎を背負う。バ、バーニングソ(ry

相対する三沢もまた、炎を。バ、バーニン(ry

ファイア・ドロップ・ジェミニ。バーニングディバイド。

その二人の闘気が龍と虎のイメージを創造し、互いにぶつかりあう。



「こい、1番!」

「行くぞ2番。食らえ、オレがHEROだぁ―――!!」



放たれるボール。それはまるで先程の焼き直し。

十代の放ったボールは幾つにも見えるブレを起こし、三沢の視界をかき乱す。

相手の視界に幾つの分身が映っているのか、三沢はその攻撃に対しても余裕を崩さない。

にぃ、と口の端を上げて勝利を確信したかのような笑みを浮かべる。

振り抜かれるバット。カキーン、と甲高い音。

しかしインパクトの瞬間に三沢の顔が僅かに歪んだ。

中てられたボールは低い軌道で、ファールゾーン一直線の打ち返し。

まずは引き分け、と言ったところか。



どちらにせよ俺の出番はもないので、ベンチで欠伸である。

うとうとしていたらいつの間にか試合が中断されて終わっていた。



あぁ、青いの対三沢か。











『マスター』

「……眠い、明日にしろ」



もう夜も更け、既に眠っていたというのに馬鹿に起こされる。

くそ眠いが、まぁこいつが意味もなく起こすと言う事もないだろう。

そう思いたい。もし意味がなかったら殴り倒す。壊れるのは俺の拳なのだが。



『…先日、灯台に無断で監視カメラを設置していたのですが』

「お前は一体何をやっているんだ」

『カイザー亮の面白映像とか撮れるかな、と思って。

 マスターとの会話に花を咲かせるために頑張る私によしよしとかないんですか?』

「お前はもう黙れ」

『天上院明日香のちょっとドジな映像とかもありますよ?』

「よくやった」

『削除しました』



ここまでテンプレ。いつも通りの挨拶を交わし、Xの続く言葉を待つ。

ここからが本題なのである。



『万丈目準がカードを海へと投棄しているのですが』

「あー」



やってる事が羽蛾をより卑怯にした状態だからな、あの青いのは。

しかしまぁここで無視するのも寝覚めが悪い。既に最悪だが。

眠い眼を擦り、Xの上に乗る。



「ゴーゴー」

『ラジャー』



瞬間、周囲が光に包まれた。

一瞬の光景が晴れた先は部屋の中でなく、レッド寮の前。

加速する。最近短距離ワープもできるようになったので、扉を開けなくても部屋を出れるようになったのだ。

どんどん便利になっていくXさんである。







目の前の光景には、流石に溜め息が出て来た。

海面に漂うカードの群れ、胸糞悪い光景である。よくあると言えばよくあるが。

カードショップだってゴミ箱にカード捨ててある事あるし。

紙資源無駄にするな。そりゃ使わないカードだってあるさ、でもそいつらはちゃんとリサイクルしろよ。

そうする事でちゃんと次に繋がるんだから。



「やれやれ……」



そもそもこの場合は他人のカードを捨てた馬鹿、という論外なのだが。

上着を脱いで、海の中に入る。ざっぷんと肩まで浸かると、死ぬほど寒かった。

目に着くカードを拾い上げ、40枚。多分これで全部だろう。



「他に落ちてるか?」

『いえ、付近にはありません。他が全てここで固まっていた事を考慮して、流された、沈んだとは考えにくいです』

「そっか」



海から這い上がる。堤防にかけた俺の手を、Xのアームが掴んで支えてくれる。

ふんぬ、と力を込めて持ちあげた身体を堤防の上に転がらせ、夜風で凍える。



「さみぃ。火を熾そう」

『ビームでいいですか?』



Xの正面から何やらレンズが現れ、キュインキュインと唸り始めた。

こいつのこういう機能は一体何を考えて取り付けられていたのだろう。

走ってくる途中、そのアームでいつの間にか回収していたらしい木の枝やら何やらを取り出して、放った。

直後、レンズが発光して燃え上がる木の枝。何なんだろうな、これ。

まぁ助かる事に違いはない。

海水に濡れたカードを火の回りに配置し、俺自身も火にあたる。

っていうかこのカード投棄って明日香の話だと明け方じゃなかったか? 思い切り深夜なんだが。



「棄てられてすぐだったのか、割となんとかなりそうだな」

『そうですね。このまま乾かせば、使えない事はないでしょう。マスター』

「ん?」

『なんでこれを回収したのですか? わざわざ他人のカードを。

 あの青いのに叩き付けて、じっちゃんの名にかけてあなたを犯人ですって言いたかったんですか?』



混ぜるな。よく分からなくなるじゃないか。

何でってさ、まぁ特に明確な理由があるわけでもないけれど。



「好きなんだからしょうがない」

『え? 三沢大地がですか?』

「違う。デュエルモンスターズ、というか遊戯王OCGが好きなんだって。

 別に何が何でも物を大切にしようなんて思ってるいい子ちゃんじゃないし、ただ好きな物をいい扱いしようとしてるだけ」



濡れたカードを取り上げ、水滴をぬぐう。

つまり好きなものは好きだからしょうがないという奴だ。



『………まぁっ! 私とカード、どっちが大事なのっ!』

「どっちも大事だよ。相棒」

『……素で返さないでください、もう』



押し黙るX。どんどん成長していると言ってもまだ子供。

くつくつと笑いながら適当にボディを撫でてやると、ヘッドライトをパチパチと点灯消灯を繰り返して抗議してくる。

このカードが乾いたら夜が明ける前に三沢の机に叩き返し、俺は寝よう。

まずはこの塩水でべたべたの身体を洗ってからだが。











「あの月を見ていたら、お前が来るような気がしてなぁ」



王者が見据える先には天にて眩き白い輝きを放つ満月の姿があった。

無数の光点、星々の中でも大きく、眩い月光の許で時を越え、二人は再び対峙する。

ハイウェイの高架の上に立つ王者に見降ろされた少年、不動遊星はその言葉に何一つ反応を示さない。

くっ、と愉快そうに微かに咽喉を鳴らした王者、ジャック・アトラスは、追憶の彼方の光景を思い描いた。

幼少期、チームサティスファクション期、そしてその後の何もないただ流れるだけの日常。



「あれからもう、何年になるか」

「2年だ」



遊星は口を開く。その短くも長い年月の間に覚えた感情、全てを乗せて。

時の流れは一定なれど、そこに流される者たちが速く征くか、あるいは微動だにしないかは流される側の自由。

その言葉の端から毀れるものに、長い月日としての2年を感じたジャックは、己も感慨深げにそれを繰り返した。



「2年、か」



まるで、10年の歳月を越えたかのような。しかしほんの数日間しか経ていないかのような。

そんな曖昧な言葉の色。

微かな不自然さを感じたものの、遊星はそれに反応することなく、受け流した。



「いいDホイールを造ったな、流石だ」



ジャックはその眼を月から遊星の跨るDホイールに移し、その姿を称賛した。

彼は知っている。不動遊星という男が、それを達成できるスキルを持っていると。

むしろ彼がそれを一番よく知っている、と言っていいだろう。

何故ならば、



「前に造ったものは、お前が乗っていったからな」

「フッ…キングはチャンスを逃さないものだ」



サテライトに在った頃、遊星はその性能を僅かに見聞きしただけで、廃材を寄せ集め一台のDホイールを造った。

様々な積み重ねの上で製造されたそれを、デュエルディスクと目と耳で得た情報のみで構築してしまったのだ。

しかしそれはジャック・アトラスが己の王道の糧とした。

今遊星がこうしてシティに来るために使った、シティとサテライトを繋ぐ境界。廃棄物のパイプライン。

ここを遡ってくるために、ジャックはそれをデュエルで奪い、こうしているのだ。



「今どこにある」



微かに語調が強くなる。

ジャックは旧友のその様子に微かに口を歪め、真実をそのまま告げた。



「もう壊れたに決まっているだろう?」



ライディング用のグローブに包まれた拳が握り締められた。

握り締められた革が、ぎゅっと音を立てて、その握り拳から力が抜けない事を現し続ける。

微かな怒りに震える声が、ジャックを更に質す言葉を絞り出す。



「オレのカードは―――!」

「スターダスト・ドラゴンか?」



ジャックの指が、ライディングスーツのカード収容部分に仕舞われた、1枚のカードを取り出す。

白いカード枠の、上級モンスター。イラストとして描かれているのは、白銀のドラゴン。

遊星の造ったDホイールと同じく、ジャックがシティに来る際に遊星の許から奪われたカード。



「オレたちの夢だった」

「オレたちの……?」

「サテライトの仲間、みんなの夢だ」



Dホイールが駆け、そしてそれに追従して飛翔する風の龍。

それが明るい未来に向けて駆けていく、それがみんなの夢となっていた。

サテライトという底辺に住んでいても、シティの人間とは違っても。

デュエルはどこでもできる。誰とでもできる。

そんな、みんなの夢と希望を乗せて飛翔するのがそのドラゴンの翼だった。

だがジャックはその言葉を一笑に付す。



「まだそんな子供染みた事を言っているのか! キングになった今、最早不要なカードだ。

 返してやろう!」



風を切り、そのカードが遊星の手元へと投擲される。

二本の指でそれを挟み取った遊星は、しかしそれを見た後、目を瞑った。

2年ぶりに手に取った感慨でも、ジャックへの怒りでもない別の物。

それを見たジャックは、微かに眼を細めて遊星へと言葉をかえる。



「どうした、デッキに納めろ」



しかし、遊星はそのカードをジャックへ向け、投げ返した。

同じく二本の指でカードを挟み取ったジャックは、疑念の眼で遊星を見降ろす。

Dホイールを降り、真正面を向いて真っ向から対峙する遊星とジャックの姿。



「デュエルで返してもらう! お前もそのつもりできたんだろう」

「フッ、いいだろう……お前とのライディングデュエル! 愉しめそうだ―――」







「見ろ、遊星! これがネオドミノシティの魔天楼だ」



ジャックが遊星とのライディングデュエルの舞台として選んだのは、ジャックがキングとして君臨するコロシアム。

その現場へと移動する道すがら、海馬コーポレーションを中心に広がる超高層ビル街を示し、そう言った。

ゼロリバースの直接被害を追っていないとはいえ、僅か20年足らずの期間での急成長。

悲劇で幕を開けた新エネルギー、モーメントエネルギーを最大限活用した結果。



「ネオドミノシティは眠らない! 絶えず脈動を続け、拡がり続ける!

 この街は生き、止む事なく成長を続けていくのだ! ククク……その進化の果ての終焉も知らずにな」

「なに……?」

「さぁ、見えて来たぞ。デュエルスタジアムだ!」



ジャックが最後に言った言葉、その意味を質そうとした遊星が言葉を発する前に、その会場が姿を現した。

デュエルスタジアム。それは今や決闘場という意味以外の物を持つ。

ネオドミノシティのデュエルキングが、その力を持ってチャレンジャーを踏み潰すエンターテイメント会場。

いつからか、ジャック・アトラスのデュエルが変わっていた。

誰よりもジャック・アトラスを知るが故、そのデュエルが遊星には信じ難かった。

今までの彼のデュエルではない、パワーばかりのデュエル。

彼の圧倒的パワーによる攻めは、力を過信してのものではない。

誇りから生まれるものであった筈だ。



だからこそ、信じたくもない。



入場ゲートは予め開けておいたのだろう。

二台のDホイールは、あっさりと中に入る事が出来た。

そのままDホイールのスタートラインまで走らせ、ブレーキをかける。

これで、後は互いにライディングデュエルのために、スピードワールドを発動するだけで決闘は開始する。

ジャックはその状況に到り、自らの心境を言葉として紡いだ。



「ここがオレの戦場だ、遊星。追われるってのは気分がいい、自分がキングなのだと実感できる。

 キングは、その座を常に守らなければならない!

 守る事は、攻める事より難しい。しかし、それを成してこそ、キング!!」



ジャックが手にしたカードを天に掲げると同時、ナイター設備が起動する。

照らされるライトの光の中で輝くカードは、先程のようにスターダスト・ドラゴン。



「既にこの時点で、お前がスターダストを取り戻すチャンスは失われたも同然!

 愚かな選択をしたものだ」



スターダスト・ドラゴンがジャックのデッキに投入される。

それを見送った遊星はDホイールのグリップを確かめ、コントロールパネルに手を伸ばした。

同じくジャックも同様の操作を行っていく。



「さぁ、愉しもうじゃないか。観客がいないのが寂しいがな」

『デュエルモードON・オートパイロット・スタンバイ』



互いがフィールド魔法、スピード・ワールドを起動する。

Dホイールを中心に広がっていく、速さを力に変える世界。

その中でスピードという力を競うべく、二人の男が声を張り上げた。



「「ライディングデュエル・アクセラレーション!!!」」



互いのエンジンが咆哮する。その速度は時速200Kmに届く。

円を描く競走路をなぞり、走るマシンのエンジンの嘶きだけが夜の静寂を引き裂き、闘いの始まりを告げる。



「チャレンジャー! 先攻はお前からだ!」



ジャックの声に応え、遊星がその手をデッキホルダーにかける。

それを引き抜くと同時に、宣言するのはファーストターンの開幕。



「オレのターン!」



ドローしたカードと手札を合わせ、遊星の思考はこのデュエルの事に半ば以上沈み込む。

ジャック・アトラスのデュエルが変わったとはいえ、その強さには変わりない。

下手に迷いなど見せれば、一瞬で喉笛を噛み千切られる事となる。

油断はせず、迷いもせず、ただ相手の心をここに見つけ出す事。

それが、遊星の目的であった。



「シールド・ウォリアーを守備表示で召喚!」



色黒の肌をした戦士が遊星の前に現れる。

右手に持つ長大な槍を後ろ手に、前には左の手に持つ大きな盾を構える。

その身体が守備表示のモンスターを示す青色に染まっていく。

そのモンスターを見たジャックが、微かに口端を上げる。



「ほう、シールド・ウォリアーか。墓地にあってもなお、壁となるモンスター。

 キサマの臆病さがカードにも表れているようだ!」

「……、カードを1枚セットし、ターンエンド」

「フッ、オレのターン!」



ジャックの指がデッキのカードにかかり、それを引き抜く。

このスタンバイフェイズにおいて、スピード・ワールドの効果が発動し、互いにスピードカウンターを得る。

ホイール・オブ・フォーチュンの車体が一気に加速し、遊星のそれを引き離す。

そして反転。バック走行状態のDホイールを駆るジャックと、遊星の視線が交差した。



「どうした遊星! 怯えているのか? 竦んでいるのか!? 或いはもう屈しているのか!!

 オレのようなキングを追う者は、その絶対的な壁の高さに臨み、自らの無力さを思い知る!!

 キサマは知っていながらこちらにきたのだろう? ならば、この絶対王者キングを愉しませてみせろ!!!

 相手フィールド上にのみモンスターが存在する時、バイス・ドラゴンは特殊召喚できる!」



バイオレットの体色を持つ、恐竜と翼竜を合わせたような外見の魔龍。

肥大化した頭部や前腕部に比べ、細い関節や脚部を見ると随分とアンバランスな印象を受ける。

頭部はそのまま恐竜種のそれであり、翼と飛行能力を持っていなければ恐竜としか見えまい。

ゴァアア、と一鳴きした後にジャックの横に並ぶ龍から感じられる覇気は薄く、見かけ倒しかと思わせる。

それは、バイス・ドラゴンが持つ効果故。



「この効果で特殊召喚したバイス・ドラゴンの攻撃力・守備力は半分となる」



よって、元々2000ポイントを誇っていた攻撃力は半減し、僅か1000。

守備力1600を持つシールド・ウォリアーに攻撃しようものならば、反撃されてジャックのライフが削られる事だろう。

しかしそんな事はジャック・アトラスが見逃す筈がない。遊星は微かに身構える。

この流れは、キングの圧倒的攻撃力を誇示するための黄金パターン。



「更にチューナーモンスター、ダーク・リゾネーターを通常召喚!」



ボロボロの黒い布に包まれた身体に、灰色の被りモノをした小悪魔が現れる。

被りモノの下に覗く、赤い眼と牙の生え揃った口。

その口からキシシと鳴き声を漏らしながら、手にした音叉を一つ、キィンと鳴らした。

特殊召喚効果を持った高レベルモンスターと、チューナーモンスターを通常召喚することで発揮されるコンビネーション。

ここからつなぐ一手は当然、シンクロ召喚となるだろう。



「チューナー。くるか…!」

「レベル3のチューナーモンスター、ダーク・リゾネータ―を、レベル5のバイス・ドラゴンにチューニング!」



ダーク・リゾネータ―が音叉を打ち鳴らした。

キィイイインと高鳴る空気の鳴動が、打ち鳴らした小悪魔自身の身体を解いていく。

はらはらと崩れた魔物の身体は光の帯となり、やがて集束して星となる。

三つの星がバイス・ドラゴンの身体を取り巻くように飛行し、その光を強めた。



「王者の鼓動、今ここに列を成す! ―――天地鳴動の力を見るがいい!!」



バイス・ドラゴンの身体も光の星と化し、三つの星と混ざり合っていく。

星が巻き起こす光の乱舞の中から溢れ出るのは、まるで火山から噴き出るような灼熱の火炎の渦。

炎の乱流を爪で引き裂き、その中より出現するのは紅蓮の魔龍。

真紅の炎を纏った翼で空を焼き、その悪魔然とした全身をフィールドに現す。

三本角は悪魔をモチーフにしたが故のそれであり、同じく容貌も悪魔のもの。

龍の名を冠してはいても、その肉体の発達の仕方は悪魔そのものと見える。

真紅の翼膜で風を巻き込み、魔龍の巨体が空中に躍る。



「シンクロ召喚! 我が魂、レッド・デーモンズ・ドラゴン!!」



咆哮。魔龍の牙が打ち合わされ、その口腔から炎が溢れる。

荒ぶる龍の燃える瞳が対峙する遊星の姿を捉えた。

その威容、その貫禄。正しく王者の風格。



「レッド・デーモンズ……!」



だがしかし、その瞳の中で燻っているのは何か。

王者の誇る最強のしもべとして相応しき圧倒的な力を持つ紅蓮魔龍は、しかしその風格に悲哀すら混ざっているように感じられた。

矢張り、と遊星はその様子に確信を持つ。

そしてだからこそ、このデュエルで自分がやらなければならない事が確定した。



「こい、ジャック!!」

「フン、レッド・デーモンズ・ドラゴンの攻撃!」



レッド・デーモンズの巨体が唸り、一対の翼が羽搏いた。

遊星の場に存在するモンスターは一体のみ。無論、そのシールド・ウォリアーを目掛けて放たれる一撃。

構えられた鋼の盾など、魔龍にしてみれば紙の盾同然。

威風を纏い接近したレッド・デーモンズに対し、突き出される盾の壁。

それを腕を軽く振り抜いて薙ぎ払う。盾を構える戦士の腕が肩から吹き飛ぶ。

シールド・ウォリアーが絶叫し、その腕を抑えて屈した。

しかしあらゆるモンスターを粉砕する波動、アブソリュート・パワーフォースによる追撃はない。

僅かに距離を開け、レッド・デーモンズがその顎の中に火炎を蓄え始めた。



「喰らうがいい! 灼熱の、クリムゾン・ヘルフレアァアアアアアアアッ!!!」



解放された火炎の渦が、シールド・ウォリアーの身体を浚う。

苦悶の絶叫すらも呑み込む奔流は、戦士を呑み込んだだけでは飽き足らず、遊星が疾走するフィールドすら焼く。

Dホイールの走行ルートとして見ていた道が、クリムゾン・ヘルフレアの余波で灼熱している。

このまま突っ込もうものならば、ホイールが融解して、マグマのコースに頭から転がり込む事となるだろう。

驚愕がなかったわけではない。しかし、そうなのかもしれない。という事には思い至っていた。

ジャック・アトラスが邪神カードを使った初めてのデュエル。

そこで見えた、謎の力。



スロットルを解放し、Dホイールのモーメントエンジンを叫ばせる。

地面が爆裂したかのように車体が震動し、その速度を限界ギリギリまで高めた。

アームを繰り、自身の重心を移動させる事でそのDホイールの軌道を自在に操作する。

その神速の操縦技術の果て、大地を駆けるためのDホイール、遊星号は宙を舞った。

魔龍が焼き払ったコースを数メートル一気に飛び越し、ジャックの隣にまで躍り出る。

それを見たジャックは見下すようにそれを嗤う。



「まるで曲芸だな」

「だが、お前に追い付いた」



今の二人は並走。

キングとして追われる者の座につくジャックに、遊星は並び走っている。



「フン、カードを2枚セットし、ターンエンド」

「オレのターン、ドローッ!」



引いたカードを手札のカードを照らし合わせ、光で繋げる。

ジャックの防御、攻撃、全てを可能な限り予測し、どこまで対応されるかの判断をつける。

だが相手は自身と限りなく同格に近く、しかし僅かに上回っているだろう使い手。

そう簡単に突破できるなどとは思わない。



「オレはセットされたカード1枚を墓地に送り、カード・ブレイカーを特殊召喚!」



色黒の戦士が、遊星の場に伏せられたカードを手に持つ拳を模した杖で叩き、消滅させる。

どこかの民族衣装をイメージしてデザインされたのだろう。

上半身の露出が多く、筋肉質な肉体を晒した戦士である。

遊星の指がカード・ブレイカーの召喚コストにされたカードを抜き取り、墓地へ送る。



「そしてこの瞬間、カード・ブレイカーの効果により墓地ヘ送られたリミッター・ブレイクの効果!

 このカードが墓地ヘ送られた時、手札、デッキ、墓地よりスピード・ウォリアーを特殊召喚する!

 デッキよりスピード・ウォリアーを特殊召喚!!」



白いボディの戦士が、カード・ブレイカーと並び立つように出現した。

頭部のゴーグルが光を反射し煌めき、踵のローラーがアスファルトを擦り、火花を散らす。

白いボディの戦士と、黒い肌の戦士が二人並び、紅蓮の魔龍と対峙する。

下級モンスターの二体では、その魔龍に対しあまりに無力。



「フ、特殊召喚とはいえ、そんなレベルの低い雑魚モンスターでは、上級モンスターを一体シンクロ召喚するにも手間がかかる。

 さぁチューナーモンスターを通常召喚し、チューニングをするがいい!!」

「………っ、ジャンク・シンクロンを召喚!」



オレンジ色の鎧に身を包む、三頭身ほどの機械戦士。

四肢を繋ぐ金属製のフレームを稼働させ、その腕を振るい、純白のマフラーを風に流す。

ジャンク・シンクロンはチューナーモンスター。

これにより、遊星もまた、シンクロ召喚を可能とする。



「レベル2のスピード・ウォリアーとカード・ブレイカーに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」



ジャンク・シンクロンが腰部のスタータを引き、背負ったエンジンを始動させる。

ドドド、と唸るそれが臨界を越え、ジャンク・シンクロンの身体を光の星に変えた。

飛び散った三つの星の許に集うのは、二体の戦士。

二体の周りを飛び交う星はやがて円環となり、光のフープとなって空を舞う。

二人の戦士は自らの身体を共にそのフープを潜り、己らの身体も星と化した。



「集いし叫びが、木霊の矢となり空を裂く。光さす道となれ!」



三体のモンスターを束ね、出現したのは濃橙の鎧を纏った弓戦士。

細身なボディには高い戦闘力があるようには見えないが、しかしその本領は左腕のアーチ。

藍色の腕に据え付けられた弓は、モンスターを一時的に次元の彼方へと追いやる能力が備わっている。

縦に長い頭部の中で、モノアイが一際大きく発光した。



「シンクロ召喚! 出でよ、ジャンク・アーチャー!!」



舞い降りた戦士が即座にその左腕をジャックの場に存在する、レッド・デーモンズへと向ける。

自らの主の行動を知っているかのように。



「ジャンク・アーチャーの効果発動!

 1ターンに一度、相手フィールドのモンスター一体をエンドフェイズまで除外する!」



ジャックのフィールドに存在するのは、レッド・デーモンズ・ドラゴン一体のみ。

そのモンスターをジャンク・アーチャーの効果で除外してしまえば、自ずと道が開かれる。

相手プレイヤーへの直接攻撃へと通じる道が。



アーチャーが既にポイントしたターゲットへ向け、弦を引き絞る。

キリキリと弦が鳴いていたのはほんの半秒。

直後に下された遊星の号令とともに、その一撃は一撃は閃光の一矢となって魔龍へと放たれる。



「ディメンジョン・シュートッ!!」



集束した光の矢がレッド・デーモンズを目掛け殺到する。

それは如何な紅蓮魔龍とは言え、不可避の一撃。

あらゆる防御を打ち崩し、刃向かう魔物たちを蹂躙する最強の龍とはいえ、この搦め手には嵌まるより他にはない。

その苛烈な攻撃性と裏腹に、レッド・デーモンズには自身を守るスキルはない。



光の矢はレッド・デーモンズの胴体に突き立ち、その身体を一時的に次元の彼方へと吹き飛ばす。

その矢の効果はこのエンドフェイズまで。その間に、遊星にはジャックの場へと踏み入る権利が与えられた。

伏せられた2枚のカードも存在するが、それでもそこで退くような事はない。

ジャックもまた、自らを追うその少年の気性を理解しているのだろう。



「さあ! オレの場はガラ空き、どうする遊星!」

「決まっている。ここは臆さずに攻め込む! 征くぞ、ジャックッ!!」



遊星が再びアクセル、スロットルを全開し、モーメントエンジンをフルに稼働させた。

微かに赤い粒子を零しながら、その速度は並走していたジャックをも追い抜いていく。

10メートル近く距離を離し、遊星はその速度を維持したまま車体を90度転回させた。

横滑りにそのままスライド移動する車上で、不安定な姿勢にも関わらず片手をDホイールのアームから放し、振るう。

ジャックを指差しながらの遊星の宣言が高らかに響く。



「ジャンク・アーチャーで、ジャックにダイレクトアタックッ! 射抜け、スクラップ・アローッ!!!」



遊星が放つ号令に応え、放たれる鉄くずの一矢。

自身の真正面に迫る矢を見ても、キングの姿には微塵たりともブレはない。

その一撃は間違いなく、ジャックの胸へと突き刺さり、そのライフを奪い去る。

しかし、限界まで高めた遊星のフィールはまるで通じず、そのDホイールを操る腕は揺るぎない。

今の一撃でジャックのライフポイントは2300もの数値が削ぎ取られ、残りは半分を切る1700。

しかしそれは本当に彼にとって窮地なのか。超然と、堂々と、雄々しく、禍々しく。

まるで揺れる事を知らぬその声は、相手の敵意を涼しく受け流し、王者の威風で塗り潰す。



「悪くない一撃だが、次はどうする遊星!!」

「カードを3枚セットし、ターンエンド」

「フ、」



エンドフェイズにジャンク・アーチャーの効果により、レッド・デーモンズが帰還する。

王者の威風を纏う魔龍は、傷付けられた主の怒りを体現するかのように吼え、唸る。

しかし当のジャックはまるで攻撃を受けた事など何一つ応えていない様子で、くつくつと笑っている。

そしてもはや我慢の限界といった風情で、声を抑える事のない哄笑を始めた。



「フフフ、ファハァーッハッハッハッハッハッハッハ! ハァッハッハッハッハッハ!!!

 生温いわぁッ!! キサマは1ターン、完全に無防備な相手を見逃したのだ!!!

 そんなノロマがこの絶対王者キングに刃向かおうなどとは、よくも思い至ったものだ!

 オレがくれてやった唯一の希望も無駄に費やしたキサマに、最早勝機など一片も残されていないと痴れッ!!!

 オレのタァアアアアアンッ!!!」



ジャックのホイール・オブ・フォーチュンがその圧倒的な性能を見せつける。

エンジンの放つ怒号の前には、遊星のマシンのそれなど遥かに及ばない。

恵まれた環境で造られたものと、廃材を寄せ集めて造られたものの根本的な差異。

横滑りしていた車体を元の体勢に戻した一瞬、僅かな反応の遅れを突き、ジャックが遊星を抜き去る。

ジャンク・アーチャーの攻撃をまともに受けたジャックのスピードカウンターは2つ減じ、0となっていた。

このタイミングでまた1つ。遊星のカウンターは3つ。

スピード・ワールド影響下では、その僅かな差すら大きく響いてくる。



絶対王者キングが初めから全力でかかったら、一瞬だ!

 しかしそれではオーディエンスの心には何ら響かぬ一方的な蹂躙!

 ピンチを演出し、逆転する事をもって観客のカタルシスを掴む! これこそエンターテイメント!!

 遊星! キサマは今まで消化してきたターンで、オレを倒す手札を揃える事ができたか!?

 できたのならば、それを持ってかかってこい! そうでないのならば、ここで果てるがいい!!!

 出でよ、マッド・デーモン!」



身体が土くれと骨でできた悪魔が出現する。

頭部から生えたボサボサの真紅の髪の影に隠れた眼が光を放ち、同じく隠れた口から忍び笑いが聞こえてくる。

肩の牛の頭蓋骨を揺らしながら、腹の中にある人の頭蓋を弄ぶ悪魔。



「更にトラップ発動、リバイバル・ギフト!

 墓地のチューナーモンスター一体の効果を無効にして特殊召喚し、

 対価として相手の場にギフト・デモン・トークン二体を守備表示で特殊召喚するカードだ!

 オレはダーク・リゾネータ―を特殊召喚!!」



ジャックの駆るDホイールの眼前にぽっかりと穴が開き、その中から飛び出してくる小悪魔。

背後に魔龍を据え、マッド・デーモンとともに遊星との間を浮遊する。

遊星の顔が僅かに厳しくなり、次にジャックが繰りだすだろう戦略を予測する。

二体の下級モンスターのレベルの合計は7。

つまり、次はレベル7のシンクロモンスターの出陣と相成るだろう。

ジャックのパワーデッキの中に眠っているモンスターであれば、

その攻撃力は同じくレベル7であれ、特殊能力特化のジャンク・アーチャーの攻撃力を越えてくるだろう。

そしてリバイバル・ギフトの効果により、ジャンク・アーチャーを挟むように現れた二体の黒蟻のような悪魔トークン。

これらは守備表示で召喚されたため、レッド・デーモンズに攻撃されれば二体纏めて破壊される。

つまりジャック・アトラスはこのターン、レッド・デーモンズで守備モンスターを破壊。

そしてジャンク・アーチャーを今から召喚するモンスターで攻撃してくる。

無言で視線を僅かに下げ、伏せリバースへと眼を送る。

その様子を一瞬見たジャックは、まるで嘲るように口を歪めた。



「レベル4のマッド・デーモンに、レベル3のダーク・リゾネーターをチューニング!」



舞い戻ったダーク・リゾネータ―が再びその手の音叉を叩く。

キィンと鳴り響く音色を受けた悪魔が震え、その身体を四つの星に変える。音源を持つ小悪魔もまた同じく。

七つの星が並びを変え、光で繋がれる事で描かれる北斗七星。

北斗七星がそれを構成する星たち全ての光を昇華し、新たなモンスターを召喚する。



「天頂に輝く死の星よ。地上に舞い降り、生者を裁け!

 シンクロ召喚、降臨せよ! 天刑王 ブラック・ハイランダーッ!!!」



光の柱を切り裂き、死神の鎌がその姿を露わにする。

白銀の鎧に身を包む魔神が振るうそれは、星へと死を告げる死兆星の具現。

大きくたなびく漆黒のマントを引きずりながら、その魔神は遊星を見降ろす。

魔神、そして魔龍。

圧倒的な攻撃力を誇る二体のしもべを従える王者は、自らを追いかける者に死の宣告を下す。



「バトルだ! レッド・デーモンズ・ドラゴンで、ジャンク・アーチャーを攻撃!!」

「なにッ!? ジャンク・アーチャーをレッド・デーモンズで……!?」



それは遊星が思い描いた王者の攻めとは真逆。

攻撃力2800のブラック・ハイランダーならば問題なく、ジャンク・アーチャーを破壊できる。

その後にレッド・デーモンズで守備表示のギフト・デモン・トークンを破壊すれば纏めて二体とも破壊だ。

魔龍の特殊能力、デモン・メテオは守備表示のモンスターを破壊した時、攻撃対象以外の守備モンスターをも巻き込み破壊する。

だと言うのに、ジャックが宣言したのはレッド・デーモンズによる攻撃表示のジャンク・アーチャーへの侵攻だった。

予測を裏切られたからとはいえ、そのまま攻撃を通すわけにはいかない。

即座にDホイールの伏せリバース展開用のボタンに手を伸ばし、宣言する。



トラップ発動! 奇跡の軌跡ミラクルルーカス!!

 この効果で攻撃対象とされたジャンク・アーチャーの攻撃力をエンドフェイズまで1000ポイントアップし、

 3300まで上昇させる!!」



自身へと向かい、その翼を羽搏かせて接近してくるレッド・デーモンズを見据え、ジャンク・アーチャーは即座に反応してみせた。

振り抜かれる巨腕を背後に跳び退り躱し、更にすぐさま横に向かって吹っ飛んだ。

直後にジャンク・アーチャーの居た場所を焼き払う業火が突き抜け、走路を焼却していく。

横っ跳びしながら構えていた左腕に、光の矢が番えられた。

魔龍の首が返される前に、その首を目掛けて解放される一撃。

咽喉を突き抜ける一閃。レッド・デーモンズの巨体が蹈鞴を踏み、くず折れる。

しかし、まだそれでも足りない。



「ジャンク・アーチャーの反撃! スクラップ・アローッ!!!」



二撃目に番えられるのは光の矢ではなく、鉄製の鏃のそれ。

レッド・デーモンズの身体が立て直される前に放たれる、奇跡の二閃目。

ジャンク・アーチャーの頭部のモノアイを覆うように、格子状のマスクが展開される。

キュインとモノアイがターゲットのロックを完成し、放たれる二条目の閃光。

ドゥッ、と胴体に小さな風穴を開けられた魔龍の身体が今度こそ、崩れ落ちた。

光の粒子と化して散らばっていくレッド・デーモンズの姿を見て、ジャックはくつくつと嗤った。



「流石だ遊星! 褒めてやろう、オレのレッド・デーモンズを打ち破った事はな。

 奇跡の軌跡ミラクルルーカスの効果でオレはデッキからカードを1枚ドローさせてもらおう。

 そして、ブラック・ハイランダーでギフト・デモン・トークンを攻撃!」



死神の大鎌が振り下ろされ、蟻のような外見の小悪魔が両断される。

小悪魔の攻守力はともに1500。ハイランダーの攻撃に耐えきれる能力は持っていない。

しかしその事より、と。

確実にジャンク・アーチャーに攻撃したモンスターは破壊されると予想していた。

そうでありながら、ジャックは躊躇なくレッド・デーモンズにジャンク・アーチャーの相手をさせた。

遊星は明らかにレッド・デーモンズを捨て駒として消費したジャックを見据える。



「ジャック! どういうことだ、レッド・デーモンズはお前の魂そのもの!

 そのレッド・デーモンズを無意味に破壊するような攻撃を……!」

「フン、レッド・デーモンズ如きの器では、オレの魂を受け切れなかっただけの話。

 そんな事よりもいいのか? ブラック・ハイランダーはシンクロ召喚を封印するアンチシンクロモンスター。

 キサマの手札は0枚、こいつを倒せるモンスターをドローできる事を祈るんだな。

 カードを1枚伏せ、ターンエンド!」

「――――ッ、! ならばお前の魂を呼び起こす! オレのターンッ!!」



前を行くジャックのDホイールまで接近し、ジャックの顔を見る遊星。

まるで当然の如く自身の分身を無意味に消費したその王者の顔は、遊星に対す嘲りの一色であった。

歯を食い縛り、ジャックの目を覚ますためのデュエルを続行する。



「オレはSpスピードスペル-エンジェル・バトンを発動!

 スピードカウンターが2つ以上ある時、カードを2枚ドローして、その後手札を1枚墓地へ送る。

 オレはボルト・ヘッジホッグを墓地ヘ!」

「ほう、流石の引きの良さだ」

「そしてニトロ・シンクロンを召喚!」



タンク状のボディに手足と眼鼻口をつけたモンスターが出現する。

頭部と胴体が一緒くたのそれは、身体の頂点に圧力のメーターがついているチューナーモンスター。

だが当然、ブラック・ハイランダーの前でシンクロ召喚を行えるわけではない。



「確かにブラック・ハイランダーがフィールドに存在する時、シンクロ召喚は行えない。

 だが、オレの場にはジャンク・アーチャーが存在する!」



ジャンク・アーチャーの効果は1ターンに一度、相手モンスターをエンドフェイズまで除外する効果。

その能力を発揮するため、ジャンク・アーチャーは左腕のアーチをハイランダーへ向ける。

攻撃力に影響されない効果による除外では、パワーでは圧倒しているハイランダーとはいえ、回避は不可能。

奔る閃光の一矢が胸に突き刺さり、消え去っていく魔神の姿。



これでジャックのフィールドにモンスターは一体も残っていない。

ライフポイントが1700のジャックにはジャンク・アーチャーの追撃を受け切る事はできない。

だが、まだ伏せリバースカードが1枚残っている。

ならば、確実に攻め切れるようにもう一体、アタッカーを召喚するまで。



「チューナーモンスターがフィールドに存在する時、墓地のボルト・ヘッジホッグは特集召喚できる!」



光の孔が生まれ、その中から黄色い体毛に包まれ、背から針の代わりにボルトを生やしたハリネズミが飛び出した。

これでジャンク・アーチャーを除いた遊星の場のモンスターは3体。



「そして、レベル3のギフト・デモン・トークンとレベル2のボルト・ヘッジホッグに、

 レベル2のニトロ・シンクロンをチューニングッ!!」



ジャックが自身のチューナーを特殊召喚するために遊星に与えたもの。

それは今、遊星の力の一部となって元の持ち主に反逆する。

蟻に似た悪魔と、ボルトのハリネズミの二体の許に、ニトロ・シンクロンが飛びこんだ。

頭部の圧力計器が振り切れて、その姿を二つの星に変える。

二体のモンスターを取り巻く星が円を描き、取り囲んだ二体の身体も光に変えていく。



「集いし想いが、ここに新たな力となる! 光さす道となれ!

 シンクロ召喚!! 燃え上がれ、ニトロ・ウォリアーッ!!!」



緑と青の体色を持つ、悪魔の如き相貌の戦士が舞い降りる。

鍛え抜かれた筋肉の鎧に身を包み、頭部から天を突くように伸びる白い角を誇示している。

臀部についているタンクの中には大量の爆薬が仕込まれており、戦闘時にはそれを爆裂させ、突進力に転化するのだ。

攻撃力は2800。言うまでもなく、その一撃はジャックの残りライフを削り切るに申し分ない。

しかしそれを見ても王者は表情一つ崩さない。

あるいは残り1枚のセットカードは何らかのトラップで、凌ぎきれるという確信があるのか。



「…………」



遊星の手札は0枚。しかし、ニトロ・シンクロンの効果により、1枚のドローカードが許される。

その結果、セットカードを破壊出来るカードを引き当てれば、完全な無防備のジャックに攻め入る事ができる。

デッキの上に手をかけ、その効果の発動を宣言する遊星。



「ニトロ・シンクロンの効果!

 ニトロと名のついたモンスターのシンクロ素材となった時、カードを1枚ドローする!!」



ひゅっ、と風を切るカードの音が微かに聞こえる。

そのカードを見た遊星は微かに表情を変え、しかし。



「カードを1枚セット! バトルフェイズだ!」



この状況で活きるカードではなかった。

ジャックの場に、伏せリバースを1枚残したままでの戦闘への突入。

どちらにせよ、攻撃しなければ道は開かれない。

もしトラップが仕掛けられているのだとしても、それは1枚。

この攻撃を防ぐために使えば、次のターンに攻撃を防ぐ事はできない。

それに一体のみの攻撃を防いでも、遊星の場のモンスターは二体。防ぎきれない。



「ニトロ・ウォリアー! ダイレクトアタックだ!!」



躊躇なく宣言。

しかしそれを通すキングではない。思い通りだと言わんばかりに高らかに。

ジャックは自らの手札のカードを引き抜き、その効果の発動を宣告する。



「手札のバトルフェーダーは相手のダイレクトアタック宣言時に特殊召喚する事ができる!

 その特殊召喚に成功した時、このターンのバトルフェイズを強制終了させる効果を持ったモンスターだ!」



くるくると回りながら、鐘と振り子を吊るした悪魔が現れる。

揺れる振り子が鐘を鳴らし、戦闘の終わりを強制する。

火薬のタンクから爆炎を噴き出し、ジャックへ迫ろうとしていたニトロ・ウォリアーがその動きを止め、引き下がった。

プレイヤーの攻撃宣言そのものを取り消すベル。

それはまさしく、悪魔のささやきに等しい。



「手札に攻撃を止めるカードを温存していたのか」

「フン、遊星! キサマのその考えが既にキングと闘うに不相応だというのだ!!

 キサマのエンドフェイズ、オレはトラップを発動させてもらう!!」

「なに……!?」



遊星の背後で爆炎が噴き上がった。

背中に感じる熱気に、遊星の顔が後ろを向いた瞬間、その中から巨腕が突き出される。



「な……!?」



レッド・デーモンズ・ドラゴン。

悪魔の如き相貌の龍がその黄金の眼光を放ちながら、遊星のフィールドに現れる。

背後に現れた突如の来訪者に反応し、振り向く二体の戦士。

その反応を待たず、魔龍が巨腕を振り抜いた。

打ち据えられたジャンク・アーチャーの身体が砕け、地面に叩き付けられる。

アスファルトを粉砕して跳ね返るその戦士に止めを刺すべく、レッド・デーモンズが顎を開く。

口の端から零れる炎の欠片が舞い落ちる中、灼熱のブレスが解放された。

しかし、即座にその間にニトロ・ウォリアーが割り込んだ。

爆撃の戦士は両の拳を突き出して、炎の軌道を変えてみせる。

緑色のボディが灼熱に晒され、黒く焦げていく。



「ジャンク・アーチャーッ! ニトロ・ウォリアー!?」



灼熱のクリムゾン・ヘルフレアすらも耐える戦士に対し、魔龍は次なる攻撃手を繰り出す。

炎の乱流に巻き込まれ、動きを封じられた相手に対する決殺の一撃。

ブレスを打ち切り、その翼が羽搏く。風を押し砕き、その巨体が全速で地獄の残り火を突き抜け、急速で迫る。

爆発の勢力を利用し加速、その拳を叩き付けるダイナマイト・ナックル。

その全力には当然、加速するための間合いが必須。

莫大な熱量を湛えた掌が突き出され、ニトロ・ウォリアーに対して突き出される。

それに逆らう術を、ニトロ・ウォリアーが持ち合わせている筈がない。



しかし、レッド・デーモンズの眼前を閃光の矢が通り過ぎ、その加速力を減じざるを得ない状況へ叩き込む。

魔龍の頭部がその軌跡を追い、地面の瀕死の戦士へ。

正しく最後の一手、それを放った反動で両腕が砕けたジャンク・アーチャーを捉える。

その瞬間、ニトロ・ウォリアーは臀部のタンクの中身を爆裂させた。

停止したレッド・デーモンズに対し、最速のニトロ・ウォリアー。突き出された拳は最強の威力。

二体の身体が衝突する。

過たず、魔龍の胴体に叩き込まれた拳。しかし、魔龍の身体は小揺るぎもしなかった。

巨腕がニトロ・ウォリアーの頸を掴み、身体を回転させる。

大きく振り回され、突然に拘束を解放されたニトロ・ウォリアーはジャンク・アーチャーに向けて吹き飛ばされた。

衝突、二体のモンスターが共に地面に没する。

再び口腔に蓄えられる灼熱。

解放。

解き放たれた紅蓮の炎はコースのアスファルトとともに、二体のモンスターを呑み込む。

炎が弾けた後には、ドロドロに溶解した地面のみ。二体の姿は消え去っていた。



「くっ……!?」

トラップカード、ギブ&テイクの効果だ。

 バトルフェーダーのレベルを8上昇させる代わり、キサマの場にレベル8のモンスターをオレの墓地より特殊召喚する。

 無論、キサマのフィールドに特殊召喚されたのはレッド・デーモンズ・ドラゴン!

 バトルフェーダーの効果により、戦闘を行わなかったキサマの場のモンスター二体。

 そいつらは、このエンドフェイズに我がしもべの効果により効果破壊だ!」



二体のモンスターを破壊したレッド・デーモンズは、ギブ&テイクの効果により守備表示で遊星の場に舞い降りる。



「更にエンドフェイズにオレの場にはブラック・ハイランダーが帰還する!」



死神の大鎌が次元を切り裂き、その巨体がフィールドに降臨する。

その攻撃力はレッド・デーモンズの守備力を大きく越える。

次のターン、守備表示のレッド・デーモンズをブラック・ハイランダーで破壊する事で、遊星の場をガラ空きにするつもりなのだろう。

だが、まるでレッド・デーモンズをただの駒として扱うこの戦術。



「ジャック! お前には聞こえないのか、レッド・デーモンズの声が!

 お前はこんなデュエルをする奴じゃなかった筈だ!!」

「くどいッ! オレのターンだ、ドロォーッ!!」



カードをドローした瞬間、ジャックの表情が歪んだ。

それと同時に、ジャックの右腕に浮かぶ黒い光。

遊星の表情が驚愕に染まる。

それは、ジャックが邪神を呼ぶ時の前触れだと、今までのキングの防衛戦中継で分かっていた。



「フン! キサマがレッド・デーモンズを破るために使った奇跡の軌跡ミラクルルーカス

 どうやら完全に裏目だったようだな。レッド・デーモンズの存在が、キサマの寿命を1ターン縮めることとなったわけだ!」

「だが、お前の場にはモンスターが二体……そしてオレの場にはレッド・デーモンズがいる…!」

「ハハハハハッ!! ギブ&テイクによって齎されたもの。

 二体の雑魚モンスターの代わりに、キサマにコントロールが与えられたレッド・デーモンズ。

 これぞギブ&テイク! どうだ、満足したか! 僅か1ターンのキングの気分を!」

「なに……?」

「このターンのスタンバイフェイズでオレのスピードカウンターは2!

 よって、2つ以上のスピードカウンターが発動条件のこのカードが発動される!

 Spスピードスペル-シンクロ・デフューズ!!」



レッド・デーモンズがその翼を羽搏かせ、遊星の許を離れる。

その身体が向かう先は、ジャックのフィールド。



「よもやオレがキサマにレッド・デーモンズを委ねたままにするとは思っていなかっただろうな!?

 キングのデュエルは常に三歩先を征く! キサマの浅はか戦略などがオレに通じるとでも思ったか!!

 シンクロ・デフューズは、エンドフェイズまで相手のフィールドのシンクロモンスターのコントロールを得るカード!

 攻撃に参加はできないが、分かっているだろう遊星!

 オレの手札に舞い込んだ最強のしもべの脈動は、既に臨界まで達している!!

 レッド・デーモンズ・ドラゴン、ブラック・ハイランダー、バトルフェーダー! 三体のモンスターをリリース!!」

「くるのか、あのモンスターが……!」

「モンスターではない――――邪神かみだ!!」



三体のモンスターがアスファルトのコースから染み出す混沌の渦に呑み込まれていく。

悲痛なまでに嘶くレッド・デーモンズの姿を見止め、遊星の顔が歪む。

三つの魂を供物として呑み込んだ混沌が、徐々に形を成し上げていく。

圧倒的な巨体はデュエルスタジアムに収まり切るサイズではなく、その頭部はスタジアムからはみ出ている事だろう。

悪魔の頭蓋に覆われた頭部の相貌が羅刹の如く煌めき、その口から断末魔にすら聞こえる恐怖の雄叫びが上がる。

対峙するもののみならず、並び立つものにすら等しく絶対の恐怖を齎す邪神。



「遍く恐怖と絶望で塗り潰せ! 邪神 ドレッド・ルート!!」

「――――――!」



遊星の身体が震え、その震えに正確に応えたDホイールが揺れる。

ギリ、と歯を食い縛ってみてもまるで止まらない震え。

脊髄を這いまわる、本能からくる絶対なる恐怖。

それを見たジャックが哄笑し、最後の攻撃宣言を下す。



「砕け散れ遊星! 邪神 ドレッド・ルートによるダイレクトアタック!!

 フィアーズ・ノックダウンッ!!!」



邪神がその悪魔の骨が張りついた拳を下す。

遊星のライフは無傷の4000。しかし、ドレッド・ルートの攻撃力もまた4000。

これが通れば、一撃の許に遊星のライフと、精神。肉体すらも砕け散り、死を迎えるだろう。

その事に恐怖を覚えていない筈がない。

しかし、それ以上に――――



遊星に邪神の拳が叩き込まれた。

衝撃波がスタジアム全体を震撼させて、アスファルトのコースが罅割れ、砕けていく。

粉砕されたコースをまるで揺るがずに走破するジャックの嗤いが高く響き渡った。



「フフフハァーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!

 ハァーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!

 ――――――ぬ」



だが、しかし。

スピードワールドは解除されない。



「なに? ライフが変わらない、だと……!?」



ジャックが背後を振り返る。

邪神の攻撃は確実に通った。しかし、遊星のライフはまだ削り切れていない。

それはつまり、盾となるモンスターが間に存在した事を意味する。

巻き上げられた粉塵の中から、ぐらぐらと車体を揺らしながら遊星のDホイールが姿を現した。



――――レッド・デーモンズ・ドラゴンとともに。

邪神の一撃を受け止めた両腕は破壊され、ずたぼろ。最早動くまいという状態。

直接攻撃の影響にさらされていないとはいえ、翼も、胴も、頭も。

三本の角はどれも半ばから折れており、胴は潰れかけ、翼も片翼を失った瀕死の身体。

だがその瞳、黄金に輝く双眸には力が漲る。折れそうな身体を支えるのは、何より誰より高い誇りプライド



「レッド・デーモンズだと……!」

「オレはお前の攻撃宣言時、トラップを発動させてもらった……!

 ミス・リバイブ! そしてハルモニアの鏡!!」



遊星号の前に展開される二枚のカード。

それを見たジャックが微かにその表情を怒りに染め、舌打ちした。



「ミス・リバイブは相手の墓地のモンスターを、守備表示で相手のフィールドに特殊召喚するカード……

 そしてハルモニアの鏡は、シンクロ召喚以外の方法でシンクロモンスターが相手フィールドに特殊召喚された時、そのコントロールを得るカード。

 オレはミス・リバイブの効果でレッド・デーモンズを蘇生し、ハルモニアの鏡の効果でそのコントロールを得た!

 邪神の攻撃はオレの場にモンスターが現れた事により、ダイレクトアタックからレッド・デーモンズへの攻撃となった」

「戦闘破壊はシールド・ウォリアーの効果で回避したか――――!

 だが邪神がフィールドに存在する限り、その効果によりあらゆるモンスターの攻撃力は半減する!

 レッド・デーモンズ如き、攻撃力1500の雑魚モンスターにすぎない!!」



その視線は満身創痍のレッド・デーモンズへ。

邪神に比べ、なんと矮小な存在か。今にも吹き消えそうな炎でしかない龍に、邪神を打倒する事などできない。

しかし、遊星はジャックに対し、叫ぶ。



「ならば見ろ! お前の魂のモンスターが、その邪神に命を賭して挑む様を!!

 そして取り戻せ! お前の本当の魂を!! オレのっ、タァアアアアアアアアアアアアアンッ!!!」



一閃、デッキからカードが引き抜かれる。

遊星がそのカードを横目にして、即座にそれをDホイールの中に差し込む。



Spスピードスペル-シフト・ダウンを発動!

 オレのスピードカウンターは6! それを全部取り除くことで、更に2枚のカードをドロォーッ!」

 

引き放たれる最後のドローカード。

それを見た遊星の顔が、レッド・デーモンズに向けられる。

対する龍の眼が捉えるのは、自らの主を侵す邪神の姿のみ。



「カードを2枚セット! レッド・デーモンズ・ドラゴンを攻撃表示に変更!!

 ターンエンドッ!!」

「フン、さんざん吼えておきながらそれか。

 いいだろう、ならばオレのしもべの攻撃により、最後の引導を渡してやろう!!

 砕け散るがいいレッド・デーモンズッ!!!」



邪神が身体が捻り、その拳を引き絞る。

瞬間に空間が爆ぜ、放たれる拳撃が満身創痍の紅蓮魔龍に迫る。



「通さない! トラップ発動、シンクロン・リフレクトッ!!

 シンクロモンスターが攻撃対象とされた時、その攻撃を無効にして相手モンスターを一体破壊する!!」

「その程度で邪神を破れるとでも思っているのかッ!! 悪足掻きなどするくらいならば潔く消え失せろッ!!!

 トラップ発動、ディメンジョン・スイッチッ!!!

 ディメンジョン・スイッチをONにする事で亜空間へ一時的に邪神を転移させる!」

「………っ!」



邪神の姿が消え失せる。

当然、攻撃宣言をしたモンスターが消えた事で、シンクロン・リフレクトの効果も不発に終わる。

そしてディメンジョン・スイッチにはもう一つの効果がある。



「ディメンジョン・スイッチをOFFに変更!

 このカードを墓地に送り、このカードの効果で除外したモンスターをフィールドに帰還させる!!

 無論、バトルフェイズ中に舞い戻った邪神には攻撃権が残っているッ!!!

 今度こそ終わりだ、遊星!!!」



消えていた邪神の身体が時空を引き裂き、フィールドに舞い戻る。

悪魔の頭蓋の奥に覗く眼が邪悪に光り、その視線をレッド・デーモンズで固定する。

対するレッド・デーモンズは言うまでもなくその攻撃を受け切れる状態ではない。

圧倒的な力を持っていた両腕は引き裂かれ、紅蓮の炎を放つ頭にもそんな力は残っていない。

終幕。たとえ、この攻撃で遊星のライフが削り切れなくとも、もう遊星には手はあるまい。

レッド・デーモンズの敗北は、そのまま不動遊星の敗北に直結する。



ドレッド・ルートが拳を振り上げる。

その攻撃に反応することさえ、満身創痍の魔龍には叶わない。

しかしその眼からは闘志が消える事なく渦巻いている。

その姿こそ、王者のもの。

そう、ジャック・アトラスのもの。



「レッド・デーモンズ……! 征くぞ、ジャックの魂よ!!」



咆哮が轟く。満身創痍、疲労困憊。

余裕など微塵もなく、余力など欠片も残っていない今で尚、その龍は雄叫びを上げる。



トラップ発動! 孤高の守人!!」



王者の道、孤高を貫き闘ってきたジャック・アトラス。

そのジャックを支え、ともに闘い続けて来た最強のモンスター。

それこそが紅蓮の魔龍、レッド・デーモンズ・ドラゴン。

たかが邪神如きがその魂を汚せようか。

否、邪神如きに敗北するほど、レッド・デーモンズは弱くはない。



「孤高の守人は発動後、装備カードとなり装備したモンスター以外での戦闘で発生したダメージを0にする!」

「だがキサマの場にはレッド・デーモンズのみ!

 装備モンスターであるレッド・デーモンズでの戦闘によって発生した戦闘ダメージを0にすることはできない!」

「だが孤高の守人には隠されたもう一つの効果がある!」



拳が振り下ろされ、レッド・デーモンズの頭部を打ち据える。

そのままぐしゃりと。まるで豆腐を潰すように破壊される―――筈であった。

しかし、砕けない。退かない。否、反逆する。

頭部を押し上げる頸の力に、ドレッド・ルートの拳が押し戻される。



「孤高の守人を装備したモンスターが戦闘によって破壊される時、

 代わりに装備された孤高の守人を墓地に送る事で、その破壊を無効にする事ができるッ!!」

「チッ、だが所詮キサマに齎される敗北の未来が僅かばかり伸びたにすぎない!」



遊星のDホイールが軋みを上げ、ボディが迸る衝撃波に歪み、撓む。

戦闘による破壊は無効にしても、戦闘で発生したダメージを無効にする事はできない。

レッド・デーモンズの攻撃力は1500。

対する邪神 ドレッド・ルートは4000。その差は2500。

一撃でもって残りのライフを半分以上削り取られた遊星自身も、邪神のフィールに中てられて満身創痍。

それでも怯まないのは、信じる者のため。何よりも、誰よりも、仲間のため。友のため。



「いいや違う! ジャック!! オレたちは繋げたんだ。

 お前の魂とオレのデッキが交差して導く光差す道!! これがオレとジャック! お前の交差する絆!!!」

「なに―――?」

トラップ発動! クロス・ライン・カウンターッ!!!」



レッド・デーモンズが吼える。

頭に叩き込まれた拳を頸を奮って弾き返し、その全身から灼熱を噴き上げる。

炎に包まれた魔龍の覇気が天井知らずにどこまでも高まり、昂ぶり、限界を超越する。



「相手ターンのバトルフェイズ中に戦闘ダメージを受けた時、

 そのダメージの二倍の数値をモンスター一体の攻撃力に加え、攻撃してきた相手モンスターと強制戦闘させる!!

 オレの受けたダメージは2500! よって5000ポイントの攻撃力をレッド・デーモンズが得る!!」



元々の攻撃力が3000のレッド・デーモンズがその威力を得て、攻撃力8000。

その数値は邪神の恐怖支配の影響を受けても、邪神と並ぶ4000の攻撃力。

咆哮。夜の闇を焼き払う魔龍の業火が迸り、邪神を包み込む。

強制戦闘を躱す事はできない。そのためにジャックが温存していたカードは先程使わせた。

ジャックの顔が歪む。



「馬鹿な……! 邪神と攻撃力を並べたと言うのか……!?」

「レッド・デーモンズ・ドラゴンの攻撃―――――!!!」



解放されるスロットルに応え、遊星号が爆進する。

ジャックを抜き去り、砕けたアスファルトのコースを引っ掛ける事無く巧みに潜り抜け。

コースの大外まで膨れながら遊星はアクセルを解き放ち、その車体を反転させた。

瞬間にトップスピード。罅割れ、隆起した地面をジャンプ台として利用し、遊星号が空を舞う。

背後から迫っていたジャックとは今や互いに真正面からの対峙。



「叩き込めレッド・デーモンズ・ドラゴン!! オレたちの“交差する絆の一撃”クロス・フィール・パワー・フォースをッ!!!」



炎に取り囲まれた邪神に向け、レッド・デーモンズの身体が突撃する。

腕は動かない、灼熱も吐けない、揚句に飛翔能力すら失われている。

だが、それでも荒ぶる魂だけは失ってなどいない。

突き出される邪神の拳に頭突きで対抗する。

砕けた角が邪神の拳に傷を付けると同時、額が割れた。

血の代わりに光の粒子を撒き散らしながら、怯む事など一瞬たりともない。



その気迫、その威容、その雄々しく、禍々しく、誇り高き姿こそジャック・アトラスが己の魂とした龍の姿。

邪神が、退いた。余りの迫力、恐怖の根源たる邪神が竦み、その脚を一歩下げた。

レッド・デーモンズの双眸が太陽の如き光を放ち、脚力のみで跳躍する。

一拍遅れて振るわれる拳に残る翼を打ち抜かれながら、その威力は止まらない。

悪魔の頭蓋に覆われた頭部と、魔龍の頭部が衝突する。

砕け散る悪魔の頭蓋。そこに見えた邪神の喉笛に、レッド・デーモンズの顎が奔った。

ぐちゃりと、邪神の咽喉が牙で抉られる。

断末魔など上がらない。瘴気を撒き散らし、くずおれる邪神の姿。

それを見届けながら空中の遊星とジャックが交差する。



「ジャァアアアアアアアアアアアアアック!!!」

「ユゥウウウウウセェエエエエエエエイッ!!!」



邪神の身体が罅割れ、吹き飛んだ。

瘴気と衝撃波を周囲に解き放ち、周囲を闇色に塗り潰しながら弾け飛ぶ暗黒。

その衝撃に吹き飛ばされ、二人がDホイールに乗ったまま、バランスを崩す。

ジャックは即座に停止し、その影響を最小限に留めるために脚で地面を踏み縛る。

だが、空中にいた遊星にはそれは不可能。

衝撃波に押し流され、空高く吹き飛ばされた。身体がDホイールから離れ、ばらばらに飛ばされる。



そのまま叩きつけられれば、確実に致命傷。

シェイクされ、霞む視界の中で遊星は見た。

ドレッド・ルートの骸の上に屹然と立ち誇り、天の月を臨むレッド・デーモンズの姿。

死力を振り絞り、燃えカスとなった龍がはらはらと崩れ去っていく。

その光のシャワーの中、遊星の身体が地面に向かって落下を始める。



しかし遊星が眼を瞑った瞬間、それは輝いた。

右腕に浮かぶ赤い紋様。龍尾のデザインの赤い痣が、遊星の腕に浮かぶ。

同時にジャックの腕に浮かぶ黒く光る龍翼をイメージさせる痣が、赤色の光を交えた。



「ぐ、ぅ……!?」



赤と黒は反発しあうよう混ざらずに互いの光を主張しあう。

一瞬の競り合いの後、光ったのは赤。

クォオオオ、という竜の嘶きが響き渡り、まるで炎のような竜が姿を現した。



「なん、だと……!? これは……」



赤き竜がその長大な身を捩り、落下している遊星の姿を包み込む。

途端、落下の速度を弱め、その身体がゆっくりと地面に下ろされた。

Dホイールも同じく、空からゆっくりと下ろされてくる。

遊星を地面に送り届けた赤き竜は、その姿を薄れさせていく。

残されるのは破壊し尽くされたスタジアムの中に、ジャックと遊星の二人。

立ち上がることのできないほどに消耗した遊星を見たジャックが、Dホイールから降りる。

そして、デッキから1枚のカードを引き抜いた。

倒れ伏す遊星に向け、歩み寄るジャック。



「ジャッ……ク……!」

「―――――」



無言で遊星のDホイールのデッキに、カードを差し込む。

そしてジャックは遊星に向き直り、その口を開いた。



「フォーチュンカップだ」

「な、に……」

「這い上がって来い、遊星。地獄の底からな」



踵を返すジャック。

ジャックはそのままホイール・オブ・フォーチュンに跨り、外へと向かっていった。

外からはセキュリティの鳴らしているサイレンが聞こえてきていた。

何とかDホイールに縋りつき、デッキを見る。

新たに1枚、カードが入っていた。



「スター…ダスト……」



ジャックが入れたカードは、スターダスト・ドラゴン。

そして、遊星のDホイールのモンスターゾーンには、カードが1枚残されたままだった。

遊星がコントロールを得ていたレッド・デーモンズ・ドラゴン。

ジャックは自らの魂を置き去りに、この場を去っていった。



「ジャッ……ク………」



ずるりと地面に倒れ込む。限界を越えた身体は、もう言う事を聞かなかった。














後☆書☆王



真面目なサブタイトル…だと…!? 交差する絆クロス・フィール

ちなみにかなり本気で「蟹のレモン汁和え」とどっちを採用するか悩んだ。

まぁ原作キャラのシリアスなので。主人公だったら問答無用でネタタイトルを使ったが。

クロスフィールはいいたかっただけ。



蟹「レモン返し忘れた……エクストラデッキに空きはないんだが」

 デッキに入れる。

 捨てる。

→売却する(250円)

闇金「MA☆TTE!?」



アニメオリカ強化月間。別に月間ではないけど。

今回はフォーチュンカップ決勝の前哨戦。

フォーチュンカップとセブンスターズを同時進行しようと思ってるからいつになるかは知らないけど。

多分次回のデュエルはGXだけどやっぱり主人公に出番はない。一、十、百、千!



流れの構想としては、

セブンスターズ+フォーチュンカップ→ダークシグナー→光の結社+ドーマ→異世界→ダークネス→

WRGP予選→WRGP本戦+イリアステル+超融合→王の記憶→トリシューラの鼓動

なんだけど………主人公は最後まで出番が……ネタバレ:ラスボスはトリシューラを使う。



いや、主人公だってそのうち出番とか活躍が……ある、筈……? ないかもしれない。

現状、ストーリー上主人公はこんなデュエルをしよう! というなんとなくな妄想はある。

三作品原作ストーリー全部通して見積もって五つくらい。ホントに主人公か……?

もう主人公蟹でよくない?



何とかして主人公の活躍の場面を作らなければならないようだ。

本当に最後のトリシュ編で使用する予定だった伏線というか裏設定(笑)を一つリリースすれば、

カミューラ辺りとのデュエルが特殊召喚できるんだろうけど、どうしたものか。

………なんかもうXと漫才やってればいいんじゃね?

まぁ折角だしカミューラとデュエルする方向で行こうかな。ちゃんと完結するかどうかも分からな(ry

というかこの作品がいつ打ち切られてもいいようにみんなもっと遊戯王SS増やそうぜ!

俺も遊戯王キャラ全員集合系のSSもっと読みたいぜ。



ユニや神楽坂とのデュエルかぁ。

神楽坂はいいだろうけど、ユニってぶっちゃけると今氷結界テーマでエクストラガイアナイトさんのみの謎デッキなんだよなぁ。

氷結界の龍が一体でも戻ってきたら何かしようと思ってたけど、まだ早いかなぁという感じですねー。

神楽坂とレイだけはちゃんとオリジナルデュエル書いちゃってもいいかもね。



Reiaさんよりの指摘。

>>しかし「邪神ゲー」と表記され、蛇の神ではなくなっている・・・そこが残念(_ _)

そういえば邪神ではなく蛇神様でしたね、すっかりと。修正しました。ご指摘ありがとうございます。



あと…すみません、ちょろっと感想板覗いた時にレモンのエンドフェイズの効果について指摘がありました。

削除されていたようで、どなたからのご指摘だったか確認できなかったのですが、一応。



以下、遊戯王カードWikiからバトルフェーダー及びレッド・デーモンズ・ドラゴンのページの引用。



Q:《サベージ・コロシアム》や《レッド・デーモンズ・ドラゴン》が存在する時に、他のモンスターで直接攻撃を行い、

このカードを特殊召喚されバトルフェイズが終了した場合、

《サベージ・コロシアム》等の効果でエンドフェイズ時にそのモンスターは破壊されますか?

A:いいえ、攻撃宣言自体は無効にされたわけではありませんので、破壊されません。(10/05/25)



Q:自分フィールド上に《レッド・デーモンズ・ドラゴン》が存在するときに《A・O・J カタストル》が戦闘を行い、

効果でモンスターを破壊しました。この場合、《A・O・J カタストル》はエンドフェイズに破壊されますか?

A:はい、破壊されます。

《レッド・デーモンズ・ドラゴン》の効果はダメージ計算の終了まで行われなかった場合に発動します。(11/03/25)



とまぁ、Wikiでもページで言ってる事が違うんですが。

後者の方が後に出た裁定で、そちらを信用すべきだと思って書きました。

折角指摘をしていただいたので事務局に確認したところ、



Q:レッド・デーモンズ・ドラゴンがフィールドに存在する時、他のモンスターで直接攻撃を行い、

バトルフェーダーが特殊召喚されバトルフェイズが終了しました。

この場合、ダメージ計算終了まで行われていないので、攻撃宣言を行っていても破壊されてしまうのですか?

A:はい、この場合はダメージ計算の終了まで行われていないので、エンドフェイズにそのモンスターは破壊されます。

Q:サベージ・コロシアムも同様の処理でいいのでしょうか?

A:はい、サベージ・コロシアムでも、攻撃宣言時にバトルフェーダーが召喚され、

バトルフェイズが終了した場合、ダメージ計算を終了していない攻撃表示モンスターはエンドフェイズに破壊されます。



との事です。

とりあえず“攻撃宣言をしていない”から“攻撃をしていない”にエラッタするべきじゃないかと思いますね。

まぁいいですけど。いつもの事ですしね。



[26037] ワシの波動竜騎士は百八式まであるぞ
Name: イメージ◆294db6ee ID:e4b24715
Date: 2011/05/04 23:22
『昔語りもいいですがマスター』

「なんだ」

『あれからかれこれ、もうGENERATION FORCEが発売される日がくるほどのんびりしてしまったわけですが』

「そういう事は言うな。買ってきたけど」



終わらないのだからしょうがない。

俺が悪いんじゃない。第2次Zやっててこれを書かない奴が悪い。

ジ・インスペクターのせいで詰んでたコトブキヤのリーゼを組み始めた辺りから既に危なかったけれど。

最近アニメが面白いせいなので俺は悪くない。

さて、それは放っておいて、そろそろ次の話に移ろうか。











「アニキアニキアニキィイイーッ!!」



朝の教室に翔の叫び声が響き渡る。

ちなみにこの時の翔が階段を駆け降りるカットを見ると、十代の二つ上の席に座るレッドの生徒が寝ていたりする。

こいつら寮を上げる気があるのだろうか。レッドにきたの自業自得じゃねーか。

それにしてもアカデミアの講堂での席順はどうやって決定しているのか。

寮ごとでの差別意識やなんやが大きいくせに、普通に混成で席順が作られてるのは何故か。

まぁどうでもいいけど。



「どうした、翔」



翔に駆けよられた十代は息を切らせて走ってきた翔に言葉をかける。

その顔には困惑の色が見て取れる。当然だろうが。

走ってきた翔は膝に手を着き、息を整えると顔を上げ、再び焦りを混ぜた様子でまくしたてた。



「大変だよ! 万丈目くんが、行方不明になっちゃったんだって!!」

「なんだって!?」

「それは本当かい!?」



十代の驚愕の声に合わせ、俺が無駄な付け足しをする。特に意味はない。

大声での喋り声だったが故に、その声は講堂の中で響き渡った。

知っていた者、知らなかった者がざわめき、にわかに騒然とし始める教室内。

ざわ…ざわ…きた…きた…



その雰囲気に乗って、ブルーの生徒。

確か名前は取巻と慕谷とか言うんだったか。何度聞いても平社員止まりしそうな名字だ。

あいつの親、どんな職についているのだろう。

そいつらがわざと聞こえるような声で会話を始めた。



「今朝早く、荷物纏めて逃げ出したって話だぜ」

「それってやっぱ、三沢に負けたからか」

「なーんかダッセーよなぁ」

「ガッカリだよ」

「負け犬は出て行けって感じ?」



ハハハハハ、と元取り巻きたちの嘲笑。



落ちぶれたぜシャーク!

DM「おいおいよしてくれよ。君たちにその資格があるのかな?

ボクはね、全国大会で優勝するほどの腕なのさ。ま、君たちとはレベルが違うっていうか……」

GX「お前万丈目さんを知らないのか!?

同じ1年でも中等部からの生え抜き、超エリートクラスのナンバー1! 未来のデュエルキングとの呼声高い、万丈目準様だ!」

5D’s「キングは一人、このオレだ!

最初からキングが全力でかかったら、一瞬だ! キングのデュエルは、エンターテイメントでなければならない!」

ZEXAL「バァーカ! シャークさんは全国大会に出場してたほどの腕だぜ! テメェらが勝てる相手じゃねぇ!」

はいはいテンプレテンプレ。

こうして並べてみるとシャークさんはキャラ立ちがイマイチ足らないな。万丈目さんと被り気味。

まぁこのセリフとアクア・ジェットをマジックコンボさせる事で更にパワーアップするだろう。

さておき。



「なんだよあいつら、昨日までは金魚のフンみてーに万丈目にくっついてたくせによ」

「まさしくクソ野郎ってか」



というか俺が折角あいつが捨てたデッキを戻しておいてやったのに、結局こうなるのか。

どうせ自分から退学をかけてデュエルを仕掛けたのだろう。

まぁこうしないとサンダーが生まれないし、スルーでいいのだろうが。

特に気にしない俺は欠伸しつつのんびりと静観しているわけだが、翔は大分不安そうな様子。



「ねぇアニキ……まさか、デュエルに負けたのを苦に、岸壁から身を投げる。なんて事ないよね……」

「バッカ野郎! そんな事あるわけないだろ! ……あるわけないよなぁ」

「デュエルアカデミア生徒が投身自殺。その原因はデュエルでの敗北か……か、一面とれそうだな」



なにせ万丈目グループの三男でもあるしな。

十代が何かを決めて、立ち上がり、教室の外へと向かい歩き始める。



「オレちょっと万丈目探してくるわ、代返任せた」



無理に決まってんだろ。

返答を待たずに翔を連れて冒険の旅に出る十代。

後ろの方に座っていた筈の明日香+2もいなくなっている。

ふぁ、と欠伸一つ。



「元気だなぁ」

「貴方はもう少し元気を出せば?」



ユニファーさんが勝手に十代の席についてきた。

その顔には、お前は行かないのか。などと書かれているように見える。

だって行ったらSALに会うじゃないか。野生動物の群れとかないわ。こえーもん。

日光じゃあるまいし、常識的に考えて森の中で猿の大群に遭遇とかやばいだろ。



「貴方、意図的に十代のデュエルを避けてる?」

「――――――」



これは、どう返せばいいのだろう。

返答に窮した時点で既にアウトなのだから、ここはイエスで返すべきか。

それとも、あえてノー?



「翔くんほどでないとはいえ、それなりの時間十代と行動を共にしている。

 なのに、貴方は十代が行っている事情の込んでいるデュエルには全く立ち会ってない。

 おかしいかな、と思ったのだけれど。ただの勘違い?」

「オ、オー…ワ、ワタシィ? ニッホンゴワッカリマセーン」

「貴方は言った。自分は未来から来た、と。そして、この前十代を伝説になるデュエリストと称した………

 何かがあるの? 未来でも語り継がれる伝説となる何かが、このデュエルアカデミアで」



何も考えずに余計な事言った結果がこれである。

ちょっと前の俺をはっ倒したい気分だ。どう言い逃れするべきか。

――――元々話術のスキルなど持ち合わせていない俺である。

ならば、どうするかなどと……



「分かったわ。じゃあデュエルしましょう」

「やです」

「拒否権があるとでも――――?」



据わった眼で睨まれる。まぁ待て、れれれ冷静になれ。

KOOLになれ、KOOLになるんだ。ままままずはサトシのバットを用意するんだ。

サトシ? サトシって誰だ、バクラか! バクラの家まで言ってちょっとバットを借りて……

ま、待て。完全にインドア派のバクラがバットを持っているとは思えない。

千年ロッド! あれだ、あれならばいける!

ボールを打ち返す事から洗脳-ブレイン・コントロールまで何でもござれだ。



「ボクはナム!」

「………」



無言。

………どうやら今回は冗談で煙に巻く事はできないようだ。

どうしたものか。もうデュエルしない、って言ったのに感想板で色々言われた結果がこれである。

しょうがないじゃないか。虎さんは俺が持ったままなんだから。

ガイアナイトさんはこの世界で刷られた唯一のシンクロモンスターなんだよ。史上初にして唯一の。



「わかったよう……」

「よろしい。じゃあ行きましょうか」



腕を引っ張られて引きずられていく。今からかよ。後2、3ヵ月してからでよくない?

周囲の生徒に不審の眼で見られながら、俺はドナドナったのであった。











「じゃあ、いいかしら」

「よくないって言っても聞かねぇくせに」



勝手にデュエルスタジアムを使っていいのだろうか、と思わないでもないのだが。

ブルー生徒で、多分成績優秀だろうユニファーなだけに、いいのかもしれない。

対面に立った俺を睨めつけて、ユニファーはこちらを指でさした。



「やる気を出しなさい!」

「いや無理」



めんどくさいし。まぁなあなあで済ませればいいだろう。

デュエルディスクにデッキをセットすると、勝手にシャッフルされていく。

本当にこいつは便利になってるな、他の奴が手でやってるのを見るとそう思う。

ユニファーはそれを見て何か思うところがあったのか、眼を瞑った。

そして再び眼を開いた後に、何を思ったか唐突に妙な事を。



「いいわ。じゃあやる気を出して私に勝ったら、何でも好きなモノをあげる。

 お金でもデッキでも、――――私自身でも」

「え、いや、いらない」



素で返答した瞬間だった。

投擲されるカード。それは神速の域で放たれた剣豪の抜刀術と何が違おうか。

殆ど生存本能に依る反射で、横っ跳びに吹っ飛んだ。

先程まで首のあった位置を通り過ぎたカードが、壁に向かって飛び、カツンと突き刺さって見せた。



「殺す気か!?」

「死ねばよかったのに」



なんと凶悪な。

悪魔の如き視線で俺を見据えるユニファー。

その姿はまさに悪鬼羅刹のさまであった。ナマハゲの代わりに秋田へでも行けばいいのに。

とは言え、なにやらこのイケメンが自身の身体を取引の材料にしてでも、得たい何かが俺にはあるらしい。

そんなものは知らないが。

まぁ、折角の勝負なのだしアンフェアはいけないだろう。



実際ユニファーは定期テストのデュエルの際に、氷結界を使っていた。

ならば、惜しくも感じているがこれは彼女に託すべきなのかもしれない。

そんな事で、俺の落とした氷結界の龍が巻き起こした事件の償いなどできないだろうが。



「受けとれいっ、ユニファー!」



しゅぴっと投げる。漸く俺の投げたカードはまっすぐに飛ぶようになってきた。

しかし、どうやったら十代やユニファーみたく手裏剣と化すのだろう。

投げられたカードを受け取った彼女は、そのカードの正体を見て、俺に視線を戻した。

その顔にありありと浮かぶ、不審の色。



「氷結界の虎王 ドゥローレン……? これは、なに?」

「それこそ、俺が未来からこの世界にきた理由……」

「へぇ? 本当に?」

「いや、嘘。単純にお前へプレゼント。感想とか諸々の件でああなってこうなって」

「そう―――やっぱり、ね。貴方、トリシューラも、グングニールも、ブリューナクも……

 全部知っていて、それでああして嘘を吐いていたのね」



ユニファーがそのカードをデッキに納め、俺を睨む。

嘘を吐いていたのは事実。そこに、弁解の余地は一片たりともありはしない。

だからこそ、俺は視線を逸らさない。逸らせない。



「ああ」

「言い訳なしは好印象よ。でも、私が父を奪ったそれを――――どれだけ憎んでいるか、知ってる?」

「知りたくもない」

「それは貴方が憎まれる対象だから? それとも、ただ今まで通りののらりくらり?」

「――――――」



俺には、責任がある。だからと言って、覚悟があるわけではない。

ユニファーからの憎悪を受けて、それを受け止めて返せと言われても無理だ。

だからこそ窮する。



「そ、貴方はそうよね。弱いって自称していたもの。

 でも私だってそうよ。誰かにいきなり憎まれて、それにちゃんと応えろと言われたって返せる筈がない。

 それは分かっているし、貴方自身がやろうと思ってた事じゃない事くらい考えられる。

 でも……」



ユニファーがデッキからカードを5枚引き抜く。

それには応える。俺もまた、手札を取る。



「止まれない。分かってくれなくてもいいわよ? これはただ、私個人のものだから」

「分かる気ないし、それでいいや」



互いに妥協点はない。

俺にはそんな権利がないし、ユニファーには折れる場所がありはしない。

だからこそ、止めてくれと。言っているように見えた。

そんなもの、俺の妄想にすぎないのかもしれない。確信などできる筈もない。

だって彼女は、俺を憎んでいるのだから。

それでも俺に取れる選択肢は一つだけ。デュエルすること。



「「デュエル!!」」



互いに何らリスペクトし合う事はないだろう、そんなデュエルを開幕させる。

心苦しさを感じないわけではなくとも、俺に何が言えると言うのだろうか。

慰めも、謝罪でも、俺の言葉に価値がない。



「俺のターン!」



微かに迷う。そこから先をどうするか。



「………、E・HEROエレメンタルヒーロー レディ・オブ・ファイアを攻撃表示で召喚!」



炎を連想させる赤で紋様が描かれた白いレオタードの女性。

要所に赤と金の鎧を着装した、その名の通り炎のエレメントを宿した戦士の姿。

両腕に嵌められた腕輪に埋め込まれた宝石から立ち上る火の柱。

その女性戦士は腕を振るい、その炎を払う。



「そしてカードを1枚伏せ、ターンエンド。

 エンドフェイズにレディ・オブ・ファイアの効果が発動。俺の場のモンスターの数の200倍のダメージを与える」



レディ・オブ・ファイアが腕輪に灯る炎を、ユニファーに向ける。

小さな火炎弾が吐き出されて、彼女の身体を撃ち据えた。

僅かばかりのライフを削る一撃を受け、髪がばたばたと揺らめく。

200ポイント削られて、彼女のライフは残り3800。あってないようなダメージ。

乱れた髪を片手で直して、ユニファーは俺を見つめる。



「迷っているの?」



問われる。憎しみの隠れた真摯なまでの眼差しで。

それに応える口を、俺は持っていない。

どうすればいいのかという思考は、最早停止している。どうしようもない。

それが結論。何を言われても、何をされても甘受以外の選択肢は用意されていなかった。



「――――そう。ふざけているようで、結構真面目なところ。嫌いじゃないわ。

 私としては本気で思っているの。やっぱり貴方に罪はない、そう信じさせて欲しい、って」

「勝手に信じて、勝手に裏切られても知らないぞ、俺は」

「………そういうとこよ、私が貴方の好きなとこ。――――私のターン」



ゆっくりと引き抜かれるカード。

ユニファーはそのカードに眼をやると、数秒沈黙した。

沈黙を終えてこちらに向き直る彼女の瞳に、一気に理解する。

―――間違えた。



魔法マジックカード、天使の施しを発動。その効果により、3枚のカードを引く。

 その後、手札から2枚のカードを墓地ヘと送る」



流れるような動作で手札を繰る。

そこからの流れは確定事項。最早俺に、反撃の機会など1ターンたりとも与えぬと言わんばかりの運び。



「そして手札より氷結界の紋章を発動。

 デッキより、氷結界と名のつくモンスター、氷結界の封魔団を手札に加える」



宣言し、デッキをホルダーから引き抜いてサーチする。

抜き出したカードを手札に加えると、デッキをシャッフルしてそれを手札ヘ。

既に彼女の手札の中で完結する氷の檻。

それこそが、



「そして魔法マジック発動、氷結界の三方陣。

 これは手札の氷結界と名のつくモンスター3枚を公開する事で、効果を発揮する結界陣。

 相手フィールドのカード1枚を破壊し、氷結界と名のつくモンスターを手札より特殊召喚する」



ユニファーが手札から引き抜いたカード3枚をこちらへ見せる。

そのカードは氷結界の封魔団、氷結界の大僧正、氷結界の守護陣の3枚。

それを確認させた瞬間、彼女の足許に光点が一つ灯る。

直後に俺の背後左右に二点。

三つの光点が純白の光線で繋がれ、その内部を氷結させていく。



「私はその伏せリバースを破壊し、氷結界の封魔団を守備表示で特殊召喚」



地面を奔る氷柱が伏せリバースカードを目掛けて殺到し、撃ち貫く。

粉微塵になるまで幾重も突き貫かれたカードが、そのカタチを消失する。

はらはらと散る、ソリッドヴィジョンの映し出す光の欠片が降り注ぐ中。

ユニファーがたった今砕けたカードを見て、微かに笑う。



「ヒーローバリア、か。なら、レディ・オブ・ファイアを破壊するべきだったわね」



魔法マジックトラップゾーンのカードを引き抜き、墓地へと送る。

砕け散るソリッドヴィジョンでその正体を見たユニファーが余裕も淡々に、そう呟いた。

そして現れる氷結界の名を持つモンスター。

銀雪色の腰まで垂れる長髪を揺らしながら、赤い巫女服風の衣装の女性が現れた。

膝を着き、氷の結晶を模した金環が装飾された杖を横に構える。



「氷結界―――」

「貴方はもう、この氷の世界から逃げる事はできない。

 手札より更なる魔法マジックカード、死者蘇生を発動。墓地より、氷結界の虎将 ガンターラを特殊召喚」



光で描かれるエジプト十字が彼女の目前に浮かび、その光の中より筋骨隆々の僧兵が出でる。

黒々した肉体は鍛え抜かれた筋肉の鎧に覆われ、スキンヘッドの頭部の額には、氷の結晶の紋様が刻まれている。

背後に浮かぶ氷飾りが降り注ぐ日光を反射し、まるで後光を背負っているかの様子。



「ガンターラ、か」

「封魔団の効果発動。手札の氷結界と名のつくモンスターを墓地へ送り、

 次の私のターン終了時まで魔法マジックカードの使用を封印する。手札より、氷結界の大僧正を墓地ヘ」



封魔団がその杖に手を翳し、何らかの呪文のようなものを呟き始める。

俺たち二人の周りを囲うように霜が降る。

魔力が氷結していく。この氷の世界の中では、あらゆる魔術が発動する事を許されない。



「そして、氷結界の守護陣を守備表示で召喚」



尾を振るい、山吹色の狐がくるりと飛び出た。

脚を守る装具と、首に巻かれた氷結晶を象る飾りを揺らし、氷を纏った尾が振り回される。

身を屈め、丸くなっている狐の尾から、霧のような白煙がばら撒かれる。



その能力は、相手モンスターが自身の守備力を越える時、攻撃を不可能とする事。

無論、その効果の範囲に相手自身は含まれない。

みしり、とその肉体を誇示するかの如く僧兵の筋肉が唸りを上げる。



「ガンターラ、レディ・オブ・ファイアを破壊しなさい」



僧兵の踏み締めた大地が爆裂し、その身体が宙を舞う。

即座に炎の戦士はその腕を前方に構え、腕輪に嵌められた宝石から炎の渦を巻き起こす。

炎の盾。それに対してガンターラの突き出された左腕が青白い光を放ち、打ち放たれる。

貫手が盾に突き刺さり、その光を氾濫させた。炎の渦が瞬く間に氷片と化して散っていく。

そのまま突き貫かれる戦士の胴体。仰け反り、揺らぐ戦士の身体。

ガンターラの腕が引き抜かれ、女戦士は支えを失って崩れていく。

こちらのフィールドを侵していた僧兵は、レディ・オブ・ファイアが砕け散るのを見届ける。

ゆっくりと合掌し、黙祷を捧げた後に後ろへと跳ぶ。



ライフカウンターが減少し、2600の数値を映し出す。

攻撃力2700を誇るガンターラの攻撃を、僅か1300の攻撃力しか持たないレディ・オブ・ファイアで受けた結果。

完全にガラ空きにされたフィールドを晒され、俺とユニファーの視線がぶつかった。

その顔に張り付いた表情は何か。失望か、或いは嘲弄か。



「――――やる気はないのかしら?」

「――――さあ?」

「………カードを1枚セット。

 そしてエンドフェイズ、ガンターラの効果により墓地の氷結界と名のつくモンスター一体を選択。

 特殊召喚する事ができるわ。私は氷結界の大僧正を守備表示で召喚」



ガンターラが拳を打ち合わせ、その拳を大地へと叩き付ける。

その瞬間、足許から立ち上る氷柱の群れ。幾重にも重なりながら氷柱が花のように咲き誇る。

開いた氷の花に、再び僧兵がその拳を打ち込む。

砕け散る花弁は氷の欠片。その中から出でるのは、ガンターラと同じく黒い肌の僧兵。



氷の結晶を模した六角形の笠で顔を隠し、外套を自身が纏う吹雪に乗せて暴れさせる。

矢張り氷結晶を象徴とした杖を持っており、それを自身の目前に突き立てた。

ユニファーのフィールドの氷結界を維持する者たちの前に、氷壁が聳え立つ。



「大僧正がいる限り、氷結界のモンスターたちは魔法マジックトラップ効果で破壊されない。

 私のターンはこれで終了よ」

「俺のターン」



デッキよりカードをドローし、確認する。

俺の場にカードは1枚も存在せず、場は封魔団の効果によりこのターン魔法マジックカードは使用できない。

かつ守護陣の効果により攻撃力1600以上のモンスターは攻撃できない。

俺に出来る事は精々伏せリバースカードを出して逃げる事くらいだろう。

何とも無様である。



「カードを3枚セットし、ザ・ヒートを守備表示で召喚」



白いアーマーに赤系の色で紋様を描かれた、太陽の如き戦士が俺の目前に現れた。

炎の化身たる熱量の塊は、その鎧の中で燃え盛る。

しかしその威力は守備表示では発揮される事もないだろう。

両腕を交差させ、膝を地に落とすザ・ヒートの姿。



「ターンエンド」

「…………私のターン」



ひゅいと引き抜かれるカード。

俺を見据える眼は鋭く、どうやら真面目にやらない事を責めているように見える。

すっとその眼から逃げるように視線を外した。



「ガンターラ」



僧兵がその巨体を揺るがす。目標は当然、俺の場に存在するザ・ヒート。

炎と氷の衝突。それは、この場においては明確に勝敗が決する。

僅か1200程度の守備力しか持たないザ・ヒートでは、この僧兵の一撃の許に粉砕されるだろう。

氷結した世界の中で、足場の氷雪を破砕しながら僧兵の身体が迫る。

振りかざされる拳を見据えるヒートに抗う術はない。



「ザ・ヒートを粉砕」



振り下ろされる拳。それは紛う事無く間違いなく、膝を着く炎の精霊の頭部に振り下ろされ――――

ぐぉん、と。強烈な反動に押し返された。



「――――」

「攻撃の無力化を発動。攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる」



ザ・ヒートの目前に渦巻く異次元の乱流に拳を叩き込む事となった僧兵。

その腕は僅かに震えており、そのまま追撃を仕掛ける事が出来ない様。

横目でそれを見たユニファーの口許が微かに吊り上がる。

使用したカードを墓地へ送りながら、俺は視線をユニファーに戻した。



「カードを1枚セットし、エンドフェイズにガンターラの効果で氷結界の破術師を特殊召喚。

 ―――――これは、やる気の証ととっていいわけね?」

「…………」



銀色の髪を流しながら、術師の少女が姿を現す。

ユニファーの前に膝を着いて氷結晶を象る杖をその胸の前に構えた。

構えたままに何事かを呟き、その手にした杖を大地に落とす。

柄尻で氷結した地面を叩いたそれは、破術の結界。

俺たちを包み込むように広がる、枯れた空気。



「破術師は存在する限り、手札からの魔法マジック発動を不可能とする。

 ただしセットされたターンの次の自身のターン以降ならば、使用する事が可能となる。

 当然、貴方のセットカードはそれを読んだ上でのものなのでしょうけど。

 見せてくれるかしら―――――貴方の答え」

「俺のターン、ドロー」



そんなものに価値などあるのか。俺の答えなど、決まっている。

土下座でもすれば、誠意が見えるとでも言うのなら土下座してやろう。

だがそれで償えるのか。償えるとして、俺の気が済むのか。

父親を奪った原因の俺が、俺が、俺が!

そうだ、全て俺のせいだ。

もう信号が三色なのも、ポストが赤いのも、フォーミュラ・シンクロンが高騰してるのも俺のせいでいいさ。

好きにしてくれ。殺したいならそうしろ。



―――――そう、投げられたならどんなに楽か。

そうだ、俺がこいつから感じ取れる事など一つもない。

ノーリスペクトな対象だ。

あいつだってそう。俺から何一つ理解するべきことも、できる事だってない。

だっていうのに、感情の捌け口としての役割は要求される。

そりゃそうだろうさ。俺が落したカードが原因だもの。

俺が直接の原因でなくたって、俺がどうもしなけりゃどうもならなかった以上遡れば俺が原因。

だから俺には憎まれる理由も、憎まれなきゃならない義務もある。

だって俺のせいだもの。

俺が悪い、俺がいけない、俺がやっちまった。

内容も知らないけど、どうなったのかなんて見た事無いけど、結果を押し付けられて原因だと言われればイエスでしかない。

そうそう、そうなんだ。

睨まれてるのも、憎まれてるのも、デュエルしてるのも―――

ここにいるのも。



全部ひっくるめて纏めて固めて押し込めて、潰して丸めてくっつけてしまっても俺のせいでしかない。

ああ、そう。そうだよね。もうゴールしてもいいよね。私、頑張ったよね。



「あぁあああああああああああああああああああああああ!!!」

「………」

「もぉおおおおおおおおおお知っるかぁああああ!!

 はいはい俺せいですよごめんなさいもうしませんー!

 怒りたきゃ怒れよ、憎けりゃ憎めよ! 殴りたきゃ殴れよ!!殺したきゃ殺せよ!!! 逃げますけどねぇッ!!!

 俺のせいだろうが何だろうが知らない事をぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐち……!

 オ・レ・が・知・る・かァッ!!!!

 あぁああああああああああああ! もうやだ、どうやって償えばいいのかとかどこまでいっても答えなんかねぇーじゃん!

 ぐっちゃぐっちゃ言ってないでお前もはっきり何か言えよッ!!! ぁああああめんどくせぇえええええ!!!」



だから切れた。完全にこっちが悪いとかもうどうでもいいや、と開き直る。

本気で相手が殺しに来たら逃げる気満々だったけれど。

そもそもどうやったって謝り切れるものじゃない。なら、もうどうしようもないのだろう。

悩もうが悩むまいが結論を出すのは俺じゃなく、相手だ。

土下座ならする。靴を舐めろと言われれば舐める。死ねと言われたら逃げる。

追ってきたら違う時間軸までさようなら。

それ以外に俺の答えなど1ミリたりと存在しないじゃないか。



「そう。それが貴方の答え、ね」

「ん」



俺の半狂乱が落ち着くのを待ち、ユニファーは口を開いた。

その眼は俺を捉えてはおらず、自分のデッキに向けられている。



「なら、また探し直しね。敵討ちの相手」

「……………」

「そのくらい分かるわよ。貴方が例えどんな秘密を隠してても、それが私の父を殺した事だとは思わない。

 貴方が原因の一端だとしても、そうなったのにはそうなった理由がある。

 なら私が憎むべきは、貴方じゃなくて正しく「父の敵」であるべき。

 復讐なんて外道に入るのなら、せめて、最低限の誇りだけは………守らなくっちゃ、ね」



またくそ難しい事を言い始める……なに、なんなのコイツ。もう勘弁して。



「盗まれた氷結界の龍たちは、俺が全部取り返してやる!

 それでお前に渡してやれば、それをどうするかはお前次第だ!

 そいつらをどうこうした後にまだ足りないなら、俺がお前の怒りを受けてやる!! それでいいな!」



そして受け流す。

怒られたら逃げるのが俺のデフォなのだから。



「―――――そう。なら、今はそれでいいわ」



くすりと。少しだけ笑うユニファー。

それを見届けた後、ようやっとデュエルの続きを始めるべく俺はディスクに手を伸ばした。

セットカードを発動すべく、ディスクのスイッチに手を伸ばし、宣言を行う。



伏せリバース魔法マジック! ミラクル・フュージョン!!

 フィールドのザ・ヒート、そして墓地のレディ・オブ・ファイアを除外する事で融合素材として扱い、融合を行う!!」



セットされていたカードが起き上がり、その正体を現す。

カードのイラストから滲み出るように空間の捩じれが広がり、ザ・ヒートの周囲を取り囲んでいく。

異次元から現れるレディ・オブ・ファイアの姿がザ・ヒートのそれと重なり、捩じれに巻き込まれて混ざり合う。

捩じれより解き放たれるのは、紅蓮の業火。



ザ・ヒートの意匠をより大きく残し、その白の鎧に炎色をあしらった戦士が降誕する。

天を衝くほどに燃え盛る炎を連想させる先鋭なフォルム。

灼熱を宿した身体が、時空の歪みを焼き切り、その姿を現世へと出現させた。



E・HEROエレメンタルヒーロー フレイム・ブラストッ!」



燃え盛る火炎は周囲を取り囲む氷の結界にすらその威力を及ぼし、融かしていく。

氷の結界を消しさる力。火炎の化身であるフレイム・ブラストはその拳を撃ち合わせ、大熱量を纏う。

しかし、結界に覆われたフィールドにはその力を奮う事は許されていない。



「フレイム・ブラストは水属性モンスターを相手取る戦闘の際、ダメージステップのみ攻撃力が1000ポイントアップする!

 氷結界の一族に属するモンスターは全て水属性だ!」



フレイム・ブラストの周囲が熱気で歪み、大地を這う氷雪を蒸発させる。

通常時の能力で言えば、フレイム・ブラストのそれは、ユニファーのエースであるガンターラのそれに比べても劣る。

だが、水属性を相手取る時に限ればその攻撃力は3300に及ぶ。

一歩、その巨体が踏み出し、しかしその目前に幾重も氷柱が聳え立った。

けして融かせぬ氷の結界を維持するのは、ユニファーの場に存在する金色の狐。



「氷結界の守護陣の効果により、守護陣の守備力1600を上回る攻撃力を持つモンスターは攻撃不能。

 攻撃力2300のフレイム・ブラストに攻撃は許さない」



氷柱に取り囲まれたフレイム・ブラストがその手を氷にかける。

圧倒的な熱量を持ってしても、その氷の牢獄を破る事はできない。

これこそ氷結界。不可侵なる氷の領域。



「そいつはどうかな?」

「――――――」



再びディスクのスイッチを叩く。先程とは違うゾーンに伏せられていたカードが開く。

カードが展開されると同時に行う宣言。



伏せリバース魔法マジック、ヒーローハート!

 E・HEROエレメンタルヒーローと名のついたモンスターの攻撃力を半減させる代わり、二度の攻撃権を得る!

 これでフレイム・ブラストの攻撃力は1150!」



フレイム・ブラストが握る氷柱が融解していく。

解き放たれた炎の化身がその勢いに任せて自らを封じる氷柵を圧し折り、その身体を躍らせた。



「フレイム・ブラストで氷結界の破術師を攻撃!」



正しく怒濤。

その一気呵成の侵略は、ユニファーの目前で魔力に楔を打ち込む少女を目指した侵攻。

無論、彼女にそれを止める事などできないだろう。

攻撃力を下げ、守護陣の効果潜り抜けた後に訪れるダメージステップでの攻撃力上昇。

1150まで下がった攻撃力も、2150まで上昇する。



「バァーニングファイアァッ!」

トラップ発動」



破術師の目前まで迫り、その拳を振り上げたフレイム・ブラスト。

凝った熱量の塊を宿し、振り上げられた拳はしかし、目標まで届かない。

ごぽっと、二体のモンスターの足許から水が迸った。

一瞬、フレイム・ブラストの巨体が呑み込まれる。



「っ!」

「ポセイドン・ウェーブ」



荒れ狂う波濤に押し流され、炎の化身が俺の目前で地面に叩き付けられた。

盛大に飛び散る水飛沫を蒸発させ、蒸気を撒き散らしながら倒れるフレイム・ブラスト。



「ポセイドン・ウェーブの効果により攻撃を無効化し、私の場の魚族・海竜族・水族の数×800ポイントのダメージを与える。

 私のフィールドには水族の守護陣がいる。よって、800ポイントのダメージ」



弾け飛ぶ水の飛沫に当てられ、俺のライフポイントが削られていく。

カウンターが1800まで削られる。



「だが、ポセイドン・ウェーブが無効にできるのは一度の攻撃だけ!

 フレイム・ブラストはヒーローハートの効果で二度の攻撃を可能にしたモンスター、再攻撃だ!

 守護陣に攻撃しろ、フレイム・ブラストッ!」



横転していた巨体が跳ねる。

周囲の水が全て蒸気に変わるほどの熱気を放ち、空中へと躍り出た身体。

目掛けるのは氷結界の装飾に身を包む、山吹色の小狐。

さながら、隕石の如くそれは地を凍らせる獣に向けて殺到した。

身体を丸める狐の攻撃力は先の通り1600。自身の力を持って、2150まで攻撃力を上げたフレイム・ブラストは止まらない。

衝突した瞬間、一瞬で消滅する守護陣。

氷で囲われていたユニファーのフィールドも、その熱気で融かされていく。



これで、攻撃に対するロックは消えた。

だが次のターン、再びガンターラの効果によって守護陣が蘇生されるだろう。

守護陣と破術師、どちらも潰し、魔法マジックと攻撃のロックを天秤にかけさせたかったが、仕方ない。

どちらにせよ実質攻撃力3300のフレイム・ブラストがいる限りは、そう簡単に攻め入れまい。



俺のフィールドに帰還した炎の戦士へと視線を送り、そしてユニファーへ。



「カードを1枚セットし、ターンエンド」

「私のターン」



ドローしたカードを見るユニファーの眼が変わった。



「………?」

「貴方になら、使う事を躊躇う理由もないわね。

 行くわよ……チューナーモンスター、氷結界の風水師を召喚」

「チューナーモンスター……!」



風水八角鏡を浮遊させながら、マゼンタの髪を氷色の髪飾りでツインテールにした少女が出現する。

その効果は手札1枚をコストに、自身へ侵攻してくる特定の属性のモンスターを封印する事。

だが今この状況で用いられるのはそれではない。

他のモンスターと同調する事で新たなる力を呼び覚ます特殊能力。チューニング。



「レベル3の氷結界の破術師に、レベル3のチューナーモンスター、氷結界の風水師をチューニング!」

「やるのか、シンクロ召喚を…!」



独鈷を大地から引き抜く破術師。

その瞬間、周囲の氷結界が一枚薄くなった。セットし、1ターン待った魔法マジックでなくとも使用できるようになったのだ。

そしてチューナーモンスター、風水師がその八角鏡に手を翳し、解けていく。

光と化して鏡の中に取り込まれた風水師。それを追うように、少女の姿を取り込んだ鏡もその姿を変える。

砕けるように、三つの星と化したそれは、独鈷を胸の前で構える破術師の周囲を取り巻く。

同じく、破術師の身体も光の星となっていく。



「氷に鎖す世界の中、その蹄鉄で氷原を踏み砕き、駈けよ!

 大地の騎士ガイアナイトッ!」



疾風が渦巻く。六つの星は溶け合い、新たな身体を形作る。

ディープブルーの鎧を纏う騎士である上半身、下半身は胴体と同じ色の装甲を持つ馬身。半人半馬の騎士。

まるでケンタウロスと呼ばれるモンスターのそれだが、相違は馬身も首を持ち、騎士然とした構えである事。

そして、鎧の合間から覗く銀色の間接は、その騎士が機械仕掛けで動いている事を示唆している。

鎧の各所から突き出す赤い角を揺らしながら、ガイアナイトは両手に構えた紅の槍を振るう。



「ガイア…ナイト……! レベル6のシンクロモンスターか」

「そう。攻撃力2600を誇る―――地属性のモンスター。バトルフェイズ!」



ガイアナイトの半身、馬の頭が嘶いた。

鋼の蹄で氷結した大地を砕き、迷うことなく向かい来るのは無論、フレイム・ブラストに対する侵攻。

腰から垂れる山吹色の布を風に流しながら、その速度を高める。

圧倒的な侵攻速度。揺るぎなき大地の化身がその威力を持ったまま行う疾風の如き侵攻。

それは水の領域に住まうものに対する絶対的なアドバンテージを掴み取る炎の化身すら凌駕する。

反応は両腕による対抗。



突き出された巨腕には業火が凝り、その威力は氷の世界を焼き払う。

膨大な氷を融解させた結果、地面が大量の水に沈み、ぬかるんでいる。

だと言うのに、ガイアナイトの突進力は欠片も揺るがず、落ちず、緩まない。

固まった地面も、ぬかるんだ地面も、例え凍りついた地面でも、そこが大地であればガイアナイトに揺るぎは絶無。



炎の戦士の腕が、紅の二連閃に貫かれる。

両腕の槍が両の腕を正面から貫き通し、そのまま速度を緩めず奔り抜けた。

唸りを上げる炎。その至近から放出される火炎の渦も、ガイアナイトには届かない。

両槍が掲げられ、まるで磔刑に処された罪人の如く、フレイム・ブラストの姿が晒される。



「フレイム・ブラスト!!」

「蹂躙しなさい、ガイアナイト!」



兜の奥、漆黒の中から覗く黄金の双眸が輝く。

双槍が同時に投げ放たれて、そのままフレイム・ブラストの身体ごと吹き飛ばされた。

槍が大地に突き刺さるのと同時に当然、戦士の身体も地面に縫いつけられる。

まるで二本の針でケースに縫われた標本の如く、フレイム・ブラストの身体が大地に寝かされた。

両腕は無残な姿を晒し、繋がっているだけのオブジェクト。

腕を除く身体は未だ健在なれど、ダメージは極限。最早動く事もままならない。



しかし、騎士の侵攻は止まらない。

この騎士を止め得るのは敵対した存在の消滅のみ。なればこそ、続く一撃が当然の結末。

駈ける、駈ける、駈ける、胴より下の馬身がその金属の間接から火花を散らしながら駆動する。

正しく疾駆。騎士が上げる咆哮と、騎馬が上げる嘶きが重なった。

瞬間にトップスピードに突入した騎士が、両腕を伸ばす。

馬身が身体を低く保ちながら更なる限界以上の加速。

灼熱する可動部が火花をより散らし、オーバートップにギアを叩き込んだ。



伸ばされた騎士の腕が大地に突き立つ愛槍を捉え、同時に蹄鉄が炎の戦士の胴体を蹴り砕き、

そして槍が横抜きに引き抜かれ、戦士の頭部を馬脚が圧砕した。

鎧の中の炎が溢れ、暴走し、爆発する。

その爆発の中、無論欠片も速度を落とさずに突き抜けた騎士と騎馬は、爆炎を背負い、その深青の鎧を赤く照らす。

槍に貫かれ、引き千切られた戦士の腕鎧を槍を互いに一振りし、捨て去る。

徐々に光の粉になって散っていく敵兵の残骸を、その間も惜しむように脚で踏み砕き、止めを刺す。



「くっ……! フレイム・ブラスト……!」

「フレイム・ブラストの攻撃力は水属性以外のモンスターを相手にする時は2300のまま……

 私のガイアナイトの攻撃力はそれを上回る2600。そして氷結界の一族とは異なる地属性―――」



氷雪の大地すら踏破する騎士が、氷結界の弱点を塗り潰す。

自然、水属性に限定されるモンスター群に地属性のパワー重視のモンスターを織り交ぜる。

たったそれだけで、こちらの弱点を突くモンスターを粉砕された。



「貴方の場はガラ空き、氷結界のガンターラで追撃で終わりよ」



僧兵の攻撃力は件のガイアナイトのそれすら僅かに凌駕する2700。

その属性に依る相性の差からフレイム・ブラストに後れを取ったものの、その威力は圧倒的。

まして、俺の場にモンスターは存在しないのだ。だが、



「それはどうかな? ガイアナイトが攻撃を仕掛けて来た瞬間、

 俺の場のトラップカードが発動してたんだ。事後宣告だけど、デュエルディスクはちゃんと認識してるぜ!」



俺の目前で、伏せリバースされていたカードが起き上がる。

なんと効果処理は行っていても、宣言しなければ起き上がらないエンターテイメント仕様である。

晒されるのは赤色のカード枠、トラップカード。



「―――! 立ちはだかる強敵」

「そう! こいつの効果でこのターン、お前のモンスターはフレイム・ブラスト以外を対象にした攻撃宣言を行えない!

 更にフレイム・ブラストが戦闘破壊された事により、トラップ発動、ヒーロ・シグナル!!」



更なるカードが開示される。そのカードのイラストから、Hを崩した形の紋様の光が灯り、天空に描かれる。



「モンスターが戦闘によって破壊された時、手札、またはデッキからレベル4以下のE・HEROエレメンタルヒーローを特殊召喚する!

 俺には手札はない。ついでにフィールドのカードもこのヒーロー・シグナルがラスト! つまり……」



目前のぬかるんだ大地が泡立ち、その中から弾けるように太めの戦士が登場する。

水を蓄えたタンクを背負う水色の鎧の戦士。顔の上半分を隠すマスクを被った水のE・HEROエレメンタルヒーロー

その名は、



E・HEROエレメンタルヒーロー バブルマンを特殊召喚する事で、デッキよりカードを2枚ドローする!」



困った時は泡男。十代のある意味エースである。

デッキから2枚のカードを引き抜き、手札に加える。

立ちはだかる強敵の効果が発動され、対象に選択したフレイム・ブラストが消えた以上あいつには攻撃を続行する権利はない。

俺の場にモンスターを残したまま、エンド宣言を行うしかないのだ。



「なら、エンドフェイズにガンターラの効果を発動。墓地より氷結界の守護陣を守備表示で特殊召喚する」



僧兵が合掌し、冷気を吹雪かせる。

巨大な氷結晶が形作られ、その中から山吹色の小狐が飛び出した。

再びフィールドを侵食していく不可侵の攻撃封印結界。

周囲を取り巻くように広がる氷柱の木々は、しかしバブルマンには影響を齎さない。

攻撃力800のバブルマンは攻撃力1600以上のモンスターを束縛するこの軛に囚われないのだ。

尤も、守備表示なので関係ないが。



「俺のターン! ドロー!」



デッキトップに手をかけ、引き抜く。

相手の場には墓地の氷結界をエンドフェイズに蘇生する攻撃表示の氷結界のガンターラ。

魔法マジックトラップによる破壊を無効にする守備表示の大僧正。

そしてこちらの要、フレイム・ブラストをいとも容易く粉砕してみせた攻撃表示の大地の騎士ガイアナイト。

自身の守備力、つまり1600以上の攻撃力のモンスターの攻撃を封印する守備表示の氷結界の守護陣。

手札の氷結界と名のつくモンスターを墓地に捨てる事で、魔法マジックを封印する守備表示の氷結界の封魔団。

既に相手のモンスターゾーンは埋まっている。

破術師が戻してくる可能性は低い。それよりは封魔団で直接潰してくるだろう。

ならば、



E・HEROエレメンタルヒーロー エアーマンを攻撃表示で召喚!」



地表に沈殿している冷気を渦巻く風が吹き飛ばす。

頭部を覆うバイザーが逆行を返し、その銀色の翼を鳴動させながら降り立つのは青い風の戦士。

銀色の翼にはプロペラが仕込まれており、それを高速で回転させる事で風を生み出す。

風の戦士が舞う浮力もまたそこから。

宙に浮いたエアーマンが俺に向き直り、そのプロペラが巻き起こす旋風を見舞った。



突風は俺の腕を巻き込み、そのタイミングでデッキからカードが1枚せり出した。

風に巻かれ、俺の頭上に吹き飛ぶカード。それがゆらゆらと落ちて来た所を指二本で挟み取る。

明らかに毒されている、というか郷にひたっているというか。

困りはしないのでいいだろう。



「エアーマンの召喚時、自分のデッキからHEROと名のつくモンスターを手札に加える。俺が選んだのは」



たったいま吹き飛ばされ、手に取ったカードをそのまま相手に向ける。

イラストに描かれているのは海の中でその姿を示す戦士。



E・HEROエレメンタルヒーロー オーシャン!」



そいつを手札に加え、俺の手札は3枚。

守護陣に攻撃を封印され、最悪封魔団の効果が発動される状況下。

大僧正の効果を乗り越え、相手のフィールドに揺さぶりをかけたとしてもガンターラが即座に空席を埋める。

更に氷結界の弱所を守る騎士、ガイアナイト。

これが万象を封印する氷結界の陣。その結界は堅固ながら、状況に合わせ組み替える事で更に盤石。

だが、それを破らなければ勝機はない。



「カードを1枚伏せ、ターンエンド」

「―――――ふ」

「ん?」

「ふふふ、このデュエルで貴方の事が少し分かった」



いきなり独白するユニファー。

怪訝そうな表情になっていたのだろう、笑い声を漏らさぬように彼女は手を口許へ。

5、6秒といったところか。笑いっぱなしだったユニファーが眼を瞑り、声を止めた。



「でも、肝心な貴方の本気は分からなかった」

「はぁ?」

「貴方は嘘偽りなくこのデュエルが全身全霊だと言える? 全てを賭したデュエルだと」

「む………」

「勝つ為とは言わない。だけど心と身体、全てをカードに委ね、同時に委ねられたデュエルだと言える?

 これが自分の持ち得る全てだと。何の憂いも気負いも、なかったと」



言えない、だろう。ユニファーへの気遅れだけでなく。



「だからもうお終い。次は貴方の全力を見れる事を祈っておくわ」

「このターンで俺を倒す、って?」

「そうは言ってない。でも、もう何もさせない」



ユニファーの手がディスクのスイッチに触れた。



トラップ発動―――水霊術-「葵」」

「―――――!」



小狐の周囲を水渦が囲い、その霊術の生贄としての役割を要求する。



「水属性モンスター、氷結界の守護陣を生贄に捧げる事で、水霊術-「葵」を始動。

 その効果により、貴方の手札を確認し、カードを1枚墓地に送らせる」

「くっ……!?」



手札を反転させ、ユニファーに晒す。

その2枚を見た彼女の顔は僅かばかり悩むように顰められた。



「さっきのオーシャンと並行世界融合パラレル・ワールド・フュージョンね……

 貴方の除外されたカードは炎属性のHEROが2体。出せるのは、ノヴァマスターのみ。

 ノヴァマスターの攻撃力は2600。ガンターラの方が攻撃力は上。

 例え次のターン、フレイム・ブラストを融合デッキに戻せても、ガイアナイト相手には無力。

 もっとも、前のターンに出さなかったという事はノヴァマスターという選択肢を取る気はないんでしょうけど。

 さて、後は伏せられたカードが何かだけど………」



ユニファーの視線は俺の手札から、フィールドへ。



「貴方のモンスターは守備表示のバブルマンと、攻撃表示のエアーマン。

 エアーマンをわざわざ攻撃表示で出したと言う事は、攻撃を防ぐためのトラップかしらね。

 封魔団の効果を使われた場合魔法マジックは無力。なら、トラップしか手はない。

 どっちに攻撃したらいけないのかしら。ふふ、悩むわね」

「……で、結局どっちを捨てさせるんだ」



俺の詰問に笑うユニファーは、ゆっくりと俺の手札の1枚を指差す。

それは、並行世界融合。



「……並行世界融合パラレル・ワールド・フュージョンを墓地ヘ」



微かに痛ましく、声に滲ませる。

ただそれを聞いていたユニファーはまた、笑った。



「……何だよ」

「ふふ、別に? ただ、折角望み通りオーシャンを残してあげたのだから、喜べばいいのに、ってね。

 装備魔法、ワンダー・ワンドを氷結界の封魔団に装備」



碧の宝玉が乗せられた魔杖が封魔団の前に現れる。

それは魔法使いのみに持つ事を許された、魔力の込められた杖。

それを手にした魔術師には魔力が分け与えられ、本来の魔力を上回る力が発揮される。

だがこの魔杖の本領はそこではない。

これを手にした魔術師は己の魔力でその杖を満たす事で、未来を識る。



「ワンダー・ワンドの効果により、封魔団を生贄に捧げる事で、カードを2枚ドローする」



銀雪を思わせる長髪が魔力の波動に波打ち、その身体が光に溶けていく。

デッキという未来の識る事が許される宝玉が齎す驚嘆の閃き。

封魔団の姿が光の砂のようにさらさらと崩れ去った後、ユニファーのデッキが光る。

引き抜かれる2枚のカード。



「ふふ―――更に魔法マジックカード、サルベージ。

 攻撃力1500以下の水属性モンスターを墓地より二体、手札に加える。

 攻撃力200の氷結界の守護陣、攻撃力1200の氷結界の封魔団の二体を手札ヘ」

「――――――」

「そして再び守護陣を守備表示で召喚」



小狐がフィールドに舞い戻る。

じゃらじゃらと氷結界の装具を揺らしながら、その小さな獣は身体を丸める。

これで再び攻撃力1600以上のモンスターは動きを封じられた。



「そしてバトルフェイズ、ガイアナイトでエアーマンを攻撃」



騎馬が嘶き、青く輝く鎧の騎士は疾駆を開始する。

氷結していようがそこが大地なのであれば、ガイアナイトに走破できない理由がない。

正しく疾風怒濤、全身を重装に固めた騎士の、閃光の如き侵攻。

その威容は語るまでもなく圧倒的。迫撃される側からすれば、絶望すら覚える侵略行為。

だが、俺の場にはそれを最小限の被害に抑えるためのカードがある。



トラップ発動、スーパージュニア対決!」



ガイアナイトとエアーマンの間に割り込む影。

それは両腕を胴体の前で交差させた水の戦士バブルマン。



「スーパージュニア対決! の効果により、俺の場の最も守備力の低いバブルマンで攻撃を受ける!」



スーパージュニア対決! の効果は、相手の攻撃宣言時に発動する。

その効果は相手の場の最も攻撃力の低いモンスターと、こちらで守備力の最も低いモンスターで戦闘を行わせる。

ユニファーの場には攻撃力2600のガイアナイトと、攻撃力2700のガンターラが存在している。

対して、こちらの守備表示モンスターはバブルマンのみ。

バブルマンの守備力は1200。無論、繰り出される槍を弾く事などできやしない。



疾走する速度は微塵も落ちず、大地の騎士は全速で走り抜ける。

標的が取って代わった事など気にもせず、ただ自身の前に立ちはだかる敵のみを見据える。

突き出される真紅の槍撃。それはフレイム・ブラストの鎧をして容易く喰い破られる一撃。

無論、戦闘に向かず、下級のモンスターであるバブルマンに防ぎきれるものではない。

振り抜かれる槍がバブルマンの肩を撃ち抜く。

槍が背負っている貯水タンクに掠めた事で割れ、中の水をぶち撒けた。



極寒の外気の中に解放された水は地面に流れ、氷となっていく。

騎馬の蹄がその出来たばかりの氷を踏み躙り、騎士は敵を串刺した槍を引き抜く。

バリバリと音を立てながら落ちていくバブルマンの身体が、はらりと光となって崩れた。



「そして、その戦闘終了後にバトルフェイズを終了させる」

「エンドフェイズ、ガンターラの効果により破術師を墓地より特殊召喚」



氷結の独鈷が再び大地を穿つ。

銀色の髪が噴き出す冷気に揺られ、逆立つように波打っている。

バンダナのように前髪を巻き込み巻かれ、そこから首に巻かれている長い群青色のマフラーもまた逆立つ。



楔が打ち込まれた以上、魔法マジックカードはセットしてから1ターン待たなければ使えない。

だが、俺の手札にはそれを覆す手段が残されている。

オーシャン。攻撃力1500のオーシャンであれば、守護陣の結界をすり抜け、守備力1000の破術師を倒せる。

そう。破術師を召喚するのであれば、先の霊術で捨てさせるべきは魔法マジックでなくモンスター。

完全に、遊ばれているのだ。

どちらにせよ、俺の手札にはオーシャン以外のカードはないが。



「さぁ、貴方のターンよ」

「ああ、折角お前がお膳立てしてくれたんだ。ならっ! 俺のターン!」



デッキから引き抜くカードを見るまでもなく、俺の手は手札のオーシャンを掴んでいた。



「来い! E・HEROエレメンタルヒーロー オーシャン!!」



水と言う水は全て凍結した世界の中で、水流が逆巻く。

弾ける乱流の中から姿を現すのは、海と同色の肌を持つ海洋の化身。

頭部から生えたヒレが特徴的で、その真紅の瞳を爛々と輝かせた戦士。

それこそが大海の属性を持つ、E・HEROエレメンタルヒーロー オーシャン。



「オーシャンの攻撃力は1500! よって、守護陣の結界には捉われない!!

 オーシャンで氷結界の破術師を攻撃!」



オーシャンの身体が氷の平原を跳び越え、楔を打ち込み維持している術師に向け跳びかかった。

振るわれるのは刺又のそれに酷似した白い杖。

それを受けるのは術師として魔力を祓う能力は持ち合わせていても、戦闘力は持たない少女。

その一撃に抗う術はまるで持たず、その攻撃を受ける以外に選択肢はない。

振るわれた杖が少女の身体を殴打し、弾き飛ばす。

光の粉となって砕け散る姿を認め、バトルフェイズは終了する。



エアーマンが残っていようと、守護陣の結界があっては攻撃は不可能。



「これで貴方は魔法マジックカードを使用する事ができる。

 さぁ、貴方の引いたカードを見せてもらおうかしら。

 もし、この場にそぐわぬカードなのであれば、次のターンが終わりになる。でしょう?」

「この状況で俺が引くカードなら決まってる――――行くぞ、エアーマン! オーシャン!」



フィールドに存在する二体のHEROが並び立つ。

水属性のHEROと、風属性のHERO選択肢は二つ。

この状況で託すべきなのは、俺が最も信を置くモンスター。



魔法マジックカード、融合を発動!

 フィールドの二体のHEROを融合素材とする事で、融合召喚を行う!!」



次元が撓み、歪み、渦を巻く。

二体のモンスターがその中に取り込まれていき、新たなモンスターとなる。

四肢が重なり、その力を一つに束ねた姿。



氷結した世界においてなお、純白が冴える。

スマートに、先鋭なまでに研ぎ澄まされたフォルムの鎧の中から僅かに覗く藍色の間接を躍動させ、周囲の冷気を己の冷気で圧し潰す。

マントが翻り、吹き荒れる威風。一瞬の暴風の後は氷に鎖された静謐な世界の中で、まるでそこが己が世界であるかの如く。

氷結した世界の君臨者。



「降臨せよ、E・HEROエレメンタルヒーロー アブソルートZero!!」



バキィンと氷が砕け落ちる。同じく氷を使う存在として、それを畏怖するかの如く。



「Zeroの効果! フィールドに存在する自身以外の水属性のモンスターの数の500倍の数値を自身の攻撃力に加える!

 ガンターラ、大僧正、守護陣、三体の水属性モンスターの存在により、攻撃力は1500ポイントアップ!」



僧兵らと、獣。自らの力として冷気を振りまくモンスターたちの存在。

それは、Zeroにとって自身の独壇場を生み出す協力者に等しい。

フィールドに充満した冷気を自身の糧として、圧倒的な力を得る。

その攻撃力は元来の数値2500に加え、4000に及ぶ。

アンチ水属性として炎の力を操ったフレイム・ブラストのそれすら上回るもの。

敵軍の要、ガンターラですらその威風に気圧されたか、じりと足を擦らせ僅かながら後退する。



「貴方のエース、アブソルートZeroね。聞いた話でしかなかったけど、なるほど。

 同じ属性でありながら、私のモンスターたちを凌駕しているのが肌で感じられるわ」

「どうせ翔辺りだろ、まあいいさ。ターンエンドだ」



Zeroの圧倒的な攻撃力は脅威。しかしそれ以上の隠し手を持っているのが、最強の最強たる所以。

Zeroはフィールドから放された時、相手フィールドのモンスターを全て凍て付かせる。

たとえ大僧正の防御結界があろうとも、あれはモンスター効果による破壊には対応していない。

相手はこいつを動かせない。

このターン攻略できなくとも、次のターン俺が引くカードによっては、氷結界全てを突き崩せる。



「私のターン―――魔法マジックカード、アームズ・ホールを発動。

 デッキの一番上のカードを墓地へ送り、墓地の装備魔法、ワンダー・ワンドを手札に加える。

 その代わり通常召喚の権利を捨てる事になるけれどね」



デッキから一番上のカードを引き、墓地へ送るユニファー。

尤も、彼女の展開はガンターラの特殊召喚の効果が大きいので、そこまで問題にはならないのだろう。

代わりにセメタリーからせり出してくるカードを手にする。



「ふふふ……ラストターンは近そうね。ワンダー・ワンドを氷結界の大僧正へ装備。

 エンドフェイズ、ガンターラの効果で破術師を特殊召喚」



碧の宝玉のロッドを持つ僧兵。

氷結晶があしらわれた元々持ち合わせていた杖と合わせ、両手に構えた杖。

その僧兵に並ぶように立つガンターラが掌を合わせ、冥界より同胞を呼び起こす。

再び現世に舞い戻る銀色の髪の少女。

打ち込む楔が魔力を封じ、再び制限をかけてくる。



「俺の、タァーンッ!」



ドローカード。その瞬間、即座にカードをディスクに差し込む。



「カードを1枚セットし、ターンエンド」



ドローしたカードは融合解除。

言うまでもなく、Zeroの最大の能力を活かすためのカードである。

破術師がいるために今は発動できないが、次のターンになれば可能。

ドローフェイズに融合解除させ、オーシャンとエアーマンを特殊召喚する。

エアーマンの破壊効果を使い用心しつつ、スタンバイフェイズにオーシャンの効果でバブルマンを手札に戻す。

攻撃力の合計は4100となり、それが決まれば俺の勝ち―――

精々そんなところか。今の俺に可能な戦術は。

尤も――――



「ドロー……ふふ、凌げなければこれで最後のターンよ――――さぁ!」



ユニファーが腕を振るう。

直後に二振りの杖を構える笠に顔を隠す僧兵の姿が吹雪に包まれた。

それは奇跡の魔杖の効果。持ち主の魔力を全て昇華し、未来へと繋ぐ橋を掛ける。



「ワンダー・ワンドの効果により、氷結界の大僧正を生贄に捧げてカードを2枚ドロー!」



大僧正の効果ではZeroに対抗する事はできない。

ならば、それは次の手に変換すべき、と言う事か。

尤も、ガンターラがいる以上は氷結界を維持する人員が構成する陣形の変容は自在。

それぞれの張る結界の能力は分散され、単体ではさほど大きな意味を持たぬ陣。

だが、だからこそ全てが重なった時にその意味が発揮される。

大僧正が消えたと言う事は、氷結界の陣がカタチを変えるという事。



「さぁ、行くわよ。氷結界の舞姫を召喚」

「―――――!」



氷結晶の髪飾りで蒼銀の髪を左右で纏め、ツインテールに纏めて揺らす。

破術師が巻いているそれと同じ群青のマフラーを冷気に流し、舞う姫君。

両手に持つ氷結晶を方だった楯を振るいながら、降り立つ。



「手札の氷結界の封魔団を相手に公開する事で、その効果を発動。

 その名の通り、舞いなさい。彼に最後を告げる演舞を」



ゆらめくような動き。身体が跳ね、楯が振るえ、冷気が渦を巻く。

途端、俺の足許に存在する伏せリバース、融合解除が氷柱に押し上げられた。



「―――――」

「自分の場に自身以外の氷結界がいる時、手札の氷結界と名のつくモンスターを任意の数公開する事で発動する効果。

 それは、貴方の場の伏せリバースカードを手札に還す。

 勿論、それが魔法マジックなのであれば、破術師の効果により発動する事は出来ないのだけれど。

 もしかしたら、私の読み違いでトラップかもしれないから訊いておくわ。

 ―――――貴方は終わり。抵抗できる?」



無言で返す。

ディスクの中から融合解除を手札に戻すと、氷柱に押し上げられていたカードも消滅した。

……だが、こちらのZeroは相手が水属性である限り、攻撃力を上昇する。

同時に、破壊しようものならば不可避の破壊効果となり暴れ狂う。

相手もまた、そうそう攻め込める状況では―――



「貴方から貰ったカード。丁度いいから、それでフィナーレ」

「…っ、まさか」

「レベル3の氷結界の破術師に、レベル3の氷結界の守護陣をチューニング!」



独鈷を大地に突き立てていた破術師が立ち上がり、身体を丸めて結界を張っていた守護陣もまた起きる。

二体のモンスターが一所に集まり、その力を解放する。

龍を封印するべく集う一族の中の王。己の仕える王の降臨に、虎将ガンターラが傅いた。

少女と小狐の身体が溢れる吹雪に呑み込まれ、消えていく。

雪崩の中に取り込まれた星たちが集束し、その暴虐の中で確かな雄姿を形作っていく。



「シンクロ召喚! 氷結界の深奥に眠りし破滅の龍を封印せし一族の王、ドゥローレンッ!!」



咆哮が響き渡る。

蒼銀の毛皮を持つ魔獣、氷結界と呼ばれる一族において中心となる虎王。

肩、胴、そして四肢へと鎧われた漆黒に黄金の装甲。

肩からは氷の角が伸び、また尾は末が氷と一体化している。

その雄々しき姿を現世に顕し、王はZeroと対峙した。



「だが、お前の場の水属性モンスター、ガンターラとドゥローレン、舞姫の分、Zeroの攻撃力はアップし、4000!

 攻撃力2000のドゥローレンでは破壊できない。例え破壊したとしても、Zeroの能力は防げない!」

「私は通常魔法、二重召喚デュアルサモンを発動。

 そして永続魔法、ウォーター・ハザード及び、光の護封剣を発動。これで、終わりね」



俺の頭上から光十字、剣のカタチを模した光が降り注ぎ、突き立つ。

それは俺の行動を封じる封印剣であるが、この場ではその意味はない。

だが、しかし。



二重召喚デュアルサモンの効果による二度目の通常召喚、私は当然封魔団を召喚する」



紅色の巫女服に似た装束の術師が現れる。

その効果は融合を主戦術とするこちらには相性が悪いが、既に俺の場には切り札が出ている。

だから、彼女自体に注意を払う必要はない。だが、これで揃ったのだ。



「ガンターラ、舞姫、封魔団、ウォーター・ハザード、光の護封剣……!」

「ドゥローレンの効果発動、1ターンに一度、自軍フィールドの表側表示カードを手札に戻す。

 その効果で戻したカードの数×500ポイント、その攻撃力を上昇させる―――!
 さあ、カーテンコールよ」



雄々、と。蒼銀の虎が天に吼えた。

大地から幾重も突き立つ氷柱の群れの中に呑まれ、消えていく氷結界の術者たち。

俺の戦術を封印してきたモンスターたちの姿が大きく氷の壁に映し出されては、消えていく。

氷結界の虎将 ガンターラ、氷結界の舞姫、氷結界の封魔団。

1ターンで要を残してガラリと色を変えた結界陣は、ここで最後の破壊を齎す。

俺を囲っていた光の剣も消え失せ、先程まで充実していた相手のフィールドは今や二体のモンスターを残すのみ。



「5枚のカードを手札に戻した事により、ドゥローレンの攻撃力は2500ポイントアップ。

 攻撃力は4500となり、逆に水属性がドゥローレンのみになった事で、Zeroの攻撃力は3000までダウン。

 そして駄目押し、貴方のライフポイントの残りは、1500」



ガイアナイトがぶるる、と騎馬を御して退避する。

氷結界を守っていた戦神は、この期に及んでは出番を与えられていない。

終幕は、氷結界の王が下す。



切り札、Zeroと融合解除は分散され、その能力を活かす事はない。

Zero自身が持ち得ている破壊能力も、その発動前に俺が倒されてしまえば何の意味もない。



「………っ、く!」

「さあ! 氷結界の虎王 ドゥローレンの攻撃!」



虎王が吼え、Zeroに向かい迸った。

魔獣の脚力を全開に発揮し、閃光の如く同じ属性の戦士へと牙を剥く。

しかし、Zeroは反逆する。両腕を突きだし、絶対零度の氷壁を張りその突進を食い止めようとして―――。

瞬間、腕が凍結した。

果たそうとした防御行動が中断され、Zeroの身体が揺らぐ。

絶対零度すら氷結させる、物理的なそれを超越した冷凍こそ、その名を知らしめる氷結界のもの。



Zeroが立ち直るまで僅か半拍、その大きな間隙は、疾走する虎王に対して完全な無防備。

なお加速する魔獣の牙が剥かれ、Zeroはそのまま食い千切られる。

否、閃光に等しい突進にも絶対零度の戦士は対応してみせた。

僅かながらも身体を逸らしたが故に、喉笛を食い千切る筈だった牙は、左の肩に突き立った。

べきべきと音を立てて潰れる鎧。肩口から引き千切られた腕の傷口から吹雪を散らしながら、Zeroは屈する。



「ぐ……!」



なおも牙を剥くドゥローレン。

膝を屈した戦士を前に、その爪と牙を用いて、蹂躙せんと疾駆した、瞬間。



「止まりなさい、ドゥローレン。終わっているわ」



ぴたりと静止した王は、王ながらも自らの主に従う。

その瞳はあたかも年月を経て風化していく石像のように消えていくZeroに向けられていた。

さらさらと崩れ落ちていくZeroを見送るその身体を、ピーというライフが消え去った事を示す音が動かす。

デュエルが終結した事でドゥローレンとガイアナイトの姿もまた消える。



「負け、か」

「ええ、これほどまでにつまらないデュエルになるとは思わなかったけれどね。

 次は貴方の本気、見せてもらいたいわ」



そう言ってデュエルディスクを待機状態に戻したユニファーは踵を返した。

俺はただその場に立ちつくすのみ。

どうすればいいのか分からない、と言った事もあるかもしれない。

どうすれば、何をすれば。

ユニファーに知った事か、と言った俺には、自分で決めなければならない責務がある。



「どうすればいいのか、か……」



俺は――――











「やっほー、ユニちゃん元気してるー?」

「――――」



ゴス、っと鈍い音を立てる拳。問答無用で殴ってくるユニファー。



「………昨日の今日で何? 私の方も中々整理はついてないのだけれど」

「俺は整理する事投げたから知ったこっちゃないし」



ひゃっはー、と言ってみる。怪訝な顔をされた。

そんな俺を見ていたユニファーは一つ大きな溜め息を吐くと、少しだけ笑った。



「そ。なら私も投げっぱなしでいいわね」

「人生とは儘ならぬもの。色々あるさ、人間だもの」



適当な事をほざきつつ、俺は買ってきたばかりのドローパンをユニファーに渡す。

僅かにきょとん、と呆けたユニファーは何も言わず、それの包み紙を破り中を覗いた。

パンの間に挟まれているのは金色の黄身した目玉焼き。



「…………その運が私にもあれば」

「ははは、俺の運はそうした所に無駄遣いされてるのさ」



基礎LUCK値が高いと言うより、多分特定状況でLUCKが跳ねあがるスキル持ち臭い。

ありがと、と一言のユニファーはそのままパンに食らいつき、表情をほがらかに緩めた。

うむうむ、などと首を振る俺はそして手を差し出す。



「………? なに?」

「虎さん返して下さい」

「いやよ、この子は私の」



差しだした手にチョップを貰う。

足に巻かれたホルダーからドゥローレンの引き抜いたユニファーは、そのカードを見て微笑む。

どうやら返してくれないらしいので、黄金のタマゴパン損である。ま、いいけど。

完全にサボるカタチになっているので、今日の授業は出ないとまずいだろう。

しょうがない、と。欠伸しながら俺は教室に、ユニファーと並んで歩いて行くのであった。











『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』

「どうした、遂にバグったか? バグマンX」

『どうしたもこうしたも、ずるくないですか? 私のフラグは? ユニファーだけとかずるい。

 わーたーしーもっ、わーたーしーもっ』



ぷっぷーとクラクションを鳴らしつつヘッドライトがぺかぺか。

実にうるさい。はいはい、そうですね。と適当に返事しつつ、GENERATION FORCEを開封する。

リバイス・ドラゴンかっこいいなぁ。ソリッドヴィジョンで見たいなぁ。

これはもう使うしかないよね。ホープも。

いそいそとカードを整理し、Xのカードスリットに入れていく。いや、こいつのおかげで整理が楽だ。ホント。

俺がのんびりとカードを整理している間、次の思い出に移ろうか。Xもうるさいし。











つまり冬休みです。要するにサイコショッカーなわけだが。

レッド寮の食堂でいつもの三人+大徳寺先生と一緒に、火鉢で焼いたモチを食う。

食堂の中は狭いと言うのに、十代と翔は何やらデュエルを始めていた。



「オレはクレイマンを召喚!」



狭苦しい部屋に、土くれの戦士が姿を現す。

翔の場にはサイクロイドとジャイロイド、その二体のモンスターを対象に、クレイマンへの指示が降る。



「クレイマンで攻撃ぃ!」



ちなみにクレイマンの攻撃力は800、サイクロイドも800、ジャイロイドは1000である。

アニメでは場面がサブタイトルに突入したので、どうなるのか分からなかったが、これなら……お?







テテレテーレレテテッテー(BGM♪サブタイトル)

VS悪魔のサイコショッカー!?(デデーン



風が吹く 見よサイコショッカー

大嵐が荒れる 力よサイコショッカー

世界は征服 威大なサイコショッカー

トラップ封じる 恐怖だサイコショッカー

邪魔な相手は ゆるさんぞ

出撃 それゆけ ホルスの黒炎竜

人呼んで 悪魔のサイコショッカー(※呼びません)

人呼んで 悪魔のサイコショッカー(※呼びません)







……まさか、クレイマンがあんな……洗濯バサミにあんな使い道があったとは……

いや、これはいいものを見せてもらった。凄かったわぁ。

これからクレイマンの事はMr.うるちマンと呼ぼう。



クレイマンの超絶コンボにより殲滅されたロイドたちがフィールドから消えていく。

そのデフォルメされた顔には驚嘆と称賛、そして僅かな畏怖が張り付いていたのは言うまでもないだろう。

ところで今回のオールライダーどうだった?

作者がまだ見てないからネタにできないんだよね。まだコアも見てないよ。

っていうか作者が映画館行ったのは、この前の超融合アンコールが6年ぶりなくらいだよ。

基本DVD派だけど、超融合はあの時まだDVD決まって無かったからね、流石に我慢しきれなかった。

今は6月が楽しみです。



まぁそんなことはどうでもいい。



バリィインと入口のドアを薙ぎ倒し、ブルーの制服を来た男が突っ込んできた。

と言うか、倒れ込んできたと言うべきか。

木製のドアは折れ、ガラスもバリバリに割れて床に飛散している。おい、これ大丈夫かよ……

流石にモチを食う手を止め、その男の様子を窺う。



「何だ、一体どうしたんだ!?」



十代が近寄り、声をかける。

するとその男は大徳寺先生のそれに似た眼鏡をかけた顔を上げ、掠れた言葉で助けを求めて来た。



「サ、サイコ・ショッカーが……」

「――――ま、まさか!」



さも知っている、と言わんばかりの物知り顔で呻く。

それを見た翔が、軽くどうせ訊いても無駄な馬鹿な事なんだろうな。と思っていそうな表情で問いかけてくる。



「エックスくん、何か知ってるの?」

「ああ……つい最近、時間移動をするM・HEROマスクドヒーローのせいで、ショッカーが世界征服しちゃったとか何とか」

「それは一体何の話なんだ」

「そ、そんな話じゃない……追いかけてくるんだ、ボクを……サイコ・ショッカーが!」



俺が無駄なボケで時間を浪費させる事で、この男は無駄な体力を消費してしまった。

だがそれを聞いた十代は首を傾げ、そのセリフを解読しようと頭を回す。

ものの、数秒で理解を放棄して降参した模様。



「なに訳の分からない事言ってるんだ?」

「まるで意味が分からんぞ! いや、あえてこう言おう。わけがわからないよ」

「エックスくんのさっきの話ほどじゃないよ」



流石のツッコミ。何と言うか、翔が俺の心のオアシスと言ってもいいかもしれない。

主にと言うか、副も含めて全て俺のせいだが話が進まない。

その状況を打開すべく、大徳寺先生と隼人がこちらに歩いてくる。



「君は確か……オベリスクブルーの高寺くんだにゃ?」



改めて字面で見るとこの人の喋り方は萌えキャラだな。萌えないけど。

その人の登板に顔を明るくした高寺某が、先生の足に縋りつく。



「大徳寺先生! デュエルモンスターズの精霊の研究をしている大徳寺先生なら、きっと分かって下さいますね!?」

「デュエルの精霊……?」

「うん。落ち着くのだニャ、高寺くん。最初から、話してみるのだニャ」

「は、はい……」



俺の回想パートである筈のこの場面で、更に回想が入るのか。





あれは、冬休みに入る前の事でした―――――

ボクたち、高寺オカルトブラザーズは……



高寺オカルトブラザーズ?



同じオベリスクブルーの向田と井坂で組んだ、デュエルのオカルト面を研究するグループなんです。



む、名前的にウェザーの方か……



は?



あ、エックスくんの言う事は無視していいっす。



はぁ……特にボクらは、デュエルの起源とも言える精霊を研究していました。

そしてあの日、ボクらは今までの研究の成果を試そうと、精霊を呼び出す事にしたのです。

ウィジャ盤を使って………

三体の生贄を捧げろ、さすれば我は蘇る。そう、文字は語りました。





「いけませんね、デュエルの精霊と心霊学を一緒にしては駄目なんだニャ…」

「レベル6のくせに三体生贄要求するとか……神様にでもなったつもりか」

「エックスくんは黙ってて。それで、高寺くんたちはなんて答えたの?」



辛辣な翔の言葉に胸抉られながら、高寺の言葉を待つ。

高寺は特に何か反省している様子もなく、まるでそれが当然だと言わんばかりに、



「わかりました。って」

「え゛ぇ゛ぇええ!?」

「いや、カードの生贄だと思ったんだよ! それなのに……」



なるほど。確かに普通遊戯王で生贄と言われてもそうなるわな。

遊戯王GXに、マスタールールで生贄→リリース、生贄召喚→アドバンス召喚の真実を見た。

そう言えば俺、カードが何起こしてももう驚かなくなってるな。

うん、今更だよね。



「まさか……」

「次の日、メンバーの一人、向田の姿が見えなくなってしまったんだ。そして、次の日には井坂が……

 二人とも生贄にされてしまったんだ!」

「井坂……! メモリブレイクされたのか―――!」

「冬休みなんだから、実家に帰ったんじゃないか?」



十代は俺をスルーである。



「二人の家にも電話したよ……でも、まだ帰ってないって」



普通に実家の番号知ってる仲なのか。

まぁオベリスクブルーだし、中等部の頃から仲の良かったダチってところだろうか。



「ふぅむ……」

「ボクは恐ろしくなって、今日のフェリーで帰ろうとしたんです」



おま、友達見捨てて逃げるのかよ。いやいや、そこは流石に逃げるなよ。

――――え、俺? 俺だったら当然逃げるけれど。

あ、や。嘘、嘘だってばよ。魔王様だってよく言ってるじゃないか、逃げちゃだめだって。

逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだっ……!

いや、どうでもいいね。



「ボクが港に向かって、フェリーに乗ろうとした時……居たんです、そのフェリーの中に、サイコ・ショッカーが……!」



まぁ最近の怪人は女子トイレの中にまで出現するしな。

何せ、普通の男性の姿して入るし。ただの変態だよな、ウヴァさん。

俺が最近脳筋らしさを微塵も感じさせず、普通に巧く立ち回っているウヴァさんの現状を憂いていると……



バチン、と食堂の照明が消えた。



「「ふぃあぁああああああ!?」」

「う、わっ!? 翔、隼人しがみ付くな! 潰れるぅ!?」

「あぁああ、落ち着くのだニャ!」

『きゃああああ』

「どっから沸いて出た!?」



ぶるぅん! とバイクが体当たりしてくるのを回避する。薙ぎ倒されるテーブルとイス。

多分この展開に続くために来てくれたのだろうが、それは体当たりの理由になどならない。

棒読みの悲鳴とともにタックルしてくるXを躱すと、展開は次に進んでいた。

夜闇に紛れ、目的を果たそうとしたコートの男が、Xのライトに照らされる。



『む!?』

「誰だ!? ―――お、お前は!?」

「サ、サイコ・ショッカー!?」



こちらの声には応えず、コートの男は踵を返し、走り始めた。

その脇にリリース素材の高寺を抱えたまま。



「あ、待て! エックス、バイクだ!」

『あ、すいません。台所に突っ込んで動けません』



からーん、と乾いた金属音。おたまが落ちてきて、Xのボディで跳ねた。

バックの赤色灯がちかちかと光っている。



「バイクが喋った!?」



このタイミングでXの事をバラすとか意味が分からない。



「馬鹿じゃねーのお前!?」

「あ、修理費はエックスくんに出してもらうのにゃ?」

「ひぃ……!? こ、この馬鹿バイクッ!?」

「しょうがない、いいから追うぜ!」



そんな金は当然無いと言うのに、何と言う事をしくさりやがったこのバイク。

走り出す十代を追って、翔、隼人、大徳寺先生は行ってしまう。

俺はとりあえずこれ以上壊さないように、バイクを引き抜く事から始めようとして……



『まぁ短距離ワープで抜けられますが』



ぴゅいん、と消える。そして俺の背後にワープ。

その瞬間、支えを失った大穴の空いた台所が崩壊を始めた。

俺(の財布)、終了のお知らせ。っていうか足りない。どう足掻いても足りない。



「か、金……金………」



食堂のテーブルの方へ出してあった火鉢は無事で、その火鉢にかけられたモチが、ぷくぅと膨れ、弾けた。



「かね……モチ……? 金、モチ……金持ち、そうだユニファー!!!

 カードデザイナーが親の奴ならば、奴ならば何とかしてくれる! 筈!! 遺産とか凄そうだし!!!

 それでもユニファーなら、ユニファーなら何とかしてくれる!!!」



土下座でもする、靴を舐めろと言われればしゃぶる、奴隷にだってなってやる。

だから、だから俺を助けてくれユニファー!

取り出すのはPDA。奴はそもそも実家が国内じゃないし、帰省はしていない筈。

望みを託し、いざ通信開始。

数十秒間祈り続け、繋がった。



『……こんな時間に何の「お金貸して」…………………………はァ?』



次の日、思い切りぶん殴られたのは言うまでもない。

でも立て替えてくれるって言ってくれた。ユニファーさん、いやユニファー様マジ天使。

もう言われればどこでもかしこでも土下座する。



『しまった……あの女とのフラグが増えてしまいました』

「黙れ、そして死ね」



と言うわけで、俺はサイコ・ショッカーなんぞに関わっている時間は一秒たりともなかった。

そんな奴なんかに関わっている時間があれば、俺はユニファーに土下座しに行く。











『酷い話ですね。ストーリー的な意味で』

「うるさい黙れ誰のせいだ」



主に作者のせいである。そしてそれは多分、第二次Zのせいである。

主人公が借金グなのが影響したに違いない。

この作者はその時々見てたりやってたりするものに凄く影響受けるから。

さーて次の回想は?











今度はテニスである。



「ったく、テニスがデュエルに何の関係があるっていうんだよ」



十代はテニミュで不二裕太だったな。シャークさんは幸村だったか。

仮面ライダーでテニスって言ったら一番先に浮かぶのがもやしだな。

なんか特撮の無駄遣いしてたし。

ともかく。



「ふん、十代。その程度も分からないのか?」

「えぇ?」

「何の関係も、ない!」



カッ、と眼を見開いて言い切る。そりゃそうである。

何故かオベリスクブルーの女子と合同でやっているテニスの授業なので、明日香とその連れ二人もいる。

十代と翔がタッグでやっているのは、ジュンコとモモエのタッグである。

何気に初登場? 女子寮もSALもスルーしたからな。



互いのコートを行ったり来たりしているボールを打ち返しつつ、モモエは言う。



「鮎川先生も、ホントはバレーボールがやりたかったそうですわぁ」



アカデミア指定のジャージで走り回る女子………ブルマとかだったらもっと楽しめたのに。

首の後ろで縛った黒髪は、その縛られた髪がぴょんぴょん跳ねている。

喋り方は絵に描いたような“お嬢様”みたいだが、基本的にアカデミアの女子は大体お嬢様であるので問題ない。

デュエルは花嫁修業の一環だしな。



「どっちも同じだよ、っと!」



十代が舞う。野球の時もそうだったが、類稀な身体能力の十代にはその程度朝飯前。

自分の身長を飛び越すくらいに跳ねて、手にしたラケットを振るう。

ツイストスピンショット炸裂である。流石、難易度の高いテクで試合を盛り上げてくる。

と、思ったら。ミスショット。

イレギュラーな跳ね方をしたボールが、隣のコートの明日香を目掛けて飛ぶ。



「やべっ、避けろ明日香!」

「え?」



明らかに間に合わないタイミング。

そのボールは突然の乱入者によって打ち返された。

返ったボールが授業を監督しているクロノス教諭に直撃したのは、さほど重要な事ではないだろう。

こちらの試合を切り上げ、モモエとジュンコが明日香の方へ行く。

俺は元々サボってたので関係ないけど。



「明日香さーん! 大丈夫ですか!?」

「え、ええ」



明日香は当然無事だが、その視線は自分を助けた男に向いたまま。

俺はワクワクしつつ、その次の展開を待つ。

男はゆっくりと明日香の方を向き直り、口を開いた。



「大丈夫? 怪我しなかったかい?」



テラうえだ。新庄の如き白い歯を輝かせて、彼は微笑んで見せた。

ジュンコとモモエの眼がハートになり、はぁああ(はーと)ってな感じになっている。

第二次Zの話をしたら主人公がきた。



「ええ、大丈夫です。助けていただいて、ありがとうございました」

「あ、……」



明日香に見惚れている様子のうえだ。名前なんだっけ、この人。

だってタッグフォースどころか目指せデュエルキングにすらいないし。……いなかった、よな?

うん、いなかった。確か。国崎や高寺、それに大原小原、それどころか樺山先生もいるのにね。

隼人パパやSALはしゃーないとしても、アカデミアの学生でこのタイミングで本編に登場したにも関わらず未登場とは。

まあ完全OCG化する気が欠片も見えないオリカデッキだしな。



「………あの、まだ何か?」

「え、あいや、あははははは! 失敬失敬、知らなかったよ。

 我がオベリスクブルーに、君みたいに美しい女性ひとがいたなんて―――」



そう言って明日香の手を取るうえだ。やばい、本気で名前が思い出せない。

ほら、これ書いてる時にテレビでDVD流して一時停止繰り返しながら書いてるじゃん?

まだ名前出てこないんだよね、わざわざ出るトコまで確認してから今のトコまで戻すほどの事でもないし。



「あの……」

「あ、ちょっと気障だったかな。あはははは……忘れて下さい! ははは! あははははは、いやー青春青春!」



プリンス・オブ・テニスの母校の事ですか? お前はメビウスだったろ。

照れてどっかに歩いて行くうえだを見ながら、俺は欠伸を噛み殺すのであった。

眠い眠い。







「立て! 立つんだ遊城十代くん! 今頑張らないでどうするんだ! 今日と言う日は、今日しかないんだぞ!」

「あ、当り前じゃないか……何なんだ、この暑苦しい奴は」



ボールをぶつけられたクロノスの不興を買い、十代がテニス部に一日体験入学させられている。

要約するとそんな感じ。

そして、テニス部の部長(綾小路ミツルだそうな)と今、練習に明け暮れているというわけだ。

俺は見ているだけだけどね。

何せ不二裕太VS芥川慈郎である。見ない手はないだろう。



「そして明日と言う字は、明るい日と書くのだ! さぁ、明日の為にあと50球!!」

「うぇえ!? あと50球!?」

「どうだ、元気が出てきたろう! ボクと一緒に頑張るんだ!

 汗と涙は明日の糧となる。美しき青春、バンザァアアアアアアアアアアアイッ!!!」



テラ修造。

後から来た翔、ジュンコ、モモエの方へ顔を向けると、約一名除いて苦い顔をしている。



「あの部長、爽やか笑顔で言う事芝居がかってるよね」



相変わらずの毒舌である。



「っていうか、意味不明なんだけど」



これでどうやってたたかえばいいんだ。



「いいんですの、顔がよければ!」



※ただしイケメンに限る。



十代が一球一球と確実に打ち返し、ゴールが見えてくる。

48、49、50。全てを打ち返した十代はうつ伏せに倒れ、ラケットを放り出した。



「終わったぁ……」



最後に打ち返した一球が転がり、辿りついたのはいつの間にか来ていた明日香の足許。

それを拾い上げた明日香は、厳しい顔をして十代の方へ歩き始める。



「あ、明日香さま!」

「え―――明日香くん!? やぁ明日香くん、嬉しいなぁ! ボクに会いにきてく―――え、あぃえっ!?」



振り向きざまにキュピーンと輝く白い歯。

綾小路はすぐさま十代に向けて歩いている明日香に駆け寄り、声をかけるのだが。

完全無視であった。

何と言うか、顔芸冴え渡る反応を見せてくれるものである。



「ねぇちょっと、話があるんだけど」

「んぇ?」



確か、サンダーの話だったかな。

後はデュエルに発展するだけの展開なので、もういいかなぁ。



「ぬぐぅ……明日香くんが十代くんと仲よさげに語らっているとは……!

 今ボクは、猛烈に嫉妬しているぅ……!!」

「ここだけの話、あの二人は付き合ってるらしいですぜ、旦那」

「なんだって!? それは本当なのかい!?」

「乾巧って奴の仕業です。ともかく、噂なので真偽までは分かりませんさ」



煽る煽る。俺はとりあえず焚火の中にガソリンをぶち撒け、満足げに肯いた。



「放れ給え!」

「「え?」」



ただ話をしていただけなのに、いきなり割り込んでくる謎の男。

この△関係は一体どこへ向かってしまうのか。

いつも通りの俺に、三人の、もとい二人の責めるような視線が殺到する。

もう一人は実に楽しそうであった。



「何であんな嘘吐いたのさ」

「嘘? 俺がいま流布してる噂に嘘も何もないだろう? 俺は生まれてこの方嘘なんか吐いた事ないぞ(これが嘘)」

「そんな変な噂流されたら明日香さんが迷惑するでしょ! すぐに取り消してきなさいよ!」

「はぁん、そいつはどうかな?」

「えぇ?」



明日香が迷惑する、と言う点には疑問が残るな。

どうせ明日香の事だからそんなの放っておきなさい、とか言って放置。

ついでにアプローチしてくる男子も減って万々歳だと思うが。

と、言ったら微妙に納得された。



「それは、そうかもしれないけど……でも嘘の話には変わりないでしょ!」

「人生を面白くするのは、千の真実より一つの嘘。彼の有名な(自称)ブリザードプリンスの言葉だ」

「吹雪様の―――なんて深いお言葉なんでしょう」



ウラタロスだけどな。

でも、ジュンコには効かなかった様子である。



「で、明日香さんの人生を勝手に面白おかしくしていいと思ってるの?」

「…………正論すぎて反論の余地が。もうちょっと甘く攻めてほしいかな?」



キャ☆と肩を竦める。ラケットのスイングが返答だった。回避、直後に逃走開始。

足許に落ちているボールを拾い、まるでバットのようにラケットを扱ったノック攻撃。

だがしかし、俺には秘奥義が残されている。

すぐさま翔の背後に隠れ、身を縮める。



「ちょ!?」

「翔は犠牲になったのだ。主に俺の悪ふざけのな……」



ぽこぽこと翔にあたるボール。翔の身体が俺の盾となり、俺は守られている。

こんなに嬉しい事はない。

ジュンコの手からボールのストックが消えた瞬間、翔の背後から飛び出す。



「くっ!」

「ふっ、読めているんだよ。この程度の戦術は」



このセリフで頭に血を昇らせたジュンコは必ずラケット自体を投げてくる。

無論、それさえ分かっていれば回避は不可能ではない。

タイミングを見計らって動けば、確実に回避する事が――――

ぽこん、とボールが頭を打った。驚愕し、ボールが飛んできた方向へと眼を向ける。

モモエ―――――!?



「馬鹿な……!? キサマ、何故――――!?」

「勿論、面白いからですわ♪」

「そんな事より、アニキと部長がデュエル始めるみたいだよ?」

った!」



投擲されるラケット。それは過たず俺の顔面を目掛けて放たれた一投。

あと半秒で俺に直撃し、顔面を潰していくだろう。

何故だ、何故こんな事になった。どこを間違えた――――!



―――――神は言っている、ここで死ぬ運命ではないと



ぱしっと投げられたラケットを受け止める。

その雄姿、正しく神!

と言わんばかりに超然と立ち誇るは我が神、ユニファー様であった。



「貴方たち、学校の備品で遊ぶのは止めなさい」

「あ、はい」

「申し訳ございません、ユニファー様」



しょぼくれるジュンコと、頭をコートに擦りつける俺。

金を借りて以来大体こんな感じである。



「あ、お靴が汚れているようでしたら舐めますが」

「舐めて御覧なさい。その瞬間、頭蓋を踏み砕くわよ」

「それはそれでありかと存じます」

「黙りなさい」



基本的に俺がXと組むと俺:ツッコミ X:ボケ。

ユニファーと組むとなると、俺:ボケ ユニファー:ツッコミになる。

ユニファーとXを合わせたらX:ツッコミ: ユニファー:ボケとかになるんだろうか。

考え難い、というかないわ。流石に。



「ところでユニファー様はどうされたのでござる?」

「ユニファー様って何よ」

「ワタクシと被ってしまいますわ」



活字の乱立なわけで、つまり口調の被りはキャラ被り。

でもちゃんと一人称をオリキャラは漢字、原作キャラはカタカナと分けているので大丈夫。

そして、首を傾げて見ているジュンコとモモエとは違い、十代のデュエルを見ている翔と明日香。



「しっかりしてよアニキィ! このままじゃ明日香さん、爽やか部長のフィアンセになっちゃうよぉ!」

「それはそれでうらやましいですわ」

「はぁ……」



いつの間にかあっちに混ざるモモエ。強かである。



「ボクのターン! ドロォッ!!

 どんどん行くぞぉ、それぇッ! 魔法マジックカード、スマッシュエース!!

 デッキの上から1枚めくり、そのカードがモンスターカードだった場合、十代くん。

 君に1000ポイントのダメージを与える」

「何だよ、そんなのばっかじゃん」



ロマン要素の強いフルバーン。丸藤亮に引けを取らない、と称されるだけの事はある。

ガチガチのロックバーンとかだったらドン引きだが、テニス統一かつ無駄にデメリットがある辺り悪くない。



「悪いがこれが、ボクのデュエルでねぇ」



きゅぴーんと白い歯が光る。

曰く爽やか部長の手がデッキトップにかけられ、引き抜かれる。

十代のライフはジャスト1000ポイント。

これが決まれば0:40、その名の通りスマッシュエースとなるだろう。

めくったカードを見た部長が微かに笑い、同時に歯が煌めく。



「引いたカードはモンスターカード、神聖なる球体ホーリー・シャイン・ボールだ!」

「かー、運が強すぎだぜ!」



お前が言うな。クロウのインチキ効果もいい加減にしろ以上にお前が言うな。

LUCK値がプリンスオブテニスなお前にだけは言われたくないだろう。

ドロー力がスーパーライジング。ラ・イ・ジ・ン・グ。

パンチだ! キックしなさい! いまだ、ライジングになりなさーい!

そんな名護さんも最高です!



「引きの強さも実力の内さ。さぁ! ボクのスマッシュエースを受けてみろ!」



綾小路の頭上で台風の如く風が渦を巻き、その中から光弾が放たれた。



「そうは行くか! トラップカード、フェザー・ウィンド発動!

 魔法マジックカードの効果を無効にするぜ!」

「なに!?」



十代のフィールドのフェザーマンがその翼を広げ、羽搏いた。

巻き起こる旋風が放たれたスマッシュの軌道を逸らし、その威力から十代を守り抜く。

逸らされた弾丸は何故か、俺たちの方に向けて飛んできた。

着弾し、赤い炎を巻き上げる弾丸。………爆発するスマッシュって何かあったっけ?



「へへ、目には目を。トラップにはトラップをだ」

「フッ、やるな十代くん! それでこそ我がライバル! 好敵手と書いてライバルだ! ハハハハハハハハハハッ!」



つまりルビタグである。好敵手ライバル

しかしどうやら十代の方は、その言葉に納得などしない様子。



「オレとあんたがライバルだって? 面白い事言うじゃんか、笑っちゃうねぇ。ハハハハハハハハハハ!」

「「ハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」」



共に何故か笑い始め、その声は止まらない。

遊戯王の中で高笑いっていうジャンルは二強がいるからなぁ。



「……なんだかなぁ」

「何をやってるのかしら、あの二人」

「不思議な勝負になってきましたわねぇ」

「で、貴方たちこそ何をやってるの?」

「……ちょっと、ね」

「綾小路ミツルのテニスティックデュエルタクティクスは百八式まである……

 十代とはいえ、そうそう攻略する事はできないだろうな」



グダグダ感。溢れ出るグダグダ感に酔いしれながら、のんびりと見守る。

十代のライフは1000ポイント。今までの流れを見る限り、その程度のライフは1枚のバーンカードで吹き飛ぶ。

余裕などない。が、十代ならばそこから勝機を引き抜く。



「ハハハ! 残りライフ1000ポイントで、笑ってる場合じゃないだろう? 十代くん!

 それとも、開き直って笑っているのかな? それもまたオシリスレッドの君らしいけどねぇ!」

「ん? 笑ってられないのはそっちの方だろ! 自分のフィールドをよーく見てみろ!

 さっきはトラップにやられちまったけど、今度こそお前のフィールドはガラ空きだ!

 行くぜ、オレのターン! ドロー!」



カードを引き抜いた十代は、手にしたそれを見て口角を吊り上げた。

今しがた引いたばかりのカードをディスクに差し込むと現れるソリッドヴィジョン。

その正体は、HERO本領発揮の切り札。



魔法マジックカード、融合を発動!

 手札のバーストレディとクレイマンを融合して、E・HEROエレメンタルヒーロー ランパートガンナーを召喚!」



炎の女性戦士と土塊の戦士が現れ、その姿を重ね合わせた。

生まれ出るのは、鋼の重装甲に覆われた機動戦士。

厚いフルメタルアーマーに身を包み、右腕と一体化したロケットランチャーを構える存在。

僅かばかりの女性戦士の名残を頭部に残して、それは十代のフィールドに降り立った。



「よしっ! そのまま一気にやっちゃえ、アニキィ!!」

「おう! 行くぜ、覚悟しなぁ! フェザーマンとランパートガンナーで、ダイレクトアタック!!」



フェザーマンが掌を合わせ、その中に風を集束させていく。

まるでどこぞの忍術のような風の球体を、綾小路に向けて投球するフェザーマン。

そしてランパートガンナーはその右腕を相手に向け、内包される弾薬を撃ち放った。

幾条も黒煙を引きずって迸るミサイルの軍勢と、共に向かい来る風の弾丸。

その両方が同時に綾小路に着弾し、弾けた。

爆炎の中に包みこまれる綾小路。



「う、うわぁあああああっ!?」



その攻撃力の合計は3000。

フルの4000から一回のバトルフェイズで、十代と並ぶほどに追い詰められた。



「これで振り出しに戻ったぜ、ターンエンドだ」

「やったぁ! 凄いぜアニキ!」

「にひひぃ~」



歓声を上げる翔に応え、十代はピースしながらこっちを見る。

そんな十代の様子を見て呆れたかのような顔を見せる明日香。



「また……ホントにお調子者」

「ああ、確かに調子に乗るのはまだ早い。奴はまだ、八式までしか使用していない………

 もし、奴がこのデュエルで弐拾壱式まで解放するような事があれば……十代は、負けるかもしれない」



リングアウトで。

俺の無駄に感情の籠った独白に、何故か周囲の人間も感化されてしまった様子。

まるで百八式波動デュエルが実在するかの如く語る俺に、皆の視線が集まる。



「さっきからその百八式やら八式やら弐拾壱式やら……一体、何の事?」

「デュエルディスクが発生させる触覚への干渉を増幅させ、直接デュエリストにダメージを与える奥義……

 仮想立体触感バーチャルソリッドフィール、と呼ぶ事もできる代物だ。

 奴はテニヌ、もといテニス魂とデュエリスト魂を融合させ、物理的な破壊に転換する。

 その破壊力は壱式から始まり、百八式に至るまで少しずつ威力が上がっていく。

 もし、奴が弐拾壱式を解放したとすれば……

 十代はそのパワーであそこから壁に叩き付けられるほどの衝撃を受け、下手をすれば死ぬかもしれない。

 それ以上の威力を使われたとすれば、天井まで吹き飛ばされたっておかしくない……!

 それがあの、波動球って技、じゃない。フィールって奴なんだ!」

「そんな技を持っているなんて……!」

「まぁ全部嘘なんだけど」



けろりと言い放つ。慣れたもので、翔はへーと言う顔をしてガンスルーしている。

しかし慣れていなかったユニファーと明日香とジュンコの顔は怖い。

ただしモモエはそれはねーよw、と言わんばかりに微笑んでいたので元から信じていなかったのだろう。

ユニファー、明日香は何気に闇のゲームやらそんな関係に触れていない事もない。

ので、信じてしまう事も分からないではない。が、ジュンコはどうした。



「フフフ……引っかかるお前らが悪い」



無言で振るわれるラケット。

先程、ジュンコが投げた物をユニファーが受け止め、そして再び俺に襲いかかってくる。

なんと数奇な運命か。俺はお前となど争いたくない、だが、争わねばならぬ運命なのか。

あんーなーに一緒だぁったのにー 夕暮ーれはもーう違ーういーろー

即座に翔の後ろに回り込み、回避する。無論、翔! 君に決めた!



「ガードベント」

「ちょ、巻き込まないでよ!?」

「近くにいた、お前が悪い」

「ジュンコ」



そのまま追撃を仕掛けてくるかと思われたが、意外な事にユニファーは俺を追わない。

ただ、持っていたラケットを放った。

ぽーんと空を舞うラケット。それは俺の頭上を越えて、反対側に立っていたジュンコの真上に。



「なん……だと……?」

「さあ、少しは反省なさい!」



跳躍、空中で受け取ると同時に振り抜かれるラケット。

フレームを俺の脳天に向けて振り抜く、それはまさに剣豪の一閃。

直撃を受けた俺は、木製の刃の一撃を受け、蹈鞴を踏みながら後ずさりした。

痛い、普通に鈍痛である。



「お、おのれぇ……!」

「さ、これで少しは反省したかしら!」

「お二人とも、それはいいですけれど、もうデュエルが終わってしまいましたわ」



モモエの声に、共にコートを見る。

波動球がどうとか百八式がどうとか関係なしに、デュエルはもう終わっていた。

無論、十代の勝ちというカタチで終わったのは言うまでもないだろう。



「イェーイ! ガッチャ!」



ガッツポーズの十代とは対照的に、敗れ去った綾小路はなんか号泣している。



「負けたぁ!? このボクが、負けたぁ!! うぇえええええええええええんっ!!!」



涙と共に走り去る綾小路ミツル。この辺りはうえだ無双だな。

こいつといいボーイ(笑)のミツオくんといい、何故か明日香はミがつくサブキャラに人気があるな。

漫画でミサワもあれだったし。え、サブキャラじゃない? え?



「やったね、アニキ! やっぱアニキは凄いや!」

「へへ、楽勝楽勝!」



俺と対峙していたジュンコもラケットを放り、そちらに歩いて行く。

しょうがないので俺も。



「でもいいの? これで明日香さんは……」

「あぁっ、フィアンセ!」

「「うっそぉおおおおっ!!」」



そう言えばそんな約束してたそうな。

十代が頭を掻きながら、明日香の許に歩いて行く。



「なぁ、明日香。オレ勝っちゃったんだけど」

「え、アニキまさか……!」

「告白……!」

「へぇ………」



明日香の目前に立った十代の一言は、しかし固唾を呑み見守る俺たちの想像を越えて、転がった。



「フィアンセってなんだ?」

「「「あぁ………」」」



ここでフィアンセっていうのは、将来結婚を誓い合った相手って意味だよ。

って言ったら、「じゃあ結婚すっか」「おーっと十代選手、結婚してしまいましたー!」ってなるのかなぁ。

などと思いつつ、軽く噴き出した。

そんな十代を見て、明日香は目を瞑り、微かにうつ向き気味になって小さく呟く。



「バカ………」

「へ?」



ここで十代×明日香があんな事になろうとは誰が予測できたろう。

いやはや、人生とはまこと儘ならないものでござる。



「うんうん、青春してるなぁ。可愛いもんだ、明日香も」

「…………そーね」



何やらユニファーも脱力加減でそう呟く。

女子的話題は、彼女もそれなりに興味を持つ事柄らしかった。



その頃、島の崖の上で夕陽に向かってフラれた悲哀を吼える男の姿があった。

そしてそれはどこぞのバイクが仕掛けた隠しカメラが撮影していたのを、俺は部屋に戻った時知る事となる。

うえだ、面白いなぁ。











『マスター、ドライブに行きましょう』

「やだー」

『拒否権などありません』



ロボットアームで掴まれ、無理矢理バイクに乗せられる。

夜も更けた頃、このバイクはまた無理な事を言い始めていた。

眠いのでそれに逆らおうとしていると、一瞬で行われる短距離転移。

こいつもうホントチートだよね。

溜め息を吐いて、強制的に寮の外に送られた以上は付き合うしか戻る方法もあるまい。

そう割り切ってアクセルを押し込んだ。



『♪~』



無駄に機嫌のいいXの鼻歌(?)らしき、BGM♪クリティウスの牙を聞きながら安全走行。

そうやってのんびりしていると、前方に何やら人影が見えた。

木陰に隠れるようにしゃがみ、何やらその先でやっているデュエルを見ているようだ。

時間外デュエルは罰則の対象の筈だが。まぁ、俺が言える事でもないが。

Xのブレーキをかけ、車体を急停止させる。当然、キキィイイイ!

と、ブレーキングの音が出る。

それで気付いたのか、人影はこちらを向き直った。



「み、見られた!?」

「お? ラーイエローの小原」



と、言う事は。その先でやっているデュエルに目を向ける。

何かブルーの制服を繋ぎ合わせて作った全身を覆う服? 被りモノをした大男、大原だろう。

対峙する相手はオベリスクブルーの誰かだ。名前は知らない。

と言うかもう既に負けて、カードを奪われている様子だ。



「く、くそっ! このままじゃ……大原、こいつを捕まえろ!」

「げっ」



小原が怒鳴り、大原に指令を下す。

無言で、何だかもうフランケンな感じで迫ってくる大原を見て、即座に反転する。

不味いな、相手も退学かかってるから本気で追ってくるだろう。



『どうしますか?』

「明日まで逃亡劇だなぁ」

『了解、ぃっ!?』

「おわっ!?」



大原がその見た目に反して俊敏な動きで、Dホイールの後部を掴んでいた。

やばい、とアクセルを踏み込む。

流石にある程度速度が乗れば放す筈、と見込んでの事だった。

思惑通り加速に乗りかけたホープ・トゥ・エントラストの車体は解放された。

が、



『やー! マスター以外はやー! 触るなぁ、バカー!』

「何がだ!?」



暴走したバカが、勝手に時間移動のためのシステムAXDを起動する。

きゅいぃいんと何か白い光に包まれていき、転移の準備段階に突入した。

だがこれは加速が乗らなければ発動しない。

即座にブレーキを効かせるが、既にコントロールが完全にXの方に取られていた。

こっちのハード面はもう役立たずである。



「くそ、おまえ、止まれ!!」



しかし転移待機状態のまま、Dホイールは必要な速度を叩きだした。

もう駄目だ、と。歯を食い縛り、ハンドルを握りしめ、転移の衝撃に備える。



『ますたぁー!』



一体こいつは何だってんだ!











その時、悲鳴が聞こえたような気がした。

耳を劈くような悲鳴が、頭の中に塗りたくられていく。

苦痛を訴えるその声に、身体は勝手に動いていた。

震えている身体は、しかし足取りを崩さずにちゃんと動いた。



「龍可! 龍可ぁ!?」



後ろから龍亞が声を張り上げながら追ってくるのが分かったが、止まっている暇があるとは思わなかった。

ただひたすらに、その声の許に走って向かう。

最上層の自分の家から下層に降りるためのエレベーターに飛び乗り、即座に下へ向かう。



「うわっ、ちょちょ、まっ!」



龍亞もギリギリで滑り込んでくる。

その姿を見咎める事もなく、ただ意識は下から聞こえてくる悲鳴にのみあった。

ぽーん、という音と共に、エレベーターが下層に到着したと言う音を鳴らし、扉を開ける。

すぐさま駆け出して、外へと躍り出た。

――――滅多に出ない下層エリアで、久しぶりとの感慨を抱く前に首を左右に振る。

悲鳴の主は、そこにいた。



散乱したゴミの中で倒れ伏す、赤いヘルメットを被った人。

引っくり返った赤いDホイール。

そして、その隣でさかさまに地面に突き刺さった白いDホイールと、それに乗った人。



『しくしく、ますたぁ…怖かったですよぅ』

「お、まえはぁああああ……!」



夜の中、いきなり白いDホイールが喋り、乗っている人間を言い合いを始めた。

その白いDホイールを見た時、コミカルな言い合いをしている筈なのに、何故か胸が苦しくなる。

胸がざわつき、まるで知らない感覚が身体を駆け抜けていく。

感じる。なにか分からないけど、凄く悲しいものが。



「なに……この、感覚……」

「ねぇ龍可、この人たちって……」



きゅ、と右腕に感じた熱を抑えるように左手で押さえつける。

デュエルの精霊の声を聞く耳が、あのDホイールの声を別の言葉に変えていく。

それは懐かしくも哀しい、不思議な音色の声だった。











後☆書☆王



主人公に主人公させなくては、というコンセプトのもと、なんとなく作ったエピソード。

あとガイアナイト。っていうかガイアナイトが主人公? ヒロインは舞姫だね。あ、封魔団かな? それとも破術師?

まあそれにしても、どっちに力を入れたかが明白すぎる件。もう書いてる時のテンションの違いがそのまま反映されたとしか。

あと結局負けてるね。いや、勝たせようと思ってた。でも書いてるうちに自然と負けてしまった。

何故だろうね。いや、本気で。このままでは主人公(笑)から主人公(失笑)になる日も近い。



ぶっちゃけ龍なし純正氷結界とか嫌がらせ程度にしかならないよね……

しかし純正氷結界ではなく氷結界のガイアナイトさんである。ならしょうがないね。



まぁZEXALのおかげで色々強化されて、結構いい感じになりつつあるような気がする。

浮上とワンダーワンドが強いよね。特にワンダーワンド。

ただ作者の氷結界は完全純正なのでとんでもない恩恵があるわけではない。

アーカナイトなんて入ってないしね。

だがガイアナイトは除く。

ホント、同じDTの同属性カテゴリで何故リチュアとここまで差がついたのか。

つーか氷結界の特性として他の氷結界がいる時しか発動できない、ってのを龍どもにもたせりゃよかったのに。

そうなってたらこのSSのボスキャラも消えて、このSSも自然と消滅するわけだが。

このSSが消滅…? 上等だ! それで氷結界が変わると言うのなら、これは消滅でも何でも構わん!!



いやそれにしても最近のトラメダルさんは地味に大活躍だね。

メダルを奪う、エフェクト付き攻撃、メダルをパクる、なんか衝撃波的なものを飛ばす、メダルをちょろまかす。

いやはや、これはもうね。トラさんがそろそろ虎龍王並みの力を発揮するようです。

ガタキリバばりの身分身の術を使い、シャウタのオクトバニッシュの如く爪を回転させてドリルにする。

流石トラさんだぜ、ワカメなんて秒殺だぜ。A仕様だったんですね、分かります。



ところでこのまま行くとトライドベンダーがブロンブースターなんだがいいのだろうか。

ラトラーターがいないと使えないのは分かるけど、時間あるのか?

むしろパワードイクサなんじゃないだろうか。

っていうか俺はSSの後書きに何を書いているのか。まぁ後書きなど読まない人は読まないだろうし。

うちはチラ裏のなかでも正しく「つチラ裏」作品なので特に問題ないだろう。



相性が最悪だったと言うのもあるかもしれないが、十代なら勝ってただろうな。

主人公に圧勝したからといってユニファーが遊戯王主人公たちと互角だとか言う事はない。完全に下です。

うちの主人公が弱(ry



何故かテニプリ押し。詳しくないけどね、っていうかどこまで読んでたっけな。

そしてこれはダークネスメガフレアが弾速マッハ500、射程13kmになる悪寒。

ふむ、上空にいる敵をマグマの中からごばーっとして撃ち落とすとかするとカッコいいだろうな。

どっしようかなぁ。空かぁ、テンぺスター?

ダークネスが邪神でも拾ってくれれば再構成デュエル書いてもいいけどね、残り枠が消しゴムだけっていう。

レダメ安定かなぁ。不死竜と合わせて並べて見ようか。

プルートがあればなぁ……



本当はサンダーのデュエルをやる気だったのだけど。

主人公というよりはむしろユニファーの出番、と捉えるべきだろうか。

そもそもノリで書いてるので、予定やプロットなどあると見せかけて全くないし、問題ないわけだけど。

っていうかユニファーがこんなキャラだったとは……俺も今知った。ちょーびっくりだよ!

キャラ付け? なんだそれは。そんなもの後から付いてくる。性格なんて脚本で色々変わるものだ。

そんな名護さんも最高です!



というわけで多分次回もサンダーじゃない。残念ながら、神楽坂とレイが残っている。

次回でその二つ消化して、やっとサンダー編に移れるかな?



カミューラ相手にスタロというのはあれか、幻魔の扉か。

最初見た時、ん、スタロ? 何で? とか本気で悩んでしまったよ。

翌朝くらいまで考えた結果、あー、扉か。そういやそうだ。あったあった。ってな具合である。

決定してるわけじゃないが、カミューラ戦の主人公のデッキモチーフは「みらいいろ」

内容はご想像にお任せ……イメージしろ! スタンドアップ・THE・ヴァンガード!



[26037] らぶ&くらいしす! キミのことを想うとはーとがばーすと!
Name: イメージ◆294db6ee ID:e4b24715
Date: 2014/09/30 20:53
「うひゃー……改めて見ると凄いなぁ」



だだっ広いリビングルームは、前面がガラス張りになっており、そこから庭が見える。

その部屋自体の広さも庶民の俺からすればまだ地味すぎるからシルバーを巻きたくなる、じゃない。

また筆舌にしがたいぐらいの代物なのであるが、ガラスの向こうに見える庭だ。

何やら家庭菜園なんてレベルじゃない、軽く植物園みたいな事になってる花壇がある。

昨夜はカーテンが閉じ切っていたので見ていなかったが、これは凄い。



俺がそんな光景にうひゃー、と驚嘆していると、後ろから声がかかってきた。



「そんなに凄いかな? この辺りだと普通だと思うけど」



ライトグリーンの髪を頭の後ろで結び、半ばポニーテイルみたいな髪型の少年。

つまり龍亞である。

昨夜、バカのせいでこの時代に来てしまった俺を何故か正体してくれたのだ。

寝床も貸してくれ、その上今朝の食事まで頂いてしまうという好待遇。

本気で何故なのか分からないが、もしかしたらと視線をずらす。



部屋の隅に遊星号と並べて置いてあるホープ・トゥ・エントラスト。

その真正面にしゃがんで、じっとその車体とにらめっこしている少女。

龍亞と同じライトグリーンの髪を、額の前で二つに纏めている。

龍亞と比べて個性的な髪型と言うか、まぁ例えるとすれば蛍みたい、とでも言おうか。

俺の目の前にいる龍亞の双子の妹にして、ドラゴンクローの痣を持つシグナー。

龍可である。



「俺みたいな平民には一生辿りつけない普通なんだがな」

「そんなわけないじゃん! あんな凄いDホイール持ってるって事は、エックスはDホイーラーなんでしょ?」



Dホイーラーか否か、と問われればまた微妙な答えでしか返せない。

どうやら、というか当り前なのか、Dホイーラーと言えば、普通にある程度裕福なデュエリストの進む世界らしい。

Dホイールという代物自体、潤沢な資金があってこそ持てるデュエルディスクのハイエンド。

お手製で作って見せる遊星やチーム太陽の方がぶっ飛んでいるのだ。



「いや、あれは貰いものでな……」

「え? そうなの?」



視線をXの方に向ける。

何やら、龍可が手を伸ばしてXのボディを撫でている。一体、どうしたというのだろうか。

それを同じく見ていた龍亞が腕を頭の後ろで組み、微妙に納得いかないような、珍妙な顔をする。



「それにしてもめっずらしいよなぁ、喋るDホイールなんて。

 でも、なんというか……それ以上に龍可があんなにDホイールに興味持つ、って方が珍しいけど」

「なんか、すげー近づき難いなぁ」



今度は両手で撫で始める龍可。Xの方も、龍可に触れられるのは嫌がらないようだ。

基本的に男女関係なしに俺以外が触れようとすると逃げるのだけれど。

龍亞に触れられた時もそこまで嫌がっていなかったし、子供はいいのだろうか。

溜め息を吐いて、窓越しの空を見上げる。



「……龍可ってさ、おれと一緒にテレビでやってるキングのデュエル見てても、ぜっんぜん興味なさそーなんだよね。

 キングがあのレッド・デーモンズ・ドラゴンでこう、ぐわー!ってして、ずばばー!っと相手を倒すじゃん?

 そんなの見ちゃったらさ、普通さ、自分もあんなデュエルしたい! って思う筈でしょ?

 なのに全く興味なし。あの白くてカッコいいホイール・オブ・フォーチュンを見たって反応なし。

 それなのに、なんでエックスのDホイールにはあんなに興味持つんだろ」

「んー、まぁそれは人それぞれとしか」



俺も見たいなぁ、ジャックのデュエル。あとチアガール。

龍亞のコレクションで、棚の上に飾られているジャックのフィギュアへと視線を移す。

いいなぁ、レモンのフィギュア。遊戯王のフィギュアって、あんまり無いからなぁ。

遊星号のフィギュアはクオリティがあれだし、青眼と真紅眼は値段が振り切れてるし……

それなりに見れるのが500円でDTカード付きのモンスターフィギュアくらいしかないんだよね。

レモンとセイヴァーデモンは出来いいよね、青眼も。

4はいつ出るの? そして今度の収録モンスターはなんにするの?

ZEXALにして出すのかな? って言っても、流石にすぐさまブースターのウルレア枠即再録もないだろうけどな。

まぁ、DTに遊馬とシャークさんが出てる以上、ホープやリバイスはそのうち出るだろう。

あとカイトとやらの銀河眼。どんなデザインだろうか、わくわくが止まらない。



「………なんかさ、ちょっと嬉しいかな。龍可、少し楽しそうだし」

「おぉ………いいお兄ちゃん」



龍亞の頭に手を乗せ、軽く撫でる。

その姿に遠い故郷へと想いを馳せ、別に俺には妹などいなかったと追憶を中断。

なんだ、俺の一生には感動的なエピソードの一つもないのか。

まだまだこれから。

しかしそれにしても、龍可は何をしているのだろうか。











『……あの、まだ続けますか?』

「うん、もうちょっと。―――いや?」

『いえ、別にいやではないですけど』



きゅう、っと白い車体に縋りつく。

まるで鼓動のように、その中から声が聞こえてくる。

凄く懐かしくて、凄く哀しい音。涙が溢れそうになるのを我慢して、それでも確かめる。

コォオオオ、と。何かの鳴き声のような、唸り声のような音。

エンジンの音などではない。それは、正しく声だ。

聞いた事がある。でも、何故かその声が誰の、何のものかは分からない。

絶対に知っている筈なのに、でも分からない。

精霊の声のようで、人の声のようで、どちらでもあるようで、どちらでもないような。



「ごめんね……」

『いえ、いやではありませんので。気が済むまでどうぞ』



この子はXと。一緒にきた、彼女? 彼? の身体であるマシンに乗っていた男の人と同じ名前を名乗った。

そのXは、こちらの呟きにすぐさま否定の意を返してくれた。

でも、そうではないのだ。謝らなければならない。理由は分からないけれど、ただひたすらにそう感じる。

縋るように抱きつき、少しだけ涙をこぼした。



『―――――――龍可?』

「感じる……あなたの事、わたしは知ってる」

『…………?』

「なのに、おかしいな。あなたの事、知ってるのに……分からない」

『私と貴方は、初対面です……が?』



少しだけ、Xの声が揺れた。でも、それはきっとわたしの事を知ってるからじゃない。

ただの狼狽。自分に縋りついて泣く子供を、必死にあやそうとして駄目で、困っているのだ。

わたしも、そんな迷惑をかけたいわけじゃない。でも、動けなかった。



「あー! X、なに龍可泣かせてるんだよ!」

『あ、いえ龍亞、私は別に……いや、その、すみません……』

「………Xは異様にこの二人に弱いな」

『マスター、助けて下さいよぅ』



わたしがXに泣き付いているように、Xはこの子のマスターに泣き付く。

抱きつかれた身体が移動できないけれど、その意識は全速力で彼の許へ向かった。

それが少し、哀しくて、凄く嬉しかった。

一緒にいてくれる人がいる。そう、大切な事が分かったから。



服の袖で涙をぬぐう。そして、わたしの後ろまで来ていた二人へと向き直った。



「別に、目にゴミが入っただけ。龍亞、ちょっと騒ぎすぎ」

「なんだよぉ、おれが折角……ふーんだ!」

「龍可、もういいのか? Xの事」



多分、この人はこの子の事は知らないだろう。

わたしにも分からないけれど、でもきっと、この子がこの人が選んだのには意味があると思う。

Xのデッキホルダーに入っていたデッキ。

このカードたちは、とっても大事にされている。だからこそ、Xもこの人が好きなんだと思う。

そう考えると、心配もない。

だからこそ微笑んで、その言葉に返事する。



「うん。ごめんなさい、Xを独り占めして」

「いや、いいけど。むしろそのままレンタルキャット状態にしておいてくれ。

 と、冗談はともかく。悪いな、一晩世話になっちゃってなんだけど、そろそろ行くわ」

「あれ? あの赤いDホイールの人、知り合いなんじゃないの?

 起きるまで待ってなくていいの?」



もう既にXの上に置かれていたヘルメットを取り、被っている。

その様子を見ると、すぐにでも出ていくつもりらしい。

ちょっと名残惜しいけど、仕方がない。

それでも、多分、本当に多分としか言えないけれど、また、会う事があると思った。



「ちょっと色々あってさ、俺の事秘密にしといてくれ」

「えー、なんで?」

「龍亞、いいの。いいけど、その代わりに一つお願い聞いてもらっていい?」



ぶーたれる龍亞を制して、彼に視線を向ける。

少しだけ首を傾げると、エックスは内容によるけど、という答えをくれた。

微笑んで、そのお願いを口にする。



「今度、デュエル・オブ・フォーチュンカップっていう大会があるの、知ってる?」

「え、あ、うん……その、それがお願いと何の関係が……?」



戦々恐々と何故か及び腰になるエックス。

構わずに続ける。



「その大会に、Xと一緒に観戦しに来て欲しいの」

「えー!? 龍可出ないって言ったじゃん! おれが出る気だったのにぃ!」



化粧道具も用意してた、と聞き逃せない事を言い始める龍亞。

そう言う事しても、龍亞じゃわたしに変装するのは無理だと思う。

そもそも龍亞はうるさいし、やかましいし、もうちょっと静かにできないのかな。



「その、何ででございましょうか」

「なんだか、その時になったらXと話をしたくなっちゃうかなって。

 駄目ならいいけど、その代わり、あの人に全部エックスの事言っちゃうし、宿泊費、払ってもらおうかな」

「あ、悪魔……また金か……っ!」



ふふん、と得意げにしてみる。

エックスは崩れ落ち、財布を取り出した。持ってたんだ、冗談なのに本当に払われたらどうしようかな。

だが、その中身を見ると、見事なまでに空っぽだった。

すっからかん、というのはこういう状態なのだろうと、少し利口になった気がした。



「来てくれる?」

「…………い、いいともー」

「ありがと。じゃあ、黙っててあげるね」



最後に、やれやれと自分の相棒を見ているXを撫でる。

少しだけXを見ていても哀しくなくなった。

それはこの子が、とてもいい人と一緒だと分かったから。

それでもまだ、少しだけ残るのはしょうがない。



「じゃあ、またね」

『ええ。龍可も、龍亞も元気で』



そう言って、ころころとタイヤを転がして彼らは出て行った。

ちょっとだけ寂しいけれど、また会う約束もできたからいいだろう。

その時が楽しみで、少し嬉しくなった。



「ちぇー、龍可ばっかでおれ、全然Xと話せなかったじゃん」

「だからフォーチュンカップで会えるってば。龍亞がすぐ負けてくれれば、ずっと話がしてられるし?」

「へーん、おれが出たら絶対優勝するって。

 おれのディフォーマーデッキの凄さ、キングに見てもらうんだ!」



調子に乗って笑う龍亞を見て、溜め息を一つ。

絶対無理、なんて言ってもどうせまたそんな事無い、って怒るだけなんだろうな。











「お前さ、龍可の事知ってたのか?」

『いえ、勿論初対面です。私が起動して初めて遭遇したのはマスターですから』



ゆっくりとバイクを転がしながら、エレベーターを出る。

しかし、あの龍可の態度は何かしら関係がある筈だと思うのだが。

悩んでも仕方ないのだが、それでも気になるところ……

とりあえずDホイールにまたがろうとして、



「ヒッヒッヒ……おやおや、喋るDホイールとは珍しい」

「!?」



背後から声がした。それも、とてつもなく聞き覚えがある声。

振り向くと、そこにいたのは妙チクリンな小さいおっさん。

目に縦の赤いラインを入れた、ピエロ風な相貌の男。そして声がアメザリ。

即座にバイクに跨り、車体を反転させて対峙する。

下手に逃げると色々問題になりそうだし、しかしだからと言って無防備にはなりたくない。

こいつに乗っていれば、いざという時には逃げられる。



「誰だ……」

「おっと、自己紹介がまだでしたね。

 ワタシの名はイェーガー、ネオドミノシティ治安維持局・特別調査室長の任に就く者。

 アナタに折り入って話があり、伺った次第……」



懐から証明となる身分証を示し、イェーガーはそう続ける。

俺がこの時代に来たのは二度目。それもかなり突発的で、どう考えても干渉できそうにないが。

だと言うのに、このピエロは完全に俺を目的として動いている。

昨晩突然この場に現れたこの俺を目当てに。

遊星のついでならば、どこかボロがありそうなものだが。



「―――何か御用ですか? 僕はどこにでもいる善良な一般市民ですよ?

 街の入り口で『ここは ネオドミノシティ だよ!』と言うという立派な仕事にも就いています」

「おやおや、それはご立派。ワタシも見習い、職務に忠実に……働くとしましょう」



ニヤリ、と。イェーガーは顔色一つ変えずに笑う。

駄目、無理、役者違うわ。この状況の俺のボケに顔色一つ変えずに返答とか、相手のペースを崩せる気がしない。

まともにやりあったら俺は学校のディベートの授業でも負けるし。

長官の懐刀に勝てる要因など一つもない。



「それはとても立派ですね! それで、善良な一般市民の僕に、何の御用でしょうか?」

「なに、大した事ではありませんよ。こちらを、受取って頂きたいのです」



そう言って奴が懐から取り出したのは、一通の手紙。

手首のスナップで投擲されたそれは、ひゅい、と風を切ってこちらへと向かってくる。

そうやって投げられると凄まじく怖い、のだが文句を言っている間はない。

それを掴み取り、見てみると。



「デュエル・オブ・フォーチュンカップ……」

「ええ、アナタ様用の特別招待券にございます」

「………生憎、先約のデートが入ってまして」

「ご心配なく。アナタのデートのお相手も、誘ってあるのはご存じでしょう?」



………あの双子にプライベートないのか、もしかして。

っていうか隠しカメラとかあったら流石に訴えるぞ、お前。

そんな事を考えていると、イェーガーが唇を歪めた。



「若いですね。考えている事が全て分かる……

 ご安心を。アナタの浅はかな考えがお見通しなだけで、プライベートはちゃんと守っておりますとも」

「……さいですか」



とは言え、そんな強制参加などお断りだ。

明らかに危ないし。十六夜アキとかに当たった日には目も当てられない惨状だ。

サイコデュエリストとかマジ勘弁してください。

とにかく、この場を乗り切らなければならないだろう。

そのためには………



「あ゛ぁえ゛い!? 空飛ぶレッド・デーモンズ・ヌードルの大群が!?」

「なんですとっ!? どこっ! どこですかっ!!」



しめた! 後付けだろうがなんだろうが、活きている設定ならばそれを利用するまでだ。

俺の指差した方向に眼を逸らした瞬間、アクセルを限界まで叩き込み―――

しかし、



「イリアステルという組織をッ!」

「っ!?」



イェーガーの言葉に、一瞬戸惑った。

その時点で、完全に敗北していたのだ。いや、対峙した瞬間から完全敗北は確定していたのだろう。

視線を俺に戻す事無く、イェーガーは言葉を続ける。



「全て敵に回す覚悟があるならば、逃げても構わないと。確か、ゴドウィン長官は言っておられましたかな。

 では、ワタシはこれで失礼させていただきます」



踵を返し、去っていく。

その場で茫然としていた俺は、イェーガーが乗った治安維持局の車両が走り去る音で、やっと我に返った。

イリアステルを、全て。奴はそう言っていた。

そして、時間転移を繰り返す俺を、完全に予測していた上でのこのセリフ。

イェーガー自身が全てを知っているわけはない。無論、ゴドウィンだって。

だとしたら、そのセリフはどこからきた? その全ては、誰が握っている?

――――俺は、もしかしたら途方もないほどに大きな地雷の上に、茫然と立ちつくしているだけなのではないだろうか。











イェーガー、いやゴドウィンか。

あいつはどこで俺の事を知ったのだろう。俺があの世界にいたのは、双子の家で過ごした一晩。

そして、遊星と行ったデュエル一戦の時間のみ。

……スターダスト・ドラゴンを召喚したのは本気で不味かったのかもしれない。

海馬コーポレーションの本拠地、ネオドミノシティの実権を掌握するあの男の事だ。

衛星であのデュエルを監視されていたとしても、おかしくないだろう。



だとしても、ゴドウィンが相手ならば逃げる事は可能だ。

今俺はGX時代に戻ってきている。こうなれば、あいつから俺に干渉する術はない。

だがイェーガーは“イリアステル”と言った。

俺が最初についた世界、荒廃した街並みの中。あそこは、一体どこだったのか。



「……なぁ、X」

『はい』



少しだけ逡巡して、質問をした。



「お前、最初に会った人間は俺だ、って言ったよな?」

『はい。私の初起動はマスターが行った不動遊星のデュエル終了後です』



だとしたら、こいつはあのジイサンの事も知らないのだろう。

例え滅びが運命でもそれを変えようとは思わない。確かあのジイサンはそう言っていた。

つまり、俺が最初に思った通りあの時代はZ-ONEやアポリア、ブルーノちゃんの生きていた時代?

機皇帝の反乱後。いや、全モーメントの逆回転後くらいなのかもしれない。

だとしたら、俺、というかこいつがZ-ONE組に知られている……のかもしれない。



だからこそ、というか今のイリアステル動かしているのはどちらさまだ。

アポリア三分身はまだこの時代にいないと思うけど。あの白衣の奴か? 顔分からないけど。

……モーメントエクスプレスのクラークみたく、未来組とのコネクションを持った奴らが、未来からの指示で動いている、のかな?

まあそれがゴドウィンなんだろうが。



「……なぁ、もう一度お前の生まれた時代に戻れるか?」

『――――一応、可能ですが……』



そうしなければ、始まらない気がした。

どうであれ、俺をあの流れに組み込みたい奴らがいるのは確かなのだろうから。

戻ってきたばかりなのだが、また未来までとんぼ返りだ。

尤も、今度は更に遥かな未来になるのだが。



「行こう、X」

『了解。システムADX起動、―――準備完了、加速してください』

「ああ!」



アクセルを踏み込み、その速度を限界まで高める。

先程大原小原と遭遇し、未来へ高跳びしたばかりの時間に戻ってきたため、周囲はまだ暗い。

今の時刻はそれこそ丑三つ刻、くらいな感じだろう。

その夜闇を切り裂き、赤白い閃光が奔り抜ける。

スピードの限界値の抜き去り、加速するマシンが一瞬の間にこの時代から消失、転移した。







しかし、その到達点は俺たちが望んだ場所ではなかった。

ひたすらに続く真っ白い地平線。

息を呑む暇もなかった。直後の破壊の嵐に、そんな暇すら呑み込まれたのだった。

爆風と爆炎と爆音と。一斉に降り注ぐ極彩色の閃光は、俺たちの周囲を取り囲むように着弾し、弾けていく。



「な、んだッ!? また、お前間違えて……!」

『マスター! 振り切ります!!』

「はっ―――!?」



俺の手からコントロールを奪い、Xが自身の身体の繰る。

左右へと振れるように揺れ、時には急激なブレーキングで前方への爆撃を躱す。

流れる風景を認識するだけで精一杯の俺に、こんなドライビングは不可能だろう。

周囲を爆撃する攻撃は徐々に弱まり、遂には終息する。



地平線をどこまで駆けたのは、分からない。

ただ揺さぶられるだけだった俺は、まだ状況の認識すらうまくできていないのだった。

車体が横向きになり、タイヤが横滑りに流れていき、停車した。

常にシェイクされていた身体を抑え、息を荒くしつつも言葉を吐いた。



「な、んだってんだ……!?」



まるでわけがわからない。

Xも無言で、俺としてはもうどうすればいいのか。



「ここ、どこだよ……」

『マスター……どうやら、間違えてしまったみいたいです』

「やっぱりか……で、ここはどこだ」

『いえ。もっと根本的に……未来へ行くという選択を、するべきではなかった』



バキン、と。

上も下も平面だった白い地平線が罅割れた。

何もない、何一つない空間で、何かが生まれようとしている。

その光景は、酷く恐怖心を掻きたてる。

茫然とそれを見ていると、終末を告げるその咆哮が放たれた。



刃の如く鋭利な黒銀の双翼で罅割れた次元の壁を切り裂き、鬣のように幾つもの角を生やした頭部がせり出してくる。

背後から首の裏まで白い甲殻に包まれ、首から下はまるで鎧に包まれているかのような胴をしている。

長く伸びた尾の先端はまるで大剣のように巨大な黒金の刃。

黒と白を基調とした相反する色で彩られた、分別するのであれば、ワイバーンと呼ぶべき龍。



その名は――――



Sinシン パラドクス・ドラゴン………」

「フッ、成程……やはり、私の事を知っているようだな」



そのパラドクス・ドラゴンが突き破った空間から、一台のDホイールが落下してくる。

縦に長い、その意匠を見るに龍を象った造形の、白いDホイール。

それに跨るのは、金色の髪の風に靡かせる仮面の男。



「は、あっ……?」

「彼の言った通りだったようだ。異次元から呼び寄せたとの事だが、キミは踏み込み過ぎた――――

 私の実験の邪魔にならないうちに、消えてもらおうか」



俺が奴を知らないでか。パラドックス。

俗に未来組と呼ばれる、5D’sのストーリーに関わる人物。

その行動は劇場版のそれとして作られ、5D’s本編の劇中でもその存在がZ-ONEの口から語られた。

デュエリストとしてのスキルは圧倒的。シリーズ主人公3人を同時に相手取り、その技巧を見せつけた。

そんな相手が、今目前にいる。

俺の、敵として―――――



パラドックスがその手を上に翳し、自らのしもべに下す攻撃宣言。

それは確実に俺を葬るためのもの。

俺を利用していても、だからといって絶対に必要なわけではない。

つまり、深入りして一線を越えれば、それは―――――



『マスター!』

「くそっ!」



即座に車体を反転させて、逃亡を図る。

この無限に広がる白い地平線の中、どこへ逃げる事ができるというのか。

相手はこちらの時間転移を妨害する事ができるのだ。

ならば逃げ場などどこにもない。相手が直接攻撃を行ってきた以上、デュエルをする気もないだろう。

例えデュエルをしたところで、あいつ相手にどうやって勝ちを拾えると言うのか。

俺ではまともに相手などできない……!



むしろ、デュエルで勝敗を明確にされるよりはこちらの方がまだ生き残る可能性がある。

もしかしたら、こちらが逃げる分には追ってこない、かもしれない。



「転移だ! 戻るぞ、X!」

『了解、システムAXD起動――――』

「クク―――逃がすと思うかね」



加速。白龍のようなデザインのDホイールはこちらの加速を上回り、肉迫してくる。

それに追従するパラドクス・ドラゴンがその顎を開き、その口腔に闇色の炎を湛えた。

完全にホープ・トゥ・エントラストの性能を凌駕している。

こちらの性能も、少なくとも遊星のマシンのそれを圧倒しているというのに。

5D’s時代の既存マシンを遥かに上回るこいつを、更に圧倒するパラドックスのマシン。

これでは、瞬く間に距離を詰められて、その攻撃を浴びる事となる。



「くそっ、間に合わないか……!!」

『―――――!』



遂には並走する。隣接したパラドックスがその腕を振り下ろす。

その合図と同時に、パラドクス・ドラゴンは蓄えた闇の炎を解き放ち、俺へと放出する。

無論、その攻撃は実体のダメージを伴うもの。当たれば恐らく、命はない。

ギリギリと歯を食い縛りながら、車体が横転しかねない勢いでハンドルを回す。



車体を地面に接触させて火花を散らしながら、何とかその炎の攻撃範囲を逃れて走り抜ける。

外れた炎は地面をごうごうと燃やし、焼き払う。

背後から襲ってくる爆炎と爆風に背中を焼かれながら、それでも視線を前から外さず、アクセルを解放する。



「フ……その程度で私から逃れられはしない。終わりだ」



瞬間、背後で炎を吐いていた筈のドラゴンが俺たちの目前に現れた。

移動ではなく、転移。当然、それは俺たちの専売特許なわけではない。

眼を見開いてそのドラゴンが開いた顎に見入る。

闇色の炎が俺に再び放たれる瞬間、それは見開いた眼を瞑る猶予さえなかった。

ゲームオーバー。分かり易く言うと、そんなところ。



俺はあそこで間違えた。ここには、きてはならなかった―――



Sinシン パラドクス・ドラゴンの攻撃!」

「―――――――」



放たれる最後の一撃。

網膜に焼き付く闇の色が、俺の眼が最期に見た風景。



白光が俺の許から満ち溢れ、この白い世界に満ちていく。

それは、間違いなく俺の許から放たれるもの。

つまりは、ホープ・トゥ・エントラストから放たれる光。

しかしそれを確かめるために下を見る時間すら、俺には残されていない。

炎は、目前。



反応する事も出来ぬまま、俺の命は終わり告げる。







事は、なかった。



目前に影が現れ、その炎と俺の間に立ち塞がったのだ。

爆炎はそれに衝突してぶち撒けられた余波のみで済み、死ぬほどのものではない。

かはっ、と口の中に入ってきた空気を吐き出して、その自分の前に立ちはだかった存在を見上げる。



「こいつ、は……!」

「バカな……!」



俺に背を向け、その場に浮遊している存在。

身体の下の方が膨らみ、上は細くなっている鉄の筒のような胴体。

赤銅の腕は、関節と直接繋がっておらずに浮遊している。

機械のような指をかしゃかしゃと動かしている以上、その腕は当然コントロールできるのだろう。

同色の肩からは何も生えておらず、二の腕から先は別のパーツとして浮いている状態。

金属のプレートのような二枚の翼を持ち、頭部には赤い角にも髪にも見える装飾が施されている。

そして、最大の特徴は、その胴に張り付けられた鏡面のプレート。

そこには、王冠を被った人の顔が映し出されていた。



そう、その身は王冠ケテルの座に位置する時械神。

その位置に身を置く存在であると、胴鏡に映し出された人面が示している。



「メタイオンだと……! どういう事だ、Z-ONE―――」

「いまだ……! 逃げるぞ、X!」

『了解―――! AXD再起動、行けます―――」



突然現れたメタイオンにパラドックスが気を取られた瞬間、俺はアクセルを再び全開にした。

即座にトップスピードに乗ったこちらが、完全に停止した相手を引き離す。

反応し、攻撃を仕掛けようとしたパラドクス・ドラゴンはしかし、メタイオンの胴鏡に映る人面に射竦められた。

ぎょろりと鏡の中で動く瞳に見据えられれば、如何に闇の次元に住まう龍とはいえ、逆らえまい。



車体を赤と白の光が包み込み、俺の身体が吹き飛ぶようにこの次元がから消えたのはその直後だった。







「くっ……! 逃したか……!」



時械神メタイオン。あらゆる破壊を退ける、Z-ONEのエースモンスター。

その突破は凡百のモンスター。いや、過去その強さを讃えられ、伝説を作ったモンスターとは言えそうそう突破できまい。

Sin パラドクス・ドラゴンとて同様。

その天災に等しきパワーの前では、自身のエースモンスターの侵攻さえまるで通用しない。



しかし、今はそんな事はどうでもいい。

振り返ると、天地が無限に続く白い地平線で作られた世界に、さかしまに一人佇む者の姿が見えた。

白い、元々Dホイールであったものを、生命維持装置と融合させた浮遊機械。

Z-ONE。



「どういうことだ、Z-ONE……!

 奴は我らの実験にとって不安要素の一つ。まして、この空間にまでやってきたのだ。

 ここで消し去るべきだった……」

『――――それが、彼の言葉を聞いた貴方の判断ですか。パラドックス』



彼は既にまともに喋る事もできない。

僅かな咽喉の震動を読み取り、それを言葉にする機械に頼らねば会話すらできない。

そう、もう彼には時間がないのだ。こんな不確定要素に振り回されている時間はない。



「ああ、そうだ。奴自身はともかく、あのDホイールは……」

『私は、本来の歴史に存在しなかった彼が―――

 この世界にどのような未来を齎してくれるか、それを見届けたいと思うのです。

 彼自身は何もできないでしょう。

 ですが、未来を知る彼が、過去の英雄たちに何か、未来を変える何かを齎すと信じたい。

 私の身体はまだ保ちます……パラドックス、結論を急がないでください』

「くっ………!」



拳を握りしめ、Z-ONEの姿を見る。

一分、一秒すら惜しい時の中で、彼は未だに過去の人間を信じ続けている。

既に間違えた進化の先に滅びた世界の中、過去の英雄たちが変える世界を望んでいる。

少し背中を押すだけで答えが変わるのならば、元よりこのような結末には至らなかっただろう。



しかし、Z-ONEがそう結論したのなら逆らうまい。

Dホイールのカードを外し、デッキに戻す。

パラドクス・ドラゴンの姿が消えるのを見届けたZ-ONEは、自らもメタイオンの姿を消した。



『……パラドックス、彼は?』

「既に他の英霊たちとともに、アーククレイドルで眠らせた。

 私たちと理念を違えた男とは言え、共に滅びの世界に生きていた者だ―――」

『そうですか―――彼もまた、逝ってしまったのですね』



――――奴に、あのDホイールを与えた男。

既に彼は逝った。それを見取ったのは己のみなのだ。

その場に放置する事はできず、他の者たちとともに――――己の基の身体と共に、アーククレイドルに安置した。



『彼が最期に遺したタマゴは、過去で一体どのような成長を遂げるのか。

 シグナー……不動遊星や、他の人間とのデュエルを経験した彼の心を読み、再び孵る時―――それは』



そう言って、Z-ONEはこの空間の中で漂い続ける。

タマゴ。そう、男の今際の言葉には、そんなキーワードが散りばめられていた。

だが、あのDホイールに乗る彼が、それを引き出せるかには疑問しかない。

微かに瞑目し、顔を上げる。



「Z-ONE。可能性は平等に在るべきとのキミの言葉を汲んで、彼の可能性を信じるのはいいとしよう。

 だが、それを目覚めさせるために何か試練を与えねば、いつまで経ってもそれは眠ったままだ」

『――――アポリアも、アンチノミーも。そして貴方も。それぞれ、目的を決めていた筈……』

「私自身の時間を裂く気はない。だが……」











「――――――一体、何が何やらだよ。ホントに」

『―――――――』



部屋の中でベッドに寝転びながら、そう呟く。

さっきまでの事がまるで夢だったかのように、何もこない。

正直、もう怖くて怖くて動きたくない。

建て付けの悪い窓がかたかた言うだけでもどこかに逃げ出したくなる。

でも、相手にとっては逃げる逃げないなんてどうでもいい筈だ。

相手はこっちが逃げても追い付けるのだから。

その上、歴史の改変を行われてしまえば、その時点で俺の存在が消滅だ。



「なんなんだ、ホントに……」

『――――――』



枕を引っ掴み、倉庫に詰まれた用具の山に投げ込む。

がちゃがちゃと音を立てて、色々な物が倒れて騒々しい悲鳴をあげた。



頭を抱えて転がる。

どうすればいい、どうすればいいんだって、この状況。

逃がされた以上は少なからず猶予はあるんだ。

パラドックスに攻撃されていたところを、Z-ONEが理由は不明だが助けてくれた。

Z-ONEが手を出してくれた以上、普通に襲われる事は考えなくてもいいかもしれない。



それだって随分と希望的な観測だ。



「なんだってんだ、くそ……!」

『――――――』



バン、とベッドを叩く。

大きく深呼吸して頭を冷やしても、答えなんて一つたりとも出てこない。

蹲って、それからどうすればいいかがぐるぐる頭を回っている。



『マスター……』

「なん、だよ」



そのXの声は、どこか震えているような気がした。

俺は転がったまま、その声を聞く。



『彼らの目的は、マスターではなく私でしょう。

 マスターも攻撃対象に含まれていたかもしれませんが、それでも。

 元々住んでいた次元で、この世界になんの干渉もしなければ相手にされない筈です。

 ですから、………』

「……なんだよ。ですから、なんだよ」

『私がマスターを元の次元に返し、その脚で先程の時間に戻れば……』



そこから先は聞かず、問答無用でこのバイクを蹴り倒す。

脚が折れるかと思ったが、気にしてられなかった。

蹴った後はタンスの角に小指とか問題じゃないくらい脚が痛くて、ベッドから転がり落ちた。

それでも、目の前にあったカラーコーンや、石灰でラインを引くアレを持ち上げ、Xに向かって投げ飛ばした。

がこっ、ガこっ、ゴガッ! とXにぶち当たり、弾き返されるグラウンド用品の数々。

そんな状態でも、あいつは文句一つ出さない。



「ふざけんな……! 俺は、お前にそんな事望んじゃないだろ!

 お前はツッコミだって言ってんだろ、俺がボケてるのをツッコメよ……!

 勝手に折れんな! 俺が折れた時に、お前が……!」



虚しくなって、投げるを止める。ごちゃごちゃの床に寝転んで、目を覆う。

泣きたくなってきた。もうわけがわからない。



「………俺は簡単に折れるんだから、お前が、それを支える役目だろ……

 お前の方が、先に折れてどうするんだよ………」

『私はマスターさえ無事ならいいです。そう、言ったつもりです。

 今回はあの白骨なんて比較にならない相手です。率直に言って、マスターじゃ何もできません。

 どう足掻いても勝てません。マスターが挑めば、絶対に負けます。分かっているでしょう』



知ってる、分かってる、見れば分かる、見なくたって理解している。

でも、と拳を握りしめて片足で立ちバイクに殴りかかる。



「そんなの分かってるに決まってるだろっ!

 でも、だからってお前を犠牲にしろって言うのか、消えるは嫌だって、自分で言った言葉だろうが!」

『あの時は、マスター自身の生命もかかっていました。

 ――――――それに、こんなにマスターの事、好きになってなかった。大切に想ってなかった』



殴った拳も痛くて、片足では立っていられなくて、Xの上に倒れ込む。

それ以上、どうすればいいのか分からない。

だって、俺に出来る事が何もない――――?

あ、ああ、そうだ。俺に出来る事はなにもない。上等だ、それでいい。



「俺だって、お前を捨てる気はない――――勝てなくても、いい」

『マスター……』

「俺には、何もできないっ……!」



微かに滲む涙を堪え、Xのボディを叩く。

悔しいのは事実だけど、それは内容も紛う事なき事実。

認めよう、悪足掻きは何もできない事を認めてからでなくては、何の意味もない。

そう、俺は何もできない。パラドックスや、ましてZ-ONEになど勝てる筈がないのだ。

だけど―――――!!!



『マスターは悪くありません。ですから、せめてマスターだけでも―――』

「それでも遊星ならっ、遊星ならなんとかしてくれるっ!」

『……は? え、他力本願ですか? 今の私の感動は?』

「知らん、そんなものドブに捨ててしまえ」



そうと決まれば、フォーチュンカップに参加するのもやぶさかでない。

ここで遊星と友好関係を結んでおけば、のちのち襲われたとしても助けてくれるに違いない。

更に問題はパラドックスだ。

奴はどの時代にも現れるから、十代と遊戯にもちゃんと友好コネクションを作る必要がある。

十代はもう友人と呼べる関係だからいいとして、遊戯ともそれなりにフラグを立てなければ。

なんと忙しい。だが、時間は待ってくれない。

今回は俺の方から未来に向かったからあれだが、パラドックス襲来は恐らくこの時間軸で言うと3年後だ。卒業後になる。

DMは詳細は不明だが、恐らく記憶編ちょっと前くらいだろう。KCグランプリ直後とかそれくらいかもしれない。

5D’sはダグナー編からWRGP編までの間。

さあ、俺は頑張ってみんなから「しょうがない、助けてやるか」と思われる男になってみせよう。



「行くぞ、俺たちの闘いはこれからだっ!」

『―――――まぁ、そんなマスターが大好きなんですけどね』











「にゃー、皆さんに紹介したい人がいますのにゃ」



いつも通り、夕食の時間に食堂に集まっていると、大徳寺先生が後から食堂にきて、急にそんな事を言い始めた。

その背後にはかなり小柄な少年が見えた。いや、知ってるから言っちゃうけど、少年じゃなくて少女な。

なんだ、龍可といい今回は幼女回か。

大きめのハンチング帽を目深に被った、男装の少女である。



「にゃ。編入テストを受けて、この度オシリスレッドに入ってきた、早乙女レイくんだにゃ」



紹介され、前にでてきたものの、ややうつむき加減で顔を隠そうとしているように見える。

ま、知っていれば原因など一発で分かるのだが。



「なんか、女の子みたいに綺麗な子なんだな」



十代は興味なさげに、レイの紹介が終わるまでおあずけの夕食とにらめっこだ。

だが隼人は紹介されたレイを前に、そんな事を言い始めるのであった。

ただの伏線なんだが、それはあいつが本当に男だったとしたらかなり危ないよな。

最近だと先導さん家のアイチくんとか? 俺はやっぱ一番先に浮かぶのが、イッキだわ。



「編入先がオシリスレッドなんで落ち込んでるのかな……その気持ち分かるなぁ」



俺が適当にそんな事を考えていると、翔が何やら神妙に腕を組み、首を縦に振る。

まるで我が事とばかりに、実感に溢れる言葉。いや、我が事でもあるんだけれど。

そして今度は飯にばかり注目していた十代だ。

よし、と何やら気合いを入れて立ち上がった十代は、その腕を思い切り振り始めた。



「フレー! フレー! レェエエイッ!」



突然の一人応援団に若干引き気味のレイ。

応援したと思ったら、今度はレイの傍まで駆けよって、肩を叩いて慰め始める十代。



「なぁーに、成績悪くても気にすんな! 俺たちと一緒に、楽しくやろうぜ!」

「なぁーにを勘違いしているんだにゃ?」



大分嫌そうなレイを見つつ、大徳寺先生はファラオを抱えたまま妙な顔をしている。



「心痛めてる編入生に、」

「っ」



肩に乗せられていた十代の手を振り払い、レイが大徳寺先生の後ろへ隠れた。

小学生の身でここまで乗り込んでくる行動力はあるのに、こういうのは苦手なのか。

って言うか普通に考えて、小学生が高校に潜り込むってどうなんだ。

俺も大概だけどさ。



「慰めの言葉をかけてるんじゃ……」

「早乙女くんは成績が悪くてオシリスレッドに入ってきたわけじゃないのニャ」

「へ?」

「中途編入生は、まずこの寮に入るんだニャ。

 早乙女くんの成績なら、近いうちにラーイエローに移るのニャ」



あのテストで良成績とったとかマジかよ。

俺最悪だったぞ、筆記テスト。

せめて詰めデュエルとかにしてくれればまだどうにかなるんだが、マニアックなカード知識が求められて困る。

あれをすらすらとこなす明日香やユニファーの意味不明ぶりは異常。

完全に場違い感溢れる状況になってしまったので、十代は照れ隠しに頭を掻きながら、ピースしてこちらを振り返った。



「い、いやぁ~っはっは、とにかくオシリスレッドの仲間が増える事は大歓迎だぜ。

 なぁ、翔、隼人、エックス?」

「「勿論!」」

「ゑ? あ、うん」



十代としても単純に照れ隠し以上の何物でもなかったろう。

だが、卑劣な事に大徳寺先生はその言葉を拾いあげた。



「よかったにゃ~、部屋が足りないでどうしようかと思ってたニャ。

 エックスくんの部屋は一人だけど、本来人が住むような場所ではないし、これで早乙女くんの住む部屋が決まったのニャ」

「え?」

「おいそこの細目」



人の住みかに対して何たる言い草。無料で提供して……もらっているのか?

って言うか俺の学費どうなってるのかな。大丈夫なのか、俺。

まあいいや。



俺が自分の立ち位置に迷っている間に、話はそこそこに進み、レイは十代たちと同室になったのであった。

高校生男子3人の部屋に、小学生女子1人。そこはかとなく危ない雰囲気がなくもない。

まぁ俺には関係ないので、とりあえず飯にありついたのであった。







『毎年恒例、デュエルアカデミアノース校との友好デュエルが近づいております。

 昨年は2年生だった丸藤亮くんがノース校代表を倒し、本校の面目躍如となりました』



ねむねむうー……何故どこも校長の朝礼はこう長いんだ。

最早概念武装的な代物だな、こいつは。

スポットライトで照らされたイケメン、丸藤亮に視線をやりつつ、校長の長い話を聞く。

要するにトメさんのキスが欲しくて張り切っているんですね、わかります。



『今年の本校代表はまだ決まっていませんが、誰が選ばれてもいいように皆さん。日々努力を怠らないように』



その言葉を最後に、講堂の正面に取り付けられたモニターから、校長の姿が消える。

やっと終わった……軽く背を伸ばして、長々と立たされていた身体をほぐす。

そんな中で、デュエル命の十代は今の校長の言葉にやる気を燃やしていた。



「よぉしっ! 代表目指して、いっちょ頑張るか!」

「幾らアニキでも、やっぱ今年も代表はカイザー亮で決まりっす!」



対して、翔はブラコン精神を存分に発揮してカイザー推しだ。

まぁ確かに今の十代ではカイザーに及ぶまい。

何せ、セブンスターズ編を経た上で互角の相手だからな。



「ちぇー……ん?」



そうして、十代はぶーたれながら、視線を横にずらす。

その先には、カイザーを見つめるレイの姿があった。

ふむ、十代の割には人心の動きを掴んでるな。

いつもだったら注目しないだろうに。











「デュエルには、人となりが現れる。その人間の心の在り様までもな」

「事情を訊く必要もなくなるってわけよ」

「「へー」」



以上、カイザーと明日香のデュエル講座(超級者編)でした。

そんなん分かるか。だったらお前がレイとデュエルして来いよ、カイザー。

そう思ってしまうのは、俺が初級デュエリストなのだからだろうか。



今レッド寮の後ろにある崖下で立ち並ぶ十代とレイ。

その会話の中で、レイが実は女子だったという衝撃の事実が明かされた。

そんな事が誰に予想できただろう。恐らく、誰一人気付いていなかったろう。

俺もビックリだ。ビックリマンのウエハースチョコが食べたくなってしまうほどにビックリした。

個人的にガンバライドチョコがウエハースでなくなったのにはガッカリだ。

だが、仮面ライダーチョコボールはキョロちゃんのより好きだ。

ついついボックス買いして、ミラクルライダーBOXに応募してしまうくらい好きだ。

さておき。



「デュエルって、そんな奥深いものなのかぁ……」

「むしろその程度入口っぽいよな」

「ほう。キミはデュエルの持つ奥の深さを、ある程度感じ取っているようだな」



カイザーに話しかけられた。そのセリフは一体どんな答えを求めてるんだ。



「いや、それはまぁ……その、も、もっと深いものかなぁー、なんて」

「ああ、デュエルは底知れぬほど奥深いもの。知っているつもりでも、どこまでも先がある。

 キミたち1年生は、これからこのデュエルアカデミアでそれを知る事になるだろう」



言っとくがカイザー、あんたの考えてる斜め上を光速で飛んでくぞ。この3年間。

何せカイザーは高等部に上がってから、大したイベント経験してないだろうしな。

JOINは大概な体験してるけど。

ま、カイザーはこれから1年後に人生を変える一大イベントを控えてるしな。



「「デュエル!」」



そうこうしている間に、二人のデュエルが始まっていた。











「ぼくのターン、ドロー!」



女の子なのに、何故か男の恰好をしてデュエルアカデミアに入学し、カイザーの部屋に忍び込んだレイ。

その真意を確かめるために始めたデュエルは、レイの先攻から始まった。

自分の手札とドローカードを見合わせて微かに笑う様は、自身の戦術が確定した事を示しているのだろう。



―――そうこなくっちゃ、どんなモンスターが出てくるかワクワクしてきたぜっ!

いつもの如く、相手の戦術に想いを馳せて、気持ちを昂ぶらせる。



「恋する乙女を召喚!」



ふわぁっ、と淡い光に包まれて、腰まで伸びた栗色の髪をウェーブさせた少女が現れた。

髪に結われたさくら色のリボン、ふわっと膨らんだスカートのドレス。

リボンと同じヒールを履いた少女は地面に降り立ち、にこりと微笑んだ。



『ふふっ♪』

「カードを2枚伏せて、ターンエンド!」

「オレのターン、ドローッ! E・HEROエレメンタルヒーロー フェザーマンを攻撃表示で召喚!」



恋する乙女の攻撃力は僅かに400。

ならば、あの伏せリバースカードにこそ、何か秘密があると思うべきだろう。

だが、その程度で臆する遊城十代ではない。そのまま、正面から打ち破るのが十代。

そして、E・HEROエレメンタルヒーローだ。



緑色の体毛に包まれた、有翼の戦士がフィールドに降り立つ。

正体を隠し、正義を行う為に被ったマスクはその戦士の素顔を分からせない。

脚は鳥の脚部そのもので、左腕には鳥の爪を持っている、異形の戦士。

彼は純白の翼を大きく広げ、空を駆ける。



「バトルだ! フェザーマンで、恋する乙女に攻撃!」



相手が如何に可弱い乙女であったとしても、戦士の攻撃は緩まない。

ただ己の信じる正義のために、その翼を振るうのだ。

双翼を大きく羽搏かせ、巻き起こす風と共に鋭い刃にも等しい羽根を幾条、混ぜて放つ。

その攻撃力は1000。無論、乙女に対抗する手段はない。







「ええ……これじゃ勝負にならないよぅ」

「翔、お前どっちを応援してるんだぁ?」



崖の上でそのデュエルを見守る俺たちは、というか翔はその展開を大分嘆いている様子。

俺は、あれ? このタイミングで伏せリバースなんてあったっけ? などと思いつつ見守る。

フェザーマンはばさばさと翼を動すかぜおこしで乙女を攻撃する。

その攻撃を受ければ、レイのライフは削られる。

フェザーマン自体そこまで攻撃力は高くないから大した被害はないが、効果の関係上、数を重ねる必要がある。

そうなれば、ライフもいずれ尽きる事になる。



「でも、恋をすると女性は変わるわ」

「ふーん……」



だからと言って、まあ恋する乙女がボッコにされる展開は変わらんが。







「フェザーブレイクッ!!」

トラップ発動、スピリットバリア!」



レイが宣言するとともに、伏せられたカードが開示される。

そのカードの効果によりレイを包むようにバリアが展開され、フェザーマンが起こす風の余波を防ぐ。

しかし、守られるのはレイのみ。

攻撃対象として選ばれた、恋する乙女は守られない。



『きゃぁああああああああっ!』



吹き荒れる強風に、少女は苦痛の悲鳴を上げる。

その声を聞いた十代は、妙に生々しい、本当の悲鳴のようなそれに少し首を傾げた。

まあ、そうやって気にしてもしょうがないだろう、と。

デュエルを続行しようとして――――



『クリクリ~』

「へ?」



ハネクリボーの声を聞いた。

思わず、自分の横に現れたハネクリボーへと眼を向けると、ハネクリボーはフェザーマンを指差している。

なので今度は視線をフェザーマンに。そして、そこで衝撃の光景を見た。



『ああ……お嬢さん、大丈夫ですか――――!?』

「フェ、フェザーマン……!?」



何故かいつの間にか周囲の風景は花園に。

明るい色の綺麗な花々に包まれた園で、正義に身を捧げた男と、振れれば折れてしまいそうな可憐な少女の運命が交わる。

哀しげに伏せられた瞳には、僅かばかりの涙が滲んでいる。

あ、とフェザーマンが声を漏らしたのは、その少女の悲哀の涙に心奪われたからだろうか。



気丈にも少女は、その涙を自分の手でぬぐう。

そして何の意味もない、互いに傷付け合うその哀しい戦いに、再び赴くために立ちあがった。

――――自分が傷つく事が分かっているのに、何故立ち上がるんだ。この女性ひとは……!



フェザーマンは自身の中にある、正義の魂を揺さぶられるのを感じていた。

力を持たない、無抵抗な少女を攻撃するこの非道。これが、自分の正義の姿だと言うのだろうか。

握り締められた拳には、自分を赦せぬという怒りが集っていた。



しかし、立ち上がった少女は握り締められたフェザーマンの拳を、自分の両手で包み込む。



『あ……』

『気になさらないでください……わたしたちは戦う運命にあったのです。

 これは変える事のできない運命。あなたは何も悪くないのです……自分を責めないでください……』

「な、なんだァ―――――!?」



それに驚くのは十代である。突然、デュエル中に始まるラブストーリー。

よもやカードゲーム中にモンスター同士が恋愛関係に発展するとは、誰も思うまい。

住む世界デッキが違う、許されざる恋と言うべきか、それとも遠距離恋愛にでも例えるべきか。

ハネクリボーも愛らしいくりっと丸い瞳を、げんなりとさせている。







「しっかりしろよフェザーマン、女の子に恋するなんて、HEROらしくないぜ!」



……俺も見たいなぁ、と思いつつも。

俺には精霊視の能力など備わっていないので、今回は十代の独り言しか聞けない。

残念無念、また来週。



「アニキの様子がなんか変だ……」

「うん……」







「フェザーマン……」

「ふふふ―――恋する乙女はフィールドに攻撃表示で存在する時、戦闘で破壊されない。

 そして永続トラップカード、スピリットバリアの効果発動!

 モンスターがフィールドに存在する時、ぼくは戦闘ダメージを受けない!

 さらに戦闘を行った事で、恋する乙女のもう一つの効果も発動する!」



少女が胸の前で両手を合わせ、ハートを形作る。

ぽよん、とその中にハートが現れて、フェザーマンに向けて放たれる。

ふわふわ漂うそれはやがてフェザーマンの胸に張り付いた。

フェザーマン自身、なんともない様子なのだが、如何なる効果を秘めているのか。



「恋する乙女は相手から攻撃された時、攻撃してきたモンスターに乙女カウンターを一つ乗せる」

『らぁぶっ♪』



きゃるん、と可愛らしくハートを作る少女。

―――すぐに効果の見えない以上、それを気にしていても無意味だろう。

手札からカードを1枚引き抜き、ディスクにセットする。



「カードを1枚伏せてターンエンドだ」



スピリットバリアは自分フィールドにモンスターがいる限り、戦闘ダメージを0にする永続トラップ

このカードがフィールドに存在する限り、“モンスターを排除してからダイレクトアタック”

それ以外の攻撃ではライフへダメージを与えられないのだ。

攻撃表示でいる限り、戦闘破壊されない恋する乙女とのコンボを狙ったカードだろう。

なら、戦闘破壊できない恋する乙女を破壊する。

もしくは、攻撃力の低い恋する乙女に攻撃してダメージを与えられるよう、スピリットバリアの方を破壊する必要がある。



「ぼくのターン! ふふ……伏せリバース魔法マジック! 非常食を発動!

 スピリットバリアを墓地へ送る事で、ライフを1000ポイント回復する!」

「ん? そんな事したら、恋する乙女がダメージを受けるダメージが……」

「そのためだよ! 手札から装備魔法、キューピッド・キスを恋する乙女に装備!」



童話の中にでてきそうな赤子のような天使が舞い降りる。

その天使はゆっくりと恋する乙女に近づき、その頬に祝福の口付けをした。

恋愛成就の天使から寵愛を賜った乙女には、最早怖いものはない。

レイが微かに笑い、腕を振るった。



「恋する乙女で、フェザーマンを攻撃! 一途な想い!!」

「攻撃力の低い恋する乙女で、攻撃……? おわっ!?」



『フェザーマンさまぁ―――!』



美麗な花園の中で、その花たちに負けず劣らず美しい少女が、ゆっくりと駆けてくる。

フェザーマンは動く事ができなかった。

その少女の事を攻撃しようと、思う事ができなかったのだ。

先程、彼女が触れた拳を再び握り締めて、どうしようもない自分に怒る。



その間にも乙女はフェザーマンの方に向かい、走ってきていた。

軽やかに跳ねる足取りで、スカートをふわふわと揺らしながら。

ゆらめく花々の中を、花弁に彩られながら自分に向かってくる少女の姿を見る。

――――なんと愛らしい……



フェザーマンの意識は、その可愛らしい少女の一挙手一投足全てに注がれていた。

端的に言うなれば、彼女の姿を無我夢中に見入っていた。

栗色の髪の頭の天辺から、スカートを摘まむ両手の指先、そしてフラワーロードを歩むヒールの爪先まで。

全てに心奪われていた。



『あ、ああ……』



しかし彼はHERO。

後ろに控える主人、遊城十代の許で戦うHEROなのだ。

彼女に心奪われるなど、あってはならない事。そう、あり得てはならぬ恋。

まるで石化してしまったかのような不動を貫くフェザーマンの許に、彼女はその身を届かせた。



伸ばされる手は、フェザーマンの手を求めていたのだろう。

それを取ってしまえば、最早自分が自分で無くなるのは必定。

咄嗟に手を引き、その手を躱した。



『あぁっ……』



勢いよく伸ばされた彼女の手は空を切り、勢い余ってその身体を地面に転ばせた。

フェザーマンの胸を、哀しげな声が叩く。

取ってくれると思ったのだろうか。されど、フェザーマンとこの少女は敵同士。

争う事を宿命付けられた、哀しき男と女なのだ。

しかし嗚呼だがしかし――――本当にその手を取る事は許されないのだろうか。

叶う事ならば今すぐにでもその手を取り、彼女の身体を起こしてあげたい。

だが、だがしかし、そんな事をすれば……!



使命と恋、二つの相成りえない心の葛藤がフェザーマンを蝕む。

マスクに覆われた頭を抱え、戦士は苦悩する。

その時少女は、自分の力で身を起こした。その目尻にはたっぷりと涙が蓄えられている。

きっとその涙は身体の痛みに耐えるものではない。

今、彼女の身を傷付けているのは、紛れもない己の心。



―――――ぽたっ…

彼女の瞳から流れた涙が、咲き誇る花々の中で一つだけの蕾に落ちた。

瞬間、フェザーマンの心は振り切れていた。



『う、う……うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!』

「い、一体どうしたってんだよ、フェザーマン!」

『すまない十代……私は、私は……愛を選ぶッ!!!』

「はぁっ!?」

『クリィ~!?』



フェザーマンの腕が恋の乙女を抱きかかえ、飛翔した。

彼の翼が起こす風が花園に吹き荒れ、花弁を巻き上げていく中、二人の男女は空を舞う。

乙女の流した涙をその身に受けた花の蕾が、いま、この時、花弁を開いていく。

そう、恋の花が―――――咲いたのだ。



『フェザーマンさん……!』

『十代! これが私の――――答えだッ!』

「なんだってんだよぉっ~!?」



吹き荒ぶ風が、花弁を散らしながら十代を襲う。

それは、フェザーマンが行う十代に対するダイレクトアタック。

そして、愛を選び取った戦士の決別の証。

攻撃力は1000。ガラ空きの十代に対する攻撃は当然通り抜け、そのライフを抉り取る。



襲い来る強風から、腕をかざして頭をかばう姿勢で耐える。

キラキラと周囲を包む光、恋する乙女の作りだす、何と言うか、桃色空間とでも称すればいいのか。

そんな風景の中で十代は唇を噛み締め、その一撃を受け止める。

ライフポイントのカウンターが電子音とともに急下降し、3000という数値を表示した。



「くそぉ~、フェザーマン! 女の子にメロメロになるなんて、それでもHEROか!」







「キューピッド・キスを装備したモンスターが、乙女カウンターの乗ったモンスターとの戦闘によって、

 逆に戦闘ダメージを負った場合、戦闘終了後にそのモンスターのコントロールを得る」

「乙女カウンターを乗せるために使ったスピリットバリアとの相性はよくないけど……

 非常食でライフに変換してしまえば、戦闘ダメージを受けなければならないという条件のデメリットを最低限に抑えられる」



カイザーと明日香が解説してくれる。

っていうか、俺の知らないデュエル展開なんですが。

非常食で回復していたレイのライフは、反射ダメージを受けても4400の数値。大分余裕がある。

下級モンスターの火力不足はE・HEROエレメンタルヒーローの弱点の一つ。

実は、少しまずいのかもしれない。

が、まぁ十代ならやってくれるだろう。十代だし。



「それにしてもアニキ、さっきから何言ってるんすかね」

「……やっぱり、十代にはなんか見えてるんだな」







「ぼくはカードを2枚伏せて、ターンを終了」

「っ……なんか調子狂うぜ、オレのターン。ドローだ」



デッキから引いたカードを見て、十代の顔が引き締まる。

コントロール奪取のキューピッド・キスは、乙女カウンターの乗ったモンスターにしか効かない。

そして、恋する乙女の乙女カウンターを乗せる効果は、こちらから恋する乙女に攻撃しない限り発動しない受動的なもの。

ならば、



「よしっ! E・HEROエレメンタルヒーロー スパークマンを召喚!」

『オォオオオオオオッ! ハァッ!!』



雷光が迸り、その内より青い身体に黄金のアーマーを纏った戦士が降臨する。

青いフルフェイスのマスクで正体を隠す、フェザーマンと志を同じくする戦士。

ボディアーマーの背部から突き出たプレートが雷光を弾けさせ、肩と腕の宝珠もまた雷光を放つ。

光の力を持つ戦士は、愛などと言う不埒に走った同胞に怒りの視線を向けている。



『フェザーマン……! HEROの使命も忘れ、恋だの愛だの……どういうつもりだ!』

『――――言い訳はしない。私は、この愛しい女性ひとの為に戦うと決めたのだ!』

「スパークマン! フェザーマンの目を覚ましてやれ、スパークフラッシュだ!!」



かつての仲間とは言え、そこに容赦は微塵もない。

否、かつての仲間だからこそ、今の堕落した姿を赦しておける筈がなかった。

雷光を放つ背後のプレートから、肩の宝珠へ。そしてそこから、腕輪の宝珠へ。

迸る幾条もの閃光を集束させ、一撃としてフェザーマンに向け、解き放つ。

攻撃力1600もの雷だ。攻撃力1000しか持たないフェザーマンには、防ぎようのない攻撃。

愛に生きると決めた戦士は、歯を食い縛り同胞に葬られる時を待つしかなかった。



筈、だった。



トラップ発動! ディフェンス・メイデン!」



レイの足許のカードを開かれた、その途端。

恋する乙女は、なんとフェザーマンの前に立ち塞がったのだ。

当然、それはスパークフラッシュの前に立ちはだかると言う事。

か弱い少女にすぎない彼女に、それはどれほどの勇気が必要だった事か。



だが、毅然とした姿。意思を曲げぬという強き瞳。

それを真正面から見る事となったスパークマンは、自身が強く息を呑んだ事を自覚していた。

――――美しい。ただ、そう感じたのだ。

スパークフラッシュの光が少女の身体を直撃し、その身体を焼く。



『きゃあああああああああああああああっ!』



雷撃の苦痛を、大きな悲鳴に変えて吐き出し続ける少女。

それを見た瞬間、スパークマンは何故か攻撃を止めていた。

発生源が打ち切った事で、攻撃の流れも止まる。

雷に打たれた事によって跳ねていた少女の身体が、がくりと膝を着いて倒れ込んだ。



「ディフェンス・メイデンの効果により、スパークマンの攻撃は恋する乙女に移った!」



レイのライフが攻撃力1600のスパークマンと攻撃力400の恋する乙女との差分。

すなわち1200ポイント削られ、残り3200ポイントまで減じる。

そして、レイの宣言が終わった事により、再びモンスターたちが恋の呪縛に踊らされる。



『く、スパークマン! 私を攻撃したくば攻撃すればいいだろう! なぜ彼女を攻撃したんだッ!!』

『お、俺は……ち、違うんだ、そんなつもりじゃなかった……!』



事実、割り込んだのは恋する乙女の方であって、スパークマンに何の非もない。

だがか弱い女性を傷付けた事は事実。

全身を雷に焼かれて呻く女性を苦しめたのは、紛れもなく自分の攻撃なのだ。

マスクに覆われた頭を抱え、一歩後ずさるスパークマン。



『か弱い女性を傷付けて―――それがお前の望むHEROの姿なのか!?

 答えろ、答えてみろスパークマンッ!!!』

『お、俺は……俺はぁああああああッ!!!』

『や、やめて……争わないで、二人とも……』



二人の戦士が、真っ向からぶつかるか。そう思われた時だった。

全身を抑え、件の少女が立ち上がっていた。

苦痛に歪んだ、しかし精一杯に笑顔を湛えた表情で、少女は二人に笑いかける。

痛ましく、そして哀しい顔。



『戦う事……それは宿命付けられていたの。

 だから、自分を責めないで。わたしなら大丈夫。二人が争う理由なんて、何もないの……』

『あぁ……!』

『お、俺は……! 俺は……!』



スパークマンの胸にハートマークが灯る。

それはつまり、スパークマンにもフェザーマンと同じように乙女カウンターが乗った、と言う事だ。

戦士は愛を抱いてしまったがゆえに使命と女、二つを秤にかける。

今は辛うじて使命に傾いているが、ふとしたきっかけ一つで、それは反対に傾くだろう。



「なぁんなんだよぉっ! お前ら、しっかりしろぉ~!」







「まただぁ…アニキしっかりしてくれよぅ」

「苦しいところなんだな……」



俺にあの寸劇が視聴できていたとすれば、俺の腹筋が苦しいところだったろうな。

まあ見れないものをいつまでもぐだぐだ言ってもしょうがない。

十代を見ている明日香がくすりと、小さく笑う。



「十代は、男女の心の機微に疎いようね」

「経験談ですねわかります」



睨まれた。

テニスの時の事言ってるんだろ? そうなんだろ?

とまぁ、そうやってからかいたいと思わないでもないが、殴られても敵わないので沈黙する。

もうこれでもかと沈黙する。



「はぁああああああっ!(沈黙)」

「わっ、いきなりなんなんだな!?」

「はぁああッ!(沈黙)」



俺が沈黙する事に定評のあるギャラティンさんのモノマネをしていると、カイザーが何やら珍妙な面持ちになる。



「いや、十代だけじゃない。一人の美女により国が滅びる事は、歴史も証明している」



過剰にモテると大変なんだろうなぁ、と言うしかない。

その辺りはまあ美女ほどでもなかろうが美男子も大変だろう。

あー、俺美男子じゃなくてよかった(棒)すっげーよかったー、ちょーたすかったわー(泣)

俺が沈黙レベルをギャラティンからサイレントソードマンに変更して、本気で黙りこむ。



「なるほどね。カイザーと呼ばれる男が、てこずるわけよねぇ……」







「ぼくのターン!」



ドローしたカードを見たレイの顔が綻ぶ。

今し方引いたばかりのカードを、ディスクに差し込むレイ。



「カードを1枚伏せてから装備魔法、ハッピー・マリッジを発動!」



レイの頭上にベルが出現し、大きく揺れ動く。

リンゴーン、リンゴーン、とまるで挙式であるかのように鳴り響くそのベルの元で、乙女はその衣装を変える。

装備魔法と言うのはある意味女性の専売特許、この場合は所謂お色直し、というものだろう。

純白のベールを頭に載せ、ドレスもまた純白のそれ。

両手で抱えた花のブーケも合わせて見るにそれはまるで新婦の姿。

フェザーマンとスパークマンが息を呑み、その姿に見入る。



「元々のコントロールが相手にあるモンスターを自分がコントロールしている時、ハッピー・マリッジは発動できる!

 そのモンスターの攻撃力分の数値を、装備したモンスターの攻撃力に加える!

 フェザーマンの攻撃力は1000! よって、恋する乙女の攻撃力は1400!!」



少女は傍らに佇む戦士の手を取り、微笑む。

有翼の戦士はそれに応え、少女の前で跪いてみせる。

さながら、姫と騎士と言ったところとでもいいたいが、強くなったのは騎士でなく姫である。

カイザー亮の例えた通り、十代のデッキで完結しているHEROという国は、一人の美女の手により瓦解しようとしている。

傾国の美女ならぬ、傾デュエルの美女とでも語呂の悪い呼び方をすればいいのか。



傍から見ても冗談やギャグでしかないが、デュエルに臨んでいる当の十代にとっては死活問題。

レイの次の行動が分かり切っているために、身構えた。



「くっ……!」

「恋する乙女の一途な想い! スパークマンに見せてあげなさい!」

『スパークマンさまぁ――――!』

『あ、ああ……』



ブーケを片手に、空いた手を振りながら駆けよってくる少女。

その姿を見ても、未だにスパークマンの悩みは晴れないでいた。

フェザーマンのように振り切ってしまえば、悩みを捨てて愛に生きれればどんなに楽な事か。

だが、それを選んでしまえばもう自分はHEROとは言えない。



だからこそ、先のフェザーマンのように差し出された手を避け、退いてしまった。

あ、と間の抜けた声を上げて倒れる少女。

その姿を見た瞬間、己の過ちに気付いて即座に跪き、少女を起こそうと手を差し出す。



『す、すまない……大丈夫か……? はっ!?』



少女の瞳から涙がこぼれる。

乙女は寂しげに、しかし優しく、差し出されたスパークマンの手を彼に胸に押し戻した。

それはいけない、と。敵同士で助け合うなど許されないと。

言外に、涙で濡れた瞳がそう語っていた。

乙女の涙は、周辺一帯に広がる花園で揺れる花々の中に呑まれ、消え去るのみ。



花はただ流れ落ちる涙を呑む事しかせず、少女の瞳はいつまでも濡れたまま。

その瞬間、スパークマンに電流が走る。

もはや、俺は戦士などではない。男なのだ、と。



ゆっくりとスパークマンは少女の手で押し退けられていた手を動かす。

すぅっと、少女の瞳に溜まった涙のしずくを、その手ですくい取る姿は最早、ただの男であった。

少女が驚きの顔でスパークマンを見つめ、男はそれに小さな肯きで応えた。



『スパークマンさま……』

『……スパークマン』

『フェザーマン……俺はもう、E・HEROエレメンタルヒーローではない。

 惚れた女のために戦う男、ただのスパークマンだ!!!』

『ああ! 私も、ただのフェザーマン! 一緒に戦おう、スパークマン! 戦友ともよ!!!』

「あぁもう……なんなんだよぉ」

『クリィ~』



戦士。いや、戦士である事を捨て、男となった二人が並び立つ。

敵は元の主である十代。そこに罪の意識がないと言えば嘘になる。

だがしかし、許してくれ十代。これは、我らの愛の為なのだ。

などと、考えながら二人の男、と言うかオスは跳び上がった。



『『ラァアアアアアアアアアアアアッブ!!!』』



果たして、それは正しくスカイラブハリケーンとでも呼べばいいのか。

もう技名などどうでもいい域に突入した二人の攻撃が、上空から十代を襲う。

風と雷の複合攻撃。ここに水のエレメントを混ぜようものなら、それは最早嵐となる。

嵐一歩手前の攻撃力は、二体の攻撃力の総計2600ポイントに及ぶ。

残りライフ3000であった十代には、致命傷一歩前の威力の攻撃なのだ。



「うわぁああっ!?」



二体の織り成す完璧なコンビネーションの衝撃に、十代は堪らず膝を着いた。

恋する乙女の許に降りる二体の元HEROの攻撃には、微塵の容赦もなかった。

その十代の姿を見届けた後、レイは頭にしていた帽子とスカーフに熱が籠って身体が火照ったか、それを脱ぎ捨てた。

風に舞う帽子とスカーフ。

上気した頬を冷ますように顔を一度振って、しかしその眼は十代を捉えている。



「女の子は恋をすれば強くなる。不可能なんてないの!」







「流石の十代も、レイの前ではたじたじだな」



あんたが言うか。



「デュエルのモンスターを夢中にさせるくらい、簡単でしょ?

 初恋の人を追いかけて遥か南の島まで飛んできちゃうんだもの」

「えぇ!?」

「そうだったのぉ!?」

「そんな事よりブラマジガールや霊使い等々のモンスターを夢中にさせる方法プリーズ」

「しかも、難しい編入試験まで突破してね……」



シカトされた。

誰だって知りたい事だと思うぞ? 評価☆5つ貰えるぞ?

何と……! 明日香の奴はその秘法を俺らに教える気はないらしい。

なんということだ、それさえ知れば明日から俺もモテモテだと言うのに。



カイザーの顔が少しばかり険しくなり、崖下のデュエルを見下ろす。

何を想っているのかは、俺には分からなかったが。







『クリ~……』

「ああ、女の子に男のHEROをぶつけたのが間違いだったぜ……オレのターン、ドロー!」



相棒であるハネクリボーの心配する声を聞き、十代は再び立ち上がる。

確かに限界ギリギリ、追い詰められるところまで追い詰められている。

だが、だからこそだ。



「くぅ~っ! ワクワクしてきたぜ!」

「はぁ? 十代、今の状況分かって言ってるの? 大ピンチじゃない」

「だから燃えるんだろ? 行くぜ、女の子の恋する乙女に対抗するにはこいつだ!

 E・HEROエレメンタルヒーロー バーストレディを召喚!!」

『アァアアアアアッ! ハァッ!!』



十代の足許から爆炎が噴き出し、その中から女戦士が姿を現した。

腰まで伸びた黒い髪をバサリと靡かせ、白い身体に赤い紋様が絡みつく肢体を晒す。

黄金の冠にはエメラルド色の宝玉が埋め込まれており、自身の瞳もそれと同色の輝かしいエメラルドグリーン。

そのエメラルドグリーンの瞳がギロリと、相手のフィールドで童女を愛でているオス二匹に向けられた。

ビクリを身体を揺らす二人。



恐怖? 否、怯えている暇があるなら平伏しろと本能に諭される。

だがしかし、既にプライドを捨てた男と言う名の獣に、そんな道理など通用しない。



『バーストレディ、私たちは今は敵同士!』

『俺たちが彼女には指一本触れさせは――――!』

『あ゛ァ――――?』



瞬間、二体の男は少女の後ろに隠れた。

その属性の通りに烈火、火山の噴火のように噴き出した、ドスの効いた一声だけで男が折れた。

カタカタと少女の後ろで震える様は、HEROとしての姿を欠片も思わせない見事な怯えようであった。

そんな情景、ある種の修羅場であるその光景を見た十代は、うへぇという感嘆を漏らすほど。



「気合い入ってるな、バーストレディ……」

『く、くりぃ』



ハネクリボーも怯えて、十代の影に入ったまま出てこない。

しかし、急にナイトが怯える子犬と化した少女の驚きは如何程だったろうか。

ブーケを抱えたままにおろおろとしている。

目の前に立つのは憤怒の火炎を宿した、悪鬼羅刹も裸足で逃げ出す鬼神。

そんなものを前にすれば、か弱い少女でなくても庇護者を欲するだろう事は間違いない。

勿論、背後のナイト様は役に立たない。



『たかが小娘を相手に愛だ恋だのと現を抜かして何をやっているかと思えば……

 恥を痴りなさい、バカども!』

『『ヒィッ!?』』

「オ、オレは魔法マジックカード、バースト・リターンを発動!

 自分の場にバーストレディがいる時、フィールドに存在する全てのE・HEROエレメンタルヒーローを持ち主の手札に戻す!」



つかつかと歩き始めるバーストレディの歩みは、間違いなく丸まって震える二体を目指してのもの。

恋する乙女から恐怖の眼差しを送られながら、後ろの二体のHEROの許へ。

蹲っているフェザーマンの後頭部を右手で鷲掴み、左手でスパークマンの頭部を鷲掴む。

ギリギリ、ミシミシと唸りを上げる頭部にも、反論を許されない二体。

頭を持たれて、引き摺られながら十代の許へ連れて行かれるのは、如何な気分だったろうか。



『お子様の恋愛ごっこはお終いだよ!』

『ひっ……!』



恋する乙女が築いていた、ピンク色の花園が瓦解する。

その瞬間だろうか、掴まれていたままの二人が、どこか正気らしきものを取り戻した。

だが取り戻そうが戻すまいが、バーストレディに掴まれていては二人に自由がない。

バーストレディは二人を十代の許まで投げ捨てる。

直後に消える二人。十代の手札に戻ったのだ。



「えーと、HEROの絆はこんな恋愛ごっこより強い……って事かな?」

『くりぃ?』



ハネクリボーの声もどこか怪しげだった。

どう見ても強いのは、バーストレディの肝っ玉である。

先程までの光景を見ていたレイからの視線も怪しげだと言わざるを得ない。



「と、とにかくこれで一気に逆転だぜ! 手札から融合を発動!

 手札のスパークマンとクレイマンを融合し、E・HEROエレメンタルヒーロー サンダー・ジャイアントを召喚!」



球体の粘土状のボディで作られた地の力を持つ戦士。

そして先程まで、バーストレディの言う恋愛ごっこをやっていた光の戦士。

ぐぐっ、と自分の頑強さを示すようなポーズを取るクレイマンとは対照に、スパークマンは縮こまっている、

ギヌロ、などという擬音が聞こえてきそうな鋭利な視線にさらされては、流石に仕方あるまい。

その二体のモンスターが融合する。



現れるのは、クレイマンと同様に球体のボディの戦士。

雷の属性を宿したからか、その色は黄色。胴体の中心には澄んだ青色の宝玉が見える

クレイマンの身体を模した丸々の鎧を被っている、といった風情の戦士の姿。

掌には空色の宝玉が埋め込まれており、そこから雷光を放っている。

頭部は口許だけしか見えず、鼻から上はバイザーに隠されてしまって、その顔をうかがい知る事はできない。

そのサンダー・ジャイアントは両の拳を打ち合わせ、やる気満々と言った感じの雰囲気を漂わせている。



それを冷ややかな眼で見る以上は、バーストレディには誤魔化しにしか見えてないだろうが。



「そして、サンダー・ジャイアントの効果発動!

 1ターンに一度手札を1枚墓地へ送る事で、サンダー・ジャイアントより元々の攻撃力の低いモンスターを破壊する!」



送られる手札の正体は、フェザーマン。

その効果処理のためかフェザーマンの姿がうっすらと十代の許に映し出された。

視線が泳ぎ、けしてバーストレディとは眼を合わさないように努めている。

だが、フレイムウィングマンなどよく力を合わせる事の多いコンビ。

スパークマンに対するそれより、ずっと大きかったのかもしれない。



バーストレディの脚が伸び、フェザーマンを蹴倒す。

その烈火のようでありながら、絶対零度の視線にさらされ、だらだらと冷や汗を流すフェザーマン。

当然、サンダー・ジャイアントにとっても他人事で無いので、必死に眼を逸らしている。

蹴り倒したフェザーマンに対して、びっ! と親指を下向けに振り下ろす。

とっとと墓地に逝け、と。言外に、しかし言葉に出して言うより強く求めている。



勿論、これはコストとして墓地に送られたフェザーマンを早く墓地に送る事で、デュエルを円滑に進めるために他ならない。

何一つおかしくないので、別になんともないのだ。

こくこくと赤べこのように首を振るうフェザーマンの姿が消える。

そしてコストが正常に払われた事で、サンダー・ジャイアントの効果が発動する。

おろおろまごまごしていた巨体を蹴飛ばし、早く進める事を要求するバーストレディ。



「バ、バーストレディ……こえぇ―――あ、とヴェ、ヴェイパー・スパークだ!」



サンダー・ジャイアントが怯えながらもその両手を突きだし、雷光を放出する。

2400の攻撃力を持つサンダー・ジャイアントのヴェイパー・スパークは、攻撃力2300以下のモンスターを悉く粉砕する。

それは戦闘破壊の耐性を持った恋する乙女とて例外ではない。



『きゃあああああああああっ!?』



雷光が少女の身体を焼き払う。

純白のドレス姿は一瞬で炎に包まれ、呑み込まれていく。



「そんな……ぼくの恋する乙女が」

「よしっ、これでガラ空きだぜ! バーストレディとサンダー・ジャイアントでレイにダイレクトアタック!!」



巨体が動く。

両手に埋め込まれた雷の発生源が激しくスパークし、その威力を高めていく。

攻撃力2400に及ぶダイレクトアタックは、レイのライフ全てを削り切る事は敵わない。

だがしかし、その巨体に追随して掌に炎を灯す女戦士の追撃と合わせれば、削り切る事が可能。

一撃目の、雷撃破がレイに向かって解き放たれた。



「くっ……!? トラップ発動! パワー・ウォール!!」

「パワー・ウォール?」

「ダメージ計算時に発動し、デッキから任意の枚数直接墓地に送る事で、その数×100ポイントのダメージを軽減する!

 ぼくはデッキから24枚のカードを墓地に送り、サンダー・ジャイアントの攻撃で発生するダメージを0に!」



ごっそりとデッキからカードを引き抜いたレイが、それを全て墓地に送る。

その途端にレイの前に現れる24枚のカードの壁。

カードの障壁に阻まれた雷撃は、その威力を僅かもレイに届かせる事なく消滅した。

だが、それは一度のみ。

追撃に放たれているバーストレディの攻撃は防ぐ事ができない。



「きゃああああああああああああああっ!?」



ぐぉおん、と爆炎が足許に着弾したレイがその爆風に吹き飛ばされる。

へたりこむように地面に尻餅をついたレイを見て、やりすぎたかと十代が駆け寄ろうとした時だった。

バーストレディのそれに勝るとも劣らぬかと思われる、何やら嫌な雰囲気が十代を縛り付けた。



「レ、レイ……お、おい大丈夫か?」

「フ、フフフフ……もぅ怒った……」







「パワー・ウォール……?」



カイザーを見上げる。何やら、カイザーは微妙な顔をしていた。

間違いなくこいつがあげたカードだと思うけど。



「えぇ? 幾ら攻撃を防ぐためでも、あんなにデッキを捨てちゃうなんてもったいない……」

「もうレイのデッキはあとちょっとしかないんだな」

「いや、墓地利用が豊富なデッキなら、最早相手が終了のお知らせっていうか……

 普通に考えて、あんなぶっ飛んだ墓地肥や、し、を……あれ、嫌な予感」



早乙女レイ+墓地肥やし=?

そんな事分かり切っていると思うが、いやこれアニメのストーリーなんですが。

あれはゲーム設定だよね?







背筋を嫌な汗が流れていく事を感じつつ、十代は最後の手札を伏せリバースカードにセットする。

レイの残りライフは1800。

十代の残りライフは僅か400だから気を抜けないが、それでも戦術の要を失ったレイに逆転の手があるとも考えにくいだろう。



「カードを1枚セットして、ターン終了、だ」

「ぼくのターン! 見せてあげる……怒った女の子は、何より怖いって事!!

 トラップカード、マジック・プランターを発動!

 ぼくのフィールドに残っている永続トラップ、ディフェンス・メイデンを墓地に送る事で、カードを2枚ドロー!」



既に恋する乙女が破壊された現状で、そのカードは用を成さない。

しかしレイのデッキは最初に用いた戦術の通り、役割を果たしたトラップをコストとして利用するためのカードが入っている。

永続トラップをコストに、ドロー効果を得るマジック・プランターの効果で、レイの手札は充実した。

そして、それは早乙女レイ最強にして、最後、そして怒れる乙女の代行者を呼び寄せたのであった。



「きた……! ぼくの墓地にはパワー・ウォールの効果で墓地に送った、

 ライトロードと名のつくモンスターであるウォリアー、サモナー、パラディン、プリーストが存在する―――!

 ライトロードが4種類以上墓地に置かれている時、裁きの龍ジャッジメント・ドラグーンは特殊召喚できる!!!」



夜の闇に、光が差し込む。

まるで日光が破壊の力を持ったかのように、その暴虐は他の追随を許さない。

神像がそのまま動き始めるかのような、そんな鈍重な風に身体を揺り動かし、それは君臨した。

人間大のバーストレディやサンダー・ジャイアントなど、腕一本の大きさにも満たない。

そんな巨大な神龍は後光を背負い、フィールドに降り立ち、敵を睥睨する。



ずおぉっ、と。古さを感じさせるくすんだ白色の翼が羽搏く。

瞳と爪のみ真紅。それ以外は全て古びた白の身体は、その積み重ねた年月の重さを持ち合わせている。

神に最も等しき存在、古より生きる龍。



「すっげぇええ……なんだよ、レイ! まだこんなスゲーモンスター隠してたのか!?

 くぅー! すっげぇすっげぇすっげぇー!! 来いよ、レイ! 全力で!!」

「いいの? 十代、乙女の恋を邪魔する奴は、龍に喰われて地獄に落ちるのよ!!」



龍の攻撃力は3000。

バーストレディはおろか、サンダー・ジャイアントを破壊しても十代のライフを削り切れる。

だが、十代のフィールドには2枚の伏せリバースカード。

にやり、とレイは小さく口を歪めた。十代はきっと、先程伏せたカードでその攻撃を防ぐつもりなのだろう。

だからこそ攻撃が決まれば負け、なんて状況であんな事を言えたのだ。

でも、十代は知らない。この龍の持つ、最強の特殊効果を。

古龍が咽喉を鳴動させる。



「ぼくは裁きの龍ジャッジメント・ドラグーンの効果を発動!

 ライフを1000ポイント支払う事で、このカードを除くフィールド上の全てのカードを破壊する!!

 一途な想いを邪魔された、乙女の怒りッ!!

 この効果のあと、この子のダイレクトアタックでこのデュエル、ぼくの勝ちだよっ!」

「そいつはどうかな? 頼むぜ相棒! 伏せリバース魔法マジック、クリボーを呼ぶ笛!!」

「前のターン伏せたカードが、攻撃を防ぐためのトラップじゃない!?」



クリボーを呼ぶ笛は、自身のフィールド、または手札にクリボー、もしくはハネクリボーを呼び出すカード。

ハネクリボーが持っている効果は、破壊されたターンに戦闘ダメージを全て0にするというもの。

つまり、使われても攻撃表示のバーストレディかサンダー・ジャイアントを狙っていれば、ライフを0にできた。

ならば、効果を使わずに最初から攻撃していればよかった?



いや、でももう1枚の伏せリバースがある。

最初のターンからあるカード。ここぞと言う時に取っておいたに違いない。



『クリィー!』



十代の場に、ハネクリボーが出現する。

ブラウンの毛に包まれた、一頭身の小悪魔の姿。身体とは対照的な白い翼を羽搏かせて、フィールドに舞い降りた。

その直後に、古龍がその口を開いて光を吐き落とした。

瞬間、世界が眩い光に塗り潰される。ライト・オブ・デストラクション。

全てを破壊する極光はその発生源である古龍自身を除き、全てを破壊する。

サンダー・ジャイアントも、バーストレディも、ハネクリボーも。

全てが光に呑み込まれた。



それが収まった時、フィールドには当然裁きを下す龍以外の存在はない。

しかし、十代のフィールドにはハネクリボーが破壊された時に残す、特殊効果が残っていた。



「っ……でも、これで十代は場にも手札にもカードはなくなったよ。

 もう逆転なんて無理だ。サレンダーしてもいいよ?」

「へっへー、そいつはどうかな?

 裁きの龍ジャッジメント・ドラグーンの効果で破壊され、墓地に送られた時、セットされていたヒーロー・メダルの効果が発動!」

「それも攻撃を防ぐトラップじゃないの!?」

「なんだよ、攻撃を防ぐトラップだったらもっと前に使ってるぜ」



何を当り前の事を、と言わんばかりの十代にレイは衝撃を受けた気分だった。

まさか、あの状況で攻撃を防ぐ手段があるように見せかけ、こちらの破壊効果を誘われたとは。

十代にはそんな頭脳プレーが出来ると思っていなかっただけに、豆鉄砲を食わされた気分だ。



「あの状況……裁きの龍ジャッジメント・ドラグーンの攻撃を防ぐために、効果発動に誘導するなんて……」

「ん? なにがだよ、攻撃すれば勝てるのに効果使ったのはレイの方だろ?」

「だ、だって十代そんな状況で笑ってたし……なんかあると思うでしょ!?」

「誰だって楽しかったら笑うだろ? 相手がそんなつえーモンスターを出したんだ、デュエリストなら燃えなきゃ嘘だぜ!」

「はぁ……!?」







「なるほど。天然の心理トラップね……」

「ふ―――デュエルは常に、相手をリスペクトして行うもの。

 それは互いの戦術の読み合いもまた、当然の事ながらデュエルの内だと言う事だ。

 読み違えたのは、レイに十代の心がリスペクトし切れていなかったから」

「アニキ……やっぱ凄い」

「………人知を越えたデュエル馬鹿、か」



レイの戦術におかしなところはなかった。

俺が裁きをコントロールしていても、やはりその効果で不安要素である伏せリバースを取り除いただろう。

むしろ、この場合はその不安を乗り越えて真正面から十代にぶつかれるデュエリストスピリットが必要だった、と。

さて、それだけのデュエリストがどれだけいるのやら。



「でも、十代は手札にもフィールドにもカードがないんだな。

 これじゃあ、次のターンにやっぱりあの効果を使われて、やられちゃうんだな」

「いえ、裁きの龍ジャッジメント・ドラグーンの効果にはコストとなる1000ポイントのライフが必要よ。

 残りライフが800ポイントしかないレイちゃんには、もう使えない」

「いや、よく見ろ」



カイザーがレイのはめているデュエルディスクを指差す。

何を見ればいいのか分からん。



「――――あ、ライフが1000ポイントある!」

「本当なんだな、さっき確かに800ポイントになった筈なのに……」



え、この距離でお前らあれ見えるの?

俺は眼を凝らして見ようとしてみるものの、矢張りさっぱり見えない。



「これも先程のパワー・ウォールだろう。恐らく、堕天使マリーを墓地に送っている」

「そうか……! 堕天使マリーは墓地にある時、スタンバイフェイズごとにライフを200回復するカード……!

 次のレイちゃんのターンになれば、ライフは1200。もう一度、あの効果を使う事ができる」

「そんなぁ~!? それじゃあアニキはもうどうしようもないよ!」

「いや、それでもまだ十代は諦めていない」



カイザーがレイから十代に視線を移す。

十代のもう1枚の伏せリバースの正体、ヒーロー・メダル。

これは相手の効果で破壊され、墓地に送られた時にデッキへ戻し、シャッフル。

その後、1枚カードを引く事ができる効果を持っている。

つまり、この後のドローフェイズと合わせて2枚。

2枚の手札で、この状況をひっくり返す事が求められているのだ。



「……強欲な壺、天使の施し……せめてバブルマン。

 何か、手を回してくれるカードがくれば、あるいは反逆の糸口になるだろうな」

「そうね……十代のHEROデッキは融合主体。手札がなくては、反撃もできない」

「それはどうかな?」



俺と明日香の言葉を聞いたカイザーが、小さく微笑んでそれを否定する。

二人で眼を見合せ、首を傾げた。







「オレはヒーロー・メダルの効果でカードを1枚ドロー!」

「……ぼくはこれでターンエンド」

「ならオレのターン! もう1枚ドローだ!」



手札を2枚見合わせ、十代は――――笑った。

その笑みを見て、レイは何か仕掛けてくる事を確信する。

だが、自分の場には裁きの龍ジャッジメント・ドラグーンがいる。

攻撃力3000。更にフィールドを壊滅させる効果も持った、最強のしもべ。

そして、自分は手札に死者転生を温存している。



もしこのターン、何らかの方法で裁きの龍ジャッジメント・ドラグーンを倒せても、次のターン再び召喚できる。

これならば、先程心理戦で上を行かれ、凌がれてしまったのも小さな失敗で済む。



「行くぜ、レイ! 魔法マジックカード発動、戦士の生還!!

 その効果で墓地の戦士族モンスター、バーストレディを手札に戻し、再び召喚する!!」

「バーストレディ? 守備表示で凌ごうとしたって、次のターンに効果で破壊して直接攻撃するだけよ!」

「守備表示? いいや、違うぜレイ! バーストレディは攻撃表示! このターンで決着を着けるためのHEROだ!!」

「え?」



先程、破壊の光の威力で葬られた女戦士が再臨する。

その瞳は怒りの炎で燃え滾っているのが、いとも簡単に見て取れる。

あるいは、この龍のせいでなくてどこかの二体のモンスターかもしれないが、今はそこまで関係ないだろう。

そして、と最後に十代は残る1枚の手札をディスクに差し込んだ。



「言ったよな、レイ! 怒った女の子は何より怖い、ってさ!」

「え、う、うん……?」

「見せてやるぜ、これがオレの最後の手札! そして女の子HEROの怒りの業火!!

魔法マジック発動、バースト・インパクトッ!!」

『ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ………!!!』



唸るような声を放ち、バーストレディの身体が炎上する。

立ち上る業火は先程十代が言ったように、女の子としての怒りのものか。

ギンッ、とそのままHEROの一人二人破壊できそうな鋭利かつ、怜悧な視線が古龍に向けられる。

神に最も近い位置に存在する古き龍は、その戦士を逆に射殺さんとしているような眼で見返し、

そして、最早憎悪とか呪詛とか侮蔑とかそういう負の感情を超越した“乙女の怒り”に触れた。



自分から睨んだくせに、何見てるんだと言わんばかり。

跳躍したバーストレディの燃える拳が、裁きの龍ジャッジメント・ドラグーンの横っ面に突き刺さる。

めきょり、と軽く変形した顔が吹き飛ばされ、崖に叩き付けられる。

壁際に倒れ込んだ龍の姿を見た瞬間、バーストレディの表情がいいサンドバックだ、と言わんばかりに凶悪に歪んだ。

ここにきて、古龍は初めて恐怖を覚えたのかもしれない。

大地に降り立ったバーストレディは、横たわる龍の胴に拳を叩き込む。

お腹と背中がくっつきそう、なんて空腹を例える表現に使われる代物を、物理的な現象として再現する。



中身がどうなったかなど考えたくもない殴られ方をしている龍は遂に、

きゃうんっ! と可愛らしく鳴き許しを乞う。

止めを刺してくれと、早く終わらせてくれと。なまじ強力なステータスを持つが故の苦痛。

しかし、バーストレディは首を横に振った。



最早邪神と何が変わろう。

墓地でフェザーマンとスパークマンは一体どのようなさまになっているのか。

恐れているのか、慄いているのか、祈っているのか、既に諦めているのか。

それから、見ている者の良心の呵責が限界に来る前に、古龍は止めの爆炎をもらい、消え去った。

約10秒程度の時間だったが、それが無限に感じられる程度には、彼女は純粋に怖かった。



すっかりとストレスを吐き出した感じのバーストレディは、大人しく十代の隣に戻る。

その割とショッキングな映像に位置する物を見ても、十代は特に何も言わない。

無論、レイもだが。デュエルでは、よくある事なのかもしれない。



「っ……そんな、ぼくの裁きの龍ジャッジメント・ドラグーンが―――!」

「バースト・インパクトは、フィールドに存在するバーストレディ以外のモンスターを全て破壊し、その数×300ポイント。

 オレがダメージを負うカード。この効果で、オレの残りライフは100。

 だけど、レイのフィールドはこれでガラ空きになったぜ!

 さぁ行くぜっ! バーストレディでレイにダイレクトアタック! バァアアストッ・ファイアァアアアアアッ!!」



バーストレディの掌で集束された火炎弾が、レイを目掛けて解き放たれる。

レイのライフは放っておけば回復し続ける状況を作り出していたとはいえ、今は僅か1000ポイント。

攻撃力1200のバーストファイアーを耐えきる事はできない。

ライフカウンターが0を刻み、勝敗が決したのであった。



「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ、レイ!」

「十代、ぼく……」

「おっと、みなまで言うな。そこから先は、ずっと見ていた後ろの奴に言ってくれないか?」

「え?」



そう言って十代はレイの後ろを指差す。

言われたレイは背後を振り返り、そこに自らが追い求めて来た一人の男性が立っていた。







ここで凡骨風に「おれかぁ!?」とか言ったらフルボッコなんだろうなぁ。

なんて思いつつ、カイザーの後ろに控えて、成り行きを見守る。

明日香が、カイザーの背中を押す。



「出番よ」

「む」

「男の責任でしょ?」



難しい顔をして黙りこむカイザー。

その姿を見つけたレイは、振り返り、胸の前で自分の掌を合わせた。

頬がほんのりと赤いのは、デュエルで興奮した上気だけではあるまい。



「亮さま……!」

「ん、む……」

「……ごめんなさい。昼間、寮に忍び込んだのはぼくだったんだ。

 十代はそれを止めようとしただけなんだ」

「分かっている」



微かに肯いて、気にしていない風を見せるカイザー。

でもこの「お前が来ていたのは分かっていた」ってある意味口説き文句だよね。

髪留めがあったとはいえ、お前が来た事くらいわかる、お前の事はよく覚えている、って言ってるようなもんなんだし。

つまりナチュラルでこれがイケメンの条件か。



「亮さまがデュエルアカデミアに進学なさってから、会いたくて会いたくて……やっとここまでやってきたの」

「「ふぇー……」」

「素直に感嘆してていいのか、翔。お前のお義姉さんになるんだぞ?」

「え、あ、そう言う事になるのか」

「………」



カイザーに妙な顔された。



「十代とのデュエルには負けたけど、亮さまへの想いは誰にも負けない!

 乙女の一途な想いを、受け止めてっ!!!」

「んあっ……!」



このカイザー面白いなぁ。見ているだけで2828できるし。

十代もこちらに歩いてきて、そのスーパー2828タイムに参加してくる。



「なぁんか、カイザーもたじたじだなぁ。それにしてもすげー迫力! デュエルと同じだ」

「デュエルじゃないもん……」

「そうね、一途な想いは素敵よ。

 でもいま貴方が言ったように、デュエルのヒーローと違って、本物の男性はウィンクや投げキッスじゃ駄目なの。

 デュエルも恋も、気持ちが繋がって初めて実るんじゃないかしら?」



(十代に対する)経験談ですね、わかります。

ま、恋もデュエルも共同作業って事ね。

どっちか一人が凄いデュエリストであっても、面白いデュエルは生まれない。

互いに互いをリスペクトし合う、ライバルと呼べるデュエリストがいて初めていいデュエルが生まれるのだ。

と言うような事を、ヒカルの碁で読んだ気がする。



「あなた、亮さまのなんなのっ! まさか恋のライバルッ!?」

「そ、そんなんじゃないわ……あはは」

「レイ、お前の気持ちは嬉しいが……」

「亮さま……!」



レイが明日香を押し退けて、カイザーの前に出る。

なんと押し退けられた明日香は、レイの隣で話を聞いていた十代の横に押し出される。

どんまい、みたいな感じの十代と、苦笑いの明日香のツーショット。

おお、これはなかなかいいショット。

―――――やれ、相棒。

―――――了解。



レッド寮の近隣であるこの場ならば、あの馬鹿が隠しカメラを設置している。

十代と明日香のいい感じのショットだ。これはモモエにプレゼントするしかないな。



「今のオレには、デュエルが全てなんだ」

「亮さま……」



今と言うかデュエルが全てで無い時はいつになるのかな。

多分ずっとこないんだろうなぁ。

そんな事を思いつつ見守る。



カイザーは自分の部屋で拾った髪留めを、レイの手の中に握らせる。



「レイ、故郷に帰るんだ」



それは離別の時に送る言葉に違いなく、その意味を理解した途端、レイの瞳に涙が溢れた。

それまで黙っていた十代が、そのレイの様子を見て、堪らず口を挟んだ。



「そこまでする事無いだろ! 女の子だってオベリスクブルーの女子寮に入れてもらえば……」

「レイはここにはいられない」



十代の言葉を断固とした口調で遮り、カイザーは否定する。

それは明らかに何かここに留まれない理由というものが存在する事を十代に理解させた。



「レイにはまだ秘密があるのか……? 男に化けた女と見せて、実は男だったりして!」

「ふふ……」



おうおう、今夜は十代と明日香のツーショット普通に見れるな。

十代の冗談に笑う明日香を、ともにフレームに入れての1枚の要請。

うちの子は優秀なので、声に出さずとも勝手に俺がやって欲しい事をやってくれるのだ。

モモエ飯うま状態だな。



「レイはまだ小学5年だ」

「―――――はぁあああっ!?」

「「えぇええええっ!?」」

「えへへへっ」



驚愕の声は、三つ。明日香知ってたのかよ。

ってそうか、明日香はカイザーから直接相談されてるのか。



「なぁんなんだよぉっ! オレってば、小学生に苦戦してたのかよぉ! ……はぁ」

「ごめんね♪ ガッチャ、楽しいデュエルだったよ!」

「うへぁっ!」



十代がショックに地面へ転がる。

しかし、そんな状態で十代は大声で笑い始めた。



「あはははははっ! 最ッ高だ、これだからデュエルは楽しいんだよっ! あっはっはっはっはっは!」











翌朝、本島とデュエルアカデミアを繋ぐフェリーでレイは帰る事となった。

当然の事だが。

その見送り、っていうか俺が来る意味が分からないんだが。

そんなことより昨日撮った写真を、モモエに渡して騒動を起こしたい。

まあ俺は高みの見物しかしないが。



「来年小学校卒業したらぁ、またテスト受けて、入学するからねぇー!」



出航したフェリーの中で、レイが別れの挨拶を告げている。

適当に手を振りながら見ていると、こちらで十代がこれから先に起こるイベントも知らず、珍しくからかいの笑顔を浮かべている。

無論それはカイザーに向けられたものだが、腕を組んで見送っているカイザーは、特に気にした様子もない。



「へへ、だってよ」

「その時は、オレはもういないけどな」

「いやぁ、あの迫力には負けるぜ」

「ふふ……」



まるで他人事のように笑う十代に、俺の方が噴き出しそうだ。

だ、ダメだ…まだ笑うな……しかし……!



「待っててね、十代さまぁー!!」

「ぬあぁっ!? な、なんでオレなんだよぉ!」

「きっと、アナタのデュエルに惚れたんでしょ」



くすくすと笑う明日香はまるで、こうなる事がわかっていたかのようだ。

流石、十代の魅力は分かっていると言う事か。

自分もデュエルして惚れたからですね、わかります。



「後は任せる」

「じゃあアニキ、先に帰るね」

「ゆっくり見送ってあげるんだな」

「船が見えなくなるまで見送ってあげなきゃね」

「ニア……僕の勝ちだ」

「待っててね、きっとよ! 十代さまぁ~!!」



延々と続く恋する乙女の告白を聞きながら、十代は船が見えなくなるまでその場で手を振り続けたのであった。



「えぇ、あれぇ、うそぉ……?」











後☆書☆王



むぅ、急ぎすぎてて読み辛いかぁ……確かに常にメイドインヘブンだしなぁ。

主人公の活躍にしても、こいつが活躍してる場面がまるで浮かばないと言うか。

ならちょいちょいカットして、カミューラまでクロックアップ!

すると余計読み難くなるんだろうね。

現状で大きく改変する予定のセブンスターズ戦はカミューラ、タニヤ、アビドス。



難しいねぇ。解決策はちゃんと質を落とさず、量を書く! はい無理ゲー。

大山と神楽坂は犠牲になったのだ。

レイだけ扱いがおかしい? ははは、そんなはずないさー。

神楽坂はセブンスターズ中に出てくるよ、多分。

どっかで出てくるでしょう。

って言うか、今のところ神楽坂メインで二本くらいやっちゃいそうなんだが。

いやほら、最近クロウと一緒にマジンカイザー乗ってたしさ。

何の関係があると訊かれてもその、困る。



レイは書きたかったから。っていうか裁きをはっ倒すバーストレディ書きたかった。

バーストインパクトOCG化マダー?

恋する乙女→ダメージを受けて相手のコントロールを得る。だってそれが恋だろう?

ユベル→攻撃してきた相手にその攻撃力のダメージを与える。だってそれが愛だろう?

ってか恋愛とか書くのムズ過ぎるんだが。俺には無理だとスパークマンを書いてて思った。



言うまでもないだろうが、“らぶ”→“恋する乙女”。“くらいしす”→“裁きの龍”。

勿論、“キミの事を想うと”→“これから姐さんにしばかれるかと思うと”

当然の事ながら“はーとが(物理的に)ばーすと!”→ “(((;゜Д゜)))<gkbr”



あとユニファー不人気すぎワロタ。俺は気にいってるけど。

キャラの不安定感とか。書いてる側も何故か理由が分からない動き方するし。

デュエルは凄まじく書きづらいけど、氷結界だから。



書いててキャラが分からない、ってのは逆に凄い個性だよね。

前回のデュエルだって、デュエルしましょう!→デュエル!→きゃーやられたー!

にしようと思ったら、何故かああなった。

復讐とかいきなり何言い始めたんだこいつ、とか書いてて思ったもん。



この状態から個性として纏めて、やっとキャラが完成するんだろうね。

やー、こうやって勝手に動いてくれる奴は最終的にどこまでいくのかね。

まともに作品書き上げた事なんてないから、自分自身結構楽しみではあります。

その前に失踪しなけれ(ry



パラさんは骸骨戦前のパラさんだね。時間行き来してる分、時系列はごっちゃりしてるから。

まだ青眼と真紅眼は持ってないよ。どうやってパラドクスだしたんだろう。



>>らぶ&くらいしす!のスピリットバリアの説明読んでて思ったんだけど、

>>直接攻撃でしかダメージを与えられない、ってあるけどモンスターがいる状態だったら

>>直接攻撃でもダメージ通らないよな?

>>モンスターがいない状態で、っていう風に書かないと駄目じゃね?



シキ様よりのご指摘。ちょこっと書き換えてみました。

ご指摘、ありがとうございました。



[26037] 復活! 万丈目ライダー!!
Name: イメージ◆294db6ee ID:a8e1d118
Date: 2011/11/13 21:41








宵闇に包まれた空の許、一隻のボートが後部を浸水させ、半ば沈んでいる。

周辺には何もない海洋のど真ん中での沈没。

その上でぽつりと佇む一人の少年にとっては、遭難という言葉が相応しい、命に関わる状況である。

だが少年はそんな事よりも、別の怒りに心を支配されていた。



「クロノスめ……三沢大地め……遊城十代め……!」

『ガッチャッ! 楽しいデュエルだったぜ!』

「うるさいッ!!」



デュエルアカデミアで初めて自分に土をつけた男。

遊城十代の腹立たしいまでに明るい顔を思いだし、思わず自分の想像に対して怒鳴り散らす。

そのまま収まらぬ怒りをぶつぶつと呟く様は、まるで本当に会話をしているようにすら見えた。



「勝ちゃあ楽しいだろうよ……なにがゲロッパだ」

『言ってない言ってない』



ゲロッパだろうがガチョーンだろうがどうでもいい。

ただ、その時からだ。成功を約束されていたこの万丈目準のデュエリスト人生が狂い始めたのは。

丸藤亮が卒業した後は、カイザーの称号を継ぐ事も夢ではなかった。

アカデミアのエリート、オベリスクブルー1年の中でも更にエリート。



何一つ汚点はなかった。

それなのに、高等部へ上がり、あの十代とのデュエルで敗北した。

その後は落ちこぼれのオシリスレッドに負けたドロップアウト以下として扱われた。

オベリスクブルーを監督するクロノス教諭にもそう扱われ、揚句に三沢大地との寮入れ替えデュエルを仕組まれた。



それを利用して目触りな三沢をデュエルアカデミアを排除してやろうと思えば、再び敗北してこの有様だ。

ギリギリと歯を食い縛り、拳を握り込む。



「だが、もう一度やればオレが勝つ!」

『お、いいなぁ! やる気満々じゃん!』

「ぬ、ぎっ!」



再び想像上の十代の憎らしい顔が脳裏に浮かび、挑発的な顔を見せつける。

そのイメージの十代に向かって腕を振るい、吹っ飛ばす。

掻き消えたイメージを、消してやったぞどうだ見たことか、と言わんばかりに笑ってやる。



「ハハハハハッ……!」



しかし、ここは絶海の浮島でしかない。

そんな事は無駄な体力の浪費に他ならないだろう。

そして、無駄な浪費は体力だけではない。

船のポケットに入った500mlのペットボトルを取り出し、キャップを開ける。

僅かばかり残った水を、そのまま咽喉へ流し込んだ。



「こいつが最後か……!」

『なぁ万丈目、早く帰ってこいよ。オレとデュエルしよううぜー』

「ぬぎぎぃ……! うるさぁいっ!!」



纏わりつくような十代のビジョンに腹を立て、一瞬我を忘れた。

そのビジョンを振り払うように思いっきり腕を振るうと、すぽんとペットボトルが手からすっぽ抜けた。

もう水は入っていないが、それでも容器はこれから何とか生き延びる事を望むなら必要な代物。

当然捨てる気など微塵もなかったものを放り投げてしまった事になる。



「ぬあ、あぁあああっ!?」



正気に戻り、それを掴み取ろうと手を伸ばし、身を乗り出す。

当然投げられたペットボトルに手が届くなんていうことはなく、霧の中に消えていく。

その上、体勢悪く乗り出してしまったが為に、万丈目の身体は船から転げ落ち、海水の中へとダイブした。



ざっぷーんと水の柱を立てて落ちる身体。

着衣は重く、デュエルディスクもつけている。その上遭難していたがために心身ともに限界。

万丈目は抵抗できずに、水底を目掛けて沈むしかなかった。



――――おのれぇ十代ぃ! 全部キサマのせいだぁっ!!



沈み行く万丈目は最後に溺れながらも十代に呪詛を吐く。

そして、そのまま意識を失ったのであった。



その万丈目の近くに、音もたてずに巨大な影が忍び寄っていた。











『あにき、ねぇあにき、あにき、あぁにきぃ、気がついてくださいよぉ』



誰かに、何か声がかけられている気がする。

それも自分の顔の目の前で。

張り付いた瞼を開けようとしながら、目の前で小蝿のようにうるさいものを手で跳ね除ける。

矢張り何か聞こえたような気がしたが、開いた瞼の先には何もいなかった。

幻聴か、などと思っていると、今度は違う場所から声がする。



「気がついたようじゃな」

「う……ここはどこだ。くじらの腹の中か? う」



起き上がり、目の前に佇んでいる人物を捉える。

マスクとマフラーで顔を隠し、全身に昆布を張り付けた謎の男。

性別は見て取る事はできないが、声の感じからして恐らく男だろうと思わせた。



周囲はくじらの腹の中にしては、妙だ。

いま万丈目が横たわっていた場所など、海藻でぐちゃぐちゃとなった鉄板らしきもの。

少なくとも何かの生物の腹の中とは考えにくい。



「誰だキサマ、何者だ!」

「ふっふっふ、ワシの名前などどうでもいい。お前、デュエリストなのか?」



両手に持ったカードを見せながら、その昆布男は万丈目に問う。

自分の腕にはめてあるディスクを見ると、セットされていた筈のデッキが無くなっている。

と言う事はあのカードは昆布男のものでなく、そのディスクに入っていたデッキだと言う事だろう。



「そのカードはオレのデッキか。返せ、昆布オバケ」

「残念だが、全てびしょぬれでダメになってしもうた」



男が手を離し、カードはばちゃばちゃと音を立てて水の中へ。

奇しくも三沢に対して万丈目が行った行為が、そのまま自身に跳ね返ってくる事になった。

ぎり、と唇を噛み締めた万丈目はその男を睨むと、声を荒げる。



「このジジイ!」



怒鳴り上げる万丈目を前に、昆布男は懐に手を突き入れると、それを勢いよく引き抜いた。

瞬間、何かが飛来するのを見取った万丈目はそれを掴み取る。

掴み取ったのは1枚のカード。



「そのカードはワシからのプレゼントじゃ」

「プレゼントだと……? ん?」



投げられたカードを見る。

そのカードに描かれているのは、黄色い体色を持つ珍妙な生物。

目玉が触覚のように突き出ており、赤い水玉パンツを穿いたモンスターだ。

名前はおじゃま・イエロー。攻撃力は0、守備力は1000。ついでに、何かの効果を持っているわけではない。

つまり、雑魚モンスターだ。



「なんだ、このカードは……!」

「こ、こら何をする!」



自分のカードを放り捨てられた腹いせに、そのカードを床の水溜りの中に叩きつけようと構える。

すると、昆布男が泡を食って止めに入ってきた。

仕方なくそちらに視線を向けると、安堵したかのように昆布男は言葉を続ける。



「そのカードを捨てると後悔することになるぞ……」

「後悔? どういう意味だ?」

「お前は強くなりたい強くなりたいとうなされていたな。

 クロノスとか、ミサワとかジュウダイとか言っておったが……お前は本当に強くなりたいのか」



自分の恥を晒す失態に唇を噛み締め、舌を鳴らす。



「オレとした事が……!」

『へへへ、言ったろ? この学園で一番はオレだって』

「当り前だ! 力を望まん男が何処にいる!」



再び浮かぶ十代のビジョンを無視して、昆布男に向けて怒鳴った。

その言葉をあざ笑うかのように、その昆布男はまだ質問を重ねてくる。



「その努力をする覚悟があるのか?」

「努力だと……キサマ、誰に向かって―――! オレは万丈目準、万丈目さんだ!!」

「ふふふふふ……努力は嫌い、だが強くなりたい。呆れ果てた奴だ。

 が、まあいい。お前には人と違った能力があるようじゃ。いい場所に連れて行ってやろう」



その瞬間、万丈目の頭上に穴が開いた。

流れ込んでくる海水の渦に、万丈目は頭から呑み込まれた。

ごぼっ、と呼吸しようとした肺に侵攻してくる海水を咳き込みながら吐き出し、

こちらに背を向けた昆布へ射殺さんばかりの視線を送る。



「ぬ、あ……キ、さまぁごぶっ……!?」

「しっかりやるんじゃぞ!」



昆布男はすぐさま別のエリアに退避したようで、こちらの水などお構いなしだ。

周囲を満たすほどに注水され切った空間で、万丈目は口を抑えて、周りを見回した。

どこにも出口らしきものはない。水が流れ込んで来た場所も、既に閉まっている。

このままでは、窒息死する以外の道がない。



そう感じた瞬間、先程の水の入り口が再び開いた。

即座にそちらへと向かおうとした途端、満たされていた水が、急に流れを持って外へ向かう。

なんだ、と首を傾げている暇などなかった。

万丈目の身体は波に浚われて、外へと押し流されたのだ。



流れるプールとかそんな生易しいものではない。

身体が砲弾にされて撃ち出されたかのように、思い切りシャッフルされて放出された。

息を堪えてそれに耐えていると、身体に突然の浮遊感が襲ってくる。

目を開くと、射出された自分が海面を突き抜け、大きく打ち上がった状態なのだと理解できた。

無論、そこからは自由落下である。



「ぐぁっ……!? ぁ!」



地面に叩き付けられた万丈目は頭を横に振りながら起き上がる。

海面から上空に放り出され、そのまま地面に落ちたと言うのに頑丈なものである。



「昆布オバケめ……無茶苦茶やりやがって……!」



起き上がった場所は、まるで日本と思えぬ雪と氷に閉ざされた極寒の大地。

そんな余りに突然な光景に、万丈目は驚きで言葉を漏らす。



「こ、ここは一体どこなんだ……あの建物は……!?」



視線の先に映るのは真っ白な氷原の中に佇む、黄色の建物。

塔のような背の高い建造物を中心に構成されているので、この白一色の風景の中で一際目立っている。

―――昆布の男はいいところに連れて行ってやる、などと言っていた。

そしてこの風景の中に、明確な“場所”として示す事ができるものがあれ以外あるとも思えない。

なら、まずはあそこを目指していくべきか。



「ふん、ジジイめ。オレ様を試す気か。よかろう、この万丈目準を舐めるなよ……!」



どちらにせよ、そこ以外に行くところはない。

その上食料も飲料水も、そしてカードも持ち合わせていない今、それ以外の選択肢もないだろう。

制服の襟を直し、海水を払ってその建物へと向け、歩み始める。











その建物を目前とすると、そこは正面の木製の門以外ただ壁が続いているだけだった。

わざわざ周囲を一周する気もなかったので、その門の前に行き、叩く。

ダンダンダンと断続的に門を揺らし、声を張り上げる。



「開けろ! おい、誰かいないのか!?」

「無駄じゃ……」



門からの反応はなかったが、横合いから声がかかってきた。

そちらに視線を向けると、頭頂部の禿げ上がった眼鏡をかけた男性の姿がある。

所々破けたボロボロのジャケットにズボン、擦り切れたブーツ。そして腕のデュエルディスク。

生きる事に疲労し切ったと言わんばかりの生気のない表情。



「ここはデュエルアカデミアノース校……その門は、40枚のカードがなければ開かない……」

「ここがノース校……? オレはここに来るまでにデッキをなくしたんだ」



どうやらこの男性はここの事をよく知っているようなので、話を聞くべくそちらに足を向ける。

男性はどこからか乾いた木を持ってきて、火を焚いて温まっている。



「扉は40枚のカードがなければ開かない。それがここの入学条件だ」

「ふん……」



海の中に放りだされ、極寒の大地を歩かされ、万丈目の身体は冷えていた。

折角なのでその火で身体を熱する。

どちらにせよデッキのない万丈目ではこの中に入る事は叶わない。

どうしたものかと考えていると、男性は言う。



「だが入る方法はある。この学園の周りのクレバスや洞窟にカードが隠されている。

 それを見つければいい……でなければ、ワタシと同じ運命だ」



そう言って彼は万丈目に目を向け、小さく自嘲の笑みを浮かべた。

つまり、彼は40枚のカードを持っていないのだ。

しかし、デュエルディスクにはカードが納められている。



「お前、それは?」

「このデッキには39枚しかない……

 これだけ集めるのに、ワシは体力・気力を全て使い切ってしまった……」

「ふん、要はただの脱落者か。ならばジジイ、これでそのカードを売れ」



懐からクレジットカードを取り出し、男性に向けて差し出す。

万丈目準としての個人資産だ。

この男が使わないのであれば、自分が有用に扱ってやるまでだ。

一応、万丈目の懐にはあの昆布から貰い受けたモンスターカードが1枚ある。

それでジャスト40枚。条件はクリアできる。

だがしかし、



「い、嫌だ……! これはワタシの生きた証なんだ! お前はそれを奪うというのか!?」



男はそれを拒否し、デュエルディスクを庇うように抱え込む。

それを見た万丈目は軽く鼻を鳴らし、立ち上がった。



「まぁいい、自分の事は自分でやる」



男の言うとおりならば、この周辺一帯には様々なカードがある筈。

どうせならば自分好みのカードを拾い集め、デッキを作るのがいい。

最後に男性が、声を張り上げているのを聞きながら、万丈目は冒険の旅に身を投じたのであった。



「気をつけろ! 強いカードは、より険しい場所にある!!」







それからの万丈目は、一心不乱にカードを拾っていった。

氷山を上り巨大ネズミを獲得し、氷柱の中に封印された逆切れパンダと破壊輪を氷を粉砕してゲット。

氷が浮かんでいる極寒の海水を泳ぐ事でリミッター解除を手に入れ、次なるカードを求めて底の見えないクレバスを降りていく。



――――見てろよ十代、オレは絶対にドロップアウトなんてしない!











そうして、彼は戻ってきた。

40枚のカードを手に入れ、スタート地点であるノース校の門の前に。

そこまでくると見えてくるのは門だけではなく、焚火の前の男性も見えた。

未だに当たり続けているのを見ると、カードを拾うでもなく、諦めるでもなく、ただ茫然としていたのだろう。



「まだいたのか、ジジイ」

「おお! 帰ってきた!? カードを40枚集めたのか!?」

「ああ。北海のシャチと闘い、果てしない断崖を上り、白クマと闘い、吸血コウモリと闘い、遂に揃えたぜ!!」



一体ここはどこなのか、と言わざるを得ない環境であった。

よもやシャチと白クマはともかく、その二種が生きる環境でコウモリがいるとはとても変わった地域である。

元より、ここが地図上でどこに分布されるかなど関係ない。いるんだからしょうがない。



「そうか、では晴れて門の中に入れるのだな!

 よかったよかった……ワシは、キミが去った後ずっと後悔しておった」



男はかけた眼鏡を外し、目頭の涙をぬぐう。



「後悔?」

「ワシはあの時、キミにカードを譲るべきだったのだ!

 若いキミは、ワシのようになってはならん! だが、キミは無事に戻ってきてくれた……

 さあ行きたまえ。扉はキミを迎え入れるだろう」



その言葉に、微かに感じ入る。

万丈目の中で他者とは蹴落とす、あるいは自身を讃える存在でしかないものであった。

純粋に、他者を慮る事ができる人間など自分の周りにはいなかった。

しかも、この男は自分の事などどうでもいい、と。



―――――そんな事を言われて、



「ジジイ……お前も一緒に行くんだ」

「え?」

「オレがカードを1枚恵んでやる。それでお前も40枚揃うんだろう?」

「な、なんと。ワシにカードを……! だが―――」

「41枚揃えたのさ。勘違いするな、オレのデッキには不要なカードだ」



デッキの中から1枚。

あの昆布から貰い受けた、おじゃまイエローのカードを抜きだす。

万丈目のデッキはいずれも行くだけでも凄まじく難易度の高い場所から集めて来たカードで作られている。

そのカードたちに比べれば、攻撃力0のモンスターなど、要らないカード以外の何物でもない。

そうして、男の前にそれを思い切り突き付けてやる。



「そら!」

「おっ?」



万丈目の突き出した腕は横に逸れ、男の目の前から遠ざかる。



「く、くれるんじゃないのか?」

「な、なんだ……この手が、勝手に……!」



勝手に動く手をもう一方の腕で抑え込み、無理矢理動かそうとする。

すると―――ぼふん、と謎の煙がカードのイラストから噴き出す。

その煙の中には、触覚のように目玉を生やした珍妙な生物が現れた。



『ねぇねぇあにきぃ、なんでオイラを他人にあげようとするうんだよぅ』

「な、なんだお前!?」



その珍妙な生物、カードイラストに描かれているおじゃまイエローだ。

そいつはくねくねと気持ち悪く動きながら、万丈目の方に向かってくる。



「どうかしたのか?」

「見えないのか!?」

「なにがです?」



男には見えず、万丈目にのみ見えているらしい。



『あにきにしかオイラの姿は見えないよぉ』

「なにぃ!?」

『ねぇねぇ、オイラを他人にあげたりしないでよぉ』

「ええい、鬱陶しい……!」



目の前でくねくねと動いているおじゃまイエローを振り払うと、今度は後ろに回ってきた。



『お願いだよ、オイラにはホントの兄弟がいるんだ。一緒に探しておくれよぉ』

「ぬ、ぐぃ……! ―――えっと、カードをやるんだったな……ほら」



おじゃまイエローをデッキに戻し、自分のデッキの中で抜いても大丈夫そうな無難なカードを選ぶ。

それを男の手に掴ませ、デッキをデュエルディスクに戻す。

すると男は歓喜し、そのカードを自分のデッキに納めた。これで40枚。条件はクリアできたわけだ。



「ありがたや……! あ、アナタのお名前は……?」

「オレの名は万丈目、万丈目準だ。ジジイ、先に行け。オレは疲れた」



そう言って男が焚いていた焚火に向けて歩きだす。



「おお、万丈目さん! アナタは優しい人だ! だが、ホントにいいのか……?」

「うるさい。言った筈だ、オレはまだ40枚カードがあるんだ。早く行かないとカードを返してもらうぞ?」

「で、ではお先に……中で待っておりますぞ!」



そう言って男は門の前に駆け寄る。

すると、硬く鎖されていた門が開き、カードを集めた者にその門戸を開放した。

駆けこんでいく男を尻目に、万丈目は焚火の前に座る。



「ちくちょう……1枚足りなくなっちまったぜ……」



何をやっているのか、と自嘲の笑みを浮かべる。

ジャスト40枚しかないメインデッキのカードを恵んでやれば、こんな事になると分かり切っていたというのに。



『へへへ! お前さぁ、いい奴じゃん!』

「やかましいッ!!」



また浮かんできた十代のビジョンに、その拳を振るう。

思い切り笑っている奴の面をはっ倒す気持ちで振るった拳は、当然空振りして突き抜ける。

その拳はただの空振りに終わらず、背後の氷の壁にぶつかった。

ぐしゃ、と。いい音をたてる拳。



「い゛っ、たぁああああああああ!?」

『うっわぁ、痛そうだなぁ……大丈夫か、万丈目』

「ええい黙れ! 何もかもキサマのせいだ! ―――ん?」



しかし、その拳を叩き付けられた氷の壁が、びきびきと罅を走らせて、割れた。

氷の破片が飛び散るのを見ていた万丈目は、その氷の中に埋まっていた1枚のカードを見つける。



「なるほど。灯台下暗し、ってわけか……それにしてもお前もラッキーだったな。

 こんなところにあるカード、オレ様じゃなければ気付かなかったろうよ」

『いやいや、偶然じゃん』



氷の破片とともに落ちたカードを拾い上げる。

そのカードを見た万丈目の顔が僅かに、驚きに染まる。



「ククク……あのジジイに感謝しなきゃな……おかげでいいカードが手に入ったぜ」

『なぁなぁ、オレにはないのか? おーい、万丈目ー?』

「お、ま、えは……うるっさぁーいっ!!!」







「よく見ろ! カードは40枚あるぞ!」



門の前に立ち、デュエルディスクを示す。

すると門の上から赤い光が降り注ぎ、ディスクを照らした。

その光に導かれるかのように起動するディスク。

それは門がその者をこの門を通ってよいデュエリストだと認めた、と言う事に他ならない。



ギギギ、と木製らしい音を立てて開く扉。

その中に広がるのは木造建築の家々。西部劇で見そうな拵えに、その並び。

まるで時代錯誤なそのセンスにも驚くが、この極寒の大地の中でこの建築様式……?

と、万丈目は意表を衝かれた気分だった。



なんにせよ、この中でとりあえず誰かに話を聞こう。

そう思い至った万丈目は、歩き始めた。

その途端だった。



一軒の家から、ガラスの割れる音が響いてきた。

そちらへと眼を送ると、その家から放り出される一つの人影。

当然、万丈目はそちらへと駆け寄っていく。

その影の正体は、先程外にいた頭の禿げ上がった男に相違なかったからだ。



「おい、ジジイ! 何があった!?」

「おお、万丈目さん……」

「ふふふ……ちょっと新入生を歓迎したまでよ」



声は、先程この男が放り出された家の中から。

そこにはこの学園の生徒と思しき、大量の人の群れ。

誰も彼も、その男と万丈目を見て嘲笑うかのような表情をしている。



立ち並ぶそいつらを見ていると今度は背後に気配を感じ、振り返る。

同じく、この学園の生徒だろう奴らが万丈目たちを取り囲むように現れていた。



「ようこそ! デュエルアカデミアノース校へ」



再び家屋の中から声がした。

そちらに目を向けると、一際体格のいい男が揺り椅子に座り、万丈目たちを見ている。

明らかに抜きん出た四人の取り巻きを侍らせ、ゆらゆらと椅子にもたれかかっている男は、かなりの手練と見える。



「……お前は?」

「オレはここの生徒会長、人はオレをキングと呼ぶ。

 新入生はここの仕来たりに従い、歓迎を受けなくちゃならねぇ」

「仕来たりだと?」



そうやって笑う顔には、隠しきれない嫌味が現れていた。

尤も隠す気もないのだろうが。



「名付けて死の五十人抜きデュエル。この学園は力こそが全て」



キングとやらがそういうと、周りの四人の取り巻きが、その後を継ぐような言葉を続ける。



「厳格なランク付けが存在する」

「新入生は順列が格下の者から戦い」

「負けたところでランクが決まる」

「五十人抜けたら」

「オレ様が相手をしてやる」



つまりはこの五人が上から数えたトップ5。

この五十人の中でも、天辺に君臨する男たちなのだろう。

そいつらを見ていると、横合いから別の男の声がかかってくる。



「そいつは最初のデュエルで負けた。だから一番ランクが下だ」

「存分に扱き使ってやるぜ」



そいつ、というのはこの頭の禿げ上がった男の事だろう。

最初のデュエルの相手をした、ということはそいつが一番下のランクだったのだろう。

漸く下位の存在ができた男は、嫌味に笑っていた。



力が全て。力無き者には何もない。

分かり易く、公平な不公平を齎す強引なルール。

しかし、その程度で万丈目準が怖気づくかと言えば、それは否だった。



「ふん、オレも暫くぶりのデュエルだ。腕が鳴るぜ」

「テメーの最初の相手はオレだ!」

「テメーじゃないッ!!!」



先程、禿げ頭の男を倒したのだろう男は、一歩前に出て万丈目の前に立ち塞がる。

そいつを睨み返して、自分のデュエルディスクを構えた万丈目は、大きく声を張り上げた。



「オレの名はぁ、一! 十!! 百!!! 千!!!!」



天頂に向け、拳を突き出して名乗りを上げる。

その気迫に一歩、相手となるべく前に出てきていた男は後退した。

流石の気迫、流石の威容。その名は――――



「万丈目さんだぁああッ!!!!!」











圧倒的なパワーで相手を葬っていく万丈目。

そのデュエルタクティクスは五十人のデュエリストを相手にして冴え渡り、全てのデュエリストをねじ伏せた。

いや、たった一人を除き、全てのデュエリストを。



四天王と名乗る四人の取り巻きを同時に相手し、瞬く間に倒して見せた万丈目。

それを揺り椅子の上で見ていたキングは、漸くその重い腰を上げてデュエルディスクを起動した。



「さぁ! 残るのはお前だけだ!」

「ふふっ、よくぞ生き残った。ここまで上り詰めた気力・体力、褒めてやろう。

 しかし、これまでの闘いで手の内を晒しすぎたなぁ。身の程を教えてくれるッ!」



立ち上がったキングの放つ闘気はかなりのもの。

万丈目は、漸くまともな相手のようだと口端を僅かに上げて、笑う。

その万丈目の許にまたまた、十代のビジョンが浮かんできた。



『おぉ~! 強そうじゃん、大丈夫かぁ? 万丈目~?』

「っ……万丈目さんだ……!」



殴ってそのビジョンを打ち消し、自分もディスクを再び構える。

確かに五十連戦に及ぶ闘いで、デッキのカードは九割知られてしまっている。

だが、まだ使っていないカードがある。

そいつを使えば、もう正体を知られたカードの能力もまた、活きるのだ。



「行くぞ、万丈目!」

「万丈目さんだッ!!」

「「デュエルッ!!!」」



「オレの先攻! オレは魔法マジックカード、デビルズ・サンクチュアリを2枚発動!

 二体のメタルデビル・トークンを召喚」



キングと名乗った男の前に、闇色の霧が立ち上る。

その霧は徐々に凝り固まっていき、金属の球体を繋げて作ったヒトガタらしきものになる。

頭部の球体が万丈目の顔を鏡のように映し出し、呪詛を発する。

あれはメタルデビルに相手の写し身を宿らせ、相手から放たれた攻撃をそのまま相手に返す呪いの悪魔。

下手に攻撃すれば、傷つくのは万丈目と言う事になる。



しかし、あれは維持をするのに術者の命を削らねばならぬ魔術。

毎ターンのスタンバイフェイズに1000ポイントのライフを捧げなければならない。

それを二体と言う事は、当然二倍の2000ポイント。

初期ライフの4000のままであれば、僅か2ターンで底を尽く重積。



ならば、それは目的が呪詛にはないことが明白だろう。



「この二体を生贄に、出でよ! デビルゾア!!」



金属悪魔がまるで錆びるようにぐずつき、崩れていく。

それらを動かしていた魔力を収集し、キングは新たな悪魔をフィールドに呼び寄せる。

地面を暗黒に包み、その中から這いずり出て来たのは、悪魔と言うに相応しい魔人。



体色はシアン。

隆々と盛り上がる筋肉の鎧は上半身、特に両腕で発達し、重心は前にずれているようだ。

頭部からは翼飾りにも見える耳、或いは触覚らしきものが突き出ている。

更に肩や肘、首から生えた琥珀色の角の存在が、より一層悪魔としての相貌を完成させている。



黄金に輝く瞳でその悪魔は万丈目を見下ろす。

攻撃力2600を誇る最上級モンスター。生半可な攻撃では崩れまい。

そして、これまでの五十連戦で万丈目は最上級モンスターを1度も使っていない。

だからこその戦術でもあるだろう。



「カードを2枚伏せ、ターンエンド。さぁ、オレの前に屈するがいい―――万丈目!」

「万丈目さんだ! オレのターン!!」



カードをドローすると、そのカードの正体は……おじゃまイエローだった。



「またお前か……!」

『あにきぃ……相手が悪すぎるよぅ、いいじゃんかよぅ、ナンバー2でさぁ』



そのイラストから浮かび上がってくる黄色い生命体は、デビルゾアの強面を見て怖気づいた様子。

ただでさえの雑魚モンスター、その上臆病者でデュエルの邪魔。

などという存在ならば、手札にいられるだけで目障りでしかない。



「うるさい! ガタガタ言わず戦って来い! オレはこの雑魚を守備表示で召喚!!」



おじゃまイエローを守備表示でフィールドに出す。

フィールドに現れるソリッドビジョンでも、いやぁん、などと言って尻を振って抗議をしてくる。

当然、そんなものは無視してデュエルを続行していく。



「更にカードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

「ふはははははっ! キサマのデッキにまともな上級モンスターがいないのは分かっている。

 オレのターンだ、更なる地獄を見るがいい!!」



そう言ったキングはデュエルディスクのボタンに手を伸ばし、発動スイッチを押しこむ。

展開される伏せリバースカードの正体は、



トラップ発動、メタル化・魔法反射装甲!!」



それは、装備カードとして扱われる特殊なトラップ

装備したモンスターが相手モンスターを攻撃する際、その特殊金属化させた身体が相手の攻撃力を吸収し、己が物にする。

実質、相手は攻撃力を半減されたに等しい状況で戦闘を強要される事となるのだ。

それだけでこれが強力なトラップだと言う事は分かろうが、これには更にもう一つ、隠された効果がある。

それこそ、今キングが行おうとしている戦術に他ならない。



デビルゾアの肉体が特殊金属に覆われていく。

元より圧倒的な攻撃力を備えていたデビルゾアだが、このメタル化を施した事によって、更なる強化がなされた。

しかし、それで終わりではない。



「そして、魔法反射装甲を装着したデビルゾアを生贄に!」



メタリックな身体を揺り動かして、デビルゾアが咆哮をあげる。

メタル化した肉体が、それ以上に機械化していく。

肉と金属が混ざり合う変容は、デビルゾアの肉体を全て別物に変化させた。



「メタル・デビルゾア、召喚!!」



その威容は最早完全に先程の悪魔とは別物。

全体の意匠のバランスは似通ってはいるものの、肉を一部たりとも残さず削ぎ落された身体。

完全な機械悪魔として存在するそのモンスターは、唸るように声を上げた。



『おぉおおお……』

「ちっ……!」

「まだだ! 更にトラップカード、正統なる血統を発動!

 このカードは墓地の通常モンスターを攻撃表示で呼び覚ます!!

 当然、蘇るモンスターはデビルゾアだ!!」



地面を突き破り、冥府の底から悪魔が這いずり出てくる。

闇色の吐息を吐き出しながら這いずるその様は、まさしく悪魔のそれだろう。

機械化した悪魔と、生身のままの悪魔。

二体のデビルゾアの攻撃力はそれぞれ2600と3000。

どちらも、万丈目のデッキではそうそう届かないモンスターたちだ。

だが、それでも万丈目準には微塵も諦念はなかった。



『うぉお……攻撃力2600と、3000のモンスターか。さぁどうする万丈目』

「ふっ、おもしれぇ―――!」



自然とまた浮かぶ十代のビジョンに答えていた。

もう答えるのも面倒なのか、或いは逆境こそ愉しむべき、というデュエル馬鹿に毒されたのか。

二体の悪魔を揃えたキングは唇を歪め、万丈目を見据える。



「見たか! キサマのデッキにはこのデビルゾアを凌ぐ攻撃力を持つモンスターはいない!

 キサマのデッキを把握したオレが、圧倒的に有利というわけだ」



確かに、万丈目のデッキにはメタル・デビルゾアの攻撃力3000を越えるモンスターはいない。

だが、一体だけ。一体だけ五十連戦のデュエルで一度も使わず、このデュエルのために温存したモンスターがいる。

そこまで繋げれば……



「喰らえッ! デビルゾアの攻撃! デビルエクスシザースッ!!!」



デビルゾアが両腕を開き気味に地面に着くと、頭の翼状の耳の形状と合わせ、

まるでX字を描いているような体勢となる。

闇の魔力を宿したデビルゾアの咆哮が共鳴し、その体勢で身体が閃光を放った。

それこそデビルエクスシザース。

悪魔の持つ魔力で、敵を断斬する衝撃波。



『ひぃいいいいいいっ!』



それは身体を震わせているおじゃまイエローに向けて殺到し、一瞬で消し飛ばす。

当然だろう。僅か守備力1000程度しか持たないおじゃまイエローでは、最上級の悪魔の攻撃に耐え切れる筈もない。

更に、衝撃波が巻き上げた粉塵を一掃し、機械悪魔が万丈目の許へ向かい来る。

相手の攻撃力は3000に及び、初期ライフの実に3/4の数値。



それをそのまままともに直撃させられれば、万丈目のライフは一撃の許に瀕死手前まで追い詰められる。

陽光に照らされ、金属の鈍い輝きとして跳ね返すボディ。

地面に引き摺られ、大地を削りながら迫るクロー。

その脅威を前に、万丈目はしかし笑う。



トラップ発動! 体力増強剤スーパーZ!!」



万丈目の眼前に現れる毒々しい液体の詰まったボトル。

キャップのようにボトルの上部にくっついている蝙蝠の翼を持った骸骨がカタカタ笑う。

突然自分の敵の前に現れたそれに反応したメタル・デビルゾアの身体が僅かに揺らぐ。

が、しかし。



機械悪魔は立ちはだかるそのボトルに向け、自身の爪を振るう。

最早元々持っていたものか、或いは強化された時に持たされた金属なのか。

それすらも分からなくなってしまった爪の一撃。

下から振り上げられたそれは、毒々しい液体の容器を微塵に粉砕し、その中身をぶち撒けた。

撒き散らされた液体は万丈目の身体にかかり、蒸発するように消えていく。



そしてキャップのようについていた骸骨も砕け、狂笑を遺して消え失せる。

その場で爪を振るう事で、勢いの全てをそこで消化した機械悪魔は動かない。



「こいつは2000ポイント以上の戦闘ダメージを受ける時発動できるトラップだ。

 そのダメージを受ける前に自分のライフを4000ポイント回復させる。

 つまりそいつの攻撃を相殺し、オレのライフは1000ポイント回復するのさ」

「ふん、やるじゃないか万丈目」

「さん、だ!」



4000ポイント分の命の水を内包していた容器は粉砕され、飛沫となって飛び散った分だけ万丈目のライフが回復する。

攻撃力3000の威力を持つ爪で引き裂かれた容器の水は、その分だけ蒸発し、効力を失くした。

しかしその破壊力では内容物全てを蒸発させる事はできず、万丈目にライフの回復を許したのだ。

ゴガガ、と軋むような音を咽喉らしき部分から捻り出したメタル・デビルはそれ以上何もできず、引き下がるより他はない。



自身の許まで帰還する機械悪魔を迎えたキングは微かに口を歪め、相手の健闘を称賛する。

それは当然自身が相手の上に君臨しているとの自覚であり、自信であり、確信ですらあった。



「くくく……そのデッキでどこまでやれるかな? ターンエンドだ」

「オレのターン、ドローッ! ふん、その態度が負けた時どう崩れるか、今から楽しみにしておいてやる。

 這い蹲る準備をしておけ、この万丈目さんの許になッ!!」



だがしかし、そのキングの前に立ちはだかるのは凡百のデュエリストではない。

凡百。否、万般のデュエリストの中で一つ大きく輝く雷光の如き綺羅星。

たかが五十の上に立つ半端なキングでは、万の中で最も輝く万丈目準には及ばない。

それこそが万丈目の持つ誇りであり、驕りであり、厳重に己に化す明確な立ち位置ですらあった。



「手札より、サンダー・ドラゴンの効果を発動!

 このカードを手札から捨てる事で、デッキより同名カード、サンダー・ドラゴンを2枚まで手札に加える」

「なに……? そのカード、効果を使った事は一度も……! まさか、揃えたのか――――!

 あの極寒の大地の中から、3枚の同じモンスターを――――!」



万丈目がカードを墓地に送り、デッキをホルダーから取り外す。

無論、引き抜かれるカードは2枚。2枚しかないなどと、中途半端な事にはなっていない。

そうして舞い込む2枚のサンダー・ドラゴン。

それをキングに見せつけながら、万丈目は不敵に笑う。



「揃えた? 違うな、最強のデュエリストの手には、常に最強のモンスターが舞い込むものさ……

 それに、わざと使わなかったわけじゃない。こいつを使うに値する奴が一人もいなかっただけの事だ。

 更にそれだけじゃあない! オレは手札から更なるカード、融合を発動する!!」



この学園の外で出会った男に言った、41枚揃えたというのはけして嘘じゃない。

ただしそのうちの1枚は、融合デッキにしか居場所のないモンスターだけだっただけの事。

つまり何が言いたいかと言うと、あの男のためにわざわざ嘘を吐いてまでカードをくれてやったわけではないと言う事だ。

そもそも、万丈目準にとってあんな男に何かを恵んでやって何の得があるのだ。

何もない。つまり、それはくれてやる理由がないと言う事だ。

そう。ただデッキの中に気にいらないカードが1枚あったから、それを奴のデッキの中に捨てただけの事。

おかげで、更なる切り札がデッキに舞い込んだのだ。

つまり、それはこの万丈目準の先見の洞察力の賜物としかいいようがない。



『またまたぁ、照れちゃって』

「キサマは黙っていろッ! 手札に眠る二体のサンダー・ドラゴンを融合する!!

 出でよ、双頭の雷龍サンダー・ドラゴン!!!」



雷光が奔り抜け、万丈目の直前に落雷する。

大地を砕き、隆起させ、氾濫を起こす電撃の波動が弾けて柱のように立ち上った。

白光の中で真逆の朱色が身を乗り出してくる。それは、首から先を二つ持つ雷光の巨龍。



双頭の鼻先には落雷を導き、蓄電するためのホーン。

ずしりと巨大な体格に比べ、小さな翼は飛行に適しているようには見えない。

しかし、その本領は龍としての飛行能力などではなく、その角に宿る雷の力に他ならない。

その破壊力はデビルゾアのそれを凌駕する、攻撃力2800に達する。



だが、それでもメタル・デビルゾアのそれには届かない。



「くっ……なるほど、オレと闘うまで温存しておいたってわけか。

 だが、そいつでもオレのメタル・デビルゾアは倒せないぞ!」

「そいつはどうかな、フィールド魔法・シャインスパークを発動ッ!!」



万丈目の背後から溢れる光の波動が、フィールドを覆い尽くす。

目が痛くなるほどに白く染まった世界。それは、光に属する者たちの力を後押しする光明。

当然、雷光の力を宿す龍はその恩恵を掴み取る。

双頭の鼻先から生えたホーンの蓄える電撃が増幅され、その威力を高めていく。



「シャインスパークは光属性のモンスター全ての攻撃力を500アップするフィールド魔法。

 つまり、こいつの効果でキサマのメタル・デビルゾアを上回ったのさ……

 オレのサンダー・ドラゴンの攻撃力が!」

「ちぃっ……!」



到達する攻撃力の数値は、3300。

デビルゾアはおろか、メタル・デビルゾアすら凌駕するパワー。

最上級モンスターの高攻撃力の基準とされる3000の壁を越える、圧倒的な威力。



今、正しくそのパワーを証明せんと雷龍サンダー・ドラゴンは双つの顎を開く。

突き立つ双角に帯電していた雷は、龍の体内を駆け巡って口腔の中へ放出される。

渦巻くように口の中で暴れる雷光を抑えながら、雷龍はその脚部で大地を踏み縛り、胸を張る。

立ち誇るその巨体の威容に、機械化した理性なき悪魔は一歩後退った。



「双頭の雷龍サンダー・ドラゴンで、メタル・デビルゾアを攻撃!

 さあ、この万丈目さんを呼び捨てにした罪を裁く雷で消し飛べ!

 いいか! オレは、万丈目さん! だぁあああああッ!!!」



雷撃が解き放たれる。

雷光が放たれた以上、光速で迫りくる閃光の回避は最早不可能。

故にそれは、生存にしがみ付くために悪魔が行う反逆。



金属の腕を交差させ、自らの前に突き出す。

理性なき存在にも理解できる。それに直撃すれば蒸発するのは自身の存在だと。

ならば、狙うべきは回避。正面からの衝突を回避するより他にない。

光速のそれからは鈍重な身体は逃れられない。ならば、答えは一つ。



雷撃が交差させた両腕に到達し、その威力で持ってメタル化した腕を溶解させていく。

機械化し、本能でなく演算で行動を決定するそのシステムが、そのタイミングだと判断した。

腰部の駆動部が最速で回転し、上半身を捻り上げる。

正面から雷光が衝突したその瞬間、身体は即座に反転していた。

メタル化は元より魔力を反射するための措置。

その能力は許容量を越える龍のブレスに通じずとも、効力が絶無なわけではない。

捻り上げた身体の動きに沿って、雷撃は流れを変えて後ろへ受け流された。



溶解した両腕を犠牲にしたとは言え、その瞬間的な危機判断能力。

それは本能のままに貪る悪魔のそれを越えていると言える。

しかし、龍にとってその程度の反逆はなんの意味も持たない。

続け様に、双つ目の顎から雷撃が解き放たれた。



一撃目を防ぐため、両腕を肩口まで消失した機械悪魔にそれを防ぐ術などない。

決死で繋ぎ止めた生命線は、いとも容易く龍のブレスに吹き飛ばされる。

メタル化など成されていようがいまいが関係ない、と。

双頭で雄叫びながら、光の中に消滅していく悪魔に咆哮する。



その攻撃力の差分は300。

けして動かぬ差ではない。しかし、それを制するのは二体のうち、ただ一体。

爆散するメタル・デビルゾアの巻き起こす風の中で、キングは微かに歯を食い縛った。

その表情に見て取れる僅かな焦燥は、恐らく見間違いなどではあり得まい。



キングのライフは3700。ダメージとしては微々たるもの。

しかし、今の攻防で流れを握っているのがどちらなのか、理解できない実力ではない。

この覇気、この闘気。奴は―――万丈目準は、強い。或いは自身よりも。

だが、と唇を歪める。



この戦場を支配するのは、このフィールドのキングである江戸川遊離!

アウェイな環境で五十連戦を戦い抜いたそのタクティクス、スピリッツ、それは驚嘆に値する。

しかし、蓄積された疲労、晒された構築、狭められた戦術、どこをとってもキングの勝利は揺るぎない。

勝者は全てを手に入れ、敗者は地に這い蹲るのがここのルール。

そのルールの許、徹底的に叩き伏せて、敗北を味あわせてみせよう。



「オレはこれでターンエンドだ」

「ならばオレのターン! ドローッ! 魔法マジックカード、強欲な壺を発動して更に2枚をドロー!」



万丈目が徹底抗戦を望むと言うのならば、それを悪魔の如きパワーで粉砕するのがキング。

手札に加えた更なる2枚を見て、口元を歪める。

そのうちの1枚を手札より引き抜き、万丈目の前に晒す。



「オレは、デビルゾアを生贄に捧げる事で更なるモンスターを召喚する!

 見るがいい、万丈目! 伝説の三幻神、オベリスクの巨神兵をも越える可能性を秘めた悪魔!

 いや、神にも悪魔にもなれる最強のモンスターをその眼に焼き付けろ!!」

「なに……! オベリスクの巨神兵を越える、だと……!?」



オベリスクの巨神兵と言えば、デュエルモンスターズ界で知らぬ者はいなかろう。

伝説。否、生ける神話に等しきデュエルキング・武藤遊戯のしもべ、三幻神の一体。

ペガサス・J・クロフォードがデュエルモンスターズの起源として語る、エジプトの石碑に描かれた王の力の化身。

そのカードはただのカードではなく、神秘的な力を内包する、カードを越えたカードとされている。

無論、かつて万丈目が属していた学園のオベリスクブルーの名も、そこからきている。



一度オベリスクが降臨すれば現世は灼熱の疾風に見舞われ、大地の蔓延る魔物全ては屍と化すと云われている。

それほどまでに強力な力を秘めたモンスターが、自身の手にあるとキングは語る。

万丈目の身体が、その言葉を受け緊張に固まり、キングの挙動を見守る体勢となった。

ニヤリ、と唇を吊り上げたキングはそのカードとデビルゾアを入れ替え、ディスクに差し込んだ。



「デビルゾアの血肉を喰らいその姿を現せ、最強の魔神獣!!

 偉大魔獣グレートまじゅう ガーゼットォオオオッ!!!」



大地を砕き、赤銅色の五指が地中より生えて来た。

地上のデビルゾアの首を掴み取ったその腕が、悲鳴を上げる悪魔を地中に引き摺り込み、その魔力を己が物とする。

魔神は、供物として捧げられた魔物の魔力を自身に取り込む事で力を得る。

つまり、その攻撃力を決定するのは生贄に捧げたモンスターの攻撃力。



「ガーゼットの攻撃力は、生贄にしたモンスターの攻撃力の二倍となる。つまり―――」



地中より、供物を喰らった魔神がその姿を地上に顕現させる。

ダークブルーの肉体に、赤銅の骨格を張り付けた魔神獣。

その頭部には二本の角が聳え、雷鳴を響かせている。

角に帯電させる、という性質こそ万丈目の従える龍と似通ってはいるものの、その破壊力は段違い。

デビルゾアの魔力は2600。つまり、それを喰らった魔神獣の攻撃力は5200を誇る。



「こ、攻撃力5200……だと……!?」

「さっきの言葉、キサマに返してやろう! キングに刃向かった裁きの雷を受けるがいい!

 さあ偉大魔獣グレートまじゅう ガーゼットよ、万丈目にその雷撃を喰らわせてやれ!!」



魔神は両腕を胸の前に組んだまま、不動。

しかしその角に蓄えた雷撃を解放し、周囲に余波を撒き散らしていく。

偉大なる魔獣の角に宿る雷は、龍の角に宿るそれを遥かに凌駕している。

光明の後押しを受けてなお、その差は覆すどころか相殺する事すら敵わない。



組まれていた両腕が解かれ、ゆっくりと腕が下ろされる。

赤銅の指で示すのは万丈目のフィールドに存在する雷龍の姿。

角から零れ落ちた光の破片は、魔獣の指示で敵の許に殺到するのを待つ猟犬。

魔獣の瞳が一際大きく輝くと同時、それらの暴力は解き放たれた。



それらの閃光は当然雷速で迫り、双頭の雷龍サンダー・ドラゴンを撃ち抜くためのもの。

元より高い知性を持つ龍であり、かつ自身が雷を操るが故にその攻撃の脅威も熟知している。

突き出される双頭の双角が、その中に秘められた力を限界まで行使し、雷光を解き放つ。

爆発的に解放された雷光の壁は龍の周辺一帯を塗り潰し、迫る同属の攻撃を防ぐための壁として用いられる。



だがしかし。

顔面をピクリとも動かさず、魔神は自身の放つ雷撃に更なる力を込めた。

未だ余裕を保ちながら、何の事はなく、微かに五指を動かした程度で雷撃の威力は倍する。

最早極光と呼ぶべき雷光は、全能力を行使し立ち向かう雷龍の電撃をいとも簡単に撃ち抜いた。



悲鳴を上げて、極光に呑み込まれた雷龍が暴れ狂う。

焼き払われ、その頭部の角を打ち砕かれた巨体が大地に転げた。

しかし、それでも同属の力を持っていたが故か、虫の息で永らえる巨龍の姿を認めた魔神が動く。



解いた腕を胸の前で組み直し、その顎を開く。

まるで呼気を吐き出すかのように噴き出す竜巻が、瀕死の雷龍に向けて放たれた。

大地を抉り取りながら向かい来るそれに、瀕死の龍が反応できる筈もない。

肉体を引き裂かれ、粉微塵に吹き飛ばされる雷龍。



そして当然、攻撃表示同時のモンスターの戦闘による結果は、プレイヤーに叩き付けられる。

攻撃力5200の魔神に対して、雷龍の攻撃力は3300。

その差、1900ポイントが万丈目の負うダメージとなり、身体を襲う。



「ぐぅうううううううううッ!!」



竜巻は龍を消し飛ばした勢いのまま、万丈目に襲い来る。

足が地面から引き剥がされそうな突風の中で、顔の前に腕を翳し、何とか耐え抜く。

しかし、温存していたエースは薙ぎ払われ、回復させていたライフも3100まで削られた。

更に相手の場には攻撃力5000オーバーの魔神。

状況は悪くなるばかりで、好転させられる状況を導く手はない。



――――上等だ……! 十代などにできて、オレに出来ない筈がない……!



「オレは、これでターンエンドだ。どうした、万丈目? 顔色が悪いようだが?」

「ふん、黙っていろ! オレのターン、ドロー!」



手札に舞い込んだカードを見て、デッキの中に眠るカードと照らし合わせる。

今の状況を打開するために必要なのは――――最後の切り札。

氷の中に眠っていたカード、メインデッキに唯一投入した最上級モンスター。

だが、あの魔神を前にそう簡単に生贄を揃える事はできないだろう。

ならば、



「オレは魔法マジックカード、貪欲な壺を発動!

 墓地のおじゃまイエロー、三体のサンダー・ドラゴン、双頭の雷龍サンダー・ドラゴンの五体をデッキへ。

 その後、デッキをシャッフルしてカードを2枚ドローする!

 更に魔法マジックカード、強欲な壺を発動してカードを2枚ドロー!!」



必要限のカードは揃った―――――後は、文字通り、次のターンのドローカード次第。

手札は4枚。より確実に、手札を揃えるためには手札は可能な限りだ。



「オレはカードを3枚伏せる。そして、永続魔法、悪夢の蜃気楼を発動!」

「ちっ……手札を増やす気か」



悪夢の蜃気楼は相手ターンのスタンバイフェイズに手札が4枚になるようにドローするカード。

その代償として、次の自分のターンのスタンバイフェイズに前のターンに引いた数と同じだけ、手札をランダムに墓地へ送る。

自分のターンに手札を持ちこせず、かつドロップのランダム性から手札交換としては使い辛いデメリットはある。

しかし、コンボパーツとしての有用性は、デュエリストであれば知るところだろう。

伏せたカードが、その悪夢の蜃気楼の能力を最大限に活かすカード。

キングはそう読んだ。



「ターンエンドだ」

「オレのターン、ドローッ!」

「キサマのスタンバイフェイズ、オレは手札が4枚になるようドローする」



引き抜くのは4枚のカード。

それらのカードに目を通した万丈目は微かに唇を歪めた。

ここまではクリア、しかし最も重要な1枚が足りない。

その上、当然これを狙う上で最も重要な、次のスタンバイフェイズの事もある。

次のターン。ドローフェイズでドローしてその1枚を引き当て、かつそれを手札に残せるか……



「バトルだ! ガーゼットで万丈目に―――!!」

「させるかぁッ! キサマの攻撃宣言前にトラップを発動、威嚇する咆哮!!」



万丈目の背後に二足で立つ魔獣が降臨する。

獅子の肉体、烏の翼、蠍の尾、それらを持ち合わせる魔獣の姿に、一瞬だが魔神すら僅かに怯んだ。

その瞬間を見逃さず、双眸の中で真紅の瞳を爛々と輝かせ、その魔獣は咆哮を上げた。

大地を鳴動させるそれは、周辺を音の結界で蹂躙する。



ガーゼットがその威力に鼓膜を叩かれ、音を認識する能力を一時的なれど消失する。

魔獣の咆哮を喰らった魔人には、攻撃指令を受け取る事ができなくなったのだ。

その様子に笑いながら、万丈目はキングに声をかけた。



「キサマの攻撃宣言をモンスターは受け取れない。さあ、どうする」

「……ターンエンドだ!」



悔しげにエンド宣言を行うキングを見て、万丈目はデッキに目を向けた。

ここで引けなくば、恐らく敗北しかない。

ならば、引き当てるだけだ。それ以外に道が開けないのであれば、導くのみ。



目を瞑る。

そうして、デッキから1枚のカードを引いた。眼は、まだ開けない。

引いたカードを確認しないまま、それを4枚の手札と合わせて、5枚のカードをシャッフルする。

今ドローしたカードが万丈目の望むカードであり、かつそれを手札としなければならない。



ならば、と。

目を閉じたままに、5枚のカードを頭上に放り投げた。

キングの驚愕の声にも心を揺らさず、一つだけ念を思い描く。

勝つ。ただ、勝利を求める。最強の座を求める。

オレとともに闘う気があるならば、オレの手にこい。来たならば――――勝利をくれてやる。



天に手を伸ばすと、1枚のカードが手に触れた。

口許が知らず、凶悪に歪んでいく。そのカードを手に取り、瞼を開いた。

オレと共に闘う事を選ぶか。ならば、行くぞ―――――!



はらはらと散っていく4枚のカードを見て、その中の1枚に眼を留める。



「オレのスタンバイフェイズ! 悪夢の蜃気楼の効果で、手札4枚をランダムに墓地ヘ!!

 更に、この効果で墓地に送った、ミンゲイドラゴンの効果を発動!

 スタンバイフェイズ、ドラゴン族以外のモンスターが自分の墓地に存在せず、自軍のフィールドにモンスターがいない時!

 このカードは墓地より特殊召喚する事ができる!!」



舞い散るカードの1枚を掴み取り、ディスクに叩き込む。

黄色い首長の竜が冥界の門を潜り抜け、万丈目のフィールドに舞い戻る。

亀のような造形。長く伸びた首では大きな口が開き、無感情な白い眼が光っている。



その他、3枚のカードを墓地に掴み取り、墓地へと送りこむ。

無論、これらのカードはミンゲイドラゴンの効果を阻害するモンスターではない。

そして、最後に残った1枚の手札を相手に見せる。



「ミンゲイドラゴンはドラゴン族モンスターを召喚する時、一体で二体分の生贄となる……

 つまり、オレの手札に残った最上級モンスターを召喚する事ができる」

「最上級モンスターだと……? お前は一度も……大した奴だ、万丈目。

 死の五十人抜きデュエルを、こうまで余力を残して打ち破るとは―――――!」

「違うな。お前に勝って、五十一人抜きだ。

 ミンゲイドラゴンを生贄に捧げ―――――! 来い、我がしもべ光と闇の竜ライトアンドダークネス・ドラゴンッ!!!」



光が降り注ぎ、闇が沸き立つ。

ミンゲイドラゴンの身体がその二色に呑み込まれて、新たな形を描いていく。

身体を縦に二分して、正面から向かって左を白。右を黒で染めた竜の姿が現れる。

天使と悪魔の翼を羽搏かせ、白黒二本の尾を振るい、その竜は万丈目の頭上で生誕の息吹を上げた。



「ラ、光と闇の竜ライトアンドダークネス・ドラゴンだと……!?

 オレの知らないカードが、この学園の周りに落ちていたのか……?」



万丈目の耳に、声が響いてくる。

この場で会えた事に、この場で闘える事に歓喜する咆哮。

まるで先程から見えていたおじゃまイエローと同じく、精霊でも宿っているかのように。

あれほどまでに明確に声を発しているわけでもないが、それでも咆哮の中に心を感じる。

行ける、勝てる、と。確信できるほどに力強く響く竜の声を耳にし、笑う。



「ククク……これでオレはターンを終了する。見せてやる、オレの力をな……!」

「ぐ、……だが、そいつの攻撃力は僅か2800程度。フィールド魔法、シャインスパークの効果を受けても3300!

 オレの場に存在するガーゼットの5200にはまるで届かない!」

「そいつはどうかなぁ? まあ、やってみれば分かる話だ。ガタガタ言わずにかかってこい!」



キングはその自信を漲らせる万丈目を見て、微かに怯む。

だが、どう考えてみたところで奴にガーゼットを倒す事はできない。

攻撃力の差は1900。

これまでのデュエルで、そこまでの攻撃力上昇を促すカードを持っていない事は分かっている。

しいて言うならばリミッター解除を持っている筈だが、あれは機械族にしか効果はない。

つまり、奴に逆転の手段はないという事だ。



「オレのターン!!」

「キサマのスタンバイフェイズ、悪夢の蜃気楼の効果でカードを4枚ドロー!」

「―――オレは更に、魔法マジックカード天使の施しを発動!

 カードを3枚ドローし、その後手札から2枚のカードを選択して墓地に送る!!」



天使がキングの前に現れ、デッキからカードを引くように促そうとし――――

その瞬間、竜が吼えた。



翼を大きく広げ、その身体から明暗の光を解き放つ。

白と黒の光は交わらず、二色のまま天使を目掛けて殺到し、その姿を呑み込んだ。

光に包まれた天使は、その力を発揮せぬままに崩れていく。



「な、なんだ!?」

光と闇ライトアンドダークネスの効果発動!

 魔法マジックトラップ・モンスター効果が発動した時、攻守を500ポイント下げ、発動を無効にする!」



宿した力の一部を解き放った竜は、その攻撃力を2800、守備力を1500ポイントまで減じさせた。

それを見たキングは驚きの中にも即座にその弱点を見つけ、ニヤリと嗤った。

そのドラゴンの能力を説明されたにも関わらず、2枚のカードを手札から引き抜き、ディスクに差し込む。



「ならばオレは、魔法マジックカード、黙する死者と3枚目のデビルズ・サンクチュアリを発動!

 そいつは強制効果なんだろう? さぁ、無効にしてもらおうか!」

「っ……!」



キングの目論見通り、光と闇ライトアンドダークネスは効果の使用選択はできないが故、その2枚を無効化する。

自信の能力を犠牲にして、発動する魔力の凝りを霧散させる。

二回連続で発露した光と闇の波動の分だけ、竜の力は減衰する。つまり1000ポイント攻守を失ったのだ。

これで攻撃力は1800。守備力は500ポイント。

あと一度でも効果が発動すれば、守備力は0ポイント。その効果すら失う事となる。



その上、攻撃力5200のガーゼットと攻撃力の差分は3400。

ライフポイントが3100しか残っていない今、その戦闘を成立させられれば決着がつけられる。



「しかも、お前は自分のモンスター効果のせいで、攻撃を防ぐトラップを発動しても無効になる!」



光と闇ライトアンドダークネスの効果は強制であり、かつ相手を選ばない。

万丈目が攻撃を防ぐための準備をしていても、この竜の効果が生きていればその効果に無効化されるのだ。

これで幕だ、と。キングは最後になるだろう指令を下す。



「ガーゼット! そのドラゴンを吹き飛ばせ!!」



魔神がその身体を揺り動かし、角から雷光を解き放つ。

狙い澄ましたその攻撃が向かう先は言うまでもなく、光と闇の竜ライトアンドダークネス・ドラゴン

雷撃は弾けながら目標へ向けて迸り、その威力を発揮せんとうする。



だが、万丈目がそれを見逃す事はない。



「カウンタートラップ、攻撃の無力化!!」



光と闇の波動を潜り抜け、その異次元の孔は出現する。

全てのモンスター効果を越え、一つ上の次元で発動するトラップ

如何なる強力なモンスター効果とはいえ、ベースとなるステージが違う以上、効果を及ぼす事は敵わない。



ドラゴンの前に開かれた異次元に通じる孔は、放たれた雷光を全て呑み込んで消え失せる。

荒れ狂う雷光を呑み干した孔が消え去った後、僅かに帯電した空気が爆ぜる。

唸りを上げる魔神を見据え、万丈目は微かに笑う。



「カウンタートラップに対抗できるのはカウンタートラップのみ。

 つまり、強制効果であろうともモンスター効果は発動できない」

「くっ……! 巧く逃げやがって―――ターンエンドだ」

「オレのターン! ドローした後、悪夢の蜃気楼の効果で4枚を墓地ヘ!」



目を瞑り、5枚の手札をシャッフルした後、1枚を選んで残りを墓地へ送る。

残った1枚のカードを目を開けて確認し、唇を歪める。



「カードを1枚伏せ、ターンエンド!」

「オレのターン! ドロー!」

「悪夢の蜃気楼の効果! 手札が4枚になるようにドローする!!」

「ふん、キサマが唯一この状況で攻撃を防ぐ事のできるトラップを使ってしまった以上、関係ない!

 さあ、最後のバトルフェイズだ!」



ガーゼットの角から溢れる雷光が、シャインスパークで塗りたくられた世界を更なる白に染め上げる。

僅か攻撃力1800まで貶められた竜には、それを防ぐ事など敵わない。

もし、万丈目がサポートを行おうとすれば、逆に彼の竜の攻撃力を低下させる悪手にしかなりえない。

だがしかし、万丈目はそれを宣言する。



「キサマの攻撃宣言時、前のターンに悪夢の蜃気楼の効果で墓地に送られたネクロ・ガードナーを除外する!」



ネクロ・ガードナーの効果は、相手のターン中にこのカードを除外する事でそのターンに行われる攻撃を一度だけ無効にする。

その効果は墓地で発動するが故に阻害するのは難しく、墓地に送られた時点で攻撃を一度無効にされるのを前提にせねばならないほど。

しかし、それすらも凌駕するのは光と闇の力を併せ持つ、白黒の竜。



万丈目の前にぼんやりと浮かぶ、攻撃無効を促す幻影。

それを睨み据え、光と闇の竜ライトアンドダークネス・ドラゴンは高らかに吼えた。

途端、崩れ落ちていく幻影が力を失い、攻撃無効効果が消え失せる。



「バカめ! 自分のモンスターの効果を見失ったのか!」

「いぃやぁ? これで、準備は整った……!」



それを無効にした光と闇の竜ライトアンドダークネス・ドラゴンの攻撃力は1300。

そして、守備力は0。つまり、もう効果を無効にする効果は発動しようがない。

万丈目の場に残る2枚の伏せリバースカードは、その力を余す事なく発揮する。



トラップ発動! 反転世界リバーサル・ワールド!!」

「なんだと!?」



全てを逆さまに改変する逆転の呪いがカタチを成す。

それは効果モンスターの攻撃力、守備力にを真逆にする、世界の転覆。

引っ繰り返されるのは両軍全ての効果モンスターに及ぶ。

つまり、どちらのモンスターも守備力0の今、互いの攻撃力が示すのはともに、0。



「バ、バカな……! オレの最強の魔神の攻撃力が、0にされただと!?」

「最強だのなんだのと、そんなものは1枚のカードであっさりと覆るのさ……!

 オレは、そう。あの十代のバカさえいなければ、いまもデュエルアカデミアのキングとして君臨していた……!

 分かるか、キサマにオレの苦しみが……!

 だが、今のオレはその経験をも克服し、奴を越える新たなる次元に踏み込んでいる!

 我武者羅にカードを集め、この最悪の環境の中でオレは、新しい自分の姿を見つけた!

 それを奴に見せつけろ! 光と闇の竜ライトアンドダークネス・ドラゴン!!!」



力を消失した二体の魔物が交差する。

黒白の体色の竜がその顎を開き、白光の息吹を解き放つ。

魔神の角が震え、招雷する。

互いが放つ攻撃はしかし、威力を持たない張りぼて。



白光と雷光は真正面からぶつかり合い、その外見をぶち撒ける。

眼も眩むような白い攻撃のエフェクトが弾け飛び、二人のデュエリストの視界を塗り潰していく。

魔神が胸の前で組んでいた腕を解き、その顎を開く。

弾け飛ぶ閃光の中で、竜はその咽喉の奥から闇を溢れさせながら、魔神へと向け飛翔した。



開かれた魔神の口腔から放たれるのは、偉大魔獣の咆哮グレートタイフーン

本来ならばそれは周辺一体を荒野に変貌させる暴風であるが、今その力は完全に失われている。

しかし、その威力に逆らって飛ぶ能力が竜の翼に残っていない事も、事実。

相討ちか、と。身構えるキングとは反し、万丈目の眼はそんなものを見ていなかった。



「オレは全てを持っていた。

 ただ、何一つ落ちぶれる理由は持っていなかった。だが、今オレはここにいる………!

 誰もが羨み、誰もが望み、誰もが妬む場所に立っていたオレは今、誰もが避け、誰もが蔑み、誰からも見下される場所にいる。

 だがオレは諦めない……諦めてたまるものか!

 オレは返り咲く! この苦しみ、この憎しみ、この怒りを全て糧にして、それを燃料に新たなる万丈目準へと!!!

 手札1枚をコストにトラップ発動! ライジング・エナジーッ!

 オレの怒りを宿したその翼で、そんな逆境など超越してみせろ! 光と闇ライトアンドダークネスよ!!」



ライジング・エナジーは、エンドフェイズまでモンスター一体の攻撃力を1500アップする効果を持つ。

互いに攻撃力を失くした状況で、その効果をどちらか片方が得ればどうなるか。

言うまでもなく、簡単にその結果は結実する。



竜が吼える。

竜巻の渦中に在りながら、己の主の命令を聞きとった竜がその双眸の輝きを一層強くした。

白き翼が雷光を纏い、黒き翼が雷鳴を裂く。

咆哮とともに、戦場を翔ける一陣の閃光と化した竜の姿が、風の檻を引き千切り飛翔する。

魔神の口腔から放たれていた竜巻は中断し、その攻撃を霧散させていく。

効かぬ攻撃を取りやめた魔神の次なる行動は、両腕を前に差し出しての防御であった。



瞬間、閃光と化した竜の姿が魔神の眼前に出現する。

鋭利な牙の生え揃う顎が、敵対するモノに剥けられた。

黒白の竜の首が、翳された腕の一本に喰らい付いた。

腕を銜えこむ竜の咽喉から、闇色の光が溢れ出すと同時、その腕が蒸発していく。



腕一本を持って行かれた魔神が後ずさる。

だが、自身と相手の距離を少しでも開けるべく突き出されたもう一本の腕を目掛けて更に牙が剥かれた。

ぐちゃりと肉が潰れ、千切られる音を響かせながら残る腕が噛み砕かれる。

口腔の中で弾ける白い閃光が、その残骸を消滅させた。



両腕を失った魔神がそれでもと、角に宿る雷光を解放した。

溢れ返るように噴出する雷の流れを白い翼で断ち切る。

なおも魔神は攻撃を続ける。口腔で渦巻く竜巻が、目前の竜を目掛けて放たれた。

荒れ狂う風の暴力の中に突き込まれる黒い翼が閃き、砕く。



全ての力を使い果たし、しかし相手を止め切れぬ魔神の動きが止まる。

その瞬間、胸を膨らませるように身体を逸らし、竜はその顎の中に光と闇と、雷を蓄えていく。

既に決した勝敗は、覆らない。それを察した魔神は、ただその竜の攻撃を見送る。

雷を交えた、白と黒の二色が描く螺旋光。

それは相手の目前で放たれたが故に、回避の間も与えず魔神の姿を呑み込んだ。

ドロドロに溶解していく魔神の姿を見て、更に襲い来るダメージに気圧されたキングが唸る。



「ぬぅうううううう……!」

「ガーゼットの攻撃力は0。対して、光と闇の竜ライトアンドダークネス・ドラゴンの攻撃力は1500。

 キサマには、そのまま1500ポイントのダメージを受けてもらおうか!!」



キングのライフは3700であり、2200まで命が削り落されていく。

万丈目のライフは3100。逆転された様であるが、それでもキングの優位は揺るがない。

彼はガーゼットを倒すために自分の切り札を完全に犠牲にした。

光と闇の竜ライトアンドダークネス・ドラゴンの攻撃力はエンドフェイズには0となる。

続くのは万丈目のターンだが、ライジング・エナジーのコスト確保に手札1枚を使用した。

それ故、次のターンドローしたカードを含め、悪夢の蜃気楼の効果で墓地に送らねばならないのだ。

万丈目は次のターン、何もする事ができない。



「……オレは、カードを1枚伏せてターンエンド!」

「キサマのエンドフェイズ時、光と闇の竜ライトアンドダークネス・ドラゴンの攻撃力は0に戻る。

 そして、その瞬間オレは最後の伏せリバースカードを発動させてもらう!!」

「なにっ!? このタイミングで、何をする気だ……!」

「見ろっ! この本来気高く、空を制する竜が周りの重圧に翼を折られ、その力を失っている姿を!」



そう言って万丈目は自身が侍らせる竜の姿を指す。

元の攻撃力2800は全て消え失せ、その攻撃力は今や0。

尤も、本来0になったのは守備力であって攻撃力ではなかったのだが、その本来の力が失われているのは確かであろう。



万丈目が何が言いたいのか測りかねたキングが、怪訝な表情で万丈目を見ている。

が、見られている当人はキングの視線など関係なしに、己の感じた言葉ばかりを吐き出していく。



「この竜は正にオレ自身! オレは、オレ自身を破壊する! 今までの、万丈目準をッ!!!

 オレは再び手札1枚をコストにする事で、トラップを発動、サンダー・ブレークッ!!!

 このカードの効果により、フィールドのカード1枚を破壊するッ!!」

「オレの場のカードは、伏せリバースカード1枚のみ……!」

「何を勘違いしている! 言った筈だ、オレが破壊するのは、オレ自身だぁッ!!!

 今までの万丈目準はこの日、この時、この場所で破壊される!

 これからのオレは、ただの万丈目準を越えた、万丈目準!!」



万丈目がその指を天に向けて突き出す。

その直上に急激に集束していく雷雲の影が、漂いながらその中で雷鳴を轟かせた。

目掛けるのはモンスターの姿ではなく、天を指す万丈目準の姿。

落雷が放出され、それは紛う事なく真下に存在する万丈目に向けて放たれた。

それが自身に直撃する寸前、万丈目が吼える。



「万丈目・サンダァアアア・ブレェエエエエエエエエエィイクッ!!!!」



雷が万丈目の頭上に落ちた。

大地がめくれ、空気が弾け、炎が周囲に巻き上げられる。

その威力の中に巻き込まれ、光と闇の竜ライトアンドダークネス・ドラゴンの姿が焼き払われていく。

サンダー・ブレークの対象として選ばれたのは、そのドラゴンに他ならない。

破壊の雷の勢いで消滅していく竜は、最後に万丈目に向かい、その声を高らかに響かせた。



「自分のモンスターを破壊するだと!? どういうつもりだ、万丈目!」

「違ぁうッ! 今のオレは―――今からのオレは最早万丈目ではない! その名は―――――!!!」



光と闇の竜ライトアンドダークネス・ドラゴンが燃え尽きた場所を基点に、光と闇が渦を巻く。

まるでマグマを噴き上げる火山の如く、二色を噴き出すそれは万丈目を覆い隠すほどに氾濫する。

そして溢れる光と闇の中に姿を覆われた万丈目の声が、その壁を打ち崩す。



「万丈目――――サンダァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」



光と闇の氾濫が吹き飛ばされる。

万丈目のフィールドを余す事なく包み込んでいたそれが消えた先、そのフィールドに存在していたカードは消えていた。

フィールド魔法・シャインスパーク。そして無論、本来ある筈の永続魔法・悪夢の蜃気楼も。



「な、なんだ……どうなった―――!?」

光と闇の竜ライトアンドダークネス・ドラゴンは、破壊され墓地へ送られた時、隠された効果を発動する!

 自分のフィールドに存在するカードを全て破壊し、墓地よりモンスターを一体特殊召喚する!!!」

「くっ……! 悪夢の蜃気楼で墓地のカードを増やしたのは、そういうわけでもあったのか……!」

「そうだ! 見るがいい! 万丈目サンダー生誕のデュエルの勝利を飾る、オレのモンスターを!!!」



万丈目の目前に開いた冥界へ通じる門。

その中から現れるのは、一体如何なモンスターなのか。

しかし、最上級モンスターはもう万丈目のデッキには存在していない筈。

あのドラゴンを除き、メインデッキで攻撃力が最も高いモンスターでも、2000ポイントに及ばない。



何が、くる。

そうやって身構えていたキングの予想は、可能な限り高い攻撃力を持ったモンスターがくる、といったものだった。

だがしかし、その予想は大きく裏切られる事となる。



「来い! おじゃまイエロー!!!」

『あぁん、あにきったらやっとオイラの事を名前で呼んでくれたぁ』

「こ、攻撃力0、だと……?」



現れたのは、黄色い体色を持つ小さなモンスターだった。

その外見に違わず非力で、攻撃力を持ち合わせていない弱小モンスター。

そんなモンスターしか呼べないのならば、キングの杞憂もまるで無駄だろう。

微かに唇を歪め、僅かばかり余裕を取り戻した。



「そして、オレのターンだ!! 悪夢の蜃気楼は光と闇ライトアンドダークネスに破壊され、効果は発生しない!

 オレは魔法マジックカード天使の施しを発動する事でカードを3枚引き、2枚を墓地ヘ!!」



手札に加えた3枚を見て笑い、そして即座に2枚のカードを墓地ヘ。

その次に万丈目サンダーが下すのは、敵対者への攻撃指令だった。



「いけぇ、雑魚モンスター! 奴にダイレクトアタックだ!!」

『えぇ!? あにき、オイラ攻撃力は0だよぅ?』

「バカな……攻撃力0のモンスターでダイレクトアタックして、なんの意味がある!?」

「ククク……その答えを今から見せてやると言っているんだ。とっとと行け、雑魚モンスター!」



余りにも自信に満ち溢れた表情は、キングから再び余裕を奪う。

勿論攻撃力0のモンスターに攻撃されたところでライフは削られない。

その上、ダイレクトアタックで発動する効果を持っているわけもない通常モンスター。

ならば、万丈目は何を狙っている?

ギリ、と歯を食い縛り半秒悩みこむ。だが、どちらにせよ万丈目が攻撃を行おうとしている事は事実。

だとすれば、それを邪魔してしまえば問題あるまい。



「ならば、トラップ発動! リビングデッドの呼び声!!

 オレは墓地のメタル・デビルゾアをこの効果で特殊召喚する! どうだ、これで攻撃できまい!!」



大地を金属の爪で抉り取り、その身体が地上に進出してくる。

金属化した悪魔の攻撃力は3000。

無論、攻撃力を持たないおじゃまイエローでは返り討ち。万丈目が大ダメージを負う事になる。

巨大な悪魔を目の前にしたおじゃまイエローは退け腰でじりじり下がってくる。



『ひぃいいい……! あんなのにこられちゃ攻撃なんて無理だよぅ』

「クク―――ならば、メタル・デビルゾアにおじゃまイエローで攻撃だ!!」

「なんだと!?」



だが、万丈目は攻撃を撤回する事なく続行させる。

それに驚愕、そして全力で拒否するのはおじゃまイエロー。

誰もわざわざ勝てる見込みのない相手に挑みかかりたいとは思わないだろう。



『そんなの無理だよあにきぃ…』

「大丈夫だ。言った筈だ、お前がオレの勝利を飾るモンスター、だとな―――!」

『あにき……!』



決死の覚悟を決めたのか、おじゃまイエローはメタル・デビルゾアに向けて疾駆した。

顔に組みつくように跳びかかったその弱小モンスターを、メタル・デビルゾアは鬱陶しげに払おうとする。

しかし強くしがみ付いたおじゃまイエローはけして離れない。

唸り声を上げる機械悪魔に対する恐怖の叫び声が、おじゃまイエローの口から絶え間なく吐かれる。



『ひぃいいいい!? 万丈目のあにきぃ、攻撃したよぅ! 早くこいつを何とかしてくれよぅ!!』

「あぁ……! オレは手札から速攻魔法を発動! ヘル・テンペストォッ!!

 自分が3000ポイント以上の戦闘ダメージを受けた時、互いのデッキ・墓地から全てのモンスターを除外する!!」

「なんだとッ!?

 そのためにわざわざ攻撃力0の雑魚を呼び出し、攻撃力3000のメタル・デビルゾアに特攻させたのか!?」

『あにきぃっ! そんな、オイラをダマしたのかいっ!?』



おじゃまイエローの悲痛な叫び声を聞きながら、万丈目は不敵に微笑む。



「騙した? 違うな、間違いなくこの瞬間にオレの勝利は確定した……!

 よくやった雑魚モンスター、キサマの役割は終わりだ! さあ、オレの勝利に礎になれ!!」

『あにきのばかぁああああああああん!?』



振り払われ、砕け散るおじゃまイエローのソリッドビジョン。

反射ダメージによって、万丈目のライフは残り100。

そして、万丈目とキング、ともにデッキの中及び墓地に存在するモンスターカードをゲームから取り除く。

あとは、手札のカードを発動するだけで、万丈目の勝利が確定する。



「くっ、だがキサマの場にはもう何もカードはない! 手札も僅か2枚!

 それで一体何ができる! 次のターンになれば、メタル・デビルゾアがキサマにダイレクトアタックを叩き込むぞ!」

「言った筈だ、オレの勝利は確定した、とな。バトルフェイズは終了!

 オレは手札から――――――トラップ発動、異次元からの帰還!!!」

「なにぃッ!? 手札からトラップだとぉッ!?」



トラップカードは一部の特殊なルールを持つカード以外、一度セットしなければ使えない。

勿論異次元からの帰還はその効果も持つカードではない。

ただのルール無視ならばデュエルディスクが警告音を発し、キャンセルがかかる筈だ。

だが、その効果は正しく処理された。



万丈目の頭上から五体のモンスターが降ってくる。

顔に1と描かれたバイオレットの悪魔と、顔に2と描かれたブルーの悪魔。

双子の悪魔として存在するモンスター、ヂェミナイ・デビル。

海色の装甲を纏っている蟹を模して作られた戦闘マシーン。

両の鋏で相手を断ち切り、頭部から毒性のバブルを吐き出すKA-2 デス・シザース。

笹を持ったパンダそのものモンスター。

その気性の荒さを示すかの如く、『んじゃこるぁあああ!』と喚いているのが、逆ギレパンダ。



そして、両腕に断砕のクローを引っ提げ、その頭部にウジャト眼を光らせる処刑人。

鎧に包まれたその存在はゆっくりとフィールドに降りてくると、そのウジャトでキングを見据えた。

そのモンスターを見た瞬間、キングは理解する。



「しょ、処刑人-マキュラ……!? 墓地に送られたターン、手札からのトラップを可能にするモンスター……!

 まさか、天使の施しで手札を捨てた時、墓地に送っていたのか………!?」

「正解だ。そして、ライフ半分をコストに、除外されたモンスターを可能な限り召喚する異次元からの帰還。

 その効果によって、オレの場に五体のモンスターが一斉に特殊召喚された」

「五体……残り一体は……!?」



最後に降りてくるモンスターを見上げ、今度こそキングは絶句した。



紫色のボディに、砲台を背負ったマシーン。

両腕は鉤爪のようになっており、胴体の真ん中のガラスの中で、赤いランプが激しく明滅している。

その姿は見紛おう事もない。



「オレはヂェミナイ・デビル、KA-2 デス・シザース、逆ギレパンダ、処刑人-マキュラ、キャノン・ソルジャー!

 この五体のモンスターを特殊召喚! ククク……ここからは言うまでもないな?

 キャノン・ソルジャーはモンスター一体を生贄に捧げる毎に、500ポイントのダメージを与える……!

 つまり、キャノン・ソルジャー自身を含み五体のモンスターを生贄に、キサマに2500ポイントのダメージを与えるのさ!!」



キングの残るライフは2200。

それを防ぐ手段も残っていなければ、それに耐え切る事の出来るライフポイントも残っていない。

つまり、敗北するのは―――――



キャノン・ソルジャーを取り囲む四体のモンスター。

それぞれが光の欠片となり、キャノン・ソルジャーの身体に吸収されていく。

そして、四体ともを吸収したキャノン・ソルジャーは自分の身体をも光に変え、敵に向かって弾け飛んだ。



「ひ」

「吹き飛べぇ! 万丈目サンダースペシャルキャノンショットォッ!!!」

「うわぁああああああああああああああッ!?」



光弾と化した五体のモンスターの魂が、反応する間もないキングの身体を撃ち貫いた。

思い切り吹き飛ばされ、荒野のような大地を転がるキング。

そのデュエルディスクに表示されたライフカウンターが一気に減退し、0を示す。



絶叫と共に仰向けに倒れ、口から煙を吐き出すキング。

否、この時点をもってキングは万丈目サンダーに与えられる称号。

江戸川遊離は、眼を回して倒れてしまった。



「どうやら、新しいキングの誕生じゃな」



既にこの学園のデュエリストは全て万丈目とのデュエルで倒れている筈。

だと言うのに、まだ別の声がする。

万丈目がすぐさま視線をそちらに向けると、そこには意外な人物が立っていた。



「お前……! お前は、くじらの腹の中で会った昆布オバケ……!」

「校長の一之瀬じゃ」



そういって、フードとマスクで顔を隠した男はその変装を解く。

その中から出て来たのは、頭の禿げ上がった眼鏡の男。

つまり、万丈目がこの学園の外で出会い、ここで最下位に負けていた筈の男だった。



「あぁ……!? ジジイ、これはどういう事だ!?」

「急くな、順に説明しよう。

 まず、お前を呑み込んだのはくじらではなく、この学園の移動手段である潜水艦じゃ。

 お前にやったカードが、お前が漂流しているのを察知して助けたのじゃ」



そう言われて、デッキを見る。おじゃまイエローが、自分を助けた。

そもそもカードが喋るだのなんだの、その時点でおかしい。

先程までは流していたが、落ち着いてみれば全く意味不明な現象である。



「………寝ぼけた事を言うな……!」

「ふっ、まあよかろう。ただ、お前が新しいキングとなったからには、お前がこの学園の代表と言う事になるな。

 デュエルアカデミア本校との対校試合の」

「デュエルアカデミアとの、対校試合」



知らいでか。去年はカイザーが務めたと言う、互いのトップでデュエルを行う親善試合。

流石に今年はカイザーがまだいるため、その座を奪うのは自分でもまだ不可能だと考えていた。

一之瀬は大の字で倒れる江戸川の許にしゃがみこみ、話を続ける。



「そうじゃ。こっちの代表は1年生になるじゃろうと言ったら、向こうも1年生を用意したようじゃ」

「んぉ……」



江戸川が眼を覚まし、眼をパチクリさせて状況の把握を行っている。

そんな姿を気にも留めず、万丈目は一之瀬を睨み据える。



「お前……オレがここのキングになると最初から―――!」

「ふん、言ったろう? お前には人とは違った力があると」



江戸川が漸く再起動したところで起き上がり、万丈目の前に頭を垂れる。

土下座の体勢で自分に向かう江戸川の姿も眼に入らぬ様子で、万丈目は言葉の続きを促した。



「それで、オレの対戦相手の名は?」

「確か……遊城一桁? いや遊城二十代だったか?」

「遊城? 遊城十代か!?」

「おぉおお、そいつじゃ!」



江戸川が跪くのであれば、当然この学園の全ての生徒は万丈目に跪く。

五十一人のデュエリストたちが自分に頭を下げている状況で、万丈目はそんな事おかまいなしに自分の世界に没頭していく。



「十代―――! ククク……このオレに、奴ともう一度闘うチャンスがきただと……?

 フフフフフ、フハハハハハハハハッ、ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」



極寒の空に、万丈目の歓喜の高笑いが溶けていく。

そして一之瀬は、その姿を頼もしげに見つめるのであった。











後☆書☆王



ツンデレ枠のうちの一人、サンダー誕生。

アニメ万丈目にもライダーは似合うと思う。でもやっぱ一番はおじゃまだけど。

ライダー破壊→おじゃま蘇生が基本フィニッシュ時のテンプレ化しそうな気配。



で、いい加減双頭のサンダードラゴンのイラスト直さない?

いつまで双口のサンダードラゴンなんだよ、あの子は。

アニメで首二つにしてあるからって……

うちの子の描写は社長VS凡骨戦でできた時のデザイン。

そういえばオシリスも双口のサンダードラゴンだよね。色も似てるし。



マキュラは確かアニメでこの話がやってた頃だったかね、禁止くらったの。

俺は気にしないけど。主人公以外には禁止制限守らせたってしょうがないし。

まあ書いてて思ったけどマキュラは100パーセント帰ってこないよね。

いまさらだけど。



偉大魔獣ガーゼット「オレは戦闘のプロだぜ。サンダーブレーク!」

万丈目サンダー「負けるか、万丈目サンダーブレーク!」

今回のデュエルはこれに集約される。

ライダー→サンダーブレーク→おじゃま→ヘルテンペストにこだわったせいか、デュエル内容自体がなんとも微妙な。



まあ神にも悪魔にもなれる。って言いたかっただけだよね、要するに。

マジンカイザーSKLかっけぇよなぁ。

隻眼ウイングクロスの超合金でないのかな。



何気に名前に遊がついてるノース校のキング。

この人が万丈目のデッキの中で知らなかったのは光と闇、反転世界、双頭、マキュラ、ヘルテンペスト、帰還くらいか?

自分で書いててもよく分からん。



そして万丈目のデッキに投入されているメカ遊星。

何気にこの後のカミューラが蝙蝠でデッキを盗み見ているシーンでも入ったまま。



主人公はねー。どうしよっかな。

まあ、デュエルさせようかなって。うん、まあ……いろいろ使って。





bavuさんよりのご指摘。

>>ちなみに光と闇の竜は四回目まで無効化できるのは正しいけれど攻守は0になりませんのであしからず。

>>よって最後の時点では攻:800、守:400でこれに反転世界、ライジングエナジーで功:1900、守:800です。

何の効果も受けてなければ、守備力が400になって4度で打ち止めですね。

でもシャインスパークで攻撃力3300守備力2000になっているので、

4回効果使った時点で1300:0になってます。

ご指摘ありがとうございます。

うーん、やっぱフィールドの状況分かりづらいですよねー

後書きの前にその回のデュエルの流れとか書いた方がいいですかね。



こんなん。



1ターン目キング。手札6枚
         デビルズサンクチュアリ×2発動、手札4枚。
         メタルデビル×2リリース、デビルゾア召喚。手札3枚。
         R2枚セット(メタル化、正統なる血統)手札1枚。

2ターン目サンダー。手札6枚。
          おじゃまイエロー守備表示。手札5枚。
          R2枚セット(体力増強剤スーパーZ、威嚇する咆哮)手札3枚。

3ターン目キング。手札2枚。
         メタル化発動、デビルゾア装備。デビルゾアリリース、メタルデビルゾア召喚。
         正統なる血統発動、デビルゾア召喚。
         BPデビルゾア→イエロー、イエロー破壊。
         メタルデビルゾア→サンダー、スーパーZ発動サンダーLP5000。

4ターン目サンダー。手札4枚。
          サンダードラゴン効果、手札5枚。
          融合発動、サンダードラゴン×2=双頭のサンダードラゴン。手札2枚。
          シャインスパーク発動、手札1枚。
          BPサンダードラゴン→メタルデビルゾア、メタルデビルゾア破壊。キングLP3700。

5ターン目キング。手札3枚。
         強欲な壺、手札4枚。
         デビルゾアリリース、偉大魔獣ガーゼット召喚。手札3枚。
         BPガーゼット→サンダードラゴン、サンダードラゴン破壊。万丈目LP3100。
         手札3枚。

6ターン目サンダー。手札2枚。
          貪欲な壺発動、おじゃま、サンダー×3、双頭。手札3枚。
          強欲な壺発動、手札4枚。
          R3枚セット(サンダーブレーク、攻撃の無力化、反転世界)手札1枚。
          悪夢の蜃気楼発動、手札0枚。

7ターン目キング。手札4枚。万丈目手札4枚。
         BPガーゼット→万丈目、威嚇する咆哮。

8ターン目サンダー。手札5枚。悪夢の蜃気楼効果、手札1枚。
          ミンゲイドラゴン効果発動、ミンゲイ特殊召喚。
          ミンゲイリリース、光と闇の竜召喚。手札0枚。

9ターン目キング。手札5枚。万丈目手札4枚。
         天使の施し発動、光と闇の竜効果発動。手札4枚。
         黙する死者発動、光と闇の竜効果発動。手札3枚。
         デビルズサンクチュアリ発動、光と闇の竜効果発動。手札2枚。
         BPガーゼット→光と闇、攻撃の無力化発動。

10ターン目サンダー。手札5枚。悪夢の蜃気楼効果、手札1枚。
           R1枚セット(ライジングエナジー)手札0枚。

11ターン目キング。手札3枚。悪夢の蜃気楼効果、手札4枚。
          BPガーゼット→光と闇、ネクロガードナー効果。光と闇効果発動。
          反転世界発動、ライジングエナジー発動。
          ガーゼット→光と闇、ガーゼット破壊。万丈目手札3枚。
          サンダーブレーク発動、光と闇破壊。万丈目手札2枚。
          おじゃまイエロー特殊召喚。
          R1枚セット(リビングデッド)手札2枚。

12ターン目サンダー。手札3枚。
           天使の施し発動、手札3枚。
           BPおじゃまイエロー→キング、リビングデッドの呼声発動、メタルデビルゾア召喚。
           イエロー→メタルデビルゾア、イエロー破壊。サンダーLP100。
           ヘルテンペスト発動。カオスエンド発動。手札1枚。
           異次元からの帰還発動、万丈目サンダースぺシャルキャノンショット

レン様よりのご指摘。

>>それから大したことではないのですが、一つだけ気になりました。

>>万丈目回で、攻守が逆転し攻撃力が共に0になったガーゼットとライダーのバトル。

>>キングは「相打ちか」と身構えたそうですが、ルール上攻撃力0同士のバトルでは、モンスターは破壊されません。

>>何せ攻撃力0ですからw



べべべ別に勘違いしてたとかじゃなくて、素で知らなかっただけなんだからね!

いや、本気で。攻撃力0同士の戦闘なんて、最近経験してなかったからなぁ。

言われると多分昔そんな事があったような気はしないでもない。

ま、修正はいらないかなと。展開は変わらないし。

キングも勘違いしたのでしょう。

誰だって勘違いはあるんです。彼らだって勘違いするさ、人間だもの。流離のギャンブラー・みつをキッド。



トーマ様よりご質問。

>>久しぶりに一話から読んでいたのですが、

>>万丈目vsノース校キングのデュエルでライダーが召喚された次のキングのターンで、

>>悪夢の蜃気楼が破壊されず、他のカード四枚を破壊していましたが、

>>そのあとの万丈目の台詞に破壊されているから手札は捨てないとあります。

>>いつの間に悪夢は破壊されたのでしょうか?



悪夢の蜃気楼は光の闇の竜がサンダー・ブレークの効果で破壊された際に発動した、

『このカードが破壊され墓地へ送られた時、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。

 自分フィールド上のカードを全て破壊する。選択したモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。』

この効果により破壊されました。

それまでは発動してから相手のスタンバイフェイズごとに4枚引き、自分のスタンバイフェイズごとに4枚捨ててます。



[26037] 古代の機械心
Name: イメージ◆294db6ee ID:a8e1d118
Date: 2011/05/26 14:22
「……では、彼に対する試験は延期、と?」

『フン――――奴らの介入がその程度で避けられるのであれば、安いものだ……』



電灯の明かりを消した暗い部屋の中、パソコンを通じた会話。

この機械の箱を通じた向こう側に存在する男の掠れた声には、微かな怒りが交えられていた。

それを察しているからか、こちら側で相手をしている男は緊張で身体を固くしている。

だが、それでも訊かねばならない事があるのか。

こちら側の男は、箱の中の男に対し、疑問を投げかけた。



「ですが、あの試験を与えずに三幻魔をかけた闇のデュエルに参加させる事は……」

『構わん。奴らが指名したのは、あの経歴が知れぬ200番の男だ。

 もし、遊城十代や万丈目準が挑み、また闇のデュエルで敗北したとしても構わぬ。

 その程度で負けるようであれば、そこまでのデュエリストだったと言う事だ。

 もしもの時はアークティックのヨハン・アンデルセンという、より期待できる保険もある』



こちら側の男は、今挙げられた三人のデュエリストの共通項を思う。

それは、デュエルモンスターズ世界の住人。つまり、デュエルの精霊との交信能力。

箱の向こう側の男にとっては、自らが思い描く計画に必須の能力者。

しかし、周到に積み込んだ計画の中で確かな経験をさせ、育て上げてから使う筈だった。

だと言うのに、彼はその計画を崩すと言う。



「彼は逸材です……可能であれば、そのような事は」

『逸材であればこそ、その窮地でより磨かれる。

 どうせ二人を除いてただの数合わせに過ぎないのだ。一人二人、魂を砕かれた方が奴らの心も決まるだろう』



その砕かれる者にはさして興味がないように、向こう側の彼は言う。

言葉を少し詰まらせて、しかしこちら側の男は平静を装った。



「……………では、近いうちに?」

『ああ……先鋒は最も純粋な闇に近い、奴にやらせよう。

 より確実に相手を仕留めるのであれば、奴の方がよかろう……

 タイミングはおって知らせる。奴を闇のデュエルに誘導しろ、大―――いや、アムナエル』

「はっ………」



通信が切れる。

そのまま数秒、モニターの前で留まっていた男は、ゆっくりとモニターの電源を落とした。

窓を隠していたカーテンを開け放ち、月光をその身に浴びる。

思い描くのは今下された指令を実行するためのプラン。そして、僅かな苦悩。











『いやぁ、回想編は強敵でしたね』

「そうだな。もう、何だっていい! このSSにトドメを刺すチャンスだ! って感じだった」



やっとこさ里帰りの旅から帰ってきた俺。

のんびりと久しぶりのレッド寮を満喫する。

ジェネレーションフォースやらエクシーズ始動やらを愉しんでいたからしょうがないね。

イスペイル様とヴェリニーはいい悪役だった。



戻ってきてそうそう、今日はノース校との対校デュエルがあるらしい。

つまりはサンダーだ。

三沢と十代がどっちが出場するかでデュエルしたらしいが、俺は自分のごたごたで唸っていたので見逃したようだ。

いやぁ、まあいいんだけどさ。



くじらに見えなくもない潜水艦がデュエルアカデミアの港に到着している。

その中から出て来たのは、黄色い防寒ジャケットを着た頭の禿げ上がったオッサンだった。

見事に頭の天辺が禿げ上がっている。つまり、ハゲだ。



「おお、よくいらしたな。一之瀬校長」

「暫しうちの悪童らがお世話をかけますが、よろしくお願いしますよ」

「いや、私たちの方こそ」



出迎えに港に集合した俺たちの前で、にこやかに握手を交わす二人。

その根底にあるのが、トメさんのキスを求める男の本能だとは汚い大人汚い。俺も大概だけどな。



「ところで、トメさんはお元気ですかな」

「勿論。トメさんはこの対校試合にはかかせない人ですから」



考えた傍からこれである。

大体意味の分かっていない周囲の人々の中、俺は一人溜め息を吐く。

そして、渦巻く男の欲望の渦中に首を突っ込む奴が一人。



「校長先生! 挨拶はその辺にしてさ、早くオレの相手紹介してよ!」



二人の校長が腹の中で何を思っていようとも、そこは傍から見れば立派な交友。

いきなり首を突っ込み、順序を飛ばそうとする十代はどう考えても礼儀に欠いているだろう。

それを見咎める校長が、やや声を怒らせる。



「これ、十代くん。行儀が悪いぞ」

「でも、オレ早く対戦相手に会いたくってさぁ……」

「そうか。キミが噂の十代くんか」

「よっろしく! オッサンがノース校の校長先生?」



礼も儀も欠片も感じられない様子に、流石にノース校校長の笑いは渇いている。

その十代の目に余る状態に、我らが校長も頭を抱えた。

横でクロノス教諭が大分苦々しい顔をしているのも、仕方ない事だろう。

しかし十代はその態度を改める事なく、相手方の校長をせかす。



「で、誰なのさ! オレと闘う相手は!」

「それはだな……」

「オレだ」

「っ、誰だ!?」



ノース校校長の背後、潜水艦の上から声がかかる。

そちらへと視線を向けた十代の眼に映ったのは、見覚えのある顔である。

即ち、かつてのオベリスクブルー。万丈目準。

その万丈目は問い返してきた十代に対し、静かにもう一度、同じ言葉を繰り返す。



「オレだ」

「あぁっ!? お前は……万丈目! 万丈目じゃないか!?」

「万丈目さんだ」

「で、オレの対戦相手は誰だって?」



そこに万丈目が立っている事を認識しても、十代は未だ“対戦相手が万丈目”である事に気付かない。

あそこまで堂々と名乗っているのだから、普通は分かると思うのだが。

半ば勘違い系のコント染みているやり取りだ。



「目の前にいる」

「え? どこだ?」

「オレだ!」

「誰だぁ?」

「だからオレだぁッ!」

「え、オレって……それじゃあもしかしてオレのデュエルの相手って……万丈目かぁ!?」

「万丈目さんだ!」

「「サンダーッ!!」」



二人の男が万丈目の前に出て、何故かサンダーコールする。

一体何なんだ、このコントは。

その上、他の取り巻きの男たちも十代の態度にどんどん顔を怒らせていく。

中でも一際大きな身体の男が一歩前に出て、その口を開く。



「1年! さっきから聞いていればサンダーさんの事を呼び捨てにしくさって……!」

「いっちょシメてやろうかッ!?」

「放っておけ」



何やらあの中でカリスマ的存在の地位を確立しているサンダー。

やばいよな、これ。もう万丈目さんではなくサンダーさんな辺りがやばい。

主に俺の腹筋とかが。

噴き出しそうになるのを咳払いで回避しながら、その様子を見ていると、突然の突風が吹き荒れた。



行き成り襲ってきた風に驚きつつも、発生源を探して上を見上げる。

当然、あっさりと見つかった。
バババババ、とプロペラのローター音を轟かせながら飛行する、数代のヘリコプター………

ヘリコプター? あれ、数秒前に突然の突風と轟音が襲って来たのだが。

ワープしてきたのか? プロペラの音が直前まで全く聞こえなかったぞ?



「あのマークは、万丈目グループの!」



博識な三沢が、そのヘリの腹に描かれた万のマークを見て、そう怒鳴る。

丸の中に万ってどっからどう見ても百貨店と言うか万屋以外の何物でもないと思うんだが。

もっといいマークはなかったのだろうか。



「そうだぁ! 久しぶりだなぁ準!!」

「元気でやっているのかぁッ!?」



ヘリの上から二人の男性が扉を開き、声を張り上げ始めた。

ちょっと理解できないです。

まあ、見紛おう筈もないだろう。この頭の中身の出来具合といい、センスといい、流石万丈目一族。



「長作兄さん! 正司兄さん! 何しに来たんだ……!」

「勿論、お前の勝利を祝福するためにさ!」

「あまり心配をかけるなよ、準!!」



ヘリがそのまま着陸し、そこから降りる二人の男たち。

周囲にはカメラやマイクなど、TV関係の人間や機材が一気に展開されていく。

その事に驚き、色々十代が騒いでいるのも少し気になったが、それ以上に気になる事。



万丈目は自分のデッキを見て、何か沈痛な面持ちをしている。

まあ、このデュエルでは色々あるし、そんな事もあるだろう。

そう思っていたのだが。

俺はほぼ常時、Xとの通信用にデュエルディスクを装着している。

そのディスクが、ぴー、と音をたてた。



「………?」

『マスター。万丈目準のデッキに、私たちが転移する際に落としてしまったカードの反応があります』



衆目の中だからか、その声は抑え気味だった。

それよりも万丈目が俺のカードを持っている……?

俺が失くしていて、かつ万丈目と関係深いカードなど1枚、光と闇の竜ライトアンドダークネス・ドラゴンくらいか。

それが万丈目の流れ着いたノース校に落ちていて、それを拾った、と。



「気になるな」

『はい』



TV中継の準備をデュエルスタジアムで整えるまで、一時的に解散となる。

準備が終わるまでは万丈目グループの提供する万丈目準特集をやるとか何とか。見たいな、おい。

しかし、俺にはTVを見ている暇はないだろう。



『録画しときます?』

「任せた」



今度5D’sの方でロード・オブ・ザ・キングも買っときたい。

まあ、俺が行った事のある時代ではまだ出てないけど。

翔や隼人や明日香、それに三沢が十代の方に向かっていくのを見つつ、俺はどうしたものかと少し悩む。



そう言えば………











「ダメだっ! ダメだッ!! ダメだぁッ……!!! くっそぉ………!

 勝て、勝て、勝て! オレは兄弟の落ちこぼれなんかである筈がない……! 勝って勝って、勝ち続けるんだ……!

 勝つんだ、明日も明後日も……!! その次も、その次の次も……!

 くぅ……勝って勝って、勝ち抜くんだ………!!!

 く、あ、誰もオレの背負っているものの重さなんて分かりはしない……勝てと言うだけだ、いつも、勝てと……!」



会場から少し離れたトイレの中で隠れて30分。

当てが外れたか、と思ったところで万丈目はトイレにやってきた。

使用者が多くなるだろう会場近くのトイレは使うまい、と思って陣取ったのは万丈目の控室から会場と正反対に位置するトイレ。

ここでビンゴだったらしい。



俺が声をかけたところで、何が出来るわけでもない。

万丈目の言った通り、俺には万丈目の背負ったモノの重さは分からないのだから。

デュエルディスクに眼を向けると、ディスクに差しこみ、俺の耳にはめたイヤホンから声がする。



『―――――この旧型ディスクにはモーメントエンジンがあるわけではないので、正確な事はさっぱり……

 ですが、距離があっても私の本体のエンジンが感応する程度には強力なカードの筈です』



つまるところ、何も分からないと。

ならば直接訊くしかないが、とりあえず今の状況では無理だろう。

とりあえず、このデュエルが終わってから……



「………ッ! 何が、オレらしいデュエルだ!! オレは勝つ! ただそれだけを求められて、オレもまた求めてきた!!」



急に万丈目の語調が変わる。さっきまでの独白とは違い、会話のように取れる。

おじゃまイエローか?



「キサマのような雑魚モンスターに、オレの何が……!

 なに? ―――――くっ、ふざけるな! キサマらなど、元よりオレには必要のないモンスター!!

 オレの前から消えろ!!!」



そう言って恐らく万丈目が走り去る足音だろう、床を勢いよく駆け抜ける音が響いた。

それから数秒、周囲に動きがない事を確認してから、トイレを出る。

すると眼に留まったのは、ゴミ箱の中に入れられている2枚のカード。

おじゃまイエローと、光と闇の竜ライトアンドダークネス・ドラゴンだった。

それを拾い上げ、ディスクのイヤホンを引っこ抜いて問う。



「声、聞こえるか?」

『はい。“あにきのばかぁん”とかなんとか。“あんた誰よぅ”だそうです』

「俺は、そう。通りすがりの仮面光と闇ライダーだ」

『“あんた、このドラゴンの旦那の元の持ち主なのん?”』



む、と言葉を詰まらせる。そう訊くと言う事は、おじゃまイエローは会話ができている。

そして、こいつは間違いなく俺のカード。

だけど、多分万丈目が怒鳴ってここを出て行った原因は………



「ああ、大体分かった」

『“こっちは分からない事ばっかりよぅ……

 あにきったら、ドラゴンの旦那がもっと自分らしくやればいい、って言ったって言ったら出て行っちゃうし……”』

「そ……っか。なら、そうか。―――お前……らは、俺が万丈目に渡してやるよ」



ちょっとだけ名残惜しくて光と闇の竜ライトアンドダークネス・ドラゴンを見る。

口の中で、少しだけ口惜しいなぁ、と呟く。



『………マスター』

「いいんだよ、いいマスターに会えたんだろ? こいつは。

 お前が俺に、会えたみたいにさ」

『自信たっぷりにいいますね。でも少し違いますよ、マスターはもっといいマスターです。

 このモンスターには見る目がないんです。

 ……彼はマスターが嫌いなわけじゃないし、むしろ大好きなのも事実です。

 でも、モンスターにだって、一発でころっとなってしまう一目惚れがあるんですよ。ずっと、一緒にいたいと思うほどに』

「おお、そいつは……是非美少女モンスターに一目惚れされたいな。具体的には学園祭でブラックマジシャンガールに」

『浮気者』



笑いながら、デュエルスタジアムに向かう。

少し悔しかったが、万丈目サンダーならば、こいつの事を大事にしてくれるだろう。

きっと、ずっと俺より巧く使いこなしてくれるに違いない。

最後に頑張れと、カードに声をかけて先を急ぐ。

もうデュエルは始まってしまっているだろうか………











「どのみち次のターンが、オレの最後のドローだ。

 でもできればさ、もっと本気の万丈目……サンダーと闘いたかったぜ」

「オレが……本気じゃないだと!?」

「ああ! なんかお前は目の前のオレを見てないで、違う敵と戦っているようだったぜ……」



そう言って十代は、観客席に座する二人の男を見る。

万丈目兄弟の長兄、そして次兄。万丈目がこのデュエルを通じて、立ち向かっていた敵。

言葉を詰まらせる万丈目に向けて、十代は笑った。



「今度はもっと、楽しみながらデュエルしようぜ」

「デュエルを楽しみながら……」

「だって、デュエルをするのって無茶苦茶楽しいだろ?」



誰よりもそれを体現するデュエリストはそう言って、微笑む。

そう感じている事を近くで見て来た多くの人間たちはその十代の言葉に納得し、自らも微笑む。

デュエルというのは、自らを頂点に立たせるための過程の一部。

それだけでしかなかった筈だが、今の言葉はすとん、と万丈目の胸の中に落ちた。



「デュエルが、楽しい……か」

「そう! デュエルはわくわくする! 特に信じている仲間がそれに応えてくれた時はね!

 オレのターン、ドローッ!!!」



引き抜いたカードを確認し、十代の顔が勝利を確信した笑みに変わる。

ディスクの中に差し込まれるカード。



魔法マジックカード、戦士の生還を発動!

 墓地に存在する戦士族を一体選択し、手札に戻す。オレが手札に戻すのは、E・HEROエレメンタルヒーロー フェザーマン!!

 そして、フェザーマンとバーストレディを手札融合!!!」



十代の前に、緑色の体毛に覆われた翼を持つ戦士と、金冠を被った赤い女戦士が現れる。

その二人の戦士は時空の歪みに呑まれ、身体を新たなるものへと造り変えられていく。

右の肩口から先は赤く、拳ではなく赤竜の顎であり、背の左側からは白い翼を生やした緑色の肉体の戦士の姿。

臀部から伸びた竜尾を一振りし、その戦士は十代の前に降臨した。



「出でよ、E・HEROエレメンタルヒーロー フレイム・ウィングマンッ!!!」



十代のフェイバリット。そして、エースモンスター。

その相手を前にした万丈目は微かに声を詰まらせ、だがそれでも状況は変わらない事を口に出す。



「だがな、そんな奴を呼び出してどうする!

 オレのアームド・ドラゴン LV7の攻撃力は2800! 倒す事は出来んッ!!」



その名の通り、鎧に包まれた巨龍が十代の前に立ちはだかる。

鎧の合間から覗くのは血色の肉体。それを全て、鈍く輝く鎧の中に閉じ込めて成長した龍。

胸から股にかけ刃物を埋め込み、鋭い刃を重ね合わせ翼を見立て、全身から螺旋衝角を生やしたその姿。

半ば鎧と肉が融合した姿は正しく鎧龍アームド・ドラゴン

その戦闘力は生半可なモンスターでは太刀打ちできぬもの。



「いぃや、既にオレの必殺のコンボは完成しているぜ!

 行くぜ! トラップ発動、ミラクル・キッズ!!

 このカードは、墓地のヒーロー・キッズ一体につき、相手モンスターの攻撃力を400ポイント下げるのさ。

 よって、アームド・ドラゴン LV7の攻撃力は、1200ポイントダウン!」

「なんだとっ!?」



十代がデュエルディスクを翳すと、そのセメタリーゾーンから三つの光が飛び出した。

このデュエル中に墓地に送られたヒーロー・キッズは三体。

アームド・ドラゴンのモンスター破壊効果によって、纏めて破壊されていたのだ。

その光はアームド・ドラゴン LV7の周囲を取り囲むように配置された。



光のカタチが変わっていき、その光は子供戦士の姿を取る。

三人の子供戦士に囲まれたアームド・ドラゴンが鎧を軋らせながら首を振り、何をするかと身構えた。

子供戦士たちが行ったのは、掌を前に翳す事でエネルギー波を放つ事。

一つ一つは微力でも、三体全ての力を結集する事で、その力は戦うHEROの救いとなる。



三つのエネルギー波が形作る結界の中に囚われた龍の攻撃力が、1600まで減じる。

そしてそれは、十代の場に存在するエースを下回った事を意味するのだ。

攻撃力の差は500。よって、受ける戦闘ダメージも500となる。

ライフポイントを2100残す万丈目のライフは、1600ポイント残る。



「行くぞッ、万丈目サンダーッ!! フレイム・ウィングマンでアームド・ドラゴン LV7を攻撃!!

 フレイム・シュゥウウウウウトォオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」



フレイム・ウィングマンが飛翔する。

右腕の顎に蓄えられた炎の渦が、鎧龍に向かって余す事なく解き放たれた。

結界に縛られたままの鎧龍にはそれを躱す手段など残されていなかった。

爆炎の渦に取り込まれた龍の鎧が徐々に熔解していく。

シャープに研ぎ澄まされた、攻撃性の高さを表すかのような鎧は拉げ、崩れていく。



断末魔を響かせて、金属と肉体の融合した身体を焼かれた龍は崩れ落ちた。

万丈目の後方に控えていた巨龍がくずおれたと言う事は、その下にいる万丈目がどうなるか。



「う、うわぁああああああああああああああッ!?」



龍の死骸が万丈目の頭上目掛けて落下して、その身体を圧し潰す。

フレイム・ウィングマンは戦闘で相手モンスターを破壊した時、その攻撃力分のダメージを与えるモンスター。

つまり、戦闘破壊されたアームド・ドラゴンの元々の攻撃力2800のダメージが、万丈目を襲う。

ぴぴぴぴぴっぴー、と万丈目の腕に取り付けられたディスクのライフカウンターが、0ポイントを告げる。



ノース校生徒の悲鳴が、本校生徒の歓声が、スタジアムを塗り潰した。

いつも通りガッチャ、と屈する万丈目に指を向ける十代の前で、万丈目の兄らがスタジアムに降りてきていた。

その事情をおぼろげながらに察知している十代の顔が厳しくなる。



万丈目家の長兄、長作が跪く万丈目に向かい、怒りも露わに言葉をぶつける。



「準! キサマ何をやっているんだ! 自分のやった事が分かっているのか!?」

「万丈目一族に泥を塗りおって!!」



次兄、正司も兄の言葉に続けて、敗北した万丈目に侮蔑の言葉を吐いた。

敗北した以上、万丈目はその怒りを受け止めるしかなかったのだろう。

言葉を震わせながら、それでも。



「すまない……兄さんたち」

「キサマ! 俺たちの与えたカードはどうした!!」

「何故使わない!? そうすればもっと強いデッキができた筈だ!!」



万丈目は兄らから、試合前に金に物を言わせ手に入れて来たカードを渡されてきた。

それは値段に見合うだけの性能を持ったカードたち。

単純に強力なモンスターたちを使えば、もしかしたら万丈目は勝てたのかもしれない。

だが、そんなカードでデッキを組んだところで、万丈目準は何一つ納得が出来なかっただろう。



ノース校で死に物狂いで集めたカード、そして一之瀬から託されたカードで作ったデッキ。

それらのうち、二枚ほどデュエル前に頭に血を上らせ、捨ててしまったが。

だが、自分の力で勝ち取った、既に愛着と呼ぶに相応しい、心の信を置き頼みにしたカードたちではなく、万丈目グループの。

兄たちの力で手に入れたカードなど、使う気にはなれなかったのだ。



「オレは……自分のデッキで勝ちたかったんだ……!」

「こぉのッ……バカ弟がァッ!!!」

「だからキサマは落ちこぼれだと言うのだ!!!」



いつの間にか、会場の中の悲鳴も歓声も消えていた。

その光景を見て、勝敗で歓ぼうなどと、悲しもうなどとする人間など誰もいなかった。

皆が見ているのは、健闘を讃えるべき筈の肉親から落ちこぼれと呼ばれ、非難されている少年の姿。

やがて、それを見ていた人間たちの顔に、怒りのようなものが少しずつ沸いてくる。



皮切りになるのは十代の声だった。



「やめろ、あんたたち!! いい加減にしろよ、万丈目は一生懸命に戦ったんだ!!!」



その声に弟を非難する事を中断した二人の男は、十代。

そして集った翔、隼人、明日香、三沢、カイザーたちの方へと視線を向ける。



「他人が我ら兄弟の事に口出しするのか?」

「兄弟ならなおさらそんな態度はないだろう!

 オレも万丈目……サンダーも、出来る事の全てを出し切ってデュエルしたんだ!」

「我々は途中経過などに興味はない。結果を問題にしているのだ!」



このデュエルの仕切りとしてデュエルフィールドの傍にいたクロノス教諭が、その言葉を聞いて肯く。



「そうネそうネ、結果は大事なノーネ。でもなんか癪に障るノーネ……」

「我々兄弟にとって、重要なのは結果だ。結果こそ全て! 勝利こそ全てなのだ!!!

 大体、このデュエルのためにどれだけの金を注ぎ込んだと思っているのだ!?」

「こいつは、オレたちの顔に泥を塗ったのだッ!!!」

「だけど……あんたたちには勝った……!

 サンダーはデュエルだけでなく、あんたたちが与えたくだらないプレッシャーと必死に戦ったんだッ!!

 苦しみながらも、サンダーはあんたたちを乗り越えたんだッ!!!」



元々自分の教え子だった万丈目の、その一つの敗北と一つの勝利に、クロノスは涙した。

No.1の座を保持する事だけに執心していたのは、けしてプライドからくるものだけではなかった。

周りをそれが強要していたのだ。

一番以外に意味はなく、一番でないのならばその存在にすら意味がない。いや、むしろマイナスでしかないと。

そう言われ続けて戦って、一番を勝ち取り続けた万丈目の苦心は如何程だったのか。



「そうなノーネ、その通ーリ、かきごおーリ!」

「デュエルの意味は、勝つ事だけじゃない。もっと大事な事を教わる事なんだ!」

「黙れ、十代……!」



十代の声に初めて反応したサンダーが、俯きながら、震えながらも声を出す。



「万丈目……」

「これ以上、オレを……惨めにさせないでくれ……」



戦い抜いたサンダーは、しかしその結果を受け入れた。

誰に認められずとも、誰に誇れずとも、ずっとずっと戦い抜いてきた精神力。

敗北すればそれは下の下だと、どれだけの健闘を貶められようと、サンダーは戦ってきた。

それは今までも、そしてこれからも変わらない。



「準……!」

「兄さんたち、帰ってくれ……!」

「「「「「そうだぁああああッ!!!!!」」」」」

「「「「「帰れ帰れぇえええッ!!!!!」」」」」

「「「「「万丈目サンダァー!!!!! よくやったぞぉおおおおお!!!!!」」」」」

「「「「「万丈目サンダァーッ!!!!! 万丈目サンダァー!!!!!」」」」」

「「「「「万丈目サンダァーッ!!!!! 万丈目サンダァー!!!!!」」」」」

「「「「「万丈目サンダァーッ!!!!! 万丈目サンダァー!!!!!」」」」」

「「「「「サンダァー! サンダァー!! サンダァー!!! サンダァー!!!! サンダァー!!!!!」」」」」

「「「「「サンダァー! サンダァー!! サンダァー!!! サンダァー!!!! サンダァー!!!!!」」」」」

「「「「「サンダァー! サンダァー!! サンダァー!!! サンダァー!!!! サンダァー!!!!!」」」」」

「「「「「サンダァー! サンダァー!! サンダァー!!! サンダァー!!!! サンダァー!!!!!」」」」」



観客席から、怒号が上がる。

今まで見せられてきた光景の中で堪った鬱憤が、二人の男に向けて吐き出されたのだ。

その光景を見た二人は、微かに後退り、撤退を余儀なくさせられた。



「っえぇいッ、見損なったぞ準! 行くぞ正司!」



そう、捨て台詞を残して二人の男は去っていき、またTV局の人員や機材もあっという間に引き上げられた。

誰もが健闘を称賛するその中で、万丈目サンダーはしかし苦い顔を崩さなかった。

そんなサンダーに近づいて、2枚のカードを差し出す。



「サンダー……」

「誰だ、キサマは……」



そういえば初対面だった。

自分から訊いておいて、サンダーは矢張り興味なさげにしている。

しかし、俺が持ってる2枚のカードを眼にした途端、顔色が変わった。



「お前、そのカードは……」

「あんたのカード、だろ?」



差しだすと、サンダーは少し逡巡してから、しかし受け取ってくれた。

茫然とそのカードを眺めるサンダーの様子に、十代が気付いて声をかける。



「あれ? サンダー、そのカード……もしかして!」

「あ、や……こ、こら引っ込め雑魚モンスターッ……!」



その場でダンスを始めるサンダー。

どうやら、おじゃまイエローと追いかけっこをしているらしい。

十代以外には何が何だか、という様子だろう。

が、だがしかし、それを空元気のダンスだとでも思ったのか、合わせて踊り始めるノース校、そして本校。

なんとも、修羅場と言うか混沌の坩堝とでも言おうか、凄まじい事になりつつあるスタジアム。



勿論、俺はダンスは苦手なので却下。だからと言って、スケートが得意なわけでもない。

ステップ・ジョニー呼んでこい。

最初に噴き出したのは十代で、そこから続く笑いの連鎖。

けしていい形ではなかったけれど、対校デュエルはこうして幕を閉じた。











「もう帰っちゃうんすね」

「またデュエルやろうぜ、元気でな。万丈目」



アカデミアの港で、ノース校の潜水艦の前でサンダーを出立を見送るために集う生徒たち。

その中で、十代と翔が万丈目に別れの挨拶を送っている。

だが、サンダーはその言葉に肯く事はしなかった。



「いや、オレはノース校には帰らん」

「「「「「えぇえええええええっ!?」」」」」



その言葉で驚くのはノース校の生徒たちである。

元キングを代表として、甲板に集まっていた皆がその言葉に驚愕した。



「オレはここでやり残した事がある」

「やり残した事って……」

「江戸川、キングの座はお前に返すぜ」

「か、返すって言われても……サンダー!」



それもまた、彼のカリスマの賜物か。

その光景を見て、やっぱり兄弟の中で誰よりも人心を掴むのに長けているじゃん、と少し笑う。

ほんの僅かな間でしかなかったのに、彼らは親との今生の別れを前にした子供のように動揺していた。



「校長、そういう事だ。また厄介になる」

「勿論。万丈目くんは、元々ここの生徒ですからな」

「だがそうなると、我が校に伝わる……」

『ではでーは! 出航の時間もありますノーデ、これより表彰式を始めたいと思いますノーネ!

 そして、ご褒美を渡すノーハァ、ミス・デュエルアカデミーアッ!!』



港に建造された、デュエルアカデミア友好試合用の壇上でクロノス教諭がマイクを使って声を張り上げた。

その中に聞き慣れない単語を聞きとめた十代たちは振り返り、首を傾げる。



「ミス・デュエルアカデミアだって?」

「そんな人がいたんすか?」



ステージ上に作られた奈落から、一人の女性が競り上がってくる。

暖色のチャイナドレスを纏った、少々太目の女性。

いや、もう言うまでもないけど。まあ、トメさんだった。

厚く塗られた口紅が強調されて、とても、その、何と言うかいつもより、その、変わっておられます。



「メイクアップモンスターだ…!」

アームド・ドラゴンレベルアップとかけても巧くはない」

『では勝者の校長はこちらーに』



羽でも生えたかのような軽い足取りで、校長はトメさんの横まで躍り出る。

すると、トメさんの唇が吸い込まれるように校長の頬に押し当てられて、むちゅーっと。

茫然自失とその光景を見守る生徒諸君。



「オレたち、こんな事のために闘ってたのかよ……!?」

「うぐぉおおおおおおおおおおおおおっ!?」



二年連続で負け、トメさんの唇を逃したノースの校長が涙溢れる瞳を腕で隠し、万丈目の肩を強く掴む。

突然の事に驚愕を顔に張り付けた万丈目に対して、校長は逃げるように別れの言葉を渡していく。



「万丈目くん! 強くなれよ、来年こそもっと強くなれよッ!!

 おあぁああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」



逃げ去る校長の背中を見送り、万丈目はただ茫然とするばかりである。

タイミングが最悪だったがために、あの校長はアームド・ドラゴンを返してもらい忘れる、と。

校長が乗り込んですぐ、出航する潜水艦。

その甲板にはノース校の生徒たちが集合し、サンダーとの別れを惜しむサンダーコールをずっと叫び続けていた。



「し、しまった……アームド・ドラゴン返してって言うの忘れた……

 う、うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

「こ、校長が泣いておられる……! うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

「男泣きだなぁ!」

「「「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!! 万丈目サンダァアアアアアアアアアアッ!!!!!」」」」」

「「「「「さようならぁああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」」」」」



延々と、こちらから姿が見えなくなる水平線の彼方まで、その雄叫びは続いた。

なんだろうな、ここまでくるともう宗教団体みたいなもんじゃないのか、これは。

まあ、人徳が生んだんだからそれもまた、サンダーの魅力と言う事だろう。



「これでよかったのかね?」

「勿論」

「だが……」



少しばかりすっきりした様子のサンダーに、どこか言い辛そうな校長。

しかし言わねばならぬ事、と。

大徳寺先生が前に歩み出て、万丈目サンダーにその言葉を通知する。



「ここに残っても、万丈目サンダーは3カ月もの欠席で、オベリスクブルーでは進級出来ないのにゃー」

「うぇえっ!?」

「もしも進級したければ、出席日数の関係ないオシリスレッドに入るしかないのにゃ」



オシリスレッドは出席日数に関わらず進級できる。

その上、オシリスレッドはそもそも成績が下の生徒たちの集まり。

つまり、テストの成績が芳しくなくとも一応進級は出来る筈。



…………何故隼人はダブった。



「なにぃ!? このオレがオシリスレッドだと!? こいつらと同じ……!」

「文字通り、同寮になるんだね」

「うるさい!」



うまい事言った翔を怒鳴りつけるサンダー。

そのセリフを引き継いで、十代は笑いながら万丈目の肩を叩いた。



「よろしく頼むぜ、同寮!」

「断る! なんでオレがこいつらとぉおおお!!」

「ダブるよりマシだろ、サンダー」

「黙れ! そもそもキサマは誰だ!?」



ここまできてメインキャラに誰だと言われる辺り、俺の扱いが見えてくる。

いいもんいいもん、俺には専用ヒロインがいるもん。

ぶーたれる俺を尻目に、十代が周辺の皆に聞こえるように声を出す。



「それじゃあ万丈目の入寮を祝して!」

「勝手に決めるな!」

「「「「「一! 十!! 百!!! 千!!!!」」」」」

「ぐ、ぅ……! 万丈目―――サンダァアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

「「「「「万丈目サンダー!!!!! 万丈目サンダー!!!!!」」」」」



耳元と水平線の彼方、延々と続くサンダーコールに、万丈目は応え続けた。

それは間違いなく、万丈目グループの三男だからでなく、万丈目準。

万丈目サンダーが戦って、勝ち取ったものだったろう。

頭を抱えるサンダーを、誰もが讃える。その強さと、誇りの高さを。



「十代、胴上げだ! サンダーを胴上げしよう!」

「おぉっ! いっちょやるかぁ! 翔、三沢、明日香、クロノス先生に校長先生! それにみんな!

 万丈目サンダーを胴上げだぁ!」

「「「「おおー!」」」」

「あぁ、ちょ! 待てお前ら!? どこを触って……て、天上院くん! キミまで何を……!

 あ、いや、しかし天上院くんに触られるのならばそれも悪くは……!」

「「「「「わーっしょい、わーっしょい、万丈目サンダーッ!!! 万丈目サンダーッ!!!!!」」」」」



日がどっぷりと暮れるまで、そうやってみんなで騒いだのであった。











それから数日後の夜。その日は、天気が荒れに荒れた。

土砂降りに強風、雲間では雷鳴が轟き、夜闇を白く染め上げる。

まあ俺は気にしないで寝たのだが。



次の日、いつも通りの大徳寺先生の錬金術の授業。

俺は万丈目サンダーの一件があったのだから、そろそろ墓守の課外授業かな、と思っていた。

これまたいつも通りに授業を寝て過ごした十代が、昼休みのチャイムと同時に置き上がり、弁当を取り出す。

流石の胆力である。一片たりとも悪びれない。



「今日はトメさんお手製の弁当だぜ!」

「ああ、遊城十代くん? お昼はちょっと待つのだにゃあ。私と校長室に行くのだニャ」

「ふぇ?」



トメさんお手製のエビフライを銜えながら、十代は変な声を出した。

………いや、十代の声なんてどうでもいい。

横目で十代の首を見る。勿論、消化していないイベントなので、あの闇のアイテムは持っていない。

当然だろう。あれは、大徳寺先生が連れて行ってくれる墓守の世界で手に入れるものだ。



どうなっているんだ。これは、どう考えてもセブンスターズ戦の開幕。

この時点でもう十代は闇のアイテムを持っていた筈。

………だとすれば、俺のせいか。だが俺は十代の行動、或いは大徳寺先生の行動の深い所に何ら関与していない。

バタフライの起こすそよ風すら、起こしていない筈なのだ。

いるだけで、そよ風?

そこまで深いものが発生するか……?



そもそもあの墓守は闇のアイテム云々だけでなく、闇のゲームをセブンスターズ前に経験させる。

そんな目的が理事長、そして大徳寺先生にあった筈だ。

だとしたら、あれの前にセブンスターズ、ダークネスを送り込んでくる筈がない。



「………………」

「十代、お前またなんか不味い事やったんじゃないか?」

「まふぁって?」

「校長室だって……アニキ、まさか退学とか……?」



寝ている事を隠すためにか、明らかにありえない表情を描いたお面をしている十代。

昼食を食べるために上げていたそのお面がずり落ち、エビフライの尻尾もぽろりと落ちた。

口の中のエビフライを租借しつつ、悩む十代。



「うーん、憶えがないぞ?」

「はっはっは! 十代、短い付き合いだったな。さよならだ」



何故かサンダーが遠く離れた席で立ち上がり、十代を指差す。

しかし、その立ち上がった万丈目に向き直った大徳寺先生が続けた。



「万丈目くん、貴方も来て下さい」

「うぇっ!?」



絶句するサンダー。

その様子を気にせず、大徳寺先生は他の生徒にも声をかけた。



「それから、三沢くん。明日香さんも」



決定打。完全にこれは、セブンスターズ戦のための招集だ。

学園では特段何もしていないのは確かだから、当然俺には声がかからない。

ここでは大人しく、シンクロなど使わないユニファーだって同様だ。

精霊と繋がりのある十代、万丈目は確定事項。

かつ、1年トップの三沢。そしてダークネス、つまり吹雪の妹である明日香……

ここに学園最強……校長を除き、最強のカイザー、大徳寺自身、そしてクロノス。

メンバーは原作と変わりないだろう。



ところでカイザーと並び称されたテニス男はどうした。

いや、そんな事どうでもいいか。



とにかく、じゃあ何であの課外授業がないんだ………?











「んなわけで、その7人の一人にオレ、選ばれたんだぁ!」

「凄いよアニキ!」

「ふぅん。でもオレは、その三幻魔のカードに興味があるんだな。一度見てみたいんだな」



隼人は十代の話、今日の昼に十代が校長から受けて来た話を聞いて、そう呟いた。

言われた十代は自分の首にかけた七星門の鍵を手に、肯く。

勿論その首にかかっているのは鍵だけで、闇のアイテムは存在しない。



「うん、どんなすげーカードなんだろうなぁ」

「…………」

「ん? なんだよ、エックス。今日の昼から変だぞ?」

「あ、いや………ああ、その、なんだ……ん、なんでもない。

 ちょっと調子悪いだけだから、気にしないでくれ」

「そっか、なら無理すんなよ? ふわぁ……じゃあオレは寝るかぁ」



欠伸をしてベッドの中に転がり込む十代。

十代が寝ると言うのなら、俺は帰った方がいいだろう。

いや、そう言えば、ダークネスはこの部屋の住人ごと連れていく……



「あれ? そのセブンスターズって強い人から襲ってくるんでしょ?

 アニキが待ってないでいいの?」

「さあ、今頃鉢巻きして待ってるんじゃないか? お前のアニキがさ」

「鉢巻き? アニキ、鉢巻きなんてしてないじゃない」

「いや、だからお前のアニキだって」

「ボクのアニキは十代のアニキだよ。お兄さんはアニキじゃなくてお兄さん」

「いや、だからアニキだろ?」

「だからアニキはアニキでお兄さんはお兄さんで……」



堂々巡りを続ける二人に、悩んでいた事に答えを出し、声をかける。



「なあ、今日俺もここで寝ていいか?」

「へ? 別にいいけど……珍しいな、エックスが泊まるなんて言い出すって」



首を傾げる十代に苦笑いで誤魔化し、何とか納得してもらう。

俺は別に床で転がれればいいので、と。

翔と隼人もそれでいいのか、と心配してくれつつ、納得してくれた。

もし、くるとすれば今日。ダークネスがくる。

唾を呑み込み、緊張した肩から力を抜く。



大丈夫。十代なら、大丈夫だ。

他の三人が寝付くのを待ちながら、俺は今の状況での事を考える。

闇のアイテムがなければ、ダークネスが誰に対してデュエルを挑むか分からない。

もしかしたら十代ではなく、関係の深い明日香かカイザーかもしれない。

だが、明日香はこの日、夜間に十代を訪ねてくる筈だ。

カイザーならばより安心。ダークネス相手とはいえ、問題なく勝利できるデュエリストだ。



だが、ダークネスを無事に終えたとしてもカミューラがいる。

あいつの幻魔の扉は、使用されれば誰か一人生贄に捧げられてしまう。

それを防ぐための闇のアイテムだったが……

単純にカイザーが単独で殴り込みをかけ、倒してくれるのが理想としか言えないか。



そうやって、色々と考え事をしていると。

ドンドンと玄関の扉を叩く音がした。三人もその音で起きる。



「うぅん……なんだなんだ、こんな時間に……」



明日香、か? だがそうであれば、ダークネスがきてもおかしくない筈。

もしかしたら、明日香でも十代でもない場所。

かつ、同じレッド寮で騒ぎがない以上サンダーでも、当然大徳寺先生でもない。

つまり、カイザー、三沢、クロノスに限られる……か。



一番近い俺が玄関の鍵を開け、扉を開く。

雪崩れ込んできたのは、矢張り明日香だった。



「大変よ十代! 湖の上に、セブンスターズが現れたって……!」

「何だって!?」

「大徳寺先生が夜になっても戻ってこないファラオを探している時に見つけたって……

 今、三沢くんとクロノス先生、あと亮にも話をして、現場に向かってもらってるわ!」



―――――なん、だと……?

大徳寺先生が……誘導をかけてきた? しかも先鋒がダークネスじゃなくて、カミューラ……!?



読みが外れるなんてものではなく、最早前提から覆される展開。

明日香の声に反応し、即座に跳び起きる十代が、机の中からデッキホルダーを取り出し、腰に巻く。

俺もまた、すぐに立ち上がって部屋の外へと躍り出る。

こちらへと声をかけ終わった明日香は、続け様に万丈目の部屋へと向かっていた。



俺が出てくるのを待ち侘びていたかのように、Xがエンジンをグオンと鳴らす。

階段を駆け下りて、そいつへと向けて走り寄る。

既にいつでも最高速でスタートできる状態のDホイールに乗り込み、背後を振り返る。

明日香に引っ張り出されてきた、寝ぼけてる寝巻の万丈目と、十代と翔と隼人。



――――流石に、全員を乗せての走行は無理だ。

それが万丈目サンダー以外の全員には分かっているのだろう。

翔と隼人が、十代を見て肯く。

ここは、選ばれし7人が行くべきだと言っているのだ。

生憎俺は違うが、運転手である以上しょうがあるまい。



「悪い! 頼むぜ、X!」

『マスター以外を乗せるのは嫌ですが、仕方ありません』

「ごめんなさいね。ほら、起きて万丈目くん!」

「てんじょういんくんがオレのへやに……こ、これはゆめか、ゆめなのか~……」



寝ぼけているサンダーに軽く溜め息。

しかしそんな眠気など、爆走するバイクの上で振り回されれば吹き飛ぶだろう。

感涙しているサンダーを振り落とさない程度に手加減はして、アクセルを解き放った。

即座に時速100km近くまで達する疾走。

漸く眠気を置き去りにして、覚醒を始めたサンダーの悲鳴が迸った。











「「デュエルッ!!」」



その瞬間、俺たちの乗るDホイールが、二人のデュエリストが対面する湖畔へと躍り出た。

丁度そのタイミングで開幕したデュエル。

それは、エメラルドグリーンの髪の女性、つまりカミューラとクロノスが行うものであった。



「くっ、もう始まってやがる……!」



寝巻姿のサンダーがバイクを飛び降り、集まっていたカイザー、三沢、大徳寺の方へと駆け寄った。

十代と明日香もまた、飛び降りてそちらへと向かう。

俺もまた、停車した後にそれを追った。



「おいおい……クロノス教諭が出たのか? てっきりオレは、カイザーがデュエルしているものと……」

「ああ、クロノス教諭が自分から買って出たんだ。生徒にやらせるわけにはいかない、ってな」



ナイトキャップを被ったサンダーに一瞬口籠った三沢だったが、すぐに対応して簡単な状況説明をしてくれる。

俺が知っている展開とそう変わるものでもない。

自ら進んで前に立ったクロノス教諭が、カミューラ相手に名乗り上げをしたそうだ。

固唾を呑んで見守るカイザーの姿を見て、俺は僅かに顔を歪めた。



「大丈夫さ、クロノス先生なら」



クロノス教諭の強さは、何より自分が知っている。

そう言わんばかりに十代のクロノスを見る眼は、確信に溢れていた。

しかし、と。矢張り俺は苦い表情を戻す事は出来なかった。



「でも……あの、カミューラというセブンスターズは闇のゲームと言ったのよね?」

「その上、自称吸血鬼ヴァンパイアだったか。胡散臭いデュエリストだ、が……」



明日香が、この世界でまだ片鱗にしか触れていないだろう存在に疑問を抱く。

俺のせいか、ダークネスは元より墓守の掟にも接触する事なくここまできた皆。

せいぜいタイタンとデュエルした十代が僅かに干渉した程度で、他の皆はその存在を信じていまい。



だが、サンダーは視線を頭上の虚空に投げる。

もしかしたらおじゃまイエローの精霊が、鋭敏な感覚でその危険性を捉えているのかもしれない。

精霊という存在からそれを伝えられれば、サンダーも何か思う事だろう。

恐らく、ハネクリボーの声を聞く十代もまた、このデュエルに隠れた何かを感じているのかもしれない。







カミューラの腕に取り付けられた黄金の、吸血鬼の牙を連想させる造形のディスクが展開される。

対してクロノスが身に纏うデュエルコートを起動させ、その機能を発揮させた。

自身の指で5枚のカードを引き抜くカミューラと、

ディスクが機能を十全と発揮させて、オートで5枚のカードをスライドさせるクロノス。

互いの手札が5枚となり、デュエルディスクが通信して、先攻を決定する。



「ワタシの先攻! ドロー!」



先手を取得したのはカミューラ。

6枚となる手札を見合わせて、一手目のそれへと手をかける。

引き抜かれた1枚のカードが、ディスクのモンスターゾーンへと。



「不死のワーウルフを攻撃表示で召喚!」



アォオオッと。

今宵の三日月に向けて、青白い毛色の二足で立つ人狼が光とともに出現した。

それは如何なる経緯でそのような存在となったのか。

手首には牢に繋がれていた名残と思しき拘束具が鎖を引き千切られ、ぶら下がっている。

血のように紅く染まったその眼光は、敵として対峙するクロノスを射る。



しかし、クロノスはそのモンスターに睨み据えられても、微塵たりともたじろがない。

クロノス・デ・メディチは猫は嫌いだが、犬なら大丈夫なのだ。

もし猫であったとすれば、生徒たちに少々情けない姿を晒したかもしれないが。

どちらにせよ、今目の前にいるのはキャットではなくドッグ。

何の問題もない。



「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ!」

「なパッ、不気味ぃな、犬っころモンスターはブラフですね。

 弱小モンスターをおとりに、トラップを仕掛けるなんて、見え透いていますーノ!

 ワタシのターン、ドロー!!」



カミューラが召喚した不死のワーウルフの攻撃力は1200。

下級モンスターの中でも、けして高い攻撃力とは言えない能力値だ。

その状態での、1枚の伏せリバースカード。

こうなれば、攻撃を誘いトラップに落とすという狙いがあると見るべきだ。



だが、だからと言ってトラップを恐れて仕掛けないのは臆病者。

そのトラップごと相手の戦術の上を行くのが、デュエリストとしての誇りとされるべき行動だ。

故に、クロノスは一片たりとも恐れない。



先程のカミューラと同じく、手札の6枚のカードを確認してその中から1枚を選別する。

引き抜かれたカードは、モンスターゾーンではなく、魔法マジックトラップゾーンへと。



「永続魔法、古代の機械城アンティーク・ギアキャッスルを発動するノーネ!」



クロノスの背後に、地中から古びた城塞がせり出してくる。

苔の生えた古めかしい岩の城壁、各所に造られた敵を迎え撃つ為の砲台。

キチキチと軋みを上げながらも、確実に駆動する古代の歯車の数々。

古代に栄えた文明の残り香を放つそれは、自身と出所を同じくする同胞を援護する城壁。



「更に、古代の機械兵士アンティーク・ギアソルジャーを召喚しますーノ!」



かつて古代に栄えた文明が造り出した、幾つもの歯車を噛み合わせる事で動く兵士。

右腕が砲口となっているその兵士は、歯車で駆動するフレームに鉄板を張り付けた装甲を持つ。

その装甲は今や大小様々な損傷耗で造り出されたばかりの頃の姿は、見るべくもない。

だが、戦うために造られたその兵士の行動原理は今でも、変わらずに残っている。



更に、自身の同胞を見つけた城塞が駆動を開始する。

背後から唸りを上げて回るギアの音が響く。

幾つもの砲塔がカミューラの場に向けられ、兵士が攻め込む時を待ち望む。







古代の機械城アンティーク・ギアキャッスルはアンティークと名のつくモンスターの攻撃力を300アップする。

 これで古代の機械兵士アンティーク・ギアソルジャーの攻撃力は1600」



三沢が呟く声が聞こえる。

その城塞は古代の機械兵士たちの砦だったのだろう。

砦の支援を受ける事で、兵士の攻撃は苛烈さを増す為に、攻撃力の上昇が発生する。

古代の機械アンティーク・ギアの特性と合わせ、高攻撃力。

そうなれば、この軍勢を阻む手段などない。



THE LOST MILLENNIUM

滅亡した王国で、千年の時を眠り続けた機械の軍勢が今この時、再度現世で侵略を開始する。

暗黒の時代においてその猛威を奮ったのは、圧倒的な攻撃力でもなければ、けして揺るがぬ防御力でもない。

ただ心なき機械、完全に統率されたシステマチックな侵攻には、戦場において人心の隙間を衝いて配置されるもの。

意表を衝き、統率を乱し、果てには崩壊へと導くトラップが何一つ通用しなかった。

畏怖の念を込めてか、カイザーは言う。



古代の機械アンティーク・ギア……

 クロノス教諭の暗黒の中世デッキは、魔法マジックトラップでは止められない。

 あのカテゴリのモンスターには、攻撃時に魔法マジックトラップの発動を封じる効果がある」

「つまり、攻撃を止めたいのであれば、攻撃宣言をされる前に対応する事を要求される」



明日香が継ぐセリフは、実に分かり易く対処法となっていた。

しかし、攻撃を止める方法は数あれど、最も普及しているのは攻撃時に発動するカード。

それが軒並み使用不可能に追い詰められれば、自然相手にも苦渋が浮かぶ筈。

だと言うのに、カミューラはただ不敵に笑むだけで、焦りなど微塵もなかった。







古代の機械兵士アンティーク・ギアソルジャーで、不死のワーウルフを攻撃するノーネ!

 プレシャス・ブルィイットッ!!!」



機械の兵士は右腕の砲口を人狼に向け、砲撃を開始するべく腕のギアを回転させた。

ガリガリと軋みを上げ、唸るギアの回転が加速し、砲口から炎が噴出する。

硝煙を撒き散らしながら、連続で吐き出される鉄の塊が不死の怪物へと迸った。



途切れる事無く放たれてくる弾幕を前に、その身一つの人狼には対抗する事は敵わない。

生憎な事に銀の弾丸ではないが、その弾幕の前では肉塊どころか粉々に砕け散るのも時間の問題だろう。

ならば、と。その肉体の強靭さに任せて、人狼は脚力を全開にして機械兵士に跳びかかる。

鉄の弾丸の混じる逆風を突き抜け、その怪物は一瞬で機械兵士の前へと躍り出た。



瞬間、背後に聳える城塞の砲口が火を噴いた。

一兵士の放つ弾丸とは比べ物にならぬほどの威力の大砲。

それが、二体のモンスターの間へと撃ち込まれる。

弾け飛ぶ大地に僅か人狼の体勢が揺らぎ、かつその攻撃で前進を止めた。

その瞬間、濛々と舞い上がった粉塵を貫き、ギアの音と、風を打ち砕く音が轟く。



音に後れ、遮られた人狼の視界の先から巨大な杭が向かってきた。

タイミングを合致させ、神速で突き出された杭は人狼に反応も許さず、その胴体を撃ち貫いた。

巨大な杭は撃ち抜くに留まらず、その身体を上と下、二つに両断して吹き飛ばす。



杭の巻き起こした旋風が粉塵を晴らして、その正体を露わにした。

古城の正面に設けられた、ギアで駆動するパイルバンカー。

それが、役目を終えてゆっくりと引き戻されていく。

両断された人狼の身体が、杭に吹き飛ばされた事で光と化し、霧散した。



古代の機械城アンティーク・ギアキャッスルの効果で、古代の機械兵士アンティーク・ギアソルジャーの攻撃力は1600。

 攻撃力1200ぽっちの犬っころなど敵じゃないノーネ。

 デュエルはビー! 闘いは華麗でなければありませんノーネ」







「流石クロノス教諭、見事に先制を取った」



………蝶のように舞い、蜂のように刺すって事とかけてる、のか?

まあ、そんな事はどうでもいい。

ここまでは俺の知っている通りだ。しかし、この状況からして俺の知っているものと大きく違っている。

決められた運命。そんなものに、それこそ蜂ように踊らされなければいいのだが。







「ではワタシも。華麗なる反撃を! 蘇れ、不死のワーウルフ!!」



そう言って、カミューラは腕を振るう。

古代の機械が発揮するコンビネーションの前に粉砕され、砕けた筈のワーウルフ。

それが地中から這いずり出て来た。オォオオンと、夜闇に吼える人狼の姿は、両断される前と何ら変わりない。

いや、むしろその肉体に漲る力は、再度の死を経験する事で、増したようにすら見える。



「なにィ!?」

「フフ……お忘れかしら、このカードは戦闘で破壊された時、

 デッキから同名カードを攻撃力を500ポイントアップさせて、召喚出来ると言う事を」

「ヌゥ……!」



見間違いなどでも、勘違いなどでもなく、その肉体には死を迎える前以上の力が充足している。

機械兵士ギアソルジャーの攻撃力は1600。

1700までアップした相手モンスターに覆される攻撃力の優位、それには僅かばかりたじろぐクロノス。

その効果を知らなかった様子だ。







「おいおい、知らなかったのか……?」



ナイトキャップを取ったサンダーが、まさかと言った風情で漏らす。

実技主任ともなれば、カード効果の熟知くらいしているべきだと思われていたのだろう。

勿論、クロノスは知らなかったと言えまい。

そんな事は計算通りだと嘯き、カードを1枚セットし、ターンエンドを宣言した。







「ワタシのターン、ドロー! ヴァンパイア・バッツを召喚!!」



翼を広げれば2メートル以上の体長となる、巨大吸血蝙蝠がフィールドで羽搏く。

全身を包むのは闇色の体毛だが、頭頂部だけは血色の毛で包まれている。

闇の中で不気味に輝く紅の双眸でクロノスを見据える蝙蝠。



それは大きく口を開いて、咽喉の奥から人間には感じ取れない音波を発する。

すると、蝙蝠と隣り合っていたワーウルフの肉体が膨れ上がり、その筋肉をより強靭にした。

より力強く昂ぶった肉体を誇示し、狼を闇夜に咆哮を轟かせる。

その轟音に耳を塞いだクロノスが、猛る人狼を見る。

人狼の足許に映し出されるATK値のカウンターが1700から1900に。



「な、なんなノーネ!?」

「ヴァンパイア・バッツがフィールドに存在する時、ワタシの場のアンデット族モンスターの攻撃力は200アップ!」



アンデット族なのは、ワーウルフだけではない。

ヴァンパイア・バッツ自体もアンデット族である。その元々の攻撃力800に上昇分を加え、その攻撃力は1000に至る。



「フン、狼男の次ぃはコウモリーとは、ワタシにそんなまやかしなんーて、通じないノーネ」

「これでもまやかしなんて言えるのかしら?

 不死のワーウルフで古代の機械兵士アンティーク・ギアソルジャーを攻撃! 吼えろ、ハウリング・スラァッシュ!!」



人狼が機械兵士に向けて駆ける。

機械城が自軍に攻め入るモンスターに対し、迎撃行動を開始する。

一斉に砲口が駆ける人狼に向けられ、砲火が迸った。

無論、威力はあれど速さに欠けるその攻撃では、神速で迫りくる人狼は捉え切れない。

しかし、その攻撃で速度を削られれば、一撃に込める破壊力が落ちる。

更に機械兵士はその腕から弾丸を吐き出した。



だがその程度では止まらない。

ただばら撒かれる鉄の塊の合間をすり抜け、その怪物は機械兵士に肉迫する。

前に突きだされた右腕を殴り飛ばし、その構えを崩した瞬間。

狼はその咽喉の奥から暴力に等しい音の塊を叩き付けた。



大気を震わせる咆哮は機械兵士を殴り付け、物理的な破壊を齎す。

全身に亀裂を奔らせて蹈鞴を踏む。

人狼の双眸から紅の光が放たれ、その鋭い爪が閃く。

まるで素通りしたかのように爪は機械兵士の身体を通過した。

途端、まるでガラスが割れるかのように砕け散り、飛散する古代の機械兵士アンティーク・ギアソルジャー



「おぽッ、誇り高き古代の機械兵士アンティーク・ギアソルジャーに噛み付くとは……

 無礼な犬っころコロなノーネ」

「まだまだ、愉しみはこれからよ! ダイレクトアタックッ! 舞え、ブラッディ・スパイラルッ!!」



翼を広げた巨大な蝙蝠の眼光が一際大きくなり、その身体が無数の小さな蝙蝠に分裂した。

ばらばらにクロノスを目掛けて殺到する蝙蝠の大群を阻むモンスターはいない。

蝙蝠が掻き鳴らす高周波の超音波がクロノスを襲う。

まるで頭がシェイクされているかのような、平衡感覚を吹き飛ばす音の雪崩。



「ヌ、ヌヌゥ……!? こ、この痛みは……! まさか闇のデュエルとやらは、げ、現実ぅー……!?」



耳から侵入して、その内部を悉く乱す音波は、耳を抑えた程度で止まりはしない。

平衡感覚は破壊され、ただまっすぐ立つ事すら出来ないくらいほどに。

故に両の膝を地面に落とし、その攻撃が収まるのを待つより他になかった。



「クロノス教諭!?」



カイザー亮の声が、クロノスに向けて放たれる。

しかし物を聞きとる能力を喪失していたクロノスに、その声は届かなかった。



「超マンマミーア……!」

「ウフフ……どうかしら、悪魔の手先にいたぶられた気分は?」



無数に分裂していた蝙蝠が一つに集合し、その身体を再び巨大な蝙蝠に戻す。

大きな翼を一度羽搏かせて、巨大蝙蝠はカミューラの許へと後退する。

未だ膝を落としているクロノスから目を逸らし、このデュエルを見ている一人の少年に視線をやる。

その視線の先にいるのは、カイザー亮。



「でも残念。ワタシとしては、どうせいたぶるのならあちらの彼がよかったのだけれど」







「おいおい、敵さん。あんたが好みらしいぜ?」

「………」



万丈目の微かにからかいの混じった言葉を、カイザーは聞き流していた。

そう言えば、と。大徳寺先生もそのセリフからこの二人がデュエルを始める前の言葉を思い出す。



「さっきもチェンジがどうとか言ってたしにゃあ」

「今からでも遅くないわ! こちらはチェンジOKよ!」



ギラリと吸血鬼の瞳が怪しく輝く。その眼光は、確実にカイザーの姿を捉えていた。

まるで餌を狙う肉食獣のそれに、カイザーは身構える。

が、その二人の視線の交錯を、クロノスの叫びが引き裂いた。



「冗談ではないノーネ! 彼はワタシの大事な生徒、指一本触れさせはしませんーノ!!」

「クロノス教諭……!」



覚束ない足取りで、しかし確りと地面を踏み締めて立ち上がるクロノス。

その瞳の奥には、怒りと誇りによって燃え盛る炎が覗いていた。



「そして、ワタシは栄光あるデュエルアカデミア、実技担当最高責任者。

 断じて、闇のデュエルなど認めるわけにはいきませんーノ!!」



しかし、足取りは危なげで、また上半身も揺れているさま。

そんな状態でデュエルを続行しても、これ以上のダメージを受ければ倒れてしまいかねない。

残りライフは2700。まだ半分以上ライフを残しているとは言え、彼自身が倒れればそこまでなのだ。

明日香がその様子を見て、懇願にも似たセリフを放つ。



「でも、もう先生の身体はボロボロ……! これ以上闇のデュエルを続ければ……!」

「心配いらないノーネ。デュエルは光、ワタシが正統なるデュエルで、闇を葬ってみせますーノ!

 伏せリバースカード発動オープン! ダメージ・コンデンサー!!

 手札1枚をコストに、効果を発動!

 その効果により、今のダイレクトアタックによるダメージ以下の攻撃力のモンスターを、デッキから攻撃表示で特殊召喚するノーネ!!」



クロノスの前方に透明な円筒状の物体が現れる。

今のヴァンパイア・バッツの攻撃により、受けたダメージは1000。

よって、1000ポイント分のダメージがそのシリンダーの中にはチャージされている。

バチバチとシリンダーの内部で放電現象が発生し、唸りを上げた。



「ワタシは、デッキより攻撃力100の、古代の歯車アンティーク・ギアを特殊召喚!!」



シリンダー内部が臨界し、周囲を白光に包みこんでいく。

溢れるような光の渦が晴れた先には、大小の歯車を繋いで造った玩具のような物体が存在していた。

能力の低い、戦闘用ではないモンスター。

だが、カミューラのフィールドには追撃でそれを撃破できるモンスターが残っていない。

故に、それを見逃してターンエンドするしか方法はないのだ。



「そしてワタシのターン、ドロー! 魔法マジックカード、強欲な壺を発動!

 デッキから更にカードを2枚のカードをドローするノーネ!

 古代の歯車アンティーク・ギアを生贄に、古代の機械獣アンティーク・ギアビーストを攻撃表示で召喚するノーネ!」



歯車人形が光に包まれ、崩れていく。

その存在が残した歯車のパーツを自身に取り込み、機械の獣が出現した。

千年の眠りから目覚め、起動するギアで駆動する獣。

ギアで形作られるフレームを覆うのは、永い時を越えて来た鉄の鎧。



その攻撃力は2000ポイント。

更に機械城の援護攻撃を含めれば、その突破力は2300ポイントに達する事となる。

吸血蝙蝠の放つ超音波を受け、不死の肉体を更に強化した人狼とは言え、敵うべくもないパワー。



「かぁくごッ! シニョーラ・カミューラ!

 古代の機械獣アンティーク・ギアビーストで、不死のワーウルフを攻撃するノーネ!」

「ちょ、ちょっと待った! 不死のワーウルフは、やられたらパワーアップして蘇るってさっき……!」

「ノンプロブレンムァ。

 古代の機械獣アンティーク・ギアビーストの効果は、戦闘で破壊したモンスターの効果を無効化するノーネ」



機械の獣が駆動する。目掛けるのは立ちはだかる青白い人狼。

関節部が火花を散らし、ギギギと久しくの回転に悲鳴を上げる歯車たち。

しかし、そんな状態だとしても古代の兵器たちはその威力を存分に発揮する。



古城に設けられた火器類が一斉に照準を合わせ、人狼に向けて撃ち放ち始めた。

周囲を取り囲うような断続的な弾幕に、脚力を活かす高速移動が封殺され、ただ正面から相手を迎え撃たざる得ない状況。

故に咆哮。夜闇の空を鳴動させる、物理的な破壊力すら帯びた音波。

咽喉の底より放たれたそれは、確かに己に向けて駆けてくる機械獣を打ち据えた。



鉄板が歪み、拉げる音が響いた。

狼の鋭敏な聴覚がそれを捉えた瞬間、弾幕を潜り抜けて人狼の姿はそちらを向き、奔っていた。

一瞬の静止すら、この獲物を喰らう不死人狼の前では自害に等しい。

僅か半秒に満たない時間で音源の獣の場所まで奔り抜けた狼は爪を振るい――――



ぐしゃり、と。腕が噛み砕かれていた。

確かに咆哮と言う名の音響兵器は機械獣を打ち据えていた。

間違いなく、ダメージを与えていた。

だが、だからなんだと。



人格を持たず、ただ敵と闘い続ける最強の兵器群の前で、そのような牽制など何の意味もない。

それを悟った人狼が後ろに飛び退こうとした瞬間に、二度目の咬撃が人狼の首を捕っていた。

ぶしゃああと血の代わりに光の粒子を噴き出して消え去る不死のワーウルフ。

先程とは違い、消え去った光の後から新たな人狼の姿が現れる事はない。

カミューラのライフポイントが3200まで削られ、そのままバトルは終了した。



「ホホホのヒューッ! かくして闇のデュエルなるまやかしは、葬り去られたノーネ!」







「……よほどなかった事にしたいらしいな」

「クロノス先生、ずっとそう言い続けてたからな」



万丈目と三沢が言葉を交わす。

しかしそれを見ている明日香の表情は明るくない。

恐らく、その原因を知るのは俺と、当事者だった十代だけだろう。



「……でも、カミューラは自身が行っているのが闇のデュエルだという態度を崩していない」

「自分から進んでバラす事でもないだろうし、気にしすぎじゃないか?」



明日香の心配を三沢は否定する。確かに、非科学的なそれを三沢は認めないだろう。

少なくとも、その現象を目の当たりにするまでは。



「闇のデュエル……か」



十代はそのデュエルを見て、微かに悩んでいる様子だった。

そうか。十代は墓守のデュエルを経験していなくとも、サイコ・ショッカーには出会っている。

ならば片鱗だけでも、それを唯一味わっている人間なのだ。







「フフフ……ワタシのターン―――手札よりフィールド魔法、不死の王国-ヘルヴァニアを発動!!」



カミューラの背後、湖の底から古びた城がせりだしてくる。

まさしくヴァンパイアの居城に相応しい雰囲気と年季を帯びる城の姿。

周囲の大地から枯れ木が生えてきて、湖は城を取り巻く樹海へと姿を変えた。



「ヘ、ヘルヴァニア……!? 禁断のフィールド魔法なノーネ……!?」



デュエルモンスターズではしばしば環境整理が行われる。

新規カードが参入すれば、組み合わせによって既存のカードが思わぬ性能を発揮する事がある。

それを考慮し、一定期間ごとにバランスを崩す原因となっているカードを規制する。というものだ。

基本的にカード一種類につき3枚まで投入することを許されている。

だが、規制の対象となったカードは2枚、1枚、或いは使用禁止とされる事があるのだ。



不死の王国-ヘルヴァニアは言うまでもなく、ヨーロッパの吸血鬼伝承を元に製造されたカード。

その能力は強力であり、手札のアンデットモンスターを一体コストに捧げる事で発動する。

効果と言うのが、フィールドに存在する全てのモンスターを破壊するというものだ。

無論、その強力な効果にはそのターンの通常召喚を封じられると言う大きなデメリットがあるが……

否、デメリットを塗り潰してでもそのメリットの大きさは計り知れない。

その破壊力故に禁断とされ、使用する事を禁じられたカードなのだ。



尤も、今まで眠っていたヴァンパイアのカミューラが新制限リストを知っているかどうかは怪しいのだが。

彼女が本当に闇のデュエリストであり、そのヴァンパイアとしての力が結晶化したものがあのデッキなのだとすれば、

そのような事もあり得るのかもしれない。



「その通り! 手札のアンデット族モンスター一体を墓地に送る事で、フィールド上の全てのモンスターを破壊する!」

「おいおい、そんな事をすればあんたのモンスターも破壊される上に、効果を使用した後、通常召喚ができなくなっちまうぜ」



万丈目の言葉は、至極真っ当なモノ。

フィールドを全滅させたとて、モンスターが召喚できなければ次のターン無防備を晒すのはカミューラだ。



「でもこれで終わりじゃない。そうでしょう? クロノス先生」

「――――そ、そうだったノーネ……! シニョーラのモンスターは、ヴァンパイア・バッツ……!」

「いかにも!」



カミューラが手札のカードを1枚墓地へ送り、その効果を起動する。

周囲の風景の樹木が氾濫を起こし、その土地に存在するモンスター全ての魂を奪い去らんと触手の如く暴れ出した。

暴れ狂う蔦に囚われた機械獣の身体が、メキメキと悲鳴を上げて潰れていく。

同時に、カミューラのフィールドで滞空していた巨大蝙蝠をその蔦に捕まり、轢き潰された。

互いのモンスターはこれで破壊。

その上、カミューラはこの効果を発動させるために召喚の権利を放棄している。

だが、



「ヴァンパイア・バッツは破壊される時、デッキの同名カードを墓地に送る事で破壊を無効にする!

 その効果こそアンデットの真価、不死の特殊能力!」



カミューラのデッキからカードが1枚飛び出した。

そのカードが墓地に送られると、ディスクのセメタリーゾーンから無数の小さな蝙蝠が飛び立っていく。

小さな蝙蝠たちは潰され、地面に落ちた巨大蝙蝠の死骸を目掛けて飛んでいく。

砕けていた身体の中に溶け込むように、混ざり合っていく小さな蝙蝠の大群。

墓場からの使者を全て取り込んだ。

既に光を失っていた紅の瞳が光を取り戻し、再びその巨大な翼が広げられた。



全てを破壊する力でも破壊される事なくフィールドに留まり続けるモンスター。

それこそ、カミューラが不死の王国と組み合わせて使うカード。

そして再び、空を舞う蝙蝠はその姿を無数の小さな蝙蝠へと変えた。



「舞えッ! ブラッディ・スパイラルッ!!」



ガラ空きとなったクロノスのフィールドへ蝙蝠が進軍を開始する。

散らばった蝙蝠たちがクロノスを取り囲み、超音波を発してその脳を侵していく。

頭を内部から揺さぶれ、平衡感覚を失った身体が、堪らずに倒れ伏した。

ピピピ、と。ライフカウンターが削られて、その指し示す数値が1700となる。







「くっ……矢張りオレが出るべきだった……!」

「亮……」

「だからチェンジなさいと言ったでしょう。このワタシに、こんな弱くて無様な男を宛がうなんて……」



カイザーが苦渋を滲ませて放った言葉。

それを耳で拾ったカミューラが、うつ伏せで地面に倒れるクロノスを見下ろして言う。

しかし、それを今まで黙ってクロノスを見ていた十代が否定した。



「それは違う! クロノス先生はけして弱くなんかない!」

「十代……?」

「闘ったオレが言うんだ、間違いない! クロノス先生、見せてくれよあんたのターンを!」







その言葉を受け取ったクロノスは、力を失くしていた四肢に再び力を注ぐ。

握られた拳は震えるほどに硬く、力がこめられていた。



「………シニョーラ・カミューラ」

「あら、お目覚めかしら。クロノス先生?」

「このクロノス・デ・メディチ、断じて闇のデュエルなんかに敗れるわけには行きませんーノ!

 何故なら! デュエルとは本来、青少年に希望と光を与えるものであーリ、恐怖と闇を齎すものではないノーネ!!」



その身体が、苦痛を凌駕して立ち誇る。

痛みの波に襲われてなお崩れないクロノスを見て、カミューラの顔が顰められた。



「だよな、クロノス先生!」

「そうか……だから闇のデュエルなどないと」

「存在してはならぬと、言っていたのか」

「ワタシのターン、ドロー!」



デュエルコートの胸部にあるデッキホルダーから、1枚のカードがスライドする。

それを手に取ったクロノスの顔が変わる。

一瞬だけ目を閉じたクロノスは、すぐさま目を開けてそのカードを天に掲げた。



古代の機械城アンティーク・ギアキャッスルは発動後、モンスターが通常召喚されるたびにカウンターを乗せる。

 ワタシが召喚したのは、古代の機械兵士アンティーク・ギアソルジャー及び古代の機械獣アンティーク・ギアビーストの二体!

 その二体分のカウンターが乗った古代の機械城アンティーク・ギアキャッスルを生贄に捧げる事ぉーで、最上級モンスターを召喚するノーネ!!」

「そうだ、あんたの強さ見せてくれよ! クロノス先生!」



城壁が吹き飛び、崩れ落ちていく。

それは外からの攻撃で破壊されたのでも、まして自壊を始めたのでもない。

内部に眠っていた、千年間眠り続けた、最強の巨人が目覚めた事を意味していたのだ。



砕けた城壁から巨大な腕が突き出され、その縁に手をかける。

ギチギチと歯車の音を鳴らし、鉄が擦れるような音を撒き散らし、巨人は廃城から姿を現した。

複雑に噛み合った歯車のフレームに、古びた鉄の鎧を張り付けた巨人兵。

その力は敵対した相手の万軍を蹴散らし、鉄壁の守勢をいとも簡単に打ち崩した伝説の存在。



「出でよッ! 我らがデュエルアカデミアの守護神・古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレム!!!」



頭部を覆う兜の奥で赤いカメラアイが闇夜の中で輝いた。

肩口に見えるギアが重々しく回転を始め、それに連動するように肩から先が動き始めた。

少しずつ握られていく拳が遂には硬く握りしめられて、同時にその拳を振り上げ始める。

狙いはただ一つ、目前に存在する巨大な蝙蝠の姿。



古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムで、ヴァンパイア・バッツを攻撃ッ!

 アァルティメット・パウンドゥッ!!!」



蝙蝠は翼を大きく広げ、相手を侵す超音波を巨人に向けて放出した。

しかしそんなものがその機械巨人相手になんの効果があろう。

そんな虫の羽音と何ら変わらぬものでは、ただ侵略攻勢を仕掛けるのみの巨人は揺るがない。

突き出された拳は過つ事なく蝙蝠に衝き込まれ、その身体をそのまま地面へと叩き付け、圧し潰した。

その威力を受けた地面が砕け、その場が爆発でもしたかのような突風が吹き抜ける。



最上級モンスターとしてもハイレベルとされる高攻撃力の基準となる、3000ポイント。

それほどの威力がこめられていた拳は、あっさりと蝙蝠を粉砕した。

僅か1000ポイント程度の攻撃力しか持たないヴァンパイア・バッツでは、まるで届かない力。

大地に半ばまで埋まってしまっている拳を引き抜き、巨人は姿勢を立ち姿へと戻した。



古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムのパワーを一身に受けた蝙蝠は、今やあのクレーターの中で原型をとどめていないだろう。

だがしかし、どのような形で破壊されようが、跡形も残らぬほどに滅されようが、あの蝙蝠は不死存在。

ライフポイントを一撃で2000も削られたカミューラには、闇のデュエルらしく相応のバックファイアがあった筈。

だと言うのにカミューラは表情を崩さず、デッキの中から3枚目のヴァンパイア・バッツを墓地に送る事でその破壊を無効にした。



「幾ら上級モンスターを召喚しても、次のターンには再びヘルヴァニアの効果でそのモンスターは破壊される!」



カミューラのライフは1200。クロノスのライフは1700。

どちらも半分以上のライフを失っており、決着の時はそう遠くない事が窺える。

その状況でクロノスが勝利を勝ち取るために魂を託したモンスターこそ、古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレム

しかしその最強の切り札も、ヘルヴァニアの破壊効果の前では無力な羊。

この土地に根付く怨霊の呪いに、その力を失う事となるだろう。



「そうはいかないノーネ―――魔法マジックカード、大嵐を発動しますーノ!」



クロノスを中心に巻き起こる、周囲の木々を薙ぎ倒しながら狂う暴風。

それは、デュエリストと言う名の魔術師がフィールドに用意した魔術・罠を全て破壊する災禍。

無論、それは両プレイヤーのフィールドに及ぶ暴力。

カミューラが1ターン目から後生大事に伏せていたカードも、そしてヘルヴァニアと呼ばれるこの土地も。



その全てを呑み込む暴風が吹き荒れて、枯れ木の群れも背後に聳える城も、全てを浚っていく。

情景が普段通りのデュエルアカデミアの湖畔に戻り、不死の王国の破滅を示す。

その様子に満足げに、そして勝利を感じるかのようににやりと笑うクロノス。

だがしかし、



「この瞬間、墓地に送られた不死族の棺ヴァンパイア・ベッドの効果を発動!」

「墓地からのトラップなノーネ!?」



カミューラの前方の土が盛り上がり、地面の中から錆びた棺がせり上がってくる。

ぐずぐずに崩れたその箱を見下ろすカミューラは、微笑むと驚愕の声を上げたクロノスに対してそのカードの効果を説明した。

それは教師であるクロノスを貶めるためのものであったのか、実に愉しそうに。



「教師の割にお勉強が足りなかったようね。

 セットされたこのカードが破壊された時、ワタシは墓地からアンデットモンスターを一体特殊召喚できる!

 さあ、現れなさい! カース・オブ・ヴァンパイアッ!!」



棺の蓋を蹴り破り、そのヴァンパイアが現世の空気の中に帰還する。

土気色の肌に、水浅黄色の頭髪。漆黒の翼を外套のように扱い、身体を包む男。

棺の縁に手をかけて、彼はゆるりと起き上がる。

紅に輝く瞳でクロノスを睥睨する呪われし吸血鬼が、カミューラのフィールドに降り立った。



「し、しかーしそのモンスターでは我が古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムを倒す事はできないノーネ!」

「勿論! そんな事は承知していますわ、クロノス先生? ワタシのターン!」



クロノスのフィールドには依然、最強の巨人が存在している。

あらゆるモンスターに破壊の呪詛を与える不死の国は滅ぼされ、カミューラには手はないように見えた。

しかし、引いたカードを見たカミューラはその口を大きく歪め、微笑んだ。

待っていたカードが来たかのような様子に、クロノスも身構える。



だが、彼女はそのカードを手札に加えると、別のカードを手に取った。



「ヴァンパイア・バッツを生贄に捧げ、ヴァンパイア・ロードを召喚!」



ヴァンパイア・バッツの無数の小さな蝙蝠が集ってできた身体がバラけていく。

闇のみを残して消滅した蝙蝠の残骸が集束し、新たなる身体を造り上げた。

漆黒の翼を外套のようになびかせて、呪われし吸血鬼と似た姿の青年が姿を現す。

生気のない、土気色の肌に水浅黄色の毛髪。口の中から微かに覗く牙。

二人目のヴァンパイアがフィールドに並ぶ。



しかし、どちらもヴァンパイアが持つ攻撃力は2000。

攻撃力3000を誇る、古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレム相手には力不足である事には間違いない。

だが、カミューラのライフポイントは残り1200。

しかも古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムの攻撃は貫通効果が付与されている。

つまり、彼女はこのターンヴァンパイア・バッツを放置すれば敗北が確定するのだ。

それを回避するために生贄に捧げ、攻撃力1800以上のモンスターを召喚したのだろう。



「ウフフ……ワタシの方こそ、アナタに教えて差し上げますわ。闇のデュエルと言うものを!

 カードを3枚伏せ、ターンエンド!」

「ワタシのターンなノーネ! ドロー!」



どのような伏せリバースカードであろうと、攻撃を防ぐためのトラップは古代の機械に意味を成さない。

だが、相手は仮にもセブンスターズと呼ばれる、裏のデュエル集団に名を連ねるデュエリスト。

下手に時間を与えれば、どのような戦略をとってくるか分からない。

ならば、このターンで全てを終わらせる。



そのドローカードを見た瞬間に、クロノスはそう結論を出した。

本来ならばデッキの中に含めてはいても、けして召喚する事はないと思っていたモンスター。

だがこの状況。このデュエルにおいて、クロノスに対峙するのはこの学園の生徒を害する存在。

だからこそ、そのカードの封印を解く事に、クロノスは躊躇いは覚えなかった。



けして、千年の眠りから目覚めさせる事はないだろうと思っていたモンスター。

出来れば、永遠に眠らせておきたかった。

このカードを使わなければならない状況など、望んではいなかった。

だがしかし、刻は来た。生徒を脅かす、闇の使者が現れた。

ならば今こそ目覚めの刻。

再びその歯車を回し、駆動せよ―――――



3枚の手札全てをカミューラに見せつけ、クロノスは宣告する。

最強にして無敵、無欠の巨人の目覚めを。



「ワタシは手札より魔法マジックカード、融合を発動するノーネ!」







「融合!? クロノス教諭のデッキに、その魔法マジックが含まれているのか……!」



そのモンスターの降臨を前に、カイザーの驚愕の声が響く。

古代の機械たちとは真逆の方向へ行く、サイバー流の継承者であるカイザー亮をして、未だ知らぬモンスター。

今からこの場に現れるのは、そんな存在。



「融合……噂だけだが、聞いた事がある。アンティーク・ギアに伝わる、最強の機動兵器……

 かつて栄華を極め、そして凋落した国の守護者だったものたち、古代の機械アンティーク・ギア

 千年の時を眠り続けた彼らの身体は既に錆つき、その本来の力を失っている。

 だが、彼らは真に守るもののために再び決起する時、それぞれの身体の無事な歯車パーツを一つに集める。

 歯車を受け取るのは古代の機械アンティーク・ギア最強の機械巨人ゴーレム



三沢が滔々と説明してくれている間にも、クロノス教諭の前方にいる機械巨人の周囲に無数の、大小様々な歯車が取り巻いている。

高速で回転する歯車が生み出す竜巻に取り込まれ、機械巨人の姿が見えなくなっていく。

だが、周囲の歯車が次々にその身体に取り込まれているのか、竜巻の中の陰がその巨大さを増していく。



「……つまり、これから出てくるのは」

「ああ、融合。いや、これこそが古代の機械アンティーク・ギアが誇る、真の能力……!」

「スゲー……やっぱスゲーよ! クロノス先生! くぅ、何でオレとのデュエルの時使ってくれなかったかなぁ!」



十代の興奮が抑えきれないという声に、クロノスはデュエル中にも関わらずこちらを見た。

僅かに首を縦に振り、再びデュエルに向かうその姿。

その背は、確かに生徒を導く教師としての姿だった。







「シニョーラ・カミューラ、ワタシはけして闇のデュエルなどというものは認めないノーネ!

 それは、教師とは常に生徒を照らす存在でなくてはならないからこそ!

 そこに闇があると言うのなら、我がしもべとともにその闇を蹴散らし、光で照らしてみせますーノ!」

「フ、フフフ……! アハハハハハハハッ!! キィヒハハハハハ!!

 クロノス先生? 闇とは常に光と共に在るもの。消し去る事など出来ないモノ!

 例え吹き飛ばしたと思っても、カタチを変えてアナタの背後忍んでいるのよ!!」

「黙らっしゃーい! ならば、何度でも吹き飛ばすまで!

 ワタシの生徒に忍び寄る闇など、この我が最強のしもべの手で―――否、このクロノス・デ・メディチの手で振り払って見せるノーネ!!」



クロノスが墓地に送ったカード、古代の機械騎士アンティーク・ギアナイト。そして、古代の機械合成獣アンティーク・ギアキメラ

その二体のモンスターのパーツを、融合の魔法で自らの身体に取り込んだ巨人が生誕する。

下半身は二脚から四脚へ。その鈍足を、高速移動を可能とする状態にしつつ、更に脚部が安定した事によりパワー効率も上がる。

そして、ギアが発揮する拳の破壊力を更に高めるべく、右腕は更なる肥大化。

左腕は、三本爪のクローで敵を掴み、粉砕するためのグローブと化していた。

最強の機械巨人。その名は、



古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムと二体のアンティーク・ギアを融合する事で、

 古代の機械究極巨人アンティーク・ギア・アルティメット・ゴーレムを特殊召喚するノーネ!!」



歯車がかみ合い、唸りを上げ、火花と紫電を散らしながら駆動する。

頭部の兜の中で一層輝きを増す真紅の眼光が、敵の吸血鬼を見下ろした。

二体の吸血鬼の攻撃力はともに2000。

究極巨人の攻撃力4400の拳を直撃させれば、カミューラの残りライフを一気に消し飛ばす。

決着の一撃を下すために、巨人がその拳を振り上げた。



「フフフ……その攻撃宣言が行われる前に、ワタシはトラップを発動!」

「うぬぅ!?」



古代の機械たちはバトルに突入してしまえばあらゆるトラップ魔法マジックを許さない。

しかしバトルに入る前に、敵軍が周到に準備していたその罠を無視する事はできないのだ。

クロノスには成すすべなく、そのカードの効果を見送るしかなかった。



「デストラクト・ポーション!

 その効果により、ヴァンパイア・ロードを破壊してその攻撃力分、ライフポイントを回復する!」



カミューラの足許から黒い布のようなものが噴き出し、前方に立っていたヴァンパイアを縛った。

それに何やら驚いた様子の吸血鬼が、強引にカミューラの手元まで引き寄せられた。

自身の前に捧げられた供物にニヤリと嗤ったカミューラは、その肩を抱き寄せ、モンスターの首筋に自分の牙を突き立てた。



ヴァンパイア・ロードの顔が凍る。するとズブリと、どんどん沈んでいく牙。

穴の開いた首からつぅと流れてくる血液。

生気を感じさせなかった肌がより、土に近しい色へと変わっていく。

カラカラに干からびていく吸血鬼の身体。



何秒間そうしていたか、最早ミイラとなった吸血鬼の首筋から口を離すカミューラ。

唇をぬぐい、抱えていた死骸を放ると、ヴァンパイア・ロードだったものは砂のように崩れ去った。



「血、血ィを……!」

「うふふ……この効果で、ワタシのライフは2000回復し、3200。

 例えカース・オブ・ヴァンパイアを破壊したとしても、ワタシのライフは削り切れない」

「そ、それでも攻撃なノーネ……!

 古代の機械究極巨人アンティーク・ギア・アルティメット・ゴーレムでカース・オブ・ヴァンパイアを攻撃なノーネ!!」



機械巨人が大地を踏み砕きながら残ったヴァンパイアの姿を目掛けて侵攻する。

人間大の吸血鬼と同程度の大きさを持つ右腕を、四脚で疾駆している速度のまま、叩きつける。

瞬間的に膨れ上がった吸血鬼の身体が、ッパァンと弾け飛んだ。

黒い血液のようなものをぶち撒けて消し飛ぶヴァンパイア。

その破壊力はモンスターを突き抜け、背後のカミューラの身体を襲う。

攻撃力の差分は2400ポイント。



振り抜いた拳の余波だけでも、それは凶器となりえる威力だった。

大地を抉り、湖面を弾けさせ、周囲の木々を撓らせる暴風がカミューラに襲いかかった。

チィ、と舌を打って身構えるカミューラ。

ハイヒールが地面を削り、その身体を後方へと圧し飛ばそうと暴れ狂う。

何秒間か続いた暴風に耐え抜き、カミューラは乱れた髪を直しながら、ディスクのライフカウンターを確認する。



ぴぴぴ、と。僅か800の数値まで持って行かれたライフポイント。

しかし、この一撃で決着させる事を望んでいたクロノスの願いは外れた事になる。

今この場、どう見ても圧倒しているのはクロノスであり、カミューラは絶体絶命。

だがしかし、その表情に余裕を湛えているのはクロノスではなく、カミューラの方であった。



「カース・オブ・ヴァンパイアが破壊されたこの瞬間、その効果が発動する!

 ライフ500ポイントを彼のヴァンパイアに捧げる事で、その肉体を再び墓地より蘇生するわ!!」



黒い血液の雨が作り出した水溜りの中から、ヴァンパイアの首だけがカミューラの首筋を目掛け、奔った。

首を僅かに傾け、首筋を晒していたカミューラに、その牙が突き立てられる。

再び減り始めるライフカウンターが800から300まで減少すると、そのヴァンパイアの首が崩れ、血溜まりの中に還った。



「再生までに時間を要するため、再び召喚されるのは次のターンのスタンバイフェイズ」



牙が突きたてられ、食い破られた自分の首をそっと撫でるカミューラ。

しかし、撫でていた手が首を離れた時、その傷は既に消え失せていた。

ぐむむ、と息を詰まらせるクロノスに対し、カミューラは笑みを崩さない。



「……ターンエンドなノーネ」

「ならばワタシのターン! デッキよりカードをドローし、カース・オブ・ヴァンパイアが蘇生する!!」



血溜まりの中から腕が、次いで首が、翼が生えてきて、ずるずると下半身まで引き摺り出てくる。

バサリと一度蝙蝠の翼を羽搏かせ、その不死者は再びフィールドに舞い戻ってきた。

紅の瞳は、まるでクロノスを嘲笑うかのように爛々と光っている。



「更に魔法マジックカード、強欲な壺を発動! デッキより2枚のカードをドローする!」



追加でドローしたカードを確認したカミューラは僅かに顔を顰め、再びデッキへと視線を移した。

そのドローで敗北が決定した、というわけではないように見える。

だが、明らかに欲しいカードが出てこなかった、という顔をしている。

その顔を見咎め、クロノスもまた、顔を顰めさせた。



「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

「ワタシのターン、ドローなノーネ」



引いたカードを見たクロノス。

フィールドに再び召喚されたカース・オブ・ヴァンパイアは攻撃表示。

貫通効果を持ち合わせている古代の機械究極巨人アンティーク・ギア・アルティメット・ゴーレムに守備表示は通用しないからだろう。

カース・オブ・ヴァンパイアは自身の効果で蘇生すると、攻撃力を500ポイントアップする。

つまり、今の攻撃力は2500となっているのだ。

尤も、ライフは残り300。更に、攻撃力4400を誇る究極巨人の前では、何の意味もない。



――――の、だが。

未知数の伏せリバースカードが存在するのも事実。

ここは、打てる手は全て打ってから攻撃へと移るべきだろう。



「ワタシは、手札より魔法マジックカード。蜘蛛の糸を発動するノーネ!

 このカードは1ターン前に、相手の墓地に送られたカード1枚を、ワタシの手札に加える事が出来るカードなノーネ。

 この効果により、1ターン前、シニョーラの墓地に送られた強欲な壺をワタシの手札に加えますーノ! びろびろーん!」



ビロビローンという掛け声と共に、クロノスの手からソリッドビジョンの蜘蛛の糸が飛び出した。

それはカミューラのディスクのセメタリーゾーンに張り付き、その中からカードを1枚引き摺り出す。

勿論、それは宣言された通り、強欲な壺のカードであった。



強欲な壺を張り付けたまま、クロノスの手まで引き戻される蜘蛛の糸。

そのカードがクロノスの手に渡った瞬間、その蜘蛛の糸は消滅してしまった。

手札に加えたそのカードを、温存などする理由もなくそのまま自分のデュエルコートに差し込む。



「くっ……!」

「そしてワタシは、強欲な壺を発動!

 蜘蛛の糸のテキストに従い、このカードは再びシニョーラの墓地に送られるノーネ!」



クロノスが発動した強欲な壺をカミューラに対し、投げ渡す。

カミューラはそれを受け取り、自分の墓地に再び送った。

そうして、クロノスの手札が2枚増加する。

2枚の手札に何を見たか、クロノスはその2枚のカードと、カミューラを交互に見て、決心したかのようにディスクにセットした。



「カードを2枚セットしーノ、バトルフェイズに突入するノーネ!」

「ならば、永続トラップ発動! スピリットバリア!

 このカードがフィールドに存在する限り、ワタシはモンスターがフィールドにいる時戦闘ダメージを受けない!」

「ヌヌぬッ……!? 小癪な手ぇを……ええい、それでも攻撃するノーネ!」



モンスター同士の戦闘の場合は、モンスターの破壊判定の前にダメージ計算が行われるため、スピリットバリアは効果を発揮する。

つまり巨人の持つ貫通効果はこれで、無効化されたと言っていい。

ダイレクトアタック以外の攻撃では、もうカミューラにダメージを与えられないのだ。

しかしそれでも、モンスターを破壊する拳を止める手段にはなりえない。



四脚のギアを火花を散らしながら駆動させ、鋼の巨人がカース・オブ・ヴァンパイアを目掛け、疾駆する。

翼の外套を靡かせ、吸血鬼は向かってくる機械巨人の姿を見止める。

血を啜り、魔力を充実させたとはいえ、この実力差は如何ともし難いという事実。

抵抗も反撃も無意味。

吸血鬼は翼で自身の身体を覆うように包まれると、その一撃を待ち受ける。



振り抜かれる巨大な拳が、漆黒の翼ごと吸血鬼の肉体を撃ち抜く。

原型を留めぬほどに粉砕された身体が黒い液体となり、周囲に飛散する。

本来ならばその不死性を活かし、彼のヴァンパイアは血を糧に復活が可能。



「アナタのライフは残り300。もうカース・オブ・ヴァンパイアを蘇生する事はできないノーネ!

 ターンエンド! 次のターンでシニョーラはワタシに敗北する事になるノーネ!」



贄となる血を用意できないのであれば、その復活が成される事はない。

飛散した黒い血液は、ごぽごぽと音を立てて蒸発していく。

その様子を見送ったクロノスは、フィールドの状況を検める。



カミューラは自身の周囲に張られたバリアの効果でダメージを無効化したが、既に追い詰められている。

フィールドにモンスターはなく、スピリットバリアと、伏せリバースカードが2枚。

今までそのカードが使われなかったという事は、恐らく攻撃誘発のトラップ

そして、手札に残っているのは1枚のみ。この状況から究極巨人を打倒し、逆転する術はあるまい。



「――――ワタシのタァーンッ!!」



そう確信して、クロノスは最後のドローカードを行うカミューラへ視線を移した。

だが彼女は、そんな状況で、実に愉しそうに嗤っていた。

口が裂けたのかと思うほど開き、鋭利な牙を惜しげなく見せつけ、嗤っていた。



「キ、――――キヒヒヒヒヒッ! 確かに、もうアナタの勝利が見えてきているわ。

 でもね、クロノス先生。残念だけどこのターンでこのデュエルは終わりよッ!

 最後に教えてさしあげますわぁ……! 闇のデュエルの恐怖を。その混沌をッ!!

 魔法マジックカード発動、幻魔の扉ァッ―――――――!!!」

「幻魔の扉……!? 聞いた事のないカードなノーネ――――!」



瞬間、世界が闇で満たされた。

いつの間にかカミューラの背後に現れていた青銅の門が、中に秘められていた闇を吐き出しながらゆっくりと開いていく。

見た事も、聞いた事もないカードの出現にクロノスが目を細め、その門の中を覗き込んだ。

闇の陰の奥で何かが蠢く。

紅々とした溶岩の中の邪龍、氷壁の中で眠る魔獣、奈落の底で叫ぶ悪魔。

三つの影が渦巻く向こう側から溢れだした邪気が、このフィールドを侵食していく。



「な、なんなノーネ……!」

「ワタシは己の魂を賭けてその効果を発動する……

 その効果は、相手フィールドに存在するモンスター全てを破壊するッ―――!!」



その瘴気は、クロノスのフィールドに存在する最強の機械巨人。

古代の機械究極巨人アンティーク・ギア・アルティメット・ゴーレムの身体ですら、瞬く間にその巨体を呑みこんでいた。

蠢く闇に囚われた機械の巨人は、その鋼の身体を融かされ、ボロボロに崩れ落ちていく。



「うヌゥ……! しかーし、ワタシの古代の機械究極巨人アンティーク・ギア・アルティメット・ゴーレムには、更なる特殊効果が秘められていますーノッ!!

 破壊された時、墓地に存在する古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムを特殊召喚するノーネッ!!」



究極巨人が、自身に取り込んだ他の古代の機械たちのパーツをパージし、闇の中から這いずり出た。

巨大化していた腕の歯車や、四脚となっていた脚部のパーツ。それらを全て放棄した状態。

確かに幻魔の扉によって、究極巨人は破壊された。

だがしかし、究極巨人には破壊された時、融合素材として墓地に送られている筈の古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムを目覚めさせる力がある。

これぞ、究極の名を冠する巨人が秘めた、隙の存在しない二段構えの無敵の布陣。

たとえ相手の死力で究極巨人が倒れたとしても、力尽きた相手を機械巨人が粉砕する。



その布陣の強力さ故に、クロノスは教師として生徒にこれを見せる事はないだろうと考えていた。

まともにやれば、これを正面から打ち破る事は不可能だろう。

それこそ―――――



カミューラのフィールドで開かれた幻魔の扉の中から、鋼で出来た手が出て来た。

ゆっくりゆっくりと姿を現すのは、闇色に染まった鉄と歯車の集合体。

鈍く輝いていた鉄はすっかりとその色を失い、最も強い黒という一色に潰されている。

巨大な右腕、三本爪のアームになっている左腕、そして四脚の下半身。

兜の内側でどんよりと揺らめく真紅の光が、クロノスへと向けられる。



クロノスもまた、その存在を茫然と見返した。

その姿はまさしく、今まで自分の許にいた、古代の機械究極巨人アンティーク・ギア・アルティメット・ゴーレムに他ならない。



「ア、古代の機械究極巨人アンティーク・ギア・アルティメット・ゴーレム……!」

「キヒヒァハハハハハハッ!!

 幻魔の扉は、相手フィールドのモンスター全てを破壊した後、このデュエルで使用されたモンスターを一体。

 召喚条件を無視してあらゆる場所から特殊召喚する事ッ! ワタシが選んだのは勿論、墓地の古代の機械究極巨人アンティーク・ギア・アルティメット・ゴーレム!」







「なんだそのふざけた効果はッ!?」

「デュエルモンスターズの中でも禁止カードとして名高い、サンダー・ボルト……

 そして更に死者蘇生の魔法マジック……いや、召喚制限を無視した蘇生が行えるのであれば、その性能を上回る……!

 間違いなく禁止カード級の効果だ……!!」



カミューラのフィールドには、古代の機械究極巨人。

そしてクロノスの場には古代の機械巨人。

互いのモンスターの攻撃力の差分は、1400ポイント。

クロノスのライフは1700残っているために、まだ耐え切れる……

だが、もし追撃を仕掛けられたら、終わりだ。



「――――その、バカみたいに強いカードが闇のデュエルの恐怖だってのか……」



俺が漏らした言葉に、ヴァンパイアは耳聡く反応を返してきた。



「フフフ……その通りよ。

 このデュエルには今、勝敗だけでなくワタシ自身の魂を賭けているのよ。

 敗北すればワタシは、永劫の奈落へと引きずり込まれる……尤も、この状況下でそんな事はありえないのだけれど」



にたりと表情を崩したカミューラは、クロノスを見据えた。

そのまま攻撃宣言に移るか、と思われたがカミューラは最後の手札をディスクに置いた。



魔法マジックカード、死者蘇生を発動し、ヴァンパイア・バッツを攻撃表示で召喚!」



――――これで、ダメージの総計がクロノスのライフを上回った。

カミューラのフィールドに再び出現する、巨大な蝙蝠。

元々の攻撃力800に加え、自身の能力を受けてその攻撃力は1000に及ぶ。

だがしかし、それでは終わらぬと更に、カミューラはディスクの伏せリバースカードを開く。



魔法マジックカード、威圧する魔眼を発動!

 攻撃力2000以下のアンデットモンスターに、直接攻撃の権利を与える!!」



蝙蝠の紅の眼光が迸り、機械巨人を睥睨した。

能力の下回るモンスターの眼光を浴びせられ、しかし巨人は蹈鞴を踏んで一歩後ずさる。

そのカードの効果により、このターン、ヴァンパイア・バッツはダイレクト・アタックが可能となったのだ。

伏せられていたカードの事実に、カイザーが歯を食い縛る。



「……あのカードは、4ターン前に伏せられていたカード……!

 あのターン、奴の場には攻撃力2000のカース・オブ・ヴァンパイアと、ヴァンパイア・ロードがいた……!」

「――――カミューラは、勝てたのに、勝たなかったというの……?」

「ええ、そう。折角の闇のデュエルだと言うのに、余りにも簡単に決着をつけてしまうのもどうかと思って。

 どうかしら、クロノス先生。ワタシの演出は気にいって頂けたかしら?

 本来生徒を守るべきアナタのしもべが、アナタを踏み潰す様……アナタの大事な生徒たちに見せて差し上げましょう」

「ぬぅ……!」



カミューラがラストターンの、ラストバトルの開幕を告げる。

最初に動くのは、直接攻撃の権利を得たヴァンパイア・バッツ。

そのモンスターが身体を分裂させ、無数の小さな蝙蝠となってクロノスを目掛けて飛翔する。



「さあ、ヴァンパイア・バッツよ! ダイレクトアタックッ、ブラッディ・スパイラルッ!!」

「この瞬間、トラップを発動するノーネッ!」



しかし、クロノスの場には2枚の伏せリバースカードがある。

究極巨人アルティメット・ゴーレムの攻撃に対しては使用できないが、ヴァンパイア・バッツの攻撃に対してならば、使用できる。

微かにカミューラが顔を顰め、ゆっくりと開いて行く伏せリバースの正体が晒されるのを待つ。

開いたカードに描かれていたのは、



トラップカード、立ちはだかる強敵なノーネ!

 このカードは、相手の攻撃宣言に発動し、自軍モンスター一体を選択するカード。

 このターン、相手はこの効果で指定されたモンスター以外に攻撃できず、攻撃可能なモンスターは全て攻撃しなければならないノーネッ!!」



クロノスのフィールドに存在するのは、古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムのみ。

よって、クロノスを目掛けて放たれていた蝙蝠の攻撃は、狙いを強制的に変更され、その巨人に向けられる。

無数の蝙蝠の集合を、腕の一振りで薙ぎ払う機械巨人。

潰れて地面に落ちていく蝙蝠の大群をそのまま踏み潰し、機械の巨人は相手のフィールドに存在する究極巨人と対峙した。



「……ヴァンパイア・バッツは破壊されても、スピリットバリアの効果でダメージは0。

 そして、この古代の機械究極巨人アンティーク・ギア・アルティメット・ゴーレムの攻撃力は、4400。

 攻撃力3000の古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムでは壁にしかならない!

 どうやらほんの少し寿命を延ばしたようね、クロノス先生」

「いいえ、ワタシはその攻撃の前に、最後の伏せリバースカードを発動するノーネ」



そう言ってクロノスは、最後の伏せリバースカードを開くため、デュエルコートのスイッチを押した。

そのカードは、リミッター解除。

自分フィールドに存在する機械族モンスターの攻撃力を倍にするカード。

その代償にエンドフェイズ、この効果を受けたモンスターは全て破壊される事となるが。

無論、古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムは機械族。

その効果を受けて、攻撃力は倍加し、究極巨人のそれすら凌駕する6000に達する。



カミューラが眼を見開き、鋼の身体を灼熱させる巨人に驚愕の眼差しを送った。



「シニョーラのフィールドにスピリットバリアがある以上、この反撃でライフを0にする事はできないノーネ。

 しかーし、次のワタシのターン。アナタのフィールドから全てのモンスターが姿を消している事となりますーノ。

 つまり、次のドローでワタシがモンスターを引き当てれーば、このデュエル。ワタシの勝ちなノーネ」

「フ、フフフ……!」



静かに告げるクロノスのセリフを聞いて、カミューラが堪え切れないと言った風情で嗤いを漏らす。



「そう。次のターンのドロー、それがアナタの光……アナタの託す希望……!

 でも残念ね、先生。このターンでお終いだって言ったでしょう?

 アナタの最後の失敗は、ワタシの最後の伏せリバースカードを見逃していた事……

 伏せリバース魔法マジック発動オープン!! リミッター解除!!!」



寸前のクロノスと全く同じカードが、カミューラのフィールドで開かれる。

そのカードに何より驚愕したのは、恐らくカイザー亮だったのだろう。



「バカな……! アンデット使いの奴のデッキに、何故機械族サポートのカードが……!」

「本来はサイバー・エンド・ドラゴンのためのカードとして渡されたもの……

 ワタシにこの場でのデュエルを指示した者からね。尤も、クロノス先生に使う事になってしまったけれど」



四脚の機械巨人もまた、灼熱する。

限界を越えた駆動を可能とする最後の手段、その効果を得て、その攻撃力は8800に至る。

言うまでもなく、このまま立ちはだかる強敵の効果により、強制戦闘に繋がるのだ。

――――クロノスの希望は繋がらず、カミューラは徹底的にクロノスのデュエルを貶める。



「フフフ……古代の機械究極巨人アンティーク・ギア・アルティメット・ゴーレムで、古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムを攻撃ッ!」



四脚が火花を散らし、灼熱の雄叫びを上げる。

両腕を振りかざした格好のままに、機械の巨神は巨人を目掛けて殺到した。

巨人も崩壊を約束する代わりに引き出した能力を、限界を越えて発揮する事でそれに立ち向かう。

上から抑え付けるような状態で、巨神は巨人の腕を掴み取る。

巨神の右手と巨人の左手が指を絡ませて、押し合うような体勢に入るかと思えば、

巨神の左腕、三本爪のアームが巨人の右腕を掴み取り、爪を動かすための歯車を回して圧迫していく。

まるで粘土のように引き潰されていく右腕。しかし、巨人は一歩も引かずに力勝負に挑んでいく。



見えてしまっている勝負を見守りながら、クロノスはその瞳でカミューラを見据えた。



「……シニョーラ・カミューラ。

 アナタは、光と闇は共に在るもの、と言った。その言葉はけして、ワタシの意思を否定する事にならない」

「―――――――?」



敗北を確信した中で、クロノスは静かに語り続ける。



「どこかに闇が生まれようともワタシは、生徒たちを導く光として護り続ける。その意思は変わらない。

 ワタシが敗北しても、それは変わらないノーネ。

 何故ならば、ワタシたち教師は、自分が光となり生徒たちを導きながら、生徒たちという光に照らされているからですーノ。

 けして、闇になど堕ちはしない。この敗北が生徒たちの歩む道を照らす光となる事を信じ、それを受け入れるノーネ」



そうして、クロノスは自分の生徒たちに向き直った。



究極巨人が、巨人の右腕を引き千切り、内部のパーツをばら撒いた。

その勢いで体勢を崩した瞬間に、左腕が握り潰される。

更に、後部の脚二本で身体を持ち上げた究極巨人は、二本の前脚で巨人の胴体を蹴り破った。

ぐちゃぐちゃに折れ曲がった鉄板と、砕けた歯車が宙を舞う。

既に内部はいかれており、このまま崩れ落ちる以外に巨人の行動はありえない。

だがしかし、



「諸君、よく見ておくノーネ。そして約束してくださーい。

 ワタシはこれより、闇のデュエルに敗北します。……しかし、闇はけして光を凌駕できない。

 その事を胸に刻み、どのような状況に至ってもけして諦めず、心を折らぬ事。

 これをどんな時でも、絶対に忘れない事……それが、敗者であるワタシに教えられる、最後の授業なノーネ」

「クロノス教諭……!」

「クロノス先生!」



それでもなお、立ち上がる。

今にも崩れそうな身体を、最早中身など残っていない鉄の塊が、より一層眼光を強めて立ち上がる。

疾走するだけで大地を揺らし、湖を氾濫させる究極の機械巨人を前に、一歩も退かぬ。

否、退かぬばかりか前に出る。

それはただ、自重を支えきれぬ鉄屑と成り果てた巨人の崩壊だったのかもしれない。

しかし、後ろに吹き飛ばされるような攻撃を幾度も受けていても、倒れる方向は相手に向けて。



「そう! 行くノーネ、古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレム!!

 ワタシたちはけして折れないというところを、最後の最期に、みなに見せつけねばならないノーネ!!!」



主人の声に反応した鉄屑が、変形し、潰れた兜の中でまた真紅の光を灯す。

べきべきと音を立てて折れる脚部。しかし、それでも前へと。

究極巨人を押し倒す勢いで、鋼の弾丸となって突っ込む。

しかし、その巨人の頭部を、究極巨人の右腕が掴み取る。

その右腕が持ち上げられると、巨人の身体も自ずと持ち上げられていく。

宙釣りにされた巨人が、それでも前へと身体を揺する。

しかし、灼熱の究極巨人のパワーの前には、最早足掻いたところで何もできなかった。



「ヌヌゥ……!」

「最後の授業、いいお話だったわクロノス先生! トドメを刺しなさい、古代の機械究極巨人アンティーク・ギア・アルティメット・ゴーレム!!」



ぐらぐらと巨人が宙で揺れる。

その頭部を握り潰し、地に落ちた胴体を踏み砕けばそれで終了。

――――だと言うのに、究極巨人は動かなかった。



「――――――ッ!」



何よりも、誇り。

主人に反逆して暴れ狂う究極巨人の動作が、誇りと光に突き動かされている巨人の姿を見て、止まっていた。

それを見たカミューラは微かに歯軋りし、その瞳を紅々と輝かせる。

途端、カミューラの背後に開かれていた幻魔の扉から再び闇が溢れだし、究極巨人の身体を侵していく。



「動かないと言うならば、共に朽ち果てなさい!」



崩れ落ちていく二体の巨人が、クロノスの頭上に降り注ぐ。

二体の攻撃力の差は2400ポイント。

そのダメージがクロノスのライフを直撃し、カウンターが0を指示した。

ぴー、という音とともに、クロノスの姿は黒い鉄と歯車の中に埋もれ、見えなくなった。











「クロノス、教諭………!」

「かっこよかったぜ……クロノス先生―――!」



カミューラが倒れ伏すクロノスから、七星門の鍵を奪う。

その鍵が、デュエルの勝者であるセブンスターズの意思に従い、七星門の許へと消えた。



「やっと一つ、約束通り彼の魂はワタシのコレクションになってもらいましょうか」



そう言ってカミューラが取り出したのは、粗末な人形だった。

ぼう、と紫色の炎に包まれたその人形に呼応するようにクロノスの身体も燃え上がり、消えていく。

その途端、ただの粗末な人形だったものが、クロノスの人形へと変わっていた。



「それにしても、好みじゃないわね……ま、いいわ。

 さ、次の対戦相手はどなたかしら?」

「オレが――――!」



真っ先に名乗りを上げた十代を制し、カイザーが前に出る。



「フフフ……どうやらやる気十分のようね。

 いいでしょう。今宵の第二幕、ならば、アナタにお相手願おうかしら!」

「ああ、そのつもりだ」



パチン、とカミューラが指を鳴らす。

すると背後の湖を覆う霧の中から、巨大な城の影が姿を現した。



「あれは……!」

「城……! あんなもの、どこから……!?」

「今宵の舞踏会は余人禁制。ワタシと、アナタ。二人きりで愉しむとしましょう――――」



その言葉に息を呑む。

それはつまり、幻魔の扉の最大にして最凶の効果を捨てるに等しい。

そうだとすれば、あとはカイザーに任せれば、カミューラを倒してくれる、筈だ。



「いいだろう」

「では、始めましょう――――あの我が居城で!」

「オレが証明してやる。クロノス教諭の繋いでくれた光を」



そう言って、二人は湖にかけられた真紅のカーペットを渡っていった。

二人が渡った傍からそのカーペットは消えていく。

そして二人が城の中に消えると同時、城は外から見えなくなってしまった。







「………カイザーなら、大丈夫」

「ええ、亮なら」



俺の確認するような呟きに、明日香が応える。



「――――当然だ、カイザーの名には、それだけの重みがある」

「デュエルアカデミア最強。そして、カイザー亮はアカデミア歴代のカイザーの中でも最強と謳われる実力」



万丈目と三沢もまた、それを疑う事などない。

無論、十代だってそうだろう。

カイザー、丸藤亮の実力ならばカミューラを相手取っても勝ちを取れる。

実力面でも間違いなく、かつクロノス先生がカミューラに使わせた幻魔の扉の対処法も間違いなく考えているだろう。

今、カイザー亮が負ける要因は皆無。



「おーい、十代!」

「隼人!」



隼人が湖畔の前で立ち尽くす俺たちに向けて、隼人が駆け寄ってくる。

レッド寮に残ってもらった二人は、普通に奔ってきた様子だ。

―――――二人、は?



「隼人……翔はどうした?」

「え? 翔なら、急に行かなきゃならないトコがあるって言って、どっかに行っちゃったんだな」

「自分のアニキが戦っているって言うのに呑気な奴だ」



溜め息を吐く万丈目の言葉も気にせず、すぐさま湖の城へと目を送る。



「まさか……まさか―――――!?」



何故、カミューラはリミッター解除などデッキに入れていたのか。

サイバー・エンド・ドラゴンが彼女の好みの男のデッキに入っているなど、彼女自身知らなかった筈だ。

カミューラは今までで蝙蝠によるデッキの盗み見などする時間はなかった筈なのだから。

だとすれば、彼女の言う“この場でのデュエルを指示した者”――――!



サイバー・エンドに対する備えを与えた者。

そいつから、丸藤亮と、丸藤翔の関係を聞いていれば……?



「カイザー……! 翔……!!」











夜明けも間近な頃。

再び出現した真紅のカーペットを渡り、戻ってきたのは、

翔の姿だけであった。











後☆書☆王



喋らない主人公。あぁ、主人公はクロノス先生だったよね。

ま、次回は主人公回だからという事で。主人公VSカミューラは久々20ターン越えだぜ。

まあ主人公VS遊星以外で20ターン越えた事ないけど。

俺の憧れる教師ランキング第二位、クロノス先生。一位はぬ~べ~。



クロノスの魂を幻魔の扉のコストにするカミューラVSカイザー、とかもやってみたかったけど。

ま、カットで。カイザーはどうせ大きく変わらないし。



冒頭の謎の会話。一体奴らは何者なんだ……(棒)



ライダー持たせても、やっぱりサンダーの本領はVS長作戦からだから投入せず。

十代とのデュエルは原作通りに消化。本番は黒蠍からかな。



THE LOST MILLENNIUM(キリッ!

なんのこっちゃ。

そういえば小説版の遊戯王で社長が機械巨人っぽいのを使ってたなぁ。



ヘルヴァニア……このくらいならOCG化できると思うけどなぁ。

むしろこのくらいプッシュがあってもよかったんじゃなかろうか。

OCG混沌期の真っ只中だったんだから。サイエンカタパは消えたけど。

主力のヴァンパイアロードは派遣されすぎたせいで制限食らってた中、その時の改正でようやっと準制限に帰還。

攻撃力が上かつぽんと出てくるサイドラが出た事も大きかったか。

これ放送してた頃は確か開闢、混黒、サイバーポッド、強奪、破壊輪、現世と冥界の逆転なんかが制限。

突然変異とサンザントアイズ無制限。

めざせデュエルキング辺りに手を出すとこの頃のカオスの片鱗が味わえる。

追放開闢原初ショッカーリミ解の無限ループ。みんなやったよね。



ギアキャッスル「撃ち抜く、止めてみろ!」

ギアキャッスルの支援を受けて、ギアソルジャーで攻撃なノーネ。

ツインドライブチェック! トランザムトリガー発動!



アビドス戦を主人公にやらせたら、

「アブソルートZeroだろうがウルティメイトゼロだろうがガンダムOOダブルゼロだろうが!

 余のスピリット・オブ・ファラオには敵うまい!」とか言わせてたかもしれない。

ダブルオーはまだしもウルティメイトゼロは無理だと思う。

他にもインターセプトデーモン(CV:パラドックス)「YAーHAー!」とか。

アストラル「デビルバット幽霊ゴーストとはどんな効果だ、いつ発動する?」とか。

ちなみに泥門デビルバッツにはアストラル、パラドックス、フレア・スカラベ、大徳寺、

ジャック、鮫島校長(磯野・ロットン)、カイザー亮、ガーディアン・バオウ、牛尾、剣山が所属している。

まぁ、だからなんだと。



ほうとう様よりの指摘。

>>ダークネス、つまり吹雪の弟である明日香……
おっと明日香が男になっていた。

こりゃ困っちまうな。そりゃもうあれとかこれとか……あれ、困る?

修正しました。



[26037] セイヴァードラゴンがシンクロチューナーになると思っていた時期が私にもありました
Name: イメージ◆294db6ee ID:a8e1d118
Date: 2011/06/26 14:51
「………貴方、死にそうな顔してるわよ」



レッド寮の外でXにもたれかかっていた俺に、ユニファーが声をかけてくる。

こんな夜に一体何をやっているのだろう、こいつは。

既にあのデュエルの次の夜となっているのだから、時間が経つのは早い。

俺たちは誰も今日アカデミアに登校しなかったので、きたのだろうか。



「ああ、まあな。どこかの可愛い女の子がエロいサービスでもしてくれれば治る気がするんだが」



ユニファーの顔が『何言ってんだ、コイツ』みたいな表情となる。

ああ、その眼で見下ろされると心が落ち着いてくる。

何と言うか賢者タイムみたいな感じ。

そんなところで俺はその反応で概ね満足したのだが、ユニファーは顎に手を当てて何か考え込む。

ほんの数秒悩んでいたユニファーは得心したかのように肯くと、俺に向き直る。



「ちゅーしてあげよっか?」

「…………」



微笑むこいつが気持ち悪い事この上ない。

相手も自分の微笑みが俺に精神的ダメージを与えている事を知っているのか、嬉しげだ。

何と言う。こいつ、もうちょっと恥じらいとかそんなのないのか。

とりあえず頭を下げる。



「ごめんなさい」

「大分、参ってるみたいね。ほっといてくれ、って感じかしら」



しれっと態度を元に戻して、ユニファーは俺を見下ろす。

感じてる癖にわざわざあんな事言ったのかよ。

何と言うツンデレ。



「貴方がサービスを要求したんでしょ」

「いや、お前にはしてない」



チョップされた。

俺が尚もボケた、ズレたやり取りを続けようと口を開くとまたチョップ。

もう一度口を開こうにも、ユニファーに見据えられてできなかった。



「こうやってふざけてれば落ち着く? 助かるの?」

「い、や……さあ、どうかな」



見据えられている。見透かされていた。

目を逸らす俺に、ユニファーは溜め息を吐くと指を差す。



「事情を知らない私に言えた事じゃないけど、立ったら?」

「…………ああ、分かってる。すぐ立つ」



こちらも溜め息を吐いて、四肢に力を込める。



「そう。なら、応援しておくわ」



そう言ってユニファーは踵を返し、食堂に向かっていく。

あちらには今、十代たちが集まって作戦会議を行っている。

尤も、さして有効な作戦が出てくるわけでもないようだが。

闇のアイテムが存在せず、かつダークネスとなっていた吹雪からのアドバイスがなければそうなるだろう。

とはいえ、その程度で引き下がる連中でもないから、このまま放っておけば、みんなあの湖畔に行くだろう。

ならば、俺がやらねばならないのは……



『ストップ。ストップです二人とも』

「………なんだ?」

「何かしら?」



突然今まで黙っていたXが喋り始める。

何やら焦っている様子なので何かあったかと思いきや、こいつはまた変な事を言い始める。



『何でしょう。その分かり合ってる的な言い合い。ずるいですよ、マスターは私の嫁です。あげませんよ』

「いや、いらないけど」

「一体いつ、俺がお前の嫁になった」



いつも通り、ヘッドライトで抗議するXの暴走を受け流しつつ、俺は立ち上がる。

そう言ってしまえば黙ると思いきや、Xは止まらなかった。

ぷんぷんという怒っています的擬音を出す代わりに、ブンブンとエンジンを吹かし、騒ぎ立てる。



『なんと、私のマスターがいらないとな。それは聞き逃せません。

 欲するべきでしょう。私的に考えて』

「ああ、この子めんどくさいなぁ……」



ユニファーが圧されている。中々レアな映像である。



「ええ、そうね。凄く欲しいわ(棒)」

『あげませんよ』

「残念ね。飽きたら譲って頂戴、無料なら引き取るわよ(棒)」

『飽きるだなんてそんな……私とマスターはそんなふしだらな付き合い方はしてません!』

「お前もう黙ってくれるか?」



いい加減話を進めようぜ。と、俺ですら思い始めたわ。

やれやれ、と首を振って食堂の方へと歩いて行くユニファーを見送る。

さて、アホな事をやって俺の調子も戻った事だ。

そんな事分かり切っていた話だろうに。



俺がシリアスを演じて一体何の意味があるというのだ。

この状況の原因に俺の存在は多分に含まれているだろう。

ああ、ならば落ち込んでいる間に何かやった方が有意義じゃないか。

落ち込む暇があれば、翔を笑わせるためのネタの仕込みをやった方が幾分かマシだろう。



ユニファーが食堂の中に入るのを見送り、背を伸ばす。



「………じゃ、ネタの仕込みしに行くか」

『具体的には』



分かっているくせに訊きやがる。



「うむ、まず翔の好みをリサーチだ。その辺りはブラコンカイザーをとっ捕まえる事にしよう」

『なるほど。では……』

「行こう」



出来る事を。出来る事だけを。伸ばせるだけ、伸ばして届く範囲にあるものを。

結果が出せるか否はカードに訊けばいい。

Xが俺のデッキをDホイールの車体から吐き出し、俺はそれを受け取る。

デッキホルダーにそいつをセットして、俺はホープ・トゥ・エントラストに跨った。



轟音を上げて、奔り出すバイク。

恐らくでもなく100%食堂のみんなに気付かれただろうが、気にしたら負けだ。

追い付かれる前に殴り込み、結果を出す事を考えよう。

変に小細工している時間をとっていれば、みんな湖を目掛けて出発してしまう。



――――それでも遊星なら、遊星ならやってくれるとか。

――――それでも十代なら、十代ならやってくれるとか。

――――それでも遊戯なら、遊戯ならやってくれるとか。

俺の心が縋れるものはたくさんある。

だけど、縋って引き摺られてるばかりでは、俺を支えてくれてる奴に悪いだろう。

時たまくらい、カッコいいところを見せてやらなきゃ。



『――――マスターは、いつでも私の大事なカッコいいマスターですよ』

「人の心読むな」



転移する。

最早何も躊躇う事などない。











湖畔に転移した俺は湖面に敷かれているレッドカーペットを認めると、速度を落とさずそのまま突っ込んだ。

巨大なバイクを上に乗せても、波紋一つ広げない湖の上を走る。

前方に広がる城門は開かれており、俺の訪問を待ち侘びていた様子であった。



ボロボロの城の中に突っ込んだ俺たちは、そのまままっすぐに大広間まで走った。

瓦礫と窓ガラスの破片を踏み潰しながら走り抜けた先に広がる、崩壊した広間。

かつての荘厳な拵えの残骸のみを残し、そこは既に廃墟になり下がっていた。



その区域に踏み込んだと同時、大広間の中央階段の最上に立つ、緑色の髪の女性を見つける。

瞬間、かけたブレーキングの反動で俺の身体が斜め上に吹き飛ばされた。

即座にXの形状が変化する。

運転席がスタンド、横部分に落下防止のガードがスライドしてきて、前輪が横倒しに。

後部が縦に分割されて、同時に三つとなったホイールが高速で回転を始める。



一瞬で変形を終え、浮上し始めたXが落下を始めた俺の真下につける。

空中でそれに着地して、二階に立っているカミューラと目線の高さが合う場所まで浮上。

眼を合わせた。



「フフフ……中々面白い手品を見せてくれるものね」



ぱちぱちと手を叩きながら、カミューラはXを、そして俺を見据える。



「俺と、デュエルをしてもらおうか」

「――――何でワタシが、七星門の鍵も持っていないアナタと?」



そう言ってカミューラは失笑するが、俺は態度を変えない。

何が何でもデュエルする気だったし、それに、あいつには恐らく、俺とデュエルする理由がある。

殆ど勘の話だが、間違っていない筈だ。



「おい、デュエルしろよ」

『……心読む前に空気読んだらどうですか、マスター』

「……? ま、いいでしょう。気付いているようだし、控える必要もないし」



そう言ってカミューラはその腕に黄金の、牙を模したデュエルディスクを出現させた。

更に、手の中に二体の人形。クロノスとカイザーだ。

それを俺に見せびらかして、にんまりと嗤う。



「七星門の鍵を持っていないアナタには、この二人を取り戻すための特別アンティルールを課すわ」



アンティ。その名の通り、ルールで賭けを行う行為。

しかし、あいつには俺から奪って意味のあるものは持っていないと思うが。

どちらにせよ、俺はあの二人を取り戻すために来たのだから、受けざるを得ない。



「ちなみに、このルールはワタシにカイザー亮対策のカード、

 そして鍵の守護者の情報を余す事なく教えてくれた男からの要求でもあるわ」

「―――――――!」



つまり――――パラドックスに連なるもの。

俺を狙う必要がある相手は、現状イリアステルにしかいない筈だ。

そしてイリアステルならば、過去の時代であろうとある程度の影響力を持っている。

それこそ、影丸理事長にちょっとした要求を通すくらいのものは。



「あんたはその二人を。俺は……Xを」

「あら、ホープ・トゥ・エントラストという名だと聞いていたけど。

 まぁいいわ。要するにそのバイクを賭ける、と言う事でいいのだから」



そう言ってカミューラは二人の人形を横に放り投げた。

ぱふん、と床で一度跳ねて、その動きを止める。



「フフフ……ワタシの目的は、幻魔を復活させ、その力で我がヴァンパイア一族を蘇らせる事。

 それは知っているのでしょう。でも、あの男から出された指示は知らない」

「…………」

「少しだけ、教えてあげるわ。まず、ワタシの与えられた指示は二つ。

 アナタからそのバイクを奪い取る事と、もう一つ……」

「うるさい、黙ってろ」



まるで義務のようにそう喋り始めたカミューラの言葉を潰し、俺が奪い取る。

俺はここに話をしにきたわけじゃないし、それに、



「絶対に、渡さない。こいつは、俺の相棒モノだ」

「フ、フフフ――――! ならその絆、ワタシの爪と牙でズタズタに引き裂いてさしあげましょう!」

「「デュエルッ!!!」」



互いが5枚のカードを手札として加える。

デュエルディスクが最初にターンプレイヤーとして選択するのは、俺―――!

デッキに思い切り掌を叩き付けるように置き、深呼吸。

絶対に勝つ。何が何でも。



「俺のタァーンッ、ドロォーッ!!」



デッキホルダーからカードを引き抜く。

手札のカードを示し合わせ、更にデッキの中のカードを思い描く。

相手の戦術を可能な限り予想する事で、対策を打ち立てる。

最悪なのは、幻魔の扉からの1ターンキル。



どれだけ周到に戦術を積み上げようと、それを根底から叩き崩す力を持っているカードだ。

警戒するに越した事はない。

だが、それで攻撃を疎かにすれば不死の亡者の進軍が待ち受けている。

ならば、幻魔の力などモノともしない者たちで、攻めきる。



「俺は、サイレント・マジシャン LV4を攻撃表示で召喚!」



白光が溢れて、俺の前方に描かれた魔法陣から小柄な少女が現れる。

青い宝玉の飾りがついた白いトンガリ帽子を被り、同じく白を基本にところどころ青のアクセントが入った魔導衣。

灰色がかった白い髪は後ろに跳ね放題。両手で構えた短いロッドを、カミューラへ向ける。



それは万丈目準が先の対校デュエルで披露したアームド・ドラゴンと同じく、レベルアップモンスターの一種。

そして王の器、つまり武藤遊戯の扱ったモンスター。

姿と能力は原型のそれと比べ変わっているが、そのポテンシャルの高さは変わらない。



「サイレント・マジシャン……なるほどね。

 幻魔の扉を使われてもいいように、魔力を無効化する事に長けたモンスターを投じて来たというわけね」



サイレント・マジシャンがLVを上げた姿、LV8まで到達すると、

自分に降りかかる相手の魔法を全て無力化する能力が開花する。

つまり、幻魔の扉に破壊されないのだ。

そして、サイレント・マジシャンがレベルを上げる方法は一つ。

相手プレイヤーのドロー。



「そして、魔法マジックカード、手札抹殺を発動!

 互いのプレイヤーは手札を全て墓地へ送り、捨てた枚数分のカードをデッキよりドローする!」



残る4枚の手札を墓地へ送り、同じく4枚のカードをドローする。

カミューラの方を見れば、当然その効果に従って5枚のカードを墓地へ送り、新たな5枚を引き直す。

もし最初の手札の中に幻魔の扉があれば、最も楽な話であったが。

彼女の表情を見る限り、それはないだろう。



だが、それでも。

相手プレイヤーがカードをドローしたこの瞬間、サイレント・マジシャンはそのLVを上昇させる。

尤もこの場合のLVというのは、モンスターのレベルの事で無く、いっそ比喩表現と言うべきものだが。



「サイレント・マジシャンの効果発動!

 相手がデッキからカードをドローするたびに、このカードに魔力カウンターを一つ乗せる!」



白いトンガリ帽子に取り付けられた宝玉が光を灯し、ゆらめく。

その光は最大値から五分の一。

つまり、五つのカウンターが溜まった瞬間こそが、この魔術師の本領発揮だ。

だが、相手がそれをただ待ってくれるかと言えば、確実に否。



「カードを1枚セット! ターンエンドッ!」

「ワタシのターン!」

「このターンのドローフェイズ、サイレント・マジシャンの魔力カウンターを一つ追加だ!」



宝玉の中に宿る光が増す。五分の二の光。

サイレント・マジシャンの元々の攻撃力は1000程度だが、魔力を充実させる事で通常を上回る威力を発揮する。

その証こそが魔力カウンター。相手の手札が増える度に上昇する魔力は、一度につき500ポイントの攻撃力を上昇させる。

渦巻く魔力を制御する少女の攻撃力は、今や2000。

下級モンスターではそう簡単に上回れまい。



だが、そんな事は意に介さずカミューラは自らの手札から1枚のカードを取る。

叩きつけるようにデュエルディスクに置かれたカードを読み取り、現されるソリッドヴィジョン。



「出でよ、ピラミッド・タートルッ!!」



階下で瓦礫の散乱した床をぶち抜き、大亀がのっそりと身を乗り出してくる。

その最大の特徴は名の通り、甲羅の代わりに背負っている黄金の三角睡。つまり、ピラミッドだ。

その能力は高くなく、攻撃力は1200。守備力も1400ほど。

しかし、その能力こそが真骨頂。



「ピラミッド・タートル……!

 背負った墓地ピラミッドが破壊された時、アンデットモンスターを呼び出す現世と冥界を繋ぐ亀……!」



ピラミッド・タートルは戦闘により破壊された時、デッキから守備力2000以下のアンデットをデッキより特殊召喚できる。

アンデットモンスターはその死者・亡者というコンセプトからか、守備力というものがそも低数値に設定されデザインされている。

それは弱点の一つであるが、この亀の作る通路の存在から、それはある種の長所として考える事もできるのだ。



「その通り……さあ、行きなさい! ピラミッド・タートルで、サイレント・マジシャンを攻撃!!」

「っ、迎撃しろ! サイレント・マジシャンッ!!」



地上でピラミッドを背負った亀が唸る。

空中でそれを見下ろす魔術師の少女が杖を両手で構え、その攻撃に対して警戒の姿勢。

ぐぉ、と大きく亀の身体が低く押し込められる。

跳躍の体勢。

その身体が解き放たれる前に、魔術師は杖を前方に翳した。

白光が杖の先端に満ち満ちて、解き放たれるのを待ち侘びる。



強靭な四肢が跳躍、ただ一点のために使用される。

踏み縛った地面を崩しながら跳び上がった。

黄金の王墓、三角睡の頂点で空中の相手を串刺しにするための攻撃。

高速で地上より打ち上げられたその凶器を前に、魔術師の少女は微塵と臆さず立ち向かう。



「サイレント・バーニングッ!!!」



杖の先端から迸る白光が、自身に向かい来る亀の突撃を焼き払う。

瞬く間に光の雨に焼かれて崩壊するピラミッド。

積み上げられたブロックが粉砕されて、亀は再び地上に向けて失墜していく。



だがしかし、そのピラミッドの中より渦巻く影が現れる。

破壊された王墓が造る道を通り、現世に降りるアンデット。

自身を上回る攻撃力を持つ相手に仕掛け、自爆する事で戦闘破壊に誘発する効果を使ったのだ。

二体の攻撃力の差分、800ポイントを消費する事となったのは、必要経費と言う事か。



「ピラミッド・タートルが戦闘で破壊されたこの瞬間、その能力が発動する!

 デッキより守備力2000以下のアンデット、カース・オブ・ヴァンパイアを特殊召喚!!

 そして、特殊召喚されたヴァンパイアで、魔術師の小娘を攻撃よ!!」



ピラミッドがばら撒くブロックの中から飛び出した影が、その姿を明確にしていく。

水浅黄色の頭髪を持つ、土気色の肌のヒトガタ。

人間の外見をしていながらそれは人間ではなく、別種族。

蝙蝠を翼を有し、夜を支配する生命。その正体こそ、ヴァンパイア。



「ネイル・ファング・ブローッ!!」



彼は翼を羽搏かせて、攻撃態勢を未だ崩していないサイレント・マジシャンに向かって飛翔する。

弾けるように跳ぶ身体が鋭利な爪で魔術師の少女を引き裂くべく、振り翳す。

しかし、迎撃の体勢を崩していない少女にその奇襲は通用しない。

下方より迫撃を仕掛けてくる吸血鬼の爪を一切恐れず、少女はただひたすらに敵を見据えた。

煌々とした白光が杖の先に迸らせて、迫りくる敵の身体を滅却する。



闇を消滅させる光の豪雨に晒されて、吸血鬼はさながら陽光に中てられたかの如く、溶解を始める。

現世に現れたばかりのヴァンパイアは、すぐさまその身体を光の魔力で薙ぎ払われる。

呻き声を上げながら有翼ながらも人間と同じ造形の姿は、瞬く間にごぽごぽと黒い液体に変じていく。

殆ど抵抗もなく溶けた相手に、少女はその杖の構えを解く。



ああなってしまえば、もう反撃を試みる事も出来まい。或いはそんな油断からか。

しかし、今魔術師の少女が相手取るのは、真っ当な怪物ではなく、不死の化物であった。

少女の放つ光の魔力が途切れたその刹那、沸騰するように気泡をたてる黒い液体が渦を巻いた。

魔術師の反応は一拍遅れた。故に、体勢を立て直す間もなかった。



渦巻く闇は少女の姿を包むように、抱くように奔流する。

僅か半秒での決着であった。

少女の肢体を余す事なく呑み込んだ闇は、そのまま重力に従って床に落ち、弾けて飛んだ。



詰まるところ、相討ち。



魔力カウンターを二つ蓄えたサイレント・マジシャンの攻撃力は2000に及んでいた。

しかし、それを今相手取った吸血鬼の攻撃力もまた2000に達している。

それらが力をぶつからせれば、共に倒れる事は必定。

共にしもべを失ったこの現状。だがしかし、今墓場に送られるのは不死の怪物、ヴァンパイア。



「カース・オブ・ヴァンパイアが、サイレント・マジシャンと相討ったこの瞬間、

 カース・オブ・ヴァンパイア自身の不死の特殊能力発動!

 ワタシのライフ500ポイントを支払う事で、次のスタンバイフェイズに攻撃力を500上げて復活する!!」



床に溜まった黒い液体から、形状を固定されないまま生首のようなものが突き出て来た。

その首は真っ直ぐに自身の主人の許へと向かい、その首筋へと牙を突き立てる。

ぐじゅ、と肉を裂く音がこちらまで聞こえてきた。

そのままずるずると減っていくカミューラのライフは、残り2700。



サイレント・マジシャンは破壊されればそのまま。それも、もし再度召喚しても魔力カウンターはリセットされている。

しかし、あの不死の怪物は弱くなるどころかより力を増して、こちらへと牙を剥く。

無論、その代価は相応に支払う必要がある。その儀式が、今目の前で行われている吸血行為。

血を吸い終わった生首が、床の黒い水溜りに還る。

首筋から血を流すカミューラは、そこを手でさする事でその傷を消した。



「………俺、そーゆー怖い演出苦手なんで控えて欲しいかな」

「あら、可愛い事を言うのね。でも残念、吸血鬼に血を吸うなと言われてもねぇ」



くすくすと嗤う。

それは確かに。別に、こっちが気にしなければいいだけの話だ。

眼を細めて、そういうグロテスクな場面を見逃してしまえばいいだろう。



目線の高さはこちらが合わせていると言うのに、カミューラはそれでも俺を見下ろす。

立ち位置とかではなくて、もっと根本的なところで。



「それに血を啜るのであれば、ヴァンパイアなどより人間の方がよっぽど特技よ。

 我が一族に化物のレッテルを張り付けて殺し、その血を流させてきたのはどちらさま?」

「………御尤もな話なんだろうが、俺には関係ないね」

「そうね。アナタに責任を取ってもらってもしょうがないわ。

 アナタの魂は責任などを背負う事ではなく、我が一族復活の贄としてその天命を果たすのだから。

 ワタシはこれでターンエンド」



俺は再びデッキに手をかける。

ふぅ、と一つ溜め息。

大丈夫だ、いける。絶対に負けられないんだ、心なんか動かしてる場合じゃない。

同情とかそんなものは後ですればいい。悔やむくらいなら後悔だ。

先に何か覚えてしまえば、頭で処理できない俺はもう動けないんだから。

だから、俺は空気の読めないただのバカでいい。



「俺のターンッ! ドローッ!!!」

「この瞬間! 我が眷族、カース・オブ・ヴァンパイアがその身体を再構成し、蘇る!!」



床の黒い闇が盛り上がり、その中から土気色の肌のヴァンパイアが出現する。

闇はそのまま吸血鬼に背負われ、蝙蝠の翼となって大きく広がった。

バサリと一度羽搏いた彼は、カミューラの目前まで飛び上がると、その翼を畳み、外套のように身体に巻いた。



その攻撃力は上級モンスターと最上級モンスターの境界線の一つと言える、2500ポイント。

生半可な攻撃力ではそいつには届かない。

半端で届かないのならば、こちらもエースを切るまでだ。

デュエルディスクの伏せリバーススイッチを叩き、使用を宣言する。



トラップ発動! リミット・リバースッ!!

 墓地より攻撃力1000ポイント以下のモンスターを特殊召喚するッ! 俺が蘇生するのは勿論――――!

 サイレント・マジシャン LV4!!」



俺の目前で開かれたトラップカードのソリッドビジョンから光が溢れ、沈黙の魔術師が姿を現す。

当然、白いトンガリ帽子についた青い宝玉に宿る光はなくなっている。

それは蓄えられるべき魔力が枯渇している事を示し、攻撃力が1000である事を示す。



先程相討った敵と対峙してニヤリと嗤笑するヴァンパイアに反し、少女は僅かに体勢が退いていた。

この魔術師の少女が正統なる手段であの相手を上回るまで、相手が4回ドローする事を要する。

つまり、相手が4ターンを消費する事。

それほどの時間を、相手に劣る戦闘能力しか持たない少女の身体で稼ぐ事はできまい。



「ふん。そのモンスターを生贄に、更なる上級モンスターを呼び出すってわけ?

 でも、我が血の魔力を得たカース・オブ・ヴァンパイアに匹敵するモンスターが、都合よく手札にあるかしら?」

「勿論無い! 俺は更に、ガガガマジシャンを通常召喚!」

「はぁ?」



沈黙の魔術師に並び立つように、新たなる魔術師がその姿を現す。

紺色の魔導衣に身を包み、錆色のアーマーを肩と左足に取り付けている。

腰に巻いたベルトには四つの点が打たれており、翻る魔導衣の背には『我』の一文字。

足と腕に絡ませた鎖を揺らし、手を導衣のポケットに入れたまま、その魔術師は俺のフィールドで立ち誇る。

その攻撃力は1500。無論、ヴァンパイアを破る事などできない。



「たかが攻撃力1500、そんなモンスターでどうする気かしら。

 まさか、二体のモンスターの攻撃を合わせて互角だとでも?」

「え? あ、そう言えば合計2500だな、攻撃力」



攻撃力1000のサイレント・マジシャン。そして1500のガガガマジシャン。

そのまま足し算すれば、相手のモンスターと全くの互角である。

何やら面白い発想だと思うが、そんな事は全く関係ないだろう。

しかし、マジシャン同士。更に攻撃力の合計が2500。何やら、うまくできているものだ。



「だけど、違うな。足し算じゃない、エクシーズ召喚って言うんだ。こいつは!」

「エクシーズ……?」

「レベル4の、サイレント・マジシャン LV4とガガガマジシャンをオーバーレイッ!

 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築ッ!!」



二体の魔術師がその身体を光に変え、俺とカミューラの間に発生した次元の渦に飛び込んでいく。

渦を巻く銀河のような領域を造り出し、その中で二つの光が交わった。



Xのエクストラデッキ用のゾーンから吐き出されたカードを引き抜き、フィールドに降臨させる。

銀河が集束し、溶け合い一つとなった光が新たなる力を導く。



「現れろ、No.ナンバーズ39 希望皇ホープッ!!!」



その声と共に、光は新たなるカタチを描き出す。

剣を連想させる意匠のオブジェのような何か。白と黄金で現されるそれは、正しく希望の象徴なのだろう。

周囲に取り巻く二つの光の球を纏わりつかせながら、その剣は大きく発光した。

展開した刀身の部分が翼となり、パーツがスライドして、大きく広がる。

内部で格納されていた肩の装甲が開き、胴体がアーマーもまた、展開した。

頭部に黄金の三本角が現れ、真紅の眼が開かれる。

左の肩部に赤い文字で刻印された、39という数字こそが、No.ナンバーズの証。

腰の左右に吊るされた剣を武器とする、戦士族モンスターエクシーズ。

希望皇ホープ。



その戦士は俺の目前で浮遊し、カース・オブ・ヴァンパイアと対峙する。

互いの攻撃力は2500の同格。



「どうだ、これがエクシーズ召喚だッ!!」

「フィールドのモンスターを生贄に、融合デッキから融合なしで融合モンスターを特殊召喚するなんて……

 フフフ……なるほど、これがあの男の言っていたワタシの知らない、未知の戦術―――!」



納得された。

多分、シンクロ召喚の事を言っていたんだろうが、まぁ別に訂正の必要もあるまい。

だが、ホープを召喚したからと言って、カース・オブ・ヴァンパイアが倒せるわけではない。

攻撃力は互角。そして相討ちを取っても、相手は不死のヴァンパイア。再生能力を有している。

それを誰より理解しているカミューラの表情には、微塵も焦りはない。



「それで、どうするのかしら?」

「――――カードを2枚伏せて、ターンエンド」



当然、失うものしかないこちらから仕掛ける事はできない。

その剣は、今振るうためのものではない。



「フフフ――――! ならば、ワタシのターンッ!!」



だが、カミューラは自軍のバトルフェイズにそれを強制する権利がある。

俺が何の対策も取らなければ、吸血鬼は自らの身体を投げ捨て、ホープに相討ちを強いるだろう。

そうなれば俺のフィールドはガラ空き。

相手は更なる追撃を仕掛けて俺のライフを削り、不死の吸血鬼は再び蘇る。



こちらに消耗を強い、その上で不死者の軍勢がこちらを攻め立てる。

油断などしていればそのまま墓場まで引き摺りこまれる。

それこそがアンデットの恐怖。どこからでも存在を現し、相手が消滅するまでけして死なぬ者ども。

そして、その不死の軍勢を指揮する者こそが、ヴァンパイアの血族であるカミューラ。



「ワタシは、ヴァンパイア・レディを召喚!」



バイオレットのドレスを纏った、吸血鬼の一族の淑女が現れる。

ゆったりしたドレスの裾を翻して、その淑女は怪しく微笑んで見せた。



これで奴の場のモンスターは二体。

先の通り、ホープを相打ち取り、ヴァンパイア・レディによってこちらを侵略する気だろう。



「………!」

「さあ、まずはそのモンスターに退場願おうかしらぁ?

 行きなさい、カース・オブ・ヴァンパイアッ! シャープネスネイルブレェードッ!!」



吸血鬼が外套のように身体に巻き付けていた翼を広げる。

一つ、その翼を羽搏かせると、ホープの姿を目掛けて飛翔した。

カミューラの血の魔力を吸収した爪は、先程沈黙の魔術師に向けたそれを上回る切れ味を誇る。

例え希望皇が腰に携える剣、ホープ剣を抜き放ったとしても、それを折る事はできまい。

ならば、盾を使うまで――――!



「希望皇ホープの効果発動!

 オーバーレイユニット、ガガガマジシャンを墓地ヘ送る事でモンスターの攻撃を一度、無効にする!!」

「なんですって!?」



ホープのカードの下に重ねられたカードを引き抜く。

その瞬間、ホープの周囲を回っていた二つの光の内一つが、胸部の碧色の宝珠に取り込まれた。

光を取り込んだ胸部から溢れる光は、ホープの能力を余す事なく発揮させ、その翼を展開させる。

一度展開し、組み替えられて翼となっていた部位が、再変換されていく。

それは召喚された瞬間見せた、剣のオブジェの刀身を形作っていた部分。

それが新たなる形状へと組み替えられ、現す姿は、盾。



「ムーンバリアァッ!!」



黄金の光が盾から放たれ、相手の攻撃を防ぐための鉄壁と化す。

まるで満月のように広がる光の盾に突き立てられる、ヴァンパイアの爪。

ホープ剣さえ互角の勝負に持ち込むその爪を、光の盾は危うげもなく防いでみせる。

弾き返されるように、カミューラのフィールドへと押し返される。

そのヴァンパイアの姿を見て、カミューラは微かに舌打ちした。



「ふん、ヴァンパイアに月の力で対抗しようとはね……思ってもみなかったわ。

 でも見えたわ、そのモンスターの弱点。次のターン、同じ回避をすれば、もう逃げられない……!」

「ああ。ホープのムーンバリアは、オーバーレイユニットがコストとして必要だ。

 残るオーバーレイユニットはサイレント・マジシャンのみ。

 その上、オーバーレイユニットが存在しない時に攻撃対象として選択されば、自身の効果によって破壊される」



相手の攻撃を全て、問答無用で掻き消せるわけではない。

ホープが自身を守った盾を再度展開し、瞬く間に翼を組み替えていく。

俺たちの視線が捉える胸部の宝珠には、先程までの溢れる光は欠片も残っていなかった。

一つ分吸収された、衛星の如くホープを取り巻く光は残り一つ。



「黄金の月の加護――――

 そんなもの、我がヴァンパイアに力を与える紅い月の禍々しき光で呑み込んであげるわ」



Dホイールのデュエル画面が、バトルフェイズからメインフェイズ2に移り変わった。

当然だろう。ホープの攻撃力は2500。

攻撃力1550のヴァンパイア・レディでは力不足は否めない。

バトルフェイズの終了は必然。だが、だからと言ってカミューラはこのターンの攻めを終えた事にはならない。

ならば、俺はその先手を打つ。



「バトルフェイズが終了し、メインフェイズ2となったこの瞬間、伏せリバースカードを発動!

 トラップカード、トゥルース・リインフォース!!

 このカードの効果によって、デッキからレベル2以下の戦士族モンスターを特殊召喚する!

 俺が選ぶのは、レベル1の戦士族モンスター! ブースト・ウォリアーッ!!」



俺の前に光の柱が立ち上り、その内から炎を巻き上げる戦士が出現した。

濃紺のアーマーで包まれ、背後に炎を吐き出す四本のマフラーを背負った戦士。

燃えるような炎色の髪を逆立たせるその戦士は、両腕を交差させてそのボディを青く染めていく。

守備表示の証であるその状態になった戦士の役割は、その身で敵と戦う事にあらず。



「ブースト・ウォリアーが表側表示でフィールドに存在する時、

 俺のフィールドに存在する戦士族モンスターの攻撃力は、300ポイントアップするッ!

 つまりッ……!」



ホープが腰に携えた剣が、光を帯びる。

希望皇ホープの属する種族は、戦士族。つまり、ブースト・ウォリアーによる後押しを得る事のできる存在。

その攻撃力は、自身の元よりの数値にブーストされた分を加え、2800に至る。

このフィールドに君臨する、不死の吸血鬼を薙ぎ払う事のできる攻撃力。



トゥルース・リインフォースには発動ターン、バトルフェイズが行えなくなるデメリットがある。

しかしそれも、相手がバトルフェイズを終えた後の、相手ターン中に使ってしまえば無視できる。

これにより、次の返しのターン。こちらの攻撃が、通る。



「吸血鬼が不死でいられるのは、自身の糧となる血を啜る事のできている間だけ。

 その根源、お前のライフを削ぎ落してしまえば、不死なんてものは失われる!」

「あら、果たしてそうかしらぁ? このまま見逃すと思って?」



カミューラはそう言って、手札のカードに手をかけて引き抜く。

引き抜かれたカードが差し込まれるのは、魔法マジックトラップゾーン。



魔法マジックカード、ブラック・ホールを発動!!」



瞬間、俺たちの間に暗黒の渦が生まれた。

光さえ呑み込む闇は、呑み込む対象を選ばず全てを喰らい尽くす悪食。

フィールド上に存在するモンスター全てを破壊する、黒い孔。



それが、フィールドの全てを蹂躙するために拡大していく。

例えどんな攻撃をも止められるホープの盾であろうと、その闇の侵略は止められない。

カミューラのフィールドとて無事では済まないが、これを解放した以上続く手があるとみて間違いあるまい。

だが、そんな事はこちらも同じ事。



「さあ! 全て暗黒の渦中へ消えなさい!!」

「そいつはどうかな?」

「………っ!?」



暗闇の渦の中心から一条の光が立ち上る。

それはまるで、ブラックホールを内側から抉じ開けるように。

星の光差す道を描き出す。

フィールドを蹂躙する破壊の渦を逆に呑み干し、それを星の光に転換する術。

その名を、



トラップ発動! スターライト・ロードッ!!」



ブラックホールを内側から塗り潰す極光。

星の道を成し、その路を潜り抜け、一体の龍が白銀の翼を羽搏かせ、降臨する。

全てを呑み込む筈だった暗黒は光に散らされ、その威力を消失した。



光の道を辿り、俺のフィールドに降臨するのは白銀の龍。

スマートに洗練されたフォルム。風を纏う翼で、空を裂いて飛翔するドラゴン。

黄金の瞳を輝かせ、その龍は高らかに咆哮を上げた。



「なんですって!? ブラック・ホールが……!」

「スターライト・ロードは、俺のフィールドのカードが2枚以上破壊される効果が発動した時発動するトラップ

 その効果を無効にし、デッキのスターダスト・ドラゴンを呼び醒ますッ!!」



相手の戦術、クロノス教諭のデュエルを見てただけでも判断できたもの。

それは、カミューラのデッキに存在するモンスター除去カードの多さ。

特に、自身のモンスターごとフィールドを吹き飛ばす事も厭わぬ、破壊力を持つカードの採用。

そしてフィールドを薙ぎ払った後の焼け跡に君臨する不死者ども。



その傾向だけでも読めているならば、自然こちらの対策を決まってくる。

更に言うならば、カミューラはその戦術の多くを魔法マジックカードに頼っているのが見て取れた。

だからこその、

武藤遊戯をイメージした魔法マジックカード封じのサイレント。

不動遊星をイメージした破壊効果封じのスターダスト。

そして、不死者の身命を捨てた特攻すら封じる九十九遊馬のホープをメインとして仕立てた。



「くッ……!」



盛大に顔を顰めたカミューラは手札へと眼を移し、次にフィールドを見る。

僅かに歯軋りをした彼女は、手札から1枚のカードを引き抜く。



「カードをセットし、ターンエンド……!」



ピ、とDホイールのディスプレイがカミューラのターンから、俺のターンに切り替わった事を示す。



「俺のターン、ドロォーッ!!」



――――手札は今、引いたカードのみ。

この状況では発動する事のできないカード。ならば、



「行くぞ! ブースト・ウォリアーの効果でブーストされた、希望皇ホープの攻撃だ!!」



ホープの双眸が一際大きな、真紅の光を灯す。

腰にかけられた剣の柄を掴みとり、それを引き抜きつつ、思い切り上に投げ放った。

ブーメランのように飛行する剣はどこまで飛ぶか、という勢いだったが、その威力はすぐさま消える事となる。

屋内であるが故に、剣は天井に刀身を深く沈め込み、動きを止めた。



深々と突き刺さった剣を中心として、天井に罅が奔った。

ホープの翼が微かに震動して、その身体が剣の許へ向けて加速する。

加速を維持し、飛び上がった速度のままで剣の柄を引っ掴む。

天井を打ち砕きながら剣を引き抜きつつ、その刃をカース・オブ・ヴァンパイアに対して振るう。



「ホープ剣・スラァアアアアッシュッ!!!」



仄かに燃える炎を纏ったその剣は、ホープが元々持ち合わせる威力を凌駕する一撃。

今やホープに匹敵する魔力を獲得したとはいえ、ホープ自身が強くなればカース・オブ・ヴァンパイアの優位は崩れ落ちる。



吸血鬼がその腕を振り翳し、黒い血液の滴る爪をホープに向ける。

瓦礫の雨の中で交わる二つの刃。

先程までであれば、それは互いの得物が砕け、そして互いの獲物を討っていただろう。



しかしそれは覆り、炎のブーストを受けたホープの剣を相手にすれば、吸血鬼の爪が折れるが必定。

五指を並べ、一条にして放った貫手は、ほんの一瞬の交錯を経て砕かれた。

突き抜けた剣が肩口から腕を断ち切った。

噴き出す血液が互いの姿を隠すように広がり、潰れて断たれた腕が一本、宙を舞った。



僅か半秒の静寂。

それを打ち砕くのは、血の壁を突き抜けて奔る吸血鬼のもう一方の腕。

視界を覆う血流に遮られながらも、迷いなく正確にその胸を貫くため、爪を立てる。

ホープが剣を引き戻すまでの更なる半秒。その間があるのであれば、それは恰好の獲物。

血の壁の中に埋もれている剣を認識している吸血鬼は、そう思考する。



だが希望皇の振るうホープ剣を、その程度の戦術で凌駕しようなどと。

ザブリ、と肉が断たれる音と共に、カース・オブ・ヴァンパイアのもう肩腕の肘から先が舞った。

撒き散らされる黒い血液は四散し、血の壁も重量に従い、その幕を下ろす。



晴れた視界に吸血鬼が見た物は、二刀。

初撃を放った右腕でのホープ剣はそのままに、左腕で二刀目のホープ剣を逆手に取っている。

血よりなお紅い、ホープの眼光が吸血鬼の姿を捉えた。

生存本能。否、死を解さぬ不死者にそのようなものはあるまい。

ただ純粋な畏れ。人を餌とする不死の怪物ですら、光の戦士の剣に畏れを成し、僅かにでも退いた。

瞬間、左手で逆手に構えたホープ剣を順手に持ち替え、両腕で刃を閃かせる。



―――一拍遅れ、吸血鬼の身体がX字に裂け、四つに分かれて崩れ落ちた。

崩れ、地面に散らばった吸血鬼の身体がドロドロに溶けていく。

攻撃力の差は300。故に与えるダメージも300。

残るカミューラのライフは、このダメージがそのまま通りさえすれば、2400となる。



「くっ……! カース・オブ・ヴァンパイアの効果発動!

 このカードが戦闘によって破壊された時、500ポイントライフを支払い、次のスタンバイフェイズに再生させる!!」



そう。カース・オブ・ヴァンパイアが不死たりえるのは、血を啜っていられるからだ。

ぐちゃぐちゃと黒い血溜まりから伸びた生首がカミューラの首に食らい付く。

つまり、このコスト分と合わせて、今のカミューラのライフは1900まで落ち込んだ。

このペースで維持していけば、遠からず復活できなくなるだろう。

無論、まだ俺の攻撃は終わっていないのだから。



「ならば、スターダスト・ドラゴンの追撃! ヴァンパイア・レディに攻撃!」



白銀の龍がその口腔に音波を蓄積する。

微かに漏れ出した超音波が原因の耳鳴りを覚えつつ、その攻撃指令を下す。



「シューティング・ソニィイイイイック!!!」



解放される。

銀色のブレスとなるまで圧縮された音波の塊が、相手を打ち砕くべき迸った。

その戦闘力は先程のヴァンパイアと比べれば落ちる。

ならば、カース・オブ・ヴァンパイアや、希望皇ホープと肩を並べるスターダストに、淑女が対抗する術はない。

迫りくる閃光に息を呑み、顔を庇うように腕を前に出す。

しかし、そんなものが通用するような侵攻ではない。



超音波の奔流に呑み込まれたヴァンパイア・レディの身体は瞬く間に崩壊し、砕けた。

超過するダメージはその背後に存在するカミューラの許まで貫通し、そのライフを抉り取っていく。

ヴァンパイア・レディの攻撃力は1550。

攻撃力2500のスターダストの一撃を受ければ、超過ダメージは950となる。

1900となっていたライフの丁度半分を持って行かれたカミューラは、膝を床に落とした。



「くっ………! よくも―――!」

「このままストレートで持って行かせてもらうぜ。

 あんたが持って行った全てを、俺たちの許に戻してもらう―――!」



このまま、幻魔の扉を使わせずに勝てばそれでいい。

そうすればカイザーとクロノス教諭は取り戻せる。

ついでにあのカミューラも魂を幻魔に奪われる事なく万々歳だろうよ。



「チィッ、ワタシのタァーンッ!!」



カミューラがゆっくりと立ち上がり、デッキからドローする。

そのカードを引いた瞬間、カミューラの顔が変わった。

表情の変化、などというレベルではない。口が裂けたかと思うほどの破顔。

頬の上からでも分かる、鋭利な牙の存在。まさしく、吸血鬼のそれ。



「………」



果たしてそれは。

だが、相手のカードが例え幻魔の扉だったとしても、スターダストが存在する今、それは通用しない。

カミューラがドローしたカードを手札に加え、別のカードを取り上げた。

既に彼女の顔は、普段のものに戻っていた。



「フフフ……戻してもらう、ねぇ?

 ならば、先にワタシがアナタたちに奪われたものを戻して欲しい所よ。

 我らヴァンパイアはお前たち人間にこの世界を追われた。命を奪われたッ!

 ワタシから全てを奪ったものたちは、一体何の理由があってそれを行ったと言うの?

 ワタシが奪われたものを取り戻すための犠牲を強いているように、それも何かの犠牲として必要だったの?

 ただ自身とは違う存在として迫害し、殺害する事でお前たちは何を得たと言うの!?

 我らを滅ぼした者は正義? お前たちを滅ぼそうとする者は悪? そんなもの、人間の身勝手にすぎないわ!

 ワタシから見れば、悪こそお前たちの方だったのだからッ!!」

「―――――ぅ……い、言っただろ……! 良いか悪いかなんて俺が知るか!

 俺はそれを、このデュエルで止めてやるッ!!」

「ふん、ならば味わいなさい! フィールド魔法、不死の王国-ヘルヴァニアを発動!!」



周囲の風景が変わっていく。

先程まで朽ちていた吸血鬼の居城は、その魔法の影響で寂びれる前の姿へと戻っていく。

豪華絢爛な拵えの、今にもダンスパーティを開けそうな、綺麗なホール。

しかしそれは見た目ばかり。

空気に混じって漂う濃密な瘴気を肌で感じる。ぴりぴりと焼かれるように熱くなってくる。

だがそれも、スターダストの効果を突破できない。



「そして! 融合デッキよりサイバー・エンド・ドラゴンを除外・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」

「なん……だとッ……!?」

「ワタシがあの男から与えられた指令は二つ。

 アナタの大事なそれを奪う事と、カイザー亮からサイバー・エンド・ドラゴンを奪う事ッ!!」



見誤っていた。

リミッター解除のようなサポートは、幻魔の扉で奪ったモンスター用だと思っていた。

だが、違う。本来はこっちを目的として渡されたカード。



銀色の装甲を持つ機械龍。

手足を持たず、大蛇と言った方が正しく意匠が伝わるだろう外見。

その特徴はそれぞれ形状の違う、三つの首。

本来の頭部を隠すためか、白と黒のマスクを被せられた龍頭は、喚き立てるように咆哮を上げる。

二枚の黒く染まった翼をゆったりと動かしながら、その機械龍はカミューラの背後に出現した。



「これこそアナタたち人間の罪の結晶の姿―――Sin サイバー・エンド・ドラゴンを特殊召喚!!!」



轟音を撒き散らし、暴れ狂う機械龍。

茫然とその姿を見ていると、滞空している俺の下から、声がする。



「サイバー・エンドだと……! どういうことだ!?」



飛び込んできたのはサンダーと十代、続いて三沢と明日香が続き、その後ろから翔と隼人、大徳寺とユニファーが入ってくる。

彼らも突然カミューラの場に現れたそのモンスターに、目を奪われていた。

カミューラはそれにも構わず、腕を振るって機械龍に攻撃命令を下す。



「サイバー・エンド・ドラゴンで、スターダスト・ドラゴンを攻撃ッ!

 エターナル・エヴォリューション・バーストッ!!!」



機械龍がその三つの首の口を同時に開き、その奥から白光を放つ。

溢れる光の渦は間違いなくスターダストを狙ったものであり、避ける事は敵うまい。

Sin サイバー・エンドの攻撃力は4000もの威力。

攻撃力2500のスターダストには抵抗などできる余地がない。

だが、俺の場には無敵の盾を持つ戦士が残っている。



「オーバーレイユニット、サイレント・マジシャンを墓地へ送り、希望皇ホープの効果を発動!!

 その攻撃を無効にするッ!!」



ホープがスターダストの前に躍り出る。

周囲を取り巻いていた残り一つの光を胸に吸収し、その能力を発揮する。

翼が展開し、盾の姿へと組み替えられていく。

前方に翳されて、満月の如く輝く盾がサイバー・エンドの放つ極光を受け止める。

その攻撃は盾に直撃して拡散し、背後へと受け流されていく。

しかしその代償か、盾となっていた翼が微塵と砕け、ホープは翼を失う。



ソリッドヴィジョンなどではない。

実在の威力を持つ、破滅の光の奔流。

受け流された光はそのまま俺の背後の壁へと突き刺さり、周囲を破壊していく。



「グッ、ぅ………!」

「キィハハハハハハハッ!! どうかしら、これが闇のデュエルの恐怖よ!!」



フィールド魔法の効果により綺麗に整えられた城が、またも打ち崩される。

舞い上がった粉塵を吸わぬように口許を抑えながら、みんなが俺を見上げている。



「エックス! 大丈夫か!?」

「………っ、ああ。まぁ、な……!」



大丈夫などであるものか。今にも逃げだしたい。

十代がいるおかげでなおさらだ。十代なら、俺より巧くやってくれる。

俺が勝手にややこしくしたくせに、そんな思考で逃げたがる。

でも、それでも凡骨以下の馬の骨より下な雑魚にだって、意地の一つはある。筈、だと思いたい。



「ま、この程度のあれこれなんて、俺からすればまだ地味すぎるって言うか……

 僕は全国大会にもシルバーを持っていた事があるんだぜ!」

「え、ごめん。何言ってるか分からない」



翔も元気そうで何よりだ。うん、何より。



「やはり闇のデュエルは危険よ……! エックス、何故七星門の鍵を持っていないアナタが!」

「ここで俺が勝って帰ったらカッコいいだろ? 惚れてもしらんぞ?」

「大丈夫、それはないから」



明日香は相変わらず十代一筋。いやいいんだけどさ。

ここは、絶対無事に帰ってきてね、CHU♪ってなってもいいよね。

俺間違ってないよね?



「だが、何故カミューラがサイバー・エンド・ドラゴンを……!」



三沢がそう言ってカミューラの場のSin サイバー・エンドを見上げる。

サンダーも同じく、このフィールドを席巻するサイバー・エンドを見上げていた。

だが、隼人と大徳寺先生は見ている場所が違った。



「それもそうなんだけど、エックスのフィールドにいるモンスターは何なんだ……?

 見た事ないモンスターがいるんだな」

「今、攻撃を無効にしたモンスターと、あのドラゴンですのにゃ……」



二人の疑問に俺が答える必要もなく、その解答を知るユニファーが口を開いた。



「シンクロモンスター……

 今から数年前、ペガサス・J・クロフォード氏が開発に着手した新たなタイプのモンスター。

 尤も、通常の市場には未だ出回っていないモンスターだけど」

「知ってるのか、ユニ!」



あ、十代がユニファーを渾名で呼んでる。少しうらやましい。

その言葉に静かに肯いたユニファーは、解説を続ける。



「“チューナー”と呼ばれる特別なモンスターと、通常のモンスターのレベルを合わせて特殊召喚するモンスターよ。

 カード自体はメインデッキでなく、融合デッキに納めておく。

 つまり生贄がフィールド上のモンスター限定になり、チューナーとチューニングされる側のモンスターが必要になる代わりに、

 特定の魔法や手札に特殊召喚するためのモンスターをキープする必要のない、儀式と融合のハイブリット」

「なんだって!? それは本当かい!?」

「何で貴方が言うのかしら」



とりあえず驚いてみたら怒られた。

だが、それを聞いても特段驚いた様子のないみんな。何だかその反応は寂しい。

もっと、なんだってー! とかあると思ってた俺がバカなのか。



「なるほどな……それがあのモンスターたちってわけか」

「面白い召喚方法だ、レベルを調整して召喚するモンスター」

「………何かムツカシイ召喚方法だな」

「アニキ、足し算だよ?」

「じゃあそのうち引き算とか掛け算もでるのか? んー……」



頭を悩ませる十代に、ボクに訊かれてもと首を傾げる翔。



「でも、何で彼は本来市場に出回っていないそんなモンスターを持っているのかにゃあ?」



―――――変な答えは、何か不味い気がする。

ゆっくりとしている暇はないが、だからと言ってそう簡単に巧い答えなどでてこない。

息を詰まらせた俺に、微かに溜め息を吐くユニファー。



「私の伝手よ。親がカードデザイナーなものでね。

 デュエルアカデミアの生徒をやっているのだって、そういうカードのテストの場として相応しい環境だからだし。

 一人だと試験しなきゃいけないカードが多すぎて、彼にも手伝いを頼んでいたのよ」



一同そーなのかー、という表情。

あいつの父親が死んでいるのは、明日香も知らない事だった、と。

とにかく、巧く誤魔化してくれた事に感謝しつつ、カミューラに視線を戻す。



「無論、そういうカードでの公式デュエルは御法度だけれど。

 尤も―――――闇のデュエル、なんてものではそんなこと気にしないようだけど」

「フフフ、当然じゃない。ありとあらゆる手段を尽くして、相手を闇に叩き貶す。

 唯一にして絶対な決まりはそれだけ。そんなもの、注意にすらならないわ」



それはありがたい。が、相手はパラドックスから大量の情報を得ている。

まして、シンクロ召喚が破滅の引き金となった世界の住人からの情報なのだ。

どれだけの注意と、知識を叩き込まれたのか知れない。



だけど、それでも。



「カミューラ……いや、あえてこう呼ばせてもらう。ヴァンパイア・かゆうま」

「?」



完全な疑問符だった。発音が似ているからと言ってやった結果がこれである。

精神的にバイオハザードにも程がある。かゆい、うま

既にターンが俺に移譲されている事を確認し、デッキへと手をかけた。



「俺は、迷わない。この馬鹿にまともな思考を期待したお前が馬鹿だったようだな。馬鹿め。

 俺はお前を倒す! そしてカイザーとクロノス先生の魂を取り戻す!

 ただそれだけを考えてデュエルさせてもらう。そして、絶対に勝利を掴み取る!」

「―――――フフフ、出来るものならやってみなさい」



お前が一族の命運を背負っているのだとしても、俺は今、十代たちを背負っている。

そして何より、相棒の上に跨っている。だとすれば、相手がどんな矜持を見せようと、それに屈する事は出来ない。

俺にも負けられないものがある。



「俺のターン、ドロー! ―――手札より魔法マジックカード、調和の宝札を発動!

 手札の攻撃力1000以下のドラゴン族チューナーモンスター、デブリ・ドラゴンを墓地に送る事で、カードを2枚ドローする!!」

「チューナーモンスター専用魔法マジックか……

 なるほど。今回エックスは、そのシンクロ召喚というテーマに合わせたデッキを作っているようだな」



三沢が冷静に俺のデッキを分析するのを見つつ、しかし万丈目が舌を鳴らした。



「チッ……小手先の対策なんかより、自分の使いなれたデッキの方が良かっただろうな……

 もし、あのサイバー・エンドをどうにか出来なければ、ここで終わりだぞ……!」

「小手先なんかじゃないさ。エックスは、自分のカード全部信じてるぜ」



十代はそう言うが、確かに今のユニファーの嘘の話で考えれば、万丈目の方が正しかろう。

借り物のカードを手に、魂を賭ける闇のデュエルへの挑戦。

本来ならばそんな事あり得ないと思うのが普通だろう。

だが、十代はまるで全部知っているかのように、それを否定してみせた。



「十代……?」



ユニファーも不思議そうに見るだけだ。



「万丈目の言った通り、小手先の技術なんかじゃ駄目だろうけど。

 デュエルは心だぜ。カードと心を繋ぎ合わせてる今のエックスは、きっと強いぜ」

魔法マジックカード発動! バラエティ・アウトッ!!

 シンクロモンスターをデッキに戻す事で、そのレベルと同じになるように、墓地のチューナーモンスターを特殊召喚する!

 スターダスト・ドラゴンのレベルは8! よって、合計がレベル8になるようにチューナーを召喚する!!」



フィールドで羽搏くスターダストの身体が消えていく。

モンスターゾーンに置かれたカードを取り上げ、エクストラデッキ用のスペースに入れる。

同時に、墓地に置かれたチューナーモンスターのソリッドビジョンが俺の前に浮かび出た。

尤も、俺に選択の余地無く、墓地のチューナーの合計レベルは8以外にない。



「俺はレベル4、デブリ・ドラゴン! レベル3、ジャンク・シンクロン! レベル1、チェンジ・シンクロンを守備表示で特殊召喚!!」



墓地から出て来たカードを引き抜き、そのまま3枚をフィールドに。



スターダストの意匠によく似た、二周り小さい白銀のドラゴン。

しかし肩と胸部がサファイアのように透き通る結晶になっていた星屑とは反し、星屑の破片のそれは琥珀色。

スマートな印象を与えたスターダストとは矢張り真逆に、マッシヴな印象を受ける肉体。

その名を、デブリ・ドラゴン。



橙色の装甲。三頭身程度のボディを、金属製のフレームで造られた四肢を動かす戦士。

背負ったエンジンを吹かし、首に巻かれた白いマフラーを風に流し、青くなった身体で両腕を交差させる。

その名を、ジャンク・シンクロン。



白と橙の二色で彩られる機械の身体。小さな身体に背負ったウイングで風を切る機械人形。

手足を振り回しながら現れたそれの頭部には、スイッチらしきものが取り付けてある。

その名を、チェンジ・シンクロン。



「―――――ッ、いつの間にそんなモンスターたちを、墓地ヘ……!」

「手札抹殺……俺が墓地へ送ったのは、4体のモンスター……さあ、後は何が残ってるかな?」



カミューラが顔を顰める。

しかし、そんな顔をすぐに元の表情へ戻した彼女は、くすくすと咽喉を鳴らした。



「フフフ……そんな雑魚モンスターが幾ら並ぼうが、ワタシのサイバー・エンド・ドラゴンの前では何の意味もない」

「そいつはどうかな?

 あんたは前のターン、カース・オブ・ヴァンパイアを攻撃に参加させなかった……

 つまり、あんたのサイバー・エンドには、自軍のモンスターの攻撃を制限させる効果がある、って事だ」



Sin サイバー・エンド・ドラゴン。

その召喚のためには、フィールド魔法の存在と、エクストラデッキのサイバー・エンド・ドラゴンが必要となる。

だがこれはつまり、フィールド魔法さえあればどのタイミングでも簡単に出てくるのが、このモンスターの特性であると言えよう。

しかしその召喚条件の緩さに比べて圧倒的な能力には、デメリットの存在でブレーキがかけられていた。

それが、フィールド魔法が失われた時、破壊される事。Sinと名の付くモンスターは同時に二体以上フィールドに並べない事。

そして、バトルフェイズに自身以外の存在を参加不能にする事。



俺は予測などしたわけでもなく、それを知識として知っている。

故に、自信満々でそれを口にした。

何故ならば、オリジナルだとすればサイバー・エンドを除外せず、墓地に送っている筈だからだ。

その考えは的を射ていたらしく、カミューラは鼻を鳴らした。



「つまり、お前は1ターンに一度しか攻撃できない……

 ふっ、俺の予測が正しければ、そのサイバー・エンドからは貫通能力も失われている筈だ……

 カードを1枚セットし、ターンエンドッ!!」



キリッ、とそんな久しぶりにやった気がする格好つけ。

それを見たカミューラはまたも笑い、その言葉を簡単に肯定してみせた。



「ワタシのターン、ドロー! ……ええ、アナタの言う通り。全て正解よ」



しかし不敵。何かあるのかと、こちらが身構える事を強要するように。

それほどにあからさまだった。

だとすれば、相手もこっちに驚き、慌てふためく事を期待しているのだろう。

このデュエルを喜劇にでもしたいのだろうか。

いや、元から喜劇みたいなものなのだろう。相手にとっては、俺は闇の生贄にすぎないのだから。



「装備魔法、メテオ・ストライクを発動!

 このカードをSin サイバー・エンド・ドラゴンに装備する事で、貫通能力を与えるッ!!」

「……なるほどね。だが、その攻撃を簡単に通すとでも――――!」



瞬間、サイバー・エンドの頭の一つが口を開き、閃光を吐きだした。

その攻撃は全力に程遠い牽制であったか、一条のみで放たれたためにさしたる威力も持たぬ一撃。

だった、が。その閃光はホープの胸部を撃ち貫く。

白い身体に金の装飾。しかし翼を既に失っていたホープは、そのまま光の粒子となって消え失せた。



「フフフ……確か、あの光を失った希望皇ホープは攻撃対象となった時、自壊するのよねぇ?」

「―――――ああ」



自身を取り巻く光、オーバーレイユニットを全て使い果たしたホープは、攻撃対象とされた時、自壊する効果がある。

サイバー・エンドの攻撃対象となった時点で自壊し、そのまま戦闘が巻き戻され、サイバー・エンドは新たなる獲物を定め直す。

三つの首が顎を開き、定める相手の姿は、チェンジ・シンクロン。



「チェンジ・シンクロンの守備力は0! さあ、一撃でアナタのライフを抉り取ってさしあげるわ!!」

「不味い……! サイバー・エンドの攻撃が通れば、一発でエックスの負けだぞ!?」



俺のライフは無傷の4000。

しかし、攻撃力4000のサイバー・エンドから、ダイレクトアタックに等しい攻撃を受ければ結果は自明。

俺の身体は一撃で消し飛ぶ事になるだろう。

だが、そう易々とそんな必殺の攻撃を通して堪るものか。



「吹き飛びなさい、エターナル・エヴォリューション・バァアアアアアストッ!!!」



三つの口から同時に、三つの光が解き放たれる。

放たれた直後に混じり合う三条の光が束ねられ、極光と化して矮小な機械人形へと迫りくる。

即座に伏せリバースカードの使用を選択し、襲いかかってくるだろう衝撃に備える。

直後、極光がチェンジ・シンクロンの身体を呑み込み、半秒とせずに蒸発させた。



その、モンスター一体を呑み込んだ事による減衰もまるでなく、極光はままに俺に向かってくる。

攻撃力が守備表示モンスターの守備力を上回った時、超過した数値分のダメージを与える特性。

オリジナルのサイバー・エンド・ドラゴンの持つ特殊能力。

それを持たぬSinモンスターであるが故に、装備魔法で後付けされたものである。

しかし、その威力には何ら変わりない。

圧倒的攻撃力で守りを突き破り、薙ぎ払う白い極光。エターナル・エヴォリューション・バースト。



「エターナル・エヴォリューション・バースト、相手は死ぬ。

 なんて行くと思うなよ、トラップ発動! ガード・ブロックッ!!」



極光の中で、何かが爆裂した。

内部から吹き飛ばされた光の乱流が崩れ、拡散していく。

弾け飛んだ威力はそのまま城の壁や床を蹂躙し、被害を拡大させた。

床に敷き詰められたカーペットが炎上し、パチパチと音を立てる。

それを見たカミューラがニヤリと口許を歪めた。



「あら、躱せたのね。尤も―――」



下へと視線を送る。

十代たちの前に弾かれた閃光の雨が降り注いでおり、周囲が焼かれていた。



「アナタとオーディエンスの方々、どちらが先に避け損なうか愉しみねぇ?

 タァーン・エ・ン・ド」

「ひぃいいい……! こんなのに当たったら死んでしまうのにゃあ!?

 こ、このままここにいてもエックスくんの邪魔になるし、さっさとお暇させてもら……」



大徳寺先生が踵を返し、すぐさま出口へと向かおうとする。

しかし、暗闇に包まれた通路の中で、真紅の眼光は数十、あるいは幾百というほどに輝いた。

それはまさに吸血鬼の居城に相応しい蝙蝠の眼光であり、かつその蝙蝠はこの場に相応な吸血蝙蝠の類。

キシシシ、と何かが鳴くような、軋るような音を立てて光る通路を前に、大徳寺先生は止まった。



「あら、帰らないのかしら。

 申し訳ないけれど、その子たちは躾がなっていなくてね……帰る前にミイラにならないよう気をつけて帰るといいわ」

「ひぃいい!? ミイラは嫌なのにゃあああっ!」

「――――だが、確かに不味いぞ。翔を人質にカイザーを倒したあいつは、その気になれば見境なく……!」

「みんな」



時既に遅いだろう大徳寺の言葉はスルーし、三沢が言う。

俺はその言葉を遮り、自分が今出来る事をする。

デュエルをしている当事者である俺が声を出した事で、三沢も喋るのを止め、俺に注視した。

全員の視線が集まったのを見て、続ける。



「俺、悪いけどみんなを守るための戦いは無理だわ」

「「「「「「「「……………」」」」」」」」



それはまさしく見捨てた、と言っても過言でない。

いや、どう聞いても、むしろ自分可愛さに見捨てたセリフに相違ないだろう。

でも罵倒も叱責もこなかった。そういうものなのだろうか。

それともただの絶句だろうか。



「………当り前だ、キサマのデュエルの責任を押し付けるな。

 大体、デュエルは自分の為にやるものだ、勝手にしろ。ただし! 負けた時に言い訳は聞かんぞ!」

「全く……そんな事以前の問題よ」

「ああ、どうやらオレたちは自分の身も守れない奴だと思われているらしいな」

「先生は助けて欲しいのにゃぁ」

「大徳寺先生は黙ってて欲しいんだな」



サンダーが溜め息とともに吐き出し、明日香がこめかみに指を当てる怒ってますポーズ。

呆れるような三沢に、何となく挟んでくる大徳寺先生に、それを抑える隼人。

そして、



「エックスくん、今更だけど頼みがあるんだ」

「………」



翔が俺を見上げて、そう言ってくる。



「お兄さんを助けて。ボクじゃきっと出来なくて、今はキミにしか頼めないんだ」

「――――守ってくれ、じゃなくていいのか? まあ土下座して頼まれれば、守ってやる事も考えないでもない」

「そんな事いいよ。ボクは、お兄さんにもう守られてるんだ。もう絶対に、足を引っ張る事だけはしない」



なら、必要なのは頼む事なんかじゃない。

いつだったか、似て非なる事があったようななかったような。



「俺は信じたぜ。翔、十代」

「ああ! 今回はオレたちの番だろ? オレの知ってるエックスなら絶対負けない。

 今帰れば食堂貸し切りだぜ、ドローパンの奢りは明日になっちゃうけどな」

「俺のDPを使いきらせた事は絶対に許さない」



十代と翔と隼人と明日香と三沢と大徳寺とユニファーが眼を逸らす。

サンダーだけ仲間はずれである。

顔を顰めるサンダー。どうやら、疎外感を感じているらしい。

そうして、俺はカミューラに眼を戻す。



「……茶番は終わったかしら?」

「いや? 終わらないよ、ずっと。

 俺が生きている限り、ずっとこんな茶番が続くんだよ。それが、あんたが大嫌いな人間の、人の生き方だ」

「そう。目障りな事、この上ないわ」

「だろうな。俺も傍から見てればそう思うだろうよ。

 でもやっぱりずっとそんな事の繰り返しだ。終わりなんて無い、馬鹿みたいな日常の連鎖だよ。

 だから絶対の確信を持って言えるんだ。俺は幸せで、不幸のどん底なあんたの気持が分からない。

 あんたの絶望は他人事で、俺には絶対理解できない。俺の幸せもあんたの他人事で、理解できないだろ。

 だから、言うよ」



目を瞑り、すぅと息を吸う。

自分でも言ってる事が分からない。けど、それでも、それならばと。



「デュエルを続けよう。決着がつくまで」

「それで一体何が変わると? まさか、デュエルを通じて分かりあえるとでも?

 だとしたら、本当におめでたいわ………ワタシの憎しみを理解すれば、より距離が開くだけよ?」

「言っただろ、俺にはあんたが分からない。

 だけど、分かり合っていなくても、デュエルはできるんだ。同じ場所で、同じ目線で、同じ事を目指して――――

 今、たった一つだけ俺たちの心には共通点があるだろ? “この相手に勝つ、絶対に負けない”

 理解し合う事はできなくても、同じ志。抱いて行けるじゃないか。それで十分、あんたと俺は、デュエリスト同士だ」



ギリ、とカミューラが歯を食い縛る音がこちらまで聞こえた。

怒っているのだろう。人間からそんな事を言われて、そんな風に考えられて。



「――――フン、だとしてもワタシの勝ちは揺るがないッ!

 ヴァンパイア一族全てを背負ったワタシは、負けるわけにはいかないのだからッ!!」

「ああ、生憎俺は何も背負ってないよ。みんな下ろしたら、一緒に立ってくれたから」



カードを引き抜く。

大丈夫、もう何も怖くない。などと言うと、マミるかもしれないので自重しよう。



「それに、デュエルができるなら……デュエルでカードを交わし合えば、きっと少しだけ分かりあえると思う。

 いや、そうでなくてもこうしている間だけは、誰でも考えてるんだ。

 あいつは次どうするか、どんな戦術で攻めてくるか、どんなコンボで凌いでくるか………

 その人が抱えてる想いの重さなんて知れないけれど、それでも相手の心を見ようとしてる。

 だから、俺は―――――」



トクン、とまるで鼓動のような音が聞こえた。

その音は直下。俺が乗る、ホープ・トゥ・エントラストが放つ音。

まるで、パラドックスに会った時に垣間見たような、このDホイールが放つ何かの光。

それが何かは知らないけど、嫌な気分じゃなかった。



「俺は、チューニング・サポーターを召喚!」



金属の鍋のようなものを被った、機械の人形。

小さな身体は被りモノを頭として含めても三頭身程度、その頭をマフラーで隠す存在。

戦闘力ではまるでサイバー・エンドの相手にならないだろう。

しかし、その本領はその名の通り、チューニングにある。



「チューニング・サポーターの本来のレベルは1だが、シンクロ召喚の際にレベルを2として扱える!

 そして、レベル2のチューニング・サポーターと、レベル1のブースト・ウォリアーに、

 レベル3のジャンク・シンクロンをチューニングッ!!!」



ジャンク・シンクロンが腰のスターターを引き、背後のエンジンを始動させた。

輪郭が薄れ、ジャンク・シンクロンの身体が三つの光の星になる。

その三つの星は並び立つチューニング・サポーターとブースト・ウォリアーを取り囲んだ。

囲まれた二体の身体も解けていき、合計六つの星と化す。



「シンクロ召喚! 来いッ、ジャンク・ガードナーッ!!」



六つの星が成す光の道を潜り抜け、深緑の戦士が躍り出た。

両腕に盾を装備している、機械の戦士。

深緑の身体を守備表示を示す青色に変えて、サイバー・エンドの前に立ちはだかる。



「チューニング・サポーターをシンクロ素材にした事で、カードを1枚ドローッ!

 そして、ジャンク・ガードナーの効果発動ッ!! 1ターンに一度、相手モンスターの表示形式を変更するッ!!

 Sin サイバー・エンド・ドラゴンを守備表示に変更!!」



両腕の盾を組み合わせ、自身の姿を覆うほどの一枚のシールドにする。

その際に打ち付けられた盾同士が火花を散らし、衝撃を放った。

突風の如く襲いかかる衝撃がサイバー・エンドを打ち据え、その身体を跪かせる。

拒否しようとするサイバー・エンドの意思を破壊し、その身体を大地に抑え付けた。



「フン、だとしてもサイバー・エンドの守備力を突破するのは、そんなひ弱なモンスターでは無理ねぇ」



サイバー・エンドの守備力は2800。

対する俺の場のジャンク・ガードナーは攻撃力1400であり、残るデブリ・ドラゴンも1000しかもたない。

つまり、守備表示にしても破壊する事はできない。ただの時間稼ぎだ。



「その通り、ただの時間稼ぎにしかならない。ターンエンドだ」

「ワタシのターン! Sin サイバー・エンド・ドラゴンを攻撃表示に変更ッ!!」

「この瞬間、ジャンク・ガードナーの効果を再び発動ッ! 1ターンに一度、相手モンスターの表示形式を変更する!!

 対象は勿論―――――ッ!!」



地面に縫われていたサイバー・エンドが首を持ち上げ、身体を起き上がらせた。

瞬間、再びジャンク・ガードナーが盾を打ち合わせ、火花と共に衝撃波を放つ。

起き上がったばかりの身体が、直後に床に押し付けられて沈み込む。

ギシギシと金属のボディが軋みを上げ、三つの首からそれぞれ憤怒の呻きを吐き出す機械龍。



「なるほど、相手ターンにも使えると言う事ね……フン、ならばこれでターンエンドよ」

「俺の、ターンッ!!」



カードを引いて、場を検める。

サイバー・エンド・ドラゴンもだが、何より厄介なのはフィールド魔法・不死の王国-ヘルヴァニア。

あれさえ破壊できれば自然Sin サイバー・エンドは破壊される。

だが、Sin サイバー・エンドを破壊してもヘルヴァニアを残せば、次のターンの切り返しで破壊効果を使われてしまう。



「なら、こいつだ! サイレント・ソードマン LV3を守備表示で召喚!!」



右目が隠れるような兜を被り、青いコートを着込んだ小さな戦士。

右腕一本で身の丈ある剣を一振りし、肩に乗せる。

それを見た万丈目サンダーが、微かに驚愕を滲ませた声色で呟いた。



「レベルアップモンスター……!」

「しかもあれは、伝説のデュエリスト・武藤遊戯が使っていると言われている幻のカード。

 サイレント・ソードマン LV0のリメイクモンスターだ……!」



丁寧に三沢が注釈を付けてくれる。

なるほど、こっちでの扱いは、LV0のリメイクと言う事か。

ならば、遊戯が所有しているLV0が、オリジナルのサイレント・ソードマンとして存在しているのだろう。

まあ、それは今はいい。



サイレント・ソードマンにはサイレント・マジシャンと同じく、成長し、魔法の効力を無効化する能力がある。

たとえヘルヴァニアに頼ろうと、成長したサイレント・マジシャンならば凌げる。



「ターンエンド……!」



僅かばかりの休戦。互いに相手を打ち崩すための、戦略の仕込み。

どちらが仕掛けるか。そんな事、決まっているだろう。だって、俺は……



「ワタシのターン、ドローッ! ――――カードを1枚伏せ、ターンエンド」

「俺のターンッ! ドロォーッ!!」



あんたの事を知っている。何があって、どうしたのかを詳細知り尽くしているわけじゃない。

まるで視界がブレるように、その場面がちらつく。

吸血鬼の居城に攻め入る人間。迎え撃つ吸血鬼。阿鼻叫喚の地獄絵図。

そんな中で、子供の手を引いて走る女性。森の中に逃げ込む二人を追い詰めていく人間。

やがて、未成熟な子供を連れている事が原因か、追い詰められる二人。

その状況で胸に杭を立てて葬られる子供。女性の悲鳴。



俺に、一体何が分かる。分かりはしない。

けど、でも分かろうという努力を捨てるのは違う、と思えた。

結局、俺は一生をかけて臨んでも、彼女を理解できないだろう。それは絶対だ、間違いない。

でもそこで諦めてしまえば、きっと何も残らない。

俺か彼女か、どちらかが闇に喰われてお終いだ。



負ける気はない。だけど、そのまま倒して何が残るんだろう。

結局理解できずに消えていく一人のヴァンパイアを見送る、ただの人間。

しょうがない、そんなのどうしようもない。

十代だって、突き詰めてしまえばカミューラに勝っただけだ。理解してやる事はできなかった。

だから、俺もそうなる。



―――――『何故? あなたは遊城十代ではないでしょう』



そう、俺は十代じゃない。だから、どんな相手にも諦めずに勝利を目指す強さなんてない。



―――――『だったら、あなたがいる意味はない。ただ、邪魔なだけですね』



まったくだ。何で俺、こんなとこにいるんだろう。

こんなもの放置。いや、俺さえいなければずれずに予定調和だった事柄なのにな。

死んで侘びようにも状況を悪くするだけの悪手。どうしようもない。

でも、そう、だからこそ。

これだけ事態を悪化させた俺だからこそ、死力を尽くして戻さなければならない理由がある。

いや、でも欲を言うならば―――――



ホープ・トゥ・エントラストの鼓動は、徐々に速く音を奏でる。

規則性が出てきて、まるで心臓の鼓動のように思えた。



「サイレント・ソードマンの効果!

 スタンバイフェイズにフィールドのこのカードを生贄に、デッキからサイレント・ソードマン LV5を特殊召喚する!」



沈黙の剣士が時を経て、その身長を大きく伸ばす。

子供のような姿だった剣士は一気に大人になり、その剣もまた、今の身の丈に等しい規格になった。

青いコートの裾を渦巻く風でばたつかせ、右の腕一本で大剣を易々を振るう。

この姿となったサイレント・ソードマンは、相手の魔法マジック全てを受け付けない。

つまり、ヘルヴァニアの破壊効果すら、彼には傷一つつけられない。



だが、このカードが受け付けないのは、相手の魔法効果のみ。



「更に魔法マジックカード、破天荒な風を発動ッ!

 次の自分のスタンバイフェイズまで、モンスター一体の攻撃力と守備力を1000ポイントアップするッ!!」

「よし! サイレント・ソードマン LV5は自分の使う魔法の効果は受ける。

 これで、攻撃力が3300までアップし、サイバー・エンドの守備力を上回ったッ!」

「この効果は次の自分スタンバイフェイズまで有効。

 本来の攻撃力2300では攻撃力2500のカース・オブ・ヴァンパイアからの反撃を気をつけなければならないけど、

 それも封殺した」

「しかも、相手が攻撃力を増しても、ジャンク・ガードナーの表示形式変更があるんだな」

「そして何より、ヘルヴァニアの効果はサイレント・ソードマンに通用しない。

 相手の魔法マジックを防ぎ、自分の魔法マジックで活路を開く。とんだマジックコンボだぜ」



沈黙の剣士の周囲の風が凪ぐ。

一瞬の静寂を経て、噴き上がるように突風が吹き荒れた。

ばたばたと暴れるコートも構わず、剣士は自らの剣で風を薙ぎ払い、その暴風を剣に纏わせる。

荒れ狂う風の威力をその刀身に込め、サイレント・ソードマンは膝を折り、一気に身体を沈ませた。



「サイレント・ソードマンで、Sin サイバー・エンド・ドラゴンを攻撃ッ!!」



沈黙の剣LV5。魔法を斬り裂く剣は、風の加護を纏い、そのレベルを更に飛躍させている。

金属の塊である機械龍の身体さえ、その閃きで易々と斬り捨てるだろう。

沈みこんでいた剣士の身体が躍動し、宙を舞う。

跳び上がると同時に大きく振り被った剣。

それを屈するサイバー・エンドに向けて振り下ろすべく、振り上げた剣の反動で頭を下に。

身体を反転させたままに辿り着く天井に足を着き、そのまま先程以上に身体を縮込めた。

バキン、と天井に亀裂を入れた瞬間。

上に来るためのそれとは比較にならぬ、爆発のような踏み切りで、眼下で寝そべる機械龍に向かって跳んだ。



突き出される身の丈ほどの大剣は、そのままサイバー・エンドを貫くように見えて。



トラップ発動! 妖かしの紅月レッドムーン!!」



二体のモンスターを遮る、真紅の満月に阻まれた。

満月に対して突き立てられる沈黙の剣。その勢いを全て止められ、サイレント・ソードマンの突進力は尽きた。

微かに顔を歪め、沈黙の剣士は満月を蹴り飛ばし、その勢いで剣を引き抜いて俺の許に帰還する。



「フフフ……手札のアンデットモンスター、ヴァンパイア・ロードをコストとして墓地に送り、効果を発動。

 相手モンスターの攻撃を無効にし、その攻撃力分のライフを得る!」



真紅の満月が音もなく、その形態を液体に変え、カミューラに降り注いだ。

血の雨、血の滝のような情景に呑み込まれ、ほんの数秒だったが、彼女の姿が見えなくなる。

再び姿を現した時、そのライフカウンターは4250という数値を差していた。

950のライフは、3300の回復を得て元の数値をも超えるライフを叩きだしたのだ。



今使用されたのは俺がスターライト・ロードを使用した直後に伏せたカード。

ホープや、スターダストの攻撃に使わなかった理由は、ホープの効果で攻撃が無効にされた場合、不発にされるからか……

こちらのモンスターの特性を読み、見切ってくる。



「ああっ、止められちゃった……!」

「もうちょっとだったのに、惜しかったんだな……」

「――――破天荒な風の効果と、ジャンク・ガードナーで、次のターンの反撃は封じてる。

 でも、次のターン何とかしなければ……」



手札のカードを1枚引き抜き、セットする。



「カードを1枚セットしてターンエンド」

「ワタシのターンッ、ドロー!」



カミューラがドローしたカードを確認して、手札に加える。

その後にフィールドを見る。



攻撃力は未だ3300のサイレント・ソードマン。

そして、守備力2600のジャンク・ガードナーと、守備力2000のデブリ・ドラゴン。

ジャンク・ガードナーはともかく、デブリ・ドラゴンならば易々と破壊できるだろう。

だが、Sin サイバー・エンドには自身以外の攻撃を封印するデメリット効果が備わっている。

攻撃力2500を持っているものの、カース・オブ・ヴァンパイアが戦闘に参加できないわけがそこにある。

もし、相手が攻撃をするためサイバー・エンドの表示形式を変更すれば、そのタイミングでジャンク・ガードナーの効果。

再び守備表示に戻ってもらう。



もし、それを打開するためにヘルヴァニアの効果が発動したとしてもだ。

サイレント・ソードマンだけは破壊されずにフィールドに残り、効果破壊されたヴァンパイアは帰還する事が出来ない。

次のターン、そのガラ空きのフィールドに、サイレント・ソードマンが斬り込む。

ダイレクトアタックを成功させた沈黙の剣士は、そのレベルを7に上げ、魔法の完全無効効果を発揮する。

俺にもデメリットが大いにある事は確かだが、この状況ならばそれでも十分俺の有利。



だからこそ、少なくとも彼女はこのフィールドで出来る事はない。



「………ターンエンド」

「俺のターン、ドロォッ!!」



そしてそのドローにより手札は2枚。

先程の膠着は俺が先に動き、彼女はそれを凌いだ。だが、ここからは更なる光速の攻めだ。



「行くぞッ! 魔法マジックカード、シンクロキャンセル!

 シンクロモンスターをデッキに戻し、そのシンクロ素材としたモンスター一組を特殊召喚するッ!

 舞い戻れ、ジャンク・シンクロン! ブースト・ウォリアー! チューニング・サポーターッ!」



橙色の鎧を纏った、エンジンを背負った機械戦士。

背部にブースターを四本生やした、濃紺の鎧の戦士。

そして、鍋のような被りモノをした小さな機械の人形。

盾の戦士が消えて、その召喚に貢献した三体のモンスターが俺のフィールドに舞い戻る。

そして、ブースト・ウォリアーの効果により沈黙の剣士の攻撃力がブーストされる。

しかし、それでも2600。

サイバー・エンドを倒すには及ばない。



「フン。で、それがどうかしたのかしらぁ?」

「これからどうかするんだよ! 手札から更に速攻魔法、スター・チェンジャーを発動!

 フィールドのモンスター一体のレベルを1つ、上げるか下げる事ができる!

 俺はレベル1のブースト・ウォリアーのレベルを2に変更する!

 そして、チューニング・サポーターはシンクロ素材となる時、レベル2として扱える!

 レベル2のブースト・ウォリアーとチューニング・サポーターの二体に、

 レベル4のデブリ・ドラゴンをチューニング!!」



デブリ・ドラゴンが両翼を大きく広げ、高らかに吼える。

翼の先から身体の中心に向けて徐々に光と化していくデブリ・ドラゴン。

その身体が全身を光へと変えた瞬間、ぱんと四つの星となって弾けた。

四つの星が円環を描き、リング状の光となる。



その中へと飛び込んでいく二体のモンスター。

ブースト・ウォリアーとチューニング・サポーターの身体も同じように光と化し、それぞれ二つ。

四つの星となって弾け飛んだ。

合計のレベルは8。つまり、



「さっきのドラゴンッ!?」

「ああ、そうだよ。翔けろッ! スターダスト・ドラゴンッ!!」



風が啼くような雄叫びが、城の中で反響する。

星屑を翼からこぼしながら、白銀の星屑龍は再びフィールドに降臨した。

だが、それでもまだ終わりじゃない。



「チューニング・サポーターの効果により、カードを1枚ドローするッ!

 更に、墓地のレベル・スティーラーの効果を発動!

 俺の場のレベル5以上のモンスター一体のレベルを一つ下げ、特殊召喚する事ができる!

 俺はサイレント・ソードマン LV5をレベル4にして、レベル・スティーラーを特殊召喚ッ!!」



俺の足許に穴が開き、その中から光とともにテントウムシが現れた。

そのテントウはサイレント・ソードマンの背中に体当たりして、そのまますり抜ける。

ふ、と背中の甲殻に大きな一つ星が浮かび上がり、沈黙の剣士の格が一つ、下がった。



「なに……? そんなモンスター……!」

「だから、手札抹殺で送ったっていっただろう? あと、一体さ」



ギリ、とカミューラが歯を食い縛り、こちらを睨む。



「更にトラップカード発動、レベル・リチューナーッ!!

 フィールドのモンスター一体のレベルを、最大二つまで下げる事ができる!

 俺は、ジャンク・シンクロンのレベルを3から1までダウンさせ、更なるシンクロ召喚に繋げる――――!」

「連続シンクロ召喚!」

「サイレント・ソードマンはレベル4となり、他の二体はレベル1。

 レベル6のモンスター……また、ジャンク・ガードナーを召喚する気か……?」



ジャンク・シンクロンの体内から二つの光が吐き出され、砕け散る。

その状態でその調律の戦士は、腰に取り付けられたスターターに手をかけた。

ぐい、と引っ張られるとそれに連動して背中のエンジンが始動し、ジャンク・シンクロンの身体が不安定に揺れ始めた。

光となって解けていくジャンク・シンクロンの身体が生み出す光は一つ。

そしてそれを追うように、レベル・スティーラーが飛び上がった。



「レベル1! レベル・スティーラーに、レベル1となったジャンク・シンクロンをチューニングッ!!」

「レベル2のシンクロモンスター……!」



その宣言を聞き、光のリングとなったジャンク・シンクロンの許へ飛ぶレベル・スティーラーを見る。

そして、ユニファーが顔を曇らせた。



「………ジャンク・ガードナーとサイレント・ソードマン、二体の布陣で相手の攻撃と魔法マジックの牽制。

 それでもっと時間は稼げた筈。何故、わざわざレベルの低いモンスターを……?」



それが格付けである以上、自然レベルが高いモンスターは高いステータスと、強力な効果を持つ事となる。

ならば、ジャンク・ガードナーを召喚せずにレベル2のモンスターを召喚する事とした理由は。

言うまでもないだろう。それこそが光速の進軍の布石。



「そして! 二体のモンスターが織り成す光の道へ続け、スターダスト・ドラゴン!!」



翼を広げた龍が吼える。

空高く舞い上がった光のリングを、レベル・スティーラーが通った瞬間、その翼を羽搏かせ、星屑龍は飛翔した。

ごうと吹き荒れる竜巻のような突風を翼で切り裂き、天井で溢れる光へ向かう。



「!? まさか、レベル10のモンスターのシンクロ召喚っ!?」

「いや、だが……もう、上で新しいモンスターが……」



ジャンク・シンクロンとレベル・スティーラー。

二体のモンスターが交わった光から、スターダストの到着を待つまでもなく、一体のモンスターが現出していた。

レーシングカーのようなボディに、タイヤから両腕を生やし、車体の下に下半身すら持っているモンスター。

さして戦闘力が高そうには見えず、また実際そうなのだろう。

だがその眼光は、眼下に立つカミューラに照らし合わせられている。



「………!」



瞬間、そのモンスターがカミューラに向けて跳びかかる。

そして一歩遅れてその背後につくスターダスト・ドラゴンが雄叫びを上げた。



「フン、そんなモンスターで何がしたいのかは知らないけれど……

 ワタシの場にはまだ、サイバー・エンドも、ヴァンパイアもいるのよ?」

「ああ、だからこそそれを――――超えるッ! 光さえも追い越してッ!!!」



カミューラへ向けて加速する身体が風に溶け、薄れていく。

バラバラに散らばっていくような、光が風の中に撹拌され、後に続く龍に光を纏わせた。

風の中に溶けた光まるで鎧のようにを纏わせて、龍の速度は光速へと達する。

目前まで迫り来た龍に対してカミューラが身構えた瞬間、ふっ、と。



暴風と化していたそれは忽然と姿を消した。



「なに……!?」

「光を越えるその翼で、闇の帳を切り裂けッ! シューティング・スター・ドラゴンッ!!」



戸惑うカミューラを見据え、俺が言い放った瞬間。

俺の背後の空間を貫き、その龍は姿を現した。



白銀はよりホワイトに近しい色に。

スマートな体躯はそのまま、不自然な肥大化などはない、しかしより強靭なフォルムに。

頭部は、頭の先から胴までマスクで覆い隠したかのようなデザイン。

まるでブレードのように研ぎ澄まされた翼を広げ、それは俺の目前に舞い降りる。



「―――――すっげぇ……!」



黄金の双眸を輝かせ、翼を一度羽搏かせる。

闇夜そのものの城の中で、一点だけ光を零す流星の存在が、あるいは紅い月さえも凌駕する。



「いや、だが……エックスは、あの二体でシンクロモンスターを召喚したんじゃ……

 スターダスト・ドラゴンも合わせて、レベル10を召喚していたのか……?

 だったら、あの車のようなモンスターは……」

「いい質問だ、ミッチー」



いや、ミッチーじゃない。と三沢が言う。

俺は墓地に送る筈の二体、スターダストと、フォーミュラ・シンクロンのカードを見せる。



「俺がレベル・スティーラーとジャンク・シンクロンのシンクロで召喚したのは、

 レベル2のシンクロチューナーモンスター、フォーミュラ・シンクロン。

 そして、更なるシンクロ召喚。シンクロモンスターと、シンクロチューナーによって発動されるシンクロ召喚。

 アクセルシンクロ召喚によって召喚したのが、この――――」

「シューティング・スター・ドラゴンというわけぇ?

 フン、でもそんな大仰に出て来たところで、ワタシの場のサイバー・エンドとカース・オブ・ヴァンパイアを破壊出来るのかしら?

 例え出来たとして――――」



デッキのトップに手をかけて、カードを1枚ドローする。

顔を顰めるカミューラへと視線を送り、俺は不敵に笑ってみせる。



「逸るなよ。フォーミュラ・シンクロンのシンクロ召喚成功時、俺はカードを1枚ドロー出来るのさ。

 そして、シューティング・スター・ドラゴンの効果は、デッキの上からカードを5枚確認し、

 その中のチューナーモンスターの数だけ、このターン攻撃をする事ができる!!」

「シューティング・スター・ドラゴンの効果は連続攻撃なのか!」

「ちぃっ、でもそう易々と連続攻撃が決まるわけが……!」



チューニング・サポーターが齎してくれたカードを引き抜き、ディスクに差しこむ。



「だが、可能性を引き上げる事は出来る! 魔法マジックカード、貪欲な壺を発動!!

 墓地のモンスター五体。

 スターダスト・ドラゴン、フォーミュラ・シンクロン、チェンジ・シンクロン、ジャンク・シンクロン、デブリ・ドラゴン。

 この五体をデッキに戻してシャッフルし、その後、2枚のカードをドローする!」



これで、デッキに三体のチューナーを戻しての効果発動。

これならば十分、複数回の攻撃効果が狙える。

デッキトップに手をかけて、目を瞑り、大きく一度息を吐く。

直後に見開いた眼でデッキを見据え、その効果の発動を宣言した。



「シューティング・スター・ドラゴンの効果を発動ッ!

 デッキの上から5枚のカードを確認し、その中のチューナーの数だけ、攻撃をすることができる!!

 1枚目、ターボ・シンクロン! 2枚目、破壊竜ガンドラ! 3枚目、封印の黄金櫃!

 4枚目、ダブル・アップ・チャンス! ――――5枚目、デブリ・ドラゴンッ!!

 合計二回の攻撃権利を獲得ッ!!」

「よし、シューティング・スターの攻撃力は3300!

 守備表示のサイバー・エンド・ドラゴンならば破壊する事ができる!

 それに、攻撃力の下がったサイレント・ソードマンでは倒せないカース・オブ・ヴァンパイアも……!」

「そしてガラ空きのカミューラに、サイレント・ソードマンでダイレクトアタックが決まれば、勝敗は決する」

「え? でも、サイレント・ソードマンの攻撃力だけじゃ足りないよ?」



万丈目が自信満々に言い放った勝敗の決着について、翔が疑問の声を上げた。

その言葉に対してやれやれ、と言った風情で指を立て、説明を開始しようとするサンダー。

しかし、それに割り込んで明日香が説明を始める。



「サイレント・ソードマン LV5のレベルアップ条件はダイレクトアタックの成功。

 それをクリアすれば、次の自分のターンにLV7となり、全ての魔法マジックカードを封印する……」

「でも、その前にカミューラのターンで復活したカース・オブ・ヴァンパイアにやられちゃうんだな」



レベルアップモンスターの使い手としてか、それを説明しようと思っていたサンダーの口がぱくぱく。

そこで、明日香の説明に疑問を持った隼人が質問を更に増やす。

それならば注釈しようと再び口を開こうとして、



「それでは、次のターンに再びシューティング・スター・ドラゴンの攻撃を攻撃表示で受けなければならないのにゃ。

 カース・オブ・ヴァンパイアをシューティング・スターに破壊されれば、彼女のライフは3450。

 そこで復活効果のライフコストを支払えば、2950となり、サイレント・ソードマンのダイレクトアタックで650。

 次のターン、攻撃表示のカース・オブ・ヴァンパイアがシューティング・スターに破壊されれば800のダメージを受け、敗北」



再び、今度は大徳寺先生に邪魔をされる。

そっか、と納得した翔と隼人の背後でぐぬぬと唸るサンダー。

しかし、それではまだもう一つ予測不足だ。



「シューティング・スター・ドラゴンのレベルを1つ下げる事で、墓地のレベル・スティーラーを攻撃表示で召喚ッ!」



シューティング・スターの胴体から、赤い甲殻のテントウムシが染み出すように現れた。

レベル10であったシューティング・スターのレベルが9へと減じ、その代わりにそのレベルを食べた昆虫の召喚。

レベル・スティーラーの攻撃力は600。

攻撃に参加させてもライフを削り切る事はできずに、50ポイント残す事になるだろう。

だが、残りライフが僅か50に達するなどとは、どれほどに心労をかける事になるか分かったものではない。



「さあ、行くぜ! 撃ち砕け、シューティング・スター・ドラゴンッ!!

 Sin サイバー・エンド・ドラゴンと、カース・オブ・ヴァンパイアに攻撃!

 スターダスト・ミラージュッ!!!」



シューティング・スターが脚部と腕部を格納し、首をまっすぐ伸ばす。

水平に広げられた翼はまるで戦闘機のよう。

カミューラの頭上までその形態で飛行し、その身体はデッキのチューナー、未来の力を得て、本領を発揮する。

赤と白、纏う光の色が違う二つの身体に分身して、流星は闇を切り裂き、舞う。



地面に押し付けられているサイバー・エンドに一体何ができようと言うのか。

精々牽制に吼える事だろうが、光速に達する流星の速度には、そのまま音速で広がる咆哮では届かない。

サイバー・エンドが啼いた事実すら置き去りにして、白い光を纏った流星が機械龍の装甲を貫いた。

ベキベキと拉げて飛散する金属片の中、白い光は速度も落とさずに奔り抜ける。



対するヴァンパイアは抵抗するべく、血の魔力で磨がれた五指の爪を構える。

闇色の蝙蝠の翼を広げ、真逆の翼の侵攻へと神経を研ぎ澄ませ――――

瞬間、胴体が半ばから千切れ飛んでいた。

間違いなく全身全霊での対応は、反応する間も与えられる事なく摘まれた。

赤い光の流星は、真っ二つになり吹き飛んだヴァンパイアの眼から真紅の光が消えるのを認めると、飛び去る。



その攻撃力は何らかの特殊能力からくるものではなく、ましてボディの硬さからくるものでもない。

ただ単純に、ひたすらに、速いが故の物理的な破壊力。

止めようもない速度での全力の体当たり。速さで真正面から粉砕する至高の攻撃。

それこそが、シューティング・スター・ドラゴンの持つ、最大最強の一撃であり、連撃。

スターダスト・ミラージュ。



「く、ぅぐぅ……!!」



背後で爆発する機械龍の残骸と、砕け散るヴァンパイアに挟まれて、衝撃に揉まれるカミューラ。

そのライフは攻撃表示であったカース・オブ・ヴァンパイアをシューティング・スターの攻撃力が上回っただけ、

削り、抉り取られていく。カウントは3450。

そして、更にカース・オブ・ヴァンパイアに血を分け与えるのであれば、更に500。



「チィ……カース・オブ・ヴァンパイアの効果は使用しないわ……!」

「―――――! なら、斬り込め! サイレント・ソードマン LV5の追撃ッ!!」



バラバラに、灰と化して散るヴァンパイアの死骸。

そのどす黒い灰を掻き分けて、片手に大剣を携える剣士が跳んだ。

兜に覆われ、視界が半減しているとは思えぬ正確な侵攻。

ガラ空きとなっているカミューラのフィールドを踏み越え、目指すのはプレイヤー自身。



目前まで迫った沈黙の剣士を見据え、彼女はしかし不敵に嗤った。

振り抜かれる刃が、カミューラの身体を袈裟に叩き斬る寸前。



トラップ発動ッ! リビングデッドの呼び声ぇッ!!

 復活するモンスターは勿論、カース・オブ・ヴァンパイアッ!!!」



起き上がる伏せリバースカードが、そのイラストを露わにする。

墓地から蘇る魂が描かれたソリッドヴィジョンの内から、噴き上がる瘴気の渦。

微かに戸惑った沈黙の剣士の足が一拍止まり、また剣も止まる。その瞬間、凶刃が奔った。



瘴気の内から突き出される鋭利な爪。

それは一瞬のみであれ、動きを止めた剣士の心臓を狙い澄ました必死の一撃。

躱す間も、防御する間も与えられずに、その刃は剣士の胸を目掛けて突き出され、

突き出した腕、そして蘇った肉体諸共に、それの鋭さを圧倒的に凌駕する、沈黙の剣に両断されていた。

葬られた筈のカース・オブ・ヴァンパイアは至極あっさりと、再び沈黙の剣によって葬られたのだ。

剣撃の威力をヴァンパイアの肉体に叩き込み、勢力を消化した剣士は、侵攻を止めて、俺の許へ退く。



リビングデッドの呼び声は、墓地のモンスターを攻撃表示で特殊召喚するトラップ

だが、己の持つ不死の効果の範囲外で蘇った吸血鬼の攻撃力は、魔力の増大がなく2000のまま。

攻撃力2300を誇る沈黙の剣士の一撃を耐える事はできない。

超過したダメージは300ポイント。更にライフカウンターの減少は進み、3150。



しかし、それを見てなおカミューラは表情を崩さず、むしろ嗤いの色を濃くしていく。



「カース・オブ・ヴァンパイアの効果を発動ッ! ライフコスト500を支払い、不死の能力を発動するッ!!」



頭頂部から股にかけ、真っ二つに斬り裂かれていた身体が崩れ、黒い血溜まりと化す。

その裡から牙を持ったドロドロの頭部のみが生え、カミューラの首へとその牙を突き立てる。

ライフカウンターは2650まで減少し、黒い血はその場で再び崩れ去った。



「うまく凌がれた……! ダイレクトアタックを阻止し、かつライフダメージの最小限化……

 その上、次のターンに確りとカース・オブ・ヴァンパイアの温存までされてしまった……!」

「………だけど、それだけであのモンスターを倒す事はできない。

 このままならば、次のターンでエックスの勝ち……!」

「まだだッ! レベル・スティーラーで、追撃のダイレクトアタック!」



テントウムシが飛び上がり、その身体のままカミューラに向け、突撃した。

カミューラはそれを微動だにせずに真正面から受け止め、片手で弾き返して見せる。

レベル・スティーラーが俺の場に戻ると同時、カミューラのライフは2050まで下がる。



「……俺はカードを1枚伏せ、ターンエンド」

「ワタシのターン、ドロー!

 このスタンバイフェイズで、我が血の魔力を得たカース・オブ・ヴァンパイアは復活!!」



カミューラの足許で暗黒が凝り、人型を織り成していく。

広げられた蝙蝠の翼を折り畳んでマントとして纏い、不死の怪物は真紅の双眸を輝かせた。

その攻撃力は先程のように、2500に届いている。



「更に魔法マジックカード、強欲な壺を発動し、カードを2枚ドロー。

 ………フフフ、例えどれだけのモンスターが並ぼうと、ワタシの優位は揺るがない―――!

 Sin サイバー・エンド・ドラゴンが破壊されたのならば、最早発動を躊躇う理由もないのよぉ?

 フィールド魔法、不死の王国-ヘルヴァニアの効果を発動ッ!!

 手札のヴァンパイア・バッツをコストとして墓地へ送り、フィールドの全モンスターを破壊する!!!」



手札から選ばれたカードが墓地に送られた瞬間、城の壁の至る所から瘴気が滲み出てくる。

途端、重圧を増して、俺たちの存在をも圧し潰すかのように、この異形の住処はその本領を発揮した。

それはフィールド全てのモンスターに剥かれる牙。

しかし、これを逃れる事を可能にする者こそ、俺のフィールドに存在するサイレント・ソードマン LV5。

だが、それ以上に今、俺の場にはシューティング・スター・ドラゴンがいる。

だからこそ魔法マジックカードに破壊されぬサイレント・ソードマンがいるこの状況で、奴はこのカードの効果を発動した。



「確かにサイレント・ソードマンは破壊されないが、カミューラはアンデット使い……!

 墓地のモンスターが当然のように蘇ってくるぞ!」

「この状況で切り出してくると言う事は……奴め、手札にモンスターを特殊召喚するカードを温存してたのか……!」

「そう! さあ、見せてあげるわ……不死の吸血鬼たちの侵略を!」

「―――――そいつはどうかな?」



俺は手を振るい、真横に控えているシューティング・スターへと手を向ける。

輝きを増す黄金の眼光は、正しく星の様。



「なに……!」

「シューティング・スターの効果は、連続攻撃だけじゃあない。

 1ターンに一度、カードを破壊する効果を無効にし、破壊する事ができる――――!!」

「何ですって……ッ!?」



四肢に力を込めた流星龍が、その翼を大きく撓らせて、再び全開に広げた。

吹き荒れる烈風が周囲に充満していた瘴気を凪ぎ、その汚染を妨げる。

全てのモンスターを破壊する効果が発動したとしても、それはこのシューティング・スターの前には通用しない。

巻き起こした風は瘴気を払うだけでは収まらず、城の壁も、廊下も、天井も剥がし取っていく。

フィールド魔法の効果によりメイキングされていた城の、本来の姿が露わにされる。



ボロボロの城の、大広間。

その中央階段の上に立っているカミューラは、その光景に茫然としていた。

反撃の切り札を破壊されたショックか、はたまた別の原因か。

ゆっくりと顔を俯けていくカミューラを見て、万丈目は言う。



「戦意喪失、これで決まったな……」

「ああ、これでカイザーとクロノス先生も――――」

「そうだ、お兄さんは……」



翔の視線がカミューラの近くを彷徨い、床に投げ出されていた人形を見つけ出した。

ほっと胸を撫で下ろす翔。

それを見た隼人も同じく安心したかのように大きく息を吐き、明日香もまた、安堵する。



「よかったんだな、翔」

「よかった……これでもう、二人のように人形にされるデュエリストはいなくなるのね」

「―――――ねぇ、明日香。その、カイザー亮は何故彼女に負けたのかしら……

 言っては悪いけど、カイザーが負けるほどのデュエリストには――――」

「気をつけろエックス! そいつ、まだだッ!!」



ユニファーの言葉が気にかかり、そちらに目を向けた瞬間、十代の叫び声が聞こえた。

『ソノ効果ハ、1ターンに一度キリ―――二枚目以降ノ破壊効果ハ防ゲン!!!』

――――フラッシュバックするトラウマ。

即座にカミューラへと眼を戻し、その姿を見る。



俯いたままに、小刻みに揺れている肩。

突然と上げられた顔は、頬が裂けんばかりに口を歪め、牙を剥いた吸血鬼の顔。

スローモーションに見えるほど、ゆっくりと手札から引き抜かれるカード。

俺が僅かに捉えたそのカードの色は、魔法マジックの色。

つまりは、



「し、まッ………!!」

魔法マジックカード、幻魔の扉を発動―――――ッ!!!

 相手フィールドのモンスター全てを破壊した後、このデュエルで使用されたモンスター一体を、

 あらゆる条件を無視して、お互いのデッキ・手札・墓地から特殊召喚するッ!!!」



カミューラの背後に青銅の扉がせり上がってくる。

先程のヘルヴァニアの放つ瘴気などとは比べ物にならない、圧倒的な邪気。

全てを侵し、害する魔の胎動。

ギギギ、と呻きを上げながら開いて行く絶望の扉の中が、垣間見える。



マグマの如く紅き魔龍、くすんだ黄金の魔獣、黒々と濁った蒼の悪魔。

否、俺にはその正体など分かっている。

神炎皇ウリア、降雷皇ハモン、幻魔皇ラビエル。合わせて三幻魔と呼ばれる、三柱の悪魔たち。

龍の咆哮、魔獣の嘶き、悪魔の哄笑。

こちらの魂を侵す、幻魔の侵攻が波動となってフィールドを侵食していく。



破壊を無効にする星の輝きは、1ターンに一度に限定された効果。

それを越える破壊の渦は、最早シューティング・スターとはいえ止められない。

その波動に耐え切れるのは、魔力を拡散させる術を持つ、沈黙の剣士ただ一人。

シューティング・スターの白い身体が闇に侵され、黒く染まり、崩れ落ちていく。

響く断末魔は数秒で途切れ、その姿を消滅させた。



「ぐっ……! シューティング・スター・ドラゴン……!」

「あの男の言った通りのようね、幻魔の扉に対するアナタの切り札の正体は――――!

 その力は1ターンに一度の、破壊無効効果!」

「――――――な、」



おかしい。

シューティング・スター・ドラゴンの効果が、1ターンに一度の破壊無効効果……?

違うだろう。さっき言ってたじゃないか。サイレント・ソードマン LV0、と。

ならば、そこで出てくるべき効果は、回数制限のない破壊無効効果の筈だ。

遊星のオリジナル、あるいはZ‐ONEのコピーは、OCGと違い、破壊無効効果の回数制限など持っていない―――!

――――俺がシューティング・スターを召喚したのは、二度。

遊戯と、カード魔神を相手取った時。

そのどちらかを見ていた? ならば、おかしいと感じなかったのか。その、効果の違いを……!!











「どういうことだ、モクバ。分かるように説明しろ」

『だから、大変なんだってば兄サマ!

 海馬コーポレーションのデュエル・リング・サーバーに未知のカードデータが突然出てきて、

 しかもそれが勝手に入力された上、正規のカードとして認識されちゃってるんだ!!』

「バカな……! あれのデータ入力は、海馬コーポレーションと、インダストリアルイリュージョン社以外のモノには出来ん筈だ。

 まして、外部からのアクセスなどではない」



ペガサスの邸宅に乗り込み、2枚のカードを受け取った直後。

海馬コーポレーションのアメリカ支部に戻るべく、ブルーアイズ・ホワイト・ジェットに乗り込んだ時の事。

会社に残してきたモクバからの通信が複数入っていた事を見つけ、発進する前にその通信を繋ぐと、モクバは大声でそんな事を言った。

世界中の全デュエルディスクにデータを送信する都合上、デュエル・リング・サーバーは確かに外部からアクセスできる。

無論、デュエルディスクに限った話であり、それを通信端末から行い、なおかつ中のデータを改竄する事など不可能極まる。

だがしかし、モクバの話ではそれがやってのけられた、と言う事だった。



『とにかく、勝手に増えたデータを送るよ。この、白いモンスターカードなんだけど……!』

「――――白い、モンスターカード、だと……!?」



通信装置の画面の端に、そのカードデータのコピーが送信されてくる。

送られてきた画像が少しずつ表示され、そのカードのイラストが露わになる。

白いカード枠。カードテキストに記された、チューナー、そしてシンクロの文字。

スターダスト・ドラゴン、あるいはフォーミュラ・シンクロン、あるいはニトロ・ウォリアー、あるいはセイヴァー・スター・ドラゴン。

そしてあるいは、シューティング・スター・ドラゴン。



「どういう事だ………? モクバ、これはいつ出現した」

『いつって……つい10分くらい前だよ。送信元のデュエルディスクは、反応がどっかに消えちゃったけど』

「デュエルディスク? このカードデータは、デュエルディスクから送られてきたのか?」

『うん……いや、でも、よく分からないんだ。

 何と言うか、順番が逆になったみたいで………

 デュエルで使ってデュエルディスクが認識したデータを、サーバーが登録しちゃったって言うか……』



デュエルディスクは本来、サーバーに登録されたデータを投影する、ソリッドヴィジョン生成装置付きデュエルツールにすぎない。

そんなものから、サーバーのデータの書き換えが行えるわけがないのだ。

どういう事だ、と海馬瀬人は自身の足許のアタッシュケースに眼を向けた。



『まるで、未来のサーバーからデータをコピーしちゃったみたいな……』

「なんだと……?」

『いや、サーバーとの通信履歴を確認したらそのデュエルディスク、まだ造られてない筈のものなんだ……

 デュエルディスクのデータ通信基盤に登録されてる製造番号が、ありえない番号で、製造年月日が数年後で……』

「――――モクバ、そのデュエルディスクがデュエルしていた場所を特定できるか?」

『あ、うん。それはすんでるんだ。その、遊戯ン家なんだけど……』



モクバの言葉にフン、と鼻を鳴らして黙考する。

過去の象徴であるもう一人の遊戯の前に、未来からのカードが現れる。

対照となる存在が故に際立つ。



「ふぅん、まぁいい。オレの築き上げた海馬コーポレーションのデュエル・リング・サーバーに細工をした事は確かなのだ。

 例え何が目的であろうと、オレのものに手を出した事を後悔させてやるまで」

『じゃあ、やっぱり兄サマは日本へ?』

「いや、先にそちらへ戻る。――――少々、気にかかる事もあるからな」



モクバにそう言い、通信を切る。

―――ペガサス・J・クロフォードの語る……いや、騙る破滅の光などという与太話。

氷結界の龍というモンスターのカードを手に取った時に垣間見たヴィジョン。

その風景の中に、この……シューティング・スター・ドラゴンという名のカードがあったように思う。

それだけではない。



モクバが送信してきたカードの情報を見て、その中の1枚の拡大して表示する。

矢張り見た事のないこの、E・HEROエレメンタルヒーロー ネオス。

このカードもあった筈だ。そして、自分のよく知る、ブラック・マジシャンのカードも。

そして、四人。いや、五人のデュエリスト。

電波の悪いテレビのように、ノイズ塗れの映像を一瞬だけ見ただけだったからか、詳細は分からない。



だが、一人のデュエリストを相手に、四人のデュエリストが闘っていた様子に見えた。

いや、四人ではなく三人であったか? まるで、ノイズでダブって見えていただけで、三人だったかもしれない。

ハッキリしない自分の脳に微かに舌打ちすると、コメカミを抑え、眼を瞑る。



「――――チッ、気にしても何も変わらんか」



ならば、それでいい。

例え何があろうとも、海馬瀬人という人間は、己が力で立ちはだかる壁を粉砕して進む男だ。

仮に破滅の光とやらが実在し、牙を剥いてくるならばそれでよし。

そんなオカルト現象など、自らの手で爆砕して踏み躙ってこそ、海馬瀬人である。

ブルーアイズ・ホワイト・ジェットを起動させ、レバーに手をかける。



「ふぅん……例え何が来ようとも、我が青眼ブルーアイズが木端微塵に粉砕してくれるわァッ!!!

 フフフ、ワァアーハハハハハハハハッ!!! ァーッハッハッハッハッハッハッ!!!!」



高らかに宣言し、ジェットを離陸させ、その飛行能力を全開にする。

一気に加速して海馬コーポレーションへと向かうジェット機。











『そう、彼が扱うシューティング・スター・ドラゴンには本来あるべき能力が喪失しているのです』



無限に広がる白の平行線。

気が狂うほどに白いその世界で、Z-ONEはパラドックスに向け、そう呟いた。

パラドックスはその言葉を何も言わずに聞いている。

Z-ONEはそのまま言葉を続けた。



『アクセルシンクロモンスターに共通する、光速で次元を越える事で行う除外効果。

 そして、シューティング・スターの能力。

 赤き竜の化身、スターダスト・ドラゴンの能力をより強化した無制限の破壊無効効果。

 これは恐らく、どちらも使い手が揺るぎなき境地クリアマインドに到達し得た事により、会得した能力』

「つまり彼は、クリアマインドに到っていない、と?」

『ええ。それ故に彼のシューティング・スター・ドラゴンは未成熟な状態で生来されている』



白い世界の中に、エックスが二度召喚したシューティング・スターの姿が映し出される。

ともに、アクセルシンクロの宣言とともに生来されているが、あれはアクセルシンクロではない。

相手の攻撃宣言と同時、除外され、攻撃を無効にする姿が映された。



『戦闘状態という精神が極限まで研ぎ澄まされるその一点、そのタイミングのみ、光速に達する。

 故に彼のシューティング・スターの効果は相手に攻撃される一瞬にしか発動せず、また』



魔神の連続破壊効果。

ラーの翼神竜のゴッド・フェニックスにより、破壊されるシューティング・スターが映された。



『赤き竜の力を最大限に発揮する破壊無効効果も、中途半端な状態になっている』

「だが、Z‐ONE……シューティング・スター・ドラゴンは……」

『そう。力の一部を制限されているとはいえ、アクセルシンクロモンスターに違いはない。

 ならば何故、揺るぎなき境地クリアマインドに到らぬ彼に、その力が使えるのか。

 鍵は、貴方の知る彼の造り上げた最期のタマゴにある』



シューティング・スター・ドラゴンの姿が消え、ホープ・トゥ・エントラストが映し出される。

フロント、サイド、リア、と。様々な角度から映し出されるDホイールの姿。

確かにこのDホイールの性能には舌を巻くが、その程度だ。

何もおかしいところはない。ただ、一点を除いて。



「あのナビゲーションAIの正体、と言う事か」

『ええ。あれはAIなどではない。

 この荒廃した世界から私たち以外の人間の姿が消え、どれほどの時が刻まれてきたか……』



哀しみを押し殺した声で呟くZ‐ONE。

ゆっくりと眼を閉じて、彼らを悼むように、小さく息を吐く。



『人が消え、同時にこの世界には“心”が消えた。

 正しき心も、そして邪なる心も、全ては虚無ゼロと成り果てた。

 それは古から連綿と続いてきた、赤き竜と邪神の戦いの終焉を意味していたのです。何故ならば』

「遊星粒子の読み取る人の心。その両側面である二つの神は、人の終焉とともに同じく終焉する。

 人の心が無いのであれば、遊星粒子は遊星歯車と同じ性質を持つだけの、粒子の一種にすぎない」

『そう。この世界に神は最早、存在しない。

 幾度となく世界を救い、人を救い、新たなるステージへと人と世界を導き続けて来た存在は、もういない。

 自らの存在が導いた全てを滅ぼすとともに、眠りについた。そう、眠りについたのです。

 人の心が再び現れればそれを読み取り、新たな神を生み出す存在は』



虚無からは何も生み出さない。それが遊星粒子。

人の心が在る時に、それを読み取ってカタチにするのが遊星粒子。

正しき心は赤き竜と呼ばれる神に、悪しき心は地縛神と言う名の邪神に。

そこまで聞いたパラドックスは、タマゴと言う名の表現をそこで理解する。



「つまり、あのDホイールのそれはAIなどではなく―――――

 Dホイーラーという専用の、限定的な“人の心エサ”を与えた遊星粒子。新たな神の温床だと?」

『あれがどのような形で孵化するか。私には分かりません。

 彼が一体何を考え、あのDホイールを彼に託したのかは、今や知る事のできない事。

 ならば、出来る限り見守りましょう。彼が、どのような結果を見せてくれるかを――――』



眼を閉じたZ‐ONEの身体が、ゆらゆらと流れていく。

それを見送ったパラドックスは白い仮面を手に、もう片手に手にした1枚のカードを見る。

何も描かれていない白いカード。











「そしてワタシは、お前の墓地のシューティング・スター・ドラゴンを特殊召喚ッ!!」



三幻魔が蠢く扉の中から、黄金の瞳を真紅に染めた白龍が飛来した。

その姿が紛う事なく、シューティング・スター・ドラゴンに違いない。

幻魔の扉の効果はフィールドのモンスター破壊に留まらず、こちらのエースを問答無用で奪い去る。



フィールドに生来したシューティング・スターが翼を広げ、嘶く。

こちらが満を持して召喚した切り札は、あっさりと敵に奪われたのだ。



「くっ……!!」

「さあ、バトルフェイズよぉッ! シューティング・スター・ドラゴンで、サイレント・ソードマンを攻撃ッ!!」



対象とされたサイレント・ソードマンが剣を構え、コートを風に靡かせた。

相手からの魔法攻撃を全てシャットアウトする沈黙の剣士は、幻魔の魔力に当てられてもなお、存命している。

だが、その戦闘力で見るならば、サイレント・ソードマンのそれは、シューティング・スターのそれを圧倒的に下回る。

腕を折り畳み、脚部を格納し、飛行形態へと変形したシューティング・スターの眼光が沈黙の剣士を捉えた。



神速の突撃は回避不能。

ならば、迎え撃つ。にしても、剣士の技量では光速の相手を捉え、なおかつ斬り伏せるほどの実力は持っていない。

だとすれば、どうするか。

結論は一つ、相手の加速のタイミングに合わせた、己の最速に依って放たれる刺突撃。

足を広げ、相手に対して半身に構え、柄を持つ右腕を大きく引き絞る。

瞬きなどすれば一瞬で消し飛ばされるほどの突撃。自然、剣士の眼も細められる。



真紅の双眸が光を零し、翼が風を裂く。

刹那の後に自身の身体が千切れ飛ぶ威力の一撃が来る事を察知した剣士は、その剣を解放した。

肩を振り抜き、肘を弾けさせ、ただ一直線に。真正面に放たれる必殺の一閃。

音を置き去りに突き出された剣は、煌々と光る双眸の光すら置き去りに加速した一撃と衝突する。



衝突した瞬間、剣はまるで当然のように砕け散る。

圧倒的なパワーの差は、一瞬の拮抗すら齎さなかった。

剣を砕かれたままの体勢で、反応は驚愕の表情だけで、沈黙の剣士は肉体を貫かれた。

一撃の許に粉砕され、光の粒子へと還るサイレント・ソードマン。



サイレント・ソードマンの攻撃力は2300。

対して、シューティング・スターの攻撃力は3300という数値。その差は1000ポイント。

無傷だったライフ4000を一気に四分の一、抉り取っていく衝撃波。

身体を打ち据えるそれに、Xにしがみ付く事で何とか耐える。



「ぐ、ぅ………ッ!!」



だが、それで終わりではない。

幻魔の扉が破壊するのは、相手フィールド。つまり俺のフィールドのみ。

まだ、このターンのスタンバイフェイズで舞い戻った、不死者がフィールドに存在しているのだ。



「更に! カース・オブ・ヴァンパイアで、ダイレクトアタックッ!!」

「ぐ、そっ……!」



吸血鬼の肢体が奔る。

元々サイレント・ソードマンの肉体を構成していた光の粒子を突き抜け、暗黒の不死者が迫る。

不安定な足場故に崩れかける体勢を必死に保ちながら、その敵襲に備えた。

漆黒の爪を凶器に、貫手が俺の胸を抉る。

途端、まるで本当に肉を裂かれ、中身を削がれたかのような痛みが、が、が



「ッぅ―――――――ァ、ぁッ!?」



ズぶりと突き刺され、そして引き抜かれた爪。

無論身体に実際の傷などないし、ただの錯覚以外の何物でもない。

実際肉を裂かれて中身をあんな爪で掻き回された日には、死んでない筈がないじゃないか。

だから大丈夫。大丈、夫……!



爪を引き抜いたヴァンパイアが脚をゆっくりと数秒かけて振り上げ、その十倍の速度で振り抜いた。

Dホイールのボディを蹴り抜いた一撃に揺さぶられ、背後の壁まで吹き飛ばされ、衝突する。

ボロボロの城の壁はあっさりと崩れ落ち、そのまま埋もれる俺たち。



「づ、ぁ………い、ってぇ……!」

「フフフ……カードを1枚伏せて、ターンエンド。あぁ、そうそう。

 その前に幻魔の扉のコスト、このカードをプレイしたプレイヤーが敗北した時、その魂が幻魔に捧げられる……

 この効果の対象を―――――アナタのお友達に移し替えてあげましょうかぁ!」



カミューラが背後の青銅の扉の中から溢れる瘴気を、十代たちにいる階下に差し向ける。

下に充満していく瘴気の渦の中で悪意が蠢き、周囲を塗り潰していく。

その光景に十代たちは息を呑み、足を下げる。



「ひぃいい……なんかきたのにゃぁ……!」

「くそ、あの女……! 命を賭けたインチキカードのくせに、賭けてるのが他人の命ってのはどういう事だ……!」

「これだ……! ボクは前も、このカードの効果でお兄さんの人質にされて……!」

「さあ、アナタのターンよ! もしアナタがワタシを倒せれば、みぃんな一気に幻魔の生贄になってもらうのだけれどねぇ!」



そう言い放つカミューラには、何の迷いもない。

彼女自身が言っていた筈だ。このデュエルは、相手を闇に叩き落とすためだけのもの。

そこにルールなど不要で、無用なのだと。

背後の壁に手をかけて、何とか足を立て、身体を持ち上げる。



「―――――やらせねーよ」

「フフフ……格好をつけた強がりがまだ保つなんてねぇ、思ったより男らしいのね」



デッキに指をかけて、引き抜く。



「そんなことないさ、やっぱ駄目だ。

 俺はやっぱりそういうの向いてないし、できないっぽいわ。だから、任せとく」

「ああ、頼むぜ。相棒!」

『クリクリィ~!』

「!?」



十代はいつの間にか腕にデュエルディスクを装着し、そのディスクにハネクリボーのカードを置いていた。

ブラウンの毛に包まれた、一頭身のボールのようなモンスター。

小さな、白い翼を羽搏かせて、そのモンスターは精一杯視線を尖らせて、カミューラを睨む。

その姿を見止めたカミューラが、一歩後退った。



「デュエルモンスターズの精霊ッ……!」

「行くぜ、ハネクリボーッ! 進化する翼とのコンボでハネクリボーは、LV10に進化するッ!!

 この魔法の力、全部あいつに返してやれッ!!!」



ハネクリボーの身体が光に包まれ、その姿を変えていく。

小さな白い翼は大きくなり、黄金のドラゴンの装飾を背負ったハネクリボーは、翼を一度羽搏かせた。

巻き起こる烈風が周囲に充満していた瘴気を、真っ直ぐ見据えるカミューラに向け、跳ね返して見せる。

吹き抜ける衝撃に巻き込まれ、下に滞留した闇は全て、カミューラの許へ。



「な、なんですって!?」



カミューラの身体にその瘴気が纏いつき、渦を巻く。

腕を振るい、纏わりつくそれを払おうとするも、如何にもならないだろう。

それを見た俺は、まるで自分がやった事のようにどや顔で語りかける。



「くっ……!」

「これが十代の力だ……! どうだ、驚きの余り声も出ないだろう」

「……なんでお前が偉そうなんだ」



そうだ。何があろうと、十代が出てれば、絶対に負けるわけがない。

信頼とかそんなもの超越した次元で確信できる。例え俺がずらした世界でも、十代は負けない。

だから、同じ理由で、俺がこんな場にいるべきでないという確信もできる。

それでも、それでもだ。今、俺は、ここに――――いる。

自分の意思でここにきたんだ。自分の願いでこの場に立ったんだ。



でもそう、欲を言うならば、俺がこの場にいる、意味が欲しいんだ。

俺がいて、俺がいたからこその何かを一つでも。

俺がマイナスにしたのであれば、せめて何か、プラスを残したい。

誰に分かってもらえないでも、俺自身の心を支える何かを欲している。

だから、



「―――――だから、俺はカミューラ。あんたの事が知りたい」

「ハァ………? フン、追い詰められて命乞いかしらぁ?」



理解を諦めたくない。分かり合う事を諦めたくない。

カミューラが人の魂を生贄にするヴァンパイアだから、理解できないなんて言えない。

理解できないのはヴァンパイアだからじゃない。彼女が誰より苦しんできたからだ。

それが共有などできないし、分かった振りなんて余計にできないから繋がらない。

このデュエルで、それが分かった。



どちらかが消えるこのデュエルでは、絶対に俺たちの距離は縮まらない。

でも、何百回もデュエルして、何千回もデュエルすれば、本当に僅かだけども、縮まる可能性は0じゃない。

0じゃないんだ。だから、絶対に諦めない。

だから、俺は力が欲しい。勝っても負けても、ここで終わらせない。次に繋ぐための力が――――!



『そんな貴方だから、私は今、私でいられる』

「――――何でもいい。ここで終わらせたくない……次に繋げたい。

 もし、続くのであれば俺にできなくても、誰か、分かってくれる人がいるかもしれない――――!

 終わらせたくない。いや、そうじゃない―――――終わらせないッ!!」



こぉーん、と。Xが初めて聞く音を出す。

そんな事はどうでもよくて、ただひたすらにカミューラを見据える。

俺の答えは出た。後は前に進むだけだ。

その瞬間、バヂン、とまるでコンセントを引き抜いた時のテレビのように、視界がトんだ。

暗闇の中で、それでも俺が見るモノは変わらない。



『マスターだったから私は私。――――ファイナルフェイズです。

 貴方の心の全てを私に託して下さい。私は貴方の全てを受け入れる準備があります。

 私に全てを預ける覚悟ができているのならば、ただ一言、下さい』

「預けるなんてお断りだ……俺は、俺がやる!

 そのセリフ、全部そっくりそのまま返してやるッ! お前が来いッ、相棒!!!」



選んだ答えは互いに同じ。当り前だ、俺とこいつは、同じなんだから。

互いに互いを受け容れて、互いに互いを預けない。

異身同心、一つの心が造った二つの人格を合わせて、今俺たちは“俺”だ。



ブラックアウトしていた視界が戻る。

闇に包まれていた世界が紅く、紅く映る。

ノイズがかった視界の中にカミューラを捉え、遊星粒子が読み取る心がイメージを断片的に伝えてきた。

先程見ていた、ヴィジョンがより鮮明になって、俺の中に刻まれる。

一度眼を瞑り、首を横に振る。

再びそれを開くと、もうそのヴィジョンは映っていなかった。



―――――理解するのは、現在のカミューラだ。

そんな過去を見る必要はない。今彼女が何を思い、何を想っているか。

それは彼女自身にしか分からない。過去を覗き、分かった気になる意味なんてない。



「―――――なに、それは……!?」



Xの各所がスライドし、排熱とともに赤い光を解き放っている。

俺の身体からもまた、そんな光が放たれているのかもしれない。

だけど、そんな事は後回しだ。

現在は、俺のターンだ。このターン引いたカードを確かめ、そのままフィールドへ。



「『魔法マジック発動! 光の護封剣!!』」



カミューラの周囲、カース・オブ・ヴァンパイアとシューティング・スターを囲うように、光の十字剣が出現した。

それはモンスターの侵攻を限られた時間だけ、絶対的に停止させる聖剣。

例えシューティング・スター・ドラゴンだとしても変わりない。



「くっ……!」

「『ターンエンド』」



視界がぐらぐらと揺れて渦巻き目が回る。

頭が痛くなってくる真っ赤な世界の中で、俺はだからこそ神経を研ぎ澄ます。

“心”が視える。遊星粒子に乗せられた人の、あるいはカードの想いが。



「エックスくんが、何か……変わった?」

『あぁん、万丈目のあにき! ドラゴンの旦那が、何かすっごく嬉しそうよん?』

「―――――光と闇ライトアンドダークネスが……?」



下から聞こえてくる声。そこには、俺には本来分からない筈の精霊の声が混じっている。

ふぅ、と大きく息を吐き、拳を握る。



「『来い、カミューラ! 俺の狙いを読み切ってみろ、できなければ俺が勝つ――――!

 お前が読み切って、俺に勝ったその時は――――あんたに“心”を理解された、俺の勝ちだ――――!!』」

「なぁにをワケの分からない事を……! ワタシのタァーンッ!!」



俺の唯一の生命線。光の護封剣が破壊されれば、そのまま俺の負け。

だが、俺が見据えているのはそこから先。

ドローカードを見たカミューラは微かに顔を顰めて、しかしそのカードをそのままディスクに差し込む。



「手札から魔法マジックカード、生者の書-禁断の書物-を発動!

 自分の墓地のアンデットモンスター一体を特殊召喚し、相手の墓地からモンスター一体を除外する!!」

「―――――!」



奈落に通じる孔が開き、その中から無数の蝙蝠が溢れだす。

その蝙蝠たちが集束して造り出すのは、蝙蝠の翼を持つ青年。

水浅黄色の髪に、土気色の肌をした不死身の怪物。

翼をマントのように羽織いながら、その吸血鬼は嗤笑をあげた。



「ワタシが特殊召喚するのは、ヴァンパイア・ロードッ!!

 そしてお前の墓地から除外するモンスターは、サイレント・ソードマン LV5!!」



Xのセメタリースペースからカードが吐き出される。

相手に指定された、サイレント・ソードマンのカードをゲームから取り除く。

これでサイレント・ソードマンが最上級となり、フィールドに出る事はほぼ不可能。

あらゆる魔法マジックをキャンセルする、対魔法の剣士は、召喚する事ができない。



カミューラは更にカードを手札から引き抜き、俺に見せつける。

そのカードこそ、カミューラの従える最強のモンスターにして、彼女たちヴァンパイアの始祖の姿。



「更に! ヴァンパイア・ロードをゲームから除外する事で、手札のヴァンパイアジェネシスを特殊召喚ッ!!!」



フィールドに舞い戻ったヴァンパイアの肉体が膨張する。

纏ったタキシードが膨張する筋肉に内側から破壊され、弾け飛ぶ。

土気色の肌が紫色に染まっていく。

美青年といった相貌だった彼のヴァンパイアは、まるで野獣の如き姿へと変貌を遂げる。

筋肉の量が四、五倍にまで膨れ上がらせた吸血鬼は、翼を大きく広げ、吼えた。



「我らヴァンパイアの真祖。その力で、葬り去ってやるわ――――残り2ターン、ターンエンドッ!」

「『俺のターン、ドロー! ……カードを1枚伏せ、ターンエンド』」



引いたカードをそのままフィールドにセットし、ターンを終了させる。

光の剣が僅かに薄れている。

このまま何も出来ずに過ごせば、俺を守る護封剣は消え去るだろう。



「フフフ……ワタシのタァーン! フ……トラップ発動、転生の予言!!

 墓地のカードを2枚までデッキに戻し、シャッフルする!

 ワタシがデッキに戻すカードは、ワタシの墓地のSin サイバー・エンド・ドラゴン。そして、幻魔の扉ッ!!」

「あいつ……! あのカードをまた使う気か!?」

「く……圧倒的に有利な状況でも、まるで手を抜く気がない……! まずいぞ、今度あのカードが発動されれば……!」

「だが、それだけじゃあないわ! 更に永続魔法、一族の結束を発動ッ!!」



ヴァンパイアジェネシス、そしてカース・オブ・ヴァンパイアの魔力が高まり、溢れる。

先程までのそれを凌駕するそれは、眠りし同胞の魂が与えてくれる不死の魔力。

機械族のSin サイバー・エンドがデッキに戻された事で、アンデットの一族はその力を十全と発揮するのだ。

フィールドにはドラゴン族のシューティング・スターがいるものの、冥界で蠢動する不死者のそれには関係がない。



「一族の結束は、墓地のモンスターが一種族に統一されている場合、フィールドの同族モンスターの攻撃力を800アップする!

 これにより真祖のヴァンパイアは攻撃力3800、そして呪われしヴァンパイアは3300!!

 さあ、残り1ターン! ターンエンドよッ!!」

「『俺の、タァーン! ―――ターンエンド……!』」

「フフフ……! 何も出来ないと言うのなら、そのまま最期を迎えなさい!

 ワタシのターン、ドローッ! 引いたカードは魔法マジックカード、天使の施し!!

 新たに3枚のカードをドローしてから、2枚のカードを墓地へ送る!!」



デッキの上から3枚のカードを捲ったカミューラがニヤリと口許を歪める。

4枚となった手札の中から2枚を引き抜き、墓地へと送った。

あからさまな何らかの攻撃手段の取得。

微かに歯を食い縛り、その攻撃に備える。



「永続魔法! ジェネシス・クライシスを発動ッ!!

 このカードは、ヴァンパイアジェネシスがフィールドに存在する時、

 1ターンに一度、デッキからアンデット族モンスター一体を手札に加える事のできるカードッ!

 ワタシはこの効果により、デッキから龍骨鬼を手札ヘ!!」



ディスクから取り外したデッキを広げ、その中からカードを1枚引き抜く。

こちらに見せつけるカードの正体は、宣言された通りに龍骨鬼のモンスターカード。

ジェネシス・クライシスの効果は、広く強力なデッキからのサーチ能力。

その真骨頂は、支配者・ヴァンパイアジェネシスの能力と同時に発動される事で発揮される。



真紅の光を放つ瞳が輝き、始祖の吸血鬼が大きく鳴いた。

漲る魔力を受け、爆発的に肉体が膨れあがる。

翼爪から紫電が撒き散らし、周囲の目前に次元の孔を造り上げていく。

冥府へと繋がる不死者の道。



「ヴァンパイアジェネシスの効果! 1ターンに一度、手札のアンデットを墓地へ送る。

 そのアンデットのレベルより下のレベルを持つアンデットを特殊召喚するッ!!

 ワタシはヴァンパイア・バッツを守備表示で特殊召喚ッ!!」



広げた翼を含めれば、カミューラの身の丈を遥かに上回る全長を持つ蝙蝠が現れる。

巨大な蝙蝠は顎を大きく開き、その咽喉の奥底から超音波を放出した。

その音波に呼応して、始祖の吸血鬼と呪われし吸血鬼の二体の肉体が強化される。

翼を折り畳み、身体を丸めてカミューラの前に降り立つ蝙蝠。

ヴァンパイア・バッツの持つ特殊能力は、同族モンスターの攻撃力アップ効果。



「『っ……!』」

「この効果により我がフィールドのアンデット族の攻撃力は200ポイントアップ!

 カース・オブ・ヴァンパイアは3500、そしてヴァンパイアジェネシスの攻撃力は4000!!

 そして、ワタシの最後の手札は魔法マジックカード、サイクロン!

 さあ、1ターン前倒しでこのデュエルに決着をつけてさしあげるわぁッ!!!」



カミューラが風に取り巻かれ、自身の周囲に聳える光の剣を消し飛ばした。

光の拘束が解かれた不死の怪物たちが、歓喜の雄叫びを放つ。

城の中を反響して響き渡る野獣の咆哮。



「まずい……! エックスの場はガラ空きなんだぞ!?」

「エックス!」

「せめて伏せられているカードの中に、攻撃を防ぐためのカードがあれば……!」

「ヴァンパイアジェネシスよ! その男に最期の攻撃を―――!! ヘルビシャス・ブラァアアアアッドッ!!!」



真祖の吸血鬼の身体が、闇色に光、次の瞬間には霧散していた。

血色の濃霧と化した吸血鬼は、そのままの姿で俺を目指し、殺到する。

残りライフが500しかない俺が、攻撃力4000に達するこの攻撃を受ければ、一溜まりもない。

嵐の如く迫りくるその暴力を前に、俺は手札から1枚のカードを引き抜いた。



「『手札の速攻のかかしの効果を発動ッ!

 相手モンスターのダイレクトアタック宣言時、このカードを墓地へ送り、攻撃を無効にしてバトルフェイズを終了させる!!』」



金属製のフレームで組み上げられ、ボロボロのハットと暗紅のサングラスで頭部を隠したかかし。

フレームの末尾に据え付けられたブースターから炎を吹かし、かかしは目前に迫った濃霧の中に飛び込んだ。

魔力を帯びた霧に引き裂かれ、爆散する速攻のかかし。

内側で爆裂したかかしの破壊力に吹き飛ばされる濃霧と化した真祖の身体。



跳ね返されたヴァンパイアジェネシスの身体が、カミューラの許まで弾き返される。

霧が凝縮されて、再び真祖の吸血鬼が肉体を取り戻す。

自らのフィールドに舞い戻った真祖の姿を見て、舌打ちするカミューラ。



「チィ……!」

「よし、何とか凌いだぞ……!」

「でも、もうエックスくんに逆転の手段は―――」



俺には手札が2枚。伏せリバースが2枚。

対するカミューラは手札を使い切ってはいるものの、フィールドに攻撃力3000を越えるモンスターが3体。

シューティング・スター・ドラゴン、ヴァンパイア・バッツ、カース・オブ・ヴァンパイア、ヴァンパイアジェネシス……

フィールドの永続魔法、ジェネシス・クライシスには、ヴァンパイアジェネシスがフィールドから離れた時、自壊する効果がある。

それも、その効果はフィールドのアンデット族モンスター全てを巻き込む、強烈なデメリット効果だ。

だからこそ、何とかジェネシスを破壊する事ができれば、まだ道は開ける。

しかし、相手に奪われたシューティング・スターは破壊無効効果を持っている。更に、攻撃無効効果もだ。

ああ、ダメだ……



「『楽しくなってきた……!』」

「は?」

「何だ、あいつ。十代みたいな事を言い始めたぞ……」



デッキの一番上に手をかけて、一度大きな深呼吸。



「『だけど、このターンで終わりだ――――! ファイナルタァーンッ、ドローッ!!!』」



引き抜いたカードに、笑みを浮かべる。

疑念なんて何一つ抱く余地のない、俺たちの全力で魅せる。俺たちの意思。



「『理解する必要なんてない。だが、受けてもらうぜ、俺たちの最後の力ッ!

 そして見せてやる、俺が選び取った結末を――――!! 魔法マジックカード、調律を発動ッ!!

 デッキからシンクロンと名の付くチューナーモンスターを手札に加え、デッキをシャッフル。

 その後、デッキの上からカードを1枚墓地へ送るッ!』」



オートでサーチされたカードを引き抜くと、デッキが勝手にシャッフルされた。

そのデッキのシャッフルを終えたのを見届け、デッキの上のカードを引き抜き、墓地ヘ。

この効果で墓地ヘ送られたカードを見て、微かに笑う。



「『アンノウン・シンクロンをデッキから手札に加え、デッキトップのADチェンジャーを墓地ヘ!

 そして、アンノウン・シンクロンは相手フィールドにのみモンスターが存在する場合、特殊召喚できる!!

 アンノウン・シンクロンを特殊召喚ッ!!』」



ぽぅ、と俺の前方に小さな光が灯る。

薄い鉄板を折り曲げて球体状に固めた謎の塊。鉄板の隙間でぎょろりと蠢く一つの眼。

小さな塊であるが、その中身は確認する事のできない、謎の生命体。

アンノウン・シンクロン。

更に、残り2枚の手札をカミューラへと見せつける。



「『魔法マジックカード、ワン・フォー・ワンを発動ッ!!

 手札のボルト・ヘッジホッグをコストに効果を発動! デッキから、レベル1のモンスターを特殊召喚するッ!!

 俺が召喚するのは――――』」



デッキから1枚のカードがスライドして、俺に差しだされる。

そのカードを引き抜き、フィールドへと。

ほのかな赤い光に包まれた、透き通るような赤の小さな身体を持つ竜。

アンノウン・シンクロンの横を通り、小さな竜は高く飛び上がった。



「『レベル1のチューナーモンスター、救世竜 セイヴァー・ドラゴン!!』」

「幾ら並べようが、そんな弱小モンスターではワタシのヴァンパイア軍団は揺るがない――――!」



カミューラの声を聞きながら、しかし俺は不敵に笑う。

セメタリーゾーンに手を持っていき、今し方墓地へ送ったばかりのカードを拾い上げる。

そのカードは、ボルト・ヘッジホッグ。



「『墓地のボルト・ヘッジホッグは、フィールドにチューナーモンスターが存在する場合、特殊召喚できるッ!!

 墓地よりボルト・ヘッジホッグを特殊召喚だ!!』」



にー、と鳴き声を上げる黄色の毛色のネズミ。

ハリネズミが針を背負っているように、このネズミはその名の通り、無数のボルトを背負っている。

出揃う三体のモンスターはしかし、相手フィールドのモンスターに比較すれば、弱々しい事は確かだ。

このままでは、天地が引っくり返ろうと、勝ちはない。

だが、それでも勝つ。



「『トラップ発動、ギブ&テイクッ!!

 自分の墓地のモンスターを相手フィールドに守備表示で特殊召喚し、そのモンスターのレベル分、俺の場のモンスターのレベルを上げるッ!

 お前の場に特殊召喚するのは、俺の墓地の、レベル4のガガガマジシャンッ!!

 そのレベル分、レベル2のボルト・ヘッジホッグのレベルをアップさせ、レベル6へッ!』」



バヂン、と雷光を纏いながらガガガマジシャンがカミューラのフィールドに現れる。

腕を交差させ、膝をついて防御の姿勢を取る魔術師。

その周囲に四つの星が現れて、それがボルト・ヘッジホッグへと向け、放たれる。

星はそのままボルト・ヘッジホッグの中に吸収されて、レベルをアップさせる。

が、三つの星は吸収されたものの、最後の一つが途中で止まった。

それは、更に続くカードもまた、墓地からと言う事。



「『レベル6となったボルト・ヘッジホッグのレベルを5へと下げ、墓地のレベル・スティーラーを特殊召喚ッ!!』」



墓地より再び舞い戻る赤いテントウが、残った星を食み、その甲殻に大きな一つ星を浮かべる。



「フィールドにモンスターがいない状態から、一気に四体のモンスターが出揃った……!」

「だけど、まともに戦闘できるモンスターがいない……! これじゃあ、次のターンを凌ぐだけで精一杯―――」

「『レベル1のレベル・スティーラーに、レベル1のアンノウン・シンクロンをチューニングッ!』」



俺の周囲を渦巻く赤い光はより強さを増し、高まっていく。

鉄板が剥がれていく事で、内部に潜んでいた未確認の生命の姿が晒され―――る、前に。その姿は光と化す。

一つの光の環となったその光の中に、テントウムシが飛び込む。

二体のモンスターが光と化した事で、新たなるモンスターがフィールドに導かれる。



「『来いッ! 希望を繋ぐ力、フォーミュラ・シンクロンッ!!

 更に、フォーミュラ・シンクロンのシンクロ召喚成功時、カードを1枚ドローできるッ!』」



F1カーのようなフォルムのボディ。ホイールが肩になり、そこから腕。

車体の下には力強い下半身が存在し、そのボディを支えている。

肩部のホイールが高速で回り、火花を散らす。

それこそF1選手の被るヘルメットのようなデザインの頭部の、赤い眼差しで敵を睨む。



そのままドローした、もう1枚の手札。

――――繋がったッ……! さあ、行くぞ。



「『俺はジャンク・シンクロンを召喚ッ!』」



橙色の鎧の、三頭身ほどの調律の戦士。

金属製のフレームで駆動する四肢と、背後に背負ったエンジン。

風になびく純白のマフラーを片手で払い、彼は腕を大きく振るった。



冥界へと通じる孔が開き、その中から自軍のモンスターを呼び出すスキル。

ジャンク・シンクロンの能力では開けられる孔に制限があり、無制限にモンスターが出せるわけではない。

出す事ができるのは、レベル2以下のモンスター。

飛び出してくるのは鍋のような被りモノをした、小さな機械人形。



「『ジャンク・シンクロンの召喚に成功した時、墓地のレベル2以下のモンスターを呼び出せる。

 俺が召喚したのは、レベル1のチューニング・サポーターッ!!

 そしてぇ……! レベル5となっているボルト・ヘッジホッグに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!

 それによって生み出される、レベル8のスターダスト・ドラゴン!!

 更にレベル1のチューニング・サポーターと合わせて、レベル1の救世竜 セイヴァー・ドラゴンをチューニングッ!!』」

「一気に四体のモンスターをシンクロ素材にして、連続シンクロ召喚を……!?」



ジャンク・シンクロンが腰のスターターを引き、エンジンを始動させ、三つの星となる。

その三つの星に包まれる事でボルト・ヘッジホッグは五つの星となり、八つの星は新たなるモンスターを生み出す。

白銀の龍の輪郭が少しずつ露わになっていくその光の中に、チューニング・サポーターは飛び込んだ。

宙を舞う小さな赤い竜がその、輪郭のみを見せるドラゴンを呑み込むほどに大きく変容する。

ドラゴンとサポーターは、巨大化したセイヴァー・ドラゴンの中に取り込まれ、その瞬間、爆発的に光が膨れた。



「『奇跡の光よ、闇を照らせ――――! シンクロモンスター、セイヴァー・スター・ドラゴンをシンクロ召喚ッ!!』」



蒼銀が白光を破り、フィールドに顕現する。

透き通るクリスタルのような身体で、薄く細い四枚の羽を合わせて一つの翼とし、計四枚の翼を大きく広げる。

四肢を持ち、力強い肉体であったシューティング・スターとは対象に、東洋の蛇に近しい龍の姿を連想させるフォルム。

救世竜の力を得て、昇華された新たなる姿。

僅か1ターンのみ奮う事の出来る、究極の制圧力。

闇に鎖された城のな中を、光で塗り替えていくセイヴァー・スター・ドラゴン。



それを見たカミューラが眼を見開いて、足を一歩下げる。



「攻撃力、3800……! まさか、あの状況からこんなモンスターを……!」

「よっしゃぁッ! これなら行けるぜ!」

「『―――――いや、まだだ……セイヴァー・スターはこのエンドフェイズ、デッキに戻るモンスター。

 それに、シューティング・スターには、相手の攻撃を1ターンに一度、無効にする効果がある……』」

「そんな……せっかく出したのに、戻っちゃうなんて……」



俺がこの状況でのなおも不利だと認めると、カミューラは態度を持ち直した。

光に中てられ、崩れていた表情もすぐさま元にもどしている。



「フフフ……驚いたけど、どうやら万策尽きたようね」

「『いや、もう一度だけ。俺には、シンクロ素材となったチューニング・サポーターの効果で、ドローが許される』」



つまりそれが最後のドロー。

緊張などないし、焦りも微塵もない。なぜならば、疑った事なんて一度とてない。

俺の心中とは逆に、最後のドローに自然、周囲の雰囲気が硬くなっていく。

デッキへと手をかけて、カミューラへと眼を向け、微笑む。



「!?」

「『これが、俺の最後の攻撃だ……あんたがどんな奴か、ちょっとしか分からなかったけど。ちょっとだけ、分かった。

 だから絶対にここで終わらせない……!

 デュエルは何かを終わらせるものじゃない、何かがそこから始まるものだって信じてるから―――!』」



カードをドローする。

その瞬間、最後の攻撃が確定した。



「『セイヴァー・スターの効果ッ! 1ターンに一度、相手モンスターの効果を無効にし、その能力を得る!!』」

「まさか、ヴァンパイア・バッツの効果を無効にし、ヴァンパイアジェネシスと相討つつもり?

 そんな事はアナタのシューティング・スターの効果で、無効にしてあげるわ!

 それとも、アナタのシューティング・スター・ドラゴンの効果を無効にするのかしらぁ?」



セイヴァー・スターが翼を大きく広げ、その頭部から放たれる光で相手モンスターを照らす。

その光、サプリメイション・ドレインに中てられたモンスターの効果は無効となる。

そしてセイヴァー・スターは、その効果を自身の効果として使用する事ができるのだ。

ならば、この効果でシューティング・スターの効果を無効にし、連続攻撃権の取得に全てを賭けるか。

――――否、だ。



「『俺が効果を無効にするのは、ガガガマジシャンッ!!』」

「なに……!?」



サプリメイション・ドレインの光に呑み込まれたガガガマジシャンのベルト、八つの星が刻まれたバックルから光が消える。

そして、その効果を次に繋ぐための、最後のドローカードをフィールドへと叩き付けた。

迸る光芒がフィールド全体を満たして、何かの紋様をデュエルフィールドに描き上げていく。

瞬間、シューティング・スターが悲鳴を上げた。



「なに……これは!?」



同時に、ガガガマジシャンもまた。

カミューラのフィールドに存在していた俺のモンスターたちが、俺のフィールドに戻ってくる。

紅い月の魅了の魔力を跳ね返し、二体のモンスターは、その心を取り戻した。



「『魔法マジックカード、所有者の刻印の効果!

 フィールドの全てのモンスターのコントロール権は、元々のプレイヤーのフィールドに戻る!!』」

「くっ……そんな――――!」



俺の場に戻ったのは攻撃表示のシューティング・スターと、守備表示のガガガマジシャン。

その状態で墓地へと手を伸ばし、調律の効果で墓地へ送られたカードを取り上げる。



「『墓地のADチェンジャーをゲームから除外し、ガガガマジシャンを攻撃表示に変更ッ!』」



膝を着き、腕を交差させていた魔術師が立ち上がる。

チェーンをじゃらりと擦らせ、魔導衣のポケットに手を突き入れながら、態度悪く立つガガガマジシャン。



「『そして、セイヴァー・スターがコピーした、ガガガマジシャンの効果を発動ッ!!

 1ターンに一度、このカードのレベルを1から8までの任意の数値にする事ができるッ!

 俺が指定するのは、レベル1!!!

 更に、レベル10のシューティング・スターのレベルを9に下げ、墓地のレベル・スティーラーを特殊召喚ッ!!!』」



セイヴァー・スターの身体から九つの星が吐き出され、消滅する。

シューティング・スターは一つだけ星を吐き出して、その星を墓地から現れたテントウムシに喰わせた。

そしてこの瞬間、ピースが揃った。



「『レベル1! シンクロモンスター、セイヴァー・スター・ドラゴンッ!!!』」



蒼銀の翼が大きく羽搏き、その身体に蓄えられていたエネルギーを解放する。

ガガガマジシャンはレベル変更の起動効果と、シンクロ素材に出来ないというルール効果を併せ持つ。

しかし、セイヴァー・スターがコピーできるのは起動効果と、誘発効果のみ。

ルール効果も、永続効果もコピーする事はできない。

故に、レベル変更効果を持ちながら、シンクロ素材とする事が可能となる。



「『レベル9! アクセルシンクロモンスター、シューティング・スター・ドラゴンッ!!!』」



白い刃のような翼を大きく広げて、流星龍は解放され、真紅から再び黄金に戻った双眸から光を放つ。

漲るエネルギーは、並ぶセイヴァー・スターとの相乗によって、限界を越えた次元に到達する。

並び立つ二体の星龍の身体から放たれる光と風が氾濫し、周囲の風景を塗り潰していく。

俺以外の全員が、荒れ狂う風の威力に眼を瞑り、腕で顔を庇っている。

しかしその中でも、最後のシンクロ召喚は続く。



「『そして、レベル2! シンクロチューナー、フォーミュラ・シンクロンッ!!!』」



並ぶ二体の龍の間に、ボディを軋ませながらフォーミュラ・シンクロンが割り込む。

二つの星を束ね、最終形態。最高の形態へと昇華させるための、最後のピース。

火花を散らし、重圧に耐えかねた身体に亀裂が奔り、スパークし、炎すら噴き上げる。

星龍たちが放つ閃光と暴風を一つに纏め上げるという、不可能を可能とする存在。



全身が端から崩れ落ちていくような状態で、それでも導き手は眼を爛々ろ輝かせ、アクセルを踏み込む。

拉げていくボディはやがて光の輪郭と化して、吹き消されるように風に打ち崩された。

光の輪郭はそれでも、二つの星となって力強く輝き、二体の龍を取り囲むように円を描く。



「『三体のシンクロモンスターによる、シンクロ召喚! デルタアクセルシンクロッ!!!』」



キィイイン、という鼓膜を揺さぶる耳障りな音が響くと同時、暴風と閃光が一瞬で消失した。

そのまま数秒、カミューラが、十代たちが、ゆっくりと眼を開いた時、そこには何も残っていない。

何が起こった、と。疑問を口に出す前に、その衝撃が城全体を襲った。

天井が砕かれて、瓦礫が降り注ぐ。

大穴を穿たれた天井。そこから覗くのは、今宵出ている月の姿ではない。

天を覆い尽くすほどに巨大な光―――――まるで太陽の如く、地上へと光を注ぐ光源。



「なん、ですって………? まさか、あれは――――!」



召喚され、ゆっくりと流れていく時間の中で、その光が徐々に晴れていく。

眼を焼かんばかりの光は静まり、それはこの城に収まりきらないほどに巨大な姿を露わにした。



「あんな巨大なモンスター……見たことない」

「綺麗な光―――あれが、デルタアクセルシンクロモンスター……?」



スターダスト・ドラゴンに酷似した頭部。

先端から生えた鋭利な角は途中で反り返しており、刃として扱い、敵を裂く事すら出来そうなほどに研ぎ澄まされている。

首から胴体、それに手足の関節はネイビー。そして手足自体はシューティング・スターのような、澄んだ白。

鉤爪のような五指を持つ巨大な腕に、脚と言うよりは尾が三本あるようにも見える風な下半身。

胸部の中心で輝くのは碧色の巨大な宝珠。

薄く長い、翼と呼ぶよりは羽と呼ぶ方が適正と思える、背後の四枚の羽。



「『今こそその力を解き放て、シューティング・クェーサー・ドラゴンッ!!!』」



月より明く、夜闇すら晴らすような龍が今、咆哮を上げた。

震える大気が城を揺らし。注がれる星光が闇を照らし。そして、下される一撃が魔物を滅ぼす。

最大最強のモンスターを降臨させた俺は、手を大きく掲げて、叫ぶ。



「『バトルッ! シューティング・クェーサー・ドラゴンで、ヴァンパイアジェネシスを攻撃ッ!!!

 天地創造撃ッ!!! ザ・クリエーション・バァアアアアストォオオオオオオオッ!!!!!』」



シューティング・クェーサー・ドラゴンが右腕を大きく掲げ、その掌に光を灯す。

蒼銀の光球が燃え上がるように噴き出て、その光を場内の敵を向け、隕石の如く撃ち放つ。

放たれた瞬間に光球は内部にセイヴァー・スターの姿を映し、更なる加速を見せる。



迎え撃つはヴァンパイアの始祖。

互いに攻撃力は4000に及ぶ、最強モンスター同士が行う、最大の激突。

地の底から噴き上がるような地獄の雄叫びとともに、身体を霧散させて対抗するジェネシス。

互いが互いを目掛けて突撃した結果、衝突は城内であり、城外。

城と外との境目で、その力をぶつけ合う事となった。



瘴気の渦と救星の一撃が真正面からぶつかり合い、その衝撃波が城を破壊していく。

城の外壁を更に破砕し、粉塵を撒き散らし、遂には衝突地点での巨大な爆発を発生させる。

爆炎と衝撃が城の中へと雪崩れ込み、その炎はカミューラのフィールドを蹂躙した。



「『シューティング・クェーサーとヴァンパイアジェネシスの攻撃力は互角ッ!

 そして、ヴァンパイアジェネシスが破壊されたこの瞬間、永続魔法ジェネシス・クライシスの効果が発動するッ!!』」

「ぐっ……! ジェネシス・クライシスはヴァンパイアジェネシスがフィールドから消えた時、

 フィールドに存在するこのカードとアンデットモンスターを全て破壊する効果を持っている………!

 でも、」



カミューラのフィールドが罅割れ、隆起する。

大地が割れ、立ち上ってくる瘴気の渦に捉われるカース・オブ・ヴァンパイアと、ヴァンパイア・バッツ。

瘴気がその二体を捉えた途端、裂けた大地が元の状態へと巻き戻されていく。

その大地とともに瘴気に引き摺られ、冥界へと引きずり込まれていく中で、二体は激しく反抗する。



カース・オブ・ヴァンパイアの不死の能力は戦闘に限ったもの。

この効果で破壊されれば、もう復活能力を用いる事はできないのだ。

下半身は既に大地の巻き戻しに巻き込まれ、圧し潰された状態で埋まっている。

それでも何とか逃れようと翼を羽搏かせ、手を伸ばす。

しかしその抵抗も空しく、数秒保ずに断末魔ごとその身体は大地の中に取り込まれた。

唯一地表に出ていた肩手の、手首から先。それも、砂のようにざらりと崩れ去る。



二体のモンスターが埋葬され、しかし大地を食い破り、巨大な蝙蝠が姿を現す。

ギギ、と牙を打ち鳴らしながらヴァンパイア・バッツは蘇る。



「ヴァンパイア・バッツは戦闘及び、効果による破壊をデッキの同名モンスターを墓地へ送る事で無効にするッ!」

「『ならば、ガガガマジシャンで、ヴァンパイア・バッツに追撃ッ!!』」



チェーンを振るい、ガガガマジシャンが宙を翔ける。

握り締めた拳を引き、腰溜めにしたそれを翼を折り畳み、防御の姿勢になっている蝙蝠に叩き付けた。

翼が裂け、破壊された筈のヴァンパイア・バッツ。

だが、その真紅の瞳が大きく光を放つと、砕かれた翼を再生させて、ガガガマジシャンを弾き返した。



「再びヴァンパイア・バッツの効果! デッキから同名モンスターを墓地へ送り、破壊を無効にするわッ!

 これでアナタのフィールドにはその攻撃力600の弱小昆虫のみ!

 同じく守備力600のヴァンパイア・バッツを破壊する事は――――――!?」



瞬間、ガガガマジシャンの背後に描かれる魔法陣。

その光の魔法陣が強烈な白光を放ち、そこから新たなる力を導きだす。

それこそ、俺のフィールドに残された最後のトラップ



「『そいつはどうかなぁ!

 俺はガガガマジシャンの攻撃宣言時、トラップを発動していたッ!

 マジシャンズ・サークルッ!!』」



魔法陣の裡から、一体の魔法使いが現れる。

青い衣装に身を包んだ、玩具の魔法使い。

長帽子を被った頭部からは逆立つ赤い頭髪。魔導衣を象ったパーツを組み合わせ、造り上げられたボディ。

マントのような造形の肩に取り付けられたパーツを揺らし、先端に琥珀色が輝く杖を構えた。



「『マジシャンズ・サークルは、魔法使いの攻撃宣言時に発動するトラップ

 この効果により、互いのプレイヤーはデッキから攻撃力2000以下の魔法使い族モンスターを特殊召喚するッ―――!』」

「くっ……! ワタシのデッキには魔法使い族モンスターはいない……!」



カミューラのフィールドにも同じように出現していた光の魔法陣が薄れ、消えていく。

その魔法陣を口惜しげに見送ったカミューラに対し、宣言する。



「『マジシャンズ・サークルの効果により特殊召喚されたトイ・マジシャンによる追撃ッ!!』」



肩のマントのパーツを跳ね上げ、玩具の魔術師は蝙蝠を目掛け、奔る。

杖の先端の宝玉に光が灯り、魔力が迸った。

守備の姿勢で固まる蝙蝠に対し突き付けられる琥珀の杖から、溜め込まれた魔力が吐き出され、不死の蝙蝠の身体を侵していく。



光に呑み込まれた蝙蝠の全身に、生命体には有り得ない分割線が幾条も。

毛皮と肉が角張った無機なブロックへと変容し、生命というシステムから外れる。

如何に不死存在であろうと、生命という枠組みから外されれば、それは不死の機能を発揮されない。

トイ・マジシャンが杖を横に振るうと、そのブロックがバラバラに砕けて散った。



「『もうデッキにヴァンパイア・バッツは残っていない……このまま破壊だッ!』」

「つっ……だが、お前の場に残った攻撃モンスターはレベル・スティーラーのみ……!

 その攻撃力は600! ワタシのライフ、2050を削り切る事はできない!

 そして次のターン、攻撃力1100以上のモンスターをワタシがドローすれば、アナタのライフ500は削り切れるッ!!」

「『言っただろ、ファイナルターンだと!』」



手を掲げる。すると、俺の周囲を渦巻く赤い光より強まり、突風を巻き起こす。

天井付近で未だ立ち込める粉塵が、その風によって掻き分けられ、空を晴らした。

その先に広がる光景に、カミューラが絶句した。



「そんな……シューティング・クェーサー・ドラゴンですって……!?」



月明かりよりなお明るく。

月が放つ光は、そのモンスターが放つ光の反射なのではないかと思えるほどの輝光。

再び天頂に向けて上げられた腕の中には、白い光がたゆたっている。

雄々、と昂ぶる覇気を咆哮とともに吐き出す星龍。



「あ、あのモンスターはヴァンパイアジェネシスと相討ちになった筈……!」

「『ジャンク・シンクロン、チェンジ・シンクロン、レベル・スティーラー……そして、シールド・ウォリアー。

 手札抹殺で墓地に送った4枚目のカード。

 墓地のシールド・ウォリアーをゲームから除外する事で、戦闘破壊を一度だけ無効にする――――』」



墓地から取り除いていた、シールド・ウォリアーのカードを見せる。

こちらのフィールドに残った最強最大のモンスターを前に、カミューラは戦慄した。

が、即座に冷静さを取り戻したか、不敵な笑みを浮かべた。



「だが、そのモンスターは既に攻撃宣言を完了している!

 次のワタシのターン、ワタシのドローで決着がつく事に変わりは―――――!」

「『シューティング・クェーサー・ドラゴンの効果は、シューティング・スターと似て非なる連続攻撃ッ!

 シューティング・クェーサーの攻撃権は、チューナー以外のシンクロ素材の数となる。

 つまり、シューティング・スターと、セイヴァー・スター! 二度の攻撃が可能となる――――!』」



遥か天空に聳える巨大な星龍の手にたゆたう光が圧し固められ、球体となった。

その光を蓄えた腕を引き絞り、眼下に存在する場内に存在するカミューラを目標に、解き放つ。



「そ、んな……バカな――――! ワタシが、負ける……!?」

「『天地創造撃 ザ・クリエーション・バースト、第二打ァッ! スターダスト・ミラァージュッ!!!』」



解き放たれた光はシューティング・スター・ドラゴンを形作り、カミューラを目掛けて飛翔する。

その身体が飛翔する中で五つの光に分散し、それぞれが赤、橙、青、黄、白の光を纏った姿と化した。

茫然と立ち尽くすカミューラの周囲に、五つの流星が降り注いだ。

彼女の腕のデュエルディスクが、ライフポイント0を指示し、ぴーと音を鳴らす。



轟音とともに崩落する場内の景色。カミューラの立つ中央階段も激しく揺さぶられ、崩落が迫った。

だがそれよりも、その腕のデュエルディスクから噴き出す闇が、彼女の背後でカタチを成していく。

禍々しき青銅の扉。それは、カミューラがこのデュエルで用いた幻魔の扉に他ならない。

ゆっくりと開く扉から、三つの悪意が敗者の魂を喰らうべく、その手を伸ばす――――!



「ひ―――――!?」



そう。それも、俺の赤く染まった視界には視えている。

だからこその、最後の攻撃。

俺がこのよく分からない力を欲したのは、何のためだ。この瞬間のためだろう―――!

ルールなんて知った事か、やれない事なぞ、ないんだ。



幻魔の扉から伸ばされた腕が、彼女の魂を捉える。

瞬間、打ち砕かれた天井の孔から、白く巨大な腕が場内へと叩き込まれた。



「『この瞬間、カミューラのデッキで発動した幻魔の扉の効果に対し、シューティング・クェーサーの効果を発動ッ!

 シューティング・クェーサーは1ターンに一度、モンスター、魔法マジックトラップの効果を無効にし、破壊する!!

 “このカードをプレイしたプレイヤーがデュエルに敗北した時、その魂を幻魔に捧げる”

 この効果を無効にし、破壊するッ! やってみせろ、シューティング・クェーサー・ドラゴンッ!!!!!』」



天井を更に破壊しながら突っ込まれた腕が、カミューラの背後の幻魔の扉へと伸ばされる。

魂を掴み、闇に引き摺りこむ腕を引き千切りながら、その手は青銅の扉を握り締めた。

バキバキと悲鳴を上げながら徐々に潰されていく扉の中で、三体の幻魔が吼える。

邪悪な波動を孕んだ断末魔がシューティング・クェーサーに対し襲いかかった。



「『逃がすかよ――――! 歩み寄れなんて言わねぇよ、だから、俺が勝手に向かって行ってやる――――!

 だからそこから動くな、その場所にいろ! こんなモノで消させたりして、たまるかよォ―――――!!!』」



星龍が鳴動する。自身を侵す悪魔の叫びに身体を震わせて、しかし怯みはしない。

黄金の双眸を輝かせ、体内の全てを振り絞るかのように、星龍は昂ぶる感情を根こそぎ咽喉から吐き出した。

世界を震撼させる咆哮に掻き消され、幻魔たちの怨嗟が、崩れ落ちていく。



幻魔の扉を掴んだシューティング・クェーサーが、それを粉砕するべく全てを注ぐ。

拉げ、裂け、割れ、砕け、地獄に通じる扉は、その効果を万全と発揮する事なく、粉砕された。

砕け散った扉の破片すら星の光が焼き尽くし、完全なる消滅を与える。



カミューラのデッキから弾き出された幻魔の扉のカードが、音もなく燃え上がる。



「あ、あ………!」

「『は、ぁ……! ハァ、ハァ、ハァ……決着だ。さあ、次は適当に雑談でもしようぜ。

 そんでもってまたデュエルだ。相手の考えに納得いくまで、殴り合おうぜ。カミューラ……」



俺たちを取り囲んでいた赤い光が消失し、意識が急速に遠くなっていく。

ああ、そんなデメリットつきか、このよくわからん状態は。

ま、いい。それならそれで。

ブラックアウトした視界で最後に視たのは、1枚のカードだった。











あのデュエルから一夜明けて。

聞いた話によると、シューティング・クェーサーの攻撃で崩落が始まっていた城は、完全に崩れてしまったらしい。

カイザーとクロノス先生の人形は約束通りカミューラが元に戻し、しかし彼女は一言も喋らなかったそうだ。

二人を戻した後、吸血蝙蝠で追いたてるように城の中から十代たちを追い出したらしい。

ちなみに、俺を一人だけ乗せてXが独走状態で最速で逃げたらしい。流石俺の相棒。

俺たちが脱出すると、城はそのまま崩れ去り、カミューラがその後どうなったかは誰も知らない。



そう聞いた。が、唯一俺には、どうなるか知らせてくれたようだ。

みんなは倒れた俺を保健室に運んでくれて、その俺は今朝眼を覚ましたわけだが。

保健室の窓際に一通、手紙があった。

俺に対するラブレターなわけでもなかったし、さして長々しい文章でもなかった。



ただ、鋭い爪で微妙に破けていたところを見るに、カミューラから、恐らく蝙蝠を使って送られたものであろう事は分かった。

要約すると、負けた自分はもう諦めて、再び眠りにつく。と言った話である。

殴り愛を強要していた俺に対し、探すなよ? 絶対に探すなよ? という命令であったと言う事だ。

多分、ネタフリじゃなくて真実もう目覚める気がないのだろう。

なら、俺は探さないし探せない。



それに、彼女が消えず、そして人の魂を生贄に同族を復活させようとする事も止めた。

それだけで十分じゃないか。

俺ができたのは、カミューラの命を何とかかんとか消す事無く、心を一歩に満たない半歩分変えただけ。

たったそれだけで、遊戯王GXという話の根幹にかかわる部分にプラスを与えられたわけじゃない。

ただの自己満足だけど、それで十分。



そんな小さな、しかし俺が齎す事のできた結果に、俺は大いに満足して、その手紙を何度も読み返すのであった。











白紙のカードに、過去に送った“端末”からデータが送り返されてくる。

紫色のカード枠。三つ首の機械龍が描かれたイラスト。

名を、サイバー・エンド・ドラゴン。

デッドコピーしたSin サイバー・エンドから送られてきた情報が得た、オリジナルのサイバー・エンドの転写。

オリジナルに比べればその格は落ちるだろうが、それは仕方あるまい。

さして手を入れずに取得できただけ、僥倖とするべきだろう。



「サイバー・エンド・ドラゴン―――

 そしてあれが、あの男が引き出した、ホープ・トゥ・エントラストの力……!

 シューティング・クェーサー・ドラゴン、私も、Z-ONEも……

 そして恐らく誰も知らぬ、新たなデルタアクセルシンクロモンスター――――!」











後☆書☆王



遊戯遊星遊馬の遊遊遊コンボ。

遊星が抜けない。落としてからの劇的な逆転は遊星のカード抜きだと難しいでござる。ソリティア的な(ry

できなくはないけど、元から超絶ごちゃ混ぜデッキなので、色々バランスとると遊星デッキをベースにするのが一番いい。

そうでないとあの謎な機械Sinの二の舞となる。

まあ一応ロマンコンボ追求型にしてはいるけどね。要するにガガガが必要だった。

ごちゃ混ぜデッキ以外で勝った事のない主人公。これは要らない新しさだったな。

最終回では遊戯アテム十代覇王遊星遊馬デッキだな、これは。



しかし、やっぱ遊星以外のカードの影が薄くなるのが問題か。ガンドラ出したかったな。

まあ、星屑系列は出番が多いけどうちの主人公が使うとかませ犬化してたしな。

やっと活躍した、って思う事にしよう。

それにしても色んな意味で情報アドって大事だね。



さて、セブンスターズ編での主人公の唯一のデュエルも消化したところで、

フォーチュンカップを終わらせにかからないとな。



主人公的能力の発露。エックス+X=X’sエックス

モデルは多分サイトスタイル。エックスなのにEXEとはこれいかに。

尤も、ホープ・トゥ・エントラストの機能の一つなのでエックスの能力なわけではない。

ホープ・トゥ・エントラスト内のブラックボックス。

搭乗者の心を読み取り、搭乗者専用の自我を形成する、遊星粒子を用いた“心”の回路で生まれたのがX。

その“心”と搭乗者自身の心を合わせる事で発現する事が可能となるシステム。

発現すると、両者の精神がより高いレベルで同調し、エックスの心が遊星粒子の溶け込む事となる。

どうなるかと言うと、凄く光る。何故ならカッコいいから。

Xがホープ・トゥ・エントラストを介し、エックスの肉体に干渉して力を発揮し、赤き竜的(地縛神的)力を一時的に与える。

遊星粒子に乗って流れてくる相手の心や、カードの心をより高い精度で感じる事ができるようにもなる。

なお、この状態でXはエックスのみならず、エックスを介してそれ以外の人間の心を読み取っている。

ただし、マスターと一体化する事によりXのテンションがアホみたいにあがる。

ついでにエックスの消耗も激しくなる。長時間維持して限界を迎えると、勝手に解除されてぶっ倒れる。

しかし、意味のない無駄なデメリット設定にすぎないので気にする必要はないだろう。厨二乙。

デュエルで何時間もかかんねーよ。精々ディアブロのバトルロイヤルくらいか。フラグ?



行間は昔HTML形式のとこに投稿してた名残りかな。

メモ帳で書いてる時、全部の行に<br>タグつけるようにしてるから。

まあ俺自身はどっちでもいいので、

1:パターンAがいい。

2:パターンBがいい。

3:オレから見ればまだ地味すぎるぜ。もっと○○で××なパターンCにするとかさ!

で、選んでくれればそうします。

多数決で選ばせてもらいますので、少数派に入ってしまった人にはごめんなさいです。

誰も答えてくれなかったらとりあえず俺が感想掲示板で自演するので、無視してくれても。



TF5の制限リストがマジ自重しない。

俺の究極完全態とマシンナーズフォースとゲートガーディアンをリリースして召喚したラーの翼神竜が火を噴くZE!



普段行かないトコに行ったら、エクシーズ始動になってるDTがあったんだ。

勿論、エクシーズ始動のカードが入ってます、ってなってる奴。

でもふらっと一回回したら、オメガの裁きのカードがでてきたんだよ。

これって怒るトコだと思うんだけどさ、百円回して出て来たのがガイアだったんだ。

これって怒ればいい? 喜べばいい?

そしてメロウガイストが1枚も出ない。





y.h様よりのご指摘。

>>クエン酸の攻撃名の初めの『ザ』は冠詞だからザ・クリエイションのがよくね?

>>クロウさんは繋げて言ってたけど、言葉の意味的にわかりやすくなると思う。



修正しました。ご指摘、ありがとうございます。

THE・クリエイションバーストにすると櫂くんっぽくなる。



q-true様よりご指摘。

>>誤字報告

>>>「サイバー・エンド・ドラゴン―――

>>> そしてあれが、あの男が引き出した、ホープ・トゥ・エントラストの力……!」

>>> シューティング・クェーサー・ドラゴン、私も、Z-ONEも……

>>> そして恐らく誰も知らぬ、新たなデルタアクセルシンクロモンスター――――!」

>>」が一つ余分かと思います。



ありがとうございます。修正しました。



これまでの意見を聞くところ、今まで通りのAパターンの方がいいのかな。

最初に意見下さったlia様に申し訳ないですが、今まで通りになってしまうようです。

すみませんが、ご了承ください。



[26037] 主人公のキャラの迷走っぷりがアクセルシンクロ
Name: イメージ◆294db6ee ID:a8e1d118
Date: 2011/08/10 23:55
「ごめんなさい、遅れたわ」

「いや、気にするな」



夜の帳が下りた景色、海原を見つめていたカイザー亮に声をかける明日香。

灯台が放つ光が上でゆっくりと巡回している許で、今宵の近況報告は幕を開けた。

とはいえ、さして報告し合う事もない。

明日香がこのデュエルアカデミア高等部に来てから定期的に行っている、半ば義務化した習慣だ。

議題はいつも決まって、天上院明日香の兄にして、カイザー亮の親友。天上院吹雪の事だった。

行方不明の彼の情報を求め、こうやって互いの調査した結果を交換し合う為の場。



だったのだが、調査はあっという間に行き詰まり、この場が有意義に使われた事は数えるくらいだ。

もうすぐこの学園に入学して、1年になると言うのにだ。

冬季の長期休暇も終え、あとは幾つかの学校行事を残し、明日香は進級、そしてカイザーは卒業を待つばかり。

尤も、三幻魔、そしてセブンスターズと呼ばれる学園の未来を揺るがす案件にぶつかっている事は忘れてはならないが。



そう。セブンスターズ。

カイザー亮は、セブンスターズの一人、ヴァンパイア・カミューラに敗北を喫した。

その原因はほぼ100%一つの事柄。弟、丸藤翔が人質に取られてしまった事にあるだろう。

だからそれは、カイザー亮の無敗神話、完全パーフェクトの名を傷付けるものではない。

だと言うのに、明日香から見て、カミューラ戦後の丸藤亮の様子は、明らかに気落ちしている状態だった。



「………どうかしたの? 最近、あなたらしくないわ」

「いや……気にするな。原因は分かっている。オレ個人の問題だ」



そう言って眼を逸らすカイザー。

だが矢張り、その眼に以前のような強さは感じられなかった。

何が原因か。それだけでも何とか訊けないかと明日香は頭を回し、質問を考え始める。

しかし、その質問の内容が固まる前に、カイザーの方の口が開かれた。



「エックス」

「え?」

「エックス。明日香、彼の事をどう見る」



明日香としては妙な質問だと思わざるを得なかった。

カイザー亮がカミューラとのデュエルに関係して、彼に疑問を持つのはさしておかしくはない。

だが、彼の心がエックスを捉えたのだとしたら、きっとそれはデュエルに直結して考えるだろう。

デュエルを通し、カードを交わし、相手の心をリスペクトする。

それがカイザー、丸藤亮だからだ。



だが、質問された以上は答えるべきだろう。

しかしなんとも、明日香のイメージとしては、あれは何と言うか、言葉にし辛い類のモノであった。

デュエルの腕は、と問われれば。思った以上に遥かにやる、と言ったところか。

最初はオシリスレッドレベルならばそう大した事はないレベルか、と思っていたのだが。

十代の話を聞き、試験で行われるデュエルを見て、そしてカミューラとの一戦を見て、出した結論。

それは、自分と同格。あるいはそれ以上と見るべきだと言う事だ。

オシリスレッドにいるのは――――まあ、筆記があの惨状では妥当だ、というかよく入学できたものだ。



分かり易く言えば、この学園の入学テストは筆記実技各100点の合計200点。

そして、合格最低ラインは120点と言ったところか。

彼の場合、平均して筆記は5点だ。壊滅的とかそんなレベルではない。

最近は漸くギリギリ1門足らずに赤点、レベルまで上がってきたようだが……最初は本気で酷かった。

つまり、本来は実技100点でも合格できるラインではなかったのだが……

まあ、聞けば補欠合格だそうなので、本当に偶然、偶々ギリギリ合格ラインで、補欠枠がでたから入れたのだろう。



そんな彼だ。

どう見る、と問われても中々に適切な言葉選びは出来そうにない。

ならば、こういう時は安牌を切るに限る。



「面白い人よ」

「―――――ああ、そうだな」

「……そうね。悪いんだけど、本当に難しくて。でもどうして?

 あなたがそんな風に興味を持つのは、珍しい事だと思うけど」



問われたカイザーは眼を瞑り、数秒の間黙りこくる。

明日香が続く何かを待っていると、ゆっくりと眼を開き、口を開いたカイザーは小さな声で呟くように言う。

―――――その言葉に、明日香は難しい顔をして、返答に窮するのであった。











「行くぞ! 超必殺ッ!!!

 アルティメットシャイニングサバイブブラスターキングアームドハイパークライマックスエンペラーコンプリートエクストリームプトティラ……」

『長い。既にアウトです。って言うか、何故最終フォームの名前を並べたんですか』



平成ライダー最終フォームの名前を並べれば厨二全開な名前になると思った。反省はしていない。



『とりあえずプトティラがアウトです。浮いちゃってるザウルス』

「マジでか。それはまずいドン」

『そもそも名前なんて要りませんから』



あのカミューラ戦で出した謎パワーの命名という至上の命題を破却される。

名前はあった方がいいと思うんだが。だって、こう、力の入り方が大きく変わると思うし。

俺もライディングデュエル中に、クリアマインドォッ! とか叫んでみたい。



『まあ、強いて名付けるのであるとすれば、分かり易く【エックスדX”】とかどうでしょう?』

「嫌だ」

『え? マスターは受けがいいんですか?』



無言でDホイールのボディを蹴飛ばす。

慣れたもので、脚を傷めない蹴り方が身についてきている辺り、俺とこいつの普段が窺える。

相棒の方もけろりとしたもので、そんな事にビクともせずに喋り続けている。



『まぁ実際にあのシステムの発現が任意でなく、特定条件下によるものである以上、つけても意味ないですよね』

「んー、好きな時に使えるようにはならないのか?」

『それは何とも。私にしても、あの機能のコントロール領域は取得できてないので。

 でもそのうち好きな時に使えるようになると思います。そういうものでしょう? こういう能力って』



メタい事を言っても、現状で使えない事に変わりはない。

これから、まだセブンスターズのあれこれが続くと思うと、それはもう十代の後ろに隠れる事しかできない。

まあ、それも些か以上に魅力的な解決策ではあるのだが。

しかし男の子的にはそれはまた情けなすぎるので、可能ならばあれをモノにしたいと思う。

そうなってくると、こっちの時代でのんびり過ごしていては難しい。



あれを発現させるに最も有効なのは、普通に考えてこいつを使ったライディングデュエルだろう。

そうなると俺の選択肢は限りなく0に近い。と言うかフォーチュンカップ以外にあり得ない。

ついでに言うならば――――それは、遊星とのデュエル以外での発現はあり得ない。



「リベンジマッチ……だな。ハ――――勝てる気がしない」



そう言って、Xの画面をタッチし、デッキの編集画面に入る。

勝てる気はしないが、勝ちに行かないという選択肢はあり得ない。

ああ、カミューラとの闇のデュエルなんて眼じゃないほどに震えが来る。

そうだ。



「今度は取るぞ。遊星から、白星をな」

『ええ。………龍可に会いに行く約束はどうしますか?

 ああ、あと全開不動遊星とデュエルした時は、マスターが特に痛々しい言動をしていたと記録されていますが』



思考停止。

龍可はいい。まあ、デュエルが終わったら会いに行けばいい、と言うか下手すれば勝手にくるだろう。

だが、そういえば思い起こせばフフフ…デッドエンドシュートとか言ってたじゃん、あの時の俺。

やばい、これは死ぬる。



くそ、これだからプロットも作らずノリで書いてる奴はダメなんだ。

そもそもこのSS自体4話の魔神戦くらいで終わる筈だったのにここまで続いてるのがおかしい。

キャラ設定をちゃんとしないから俺があんな痛々しい発言を……

大体ここまできて俺の本名すら設定されてないとはどういう事だ。いつまでエックスで通すんだ、俺は。

マズイ……これは非常にまずいぞ……?



「どうする……今遊星の中の俺は、あの謎のボス風味、いや中ボス風味なキャラの筈……

 流石にあのキャラを再び、しかも衆目の前では無理だ。死ぬ。いや、死にたくなる。

 ならばどうする。考えろ、考えるんだ、俺……!!」



流石にあの厨二病キャラと、今の特別特徴のない、どこにでもいる一般市民C的キャラの両立は不可。

―――――よし、双子の弟で行こう。



『ねーよ』

「心を読むな。―――まぁ、俺にかかればこの程度の逆境はどうにでもなるけどな」



ゴーズの衣装を取り出す。そう、タイタンの時に使ったあれである。

しかしGXだから迷わずこれを使ったものの、5D’sでは流石に無理だろう。

みんな大好きブルーノちゃんと被ってしまう。



つまり俺には新たなコスチュームプレイの境地を開拓する必要が生じた、と言う事か。

どうしようかな。

この部屋には結構な数のコスプレ衣装が放置されているわけだが。

特撮的なスーツとかないかな、着てみたいんだが。まあ、あの状態でデュエルとか無理だろう。

エスパー・ロビン的なのでいいや。

よさげなのは……



カオス・ソルジャー、ブラック・マジシャン、エルフの剣士、ハーピィ・レディ、切り込み隊長などなど……

うん、なんだな。顔隠せない奴らばっかだ。

――――普通になんかフード付きのマントとかでいいかなぁ。何だかめんどくなってきた。

適当な布を見繕い、持ち上げる。それを何となしに顔に巻き付けてみた。

鏡を見る。



「デビルかっけぇ!」

『それに気付くとは矢張り天才か。

 こりゃあその格好のセンスのよさに気付いた人物はロード=エルメロイII世をはるかに越える名伯楽に違いないぜ!

 これからはそのお方を魔王と呼んでみんなで尊敬しよう!! 魔王、凄くカッコいいです! 魔王、惚れ直しました!』

「ごめんなさい。俺が悪かったから許して下さい」



なんでちょっとしたネタを織り交ぜただけでここまで精神をズタボロにされねばならぬ。

ってか何故型月から名伯楽を持ってきた。厨二的な意味でって事かよ、ちくしょう。

自分の部屋で厨二発言を繰り返して何が悪いんだ、誰に迷惑かけてるでもないのに。



『魔王カッコいいよ魔王』

「ないわー。俺の嫁ならここで許してくれてるわー」

『はーい。じゃあ止めまーす』



簡単である。毎度おなじみのやりとりであった。

まあそんな事はさておいてだ。問題となるのは、実際どうするかなのだが。

顔を隠すのはこの布でいいとしよう。

――――あれ、そういえば。



「お前はどうやって隠すの? お前に乗ってたら即バレだよね?」

『その発想はなかった』

「何故考えていなかったし。ああやってられねーよなぁ、おい」



Xでデュエルするという前提条件が既にアウトだった件。

もういっそ別のDホイールに乗るとかどうだろう。何の意味があるのか知らないが。

いいやもう。あのキャラだろうが今のキャラだろうが。

しかしまあとりあえず開会式にはこの謎の顔を布でぐるぐる巻きデュエリストになって出ておこうか。

それからの事はその都度考えるより他にないだろう。



「さて、とりあえず行くか」

『あいあいさー』











「よし! どう、遊星。龍可にそっくりでしょ!?」

「流石双子、全然分かんないよ」



ライトグリーンの髪を額の前で二つに纏め、ピンクのパーカーを羽織った姿の龍亞。

要するに龍可の姿を真似た龍亞である。

龍可とは違いやんやと騒ぐ少年に対し、腰を曲げた着物姿の老人、矢薙はからからと笑う。

それを見ていた、帽子を目深に被って正体を隠している本物の龍可が、顔を顰める。



「でしょでしょでしょ!」



ぴょんぴょんよ跳ね回る龍亞の脚が地面につくタイミングを見計らい、その脚を蹴り付ける。

足首の辺りを思い切り蹴り付けられた龍亞が、顔を歪めて悲鳴を上げた。



「わたしそんなんじゃない!」

「まあまあまあ、ちゃんとやるから安心しろって」



怒り声もなんのその、すぐさま立ち直った龍亞は、そう言って龍可の肩を叩き、遊星の許へくねくねと歩いて行く。



「じゃあ遊星、行きましょうか」

「ああ」



無言でそのやり取りを見守っていた遊星は、かけられた声に応えて、踵を返す。

二人並んで、デュエル・オブ・フォーチュンカップの開会式へと向かうために。

龍亞の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩く遊星が視線を向けずに呟く。



「化粧は止めた方がいい」

「ああ、やっぱりぃ?」



その二人を見送りながら頬を膨らませる龍可と、笑っている矢薙。

そして、両目の下にマーカーの入った髪を海胆のように尖らせた男、氷室。

氷室の眼が微かに眇められ、遊星の背中に視線を送る。



――――遊星。このフォーチュンカップ、何か仕組まれたものに違いない。気をつけろ……



ネオドミノシティ治安維持局長官の座に就くレクス・ゴドウィン。

わざわざ自分自身で出向き、シティに侵入し囚われていた遊星を解放するような取り計らい。

更に特別調査室長……自身の側近を遣わし、遊星の友人を人質にしている事を仄めかし、この大会への参戦を強要した。

あの男はその目的が知れない。

氷室は何か大きなうねりに巻き込まれているような感覚を覚えながら、心の中でもう一度。

気をつけろ、と呟いた。











ぐいーんと動き始めた奈落の足場。

徐々にせり上がり、それは俺たちの姿をスタジアムに現した。

俺の立ち位置は龍可、龍亞の隣。遊星の二つ隣である。バレちゃいそうで怖い。

とりあえず俺は顔に布を巻き付け、ついでに全身を覆うマントを羽織っているのだが。

って言うかこれ完全に死羅(笑)の位置だよね。

なに、俺始まる前にムクロにやられて服を奪われそうなんだけど。アッー!



空中に投影された巨大スクリーンに、俺たちの顔が順々に映し出されていく。

一人3秒程度の投影時間で、何度か移り変わったそれは、最後に遊星の顔を映し出した。

それを見た観客席から、驚きの声が上がる。



「お、おい、マーカー付きがいるぞ!」

「本当だ……」

「あんな奴選ぶくらいなら、俺らを選んで欲しいよな」

「誰かの招待状、盗んできたんだろう……」



なんだな、このアウェイ感。

全周囲からひしひしと伝わってくる遊星への侮蔑の視線。

俺に向けられたものじゃないが、正直俺ならこれは引き籠るわ。

と言っても、下手に喋ると正体がバレるので、遊星には話しかけられないのだが。

それにちょっとこの空気は俺には重い。



「遊星……」

「心配するな」



不安げな龍亞に、遊星はいつもと調子を変える事なく言葉を返した。

気にしていない、と言う事なのだろう。

この大会への参加者、俺を除く7名の内の数名が、その空気を厭うかのように顔を顰めた。

その中の一人、ここに並び立つもののなかでも、特に身体の大きい黒い肌の男。

彼は、大会MCの手からマイクを取ると、壇上の中心へと歩を進めた。



『お集まりの諸君!!!』



マイクを通して、スタジアム全体に響く声。

それを聞いた観客たちが、一斉に静まり返った。

彼はそうなる事を確認した後、ここにいる全員へとそのセリフを続ける。



『ワタシの名はボマー。ここに立つデュエリストとして、諸君が一体何を見ているのか問いたい』



向き直り、ボマーはその指を遊星へと突き付ける。



『この男は我々と同じ条件で選ばれた、紛れもないデュエリストだ!

 カードを持てば、マーカーがあろうがなかろうが皆同じだ。

 この場に立っている事に、何ら恥じるものはない。

 むしろ下らぬ色眼鏡で彼を見る諸君の言葉は、暴力に他ならないッ!!!』



そう言って踵を返し、ボマーは元の立ち位置に戻っていく。

スタジアムに入る全員が彼の言葉に圧倒され、遊星へと向けられる罵詈雑言は消えていた。

その様子を見ていた、レクス・ゴドウィンはゆっくりと手を打ち始める。

パチ、パチ、パチと。

最初はゴドウィン一人のみだった拍手が、今まで悪態を吐いていた観客にまで広がり、喝采と化す。

喝采の中で、ゴドウィンは立ち上がり、マイクへと歩み寄った。



『心強い言葉をありがとう、ボマーくん。

 ワタクシがこの場を用意したのは、まさに今、キミが語った事が全てなのです。

 ワタクシはレクス・ゴドウィン。ネオドミノシティ治安維持局を預かる者。

 そして、日頃の治安維持への感謝を籠めて、この大いなるデュエルの祭典を企画した者でもあります。

 デュエリストは、身分も貧富の差も関係ありません。真の平等がここにあるのです!』



そう言ってゴドウィンが掲げた拳。

それを合図に、観客席の人間たちが沸き立つ。

周囲から放たれる熱気をそのままに、ボマーから返してもらったマイクを手にしたMCが、空中に投影されたスクリーンを示した。



『さあ、一回戦の組み合わせはこうだぁッ!!』



大仰なまでに動作の大きい彼に合わせ、頭部のリーゼントが揺れる。

スクリーンの中でトーナメント表の写真が目まぐるしく入れ換わり、その組み合わせを作り出していく。



一回戦・龍可VSボマー。

二回戦・十六夜アキVSジル・ド・ランスボウ。

三回戦・不動遊星VS宇宙仮面デュエリストBLACK・RX。

四回戦・来宮虎堂VSプロフェッサー・フランク。



あ、終わった。

これはもう一回も勝てずに負け抜けですね、分かります。

って言うかあの名前久しぶりに見たわ。何話ぶりだよ、あの謎ネーミング。

って言うか死羅どこ行ったんだろう。俺のせいでクビか。

まあ、一度もデュエルしてないから作者も書きようがないよな、普通に。

死神ブーメランビートとか新しいな。



「あ! 俺一回戦だ、やった!」



ボマーと並び表示された映像を指差し、龍亞は声を張り上げた。

ライバルを見る眼で、龍亞の視線がボマーへと向かう。

その視線を受け、彼は微かに微笑み、視線を正面に戻した。











そして、二人のデュエルが始まった。

龍可に扮装している事を忘れるほどにデュエルに夢中になる龍亞と、龍可のシグナーとしての力を引き出そうとするボマー。

その調子は、明らかにボマーの優勢に傾いていた。

モンスターの召喚時、800ポイントのバーンダメージを与えるサモン・リアクター・AI。

トラップの発動時、それを破壊して更に800ポイントのダメージを与えるトラップ・リアクター・RR。

魔法マジックの発動時、それを破壊して800ポイントのダメージを与えるマジック・リアクター・AID。



その三体のモンスターを並べられ、龍亞はその行動を封じこまれている。

何より、その状況に追い詰められた事により、龍亞は心が折れかけていた。



「まずいな……」



選手用の控室にあるスクリーンでそれを見ながら、遊星は呟く。

って言うかこの二人きりの状況は俺の心臓に悪い。疲れるわ。



「ガグガドララ、スガゾジョゲヅベバギ」

「………?」



何となく裏声でグロンギ語で呟くと、遊星に妙な眼で見られた。

当り前だろうが。

すーっと俺は視線を逸らしてスクリーンの龍亞を見る。



ディフォーマーの展開力を最大に発揮し、ガジェット・トレーラーを呼び出している。

その一撃はボマーを捉えたように見えたが、彼はトラップカードを発動していた。

デルタ・リアクター。

三体のリアクターシリーズをリリースする事で、召喚条件を無視してジャイアント・ボマー・エアレイドを特殊召喚するトラップだそうだ。

多分サモンがエアレイドを呼び出す効果持っている筈なのに、それでも使っているのか。

って言うか、召喚条件を無視して、というテキストがある以上、

エアレイドの方にサモンの効果でしか出せないという条件がついているのだろう。



ガジェット・トレーラーの攻撃力は2900止まり。

その攻撃力では、攻撃力3000のジャイアント・ボマー・エアレイドは攻略できない。

成すすべなく、ボマーの攻勢に晒される龍亞。

手札コストでカードを破壊する効果によって、破壊されるガジェット・トレーラー。

そのまま、龍亞はダイレクトアタックによって、そのライフを0にした。



退場する龍亞を迎えに行くためか、遊星が待合室から出ていく。

俺も、このまま遊星と一緒にいたら息が詰まってしょうがない。

遊星が戻ってくる前に退場しておくとしよう。



そう思って遊星が向かったのとは真逆の通路に入る。

適当にぶらついていれば、そのうち放送か何かで呼び出されるだろう。

って言うか、どっかにレッドデーモンズヌードル売ってないだろうか。

キングの本拠地スタジアムなのだから、そのくらいあってしかるべきではないだろうか。

あ、でも金がない。



「ふぅ、そんな事考えたら腹減ってきた」



でも金はない。出場選手に弁当の支給とかないのだろうか。

役に立たん運営め。

結局、ぶらぶらするしかやる事がないという結論。



「よお、アンタ。腹減ってんのかよ。なら食わせてやろうか?」

「?」



いきなり後ろから声をかけられて、振り返る。

燃える炎のような髪を逆立たせたサングラスの男。

何だかちくちくしそうな衣装で、俺の背後に立つ男は、炎城ムクロ以外の何物でもなかった。



「えーと」

「気にすんなよ、なぁ? どうよ、オレと一緒にそこらに飯でも食いにいかねぇか?」



確実に尻を狙われている。いや、俺をリタイアさせて自分が遊星と闘うつもりなのだろう。

殴り合ったら100パーセント負けるし、ここはデュエルで穏便に片付けよう。

うむ。



「ああ、それはいいな。デュエルして、俺が勝ったらお前の奢り。

 俺が負けたら、この服とフォーチュンカップへの参加権、って事でいいのかな?」

「――――ハッ、分かってるじゃねぇか。なら話は早ぇ……

 この炎城ムクロ、スピードでは誰にも負けねぇつもりだったが、アンタの話の早さには負けたぜ」



ニヤリと笑うムクロ。

とりあえず俺もニヤリと笑っておいた。

これで負けたらもうどうしようか。パラドックスが襲来してくるんじゃなかろうか。

ちょっとそれは勘弁してほしいので、何気に絶対負けられないデュエルである。



こっちにこい、と言わんばかりに首を振り、歩き始めるムッキー。オッペケペムッキー!

それにしてもムッキーの影の薄さは矢張り滑舌の良さが問題なのだろうか。

それともやっぱり最強(笑)なのがいけなかったのか。

生身でキングラウザー振り回してカテゴリーA倒す程度の能力は持ってるのにね。

ただしギャレンには絶対負ける。何故か。



そんな事を考えながら後に続き、デュエルスタジアムの外まで連れて行かれる。

そしてそこで立ち止まるムッキー。

周囲から、大会参加者の中でも断トツに怪しい外見の俺に対し、好奇の視線が殺到する。

……こんな衆目にさらされながらやるんですか。



えー、と思いつつもムッキーの次の行動に任せてみる。

すると彼は、大きく両手を広げ、衆人に対して堂々と宣言をしはじめた。



「待たせたなァ! 炎城ムクロの登場だ!

 今からオレと、この宇宙仮面なんたらとやらがデュエルして、勝った方がこのフォーチュンカップへの参加権を得るデュエル!

 さあ、テメェら! このオレがキングという栄光への片道切符を手に入れる様、存分に見て行きなッ!!!」



ムッキーが大見得を切り、デュエルディスクを起動する。

すると観衆も騒ぎ立て、やんややんやと声を張り上げて来た。

俺もまたデュエルディスクを起動させ、対峙する。

今まで黙っていたXが小さく声をかけてきた。



『いいんですか? 次の十六夜アキとジル・ド・ランスボウのデュエル見なくて』

「それより、そのデュエルが終わる前に決着つけないと不戦敗だ」



デュエルディスクが対戦相手のディスクを認識し、通信を始める。

互いの通信機能でランダムに抽選される先攻が俺に渡された。

ライフカウンターが4000という数値を示し、互いのプレイヤーがカードを5枚ドローする。



「速攻で行くぜ!」

「上等ッ、やってみなァッ!!」

「「デュエルッ!!」」



デッキに手をかけて、一番上のカードを二本の指で挟みこみ、一気にカードを引き抜く。

引き抜く腕は肘を真っ直ぐに伸ばすまで止めず、思い切り真横にまで手を伸ばす体勢。



「俺のターン、ドローッ!!」



いい加減慣れたもので、もうこの習慣が身についてしまっている。

俺のドローが映像化したら、もう大体バンクになってる感じ。

それはそれとして、即座に手札と合わせて考えて、戦術を決定させる。



「俺はE・HEROエレメンタルヒーロー フォレストマンを守備表示で召喚ッ!」



地面のコンクリートを下からぶち破り、樹木の腕が生えてくる。

自分で打ち破った穴の縁にその手をかけ、身体を乗り出してくる巨体。

現れたのは緑葉の体色を持つ、半身が樹木に覆われた戦士。

その戦士は俺の目の前で膝を着くと、両腕を身体の前で交差させて、身体の色を緑から青へと変化させた。



伏せリバースカードを2枚セット! ターンエンド」

「へっ、HEROデッキぃ? オイオイ、それがこれからライディングデュエルをやろうって奴のデッキかよ!

 スタンディングじゃちと格好つかねぇが見せてやるぜ―――オレのスピードデュエルをなァ!」



ムクロの手がデッキにかけられて、カードを1枚引き抜く。

口許を僅かに歪め、サングラスの奥でその眼が引き絞られたのは見間違いではあるまい。

スピードデュエル、という名の通り、彼のデッキはライディングデュエルに特化したもの。

更に言うならば、モンスター効果によるライフダメージに特化したそれ。



そんな事をつらつらと考えていれば、ムクロはその間にも引いたカードを手札に加え、手札から別のカードを抜いていた。

俺に対し、突き付けるように見せられるカードの正体。



「オレは手札のスカル・コンダクターの効果を発動ッ!

 このカードを手札から墓地へと送り、手札から攻撃力の合計が2000ジャストになるように、

 アンデット族モンスターを2体まで特殊召喚する事ができる!

 オレの手札には、攻撃力1000のバーニング・スカルヘッドが2体! こいつらを特殊召喚するぜッ!!」



ムクロの目前に二つの骸骨が突如、出現した。

その白骨は身体と言うべきか、頭と言うべきか。全身から炎を噴き出し、カタカタと嗤う。

都合、手札3枚という最初のターンのメインフェイズを迎えた時に持っている筈の手札半分を費やした特殊召喚。

それが齎したものが、二体の低級モンスターだけなわけがない。



「バーニング・スカルヘッドの効果発動!

 こいつが手札からの特殊召喚に成功した時、相手に1000ポイントのダメージを与える!

 そしてそれが、二体分! つまり2000ポイントのダメージってわけだ!!」



カタカタと嗤う骸骨から立ち上る炎が噴き上がり、放物線を描いて俺に向かい、落ちてくる。



「うわっ、怖ッ!?」



降り注ぐ炎の滝。

それに呑み込まれた俺の耳に、ディスクのカウンターが削られていく事を示す音が聞こえてくる。

一瞬でライフの半分、2000ものダメージを叩き込まれた。

と言うより、迫ってくる炎というのがトラウマすぎる。

太陽神はホントに俺のトラウマと化してしまっているな。それでも好きなのだが。

そんな筈ないのに、チリチリと身体が焼けていくような錯覚すら覚える。



「へっ、どうよ! 今のでライフ半分。そして2つ分のスピードカウンター。そいつらを相手から根こそぎ奪い取る!

 これがオレの独走デュエル! この調子でスピードキングまで一直線だぜェ!」



俺のスーパートラウマを掘り返し、嬲ってきやがる相手を見据える。

バチバチと空気を爆ぜさせて拡大する炎がゆっくりと晴れていく。

霧散した火の粉を片手を適当に振って払い除け、その先に立つムクロに臨む。

彼は一気に手札を消費し、こちらに攻勢を仕掛けて来た。

だが、それでもまだ終わりではない。



更に1枚のカードを引き抜き、その正体を俺へと明かす。

そのカードに描かれているのは、最上級モンスターの姿に他ならない。



「そして、二体のバーニング・スカルヘッドをリリースッ!

 アドバンス召喚ッ!! ぶっちぎれぇッ! スカル・フレイムゥッ!!」



カタカタと骸骨が顎骨を打ち鳴らし、徐々にその姿に罅を入れていく。

砕け散っていく二つの頭蓋骨が虹色の光を生み出し、それが一つに固まった。

骸骨の仮面を被り、炎の鬣を後ろに流し、襤褸の法衣に身を包む漆黒の影。

碧色の眼を見開き、その影は俺を睨み据える。

真紅のマントを靡かせて、舞い降りたそれこそ、炎城ムクロのエース。



「どぉうよ、コイツがオレのエース! スカル・フレイムだ!!

 さあスカル・フレイム! バトルだ、フォレストマンを破壊しろッ!!」



暗く濁った影の腕が揺らめき、その中に火を灯す。

バサバサとマントを風にはためかせながら、影は両腕に灯した炎を一つに合わせ、前へと突き出した。

解き放たれる炎の濁流。

放たれた一撃は紛う事なく樹木の戦士を狙い澄まされたもの。



両腕を交差させたままにそれの直撃を受けたフォレストマンが、濁流に押し流されて焼き払われた。

身体を包む樹木が一瞬のうちに炭化し、ボロボロに崩れ、吹き飛ばされていく。

フォレストマンを呑み込み、しかし勢いを殺さずに俺の真横を通り過ぎ、背後のスタジアムの壁まで突き抜ける炎。



「どうよォ!」

「こうよォ! 伏せリバースカード発動オープン、ヒーロー・シグナルッ!!」



地上を焼く炎の渦が天へと立ち上り、それが炎の紋様を描いて行く。

炎で描かれた崩れたHの文字。

それは、破壊されたE・HEROエレメンタルヒーローの遺志を受け継ぐ新たな戦士を呼び出すコールシグナル。



「ヒーロー・シグナルの効果で、モンスターが戦闘によって破壊されたこの瞬間、手札またはデッキから、

 レベル4以下のE・HEROエレメンタルヒーローを特殊召喚する事ができるッ!

 俺はデッキのモンスターを選択―――来い、E・HEROエレメンタルヒーロー エアーマンッ!!!」



瞬間、嵐が吹き荒れた。

地を這う炎が吹き散らされて掻き消され、燃えるHの紋様もまた、消失する。

先程まで天に浮かんでいたその文字があった場所には、それに代わるよう新たな戦士が飛翔していた。

プロペラのフィンを高速で回転させ、周囲の風を操る風の戦士。

空色の身体に青い鎧。その戦士は頭部を隠すヘルメットのバイザーの奥で眼光鋭く、相手を睨み据える。



「更に、エアーマンの効果を発動ッ!

 このモンスターの召喚・特殊召喚に成功した時、デッキからHEROヒーローと名の付くモンスターを一体手札に加える!」



エアーマンが両手を握り拳に変え、自身の目の前で交差させた。

大きく身体を逸らし、全開に力ませる。

その込められた力に呼応するかのように、背後のプロペラが高速で回転を始めた。

ハァッ、と掛け声とともに思い切り振り絞られる力を乗せて、その翼から竜巻が吐き出される。



即座に俺は、デュエルディスクを装着した腕を大きく掲げ、上に突き出した。

竜巻は俺の腕を巻き込むように通り過ぎて行き、頭上で吹き飛ぶ。

その風は俺のデッキからカードを1枚だけ、器用に吹き飛ばしていた。

頭上から落ちてくる1枚のカードを引っ掴み、相手へと見せつける。



「俺が手札に加えるのは、E・HEROエレメンタルヒーロー オーシャンッ!」

「へっ、なら伏せリバースカードを1枚セットして、ターンエンドだ!」



奴がエンド宣言をした瞬間、ディスクの魔法マジックトラップゾーンのスイッチを起動させる。



「ならばこのエンドフェイズにトラップを発動!

 永続トラップ、リミット・リバース! 墓地の攻撃力1000以下のモンスターを特殊召喚するッ!

 俺の墓地に存在するモンスターは一体のみ。蘇れ、フォレストマンッ!!」



再び大樹の力を宿した戦士がその姿をフィールドに現す。

リミット・リバースに依って蘇ったフォレストマンには、攻撃表示でなければ破壊される制約がつく。

守備力2000を誇るフォレストマンを一息に葬り去るスカル・フレイムの攻撃力は2600。

攻撃力1000のフォレストマンは愚か、1800の数値を持つエアーマンとて足許にも及ばない。

だが、



「俺のターン、ドローッ!! このスタンバイフェイズ、フォレストマンの効果が発動する!!

 自分のデッキ、もしくは墓地の融合の魔法マジックを手札に加える事ができるッ!

 俺はデッキに眠る魔法マジックカード、融合を手札ヘと加える!!」

「融合か……」



フォレストマンが腕を大地に叩き付けると、俺の足許から木々が生え盛る。

俺のデッキへと絡み付いたその木々が、その中から1枚のカードを引き抜きだした。

木に絡め取られたそのカードを受け取ると、それらは崩れ落ちていく。



「炎城ムクロッ! お前は自分のデュエルをスピードデュエルと称したが、こんな程度じゃ足りないぜ!」

「あぁッ!? んだとコラァッ!!」

「スピードキングを自称するならぶっちぎりで抜き去ってみせな―――そいつを俺は力任せに止めてやるぜ!

 魔法マジックカード、融合発動ッ!! 手札のオーシャンと、フィールドのフォレストマンを融合ッ!」



俺の目前に渦潮が立ち上り、その中より一人の戦士が姿を現す。

頭部に魚類のヒレに似た触覚を生やした、透き通る海色の肉体の戦士。

E・HEROエレメンタルヒーロー オーシャン。

そのオーシャンと並び立つ樹木の戦士、フォレストマンの足許から無数の木の蔦が伸びて来た。

二体のモンスターを覆い隠すように包み込んだそれは、球体を形作る。

タマゴのようなカタチになった木の蔦の中で、二体の戦士の力を束ね、新たなる戦士を生誕させる。



「融合召喚ッ! 出でよ、E・HEROエレメンタルヒーロー ガイアッ!!!」



周囲の大地を揺るがし、地の柱を隆起させ、木の蔦を内側から吹き飛ばし、新たなる戦士が目覚めた。

黒鉄の全身の各所には朱色の宝玉が埋め込まれ、鈍く輝く黒と明るく光る朱がコントラストを演出している。

重々しい全身鉄の塊のボディは、その防御力・そして攻撃力の高さを窺わせる。

だが、とムクロはその存在に対して自信を揺らさず、啖呵を切った。



「だがそんな鈍そうなモンスターじゃあ、オレのスカル・フレイムは捉えられねェ!」



炎の鬣を風に揺らし、影の妖術師は宙空を旋回してみせる。

ガイアの鈍重な動きの攻撃では、躱され、逆に爆炎で熔解させられるのが関の山。

それに足る火力をあの妖術師は持ち合わせている。

ただそんな事はこちらも承知の上。それを理解した上で、この地のエレメントを持つ戦士に恃んだ。

しかしだが、と今度は俺が口火を切る。



「ガイアは融合召喚に成功した時、相手モンスター一体の攻撃力を半減させるッ!

 そのスピード、奪わせてもらうぜ――――大地に縛り付けろ、ガイアッ!!」

「あんだとぉッ!?」



大空を自在に駆け回るその妖術を前すれば、スピードの無いガイアの一撃は空を切る。

だが、それは真正面から挑戦しようとすればの話。

ガイアには誕生の際に発生したエネルギーを用い、大地を裂き、隆起させる事で敵を封じる効果がある。



黒鉄の巨体が拳を大きく振り上げ、そのまま鉄塊の如きそれを、大地へと叩き付けた。

一気に砕け裂けていく大地。スタジアムの地上は瞬く間に、先に見たサテライトのそれを遥かに凌ぐ惨状へと変容する。

砕けた地面の中から尖鋭な地柱が無数に突き上げられ、飛行していた妖術師に向かい、殺到した。

よもや地中からの攻撃があるものか、と。

想定の埒外を行く不意打ちに眼を見開き、スカル・フレイムは動きを一瞬止めた。



その僅かな間隙。大地の槍がそれを突き貫く。

突き刺さった槍に、まるで魂を吸い上げられたかのように、眼に見えて炎の鬣が萎む。

逆に、拳を大地へと埋めたガイアの身体には、本来以上の能力が満ちていく。

やがて地の槍は崩れ落ち、ばらばらと消え去る。

解放された妖術師は、全身を貫かれたダメージに悲鳴を上げ、のたうち、大地を目掛けて失墜する。



「更に、ガイアはこの効果で半減させた攻撃力の数値分、自信の攻撃力をアップさせる―――

 スカル・フレイムの攻撃力は2600、よってスカル・フレイムの攻撃力を1300にダウン!

 ガイアは元々の攻撃力2200に1300の数値を加え、攻撃力3500ッ!!」

「攻撃力3500だとォッ!?」

「さあ、ガイアの攻撃だ。スカル・フレイムを破壊しろッ!」



ガイアが拳を再び振り上げ、そのまま再度叩き落とす。

大地の隆起が地の槍として大地へと叩きつけられた妖術師へと牙を剥く。

地裂隆起は大地に這い蹲っていたスカル・フレイムを容易に呑み込み、粉砕する。

突き抜けるた威力はそのままムクロを襲い、そのライフポイントを削り取っていく。

しかし、迫りくる無数の槍の群れを前に、展開されるカードのソリッドヴィジョン。

立ちはだかる1枚のカードの壁は、殺到する槍全ての攻撃を受け止め、それを文字通り紙一重でムクロへは通さない。



「そいつはそのまま通せねェな、トラップ発動! ガード・ブロックゥッ!!

 一度だけ戦闘ダメージを0にして、カードを1枚ドローする!」

「っ……! だが続くエアーマンは止まらない! 行け、エアーマンッ!!」



デッキから1枚カードを引き抜いたムクロへの攻撃指令を下す。

それに応え、大空の戦士がその鋼の翼を駆動させる。

高速で回転するプロペラが突風を巻き起こし、そのエネルギーを蓄えていく。

耳鳴りを周囲に撒き散らすほどに凝った風を解き放つ。



「ぬ、がが……! クソっ……!」



エアーマンの攻撃力は1800。

その威力を十全と発揮された竜巻は、過たずにムクロの身体を呑み込む暴力。

大地からの侵食と、大空からの侵略。

片方は完全に凌ぎ切られてしまったが、続く一撃を止める方法はない。

ムクロのライフカウンターが電子音とともに激しく変動し、1800のライフを削られる。

故に、2200。



「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

「へっ、よぉアンタ。相手にダメージを2000ポイント与えたとするだろ?

 その時、200ポイント与えてから、1800ポイントのダメージを与えた時。

 そして、1000ポイントのダメージを二回与えた時。どっちの方がお得だと思う?」



いきなり何を言い出すのだろう。

ムクロは結構楽しげに、俺に向かって指二本を立ててみせる。

それはまた、状況に依るとしか言えないと思う。

だが、よっぽど変な状況でない限り、大きな違いはないだろう。

多分ゴーズのカイエントークンに気をつけろ、とかそういう話じゃないのだろうし。



「………変わらないと思うけど」

「分かってねェなァ、オイ! 1000ポイント二回なら、相手のスピードカウンターを二つ削れる!

 だが、200と1800じゃあ一つしか削れねェ!

 分かるか、つまりダメージの与え方をコントロールする事で奪う、スピードアドバンテージって奴さ!!

 バトルは相手のモンスターに大きく左右される要素。

 つまり、ダメージコントロールってのは、効果ダメージでするもんなのさ。

 相手と同じ土俵に立って相撲をとる戦闘と違い、自分のスピードでダメージを与える。

 つまり、オレの独走状態って事だァッ!!」



言いたい事は分かるんだが、スタンディングデュエルで宣言されてもな。

とは言え、引き離されたままでもよくない。

ならばと俺はムクロに指を突き付け、こちらからの宣言をする。



「追い付いて―――引き摺り下ろす!」

「そォうよッ、やってみなァ!! オレのターンッ!」



デッキに手をかけ、カードを引き抜く。

そのカードの正体を眼にしたムクロの口許が微かに吊り上げられた。



「オレは墓地のスカル・フレイムをゲームから取り除く事で、手札のスピード・キング☆スカル・フレイムを特殊召喚!!」



埋葬された妖術師のカードが墓地から吐き出されると同時、ムクロはそのカードを取り上げた。

代わりにディスクのモンスターゾーンに置かれるのは、新たなるモンスターカード。

スカル・フレイムの身体はそのままに、存在していなかった下半身に強靭な四肢が加わる。

さながら、ケンタウロスのような半人半馬の肉体。

妖術による飛翔能力の代わりに、その黒と金で彩られた力強い四肢で大地を駆ける能力を得た。

炎の鬣を大きく振り回し、疾走する王者はここに降臨する。



「ガイアの攻撃力アップはお前のエンドフェイズまでだったなァ!

 失速したそいつにゃあ、オレのスピード・キング☆スカル・フレイムは止められないぜ!!」

「くっ……!」



スピード・キング☆スカル・フレイム(名前長い)の攻撃力は2600。

攻撃力2200に戻ったガイアでは、相手の侵攻を留める事は出来ないだろう。

スカル・フレイムはその掌中に燃え盛る炎を湛え、俺を睨み据えた。



「まずはスピード・キング☆スカル・フレイムの効果を発動!

 1ターンに一度、墓地のバーニング・スカルヘッドの数×400ポイントのダメージを相手プレイヤーに与える!

 オレの墓地に存在するバーニング・スカルヘッドは二体、800ポイントのダメージを受けなァッ!!」



振るわれた腕に呼応し、スカル・フレイムの周囲に二つの頭蓋骨が浮かぶ。

カタカタと嗤う骸骨が炎と化して、妖術師が指差す俺に向け、殺到する。

二体の炎の骸骨が一気呵成に俺に群がり、肩と腕へと喰らい付いてきた。

そいつらは俺のライフをそのまま食い千切り、昇華していく。

ライフポイントはあっという間に1200。既に底が見えてきている。



「ぐっ……!」

「次はバトルだ! スピード・キング☆スカル・フレイムで、E・HEROエレメンタルヒーロー ガイアを攻撃!!」



蹄鉄で大地を砕き、半馬の身体を疾駆させる。スピード・キングの名に恥じぬ風の如き疾走。

風に流れる炎の鬣と真紅のマントで背後を燃やし立てながら、妖術師は影のような漆黒の両腕を前に突き出した。

灯る炎は掌の中で圧し固められ、小さな太陽となる。

巨体を揺り動かし、迎撃の体勢を取ろうとするガイアに、彼の妖術師は体勢を整える間も与えず、その太陽を叩き付けた。

黒鉄の身体が溶解し、液状化してぶち撒けられる。

くずおれる巨体が地面に沈み、その瞳から光を消した。



「ガイアを粉砕ッ!」



その攻撃力の差は400。

俺に残されたライフポイントは、僅か800。

スピード・キング☆スカル・フレイムの効果を次のターン使われれば、もう止められない。



「オレはカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

「くっ……! 俺のターンッ!!

 ―――手札から魔法マジックカード、融合回収フュージョン・リカバリーを発動!

 その効果により、墓地の融合と融合召喚に使用したモンスター一体を手札に戻す。

 俺が選択するのは、E・HEROエレメンタルヒーロー オーシャンッ!!」



墓地から現れたカードを引き抜き、相手に見せつける。

この状況で最もやらなければならないのは、スピード・キング☆スカル・フレイムのバーン効果を封じる事。

そのためには、戦闘に依る破壊を行うのが最も手っ取り早い。

相手の伏せリバースカードは1枚。

それが何かは気になるが、ここで仕掛けなくては次のターンにまたバーンダメージを喰らう事となる。



――――幸い、このターンのドローで俺の手札には融合解除がきた。

攻撃誘発型のトラップなどならば、これで回避して更なる追撃を仕掛けられる。

だとすれば、ここで融合先のモンスターとして選ぶべきなのは、



「融合発動! フィールドのエアーマンと、手札のオーシャンを融合!

 降臨せよ、偉大なる風の戦士! E・HEROエレメンタルヒーロー Great TORNADOグレイト トルネードッ!!」



オーシャンが杖を振るい構えた。

それと並び立つようにエアーマンが降り立ち、その翼のプロペラを高速で回す。

翼の羽が巻き起こす竜巻は大きく膨れ、二体のモンスターの姿を呑み込んでいく。

突然の竜巻に曝されたムクロが顔を庇うように腕を上げ、唸る。

炎の鬣をその竜巻で揺らしながら、その風の壁を隔てた内側へと視線を向けるスカル・フレイム。



竜巻の中から現れる戦士は、黒と緑色の二色で彩られたボディに、白い鎧を装着していた。

ボロボロの布切れを首から引っ提げ、それを自身が起こす暴風に委ねている。

その戦士はゆっくりと俺のフィールドに舞い降り、対峙する半馬の妖術師に対し、その猛威を奮う。



弾けるように解き放たれる突風がスカル・フレイムを打ち据え、その身体を吹き飛ばす。

腕で顔を庇っているムクロの真横まで吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられる。

下半身の四肢がミシリと軋み、その速度を生み出す脚に極度の負担をかけられた。

最早あの脚で、先程と同等の速度を出す事は敵わないだろう。



「なにィ!?」

Great TORNADOグレイト トルネードの効果!

 このカードの融合召喚に成功した時、相手フィールド上のモンスター全ての攻撃力を半分にする!!

 この効果により、スピード・キング☆スカル・フレイムの攻撃力を1300にダウン!」



融合素材としたエアーマン、そしてオーシャン共に下回る1300。

融合解除とZeroを合わせる事で、スカル・フレイムを破壊する方法もある。

だが、それは逆に攻撃力2500のZeroを出せば融合解除以外の攻める手段がないと言う事だ。

反して召喚時に相手の攻撃力を半減させるGreat TORNADOならば、そのまま攻撃を仕掛ける事ができる。

更に相手の攻撃力を半減させておけば、相手がトラップで反撃してきても、融合解除で回避。

フィールドに戻したエアーマンとオーシャンでスカル・フレイムを抜き、ダイレクトアタックで抜ける。



Great TORNADOグレイトトルネード!!

 スピード・キング☆スカル・フレイムを攻撃だ、スーパァアアアセルッ!!!」



Great TORNADOグレイトトルネードが両腕を前へと突き出し、竜巻を放つ。

まるでドリルのように研ぎ澄まされた風の螺旋が、スカル・フレイムを目掛けて殺到した。

攻撃力2800を持つGreat TORNADOグレイトトルネードの攻撃ならば、攻撃力1300のスカル・フレイムでは止められまい。

あの伏せリバースカードの中身は何か。

何だとしても、凌ぎ、攻め切ってみせよう。



そう考えていたのは数秒間。

迎い来る竜巻の群れを前に、ムクロはニヤリと笑ってみせた。



伏せリバース魔法マジック! 速攻魔法、異次元からの埋葬を発動!!」

「速攻魔法……!?」



スピードにやたら拘り、ライディングデュエルの事語ってたのに魔法マジックか。

まぁそれはいい。だがしかし、奴の使った魔法マジックは考え得る限りでも、かなり不味いカードだ。



「スピード・キング☆スカル・フレイムの召喚コストとしてゲームから除外したスカル・フレイムを墓地へと戻す!

 更に、スピード・キング☆スカル・フレイムがフィールドから墓地ヘ送られた時、墓地のスカル・フレイムを特殊召喚出来るんだぜ!!」

「くっ……!」



このままこの攻撃は通るが、それにより復活するスカル・フレイム。

スカル・フレイム自身もまた、攻撃力2600を誇る最上級モンスターだ。

この攻撃に続き、融合解除による追撃も行えない。

更にスカル・フレイムにはバーニング・スカルヘッドが墓地に存在する時、発動できる効果がある。

俺とて理解してデュエルをしているが、俺の残りライフは800。

最早1ダメージだって喰らいたくない状況だ。



竜巻は脚を負傷した半馬の妖術師の身体を打ち抜き、抉っていく。

苦渋の叫びを上げて、その身体が炎を噴き上げ、爆発してみせた。

しかしその中からは、下半身の四肢を捨てた、導衣に身を包む妖術師が姿を現す。

ムクロのライフは残り700まで削り取ったが、後は続かない。



「カードを2枚セットし、ターンエンド……」

「オレのターン! スカル・フレイムの効果発動!

 ドローフェイズにドローする代わりに、墓地のバーニング・スカルヘッドを一体手札に加える事が出来る……!」



デュエルディスクから吐き出されたカードを俺に見せる。

そのモンスターは手札から特殊召喚された時、俺のライフを1000削る特殊能力を持っている。

だが、



「そしてスカル・フレイムの更なる特殊効果を発動!

 バトルフェイズを行わない代わりに、手札のバーニング・スカルヘッドを特殊召喚できるッ!!

 バーニング・スカルヘッドを守備表示で特殊召喚ッ!!」



スカル・フレイムが翳した掌から溢れるように盛った炎が、中に頭蓋骨を浮かべる。

そう。最早俺のライフは風前の灯、800ポイント。

バーニング・スカルヘッドの効果が使えるのであれば、それを使い終わらせるに越した事はない。

ムクロがカタカタと嗤う頭蓋骨を指し示し、その能力の解放を命じた。



「行けぇ! バーニング・スカルヘッドッ!!

 手札から特殊召喚された事により、相手に1000ポイントのダメージを与えるぜぇッ!!」



燃える骸骨が俺に向かい、迫ってくる。

その一撃を受ければ決着。俺の敗北に到る。

だとして、ここで投げ出す事なんてあり得ないだろう。



わぁああ、という歓声と言うか、悲鳴と言うか。

そんな声が背後のスタジアムから聞こえてきていた。

十六夜アキのデュエルだろう。もう黒薔薇の魔女云々で、大騒ぎなのかもしれない。

だとしたら、次の遊星と俺のデュエルも間近だ。



そう。遊星とのデュエルだ。

勝てない、なんてずっと言ってるし、心底勝てるわけないと思ってる。

だけど何より誰よりも――――あいつに勝ちたい。

この世界にきて最初のデュエルの相手で、最初に黒星をくれたあいつに。

リベンジマッチ。

だったらこんなとこで、負けられるわけがないじゃないか。



「そうだ。負けたくないとは思わない――――とっくに負けてるんだ、今更じゃないか。

 だけど、勝ちたい。だったらこんなとこで、負けられないよなぁ―――!!」



デュエルディスクを嵌めた左腕を前に出し、右手の指で伏せリバーススイッチを入力。

そして、突撃してくる燃える骸骨をそのデュエルディスクで受け止めた。

空気が爆ぜ、ダメージとなって襲いかかってくる炎の波。

それを見ていたムクロは、自身の勝利を確信したか、大きく宣言してみせる。



「これでテメェのライフは0! さあ、フォーチュンカップの参加権、オレが頂くぜェ!!」



にやりと。

その言葉を否定するように、俺のライフは800のまま変化せず、ダメージを処理しない。

そんな状態にムクロも何かされたと勘付いたか、俺のフィールドへと即座に視線を移した。

俺のフィールド、このバーニング・スカルヘッドの効果を無効にしたもの――――

表に返された、1枚のトラップカード。

ダメージ・ポラリライザー。



「ダメージ・ポラリライザーだと!?」

「そう、カウンタートラップ、ダメージ・ポラリライザーッ!!

 ダメージを与える効果の発動と効果を無効にし、互いのプレイヤーが1枚ずつカードをドローするカード!

 この効果により、バーニング・スカルヘッドの効果は無効になった!」



デュエルディスクから紫電が奔り、突っ込んできていたバーニング・スカルヘッドを跳ね返す。

溢れる炎は分散し、俺とムクロ。二人のデュエルディスクに叩きつけられた。

その衝撃でデッキトップから吹き飛ばされる、互いのカード。

それを二人同時に掴み取り、その正体を検める。

―――――来た! 最後の一撃を繋ぐための、キーカードッ!



俺の口許が微かに緩み、しかしその瞬間、ムクロの口許もまた、大きく吊り上げられた。

もう奴には、バトルフェイズでの行動は許されていない。

ならば、何が来る。



「よく躱したじゃねぇか! だが、お前の回避は、オレの追走に繋がったぜ!!

 魔法マジックカード、アドバンス・ドローを発動し、スカル・フレイムをリリース!

 カードを2枚ドローする!」



エースモンスターのリリース。

アドバンス・ドローはレベル8以上のモンスターをリリースし、デッキから2枚のカードをドローするカード。

スカル・フレイムのレベルはジャスト8。

つまりそのコストの対象内に含まれており、リリースするモンスターとして使用できる。



妖術師はその身を炎へと変えて、ばらばらと散っていく。

その火の粉は、コントローラーであるムクロに対して、更なる手札の増強を許した。

デッキが輝き、ムクロに引き抜かれる事を待つカードたちが叫びを上げる。

だがしかし。

確かに2枚のドローには繋がるが、次のターンにガラ空きのフィールドを晒す事になる。

だとすれば、当然繋ぐ一手が続く筈だ。

3枚になった手札の中に、一体何が舞い込んでいる……



――――いや、相手のエースはスカル・フレイムだ。

だがしかし、そのスカル・フレイムには更にもう一段階、上位存在へのシフトが隠されている。

それが先程ムクロのフィールドに降臨した、スピード・キング☆スカル・フレイム。

再び墓地にスカル・フレイムが埋葬されたというのであれば、その召喚条件は満たされているのだ。

つまり奴は、真正面からぶっちぎりにくる―――!

奴は残る3枚の手札の内、2枚をこちらへと見せつけてくる。



魔法マジックカード、死者転生を発動!

 手札の3枚目のバーニング・スカルヘッドを墓地へと送り、墓地のスピード・キング☆スカル・フレイムを手札ヘ加えるぜ!!」

「――――更なるバーニング・スカルヘッド!?」



確かにスピード・キング☆スカル・フレイムは脅威だ。

その上、それはここにきて最大限まで能力を上げた。

奴の最強のエースの効果は、1ターンに一度のバーン。

そのダメージ量は、墓地のバーニング・スカルヘッドの数×400ポイント。

このターン、墓地のバーニング・スカルヘッドをスカル・フレイムの効果でサルベージし、

同じくスカル・フレイムの効果で特殊召喚した。

つまり今ムクロの墓地のスカルヘッドは1枚のみ。

スピード・キング☆スカル・フレイムのバーン効果が発動しても、400ポイントのダメージで済んだ。

筈、だった。

しかしこの瞬間、スピード・キングを引き上げるために更なるスカルヘッドが墓地へと送られる。

これで奴の効果によるダメージは、丁度俺のライフと同じ、800ポイントの威力を得た。



「そしてぇ、墓地のスカル・フレイムをゲームから取り除く事で、スピード・キング☆スカル・フレイムを特殊召喚ッ!!」



ムクロの足許から炎が立ち昇り、妖術師の姿を描いていく。

半人半馬の身体を得たスカル・フレイムの進化態。スピード・キング☆スカル・フレイム。

その両腕が大きく横に開かれて、その掌に炎が灯る。

墓地に眠る二体のスカルヘッドから得たエネルギーを昇華する、一撃。



「くっ……!」

「バトルフェイズは行えねぇが、この効果は使えるんだぜェッ!!

 スピード・キング☆スカル・フレイムの効果により、墓地のバーニング・スカルヘッド二体分、800のダメージを与えるッ!

 行けよォッ―――!! スピード・キング☆スカル・フレイムゥッ!!!」



スカル・フレイムが一際大きく腕を広げ、次の瞬間に両手を前に突き出した。

両掌の炎が交わり、一つに。極大に膨れ上がった火炎弾が俺へと向けられる。

大気を赤く赤く染め上げて、その小規模な太陽は俺へと、解き放たれた。

真正面から思い切り叩きつけられるフレアが、俺を呑み込む。



「これで終わりだァッ!」



俺に直撃した炎が弾け、周囲に熱波を撒き散らす。

業火の海と化した風景を見据え、ムクロがその口から喝采を叫ぶ。

その声に応え、にぃと口を吊り上げた。



トラップカード、エレメンタル・チャージッ!!

 自分フィールドのE・HEROエレメンタルヒーロー一体につき、ライフを1000ポイント回復するッ!!」

「なぁにィッ!?」



Great TORNADOグレイトトルネードがマントを風に靡かせて、その腕を大きく振るう。

巻き起こす旋風が周囲の炎を巻き上げて、その威力を掻き消していく。

確かに俺は今の効果でライフを全て奪い取られる。

だが、持ち得ているライフが尽きるその前に、俺は風の戦士の放つ命の息吹を受け、そのライフを回復していた。

800のライフは1800まで回復し、しかしスカル・フレイムの効果により1000にまで削られる。



「どうやらこのターン、風を乗りこなしたのは俺みたいだな」

「へっ、だがまだオレのターンは終わってないぜ。

 墓地のバーニング・スカルヘッドの効果を発動ッ! このカードを除外し、除外されているスカル・フレイム一体を墓地に戻す……

 更にカードを1枚伏せ、ターンエンドォッ!!」



――――墓地のバーニング・スカルヘッドを減らした。

セメタリーゾーンから引き抜いたスカルヘッドの代わりに、スカル・フレイムを墓地へ送るムクロ。

それはスカル・フレイム。そして当然、スピード・キング☆スカル・フレイムにとっても喜ばしい事ではない。

だがしかし、スカル・フレイムが墓地に存在する事。

それ自体がこちらに対しての抑止力となりえる。

何故ならば今この瞬間から、スピード・キング☆スカル・フレイムを破壊すれば、スカル・フレイムが復活する事に繋がるからだ。



そしてスカル・フレイムは、墓地にバーニング・スカルヘッドが1枚でもあれば、その効果を使える。

ドローフェイズに手札に加え、そのまま特殊召喚する。

それで俺のライフ、1000ポイントは綺麗さっぱり持って行かれる。

ここで逃せば、負けるのは俺だ。なら、ここで引き摺り下ろすぜ、その馬上から――――!



「俺のターンッ、ドロォーッ!! このスタンバイフェイズに伏せリバースカード発動オープンッ!!

 融合解除ッ! その効果により、Great TORNADOグレイトトルネードをデッキに戻し、エアーマンとオーシャンを特殊召喚するッ!!」



Great TORNADOグレイトトルネードの姿が光に変わり、二つに分かれる。

二つの光はそれぞれ別の戦士の姿を取り、俺の許へと降り立つ。

鋼の翼と、回転翼を持つ風の戦士たるエアーマン。

そして、白い杖を取りまわす大海の色の戦士、オーシャン。



「エアーマンの特殊召喚に成功したこの瞬間、デッキからHEROと名の付くモンスター一体を手札に加えるッ!

 俺はデッキから、E・HEROエレメンタルヒーロー クノスペを手札ヘ!」



エアーマンの翼のプロペラが大きく回転を始め、竜巻を生み出した。

その竜巻が俺の腕を浚い、嵌められたデュエルディスクにセットされたデッキの中からカードを1枚、弾き飛ばした。

跳ね上げられたそのカードを指で挟みとり、手札に加える。

更にデュエルディスクをムクロに見せつけるように前へと突き出した。

そのデュエルディスクに向け、オーシャンが手にした杖を振るい、セメタリーゾーンを小突く。

途端、水流が溢れ返り、1枚のカードと共に吐き出された。



「更に! オーシャンがスタンバイフェイズにフィールドにいる時、墓地のHEROを手札に戻す事ができる……!

 俺が戻すのは、E・HEROエレメンタルヒーロー ガイアッ!

 こいつを手札ではなく、エクストラデッキに戻す――――!」



水の中から拾い上げたカードを掴み取り、相手に見せつける。

それは直接手札を増やす事に繋がらず、アドバンテージにはなりえない。

だが、融合召喚以外の召喚に対する制限がかかっている融合HEROを墓地に置いておく意味は薄い。

こうしてデッキに戻しておけば、再度の融合召喚に繋げられるのだから。

それに――――



「スタンバイフェイズを終了、そしてメインフェイズ! 行くぞ、エアーマン、オーシャン!

 手札から魔法マジックカード発動、融合ッ!!!」



オーシャンが大地に杖を立て、足許に水を渦巻かせる。

溢れる水流をエアーマンの翼が巻き起こす風が巻き上げて、天へと向けて遡らせた。

二体の姿が水壁の中に消え、やがて水柱が天を衝く。



「融合召喚ッ!!」



雲を突き抜けた水の柱が内側から弾け、その中から緑と白のボディが現れる。

先程融合解除の効果によりデッキに戻された風の融合HERO、Great TORNADOグレイトトルネード

肩にかかるボロボロのマントを腕で軽く払い、風の戦士はその瞳を大きく開示した。

渦を巻く大気と水流が彼の戦士の力により一所に集束し、爆裂する。

瞬間に暴れ狂う水と風の塊が大地へと叩き込まれ、地面が捲れるような衝撃が大地を襲った。



大地を踏みしめていたスピード・キング☆スカル・フレイムを風の暴虐を襲撃する。

氾濫する水と爆発の風圧がその身に威力を刻みこむ。

下半身を支える強靭な四肢が圧し折れんばかりに暴れる風。

頭部に燃え盛る炎の鬣を消し尽くさんとする水流。

それを一身に受け、本来持ち得ている能力が根こそぎ抉り取られていく。



「ぬ、ぐぁあああっ!」

Great TORNADOグレイトトルネードの融合召喚時、相手のモンスターの攻撃力を半減させる!

 更に、クノスペを召喚ッ!!」



頭部と両腕、三つの蕾を揺らしながら、小さな戦士が現れた。

葉の脚でしっかと地面を踏み締めたその戦士は、力強く瞳に闘志を漲らせる。

その小さな身体を巻き上げる突風。

重量のないその身を巻き上げるのは、風の戦士が操るもの。



「クノスペの効果!

 自分フィールドにこのカード以外のE・HEROエレメンタルヒーローがいる時、攻撃されず、直接攻撃を行えるッ!!」



クノスペの小さな身体がGreat TORNADOグレイトトルネードの肩に乗せられる。

葉っぱの脚でその肩を踏み締め、子供のような顔にむんと力を入れた。



ムクロのライフは残り700。

対し、クノスペの攻撃力は600と、僅か100ポイントばかり足りない。

クノスペ自身、攻撃力を上昇させる効果を持ってはいるが、その効果を発動させるトリガーは相手へダメージを与える事。

それができるのであれば、攻撃力を上昇させる意味もない。



スピード・キング☆スカル・フレイムの攻撃力は1300。

攻撃力2800のGreat TORNADOグレイトトルネードで攻撃すれば、そこでこのデュエルは決着するだろう。

だが、奴の場にはもう1枚、伏せリバースカードが伏せられている。

例えば、ガード・ブロック。

スピード・キング☆スカル・フレイムの破壊自体は無効にしないが、ダメージを無効にするトラップ

だとすればこちらはそのまま残り100のライフを削れず、かつ相手ターンにスカル・フレイムを残す事になる。

スカル・フレイムを残す事は、そのままスカルヘッドの効果を使用される事を意味している。

俺の残りライフ1000ポイント、全てを持って行かれる。



だが、俺の手札2枚。

その中に、必殺の一撃に繋ぐ、最後のカードは呼び込まれている――――!



「さあ、最後のバトルフェイズだ――――! 行くぞ、炎城ムクロォッ!!」

「来なァ――――! 宇宙仮面なんたらかんたら、ああくそぉお、覚えてねェッ!!」



Great TORNADOグレイトトルネードが鳴動する。

振るわれる腕に連動して叫ぶ風。

こちらの攻撃で、100ポイント以上のダメージを通した瞬間、相手の負けだ。

まるで瀕死の様子のスピード・キング☆スカル・フレイムに対して、風の戦士は掌を突き出した。

大きく唸り、その竜巻は大地に立つ半人半馬の妖術師に向け、解き放たれた。

ごうごうと鳴き声を上げながら荒れ狂う風の渦が、アスファルトの地面を砕き、撒き散らす。

迫りくる自身の死。

その正体である風を見据えて、妖術師はその四肢を全力で駆動させた。



「――――――ッ!?」

「相手が風とあっちゃあ逃げるわけにゃあいかねェぜ!

 さあ、スピード・キング☆スカル・フレイム! その風を利用して、テメェは更に速く疾りなァ―――!

 トラップ発動、パワー・フレームッ!!!」



半人半馬の肉体を光の四角形が包み込む。

同時に、巨大な竜巻がその肉体を蹂躙するべく、暴虐の牙を剥く。

今の弱った妖術師では一瞬の内に呑み込まれ、四肢の悉くを裁断されるのが関の山。

だっただろう、僅か半秒前までは。



周囲を取り巻く光の線が忙しなく動き、大地を駆ける王者へ牙を剥く風の力を取り込ませていく。

粉砕された大地を縦横無尽に踏み縛り、炎の鬣で天を焼き、地上の王者は駆け抜ける。



「くっ……!」

「パワー・フレームの効果により、Great TORNADOグレイトトルネードの攻撃は無効!

 更に発動したパワー・フレームをスピード・キング☆スカル・フレイムに装備カードとして装備!

 攻撃してきたモンスターの攻撃力との差分だけ、攻撃力をアップするッ!! 攻撃力1500ポイントアップだぜェ!!」



大地を穿つ蹄がアスファルトの破片を巻き上げる。

二本の前脚を大きく上げ、雄々と叫ぶ。同時に炎の鬣がまるで蛇のようにのたうち、風を焦がす。

Great TORNADOグレイトトルネードが放つ破壊の威力を全て背負い、それを己が速さに転換する。

威風堂々、振りまく威風は天に聳える風の戦士と同等のもの。



「これで攻撃力は互角……! テメェに成す術はねェッ――――!」



互いに攻撃力は2800。

その上、Great TORNADOグレイトトルネードはこのターンの攻撃を既に完了された。

このままクノスペで追撃したとして、奴のライフは100残る。

そして次のターン、奴はGreat TORNADOグレイトトルネードとスピード・キング☆スカル・フレイムを相討たせる。

それにより、スピード・キング☆スカル・フレイムの持つスカル・フレイムを復活させる効果を誘発。

他のHEROが消えた事で攻撃対象にされてしまうクノスペには、その攻撃を躱す事はできない。

だが、それは――――



次のターンの事だろう?



瞬間、大地が隆起し、地面を踏み砕かんばかりに猛っていた妖術師が大地の檻に囚われた。

盛り上がる土の格子は幾重にもスピード・キング☆スカル・フレイムを包み込み、その速度を完封せしめる。

なに、というムクロの驚愕の声が上がった。

にぃと唇を微かに歪めると、残る手札2枚の内の片割れ、俺の最後の攻撃手段を開示する。



「速攻魔法発動――――超融合ッ!!! 手札1枚をコストに、融合を行うッ!!!」

「バトルフェイズ中に、融合…だと……!?」



天空に舞うGreat TORNADOグレイトトルネード、そしてクノスペ。

二体の身体が砕け、新たなる姿へと再構成されていく。

閃光とともに現れるのは黒鉄の巨躯。強固なボディに橙色の煌めきを湛え、双眸を黄金に輝かせる。

その姿は紛う事なき地の戦士。E・HEROエレメンタルヒーロー ガイア。



「ガイアは融合召喚された時、相手モンスター攻撃力を半減させ、その数値分攻撃力をアップする!!

 当然半減させるのはスピード・キング☆スカル・フレイムッ!!」



風の力を得て、その攻撃力は2800まで上昇している。

元々ガイアが持つ攻撃力は2200。そのままでは遠く及ばない。

だがしかし、大地の隆起は彼の妖術師がその力を十全と発揮するための四肢の駆動を封印している。

更に、超々高々度において降臨したガイアは、その超重量が地面へと引き寄せる引力を全て拳に乗せる事となる。

檻に囚われた妖術師はその力を五分しか発揮できず、またガイアは風の戦士が残した力を自身の攻撃として最大限利用する。

まるで隕石の如く、拳を振り上げた巨神が大地へと落下してきた。

全てが乗せられたその巨大な拳に宿る攻撃力は、3600――――!



「粉砕しろ、ガイアァッ!! コンチネンタルッ・ハンッマァアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」



全身を拘束された妖術師が眼を見開く。

叩き下ろされる拳は大気を打ち抜き、灼熱に燃え上がる巨神の鉄槌。

炎の鬣を迫る拳の起こす突風で乱しながらもがき続けるものの、その反逆は意味を成さない。

全ての威力を乗せて振り下ろされる巨腕。

それは過たずに地に縛られた疾走者を捉え、圧砕せしめた。



「ぬぁああああああああああっ!!!」



衝撃波が周囲を蹂躙しながら突き進み、ムクロへと襲撃する。

大地を陥没させる隕石の一撃が起こす威力はその身体を楽々と空に跳ね上げ、背後へと吹き飛ばした。



―――――突っ込むのもアホらしいほど、今更か。

奴のライフカウンターが0を指示し、フィールドに残っていたモンスターたちの姿が消える。

変形し、待機状態になったデュエルディスクを引っ提げて、ムクロに歩み寄る。



「俺の勝ちだ」

「ちっ、くしょー……いいデュエルだったぜ、しゃあねェ、オレの代わりに存分に闘ってきな!」



お前の代わりも何も、元から参加者は俺だったわけだが。

ぐっとサムズアップするムクロに対し、手を差し出す。

一瞬だけきょとんとした奴は、にやりと笑うとその手を掴む。

尻餅をついた身体を引き起こすと、立ち上がったムクロの手を離し、互いに平手を撃ち合わせる。

ッパァン、と乾いたいい音を立てる。



「勝ってきな!」

「後でちゃんとメシ奢れよ」



スタジアムの中から、次のデュエルの告知が漏れ聞こえてくる。

もうアキのデュエルは終わったらしい。

次は、俺と遊星のデュエルだ。

それも、ライディングデュエル。さて、俺がこの時代にきた目的、果たす時がきたようだ。











『まだ宇宙仮面デュエリストBLACK・RXが姿を見せないぞォ!

 どうなっているんだぁ! 宇宙仮面デュエリストBLACK・RX選手! この声が聞こえていたら、早くスタジアムまできてくれぇ!!』



リーゼントの司会者がマイクで声を張り上げる。

各所に設けられたスピーカーから反響する声は、スタジアム全体に響き渡っている事だろう。

龍亞はその声を聞いて、はぁと大きく溜め息を吐いた。



「なんだよ、こんな遅刻してくる奴選ぶくらいなら、おれを選んでくれればよかったのに」

「龍亞は出て負けたじゃない」



龍可は自分の代わりに出場し、敗北していた龍亞に溜め息を吐く。

それに龍亞があの場に出ていたって、遊星にまた負けるに決まっている。

遊星はスタジアムのライディングコースで赤いDホイールに跨り、対戦相手を待っていた。

遅刻選手とマーカー付きデュエリスト。

観客席は、言っては悪いが余り盛り上がっていない。



ただ龍可にしてみれば、遊星がどのようなデュエルをするのか、という興味は深い。

あのカードとの絆は一朝一夕ではあるまい。

このまま相手の、宇宙……なんとかさんが現れなければ、それも見れない。

それは流石に残念だ。



『ああ、えーと……これ以上は大会進行に支障を来すため、大会の運営から通達がきたぞぉ!

 このままライディングデュエルのスタートシグナルを点灯し、その間中に彼が現れなかった場合、不動遊星選手の不戦勝が決定だァ!!

 では、不動遊星選手は、スピードワールドの効果を発動してくれぇ!!!』



司会者に言われた通り、遊星がDホイールのスピードワールド起動スイッチを押す。

周囲に広がっていくフィールド魔法の効果エフェクトが世界を飾り、そしてシグナルが点灯した。

八つのシグナルでなるスタートシグナルが一つ、点灯。



司会者が残念そうにマイクを下ろす

これは実質、デュエルを行わずの不戦勝で確定してしまったからだろう。

シグナルが二つ、三つと点灯した。

その瞬間、前を見ていた遊星が後ろを振り返った。

スタジアムのDホイール入場口から轟く、ホイールの駆動音。



四つ、五つ、と連続して点灯していくシグナル。

その瞬間、入場口から一台の巨大なDホイールが飛び出してきた。

そのDホイールの正体に、遊星も、龍亞もそして龍可も。

驚愕を露わに、絶句した。



「「エックス!?」」

「ん? 龍亞、龍可、奴を知っているのか?」



氷室の声にも応えず、龍可は特にその姿に見入る。

―――――違う、明確にあの時とは。

本当に涙を零してしまいそうな、とても温かい光の中にいる二人。

何故だかは分からないけれど、伝わってくる何か。



『おぉおおっと! 宇宙仮面デュエリストBLACK・RX選手、どうやら間にあったようだぁあああ!

 いざ、ライディングデュエル・アァックセルェッショォオオオン!!!』



六つ。そして七つ目。

遊星がアクセルを解放し、そのモーメントエンジンの駆動を全開にした。

突如現れた巨大なDホイールもまた、減速せずに入場したままにスタートラインを突き抜けるべく、更に加速。

最後のシグナルの点灯。

その瞬間に、互いのDホイールはスタートラインを切っていた。











「お前は……!」

「久しぶりだな、遊星。もう会う事はないだろうと思っていたが、そんな事はなかった」



俺が追走するカタチでスタートラインを切り、開幕したこのデュエル。

そのデュエル自体を開始する前に、若干の会話フェイズが挿入されたりされなかったり。

マシンの性能はこちらが上。

後ろから大きく膨れ、追い上げる形で遊星に並ぶ。



「細かい事は要らない、だろう?

 前に送った言葉をもう一度、送らせてもらうぜ。訊きたい事があれば、デュエルで訊き出せ。ってな」

「………ああ、行くぞッ!!」



互いのDホイールが吼え、限界に迫る加速力を発揮する。

僅かばかり俺が先行する形でコーナーを曲がり、その瞬間に俺たちは5枚の手札を引き抜いた。

フォーチュンカップにおける先攻の決定権は、通常のデュエル通り、オートに選択される。

これは、フォーチュンカップがライディングデュエルの大会でなく、

ライディングとスタンディングの混合で行われている事が理由だろうか。

まあその理由自体はさして重要な事でもない。



「「デュエルッ!!!」」



先攻が託されたのは遊星。

彼はそれを認識すると素早くデッキから1枚のカードを引き抜き、6枚の手札のうち、半分を取り上げた。

流れるような動作でカードをDホイールに滑らせていく。



「カードを2枚伏せ、マッシヴ・ウォリアーを守備表示で召喚ッ!!」



巌の如き面に赤い光を灯し、動く岩塊のような戦士が光のエフェクトを纏い、現れた。

四本の腕で支えるのは円盤状の岩石の塊。本来地を踏み締めるのだろう、四脚は今は浮遊している。



「ターンエンドだ」

「俺のターンッ!!」







「いい一手目だ。

 例えどれだけ強力な攻撃力を持ったモンスターが出てきても、これでそう簡単には突破されないだろう」



氷室は観客席で腕を組み、呟く。

その言葉を聞いているのかいないのか、龍亞と龍可は茫然とスタジアムのコースに見入っている。

そんな二人の代わりと言うか何と言うか、眼鏡をかけた龍亞たちと同じ年頃の少年。

早野天兵は氷室の呟いた言葉に反応し、おずおずと言葉をかけてきた。



「でも、あのモンスターの能力じゃ簡単に破壊されちゃいそうですけど」



少し怯えているように見えるその少年に対し、怖がらせないよう注意しつつ、氷室は言葉を返す。



「マッシヴ・ウォリアーは1ターンに一度だけ、戦闘で破壊されないモンスターだ。

 その上、プレイヤーに振りかかる戦闘ダメージを全て0にする。

 例え貫通効果をもったモンスターを出したとしても、戦闘ダメージは与えられない。

 そんな、突破に一苦労する壁モンスターなのさ」

「へぇ……」







なんて、そんな事を信じているわけがないだろう?

なあ、遊星――――?

お前は分かってくれてるよな、俺が全身全霊でお前にぶつかりたいと思っていると。

そんな一枚岩を張っているだけなら、ここで終わるぜ。

微かに笑って、手札から2枚のカードを取り上げる。



「手札のレベル1モンスター、グローアップ・バルブを墓地へ送る事で、手札からパワー・ジャイアントを特殊召喚ッ!」



1枚のカードを墓地に送る事で、召喚出来る上級モンスター。

墓地へとカードを差し込み、パワー・ジャイアントのカードをフィールドに叩き付けた。

俺の前方に広がる光の渦が粒子を撒き散らし、それを一所に集束させていく。

色取り取り、鮮やかなクリスタルを繋ぎ合わせて造り上げられたボディ。

角張ったデザインのパーツは不格好に見えるが、その四肢から感じられる力強さはその名に恥じぬもの。

そのゴーレムのボディから一つ、光の星が飛び出して、霧散した。



「パワー・ジャイアントはレベル6の上級モンスターだが、手札のレベル4以下のモンスターを墓地に送る事で、特殊召喚出来る。

 その際、手札から墓地へ送ったモンスターのレベル分、パワー・ジャイアントのレベルを下げる。

 墓地に送ったグローアップ・バルブのレベルは1! よってレベルは5にダウンッ!!」

「上級モンスターを特殊召喚……!」



デジャブだろう。遊星の声が僅かに揺れた。

それはそうだ。覚えない筈がない。これは遊星がよく知るデュエリストの扱うモンスターの内の一体なのだから。

尤も、俺が墓地に送ったもう一体のモンスターの方にはまだ、覚えはないだろうが。

更にセメタリーに送られたグローアップ・バルブの効果を起動する。



「墓地に送られたチューナーモンスター、グローアップ・バルブの効果を発動ッ!!

 デッキトップのカードを墓地へ送る事で、このカードを墓地から特殊召喚するッ!」



デュエル中に一回のみ、と回数制限が設けられた特殊効果。

墓地を肥やしながらフィールドにアドバンテージを稼ぎ出す、最高クラスの復活効果。

デッキに手をかけて、1枚引き抜く。

唇を歪め、横に並ぶ遊星へと視線を送る。

訝しげな表情をしている遊星に対し、俺は微かに笑いながら声をかけた。



「あの時のリベンジマッチだ」

「………ッ!」

「俺が望んだ、俺の持てるパワーを尽くす。さあ、行くぜッ!!

 デッキトップのBFブラックフェザー-精鋭のゼピュロスを墓地ヘ!!」



俺はライディングデュエルという形式のデュエルにおいて、セルフで魔法マジック制限がかかる。

Spスピードスペルというカードを1枚たりとも所持していないからだ。

だがその代わりに、それすら気にならなくなるほどに、俺は遊星に対する絶対的なアドバンテージを保有している。

いや、遊星にだけではない。俺が知る、遊戯王に登場する人物全てに対しての圧倒的なまでの情報アドバンテージ。

それがあっても負けてきた俺に言えた事ではないのかもしれないが。



だからこそ、BFブラックフェザーの名を聞いた時の遊星の反応も予想できていた。



BFブラックフェザー……! クロウと同じタイプのデッキか……!? いや――――!」



俺の目前に現れる巨大な球根。

それは頭頂部に白い幾重にも重なる白い花弁を咲かせ、同時に球根の中心に瞳を開いた。

不気味にすら思える巨大な一つ目球根が出て来たのは冥界より。

つまりその瞬間、更なるトリガーが引き放たれたのだ。



「墓地のモンスターの特殊召喚に成功したこの瞬間、手札からドッペル・ウォリアーを特殊召喚ッ!!!」



黒い軍服を着込んだ兵士が光とともに出現し、俺の隣に降り立った。

両腕でがっしりと構え、脇に挟みこんだ銃。それの威力はたかが知れている。

だがしかし、この兵士の本領は戦闘にはない。

そう、誰よりも知っているよな。不動、遊星――――

そして、まず一手目――――!! 合計のレベルは、8だ。



「レベル8の、シンクロモンスターッ……!」

「さあ、遊星! 今の俺は前回とは違う意味で自重していないぜ、フライングもフライング――――

 誰に何を言われたって、もう俺は舞台から降りないッ!

 ならさぁ、やれる全てをやってみるのがいいと思うんだよな。

 構わないよ。何が起きても、何があっても、何を覚えても、俺は、俺たちは―――――ッ!!!」



視界が赤く、思考が鋭く、研ぎ澄まされていく。

ホープ・トゥ・エントラストのボディの各所が展開し、そこから赤い粒子を放出する。

200Km/hで流れて行く風景がスロウになり、周囲に満ちる人の心の断片が流れ込む。

オーディエンスの心が聞きたいわけじゃない。

ただただひたすらに、不動遊星をロックする。

相棒と一つにした心の中に、自然と流れ込んでくる一つのワード。

――――機械仕掛けの心境地。



なるほど、洒落ている。

あのジジイがどうしてそんな名前にしたかは知らないが、そのまま使わせてもらおう。

尤も、俺たちのまたアホみたいなセンスも合わせ、どうルビるかは勝手に決めさせてもらうが。

右腕を掲げると、そこに、赤い光が集束していく。



「なに……っ、ぐ――――!」



遊星の腕にもまた、ドラゴン・テイルの痣が浮かぶ。

恐らくは観客席の龍可も、ディバインとともに帰還している途中だろうアキも、そして玉座に頂くジャックも。

そして、ゴドウィンが保管しているルドガーの腕も。

俺の腕に集った光が、一つの痣を描いて行く。今世において、ジャック・アトラスの宿す痣。

ドラゴン・ウィング――――!



俺にはオリジナルのそれを扱う事などできない。

だが、それに近しい力の片鱗を、この相棒と一緒にならば扱う事を許される。

故にそれは、



「『俺たちが導きだした答え、機械仕掛けの心境地オートマティック・クリアマインドォオオオッ!!!』」



視界がより赤く赤く。紅に染まった世界の中で、三体のモンスターが燃え上がる。



「『レベル5、パワー・ジャイアントとレベル2、ドッペル・ウォリアーに、レベル1、グローアップ・バルブをチューニングッ!!!』」



球根がその瞳を閉じ、純白の花の中央から光の星を一つ、吐き出す。

星と化したグローアップ・バルブの抜けがらは瞬く間に枯れ落ち、消失していく。

その一つ星が取り囲むのは宝石のゴーレムと、黒い軍服の兵士の姿。

巨大な光輪になった星に取り囲まれた二体の身体が透け、輪郭のみを光として残し、消えていく。

光の輪郭が弾け、七つの星と化す。

合計の星は8。それが導くモンスターの姿は――――



「『ファイブディーズ・オブ・ワンッ!!

 羽搏けッ、ドラゴン・ウィングッ! レッド・デェエエエモンズッ!!』」



紅蓮の炎が溢れ、その中から龍の巨躯が躍り出る。

頭部には悪魔の如き三本角。真紅と黒、さながら溶岩の如き彩色で飾られる肉体。

膨れ上がった筋肉の鎧は圧倒的なパワーの証明。

ばさりと背後に大きく翼膜を広げ、飛翔する絶対的な破壊力を持つ、紅蓮魔龍。



「『ドラゴォオオオオオオオオオオンッ!!!!』」



雄々、と。

咆哮とともに放たれたブレスがスタジアムを紅蓮に変える。

燃え盛る空を悠々と、王者の貫録を持って駆ける魔龍。

その名は、レッド・デーモンズ・ドラゴン。



「レッド……デーモンズッ……!」







『おぉおおっとお!? これは一体どういう事だぁ!

 宇宙仮面デュエリストBLACK・RX選手が召喚したのはなんとぉおおっ!

 デュエルキング、ジャック・アトラスのエースモンスター、レッド・デーモンズ・ドラゴンだぁああああ!』



リーゼントの司会者がこれでもかとその髪を揺らし、フィールドに出現したレッド・デーモンズを指差す。

キングをキングたらしめる、ジャック・アトラス最強のしもべ。

ジャック・アトラス自身がオリジナルのそれを不動遊星に託した事を知らぬ人間たちの顔に浮かぶのは、困惑と驚愕。

自分自身がキングのそのモンスターに屈した過去を持つ、氷室の戸惑いは他者を遥かに凌いでいた。



「どういう事だ……何故あのモンスターを……!?」

「なんでエックスが、レッド・デーモンズを……?」



龍亞もまた、ジャックのモンスターであるレッド・デーモンズを召喚したエックスに対し、疑念の眼差しを向ける。

だが観客席中が困惑に包まれる中、一人だけ。

一人だけその困惑に囚われず、エックスを見ている人間がいた。



腕に浮かんだ龍の痣。

赤き竜の腕の痣、ドラゴン・クローの紋様が強く発光し、焼けるような熱さが伝わってくる。

やっぱりだと、思うところがある。

そう。これなのだ。Xから感じられた、懐かしい、泣いてしまいそうなほどに温かい光。



「エンシェント・フェアリー・ドラゴン……」



覚えのない名前が口から毀れる。

それは確かに知っている筈なのに、何故か思い出せない名前。

まるで靄がかった視界の奥に見える世界にいる、誰かの名前。

すぅ、と突然現れたクリボンが頬ずりしてくる。

まるで急ぐ必要はないと、諭してくれているような。



「あなたは、もしかして知ってるの? ……エックス」











『きぃましたきぃ~ましたぁあ~! D‐センサーにびんっびんきてますよぉ!

 ジャック・アトラス! 不動遊星! 龍可! そして宇宙仮面デュエリストBLACK・RX!!

 これに十六夜アキを含めれば、5人のシグナーがすぅべてっ! 揃った事になります!!』

「ヒッヒッヒ! ゴドウィン長官の仰られた通り、あの男こそが5人目のシグナーだったと……」

「いえ、それは違います」



シグナーの反応を測定するD‐センサーを見ていた阿久津から通信。

それはこの場で、シグナーとされる5人の人間が出揃った事を示していた。

その事実に昂ぶる二人を抑え、ゴドウィンは静かに笑う。

わざわざ見る必要はないと、ジャック・アトラスはこの場にいない。

そうなれば特別言葉を選ぶ必要もあるまい。



「彼はシグナーではありません。

 何故ならば、既に全ての痣は揃っているのですから……彼はそう、祈る者」

「『??』」



5000年の昔。

赤き竜の化身たちと星の民は、現世を襲った邪神たちと世界の命運を賭けて闘った。

辛くも勝利したのは赤き竜。

彼の神は邪神をこの星の大地に封印した。それこそが現代においても残る、ナスカに描かれた地上絵。

世界に平和を齎した神は、その姿を五つの痣に分かち、自らをも封印した。



そして封印されていた赤き竜は今から3000年前。

星の民の統治者、星竜王の戦乱を治めるべく捧げられた祈りに応え、眼を醒ました。

復活した姿こそが、今にまで伝承される赤き竜の痣。そして、五体の龍。

その力を宿したものは赤き竜の戦士、シグナーと呼ばれる存在となった。



もし、あの彼が何なのかと問われれば、間違いなくシグナーではない。

強いて言うならば、赤き竜と交信し、その目醒めを促す存在。星竜王に位置する存在だ。

そう。彼の役割はダークシグナーと闘う事でも、世界を救う事でもないのだ。

星竜王は万物を司る“竜の星”。つまり、赤き竜の声に導かれ、独自の社会と文化を築いたと言う。

そのように、彼が成すべき事は一つ。

赤き竜の声に応える事。星竜王ならぬ、声竜応などとでも言ったものか。



赤き竜はダークシグナー、地縛神との決戦に向け、シグナーを成長させる事を望んでいる。

それを成すべくして、彼はここに導かれたのだ。

薄く笑い、眼下で続くデュエルへと眼を向ける。











「『ドッペル・ウォリアーがシンクロ素材となった事により、ドッペルトークンを二体、特殊召喚する!』」



フィールドに降臨した紅き魔龍の横に、デフォルメされたドッペル・ウォリアーが二体、現れる。

きししと笑う小さな兵士の姿を認め、遊星の顔が更に険しくなった。

俺のターンがここで終わるわけがない。

更に手札からカードを1枚引き抜くと、それをDホイールに叩き付けた。



「『そして、BFブラックフェザー-極北のブリザードを通常召喚ッ!!』」



その名とは逆に白い身体のでっぷりとした鳥が羽搏く。

ブリザードはXの上に降り立つと、その黄色い嘴でセメタリーをこつこつと叩いた。

墓地から溢れる黒い閃光が、俺を包み込むほどに膨れ上がる。



「『ブリザードの召喚に成功した時、墓地に存在するレベル4以下のBFブラックフェザーを特殊召喚できる。

 つまり、グローアップ・バルブの効果で墓地へ送られた、精鋭のゼピュロスを!!』」



黒い双翼が広がる。人型の鳥獣は頭部の蒼い鬣を揺らし、腕を振るう。

綺麗に揃えられた手の五指は鋭く研ぎ澄まされており、その威力を物語っている。

まるで忍者のような格好をしている黒き翼の鳥人は、墓地から立ち上る光とともに俺のフィールドに躍り出た。

そして、ここで再びレッド・デーモンズを除くモンスターたちのレベルの合計は、8。



「『レベル4の精鋭のゼピュロスと、レベル1のドッペルトークン二体!

 三体のモンスターに、レベル2の極北のブリザードをチューニングッ!!!』」



ブリザードがその丸々とした身体を羽搏きで浮かせ、大きく飛び上がる。

はらはらと舞い散る白と黒の混じり合った羽根。

その羽根に飾られた風の中で、三体のモンスターの身体が崩れていく。

合計6つ。光の星と化した連中を引き連れ、ブリザードはくぇと一鳴きした。

弾けるようにその身体も2つの星へ。



「『ファイブディーズ・オブ・ワンッ!!

 薙ぎ払え、ドラゴン・テイルッ! ブラックフェザァアアアアアッ!! ドラゴォオオオオオオオオンッ!!!』」



2つの光の輪を潜る6つの星がその光を極限まで高め、崩壊した。

途端に溢れ返る光が渦巻き、その内から一体の龍を生み出す。

黒い鬣を風に流し、その中に埋もれた真紅の眼光を輝かせる。

細く長い胴体の胸からはその名と反する、白い翼が幾重にもなって広げられた。

胸の直下にはまるで肋骨のような刃が六つ。胴体の先端には薄く広がる尾が揺れる。

大きく翼を広げたブラックフェザー・ドラゴンはその嘴を大きく開け、吼えた。







『う、宇宙仮面デュエリストBLACK・RX選手!

 レッド・デーモンズ・ドラゴンに続き、更なるドラゴンを召喚したぞぉおおお!

 なんだこのドラゴンは、見た事がないモンスターだぁああああ!!』



張り上げられた声は、観客たちの驚嘆の声を連動させた。

その止まらない召喚劇に僅か、氷室も感嘆で顔を曇らせる。

腕を組み、黙りこむ。

そんな中で、矢薙が氷室の肩を掴み、くいと引く。

反応してそちらを向くと、矢薙は実に愉しそうな顔をしていた。



「氷室ちゃん、氷室ちゃん! あの人、ファイブディーズって言ってたよな。

 それってつまり、五体のドラゴンのうち、一体。って事じゃないのかな?

 つまりあの黒いドラゴンと、レッド・デーモンズ・ドラゴンはシグナーの龍かもしれないよ!」

「……ファイブ、D’s……」



だが、それならばあの男が持っているのはおかしいだろう。

黒いドラゴンはともかく、レッド・デーモンズはキングのモンスターの筈だ。

それこそ、シグナーという伝説で讃えられるモンスターならば、そんなに何枚もカードがある筈がない。



「ブラックフェザー・ドラゴン……」



龍可が呟く。

そちらへと眼を向けると、普段の様子とは大きく違い―――と言っても、氷室は普段の様子を深く知っているわけではないが。

先程までとは大きく違う様子。左手で強く、右腕を抑えている。

その様子を不審に思い、氷室は龍可に声をかけた。



「腕がどうかしたのか、龍可」

「……ううん、何でもないの」



全く何でもない筈がないだろう様子で、龍可はスタジアムを奔る二人を見つめる。

いや、見つめているのは遊星の対戦相手の方だろうか。

龍亞と龍可は最初からあの男を知っていた様子だ。知り合いなのだろう。

氷室もデュエルの方に眼を戻す。

このデュエル、どう転んでも何かが大きく変わる。そう感じる空気。



――――負けるなよ、遊星。











「『更に! 手札のクリエイト・リゾネーターは、

 自分フィールドにレベル8以上のシンクロモンスターが存在する時、特殊召喚出来るッ!!』」



白いマスクを被った二、三頭身ほどの小悪魔が出現した。

背後に水色の羽の扇風機みたいなものを背負っている。

悪魔に種族する割に、二枚の白い翼が生えている様子は、まるで正反対で不自然にすら思える。

そのクリエイト・リゾネーターは手にした音叉を振り回し、

ブラックフェザーとレッド・デーモンズに並び立つ。



「『墓地の精鋭のゼピュロスの効果を発動ッ!

 フィールドのカード1枚を手札に戻し、墓地のこのカードを特殊召喚する事が出来るッ!!

 クリエイト・リゾネーターを手札に戻す事で、ゼピュロスを特殊召喚ッ!!』」



クリエイト・リゾネーターの姿が消える。

俺はフィールドのモンスターゾーンに置かれているそのカードを取り外し、代わりに墓地からスライドしてきたカードをフィールドに。



蒼い鬣に黒い翼。

細身の身体は研ぎ澄まされた刃のような鋭さを持ち合わせている。

グローアップ・バルブと同様。この効果はデュエル中に一度と、絶対的なルールによって制限されたもの。

その唯一の手段を今ここで、切る。



「『再びクリエイト・リゾネーターを特殊召喚ッ!!

 そしてレベル4、精鋭のゼピュロスに、レベル3、クリエイト・リゾネーターをチューニングッ!!』」



再度現れた小悪魔がその手に持った音叉を叩き、キィンと音波を響かせた。

途端にクリエイト・リゾネーターの身体は光の輪郭のみを残し、消滅していく。

解れていく輪郭が崩れ落ちた後には、3つの光の星だけ残る。

その星は空を舞うゼピュロスの身体に纏わりつき、円を描く軌道で躍った。

ゼピュロスの身体はやがてクリエイト・リゾネーターと同じく光の輪郭へと変えられていく。

鳥獣が残す星は4つ。合わせた星の数は無論、7。



「『ファイブディーズ・オブ・ワンッ!!

 踏み潰せ、ドラゴン・レッグッ!! ブラック・ローズッ、ドラゴォオオオオオオオオオオンッ!!!』」



暗紅の薔薇が咲き乱れる。

全身で薔薇の花弁を連想させるフォルムを体現するドラゴン。

重なり合った羽が幾重となり、花弁の翼を構成している。

長く伸びた首を揺らし、おさげのように頭部から垂れるトサカを振り乱す。

顎を開き、生誕を示す咆哮。

全身各所から垂らした棘の蔓を引っ提げて、三体目の龍は降臨した。



「ブラック・ローズ・ドラゴンだと!? 十六夜のモンスター、か……!?」

「『イエスでノーだよ。こいつは、“俺”のしもべだ――――!!』」



三体の龍を従え、遊星の前へと躍り出る。

加速力はこちらに分がある。

それを活かし、前から遊星へとプレッシャーを叩き付けていく。

獲物を前に唸りを上げるドラゴンの軍勢を前に、遊星は息を呑んでいた。

くっ、と。俺もまた微かに息を呑むと、自らのしもべたちに指令を下す――――



「『さあ、遊星! お前の全力を引き出してやるよ――――!!

 俺の全身全霊、全てを賭けてなぁ―――――!!!』」











後☆書☆王



ムッキーとのデュエルは久々何もないな。

ガイアはなんとなく土龍をイメージしてるっぽい。金龍かわいいよ金龍。水龍きもいよ水龍、だがそれがいい。

ところで金龍はレベル4と5であんなに外見違うのに、なんで水龍はレベル3、4、5とみんな同じなの?

あと火龍の出番が登場して直後にやられるだけってのは哀しいよ。まあ特に意味はない。



速さが武器、と言ったらやっぱりみんなクーガーを思い浮かべるのかな。まあ俺もだけど。

でも、VAVA・Mk-Ⅱとかも浮かぶ。あのVAVA格好よすぎだと思う。

ところでVAVAはあの頭でどうやってバーボン呑んでたの? 流し込んでるの?



遊星戦は……んー、なんだろ。

まあそれは次回に。デュエルの内容自体はもう出来てるから、後は文にするだけ。

まあそれに時間がかかるのだが。



①相手が強力モンスターを召喚する

②主人公が「なん…だと…!」

③俺たちの戦いはこれからだ的な雰囲気になりつつ、エンディングテーマ

④次回予告でネタバレ←いまここ

⑤次週はアバンタイトルで前回の強力モンスターの召喚シーンのダイジェスト

こんな流れがやりたかった。この流れが大好きなのだ。

ちなみにゼピュロスの効果は忘れてるんじゃなく、次回の冒頭に入れる予定なだけなんだぜ。

いや、黒薔薇出す前に発動してなきゃいけないんだけどさ。

遊星やアンチノミーはトップ、オーバートップなので主人公はオートマ。

特に意味はない。



それにしても主人公のキャラがどんどん俺の考えていたキャラから逆走していく。

こんな普通に主人公なセリフを言う性格にした覚えないんだけどなー。

って言うか誰だこいつ。もっと普通に変態なのが書きたい。

デュエルの内容自体も考えるのに手間食うし、遊戯王以外の息抜きSSでも書いてみようか。



とりあえず仮面ライダーBLACK RX×シュタインズゲートとか。



SERNに捕まり、ゲル化させるため、タイムマシンで過去に送られる南光太郎。

しかしその瞬間不思議な事が起こり…?

「オレは確かに、ほんの少し前まであのタイムマシンの中にいた。

 そしてお前たちの策に乗り、タイムマシンの力で過去に送られたんだ!

 オレはオレの身体が圧縮され、ブラックホールの中心点に取り込まれる寸前、バイオライダーに瞬間的に変身していた。

 そしてオレ自身の身体を液状化させ、ブラックホールの中心点を潜り抜け、液状化したまま過去に辿り着いたんだ!

 過去に着いたオレはRXに戻り、キングストーンの導きでこの時代に戻ってきた!!」

そして引き抜かれるリボルケイン。

君は光の戦士だ、というフレーズで始まる処刑用BGM。

もう許してやれよ。



どうだ! ――――ないな、これは。





ファンゴ様よりご指摘。

>>>ファイブディーズ・オブ・ワンッ

>>これマジかっこいい惚れる口上だと思うんだけど、直訳すると「一の五竜」。

>>「五竜の一」とすれば”ワン・オブ・ファイブディーズ”なのではと

>>逆に「壱の五竜」とすれば黒羽や黒薔薇は”5d's of two”、”5d's of three”と宣言されても……とか



なん、だと……! か、勘違いしないでよね! 適当にセリフ書いたら、そうなっちゃてただけなんだから!

と、まあ純粋に間違えただけなのですが。

さして意味を考えずに適当なセリフを書いたと言うのも本気ではありますが。

ただまぁ、俺の圧倒的な英語力を修正したらしたで二重に恥ずかしいので、意味をこじつけます。

個人的に逆にするよりこっちの方が発音が好みと言うのもある。



「分かたれた力の一欠片、その姿こそ赤き竜の化身!」的な意味に脳内で変換して下さい。

どちらにしろ直した方が自然? そりゃそうだ。

そうなってくるとザ・フラグメント・オブ・ファイブディーズとか?

日本語でおk。

私の圧倒的廃センスな英語力のご指摘、ありがとうございます。



ノーバディ様よりご指摘。

>>誤字?

>>四本の腕で支えるのは円盤状の岩石の塊。本来血を踏み締めるのだろう、四脚は今は浮遊している。

>>本来血を→本来地を

修正しました。ありがとうございます。



[26037] スーパー墓地からのトラップ!? タイム
Name: イメージ◆294db6ee ID:91414644
Date: 2011/11/13 21:12








「レベル8の、シンクロモンスターッ……!」

「さあ、遊星! 今の俺は前回とは違う意味で自重していないぜ、フライングもフライング――――

 誰に何を言われたって、もう俺は舞台から降りないッ!

 ならさぁ、やれる全てをやってみるのがいいと思うんだよな。

 構わないよ。何が起きても、何があっても、何を覚えても、俺は、俺たちは―――――ッ!!!」



視界が赤く、思考が鋭く、研ぎ澄まされていく。

ホープ・トゥ・エントラストのボディの各所が展開し、そこから赤い粒子を放出する。

200Km/hで流れて行く風景がスロウになり、周囲に満ちる人の心の断片が流れ込む。

オーディエンスの心が聞きたいわけじゃない。

ただただひたすらに、不動遊星をロックする。

相棒と一つにした心の中に、自然と流れ込んでくる一つのワード。

――――機械仕掛けの心境地。

右腕を掲げると、そこに、赤い光が集束していく。



「なに……っ、ぐ――――!」



遊星の腕にもまた、ドラゴン・テイルの痣が浮かぶ。

恐らくは観客席の龍可も、ディバインとともに帰還している途中だろうアキも、そして玉座に頂くジャックも。

そして、ゴドウィンが保管しているルドガーの腕も。

俺の腕に集った光が、一つの痣を描いて行く。今世において、ジャック・アトラスの宿す痣。

ドラゴン・ウィング――――!



俺にはオリジナルのそれを扱う事などできない。

だが、それに近しい力の片鱗を、この相棒と一緒にならば扱う事を許される。

故にそれは、



「『俺たちが導きだした答え、機械仕掛けの心境地オートマティック・クリアマインドォオオオッ!!!』」



視界がより赤く赤く。紅に染まった世界の中で、三体のモンスターが燃え上がる。



「『レベル5、パワー・ジャイアントとレベル2、ドッペル・ウォリアーに、レベル1、グローアップ・バルブをチューニングッ!!!』」



球根がその瞳を閉じ、純白の花の中央から光の星を一つ、吐き出す。

星と化したグローアップ・バルブの抜けがらは瞬く間に枯れ落ち、消失していく。

その一つ星が取り囲むのは宝石のゴーレムと、黒い軍服の兵士の姿。

巨大な光輪になった星に取り囲まれた二体の身体が透け、輪郭のみを光として残し、消えていく。

光の輪郭が弾け、七つの星と化す。

合計の星は8。それが導くモンスターの姿は――――



「『ファイブディーズ・オブ・ワンッ!!

 羽搏けッ、ドラゴン・ウィングッ! レッド・デェエエエモンズッ!! ドラゴォオオオオオオオオオオンッ!!!!』」



紅蓮の炎が溢れ、その中から龍の巨躯が躍り出る。

頭部には悪魔の如き三本角。真紅と黒、さながら溶岩の如き彩色で飾られる肉体。

膨れ上がった筋肉の鎧は圧倒的なパワーの証明。

ばさりと背後に大きく翼膜を広げ、飛翔する絶対的な破壊力を持つ、紅蓮魔龍。

雄々、と。

咆哮とともに放たれたブレスがスタジアムを紅蓮に変える。

燃え盛る空を悠々と、王者の貫録を持って駆ける魔龍。

その名は、レッド・デーモンズ・ドラゴン。



「レッド……デーモンズッ……!」



遊星の戦慄が声となって絞り出された。

己の盟友、ジャック・アトラスのみが持ち得る最強のしもべの姿をこの場に見たのだ。

その反応も当然の事だろう。

俺はその様子に微かに唇を歪め、更に続く効果の発揮を宣言した。


「『ドッペル・ウォリアーがシンクロ素材となった事により、ドッペルトークンを二体、特殊召喚する!』」



フィールドに降臨した紅き魔龍の横に、デフォルメされたドッペル・ウォリアーが二体、現れる。

きししと笑う小さな兵士の姿を認め、遊星の顔が更に険しくなった。

俺のターンがここで終わるわけがない。

更に手札からカードを1枚引き抜くと、それをDホイールに叩き付けた。



「『そして、BFブラックフェザー-極北のブリザードを通常召喚ッ!!』」



その名とは逆に白い身体のでっぷりとした鳥が羽搏く。

ブリザードはXの上に降り立つと、その黄色い嘴でセメタリーをこつこつと叩いた。

墓地から溢れる黒い閃光が、俺を包み込むほどに膨れ上がる。



「『ブリザードの召喚に成功した時、墓地に存在するレベル4以下のBFブラックフェザーを特殊召喚できる。

 つまり、グローアップ・バルブの効果で墓地へ送られた、精鋭のゼピュロスを!!』」



黒い双翼が広がる。人型の鳥獣は頭部の蒼い鬣を揺らし、腕を振るう。

綺麗に揃えられた手の五指は鋭く研ぎ澄まされており、その威力を物語っている。

まるで忍者のような格好をしている黒き翼の鳥人は、墓地から立ち上る光とともに俺のフィールドに躍り出た。

そして、ここで再びレッド・デーモンズを除くモンスターたちのレベルの合計は、8。



「『レベル4の精鋭のゼピュロスと、レベル1のドッペルトークン二体!

 三体のモンスターに、レベル2の極北のブリザードをチューニングッ!!!』」



ブリザードがその丸々とした身体を羽搏きで浮かせ、大きく飛び上がる。

はらはらと舞い散る白と黒の混じり合った羽根。

その羽根に飾られた風の中で、三体のモンスターの身体が崩れていく。

合計6つ。光の星と化した連中を引き連れ、ブリザードはくぇと一鳴きした。

弾けるようにその身体も2つの星へ。



「『ファイブディーズ・オブ・ワンッ!!

 薙ぎ払え、ドラゴン・テイルッ! ブラックフェザァアアアアアッ!! ドラゴォオオオオオオオオンッ!!!』」



2つの光の輪を潜る6つの星がその光を極限まで高め、崩壊した。

途端に溢れ返る光が渦巻き、その内から一体の龍を生み出す。

黒い鬣を風に流し、その中に埋もれた真紅の眼光を輝かせる。

細く長い胴体の胸からはその名と反する、白い翼が幾重にもなって広げられた。

胸の直下にはまるで肋骨のような刃が六つ。胴体の先端には薄く広がる尾が揺れる。

大きく翼を広げたブラックフェザー・ドラゴンはその嘴を大きく開け、吼えた。



「くっ……!」



レッド・デーモンズに勝るとも劣らぬ巨龍の降臨。

それを眼にした遊星の表情が更に固く、引きしめられていく。

だが、それで終わりではない。



「『更に! 手札のクリエイト・リゾネーターは、

 自分フィールドにレベル8以上のシンクロモンスターが存在する時、特殊召喚出来るッ!!』」



白いマスクを被った二、三頭身ほどの小悪魔が出現した。

背後に水色の羽の扇風機みたいなものを背負っている。

悪魔に種族する割に、二枚の白い翼が生えている様子は、まるで正反対で不自然にすら思える。

そのクリエイト・リゾネーターは手にした音叉を振り回し、

ブラックフェザーとレッド・デーモンズに並び立つ。



「『墓地の精鋭のゼピュロスの効果を発動ッ!

 フィールドのカード1枚を手札に戻し、墓地のこのカードを特殊召喚する事が出来るッ!!

 クリエイト・リゾネーターを手札に戻す事で、ゼピュロスを特殊召喚ッ!!』」



クリエイト・リゾネーターの姿が消える。

俺はフィールドのモンスターゾーンに置かれているそのカードを取り外し、代わりに墓地からスライドしてきたカードをフィールドに。



蒼い鬣に黒い翼。

細身の身体は研ぎ澄まされた刃のような鋭さを持ち合わせている。

グローアップ・バルブと同様。この効果はデュエル中に一度と、絶対的なルールによって制限されたもの。

その唯一の手段を今ここで、切る。



「『精鋭のゼピュロスがこの効果により特殊召喚された事により、俺は400ポイントのダメージを受ける――――!』」

「自身のライフを削り、特殊召喚されるモンスター……!」



ゼピュロスの身体を包み込むように燃え上がる蒼い炎が、俺に向かい迸った。

しかしそれは俺に直撃する寸前に停滞し、ゆらゆらと揺らめきだす。

その瞬間、ブラックフェザー・ドラゴンの長躯が動き出した。

黄色い嘴のような顎を開き、そのゆらめく炎を一息に呑み下す。

幾重も重なり振れている白い羽の4分の1程度が赤黒く染め上げられていく。



「『だが、ブラックフェザー・ドラゴンが存在する時、俺は効果ダメージを受けない!

 発生した効果ダメージは無効になり、代わりにブラックフェザー・ドラゴンに黒羽カウンターを一つ乗せる!

 黒羽カウンター一つにつき、ブラックフェザー・ドラゴンの攻撃力は700ポイントダウン!

 更にこの黒羽カウンターを取り除く事で、相手モンスター一体の攻撃力をカウンターの数×700ダウンさせ、

 ダウンさせた数値だけ、相手のライフにダメージを与える効果をも持っている……!』」

「自身のダメージを無効にし、相手だけにダメージを……」



赤黒く染まった羽は、その飛翔能力を犠牲に主人を焼く炎を呑み込んだ証。

自らを従える者をけして傷付けさせない。代償として自身の白き羽を黒く焦がす。

燃え盛る炎のように赤く明滅するその羽の色は、まるで痛みに流す血の色。

白く輝く黒い羽シャイニング・ダークネスを羽搏かせ、今一度黒羽龍は咆哮を上げた。



「『再びクリエイト・リゾネーターを特殊召喚ッ!!

 そしてレベル4、精鋭のゼピュロスに、レベル3、クリエイト・リゾネーターをチューニングッ!!』」



再度現れた小悪魔がその手に持った音叉を叩き、キィンと音波を響かせた。

途端にクリエイト・リゾネーターの身体は光の輪郭のみを残し、消滅していく。

解れていく輪郭が崩れ落ちた後には、3つの光の星だけ残る。

その星は空を舞うゼピュロスの身体に纏わりつき、円を描く軌道で躍った。

ゼピュロスの身体はやがてクリエイト・リゾネーターと同じく光の輪郭へと変えられていく。

鳥獣が残す星は4つ。合わせた星の数は無論、7。



「『ファイブディーズ・オブ・ワンッ!!

 踏み潰せ、ドラゴン・レッグッ!! ブラック・ローズッ、ドラゴォオオオオオオオオオオンッ!!!』」



暗紅の薔薇が咲き乱れる。

全身で薔薇の花弁を連想させるフォルムを体現するドラゴン。

重なり合った羽が幾重となり、花弁の翼を構成している。

長く伸びた首を揺らし、おさげのように頭部から垂れるトサカを振り乱す。

顎を開き、生誕を示す咆哮。

全身各所から垂らした棘の蔓を引っ提げて、三体目の龍は降臨した。



「ブラック・ローズ・ドラゴンだと!? 十六夜のモンスター、か……!?」

「『イエスでノーだよ。こいつは、“俺”のしもべだ――――!!』」



三体の龍を従え、遊星の前へと躍り出る。

加速力はこちらに分がある。

それを活かし、前から遊星へとプレッシャーを叩き付けていく。

獲物を前に唸りを上げるドラゴンの軍勢を前に、遊星は息を呑んでいた。

くっ、と。俺もまた微かに息を呑むと、自らのしもべたちに指令を下す――――



「『さあ、遊星! お前の全力を引き出してやるよ――――!!

 俺の全身全霊、全てを賭けてなぁ―――――!!!』」











『なんとぉッ! 宇宙仮面デュエリストBLACK・RX選手!

 先程のデュエルで十六夜アキ選手が召喚したブラック・ローズ・ドラゴンをも召喚してみせたぞぉおおお!?

 これは一体、どういう事なんだぁあああああああああッ!!!』



盛り上がっていた観客席の歓声がざわめきにシフトしていく。

一試合前、フィールドに立っていたのはサイコデュエリストにして、黒薔薇の魔女の名を持つ十六夜アキ。

そして正義の代行者、鉄血の騎士の異名をとるデュエリスト、ジル・ド・ランスボウ。

そのデュエルの結果のみを伝えるのであれば、一言。十六夜アキの勝利。

それだけで事足りるだろう。



だがしかし、サイコデュエリストを相手に本気を出させたジル・ド・ランスボウが敗北する事。

それは最悪ならば彼の命にすら関わる事を意味している。

サイコデュエリストとは原因不明の特殊体質であり、デュエルにおいて力が発揮される。

例えばカードに描かれたモンスターを実体化させたり、例えば魔法カードから実際に炎や風が発生したり、と。

当人の資質によって威力は増減するが、発現する現象としては概ねそのようなところだ。

サイコデュエリストは何の力も持たない人間たちからは恐怖の対象であり、また忌むべき敵である。

力を有する人間の人格すら無視して敵と断じる理由は、恐怖から生じるものに違いない。



十六夜アキ。

彼女が黒薔薇の魔女と呼ばれ、畏怖される所以は、その資質の高さ故。

そして力を制御せずに圧倒的な破壊を周囲に振りまく、その名の通り魔女の所業を行っているが故だった。

そこにどんな理由があろうとも、破壊の限りを尽くす魔女は、恐怖の権化以外の何物でもない。

故に先程まで、このスタジアムの中には十六夜アキに対する罵詈雑言が飛び交っていたのだ。

その彼女のものと、全く同じモンスターの出現に会場の空気は戸惑っていた。



「つまりあの女の子もシグナーって事かい!?

 いやぁ、この大会には五人のうち、何人もシグナーが揃っちゃってるんだねぇ。

 遊星ちゃんだろ? それにキングと、あの女の子と、今遊星ちゃんと闘っている子。

 長生きはしてみるもんだねぇ。こんな凄い光景見られるなんて」

「………五人のシグナーの内、四人までも、が……?」



そもそもにしてそのシグナーの伝承自体が眉つばだ。

が、しかし。そうなってくると、むしろそこに何かの共通点が存在する事に違和感を覚える。

遊星と、あの宇宙仮面デュエリストBLACK・RX。

そして十六夜アキ。それにキング。まず彼らが全員シグナーであると仮定しよう。

そんな事が偶然であってたまるものか。



――――脅迫という犯罪手段すら辞さず、遊星をこの場に導いた治安維持局。

いや、レクス・ゴドウィン。

その目的がこの大会にシグナーと呼ばれる存在を集める事だとしたら―――?

だとすれば、もう一人。この場にシグナーが存在する筈だ。

そう、無作為に選ばれたとしてはいるが、そんな筈がないだろう。

だとすれば、あのボマーという男か、鉄血の騎士ジル・ド・ランスボウか……四戦目の試合を待つ二人の内どちらかか。

いや、彼らよりも遥かにあの場に場違いに見えるほどのデュエリストがいた……



氷室は横目で龍亞と龍可を見る。

今回は龍可がこの大会の参加者として選ばれ、しかし龍亞が出場していた。

――――思えば、妙なところがあったデュエルだ。

確かに龍亞の奮闘には氷室自身、眼を瞠った。

だがしかし、あのボマーという男は恐らく己の上を行く、プロクラスの中でも上位に位置できるデュエリスト。

言っては悪いが、今の龍亞では相手など出来ない筈だ。

しかしボマーは導くように、昂ぶらせるようにデュエルの展開をコントロールし、龍亞を追い詰めていった。

まるで何かを待っているかのように。

それは本来龍亞相手にではなく、龍可を相手に行われる筈だった攻めなのだろう。



つまり、五人目のシグナーは、龍可。

今の状況、そこに存在するあらゆるピースを組み上げて見れば、その可能性はとても高いように思えた。

視線をスタジアムを奔る二人のデュエリストに向け、口の中で呟く。



――――一体何を考えている。レクス・ゴドウィン……











――――俺の手札は残り1枚。

無論それは遊星だって分かっているし、隠す必要もないのだ。

ならばこそ、そこに生まれるのは次手の予測なわけだが。



「『伏せリバースカードをセット!』」

「―――――!」



これで俺の手札は0枚。

互いのスピードカウンターは未だ1。元よりこの状況でスピードスペルは有効に使われない。

だからこそさして意味はないのだが、これで確定した。

俺はこのターン、既に発動出来るカードを持っていない。

セットしたカードの効果は魔法マジックトラップに関わらず次ターン以降。

手札から発動できるトラップだろうが墓地から発動できるトラップだろうが、変わらない。



「『さあ、バトルフェイズだ!!』」



瞬時に、この場で最も攻撃力の高いモンスター。

即ちレッド・デーモンズ・ドラゴンが遊星へと向き直り、その牙を剥く。

レッド・デーモンズには守備表示モンスターを攻撃した時発動する、絶対破壊能力。デモン・メテオが備わっている。

今、遊星のフィールドに守備表示で存在しているマッシブ・ウォリアー。

如何にあれが戦闘破壊に対する耐性を持ち合わせていようが、魔龍の炎の前には意味を成さない。



「『焼き払え、レッド・デーモンズ・ドラゴンッ!!』」



魔龍が顎を閉じ、その口の端から漏れ出る炎を周囲にばら撒く。

舞い散る火の粉の先に見据える相手は、当然の如くマッシヴ・ウォリアーとなる。

その巨躯に漲る力を大きく溜め込み、凝縮されていく。

裡に燃え盛る炎を蓄え、固く閉じられた顎。それは開かれた瞬間に炎の奔流を迸らせるだろう。

もし、それをまともに浴びる事となれば、マッシブ・ウォリアーはいとも容易く融解する。



「『灼熱の――――クリムゾン・ヘル・フレアァアアアアッ!!!』」



ぐわ、と。一気に開かれた顎から炎が溢れた。

横向きに火山が噴火したかのような、圧倒的な熱量が暴走する。

即座にマッシブ・ウォリアーが四本の腕を繰り、眼前へと抱える岩盤を突き出した。

並みの攻撃ならばそれで止められる。

だがしかし、破壊神レッド・デーモンズの攻撃は並ではない。

ならば、どうするかと。



トラップ発動! くず鉄のかかし!!」

「『――――――』」



にい、と。唇を歪めて笑う。

マッシブ・ウォリアーに目掛けて奔る炎の前に、金属のフレームを組み上げたかかしが聳え立つ。

頭部の代わりにボロボロのヘルメットを被せられたそれは、万象一切を破壊するブレスを正面から受け止めた。

一瞬で燃え上がり、金属のフレームが拉げていく。

だが、それでも崩壊はしない。

レッド・デーモンズがブレスを吐き尽くすまでそれは、マッシブ・ウォリアーを庇い続けた。



ブレスが止むと同時に倒れ込み、再びセット状態となるくず鉄のかかし。

止められた、が。それでいい。2枚の伏せリバースを前に通せるとは思っていなかった。

むしろ、レッド・デーモンズの攻撃を止めたと言う事は、こちらの優勢を揺るがせない事を意味している。











「――――危なかったぜ、このレッド・デーモンズの攻撃が通れば、マッシブ・ウォリアーは効果によって破壊されていた。

 その上、ブラックフェザー・ドラゴンとブラック・ローズ・ドラゴンが控えてやがる……

 初っ端からとりにきてるぜ、こいつは……」



氷室の呟きに、一瞬の内に遊星が追い込まれた事を理解する矢薙。

あわわわと口に手を当てて、スタジアムで疾走を続けるDホイールを見詰めた。

天兵は同じく遊星のフィールドを見据え、そこに存在するモンスターへと視線を送る。



「マッシブ・ウォリアーは一度だけ破壊されないモンスター。

 このターンは、何とか二体のモンスターの連続攻撃を受け止めきれるけど……」

「そんな事ない! 遊星はきっと何とかするさ!」



次のターンはない。

言外にそう言うと、龍亞は天兵の言葉を真っ先に否定した。

僅かに祈りさえ込めたその視線が、遊星に届くか。

そんな事を考えながら、氷室は押し黙り、次の手を見届ける。











だが、レッド・デーモンズは相手のモンスターを破壊するだけではない。

自分のエンドフェイズ、そのターン戦闘を行っていない自軍モンスターをも破壊する。

だからこそ、くず鉄のかかしは俺に対する攻撃手段となりえる。

奴がレッド・デーモンズの攻撃に対しくず鉄のかかし。

2枚のうち、1枚。伏せリバースの正体を晒した事により、もう1枚の輪郭が見えてくる。



くず鉄のかかしをレッド・デーモンズ以外。

ブラックフェザーか、ブラック・ローズ。どちらかに対して使用していれば、どちらかの破壊を誘えた。

俺はエース三体を並べるために1枚残して手札を使い切り、その残った手札1枚も、セットしている。

つまりこのターン発動できるカードは、モンスター効果を残して他にはない。

戦術を全て晒している俺に、対応を迷う必要はない。



マッシブ・ウォリアーはレッド・デーモンズのデモン・メテオに破壊され、遊星は残した龍一体の直接攻撃を受ける。

最低でも2100。ライフは削られる事となるのだ。

しかし俺の場のエースは一体削がれ、かつ次のターン俺の場のモンスターは二体となる。

次のターンもレッド・デーモンズを素直に守備モンスターで堪え、くず鉄のかかしで残る一体の攻撃を止める。

そうすれば、そちらも勝手に自壊してくれる。



ライフを捨てる事でこちらのフィールドをかき乱せる状況は、確実に形成されていた。

俺の手札は0枚。対する遊星の残る手札3枚に切り返しの戦術が皆無な筈がなかろう。

こちらが反撃をしたとしても、遊星自身の方が確実に広く、状況に即した反応ができるタイミング。

だと言うのに、彼はその戦法ではなく、レッド・デーモンズを止める戦略を取った。



しかし、それはつまり、もう1枚のトラップは攻撃に対するトラップではない、と言う事だ。

レッド・デーモンズの攻撃を通し、マッシブを破壊される。

しかしくず鉄のかかしと、もう1枚の攻撃に対するトラップがあれば、こちらは攻撃を通せない。

かつ、エンドフェイズにはレッド・デーモンズ以外が自滅する事となる。

ならば、迷う必要などない。どちらにせよレッド・デーモンズがいる以上は攻撃をしなければならないのだし。



「『さあ、ブラックフェザー・ドラゴンでマッシブ・ウォリアーを攻撃!!』」



四分の一程度が赤黒く染まった羽をばさばさと揺り動かす。

嘴状の顎の中に集束するのは赤と黒が渦巻く光。

羽が大きく跳ねあげられ、その全長を示すように全開に広げられた。

それと同時に、膨れ上がる閃光がブラックフェザー・ドラゴンの口腔から吐き出される。



「『ノォーブル・ストリィイイイイイイイイイイイムッ!!!』」



黒い極光がマッシブ・ウォリアーに向かい、殺到した。

四の腕で構えられた岩盤の盾に突き刺さる光芒が弾け、千切れ飛びながら盾を撃ち砕いて行く。

ブラックフェザー・ドラゴンは黒羽カウンター、羽に負った傷がために、その攻撃力を2800から2100まで落としている。

とはいえ、マッシブ・ウォリアーの守備力1200を遥かに凌駕する値。

光の渦に呑み込まれ、爆砕される寸前。

マッシブ・ウォリアーは手にした岩盤の盾を放し、横へと跳び退った。瞬間、爆散する岩盤。



「くっ……! マッシブ・ウォリアーは1ターンに一度、戦闘では破壊されない!!」



盾が爆砕されようと、本体が無傷であるのならばそれは決着じゃない。

防御力ならばまるで勝負になっていないものの、しかしマッシブ・ウォリアーの真骨頂はその耐久力。

岩盤を身代わりに、本来一撃の許に下される勝敗の決着は流された。



しかし、それはたった一度だけの回避策。

ごうごうと音を上げて、逆巻く血のように紅い花弁の舞。

それは残る三体目のドラゴン。ブラック・ローズが巻き起こす威風。

長い首をゆっくりと後ろに引き絞った黒薔薇龍が、構えるべき盾を失くした戦士をねめつけた。

さながら花粉が撒き散らすように、その龍は口から冷火を放出する。



「『ならば二撃目だ! ブラック・ローズ・ドラゴンによる追撃――――!!

 ブラック・ローズ・フレアァアアッ!!!』」



暗紅の炎が龍の顎から放たれた。

それは過たず巌の如き戦士を目掛けて一直線に。

岩盤の盾を失っている奴には、四本の腕を目前で交差させる事で守りに入る以外の選択肢がなかった。

直撃した瞬間に爆ぜる炎が腕を全て持っていく。

放出され続けるブレスは無論それだけでなく、マッシブ・ウォリアーの全身を焼き払う。

原型を保っていたのは数瞬、瞬く間に溶解し、蒸発していく。



「『マッシブ・ウォリアー、爆砕!!』」



炎の中でマッシブ・ウォリアーの残骸が爆散する。

その衝撃に揺れる遊星号の上で、しかし遊星は眼を逸らさずにその結果を見届け、

Dホイールの伏せリバーススイッチを叩いた。



「だが、マッシブ・ウォリアーが戦闘によって破壊されたこの瞬間!

 トラップ発動! リベンジ・リターンッ!!」

「『リベンジ・リターン……?』」

「戦闘によってモンスターが破壊された時、デッキからカードを1枚ドローする!!」



そう言って、遊星はデッキから1枚のカードを引き抜いた。

なるほど、このトラップならば、レッド・デーモンズの効果破壊は天敵だろう。

さあ、こちらの開幕は見せつけた。後は遊星、お前がどう応えてくるかだ。

読ませてもらうぜ、お前の展開。



「『ターンエンド』」

「オレのターンッ! ドローッ!!」



これで遊星の手札は5枚。

俺にはまるで関係がないために気にしようがないが、スピードカウンターは2。

対する俺の手札が尽きている事を思えば、これは酷く追い詰められているような気分にすらなってくる。

フィールドは確実に俺が支配しているが、それはどうせ一時的なものにすぎない。

だって、相手は遊星なんだから。



遊星は数秒間手札のカードを眺め、自身の取るべき戦術を確定させる。

手札から指で取るカードは2枚。

そのカードのうち1枚を魔法マジックトラップゾーンに差し込み、もう1枚をモンスターゾーンへ。

思い切りモンスターゾーンに出されたカードが火花を上げる。

Dホイールのモーメントエンジンが描き出すソリッドヴィジョンが、遊星の目前に。



「カードを1枚伏せて、シールド・ウィングを守備表示で召喚!!」



緑色の体色の翼竜がその翼を大きく羽搏かせ、フィールドに現れる。

防御力も高くなければ、攻撃力に到っては持ち合わせていない。

戦闘を行う為のモンスターではないのが明白な、低級モンスター。

しかしその柔い翼膜は、どれだけの威力を孕んだ攻撃であろうと受け流す、最強の盾。



「シールド・ウィングは1ターンに二度、戦闘による破壊を無効にする。

 ターンエンドだ」

「『俺のターン、ドローッ!!』」



スピードカウンターが更にカウントアップし、互いの数値が3に。

シールド・ウィングは守備力が高いわけではないものの、確かに堅牢かつ強固な盾。

とはいえ、その強固な盾を一撃の許に屠る最強の矛が、俺のフィールドに席巻している。

しかしそこで邪魔になるのが遊星の場に存在しているくず鉄のかかしだ。



更に言えば、もっと厄介なのが今のターンに伏せられた更なる伏せリバース

ライディングデュエルに速攻魔法は存在しないが故、ほぼ確実にトラップ

ブラフの可能性はなくもないが、その可能性は考えるだけ無駄だろう。

――――だとして、可能性が高いのは……矢張り、攻撃に対する備えだ。

俺がレッド・デーモンズを従えている限り、攻撃は強制されていると言っていい。

だが、シールド・ウィングの効果から、ブラックフェザーとブラック・ローズ。

二体のモンスターでは破壊できない。



俺がこのターン引いたカードは……モンスター。

シールド・ウィングの守備力900を上回る攻撃力も持っている。

レッド・デーモンズの攻撃でくず鉄のかかしを使わせ、ブラックフェザー、ブラック・ローズ、更にもう一体で攻撃。

シールド・ウィングは破壊され、再び遊星のフィールドはガラ空きになる。

だが、もう1枚が攻撃を防ぐトラップであれば、俺はこのターンを無駄にする。



選択肢はもう一つ。

墓地の植物族モンスター、グローアップ・バルブを除外する事で発動する、ブラック・ローズの効果。

ローズ・リストリクション。

守備表示モンスターの攻撃力を0にし、強制的に攻撃表示に変更させる効果。

シールド・ウィングの攻撃力は元より0。こいつを攻撃表示に変更し、全モンスターで攻撃。

くず鉄のかかし。そしてもう1枚のトラップで防がれても一撃通る。

更にモンスターを召喚しておけば――――しかし、ゲームエンドに持っていくほどの火力は出ない、か。

どちらかと言えば、こちらの方が正しいように思える選択肢。

グローアップ・バルブの蘇生効果はデュエル中に一回。既に効果は使えない。

ならば、コストとして除外したとしても痛くはない。



だがここで気にかかるのは、遊星はジル・ド・ランスボウとアキのデュエルを見ている。

無論、ローズ・リストリクションの効果も知っているだろう。

この段階では攻撃表示のモンスターの攻撃力も0に出来た筈だったが、まあそれは些事。

遊星が使うカードの中で、この場を容易に切り抜けるためには……



例えば、強制終了。

ブラック・ローズの効果を使わせ、シールド・ウィングを攻撃表示に変えさせた上で、強制終了のコストにする。

こちらは全く損しか残らない。

ブラックフェザー、ブラック・ローズは自壊を強要され、墓地のモンスターをコストにした効果を無駄撃ちさせられる。

――――ならば、こちらはモンスターの召喚を行うべきではないか。

あえて召喚を行わずにこのまま攻める。



前のターン出されたトラップは、ブラフの可能性も0じゃない。

まぁ、間違いなく何か、こちらに打撃を与えるだろうものだろうが。

まずその存在を除外して考える。

単純に。



「『ならば、ブラック・ローズ・ドラゴンの効果を発動!

 墓地の植物族モンスターをゲームから除外し、相手フィールドの守備表示モンスターを攻撃表示にする!!

 墓地のグローアップ・バルブを除外! シールド・ウィングを攻撃表示へ変更!!

 ローズ・リストリクションッ!!!』」



Xのセメタリーゾーンからスライドしてくる1枚のカード。

グローアップ・バルブのカードを摘まみ取ると、除外カード用のゾーンへと流し込む。

するとブラック・ローズの目前に半透明に透けたグローアップ・バルブの姿が現れる。

それ何一つ迷うことなく、一口で喰らう薔薇龍。

目玉を開く球根を大口で楽々と飲み干し、ブラック・ローズは瞳に炎を滾らせた。

揺らめく蔦が明確な意図を持って繰られ、相対するシールド・ウィングを目掛けて放たれた。



幾条もの触手は瞬く間にシールド・ウィングの身体を取り巻いた。

両翼、盾となる翼で胴体を庇っていた盾鳥は、その蔓に絡め取られ、翼を無理矢理広げられる。

咽喉から絞り出される悲鳴が響く。



「『例え破壊されずとも、攻撃表示になった以上、これでシールド・ウィングはただの的に過ぎない――――!!』」

「くっ……!」



遊星は苦悶の表情を零す。が、そんなものを額面通りに受け取れるか。

これで俺の墓地からは植物族モンスターは消失し、ローズ・リストリクションは使えない。

そして、もう一体。



横目で追従するブラックフェザーを見る。

その翼は一部が紅く染まり、血が滴っているかのような有様。

黒羽カウンター。これがある以上、ブラックフェザーの攻撃力は元々の2800から2100になったままだ。

これを取り除く事は簡単だ。

シールド・ウィングに対してカウンター発散効果、ブラック・バーストを使えばいい。

ブラック・バーストは黒羽カウンターを全て取り除く事で、

その数×700ポイント相手の攻撃力を下げ、その数値だけ相手ライフにダメージを与える。

シールド・ウィングの攻撃力は元より0。下げる事は出来ない。

同時に攻撃力が下げられない以上、ダメージも与えられない。

だがそれでも、ブラックフェザーの攻撃力は元に戻る。



このターンの攻撃はさておき。

相手にターンを回すのに、自分の場のモンスターの攻撃力が2100と2800では大きく違う。

2800であればそうそう上回れるものではないが、2100となれば難しい事ではない。

――――現状、ブラック・ローズは攻撃力2400の通常モンスターと変わりない状態。

対するブラックフェザーは、攻撃力低下とダメージ無効を持つモンスター。

どちらが厄介かと言われれば、ブラックフェザー・ドラゴン。と言う事になる。

排除するならば、ブラックフェザーから。

だが、しかし……



「『――――バトルッ!!!』」



このターン、黒羽カウンターは使わない。

攻撃力を700ポイントダウンさせ、ライフを700削るこの効果。

ただ警戒に吐き出すのは無為に過ぎる。



俺の宣言と同時に真紅の翼が大きくうねり、羽搏いた。

荒ぶるレッド・デーモンズの顎の奥に集束するのは、紅蓮の火炎。

膨れ上がる熱量が風を焦がし、周囲を黒煙に振りまく。

ゆっくりと開かれた口から溢れる溶岩流が、一気呵成に拘束され、無防備な姿を晒す盾鳥に向けて放たれた。



「『灼熱のクリムゾン・ヘル・フレア―――――!

 攻撃力3000を誇るレッド・デーモンズの一撃は、シールド・ウィングの守りを超過し遊星!

 お前のライフを焼き払うッ―――!!』」



殺到する火炎は一撃の許に遊星のライフを4分の3、抉り取るだろう。

しかしそれは彼が何のアクションも起こさねば、の話だ。

少なくともくず鉄のかかしがある状況で、彼が何もしない筈がない。

遊星がDホイールのディスク部分へと手を伸ばす。

発動するのはくず鉄のかかしか、或いは……



トラップ発動、ガード・ブロックッ!!」

「『戦闘ダメージを0にし、カードを1枚ドローできるトラップ……!』」



戦闘破壊までは無効にせず、代わりにデッキからのドロー。

しかし、元より戦闘破壊に対する耐性を持ち合わせているシールド・ウィングならば関係ない。

炎の乱流は留まる事無く蔓に縛り上げられた盾鳥を捉え、呑み込んでいく。

だが燃え尽きない。

万物を焼き尽くす業火の只中においてなお、彼の翼が燃え尽きる事はない。

突き抜ける火炎の余波は盾鳥の背後を走る遊星へと襲いかかるが、しかし見えない膜に覆われている彼には届かなかった。



「『―――――だが次だ! 続け、ブラック・ローズ・ドラゴンッ!!

 シールド・ウィングへと攻撃、ブラック・ローズ・フレアァアアアアッ!!!』」



レッド・デーモンズの攻撃の余波が火の粉と化し舞い散る空域。

翼を焼かれながらもしかし、揺るがない鳥獣に、更なる攻撃が向けられる。

首を大きく逸らし、口腔に紫炎を溜め込む。

毒々しい輝きを放つ炎を口に蓄えたままに僅かに停滞。

この攻撃に対し、さあどうする遊星――――!



どっ、と。

ブラック・ローズがその長い首を前へ向け、振り抜くように突き出す。

同時に迸る炎の乱流がシールド・ウィングへと解き放たれた。

雪崩の如く押し寄せる毒炎が、矮小な盾翼を呑み込む、直前。



遊星は腕を大きく振るい、Dホイールに差し込まれたカードの起動スイッチを叩く。

俺たちの捉えているフィールドディスプレイ。

遊星側のフィールドに存在する伏せリバースカードが点滅し、表側表示に。

その瞬間、微かに俺の口が緩んだ。



トラップ発動―――! くず鉄のかかしッ!!」



ボロボロの鉄のフレームは今にもくずおれそうで、しかしけして折れぬ最硬の盾。

迎い来る紫炎の爆流をシールド・ウィングの目前に聳え立つ事で受け止める、くず鉄のかかし。

頭部にあたる部分に引っかけられたヘルメットに直撃した炎が裂け、弾け飛ぶ。

ライディングフィールドに撒き散らかされる燐の中を疾走する遊星。

シールド・ウィングを庇い、焦がされたかかしがぱたりと倒れ、セット状態に戻る。

確実に背後から迫ってくる彼に、再び口許を緩めた。



「『これでエンドフェイズにブラック・ローズはレッド・デーモンズの効果で破壊される。

 だが、もうお前のフィールドにシールド・ウィングを逃がすための術はない――――!

 三撃目だ、ブラックフェザー・ドラゴン!!』」



羽に刻まれた刻印を抱えたままに、黒羽龍が吼えたてる。

真紅の双眸から零れ落ちる光は同じく真紅。

しかし、ゆったりと開かれた顎の奥に覗く咽喉の底から溢れる光芒は黒と紅で描く闇紅。

色が持つ輝きは混ぜずに、ただただそのまま混濁なく二色で描くコントラスト。

黒と紅を混ぜ、共存させた二色の波動。

煌々と輝きを増し続けるそれを、自身の下す号令で放つ。



「『ノーブル・ストリィームッ―――!!!』」



嘴に似た顎から吐き出される龍の息吹。

黒と紅が描く螺旋がシールド・ウィングへと向け、叩き込まれる。

堅牢を誇っていた翼にも傷が走り、亀裂を生む。

シールド・ウィングの戦闘に対する耐性能力は1ターンに二度まで。三度目はない。

更なる一撃を受ければ、その防御能力の限界を突破し、貫かれる事だろう。

しかし俺のフィールドに残るモンスターはいない。

このターンで奴にトドメを差す事は叶わないだろう。



「『だがダメージは受けてもらう――――!』」



シールド・ウィングの身体を弾き飛ばし、闇紅の閃光が突き抜ける。

狙い澄まされた波動が向かう先は言うまでもなく、遊星しかありえない。

攻撃力2100によるダイレクトアタックと同義の一撃。

これが通ればライフは半減、かつスピードカウンターを2つ削る。



しかし、自身に迫りくるブレスの威光に正面から対峙し、不動遊星はまるで揺るがない。

即座に手札から引き抜くは1枚のカード。

それをグローブに包まれた手で器用に裏返し、俺へと見せつける。



「手札のデフォーション・ガードナーの効果!

 攻撃力1000以下のモンスターが攻撃された時、このカード手札から墓地へ送る事で、

 その戦闘で発生するダメージを1度だけ無効にするッ!!」

「『デフォーション・ガードナーッ……!?』」



黒い身体に張り付くようなボディスーツに身を包んだ戦士が遊星の直上に現れる。

すぐさま左腕を上へと掲げると、そこから幾重も重なる光の線が奔り、

デフォーション・ガードナー自身を頂点に据えて、遊星を取り囲むように広がっていく。

直撃したのはその直後。

ノーブル・ストリームは見事に、間違いなく何の被害も与える事なく防ぎきられた。



「『三体の同時攻撃を全て防ぎきられた、か……

 エンドフェイズにレッド・デーモンズの効果発動―――攻撃を無効にされたブラック・ローズは破壊だ……!』」



先程まで敵陣を猛攻していた魔龍が身体を返し、自陣に存在するブラック・ローズに向き直った。

大きく開かれた顎から噴き出す火炎がブラック・ローズ・ドラゴンの身体を焼いた。

暗紅の薔薇が炎上し、真紅の輝きの中に沈んでいく。

断末魔を上げながら消失していく花弁の翼。

墜落し、大地で炎の花と化すブラック・ローズ・ドラゴン。

これで、俺の場の龍は残り二体。

エンドフェイズにおける効果の処理が終了し、そのままターンが遊星に移譲される。



「オレのターンッ!! ドローッ!!」



引き抜くカードを見ずに手札ヘと加え、遊星は別のカードを手に取った。

既に、予め決定されていた手段。

カードが置かれるのはモンスターゾーン。現れるモンスターの姿は―――



「ジャンク・シンクロンを召喚ッ!!」



遊星が上げる声に合わせ、光を纏った戦士が現れる。

三頭身ほどの大きさの、オレンジ色のボディが光を返し、眩く映えた。

白いマフラーをたなびかせ、風に乗って浮遊し、遊星に追従する存在。

彼はボディと同じ色の手甲に包まれた腕を振るい、自身の左方に光の孔を造り出した。



「『ジャンク・シンクロン……! くるか―――』」

「ジャンク・シンクロンの効果!

 このカードの召喚時、墓地のレベル2以下のモンスターを、効果を無効にし、守備表示で特殊召喚するッ!!

 マッシブ・ウォリアーを特殊召喚ッ!!」



ジャンク・シンクロンが生み出した光のゲートを潜り抜け、巌の戦士が現れる。

四の腕で岩石円盤を持ち上げた、四脚の戦士。

その最大の特徴であった戦闘に対する圧倒的な体勢は削がれ、今やただの下級モンスターにすぎない。

だが、これで遊星の場にピースが出揃った。



遊星は腕を振るい、ジャンク・シンクロンを導く。

腰部に取り付けられたスターターへと手をかけて、引き絞る。

同時に背後に背負ったエンジンに火が入り、回転を始めた。



「レベル2のシールド・ウィングに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニングッ!!」

「『レベル5―――!』」



シールド・ウィングの翼が大きく広がり、天空高く舞い上がる。

二体のドラゴンの攻撃に晒され、大きく損傷していた翼膜も既に再生しきっていた。

強靭な翼で風を薙ぎ、中空へと躍るシールド・ウィングにジャンク・シンクロンが続く。

背負われたエンジンが大きく唸りを上げ、能力を臨界まで高めた。

瞬間、ジャンク・シンクロンの身体が三つの星に砕け散り、その状態でシールド・ウィングに追従する。

三つの星が描き出すリングが盾鳥を包み、その姿を新たなものへと書き変えていく。



「集いし星が、新たな力を呼び起こす―――! 光差す道となれ!!」



重なる星々が、光の柱を生み出した。

裡から生まれ出ずるのは青い装甲の機械戦士。

ボディの全体的なバランスを崩すほどに巨大な右の拳。

その拳を大きく振り上げて、青の戦士は遊星の許に降臨した。

頭部のツインカメラアイが紅の光を放ち、その存在を誇示する。



「シンクロ召喚―――! 出でよ、ジャンク・ウォリアーッ!!!」

「『来たな、ジャンク・ウォリアーッ…!』」

「ジャンク・ウォリアーの効果!

 シンクロ召喚時、オレのフィールドに存在するレベル2以下のモンスターの攻撃力分、攻撃力をアップする―――!

 パワー・オブ・フェローズッ!!!」



首に巻かれた白いマフラーが風を受け大きくうねる。

硬く握り締められた右の拳を頭上へと突き出したジャンク・ウォリアーに向け、

眼下に存在しているマッシブ・ウォリアーから鈍色の光が放たれた。

拳に集う光がジャンク・ウォリアーの攻撃力を跳ね上げる。



マッシブ・ウォリアーの攻撃力は600。

その力を受け継いだジャンク・ウォリアーの拳の威力は、攻撃力2900に達する。

レッド・デーモンズには一歩及ばないが、それでもブラックフェザーのそれを上回る。

まして、いまのブラックフェザーは羽に漆黒を蓄え、攻撃力を下降させているのだから。



「『っ……!』」

「行くぞ、バトルフェイズ!! ジャンク・ウォリアーで、ブラックフェザー・ドラゴンを攻撃ッ!!」



ジャンク・ウォリアーが背部から突き出たブースターに火を灯す。

遊星に追従するための状態から、一拍の間をおいて一気にトップスピードへと持っていく。

噴き出す炎の勢いに巻かれ、ばたつく白いマフラーを流しながら、翔ける。

肩を大きく引き、絞り込まれた拳。

それが突き出されればブラックフェザーの身体を撃ち抜くに足る威力があるのは分かっている。

光を灯した拳を構えたままに、ジャンク・ウォリアーの身体が天空へ舞い上がり、一瞬静止した。



遥か頭上の高みで構え、引き絞られた拳の一撃。

その対象として、ジャンク・ウォリアーのカメラアイが捉えるのはブラックフェザー・ドラゴンに違いない。

幾重もの羽を揺らめかせる翼を全開に広げ、黒き羽の龍は吼えたてた。

巨龍の威嚇にも微塵と怖じず、戦士は全力の一撃にのみ、意識を傾倒させる。



「叩き込め、ジャンク・ウォリアーッ!」



瞬間、引き金を絞られた弩の如く、ジャンク・ウォリアーの身体がブラックフェザーへ向けて、解き放たれた。

限界まで捩られた腰部を返し、前に動く肩と連動し肘を伸ばし、巨大な拳が突き出される。

最大出力で炎を吐き出すブースターの発揮する加速力でも軌道を乱さぬ、完璧な四肢の動作業。

迫りくる一撃に対峙する黒羽龍が顎を開き、その奥から黒と紅が描く波動を放つ。

放たれる闇紅の奔流と、最大加速のジャンク・ウォリアーが空中で交差する。



否。

交錯の瞬間にジャンク・ウォリアーが身体を返す。

白いマフラーを靡かせながら、大きくロール。

掠めるほどに近く、しかしノーブルストリームはジャンク・ウォリアーを捉える事なく過ぎ去った。

回避したブレス攻撃はそのまま遊星の横を通り、背後のライディングコースへと突き刺さる。

弾け飛ぶコースレーンの瓦礫を背にして、ジャンク・ウォリアーが身体を逆さまに、限界に及ぶ加速力を捻り出す。

ドッ、と爆発するかの如く噴き出す炎が押し出す身体と拳。



「スクラップ・フィストォオオオオッ!!!」



迫りくる戦士を前に、息吹を放った直後故に硬直している龍は動けない。

その拳は間違いなくブラックフェザーを穿ち、破壊せしめるだろう。

だが、それはこちらが何もしなければの話に過ぎない。



「『トラップ発動ッ! くず鉄のかかしッ!!』」

「――――っ!?」



それは先程まで遊星を守っていた鉄壁と同じ。

突如二体のモンスターを分かつように現れたそれは、鉄製にフレームで組み上げられたかかし。

立ち上がったそれは最早減速など効かぬ勢いで迫りくる拳を受け止める。

ぐしゃ、と紅いレンズのゴーグルをかけたヘルメットが拉げた。

叩き込まれた拳の威力を一身で受け止めた鉄のかかしは折れ曲がり、くず折れる。

だがそれに引き替えて、ジャンク・ウォリアーの身体が弾き飛ばされた。

ブラックフェザーを仕留めるべく放たれた一撃は、その威力を本来の目的に発散できぬままに霧散する。



ジャンク・ウォリアーがブースターからの炎を停止させ、吹き飛んだ。

弾き返された勢いのままに引き下がり、脚から地面へと叩きつけられる。

脚が接地した瞬間に大きく屈伸し、勢いを相殺。火花を散らしながら地面を滑り、後退した。

俺と遊星はジャンク・ウォリアーを遠く後ろへと置き去りにしたまま、走り続けている。

灼熱する脚部を一気に伸ばし、その脚力で飛び上がり、ブースターで加速。

瞬く間に距離を詰めてくるジャンク・ウォリアーは遊星の隣まで来ると、ブースターの出力を落とす。



「『そう簡単に通すと思ったか。さあ、次のターンお前はどうやって逃れる!』」

「――――カードを2枚セット! ターンエンド!!」



ふ、と小さく口許を緩めて笑う。

相手の場の伏せリバースはくず鉄のかかし及び、2枚の正体不明。

このターン、レッド・デーモンズにジャンク・ウォリアーが破壊されても、

くず鉄のかかしでブラックフェザーを止められれば、レッド・デーモンズの効果で自壊に繋がる。

先のターンと同様、それを狙っているのだろう。



だが、そうして狙うのであれば前のターン。

お前はブラックフェザーを狙うべきだったのだ。

バトル以外の方法で俺がシールド・ウィングを破壊していれば、

今遊星の場に存在する守備表示のマッシブ・ウォリアー。

奴はジャンク・ウォリアーの効果による攻撃力増強のためでなく、シンクロ素材として使わざるを得なかった。

ジャンク・ウォリアーの元々の攻撃力は2300。ブラック・ローズの2400には及ばない。

だからこそ攻撃力2100にまで能力を下げているブラックフェザーを残したのだろうが、

それは今のターン仕留められる事が前提でこそ、是と言える手段。

俺のターンになる前に仕留められなかった以上、こうなるは必定。



「『ブラックフェザー・ドラゴンの効果!

 黒羽カウンターを取り除く事で、相手モンスターの攻撃力をその数×700ポイントダウンさせる――――

 対象は言うまでもなくジャンク・ウォリアー! 薙ぎ払え、ブラックフェザー・ドラゴンッ!!』」



胴体から生えている六本の肋骨のような刃が広がる。

その中で、ブラックフェザーが唸る声と共に膨れ上がる漆黒の球体。

赤黒く染まっていた翼の色が徐々に抜け落ち、白い元の色を取り戻していく。

それと連動するように膨れる漆黒が紫電を放ちながら暴れ狂う。



「『ブラック・バーストォッ!!』」



ブラックフェザー・ドラゴンが抱えていた漆黒が炸裂した。

拡大していく黒い波動が、遊星の横に控えていたジャンク・ウォリアーを目掛け、殺到する。

漆黒の波濤に打ち据えられたジャンク・ウォリアーの身体の到るところに罅が奔り、破損していく。

頭部のカメラアイもまた罅が入り、バチバチとスパークを上げる。

曲面を描いていたボディは衝撃と焦熱に晒され、一気に損傷。

それが意味する事は、この戦士の戦闘能力の低下。

攻撃力2900まで上昇していたパワーは、元々のそれすら下回る2200まで。



「くっ……!」

「『更に、黒羽カウンターが消えた事でブラックフェザー・ドラゴンの攻撃力が2800に戻る―――!』」



羽は全て白く澄み、その飛翔能力には陰りがない。

先程まで背負っていた重荷を放棄する事で、その攻撃力は元来のそれに戻っていた。

大きく翼を広げて嘶くブラックフェザー・ドラゴン。

今のジャンク・ウォリアーに、ブラックフェザーを止める事は敵わない。



「『そして、ブルーローズ・ドラゴンを召喚ッ!!』」



青い花弁が開き、誇る。

花弁が折り重なる事で作られる翼を揺らし、青薔薇龍はゆるりと飛び立った。

その姿は先程まで俺のフィールドに存在していたブラック・ローズとよく似た意匠。

ただしその力は、ブラック・ローズに比べて大きく劣っている。

だが、この小さき龍が持つ力の真骨頂はそこでなく――――



「『バトルフェイズだ―――! ブルーローズ・ドラゴンで、ジャンク・ウォリアーに攻撃!!!』」

「何だとっ……!?」



ブルーローズの攻撃力は1600。

ブラック・バーストの波動に打ち据えられその戦闘能力を大きく削がれたとはいえ、未だジャンク・ウォリアーの方が勝っている。

そんな相手に対しての玉砕指令。

下された命令通り、青薔薇の龍は何の迷いもなく、ジャンク・ウォリアーに向けて突撃する。



くぇ、と唸り声を上げながらの突進。

全身に深い傷を刻まれたとはいえ、それでもジャンク・ウォリアーの力ならばその程度の攻撃は無意味。

砕けたボディの隙間から噴き出したオイルで黒々汚れたマフラーを翻し、相手の攻撃を迎え撃つ。

何の小細工もない突進攻撃を、背面のブースターを吹かし、横っ跳びに回避する。

潰れかけた拳を振り上げる事はせず、下半身のみ振り回し、愚直な突撃を敢行した青薔薇龍を横合いから蹴り飛ばした。

弾き飛ばされる小さな身体が高速で流れていく地面に落ち、砕け散る。



ジャンク・ウォリアーの攻撃力は2200。ブルーローズの1600との差は600。

俺のライフカウンターが3400まで、ぴぴぴと電子音を鳴らしながら減衰する。

粉砕されたブルーローズが崩れ去る中で遺すものは、自身の翼の欠片。

ひらひらと舞う青い羽が弾けるように飛び散り、俺と遊星を取り巻く。



「何故、攻撃力の低いモンスターで……!」

「『それが俺たちの攻撃の始点となる―――!

 さあ、遊星。見るがいい、青き薔薇が散らした花弁が導くものを……ブルーローズ・ドラゴンの効果!!』」



走る二台のバイクの周囲を取り囲む青い薔薇の花弁に包まれながら、遊星は左右に視線を巡らせる。

風の中でたゆたうそれらは、こちらが走る速度と同じ速度で、背後の風景へと流れていく。

はらはら躍る花弁の中で目を光らせていた遊星の顔が、微かに驚愕の色を帯びた。

青い花弁に混じり、赤が混じりいる。

暗紅の花弁。それはブルーローズ・ドラゴンのものではない。

言うまでもあるまい。それは――――



「『蘇れッ! ブラック・ローズ・ドラゴンッ!!!』」



青が一気に赤に。景色の色が反転し、逆の彩りを飾る。

視界を覆い尽くすほどに溢れていた青い薔薇が砕け、暗い紅色の花を咲かす。

ぶわ、と大きく広がった黒薔薇の翼。

ブルーローズ・ドラゴンの発揮した力強さとは比較になるまい。

その強靭な翼から零れ落ちる紅の花弁の散る風景の中で、炎とともに蘇る薔薇龍。



「なん…だと…! ブラック・ローズ・ドラゴンが―――!?」

「『ブルーローズ・ドラゴンが破壊され、墓地へ送られた時――――

 冥界の底に埋葬された黒き薔薇は再び現世で咲き誇る!! さあ、バトルフェイズを続行だ!!

 ブラック・ローズ・フレアが、ジャンク・ウォリアーを焼き尽くす!!』」



首を揺らし、黒薔薇龍が猛る。

満身創痍のジャンク・ウォリアーにその一撃を耐え切る事は出来ない。

故にこそか、即座の反応。ブースターがスパークしながらも唸りを上げ、炎を噴き出す。

全身から悲鳴と火花を散らしながら高速で飛翔する戦士の姿を首のみで追うブラック・ローズ。

その身体から幾つもぶら下がっている蔦がうねり、それを追撃する。



「『逃がすと思うかぁッ!?』」



巨大な加速装置を活かした、慣性を力任せに千切り、無視する軌道。

直角以上の角度で切り返す速度は、直線での最大速度と比べても遜色のない速さ。

乱雑に。しかし正確に迫りくる蔓を回避するべく繰り出される動作。

その度に身体の何処かが弾け、拉げ、朽ちていく。

だがしかし、一撃を受ければその時点で砕け散るのが必定。

故にジャンク・ウォリアーに許されたのは逃げ続ける事のみ。

しかしそれも長くは続かない。限界を迎えたブースターが火に塗れ、黒煙を吐き出した。

瞬間、最大の飛翔速度からただの落下に。



戦闘能力を失ったジャンク・ウォリアーを目掛け、幾重も蔦が殺到する。

腕が巻かれ、胴が捕まり、脚を捕らわれ、縊られた。

ぐしゃぐしゃに締め付けられ、折れていく全身の関節部。

肥大な形状でデザインされている右腕が、肘から千切れて地に落ちた。



「ジャンク・ウォリアーッ!!」



拘束された戦士は蔓を引かれ、正面まで寄せられて首に龍の牙を突き立てられる。0距離。

まるで吸血鬼が血を啜るかの如く薔薇龍は、獲物に直に炎の吐息を流し込む。

内側から膨れる戦士の関節部から紫炎が零れ、噴き、熔解していく。

存分に、致死まで確実に炎を注いだぐしゃぐしゃのボディから牙を引き抜き、蔓を繰っての投棄。

投げ捨てられたジャンク・ウォリアーは、遊星の前方に叩きつけられて盛大に爆散する。

目前で発生した爆発に揉まれ、遊星号の車体が揺れる。

ライフカウンターが暴れ、その数値が3100まで削ぎ取られた。



「ぐ、う……!!」

「『ブラックフェザー・ドラゴン、続けッ……!?』」



羽に凝る灼熱を吐き出し、白に還った羽を振るい、黒羽龍が遊星を目掛けて猛りを上げた。

しかし、しかしその間に立ちはだかるモンスターの軍勢に、龍は動きを止める。

先程までは守備表示のマッシブ・ウォリアー以外にいなかった筈のフィールドに、新たなる影がある。



身体を包むマントを翻し、防御姿勢を取る機械の戦士。

目深に被ったカウボーイハットを指で跳ね上げ、その腕を交差させている。シャーマン
早撃ちの名手、クイック・シンクロン。

黒い軍服に似た仕立てのボディスーツに身を包んだ男。

スラリと長く伸びた両腕を胴の前で合わせ、守備の姿勢へと。

攻撃力を持たぬ者を守る特性を持ち合わせている、守護の戦士。デフォーション・ガードナー。



二体同時に出現した存在を前に、遊星の声が放たれる。



「ジャンク・ウォリアーが戦闘によって破壊された事により、トラップが発動――――!

 クラッシュ・スターッ!!

 シンクロモンスターの戦闘破壊時、手札と墓地からそれぞれ攻撃力1000以下のモンスターを特殊召喚する……!

 オレは手札から攻撃力700のクイック・シンクロンと、墓地から攻撃力1000のデフォーション・ガードナーを守備表示で召喚ッ!!!」



こちらの反撃を見越した、次手に繋げる軍勢の展開。

だが、これで遊星の手札は0枚。

この軍勢に牙を突き立て、撃ち崩してしまえば、次のターンで奴の侵攻は遥かに難しくなる――――!

そう、難しくなる。出来ないわけではない。

奴がやってこない? いいや、絶対に来るね。それが、それこそが―――――!!



「『不動遊星ッ――――!!! ならば魅せてみろッ!!!

 お前の速さを! お前の力をッ――――!!! 侵略せよ、ブラックフェザー・ドラゴンッ!!!

 狙うべきは―――――』」



一瞬の思考。

奴の場にはチューナーモンスター、クイック・シンクロン。

そしてチューナーではない、マッシブ・ウォリアーとデフォーション・ガードナー。

更にくず鉄のかかしと、正体不明の伏せリバースが1枚。

遊星のエクストラデッキの厚さを考えれば、チューナー以外を潰しても、様々なシンクロモンスターを呼び出してくるは自明。

ならば、狙うべきはクイック・シンクロンか。



奴のモンスターは全て守備表示。

デモンメテオの効果を考えれば、レッド・デーモンズの攻撃に対してくず鉄のかかしを温存する筈。

だがしかし、あの正体不明の伏せリバースが何かで、当然対応は変化していく。

――――いや、いい。

構わない。遊星が次のターン確実にシンクロ召喚に繋ぐ戦術を用意していると言うのならば、それでいい。

それを思う存分発揮してみせろ。

そうでなければ、挑む意味などありはしない―――――!!!!



「『クイック・シンクロンッ!! 奴を粉砕せよ――――!!!』」



双眸から真紅の光を零し、ブラックフェザーが動く。

その様は正しく神速。

長蛇の如き身体をうねらせながら、白き漆黒の羽が小刻みに蠢動する。

クイック・シンクロンはブラックフェザー・ドラゴンの頭部と同等程度のサイズしか持たない機械人形。

誇るべき早撃ちは、このサイズ差の前には何の意味もない。

例えその愛銃から吐き出された弾丸が眼を狙おうと、口腔を狙おうと、その弾丸は巨龍の身体に傷の一つも与えられない。



否。元より――――



しかし、だからと言ってクイック・シンクロンは待つばかりではない。

腰のホルダーにかけられた二挺の愛銃。

クイックの冠に恥じぬ、超高速の抜き撃ち。

カウボーイハットから覗く片眼で捉えるのは、巨龍の姿。その瞳。

だった筈。



超高速で引き抜かれる銃が行う、ノータイムのロックとバースト。

しかし対するのは神速の巨龍。高速で行われる射撃の体勢確保すら、黒羽の龍にすれば鈍間極まる所業。

クイック・シンクロンの手が、銃のグリップにかけられたその瞬間。

既にブラックフェザー・ドラゴンの顎が大きく開かれ、咽喉の奥からの暴風が解放されていた。

0距離で叩きつけられるノーブル・ストリーム。

一瞬の内に呑み込まれ、消えて失せるクイック・シンクロンの姿。



「『クイック・シンクロン、粉砕!!!』」

「さあ―――そいつはどうかな?」

「『なに……!?』」



消え去った筈のクイック・シンクロンの姿が、爆炎の渦を突き破り、躍り出る。

靡くマントから滲むように立ち上る仄かな光。

それが爆炎と爆風を押し退けて、彼の戦士の身体を守り抜いた。

見れば、遊星のフィールドで正体不明だった伏せリバースカードがオープンされている。

その正体こそ、クイック・シンクロンを守り切った力の証明。



「『……!』」

トラップカード、チューナーズ・バリアの効果だ!

 次のターンのエンドフェイズまで、クイック・シンクロンはあらゆる破壊を受け付けない!!」



遊星は未だくず鉄のかかしを温存している。

このまま残るレッド・デーモンズで追撃を仕掛けたところで、無効にされるのが分かり切っている。

ならば、攻撃する意味もないだろう。

次のターン、遊星は確実にシンクロ召喚に繋げてくる。ならば、



「『カードを1枚伏せ、ターンエンド』」

「オレのターン! ドローッ!!」



来い。真正面から打ち破ってこその勝利。

俺が遊星の次なる手段をどう捌くか、意識を傾注させている事に気付いたのか。

遊星の手が止まり、ドローカードとフィールドを見合わせ始める。



遊星の場にはレベル5のチューナー、クイック・シンクロン。

そしてレベル2のマッシブ・ウォリアー。レベル3のデフォーション・ガードナー。

これだけで既にレベル7、そしてレベル8のシンクロモンスターに繋げられる状況だと言う事だ。

ニトロ、アーチャー、バーサーカー、デストロイヤー――――

さあ、どいつを選ぶ……?



「オレは、チューニング・サポーターを通常召喚ッ!」



光と共に現れる機械人形。

さして大きくもないクイック・シンクロンと比べてもなお小さい。

鍋のような被りモノをしたそれは、中空を漂いながら遊星に追従する。



これで遊星の場には、更にレベル1が追加。

ドリル、ターボ、ガードナー、ロードが選択肢として追加され、更にデストロイヤーを選ぶ可能性が増えた。

こちらと相手のフィールドの状態を検めれば、ここはジャンク・デストロイヤーが妥当か。

どう運んでくる、遊星。

腕を振り抜き自らに付き従うしもべたちへ、戦略を指示する。



「レベル1のチューニング・サポーターに、レベル5のクイック・シンクロンをチューニングッ!!」

「『――――……』」



オーラを迸らせるマントを跳ねのけて、クイック・シンクロンの腰部のライトが灯る。

シグナルランプが同時に光を放ち、照らしだすのはサークル状のルーレット。

幾つものカードの映像が映し出されたそれは高速の回転を始めた。



「疾風の使者に鋼の願いが集う時、その願いは鉄壁の盾となる――――!」



一度跳ね上げられたマントがばさばさとはためきながら、ゆっくりと再び身体を覆い隠すため、下がっていく。

瞬間。ダン、とクイック・シンクロンのマントの奥から鋼の声が轟く。

こちらが認識する間もなく、弾丸は放たれ、高速で回るルーレットの中の1枚を撃ち抜いていた。

弾き飛ばされるカードの正体は、ジャンク・シンクロン。

クイック・シンクロンの身体が五つの星と化し、同時にチューニング・サポーターもまた、同じように星と化す。

合計六つの星は、ジャンク・シンクロンのカードの中に溶け込んでいく。



「光差す道となれ――――! シンクロ召喚!! 出でよ、ジャンク・ガードナーッ!!!」



ジャンク・シンクロンのカードのソリッドヴィジョンが砕け散り、

その中より深緑のシールドを両腕に装備した戦士の姿が現れた。

圧倒的防御力を誇る重装の戦士は大地へと脚を落とし、地面を抉りながら突き進み遊星に続く。

盾の戦士を従える遊星の墓地が光を放つ。

それはまさしくたった今、シンクロ召喚によって墓地ヘ埋葬された、小さな機械人形の残した力。



「チューニング・サポーターの効果!

 このカードがシンクロ素材となり、墓地へ送られた時、デッキから1枚カードをドローできる――――!

 ドロォーッ!!!」



引き抜いたカードを確認し、遊星の顔が変わった。

微かに悩んだのか、しかしすぐさまその迷いを断ち切り、前を向く。

Dホイールに差し込まれるカードがヴィジョンとなり、明かされる。



Spスピードスペル‐エンジェル・バトン!

 自身のスピードカウンターが2つ以上ある時、カードを2枚ドローして、その後1枚を墓地ヘ送る!」



言いながら、更なるドローを重ねる遊星。

このタイミングで、か。

既に通常召喚。そして連なるシンクロ召喚を終えたタイミング。

次のターンにドローしてから、そのカードと合わせて考えた方がよかろう、と思うが。

しかし、それではならないという事を感じていると言うか。



新たに引いた2枚を確認した後、遊星は片方のカードを手に取り、墓地へと導く。



「『――――――』」

「シールド・ウォリアーを墓地ヘ! ターンエンド!!」



シールド・ウォリアー……一度だけ戦闘破壊を無効にするモンスター。

奴の場にはピースは十分出揃っていた。

だと言うのに、防戦を重視するかのようなジャンク・ガードナーを呼び出す一手。

――――俺の場の伏せリバースはくず鉄のかかしを除き、1枚。

その正体を遊星は、一体どう読んだのか。



「『フ、ククク……そうだ、お前なら……ッ!!!

 俺のターンッ、ドローッ!! メインフェイズはスキップ―――バトルフェイズ!!!』」



紅蓮の魔龍がその尾を振るい、鳴動する。

俺の場に存在する最強の魔龍。その破壊力は如何に防御の戦士とはいえ、受け止めきれるものではない。

遊星の表情が驚愕に歪み、しかし即座に行動へと移り出す。



「くっ、ジャンク・ガードナーの効果! 1ターンに一度、相手モンスターの表示形式を変更する!!」



ジャンク・ガードナーが両腕の盾を撃ち合わせ、火花を散らす。

鋼の盾が撒き散らす衝撃波が攻撃態勢へとシフトするレッド・デーモンズを打ち据えた。

全身を蝕む衝撃波は相手の体勢を撃ち崩し、跪かせるために放たれた一撃。

如何に破壊神の如き力を持つ魔龍と言えど、その強制力には逆らえない。

この衝撃に揉まれ、紅蓮の魔龍は膝を着くだろう。



「『いぃや……! 跪くのはお前だ、ジャンク・ガードナー――――!

 トラップ発動、デモンズ・チェーンッ!!!』」



大地を踏み、抉り、削りながら遊星に追従していたジャンク・ガードナーを囲む四方から幾条もの鎖が奔る。

その鎖は盾を装着している両腕を縛り、引き上げて腕を大きく開いた状態で封印した。

デモンズ・チェーンはモンスターの効果を縛る悪魔の鉄鎖。

レッド・デーモンズを大地へと縛る筈だった能力は封じられ、それを成す鎖は逆にジャンク・ガードナーを縛り付ける。



下方から伸びた鎖が首へと巻き付く。

両腕を縛られたままのガードナーに防ぐ術などありはしない。

その鎖にかけられる、驚異的な引力。

引き寄せられるままに頭部が地面へと引きずり込まれ、アスファルトの大地を粉砕しながら叩き落とされた。

地面に押し付けられた状態でチェーンに縛られ、引き摺られながら続くしもべを見て、遊星の顔が歪む。



「『さあ、レッド・デーモンズ・ドラゴンの攻撃だ!!

 森羅万象一切合財を焼き払う紅蓮の劫火――――灼熱のクリムゾン・ヘル・フレア……!

 この攻撃によりジャンク・ガードナーは焼滅し、

 更にマッシブ・ウォリアーとデフォーション・ガードナーが発揮されるデモンメテオによって破壊される!!

 シールド・ウォリアーの防御能力など意味はない。

 レッド・デーモンズは、戦闘による破壊と効果による破壊を一度に齎す破壊の魔龍ッ!!!』」

「くっ……! だが、その戦闘によって破壊され、墓地ヘ送られたジャンク・ガードナーは隠された効果を発揮する!

 ジャンク・ガードナーがフィールドから墓地へ送られた時、フィールドのモンスター一体の表示形式を変更できる。

 その効果は、デモンズ・チェーンの呪縛の外! ブラックフェザー・ドラゴン、もしくはブラック・ローズ・ドラゴンを守備表示にする!

 更にくず鉄のかかしにより、残るもう一体の攻撃も無効。

 お前のエンドフェイズで、レッド・デーモンズの効果により二体のドラゴンはともに攻撃を行えず、破壊される――――」



遊星の言葉に口角を吊り上げ、眼を合わせる。



「『ああ、そうとも。お前のフィールドを壊滅させると同時、俺のフィールドは壊滅し、レッド・デーモンズを残すのみとなる。

 お前の手札は1枚。そしてくず鉄のかかし。次のターンで手札は2枚――――

 フィールドのモンスターを全て失い、一体何ができる。何ができるか!?

 そう、お前はこの状況を覆してくる!! 思う存分覆せ、俺はそれを更に上回る――――!!!

 お前にはまだレッド・デーモンズの攻撃に対しくず鉄のかかしを使用し、モンスターを守るという選択肢もあり得る。

 そうしてしまえば、俺のブラックフェザーとブラック・ローズをレッド・デーモンズに破壊させる戦術は棄て去る事になる……!

 さぁ選べ、お前が逆転の起点とすべく仕込んだものを曝け出せ―――――!!!』」

「っ……!!」



ジャンク・ガードナーが放つ衝撃波の檻から解放された紅蓮魔龍が猛る。

その黄金の瞳が睨み据えるのは自らに対し仕掛けて来た守護の盾。

元より力を比べても遥か劣る上、悪魔の縛鎖に囚われた戦士に抗う術などなかった。

バサリと大きく一度翼が羽搏く。

空高く舞い上がった魔龍は、咽喉の底から溢れんばかりに湧き上がる炎を口腔で凝縮していく。

一度放たれれば最後。

眼下に存在する盾の戦士ばかりか、並び立つ巌の戦士と守護者諸共に吹き飛ばす。



「『灼熱の―――――クリムゾンッ・ヘェル・フレアァアアアアアッ!!!』」



食い縛られた牙同士が離れた瞬間、炎が解き放たれた。

灼熱の劫火がまるで怒濤の如く押し寄せ、氾濫し、全てを呑み込んでいく。

漆黒のチェーンに繋がれ、大地に伏せったまま引き摺られていたジャンク・ガードナーに到達する。

瞬間、炎の勢力が増大し、大きく膨れ上がり、弾けた。

渦巻く火炎が浮き並ぶ遊星のしもべたちを吹き飛ばして――――



トラップ発動!! くず鉄のかかし!!!」



全てを呑み干さんばかりに膨れ上がり続ける紅蓮の劫火の中に、突如聳え立つかかしが一柱。

スタジアムのライディングコースの横幅を埋め尽くすほどに膨れた火炎の威力を、鉄パイプの脚一本で支える。

何度壊れようと、元よりスクラップの寄せ集め。

何度でも、何度でも、このかかしはあらゆる攻撃を止めてみせる。

ぐしゃぐしゃに熔解し、とろけ始めたヘルメットを被ったかかしは、それでも軸だけは全く揺らさない。



レッド・デーモンズのブレスが途切れた。

唸る声。それは殺意を持って放った攻撃が、その目的を果たせぬままに終わりを告げざるを得なかったからか。

焦熱地獄のような炎の渦をその一身で受け止め、くず鉄のかかしはぱたりと倒れた。

セット状態に戻るカード。



「『ならば、ブラック・ローズ・ドラゴン!! 続け、デフォーション・ガードナーを攻撃ッ!!!』」



ブラック・ローズが翼を広げ、その隙間から蔦を伸ばす。

その巨体を捩る事で、まるで鞭のようにそれを振るう。

棘に覆われた蔦の鞭が大きく撓り、目標として定められたデフォーション・ガードナーへと奔る。



「墓地のシールド・ウォリアーを除外! デフォーション・ガードナーの戦闘による破壊を無効にする!!」



デフォーション・ガードナーの前に、盾と槍を構えた褐色の戦士が現れる。

音速を越えて迫りくる一撃を前に、対抗するべき動作など不可能。

しかし、その存在は冠する名の通りに仲間を守る盾となる。

蔓の鞭が戦士の構えた盾を圧砕し、半透明の姿でフィールドに出現したシールド・ウォリアーを微塵に散らす。



ブラック・ローズが僅かに口惜しげに鳴く。

レッド・デーモンズと同じく仕留めるべく放った攻撃をずらされたからか。

だがしかし、これでもう遊星にモンスターを逃がす術はない。



「『さあ、ブラックフェザー・ドラゴンよ! ジャンク・ガードナーを破壊せよ!!

 ノォーブル・ストリィイイイムッ!!!!』」



暗紅の閃光。

二体のドラゴンが攻撃を行い、防がれている間にもブラックフェザーの準備はできていた。

俺の攻撃指令と同時に、嘴に似た顎を大きく展開し、その奥から漆黒の嵐を吐き出す。

渦巻く乱流は矢張り鉄鎖に縛り付けられたままのジャンク・ガードナーを襲う。

無論回避の術などない。

遂には到達したその一撃をまともに浴び、全身を覆う深緑の鎧があっという間に溶けていく。

両腕の盾が剥がれ落ち、如何なる攻撃にも微動だにしなかった筈の脚部が砕け、メキメキと腰部から折れ崩れる。

次の瞬間、その身体が巨大な爆炎を噴き上げた。



「『ジャンク・ガードナーッ、爆砕!!』」

「だがジャンク・ガードナーの効果ッ! 墓地へ送られた時、フィールドのモンスター一体の表示形式を変更する!

 ブラック・ローズ・ドラゴンを守備表示に変更ッ!!」



ジャンク・ガードナーが爆散した場所から黒薔薇に向け、鉄片が弾け飛んだ。

既に散ったものとした油断か。一拍、ブラック・ローズの対応が遅延した。

それは鉄壁の防御を誇った戦士が構えたシールドの一部。

鉄片と言うより、鉄塊と呼ぶべきだろう巨大なそれは、今凶器と化して薔薇龍へと牙を剥く。

溜めが必要な反撃など出来よう筈もないタイミング。

それを理解し、ブラック・ローズは即座に両翼を胴の前で交差させ、守備の姿勢へと移った。

ガァンッ、と甲高い音を立てて薔薇龍の防御を叩く鉄塊。

その勢いは滞空していたブラック・ローズを大地へと叩き落とすほどに強いもの。

轟音とともにコースのど真ん中に落ちるその身体を避けるように走る。



叩き落とされたブラック・ローズは陥没した大地に埋まり、すぐさまの復帰は出来まい。

守備表示のままにこのターンを終える事になる。



「『さあ、これでお前がわざわざジャンク・ガードナーを呼び出した理由が果たされた!

 シンクロモンスターが有する強力な効果に対するためのカードを伏せたと読んだのだろう?

 それは今! お前が俺のフィールドを掻き乱すために呼びこんだジャンク・ガードナーに対抗すべく消費された!

 カードを破壊するジャンク・デストロイヤーでもなく、攻撃力を奪い去るジャンク・バーサーカーでもなく、

 シンクロキラーと言うべきターボ・ウォリアーでもなく、レッド・デーモンズと攻撃力を並べるロード・ウォリアーでもなく!!

 耐えに耐え、蓄えたその力を持って来い、遊星!!! カードを1枚伏せ、ターンエンドッ!!!』」



決まり切っている。

遊星が何より攻撃力の低いブラック・ローズ・ドラゴンを守備表示にしたという事は、次の出陣は限られる。

だが、それでも奴の手札は2枚。

たったそれだけで、どこまで繋げると言うのか。

どう繋いでくると言うのか。



「オレのターンッ!!」



引き抜かれるカード。スピードカウンターはともに8。

2枚の手札が紡ぎあげる光の道が描く軌道。

今それが、遊星の思考の中で結実する。



Spスピードスペル‐オーバー・ブースト、発動ッ!!」



遊星号のモーメントエンジンが出力を増し、俺の背後から迫りくる。

大地に落ちたブラック・ローズを躱したためにか、僅かばかり低下した速度の合間を縫って追い抜いて行く。

今度はこちらが遊星を追いかける並びに、小さく舌を打つ。



「スピードカウンターを4つ増やし、12へ!

 更にSpスピードスペル‐アクセル・ドローッ!!

 自分のスピードカウンターが12で、相手のスピードカウンターが11以下の時、カードを2枚ドローするッ!!」

「『連続スピードスペル…』」



だが、それでも2枚の手札を入れ替える事にすぎない。

なおかつ、このエンドフェイズにオーバー・ブーストのデメリット効果により奴のスピードカウンターは1。

更にデッキから2枚のカードをドローした遊星が、引き抜いたうちの1枚を更に開示。



「更に手札からSpスピードスペル‐シフト・ダウンッ!

 スピードカウンターを6つ取り除き、カードを2枚ドローッ!!」

「『まだ続く……ッ!』」



スピードカウンターが一気に半分取り除かれ、遊星号のエンジンの猛りが潜んだ。

速度を大きく落とした遊星を躱し、俺は再度前へと躍り出る。

これで手札は3枚。スピードカウンターは6。

足りない筈があろうわけがない。そういう顔をしている。

あれは、今から俺に逆襲を仕掛けるべく猛る戦士のそれ。



Spスピードスペル‐サモン・スピーダーを発動!

 自分のスピードカウンターが4つ以上ある時、手札のレベル4以下のモンスターを特殊召喚する。来い、ニトロ・シンクロン!!」



3枚のうち1枚。それは紛れもなく、俺がくると予測した一体。

だがあの時点では手札になく、それを引き当ててみせたというのだから。

そうでなくては、と。猛るのは俺も同じ。

これで遊星の場のモンスターは三体。マッシブ・ウォリアー、デフォーション・ガードナー、そしてニトロ・シンクロン。

合計のレベルは、7。



「行くぞ! レベル2のマッシブ・ウォリアーと、レベル3のデフォーション・ガードナーに、

 レベル2のニトロ・シンクロンをチューニングッ!!!

 集いし想いが、ここに新たな力となる――――光差す道となれ!!」



ニトロ・シンクロンのボンベのような身体の頂点につけられたメーターが振り切れる。

にぃと唸る声を出しながら跳び上がる姿に続き、二体の戦士もまた跳び上がった。

三体のモンスターが砕け散り、散らした7つの星はまるで星座の如くシルエットを描き出す。



悪魔に近しい凶悪な相貌。

深い緑色の身体の力強い四肢に、臀部から突き出たタンクに蓄えた燃料。

それらを活かして目前の敵を粉砕すべく、今この場に呼び出されたもの。

その名を叫ぶ。



「シンクロ召喚! 燃え上がれ、ニトロ・ウォリアーッ!!!」



膨れ上がる筋肉の鎧はその身が宿すパワーを如実に語る。

その拳の破壊力はレッド・デーモンズすら凌駕する可能性すら内包した代物。

悪魔の如き戦士は高らかに咆を上げ、フィールドに降臨した。

遊星はそのままデッキの上へと手をかけて、言葉を続ける。



「ニトロ・シンクロンがニトロと名の付くモンスターのシンクロ素材となった時、

 デッキから1枚カードをドローする。ドローッ!!」

「『きたか、ニトロ・ウォリアー―――! だが、それでは俺のフィールドは突破できない。

 俺の場にはまだ、くず鉄のかかしがあるぞ――――!』」



引き抜いたカードを手札ホルダーに加え、別のカードを手に取る。

微かに笑う口許には、そんな事はわかっていると浮かんでいた。

閃く指が冴え渡り、火花を散らしながら差し込まれるカード。



Spスピードスペル‐ヴィジョン・ウィンドを発動!

 スピードカウンターが2つ以上ある時、墓地のレベル2以下のモンスターを特殊召喚できる!

 オレが特殊召喚するのは、チューニング・サポーターッ!」



遊星を渦巻く風の中から飛び出すのは、小さな機械人形の姿。

そして、そいつを今この場に呼び出すと言う事は。

次なる手は―――



「シンクロン・エクスプローラーを通常召喚ッ!

 シンクロン・エクスプローラーの召喚に成功した時、墓地のシンクロンと名の付くモンスターを特殊召喚する事ができる!

 クイック・シンクロンを特殊召喚ッ」

「『レベル……8……!!』」



胴体がボールのように丸々した機械人形。

その胴体には中心に孔が開いており、それは奈落へと通じる通路。

極めて限定的なるも、冥界へと通ずる孔を繋げる存在。

そこから這い出るように上がってきたのは、マントを羽織ったガンマン風の機械戦士、クイック・シンクロン。



「レベル5のクイック・シンクロンを、

 レベル2のシンクロン・エクスプローラーとレベル1のチューニング・サポーターにチューニング!」



渦巻く風がマントを巻き上げ、クイック・シンクロンの腰部にあるシグナルが点灯する。

映し出される光のルーレットが回転を始めた。

ホルダーにかけられた愛銃を引き抜き、クイック・シンクロンはその銃爪を絞る。

ガァンッ、と硝煙を撒き散らして吐き出される鉄塊。

それは1枚のカードを撃ち抜き、弾き飛ばす。



撃ち抜かれたのはジャンク・シンクロン。

仄かに輝きながら舞うカードの光を受けて、クイック・シンクロンはその身体を砕き、散らす。

残る5つの星の光に導かれ、二体のモンスターも星となる。



「集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます―――光差す道となれ!!!」



8つの星を束ねて描くのは魔神の姿。

三叉の黄金角が伸びる頭部に真紅の眼光が灯る。

胴体は藍の鎧に包まれて、そこからは四本の腕が伸びていた。

四枚に広がる鋼の翼を大きく広げ、その巨神は大地へと落下し、地面を砕きながら大仰に着地してみせる。



「粉砕せよ、ジャンク・デストロイヤーッ!!!」



肩から伸びる通常のそれより巨大な二本の腕が持ち上げられ、その掌を開く。

掌中に湛えられた青白い光がごうごうと唸りを上げて、吼えたてる。

胴からそのまま伸びる二本の通常の腕の拳を握りしめたその状態で、ジャンク・デストロイヤーは立ち誇った。



「チューニング・サポーターの効果でカードを1枚ドローッ!

 更に! ジャンク・デストロイヤーの効果が発動ッ!

 ジャンク・デストロイヤーのシンクロ召喚に成功した時、

 チューナー以外の使用したシンクロ素材の数までフィールドのカードを破壊する事が出来る!

 オレは、くず鉄のかかしとブラックフェザー・ドラゴンを破壊する!!

 タイダル・エナジィー!!!」



真紅の瞳が更なる炎を燃やし、巨腕に蓄えられたエネルギーを全て放出する。

氾濫する莫大な力の渦はそのまま、ブラックフェザーと伏せリバースカードを呑み込み、

瞬間に光が爆ぜた。



「――――!?」

「『ジャンク・ガードナーへの対応でこちらの手を尽くさせ、繋ぐシンクロモンスターの効果による大攻勢――――!

 だが、こちらの手がこの三体だけだとでも思ったか!! トラップ発動、スターライト・ロードッ!!

 自分フィールドのカードが2枚以上破壊される効果を無効にし、破壊――――

 更に、スターダスト・ドラゴンをエクストラデッキより特殊召喚する事ができる――――!!!』」



溢れるエネルギーの氾濫が内側から切り裂かれ、星のように小さく瞬く光が点在する夜闇の柱が天に昇る。

そこを通り抜け、現世へと現れるは星屑の龍。

タイダル・エナジーの波動は全てその翼に受け止められ、威力は全て星屑龍の速さに転化される。

星光の路を翔ける龍が、翼に纏った破壊の力を自らに取り込み、口腔へと溜め込む。



「『ファイブディーズ・オブ・ワン――――吼えろ、ドラゴン・ヘッド……!

 スタァアアアダストッ・ドラッゴォオオオオオオンッ!!!』」



咆哮と同時に奔る閃光。

音波を極限まで圧縮した白銀のブレス、シューティング・ソニック。

それを直前から放たれたジャンク・デストロイヤーはしかし、二本の肩腕での防御に成功していた。

交差させた腕に衝突した音速の一撃は瞬く間に腕の装甲を吹き飛ばし、根元からもぎ取る。

半分の腕を失ったものの、ジャンク・デストロイヤーは未だ健在。

自身の身体から撒き散らされた残骸と粉塵をゆっくりと掃い、何とか体勢を立て直し―――



刹那の間に接近していた龍の顎に、肩口から残る二本のうち、一本の腕が食い千切られた。

持って行ったのは言うまでもなく星屑。

必殺の一撃も、間合いの詰めも、降り注ぐ星の光の如き速さで行われる。



失った腕があった場所から炎を噴きながらも、それでも破壊神は倒れない。

すぐさま自らとすれ違い、背後へと飛び去った龍を捉えるべく自身も振り向き、

煌々と輝く白銀のブレスを見た。

全てが音速と言うのであれば、切り返しからの更なる終撃もまた音速。

強固なる巨神の腕ですらも破壊される事と引き換えに防いだ一撃。

それは四分の一の腕しか残していないジャンク・デストロイヤーに防げる攻撃ではなかった。



呑み込まれ、拉げて潰れる身体。

一際大きな爆炎と爆風を伴い、その巨神は爆砕された。

舞い上がった火の粉に照らされながら、星屑の龍が高らかに吼え上げる。



「まだだッ! 墓地のトラップカード、リベンジ・リターンの効果を発動!」

「『墓地からのトラップ……!』」



「リベンジ・リターンを除外する事で、このターン効果によって破壊され、墓地ヘ送られたモンスターを特殊召喚するッ!!

 リベンジ・リターンを除外! 蘇れ、ジャンク・デストロイヤーッ!!!」



爆炎と爆風。それらを四本の腕が内側から切り裂いて、その全身を露わにする。

たった今、スターダストによって破壊されたジャンク・デストロイヤーは傷一つ残さず復活してみせた。

背後の鋼翼を震動させて飛び上がる巨体は、遊星の後から続く。



「『くっ……!』」

「行け、ニトロ・ウォリアーッ!! レッド・デーモンズ・ドラゴンを攻撃ッ!!」



緑色の戦士が、臀部のタンクから炎を噴き出して突撃を仕掛けてくる。

ニトロ・ウォリアーの攻撃力は2800。攻撃力3000を持つレッド・デーモンズには敵わない。

それが平常の状態なのであれば、だが。



両腕を共に前に突き出す体勢での体当たりに近い、加速力に任せた一気呵成の突撃。

攻撃を仕掛けられたレッド・デーモンズが即座に対抗を示し、右腕を大きく後ろに引き絞る。

掌に凝る絶大な威力を持つ炎。絶対の力、アブソリュート・パワー・フォース。

互いが全力を尽くす、会心の一撃。

衝突し、競り合う互いの攻撃。威力はレッド・デーモンズの方が上、ならば勝つのはレッド・デーモンズ。

否。



「ニトロ・ウォリアーは、

 魔法マジックカードが使用されたターンのバトルで、攻撃力を一度だけ1000ポイントアップする!!

 更に、相手モンスターを破壊した時、守備表示モンスターを攻撃表示に変更しバトルを強制する!!」

「『っ――――!』」



場には守備表示に変更されたブラック・ローズ・ドラゴン。

この一撃が通れば、ブラック・ローズ・ドラゴンもまた、ニトロ・ウォリアーの攻撃を受ける事となる。



互いの攻撃が孕む威力が暴発し、炸裂する。

その爆発力に巻き込まれ、交差していた二体のモンスターの距離が離れる。

レッド・デーモンズは大地に。着地の反動でライディングコースを砕きながら、自身の身体を大地に縛り付ける。

対するニトロ・ウォリアーは大きく上空まで。

背負ったタンクからの炎を留まる事を知らず、その身体を遥か高みまで連れていく。

下からではギリギリ見える、程度まで舞い上がったニトロ・ウォリアーが身体の向きを直し、下を向く。

捉えるのはただ一点。レッド・デーモンズ・ドラゴンのみ。

ドォン、と爆薬が一斉に点火されたかのような爆音が天空で響き渡り、同時に戦士は大地を目掛け特攻する。



迫りくる空中からの爆進撃。

ならば、と。レッド・デーモンズが咽喉の底から湧き立つ炎を集束させて、解き放つ。

あらゆる防御を貫通し、焼き払う劫火の奔流。

それを真正面から吐きかけられてもニトロ・ウォリアーの攻勢は微塵も揺るがない。

突き出した拳が炎の乱流に巻き込まれ、しかしその身に宿る熱量に敗れ、散らされていく。

悪魔の如き貌の口が開かれ、吼える。



「ダイナマイト・ナックルッ!!!」

「『だが、通すかァッ!! くず鉄のかかしを発動ッ―――!!』」



レッド・デーモンズとニトロ・ウォリアーの間にそそり立つ一体のかかし。

一直線に突撃を仕掛けるニトロ・ウォリアーにそれを躱し、回り込む事は不可能だった。

拳を撃ち込まれたかかしがぐちゃりと潰れ、折れ曲がり、吹き飛ばされ、そのまま倒れた。

倒れ伏したかかしはそのままセットされたカードに戻り、消えていく。

加速の全てを乗せた拳の威力を吸収されたニトロ・ウォリアーが反動で弾かれ、遊星の許まで弾け飛んだ。



だが、その遊星の許まで弾き返されたニトロ・ウォリアーを追い上げるように、新たに迫る影。

言うまでもない、蘇ったジャンク・デストロイヤーに他ならない。



「ジャンク・デストロイヤーで、スターダスト・ドラゴンを攻撃ッ!!」



通常の腕の拳に滾る青白いエネルギーを振り被りながらの突進。

それに対応すべく、スターダストが翼を大きく広げ、空へと飛び立つ。

戦闘を仕掛けたのは巨神の側なれど、その速さ故に先手は星屑に譲られる。

口腔に渦巻く音波の大嵐を束ね、一条の閃光として撃ち出す一撃。

その照準は一分たりとも過つ事なく、ジャンク・デストロイヤーへとセットされていた。

しかしそれでも遅れたのは刹那に足りぬ間のみ。

すぐさま突き出される拳に乗せられた波動が迸り、スターダストへと解き放たれた。



激突する両者の攻撃。

それは余波のみで地面を捲り上げ、激しく揺らし、撃ち砕く。

炸裂する空気が残骸を巻き上げ、視界を塗り潰す中を突き抜け、破壊神が撃ち破りにかかる。

空中で、その方法故に攻撃後に生まれる一瞬の隙。

鋼の翼が鳴動し、巨体を空へと舞い上がらせる。

迫る巨体に僅かばかり狼狽したかのように怯む星屑龍の生む間隙、そこにつけこむ。



肩部から突き出た二本の巨腕でスターダストの翼を掴んだ。

みしみしと軋みをあげる翼に反応し、スターダストが吼え、その牙を剥く。

組み合った状態で、ジャンク・デストロイヤーの首筋に叩き込まれる牙。

そこかあら白銀の光が溢れ、幾度も巨神の身体を揺らす。

しかし揺るがず。



肩腕でスターダストを捕縛したままに、通常の腕の拳を握り込み、突き出す――――!

どっ、と貫かれる龍の胴体。突き立てられた牙が離れ、崩れ落ちていく。

光となって霧散する身体。

スターダストの攻撃力2500に対し、ジャンク・デストロイヤーは2600。

俺のライフは3300



「『くっ……! スターダスト……!』」

「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2。

 更なるSpスピードスペル‐シフト・ダウンを発動ッ!!」



6つ、残っていたスピードカウンターが0まで移行。

それと引き換えにデッキから引き抜かれる2枚のカード。

2枚目、つい先程このターン使用されたものと同じだ。

12に達したスピードカウンターを余す事なく活用してくる。

これで奴のスピードカウンターは、0。だが……



「カードを2枚伏せ、ターンエンド!

 エンドフェイズ、オーバー・ブーストの効果でスピードカウンターは1となる!」



0になった筈のカウンターが1に。

オーバー・ブーストのテキストに記されているのは、エンドフェイズにスピードカウンターを減少させる効果ではない。

ただ、1という決定された数値に変更する効果だ。

0になるよう使い切ってしまえば、デメリットの筈の効果はメリットしか残さなくなる。



「『っ……だが俺のターン!

 俺のフィールドにはまだ三体の龍がいるぞ――――! 今度はこちらの侵略だッ!!』」



ドローしたカードを見て、微かに顔を歪める。

まずは一つ目。こちらの攻撃の要となるだろう一つ目のピース。

そのカードから視線を外し、遊星のフィールドへと眼をやる。

遊星の場にはジャンク・デストロイヤー及びニトロ・ウォリアー。

そしてくず鉄のかかしと2枚のセットカード。



相手フィールドのモンスターを倒し得るのはレッド・デーモンズとブラックフェザーのみ。

ブラック・ローズの攻撃力は相手の二体を下回る故、攻撃は出来ない。

レッド・デーモンズの効果により、エンドフェイズに攻撃をしていないモンスターは破壊される。

じわじわと、しかし確実に状況は遊星に傾いてきた。



「『だからと言って――――! ブラックフェザー・ドラゴン!!

 ジャンク・デストロイヤーを攻撃ッ!!』」



黒羽龍がその羽を広げる。

ざわめき折り重なる羽が赤黒い光を帯び、それと同時に口腔へ溜め込まれる光の渦。

放たれれば逆襲の合間すらなく蒸発させられるだろう、闇紅の閃光。

対抗するために許されるのは、回避でもなければ反撃でもない。

溜めに要する僅かばかりの間隙に差し込む、唯一無二のタイミングで行われる先制攻撃のみ。



拳にエネルギーを溜めるだけの時間はない。

翼が生み出す推進力を限界まで発揮し、空中で光を蓄える巨龍へと向かう。

組み付き、ブレスを封じ、その巨腕で翼を折り、失墜させるべく。



だがしかし、スターダストの翼を折るほどに強靭とは言えそれはブラックフェザーに追い付かない。

肩腕を伸ばして迫りくる相手を前に、ブラックフェザーは悠々と身体をうねらせて敵の背後を奪い取った。

掴みかかるべく突進したジャンク・デストロイヤーがその力の向け所を失って、揺らぐ。

瞬間、背後のブラックフェザーがその息吹を解き放った。



「くっ……トラップ発動、くず鉄のかかし!!」



だがそれを、鉄の身代わり人形が一切合財受け止める。

そのままであればジャンク・デストロイヤーを背後から打ち据え、翼を装甲を吹き飛ばし、蹂躙していただろう一撃。

それは鉄壁を誇るくず鉄のかかしに全ての威力を注ぎ、霧散した。

このままで行けば、レッド・デーモンズの効果により、攻撃を完遂出来なかったブラックフェザーもまた破壊。



「『だが―――このターンはもう、攻撃は防げまいッ!!

 レッド・デーモンズよ、ニトロ・ウォリアーを破壊しろッ!!!』」



こちらのフィールド全体に対して効力を発揮するトラップならば、ブラックフェザーの攻撃で使っているだろう。

ならば、あの2枚の伏せカード。

それは攻撃に対するトラップだったとして、単体のモンスターに影響するものだろう。

だとすれば、レッド・デーモンズに対して何らかのアクションを起こし、レッド・デーモンズを破壊したとすれば。

俺のエンドフェイズに発揮されるデモンメテオで自軍に対する破壊効果が発動されなくなる。

ここでレッド・デーモンズを破壊すれば、このターンのエンドフェイズで破壊される筈のブラックフェザーとブラック・ローズが破壊されなくなる。

そうである以上、奴はここでは狙ってこない筈。

勝負とするのは、俺のフィールドが壊滅状態となった次のターンだろう。



レッド・デーモンズの雄々しく猛々しい姿が翻る。

大きく広がった翼で風を叩き、その巨体が飛翔した。

悪魔の如き邪悪さをも備えた魔龍が、同じく悪魔の如き相貌を持つ戦士へと迫る。

臀部に据え付けられたタンクから推進剤を噴き上げて、ニトロ・ウォリアーが奔った。

燃える拳を突き出す体勢で放たれる一撃、ダイナマイト・ナックル。



それを躱すか、弾くか、否。

爆炎とともに迫りくる戦士の一撃、それを前にした魔龍は胸を張り、その一撃を待ち受ける。

その姿勢に感じ入るところがあるか否か、ニトロ・ウォリアーが更に加速した。

肉と肉が打ち合わせられる生々しい音が響き、二体の悪魔が交差する。



――――叩きつけられた拳は、隆起した胸板に傷一つ負わせない。

足りなかったのは速さか、或いは強度か。

そんな事は関係なし、と。レッド・デーモンズがその体勢から腕を振るう。

劫火を纏った掌底ではない。握り締められた拳が戦士の頬を真横から殴り飛ばし、その身体を吹き飛ばす。



しかし逃がさない。

弾き飛ばされる身体をすぐさま、殴った腕と反対の手が掴み取る。掴んだのは臀部の燃料タンク。

吹き飛ばされていた身体を強引に固定されたニトロ・ウォリアーが身体を揺らし、自らを捉えたレッド・デーモンズへと顔を向ける。

掌に炎が凝る。

言うまでもなく、ニトロ・ウォリアーのタンクに充填されているのは爆発物としての性質も備えた液体燃料。

多少の衝撃ならばどうと言う事もないだろうが、それでもその炎。

タンクを突き破り、直接着火でもされようものならば――――



ニトロ・ウォリアーがすぐさま体勢を立て直し、レッド・デーモンズに攻撃を仕掛けようとする。

その瞬間、ぐしゃりと燃料タンクが炎を纏う手の中で潰された。

同時に発生する大爆発。頭上から降り注ぐ炎と煙に巻かれながら、俺と遊星は睨み合うままフィールドを駆ける。



「『ニトロ・ウォリアー爆砕!』」



レッド・デーモンズの攻撃力は3000、対するニトロ・ウォリアーは2800。

その差は200。遊星のライフカウンターが徐々に擦り減り、2900の数値を示す。



爆炎の中で散ったニトロ・ウォリアーとは違い、レッド・デーモンズは無傷。

その雄々しき翼の羽搏きとともに、俺の許へと帰還する。

俺たちの頭上で拡大する爆炎がごうごうと渦を巻き、やがて消えた。

だが、その筈なのにソリッドヴィジョンの煙は、何故か消えていない。

灰色の爆煙はそれどころかゆったりと風に流れ、天へと昇っていく。



「『―――――……? 何、だ……』」



消えない戦火の痕を見て呟いた言葉に、答えがあった。

爆煙の中で光が溢れる。



「『―――――!?』」

「ニトロ・ウォリアーが破壊されたこの瞬間、トラップが発動ッ!

 反撃の狼煙――――自軍モンスターが戦闘によって破壊された時、自分フィールド上のモンスター一体を指定する!

 オレが指定するのは当然、ジャンク・デストロイヤーッ!!」



放たれたのは拳にエネルギーを集束させ飛ばす、デストロイ・ナックルの光。

その光が向かうのは無論、今仲間を葬った敵対者たるレッド・デーモンズの許。

煙のカーテンを突き破り迎い来る光を認めた魔龍が両腕を交差させ、防御の姿勢に。

それとほぼ同時、光球が着弾して炸裂した。

ぶち撒けられる閃光の幕が満ちて、視界を白光に塗り潰す。



眼を奪われたレッド・デーモンズが唸る。

その隙こそ、機械の巨神が望んだ経過。

翼が小刻みに揺れ、巨体を飛ばす推力を生み出し上げる。

最大速力を尽くすのはたった一撃の為であり、溜めであった。



「反撃の狼煙の効果により指定したモンスターの攻撃力を500ポイントアップさせ、

 自軍のモンスターを破壊したモンスター一体と、強制的に戦闘を行わせる――――!」



迫撃の体勢で加速するジャンク・デストロイヤーの迫力を身体で感じる。

戦場で最強を誇る魔龍ならば、その程度は容易。

デストロイ・ナックルの閃光を受け止めるために交差させた腕を解き、右の掌に炎を集わせる。

例え眼が見えずとも、その破壊力には一切の衰えなどあろうはずもない。

アブソリュート・パワー・フォースの名に違わぬ力の奔流。



野生する獣の如き、本能から生ずる直感。

ジャンク・デストロイヤーが放つのは、肩のサイドアーム、巨腕ではなく自らの胴から伸びる腕。

硬く握り締められた拳がレッド・デーモンズの胸を目掛け、加速力全てを乗せたままに振り抜かれる。

空気を砕き、疾風の速さで放たれる拳撃。

圧倒的なまでに優位なフィールドを仕立て上げた上での、確実に仕留めるための攻撃。

外す事はあり得ない。決め切れぬ事もあり得ない。

反撃すら許さぬためにセットされたこの状況。しかしそれを、最強の魔龍は覆す。



固く閉じられた瞼の奥で戦意を燃やし、必殺の一撃が放たれる。

劫火を湛えた掌底。

見る事叶わぬ状況下で放たれたそれはしかし、完全に相手の拳に合わせて放たれていた。



ドッ、と。

衝突の瞬間に膨れ上がる風の流れ。

激突の直後にそれは一気に爆発し、俺たち二人の身体を押し流さんと襲い来る。

そんな暴風の中心地で鬩ぎ合うのは二体の破壊神。

魔龍と巨神は互いに攻撃を叩きつけ合い、その威力で拮抗を演じていた。



「『―――――ジャンク・デストロイヤーの攻撃力は、2600……!』」

「そう。よって反撃の狼煙の効果によって3100まで攻撃力は上がるッ!!」



レッド・デーモンズの攻撃力は3000。

この攻防劇の終焉、その結果は決まっている。

互いに絞り尽くせる最大の一撃を放ちあう、そんな光景。

そうなれば、攻撃力の数値をより大きく持ち得ている存在の勝利こそ確定。

過程を幾ら覆しても、その結末だけは覆らない。



レッド・デーモンズの掌から肩まで、筋肉に鎧われた身体が裂ける。

光の粒子を散らしながら、その力をじりじりと力を削がれていく。

青白い光を纏った拳が、炎を蓄えた掌を撃ち抜いた。

嘶き、地面へと失墜するレッド・デーモンズの姿。



その攻撃力の差分は僅か100ポイント。

俺のライフが3200の数値を示す。



「『くっ………!』」



地面で炎を噴き上げながら消滅していくレッド・デーモンズ。

その姿を見送り、だがしかしと眼を瞠る。

だがお前が教えてくれた。圧倒的なパワーを誇るレッド・デーモンズは、自然遊星の対応策を縛り付ける。

奴が自軍への破壊効果を持つレッド・デーモンズを破壊し、ブラックフェザーとブラック・ローズを残したのは何故だ?



その上、ニトロ・ウォリアーは自身の効果で攻撃力3800まで高める事が出来る。

それはレッド・デーモンズのそれすら上回る一撃突破の破壊力。

ニトロ・ウォリアーを犠牲に、ブラックフェザーとブラック・ローズを残し、奴が狙っている事。



ブラック・ローズの攻撃力は2400。

ニトロ・ウォリアーにも、ジャンク・デストロイヤーにも敵わないパワー。

しかしブラックフェザーの攻撃力は2800、ニトロ・ウォリアーと互角で、ジャンク・デストロイヤーを上回る。

ブラックフェザーで攻撃した時にくず鉄のかかしを使わず、

ジャンク・デストロイヤーを破壊させ、反撃の狼煙を使い、ニトロ・ウォリアーを残すという選択肢はあった筈。

その場合はレッド・デーモンズは残すがブラック・ローズも破壊できた。

だというのに何故、このフィールドに追い込んだ。



なればこその、もう1枚の伏せリバース―――――!

あれは何だ。どういう策があればこの状況に持って行こうとする。

決まっている、ブラックフェザーには効果がある。自らの攻撃力を下げる、デメリットとも呼べる効果が。

ならば何故、ジャンク・デストロイヤーに反撃させなかった。

あの伏せリバースがダメージを与えるカードで、ブラックフェザーの攻撃力を下げる役割をするとする。

だとすれば、あの時くず鉄のかかしでなくそれを切るべきだった筈。

そうすればレッド・デーモンズを残す代わりに、自分のモンスターは二体とも残せた。



ならば、何故使わなかった―――――

出し惜しむような奴か、違う。ならば発動条件が満たされていないと見るべき――――!



「『カードを1枚伏せ、ターンエンドッ!!』」

「オレのターンッ!!」



俺のスピードカウンターは10、遊星は3。

引いたカードを見止め、遊星は一瞬だけ止まった。

俺の場にはくず鉄のかかしが残っている。

ジャンク・デストロイヤー一体では侵略しきれない。



「――――カードを1枚伏せ、ターンエンドッ!」



故に攻撃はなし。

探り合いか、否。そんなものは必要ないと、奴だって知っている。

デッキに手をかけて、遊星を見据える。



「『俺のターン、ドローッ!

 ――――この状況、動かないと思っているか……だが、この程度で止まるかッ――――!

 出でよ、フォース・リゾネーターッ!!』」



このターン引き当てた、唯一の手札を切る。

襤褸のローブに身を包んだ小悪魔が沸いて出た。

水風船のようなものを背負った、幽霊染みた意匠の小悪魔。

キシシと嗤う悪魔が両腕を前に突き出し、稲妻を放つ。



その雷はブラックフェザー・ドラゴンの羽に突き刺さり、帯電させる。

フォース・リゾネーターが雷光を放出するたびに萎んでいく風船。



「『フォース・リゾネーターの効果―――!

 このカードを墓地へ送る事でこのターン、モンスター一体に攻撃する時モンスターを対象にした効果の発動を封じる効果を与えるッ!!』」



自らの命を注ぎこんだ雷。

それらを全て受け、蓄えた羽の龍が咆哮をあげる。

光の粒となり、消え失せていくフォース・リゾネーターが遺すもの。

それはブラックフェザー・ドラゴンに与えられる力。



「っ……!」

「『時間稼ぎで躱せると思うな――――! くず鉄のかかしでは止まらないッ!!

 行けぃッブラックフェザー・ドラゴンッ!! ジャンク・デストロイヤーを破壊しろ、ノーブル・ストリームッ!!!』」



雷光で明く、爆ぜる翼を振るう。

閃光と共に雷電が周囲に奔り、フィールドを満たしていく。

遊星のフィールドで伏せられたカードが薙がれた。

バチバチと電気に打ち据えられたカードは起動しない。



「くっ……! ジャンク・デストロイヤーッ!!」



戦場に塗りたくられた雷を避け、遊星の前に立ちはだかる巨体。

上半身の四肢、四つの腕の拳に光るのは破壊の光。

スターダストを打ち破り、レッド・デーモンズを超え、今フィールドに君臨する破壊神。

その力、だがそれは最早通じない。



羽を黒く赤く染め上げて、ブラックフェザーがその顎から閃光を解き放つ。

対峙する巨神の四連撃もほぼ同時に。

真正面から迫りくる龍のブレスに、四つの光球が衝突する。

互いの威力が弾け、その場で爆発する攻撃。

巻き上げられる爆発と閃光を前に、ジャンク・デストロイヤーは体勢を立て直し、即座に迎撃の準備を整え――――



その瞬間には既に、ブラックフェザー・ドラゴンが間合いにいた。

神速の攻勢を侵す龍は破壊神の頭上。

反応はしかし、龍にとっては余りにも遅い。

胴体の、逆立った肋骨のような刃が開き、上から抑え込むように破壊神を包み込んだ。



ぐしゃぐしゃと金属のボディが拉げる音と、べきべきと鋼の翼が折れる音。

肩の腕が根元から千切れる。頭部の角が折れ曲がり、カメラアイが弾け飛ぶ。

それでもなお、反撃を諦めない。自身を捕らえる刃を掴むべく、伸ばされる胴の腕。

がっしと、確りと捕まえる。逃がさないと、その神速の侵攻を封じるべく叩き落とすと言わんばかりに。

だがその程度で引き摺り下ろされるものか。



胴体の真下、丁度ジャンク・デストロイヤーがいる部分に漆黒の球体が溢れだす。

球体の中で渦巻く魔力が破壊神の身体を巻き込み、あっという間に残骸へと変えていく。

ブラックフェザーの事を掴んでいた腕も消滅し、今この瞬間からの龍に捕まった哀れな獲物への変貌。

刃が引き抜かれ、解放される代わりに支えるものを失った巨体が地面に墜落する。

轟音と粉塵を巻き上げて沈み込む身体。



それでも、巨体は立った。

火花を散らす全身に破壊力は残っていないというのに、それでも空中に坐する龍を見据え、立ち上がる。

レンズが割れ、剥き出しになったカメラが敵をロックする。

飛翔するための翼はない。相手を打ち砕く拳も残っていない。残されているのは地面に立つ為の脚部のみ。

立てる――――ならば、闘える。

闘志衰えず、立ち誇るジャンク・デストロイヤーがその意気を露わにし、跳んだ。

関節部がスパークし、悲鳴を上げるのを見ながらも、全身を使い挑む。



意気や良し。だが、黒羽龍が認めるのは意気まで。

反撃も、逃避も防御も生還も。他は一切許さずに追い詰める。

迎い来る巨体に対し、ブラックフェザーが身体を翻し、飛翔した。

渦を巻くように、唸りを上げて捻り込まれる胴体が鞭の如く振るわれ、ジャンク・デストロイヤーを打ち据えた。

打撃であるにも関わらずその速さに任せて鋭く閃く一撃。

胴体にそれを叩き込まれた身体が、腰から真っ二つに叩き折られる。



吹き飛ぶ残骸は遊星の目前に。

爆散し、撒き上げるのはジャンクと化したパーツと炎、そして煙幕。



例えあの伏せカードがブラックフェザーの攻撃力を下げ得る効果を持っていたとして、

そんなもの、使わせなければいいだけの話。

いいや、使ってきたとして、反撃されたとして、逆襲されたとして、それがどうした。



俺は何だ。

いつから負けを恐れていいほどに強くなった。

今俺に手に、勝ち続けなければいけない理由なんかない。

俺が遊星に勝ちたいと思う気持ちに理由はない。

構わない。どれだけ負けても。



そこにはきっと、何かが残る。何かを残せる筈――――



ジャンク・デストロイヤーの攻撃力2600に対し、ブラックフェザーの攻撃力は2800。

遊星がライフを2700まで減らしながら、ジャンク・デストロイヤーの爆発を突き抜け、躍り出る。

突き抜ける衝撃で撒く粉塵を疾走に巻き込みながら。

手をかけるのはデッキの上、滞留している砂埃を薙ぎ払うような一気呵成のドローが閃く。



「オレのターン、ドロォーッ!!」



伏せリバースカードは2枚。

フィールドにモンスターはなし。これが一体どこへ繋がる。

引いたカードを見た遊星は微かに微笑う。

来るか―――――



「更にカードを1枚伏せ、ターンエンドッ!!」

「『俺のタァアアアンッ!!! 来い、ミスティック・パイパーッ!!』」



引いたカードをそのままフィールドへ。

肥えた身体付きの笛吹きが、青い髪を揺らしながら横笛を吹き鳴らす。

その笛吹き自身に戦闘能力は備わっていない。

だが、その音色は未来の力を呼び起こす。



「『ミスティック・パイパーの効果――――このカードをリリースし、カードを1枚ドローする!!』」



音が力を持ち、俺のデッキトップに存在するカードを1枚、ゆったりと持ちあげる。

それを指で挟みこみ、その正体を確認する。

僅かばかり吊り上がる口許のまま、そのカードを遊星の前に突き付けた。



「『ドローカードはバリア・リゾネーターッ!!

 効果でレベル1のモンスターをドローしたこの瞬間、ミスティック・パイパーの更なる追加ドロー効果が発生!!

 もう1枚カードをドローッ!!』」



笛吹きの奏でる曲は未だ途切れない。

更にもう1枚、デッキトップのカードが浮き上がって俺の手の中に舞い込む。

同時に笛の音色が徐々に薄れ、笛吹きの身体も薄れて消えていく。

彼が導いた2枚目、引いたカードは――――



「『BFブラックフェザー-そよ風のブリーズの効果!!

 このカードが効果によってデッキから手札に加わった時、特殊召喚する事が出来る――――!

 来い、そよ風のブリーズ!!』」



赤やオレンジ、その名とは裏腹に暖色の翼を持つ鳥獣が舞い上がる。



「―――――!」

「『これでくず鉄のかかしで止められる分を考えても、攻撃力がお前の残りライフを超えた……!

 さあ、行くぞ……! ブラックフェザーよ! 薙ぎ払えッ―――――!!』」



嘴が開かれ、その奥から暗闇の如く紅い光が漏れだしてくる。

眩くも暗い波動を溜め、遊星へと向けて解き放つ――――!



紅と闇が激しく明滅しながら迫りくる光景。

それを前に、遊星は揺るぎなく腕を掲げ、迎え撃つ。



「くず鉄のかかしを発動!! その攻撃を無効にするッ!!」



聳え立つはジャンクで組まれた一本足のかかし。

閃光の前に立ちはだかるその姿はいつ折れてもおかしくないほどぼろぼろで、しかし毅然と屹立する。

光と闇の竜巻を真正面から浴びせられたかかしが軋み、反り返っていく。

遊星を目掛けて吐きかけられた攻撃を一身で受け止め、そのボロボロの身体に更なる傷を刻みこむ。



ごぉとブレスの残照を口の端から零しながら、ブラックフェザーの攻撃が止まった。

前方を塗り潰すほどに炸裂し、舞い散っていた光が消え、遊星の視界が晴れ渡る。

同時に役目を終えたくず鉄のかかしがゆっくりと倒れ込んでいき――――



その瞬間を待っていたとばかりに、隼の如く獲物を狙う暖色の鳥獣の翼が爆ぜた。

光の霧を翼で切り裂いて、そよ風が吹く。



「―――――っ!」



攻撃を防いだ次の瞬間に、目前まで迫っている第二陣。

それを認めた遊星が微かに強張り、直後に訪れるだろう衝撃に備えた。



「『行けぃッ、ブリーズ!!』」



身体を大きく捻り上げ、互いの速度を相討たせるべくの更なる加速。

真正面に向かい合って奔り抜ける全速力。

大きく捻った身体を返して突き出される鳥獣の脚が爆撃の如く、遊星号の車体に突き刺さる。



「ぐぅうううっ……!!」



車体が激しく揺さぶられ、ヘッドを大きく揺らしながら減速していく。

ブリーズの攻撃力は1100。

ライフポイントの数値はダイレクトアタックで大きく減り、カウンターは1600を指す。



そして――――



黒薔薇龍が大きく顎を開き、その奥に漆黒の炎を集束させていく。

攻撃力2400を誇るブラック・ローズ・ドラゴンの更なる追撃。

それは遊星の残りライフを全て焼き払ってなお余りある。



暴れるDホイールを抑え付け、遊星がなんとか体勢を立て直してくる。

だがそれも、次の一撃で遊星のライフが底を尽けばなんの意味もない。

ブレス攻撃の残照か、光の粒子が疎らに散り舞っているここを背景に、最後の一撃を解き放つ――――



「『ブラック・ローズ・ドラゴン! 放てッ、ブラック・ローズ・フレアァアアアアッ!!!』」



ブラック・ローズが首を振るい、その勢いのままに火炎弾を吐き出した。

真紅に漆黒を織り交ぜた濁った炎が、暴れているかのような軌道を描きながら遊星の許に飛来する。

遊星は動かない。

一秒で遊星に直撃する筈のその一撃。目標まで到達する時間が無限に感じれるほど引き延ばされている。

だがどれだけ待っても、目前まで炎を迎えてもなお、遊星は動いていない。



十分の一秒に満たない時間。

その中で、疑問すらも混じった言葉が口を吐く。



「『これで――――勝った……』」



その言葉を吐いた瞬間、圧縮されていた時間が解凍される。

永遠と感じていた残り十分の一秒の世界が、崩れ落ちる。

そしてその刹那のタイミングで、俺の真横から声が響いた。



トラップ発動!」

「『な、……』」



ぱぁん、と。

周囲を満たしていた光の粒子が飛散する。

銀色の光が弾け、その後に残ったもの。

それは、俺の視界が狂っていた事を示し出す。



「コンフュージョン・チャフッ!

 同じターン内の二度目のダイレクトアタック時、二度目の攻撃を仕掛けて来たモンスターと、

 一度目に攻撃を行ったモンスターを戦闘させ、ダメージ計算を行うッ!!」

「『にィ……!?』」



狂っていた世界が晴れ渡り、新たに映るのは正しい光景。

ブラック・ローズ・フレアが迫っていたのは遊星ではなく、遊星の許へと突撃を仕掛けていたブリーズ。

完全不可避のタイミング。

橙色の翼を折り畳み、自身の身体を庇う様にしているブリーズに、炎の弾丸が撃ち込まれる。

漆黒の炎が花を咲かせ、溢れる火の粉が花弁の如く舞い散らかされた。

その爆風が背後からこちらを襲い、後輪が浮き上がる。



「『ぐぅうううう……! う、ぐぅ……! く、ブリーズ……!』」



ハンドルを掴み、浮きあがった後輪を叩き落とし、コースのアスファルトを砕きながら着地させ、

僅かばかりぐらつく車体を必死で抑えながら突き進む。

俺のライフカウンターに映し出されている数値が1900まで下がり、スピードカウンターも12から11へ。



「『だがァッ、それでも俺の優位は揺るぎない――――!! ターンエンドッ!!』」

「それを――――覆すッ! オレのターン、ドローッ!!」



引いたカードを見て、遊星の顔が締まる。

それを手札ホルダーに突き刺すと、閃く腕の指がセットカード用の発動スイッチを叩く。



伏せリバースカード発動オープン!!

 シンクロ・スピリッツ! 墓地のシンクロモンスターを除外し、そのシンクロ素材となったモンスター一組を特殊召喚する!

 オレは、ニトロ・ウォリアーを除外する事で、墓地のニトロ・シンクロン、デフォーション・ガードナー、マッシヴ・ウォリアーを召喚ッ!!」



――――ジャンク・デストロイヤーはスターライト・ロードに破壊され、リベンジ・リターンで再召喚されたモンスター。

遊星はクイック・シンクロンを戻したかったところだろうが――――

ニトロ・シンクロンが対応しているニトロ・ウォリアーはたった今除外される。



悪魔の如き風貌、緑色の筋肉に鎧われた戦士の影が薄く遊星の背後に浮かぶ。

その戦士の魂を呼び覚ますために星と化した者たちを、再び現世へと呼び戻す。

ボンベのような身体の小さなチューナーモンスター、ニトロ・シンクロン。

軍服に似た制服に身を包む、力弱きものたちのための守護壁を織り上げる戦士、デフォーション・ガードナー。

そして巌の如き身体にそれぞれ四本の手足、抱えた岩石の円盤を持ち上げた状態で浮揚するマッシブ・ウォリアー。

それぞれの戦士たちは防御姿勢で浮かびながら遊星に追従していく。



だが、そいつらでは新たなシンクロ召喚には繋がらない――――



「手札のターボ・シンクロンを召喚ッ!!」



そうだろうさ、引き当ててこない筈がない。

緑色の車体、胴体がそのまま車体になっているモンスターの姿が現れる。

現れた瞬間にすぐさま短い足と腕を格納し、疾走形態へと変形するターボ・シンクロン。

頭部にゴーグルが下りて、エンジンを唸らせながらの装甲を開始。

その疾走に続くのは、デフォーション・ガードナーとマッシブ・ウォリアーの姿。



「更に! トラップカード、エンジェル・リフト!!」



開かれるのはレベル2以下のモンスターを蘇生するためのカード。

伏せられていたカードが起き上がり、その効力を発揮する。

ほのかに輝く光とともに現世に呼び戻されるのは、被り物をした小さな機械人形。

チューニング・サポーター。



「チューニング・サポーターはレベル1だが、シンクロ素材となる時にレベル2として扱える―――!

 レベル3、デフォーション・ガードナーとレベル2、チューニング・サポーターに、

 レベル1のターボ・シンクロンをチューニングッ!!」



集うのは六つの星。

それらを束ね上げるのは、遊星が掲げた腕。



「集いし絆が、更なる力を紡ぎ出す―――――光差す道となれ!!」



真紅のボディはトラックをモチーフとした造形。

胴体に据え付けられたライトが点灯し、同時に双眸から黄金の光が溢れる中。

シャープに研ぎ澄まされたフォルムの腕部と脚部を振るい、自ら光を切り裂き参上する。

その姿こそ続く、新たなるシンクロモンスターの戦士。



「轟け、ターボ・ウォリアーッ!!!」



怒号のようなエグゾーストノート。

胴部から伸びるマフラーが煙を吐き出し、内部で猛る動力を示す。

圧倒的な存在感を示す戦士――――

或いは、シンクロキラーとしての能力を持つ、こちらのモンスターに対する絶対の狩人として。

奴に仕掛けられたシンクロモンスターは、その能力を半減させた状態での戦闘を強いられる。



「『それでも! そいつではくず鉄のかかしを越えられない―――――!』」

「チューニング・サポーターの効果! シンクロ素材となり墓地へ送られた時、カードを1枚ドローするッ!!」



光さえも伴って引き抜かれるカード。

閃光のドローとともに生来される手札を見てこそ、遊星が遂に口の端を上げた。



「『―――――!!』」

「カードを1枚セット、ターンエンドッ!!」



揺るぎないのは遊星で、こちらの根幹など容易に揺らされる。

揺さぶられた心を静めて、小さく息を吐く。

構わないんだ。遊星がどんな攻勢を仕掛けてきても関係ない。

その攻撃を悉く凌ぎきる。それこそ、俺に与えられた唯一の勝利条件。



ならば、



「『俺のターンッ、ドローッ!!』」



引いたカードを見て、眼を開く。二枚目のピース。

舞い込んだカードを見てから再び遊星へ視線を移す。

こちらの戦略にどこまでついてくるか、ついてこられるか――――或いは、いつ追い越されるか。

させて、たまるか……!



「『カードを1枚セット!

 ブラック・ローズ・ドラゴンッ!! ニトロ・シンクロンを攻撃しろッ!!』」



黒薔薇龍が花弁が折り重なり形作る翼を大きく広げる。

疎らにだらりとぶらさがっていた蔓が急に意思を持ったかのように、その頭を持ち上げた。



遊星のフィールドにはモンスターは三体。

攻撃表示のターボ・ウォリアー、そして守備表示のニトロ・シンクロンとマッシブ・ウォリアー。

更に攻撃を防ぐ手段、くず鉄のかかし。

ターボ・ウォリアーは攻撃を仕掛ける側としてならば、対シンクロモンスター最強の切り札になりえる。

だが相手のステータスを半減させる能力、ハイレート・パワーは攻撃の受け手として戦闘に参加しても発動しない。

俺のフィールドにはターボ・ウォリアーを攻撃力で上回るブラックフェザー・ドラゴン。

その攻撃を防ぐためには、ここでくず鉄のかかしを使うわけにはいかない。



「くっ……!」



風を裂き、棘に包まれた蔓の鞭が奔る。

身体を丸めるように蹲っていたニトロ・シンクロンを目掛けて放たれた一撃。

それは阻むものもなく、音の速さでその身を打ち据える。

タンク状のボディを一瞬で粉砕し、光の粉に還すローズ・ウィップ。

にぃ~、という悲鳴も僅か半秒に満たない時間で消し去られる。



「『ニトロ・シンクロン粉砕! ターンエンドだ』」

「オレの――――タァアアアンッ!!」


ドローするカードを横目にし、そのままフィールドへと。



「ミスティック・パイパーを召喚ッ!」



ぴぃーと横笛を吹きながら現れる笛吹き男。

その効果は言うまでもあるまい。先程、全く同じモンスターを俺が使っているのだ。

青いおさげを揺らしながら演奏を続ける笛吹きの身体がうっすらと消え去っていく。



「ミスティック・パイパーをリリースし、カードを1枚ドローする!!

 ―――――ドローカードは、レベル1のモンスター! ワンショット・ブースターッ!!」



笛の音色に導かれたカードの正体は、更なる効果を導きだす。

遊星の手が再びデッキの上にかけられて、更なる1枚。



「カードを1枚伏せて、バトル!!」

「『なにっ!? だが、お前のフィールドにいるのはターボ・ウォリアーと守備表示のマッシブ・ウォリアーのみ……!

 俺のくず鉄のかかしを越えて攻撃が届く事はない――――!』」



ターボ・ウォリアーが加速する。

胴から伸びるマフラーから煙を吐き出し、その名の通りの速力を見せつける。

捻るように引き絞られた腕で仕留めるべく狙うのは、こちらのフィールドに存在するブラックフェザー・ドラゴン。

このデュエル中だけでも幾多の戦士を葬り去ってきたドラゴン。

その力の在り所は何より、その幾重もの羽が織り重ねられた翼が発生させる速力に他ならない。



爆走し、迫りくる赤い戦士の姿を認めたブラックフェザーが飛翔する。

だが、風の戦士はその速力に追撃してみせた。

風の抵抗などないものと変則に身体をくねらせながら飛ぶ龍に、直線的な機動のみで発揮される加速力で強引に追い縋っていく。

鋭く澄んだ五指の爪刃が銀色の光を引き摺りながら突き出された。

確実に、空中で身を返すブラックフェザーを捉えるべく放たれた一撃。

ブラックフェザー自身でが行える行為の範疇で、今の体勢からの回避は不可。



「ターボ・ウォリアーはレベル6以上のシンクロモンスターと戦闘を行う時、相手モンスターの攻撃力を半分にする――――!

 ブラックフェザー・ドラゴンはレベル8のシンクロモンスター、攻撃力は2800から1400にダウン!

 そして、ターボ・ウォリアー自身の攻撃力は2500!」

「『それは――――この攻撃が成立すればの話だ! 俺の場にはくず鉄のかかしがある!!』」



迫るターボ・ウォリアーと、ブラックフェザー・ドラゴンの合間に出現するかかし。

そうなればターボ・ウォリアーはあれを相手に攻撃力を昇華し、追撃は諦めざるを得ない。

一本足で揺れるジャンク製のかかしを前に、風の戦士は更に大きく腕を振り被った。

しかし如何なる攻撃力を持ち合わせていたとしても、かかしの足はけして折れはしない。



揃えられた五指から伸びる鋭い爪が、ジャンクのフレームに突き立てられる。

火花を散らしながら鬩ぎ合う鉄壁と刃。

しかし真正面から打ち合う以上、その刃が立ちはだかる壁を打ち破れない事は必定。



「『弾き返せ、くず鉄のかかし!!』」



ターボ・ウォリアーの突撃力で撓み、後ろ向きに反っていたフレームが跳ね返る。

突き立て、引き裂くべく突き出された腕はその真価を発揮する事もなく、その威力を散らす。

戦士はかかしの跳ね返りが生み出す勢いで、突撃に見せた速度と同等の速度で遊星の許まで吹き飛ばされた。

そしてその瞬間、遊星が微かに笑う。



「だがこの瞬間―――

 この瞬間だけ、くず鉄のかかしは伏せリバースカードでなく、表側表示のカードとなるッ!

 トラップ発動、荒野の大竜巻ッ!!」

「『な、に……!?』」



みぉんみょんとフレームが歪んで揺れていたかかしが、ゆっくりと倒れ込んでいく。その瞬間。

遊星の背後から追い上げるように竜巻が殺到した。

暴虐の風はそのまま揺らいでいたかかしを呑み込み、空高く舞い上げる。



「『くっ……!』」

「荒野の大竜巻は、フィールドに表側表示で存在する魔法マジックトラップカードを破壊する!

 オレが破壊するのは当然、くず鉄のかかし―――――!!」



渦巻く風の中できりもみし、ガリガリと各所のパーツが削り取られていく。

拉げ、折れて、割れたゴーグルがかけられたヘルメットがへこみながら宙へ舞う。

あらゆる攻撃を受け止めてみせる鉄壁はしかし、それを薙ぎ払う威風の前に崩れ去る。

脚部フレームが半ばから真っ二つに裂けて、それぞれあらぬ方向へと吹き飛ばされていく。

俺の前に存在していたくず鉄のかかしのカードのソリッドヴィジョンが砕け散った。



このターン、ターボ・ウォリアーが再度攻め込む事はできない。

だが、次のターンになれば確実に受けねばならない。



「ターンエンドッ!」

「『俺のターン、ドローッ!!』」



俺の手札にも、フィールドにも遊星のくず鉄のかかしを突破するカードは入っていない。

攻撃力を凌駕できるのはブラックフェザー・ドラゴンのみ。

くず鉄のかかしを使わせ、その上で連続攻撃を仕掛けて突破する事もかなわない。



「『ブラックフェザー・ドラゴン! ブラック・ローズ・ドラゴン!

 共に守備表示に変更し、更にカードを1枚セット!! ターンエンドッ!!』」



飛翔するべく大きく翼を広げていた二体の龍が、身体を包むように翼を畳んで蹲る。

翼の先から尾の下まで青く色を変えていく二体の巨龍。



「オレの、タァアアアンッ!!!

 オレは手札からワンショット・ブースターを通常召喚ッ!」



ライトイエローのボディ、腕部にカタパルトを持つ機動兵器。

胴体の下部に取り付けられた装置で浮力を生み出し、宙に浮いてみせている。

戦闘能力こそ持たないが、そのカタパルトレールは絶対的な破壊力を持ち合わせた代物。

自然、苦渋を漏らす。



「『くっ……!』」

「そして、マッシブ・ウォリアーを攻撃表示に変更!」



遊星の手がモンスターゾーンに置かれたカードの表示形式を変える。

青く染まっていた身体がくすんだ鉛色を取り戻していく。

身体をゆっくりと起こして、四本の腕が抱える岩石の円盤を高く掲げた。



そして、四脚で地面を蹴り上げて舞い上がる。

跳び上がり、着地する先はワンショット・ブースターのカタパルト。

ワンショット・ブースターの頭部についているシグナルランプに赤の光が灯る。



「自分のモンスターが相手モンスターと戦闘を行ったターンのメインフェイズ2、

 ワンショット・ブースターをリリースする事で、そのモンスターを破壊する!

 そして、マッシブ・ウォリアーの戦闘でオレが受けるダメージは0となる!」



マッシブ・ウォリアーを乗せたワンショット・ブースターが高く飛び上がり、シグナルに黄色の光を。

バチバチと放電するカタパルトに立つマッシブ・ウォリアーが、固く造られた巌の瞳の奥で真紅の光を燃やす。

その大砲の如き一撃が放たれる前、遊星は更に腕を振るい、自身の横に控えた戦士に指令を下した。



「まずはターボ・ウォリアーでブラック・ローズ・ドラゴンを攻撃!!」



黄金の双眸から光を零しながら音速の戦士が肉迫してくる。

その爪から放たれる呪縛、ハイレート・パワーは攻撃力にしか効果を及ぼさない。

守備の姿勢を固めるブラック・ローズにその呪縛は効かない。

しかし―――――



マフラーで轟音を奏で、200キロを越える速度で走行しているこちらに迫りくる速度での突撃。

前面に押し出される花弁の翼が壁として進撃を妨げる中、その翼へと鋭利な刃を突き立てる。

ザクリと花弁の翼を貫く厭な音を鳴らしながら、それはブラック・ローズを侵略しにかかった。

翼に隠された首が揺れ、顎から痛撃に耐える苦悶の悲鳴を漏らす龍。

ターボ・ウォリアーの攻撃力2400に対し、ブラック・ローズの守備力は1800。

その一撃は耐え切れるものではなかった。



「『ブラック・ローズ・ドラゴンッ……!』」

「切り裂け、アクセル・スラッシュッ!!」



片手を突き刺したまま、更にもう一方の腕。

そちらを引き上げ、叩き下ろすようにブラック・ローズを目掛けて振り下ろす。

再び肉を突き刺す厭な音を出し、突き刺される爪。

苦悶の声を悲鳴を更に大きく絞り出しながら、ブラック・ローズの力が抜けていく。



瞬間、突き刺した両の爪を大きく外側に向けて振り広げる。

引き裂かれる翼が光と花弁を散らしながら、千切れ飛ぶ。

まるで血飛沫の様、血の雨と称するに相応しい光景の中で、その血雨に塗れながら風の戦士の更なる進撃。

両の翼を失い、力を奪われた龍が力無く垂らす頚に放たれる一閃。

ドスリ、と。首の半ばに爪を突き込まれたブラック・ローズの瞳から、断末魔の一つもないままに光が消え失せる。

ざらりと光の粉と化し、崩れ去っていく龍の身体。



「ブラック・ローズ・ドラゴン撃破ッ! 更に!!

 行け、マッシブ・ウォリアーッ!!!」



最後のシグナルが点灯したワンショット・ブースターのレール上から、巌の戦士が発射される。

ワンショット・ブースターが内包するエネルギー、全てを使い果たす死力の一撃。

雷速で迫りくる岩石は、神速で相手を翻弄する黒羽龍にすら回避を許さない。

四腕で構えた岩盤を前に突き出しながら、隕石の如く守備態勢を一撃で崩しに来る。



ドガァッ、と。

マッシブ・ウォリアーが構えた岩盤が、ブラックフェザー・ドラゴンの頭部に衝突すると同時の轟音。

本来、マッシブ・ウォリアーの攻撃にブラックフェザーを打倒し得る力はない。

だがしかし、モンスターを高速で撃ち出し、攻撃に不可避の破壊効果を与えるワンショット・ブースターが合わされば。

それはあらゆるモンスターを粉砕する、隕石の如き激突。



迫撃されたブラックフェザーの身体が揺るぎ、大地へと失墜する。

コースを撃ち砕き、粉塵を巻き上げながら落着する巨体。

同時に、ワンショット・ブースターの浮力が失われていく。



「マッシブ・ウォリアーの戦闘によって発生するオレへのダメージは0となり、

 バトルフェイズ終了後のメインフェイズ2、ワンショット・ブースターをリリースする事で、ブラックフェザー・ドラゴンを破壊するッ!!」

「『だがっ……まだだッ!!

 俺はこのターンのバトルフェイズ終了時にトラップを発動、スカーレッド・カーペットッ!!』」



ブラックフェザー・ドラゴンが地面に落ちた場所を中心とし、真紅の波紋が広がっていく。

大地を赤く染め上げる波濤の中から湧き立つように、二つの影が飛び出してきた。



「『ドラゴン族シンクロモンスターが存在する時、墓地からリゾネーターと名の付くモンスターを二体まで特殊召喚するッ!

 ブラックフェザー・ドラゴンは未だ破壊されていない!

 蘇れ、クリエイト・リゾネーター! フォース・リゾネーター!』」



ワンショット・ブースターの破壊効果は、如何なるモンスターだろうと破壊し尽くす。

だがそれは、バトルフェイズで戦闘を行わせたモンスターを、バトルフェイズ終了後に破壊する効果。

それを躱すには、効果を発動すべく移行されるメインフェイズ2前に対策するしかない。



キシシと嗤う小悪魔が二体。

扇風機のようなものを背負った、覆面の悪魔。

ちりんちりんと手にした音叉を鳴らす、リゾネーターの名を持つチューナー、クリエイト・リゾネーター。

膨れた風船を背負い、ゆらゆらと小さく細い手を惑わせている、フォース・リゾネーター。

二体のモンスターはブラックフェザーの下に生まれた空間から現れ、俺の許まで飛来する。



だが、同時に地に落ちたブラックフェザー・ドラゴンは、そこまでだ。

轟音を立てて沈み込む巨体は、もう飛び立つ事は出来ない。

ワンショット・ブースターが上乗せした加速力をマッシブ・ウォリアーが全て昇華した突撃。

それにより、ブラックフェザー・ドラゴンは破壊された。

落下し、消え去っていくのはしかしワンショット・ブースターも同じ。



「『く、ぅ……!』」

「更にッ!! 」



遊星がDホイールを繰り、俺の背後から追い上げるように迫ってくる。

そんな状態で、遊星は手札に残る最後の1枚を火花を伴い、Dホイールへと叩き込んだ。



Spスピードスペル-ヴィジョン・ウィンド!!」

「『この、タイミング、で……!』」



遊星号が巻き込む風が渦を巻き、その中に幻影を映し出す。



「スピードカウンターが2つ以上ある時、墓地のレベル2以下のモンスターを特殊召喚する―――――!

 舞い戻れ、ワンショット・ブースターッ!!」

「『なん、だと……何故、ワンショット・ブースターを……!?』」



その効果は、今この時何の意味も持たぬもの。

このタイミングでワンショット・ブースターを呼び出そうが、何も出来る事などないと言うのに。

イエローのボディがカタパルトとなっている身体で吹き荒れる風の壁を突き破り、参上する。

ワンショット・ブースターの能力は、バトルフェイズを行ってこそ意味のあるもの。

既にバトルフェイズを終了してる今、俺のフィールドに存在するリゾネーターたちには何の被害も出さない。



「この瞬間のためだ―――――トラップ発動ッ!!」



だがその瞬間、遊星が更なる一手を切るべく、腕を振るった。

遊星号の前に伏せられていたカードが開示される。

俺が、ブラックフェザー・ドラゴンを破るために伏せた、効果ダメージを発生させるカードと読んだもの。

その正体は果たして、



「メテオ・ストリームッ!!!」



ワンショット・ブースターを呼び寄せた風の中が灼熱し、その色を赤く染めていく。

冥界へと路を繋げた幻影の風が弾け飛び、裡から溢れさせるのは流星群。

ごうごうと炎を纏った隕石の大群が、俺へと目掛けて殺到する。

強く歯を食い縛り、その着弾に備えながら微かに笑う。



「自分のモンスターがリリースされ墓地に送られたターンに、そのモンスターが墓地から特殊召喚された時!

 相手に1000ポイントのダメージを与えるッ!!」



ごがん、と。初弾が着弾して車体がこれでもかと揺さぶられる。

葉を食い縛り、ハンドルを強く握り締め、それに耐えながら走り続けていく。

連続で襲ってくる衝撃。

十数の隕石が絶え間なく迎い来て、俺たちに突き刺さってくる。



「『ガ、ァッ……グ、!』」



Dホイールの軌道が乱されて、大きくふらつきながらの走行。

ライフポイントは1900から900まで。

残り1000を切る大きな減退。

衝撃に揉まれてホイールがスリップ、その巨大な車体をコースの壁に衝突させた。

ガガガガガと衝突と摩擦が奏でる騒音を聞きながら、それでも目を見開く。



スピードカウンターが11に。

それでも遊星のスピードカウンターは9。こちらの方がまだ速い。

だが、壁に衝突してスピードを大きく奪われた俺を、遊星は抜き去っていく。

――――中で、クラッシュしている俺を認め、遊星の速度が僅かに落ちている。



おい、何速度落としているんだ。

そうじゃないだろ、折角前に行ったんだ。突き離せよ、そうじゃなきゃ―――



こうこうと、鳥が鳴くような咆哮。

瞬間に限界まで引き絞られるアクセル。エンジンが赤い光を更に捻出し、速さに転換。

車体の後部から吐き出される光は、まるで翼に見立てているような形で放出されている。

更なる加速、遥か500メートルの彼方まで緩めた速度で走り去った遊星まで、半秒かからずに追い付いてみせる。



「な、―――――!?」

「『俺のライフは残っている――――手を抜くなよ、遊星!!』」



最早限界を越えて駆動する動力。

その速さに後押しされて、全ての力を注ぎこむ。



大きく驚愕に顔を歪めた遊星だったが、しかし。

それすらも呑み込んで、表情を引き締める。



「エンドフェイズ! ヴィジョン・ウィンドの効果で特殊召喚されたワンショット・ブースターは破壊される――――!」



まるで最初からいなかったかのように、ワンショット・ブースターの姿が霞んで消える。

デッキに手をかけて、思い切り引き抜く。



「『俺のターン、ドロォーッ!!』」



――――――ここを、どう切り抜ける。

遊星のフィールドには未だくず鉄のかかしが残っている。

攻撃力2500以上のモンスターを二体以上。それがターボ・ウォリアーを突破する条件。

手札は2枚、バリア・リゾネーターと今引いたばかりのカード。

フィールドに残された伏せリバースは2枚。それに最大限の効果を発揮させるには……

………5枚――――ターボ・ウォリアーの攻撃力を考えても……いける、か。

いや、どちらにせよ突破口が開かない。



ならば、



「『クリエイト・リゾネーターをリリースッ! アドバンス召喚―――出でよ、バイス・ドラゴンッ!!』」



小悪魔が音叉を振り回しながら左右に揺れて、その姿を極彩色の球体に変える。

球体が新たに招来されるモンスター、バイス・ドラゴンのフォルムを描き上げていく。

上半身を肥大化した筋肉で鎧った、恐竜に近しい造形。

筋骨隆々としたバイオレットの肉体に力を漲らせ、俺のフィールドに降臨する。



「『そして、レベル5のバイス・ドラゴンにレベル2のフォース・リゾネーターをチューニングッ!!

 ファイブディーズ・オブ・ワン……! 閃け、ドラゴン・クロー!!』」



フォース・リゾネーターの背負う風船が膨らみ、ぱぁんと弾けた。

その勢いのままに自身の身体をも弾けさせ、二つの星となる。

バイス・ドラゴンを取り巻く星が翠色のリングを描き、取り巻くモンスターの姿を解いて行く。



七つとなった星で描き上げる。

細く長い指を持つ両腕を垂らし、するりと長く伸びた尾を巻き、黄金の装飾に守られた胴を張る。

桜色の翼膜の翼をゆったりと広げて、ライトグリーンの鬣を風の中に揺らす龍。

真紅の瞳で戦場を見渡す妖しき龍は徐々にその身体を青に染め、俺のフィールドに降誕する。



「『エンシェント・フェアリー・ドラゴンを守備表示で召喚ッ!!』」











「―――――エンシェント・フェアリー・ドラゴン……」



ぽつりと呟く言葉。

自分で抱えたクリボンがその龍を見て、不思議そうに身を揺すっている。

――――そうだ、クリボン。

デュエルモンスターズの精霊だ。それが何か、とても大事な何か……



「っ……!」

「おお、氷室ちゃん。これで5体目になっちまったよ!」



5体の龍。それは――――



「ああ、あいつ……遊星が持っていたスターダスト・ドラゴンを持っていた事も気になるな……」



氷室が微かに視線を鋭くするも、しかしすぐに表情を元に戻した。



「尤も、この状況。もう遊星の勝ちは決まったようなもんだ。

 あのエックスって奴は最初から全力で攻め立てる、攻撃的な戦法をとっていた。

 だがこのタイミングで完全に崩されて、もう反撃の手段は残っていまい。

 この期に及んで使用されていない伏せカードは、恐らく使いどころを失った攻撃のサポートのためのカード。

 このペースなら、遊星の勝ちだ」



ふ、と微かに笑う氷室。

見入る龍亞と天兵とともに、四人らが再びデュエルの内容に注視する中で。

龍可は鈍く痛む額に手を当てた。



――――思い出せない。でも、感じる。



「エンシェント・フェアリー・ドラゴン……」











「『エンシェント・フェアリーの守備力は3000……

 そしてターボ・ウォリアーのハイレート・パワーは守備力に影響しない! ターンエンドッ!』」



守備の姿勢を固めるエンシェント・フェアリーの周囲には陽炎のように立ち上る結界が渦巻く。

それは如何なターボ・ウォリアーとはいえ侵せぬ聖域。

攻撃を許さぬその結界を前に、遊星はしかし臆す事など一片たりともありはしない。



「オレのターンッ! カードを1枚セットし、ターンエンド」



ドローカードを一瞥した遊星はそのままそれをセットし、エンドを宣言した。

―――――ここだ。



ここで、次のターンに遊星の力を削ぎ取るための最後の1ピースを、引き当てる。



「『俺のターン、ドロー!』」



何ら気負うものなどない。

答えを待つ必要もない。俺一人で背負っているものではないのだから。

最後の攻防―――――一緒に行くぞ、なぁ!



「『カードを1枚セット! バリア・リゾネーターを守備表示で召喚!』」



背にその名の通りバリアを発生させるための装置を背負った小悪魔。

両手でぶらさげた音叉をゆらゆらと振るい、キシキシと低く嗤う。

―――――俺の、尽くせる最後の一手。



これが、実質のファイナルターン。



「『ターン、エンドッ……!』」

「―――――オレの、タァーンッ!!」



ドローカードを見た遊星の顔が微かに揺らいだ。

……そのまま、数秒。

やがて、遊星は腹を決めた様子でそのカードをディスク部分へと差し込む。



「カードを1枚セット。そして、バトルフェイズ――――!」

「『………ッ!』」



ターボ・ウォリアーがその号令に反応し、動作を開始する。

黄金の眼光を奔らせ、捉える目標は―――――

下級モンスターに過ぎないバリア・リゾネーター? 否、自身の攻撃力を上回る防御力を持つエンシェント・フェアリーだ。



「ターボ・ウォリアーで、エンシェント・フェアリー・ドラゴンを攻撃――――!」

「『―――だが、エンシェント・フェアリーの守備力は3000!

 ターボ・ウォリアーでその護りを突破する事は出来ない―――――!!』」



腰部から突き出たマフラーが黒煙を吐き出し、真紅のボディに速さを与える。

だがそれも、両翼とすらりと伸びた腕を前に翳して結界を張るエンシェント・フェアリーを傷付けるものではない。

加速の勢いそのままに、爪を揃えた右腕を突き出している。

まるでミサイルの如き迫撃を、しかしエンシェント・フェアリーは真正面から悠々と受け止めた。

うっすらと広がる明るい光の膜に叩き付けられるターボ・ウォリアーの腕。



如何なシンクロモンスターへの耐性持ちとは言え、それは攻撃力に対するものでしかない。

結界は当然その腕で切り裂く事叶わず、逆にその破壊力を跳ね返す。

弾かれる右腕の勢いのまま、ターボ・ウォリアーの上半身が反り返った。



「『ターボ・ウォリアーの攻撃力は2500!

 エンシェント・フェアリーの守備力との差分、500ポイントの反射ダメージを受け――――!』」



跳ね返る身体を反転させ、エンジンをごうと噴かす。

回転してみせる身体で捻り出す力を昇華する、返した左腕で放つ一撃。

ターボ・ウォリアーの攻撃を一度防いで見せたエンシェント・フェアリーの張る結界に、

その一撃が再び叩き付けられる。



ガシャァンッ! と。

ガラスが叩き割られるかの如く突き破られる光の結界。

今度は、ターボ・ウォリアーの腕が易々と結界を貫通してみせる。



「『なっ……!』」

トラップ発動! 奇跡の軌跡ミラクルルーカス!!」



奇跡の光芒を手に纏い、突き出される一撃。

それは紛う事なくエンシェント・フェアリー・ドラゴンの胴を捉え、貫き通す。

奇跡の軌跡ミラクルルーカスはモンスター一体の攻撃力を1000アップし、二度の攻撃を可能とする。

その恩恵を得たターボ・ウォリアーの誇る攻撃力は3500。

如何な防御壁も貫き切り裂く、閃光と化していた。



黄金の装飾を引き裂き、青みがかった鱗一つない滑らかな身体に突き刺される貫手。

結界を打ち破られた龍に、それを防ぐ術などない。

煌々と瞳を光らせながら腕を振るうターボ・ウォリアーの一閃が、エンシェント・フェアリーを胴体の半ばから両断した。

断末魔とともに砕け散る身体が光の粒と化し、霧散していく。



「エンシェント・フェアリー・ドラゴンを撃破!

 更に、ターボ・ウォリアーには奇跡の軌跡ミラクルルーカスによる二度目の攻撃が残されている!」

「『………だが、その前に。

 俺は奇跡の軌跡ミラクルルーカスの効果により、カードを1枚ドローする事ができる』」



攻撃力の上昇、そして二度の攻撃。

二つの効果を一気に付与するこのカードはしかし、相手の手札を増強させるという弱点も持っている。

――――――全て、俺の策が成就した時。

最後に必要なカードは……



「『ドローッ!』」



きた、カードは。

ゆっくりと引いたカードに眼を合わせる。その正体に少しだけ微笑んだ。



スピード・ウォリアー。

それが俺がこの場面で引き当てた、最後の勝負を制するための切り札。

遊星が待機状態のターボ・ウォリアーに対し、命令を下すべく腕を振るう。



「行け、ターボ・ウォリアー! バリア・リゾネーターを攻撃ッ!!」

「『トラップカード発動オープン

 転生の予言!!」



その瞬間に、俺が割り込み宣言する。

ターボ・ウォリアーの動きが停止して、俺のフィールドに残されたカードのうち、1枚が開かれた。



「転生の、予言……?」

「『このカードの効果により、墓地のカードを2枚まで、デッキに戻す事ができる……

 俺はこのカード、1枚だけをデッキに戻させてもらう』」



セメタリーゾーンからせりでてくるカード。

それを遊星に見せるようにすると、遊星の表情が変わった。

そのカードの正体は―――ブラック・ローズ・ドラゴン。



「っ――――」

「『そして、更に2枚のカードを発動させる―――――!

 伏せリバースカード発動オープン、ロスト・スター・ディセント!』」



今の今まで使わずに伏せられていたカード全て。

それは、ただこの時のために―――――



「『ロスト・スター・ディセントは墓地のシンクロモンスターをレベルを一つ下げ、特殊召喚するカード!

 俺が特殊召喚するのは、エンシェント・フェアリー・ドラゴンッ!!』」



光と共に、冥界へと叩き落とされた龍が現世へと帰還する。

滑らかな肢体をくねらせて、エンシェント・フェアリーが明るく照る妖精の羽を広げた。

その身体に宿っていた光、モンスターのレベルを一つ、そして堅牢を誇った結界。

守備力を0に落としての再来。

だが、幾ら帰還したところで、ターボ・ウォリアーには今一度の攻撃が残されている。

バリア・リゾネーターこそ守れるが、再来したエンシェント・フェアリーは再びの攻撃の前に散る。



その攻撃が、放てれば。



「だが、それではターボ・ウォリアーは止まらないッ!!」



一瞬の停止から最大の加速を捻り出す。

炎を存分に吐き出し、全力の突撃が捉えるべき対象として見定めたのは――――再度の妖精龍。

何の力もなく、ただ宙に浮くだけしか出来ない龍へと向かう超速の戦士。



そんな姿を見て、笑った。

順番を違えたな、遊星。この場、このタイミング。

勝たせてもらう――――!



「『2枚目のトラップ! 緊急同調―――――!

 その効果により、このバトルフェイズ中にレベル6となったエンシェント・フェアリー、レベル1のバリア・リゾネーターでの―――

 シンクロ召喚を行うッ―――――!!』」

「合計のレベルは、7……!」



バリア・リゾネーターが相変わらずの嗤笑をこぼしながら、手にした音叉を打ち鳴らす。

弾けるように音叉が割れて、それを手にした悪魔の姿を星へと変える。

ゆっくりと薄れて、六つの星となっていくエンシェント・フェアリー・ドラゴン。

交わる七つの星が描き上げる、真紅の薔薇の翼の再現。



漆黒の花弁を散らしながら、再びその龍は姿を現した。

黒薔薇の花弁を幾重も重ねて飾ったように織り上げた翼を広げ、撓る棘に覆われた蔦を揺らし、

長い首を大きく奮って咆哮を上げる。



「ブラック・ローズ……ドラゴンッ―――!」

「『そう。そして……ブラック・ローズに備わりし効果を発動――――!!』」



蔦が奔る。

いつの間にか、フィールドに蔓延っていた蔦の全てが同時に跳ね上がった。

ターボ・ウォリアーですら足許から急激に襲いかかってきた蔦を躱す事叶わず、脚を取られ、引き摺り倒される。

真紅の装甲が拉げ、あらゆる敵を貫いてきた両腕をももぎ取られ、速き戦士は力を失う。

冥府まで引き摺り下ろそうかという勢いで引き込まれていく、フィールドの全ての存在。

それはターボ・ウォリアー、モンスターだけに留まらず、セットされたカードをも巻き込んでいく。



「『ブラック・ローズ・ドラゴンのシンクロ召喚に成功した時……

 フィールドの全てのカードを破壊する事ができる……! そう、全てをだ!!』」



故に、ブラック・ローズ・ドラゴン自身すらも巻き込み、呑み込んでいく。

蔦の氾濫が全てを飲み干していく光景の中で、大きく眼を見開く。

この状況、この展開――――



「『そう……これで―――――!』」

「っ………!」











「ま、不味いぞ……!

 この効果でフィールドの全てのカードが破壊され、その上遊星は手札が0!

 これじゃあ次のターン、奴の攻撃を黙って受けるしかない……!」



この瞬間。

どれほど強靭なモンスターを並べても、その気力と折れない心。

そしてカードとの絆で突破してみせる不動遊星。

そのデュエリストとしての努力の結晶、合わせて天性の才能。どんな状況でも遺憾なく発揮される、魂。

それらを全て見越して、逆転される事を理解して、逆転してみせた瞬間の僅か一瞬の息継ぎ。

ずっと、ずっとそれを待っていた。

手札にも、フィールドにも、もうカードは残っていない。

一瞬だけ訪れた、大きすぎる間隙。



「ずっと、待ってたんだ。

 自分の全力で遊星の全力を相殺して、生まれるかもしれない、たった1ターンを……」



呟く声は龍可のもの。

そのセリフにバカげていると思いつつも、氷室は同意するより他になかった。

全力で待ち構えて、全力でぶつかってきた敵に負ける事を見越して――――

僅かに空く筈の横合いの隙を、死力で突き崩す。

そんな事は初めから計画してなければ出来っこない。

全力で張り合うドッジボールでは勝てないと理解してのもの。

卑怯と言うなら確かに卑怯。だが、張った罠を発動する前に、真正面から打ち破られては意味がない。

ギリギリ、可能な範囲を見越して張られていた見えないトラップ



「ひ、氷室ちゃん、まさか遊星ちゃんが負けちまうのかい?」

「――――まさかどころの話じゃないさ。もう、遊星に打つ手は……ない」



遊星のライフは残り1600。

次のターン、エックスが攻撃力1500以下のモンスターしかいなければ、まだ繋がる。

奴の手札は残り1枚。そして、更に次のターンのドローで1枚。

……いや、既に勝利を確信しているエックスの眼を見れば、その1枚の手札こそが……











スピード・ウォリアーの攻撃力は900。

だが、スピード・ウォリアーには召喚されたターンのバトルフェイズのみ、発動する効果がある。

そのターンのみ、攻撃力を倍加させる効果。

つまり、次のターンのバトルフェイズに限り、スピード・ウォリアーの攻撃力は実質1800。

――――遊星の残りライフ、全てを削ぎ取る一撃となる。



全てが飲み干された戦場で、並んで走る二台のDホイール。

自らの最初で、最高の相手を前に叫んだ。



「『さあ、遊星! フィールドにも、手札にも!

 カードが残されていないお前に出来る事は、ただ一つ! エンド宣言のみ! その瞬間、俺の勝ちだッ!!!』」

「――――――」



遊星が最期に下す、エンド宣言。

その直後、俺はスピード・ウォリアーを召喚して、遊星のライフを0にするだろう。

それこそ、このデュエルの決着。

この状況に陥った今最早、遊星に逆転のチャンスは与えられていない。



「『さあ!』」

「――――――ふっ……」



にやりと、遊星が口許を上げた。

瞬間、加熱していた頭の中身が一気に冷却される。



「『な、に……? 何故……この状況、俺は、お前が反撃するためのチャンスは全て……』」

「ああ、確かにそうかもしれない。

 だがお前はこのデュエル、何よりも大きな勘違いを重ねていた。それこそが、お前の弱点となりえた」



勘違い。そう言われて、思考を回す。

何を違えた。遊星を相手取るにあたって、取れる策を絞りそれを積み上げて来た筈だ。

俺のカードたちも完璧なまでに応えてくれた。

確信を持って言える事、それは遊星を越えたいのは俺だけじゃない。俺たちの意思だと言う事。



混乱する俺をよそに、遊星号が加速を増して、俺を追い抜き前へと躍り出る。



「お前たちが闘っていたのは、オレじゃない」

「『なん…だと……?』」



遊星号のセメタリーゾーンから光が溢れる。



「お前たちが闘っていたのは、オレたちだ――――!」

「『―――――!?』」

「墓地からトラップ発動!」











「墓地からの……」

トラップカード……!」

「このタイミングでか!? だが、いつそんなものを……!」



――――そんなカード、1枚しかありえない。

遊星が墓地に仕込んでみせた、墓地から発動するトラップカード、リベンジ・リターンは既に除外されている。

だったら、正体不明で、墓地に送られたカードより他にはない。



「まさか……!」

「このターン、伏せてたあのカード…?」











「『このタイミングで、墓地で発動するトラップだと……!?

 バカな……! 読んでいたと言うのか……俺が、お前のターンで仕掛ける事を……!』」



でなければ、このタイミングでそのカードを引き当てる事などあり得ない。

遊星は俺を過大評価して、次のターンの反撃を防ぐため、そんなカードを伏せたと予想した。

だがそれは、俺の最大最後の一撃を躱し、フィニッシュを決めるカウンター。



「お前ならば、退く事などあり得ないと思っていた。

 だからこその、オレの、エースカードだ!!

 ブラック・ローズ・ドラゴンの効果で墓地に送られた瞬間、トラップカード、リミッター・ブレイクの効果が発動ッ!!

 自分のデッキ・手札・墓地からスピード・ウォリアーを一体特殊召喚するッ!

 来い、スピード・ウォリアァアアアッ!!!」



互いの戦士・龍―――エースたちが戦場としたフィールドは今や何もない荒野。

その場で、唯一、最後に残されたモンスター。



風を切り、速さの中で戦う戦士。

灰色がかった白のボディアーマーを鎧う身体。

力強く大地を蹴る脚部の踵はローラーとなっており、その速度を向上させる。

頭部はフルフェイスヘルメットに覆われ、その眼光は暗いゴーグルに隠され窺う事はできない。

だが、その視線の向かう先は唯一ただ一つ。



俺以外に何があろうか。



「『スピード・ウォリアー……』」



自らが持つ手札に眼を向ける。

こちらが最後の切り札として引き当てた筈の、無二の手札。

それと同名の、何ら違わないモンスターが今、俺の前に最後の敵として立ちはだかる。



特殊召喚されたスピード・ウォリアーは効果が発揮されない。

故に攻撃力は倍になる事無く、900のまま。



――――そして俺のライフもまた、900。



「『ふっ……く、ははは……! ああ、そうか……負け、か――――」



一気に力が抜けて、危うくスリップしかけた。

身体を取り巻いていた光も消え、流れ込んでくるイメージも霧散していく。



「オレのバトルフェイズはまだ終了していない! 行くぞッ!!」



地面を転がすローラーが火花を散らしながら切り返される。

ゴーグルごしの眼光に捉えられ、スピード・ウォリアーがこちらへと向け、駆けてきた。

ガァアア、と大地を削るローラーブレードの咆哮を前に、ゆっくりと微笑む。



「ああ、そうか。そうだな。一回や二回で勝ててもありがたみがない。

 ――――――遊星、1000度挑まれる事を覚悟しておけ、絶対にお前から勝ちを奪ってやる……!

 さあ二度目の負けを俺に刻め、スピード・ウォリアー!! その攻撃、俺自身で受けて立つッ―――!!!』」

「スピード・ウォリアーによるダイレクトアタック――――切り裂け、ソニック・エッジッ!!!」



その声と共に、赤い光が再び息を噴き上げた。

渦巻く閃光とともに、真正面から突撃してくるスピード・ウォリアーに向かって突進する。

しなやかに軽やかに四肢を繰り、跳ね上げられる脚が閃く。

音速で振るわれる蹴撃は、その速さを全て破壊力に転換して敵を撃つ。



直撃した俺はその勢いを全て受け止め、どこかへそれを逃がす事も出来ずに一身に背負った。

浮き上がる前輪と、制御を失った後輪。

俺たちはそのまま時速200キロを越える速度で横転し、コースを滑っていく。

横向きに、独楽みたいな回転をしながら滑るDホイールが止まったのは、コースの壁に衝突して何度か跳ね返ってからだった。



久しぶりの大事故に朦朧としながら、駆け寄ってくる遊星を見た。



「まずは二連敗……くくく、だがお前の天下もあと俺が997連敗するくらいまでだと知れ……」



などと言って。

盛大にシャッフルされた頭の電源がカットされる。

一気に暗闇に包まれていく視界の中で、きょとんとしている遊星が見えた。











後☆書☆王



ズババー! ズバズババ―! ズババズバズバズババソード!

ズババ……ズバ、ズババー、ズバ、ズ・バヅー・バ、ズババー

ズバ! ズババー! ズババズバズババ……イラッとくるぜ!



はて、覚えてる人はいるのかなと。

ちなみに書いてる人間は内容覚えてないけど。



>>BFいれば魔法使えるんじゃね?

その発想はなかった。



>>ファイブディーズ・オブ・ワン

もうこれどうでもいいんじゃない? 俺はどうでもいい。



カルラ様より
>>遊星の腕のドラゴンテイルがとか書いてましたけどBFドラゴンもテイルになってましたよ

>>ってことは遊星の竜ってBFドラゴンですか?

遊星はゴドウィン戦でドラゴンテイルからドラゴンヘッドになるので、現時点ではドラゴンテイル。

後々クロウがドラゴンテイルになるので、このタイミングだとこんなんです。

ちなみにこの時点でドラゴンヘッドはルドガーの腕にあります。



長ネギ様より指摘。

>>「まずは二連敗……くくく、だがお前の天下もあと俺が996連敗するくらいまでだと知れ……」

>>これだと999戦目で勝つように見えます。1000度挑むという前の言葉と矛盾しているように見えました。

修正しました。ありがとうございます。



リト様よりご指摘。

>>後誤字だと思うのですが、ニトロウォーリアーを撃破したとき。

>>≫遊星のライフカウンターが徐々に擦り減り、3100の数値を示す。

>>この場所の前のジャンクウォーリアーを倒した時点で3100だったので、2900ではないでしょうか?

修正しました。ありがとうございます。



>>因みに気になったのですが、エックスは三極神のカードは持っているのでしょうか?まぁ、持っていたとしてもOGG版でしょうけど。

勿論OCG版ですがもっています。

ちゃんとストーム・オブ・六武衆ラグナロクは買っているので。



ファンゴ様よりご指摘。

>>第十三話

>>>ジャンク・デストロイヤーのシンクロ召喚に成功した時、

>>チューナー以外のシンクロ素材の数までフィールドのカードを出来る!

>>⇒カードを破壊出来る!

>>>全力で張り合うドッジボールでは勝てない理解してのもの。

>>⇒勝てないと理解してのもの?

共に修正しました。ありがとうございます



[26037] 恐れぬほど強く
Name: イメージ◆294db6ee ID:950c214e
Date: 2012/02/26 01:04










『きぃまったぁああああああッ!

 互いにエースモンスターを力を尽くしたデュエルを制したのは、不動遊星だァ―――――ッ!!』



おおお、と。観客席からの歓声が響き渡る。

開幕に乗り気でなかった観客らも、そのデュエルを目の当たりにして沸き立っていた。

転倒し、スリップしながら転がっていったエックスが救護班に回収されていく。



「流石と言うべきか……まさかあれをひっくり返すとはな……」



氷室が驚嘆の声を漏らし、ゆっくりと背凭れに寄り掛かる。

まさかの結果だった。

あの状況を構築された時点で負けは避けられないと思ったが、それすらも上回る戦術。

留め切れない感嘆が漏れ出すのも当然と言えるだろう。



「わたし、ちょっとエックスのところに行ってくる」

「あ、ちょ、龍可っ!?」



しかしそのデュエルに対する感慨も余韻もなく、龍可はすぐさま立ち上がって走り出した。

そんな姿を驚きながら見送った龍亞は、妙なモノを見たかのように目を白黒させている。

呆然から立ち直るのに数秒、やがて背凭れに寄り掛かり、ついと顔を逸らした。



「ちぇー、何だよ……」

「龍可の奴、何だかあのエックスって奴の事になると目の色が変わるな」

「そうそう、知り合いなのかい? 出て来た時も驚いてたけど」



矢薙に声をかけられて、龍亞は少しだけ迷う素振りを見せた。

ああやって衆目の前に姿を晒したとはいえ、約束は約束。

エックスの事は誰にも言わないと――――



――――あれ、遊星にだけだっけ?

頭の中で疑問が衝突。どうだったか思い出せずに、そのまままた数秒悩みこむ。

結論、まあいっか。



そうして、龍亞は初めてエックスと会った時の事を話し始めたのであった。











このデュエルスタジアムは広い。

龍可は実際の出場を龍亞(女装)に譲ったとはいえ、出場選手の一人に違いない。

敗北してしまったものの、関係者用の区画に入る事は容易かった。



と言うか。

警備員なのか、きっちりと制服を整えて直立している職員が何名も。

龍可の事を見つけると「頑張ったな」「凄かった」「惜しかった」等々。

身には憶えのない龍亞の功績を何度も褒められてしまった。

自分は大概関係ないのだが。

だがそのおかげで大分スムーズに医務室まで辿りつけた。

ところで。



ぎゃあぎゃあと警備員の揉めているやたらとげとげした男を見かけた。



「だぁからッ! オレァ奴の知り合いなんだっての! ちょっとくれぇいいだろーが!」

「確かに貴方の素性は分かってはいますが、この大会に出場していない事には違いありません。

 今ここは今大会出場選手専用の医務室なのです」



ぴしゃりと言い返され、ぐうの音も出ない。

ぬがあーとオレンジ色の髪を掻き乱した後、踵を返してこちらに向き直り――――

自分を見つけられた。

お、と。オレンジ色の髪に、サングラスの男はにやりと笑う。



「よう、お嬢ちゃん。さっきのデュエルは見せてもらったぜ。

 小さいながらにやるじゃねーか、でっかくなったらライディングデュエルをやりな。

 間違いなくいいライディングデュエリストになる」

「あ、えっ……と」



賛辞の言葉はやはり龍可のものではなく、龍亞のものなので受け取っていいものかどうか。

とは言え無視を決め込むわけにもいくまい。

どうも、ありがとうと小さく返答して頭を下げる。

その龍可の目の前に、ずいとビニール袋が差し出された。



「え、っと……?」

「嬢ちゃんは大会の参加者だからよ、ちょっと頼まれごとして欲しいんだよ。

 なに、そんな大した事じゃねーんだ。

 ちょっくら、この奥の医務室で寝てるエックスって奴に、こいつを渡して欲しいんだ」



差し出されたものをちょっと覗くと、どうやらお弁当だ。

このスタジアムの売店でこういうのは売っていないので、多分外で買ってきたのだろう。

自分の記憶が正しければ、売店のポップコーンとか以外は持ち込み禁止だと思ったが。



「はぁ……えっと」

「じゃあーよろしくな! 頼んだぜ、嬢ちゃん!」



そう言って、とげとげしい人は龍可に袋を押し付け行ってしまう。

そのまま数秒間固まっていたが、そうしていても仕方がないだろう。

医務室の方へと向き直り、警備員に声をかける。



「あの……」

「ああ。君は参加者だからね、通ってくれて構わないよ。

 全く、彼にも困ったものだ……始まる前には参加者と参加権をかけてデュエルしていたらしいし」

「えと、失礼します」



やれやれと首を振る警備員に頭を下げ、横を通る。

矢張りと言うべきか、この警備員は彼と知人なのだろうか。

とりあえず、この袋をエックスに渡せばいいだろう。











「なあ相棒よ」

『どうしましたかマスターよ』



医務室にバイクを運び込むわけにもいかないので、流石に。

この会話はデュエルディスクを通して行われている。



「俺さ、主人公だよな。もう、主人公だよな」

『えぇえぇ、そうですとも。立派なヒーローですとも』

「だけど勝てない……なら、俺は新たな新境地を開く!

 そう、クロスオーバーだ! 俺はこの前ちょっとネタ使ったFate/zeroでチート主人公になってやる」

『無理ゲーすぎます』

「それはどうかな? これを見ろうっ!」

『そ、それはー』



懐より取り出したるはヴァイスシュバルツ。

Fate/zeroトライアルデッキであった。

それをちょちょいと開封し、カードを振り回す。

カードは用法・用量を守って正しくお使いください。危ないです。この世界では割と切実に。



「ふはは、これで俺もセイバーのマスターだ! 出でよ、セイバー!!」

『カード(の規格)が違います』



デュエルディスクにセット。

できない。

何てことだ。我が相棒の声も、まるでコナミの神対応。任天堂もびっくりだ。



「なぜだ!」

『海馬コーポレーションにどうぞ』



苦渋の叫びをホームラン。向こう岸に飛ばされた。

この茶番が何故か。そんなもの、決まっている。

俺らを書くのが久しぶりな作者が俺たちのキャラを憶えていないのだ。

まあ、いい。

そんなことよりおなかがすいたよ。



「絶体絶命都市がやりたくなった……」

『知りませんがな』



絶体絶命都市5D’s。

アーククレイドルが墜ちて来たネオドミノシティから避難か。

ああ懐かしきこの迷走ぶり。

まるで1話だ。



こんこん、と。

そんな俺たちの理想郷との区切りである医務室のドアが叩かれた。

―――ここで応答するのはいいんだが、別にこの部屋の主でもない俺が「はーい」とか言うのはおかしいよな。

ていうか医務室なのに医者がいないのはどういう事だ。

ではとりあえず、



「フフフ…」

『デッドエンドシュート…フフフ』



邪魔された。それは俺が言おうと…

もういいや。

ああ、何と言うか。それにしても懐かしい。凄く懐かしい。

あれだ、見知らぬ人に「久しぶりー」と言われて、

「ああ、久しぶり! いやー懐かしいな!」と言いながら必死にその人を思いだそうとしてる感じ。

作者が主人公の設定を憶えてないというのはそうそうないと思うが。



かちゃりとドアが開いた。

まあ返答なくても入るよね。医務室だもんね。

共用施設だもんね。

果たして、俺の城と化していたと言っては過言な医務室に入ってきたのは緑髪の少女。

要するに龍可であった。

彼女は頭の前で二つに纏めているボンボンみたいな髪をドアの間から覗かせている。



「失礼します…」

「お、龍可だ」



やっほーと挨拶。

そう言えば龍可と何か約束してたような気もするな。

なにぶん、そのくだりを書いたのがだいぶ前の事だから忘れ気味だけど。

医務室のベッドでorzとかをしていた俺を見つけると、龍可は安心したような顔で部屋に入ってきた。



「もうっ、ちゃんと約束したのに連絡もしてくれないと思ったら……」



怒っていますと言わんばかりに腰に手をあて、顔を逸らす。

なんだっけと首を傾いで、そういえばそうだったかなと何となく思い返す。

確かあれだ、おはなしスターライトブレイカーするという約束だったような気がする。

それはともかくとして、龍可が手を振り回すと同時に揺れる、その手に提げられたビニール袋に目がいく。

じっと見つめる俺のその視線に気づいた龍可がその袋を差し出してくる。



「そうだった。これ、さっき部屋の外でサングラスをしてる……なんだか、ツンツンした人に渡されたの。

 エックスに渡してくれって」

「おお!」



受け取って中身を覗く。

ツンツンしたサングラスから送られたのは、コンビニで買ってきたのだろう弁当が一つ。

あとお茶、紙パックだ。そこはペットボトルがよかったな。

いやしかし。

なんとなくだが、こういう弁当を食べる時の飲み物としてはペットボトルより紙パックの方が相応しく思える。

特に何故という事もない話だが。



「知り合い?」

「俺のファンかな?」



言って割り箸を割る。パキンと音を立て、微妙に変なカタチに割れる。

今はその無様を気にするまい。

久方ぶりの飯だ。包装を破り、弁当を開ける。



――――医務室で飯食っていいのかな?







「ところで」



結局気にせず完食。

ゴミを纏めてビニールで纏めながら、龍可に向きなおってみた。

いつの間にか俺のデュエルディスクを抱え込んでいた。



「俺とそいつに話があるんだっけ」



わざわざ言ったからには何か話があったのだろう。

(多分)冗談混じりとはいえ脅迫までされたのだ。

きっと何かあるという事は確定的に明らか、とまでは言わないけれど。



俺の言葉にはたと首を傾げて見せる龍可。



「うん、と。別にないかな。

 何だか、エックスと遊星のデュエルを見たら何となく答えが出たから」

「へぇ……」



あのデュエルを見て一体何の結論に至ったのか。

まあ多分龍可のそれはフィーリング的なそれであり、

つまりエモーションでセンセーションなフィールであるからして言葉では説明できまい。

俺も理解するための感覚を持っているとは思わない。

結論を言えば、聞いても無駄。というところに落ち着く。



「でも折角だからこの大会、わたしたちと一緒に見ていこ?」



ああ、そう言えば俺はもう決勝的なノリだったけど、まだ一回戦だもんな。

これから続くデュエルはさぞ素晴らしいものになるだろう。

例えばパワーギアフィストとか、パワーギアフィストとか。他にはパワーギア(ry



「まあそうだな。行くか」



立ち上がる。

俺のデュエルディスクを抱えたままついてくる龍可とともに医務室を出た。

すると見計らったかのように、通路のスピーカーから大会MCの声が聞こえてきた。



『エェーブリバディイー!! イェーイッ! 緊急事態の発生だぁ!!

 先程ゴドウィン主催からサプライズな提案が為されたぁ!

 えぇ、惜しくも一回戦に敗れたルーダーども、聞いてるかぁ!!

 これより敗者復活戦が行われる事が決定したぁ!!』



あれ、と首を傾げる。

これは龍亞が大会に出場したがため、龍可をデュエルに引き摺り出すための敗者復活戦だった筈。

龍亞に成り変わられないよう、わざわざ観客席にスポットを当てたりしていた。

今、会場には龍亞しかいない。

このタイミングで宣言しても、龍可を確実に引き摺り出す事は……



「ヒッヒ、お聞きの通りでして。

 龍可さん。この敗者復活戦、選ばれましたアナタは再びデュエル会場へ行って頂けますかな?」

「え?」



背後からの声は、目を向けるまでもない。

とはいえ、そっぽを向き続けている理由もあるまい。

向き直った声の発生源は、果たしてイェーガーに相違なかった。

自然と顔が歪む。

突然声をかけられた龍可が困惑も露わに、俺とイェーガーを交互に見やった。



「おっと、申し訳ありません。

 ワタクシはネオドミノシティ治安維持局・特別調査室長、イェーガーと申します。以後お見知りおきを。

 おっと、そちらの彼とは以前一度お会いしていましたね」

「……『ここは ネオドミノシティ だよ!』」

「おやおや、実に職務に忠実な御人だ。ワタシも見習わなければなりませんね」



ヒヒッ、と笑うピエロを苦々しく見つめながら小さく舌打ち。

何と言うか実に会いたくなかった奴だ。

にんやりと頬を吊り上げながら開かれる口から吐かれる言葉は、龍可に向けられたもの。



「この度はこのデュエルオブフォーチュンカップの実行委員を任されておりまして。

 龍可さん。先程申しました通り、貴女は敗者復活戦に参加する二名の内の一人に選ばれました。

 是非、デュエルフィールドまで御足労の程……」



そこまで言って、イェーガーはこちらに視線をくれた。



「おっと、申し訳ありませんね。アナタは残念ながら、今回は落選してしまいました。

 折角ですから、彼女の応援をお願いしましょう。

 その方が龍可さんのやる気も出る事でしょう。そう、色々と。ヒヒッ!」

「さあ、どうかなぁ……?」



嘆息しながら視線を逸らす。

ではこちらへ、と龍可を促すイェーガー。

不安げな龍可の肩を叩いて、多分大丈夫! 駄目でも気にしない! と無責任な事を口走る。



「そいつ、貸そうか?」

「……ううん、いい。Xと会って、エックスと一緒にいるのを見て……

 分からないけど……分からないんだけど。

 わたしが向きあわなきゃいけないものが、どこかにあるって言う事を思いだしたの。だから」



デュエルディスクを返された。

静かに、しかし決意があったように見える。

そう言えるのであれば、何を心配する必要があろう。

思い出すのも、再び向き合う事も、苦痛を伴う事と知って行けるのだ。

なら、それを止める事。それこそがきっと彼女を傷付ける事になる。



「ああ、頑張れ。きっと大丈夫。かっとビングだ、龍可」

「かっとビング……?」

「ああ、ZEXALの主人公の口癖というか、行動理念?」



ゼアル? と首を傾げる龍可。

まあ分からないわな、というか分かられても困る。



「最近面白いアニメ」

「アニメなんだ。うん、かっとビングで頑張ってくるね」



まさかの逆輸入。

先導するイェーガーの後ろについていく龍可を見送り、観客席の方へ向け歩き始める。

その間に、スピーカーから再びMCの声が轟いてきた。



『イェーイッ! これより敗者復活戦の組み合わせを発表するゥァッ!

 この試合はランダムに抽選された一組により行われる。

 その幸運に選ばれたのは、惜しくもボマー選手に敗れたが、若干11歳にして実力はゴドウィン主催の折り紙つき!

 その将来性はまさに右肩上がりの天井知らず! 舞い降りたデュエルの天使!!

 ミィイイイイイイスッ! 龍可ちゃぁああああんッ!!!』



あのMCはこの口上を即席で考えているんだろうか。

近くにあるモニターに、選手控室にいる龍可が映し出された。

あっという間だ。流石に根回しが速い。



さて、俺は一体どうしようか。

そもそも観客席のどこに龍亞たちがいるかも知らない。

流石に直後だと遊星にも会い辛いし、適当な観客席にいこうか。



というか、それにしてもここで一人敗者復活させてトーナメントどうするんだろ。







龍可、そしてその相手であるフランクのデュエル自体は淡々と進められ、無事に終わった。

少なくとも、傍目には。

その実、精霊世界を舞台に壮絶なデュエルが繰り広げられていたのだろう。

もっとも俺にそれを見る事は出来ないのだが。



引き分けという結果に決着した龍可のデュエルに歓声と拍手が送られる。

手を振りながら戻ってくる龍可に俺もまた拍手を送りつつのんびりと考えていた。



そう、これでいい筈なのだ。

イリアステル。いや、レクス・ゴドウィンの目的はシグナーの集結。

そしてその覚醒を促す事。



確かに覚醒を導く者として優秀なデュエリストが欲しいのは分かる。

いや、別に俺が優秀とかでなくて。

ほらさ、そういう事言うと俺天狗ってるように思えてくるけどそういう事で無くてさ。

まあともかく。



―――――向こうにとっての俺の必要性だ。

イリアステルの根本。Z-ONEを頂点とする、そう“未来組”にとって俺は排除すべき存在。

しかしZ-ONE自身がそうする事に対して否定的なのは、助けられた事で分かってる。

気紛れなのかもしれない。

だがそう紛れている限り、俺に関わる必要がない筈だ。



排除する必要性があるのであれば、直接パラドックス……

あるいはアポリア、その分け身三人のいずれかがきて然るべき。

そうではない以上、“未来組”サイドが俺に手を出す気がないと仮定しておく。

そうなれば俺のフォーチュンカップへの動員はゴドウィンの意志。

もしくは、Z-ONEがあそこで俺を助けた理由として直結する。

イェーガーがイリアステルの名をあそこで出した以上、後者の方が可能性として高いだろうか。



どちらにせよ望まれているのはシグナーの覚醒の補助。

しかし俺が手を出したところでそう進行するものでもなく、

かつ放置という選択肢をとったところで最終的には覚醒に至るという結果も見えている。

今更手を出す事に怯える事は出来る限りしないが、実際手の出しようがないのだ。

シグナーとしての絆は各人の心根をデュエルを通じて通わせる事で芽生える事だし、

クリアマインドやバーニングソウルのような領域は、俺自身がカケラも届かないから教授という行為自体不可能。

シューティング・スター・ドラゴンや、スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンを見せるだけならいとも容易い。

だが見せただけでは何の意味もないだろう。



「………要するに、俺は役立たずって事ね」

『まあ、役に立つマスターとか最早別人ですよね』



小声で喋るデュエルディスクを叩く。

観客席という衆人環視の中で喋るなどもっての他だ、この駄バイクめ。

まあ、その役立たずに一体奴らがどこまで望んでいるかだ。



ゴドウィンが望むのはシグナー、ダークシグナー双方の力を手にし、戦いの輪廻を打ち砕く事。

ダークシグナー自体は……ボマー、カーリー、ゴドウィンを除く人物。

ルドガー、ディ……なんとか、鬼柳、ミスティはダークシグナー化している。

彼らは既に死亡している身で、戦いをどうにか避けられたとすれば邪神の力が消え、再び死ぬのだろう。



この戦いの終結は冥界の王を打ち滅ぼし、更にゴドウィン兄弟の力で戦いの輪廻を打ち砕いた。

そしてその二人を除くダークシグナーとなった者たちの命を取り戻した。

――――俺自身が介入して、これ以上に出来る要素があるのだろうか。

いや、普通に無理だと思う。悪化させる気しかしないよ。

強いて言うのであれば、ボマーやカーリーはダークシグナーとして覚醒する事を止める事ができるかもしれない。

が、ダークシグナーの選定基準が不明なのだ。

ボマーとカーリーを助けた代わりに、他の見聞きした事ない別人がダークシグナーとして出てこないとも限らない。

そうなって問題となるのは――――ジャックだろう。

カーリーとのデュエルの中でジャック・アトラスとしてシグナーの能力を発現させた彼が、どうなるか分からない。



加えて言うのであれば、ハチドリはともかく、シャチは既にボマーの故郷の人間たちを喰らっているのだろう。

ボマーが死なず、ダークシグナーにならなかったらそのシャチが放置される可能性だってある。

スカーレッド・ノヴァ、紅蓮の悪魔のしもべが現世で活動できる以上、

そうなればダークシグナー戦でシャチが消え、スカーレッド・ノヴァとシャチが手を組んで攻めてくる事もある得る。



不確定な要素が多すぎるんだ。

手を出そうにも、収拾をつけるだけの能力を持ってない俺じゃあ限界も浅いものだ。

――――情けないし、女々しいし、使えない。

でもやりようがなくて。……様子見だと、日和見決め込むしかないのが現状だ。



あんまりにもへぼくて嘆息するしかない。



『エーブリィバディリッスンッ!!

 白熱した大会第一日目はこれで終了だ! そしてこれが明日の準決勝のマッチメイィッ!!

 それでは今日の興奮と感動を明日のデュエルまで、トゥウウビィイイコンティニュゥウウッ!!

 グッバァーイッ!』



デュエル会場中心の球体状に映像が投影される。

そこに映し出されたMCは相も変わらずハイテンションで叫んでいた。

それを見送った後、さてどうしたものかと大きく息を吐く。



だらりと客席の背もたれに体重を預けて、虚空へと視線をやる。

この先どうしよっかと悩もうにも、あるべき選択肢が無いのだ。

だって何もしない方がいいんだもの。

はぁと溜め息を。

――――吐いている俺の後方から、声が聞こえてくる。



なあ、誰が優勝すると思う?

そんなの誰でも同じさ、最後に勝つのはキング。ジャック・アトラスだからな!

ああ! キングの邪神ドレッド・ルートに勝てる奴なんていないからな。



そんな話だ。

さすがジャック、シティの人間たちからの人気も半端ないんだろう。

特に女性ファンが多いとか、マジうらやましいな。





…………………………………

…………………………………?

何か変なカード名が出てたような?





………………………………………………ああ。

………………………――――――え?







調べて見れば、それは容易に知ることができた。

今の彼は、邪神ドレッド・ルートを切り札として使用している事。

そして、レッド・デーモンズ・ドラゴンの姿が彼のデュエルのどこにも見えない事。

フォーチュンカップの今日の部が終了し、観客たちは解散している。

そのスタジアムの前で疎らになっている人たちに訊いてみても、レッド・デーモンズは大分前に見た程度だと言う。



「ドレッド・ルート……無いんだよな」

『そうですね。多分、あのガイコツの時です』



……あいつが使っていたカードは全て回収したと思っていたが。

わざわざ口に出すまでもなく、Xは言葉を返してくれる。



『一度どこか異次元に放り投げた後、石板にして使ってましたから。

 ―――――全部取り戻せたわけじゃないです』



そういう事は言っておけと。

訊かずに確認もしてなかった俺が悪いのは分かってるけど。

つまり、あのゴールドクロスなワイトに奪われたカード……しかもそのまま。

要するに邪気とか悪意とかそのままな、邪神カードなわけだ。



「……時間軸的に……あそこがスタート地点なのか?

 いや、でもここに来た時点でトリシューラは無かった。

 しかもそのトリシューラは宇宙から来た上に、やっぱり何か不思議力を身につけてる。

 だとすれば……」



……分からん。

俺が最初の、未来組時代から5D’s時代に――――

いや、違うか。

そもそも世界線的な並行世界要素を無視して、時間軸的に言うならば、



DM時代(封印されし記憶)

  ↓

GX時代

  ↓

5D’s時代

  ↓

未来組時代



である。

例外として本来俺がいた世界を並行世界的なものとすれば、移動はこうだ。



未来組時代←IN俺



で、こう。



DM時代③(封印されし記憶④)

  ↓

GX時代②

  ↓

5D’s時代①

  ↓

未来組時代←IN俺



この順番に遡っていったのだ。

そして、時間の流れは不可逆に違いないだろう。

④で落としたドレッド・ルートが①にあるのは分かる。

直接未来組のところに差し込まれた俺に、逆流させて②以前の世界にトリシューラとかを投げ込めるのだろうか?

俺がトリシューラたちを失ったのは、最初の位置である0地点から①に渡る過程の筈。



そう言えば……



「最初のワープ、俺は気を失ってたんだよな」

『ですね。寝顔の写真とかとっておけばなぁ。

 ライディングデュエルの時、ディスプレイ用プレイマットとして使うんですけどね』



黙れよと思いつつ。

こいつに意志はなくとも、認識はあった筈。

そこで何かあれば、きっと今俺に言うだろう。

一応訊いておくが。



「で、そのタイミングで何かあったか?」

『私はスリープです。エネルギー殆どなかったですし、って言うか言いませんでした?

 私が起動したのは不動遊星とのデュエルの後ですよ。

 最初のワープの設定は私を造った人間がやったんでしょうね』



うーんと悩みこむ。

時間は不可逆だ。0地点から①に至る過程の間で落としたものが、別の要因なしに②、あるいは③に達する事はあり得ない。

そもそも常識で考える事自体どう考えても間違いだが、それを言い始めたらキリがない。



「別の要因か……」



どうやらそっちの方向で考えた方がまだ実りは多そうだ。

だがしかし、そうは言っても時空に干渉するなど俺たちを除けば未来組ぐらいしか出来まい。

だとすれば俺から手出しは破滅だし、奴ら以外に時間をどうこうなど……



「あ」



心当たりはない。

が、そうだ。そういえば心当たりがありそうな相手がいた。











龍可や遊星に何も言わず戻ってきてしまったが、仕方あるまい。

こっちも一大事なのだ。

Xのような巨大バイクを街中で爆走させる事もできず、俺の移動は歩きになっていた。



童実野町から二つほど電車で駅を通り過ぎた場所。

そんな御近所町の公園に彼はいた。

腰くらいまで伸ばしている長髪はもはや見てるだけでうざい。

切ってしまえ。



「やあ、ピーチ」

「…………」



にこやかに声をかけると無視された。

これはきっと彼流の挨拶だろう。歓迎してくれているに違いない。

してくれてなくてもあまり気にしない。



「Mr.ピーチ、ちょっと君に話があるんだ。聞いてくれるかい」



肩を竦めながら、公園のベンチ(4人は座れそうなベンチだが、ピーチちゃんが真ん中を占領している)

その彼の横に強引に座り込む。

努めてにこやか朗らか。笑みを絶やさず、手振り交えて話を続ける。



「話、って言うか訊きたい事なんだけどさ。

 ほら。あれだよ、あれ。桃の缶詰ってどうしてあんなにおいしいのかなって」



はははと笑って肩を叩く。

案の定振り払われた。

ギヌロと思い切り睨めつけられてしまう。

彼はもしかしたら、パイナップルの缶詰の方が好きなのかもしれない。

名前はピーチなのに。



「人を呼び付けておいて何だ、貴様は。私は桃野じゃなくて百野だ……!」

「や。お前がモモタロスだろうが、桃園ラブだろうが、百目タイタンだろうが、

 ワンハンドレッド・アイ・ドラゴンだろうが、どうでもいいんだ」



いらついている、というかイラつかせているわけだが。

特に意味はない。

まあこれ以上怒らせてもしょうがないので、そこそこで切り上げるべきだろう。



「まあ訊きたい事って言うのはお前が持ってた俺のカードの事なんだけど」

「私にあれを渡したのは、金髪の大男だ。名前は知らん。それ以外の事も一切知らん」



そう言って百野は立ち上がった。

内容的に実りがあるものではないが、とりあえず訊きたかった事を教えてくれた事にきょとんとする。

鼻を鳴らして歩き去ろうとしている後ろ姿に、少し慌てて声をかけた。



「よく教えてくれるな。拒否されると思ってたんだけど」

「わざわざ教え渋って付き纏わられるくらいなら教えて避けた方がよっぽどマシだ」



互いに得な妥協の仕方をしてくれて助かるものだ。

背中越しの応えに肯いて、とりあえずデッキを持ちだしてみる。



「せっかくだし、デュエルしない?」

「私のデッキは残っていない。持っていたカードはお前たちに全部持って行かれた。

 残ったのはクズカードばかりだ」



ハッと息を吐いて自嘲してみせる。

背中を向けている彼の表情を窺う事はできないが、さてどんな顔をしてるのか。

あえてクズという言葉には反応せずに、聞き流した。

呟くように、しかし相手に聞こえるだろう声で、彼に語りかけてみる。



「奪ったカードも、そういう行為を共有してた仲間もいなくなって、残ったのはクズカードばかりと……」

「………」



でも、と。



「最初は、そのカードだけだったんだろ?」



カードを狩る前は、彼自身のカードでデュエルしていた筈なのだから。

百野は何も言わずに歩き始めた。

何を言ったところで、その歩みを止める事などないだろう。



……とどのつまり、時間は不可逆なのだ。

今の自分を昔そうだった自分と同じようにする事はできる。

だが幾ら望んだところで、昔のままの自分には戻れないのだから。

後ろを振り返っても戻る道はないのだから、今を見つめて脱線した道にまた入るしかない。

外れに外れて迷子になっている身でも、探せばきっと見つかるだろう。



「昔。昔かぁ……とりあえず攻撃力1900以上のモンスターいれとけばいいって思ってたなぁ」



とりあえずブラッド・ヴォルスとか、デーモン・ソルジャーとか、甲虫装甲騎士とか。

……今、同じデッキ組めと言われても無理だろうなぁ。

やりたい事と、やれる事。二つを見据えて、その上でデッキに入れるカードを選んでいく。

眼に付いたカードをとにかく入れていたあの頃の純真さは一体どこに消えたのか。



などとよく分からない感慨に耽っていた頭をシェイクして、立ち上がる。

金髪の大男。

情報は確かに貰えたが、それだけでは特定に至る要因になり得ない。

元々イリアステルは、プラ執事なりルチマリア先生なり、変身能力を心得ている。

そもそも素の姿で金髪はパラドックスのみ。

しかし彼を評する上で最も特徴的なのは、多分顔に描かれた紋章だ。

それを語らないという時点でパラドックスの可能性は低いだろう。



「………とりあえず、次の情報だな」







「ユニ!」

「?」



いつも通り昼に購買へとやってきたユニファーに声をかける。

その迷いない足取りは一直線にドローパンコーナーへ向かって行く。

そんな彼女を呼び止めて、駆け寄った。



「なに?」

「訊きたい事があるんだけど、さ」



微妙な様子の俺に、ユニの表情が訝しむようなものに変わった。



「前に話してくれた、シンクロモンスターの暴走の件なんだけど」

「ああ、それね」



俺の態度の奇妙さに得心がいったのか、ユニの表情がいつものものに戻る。

特に心配されるものでもないと、手をぱたぱたと振ってみせた。

大分時間が経過しているものの、よくもそうやって言えるものだ。



「何が訊きたいのかしら」

「そのさ、お前って犯人の顔は……」

「見てない。状況的に、ブリューナクのカードが暴走したのはデュエル中だと思われているから……

 恐らく、父がカードを盗もうとして侵入してきた相手とデュエルして、その時に召喚されたブリューナクが暴走。

 おおよそこんなところだろうと、ペガサス会長が言ってたわ」



さらっと話してくれる。

ピーチちゃんといい、なんでこいつらこんなにさばさばと話せてしまうのか。

ユニはドローパン売り場にPDAを通し、清算を済ませるとドローした。

包装を破り、ぱくりと一口。

一瞬ぴくりと眉が動き、そのままもむもむと口を動かしている。



多分この反応は普通のタマゴパンだ。

すわ黄金のタマゴパンか!? と一瞬の期待が脆くも崩れてしまった時の表情をしている。

その一口目を呑み込み、口を開けてから再び俺に視線をくれた。



「私の実家に研究施設があるのだけれど、そこは半壊。

 ……防犯カメラなんかも当然あったけれど、全て駄目になっていたわ」

「? 防犯カメラが撮ったものなんかも全部?」

「ええ。勿論、監視室は別にあるのだけれど、何故か事件があった前後の記録が消えているの」

「……消された?」

「多分ね」



そう言ってもう一口。

何の事のないように語っているが、なかなかどうしてその声が少し荒んできた。

まあ、当り前の話だろうが。



「監視室って、常時警備員とかいそうなイメージだけど?」

「いたわよ。特に、あの頃はそのカードの件でペガサス会長の派遣してくれた人員もいたし」

「いた筈のそいつは?」

「消えたわ。その暴走に巻き込まれてしまったか、――――カードを盗んで逃げたのか。

 急な人員増加とか、そうしたあれこれのせい。監視を強化して、管理を甘くしてしまったら本末転倒よね」



つまり当日いた筈の誰かの正体は判明していない。

いた筈の誰かがいない。それは、本当に消滅したか―――そんな奴、最初からいなかったかだ。

警備員として偽装された誰かが侵入し、カードを盗みだす。

――――ただの一家庭、ではないのだ。

天下のインダストリアルイリュージョン社。そこが選んだ、警備会社。

何だろう、イメージだけどサングラスに黒服のガチムチ軍団だと思う。



そういう事に長けた、スペシャリストの中に混じった。

普通はバレる、と思う。

そんな業界がどうなっているかなんて知りはしないし、憶測でしか言えない。

でも、普通に考えればどう考えたって無理な話に違いない。

――――金髪の大男。

それがもう、こう、マッチョでムキムキでてらてらしてる男なら……

混じれる、かも……?



…………マッチョ、金髪の、大男……?

あ、ラフェール……!?

そうだ、犯人として候補に挙がるのは何もイリアステルだけじゃない。

むしろ、今より少し前の時代でインダストリアルイリュージョン社を手玉に取れるのなどドーマくらいしかない。

多少の無理ならば、ダーツの魔術的な技を以て騙くらかせる。



じゃあ何故、ドーマ……いや、ダーツがそれを行おうとしたか。

可能性として考えられるのは、カード自体の力を求めての行動。

そして、ドーマの三銃士と同じようにユニファーを自身の部下として求めての行動だ。

ラフェールやヴァロンを幼少の頃から追い込み、導いたように……



だがそうなる前に、武藤遊戯たちの力でドーマが壊滅した。

……んだよな?

俺のせいでドーマが存続とかしてたらどうしよう。

ここにユニがいる以上、目的がユニでなかったか、ドーマ自体が壊滅しているかだ。

存続していたとしたら、その理由は矢張りシンクロモンスター、となるのだろう。



ならば何故ダーツはシンクロモンスターを求め、そしてその力をどうしたのかだ。

――――ユニはあいつらが宇宙から落ちてきた、とか言ってたような気がする。

宇宙にある力。と言えばネオス、そして破滅の光だ。

憑いてるとしたら間違いなく後者。

そうして考えていて辿り着くのは矢張り、何故俺のカードがそこにいったのかだ。



未来組時代から5D’s時代、そしてGX時代と遡った俺の移動のどこかで失くしたカード。

それらが辿り着いた先は、何故かDM時代。

時間の流れを逆流する力はホープ・トゥ・エントラストにあるもの。

『なんとかかんとか“X”デュエリスト』とかいうシステムだ。

その力の外で俺は時間移動など出来ないし、例え時空の狭間に置き去りにされても、時間の流れ。

上流かこから下流みらいに流れていく筈だ、多分。



つまり人為的に、何者かが時空に働きかけなければそうはならない。

だが逆に言えば誰かが干渉すればそれは不可能ではないのだ。

まるで、Z‐ONEが未来にある石版、シューティング・スター・ドラゴンを遊星のいる過去へ跳ばした時のように。

それが出来るのは現状Z‐ONEだけ。

だが、彼は未来を滅ぼす可能性のあるカードを送り付けるような人間ではない。

犯人はそれを欲する別の人間。

それが出来る可能性があり、なおかつ神秘の力を求めている人間など―――



ドーマを統べる古代都市アトランティスの王、ダーツ。

確かに彼ならば時空に干渉できるだろうし、そうやってカードを求める事も不可能じゃないだろう。



「そうか……」

「随分と考え事しているみたいだけど、もうそろそろ昼食休憩明けるわよ」



言われてふと正気に還った。

彼女はもうとっくにドローパンを食べ終え、購買に群がってた人たちも疎らになりつつあった。

そんな有様の俺を見て、ユニは溜め息を吐いた。



「もういいかしら? ならそろそろ教室に……」

「ああ、頭が悪い。俺早退するわ!」



そう言って走り去る。

背中に小さくかけられた声は、なら余計出なきゃだめでしょ、との事であった。











ドゥルルルと唸る車体を丁寧に操り、駐車場に止める。

このバイクめ、でか過ぎて乗用車三台分くらいの駐車スペースを必要とするのだ。

今悩んでもしょうがないと一応割り切り、再びフォーチュンカップ会場へと舞い戻ってきた。

龍可との話をすっぽかしたようなものなので怒られるかもしれないが、しょうがない。



スタジアム前の空中に投影された画面は、そろそろ遊星とボマーのデュエルが始まる事を予告していた。

速く行かねばパワーギアフィストを見逃してしまう。

そうしてヘルメットを外し、車体の収納スペースにしまい込んだ、途端だった。



「―――――――!?」



総身に悪寒が奔り、身が竦む。

まるでそう、カード魔神と闘った時だ。

太陽神、そして漆黒の写影神と対峙した時のような、根源的な恐怖が身体の中に雪崩れ込んでくる。

すぐさま周囲を見回す。

その眼は、この場にいるだろうジャック・アトラスを捜していたのだろう。



ジャックが邪神ドレッド・ルートを手にしているという事実から、そうとしか思えなかったからだ。

これは間違いなく、人が神に対して抱く畏怖。

そして決闘者に恐怖を与える神がこの場にあるのだとしたら、恐怖の邪神以外に在り得ない――――



その思考は果たして、全く見当違いだった。



「なるほど、鋭敏な知覚だ。

 不動遊星を相手にした時見せた力、それの片鱗という事か」



背後から声がかかる。

すぐさま振りむいた先にいたのは、銀髪の男だった。

たっぷり10秒は呆けただろう。

その人物の正体を理解して、脳が認識するまでにはそれだけ時間を必要とした。



「その様子では、ワタシの事は知っているのかな。

 一応、初対面の礼儀として名乗ってはおこう。――――ワタシの名はハラルド、神に選ばれし三人の一人」

「……あ、どうも。その、え……」



仮面デュエリストBLACK RXとか名乗ったら多分超失礼だよね。

礼儀とか言ってるし。



「エックス、と呼んでくれれば……」



ぎゅぃいいん、とハラルドの左眼が光を放つ。

アンサズ、オーディンを表すルーンの瞳。

全てを見透かすオーディンの眼、それと等しい力を持つ神のみぞ宿る力。



「ふ……エックスか。では、そう呼ばせてもらおう。

 折角だ。少し話さないか」

「…………」



否と、言える雰囲気でもなかった。







「不動遊星とボマー、共に強力なデュエリストだ。

 君はどちらが勝つと見る?」



空中に投影された今現在のスタジアムの様子を見ながら、ハラルドはそう訊いてきた。

そんなもの、俺の答えは一択だ。



「遊星が勝つ」

「ほう……それは、君を降した男だからか。それとも……」



赤き竜の痣を持つ、シグナーだからか。

そう言わんとしている事は分かった。

だから、言い切る前にこちらが言葉を繋いだ。



「遊星だから」

「ふっ、なるほどな」



少しおかしそうな顔で、彼は追及してはこなかった。

ゆっくりと眼を頭上の映像に移し、呟くように言う。



「ワタシがこの地に来たのは、ジャック・アトラスに宿る邪念を滅する為。

 本来、シグナーの宿命に関わる気などなかったのだが、

 ワタシの仲間が一度ジャック・アトラスとデュエルし、その脅威を身に染みて理解しているのでね……」



ぎくりと身を強張らせる。

この時点でチームラグナロクの登場、完全に俺のせいである。



「このデュエルで不動遊星が勝ち抜き、―――次のデュエル、恐らく十六夜アキが勝ち進むだろう。

 そしてシグナー同士のデュエルは……」

「遊星が勝つ。遊星はジャックと闘うだろうし、ジャックはきっと、そのデュエルで邪念なんて振り払う」



言い切る。

俺のせいだ。この状況さえも全て。だがしかし、それすらも遊星はきっと超えていく。

責任を全て投げ捨てているだけかもしれない。

けれど、そうだ。遊星がこの程度で負けてたまるか。

遊星を負かしたくば、この十倍はどうしようもない状況にしなくちゃいけない。

信頼とかそういうのじゃない、殆ど確信みたいなものだ。



「遊星が勝つ」



繰り返す。すると、ハラルドがくっ、と小さく噴き出した。

そちらに眼を向けると、手で軽く口許を押さえていた。



「ならば、ワタシの杞憂という事になるか。

 そうだな。そうであってくれれば、一番いいだろう。

 足止めしてすまなかったな。君はスタジアムで彼のデュエルを見るのだろう?」



そう言って踵を返し、ハラルドはスタジアムから離れていく。



「俺の言葉なんか信用できるのか?」



つい訊ねていた。余りにもあっさりと干渉を取りやめたハラルドへの疑問。

その言葉に振り返った彼の瞳は、再び光り輝いていた。



「神は言っている。君のその無色の力は、写す物によりけり何者にも成り得る未知の卵。

 君が不動遊星、ひいてはシグナーたちを写し取ると言うのなら、それもいい」

「…………」

「君の確信を信じよう。その力が選んだ君の、確信を」



そう言ってハラルドは、今度こそ振り返る事なく去って行った。

力、というのはまず間違いなく、Xの事だ。

――――正直、何が言いたかったのかは分からない。

だがそれでも、チームラグナロクがこの時点でネオドミノシティにくる、という事態は防げたようだ。



それにしても、



「まったく……ほんと余計な事しかしてないじゃん、俺」



ずっしりと重く感じる身体を動かして、スタジアムに向かう。

そんな俺とは逆に、覇気満ち満ちる遊星が放つ必殺の雄叫びがスタジアムに響いていた。







結局、龍可たちの許に辿り着く頃にはもうフォーチュンカップは最終戦を残すのみになっていた。











――――――此処が、此処こそが。

いつか、二つに別れた二人の進む道の交差点。

仲間を、友を捨てて絶対王者としての地位と名誉を選んだ決闘者。

そして、その道を選ぶと宣言した友に背を向け、仲間との絆を選んだ決闘者。

交差点―――否、衝突点なのだ。

交わるわけじゃない。違えた互いの魂をぶつけあう、それが互いの選んだものの証明となる。





自身のアクセルを開き、応えて吼えるDホイールの脈動を感じる。

遊星はゆっくりと眼を閉じ、ここに辿り着くまでに経た様々な光景を思い出す。

色々なデュエリストがいて、色々な意志を感じてきた。

その経験こそが遊星をまた一つずつ成長させたのだ。

そしてさあ――――辿り着いた。此処に。



そう――――――!



白煙とともにデュエルフィールドへと躍り出てくるのは、白いDホイール。

ワンホイールタイプのそれは、キング専用として製造されたワンオフ。

そして現行Dホイールの中でも最高機ハイエンドと言われるスーパーマシン。

ホイール・オブ・フォーチュン。

キング――――ジャック・アトラスの跨る最強のホイールだ。



この場こそ。



対象的に赤くカラーリングされた遊星号と並ぶ。

その舞台は、デュエル・オブ・フォーチュンカップ最終戦――――

フォーチュンカップ優勝者に与えられるキングへの挑戦権の行使。

キングにとっては数えきれないほどこなしてきた王座防衛線。



これまで、絶対王者の存在感は常に余裕と威厳に満ちたモノであった。

だが今は―――恐らく、王者ジャック・アトラスが行う防衛戦の中で初めて。

余裕と威厳でなく、覇気と威圧を纏った姿での参上。



それだけで分かろうというものだ。

これは今までジャック・アトラスが悠々と敵を踏み潰すショーではない。

ああ、これこそがデュエルなのだと。



「遂に、ここまで来た」

「フン、キサマ如きがここに辿り着けるとはな……

 そうまでしてオレの前に跪きたいと言うのであれば、最早何も言わん――――」



二人の前で、スタートの合図を報せるシグナルが点灯する。

青いシグナルが次々と消えていき、残す光点が三つに。

モーメントエンジンを噴かす。いつかの決闘のように。

――――す、と遊星が眼を眇めた。



そうだ、ジャック・アトラスとは長い付き合いだった。

マーサの所にいた時も、デュエルギャングのようにただ腐っていた時も、

チームサティスファクションで鬼柳と暴れていた時も、そして夢を目指してDホイールを造っていた時も。



この風の中に相手を感じ、一体になるデュエルの革命。

ライディングデュエルでジャック・アトラスと闘った事は当然、一度もなかった。

前回のものも途中で中断されてしまったから、決着をつけた事は一度もない。



シティのキングになると言って、彼は遊星のDホイールへと跨りここにきた。

そう、遊星よりずっと前に、ずっと前に彼はここにきて走り続けてきた。

―――――自らの誇りレッド・デーモンズとともに。

自らのエクストラデッキに入れられたドラゴンを想う。



前回のデュエルでは届かなかった。

ならばもっと速く、もっと先へ――――このスピードの中で、ジャック・アトラスの魂を見つけ出す。



残る光点は二つ。



邪心の鼓動が昂ぶり、灼熱の鼓動を呑み込んでいく。

赤き竜の痣を塗り替え、漆黒の紋様へと染め上げる力が溢れだす。

その破壊衝動染みた力の奔流を宿しながら、ジャックの心は静かに揺れていた。

圧倒的パワーを以て捻り潰す。

いつも通りの殺戮ショー、例え因縁の相手だろうとただそれだけでしかない。



なのに何故、今この漆黒の魂は業火と燃えているのか――――?



残る光点が一つ。



二人のライディングデュエリストが前を見据える。

そして、最後の光が消えると同時――――



『フォーチュンカップファイナルッ!

 ライディングデュエル、アァックセルァレィショォオオオンッ!!!』



二機の機獣が咆哮を上げ、その能力全てを発揮した。

爆音にも似たそれが互いが互いに放つ最初の威嚇。

余裕はすぐさまキングに与えられ、遊星の表情が苦渋に歪む。



―――――速いッ!



分かっていた事だとしても、こうも歴然と証明されれば矢張りショックを受ける。

ホイール・オブ・フォーチュンは遊星号をぐんぐんと突き放していく。

加速力、最高速、そしてそれを操るジャック・アトラスのテクニック。

これがキングのライディングテクニックだ。

遊星とて、ジャックの技巧は理解しているつもりだった。

だが、今のジャックのそれは予想を遥かに上回る。



遊星が自らのマシンを完璧に仕上る為、瓦礫のコースを走っていた間。

ジャックはその時間の全てを他のDホイーラーと闘う為に使い尽くしてきたのだ。

一日の長、などと言うレベルでもない。



スロットルグリップを全開に――――

機械の獣と化したDホイールが灼熱の雄叫びと共に加速する。

全力の咆哮を上げ追従してくる遊星号を見て、しかしジャック・アトラスには余裕がある。

ミシミシとフレームが悲鳴を上げる。



「フハハ! デュエルを始める前からそのザマか!!

 遊星! キサマが必死の形相でオレに追い縋るその姿! 実に心地良いぞ!!

 追われるってのは気分がいい! 自分がキングなのだと実感出来るッ!!」



Dホイールの咆哮すら塗り潰す、観客の声がフィールドで炸裂する。

全ては頂きに立つ王者を讃えるために。

そしてDホイールが選んだのもまた、王者であった。



「オレの先攻ッ!! ドローッ!!」



先攻を得たのはジャック・アトラス。

同時にDホイールがオートパイロットへと切り替わり、二人のデュエリストは闘いへと意識を没頭させていく。



ドローカードへと眼を走らせたその顔が、凶悪に歪んだ。

迸る悪寒の波動に、遊星が息を呑む。

絶対的、魂に根付いた恐怖の根源。

その名を邪神ドレッド・ルート。



一度破りはしたものの、それだけで全てを克服できたわけではない。

遊星の抱く恐怖を知ってか知らずか、ジャックはそのカードを手札のホルダーへと差し込む。

そして、そのホルダーの中から3枚のカードを抜き放った。



「カードを2枚セット! そして、ダブル・プロテクターを守備表示で召喚ッ!!」



ジャックの目前で光が弾け、その中から二枚の盾を構えた戦士が姿を見せた。

二本角の生えた青いヘッドギアのような防具で、顔をも隠す戦士が構える盾。

それは盾は楕円を上下二つに分けたかのような形状をしている。

そしてその形状は正に、二つに分けられた盾を一つのものとして扱うためだった。

守備表示による召喚。

その命令に忠実に二枚の盾を一つに組み合わせ、自身の身体の色を捨て、青く染まる。



「オレはこれでターンエンドッ! さあ、キサマのターンだ遊星ッ!!」

「オレの、タァアアアッン!!」



恐怖を振り払うように、ターン宣言とともにドローするカード。

それと同時に、二人のスピードカウンターが1を刻む。



――――スピード・ワールド下によるデュエル。

スピード・ワールドの発動したフィールドでは魔法が使用できなくなる。

代わりに、スピードを魔法に変えるSpスピードスペルを使い闘うデュエル。

それこそがデュエルの革命、ライディングデュエルに他ならない。



「オレは、スピード・ウォリアーを召喚ッ!!」



遊星がドローカードをそのままDホイールのディスクに叩き込む。

弾ける火花とともにソリッドヴィジョンの光が溢れ、その中から白い戦士が飛び出してくる。

全身を白いプロテクターに包んだ風の戦士。

ヘルメットのような形状の頭部、黒いゴーグルの奥で隠された瞳が閃光を放った。



時速200キロで流れていく風をその身に受けながら器用にバランスを取り、

そのスマートな肢体を振り回してみせた。

踵部がホイールになっており、そこで地面を蹴りながら走っている。



「行くぞ、バトル!!」



大地を蹴る脚を振り上げ、スピード・ウォリアーの身体が宙を舞った。

ゴーグルの奥に秘された眼光が自身の前に立ちはだかる守護盾を見据える。



「スピード・ウォリアーで、ダブル・プロテクターを攻撃ッ!!」



まずは右脚を踵から落とす。

耳障りな金属音を掻き鳴らしながらローラーが回転し、火花を撒き散らした。

次いで叩き落とすように左の脚が振り抜かれた。

白い体躯がその反動を利用し、弾け飛んだ。



急加速の程は、最早Dホイールのそれすら凌駕するスピードに達していた。

突風よりなお速く、白い戦士が盾へと向かって殺到する。

ダブル・プロテクターもまた、ヘッドギアらしき兜の奥の瞳でそれを認めていた。

両盾を思い切り眼前で打ち合わせ、火花を撒き散らしてみせながら防御姿勢をより固める。



風と一体と化した疾風の戦士の一撃は正しく、疾風怒濤の様であった。

疾駆の姿勢から半身を捻り上げ、空中でその体勢は飛び蹴りのそれに切り替わる。

弾丸さながらに迸るその襲撃をしかし、盾の構え手は真正面から受けて立つ。



衝突―――――!

鉄を捻り上げて潰しているかのような金切り音がスタジアムに高く、響き渡る。

風を束ね上げたかのような一撃は、二枚一対の両盾に受け止められていた。

衝撃で弾け飛ぶ風が暴れ狂い、デュエルの開戦に相応しい烈風を巻き起こしていた。



両の腕で盾を襲う衝撃の全てを受け止め切った者こそ、ダブル・プロテクター。

静の状態で以て、運動エネルギー全てを攻撃力に転化してきた蹴撃を留め切ってみせた守護者。

その規格外の膂力を、今ここで返撃の為に行使する。

盾を打ち砕き、また自身を討ち果たすべく放たれたこの攻撃。

それを、まさに今、相手の脚を受け止めている盾を押し返す事で、弾き飛ばす―――!



ゴガッ、と重い音と共にスピード・ウォリアーの身体が吹き飛ばされた。

ライディングコースに転げたその姿が背筋のような格好で跳び起き、何とか持ち直してみせる。



ジャックの声が、その無様に転がっているモンスターの主にかけられた。



「ダブル・プロテクター、その守備力は1600!

 キサマの僅か攻撃力900のモンスターでは倒す事は敵わんッ!!」



ダブル・プロテクターが勝利を謳う。

自らの盾を誇示するかのように前に掲げ、その奥で隠された瞳が笑う。

だがそう、王者たちが誇る戦場で挑戦者たちも吼える。



「それはどうかなッ!?」



遊星の声と同時、甲高い破砕音が響いた。

ダブル・プロテクターの表情が驚愕に歪んでいる。

破砕音の音源は、彼の構えてみせている二枚一対の防盾に相違ない。

ビシビシと無数の罅に蝕まれていくそれは、最早盾としての能力を失ったに等しい有様であった。



「スピード・ウォリアーの攻撃力は900。

 だが、召喚に成功したターンのバトルのみ、このカードの攻撃力は2倍の数値―――

 1800となるッ!!」



体勢を立て直したスピード・ウォリアーが、そう宣言した遊星の後ろから再び躍り出る。

言われるまでもない。

目指しているのは自身の許だと、ダブル・プロテクターは理解している。

罅割れた盾を思い切り打ち合わせ、組み合わせた。

本来ガチリと組み合う筈の盾はぼろぼろと破片をこぼし、歪に重なる。



その盾へと目掛け、スピード・ウォリアー再びの一撃が放たれる。

疾風と化した身を空中に放り上げ、一回転して右足をピンと張り伸ばした。

ギリギリと歯を食い縛り、苦渋の色を見せるまま盾の戦士は盾を掲げる。

衝突。



再度の激突は、まったくあっさりと決着をつけてみせた。

ぐしゃぐしゃに拉げて割れ、砕け散る盾。

衝撃に吹き飛ばされ、盾を失った戦士が空中で舞う。



その戦士の頭上。

蹴撃の反動で更に高く、上空へと跳んでいたスピード・ウォリアーのゴーグルが煌めいた。

全身で風を鎧い、引き裂いて翔ける疾走者。

自らの脚を振り子にし、姿勢を自在に操ってみせる姿を目の当たりにした盾戦士の顔が呆然と揺らいだ。



翼を持たない風の戦士はしかし。

その脚、その全身で以てそらを自由に駆け抜ける。

風に揉まれて何も出来ない盾戦士の頭上から、閃光の如く疾風の蹴撃が降り注いだ。

極限まで研ぎ澄まされた風。音速で疾る刃の如き一撃。

故にその名を―――――!



「ソニック・エッジッ!!!」



胴から蹴り裂かれたダブル・プロテクターが光となって飛散する。

踵のローラーから火花をこれでもかと吐き出しながら、スピード・ウォリアーは減速して遊星に並んだ。

その様を見ていたジャックがふん、と一つ鼻を鳴らす。



「ダブル・プロテクターの効果!

 こいつが戦闘によって破壊された時、モンスター一体の攻撃力をエンドフェイズまで半分にする!」



ジャックのDホイールの前に、砕かれた盾の破片が集まっていく。

ばらばらに砕け散っていたそれがある程度密集し、元のカタチを成す。

そうして組み上がった残骸の中、盾に描かれていた紋様、ウジャトが浮かび上がった。

光の眼光に晒されたのは、スピード・ウォリアー。

ウジャトに見つめられた風の戦士は全身から紫電を迸らせ、平衡感覚を失ったかのようによろめいた。



バチバチと呻くスピード・ウォリアーを横目に、遊星は手札を更に2枚引き抜いた。

手に取ったそれをディスクのスリットに差し込む。

光を伴って疾走するDホイールの目前に出現したカードが、そのままゆっくりと消えた。



「カードを2枚セットし、ターンエンド!

 このエンドフェイズ、スピード・ウォリアーの攻撃力は元に戻る!」



纏わりついていた雷光を振り払い、風の戦士が体勢を立て直す。

そのまま遊星の後ろから追従するように走り始めた。



初陣を制したのは遊星。

粉砕された自軍モンスターの残照を見ながら、しかしジャック・アトラスは口端を歪めた。



「ククク、その程度か遊星!

 キサマの攻撃で幕を開けたと言うのに、その結果がここで終わりなどと!!」



嘲弄する言葉の攻めに、遊星は言葉を返さずただ相手を見据える。

はん、と鼻を鳴らして遊星から視線を外したジャックがデッキへと手をかけた。



「ならば、オレが真の攻勢というものを見せてやろう! オレの、タァアアアアンッ!!!」



言ってデッキからカードをドローするジャック。

同時にカウントを一つ上げる互いのスピードカウンター。

共に2つのスピードカウンターを抱え、Dホイールもまたスピードに乗ってきた。

攻勢を謳った王者が、その手札を1枚切る。



「オレが召喚するモンスターはこいつだ!

 レベル5のビッグ・ピース・ゴーレムを通常召喚ッ!!」



ホイール・オブ・フォーチュンが駆けるコース上に出現する光の柱。

立ち上るそれの中から、巨大な岩石そのものが転げ出てきた。

突如現れた落石は、ライディングコースを粉砕しながらがらがらと転げ、暴れ狂う。



眼の前に転がり込んできたそれを躱そうと身構える遊星の前で、その岩が輝いた。

岩自体が輝いたわけではない。

ただの石柱にしか見えないそれの壁面の窪みの中で、虚ろな光がぼうと灯ったのだ。

石柱が己の力で立ち上がり、そればかりか岩の塊でしかない腕を伸ばしてみせた。



「レベル5のモンスターをリリースなしで召喚だと!」

「ビッグ・ピース・ゴーレムは相手フィールドにモンスターが存在し、

 自身のフィールドにモンスターが存在しない時、リリースなしで召喚する事ができる――――!」



遊星がハンドルを切り、コースを大きく膨れながら疾駆する。

追従していたスピード・ウォリアーもまた踵を一瞬返し、大きく方向転換しながらも続く。

それをぼうっとした視線で追いかける巨大な岩人形。



「さあ、行くぞ遊星ッ!!

 ビッグ・ピース・ゴーレムでスピード・ウォリアーを攻撃ッ!!」



王者の号令が轟き、命の宿らぬ岩人形の身体が駆動した。

発された命令を忠実に、確実にこなすのがこのゴーレム。

ただの岩塊以外の何物でもない、巨大な腕部を振り上げて疾風に向かって飛び跳ねた。



「くっ……スピード・ウォリアーッ!」



人形が王者の発破に応えるというのなら、

疾風の戦士もまた主の心に応えて疾駆する。



地面のコースごと目標を叩き潰す、ただ質量に任せた岩石の殴打が天空から降り注ぐ。

必死の一撃が迫りくる中、戦士は自らが持ち得る全てを賭して前へと奔り抜ける―――!

膝を落とす。体勢を保てる限界まで姿勢を低く、ゴーグルの奥の瞳はただ前だけを。



更に速く、更に前へ、雷の如く迸る。

本能のみで駆動する岩石の巨体が、虚ろな光で捉えたその影を圧し潰す一瞬を見極めるべく引き絞られた。

――――神速で迫りくる小さな姿を確実に捉え、絶対的な質量という攻撃力で圧砕すべく、

巨岩が叩き落とされる――――!

瞬間、スピード・ウォリアーが踵を返して、身体を180°反転させた。

指先が右の肩を擦掠して、弾け飛びそうな圧力がスピード・ウォリアーの全身を襲う。



ゴーグルが罅割れ、右腕は拉げてぶらぶらとぶら下がっている。

即座に左腕で使い物にならなくなった右の腕を、肩口から引き千切り放り捨てた。

身軽になった身体を限界を超えて酷使、反転していた身体を更に反転。

元の体勢に戻った瞬間、再びその地を駆ける脚力で以てして敵を目掛けて直走る。

叩き落とされた一撃を潜り抜け、ビッグ・ピースの眼前に躍り出た。



風を切り裂く疾風の蹴撃が放たれる。

堅牢な盾を打ち砕いたそれはしかし、最早その威力を残していなかった。

過つ事なく正確無比にゴーレムの顔面に炸裂したその一撃は、

しかしその岩石の巨体に傷一つ残す事はなかった。



「フン……攻撃と称するのであれば、せめてこの程度はやってみせるのだなッ!

 粉砕せよ、ビッグ・ピース・ゴーレムッ! パワァアアア・プレッシャァアアアアッ!!!」



地面に叩き付けていた腕を引き戻し、ゴーレムの体躯が揺れた。

虚ろな瞳に宿った光がより一層の輝きを放つ。

空中で放り出されたスピード・ウォリアーを目掛けて、両の腕を左右から思い切り叩き付ける――――!

一振りですら圧殺するに容易な質量が、左右から同時に迫撃する。

逃れる間など残っていやしない。



ぐしゃりと、まるで羽虫を潰すかの如くゴーレムの腕がスピード・ウォリアーを叩き潰した。

叩き合わせられた両の掌の中で、爆炎が巻き起こる。

その爆風に巻き込まれた遊星は苦渋の顔でDホイールを御し、何とか喰らい付いていた。

爆風は遊星のライフポイントを削り取り、そして速さも奪い去る。



「ビッグ・ピース・ゴーレムの攻撃力は2100。

 対してスピード・ウォリアーの攻撃力は僅か900。その差分、1200ダメージを受けるがいいッ!」

「ぐっ……!」



同時に、1000以上のダメージが発生した事により遊星のスピードカウンターが1に。

ライディングデュエルでダメージを受ける事は、ライフだけではなく魔法を使うための手段をも失う事になるのだ。

遊星のライフカウンターが2800を刻み、スピードカウンターのシグナルも消える。



「さあ、爆炎と散ったスピード・ウォリアーを烽火とし、今こそ開幕と行こうではないかッ!!

 ここからがオレとキサマ、その真の決着をつける舞台。ライディング・デュエルだッ!!!」



高笑いを上げ、ジャックのDホイールが先行する。

スピードカウンターを失い、減速した遊星号がその後に続く。

眼を細め、デッキの上へと手をかけて小さく息を吐き出す。



「オレの、タァーンッ!!」



ジャックが先行し、スピードカウンターを3つに。

遅れる遊星のカウンターは未だ2つ。



ドローしたカードを確認し、遊星の顔が引き締まる。

今し方ドローしたカードに加え、更に手札ホルダーに差し込まれた1枚。

2枚のカードを手にして、反撃の皮切りとする。



「ビッグ・ワン・ウォリアーは、レベル1のモンスターを手札から墓地へ送る事で特殊召喚出来る!

 レベル1のチューニング・サポーターを墓地ヘ! 来い、ビッグ・ワン・ウォリアーッ!!」



筋肉の鎧に覆われた白い肉体を持つ、顔面に“1”と描かれた戦士が現れる。

ビッグ・ワンの名の通り彼が持つレベルは1。

その戦闘能力はけして高くなく、ジャックの言う戦闘などおおよそ不可能な能力値だ。

だがしかし、遊星の使用するカードは1枚1枚では力及ばずとも、

カードの効果を組み合わせる事で無限に力を発揮する絆の力を有している。



「更に! チューナーモンスター、ドリル・シンクロンを通常召喚ッ!!」



更にと遊星が繰り出したカードは、土色の球体にドリルの腕を付けたかのようなモンスター。

それは額から角のように伸びるドリルと両腕のドリルを回転させてみせた。

ドリル・シンクロンの登場と同時に、遊星の手がディスクのスイッチを叩く。



「そしてトラップカード、リミット・リバースを発動ッ!!

 墓地から、攻撃力1000以下のモンスターを一体特殊召喚する!

 オレは、このターン墓地ヘ送ったチューニング・サポーターを特殊召喚ッ!!」



遊星号の前で立ち上がる伏せリバースカード。

そこから放たれた光がカタチを造り、二頭身の機械人形の姿を生み出した。

鍋のような被りモノをしたそれは浮遊しながらビッグ・ワンと隣り合って遊星を先導する。

脚部のキャタピラでそれを追いかけながら、ドリル・シンクロンが三つのドリルをぎゅぃんと回した。

何のためにその布陣を敷いたかなどと、そんな事は語るまでもない。



ここから始まる不動遊星の本領に、ジャック・アトラスが眼を見開いた。

しかし、そのモンスターを見たジャックの表情に焦燥など浮かんではいなかった。

むしろその顔に浮かべた色は喜色に近しい。

先導するジャック・アトラスがホイール・オブ・フォーチュンを巧みに繰り、その車体を反転させた。



「大層に揃えたものだ! いいだろう、ならば手の内を一つキサマに見せてやろう!

 この瞬間! オレのトラップを発動させてもらおうか!

 伏せリバースカード、発動オープンッ! スリップ・サモンッ!!」



互いを睨み合う位置取りでの走行を続ける二人の間に、1枚のカードが立ち上がった。

それを見据えた遊星の眉が顰められた。

開かれるのはジャックのフィールドに伏せられたカード。

そのカードは眩いばかりの光を放ち、フィールドに石ころを一つ産み落とした。

ごろごろと転がる岩を見た遊星の瞳が見開かれる。



「スリップ・サモンは相手がモンスターを召喚・特殊召喚した時に発動できるトラップ

 その効果によりオレは、手札よりレベル4以下のモンスター一体を守備表示で特殊召喚できる!

 オレが呼び出すのは――――スモール・ピース・ゴーレムッ!」



転げる岩がひょこりと立ち上がり、岩の窪みの中で瞳に光を灯した。

岩然とした灰がかったビッグとは違い、その色は土のようなまだ新しい色。

巨大さも、力強さも、巨岩とは比べ物にならぬほど小さい。

だが、その小さな力に求められていたのはこの瞬間、ピース同士を繋げる事で発動する力であった。



「ビッグ、スモール……これは―――!」

「そう! ビッグ・ピース・ゴーレムがフィールドに存在する時、

 スモール・ピース・ゴーレムが召喚・特殊召喚された場合、デッキからミッド・ピース・ゴーレムを特殊召喚する事ができる!

 現れろ、ミッド・ピース・ゴーレムッ!!」



ビッグ・ピースと並び立ったスモール・ピース。

その二体が大きく手を広げ、地面に向かってその腕を叩き落とした。

コースが砕け、隆起したアスファルトの中から別のゴーレムがせり上がってくる。

二体のゴーレムとは違い、より人型に近い体系。



「三体のゴーレムモンスターによるモンスター3連コンボ!」



邪神の生贄として捧げられる供物は、三体必要とされる。

コストの重いそれらのモンスターを自在に使いこなす一段階目。

それはそのモンスターをフィールドに招く事だ。

そして、王者ジャック・アトラスは既にその準備を完了させた事になる。



――――だが、スリップ・サモンの効果によって特殊召喚されたスモール・ピース・ゴーレムは、

エンドフェイズにジャックの手札へと戻される。

その後、フィールドに残るゴーレムモンスターは二体。

次のターン、奴は何らかの手段でもう一体モンスターを特殊召喚し、邪神をアドバンス召喚してくるに違いない。



「ならば、その前に突き崩すッ!

 チューニング・サポーターはレベル1だが、シンクロ素材とする時レベル2として扱う事ができる!

 レベル1、ビッグ・ワン・ウォリアーと、レベル2、チューニング・サポーター!

 二体のモンスターにレベル3、ドリル・シンクロンをチューニングッ!!」



ドリル・シンクロンのキャタピラが、地を砕きながら疾走する。

両腕と額のドリルは更に回転を増していく。

渦巻く風の流れを生み出して、その中に残る二体のモンスターの姿をも呑み込まんとしていた。

ビッグ・ワン・ウォリアー、チューニング・サポーター、ドリル・シンクロン。

風の中で三つの影が重なって、解けて弾けて六つの光へと姿を変えた。

半分は円を描き光のリングを成し、残る半分の星はその中で整列を取ってみせる。



「集いし力が、大地を貫く槍となる。光差す道となれ!!」



三つの円環と三つの星が眩く輝き、光が溢れる。

光の天幕が渦を巻き、柱となって迸った。

視界を塗り潰すほどの白の氾濫。

それを右腕の螺旋を以て引き裂いて、新たな戦士が姿を現した。



「シンクロ召喚ッ! 砕け、ドリル・ウォリアーッ!!」



茶色みがかった橙色の鎧。

右腕の肘から先は腕でなく、その名の通りにドリルを装着されている。

両肩のショルダーアーマーからは上に向かってドリルが伸び、脚部もまたドリルを象った意匠。

その名に相応しい造形と言えるスタイル。

光を螺旋の回転で吹き飛ばし、黄色のマフラーを風に遊ばせながら、大地に足を降ろして瞳に光を灯らせる。



ジャック・アトラスのフィールドにあり、力を奮う巨岩の魔人。

その絶対にして明快な力の質。

質量という名のパワーを打ち崩し、粉砕するに足る力。

回転音を高鳴らせるそのドリルの一撃ならば、巨大な岩石ですら易々と打ち砕いて見せるだろう。



更に、遊星のDホイールのセメタリースペースから光が溢れだした。



「チューニング・サポーター、第二の効果が発動!

 このカードがシンクロ素材となった時、デッキからカードを1枚ドローする!」



言いながらデッキからカードを引き抜き、手札ホルダーへとそれを加える。

そして視線を自身の前を行くドリル・ウォリアーへ。

ドリル・ウォリアーが一瞬遊星を振り返り、首を僅かに動かしたように見えた。

前を征くジャックへと眼を移す。



「バトル! ドリル・ウォリアーで、ビッグ・ピース・ゴーレムを攻撃ッ!!」



マフラーが荒れ狂う風に巻かれて暴れる。

聳え立つ壁のような巨大なゴーレムへ向けて、ドリル・ウォリアーは右腕を振り翳しながら突撃した。

高速回転を始めるドリルを前に、ビッグ・ピースが僅かに怯んで蹈鞴を踏む。

だが即座に身体を切り返し、ドリル・ウォリアーの全長に匹敵するほどの巨腕を思い切り振り被る。

いままさに迫りくる脅威の価値は、振り翳されたその螺旋の槍以外の何物でもない。

ならば、それを奮う戦士の身体を動けぬよう砕いてしまえばいいだけの話。



一撃必殺の気勢の上で、突貫を仕掛けてくる敵を真上から圧砕すべく放つ一撃。

少しばかり前にスピード・ウォリアーの身体を爆砕してのけたそれが、再び遊星のしもべに向けて奮われる。

ドリル・ウォリアーはスピード・ウォリアーの如く、ビッグ・ピースでは捉え切れない速度で動くわけではない。

まして真正面からの突撃ともなれば、それを叩き潰す瞬間など幾らでも図って決められる。

右半身を逸らすように、構えたドリルを思い切り背後へと引き絞る。

そんな、方向転進すらも出来ないような体勢での突撃。

ならばただこの突進に合わせ、ただ振り下ろすだけでいい。それだけで相手は潰せるのだ。



その身体が自身の攻撃範囲に入った瞬間、岩石の塊が振り抜かれた。

―――攻撃範囲は、巨大さで優るゴーレムが上回る。

例えその位置から腕のドリルを伸ばしたところで、ゴーレムの身体に届く筈もなく自分が潰されるであろう。

あるいはドリルを迫りくる腕への対応をしようとしたところで、

やるならば動きを止めて迎え撃たねば質量で負ける以上、肘が過重に耐え切れず折れてそのまま潰される事だろう。

質量はそれだけで兵器に勝る武器だ。絶大な質量は叩きつければ相手が砕け、刃向かえばその刃が折れる。

ならばどうするか。



そう、そんなものに対抗するための、その腕なのだ――――!



轟音。

最早爆音と相違ないほどの、盛大な破砕音が轟いた。

コースのアスファルトが粉微塵と砕け、ライディングデュエルフィールドに凄絶な被害を齎した。

これがソリッドヴィジョンによる現象でなくば、このスタジアム全体が崩落を始めかねないほどに。

叩き落とされた腕はそうして地を粉砕し、しかし――――



しかし、肝心の叩き潰さねばならない相手の手応えがそこにはなかった。

すぐさま腕を引き上げて、圧砕したアスファルトの大地に視線を彷徨わせる。

あの茶色がかった装甲の破片は一片たりとも見つからず、それどころかコース以外の残骸など何一つそこになかった。



――――風が舞う。

ゴーレムの虚ろな視界の端に、ひらひらと風で躍る黄色い布きれが入ってきた。

それは後ろから。

本来ならば、自身の背後には主であるジャック・アトラス以外は在り得ない。

巨体を揺らし、背後の光景を確認すべく振りむいた先、それはいた。

長い、長い、黄色のマフラーが追い風に流されてゴーレムの目前まで流されてきている。

振り向けば向かい風になる、そこにいたのは紛れもなくドリル・ウォリアーだった。



ドリル・ウォリアーは地の戦士。

その速度は風の戦士には負けるだろう。

だがそれは風の中での話。地中において、彼を凌駕するスピードを持つものなどいない。

押し潰されるまでの僅か一秒。

掘削で起こす砂煙で自身の姿を隠匿し、土中への避難。

そしてゴーレムの攻撃の轟音に掘削音を紛れさせての、相手の背後を位置どる地上への脱出。

全てをやってのけた。

紅の眼光が一際大きく輝くと、腕のドリルの回転が最高潮へと達する。



ゴーレムは動く。

振り返りざま、空いている腕を振り回して背後で構えた戦士を薙ぎ払わんとする。

だがそんな苦し紛れの抵抗など無意味だ。

膝を折り、体を沈めてそれを頭上で空振りさせると、立ち上がる勢いのままゴーレムへドリルの一撃を叩き込む―――!



「撃ち砕け、ドリル・ランサァーッ!!」



その名の通り、超速で回転する螺旋槍を相手の胴体目掛けて突き立てた。

ガァッッ! と、ドリルとゴーレムの衝突点から大量の火花が舞い散る。

瞬間、膨大な量の火花とともにドリル・ウォリアーの身体が吹き飛ばされた。

花と散る炎が煙を噴き出し、地の戦士の姿を呑み込んでいく。



「なにっ!?」

「ク―――オレは既にトラップカードを発動していた!

 それこそがこのカード、チェンジ・デステニーッ!!」



煙に包まれたドリル・ウォリアーの周囲が晴れると、その前後にそれぞれ扉が出現していた。

ドリル・ウォリアーの背後、ジャック側にあるのは赤い扉。

そしてドリル・ウォリアーの前方、遊星側にあるのが青い扉。

素早くその二枚の扉に視線を這わせたドリル・ウォリアーの眼光が眇められる。



「このカードは相手モンスターの攻撃宣言時に発動し、そのモンスターの攻撃を無効とする。

 更にそのモンスターの表示形式を守備表示にし、フィールドに存在する限り変更する事が不可能となる!」

「ドリル・ウォリアーの攻撃を封じられたのか―――!」

「それだけではない! チェンジ・デステニーの更なる効果!」



ドリル・ウォリアーの身体が守備表示を証明する、モンスター共通の青色に染まっていく。

そしてそれが成立したこの時点で、運命の扉は踏み込んだ者へと選択を迫る。



二枚の扉が、それぞれの色に発光する。

赤と青、二色の光はドリル・ウォリアーを挟み、どんどん光量を増していく。

その光を浴びたドリル・ウォリアーの瞳から光が消え、ゆっくりと腕を持ち上げた。

ギュィインと高速の回転を始める腕のドリル。



「ドリル・ウォリアーが……!」

「チェンジ・デステニーは攻撃を無効にした相手モンスターを守備表示にした後、

 そのモンスターの攻撃力の半分の数値分、オレのライフにダメージを与えるか、キサマのライフを回復する事ができる!

 そしてどちらの効果を発動するか。それを選ぶのはキサマだ、遊星!!」

「―――――――」



――――ドリル・ウォリアーの攻撃力は2400。

半分の数値となれば、それは1200となる。

それは奇しくも前のターン、ビッグ・ピースとの戦闘において負ったダメージと同量の数値だった。

自分のライフを4000に戻すか、ジャックのライフを2800にするか。



ジャックがこれから展開しようとしているデュエルは、邪神の降誕に違いない。

邪神の攻撃力は4000、更にこちらのモンスター全ての攻撃力を半減させる。

真正面から立ち向かうのであれば、どれだけライフを残していても足りない相手だ。

ライフ回復効果に魅力は感じる。

だが、ここで選ぶべきはそうではない。特に、このライディングデュエルという舞台では。



「オレにダメージを与えるのであれば赤い扉を! 回復したいのであれば、青い扉を選ぶがいい!」

「ならば、オレが選ぶのは……行け、ドリル・ウォリアー!!」



遊星の発破に従い、意志を取り戻す螺旋の戦士。

その戦士がドリルを向けたのは―――ジャック側に位置する扉。即ち、赤い扉。

ふん、とジャックの表情が邪悪に微笑んだ。

先程ゴーレムに対しそうしたように、ドリルを扉に向かって思い切り叩き付けた。

耳障りな金切り音を上げて、赤い扉のドアが消し飛んだ。



選択と同時に青い扉が消滅し、赤い扉の中身が露わになった。

中から溢れだす真紅の光がジャックを目掛けて殺到し、その姿を呑み込む。

電子音が奏でる音と一緒にライフの数値が激減し、ジャックのライフは2800を示した。

それと同時、スタジアムの大画面に映し出された二人の状況でもう一つ変化が起きる。

ピ、とジャックのスピードカウンターが3から2に変動した。



「フン、自らの延命よりオレに手傷を負わせる事を選んだか」

「ライディングデュエルでは、スピードもまた戦術の一部。お前だけを前には行かせない」



ライディングデュエルにおいては、スピードカウンターの管理も戦術に内。

もし遊星が自らを回復させていれば、ライフを並べてもスピードは先を行かれただろう。

そして、ライフの安全を買う代わりにそれを是とする不動遊星ではなかった。

ふ、と口許を緩めて並んだジャックに眼を向けた。



「そしてお前に思い出させてみせる。真のジャック・アトラスのデュエルを。

 オレは手札のネクロ・ディフェンダーを墓地へ送り、ドリル・ウォリアーの効果を発動ッ!」



守備の体勢で遊星の眼前に控えていたドリル・ウォリアーが、再びドリルを持ち上げた。

今度は敵を攻撃する為ではない。

振り上げたドリルの向けられた先は敵ではなく、地面だった。

抵抗を感じさせないほどするりとアスファルトを掘削し、戦士はその穴の中にするりと潜り込んでいた。



「自分ターンのメインフェイズ、手札を1枚捨てる事でドリル・ウォリアーは除外できる。

 この効果で除外したドリル・ウォリアーは、次のターンのスタンバイフェイズ、オレのフィールドに戻ってくる!」

「チェンジ・デステニーの効果を破るか。だがこれで次のターン、キサマのフィールドはガラ空きだ!

 このエンドフェイズ、スモール・ピース・ゴーレムはオレの手札ヘと戻る!」



ビッグ、ミッド、スモール、三体揃い踏みしていたゴーレムの内一体の姿が消失した。

折角三体揃えてみせた神への供物も、そうなってはまた召喚せねばならない。

だがキングの表情には歓喜があった。

それはまるで、神の降誕に際する神官のような、盲目な信徒のような。

理性を上塗りする狂信すら帯びた魔性の貌。



「オレの、タァアアアンッ!!」



引き抜いたカードを見もせずに、

ジャックは今し方フィールドから取り除いたスモール・ピースのカードを振り翳す。



「手札のレベル4以下のモンスター。

 レベル3のスモール・ピース・ゴーレムを墓地に送る事で、パワー・ジャイアントを特殊召喚ッ!!」



アスファルトのコースを下から打ち砕き、水晶で出来た魔人が地下より這いずりでてきた。

半透明の身体は全て水晶らしき鉱物で出来ている巨人。

いたる所から六角柱状の水晶を生やしている身体は、太陽光を反射して様々な色合いに輝いている。

ビッグ、ミッド、二体のゴーレムの間から現れた巨体は、ゆっくりと身体を持ち上げた。



「パワー・ジャイアントは手札よりレベル4以下のモンスターを墓地へ送る事で、特殊召喚できる!

 その際、パワー・ジャイアントのレベルは墓地へ送ったモンスターのレベル分ダウンするが……」



ドクン、とジャックの手札の内で鳴動する。

邪神の鼓動と同時に眼を見開いたジャックは、遂にそのカードへと手をかけた。



「関係ないッ!」



天が慄き、地が震える。

ジャックの手によって掴み取られたカードは高く掲げられ、その威力をオーディエンスたちへまざまざと見せつける。

雷が降り注ぎ、フィールドに並んだ三体のゴーレムモンスターたちを囲む闇のフィールドを紡ぎあげていく。

大地の底から染み出すように溢れだした悪意の氾濫が、三つの魂なき人形を生贄に捧げんと暴走する。

悪意であり神威である恐怖の具現。

渦巻く闇がカタチを成していく。

その姿は真正の神でありながら、真性の悪魔。故に与えられた称号は、邪神。



「三体のモンスターをリリィースッ!!

 王邪の鼓動、今此処に烈を為すッ! 人知滅亡の力を識るがいい……!!

 遍く世界に絶望を知らしめよッ! 恐怖の根源、邪神ドレッド・ルートォオオオオオッ!!!」



闇が凝り固まり、渦を巻いてカタチを造る。

圧し固められた闇はまるで粘土のように自在にカタチを変え、姿を徐々に変えていく。

スタジアム全天を覆う闇の集合は、全てその邪神の一部である。

闇はやがて白骨の悪魔を顕現させ、それを纏うように鎧う巨大な人型悪魔を造り出した。

体色は鮮やかな緑色。

ミシミシと軋む筋肉は、まるで人間の身体と同じ構造のように思える。

だがもっと根本的なところで、それは人間など及びもつかない化物であった。

骨そのものの翼を大きく広げる。同時に翼膜も展開し、ただでさえ巨大な身体をより大きく見せつける。



――――二度目になる。

これを直接見るのは。これと、対峙するのは。

胸の奥から込み上げてくる感情は、恐怖。

だがそれ以上に、胸から溢れだす感情があった。

それは、怒り。

ジャック・アトラスを、友を侮辱した悪魔に抱いた、恐怖を超えた激情。



悪魔の骨に覆われた腕の拳を握りしめる邪神。

ただそれだけで、全てが恐怖に支配される。

感情以上に、本能的な衝動に等しい感覚。

そんな、根源的なものすらも凌駕するほどに不動遊星は猛っていた。



――――そして遊星だけではない。

そのデッキに秘められた、王者の鼓動もまた。











後☆書☆王

アキさんの霊圧が…消えた…?

無駄に驚いてるのは尺稼ぎ。あと俺の趣味。

これを投稿する前に間違えて上げてしまったのはすまないと思っている。

だが私は謝らない。

というか書くの久しぶりすぎて書き方とか色々忘れてるなぁ。





[26037] 風が吹く刻
Name: イメージ◆294db6ee ID:cb2b7c42
Date: 2012/07/19 04:20










からんころん、と。

店のドアに取り付けられたベルが気味のいい音を立てながら揺れた。

条件反射の如く、未だ元気な老人の声が店内に響く。



「いらぁーっしゃい! ホ?」

「邪魔するぜい!」



カウンターから声を張った武藤双六の声に応えたのは、背の低い少年。

海馬モクバであった。

パソコンを片手に抱えて入ってくる様に、双六は首を傾げた。

店内の様子を軽く見回すと目当ての人間がいないと知り、モクバは双六に向き直った。



「遊戯たちは?」

「遊戯なら部屋におるぞ。みんなと遊んどる」



これでな、と双六が持ち上げたのは新発売のカードパックのBOXだった。

それを訊いたモクバは一言礼を言うと、勝手に店の裏の家に上がり込む。

双六は特にそれを咎めるでもなく、モクバの背中に声をかけた。



「どうじゃ! モクバくんも一箱くらい買ってかんかぁ!?」

「遠慮しとくよ!」



階段を駆け上がり、二階へ。

勝手知ったる人の家と言わんばかり、遊戯の部屋へと辿り着く。

突然開かれたドアに驚いたのか、全員モクバの方に注目していた。



「いたいた! なあ遊戯、この前の事なんだけどさ……」

「っておい! モクバ、何おめー勝手に人の部屋に入ってきてんだよ、ノックくらいしろっての」



床に座っていた城之内が立ち上がり、ずいとモクバの顔に指をつき付けた。



「べっつに城之内に言われる筋合いはねーだろー」

「んだとぉ」



ぬぎぎ、と睨み合う二人が鼻先で押し合い圧し合い。

そんな様子を気にしていない遊戯が、モクバへと声をかけた。



「アメリカから帰ってきてたんだね。どうしたの、モクバくん」

「っと、そうだった」

「をっ!?」



押し合うのを止め、城之内を避けて部屋の中に入る。

と、バランスを崩した城之内はそのまま廊下へと転がった。

後ろで盛大に転ぶ音がしたのも構わず、モクバは脇に抱えたパソコンを起動して遊戯に見せつける。



その画面をずいと眼の前に突き付けられ、遊戯は少し後ずさった。

そして空いた隙間から覗き込むように、近くにいた本田ヒロト、真崎杏子、獏良了が首を延ばしてくる。

ディスプレイに映っているのは白いドラゴンのようだ。

見た事もないドラゴンの画像に、三人の視線がそのまま遊戯へシフトした。



「これは……」

「遊戯は知ってるの?」

「うん。この前デュエルした人が使ってたモンスターだ」



杏子の質問に応え、遊戯はモクバに顔を向けた。



「これがどうかしたの?」

「どうもこうもないぜ。こいつ、使ってた奴はどんな奴だったんだ?

 こんなモンスター、海馬コーポレーションのサーバーに登録されてないんだ」



呆れるように首を振ったモクバ。

その言葉に、遊戯と杏子、そして本田の首が横に傾げた。

対し、獏良はパソコンのディスプレイを指さしてモクバに疑問を投げかけていた。



「つまり、こんなモンスター存在する筈ないって事?」

「ああ。うちのデュエルディスクは、ディスクにセットされたカードに埋め込まれたとICチップを解析。

 その情報を元にメインサーバーに照会して、ソリッドヴィジョンとパラメータをロードしてるんだ。

 だから間違ってもこんなモンスター、デュエルディスクで使える筈ないのに」



はぁ、と溜め息を一つ。

要するに、と。



「そいつは自分で使ったニセモノカードを使ってたって事か?」



本田が今のモクバの言葉を要訳して簡潔に問う。

訊かれたモクバも事実の把握はできていないのだ。

むぅと小さく唸って両手を上げた。



「それが分からないから調べてるんだよ」

「でももう一人のボクと彼がデュエルした時は、普通に召喚できてたよ?

 それに……」

「それに、オレが見た限りじゃああいつはそんな卑怯な事するデュエリストじゃあなかった」



声は廊下の方から。

モクバに突っ込み、転んで廊下で転倒していた城之内であった。

起き上がった彼はゆっくりとこちらに向かってくる。

彼が言うその言葉を微妙な顔で聞いていた本田は、顎に手を宛がって俯いた。

そのまま数秒待ち、顔を上げた本だは城之内に問う。



「どうして分かるんだよ」

「そう言ってやがるのさ。オレの、デュエリストとしての勘。って奴がな……」

「遊戯。で、そいつはどんな奴だった?」

「うぉおおおおいっ!」



ふ、と微笑んで言い切った城之内から全員が眼を逸らす。

視線を向けられた遊戯は困ったように笑いながら、頬を掻くしかできなかった。

モクバは見せつけるように大きく溜め息を吐くと、城之内に視線を向ける。



「お前の勘なんか訊いてないんだって」

「へっ。じゃあお前、それを調べて何か分かった事があるのかよ?」

「……だから、今調べてるって」



バン、と壁を思い切り叩いて城之内は拳を握る。



「こういう時は勘を信じるもんなんだよ!

 オレのデュエリストとしての勘が言っている……あいつは悪い奴じゃあない!」

「はぁ……まぁいいや。で、遊戯。

 そいつが使ってたのはこのカードで全部か?」



力説する城之内に疲れたのか、モクバは遊戯にカードの一覧を見せる。

一番上から眼を通していけば、それは間違いなくあの時のデュエルで使われたカードの目録だ。

念のため、心中で今の話を聞いていた相棒にも確認を取る。



「――――うん。これで、全部合ってると思うよ」

「そっか。じゃあこれで……」

「何するんだい?」



獏良がモクバの後ろに回り、パソコンを覗き込む。

すると幾つものウィンドウが出ては消え、出ては消えと画面が目まぐるしく動いている。

ゲーム運営の都合、こういう機器に触れる事も多い獏良だ。

それなりに分かるつもりであったが、こうも手際よく済ませているのにはついていけなかった。

御伽くんなら分かるのかなぁ、なんて思いつつモクバの顔を覗く。



「デュエルリングサーバーのバンクからこのカードのデータを全部削除するんだよ。

 ペガサスの方でも知らないカードだって言うし、本来は必要ないデータなんだから」

「え? でもそんな事したら、その遊戯とデュエルしたって人がそのカードを使えなくなるんじゃ……」



杏子の声に若干声を荒立たせつつ、モクバが応える。



「もともと使える筈ないカードなんだって。

 そいつ以外に持ってる奴がいない筈のカードなんだし、ある方がおかしいんだよ」



そう言って、モクバはパソコンの実行キーをカタン、と。

押し込んだ瞬間にピーと鳴る警告音。

モクバが眼を見開いて、画面に見入ってしまう。

どうかしたかと全員が揃ってモクバの後ろからそれを覗き込む。



「なんだこれ……」

「どうしたの、モクバくん…?」

「ありえない。海馬コーポレーションにこの端末からアクセスできないなんて…」



呆然とパソコンの画面とにらめっこしているモクバ。

その後ろで、5人は顔を合わせて一斉に首を傾げた。



「つまり……そのカードのデータが消せないって事?」

「そうじゃない、そうじゃないんだ。

 そもそもここからじゃ消せない。

 お前たちに裏をとったおれの連絡を受けて、社内にいる奴らが消去を実行する筈だったんだ」



モクバが瞳を揺らしながら、しかし鋭く研ぎ澄ませてカタカタとキーボードを叩く。

幾秒か目まぐるしく指を動かしそうしていたものの、エンターキーを押せば矢張り警告音で終わる。



「……もっと根本的な話だ。

 海馬コーポレーションのネットワークが完全に外部から切り離されてる……!

 ―――――そうだ、デュエルディスク!

 おい城之内! なんでもいいからデュエルディスクにカードをセットしてみろ!」

「へ? なんで?」

「いいから!!」



言われた城之内はぶつくさと呟きながら仕方なくディスクを腕に装着した。

てし、とデュエルディスク上に置かれるカード。

ディスクの起動とともにソリッドヴィジョン投影システムが始動し、

城之内の前にワイバーンの戦士の姿が現れ……



「あん?」



なかった。

ザザザ、と本来ソリッドヴィジョンが映し出される筈の空間がざわめく。

それだけで、普段見慣れたモンスターの姿はいっこうに現れない。



「――――サーバーとディスクの連絡も断ち切られてる……!」



モクバが窓へと走り寄り、思い切り開け放った。

そこから覗くのは当然、いつも通りの童実野町の姿――――

その中に、幾つかおかしなものが交じっている。

今城之内がやって見せたような、ぶれたソリッドヴィジョンの出来損ない。

ここから覗く光景の数カ所にそれがあった。

どれもデュエルディスクを使ってデュエルしている人間のいるところだ。



「これは……」

「何かあったんだ、海馬コーポレーションでっ!」

「モクバくんっ!?」



絶句する五人の前で、モクバが踵を返して走り出す。

五人はともに顔を合わせて肯き合い、その後を追った。











「どうした、応答しろ――――く」



ブルーアイズ・ジェットで飛行している海馬瀬人は顔を顰めた。

もう海馬コーポレーションは視認できる距離だ。

頂点の闘技場エイベックス・アリーナ

社の屋上に設備されたそこへ着陸する手筈が、社員との連絡がつかず果たせない状態になっている。



「どういう事だ……!」



上空で旋回しつつ瀬人は自身の会社を見下ろす。

着陸するのも不可能ではなかろうが、この機体に余り無茶をかけるのも気がひける。

そう考えながら小さく唸る瀬人の前で、信じ難い事態が巻き起こる。

――――鈍く低い音が轟く。

分かり易くどんな音だったかと言えばまさにドカン、であった。



海馬コーポレーション本社の一部で、小規模ではあるものの爆発が発生した音だった。

息を呑みながらその光景に見入っていた瀬人が、

本社ビルの砕けた窓の奥に覗く一つの影を捉えた。



「あれは―――――!」



即座にブルーアイズ・ジェットの機動をオートに。

オートパイロットのスナップスイッチを起こし、即座にその近くにあるキャノピー解放のスイッチを押しこんだ。

バシュッ、と空気が暴れる音とともに開くキャノピー。

オートパイロットによって自動に動くジェットの中で立ち上がり、シートを足場に直立する。

最新鋭の戦闘機をも凌駕するスペックのブルーアイズの飛行中だ。

膨大な風を浴び、常人であれば普通に立つ事すら完全に不可能だろう。

だが海馬瀬人はそんな風の影響などまるで受けてないかのように、軽々と立ち上がってみせる。

更にその体勢で腕にデュエルディスクを装着し、腕を組む程度の余裕を見せつけた。



ブルーアイズが本社ビルに接近する一瞬を見極め、彼は跳ぶ。

200キロで走ってるバイクなどとは比べ物にならぬほど危険な行為である事は違いない。

減速など一瞬たりともなく、ただ飛ぶだけのジェット機から瀬人は悠々と飛び降りた。

飛び降りるだけにも関わらず、反動で瀬人の身体はミサイルよろしく射出されたかのようにすっ飛ぶ。

弾丸の如く迸ったそれは、窓ガラスを突き破って社屋へと文字通り突入した。



廊下にしては空間が広大なのは流石の大企業か。

窓ガラスの破片を撒き散らかしながら突っ込んだ瀬人は、そのまま華麗に着地を決める。

ガラス片を踏み砕きながら、バサリと白銀のコートを靡かせた。



――――瀬人自身がジェット機の中で見つけた人影は真正面。



突如の闖入にぎょっと眼を見開く不審者。

魚雷の如く人が飛んでくれば誰だって驚くのが普通だろう。

そして果たしてその正体は、黒いコートを着た天馬に他ならなかった。

その影を見つめ、瀬人は小さく鼻を鳴らす。



「ふぅん。月行……いや、夜行の方か。

 なるほど。この騒ぎ、さしずめ貴様が企んだことだろう」

「海馬瀬人……!」

「目的は……オレがペガサスが受け取ったあのカードと言ったところか」



瀬人は視線を這わせ、夜行の手に在るアタッシュケースを見ている。

それは厳重に保管していた筈のケース。

氷結界の龍 グングニールが格納されている特別製だ。

瞬く間に状況を看破された夜行の表情が曇る。

その様子に小さく嘲笑し、瀬人は夜行を指差した。



「兄に劣る貴様らしい低レベルな考えだな。

 大方、強力なカードを手に入れて兄の鼻を明かそうとしたのだろうが……

 貴様如き弱小デュエリストが他者から奪い取ったカードで強くなった気分を味わおうなどと考えるなど、

 恥を痴れッ!!」

「それを貴方が言うか……青眼ブルーアイズを奪うに等しいやり方で手に入れた貴方が」

「ふぅん。最強のカードは常に最強のデュエリストの手中に収まる……

 元よりオレと貴様では天と地ほどに差があるのだと自覚するのだな。

 弱小デュエリストが強がる手段としてカードを奪い集める事と、

 宇宙最強のデュエリストであるこのオレの手に、絶対無敵にして最強無比のカードが舞い込む事を一緒にするな!」



まるで悪びれる事などない。

当然だと言い切った瀬人の腕に装着されたディスクが、その雄叫びに呼応して展開する。

逃げる事を考えていたのだろう、視線を彷徨わせていた夜行が表情を変えた。



「欲しいと言うのであれば、このオレから力尽くで奪ってみせるのだな。

 いや、今貴様のデッキに入れたければ入れるがいい。

 貴様がオレの海馬コーポレーションにハッキングしたあげく、金庫を爆破までして奪おうとしたカード。

 その程度のモンスターなど、オレの青眼ブルーアイズの前では雑魚同然だという真実を見せてやる」



すぅ、と眼を細める夜行。

懐へと手を忍ばせ、引き抜くのは白いカード。

今し方海馬コーポレーションの金庫から強奪した、氷結界の龍。

それを手に、小さく笑う。



「いいのですか? このカードの力は、貴方も理解している筈だ」

「御託は後にしろ。まずは――――

 その身に、我が最強の僕によりて、真の絶対的な力というものを骨身に刻んでくれるわ――――!」



夜行が腕を上げれば、デュエルディスクが駆動し唸りを上げる。

展開状態となったディスク二機が通信し、

決闘の幕開けを告げるブザーを高らかに響かせた。











最早それはそれであるというだけで脅威。

存在自体が悪意と恐怖の具現。

その呼気は嵐の如く吹き荒れ、地上の生命を根からこそいで死滅させる。

爛々と輝く真紅の眼光に捉えられた決闘者は例外なく、

自らの深層からマグマが如く噴き出してくる恐怖に呑まれ、絶命する事だろう。

ああ、だがそれでも遥かに凌駕する嚇怒がある。



グリップに力を籠め、スロットルを解放してモーメントエンジンを咆哮させる。

遊星号のボディが風を切り、眼前に君臨する邪神を目掛けて加速した。

愚かにも反逆する微風を、紅の眼光が侮蔑するかのように見下ろしている。

緑色の筋肉が脈動し、張り付いた骨格の鎧が軋みを上げ――――

悪魔の頂点、魔神が歓喜の断末魔を轟かす。



「さあ、行くぞ! バトルフェイズ――――侵略せよ、ドレッド・ルートォッ!!」



王者の発破に応え、邪神の双眸が妖しく輝く。

筋肉の収縮に合わせて骨格が軋み、

弾けるように解放された力が瘴気となって溢れ出す。

ビリビリと肌を叩く波濤を受け、しかし遊星は退く事なく前へと進む。



「ドリル・ウォリアー失き今、貴様を守るモンスターはいないッ!

 ダイレクトアタックで果てるがいいッ!!」



膨張した筋肉、拳を握りしめて邪神が躍る。

一個の肉塊と化した拳を振り翳し、その衝撃でスタジアム全域を鳴動させる―――!

ソリッドヴィジョンと認識しているにも関わらず。

その衝撃は畏怖に値し、迫る死という根源的な恐怖に匹敵する。

風を壊し、意識を委縮させるだけの威力。

それらを全て物理的な破壊力に転換し、叩き付ける絶滅の奥義。



「フィアーズ・ノックダウンッ!!!」



名と同時に振り抜かれる絶望の拳。

その名の通り、遍く全てを恐怖の内に打ち伏せる絶大なる一撃。

この恐怖を浴び、威力を受け、生存できる見込みは0。

例え命が千切れかけた雑巾のように残ろうと、

恐怖と絶望は精神を折り、砕き尽くして終焉させる。

そんな、一撃を前に――――



「プレイヤーへのダイレクトアタックが宣言されたこの瞬間!

 オレは手札から、モンスター効果を発動ッ!!」



遊星号の真横に光の球体が出現する。

それは、デュエリストの手から放たれたカードに封じられた魔物が現出する予兆。

――――バァ、と炎が噴き出す。

噴出した炎の華が光球を内側から裂き、内部からモンスターの姿を掻き出した。



さながら、ロケット花火のように飛び出す影。

金属のフレームで組み上げられた、機々械々なかかし。

それは炎を噴き出し、速度を上げて、遊星を追い抜き前へと躍る。

迫りくる邪神の拳の前に飛び出すかかしの、バイザーに隠された眼光が輝いた。



「速攻のかかしの効果発動ッ!

 相手のダイレクトアタック宣言時、このカードを墓地へ送る事でその攻撃を無効にし、

 バトルフェイズを終了させるッ!!」



内部から炸裂するかかしのボディ。

無数の金属片と火の粉を撒き散らしながら果てる人形。

迫撃する邪神から見れば、それは突然目の前に現れた盛大な目晦まし。

紅の眼光が見据える先にいた筈の遊星の姿は、散らかされた白煙の向こう。



――――咽喉の奥で怒りの雄叫びが木霊する。

僅かな戸惑いを薙ぎ払い、振り抜かれる悪魔の一撃。

その衝撃で散在するかかしのデブリを吹き飛ばし、

真正面にいた筈の敵を目掛けて拳を叩き込む―――!



轟音とともに着弾する一撃が、コースを破砕し大地を揺るがす。

視界を塗り潰された上で、半ば八つ当たりのように放たれた一撃は、

目標を捉える事なくただ戦場を蹴散らすに留まった。

白煙の残滓を潜り抜け、遊星は邪神の見当とはまるで違う場所を走りくる。

ズ、と邪神の魔貌が激情に歪められた。



車体を反転させ、ジャックが遊星のその様子に鼻を鳴らす。

残り1枚となった手札の最後をホルダーから引き抜き、ディスクへと走らせる。



「フン、ならばオレはカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

「オレのターンッ!」



速攻のかかしが巻き起こした煙幕が、風の中に拡散して明けていく。

それそのものが恐怖を掻き立てる怨嗟の唸り声を上げながら、邪神は身を引く。

デッキの上にかけた手をカード1枚とともに抜き打ち、

遊星はアクセルを噴かす。

互いのスピードカウンターが4を刻む。



「この瞬間! 除外されたドリル・ウォリアーはフィールドに舞い戻るッ!」



遊星号の横。

爆走するDホイールに追従するように、コースが盛り上がり罅割れていく。

くぐもった破砕音は地下より沸き上がる大地の悲鳴。

一際大きな音とともに、アスファルトの地面が内側から炸裂した。



現れるのは黄金の双眸。

赤茶けたボディには埃一つ、傷一つついていない。

全身のドリルの回転で地底を切削していた機兵が、いまフィールドに再臨する。



「ドリル・ウォリアーの効果はこれだけで終わらない!

 更に、この効果で特殊召喚した時に墓地からモンスターを一体手札に加える!

 オレが選ぶのは、速攻のかかし!」



迸る光は、遊星号のセメタリーからのもの。

遊星の宣言と同時、内部に収納されていたカードが1枚スライドして出てくる。

それを摘まみとり、ホルダーへと挟み込み、前を走るジャックを見据える。



「そして、ドリル・ウォリアーのもう一つの効果を発動!

 攻撃力を半分にする事で、相手へ直接攻撃することができる!」



ドリル・ウォリアーが右腕を大きく掲げ、その回転を増していく。

その破壊力は削岩は当然として、風すらも圧砕する。

回転に巻き込まれた烈風を圧縮し、巻き込む風の弾丸と化す。

瞳に輝く黄金の光。

軋むほどに充足した力を手に、螺旋の戦士が声ならぬ回転音で咆哮する。







「よし、これなら!」



二人のデュエルを観客席で見守っていた氷室が、その状況を見て喜色の歓声をあげる。

嬉しそうで結構なのだが、俺は内心穏やかじゃなさすぎて反応できない。

完全に、もう完膚無きまでに俺の知るデュエルじゃない。

ドレッド・ルートがいなければまだともかく、これはもう―――

俺の知る、フォーチュンカップ決勝とは完全に乖離したデュエル。



「よしこれならって……でもまだジャックには邪神がいるじゃん!

 遊星のモンスターじゃ勝てないよ!」



龍亞が眼下、スタジアムで聳える邪神を指差し叫ぶ。

観客席にいてなお分かる。

あの邪神は絶対的な恐怖を周囲に振りまいている。

こうして見ているだけならまだしも、正面で睨まれるなんて絶対に勘弁だ。



「いや。遊星のモンスターはドリル・ウォリアー、それに手札に速攻のかかし!

 このコンボなら、邪神ドレッド・ルートがどれだけ凄くても関係ないんだ!」

「へ? そうなの?」



氷室の方を見て叫んでいた龍亞が、正反対の方向から天兵に声をかけられ振り向く。

うん、と肯いてみせる天兵。



「手札を1枚捨てる事で次の自分のターンまで除外され、

 その上墓地のモンスターを回収できるドリル・ウォリアー。

 それと、ダイレクトアタックされた時に墓地ヘ捨てる事で、バトルフェイズを終了させる速攻のかかし。

 この二体を組み合わせれば、どんな強力なモンスターだって攻められない!」

「うーん、そりゃどういう事なんだい?」



二人の少年の後ろから矢薙が首を出し、訊ねる。

その言葉を継ぐのは天兵ではなく、氷室であった。



「つまり、今遊星の場にいるドリル・ウォリアーは、ジャックのターンにはフィールドには存在せず、

 除外されているという事さ。

 いかに強力な効果を持つ邪神だろうと、除外されたモンスターを攻撃する事はできない」

「でもそんな事したらあんちゃんのフィールドがガラ空きじゃないか!」

「そこで速攻のかかしの出番ってわけだ。

 ダイレクトアタックされた時、こいつを手札から捨てる事でそのターンのバトルを無効にしてくれる。

 次の遊星のターン、ドリル・ウォリアーはフィールドに戻ってきて、

 その時に墓地ヘ捨てた速攻のかかしを回収する事で、何度でも効果を使う事ができる」

「でもでも! それじゃ逃げ回ってるだけで邪神を倒せないよ!」

「倒す必要はないのさ。

 何せドリル・ウォリアーは攻撃力を半分にする代わり、ダイレクトアタックができる効果を持っている。

 邪神の効果と合わせて攻撃力は600まで下がるが、

 それでもこのループコンボを破らない限り、ジャックは毎ターンのダイレクトアタックを受ける事になる!」



氷室は自信満々に言い放つ。

いやまあ、その通りだと思うんだけど。

まったくもって破られない気がしない、というか。

みたいな感じで苦い表情をしていると、龍可に声をかけられる。



「どうしたの?」

「いや、うん……ジャックがそう簡単に、っていうか」



何故俺はこっちにきてしまったのか。

別の席にいけばよかった。

俺の呟きを聞いた氷室も、一瞬悩むような素振りを見せて肯く。



「確かにな。だが、この布陣をその簡単に崩す事は…」



ぶつぶつと呟くように悩む氷室を尻目に、状況は動いていた。







「行け、ドリル・ウォリアーッ! ジャックへダイレクトアタック!」



回転する螺旋の角は風を帯び、それを弾丸として纏っている。

そんな腕を振り回すように肩から大きく反らせ、解き放つべく引き絞る―――

ガチガチとドリル・ウォリアー自身の装甲が軋みを上げて、

間接へのダメージを訴えかけてくる。

ただでさえ目前に聳える邪神は脅威。

対峙し、攻撃を交わしあう事はなくても、ただそこに在るだけで絶大な過負荷になる。



頭部で黄金の双眸が輝きを増し、その光の眼で以て正面を見据える。

狙うは邪神のそれでなく、その奥に在るジャック・アトラスに他ならない。

振り翳した腕を、捻り上げた上体を解放すると同時に、全力で肘を伸ばし切る。



「ドリル・シュートッ!!」



――――迸る風の弾丸。

それは軌跡となった地面のコンクリートを盛大に削り、巻き上げながら一直線に獲物を目指す。

凝縮された風は、邪神に反応すら許さぬ速度でその足元をすり抜ける。

擦掠し、身体を撫でる風の叫びを聞いて、ようやく邪神が動く。

だが無駄だ。

邪神を無視した攻撃は、そのまま走るホイール・オブ・フォーチュンを捉えた。



炸裂する暴風。

激しく揺さぶられるDホイールを毅然と抑え付け、何でもないかのように振る舞う。

王者の所以か、分かり切っていたとばかりに超然と余裕を見せつける。

低下するライフカウンターの数値は2200。

自らの効果に加え、邪神のフィールド制圧影響下にある、ドリル・ウェリアーの攻撃力は600。

単純に考えるのであれば、あと4度同じ攻撃が通ればジャックのライフは0だ。

速攻のかかし、そしてドリル・ウォリアー。

二体のモンスターが織り成すコンボは、相手の攻撃を封じてこちらの攻撃を確実に当てる。

が――――



ジャック・アトラス、そう簡単に行く相手ではない――――



「フン、なるほどな。

 更にこのバトルフェイズが終了した瞬間、再びドリル・ウォリアーの効果を使うわけか。

 貴様らしい実にせせこましい戦術だ。

 だが、こんな小細工がこのオレに通用するとでも思っているのか――――!

 オレはこの瞬間、伏せリバースカード発動オープン!」



ジャックがその指先を奮い、自らの軌跡に隠されたカードを開く。

伏せられ、コースに敷かれていたカードのソリッドヴィジョンが現れ、光を放つ。

小さく鼻を鳴らすジャックの前方。

カードから光とともに衝撃が迸り、遊星のフィールドに控える戦士に向けて放たれた。



自らを襲う衝撃波を察知したドリル・ウォリアーが、眼光を照らしてその力を奮う。

掲げられた腕のドリルが回転し、真正面から迫るそれを迎え撃つ。

鋼の咆哮、唸りをあげる螺旋が臨界に狭り、火花を散らして軋みたてる。

あらゆる障害を粉砕するドリルに、放出された衝撃波が牙を剥く――――



衝突し、裂けるのは――――放たれた衝撃の塊の方だった。

真正面から螺旋の槍に叩き込まれたそれは、千々に裂かれて飛び散る。

弾ける力場が周囲を包む霧となり、ドリル・ウォリアーの中心に凝っていく。



「これは――――」

トラップ発動! ショック・ウェーブッ!!」



王者の宣告が空を裂き、同時に天から破滅が降る。

周囲に満ち満ちていた霧が渦を巻き、ドリル・ウォリアーの身体を巻き上げた。

烈風の檻は地を制する戦士に抗う事すら許容しない。

ただ動かすだけでメキメキと軋む首を動かし、螺旋の戦士は天を仰ぐ――――



迫るのは圧倒的な気流の暴力。

凝縮された勢いは、軌跡を呑み干しながら標的に向かい、留まる事無く殺到する。



―――――直撃。

所作を奪われた戦士の末路は、ここに決する。

装甲が拉げ、砕け、撒き散らしながら潰れていく螺旋の槍。

その貫通力すら凌駕する圧力の前に、それは負けて折れる以外に結果がない。

瞬く間に圧壊する身体が炎を噴き、光と共に散華する。



「ドリル・ウォリアーッ!」

「自身のライフが相手のライフを下回る時、フィールドのモンスター一体を破壊し、

 その攻撃力分のダメージを互いのプレイヤーに与える。

 それこそがショック・ウェーブの効果!」



ジャックが大仰に語る効果。

その解説に合わせるように、爆炎と光の中から潰れて裂けたドリルの破片が飛来した。

前を征くジャックに、それを追う遊星に。

二人のDホイーラーの身体に傷を刻む、鉄屑となり果てた戦士の形見。

それを受け、遊星のライフは2200に。

そしてジャックのライフは1600まで減少した。



「くっ……!」

「よもやオレが何の理由もなく、貴様にライフを自由にする権利を与えたなどとは思ってはいまいな!

 このターン、貴様が行った行動は全てオレの予測の範疇!

 この程度の粗末な戦術でオレが倒せるとでも思ったか!
 さあ、遊星! 貴様の底の底、その全てを見せてみろッ!!」



チェンジ・デステニーの発動。

それは攻撃を防ぐばかりではなく、このトラップの発動にも関わっていたという。

くっ、と小さく咽喉を鳴らして遊星は遊星号の制御に意識を傾ける。

高らかに吼える鋼獣と身体を一つにし、見据えるのは前を走る王者。



「オレはこれでターンエンド……!」

「フン、ならばオレのターンッ!」



宣誓と同時にその指先がカードを捉え、抜き放つ。

同時にカウントアップするスピードカウンターは、互いに5つ。

そのカードを一瞥だけして、口角を歪めた。

抜いたカードをその手のままに、ジャックは自らに侍らす邪神に命令を下す―――



「邪神ドレッド・ルートよ、行けッ!」



それを待っていたとばかりに、真性の恐怖が溢れ出す。

滞留していた闇色の感傷、恐怖の濃霧を撒き散らしながら躍動する四肢。

思い切り振り上げられた掌で、地を這う敵を押し潰しにかかる。

迫る絶望の圧力を前に、遊星の腕が動く。



引き抜くは先に手札ヘと入れたカード。

速攻のかかし。



「手札から、速攻のかかしの効果を発動ッ!

 ダイレクトアタックを無効にし、バトルフェイズを終了させる!」



遊星の指から流れるようにセメタリーへ。

その瞬間墓地から溢れ出す光が、金属製のかかしを投影した。



炎が噴く。

バーニアの光芒を引き摺りながら、そのかかしは正面に聳える邪神を目掛け舞う。

頭部に装着されたサングラスの奥で煌々と光る瞳。

レンズの瞳は正確に、絶望の霧の向こうで君臨する邪神の姿を捉えている。

迷う事なく、その末尾から吐き出す炎で軌跡を描きながら舞い上がるボディ―――

それは、邪神が振り下ろさんとしていた掌の中央へ吸い込まれるように突っ込み、

あえなく爆散した。

フィールド全体に満たされる破壊の痕跡たる爆煙。

濃密に散布された煙は邪神から視力を奪い、その攻撃から目標を奪い取る。



―――後方がその爆煙に満たされるのを見取り、

ジャックは手にしたままのカードをホイールのスリットへと差し込む。



「カードを1枚伏せ、ターンエンド!」



華麗に繰るり、ホイール・オブ・フォーチュンの車体を反転させる。

はっ、と大きく高らかに嘲笑う声。

スタジアムを反響するキングの圧倒に、観客が沸き立つ。

それを――――爆煙を、哄笑を、風を断ち切る閃きで立ち向かう。

周囲に散る砂塵をカードドローの衝撃で薙ぎ払い、赤のホイールが追走する。



「オレの、ターンッ!!」



閃くカードがその閃光のままに、ホイールのディスク部へと滑り込む。

遊星号の前方に展開される光の球体。

そこから飛び出すように現れる、橙色の装甲を纏った機械の戦士。

不動遊星のデュエルを、それたらしめる調律師。

背後にエンジンを背負った、小柄な機械の体躯を精一杯躍動させ、意志を示す。

その名を――――!



「ジャンク・シンクロンを召喚ッ!!」



マフラーが靡く。

風の中で吼えるエンジンの怒号が嵐となり、フィールドを震動させる。

メタリックな色を見てとれる腕を撓らせ、掌を掲げて広げ、

その先に光の渦を産み落とす。



冥府と繋がるワームホール。

極めて限定的ながら、既に破壊され埋葬された同胞を呼び戻す事を可能とする術。

科される条件とは、レベル。

ジャンク・シンクロンのスペックで呼び戻せるのは、レベル2以下に限られる。



「ジャンク・シンクロンの効果! 墓地から、レベル2のスピード・ウォリアーを特殊召喚ッ!!」



舞い戻る疾走者。

ジャンク・シンクロンの創り出した孔から、光を纏って現れる影。

――――先に、ビッグ・ピース・ゴーレムとの戦闘で破壊されたスピード・ウォリアー。

その姿を呼び出して、やるべき事は決まっている――――!



ジャンク・シンクロンがその手を背負ったエンジンのスタータにかける。

思い切り引き起こされるスタータ、起動するエンジンが高鳴り、駆動音を響かせた。

震え立つ橙の機甲。

それは解れ、砕けていくように三つの光となって散らばった。



「レベル2のスピード・ウォリアーに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニングッ!

 集いし星が、新たな力を呼び起こす!」



スピード・ウォリアーを取り巻き、破壊し、再生する光点。

通常のモンスターをチューナーモンスターが調律し、

それこそ、レベルと言う名の規則でもって再構成するデュエルモンスターズの奥義。



「シンクロ召喚!」



束ね上げた光を鎧と化し、五つの星は一体の戦士と成り得た。

青色の装甲を紡ぎだし、機械の体躯の戦士が躍り出る。

風に流れるマフラー、胴より太く肥大な右腕、赤いレンズの瞳を照らして召喚される。

名を―――――



「出でよ、ジャンク・ウォリアーッ!!」



くず鉄の戦士は空を翔け、遊星と並ぶように追走する。

その、自らの相手が呼び寄せたモンスターを一瞥し、ジャックは失笑した。



元々の紺がかった青色の装甲の戦士の身体は、その表示形式を示すように空色に染められていく。

ジャンク・ウォリアーの攻撃力は、たかが2300。

その状態でなおかつ、邪心の恐怖支配を受けて1150まで低下している。

まるで届かない。

故に守備表示にして耐える以外ないのだ。

だが、とジャックは眼光を引き絞る。



「オレはこれでターンエンド」

「オレの、タァーンッ!」



刻まれる速度の印、スピードカウンターは互いに7。

引き抜かれるカードに眼を通し、そのままホイールへと叩き込む。



「オレはSpスピードスペル-シフト・ダウンを発動!

 スピードカウンターを6つ取り除く事で、カードを2枚ドローする!」



ジャックサイドのSCの表示が7から1へ。

その代わりに得るのは、2枚のカード。

一気に手に加えたカードを見て、1枚をホルダーへ、そしてももう1枚をホイールへ。



ジャックの眼前で光が渦巻き、モンスターの姿を構成していく。

奮う両腕には長大な槍。

頭蓋骨を模した兜の中で真紅の眼光を燃やし、悪魔が出でる。

腰部から垂らした血色の布をはためかせ、見据えるのは拳を構える戦士。



「オレはランサー・デーモンを召喚! そしてバトル!!」



闇が幕を開ける。

悪鬼の咆哮とともに噴き上がる邪悪。

邪なる神はその闇霞を食み、自らの拳に力を結集させていく。

邪神の名に相応しく、それは絶望を糧に恐怖を齎す。

そして齎された恐怖が希望を呑み下し、絶望に塗り替える無限の悪夢。



恐怖の根源たる羅刹は、遂に獲物の首に手をかけた事に歓喜する。

正しく歓喜の断末魔。

聞いただけで精神を擦り潰されるような悪意が凝り、恐怖と化して降り下る。



「邪神よ、ジャンク・ウォリアーを滅殺せよ!」



邪神の鉄槌――――

万事を滅ぼす悪意の結晶が、ジャンク・ウォリアーを目掛けて放たれた。

滞空していたジャンク・ウォリアーは背負ったブースターに火を灯し、浮力を生み出し舞い上がる。

真正面から迫る力の権化を、大きく全身をバレルロールさせながらスライドし、躱してみせた。

自身の真横を通り過ぎていく濁った緑色の拳。

その圧力を浴びながらも、ジャンク・ウォリアーに退去などという選択肢はない。

ばばば、と背後で炎を吹かして舞う。



拳撃を放ち、伸ばし切った腕を薙ぐ。

筋肉の塊は、ただその一閃で全てを薙ぎ払う暴虐となる。

受ければ一撃。

その名が示す通り、ジャンクと化す事は想像に難くない。

だが、



「ジャンク・ウォリアー!」



主の声に応え、レンズが光を放つ。

赤い赤い光の閃きと同時、バーニアが今まで以上に力強く炎を噴く。

生み出す機動性は全て邪神の一撃を躱すためにこそ行使される。

高速で奔る体躯は、邪神の攻撃を躱し得る速度での運動を可能とし――――



――――ガギャ、と。

金属が叩き付けられた音とともに、その全てを失った。

邪神の動き、そこに全能力を集中させていたジャンク・ウォリアー。

その隙を突き貫く、槍の一撃。

ランサー・デーモンの手から投擲された銀色の刃が、ジャンク・ウォリアーの胴体を貫いていた。

ばちばちとスパークする胴体部、ちかちかと明滅するカメラアイ。

バーニアからは炎が失せ、消える。

それはつまり、迫りくる邪神の一撃を浴びる以外にないという事実。



「ランサー・デーモンの効果発動!

 ランサー・デーモンは自軍のモンスターが、守備モンスターを攻撃した時、

 その守備力を攻撃力が上回った場合、その差の分だけダメージを与える効果を与える効果を持っている!」

「くっ……! ジャンク・ウォリアーの元々の守備力は、1300……!

 邪神の効果によって、750まで低下している……!」



絶え間なく明滅し、今にも完全に消灯してしまいそうなカメラアイ。

その眼が捉える、迫撃する豪腕。

――――全速で振り抜かれた腕は、ジャンク・ウォリアーの身体すらも、

何の障害でもないかのように速度を落とす事無くスイングを果たした。

薙ぎ払われた機械の身体が砕け散る。

空で咲く黒煙混じえた炎の華、飛び散る破片。



「ジャンク・ウォリアーッ!!」

「そして! 貫通ダメージを受けてもらおうか!!」



爆炎の中から飛び出す、灼熱に炙られた槍。

ランサー・デーモンが投擲し、ジャンク・ウォリアーに突き刺さっていた凶器。

それが、今こそ遊星のライフに止めを刺すべく殺到する。

――――その威力は3250ポイント。

2200まで削られている遊星に耐える事など不可能。



目前まで迫った槍を前に、遊星の指先が奔る。

カチリ、と叩かれる伏せリバーススイッチ。

展開される伏せリバースカード、叫ぶ声はそのカードの名。



トラップ発動、ガード・ブロック!!」



遊星の雄叫びに感応したか、自らが止め切れなかった攻撃を止めるべく炎が灯る。

爆炎の中から躍る機械のボディ。

完膚無きまでに破壊したと、そう確信していた邪神の相貌が歪む。

最大の特徴と言えた右腕は肩口から無くなっていた。

ブースターのノズルも片方は折れ、無軌道に炎を撒き散らすだけのただの花火だ。

だがしかし、槍によって開けられた孔も、邪神に粉砕された身体も、

今のジャンク・ウォリアーを止める原因となるには弱すぎる。



高速で飛行する槍を、全速で追いかける。

吐き出す炎が暴発して、歪んでいた片足の根元が爆散した。

後方へと吹き飛び転がっていく脚。

死に体の身体はびっくりするぐらい脆く、それは簡単に折れて転がっていく。

もう役に立たない脚など捨て、1万分の1秒でも速く、辿り着く為に――――



ブースターのノズルが弾け飛び、本格的に背中に火が付いているだけの状態。

片手片脚で臨むのは、主を守護するための飛翔。

――――推進どころか今にも胴体が炸裂しそうな大破状態。

だが、それでも。

残っている手を伸ばす。金属のフレームしか残っていない左腕。

歪んだフレームは動くたびに、ギチギチと悲鳴を上げる。

悲鳴ならばまだいける、悲鳴が上がるうちはまだ動けてる証拠だ。

ああ、もうジャンクでしかないこの体躯。

まだ動けている内に、最後を迎えてしまう前に叫びを上げろ。



レンズの奥で真紅が発光する。

その光こそが最期の耀き。

この屑鉄が高らかに雄叫ぶ、鋼の断末魔――――!



バーニアの残骸から炎を貰った胴体が最期を叫ぶ。

爆発する胴体。

後ろ半分が消し飛んだ鉄人形が、最期に生んだ絶滅と引き換えた圧倒的な加速。

それが、槍を追い抜くための命を懸けた爆進。

飛びかかる、というには余りにもあんまりな無様な格好。

それは最早ただの残骸で、ただのジャンクでしかない。

金属製のフレームから伸びる五指が躍動し、飛翔する槍を掴みかかる。

擦過し噴き出す火花。削れていく指。

終わりを告げる身命、全てを擲ち果たし遂げる事を望む。

その意志は、主の死守に他ならない。



槍の勢いが昇華し、力を失う。

同時に、ジャンク・ウォリアーの中の全てが燃え尽きた。

掴み獲った槍と共に崩れ落ちる身体。

最期の爆炎と残骸を散らし、戦士はここに絶命する。

文字通りの死力、死守。

一撃で遊星を屠るにたる一撃を、その身で守り抜いたジャンク・ウォリアー。



そして、己らの同胞が果たした栄誉が士気を昂ぶらせる。

湧き立つ意志は光と成って、デッキに宿る。



「ガード・ブロックによりダメージを無効にし、カードを1枚ドローする!」



ドローブースト。

カードに宿る英傑らが、士気を奮って高らかに叫びを上げる。

そしてそれらを従えるデュエリストは呼び声に応え、力とする。

ジャンク・ウォリアーが繋いでくれた命と力。

それを手にし、闘志の漲る眼光で邪神を睨む。



相対すれば恐怖に呑まれ、破滅する。

絶大なる邪神を前にしかし、闘気に満ち満ちた決闘者は微塵たりとも退く事はない。

力をぶつけ合う事を望み、真正面から迫撃する。



その遊星を背にし、王者の嘲弄が風に舞う。

風と共に奔るのがその決闘者だと云うならば、

風ごと粉砕して走破するのが絶対王者。



「フン、邪神の攻撃を躱したのはよし。

 だが、それで終わりなどと思ってはいまいな、遊星!」



爆炎、爆風に巻き上げられた長槍が空を舞う。

ジャンク・ウォリアーが死力を尽くして抑えた一撃。

巻き上げられたそれの許へ、悪鬼が奔る。

騎士然とした異形。

悪魔の槍騎士は自らの四肢を以てして跳躍し、手放した槍まで辿り着く。



眼下にするのは自らの王に刃向かう叛逆者。

神の供をし、王の下僕たる、槍騎士は空中で槍を引っ掴んだ。

途端溢れる真紅の眼光。その光が見下すのは王者に叛く無謀。

両腕に構えた槍を振り翳し、悪魔が降る。



「くっ……!」



怨念の如き邪気を纏った槍が、遊星の脳天を目掛けて突き出される。

時速200キロで流れていく風の中、身を切る烈風を槍撃で引き裂いて、命を穿つべく放つ一撃。

鎧に覆われているにも関わらず細い四肢を繰り、放たれた悪魔の牙。

暴れるマントを引きずり、風にガチガチと打ち鳴らされる鎧。

中身が入っているかさえ疑わしい悪魔騎士は、風に揺れる自身の体躯を自在に誘導し、

正確に遊星を目指し、捉えている。

怨々と、まるで泣き声のように響く鋼の叫びと共に奔る閃光。



「ランサー・デーモンにより、ダイレクトアタックッ!」



咄嗟に、遊星号の舵を取る。

バゥ、と嘶く鋼の馬が車輪から火花を盛大に噴き出して、減速した。

眼を上に上げる。

空には太陽、その黄金の光点の中心辺り。そこに、跳ね躍る悪魔の騎士を捉える。

頭上から迫る悪鬼は首を無軌道にぐらぐらと動かし、赤い光を零していた。

回避という行動に意味などない。

そう宣言された以上、遊星のライフは減る。

だが本能が察知する。あれは、避けねばならぬ類だ。

邪神の攻撃となんら変わりない。当たれば避け得ぬ破滅。



――――太陽から散る残照のように、天上から悪鬼が速度をより増し迸る。

突き出される格好の槍の切先の狙いは、変わらず遊星の脳天。

遊星号が火花を散らし、アスファルトのコースを削りながらスリップしたかのような勢いでロールする。

耳障りな金切り音。ガリガリ削れていく遊星号の塗装。

限界以上に車体を倒し、そうでありながらなお転倒する事なく槍を擦り抜ける。



ソリッドヴィジョンで投影された悪魔の槍が、肩を僅かながら掠めていく。

ず、とまるで本物の刃で切り裂かれたかのような灼熱感。

事実、切り裂かれてなどいない。傷など負っているものか。

焦がされていく肩の痛みは、現実などではあり得ない。

だがけして錯覚でもあり得ない。

ただ事実として、遊星の身体は激痛に苛まれている。

悲鳴を堪え、漏れそうな叫びを嚥下しながらDホイールを繰り、体勢を立て直す。



「ッ――――!」



こちらに牙を剥いた悪魔の騎士。

彼は自らの槍が遊星を捉えたという手応えを得ると、ガチャリと鎧を擦り鳴らしながら後ろに跳ぶ。

直撃だとか、掠めただけとかは関係ない。

当たった以上、その攻撃力分だけライフを失うのが決められたルールだ。



ランサー・デーモンの槍には攻撃力にして1600、それだけの力があった。

だが、その背後に控える邪神の影響はフィールド全てを席巻する。

それは、自らの臣下であろうと例外はない。

だがあの凝り沈殿する邪悪の中で息をすれば、如何に悪魔だろうとその生態が崩れるのは必然。

ぬめるような邪念の中で、悪魔の攻撃力は800まで低下していた。

故に遊星のライフカウンターが示すのは、残り1400。



「フハハハ! オレはこれでターンエンド。

 さあ――――苦しめ、足掻け、絶望の中で希望に縋れ!

 それを踏み躙るのが、この絶対王者だ!」

「――――オレの、ターン!」



スピードカウンターが8に。

直前に消費したジャックのそれは2。

スピードの上であれば、勝るのは遊星だ。

アクセルを全開にし、遊星号が出し得る最速を放たせる。

この速度、今この時ならば、前のターンに大きく減速しているホイール・オブ・フォーチュンに匹敵するだろう。

加速―――スピードが落ちているジャックを追随し、やがて追い抜く。

自身の前に躍り出た遊星に眼を細めるジャックの前で、遊星はデッキへと手をかけた。



絶望の中で縋る希望というのなら、それはデュエルにおいてドローに他ならない。

光の軌跡を描き、カードがデッキから引き抜かれる。

遊星の手札は、先のガード・ブロック分を併せても3枚。

下手を打てば、一撃の許に勝負を決する邪神は目の前に。

だが、その眼に宿る闘志は一分たりとも薄れてはいなかった。



「オレはカードを1枚セット!

 更に、トライクラーを守備表示で召喚!」



青い車体が現れる。

下半身は二つの車輪、かかしと変わらないような上半身のメカ。

悪魔らに対抗するには余りにも小さい力。

キュルキュルとホイールを回し、トライクラーは遊星の前を行く。



自身の前に出たからと言って、それが強さの証明であるわけがない。

前を奪われたからと言って、自身の優位―――否、覇権が揺らぐわけではないのだ。

このフィールドを制圧し、席巻するのは絶対王者たる自身。

自信以上に確信。それ以上に確定している事実だ。

その目前に展開される弱々しい、脆弱な陣営を王者は鼻で笑う。



「そのような雑魚、壁にすらならん!

 オレのターン! 行け、ドレッド!・ルートォッ!!」



ジャックの号令に応え、邪神が動く。

王者の前を行く不届き者に神罰を下すべく、それは動き出した。

指一本でトライクラーの総身を凌駕する腕。

悪魔の鉄槌が降り注ぐ。

泡を食って玩具のような車体が、その攻撃から逃げ出すべく車輪を転がす。

―――瞬間、別の悪魔が放つ閃光が、トライクラーの胴体を穿った。



「この瞬間、ランサー・デーモンの効果を発動!

 今この時、邪神に守備モンスターを攻撃した時、守備力を超過した攻撃力の分だけ、

 相手プレイヤーにダメージを与える効果を与える!」



槍の悪魔が投擲した槍は、またも遊星のモンスターを貫いていた。

オイルと火花を散らしてゆらめくトライクラー。

頭部のセンサーが明滅し、訴えかけてくるのは必死の危険信号。



―――振り抜かれる腕。

広げた掌でトライクラーを張り倒すような格好での一撃。

例え握り締めた拳でなかったとして、それがトライクラーを爆砕するだろう事は明白だ。



「トライクラーは戦闘によって破壊された時、別の雑魚モンスターをデッキから特殊召喚する。

 だが、この戦闘による貫通ダメージは受けてもらうぞッ!!」



―――ドレッド・ルートが腕を振り抜いた。

吹き荒れる烈風、炸裂する機械の破片。

そして、遊星を目掛けて弾き飛ばされるデーモンの槍。

その貫通力は遊星の心臓を貫き、命を奪う程度の威力は十全と持っている。

故に、この場を生き抜く事を望むのであれば、それは防ぐ以外にない。

そんな事は理解している。

だからこその、伏せリバースカード。



トラップ発動! スピリット・フォースッ!!」



遊星号のセメタリーゾーンから光が噴き出した。

その光は車体を呑み込み、全体を覆い尽くしてみせる。

その領域にはけして踏み込ませぬように広がる結界。



―――ガギン、と。

内包した威力を数値化すれば、LPに与えるダメージにして3850。

ほぼ一撃で初期ライフですら削り切れるほどの威力。

その槍が、遊星の眼前から広がる境界に遮られ、停止していた、



「―――――!」



ジャックが僅かに口許を歪める。

顰めた顔で見るのは、遊星が展開した魂の力場を生じさせているカード。

それは、遊星号のセメタリーから排出された1枚のカードだった。



「スピリット・フォースは相手ターンの戦闘ダメージを無効にし、

 その後、墓地から守備力1500以下の戦士族・チューナーモンスターを手札に加える。

 オレが手札に加えるのは、ジャンク・シンクロン!」



墓地から溢れる光の正体を、遊星はその指で挟み取った。

再び手に戻ったカードをホルダーに納め、腕を振り上げ次なる戦果を告げる。



「そして、破壊されたトライクラーの効果発動!

 このカードが戦闘で破壊され墓地に送られた時、デッキからヴィークラーを特殊召喚できる!

 来い、ヴィークラーッ!!」



かつてトライクラーを構成していたパーツが散る。

無数の破片と火花、霧散していく爆煙。

その中から、マフラーから濛々と排気ガスを捨てる車体が飛び出してきた。

色はトライクラーとは違い基本が黄。よく似た、しかし異なる意匠。

怒るように煙を噴く二輪車は、そうして遊星の前へと出現した。

表示形式は当然守備。

黄色いボディを薄い青色に染め、主を守るために立ちはだかる。



―――だが、それもただの時間稼ぎだ。



「フン、ならば! ランサー・デーモンッ!!」



遊星の直前で弾き返された槍を空中で掴み獲り、悪魔が動く。

目掛けるのは無論、新たに遊星の場に現れた二輪車。

―――ランサー・デーモンの齎す貫通効果の付与は、1ターンに一度と制限されている。

故に、先に邪神の侵略に使った以上もう使えない。

だが、破壊するだけならば容易い事この上ないだろう。



僅か守備力100の車を、攻撃力800の槍が貫き通す。

つい先刻散ったばかりのトライクラーのように、

ヴィークラーの身体は一際眼をびかびかと光らせたかと思うと、その活動を停止させた。

思い切り敵の車体を貫いた槍をそのまま掲げ、ランサー・デーモンが頭蓋の中で妖しく嗤う。



―――槍に突き徹されたヴィークラーの身体を器用に蹴り、吹き飛ばす。

勢いよく地面に叩き付けられた機体が炎を噴き、

まるで爆竹か何かのように断続的な破裂音を響かせ、やがて最期と爆発した。



だがその最期は、再び新たな力を呼び寄せる。



「ッ――――! ヴィークラーの効果発動!

 戦闘によって破壊され、墓地に送られた時、デッキからアンサイクラーを特殊召喚する!」



その爆煙の中から転がり出てくる赤い機体。

ヴィークラーやトライクラーとは意匠の趣が違う、より玩具然とした外見。

脚部の代わりに一輪を持つ小さな機械は、遊星の許まで慌ただしく転がってきた。

体勢を立て直し、守備表示で遊星の前を走るこの一輪車こそアンサイクラー。

ジャックの侵略を耐え切り、遊星が唯一フィールドに残したモンスターの姿。



「―――フン、ターンエンド」

「オレのターンッ!!」



自身に立ちはだかる小さな存在を一瞥し、エンド宣言を下す。

その瞬間、遊星の反逆が開始する。

カードをドローすると同時、遊星のスピードカウンターは10に。

引いたカードを見留め、それをディスクへと投入する。



Spスピードスペル-エンジェル・バトン発動!

 スピードカウンターが2つ以上ある時、デッキからカードを2枚ドローする!

 その後、手札からカードを1枚選択し、墓地ヘ捨てる。

 オレは手札からボルト・ヘッジホッグを墓地ヘ!」



流れるような手捌き。

デッキからカードを手札に加え、それを手札ホルダーへと移動させ、そしてその中から1枚を墓地ヘ。

3枚の手札を見究め、一度小さく息を吐く。

そして、デッキへと視線を送る。

一瞬だけ抱いた迷いを振り切り、ただ前を見る。

先日のデュエル。流れてしまったとはいえ、それが齎した影響は深い。

だが、それ以上に。それを凌駕するだけの感情が、今の遊星にはある。



「――――行くぞ、ジャック。これが、オレがお前に示す力だッ!」

「ほう? 吼えたな、遊星。ならば見せてみるがいい、貴様の言う力とやらを!」



―――――手札から1枚を引き抜く。



「アンサイクラーをリリースッ!」



一輪車が虹と化し、光のタマゴを形作る。

その中から孵るが如く、それの体積を上回る巨体が内側から這いずり出てきた。

海のような体色を持つ巨漢。

背負っているのは、巨大なリールから伸びる太く長いチェーン。

それを両腕で大きく振り回しながら、遊星の許に生まれ出でる。



「サルベージ・ウォリアーをアドバンス召喚ッ!

 そして、サルベージ・ウォリアーの効果を発動!

 このモンスターのアドバンス召喚に成功した時、

 手札または墓地から、チューナーモンスターを特殊召喚する事ができる!

 オレが喚ぶのは――――!」



ぐるぐると回していたチェーンを思い切り横に投擲。

すると、そこに海溝でもあるかの如く、チェーンは空間を越えて沈んでいった。

その力は名の示す通り、没した存在の引き揚げだ。

リールが騒々しく金属音を立てながらチェーンを引き出していき―――

ほんの数秒で、ガキンと目的のものに引っかかった。

沈めた時に倍する速度で巻かれるチェーンが、海溝から思い切り引き揚げられる。



その先に引っかかっていたのは、機械の小兵。

頭部から突き出る角のようなドリル、両腕も同じように螺旋の槍。

脚部のキャタピラと焦茶のボディ。

それは、先のターンシンクロ召喚に使われたチューナーに他ならない。



「墓地から、ドリル・シンクロンを特殊召喚!!」



遊星の言葉に応えて、ドリル・シンクロンが再起動する。

幾度かの瞬きの後、三つのドリルを回転させて飛び跳ねた。

引っかけられたチェーンの拘束を無理矢理解き、解放される小さな身体。

そうして出揃うのは、レベル5、そしてレベル3のチューナーを含むモンスター。



「合計のレベルは―――8。来るか、貴様の言う力とやらが」

「レベル5、サルベージ・ウォリアーに、レべル3、ドリル・シンクロンをチューニングッ!」



ドリルが回る。チェーンが唸る。

自らを象徴するパーツを掲げ、二体のモンスターが星へと還る。

八つの星が無軌道に遊星を取り巻き、整列していく。

五つの星は直列に。三つの星は円環を描き、直列の星群を囲うように。

――――生誕するのは紅蓮の力、鮮烈なまでに力の化身。



「王者の鼓動、今此処に列を成す――――天地鳴動の力を見るがいいッ!!!」



星が融け合い、器を成し上げていく。

捻じくれた角を三本生やした悪魔が如き相貌が、顎を開き灼熱の咆哮を上げた。

その姿。竜と呼ばれる存在に抱くイメージとはおおよそかけ離れているだろう。

力強く張られる胸板、赤黒い筋肉が織り成す腕部――――

翼を広げ、尾を牽き、首を長蛇と伸ばし、牙並ぶ顎から炎を燻る。

その姿は正しく竜で、しかし竜と乖離していた。

人という名の設計図を汲み、創り上げられたかのような造形。

四肢の構造は人のように振る舞う事を可能とする。

それは正しく振る舞う為。



「シンクロ召喚――――!」



――――王者として、雄々しく、猛々しく、烈火の如く。

胸を張り、王者の降臨を遍し世界に知らしめる。

黄金と輝く相貌が睨むのは、聳える恐怖と邪悪の根源。

高らかに響く咆哮が、天地総てを鳴動させる。



「王者の魂! ―――レッド・デーモンズ・ドラゴンッ!!!」



風を灼き、炎熱に変えて自らに纏う。

焦熱に晒されながら、その身は紅蓮に彩り照らされる。

―――炎とは、劫火とは、地獄とは、嚇怒とは――――

その身の如く、かくあるべきと。

宿した怒りが熱量に転じ、周囲の風景を瞬く間に焦土へと変えていく。

大きく開いた翼が火の粉を舞き、フィールドに炎を塗りたくる。

果ては当然、地獄絵図。

――――王が神を裁くべく彩る、悪魔の戦場。



「レッド・デーモンズ……」



その場に在って、僅か王者の視線が揺らぐ。

自らの前に降り立つ龍を見留める眼。

―――ほんの一瞬だけ震えた瞳孔は、しかし瞬き一つの間に消える。



地獄で対峙する二体の視線が交差し、烈火を散らす。

高速で流れていくその舞台の風に、弾ける火の粉が交じって煌々と輝いている。



その絶対的な力を見る人は、彼の紅蓮魔龍を讃えて破壊神と呼ぶ。

絶対的な破壊力。キングの従えるこの龍から逃れ得るモノなど存在しないのだから。

渾名されたところによる破壊神は邪神に臨み、

―――だからどうした、と。

邪なる神はそんな矮小なる偽神を嗤う。

神の呪縛は絶対だ。生物だろうが無機物だろうが、同格の神であろうが――――



「邪神は総てを恐怖させる――――たかがレッド・デーモンズが!

 我が邪神ドレッド・ルートと張り合う心算か!」



邪神の眼光は恐怖そのものであり、相手の確固たる決意すら揺るがす。

燃え立つ心に冷や水をかけるが如き恐怖の奔流。

射竦められればどのような存在でさえ、自身の裡から湧く弱さの氾濫に心を千々と乱すだろう。

紅蓮の龍とて例外であろう筈がない。

弱さは力を縛り付け、肉体の強度すら奪い尽くす。

本来ならば3000を誇る攻撃力は1500に、守備力もまた同様に半減する。



「フン、力以外の取り柄も持たぬ分際で! 怯える龍など豚にも劣るッ!!

 故に! 二度と刃向かえぬように、骨の髄にまで真の恐怖を刻んでやろう――――!」

「恐怖か……」



意志に反し、身を竦ませるレッド・デーモンズ。

愉快そうに自らに刃向かう龍を睨み据える邪神。

その位置取りを見てジャックは笑い、遊星は眼を瞑った。

大きく息を吐き落とし、心を整えるように静かに言葉を紡ぎ出す。



「確かにオレは恐れていた。お前と再び会う事を。

 お前と再び会う時、オレが向き合わなければならない罪で―――傷付く事を恐れていた」



脳裏に過る、過去の自分達。

その姿、その笑顔に偽りはなかった。

――――偽りがなかったからこそ、自分は苦しまねばならないのだと、気付いてしまった。

あの邪なる眼は、そう訴えかけてくる。

苦しめと、思い悩めと、そして潰れてしまえと――――

絶望に引き摺りこむ闇の手を差し向けてくる。

その手に全身を掴まれているかのような錯覚、這いずる手は貪欲に遊星を引き摺りこもうとしてきた。



――――瞼を開く。
そこに見えるのは、ジャック・アトラス。

己の友で、仲間で、好敵手で――――何より大事な家族だった。

強い絆を結んだ、そんな男だったのだ。



「だがオレは今、そんな恐れより遥かに!

 傷付く痛みを受けてでも、失ってはいけない大切なものを前にしている!

 それがお前との絆だ、ジャックッ!!!」



自身に纏わりつく恐怖の呪縛を振り払い、ジャックを見据える。

恐怖を乗り越える為の、たった一つ譲れないもの。

絆を繋いだ心を手繰り寄せるため。遊星は、この決闘へと挑む。



「なに?」

「お前を――――その邪神から取り戻すッ!」



遊星の闘志に呼応する。

その心を火種にし、あらゆるモノを焼き払う業火を滾らせる。

恐怖の呪縛を引き摺って、しかし翼はただ前へと羽搏いた。

突き進む。ただ前へ。

立ちはだかる森羅万象を灰燼に。

如何なる障害だろうと、眼前に在るのであれば蹂躙する。



その―――――



「レッド・デーモンズの攻撃!」



――――絶対の力で。



雄々、と雄叫びをあげて翼を広げる。

けして速いわけではない。

ただ、ひたすらに力強い羽搏き。

風を潰し、反動で大地を陥没させて、それは瞬く間に飛来する。

轟く大地は謳う。揺れる天空は啼く。

――――その龍の力を識るが故に。

決定打を待たず、約束された勝利の凱歌を最強の龍へと奉る。



―――― 一つ、羽搏きの後に悪魔龍は空を翔けた。

僅か十数メートルを隔てて相対する悪魔を目掛け。

目標とされたのは、槍をぶら下げた小悪魔だ。

頭蓋の中で揺れていた光をざわつかせ、一歩引いて身構える。

構えた二槍に隙はなく、それが故に技量の高さが証明されている。



槍を振るえばその怨霊、百戦錬磨の騎士と遜色ない。

無駄を極限まで削ぎ落とし、有利を磨いて研ぎ澄ませ。

これ以上ないところまで完成した悪魔の騎士。

だからこそ――――

存分に発揮すればいい。

究極に達したその妙技、その絶技。槍に繰るって戦えばいい。

極限だと云うのなら、あるいはあの剛翼を折り得る力だ。



突き詰められた距離。

些か以上にゆるりと、余裕をもって腕を掲げるレッド・デーモンズ。

その様子の仔細を見極めるべく、悪魔の騎士は意識を向けた。

掲げられた右の掌に凝縮される熱量。

燃え滾る力の奔流、アブソリュート・パワー・フォース。

一撃必殺。そう語るに相応しい絶大な威力を誇る、まさしく必殺技。

浴びれば当然の如く必死。

一撃を潜り抜け、隙だらけな胴体を槍で穿つ――――

それだけが槍騎士に行える、逆転の戦術だ。



――――槍の柄を握る手に自然と力が籠る。

そうやって握り締めればキシリ、と確かな鉄の感触が……

返って、こなかった。

代わりにあった感触は、熔解した鉄がかたちを失って崩れていく絶望感。

紅蓮魔龍が身に纏う太陽の如き熱量。

それは、奮われるまでもなくランサー・デーモンを熔かし始めていた。

鎧に籠った怨霊は、鎧が壊されればその力を失くす。

一刻も早くこの熱源から離れ冷却されなければ、存在がこのままあっさりと熔けて無くなる。



だが―――――

退く為に踵を返すなんて、どうやって。

目前のレッド・デーモンズから眼を切れば、その途端に薙ぎ払われるだろう。

腕を掲げた魔龍はゆっくりとその腕を近づけてくる。

それをどうやって潜る。

腕を躱したとして、どうやって退く。

この身は翼に依る侵攻などされるまでもなく、口腔から吐き出される火炎であっさりと蒸発する。



片槍が柄だけ残して液状化した。

柄が残っていられるのはガントレット部と癒着しているからだ。

次は肩ごと熔け落ちるだろう。

いや、その前に握りつぶされるか。

――――決定的なのはランサー・デーモンの死だ。

どう足掻いたところでもう覆らない。



――――そうして覚える。

これが、恐怖だ。

緩慢にさえ見える動きで差し向けられる灼熱の腕。

迫りくるそれは、間違えようもない死の気配。

恐怖で一歩、脚が下がる。

途端に鎧の股関節がまるで飴細工のように拉げ、崩れ折れた。

死から少しでも遠ざかるべく、くず折れる身体を後ろへと投げだす。



だが、そんな事に意味はないと。

灼熱の腕がランサー・デーモンを掴み取った。

――――劫火に抱かれ、断末魔と諸共に焼き払われる怨念。

それが輪郭を保っていられたのは1秒足らず。

まるであっさりと、それは完全に消滅したのであった。



一瞬で融解した敵の残骸は、既に蒸発しきって跡形もない。



「ランサー・デーモン撃破!」



――――翼を張る。

巻き起こった風が灼熱を散らし、熱波となってフィールドを薙ぎ払う。

高温の風圧はジャックを直撃して、そのライフを奪っていく。

ランサー・デーモンの800に対し、レッド・デーモンズのそれは1500。

攻撃力の差は700。

ルールに従い、当然その分だけライフは削られる。

ジャックの残るライフは900。

残りライフが4分の1を割るという、危機といっていいだろう状況。

言うなれば、ジャックは追い詰められている。



そうだというのに、そこに焦燥など微塵たりともありはしない。



「フン……雑魚モンスターを相手にオレのライフを僅かばかり削る。

 そんな戦術でこの絶対王者キングを追い詰めた心算か!?

 攻めると云うならば、一撃を以て相手の命を下してこその攻撃!

 オレの場にランサー・デーモンという弱小モンスターがいた先刻のターンこそ、

 貴様に与えられた必殺必勝の機会であったと言うのにな!」

「確かに、オレの攻撃一度でお前を倒し切る事はできなかった。だが!」



遊星号から光が溢れる。

その光を放つのは、車体のディスク部に設けられた一つのスリット。

セメタリーゾーン。

本来、使用されたカードが送られるそこから、逆にカードが排出される。

それを二本の指先でつまみ、引き抜き出す。



「墓地のネクロ・ディフェンダーの効果!

 このカードを除外して、次のお前のターンのエンドフェイズまで、

 レッド・デーモンズは戦闘で破壊されず、戦闘ダメージを0にする!」



レッド・デーモンズが暗い紫色のオーラを纏う。

冥界の暗光に守護された魔龍に対しては、如何に邪神であろうと無力だろう。

これで、レッド・デーモンズを次のターンに破壊する事はできない。



「一撃で届かないというならば、何度でも叩き込む!

 更にカードを1枚伏せて、ターンエンド!」



ターン進行がジャックの手に委ねられる。

スピードカウンターはこのターンで5つ目。

対する遊星のカウンターは11。

小さく舌打ちするとともに、カードを1枚ドローする。

引き抜いたカードをそのままフィールドへ。



「カードを1枚セット!」



鼻を鳴らし、伏せたカードが風景に溶け込むのを見届ける。

如何に邪神ドレッド・ルートであろうとも、今のレッド・デーモンズは打倒し得ない。

身を取り巻く暗紫のヴェールは、どれだけ強かろうと力で引き裂く事は敵わない。

故に、できることはエンド宣言を下し、その効力の時間切れを待つ事のみ。

だが、敢えて手札を切る。



「更に、手札からチェーン・リゾネーターを守備表示で召喚!」



じゃらり、と連ねた金属の擦れる音。

紛れもなくそれは鎖の奏でるメロディー。

その音源。名の通りに鎖を背負った悪魔の姿が現れる。

触覚のようなものが二本飛び出た頭巾を被った、音叉を持つ小悪魔。

リゾネーターに名を連ねる者に違わず、その力は調律師としてのもの。

だが、それの力はそれだけではない。



悪魔龍の熱気に中てられたが如く、忙しなく飛び跳ねる鎖。

それは唸りをあげながら回転し、中空へと舞い上がった。

天へと昇った脈打つ鎖を指で示し、ジャックが声を張り上げる。



「チェーン・リゾネーターの効果!

 相手フィールド上にシンクロモンスターが存在し、

 このカードの召喚に成功した場合、デッキから他のリゾネーターを特殊召喚できる!

 出でよ、ダーク・リゾネーターッ!!」



鎖が渦巻き、その円環の内側を白光に染めていく。

光に塗り潰された空間から染み出すように、黒く小さい影が落ちてきた。

チェーン・リゾネーターと外見に大差はない。

彼らこそ、リゾネーターと呼ばれる種族であるが故に。

手にした音叉を打ち鳴らしてから、その身体を青く染めていく。



降臨した二体の守備表示モンスター。

だがそれは、レッド・デーモンズの前に敷くには余りに弱い壁。

赤き竜の一片。

紅蓮の魔龍の圧倒的破壊力を何より知っている筈のジャック。

その戦術としては余りに―――



「オレはこれでターンエンド」

「――――オレのターン、ドロー!」



遊星のスピードカウンターがカンスト。

12の値を刻んだそれは、頂点だ。

遊星号の猛りは既に絶頂で、それ以上ないほどに回転している。



目的を果たした闇色のカーテンは晴れ、レッド・デーモンズは解放された。

つまり、邪神の攻撃を受けるわけにはいかない実情。

残るライフポイントは1400。

ここから先、一度とコース取りを誤ればクラッシュする未来は、想像に容易い。



――――ジャックは何故、わざわざこのタイミングでチューナーモンスターを……



引いたカードを確認しつつ、頭の中を過る思考に悩む。

基本的にチューナーモンスターがする事は一つ。

言うまでもなくシンクロ召喚だ。

あるいはそれらのモンスター効果によって、様々な恩恵をプレイヤーに与える事はあるだろう。

だがリゾネーターたちにそれを期待している様子はない。

守備表示で召喚した以上、レッド・デーモンズの餌食だ。



――――だが、それは奴も分かっている筈。



手札ホルダーへと視線をやり、先刻回収したカードを見る。

ジャンク・シンクロン。

その効果を活用すれば、手札がこれ1枚であっても即シンクロ召喚に繋ぐ、遊星の力のピース。



――――確かに邪神は強大だ。

――――だが、今ジャックのライフは900ポイント。

――――邪神が一時でも排除されれば、決定的な隙を見せる事になる。



故に、それができるモンスターへの対策として壁を欲した。

ジャック・アトラスは不動遊星のデュエルを誰より知っている。

デュエルスタイルも、デュエルの癖も、そして使うカードの事も。



――――ジャンク・アーチャー。



自らのエクストラデッキに眠るカードを想像し、眼を微かに眇めた。

その能力は、相手モンスター一体を、一時的に異次元へと放逐する矢。

例え邪神であろうともその影響を受ける。

そうなってしまったらガラ空きのフィールドをレッド・デーモンズ、ジャンク・アーチャーに攻め込まれる。

故にこその対策。

それと、更なる伏せリバースカードこそが最終ラインだ。



――――確かにジャンク・アーチャーならば、邪神を無視して勝負を仕掛けられる。



だが邪神を無視した攻撃は、リスクも大きい。

もし凌がれれば、次のターンに復活した邪神の反撃をもろに受けてしまうと言う事だ。

そして、更に言うのであれば――――



「邪神を相手に、退く気はない!

 Spスピードスペル-アクセル・ドロー!!

 自分のスピードカウンターが12かつ、相手のスピードカウンターが12を下回る時発動できる!

 このカードの効果により、デッキからカードを2枚ドローする!!」



重ねて2枚のドローカード。

手に入れた札の正体に小さく口許を緩めて、手札ホルダーへと。

そして、入れ替えるようにホルダーへ収められたカードを抜く。

引き抜いたカードをDホイールへと。

火花を伴ってディスクに叩き込まれたカードが読み込まれ、その内容を再現すべく機器が駆動する。



「ジャンク・シンクロンを召喚ッ!」



呼ばれたのは、橙色の鎧の戦士。

子供のように小さい身体を奮い起し、その身を再び戦場に立たせた。

肘の関節。鉄のフレームが駆動し、大仰なまでに掌を翳す。

開かれるのは小さいながらも冥界の門に相違ない。

形成された現世と冥界を繋ぐ回廊は、間違いなくジャンク・シンクロンの能力。



「その効果により、墓地よりレベル2以下のモンスター。

 スピード・ウォリアーを特殊召喚ッ!!」



境界を打ち貫き、現世に舞い戻る痩身。

くすんだ白色の全身で風を受け、風の戦士は疾走する。

一度は打ち砕かれたその身で、王者に対してなお立ち向かう為に。



「そして、手札よりSpスピードスペル-ヴィジョン・ウィンド!

 発動ッ!!」



風が舞う。

流れていくだけだった筈の風が、明確な意志の許に暴れてみせる。

光さえ遮るほどの濃密な風の奔流。

渦を巻くそれが竜巻を生じ、その中から一つの影を産み落とした。

―――小さな、玩具のような機械人形。



「墓地から、レベル2以下のモンスター―――

 チューニング・サポーターを特殊召喚!」



鍋のような形状の頭部を揺らし、機械の人形は跳ね回った。

行き先は当然、己らを調律する腕を持つ者の許へ。

ジャンク・シンクロンが掲げた腕に集う力たち。

力は募った。

星となるのが風の戦士と機械人形の役目。

星を整律するのが調律を成す戦士の役目。

後は、それらを束ねる調律の号令こそが鍵となる。



「チューニング・サポーターの効果!

 このモンスターはシンクロ素材となる時、レベルを2として扱える!

 レベル2のスピード・ウォリアーとチューニング・サポーターに、

 レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!!」



風の中で、橙色が躍動する。

腰部のリコイルスタータを起動し、背負ったエンジンに火を入れた。

生み出す力は体内を駆け巡り、宿す熱量を膨張させる。

内側から溢れる光に、張り詰めた風船のようにジャンク・シンクロンの姿が弾けた。

溢れた光は三つの星に。

それに呼応するかのように、追従する二つの影も光に変わっていく。

重ねる星の数は7。



「集いし怒りが、忘我の戦士に鬼神を宿す! 光差す道となれ――――!!」



七つの光が密集し、凝って形をなしていく。

構成される巨躯は真紅の鎧に包まれて、その威容を見せつける。

羅刹の如き表情の頭部。その奥で、濁った緑色の光が揺らめいた。

奮われるまでもなく剛力と理解できる、

真紅の巨腕がぶらさげているのは、その身の丈を越す長大な戦斧。



鬼神の口。

咬み合う牙の造形された口がゆっくりと開いていく。

軋みを上げる古木のように、枯れた唸り声が底から轟いてくる。

あるいは、レッド・デーモンズにすら匹敵するだろう破壊者。

機械の狂戦士が、産声を高らかに――――



「シンクロ召喚――――吼えろ! ジャンク・バーサーカーッ!!!」



吼えた。

フィールドを震撼させる衝撃となり、轟く号砲。

正しく鬼神の有様で、その戦士は大地へと足を降ろす。

途端に罅走り、陥没して捲れあがっていくライディングコース。



相対するのは恐怖の根源。

万物に恐怖を降り注ぐ悪魔の神を前にすれば、戦士の宿す狂気すら恐怖へと変わる。

本能で動く暴風たるバーサーカーでさえ、それの前では怖じるだろう。

だが――――







「行けるぞ!

 ジャンク・バーサーカーは、墓地のジャンクと名のつくモンスターを除外する事で、

 除外したモンスターの攻撃力分、相手モンスターの攻撃力を下げる事ができる!

 遊星の墓地にはジャンク・シンクロンとジャンク・ウォリアー。

 合計の攻撃力は3600。これで邪神の攻撃力を下げれば――――!」



氷室が身を乗り出し、解説をくれる。

ジャンク・バーサーカーの攻撃力は2700。

邪神の影響を被っている今は1350だが、それでも相手の攻撃力を400まで下げられれば。



まったくもってそうなのだが、それを見るジャックに焦燥はない。

追い詰められている。

傍から見ればそうなのだが、それでも攻め切れるだろうという確信が抱けない。

遊星が勝利する、という確信に匹敵するほど、王座に転覆はないと本能が納得している。

ただ自分がどう思っていたとしても、どうしようもない。

今はただ目を細め、二人の戦いをただ見守るしかできないのだから。







「ふん――――! トラップ発動ッ!!」

「!?」



ジャックの。ホイール・オブ・フォーチュンの前でセットカードが開く。

開かれたカードが発光し、遊星の目前までスライド移動していく。

一息に目前まで滑り込んできたカードに息を呑む遊星。

そして発光しているカードの正体を見て、一瞬だけ絶句した。



「――――チューナー・キャプチャーっ…!」

「貴様がシンクロ召喚に成功した時、起動するトラップ

 そのシンクロ召喚に使用されたチューナーモンスターを、オレのしもべとして奪い取る!!」



カードのイラスト部からマジックハンドが飛び出してきた。

アームの二本角が軋みを上げつつ開き、遊星号の前にワームホールを開けた。

思い切りアームが伸びて、爪がその中へと埋没していく。

中から何かを探すように揺れて数秒。

目的を見つけた機械の腕が猛りながら、穴の内から引き抜かれる。



二本の爪で摘ままれているのは、

ジャンク・バーサーカーを導く為に星と化し、消費された調律師。

橙色の装甲にエンジンを背負った戦士、ジャンク・シンクロン。

それが引き抜かれて、ジャックのフィールドに向けて放り投げられた。

他のチューナー、リゾネーターたちと同じように青くなって転がる身体。



「ジャンク・シンクロンを貴様の墓地から守備表示で特殊召喚!」

「くっ……!」



唇を噛んで、その光景を見据える。

邪神の力を奪うべく立てた戦略、その一歩目を踏み潰された。

これでは、ジャンク・バーサーカーの効果で邪神の攻撃力を削り切る事は敵わない。

ジャンク・ウォリアーを除外しただけでは、その攻撃力を1700余す事となる。

表情を苦くしたまま、デッキの上へと手をかける。



「チューニング・サポーターの効果、このカードがシンクロ素材になった時、

 デッキからカードを1枚ドローできる!」



引いたカードを手札ホルダーへと収め、追走するジャックへと視線を走らせる。

確かに一歩目を崩され、押し切る事はできないだろう。

だがそれでも、退く事などあり得ない。

その意志に呼応して、狂戦士が動作を開始する。



「ジャンク・バーサーカー、効果発動!

 墓地のジャンクと名のつくモンスターを除外する事で、除外したモンスターの攻撃力の分だけ、

 相手モンスターの攻撃力をダウンさせる!!

 ジャンク・ウォリアーを墓地から除外、邪神ドレッド・ルートの攻撃力を下げるッ!!」



鬼神が動く。

虚ろな瞳の中で緑光を茫然と揺らし、呻きのような声を漏らす。

胴体より太かろう巨腕を振り上げ、それを大地に叩き込んだ。

岩盤を捲り上げ、その中で眠る同胞の残骸を引き摺り出す為に。

引き摺り出されるのは、青い装甲のかつて戦場で散った戦士。

既に機能を停止させたそれを、乱雑に握って振り回す。

絞り出されるのは、地の底から轟くような雄叫び。

それと同時。狂戦士の手から屑鉄の礫が解き放たれた。



原型こそ残っていても、それは最早ジャンク・ウォリアーなどではない。

潰れ、拉げた鉄屑の弾丸は超速で、狙い過たず邪神に命中した。

邪神が咄嗟に突き出した右腕を、根こそぎもぎ取るだけの威力を以て、その戦闘力に致命的な欠点を創り出す。

欠損した腕から瘴気が溢れ、空に散っていく。

怒鳴り立てる怨嗟と嚇怒の叫びが、フィールド全域を震撼させた。



「チッ――――!

 だが、貴様のフィールドのモンスターでは、今なお邪神は打倒不能!」



邪神の攻撃力は1700まで低下し、だが今もなお1700を誇っている。

破壊神と称されるレッド・デーモンズですらその攻撃力は1500。

片腕を失い、流れ出る瘴気に弱った邪神が相手ですら、

紅蓮魔龍の力では倒す事は敵わない。



「それは――――どうかなッ!」



魔龍が咆哮する。

紅蓮の翼を張り、風を圧して身体を空に跳ね上げた。

掌の熱を凝らせ、咽喉の奥に炎を滾らせ、天空を翔けぬける。

その黄金の瞳が捉えるのは、邪神の姿。



口腔から溢れ出す炎を束ねて熱線とし、その熱量でもって敵性を薙ぎ払うべく解放する。

ビームさながらにドレッド・ルートを目掛けて迸る力。

ギリ、と牙を擦り合わせて憎悪を噴き溢しながら、邪神はそれに即座に対応した。

もがれた腕の肩口から手を離し、熱線を片手の掌で受け止める。

膨大な熱量を肌で受け、刹那歪む邪神の相貌。



解き放たれた熱量はその余波だけで周囲を焦がし、融かしていく。

ソリッドヴィジョンは現実の光景は塗り替えるが、現実に干渉するわけではない。

見た目熔解したコースは、その実何の被害も負ってはいない。

Dホイールでは本来走破できないだろうその悪路も、問題なく通り過ぎた。



大地を震撼させる邪神と、空を翔ける魔龍の衝突。

それを前にし、ジャックの顔に走る小さな驚きの色。

そして、龍の意志に応えるかのように、遊星はフィールド全てにその声を響かせた。



「レッド・デーモンズ・ドラゴンで、邪神ドレッド・ルートを攻撃ッ!!」

「な、にっ……!」



黄金の双眸が輝きを増し、同時にその火力も増加した。

迸る火線を収束させ、受け皿となった掌ごと焼き破る為に威力をかける。

濃い緑色の皮膚を粟立たせ、咽喉の奥を鳴らす邪神。

――――片腕を失い、残る腕にこれだけ熱量を注がれてもなお不沈。

指の隙間から溢れた熱に貌を、胴を、脚を焦がしながら一歩たりとも退きはしない。

邪神の身に退避はなく、その身体は魔龍と向かい合い続けている。



血の代わりと吐き出され続ける瘴気を祓い、空気を灼く光芒。

灼熱のクリムゾン・ヘルフレア。

そう渾名される熱量を凝縮したブレスの一撃は、

時間を経る毎に弱まるどころか加速度的に破壊力を増していく。



自らを焼く炎に、邪神の怒気が発奮する。

周囲を取り巻く熱波を無視し、翼を限界まで広げて吼え立てた。

空間ごと捻じ伏せる咆哮。

物理的な威力を伴って吐き出されたそれが、熱を孕んだ風をも砕き、霧散させる。

ところどころが爛れた皮膚が黒煙を噴き、剥がれている。

本来己の足元に屈していなければならない分際に、これほどまでに傷付けられた。

その現実に、ずるりと眼光が鈍く尖った。

空に座すレッド・デーモンズを目掛け奔らせた視線が、標的を確実に捉える。

瞬間。大地に君臨していた魔王が、空へと進出した。



圧し迫る邪神の姿に、レッド・デーモンズが首を奮った。

中断したブレスの残照を吐き捨て、身体を翻す。

自身の身体を覆うように翼を畳み、振り抜かれる拳の一撃に対し備える。

―――ゴッ、と魔龍が身構えるのとほぼ同時。

邪神の拳が、翼の上から強かにレッド・デーモンズを打ち据えた。

肉体に奔る衝撃に軋み、悲鳴を上げる骨格。

咽喉の奥から立ち上ってくる苦痛の叫びを呑み干し、その破壊力に全身を懸け耐え抜く。



弾き飛ばされ、大地に向かって墜ちていく巨体。

爆発的な加速の勢いで叩き付けられた真紅の龍が、僅か苦悶の声を漏らし―――

しかし、すぐさま烈火の如く炎と奮い立つ。

翼を広げると同時。巻き起こす熱風が砕き散らしたアスファルトを熔解させる。

立ち位置を中心として、大地を溶岩へと変えていく魔龍の姿。

それを苛立たしげに見下ろす邪神が、残った片腕を大きく振り上げた。

震動し、猛る骨の爪。肉に張り付いたその骨格が伸長し、凶器へと変貌する。



空気すら怯えるほどの狂気が奔る。

翼が羽搏き、風を圧し出す―――

翼で空を切るというより、その力に空が委縮し空を滑らせているかのように。

それは自由落下に十倍する速度で降る勢いで、眼下の全てを薙ぎ払う。



空を発破し、殺到する巨神を前に、魔龍が翼を羽搏く。

羽搏きとともに巻き上げられる地上の溶岩。

地上から天空へと逆流する灼熱の瀑布は、壁が如くそそり立ちレッド・デーモンズの周囲を包む。

一瞬眼を窄めた邪神が、翼をピクリと揺らす。

だが、その戸惑いなどなかったものと、その直後に更に速度を倍する。

例え視認できなかろうと、そこにいるのならば怯む必要などない。



鈍重の見た目に反する速度でもって、溶岩の壁を上から捻じ伏せ――――

降る重圧を跳ね除けるかのような、強い声が轟いた。



トラップ発動、スキルサクセサーッ!!」



壁を打ち抜く邪神の拳。

灼熱に炙られながら、しかし微塵もぶれぬその一撃は確実にレッド・デーモンズを捉え……

ガツン、と。

同時に、レッド・デーモンズが放った拳撃と空中で交わって見せた。

反動で膨れる筋肉。はち切れそうなほどに膨張した互いの腕が発揮する威力は、互角。



――――そう、互角だ。



スキルサクセサーの効果。

攻撃力400ポイントアップの効果を受け、レッド・デーモンズの攻撃力は3400。

ドレッド・ルートの恐怖支配影響下においてなお1700。

今、魔龍は邪神自身と同等の威力を維持できるだけの力を有している。



その不遜を目掛け、憎悪が迸った。

自身の半分以下のサイズしかない魔龍の拳に弾かれ、邪神が空へと舞い戻る。

それを追い飛翔する真紅の翼。

ばかりと大きく口を開き、咽喉の奥から溢れる火炎を収束した弾丸が連続して吐き出される。

乱雑に吐かれた火炎弾は、邪神の巨大な図体から外れず全てが着弾し、爆炎と熱風を噴き出した。



莫大な熱量に包囲され、焼かれていても邪神は揺るぎない。

むしろその翼を奮ってわざわざ動きを停止し、全ての熱弾を真正面から受け止めている。

焼け焦げた皮と肉に構わず、そんなものは通用しないと誇示するように。

事実、たかが肌を焼く程度ではそれの打倒など不可能に決まっている。



――――故に。

大きく腕を振り翳し、掌の乗った熱を凝縮していく。

絶対の破壊を齎す威力の波動。

それを直に叩き込み、その身を砕く以外に勝利はあり得ない。

翼が風を叩き、巨体を加速させていく。



相手が全力で放つ一撃だというのであれば、それこそを真正面から砕く意味がある。

ドレッド・ルートが腰を捻り、身体を大きく逸らせた。

握り締められた拳からは瘴気が立ち上り、大気を腐食させていく。

憎悪に歪む邪神の貌。その意志を代弁するかのように、ジャックが歯を軋らせた。



「おのれ……! 龍如きがっ……!」



ジャックの腕が赤黒く発光し、龍の翼を模した紋様が浮かぶ。

それは僅かばかり赤く揺らいだかと思うと、すぐさま黒く染まっていく。

立ち上る光は最早邪神自身が放つ瘴気と何ら変わりない邪悪。

闇を帯びた腕でスロットルを解放し、加速を増す。



鋼の咆哮を轟かし、回転数を上げるモーメントエンジン。

ホイール・オブ・フォーチュンに内蔵された、その動力炉が猛り狂う。

虹色の燐光が闇色一色に塗り潰され、機体外部に光を放出している。

ざくざくと溢れる闇色の光。

それは相対するもう一つのモーメント、遊星号に伝播していく。



「……ッ! なにっ!?」



ジャックの許から遊星号まで伸びる、闇の奔流。

それは瞬く間に遊星へと辿り着き、その身体を押し流した。

ぐ、と小さく苦悶の声を上げ、しかし即座にそれを呑み込む。

左右にぶれる遊星号の舵を抑え込み、体勢を保つべく専念する。

肌を粟立たせる邪気の礫を全身に浴びながら、遊星は眼を眇めた。



「これが、ジャックを狂わせた邪神の力――――その元凶!」



見えている。

天空で燃える王者には、それが見えている。

自らの王を惑わす邪悪が。その根源が。

魂の奥底で燃える力は、王者たるという誇りであればこそ―――



レッド・デーモンズ・ドラゴン。

キング―――ジャック・アトラスの最強にして無二のしもべ。

その力は絶大にして無敵。

あらゆるモンスターを破壊し尽くすその炎は、何であろうと滅ぼす。

―――故に破壊神。

力の化身にして権化。暴力の結晶なるその身には、恐怖で以て仇名される。



だが、しかし。



誇り高き王者、ジャック・アトラスに従うその姿こそ。

王者の許で侵攻し、万難を劫火で焼き払うその力こそ。

王者に刃向かう者どもを、一歩も通さず君臨し続けるその有様こそ。

舞台を眺める観客が、挑みかかる敵対者もが讃える。

正しく龍の王者であると。



ジャック・アトラスがキングたらんと磨き上げてきた全て。

その精神を王者たらしめる意志。

王者が王者たる所以、その技能を継承する者スキルサクセサーこそが、この魔龍に他ならない。



なればこそ、レッド・デーモンズがそんなものに臆する筈もない。

噴き上がる瘴気は、魔龍が嚇怒の炎を燃やす油と同じだ。

爆音にも似た咆哮を轟かせ、レッド・デーモンズは遊星に求むる。

下せ、と。

最後の引き金を引き、この力をあれへ叩き込めという命を下せ。



抱く気持ちは遊星とて何ら変わりない。

一度大きく息を吐き、拳を構える邪神を見据える。

もう何も恐れるものはない。

恐怖の根源を、王者の怒りが焼き払う――――



遊星が右腕をハンドルから放し、拳を握り締める。

瞬間、周囲を取り巻く黒光を薙ぎ払う赤光が溢れた。

浮かび上がるのは赤き竜の痣。

竜の尾を模したそれが輝きを増し、闇を掃う閃光を解き放つ。

指揮棒さながらに己の腕を奮い、邪神へとその腕を向ける。

と、同時に放たれる号砲。



「レッド・デーモンズ・ドラゴンの攻撃―――!

 アブソリュート・パワー・フォォオオオオオオオオスッ!!!」



発破する。

灼熱を掌に凝縮し齎す破壊を、思い切り身体をスイングし、真っ直ぐと伸長した腕で相手に向かって叩き付ける―――

名に示す通り、絶対の一撃。森羅万象を悉く灰燼に帰す破壊。



滂沱と火の粉を零しながら突き進むレッド・デーモンズ。

狙いはぶれる事なくドレッド・ルートと定め、翼で風を打ち舞い躍る。

相対する邪神は、その吶喊を真正面から受けて立つ。

何があろうと、それを前にして退く事など許されない。

その炎が王者の魂だというのなら、この瘴気こそが邪なる神威だ。

狂気に彩られた恐怖と悪意の権化。

それは遍く世界を震撼させる邪気であり、王権如きに退くなど在り得てはならない。



<――――――ッ!>



声は低く、地上に沈澱して腐っていく。

濃密な殺意の波動そのものであるそれを吐き出し、瞳から黒々しい闇紅の眼光を飛ばす。

空を灼く咆哮とともに翔ける身に、拳を溜めていた邪神が神罰を下した。

引き絞った肩の筋肉を破裂させる勢いで突き出される左の拳。



互いの腕が中空で交わり、炎と闇を爆ぜさせる。

それは王者と邪神の争いであると同時に、

遊星とジャックが宿すものの競いでもあった。



「行け、レッド・デーモンズッ!!」

「捻じ伏せろドレッド・ルートォッ!!」



全身に広がる光。

赤と黒の光は対照的ながら、しかし同規模に膨らんでいく。

どちらもが相手を喰らう為に、赤が黒を、黒が赤を貪る光景が繰り広げられる。

巨神たちがその身をぶつけ合う許で、二人のデュエリストの視線が交錯した。



「取り戻せジャック! お前の、本当の魂を!!」

「ぐぅっ……!」



黒く染まった竜の痣から、徐々に赤い光が溢れてくる。

遊星の宿す同質の力に感応し、それは外圧を跳ね除け今にも溢れだそうとしている。

それを抑え込むのは黒い邪念。

遊星の力と拮抗しながら、ジャックの力を封印しながら、

しかしその邪悪は今なお力を保っている。



「小癪な真似をォ――――!

 この程度でオレの邪神を打倒し得るとでも思ったかァッ!!

 トラップ発ッ!?」



ジャックの瞳が黒く染まり、その腕がDホイールの伏せリバーススイッチに伸ばされる。

が、その腕は途中で停止していた。











「―――――っ、っ!」



突然、龍可が声を上げて右腕を抑え付けた。

抑えても服越しに浮かび上がる赤き竜の痣。

その光は収まるどころか加速度的に明度を増していく。



「龍可ちゃん、そりゃあ……」



矢薙が茫然と呟く。

いきなりそんな光を見せられれば、それが当然の反応だろう。

俺は一度龍可に目をやってから、再び二人のデュエルに視線を戻した。



「感じる……遊星とジャックが、戦ってる」

「そんなの見りゃ分かるじゃん?」



光に魅せられながらも、龍亞はフィールドでデュエルを続ける二人を指差した。

そうだけど、と言葉を濁す龍可。

その言葉にどんな真意を感じたか、デュエルから目を逸らさぬまま氷室が口を開く。



「いや。このデュエルは普通のデュエルじゃない……

 龍可はその赤き竜の痣を通じて感じているのかもな、あのデュエルの裏側を」



ひっそりと眼を眇め、フィールドを睨む氷室。

紅蓮と暗黒乱れる決戦場。

邪神ドレッド・ルートとレッド・デーモンズ・ドラゴンの激突。

その瞬間に溢れ出した光の渦は、留まる事を知らぬように膨れていく。



―――――龍可が、小さく呟いた。



「くる……!」











「これ、は……!」



十六夜アキは不動遊星とのデュエルを敗北という形で終え、

アルカディア・ムーブメントのサイコデュエリスト用調製槽で休んでいた。

遊星と交わしたデュエル、言葉を反芻しながらも、しかし忘れようとしていた彼女に突如変化が現れた。

彼がいう絆の証。自身が称して忌むべき印。

赤き竜の痣に、光が灯っていた。



「くっ……!」



その光は念じても消えるどころかより強まり、

制御できないままに膨らんでいく。

数秒もすればそれは眼を潰すには十分な光源となり、アキの身体全てを包み込んでいた。











「始まりましたか」



二人のデュエルを見下ろしながら、レクス・ゴドウィンは呟いた。

後ろに組んだ手を強く握り締めながら、その光景を前に微笑む。

厳重に保管してある“あれ”も、このデュエルに感応して力を放っている事だろう。

ジャック・アトラス、不動遊星、十六夜アキ、龍可――――

そして、もう一つ。

五つの痣がこの場に揃い、そして覚醒する為の舞台は整えられた。



組んでいた手を放し、ゆっくりと前へと差し出す。

それはまるで眼下の光景を自分の掌で包むかのように。



「さあ、今こそ目醒めよ。赤き竜……!」



その独白と同時、スタジアムが光に満ちた。











隻腕の邪神に立ち向かうレッド・デーモンズが、真紅より赤い光に纏われていく。

その光は、赤き竜の力の断片に相違ない。

――――ドラゴン・ヘッド、ドラゴン・ウィング、ドラゴン・クロー、ドラゴン・レッグ、ドラゴン・テイル。

それらの光が遊星とジャック、二人の身体を通してレッド・デーモンズに雪崩れ込んできていた。



――――レッド・デーモンズ・ドラゴンはいわば分け身だ。

オリジナルである赤き竜の力の一部を持つ、攻撃性の象徴。

その分身にオリジナルと同等の力が流入するとなれば、崩壊は必然。

ドレッド・ルートとの決着を待つまでもなく、レッド・デーモンズは滅びかけていた。

互角であった戦況は邪神側に大きく傾き、崩れ落ちていく。



――――攻撃力を射程に捉え、相討ちに持ち込んで、互いに滅びる。

それでジャックの心が取り戻せない事は分かっていた。

先のデュエルで、それはとっくに証明されていた。

だからこそ、勝つしかない。

数値では測れない、デュエル、そしてカードに宿る魂の領域であの存在を駆逐しなければならない。

それが敵う手段はたった一つ。



邪神に圧され、崩れていくレッド・デーモンズ。

その身体は赤い―――遊星粒子となって宙を舞う。

自らの拳で粉砕した、わけではない邪神の貌が歪む。

大気の中を舞う赤き粒子へと眼を這わせ、苛立たしげに咽喉を鳴らした。

遊星粒子と化したレッド・デーモンズは変わっていく。

その意志を以て、意志を力に変える遊星粒子の中で、変わっていく。



―――――超新星にも似た、遊星粒子の爆発が巻き起こる。

レッド・デーモンズのカタチを失った王者の意志が、断片を繋ぎ合わせて再編されていく。

――――象られるのは赤き竜。

シグナーからの力の逆流を一身に集め、神さびる龍を現世に再現せしめる。



それは立ち上る深紅の光で描かれた龍。



「な、にぃ……!?」



天空を覆い尽くすかというほどに膨れ上がった光。

描かれた龍はスタジアムの中には収まらず、その姿をこの空域全てに曝け出した。

ジャックの口から零れた動揺。

それを哀しむように、光は澄んだ色の声で高く叫びを上げた。

クォオン、と響く声。



――――それを前に、邪神が一歩退いた。

焦がれた全身を小刻みに揺らし、一歩後ろに引かれる脚。

それを自身で理解した瞬間、邪神の凶貌が色を失う。

恐怖の根源と仇名される魔神が、よりにもよってそれに、“恐怖”を覚えている。



事実を悟った瞬間、口腔から吐き出される憤怒の吐息。

ありえない、あってはならない。恐怖の具現が恐怖を覚えるなど。

それはこの存在が名だけの虚飾である、というにも等しい。

左腕を振り翳す。

闇色の眼光を差し、天空に坐す神龍をその場から引き摺り降ろし――――



遊星粒子の伝える感情の波に乗せ、神は云う。

神である事など関係ないと。

恐怖の感情の化身に恐怖を齎すのは、恐怖を乗り越え立つ人の意志だと。

王者の意志を波濤と響かせる雄叫びが、赤き竜の顎から轟いた。

爆発的に広がっていく閃光の渦。

遊星粒子の奔流は向かってきていた邪神を易々と呑み込み、瞬く間に蒸発させた。



同時に、世界がその姿を変えた。











―――――Dホイールが走る為に敷かれた光の道。

周囲は夜景か、宇宙か。

無数の星が浮かび、鮮烈なまでの耀きを放っている。

疾走するDホイールから見れば、相対的に背後へと流れていく箒星。

光の激流の中を走っているかのようなその世界で、二台のDホイールが追走していた。



「ここ、は……!?」



茫然と遊星が呟いた声は、星と共に流されていく。

その遊星の背後につけたジャックが、顔を手で押さえていた。

口許以外を覆い隠すヘルメットに遮られ、直接触れる事はできない。

だが、そんな事を気にする様子もなくジャックは表情を強く歪めていく。



「ぐっ……! オレ、は……!」

「ジャック! 大丈夫か!?」



かけられた遊星からの声。

はっとした様子でそちらを振り向くジャック。

その瞳に邪悪な光はなく、腕で輝く紋章は赤一色。

捻じ伏せられた邪神の残照は、彼を見る限りどこにも見つからなかった。



「元に戻ったのか、ジャック!」

「元に、だと? ――――っ!」



その脳裏に焼き付くのは、自身が邪悪に染められていた光景。

まるで夢を見ているかのように擦掠するヴィジョン。

自分の思考が挟まっている筈のないそれに、

しかし身の覚えと現実感だけがこびり付いている。



「ぐっ……なんだ、これはッ……!

 オレは、なに、を……! このオレが、このカードに! 操られていたとでもいうのか!?」



ダン、と。

ジャックの拳がホイール・オブ・フォーチュンを叩く。

そのまま掌でディスクを薙ぎ払い、邪神ドレッド・ルートのカードを弾き飛ばす。

虚空に消えていくカード。

その様子を見ていた遊星が口許を引き締め、己のディスクに嵌められたカードを抜きだす。



「ジャックッ!!!」

「――――!」



遊星の怒濤に反応し、ジャックの視線が遊星へと引き込まれた。

瞬間、遊星の手元からカードが放たれる。

危うげなく、自身を目掛けて放たれたカードを二指で以て掴み取る。

そのカードの正体に息を呑む。



「デュエルの続きだ! ――――オレたちのデュエルの!!

 ジャンク・バーサーカーで、ジャンク・シンクロンを攻撃ッ!!」



例え世界が変わろうと、例えここが見当もつかない無限の地平だったとしても。

戦場の様相は、フィールドは変わらない。

スピードを力に変え、カードの剣で闘い抜くライディングデュエル。

その中にいる事を示す、遊星の発破。



ジャンク・バーサーカーはその手に握り締めた戦斧を振り上げ、碧眼で相手を睨みつける。

戦闘せよと命じられたのは、キャプチャーされたジャンク・シンクロン。

例え元自軍のモンスターであったとしても、そこに手加減など微塵もない。

狂戦士は背中が反るほどに斧を振り上げ、調律者へ向かって疾走する。



ウィングを展開し、奔る巨体。

それは両腕を胴の前で交差させ、守備姿勢のジャンク・シンクロンに殺到した。

轟く咆哮とともに一閃。

頭上から振り抜かれた戦斧がその矮躯を蹂躙する。

力に任せて鈍く閃いた刃が、強引に機兵を両断した。

帽子のような形状のヘルメットから、股下まで一気呵成に斬り抜ける。

切り口から噴き出すスパーク。

直後、ジャンク・シンクロンの身体が盛大に爆散した。



「ぐっ……!」



爆風をもろに浴びて僅かに揺れる一輪の車体。

あやふやな頭の中。

邪神ドレッド・ルートを手にしてから、曖昧にぼやけた記憶。

だが、今この場で一つだけ。確信できるだけの現実感がある。

闘志漲る戦場の中で。風の舞う戦場の中で。

今自分が、デュエルをしているのだという確信。



「―――――!」



一度眼を閉じ、全ての光景を追いだす。

ほんの5秒に満たないそれを経て、瞳に力を取り戻す。

――――開眼する。

そこにはもう、先刻までの動揺など微塵も残っていなかった。

戦場を検分するその眼光は、正しくキングのそれである。



――――いいだろう。このデュエル、確かにこのジャック・アトラスが受けて立つ―――!!



「オレの、タァアアアアンッ!!!」



ホイール・オブ・フォーチュンのモーメントエンジンが轟いた。

白鉄の機獣の雄叫びが地平線を歪ませる。

遊星号とは比べ物にならないパワーの発揮。

嘶き一つで速度は倍し、瞬く間に離された距離を詰めていく。

ドローカードは閃光ひらめき。周囲の星に勝る耀きを以て、ジャックの手に依り抜き放たれる。



「チェーン・リゾネーターをリリース! バイス・ドラゴンをアドバンス召喚!!」



鎖を背負った小悪魔がキシシと嗤う。

その命を糧とし、より大きな力を呼び出す供物となる。

虹色の光に還元されたチェーン・リゾネーターを引き継ぎ、現れるのは紫紺の龍。



それはゴァアアッ、と咽喉の奥を転がすような叫びを上げて降臨した。

身体全体のバランスを見れば、それは頭部の過剰な大きさが見て取れる。

頭部に限らず手も足も、一部分だけに肉が凝り固まった偏重。

歪んだ皮膚を張り付けたその異常体躯を繰り、ジャックの背後に控える悪魔と並ぶ。



「――――レベル5、バイス・ドラゴンに、レベル3、ダーク・リゾネーターをチューニングッ!!」



そうである事が使命であるかのように、龍と小悪魔は並び立った。

互いが互いに解れる身体と、進んで混じり合うその行為。

光は新たに生まれる王者を現世へ導く道標。

二体のモンスターが融け合った場所には、八つの星が爛々と輝いている。

ジャックの手の中で、先程遊星から受け取ったカードが脈動した。



「レベル8――――くるのか!」

「王者の鼓動、今此処に列を成す―――――天地鳴動の力を見るがいいッ!!!」



八つの星は星座を描く。

頭部から走り、胴体を受け、二枚一対の翼が広がって、両の腕に炎を凝らせ、漲る両脚で大地を踏み砕く。

灼熱が星を繋ぎ、その星座に肉を与えていく。

真紅に彩られた溶岩石のような体躯は、龍か、悪魔か――――

否。王者に他ならない――――!



「我が魂―――――レッド・デーモンズ・ドラゴォオオンッ!!!」



瞬間、世界が炎に包まれる。

灼熱の波濤は瞬く間にこの宇宙を舐め尽し、背景をも火炎の衝立で覆い尽くす。

人と同じ構造を持つ破壊の龍。

黄金の双眸から光を発し、背筋が盛り上がるほどの力が籠められる。

その力と意志に呼応し広がる紅蓮の翼。



「レッド・デーモンズ・ドラゴンよ!

 ジャンク・バーサーカーを粉砕しろ!!」

「くっ――――!」



先刻まで隣合い、同じ敵と戦っていた筈の二体のモンスター。

しかし彼が本来の持ち主の手に戻った以上、この衝突は必然だ。

狂戦士は戦斧を両手に構え、龍との相対に備えて力を蓄える。

それに反し、レッド・デーモンズは炎すら伴わず、翼で風を打ち飛翔した。



迫る龍の迫撃は真正面から。

ジャンク・バーサーカーは腰を捻り、横合いに向け戦斧を振り被った。

例え共に戦った存在であろうと、容赦をするに足る理由ではない。

一度の羽搏きで間合いを無きものとする飛翔。

それに詰め寄られたその瞬間、狂戦士が咆哮した。



――――奔る戦斧。

首を落とす為に閃く一撃は大気を砕き、レッド・デーモンズを目掛け殺到する。

どれほどの装甲であろうが、その腕力に任せた圧力の前では無意味。

刃の前には万物を斬り捨て、刃を通さぬ堅牢は力で以て圧砕する。

これを前に守りに入ろうものならば、それは命を捨てるに等しい行為だ。



――――だが、今狂戦士の前にいるのは同じく、守りを解さぬ真正の破壊魔龍。

ガァン、と。鋼が鋼を打ち据える金属音。

ジャンク・バーサーカーの振り抜いた戦斧が、静止していた。

刃が打ち据えたモノは魔龍の首ではなく、その腕。

首を狙った刃の前に突き出された紅蓮の腕が、無造作に巨大な刃を片手一振りで受け止めていた。

その手に力が籠められればメキ、と圧壊する戦斧。



「ッ、ジャンク・バーサーカーッ!」

「味わうがいい――――これぞッ!!!」



尾が撓る。

大木のような紅蓮の尾が狂戦士の胴体を殴打し、弾き飛ばす。

それと同時に捻り上げるよう戦斧を掴んだ腕に力が入る。

戦斧を圧壊させるのみならず、それを掴んだ両腕ごと引き千切るレッド・デーモンズ。

引き千切られた両の肘から先。

無理矢理千切られた中身が電光を放つその様相に、狂戦士の悲鳴が響く。



奪い取った相手の武器と腕。

それを何の事もなく投げ捨てて、そのまま腕を腰溜めに。

途端に潜めていた熱量が溢れ出し、レッド・デーモンズが燃え盛る。



「アブソリュートッ……!」



両腕を失った今、ジャンク・バーサーカーに成す術はない。

だがそれでも、と。

叫びを上げようと身体を前に突き出す。

その意志、戦意を真正面から受け止めたレッド・デーモンズ・ドラゴンが、迸る。



「パワァアアッ・フォオオオオオスッ!!!!」



突き出される。

灼熱を凝縮した掌が、向かってきた狂戦士に向けて。

それは相手が最期の咆哮を上げる前に胴体を貫き、威力を余すことなく昇華した。

暴走する熱量がジャンク・バーサーカーの体躯を蹂躙する。

体内に直接注がれた力は、瞬時に鋼の身体を伝播し、全身を融解させた。

爆散する事も、霧散する事もなく、その存在は半秒待たずに蒸発する。



――――狂戦士を相手に、その姿は一切ぶれる事なく最強を誇る。

王者に違わぬ威風堂々を見せしめて、魔龍は一際大きく翼を広げた。



膨大な熱量を孕んだ風が吹き荒れ、遊星を襲う。

小さな苦悶の声を零したのは、けしてそれに怯んだからではない。

攻撃力3000のレッド・デーモンズに、攻撃力2700のジャンク・バーサーカーに破壊された。

その差分、300ポイントのダメージにライフカウンターが削られる。

だが、それだけには留まらない。

威力に見合った実像の衝撃が、遊星の身体を舐め上げる。



「ぐっ!? ぅ……! これは……!」



自身のライフカウンターが1100に。

徐々に追い込まれていく現状以上に、その衝撃に遊星は驚愕していた。

遊星を襲ったのは、仮想衝撃などではなく実体の衝撃波。

邪神の軛より離れてなお、それは継続されていた。

――――原因不明の……いや、赤き竜が起こす現象に相違あるまい。

導かれるように訪れたこの戦場。身体を襲う実際の衝撃。

その痛みを噛み締めて、しかし揺らぐ事無く前を見続ける。

このデュエル、勝敗の決着以外で止まる事などありえない。



「カードを1枚伏せ、ターンエンドッ!」

「オレのターン! ドローォッ!!」



引き抜いたカードをそのまま保持し、手札の中から更なる1枚を引き抜いた。

その内の1枚をセメタリーゾーンのスリットに差し込み、もう1枚をフィールドへ。



「手札のターボ・シンクロンを墓地ヘ! クイック・シンクロンを特殊召喚ッ!!」



光が溢れ、その中でキザに決めつつ姿を現す銃士。

頭に乗せたカウボーイハットを指で弾き、赤いマントを翻す。

まるで見せつけるように、腰のホルスターから引き抜いた拳銃を、器用に指で回して見せた。



「更に! 墓地のボルト・ヘッジホッグの効果、発動ッ!!」



クイック・シンクロンがマントを繰る。

まるで自分の身体をすっぽり覆い尽くすように囲い、1秒。

バサリと広がったマントの中から黄色いネズミが現れた。

背中からボルトを生やしたネズミは、銃士に張り付くように控えている。



「自分フィールドにチューナーが存在する時、ボルト・ヘッジホッグが墓地より特殊召喚できる!」

「フン――――」



それがどうした、と言わんばかりに鼻を鳴らすジャック。

邪悪な意志から解き放たれた以上、相手は真の王者。

今まで以上に、死力を尽くしてかからねばならない相手である事に違いない。



「レベル2、ボルト・ヘッジホッグにレベル5、クイック・シンクロンをチューニング!!」



マントが靡き、その胴体に取り付けられた三色のシグナルが発光した。

投影される光のルーレット。

名だたるシンクロンが映像として浮かび上がり、それが高速で回転を始める。

手の中で遊ばせていた拳銃を握る。即座に構えられる銃口には、迷いもぶれもありはしない。

ガンッ、とマズルフラッシュと同時にルーレットの一部に穴が空いた。

撃ち抜かれた映像は、ニトロ・シンクロン。



「集いし思いが、此処に新たな力となる――――光差す道となれッ!!」



身体が燃える。

燃えて崩れるようにボルト・ヘッジホッグ、そしてクイック・シンクロンは星と化した。

炎を人型に圧し固める星の光が、やがて新たなモンスターの姿として確固としたものに変ずる。

体色は緑。臀部に爆発物のタンクを吊り下げた、昆虫か悪魔に近しい風貌。

凶悪な顎から力を抜き、ゆっくりと開いた。

吐き落とす息は火薬の臭いを孕み、赤銅色を帯びている。



「シンクロ召喚――――! 燃え上がれ、ニトロ・ウォリアーッ!!!」



炎を掌握するのは、筋肉を押し固めたかのような両腕。

角張ったその両腕は、立ち塞がる障害を打ち砕くべく発達した唯一無二の凶器。

その戦闘能力はシンクロンが導く戦士たちの中でも指折り。

攻撃力にして2800を誇る高水準の基本ステータスは、並みのモンスターを一撃で粉砕する。



「だが! 貴様が相手にしているのは我が魂レッド・デーモンズ――――!

 ニトロ・ウォリアー如きで、倒せるものではないわッ――――!!」

「それはどうかな―――――!」



ホルダーから手札を切る。

指先で摘まんだカードを翻し、表向きにカードスリットへと差し込む。

途端に光りを増す遊星号のモニター。

光っているのは、フィールドに示されたスピードカウンターの表示。



Spスピードスペル-アクセル・ドローッ!!」



遊星号の全身を満たす光が伝播し、デッキをも包み込む。

その光の導きに従い、抜き放つ2枚のカード。



「自身のスピードカウンターが12、相手のカウンターがが11以下の時、

 デッキからカードを2枚ドローする!!」



遊星のカウンターは12。対するジャックは8。

速さを上回る遊星には、それに見合う優位が与えられる。

引き抜いたカードを一瞥し、ホルダーに挟む。

直後、遊星の許で爆炎が噴き上がった。

――――発生源は見るまでもなく、爆炎の闘士。ニトロ・ウォリアーに他ならない。



「カードを1枚セットッ!

 そして、ニトロ・ウォリアーの効果!

 魔法マジックカードを使ったターンのバトルフェイズ、ダメージ計算時に攻撃力を1000ポイントアップさせる!

 この効果により、ニトロ・ウォリアーの攻撃力は3800!!」



臀部から炎を噴き上げ、飛び上がる緑色の体躯。

握り込まれる拳の破壊力を増加させるのは、その炎が生み出す爆速。

悪魔の雄叫びと爆炎の咆哮。

重ねて放ち、空高く舞い上がった身体を反転させる。

目掛けて飛ぶ。真正面に見据えるのは、レッド・デーモンズ・ドラゴン――――!



「行けッ! ニトロ・ウォリアーで、レッド・デーモンズを攻撃ッ―――――!

 ダイナマイト・ナックルッ――――!!!」



それはさながら流星が如く降り来る。

臀部から吐き出す炎はより勢いを増し、留まる事なく噴き出し続ける。

加速は止まらず、100分の1秒ごとに速度は倍になっていく。

真っ直ぐと突き出した拳が空気を爆破し、大気を外へと押し遣り退けた。

速度が増せば、自然と攻撃力もまた上がる。

その数値は今や、レッド・デーモンズの3000すら凌駕する3800。

上空から来る炎の星に、レッド・デーモンズは反応すら許されず――――



「とったぞ、ジャックッ―――――!」

「などと――――思っているのかァ!!!」



瞬間、レッド・デーモンズが裂けた。

二つの光となって、真っ二つに分かれる龍の身体。

ニトロ・ウォリアーもその魔貌に驚きを張り付けて、しかし乗せに乗せたその速度は翻せない。

片方の光を守るように前へと出てきた光に、双拳を全力を以て叩き付ける。

――――返ってきたのは直撃の感触。そして、破壊出来ぬという確信だった。



目の前の光景に、遊星の顔が歪む。

ニトロ・ウォリアーが仕掛けた瞬間、レッド・デーモンズの姿は消えていた。

代わりにあるのは二つの光。

その光も徐々に晴れ、それが孕んだ中身の姿をおぼろげながら見せつけた。



「シンクロ召喚を、解除したッ……!?」

トラップカード、チューナーズ・マインド!

 自身のフィールドに存在するシンクロモンスターをエクストラデッキに戻し、

 そのシンクロ素材として使ったモンスターたちを、墓地から呼び戻す。

 更に! このターン、貴様の攻撃はこの効果で特殊召喚されたチューナーモンスターが引き受ける。

 つまり……!」



光が晴れ、ニトロ・ウォリアーの拳を受ける小悪魔の姿が露わになった。

その身体に叩き付けられた、単純な威力であれば邪神のそれに匹敵する一撃。

しかしそれを真正面から受け止めた悪魔は、砕ける事なく魔物としての形状を保っていた。



「ダーク・リゾネーターッ! 戦闘による破壊を一度、無効にするモンスターだ!

 貴様が知らぬ筈もあるまいッ!!」

「くっ……!」



守備表示で特殊召喚されたダーク・リゾネーターは、ニトロ・ウォリアーの攻撃を受け切った。

ニトロ・ウォリアーの爆発力は尋常なものではない。

邪神に比する攻撃力に加え、更にモンスターを破壊した時誘発する、

守備モンスターを強制的に攻撃表示にし、連続攻撃を叩き込む連鎖爆撃効果。

だが全ては、起爆できねば意味がない。



攻撃の起点が潰れた遊星に出来るのは、ターンを終了させる事。



「そして! オレのターンが訪れたこの瞬間ッ!!!」



ダーク・リゾネーターが弾け飛ぶ。

同じく、チューナーズ・マインドの効果で特殊召喚され、背後に控えていたバイス・ドラゴンも。

組み上げられる八つの星は溶け合い、紅蓮の魔龍を再びフィールドに呼び醒ます。



「再臨せよ――――我が魂! レッド・デーモンズ・ドラゴンッ!!!」



ダイナマイト・ナックルをダーク・リゾネーターに叩き込んだ姿勢で硬直するニトロ・ウォリアー。

それを襲うのは、紅蓮の大火。

ジャックの許に再召喚されたレッド・デーモンズが、首を大きく反らせて顎を開く。

途端に咽喉の奥から溢れ出す紅蓮。

それは半秒の間に極大まで膨れ上がり、牙の間から灼熱の燐光を零し始めた。



「バトルッ!

 レッド・デーモンズよ、ニトロ・ウォリアーを薙ぎ払えッ!!

 灼熱の――――クリムゾン・ヘルフレアァアアアッ!!!」



勢いよく開かれる顎。

口腔に蓄えられていたそれは、瞬間に荒れ狂う業火として解き放たれた。

今度は、ニトロ・ウォリアーにこそ反応する暇も与えぬ暴力。

灼熱の氾濫は逆らう事すら許さずに、緑色の悪魔戦士を呑み下した。

その存在ごと呑み込まれたニトロ・ウォリアーが、炎の渦中で最期を示す爆発を起こす。

臀部に蓄えた爆発物に引火し、空を揺るがす大爆発と化す戦士の身体。



その爆発から押し潰されるかのような衝撃を受け、遊星号の車体が揺らぐ。

同時に下降していく遊星のライフカウンター。

遂には1000を切り、900という数値を示す。

揺らぎを伝えるハンドルを強く握り返し、持ち前のテクニックで車体を繰る。



「ぐっ……! うっ……」

「カードを1枚セットし、ターンエンドッ!」



譲渡されるターン。

瞬く間に撃破されたニトロ・ウォリアーを偲ぶ間もなく、追い詰められていく状況を打開すべく頭を回す。

デッキの上に手をかけ、次の一手を抜き放つ。



「オレのターン、ドローッ!

 相手フィールドにモンスターが存在し、自分フィールドに存在しない時。

 手札のスニーク・ジャイアントは、墓地のレベル1モンスターを自分フィールドに特殊召喚する事で、

 リリースなしで召喚する事ができる!

 オレはレベル1のターボ・シンクロンを特殊召喚! そして、スニーク・ジャイアントを召喚ッ!!」



光の道に黒点を穿ち、先んじてターボ・シンクロンが躍り出た。

緑色の車体を揺すり、先導されるのは岩色の巨体。

遊星は前で居並んだ二体を見据え、続く指示を叫ぶ。



「レベル5のスニーク・ジャイアントに、レベル1のターボ・シンクロンをチューニングッ!!」



風の中で解け、加速とともに崩れ落ちていく。

解れた欠片は星と成り、光の尾を牽き円環を描いた。



「集いし絆が、更なる力を紡ぎ出す―――! 光差す道となれ!!」



光を編上げ再構成されるのは、赤で彩るスマートなボディ。

胴体部のライトを明滅させ、背中から伸びるマフラーからエクゾーストノートを轟かせる。

左右の腕からは、鋭利に澄んだ刃の如き五指が尖っている。

五つの指先を閃かせ、星の残光を引き裂いて、フィールドへと舞い降りた。



「シンクロ召喚ッ! 轟け、ターボ・ウォリアーッ!!」



――――ターボ・ウォリアーの攻撃力は2500。

その加速力を活かした衝突は、上級モンスターの中でも一廉の威力を誇る。

が、それは上級モンスターの中での事。

最上級モンスターの中でも一線級の力を持つレッド・デーモンズの前では、それは何の意味も持たない。

だが、ターボ・ウォリアーの真価はそこだけにはない。



「ターボ・ウォリアー、対シンクロモンスターか―――!」



真紅の戦士の真骨頂。

それは対シンクロモンスターに特化したその効果にある。

戦闘を仕掛ける際に放つ、特殊効果ハイレート・パワー。

相対するシンクロモンスターの攻撃力を半減させるその力は、上級と最上級という壁をも覆す。



ハイレート・パワーを浴びれば如何なレッド・デーモンズとはいえ、戦力低下を免れない。

その力は攻撃力にして1500。

下級モンスタークラスまでの攻撃力低下を強いられるのだ。

そうなれば攻撃力の差は歴然。

1000ポイントもの攻撃力が生まれ、ジャックの残り900ポイントのライフすら削り切る。



「これでッ――――! 行け、ターボ・ウォリアーッ!!

 レッド・デーモンズ・ドラゴンに攻撃ッ!!」



刃の五指を折り曲げて、四肢に力を注ぎこむ。

その意志に呼応したかのようにマフラーは煙を噴き、力強さを見せつけた。

一際強烈な嘶きを轟かせ、真紅の肢体が風を裂く。

息を吐く間もなく、その躍動は魔龍の懐へと侵略した。

薄赤い、仄かな光を纏った爪を揃え、魔龍の腹へと叩き付ける――――!



「ハイレート・パワーッ!!」



ドウッ、と思い切り叩かれたレッド・デーモンズが半身分、吹き飛ばされた。

ターボ・ウォリアーの能力を受けた紅蓮魔龍は、この一瞬の交錯に全力を注ぐ事が敵わない。

それだけが勝ち目、狙い目と正しく理解している。

即座に自身も半身を引き、両手の五指を揃えて貫手を構えた。

相手は紅蓮を滾らす悪魔龍。

幾ら全力を尽くせぬとはいえ、真正面から競り合えば不測の事態も有り得るだろう。

ならば狙うべきは、絶大な破壊力を持つ吐息を放つ、咽喉。

右半身を前に。照準器が如く右腕を前に突き出し、間合いと狙いを確定させる切先に。

左半身ごと後ろに引いた左腕は、番えられた弓矢さながらに、解放の瞬間を待ち焦がれている。



レッド・デーモンズが体勢を立て直す。

だが、遅い。

既に攻撃対象として状態を掌握し、後は左腕の一撃を放つだけで自身の勝利。

相手がその腕に炎を焚くより速く、咽喉の炎を掬うよりなお速く。

神速の戦士はその侵攻を完了させる――――!



瞬時に奔る。

槍が放たれるような苛烈さと俊敏さを発揮し、真紅の腕は過たず解き放たれた。

全てのシンクロモンスターを駆逐するその一撃は――――



「貴様が攻撃宣言したこの瞬間、トラップ発動! ハーフorストップッ!!」



王者の裂帛に阻まれた。

外部からの圧力で急停止させられるボディ。

反動で引き千切られそうになりながらも、真紅の戦士はその身を静めた。

それを成したのは、ターボ・ウォリアー、そしてレッド・デーモンズの間に立ちはだかった、一体のモンスター。

名はジャッジ・マン。

彼を前に白か黒か、二者択一の選択で日和った答えは許されない。

その手には黄金と白銀、二つの斧が握られている。

選べ、と。

感情を覗かせぬ白い瞳が絶対の強制力を働かせ、そうと迫り寄ってきた。



「ハーフorストップは二つの効果を持つ。

 一つ目は貴様のバトルフェイズの強制終了効果。

 そしてもう一つは、貴様のモンスター全ての攻撃力を、エンドフェイズまで半減させる効果。

 選ぶのは遊星、貴様だ! さあ、選ぶがいいッ!!」



表情を固くし、その言葉の真意を探る。

ターボ・ウォリアーの特性、ハイレート・パワーが作動するのは自身から攻撃を仕掛けた時だけだ。

このターンの勝機を逃し、反撃を仕掛けられれば、そのまま敗北する事になるだろう。

ならば……



「オレが選ぶのは、攻撃力の半減――――戦闘は続行だ!」

「フン、いいだろう!」



ジャッジ・マンが白銀の斧を振り降ろす。

この裁判官の怪力の成せる技か。

光のコースを一部分爆砕し、その衝撃波でターボ・ウォリアーを一度大きく後退させた。

体勢をすぐさま直すも、衝撃に揉まれた身体は機能不全を患った。

一時の休息をとれば快復するだろう。

だが、そんな猶予など残されてはいない。

再び両腕に力を充足させ、距離を取る事になったレッド・デーモンズを睨み据えた。



「オレはこの瞬間、墓地のスキルサクセサーを除外する事で、

 ターボ・ウォリアーの攻撃力を800ポイントアップッ!」



遊星号のセメタリーから排出されるスキルサクセサーのカード。

それを取り除き、自身の上着に滑り込ませ除外する。

その瞬間、ターボ・ウォリアーの全身が炎に覆われ、力を漲らせていく。

指先に集った力は威力に変わり、敵を打倒すべく尽くされる。

背部から伸びたマフラーから、力強い嘶きと爆煙を解き放った。



縮こめた全身を駆動させ、破竹の勢いで以て進撃する。

衝撃に空けられた間合いを一足で無かった物とし、レッド・デーモンズの懐へ。

引き絞った爪を薙ぎ払う。

目掛けるは、胴から長く伸びた無防備な首。



「切り裂け―――アクセル・スラッシュッ!!!」



半減した攻撃力は1250。

本来、1500まで下がったとはいえ、レッド・デーモンズの相手など不能。

だがそれを別から補えば、ターボ・ウォリアーは攻撃を2050まで取り返す。

スキルサクセサーの恩恵を受け、増加した攻撃力は550ポイント上回る。

ジャックのライフを削り切れはしないが、確実にレッド・デーモンズは仕留め――――



「そのような手を、このオレが読んでいないとでも思ったかッ!

 トラップ発動、覇者の呪縛ッ!!」

「なにっ!?」



レッド・デーモンズの足許から鎖が立ち上った。

周囲を囲われた魔龍を前に、ターボ・ウォリアーの動きが一瞬鈍る。

生まれたのは10分の1秒に満たない隙間。

その瞬間、鉄鎖の檻の中から、無数の鎖の断片を身体中に吊るしたレッド・デーモンズが躍り出た。

不意を衝かれたターボ・ウォリアーが、しかし即座に両腕の指を揃えて構え直し――――



ずん、と。

鎖の檻が視界から隠していた魔龍の尾が、横合いからターボ・ウォリアーを襲った。

半身を前に突き出す格好で備えていた真紅の戦士は、背中から強打を受けてくず折れる。

拉げたボディでライトが何度か点いては消え、やがて完全に消灯した。



「覇者の呪縛は発動後、装備カードとなりモンスターに装備される!

 装備したレッド・デーモンズの攻撃力は700ポイントアップ!」



相手の効果を受け、1500となっていた攻撃力が2200まで上がる。

全身のいたるところが鉄鎖に締め付けられ、膨張しているその肉体。

余した鎖をじゃらじゃらと垂らし、擦らせながら尾を張った。



折れ曲がった上体を起こそうと死力を尽くす機械戦士。

その身体を、魔龍の大木のような尾が、下から掬うようにかちあげる。

跳ね上がる真紅のボディ。

トラックを模した胴体部は中心に線を引かれているかのように、盛大にへこんでいた。

――――その存在を、軽くあしらうかのように奮われる左の裏拳。

腰部を正確に打ち据えたそれが、確かな力を発揮する。

腰から真っ二つに裂け、千切れとぶ真紅の身体。

泣き別れした上半身と下半身は、それぞれ別の方向へと吹き飛び、1秒後に空中で炎の華と化す。



攻撃力は互いに2200、そして2050。

その差150ポイントのダメージが遊星を遅い、ライフを750まで削り落す。



「くぅっ……!」

「ふっ、貴様の攻撃パターンなどこのキングにはお見通しという事だ!

 さあ。ターンを続けるがいい!」



バトルが終了し、同時にレッド・デーモンズの攻撃力も変わる。

ターボ・ウォリアーの科した軛を離れ、攻撃力は3700。

もし、このターン攻撃を躊躇していれば、その攻撃力を通常時のターボ・ウォリアーで受けなければならなかった。

そうなれば敗北は必定。今回は臆さぬ攻めが、功を奏したと言える。

一瞬だけ顔を歪めた遊星は、ディスクの伏せリバースカードを起動した。



「ターボ・ウォリアーが破壊されたこの瞬間!

 トラップ発動、スクランブル・エッグ!

 自軍のモンスターが破壊された時、手札・デッキ・墓地からロードランナーを特殊召喚する!

 オレはデッキからロードランナーを守備表示で特殊召喚!」



卵が浮かぶ。くらくらと揺れたそれは殻を割り、中から一羽の鳥を生み出した。

遊星の目前に現れるのは、ピンク色をした鳥類。

デフォルメされた鳥の雛のようなそのモンスターは、身体を青くし蹲る。

疾走するための足は、今回使われない。

この場に呼ばれたのは、その盾としての能力を存分に発揮するべくして。



「カードを1枚セットして、ターンエンドッ!」



呼び出されたモンスター、ロードランナーを見やると、ジャックが懐かしげに小さく呟いた。



「ほう、ロードランナーか。懐かしい奴だ。

 そいつの能力は、攻撃力1900以上のモンスターに破壊されない効果。

 だが、忘れたわけではあるまい」

「―――――っ!」

「オレの場にいるのが、レッド・デーモンズ・ドラゴンであるという事を!

 オレのターン、ドローッ!!」



引き抜いたカードをそのままスロットへ。

それはスピードカウンターを参照して、発動される魔法効果。



Spスピードスペル-エンジェル・バトンを発動ッ!

 自身のスピードカウンターが2以上存在する時、デッキからカードを2枚ドローし、その後1枚を墓地へと捨てる!

 オレは手札からシンクロ・ガンナーを墓地ヘ!」



高速で入れ替えられる手札。

その手札をディスクへと差し込み、無手となった腕を高く振り上げる。



「カードをセットし、バトル!!」



その命令に従い紅蓮魔龍が動く。

主の動作に倣うよう、右腕を高く掲げる。

その掌には凝る爆炎が渦を巻く。

収束した火炎を掌に集わせ、相手に直接叩き付ける絶技。

名はアブソリュート・パワー・フォース。

だが最早、あのようなか弱いモンスターに直接叩き付ける意味などない。

破壊神を破壊神たらしめる所以。あらゆる守りを破壊し尽くす地獄の業火。

解き放つのはまさにそれ。



「レッド・デーモンズ・ドラゴンは、守備表示モンスターを攻撃した場合、

 フィールドに屯する全ての守備モンスターを一切合財焼き尽くす!

 それは戦闘破壊を避けるロードランナーであろうと、関係なく蹂躙する絶対の炎!

 とくと味わうがいい――――デモン・メテオッ!!」



掌が光のロードに叩き付けられる。

途端、遊星と並んで身体を丸めていたロードランナーの下から、炎が轟然と噴き出した。

瞬く間に、悲鳴を上げる暇さえなく蒸発する小さな身体。

攻撃力1900以上のモンスターに破壊されない特性を持っていても、

それはあくまで戦闘による破壊を無効化する能力だ。

レッド・デーモンズの、デモン・メテオによる効果破壊はけして避けられない。



残滓すら残さず燃え尽きたロードランナーがいた場所を見やり、息を呑む遊星。

その遊星に対し、ジャックからの言葉が飛ぶ。



「オレはこれでターンエンド! さあ、次はどうする遊星ッ!

 よもやまだこの程度の応酬を繰り返させる心算ではあるまいなッ!!」

「なんだと……?」

「このオレを! レッド・デーモンズを!

 あの邪神などというモンスターと同列に考えてはいまいなっ!

 邪神如きを倒した程度で、オレの全力を測り知った心算か!

 見せてみろ貴様の全力を! それを―――――!!」



鎖を垂らした翼が広がる。

咽喉から溢れ出す叫びは、王者としての誇りと矜持を孕んだ凱歌。

その雄叫びを耳にして、ジャックは王然と言い放った。



「このオレのレッド・デーモンズが打ち砕くッ!!!」



噴き上がる炎は闘志の顕現。

宇宙を紅蓮に燃え盛らせて威風堂々と構える様は、圧倒的で超然としている。

――――そんな言葉を投げられて。

そんな言葉と意志を向けられて、滾らぬ心など遊星は持ち合わせていなかった。



「オレの―――――タァアアアアアンッ!!!」



引き抜いたカードをすぐさまディスクに投入する。

手札は今引いたそのカード、たった1枚。

発光する遊星号に記されたスピードカウンター。




Spスピードスペル-シフト・ダウンを発動ッ!

 スピードカウンターを6つ取り除き、デッキからカードを2枚ドローする!」



確かめるまでもなく、そのカードが遊星が望んだものであった。

2枚のうち1枚を指に挟み、それを大きく高く掲げ上げる。

疾風が如くフィールドゾーンに差し込まれるカード。



「デブリ・ドラゴンを召喚!」



白銀の竜が翔ける。

胴体部分の琥珀色の結晶部、角のように尖った頭部の先端。

緑色の瞳をした寸胴の竜は翼を広げ、遊星に並び追走していく。

その両腕が大きく掲げられ、冥界とのワームホールを目前に創り出す。

黒い孔は些か以上に小さく、そこを通り抜けられるのは、逆に非力なものだけだ。



「その効果により、攻撃力500以下のモンスターを特殊召喚する!

 オレが特殊召喚するのは、攻撃力300のトライクラーッ!!

 更にトラップ発動! エンジェル・リフト!

 この効果でオレが特殊召喚するのは、レベル1のチューニング・サポーターッ!!」



デブリ・ドラゴンを取り巻く二つのちいさな影が現れる。

それは二体の機械人形。

青い三輪機械に、二頭身ほどの鍋を被った小さな人形。

それらを並べたのは他でもない。

不動遊星が、ジャック・アトラスの魂に唯一対抗できるモンスターを呼ぶ為だ。

大きく掌を広げ、前へと向かって突き出した。

それと同時に、シンクロ召喚の成就に向け動きだす三体。



「レベル1、チューニング・サポーターと、レベル3、トライクラーに!

 レべル4、デブリ・ドラゴンをチューニングッ!!」

「レベル8……遂にくるか!」



三体の身体は縺れ合い、光となって散華する。

零れ落ちた八つの星が描くものこそ、彼らが導く力の光。



「集いし願いが、新たに輝く星となる―――――! 光差す道となれッ!!」



八つの星が星座を描く。

奔る光は尖鋭な頭部を描き、胴体の中にサファイヤの輝きを生み、二枚一対の翼から星屑を降らせ、

白銀の腕を光に染め、両脚で光の道筋を大きく踏み込んだ。

この宇宙に輝く無数の星々の中で、一際輝く最輝星。

星の光に染め上げられたその体躯は、研ぎ澄まされた一陣の風。



そうして今、この瞬間。

無間に広がるこの宇宙そらに、力に満ちたかぜが吹く―――――!





「飛翔せよ―――――! スターダスト・ドラゴンッ!!!」











後☆書☆王



SSの書き方よく覚えてない。

どうやって書いてたっけな。

続きは…タッグフォース7が出たら本気出す。



[26037] 追う者、追われる者―追い越し、その先へ―
Name: イメージ◆294db6ee ID:191fe6c6
Date: 2014/09/28 19:47
無間の地平。

星々の世界に敷かれた光のライディングコース。

そのコース上で、一つのデュエルの開始されていた。

邪神に影響され黒く染まっていた王者は、その呪縛から解き放たれ、吼える。



「王者の鼓動、今此処に列を成す――――天地鳴動の力を見るがいいッ!!!」



王者が下した号令の許、その臣下らは光の星となって宙を舞う。

描き上げられる光の円環と、列を成す星。

互いが互いと混ざり合い、生み出されるのは真正の王者。



灼熱の猛りを轟かせ、紅蓮と真紅で彩られた悪魔龍が降誕する。

力強く一つ羽搏けば熱風が吹き荒れ、黄金の眼光に敵を捉えれば瞬く後に焼滅している。

邪神を供にしていた時とは比較にならない。

王者の裂帛は刃となって、フィールドのあらゆるものにその力を刻んでいく。



「我が魂―――――レッド・デーモンズ・ドラゴォオオンッ!!!」



レッド・デーモンズ・ドラゴン。

破壊神と仇名される魔龍は、力でもって森羅万象を蹂躙する。

敵陣の狂戦士はその力の前に粉砕され。

強襲をしかけた悪魔の如き風貌の戦士は、灼熱の炎に呑み込まれた。

相手の戦力を削り、確実に仕留めるべく繰り出した攻撃は、鉄鎖に巻かれた拳によって圧砕。

そして破壊魔龍の業火の前では、守りの体勢を取る事すら許されない。

正しく圧倒。

最強のしもべを取り戻したジャック・アトラスの力は、圧倒的であった。



焼却されたフィールドに君臨する王者。

魔龍レッド・デーモンズを従えて、ジャックは遊星の前に立ち塞がる。



「見せてみろ遊星―――貴様の全力を! それを、このオレのレッド・デーモンズが打ち砕くッ!!!」



対峙する生涯の好敵手。

この戦場に臨んだ目的が別のところにあったにせよ、

今この瞬間。その言葉を向けられた以上、不動遊星は全力を尽くして挑まねばならない。

――――追いかけて、遂に辿り着いたこの場所で。



「オレの―――――タァアアアアアンッ!!!」



そうして、フォーチュンカップ決勝戦ファイナル

決着をつけるべく、不動遊星とジャック・アトラスの真のデュエルが始まろうとしていた。



「集いし願いが、新たに輝く星となる――――! 光差す道となれッ!!」



――――星の光が天を覆う。

背景と流れるこの宇宙そらで爛々と輝く星々。

星々の海とでも言うべき絶景の中でなお、その星の放つ光は圧倒的な存在を示している。

一度はバラけた力の結晶、光の星を束ね上げて新たな光が生まれ落ちる。

紡がれる姿は白銀の星龍。その生誕こそ新星。



「飛翔せよ―――――! スターダスト・ドラゴンッ!!!」



飛来する彗星は煌々と光を讃える。

灼熱の太陽を前に、劣らぬ輝光を放つ光源。

今ここに互いの誇りを載せた翼が出揃って、幕が切って落とされるは決戦の舞台。

対峙する二人の決闘者の視線が交錯し、衝突する――――











デュエルは20ターンを数え、しかしようやっと真の開幕を迎えていた。

遊星のスピードカウンターは6つ。

直前に使ったシフト・ダウンのコストに支払われ、6つが失われた結果だ。

対するジャックのスピードカウンターは12であり、MAX。



フィールドを見渡す遊星の視界の外、遊星号のセメタリーから光が溢れる。

ジャックはその様子に目を眇め、続く展開を待つ。

墓地より溢るる光の正体は、星屑の龍を召喚するために光と変わった人形のもの。



「―――スターダスト・ドラゴンのシンクロ召喚時、素材となったチューニング・サポーターの効果!

 このカードがシンクロ素材となり、墓地へ送られた時。

 デッキからカードを1枚ドローする事ができる!」



影となって遊星の周囲を舞う小さな機械人形。

その小さき存在が残した光に導かれ、遊星の指先がデッキの上にかけられる。

さながら居合の気勢で以て、ふいと引き抜かれるカード。

閃光を伴っての抜刀で抜き放った刃に視線をくれて、すぐさまジャックへと眼を移した。



「行くぞ、ジャックッ!」



白銀の翼が揺るぐ。

波打たすように震わした翼膜が風を叩き、風の波乱を巻き起こす。

四肢をゆるりと風に乗せて舞い上がるその姿は、まさしく風の化身に他ならない。

流れる風を身に浴びながらも見過ごし、悪魔龍はそれに臨んだ。

闘志の充足に応えて爆裂するは熱波の怒濤。

銀龍の嘶きに凪ぐ風を、灼熱の波が押し流す。



「来るがいい、遊星ッ!」



相対するジャックの声。

この戦場は、神に等しい存在によって決着をつけるべく設けられた、光の戦場ロード

その上にいてもなお、星龍の姿の輝光は一際大きい。

天空の星より明く地上の星は映えて、立ち姿から星屑の残照を散らす。



「スターダストの攻撃力は2500。

 我がレッド・デーモンズの攻撃力3700には届かん―――!

 さあ、どう攻めてくる!?」

Spスピードスペル-ハーフ・シーズ、発動ッ!!」



遊星の声とともに抜き放たれる一手。

Dホイールのディスク部に滑り込ませたカードが、ソリッドヴィジョンとなって赤い車体の目前に現れる。

スピードを力に変える、ライディングデュエル専用魔法マジック

放たれたSpスピードスペルの威力が光となって、カードイラストから迸った。

標的は君臨する龍王。



「ハーフ・シーズか……!」

「スピードカウンターが3つ以上ある時、相手モンスター1体の攻撃力を半減する!」



取り巻く光は力を吸い取る泥沼だ。

周囲に取りつかれたレッド・デーモンズは胡乱げに、それを振り払おうと腕を薙ぎ払う。

しかし、纏わりつく光の霧は離れない。



「レッド・デーモンズの攻撃力は3700。

 ハーフ・シーズの効果により、その攻撃力は1850ポイントまでダウンするッ!」



光は力を吸引して、猛るレッド・デーモンズの周囲から離れていく。

漂う光霧の行き先はカードのコントローラーである遊星の許。

遊星号のLPカウンターへ収束していく光が、その中へと取り込まれた。



「更に変化させた攻撃力分、オレのライフを回復する!」



遊星のライフは750。

レッド・デーモンズが吸収した力は、1850ポイント。

その分を命に変えて、己に取り込む事がこの魔法マジックの真髄。

けたたましい電子音を鳴り響かせて、ライフカウンターの数値が昇っていく。

カウンターが刻む数値は2600。

大きくライフを回復した遊星は微かに息を零し、しかしすぐさまジャックへと眼光を飛ばした。



「これで、レッド・デーモンズとスターダストの攻撃力は逆転した!

 行くぞ――――スターダスト・ドラゴン!!」



Dホイールの表示するフェイズがメインフェイズを終え、バトルフェイズに突入した事を報せる。

自らの主が下す、戦闘の開幕。

高らかなる号令に応え、白銀の龍はその翼で宇宙そらを滑る。

黄金の瞳は綺羅星の如く輝いた。舞えば眼光は閃光となって空を裂く。

圧し迫る脅威に反応するレッド・デーモンズが、その口腔の中に爆炎を充足させる。



「スターダスト・ドラゴンで、レッド・デーモンズ・ドラゴンに攻撃ッ!」



キィ――――ン、と。

世界を揺らす、音波の氾濫。

星屑の咆哮は物理的な威力を伴い、敵を圧砕する怒濤となって放たれる。

今、彼の龍の咽喉に蓄えられ、収束しているそれこそ――――



「響け! シューティング・ソニックッ!!!」



大口に開かれる顎。

瞬間、龍の咽喉の底から白銀の閃光が迸った。

光線と化して解き放たれる音波の渦は、音速そのままに標的に向かって奔る。

とっくに照準は定まって、放たれた以上それは必中が定め。

その威力は力の半減した魔龍を貫き滅ぼして、余りあるほど。

そんな音波の奔流を前に、しかし王者の不敵は崩れない。



「フッ、レッド・デーモンズの攻撃力を自らのライフに換え、

 その上でスターダストの攻撃に繋ぐか――――

 ならば、こちらも貴様の力を利用させてもらうとしよう!

 トラップ発動、シンクロン・リフレクトッ!!」



ジャックが大仰に科白を語り、腕を奮う。

さながら指揮棒が如く降り抜かれた腕の指先が、Dホイールのスイッチを一つ叩いた。

それは伏せリバースを起動する為のスイッチ。

確かに押し込まれたその引き金に誘発され、ホイール・オブ・フォーチュンの鼻先に隠れていた、

カードのソリッドヴィジョンが立ち上がる。



起動したトラップの力が、即座にフィールドへと作用する。

一直線に迸っていた音波が、標的たるレッド・デーモンズの目前で、逸れた。

白銀の閃光はそれ自身に意志があるかの如く、逸れ、曲がり、屈し、折れて、在り得ぬ軌道を描き出す。

それはレッド・デーモンズを避けるように、大きく弧を描きながら魔龍の背後へ流れていく。



「シンクロン・リフレクトは、シンクロモンスターが攻撃対象となった時、発動するトラップ

 その攻撃を無効にし、貴様のモンスターを一体破壊する!」



レッド・デーモンズを中心に、半円状の軌道を描く音波の奔流。

それは放たれた時とは180°反転した道に乗り、再び一直線に迸る。

強引に変更された射線が新たに目指すのは、このブレスを吐いた張本人。

スターダスト・ドラゴン。



「破壊するのは当然、スターダスト・ドラゴンだ!」



逆襲する攻撃。

レッド・デーモンズを粉砕すべく放たれた一撃は、ベクトルを変えて己を襲う。

白煙を口の端から零しながら、スターダストがその逆襲撃に身を翻す。

わざわざ考えるまでもない。

跳ね返されてくるあれの威力は誰より何より、放った己が一番よく知っているのだ。

自身が攻撃する側である、という意識はある種の隙。

そこを狙い澄ましたカウンターは、意表を突き崩し侵略する。



並みの―――否。

例えどれほど強大なモンスターであろうとも、不意ではどうしようもあるまい。

その急襲に成す術なく身を討たれるが定め。

そう―――――



「だが、スターダスト・ドラゴンには届かないッ!!!」



狙われたその身が赤き竜の一片、スターダスト・ドラゴンでなければ。

遊星の咆哮とともに、星屑の龍の双眸が光を放つ。

黄金色に輝く瞳が煌々と。

翼を風に流し、逆襲する音波の波動に向け真正面から突き進む。

風景の星に混じるよう、解けていく身体の構造。



「スターダスト・ドラゴンは、自身をリリースする事で、

 カードを破壊する効果の発動を無効にし、破壊する事が出来る!」



龍はその身を白銀の風に変え、破壊を包む星となる。

その名の如く星屑と化し、散華する姿。

破壊を許さぬ星の聖域こそ、赤き竜の化身が一柱。

スターダスト・ドラゴンの能力。



「ヴィクティム・サンクチュアリッ!!」



星屑をさながら粉雪と散らし、龍の姿は消失した。

ドラゴンの姿が掻き消えた事で、反射された音波砲は行き先を見失う。

スターダストが在った場所を薙ぎ払う閃光。

それは、スターダストが散らした星光に包まれて、やがて萎み、消失した。



消失は光の軌跡を辿り、その現象を生み出したカードまで逆流する。

ジャックの眼前で聳え立つカードのソリッドヴィジョン。

シンクロン・リフレクトが硝子が如く砕け散った。

カードヴィジョンを形成していた光の粒子を突き抜けながら、ジャックは傲然と鼻を鳴らす。



「ふん――――

 だが同時に、スターダストがフィールドから消えた事で、レッド・デーモンズへの攻撃も消滅する」

「―――――」



小さく、微かに表情を顰める遊星。

王者の余裕。

レッド・デーモンズの攻撃力は半減し、その手には1枚の札も握られてはいない。

だというのに、ジャック・アトラスに焦燥も、緊張すらも、僅かたりとも見られない。

臆測ともとれるその思考を察したか、ジャックは悠然と言葉を繋ぐ。



「ハッ! どうした、遊星。

 貴様のターンはまだ続いているぞ。進行しないという事は、その権利をオレに明け渡すか?」

「くっ……!」

「まさかこのオレが! この程度の状況でうろたえる事など期待してはいまい?

 キングのデュエルは常にエンターテイメントだ!

 窮地それ即ち、我が力を飾る舞台設定以外の何物でもない!」



轟然と。

王者の発破に応え、魔龍の咆哮が宇宙を揺さぶる。

その姿は、力の半分が刮がれた半死半生のそれではない。

キングとそのしもべ。

それらを眼の内に納め、一つ大きく溜め息を落す。

―――― 一瞬だけ閉じた瞳。それが再び開かれた時、その裡には滾る炎が凝っていた。



「エンドフェイズ!

 このターン、効果でリリースされたスターダスト・ドラゴンはオレのフィールドに舞い戻る!」



星が散り、凝縮されて龍のカタチを取り戻していく。

人型の骨格を有する白銀の龍。

それは全身から星屑の光を振り撒いて、白光で己の身を包み込む。

三叉の角を揺らしながら向ける首の先には、相手の陣営に君臨する紅き魔龍の姿。

果たせなかった衝突に歯噛みし、スターダストは大きく胸を逸らした。



「ならば、オレのターン!」



ジャックは声と共にデッキよりカードを抜く。

その瞬間、スピードカウンターが音を立ててカウントアップする。

遊星のものは7。

ジャックのカウンターは既にカンストし、12のまま動かない。

今し方引いた唯一の手札。それに眼を走らせ、その口許を歪める。



Spスピードスペル-アクセル・ドローを発動!

 自身のスピードカウンターが12であり、かつ相手のスピードカウンターは11以下の時、

 デッキからカードを2枚ドローする!!」



引き当てたカードは手札増強の手段。

直前に、スピードカウンターを消費していた遊星の間隙を突き、それは最大限の効果を発揮する。

抜き放たれる2枚のカード。

ジャックはその中から1枚をホルダーに収め、もう1枚をディスクへと差し込んだ。



「カードを1枚伏せ、ターンエンド!」



譲渡されるターン進行。

レッド・デーモンズの表示形式は変更されない。

僅かに眼を眇めた遊星の視線が、ジャックの背中を捉える。



「――――オレのターン、ドロー!」



スピードカウンターは8を指す。

加速が乗った遊星号の車体の上で、遊星が指先に挟んだカードを躍らせた。

さながら剣閃の鋭さで空を裂くそれが、ディスクに宛がわれる。



「ミスティック・パイパーを召喚!」



遊星号の目前から光が射し、その中から一人の人影が躍り出た。

でっぷりとした外見の人間。

両の手で持った横笛を妖しく吹き鳴らしながら、彼は遊星の周囲を回る。



その外見に違わずこのモンスターに攻撃力は皆無。

戦闘が出来るようなモンスターではない。

故に活かすのは、その音色が呼び起こす導きの効能。



「ミスティック・パイパーの効果発動!

 このカードをリリースする事で、カードを1枚ドローする!!」



ミスティック・パイパーは不動遊星という指揮者の許で演奏する。

遊星の奮う手が指揮棒となり、奏でられる音が、デッキに眠りし力を呼ぶ。

軽やかなステップでの吹奏は、勇壮なメロディー。

それに決起するかの如く、デッキが鼓動を始めた。

そして、鼓動に応えるのは、指揮者である遊星に他ならない。



遊星がカードを抜き放つとともにその身は砕け散り、残滓を残して消滅する。

同時に。

遊星の指先に摘ままれたカードは、光明を照らしだす。



「引いたカードは――――!」



指を繰り、ジャックに見せつけるようカードの正体を公開する。

光を放つカードの正体は、モンスターカード。

そのカードのレベルを示す星の数は、1。



「レベル1のシンクロ・ビリーバーッ!」



――――条件は達成された。

笛吹きが遺した虚空を震わす音色が、次の楽章へと進行する。

変革するメロディーに導かれるかのように、遊星の手は再びデッキにかけられた。



「ミスティック・パイパーの更なる効果!

 このカードの効果によってドローしたカードが、レベル1のモンスターカードだった場合、

 更に1枚、続けてカードをドローする事ができる!」



デッキから抜き放たれる、デュエリストの剣。

遊星は新たに手に加えた武器へと視線を走らせて、即座に振り薙いだ。



「そして手札からSpスピードスペル-エンジェル・バトンを発動!

 自身のスピードカウンターが2つ以上存在する時、デッキからカードを2枚ドローし、

 その後、手札から1枚選び、墓地へと送る!」



更に重ねたドローにより手札を補充し、その中から1枚を切る遊星。

送られる先はセメタリーゾーン。

遊星がカードをそこへ置けば、それはすぐさま暗闇の中に呑み込まれていく。



「手札からはガード・マスターを墓地ヘ送る。そして―――」



―――レッド・デーモンズは今、ハーフ・シーズの効果によって攻撃力が半減している。

だが、ジャックはそれを承知でレッド・デーモンズを攻撃表示のままでこちらにターンを渡した…

今、ジャックの場の伏せリバースカードは1枚。

この状況で伏せたカード、ただのブラフだとは考え難い……

恐らくスターダストの攻撃から、何らかの手段でレッド・デーモンズを守る為のカード…

いや、反撃する為のカードと見るべきだ。

不用意に攻め込めば、やられるのはスターダストの方だ……

だが……!



「ここは臆さず攻める――――! バトルだ!!」



瞬間、星屑の閃光が戦場を馳せた。

フィールドに存在する二体の龍の眼光は、互いに黄金の輝き。

二色の黄金が宙で交わり、激しく火花を散らす。

先に羽搏くのは音と響く白銀の風龍。



「今のレッド・デーモンズの攻撃力は1850!

 スターダストの攻撃力は2500! 破壊させてもらうぞ!!」



遊星が怒濤と声を張り上げると同時、その不遜に怒るが如く龍が舞う。

胸部を大きく膨らませたレッド・デーモンズが翼を頭上に振り上げ、浮力を捨てて大地へと降り立った。

銀河に敷かれた光のレールの上で、レッド・デーモンズはスターダストのみに注視する。

咽喉の奥から押し寄せる炎の圧力に、顎がガチガチを唸りを上げ、口の端から炎が溢れていた。

構える紅蓮魔龍の迎撃準備は万端。



―――同時に、迫撃する閃珖竜の攻勢も万全である事に疑いない。

力を溜める事もそこそこに、閃珖竜の口腔から白銀の光が迸った。



一直線に奔る閃光。

音速で肉迫する波動に瞬時に反応した紅蓮魔龍の対抗は、己が咆哮とともに火砲を撃ち放つ事だった。

極大の弾丸として形成された炎。

それが1メートルに足りぬ距離を爆進する間に、奔る光芒はその炎塊へと直撃していた。



炎の塊が内側から膨れ上がり、爆ぜた。

視界を遮るように広がる爆炎の渦。

その炎の壁を境界に、相対する龍が弾け舞う。



紅蓮の翼の羽搏きで薙ぎ払い、炎壁を打ち貫き躍るレッド・デーモンズ。

壁の向こうに突き抜けてみれば、加速を増して迫りくる白銀の翼がある。

減速する気配などなく、転換する姿勢もなく、それはただ速さを増して。



その体勢。

正面からの吶喊に、回避などという対応などあり得ない。

選択肢はただ一つ。

真正面からの迎撃一つ、それ以外は選択肢たりえない。

咽喉の奥から滲む唸り声とともに、右の拳を握り締め、腰溜めに振り被る。



迫りくる白銀の閃光もまた、己が拳を振り上げ固めた。

互いが互いを威嚇せんと咆哮を放ち、同時に粉砕すべく振り抜く拳の一撃。

業火を鎧った拳と、大気を纏ったそれは中空で交わり、空間を爆ぜた。



衝突し、鍔迫り合いに持ち込まれた互いの一撃。

大量の火花を撒き散らしながらの拮抗はほんの数秒。

押し込まんと双方が力を更に籠めれば、反発するように互いの身体が弾け飛ばされる。

交わっていた攻撃が離れ、開く間合いは数メートル。



即座にレッド・デーモンズの黒鉄のような顎が開く。

そこから溢れるのは、紅蓮に盛る壮絶な炎。

黄金の双眸は爛々と光を放ち、その圧倒的な火力を敵に叩き付ける瞬間を見越している。

背筋を反り返らせ、首を撓らせ、口腔に蓄えた炎の塊を一気呵成に吐き出した。



ごうごうと唸りながら突出する炎。

星の空を焦がす大熱量は収束し、一分たりとも内包したそれを無駄にする事なく迫撃する。

――――対象となった星屑が狙い澄ますは、炎弾が己に届くまでのその時間の隙間。

黄金の眼光で薙ぎ払うが如く首を奮い、武器とするのは白銀の翼。

力を尽くした大きな羽搏き一度。

奮われる翼は星屑の光を零しながら烈風を巻き起こし、火炎の弾丸と正面から衝突した。



その衝突は最早、鉄を叩くと変わらぬ風圧との勝負。

風の壁も、炎の弾丸も、互いに砕け散って霧散する。

砕けた暴風に巻き込まれて暴れる炎の欠片。

千々に乱れたそれらが崩れ切るのも待たず、二頭の龍は再び衝突すべく猛る。



――――先んじるのは閃珖龍。

高速で背後に流れていく星々を彩る、紅蓮を孕んだ白銀の風。

それを翼で切り裂き、飛翔する。

放つのはその速度全てを載せた拳の一撃。

紅蓮魔龍の反応すら許す事無く、音速の拳はその胸に叩き込まれた。

胸襟の内に叩き付けられた、細身ながらも力の籠った拳は、その瞬間に全てを解放する。



背後へ向かって大きく吹き飛ばされるレッド・デーモンズの身体。

ギリ、と噛み締められた牙の隙間から怒りが炎となって零れ出す。

大きく弾かれたレッド・デーモンズを追撃すべく、銀色の風が吹き荒れる―――

間合いを離す速度を凌駕する、光速での肉迫。



振り上げた拳には風が渦巻き、その眼光は今し方打ち据えた胸の一部と寸分違わぬ箇所を見据えている。

一撃で撃ち抜けぬというのなら、貫き徹すまで繰り返す。

留まる事など有り得ない、そう言い切るに等しい更なる加速を以て示す姿勢。



銃爪を引かれた銃弾の如く、星屑の拳が射出される。

狙い澄ました位置は、鈍く輝く黒鉄の胸筋。

速さで比較するのであれば、それは風を侍る閃珖龍が上を征く。

先んじるという意志の許に龍が奔るというのであれば、紅蓮の龍がそれを塗り替える事など出来はしない。

だが―――――



此処に在るのは禍々しくも神々しき、何よりも雄々しき王者。

その頂上存在は猛々しく、先制の意志ごと敵の存在を捻じ伏せる―――!



囂々と。

解き放たれた熱量が、風を崩壊させていく。

レッド・デーモンズを中心に拡大するのはプラズマの嵐。

空を白光で染めながら咆哮を轟かせ、向かい来るスターダストを迎撃する。



――――突然と、取り巻く風が熱量を発散して消滅する。

風を伴う加速は当然の如く失われ、白銀の身体は膨大な白熱光に呑み込まれた。

黄金の瞳が捉える視界は瞬く間もなく白一色。

視力を奪われ、風の頼りすら無い今。その翼で向かう先は、見つからない。



熱量発破の動作封印。

動きを取るに取れなくなった閃珖龍が息を呑み、翼の羽搏かせ方に戸惑いを覚えた――――



――――瞬間。

魔龍の鞭尾が奔り抜け、プラズマのカーテンごと風を薙ぎ払った。

殴打されたのはスターダストの首根っこ。

首ごと、否。首の根元から脊髄を引き摺り抜かんばかりの衝撃が、星屑龍の身体を襲う。

そのまま龍の尾は首へと絡みつき、その身体を捕縛する。



飛散したプラズマの光が晴れ渡る。

露わになる相手を捕まえ仁王立つ龍の姿と、囚われ首を絞められた龍の姿。

五指整った両腕を、自らの首に絡む尾に叩き付ける星屑龍。

ギリギリと絞まり込んでいくそれの目的は、絞め込む事ではけしてなく、咬み切る事に相違ない。



なるものか、と。

尾に爪を喰い込ませ、対抗すべく力を籠める。

同時に、逃がすと思うか、と。

レッド・デーモンズがスターダストを捕らえたままの尾を振り上げ、全速力で振り抜いた。

背中から光の大地に叩き付けられるスターダスト。

メキメキと異様な音を立て、悲鳴を上げるのは星屑の背骨。

身体だけでなく、その口からも痛みを訴える苦悶の声がこぼれ出る。



追撃と、紅蓮魔龍は尾を再び振り上げた。

振り上げたそれを叩き付ける行為を、星屑が砕けるまで繰り返すべく。

ぐいと振り上げた尾で、スターダストの肢体を玩具のように扱い、再度――――



振り下ろされる。

確かにスターダストを捕縛していた龍尾が轟音とともに、敷かれた光道の上へと叩き付けられて―――

星屑の身体を粉砕し、無数の粒子として飛散させた。

それは、今まで数多のモンスターがそうと変えられてきたガラス片のような姿ではない。

飛散した光の粒子は、まるでそこが星空だと言わんばかりに輝きを湛える。

―――何故、と。

手応えを感じていないレッド・デーモンズの瞳孔が窄まった。

振り返った先にあるのは、光の道を飾る輝きの薄れたミニチュアの星空。



――――その身は白銀の龍であると同時に、星の煌めきの具現。

散らばった光は集合し、星座を描いて龍と成す。

再構成は10分の1秒で完了し、星屑の龍は紅蓮魔龍の背後遥か高くに出現した。

スターダストのエスケープが完了するまでの僅かな隙間。

それはレッド・デーモンズの意識は、自らの圧殺を回避されたという事実の認識に消費された。



凝る星光。

スターダストの口腔から溢れる光が、圧縮されて昂ぶっていく。

風圧の塊を叩き付けたとて、それすら蒸発させるのがあの王者だ。

ならば、幾ら風を吹き付けようと意味はない。

あの溶岩を押し固めたかのような体躯の、君臨せし魔龍王を凌駕する為に――――



収束していく光の渦を湛えた顎を開く。

反応は、それに次いで。

背後で攻撃の予備動作にいたスターダストに向かい、振り返るレッド・デーモンズ。

だが、遅い。

既に放射直前の攻撃。それは彼の龍が踵を返すのを待つほど、鈍いものではない。



――――億千の星が放つ光を束ね、一条の流れ星と撃ち放つ奥義。

それはさながら、天から地へと降る一筋の流星群。

星の光、龍の咆哮。相混じるその威力こそ、その名を――――



―――――シューティング・ソニック―――!!!



音無き叫びと、吐き出される閃光。

極大まで膨れ上がった白光は、空から地上を踏み躙る龍に向かって降る。

立ち尽くす巨体を、覆い包んで余りある圧倒的な光力。

軌道上のあらゆるものを、光圧で以て圧し流す光の波は、違う事なく描く軌跡に魔龍の身体を巻き込んだ。



――――放射を続ける事、十余秒。

薙ぎ払われた空間に音は無く、ただ押し出された風だけが暴れている。

口の端から光の残照を零しつつ、スターダストは身を翻す。

滑空するかたちで行く先は、走る遊星に並ぶ位置。



従者の帰還を受け、遊星は疑念の籠った声色で、一言呟く。



「やったか……!?」

「―――――」



先を走るジャックは、その言葉に振り向く事もない。

ただ悠然と、操車桿から右腕を放す。

ゆるりとした動作でしかし、しかと天へと突き上げられた指先。

同時、後方でスターダストの攻撃の残響、その光芒が裂けた。



「この程度で、レッド・デーモンズを倒せたとでも思ったか―――

 オレは貴様の攻撃宣言時に、既にトラップカードを発動している!」

「なにっ……!?」



光が燃える。

内側に呑み込んだ魔龍の炎の氾濫に、膨れて弾ける光芒の檻。

そこから溢れるのは紅蓮の炎。

溶岩を打ち起こしたかのような巨躯を持つ、紅き悪魔の名を持つ龍王。

ただその身に異変が起きている。

人さながらのスタイルを持つ肉体が、血色の鎧に包まれているのだ。



――――胴体に眼を配置。

それはレッド・デーモンズの全身を用い、一つの異形の顔面を模るような造り。

肩には胴体と同サイズな三枚重ねの装甲。

腕は籠手は包み、脚部には脚絆。

背中からは剣のように鋭い羽が装備されている。

悪魔としての様相を明らかに濃くした、魔龍の姿がそこにはあった。



トラップカード、バスター・モード!

 このカードの効果により、オレはフィールドのシンクロモンスターをリリースし、

 デッキよりリリースモンスターのバスター・モードを特殊召喚した!

 即ち、レッド・デーモンズ・ドラゴンスラッシュバスターッ!!!」



咆哮を挙げるべく、身体を捩る龍。

だが龍の身体には、鎖が巻き付き、身動きを阻害していた。

鎧甲を纏った事により、きつく巻き付いていたそれは、今にも弾け飛びそうなほど軋んでいる。

自らを拘束する邪魔物。その状態に一瞬、顔を酷く歪ませたレッド・デーモンズ。

その体躯が、纏わりつく鉄鎖を撥ねるべく鳴動する。



「更に! レッド・デーモンズに装備されていた覇者の呪縛の効果!

 このカードが墓地に送られた時、相手プレイヤーに700ポイントのダメージを与える!

 バスター・モードの効果によりレッド・デーモンズがリリースされ、覇者の呪縛もまた墓地ヘ置かれた!

 呪縛解放によるダメージを受けるがいい、遊星ッ!!」



胸を張る動作とともに放つ雄叫び。

同時にバキリ、と。身体を縛っていた鎖が千切れ飛んだ。

巻き散らかされる鎖の片鱗。

高速で飛散するその鉄の破片は、最早銃弾と変わらぬ様子でフィールドを撃つ。

弾幕は不可避。

幾つもの弾丸が、遊星号の車体を叩いては、遊星からコントロールとライフを奪っていく。



「ぐっ……!」



ガリガリと削られていくライフカウンターの数値。

そして示されるのは、1900。

残りライフが50%を切った事に、小さく苦渋を漏らす遊星。



拘束を力任せに引き千切ったレッド・デーモンズは、小さく首を揺らして呼気を落す。

黄金の瞳が見据える存在は、自らに一撃をくれた星屑の龍。

ズズ、と引き絞られる双眸からの眼光は鋭さを増し、スターダストを射竦める。



「さあ、どうする遊星! 今はまだ貴様のバトルフェイズ!

 スターダストの攻撃宣言時、フィールドからレッド・デーモンズが消えたが故に、

 スターダストの攻撃対象が宙ぶらりんのままだ。

 無論、レッド・デーモンズスラッシュバスターを攻撃対象に選び直す事も出来る。

 見るがいい、レッド・デーモンズは今の姿で、スターダストとの衝突を望んでいるぞ?」



グァアッ! と、咽喉の奥から唸り声が溢れた。

炎の明かりで血色の鎧甲が妖しく輝き、その威容を引き立てている。

圧倒的なまでの存在感を誇るそれの攻撃力は、3500。

まともにやりあえば、スターダストは瞬く間に焼失する事になるだろう。

ジャックの挑発を聞き入れる事なく、遊星はただ手札から剣を抜く。



「スターダストの攻撃は中断。カードを2枚伏せ、ターンエンド」

「フッ……まぁいい。

 そちらから仕掛けてこないというならば、こちらから侵攻するだけの事。

 征くぞ、遊星! オレの、タァーンッ!!」



ジャックのスピードカウンターは既に12。

増える事はなく、ただ遊星のみが加速する。

引いたカードを一瞥すると、ジャックは腕を大きく横に振り、己に追従する龍王に使命を下す。



「さあ、バトルだ!

 レッド・デーモンズよ、スターダストを薙ぎ払え――――!」

「――――手札から、モンスター効果ッ!」



鎧甲龍が翼を背後に流した。

顔を模した胴体の鎧が、雄叫びの如く軋みを上げ、赤熱する。

放出される熱量の収束は、レッド・デーモンズの掌。

沸き立つ炎の塊は最早固体と化し、ドロドロとその掌の上を転がっている。

その物体を載せた手が、スターダストへと仕向けられた―――



ごう、と迸る溶岩流。

宇宙を焼き、光を焦がす熱量の殺到。

それに呑まれれば、もう耐える耐えないの次元ではない。

あれは、フィールドの一切合財を絶滅させる終焉の炎。

スターダストは翼をはためかせ、大きく後ろへと飛び退った。

そして、その前に現れる小さな影。



「シンクロ・ビリーバーの効果を発動!

 自分のシンクロモンスターが攻撃対象となった時、そのバトルを無効にし、

 このカードを特殊召喚する!

 オレはシンクロ・ビリーバーを守備表示で特殊召喚!」



スターダストの前に現れたのは、僧衣の老婆。

迫りくる業火の前へ身を投じた老婆は、胸の前で組んだ手をその攻撃へと突き出した。

途端、老婆の姿が淡い緑色の光を帯びて、その前方に障壁を発生させる。

炎の渦が壁へと衝突し、爆発してぶち撒けられた。

飛散する火の粉が背景と星と共に流れ、遊星の後ろへと消えていく。



攻撃を遮られた魔龍はより表情を険しく歪め、

それを知っていた王者は小さく鼻を鳴らす。



「フン、オレはこれでターンエンド」

「オレのターン!」



自らのターン宣誓とともにドローするカード。

手札の尽きている遊星にとっては、それは反撃に繋がる最初の一手にならねばならない。

引き抜いたカードを見ると、遊星の顔が僅か、強張った。



――――この、カードは……

――――このカードの効果ならば、確かに反撃のチャンスを生み出せる……

――――だが、この効果を反撃に繋げる為の手札が、今のオレには無い。

――――並のデュエリストならばまだしも、ジャックが相手では、中途半端な反撃はまず通用しない……

――――確実に反撃を成功させる為には、奴の隙を衝かなくてはならないだろう。

――――その隙、どう作る……?

――――………このタイミングから体勢を敷けば、奴も容易には踏み込めない筈。

――――ならば、これだ――――!



伏せリバースカード、発動オープン

 バスター・モードッ!!」

「ほう? 貴様の伏せリバースもそのカードか!」



スターダストが翼を広げる。

遊星の前に展開された、カードのソリッドヴィジョン。

そのイラスト部分から、蒼と白銀入り混じる無数のパーツが吐き出された。

胴、腕、脚、そして翼。

スターダストの美麗でシャープな意匠を汲んだ造形の鎧は、空中でその身に鎧われた。

血色の鎧に身を包み、巨躯を更に太らせたレッド・デーモンズとは違う。

鎧という大きく、鈍い外装を纏ったにも関わらず、その速さを殺さず活かす研ぎ澄まされた鋭さ。

星屑の鎧甲姿には、それがあった。

闇を切り裂き風と舞う翼、進化した姿を大いに晒し、咆哮を轟かせるその姿、その名こそ――――



「飛翔せよ――――スターダスト・ドラゴンスラッシュバスター!!!」



応、と名を呼ばれた龍は咆哮で応答する。

力強く吹く風の音は、されどレッド・デーモンズには届かない。

フィールドを吹き荒れる風圧を焼却し、魔龍は高らかに宣告した。

けして、この業火の戦場の中で、風がフィールドを支配する事などありえないと。



「ともにバスターモンスターならば、その素体となっているシンクロモンスターの能力の差がそのまま反映される!

 我がレッド・デーモンズの攻撃力は3500!

 対して貴様のスターダストの攻撃力は3000!

 この差が、今のオレと貴様の決定的な差だと知るがいいッ!!」

「ならば! その差を覆す事で勝利を掴む!

 オレは、更に手札からハウリング・ウォリアーを攻撃表示で召喚ッ!」



フィールドで啼くのは、業火の唸りと疾風の呻き。

それらの不協和音が、ついと止んだ。

遊星が切った手札が、Dホイールに敷かれた瞬間、現れるのはモンスターを構成する光の球体。

その中で生み出されたモンスターは、外の雑音を纏め上げて吹き消した。



白銀の鎧の騎士は、右の手に握る異型の剣を、指揮棒の如く奮う。

ざわめく風を鎮めた調律は、あらゆるモンスターに対し効力を発揮する導きの手だ。

バサリ、と。

腰ではためく外套を一度煽り、背後に流す。

直後に掲げた指揮棒の先端が向けられるのは、スターダスト・ドラゴン。



「ハウリング・ウォリアーの召喚に成功した時、

 自分フィールド上のモンスター一体のレベルを、3に変更する事ができる!

 オレは、スターダストスラッシュバスターのレベルを10から3に変更!」



指揮棒タクトがゆるりと振り下ろされた。

それは、荒ぶる風を従えるスターダストの周囲に伝播し、それらの現象すらも収めていく。

最上級モンスターの持つ覇気が霧散し、感じる雰囲気だけならば、今の龍は低級モンスター相当だ。

ピッ、と指揮棒を振り終えたハウリング・ウォリアーがその切先を跳ねた。

途端、スターダストの周囲に十の光の球が現れ、その内七つが砕けて消える。



「―――――」

「オレはこれでターンエンドッ!」

「オレのターンッ! ドローッ!!」



スピードカウンターの動きは、やはりジャックにはない。

遊星のカウンターは11まで回復し、次の彼のターンにはカンストするだろう。

手札をホルダーに加え、ジャックの思考は、

相手フィールドの状況を看破すべく、自身の裡に埋没していく。



――――奴の残りライフは1900。

――――攻撃力800のハウリング・ウォリアーを破壊すれば、容易に削り切れる数値……

――――レッド・デーモンズの攻撃を、攻撃表示モンスターが受け、

――――ライフポイントを残す事が出来る最低ラインは1700……

――――つまり、奴の場に1枚残された伏せリバースカードが、攻撃力を1000ポイント上げるカードであれば。

――――レッド・デーモンズの攻撃を受けたハウリング・ウォリアーの攻撃力をアップさせ、

――――ライフを残しつつ、レッド・デーモンズ/バスターの効果。

――――クリムゾン・ジ・エンドを発動させる事が出来る。

――――効果を発動してしまえば、スターダスト/バスターの効果がレッド・デーモンズを破壊するだろう。

――――挙句、レッド・デーモンズの効果にチェーンしたスターダストの効果で破壊され、

――――墓地に送られるが為に、墓地のレッド・デーモンズを再生させる効果が生きない。



――――……この一連の流れを再現したい、というのであれば、スターダストを強襲形態に変形させる必要はない。

――――レッド・デーモンズの能力は破壊効果に徹底している。

――――通常形態の破壊無効効果のみで事足りる筈。

――――ならば、わざわざあのタイミングでのバスターモードには別の意味がある。

――――ハウリング・ウォリアーの効果によって変化させたレベル。

――――奴のデッキは低級モンスターに対するサポートカードが充実している。

――――スターダスト/バスターとスターダストを別つ境界。

――――明確だ。それは攻撃力に他ならない。

――――変形させるか否か、それだけで攻撃力が500違う。

――――仮に、遊星の伏せリバースが推察通り、攻撃力を1000ポイント上げるカードだったとして。

――――その攻撃力アップの効果対象となるのが、低級モンスターであるという条件だったとして。



――――ハウリング・ウォリアーに攻撃を仕掛ければ、ライフを削り切れず、

――――スターダストの効果にレッド・デーモンズは破壊される。

――――スターダストに攻撃を仕掛ければ、攻撃力が逆転し、破壊される。

――――その上、墓地で発動するレッド・デーモンズ蘇生効果をその効果で無効にされる事だろう。

――――このタイミング、踏み込むには危ういだろう。



――――が。

――――そも、これが単純なレベルトリックの仕込みであれば、前のターンで遊星の方から仕掛けられた筈。

――――伏せリバースカードの発動条件に何らかの制約がある為に出来なかったか……

――――あるいは、あの雑魚モンスターの攻撃表示すらブラフなのか。



「フン……どうあれ、このキングに!

 仕掛けず、日和見を決め込むなどという選択肢など有り得んッ!

 さあ! 貴様の昂揚、その全てを懸けて奴を粉砕せよ!!!」



主の許しが降されて、業火を纏う紅蓮の魔龍は飛び立った。

爆進、と表現するのが尤もだろう。

翼が羽搏けば、余熱が周囲に撒き散らかされ、星を燃え上がらせている。

光が熱量で歪み、一直線に敷かれていた筈の光の道も、まるで蜃気楼かと歪んでいた。

爆進地は最早言葉にするまでもない、相手の閃珖龍以外に、魔龍の標的は存在しない。



「元より雑魚など眼中にない――――!

 オレと貴様の決着は、レッド・デーモンズとスターダスト!

 この二体での勝負以外では有り得ないッ!!!」

「っ――――!」



応えるは風龍。

横幅全長まで翼を広げ、迫りくるレッド・デーモンズを待ち受ける。



進軍が同時に爆撃と化す破壊神は、突き進みながら右腕を突き出す。

前方に突き出された手は開かれ、その掌には凝った炎が終結している。

極限まで破壊を突き詰めた真紅の一撃。

それを真正面から受け止めようなど、自殺行為に等しい。



迎え撃つ側の龍が、ずいと瞼を眇める。

スターダストの口腔に光が集い、全力の返撃を見舞う為の体勢へ。



――――分類するのであれば、掌底打ちという事になるであろう攻撃。

炎を伴うと言っても、それは至近距離を戦う為の攻撃に他ならない。

速度を度外視したとて、互いに放つ攻撃の質を比べれば、先手がどちらかは言うまでもない。



溢れる星の奔流は、軌道を過つ事もなく間違いなくレッド・デーモンズへ殺到した。

バスター化し、より輝度を増した星々の一撃。

それは、相手がレッド・デーモンズ・ドラゴンであれば、致命傷になるだけの威力があった。

無論、魔龍の方もただではやられまい。

死力を尽くし、例え半身が吹き飛ばされようが、死に物狂いでこちらの首を折りにくる。

だがそもそも、今の相手はレッド・デーモンズ・ドラゴンではない。



光風の咆哮がレッド・デーモンズの掌に直撃する、直前。

それは至極あっさりと、余りにも自然に、蒸発して消え失せた。

音速で敵を貫く光の槍は、切先を向けた相手まで届く事すらなかったのだ。

当然だろう。

あれは、破壊神レッド・デーモンズを凌駕する、破壊という事象そのものの権化――――



「破壊しろ―――レッド・デーモンズ・ドラゴンスラッシュバスターッ!!!」



不可能だ、と閃珖の龍が悟る。

同格の龍という存在としての誇りはあれど、それでも。

あれに、正面から打ち克つのは不可能だと、理性と本能が合唱した。

破壊神という呼び名すら不相応。

あれは、破壊という行為を司る神でさえも破壊し、森羅万象の悉くを破壊するだろう。

破壊さえも破壊する、例えようも無き―――

名状し難き、万象に対する破壊と絶滅、破滅という想像の具現。

あれにかかって、破壊されぬものなどない――――



「エクストリーム・クリムゾン・フォォオオオオスッ!!!」



――――呆けていれば、既に残る間合いは1メートルを切っている。

瞬間、身を焦がすのは焦燥だけではない。

圧縮・凝固しているとはいえ、その熱量は星を消滅させても余りある。

その威力。中れば、自身の存在が消滅する事に疑いない。



だが、速力で上回るのはスターダスト。

スタートダッシュを譲ろうと、今正に静止している自身に全速の相手が迫っていてもなお―――

先を征くのは星屑の龍に他ならない――――!



瞬間。広げた翼で宙を打ち、上空へと舞い上がる。

1メートルの距離は刹那に埋まり、一瞬前にスターダストがいた場所に、

レッド・デーモンズの姿が現れる。

目標が空に逃れた事を認識したレッド・デーモンズは、すぐさま光の大地に足を叩き付け、ブレーキをかける。

右腕に蓄えた熱量はそのままに、首を空へと向け、自身に背を向け飛翔する姿を見止めた。



ぐい、と首を後ろに向かって引いて、咽喉の奥から炎を引き摺り出す。

その湧き上がる業火の噴火はさながら火山のそれだ。

留まる事の知らぬとばかりに、途切れる事なく吐き続ける業火の波。

真っ直ぐと伸びる炎の軌跡はスターダストの背後へと迫り――――

その実、迫ってなどいない。



レッド・デーモンズの吐く炎が伸びる速度は、スターダストの飛行速度に劣る。

互いに一直線に伸び続ければ、スターダストと炎の距離が開く事はあっても、縮まる事など有り得ない。

とはいえ、スターダストとて無限に逃げ続けている気など毛頭ない。

ある程度間が離れた事を認めた星龍は、翼を片方傾けて、減速しつつロールした。

背後から迫り来た炎が、スターダストの横合いを通り抜けていく。

躱した炎はしかし止まず、むしろその勢いは増しに増し、止まらない。



レッド・デーモンズが首を揺らし、射角を変えれば延長線上の炎が鞭が如く撓る。

呑み込まれれば押し流される。

そんな当り前の結果が見えているスターダストも、当然それを避けながら振り向いて、

――――彼方に在る、レッド・デーモンズへと照準をつけた。



炎を躱しながら、己も咽喉の奥から生じる光を、弾丸と吐き出す。

ごくごく短い発射で、光線ではなく光弾としての仕様。

それは炎とは比較にならない弾速で、立ち誇るレッド・デーモンズに着弾した。

胴に。脚に。腕に。首に。何度も、何度も。

だが、そんなものはダメージとして成立していない、と。

レッド・デーモンズは、小揺るぎもせずに攻撃を続行している。



回避し続けるスターダストと、命中したところでダメージを受けないレッド・デーモンズ。

その状況に陥ってから約十秒。

業を煮やしたレッド・デーモンズが、状況を変えるべく炎の吐息を打ち切った。

足を止める事を許されたその間隙。



スターダストが急制動をかけ、その速度を一気に殺す。

集い、凝縮されるのは空に瞬く星々の光。

滾る光をその口腔の一点に集中させ、黄金の眼光が標的を捉える――――

胸部に在る蒼く透明に輝く珠玉の中から、滂沱と光が溢れ出す。

その光は口腔に集う光に交ざり、より強大な輝きとなって解き放たれた。



――――強襲する閃珖。

自身と敵を一直線に結ぶ光の軌跡は、放たれるとほぼ同時。

それは確かに結実する。

音波の波濤は、確実にレッド・デーモンズの体躯を叩く。

だがそれは、けしてその肉体を撃ち抜く事はなかった。

龍は持ち上げた左腕を覆う手甲で、音の怒濤を塞き止め、まるで怯みもしない。



――――見るがいい、この雄姿こそレッド・デーモンズ。その強襲形態だと。



腕を薙ぐ。

光波を受け止めていた、溶岩の塊みたいな腕が、思い切って振り抜かれる。

そこにつくのは圧倒的なまでの衝撃波で、それは――――

当り前みたいに、ドラゴンのブレスさえも跳ね返した。



自ら敷いたレールを遡っていく閃珖。

逆流する己の秘儀に、スターダストの反応が一拍遅れた。

遅れた一拍は、僅か一拍であると同時にされど一拍。

吐いた光芒が道をなぞり返すのに、一拍もの時間はかかりやしない。

ギャ、と鈍い音を立てて、スターダストの翼に光線が辿り着いた。



―――最早有り得ないほどの躍動で、星屑は翼を畳んでいた。

回避も防御も不能なタイミングで、しかし防御だけは間に合わせる星龍。

あるいは奇跡と呼んでも差し支えないだろう、その神業。

しかし、その神技を生み出す当人の攻撃力が、その翼を穿つべく威力を余さず発揮する。

半ば融けるような有様で、焼かれていく翼。

翼の楯の奥で、星屑龍は苦しげに隠し切れぬ悲鳴を上げる。



バリバリと焼け焦げる翼膜に苦悶の声を上げつつも、風の護りでそれが貫かれぬよう保ちつつ、

しかし強引に翼を跳ねて、力任せに閃光を弾き飛ばす。

先までの暴力とは打って変わり、光は悄然と霧散していく。

そしてこの逆撃―――その礼を。

と、痛みに滲む視界の焦点を、レッド・デーモンズへと合わせて……



それが、既に自身の目前まで踏み込んできている事を知る。



―――――雄々、と。

雄叫びを上げながら踏み込む龍との距離は、5メートルも無い。

既に射程距離を超え、必殺の間合い。

しかし、切先を目前に躱してみせる風龍にとってこの距離は、回避の為に無限の時間が用意されているに等しい。

突風と風を煽いで身を浮かせるべく、翼を奮う――――

そして気付く。

今の翼これでは間に合わない、と。



焼け爛れ、翼膜を融き刻まれたこれでは、風が捕まらない。

一度の羽搏きでそれが明確となり、襲われた激痛に身を竦ませる。

立ち直した時にはもう残り2メートル。

どうする、などと考えていられる暇があるものか。

既に距離は埋まり、濁った灼熱の塊を湛える右手を突き出す魔龍の姿がそこにある――――!



――――咄嗟に身を引き、両腕を目前で交差させて翳す。

接触するまでもなく融けていく強襲鎧。

白銀は一瞬の内に赤熱し、端から融け落ちていく。

接近ですらこれで、直撃であればどうなるかなど分かり切っているだろう。

ギリ、と牙を軋り合わせたスターダストは、この状況を唯一打開出来得る手段に縋る。

それこそ、



轟、と。

レッド・デーモンズの攻撃が、スターダストが直前まで在った場所を過ぎた。

手応えは、返ってこない。

それは先と全く同じで、捉えたと認識した瞬間に発生する蜃気楼。

星々の瞬きが映す、煌めく幻影。

その場所で、スターダストの身体が解けていた。



攻撃が当たる前に、スターダスト・ドラゴンの身体は、光の破片となって砕けていた。

元より星屑の結晶である龍にとって、それはある種の生態である。

無数に分裂した、と言っても差し支えないその能力の前には、如何なる破壊も受け付けない。

万か億と、無数の星の欠片になっての離脱。

捉えたモノを滅却する炎の侵略も、触れられねば干渉できない。

などと、



――――そんな夢想ごと、壊滅し尽くすのが強襲する紅蓮魔龍ぞ。



掌の中に滾る紅蓮を、握り潰す。

ただでさえ圧縮されていた炎が、更なる外圧を受けて縮んでいく。

掌中に在った時点でそれは、既に限界まで潰されていたものだ。

限界を越えた圧縮は当然の如く、それを決壊へと導く。



――――ドッ、と。



した瞬間のみ、一瞬の大音響が世界を轟かせ、続く世界から音を消した。

レッド・デーモンズの掌の中を爆心地に、世界を舐める業火が燃える。

爆発は当然、爆心地を中心に周囲を呑み尽すべく広がっていく。

その破壊は、魔龍の近くに散乱していた億千の星全てを、効果範囲内に巻き込んでいる―――!



業火の氾濫に呑み込まれ、その瞬間にスターダストは身体を再構成していた。

そのままでいようものならば、あれはこの身体を構成する星屑全てを焼却する―――

それだけの威力であり、それだけの火力だ。

炎の渦に揉まれながらも何とかその檻を脱出し、虚空の内へと躍り出て、

その獲物をみすみす逃がす、レッド・デーモンズであろう筈もない。



負傷の大きさに震えている龍目掛け、トドメを刺すべく動きを開始。

思うが如く動ける筈もない、スターダスト・ドラゴンへ迫り、

その顎をがばりと大開にした。

生え揃った牙の整列を見せつけるように、巨体は正面からずれる事もなく迫撃。

そして、咬み砕くべき敵へと顎を向かわせ、突き立てる――――!



「―――――永続トラップ発動!

 モンスター・チェーンッ!!」



瞬時にレッド・デーモンズを取り巻く淡い桜色の鎖の渦。

それは大きく開かれた彼の龍の口の中へとすら滑り込み、その牙同士が打ち合うのを阻害した。

だけでなく、幾条もの鎖は一体の龍を止めるべく、その為に結集し、その威力を存分に発揮する。

手も足も、首も口でさえも、雁字搦めに捕らえられるレッド・デーモンズ。

膂力だけで引き千切らんと力が籠るが、その鎖はけして砕けない。



「モンスター・チェーンの効果!

 このカードは発動した時に存在する、オレのフィールド上のモンスターの数だけ、

 相手ターンのエンドフェイズが経過した時、破壊される。

 そして、このカードがフィールドに存在する限り、相手の攻撃を封じる!

 オレのフィールドにはスターダスト、シンクロ・ビリーバー、ハウリング・ウォリアーの三体!

 よって、3ターンの間、レッド・デーモンズの攻撃は無効だ!」

「フン……」



ジャックは遊星の場に展開されたカードを見ると、ゆるりと手を降ろした。

それが合図と、もがいていたレッド・デーモンズが、その姿のままジャックの許に帰還する。

ギシギシと軋む鎖の中の幾つかには、早くも亀裂があった。

それは、もがくように力を籠めたその瞬間、バキバキと破砕音を轟かせながら粉砕される。

ジャック・アトラスが進行していたターンが、1度目のエンドフェイズを迎えた証拠。

何条か破壊しても、それは僅か3分の1だけ。

あと2ターンの間だけは、どうあれ攻撃を行う事が出来ないだろう。



「オレは、これでターンエンドだ」

「オレのターンッ!」



譲られたターンは、しかし遊星のスピードカウンターを増やし、手札を1枚増やすだけだった。

カードをドローした遊星は、加わった戦力の正体を見て、

攻勢をかけるには足らないのだと、小さく顔を歪める。

1枚きりの手札をホルダーにセットし、遊星は前方に在るレッド・デーモンズを見た。



「ハウリング・ウォリアーの表示形式を守備に……!」



調律兵が腕を胸の前で交差させ、片膝を折る。

低く、丸まった体勢で取るその姿勢は、守備表示による構え。

銀色の鎧はさっと青く染まり、より明確に状態を表示する。



奴を封じていられるのは、あと僅か2ターン。

それが過ぎ去れば暴虐がフィールドを支配する。

想像に難くない未来を思い描き、グリップを強く握り締めた。

呼応する遊星号のエンジンが。

モーメントが、強烈に光を放って、コースに虹色の軌跡をなぞる。



「ターンエンドっ…!」

「オレのターン、ドローッ!」



裂帛の雄叫びとともに、札を抜き放つ。

そのイラストを横目に覗き、少し瞼を眇めるジャック。

一瞬だけ強張った表情はすぐさま崩し、悠々と自らのターン終了を告げる。



「ターンエンド。そして、残り1ターン!」



レッド・デーモンズが力を籠めれば、バキバキと鎖が砕かれていく。

崩れ落ちる鉄屑を焼却しながら、王龍は自身の拘束が未だ全て砕けていない事実に牙を軋らせた。

次、彼がエンドフェイズを宣言すると同時に、レッド・デーモンズは解放される。

それがどんな結果に至るのか、分からない筈もない。

眼光鋭く、闘志を引き締めた遊星は、デッキの上へと手をかけた。



「オレのターン、ドローッ!!」



しかし闘志の漲るドローは空振りで、あるいは空回りして。

遊星の手中に望むカードを舞い込ませる事はなかった。

小さく苦渋の声を漏らし、しかし諦める事はない。

前のターンのカードとともに、

ホルダーから引き抜いたカードと合わせ、2枚のカードをディスクのスリットへ差し込んだ。



「カードを2枚伏せ、ターンエンド!!」

「オレのタァアアアンッ!!」



咆哮とともに開幕を。

否、再演を告げる。



「カードを2枚伏せ、ターンエンド―――――!

 この瞬間!!」



ホイール・オブ・フォーチュンの車輪の周囲に展開される光。

それはセットカードを示すもので、今ジャックが伏せた2枚のカードの示唆だ。

ジャックはメインフェイズに、カードをセットするだけでターンを終了し、

フェイズをエンドフェイズまであっさりと進めた。



滂沱と溢れる紅蓮が、残っていた鉄鎖を焼き尽くす。

解放されると同時に、開放される火力。

漂う熱気を浴びた金属は、ものの数秒で液化して崩れていく。

紅蓮魔龍は、粘ばつく液状の金属が、強襲鎧を伝って垂れていくのを、軽く身体を奮う事で払い飛ばした。

撒き散らかされる金属粒が、背景の星に交ざって、背後の彼方へ消えていった。



「レッド・デーモンズは、解き放たれる!」



縛鎖をかけられた恨みを吐き出すが如く、怒号を吐き散らかす。

それは物理的な破壊力さえもっていて、光のフィールドを震撼させる。

光すら灼く光に彩られ、今からこそ始まるのは、王者レッド・デーモンズ・ドラゴンの独壇場――――



横並びに走行している二台のDホイール。

その大外に、相対しながら控えるのは、二頭の強襲形態龍。

邪魔立てしていたものはもう取り払われた。

後は、最後の衝突が結末を導くのみ――――!







――――これは……



龍可は、無間と続く宇宙の中にいた。

何処かは判然としない、ただただ流れていく星を観測するためだけの展望台。

何故こんなところにいるか。

その疑問が、疑問として成立する前に、腕で疼く熱の感覚が答えをくれた。



――――痣が……!



浮かび上がる龍爪の痣。

浮かされたような熱に戸惑う龍可に、その痣は真実を与える。

星の中をたゆたっていたのだろう身体が、いつの間にか、光の一本道の上を手繰っていた。

ただ浮かぶ星を追い抜いて、光道を突き進んでいく身体。

いや、突き進んでいるというのは、星が後ろに流れていくから覚えている錯覚かもしれない。

自分が動いていないのに、ただ星が過ぎ去っているだけなのかもしれないし、

あるいは自分は後ろに流れているけど、それ以上の速さで星が後ろへ進んでいるのかも。



などと、益体もない事を考えていると、星と光以外の何かが、視界に入った。



――――十六夜、アキさん……!?



それは、自分と同じように腕に痣を浮かべた、少女の姿だった。

彼女は龍可に気付いた様子だが、一瞥だけで一顧だにせず、すぐに視線を逸らした。

この場にはシグナーだけが集まっている……

つまり、やはり彼はシグナーではないという事だろう。

その視線の先、光の軌道のその上に、二台のDホイールがいる。



紅と白。

二色のDホイールは、高速で並走しながら直進し続けている。

その傍らには、全く逆の色合いで、龍が控えていた。

紅に従うのは白銀、白に従うのは紅蓮。

相反する構成で、けして混ざり合う事なく、双方相手を喰い潰す為の意志に満ちて。



――――遊星と……ジャック……?

――――デュエル、しているの? こ、



ドクン、と痣が脈動する。

叩かれたように跳ねる腕に、一気に意識が引き戻された。

視界の端に収めていた、十六夜アキもその感覚を覚えている様子だ。

右の腕に浮かんだ痣を左手で押さえながらも、その感覚に意識を引き摺られる。

行き着く先は、二人の戦場に他ならない。

いや。否、もっと先。

戦場を通じて、その奥。覗き込んでようやく垣間見える何かが、そこに――――



――――なに、これ……!?



光の道が、その光度を落下させる。

眩い光が薄れ、風景が明るくなった時に、それは初めて認められた。

見えるようになっただけなのか。あるいは、今そこに生まれたのか。

光の道の下には、廃れた街並みが敷かれていた。







「オレの……! っ!?」



そんな異常に気付かぬ筈もなく、遊星はその光景に言葉を詰まらせた。

底に在ったのは。其処に生まれたのは。

紛れもなく、ネオドミノシティのサテライトであった。

世界から零れ落ちたかのような、漆黒の帳が落ちる廃籍の街。

その光景を見た遊星は、思わず手を止めて、そちらを注視した。



「これは、サテライト……?」



訪れる前兆は、まるで地震のようであった。

地の底から何かが這い出てくる予兆かと思うほど、大きな地鳴りが地底から轟く。

長い余震を経て、遂にとそれは地表に辿り着いた。

瞬間、舗装が剥がれた瓦礫の道が、内側からの圧力で、爆音と同時に弾け飛ぶ。

中から押し寄せて、飛び出してきたのは炎。

夜闇のような、粘着く暗色。

暗い炎は、周囲の乱立する倒壊したビル群を、呑み下さんばかりに立ち上がり、壁となって聳え立つ。



その有様をより高い場所から。

天空の光道から見下ろしていた遊星が、炎が無造作に立ち上がったワケではない事に気付く。

描かれたモノを見る視線に困惑の色を浮かべ、零すようにその正体を、しかし明確に言葉にした。



「蜘蛛の、地上絵……?」



それは、炎で描いた地上絵だった。

さながら五山送り火が如く、ナスカの地上絵に相違ない描画を再現したかのような。

だがしかし、その炎の描き出す意味はきっと真逆だ。

そこに鎮魂の意図などまるで無く。

むしろ、冥界より怨霊を呼び起こす為に描かれたかのような――――



「!」



立ち上る炎に触発されて、スターダストが吼え猛った。

撒き散らかす咆哮は指向性を与えられていないものの、音波の侵攻に違いない。

蒼銀に色付いた風の暴走が、周囲を揺さぶる。



「スターダスト!?」

「――――レッド・デーモンズ……!?」



同じく、レッド・デーモンズも。

今までスターダストのみに向けていた敵意の標的を、その光景に移し替える。

二頭の龍が巻き起こす業火と疾風が、綯い交ぜになって膨れ上がっていく。



ドクン、ドクンと。

只管に加速していく鼓動。鼓動の度に、激しく揺れる暗色の光。

地の底の蠢動は極まって、原因は地表へと進出する。



――――それは、いつの間にかそこにいた。

漆黒と言うには、あまりにぼんやりと浮いた黒色。

きっとそれは、何かと混じり合う事はない、とても純粋な黒なのだろう。

それは、巨大な胴と顎。そして八つの肢を揺り動かし、立ち上がった。

頭部にぼうと、鮮血色の眼が灯り、血管を巡らせていくかのように、身体の各所を伝っていく。

ようやっと起きた、という様子の緩慢な動作の連続。



そうして、覚醒した蜘蛛の怪物は、ゆったりと頭を傾いだ。

瞬間。地面から暗色の炎と別に、青白い炎が燃え盛る。

蜘蛛自身の腹を焼くかのような位置取りで、粘るように燃える淡水色の炎。

あるいはそれは、楔なのだろう。

生命線、と言い換えてもいい。

地の底から噴き出す怨霊の渦は、けして地脈との繋がりを絶てないのだ。



地獄と化した崩れゆく街に、ゆるりと血眼を向ける蟲。

それは天上を走る二人の疾走者に眼を留めて、その鮮やかさを輝きとともに際立たせた。

見つけた、と。あるいは見つかったと、か。

頭部で揺れる鮮血の輝きを一際強め、視線を逸らす事はなく、蜘蛛は脚を適当に薙ぎ払う。

轟音とともに粉砕されるビルの名残。

舞う硝子片は、蜘蛛の輝きに照らされて、まるで血飛沫のように散っていく。

サテライトという街の残骸が、更にカタチを失っていくさま。

それをまざまざと見せつけられて、遊星は言葉を詰まらせ、身体を震わせた。



「っ……! 何だ、あれは――――! このままじゃ、サテライトが……!」



悲劇と惨劇の残り香である、悪夢の吹き溜まり。

成功と成就の許に、衛星サテライトとして切り離された、地獄。

その地はきっと、あの悪魔によって消滅する事だろう。

悪意と失意の権化である、あの蜘蛛の破壊行為によって。

そんな事を許すわけにはいかない。だが、そもそもこの光景は何なのだ。

脳はこれを悪夢であると理解しているし、事実現実味など欠片もない。

叫ぶべき言葉すら見つからず、ただどうすればいいかという思考ばかりが空回る。



そんな遊星を、あるいはジャックを。

急き立てるように、二頭の龍は咆哮をあげた。

二頭の龍が放つ力は、地の底で蔓延る怨念の蜘蛛に衝突し、空間を捩じ切っていく。

メッキが剥がされていくように、光景が崩れていく。

それは街の崩落と重なって、まるで世界が滅びていくような――――



「!?」



崩れた光景の先には、また別の光景が広がっていた。

地上に聳える高き、黄色の祭壇。

それは、太陽に手を届かせる為の立場で、つまりその意は神殿である。

祀る場所の頂点に立つのは、五人の人間だった。

五人は共通したものを持っていた。それは、遊星たちも持つ赤き竜の痣。

天に掲げた腕に輝く、赤い光。



「――――シグナーッ!?」



赤い痣は輝きを増し、やがてその光が五人の頭上で渦巻き、巨大な物体を描いていく。

構成されるのは、赤き竜以外の何でもない。

赤き竜は独特の甲高い咆哮を上げ、天へと昇っていく。







――――赤き、竜……!



そして、あの怨霊。

全く正反対の二つを交互に見せられて、感覚が混濁していた。

感覚のセンスならば、シグナー随一の龍可の感応は、この場に居合わせた他の三人と比較にならない。

精霊、悪霊。

そう言った類の存在を、一目で看破するだけのセンスを有している。

けれどあの悪食は、あまりに複雑に絡み合っていた。

その正体の全貌を掌握するには、眼を向けていた時間が余りにも足りなかった。

……悪霊。いや、そう、それ以上に悪食だ。

あれは、供物を容赦と例外を除いて貪り尽くす、真性の邪神の顕れ。

喰われた獲物は、考えるまでもない。

測るまでもなく濃密な魂の密度からは、その源泉が人のそれである事を窺わせていた。



――――っ。



吐き気を催し、口に手を宛がう龍可。

同じ光景を見た他の三人には、その原因はけして分かるまい。

あれのおぞましさ。

それの原因が、何の事はない理由だという事は。

先まで遊星とジャックのデュエルフィールドに君臨していた、邪神。

そのおぞましさは、人の裡にある本能的。

あるいは根源的な恐怖が掻き立てられる事によって生まれていた。

けれど、あの蜘蛛は違う。



もっと身近で、もっと当り前で、もっと自分自身だ。

あれは、深層意識とかそんな難しい意味を持っていない。

もっと有り触れた、業とすら呼べない人の悪心。

人が恒常的に抱く、つまらないほどに、しょうがない感情の渦。

憎くて、怖くて、恐れて、恨んで、怒って、忌わしくも誰もに在る、当然のものだった。



――――あの蜘蛛は、人間の心ひと……?



その問いは、きっと核心をついているという確信。

だからこそ、おぞましいと感じたのだ。

人の持つ当り前が、あんな悪魔を生むのだと。

いけないと分かっていても、誰もが持ってしまう間違い。

無くてはならない人心の“遊びいたずら”は、あれに帰結するのだと。

龍可は言われずとも理解した。



名は地縛神――――あれぞ人界を脅かす邪神であり、人界に渦巻く邪心である。

そう、誰かの声を聞いた気がした。

シグナーよ、そう呼びかけてくる声は、いつかどこかで、ずっと昔に背いてしまった声に似ていて―――

ずきり、と頭痛が一気にのぼってきた。



――――エンシェント、フェアリー・ドラゴン……



焦点が合わない、照準の定まらない瞳で、先を見る。

眼に入るのは、二人のライディングデュエリスト。

――――既に風景は、無間の宇宙に還っていた。







「あの、ヴィジョンは……!」



垣間見た景色は、いつの間にか蜃気楼のように掻き消えていた。

再び広がるのは無間の虚空。

暗色の宇宙の中で、ゴールのない光のロードをただ走っている。

道の下へ眼を向けても、もう何一つありはしない。



「何だったんだ、あの光景は……

 サテライトが、滅ぼされるとでも……」

「仮に――――」



ジャックの声に、遊星は視線を引き寄せられた。

同じ光景を見ていたのだろう彼は、しかし動揺などしていない。

視線を目の前から動かす事さえなく、遊星に語り聞かせるよう言葉を続ける。



「あの幻影が何であったとしても、オレと貴様のデュエルには、何の関係もない。

 貴様のターンだ。さあ、ドローしろ。貴様の力を!」

「――――オレの、タァ――――ンッ!!!」



ドローしたカードを見て、即座にそれをディスクに叩き込む。

カードがディスクに掠り、塗料を削って火花を撒く。

差し込まれたカードのソリッドヴィジョンが、遊星号の前に現れた。



Spスピードスペル-シフト・ダウンを発動!

 スピードカウンターを6つ取り除き、カードを2枚ドローする!」



カンストしていた12個の輝きが、一気に半分消え失せた。

同時に、遊星号の出力がぐんと下がり、その速度を落としていく。

大きくジャックの後ろに下がった遊星は、速さと引き換えに得た権利を行使する。

2枚のドローカード。



引いたカードを見た遊星が、バイザー越しの眼の色を変える。

力はある。それが発揮できるか否かは、兎も角。

振り返るのは、今までのデュエル。

思い起こすのは、レッド・デーモンズを取り戻した後のジャック・アトラス。



――――オレの手札では、ただ仕掛けるだけでは……

――――恐らく、勝てないだろう。

――――だが、手はある……ジャックならば。

――――今のジャックならば、乗ってくる筈……!



「バトルッ――――!!」



スターダストが大翼を広げ、無風の宇宙に風を生み出した。

その瞳は爛々と黄金を湛えて、全身に輝きを伝播させていく。

黄金の光は白銀の身体を伝い、白光となって周囲に散る。

その射るような視線が選ぶ相手は、決まっている。



首が大きく撓り、振り上げるような動作を見せた。

直後に。レッド・デーモンズがいる方向に振り下ろす。

瞬間、口腔より迸る閃珖。

強襲する音波は、光の軌跡を描いきながら、目標まで一直線に撃ち込まれた。



「スターダスト・ドラゴンスラッシュバスターの攻撃は、

 当然、レッド・デーモンズ・ドラゴンスラッシュバスターが標的ッ!」

「フンッ! だが、攻撃力で上回るのは、レッド・デーモンズッ!!」



レッド・デーモンズが右手を左肩に当てるような動作をとる。

その体勢から、自身に向かう閃珖を認識して、右腕を振り払う。

スターダストの攻撃と、レッド・デーモンズの防御。

それは、全く同時のタイミングで合致した。

怪力を以て奮われる腕に、閃珖が直撃。

――――結果は、攻撃が砕けるという末路。

だが、もとよりそんな事は分かり切っている。



風の龍の羽搏く音が、そのまま音の戦槌と化し、腕を振り抜いた格好のレッド・デーモンズを襲う。

槌は軌道上の光道を打ち、衝撃で撓ませて、削るように光を撒き散らす。

光の欠片をばら撒きながら迫る風。

星屑の突風を前に、レッド・デーモンズもまた翼を煽いだ。



――――スターダストの羽搏きが戦槌だというのなら、王者の翼もまた戦槌として応じよう。

――――ただし、



ゴッ、と風を煽いだ翼が真紅に燃えて。

同時に、その悪魔龍は炎を息吹いた。

撃ち出されるのは風のみならず、燃え盛る業火も同時。

風に揉まれて火炎は裂けて、しかし火力の減衰どころかより燃え盛り。

炎はスターダストの視界を埋め尽くすほどに、竜巻いた。



――――王者の風は、そよ風など焼き尽くす。



スターダストの放った、風の波濤。

それは正面から追突した炎に灼かれて、崩れて、あっさりと逆流する。

跳ね返る風を視認したスターダストが、再び首を大きく反らせた。

咽喉の奥に溜め込む破壊の渦が、牙の合間から漏れだすほどに溜め込んで――――

迫りくる炎の壁を、横一閃に薙ぎ払った。

閃珖は炎を真っ二つに引き裂いて、スターダストとレッド・デーモンズ。

二体の龍を別つ壁に、大穴を開ける。

上下に別たれた炎の壁は、そのまま天地に撒き散らかされて、宇宙を彩る背景と化す。



両雄の視線が今一度交差して、互いに決着の為に動きだす。

先んじるのは当然、スターダスト・ドラゴン。

風を帯びた翼を羽搏かせ、大きく開いていた間合いを、一度の羽搏きで詰め切る――――

目前まで迫り切るスターダストに遅れ、レッド・デーモンズが動く。

敵はそこにいる。炎を滾らせた右の拳を突き出せば、その頭部を砕けるだけの位置に。

炎で風の防備を焼き払い、奮われる一撃。

――――この勝負、疾さに勝るのはスターダスト。故に、先手は常にスターダストに与えられる。



レッド・デーモンズが先手を勝ち取る事は有り得なく、

だというのにレッド・デーモンズが先手を得るのであれば、それは譲られたからこそ。

先手を打ち、頭を潰そうとする一撃は、けして先攻ではない。

後手に回り、しかし先攻を得るのは、過たず、例外なく、スターダスト以外に有り得ない。



後手先攻、それは閃珖の名に違わぬ疾さでの速攻。

既に放たれたレッド・デーモンズの豪腕。

それを目掛け、奔るのはスターダストの竜尾であった。

鞭の如く撓りながら肘を打ち、蛇が如くその腕を獲物と絡め取る所業。

全ての動作にかけた時間を統合してなお。

それは、レッド・デーモンズの一撃が放たれてから、届くまでにかけた時間を下回る。



そして。続く動作にかける時間は更に短くなる。

反撃を受けたレッド・デーモンズが、打撃に狙いを逸らされた拳を引き戻そうとするまで。

尾に打たれてから、尾に打たれたと自覚するまで。

刹那の間に、行われる。



頭部を砕くべく放たれた拳の一撃はその軌道を少しずらし、スターダストの右肩を擦掠する軌道。

しかし尾の打撃力は威力・速度を減じるものではけして無い。

もしこの尾で、拳を正面から打っていれば、引き千切られるのは間違いなくこちらの竜尾。

元より、スターダストの攻撃力で、レッド・デーモンズを撃ち果たせはしない。

故に行うのは、相手の力の利用・・・・・・・に他ならない。



スターダストがスウェーバック、否。

相手の拳の射程外まで下がるかのように、後退した。

当然、尾に絡めたレッド・デーモンズの腕をも牽引しながら。

スターダストに引き摺られ、僅かなりとも前のめりに改変される姿勢。

そして、スターダストの姿は、星の光と分解された。

――――神速で成したその僅かこそが、レッド・デーモンズの対応力を削ぎ落とす。



躱された、という自覚がやってきたレッド・デーモンズが表情を歪めた。

その瞬間。

星屑が龍の姿に再構成され、紅蓮魔龍の背後に出現する。

振り向く暇なぞ与えずに、炎を巻き上げる暇すら与えずに、スターダストは腕を奮う。



レッド・デーモンズが頭を突き出す。

否、スターダストに後頭部を押さえられ、頭を突き出す恰好を強制させたのだ。

それだけに留まらず、翼で逆に・・羽搏いた。

風を制する翼は、スターダストとレッド・デーモンズを、飛翔ではなく失墜させる。

目指すのは星の瞬く暗黒の宇宙ではなく、二台のマシンが走るフィールド。

星のロードに向かって、二体の龍の身体が、流れ星が如く墜ちていく。



――――レッド・デーモンズの選択した対抗は、背後から組み付く敵の力任せな排除。

筋力も膂力も、レッド・デーモンズが上回る。

奴が勝るのは、せいぜいそのすばしっこさくらいなものだ。

組み付きさえすれば、問答無用で捻じ伏せるだけの力量差がある。

星の道に墜ちるまでは、この位置からなら、まだ1秒以上あるだろう。

身体を引っ繰り返して、スターダストの首を捕まえ、逆に大地へ叩き付ける。

それはつまり、そのプロセスを辿るに、十分すぎる時間があるという事だ――――!



ギラリと黄金に輝く瞳をより鋭く。

故に、翼を繰って、身体を反転しようとして――――

ガクン、と。身体が大きく揺らぐ。

途端に身体、頭を圧す力が数倍と化した。

一瞬前までの圧力とは段違いの力。



レッド・デーモンズが視線を向けられない後ろで、スターダストの首が天を向いていた。

その口腔から迸る、白銀の閃珖。

それは、星屑龍の有する必殺の一撃。アサルト・ソニック・バーン。

本来、敵性に向けて放出される筈の攻撃。

だが、今照準が向けられているのは、敵ではない。

天上。

向かう光道とは真逆に位置する無間の天蓋。

よってそのブレスの威力が発揮される事は無く。ただ、反動だけ・・・・をその身に齎した。

加速し、加速し、加速する。

吐いたブレスを動力源とし、速度へ換えて、1秒の距離を半秒―――

10分の1秒まで縮めた時間の中で、流星は光の道へと墜落した。



――――轟音。

瓦礫の代わりに光片を撒き散らし、砂塵の代わりに燐光を巻き上げた。

絡み合う二頭の龍が光の霧中に沈む。

頭から叩き付けられたレッド・デーモンズが苦悶を漏らし、しかしすぐさま姿勢を反す。

その直前に、既にスターダストは飛び立っていた。

飛翔した白銀の身体が発光し、咽喉の奥から光を溢れさせる。

今度の溜めは、推力を得る為のものなどではない。

本来の用途、敵を薙ぎ払う音波の奔流。

レッド・デーモンズが起き上がる寸前、白銀の光が解き放たれる。



魔龍の鎧う背甲に直撃する閃珖が、弾けた。

紅蓮の装甲を貫くどころか、傷付ける事さえ敵わずに。

千々に引き裂かれて散る光条は、宇宙そらの星に紛れて消えていく。

まるで、鉄板にホースで水をかけているかのように、至極あっさりと威力は霧散した。

空気砲を浴びせられただけで揺らぐほど、レッド・デーモンズの火力は柔ではない。

直撃したというのに、威圧すら掛けられない。絶対的な差。

どれほど策を弄しても、そこに差し込む事すら出来ない。

故に、スターダストに次ぐ行動はない――――



叩き伏せられていたレッド・デーモンズが屹立する。

頭上に滞空するスターダストを見据えると、それを焼き払うべく、紅蓮の炎を口腔に蓄え始めた。

どれほど逃れようともがこうが、今度はけして逃さない。

この宇宙に広がる星の天蓋ごと、蒸発させる。

滾る業火は収束し、レッド・デーモンズの顎の中で獰猛に燃え盛りつつも凝っていく。

夥しい熱量が空間を歪め、魔龍の周囲がスパークした。



―――――放たれれば、スターダストは燃え尽きる。

アレにはもう、一切合切、回避や防御などという余地はない。

ならばどうする。放たれる前に、どうにかして発射を取り止めさせるか?

どうやって?

レッド・デーモンズが纏うあの熱気。アレは、それ自体が最早結界だ。

スターダストのブレスと言えど、突き破るどころの話ではない。

恐らく、効果範囲に入った時点で屈折し、明後日の方向へ鳴り響くだけ。

だからこそ、出来る事は一つだけ――――



「撃ち破る――――! トラップ発動!

 レベル・リチューナーッ!!」



遊星が、雄叫びとともに秘された伏せリバースを解放する。

その効果は、スターダストにのみ及ぶ。

星屑の一部を削ぎ落とし、レベルを落とす効果を有するカード。

スターダストの体内から一つ、光の星が零れ落ちて、砕けていく。

それを見たジャックが、口端を大きく吊り上げた。



「フッ、これでスターダストのレベルは3から2になった。

 貴様の狙いは、つまりそこか――――」



その視線が射抜くのは、もう1枚の伏せリバースカード。

既に攻撃宣言を完了している以上、手札は問題ではない。

この状況で牙を隠匿する為の場所は、フィールド以外には有り得ない。

Spスピードスペルに、その法則を凌駕するカードはないのだから。



――――どうあれ、このカードだけで戦局は覆らない。

わざわざ仕込んだレベルトリックを活かすには、後一手が必要だ。

レベルを下げたのは、それが有利となるからだ。

レベルの低いモンスターは自然、そのステータスも低数値に設定されている。

だがらこそ、と言うべきか。

それらのモンスターをサポートする為のカードは、それを踏まえただけの性能を与えられている。

元から強いモンスターを強くするカードより、元々弱いモンスターを強くするカードの方がより強くなる。

スターダストのレベルの偽称。

それは、元より強いモンスターをより強くするためのものだろう。

そうと予測して、ジャックのフィールドには既に、それを真正面から迎撃する為の手段が伏せられている。

遊星の攻勢を見受けた後、それで迎え撃てばいい。



――――などとは思わん……!

――――貴様が弄した策。このオレを相手に、使えるものなら使ってみせろ―――!



「オレはこの瞬間、トラップ発動!

 オーバー・ゲインッ!!」



火力が増す。

彼の龍が纏う熱量の程、最早それは恒星だ。

トラップカード、オーバー・ゲインの攻撃力上昇値は、1000ポイント。

レッド・デーモンズ・ドラゴンスラッシュバスターの基本値3500に合わせ、その攻撃力4500。

恐怖の化身、先に君臨していた邪神のそれを超越するだけのステータス。

元から強力なモンスターを強化するより、元が弱小なモンスターを強化するカードの方が強化幅が大きいのが基本。

とは、言ったものの。それは、あくまで基本。

制約、条件の厳しさが故に、より強力な効果のステータスアップが望めるカードもある。

オーバー・ゲインは、モンスター1体の攻撃力を、発動ターンのエンドフェイズまでに限り、

1000ポイントアップさせる。

だがしかし、この効果対象となったモンスターは、攻撃宣言権を剥奪される。

つまり、攻撃力をアップさせながら、攻撃力がアップしているターンの攻撃を封じられるのだ。

もっとも―――――

用途が反撃であるならば、活躍が迎撃であるならば、そんな事は関係ないのだが。



「これで、レッド・デーモンズの攻撃力は4500!

 スターダストの攻撃力、3000から! その1枚の伏せリバースで覆せるかッ――――!」







この無間の中でのデュエル。

客入りが制限された戦場での観客は、龍可以外にあと一人いる。

二人のDホイールを、背後から追うようなカタチで、浮遊している人影のひとつ。

十六夜アキは、その状況に小さな疑念を抱く。



何故、と思ったのは、ジャックの戦略だ。

遊星は攻撃宣言時にレベル・リチューナーを発動した。

そもそもこの時点で言いようの無い不安を覚えていたのだ。

何故攻撃宣言時にそのカードを? と。

それを使うならば、別に攻撃宣言の前でも―――メインフェイズどころか、スタンバイフェイズだっていい。

でもそれは、まあいい。単純に、もう1枚のカードと連続発動によるコンボを狙ったのだろうと補完した。

だが、ジャック・アトラスのカードは違う。

スターダストとレッド・デーモンズの攻撃力、勢力は圧倒的にレッド・デーモンズ有利の状況。

そんな場面で使うカードではないじゃないか。

オーバー・ゲインを使うにしても、それはスターダストとの勢力が入れ替わった後でいい筈だ。

レベル・リチューナーと違って、あのカードはそれこそダメージステップでさえ間に合う。

そんな当り前の事が分からないデュエリストではない。

ジャックも。――――無論、遊星も。理屈が合わないのだ、このデュエルは。



――――なんだというの……? この二人は、何を……







―――キングのデュエルは、常にエンターテイメントでなければならない。

それが王者ジャック・アトラスの、スタンスであり、矜持でもある。

彼にとって、少なくともキングとして君臨する彼にとって。

そのスタイルを崩す事は、許されない。己が、許さない。

例え相手が誰であろうと、例えオーディエンスの最中でなかろうと。

ジャック・アトラスにとっての決闘は、檄する事でもなければ、演じる事でもない。

ただ、そこに命と誇りを賭して、興じるものなのだ。



遊星がその戦略を窺わせながらも、しかし確実に何かを敷いている。

それは、どうあれレッド・デーモンズを撃ち破る為の策に違いない。

ここまでの行動を見れば、その胆がレベルトリックなのは明白。

ならば、それを突き崩すのに尤も適当な対処はなにか。

そんなもの、決まっている。



――――スターダスト自身の効果!

――――己をリリースを効果を持つスターダストに、その効果を使わせるのだ。

――――効果を使いリリースされたスターダストは、エンドフェイズにフィールドに戻る。

――――が、一度フィールドを離れてしまえば、積み重ねたスターダストのレベル操作は無に帰す。

――――積み重ねた仕込みを成就させることなく、自身の手で瓦解させる。

――――オーバー・ゲインは、その為の駄目押し……!



自分のターンの攻勢では、力尽くで捻じ伏せて。

相手のターンの守勢では、君臨して圧し折って。

そうして、キングの超越性を魅せつける。



――――それでもなお。折れぬのだろう、貴様は。

――――ならば、どうする遊星。この状況、我がレッド・デーモンズに、どう刃向かう!



己に牙を剥く相手を誘うように、導くように。

ジャックは惜しげも無く戦術を晒す。

それが、王者の責だとでも言わんばかりに、迷わず、不利益を上げる。

そのプレイングを見せられた遊星は、小さく息を漏らした。

呆れるように、懐かしむように、やはりかとでも言いたげなそんな態度で、カードを繰る。



トラップ発動!」



遊星の言葉とともに、開かれるカード。

ジャックが、レベルトリックを成就させる最後の1枚と予想したもの。

この期に及んで、そのカードは解き開かれた。



「ジョイント・フューチャーッ!」

「な、にっ……!?」



公開される正体は、その予測とはまるで違うものだった。

驚愕で眼を見開いたジャックの視線は、ジョイント・フューチャー一点に絞られる。

予測は違えていた。

あれはレベルトリックに絡むカードなどではない。

測られていたのは、謀られていたのはジャックの方であったという証左だ。

一瞬だけ歯を食い縛ったジャックが、しかし眼光を鋭く驚愕を振り払う。



「ジョイント・フューチャーの効果!

 手札を1枚墓地へ送り、相手の発動した魔法マジックトラップを無効にする!

 更に! この効果により無効にした相手のカードは、墓地へは送られず、デッキに戻す!」



ジャックの手がDホイールからオーバー・ゲインを引き抜く。

火力の増していたレッド・デーモンズが肩透かしを喰らい、僅か逡巡の様子を見せた。

だがしかし、スターダストとの差は覆ってはいない。

ただ、縮まっただけだ。



ジョイント・フューチャーのテキストに従い、カードは己の山札の中へ。

Dホイールのオートシャッフル機能が作動し、デッキがカットしなおされた。

その様子を見送りながら、ジャックは思考する。



――――これで遊星の手札は残り1枚。

――――そしてフィールドに残っているのは、スターダストと雑魚モンスター2体。

――――伏せリバースは残っていない。

――――こちらの行動を潰しただけで、状況はけして好転などしていない……!



「ならば、レッド・デーモンズの反撃を受けるがいい―――!」



火力の底上げは成し得なかったが、それでも攻撃力は3500。

スターダストは3000のまま。

既に業火はレッド・デーモンズの口腔に集中している。

モンスター同士のバトルの前に行われるべき、デュエリスト同士の前哨戦は幕を下ろした。

続くのは、戦場の華を飾るエースの激突。

ジャックが下した命令に従い、魔龍は炎の息吹を噴出する。



膨大な熱量を抱いた熱線は、射線を灼きながら迸る。

狙いは寸分違わずスターダスト。

回避―――いや、避ける事に徹すれば、幾許かは永らえる事は出来るだろう。

だが、そんなものはほんの僅かな時間稼ぎにすぎない。

あれの火力は、何より身を以て知っているのだから。

ではどうする? 避けるのを否とするのならば、何ができる?



なんて、考えるまでも無いだろう。

元より、攻撃を仕掛けたのは己らからだ。

レッド・デーモンズが放ったあれは、攻撃などでなく反撃である。

成すべき事など初めからたった一つ。ずっと待っていたこの瞬間こそ。

翼を拡げ、風を掴み、星を仰ぎ、啼声を轟かせる。その為の――――

ようやっと、風が吹いたのだ・・・・・・・



「スターダストォオオオオッ――――!!」



遊星の発破に応え。スターダストは胸を張る。

咽喉の奥で生まれるのは、彼の龍が有する絶倒の秘技。

風を圧縮し、音を集約し、解き放つ光―――

スターダストが身を鎧う強襲装甲。その胴体部中央に収まる宝玉スターサファイアは増幅器だ。

息吹の威力をより強く引き上げるアンプ。

それは一際強く発光すると、龍の牙の隙間から溢れる光と混じり合い、蒼銀に染め上げていく。

痙攣しているかのような、抉じ開けている風な動作で、開かれる龍の顎。

胸を張り溜め込んだ全てを、吐き出す為の最後の瞬間。

龍の肢体を形成する星が鳴動する。全身から絞り出すような、全力を費やす咆哮。

その雄叫びとともに、閃珖が迸った。



束ねられた風韻は一条となって、向かい来る火焔に突き刺さった。

ド、と内側に突っ込まれて外にあぶれる炎渦。

圧縮された炎の圧力に負けじと、風は真正面から炎の壁に対抗する。

炎も風も、正面に突き進む為にかけられていた圧力が、反攻のおかげで逃げ場を求めている。


互いのブレスは衝突点から前に進む事なく、左右上下に裂けるように逃げていく。

つまり、拮抗――――



「なにっ……!

 レッド・デーモンズの攻撃と、スターダストの攻撃力が、互角……!?」



バカな、という言葉を吐く前に、気付く。

スターダストの周囲に取り巻く風。

今や、その風はスターダストのそれだけではない。

よく眼を凝らせば、龍の背後についた存在の姿が、おぼろげに見えてくる。



「まさか……! そいつは!?」

「―――――」







そうか、と。龍可の表情に納得が浮かぶ。

それはお世辞にも巧妙なタクティクス、などと呼べまい。

あれは、ジャック・アトラスを識る不動遊星だからこそのトラップだ。

遊星がレベルトリックの下準備を見せる事で、ジャックはその戦術を破ろうと動く。

ただ崩そうとするのではない。より劇的な、ドラマティックな策戦の展開の上での勝利へ臨む。

それが、遊星自身による策の瓦解。

戦局のコントロール、その絶対的な力量差を見せつける事こそ、完全なる勝利に繋がる。

と、ジャックが考える事を予想していたのだろう。

だからこその、ジョイント・フューチャーだったのだ。



――――ううん、だからこそ、というよりも……

――――それしか手が無かったんだ……

――――ジャックが、キングのデュエルに拘ったからこその、隙を衝く事。



ジョイント・フューチャーは通常罠。

仮に、ダメージステップにオーバー・ゲインを発動されていれば、この戦術は発動すらできなかった。

遊星が攻撃宣言時にレベル・リチューナーを発動したのは、ジャックの反撃をコントロールする為だろう。

攻撃と同時に戦術を開放し、不退転の決戦と認識させる。

全力を懸けた吶喊だからこそ、砕く価値有りとジャックが捉えてしまった、という事もある。



――――でも、違う。

――――そんな事以上に、ジャックには大きな隙がある……



キング故の、キング足らんとするデュエルスタイル。

そこに拘ってさえいなければ、この局面は有り得なかったのだ。



スターダストの背後に浮かぶのは、深緑の戦士。

スマートなフォルムを持つその戦士は、臀部から垂らした尾を軽く揺らし、両腕を前へと突き出した。

深緑の細腕は風を掴み、そのままスターダストの助勢となる。

つまり、龍の背後に浮かび立つ幽霊こそが切り札。







知っている。

あの深緑の戦士の事を、ジャック・アトラスは知っている。

だからこそ、即座に遊星に視線を送った。

遊星号のセメタリースペースからは光が溢れ、ジャックの疑念を確信に変えた。

ギリ、と歯を食い縛りながらも、小さくその正体を漏らす。



「ソニック・ウォリアー……か!」

「フ―――!

 ジョイント・フューチャーのコストとして、墓地に送られたソニック・ウォリアーの効果!

 ソニック・ウォリアーが墓地に送られた時。

 フィールドの、レベル2以下のモンスターの攻撃力を、500ポイントアップする!

 つまり、」



スターダスト・ドラゴンスラッシュバスターのレベルは本来10。

そこに、ハウリング・ウォリアーの効果及び、レベル・リチューナーの効果が加わり、現状ではレベル2。

故に、ソニック・ウォリアーの加護をその身で受けられる。

元々の攻撃力3000に加え、ソニック・ウォリアーの効果による上乗せ500ポイント。

合計は攻撃力3500。その数値はつまり、レッド・デーモンズに肩を並べた事を示す。



「ええい……! このタイミングでソニック・ウォリアーを……!」

「これでスターダストとレッド・デーモンズは互角!

 行け、スターダストォッ!!」



息吹の衝突点で、大規模な爆発が巻き起こる。

視界を覆う光と炎の乱舞の中で、スターダストが宙を翔けた。

炎幕を突き抜けて、レッド・デーモンズの目前まで一息に詰め切る。

接近と同時に振り被った右拳が、反応を許さぬままに振り抜かれた。

拳撃は、レッド・デーモンズの横面を正確に捉える。

仰け反る魔龍。その身に対し、追撃を放つべく左腕を振り上げるスターダスト。



そんな相手を前に、仰け反った頭の口端から残り火を吐き捨てた魔龍が応じる。

放たれた左の拳に合わせて、突き出すのは右の拳。

風を纏う一撃に対抗するのは、炎を伴って突き出される一撃。

拳が宙で咬み合った。撒き散らかされる力は、互いの性分。

吹き散らされる炎。焼き払われるのは風。

攻撃力を並べたとは言え、それでも腕力と膂力はレッド・デーモンズが上を往く。

弾き飛ばされるのは、スターダストの体躯だった。



即座に風を翼で掴み、一度の羽搏きで体勢を立て直し――――

直後に強襲する魔龍の尾に左肩を打ち据えられた。

白銀の鎧が一気に罅割れ、バラバラに破片を飛散させる。

更に、レッド・デーモンズは右腕を大きく後ろに反らせた。

その掌に凝る炎は、間違いなく彼の龍が最も得意とする必殺の一撃の前兆。

一気呵成に突き出される。

炎渦を留めた掌底の一撃が、怯んだスターダストの胸に向かって放たれて――――



それが届き得る前に、スターダストの双眼が鋭く黄金の光を放つ。

反応は神速。

閃珖の名に恥じぬ、光の速度での対抗を成し遂げる。

風を翼で圧し上げて、力任せに身体を沈ませ、体勢を思い切り低く。

身体全体にかかる下への圧力。

その圧迫に逆らって、そこから逆に、左の膝を振り上げる。

後転するかのような勢いで下がる身体に、振り上げられる脚部。



落とされた身体は突き出された掌底を躱す。

そして同時に振り上げた膝が、伸び切った腕を打った。

逃がし切れない衝撃に軋む装甲。

鎧は白銀も真紅も変わらず、その威力に耐え切れず崩壊した。

レッド・デーモンズは右手のものが。スターダストは左脚のものが。

砕けて破片を撒き散らす。



スターダストに下に潜り込まれている体勢を、レッド・デーモンズが右脚で薙ぎ払う。

脚の奮われる軌道上には、星屑龍の頭がある。

蹴撃は相手の急所を確実に砕く為に。

成させるものか、と。

咄嗟に、その攻撃と頭部の間に、左腕という盾を差し挟むスターダスト。

直撃した一撃は、甲高い音と共にスターダストの手甲を粉砕した。

反動で己の脚甲にも罅が入るが、しかし砕けはせずに蹴り抜く――――



寸前。

手甲を砕いた反動で僅か鈍った脚の動きを、掌握する。

装甲の上から、スターダストの右腕がレッド・デーモンズの脚を掴み取っていた。

その拘束を振り解く行為が始動する前に、奔るのはスターダストの竜尾。

奔る尾はレッド・デーモンズが光道に置くもう片方の脚を叩き払う。

僅かなりとも、掬い上げられる魔龍の巨体。

地に足を着けておく事が敵わなくなったその体躯を、逆に両脚を地に着けた星龍が捲り上げる――――!



握力で罅の入っていた手甲にトドメを刺す。

投げると同時に破片を撒き散らす鎧が、崩れて剥がれ落ちていく。

背負い投げと称するには、余りにかけ離れた乱雑な投法。

光道に、背中から強かに叩きつけられた巨体が、乾いた破砕音を響かせた。

鎧の背部から突き出た羽が、根元から折れて飛び散っている。



追撃を仕掛けないという選択肢は無い。

叩き付けられた衝撃で、肺の中から全ての空気を絞り切ったレッド・デーモンズ。

吐息し切っているという事は、必殺のブレスという選択肢が欠如しているという事だ。

隙が生まれているのは、僅か半秒。

その間隙に突き込むのは、相手が放てぬ奥義。

轟く風を口腔の中に溜め込み、吐き出す事で成す必倒の一撃。



だが、奥義というなら、レッド・デーモンズとて有している。

不発のままに消耗したとは言え、先に放とうとしていた炎の掌底の名残。

即座にその右手を目前に翳し、消えかけていたそれに、火力を注ぎ込む。

掌が燃え盛るのと、星の光が煌めくのは同時。

光の奔流がレッド・デーモンズを目掛け、その目前で塞ぐ龍の右手に衝突した。

星の閃光は、真紅の力場を前に、直進を許されはしない。

直撃した端から裂かれ、千々に散らばる星の屑。



拮抗――――否。

その状況を、塗り替えるべく王者が羽搏いた。

右手一つで光の奔流を受け止めながら、剛翼を以て侵攻する。

背筋と翼の力で強引に起き抜けたレッド・デーモンズ。

その腕に圧し返される勢いのまま、逆流する光のブレス。

スターダストは鋭い眼光をより尖らせて、体勢を切り返し――――



ガクン、とその膝を意志に逆らい落とす。

スターダストが目前の敵から視線を切り、己の脚に眼を落す。

そこには、レッド・デーモンズの尾に絡め取られた、自身の右脚があった。

尾に圧迫された右脚の装甲は歪み、既に潰れかけている。

スターダストに振り解く時間は、与えられない。



「森羅万象、全てを突き貫け――――エクストリーム・クリムゾン・フォースッ!!!」



真正面に突き出していた腕を、横薙いだ。

弾け飛ぶ光の飛沫。圧砕された息吹は、吐いた当人の名を彷彿とさせる小さな灯り。

その残照の熱量がレッド・デーモンズの鎧を焦がす。が、侵攻は止まらない。

スターダストが羽搏き、この一撃だけでも回避せんと動作する。

だが、逃さない。

尾で結んだ脚を引き摺りあげて、横に薙いだ右手をスターダストの胸部に叩き込む―――!



白銀の装甲に突き立てられる五指の爪。

爪が切断した内部に注がれる熱が、鎧の熔解を誘発する。

輝く銀色は瞬く間に赤熱し、赤く紅く変色させられた。

この熱量が鎧を熔かすだけで済む筈もなく、スターダストの身体もまた。

炙られ、青と銀に彩られた体躯が赤く染められていく。

血と、肉と、意識が沸騰して蒸発するような感覚。

このような煉獄、浴びていれば1秒も保ちはしない。



響く咆哮は、あるいは悲鳴。

灼熱している全身を死に物狂いで動かして、対抗すべく行動する。

右脚の装甲が熔解した為に僅か緩んだ尾の拘束。

それを引き抜き、両脚でレッド・デーモンズの胸を蹴り打った。

その反動だけで、まるでゼリーを崩すように、強襲鎧が脆くも裂ける。

レッド・デーモンズが掴んでいるのは、スターダスト自身でなく、その胸部装甲。

蹴りの勢いで後ろに向かう身体は、リアアーマーを崩して後ろへ跳んだ。

全身が灼熱に炙られ赤熱し、強化装備もほぼ全壊。

その有様を見たレッド・デーモンズが、手に残っていた鎧の一部を投げ捨てた。

バラバラと散っていく金属と、宝玉。



―――自身の追加装甲の成れの果て。

それを見たスターダストの表情が、変わる。

ダメージを受けた身体の限界。

それをないものとし、最後の最後、再び一撃を放つ姿勢を取った。

凝る光を一点に収束。解き放つ奥義。



―――そんなもの、何度も見ている。

今更それを放とうが、最早傷一つ負わない確信がある。

後はこの一撃を捌き、再度接近して首を圧し折るだけだ。



「撃ち抜け――――アサルト・ソニック・バーンッ!!!」



遊星の号令。

それとともに、スターダスト・ドラゴンスラッシュバスターが最後の一撃を解き放った。

白銀の光芒は一直線にレッド・デーモンズを目掛けて翔け――――

同時に、魔龍はその軌道上に自身の右手を翳した。

先と全く同じ対応。だが、それこそが確実。

威力で勝るクリムゾン・フォースで光線を塞き止め、弾き返す。

それで、この最後の悪足掻きは仕舞い。



―――つい、と。

まるで笑うように、スターダストが口の端を吊り上げた。

閃光はスターダストの狙い過たず、直撃を見舞う。

だが、レッド・デーモンズはそれを防ぐ事は出来ない。

当然だ。直撃したのは、レッド・デーモンズに、ではないのだから。



星の咆哮が目掛けたのは、虚空に浮かぶ鎧の残滓。

砕かれたスターダストの鎧に装填されていた、スターサファイア。

レッド・デーモンズが投げ捨てたそれに、閃光は直撃していた。

宝玉は増幅器、星龍の咆哮を遥か彼方まで響くよう拡声させるアンプ。

光を浴びた宝石はその光を取り込んで、反響させる。



スターダストの狙いを理解した時には、既に遅い。

その紋様の如く、宝石を徹り抜けた息吹は、六条の光と化していた。

右腕一本、或いは両腕だったとして防ぎ切れぬ光芒の嵐。

照準は乱雑で、ただただ光線が周囲を薙ぎ払う。



閃光が左腕を擦掠し、鎧を断ち切った。

角を、胴を、脚を。暴れ狂う光が、次々と襲い来る。

避け切れないとの判断は、それが放たれた瞬間に悟っている。

故に回避に専念などという選択肢はない。

専念するというならば、このレッド・デーモンズが選ぶべき答えは一つ。

攻めるという答え以外には辿り着かない。



閃光に幾度も撃たれながら、しかし不動。

回避などの為に裂く無駄な時間はないと、一所に留まり炎を滾らせる。

口腔に溜めた炎が周囲に熱量を発し、空間を歪曲させた。

逸れた光条が虚空を舞い、星とともに宇宙を飾るイルミネーションと消えていく。

1秒かけて十分なまでに溜めた火焔。

それを弾丸と圧縮し、一気呵成に吐き出した。

爆音を轟かせながら、業火と燃える弾丸が直進する。

掠る光を撥ね退けて描く軌跡は、光芒を散らす青い宝石を目掛けて。



――――炎弾が宝玉を直撃し、光と炎が膨れ上がる。

――――互い龍の纏っていた戦装束は、残骸すらも砕けて散った。

――――そして、膨張する爆発は全てを呑み込み……











『おぉおおおっとぉおおおっ!!

 キングのエース、邪神ドレッド・ルートを、知略とレッド・デーモンズ・ドラゴンの二つで撃破ぁ!

 なぁんと言う事だ、キングの邪神! 初めて敗れるぅううっ!!』

「!?」



その声に、意識が急激に引き戻された。

咄嗟に周囲を見回すが、ここはデュエルスタジアムの観客席。

けして、どことも分からない宇宙空間などではなかった。



「―――!? どういうことだ……!」



龍可の意識が戻ると同時、氷室が驚愕の声を上げた。

その視線を追えば、目に入るのはスタジアムのスクリーン。

このデュエルの状況を映し出す画面だった。

そこに映っているのは異常。



「ターンが、跳んでいる!? オレ達が見ていたのは、14ターン目だった筈だ……!

 それが一気に、30ターン目!?」



――――わたしたち以外には、見えてもいないし感じる事も出来ていない……



「あ、あれぇ? まさか眠っちまってたのかなぁ」

「オレたち全員、がか?」



咄嗟に右手の痣に手を添えた。

そこに感じていた熱量は、今は治まっている。

は、としてエックスを見る。

彼は、あちら側にいなかった。

けれど、どうなのだろう。という疑念を抱いたからだ。

果たして彼は、氷室の言葉を聞いても驚いてはいなかった。

多少、疑いの色が雑じる目で。

しかし、まるで知っていたかのように、その状況を見ている。



「……エックスは、どうなっているか、分かる?」

「え? あ、いや。えーと……

 催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。

 とは思う」



そんな彼に問うと、そう答えが返ってきた。

エックスは起こった現象―――

時間の跳躍、15ターンもの抜け落ちた時間については、彼は気にも留めていない。

気にしているのはむしろ、デュエルの内容。

いや、遊星とジャックの戦場というべきだろうか。

向こう側に、エックスの精神は跳んでいなかった。

でも……



『あ、あー……! え、っとぉ!?

 キ、キング、ジャック・アトラスが繰り出した、レッド・デーモンズ・ドラゴン/バスター!

 対する遊星は、スターダスト・ドラゴン/バスターでそれを撃破!

 これからどうなる、このデュエルぅうう~!』



空に大きく映し出された、ジャックと遊星のデュエル映像。

それは、向こう側で行われたデュエルの内容に他ならない。

ただ、そこに映し出されているのは事実だけ。

イメージも、ヴィジョンもそこからは感じ取れない。

邪神の姿はなく、崩れていく街の風景もない。

ただ、このコースでちゃんとデュエルをしていたと、言い訳するような映像。



「………どういうことだ。

 ……オレたちが全員、本当に寝てたとでもいうのか……!?」











「――――バスター・モードを破るとは……が!!

 ならば! 我が手に戻れ、レッド・デーモンズ!!!」



背景など、もう二人には関係ない。

互いに見ているものは、打ち倒すべき好敵手の姿のみ。



二人の間で膨れ上がる火球から、その叫びに応えて灼熱の龍が躍り出る。

全身を覆っていた鎧は全て砕かれ、散っている。

その身そのまま、再び戦場に舞い戻ったドラゴンは、一つ大きく翼を振って、炎の残滓を吹き飛ばす。



バスター・モードに変形したモンスターは、一度の破壊までは鎧の解除で免れる。

つまりレッド・デーモンズ・ドラゴン/バスターが破壊された時、

バスター・モードの効果でリリースした、墓地のレッド・デーモンズ・ドラゴンを、

フィールドに特殊召喚する事ができると言う事だ。

そしてそれは……



「――――飛翔せよ、スターダスト・ドラゴンッ!!!」



スターダストもまた、同じ。

追加装甲を脱ぎ捨て、その身一つで空に躍り出る白銀の龍。

それは空中でレッド・デーモンズと対峙し、咽喉の奥から唸り声を漏らす。



―――未だにバトルフェイズ。

バトルフェイズ中に攻撃表示で特殊召喚されたスターダストには、攻撃宣言権が残されている。

だが、行使すれば当然レッド・デーモンズとの戦闘に雪崩れ込む。

今現状、それを突破する手段を遊星は持ち合わせていなかった。



僅かに目を眇めた遊星が、手札ホルダーから残る最後のカードを引き抜いた。

二指で器用に抜かれたカードが、ディスクに差し込まれる。

途端に現れたのは、表側表示のヴィジョンでなく、セットされたカードを示す表示。



「……カードを1枚セット、ターンエンド」

「オレのターン!」



先を走るホイール・オブ・フォーチュンが反転する。

その車体が披露するのは、スピードを緩めず、バランスも失わない非の打ち所がないバック走行。

ジャックの動きに合わせて、レッド・デーモンズもまた身体を翻した。

かち合う二体のドラゴンの視線。

その間に散る火花を幻視したかのように、ジャックは陶然とした表情で腕を奮う。



「カードをドロー! そして、バトルフェイズだ!!」



レッド・デーモンズが動く。

翼で生み出す推進だけでは足りぬと、

己の足をコースに向かって叩き付け、舗装を粉砕し、その反動を全て速度に変える。

正しく突進という体勢のままに、スターダストとの距離を縮めていく。



対抗するスターダストは、幾度吐いたとも知れぬブレスを再び放つ。

大きく開かれた顎の、咽喉の底から奔る閃光。

一条では済まず、龍の息吹は留まる事なく吐き続けられる。

それは真正面から向かい来る真紅の巨躯を何度となく叩き――――

しかし、その突進力を奪うには足りない。



「レッド・デーモンズ・ドラゴンで、スターダスト・ドラゴンを攻撃!

 アブソリュート・パワー・フォオオオオオスッ!!!」

「――――この瞬間! 墓地のガード・マスターの効果を発動!」



半身を引き、腕を振り被ったレッド・デーモンズを前にして。

遊星号のセメタリースペースが光を放つ。

光と共にそこからスライドし、吐き出されるカード。

導かれるように遊星の指が、その1枚を引き抜いた。



「自分フィールドの攻撃表示モンスターが攻撃対象となった時、

 墓地のガード・マスターを除外する事で、そのモンスターを守備表示に変更する!」



スターダストが一際強く咆哮し、ブレスを打ち切り、翼を畳んだ。

左の半身を後ろへ流し、そちらの腕は胸の前へ掲げる。

前に出された右半身から伸ばす手は、幾らか伸長の余裕を残して真正面に。



突入してくるレッド・デーモンズが、一撃決殺の奥義を解き放つ。

膨大な熱量を圧縮する事で形成された力場の渦。

受け止めれば必死。確実な威力をもって葬られるだろう。

だがスターダストには、それを覆すまでに極めた術が、今一時だけ授けられる。



スターダストの全身から淡い光が立ち上る。

その背後には、人型に揺らめく影。

影の正体は、効果を発揮したガード・マスターの姿に相違ない。

幻影の揺らめく動作に倣うように、スターダストは体躯を揺らす。



突き放たれるレッド・デーモンズの掌底。

それを真っ向から迎え撃つべく、スターダストが手刀を奔らせた。

空中での交差は一瞬にも満たず、盛大な爆音を起てて弾ける両者の腕。

スターダストを破壊するべく凝縮された力は、その目的を果たす事なく無為に散った。



「更に! ガード・マスターの効果対象となったモンスターは、

 このターン、戦闘では破壊されない!」



攻撃を撃ち払われたレッド・デーモンズが、双眸を眇めてスターダストの背後を睨んだ。

半透明な人型、ガード・マスターの幻影は、スターダストの守護霊としてその身を護る。

この護りばかりは、如何な攻撃力を以てしても突破出来ぬ壁。



―――しかし、破壊神に備わる力は、攻撃力だけではない。

腕を弾かれたと理解した瞬間、嚇怒に顔を歪ませながらも、次の手に入っている。

口の端から零れ落ちる炎の欠片は、今正に龍の体内で精製されたばかりの業火の一部。

その破壊力の程は、容易に推察できる。



己の従僕が効果発動の姿勢に入っているのを見て、僅かにジャックが表情に苦みを浮かべた。



「そして、守備表示のスターダストと戦闘を行った事により、

 レッド・デーモンズ・ドラゴンの効果が強制的に発動する――――!」

「相手の守備モンスターを全て破壊する、デモン・メテオ……!」



遊星のフィールドには、守備表示モンスターが3体。

スターダスト・ドラゴン、シンクロン・ビリーバー、ハウリング・ウォリアー。

その三体を纏めて焼き払う一撃。これにより、遊星の場は一掃される。

だというのに、不敵な表情を浮かべるのは遊星の方だ。



「戦闘破壊を受け付けない今のスターダストならば、その効果を凌駕する――――!

 スターダスト・ドラゴンの効果、発動!

 スターダストをリリースする事で、カードを破壊する効果を無効にし、そのカードを破壊する!

 ヴィクティム・サンクチュアリッ―――!!」



スターダストの身体が砕け、無数の星となり爆ぜた。

同時に奔出するレッド・デーモンズの業火。

業火は遊星のフィールドを目掛け殺到し、しかし破壊を許さぬ星の防壁に阻まれた。

星の群れは炎を包み込むように溢れ、瞬く間にその威力を呑み込んでいく。



炎の軌跡を辿り返す白銀の光彩。

光の逆行は瞬時にレッド・デーモンズの全身を取り囲んだ。

毀損の意志を前に、星屑の輝きはそれ自体が反射鏡。

発散される破壊力を全て受け止め、跳ね返す。

撥ねられた力の行先は、当然の如く力を生み出した根源。



逆流する光は確実ににレッド・デーモンズを破壊する。

灼熱の断末魔を上げ、砕かれていく真紅の肉体。

表皮が山肌を滑る溶岩流が如く流れ落ち、その身を構成していた光の粒子に還っていく。

痕跡も残さずレッド・デーモンズが粉砕するまで、5秒と要さなかった。



「―――――!」



眉を顰めるジャック・アトラス。

しかしそれだけ。

己のエース。魂の化身を奪われたというのに、キング・オブ・デュエリストに動揺はなかった。

ジャックのフィールドからはモンスターが消え、同時にバトルフェイズは終了する。



だが、それはターンの終了を意味するものではない。

タイミングがメインフェイズ2に切り替わると同時。

その指先が、ハンドホルダーに収まる2枚のカードを抜き放つ――――



「オレは伏せリバースカードを1枚セット!

 そして、手札からSpスピードスペル-ゼロ・リバースを発動!

 スピードカウンターが3つ以上ある時、このターン中に効果で破壊されたモンスター1体を、

 攻撃力を0にして特殊召喚する!

 オレが呼び戻すモンスターは無論――――」



ディスクと掠り、火花を散らして挿入される1枚のカード。

その効果に因って再臨するのは、灼熱の龍王。

砕かれ、冥府に堕とされた巨体が、再び現世に舞い戻る。

ホイール・オブ・フォーチュンの前方で炎が噴き、瞬く間にそれは龍の姿となった。



――――見紛う事などあるものか。

その身は、ジャック・アトラスの従える最強の破壊神。

レッド・デーモンズ・ドラゴンに他ならない。

黒々とした、溶岩石を思わせる全身の筋肉を炎で照らす様は、その威容を余す事なく見る者の魂に刻み込む。



顕れた巨体は、取り巻く炎を蹴散らして、降臨の呼号を上げる。

張り上げられる咆哮に、遊星は声を呑みながらも怯みはしない。

如何にレッド・デーモンズと言えど、ゼロ・リバースの効果で戻ってきた以上、その効果の囚虜。

攻撃力は、0でしかない。

その上、この特殊召喚により降臨したモンスターは、エンドフェイズに破壊される。

でありながら、こうして呼び戻した以上、何かがあるのは明白。

遊星はその半眼でジャックを見澄ます。



「更に! 伏せカードリバース発動!

 亜空間物質転送装置!」

「―――――!」



ホイール・オブ・フォーチュンの背後に出現する、その名そのものの装置。

まるで鎧のような装甲を張り付けられた機体からは、剥き出しのコードが垂れている。

幾本ものコードをぶら下げている本体は、透明度の高い鮮やかな紅玉。

その宝玉の中で光が揺れ、膨らんでいく。



遊星が息を呑む一瞬。

その間に、紅玉は溜め込まれた光を一条に纏め、吐き出していた。

光線に中てられるのは、レッド・デーモンズ・ドラゴン。

光は対象を貫くでもなく、照らすでもなく、ただ呑み込んでいく。

巨体を瞬く間に包みこんだ光は、すぐさま晴れる。



光が晴れた先。

一秒を遡れば紅蓮魔龍がいた筈の場所には、既にその痕跡さえ残されていなかった。



ジャックがゆるりと伸ばした腕の指先に、転送装置を指し示す。



「亜空間物質転送装置の効果により、エンドフェイズまで一時的にレッド・デーモンズをゲームから除外。

 一度フィールドから離れた事により、ゼロ・リバースのデメリット効果は消え失せる……

 そう、こうして―――――!」



タイミングが、メインフェイズ2からエンドフェイズにシフトする。



瞬間、ジャックの背後。

亜空間物質装置の上空の空間に、亀裂が奔った。

バリバリと硝子を砕いていくように、虚空の罅は徐々に広がっていく。

その狭間を突き破り、這い出してくるレッド・デーモンズの巨体。

狭間から漏れる炎の欠片が、役目を果たした転送装置に振り掛かり、焼却した。

金属製の脚が融け、ふらついて倒れ、部品を四散させる機械の塊。

再びフィールドに舞い戻ったレッド・デーモンズは、その残骸を踏み躙って降り立った。



―――轟く咆哮。

大地を揺るがすその怒号に、合わせて叫ぶ王者の声。



「万全の状態で舞い戻る!!」

「―――――! だが、それはこちらもだ!」



龍嘶きと共に舞い降りる白銀の翼。

自身の効果でリリースされたスターダストが、再び戦場に舞い戻る。



エンドフェイズを経て、譲渡されるターン。

遊星が相対する敵の旗頭は、フィールドを席巻したまま。

ようやっと、と撃破した筈の魔龍は健在。

今の遊星には、それを再び撃ち破る手段がない。



「くっ……! オレのターン!」



刻まれるスピードカウンターは8。

引いたカードを横目に流し、その正体を見極める。

ドローした直後のそれは、そのままディスクへと滑り込まされた。



身を包むのは白い衣装に、その上から風に靡かす青色のマント。

龍の頭蓋を模した、頭をすっぽりと覆う頭巾。

右手に頭巾と同じく龍を象った杖を携えて、ゆるりと浮遊し遊星に連れ立つ。



「オレは、スターダスト・ファントムを守備表示で召喚!

 全てのモンスターを守備表示として、ターンエンド……!」

「フン……貴様のフィールドも騒々しくなってきたものだ」



そう言って遊星のフィールドを睨めつけるジャックの視線。

遊星のフィールドには今、スターダスト・ドラゴンを始め、

スターダスト・ファントム、シンクロン・ビリーバー、ハウリング・ウォリアー。

と、下級モンスターも並べられている。

その有様がこの場に似つかわしくないと、相応しくないと言わんばかりに非を鳴らす王者。



「オレと貴様の決着の舞台に、そいつらのようなモンスターは邪魔でしかない!

 我がレッド・デーモンズが審判を下してやろう――――!」



レッド・デーモンズが翼を張る。

吹き荒れる風、力の奔流を身に受けて、荒ぶる龍が咆哮を撒き散らした。

漲る力を波濤として放散する、絶対の一撃。



バトルフェイズが開幕する。

ジャックが奮う腕に呼応して始動するレッド・デーモンズの向かう先は、スターダストの許に他ならない。



「レッド・デーモンズ・ドラゴンで、スターダスト・ドラゴンを攻撃!

 アブソリュート・パワー・フォオオオオスッ!!」



守備態勢で身体を青く染めた星屑の龍に突き刺さる、熱量の塊を宿した掌底。

その一撃は胸の前で構えた両腕を粉砕し、胴体まで一息に叩き込まれた。

――――全身を伝播する膨大な熱量。

胴体を中心に瞬く間に広がったそれは、スターダストの体内を瞬時に焼却し尽くした。

内側から膨張して弾け、消え失せる星の終焉。



「くっ……!」

「レッド・デーモンズが守備モンスターを攻撃した時、その効果が発動する!

 デモン・メテオ……! さあ、味わうがいい。我がレッド・デーモンズの威力を!!」



ジャックは滔々と、ゆるりと挙げた掌を握る。

それが合図と。

溢れんばかりの破壊の渦は、更に被害を増していく。

星の断末魔を呑み込んでなお、熱量の暴走は止まらない。

龍の魔導師も、僧衣の老婆も、共鳴の戦士も。

身構えたままに、氾濫する炎の流れに呑み下されていく。



「相手フィールドに存在する守備モンスターは全て、この効果で破壊される!」



吹き荒れる熱気の中で、レッド・デーモンズが羽搏いた。

巻き起こる突風は、焼け焦げた命の残り香とも言える黒煙を伴って遊星へ押し寄せる。

肌から触覚を焼き、瞼から視覚を焼き、呼吸をすれば咽喉を焼く。

人間として必需のシステムを侵していく、暴虐。

命脈を蒸発させる滅びの風を受け、しかし敢然と立ち向かう遊星――――



「……! 破壊され、墓地に送られたスターダスト・ファントムの効果発動!

 このカードが相手によって破壊され墓地ヘ送られた時、

 墓地のスターダスト・ドラゴンを、守備表示で特殊召喚する事が出来る。

 ファントムと同時に墓地へ送られた、スターダストは復活!」



遊星の許に、魔法使いの幻影が現れる。

半透明に透けたその影が杖を一振りすると、前方に黒い孔が空く。

それは冥界と現世を繋ぐ回廊。

潜り抜けられるのは、魔導師の魔力に同調出来る龍のみ。

幻影の姿が虚ろうて、導かれ出でるのは星の欠片。



そんな事は分かっていた、と。

スターダストの影に驚く事もなく、ジャックは己の札を切る。



「ならば、貴様のスターダスト・ファントムの効果が発動したこの瞬間!

 オレは永続トラップ、スニーク・マインを発動!」



開かれる伏せリバースカード。

瞬間、遊星号の直下が赤く発光した。

高速移動するDホイールへの追走地雷。

それを見た遊星の顔が、僅かに顰められる。



「このカードは、相手フィールド上にモンスターが存在しない時、発動出来るトラップ

 発動した次の相手ターンスタンバイフェイズに、スニーク・マインを墓地へ送る事で、

 自分フィールドのモンスター1体につき、500ポイントのダメージを貴様へ与える!」

「ジャックの場には、レッド・デーモンズ・ドラゴン……!

 発生するのは、500ポイントの効果ダメージ……!

 ―――――スターダスト・ファントムの効果で、スターダスト・ドラゴンはフィールドに舞い戻る!」



星の欠片がスターダスト・ファントムの影を取り巻いた。

光は影を照らし、その姿を変貌させていく。

それは瞬く間に龍の影へとカタチを変え、実体を取り戻す。

質感を得た影は最早影に非ず、ドラゴンとしての威容を体現していた。

体勢は守備。

全身を蒼銀よりも薄青く染めて、スターダストは身を屈めた。



「フッ……主の危機へ早々と駆け付けるとは、流石の素早さと言っておいてやろう。

 だが……! 一瞬、フィールドから消えるだけで十分。

 既に遊星! 貴様の足許の導火線には、火が入っているのだからな!

 オレは手札から更に、Spスピードスペル-スピードストームを発動!」

「スピードストームだと!?」



ジャックが手札を切ると同時。

ホイール・オブ・フォーチュンの軌跡が色付いた。

高速疾駆は白んだ風の渦を生み、風は竜巻となって軌道を得る。

竜巻の目掛ける先には、遊星号。

渦巻く風が車体を強かに打ち据えて、弾き飛ばす。



ボディが拉げるかという衝撃に中てられ、スリップする赤い車体。

前面から直撃された勢いで回転する前後。

衝撃波でフロントが圧され、しかしリアの推進力は発揮され続けている。

そのまま呆けていれば、綺麗にDホイールごと宙返りする事になるだろう。

この速度ならば二、三転した挙句に、正面に聳える観客席を護るシールドに追突する事になるが。



「ぐっ――――!」



――――軽く咽喉を鳴らし、身体全体で衝撃を逃げ道へ導く。

前方にDホイールの側面を見せるように、フロントを横へ流して後輪のブレーキを踏み込む。

一気に沈む後輪。勢い、前輪が僅かに浮く。

急激に後ろに振られるDホイールの頭。

ギアをバックに。今までとは真逆に、即座にアクセルが全開される。



回転は止めず、そのまま一回転。

再び前輪が大地を踏み締めるのは、間違いなく前方に向かう道程に。

ダンッ、と。

前輪がコースに落ちると、ホイールはその弾性を余す事無く発揮し潰れ込む。

それが跳ね返る直前に、ギアはトップに。

再びアクセルを全開に―――――!



轟音と共に疾駆する赤いボディ。

それは失速をそれ以上の加速でカバーしようというかのように。

ただそれでも。

ピ、とスピードカウンターが一つ目を減らし、9から8へとシフトしていた。



「スピードストームは、スピードカウンターが3つ以上ある時相手に1000ポイントのダメージを与える。

 これで貴様のライフは残り900……」



ジャックの独白を聞きながら、苦渋の表情でフィールドを見る。

無論、そこには次のターン発動するスニーク・マインも存在していた。

更に、それだけではない。







「不味いぞ……!

 スピードストームは、スタンバイフェイズにスピードカウンターを3つ取り除き、

 手札に加える事の出来る効果を持ったカード……! このままじゃあ、次のターンに遊星は……!」



そう言って氷室は拳を握る。

ジャックのスピードカウンターはカンスト、12を記録している。

余裕が有り余っている。

まして、遊星は手札0枚に対して、ジャックの手札は2枚。

圧倒的なまでの優位は、ジャックにある。



「……次のターン、遊星はスターダスト・ファントムの効果を使う筈。

 スターダスト・ファントムでスターダスト・ドラゴンに、戦闘破壊耐性を備えれば……

 守備表示でレッド・デーモンズの攻撃を受けた時、破壊効果を無効にして、破壊出来る」

「だが、キングは戦闘を介さず遊星を追い詰めに来た……!

 遊星がいくらレッド・デーモンズ対策を取っていても、これじゃ意味がない……!」



俺の科白に続く、氷室の言葉。

その言葉に、だけどと応じたのは、龍可であった。



「多分、ジャックは……それだけじゃ終わらせない。

 レッド・デーモンズ・ドラゴンは……」

「龍可……?」



龍亞が横顔を覗く。

熱に浮かされたように、滔々と言葉を紡ぐ少女。

その目には、現実とは違う風景が見えているようでもある。

うつろう視線の先にあるものは、彼女自身にすら分かっていないものか。

たどたどしく喋っていた龍可が、言葉を詰まらせた。







――――ジャック・アトラスはキングだ。

――――それは矜持であり、誇りであり、信念であり、魂である。

――――故に、彼のデュエルはキングのデュエルで有り続けなければならない。



手札へと視線を落とす彼の目には、既に勝利への道筋が見えていた。

戦術を選ばぬのであれば、最早彼の勝利は確定している。

遊星のフィールドに伏せリバースカードはあるが、それでもあれはスピードストームに反応しなかった。

ほぼ間違いなく、あのカードは効果ダメージを処理できる効果は持っていない。

故に、張り巡らせた火薬に火を撃てば、遊星は沈むだろう。

次のターンのドローだけで、それを覆す事もまた難しい。否、不可能だ。

そういう風にフィールドを整えたのは、キングの手腕に因るモノなのだから。



ジャック・アトラスは既に、遊星のフィールドの伏せリバースカードの正体におおよその見当もついている。

ジャックの手には、勝利する為の手は揃っているが、スターダストをレッド・デーモンズで打倒する手は無い。

スターダスト・ドラゴンは、不動遊星は、レッド・デーモンズで倒さねばならない最強の敵。

で、あるがゆえに。

遊星の最期の悪足掻きに乗らざるを得ない、という事を自身で理解していた。



「そして、オレはSpスピードスペル-シフト・ダウン発動!

 スピードカウンターを6つ取り除き、カードを2枚ドローする!」

「――――それを待っていた……!

 トラップ発動! 逆転の明札!!

 これは相手が通常のドロー以外でデッキからカードをドローした時、発動するトラップ

 相手がその効果でドローした後の手札の枚数と同じ枚数になるように、自分のデッキからカードをドローする!

 シフト・ダウンの効果でカードをドローしたお前の手札は3枚!

 オレの手札は0枚。よって、デッキから3枚のカードをドロー!!」



半減するジャックのスピードカウンター。

同時に減速するDホイールの車上で小さく鼻を鳴らし、そのドローを見過ごす。

これで遊星には反撃の用意が整った事だろう。

ジャックの手札に導かれたのは、その反撃を更に逆撃するのに十分なカード。



「オレはカードを2枚伏せ、ターンエンド」

「オレのターン、ドロー!」



遊星の手札が4枚に。

スピードカウンターはそれぞれ9と7。

ドローフェイズが恙無く終了し、フェイズが以降された瞬間。

ジャックが腕を奮って宣言を告げる。



「貴様のスタンバイフェイズ!

 スニーク・マインの効果が発動し、このカードを墓地に送り、貴様に500ポイントのダメージを与える!」



ぼう、と怪しく揺らめいたカードの映像が沈んでいく。

瞬間、遊星号のホイールの直下で火花が咲く。

弾ける炎が車体を煽り、車体を揺さぶった。

全体重をマシンに押し付け、その衝撃に耐えるべく歯を食い縛る遊星。

そのライフカウンターが400まで減少し、アラートに見舞われる。



「っ……! オレは、墓地のスターダスト・ファントムの効果発動!

 このカードを墓地から除外する事で、ドラゴン族シンクロモンスター一体に、戦闘破壊耐性を与える!

 対象は、スターダスト・ドラゴン!!」



遊星号の直前に、黒いサークルが浮かぶ。

その中から浮かび出る、ファントムのカード。

カードはスターダスト・ドラゴンの許まで吸い寄せられて、その身に重なった。

ぼう、と龍の姿がブレる。

揺らめく影は、一度ばかり相手の攻撃の手を誤らせ、本体への直撃を遮るだろう。



そして、遊星は手札に溜めた4枚のカードを全て手に取る。



「更に! カードを4枚セットッ!!」



決着まで、最早幾許もない。

出し惜しみを出来る状況ではなかった。

5枚分、全てを埋められた魔法・罠ゾーンは、遊星の築く最後の砦。

エンド宣言をした遊星を睨め付けるジャックの眼光は、

その正体を看破せんと揺らめいている。



「――――オレのターン……! ドローッ!!」



ジャックがカードをドローすると同時。

セメタリースペースから光が溢れる。

小さく笑み、ジャックはその光の中に手を添えた。



「墓地のスピードストームの効果!

 スピードカウンターを3つ取り除き、墓地のこのカードを手札に加える……!」

「―――――!」



スピードカウンターが5つまで減少し、取り戻していたスピードがまたも失速。

Dホイールで先行しているのは遊星だが、デュエルの支配権を握っているのは間違いなく王者。



「さあ、まずはこのカードだ――――!

 Spスピードスペル-スピードストームを発動!!」



指が滑り、セメタリーから掬い上げたカードをディスクに差し込む。

風が渦巻き弾丸へと凝縮される。

照準は真紅のDホイールへ。



――――弾丸は解き放たれ、コースを削りながら直進する。

迫りくる暴風の威圧を背後から感じ、遊星の視線が僅か背後に振られた。

Dホイール以上の速度で迫撃する風。

その存在に眉を顰めさせた遊星が、指先でディスクのスイッチを押し込んだ。



「この瞬間、トラップ発動!

 リフレクト・バリアッ!」



カードが展開されると同時、遊星の周囲に半透明の膜が張られる。

それは背後から追突してきた風の弾丸を塞き止め、威力を蹴散らした。



「このカードは、効果ダメージが発生した時に発動するトラップ

 その効果ダメージを0にし、軽減した数値分のダメージを、本来の被ダメージ対象プレイヤーから見て、

 相手となるプレイヤーに対して与える!」



霧散した威力は、軌道を遡りジャックの許へと逆流する。

ジャックのライフポイントは残り900。

その逆撃を許そうものならば、敗北は自身の許に訪れるだろう。

そんな反逆を前に、悠々と笑んだジャックが秘された一枚を解放する。



「その程度でオレを捉えられるとでも思ったか――――!

 トラップ発動、ダメージ・イレイザーッ!

 相手カード効果によって生じたダメージを0にし、その分の数値だけライフポイントを回復する!

 よって、オレのライフは1900まで回復!」



風の逆流は再び霧散。

流動する風が極彩色に色付いて、ジャックの周囲を染めていく。

軽快な電子音をたてながら増加するライフカウンター。



反撃の成立どころか、回復という結果。

元よりその逆撃で討ち獲れるとは思っていなかったろう遊星の顔も、僅かに曇る。

今のジャックのスピードカウンターは5。

次にターンが訪れる時には、7となっている筈だ。

またもスタンバイフェイズに墓地からカードを回収し、かつ発動する事の出来る数。



――――次のターンに何らかの手段を用意せねば、防ぎ切れない。

その状況を悟らせるに十分なだけの色が、表情に出ていたのか――――



「フン。貴様のライフにトドメを刺すのは、我がレッド・デーモンズだ。

 もっとも、その伏せリバースカードには退いてもらうがな――――!

 Spスピードスペル-オーバー・スピード! 発動!!」

「オーバー・スピード、だと……!」

「自身のスピードカウンターが4つ以上ある時、そのスピードカウンターを全て取り除き、

 かつ、自分のターンで数えて3ターンの間、スピードカウンターを置けないデメリットを負う代わり――――

 墓地より、レベル3以下モンスター及び、魔法・罠カードを1枚ずつ、手札に加える事が出来る!

 オレが手札に加えるのは、レベル1のシンクロ・ガンナー!

 そして、トラップカード。覇者の呪縛!」



セメタリーから拾い上げた2枚のカードを、遊星に見せつける。

どちらも、400ポイント以上のダメージを与える効果を持つカード。

その手札をホルダーに収める間もなく、そのままディスクへと運ぶ。



「オレはシンクロ・ガンナーを守備表示で召喚!」



出現するのは、自分の身長と並ぶであろう、巨大な装置を背負った兵士。

大穴の空いているバックパックから伸びるチューブの先端は、持ち手のついた銃口。

それを両手で抱えながら、兵士は身体を沈ませた。

すぅ、と浅く青白く染まる身体からは、大きな力は感じない。



「スターダストを護るスターダスト・ファントムの効果がある以上、

 下手に攻撃を仕掛ければ、破壊されるのはオレのレッド・デーモンズ……

 ならば、攻撃方法を切替るまでだ。

 さて、この程度は凌げるカードくらいは備えているだろうな―――

 シンクロ・ガンナーの効果発動!」



レッド・デーモンズの身体が、炎に包まれる。

その炎ごと崩れ落ちるドラゴンが、燃える光となって散らばった。

光は、シンクロ・ガンナーが背負うバックパックに空いた穴から、全て吸い込まれていく。

シンクロモンスターを吸収し、充填されるエネルギー。

それはチューブを伝いガンナー自身が持つ、発射口まで伝達する。



「自身のメインフェイズ1中にシンクロモンスターを除外する事で、

 相手に600ポイントのダメージを与える!

 さあ、レッド・デーモンズ・ドラゴンの魂の叫びを聞けッ!!」



ガンナーが構える。

両腕で確かに保持した銃口を向けるのは、遊星号の車体目掛けて。

砲口が灼熱に燃えたと見えた瞬間、龍を象った熱光線が吐き出された。



迸るドラゴン型のビーム。

威力はライフポイントを600を削る程度でしかなく、

レッド・デーモンズ自身が持つ破壊力と比べれば、玩具の銃でしかない。

だが、それを受けなければならない遊星の命は、最期の一線しか残っていない現状。

繊維が一筋切れ残っただけの綱を渡っているに過ぎないところ。

そんなもの、通すわけにはいかない。



トラップ発動! ハーフ・シールド!!

 相手モンスター一体から受ける、戦闘及び効果によるダメージを全て、このターン中半減させる!

 よって、シンクロ・ガンナーの効果によるダメージは、300となる!」



遊星と撃ち手の合間に浮かび上がる漉し器。

それは硝子のように透けた、光の反射で色付く楯。

漉し硝子は光線の直撃を受け、半分だけを屈折させる。

曲がったものはあらん方向へ飛び去って、しかし半分だけは確実に直進した。

撃ち込まれた一撃は遊星号を震わせるだけの衝撃を与え、

そのライフを刈り取った。

――――残ったのは、根付いた僅かな命の欠片。



「ぐ、う……! だが、まだだ……!

 オレにはまだ、100ポイントのライフが残されている……!」

「知っているさ! 残った貴様のライフは、レッド・デーモンズが直々に砕いてやるとも!

 カードを2枚伏せ、ターンエンド!!」

「オレのターン……!」



手札を加え、フィールドへ臨む。

シンクロ・ガンナーの効果により除外されたレッド・デーモンズは、次のターン戻ってくる。

再びシンクロ・ガンナーの効果を発動されれば、遊星の敗北。

このターン、可能であれば破壊すべきモンスターだ。

だが、ジャックのフィールドには、同時に回収した覇者の呪縛がセットされている。

装備モンスターの攻撃力を700ポイントアップし、

そして墓地に送られた時相手プレイヤーに700ポイントのダメージを与えるトラップ

仮に、スターダストを攻撃表示に変更し、攻撃したとして、だ。

その瞬間に覇者の呪縛をシンクロ・ガンナーに装備されれば、遊星の敗北となる。

と言って、このままシンクロ・ガンナーを見過ごせば、結局1ターン命が伸びるだけで敗北に繋がる。



そう。

既に決着はついている。ジャック・アトラスの布陣は勝利以外に繋がらない。

一つ、彼自身という最大にして、最悪にして、最強の戦略ミスに眼を当てなければ。

ジャック・アトラスのキングとしての矜持。

それを支える…否、それそのものであるレッド・デーモンズへの執着。

今までの攻防において、ジャック・アトラスのプレイは、遊星を負かさぬ程度の攻めしか行っていない。

それは彼の中で、あらゆる手段・あらゆる戦術・あらゆる術策が、

レッド・デーモンズによる勝利という結果に帰結する為の、前座に過ぎないからだ。

――――本来、彼というデュエリストはこうではなかったろう。

邪神に操られていた自身への怒り、誇りを砕かれた怒り、矜持に泥を塗られた怒り。

言ってしまえば、今の彼は正気ではない。

そう。不動遊星の知る本来のジャック・アトラスが、こんなにも――――



弱い筈がない・・・・・・



追い詰められてなお、いや。

追い詰められているからこそ実感出来る、ジャック・アトラスの弱さ。

戦斧が如く研ぎ澄まされたデュエリストである彼に、本来このような隙はない。

今だけだろう。そして、その一点だけだろう。

ジャック・アトラスの矜持―――否、執着という名の弱点が、そこにはある。



――――勝機は、たった一つ……!

――――その一つに、全てを懸ける―――!



最後の手札を見やり、遊星は宣言した。



「カードを1枚伏せ、ターンエンド!!」

「オレのターン、ドローッ!

 ――――この瞬間! 我が魂は戦場へと舞い戻る! 出でよ、レッド・デーモンズ・ドラゴン!!」



シンクロ・ガンナーの効果により前のターンに除外されたシンクロモンスターは、スタンバイフェイズに帰還する。

ガンナーの背負うバックパックから炎が噴き出て、龍の姿に凝っていく。

黒と真紅の肉体に、黄金の眼光。

王者が魂の化身、レッド・デーモンズ・ドラゴンはフィールドに出でる。



――――ジャック・アトラスにおいては。

遊星がそのような思考をしているだろうという事は、ある程度予測出来ていた。

遊星がシンクロ・ガンナーを破壊しにこなかった、という純然たる事実。

それは、遊星がジャックはシンクロ・ガンナーの効果でなく、

レッド・デーモンズの攻撃を選ぶと予測したという事だ。

いや。ジャックにとってこの局面、レッド・デーモンズの攻撃以外の選択はないという確信か。

シンクロ・ガンナーの効果はメインフェイズ1限定の効果。

つまり、効果により除外するシンクロモンスターの攻撃とは両立しない。

その条件下でジャックが、ガンナーの効果を使うという選択肢は切り捨てられる。



覇者の呪縛があるが為に、不用意にモンスターが破壊出来なかったというのもあるだろう。

だがそれ以上に、遊星にとっては前者の理由が大きかったろう。



――――だが、遊星。

――――貴様が弱点と捉えたオレの戦略スタイル

――――これが、オレのデュエルだ。

――――キング、ジャック・アトラスのデュエルだ。

――――キングのデュエルは常にエンターテイメントでなければならない。

――――勝機。そんなものは、互いに求め競うものではない。

――――元より勝機とは、己の掌の中で転がすもの。

――――如何な相手であろうとも、オレの戦場において勝機は常にオレの手の中にある。

――――これが弱点と謳うならば、オレの逆手を獲ってみろ―――!



遊星の手は既に粗方見えている。

彼のデッキ中において、この状況を逆転出来る手は多くない。

そのデュエルスタイルと照らし合わせても、ジャックの知らないカードの存在は考え難い。

遊星はスターダストを守備表示でフィールドに置いている。

レッド・デーモンズが攻撃すれば、戦闘で破壊出来ず、

効果破壊を利用されて破壊されるだろう。

だが、その効果を通すには、スターダストを一度、レッド・デーモンズに攻撃させる必要がある。

守備モンスターに対し、絶大な効果を持つカードを多く有するジャック・アトラスのエースに、だ。

仮に、守備力を攻撃力が上回った時、その差分ダメージを与えるカードが発動すれば、

その瞬間、遊星のライフは底をついて彼の敗北が決定する。

その賭けも相当危ない橋と言えるが、それに勝った場合はどうか。

順当にバトルが進み、ダメージステップ。

覇者の呪縛がレッド・デーモンズに装備されないと、何故言えるのだろう。

仮にそうなれば、レッド・デーモンズを破壊する事は出来ない。

破壊してしまえば遊星のライフが尽きるからだ。

戦闘破壊は一度まで免れるが、効果破壊は免れまい。

故に、遊星の伏せたカードの内1枚。その正体は……



「レッド・デーモンズ・ドラゴンで、スターダスト・ドラゴンを攻撃――――!」

「――――――くっ!」



レッド・デーモンズが迸る。

咆哮が轟き裂帛。風を劈く雷鳴が如き叫び。

それは前兆であり、同時に強襲の報せ。

龍の鼓膜を震わすそれは、正しく咆哮という砲弾の着弾。

被弾から遅れて百分の一秒、神速をもって身構えるスターダスト。



――――音に遅れる事半秒あって、紅蓮魔龍が襲来する。

咆哮は威嚇に非ず、ただ滾る激情を吐き溢しただけ。

ただその吹き零れた炎の威力は、破壊の渦に違いない。

巻き込まれれば蒸発するだろう災禍は、スターダストに向けて撒かれたもの。

風の守りで炎を逸らし、激突を仕掛けてくる魔龍の姿だけを見据え。



銀の翼が羽搏いて、風が荒ぶ。

巻き起こる暴風は炎の流れを千々に乱して吹き飛ばし、爆炎の中心を曝け出す。

だが、身に纏う炎の衣を削がれたとて、龍の進撃は止まらない。

龍それ自身が纏う熱量ならば、暴風如きに吹き消されるほどの火力ではないのだから。

振り翳した掌に集中させる業火。

絶大なる圧縮をかけられた熱量が崩壊し、龍の掌中という狭い世界の中で暴走する。

それこそ、圧壊した炎の渦を叩き付ける絶技。



「アブソリュート・パワー・フォオオオオスッ!!」



爆炎は渦巻いて、スターダストを目掛けて殺到する。

届けば致死、屍も残さず蒸発する事となろう。

星屑の風などでは、あれは吹き飛ばせない。

―――届けば結果が絶対だと言うならば、対抗策はただ一つ。



「――――トラップ発動! くず鉄のかかし!!」



ガコン、と。

金具が高らかに乾いた音を立て、二頭の龍の間に立ち上がった。

金棒で組み上げられたフレームに、引っかけられたヘルム。

ぶら下げられている廃棄物のコードや、有刺鉄線を巻きつけたボディは、正しくかかしの名に相応しい。



吹けば倒れそうな弱々しいフォルム。

それは見た目だけでなく、その通り一撃で必ず倒れる仕組み。



――――突き刺さる。

レッド・デーモンズの一撃は狙い過ち、立ちはだかった残骸へ。

かかしの躯体を溢れる熱波が蹂躙する。

瞬く間も無く融解する金属のボディ。

亀裂が奔った傍から、融けた鉄が流れ落ちていく。

否、流れ落ちる間もなく蒸発する。



貧相な出来合いで防ぎ切れるほどその熱量は甘くなく。

しかし。

間合いを離した上の、障害物を挟んだ放射で焼けるほど、風の護りは緩くは無かった。

かかしに阻まれたレッド・デーモンズの攻撃の余波は、スターダストの翼には届かない。



「くず鉄のかかしの効果により、バトルを無効にする!」



阻んだ代償にかかしは消失し。

しかし、鉄屑は鉄屑。それは例え吹き飛ばされようと変わりない。

構成する素材に特別製など有りはせず、既に壊れているが故に、尋常な手段で粉砕する意味も無い。

ただ、ジャンクさえあれば、再びそれは立ち上がる。



「発動後、くず鉄のかかしは再びセットされる――――!」

「フン、矢張りそいつか。貴様らしい手と言えば、貴様らしい手だがな。

 その程度、オレが読んでいないとでも思ったか――――!

 貴様のくず鉄のかかしの発動にチェーンし、トラップ発動!

 シンクロ・ソニック!」



ジャックのフィールドで、秘されたカードが明かされる。

そのカードが開いた瞬間、そのソリッドヴィジョンからエネルギーが一条の光として放出された。

力の行き先は、攻撃を空かされたレッド・デーモンズの許。

光を浴びたのは紅蓮の双翼。

溢れる光は、実体の翼より一回り大きな光の翼と織り成され、力の解放を待ちわびる。



腕を振り込んだ姿勢の龍が、翼だけを強引に振り動かした。

途端、光の渦が風を巻き込み迸る。

目掛ける先は、くず鉄を寄せ集めた貧相なかかしに他ならない。



「自分フィールド上に存在するシンクロモンスターの数だけ、相手フィールドに表側表示で存在する、

 魔法マジックトラップカードを破壊する!
 オレが破壊するのは勿論、くず鉄のかかしだ!」

「――――! ス、……!」



瞬間、遊星の咽喉から漏れる龍への呼びかけ。

その音を一寸たりとも聞き漏らさず、龍は飛翔すべく翼を広げて――――

停止した。

遊星から続く指示は送られない。

破壊を無効にする効果を持つスターダストは、その能力を発揮する為にそのターン中フィールドを空けねばならない。

また、一度フィールドを離れるという事は、幻影の守護の喪失も負う。

ここは、と。遊星が口の中で小さく呟き、唇を引き締めた。



スターダストが支配する風の障壁を打ち貫いて、閃光の如き風の刃が奔る。

くず鉄の残骸はいとも容易く吹き散らされて、同時に遊星の場でくず鉄のかかしのカードが砕けて散った。

――――砕けたカードの残滓を横目に、ジャックが小さく鼻を鳴らす。



「くず鉄のかかしを残さず、スターダストを残す事を取ったか。

 シンクロ・ソニックが破壊したのは、発動後のくず鉄のかかし。

 故に、このターンのレッド・デーモンズの攻撃は無効化され、オレのバトルフェイズはこれで終了……

 だが貴様は次のターンの守勢を顧みず、くず鉄のかかしを捨てた。

 果たして貴様のその直感が正解か否か……どうだ、自信は有るか遊星!」

「―――御託はもういい。お前には、この先の戦術があるんじゃないのか」



視線すら送らずに吐く遊星に、ジャックが小さく咽喉を鳴らす。

小さいながら笑みすら浮かべて、その手が更なる1枚を選び取った。

指先に挟まれた次の1枚が空を切り、Dホイールへと差し込まれる。

途端、ジャックのフィールドにはカードのヴィジョンが映される。

その正体は、



「フッ……ならば、刮目せよ! キングのデュエルを!!

 Spスピードスペル-ギャップ・ストォオオオオオオムッ!!!」



浮かぶカードの像から、暴れる風が立ち上がる。

その暴風は瞬く間にフィールド全域を巻き込んで、コロシアム全体を包みこんだ。

荒れ狂う風にマシンの制御を乱されながらも、遊星は速度を変えずに走り、そしてその正体に息を呑む。



「ギャップ・ストーム……!」

「ギャップ・ストームは、自身と相手のスピードカウンターに10個以上差がある時、

 発動するSpスピードスペル

 その効果は、全フィールドの魔法マジックトラップカードを破壊する事!」







「全フィールドの魔法マジックトラップを破壊するだと!?」



氷室の声は最早悲鳴に近い。

その様子の理由を分かっていない矢薙は、首を傾げて龍亞へ向く。



「なんだってキングはそんな事するんだい?

 そんな事したら、自分の伏せカードも全部破壊されちゃうんじゃないのかい?」

「ええ?」



話を振られた龍亞が目を泳がせ、言葉を探す。



「それは……えーと、天兵?」

「ええ!? なんでぼくに訊くんだよ。えっと……」

「……ジャックのフィールドには、覇者の呪縛が伏せてあるから。

 覇者の呪縛は墓地に送られた時、相手に700ポイントのダメージを与えるカード……
 遊星はあのカード効果を許すわけにはいかないから、その為には……」



龍可の説明に、皆の視線がフィールドのドラゴンへ向けられる。







「――――スターダスト・ドラゴンの効果!

 スターダストをリリースする事で、カードを破壊する効果を無効にし、破壊する!

 オレはスターダストをリリース!!」

「そうだ! そうするしかあるまい!

 オレの覇者の呪縛が破壊されれば、貴様は700ポイントのダメージを受け、ライフが0になるのだからな!」



二台のDホイールの狭間に生じた空気の暴力。

それが戦場に仕掛けられたものを巻き上げんと荒れ狂い、しかし銀色の風がそれを阻む。

身体の端から解れて崩れ、星の光と化したスターダストは、破壊の渦をその身で鎮めた。

ギャップ・ストームの効力は失われ、ただの突風としてそのまま吹き抜ける。

フィールドのカードを守るべく消えたスターダストは、暫しの後に蘇る。

だがしかし。



「これでスターダストは、戦闘破壊から逃れる術を奪われたという事だ。

 次のレッド・デーモンズの攻撃を躱す術は失われた――――!

 エンドフェイズ、シンクロ・ガンナーはレッド・デーモンズの効果により、破壊される!!」



レッド・デーモンズの身体から猛火が溢れ、それが控えていたシンクロ・ガンナーを押し流す。

炎の濁流に沈み、融解するミルキーホワイトの鎧甲。

灼熱と化した影は、瞬く間に液化して崩れ落ちた。



レッド・デーモンズ・ドラゴンは、その圧倒的攻撃性の代償を背負っている。

『自ターンのバトルフェイズで攻撃を行わなかったモンスターを破壊する』

侵攻を行わなかったモンスターは、エンドフェイズに破壊という罰則を受けるのだ。

そして。



「このエンドフェイズ!

 自身の効果でリリースされたスターダストは、墓地から特殊召喚される!

 蘇れ、スターダスト・ドラゴン!!」



風が巻く。

対峙する破壊の権化とは逆さまに、スターダストは守護の化身。

大いなる風に導かれし翼を広げ、幾度でも戦場に舞い戻る。

自らの掌中に戻ったエースを横目に、遊星がよりいっそう表情を堅くした。

一瞬だけ、苦悩の顔。

ほんの掠めただけの悩みを振り切って、その腕を奮う。



「この瞬間! トラップ発動、メテオ・ストリームッ!!

 このターン、リリースされたモンスターが墓地から特殊召喚された時、相手に1000ポイントのダメージを与える!」



翼が躍り、火花が散る。

風を掴む白銀の翼が光を帯びて、炎を熾して吹き散らす。

銀龍が咆哮と同時に大きく羽撃きを一つ。

瞬間、放たれる怒濤の火球群。

それはスターダストの前に君臨するレッド・デーモンズを飛び越し、ジャックを目掛けて殺到する。



――――火球は目前。

ライフポイントを大幅に抉る炎の乱舞に迫られて、王者はしかし咽喉の奥から笑って見せた。



「フ――――ハハハハッ!

 オレのライフは1900……その上、オレのフィールドに存在するのは攻撃力3000のレッド・デーモンズ!

 まして覇者の呪縛の効果を考えれば、3700!

 しかも! 覇者の呪縛による効果ダメージを考慮すれば、お前はオレを一撃の許に降さねばならない!!

 求められる攻撃力は最低でも5600! 貴様のスターダストに、それほどの攻撃力は備わるまい!

 この状況で貴様に発揮出来る最大の攻撃力は――――

 Spスピードスペル-ファイナル・アタックによる攻撃力倍加!」

「なにっ……!?」



遊星の表情が驚愕で崩れる。

その顔に気分をよくしたかのように、ジャックの口から言葉が滑る。



「貴様のデュエル―――デッキなど、このオレの前ではガラスケースで晒されているも同然!

 貴様がオレのデュエルを読み切った心算で仕込んだ戦術など、既に過去のオレが読み切っているわ!!

 このメテオ・ストリームによりオレのライフを削り、その最後の伏せリバースカード!

 遊星! 貴様に残された最後の逆転の秘策!

 それは、ファイナル・アタックでオレのライフ諸共、レッド・デーモンズを葬る一撃必殺!

 手札の無い貴様には、それ以外に残されていまい――――!

 だがしかしッ! このオレと! レッド・デーモンズが! その程度で破れる筈がないと知れッ!!!

 カウンタートラップ! クリムゾン・ヘルフレアァアアアアアッ!!!」



烈火の翼が、火球の群れに立ちはだかる。

飛び越した筈の紅蓮の巨体は、瞬時にジャックの許に顕れていた。

殺到する炎の弾丸の速度より速く、燃え上がるように羽搏く紅蓮の翼。

それがまるで盾のように構えられ、殺到する火球を掃い退けた。

崩れ去る隕石弾の残り火に照らされるレッド・デーモンズが、ゆっくりと口を開く。



「っ……!」



どれほどの威力を帯びた弾丸であろうが、この巨龍の後ろへはその一切を通さない。

最強の矛にして、無敵の盾。そして、気高き魂。

その魔龍が、トドメとなる最後の咆哮を上げるべく腹を膨らませた。

砕け散った火球のエネルギー全てが、開かれた紅蓮魔龍の口腔に集中する。

そして更に、相乗。

レッド・デーモンズ自身が持つ火力が加算され、倍にまで肥大化するエナジー。

相合わせた炎の渦は尋常ならざる威力にまで増加した。



「クリムゾン・ヘルフレアは、レッド・デーモンズがフィールドに存在する時、発動するカウンタートラップ

 効果ダメージを無効にし、無効にした数値の二倍のダメージを相手プレイヤーに与える!!

 これで終わりだ、遊星!!」



直後、爆発。

レッド・デーモンズの口内で爆裂した勢いで、火炎弾は遊星へと圧し迫る。

焦煙を撒き散らしながら放たれた灼熱の火球。

その火勢を挟んで対峙する二人のデュエリストの決闘は、今ここに決着する――――



ジャック・アトラスの勝利という結末に。



2000ポイントのライフを削る烈火。

語る王者の言葉が正しいならば、チャレンジャーに未来は無い。

王者を打倒すべく仕込んだ最後の一手を果たせぬままに、踏み潰されるという命運。

ここは三手先を見透かす王者の敷いた、敗北に突き進むためのレール。

その道を辿り、結末の決められた未来へと進むしかないのか。



―――それは、違う。

―――決闘者デュエリストの未来は、己の信じるカードと共にある!



伏せリバースカード、発動オープン!」



ジャックが透破したと、目的を看破した末に結論付けた伏せカードが開かれる。

なに、と。泰然自若の王者の表情が、崩れ落ちた。

最後の詰め、と予想したカードの正体はしかし、この時を想定しての代物であった。



「カウンタートラップ

 白銀のバリア-シルバーフォース-!」

「カウンタートラップ、だと!?」



灼熱の弾丸が、遊星を覆う白銀の障壁に阻まれた。

着弾時に撒き上がる焦熱と爆炎。

熱の渦巻きに包まれながら、遊星はジャックに最後の戦いを挑む。



「シルバーフォースは、相手のダメージを与えるトラップの発動を無効にする!

 更に、相手フィールドに表側表示で存在する魔法マジックトラップを全て破壊する!」

「なにっ……!?」



怒濤と遊星に押し寄せた炎は全て消失、ではない。

返るのだ。

原因を辿り、本来の威力を発揮すべく。

遊星を取り巻いていた炎が凝り、弾丸を形成する。

今度は遊星を撃つためではない。本来の標的を撃ち抜く為の再構成。



「シルバーフォースはクリムゾン・ヘルフレアを無効にした!

 つまり、クリムゾン・ヘルフレアが無効化したメテオ・ストリームは再び効果を取り戻す!」



瞬間、放たれる流星群。

一斉に返った無数の弾丸は、今度こそレッド・デーモンズに阻まれる事なく目標に到達する。

白いライディング・スーツを真っ赤に照らす炎の残照。

まるで本当に炎に燃えているかの有様で、その表情は自然厳しく変わっていく。

ライフカウンターが900にまで減衰する電子音と共に、ジャックは呻きを漏らした。



「おのれぇっ……!」







「おおっ! やったよ、遊星ちゃんの反撃だ!」



矢薙の言葉で盛り上がる、龍亞達。

だが、その状態を素直に喜ばないのは、氷室だ。



「ジャックの慢心に救われた……

 もしアイツが既に覇者の呪縛を発動していたら、シルバーフォースは発動出来なかった」

「え、何でだい? だって、遊星ちゃんは使ったじゃないか」

「白銀のバリア-シルバーフォース-は、遊星の言った通りダメージを無効にするだけのカードじゃない。

 発動後、相手フィールドの魔法マジックトラップカードを破壊するんだ。

 つまり、覇者の呪縛が表側表示だったら一緒に破壊してしまうんだ」



矢薙の頭の上をクエスチョンマークが飛び交う。

が。

天兵はどうやら理解したようで、矢薙にも聞かせるように、氷室の言葉の真意を説明してくれる。



「つまり、キングが覇者の呪縛を前もってレッド・デーモンズ・ドラゴンに装備してたら……

 クリムゾン・ヘルフレアを無効化する為のシルバーフォースの発動が、別のダメージソース……

 覇者の呪縛が墓地に送られた時の、バーン効果の発動に繋がってしまった。っていう事ですよね」

「ああ。覇者の呪縛の効果ダメージは700、対して遊星のライフは100。

 当然、耐えきれない」

「え、それじゃあジャックが覇者の呪縛を発動してたら、遊星はどうしようもなかったって事じゃん!?」



龍亞の今更な悲鳴。

ジャックが前もって呪縛を発動した場合、遊星がメテオ・ストリームを発動した瞬間が決着。

けして勝利という未来の無い、敗北へのルートが完成する。

けれど、そうはならなかった。何故か?



―――キング、ジャック・アトラスは典型的にして究極な劇場型のデュエリストだ。

そんな彼のデュエルタクティクスは、エンターテイメントに彩られる。

窮地に陥り、鮮烈な逆転劇を演じる。

或いは、獲物の抵抗を易々と踏み躙り、蹂躙する事で絶対性を焼き付ける。



故に仕込みはあっても保険はない。

意味の無いカードの発動は、熱狂に水を差すからだ。

もしもはない。

この舞台において、全ては王者の掌中でなくてはならない。

それこそジャック・アトラスが持つ、絶対無二の王者の理屈。

勝者と敗者は最初から決まっている。

王者とは、絶対の勝利者だ。

それは当然の話であり、王者の価値とは勝利までの過程にある。

その演出を決定し、勝利と敗北を導くレールを敷き終わったのならば、それ以上の演出はただの蛇足。

覇者たるものが己に科す呪縛。

それが、ジャック・アトラスの有する最大の弱点。



チャレンジャーはそこを狙う。

演出に拘る王者の足元を突き崩すべく、掬い上げるべく。

王者はそれを知り、なおそう演じ切るのだ。

足元? 掬えるのならば、掬って魅せろ。

頂きに立つ者は足元など見ない。

ただ足元に屯う者どもを、歩みとともに蹂躙するのみ。







「そうとも……! 如何なる状況にあろうとも!

 オレはオレのデュエルを変えん!! トラップ発動、覇者の呪縛!!」



鎖が伸びる。

黒鎖がレッド・デーモンズの体に巻き付き、縛り付ける。

その効果は、攻撃力の上昇。



「覇者の呪縛によりレッド・デーモンズの攻撃力は3700!

 そして表示形式の変更が出来なくなる――――!」



意固地なまでに、己の意志を誇示するからこその王者。

その疾走を貫いたからこそ、彼は最強の王者となったのだ。



「さあ、遊星! 貴様のターンだ!」



デッキに手を懸ける。

ジャックの語ったスピードスペルによる一撃逆転。

言う通りだ。遊星には、それ以外の逆転手段は残されていない。

当然、スターダストを失っても勝敗は決まる。

つまり、このドローでそれを引けなければ、遊星の敗北だ。



「カードたちよ……」



レッド・デーモンズが。

あの王者のしもべたちが、ジャック・アトラスの許で列を成すように。

遊星のデッキ、遊星の仲間たちもまた。

今此処に、光差す道となりて、勝利へと導く力となる――――!



「オレの声に、応えろッ――――!!!」



――――光と共に、裂帛のドロー。



最早、共に言葉は要らぬ。

そうして勝敗は決した。

カタチは違えど、自身とともに闘うデッキへの信頼は同じ。

力量は拮抗、否。

僅かばかりかジャック・アトラスに分があった。

王者としてのデュエルへの執念を背負ってなお、ジャックが上だった。

ずっと疾走り続けてきたジャックの方が、ライディングテクニックも上だった。

だから、勝利を手にするのは彼だ。



Spスピードスペル-ファイナル・アタック!!」



友を救う、という目的を果たすためにここにきた。

果たして、そして全てをぶつけあう。

キングとチャレンジャーではない。ライバルとして。

ジャック・アトラスのデュエルは、キングのデュエルとして完成されていた。

頂点に在るがために。

だからこそ、勝利するのは彼だ。



「自身のスピードカウンターが8つ以上ある時、自分フィールドのモンスター1体の攻撃力を倍にする!」



降すべき相手として闘ったジャックと、競うべき相手として立ち向かった遊星。

その結果はこうして帰結する。

互いの闘志をぶつけ合い、研磨される遊星の疾走フィール

高みから相手を潰すジャックには、その結果は有り得ない。

勝利するのは、彼だ。



「―――――」



認めざるをえまい。

このデュエルを制したのは、不動遊星だと。

遊星とジャックの間に、確かに横たわっていた実力の壁。

彼はその壁を乗り越えるだけの力を、このデュエルの中から掴み取った。

キングのデュエルは、エンターテイメントだ。

そこに演出の意図はあっても、成長の余地はない。

彼はジャックの築いた敗北へのレールを抜け出し、そこへと誘導したジャックを抜き去った。



ジャック・アトラスの演出を蹴飛ばして、結末へと辿り着いた遊星こそが勝者。

キングの目論見は無様にも破られ、地へと墜ちる。

だがしかし、それでもなお。

今、ジャック・アトラスは王者に他ならない。

この座を正しく誰かに明け渡すまで、それはけして変わらない。



「行くぞ、スターダストォッ!!!」

「―――ならば、迎え撃てレッド・デーモンズッ!!!」



漲る闘志を熱量に変えて、炎の龍が猛りを上げる。

覇者の呪縛で雁字搦めに取られたその身から、限界まで振り絞れるだけ。

対する星屑の光は、それに劣らぬ光量を発揮し、収束していく。

此処まで来て、最早小細工などありはしない。

たった一度、互いの魂と、互いが背負った決闘者の誇りの全てを懸けて。



最後の最後に、咆哮と共に破壊を息吹く。



両雄が同時に攻撃の命令を下し、双龍が同時にそれを解し、そして同時に放たれるドラゴンブレス。

相反する二つの属性の威力は、ほんの数秒拮抗し、けれど最後の結果を齎した。



―――炎は散り、閃光の息吹を以て撃ち抜かれる紅蓮の魔龍。

その余波で以て、背後を疾走していた王者のライフもまた消え失せる。

爆風と熱波が押し寄せる中、



「オレの……キング故の、敗北か……」



己の非力に嫌気が差したかのような、悔やむような一言を呟いた。

キングはハンデを背負いなお、悠々と勝利してこその存在。

自己に科した縛鎖は言い訳にはならない。

つまりは、自分にキングとしての器がなかっただけの事だろう。



一体どれほどのものを犠牲にしてきたのか、もう憶えてもいないが。

何の事はない。

本当にサテライトで燻っていたのは己ではなく、不動遊星だったのだ。

全てを犠牲にして手に入れた茶番の王者の座。

それこそが、ジャック・アトラスが固執していた真実の姿。



ホイール・オブ・フォーチュンの排熱口から、白煙が巻き散らかされる。

ついで、衝撃で制御を失った車体が、大きく吹き飛んだ。

空を舞った体と車体が、盛大に地面に叩きつけられて滑っていく。



絆など全て捨ててこそ、真の高みに到達し得ると思っていた。

だが、遊星は何も捨てずあそこに辿り着いた。

……いや、通ってきた道の中で、色々なものを拾いながら、ここまでやってきた。



―――いつか。

―――真っ白いDホイールを、遊星は自分の手で作り上げた。

―――“みんなの夢”だ、と言って。

―――夢と希望の為に切り捨てられたものの掃溜めである、サテライトにあるものを使って。



“みんなの夢”を踏み躙って、ここまできた。

それを使い潰して、ここまでのぼってきた。

けれど。

彼はまた同じように、“みんなの夢”を集めて。

そして、ここまできた。



ああ、同じ場所にきたけれど。

同じようにきたけれど、背負ってきたものの重さが違う。

その重さが、きっと彼を強くした。



最後に、小さく口惜しそうに呻いてから、ジャックの意識は喪失した。











後☆書☆王



よかれと思って!

たっぷり時間をかけちゃいました!

力及ばず何の結果も残せませんでした~! 許して下さい!

もう許して下さい! (真月が)何でもしますから……!







なぁ~んちゃってぇ!!



よかれと思ってやった、懺悔の用意は出来ている。



[26037] この回を書き始めたのは一体いつだったか・・・
Name: イメージ◆294db6ee ID:191fe6c6
Date: 2014/09/28 19:49
「アン・ドゥ・ドロー! アン・ドゥ・ドロー!!」

「「「アン・ドゥ・ドロー、アン・ドゥ・ドロー」」」

「アン・パン・マン、アン・パン・マン」



今日もいい朝だ。

そして、俺という存在が喋るのは随分久しぶりだ。

前の話でも微妙に喋ってたろ、と思われるかもしれないが……

しかし、あの辺りはかなり昔に書いた部分だ。

最早書いた人間が何を喋らせたかも憶えてないレベルだ。

セリフはジョジョネタだったから、多分ジョジョのアニメがやってた頃に書いてる。

オールスターバトルのPVで盛り上がってた頃に書いてる。



「声が小さい! アン・ドゥ・ドロー!! アン・ドゥ・ドロー!!!」

「「「アン・ドゥ・ドロー! アン・ドゥ・ドロー!」」」

「シャバドゥビ・タッチ・ヘンシーン! シャバドゥビ・タッチ・ヘンシーン!」



今はこうして、早朝のドロー訓練を三沢たちに誘われてやっているが…

遊星がジャックに勝利して、それからの大騒動。

マスコミが雪崩れ込み、ジャックは病院送りにされ、遊星は逃げ出して。

それはもうカオスだった。

追えない事はなかったが、あのルドガーの駒……名前何だっけ。

まあいいや。仮にトーマスとしておこう。

その、トーマス・フィッツジェラルドさんとのデュエルは、さほど気にする事じゃないと判断した。



まあなんだ。

俺って実はこう見えて、並みの人間なら余裕で死ねる事故り方したばかりなんだ。

ジャックも一時入院だし、俺もちょっと我が家(学生寮)で休息だ。

休みすぎる暇はないが、入院頻度がナッシャークさんクラスにならなければセーフ判定で。

しいてあちら側に残した問題をあげるなら、ば。

あの時の会場の混乱に乗じて、ゴドウィンとかに見つからないように逃げてきたので、

龍可ともちゃんとした話が出来ていないということだ。

また怒られるかもしれない。



「エックス! その妙な掛け声はなんだ!」

「フレイム、プリーズ!」

「プリーズじゃない!」

「ボルケーノ、ナウ!」

「ナウでもない!」

「バーニング・ナウマンダー!」

「何がだ!」



いや、何でも。

ライダーライダー言ってる割に、フォーゼやウィザードをネタに出来てないから。

こういう時にガンガン使って行きたいなって。

ハルトのせいよ! とか言ったら、フォトン・ストリームされそうだから言わないけど。



「それより、なんでいきなり俺たちまでこの朝練に巻き込まれてるんだよ。

 朝練ならほら、山に入って熊をセットするとかあるだろ?」

「何を言ってるんだ。この島は今、セブンスターズに狙われているんだぞ。

 デュエルアカデミアは、オレたちの手で守らなきゃいけない。

 だからこそ、オレたちはこうして訓練をするべきなんだ。

 セブンスターズは強敵だ。気を抜いていい相手じゃないのは、お前の方がよく知ってるだろう?」



タオルで汗を拭いながら、そんな事をのたまう三沢。

俺はもうセブンスターズと戦わないし。

そんな事を言われても、どう反応してよいのやらだ。



「あのカミューラとの戦い以来、しばらく鳴りを潜めているが、必ず次の刺客はやってくる。

 七星門は二つが開き、残りは五つ。

 絶対にオレたちの鍵を奪われるわけにはいかない」



俺の持ってる鍵とか、覇鍵甲虫くらいなもんだが。

ああ、皇の鍵もあるか。

商品説明にナッシャークさんに折られても自然に直ったりしませんって書いてあった奴。

今度はそのナッシャークさんのペンダントも出たし。

捨てられてたけど。



「そうは言ってもボクたち……」

「七星門の鍵なんて、持ってないんだな」



翔と隼人もこの始末。

というか、仮に七星門の鍵を持っていてもこの状況はおかしいのだけど。

猛る三沢が早朝特訓を一時停止し燃えていると、

今のドロー訓練で翔が引いたカードを、十代が覗き込む。



「ん? あれ、雷電娘々?

 翔のデッキでこのカード使えるのか?」

「あ、これはアイドルカードっス。

 こういうカードが手札にあると、ピンチの時に癒されるんだ」



気持ちは分からんでもないが、幾らなんでもどうも使いようのないカード入れんでも。

いやまあ、とりあえずピンでなら立たせとく事の出来る打点1900ではあるか。



「オレもそうなんだな。ピンチの時にこいつが来ると、凄く落ち着くんだな」



そう言って隼人が見せてくれるのは、ディアン・ケト。

ちゃんと実用も考えられる分、翔のよりはいいと思うが。

ピンチにそいつが来ても多分状況は変わらんしな。

んー、俺に関してはある意味デッキの中全てアイドルカードですし、言えた事じゃないけど。

やはりエースとアイドルを兼ねる青眼や時空竜こそ最強か。

……なんか違う気がする。



「ねえねえ、アニキにもあるでしょ? お気に入りのカード!」

「そりゃオレにだって…」



そうやって話しているうちに、三沢が無言で近くに歩み寄ってきていた。

怒鳴るのだろう。

いつでも耳を塞げるように、手の感覚を研ぎ澄ます。

気分は今にも白刃取りにでも挑戦するような勢いである。

ハァ、と三沢の一際大きな呼吸。

ここぞというタイミングで、耳を庇いにかかる。



「コラァーッ!!!」



ミッチーの怒号は、俺たちの耳を破壊する音波となって襲い来る。

回避できたのは俺だけだ。

あとの三人は実に死屍累々、頭を抑えて蹲っている。



「お前たち、何がアイドルカードだ!

 女の子にかまけていて、セブンスターズに勝てると思っているのか!」

「女の子って……」

「それにオレたちは、セブンスターズとは戦わないんだな」

「そもそもアイドルカードを女の子と断定するのもどうかと」



復帰した翔と隼人が燃えてる三沢に批難を浴びせる。

青眼は元々が元々だから女の子扱いでもいいけれど、

時空竜は我が生み出した分身だよォ! だし。

が、しかし。

その程度では三沢の炎は消えない様子。



「真剣にデッキを組んでいたら、そんな不純なカードは一枚も入らない筈!」



言ってから、一瞬停止してかすかに頬を染める三沢。

結局ピケルはデッキに入ったままなんだろう?

しかしどうだろうな。

翔や隼人に比べたら、実用的かもしれないが。

展開したモンスターを守るアモルファス・バリアなんかもあるし、まあいいのか?



「とにかく! アイドルカードなど、軟弱な奴の持つものだ!」

「でも、ピンチの時にこういうカードがあると落ち着くっていうか…」

「渇ッ!!!!」



威嚇する咆哮。

その勢いに圧されて引っくり返る翔たち。

なるほど。

そんな感じでピケルを守り、ライフを回復するのか。



「心頭滅却すればピンチもまた涼し。さあ、練習練習!」



涼しかろうが暑かろうがピンチはピンチだから、ピンチ時にいいカード引く特訓しようと言う事か。



そう言ってドロー練習に没頭する三沢。

そんな三沢を見て、翔が小声で呟くのは疑問。



「三沢くんって女の子に興味ないのかな」

「アイツは最後のサムライなんだよ」

「はえ?」



そしてこの回答である。

サムライだって、恋くらいするだろう。

それが実るかはともかくとして。

サムライならばやっぱり、家柄とかで決めた相手と見合いなんだろうし。

いや、知らんけどさ。

ヤリザ殿はそのあたりどうなのでござろうか。



「何か、意味が分からないんだな……」







「最強デュエリストのデェエルは全て必然!

 ドローカードさえ、デュエリストが創造する!」



―――光が集う。

指先に載せた全感覚が輝いて、希望の道筋を照らす。

伸ばした腕を全身全霊を籠め、振り翳す。

一度握り込んだ拳の中から、滾る光がオーラと化して迸った。

今こそ、という瞬間。

集中させた全ての力を、一途のドローに収束させる―――!



「シャイニング・ドローッ!!」



紙袋が舞う。

山盛りのパンの中から選び抜いた、たった一つの包み紙。

テンテロリン、と。頭の中にテロップが浮き上がった。



「ぐっ……ゴーヤパン……!」



片膝を落とす。



「まだだ…まだ俺には、ダーク・ドローとバリアンズ・カオス・ドローが残っている……!」

「なんなんすか、それ」



三沢の早朝訓練を終え、今は購買に集合中だ。

ただし隼人は教室で就寝中。ギリギリまで寝るらしい。



……よくよく考えれば、58パンとか当たりかもしれない。

そう考えるといっそゴーヤパンがエロく思えてきた。

やったね。



そして今、俺的には珍しく黄金のタマゴパンを外した、と言ってもだ。

十代がいる以上、そっちに流れるのは自然な話だ。

ゴーヤパンを齧りながら、十代のドローに目を送る。



「ドロー!」

「……ん?」



なんだろう、今。何と言うか、“来なかった”

具体的な話ではないが、圧倒的な運命力の保持者である十代のドロー。

それを間近で見る時は、言いようのない…力の迸り、的なものを感じるのだ。

それが今、全く感じなかった。

と、言う事はだ。

包装紙を破り、パンに食らいつく十代。

その表情が、当たりを引いた時の顔ではない事は、明らかであった。



「うぇ~、甘栗パンだ……」



さっきの俺以上の落ち込みぶりを見せてくれる。

珍しい。

十代が外すなど、それ以前に誰かに引かれている場合を除いて、殆どないのだが。

俺たちが開店と同時に押し掛けたので、そんな事は無い筈だが。



「十代まで外しちゃうとはね」



そう言って、自分の手の中のパンを口に運ぶ明日香。

両手にドローを持って、そうしているのはなかなか間抜けだと思う。

いくら美少女とは言え、両手にそれぞれ開封済みのパンは駄目だ。

両手で一個のパンをしっかりと持ってれば、それはそれで萌えポイントだのに。

腹ペコと悪食はまったく違う性質なのだから、その辺りには気を遣って欲しい。



「何か言いたげね」

「いや別に」



十代に引かれる前に、と。

色々悩んだ結果、二個購入と思い切ったものの、結局駄目だった残念な美少女。

そんな彼女の名前は天上院明日香。

そも、何故彼女はこんな朝っぱらから購買にいるのか。

……ん、この流れどこかで見た気がと言うか大山の流れだコレ。



「ごめんなさいねぇ、みんな。

 実はタマゴパンはこの中には無いのよ……」

「「えぇ!?」」



案の定というべきか、トメさんが来てそう教えてくれた。

……あれ、今朝の三沢とのやり取りから、今日ってタニヤが来るとばかり……

そもそも大山ってレイより前の回じゃないっけ……

まこと申し訳なさそうに、トメさんは続ける。



「確かに作って入れた筈なんだけどねぇ……

 いつの間にか、誰かが持って行っちゃったのか……」

「ええ!? それって盗まれたって事!?」

「あ、いや……もしかしたらあたしが勘違いして、変なところに置いちゃったのかもしれないわね。

 本当にごめんね。明日はちゃんと準備しておくから……」



そう言ってトメさんは何度も謝っていった。

まだ一日目だからか。

トメさんは誰かに盗まれたなんて言いたくないし、思いたくも無い様子だ。

十代も顎に手を当て、何やら考え込んでいる。



「……う~ん、おっかしいなぁ。トメさんがそんな事するかなぁ」



そりゃまあ、自分で作っているとはいえ、だ。

包装された状態のドローパンを見て、中身を完璧に判別するプロ店員であるトメさんが。

幾らなんでもそんなミスをするのか、という話になる。

特に、トメさんは黄金のタマゴパンをみんなが楽しみしている事を知っている。

そして何より、トメさんは黄金のタマゴパンで喜ぶ生徒たちの姿を楽しみにしている。

この状況証拠……つまり。



「これは事件、だな」

「お前は、万丈目!?」

「サンダー」



いつの間にか参上した万丈目。

彼は俺たちの後ろから、急に声をかけてきた。

そのセリフを聞いた明日香が、少々当惑気味に言葉を返す。



「でも、万丈目くん。幾らなんでも、これをいきなり盗難事件だとは断定できないわ。

 トメさんだって人間だもの。ちょっとミスくらい、たまにはあるわよ」

「確かに。

 トメさんが優秀な店員である事を考慮しても、絶対にミスがないとは言い切れない。

 だが天上院くんは一つ、大きな見落としをしている」

「見落とし?」



駄目だこいつ、完全に高校生探偵モードだ。

勿体ぶる様子の迷探偵サンダーが、人差し指を立てて推理を展開する。



「まずは状況を整理しよう。

 デュエルアカデミアでは、黄金のニワトリを一羽飼っている。

 このニワトリが一日に一つだけ産む黄金のタマゴ。

 そして、それを調理した目玉焼きを挟んだ、黄金のタマゴパンが存在する。

 黄金のタマゴパンは購買名物、ドローパンに混ぜられて、日に一つのみ販売されるものだ。

 その事実を知らない奴は、このデュエルアカデミアの生徒にはいないだろう。

 事件はこの黄金のタマゴパンが盗まれた事から始まる」



まだ始まってねえよ。

盗まれてもない。



「購買は7:30の開店。

 朝飯を食いっぱぐれた奴らが、授業前にここで朝飯を食う事があるせいだ。

 8:00には授業が始まり、12:00の昼休みまでは閉店状態。

 13:00から午後の授業が始まり、放課後までは同様に閉店状態。

 放課後開店した購買が完全に閉まるのは18:00。

 18:00に店を閉めた後トメさんは机仕事。帰宅は19:30~20:00頃。

 翌日、トメさんが店に仕込みへ入るのは3:00。

 5:00までの間にドローパンその他の仕込みを終え、一時帰宅。

 そして最初に戻る。

 恐らく犯人は仕込み後で開店前。5:00~7:30に犯行を済ませたのだろうな。

 また、窃盗の被害がタマゴパンのみでカードやその他の商品には及んでいない事……

 ここから推測するに、犯人は腹を空かせて耐え切れず、突発的に犯行に及んだ可能性が高い」



はあ。



「でも万丈目くん」

「名探偵・万丈目サンダーと呼べ」

「でもサンダー、何でその犯人はわざわざドローパンを一個だけ盗んだのさ。

 お腹が空いてたなら、もっと盗めばいいのに。しかも黄金のタマゴパン」

「翔、馬鹿かお前は。大量に盗めば一発で犯行がバレるだろうが。

 しかし、そいつが黄金のタマゴパンを引き当てたのは、恐らくまったくの偶然だ」



断定していいのか、それ。



「―――十代のアホはともかく、天上院くん。

 キミも気付かないかい。

 今、この学園には本来いない筈の人間が忍び込んでいる事を……」

「……まさか、セブンスターズ?」

「そう。奴らはこのデュエルアカデミアに既に潜入し、こちらの隙を窺っている……

 だが、オレたち七星門の鍵の守護者は、百戦錬磨のデュエリスト。

 奴らもそう簡単に手を出せなかった。

 こちらの実力に、当初の潜伏予定期間を超過してしまった連中には、もう兵糧が残っていない。

 だからといって、寮の食堂を使うわけにもいかない。当然、ここでの買い物もだ。

 ならばどうするか。そう、奴らはここで盗む以外に、食料調達の方法がなかったんだ」



オブライエンを見習えと言いたいな。

っていうかこの島、バナナとか自生してた気がするぞ。



「まあ、セブンスターズもそこそこやる連中だろうからな。

 空腹が限界だった奴らの本能が、栄養が豊富だと言われる黄金のタマゴパンを引き寄せたんだろう。

 そして、この推論が正しければ―――」



それは推論ではなく暴論なのでは?



「奴らは今日も同じように、食料を求めてここに現れる!」



じっちゃんの名に懸けて断言するサンダー。

どやぁ、と言わんばかりの雰囲気である。

もしそれが当たっているとするならば、最早セブンスターズ放っておいてもいいと思う。

そのうち自滅するよ、そいつら。

ほら、ほぼ内輪揉めで壊滅した七つ星とかいるじゃない。

このデュエル、バリアンが制す!(内輪揉めで壊滅しながら)

アリト一人で遊馬と4回もデュエルしているというのに、白き盾のデュエルは何故あれだけなのだ。



「おお!」

「だからだな、ここにおじゃまイエローのカードを仕掛けて犯人を……」

「じゃあ、今日はここで張り込みだな! 翔、隼人、授業が終わったら準備だ!」

「オ、オレもなのかぁ?」

「ば、誰が一晩中の見張りなんて言っ……」



サンダーはおじゃまイエローに押し付け、安眠を貪るつもりだったのだろう。

十代に肩を掴まれて、取り乱していた。

その手を振り解こうともがこうとしたものの、続く明日香の言葉で停止する。



「そうね。

 万丈目くんの言った可能性もあり得なくはないし……

 亮と三沢くん、あと大徳寺先生も呼びましょう」

「て、天上院くんも……!? ふ、二人で寮の外での外泊……!」



え、結局これはどうなんだ。

大山なのか、タニヤなのか、あるいは黒蠍だったりするのか。

……とにかく、俺も参加するしかあるまい。











トメさんに言って、従業員用の事務所を借りて詰所にする。

従業員と言っても、実際トメさんとセイコさんの二人だけ。

その上住み込みで働いてる二人のものは、殆ど置かれていない。

休憩用のテーブルと、品物管理用のパソコンくらいか。
本土への発注とかはメールなんだろうか、ここ。

あと、多分トメさんの私物だろうが……

壁に、やたらどっかで見た事があるような人物が写っているポスターが貼ってある。



「誰、これ」

「オレも詳しくはないが、最近流行りの恋愛ドラマの主演で、ヨン様と呼ばれてる役者らしい」



と、三沢が教えてくれる。

さいですか。

少なくとも俺の感覚では、流行ってたのは10年以上前だ。

雪の中で変なポーズ決めてる画のポスター。

これを見るに、きっと冬のなんたらとか言うドラマだろう。

ヨン様だか四様だかⅣ様だか知らないが、結構な事だ。

アニメスタッフの中でも、トメさんくらいのおばさんならばヨン様だという事になったのだろうか。

それとも同友だからか。どうでもいいけど。



「よーし、セブンスターズの奴らどこからでも来い!」

「奴らも少しは考えている。幾らなんでもこんな早い時間にくるか!」



時刻は18時すぎ。

準備万端の十代に、万丈目が突っ込みを入れる。

今この場にいるのは俺を含め六人。

十代、翔、隼人、サンダー、三沢だけだ。

明日香は後からくる、と言っていたからそろそろか。

あと呼ぶ予定だった二人は……



「それにしても、大徳寺先生の用事って何なんだな。

 セブンスターズほっぽってでもしなきゃいけない事があるのか?」

「ふん、どーせ恐がって来ないだけだ。

 今頃自分の部屋に閉じこもっているさ」



……なら楽なんだが。

むしろ、この大徳寺先生の行動的に実は本当にセブンスターズなのかもしれない。

首領・ザルーグとかが盗み食いをしたのが実際のトコだったり。

それを止めさせるため、急いで行動してたり?



「……流石にないか」



ダークネスはまずないだろう。

深層に閉じ込められた吹雪の意識が、黄金のタマゴパンに引き寄せられた。

とかでもない限り。

お願いしますから、そんな事では絶対にありませんように。

タニヤもまあない。虎は知ら管。

タイタン、アビドスだって考え難い。

アムナエルは、っていうか先生じゃないだろう。食堂を自由に使える人だ。

……まさか、ファラオのハート1イベントがいつまで経っても発生しないから……?



「………流石にないわ」

「えー!? お兄さんも来るんすか!? ちょっとそれって……」

「いいじゃんか。兄弟で話だってあるだろ?」



あとカイザーか。

カイザーは明日香が連れてくる、という話になっているが。さて。

と、翔がうろたえていると、明日香が事務所の扉を開き、やってきた。



「ごめんなさい。遅れたわ」

「お、明日香。あれ、カイザーは?」

「亮は……ちょっと、今日は来れないって。

 まあ、セブンスターズの仕業と決まったわけじゃないし、無理強いできないもの」



カイザー欠席。

これでダークネスだったらどうしたものか。

十代の勝ちを疑うわけじゃないが、闇のゲームが初めてのままダークネス戦。

これは余り嬉しい状況ではないのだが。

サイコショッカー戦。

そして俺とカミューラのデュエルを見たという経験を活かしてもらうしかないか。



「フッ、安心したまえ天上院くん。

 このボクにかかれば、セブンスターズなんて大した事はない」

「待て、万丈目」

「サンダー!」

「サンダー。もし相手がセブンスターズだったなら、相手はオレがやるべきだ」

「なにぃ?」



三沢が胸を張り、当然だと言わんばかりに語る。



「また相手がカミューラのように卑劣な作戦を使ってくる可能性もある。

 だったら、相手の戦略を見抜く力を考慮すべきだ。

 お前や十代ではその点で不安が残る」

「んなっ! お前、オレを十代と一緒にするのか!?

 ええいっ、だったら今ここでデュエルしろ! 戦うのはここで勝った奴だ!」

「ふむ、いいだろう。それが一番確実に正しい結果を出してくれるだろうからな」

「勝手に進めるなって! オレも参加する!」



テーブルの方で騒ぎ始める三人。

それを見た明日香が、小さく溜め息を漏らす。



「ふぅ……まだセブンスターズの仕業と決まったわけでもないのに」

「トランプ持って来たけど、アニキがあの様子じゃ出番はないかなぁ」

「あら、なら折角だしわたしが参加させてもらうわ。いいかしら?」

「明日香さんも!? じゃあ早くやろう!

 ほら、隼人くんも! ついでにエックスくんも!」

「分かったから落ち着くんだな、翔」

「あ、ああ。うん……」



しかし、どうなるのやら。











「先攻はもらうぞ! オレのターン、ドローッ!」



ディスクにセットされたデッキに手をかけ、指先でカードを掴む。

勢い反るカードを引き抜き、五枚の手札の中に加える。



夜行のデッキには、既にシンクロモンスターが投入されている。

そのカードを出す為のモンスターは自然、海馬瀬人が知り得ないモンスターの登場を意味する。

だからと言って、この男が己の戦術を曲げるわけは無く―――

まして、警戒などという姿勢をとる事を是とするわけが無い。



「オレは闇・道化師のペーテンを守備表示で召喚!」



瀬人が手札から選んだカードをディスクに置く。

途端、前方に現れた夜色の霧の中から、白い仮面が零れ落ちた。

仮面がセラミックタイルの床に落ち、乾いた音を響かせる。

一瞬だけ表情を難くした夜行の視線が、その仮面の後を追う。



と、次の瞬間。

仮面が湧いて出たかのように見えた霧の中から、細い腕がぬるりと生えてくる。

腕に続いて肩、そのまま上半身がせり出して、すぐに全身が露わになった。

褪せた黄色と緑色の道化装束が躍る。

仮面の底に顔を隠した闇道化は、頭をすっぽりと覆い隠す鍔広の赤い帽子を片手で押さえ、

その帽子の上でマゼンタのフリンジを波打たせながら、仮面の下でカタカタと嗤う。



「闇・道化師のペーテン……」



夜行が僅かに顔を顰める。

たかだか攻撃力500の下級モンスター、守備力1200の壁モンスターに対してその態度。

その心中の真相は当然、海馬瀬人を知るからこその事。

この相手においては、戦闘力を持たないからこそ、気をつけなければならない戦術が隠されている。



「カードを1枚伏せ、ターン終了だ」



道化の背後に仕込まれる伏せカード。

その正体は現状判然としないが、しかし。

あの道化師の存在が、ウィルスキャリア・・・・・・・・である可能性を考えないわけにはいくまい。



海馬瀬人のデッキに仕込まれた、究極の滅札兵器群。

ウイルスカード。

死のデッキ破壊ウイルスはもとより、何より完全破壊-ジェノサイド・ウィルス。

フィールドのモンスターをキャリアとして感染した場合、夜行のデッキがどうなるかは明白だ。



「わたしのターン、ドロー!」



ドローカードを加えた手札を見定める。

彼の手札の中にバックを処理する手段は存在せず、

つまり最も対応を優先すべき対象に手も足も出せないという事実が突き付けられる。

だが、今。天馬夜行のデッキには、氷の龍が在る。

何より融合・シンクロモンスターが収まる第二のデッキは異界。

如何なウイルスであろうとも、あちらは感染範囲外だ。



狙うべきは、と。

夜行が静かに思考を回す。

仮にあれがウイルスキャリアだったとしても、それならばそれで対抗手段はあるのだから。



「わたしは、手札のカオスエンドマスターを攻撃表示で召喚!」



夜行が手札を切ると同時、眩い後光を背負った男がフィールドに舞い降りた。

光を伴い下りてきたその背には、純白の鳥の羽。

羽と同色の衣で身を固めたその男の外見は、天使のそれと等しいと言えるだろう。



「……カオスエンドマスターだと」



疑問の響きが混ざったその声は、瀬人のもの。

何故と言うならば、そのカードを知らないからだ。

凡百のデュエリストであれば、おかしなことではないだろう。

だがしかし、ここにいる海馬瀬人においては、そんな事は有り得ない。

何故って、このデュエルディスクがリンクしているカード情報を管理しているサーバーは、

彼が作り上げたモノなのだから。

カードテキスト、効果の裁定、イラスト情報から形成したソリッドヴィジョン。

それを一括管理する装置の創造主が認知していないカード?

それがバグ以外の何だというのだ。



―――武藤遊戯とデュエルをした正体不明の男と、同じ不自然。



だがそれを咎めるどころか、瀬人はその顔に不敵な笑みを浮かべる。

ちょうどいい、この現象の真相を見極めてやる。

と。



不敵に笑む瀬人を前に、夜行が腕を振り上げる。

指先を指揮者のタクトの如く揮い、自らに従う魔物への指令とする。



「カオスエンドマスターで、闇・道化師のペーテンを攻撃!」



純白の翼を羽搏き、戦士が来る。

白光と化した
道化は飄々とした態度を崩さぬままにそれを迎え、一瞬だけの交錯。



瞬きの暇さえ許さぬ、その一合で既に勝敗は決している。

体が解れて崩れていくのは、闇の道化ペーテン。

その身は、笑い顔を浮かべる仮面を張り付けたまま、断末魔を上げる異様を晒す。

社内で反響する金切り声を聞いてしかし。

対峙する二人のデュエリストはその表情をまるで変えない。



光と消えるペーテンの姿。

そのカードが墓地へ送られた、段階となって。



「「この瞬間!」」

「闇・道化師のペーテンの」

「カオスエンドマスターの」

「「効果発動!!」」



互いの宣言に呼応して、デュエルディスクが光を帯びる。

デッキホルダーのロックが解除され、デュエル最中でありながら、その手にとる事を許された。



瀬人が自身のデッキを取り出して、扇状に広げた。

その中から選ぶ一枚は、先にフィールドにあったカードと同じもの。



「闇・道化師のペーテンが墓地に置かれた事により、そのテキストに記された効果が発動する!

 墓地からペーテンを除外する事で、デッキから同名モンスターを特殊召喚させてもらうぞ」



再び仮面の道化。

闇道化の名に反した明るい道化衣装に身を包んだそれは、けらけらと嗤い踊る。

仮面の顔を隠すように、帽子の縁を両手で握って下に引く。

その様子は守備態勢を示すものなのだろうが、その嗤い声を聞くに、嘲弄であるようにもとれる。



続いてデッキを手にするのは夜行。



「カオスエンドマスターは、戦闘でモンスターを破壊し墓地へ送った時!

 デッキからレベル5以上、攻撃力1600以下のモンスターを特殊召喚する事ができる!」



デッキを浚い、その中から1枚を選び抜き、その手に取った。

片手の薬、小指だけで器用に手札を保持しながら、デッキをシャッフル。

それをデッキホルダーへ再セットする。

そして、選んだモンスターをディスクへと滑り込ませる。



「わたしが選んだのは、深海の戦士!」



夜行の足許から水が湧き立つ。

大地から、天を突き刺すがごとく迸る鉄砲水。

水流を掻き分けて侵出してきたのは、緑の鱗に覆われた半人半漁の怪人。
戦士、という称号に恥じぬ鎧と槍を携えて、それは夜行のフィールドに現れる。



「深海の戦士。ふぅん……気に食わんモンスターだ」



瀬人の視線が、バイザーに隠された深海の戦士の顔に突き刺さる。

その眼光を無いものと、深海の戦士の様子に揺るぎは無い。

自身のモンスターを見て苛立つ瀬人に、夜行は笑み、言葉を飛ばす。



「確か、この会社の重役の一人でしたか。

 名前は……すみません。聞いていたのですが、忘れてしまったようだ」

「―――――」

「BIG5の、何という方でしたか?」



瀬人の中で、天馬夜行という人間から感じる違和感が膨れ上がる。

BIG5の顛末を知る者は、精々がバトルシティ決勝トーナメント参加者に限られる。

だというのに、これはなんだ。



「……ふん。貴様と変わらん。

 わざわざ憶えておく価値もない、貴様が出したそのモンスターと同じ。

 あれは愚にも付かんクーデターを企てた挙句、何ら成果をあげられず敗北した雑魚だ」



あれは、ただ兄への嫉妬と劣等感で暴走しただけではない。

裏に何かがある。

少なくとも、海馬コーポレーションと比肩し得る何かを有するものが。



瀬人の言葉を聞いた夜行が、ふと視線を泳がせた。

それを見た瀬人が、視線を鋭く澄ます。



「そうですか。貴方にも忘れられてしま……」

「ふん、何を勘違いしている」

「っ」



割り込む瀬人の口。

それに押し留められた夜行が、瀬人を正面から見据えた。

その夜行を嘲るように。



「オレが貴様と変わらん、と言ったのは貴様に同意したのではない。

 貴様が。今、ここでそうして振る舞っているその有様。

 つまり、兄への劣等感から暴走し、挙句の果てにこのオレへ楯突くという身の程知らずの所業。

 そのあまりの無様さ加減が、あの無能どもと同じレベルだと言ったのだ」

「な、に……!」



ギリ、と。夜行が歯を食い縛る。

その言葉で爆発したのは怒り、だけではない。

溜め込まれた相当量の感情が錯綜し、その頭の中で暴走した。

夜行のそんな様子を見てとりながら、瀬人は言い淀む事もなく当り前に続ける。



「月行以下の雑魚デュエリストが、オレに刃向かうなど……

 恥を痴れ、天馬夜行」

「黙れっ……! 海馬、瀬人……!」



瀬人に向けられた静止の声は、掠れながら絞り出されたものだ。

―――夜行の様子は、明らかに異常だった。

瀬人が月行の名を出した途端、その様子どころか人相までも劇的な変化を遂げている。

目を見開き、息を荒げ、明らかに正気ではない様子で瀬人を睨む。



「まだバトルフェイズは終わっていない……!

 行け、深海の戦士っ!」



戦士が動く。

中空をまるで泳ぐように滑り、手にした三叉槍でペーテンを狙う。

道化にはそれを防ぐ手段はない。

緑黄の衣装がわたわたと慌てるように騒ぎ、すぐさま襲い来た槍に貫かれた。



ペーテンの胴体を貫いた槍を、獲物を突き刺したまま横に薙ぐ。

力任せに振り抜かれた刃が、道化の身体を上と下とで斬って別ける。

光を撒き散らしながら崩れる姿。

その末期の死骸を、しかしペーテンと同じ姿をしたものが、すぐ背後で眺めていた。



「ペーテンは深海の戦士に破壊され、墓地に送られる。

 そいつを除外することで、オレは同名モンスターを再び守備表示で特殊召喚させてもらう」



自身の前身を両断した深海の戦士を前に、3体目の道化は嘲り笑う。

その様子を気に留める事もなく、自陣に引き返す深海の戦士。

様子が狂った夜行は、その変調を更に大きくしていく。

モンスターからの煽りにさえ怒っての激昂。



「わたしは、カードを1枚セットしターンエンドッ!」



まともな精神状態ではない。

瀬人が夜行に対し、降した判断はそれにつきた。

スイッチは月行との比較だろう。

そのコンプレックスを指摘され、刺激された事での崩壊。



瀬人はひとつ鼻を鳴らし、しかしどうでもいい事と斬って捨てた。

今、重要な事はそこではない。

夜行が盗み出したカードの事の方が、遥かに重い。

当然、引き摺り出す。



「オレのターン、ドローッ!」



ドローカードを手札に混ぜ、状況を見渡す。

既に、強靭にして無敵なる切り札は手札に舞い込んでいる。

だがまずは、奴に切らせる方が先だ。



「オレは、闇・道化師のペーテンを生贄に捧げ、カイザー・グライダーを召喚!」



ペーテンが嘲笑したままに、その身体を打ち捨てる。

その魂を糧に、新たな魔物がこの世界へと進出するのだ。

光を帯びた黄金の竜。

燃え立つ炎が如く光を立ち上らせる姿は、荘厳な雰囲気を醸し出している。



「攻撃力は2400!

 過去の亡霊を消し飛ばすには、十分だ!」



機械的な黄金色の翼を広げ、空を斬り進む。

カイザー・グライダーが、夜行の傍に控える深海の戦士を標的に定めた。



「バトル!

 カイザー・グライダーで、深海の戦士を攻撃!」



瀬人の頭上遥かまで舞い上がり、カイザー・グライダーが口を開く。

その奥、竜の体内で生成された黄金の光が、収束されていく。

眼下で攻撃の気配を察知し、深海の戦士が身構える。

掲げられる三叉槍で迎え撃つ心算―――



否。



槍を持つ手を、半身ごと後ろに反らせる構え。

狙いは無論、投擲によって撃ち落とす事。

天空を駆ける竜を狙う、バイザー越しの戦士の眼が輝いた。



ドン、と。

前につんのめるほどの、一気呵成な踏込み。

踏み込んだ脚から昇る勢いが、後ろに引いていた半身を前へと突き出した。

全身ごと振り抜かれる腕が投槍を解き放つ。

それは、一条の閃光と化し天の竜へと突き進み―――



逆流してくる竜の吐息。

黄金の爆裂破に、融かされ押し流された。

カイザー・グライダーのそれは留まる事を知らず、そのまま武器を手放した戦士に直撃する。

体勢を立て直す間もないまま、深海の戦士の存在は一欠け残さず蒸発していた。



2体の攻撃力の差は800ポイント。

夜行のライフにそれだけのダメージを負わせ、バトルは終了した。



竜のブレスの残光が残るフィールドから、夜行がゆらりと顔を上げる。

その視線の先にあるのは、カイザー・グライダー。

海馬コーポレーションの広い通路で、限界一杯まで高く飛ぶドラゴンの姿。

睨むようにその姿を見て、小さく歯軋りを鳴らす。



「……わたしは、貴方のバトルフェイズ終了後。

 このカードを発動させてもらう。速攻魔法、光神化!」



夜行のフィールドのセットカードが開く。

そのカードから光の柱が立ち上り、天界への階を繋いだ。

更に手札から1枚を選び取り、それを瀬人へ見せつける。



「光神化は、手札から天使族モンスターを攻撃力を半分にして特殊召喚するカード。

 わたしはこの効果で、堕天使アスモディウスを特殊召喚します」



光の柱の中を下りてきたのは、紫翼の天使。

堕落し闇色に染まった翼と反する、神々しいまでの白光。

大いなる罪源の一つを司りし、堕天使にして魔神。

その威容は尋常の範疇に収まるものではない。

デュエルモンスターズ界においても、最強を名乗って遜色のないパワーを感じさせる。



が。

それは何の縛りも無い場合だ。



「アスモディウスの攻撃力は光神化の効果により半減し、1500になる」



無理な光臨によってパワーを消耗した天使の力は、半分が関の山。

本来であれば発揮される圧倒的な力は、けして奮われる事は無い。

その非力さを無様と断じ、瀬人は失笑する。



「フン、オレはこれでターンエンド。

 よって、アスモディウスはそのまま破壊される」



光神化の効果は一時に限る。

可及的速やかに天使を降臨させるこの術は、天使が現界する為の寄り代の強度に難がある。

降ろした天使に全力を奮わせる事は叶わず、挙句時間制限まで設けられている。

光神化による特殊召喚は、エンドフェイズに破壊されるというデメリットを背負う。



紫翼の堕天使の身体に罅が奔る。

それは瞬く間に全身を駆け巡り、端から崩落していく。

堕落した天使の魂はここに失墜し―――



「そして、アスモディウスの効果が発動されます」



夜行の言葉。

それと同時に、掌を崩れる堕天使に向ける。

瞬間、残骸が泡立ち、アスモディウスの身体が湧き出した。

それも一つではない。

赤と青。二色の魂に分離して、それは現世へと舞い戻ってきた。



「アスモディウスが墓地ヘ送られた時、わたしのフィールドにアスモとディウス。

 二体のモンスタートークンを特殊召喚するのです。

 アスモは効果破壊を受け付けず、ディウスは戦闘による破壊に耐性を持つ」

「要するに雑魚を二体並べただけか。

 破壊耐性を持っていようが、所詮攻撃力1800と1200のトークン。

 それではオレの、カイザー・グライダーさえ倒せんぞ」

「では」



ターン宣言はなく、夜行がデッキからカードをドローする。

そのカードに眼を送る事すらせず、手札の1枚と入れ替えた。

その途端。赤と青、二色の魂の残滓が燃え上がる。



「わたしはアスモとディウス、二体のモンスターを生贄に!

 闇の侯爵ベリアルを召喚!!」



二つの魂を供物とし、降霊されるのは黒い悪魔。

端麗な容姿に、背中の翼。

或いはこれが天使だと感じる者もいるだろう。

しかし、純粋なまでに黒い翼が、何よりもこの存在が悪魔だと語る。

闇の中で支配権を得る邪悪と罪悪の化身。



ベリアルは手にした大剣を片手で振るい、夜行の許に舞い降りる。

夜の闇に染み込むように馴染む光景。

第二の位階を与えられた悪魔を従える彼のその姿は、まるで―――

と、一瞬瀬人の思考が乱れる。



「闇の侯爵ベリアル……」

「ベリアルの攻撃力は2800。

 貴方のカイザー・グライダーの攻撃力2400を上回ります」



カイザー・グライダーに、剣の切先が向けられる。

夜行の指令が下れば、ベリアルは悠々と彼の竜を斬り捨てるだろう。

ならば、と。

瀬人は腕を挙げ、己の隣に金竜を呼び寄せる。

床スレスレまで高度を落した竜は、一度羽搏くとベリアルに眼光を射向ける。



「だがカイザー・グライダーには、破壊され墓地に送られた時、発動する効果がある。

 フィールド上のモンスター一体を手札に帰す効果がな。

 ベリアルには攻撃・効果を自身以外を対象として選べなくする効果があるのだったな……

 つまり当然、ベリアルを対象にこの効果が発動する事になる。

 べリアルがカイザー・グライダーに戦闘を仕掛ければ、カイザー・グライダーは破壊される。

 カオスエンドマスターのダイレクトアタックも受ける事になるだろう。

 だが、ベリアルには手札に戻ってもらう」



ピクリ、と夜行の眼が僅かに眇められた。

その反応に気分を良くしたかのように、瀬人は悪辣にすら感じる笑みを浮かべ続ける。



「ククク、手札の特殊召喚魔法と最上級モンスターを犠牲に出したベリアルだ。

 どうするか、慎重に選ぶんだな」



残りの手札は3枚。

仮にベリアルが返されても、カオスエンドマスターはフィールドに残る。

そして、海馬瀬人のフィールドにモンスターはなくなり、ライフは2100まで消耗する。

圧倒的に優位なのは言うまでも無い。

が、その後に残されるのは、攻撃力1500の下級モンスターのみ。

海馬瀬人のパワーデッキを前にして、耐えられるモンスターだとは思わない。

カイザー・グライダーの効果に対抗する策は無い。



選ばなくてはならない。何を残し、何を捨てるのか。

何を得る為に、何を犠牲にするのかを。

フィールドにはベリアルと、カオスエンドマスター。

最上級モンスターであるベリアルは、容易に倒せるモンスターではない。

ただそこにいるだけで、フィールドを席巻する魔神に違いない。

対するもう一体は下級モンスター。

それ一つでは、夜行を守る事など出来はしないだろう。

だが、ベリアルを犠牲にして手に入るものもある。

カイザー・グライダーの破壊だ。

あれに出てこられた以上、効果は発動は覚悟せねばなるまい。

ならば今、他のモンスターが存在しない今、発揮させてフィールドを空けさせるべきだ。

だが、相手を制するベリアルが消えれば、どうなる。

返しの攻撃は下級モンスターでしかないカオスエンドマスターを襲う。

そうなれば、ガラ空きを晒すのは夜行。



―――さあ、天馬夜行。おまえはどうする。



「……わたしはこれで、ターンエンド」



不服そうにベリアルが剣尖を降ろす。

如何な悪魔侯爵であろうとも、召喚者には反逆できない。



その判断を見た瀬人は、無言で己のターンに移行させた。

引いたカードを見るまでも無く、手は決まっている。

手札の中にドローカードを混ぜ、代わりに2枚を選び抜く。

しかしそれを切る前に、言うべき事があると。

瀬人はゆっくりと口を開く。



「所詮、月行にすら及ばぬ出来損ない。

 ペガサスの寵児ミニオンとして教育されていながら、何の功績も残せなかった無能か」

「ギ、月行……! あれと、わたしを……!」



夜行の顔が明確に歪む。

そんな様子に目もくれず、1枚目のカードをディスクへと投入する。



「オレは永続魔法、冥界の宝札を発動!

 このカードはの存在によりオレは、2体以上の生贄を捧げた召喚に成功した時、

 デッキより2枚の追加ドローを行う権利を得る」



それはつまり、彼が続ける戦術が一つしかありえないという事。

海馬瀬人の擁する最上級モンスター。

この世界の住人に訊けば、100人が100人その名を挙げるだろう。



「更にオレは魔法マジックカード、デビルズ・サンクチュアリを発動!」



評して、神を封じ神を呼ぶ魔の聖域。

瀬人の目前に浮かびあがる魔法陣から、もうもうと黒い霧がのぼる。

その霧中から現れたのは、金属の人形らしきなにかだった。

金属の光沢に映る夜行の姿。

鏡のように綺麗に、それは夜行の姿を写し取る。

それはまるで、瓜二つの双子が向かい合うかのように。



ギリ、と。

夜行が奥歯を砕かんばかりに噛み締める。



「デビルズ・サンクチュアリの効果により、オレのフィールドにメタルデビル・トークンを特殊召喚!

 そして、カイザー・グライダーとメタルデビル。

 2体のモンスターを生贄とし、オレは最上級モンスターを召喚させてもらう」

「最上級、モンスター……」



手札から抜く、更なるカード。

ディスクへと当てる前に、瀬人がその手札を公開する。

未染の純粋な力。バニラ色のカード背景。

描かれたイラストは、蒼銀に照る白龍の姿。

記されたテキストは、高い攻撃力を誇る伝説のドラゴン。

どんな相手でも粉砕する、その破壊力は計り知れない。



「それは―――」

「我が最強にして絶大なるしもべ!

 その力を以て絶対の支配者となりて我が領域に降臨せよ、青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン!!」



黄金の竜と、銀色の悪魔の写し身が、消滅する。

しかしそれらを構成していた光の粒子は消えず、集う。

瀬人の頭上で収束する光の粒。

それは確実に定められた形状に変貌していく。



翼を成す、爪を成す、尾を成す。

青味を含む輝きを帯びた白の身体が、光を集わせ再構成されていく。

完成するのは曲線的なフォルムが特徴的な、白龍の姿。

ただひたすらに美しいと感じさせる造形、輝き。

その姿を仰ぎ見て、瀬人は高らかに笑ってみせた。



「冥界の宝札の効果により、カードを2枚ドローさせてもらうぞ。

 ……フゥン。ミニオンの出来損ないの分際で、このオレに刃向かったのだ。

 覚悟は出来ているだろうな、天馬夜行!」



白龍が身をよじる。

揺らめくようにとる進路は、夜行の許へ続く道。

その間に立ちはだかるのは闇の貴族。

龍が動いた事を察知したベリアルの対抗は、一瞬の暇すら置かれず行われた。



即座に夜行の前を陣取り、その手の大剣を目の前に翳す。

あれがそこに立ちはだかる限り、夜行の陣地へ攻め入る事は不可能だろう。

ベリアルには、フィールドに存在する限り発揮される効果がある。

攻撃、効果問わず、対象をベリアル以外に設定出来なくする仁王立ち。

故にこそ、彼はそこで立ちはだかり――――



「バトル!

 青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴンで、闇の侯爵ベリアルを攻撃!

 滅びのバースト・ストリィイイムッ!!!」



終わりを迎えるのだ。



真正面に見据えたベリアルを撃つ為、青眼のドラゴンは顎を落とす。

大きく開かれた口の中に、体色と同じ色をした光が溢れる。

時を経る事で魔性を帯びた龍の息吹。

それは、純粋な一個の生命が辿り着いた極致。

最早放たれる事それ自体が、凱歌といって間違いない。



解き放たれるドラゴンのブレス。

口腔にて収束していたエネルギーが解放され、光線となって迸った。



魔神の対応も即時だ。

放たれたと同時、剣を奮って瘴気を撒く。

噴き出す瘴気の密度は、視界を塗り潰すほどに濃密で広範囲。

魔神の名を冠するに相応しい邪悪性の発揮だ。



―――さりとて、そんなものは何の意味も無い。

奔る極光は瘴気の壁を撃ち抜く。

光を塗り潰し、世界を溶かす瘴気の渦はしかし。

白龍の一息で容易に薙ぎ払われ、その意味を失くして霧散する。

前に張った壁を撃ち抜く光が、そのままベリアルの肉体をも巻き込んだ。



断末魔をあげる間もなく致死。

瞬時に蒸発まで到ったが故に、ベリアルはそこで終わった。



ベリアルを突き抜けてきた衝撃が、夜行の身体を襲った。

押し寄せる爆風から顔を庇うような体勢で堪える。

ものの、余りの風圧によろけて尻餅をつく。

その腕に嵌められたデュエルディスクの盤上で、デジタル表示が残りライフ3000を示した。



倒れた夜行を睥睨し、瀬人は腕を組みながら余裕を語る。



「せっかく盗み出したカードを使う間もなく、ライフを0にされるのが望みか?」



反応はない。

腰を落した姿勢で、顔を伏せている夜行が今、どんな顔をしているかは知れない。



「だんまりか。いいだろう、サレンダーでも何でもするがいい。

 貴様の微塵ばかりのプライドがサレンダーを許さんというのなら、

 オレが、最強無敵を誇る青眼ブルーアイズが引導を渡してやる。

 好きな方を選べ。

 カードを1枚セットし、ターンエンドだ」



瀬人の足許にカードのソリッドヴィジョンが現れる。

どうするものか、と。

瀬人の視線が夜行に向けられる。

その姿勢のまま固まった彼が微動だにせず、5秒、10秒とすぎていく。



何の行動も起こさず、そのまま終わるか。

侮蔑混じりに考えた。その時。

クッ、と。嗤笑するように咽喉を鳴らす音が耳に届いた。

誰が発したかなど確認するまでもない。

その声を上げた人物は、ゆっくりと立ち上がり、それにつれ笑い声の音量も上げていく。



「ふぅん……?」

「ク、ククク、フハハハハ……! 最強、無敵、です、か……

 なら、わたしが手に入れた力とどちらが勝るか、試してみましょうか!」



面を上げた夜行の顔は、既に正気かどうかすら疑わしい。

血走る眼で、瀬人の前に君臨する龍の姿を睨む姿は、最早狂気に触れている。

デッキからのドローカードを手札に混ぜ、1枚のカードをディスクへと奔らせた。

瞬間、光と共に人型が出現する。



「わたしが召喚するのは、水属性にしてレベル4! アトランティスの戦士!!」



四肢を持つ人型のそれはしかし、人としての外見は持っていない。

青い鱗に覆われた全身。

頭部から角のように生えた鰭。

臀部から伸びる尾。

それら全てが、この存在が人とは隔たったものであるという事を如実に示している。



だが、戦士の武器は右腕に括り付けられたボウガン。

その小さな武器の一つで、何が出来るだろう。

目の前に立ちはだかる白き龍に。

―――けして何も出来はしないだろう。このままでは、何も。



「アトランティスの戦士……」



天馬月行、夜行のデッキは、海馬瀬人の知る限り天使をテーマにしたもの。

深海の戦士時点でも感じたが、あまりに大きな違和感。

無理矢理に水属性モンスターを積んでいるような。

……それだけではない。

深海の戦士にまつわるエピソードを知っていた事もだ。



僅かばかり思考の中に落ちていた瀬人を、夜行の声が引き戻す。



「……海馬瀬人。貴方は超古代文明……アトランティスを信じますか?」

「貴様、何を言っている。気でも触れたか……?」



表情から感じる狂気は、その声の中には無い。

純真なまでな質問口調。



「……まぁいい。

 先史時代に栄えた超古代文明、オーパーツ。結構な事だ。

 そして、それを信じるかと訊いたな。ならば答えてやる。

 オレにとって過去に海へ沈んだ遺物など、何の意味もない。

 信じる価値も、まして疑う価値も無い。

 そして、そのような無価値極まるオカルト話に使う為の時間など――――

 このオレは持ち合わせてはいないッ!!」

「フフフ、そうですか。ですが、それは実在するのです。

 貴方は何度も経験している筈だ。

 武藤遊戯を通じて貴方が出合った超常の現象。

 武藤遊戯の千年パズル、ペガサス様の千年眼、イシュタール姉弟の千年タウク、千年ロッド。

 そしてバトルシティ準決勝、武藤遊戯とのデュエル。

 この世には、けして常識では計り知れない力が存在している。

 そうは思いませんか? 海馬瀬人」



徐々に陶酔していく夜行の顔。

それが何を意味しているか、などと最早考える気にもならない。

妄想話を断ち切る為に、瀬人は叫ぶ。



「海に没した大陸と云われる与太話を信じるというのであれば、好きにしろと言った!

 このデュエルに惨めに敗北した貴様を大西洋の底へ沈めてやろう!

 貴様の大好きなオカルト話は、海の底で深海魚相手にでも話していろッ!!」

「ですが、それは出来ない! 何故ならば……!」



夜行が腕を掲げ、同時にフィールドに動きが生まれる。

フィールドに残っていたカオスエンドマスターだ。

白翼の戦士はアトランティスの戦士と並び立ち、光を放つ。



「なにっ……!?」

「わたしは!

 水属性・レベル4のアトランティスの戦士に、レベル3のカオスエンドマスターをチューニング!」



カオスエンドマスターの身体が、輪郭を残して光に帰す。

その輪郭は三つに別れ、それぞれが円環を描く。

そして並んだ三つの輪へ潜るアトランティスの戦士。

輪に囲われた魚人の身体は解れ、光の星と化す。

三つの光輪と四つの星。

合わさった光は次第に眩いほどに輝いて、やがて混ざり合い光の柱を成す。



「――――永久の氷河に鎖されし世界にて眠りし龍よ。

 今こそまどろみの中より覚醒し、その息吹で世界の全てを凍て尽かせよ!

 シンクロ召喚――――氷結界の龍 グングニールッ!!」



光の柱に冷気が奔る。

拡大していた光が、その凍て付く風に呑まれ、一息で氷柱へと変貌した。

空中で生まれたその氷柱は、重力に引かれて地面に落ちる。

そして、夜行の目前へと突き立った。



――――大地に突き立った氷柱は、氷山が如く聳え立つ。

白む巨大な氷塊の中では、赤光が鼓動のように脈打っている。

鼓動の如き光の明滅が徐々に激しさを増し、氷柱が罅割れていく。

砕けた氷は滑り落ち、それに内包されていた形状を露わにする。



覚醒した龍はゆっくりと地に足を降ろす。

足を降ろした傍から、バキバキと社内の床を氷結させていく四足龍。

体内から溢れ出る赤光で照らされる姿態には、一切の澱みも汚れもない。

純粋かつ無垢な氷の龍。

顔の洞で明る橙色の三つ眼で、氷龍は白龍を見上げる。



「これが、氷結界の龍 グングニール……!?」

「そう。これこそわたしの手に入れた、最強のモンスター!

 グングニールの効果発動! 1ターンに一度、手札を2枚まで墓地へと捨てる!」



夜行が残る3枚の手札の内、2枚をディスクのセメタリーゾーンへと流し込む。

瞬間、氷の龍の体内で凍気が膨れた。

氷の翼を大きく広げ、四足で床を踏み縛り―――顎を開いて、冷気の息吹を解き放つ。

煌々と輝く明るい赤光が強さを増すのに反し、色から連想されるのと真逆の温度が吹き荒れる。

寒波は瞬く間に周囲へ広がり、デュエルフィールドを凍結させた。



「そして、この効果で捨てた手札と同じ枚数だけ相手フィールドのカードを破壊する!

 破壊するのは、貴方が前のターンに出した2枚のカード。

 青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴンとセットカードの2枚!!」



氷龍が首を薙ぐ。

吹き荒れる吹雪はフィールドを支配していた青眼ブルーアイズへと向けられ、その威力を発揮する。

それに逆撃を喰らわせるべく、白龍は己も最強のブレスで迎え撃とうとし――――

しかし、既に凍結の始まった身体では、ブレスを撃つ為に口を開ける事すら叶わなかった。

超低温の息吹。

相手の動きを奪うには、一瞬の先手が譲られれば十分すぎる。



「くっ……青眼ブルーアイズ……!

 ええい! 貴様がその効果の対象としたトラップを発動する、凡人の施し!」



息吹で凍り付く寸前に、選ばれたカードが立ち上がった。

破壊されるという未来が決まっているが、それでもなお効果は十全に発揮される。



「カードを2枚ドローし、手札より通常モンスター一体を除外する。

 オレは手札よりガジェット・ソルジャーを除外!」



瀬人の手札を充足させる目的を果たし、そのトラップも凍り付く。

凍り付いた板と化したそれは、息吹の勢いを受けて折れ崩れた。



ついで、盛大な音を立てながら氷像となった龍が地に落ちる。

破砕音とともに砕け散る身体。

それは光の粒子となって消えていく。



青眼ブルーアイズ…! おのれ……!」

「セットカードは……手札交換効果、でしたか。

 さて。セットカードはもう1枚残っていますが……」



そう言って瀬人が1ターン目にセットしたカードに視線を送る。

が、すぐに外して瀬人を正面から見据えた。



「構いません。さあ、グングニールのダイレクトアタック!」



自身の命に匹敵するモンスターを破壊された事による怒り。

瀬人の顔は、憤怒の一色に染められている。

それを真正面から見返し、告げる言葉は追撃の宣言。



グングニールが前脚を上げる。

凍り付かせた足の置き場所から無数に伸びた氷柱。

それを思い切り振り上げた前足で――――殴り抜く。

粉砕された氷の飛礫が、一斉に瀬人に向かって押し寄せる。

身体を叩く無数の氷塊。

それが実感の痛みであると気付くのに、一秒と必要なかった。



「ぐっ……! 馬鹿な、この痛みは……!」

「フフフ……」



飛礫の乱打を受け切り、痛みに悲鳴を上げる身体を押さえる瀬人。

LPは2500減少し、1500まで低下しているが―――

幾ら触ったところで、外傷はない。

有ったのは痛覚を直接刺激するような、鋭く荒々しい痛みだけ。



「……シンディア様が亡くなられた悲しみから、ペガサス様はエジプトへと渡られました」

「…………なに?」



一体どんな脈絡なのか。

痛みに痺れた身体を支えながら、突然の独白に困惑する瀬人。

その困惑を知っているのかいないのか。

夜行の奇行は止まらない。



「そこで千年アイテムを宿し、デュエルモンスターズの生みの親となった。

 ……やがてデュエルモンスターズを通じ、二人の決闘者がライバルとしての関係を築く事になる。

 そのうちの一人は、千年アイテムの所有者である武藤遊戯。

 もう一人は………言うまでもないでしょう。

 貴方は武藤遊戯と決闘した時に行った、闇のゲーム……

 更に、敗北して受けた罰ゲームである死の体感から得たインスピレーションを糧に、

 ソリッドヴィジョンシステムを完成させた。

 そしてデュエルモンスターズ、ソリッドヴィジョンシステムが合わさり辿り着いたのです」



それは異常であるという以外に、どう表現すればいいのか。

彼は、誰も知らない筈の事を当り前のように語る。

オカルト論など論外としても、自身の敗北の歴史を得意気に語るアレには業腹だ。

怒りを隠しもせずに声を荒げ、相手の語りに割り込もうとし―――



「何を言っている……」

「――――貴方はバトルシティ以前、古代エジプトの様を記した石版を見たでしょう?

 そこに描かれていたのは、石版から魔物を呼び出し戦わせている様子だった筈だ。

 知っていますか?

 石版に封じられていた魔物は、元は人の心の闇が生み出したものだという事を」



オカルトとしか言い表せない何かを感じさせた、あの石版を思い出した。

石版に描かれていた光景。あの魔物が全て、心の闇より生まれた物?

ただの法螺話と切って捨てるのは容易い。

アレは既に正気を喪失した狂人に踏み込んでいる。

だがしかし、何をおいても。

青眼ブルーアイズと言う存在が、心の闇より生まれたなどと――――



「――――現代における石版はカードです。

 イラスト、ステータス、効果……全てはカードデザイナーが決めているものです。

 ですが本当に? 今日、最初の1枚目が作られたカードは、本当にそれが最初なのでしょうか?

 かつて全く同じ魔物の石板が無かったと言えるでしょうか?

 今まで生み出されてきたカード達は、もしかしたら、かつての石版を現代において再現しただけなのでは?」



語る。

その言葉は疑問の色を混ぜてはいるが、彼自身は疑っている様子はない。

台詞を紡ぐその口許には、確信の色が見える。



「グッ……!

 ええい、オカルトを並べ立てる以外にする事がないのであれば、エンド宣言をしろ!

 貴様のその口から出る言葉を、すぐに命乞いの台詞に変えてやる!」

「―――過去に在ったものが現代において、知らずと再現される?

 そんな事がある得るのでしょうか。

 もしそうであればどうやって? そうなる事が運命だとでもいうのでしょうか?

 では、運命によって再現された彼らは一体何をすべく生み出されたのでしょう?」



夜行が傍に控えるグングニールに視線を送った。

周囲に冷気を落しながら、四足の龍は体内で橙色の光を鼓動させている。



「――――海馬瀬人、遊星粒子というものをご存じでしょうか。

 いえ、知る筈がないでしょうね。今、この時間では発見されていないものだ」

「この時間では、だと?」

「遊星粒子は人の心に反応して性質を変える特性を持っている粒子です。

 人間という存在のあらゆる感情に反応し、様々な現象を発生させる……」



夜行が残る最後の手札をディスクへとプレイする。

電子音とともに現れるカード。



「……苦痛から生まれる憎悪、恐怖故の猜疑。一言で言い表すならば、心の闇。

 かつてはその心の闇自体を魔物と捉え、自身の外へ投影する手段があったのです。

 それが古代エジプトで用いられた召喚術。

 人の本性を外側に発露する魔術。

 その魔術に、遊星粒子といつか呼ばれるであろう粒子が協力しているのですよ。

 人の魔性を現世において魔物という形で存在させるために。

 遊星粒子は、未知でありながら確かにこの世界を構成する一つの要素。

 “彼ら”は識っている。いえ、憶えているというべきでしょうか。

 あるいは刻まれている、とでも。

 ――――かつて自分達が描いたものを。

 そして、世界を支える柱の一つであるこの粒子は、もう一つ重要な特性があるのです」

「――――いい加減にしろ。

 貴様がどこでその妄想を垂れ流そうと、それは貴様の自由だ。

 だがこのオレに、そんなものを聞かせて怒りを買って、まさか生きて帰れるとは思って……!」

「氷結界の龍グングニール。

 このシンクロモンスターもまた、今に無く、いずれ生まれるカードでした」



氷龍が天に吼える。

一瞬、その言から推察した事に瀬人は息を呑んだ。

その様子に粘着くように気味の悪い笑顔を浮かべ、夜行は咽喉を鳴らす。



「遊星粒子には時間を超越する性質があるのですよ。

 その粒子の中に刻まれた情報量は膨大。

 ですが、その情報を精査してみれば今のこの世界にあっていい情報でない事が分かります。

 例えば、存在しないカードのサーバーへの登録データ、とか。

 フフフ、遊星粒子は科学的に突き詰めればタイムマシンすら可能となるほどのもの。

 良かれ悪しかれ、人の想いは時代を越える。

 貴方と武藤遊戯の魂を交差させた直感。

 それももしくは、この遊星粒子が原因かもしれません」



トランス状態から帰還した夜行は、すっきりとした様子でデュエルを続行する。

情緒不安定なのはまあいい。

だが、おかしさが膨れていくばかりだ。

知っている筈の無い情報。それを自分の知識のように喋る。

瀬人と対面しているのが、夜行ではないような感覚。



「おっと。わたしはこのカードを発動し、ターンを終了します」



プレイされたカードの映像が出現する。

表示されたそのカードは、魔法。

ミスト・ボディ。



装備魔法カードであるそれは、グングニールへと確かに装備された。

が、見た目が変わるという事はない。

氷龍の周囲を取り巻く冷気の流れが渦巻いているが、特別な変化は見られなかった。



プレイヤーのターン譲渡が完了する。

理解不能なほどに楽しげに、語り終えた夜行は晴れ晴れしている様子だ。

なるほど、それはいい。しかし、どうあれ。



ターンプレイヤーとなった瀬人が、カードをドローする。

それを見て、デッキが正しく己の怒りを察している事を理解した。

ならば、出し惜しむ必要などあろうものか。



「……貴様の言う所によると、最近の不可思議現象。

 サーバーへの不正データの追加なども、遊星粒子とやらが原因という事になる。

 しかも、時間を無視して存在するその粒子が未来のデータを持ってきた、などと言う方法でな」

「ええ、その通りです。
 わたしとしても、信じていただけたのであれば幸い、というところですが」



ゆるりと表情を柔らかくする夜行。

その言葉を遮るように、断ち切るように吼える―――



「オレを前に吐くだけ吐いたその御託!

 それが真実であるか虚偽であるか、そんな事は今はどうでもいい!

 今ここに、確かな事はただ一つ!

 貴様が、オレという最強の龍を従えし決闘者の逆鱗に触れたと言う事だ!

 行くぞ、すぐにその息の根を止めてくれる!!」



手札から選び取るまずは一手。



「オレはロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-を守備表示で召喚!」



瀬人が宣言し、デュエルディスクにカードを差しこむ。

瞬間。光と共に龍骨の兜、鎧を纏った人型が浮かび上がった。

魔法使いとしての風格を演出しているマントを突風に靡かせ、

ロード・オブ・ドラゴンは身を縮こめるように防御姿勢に入る。



「そして! 魔法マジックカード、ドラゴンを呼ぶ笛を発動!

 手札より2枚までドラゴン族モンスターを特殊召喚する!」

「二体の、ドラゴン……!」

「出でよ!!」



龍骨から彫り出されたろう、龍を象った笛がロードの手元に現れる。

それを引っ掴むと、ロードは高らかにそれを吹き鳴らした。



龍笛から轟く音響は次元を揺るがし、世界に敷かれた法則を捻じ曲げる。

本来、その存在の大きさ故、供物を捧げねば現世に降りられない魂のサイズを有する龍。

それを、この音色は強制的に引き摺り出す。



「二体の! 青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン!!!」



支配者の吹き鳴らす音楽に導かれ、瀬人の手札より2体の龍が舞い降りる。

その威容は先に降臨していた同種と全く同じ。

最強の龍の名に相応しい荘厳。



降臨した二体の迫力に気圧され、僅かに夜行が目を細める。



「まさか、二体の青眼ブルーアイズを手札に控えているとは……」

「最強のデュエリストの許には、常に最強の手札が舞い込む。

 バトル! 行け、青眼ブルーアイズ! グングニールを攻撃!!」



二体の龍が空中で円を描く軌道で舞い、同時に口腔に光を蓄え始めた。

双龍が瀬人の直上で同時に静止し、その首を向ける先にグングニールを捉える―――

龍の顎が開かれて、爆裂。

一瞬の静寂を粉砕し、光の奔流が一気に迸った。



「っ……ミスト・ボディの効果発動!

 装備モンスターは姿を霧へと変化させる能力を得る!

 霧化の特殊能力によって、グングニールは戦闘では破壊されない!」



夜行がそう口走ると同時、グングニールの姿が解けた。

氷塊に等しい巨体が、一瞬の内に消滅する。

いや、消えたのではない。

確かにそこにある。が、目視では認識出来ないほどに細かく、分散しているのだ。

グングニールが居た場所を、二条の光流が突き抜ける。

霧はその爆裂波に吹き飛ばされて散り散りになるも、すぐに集結していく。



標的を通り過ぎ突き抜けた爆裂疾風弾が、夜行のすぐ近くに着弾する。

弾け飛ぶフィールド。

ミスト・ボディはグングニールの破壊を確かに防ぐが、それ以外は防げない。

つまり、夜行へと突き抜けてくる戦闘ダメージまでは免れない。

青眼ブルーアイズとグングニールの攻撃力差は500。

二体の青眼ブルーアイズが行うそれぞれの戦闘によって発生するダメージは500。

よって、二体の攻撃によって夜行が受ける戦闘ダメージは1000。



夜行のライフカウンターが2000まで減少する。



「……オレはこれでターンエンドだ」

「わたしの、ターン……!」



最早、これ以上交す言葉も無い。

瀬人の瞳には既に、夜行を叩き伏せた先の未来しか映っていない。

攻撃を防がれた事への怒りも無い。

今のはただの足掻き。往生に至るまでの呼吸の回数が一度増えただけでしかない。



何故ならばグングニールの攻撃力は2500。

青眼ブルーアイズの攻撃力3000には遠く及ばない。

その上、グングニールの効果も対象を指定するが故に、ロード・オブ・ドラゴンがいては意味がない。

ドラゴンの支配者たるあの魔法使いは、存在するだけのその能力を発揮する。

彼がフィールドに存在する限り、ドラゴン族モンスターを効果の対象に出来ない。

大見得を切り放ったグングニールではあるが、その破壊力を発揮出来ないように布陣されているのだ。



グングニールの効果は1ターンに一度。

そも、手札はこのドローフェイズに追加される1枚のみ。

ライフポイントが2000の夜行は、青眼ブルーアイズのダイレクトアタックを許すわけにはいかない。

今はミスト・ボディを装備したグングニールが支えているが、それを破壊されれば夜行はがら空きだ。

だからこそ、今グングニールが破壊されないからと言って、守備表示で時間を稼ごうというのは愚作。

活路を拓くためにはまず、あの白龍を破壊しなければならない。

攻撃力で負けている以上、グングニールの効果を使ってだ。

だがその為には、まずロード・オブ・ドラゴンを処理しなくてはならない。



戦闘によってロード・オブ・ドラゴンを破壊。

効果耐性の消えた青眼ブルーアイズを、メインフェイズ2に効果で破壊。

そこまではいいだろう。

だが、次のターンにグングニールは残った青眼ブルーアイズの攻撃を受ける。

ロードに攻撃しなければいけない都合上、攻撃表示でだ。

その戦闘でダメージを受け、残るライフは1500。

……瀬人の手札は今1枚、次のドローで2枚。更にセットカードも1枚ある。

それが、残る1500を削り切る手段足り得た場合……



「ドローッ……!」



引いたカードを覗く。

瞬間、その正体に顔を歪める。



「どうやら、最強の手札に恵まれたようです。

 わたしは手札から、貪欲な壺を発動!

 対象はカオスエンドマスター、深海の戦士、アスモディウス、ベリアル、アトランティスの戦士。

 この五体をデッキへと戻しシャッフル。その後、カードを2枚ドロー!」



セメタリースペースから吐き出されたカードをデッキに収め、シャッフルする。

再びデッキホルダーに戻したところで、2枚のカードを引き抜いた。

そのカードに視線一閃、大した感慨もなく続く行動に移る。



「バトルフェイズ!

 グングニールで、ロード・オブ・ドラゴンを攻撃!」



夜行の指示を受け、氷龍が首を振る。

開かれた顎の奥、咽喉の底から極低温の風が吹雪く。

浴びたロードの姿は、瞬く間に氷像と化す。

攻撃に抵抗反撃の余地は一切無く、一瞬の内に果たされた。

ただ一体を狙った局地的寒波は、その威力を存分に発揮した結果だ。



「そして! バトルフェイズを終了し、グングニールの効果発動!

 手札を2枚墓地へと送り、フィールドのカード2枚を破壊する!

 砕け散れ、青眼ブルーアイズ!!」



攻撃を仕掛けた勢いのまま、グングニールはその首を横に薙ぐ。

吹き荒れる氷雪乱舞。

それは大気ごと舞う龍の姿を氷漬けにし、大地へ墜とす。



目の前で砕け散る龍の姿。

それを間近で見た瀬人の眉が、僅かに顰められる。



「貴方のドラゴンは、全てわたしのグングニールの力で破壊された。

 どうですか? この力、まさしく最強の名に相応しいとは思いませんか」

「オレのターン!」



無視。

確かに夜行には既に手札も、フィールドに効果を発動出来るカードもない。

最早エンド宣言をする以外に行動選択肢は無い。

だがその行動に、夜行は顔を強く歪ませた。



瀬人はデッキに手をかけて、ドローカードを指で取りかけている。

その状態で、夜行へと向けた言葉が放たれた。



「そのモンスターが最強のモンスターだと?

 言った筈だ。最強のモンスターは常に、最強のデュエリストと共に在るとな!

 貴様に、真に最強を見せてやる――――! ドローッ!!」



引いたカードを見た瀬人の顔が、凶悪なまでに凄惨に輝いた。

その表情を生んだドローカードはキープし、残る1枚の手札をデュエルディスクへ。



「オレは魔法マジックカード、貪欲な壺を発動!

 墓地の三体の青眼ブルーアイズ、ロード・オブ・ドラゴン、ペーテンをデッキへ戻す!

 その後、シャッフルしたデッキから2枚のカードをドローする!」



宣言した5枚をデッキに加え、シャッフルする。

シャッフルされたデッキはホルダーに正しく収められ、その天辺から2枚を引く。

手札に舞い込んだカードを見て、すぐさまその中から1枚。



「手札のサンダー・ドラゴンは墓地に送る事で、デッキの同名カード2枚を手札に加える事が出来る!」

「二体の、サンダー・ドラゴン……!」



夜行の表情に微かな驚愕が混じったのは、そのモンスターの特性故。

サンダー・ドラゴンは単体では能力値の低い上級モンスターだ。

が、その本質は同名モンスターを二体融合する事で生まれる双頭龍にある。

その攻撃力は2800という、最上級クラスを誇る。

だが、その召喚には当然、融合の魔法カードが必要となる……



「貴様に一つ、教えておいてやろう」

「――――?」



瀬人が自分の場の伏せリバースへと掌を向ける。



「オレの場の伏せリバース

 このカードは魔法マジックカード、融合。

 つまり今、オレはフィールドにサンダー・ドラゴン二体を融合したモンスターを召喚出来る」



夜行が息を詰まらせた。

……が、すぐに瀬人のその態度に疑念が働く。



「……なるほど。グングニールの攻撃力では、双頭の雷龍サンダー・ドラゴンには勝てません。

 ですが、それがどうしたと言うのです。まさか、だから、サレンダ―をしろとでも?

 ミスト・ボディを装備したグングニールは、戦闘では破壊されない。

 多少のダメージを受けようと、次のターンには効果を発動し……」

「馬鹿め」



唐突に放たれる侮辱。

怒るより先に、面食らった夜行が呆けた。

そして、侮辱の言葉を投げられた側が怒る前に、投げた当人が怒り露わに語気を荒げる。



「貴様は生かして帰さんと言った筈だ。

 喜べ、オレの領域には貴様が死ぬまで愉しめる殺人アトラクションが豊富に在るぞ。

 そしてこれも言った筈だ。

 最強のデュエリストには、常に最強の手札が舞い込む。

 真の最強を見せてやる、と。

 オレは更なる魔法マジックカード、天使の施しを発動!

 デッキから3枚のカードをドローし、手札のサンダー・ドラゴン2枚を墓地へ送る!」

「サンダー・ドラゴンを、何故……!」

「ドローするまでもない、既にオレのデッキからは最強のモンスターの鼓動が聞こえている……!」



天使の施しのカード効果は、ドロー後に充実した手札から墓地ヘ送るカードを選択するもの。

だと言うのに、瀬人はドロー以前にサンダー・ドラゴンをセメタリーに送っていた。

最早手順など知った事か、と。

手札を捨てた後にドローする瀬人。



「馬鹿な、サンダー・ドラゴンと融合。

 確かに揃っているのであれば、これだけでわたしへの反撃の手段となる……!

 それなのに、何故……! そんな事が……!」

「オレが引いた3枚のカードは……」



瀬人が引いた手札をそのまま、夜行に見せる。

その光景に、夜行は茫然とする以外の答えを知らない。

並んだカードは3枚。3枚は全てモンスターカードであり、同名モンスター。



「3体の……!」

青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン

 伏せリバース魔法マジック発動オープン! 融合!

 融合の魔法効果により、手札の3体の青眼ブルーアイズを融合!」



瀬人が1ターン目から伏せていたカードが今、明かされる。

彼が宣言した通り、それは融合の魔法カードだ。

フィールドに三体の白龍が降臨する。

融合の魔法効果で手札から直接、融合形態へとトランスするのだ。



次元が歪み、三体の曇りなき白き身体を呑み込んでいく。

本来交わる事のない肉体が混じり合い、新たな姿へと変貌する。

研ぎ澄まされた刃ほどに洗練され輝かしい身体は、より美しく。

鳥獣以上に風に舞い、空を裂く雄々しき翼は、より雄大に。

最強の破壊を息吹く頭は三つ全てを有し、その威容をより強大にして身に纏い。

今、この戦場を席巻する。



「現れよ、青眼の究極竜ブルーアイズ・アルティメットドラゴン!!!」



青い眼光が三対、地上を睥睨する。

地に張った薄氷の塊を。

下に見下ろされる氷龍は地に這いながら天を仰ぐ。

空を支配する究極の姿を。



「ぐっ……!」



究極竜アルティメットドラゴン

攻撃力4500を誇る他の追随を許さぬ究極の竜。

その破壊力は比べるまでも無い。グングニールでは、遠く及ばない。



攻撃力の差分は2000程。そして、夜行のライフもまた2000。

ここより逆転へと繋げる切り札を未だ秘めているか?



―――――否。



勝敗は既に決している。



「――――この瞬間、オレは手札の更なるモンスター効果を発動する!」

「手札のモンスター……何を」



残る瀬人の手札は1枚。

その最後の1枚を掲げて、瀬人はより大きく声を張り上げる。



青眼の光龍ブルーアイズ・シャイニングドラゴンの効果発動!

 自分フィールドの究極竜アルティメットを生贄に捧げる事で、このモンスターは特殊召喚できる!」

「究極竜を生贄に……!?」



轟臨した三頭を持つ竜の究みを、天へと捧げる。

その儀式の意図は、更にその先。

龍という存在が極致に到り、世界の根幹を成す要素の一つに昇華する。



青眼ブルーアイズよ!

 今こそ勝利の栄光をその身に宿し、神を! 究極を! 超越し、新たな姿へ進化せよ!」



世界の一様、光の化身として再来する。



――――その姿は、今までのそれとは一線を隔していた。

腕を持たず、翼竜のように翼そのものが肩から生えている。

額、胴、翼、脚、各所に青い瞳のような宝玉が煌き、

全身は光を鎧として纏ったが故に、機械的な印象を受けるものへと変貌した。



新たな青眼ブルーアイズを目の当たりにした夜行がたじろぐ。

そうして一歩背後に足が退いた事を自覚し、夜行の顔が引き攣った。



「くっ、だが! 光龍シャイニングドラゴンの攻撃力は3000!

 究極竜アルティメットから攻撃力が下がった事で、わたしのライフを削り切る事が出来なく―――!」

光龍シャイニングドラゴンの更なる効果!

 墓地のドラゴン族モンスター一体につき、攻撃力を300ポイントアップする!

 オレの墓地には、四体の青眼ブルーアイズと、カイザー・グライダーの計五体!

 よって、攻撃力は1500ポイントアップする!」



胴体の中央にある青い宝玉の中に、五つの光がぼうと灯る。

光はやがて全身に波動を伝播し、その存在強度を高めていく。

翼を大きく空に広げ、霧と同化した氷龍をその視線の先に捉え―――



「真なる最強の力、とくと味わうがいい!

 行け、青眼の光龍ブルーアイズ・シャイニングドラゴン! シャイニング・バーストッ!!」



顎を開く。

充填時間など瞬きに等しく、瞬間に光の怒涛が迸った。

着弾までにかかる時間は、それを更に下回る。

一秒以下の僅かな間隙。

その狭間で、弾むような夜行の声が放たれた。



「この瞬間、墓地のネクロ・ガードナーの効果を発動!

 このカードを墓地から除外することで、その攻撃を無効にする!」



夜行のディスクのセメタリースペースが輝いたかと思えば、

彼の目前の空間に魔法陣が描かれ、ぽかりと黒い穴が開く。

その穴の奥に姿を見せるのは、悪魔の姿。

冥界へと穴を開けたそれは、役目は終えたとばかりに姿を消す。

と、同時に。

光龍の攻撃がその暗黒へと突き刺さり、そのまま呑み込まれた。



閉じる穴。

絶対的な威力の光はしかし、敵を屠る事なく消失した。

その事実に顔を崩し、夜行が笑む。



「フフフ・・・・・・

 わたしは貪欲な壺の効果でこのカードを引き、そしてグングニールの効果で墓地へと送っていた。

 どうですか。貴方の最強モンスターがしかし、何も出来ずに攻撃を終えるさまは」



光龍シャイニングドラゴンが口の端から光を零しながら、顎を閉じる。

砲撃はそこまでで打ち止め。

あれがどのようなモンスターであろうとも、攻撃は1ターンに一度だけしか許されない。

そしてその攻撃が無駄撃ちされた事で、



「そして! 貴方には手札も、伏せカードも残されていない!

 わたしの! 最後のターンです!」



夜行がデッキからカードを抜き、そのまま墓地へと直ぐに送る。

そのエネルギーを糧に、グングニールが鳴動した。



「グングニールの効果発動!

 手札を1枚墓地へと送り、貴方の青眼ブルーアイズを破壊する!」



グングニールが高らかに咆哮をあげると同時。

空気が凝固し、氷の槍が空間を埋め尽くすほど無数に顕在化した。

氷龍の放つ赤光の視線は、光龍だけを確かに捉えている。

更にもう一つ咆哮。

その雄叫びに併せ、雪崩でも起こしたかのように、無数の氷槍が光龍目掛け殺到した。



「これで、貴方の青眼ブルーアイズは終わりだ!

 わたしの氷結界の龍の力で、砕け散るがいい!!」

「終わりだと? ならば見るがいい、我が最強のしもべの誇る新たな効果を!!」



なに、と。

声をあげる前には、氷弾は青眼の全身に着弾していた。

光の鎧を貫き、その肉体を蹂躙して凍結し、果てに衝撃で粉砕する。

逃れ得ぬ破壊の未来。

夜行が見た、予想された未来のヴィジョン。

しかしそれは適わなかった。



バキバキと音を立て崩れる氷細工。

氷で成した槍は、光の鎧を貫けずに砕け散っていた。

全身を休まず叩き続ける凶器の雨。

それは何十、何百、何千と確実にその身体を打ち、しかし傷一つ与えずに砕け散る。

標的とされている光龍は微動だにしない。

する必要もないと、見せ付けるように。



「馬、鹿な・・・・・・! 何故」

青眼の光龍ブルーアイズ・シャイニングドラゴン

 オレの最強のしもべの新たなる姿は、効果の対象に選ばれた時、その効果を受けるか否かオレの意思で決定する。

 無論、貴様のモンスターの効果を受ける事など、オレが許可しない!」



龍が身を捩り、光の波動を迸らせる。

一瞬の内に全てが蒸発させられる氷の槍弾。

夜行は言葉を詰まらせて、その光景に立ち尽くす。

だが立ち呆けは数秒。

それでも、と。まだ手段は尽きていない。

あれがいかなる耐性を身につけていようとも、こちらにも戦闘破壊耐性が与えられている。



夜行の指が素早くカードの向きを変え、それに従い氷龍は姿勢を変えた。



「わたしは、グングニールを守備表示に変更・・・・・・!

 ターンエンド・・・・・・」

「フゥン、無駄な足掻きだ。行くぞ、オレのターン!」



手札はそのドローカードのみ。

だが、その事実に何も出来ずに終われと願うのは、余りに無謀。

真のデュエリストのドローであれば、それは常に最強の手札を呼び込む。

事実、瀬人のドローカードを見る目は、何の曇りもかかっていない。



「オレは手札からエネミーコントローラーを発動!」



海馬がそのカードを発動すると、目前に巨大なゲームコントローラーが出現する。

そのコントローラーから伸びるコードの接続先は、エネミー。

相手フィールドに存在する、グングニール以外にない。

コードは氷龍の胸元に接続され、その自由を一時的に奪い去る。

今、この龍に命令を下せるのは夜行ではなく、瀬人だけだ。



コントローラーだけに、その機能はコマンド入力によって成される。

巨大なコントローラーのボタンを、迷うことなく掌で押し込んでいく。



「うっ・・・・・・!?」

「下、上、C、A! このコマンドにより、貴様のグングニールを攻撃表示に変更!」



蠢く氷の巨体。

霜を振り撒き起き上がる身体は、霧化しているところもある。

が、最早そんな事は些事。

あれを突き抜ける光の波動は、確実に夜行の息の根を止める。

その一撃に備え、光龍が全身の青色の宝玉を輝かせていく。



「行くぞ、天馬夜行! 喰らえ、シャイニング・バァアアアストッ!!!」



全身に漲る青い光。

それは体内を伝導し、口腔へと移動する。

解き放たれるまで、一秒と必要ない。

大きく開かれた顎。その奥に蓄えられた光が、一条の光線となって駆け抜けた。



標的たるグングニールの身体が霧化し、その攻撃の衝撃に備える。

瞬く間に霧散したそれを、しかし光芒は全て呑み込んだ。

閃光が霧を全て蒸発させ、その威力に陰りすら見せぬまま、夜行へと殺到する。



「あッ、く・・・・・・!?」



爆裂。

破壊の光風が着弾し、夜行のライフだけでなくその身体も巻き上げる。

ライフカウンターから減少の電子音を発しながら、舞う。

その身体の行き先は―――



「―――」



瀬人が僅かに顔を顰める。

その次の瞬間に夜行の身体は、瀬人が突き破ってきた窓から、外に放り出されていた。

悲鳴もなく消え去る姿。

その影を追い、瀬人が窓際にまで駆け寄る。



下を見て、しかし彼の姿は無い。

地上まで30メートル弱。

普通ならば下でトマトのように潰れていなければおかしいが・・・・・・

その様子はない。



「チッ・・・・・・」



自身が割った硝子の破片を踏み躙りながら、歩みを始める。

向かう先は既に決まっている。

まずは、襟章と一体化している通信機で、この会社のコントロールに連絡。



「磯野」

『は、はっ!? せ、瀬人様! ご無事なのです・・・」

「上空にオレの専用機を待機させている、回収しておけ。

 それと、サーバー室へ連絡しろ。

 オレが今からそちらに出向く、それまでに異常なデータが増えていないか洗い出しておけとな」

『はっ! は? 今からです―――』



通信を切断。

すぐさま足をサーバー室の方へ向ける。

与太話、と切って捨てるのは簡単だ。

だが手段不明の改竄現象が発生しているのは、紛れもない事実。

天馬如きにそれが出来る筈がない。



また、天馬夜行のあの尋常ならざる様子。

あれは何者かから相当な方法の扇動を受けての行動だった筈だ。

そうとなれば、あのオカルト話を吹き込み、この襲撃を企てさせた何者か。

そいつがこの事件の黒幕。

と、断定にまでは至らないが、相当深いところにいるのはまず間違いないだろう。



「このオレをここまで虚仮にしたのだ。

 相応の報いは受けてもらうぞ・・・・・・!」











よくよく考えなくても、ここに午前5時集合でよかったんじゃなかろうか。

などと思ったが、空気が読めていない気がするので、言うのはやめた。

未だ時計は20:00に満たない。

これからまだ10時間近く待たなきゃいけないのだ。



十代とサンダーと三沢の攻防は結局十代の勝利で終わったものの、今は第二戦をやっている。

納得出来ないとサンダーが抗議したためだ。

サンダーがアームド・ドラゴン Lv7を繰り出し、

負けじと十代が繰り出したのはプラズマヴァイスマン。

効果破壊には効果破壊と言わんばかりだ。

テーブルでデュエルするという光景がシュールに感じる辺り、俺ももう駄目かも分からんね。



「スペード10、J、Q、K、A。ロイヤルストレートフラッシュ」

「嘘!?」



手元にキングラウザーがあれば、そのまま入れてしまいたくなる手札を公開する。

デュエリスト同士でトランプをすると、大体おかしな事になるものだ。



「エックスくんってトランプ強いね……」

「さっきから強い役ばかりなんだな」

「凄いドロー運ね……」

「明日香相手には黒星の方が多いのにこの言われよう……」



トランプを使った遊びを始めて、ババ抜き、七並べ、大富豪等やり切った結果、

何故かこの人数でポーカーになった。

いや、俺がキングラウザーごっこしたかったからなんだけど。

強いだなんだといわれても、明日香には勝ち越されているのだから嫌味だ。



「それはさておき、流石にあと10時間トランプ三昧は地味に辛いぞ。

 今の内に仮眠しておいた方がいいんじゃないか?」

「そうね……襲撃時間はあくまで予想でしかないし、順番に仮眠をとりましょうか。

 二人組を2チーム、三人組を1チーム作って3時間ごとに」



20時から23時までAチーム。

23時から2時までがBチーム。

2時から5時までがCチーム。

そして5時から全チームで見張り、と言う事に……

明らかにAチームが楽でCチームが辛い……



「いや……Aチームに今から2時まで見てもらって、2時から5時までB。

 5時から7時半までCチームでいいんじゃないか?」



3時から5時までトメさんが入るから、Bチームは2人組を選ぶべきだろう。

三人組はまあ、一番時間の長いAチームが妥当だろうか。

などと考えながらの提案に、明日香は顎に手を添え、ふぅむと考え込んだ。



「ん。そうね、その方がいいわ。明日も授業があるんだもの。

 2時から起きっぱなしじゃ、授業に気が入らないわよね。

 と、いうわけだけど。万丈目くんはどう思うかしら?」



目を離した隙にいつの間にか負けていたサンダーに話しかける。

流石に二連敗は応えたか、机に突っ伏していた。

と、思ったらすぐに起き上ってくる。

その目からは、負けを欠片も認めていない様子が窺える。

俺が屈しない限り、貴様が勝ったわけではない! ですね、わかります。



「ああ、それでいこう。

 ならオレと十代はAチームだ。もう一度デュエルだ、十代!」

「万丈目、今はオレと十代のデュエル中だぞ」

「ええい、貴様など早く負けろ!」

「へへ、二人ともやる気十分だな。よっしゃ、オレも燃えてきたぜ!」



盛り上がってるなぁ。

しかしそうとなると……



「じゃあBチームがボクと隼人くんでいいかな」

「Cチームの時間が一番、セブンスターズが来る可能性がある時間帯だ。

 オレたちにはちょっと、荷が重いんだな」

「そうなるよね……

 俺と明日香がCチームか。じゃあ、5時までたっぷり寝させてもらうか」



な、と明日香に同意を求めると、何やら難しい顔でそうねと返された。

何ぞ。そんなに俺とのチームが嫌なのか。

俺が密かにショックを受けていると、トメさんが部屋に入ってくる。



「みんな、ありがとうねぇ。

 ほら、これ夜食の差し入れだから。みんなで食べて頂戴」



そう言って手にしたお盆に乗ったおにぎりを掲げる。

この時間にこれ食って、すぐ寝て、って。かなり酷い流れな気がするが……

折角なのだから食わない手は無いだろう。

案の定、十代はすぐに食い付いた。



「おおっ! トメさんのおにぎり、うっまいんだよなぁっ!

 早く食おうぜ、なっ!」

「おっ、おい待て十代! デュエルの途中だぞ!?」

「腹が減っちゃデュエルは出来ぬ。まずは腹拵え!」



三沢を振り切り、十代はお盆に飛び付いた。

大量に並んだおにぎりの中から、どれを取ろうか迷うように、視線をふらつかせる。



「まったく……」



しょうがない、と三沢もデュエルを中断して立ち上がる。



「うまそー! 中の具は何なんだな」

「梅、おかか、シャケの三種類だよ。

 精をつけて頑張って、今夜はわたしも一緒に泊まるから」



にこやかにそう告げるトメさん。

忙しいトメさんまでこうもめいっぱい巻き込む事になると、流石に気がひける。

ちなみにアニメでこのシーンのおにぎりは、画面が切り替わるごとに形と数が変わりまくるぞ。

海苔の巻き方とか大きさが凄い勢いで変化するからな。

要チェックだ。



「シャケはどれかな?」

「そこの……」

「待った!」



隼人の疑問にトメさんが指で示そうとするや否や、十代が間に割って入った。

楽しそうに笑う十代は、おにぎりの乗った皿を見て言う。



「利きおにぎりだ。オレもシャケが好きだぜ。順番で引こう!」



ちゃう。それ“利き”ちゃう。

くじ引きや。

そう言って提案する十代に対し上がる、ブーイングの声。



「えー、みんなで分ければいいんだな」

「そいつの言う通りだ。わざわざなんでそんな面倒な事を」

「万が一、食べたい具が食べれなかった奴がいたら、そいつには不満が残るだろう。

 セブンスターズを相手にするために、より強いチームワークが必要とされる今。

 そんな不用意な事をするべきではないとオレは思うが」

「うーん、そっかー?」



三沢のマジレスを受け、消沈する十代。

おにぎりの具一つで崩れるチームワークとは一体何なのか。

しかしフォア・ザ・チームの大切さを知るブレ、じゃない。

三沢からのアドバイスだ。避けるに越した事はないだろう。



ふむ……

例えばベクターがナッシュのおにぎりの中にピーマンとたまねぎを混ぜたとする。

切れるナッシュ。煽るベクター。ナッシュが叫ぶ、ヴェクタァアアアアアアッ!!!

そこでボケるV兄様、これがスシというものか。

Vの弟子であるカイトがそれを訂正する。キャラメルだよ、元気が出る魔法のお菓子さ。

そしてベクターが言う、お菓子食って腹痛いわー。



なるほど。まるで意味がわからんぞ。

自分で言っておいてなんだけど。

さておき、そこを弟分がフォローに回った。



「でも面白そうだし、一周だけやってみようよ!」

「……まあ、一周だけならいいんじゃないかしら」

「明日香も食うんだ、ふ……いや何でも」



睨まれた。

明日香と翔の反応に、三沢とサンダーと隼人も溜め息混じりに頷いた。



「よっしゃ! じゃあオレから行くぜ! オレのターン、ドロー!」



同意が得られた十代が、テンション高めにおにぎりを選ぶ。

多数の握り飯の中から選びとった一つを、そのまま口の中へ。

大口を開けて、パクリ。

口の中に取り込んだご飯を咀嚼し、その中身を確かめる。

……まあ、この部分だけ切り取れば利きおにぎりなのかもしれない。



「むぐ、んぐ……ん、シャケしょーかん」

「何がしょーかんだ。食い物を振り回すな、行儀の悪い」



宣言通りシャケを引き当てた十代が、そのおにぎりをこちらに見せる。

十代に食われて欠けた白米の中には、シャケの紅色が確かに見てとれた。

と。

そんな十代に、辛辣な言葉を浴びせるサンダー。



「何だよ。機嫌悪いな、万丈目。ほら、お前も食えよ」

「サンダー!」



がるる、と噛み付く万丈目。

負けがこむとこうなるのは仕方ないやもしれない。



「へへ、まだまだ腕はなまっちゃいないぜ。

 タマゴパンが盗まれてなきゃ、記録更新だったのによ」



残念そうに呟く十代を見て、全員が苦笑。

召喚したシャケにぎりを食べ始める十代につられ、全員がそれを手にし、口へと運び始めた。







時刻は5時過ぎ。

十代、万丈目、三沢はひたすらデュエルをやって、そのままぐっすり。

翔と隼人はトメさんの仕込みを手伝ったらしく、やはりそのままぐっすり。

トメさんにも休んでもらっている。

音を立てるわけにもいかない上、灯りも使ってはいけない現状。

ちゃんと睡眠をとったとはいえ、眠くなってくる。

しょうがないので、カードを弄り倒すしかないわけだ。



水属性鳥獣族少なすぎる。

これでどうやってたたかえばいいんだ。



俺のPDAはXがどうやってか改造し、最新弾までのカードが使えるようになっている。

つまりこれだけでデッキレシピ管理は完璧だ。

授業中の暇な時、本来あるはずのない時間だが。

その空き時間を使って考えたデッキをPDAで保存しておき、こうやって実現できるのだ。

と言ってもそこは本来あるはずのないカード群。

誰かを相手に回すわけにもいかず、精々がXを相手にチェックする程度だが。

ちなみにXのデッキは俺が作った別のレシピから、ランダムに選んでいる。



とまあ、そんなわけで。

今俺は水鳥獣のデッキレシピに悩んでいるわけだが。

何よりエースを張らせたい神葬零嬢が天使族なのがどうなんだ、という。



「中々纏まらない、なぁ」

「デッキ調整?」



呟くと、明日香に声をかけられる。

電気も当然消しているので、本を読む事も出来ずに退屈していたらしい。

そんな明日香は、俺の後ろに回り込むとデッキ編集画面を覗き込んだ。



「………見た事のないモンスターが多いわね。

 黒い枠のモンスターカード、はシンクロモンスターとは違うの?」

「うん? ……黒い枠のカードはダークシンクロモンスター。

 足し算じゃなくて引き算でレベルを調整するんだよ」



なるほどね、と。明日香は納得した様子だった。

少なくとも嘘は言っていない。

黒い枠にダークシンクロというのがあるのは事実だ。(ただしアニメに限る)

エクシーズ召喚、ユニファーに口裏合わせを頼むべきだろうか。

とりあえず、この場では素直にHEROを手持ちにするから関係ないが。

既にホープ使った事あるけれど。



その話はそれだけなのか、明日香は黙って俺の隣の椅子に腰を降ろした。

うん? と首を傾いで明日香を見る。

彼女は少しだけ逡巡した様子で口籠り、しかし俺に向かって口を開いた。



「ちょっと、いいかしら」

「なに?」



訊いても、答えは中々返ってこない。

本気で悩んでいる様子だ。

なにを悩んでいるかは俺には分からないが、相当重要な事なのだろう。



「……亮の、カイザーの事なんだけど」

「カイザー? うん」



カイザーがMに目覚めた、とか。

確かにそれは人に話すのは躊躇われるな。

でもあの人、公共の電波に乗せられてるプロデュエルですら趣味全開だし。

よくよく考えると、あれって全国放送でSMデュエルして……

って、まあ囚人が一時的に出てきてデュエルしてるような組織だもんな。

プロデュエル界。全然おかしくなかったわ。

そもそも社長からして、プロの傭兵や殺人鬼が高校生を殺しにかかる番組を全国放送でやってたわ。

殺人鬼ががっつり焼死してもそのまま続行してたし。

チャッピーだかチョッピーだか。



もういろいろといいんじゃないかな。

と、俺が大分失礼な事を考えていると、明日香はやや言い辛そうに続けた。



「貴方と……いえ、やっぱり何でもないわ」

「え、そこで止めるの」



と思ったら、中断された。



「でも、きっとそう遠くない内に、彼から話をされると思うわ。

 わたしからもお願いなのだけれど、出来る限り聞いて上げて欲しいの」

「まあ、特別変な事でもなければ」



カイザーが俺に、と言っても実感がわかない。

そもそも俺ってカイザーと大した会話もしたことないし。



「わざわざ俺にって、なんかカイザーに対して変な事したか。俺?」



俺の疑問を明日香にぶつけ、ようとしたら、明日香はこちらを向いていなかった。

その視線の先には、この事務室の出入り口がある。

こちらに視線を送り、口元で人差し指をたてる。

俺がその動作に対して肯首を返すと、足音を立てないように扉に歩み寄っていく。



この扉は自動ドアだが、今は電源を落している。

近付いても何の反応も示さない。

そっと忍び寄った扉に張り付いて、硝子の向こう側の光景を覗く。

そこではドローパンのワゴンに身を寄せた巨漢が居た。



―――大山だ。



大山はゆっくりと両手を挙げ、精神統一と思われる動作をこなす。

一連の動作はゆるりとしたものであるがしかし。

その流水の如く留まる事なく流るる所作は、見る者の視線を釘付けにした。



「………なんだ、あれ。感謝の正拳突きでも始める気か」

「しっ、黙ってて」



果たして大山はドロー修行の結果、感謝に辿り着いたのか否か。

ゆっくりとした動作で前準備を終えると、その手をワゴンの中に突っ込んだ。

すぐさま腕を引き抜き、ドローパンを一つ取り上げる。

その姿を見た明日香は即行動へと移った。



「あれが犯人に間違いないわね――――!

 みんな、起きなさい! 行くわよ!」



懐から取り出した携帯用の防犯ブザーを青春スイッチオン。

轟くサイレン。飛び起きる皆。引っくり返る大山。

勿論俺もびっくりしている。

自動ドアを手動で開き、明日香が表へと躍り出ていく。



「な、なん……あ? お、ど、どこだここは……?」

「ああ……! 来たのか、セブンスターズ!?」

「んん、ぐ。ふぁああ……あれ、まだ夜?」

「早く起きる!」



騒音を撒き散らす防犯ブザーが、休憩組の中に投げ込まれる。

明日香は一体どこにこんなに持っていたのか。

とりあえずうるさくてかなわないので、俺も表に行く。

あの起こし方はいいとして、トメさんもあそこで寝てる事を考慮すべきだと思う。



表に出てすぐ、壁にある電灯スイッチを叩く。

点灯する照明が、巨漢の身体を照らしだした。

筋肉の塊みたいな体格で、しかも半分破けたズボン以外を身に着けていないせいでそれが際立つ。

しかしこういう時のズボンって何でこの破け方になるんだろうな。

膝下は原型を留めない程度にボロボロなのに、腰回りには小さな切れ目一つない。

悟空だってどんな死闘を経ようと、ズボンは無事だし。



「こんな時間に購買に忍び込んで、何の目的かしら。

 返答次第によっては、貴方をここで捕まえるわよ」

「ぬぅ……!」



怖じない明日香の態度に、大山が一歩後退った。

そんな中に、叩き起こされた皆が奥から飛び出てくる。

寝ぼけ眼を擦りながらのその集団。

その中の一人、トメさんの姿を見た瞬間、大山の様子が変わった。



「―――――AH! アーアアーッ!!!」



叫ぶ。

ガラス戸が衝撃に打ち震え、ガタガタと悲鳴を上げる。

その反応は最早本能の域。全員、すぐさま手で耳を覆っていた。

あれの雄叫びは聞いてはならないものであると、本能がそう理解したのだろう。

なんというバーバリアン・ハウリング。

こちらのバトルフェイズやら推理フェイズやらを威嚇する咆哮でぶっ飛ばし、逃走態勢に突入。

ドローパンのカートを押し出し、ボブスレーが如く発進した。



突っ込む先は当り前のように金属製のシャッターだ。

それを力づくで突き破り、巨漢の姿は外へと消えていった。



……彼がカートから一つ引き当てた包みがその場に落ちている。

それを拾い上げて、包装紙を破いてみれば、それは疑いようもなく黄金のタマゴパンだ。

彼は確かに引き当てていた。

せっかくなのでそれを食べつつ、一言つぶやく。



「恐るべし、ドロー運」

「食べてないで、早くなさい!」



俺に叱責を一つくれた明日香が、続けて総員に指示を放った。



「追うわよ!」

「あいつがセブンスターズか!」

「逃がすかっ……! 行くぞ、十代、三沢! オレに続け!」







「ア――――アア―――!!!」



木々の間に垂れ下がる蔓に目掛け飛び付き、それを飛び渡っていく。

本来ならば、彼自身の体重で蔓が切れていなければおかしい。

だがその不可能を覆すのが、彼の超人的なバランス感覚だ。

蔓にかかる体重を分散し、まるで鳥の羽が舞うように木々の間を跳び移っていく。



「まるで、ターザン、なん、だなぁ……!」



地を走る以外に追跡手段を持たない俺達では、その野生児アクションには追い付けない。

全力で走っていても、どんどん距離が開けられていく。

いかに俺がバイク乗りでも、あの巨大バイクで森の中を走るのは無理……

でもないが、もはやそれは自然破壊に等しい行為だと言えるのではないだろうか。

そもそもXは連れてきてないし。まあ呼べばくるけど。



「ええい、このままでは逃げられるぞ! こうなったら……!」

「どうする気だ、万丈目!」

「サンダー!」



走りながら律儀に訂正するサンダー。

その身体が思い切り躍動し、飛び跳ねた。

跳び付いた先は木の幹。

手足をわしゃわしゃと繰って、幹を這い上がっていく黒コートの男、万丈目サンダー。

高所にある太い枝まで登るが否や、手に近い蔓を掴んで跳躍の姿勢―――!



「おい! 万丈目、お前まさか……!」

「決まっている。奴と同じ方法で、追いかける――――!

 行くぞ、サ―――――ンダァ――――――!!!」



なんだその掛け声、と突っ込む暇すら許さずに彼は跳んだ。

しっかりとロープのように太い、蔓を握りしめながら。

蔓は先端に重石を得て、蔓の生え際を基点に揺れ動く。

まさしくペンデュラム。大きく揺らせば大きく戻る。

サンダーが飛び立った木をスケール1とするならば、目指す先はスケール8の隣の木。

サンダー自身が振り子に乗って、光のアークを天空に描――――



ぶっつん、と。

何かが切れる音と、吊られていた筈の身体に感じる突然の浮遊感。

なに、と。焦燥に駆られて悲鳴染みた声を上げる。

上を見上げれば、蔓はもうどことも繋がっていやしない。

音の正体、浮遊感の原因、答えは一瞬にして組みあがった。

その答えに対する反応は、絶句以外に無い。

そして、重力に慈悲は無い。



――――落下。

小枝や草葉を折って潰して地面に到着。

その有様を見た十代が悲痛に叫ぶ。



「ま、万丈目ぇえええええええええええっ!!!」







なんやかんや、万丈目を置き去りに追跡を続行。

木々の間を抜けると、ターザンは切り立った岩壁を背に立ち止まっていた。

木よりも遥かに背の高い崖。

これを素手では登れまい。

何せ10m以上はある切り立った岩壁だ。

装備があるならいざ知らず、これを何の装備もなしに、しかも半裸でなどと……



雲海に衝き刺さるような巨大岩山を、何の装備も無しに素手で登りきるなど……

無理だと思いたかったが、そうでもなかった。

デュエリストならばこの程度できるかもしれない。かっとビングさえあれば。

ダメかもしれないが、ダメじゃないかもしれない。



「追い詰めたぜ、セブンスターズ! 万丈目の弔いデュエルだ!」



セブンスターズ、と声をかけられた大山は、一瞬キョトンと呆けた。

が、すぐに立ち直る。

大山はすぐさま身を翻し、崖の正面にあった川の中へと飛び込んでみせた。

どっぱーん、と立ち上る水柱と飛沫。



「川に飛び込んだ!?」

「夜間、しかも水中ではろくに動けない筈よ……どうするつもり?」



明日香の疑問。

答えはすぐに返ってきた。

なんと、その筋肉の塊は水流に逆らって、川に流入している滝を遡り始めていたのだ。

水流で削られた岩壁をしっかと掴み、当然のように登っていく。



「滝を昇ってる!?」

「スゲー!」



驚く翔、はしゃぐ十代。

そしてもう一人。



「この崖を滝昇りで越えるつもりか――――ならば!」



脱ぐ三沢。

瞬きの内に下着を残して脱ぎ捨てて、彼は湖の中へと飛び込んだ。

そして同じように、滝を昇り始めるという異様な光景を作り出す。



「逃がす、もの、か! ぬおおおおおお――――!」



三沢の咆哮が轟いて、加速する。

水を掻き分け、崖を登る手の動きは最早スクリューが如し。

二人は少しずつ上へと昇る。

だが三沢の方が僅かに速いか、或いは体重の差が出たか。

もしくは大山を追走する三沢という並びが生んだ水流のスリップストリームか。

二人の距離は少しずつ詰められていき――――



「大山くん!」

「っ!」



唐突に、大山の腕が止まる。

停止した大山の意識が、目の前の滝から背後のトメさんへと流れ―――

気を抜いたが為か、岸壁を掴んでいた握力が抜けた。



重力に従う水の動きに逆らう為の力をなくしたのならば、次は重力に従う羽目になる。

突き進んでいた筈の大山が、停止どころか逆流―――

いや、今までが逆流だったのだから、これは正しい流れだろう。

とにかく、大山が普通に流される事で損害を被るのは、それを追うものだ。



「ぶ、うぁああああああああっ!?」



水流に従い上から流れ落ちる大山の身体に、三沢が巻き込まれた。

ただでさえ普通ではない状態だったのだ。

支える事はおろか、回避すら行える筈もない。

滝を半ば以上まで昇っていた二人がこんがらがって川の中へ墜落する。

だっぱーん、と盛大な水音を立てて逆立つ水柱。

……大山の身体と水面に挟まれた三沢は、相当のダメージを受けた事だろう。

水没する二人を見た十代が、叫ぶ。



「み、三沢ぁああああああああああああっ!!!」







あっという間に犠牲者二人目だ。

なんという手際か。



水中から大山は三沢を引きずりつつ、這い上がってきた。

随分と容易に成し遂げてくれたが、それが並大抵の筋力では不可能なのは自明。

彼のパワーは尋常ではない。

だからどうしたということはもちろんない。



「くぅっ……三沢と万丈目がこんなにあっさり! これが、セブンスターズ……!」

「やっぱり、大山くん!」

「やっぱり、ターザン?」



湖中から出てきた大山に、トメさんが駆け寄った。

俺は大体知っているが、俺以外にはこの状況が整理出来ていない。

セブンスターズと戦うつもりでいた十代が、疑問を口にする。



「……トメさん、誰なんだこいつ」



問いかけられた方は、久し振りの再開に笑顔を浮かべながら、答えをくれた。



「大山平くん。オベリスクブルーの生徒だった子よ。

 とっても優秀な子だったんだけど、一年前に突然行方不明になって……

 まさかこんなところにいたなんて……」

「行方不明者……!」



明日香が小さく声を震わせた。

無論、JOINの事だろう。

トメさんはそのまま、懐かしむような口振りで大山の事を話してくれる。



「でも大山くん、よくタマゴパンを引き当てられたわねぇ。

 一年前はあなた、何度やっても……」

「わぁっ!? あぁああああ!?」



顔を崩し、羞恥に赤らんでトメさんの言葉を遮る大山。

だが、タマゴパン泥棒はタマゴパンだけを正確に盗んでいった盗人だ。

何度やっても目当てのパンを引けない奴では、この状況はあり得ない。



「どういうことだよ、トメさん」

「大山くんも十代ちゃんたちと同じように、よく購買部に来てはドローパンを買ってくれてねぇ……

 でも、一度もタマゴパンを引き当てられた事がなくて……」

「一度もって……でも、こいつの引きはすごいぜ。別人じゃないのか?」



疑問としては、当然そこだ。

正確無比なタマゴパンハンターが今回の下手人。

何度引いても一度も引けなかった彼に、その役割がどうして務まろうか。



「フフフフ、ハハハハハ!」



突然として、大山は笑い始めた。



「そう。そうだよ、ボクは生まれ変わったんだ。

 この一年山にこもり、引きの修行をして!」

「生まれ変わった…?」



何故そこで山にこもるという選択肢を見出してしまったのか。

その疑問に答えたわけではなかろうが、大山は大儀であるかのように続きを語る。



「そうだ。ボクはかつて、オベリスクブルーで筆記試験は毎回トップの成績を収めていた。

 でも、実践になると……ここ一番の引きが、まったく……!

 引きが欲しい……! ボクは地平線の彼方で輝く太陽へ、心底そう願った。

 ――――答えはなかった。ただ波が寄せては引いていくだけ。

 何億年も前から、未来永劫変わらない……その時ボクは気付いた。

 デュエルのドローと同じだと! ドローも変わらない、波のように。

 ボクは思った、引きの神髄は自然の中にこそある」



少なくとも、ドローの修行じゃなくてシャッフルの修行の方が効果あるよ。きっと。



「そしてボクは、山にこもった。

 自然に身を委ねる、自然の叡智を身につける、自然そのものになる。

 強い引きを得るために、ボクは一年間修行した。

 そして、修行の完成を確かめるため、オレは試した。因縁のタマゴパン……!

 そう。確かに身についていた。この手に、引きの強さが……!

 うぅ……頑張ったなぁ、オレ」



そして泣き始める大山。いつの間にか一人称が変わっているのはなぜか。



「オレも、タマゴパンが売り場デッキにある時に外した事ないぜ?」

「なにっ!?」

「どーだい? オレも引きにはちょっとばかし自信があるんだ。

 このオレと決闘たたかう事で、卒業試験としたらどうだ?」

「フッ……面白いな。この引きの強さ、デュエルで試してみたかった」



なんでわざわざ挑発するのか。

もう事件解決でいいというのに。

もうすぐ夜明けというこの時間で、なんでこいつこんな元気なんだろう。



「アニキぃ……」

「なにがなにやら」







「「デュエル!!」」



二人が距離をとり、デュエルディスクを展開。

互いが手札を5枚補充して、始まるデュエル。



「オレの先攻で行くぜ! ドロー!」



あらやだ先攻ドローですって。久し振りに見たわ。

少なくとも一番上で三沢とドローの特訓してた辺りでは、まだ先攻ドローがあった筈なんだが。

書いてた時期的に。おかしいなー。



「よし! オレはスパークマンを攻撃表示で召喚!」



十代がカードをディスクへ放つ。

ソリッドヴィジョンの生み出す光が、雷へと変じて轟いた。

雷光の中から姿を現すのは、黄金の鎧を纏う、紺身の戦士。



隙なく構える戦士の後ろに立つ十代は、さらに1枚手札を抜いた。



そのカードをディスクの側面スリットへ差し込む。

するとカードは裏面表示で、十代の足元に敷かれるように現れた。



「更にカードを1枚伏せ、ターンを終了するぜ。

 活きの良い引きを見せてくれよ!」

「一年間の修行の成果を見せてやるぜ!

 オレのターン、ドローッ!!」



ドローカードを確認した大山の顔が、不敵に笑う。



「まずはカードを1枚伏せる。

 そしてこのドローカード、ドローラーを召喚!

 アーアアーッ!!」



大山の足元より、岩を固めて作られたかのような重機がせり出してくる。

岩を削り出して作ったような強面のゴリラのような上半身。

腕はそれらしい意匠ではあるものの、間接がないために腕としての役割は果たすまい。

手の先にはローラーがついており、腕らしきものはただのシャーシとして扱われるのだろう。

下半身は完全に地均しのための巨大ローラー。

その名に相応しい、ド級のローラーぶりだ。



「ドローラーの攻撃力と守備力は、手札からデッキに戻した枚数の500倍となる。

 オレは、手札を4枚戻す!」

「カードを全部!?」

「えぇ!? 手札なくなっちゃうよ!?」

「カードをデッキに戻した数だけ、攻撃力を上げるモンスター……

 Wiraqocha Rasca……」



手札をすべてデッキに戻し、シャッフル。

デッキホルダーへとそれをセットし直して、大山は十代に向き直った。



「ドローラーで、スパークマンを攻撃! ローラープレス!!」



ドローラーの巨体が動く。

三つの鉄輪が同人に回転を開始し、巨体が徐々に加速していく。

自身の数倍、あるいは十数倍の質量の進撃を前に、雷の戦士は身構えた。



背負ったフィンから放電し、掌中に集めて光弾と化す。

バチバチと弾ける電光を圧し留め、凝縮して一個に固め、

目前まで押し迫った相手を目掛けて解き放つ―――!

空気を焼いて雷速で奔る弾丸は、ドローラーの胴体へと確実に着弾した。

灰色のボディが一瞬だけ赤く灼熱し、

しかしすぐにその傷跡にすらならない命中痕は消え去った。



雷弾の衝撃は、一秒たりともローラーの侵攻を遅らせない。

攻撃を放ち硬直するスパークマンが咽喉を引き攣らせるかのような悲鳴を漏らした。

直後、その紺と金とで彩られた戦士の姿を、ローラーが覆い隠す。

ドローラーがそのまま走り抜けると、地面に薄っぺらくなった戦士の身体が張り付いていた。



巨体が通り過ぎた後から、地面に張り付いていた潰れたスパークマンの末路が剥がれて舞う。

ぺらぺらの体はそのまま砕け散る。

その衝撃波が十代のもとまで届き、ライフカウンターの数値に変化をもたらす。

攻撃力の差分は400。

十代のライフは3600にまで削れ、フィールドからはモンスターが消えた。



そして、潰し消されたモンスターの行き先は想像外の位置だと知らされる。

戦闘で破壊されたモンスターの行き先は、基本的には墓地しかない。

だというのに、スパークマンの末路はそこではなかった。

墓地へ送ろうとしたところ、デュエルディスクはその処理を拒否した。



「なに!?」

「ドローラーに破壊された攻撃表示モンスターは、墓地へは行かず、デッキの一番下に行く。

 墓地から引き上げる事はできないぞ。これでターンエンド」

「む…やるな、オレのターン、ドロー!」



十代の顔に不敵な笑みが浮かぶ。

その表情を浮かべるに到った理由は、当然にドローカードにある。

引き当てたのは、エースを呼ぶための一枚。

複数のモンスターの力を束ね、新たな力を生み出す魔術の札。



「手札より、融合を発動!」



指繰りカードを取り回す。

腕を振るいながらの指回しが、融合カードを二転、三転と転がした。

素早く、しかし正確な指回しがカードを取り逃すことはない。

十代のその妙技こそ、新たなモンスターを迎えるための儀式だ。

指先がカードを確かに挟み込み、その表を相手の目にしかとさらす。

ついで、十代の背後に二体の戦士の姿が浮かびあがった。



一体目は全身を緑色の体毛で覆う、白翼の戦士。

二体目は水色のアーマーを着込んだ、腕に放水口を持つ戦士。

二人は揃い踏み、十代の背後で堂々と胸を張る。



「手札のフェザーマン、バブルマンを融合!」



次元が歪み、二つの姿を飲み込んでいく。

その中で一体如何なる工程を経ているのか、二つ分の影はやがて一つに纏め上げられた。

歪みからまるでトビウオが如く飛び出したのは、元となった二人とはまるで違う姿の戦士。

筋肉の鎧を纏い、その上に更に軽装鎧。

顔をマスクで覆い隠して、背中へ黒い長髪と赤いマフラーを流した装い。



「融合召喚! 来い、E・HEROエレメンタルヒーロー セイラーマン!!」



両の腕に錨の繋がった鎖を巻きつけ、しかし何の重さも感じさせない体捌き。

鎖に髪に、靡いて騒ぐ諸々を器用に操り姿勢を整える。

十代の前で屈んだ姿勢をとった戦士の足元に、攻撃力の表示が浮かび上がった。

その表示を見た大山が、訝しむような声を漏らす。



「攻撃力1400…? その程度のモンスターでは、オレのドローラーは倒せないぞ!」



大山のフィールドで、自身の存在を主張するかのように岩の巨体が唸りを上げる。

その巨体の装甲の堅牢さは、セイラーマンの有する錨では貫けまい。

今のまま挑みかかろうものならば、逆に轢き潰されるのが定めだろう。



だが、そんな事はわかっている。

この戦士を呼び出したのは、呼び出すに足る理由があったからだ。

大山の放つ挑発めいた台詞を、不敵な笑みで受け止める十代の表情こそが、その証左。



「さあ、それはどうかな?」

「ぬ!?」



手札の1枚を手にして返す言葉。

自信に溢れた表情と口振り。

その様子から、何かあると確信する事に迷う余地もあるまい。

警戒を強める大山の前で、十代はその1枚をデュエルディスクへ差し込んだ。

直後、現れるソリッドヴィジョン。

それを見て、大山の表情に浮かぶ警戒の色が、一気に驚愕へと塗り替えられた。



「なに!?」

「オレはカードを1枚セット!」



十代の思わせ振りな1枚の正体は、物言わぬセットカード。

勝負を持ち越すつもりの1枚か、と歯噛みする大山。

相手が浮かべたその様相を、十代は不敵な笑顔で突破する―――!



「セイラーマンの効果発動!」



錨を下ろす。

腕に巻き付いた鎖がたちまち解けて、重力に従い地に落ちる。

錨の着地点は十代が今し方セットしたカードの、ソリッドヴィジョンの上。

そのまま上に乗るかと思いきや、錨はカードを突き抜けて沈んでいった。

カードの上から突き刺さり、突き抜けたから下に続くかと言えば、しかしそうではない。

錨はカードを突き抜けてどこかへと消え去っていた。



その様子を見た大山が、状況を察する。

切り札の如くカードをセットした十代。そして今、セットカードの上に乗るセイラーマン。



「カードをセットする事で発動する効果か! 一体、どんな効果なんだ!?」

「こんな効果だぜ!」



セイラーマンが足下に敷いたセットカードから、水柱が噴き上がった。

戦士の巨体を覆い尽くす水流に、大山の視線が引き付けられる。

一度噴出した水の柱は、すぐに重力に逆らう勢いを失くし、飛沫となって落水。



地面を叩く集中豪雨が、破裂音にも似た盛大な水音を奏でる中。

水のカーテンが晴れたその場からはしかし、既にセイラーマンの姿は消え去っていた。



「消えた…!?」



息を呑むと同時に、驚きの声。

離れた場所に見入っていた大山が狼狽える。

瞬間、大山の足下から先程のように水流が噴き上がった。



視界いっぱいを覆う水飛沫。

自身の足下から突如として出現したそれに、大山が踏鞴を踏んだ。

荒れ狂う飛沫ごと飛来するのは、セイラーマンの腕から吊るされていた錨。



「自分フィールドに魔法・罠カードがセットされている時、

 セイラーマンは相手フィールドにモンスターがいても、ダイレクトアタックが出来る!」



錨に貫かれた大山の前に、ライフカウンターのソリッドヴィジョンが浮かび上がる。

そこに表示されていた4000という数値がみるみる減り、2600まで低下した。

すぐさま錨が引き戻される。

見事に鎖が腕に巻き付き、錨はセイラーマンの腕へと固定された。



「オレはこれでターンエンドだ」

「ぬぅ……!」



確かにダイレクトアタックを受け、ライフを大きく削られた。

だが攻撃力1400のセイラーマンを、攻撃力2000のドローラーの前に放置する所業。

ターンが回れば、確実に反撃を受ける布陣。

と、セイラーマンの背後に伏せられたカードの映像に目をやる大山。



―――あのカードが、ただセイラーマンの効果発動条件を満たすためだけのもの。

な、筈があるまい。

恐らく、あれはセイラーマンの効果を後押しするための旗であると同時に、

モンスター同士の戦闘が不得手である彼を守る盾に違いない。

今、この状況で突破出来得るか? 否。

ドローラーを動かすための油の代わりに、手札はすべてデッキの中に戻している。

今この場にあるのは、ドローラーとセットカード1枚。

その上、セットカードは発動こそ自由なものの、確実に成功する効果を持っているわけではない。

しかもそのカードの効果だけを見るならば、ギャンブルカードと言ってもいい。

それも、成功率38分の1。



言うだけあって、奴の引きの強さを疑うことに意味はないだろう。

こちらのドローラーを擦り抜けて強襲をかけてくるに至った戦術は、

ドローカードである融合を起点としたものであった。

ならばこそ、ドローで逆転するべきなのだ。

いや、ドローだけがここからの逆転を可能とするのだ。



大山平の積み上げたドロー経験は、十代のそれを圧倒的に凌駕する。

だからこそ、ここで退くわけにはいかない。

ドローの導く結果が、目の前の相手に劣るなどと、けして認めるわけにはいかないのだから。



「―――オレのドローフェイズ!

 カードをドローする前に、この伏せリバースカードを発動する!」



立ち上がるトラップカード。

その正体こそ現状38分の1のギャンブルであり、大山平という男が求めたものの集大成。

今までこの山で積み重ねたものの集積が、奇跡を呼ぶに足るか否か。

最後に秤へかける時が来た。



「永続トラップ、奇跡のドロー!

 このカードはドロー前に、これからドローするカードの名前を1枚宣言する。

 ドローしたカードが宣言した通りのカードだった場合、相手に1000ポイントのダメージ。

 違っていた場合は、自分が1000ポイントのダメージを受ける……」

「ドローカードを当てる!?」



翔の声は当惑のものだ。

残るデッキの枚数は38枚、そこから特定の1枚を引き当てる―――

いや、引き当てる1枚を宣言するなど、現実的ではない。

だが。



「おもしれぇな、ワクワクするトラップじゃないか!」



十代がそのカードを見る目は輝いている。

そんな十代を相手に、大山が言葉を向けた。



「当たらないと思っているだろう」

「わからねえ」

「わかるんだよ。引きの神髄を体得した、このオレなら!」



素直に言葉を返す十代に、大にした声でまた返す。

漫才のような間の取り方で言葉を交わした後、大山は目を瞑った。







――――集中し、自身の裡側に沈んでいく。

心の中に留め置くデッキレシピから、1枚だけを選び抜く行為。

それを成す為に心を広げる。



意識を埋没させた心の裡は、四方を壁に覆われた狭い暗闇だ。

―――認識を拡大する為、この壁を排除する。

それが長い時を経て至った自然との調和に臨む心構え。

壁が消えれば、外から流れ込むものを遮っていたものは一切なくなる。

光、空気、音。

様々な要素が雪崩れ込み、意識を押し流そうとしてくる。

混濁したのは一瞬、すぐに自分を取り戻す。

するとどうだろう。

意識のみの世界に、自分の身体を認識する事が出来た。

素足で岩肌を踏みしめる感触、指の合間も擦り抜けていく微風の感覚。

一つずつ、自分の身体と意識に差がないか確認を行っていく。



口を開く。肺に空気を大きく取り込む。吐き出す。

―――眼を開ける。

広がるのは今まで大山が向き合っていたものとは違う光景。

今立っているのは滝壺だ。

水面に頭を出している大きな岩の上に立っている。

目の前には水柱、滝の落ち込み口だ。

弾ける水飛沫が身体を打つ感覚が染み渡っていく。

目を凝らして見ると、その滝の水流の中には、カードが混ざって流れている。

留まる事を知らず流入し続ける瀑布に、止む事なく流され続けるカードの群れ。



一見、不自然な光景にも見えよう。

だが、これこそが己の見つけた自然の摂理。

運命とは絶えず流動する水物。

そこから望むものを得ようと願うのであれば、何一つ誤る事は許されない。

流れ込み続ける滝の中に潜む無限のカードの中から、唯一無二の一枚を引き当てる。

ただ一瞬見過ごせば、手に入れたいものは滝壺の底へ沈没するだろう。

逃してはいけない一瞬は、カードの裏側しか見えないこの場からでは推測する事さえ不可能。

正解の知れないタイミング。しかし、そこで達成しなければならない。

無数に流れている正体不明のカードの中から望んだ1枚だけを正確にドローする事を。



――――不可能だ。

――――そう。不可能だった。



その常識を大山は永きに渡る修行の末、獲得した奥義によって凌駕した。

まずは自然と同一化する事により、全身を以てして感じるのだ。

カードが水を切りながら流れる事で生まれる僅かな揺らぎ。

揺らぎは飛沫と波紋となり、世界と融合した大山の存在をも揺らす。



無限に等しい数ほど存在するデュエルモンスターズのカード。

だが、そのカードの実態は、せかいにたった1枚ずつしかないものだ。

無数のカードは、けして同一の存在ではない。

唯一無二の1枚が、無数に存在しているだけだ。

だからこそ、それぞれのカードが起こす世界の揺らめきには、観測できない程度であっても必ず誤差がある。

それが見える。感じるのだ。

ずっと求め続けてきた声が聞こえる。

ここにいる、と。



何千、何万種。何億、何兆枚。

数えても数え切れない種類のカードがある。

その中から選んだ、選ばれた。

“大山平”だけの40枚。

何十億という決闘者がカードを求める世界において、在り得ない確率で巡り合ったカードたち。

その巡り合いこそ、全人類の中から伴侶を選ぶこと以上の難事が故。



―――たかが数え切れぬ程度しかない関知しないカードに混じったからといって、

―――この指先が過つ事があろうものか。



皮膚で感じる。筋肉が震える。

――――きたのだ。待ち望んでいた戦友が。

既知の波動を放つ1枚のカードを求め、滝の中へと腕を突き立てる。

天下る水勢が、こちらの身体を引き摺り込まんと猛威を奮う。

その勢いを凌ぐ気勢でもって、水流の中から1枚のカードを掴み取った。

指先から全身に伝播する熱。

水に持っていかれた体温が、一気に全身に戻ってくる。

そして、今こそ叫ぶのだ。

この、身体から今にも溢れんばかりに漲った熱量を吐き出すように。



――――意識が浮かぶ。



現世に戻ってくると、既にデッキに指をかけている姿勢だ。

昂揚感のままに突き動かされる。

叫ぶのは今から己の手に収まるカードの名。







「ドローカードは、カードローン! ドロォーッ!!!」



宣言するが否や、大山の指先がデッキからカードを引き抜いた。

それを大上段に掲げ、カードの正体を見せつけるような姿勢をとる。

そのカードは間違いなくカードローン。

宣言通りの存在が、彼の手に収まっていた。



「当たった……!」

「そんな……」



的中した結果起こされる現象は、既に説明済み。

大山は十代へと指先を向け、その確定された効果を再び告げる。



「1000ポイントのダメージを受けてもらうぜ」

「うっ、ぐぅうう……!」



十代の身体に電光が奔る。

同時に浮かぶライフカウンターの中で、ライフポイントが急降下した。

その数値は2600。



「そしてオレはこの、カードローンを続けて発動する」



ドローカードを的中させるという離れ技を披露し、しかし喜色一つ浮かべない。

彼にとってはこれこそが真実であり、正しい結果以外の何物でもない、ということだろう。

合間もおかず続くカードが、フィールドに現れる。

そのカードが光を放ち、光は十代の身体を取り巻くように揺らめいた。



自身に纏わりつく光に怪訝な顔を浮かべた十代の前に、再びライフカウンターが出現する。
今度は数値が減るわけではなく、逆にライフが回復していく。

対して、大山には電光が襲い掛かり、カウンターに表示された数値が減らされる。



「カードローンの発動には相手のライフポイントを1000回復させ、

 そして自分自身は1000ポイントのダメージを受ける必要がある」



十代のそれは残り3600まで回復。

対する大山の残りライフは、1600まで減らされてしまった。



「これにより、カードローンの効果でオレはカードを1枚ドローできる!

 ただし、この効果でドローしたカードは、エンドフェイズにデッキに戻さなければならない」

「そこまでして、引きに拘るのか…」



大山は指先をデッキに重ね、カードを手繰った。

手に入れたカードを、己の眼で確かめる。



「来た! この引きを見よ、手札から魔法マジックカード、ドローボウを発動!

 ―――カードを1枚引け。そのカードをオレが当てる。

 もし当たった場合、お前の手札とフィールド上の全てのカードは、デッキに戻してシャッフルする」



ドローボウ、泥棒とかかっているのか。

ならば相手プレイヤーのドローカードは盗品に当たるのだろう。

相手に盗ませ、それを正しく看破し捕まえて、逆に相手の全てを奪う。

マッチポンプと言える。

だが、この効果では火打ちの火力と火消しの水力がつりあっていない。

相手に与えるものは炎上させるに容易いものだ。

しかしそうして点けた火を消してみせようよ思ったところで、

どこで燃えているのかすらわからないではないか。



「当たったら、十代の場はがら空き…!」

「そう何度も当たるわけが…」







再び落ちる。

先程と同じ手順を踏み、自身の中へと沈み込む。

そうして眼を開けて、映るのは滝の流れだ。

此度、この流れの中から引き寄せるのは、自分のカードではない。

遊城十代が引くカードだ。



確かに十代のデッキがE・HEROエレメンタル・ヒーローだというのは分かっている。

だがそのデッキレシピを正確に知っているわけではない。

精々38分の1だった、先のドローとは決定的に違う。

自分のデッキですらない、そこ至るというのであれば、

最早それは自身の鍛練という過程が導きだす結果として、余りにも逸脱している。

だから、そう。



――――大山平はそこまで至るべく、自然の中に己を融かし込んだのだ。

――――ドローの神髄は自然との融和、融合。

――――自然と合一する事で、自然の流れを理解する。

――――デッキからカードをドローするという行為は、滝口から水が落ちて滝壺に流れ込む現象とよく似ている。

――――つまりデュエルとは、二本の滝が同じ場所に流れ込む事で生まれる大自然が生む奇跡。

――――場所によりけり滝崖の形状は違い、同じものは二つとない。

――――連綿と続く時間と水の流れが研磨し形作った、唯一無二の結晶。

――――それが滝。そしてそれこそがデッキ。



自分と相手がカードで鬩ぎ合ったのはまだ僅かな時間だけ。

だが、それでも。

十代のデッキが生む衝撃は、感じ入っている。

自分のデッキと、十代のデッキ。

二つがぶつかりあう事で発生する対流。

それは本来一つだけの流れを大きく乱し、湖の中で複雑な乱水流となって暴れ狂う。

その乱れ具合を、全身で確かめる。

足場に敷く岩が水中で、一体どのような水流をその身に受けているのか。



……激流だ。

足元から立ち上ってくるそれを全身で受け止めて、見極める。

今、この瞬間。

この湖という戦場に流れ込んだ1枚の正体は――――







「ズバリ! 融合解除!!」

「ははっ、すげーな!」



眼を見開いて、そうと宣言する大山。

デッキからドローした十代は、引いたカードを見て楽しそうに笑う。

手首を翻した十代の手にあるカードは、間違いなく融合解除の一枚だ。



「また当たった!?」



十代のフィールドに置かれていた全てが消える。

効果の発揮条件を満たされたドローボウは、その威力を存分に発揮した。

手札、フィールド、すべてのカードをデッキへ戻しシャッフル。



「まずいぞ、アニキ…」



翔の言葉通りに、何もなくなった十代のフィールドに進軍する大山のしもべ。



「ドローラーで、プレイヤーへダイレクトアタック!

 ローラープレス!!」



ドローラーの巨体が動く。

巨大ローラーを回すモーターが動作し、巨体は前方への進撃を始める。

地響きを轟かせながらの走行の目的は、宣告通りに十代の圧砕。

手札もフィールドも、何一つ残っていない十代に反撃の手段はない。



「ぐぅうううっ…!」



巨大ローラーが十代を潰すように重なって、擦り抜けていく。

ソリッドヴィジョンであるが故に、それは当然の光景だが……

立体映像が立体映像らしく、実際に危害を加えないという現象。

それがなんだか、



(なんだろう。すごく、こう、その、なんだ……

 ソリッドヴィジョンらしからぬ、というか。いや、これが普通なんだけど。

 ZEXALを見てからだと不自然に感じるというか)



そんな妙な感想は知らないとばかりに、デュエルは続く。

十代のライフはダイレクトアタックにより2000減ずる。

呻く十代を見て、しかし表情一つ変えない大山。



「ターンエンドだ」

「オレのターン、ドロー!」



十代は場にも手札にもカードがない。

正真正銘、今のドローカードが唯一の反撃手段だ。

だが、その一手だけではどうしようもないらしい。

ドローカードを目にした十代は、それを守備表示でモンスターゾーンに置く。



「オレはダーク・カタパルターを守備表示で召喚!」



渦巻く光。

その明るさの陰から、黒鉄の装甲が現れた。

亀のように蹲っているが為に、背負ったレールが高らかに天を突く。

その、角にも見える二本のレールは、彼の名の如く射出機の役割を本来は果たす。

だが、今回はその役目をまっとうする隙はないだろう。



「ターンを終了するぜ」



以外にあるまい。



「十代、ちょっとまずいんだな……

 次のターンのドローで、あの奇跡のドロー! の効果で、カードを当たられたら……!」



十代の残りライフは1600。

奇跡のドロー! の効果で1000ポイントダメージを受けても、まだ残る。

だが残りライフは600となり、風前の灯も寸前だ。

もしドローカードがモンスターであれば、カタパルターでドローラーを止められない以上、

ダイレクトアタックを通すしかなくなる。

これまでの大山のデュエルから考えれば、既に十代は詰んでいる―――



――――だが、それも大山平の心次第だ。







――――いよいよだ。

――――次のドローカードを当てる事が出来れば、オレは勝てる。



――――勝てるんだ!



――――ダーク・カタパルターを守備表示。

――――そうだ、シールドクラッシュを引き当てれば……!

――――あの魔法効果は、守備モンスターを破壊する。

――――そうすれば、奇跡のドロー! 効果と、ドローラーの攻撃で3000ダメージ。

――――十代を倒せる……!



今までと同じように、自分の中へと落ちる。

……同じように、同じように、同じように――――

そう、自分の心を融かそうとしているのに、一向に感覚がつかめない。

先程までは感じられた筈の風も、水飛沫も、何もない。



目の前に流れ込む滝が見えているのに、しかし水が黒く濁って水流の中に眼が通らない。

小さく呻く。

何故だ、と呻いてもしかし光景は変わらなかった。

自分の到達した場所は、確かな真実である筈だ。

デッキは、望めば必ず応えてくれた。

そう、今までだって連続でドローカードを当てたじゃないか。

神髄にまで到ったオレの意思に、カードは必ず応えてくれる。

だからオレが今、ここで、必要とするカードを叫べばいい。

そうだ。それで良い筈だ……!







「うぅ……! 奇跡のドロー! の効果発動!

 宣言するドローカードの名は――――シールドクラッシュ!!」



姑息な手を……

なんでシールドクラッシュで画像検索するとドルべが出てくるんですかね。



名前を叫ぶと同時にドローした大山の表情が凍る。

そしてそれをカードを効果の処理のため、公開する。

その手にあったカードは、シールドクラッシュどころか、魔法マジックですらない。

通常モンスターカード、ドローンであった。



「「「外した……!」」」

「ぐぁああああ……!」



大山に奔る電撃。

それはライフポイントを1000ポイント持っていく効果ダメージだ。

これで大山の残るライフは600。

予定とは真逆の展開であろう彼の顔に、焦燥が色濃く表れた。



「くっ、ドローンを攻撃表示で召喚!」



ドローラーの隣に、黒い人型が浮かび上がる。

まるで人影が地面から這い出で、そのまま立ち上がったかのような姿。

しかし、所々に橙色と緑色のラインが走る黒い体が、ただの影でないと感じさせる。



「オレの方が圧倒的に有利なんだ……! どんな事があっても、オレが勝つ!

 ドローラーでダーク・カタパルターを攻撃! ローラープレス!」



宣言と同時にまたも動き出す巨体。

あれの形状の目的は、フィールドを整える事に一貫している。

無論、すべてをひき潰すという方法に限ってだ。

だからこそ、動き方は何一つ変わらない。

地響きを起こしながら侵攻し、踏み潰し、元の位置に戻る。

その流れに巻き込まれては、金属の塊といえども敷物と化すより他になかった。



「ダーク・カタパルター……!」

「まだ攻撃は続いている!

 ドローンでプレイヤーにダイレクトアタック! オドローン!!」



黒い影は攻撃指令にしかし動かない。

だが、その指示を無視しているわけでもない。

ただ立ち尽くすだけの影から染み出すように、同じ姿の人影が現れたのだ。

それはまるで動きの軌跡を残すかのように、幾多の分身を生み出しながら十代へと襲来する。

特段素早いわけではないのに、置き去りにした分身達が残像を化して描く影の歩み。

その最先端。

一番前のドローンが十代に接触するや、一気に分身が増して包囲の陣形を組んだ。

そこから始まる怒涛の乱撃。瞬く間に十代のライフが700という数値まで減少した。



攻撃を完了したドローンの分身は消滅。

残った影は、大山の元で佇む基点となる存在だけだった。



「ターンエンド。

 どうだ、これでお前のライフは700。

 次のターン、お前の壁モンスターをドローラーで破壊して、再びドローンでダイレクトアタック!

 それで終わりだ。勝負あったな、これでオレの修行も完成する……」

「わかってねぇな。お前の修行はとっくに完成してたんだよ」



勝ち誇る大山に、十代の言葉。

自分に向けられたその台詞に、大山の声が震えた。



「なに……!」

「お前、“引き”の事を自然の力がどうだの言ってるけど、

 それよりなにより、お前さっきまでワクワクしてたろ? カードを引く事に。

 ドローすることが愉しいから、その為のデッキを作ったんだろ?

 だったら最後までワクワクしなきゃ。

 勝ちなんて意識するなよ。だからお前はさっき外したんだ」

「ふ、ふざけるな! “引き”の極意がそんなくだらん事である筈がない!!」

「それがそうなんだよ、タマゴパンを思い出せよ。

 ワクワクする事に、引きの神様は応えてくれるんだ」



そう言ってデッキに手を懸ける。

そうしてドローに臨む姿を見て、気圧される。

大山は半歩、無意識に後退った。



―――奴は、何故だ。

―――ドローの神髄へと到った筈のオレのように、自然と一体化しているわけではない。

―――ワクワクする?

―――ドローを極めたならば、ドローカードの正体は最早引くまでもなく決定的だ。

―――だから、そんな事はありえない…!



「このドローで全てが決まるんだ。な、ワクワクしてくるだろう?」



自然と融け、未来予知に匹敵する能力を発揮した大山平。

その中には十代のような精神性はない。

いや、あったのかもしれない。

だが彼は、あの領域に到る過程において、それを切り捨てている。

ドローとはそのような精神に依るものではなく、もっとマクロな視点で見るべきものと。



「くっ、ドローできるわけがない…! この状況で、逆転の為のカードを…」



出来てしまったのなら。

大山平が何より望んだ、逆境を跳ね返すドロー運を十代が発揮出来てしまっては―――

彼の修行が何の意味もないものだったと、言われているようなものではないか。



ピンチを跳ね返す、逆転のドローカード。

まるで自分が、勝利の女神に微笑まれているかのような感覚。

誰もが認めるであろう、改心のドロー。

デュエリスト。いや、それがトランプであってもいい、麻雀であってさえもかまわない。

運に依る“引き”を僅かでも孕むゲームに、ある程度の深さで関わったことがある者全て、

程度に差はあれど、誰もが感じたことはあるだろう。

ただ、今のは運が良かった。という、ただそれだけのもの。、



それを、覚えられなかったからこそ、大山平は今こうしている。

運という要素そのものを、自然の一つとして取り込み、手に入れる。

そうすることで、他の誰にも到達できない場所へと来たつもりだった。

だが、



「オレのターン、ドロー!!」



十代のドローが、大山の思考を切った。

最早隠す意味もないと思っているのか、十代はそのまま引いたカードを見せる。



「オレの引いたカードは、戦士の生還!」

「そんなカード、引いたところでなんになる―――!」



墓地の戦士族モンスターカードを手札に戻す魔法マジック

十代の墓地の戦士族には、融合素材として送られた2体がある。



「面白い事になるんだよ!

 オレは戦士の生還を手札から発動! 墓地から戦士族モンスター1体を手札に加える!

 オレが手札に戻すモンスターは、E・HEROエレメンタルヒーロー バブルマン!!」



セメタリーゾーンから現れる、バブルマンのカード。

それを手にとって、挑戦的な笑顔を浮かべる十代。



「バブルマンは、手札にもフィールドにも他のカードが無い状態で召喚した時、

 2枚のカードをドローする特殊効果がある。

 このデュエルはあんたの修行の成果を確認する、ドローデュエルだ。

 だったらオレも、この土壇場で試させてもらうぜ、自分のドロー運って奴をさ」



言いながら、十代はバブルマンを召喚する。

水色のアーマーを着用した戦士が姿を現す。

その戦士の体が淡く輝いたかと思うと、次いで十代のデッキが光り始めた。



「バブルマンの効果発動!

 このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、手札・フィールドにこのカード以外のカードが存在しない場合、

 カードを2枚ドローする! 行くぜ、ドロー!!」



手札を更に2枚加え、十代の笑顔がより深くなる。



「何を、引いた―――」

「オレは手札から融合回収フュージョン・リカバリーを発動!

 墓地の融合カードと、融合素材となったモンスター1体を手札に戻す!」



十代のデュエルディスク、そのセメタリーゾーンから溢れる光。

そこから吐き出された2枚のカードを手札に入れて、目的を果たした融合回収を墓地へと送る。

手札に戻す2枚のカード。

それを大山に見せ付ける。それは間違いなく、融合の魔法カードと、セイラーマンの素材となったフェザーマンだ。



「そしてオレは、融合を発動!

 融合するのは、フィールドのバブルマン、そして手札のフェザーマン!」

「なに……まさか、ドローボウの効果によってデッキに戻されたセイラーマンを、再び……!」



十代の背後に、緑色と橙色の空間の歪みが発生する。

モンスターを取り込み、混合させる特殊空間だ。

バブルマンが飛び上がり、そのエリアへと入り込むと、隣に白翼の戦士が現れた。

同じような光景を、大山は先に見ている。

またもその繰り返しか、と声を荒げた大山を制するように、十代は最後の手札を見せた。



「これは、最初にお前がドローラーで葬ったカード。

 墓地にやらず、デッキに戻し、シャッフルした。そいつが、オレの許に戻ってきてくれたぜ!」



奔る雷光。

二体の戦士の間に現れたのは、金色のボディーアーマーを装着した青い肌の戦士。

その姿もまた、大山は既に目にした事があった。



「スパークマン!? まさか、これは……!」

「ああ! オレたちのピンチに、HEROが駆け付けてくれたのさ!」



引き当てたのか、と。そう叫ぶ事も出来なかった。

十代のドローは、大山のドローとは全く違う。

運すらも取り込み、排し。ただ己の実力で向き合い、手に入れようとした大山。

だが十代は運任せで、良いも悪いもない。

それをただ、心の底から楽しんでいる。



「バブルマン、フェザーマン、スパークマン。三体のモンスターで、融合!」

「モンスター三体融合…!」



朝焼けを覆い隠す暗雲が流れ込んだ。

灰色をした雲の塊の中では、低く重い雷鳴が啼いている。



「現れろ! E・HEROエレメンタルヒーロー テンペスター!!!」



雲間から雷光が落ちる。

落雷に弾け飛ぶ大地に、嵐の戦士が舞い降りていた。

風、水、光―――三つの力の融合から産まれた力。

それがすべて、一つの身に集約していく。

三人の戦士以上に鍛え抜かれた身体。

その上から、スパークマンの鎧、フェザーマンの翼、バブルマンの武装。

受け継がれた力を纏い立つ。

全てを重ねたその力は――――



「攻撃力、2800……!」

「さあ、行くぜ! テンペスターで、ドローラーを攻撃!」



翼を広げる―――

フェザーマンのそれよりも、より鋭さを増した刃のような翼だ。

それがまさしく風を切り、嵐の戦士を天空へと舞い上げる。

雷の速さで以って空へと翔け、雲の中へと突っ込んだ。

立ち込める暗雲の中で静止―――

その場で、右腕そのものである銃口を、天空より下界へと突き付ける。

テンペスターの右腕は、バブルマンの武装の面影を残しつつも、そのシステムと威力は別格のもの。



テンペスターが攻撃の姿勢をとった事でか、暗雲が引いていく。

―――いや、雲が引いていくのではない。そう見えているだけで、実際の所そうではない。

その場を満たす雷雲こそは、水、風、光のエレメントで構成された、嵐の戦士の力そのものなのだから。

消えていくように見せた雲は、全て彼の許へと集っているだけだ。

構えた銃口の先に、極彩色に輝く球体が生まれている。

暴風、豪雨、雷光。嵐という災厄が持つ全ての破壊力が、銃口へと集約されているのだ。



やがて、周囲の雷雲は全て消えた。

空を覆う天蓋となっていた雲も、それに含まれた水も、唸っていた雷も。

その全てが、直径30センチもないだろう、一個の球体へと圧縮されていた。



雲は晴れ、視界はよく通る。

嵐の戦士が、バイザーの奥に隠された瞳で敵を捉えた。

右腕の銃身に左手を宛がう。

空から地表への、超長距離射撃なれど、しかし照準にかかる時間は一秒とない。

翼で姿勢を整える。風を操り、発射の反動を力任せに押さえつけられるように整える。

後は、一言―――!



「カオス・テンペストォッ!!!」



降った。

同時に撃ち放つ暴虐の弾丸。

狙いに誤りはなく、確実な精度で照準した対象に殺到する。

回避が叶わないのは、けしてドローラーの巨体が鈍重だからというだけではない。

確かな狙いで放たれた疾風の如きその攻撃に、回避の暇など存在しないのだ。



着弾する。

ドローラーの頭部を正確に撃ち抜く嵐の弾丸。

それは貫通する事なく、顔面から胸部まで突き抜けた時点で、静止した。

貫通する威力がなかったわけではない。

ただこれが、最も破壊力を発揮する方法である、という事実だ。



ドローラーの体内で静止した弾丸の圧縮が解ける。

嵐を中に封じ込めたそれが解ければ、どうなるかなど明白だろう。

限界まで縮められた風が、水が、雷が。

解放されるべく、外側へと逃げ出していく。

圧縮体はドローラーの体内だ。その周囲は当然ドローラーの身体で包まれている。

カラクリで出来た内部が、風で拉げ、水で断たれ、雷に溶かされていく。



――――破裂。

内部に満ちた衝撃を逃す術は、それ以外に無かった。

千切れ飛ぶ金属片が山となり、半ばから曲がったローラーが転がれもせずに揺れる。

その衝撃が大山の残りライフを削ぎ取り、デュエルは終わりを迎えた。



「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」







「オレは、“引き”を何も、分かっちゃいなかった……!」

「分かってたって言ってるじゃないか」



膝を落とし、敗北に打ちひしがれる大山。

そんな彼に十代は歩み寄り、声をかけている。



「いや、まだ修行が足りない……」



大山は苦悶染みた声でそう言う。

だが、デュエルを通じて彼と会話した十代には、大山の真意が既に見えていたのだろう。

溜息一つ、もう一度声をかける。



「ドローパン。一緒に引かないか? タマゴパン、当てようぜ」

「……っ!」



そう、声をかけられた大山の体が震えた。

目元には涙が滲み出し、遂には溢れる。

彼は体と同じくらい声を震わせながら、小さく、絞りだすように言う。



「ほんとうは…本当は、タマゴパンが食べたくて、山を、降りたんだ……!」



そう告白した彼と、目線を合わせるようにしゃがむトメさん。

その手が、震える彼の肩に優しく置かれた。



「帰ろう、大山くん」

「うう、ぅ……トメさぁーん!!」



こうして、一つの事件が終結した。

この事件は後に“黄金のタマゴパン事件”として、

特に語り継がれるような事もなく、当事者の中でそんなこともあったなー、程度に記憶されたかもしれない。

されなかったかもしれない。











後日。

大山が普通に復学し、十代とともにドローパンを漁る横で、

明日香が黄金のタマゴパンを引き当てて大喜びしたとかなんとか。



















後☆書☆王



最強デュエリストのデュエルはすべて必然!

ドローカードさえもデュエリストが導く!



大山を書く為に山籠もりしてドローの特訓してたらこんなに時間かかってしまいました(大嘘)

許してください! 真月がなんでもしますから!


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