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[25968] 【習作・ネタ?】TOAのアイツに転生するなんて鬱だ死のう【アンチPT? 技名など他作品とのクロスあり予定】
Name: 凰雅◆e982ae54 ID:8e453659
Date: 2011/02/12 05:42
 TOWRM3発売記念(個人的・経済的な事情からまだ買えてないしやる時間もないけど)&3DSアビス移植記念のネタ小説です。
以下の設定が受け容れられない方は読まないほうがいいかと思います。

・アンチPT(予定。でもジェイドはほぼ確定済)
・主人公の性格が割と独善的で躁鬱が激しい(予定)
・主人公の能力が結構チート(予定。但し戦闘ではなくツッコミやその他に生かされる設定?)
・タイトルに反して主人公が死にたがらない(割とあとでそういう描写をする予定ですが暫くはない予定。軽い絶望はします)
・他作品とのクロス(今の所技名程度と考えていますが今後どうなるか不明)
・一人称小説の練習でもあり、TOA本編開始のかなり前から物語が始まるので本編の主要人物の登場が遅く、モノローグ中心で話が進行するため、会話があまりない
・捏造設定や一部キャラのプロフィール改変あり(本編メインキャラにはしない予定です。)
・更新しても多分短く、進まない(割とサクサクやる予定ではありますが、すっ飛ばしすぎると支障をきたしそうなので)


 色々と責任持てませんので以上のことに了承していただけたら読み進めてください。



[25968] 転生のいきさつと幼少期(主人公死亡~転生~幼少期)
Name: 凰雅◆e982ae54 ID:8e453659
Date: 2011/02/12 03:17
1.はじまりはじまり

 唐突だが、俺は死んだ。
 詳細は割愛するが、確実に。
 俺は死んだ。
 ……死んだ、はずなんだ。
 けれど、意識がある。体の感覚が無い…というか、希薄なのは、ここがあの世とやらだからだろうか。

 しかし、意識だけがあるというのも中々どうして、つらいものがあるな。
 体が無いからなのかどうかは知らないが、何も見えないし聞こえない。試しに声を出してみようとしたが、まあ出る訳がないよな。呼吸をしてる感覚すらないんだから。

 ……ひょっとして、ずっとこのままなんだろうか。
 この気が狂いそうな暗黒と静寂の中に意識だけ……ぞっとしないな。

 つーか、死んでからの方が精神的にとはいえキツイってどうなんだ?
 思考は出来るがただそれだけ、ここが何処なのかすらわからないし、どうにかなる見込みも無い。
 ずっと、ずぅっとこのまま何をすることも出来ず、ただ思考するだけの存在として在り続ける。……普通に発狂エンドだな。
 もしくは、そのうち俺は考える事をやめ……ってどこの究極生命体だよ! カー○か!? ○ーズ様なのか!?

 …はぁ。一人ボケ突っ込みも虚しいな。というかそういうキャラでもないしね、俺。

 なんとなく、家族のことを考えてみる。
 母さん、姉ちゃん、そして妹。ちゃんと飯食ってるかな? うちの女衆はやれば出来るくせに家事をやろうとしないからなあ。親父、すまん。完全女性上位の我が家で俺の離脱は親父の負担が増えるだけなんだがこればかりはどうしようもない。親父がこっち来たら愚痴くらいは付き合ってやるよ。

 …あ、やばい。何か本格的にへこんできた。マイナス思考ループに陥る前に何かで気を紛らわせねば!


 おぉーい! だぁーれかぁー、いませんかー!?

 叫んでみる。…いや、声でないからあくまでイメージってか、思考でなんだけども。

『呼んだー?』

 返事キタ―――――!!?

 えっちょ、おま何処に居るの!? ねぇ何処? ってか随分軽い返事だったなぁおい!

『ここだよー?』

 その声が聞こえた…いやむしろ意識に直接響いた? 途端。
 辺りの闇が眩い闇に変わる。…って何か判りにくいな。
 例えるなら目を閉じた状態で電気スタンドを間近に持ってこられたような…瞼越しに強い光を感じているようなあの感覚を意識で直接感じて……ああいや、やっぱ例えるのは無理だ。
 まあとにかく、この光(?)が声の主なのだろうか。
 それよりまずは。

 ここは何処だ? お前は何だ? ってか状況把握できないんだけど教えて……って何で会話が成り立っているのかも判らん! どういうことだー!?

 あああああ!!

 もう聞きたい事が多すぎて何から聞けばいいのかわっかんねー!!

 俺がその声の主に宥められて落ち着いたのはそれから数分?(時間の概念もあやふやだから多分その位、としかわからない。もっと長いか、或いは短いかもしれない)後のことだった。

 んで。

 落ち着いた俺が声の主と話して……というかあっちが俺の思考を読み取って回答をこっちに寄越してきているので「話す」というのとはまたちょっと違うような気もするが……いや、大変だったんだよ。アイツとの会話。何しろこっちの思考を丸読みしてるからちょっと思考が逸れると話自体が脱線どころか大気圏突破しちゃう勢いで本題から離れていくし、軌道修整もあっちからこっち、ってかんじに振り幅がでかくてまともに話が進みやしない。しかも向こうは修正する気が無いから、必然的に俺ばかりが苦労するわけだ。
 正直、話の内容とそれに費やした時間の9割9分5厘くらいは全くといっていいほど無意味なものだった。

 それはさて置いて、とりあえずわかったこと。

 ・俺は死んだ。これはもう確定。仮死状態とかでもなく完全に「終わっている」らしい。
 ・でもその死は本来あるべきものじゃなかった。つまりは全くのイレギュラーだった。
 ・しかもその際、何でか俺の魂は、俺がもと居た世界から弾き出されてしまった。
 ・で此処……「俺の居た世界」と「他の世界」の狭間とでも言うべき場所に居る。

 ちなみに通常、死んだものはその世界の流れに溶け込む……平たく言うと輪廻の輪に組み込まれるらしいんだが、かなりとんでもない確率でイレギュラーにイレギュラーが重なった末、異物扱いされたらしい。
 俺は世界に居てはいけない存在、ノイズだったんだよ!! ……いかん、余りの事に誰にともなくトンデモな主張をしてしまった。もしここにノリのいい編集者が三人ほどいたら、「な、なんだってー!?」と打てば響くようなリアクションが返ってきていただろう。

 しかし、絶対遵守の力を得た覚えも、反逆を起こした記憶も無いんだが。
 むしろ周囲に流されるままに平凡な人生を送ってきたつもりなんだがなぁ。

 で、まあ声の主…自己紹介されたが発音できない&聞き取れない上、ピカソのフルネームやバンコクの正式名称並みに長ったらしい名前だったので仮に【カミサマ】としておこう。実際、それに近い存在らしいし。……まあ、所詮は平凡よりやや下のいまいち出来の悪い俺の頭で処理した情報だ。どこかに間違いがあるかも知れんが誰に迷惑が掛かるわけでもないし、知ったことか。

 とまあここまで説明されて、俺には三つの選択肢が与えられた。

 一つ。このまま此処に居る。
 二つ。俺の存在を消滅させる。
 三つ。……元の世界とは異なる、別の世界の人間或いはそれに準じた知性体として転生する。

 なんとなく解るかもしれないが、実質選択肢なんか無いよなぁ、これ。
 一つ目の選択肢……ただでさえおかしくなりそうなのにこれ以上此処に居ようとは思えない。さっきも言ったが発狂エンドも某究極生命体エンドも真っ平ゴメンだ。
 二番目も遠慮願いたい。一度死んで魂(?)になったと思ったら今度はそれすらも消えるって。【カミサマ】が言うには「精神がもたないだろうからいっそのこと消えとく?」とのことだが、相変わらず妙に言動が軽いな、コイツ。内容は洒落にならんが。
 三番目。これが一番マシだろう。というか他がアレすぎる。

 ちなみに「元の世界に転生」というのは駄目らしい。なんでも、一度世界に拒絶された存在を組み込むとその世界に歪みが生じ、世界も個人の人生もろくでもない結果になるとか。

 流石に世界を巻き込んでのバッドエンドが確定している人生を選ぶほど酔狂じゃない。俺は平凡に、そこそこ幸せに生きたいんだ。
 一応、俺の事情も考慮して幾つかの特典をつけて転生させてくれるらしい。
 まあ、生まれの貴賤とかではなく、あくまでも個人の能力として、って言うことだったけど。

 ……転生物にありがちの強くてニューゲームって奴ですね。わかります。

 何か希望はあるかって聞かれたので、サバイバル技術と医療知識及び技術を希望してみた。どんな世界に行くことになるのかはわからないが、少なくともそれらがあればどんな未開の地でも多少は生きられる確率が上がるだろう。それなりに文明の発展しているところなら医者として収入も得られるだろうし、くいっぱぐれる事もないだろう。……多分、な。
 何か他にも特典くれるみたいな事言ってたけど力のなんたらとか知恵がどうとかって言われてもねぇ……。いや、くれるんならもらうけどさ。俺が持ってても宝の持ち腐れにしかならんと思うよ?

 これまでの流れを回想しつつ、考えをまとめているうちに転生の準備が出来たらしい。
 どこかへと引っ張られるような感覚と、その先に温かさ? のようなものを感じるような……やはりよくわからん。

『いってらー』

 いってきまーす! って最後まで軽いな! 思わず普通に返しちまったじゃねぇか!







2.転生! 驚愕! 絶望! ……orz

 
 そんなこんなでこんにちは。俺ですよ?

 無事におぎゃあと生まれて五年目。前世の記憶が完全復活した俺は………この上なく打ちひしがれていた。

 物心ついた頃から何かこう、もやもやしたものを感じていた俺は記憶を取り戻す事でやっと、その正体に行き着き、そして愕然とした。

 この世界……俺たちが暮らす惑星の名前は「オールドラント」というらしい。
 なーんか聞き覚えがあるぞ…? いや、まさかな…。偶然だよね!

 俺の所属国は「マルクト帝国」といい、その国でもかなりクソ寒いこの街…「ケテルブルク」で生まれ育った。
 やっぱりこれ、「テイルズ オブ ジ アビス」の世界だよな……。しかも、俺の記憶が確かならば、この街の出身で物語上重要な人物が三人は居たよなぁ…。

 そして、最後…今の今まで考えないように、全力で意識しないようにしていた(現実逃避とも言う)俺の――「僕」の名前は。

 サフィール・ワイヨン・ネイス。

 …………? ←とっさに思い出せない。
 ……
 …
 ! ←思い出した。

 ディストかよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!

 え゛ぇー、アビスの二次創作は結構読んでたけどこういう場合って転生先は大抵主人公のレプリカルークとかPTメンバーじゃねぇの? あ、でもゲーム通りにいくとルーク死ぬんだよな。EDで戻ってきたのも公式では明言されてないけど大爆発とか考えるとアッシュっぽいし。
 PTメンバーもなぁ……厳しめ系ばかり読んでいたのもあるけど、本編とTOW2で愛想が尽きてるからそれはそれで嫌だな。……まぁその中の一人とはどう足掻いても関わらざるを得ないんだけど。
 何しろ同じ街に居る訳だし。……以前読んだssみたいにツッコミ感覚で譜術とかぶっ放さないだろうな、あの陰険鬼畜眼鏡……その場合十中八九的は俺だからホント勘弁して欲しい。

 ……ん?

 あれ? そういえばディストって最終的にどうなるんだっけ?
 いや、白状すると据え置き機のハードは妹が独占状態で、アビスは妹がやってるのを横で見ていただけなんだよね。だから所々知らないことが多かったり、二次創作と知識がごっちゃ混ぜになっているんだけどアレは見ていて自分でやる気失せたわ。アクゼリュス前後とか思い出すだけで胸糞悪い。

 まあそれは置いといて。

 同じ六神将でもシンクやアリエッタの最期は印象深かったけどディストは……無理。思い出せない。
 ゲームだとやられキャラのイメージが強いし、二次創作だとおかんキャラ……というか文句言いながらも面倒見のいい苦労人って言うイメージが強くてそれ以外が印象に残ってない。綺麗さっぱり、すっぱりと。
 …まあ多分死ぬんだろうけどさ。

 ま、まあアレだ。とにかく平穏に過ごせればいいわけだからダアトに亡命もせずマルクト国内で何もせずに大人しくしていれば六神将になる事も無く……あれ?

・何もしない(六神将にならない)

・ヴァンにレプリカ技術が伝わらない。よしんば伝わったとしてフォミクリ―用音機関はディストが開発したもの(原型となった譜術はジェイドの開発したものだけど、音機関として譜業化したのはディストだよな、確か?)だからヴァンにはどうしようもない。

・ルークをはじめとするレプリカたちが生まれない。

・予言成就に向けてまっしぐら。世界終了のお知らせ。もしくはヴァンが何かやらかして終了。

 あれ? あっるえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!??

 いやいやいや。マジか?

 『ディストかよ!』とか言ってたら実は割と世界の命運握っていたでござる。……いかん、混乱のあまり語尾が武士になってしまった。

 あ! あいつがいた! 確かス……スプー…は違うな。スピカ? そんな綺麗な名前じゃなかった。スピン……ちょっと近くなった? スピノ…ザ? そう、スピノザとかいうジジイ。
 あいつもヴァンの配下だったし俺が居なくてもどうにかなるかも!

 ……いや、駄目だ。信用できない。何しろあいつのやったことって「地核振動停止作戦を密告してシェリダン襲撃、虐殺の手引きをした」だけだもんな。
 ゲーム内であいつの技術者(研究者だっけ?)としての評価についてほぼ全くといっていいほど触れて無いから過度の期待はしないほうがいいかも。何か小物臭かったような覚えもあるし。

 つまりあれか。俺が――現サフィール・ワイヨン・ネイスであり、約30年後、死神の二つ名を冠する(自称は薔薇、だったか)六神将、ディストに転生しちまった俺が最低でもフォミクリー用音機関を完成させないとオールドラントは予言どおり、或いは自棄を起こしたヴァン・グランツのせいで滅んで終わる、と。

 ヴァンによるホド崩落を阻止するってのも考えたけどあれは別にヴァンの意志ではなかったからどうしたらいいものか見当もつかない。別にレプリカ使わなくても擬似超振動なんて第七音譜術師がいれば起こせるわけだしな。何よりあいつが行動起こさないと世界がパッセージリングの存在や瘴気をはじめとする危険に気付かない。

 前世では十代のうちに死んで、その次は40前に世界が滅んで、滅ばなくてもゲームどおりの内容ならろくでもない結末で人生終了って、これなら世界道連れにしてでも元の世界に転生したほうがまだマシだったような気がしてきたよ。

 恨むぜ、【カミサマ】。いやこの場合はローレライ、か?

 こうして、二十一世紀の現代日本に生きる、平凡な日常とささやかな幸せを愛する一般人だった俺は、この星そのものを含めた世界の命運を間接的にとはいえ担わせられることとなり、がっくりと肩を落として地を這うような重いため息をついたのだった。



3.決意


 はいこんにちは。生まれ変わって現在サフィーr……言いにくいな。つか長いんだよこの名前。ディストでいいや。ディスト(予定)な俺です。まだ一応この名前名乗れないけどな!

 テンション高めなのも理由がある。あれからよく考えてみたんだがディストはコーラル城のフォンスロット開放イベントまでレプリカルークと接触してないんじゃないか? じゃなきゃ完全同位体のデータなんて既に持ってるだろうし。つまりレプリカルークを作ったのはスピノザ辺りで、ディストがヴァンの一味に加入したのはそれ以降ってことだよな。
 そう考えると俺の責任って殆ど無いからかなり楽。フォミクリー音機関だってベルケンドの連中やマルクトの技術者あたりが力を合わせれば作れるんじゃないのー? あの眼鏡もそこらへんの知恵は回るみたいだし。

 一般常識は無いけどな!

 というわけで俺は俺のやりたい事をやるぜヒャッハー!

 とまあ空元気で騒ぐのもこのくらいにして。

 …………はぁ。

 …誰にとも無くモノローグを垂れ流す程度にたそがれています。察してください。

 何でって?

 寒いんだよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!

 寒い! 寒いよケテルブルク!! こんなの耐えられねぇよ! 温帯に属する日本の、若干北のほうとはいえ首都出身だぞ俺!? あと夏生まれだしな!! 
 ……いや、多分肉体的には補正がかかってるんだと思う。この体はまごうことなくオールドラント産で、元の俺の身体なら間違いなく凍死できる寒さでも多少耐えられそうではあるんだが、いかんせん精神的には「寒いの苦手」ってのが根付いちまってるから、外の銀世界を見ただけでお腹一杯。遊ぶ気になんてなれません。

 俺のイノセンス(某対アクマ武器ではない。念のため)はそんじょそこらの幼児にも引けを取らないぜ!! …なんて、思っていた時期が俺にもありました。

 向ける視線は窓の外。

 このクソ寒い中、あんな冷たいものをぶつけ合ってよく笑ってられるな。すげーよ幼児マジすげー。この寒さで雪合戦して、よく死なないな。冗談抜きで心臓麻痺の危険性があるぞ。

 …どうでもいいところで【カミサマ】にねだった医療知識がでてきたな。一応転生時につけてもらった特典は機能しているようで何よりだ。……活用される機会はほぼなさそうだが。

 そんなわけで俺は基本一日中引きこもり、暖かい暖炉の前で本を読んで過ごしている。
 友達? んなもんいるわけない。敢えて挙げるなら愛と勇気ならぬ布団と暖炉だけが友達だ。あと本。

 しかし流石5歳児の身体、ちょっと厚い本だと保持する事すら一苦労だ。
 こういう時、炬燵があればなあってつくづく思う。ごろんと横になって本をひろげれば随分楽だし、そのまま寝ることだって出来る。ああ炬燵、ビバ炬燵。
 まさか異世界で最も恋しくなるのがコタツだとは夢にも思わなかったが、好きなものは好きなんだからしょうがない。
 いっそ作るか? 電気無いから掘り炬燵とかになりそうだけど。あ、でもそれだと横になりにくそうだな。やはり音機関で再現するしかないようだ。

 ………よし、勉強しよう。

 すべては炬燵のために!! ハイル炬燵! ジーク炬燵!!
 完成した暁にはオールドラントに暖房革命を巻き起こし、ガッポガポのウッハウハだ!!
 そして富と名誉を手に入れ、人は俺を王と呼び称えるだろう。そう――

 暖房王に、俺はなるっ!!

 それこそが、俺がこの世界で成すべき事だと信じて決意を固める。

 ……季節の移ろいの乏しいオールドラントで暖房器具の普及などケテルブルク周辺のような気候の土地以外では殆ど意味のない(大抵暖炉や温石で事足りるため)ことだと気づくのは、故郷を飛び出した後のことだったりするのだが、それはまた別の話だ。



(あとがき)
 どうも、寒くてタイプミス連発の凰雅です。
 このssですが、TOW3発売記念…というよりその前にゲーム雑誌でヴァン・グランツ参戦を知って
「よっしゃー! これでTOA厳しめサイトが盛り上がるぜー!!(←アビス厳しめss大好き)」
とヒャッハーした挙句、
「よし! 考えていた一人称の練習はヴァン転生物でやろう!」
と決意したのもつかの間、ネタがまったく浮かばず、気がついたらこうなってました。これから更にカオスに、捏造設定てんこ盛りになっていくであろうこのssですが、楽しんでいただけたら幸いです。
 題名未定……? ぎゃ、逆転検事2が終わったらね!



[25968] 少年期と腐れ縁の始まり
Name: 凰雅◆e982ae54 ID:8e453659
Date: 2011/02/27 02:50
4.幼年期の終わりと少年期のトラウマ…または鬼畜眼鏡(?)との邂逅前夜

 俺の名前を言ってみろー!(挨拶)サフィール以下略ことディストになった俺です。ちなみに現在8歳。
 逆じゃないのかって? あまり本名の方に馴染みが無いんだよね俺。
 ……言い回しが鬼畜眼鏡と被ったな。まあ向こうは養子に入ったから仕方な――

 くねぇな。

 少なくとも軍人になる前にはカーティス家の養子になってたんだから15年強、いやホド戦争の事も考えれば16年以上はカーティスの家名を背負っていたはずだよな。それでまだ馴染みが無いって、ふざけているとしか言いようがないよなぁ。実際、言った相手を見下していたわけだし。

 さて、何で眼鏡の話題を出したかといえば、明日から私塾に通う事になったわけだ。

 塾長……この肩書きだとふんどし一丁で宇宙遊泳までやらかしたおっさんを連想してしまうな。
 まあともかくその私塾の講師はつい最近…といっても数ヶ月ほど前だがこの街に流れ着いたゲルダ・ネビリムという女性だ。

 何気にこの人も物語上結構重要だったりするんだよな。ジェイドの罪であり、【サフィール】の幸せな子供時代の象徴でもある。しかもレプリカとはいえ中ボスだ。

 ……しかし、ダアト追放(うろ覚えだが確か異端扱いされたんだよな?)された挙句最期は教え子の譜術暴走に巻き込まれ、レプリカ情報抜かれて死亡って踏んだり蹴ったりだな。
 本当にアビスはメインからサブ…どころか名前のある登場人物は大概背景に暗いものや重いものを背負っているな。背負って無くても死ぬ(もしくは死んでいる)し、マジで容赦ないわ。

 例外は預言盲信者のインゴベルトやファブレ夫妻にアニスの両親、モースくらいじゃね? あ、モースは化物になって死ぬんだっけ? どうでもいいけど。

 そういえば私塾に通うというのはよほど裕福な家の子供だけだと思っていたが、講師がダアト出身のせいか割とそういうことも無くこの街のほとんどの子供が通う事になった。
 まだ貴族など一部の特権階級の別荘地という面が強く、観光に力を入れる前とはいえ、ケテルブルクは比較的裕福な家が多いというのもあるだろう。ちなみに我が家ことネイス家はやや落ち目の下級貴族とはいえ、それなりに裕福であったらしい。無駄に意味もなく名前が長いわけではなかったようだ。

 とはいえ、こんなものは何のステータスにもならない。何しろ、預言大好き、戦争はもっと好きな現マルクト皇帝(名前? 覚える気にすらならなかったね)が国庫の金を湯水の如く軍事費の増強に充てるものだから税金は暴動が起こるすれすれまで引き上げられ、それでも軍備に金を充てるために「貴族」という肩書きを売り出したのだ。

 流石に爵位や領地まで売ると古参の貴族がいい顔をしないため、本当に名前だけ、お飾りの肩書きでしかないのだが、ある程度の財を持つ者にとっては名誉欲が満たされるのかそれとも一種のステータスとでも考えているのか買う馬鹿もちらほらといるようだ。まあ元の世界でも中世のイギリスだかフランスだかでそういうことはあったみたいだしな。

 念のために言っておくとネイス家のそれは金で手に入れた称号ではなく、正真正銘の血によって証立てられる貴族だ。とはいえ、爵位も領地もない弱小貴族もいいところなのでさしたる影響力も無く、周囲の認識もちょっとした名家程度でしかないが。

 いよいよ明日か……あー、このまま寝続けるとか駄目かな? あの眼鏡と顔合わせたところで胃と精神に苦痛を感じるだけだから御免被りたいんだが。ま、万全とはいえないけど装備も整えたし、いっちょ覚悟を決めますか。



5.もしも心に形があるのなら

 ……多分、今の俺の心はおろし金でゴリゴリに削られて、見るも無残な感じなのだろう。
 ぐったりげっそり、お疲れモードの俺ことサフィール(仮)です。

 いや何があったかってこんな風になる原因なんて分かりきってるでしょ?
 ジェイド・バルフォアこと眼鏡だよ。いや今はまだ眼鏡してないけどね。

 いや、俺だって何も最初から悪意全開で奴と相対するなんてことしないよ? 相手は正真正銘の子供だし、万が一ゲームと違っていい子だったら俺が一方的に悪者にされちまう。

 だから様子を見ていたんだけど、さ。

 私塾に通い始めた頃は普通だったんだけど自分が優秀だって自覚して――むしろ自分の優秀さをひけらかしまくって? からはもう酷いのなんの。平気で周りを見下し、嫌味ったらしい物言いで人の神経を逆撫でする。年齢が年齢だから慇懃無礼でもなくやや直接的な物言いなんだがそのぶん子供にはダイレクトで伝わるんだろうね。

 とはいえ、子供というのは意外に聡い生き物で、例え嫌な奴だろうとそいつが大人達に気に入られていれば直接手を出すようなことはしない。こちらが悪者にされてしまうからだ。

 ならばそんなやつは相手にしないに限る。程なくしてジェイドは妹のネフリー以外には相手にされなくなった。ざまあ。つってもあいつ場の空気を読むとか他人の感情の機微を慮るとかっていうスキルが壊滅してるからよくわかってないんだろうけど。

 と思っていたら何をトチ狂ったのかこっちにちょっかいを出すようになった。

 ……たぶん、俺のことも友達居ないと思っているんだろうな。んで、声かけてぼっちから脱出しようって腹だろう。

 でも、さ。

 俺、今はもう友達いるんだよね。

 まあ普段は本ばかり読んでるけど、私塾で知り合った子供たちに声をかけられれば付き合うようにはしてるし、向こうもこっちが本気で寒いの駄目だって知ってるから雪国育ちの癖にってからかわれる事こそあっても、その程度で友達辞めるほど薄情な奴もいない。

 結局のところ、大人だろうが子供だろうが人間関係で重要なのは誠意を見せるってことなんだろう。そこから信頼が生まれるわけだし。

 そこらへん、世界で自分が一番賢いとでも勘違いしているらしい眼鏡(重ね重ねいうけどこの頃はまだしてないけれど)は最初から見下した対応をしてくるしな。

 それでも相手は子供。精神的には二十歳超えてる俺がムキになって相手をするのもみっともない。ここは一つ、大人の余裕ってもんをみせつけ………

 無理でした☆

 うあ゛ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ゛ぁぁぁあ゛ぁぁぁぁぁあ!!!!

 ムッカつくんじゃあのクソ眼鏡エェェェェェェェェェ!!!! いや、まだ眼鏡してないけど。しつこい?

 第一人に向かって第一声が「洟垂れ」ってどうよ!?
 確かにゲームでもそう呼ばれていたけど普通に考えて寒い外から暖かい室内に移動したら温度差で洟の一つも出るだろうが。しかも俺はちゃんと鼻かんでるから垂れてねぇし。

 そのくらいならまだ耐えられるよ。単なる言いがかりだしね。
 ただ、人の読んでる本にケチつけたり、「君にはまだ早いんじゃないかな」とか馬鹿にしくさった口調で言ってくるのがねー。キレるほどじゃないけどイライラするわ。
 言い返すのも馬鹿らしいから適当にあしらっていたら陰湿なことに嫌がらせをしてくるようになった。
 それが年齢相応のものならまだ「かまってちゃんな死霊使い(予定)ダセェw」な感じで嗤って(←ここミソね。むしろ奴に微笑ましい笑みを向けるのもいやだし)やってもいいんだけどさ。
 ……普通、トラップ紛いの仕掛けを敵でもない知人に仕掛ける子供がいるか!?
 下手すりゃ怪我じゃすまないぞあれ!? 
 ちなみに俺が引っかからないのはどうも転生時にもらったサバイバル技術のおかげらしい。
 見ただけでどんな罠か理解できるから解除も簡単に出来るし、ほかの子が引っかからないように解除していたら自然と俺は「トラップ解除係」みたいな役目を押し付けられていた。
 ああ面倒クセェ。いや、危ないからやることはちゃんとやるけど。

 いやもうホントなんていうか、

 ●(自主規制)して■(自主規制)して◆(自主規制)して★(自主規制)してやろうかこのガキ……!!

 (自主規制)の部分には好きな漢字一文字を入れてみよう! でもアッー! なニュアンスのは勘弁な!

 それでも手を出す事のなかった自分を褒めてやりたいね。

 で、それが2年ほど続いたあと、譜術をぶつけられました。まあ下級譜術だったし詠唱も短縮できてないから避ける事自体は簡単だったんだけど、さ。

 タイミングというか位置が悪かった事に、俺の真後ろにネフリーがいたんだよね。

 巻き添え食らわすわけにもいかないから突き飛ばして避けきれずにそのままくらいましたよ。

 よく死ななかったなって?

 まあここで前にちょっと触れた対ジェイド用装備が生きてきたわけだ。
 と言っても子供の身体なので大仰な鎧などを装備できるわけもない。家の物置で偶然見つけたディフェンスリングをつけて防御力を上げ、プロテクトリング・レジストリング5個ほどを紐に通し、ネックレスのように首にかけて服の下に隠しておく。これでダメージは半分。この世界にルーンボトルがあればそれぞれフォースリング・リフレクトリングに出来て、完全無効化も夢じゃなかったんだけどな。いや、それだとリングの効果もTOPに準拠するのか? そうだとすると…完全運頼みじゃねーか。ギャンブル過ぎる!
 アイフリードハットがあればなおよかったんだけど(何せ今の自分でも装備できそうなものとしては譜術防御力最高値だ)、現在カジノはないし、あったとしても未成年どうこう以前のお子様だ。入れるわけがない。まあルークやアニスが入れるんだから入る事自体は出来るだろうけど。

 ま、それでも大怪我を負ったことには違いはないんだけどさ。

 あれから大騒ぎになって俺は施療院(治療術師の詰め所みたいなところ。病院に近いかもしれないがこの頃は医者の数が少ないのか病院というものが殆どなかったし、治癒術は病気には効かないからやはり似て非なるものだろう)に運び込まれ、ジェイドの阿呆はネビリム先生に大目玉を喰らい、ネフリーはパニックになって泣き叫ぶと言う阿鼻叫喚の様相だったらしいが、生憎俺はあまりの痛みに気を失っていたので、後日見舞いに訪れた友人からその話を聞いただけなんだが。

 んで、その翌日。静養していた俺の元に見舞い客が訪れた。

 …………滅っ茶苦茶不機嫌そうなのを隠しもしないジェイドと、その後ろで申し訳なさそうにしているネフリーが。

 …いやいや。
 いやいやいやいや。

 その表情はおかしくね? 俺被害者でお前加害者よ? 普通俺が不機嫌そうにしてお前が妹同様申し訳なさそうにするのが道理だろうが。
 まあそれでも見舞いに来たんだから寛容の心で許して…。

「全く無様だね。あんなのも避けられないなんて」

 ん?

「おかげでこっちはいい迷惑だよ。くだらないお説教に付き合わされてどれだけ時間を無駄にしたことか」

 んんん~?

 えーと…何しに来たのコイツ? 嫌味言いに来たの? 普通ここは謝罪するところじゃ……いや、コイツに【普通】を求める俺のほうが間違っているのか…?

 唖然としている俺に気付いたのか、ジェイドは一旦言葉を切り、訝しげにこちらを見ると信じられないような事を言いやがった。

「何呆けてるんだよ。折角この僕が来てやったんだからもうちょっと嬉しそうにしたらどうなんだい?」

 イラッ☆

 …いや、精一杯かつ最大限に控えめな表現だよ? 実際は血管とか堪忍袋の緒とか理性とか色々な物がまとめてブチ切れそうになったし。
 つーかコイツ全然反省してねーな。そもそも誰のせいでこんな目に遭ったと思っているんだ。
 お前、ホント一回後ろ向いて見ろよ。ネフリーなんかもう半泣きの上に失神しそうなほど顔色悪いぞ?

「しかし君もつくづく頑丈だねぇ。よくその程度の怪我で済んだよ。むしろよく死ななかったねぇ」

 にっこりと胡散臭い笑み(この頃からすでに胡散臭いとかどうなんだろう)を浮かべてそんなことをほざく目の前の少年(…と書いてクソガキとルビを振る)に対し、心が急速に冷えると同時に怒りがこみ上げてくる。

 つまりお前は死ぬかもしれないとわかってて人に向けて譜術を放った挙句、そんな危険なものにネフリーを……自分の妹を巻き込もうとしたのか。

 そのことを指摘してやると奴はわずかに目を見開き、もごもごと何かを言おうとしては押し黙ると言った行動を繰り返した後、「そろそろ帰らなければ」とか何とか言いながらそそくさと退出していった。

 ネフリーが明らかにジェイドに対して一歩引いて……いやもうぶっちゃけ怯えていたな。まだ壊れた人形だかの複製を作って云々のエピソードは起こってないはずだから、余計な事をしてしまっただろうか。いずれ兄妹仲がギクシャクするのは確定としてもそんなことの切っ掛けにはなりたくなかったな。まあ、過ぎたことだし、フォローもしない(しようがない)けど。

 治癒術師の腕がよかったのかそれから数日で全快のお墨付きをもらった(それまでの静養も念の為のものでしかなかったんだけど)俺は私塾へと向かう。
 仲のよかった何人かの友達が声をかけてくれるがそれ以外の生徒たちが妙に遠巻きにしているような気がする。その仲には何度か遊んだ事のある子も居たので内心で首を傾げていたが、教室の一点を見て合点がいった。
 ――ニヤニヤと年齢に似つかない、しかしそいつにはよく似合う厭らしく醜悪な笑みを浮かべたジェイドがそこにいたからだ。

 俺が休んでいる間に何をしたのかはわからないが奴に人心を掌握する術など――いや、一つだけあったか。

 相手の恐怖心を利用した、支配。

 十中八九、脅したのだろう。大方、『サフィールのようになりたくなければ……』ってなところか。やりそうなこった。

 まあいいさ。俺は今までどおり、極力ジェイドに関わらないように息を潜めて過ごし、平穏な生活と暖房王の称号を手に入れてやる。

 ………そう、思っていたんだけど。

 何でかネフリーが構ってくるようになりました。ジェイドがチラチラこっち見てくるのがうざいです。実はシスコンか、ジェイド・バルフォア。

 いやほんと、何で?




6.戦闘スタイル? が決まりました。

 どもども。サフィールな俺です。
 最近、読書以外の趣味ができました。
 料理。
 前世では半ばやらなきゃいけないことだったんだけど、今は完全に趣味だねこれ。
 最初は「あー麺類食いてー」って思ってパスタ作ってたんだけど何か物足りなくて雪国だから温かい物の方がいいよね! ってことでスープパスタにして、でもバリエーションってあまり知らないし、それならってことでうどん作ってみた。

 そしたら大ハマり(主に俺の味覚的に)。寒いときに熱々のうどんは俺のジャスティス!

 今ではざるから鍋焼き、カレーうどんに味噌煮込みうどんだって作れちゃうぜ!

 他にも色々手を出して、結構レパートリーが広がったんだが、今の俺の実力ってどのくらいのものなんだろ? 称号とかもらえるかな?

 そんなことを思っていたらふと思い出した。テイルズシリーズの戦う料理人。だから冗談のつもりで、

「ターンオーバー!!」

 はは、なんつって――


 ドゴドゴドゴ! ドカァァァァァン!!

 ――って、えええええええ!?

 無数のフライパンが空から降ってきて、あたり一面に凄まじい破壊を撒き散らしていく!
 俺か!? 俺のせいなのかこれは!?

 呆然とする俺の周辺には、小規模なクレーターが幾つかできていた。
 周りに人気がなくてよかった……!

 しかし、他のテイルズシリーズの技なのに発動するとは…。
 まさかこれも転生特典なのか?
 何つー危なっかしいものを! ものによっては本気でやばいぞ!?

 まあ所詮今の俺はサフィールだし、剣やら弓やら持つ気はないけど。
 とりあえずは……そうだな。
 「死者の目覚め」くらいまでは習得してみようか。

 そんなことをノリで決めた、とある日の一幕だった。




7.次期皇帝登場

 まあそんなわけで俺ことサフィールも12歳になりました。相変わらずジェイドはうざいです。よく通るk安声がさらにうざい。イボンコって呼ぶぞコラ。もしくは御大将。聖剣でもいいが。

 ……●(自主規制)ねばいいのに。

 は! いや駄目だ。あんなんでも未来の英雄、きっちり役立ってから消えてもらわないと。

 年齢で思い出したけどそういえば、この世界では俺はジェイドよりも年下らしい。元の世界の常識でクラスメイト=同い年って思ってたけど過疎地の学校とかなら複数の学年が一つの教室で授業受けるとかザラにあるわけだし私塾なら尚更だよなあ。
 あ、『見た目でわかるだろう』っていう突っ込みはナシな。認めたくないことだが【サフィール】の身体は同年代の子供に比べても発育が遅い……要するにチビでやせっぽちだってことだ。
 前世では中肉中背(やや骨太)だったから新鮮……ごめん嘘ついた。なんか悔しい。

 自分に嘘ついちゃ駄目だよね!

 ちなみに、ジェイドの1コ下にネフリー、その更に1コ下が俺。

 ん~、ゲームだとジェイド、サフィール、ピオニーは同い年だったと思うんだけど、なんだろこの誤差? 俺が転生した影響か?

 な~んて思っていたら、だ。

「おーい、そこのお前! そう、お前だ!」

 いきなり声をかけられた。周りに人はいない。ってことは俺に言ってるんだろう。
 人が考え事してるときに何なんだ。若干の苛立ちと共に振り返る。

「おう! 悪いけどこの街案内してくんね?」

 やたらキラッキラした笑顔を振りまきながら、「第一町人はっけーん!」などとほざきつつこちらに纏わりついてくる人懐っこい少年。……とはいえ、俺より年上のようだが。

 ……ん?

 改めて、少年の姿をよく見てみる。

 何が楽しいのか、ニッコニコと擬音が聞こえてきそうな笑顔を褐色の顔一杯に浮かべ、防寒用の毛皮の帽子からこぼれた一房の金髪が揺れ……

 待て。

 褐色の肌に…金髪?

 ものっそいイヤな予感に表情がこわばる。………や、無愛想で無表情なのは元からなんだけど。

 少年はそれをどう受け取ったのか一歩引き、「自己紹介がまだだったな」という前置きの後、己の名を告げた。

「俺の名前は――」

 ――ピオニーだ、と。


 やっぱりかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 なんだよー。何でよりによって俺に話しかけて来るんだよー。お前はジェイドとホモ臭い友情(なにしろ「俺のジェイド」とか言っちゃうくらいだ)を深めて、ネフリーとイチャイチャしてろよー。俺のことはほっといてくれよー。俺はお前らとかかわらずに炬燵で平穏に過ごしたいんだよー。

 内心半泣きだったが、ピオニーに「お前の名前は?」と訊かれ、無視するわけにもいかず答える。

「サフィール。僕はサフィール・ワイヨン・ネイス、です」

 一応、人と話すときは一人称は「僕」で、丁寧な言葉遣いを心がけている。伊達に前世では「お前、裏表の差が激しいよな」とか言われてない。あれ? 褒められてない? まあ、前世での下僕根性のせいでもあるんだけど、深く思い出すと心の古傷が開くからやめておこう。…親父、大丈夫かなぁ。


 ……で、まあなんだかんだで意気投合したっぽいピオニーとジェイドがつるむようになり、俺はそれに半ば引きずられるように巻き込まれ、ネフリーを含んだ四人での行動が当たり前になってきた頃、わかりやすいほどにピオニーがネフリーを意識しだして中学生日記みたいな空気が流れて居た堪れなくなったりとまあ不本意ながら騒がしくも楽しい毎日を送っていた。

 ……あの日が、来るまでは。





えくすとらさいど:ネフリー・バルフォアの場合。


 わたしが初めてその子を見たのは、ネビリム先生の私塾の教室だった。
 そのまえからネイスさんの家にわたしと同じくらいの年頃の子供がいることは知っていたけれど、みんなで遊んでいるときも全く見かけないものだから、「きっと、とても身体が弱いんだろうね」なんて話していた。

 そして、実際にその子を見て、わたしはびっくりした。

 わたしとそう変わらない年とは思えないほど小さくて華奢な身体。
 透き通りそうなほどに白く、でも病弱には見えないきめ細かい綺麗な肌。
 おとぎ話に出てくる雪の妖精のような綺麗なプラチナブロンドに、女の子と見間違えそうなくらい小さく、整った顔立ち。

 かわいい………!

 男の子に対して思う感想ではなかったけれど、わたしにはその子……サフィールに対してそういう表現しか思いつかなかった。

 ただ、いつも無表情で、愛想がないのが残念だったけれど。

 それでも、何人かの親しい友達はいるみたいで、お兄さんのように孤立しているわけではないらしく、声をかける機会はなかった。

 わたしのお兄さん……ジェイド・バルフォアはとても頭がいい。大人の人たちはお兄さんを「天才」とか「神童」と呼び、本人もそれを当然のものとして受け入れている。

 でも、年の近い子供たちはそうじゃなかった。

 お兄さんは人の神経を逆なでする事が得意で、しかも悪気はないから何故そうなったのか理解していない節がある。

 ……妹のわたしが言うのもなんだけど、人としてこれはちょっとどうかと思う。

 お兄さんがそんなだから、友達らしい友達も出来ず、わたしも仲良くしてくれる子たち以外からは「ジェイドの妹」という見方をされるのがいやだった。

 そしてどうしてかお兄さんはサフィールにちょっかいをかけるようになった。多分、男の子たちの中で、サフィールだけがお兄さんが望む反応をしなかったからだと思う。

 他の子たちがお兄さんに一目おいていたけれど、サフィールはお兄さんを特別扱いする事もなく、まるで空気のようにそっけなく接した。あれはひょっとしたら避けていたのかもしれないと後で思いもしたけれど、それを聞くことはなかった。

 お兄さんのちょっかいはますますエスカレートしていったけれど、サフィールはそれを適当にあしらうだけ。ときたまお兄さんの仕掛けた罠に他の人が掛かって大怪我をしたりするから、お兄さんはますます人から距離を開けられるようになった。

 そしてある日、お兄さんがサフィールを譜術で攻撃した。

 ちょっと前からお兄さんが譜術の本を読み漁っては、街のはずれの森で弱い魔物や小動物相手に試し撃ちをしているのは知っていたけれど、まさか人間相手に向けるなんて思ってもみなかった。
 サフィールはいつもと違う焦った顔でわたしを突き飛ばし、突然の事に自失していたわたしが正気に返ると、そこには血まみれで倒れ伏す彼の身体があった。

 わけがわからなくて泣き喚く事しかできず、半狂乱になったわたしは、気が付くと家のベッドに寝かされていた。

 どうにか落ち着いた翌日、サフィールのお見舞いに嫌がるお兄さんを無理矢理伴って行って、卒倒しそうになった。

 お兄さんは……まったく、反省していなかった。

 これは後で知ったことだけれど、ネビリム先生以外の大人たちはお兄さんを褒めたらしい。
 基本的に譜術はちゃんとした先生の下について学ぶもので、お兄さんのように独学で習得するということはないらしく、それをすごい、素晴らしいと言って、サフィールに怪我をさせたことは軽い注意で済んでしまったのだ。

 お兄さんはサフィールに、自分が怪我を負わせてしまった人に謝ることもせず、「死ななくてよかった」と……口ではそう言いながらもその態度はどこか残念そうに見えた。

 その時、お兄さんに疑いを持った。

 そして、サフィールの口からあの時、私も譜術の範囲内にいたこと、そしてその譜術が命を奪う可能性のある危険なものだった事を指摘され、お兄さんはうろたえていた。

 ここで、疑いは確信になった。
 お兄さんは頭がいい。そのお兄さんが譜術の範囲や効果を知らないわけがない。
 お兄さんは――わたしごと、サフィールを、殺そうと、していた?

 そこまで考えて、私は震えが止まらなくなった。

 怖い。
 お兄さんが怖い。
 命を奪うことに何のためらいもない目の前の人を、もう同じ人間だとは思えなかった。
 まるで――悪魔だ。
 お兄さんは悪魔なんだ。

 人に話したら笑われてしまうかもしれないけれど、私の中でそれは真実であり、真理だった。

 私は恐ろしくて、でも誰にも相談できなくて、お兄さんに直接被害を受けた彼ならわかってくれるのではないかと思い、サフィールに相談した。

 サフィールは静かに私の話を聞くと、無表情にこう言った。

「あれを悪魔だなんて言ったら、悪魔に失礼です。あいつは自分が世界で一番賢いと勘違いしている、ただの大馬鹿者ですよ」

 信じられなかった。だって彼はお兄さんに酷い怪我までさせられたのに。

「あれは確かに頭がいいかもしれないけど、人に譜術を向けたらどうなるかという想像力すら持っていない馬鹿です。そもそも譜術を人に向けたら、罠を仕掛けたら危ないと、してはいけないという常識すら持っていない。しかも人の言う事を聞かず、自分に都合のいいことしか理解しようとしない度し難い馬鹿です」

 あれにくらべたら、まだ悪魔のほうが良心的で、常識をわきまえているでしょうね。

 彼がそういうのを私は呆然とした心地で聞いていました。
 お兄さんが怖くないのかと私が聞くと、

「馬鹿は構うと付け上がる。放っておくのが一番ですよ」

 あの手のタイプはそれが一番こたえるから、恐れてやる必要など無いのです、と。そう答えた。

 それからわたし達は色々な話をした。お兄さんを恐れないサフィールと接触する事で、自分の中の恐れをごまかそうとしていたのかもしれない。
 サフィールはいつもの無表情で、私に付き合ってくれた。

 ある日、なんでいつも無表情なのかと聞くと、「誰にも言わないか、笑わないか」と執拗に確認してもの凄く言いにくそうに教えてくれた。

「――寒さで顔がこわばって、うまく動かせないんです」

 私は一瞬、何を言われたのかわからなくて、でもだんだんと彼の言った言葉が染み込んできて、思わず吹きだした。

 だって、このケテルブルクで生まれ育ったのに、寒いのが苦手って……!
 わたしが吹きだしたのを見て耳まで真っ赤にして拗ねるサフィールに、私はとうとう大笑いしてしまった。

 そういえば、と思い出す。

 この子は無表情で大人びたところがあるけれど、私より2つ下の、かわいい子供なのだ。

 それからわたしは今で以上にサフィールを構い倒すようになり、ピオニーも加わってお兄さんも交えた四人で行動する事が多くなった。正直この二人がいるとサフィールを独占できない(特にピオニーはサフィールを弄って遊ぶのがお気に入りらしい)からいらないのだけれど、ピオニーがわたしたちを見つけて、もれなくお兄さんが付いてくる、というパターンが恒例になってしまい、あきらめた。

 表面上大人しくなったお兄さんに対する恐れは薄れ、陽だまりの中のように穏やかな、こんな日々が続くのだと信じて疑わなかった。

 ……あの日が、来るまでは。





(あとがき)
 えらく中途半端な気もしますが2話です。
 子供ジェイドの口調がわからない……偽者臭くなったけど元々胡散臭いキャラだしこれはこれでありかな? しかし予定以上に嫌な奴に成り下がってしまいました。
 念のためにここに記しておきますが、私はk安氏が嫌いと言うわけではありません。むしろ(あまり詳しくないけど)男性声優の中では好きな方です。某笑顔動画のせいで御大将のイメージしかありませんが。ちなみに本文に出したのは私の好きな氏の演じたキャラクターです。

 そしてピオニー→ネフリー→主人公(サフィール)という誰得トライアングルが出来てしまいました。とはいえ、本文でも触れている通りネフリーの主人公に対する好意はラブ未満なので、ピオニーにもまだチャンスはあるかも? そして多分このネフリーはティア以上のかわいい物好きです。クールレディの称号を得る日は近いかもしれません。

 称号といえば。
 もしも「主人公(もしくはこれからでるかもしれないオリキャラ、半オリキャラ)にこんな称号が合うんじゃないか、この技を使って欲しい」という意見がありましたら、感想掲示板の方にお願いします。なお、私はテイルズシリーズを全制覇しているわけではありませんので、元ネタがある場合は作品とキャラ、使用武器を添えてくださると嬉しいです。ただ、絶対に使うと確約できるはずもないので、「アイディア出してやったのに使ってねーじゃねーか!」というクレームはご勘弁ください。

 ※補足
 主人公とネフリーの年の差がそれぞれのモノローグで違っていますが、これは主人公の勘違いです。主人公(サフィール)は元の世界で言う早生まれなので「1歳差」と表しましたが、オールドラントにそんな風習は存在しないのでネフリーの言う「2歳差」が正解です。なので、本編の時点で主人公は32歳となります。……おっさんだなぁ、若作りだけど。





[25968] 転機…というか思春期の痛々しい少年の主張とかそんなの(主人公12歳~13歳)
Name: 凰雅◆e982ae54 ID:8e453659
Date: 2011/03/09 02:33
8.己の汚さを知った日

 きっかけは、なんだったのか。
 譜術の講義(ジェイドの一件以来、ネビリム先生が再発を懸念して講義をすることになった。ジェイドだけでは不公平なので皆に初歩の理論を教える形になる。勿論、実践はない)で、譜術適正を調べたときに、ジェイドに第七譜術の素養がないと判明した事か、それともジェイドにないその才能がほんの僅かとはいえ俺にあったことか。

 ジェイドはネビリム先生の忠告も聞かず、第七譜術を行使する術を求め、他の音素を触媒に、無理矢理第七音素を制御する術式を編み出し――暴走させた。

 己の成果を見せ付けるためか、多くの人々(とはいえ、殆どは私塾の生徒だ)がいる中での暴走は、第七譜術とは正反対の破壊の力として顕現し、ジェイドを中心にそれを撒き散らす。

 そして皆の避難を終えたネビリム先生にそれが直撃し、まるでそれが合図だったかのように暴走は収束していく。

 やがて完全に収束した破壊の跡には倒れ伏した先生と、呆然とするジェイド、それを見ていることしかできなかった俺だけが残っていた。

 とにかく、どうにかしなくてはと思いだけが上滑りする思考で、先生を見る。

 ――!

 ぱっと見だが、わかる。ほぼ虫の息で、危険な状態だがけして助からない傷ではない。多少の後遺症は残るだろうが、命を助けることはできる。

 それを確認した俺の思考は霧が晴れたようにクリアになり、応急処置のために動き出す。
 失血を防ぐための止血を大きな傷に。手足など末端の傷は覚えたてのファーストエイドで治療する。効果などたかが知れているが止血程度になら俺のしょぼい譜術でも充分だ。
 傷が傷だから背負っていくのは避けたいが、ここではこれ以上の処置はできない。
 暴走の際の破壊でできた人一人くらい乗せられそうな木片を視界の片隅に見つけ、そいつで先生をそりのように運ぶ事にする。雪国にちょっと感謝だ。

 木片を拾ってくると、先生の傍にジェイドが移動していた。…何かを言っているようだが…。

 っ! レプリカ情報を抜く気か!?

「やめなさい! そんなことをしたら先生が死んでしまいます!」

 俺の叫びに振り返ったジェイドは、シニカルな、しかし引き攣った冷笑を浮かべ、いっそ傲慢とも言えることを言い放った。

「死ぬ? まさか僕が先生を攻撃しようとしているように見えるのかい? 僕はむしろ先生を助けようとしているのに。心外だなぁ」

 言外に「これだから洟垂れは」とでも言いたげなジェイドだが、今はそんなことに構ってはいられない。

「レプリカ情報を抜こうというのでしょう? ですが、健康体ならいざ知らず、今の先生は重傷を負っています。そんなことをすれば体力の消耗から一気に容態が悪化し、最悪、助かるものも助からなくなってしまいます!」

 自分がやろうとしていることをこちらが理解していた事が意外だったのか、それとも俺の言った科白の後半に本気で気がついていなかったのか、鼻白んだ表情を見せたジェイドだったが、すぐに表情を取り繕う。

「別にいいじゃないか」

 なに?

「レプリカとはいえ怪我のない、健康な身体を取り戻せるんだ。誰も困らないだろう?」

 こいつは……何を言っているんだ? 理解できない。いや、理解を俺の中の何かが拒んでいる。余りにもふざけた考えを許容できない。だってそれは、

「ジェイド……それであなたの失敗が帳消しになると、本気で思っているのですか?」

 それは、乱暴な例えだが盗んだ品物の代金を払えば罪ではないと言っているのと同じだ。
 何をしようとジェイドが故意でないにしろ先生を傷つけたのは事実で、覆せない。

「失敗? 違うよ、これは事故だ。僕の責任じゃない」

 こいつは……ここまで来ても自分の罪から逃げようとするのか。
 言い返そうとしたがしかし、先生の身体から光のような何かが抜け出るのを見てそれはできなかった。代わりに口から出た言葉は、

「まさか、抜いてしまったのですか!?」

 こちらの叫びにジェイドはニヤニヤと笑みを浮かべ、手元の光――ネビリム先生のレプリカ情報――を玩びながら見当違いな優越感に浸った科白を吐き出した。

「ああ、これで先生は助かるんだ。きっと感謝してくれるだろうね」

 そもそもお前の軽率な行動のせいでこんなことになっているのに、何処からそういう結論が出るのか問いただしたい気分だったが、それどころではない。

 俺は先生を木片の上に横たえると、ジェイドに見向きもせずに先生を運んだ。後ろでジェイドが何か言っているようだったが、聞く気も起こらなかった。

 そして、先生を施療院に運び込み、治療術師とともに手を尽くしたが……先生は、助からなかった。

 鬱々とした思考の中で、考える。

 どうしてこうなった?
 誰のせいで?
 何が悪かったんだ?

 疑問符ばかりが浮かぶが、答えなど初めからわかっている。

 俺だ。

 この世界がゲームと多少の誤差があるからと、楽観していたから。そして、心のどこかで先生が死ななければ生体レプリカの研究が始まらないと考えていたから。

 そう、例えジェイドがやった事だとしても、結末を知っている以上、結局先生を見殺しにしたのは俺なんだ。

 なんてことはない。結局一番罪深いのは俺だったんだ。
 この世界に生きている人はゲームなんかじゃない。そう、知っていたはずなのに。
 俺は自分の、自分だけの幸せのために他人を蹴り落とした。
 競争社会の前世でも、流石に人の命を左右するような選択はなかった。
 誰かの命を背負って生きていけるほど、俺は強くない。
 「命は重い」なんて、小学生でも知っている言葉を、初めて実感した。
 これは、余りにも重過ぎる。

 自分が何処までも汚く惨めな人間に思えてきて、俺は笑った。泣きながら、笑った。

 消えてしまいたい。
 死にたい。
 生きていたくない。
 でも死にたくない。

 一度死んだからこそ、また死ぬのが怖い。
 なんて無様! なんて滑稽!
 自分の汚さ醜悪さに嫌気がさすけど、それを肯定する事も、否定する事も、切り捨てる事すらもできない。

 死ぬ事も、生きる決意もできないままに俺は涙を流しながら笑い続ける。

 どうかこのまま、涙や声が枯れると共に、俺と言う存在も消えてくれないかと思いながら。



9.けじめはつけなきゃなりません。

 先生が死んでから、色んなことがあった。まず、ジェイドが先生のレプリカを作った。
 当然と言うべきか、レプリカネビリムは音素欠乏に陥り、正気を失って制御不能の化物と化した。
 当初はジェイドの失態を公にすまいと街の大人たちが隠蔽を図っていたらしいが、ついに人間の犠牲者が出たことによってマルクト国軍に討伐を依頼、公に知れることとなった。
 軍は甚大な被害を出しながらもレプリカネビリムの封印に成功。製作者のジェイドは首都に連れて行かれた。その頭脳が惜しまれたらしい。きっとそのままカーティス家の養子に入るのだろう。
 それから程なくしてピオニーも首都へ向かった。なんでも皇帝の後継者争いが激化した挙句、上位継承権持ちが共倒れしてピオニーが暫定三位だかになったらしい。それだけならまだしも預言にピオニーのグランコクマ行きが詠まれ、ろくな準備もないままに出立したらしい。

 らしい、と伝聞形なのは、ネフリーから聞いたからだ。
 俺はあれからずっと家に引き篭ったままだった。
 そんな俺を心配してか、ネフリーはことあるごとに俺を訪ね、近況を聞かせてくれた。
 しかし、正直なところ、俺にとっては煩わしいだけだった。

 俺には――やらなければならない事が、あるのだから。


 そして、数ヶ月後。

 俺はロニール雪山に来ていた。

 封印されたレプリカネビリムに持ち込んだ機器を繋ぎ、半覚醒状態にする。

「……う……うぅ……ん、あと5分……」

 低血圧だったんですか? 先生。それともこれが劣化なのだろうか? 半覚醒状態とはいえ、まさかこんな寝言(?)が飛び出るとは予想外だった。

「…………、ええと、あ~」

 一気に気が抜けてしまい、何しにここまで来たのか忘れそうになった。

「ふぁ……あ、あら? 貴方……サフィールね?」

「!?」

 レプリカは基本真っ白な状態で生まれてくる。基本知識ならともかく、刷り込みでオリジナルの記憶を入力するなんてできるのか?

「何故……貴女が私を知っているんですか? レプリカネビリム」

 引き篭っているうちに、一人称が『私』に変わった。もう、子供として振舞うことは許されない、そう思ったから。

「夢を……見たのよ」

 彼女は語った。
 生まれてから、幾度か夢を見たこと。
 それらが生前のゲルダ・ネビリムの記憶らしきこと。
 しかし夢を見た直後は酷い渇きに襲われ、正気を失ってしまうこと。
 そして今回の目覚めで、記憶がほぼ全て補完され、オリジナルの人格を得た(本人にとっては、レプリカの身体を得たと言うべきか)こと。

 俺はそれを信じられないような心地で聞いていた。

「まさか……そんな」

 一つだけ心当たりがあった。それは、大爆発と呼ばれるオリジナルとその完全同位体にのみ起こりうる現象。
 あれならレプリカにオリジナルの記憶が宿ってもおかしくない。……ってことは完全同位体なのか? この世界のレプリカネビリムは。

「それで……貴方は何をしに来たの?」

 考え込んでいた俺に先生(と呼んでも差し支えないだろう。身体はともかく、人格はオリジナルのそれなのだから)が声をかける。

 そう、俺にはやる事がある。
 酷く、不恰好な笑みを浮かべているな、と自覚しながら死神のように平坦な声音で要件を告げる。

「貴女を救いに………そして、貴女を殺しに」

 俺はあれから、レプリカネビリムの破壊衝動を抑える研究をしていた。
 最初はただ鬱々と引き篭っているだけだったんだが、地の底に沈んだようなテンションを何日も維持していた反動か、はたまた沈みすぎて逆にハイになったのか妙なテンションになった俺は「よし! レプリカネビリムを仲間にしよう!」と思いつき、彼女の音素欠乏を治すことにしたのだ。
 これはうまくいけば将来、レプリカルークを助けたりできるかもしれないし、応用の余地は充分にある研究だ。

 ……しかし、思い返すと酷いなこれ。動機と言うかきっかけと言うかいろいろと。もうちょっとシリアスになれないのか自分。……3秒で答えが出ました無理ですね。自分のことは自分がよくわかる。元々怒りとかのネガティブな感情を維持するのが苦手な俺が慣れないことしたんだ。こうもなるわな。

 転生特典込みでも年単位で掛かるかと思ったが、ネフリーがジェイドの手記を持って来てくれたおかげで一年弱で形になった。これだけはネフリーに感謝だな。

 そんなわけで改めて先生に説明をする。

 先生の音素欠乏を防ぐ研究が実を結んだこと。
 しかしまだ完全ではないので、別途用意した音素を補充する薬と併用する事で万全とし、代わりにデータを取らせてもらい、いずれは薬なしでも大丈夫なようにしたいこと。
 そしてゲルダ・ネビリムは記録上死人であり、レプリカも一部のマルクト軍人の覚えがよくないため、『ゲルダ・ネビリム』を殺して別の人間として生きてもらうこと。

 そして、告げる。

「これは、契約です」

 その対価として、俺に同行してもらうこと。と言っても、薬のこともあるし、研究を完全にするためにも先生は俺から離れられないだろうけど。

「それで……あなたの目的は? 何がしたいの?」

「私は……預言を覆したい。その為に、預言に詠まれないレプリカである貴女の存在は利用価値がある。それだけです」

 そう、俺は預言を覆したい。髭のような愚策でなく、地道に、けれど少しでも多くの人を預言から解放したい。もうこの手は汚れているんだ。そのためにならなんだってやるさ。

「……それなら、私でなくとも新しい、暴走しないレプリカを作って使えばいいんじゃないかしら? 貴方ならそれができるはずだわ」

「……………確かに、そのほうが楽でしょう。ですが……そのためだけに命を生み出そうとするほど、傲慢になった覚えはありません。そうですね……あえて言うのならば、あの時先生を見殺しにしてしまったことに対するけじめ、でしょうか」

 それが自己満足に過ぎないとわかっていても、オリジナルとレプリカは違う個なのだと知っていても。

 それでも、そうしなければ前に進めないと思った。

 そう言い放つこちらを、先生はどこか悲しそうな笑みをたたえて見つめ、

「――いいでしょう。その契約、結びましょう」

 こうして、契約は成った。



10.コーディネートはこーでねーと(殴)もしくは、旅立ち。


 とりあえず先生の処置を済ませ、簡単な問診をした後に、下山して人目につかないように家に戻る。

 その合間に色々と話をしたんだが、ネビリム先生にとって俺は『何か隠し玉を持っていそうだけど、基本大人しい子供』という評価だったらしく、ジェイドと同等の頭脳を持っていたことに大層驚いていた。
 いや、買い被りですよ? 単に人生経験が多くて転生特典でチート入ってるだけですから。
 …と正直に言う訳にもいかず、努力の末の偶然の結果だったということで何とか納得してもらった。

 まあそりゃ12歳の俺が14歳のジェイドでさえ匙を投げた問題を解決しちまったんだもんな。どんだけ天才だって話にもなるか。思いつきで行動するべきじゃなかったか? 本編の5年前くらいに封印とくとか。

 ま、やっちまったものはしょうがない。

「これから旅に出るわけですが、先生はマルクト軍の一部とダアトではそれなりに顔が売れています。と言うわけでキムラスカに行きましょう。一応、変装をして」

「旅券は?」

 キョトンとした顔で先生が尋ねてくる。

「死人の旅券なんて発行されませんよ。……不法入国に決まってるじゃないですか」

「どうやって?」

「ここのところ、国境周辺で小競り合いが頻発しているようですからね。隙を突いてひょいひょいと。ああ、名前も決めなければなりませんね」

 こちらの言うことに何を思ったのか、先生は頭痛をこらえるように額に指先を添えて唸りだした。

「この子、こんな大それたことをさらりと言う子だったかしら……?」

「失礼な。元からこんなものですよ」

 すると先生はますます顔をしかめ、重く長いため息を吐くと、

「……変装と名前も全部貴方に任せるわ」

 と、手をひらひらさせながら投げやり気味に言い放った後、「少し寝るわ。決まったら起こして」と言ってばたりとソファに突っ伏した。
 なんなんだ一体? てか、名前くらい自分で決めましょうよ、先生。



 さて。
 名前……名前ねぇ。
 自慢じゃないけど、俺のネーミングセンスは壊滅状態なんだよね。
 ベタなので行くと、本名をもじるってやつか?
 うーむ。
 ゲルダ…ゲルダ…ゼルダ…、何処の姫だ。却下だな。ゾルダ…ライダーかよ。却下。
 ゲルダ…ゲル状…スライム…スラりん…ホイミン…何か妙な方向に向かいだしたし、何より先生に殺されかねん。本名をひねるのはやめておこう。

 次はイメージから攻めてみるか。
 先生…女教師…テイルズ……うん、「リフィル」か「ミラルド」だな。つまらないから却下。

 ただ先生って言うのはいい。名前を呼ばずに先生でも通じるからな。となると……。
 んー…あれでいいか。元ネタも程よくマイナーだし、覚えやすい。
 となると服はあれとそれとこれ、ああ、あっちのあれも要るな。…しかし、何故こんなものが我が家にあるんだろう? 少なくとも俺は関与していない。あ、こっちのブツは俺の私物だ。他意はない。ただ持っていただけだ。

 ……しかし、やっぱり俺にはシリアスは似合わないな。ちょっとお気楽なくらいが丁度いい。

 ある程度揃ったところで、先生を起こす。

「………んう~…ん!」

 大きく伸びをしているが、まだ眠そうだ。ホント寝汚いな、この人。

「おはようございます。飢餓感やその……渇きは感じますか?」

「おはよう。今のところは大丈夫みたいね。……それで、決まったの?」

 先生の答えに安堵を、問いには頷きを返す。

「はい、先生。先生の名前は、レン。【レン・アンバー】です。これからは『先生』または『レン先生』と呼びます」

「シンプルで、覚えやすいわね。わかったわ。【レン・アンバー】。それが私の名前ね」

「……で、着替えはあちらに」

「わかったわ」

 そういって先生は移動した。何でも着替える前にシャワーを浴びたいらしい。寝る前に浴びればいいのに…。

 しばらく後、着替えを終えた先生が出てきた。…不機嫌そうな顔で。

「……何? これ」

 そういう先生の姿は、用意した俺が言うのもあれだが一種異様な組み合わせだった。
 髪染めで焦げ茶に変えた髪を後ろでひとまとめにしてリボンでくくり、ビン底のような丸眼鏡をかけ、旅装束の丈夫な革のドレスの上に白い割烹着を着込み、腰には太い革ベルトを斜めに通し、そこには拳銃ならぬ様々な工具が差し込まれ、足元は丈夫な編み上げブーツ。
 そして手には冗談のように巨大なスパナ。ちょっとした杖くらい長い。

「……髪と眼鏡と服はまだわかるわ。でもこのエプロンと工具とスパナは何?」

「それはエプロンじゃなくて割烹着ですよ。まあとある地方のエプロンですから間違ってはいませんけど。工具類は必要になることも後々あるでしょう。そのスパナはメイスの代わりです。そうそう戦闘をするつもりはありませんが、自衛手段は必要ですし、流石に堂々と武器を持ち歩くのは目立ちますから。譜術は使えませんし」

 こちらの説明に先生は虚を突かれたのか、

「使えない?」

 訝しげにそういった。そういえばその辺の説明はまだだったか。

「まだ研究は完成していません。譜術を使った拍子に体内の音素まで消費してしまう可能性もあります」

「ああ、そうね…。それはわかったわ。で、このカッポーギ? の意味は?」

「白衣代わりです。工具を持っていても、流石に白衣や作業ツナギで旅をするのはどうかと思いますし、その点それならエプロンよりも覆う面積は広いですし、街に入ればさほど目立ちません」

 無論、これらの説明はでたらめで、屁理屈もいいところだ。何しろ、名前の元ネタの格好をさせようとしているだけだからな。だが先生は不承不承と言った表情で、

「……まあ、納得いかないけどわかったわ」

 どうにかわかってもらった後、いよいよ旅立つ。夜明け前、街の人に知られないように生まれ育った街を後にする。ちなみにと言うべきか、俺は変装していない。服装も丈夫さを重視した厚手の黒いシャツとズボン、黒のロングコートという、黒尽くめであること以外は特に変わったところもない格好だ。

「……と、その前に」

 とある一軒の家の前に立ち寄り、ドアに手紙を挟む。その家を見て、先生が口を開く。

「バルフォア家……その手紙は?」

「ネフリーにです。色々世話になりましたし、黙って街を出て行くお詫びを」

「直接言えばいいのに…彼女、悲しむわよ?」

「そうかもしれませんね。私は弟のように思われていたようで、随分と構い倒されていましたから」

 そういうと先生は目を見開き、次いで首を振りつつ、

「鈍感……」

 何か言ったようだが小声すぎてよく聞こえなかった。
 一方的に別れを告げる。卑怯だがきっと知れば彼女は反対するだろう。こちらに対して妙に過保護なところのある彼女なら。
 だから、さよならは言わない。言える筈がない。
 そうして、俺たちはケテルブルクを出た。



11.こんにちは赤ちゃん。


 マルクト脱出に成功したディストこと俺です。対外的にディストって名乗れるようになりました。所詮偽名だけどな! でもこっちの方が言いやすいよね。前なんてネフリーに「サヒーりゅ」って噛んじゃったの聞かれてすごいからかわれたりしたしなぁ。
 キムラスカに不法入国してあちこちを転々としながらこれからどう動くか、その為に何が必要かを考え、その結果としてシェリダンとベルケンドに行くことにした。レン先生に音機関の技術と医療技術を学ばせるためだ。俺がやると、感覚的な説明になりがちでちゃんと教えられる自信がないと言うのもある。俺の脳みそに収められたボキャブラリーが乏しいともいえるが。

 何故レン先生に医療技術を求めるかと言えば、それは数年後にホド戦争が迫っているからだ。 秘預言に崩落が詠まれた島。その地に住まう人々を一人でも多く救うためには医者は一人でも多い方がいい。しかし、この世界にはそもそも医者の数が少ないし、比較的医者の多いのはキムラスカ側なのだが、医術スキル持ちの上キムラスカからマルクトへ人助けに行くような酔狂な人物など更にいないだろう。

 ま、俺もやることあるんだけどね。

 ベルケンドに腰を落ち着けて数ヶ月。
 俺とレン先生はバチカルに来ていた。
 この世界のキムラスカ上層部の情報を得るためだ。何しろゲームではインゴベルトの影は薄いし、二次創作では名君だったり預言べったりの愚王だったりと様々なので、本人に会わないまでも、街の人々の話からどんな人物なのか探りを入れておこうと思ったわけだ。

 結果………よくわからん。

 ここのところのマルクトとの小競り合いで国民感情はどうも不安定になっているらしく、『戦争さえ起こらなければ、自分たちに被害が来なければいい』と言う声が殆どだった。政策が預言重視なせいか、目を見張るような政策も無ければあからさまな失策も無く、あえて言うなら税率が上がりそうだと言うのが国民の不満らしい。

 なんだかなーと思い、夜の街を散策する。

 特に意味はない。ただ眠れなかったからなんとなく、だ。

 ふと辺りを見回すと、まるで見覚えの無い場所にいることに気がついた。

 ……あれ? もしかして俺、迷子?

 やっべ、先生に怒られる……はよ帰らな。一応表向きは先生が俺の保護者(実際は俺が保護者で主治医なのだが普通信じてもらえない)だしな。

 何かの影が動いたのを見つけ、道を聞こうと思い声をかけ……ようとして気付く。

 あれは…神託の盾兵だ。数は二人。一人が何かを抱え、もう一人の足元には穴とそれを作るために掘り返した土が盛ってある。

 闇夜の中、何かを抱えている方の腕の中のものの一部がちらりと見えた。

 とても小さな……人の、手!?




 気がついたら二人の神託の盾兵を倒していた。…息はあるようだ。
 前世でもろくに喧嘩すらしたこと無いのによく勝てたな、俺。
 とりあえず二人の怪我の回復と証拠隠滅、そして、

「任務は無事成功。何事もなかった。任務は無事成功……」

 寝てる二人の耳元で延々と囁き続ける。自慢じゃないがこういう催眠暗示は割と得意だ。ピオニーにかけてブウサギにしてやったことがあるが、誰もツッコミを入れなかったな…って話が逸れた。
 ついでにオマケとばかりに酒を飲ませ、迷ってる途中で見つけた酒場の近くの路地に捨てておく。

 さて、あとは……。

 見下ろすのは俺の腕の中で、弱弱しい寝息を立てる赤ん坊。さっきまで仮死状態だったが、酒場の女将さんに「死に掛けてる捨て子がいた」と嘘をついてお湯と治療の場所を貸してもらい、どうにか蘇生したのだ。女将さんは疑わしげにしていたけど、医者の卵で、先生もいると説明し、さらに蘇生に成功するところを見たからか、信じてくれた。

 ……ついでに、迷子になったことも伝えてみたら、もの凄い呆れた顔をされた。
 でも、今夜一晩泊めてくれる上に、簡単な地図も書いてくれるらしい。

 ありがたやありがたやって拝んだら、

「べ、別にアンタのためじゃないよッ! その子に夜風はきついだろうと思っただけなんだからね!」

 って言われた。
 女将さん(おそらく二十代後半から三十代前半。女ざかりってやつだね!)……ツンデレ?
 結局俺はその夜「一体何処で女将さんのフラグを立てたのか」という疑問と赤子の夜泣きでろくに眠れなかった。

 翌朝。

 女将さんにもらった地図を頼りに宿屋に帰ると、おっそろしい形相のレン先生が待ち構えていた。そして俺の手の中の赤子を見るや、

「さ、サフィールが朝帰りの上子供こさえて帰ってきた――――!?」

 流石に一晩じゃ子供は出来ませんて、レン先生。あと俺ディストね。



12.君の名は。


 それからがもう大変だった。混乱する先生をなだめて落ち着かせたあと、昨夜のいきさつを話して、

「なに神託の盾兵と揉め事起こしてんのよ――!!」

 結局怒られました。最初は普通にお説教だったんだけど、ヒートアップした先生が、アイアンクローかましてきたりで、ホント酷い目にあった。しかもすげえ痛くて、何で? って思ったら先生、キャパシティコアつけたままだったんだよ。そう、あの各ステータス上昇値が最高の奴。トゥッティ、だっけ? そりゃ痛いわ。無くても痛いだろうけど。よく考えれば道中モンスターと出くわしても(とはいえ、なんでか遭遇率は低かったし、弱い奴ばかりだったが)、先生のスパナで片がついていたな…あのスパナ、それなりに頑丈だったが、一体攻撃力はどのくらいなんだろう…? 謎だ。

 それはともかく。

 そこから俺のターン! って思ったら赤子がぐずり始めてさあ大変。最初先生があやそうとしたんだけど、首も据わってない子を抱かせるには余りにも危なっかしい手つきだったんで、見ていられずにバトンタッチ。前世では妹の面倒も見ていたし、抱き方に気をつけてさえいれば、あとは手馴れた物だ。

 赤子が落ち着く頃には話を混ぜっ返す様な気力も無く、二人ともグロッキーでしたよ、ええ、ほんと。

「…………で、どうするの? その子」

 疲れを声に滲ませ、先生が問うて来る。どうするってもねぇ……。

「引き取るに決まってるじゃないですか」

 何言ってんの? ってな勢いで即答する俺。先生はそれが意外だったのか、

「……理由を、聞かせてもらえるかしら?」

 そう、聞いてきた。

「この子は、神託の盾に殺されそうに……いえ、彼らはこの子を死んでいると思っていたようですから、始末されそうに、ですかね。まあ、そんな感じでした。で、何で彼らが出てくるのか? ……十中八九預言、しかも秘預言がらみですよね。しかも、かなり重要な人物の」

「……? 何故、そこまでわかるの?」

「いくら秘預言が絡んでいるといっても、神託の盾がただの一般人にそこまでするとは思えません。ところで、外が騒がしいと思いません?」

「ええ……それは、確かに……」

「昨夜、王妃が子を出産されたそうです。女の子で、『ナタリア』と名づけられたとか」

「……! ま、さか……」

「もし、王女の死産が詠まれていたら? もし、死んだはずの王女に代わり、王女となる預言が詠まれた子供がいたら? そして、その為にすり替えが行われ、死んだと思われた皇女の亡骸を――まあ、実際のところは仮死状態だったわけですが…人目に付かないところに葬ろうとしたら?」

 まあ俺はゲームで実際そうだったって知ってるんだけどさ。それを聞く先生の顔色はすでに蒼白だ。

「そんな……この、赤ちゃんが……」

「そう。――この方こそ、キムラスカ=ランバルディア王国の王女、本物の【ナタリア】様ですよ」

 十中八九だけど、おそらく間違いではないだろう。二次創作だと【真ナタリア】とかいわれてる子だ。
 すっかり忘れてたけど、そういやもうそんな時期だったんだよな。不覚だったわ。

「で、でもだったら尚更城に帰すべきじゃ……」

「キムラスカは良くも悪くも親預言派が幅を利かせていますし、暗殺者の危険もあります。ならば出自を隠して私たちで護った方が都合がいいですし、私は王女云々よりも、この子の死の預言を覆したいのです」

 それらしいことを言ってみるが本音は別にある。要するにこれ以上の面倒ごとに関わりたくないのだ。これがもとでキムラスカ上層部やダアトの預言狂信者共に悪い意味で目をつけられたら身動きがとりづらくなる。余りにも分が悪いし、だったらこの子の面倒を見ながら放浪生活でも送っていた方が気が楽だ。孤児院に預けると言う選択肢も考えたが、あの二人にかけた催眠暗示が不発だった場合どうなるかわからないしな。
 俺の言葉に先生はしばらく考え込むそぶりを見せると、

「………わかったわ。貴方の好きになさい」

 どこか投げやり気味にそう言った。諦めたようだ。

「じゃあ、この子の名前、どうしましょうね?」

「え、まずそこ!?」

 いえいえ先生、俺も混乱しているんですよ?
 しかし、勢いで行動したら妙な展開になってきたな。これからどうなることやら。



(あとがき)
 3月も三分の一近く経ってるのに雪とかどんだけー。凰雅です。
 またもや中途半端なところで終わりましたが3話です。
 この話、時間をそれなりにすっ飛ばせるので短文をちょこちょこ書いて繋げてという形で書いているのですが、書きやすい反面、思いついたところから書いているので時間の経過がわかりにくくなると言う欠点が難ですね。一応ちょこちょこと主人公の年齢を出してごまかしていますがもうちょっと工夫すべきかな?
 で、今回レプリカネビリム(以後レン先生)と俗に言う真ナタリア(現在赤子)が出てきましたが、これはもう半オリキャラですね。最初はレン先生は出す気全くなくて9あたりで一気に飛んでホド戦争くらいの時期になる予定だったのですが、電波が来てしまったので諦めてください。
 さて、この真ナタリアですが、まだ名前をどうするか決めてなかったりします。
と言うのもそのまま『ナタリア』だと、本編の時間軸に突入したとき、ナタリアと取り違えて混乱しそう(読者の方が、ではなく私がというのが我ながら情けないのですが)だという本当にアレな理由ですが。
 まあ、次までにどうするか決めようと思います。いい加減他のも書かなきゃ忘れられそうですし。
 更に暴走と妄想の激しいカオスな駄文となっていくこの話ですが、楽しく読んで(もしくは「こいつまたバカなこと書いてんな」と思って)いただければ幸いです。



[25968] 拾い者とそれにまつわる受難の日々(主人公13歳~14歳)
Name: 凰雅◆e982ae54 ID:8e453659
Date: 2011/03/27 02:52
※今回、若干グロい表現があります。苦手な方はスルーしてください。










13.それでも僕はやってない。


 『ナタリア』でいいじゃない、と先生は言うけど、なんとなく嫌なんだよね。別人だとわかっていてもゲームでの手のひら返しっぷりとか思い出しちゃうし。それにぶっちゃけ同名の人がいるとモノローグの中で混乱しちゃう……何言ってんだろ、俺。電波でも飛び込んできたかな?

 ちなみに今は買い物中。ナタリア(仮)のおしめやら色々と入り用なので、面倒を宿の主人の息子の嫁…この場合、若女将でいいのか? が見てくれるというので遠慮なく頼み、レン先生と手分けして買出しに出かけたんだけど……

 また迷っちゃった。てへ☆

 って冗談じゃねえぇぇぇぇぇぇぇ!! 流石に2回目は笑えねえよ!

 どこだここ!? 前回はまだ街の中だったけど、目の前に広がるのは広大な海。少し離れたところには、港の明かりが見える。…バチカル港のはずれに出てしまったようだ。

 流石天然要塞バチカル。土地勘のない人間にとっては迷路同然だぜ。
 ……本当だよ!? 方向音痴を誤魔化そうとしてる訳じゃないよ!?

 って俺は誰に言い訳してるんだ?

 それはともかく、ここから宿へ戻る道を聞くべく、辺りを見回す。
 流石港のはずれ、見事に人気がない……ん?

 目を向けた先には海を眺めているのか、何をするでもなく海辺に佇んでいる女性がいた。
 おお、ありがたい。あの人に道を聞こう。どんな目で見られても酒場の女将さんとレン先生の呆れと蔑みの視線で鍛えられた俺には痛痒も感じぬわ! ふはははは!! …おや、目から汗が。な、泣いてなんかいないんだからねっ!

 そんな思いを打ち消し、声をかけようと忍び寄る……足音と気配を殺しているのは趣味だ。特に意味はない。
 そうして後数十メートルほどまで接近したところで、女性が動いた。

 身体全体を傾げるようにして、海へとその身を投げたのだ。

 えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???

 ちょ、何で!? せめて道を教えてからにして…って混乱してる場合じゃねえよ!

 俺は荷物を放り出し、すそが長く、水中での動きを阻害しそうな上着を脱ぎ捨てると、引き上げるべく海に飛び込んだ。
 ああくそ! 俺が声をかけようとする人間はどうしてこうも厄介な奴ばっかりなんだ!? 俺か? 俺のせいなのか!? また引き篭るぞコンチクショー!!

 数十分後。

 どうにか助け出した女性(二十代前半くらいの金髪美人だった)と俺はずぶ濡れのまま、港湾警備の兵隊に保護され、説教を喰らっていた。……何で俺まで説教されているのか理解に苦しむものだったが、兵士たちの説明によるとこの時期のバチカル近海は潮の流れが読みにくく、下手に素人が海に入ると危険な上、水死体もなかなか上がってこないらしく、子供の癖に無茶なことをするなとしかられた。なるほど、それなら納得だ。……危うく死ぬとこだったのか。怖っ。

 ……それと、どうでもいいことだが、どうも兵士たちは俺のことを女の子だと勘違いしていたらしい。そりゃ確かにチビで細いし、この世界では珍しくないとはいえ髪も肩にかかる程度には長いし、服装もゆったりしたものを着ているし一人称は私だけど……って勘違いされる要素満載じゃねーか。そういや、故郷でもネフリーにお下がりを着せられた記憶が……考えるのはよそう。悲しくなる。

 閑話休題。

 で、服を乾かしてもらう間に用意してくれた風呂で温まり、湯気をほこほこさせて風呂から出ると、嘆息混じりに「何故あんなことをしたのか」と問いかける兵士と、助けられてから俯き、無言を貫いたままの女性がいた。

 んー。ここまで頑なだと、強引に聞き出そうとするのはかえって逆効果かな?

 このままでは埒が明かないと思った俺は、いい加減じれてきたのか声を荒げようとする兵士と女性の間に割り込み、まずは兵士を宥めにかかる。

「まあまあ、少し落ち着いてください。この人もまだ心の整理がついていないのでしょう」

 傍から見ていただけですが衝動的なもののようでしたし、と付け足してやると、兵士もばつが悪そうに押し黙る。
 そこで俺はすかさず女性に向き直り、できるだけ警戒させないように口を開いた。

「ところで、お願いがあるんです」



 で。

「ええと……なんでこんな事になっているのかしら……?」

 俺と女性(まだ名乗ってすらくれない)はバチカルの町並みを歩いていた。
 隣を歩く女性の顔には「わたし困惑しています」といった表情がありありと表れている。
 俺は彼女に顔を向け、

「私が『宿まで連れて行って欲しい』とお願いしたからですね」

「だから、なんで……」

「あのまま無駄に拘束され続けるよりかはましでしょう?」

 そういうと、女性はひゅっと息を呑んだ。視線を彷徨わせ、しかしすぐに一点に注がれる。

「でも、この状態は……」

 そう言いながら向けられる視線の先には、がっちりと繋がれた俺と彼女の手。

「いわゆる保険ですよ。何せ目の前であんなものを見せられた後ですから」

 あんなもの、というのが己が衝動的にやってしまった身投げのことを指しているのだと理解した女性は「う゛ぅ………!」と唸って押し黙ってしまう。

「何があったのか、なんて聞くつもりはありません。宿に着いたら、お茶の一杯でもご馳走しますよ」

「いえ、結構よ。そこまでしてもらうわけには――」

「言い方が悪かったようですね。『散々な目にあって気分が悪いからお茶に付き合いなさい』…命令です。お解りですね?」

「うぅ~……!」

 涙目になってうーうー唸る女性の表情は本当に俺より十近くも年上なんだろうかと思わせるのには充分なもので、正直ちょっと萌えた。

 もうちょっといぢめt……もとい、いじり倒したい衝動に駆られたそのとき、ゾクリと肌が粟だった。
 辺りを見回すと、見覚えのある風景に気がつく。どうやら宿の近くまで戻ってこれたらしい。
 安堵の息を吐きかけ――しかしそれを吐き出すことはできずに飲み込んだ。

 視線の先には、宿屋の入口。そしてそこに仁王立ちで立ちはだかるナタリア(仮)を抱いたレン先生。
 先生は周りに殺意の波動というかラスボスオーラと言うか、目には見えないけど確かに圧力として存在を感じる邪悪なナニカを撒き散らしており、正直めっさ怖い。

「サフィール……今度は女の子をお持ち帰り…? ナタリア(仮)もほったらかして……しかもこ、恋人繋ぎとか見せ付けてるの!? 貴方の目的は私の身体(の異常を治すこと)でしょう!?」

 なんか変な誤解してる――!? 指を絡めてるのは容易に逃げられないようにするためで、そういう意図はないし、あと人前で言いにくいの判るけどそのぼかし方は誤解を招くからやめて――!!

 そこで俺の隣の空気が変わる。そこにいたのは案内を頼んでいた女性だけど…っておい!?

「う……っうわあぁぁぁぁぁぁ――――――っ!!」

 今度は女性が泣き出した――!!?? いや確かにあのレン先生はちびりそうなくらい怖いけど、このタイミングで泣かれると俺が泣かしたみたく見られるから泣き止んで!?

「サフィール――――――ッ!!!!!」

 レン先生が穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士もかくやという叫びと共に音素を撒き散らす! まさしくあれぞ伝説のスーパーレプリカ人……ってそれどころじゃねえよ! いや、怒りで無意識に譜術を使おうとしてるのか!? あんた最悪音素欠乏から来る飢えでバーサク入るんだから落ち着きなさいって!!

 ああ……光が集まって……飲み込まれていく……

「ギャ―――――――っ!!!!!!!!!!!」

 ほんとに俺が一体何をした? 誤解と冤罪がタッグ組んで俺をいじめに来てるとしか思えないこの状況に、ちょっとだけこんな世界滅んじまえと思いながら、心の内で(体中痛くて声なんか出せやしない)ありったけの思いを込めて叫ぶ。

 俺は、悪くぬぇ―――――――――!!!!!!

 ……ちょっとだけ、アクゼリュス直後のルークの気持ちがわかったかもしれない。何万分の一、何百万分の一くらいかもしれないけど、こりゃキツい。やっぱ可能な限り、助けてやりたいよなぁ……。




14.遠くて近い未来を思う。


 正直俺の2度目の人生もここで終わりかと覚悟したが、流石にナタリア(仮)が泣き出したので経験値が不足しているレン先生はすぐにあたふた。俺もダメージが抜けきっておらず難儀していたところを助けてくれたのは意外にもさっきまで泣きじゃくっていた女性だった。
 どうやらナタリア(仮)は空腹だったらしく、正直俺もおしめかミルクのどっちかだろうなとは俺も見当がついたんだがその女性は迷うことなく自分の乳房をポロンと出し、ナタリア(仮)の口にその先端を含ませた。思わず凝視しちゃったよ。いや、胸そのものじゃなくてその手馴れた動きに。
 ちなみにそのときレン先生が「サフィールは見ちゃいけません!」って俺の目を塞ごうとしたんだけど、指を立てるなよ! それ明らかに潰しにきてるからね!? あと少し反応が遅れたら取り返しの付かない事になっていたという事実にこの人は気づいているんだろうか。
 で、満腹になったナタリア(仮)は軽く背中を叩かれちゃんと小さなげっぷをして、今は女性の腕の中で気持ちよさそうにすやすやと寝息を立てている。……俺も子守りスキルにおいてはかなりのものと自負していたが、この人スゲーわ。

 あれ?

 ミルク(この世界にも赤ちゃん用のそれはある。保存の関係から粉末ではなく固形で、お湯で溶くのだが溶けにくくよほど母乳の出が悪くない限り使用しないらしい)でもなく、母乳が出たってことはこの女性、人妻な上に子持ち!? ちょっとショック……じゃなくて。

 なのに身投げなんかしやがったのか…………!

 そんな怒りに支配された思考で女性を睨む。だが、その瞬間その怒りは霧消してしまった。

 だって。

 ナタリア(仮)を見つめる女性の眼差しは慈しみと、とても深い悲しみに彩られて、いたから――。

 しばらくして、女性はぽつぽつと自分のことを話し始めた。

 自分には子供がいたこと。
 しかし、預言を盲信した母親によって手の届かないところへと連れて行かれてしまったこと。
 悲しみにくれても子供は帰ってこず、海を眺めていたが衝動的に身を投げてしまったこと。
 そこで俺に助けられ、気を強く持とうと思っていたが、レン先生が抱いていたナタリア(仮)を見て、また悲しみがこみ上げてきてしまったこと。

 その話を聞いていたレン先生は涙と鼻水をドバドバ垂れ流して「なんてひどい……!」とか憤っていたが、アンタは俺に対して行った酷いことに対して反省しろ。マジで殺す気か。

 そういや、譜術を使ったのに体調に変化がないようだが……興奮して自覚してないのか、影響が然程無かったのか…検査しなきゃな。ナタリア(仮)のこともあるんだから手間をかけさせないで欲しいものだ。

 そんなことを考えている間にも二人は盛り上がっていたらしく、ナタリア(仮)を起こさないように悲嘆にくれると言う器用な真似をしていた。……すごいんだか、すごくないんだか判断に迷うな。

「ああ…っ、私のかわいい子、メリル……!」

 ゑ?

 背中に嫌な汗がじっとりと浮かんでくる。まさかこの人……マジで? 流石にそれは出来過ぎじゃね?

「と……とにかく、今日はもう帰られた方が……旦那さんも、心配しているでしょう」

 喉が上ずって、震えそうになる声を必死で抑え、できるだけ平素に、しかし気遣った声を意識して話しかける。
 しかし、女性はこちらの気遣いに微笑み、

「いえ、夫は仕事でバチカルを空けておりまして………家に帰っても、母と顔を合わせるのが苦痛で」

 自分は預言に従ったのだと、あの子は幸せな居場所を得たのだと誇らしげに言う母親を見ていると憎しみを抱いてしまいそうで辛いのだと言われてはこちらも返す言葉も無く、レン先生は「わかるっ! わかりますよぉその気持ちっ!!」とたちの悪い酔っ払いのような漢泣き――アンタ一応女性でしょうに――して役に立たない。

 しかしバチカルを空けるような「仕事」をしている夫って……これはもう決まり、だよなぁ……。

 意を決して女性に一つの提案と問いかけを送る。答えはほぼ判っているけど、万が一、億が一の確率でいいから外れてくれないかなー、と信じてもいない神様と、多分俺を困らせて楽しんでいるのであろう【カミサマ】とローレライにすがる思いで祈りながら。

「では一晩。この子の面倒を見る代わりにここで泊っていかれては? ……ええと失礼ですが貴女のお名前は……?」

 その俺の問いに女性は自分がまだ名乗っていなかったことを思い出し、深く頭を下げて謝罪を入れた後、どこか誇らしげに、綻ぶ花を思わせる少女のような笑みと共に自己紹介をした。

「申し遅れました。私は砂漠の獅子王、傭兵バダックの妻、シルヴィア・オークランドと申します」

 ――ああ、やっぱり。うすうす感づいてはいたけどまた厄介な人とめぐり合わせたものだ。とはいえ、ここでこの人と出会えたのは大きい。この人の死を回避できたこともそうだが、うまく立ち回れば【六神将・黒獅子ラルゴ】をヴァンの手駒から消せるし、こちらのスパイとして潜り込んでもらうという選択肢も増える。というかそうでも思わないとやってられない。約2年後に迫ったホド戦争の介入と違って個人のゴタゴタに巻き込まれるのは、正直言って遠慮したい。したいんだけど……まあ、仕方ない。
 
 さて――気合を入れよう。
 ここでの動き次第で、未来の自由度とルークたちの難易度が変わってくるからな……!



15.横暴エゴイズム。


 とはいえ、まずは様子見だ。まだシルヴィアさんに事実を告げるべきではないだろうし、それを知ってナタリア(仮)の存在をキムラスカ上層部に知らされるわけにもいかない。
 扱い次第で味方にも敵にもなり得る厄介な人物だが、今なら然程かかわりを持たずに、ラルゴが敵に回ることを阻止できるかもしれない。高望みはせずに、そこらへんを目標に設定しておくべきか?

 ……と、思っていたんだが。

 シルヴィアさんの境遇を不憫に思ったレン先生が勝手に「じゃあここに居ればいいわ」とか言っちゃうものだから、思惑を表に出せないこちらとしては「バダックが戻ってくるまで。ナタリア(仮)の体調が安定次第ベルケンドに戻る」と期限を切ることしかできなかった。

 ちなみにシルヴィアさんにはナタリア(仮)のことを「死に掛けていたところを助けた病弱な赤子」と説明し、名前は考え中で、あくまでも仮のものあると言っておいた。

「まあ……流石に王女殿下と同じ名前をつけるのは畏れ多いですからね」

 そういうシルヴィアさんの顔はいまいち表情の読めない、複雑そうなものだった。
 まあ当人にしてみれば【ナタリア】が元気に生まれてさえいれば自分の子を取り上げられることも無かったと思うのだろうから当然か。そこにいるのは本人なのだが知らぬが花、という奴だ。
 実際のところ、それでも預言遵守派によって始末されかねないのだが、教団の闇を知らない一般人にすれば、預言に詠まれていたとしてもそう思わずにはいられないのだろう。

 ゲームとしてとはいえ、下手に世界の裏側を知っていると要らん気苦労が多いな。のんびりのほほんと人生を過ごしたいと思っていた頃が懐かしいぜ。

 そんなある日のこと。

 乳母代わりをしてくれているシルヴィアさんにナタリア(仮)を預け、あーでもないこーでもないと名前を考えていた。

 感傷とも言える個人的なこだわりでしかないが、レン先生の場合とは違い、やはり元の名前との繋がりを残しておいてやりたいものだ。
 今の所浮かぶ候補は三つ。

 1.後ろの方をちょっといじって、ナタル。
 2.頭の文字を削って、タリア。
 3.更にもうちょい削って、リア。

 ……1と2が、下手に軍にでも入ろうものなら上司に恵まれずに不遇の死を遂げそうだと思ってしまうのは気のせいではあるまい。しかも適当に考えていただけなのに両方とも種系列、しかも艦長というのがなんとも嫌すぎる。というかここまでくると3もなんだか幸薄そうな名前に思えてくるから不思議なものだ。……か、考え直した方がいいか?

 むーん、と唸っていた俺の耳に、不意にその声は飛び込んできた。

 ナタリア(仮)を抱き、あやしていたシルヴィアさんが、

「――メリル」

 そう、腕の中のナタリア(仮)に呼びかけたのだ。

 気がつけば、俺はシルヴィアさんからナタリア(仮)をひったくるようにして奪い取り、キッと睨みつけていた。

「え……ええと、あの……?」

 突然のことで状況を把握できていないのであろうシルヴィアさんがおろおろと意味不明の身振りを―おそらく、自分でも解ってはいないだろう――をするが、こっちは彼女に気を遣う気にもなれない。

「――帰って下さい」

 自分の口から、己のものとは思えないほど冷たく、刺々しい声が出るが、そんなことはどうでもよかった。

「え……?」

「これ以上、貴女をここに置いておく訳にはいきません。お帰りください」

「待っ……待って。何でそんな、いきなり……」

「これ以上は何にもならないからですよ。この子にとっても……貴女にとっても」

「何を……ッ!」

「貴女は今、この子を『メリル』と呼んだ……それがこの子を『メリルの代替品』に貶めていると、何故気付かないのですか」

 自分でもどうしてここまで、と思うほどの激情を押さえきれず震える声をごまかすように、大きく深呼吸を一つ。

「この子には確かに今、仮の名前しかありませんが、その名前でこの子に呼びかけることだけは決してしてこなかった。それは、たった一つの、この子だけの名前を決めてから、そう決めていたからです」

「そ、れは」

「この子は他の誰かの代わりではない、この子自身になる。その権利がある。貴女がいてはこの子はメリルの影を背負わされてしまうし、貴女もこの子を見るたびにメリルの幻影を追ってしまうでしょう。それはどちらにとっても良いこととは言えません」

「だからって……!」

 納得がいかないのであろうシルヴィアさんの姿に苛立ちが募る。

「大体、忘れてはいませんか? 私たちはバチカルを訪れているだけの旅行者です。この子のこともあって長居していますが、落ち着き次第ベルケンドへ帰る人間ですよ」

「なら、この子は私が引き取ります! それなら……」

「話してあると思いますが、この子は身体が弱い。おそらく血中音素濃度が不安定なためと思われますが、その詳しい検査、治療のためにも機器の揃っているベルケンドへ連れて行くほうがこの子のためなのです」

 シルヴィアさんにもそれはわかるのだろう。わ、という声を伸ばした叫びと共に、泣き伏した。

 そう。それこそがシルヴィアさんにナタリア(仮)を預けられない最大の理由、その一つなのだ。
 医術の心得の無いシルヴィアさんにこの子を預けても、容態が変化したとき、しかるべき処置を行えない。それでは多少の誤差が生まれただけで、死の予言を覆したとはいえないだろう。

 それに、この世界では誕生日などに預言を詠んでもらうのが一般的であり、数少ない例外がシェリダンやベルケンドといったダアトに思うところがあり、預言を重要視していない風潮の強い都市の住人や、定住しないが故に定期的に預言を詠んでもらう機会の乏しい旅人といった身分なのだ。
 とはいえ、シェリダンやベルケンドに住むものが皆そうだと言う訳ではないし、旅人も己の旅の無事を知るために出発前に呼んでもらうことがある。もう少し未来の話になるが、ホド戦争の後、しばらくすれば皇帝に即位したピオニーによってマルクトの政治は預言から離れるが、民の生活から切り離すまでには至っておらず、そうするには、預言はあまりにも長い間、浸透してしまっていた。

 ようは、「ナタリア(仮)の健康」と「預言を呼んでもらわなくても怪しまれない言い分」が両立していればいいのだから、少しの間ベルケンドで過ごし、ホド戦争直前にマルクトに戻るというのが俺の新たに立てた計画だった。
 死の予言を覆した人間の預言がどうなるのかが判ればそれに越したことは無いのだが、新たに書き換わるならともかく、そのままなら教団に付け狙われる可能性もあるからな。危ない橋を渡る真似はできない。そこをシルヴィアさんに説明するのは……かなり難しいし、正直めんどい。

 それでも、俺は何も反発心だけでこんなことを言っているわけではない。

 この子が【ナタリア】だったとか、そういうのは後付けの理由に過ぎない。
 成り行き上、気まぐれに近い形で救ってしまったのだとしても、俺はその命に対して責任がある。

 俺は、この手に掴んだ命を手放すことはしないし、したくない。例えそれが、誰かの希望になり得るものを潰すことになったとしても、俺のやりたいようにやらせて貰う。

 それが、誓いというにはあまりにおこがましい、俺の自己満足とエゴに満ちた行動原理だ。
 それを少しでもわかってもらおうと――いや、押し付けようと口を開きかけたそのとき、

「失礼する。ここに妻が世話になっていると聞いてきたのだが……」

 そういってこの空間――とはいえ、何の変哲も無い宿屋の一室だが――に入ってきたのは、発育不良気味の俺からすれば、天を突くような――とまでは行かないものの、熊ぐらいは充分にありそうな巨体をがっしりとした鎧に包んだ男だった。

 男――髭も無く、だいぶ若いがこいつこそ若き日の黒獅子ラルゴ、バダック・オークランドその人だろう。面影がある。
 バダックはドアを開けた状態のまましばし硬直し、「ふむ」と鼻から抜けるような声を出すと、

「人の妻に何をしとるか小僧ぉ――――――!!!!!」

 空気どころか建物全体が揺れそうな大音声で叫ぶと、曲刀(名前はよく覚えてないが、確かカタールだかショーテルだかと言う類の奴だ)をこちらに向けてきた。

 いやなんか、最近こういう展開ばっかりじゃね? 流石にこれっきりにして欲しいわ。

 俺はそうぼやくことしかできなかった。



16.名前決定。


 俺目掛けて振り下ろされた曲刀は、がぎんっ!! という重い鋼同士がぶつかった音と共に止められた。……冗談のように長大なスパナによって。

 れ………………
 レン先生えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!

 正直今まで「この人を連れて歩くメリットってあるのかな?」とか思っていたけど、こういう時のためだったんだね! 初めて貴女がいてくれて良かったと心の底から思ったよ!

 ………今までのことを思えば全然割が合わないことはこの際無視しておこう。そうするべきだと俺の本能が叫んでいる。

 そんな風に意識を飛ばしている間にレン先生とバダックはたった一度、お互いの得物をぶつけ合っただけだというのに何か通じるものがあったらしく、ニヤリと男臭い笑み――いやだから先生、アンタ一応女でしょうが――を浮かべ、昔の不良漫画みたいな友情でも芽生えたのか、バダックはとりあえずこちらの話を聞いてくれる事になった。

 ……スゲー納得いかないんだけど、突っ込んだら負けだと俺の中のナニかが訴えてくるのでやめておく。

 んで、メリルのことやら身投げのことやらを知ったバダックは可哀相なくらい恐縮しきって平身低頭、頭をぺこぺこ下げてきた。

 ま、その程度じゃ許しませんがね(外道)。何しろこっちは殺されかかったんだからな!

 まあそれじゃ話も進まないので適当に弄ったあとにシルヴィアさんが泣いた理由の件まで話すと、バダックはいかつくも眉をハの字にした情けない表情から神妙な顔へと表情を一変させ、しばらく黙りこくると、

「………あなた方の判断が、おそらく正しいのだろうな」

 重々しい口調で語り始めた。

「俺は傭兵なんて仕事をやっている関係上、家を空けがちで、シルヴィアが臨月になってもバチカルに帰れず、出産にも立ち会えなかった。挙句今回の義母上の行いも止められず、危うくシルヴィアまで失うところだった。父親…いや、夫失格だな」

 バダックは自嘲交じりに呟き、身を竦めるように肩を落とす。
 そしてナタリア(仮)を引き取る気は無いと断言した。

「あなたっ!?」

 自分の味方をしてくれると思っていたらしいシルヴィアさんは責めるような眼差しを向けるが、バダックは揺らがない。

「その子の身体的な事情もそうだが、俺は……その子を愛する自信が無い。今はまだいい。だがこれからその子が成長して俺たちとは似ても似つかない容姿になった時、その子を素直に愛してやれるのか、メリルの影を追うあまり、謂れの無い憎しみを抱いてしまわないか、八つ当たりと判っていてもその子に辛く当たってしまいそうで怖いのだ」

 滲み出る苦悩を隠しもせずに、バダックの懺悔じみた告白は続く。夫婦だけあって夫がどれだけ悩み、苦しんでいるのかわかるのだろう。シルヴィアさんはただ静かに涙を流し、いたわるように夫を抱きしめた。

 あー。こういう空気苦手だわ。被害妄想かもしれんけどさりげなく俺が悪者っぽいポジションに追いやられてるし。俺正論言っただけなのになー。あぁ欝だ。何かもうやる気とか起きな…く?

 そのとき、全く関係ないけど唐突に一つの言葉が頭に浮かんだ。周りの事も忘れ、俺はナタリア(仮)の、まだちゃんと開いていない瞳を覗き込むように見つめる。

「貴女の名前は『アリアナート』にしましょう。というか決定です。ハイ拍手」

 最後の一言はひしと固く抱きあう夫婦と、もらい泣きしてるレン先生に向けたものだ。
 数秒ぽかんとしていた彼らは、まばらに拍手をするとおや? と首を傾げ、ツッコんできた。

「このタイミングでか!? 唐突すぎだろう!」

「えっと、今は私たちの感動の夫婦愛タイムのはずじゃ…………」

 これはオークランド夫妻の言。シルヴィアさんが戯言をいっているが無視だ無視。

「古代イスパニア語で【孤独を癒すもの】、【夜を照らすもの】などの意味ね。あとマイペースすぎるわよサフィール?」

 レン先生は名前の説明のあとに投げやり気味に呟く。へえ、語感重視でつけた名前にそんな意味が……【闇に潜むもの】とか【腋の臭いを嗅ぐもの】なんていうイタい意味だったり変な意味じゃなくてよかった……。

 女の子なのに自分の名前の意味を調べたら【腋の臭いを嗅ぐもの】とか、人生丸々かけた、壮絶なイジメだよなぁ……。俺なら鬱になって引き篭るね。うん。

 そんなアホな思考を表に出すことなく、頭の片隅で考えていたことを口に出す。

「アリアナート・ネイス……愛称はアリア、でしょうかね」

「あら、ネイス姓を名乗らせるの?」

「ええ、義妹ということで。別に養女でも構いませんが私は一応まだ被保護者ですし」

 あくまでも表向きの話で実際は違うけど。幾ら義理でも肉体年齢的にこの年で子持ちってのも世間体的にマズそうだしなぁ。
 それに、レン先生のアンバー姓は今の所偽名でしかない。世界観は独特なくせに戸籍制度は割ときっちり整っているから、暫くはネイス姓を名乗り、ホド戦争のあとで難民ということにして適当な家名をでっち上げるという手もある。島ごと消えるんだから公文書も偽造し放題だ。まあ、あくまでも暫定的な措置で、あとからどうにでもできるからこその決断だ。

 改めて、腕の中のアリアナートを見つめる。おそらくこの子の人生は常人の比ではない困難が待ち受けているだろう。
 一国の王女として生まれながらも、その場所を生まれてすぐに追われ、病弱な身体と、預言から外れた宿命を背負い、挙句の果てには俺のような人でなしのエゴイストや、レン先生のようないい加減な人が家族になる。……殺気が感じられるのは気のせいだと思いたい。

 だけど、それでも。
 この子に優しくないこの世界で、僅かでも幸いを感じられることがあればいい。
 そして、その手助けを少しでもできたのなら、俺は……いや、それを望むのは傲慢だな。そもそも、この子には己の生まれた場所から遠ざけられたとして、恨まれ、憎まれたとしても仕方のないことなのだから。彼女にはそれをする権利も、資格もある。

 津波のように押し寄せるとりとめの無い様々な思いを胸に、アリアナートに囁く。どうか幸せに、健やかな人生を歩めるように、と。

 シルヴィアさんがぼそ、と呟く。

「あれ…何か無理矢理いい話風にまとめようとしていませんか……?」

 ちっ、ばれたか。




えくすとらさいど2:レン・アンバー(レプリカネビリム)の場合。


 私はレプリカとしてこの世界に生みだされた。オリジナル――ゲルダ・ネビリムの代替品として。
 生みの親…というよりは製作者といった方が正しいのか、オリジナルの教え子であった、ジェイド・バルフォアは私を失敗作と判断し、見向きもしなくなった。いや、生体レプリカのデータ収集のためだけに生かされる存在となり、私自身を見なくなったというべきだろう。
 あるいは、彼の中で私は最初から生き物ですらないモノでしかなかったのかもしれない。

 生まれてすぐに存在を否定され、どうすればいいのか分からなくなった。生まれたばかりの私に頼れる人は彼しかいなかったのだから。
 それから私は必死に「ゲルダ・ネビリム」になろうとした。例えそれが上辺の行動をなぞるだけのものでしかないと判っていても、そうしなくては、ジェイドに私の存在を認めさせなくては何のために生み出されたのかすらわからない。

 レプリカという出自ゆえに親も、頼れるものもない私には、例え失敗作と見捨てられても、それでもジェイドしかいなかった。彼だけが私と世界を繋ぐものだった。それはまるで人が預言に頼るかのような、信仰心に近いものだったけれど、当時の私にはそれを気付く余裕も、またその知識すらもなかった。

 そして私は不意に、いえ以前から少なからずあった渇きに耐えられず、人を殺めた。
 最初は、喉が渇いたのかと思い、腹が膨れるほど水を飲んでも癒されることはなく、その正体に気付いたのは小動物を殺してその生き血を、正確にはその中の音素を啜り、僅かだが渇きが癒されたときだった。
 私は恐怖した。これは知られてはならない。人間は、「ゲルダ・ネビリム」はこんなことをしない。していると知られれば、ジェイドは完全に見切りをつけ、私を捨てるだろう。

「夢」を見るようになったのはその頃からだった。「夢」を見た後は決まって酷い渇きに襲われたけれど、それすらも嬉しかった。

 だってそれは、自分が「ゲルダ・ネビリム」に近づいている証のように思えたから。

 私の中で次第に生き物を襲って音素を奪う行為への抵抗は薄れ、自分から嬉々として襲い、奪い、あれほど嫌悪していた生き血を啜るという行為にも何の抵抗も感じなくなった。むしろ行為を繰り返すうちにもっとも効率よく音素を吸収することができると喜んだほどだ。

 そしてある日、今までになく強い渇きに襲われた私は熱病に浮かされるように襲い掛かり、渇きが治まって愕然とした。

 人を襲ってしまったからではない。
 人を殺しても何の感慨もなく、むしろ人を襲ったほうがより多くの音素を得られる事に気付き、何故もっと早くこうしなかったのかとさえ思ってしまった事に、私は震えが止まらなかった。

 この身どころか、心すらも既に人のものから外れ、化け物に成り下がってしまったのかと。

 それからマルクト軍との争いを経て、私は封印された。
 私は私の生まれた意味を得るために必死で抵抗し、何人もの軍人を殺めたが、その一方で、心のどこかで安堵もしていた。

 ああ、私はこれ以上、人を殺さなくてもいいのだ、化け物にならなくてもいいのだ、と。

 長い眠りの中で、また夢を見た。「ゲルダ・ネビリム」の記憶を。私と「ゲルダ・ネビリム」の境界は曖昧になり、溶け合うようにして私は、「今の私」になった。

「今の私」は間違いなく「ゲルダ・ネビリム」だろう。しかし、私(レプリカネビリム)だった頃の記憶に引きずられているのか、消えゆく私の妄執が焼きついたのか、「今の私」の根底には熾火のような衝動がくすぶり続けるようになった。

 自分の生まれた意味を知りたい。己の存在した証を証明したい。誰かの代替品でなく、私自身として生きた証が欲しい。

 それは、普通に親の腹から生まれ、己の存在に何の疑問も抱かず、今まで――特にダアトを追われてからは惰性のように生きていた「ゲルダ・ネビリム」には持ちようのない欲求だった。

 ならば「今の私」は「ゲルダ・ネビリム」でもレプリカネビリムでもない新しい誰かとなったのかもしれない。

 焼け付くような衝動は、熾火から炎に変わりあの渇きと同じ、或いはそれ以上の強さで私の意識を焦がしていくが、未だ眠り続ける私にはどうしようもなく、ただ焦燥感ばかりが募っていった。

 どれだけの月日が経ったのか、私は倦怠感を覚えながらも、覚醒した。
 目覚めた私の前には無表情ながら脱力した雰囲気を漂わせる小柄な子供。その子は「ゲルダ・ネビリム」の記憶の中にもいた子供だった。あまり外見が変わっていないので、ひょっとしたらそんなに長いこと眠っていたわけではないのかもしれない。

「ふぁ……あ、あら? 貴方……サフィールね?」

「!?」

 欠伸交じりに確認も兼ねてそう言うと、サフィールは目玉がこぼれ落ちそうなほど大きく目を見開いた。

 あらかわいい。こうして見るとこの子もやっぱり子供ねぇ。

 場違いにもそんなことを思っているとサフィールが震える声音で問いかけてきた。

何故……貴女が私を知っているんですか? レプリカネビリム」

 この子は私がレプリカだと思っているようだ。いえ、オリジナルと混同していない時点でこれは異常なことなのかもしれない。

「夢を……見たのよ」

 私は正直に語った。
 生まれてから、幾度か夢を見たこと。
 それらが生前のゲルダ・ネビリムの記憶らしきこと。
 しかし夢を見た直後は酷い渇きに襲われ、正気を失ってしまうこと。
 そして今回の目覚めで、記憶がほぼ全て補完され、オリジナルの人格を得た(正確には二つの人格が統合され、蓄積された経験の差でオリジナルの人格がベースになっていると言うべきなのかもしれないけれど、子供の彼に話しても理解できないだろうと思い話さなかった)こと。

 けれど彼はそれを信じられないような心地で聞きながらも、

「まさか……そんな」

 何か心当たりがあるような呟きをもらしていた。

「それで……貴方は何をしに来たの?」

 考え込んでいたサフィールに私が声をかけると、彼は酷く不恰好な笑みを浮かべ、少年らしからぬ決意とどこか悲しげな雰囲気を感じさせる平坦な声音で要件を告げた。

「貴女を救いに………そして、貴女を殺しに」

 その言葉を聞き、身構える私をよそにサフィールはあらぬ方向へ遠い目を向けると長いため息をつき、へら、とどこか壊れたような笑みを浮かべる。

 え、ちょっとなにこの子。大丈夫なの?

 私が別の意味で身構えていると彼は急にこちらに向き直り、説明しだした。

 私の音素欠乏を防ぐ研究が実を結んだこと。
 しかしまだ完全ではないので、別途用意した音素を補充する薬と併用する事で万全とし、代わりにデータを取らせてもらい、いずれは薬なしでも大丈夫なようにしたいこと。
 そしてゲルダ・ネビリムは記録上死人であり、レプリカも一部のマルクト軍人の覚えがよくないため、『ゲルダ・ネビリム』を殺して別の人間として生きてもらうこと。

 ……正直、信じられなかった。この子は神童とうたわれ、2歳上だったジェイドですらあきらめたことをまだ完全でないとはいえやり遂げたのだ。しかし彼の目は真剣そのもので、嘘をついている様子は微塵も感じられなかった。

 そして、硬質な声音で彼は告げる。

「これは、契約です」

 その対価として、サフィールは自分に同行することを求めてきた。けれど、薬のこともあるし、研究を、ひいては私の身体を完全にするためにも私は彼から離れられない。なのに何故そんなことを言うのだろうか?

「それで……あなたの目的は? 何がしたいの?」

 そう問いかける私にサフィールは感情の読めない無表情で答える。

「私は……預言を覆したい。その為に、預言に詠まれないレプリカである貴女の存在は利用価値がある。それだけです」

 しかしそれでも私の疑問は解消されない。

「……それなら、私でなくとも新しい、暴走しないレプリカを作って使えばいいんじゃないかしら? 貴方ならそれができるはずだわ」

「……………確かに、そのほうが楽でしょう。ですが……そのためだけに命を生み出そうとするほど、傲慢になった覚えはありません。そうですね……あえて言うのならば、あの時先生を見殺しにしてしまったことに対するけじめ、でしょうか」

 それが自己満足に過ぎないとわかっていても、オリジナルとレプリカは違う個なのだと知っていても。

 それでも、そうしなければ前に進めないと思った。

 そう言うサフィールの目は、悲しみと罪悪感に溢れていた。
 そして、理解する。この子の目は、声は生きる事に疲れた老人のような虚無感と、放り出しことの許されない重責を背負った者特有の緊迫感を孕んでいる事に。そしてこの子はそんな自分の心に気付くことなく、身を、魂をすり減らしているのだ。
 ああ、ゲルダ・ネビリムの死は、この子の心に消えることのない深い傷を残し、その傷口から今もなお血を流し続けているのだ。
 かつての死の間際に見た光景を思い出す。
 拙い譜術で止血を行い、施療院に運ばれる間も運ばれてからもずっと「死ぬな」と必死に呼びかけ続けていた声を。それは紛れもなく目の前にいる子供のもので、それからずっとここにいた私がオリジナルでないと承知の上で私を助ける為の努力を続け、ここに来たのだ。――それが、罪滅ぼしというのもおこがましい自己満足だとわかっていても、そうせずにはいられなかったのだ。

 この子は私の罪の証でもあり、そしてこの子は私のせいで背負ってしまった、本来ならば背負う必要のない己の罪から逃げることなく立ち向い、ここにいるのだ。
 ならば私はこの子のために生き、この子のために存在しよう。
 この子を護る盾となり、この子に害をなすものを滅ぼす剣となろう。
 今までの何もかもを捨て、この子の傍にいることを自身の贖罪としよう。
 かつて私が命を奪ってしまった者たちには悪いけれど、そうすることが私のなすべきことだと、素直にそう感じられた。
 いつしか、心の奥底の炎は消えていた。私は、私の生きる意味をここに見出したのだ。

 言葉は、流れるように自然に出た。

「――いいでしょう。その契約、結びましょう」

 こうして、契約は成った。

 その後、処置を受けてとりあえずの音素欠乏の渇きは解消されたものの、「ゲルダ・ネビリム」の記憶の中で明らかにならなかったこの子の本性というか本質に脱力したり、ノリと勢いだけでマルクト脱出させられたり、トラブル引っ張ってくるし揉め事起こした上に厄介な出自の赤子拾ってくるしで気の休まる暇はないけれど、それでもこの子がこんなだから、私もあまり気負わずにいられるのだろう。

 私の名前はレン・アンバー。
 ディストことサフィール・ワイヨン・ネイスの患者にして医術の弟子。そして彼の守護者。
 ゲルダ・ネビリム、そしてレプリカネビリム。
 かつての私たちへ。
 私はこの世界で、この名前で、この子の傍で今、笑えています。だから――

「レン先生ぇー、アリアのおしめ持ってきて下さぁーい」

 …………人が物思いに耽っている時に………………!!

「サフィール――――――ッ!!!!!」

 かつての私たちへ。
 私はこの世界で、この名前で、この子の傍で今、笑えています。だけど――

 時々投げやりになるのは仕方ないわよね?










(あとがき)
 調子に乗って本来書く気の無かったえくすとらさいどを追加して宣言したのに間に合わなかった阿呆こと凰雅です。すんませんした。

 今回、真ナタリアの名前が決まったのでその由来を解説します。

 ナタリア→ナト・アリア→アリア・ナト→アリアナート

 はい安直ー。ちなみに最初はアリア・ナト・ネイスと後半部がミドルネームになる予定だったのですがネイス姓は一時的なものになりそうだったのでくっつけちゃいました。
 あとレン先生は、レン先生というオリエンタルブルー 青の天外(GBA)というゲームに出てきたキャラから名前と外見を、アンバー姓は和服(っぽいの)プラス割烹着→琥珀さん(月姫)→ほうき少女マジカルアンバーという連想ゲームとジェイド(翡翠)に対するアンバー(琥珀)の言葉遊びのダブルミーニングです。間違っても洗脳探偵ジェイド・カーティスとか想像してはいけません。正気を疑われます。

 話は変わりますが今マクロスFのネタが脳内に浮かんでいて、それを書くかどうかで悩んでいます。いろいろと問題点が多く、誰か代わりに書いてくれないかなーとか思ったり。ていうかね、劇場版見れてないし、ラブコメ書こうとした結果がアレ(3/25に投稿した短編参照)だしシリアス書こうとしてもおちゃらけたくなるしで書けない要素のほうが多いという有様。ちなみに内容を一言で言えば、

「メカ設定にFSS(ファイブスター物語)とコールド・ゲヘナ(三雲岳斗著、電撃文庫)の設定を足して2で割って劣化させたような感じ? を追加。で、アルト最強(?)もの」

 う~~ん、需要がなさそうだ。ていうか読みたいですか? これ。一応メカ設定的なものだけはまとめてあるんですけど。
 読みたいor書きたいという方は感想掲示板のほうへご一報を。万が一書きたい方がいた場合は次回のあとがきにネタ設定を書きます。
 今回もいつものごとくバカな駄文ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。


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