File.1
音声記録再生。
≪ぐぅぅぅぅ……ああぁぁぁ……く、苦しいぃぃ……≫
≪陛下! いかがなされました?! ≫
≪わ、私の子宮に、誰か、何者かが…入り込んで来るぅぅ………≫
≪大変です! 第56ホモ・サピエンス製造バイオプラントにて異常発生! ≫
≪それだー! 急ぎ侍女と兵を向かわせろ! ≫
≪厳重にシールドされている我らが女王陛下の胎内に侵入して来るとは、何者だ……? ≫
後にこれが公式に記録された最初のTENSEIとなった。
このときTENSEIしてきたのは並行世界にて進化した高知性捕食植物であり、既にインストール済みの〈人間〉の基幹フォーマットと捕食植物としての精神が衝突しパニックを起こして暴れ出していたところだった。
幸い簡単に捕縛できたが、その後が問題となった。
エラーを起こした、と思われていた〈人間〉のメタ精神スレッドが自分たちの使っている思考規格とは全く別の規格によってRunされていたからである。
このことから、
・ 営巣連結体加盟種族に理解不可能な知的連続構造体が存在する。
・ それがまったく何の予兆もなしに突如として既知の生命体を乗っ取る。
・ どうやらそれは相手にとっても不測の事態らしい
ということが判明した。
なお、TENSEIされた〈人間〉は慎重に分解されたうえで不活性化処置が施され保存。脳および脊椎は共用データスペースに接続されたうえでクロック数を落とした隔離領域に動的状態で保存された。
File.2
2回目のTENSEIは〈ジ・オリジン〉の率いる次期主力兵士研究部隊で起こった。
そこで競合試作されていた最新鋭の改造済み兵士階級10体が同時に暴走。
それまで標準的な黒髪黒目だったのが、突如として銀髪赤目、或いは銀髪オッドアイ、白髪に浅黒い肌などに相転移。中には標準XY染色体から規格外XX染色体に変異した者まで居た。
彼らはスリープモードから不正規手順で覚醒するのと同時に緊急コールで呼び寄せられたホモ・インゼクタの研究員に対して攻撃開始。
その時の音声記録によれば、
「あん”みり”てっど・ぶれーど・わーくす! 」
「フフフ……デッド・エンド・シュート…フフフ……フフフ………」
「ヒハハハ! この一”報”通行様に敵うモノかよォ! 死ねよゃァ! 」
などと、意味不明な謎の単語を叫びながら、データバンクに一切該当しない未知の攻撃を乱射。
非武装のホモ・インゼクタの職員および移動不可能なバイオ・コンピュータ兼電脳要員のホモ・サピエンス合わせて63名を殺害。
研究所から脱走した。
事態を重く見たハイヴ統治システムは討伐隊を編成。
非公式な存在である第9長距離偵察・殲滅パトロール部隊と、創設されたばかりの公安第13特務課、そして〈ジ・オリジン〉自らが率いる試作兵士階級部隊。
この三つの部隊が合同で討伐に当たった。
その後の追撃記録は公式記録には記録されていない。
ただし、非公式な情報の断片を統合すると、どうやら相当な激戦だったらしい。
試作兵士階級研究部隊は陸上戦艦1隻および兵士階級26%と研究員41%を損失。
公安第13特務課は構成員のおよそ60%を損失。
第9長距離偵察・殲滅パトロール部隊は兵士階級の損失は6%と他に比べれば抑えられたが、本部およびシンクタンクが敵脱走兵の転移攻撃により一撃で半壊。
脱走兵10名のうち3名が死亡。5名が半壊。2名が戦意喪失で投降した。
…あくまでこれは非公式な情報なのだが、死亡・半壊した7名の脱走兵の躯体を巡って三部隊の間で相当政治的に揉めたらしい。
最終的に公安第13特務課が4体の躯体を確保。第9長距離偵察・殲滅パトロール部隊が残りの3体を確保。試作兵士階級研究部隊は貧乏くじを引かされる破目になった。が、流石〈ジ・オリジン〉は強かなもので、投降した2名の尋問に一枚噛ませる事に成功した。
尋問(対象のメタ精神スレッドのキャッシュを含む全データを吸出し閲覧可能な視聴覚情報として再構築すること)の結果、投降した2名の供述はこのような物であった。
いわく、猫を助ける、あるいはただ道を歩いていると突如としてトラック(荷物運搬用の大型動力車のことらしい)に轢かれ、死亡。その後目覚めると、神と名乗る人物あるいは存在から「ミスをして対象を死亡させてしまった。詫びとして任意の特殊能力を付与した上で異なる世界に転生させてあげる」と告げられ、これを快諾。覚醒して見ると、眼前に蟲の化物が居たのでチート(反則、ずると言う意味らしい)能力を使って攻撃。脱走した後どこかの町で仕事にありつき、あわよくばハーレム(翻訳不能。限りなく近似な意味として複数の雌と単一の雄が生殖活動を行うこと? 両棲類や魚が複数の卵に精子をぶっ掛ける様なものだろうか? )しようとしたらしい。
これを聞いた〈ジ・オリジン〉以下尋問チームは戦慄した。
以下はハイヴ統治システムに提出された、供述から推察される事態である。
・ この世界、というかこのレベルの世界現実は神を自称する存在によって支配されているらしい。
・ 我々のレベルの現実存在では神を知覚出来ない。
・ 神がミスをした。
・ すなわち世界を支配し管理している神というシステムが経年劣化、つまりボケている可能性が高い。
・ 明日にでもボケた神が発狂し世界を破壊するかもしれない。
・ 我々にはそれを止める術は一切無い。
このレポートは提出された時点では機密レベル10^6程度だったのが、同様のTENSEIが一ヶ月で3件立て続けに起こったことにより機密レベル10^13にまで一気に引き上げられた。
FILE.2,5
余談だが。
あくまで、まったくの余談だが。
TENSEIが多発するのを切欠として、営巣内に生じていた政治的状況が加速し始めた。
具体的には、現人龍発生の原因となった集団脱走事件。
その原因である兵士への感情除去処理の遠因であるある思想、否、思想と言うほどまで具体化していないある思考の志向。
“意識、自我などと言う物は果たして本当に必要な物なのか?”
それが次第に方向性を持って、ある種の潮流となり始めた。
そも内省意識とはシステム内において競合する欲求を調整し処理するための物であり、全ての欲求が合理的に処理されるシステムであれば、そもそも内省意識等と言う物は発生しないのである。
そして処理すべき欲求が存在しなくなった場合、そのシステムは最も純粋かつ最大限の能力を発揮できるはずである。
………と、これは流石に言いすぎだが、詰まるところα世界の仏教における「悟り」「解脱」に似た状態を理想とする思想が次第に形成され始めた。
一方この動きに対抗するように〈ジ・オリジン〉が主体となってある長期プロジェクトが立案された。
計画「三神一体」
営巣の構成種族であるホモ・インゼクタとホモ・サピエンスの精神構造を融合することでより高次の精神を産み出すことを目的とした長期計画を〈ジ・オリジン〉が修正した物である。
これは融合する精神を二つから三つに増やした物で、三つ目は理想的な融合のために全く新規に創造するとされた。
後に、虚空主義、三神一体主義と呼ばれる派閥の誕生であり、永きに渡る営巣の内部抗争の幕開けであった。
思想の差とは即ち目的に対する方法手段の考え方の差であり、この場合の目的とは両派閥とも共通である。
すなわち、神殺し。
虚空主義者は「解脱」することで神のレベルに至ろうとし、三神一体主義者はそれぞれ全く異なる三つの精神を融合することで神のレベルに至ろうとしている。
この両者が和解して、ホモ・エクス・インゼクタ、ホモ・エクス・サピエンス、虚空が融合してTENSEIを行っている神を殺害するのは、まだまだずっと先の話……
現在も未だにTENSEIは続いている。
止む気配は無い。