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[25865] 【ネタ・習作】魔法少女リリカルなのはsts 白き流星の軌道(なのは×ガンダム逆シャア)
Name: 士官その一◆6a589bf2 ID:016151d2
Date: 2011/11/02 23:38
【注意】
練習を兼ねて、テンプレ的な展開、クロスオーバーでどれだけできるか。
なのはと逆襲のシャアのありきたりなクロスオーバーですが、逆シャアからはアムロ以外出てきません。また、MSがデバイス化、小型のMSが登場するということもありません。
オリキャラが登場しますが、オリ主ではないのでご了承ください。


最新 → 11月2日 更新



[25865] 第一話
Name: 士官その一◆6a589bf2 ID:016151d2
Date: 2011/02/11 18:50
その男にとってみれば、生身の体で空を飛ぶというのは奇妙な感覚であった。一度、飛行機から飛び降りたこともあったが、あれは落下であり、もちろんそれとは感覚は全く違う。ふわりと体が宙に浮くさまは、まるで宇宙にいるような感覚もあり、自由に動けるのだが、重力も感じるという、一種のアンバランスな感覚もあった。しかし、適正があったとでもいうのだろうか、数日もすればそれも慣れ、数年たった今なら感覚に惑わされることもなく見事な飛行を披露出来る。
そんな男だからこそ、期待の新人から憧れのベテランへと昇格するのも早かった。彼の経歴がそうさせているのもあるが、組織と言うのはよくも悪くも実力主義だ。頭角を現した男に正当な評価を下すは当たり前の事であった。

「風が強いな」

 ふっともらした言葉は誰に聞かれるわけでもなく、風に消えていく。そして、男の右手にある杖『デバイス』を通して通信が入る。

『アムロ一等空尉、そろそろ、デバイスのテストを開始します。準備はよろしいですか?』
「あぁ、いつでもいいぞ」

 そう言われて、男、アムロ・レイは意識を集中させた。デバイスを握る手も自然と強くなる。そして、またデバイスを通して、データが送られてくる。今回は新型量産デバイスのテストであり、そのテストパイロットにアムロが選ばれたということだ。
 それは杖という表現はあまり正しくない。無機質な鉄の色をした長い警棒にサーブルの柄をとってつけたような非常にシンプルな形で、見ようには剣にようにも見えるが、剣にしては頼りない形で、警棒にしては異様な形で、なんともアンバランスな形状である。
 
『慣らし運転として、まず飛行型オートスフィアを五機出しますので、撃破をお願いします。それなりに速く設定してあるので、注意してくださいよ?』

 通信員はどこか悪戯っぽい笑みを浮かべていた。アムロはそんな彼に苦笑しつつも、余裕を持った態度で答えてやった。

「テストだと言うのに、案外厳しいんだな?」
『テストって本来そういうもんでしょ? アムロ一尉なら出来ますよ』
「ありがとう、こちらも全力を尽くそう」

 通信員と冗談を言い合いながら、アムロはテストを開始する。アムロはまず大きく上昇すると、そのあとをスフィアがついてきているかを確認する。まずはデバイスの動作テストを兼ねて、近接モードから射撃モードへと変形させる。変形と言っても、そのまま刃と柄の部分が折れてライフル状になっただけである。スフィアたちはぞろぞろと間隔を開けつつも、アムロの真後ろをとるようについてきていた。アムロはくるりと体を反転させると、スフィアにデバイスを向け、牽制の為、二発の魔力弾を発射する。スフィアたちも牽制に当たるわけにはいかないのか、散開してそれを避けるが、直後、その内の一機が回避コースを読まれて直撃を受ける。

「まずは一機。命中精度は中々のものだ。満足できる作りだ」

 そう言いながら、アムロは散開したスフィアを追い、早くも一機のスフィアの後ろをとった。通信員の言うとおり、中々素早い設定がなされているのか、この新型デバイスでは簡単に追いつけることが出来なかったが、それでもアムロは冷静に狙いを定め、魔力弾を発射。まるで吸い込まれるように魔力弾が命中。二機目を撃墜する。ここまで来ると、さすがにスフィアからの反撃を開始される。アムロを取り囲むように三機のスフィアが展開し、次々と攻撃を放つ。アムロは隙間を縫うようにして攻撃を避けつつも、何発かはバリアを展開して、受け止めてやる。評価試験の為、攻撃にも当たってやらなければいけないのだ。バリアは崩れることなくスフィアの攻撃を防いでみせ、アムロはこのデバイスを高く評価した。攻守ともにバランスの取れた出来であり、特別秀でた能力はないが、高次元にまとまったデバイスであると評価を下した。現存の量産デバイスの上位互換に位置するデバイスだが、その性能差はかなり大きい。しかし、それでも低コストである面からみても、開発陣の努力が見られる。
 バリアで攻撃を防ぎながら、アムロはデバイスを近接戦モードに切り替え、目の前のスフィアの下腹部を切り裂くと、素早くその場から離脱し、再度射撃モードに切り替えると、右側を飛行していたもう一機のスフィアめがけて、三発の魔力弾を発射する。弾はスフィアの左翼に命中し、態勢が崩れたところを二発の弾が直撃し、撃墜される。最後のスフィアはアムロの背後をとるように急接近をかけたが、アムロは体をひねりながら、スフィアを狙撃、撃墜した。

『さすがですね。たったの二分で撃墜ですか』
「数が少ないからな。それに、はしっこいとは言っても単純な思考回路しかないオートスフィアだ。大型のスフィア相手か魔導師ならこうもいかないだろう」
『あなたなら十二人の魔導師を三分で撃墜しそうですけどね』
「ン……くくっ……やけに具体的に言うんだな」

 どこか身に覚えのある数値を例に出されて、軽く困惑してしまったが、それでもアムロは軽く笑ってみせて、適当に返した。通信員もすぐにまじめに業務へと取り掛かる。

『それだけあなたを評価してるんですよ。それで、デバイスの方はどうでしたか?』
「良いデバイスだ。基本性能も高いし、モード切り替えも早い、処理速度も中々だ。各々の調整を加えれば、新米から熟練まで幅広い層で使い勝手の言いデバイスになるだろうな。大型スフィアのような相手に個人戦は若干力不足だが、数で補えば大丈夫だろう」
『そこは各々バリアブレイクなり組み込むでしょうから、心配はいらないでしょう。続いて、陸戦の試験も開始しますが、大丈夫ですね?』
「了解だ。すぐに降りるよ」

 ゆっくりと下降していくと、じょじょに重力が体に押しかかってくる。足が地面につくと完全に重力を感じる。かすかに感じる浮遊感がなくなるのは少し残念であった。アムロはあの感覚が嫌いではなかった。
 そしてまたデータが送られてくると、アムロは陸戦のテストを開始した。


「お疲れ様です」
「ン、ありがとう」

 テストが終了して、若い女性局員がアムロにドリンクを手渡す。特に意識もしていないのか、顔を赤らめることもなく、淡々とした感じで手渡されると、自分の男としての魅力がないのかと少し残念にもなるが、アムロも深く気にすることはなく、礼を言って通信員の下へと移動する。

「チャメル、データの方はどうだった?」
「十分だったらしいですよ。さすがはアムロ一尉ですね。技術部の連中も喜んでましたよ」
「そうか。正式採用はされそうなのか?」
「でなきゃ、ここまでテスト運用しませんよ。多少時間はかかるでしょうけど、次入る新人たちには配備できるようにはするみたいですね」
「あとは一部の熟練にってところか?」
「でしょうね、後はゆっくりと浸透させていけばいいわけです。まぁ僕たちはデバイスの試験さえしてればいいですし、後は上の決めることですよ」

 チャメルと呼ばれた青年は眼鏡をくいっとあげながら、どこか気取ったように言って見せた。伊達眼鏡なのだが、もてるからという理由でかけ始めた眼鏡は彼には大きすぎて少々不格好な姿であった。アムロとチャメルはそのまま部屋を出ようとすると、ちょうど、アムロがテストを行っていた区画の反対側から、別の団体がやってきていた。すれ違いながら、アムロはチャメルに耳打ちするように訪ねた。

「他にデバイスの試験をしてる部署があるのか?」
「あれは『アインヘリヤル』のテストチームですよ」
「地上本部の新型兵器か……」
「過ぎた力ですよ。権力の象徴も兼ねてるんですよ」

 チャメルは露骨に嫌がって見せた。組織というものは厄介で、大き過ぎれば派閥もできるもので、この『時空管理局』も例外ではなく、本局と地上本部とで大きな確執が出来上がっている。チャメルは本局からの出向であり、地上本部に良い印象は抱いていないようだった。しかし、チャメルの感情は大衆に動かされた個人であり、恐らくチャメル自身は地上本部の詳しい内容も対立理由の深い意味もよくわかっていないのだと思う。つまり、若いのだ。血気盛んになると言っても良い。
 対するアムロは、どこか複雑な感情であった。大人だからというものもあるし、第三者の立場からものが見れているという自負もあるからなのか、どちらにも共感が持てるし、理解も出来る。取りあえず、言えるのは派閥争いが今後の火種になってしまうのではないかという不安があるということだけである。

「アムロ一尉はこれから何処へ?」
「支局さ、報告書とか色々あってね。今日はどういうわけか、予定がぎっしり詰まっている」
「アムロ一尉の訓練は人気みたいですね。聞きましたよ、他の教導官とは違って叩きのめすことはないって。だけど、どこよりも実戦的だって。どうです、教導隊じゃなくて、教官職についたら?」
「成り上がりの男の訓練を受けてくれるんだ、その期待には答えてやらないと、失礼だろ?」
「入局五年で一等空尉、誰もが驚くスピード出世ですよ」
「だからさ」

 その後も軽く会話を交わした後、アムロはチャメルと別れて、駐車場へ向かう。これから向かう場所は車で数十分のところ、戦技教導隊の支局の一つであり、アムロの所属する部署でもあった。アムロが支局に足を踏み入れると同時に、受付嬢の高い声がアムロを引きとめた。

「アムロ一等空尉、お客様がお見えです」
「客? そんな予定は入ってないはずだが……」
「何でも、急な用事らしく……一応、待たせてはいますが?」
「フム……」

 アムロは腕時計で時間を確認する。報告書の提出までには時間があるし、訓練自体は数時間も先だ。本当なら休憩を入れたいところだったが、話を聞く位は別に構わないだろうと、アムロは自室へとその客人を通すように受付嬢に伝えた。数分後、自室にいたアムロの下に客人が訪れる。

「オーリス三佐……」

 アムロの下に現れたのは、地上本部防衛長秘書官のオーリス・ゲイズ三佐であった。少なくとも、おいそれと会う事の出来ないような人物の訪問にアムロ自身も少なからず驚いている。

「また例の件ですか?」
「えぇ、そろそろ良い返事がいただけるのではと思いまして」
「待ってくれ、俺はまだ入局5年の男だ。部隊を率いるなんて、時期尚早だと思うが?」
「我々地上本部、そして本局はあなたの実力を高く評価しています。確かに時期は早いでしょうが、正当な評価を下せば、それぐらいは当然です」
「しかしな……」

 オーリスの申し出に、アムロは渋る。オーリスが言いたいのは、アムロに地上本部の一部隊を率いてもらいたいという事だ。アムロ自身は教導隊にいること事態、時期尚早と考えている。尊敬されるとは言え、入局5年しかたっていないアムロの昇進をやっかむ連中は少なからずいる。そんな状態でさらに部隊を率いるなど。

「正直なところを申し上げるなら、私どもはアムロ・レイという人材を本局に渡したくはないのです。お家事情を言えば、地上本部の現状は酷い有様です。少ない戦力を補おうとすれば、戦力過多と判断され、優秀な局員の殆どは出世の見込める本局へとひきぬかれる」
「俺を客寄せパンダにするつもりか?」
「本音を言えばそれを兼ねて、地上の戦力の要になってもらいたいのです。本局、海が危険な職場である事はレジアス中将も理解していますが、土台を支える事の出来ない組織が他人の庭のあれこれを言うのは、出過ぎていると考えています」

 加えるなら本局に対するけん制もあるのだろう。戦力増強に関してアムロは実力、人気ともに非常に魅力的なのだ。実際、アムロは本局からもこれと似たような話が持ちかけられている。
 その後もオーリスからの誘いは続いたが、訓練の時間が近づいてきたという事で、ひとまずは解散となる。アムロとしては、元の世界ではやっかまれた能力が、こちらでは頼りにされるという奇妙な待遇の差に戸惑いもあったが、自分を拾ってくれた時空管理局に対する恩も感じている。その恩に答えなければならない時が来ているのだと言う事を実感しながらもアムロはどこか引け目に感じていた。
 だからだったのかも知れない。アムロに決断を促す事件が起きたのは。訓練も終了し、報告書を提出し終えた時だった。時刻も夜を迎え、アムロ自身も休息を取ろうとした時であった。突然のアラート、そしてスピーカーから聞こえるオペレーターの声にアムロは椅子から飛び出すように立ちあがって、出動態勢に入った。

「状況は?」

 デバイスを機動させ、バリアジャケットに身を包んだアムロはオペレーターに状況を確認させた。

『北部の臨海第8空港にて大規模火災が発生、アムロ一尉は陸士422部隊と合流、消火活動をお願いします』
「了解だ」

 アムロはそう答えると、夜空へと飛翔する。デバイスを通して、422部隊の場所を確認すると、その方角へ向けて一気に飛び出す。数分後、422部隊と合流したアムロはデバイスに消火プログラムを組み込むと、燃え盛る空港へと到着する。

「テロでも起きたのか? 旅客機の爆発でもここまで火は広がらないぞ」

 他の部隊員と共に消火を続けるが、いかんせん数が少ない。第一、アムロの422部隊を含めると、消火活動に参加している部隊は4つ、各々に10数名の隊員がいても、火災の規模からみれば圧倒的に数が少ない。

「実働できる部隊が少ない……それゆえに展開も遅いか……」

 数十分後、本隊が到着して火災は鎮火したが、空港は破棄されるだろう。いまだに火災の余熱が感じられる空の上で、アムロはある決意を固める。その後、アムロが正式に地上本部勤務になるのには時間はかからなかった。


 4年という月日が過ぎるのは早いもので、アムロは火災で合流した陸士422部隊にいた。元々軍で隊長をやっていたアムロの手腕は優秀で、陸士422部隊は地上本部屈指のベテラン部隊とも言われるようになった。治安活動を主にしているが、災害救助といった仕事も彼らはになっている。レスキュー部隊からノウハウを学ぶ為に合同訓練を行ったり、多くの次元世界を見てきた本局の部隊の知識も取り入れるなど、ある意味地上と本局のかけ橋ともなる活躍を見せたが、両者の確執は中々埋まらなかった。

「新設部隊、レジアス中将はカッカしてるって話ですよ」

 事務作業をしていたアムロに部下の一人が耳打ちする。

「機動六課だろ? 確か、八神はやて二等陸佐が部隊長を務める部隊」
「地上部隊と言っても、そのバックは海の権力者がいるっていうんで、実質、陸の部隊じゃないって話です」
「そりゃまた……」

 随分と喧嘩を売るような真似をと思った。多くの陸勤務の局員からしてみれば、海からの干渉と捉えるだろう。地上本部の上層部からの反発は大きかったに違いない。

「中将も何かしら手を打ってるみたいですよ。陸の管轄に海がでしゃばってきちゃ、メンツに関わりますからね。陸海合同の部隊にするって案も出てるくらいですし」
「レジアス中将にしてみれば、それも腹の立つ話しってわけか……」

 組織の格差に悩まされるのは、下の人間であるのだが、それ以上に苦しいのはその現場にいる人間なのだろう。横や下からの圧力に耐えてなお、成果を見せなければならないのだから。
 そんな時、荒々しい声が響く。まだ若い声で、アムロたちはそれを新人のシュー・ラッツ二等陸士である事を理解した。他の隊員がシューを落ち着かせているが、興奮したシューはその隊員にも当たり散らしていた。若い世代特有の荒々しさを見せるシューの様子が気になったのか、アムロは部下に理由を聞いた。

「シューは一体どうしたんだ?」
「あぁ、何でもAランクの昇進試験に落ちたみたいですよ」
「昇進試験? あいつは一年前にBランクに昇進したはずだが?」
「自信過剰なんですよ」


 シュー・ラッツの実力は新人にしては非常に優秀である。新しい世代を担うには十分な才能もあるが、いかんせん彼の性格は直情的すぎる。自分の力に自信を持つのは良いが、それを過信しすぎるし、今のように激昂する事も多い。アムロは、もう少し落ち着けば良い局員になると判断している。

「ほっといて良いんですか?」
「ぶつかるのも必要さ。それに下手に慰めれば、かみつかれる」

 あぁいった手合いの扱いは心得ているつもりだった。後で話しでも聞いてやろうとアムロは思った。その後422部隊の部隊長がシューを殴り飛ばして騒動は終了した。
 書類の提出の為にアムロは部隊長室に足を運んだ。シューを殴り飛ばした部隊長は決して筋骨隆々の男ではなく、むしろインテリ系の人間に見える。だが、手を出す場所をというものを心得ている人間だ。

「ン、御苦労。あぁ、アムロ一尉、君に話しがある」
「はっ……?」

 部隊長は眼鏡を拭きながら、言葉を続けた。

「君も機動六課の話は聞いてるな?」
「えぇ」
「先ほど報告があってね、機動六課の交替部隊として、我々422部隊から何名か出向してくれと言われたよ」
「交替部隊?」
「地上のプライドだよ。海の部隊ではなくて、陸海合同部隊として運用させようとしている。その為に地上の部隊が出向するのさ。一部反発もあったようだが、交替部隊と言う事で手を打ったらしい。だが、実質は海の部隊と陸の部隊と二つの部隊が存在することになる。随分と急な話だが、アムロ一尉、人選は君に任せる」

 アムロはそのまま機動六課の書類を手渡されると、そのまま報告へと向かわされた。アムロ自身も驚きだが、その後、部隊の動揺は考えるまでもないだろう。恐らく、無理やりねじ込んだのだろうと推測できる。
 六課への出向メンバーを考えながら、アムロは六課の異様性に気がついていた。本局でも影響力の強いハラオウン提督をはじめとして、聖王教会、伝説の三提督と言われる実力者らが後継人にいる。同時にそのメンバーもそうそうたるものであった。若手ながらもエースと呼ばれるメンバーがそろい踏みである。

「ロンド・ベルも無茶をしたが、これはそれ以上に無茶だな……」


 翌日、アムロはメンバーと共に機動六課へと出向した。メンバーの中にはシュー・ラッツの姿もあった。輸送機に揺られる事数時間、六課隊舎へと到着したアムロらは人数の関係上、格納庫で部隊長八神はやてと面会する。

「ようこそ! 機動六課へ。私が部隊長の八神はやて二等陸佐や」
「陸士422部隊、アムロ・レイ一等空尉以下5名、着任します」
「ウム。許可する。まぁ、堅苦しい挨拶はここまでにして……六課の運営期間は一年間、それまでよろしくお願いします」

 八神はやての声は明るい感じがしたが、どこかよそよそしい部分も感じられる。警戒とは違うようだが、もろ手をあげて歓迎というわけでもないようだった。
 アムロは他の隊員を先に宿舎へと向かわせると、自身は交替部隊の隊長としての仕事を行うため、八神はやてと共に六課部隊長室へと向かった。


 個室に案内されたシュー・ラッツは暇を持て余していた。出向したとはいえ、今日から部隊が活動するわけでもないらしく、第一自分たちは交替部隊。勤務時間ですらない。緊急ともなれば話は別だが、とにかく今は何もすることはない。シューはそのまま部屋を出ると、目的もなくぶらぶらと宿舎を歩き回った。格納庫では移動用のヘリの搬入が行われており、他にも事務員たちがせわしなく書類を持って歩きまわっていた。ふと、シューの視線の先に荷物を運ぶ女性が映った。ショートカットの紫の髪をした女性だった。シューは暇だったと言う事もあってか、その女性を手伝ってやろうと思い、声をかけた。

「手伝おう。どこまで運べばいい?」
「あら、ありがとう。すぐそこの部屋まででいいわ」

 元々数も少ないし、重たくもない荷物だったのでそれほど手間取るようなものではなかった為、荷物運びはすぐに終わった。それでも女性は手伝ってくれたシューに感謝の言葉と笑顔を向けてくれた。

「助かったわ。私はアイナ・トライトン、この寮の寮母です。これからよろしくね」
「あ、あぁ……俺……自分は交替部隊のシュー・ラッツ二等陸士です。それでは、仕事がありますので」

 アイナの笑顔にドギマギしながら、シューはその場を立ち去った。なんとなく恥ずかしくなって、その場を離れたが、冷静になれば別にやましい事はしてないわけで、美人の寮母に出会えた事に感謝すべきであったと今頃になって後悔していた。

「良い人だったな……ン?」

 アイナの顔を思い出しながら余韻にひかれていると、通路の反対側から二人、どこかで見た顔が現れた。片方はよく知っている。座学で、自分を差し押さえてトップに躍り出た女、スバル・ナカジマだ。もう片方はよく知らない、スバルとよく一緒にいるのを見かけた事があるが。

「あいつら……なんで六課に?」

 自分と同じ交替部隊配属だろうか。そんな風に考えていると、彼女たちがシューに気がついたのか、スバルが大きく手を振って挨拶をしてきた。

「あれぇ! シュー・ラッツでしょー!」
『なんだ、こいつ。なれなれしくないか?』

 スバルは子どもみたく大声を出して、シューに近づいてきた。相方の方は少し呆れているのか、額を押さえながらスバルの数歩あとからやって来た。シュー自体も特に親しくした覚えもない相手にフルネームで呼ばれ、困惑した。

「久しぶり、シューも六課に?」
「422部隊からの出向、交替部隊だ」
「そうなんだ。私はフォワード、スターズ分隊の配属なんだ」
「フォワード? 主戦隊か……ふぅん」

 シューはそう言いながら、スバルとその相方を値踏みするように見る。確かに座学の成績は遅れをとったが、実戦成績は自分が上だったはず。なのに、この二人が主戦隊にいるのはシューには納得がいかなかった。同期の中では真っ先にBランクまで昇進したというのにだ。

「なに? 言いたいことでもあるわけ?」

 そんなシューの目が気にいらなかったのか、スバルの相方が目を鋭くして、言った。ツインテールにしたオレンジ色の髪が揺れて、それが怒りを表現しているようだった。対するシューは威圧される事もなく、挑発的に返した。

「別に、主戦隊と言ってもその程度なんだなと思ってな」
「なんですって!」
「座学で優秀だからって、実戦では意味がないって事さ」
「この、言わせておけば!」
「て、ティア、落ち着きなって! シューも挑発しないで!」

 言い争いに発展した二人を止めるようにスバルが両者の間に割って入る。シューは言葉こそ発しなかったが、態度は変えず、ティアと呼ばれた少女は鋭い視線を向けていた。

「ふん……!」

 バツが悪そうな顔をしながら、シューはその場を立ち去った。見苦しい嫉妬である事は明らかだったが、それを認めたくないというのがシューの無意識からなるプライドのせいだった。
 機動六課という部隊は、シューにとってエリート部隊という認識がある。実際、専用の隊舎があり、輸送用のヘリ、部隊長から分隊の隊長だって、雑誌でみた事のあるメンバーだ。交替部隊とは言え、アムロ・レイだって地上本部の要と言われた男だし、なにより自分たちは陸の看板を背負ってここまで来ているわけだから、シューにもそれを全うしてやろうという自負がある。だから、そういう余計なプライドが邪魔をして、同期の連中が自分よりも上にいる事が許せなかった。

「俺はいつか、自分の艦を持つ男だ。たかが交替部隊で甘んじるような男じゃない」

 自分に言い聞かせるようにシューは呟く。純粋な向上心は時として無謀な過信へと繋がる。だが、熱意に燃え、若いシューにはその違いなどわかるはずもなかった。いつか自分は部隊を持つにふさわしい男になる。そんな夢だけが、シューをひたすら走らせていた。



[25865] 第二話 前編
Name: 士官その一◆6a589bf2 ID:016151d2
Date: 2011/02/11 18:50
 交替部隊と言っても、陰ひなたに隠れるわけではない。勤務時間がくれば、前線で戦い、それ以外では本隊の留守を守る役割もあるし、いざという時の実働部隊としての役割だってある。そういった意味では、主戦隊よりも忙しいとも言えるし、それゆえに各分隊の隊長陣は顔合わせを含めたミーティングというものが行われる。緊急時において、分隊間での連携が取れないのでは組織運営が成り立たないからである。
 各分隊はスターズ、ライトニングと分けられ、そこに交替部隊であるスラウギが存在する。スラウギ分隊は一隊だけだが、隊員数はスターズ、ライトニングよりも多く、422部隊五人以外の出向部隊を含めて十二人構成であり、アムロはそのスラウギ分隊の隊長を務める事になる。会議室に集められた隊長陣及び、支援部隊のロングアーチのメンバーが集められていた。
 会議室の雰囲気は非常に若々しいものだった。そういった若者の中に、それも女性の比率が多い部屋に四十路手前のアムロが混ざっている光景はさながら引率の教師のようであった。地上本部がこういった若手のメンバーが多い六課に大人であるアムロを出向させた意図は様々であろう。アムロの階級は佐官クラスとまではいかなくても、無視はできないし、アムロは他の一等空尉よりは先任である。なによりレジアス中将の信頼厚い、地上部隊の要と呼ばれる人物であるがゆえに下手な扱いはできない。アムロ本人にそういった意図はないが、部隊長である八神はやてにしてみれば、アムロ・レイという男は爆弾のようなものだった。だから、はやて本人には悪気はないにしても、アムロを前にすると表情が硬くなる。部隊長と言っても十九の小娘、いわゆる大人の態度を取るにはまだ経験が浅い。
 だから、アムロから交流を兼ねての合同訓練を提案された時は、陸による海への戦力視察ではないかと必要以上のガードをしてしまうなど、余裕がなかった。この提案にスターズ分隊隊長の高町なのはが賛成した時は、彼女に全てまかせてしまおうかとも考えたくらいだ。とはいえ、部隊長かつ階級では自身が上なわけでそういうわけにもいかず、はやてとしてはこれほどまでに緊張するミーティングもないだろう。

「合同訓練の際に、お互いの分隊の新人たちの実力を測りたいのですが、どうでしょう?」

 そんなはやての気苦労を知ってか、知らずか、高町なのはは普段通りの感覚でアムロと打ち合わせをしていた。

「そうだな、うちのシューも年上ばかりではやりにくいだろうし、近い世代同士での交流も兼ねてやってみるのもいいかもしれないな」
「それじゃ、分隊間での合同訓練の時間も見直してみないといけないですね……最初に新人同士でやらせてみましょうか?」
「フム……早めに分隊連携の訓練も行いたかったが、少し時期を延ばしてみるか」

 教導隊、陸と海のエース、パーソナルカラーも白と同じ、共感するものでもあるのかと思えるくらいに、二人の話し合いを進んでいく。はやてはその内容を聞きながら、「よく、あぁも話せるものやな」と、友人を尊敬する。時折、スターズ隊の副隊長であるヴィータやライトニング隊のフェイト・テスタロッサ・ハラオウン、シグナムにも確認を取ったりしながら、話しがまとまったのか、なのはがはやてへと視線を向ける。それに気がついたはやては僅かに姿勢を伸ばして聞きいれる態勢を整える。

「八神二佐、三日後の合同訓練の内容です。確認をお願いします」

 友人同士とは言え、公私はわきまえるのも大切である。こういったミーティングや会議などでは階級で呼び合う事もあるが、長年付き合ってきた友人からこうもかしこまられるとむず痒い感覚が走る。そんな奇妙な感覚を押さえながら、はやては送られてきたデータを受け取ると、自身のディスプレイに表示する。きめ細かく組み込まれた訓練スケジュールは無駄のない配置と言える。

「うん……特に問題はないから、合同練習はこれで良いと思うよ。あとは各分隊の隊長陣の手腕にまかせるとするわ」
「はっ、ありがとうございます」

 その後も軽い状況説明を行うと、はやてにとって妙に緊張するミーティングが終了する。


 ミーティングが終了すると、はやてやロングアーチを残して隊長陣は会議室を退出する。部隊長であるはやてや支援部隊のロングアーチは遅れている資材の搬入や各分隊の隊員たちの状況をまとめたりと忙しいデスクワークが残っていたが、逆に隊長陣はここまで来るとある程度暇になってしまう。報告する事もないし、訓練自体もまだない。明日にもなれば仕事もあるだろうが、今日はもうすることはないと言うのが現状だ。

「今日のはやてちゃん、なんだか緊張してたみたいだね」
「そうだね……どこか気分でも悪かったのかな?」

 通路を歩きながら、思い出すようになのはが言うと、フェイトがそれに相槌を打つ。はやて本人にしてみれば上手く隠していたつもりだっただろうが、長い付き合いというものはそういった小さな変化にだって気がつく。

「なに、陸の要、アムロ・レイ一等空尉がいるのだ、八神部隊長もそんな有名人を前にすれば緊張もするだろう」

 シグナムは彼女にしてみれば珍しくはやての緊張した姿を思い出しながら、悪戯っぽく笑って言った。チラッとアムロの方へと視線を向けると、「そういうわけです。あまり気にしないでやってほしい」と続けた。対するアムロは苦笑しながら、「まいったな」と答える。

「俺からしてみれば、君たちの方が有名人だと思うけどね。うちの隊員の中には君たちと一緒に働ける事を喜んでいる連中だっているんだ」

 実力もさることながら、彼女たちはアイドル並みの人気だってある。陸の領分に海が来る事を拒みながらも、そういったミーハーな所があるのはやはり彼らも人間だという事だろう。交替部隊の隊員だって組織の中で動くわけだから、ある程度折り合いをつけることを心得ている。だから、有名人と一緒に肩を並べられると言う事を楽しんでいるのだろう。

「そういや、なのはは教導隊だろ? アムロとは顔合わせた事ないのか?」

 そんな中、集団の中で一番小さいヴィータが頭の後ろで手を組みながら、常々疑問に感じている事を尋ねた。ヴィータの言うとおり、アムロとなのはは教導隊に所属する者同士である。今回のミーティングでもアムロに最初に声をかけたのは彼女であった。

「う~ん……二、三回くらい顔を合わせた事はあるんだけど、こうやって話す事って今日が初めてなんだ」
「そういえば、そうだな」

 アムロもそれに頷いて答えた。ヴィータも「ふぅん」と頷きながら「人間、巡り合わせっていうのもあるんだなぁ」と見た目にそぐわない言葉を言いながら納得していた。そんなヴィータを子どもの背伸びという人物も多いだろう。実際、アムロ自身も彼女を見た時はその幼い外見に戸惑いを覚えた。管理局はその性質上、幼い子どもも働いていることが多く、アムロにしてみれば、それは驚きであった。ヴィータもまたそういった類の少女なのかと思っていたが、彼女はどうやら違うらしい。あまり詳しい事は聞かされていないが、どうやらヴィータは見た目通りの年齢ではないらしい。しかし、そういった説明を受けても、人間というものは中々に不器用で目に見える情報を優先してしまうのか、幼い少女にしか見えないヴィータがそういった哲学的な事をいう姿にアムロは微笑しながら、眺めていた。

「あ、そういえば、アムロ一尉は四年前の空港火災で消火活動を行っていたんですよね?」
「あぁ、そうだが?」

 ヴィータに続くように、次はフェイトがアムロに質問を投げかけた。空港火災と言われれば忘れるはずもない。アムロ自身が陸に身を置く事を決定づけた事件である。

「実は私もなのはもはやてもその時は民間人の救助活動に出動していたんですよ。助けた民間人の中にはスターズのスバル・ナカジマもいたんです」
「そうなのか? 偶然とは言え、そのメンバーが今ここにいるわけか」
「私たちの場合は偶然ってわけじゃないんですけど……アムロ一尉や今の新人たちとは、なんだか運命的……っていうんでしょうか?」
「ほぉ、控えめなテスタロッサがアムロ一尉にアタックを仕掛けるとはな」

 シグナムがからかうように笑みを浮かべると、フェイトは「ち、違うよ!」とあわててそれを否定する。フェイトにしてみれば言葉が見つからなかっただけなのだが、言われてみればそういう風に聞こえなくもない。この場にいる全員はそれを理解していたが、そんなほほえましい光景にちゃちゃを入れる事はしなかった。暫くの間、フェイトとシグナムのじゃれあいが続いたが、落ち着きを取り戻したフェイトは小さく咳払いすると、

「ヴィータの真似をするわけじゃないけど、巡り合わせって不思議なんだなって……」
「そうだね、こうやって色んな出会いがあって、そして機動六課が出来て」

 なのはは思い出すように瞳を閉じた。再び瞳を開けた時には何かを決意したような意思が見られた。

「やり遂げないとね。私たちにできる事をさ」

 なのはの言葉にフェイトたちも頷く。アムロもまたその中にいた。若い世代が中心となって活躍していく。裏では政治的意図や派閥争いと言った陰険な空気も漂うが、それでも、この部隊の空気は良いものだと感じた。不安定ながらも、ゆっくりと動き始めた部隊はアムロは嫌いではなかった。


 機動六課の訓練場というのはヘリで移動した海上にある。元々広いスペースを有していた六課の隊舎は訓練場のスペースを確保するのが容易であり、大規模なシミュレーター施設を設置する事が可能となっていた。今回は市街地戦を想定し、廃墟を再現していた。そして、ここでの訓練が機動六課の新人たちにとっての最初の仕事でもあった。アムロとなのはの打ち合わせ通り、今回の訓練は各分隊の新人たちの実力を測るのと交流を兼ねてのものであった。
 そういった目的があるなどとは知らず、シュー・ラッツはあまり見たくない顔に再び出会っていた。それは向こうも同じようで、ティアと呼ばれていた少女ティアナ・ランスターもまたシューの顔を見るや否や顔をそらした。多少険悪の雰囲気が流れるが、互いの不干渉な為か前回のように言い争いにならないだけましと言えるだろう。その間に挟まれるスバルにしてみればたまったものではないだろうが。

『合同訓練か……奴らの実力を見る良い機会にもなるし、俺の実力だって再評価されるはずだ。なにより……』

 そう考えながら、シューはアムロへと視線を向ける。なのはと、もう一人、長い髪と眼鏡が特徴的な通信主任兼メカニック担当のシャリオ・フィニーノと訓練の再確認をしているのだろう。話しこんでいるアムロはシューの視線には気がつかなかった。

『アムロ一尉だって見てるんだ。無様な姿は見せられないってもんだ』
「あの……」
「ンン?」

 一人訓練に燃えていたシューであったが、突然声をかけられ、多少驚いたように振り返る。そこには幼い赤毛の少年がいた。身の丈ほどはある槍型のデバイスを持った少年はおずおずとシューに声をかけた。

「シュー・ラッツさん……ですよね?」
「あぁ……お前は……」
「エリオです。エリオ・モンディアル、ライトニング分隊の所属です!」
「ン、交替部隊のシュー・ラッツだ」

 そうハキハキと答えるエリオは年相応の少年のような笑顔を見せていた。元気が良いもんだと思う反面、こんな子どもが自分を差し置いて主戦隊にいるのは気に食わなかった。とはいっても、相手は子ども、ティアナのように嫌味を言う事もなく、シューは適当な相槌を打って返事を返した。だが、対するエリオはそんなシューの意図に気がつかないのか、まるでシューが話すのを待っているようにも見えた。

「なんだ?」
「あ、いえ……部隊の中で男の人がいて良かったなって思いまして……なんていうか、周りはみんな女の人だから、少し恥ずかしくって」

 照れながら答えるエリオ。シューは「なるほどな」と納得していた。考えても見ればスターズもライトニングもエリオを除けば全員女性だ。エリオ自身、仲が悪いわけでもないのだろうが、年上とは言え若いシューの方がまだ話しかけやすいという感覚があるのだろう。だからといって、シュー自身にこれ以上関わろうという気はなかった。適当にあしらっておこうと考えていると、こちらをおどおどと眺める少女が目に入った。小竜を連れた少女は人目で召喚師であることが分かる。歳はエリオと同じくらいだろうが、それで竜を召喚できるのは幼いにしては中々だとシューは思った。エリオはシューの視線の先を追うようにして振り返ると、その少女の存在に気がついたのか、名前を呼んで手招きしていた。面倒な事をと思いながらも、シューはそれを口に出さなかった。

「キャロ、この人はシュー・ラッツさん。交替部隊の人なんだ」
「あ、初めまして。私、ライトニング分隊のキャロ・ル・ルシエです。この子はフリードリヒって言います」

 ペコリとお辞儀しながら、キャロはピンクの髪を揺らした。そのすぐ傍でフリードリヒは『キュクルー』と独特の鳴き声を発していた。

『なんだ、ライトニング分隊は保育所か何かか?』

 シューの正直な感想はそれであった。スバルやティアナならまだ年齢的にはわかるが、ライトニング分隊の二人は子ども過ぎる。そんな子どもが主戦隊にいるというのは、嫉妬するというよりも先に不安が生じる。そんな風に考えていると、デバイスを通してなのはの声が伝わってくる。

『みんな、そろそろ訓練を始めようか!』
「始まるぞ、さっさと持ち場につけ」
「あ、シューさん!」

 これ幸いとシューはそう言って自分の位置につく。エリオを無視して、シューはなのはからの説明を聞きながら自身のデバイスの確認を始める。シューの扱うデバイスはなんら特別なものではない。最新ではあるが同期の連中の殆どが所持している量産型デバイス「ディゾン」である。元々はアムロがテストをしていたデバイスであり、その頃に比べて若干デザインが変わったが、性能に変化はない。

『私たちの目的は捜索指定ロストロギアの保守管理、そしてため私たちが戦う事になるのが、この自立行動型の魔導機械』

 なのはが言うと同時に地面に麻法人が展開し十二体の丸長の機械であった。そして、入れ替わるようにアムロがなのはの後に続いた。

『そのタイプは近づくと攻撃してくる。今回のお前たちの目的は十五分以内に目標の破懐、捕獲だ。演習機とはいえ、実戦形式だ。軽い気持ちで向かえば痛い目を見る。注意しろ』
『はい!』
『良い返事だ』

 説明を終えた後、新人たちは元気な返事を返した。やる気は十分であることが伝わり、アムロとなのはお互いに視線を合わせると同時に頷く。そして、号令の下、初の訓練が開始される。
それと同時に十二体の目標は四機ずつの小隊を組んで散開する。その中でいち早く動いたのは、シューであった。デバイスを通して魔法を発動させると、シューの体が地面から数センチほど浮き上がる。飛行ではなく、ホバーとも言える状態で、軽やかに移動し始めるシューは他の四人を無視して、一人先行した。そんなシューの行動をいさめるようにティアナが念話で話しかけてくる。

『ちょっと、一人で先行しないで!』
『子守はごめんだ。それに俺はこいつらとやりあっている。足手まといにはなるなよ!』
『アンタねぇ!』
「ティア、私たちもいくよ! エリオ、ついてきて!」
「はい!」
「あぁ、ちょっとスバルも!」

 シューの触発されるように、スバルとエリオも残りの八つの機体を追う。取り残される形になったティアナとキャロはともかく、離れないようにスバルたちの後を追った。ティアナはなんだか頭痛を覚えていた。
先んじて先行していたシューはすでに敵機を捉えていた。一定の感覚を開けながら、捕捉した敵機に狙いを定め、二発の弾丸を発射する。魔力弾は敵機に命中せず、その両脇をすり抜ける事になるが、そのせいで密集した敵機めがけて、シューは懐から本命の弾丸を取り出す。それは一部のデバイスが使用するカートリッジと呼ばれるものであった。しかし、シューのディゾンはストレージと呼ばれる一般的なもので、このカートリッジには対応していない。しかし、シューはそれを放り投げると、カートリッジに魔力をまとわせ、一斉に掃射する。シューの意思に操られながら、カートリッジは確実に敵機を捉え、間もなく貫く。内の二機を撃破したシューの幸先は良いものであった。

『やった! これくらい、できて当然だ』

 確実な手ごたえを感じたシューは残りの二機を追いかける。その表情は自身に満ち溢れたものだったが、それを眺めるアムロの視線は鋭かった。そんなアムロの視線になのはが気づく。

「シュー・ラッツ君ですね。もう二機も撃破か……流石はアムロさんの部下ですね」
「あぁ……だが、一人で先行し過ぎだ……」
「確かに……実力はあるみたいですけど」
「本来なら、シューはあの四人の面倒を見てあげないといけないんだが……あいつの悪い癖だよ。プライドに縛られていて、自分の力を過信している」
「分隊が違うとは言え、協力する事が出来ないといざという時に動けなくなりますからね……あぁ言った子は一発ガツンと……」

 教導隊直伝の教育方法を述べるなのはだったが、アムロはそれをやんわりと否定した。

「いや、あいつは反骨心が高い、叩きのめしてもその都度かみついてくるだろう。手っ取り早い方法は、経験をさせる事だ」
「経験、ですか?」
「そうだ。シャーリー、全員が敵機を撃破したら、一つ頼めるかい?」
「良いですけど、何をやるんですか?」
「不測の事態って奴だよ」

 アムロはニッと笑みを浮かべると、再度新人たちの訓練に目をやった。


シューと同じように先行したスバルとエリオだったが、敵機の浮遊移動に惑わされ、中々攻撃を当てる事が出来ず、攻めあぐねいていた。密集していても、攻撃が迫れば、一瞬で散開し、無軌道に回避行動に出る。また、移動速度自体も素早く、ついていくのがやっとであった。

「当たんない! こいつら、速い!」
「それに機動もふわふわしていて……狙いが定まらない……集中しないと」
『アンタたち、後方の事も考えなさい!』

そんなスバルたちを叱咤するように念話で呼び掛けるティアナ。スバルたちの後方、ビルの上で戦場を確認していたティアナは銃型のデバイスを構えて、狙いを定めていた。

「ちびっこ、威力強化!」
「はい!」

 ティアナの指示の下、キャロのグローブ型のデバイスがピンクの光を放ち、ティアナへと注がれる。威力上昇を確認したティアナは直進する敵機の機動を読んで、狙撃、連射をする。放たれた魔力弾は確実に敵機に命中するが、損傷は見受けられない。

「かき消された!」
「フィールドが展開しています!」

 キャロの言うとおり、敵機の周りには不可視のフィールドが展開されていた。中々捉える事の出来ない機動に攻撃を無力化するフィールド、四人の新人は戸惑いを隠せないでいた。
そして、それを眺めていたアムロとなのははそろそろ四人に助け舟でも出してやろうと思い、通信を送る。

『苦戦しているようだな?』
「アムロ一尉……あれは?」

ティアナの問いに答えるようにアムロが言葉を続ける。

『奴らガジェットドローンには一つ厄介な能力がある。それが、あのアンチ・マギリング・フィールド、通称AMF、射撃魔法はかき消されるぞ』
「だったら!」

 射撃がかき消されるのなら、近接攻撃をと思ったのだろう。スバルは自分の進行方向に青い道を作り出し、ローラーで一気に駆けあがる。だが、ガジェットは接近するスバルに対して回避行動を取ることなく、その場に漂い続けた。その瞬間、スバルの展開した道、ウィングロードは展開し終える直前にかき消されてしまい、足場を失ったスバルはそのまま落下しビルの窓を突き破っていった。

『AMFを広域に展開されると飛行や足場を作る魔法もかき消されるよ?』

捕捉するようになのはが言う。だが、これだけでは流石に可哀そうなので、アドバイスは続く。

『AMFを破る手段は沢山あるよ。だけど、それをどうすればできるのか、どうやるのかは自分たちで考えてみようか? ちなみにシュー君はすでに二機撃破してるよ』
「あいつが? 口だけじゃないってわけか……みんな、聞こえる? こっちも負けてられないわよ!」
「おぉ!」

 なのはにけしかけられるようにティアナは戦意を奮い立たせる。このままではシュー・ラッツの嫌味が飛んでくると考えたティアナは、負けられないという意思の下、三人を鼓舞する。その後の動きは目覚ましいものだった。スバルは至近距離からの肉弾戦で一機撃墜。それに続くようにティアナは指示を飛ばしながら、完璧なチームワークを成立させていった。エリオが足どめ、キャロの竜フリードリヒの火炎により、ガジェットに誤作動をおこさせ、その後に捕縛魔法でからめ捕る。残った敵はティアナによる多重弾殻射撃による狙撃でかたずけられた。何とかしてガジェットを破壊し終えたティアナたちだったが、その疲労はピークに達していた。魔力も体力も使い切った。そんな状態であった。
 一方、単独行動を取っていたシューも残る二機をあっさりとかたずけていた。その後、爆音と立ち上がる煙を見つめて、他の四人もやっとガジェットを撃破した事がわかる。

「この程度、手間取ってちゃ、命取りだ」

そういうと、シューはデバイスを待機モードに戻すと集合場所へと戻ろうとする。その瞬間だった。一条のレーザーがシューの背後から襲いかかる。ハッとなった瞬間には遅く、シューの右肩にレーザーが直撃する。だが、その瞬間でもデバイスを機動させる事には成功したらしく、何とか防御を取っていたが、右肩へのダメージは深刻だった。演習機とはいえ、衝撃は伝わる。さらに間の悪い事にガジェットの数は二機、本来なら大したことはないと言える数だが、いつの間にかAMFが広域に展開されていた。

「くっ……なんだっていうだ? 訓練は……」

 そういえば、まだ訓練が終了したなどとは誰も言っていなかった。取り逃がした敵機がいたのか、それとも……しかし深く考えている暇はなかった。広域に展開されたAMFのせいでホバー移動もできない状態、囲まれたシューは絶対絶命であった。


 そんなシューを眺めるアムロ。彼の指示を受けて、シャーリーはパネルを操作しつつ、アムロの真意を測りかねていた。

「あの、言われた通り、シュー君の周りにガジェットを二機展開しましたけど……」
「ありがとう。後はあの子たちに任せる」
「なにをするつもりなんです?」
「不測の事態っていったろ? まぁ、シューには良い薬さ。それに、戦場に出れば、一瞬の油断が命取りになる。新人たちは、そういった場所に駆り出されるんだ。今のうちに覚えさせる方が良い」

 アムロはどこまでも経験を積ませるつもりだった。それが新人たちが生き残るために必要な教育だと思っているし、これからも続けいくやり方である。そんなアムロの表情を見て、シャーリーはアムロを『怖い』と感じた。厳しい訓練を課すからではない。もっと、別の、命のやり取りをしているように感じられる気迫が迫っていた。逆になのはは、アムロの優しさを感じ取っていた。こういった厳しい訓練は新人たちを思ってやっている事だと言う事を、同じ教導隊、教育を施す者として理解していた。だが、それでも、なのははシャーリーとはまた違った違和感を感じていた。ずれというのだろうか、自分たちとアムロとでは見ている先が違う、そういった錯覚にとらわれてしまうのだった。ヴィータやシグナムなら理解できるかも知れない、ふと、そんな事を考えながら、なのはは新人たちへと目を向ける。突然の事であわてふためく四人の新人と逃げ惑うシュー、なのははデバイス「レイジングハート」を通して、四人の新人に訓練の続行を伝えた。



[25865] 第二話 後編
Name: 士官その一◆6a589bf2 ID:016151d2
Date: 2011/02/11 18:48
「うっ……くっ、なんとしてでも、AMF圏外から脱出せねば……!」

 演習レーザーの直撃を喰らった右肩を押さえ、シューは二機のガジェットを振り切るように走っていた。そのあとを獲物を狙うようにゆっくりと近づいてくるガジェットの姿は実戦さながらの恐怖をシューに与えていた。手出しが出来ないというのはそれほどまでに怖いものである。元よりホバー走行による高機動戦を主としていたシューにしてみれば、動きが封じられる事はその戦力の半分を封じられた事になる。それにいくら訓練を積んでいるとはいえ、人の体力、ましてや傷を負ったシューの体力では疲れ知らずのガジェットを相手どればどのような結果になるのかは容易に想像できる。
 あの四人と合流すれば……という考えが頭をよぎるが、シューはそれを振り払うかのように、舌打ちをした。情けない、この程度の事態、自分で何とかしなければ示しがつかないというプライドがそれを許さなかった。だが、その間にもガジェットからのレーザー攻撃は止まらなかった。デバイスからのアラートが耳をつんざく、障壁を展開してもAMF圏内の中では十分な強度は保てず、二発防いだところで、貫通してくるのが現状であった。その内に集中力にも陰りが見え、シューは小さな段差につまずき、態勢を崩す。意識した時には遅かった。その今更態勢を立て直す事も出来ず、その瞬間にもガジェットのレーザーは発射されようとしていた。撃墜判定、という結果が頭をよぎった瞬間、シューの体は誰かに引っ張られるように浮き上がり、柔らかな人の肌に密着した。


 訓練続行の言葉を知らされた新人四人は迅速な行動がとれないでいた。確実に目標は撃破したつもりで、さらに言えば体力も魔力も限界に近い状態であった事も理由である。しかし、容赦なく課された課題はさらに四人を混乱させた。
 なのはから下された新たな指令は二機のガジェットに襲われるシューの救出であった。訓練時間も残り少ない状態で、消耗しきった新人たちには正直なところ辛いものである。第一に単独行動を取っているシューの現在地は誰も知るすべはなかった。

「あのバカ、勝手に行動するから……!」

 息を整えながら、ティアナはシューの行動に怒りを見せていた。少なくとも集団行動を取っていれば、こういった不足の事態にも対応できただろうに。ある意味これはシューの自業自得、自分たちはいわば巻き込まれただけである。そうも考えつつ、いかにしてシューを発見するべきかを考えているのもまた事実である。

『スバルならある程度広い範囲を捜索できるけど、むやみやたらに走っていては単独撃破されかねないし、私とエリオじゃ体力も持たない、キャロは論外、一人で行動させたら今以上に危険……』

 ティアナは思案する。刻限が迫るなか、冷静に現状を打破しようと考えれるのは彼女の性格のおかげなのかも知れない。だが、対する三人はそうもいかなかった。シューを探そうとする気はあれど、彼女ほど思案する事が出来ない。そんな中、スバルが飛び出そうとするのを、ティアナは見過ごさなかった。

「スバル、どこに行く気?」
「決まってる、シューを見つけないと!」
「そうですよ! このままじゃ……」

 スバルとエリオは構わず飛び出そうとするが、ティアナはそれを一喝して止めた。

「止めなさい!」
「ッ……でも、ティア!」
「わかってるわよ! けど、今ここで私たちがバラバラになったら、危険だわ。それに、あいつの救出だってできなくなる」

 言い聞かせるようにして、ティアナはスバルたちを制止させたティアナは再度思考の海へと潜る。とは言え、ここでこまごまと考えているだけではいけない。素早く打開策を講じなければ……そんな時、キャロがおずおずと手をあげて発言した。

「あの……空から探せばいいんじゃないでしょうか?」
「え……?」

 キャロの発言に呆気にとられるティアナ。そんな事できればすでにやっている。しかし、この中に空戦魔導師はいないし、代わりになりそうなスバルの魔法「ウィングロード」もAMFに近づくと消失、墜落の恐れがある。どだい、無理な話……そんな風に考えていたが、ティアナはある事に気がつく。

『いる、魔力を使わず、自由に空が飛べる奴が!』

 ティアナの視線の先はキャロの相棒、小竜のフリードリヒであった。ティアナは思わずキャロを抱き寄せると頭を乱暴に撫でてやり、ついでに褒めてやった。これで少なくともシューを発見する事が可能になる。

「えらい! あんたがいてくれてよかったわ!」
「あぅ……痛いですよ、ティアナさん!」
「あぁ……ごめん。けど、キャロ、あんたにはちょっと働いてもらうわよ。みんな、作戦を説明するわ!」

 ティアナの作戦はいたってシンプルのものだった。自由飛行が可能なフリードリヒでシューを発見、その後、ローラーによる高速移動が可能なスバルでシューを回収、その後合流して、ガジェットを撃破。至って簡単な作戦内容だが、穴も大きい。それはフリードリヒにどの範囲を調べさせるかによるからだ。いくら飛行可能とは言え、現在地のわからないシューを当てもなく探していては時間の無駄、あえて博打な行動に出ることになるが、ティアナは集合場所からシューの向かった先を限定し、調べるエリアを区切った。これで発見できなければおしまいだが、そこは運とフリードリヒの目、そして召喚師であるキャロの感覚に頼るしかない。それに、一人回収に赴くスバルも危険だし、合流後、ガジェットを破壊できるかも微妙なラインであったが、今はこれでやるしかないと言うのが彼女の下した判断であった。

「良いわね、チビ竜、運任せな所もあるけど、この作戦の成功の半分はアンタにかかっているだからね。キャロ、アンタもしっかりとこいつの意思を読み取って、スバルに伝えて、一方がかければ作戦は失敗よ」
「はい!」

 小さなキャロはそれでも重大な使命を任された事に奮起していた。それは相棒であるフリードリヒも同じで主であるキャロに呼応するように鳴いた。そして、作戦が開始される。フリードリヒは天高く飛び上がると、空中を旋回し、指示されたエリアへと飛んでいく。四人はまずそのあとをつけて、フリードリヒがシューを発見するのを祈った。すぐに見つかるわけもない事はわかっていたが、四人からしてみれば長い時間がたっているようにも思えた。それでも焦らず、ただひたすら待つ。
そして、二分後、キャロが声をあげた。その頭上ではフリードリヒが大きく鳴いていた。

「ティアナさん、フリードがシューさんを見つけたようです!」
「よし。キャロ、そのままフリードをお願い、スバル!」
「おぉ!」

 続いて、スバルがローラーを稼働させ、一気に駆けだす。同時にキャロはフリードリヒにスバルを案内させるように指示を出す。後はスバルがシューを回収するのを待つだけだ。とはいえ、警戒を緩める事は出来ない。ティアナはエリオとともにデバイスを構える。


 頭上を飛ぶフリードリヒを追いかけながら、スバルは廃墟を駆ける。一分一秒でも早く辿りつかなければいけないという焦りもあったが、こういう時だからこそ冷静でいなければと心に言い聞かせる。今は余計な事を考えず、シューの救出を最優先、その後のティアたちと合流、簡単だ、焦る必要はない。それでも握りこぶしに力が入っている事をスバルは気がついていなかった。

「キュウオォォォォ!」
「フリード!」

 フリードリヒが鳴き声をあげ、旋回している。スバルはフリードリヒの変化をキャロに念話で伝える。

『キャロ、フリードが旋回しはじめた!』
『恐らく、その真下にシューさんがいます。スバルさん、気をつけて!』
『了解!』

 そうとわかれば、後は突撃あるのみ。スバルはローラーを一気に加速させると、瓦礫を飛び越え、その先に倒れるシューを発見する。「いた!」と叫ぶや否や、シューに近づくガジェットを発見すると、危なっかしい姿勢で着地し、加速を駆ける。

「おぉ……とっと……!」

 若干、姿勢が揺れるが、そこを無理やり立て直すと、シューの下まで一直線に加速、腕を伸ばし、シューの体を抱き寄せるような形で引っ張ると、そのまま廃墟の影に隠れるように、移動する。そのすぐ後ろをガジェットのレーザーを通過した時は冷や汗が流れたが、振り返らずに一気に駆け抜ける。途中、シューが何かを言いつつもぞもぞと動いてくすぐったかったが、気にはしなかった。ティアナたちの下へ戻るまでは直線コース、減速する必要ものなく、スバルはトップスピードで彼女たちに合流する。なだれ込むように戻って来たスバルとシューは固いアスファルトの地面に激突しながらも、無事戻ってこれたようで、その姿を見たティアナたちも安堵の表情を浮かべる。

「スバル、無事ね?」
「な、なんとか……疲れた~」
「お疲れ、チビ竜、フリードもね」
 ティアナはそんなスバルをねぎらうように肩を叩き、そして上空を飛ぶフリードリヒを見上げる。フリードリヒもまた喜んでいるのか、主へ下降しながら、飛びつく様にその腕に抱かれた。

「かっ……はっ……お前、俺を窒息させるつもりか!」

 救出されたシューは肺に酸素を送り込みながら、大声を出す。無理に出した声でまたせき込むが、それすら気にしない様子で、何が恥ずかしいのか顔を真っ赤にしながら、怒鳴った。そんな態度にティアナは以前とは違ってどこか余裕のある対応を取っていた。

「あんたが単独行動をとるからでしょうが。こっちだって良い迷惑なのよ」
「ぐっ……あの程度、俺一人で……」
「ふん!」
「うおぉっ!」

 言葉に詰まりながらも、シューは態度を変えようとしなかった。そんな彼に対してティアナは軽く右肩を小突いてやると、シューは顔を苦痛に歪める。

「右肩が焦げてるからもしやとは思ったけど……そんな怪我で、しかもAMF圏内でどうするつもりだったのかしらね?」
「ちっ……」
「まぁ、良いわ。今あんたと言い争ってる暇はないのよ」

 そう言いながらティアナはスバルたちが戻って来た方角を睨む。恐らく二機のガジェットがここに攻め込んでくるのは時間の問題だろう。時間も迫ってきている、早めに撃退するべきだが、今の全員のコンディションでは中々に難しい。自身の射撃魔法で狙撃も考えたが、AMFを突破するほどの魔力は残っていない。キャロもブーストをかけられるほどの余力はないだろうし、自然とフリードリヒの火球もあてにならなくなる。シューも怪我をしている状態となると、可能性といえば、格闘主体のスバルとエリオだが、正面切っての戦闘は避けたい。

「少しでも良いから、あいつらの動きを止める事が出来れば、スバルとエリオの格闘で撃破は可能なんだけど……」
「それなら、フリードで!」
「無駄だな」

 キャロの提案はシューにきっぱりと否定された。キャロはどうしてという顔を向けるが、シューはいたって当然のように答えてやった。

「二機の火線を一手に引き受けるのはその小竜じゃ無理だ。スピード不足だし、撃ち落とされるのが関の山、おとりにもならんぞ」
「そ、そんな……」
「じゃぁ、どうすんのよ。このままじゃ、あたしたち、やれらちゃうわよ?」

 僅かな可能性に賭けてみたい。そう考えていたティアナにしてみれば、シューのその言い草は納得のいくものではなかった。蓄積された疲労状態ではもはや一か八かの賭けに出るしかないのだから。

「フン、奴らのセンサーは恐ろしく正確だ。物陰に隠れた程度じゃ魔力、熱、光学センサーで察知され、反撃を喰らう……おい、スバル、あとエリオとか言ったな? お前たち、カートリッジは残ってるな?」
「う、うん……三発残ってる」
「僕は二発です」

 スバルとエリオの返答にシューは少し渋ったような顔をするが、「まぁいい」と口にして、お互いカートリッジを一個ずつ渡すように言った。わけもわからぬまま、顔を見合わせるスバルとエリオだったが、とにかく現状を打破できるのならと思い、カートリッジをシューに手渡す。

「俺も見よう見真似だから上手くいくかはわからん。怨むなよ」

 そう言いながら、シューはカートリッジに魔力をまとわせ宙に浮かす。そこにある程度の魔力とつぎ込むと、その二発のカートリッジをガジェットが侵攻してくるだろう場所に向かわせる。

「一種のトラップだ。とはいえ、奴らがある程度接近しないと意味がないうえ、持続効果は良くて二秒足らず。その間にお前たちがガジェットを撃破できなければ、五人仲良く説教行きだ」
「あのトラップ、信用していいのね?」
「言っただろう、見よう見真似だと……だがな、俺はシュー・ラッツなんだぞ?」

 何を根拠にそんな自信が出るのかはわからないが、ティアナはとにかくシューのトラップを信じてみる事にした。スバルとエリオを正面に向かわせると、ティアナは万が一の悪あがきして、狙撃の準備をする。後はガジェットが接近してくるのを待つだけ。静かに、息を整え、真正面を見据える。ふと、風を切る音が耳に入る。

「来たわ、気をつけて!」

 ティアナの号令の下、スバルとエリオは互いのデバイスを構え、撃撃態勢を取る。シューもまたタイミングを見計らうように、顔をのぞかせる。キャロはそんな彼らを身守り、フリードリヒを抱きかかえた。
 そして、ガジェットの先端がティアナの視界に入る。号令、すぐさまシューはカートリッジに念を送るように圧力をかける。カートリッジが震え、発光が強くなる。そして、魔力が臨界にまで達しようとし、

「ッ……!」

 その瞬間、力み過ぎたのか、シューは右肩の激痛で集中を乱す。それと同時にカートリッジの圧力も弱くなり、発光も小さなものとなっていた。

「シュー!」
「くそ、もう一度……」
「間に合わないわよ!」

 叫び声にも似たティアナの声、だが同時に小さな少女は前に出ていた。堂々と胸を張るように、煤だらけになった頬を引き締めながら、キャロはフリードリヒに指示を与えていた。

「フリード、あのカートリッジを狙って!」
「キュクルー!」

 小さな雄叫びと共にフリードリヒから二発の火球が放たれる。それらを小さなカートリッジに命中し、刹那、魔力の暴発が始まり、閃光とともに魔力と熱が吐き出される。それと同じくして、ガジェットにも変化が見られた。突然の暴走にセンサーがダウンし、その動きを止める。だが、スバルとエリオにしてみれば、それで十分だった。ガジェットのセンサーが回復するよりも早く、スバルの拳はガジェットをえぐり、エリオの槍はガジェットを貫いていた。スパークしながら、活動を停止する、ガジェットを見て、今度こそ、スバルとエリオは体力の限界を迎え、その場に倒れ込む。気は抜けないのはわかっていたが、もう限界だった。だから、デバイスを通して、なのはから訓練終了が伝わった時は、今までにない解放感を味わう事になった。


 新人たちの訓練を見守っていたアムロとなのはもまた彼らの活躍をほほえましく思っていた。少々危なっかしい場面もあったが、おおむね合格と言うべきだろう。落ち着いて事の次第を見守っていた二人の隊長とは別にシャーリーは大はしゃぎして喜んでいた。

「凄いですね、あの子たち。即席とは言っても、あのコンビネーション、いいデータも取れましたし、もう大満足です!」
「うん、荒削りだけど、基礎を十分に鍛えれば、あの子たち強くなる」

 なのはは新人たちに対して確かな手ごたえを感じていた。才能だけではない、心もまた十分な素質を持っている。だから、彼らなら必ずなれると感じていた。どんな困難でも突破できる『ストライカー』に。そして、それを実感させてくれたアムロに対してもまた、礼を述べた。

「アムロ一尉、今日はありがとうございました」
「いや、俺はちょっと意地悪をしただけで、結果を出したのは彼らさ。だが、この結果が彼らを強くする、あの子たちに対して良い変化を与えられたと、俺は思っているよ」

 アムロはそう答えた。この訓練、成功しようと失敗しようと、新人たちには良い教訓となるだろう。シミュレーターを解除し、新人たちをねぎらうために下へ降りると、そこには倒れ込みながらも、どこか満足げな表情を浮かべる四人の新人の姿があった。その中にシューの姿が見当たらない事に気がついたアムロはその四人はなのはに任せると、シューを探した。
 四人とは少し離れた場所、案外簡単にシューを発見したアムロはどこか不満げな表情を浮かべているシューに声をかけてやった。

「シュー、どうしたんだ?」
「あ、アムロ一尉……」

 シューはアムロに気がつくと、顔をそらしてしまう。

「どうしたんだ、訓練は成功したじゃないか?」
「いえ……無様な姿を見せてしまって……それに俺のミスで交替部隊に泥を塗ったも同然で……」
「思いあがるなよ、シュー」
「はっ……?」

 口調はとがっていたが、アムロの表情は優しげだった。だが、シューにしてみれば、叱られているも同然であった。あぁも直情的なシューがここまで落ち込む姿を見せるのは中々ないものだが、アムロはそんなシューに微笑んでやった。

「お前はまだ新人じゃないか。確かに、訓練学校を優秀な成績で卒業もしたし、俺達の部隊で頑張って来た、だが、まだまだひよっこだ」
「……」
「シュー、俺はお前が上を目指している事を理解しているつもりだ。俺もお前の夢を応援してやるつもりだし、協力だってしてやる。だが、上を目指す者は下をみなくちゃならない、わかるな?」
「はい……」
「ガジェットの戦いに関して、お前はあの子たちよりも先輩だし、お前が先頭に立ってやらないといけなかった。だが、お前は自分を過信して、そしてあの結果だ。今回は上手くいったが、今後もそうとは限らない、戦場に出れば同じミスはできないぞ?」
「はっ! 肝に銘じます!」

 シューは422部隊にいた頃のように敬礼をしながら、アムロに答える。だが、アムロは苦笑しながら、「そう固くならなくていい」と言いながら、シューの肩を優しく撫でてやる。

「傷が酷いようなら、医務室に行って来い。だがその前に」

 アムロはシューの尻を叩いてやると、他の四人の下へと押し出す。わけがわからないという顔をするシューに対して、何も言わず、だが微笑してシューを新人たちの下へと向かわせる。シューは一瞬、抵抗してみせたが、スバルがまたもや大声で自分の名前を呼んで、それに他のメンバーが気がついてしまうと、後戻りが出来なかった。ふと、スバルの柔らかな感触を思い出すと、顔を赤らめて、逃げ出すように走った。それを追いかける新人たち。
 それを眺めるアムロ。するとなのはもそんな新人たちを眺めがら、アムロに近づいてき、苦笑しながら、「元気ですねぇ」と言った。アムロも「あぁ、若ささ」と答えてやった。



[25865] 第三話
Name: 士官その一◆6a589bf2 ID:016151d2
Date: 2011/02/16 00:16
 実際のところ、主戦隊であるスターズ分隊とライトニング分隊は実戦に投入できる段階ではなく、部隊発足から早一週間が過ぎても、フォワードの新人たちは訓練漬の毎日であった。とはいえ、部隊が始動して何もしないわけにもいかず、訓練完了までの間は交替部隊が実質主戦隊の代わりとして活動していた。しかし、出動に至る機会は未だなく、交替部隊スラウギ分隊は悪い言い方をすれば暇を持て余していた。彼らも訓練等は行うが、合同でもない限りは、基本的には主戦隊と交替で行われる。
 待機状態であっても、ベテランと呼ばれる隊員たちは暇のつぶし方を心得ている。隊員同士で談笑したり、カードゲームに興じたり、デバイスの調整をしたり、仮眠をとっていたりと様々だが、それでもいつ出動がかかっても出られるようにはできていた。アムロもそういった空気には慣れているわけだから、当然のように暇を潰していた。基本的にアムロの暇のつぶし方は読書かデバイスの調整である。時々他の隊員に紛れてカードゲームに興じる事はあるが、大体はこういった形で待機しているが、今回は少し違って、ノートPCを開いてデータを打ち込んでいた。提出する書類の類ではないのは画面のデータを見れば一目瞭然だが、専門家でもない限りはそれを理解するのは難しい。

「アムロ一尉、それは?」

 内容は全く理解できないが、興味をそそられたグリフィス・ロウランは画面をのぞき込みながら、アムロに訪ねた。

「あぁ、デバイスの設計図だよ。前の部隊にいた頃から作っていて、やっと形になったところでね。今はデータの修正をしているところさ」
「へぇ、アムロ一尉は多才なんですね……」
「暇つぶしの延長線さ。元々デバイスの構造には興味があったから、勉強ついでにやっていたのさ」
「そういうの好きなのが、内の部隊にもいますよ」
「シャーリーの事かい?」

 グリフィスのいう人物は六課のオペレーターを務めるシャリオ・フィニーノである。彼女はオペレーター以外にもデバイスの作成、管理を行えるA級デバイスマイスターの資格を持っていた。実際、六課のデバイスの本格的な調整は彼女が行っている事が多い。

「えぇ、性格はアレですが、腕は確かです」
「なるほど、一度彼女にも意見を聞きに行くのも悪くないかもしれないな」
「やめておいた方がいいですよ、半日以上は離さなくなりますから。メカオタ眼鏡なんですよ、あいつ」
「ははは、半日は勘弁してほしいな」

 規則正しいグリフィスが他人の事をここまでくだけて話すのも珍しいが、二人の関係からすれば当然なのだとアムロは思った。聞いた話では幼馴染らしく、付き合いも長いらしい。そんな彼からの忠告は嘘ではないのだろう。実際、シャーリーのデバイスへの熱の入れようはアムロから見ても尋常ではない部分がある。徹夜での作業も行うらしく、それで体調を崩さないのか、心配になったのだったが本人はケロッとしているので、恐らく慣れているのだろう。
 暫くはグリフィスとの談笑を続けていたアムロであったが、突如として鳴り響いたアラートに素早く反応したのは流石と言えるだろう。ノートPCと折りたたんでロックをかけると、アムロは急ぎ格納庫へと向かった。グリフィスもまた、アムロと同じように素早く身をひるがえしながら、司令室へと走る。オペレーターの声が隊舎に響き渡り、隊員たちがあわただしく動き出す。
 格納庫では緊急発進の準備を終えたヘリが二機待機しており、スラウギ分隊のメンバーがそろっていた。すぐさま合流したアムロはまず点呼確認を行い、分隊員が全員そろっている事を確認する。その中にはシューもいた。彼も新人とは言え、一応他の四人に比べれば実戦に出られるレベルである。十二人全員の確認を終えたアムロはすぐに隊員たちをヘリに乗せ、パイロットと目を合わせた。ヴァイス・グランセニックは中々気さくで、好感のもてる男であり、同時に信頼できるパイロットであった。ヴァイスはニッと笑みを浮かべると、軽く敬礼をしてきた。

「あのアムロ・レイ一等空尉を乗せられる日が来るとは思いませんでした。これからお願いしますよ」
「あぁ、こちらこそ。君の腕は頼りにしている」

 ヴァイスとの挨拶を済ませたアムロはデバイスを通して、司令室へと通信をつなげると通信ウィンドウを展開させる。それと同時に他の隊員たちのデバイスにも通信ウィンドウが展開され、画面ではオペレーターのシャーリーの顔が映し出されていた。

「シャーリー、状況は?」
『都市部郊外にてガジェット出現、数は十五、内五体は未確認のタイプです』

 シャーリーの報告に続く様に、別ウィンドウにグリフィスが映し出され、そのすぐ横にはレーダーと都市部郊外の映像が並列して写し出されていた。

『アムロ一尉、数が少ないのと何の価値のない郊外に出現したのが気になります、注意してください』
「了解だ。未確認か……」
「新型のテストでしょうかね?」

 422部隊からの付き合いであるウィル二等空尉はアムロにとっては副官のような存在だ。中々勘の良い男で、アムロの考えを察する事が出来る。元々アムロより魔導師としての活動歴が長い為か、アムロは階級が下とは言え、彼の意見をよく聞くようにしている。

「ン、多分な……映像に映っている機体を見るに、対空戦用の機体のようだ」

 映し出された映像にはいつもの長丸のガジェット以外にも高高度を飛行する全翼機のようなガジェットが確認できる。いかほどの性能なのかは実際対面してみないとわからないが、対空、空戦魔導師用である事を見るに機動性は高い、恐らく過去のシミュレーションで対峙した飛行用オートスフィアよりははるかに性能は上だろうとアムロは考えていた。

「気が抜けないな。陸戦の方はどうだ?」
「いつも通りですが、シューの奴がおとなしいですね」
「あの時の訓練の成果が出ているからだと思いたいな。全員聞こえるな、新型の存在が確認されているが、訓練通りにやれば問題ないはずだ。各員の健闘を祈る」

 スラウギ分隊全体へ通信を送ると、アムロはデバイスを起動させる。ディゾンと同系統のデバイスだが、デザインはこちらの方が若干無骨で好みが分かれる形だ。またアムロのバリアジャケットは一般のそれと何ら変わらないデザインのジャケットだったが、色は白く左肩には自身の頭文字であるAとユニコーンが合わさったようなマークがペイントされていた。他の隊員たちもカラーリングは一般と同じだが、同じように右肩にSの文字が碇となった船とそれらを取り囲むように小島を表す三角形の絵が刻み込まれたスラウギ分隊のマークがペイントされていた。地上と海による合同部隊を表すためのマークであった。

「目標地点まで到着、ハッチ開きます!」

 ヴァイスの一声と同時ハッチが開かれ、大空への道が姿を現す。アムロは一瞬周りの隊員たちを見渡すと、すぐに空へと視線を移動させる。射撃モードを取るストレージデバイス『リジェ』を握りしめ、アムロは一声と共に飛び出した。

「アムロ、出るぞ!」

 それに続くように輸送ヘリから次々とスラウギ分隊の隊員たちが出撃を開始した。空戦魔導師はそのまま飛行を開始し、陸戦魔導師は降下魔法を使用しながら、着地する。輸送ヘリが安全空域まで離脱を開始しはじめ、入れ替わるようにガジェットたちがその姿を見せる。

「空戦はこのまま敵新型ガジェットと交戦に入る。陸戦は一型の相手だ」

 指示を飛ばしながら、アムロはまず牽制の魔力弾を発射する。数発発射された魔力弾は新型ガジェットの横を通り過ぎるが、それによって隊列を乱された五体の新型はバラバラに散開する。アムロはウィルを含めた四人の空戦を引き連れ、各個撃破へと持ちこもうとした。

「機動は高いが、やはりガジェットだ。動きは単調だ」

 アムロの指示通りに展開する四人の空戦は一糸乱れぬ連携で一体目の獲物を取り囲んだ。アムロを中心にフォーメーションを組み、その周りを四人は回るように射撃を開始する。四方から放たれる魔力弾を懸命に回避してみせる新型ガジェットだが、次第に逃げ場を失い、左後方から接近する魔力弾を避けた瞬間、真後ろからの狙撃を受け爆散する。瞬間、左方よりレーザーが放たれるが、五人の空戦魔導師はあわてることなく、最小限の動きで散開、そのまま向かってくる二機の新型を取り囲むように魔力弾を放つ。これが一型なら間違いなく二機撃破なのだが、流石は新型というところだろう。合間を縫うように魔力弾を回避して、下部からミサイルを発射する。レーザーより遅いミサイルは、誘導型らしく、確実に魔導師を狙って飛来するが、アムロはデバイスのプログラムを起動させると、接近するミサイルから後退をかけながら、迎撃弾を放った。

「リジェ、バレットバルカン!」

 アムロの指示通り、リジェは銃口から無数の小さな魔力弾を放つ。威力もほぼゼロに等しい弾は、一型の装甲ですら貫けないような代物だが、ミサイルの迎撃には役に立つ。無数の魔力弾にハチの巣にされたミサイルは残らず爆発すると、その煙の中から新型が加速をつけて現れる。一機はアムロの右方に展開していたウィルに突撃をかけるように接近するが、ウィルは身を翻らせながら、ガジェットをすれ違い、その瞬間を狙って近接モードに変形したディゾンを叩きこんでいた。切り裂かれるというよりは、無理やり抉られたような傷口から煙を噴きだしながら、墜落していく新型。

「ウィル、やるな!」

 ウィルの活躍に続くようにアムロも新型に狙いを定めて、三発の魔力弾を放つ。一発目は新型の左翼をかすめ、一瞬、態勢が崩れるが、機首に二発目が直撃したところで前のめりの形に機体が揺れると同時に胴体に風穴を開けられる。残る二機の新型は他の三人が追撃していたが、機動に振り回されているのか、若干フォーメーションに乱れが生じていた。危なっかしく一機撃墜したところで、もう一機がレーザーを発射すると、フォーメーションを崩されるように散開、その内の一人に新型は急加速をかけ突っ込んでいく。ウィルのように迎撃は出来ず、すぐ横を素通りさせてしまった魔導師はあわてて後ろを振り返るが、急旋回をかけた新型の動きに対応が僅かに遅れ、レーザーの直撃を受ける。バリアジャケットが貫かれる事はなかったが、衝撃が彼を襲い、意識を奪い取る。そのまま落下する魔導師にとどめを刺すように新型は再度の加速をかけ、レーザーのチャージを開始するが、上下から放たれる魔力弾が新型を貫く。アムロとウィルによる狙撃だった。撃墜を確認したアムロは、気を失った魔導師と彼を抱える二人の魔導師に接近すると、傷の具合を確かめた。

「直撃を受けたようだが……」
「肋骨がいくらか折れているようですが、命の危険はないとデバイスは判断しています」
「とはいえ、放っておくと危険だ、二人は彼を連れて後退しろ」
「はっ!」

 そういって彼らを見送ったアムロは眼下で広がる一型と陸戦の戦闘を確認した。多少数で押されているようだったが、加勢に加わる心配もなさそうだった。


 陸戦部隊は確実に一型の数を減らしていた。空戦よりも数が多い陸戦はそれくらい取れる連携も多く、モコー陸曹長の指示の下、勢いに乗っていた。422部隊以外からの出向であるモコー陸曹はかつて次元航行艦の武装隊を勤めた事のある歴戦の勇士であった。大柄な黒人で、先祖は亜人ではないかと噂されるくらいの豪腕の持ち主だが、見た目に似合わぬ高機動戦で一型をかく乱していた。そのあとを必死で追いかけるシューはそれでもモコー陸曹から離れる事はなく、的確な援護を見せていた。

「上空の決着はついたのか?」

 ふと、アムロら空戦の戦況が気になったシューは空に視線を移す。アムロとウィルが最後の新型を撃墜する瞬間を見たシューは二人の動きに関心すると同時に目の前のモコー陸曹長から離れている事に気がつき、急いで思考を一型せん滅へと向けた。ほどなくして、一型をせん滅したが、シューはモコー陸曹長にぎろりと睨まれ、肩をすくめた。モコー陸曹長は特に何かを言うわけでもなく、視線を戻すとそのまま周囲の警戒に向かった。ほっと胸をなでおろすと同時に耳触りな声が聞こえてくる。

「へっ、おっかねぇ」

 アイバーン二等陸士はけらけらと笑いながら、シューの傍に寄る。アイバーンはシューの肩にのしかかるように体を密着させると、高い鼻をこすりながら「へへへ」と笑っていた。

「何の用だ?」
「そっけないな、勝利を祝おうっていうのにさ?」
「この程度、祝うべき勝利でもなかろう」

 アイバーンを振りほどく様にシューは移動を開始する。それでもアイバーンはシューの傍を離れようとせず、ニヤニヤとして笑みを浮かべながら、頭の後ろで手を組みながら口を開いた。

「やぁれやれ、主戦隊の穴埋めやってればいいと思ってたら、新人の集まりで、稼働できない主戦隊の代わり、向こうはのんきに訓練ときてちゃぁ、割に合わないと思わんか?」
「知らん、俺達に何の関係がある? 俺達は俺達でやるべき任務をこなしてればいい話だろう?」
「出世を目指すお前さんには良いチャンスかも知れんがな。だが、主戦隊の戦力がそろえば、俺達はお払い箱だぜ?」
「何が言いたい? 話の繋がりが見えん」

 どこか他人を小馬鹿にしたような声で話すアイバーンに苛立ちながら、シューはさっさとこの鬱陶しい男から離れる為にそうそうに話しを切り上げたかった。だが、アイバーンは自分の話を最後まで聞かせないとすまない性質で、中々シューから離れてはくれなかった。

「ようはさ、俺達は使い勝手の良い部隊だってことさ。準備が整うまでは馬車馬のごとく働かされてよ、時期が来ればぽいって奴」
「面白い話だ。脚本家になったらどうだ?」
「おい……!」

 くだらない話に付き合わされたと思いながら、シューは適当に言葉を交わしながら、その場を立ち去った。アイバーンが後ろで何かをいっているようだったが、雑音という事で処理した。
 ガジェットのせん滅が終了したからといって、それで仕事が終了するわけではない。今回現れた新型の残骸を回収して、調査隊に引き渡す仕事もあるわけだし、同時に安全が確認されるまでの間は周辺の状況を見ておかなければならない。シューもディゾンを起動させたまま、周囲の警戒を行っていた。木々に囲まれた郊外は首都とは違って穏やかなもので、都会独特の喧騒と言うものがない。そういえば、幼い頃は田舎の祖父母の家で裸足になって走りまわっていたなと、昔を懐かしみながら、シューは木々のかすれる音を聞いていた。

「……?」

 ふと、木々がざわめいた気がした。風が吹いたわけではないが、ざわざわと木と葉、草が揺れる音が聞こえる。小動物でもいたのだろうか、そう思いシューは目を凝らして木々の合間を見る。

「フム……?」
「どうしたんだい、シュー?」

 そんなシューの行動が気になったのか、コスター陸曹が肥満気味の体から汗を流しながら歩いてくる。これでモコー陸曹長と一番付き合いの長い隊員で、狙撃の名手だというのだから、侮れない。

「はっ、いえ……少し気になっただけで。特に変化は見られません。デバイスのレーダーにも反応はありませんでした」
「ウム……小規模でも戦闘があったから、小動物がいるとは思えないけど……」
「逃げ遅れでは?」
「そうかもしれないね……一応、報告はしておいてくれ。僕は向こう側を見てくるからさ」
「はっ、お疲れ様です!」

 シューの完璧な敬礼に対して、やや手順を省いた簡略な敬礼を返すコスターはジャケットの襟を緩めながら、その場をシューに任せて移動していった。シューも言われた通り、報告を行った。


「小動物?」

 シューの報告はウィルから通してアムロへと伝えられた。

「えぇ、シューの奴がそのような音を聞いたと。多分、逃げ遅れじゃないかって?」
「動物ってのは、人間以上に警戒心が強い生物なんだぞ? それが小動物ななおさらだ。こんな短時間で戻ってくるはずがないし、逃げ遅れならそんな簡単に人目につく行動をするはずがない」
「気になりますね?」
「あぁ……シャーリー」

 杞憂であってほしいが、それを確認するためにもアムロはシャーリーに通信をつなげると、周辺エリアの索敵をかけ直すように言った。シャーリーもそれを承諾して、キーボードを操作し始める。

「…………」
「一尉?」

 シャーリーからの連絡を待つ間、アムロは言い様のない感覚を感じていた。人ではない何かに見つめられているような、奇妙な感覚だった。その奇妙な感覚を追うように視線を移動させていくが、アムロの目には何も映らなかった。ウィルがいぶかしげに声をかける。それと同時につられるように視線を移すが、ウィルに目にも何も映りはしなかった。
 その内、シャーリーがいつもの調子で変化なしを伝えるとほぼ同時だった。アムロはシャーリーの返信を無視するように一気に視線の先へと飛び出す。

「一尉、どこへ!」

 急いで後を追うウィル、刹那、隊員の悲鳴が響く。ウィルの行動は早く、デバイスを射撃モードに変形させながら、怒鳴りつけるようにシャーリーに通信を送った。

「攻撃を受けている、オペレーター、レーダーは見ていたのか!」
『こちらでは反応が検出されません! どうなってるの?』

 怒鳴り返すようにシャーリーのつんざくような声が耳に響く。反応がないわけがないだろうと言い返してやろうかとも思ったが、実際自分たちのデバイスのレーダーも反応していないのを見ると、シャーリーたちがサボっていたわけではないのがわかる。だとしたら、何が自分たちに起きているのか……しかし、考えている暇はなかった。


 無機質な敵意とでもいうのか、アムロは今それを敏感に感じ取っていた。急いで駆け付けた現場では、血を流して、錯乱状態の隊員が魔力弾をでたらめに放ちながら、叫んでいた。

「駄目だ、やられるぞ!」

 人間のような熱のこもらない敵意を追いかけながら、アムロはリジェを虚空へと狙いを定める。錯乱する隊員の背後、見えないそれは確実に存在していた。アムロは弾速の素早い魔力弾を無数に発射すると、見えない敵が隊員から離れるのを確認した。

「一尉!」

 少し遅れてウィルが到着する。アムロはウィルに錯乱した隊員を任せると、本人はそのまま加速をかけて見えない敵を追う。一型のように浮遊するわけでもなく、新型のように飛行するわけもなく、多脚型の脚で地面をうがちながら移動するそれは、中々身のこなしが軽い存在である事を理解させる。

「厄介だな……リジェ、バレットバルカンを掃射!」

 とにかく散弾をばらまき、敵に牽制を与え、大体の大きさを確認しようとするアムロは感覚に従いながら、バルカンを発射する。無数の魔力弾は木々に命中し、葉を貫くように降り注ぐ。その瞬間、一瞬だけだが、散弾の一部がかたい装甲に弾かれるように四散する。

「そこか!」

 すかさずアムロはその場所へと狙撃を仕掛けると、バンッという音と共に姿が見えなかった敵が徐々にその姿を見せ始める。無機質なカメラアイがアムロを睨みつけるように光った。その時、アムロは観察でもされているような違和感を覚えた。

「なんだ、あれを通して、誰かの思念を感じる……誰だ、俺を見ているのは!」

 敵意ではない、悪意でもない、もっと純粋な何か、それが何なのかはわからないが、アムロにとってみれば不愉快な感覚である事は間違いなかった。舌打ちをしながら、アムロは再度魔力弾を放つ。いくつかの魔力弾が命中するが元々の装甲が高いのか、カツンカツンと弾かれて終わってしまう。それを確認したアムロはデバイスを近接モードに変形させると、一気に距離を詰めると、デバイスを一閃、多脚型の脚の一本に切りつける。がりがりと金属が削れる音と共に多脚型のガジェットはその脚をパージすると、鋭い鎌を振りあげる。アムロはその背後を回るようにホバー走行で振り下ろされる鎌を回避すると、至近距離で、魔力弾を放つ。直撃の衝撃が多脚型の機体を揺らし、装甲のきしみが悲鳴のようにも聞こえた。すると、多脚型のガジェットはとびはねながら、木にしがみつくと、野生動物のように、木々の合間を飛び越え、またも姿を消した。ガサガサと遠ざかる機械音を耳にしながら、そのあっさりとした撤退の仕方に唖然としながらも、追撃は不可能だと判断したアムロは即時撤収をグリフィスに求めた。

「指令室、こちらはアンノウンの攻撃を受けた。負傷者もいる、この区域は危険だと判断する、撤収の許可を」
『許可します。残骸の回収は現時点で可能なものを除いて、破棄して構いません。一尉たちが遭遇したアンノウンの事も聞きたい』
「了解」

 各員に撤収を伝えたアムロはパージされた脚を回収すると、ふと、多脚型の逃げた方角を睨む。嫌な感覚だった。観察されているような、値踏みされているような、奇妙な視線。ふと寒気を感じたアムロはそれを振り払うように、分隊と合流する。いつしか寒気は消えていったが、妙にしこりの残る感覚だけは忘れることが出来なかった。


「ふぅむ……四型のステルスを自力で見破るか……アムロ・レイ、勘が鋭いというだけでは説明できないな」

 巨大なスクリーンだけが唯一の光源となっている巨大な空間で、白衣と来た男は身から湧きあがる知的好奇心を押さえられずにいた。湧きあがる興奮は笑みになり、男の口から歓喜の声が漏れだす。

「興味深いじゃないか。完璧なステルスを備えた四型を見破るなんて……彼らが気にかけるのもわかるよ。そうだろ、ウーノ?」

 男は白衣をひるがえしながら、傍らの女へと同意を求めた。金色の目をした長髪の女は表情を変える事もなく、感情すらない返事を返す。

「アムロ・レイは何かしらの能力を持っている……ですが、現状では勘が良いだけの男という判断しか下されていません。レアスキルというものはよくも悪くも目に見える形でなければ評価はされませんから」
「それは俗人共の傲慢だよ。目に見えるものが全てではないのさ」
「科学者とは思えないお言葉ですね」
「科学者ほど非論理的な生物はいないさ。自分の仮説は信じさせようとするのに、他人の仮説は信じないのだからね」

 男は再度モニターの視線を移す。

「機動六課……楽しみじゃないか……これほどまでに興味をそそられた研究対象は中々いない」

 虚空を見上げ、男は嗤った。腹の底から声を出しながら、自身の欲求を満たす存在の出現に対して、新たな知識を知る機会を得て、男はそれら全てに感謝するようにただただ嗤い続けた。



[25865] 第四話
Name: 士官その一◆6a589bf2 ID:016151d2
Date: 2011/04/07 19:37
 聖王教会はミッドチルダ北部のベルカ自治領に存在する宗教団体である。『聖王』と呼ばれる存在を崇め、次元世界にも多くの信者がいるこの組織は、別の顔として管理局と同じくロストロギアの調査や保守を使命としており、管理局とはそれなりに友好な関係を築いている。機動六課設立に関してもこの聖王教会の協力もあり、地上本部がおいそれと六課の事を非難できないのは、本局の権力者の存在以外にもこういった背景があるからであった。地上本部としても、聖王教会の騎士団やその影響力は無視できない存在であり、関係を崩す事を恐れている。八神はやてがこの事に関して、意図的にそうしたのかは不明だが、教会所属であり、管理局少将の地位にあるカリム・グラシアと懇意な関係にあるのを見れば、そう疑う者も少なくはない。

「やはり、そちらにも現れたようね?」

 紅茶を口にしながら、カリムは静かに言った。はやてにしてみれば、優しい姉のような顔ではなく、騎士、そして少将としての顔のカリムがそこにはいた。はやても機動六課部隊長として「はい」と頷いた。
 カリムはティーカップを置くと、パネルを操作してカーテンを閉める。薄暗くなった部屋に複数の画面が表示され、そこにはスラウギ分隊が接触した新型のガジェットの姿もあった。

「こちらでも確認は存在だけは確認できていたわ。この空戦の『二型』に……」

 再びパネルを操作すると、他の画面を押しのけるように、別の画面がアップに写し出される。そこには球体型のガジェットが映し出され、その大きさは常人より一回りほど大きなものだった。

「これ、教会が発見した三番目のガジェット、通称『三型』。こちらの戦力はまだ不明だけど、AMFが装備されている事は間違いないでしょうね。まだ正式な報告はしていないけど、クロノ提督にはさわりだけお伝えしたわ」

 そう続けながら、カリムは次の画面をスライドさせる。他のガジェットとは違って、アムロのデバイス『リジェ』のデータに映ったものを流用している為、若干荒いものとなっていたが、はっきりと全体像が映っていた。

「過去、あなたたちが接触して、なのはさんの事件のきっかけになったアンノウン……こういう形で再び現れるとはね」
「うん、これでレリック事件がつい最近起きているもんじゃなくて、随分昔から活動を始めていたもんやってことがわかったんや」
「『四型』とでも呼べばいいのかしら。敵の戦力は着実に上がってきていると見て、教会の方も警戒しているの」
「ン……これは?」

 はやてが別の画面に視線を向ける。何かを収めたケースであることが分かる。

「ミッドチルダに運ばれてきた不審貨物よ」
「レリック……かな?」
「可能性は多いにあるわね。それに、こちらの調査で分かったのは、ガジェットたちがこれを発見する時間、おそらく今日明日と推測されるわ」
「予想より大分早い……」
「えぇ、だから会って話したかったの。これをどう判断すべきか……今後待ち構えている事件の規模を考えると、対処は間違えられないのよ」
「…………」

 気負った表情をするカリムはその声音にも感情が現れていた。この先に起きると彼女が予想する事件の事を考えれば、不確定要素と言うものには注意しなければならない。そういう考えがカリムの中にはあった。そんなカリムを見つめながら、はやてはパネルを操作すると、カーテンを開ける。日の光が差し込み、カリムが少し驚いた様な顔を向けてきたので、はやては微笑しながら、答えた。

「大丈夫や。確かに新型ガジェットの出現とか、不確定な要素はあるけど、六課はいつでも動けるし、隊長たちや新人たちも頼りになる。地上からの出向で、アムロ・レイ一等空尉とベテラン魔導師も沢山おるし、むしろ予定していた時よりも豊富な人材で、迅速な対応が可能になった。そやから、心配はない。私は六課のみんなを信じとるから」

 その笑顔には部隊への信頼と自信に満ち溢れていた。カリムはそれを見て、憂鬱げだった表情をほろころばせ、はやてに答えるように頷いて見せた。


 本局は管理局内でも最重要施設であり、デバイスの開発、研究などの施設もここにある。アムロは技術部を訪れ、久しい友人と再会していた。

「チャメル!」
「アムロさん、お元気そうで、何よりです」

 かつてディゾンの開発スタッフであり、アムロと共に性能テストを行っていたチャメルがアムロを向かい入れる。再会を嬉しがるように、チャメルは未だに似合わない眼鏡をずらしながら、アムロの手を取った。白衣姿のチャメルは青年の面影は残っていたが、どこか大人びても見える。四年という月日は彼を一介の技術者から支部の一つを担う責任者へと成長させていた。

「いきなり押しかけるようですまない」
「いえ、こちらもお伝えしたい事もありましたし、ちょうど良かったです」
「そう言ってくれるとうれしいよ。デバイスの方はどうなんだ?」
「遅れてますね。プログラムの方が少し……容量を考えると、フレーム構造も練り直す必要があります」

 チャメルは歯切れ悪く答える。中々思うような成果が出ない事を申し訳なく思っているのだろう。アムロに軽く頭を下げながら、申し訳なさそうな顔を向けてきた。チャメルがこういった態度を取るわけとして、アムロの依頼が原因であるのはアムロ自身がわかっていた。ディゾン、リジェと最新鋭ストレージデバイスを扱ってきたアムロではあったが、どれも彼を満足させる性能はなく、こうして旧友の下を訪ねて新型のデバイス開発を依頼していたのである。

「デバイス本体を大きくすれば、問題はないんですが、そうなると取り回しが不便ですし、無理に機能を詰め込めばフレーム構造がガタガタになって強度が減ります。潤滑に活動させるためのシステムの組み込みも現状の段階では厳しいとしか」
「無茶を言って、急かしたのは俺の方だ。そう気に病むこともない」
「しかし、要求されたものを確実に作り上げなければ技術者としてのプライドが許せません」

 本来ならまだ時間的な余裕があった開発だったが、アムロの六課への出向、新型ガジェットの出現が重なり、任務の激化を予想したアムロが無理を言って開発を早めた。そんなアムロの無茶を快く引き受け、完成間近へとこぎつけた技術部の努力は称賛に値するだろう。だが、当然のごとくしわ寄せもあり、ソフト面であるデバイスのシステム開発が難航しているという状態だった。これがハード面におけるフレーム変更にも繋がり、結果的に開発に遅れが生じてしまっているのが現状であった。

「暫くはリジェで我慢してください。それだって、本来ならエース用のストレージなんですからね?」
「わかってる。これ以上の我儘は言わないつもりだ。良いデバイスだよ、リジェは」
「当たり前です。技術部の傑作デバイスの一つなんですからね」
「肝に銘じておくよ。時間があれば、また顔を出す」
「えぇ、その時は完成に近付けておきますよ。お気をつけて」

 チャメルに別れを告げ、地上へと戻る準備をしている途中だった。待機状態のリジェから電子音が流れると、通信画面がアムロの目の前に現れ、グリフィスが映し出される。緊急事態なのか、切迫した雰囲気があり、画面越しにでもアラートがけたたましく鳴り響いているのが確認できた。

『アムロ一尉、至急六課まで御戻りください』
「ガジェットの出現か?」
『そうです。現在、スターズ、ライトニングが出撃準備を行っています』
「そうか、今日は彼女たちの初陣だったな。了解だ、スラウギ分隊は六課隊舎の護衛に回る。俺が戻るまでは、スラウギの指揮はウィルに任せてくれ」
『了解です』

 アムロは急ぎトランスポーターまで走った。


 鳴り響くアラートを耳にするのは慣れていると思ったがそれはどうやら間違いであるとスバルは思っていた。警備隊にいた頃と違った緊張感が部隊内には流れており、ティアナもエリオもキャロも普段の明るさはなりを潜め、表情が硬かった。かく言うスバルも出動を前にして、手が震えている事に気がついた。拳を握りしめて、震えを抑えるが、むず痒い感覚は中々収まらなかった。輸送ヘリの準備が整うまでの僅かな時間で何とかこの緊張をほぐす必要があった。硬い体じゃ十分な力が出せないからである。
 ふと視線を移すと、隊舎の護衛につくスラウギ分隊の面々が見える。あちらはなれたもので、さすがに軽口を叩くものをいなかったが、スバルたちに比べれば自然体に近い。視線を横にずらしていくと、デバイスの調整を行っているシューが目に入った。同期のはずだが、実戦経験の差なのだろう、表情に緊張と言うものがない。すると、シューがこちらの視線に気がついたのか、眉をひそめ、窺うように顔を向けたが、すぐにデバイスの調整に戻った。「冷たいなぁ」と心の中でぼやくと、「調子にのるよりはマシだな」とデバイスの調整をしながら、シューが言った。

「え?」

 急に声をかけられ、驚いたように目を見開くスバル。そんな事はお構いなしに、シューは言葉を続けた。

「調子に乗ってる奴はたいてい痛い目を見る。お前はまだマシだって言っている」
「それって、シューの事?」
「なんだと!」

 シューが声を荒げて、こちらへと顔を向ける。実際、シューの言葉に当てはまるのはシュー自身なのだから、スバルの言葉は何一つ間違ってはいない。

「だって、あの時の訓練……」
「あれは……忘れろ。俺の自業自得だ」

 赤らめた顔をそむけながら、口ごもるシューの姿を見て、スバルはなんだかおかしな気がしてきて、「フフ……」と小さく笑った。それに反応したシューが「笑うな!」と怒鳴ると、決壊したダムのようにスバルの笑いが爆発した。

「だ、だって……自分の事言ってるんだもん。ねぇティア」
「そうね。おかしくって私も笑っちゃいそうよ」

 笑いながらスバルはすぐ横にいたティアナに同意を求めると、ティアナも同じ事を思っていたのか、すまし顔でシューを見ていた。「ぐっ」と言葉を詰まらせながら、シューはさらに顔を真っ赤にすると、振り払うように口を開いた。

「貴様らなぁ……!」
「みんなー、出動準備が出来たから、ヘリに乗るよー!」

 さらに何かを言おうとしたのだが、それはなのはが現れた事で止められた。シューも流石に分隊長の前では礼儀を正す。だが、一度ツボにはいったスバルは中々笑いを止められなく、なのはも声をかけられずにはいられなかった。

「どうしちゃったのスバル?」
「いえ、シューが励ましの言葉をかけてくれたんですけど、それがおかしくって」

 返答どころではないスバルの代わりにティアナが答える。かく言うティアナも少し笑みを浮かべていた。なのはは苦笑しながら、「シュー君も心配で言ってくれているんだから」と言って、彼女たちをさっさとヘリの方へと向かわせる。「やれやれ」と言いながら、なのはがシューの方へ振り返ると、ニコリと屈託のない笑みを見せた。

「流石、年上だね。これからもあの子たちをお願いね?」
「は……はっ、了解であります!」

 サッと敬礼をするシューになのはも敬礼を返して、自身もヘリへと向かった。気が強い少年だと思っていたが、中々可愛らしいところもあるじゃないかと思いながら、やはり六課は良い部隊だと改めて認識した。


 輸送ヘリにて三十分、現場に到着したスターズ、ライトニング両分隊はまず、分隊長のなのはとフェイトによる制空権の奪取に当たった。これは陸戦主体の新人フォワードの負担を軽減する意味もある。若くしてエースと呼ばれる二人の手並みは鮮やかであった。新型の飛行タイプと言えど、所詮はガジェットであり、単純な思考回路のパターンはある程度分析済みで、遅れを取る事はまずない。なのはは高出力の砲撃で薙ぎ払い、フェイトは得意とする高速戦闘で迅速にせん滅していった。ある程度片づけると、フォワードを着地させるように指示を出す。

「ヴァイス君、二型が攻め込んでこないうちに、フォワードたちを!」
『了解です!』

 輸送ヘリが高度を下げつつリニアレールに接近するのを確認したなのはは、そのままヘリの護衛につく様に直上に飛ぶ。二型の接近はなかった。ふと、眼下を見下ろすと、新人たちが輸送ヘリから飛び出すのが見える。瞬時にデバイスを起動させ、バリアジャケットを着込むと、分隊ごとに分かれ各々目的を目指す。

「お手並み拝見……とはいかないかぁ」

 新人たちの心配もそうだが、なのはは接近する二型へと神経を集中させた。デバイス『レイジングハート』を構えると、瞬時に狙いを定め遥か前方の二型めがけ砲撃を開始する。極太の魔砲を避ける暇もなく、二型が閃光の中に消えていく。敵機の撃破を確認したなのはは、やはり新人が気になるのか、視線をリニアレールに向ける。スターズ分隊の動きは悪くない。どうやらシューの励ましとやらが功を奏しているようだった。反面、ライトニング分隊はかんばしくないように感じられた。動きが鈍い、エリオは問題ないのだが、キャロがどこかぎこちない。

「…………」

 明らかな緊張である事はわかったが、それ以外にも何かがあると見てとれる。なのはは不意に出撃前の会話を思い出した。思いつめるキャロを励ますように声をかけたが、スバルやティアナにくらべて幼いキャロにはまだ何かが足りなかったのかも知れない。一抹の不安を抱えながら、なのははリニアレールを飛び越え、崖の上に待ち構える二型の迎撃に移った。二型のレーザーの洗礼を受けるが、鉄壁を誇るなのはのシールドにことごとく弾かれ、誘導弾による反撃が開始され、四方八方から迫る弾丸に二型たちは碌な回避行動も取れずに撃ち抜かれる。

「こっちの二型はあらかた撃破できたけど。フェイトちゃんの方はどうかな」

 よもや遅れを取るとは思わないが、なのははフェイトの援護に向かうべく、身体をひるがえし、フェイトの下へと向かう。刹那、レイジングハートのアラートとロングアーチの警告が同時に耳に入った。

『右方ヨリ敵接近』
『不明機、高速で接近中、なのはさん、注意を!』

 なのはの反応は早かった。とっさに右方へと砲撃を放つと牽制に誘導弾も放つ。急上昇して、敵機の確認を急いだが、二型とは比べ物にならないスピードで飛行する敵の姿を見失ってしまった。

「速い、レイジングハート!」
『回避不能バリア展開』

 なのはの全身を包むように桃色のバリアが展開され、眼前に現れた敵の攻撃を間一髪で防ぐ。両腕の刃でガリガリとバリアを削る敵の姿は人型だった。人型、それだけでも今までのガジェットとは違うが、それ以上になのはを困惑させたのは、その風体だった。顔や胸、腰を覆うように機械の鎧をまとった人型は、しかし、その合間から見えるしなやかな身体からそれが生身の人間のようにも感じられる。機械と人、不釣り合いな敵を前にして、なのははその存在に当てはまるものを思い出していた。

「戦闘……機人!」

 思考を張り巡らせながらも、なのはは攻勢に転じる準備を怠ってはいなかった。なのはは展開しているバリアに魔力を集中させると、一気に解放する。瞬間、バリアが爆ぜ、人型を吹き飛ばす。その隙になのはは距離を離して、レイジングハートを向けて、立て続けに誘導弾を放つ。のけぞる人型に接近する誘導弾だったが、瞬時に姿勢を整えた人型は両腕、両足の刃を器用に使って誘導弾を叩き落とした。

「ンン、苦手な相手だ……」

 なのははその戦闘スタイルから高機動戦には向かない。鉄壁の守りと圧倒的な砲撃を得意とし、接近させる前に倒すのが基本だが、相手は高機動格闘タイプ、懐に潜り込まれたら、反撃が難しいのはわかりきっていった。誘導弾を防ぎ、攻撃の出の遅い砲撃は軽々と避けられるだろう。
 それよりも、気になるのはこのタイミングでまたアンノウンの出現である。恐らくは敵の一味である事は容易に判断がつくが、一体なぜこの場に出てきたのか。これほどの腕なら、一々ガジェットを使うまでもなくレリックの回収ができたはずなのだが。しかし、考える暇を与える程敵は優しくないようだった。両腕を交差させ、突撃の構えをとる人型になのはもレイジングハートを構えて応戦の意思を見せる。

『なのはちゃん! 無理はアカン、今フェイトちゃんを向かわせたから!』

 指令室に戻ってきていたはやての声が響く。

「お願い。ちょっと、厳しい相手かもしれない……」

 新人のフォローはできないなぁと考えながらも、すぐさまその思考は消え去る。目の前の相手はよそ事をしている暇などなかったからだ。なのはは久々に冷や汗が流れるのを感じた。殆ど無動作で誘導弾を発射し、同時に低出力の砲撃を放つ。相手は高機動だが、格闘しかできない。とにかく近づけさせなければ勝機は見えてくる。簡単にはそうさせてくれないのはわかっていたが、そうしなければ自分がやられるのだった。
 なのはが次なる砲撃の準備をし始めた瞬間だった。下方から悲鳴が響いた。しかし、なのはにはそれに構っている暇はなかった。チラリと下を見て、状況を確認するが、認識する前に敵が接近する。なのはは瞬時に自身の身体を急上昇させ、誘導弾を壁にするように放ち、距離を引き離した。

「ライトニング分隊は……!」

 なのはが叫ぶ。眼下には巨大な球体に捉えられたエリオの姿が見えた。


 キャロは身体の震えを止める事が出来なかった。眼前にした三型の威圧、訓練とは違う確かな恐怖、バリアジャケットとデバイスによる保護があるとは言え、九歳の少女が平然としていられる場所ではない。それが少し臆病なキャロにしてみれば、その恐ろしさは想像を絶するものなのかも知れなかった。

「あぁ……フリード!」

 そんな恐怖を振り払うかのように、キャロはフリードリヒに指示しながら、魔法陣を展開させる。フリードリヒは火炎弾を生成すると、勢いよく発射する。火炎弾が三型めがけて発射されるが、三型はアームを伸ばし、火炎弾を弾く。

「おぉぉぉぉぉ!」

 変わるようにエリオがデバイス『ストラーダ』を構え雄叫びをあげながら突撃する。槍先を帯電させ、稲妻の一撃を振り下ろすが、槍先が装甲に食い込む事はなかった。強固な装甲がエリオの斬撃を受け止め、無機質なカメラアイが不気味に光る。僅かな衝撃と共に三型を中心にしてフィールドが展開され、ストラーダの電撃を分解し、キャロの魔法陣をも消し去っていく。

「AMFがこんなに遠くまで?」

 キャロが驚愕の声をあげた。AMFの展開が何を意味するのかは日ごろの訓練でよく理解している。このまま留まるのは危険である事を理解していたが、リニアレールという足場の限定された場所では後退もできなかった。
 エリオもまた、後退するわけにはいかなかった。反撃として振り下ろされたアームをストラーダで受け止めながら、その場に踏みとどまる。背後に控えるキャロは直接戦闘が不得意な召喚師、AMF下においては有効な対応手段を持たないからだ。その分、接近戦を主とするエリオはある程度までなら、対抗できた。

「くっ……このぉ!」

 掛け声と共に三型を押し出すエリオの自力は中々のものであったが、三型はまるで遊ぶように浮遊して、されるがままにしていたが、遊びに飽きたかの如く、カメラアイが再度発光する。その姿にエリオはギョッとする。足腰に力を入れ、勢いよく三型の頭上を飛び越えると、それと同時三型がレーザーを発射する。一型以上の出力を誇るレーザーはリニアレールの装甲をやすやすと貫く。三型の背後の着地したエリオだったが、三型の反応は素早く、アームを振り回しながら、レーザーを連射する。転がるようにレーザーを避けるエリオだったが、狭いリニアレール内では満足に動ける広さはなく、接近するアームを完全に避ける事は不可能だった。

「アゥ……!」

 とっさにストラーダを盾とする事でアームの直撃を免れたが、その勢いを殺す事が出来ず、そのまま壁へと激突してしまう。意識が飛びそうな衝撃に必死に耐えるが、二度、三度壁にぶつけられ、遂にエリオは意識を手放す。その瞬間、エリオが見たのはこちらを不安げに見詰めるキャロの姿だった。
 対するキャロは完全に畏縮し、ただエリオがやられていく姿を眺めるだけしかできなかった。何度も身を乗り出そうとしたが、頭のどこかでそれを自制し、力を使う事を拒んでいた。この現状で何をしていると自分自身に言い聞かせながらも、キャロは三型の猛威を前に声を出す事も出来なかった。遥か前方にいるスターズ分隊を探すように周りを見渡し、上空を飛ぶ隊長たちの姿を探す。

「誰か……!」

 たまらず悲鳴に似た声を出すキャロ。

「誰かぁぁぁぁぁぁ!」

 リニアレールにキャロの絶叫が響いた。だが、誰もそれに答えるものはいなかった。


「声……?」

 本局から緊急時以外では使用許可の下りない転送装置を使い、地上へと戻っていたアムロは隊舎への帰還を急いでいた。その為に地上部隊の一つから輸送ヘリを借りていた。その方が普通に飛行するよりも早い時間で隊舎に戻る事が出来たからだ。
 ヘリを飛ばす事数十分、不意にアムロの脳裏に声が響く。それは久しく感じていなかった感覚ではあったが、アムロは飛んできた感情に対して反応せざるをえなかった。

「キャロ、他人に頼るのは自分の力が及ばなかった時だぞ!」

 届かない事はわかっていたが、アムロは叱咤した。同時にアムロはリニアレールの方角へと進路を変えていた。間に合うかどうかわからない。今は新人たちの力を信じるしかなかった。



[25865] 第五話
Name: 士官その一◆6a589bf2 ID:016151d2
Date: 2011/03/04 19:09
 キャロにとって九歳以前の生活は楽しいものではなかった。今よりも幼い頃に故郷を、部族を追い出されたキャロに楽しい記憶はあまりない。強すぎる力を危惧され、居場所でさえ定まらなかった彼女に心休まる場所はなかった。暫くして管理局に保護されても、それは変わらなかった。彼女は自身の力を上手く制御する事すらできず、どこへ行っても腫れもの扱いを受けていた。だからこそ、自分の居場所をくれたフェイト・テスタロッサ・ハラオウンには感謝もしていたし、今の居場所である六課は彼女にとって居心地の良い場所であった。だからこそ、その居場所を離れたくはなかった。だから、今まで居場所を奪ってきた己の力は彼女にとって疎ましい存在でもあった。

「誰か、助けて!」

 その言葉はエリオを助けて欲しいという意味と同時に己自身を助けて欲しいというキャロの心の叫びでもあった。今の彼女には自分の力を扱うという選択肢はなかった。三型への恐怖よりも、己の力への恐怖が強いからであった。もし、この力が暴走すればまた居場所を失う事になる。それがキャロには恐ろしかった。

「誰か……誰か!」

 涙を浮かべながら、キャロは狼狽する。狂ったように誰かに助けを求め、その場にへたれこむ。

「フェイトさん、助けて……!」

 不意に叫んだ言葉は姉代わりでもあったフェイトの名前だった。いつもなら優しい声と共に撫でてくれる柔らかい手はなかった。それが一層キャロを不安にさせた。通信で呼び掛ける事も、念話を飛ばす事も忘れたキャロは涙で滲んだ瞳でアームにつかまったエリオの姿を眺めるしかなかった。


「えぇぃ、通信圏外か。念話も繋がるわけもないか」

 全速力でリニアレールに向かうアムロはヘリの通信装置やデバイスを通して何とかキャロに連絡を取ろうとしたが、直通でつなげるには距離がありすぎた。

「キャロの思念がつかめなくなった……俺ではこれが限界なのか?」

 アムロは自身の能力の低下を嘆いた。十四、五の頃に比べて明らかに感受性のなくなった感覚はキャロの悲痛な思念を長く捉える事が出来ないでいた。だからと言って少女の危機を見過ごすわけにもいかず、どうにかしてキャロを助けなければならなかった。
 アムロはヘリの通信装置を操作すると、指令室へとつなげる。

「アムロ・レイよりロングアーチ、聞こえるか! 今からスターズ、ライトニング分隊と合流する!」
『こちらロングアーチ、アムロ一尉、今どこに! それに、何を言って……?』

 通信に出たのは薄紫色の髪をしたルキノであった。ルキノは困惑したような表情で聞き返してきた。

「すまない、今は時間がない。あの子たちが危ない!」

 詳しく説明をしている暇などなかった。アムロは殆ど一方的に通信を切ると、念じるように瞳を閉じた。かつての感覚を取り戻そうとしているのだった。

「人の革新か……俺はあんな過ちは繰り返したくない!」

 アムロの脳裏には若くして散っていった少女たちの顔が浮かび上がっていた。キャロはそんな彼女らよりも若く、幼かった。だからアムロは焦った。若い世代が消えていく事の悲劇を、またこの目で見ていく事は嫌だった。

「錆ついても、俺はニュータイプなんだろ! 腐り落ちるのはまだ早いはずだ!」

 自分自身の思念を伝えるように、アムロは叫んだ。キャロを助けたいという意思を、かつての感覚を信じて飛ばした。


「ウゥ……なに、声?」

 高町なのはへの救援に向かう道中、フェイトは奇妙な感覚を覚えた。どこからか声が聞こえる。まるで一方的に送られてくる念話のようにも感じられたが、普段使っている念話とは何かが違った。何かを訴えかけるような声がフェイトの頭に響く。

「誰……キャロとエリオが危ないの?」

 フェイトは急な胸騒ぎを覚えた。なのはへの救援に向かいながらも、フェイトは無意識にキャロへと通信をつなげていた。まだリニアレールの姿は見えない。

「キャロ……キャロ、聞こえてる?」
『フェ……フェイトさん……どこにいるんですか、エリオ君が……!』

 通信越しに聞こえるキャロの声は震えていた。

「落ち着いて、キャロ! エリオに何があったの?」
『エリオ君が捕まって……私、どうしたらいいのかわからなくて……怖くて! 助けてください、フェイトさん!』
「キャロ、エリオが危ないんだよね? だったら、まずは自分にできる事をやって!」

 エリオの身に何が起きているのかはまだ分からない。錯乱したキャロがそれを上手く説明できるとは思えなかった。フェイトは自分でも酷い事を言っている事は理解できたが、今すぐ二人を助けに行く事などできないのも事実である。

「キャロ、私たちは分隊で一人じゃない。いつだって助け合える。だけど、甘えちゃ駄目。エリオはキャロを助けてくれた?」
『はい……だから、私の代わりにつかまって……』
「だったら、次はキャロが助ける番なんだよ」
『だけど……私じゃ……』

 フェイトは言い聞かせるように優しく言葉をかけた。それは親代わり、姉代わりのようでもあったが、一分隊長としての重みもあった。しかし、キャロはそれでも踏ん切りがつかないのか、言葉を詰まらせ、震えさせた。

(やっぱり、キャロは敵が怖いんじゃない……自分の力が怖いんだ)

 フェイトは確信した。今のキャロは心を閉ざしていた頃と同じであると。その有り余る力を周囲から恐れられ、居場所すらなかった頃と同じだった。しかし、今は違うとフェイトは断言できた。今のキャロには居場所がある。一緒に訓練をしてきた仲間だっている。キャロだってそれは理解しているはずである。だったら、後は自分でそれを守るという一歩を踏み出すだけだった。

「キャロは何をしたい?」
『え?』
「今、キャロがやらなければいけない事はわかっているはずだよ? だったら、まずは自分でそれをやらなきゃ……頑張ってやって、それでも駄目なら……私が助ける! だから、勇気を出して!」


「私のやりたい事……」

 フェイトの言葉にキャロは僅かに落ち着きを取り戻した。だが、それだけで現状が変わるわけではなく、依然、エリオは三型のアームにつかまったままであった。

「私が今しなければいけない事……」

呟くキャロの事など眼中にないのか、三型は拘束していたエリオに興味をなくしたかのように大きく振り回すと、そのまま崖へと投げ捨てる。その瞬間、キャロは自らも飛び出していた。その光景をモニターしていた指令部には衝撃が走ったが、キャロは決して自殺行為に及んだわけではなかった。
その瞳には決意が現れていた。涙で真っ赤に膨れたまぶたで大きく目を見開き、力強く拳を握りしめる姿は先ほどまで泣きじゃくっていた少女とは違っていた。

「私のやりたい事、優しくしてくれた人を、私に笑いかけてくれる人を!」

 キャロのデバイス『ケリュケイオン』が輝く。

「私の力で守りたい!」

 落下するエリオを受け止め、キャロの宣言と同時にケリュケイオンの光は最大にまで達する。桃色の光がキャロを包み、そして連れ添うように飛ぶフリードリヒをも包み込む。怖くないと言えばそれは嘘になる。今でも震えが止まらないほど怖い。しかし、今踏み出さなければ後悔する事は明らかだった。
 キャロは瞳を閉じて、詠唱を開始した。それに呼応するようにフリードリヒも小さな体から雄叫びをあげる。それはまだ子どもの叫びであった。

『蒼穹を奔る白き閃光 我が翼となり、天を駆けよ 来よ、我が竜フリードリヒ』

 詠唱を受け、フリードリヒの身体に異変が起きる。雄叫びを続けるフリードリヒが巨大化し、雄叫びは咆哮に変わる。愛らしい鳴き声はなりを潜め、竜そのものの獰猛な咆哮が戦場に響く。

『竜魂召喚!』

 キャロの声で光が爆ぜる。巨大化したフリードリヒが翼を大きく羽ばたかせると、もう一度咆哮した。ビリビリと空気の振動が伝わるほどの衝撃の中、キャロはしっかりとフリードリヒにまたがり、その腕にはエリオが抱かれていた。威風堂々としたフリードリヒの真の姿をキャロはその小さな身体で完全に制御していた。もう涙は流れていなかった。
 その瞬間を眺めていた指令部もスターズ分隊も、アンノウンと交戦中のなのはも、そしてフェイトもその変化に気がつく。もう心配はいらなかった。

「ウゥ、クッ……」

 目が覚めたエリオが初めに目にしたのは、真っすぐな瞳をしたキャロの姿だった。僅かに頬を染めたエリオだったが、飛び起きるようにキャロの腕から離れる。そして、自身が空の上にいる事に気がつく。

「こ、これは……」
「エリオ君! よかった……」

 エリオの目が覚めた事に喜んだキャロはバッと抱きつく。さらに顔を赤らめるエリオだったが、それ以上に自身が乗っているフリードリヒの変化に驚いていた。

「これ、フリードの本当の姿……キャロがやったの?」
「う、うん……それよりも!」

 キャロはキッと三型を睨みつける。フリードリヒの手綱を握りしめ、魔力を集中させると、普段のフリードリヒ以上の炎が形成されていく。

「ブラスト・レイ!」

 圧倒的な炎が吐き出され、三型を包み込む。だが、三型の装甲には傷一つつかなかった。それでもキャロはひるまなかった。反撃を避けるため、フリードリヒを巧みに操り一時上昇する。

「装甲が硬い!」
「あの形状の装甲じゃ、砲撃は不利だよ。僕が行く!」
「お願い!」

 二人の息はぴったりだった。エリオはストラーダを構え、キャロは再度詠唱に入る。ケリュケイオンが光、エリオの身体を包み込む。湧きあがる力を確かに感じながら、エリオは飛び出した。

「ツインブースト!」
「おぉぉぉぉぉぉ!」

 ストラーダの槍先に桃色の刃が形成される。エリオはストラーダを一閃すると、鞭のようにしなる桃色の刃が三型のアームを切り裂く。すぐさま着地したエリオはそのまま突撃の構えを取って、自身の魔力を集中させる。バチバチと魔力が電撃に変換され帯電すると、エリオはカートリッジを装填し、勢いよく突っ込む。

「一閃必中!」

 掛け声と同時にストラーダの槍先は三型の装甲とAMFを貫く。それを確認したエリオが力任せにストラーダを振りあげると、三型の装甲が鈍い音を立てて切り裂かれ爆散した。


「ライトニング分隊がやった!」

 アンノウンの攻撃をバリアで防ぎながら、なのはは爆発した三型を見た。僅かに顔をほころばせると、なのははすぐさまアンノウンに視線を戻す。フルフェイスのマスクのゴーグルに光の筋が入り、まるでなのはを睨みつけるようだった。だが、なのはも不意に笑みを浮かべる。

「今度はこっちの反撃だよ!」
「はぁぁぁぁぁ!」

 瞬間、アンノウンの背後からフェイトが大鎌『バルディッシュ』を大きく振り上げながら接近していた。一瞬にしてレンジ内に収めたフェイトはそのままバルディッシュを振り下ろす。

「…………!」
「きゃっ!」

 それは予想すらできない行動だった。アンノウンはなのはの強固なバリアを足場にして跳躍、その勢いのままフェイトとすれ違い、一瞬にして彼女の背後を取った。

「こいつ!」

 フェイトはそのまま振り向きざまにバルディッシュを振り払う。しかし、アンノウンはバルディッシュの柄を刃で受け止めると、斬撃を防ぐ。そして空いた片方の腕の刃を光らせると、フェイトの首下を狙った。

「ウッ……!」

 身体をのけ反らせながら、フェイトは間一髪で刃を避けるが、回し蹴りをもろに喰らって弾き飛ばされる。

「あぁ!」
「フェイトちゃん!」

 飛ばされたフェイトを受け止め、なのはが誘導弾を壁のように放つ。それを刃で弾き、避けながらアンノウンは距離を取る。誘導弾をさばき終えたアンノウンはゴーグルを怪しく光らせた。

「動きに切れが増している。本気……!」

 迫るアンノウンを前になのははフェイトを抱きかかえたままバリアを展開する。刹那、両者の間に砲撃が放たれる。なのはは、ハッとなりながら、砲撃が放たれた方角に視線を移す。そこには白亜のバリアジャケットのアムロがリジェを構えていた。

「高町、テスタロッサ、援護するぞ!」

 数発の砲撃を放ちながら、確実にアンノウンをなのはたちから引き離すと、アムロは壁になるように立ちはだかる。

「チッ……掠りもしないか。二人とも、大丈夫だな?」
「は、はい」
「こちらも、なんとか……」
「よし、一気にたたみ掛けるぞ!」

 なのはは多少疲労が見え、フェイトはわき腹を押さえていたが、戦闘続行は可能だった。アムロはそれを確認すると、リジェをアンノウンに向けてなのはと共に砲撃を放つ。それと同時に両者は誘導弾を繰りだすと、アンノウンの逃げ道を奪っていく。火線の中に閉じ込めるように追い詰めながらも、中央部分はフェイトの突撃の為に開けておく。アンノウンは危険と判断しながらも、そこに逃げ込むしかなった。

「お返し!」

 大振りしたバルディッシュの斬撃を回避する事が出来ず、アンノウンは両腕をクロスさせてそれを受け止める。しかし、勢いのついた攻撃を受けきる事が出来ず、そのまま砲撃の中へと吹き飛ばされる。何発かの砲撃が鎧に命中し、吹き飛ばされながら、爆発が起きる。

「逃げられた……あの敵、巧い」

 確認できたわけではなかったが、鎧の爆発にしては過剰な閃光は恐らくダミーである事がわかる。爆煙が晴れると、そこにはアンノウンの姿はなく、身に着けていた鎧の残骸がパラパラと落ちていくのが見えた。

『し、周辺に敵反応なし……レリックもスターズが確保しました……』
「一応……任務完了って事かな?」
「そうだと良いけど」

 シャーリーの報告を聞きながら、フェイトが呟く。すぐになのはが駆け寄るとその言葉に続くように言った。四型や今回のようなアンノウンの出現が続けば嫌でも警戒はする。気が抜けないのは当たり前だった。
 それでも、終わったと言う解放感が抑え込んでいた疲労を噴出させる。なのはとフェイトは汗をぬぐうとアムロの方を見た。アムロもこちらの視線に気がついたのか、すぐ近くまで飛んでくる。

「敵は完全に撤退したようだな。蹴りをくらっていたようだが?」
「バリアジャケットがあります。大した事はありません。先ほどは援護感謝します」
「無断で来た身だ。言い訳をする理由がないと立場がない」
「そのおかげでの私もフェイトちゃんも助かりました。はやてちゃんは、八神部隊長は話のわかる人ですよ」
「フフ、はやてが苦労しそう」

 冗談っぽく笑いながら言うアムロになのはも同じように答えた。フェイトも同じく笑っていた。

「なら安心だ」

 笑いながらアムロはふと大空を舞う竜の姿を見た。巨大なフリードリヒの背にはキャロとエリオが乗り、笑顔を向けあっていた。その光景を見て、アムロは安堵の表情を浮かべた。心配していた事は起きなかったようだ。自分の力が及んだ結果なのかどうかはわからないが、屈託のないキャロの笑顔を見るに、そうそう心配するような事は起きないだろうと思えた。

「キャロには酷い事をしたのかもしれません」

 フェイトはどこか表情を曇らせながら言った。

「だが、君は親代わりとして、隊長として立派な事をしたと思う。あの子の顔を見ればわかるさ」
「声がなかったら、私はキャロたちの事に気がつかなかったと思います」
「声?」
「自信はないんですけど、誰かがキャロが危ないって教えてくれた気がしたんです。それで、キャロに通信を送って……」

 その言葉を聞いて、アムロは錆ついた自分の力が役立った事を確信した。ニュータイプの力がフェイトとキャロを結びつけたのなら、それはニュータイプとして正しい力の使い方なのではないだろうかと思う。そして、キャロの危機を受け取ったのがフェイトであるのならば、それはフェイトのキャロたちを思う優しさがあるからだと思う。だから、アムロは人間を嫌いにはなれなかった。

「君があの中で一番キャロやエリオの事を思っていた証拠じゃないか。だとしたら、それは君の優しさだと俺は思うがね」
「優しさ……ですか?」

 そう呟きながら、フェイトはキャロたちの方を向く。二人が笑顔を向けて、手を振っていた。フェイトもそんな二人を見て、笑顔を返してやった。隊舎に帰ったら、うんと抱き締めてやろうと思った。
 主戦隊の初仕事は慌ただしいながらも、終わっていった。


 マスクを乱暴に外し、スクラップ同然の鎧を床に投げ捨てながら、女は廊下を歩いていた。もはや鎧としての機能などない等しい以上、邪魔なだけであった。捨てられた残骸を一型が回収していくのを横目で見ながら、女は自動扉をくぐって巨大なモニターの前で嗤い続ける男に詰め寄った。

「なぜ撤退命令を出したのです?」
「おやおや、ト―レ。君の戦いたいなんて無茶なお願いを聞いてやったんだ、僕の命令に従うのは当然だろう?」
「アムロ・レイとは満足のいく戦いをしていない」
「やられてしまうところだったじゃないか」
「私はまだインヒューレントスキルを使っていません」

 女、ト―レがぶっきらぼうに答えるとスカリエッティは「ククク」と喉を鳴らした。それが癇に障ったのか、ト―レは鋭い視線を彼に向けた。

「奴らはまだその力の半分も出していない。それじゃ君だって満足できないだろう?」
「奴らは手を抜いていたと?」
「色々と事情があるのさ……それよりもデータの収集機はどうしたのかね?」
「先ほど一型どもに回収させました」
「随分と鈍い音がなっていたね。データが破損していなければいいが……まぁ良い。恐らく連中は戦闘機人の事に勘づいているだろうが、まだ顔がばれるのは避けたい。暫くは仮面をつけてもらう。データの収集も兼ねているんだ、余り壊さないでくれたまえ」
「努力はします」

 ト―レはそれだけ言うと、さっさと部屋から出て行った。それを見ながら、スカリエッティはパネルを操作して、ウーノへと通信をつなげた。

「あぁ、今ト―レが帰って来た。シャワー室を使わせてやってくれ。あぁ、そうだ、収集機は一型が回収しているようだ。コンピューターの方に移しておいてくれ」

 言ってスカリエッティは再度モニターの顔を向けた。先ほどの戦いの記録映像を眺めながら、スカリエッティは湧きあがる好奇心を押さえる事などしなかった。喉を鳴らし、次第に声をあげて嗤った。

「生きているプロジェクトFの残滓か……私はついているのかも知れないな」



[25865] 第六話
Name: 士官その一◆6a589bf2 ID:016151d2
Date: 2011/03/19 19:24
 リインフォース・ツヴァイは、通称リインと呼ばれ、六課の皆から親しまれている。これで曹長だというのだから驚きだが、それ以上に彼女は他の隊員たちとは違って、身体が小さい。それは子どもだからというわけではなく、いわゆる妖精のような姿で、その愛らしい容姿と合わさって、マスコットのような位置にもいた。性格も子どものそれではあるが、マメな性格であることには違いなく、今も日誌をつけている最中であった。ちょこちょことパネルを打ち込む姿は可愛らしいもので、通り過ぎる隊員たちもほほえましくその姿を眺めていた。
 暫くして、きりの良いところで日誌を区切ると一旦休憩に入り、身体を大きく伸ばす。パネルから視線を外すと、綺麗に掃除された廊下や手入れの行き届いた観葉植物が心をなごましてくれる。そんな光景の中、妙な影がリインの視界に入って来た。ポーン、ポーンとゴムボールが弾むような音が廊下に響く。何だろうと思い、リインは音のする方向へ視線を向けると、黄緑色の丸いボールがこちらに向かってきていた。その後、二、三回程跳ねて、続いて転がりながら、リインの前方までやってくる。

「ムム、誰かのボールですか?」

 そんな奇妙な物体をいぶがしげに見つめるリインであったが、不意に変化が訪れる。黄緑色のボールはその場でゆっくりとその身を回すと、つぶらな瞳がリインを捉えた。二つの目と口のようにも見えるゆるかやかな曲線が刻まれた表面部分は無表情な顔にも見えた。

「ムム!」

 ボールではない。そんな奇妙な物体を目の当たりにした、リインは宙に浮かぶと、さらにその物体を注視した。警戒を強めるリインの意思に従うように、一本だけ伸びた髪が跳ね上がる。じーっと見つめあう形になる両者であったが、その沈黙を先に破ったのはボールの方であった。

「ハロ!」

 目を点滅させながら、機械的な音声を発する物体、ハロはコロコロとボディを揺らしながら、何度も「ハロ、ハロ」と言っては、リインを見つめていた。

「な、何ですか……!」

 そんな突然の行動にリインはバッと身を引きながら、ハロを凝視する。ハロが転がってリインに近づくと、リインは距離を離す。そんな奇妙な進退を繰り返していると、不意にハロがリインの傍まで大きくとび跳ねてくる。

「ひゃっ!」
「ハロ、トモダチ、トモダチ!」
「あ、あなたような友達は知らないです!」
「ハロ!」
「きゃっ!」

 機械的な音声が連呼されると、リインにひっつくようにハロが近寄る。リインは小さな悲鳴をあげながら、ハロから離れるが、ハロは大きくとび跳ねて、彼女の退路の前に降り立つ。まるで手玉に取られているような錯覚を覚えたリインはハロに恐怖した。ずいっと近寄るハロは口を開閉させ、機械音声で笑っていた。

「アハハ、ハロ!」
「やぁぁぁぁぁ!」

 リインは涙を浮かべながら、ハロから逃げるように飛ぶ。そんなリインを追いかけるようにハロは転がってついていった。そんな丸い不明物体であるハロに追いかけられ続ける事数分、リインは当てもなく逃げ惑っていると、曲がり角から現れたシャーリーに激突してしまう。

「あれれ、リイン曹長……どうしたんです?」

 体格差から、さほど衝撃を受けずにリインを受け止める形になったシャーリー。リインのあわてた姿に首をかしげていると、子どものような泣き顔でリインが飛びついてくる。

「シャーリー!」
「わわ! 一体どうしたんです、そんなにあわてて?」
「丸い奴がおっかけてくるです!」
「丸い奴?」

 シャーリーの胸に顔をうずめ、リインは逃げてきた方角を指差す。シャーリーもそんなリインの頭を撫でてやりながら、指差す方向に視線を向けると、ポーン、ポーンと弾みながらやってくるハロを発見する。

「き、きっと、新型のガジェットですよ!」

 リインは小さな悲鳴をあげながら言った。

「それはないですよ。多分これ、ペットロボットですよ」

一体どんな目にあったのかはわからないが、シャーリーは苦笑しながら、答えてやった。シャーリーはハロの前でしゃがみ込むと、興味深そうにハロに触れてみた。リインは怖がって、シャーリーの背後に隠れるように、その光景を眺めていた。

「へぇ、中々凝った作り……私はシャーリー、君の名前は?」
「ハロ、ハロ! シャーリー、トモダチ!」

 ハロは耳をパタパタと動かしながら、答える。名前と顔を認識できる機能があるのは、ペットロボットしては中々優秀だ。シャーリーは自分の中の知的好奇心がうずくのを感じた。手当たり次第にハロを触りながら、感触を確かめ、その都度話かけては反応を確認し、遂には口が開くのを発見すると、そのまま大きく開ける。ハンドメイドコンピューターに早変わりしたハロのディスプレイは初期状態であり、物珍しいプログラムはなかったが、それだけでもシャーリーはこのハロというペットロボットの性能をいたく気に入った。

「気になる……少しくらい調べてもいいよね?」
「おや、シャーリー。こんなところでどうしたんだい?」
「はいぃぃ!」

 遂には内部構造でも調べてみようかなと思いもしたが、その考えは実行する前に背後からのアムロの声で止められた。ハッとなったシャーリーはあわてながら立ち上がると、アムロの方へと振り返る。そんなシャーリーの行動を不思議に思いながらも、アムロは彼女の腕に抱かれたハロを発見する。

「ハロ、こんなところで。まだ部屋から出るなといったろう?」
「アムロ、アムロ。シャーリー、リイン、トモダチ!」
「友達?」
「そ、そうなんです! 友達になったんです、ね? リイン曹長!」

 シャーリーはひきつったような笑顔を見せると、リインに視線を向けた。合わせてくださいという意思が込められていたが、リインがそれを読み取ることはなく、「え?」と首をかしげていた。それを見たシャーリーはすぐさま、次の言葉をつなげた。
「リイン曹長はさっき、ハロと戯れていたんですよ。楽しそうに、笑顔で!」
「えぇ、シャーリー……」
「私もさっき名前を覚えてもらいまして!」

 シャーリーに押し切られる形で、なし崩しにハロと友達にされたリインは反論する間もなく、あたふたと説明するシャーリーを唖然と眺めるしかなかった。ハロは感情のない瞳でそんなシャーリーを見上げて、「トモダチ、トモダチ」と言っては、「アハハハ」と耳を動かしながら笑っていた。

「そうか。ハロ、早速友達が出来てうれしいかい?」
「ハロ、ウレシイ! ウレシイ!」
「それは良かった。だがハロ、勝手に外に出て言っては、他の人に驚かれる。次からは注意しろよ?」
「リョウカイ、リョウカイ!」

 ハロはそう答えると、シャーリーの腕からとびはね、アムロに受け止められる。アムロの腕の中でハロはシャーリーたちの方へ向くと、「バイバーイ!」と言った。シャーリーもそれに答えるように、笑顔で手を振ってやると、ハロも耳をパタパタと動かして返した。

「このペットロボット、ハロは一尉がお作りに?」
「あぁ、元々は俺の世界の物でね。子どもの頃に親父に買ってもらった物を思い出して、自分で作ってみたんだ。基本構造は覚えていたし、暇つぶしとデバイス構造の勉強を兼ねて作っていたんだが……思いのほか、やんちゃな性格になってしまってね。俺も少し驚いているんだ」

 シャーリーの質問に答えながら、アムロはハロを撫でながら苦笑した。そんなアムロの心配を知ってか、知らずか、ハロはアムロの腕の中でコロコロと揺れていた。アムロもそんなハロの姿を見て、苦笑から微笑に変わり、懐かしそうにハロを見つめていた。

「アムロさんにとっては思い入れの深いものなんですか?」
「ン……そうだな。あまり人気はなかったんだが、妙に記憶に残っていてね」
「そうなんですか? 私は可愛いと思いますけど」
「ペットロボットのブームなんて、そんなものさ。実際、再熱したブームだってすぐに冷めた」
「デザインがシンプルですからね。ニーズっていうんですか?」

 機能はどうあれ、丸いボールに線と点がついただけのハロは可愛らしいが、言ってしまえばそれ以上の魅力はない。好みの移り変わりが激しい大衆のニーズに長く答えられる程、ハロに魅力はなかったと言うことだった。

「コアな人気はあったみたいだが……とやかく言う俺もその一人だったという事だろうさ」
「物を大切にするって意味では、素敵だと思いますよ。思い出を大切にするみたいで」
「そうかい?」

 なんだか照れくさくなったアムロは頭をかきながら笑った。ハロに対する思い出など、大したものではないと思っていたが、それをシャーリーは素敵だと言った。そう言われると悪い気はしない。アムロは父にハロを買ってもらった時の気持ちを思い出して、あまり感じる事はなかった父への感謝を思った。

「そうだな、ハロは初めての友達だった……リイン曹長」

 シャーリーの後ろに隠れるリインに声をかけたアムロ。

「は、はい」
「少しやんちゃだが、またハロと遊んでやってくれないか? 人と遊ぶ事が、ハロにとっては喜びなんだ」
「えと……」

 リインは恐る恐るハロに近づくとゆっくりと手を伸ばした。ハロの無表情な瞳がリインを射抜く様に見つめるが、リインはそれを堪えてハロのボディを撫でた。すると、ハロは喜ぶように耳を動かし、瞳を点滅させた。

「ウン……な、仲良くしてあげます。でも、驚かせるのはやめてくだいさい」

 弟に言い聞かせる姉のように、ハロに対して年上ぶった態度を取ったリインはここぞとばかりに先ほどの注意を促した。ハロがそれを理解しているのかどうかはわからないが、答えるように「ハロ、ハロ」と言った。


 訓練学校での訓練でも重たい荷物を持ってグラウンドを走るなんて事はやってのけたが、あれにはペース配分もあったし、疲れにくい走り方や荷物の重さだって考えられている。しかし、日常、重たい荷物を運ぶ際にはその重さを一々計算する事などないし、決められたコースを走るわけでもない。勝手が違う事で体力の消費が激しいのは当たり前だったのかも知れないが、シューは弱音を吐く事はなかった。それはシュー自身の性分でもあったが、何よりアイナ・トライトンの前でそういった姿を見せるのが恥ずかしいという事もあった。

「いつも手伝ってくれてありがとうね。本当に助かるわ」
「いえ、自分は自分にできる事をやっているだけですから」
「訓練も大変なんでしょう?」
「この程度で根をあげていては戦闘部隊なんてやってられませんから……」

 強がって見せるシューであったが、額ににじんだ汗は彼の疲労が大きい事を表していた。進んで面倒な荷物を運んでいたからそれも当り前だったが、アイナに良く見られたいという打診もあった。
 いくつかの荷物を運び終えて、小休憩に入ったシューは荷物の整理をするアイナを眺めた。まだ二十代と言っても通用する容姿を持ったアイナはシューにとっては理想的な女性だった。モデルのようなスタイルというわけでもないし、白く綺麗に見える肌も日々の生活で多少の傷があるが、着飾ったような肌よりは美しいと感じる。エプロン姿のアイナには女としての魅力だって見えるし、子育ての経験がある為か、母性だって感じられる。そんな優しい魅力にあふれたアイナをただ茫然と眺めているだけでも、シューは満足であった。

『やっぱ、女って言うのはおしとやかじゃないとさ』

 シューは頬杖をつきながら、腕から腰、尻、脚へとアイナの身体のラインにそうように視線を移動させながら、そんな事を思った。ふと、自分が破廉恥な事を考えている事に気がついたが、それを自制する意志はどこかへと消え失せていた。少しくらい不真面目でも罰は当たらないだろうと思う。

「シュー!」
「んぁ?」

 不意に声をかけられ、シューは視線を移した。廊下の先には訓練終わりなのだろう、ラフな服装をしたフォワード陣たちがいた。先頭にいたスバルが大きく手を振っていた。楽しみの時間というわけではなかったが、それを中断された事に多少腹を立てたシューは面倒臭そうに立ち上がると、「なんだ!」と大声を出した。

「これからお昼なのー! シューもどぉー?」

 昼食の誘いであったが、返事をする前にシューはチラリとアイナへと視線を向ける。アイナも彼女たちの存在に気がついたのか、整理を中断すると、こちらに近づいてきて「元気がいいわね」とスバルたちを見て微笑んだ後、「言ってらっしゃいな」と優しい声をかけてくれた。

「いや、しかし……」
「あとは片づけだけだし、荷物も軽いものばかりだもの。同じ隊の仲間なんですから、仲良くしなさい」
「は、はぁ……」

 ふっと微笑みをかけてくれるアイナに頬を染めながらシューは頷いた。スバルたちが催促するように呼びかけてくるので、シューもそれに腕をあげて答えるとアイナへと振り返り、ピッと敬礼した。アイナがもう一度シューに笑顔を見せ、手を振ってくれたのがうれしかった。名残惜しかったが、スバルたちの下へと駆け寄る。

「アイナさんのお手伝い?」
「あぁ、暇だったからな」
「やらしい目つきだったけど?」

 そんな風に冷静に答えてみるが、ティアナが目を細めながら睨むように言ってきた。

「お、俺はそこまで破廉恥でじゃない!」
「むきになると、怪しいだけよ」
「なにを……」
「まぁまぁ、ティア。アイナさん美人だし、見惚れてもしかたないって」

 両者をなだめるように割って入ってくるスバルだったが、その言葉はシューのフォローにはなっていなかった。シューは抗議の声をあげようとしたが、事実でもあったので、それ以上は何も言わなかった。ティアナの言うとおり、むきになるとあらぬ疑いをかけられるし、何よりアイナが近くにいるのだ。これ以上の失態は見せられなかった。

「昼飯だろ、行くんだったら、さっさとしろ……」
「シューさんって年上が好きなんですか?」
「だったら何だって言うんだ……貴様、生意気だぞ」

 意味もなく服の襟を正しながら、シューは先頭を切って歩き始めた。だが、その出だしを挫く様に、エリオが何気なく言葉を発した。悪気はないのだろう、シューは額を押さえながら、力なく言ってそのまま食堂を目指した。
 六課の空気は和やかなものだった。


 シャーリーと別れ、ハロを自室へと戻したアムロはそのまま、コーヒーを沸かすとレポートの作成に取り掛かった。スラウギ分隊の報告書や今までの任務の内容など書く内容は多いが、アムロは手なれた物でサクサクとレポートを完成させていた。しかし、それでも時間はかかるもので、気がつけば昼は過ぎ、太陽も随分と下がっていた。淹れていたコーヒーも冷めており、口に運びかけたところで止めた。随分と長い間画面を眺めていた事を意識するとどっと疲れが流れ込んでくる。目頭を押さえ、こりをほぐしながら、自分の歳を実感する。若い頃のようにはいかない事を自覚しながらも、ついついその調子で仕事を続けるのは最近の悪い癖であった。コーヒーを入れ直しながら、アムロはレポートのデータを保存して、コピーを取った。

『アムロ一尉、いらっしゃいますか?』

 突然、ドアをノックする音とともにウィルの声が聞こえる。

「鍵は開いている」
『失礼します』

 アムロが入室を許可すると一声おいてウィルが部屋に入ってくる。手にした封筒を確認すると、報告書の提出である事がわかる。アムロは席を用意して、コーヒーを淹れてやると、手渡された封筒の中の書類に目を通す。ウィルも礼を言いながらコーヒーを一口飲みながら席に座る。

「ン、結構だ。スラウギの備品が少し足りないようだ。俺から言っておこう」
「ありがとうございます。怪我をした隊員たちも無事復帰します、少し多めにお願いします」
「早かったな」

 肋骨の骨折といった重傷にしては早い。治癒魔法があるとは言っても数週間の療養が必要となってくる事を考えれば非常に早い復帰であった。

「処置が早かったですから。内臓に傷もありませんでしたし、後方勤務なら支障はないでしょう。それに、新型のガジェットに続き、戦闘機人でしたか? 奇妙な敵も出てきました。早い復帰はむしろ喜ばしいですな」
「戦闘機人か……」

 戦闘機人とは、先日遭遇した人型のアンノウンの総称である。管理局でも過去にそれらの関係の事件を取り扱った事があるらしいが、近年ではめっきり聞かなくなった単語であった。

「機械的に身体を強化した……サイボーグとでも言えば良いんでしょうか。厄介な相手です。資料で読んだ程度ですが、AMF下でも魔導師並みの戦闘機動が可能だとか」
「あぁ、俺も実際接触して恐ろしさはある程度理解したつもりだ」

 アムロ自身もある程度戦える自負はあったが、高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンと共闘しても取り逃がしてしまった事を考えるに、あの戦闘機人は実力を出し切っていない事が予想される。

「厳しくなりますね」
「あぁ、ウィルたちの活躍にも期待しているよ」
「はは……あなたはまだ若い。寧ろ、私の方がアムロ一尉や新人共に期待しています」
「俺が若い?」
「えぇ、まだまだ男盛りでよ」

 言いながら、二人は笑いあった。長い付き合いの中、こうやって話す機会も多い。階級を無視して対等な友人として話せる相手は貴重であった。アムロにしてみれば、先輩でもあり、今は頼れる副官のような存在であるウィルはかけがえのない存在でもあった。

「男盛りついでに伴侶でも見つけたらどうです? 気立ての良い女でも捜して」
「中々モテないんだよ」
「そうですか? すぐに見つかりそうですがね。妻はいいもんですよ。喧嘩もしますがね……なにより子どもと一緒です」
「羨ましいな、そういう関係は」

 家庭も大切にする男だからこそ、人間も良いのだろう。アムロはウィルの魅力をそう感じた。いつかウィルの家族にも会ってみたい。そう思える位、ウィルが家族の話をする時の顔はいつも以上にうれしそうだった。自分もいつかはウィルのような父親になりたい。アムロは機会があれば結婚についても考えてみようと思った。


 その日の夜、フェイトはシャーリーを連れて地上本部のデータベースで今までの戦闘データのまとめと自身が追っている事件、容疑者との関係性を調べていた。レリックのデータからガジェットのデータを閲覧しながら、フェイトは別の思考を張り巡らせていた。

『六課編成から短期間で、二機の新型……内一つはなのはの事件に関わりがある。つまり、相手は六課のメンバーを知っている可能性もある。それに戦闘機人の出現も考えれば、今回のレリック事件にあの男が関わっている事は確実か』
「それにしても、レリックって奇妙な存在ですよね」
「あぁ……そうだね」

 シャーリーの一言にフェイトは現実に戻される。画面に映るレリックのデータを読み取りながら、フェイトも頷いて見せた。

「動力機関としてもエネルギー結晶としても、わからない点が多いですし。もっと別の目的で使用されるものなんかじゃないでしょうか?」
「まぁすぐに用途がわかればロストロギア指定はされないよ。ン、これはガジェットの残骸?」
「えぇ、鹵獲されたものです。新型も内部機構は変わりないものですから、特に新しい発見はないですねぇ」
「ふぅん……あ!」

 次々と映し出される画像の中に気になる物を見つけたフェイトは声をあげて、シャーリーを止めた。

「さっきの画像、少し戻してくれない?」
「え、あぁ、はい」

 三回程画像を戻したところで、フェイトが目当ての画像を見つける。そこにはガジェットに内蔵されていたチップが映し出されていた。そのチップの中央には青い結晶体が埋め込まれているのが確認できた。

「これ、何ですか?」
「ジュエルシード……」

 フェイトにしてみれば因縁めいた宝石、ロストロギアであった。

「なぜ、これが……」
「ご存じなんですか?」
「以前、私やなのはが集めていたロストロギア……今は本局で管理されているはずなのに」
「そんなものが!」
「あ、シャーリー、この部分を拡大してくれない?」

 驚きもそうそうに、フェイトはまた別のものを発見する。同じ画像内、ちょうどチップの斜め上の金属板に何か、文字が刻まれているのが見てとれる。

「これ、名前ですか?」
「ジェイル・スカリエッティ……広域指名手配の次元犯罪者……先日の戦闘機人の一件やこのジュエルシード、四型の出現……間違いない!」
「フェイトさん?」
「シャーリー、すぐに隊舎に戻ろう。隊長たちを集めて緊急会議を開く」
「ええー! ちょ、ちょっと待ってくださいよ、データのコピーを……!」

 慌ただしく動くシャーリーを急かしながら、フェイトは確信を持った。この事件の背後にいる存在はまさしく、自分の追っている人物、まさかこんな形で接触するとは思わなかったが、ある意味では僥倖とも言える。

『だけど……よくよく考えれば、今回の事件、私たちと因縁のある要素が集まっている……偶然とは思いたくないな』

 そう考えると、嫌な予感しかしてこない。まるで自分たちが敵の掌の上で踊らされている錯覚が来る。そうでなくても、管理局で厳重に管理されているはずのジュエルシードなる物がこんな形で目の前に現れる。もしかしたら、回収されなかった個体かも知れないが、どちらにせよ、敵は六課の構成員をよく知っている事は、不気味な感覚であった。


 夜遅くまでの訓練は新人たちにとっては一番疲れる仕事である。元々が新人という経験の少ない人材を扱う以上、平均並みに動けるようにするためにはこれくらいは普通とも言える。しかし、そうは言っても疲労は大きく、同時に教育する側の負担も少なくはない。ヴィータも長い戦いを続けてきた実力者ではあるが、疲労に対しては慣れる事などできはしない。疲れ切った新人たちを見送りつつ、自身は顔色一つ変えずに言葉を投げかけるが、彼らの姿が見えなくなれば、一転、疲労を表すように、肩の力を抜いた。軽くため息をつきながら、視線を移動させると、涼しい顔をしながらパネルを操作するなのはの姿が見える。流石だと思う反面、無理をしていないかと心配になって来たヴィータは声をかけた。

「今朝から新人たちと付き合ってるけどよ、疲れないのか?」
「私は戦技教導だし仕方ないよ」

 なのはは悠然と答えた。そんな風に答えられるとヴィータは何も言えなくなってしまう。仕方なく、ヴィータは話題を訓練内容の方に変えた。

「訓練の方だけどさ……前に一度スラウギ分隊の訓練を覗いてみたんだんだが、同じ教導隊だってのに、なのはとアムロじゃ全然違うんだな」
「あぁ、そうだね。アムロさんって、どっちかって言うと教官みたいな人だから。細かいところまで気配りのできる人みたいだし、直接会った事はなくても噂は結構聞いてたから」
「ふぅん……年齢の違いって奴なのか?」
「それを言うなら、ヴィータちゃんはアムロさん以上に大人だから、もっと気配りができないとね?」
「あたしがババァだって言いたいのかよ?」

 少しムッとなるヴィータに苦笑しながら「違うよ」と制するなのははパネルの操作を止めて、言葉を続けた。

「私は、まぁ、教導隊の教えと管理局の教育プログラムで訓練してきたから、それ以外の事はわからないけど、アムロさんは、多分もっと別の訓練方法を受けてきたんだと思う。それも私たち以上に実戦的な」
「実戦的か……そういや、アムロは現場の事を戦場っていうよな」
「軍人さんだったんじゃないかなって、私は思ってる」
「なるほどなぁ……そういやさ、アムロの出身世界ってどこなんだ?」

 納得しながらも、ヴィータは別の疑問を投げかけた。

「それ、私も知らないんだよね……元々次元漂流者だったらしいから、出身世界の捜索もされたみたいなんだけど、結局見つからなかったみたいだし……本人もそれについては何も語らないみたい。だけど、なんとなく想像できるんだよね、アムロさんの世界」
「そうなのか?」
「うん……多分、怖い世界なんだと思う」
「怖い世界?」
「アムロさんって、戦い慣れている気がするんだよね……前に一度、新人の訓練で一緒にプログラムを組んだんだけど、その時に、シャーリーがね、アムロさんを怖いって言ったの。私もなんとなく、アムロさんと私たちの間には大きな違いがあるじゃないかなぁって思って少し考えてみたの」

 なのはは言葉を一度区切ってから、空を見上げた。満天の星空がバッと広がる綺麗な空だった。

「アムロさんの世界って、戦争してたんじゃないかな?」
「戦争……か」

 なのはと同じようにヴィータも空を見上げた。自分のあまり思い出したくない記憶がよみがえるのを防ぐように星を見つめた。別になのはもヴィータもそれが事実だとして、アムロを嫌う理由にはならない。アムロは決して人を傷つける事を楽しむような人ではないとわかるからだ。
心配するような事はないと思いながら、なのはは胸の中の不安を飲み込むように大きく息を吸った。



[25865] 第七話 前編
Name: 士官その一◆6a589bf2 ID:016151d2
Date: 2011/04/29 19:41
『どこの世界でも、気楽なものだな、上流階級ってのは』

 夕方を回った時刻、アムロはホテル・アグスタのテラスを見上げて毒づいた。多少の軽蔑を含んだ視線は談笑する上流階級の紳士やその夫人たちを捉えていた。中からは音楽も聞こえてくる。しかし、今のアムロにしてみればその音楽すらも耳触りなものでしかなかった。こういう事は彼らの目の前ではおくびに言えないが、正当な理由で罵倒する機会があったらぜひ言ってみたいという欲求もあった。
 ふと、夫人たちの視線が自分を捉える。有名人であるアムロが夫人たちの話題になるのは早かった。何人かが興味本位でこちらを覗く姿を見て、作り笑顔を見せるぐらいの余裕をアムロは持っていたが、構いすぎると面倒であるという事も理解していた。笑顔もそうそうにアムロはその場から逃げるように離れていった。
 ホテル・アグスタの警備態勢は厳重である。アムロらスラウギ分隊とは別にホテル独自の警備員も多数配置されているし、監視カメラなども常備されている。これに、主戦隊が合流すればホテルの全方位をカバーする事になる。避難口となる玄関前はもちろんの事、背後を囲む森林地帯は特に厳重に見張る必要があった。そういう厳重に守るはずの場所にテラスがあって、警護する人物が無防備にも出てくるのだからたまったものではない。こういう時に限って、我儘な紳士や夫人たちは敵以上に厄介な存在でしかなかった。

「おー、お疲れさん」
「あぁ……ヴィータか」

 うんざりとしている時に声をかけられたアムロは少し間の抜けた返事を返して振り返った。そこにはコーヒーを持ったヴィータがいた。アムロはヴィータからコーヒーを受け取ると一口飲んで、気持ちを入れ替えようとした。

「特に異常はねぇみてぇだな」
「退屈かい?」
「まさか、そこまで不謹慎じゃねぇ……だけど、ああいうボンクラ共は少し痛い目を見た方がいいと思うけどな」

 場所が場所なら問題発言となるような事をヴィータははっきりといった。

「管理局の出資者もいるとなると、無碍な扱いはできないさ。これに関しては陸も海も神経を尖らせている。厄介なものさ、政治が絡んでくるとなるとなおさらに」
「金を出してやっているから……って奴かよ」

 肥大し過ぎた管理局の維持運営に対して彼らの財力は生命線ともいえる代物である。だからこそ、彼らの無茶な要求だって飲み込まなければいけないし、こうやって好き勝手出回る彼らを警護しなければならない。だから、ヴィータはそういった態度を全面に押し出す彼らを好きにはなれなかったし、これからも好意を持つ事はないと確信していた。任務としてはやってやるが、それ以上の関わりは無用、早くこの任務を終わらせたいと願っていた。できれば、何事もなく無事に。

「本番は明日のオークション当日。アムロ、ガジェットどもは来ると思うか?」
「恐らくはな」

 長年の勘とでも言うのだろうか、ニュータイプ的な直感などではなく、もっと別の本能的な直感からアムロはそう答えた。ヴィータも同じような結論だったのか、対して驚く事もなく「そうか」と呟いた。そうなると、新人たちは各々広い範囲を警備しなければならない。今回の任務でははやてやなのは、フェイトの三名は出撃が出来ない。クライエントの要望もあるが、公の場で愛想を振りまいて、紳士たちの機嫌とりをしなければいけないのだった。六課も管理局のメンツを立てる為、隊長たちに客寄せパンダの真似ごとをしてもらう必要があった。面倒な仕事ではあったが、どういうわけか主任医務官のシャマルは妙に乗り気で、このためだけにドレスを用意したとか。こういう時、彼女のような気楽さを持てたらどれほど楽か。

「あぁそういえば」

 ヴィータはシャマルの事とついでに彼女が言いだした言葉を思い出して苦笑した。

「シャマルの奴がな、アムロにタキシードを着せたいと言ってたぞ」
「俺に? よしてくれ、そういう堅苦しい服装は苦手だ」
「あいつならやりかねないぞ。気をつけろよ」
「まいったな……」

 アムロもつられて苦笑した。一瞬、タキシードを着込んだ自分を想像したが、やはり似合わない。もう少し若い頃で、黒髪だったら似合うのではとも思ったが、それ以上は考えなかった。
 煩わしい紳士や夫人たちの笑い声が少し小さくなる。音楽も次第に緩やかなものへと変化していき、パーティーの終了が来たのだと知らせていた。


 翌日、ホテルの中は先日以上のにぎわい見せていた。取引許可の出ているロストロギアのオークションともなれば多くの資産家が集まるのは目に見えていたが、それは六課の負担が大きくなる事を意味していた。スラウギ分隊を中心にホテル周辺の警備を固め、その合間にスターズ、ライトニング分隊を配置、副隊長陣は各分隊から離れすぎない程度に単独行動を取り、アムロも同じく一人遊撃隊の任を任されていた。異色なのは、この作戦の大まかな指揮を執るのが、医務官のシャマルであるという事だが、元々シャマル自身がある程度の指揮をとれて、なおかつ彼女のデバイス「クラール・ヴィント」の特性がこの広域防御戦には適していたからである。これにロングアーチの支援が加わればガジェットの出現に対して迅速な対応がとれるというものだった。アムロや副隊長たちにしてみても、戦闘に集中できる分、ありがたい配置とも言える。

「反応はまだ見られないな?」

 ホテル屋上、アムロはシャマルに確認を取った。

「はい、ですが、森が少しざわついています。来ていますね」
「ン、了解だ。スラウギ分隊はデバイスを起動させろ、空士は上空から監視、陸士部隊、防衛の要はお前たちだ、気を抜くな」
『了解』

 デバイスを通して各員の返事が返って来た事を確認すると、アムロもリジェを起動させ、白亜のバリアジャケットを着込んだ。

「俺達が斥候する、シャマルたちは防衛ラインの形成を頼む」

 そういってアムロは上空に飛び出す。眼下に広がる光景を見渡し、アムロは自身が向かうエリアへと飛んだ。リジェのセンサーに反応はないが、そろそろロングアーチのレーダーとシャマルのセンサーにガジェットがかかる頃である。アムロは気を引き締めながら、視線の先をにらんだ。

「空戦型は出ていないな……」
『クラールヴィントのセンサーに反応!』
『来ました、陸戦一型、三十、三十五! 三型が四です! 後方よりさらに敵機確認!』
「来たか……!」

 アムロは突出して、リジェを構える。森の中に隠れているが、ここまで近づけばリジェのセンサーでも自動でガジェットを追尾できる。アムロは誘導弾を放ち迎撃に出た。五つの光弾が一型を貫き、爆散した。他の場所からでも爆発音が確認できた。アムロはチラッと視線を移すと赤色と薄紫の魔力光が見えた。ヴィータとシグナムの色だった。

「さすがに早いな……こちらアムロ、大型を仕留めてくれ!」

 確認をしたアムロは一型のせん滅を引き受け、代わりに大型の三型の撃破をヴィータたちに頼んだ。それに答えるように、二つの魔力光が下降していく。暫くの後に爆発を確認した。アムロもそれに続く様に一型を狙撃していった。防衛は始まったばかりだった。


「戦闘の光、斥候部隊はもう戦闘に入ったか」

 遥か前方の光を確認したティアナは冷静にも見えたが、その実は戦場の空気に押されてか、若干の興奮状態でもあった。しかし、それを自身が自覚する事はなかった。

「みんな、敵部隊が広域に展開しているけど、他のエリアは別働隊に任せて、私たちはこのエリアを死守するわよ!」
『了解!』

 ティアナの号令の下、スターズ、ライトニングは臨戦状態に入った。僅かだが新入してきたガジェットを撃破しつつ、ティアナは別区域の戦況も逐一確認していた。戦場を広く見る事は指揮官としては優秀だった。が、ティアナはそこに余計な思考をいれてしまっていた。

『ヴィータ副隊長もシグナム副隊長も順調に敵を落としている……あれでリミッター付き』

 副隊長達が全力ではないのに、ガジェットを悠々と撃破する姿を見て、頼りになるという反面、自分自身の能力と比較して、彼女たちが遥か高次元の存在であると錯覚してしまう。

『あの人たちほどの活躍は私にはできないか……』

 その考えは錯覚ではない。所詮は実戦経験の少ない新人であるティアナが彼女たちのように縦横無尽に動けるはずなどないのだ。しかし、焦りを感じてしまうのはティアナの余裕のなさであり、若さでもあった。しかし、それはこの戦場においてはひどく危険なものであった。

「スバル、エリオ、前に出るわよ! キャロはブーストで援護、ここから一歩も通さないつもりで攻めるわよ!」

 その攻勢は一見して無謀なものであったが、彼らの才能と若さはそれを可能としていた。スバルもエリオもティアナの勢いに乗り、ガジェットを撃破していった。ティアナの動きも悪くはなかった。よくスバルとエリオをフォローし、指示を飛ばし、自身もいくつかのガジェットを撃破していったが、スバルたちと比べれば少ないものであった。

「クッ……」

 ティアナの小さく唇をかんだ。それは誰も気がつかないくらいで、ティアナ自身も意識しての事ではなかった。しかし、胸の中にある劣等感は明らかなものであった。

『脚を引っ張っているとは思わない……だけど!』

 それは嘆きにも近い独白であった。

『周りに気圧される必要はない……私だって十分に戦える、ランスターの弾丸は通用するはずだ!』

 自身に言い聞かせるようにティアナはクロスミラージュを構えて魔力弾を掃射した。その勢いが彼女の射撃にブレを生じさせている事など気づく事もなく。



『ト―レ、舞台は用意した。残念ながら高町なのはやフェイト・テスタロッサはいないようだが、アムロ・レイは前線に出てきている。しかし、くれぐれもホテルに危害は加えないでくれたまえ』

 スカリエッティの飄々としたもの言いには慣れたつもりだが、戦場の空気を実感する場においては生みの親であっても神経を逆なでる。ト―レの性格上、それを言葉に出して言う事はないが、若干態度に現れるのは癖とも言える。

「承知している。しかし、回収はよろしいので?」
『あぁ、それに関しては騎士ゼストとルーテシアにお願いするよ』

スカリエッティ自身もそれを理解しているのだが、態度を変える事もなく、そのままの調子で話を続けた。

『データは自動的にこちらに送られる。万が一、その収集機が破壊されても問題はない、気がすむまで戦いたまえ』
「感謝します」

 ト―レは短く答えるとマスクをかぶり、全身を覆う鎧、データの収集機を起動させた。僅かに見えるエネルギーラインが薄く光り、マスクのゴーグルに光の筋が入ると、全身にエネルギーを潤滑させ、自身の能力を発動させる。

「インヒューレント・スキル……ライド・インパルス!」

 その瞬間、ト―レの身体は一気に加速し、戦場へと介入した。その加速は一時的とは言え、シャマルのクラールヴィントにもロングアーチのレーダーすらも振り切り、彼女が速度を落とした瞬間に感知した。シャマルたちには、まるで転送されたかのような錯覚を覚えさせた。

『レーダーに感! 反応は……戦闘機人タイプ、以前接触した個体と一致!』
『アムロ一尉に接近!』

 ロングアーチの管制が飛び交い、アムロもそれに呼応するように空域を見渡した。リジェのセンサーを最大にしながらも、視線を巡るましく敵機を探していた。刹那、リジェからのアラートが鳴り響き、アムロはとっさに下降し、敵機を捉えた。

「ちぃ……ゴーグルか!」
「……!」

 紙一重の差、アムロの頭上を高速で飛び越える影、マスクと鎧に包まれたト―レの姿であった。アムロは逆さの状態になりながらもリジェの構え砲撃を放った。対するト―レも身体をひるがえしながら、砲撃を避けていく。さらに、そのままの勢いで接近を仕掛け、両腕の刃を発振させると、引き裂く様に突撃を仕掛けてきた。アムロも素早くリジェの格闘モードを起動させると、それに対応してみせた。バチバチと火花が散り、両者を照らした。

「……パワー負け!」

 アムロは叫んだ。敵のパワーは想像以上の物だった。自力での勝負では分が悪いと判断したアムロは渾身の力でト―レを切りはらうと、一気に上昇して誘導弾を放つ。四方八方から迫る弾丸をト―レは態勢を立て直すことなく、弾き落として見せた。

「やるな!」

 アムロは再度砲撃を仕掛け、ト―レとの間に距離を取った。ト―レもその砲撃に当たってやるほどの余裕などない。実際、ト―レ自身もアムロ相手に攻めあぐねいているのだから。

『こいつ、私の避ける方向がわかるのか!』

 それは明らかな恐怖となる。今でこそ、戦闘機人の反応で避けて見せているが、気を抜けば直撃を喰らう。

『フフフ、面白い!』

 恐怖と同時にト―レの心中には闘士が燃え盛っていた。それは武人気質であるト―レだからこその感覚であり、久しく感じていなかった強敵との戦いである。ト―レは目前に迫る砲撃を避けながら、急接近を仕掛ける。対するアムロもあわてて、正確な狙撃を返し、さらに誘導弾まで放ってくる。しかし、ト―レは冷静だった。誘導弾を無視して、狙撃の合間を縫ってアムロに接近を仕掛ける。威力の低い誘導弾は牽制と陽動、本命の狙撃に注意すればよいだけの事であった。

「誘いには乗らないか。強い相手だな!」

 アムロは狙撃を中止して、後退をかける。しかし、スピードの差が出たのか、ト―レの接近を許す事になる。

「ンン!」

 バレットバルカンと誘導弾の弾幕を張って応戦するが、その瞬間、ト―レが視界から消える。直後、アムロのすぐ横を風を切る音がして、背中に強い衝撃を喰らう事になる。

「アフッ!」

 肺の中の息を全て吐き出すような勢いで弾かれるアムロの身体は二、三回程回転しながら、制動をかける。
 周囲の空気が切り裂かれる音が響く。リジェのセンサーは正常に作動しているが、ト―レを捉える事が出来ないでいた。アムロは自身に向けられる殺気を感じた。

「上かっ!」

 バルカンを撒き、殺気の強い方角を睨む。何かが動いた。それは目で追うのも難しいものだったが、間違いなくト―レであった。アムロは殺気が近づくのを感じて、僅かだが後退をかけた。それが良かった。バルカンの掃射が終わると同時に、アムロのバリアジャケットが胸部から腹部にかけて切り裂かれる。ジャケット部分のみで本体にダメージはないが、アムロに冷や汗をかかせるには十分だった。

「高速移動かっ……!」

 アムロは高速で動きまわる事は出来ない。元々の戦闘スタイルが違うからだ。

「えぇぃ!」

 アムロは唸った。反撃に転ずる事の出来ない自身をののしりながら、アムロは誘導弾をばらまく。誘導弾の反応を機敏にして、リジェのセンサーの感度をあげる。これでト―レの動きを僅かでも捉えようというのだ。アムロは気を集中させるようにして、ト―レの殺気を感じた。鋭利な殺気は稲妻のような速度で己に接近してきていた。アムロは殺気の感じる方角へ誘導弾を飛ばす。無数の誘導弾が飛来する中、ト―レは機動を崩さず、その合間を縫い、華麗な飛行を見せた。しかし、誘導弾もまた急旋回を駆け、小刻みに震えながらト―レを執拗に追った。前後左右から迫る誘導弾を弾きながらも、ト―レは確実にアムロへと接近を仕掛けていた。

「来るか!」

 アムロは誘導弾での迎撃を無理だと判断して、カートリッジを数個とりだす。それを周りにばらまくと一気に魔力を集中させ、連鎖爆発をおこさせる。その瞬間、熱量と魔力が拡散し、ト―レのセンサーを狂わせた。爆煙に包まれた周囲を警戒しながら、ト―レはマスクの中で不敵な笑みをこぼした。

『中々、どうしてやるものだ! しかし……』

 戦闘機人であるト―レの目をごまかす事は出来ない。煙の中、ト―レは魔力反応の強い場所を見つけた。その場所へと一気に加速を仕掛け、両腕の刃をクロスさせ、一閃しようとした。その時、ト―レは腕を振るうのを止めた。その瞬間、僅かだがト―レの加速が鈍った。同時にト―レの捉えた魔力反応が一気に上昇して、熱量と共に爆発した。瞬時に飛び退いてダメージを受けずに済んだト―レだったが、背後から接近するアムロの攻撃を防げたのは運が良かったからであろう。対するアムロはこの不意打ちを失敗した事に舌打ちをしていた。

「ちぃ、反応が早い。だが!」

 アムロはリジェの格闘モードで切りかかる。パワー負けするのは目に見えていたが、それを補う為にアムロは無数の誘導弾を従えて、切りかかった。アムロの思考ではただたんに浮かせて、真正面に打ち出すだけのものだったが、リジェの方はそうもいかない。多数の誘導弾を制御するには、リジェの処理速度は合わなかった。しかし、そんな事に構っていられる程、アムロにも余裕がない事は確かであった。
 ト―レもまた、回避が不可能である事を理解して、被弾覚悟の真っ向勝負に出た。無数の誘導弾が四肢に命中し、鎧をはがしていく。残っているのは胸部装甲とマスク、右腕の鎧だけだった。ボディスーツにも僅かな切れ目が入った。ダメージは大きかった。
 両者は互いの得物をぶつけ合い、再度正面を見あう事になった。誘導弾の残りはなかった。アムロはほぼ無理やりに近い形でリジェで逆袈裟斬りをさせた。対するト―レも力任せに刃を振り下ろした。刹那、両者の刃が音を立てて砕け、残ったリジェの刀身はト―レのマスクをはいだ。

「……女!」
「おのれっ!」

 ト―レは回し蹴りをアムロにいれると、そのまま一気の後退を駆けた。蓄積したダメージではこれ以上の戦闘は厳しいと判断したからだった。対するアムロは蹴りを防御したが、そのせいで中破していたリジェが完璧な形で大破した。バラバラと砕けるリジェを横目に、アムロは撤退をするト―レを見やった。

「機人の女……すさまじいプレッシャーだった」

 正直に言って、相手が後退をかけてくれてホッとしていた。このままではやられてしまうところだったからだ。アムロはこれ以上の戦闘が不可能であると判断して、自身も後退をかけた。



[25865] 第七話 後編
Name: 士官その一◆6a589bf2 ID:016151d2
Date: 2011/05/01 12:32
上空でアムロとト―レが激闘を演じている間、陸上の戦闘もまた白熱したものとなっていた。自律行動故に単純な思考しか持たないガジェットを相手に、機動六課の面々は優位に立って戦闘を進めていたが、突如としてガジェットの機動が変わった。動きにキレを増して、通常の魔力弾を防ぐ真似もしてきた。それは劇的な変化ではなかったが、六課の隊員たちの動きを鈍らせるには十分な作用だった。

「こいつら、動きが変わったぞ!」

 ハンマー型のデバイス『グラーフアイゼン』をガジェットに叩きつけて破壊しながら、ヴィータはガジェットの動きの変化に戸惑っていた。

「自律兵器の動きではない。有人操作に切り替わったか?」

 シグナムもまたデバイス『レヴァンティン』を振るい、ガジェットを切断する。しかし、三型を相手にすると、アームで斬撃を防がれ、中々攻めに転じる事が出来なかった。

「ガジェット相手にここまで苦戦するとは!」

 シグナムの表情には焦りが見えていた。しかし、それで戦闘に支障が出る事がないのは、経験の差というものであった。
 それは、別の区域にいるベテラン隊員たちも同じであった。ガジェットの動きに若干押されながらも冷静に対処できたは、ウィルとモコーであった。ウィルは他の空士と共に押され気味な陸士の援護に徹しており、よく戦線を持ちこたえていた。モコーははやての騎士の一人、狼の姿をしたザフィーラと二人で担当区域のガジェットを一機たりとも逃していなかった。互いの性格が合っていたのか、見事な連携を見せ、互いに相手の癖に合わせられるのは、流石と言えた。
 だが、反面、この事態に冷静さを欠いていたのが、経験の浅い隊員たちであった。主戦隊の新人とシュー、アイバーンであった。シューとアイバーンはコスターの援護の下、何とか持ちこたえていたが、コスターはウィルやモコーほど余裕が持てるわけでもなく、動きに乱れが見える二人を完璧にフォローする事は出来なかった。それでも新人たちよりはマシであり、伊達にベテラン部隊には属していない。かわりに新人たちは次第に疲労と焦りが見え始めていた。

「動きが早い!」

 指揮と迎撃を担うティアナは他のメンバー以上に疲労が蓄積していた。そんな中でガジェットの変化はティアナや他のメンバーの焦りを煽るのに十分なものだった。

「遠隔操作による手動に切り替わっています。恐らくは極小の召喚獣か何かを利用して……!」

 召喚師としての知識からか、キャロはガジェットの変化をそう解釈した。それ以前からキャロのデバイス「ケリュケイオン」が異常な共鳴を起こしている。つまりは同型のデバイスを扱う魔導師がいる事を示していた。

「だとしても、この数を一手に操作だなんて!」

 キャロの説明を受けて、ティアナはさらに焦りを増した。敵は少なくとも一流だと言うことである。ガジェットの動きはさらに機敏さを増し、ティアナの狙撃もスバルらの突撃も難なく防がれ、避けられていく状態であった。

「この防衛ラインは必ず守る!」

 使命感からか、それとも別の何かからか、ティアナは己を鼓舞して、神経を集中させた。敵を貫く弾丸を念じて、狙撃を繰り返す。その連続、ティアナは自分が先行し過ぎている事に気がつくことはなかった。スターズ、ライトングの誰もがその事に気がつかなかった。みな、目の前の敵で頭がいっぱいだったのだ。しかし、その先行も彼女たちにしてみれば、進軍しているという錯覚があった。だから、シャマルからの指令が下された時、ティアナは反論して見せたのだった。

『防衛ライン、もう少し持ちこたえて! すぐにヴィータ副隊長が援護に向かうわ!』
「守ってばかりじゃ、行き詰ります!」

 ティアナは一方的に指示を無視すると、戦線を押し上げ、分隊に指示を送った。

「エリオたちは下がって、私とスバルのツートップで行くわ!」
「は、はい!」

 気圧されるようにエリオは指示に従い、キャロを伴って戦線から下がる。ティアナはすぐさまスバルに念話でシフトを組むように伝えた。こうなった時の二人に息はまさにぴったりだった。スバルはウィングロードを広域に展開し、ガジェットをかく乱するように駆け巡った。ティアナはそこから数十メートル離れた位置からカートリッジを装填、魔力を集中させた。

『私たちは戦線を持ちこたえていた。敵の数に押されているとは言え、数を減らせばたたみかけられるはず。その為にも連続で、敵機を落とす必要がある』

 だからこそ、無数の誘導弾による掃射を行う。

『それに、私は、私の力を証明しなければいけない。ランスターの弾丸が、敵を貫けると言う事を証明してみせなければいけない!』

 それは一種の強迫概念に近いものであった。この時のティアナは敵機をせん滅する事だけに意識が言っていた。デバイスにかかる負荷も誘導弾の操作の事ももはや頭にはなく、ただ眼前の敵を貫く事だけを考えていた。その耳にシャーリーからの静止は聞こえていなかった。

「クロスファイアー……!」

 無数に浮かび上がったオレンジの弾丸は魔力を抱擁し、

「シュート!」

 弾かれるようにして、一気に発射された。刹那、無数の弾丸がガジェットに飛来し、そのボディをやすやすと撃ち貫く。それでも残った敵はクロスミラージュからの射撃で狙撃し、ティアナは次々とガジェットを撃破していった。しかし、その攻撃はティアナ本来の正確な射撃ではなく、やたらめったら撃ちまくる乱射であった。次第に銃口がぶれて、弾丸の一つが狙いをそれて、ウィングロード上のスバルに向かっている事に、ティアナは目がいかなかった。

「あぁっ!」

 対するスバルもティアナが狙撃を外すなどと言う事は考えていなかった。敵をかく乱する事に意識が先行していたために、そんな事を考える余裕などなかったし、スバルはティアナを信頼していた。だからこそ、その直撃コースの弾丸を避ける暇もなければ、シールドを展開するという判断もなかった。目の前に迫るオレンジの弾丸がスバルに吸い込まれるように飛来する。

「くっ……!」

 キッと目をつぶったスバルは反射的に身体を身構えた。

「…………?」

 しかし、衝撃は訪れず、代わりに鈍い炸裂音が響いた。目を開けた先にはグラーフアイゼンを構えたヴィータがティアナの弾丸を叩き落としていた。礼を言おうとしたスバルだったが、それよりも早くヴィータの怒声が響いた。

「バカがっ!」

 ヴィータはそう吐き捨てて、ティアナを睨んだ。ヴィータの叱責にスバルもティアナも畏縮し、言葉を返せないでいた。

「無茶して、味方を撃ってどうするつもりだ!」

 ティアナは言い返せなかった。ただ唖然とスバルとヴィータを見つめて、身体を震えさせているだけだった。

「あ、あの副隊長……これは……」
「直撃コースだったのがわからねぇとは言わせねぇぞ!」
「で、でも……」
「黙ってろ!」

 ヴィータはスバルを押しとどめ、邪魔だと言わんばかりに前に出た。なおも言い訳がましい言葉を続けようとするスバルを一喝し、ヴィータは二人を戦線から下がるように言い放った。

「すっ込んでろ、ここは私がやる! シャマル、スラウギ分隊の何人かを援護に回してくれ!」
『二人しか送れないわ』
「構わねぇ!」

 ヴィータに言われるがまま、スバルとティアナは戦線を後退した。それを見送りながら、ヴィータは自身が言い過ぎたとは思わなかった。あの調子で戦いを続けていたら、二人とも碌な目に合わないと言う事がわかっていたからだ。それにまだ防衛戦は続いている。気を抜けない状態だった。

「ちっ、アムロはデバイス破損で戦線を離脱、スターズの二人があの調子……焦るなって方が無理だ!」

 ヴィータはその文句をガジェットに叩きつけるようにして、叫んだ。


その後、防衛ラインを一時的に下げ、スラウギ分隊の援護の下、ヴィータ達の奮戦もあってか、ガジェットの掃討は終了した。動きが変化したとは言え、あまりガジェットの侵攻が激しくなかったのが幸いでもあったが、一騎当千のヴィータ達の活躍は目覚ましかった。残骸を確認しながら、ヴィータはティアナの姿がない事に気がつく。戦線を下がらせたのは自分だが、戦闘が終わったと言うのに姿が見えない事が気になった。ヴィータは同じく後方にいたライトニング分隊に確認を取った。

「ティアナは?」
「裏側の警備についているはずですが……」

 エリオがそう答えると、ヴィータは視線をホテルの裏側の方角へと向けた。

「そうか」

 短く返事を返し、ヴィータはなぜティアナがあんな無茶をしたのだろうと思った。ヴィータは同じ分隊の副隊長である。部下として預かっている以上、気にかけるのは当たり前であり、今後の部隊運営に支障をきたす恐れがある事は見逃せなかった。
 考えてみれば、自分はティアナの事をよく知らない。副隊長として必要な経歴には目を通しているし、訓練を通して概ねの性格は把握している。それでも彼女のプライベートを知っているわけではない。

『苦手なんだよなぁ、そういうの』

 今回の無茶な行動理由が彼女のプライベートに直結しているのなら、それは踏み込みにくい領域である。ヴィータはそういった加減は得意ではないし、ちまちまと考えるのは性に合わない。こういう時、なのはのような性格なら上手いフォローが出来るのだろうと思うが、ヴィータは生粋の戦士である。悩みを抱えても、自分で解決してきた。だから、ティアナの心を把握する事が出来なかった。


 一足先に後方へと下がっていたアムロは戦闘が終了すれば現場検証につきあう事になっていた。デバイスが完全に破壊された今、周辺の警戒はウィルが指揮するスラウギに任せていた。
ホテルの警備員らの報告を聞きながら、アムロは険しい顔をした。

「密輸品が?」
「はい」

 警備員らの報告ではオークション品に含まれていない密輸品らしきものが奪取されたと言う。これがスカリエッティが求めていた品物なのかはわからない。それに密輸品の存在があったとなると、オークションそのものについても裏を取らなければいけない。戦闘機人の正体が判明しそうな中で、面倒な事態がまた舞い込んできた。アムロは報告を終えた警備員を返すとため息混じりに頭を悩ませた。デバイスを失ったとなると代用のデバイスを取りよせないといけないし、開発させている新型を急がせないといけなかった。アムロが焦るには十分な事態であった。

「お疲れ様です、アムロ一尉」
「あぁ、高町、テスタロッサ……会場はもう?」

 声をかけられ、振り返ると、制服に着替えたなのはとフェイトの姿があった。

「はい、オークションも無事終了しました」

 フェイトはそう答えると、

「戦闘機人が出たそうですね」
「ああ、手ごわい相手だった」
「アムロ一尉が手こずる相手ですか……やはり、あの時は手加減されていたと考えるべきなんですね」
「戦い、厳しくなるかもね」

 フェイトの言葉に続く様になのはも今後の戦闘を気にした。六課の練度が低いとは言わないが、ガジェット以外にも戦闘力の高い戦闘機人の出現、同等の力を持った別の戦闘機人が現れれば、抑えられる自身はなかった。

「向こうも本格的に動き始めたと考えるべきかもしれないな」
「そうなんですか?」

 なのはが首をかしげながら質問した。

「あぁ、今回はガジェットと戦闘機人以外にも召喚師の存在が確認された。それに、密輸品の強奪を行った存在もいる。ガジェット以外がここまで目立った動きを見せるのは今までなかったはずだ。多分、近いうちに大体的な動きがあるな」
「予感ですか?」
「ン……なぜそう思うんだい?」
「あぁ、いえ!」

 なのはは自分が無意識に変な質問をしていた事にあわてて言葉を濁した。アムロは苦笑しながら、「そんなんじゃないさ」と答えた。

「長い経験でね、癖みたいなものさ」

 あまりつけたくはなかった癖だったと心の中で付け加えた。
暫くして、アムロたちは副隊長陣とスターズ、ライトニング分隊と合流した。本格的な現場検証が始まり、六課もそれに協力する事になっていた。なのはとフェイトは分隊の報告、アムロはそのまま現場検証だったが、新人たちの表情が芳しくないのを見てとった。それが疲労から来る表情ではないと言う事をアムロはわかっていた。お節介だとは思いつつも、アムロは声をかけていた。

「うかない顔をしているな?」
「…………」

 新人たちからの返事はなかった。その中で、一瞬、ティアナの表情に影がかかったのをアムロは見逃さなかった。

「終わってしまった事を悔やんでも仕方がない。お前たちはまだ若い、失敗を次の糧にする時間はいくらでもあるだろう。気にするなとは言わないが、気負うなよ」
「はい」

 新人たちのみじかな返事を聞いて、アムロはこれ以上のお節介を止めた。後は自分がする事ではなく、直属の隊長であるなのはやフェイトが行う役目である。アムロは現場検証に向かう前に、チラッとなのはとフェイトに視線を向けた。二人もそれに気がつき、申し訳なさそうに頭を下げた。
 暫くして、現場検証も佳境に入った頃だった。アムロはちょっとした有名人を発見していた。眼鏡をかけた金髪の青年、今回のオークションの主役の一人、ユーノ・スクライアであった。そんな彼となのはが親しく話をしている姿を見ると、多少の興味がわく。アムロは近くにいたヴィータに耳打ちして尋ねた。

「司書長のユーノ・スクライアと高町は親しい間なのか?」
「あぁ、あの二人とフェイト、はやては幼馴染だよ。二人の関係は……」
「恋人?」
「いやぁ、微妙だな……ユーノは奥手だし、なのはは妙なところで鈍感だからなぁ……まぁ、互いに意識はしてるんじゃなかってみんな言ってるな」
「ふぅん……若いんだな」

 なるほど、少女らしい一面もあるのだなとアムロはどこか関心したように頷いた。

「そっちはどうなんだ?」
「見ての通りさ」

 からかうようなヴィータの言葉にアムロは肩をすくめて笑って返した。


 その日の夕方には撤収が完了し、隊長陣には細かな事務作業だけが残った。アムロはそれに付け加え、代用のデバイスの取りよせもしなければいけなかったから面倒だった。広く普及したストレージとはいえ、リジェは最新鋭機でエース用である。いかにエースとは言っても数の少ないリジェをおいそれと取り寄せる事は出来ない。仕方なく、ディゾンを受け取る事になったがそれも明後日になる。
 一応、大破したリジェの修理も検討されたが、破損状況から見て、取り寄せた方が早いと判断された。隊長であるアムロが一時戦線離脱となり、スラウギ分隊の指揮はウィルが取ることになったが、そこは心配なかった。しかし、アムロの予想するスカリエッティによる攻勢を考えれば、アムロの現場復帰は早い方が良かった。

「アムロ、ちょっといいか?」
「あぁ?」

 事務作業を終え、自室に戻る道中にヴィータに呼ばれたアムロはそのまま彼女についていった。休憩室に案内されると、そこには各分隊の隊長陣とシャーリーがいた。アムロはそのまま席につき、シャーリーから飲み物を手渡されると礼を言って一口飲んだ。場の空気は談笑という和やかな雰囲気ではなかった。

「前から気にはなっていたんだが、ティアナの事でさ」

 そう切り出したヴィータは今回のティアナのミスについて思う処が合ったらしい。

「訓練中とかでも、今回のミスでも、若い魔導師は無茶はするが、ティアナの場合はそれが度を超えている時があるんだ。あいつ、ここに来る前に何かあったのか?」

 その言葉になのはは一瞬表情を曇らせた。暫くは黙っていたが、ゆっくりと説明を始めた。同時にパネルを展開させると、そこには若い青年が映し出された。

「ティアナのお兄さん、ティーダ・ランスター。享年21歳、当時の階級は一等空尉で所属は首都航空隊」

 その後の説明はアムロにとって、いや、その場にいた全員が衝撃的なものだった。将来を約束されたエリートの末路、ティアナにとってはたった一人の肉親であり、憧れの存在であった兄の死を罵倒された彼女の心境は想像もつかない。ただ、悔しくて、悲しくて、そんな感情を抱いたままティアナはそれすらも糧にして今までの努力を続けてきたのだと。
 アムロは怒りを覚えた。僅かに紙コップを握る手に力が入る。死を罵倒する存在もそうだが、そういった組織体系を構築してきた権力者、ミスを恐れ、責任をなすりつけるような士官、どの世界でもそういった許せない存在はいる。組織が大きくなればその傾向は強い。

「確かに、無茶をする理由としてはわかるが……ティーダ・ランスターの件は確かに、私も思う処がある。だが、酷い言い方だが、そんな事を理由に無茶を続けて隊を乱すような事があっては、ランスター自身も仲間も同じ目にあうぞ」

シグナムは腕を組んで自身の感想を述べた。それは一副隊長としての言葉だったが、事実でもあった。そういった意味ではシグナムははっきりとした女である。言葉はきついがそれは彼女なりの思いやりでもあった。

「俺もシグナムに同感だ。今後激化が予想される戦闘で、今の彼女の精神状態は不安定過ぎる。そればかりに目を向けるわけにもいかない。最悪、彼女を外すことだって考えなきゃいけない」

 その言葉になのはがバッと顔をあげた。そこまでする必要があるのかと言いたげだったが、アムロは構わず続けた。

「俺も今日、彼女の過去を知った身だし、偉そうな事は言えないが、彼女の我儘で部隊が混乱するのは避けたい。多少厳しくても、今回の件については直接の上官からの一言が一番効果的なんだ」
「はい……」

 なのはは叱られた子どものような返事を返した。

「一度腹を割って話し合ってみるのも良いかもしれないな。あぁいう子は弱みを見せない事が多いし、コンプレックスを弱点だと思い込んで、自分を追い詰める事だってある」

 そういった意味ではティアナは年相応の反応であったと言える。だが、ここは学校ではないのだ。感受性に任せて放任するといった長期的な目では見られないのが事実である。求められるのは早急な解決であり、それが命に関わる事だから。
 アムロは今回の事を乗り越えるべき壁の一つであると考えた。それはティアナ個人だけの話ではない。上司であるなのは自身も考えていかなければいけない壁なのだと。
 暫くして、集まりは解散し、休憩室には真剣な面持ちで事に構えるなのはだけが残った。


 日が暮れ、星空と月明かりだけになった時刻、戦闘部隊の面々は各々休息を取るか、軽い仕事片付けている頃だった。代わりに整備班は忙しく、輸送ヘリの点検から隊舎の整備まで事細かく作業していた。同室のアイバーンがのんきに寝息を立てている姿をしり目に、提出用のレポートをまとめたシューは自室で身体を伸ばし、喉の渇きを覚えた。あいにく手元には飲み物がないため、廊下の自販機まで買いに行かなければならない。

「……フン…」

 自販機で適当なドリンクをかって、シューは半分程一気に飲み干して一息ついた。六課隊舎はその立地条件から夜は静かなもので、場所によっては隊舎からの明かりしかないところもある。

「……ウン?」

 だからだろうか、隊舎裏、明かりのあたることの少ない森の周辺で光が走ったのを確認できた。シューはそれが訓練用の的である事を見抜いた。こんな遅くまで自主練習をやっている奴がいる。シューは誰がやっているのだろうかと気にしながら、窓から身を乗り出して確認した。目を凝らして良く観察すると、そこには訓練を続けるティアナとヴァイスの姿が映った。

「何をしている。こんな時間まで……」

 今日の任務が終わって主戦隊も交替部隊もへとへとになって早めの休息を取っているはずだった。ヴァイスがいるところを見ると、密会かとも思ったが、どうにも違うようだった。どこか呆れたような顔をしたヴァイスはその場を離れ、ティアナは訓練を続けた。疲労がたまっているのだろう、的の出現に反応が出来ていなかった。

「あ、シュー?」

 ティアナの観察に気を取られ過ぎたのか、シューはスバルの存在に気がつかなかった。シューが振り返ると、スバルは自販機にコインをいれてドリンクを買っていた。そのままドリンクを片手にスバルも窓の外へ視線を向ける。

「ティア、まだ練習してたんだ……」
「まだ?」
「うん、今日の夕方くらいから……もしかしてずっとなのかな」

 それはやり過ぎだ。訓練学校の強化週間でもそんな時間まで詰め込む事はなかった。教官たちは限られた期間内に濃密な訓練と十分な休息を頭を痛めながら考えるのだから。
 ティアナ・ランスターがそこまで無茶をする理由をシューは思い出した。今回の任務でミスショット、フレンドリ・ファイア未遂をしてしまったらしい。そのミスの清算の為にあんな無茶苦茶な訓練を続けているのだろうとシューは睨んだ。

「ハンッ……!」

 しかし、シューにはそのティアナの努力を評価する気にはならなかったし、何をバカな事をと思うようにもなる。あれは周りが見えていない子どもだと酷評した。

「なんで笑うのさ?」

 スバルの声には多少の非難の色があった。それは親友をバカにされたと思ったからである。

「あいつはミスしたんだって? 汚名返上の為だろうが、あれじゃ駄目だ。つぶれる」

 シューははっきりと言ってやった。

「そりゃミスを後悔するなんてのは俺たちだってあるがな、それにしたって、あそこまで詰め込む意味がわからん。ルームメイトならさっさと止めてやるんだな」
「そりゃ、心配だけど、そういう言い方……! ティアナの努力を否定するの?」

 スバルは掴みかかるような勢いで言い寄った。シューはムッとして、ティアナへと視線を戻して言った。

「否定とかじゃなくて……!」
「ティアにはティアの目標があるの! 他人のシューにそれを否定する権利はないよ!」
「目標?」
「ティアは亡くなったお兄さんの夢を継ごうとして、それで努力して……!」
「死人に引きずられて、自分勝手な内はあいつもその程度の女だったという事だな!」

 シューもスバルもお互いが頭に血がのぼり、夜だと言う事を忘れて、ただ自分たちの言いたい事を言い合っているだけだった。

「思いを受け継ぐ事が悪い事なの?」
「呑まれちゃ駄目なんだよ、そういうのは! あいつは過去しか見えていない。周りを省みない奴がどんな目にあうか、俺はあいつから教わったつもりなんだがな!」

 シューは振り向きながら怒鳴った。スバルはそれ以上なにも言えなくて、シューも言いたい事は全部言って、急速に頭が冷えていくのを感じた。少し言い過ぎたかと思ったが、そんな事は表情には出さずに無表情を装った。しかし、その場に止まるのはなんだか気が引けて、シューは踵を返して離れた。

「私にはわかんないよ。止めなきゃって思うけど、ティアの邪魔するようで、何をしていいのかわかんないよ」

 そういうスバルの言葉は震えていた。シューはそれを背に受けて、立ち止まった。

「俺が知るか。自分で考えろ……」
「冷たいんだね」
「お前はルームメイトで、コンビだろ」

 それだけ言って、シューは今度こそ、その場を離れた。残っていたドリンクは生ぬるくなっていたが、構わず飲み干した。



[25865] 第八話
Name: 士官その一◆6a589bf2 ID:016151d2
Date: 2011/05/22 08:00
「はい、ティアナ。コーヒーに砂糖とミルクは?」
「あ、すみません……」

 なのははコーヒーに砂糖を少し入れてゆっくりとかきまわした。ティアナも同じ量の砂糖を入れて、ミルクも混ぜた。ほんのり甘いコーヒーを一口飲んで、ティアナは疲れが取れる感覚がした。

「あの、なのはさん、お話って?」
「うん、ティアナが少し思いつめているかもって聞いて……昨日のミスの事はヴィータ副隊長に任せてしまったけど、隊長として、もちろん個人的にもティアナの事が気になって、今更だけどお話しておこうと思ってね」
「はぁ……だけど、私もう大丈夫ですから」
「そうだね、今朝の訓練もしっかり動けてたし、私も今のところは心配はないかなって思ってる」

 もったいぶったような言葉にティアナはどういう顔をしていいのか悩み、コーヒーカップで口元を隠すように飲んだ。なのはもどう言っていいものか、悩んでいた。先ほどからスプーンをいじっているのは言葉を考えていたからである。

「あの時の言葉、覚えてる?」
「アグスタでの……ですか?」
「そう、ティアナの真面目な性格は美点だし、私も教えがいのある部下だと思ってる。だけど、真面目すぎて自分を律しすぎると自分の中の基準が大きくなりすぎて、ちょっとのミスでも大げさに反応してしまって、自分を追い込んじゃうんだ。だから、頑張らなきゃ、もっと上手くしなきゃって考えが先行し過ぎて、今までのノルマが何だか小さなものに見えて、やんちゃしちゃうんだよ」
「…………」

 コーヒーを僅かに残し、テーブルに置きながら、ティアナはなのはの話に耳を傾けた。彼女の話はティアナにとって多少耳に痛い話でもあった。今の自分の事を言われているのだから、当たり前だが、心の中まで見透かされているような感覚が恐かった。

「まぁ、私も人の事は言えないんだけどね」

 ペロッと舌を出して笑うなのはの姿は教導官らしくはなかった。そういう少女らしい姿は高町なのはという人物が決して無敵のエースではなく、普通とは変わらない少女であると教えてくれているようだった。

「なのはさんも……その、やんちゃ……だったんですか?」
「そりゃ、私も人の子だもの」

 なのははきっぱりと答えた。

「けど、なのはさんはエースです……無茶をしなくたって、戦果はあげられます」
「それは長い経験があったからだよ。入局したての頃は自分でも駄目だと思うぐらいの無茶をしてた」
「それで結果が残っているだけ、なのはさんは凄い人なんです。その無茶一つで華々しい戦果をあげられるんですから」

 酷い嫉妬を言っている事はわかっていても、ティアナは言葉を止める事が出来なかった。なのは自身が否定しても、その実績は彼女が無敵のエースであると証明しているからである。六課の構成員たちはみんな、それなりの実績をあげたエースであり、ベテランである。そんな中で特別な力を持たない自分がいる必要性がティアナにはわからなかった。幼くして高ランクを持っているわけでも、特別秀でた才能があるわけでなく、普遍的な能力しか持たない自分の立ち位置がわからなかった。

「私は違います……六課に似合う戦果を出すには、無茶だってしないといけないんです」
「それが、スバルたちを危ない目にあわせても?」

 なのはの声に感情の色はなかった。

「あれは私の実力が至らなかった事が原因です。ですが、それを補う為にも努力はします。六課の恥になるような真似はしません」
「そう……」

 それを聞いて、なのははコーヒーを一口飲みながら、暫く考え込むように黙っていたが、コーヒーカップをテーブルに置くと、ゆっくりと口を開いた。

「暫く、ティアナは出動から外れる事になるね」
「どうしてですか!」

 納得が出来ないと、ティアナは立ち上がり、声をあげた。ティアナは唇を震わせながら、なのはを睨みつけるように目を見開いた。なのはは平然とした態度でそれに対応した。

「今のティアナは自分も、周りも見ていないもの。そんな子に指揮も、味方の背中を預ける事もできない」
「それは私が弱いと言う事ですか!」
「そうじゃない。私はティアナが弱いとか、そういうので外すわけじゃないの」
「それでは……!」
「自分を大事にできない子が、他人を大事にできるわけないもの」

 ティアナの言葉を遮るように、なのはは静かに、力強く言った。その言葉の重みはティアナを黙らせるには十分であった。戸惑いを見せるティアナは言葉を考えるように、視線を揺らしたが、なのはは構わず続けた。

「ティアナの立ち位置は確かに私と同じ。だけど、ティアナには新人たちの司令塔としての役割もある。みんな癖の強い個性的な子たちばかりだし、そんなあの子たちをまとめあげられるのはティアナしかいない。常に周囲を警戒し、確実な指示を与える。あの子たちを生かすも殺すもティアナの匙加減一つ……そしてティアナは今日までそれを立派に勤めあげていた。それを恥だなんて言うのなら、今までティアナを信じてついてきてくれたあの子たちが可哀そうだよ」
「そんな事は……!」

 何か言い返そうとするティアナだったが、なのははたたみかけるように言葉を続け、ティアナはそれに圧倒されるしかなかった。

「ティアナはなんの為に強くなろうとしているの?」
「え……?」
「強くなろうとする気持ちは、私は否定しない。だけど、その理由はなに?」
「わ……私は……六課の為に、仲間の為に……兄の夢の為に……」
「違う、今のティアナはそれを免罪符にして、自分のプライドだけを守ろうとしているだけだよ」
「そ、そんな……事は……」

 ティアナの解答をなのははきっぱりと否定した。ティアナはガツンと殴られたような錯覚を感じて、言葉を失った。認めたくない気持ちだった。だが、しかし、そんな感情が心のどこかにあったのも事実である。否定したくても、できないジレンマがティアナの思考を鈍らせ、ただうろたえるしかなかった。
首を横に振り、精一杯の否定をしても、一度指摘された黒い感情を振り払う事はできない。六課の為、仲間の為、そして兄の夢の為という感情も嘘ではない。少なくとも当初はその気持ちでいっぱいだった。しかし、いつしか目的を履き違えたティアナは己の力量の上達もわからず、ただ闇雲に暴走するだけだった。

「ち、違います……私は……私は!」
「ティアナ!」

 わけがわからなくなったティアナはなのはを振り払うように部屋から走り去っていった。自分の中の負の感情がひどく恐かった。ティアナは涙を流しながら、その場から逃げ出した。
 残されたなのはは、ティアナが去っていった方角を眺めて、茫然と立ち尽くすだけだった。どこかうなだれるように部屋に戻り、深いため息をつきながら、椅子に座り込んだ。

「あぁ……!」

 先ほどまでの強気な態度から一変、なのはは自己嫌悪に陥っていた。自分は果たして上手くティアナに説教が出来たのかがわからなかった。言葉をぶつけ合えばわかりあえると思っていたが、今はそんな気は起きなかった。ただティアナの悪い部分を指摘しただけではないのか、そういう考えがなのはの頭をよぎった。
 今は何も考えたくない。なのはは背もたれにのしかかり、無意識のうちに天井を見上げた。


 スバルは何気なく外に出ると、ちょうど木陰が出来上がった場所を見つけて、ごろんと寝転がった。別に意味はないし、休むだけならば、自室に戻ればいいのだが、今日はなぜだか外で休憩したい気分だった。僅かに流れるそよ風が心地よく、スバルはそこから動かなかった。

「はぁ……」

 軽くため息をつきながら、スバルは昨夜の事を思い出していた。お互いカッとなったと言う事もあるだろうが、シューに対して酷い事を言ってしまった。しかし、シューもティアナに対して酷い事言ったのだから……という考えが巡って、スバルはわけがわからなくなった。シューの言葉はある意味では正しいのだが、スバルはティアナの事を信じていたいという考えがあり、シューの言葉を肯定する事はティアナを裏切る事になのではと考え、一人悶々と悩んでいるのであった。
 そういうわけだから、昨夜から今朝にかけてシューとはもちろんの事、ティアナとも中々話す事が出来ず、スバルは異様な焦りを感じていた。何も出来ずにいる今の自分を恥じていた。

「ルームメイト…か。私は、ティアに対して何ができるんだろう?」

 慰めだろうか、叱りつける事だろうか、それとも一緒になって悩んであげる事か、考え付く限りの事を出してみても、どれもスバルには実行して何かが得られるようには感じられなかった。
 それはスバルにとって、ティアナにとっても初めて経験する壁であった。少なくとも今までは力の限り前に進めば道は見えてきた。しかし、今は前に進んでも、寄り道をしても道は見つからなかった。どうしていいのか、わからなかった。

「うわぁぁぁぁん!」

 スバルは髪の毛をかき見知りながら、大声をあげた。当たり前だが、これについての解決方法など、訓練学校の教官たちだって教えてくれない。自分で見つけるしかないのだ。それを理解しているからこそ、答えの見つからない今がもどかしかった。
 スバルは若い。しかし、彼女自身も多くを悩んできた。それはスバル自身の出自の事でもあるし、母親の死の事でもある。訓練学校の時だってそうだ。悩んできた。しかし、その時、傍には父がいて、姉がいて、そしてティアナがいた。スバルは多くの人たちに支えられてきた事を今更ながらに実感していたが、今度は自分が支えなければいけない時が来たのだ。

「そうか……ティアは一人ぼっちなんだ……」

 ハッとなったスバルはそう呟いた。ティアナは天涯孤独である。尊敬していた兄を失い、彼女には最も頼れるべき存在はいなかった。それを考えると、自分は恵まれていたのだと感じた。同時にティアナに対して、甘えてきた自分がいた事を恥じた。
 だからと言って、スバルには答えがわからなかった。
 そんな時だった。ざっざっと草を踏む音が聞こえると、男性職員がやってくるのが見えた。アムロであった。

「あ、アムロさん」

 スバルは起き上がると、バッと敬礼をした。アムロはやんわりと敬礼を返すと、ポケットに手を入れたまま柔和な微笑を向けて、

「なんだか、大声がして気になったんだが……君か」
「あ……すみません」

 スバルは少し恥ずかしくなって顔を下げた。

「いや、いい。若いうちはそうでなくてはね」

 アムロはそう答えてやると、スバルの横に立って、

「となり良いかな?」
「はい……」

 アムロはそのままスバルの横に立ちながら、六課の隊舎を眺めていた。対してスバルはなのはほど親しくはないが、彼女並みのエースであるアムロが傍にいる事に緊張していた。

「これは、お節介になるのかも知れないが……時には一緒に傷つきながらも前に進む事は必要なんじゃないかな?」

 不意に言われた言葉に、スバルはドキリとして、アムロの方を見やった。顔に出ていたのだろうかとスバルは思ったが、アムロは余計な事は何も言わずにフッと微笑を浮かべて言葉を続けた。

「ランスターの件は……僕たち隊長陣もそれとなく気にはしているが、これはスターズの問題だし、最終的には高町が解決すべきものだが……君には君で、やれる事はあるはずだろう?」
「そうですね……ですけど、私、何をしていいのかさっぱり分からないんです」
「だが、何か考えはある?」
「え、えぇ……わかるんですか?」

 なんだか全てを見透かされているような気がして、スバルは不思議に思ったが、特別不快には感じなかった。

「ン、そりゃ、長い事生きていればね……歳を取って便利だと思う事がこれくらいさ」
「そうですか……何かしなくちゃいけないって言うのはわかっているんです。昨日もシューに言われて……私はティアとルームメイトですし、長い事相棒として頑張ってきました。いつもティアには助けられてきましたし、今度は自分がって思うんですけど、実行できなくて」
「君は優しい子だ。だが少し臆病なようだね。自分のお節介が相手にとって迷惑に感じられるのが恐いわけだ」
「……」
「あぁ、いや、怒ってるわけじゃないさ。少なくともそれは恥じゃない」

 言われて、スバルはさらに顔を伏せた。アムロはあわてて訂正を入れながらフォローして、言葉を続けた。

「人ってのは、何でも初めから上手くできるわけじゃない。時にはぶつかり合って気づく事もあるだろう。君は君なりの方法で、彼女を支えていけばいいさ。他人の真似をするよりは、本音をぶつけ合った方が気持ちも楽だろう?」
「はい……」
「難しく考えなくていい。ありのままの自分をさらけ出せば、相手もそれに答えてくれるはずさ。そこでもし、躓くのなら、その時は大人を頼ってくれ。それに答えてやるのが、大人の役目なんだから」

 アムロの言葉はスバルに安心を感じさせた。大人の寛大な心に包まれるような感覚だった。
 ウジウジ考えるのは、性に合わない。スバルは立ち上がりアムロと正面をむきあった。その瞳にはまだ若干の迷いが見られた。しかし、先ほどよりは輝いて見えた。

「アムロさん、私、少し頑張ってみます。ティアに何が出来るのかはまだわかりませんが、とにかく一緒に頑張ってみようと思います。ティアが間違った方向にいくのなら、私は無理やりにでも正します。もし、二人そろって、駄目な時は……!」
「あぁ、その時は大人の役目を果たそう。約束だ」
「はい!」

 スバルはいつものように元気よく答えた。アムロはそんなスバルの元気がまぶしかった。
 アムロに深々と頭を下げると、スバルは勢いよく走って行った。アムロはそんな彼女の背中を見つめながら、若い世代の時代が来たのだと感じた。そして、大人をしてやれなかった、過去の自分の過ちを繰り返すまいと思った。


 スバルは駆け巡った。今も何が正しい行動なのかはわからない。だが、ティアナを放っておくという行動は間違っている事は確かだった。今度は自分が支える番である。もしかしたら、それは余計な事なのかも知れない。だが、スバルはそれでもやろうと思った。それが、一番悔いのない方法だと感じたから。
 廊下の一角を曲がった時だった。スバルは前方にシューの姿を確認した。シューもスバルの接近に気付いたが、バツが悪そうな顔をしてそっぽを向いた。構わず、スバルはシューの前に立ち、彼の手を取った。

「ありがとう!」
「はぁ?」

 突然のスバルの言葉にシューは唖然とした。

「シューに言われた事、今なら少しわかる気がするかもしれない。シューが言ってくれなかったら、私、ティアの事を何もできなかったかも知れない。ありがとう」

 スバルは屈託のない笑顔を浮かべて、シューの手を握りしめた。

「シューは本当は優しいね!」

 それだけ言うと、スバルはまた走って行った。一人取り残されたシューはなおも唖然として、彼女を見送った。

「力が強いんだよ、あいつは……」

 ボソッといった言葉はスバルには届かなかった。しかし、そんなシューの顔は少し赤かった。
 スバルはそのまま自室の前までやってくると、大きく深呼吸をして自身を落ち着かせた。呼吸を整えて、ドアを開ける。ティアナはベッドの中でうずくまっていた。今朝、何かあったのだろうと直感した。スバルは一瞬、声をかけるのを戸惑ったが、意を決して、ティアナに近づいた。

「ティア、起きてる?」
「……」

 返事はなかった。しかし、スバルは続けた。

「私、こういう時どうすればいいのか、正直わかんない。ティアの悩みとか、そういうのを解決する方法がないか考えたけど、やっぱり無理だった。だけど、ティア、私はティアと一緒に悩んであげる事はできる。一緒に前に進む事はできる」
「大きなお世話よ……」

 帰って来た言葉はひどく冷たかった。

「そうかもね……だけど、私、それ以外の方法がわかんないもの……」
「放っておいて……」
「できない! だって今のティアは間違ってると思うから! ティアが嫌がっても、私が無理やり元に戻す!」
「あんたが正しいなんて、保障はないでしょ?」
「その時は、その時! 一緒に怒られよう!」

 そのスバルの言葉に、流石のティアナも布団を跳ねのけて飛び起きた。

「バカじゃないの? それになんの意味があるの!」
「少なくとも、前には進めるよ」
「あんたね……」
「ティア、私たち、今まで一緒に頑張ってきたでしょ? 今更、一人で突っ走らないで……確かに、私はティアに助けられてばかりいたかも知れない……だけど、ティアが無茶をするのなら、私だって支えになりたいもん。一緒に頑張ろう?」
「……」

 ティアナは暫く押し黙っていた。正直なところ、スバルのその行動は鬱陶しい事でしかなかったが、同時にスバルの優しさを感じられた。それに比べて、頑なな自分はなんだろうと、少し恥ずかしくもなった。スバルは形はどうであれ、自分なりの答えを見つけていた。自分は……まだ悩んでいた。自分の中の負の感情が恐かった。それが、スバルの気持ちを裏切るように思えたから。しかし、スバルはそれすらも受け入れてくれるのだろうと思った。この子はそういう子だから、長い付き合いで分かる。だから、今もこうやって自分の前にいる。
ティアナは自分が一生、スバルにはかなわないのだろうと確信した。そう思うと、なぜだかおかしくて、自然と頬が緩んで、フッと笑みを浮かべた。

「私は、あんたが考えている程、良い人間じゃないかもしれないわよ?」
「もしそうだったら、私がひき戻す」
「お互い駄目だったら、怒られるわけね?」
「そうだよ。一緒に前に進もう。寄り道したって良い、躓いたって良い、前に」

 スバルは手を差し伸べた。ティアナは少し恥ずかしくて、戸惑ったが、おずおずと手を伸ばして、掴んだ。瞬間、お互い、意味もなく笑いあった。もう少し、頑張ってみよう。怒られたっていいから、もう少し……二人はそう思った。



[25865] 第九話
Name: 士官その一◆6a589bf2 ID:016151d2
Date: 2011/06/25 02:05
 翌日に控えた模擬戦闘を含めた訓練の内容を考え終えたなのはは軽いため息をついた。ティアナとは話し合いですれ違ったまま、進展はなかった。それはある意味で、なのはの期待を裏切る形でもあった。なのは自身も教導隊の教えを重視する部分もあるが、本質的には話し合いを中心とした解決で済めばそれでよいとも思っている。それは幼い頃からの信条でもあるし、その方法こそが平和的な解決へと繋がる最良の方法と信じている。
 それらの方法が今の今まで上手く言ったわけでもない。十九となれば、なのはも現実というもの、社会というものを知っていく事になる。だが、それでも、良い方向へと持っていく事が出来たのも事実である。しかし、ティアナとの一件はなのはの望んだ形での進展がなかった。上手くいかなかった事に対するちょっとした不安が抑えられなかったのである。

「それで、私のところに来たというのか?」

 シグナムは苦笑しながら、なのはを迎え入れた。なのはがこう言った形でシグナムの下を訪れる事は少ない。長い付き合いと言っても、なのはがヴォルケンリッターの中で特に親しくしているのはヴィータであるからだった。シグナム自身もなのはの訪問を少しは驚いたが、すぐにその理由を察した。

「ランスターの件でだろう?」
「あ、わかってました?」
「今の高町が悩む事と言ったらそれぐらいだろうからな。だが、フム……私の下に来るのは意外だったな?」
「そうですか? シグナムさんは六課に来る前は首都航空部隊の隊長でしたし、私はこういう事を気軽に相談できるのはシグナムさんだと思っていたんですよ?」
「それは光栄だな。だが、私は余り細かい事とかはわからんぞ」

 シグナムはフッと笑みを浮かべて続けた。

「まぁ、確かに部隊を率いていれば、こういう事もあるが……存外どうとでもなるものだ」
「はぁ……?」
「優れた上官か、頼りになる副官か、もしくはベテランの同僚か……それらがそれっていれば、部下と言うものはおのずとついてくる。幸いにもこの六課はそう言った人材が多い。過程は色々だろうが、部隊と言うものはそういうものだと聞いている」
「それでも、なんだか他人に頼りっぱなしって言うのは、私……」
「ウン、まぁ、お前の性格ならそうだろうな。だが、いくら戦果をあげても、人を育てると言うのはそれに比例はしない。もしそうなら私は今や世界に名を残す教育者になっている」
「シグナムさんは優秀ですよ?」
「武芸くらいしか取り柄はない。それに比べれば、お前は分隊の指揮をとり、前線に出て、後進の教育を行っている。十分じゃないか。それだけの事をしているのだ、一つの失敗でくよくよしていれば、おのずと他の部分にも影響がでる。それ以上を求めるのは欲張りというものだ」

 シグナムははっきりと物をいう女である。しかし、今はそんなシグナムの性格が頼りに感じる。女性に言うのは失礼ではあるが、シグナムの言葉は父親の威厳にも似た重みもあった。

「悩むの構わんが、いつまでもウジウジしているのは、お前には合わん。お前はお前らしく、行動すればいいさ」

 そういうシグナムは少し恥ずかしげに微笑した。らしくない事を言っている事を自覚したシグナムはそれ以上なにも言わなかった。


 シグナムの部屋を後にしたなのははそのままの足でティアナの下へと向かった。以前より上手く話せるのかという不安もあったが、なのはは軽く深呼吸しながら、その不安を抑えた。
昔の自分なら失敗を恐れずに即座に行動に出る事ができたはずだった。いつからか、失敗を考え、上手く立ち回ろうとしていた。幼い頃はその特有の無邪気さや無知が良い方向へ働いていたが、大人に近づくにつれて随分と打算的になったと思う。

『あぁ、大人になるってこういう事なのかな?』

 年齢を重ねる事に思慮深くなる。それに付け加えるなら、周りの環境の変化も含まれる。なのは自身が管理局内でもそれなりの地位についてしまったと言う状態が、なのはを大人へと急がせた要因でもある。
 しかし、いくら時の流れを恨んだところで、その環境がガラリと変わるわけでもない。少なくとも、変化を必要とするときは絶対に変わらないものである。
 暫くすれば、なのははティアナとスバルの部屋の前についていた。なのははもう一度深呼吸をすると、軽く扉をノックした。

『はい?』

 中からはティアナの声が聞こえる。扉越しでくぐもって聞こえるが、きわめて平常な声だった。少なくとも、もう取り乱すような事はないだろうと思った。
 扉が開き、なのはとティアナは向かい合う形で再会した。一瞬、両者の時間が止まったかのように静かになったが、意を決したようになのはが口を開いた。

「今、ちょっといい?」
「あ、はい……どうぞ」

 ティアナは少し焦ったような表情をしながら、なのはを部屋に招き入れた。なのはにスバルの椅子を出して、自分も椅子に座った。

「この前はなんだか、酷い事言っちゃってごめんね?」
「いえ、私も少し感情的になっていましたし……」
「ううん、ティアナが感情的になるのは当たり前の事だった。それを気がつかないで、正論だけを述べた私も配慮が足りなかったって自覚してる」

 少なくともなのははそれを理解する事をしていなかった事を認めている。それはある意味では教導官がやってはいけない事でもあった。なのはのような教導官が所属する教導隊はうだうだと言葉を使うよりは徹底的に叩きのめす方法を取る。そういうやり方を教わり、実践してきたのだから、相手側の考えを考慮する事などまずない。
しかし、それは言い訳でしかなかった。アムロのように、実戦的で、効率の良い訓練を施すものもいれば、教導隊伝統のやり方でも上手く教育できる教導官は大勢いる。そういった意味ではなのはは教導隊のマニュアルに乗っ取って、楽をしていた事になる。

「私はね、教導隊の教えの通りにやって来た。私もそういう訓練を受けてきて、ここまでこれたし、今まで育ててきた局員たちもそうやって育っていった。だからかな、いつしかそれさえやっていれば上手くいく、それだけが最善の方法だと思い込んでいた。教導官としてはやってはいけない事だったんだ」
「なのはさん……」
「ティアナは確か、執務官志望だったよね?」
「はい」
「と、なると、個人戦も多くなるし、今のような戦闘スタイルだとどうしても詰まっちゃう。多分、ティアナはそこで焦りを感じていたんだよね? 今のままじゃ、夢をかなえる事が出来ない、もっと強くなろうって」
「……」

 その沈黙は肯定の意味だと捉えたなのはは、微笑しながら、言った。

「それは当然の焦りだよ。その焦りに気がつかなかった私も悪い。だけど、あえて言わせてもらうと、そうやって背伸びして、上ばかり見てると、躓いて大怪我をしちゃう。だから、前をまっすぐ見て、地道な努力と経験を積んでいかないと、できる事もできなくなっちゃう。これ、私の経験ね?」
「なのはさんの経験?」
「ン、ちょっとね……痛い目を見ちゃったことがあってね。私は、ティアナはもちろん、スバルや他の子たちにそんな目にあってほしくないんだ。だから、基礎訓練を重点的にやって、身体を作って、そして応用を学ばせる……」

 そう言いながら、なのははティアナの手を取って、視線を合わせた。

「ティアナ、私は、みんなを優秀な魔導師に育てる。約束する。だから、ティアナも私を信じて、ついてきて欲しい」

 ティアナはなのはの瞳を見つめながら、ふと、スバルの言葉を思い出して、かすかに笑った。まるで同じような事を言う。本質的になのはとスバルは似ているのだろう。そして、そんな性格の人間を嫌いになれない自分がいる事にティアナは改めて気がついた。
 今の自分は優秀な教導官と信頼できる相棒がいる。それは孤独だったティアナに安らぎを与えるのに十分な存在でもあった。ティアナはなのはの手を握り返すように、力を入れて柔らかな笑みを浮かべて、

「はい、よろしくお願いします」

 むろん、大変なのはこれからであるのはお互いに理解していた。しかし、それすらも乗り越えられるという自身が二人には確かに出来上がっていた。それはまだギクシャクした関係かもしれないし、地盤が固まっているわけでもなかったが、それでも、なのはとティアナは互いに歩み寄る事を始めた。


 時空管理局地上本部の中央議事センターでは陸海の官僚、幹部らが集まっていた。それはつまり、管理局全体で大きな会議が行われる事を意味しているのだが、関係者らからしてみれば、ただの嫌味の言いあいでしかなかった。
 レジアス・ゲイズ中将はそんな億劫な会議に出席する事を嫌った。こちらの言い分など聞く事もない連中と言葉を交わす意味などないのだが、それでも彼の立場をそれを許さなかったし、現状ではこの会議に出席する必要性もあった。

「フン……!」

レジアスは軽く鼻を鳴らしながら、会議室へ入室すると、目の前に映った人物たちに多少唖然とした。レオーネ・フィルス、ラルゴ・キール、ミゼット・クローベル、三人とも管理局に大きな影響力を持つ伝説の提督たちであった。少なくとも、レジアスが対抗できる相手ではない。それほどまでにこの三人の影響力は大きいのである。

『海の連中め。牽制のつもりか?』

 レジアスは臆した表情も見せずに席に座った。その際にどこか勝ち誇ったような顔をする海の官僚たちの顔が気に食わなかった。もう少し若ければ殴りにかかっていたところだったが、今ではそんな連中の顔ですら受け流す事が出来た。
 暫くすると、会議の進行役が大きな声をだして、会議の始まりを告げた。最初は事務作業のような報告だけでだったが、この会議の本題は陸の戦力過多についての有無である。もう何度も続けられてきた内容なだけに、レジアスも陸の面々もうんざりとしていたが、内容が内容なだけに無視するわけにもいかない。レジアスはその太い腕で頬杖をつくような形で会議の内容を聞いていた。どうせ同じ内容である。聞き流しても問題はなかった。

「……であるからして、地上本部の戦力は地上を防衛するに当たり十分な質と量が整っているはずなのです。しかし、近年の活動を見るに、不十分な連携や部隊間での実力の差が顕著に表れている。これでは、お互いの部隊が足を引っ張るだけに終わりますし、結果対応の遅れなどが生じるのです。これらは訓練の強化なり、装備の充実なりを行えば解決できる問題であるにも関わらず、レジアス中将は、魔導兵器の導入を推し進めている。予算も随分とかかっているようですし、その兵器の戦力も首都防衛を行うには余りにも威力がありすぎる。場合によっては、時空航行艦すら落とせる程なのです。これは一重に地上本部の怠慢であり、その事実を隠す為に必要以上の予算を使って、兵器を導入する口実を作って……」
「優秀な魔導師を育てても、貴様らが取っていく。ならば、その穴埋めをするためにアインヘリアルは必要な戦力である」

 聞きなれた文句をいつまでも聞いてやる義理はなかった。レジアスは熱弁をふるう官僚の言葉を遮るように、意見を述べた。

「海の任務の危険性が高いのはわかる。その為の時空航行艦であり、優秀な魔導師だ。それはいい。しかし、貴様らが無作為に管理世界を発掘し、あまつさえはその世界の情勢に介入を行えば、必然的に海に人員が取られるのだ。それに管理世界の地上を守るのも我々地上の役目だ。このミッドチルダを守るためだけでも人手が足りないというのに、これ以上役目を増やされても、こちらの戦力も組織も装備も十分に用意できるはずがない。貴様たちは管理世界を増やせば、世界が平和になると誤解しているようだが、これ以上無意味の管理世界を増やせば、我々、地上だけではない。貴様ら海も、管理局全体の首を絞め、崩壊に繋がるのだぞ?」
「つまり、貴方は他の管理世界がどうなろうと構わないと?」
「貴様らは私の言葉を聞いていたのか? 私とて、管理局の人間だ。管理世界が平和になれば、それで十分だ。だが、それを行うにしても、今は陸も海も全体的に人が足りない。満足な警備態勢すら敷けないのに、これ以上無意味な発掘は止めていただきたいのだ。付け加えるなら、管理外世界の情勢に介入するのもやめていただきたい。管理世界ならいざ知らず、我々とは関係のない世界についてまで管理局が面倒をみる必要性はないはず。我々は神ではないのだぞ? その世界の争いに第三者が介入すれば、余計な混乱を招くだけでしかない。聞けば、内戦の続く管理外世界にちょっかいをかけているそうではないか? 戦争被害者の保護を謳っているようだが、我々が一方の側に介入すれば、もう一方は我々を敵と認識するだろうし、両方に介入すれば、戦争を無意味に続けさせるだけでしかない。管理外の問題はその世界内で解決すべきであり、我々が親切の押し売りを行う必要はない!」

 レジアスは語尾を強調しながら、言い放った。海の官僚たちはその剣幕に押され、言葉を失うが、その中でも三人の提督たちは穏やかな顔を見せていた。

「レジー坊や?」
「今は公式の場ですぞ、ミゼット殿」
「おや、失礼?」

 張り詰めた空気の中、最初に発言したのはミゼットであった。初老の女性らしい温厚な姿勢は、しかし、どこか力強い印象もあった。伊達に伝説と呼ばれるだけはある。

「確かに、管理外の問題に私たちが首を突っ込むのは問題を加速させるだけだわ。だけど、過去の次元世界の治安やロストロギアによる世界消滅を考えれば、私たちの行いは決して無駄ではないのよ?」
「親切心だけでは世界は救えないと私は言っている」
「それでも私たちの助けを求めている人々は沢山いるわ?」
「いつ、彼らが我々の助けを求めたと言うのです。我々は突如として、その世界に介入して、管理すれば保護する……地上げ屋も真っ青な手口なのですぞ? 理想を高く持つのは結構ですが、それが私たちの破滅に繋がっている事を理解していただきたい」
「レジアス中将、その言葉は不謹慎ですぞ!」

 一人の官僚が立ち上がって反論したが、レジアスをそれを無視して、自分の意見を述べた。

「次元世界の平和を守るというのは生半可な事ではない。時には非情になり、捨てる覚悟がなければならないのだ。我々は、今現在抱えている管理世界の内、管理局からの支援がなければ生活していく事も困難な世界が数十、単位にしてみればたったの数十だが、その世界に住む人口を考えれば天文学的な数字になる。我々は武装の予算だけではなく、管理した世界の生活も面倒を見なければならん。そんな中で、管理世界を増やしてみれば、管理局の財政が破たんし、そこから始まる内部崩壊を止める手立てはない。次元世界を救う。それは結構、しかし、今は新たな世界の発掘などよりも、今我々が守るべき世界の土台を作っていかなければならないのだ! 少なくとも、全管理世界の犯罪率を20%に抑え込み、それを持続させるだけの戦力を整えなければならないのだ!」

 最後にテーブルを強く叩きつけて、レジアスは腕を組んで椅子に座りこんだ。言いたい事はまだある。しかし、これ以上は感情的になりすぎて、必要以上の事も口走ってしまいそうだったから、頭を冷やす目的も含めて、レジアスはこれ以上の意見を述べる事を止めた。後は部下たちは順当に意見を述べていけば、会議は終了する。レジアスは部下の発言を眺めながら、海の官僚たちを『楽天家どもめ!』と毒づいた。


 くだらない会議だった。レジアスはそう吐き捨てながら、自室へと戻るとグラスに水を入れて一気に飲み干した。

「お疲れ様です中将」
「ン、御苦労だった。オーリス三佐」

 出迎えたのは、自身の娘でもあるオーリス・ゲイズであった。

「会議の方がいかがでしたか?」
「決まっている。海からの嫌がらせ以外のなにものでもない。遂にはあの提督共もひっぱてきおった」
「伝説の提督たちをですか?」
「そうだ。しかし、所詮は足元が見えていないお気楽な連中だ。自分たちが底なし沼に落ちている事すら気がついておらん……それで、『あちら』の方はどうだ?」
「中々の性能のようです。アグスタの戦闘データを確認したところ、戦闘機人の一体がアムロ・レイと互角に渡り合ったとあります……しかし……」

 オーリスは一瞬口ごもって、結局発言を止めた。レジアスはチラッとオーリスの顔を覗くと、軽くため息をついて、

「奴らの性能評価にアムロ・レイらを使ったのは気に食わなかったか?」
「いえ、そういうわけでは……!」
「構わん。わしとて、自分のやっている事が正しいなどとは思ってはおらん。だが、管理局の戦力を整えるためにはこれしか方法はない。その為に忌々しい犯罪者どもと手を組むという不正すら行う……オーリスよ、わしはな、自分のやっていことを正当化するつもりはない。どちらにせよ、この件が終われば、わしは逮捕されるだろう。だが、それと引き換えに管理局の土台を固める事が出来ればそれでいい」

 レジアスはどこか疲れきったような表情で、オーリスを眺めた。気の強そうな鋭い視線と無機質な眼鏡の組み合わせは、氷の女のような冷徹さを醸し出していた。だが、レジアスは良くここまで立派に育ったと思った。

『わしも男だ。家内との約束を守りたい……オーリスには適当なところで手を引かせよう。こいつには迷惑をかけてきた……』

 そう心の中で呟くと、レジアスはどっと疲れが出てきたのを感じたので、仮眠を取る事にした。オーリスもそんなレジアスを察したのか、何も言わずに部屋を退室した。ドアが閉まる音を聞きながら、レジアスは、自分は酷い親だと思った。



[25865] 第十話
Name: 士官その一◆6a589bf2 ID:016151d2
Date: 2011/07/22 23:48
 その日の機動六課は慌ただしかった。事務員たちは書類の束を処理し、戦闘員達も報告書なりなんなり、面倒な仕事が残っている。これならば戦闘訓練の方がまだマシと思える位だった。慌ただしい理由は仕事を片付けているからと言えば分りやすい。とは言っても、機動六課の面々が仕事を疎かにしていたわけではない。一般的に見れば十分にノルマはこなしているし、活動に支障がでるわけでもない。ただ、間近に迫った休暇を前に、面倒を片付けた方がいざ休暇が終わった時でもいくらか楽が出来るというものである。そういった意味では機動六課は真面目な人間が多い。
 しかし、非戦闘員達は書類の束を処理すれば、晴れてお役御免、一足早い休暇を満喫する事になるわけだが、戦闘員たちはそうもいかない。休暇ギリギリまでみっちりと訓練が入っている。彼らの場合、訓練だけならばマシなのだ。もしくは事務作業だけならばとも言える。
 しかし、そんな文句を感じても顔に出さないくらい熱心なのはやはり信念があり、情熱があるという証拠である。それは若い局員ならなおさらで、どうしても手を抜く事を覚えてしまう大人な局員よりは訓練を課す方もやりがいがあると言うものである。

『スバル、足場をもう一つ展開できる?』
『ちょっときついけど……やってみる。どうやる?』
『疑似的な空間を作るわ。なのはさんを取り囲むように。できる?』
『まかせて!』

 ティアナはビルの陰に隠れながらも、スバルに念話を送り、戦場を見渡していた。周りには青い道が縦横無尽に張り巡らされており、それはスバルの能力『ウィングロード』で展開された足場であり、レールであった。これにより疑似的にではあるが、空戦戦闘を可能とするのである。
 ウィングロードによる足場の構築は中々に難しい。下手をすれば地面に落ちていくため、クモの巣のように張り巡らさなければならないし、空を飛ぶ相手は自在にフィールドを移動できる故に、せっかく構築した足場も再構築しなければならない事も多々ある。しかし、手間がかかるとは言え、それを行えるだけの技量をスバルは持ち合わせているし、それに対して的確な指示を与える事が出来るティアナもまた優秀であった。それは長い付き合いからなる阿吽の呼吸と呼べるものであった。

「スバルの突破力でも、なのはさんの防御を抜くには厳しいか……こちらからの援護射撃もあの強力なバリアの前じゃ無意味」

 カートリッジを装填しながら、ティアナは思考を加速させる。鉄壁の防御と圧倒的な火力、絶妙なコントロールの誘導弾。射撃・砲撃という観点から見ればなのはの能力はエースと呼ばれるにふさわしいものであった。

『スバル、作戦変更よ。かく乱に回って』
『大丈夫?』
『残りの魔力的には厳しいかもね……攻撃はカートリッジで補うわ』
『わかった。ウィングロードは増やす?』
『駄目、下手に増やせば疑われるわ』

 短いやり取りを終えると、二人は行動に出た。スバルは突撃を止めて、なのはの周りを走り、回避に専念する。この変化はなのはも感じ取っていた。

「動きが変わったね……それにティアナの姿が見えない。少し用心かな?」

 そう言いながら、なのはは誘導弾を発射する。無数の誘導弾は四方八方からスバルへと迫るが、スバルも足場を飛び越え、飛び降りながら、それらを回避していく。ビルを盾にするように走り、迷路のように複雑な足場の中から的確な道を選んで移動する。伊達に座学で主席を取っているわけではなかった。スバルにとってみれば感覚に近い行動である。

「ン……トッ!」

 それでもいくつかの誘導弾に命中しそうになる。それらをバリアで防ぎ、拳で叩き落としても、それだけに目がいけば、砲撃が飛んでくる。一発でも命中すれば完全になのはのペースに持っていかれる。それくらいに彼女の砲撃魔法は脅威であった。

「ティア、早く!」

 何度か目の砲撃がスバルの頭上をかすめる。僅かに態勢を崩しながらも、何とかビルの陰に逃げ込んだ彼女の額には冷や汗が流れていた。しかし、スバルは十分に時間を稼いだ。スバルがビルに隠れると同時になのはに向かってオレンジ色の誘導弾が迫る。

「来た!」

 なのはは慌てず、その誘導弾を回避すると上昇をかけて戦場を見渡す。その瞬間、目の端にオレンジ色の魔力光が見える。視線を向けると、そこにはこちらに照準を向け、砲撃をチャージするティアナの姿があった。しかし、その距離ではティアナの砲撃はまず命中しない。簡単に避けられる距離だからだ。なのははそのティアナを幻術と判断する。

「となると、ティアナは近い!」

 なのははレイジングハートを構える。だが、その背後にはクロスミラージュのダガーモードを展開したティアナが迫っていた。ちょうどなのはの真上を捉えたティアナはそのまま突撃、ダガーを突き立てる。しかし、なのははそれを無視して、真下に向けて誘導弾を放つ。瞬間、頭上に迫っていたティアナの姿がかき消え、誘導弾が向かった先には膝をついたティアナの姿が虚空から浮かび上がる。

「ティアナは撃破……スバル、焦ってると回避が鈍るよ!」
「うわわ!」

 チラッと視線を向けた先では、ティアナの撃破に焦ったスバルが誘導弾の残りに直撃を受ける姿があった。

「両者撃破で、模擬戦は終了かな?」

 ゆっくりと下降して、ティアナの前に降り立つなのは。ティアナは膝をついたまま、なのはを見上げて、立ち上がる。息が荒いのは体力や砲撃によるダメージだけではなかった。ティアナの魔力は今にも切れそうなくらい消費されていた。

「幻術を上手く使っていたね。だけど、撃つ前にステルスが解けていたよ」
「それにしても、なのはさんの判断が早すぎます」

 ティアナはちょっとふてくされるように言った。自信があった作戦なだけに見破られると悔しいものである。

「空戦魔導師は下からの攻撃にも注意しないといけないから、決して四角というわけじゃないんだ」
「そうなんですか?」
「スバルのかく乱が終わった状態ではむしろ余計に警戒するよ? コンビネーションが途切れると、次の動作に移行するのがばれるから気をつけるようにね。スバルー!」
「あ、はぁい!」

 ティアナへのアドバイスを終えると次はスバルだった。

「ティアナの狙撃を成功させるためにも、スバルはもっとかく乱しないと駄目だよ。準備を整えるだけがかく乱の仕事じゃないからね!」
「すみません!」

 熱意と情熱があっても、二人の技術はまだまだ未熟であった。それぞれに特化した分野であれば一級でも、それを応用し、活用するには経験が足りないと言うことである。
 なのははそんな二人を眺めながら、頬を緩ませる。確実に成長してくれている。これなら次のステップへ行っても問題はないかなと、判断した。


 主戦隊の訓練が行われる中、アムロは一人本局の技術部へと足を運んでいた。破損したリジェの変わりのデバイスを受け取る為でもあったが、開発依頼をしていた新型のデバイスの進行状況も気になったからである。

「フレームの変更?」
「はい、既存のフレームだと、どうしても求められる性能を引き出す事が出来ないんです。というのも、機能やシステムが収まりきらないんです」

 アムロの疑問にチャメルはモニターを操作して、いくつか映し出される設計図を元に説明を行った。

「しかし、高町やテスタロッサのデバイスは形態が多いが?」

 だが、アムロは少し納得がいかないと言う風に眉をひそめた。

「あれはそれぞれに特化したものですし、案外容易なんです。ただ、アムロさんの場合は内装が複雑になりすぎて、処理しきれないんです。ですから、思い切ってパーツやフレームを増やしてみたんです……これです」

 映し出されたモニターにはリジェやディゾンと同じような可変式のデバイスと比較的軽装な篭手と胸部装甲が映し出された。篭手と胸部装甲の中央にはデバイスコアがあり、それぞれが連動したユニットになっている事が設計図からでも読み取れた。

「当初はデバイスの大型化ばかりに目が行っていたのですが、最近のデバイスの中には二つで一つみたいなものも多いですからね。それらの技術を応用して、本体のコアとそれをサポートするサブコアに分けたんです。胸のコアが本体で、篭手とウェポンの方がサブに当たります。並列処理で、要求された処理速度も出せますし、わけたおかげで大型せず、ウェポンパーツの強度も大幅に増加します。弱くはなっていませんよ。仮にウェポンパーツが破壊されても誘導弾くらいは撃てます」
「凄いじゃないか。しかし、ここにきての変更は大丈夫なのか?」

 純粋にデバイスの性能を褒めたアムロだが、やはり突然の設計変更は不安な事であった。しかし、チャメルはにこやかに答えてくれた。

「間に合わせます。それくらいの無茶は招致の上ですから」
「頼りになるよ」
「いえ。ただ、完成するまでは、ディゾンで我慢してください。リジェはそう簡単には取り寄せられるものじゃありませんから」
「そこまで我が儘は言わないさ。すまない、ありがとう」

 アムロは礼を述べると、懐かしいディゾンを受け取った。新型の完成までの間の戦力ダウンには目をつぶらないといけないが、贅沢は言っていられない。それにディゾンとて新型量産デバイスの一つである。戦いようはある。
 戦闘機人の出現は不安要素として大きいが、六課の戦力であればいくらかカバーできるはずである。しかし、問題なのは戦闘機人の性能とその裏にいるスカリエッティの戦力であった。ガジェットはもちろんだが、戦闘機人があの一体だけとは思えない。同等の能力を持った個体が現れれば、苦戦は免れないだろう。

「ディゾンの配備は全体的に進んでいるはずですが、なんで地上部隊は展開が遅いんです?」

 不意に言うチャメルの声色には若干の非難が混ざっていた。もとより、チャメルは地上本部、特にその中心人物であるレジアスには良い印象を持っていない。歳を重ねて、落ち着きを持っても苦手意識と言うものはそう簡単に払しょくされない。

「スカリエッティの行動が散発としてるからさ。それに地上本部は全体的に戦力が足りないんだ。デバイスの有無の問題じゃないさ」
「いえ、それは理解しています。僕も個人的な好き嫌いで言ってるわけじゃないんです……ただ、なんていうか、後手に回りすぎるんじゃないかって……地上部隊のレーダー網はそれなりの規模と制度を誇ってます。それがガジェットの侵攻が始まってから部隊が出撃しちゃ、そりゃ展開も遅れますよ」
「地上のレーダーがガジェットの反応を見逃している?」
「言いたかありませんが。大きな被害が出る前には何とかなってますが、それでも小規模な被害は出てます」
「レジアス中将が平和を脅かす行動をとるとは思えないが……彼は実直だ。硬いくらいにね。地上の為なら自分の命だって差し出す気がねはある」
「そりゃ、そうですが……本局からの増援要請だって拒否してるんですよ? 仲が悪いのは理解してますが、子どもの駄々じゃあるまいし。疑いはします」
「だが……いや、よそう。これ以上は喧嘩になる」

 アムロはそう言い淀んで、チャメルの肩を叩いて討論を止めた。

「君とは仲の良い友人でいたい」
「僕だってそうです」

 チャメルもそれ以上は何も言わなかった。アムロをトランスポーターまで見送りながら、チャメルは最後の一言を述べた。

「新型の方は完成したら、報告します。ご無事で」
「ありがとう。暫くしたら、六課も休暇に入る。これを機に休ませてもらうさ」

 笑顔で答えると、アムロは地上へと戻った。急がなければ夜の隊舎防衛に間に合わないからだ。
 ただ、チャメルの言葉はアムロに少なからずわだかまりを残した。


 慌ただしかった六課も夜になればいくらか落ち着きを取り戻すものだと、誰もが思っていた。しかし、休暇前の大仕事を終えた後の隊員たちは、突然のアラートに僅かながらに腹を立てていた。自分たちの都合を考えないのが、犯罪者であるのはわかっているが、それでも文句の一つも言いたくなる。

「ロングアーチ各員、配置につきました」

 指令室の席にはグリフィス以下ロングアーチの面々はすでにそろっていた。はやては報告を受けて頷くと、指示を飛ばす。

「スラウギ分隊は隊舎防衛の配置に。輸送ヘリは?」
「発進準備完了です。スターズ、ライトニング各分隊もすぐに搭乗可能です」
「ン、出現場所は?」
「首都郊外、海岸沿いですが、特に重要な施設もありません」
「海か……陸士メインの新人たちは出撃できへんね」
「スラウギから数人回してもらいますか?」
「いや、バックアップで他の部隊が出てくれるはずやから、心配あらへん……新人たちは出動待機、レリックの反応は?」
「検出されません!」

 オペレーターの報告に、はやては少し考える。

「出現場所は何もない海……二型の様子は?」
「以前に比べて若干スピードが速いです。バージョンアップかと」
「動作テストでしょうね」

 シャーリーの報告にグリフィスが付け加える。

「なら、今まで通りの方法でせん滅。レーダーは厳、いつ戦闘機人が襲ってくるかわからんからね」
「了解」
「ロングアーチ、バックアップは継続。戦闘部隊、休暇前や、怪我のないように!」

 はやての号令が飛ぶ。
隊舎屋上のヘリポートでは、出撃部隊のスターズとライトニングがいた。はやての指示通り、陸士メインの新人四人は待機となり、一時的にスラウギの指揮下へと入る。隊舎の上空ではスラウギの航空魔導師が出撃する輸送ヘリの護衛についていた。

「場所が海だから、みんなは待機ね。休暇前だって言うのに、ゆっくりできないのが残念だけど、もうひと踏ん張り頑張っていこう」
『はい!』

 元気の良い返事が聞けて、なのはも頬を綻ばせる。四人の顔を見渡して、小さく頷くと、なのはらは輸送ヘリへと乗り込む。

「あの……!」

 不意にティアナの声が聞こえて、なのはは振り返る。

「お気をつけて」

ティアナはどこか恥ずかしそうな顔をしながらも敬礼をしてなのはを見送った。

「了解、無茶をして、怪我はしないつもりだよ」

 なのはも敬礼を返すと、ニコリと笑ってヘリに乗り込む。ハッチが閉じて、ヘリが浮くと、その周りをスラウギの航空魔導師が随伴する。とは言っても、すぐに隊舎の防衛に回るので、ほんの見送り程度である。
 その中にはディゾンを手にしたアムロの姿もあった。窓の外から敬礼をする姿を見て、隊長らも敬礼を返した。


 二型が映し出される巨大なモニターとは別に、スカリエッティの前には小さな通信用のウィンドウが展開されていた。そこに写し出されているのは、紫色の髪をした少女であり、その表情からは感情の色が見えなかった。

「やぁ、ルーテシア。どうしたんだい?」

 若干、大げさに手を広げ、優しく囁くようにスカリエッティは答えた。ルーテシアと呼ばれた少女は表情一つ変えずに、視線を画面の向こうの空に向けて、

『遠くの空で、ドクターのおもちゃが飛んでる』
「あぁ、あれは動作テストさ。正直、あのガラクタに戦力としての価値はないさ。データを取れればそれで十分なのさ」

 そう答えてやるスカリエッティだったが、ルーテシアが別の事を気にしている事にも気がついていた。

「大丈夫さ。レリックが絡んだものじゃない」
『そう……』
「もしそうなら、真っ先に君に報告するさ……」
『わかった……レリックじゃないなら、私には関係ないものね……』
「さぁ、夜は冷えるよ。可愛いルーテシアが風邪をひいたら、私は騎士殿に叱られてしまう」

 肩をすくめながら、冗談じみた声色でスカリエッティは笑う。

『ゼストやアギトはドクターの事を嫌うけど、私は嫌いじゃないよ。ドクターは好きだから』
「そう言ってもらえるとうれしいな」
『頑張ってね』

 それだけ言うと、ルーテシアは通信ウィンドウを閉じる。

「彼女は良い子だね、ウーノ?」
「えぇ……」

 スカリエッティがぐるりと首を後ろに向けながら言うと、ウーノは短く答えただけだった。

「例の件ですが、いくつか目星を見つけました」
「器の方かい?」

 ここにきて、スカリエッティの目が変わった。

「はい、調べさせますか?」
「頼むよ。一型を出そう。場合によっては回収に出てもらうよ。最終調整は?」
「一部を除いて終了しています。クアットロがチェックしてくれています」
「悪い事をふきこんでなければいいがね。まぁいい、そろそろ彼女たちも外の世界を知るべきだ……箱入り娘にはしたくない」

 そこまで言ったところで、モニターの方に変化が見られた。出撃させた二型が全て撃墜されたようだった。スカリエッティは片手でパネルを操作すると、送られてくるデータを読み取る。

「フム、やはり二型の劇的な性能向上は見られないか……まぁいいさ。あの子たちにデータリンクをしてくれ。幾分か足しにはなるだろう」
「わかりました」

 ウーノは頷いて、パネルを操作した。
 スカリエッティはモニターを見上げると、そこに写し出される六課の隊長陣の姿を見た。

「楽しみだよ……私の作品と君たちが戦う姿を想像するだけでも、楽しい……しかし、残念だな、君たちは前座だ」



[25865] 第十一話 前編
Name: 士官その一◆6a589bf2 ID:016151d2
Date: 2011/08/19 08:36
『魔法と技術の進歩と進化。素晴らしいものではあるが、しかし、それゆえに我々を危機や災害も十年前と比べものにならない程の危険度を増している!』

 機動六課の食堂に備え付けられた共同テレビではレジアスの演説が流れていた。多くの地上局員と一部の官僚たちを交えた演説の内容は、兵器運用に関する必要性とそれに伴う治安維持に関してのものだった。必要以上にレジアスの声が荒いのは、その会場に海側の官僚も多数出席しており、さらにレジアスの後ろには管理局の伝説の提督三人が顔を揃えているからであった。
 食堂ではスターズ、ライトニング、スラウギ分隊の隊長と、部隊長のはやて、そしてリインとシャマル、ザフィーラらが少し遅い朝食を取っていた。レジアスの熱弁が食堂に響く中、彼らは黙ってそのニュースを見ていたが、そんな中でふと、ヴィータはアムロに視線を向けて、

「レジアス中将はあんな事言ってるけどよ、アムロはどうなんだ?」

 そんな一言が場の空気を一変させた。はやては無言でヴィータに対して「余計な事を聞くな」とプレッシャーをかけ、シグナムはやれやれと首を横に振っていた。しかし、そこに意外な人物からの一言が発せられる。

「私もアムロ一尉の意見を聞きたいな」
「なのはちゃん……!」

 はやては目を見ひいらいて、なのはの方を見る。それはフェイトや他の者も同じだった。だが、当のなのはは真剣なまなざしをアムロに向けており、返答を待っていた。

「難しい質問だな……」

 アムロはフォークで野菜をつつきながら、呟くように言った。アムロにしてみても、レジアスの極端な武装強化には僅かに難色を示している。だが、完全に反対とは言えないのも事実である。地上部隊の実働部隊の少なさ、錬度の低さを底上げするにしても、時間がかかり、即効性のある対応として武装強化は一番手っ取り早い方法なのである。だからこそ、アムロは新型ストレージ『ディゾン』、『リジェ』の制作を進めたのである。デバイスの普及という形であれば、地上だけではなく、海側にもメリットがあるし、どちらにも得な形で終わる。
 しかし、それでも地上部隊における戦力増強には繋がらなかった。元々の地上部隊のレベルの低さが大きい事もあるが、それと同時に地上が口を揃えて言う海による引き抜きであった。海の現場はいわゆる未開拓地の調査であり、自分たちの常識が全く通用しない世界へ向かうわけだから、レベルの高い装備と人員が必要となる。危険度の高い部署ではあるが、そこで活躍する局員は華々しく、それが若者たちの憧れに繋がるのだろう。地味な地上に比べて、海というのは若者が求める刺激があった。

「地上の問題をあげれば、きりがないし、海への文句もいくつもある。だが、レジアス中将の行っている事も、海の仕事も理解しているつもりだ。どちらの意見も間違ってはいない。だからぶつかり合うのさ……」
「ぶつかり合うだけ……ですか。それって、なんだか嫌ですよね。地上も海も、もう少し仲良くできれば、今起きてる問題だって、解決するのに……」

 なのはの言うそれは理想論である。しかし、その理想が確かに管理局には必要なものだった。だが、機動六課は海と地上が所属する部隊である。主戦隊と交替部隊の連携も、人間関係も問題はなく、今こうして陸のエースたるアムロと話せる事実は、なのはにそんな理想を抱かせるには十分だった。

「そうだな……人が互いを理解しあえれば、それほど美しい事はない。だが、それは手をこまねいていて訪れるものじゃないし、簡単にできるものでもない……だから時として人は過激な行動に出る。だが、周りの人間からすればその過激な行動は異常なものにしか見えないし、だから反発が起きて、争いが起きる」

 アムロの言葉は妙な説得力を持ってその場にいる者たちに響いた。

「私のやっている事も地上から見ればそう映るんかな?」

 不意に、はやてが言葉をもらす。地上本部の不甲斐なさを感じて、機動六課を設立させ、レリック回収を中心とした活動を行ってきた。はやて自身もそれが間違いだとは思っていかったし、少しでも管理世界の平和に貢献しようという正義感もあった。

「地上で海が主体の部隊が出来るとなれば、反感は買うだろうな。だから、レジアス中将は僕たちをねじ込んだのさ」

 しかし、そんな彼女の正義感もレジアスにしてみれば警戒する行動にしか見えない。当の本人にそんな気持ちがなくても、他人はそう見てしまう。
 アムロはそこで言葉を区切ると、野菜を一口運ぶ。味わうように咀嚼しながら、飲み込むと、フォークをおいて、なのはを見て、次にフェイト、はやてとその場にいる者たちを見渡した。

「しかし、そのおかげで、俺たちはしがらみを超えてともに活動出来ている。高町の言う事だって、実現は不可能じゃないさ」

 安心させるような優しい声色だった。食事時に硬い話のままでは、美味しくない。アムロなりの配慮だった。

「まぁ、正直に言うと僕も初めて機動六課の事を知った時は、とんでもない事をする娘もいたものだと驚いたがね?」

 だが、直後にアムロは意地悪っぽく笑みを浮かべた。そんなアムロになのは達は苦笑して、はやては恥ずかしがるように顔に、少し顔を赤らめて、同じように苦笑した。ほんの少しの笑いが、起きた。



 その日のティアナは意外な人物の組み合わせを見る事になった。珠の休日と言う事で、スバルと街に繰り出そうと考え、その脚となるバイクを借りる為にヴァイスの下を訪れようとした時だった。倉庫まではヴァイスと交替部隊のコスター陸曹が何やら談笑していた。ヴァイスたちような裏方の人間は主戦隊、交替部隊のどちらにも親しい存在であるが、あのように個人と仲良く話す姿は、同じ部署の者以外では珍しい。

「ヴァイス陸曹?」

 話に割って入るのは少し気が引けたのか、話かけるタイミングを見計らって、ティアナは伺うように声をかけた。

「ン? あぁ、ティアナか。昨日言ってた奴だな……ちょっと待ってろ」

 ヴァイスはティアナに気がつくと、すぐに用を察したのか、コスターを残して倉庫の中へと入っていった。暫くの間、ヴァイスを待っていると、コスターがのんびりとした感じで声をかけてきた。

「ヴァイスに用事?」
「はい、街に繰り出そうと思って、バイクを借りに」
「へぇ……僕はてっきりデートかと思ったよ」
「まさか!」

 おどけた様な顔をするコスターが冗談を言っている事がわかっていたので、ティアナも、それに答えるようにわざと大きく反応して見せた。思えば、交替部隊の隊員と話すのは、アムロやシュー以外初めてだった。

「えぇと……コスター陸曹でしたよね?」
「階級はいいよ」
「あ……コスターさんはヴァイス陸曹とお知り合いなんですか?」
「実は同期なんだよ。狙撃の腕を競い合ったなぁ……ちなみに成績は僕が上だったよ」
「オイッ! 嘘つくな、実技はドベだったくせに!」

 倉庫の中から、ヴァイスの大声が響く。真っ赤なバイクを引っ張り出してきたヴァイスは目じりを尖らせてはいたが、口元は緩んでいた。コスターも「たはは」と軽く笑った。多分、二人の間ではよくある冗談なのだろうと、ティアナは思った。

「さて、貸すのは良いけどよ。壊すなよ?」
「自前のオートバリアがありますから、怪我はしません」
「いや、俺のバイクだからな……?」

 なんとなく、ティアナも冗談を言ってみたくなったので、そう返した。ヴァイスもそれはわかってはいるのだろうが、冗談じゃないと言う風に返してきた。

「前いたとこでも結構乗っていましたから、大丈夫ですよ」
「そうかい……ま、今のお前なら大丈夫だろうけどな」
「どういう事です?」

 ヴァイスが突然そんな事をいうので、ティアナは首をかしげる。

「いやな、俺は結構お前たちの訓練を見たりするんだが……前までは、シングルでもコンビでもチームでも同じ動きしかしなかったが、随分と変わってきたなって」
「はぁ……?」
「余裕が出てきたって事だよ」

 バイクの調整が終わって、ティアナに鍵を投げてよこしながら言った。ティアナは鍵を受け取ると、

「みなさんの指導のおかげです。それに、スラウギのアムロさんやシューにもお世話になったみたいで……」

 随分と迷惑をかけた事を申し訳なく思ったティアナは少し表情を曇らせて、呟く様に言った。
バイクに跨り、ヘルメットをかぶって、座席とハンドルの位置を確認して、身体の位置をずらしながら、ティアナはふと思った事を口にしていた。

「そういえば、ヴァイス陸曹って、魔導師経験があるんですよね?」

 しかし、聞いた後にマズイ事を言ってしまったかも知れないと思ったが、ヴァイスは別に気にする様子もなく、軽い調子で答えてくれた。

「まぁ、俺は武装隊の出だしな。ド新人に説教くれてやるくらいには経験はあるな」

 だが、一瞬だけヴァイスの目が鋭くなっていた事にティアナは気がついていた。それでも、ヴァイスはすぐに表情を崩して、また軽い調子で言葉を続けた。

「それでも、ヘリが好きでな。こんな事やってるわけだ。ホラ、相方が待ってるんだろ、さっさと行って来い」

 手のひらで行って来いと合図しながら、ヴァイスはコスターの下へと戻っていく。

「ありがとうございました!」

 ヴァイスの後ろ姿を眺めながら、ティアナは礼を言うとバイクを走らせた。
そんなティアナを振り返って見送っていると、コスターが肩を叩いて声をかけてくる。

「恐がってたよ、さっきの目」
「ン……悪いと思ったさ」
「やっぱり、気になるよね? 妹さんの事」
「言うなよ……」

 ヴァイスはコスターの肩を叩き返すと、倉庫の中へと戻っていった。コスターも何も言わず、隊舎へと歩いていった。



 機動六課の休日は始まったばかりである。新人たちは各々のやり方で休日を楽しみ、隊長陣も隊舎に待機という形とはいえ、基本的には仕事はない。しかし、アムロにしては珍しいミスと言うべきか、やり残した仕事があったのを思い出していた。
 地上からの出向という形であり、隊長であるアムロには原隊への報告書と言うものが残っていた。さほど硬い内容ではないが、隊員の個人情報も含まれている為か、データでのやり取りではなく、書類による手渡しが義務付けられていた。
 アムロはこんな簡単な仕事を忘れていた事に今更ながらに驚き、歳をとったせいかと思ったが、ボケるにはいくらなんでも早すぎる。やはり疲れがたまっていたのかもしれないと考えながら、大きな欠伸をした。

「アムロさん、おじさんっぽいですよ?」
「ム……?」

 欠伸を中断しながら、後ろを振り返ると、そこには私服を着たスバルの姿があった。アムロが「やれやれ」と頭をかきながら、何か言おうとすると、その前にスバルが子どもっぽい表情で笑いながら、

「あ、また! お父さんと同じ事するんですね。アムロさんの年代ってみんなそうなんですか?」
「おいおい、酷いな?」
「あははは! すみません」

 スバルは舌をちろっと出しながら、可愛らしく謝った。アムロは軽くため息をつきながら、こういう少女たちにこう言われるというのは、やはり自分が歳を食った証拠なのだろうと確信した。

『気がつけば、死んだ父親の年齢に近づいてる。早いものだ』

 そうやって物思いにふけっていると、さらに歳を感じる。だが、アムロはそれ以上歳の事を考えるのを止めた。今はやり残した仕事を片付けなければいけないからだ。

「余り、羽目を外しすぎるなよ」

 それだけ言って、アムロはスバルと別れる。スバルは大きく手を振って、アムロも軽く手をあげて返してやった。
 駐車場の近い裏口を目指して、暫く歩いていると、今度は私服を着たエリオとキャロが見えた。そのすぐ傍にはエリオの襟を直したり、キャロのスカートのしわをのばしたりするフェイトの姿も見えた。仲睦まじい光景だが、フェイトの過剰なお節介にエリオとキャロはちょっと困惑気味であった。それがまた心を和ませるような光景で、フェイトの二人に対する優しさをよく表しているようだった。

『あの年で、母親と姉と隊長をやっているんだ。しっかりしているよ』

 とはいえ、まだ不器用な手際であった。アムロは微笑して、彼女らの邪魔をしては悪いと思って、静かにその場を立ち去った。



 車を走らせて一時間、422部隊の隊舎に着いて書類を渡し、その後、懐かしい仲間と話し込んで数十分、そろそろ六課の隊舎に戻ろうとした矢先であった。422部隊の隊舎から出て、都心を走り、トンネルに入ると、どこかの部隊が交通規制をしており、アムロは運が悪くそれに捕まってしまい、足どめをくらっていた。

「何があったんだ?」

 アムロは窓を開けて、身分証を見せながら、局員を捕まえると事情を聞いた。

「この先で事故です。何でも荷物が急に爆発したとか……」
「事故?」
「えぇ。ご覧になります?」
「良いのか?」
「アムロ一尉ですよね? 他の奴も納得します」

 そういうものなのかと納得したアムロは、自身も少し気になっていたからか、局員に連れられて、事故現場に足を運んでいた。ふと、今日は休日のはずなのだがと考えたが、もう遅かった。
 トンネル内は少し熱気がこもっており、埃がまっていた。ある程度の処理はなされているようで、再び火が起こる事はないようであった。それならば、綺麗な空気をとも思うが、こうも閉鎖された空間では元々の空気の巡りが悪くて新鮮な空気が入ってこなかった。案内された先には大型の貨物車が横転しており、積まれていた荷物があちらこちらに散乱していた。しかし、想像していた事故にしては、貨物車の破損は小さく、周りの影響も少ないものだった。

「エンジンの爆発ではないようだが?」
「えぇ……恐らくは奥にあるものが原因だと思います」

 そう言われて、さらに奥へと案内されると、まだ現場検証の最中なのか、白衣をまとった局員の姿も見えた。

「ナカジマ陸曹! 少しよろしいですか!」

 アムロを案内する局員は、その中から一人の少女に声をかけていた。ナカジマと呼ばれた少女が振り返ると、アムロは直感的に彼女がスバル・ナカジマの親族なのだと感じた。名字もそうだが、髪の色と顔の作りが似ていたからである。

「陸曹、アムロ一尉をお連れしました」

 局員はアムロと少女を引きあわせると、そのまま自分の持ち場に戻っていき、少女はアムロと向き合うとサッと敬礼をした。

「あ、はじめまして。陸士108部隊のギンガ・ナカジマ陸曹です」

 スバルよりはしっかりとした形の敬礼を見て、アムロは姉なのだろうと確信した。

「機動六課スラウギ分隊、隊長のアムロ・レイ一等空尉だ」
「お噂はかねがね、妹がお世話になっているようで」
「元気な子だ。良い局員になる」
「そう言っていただけると、姉としてはうれしいです。こちらにいらっしゃると言う事は、機動六課もこの件で?」
「いや、たまたまトンネルの規制につかまって、案内してもらったんだ」
「そうですか……あ、奥のものをお見せします」
「すまない」

 そう言ってギンガが見せたのは、ガジェット一型の残骸であった。

「ガジェット?」
「それだけではないんです。その近くに、生体ポッドと思われる残骸もありまして……」
「貨物車が運ぶようなものじゃない……中身は?」
「不明です。ただ、這って行ったような跡が発見されています」
「そうか……ム?」

 待機状態のディゾンに連絡が入る。キャロによる緊急の全体通信であった。

『こちら、ライトング4。緊急事態につき、現場状況を報告します。サードアヴェニューF23の路地裏にて、レリックケースと思しきものを発見、それを持っていた女の子を保護しています』

 キャロの通信を聞いて、アムロとギンガはハッと顔を合わせる。すぐさま通信に割り込む形で報告を始めた。

「こちら、スラウギ1。首都高速のトンネル内で、貨物車による横転事故に遭遇したのだが、その貨物の中に生体ポッドの残骸を確認している。また、周囲にはガジェットの残骸を発見した。今、陸士108部隊のギンガ陸曹と一緒だ」

 アムロの通信を皮切りに隊長陣の指示が矢継ぎに飛ぶ。なのははスバルとティアナにエリオたちに合流を指示し、フェイトはその間に発見された少女とケースの保護、救急の手配を済ませていた。

「ギンガ陸曹、俺は六課の指揮下に戻る。君は?」

 ディゾンを起動させ、バリアジャケットを展開させながら、アムロが聞くと、ギンガもデバイスを起動させていた。

「よろしければ、私もそちらの指揮下に加えてください。そちらで発見された少女は恐らく、生体ポッドに入っていた子で間違いはないと思います。これは推測ですが、保護された少女は恐らく人造魔導師の素体かもしれませんし……実は以前にも同じような事件を知っていますから」
「ン、了解だ。スラウギ1よりロングアーチ、聞いての通りだが、どうだ?」
『こちら、ロングアーチ、はやてや。一時的にギンガ陸曹を戦列に加えます。アムロ一尉、本来ならスラウギは隊舎護衛ですが、市街地の警戒に回します。それからギンガ陸曹は六課フォワード陣と合流、そちらで入手した情報、お願いできるか?』
「了解です」
『それから、ライトニング3、4からレリックケースがもう一つあると報告を受けています。その回収にガジェットが動き出したようです、注意してください!』

 はやての報告にグリフィスが付け加えるように言った。

「動きが早い!」

 ガジェットの迅速な展開にギンガは驚きを見せるが、アムロは冷静であった。それは今回の一件にはレリック以外の要素として、保護された少女の存在があったからである。貨物車の事故現場にあるガジェットの残骸、そしてレリックケースを所持していた少女、何か関連があるのはわかりきっていた事であった。アムロは貨物車の事故が起きた瞬間から、今回の事件は始まっているのではないかと推測した。

「目的はレリックだけなのか?」
「え? あ、まさか、保護された少女も奴らの目的?」
「可能性はあるな。ギンガ陸曹、地上でもなにが起きるかわからん、十分に注意してくれ!」

 そう言ってアムロはホバー走行をしながら、トンネル内を抜けると一気に上空に上がった。市街地上空には敵機の反応は認められなかった。ディゾンに送られてくるデータを読み取れば、空戦型のガジェットは海上方面に、地上型は地下水路に展開しているようだった。

「地上のガジェットはレリックの回収として、海上の空戦型はなぜそんな後方に……陽動か、それとも少女は狙いではないのか……えぇい、後手に回るな!」

 毒づくアムロは事態が進展しなければ次の行動が起こせない事に苛立っていた。それに、上空に上ってからというもの、背筋にぞわりとした感触があった。それはスラウギとして初出動の時に感じた感覚にも似ていたが、戦闘機人との接触で感じた感覚にも似ていた。

「なんだ? 敵意ではない……だが、良い感情ではない。あの戦闘機人の女の気にも似ているようだが……新型のガジェットか、それとも新たな戦闘機人か?」

 嫌な予感がしつつも、アムロはディゾンを通して展開しているであろうスラウギ分隊に指示を送っていた。

「スラウギ1、アムロだ。ウィル二尉以下空士部隊は市街地全域の警戒とヘリの護衛だ。陸士部隊は地上の警戒とフォワード陣のサポートだ。場合によっては地下水路に進行しても良い、指揮はモコー陸曹長に任せる。ロングアーチ、スラウギ地上部隊のバックアップを頼む」

 嫌な予感がぬぐえぬままアムロは空士部隊との合流を急いだ。



[25865] 第十一話 後編
Name: 士官その一◆6a589bf2 ID:016151d2
Date: 2011/10/31 00:41
 地上と空の二部隊にわかれたスラウギの面々の表情はどことなく硬かった。珠の休日をつぶされた不満があるからだ。歳を食った隊員は何も言わないか、笑い話程度に流すのだが、若いシューたちにしてみれば愚痴の一つでもこぼしたくなるような状態だった。だが、目の前には苦手なモコー陸曹長がいてはそんな気分も吹き飛ぶと言うものだ。
 とはいえ、じめじめした地下水路を男だけで進行するというのはそれだけで気分が滅入るのも当たり前と言える。
スラウギの地上部隊は、主戦隊フォワード陣のちょうど反対側の区画に展開していた。レリックの回収であれば、フォワード陣の場所からの方が早いが、地下水路に広範囲で展開するガジェットの注意を惹きつけ、フォワードの動きを援護するのなら、このほうが動きやすいのである。

「相も変わらず仏頂面だな、おい?」

 これでとなりにアイバーンがいなければ、ストレスを感じる事も少ないのだが、と思う。

「黙ってろ……」

 シューは低い声で唸るように返したが、アイバーンは鼻をこすりながら、傍に寄ってくる。

「お前も物好きだよな。休日だってのに寮母のアイナさんのお手伝いとはさ?」
「……!」

 耳打ちするように言うので、周りの隊員たちに聞かれるような事はなかったが、シューはアイバーンがその事を知っていた事に驚き、目を見開いた。抗議の声をあげようと思ったが、それよりも早くアイバーンが腕を首にまわして、

「美人だけどよぉ、子持ちだぜ? しかも、未亡人じゃない……インモラルな趣味は、局員としてはどうかと思うぜ?」
「お前……!」
「ク、フフフフ!」

 低く、のどを鳴らすように笑うアイバーンはポンポンとシューの肩を叩いた。シューはとっさに拳を振り上げようとしたが、作戦行動中である為それを堪えなければいけなかった。

『ガジェットの反応を感知! 警戒してください!』

 オペレーターの指示がデバイスを通して地上部隊に通達される。シューはアイバーンに対するイラつきを振り払うように、デバイスを構えた。次第に隊員同士の間でもピリピリとした緊張が走り、いつでも戦闘態勢に入れるようになっていた。

『ガジェット反応、2ブロック先で感知。接敵まで僅かです』

 その瞬間に地上部隊の隊員たちは一斉に進軍を開始した。迷路のような水路を分散しながら進み、ガジェットを囲むようにしながら展開していく。人間以上の推力と感知能力があるとはいえ、ガジェットでは水路を縦横無尽に動く事は難しい。狭い空間の中では自慢の機動性を生かす事が出来ないからである。その分、人間のある程度鈍重な動きの方がかえって安全である。
 とは言っても、動きを止めればガジェットのレーザーにハチの巣にされるか、ミサイルで焼かれてしまう。

「見つけた!」

 デバイスがガジェットの反応を捉え、シューも肉眼で薄暗い水路の奥に揺らめくガジェットのカメラアイの光を確認した瞬間には、魔力弾を発射していた。直後に別の方向からも戦闘の音が響いた。
 数発の魔力弾を放った後、シューはすぐさま後退をかけ、別の通路へと入りこむ。それは射線から逃れる為でもあるが、ガジェットへのかく乱のためでもある。

「水路の構造は……!」

 しかし、網の目のように広がる水路の構造を自由に動き回るのは容易ではない。シュー達は味方にぶつからないように細心の注意を払わなければならない。そういった意味では敵の弾幕をくぐりぬけるより難しいものであった。

「汚水をかぶる仕事ってのは、割に合わないもんだ!」

 バリアジャケットの裾を汚しながら、シューは目まぐるしく動き続け、集中力を高めていった。



 一方のスラウギ空士部隊はヘリの護衛と都市部周辺の警戒を行い、海上に出現した空戦型のガジェットの対応には別部隊で教導を行っていたヴィータが戦列に入り、それを援護する形でリィンが向かい、同時に別区域の海上のガジェット対応にはなのはとフェイトが向かわされた。数で押し寄せるガジェットであっても、彼女たちの前では烏合の衆でしかない。事実、スラウギの担当区域にはガジェットの影は見当たらなかった。瀬戸際で彼女たちが全て撃墜しているからである。とはいえ、彼女たちもこのガジェット群が一種の囮である事は理解していた。わざわざ遠い海上方面から都市部へと侵攻を企てる動向に、勘の良い人間ならすぐに察知できるくらいのわざとらしさである。しかし、放置するわけにもいかないのが、囮であり、陽動を担うガジェット群であり、もしもの時に備えるのがスラウギ分隊である。
 部隊の展開はほぼ理想的、なのは達が心配する場所にはスラウギがフォローしてくれるし、おかげで彼女たちは全力でガジェットの殲滅に乗り出せる。

「あ~らら、お見事。ガジェットちゃんも、もう少し頑張ってくれると嬉しいのになぁ」

 そんな光景を遠くから眺める少女は、白衣をまとい、ト―レと同じようなスーツを身につけ、光を眼鏡のレンズに反射させ、知的な笑みを浮かべていた。少し気にいらない、ちょっと拗ねるような口調だが、どこか作ったような甘ったるい声だった。

「ヘリがディエチちゃんの射程に入るのにはもう少し距離があるしぃ、ルーお嬢様もまだ目的地には着いてないのに、邪魔をされるとちょぉっと煩わしいのよねぇ」

 所詮、ガジェットには期待などしていない。しかし、足どめ、嫌がらせを考えればガジェットの機動性は大きな武器となりうる。

「だから、んふふ……」

 スッと右腕をかざし、少女はその甘ったるい撫で声で微笑する。

「クアットロのインヒューレント・スキル『シルバー・カーテン』、嘘と幻のイリュージョンで廻ってもらいましょう?」

 そういうと、少女クアットロの右手から閃光が発せられる。
 瞬間、機動六課にとって困惑する事態が発生する。最初に気がついたのは、ガジェットの殲滅を終えたヴィータとリィンのペアであった。

「増援?」

 ハンマー型のデバイス「グラーフ・アイゼン」を肩に構えたヴィータはガジェットの展開が意外と早い事に驚きながらも、増援を送り込むのは当たり前かと考えていた。しかし、別区域を担当するなのはとフェイトの前にも無数のガジェットが出現し、ロングアーチのレーダーでは信じられないデータが映し出されていた。

「これは……」

 オペレーターの一人、アルトはレーダーを埋めつくすガジェットの反応に顔を青くした。ホテル・アグスタにおいても召喚師の存在が確認されたが、レーダーに映る反応は召喚師の限界を超えた量であり、さらにレーダはその反応を正常なものとして判断していた。
 単純な数で言えば都市部どころか首都クラナガンにすら侵攻できる程の量であり、一騎当千の隊長陣であっても、この数では飲み込まれる。
 だが、圧倒的な数が確認されながらも、ガジェット群の侵攻は緩やかであった。隊長陣らを釘付けにするような攻撃を繰り返し、ぐるぐると戦域を回っているだけの軌道だった。

「スラウギ分隊が接触したステルスタイプのガジェット四型のデータは?」

 暫く押し黙っていたはやてが突如として口を開く。一瞬、唖然とするオペレーターたちだったが、すぐさま言われたデータを探し出す。

「全部とは言わんけど、恐らく敵の大半は偽物、幻影や。レーダーは最適化を優先、シャーリー、ステルスのデータは何か足しになるか?」
「数分の短縮には!」
「ン、グリフィス君、指揮のフォローを頼むで!」
「はっ!」

 そう言いながらはやては席を立ち、意を決したような表情を見せた。グリフィスもまた、はやてが何を考えているのかを察知して敬礼を返した。



海上で戦闘を続けるなのはとフェイトも若干焦りが見え始めていた。しかし、同時にある事にも気がついていた。誘導弾で撃墜されるガジェットではあるが、その内のいくつかは弾をすり抜け、その姿を消していく。

「幻影!」

 なのははミサイルをバリアで防ぎながら、後退をかけた。すぐさまフェイトと背中合わせとなり、お互いを包み込む広域バリアを展開する。

「実機との編成、目視はともかく、レーダーまでごまかすなんてっ!」

 ファイトは敵の能力に驚きの声をあげた。

「防衛戦を突破されない自信はあるけど……」

 恐らく敵は突破など考えてはいない。なのはは額に汗をにじませながらも冷静であった。何が何でも自分たちをここに押しとどめたい何かがある。それがわかれば良いのだが、理解できない焦りもある。実機が混ざっているとなると放ってはおけないが、ごまごましている暇もない。いくらスラウギ分隊が展開しているとは言え、なのはには何か嫌な予感があった。

「なのは、ここは私が残って引き受ける。なのはは、向こうの援護に!」
「フェイトちゃん!」

 フェイトにしてみても、嫌な予感は感じていた。だからこそ、自分が残り、なのはを都市部への援護に向かわせるのと同時に彼女の負担を減らそうとした。それは彼女らしい気遣いでもあるが、なのはにしてみればフェイトを放っておくわけにもいかなかった。

「なら、リミッターを解除して……」

 敵にカードの一枚を明かしてしまうのは癪だが、そうも言っていられない現状であった。なのはもフェイトも意を決したように表情を引き締めるが、急に通信ウィンドゥが割って入ってきて、多少ながら驚いた。

『割り込み失礼! 両隊長の提案は却下、海上に展開する隊員はすぐに安全地帯まで退避、これから超遠距離広域魔法をしかけるで!』
「はやて!」
「はやてちゃん、騎士甲冑……」
『そんなに驚かんといてぇな。私も嫌な予感はしとったんや。せやから、クロノ君から限定解除をしてもらって、重たい腰をあげたんよ』

 口調はいつもの穏やかなものであったが、張り詰めた緊張感は消せなかった。はやてが部隊長として、最善の策を考えた結果が、自身の広域魔法による殲滅であった。そして、そのはやての作戦に便乗するように新たな通信ウィンドが開かれる。

『こちらスラウギ1、アムロだ』

 作戦開始から、一切の通信がなかったアムロからの突然の通信であった。

『幻影の発生源を感知した。恐らく戦闘機人だと思われる。奴らをあぶりだす、援護をお願いしたい』
『聞いての通りやな。スターズ、ライトニング両隊長は至急スラウギ1、アムロ一尉と合流、各分隊員は現状を維持、ロングアーチ、標準同調、お願い!』

 はやては隊舎上空から号令を出し、自身は特大の魔力を充填し、遠距離攻撃の準備を整えていた。

『幻影も実機もまとめてお掃除や!』

 ロングアーチの支援の下、はやてから発射される黒い閃光は広域に散らばるガジェット群へと向かい、数秒後には群れを飲み込むように広がって、ガジェットを飲みつくしていた。ガジェットも回避をしようにも、その攻撃の範囲から逃れる事はできなかった。



 なのはらへの通信を終えたアムロは都市部上空に位置していた。目を閉じて、昔の感覚を取り戻すように、浅い深呼吸を繰り返し、再度敵の位置を探った。そして感じ取ったそれは、敵意ではなかった。子どものような無邪気さもあれば、逆に酷く無関心な意志も感じ取れた。アムロはそれらの意志に沿うように飛び立つ。

「遠いな」

 具体的な距離はわからないが、アムロは直感的に敵がロングアーチのレーダー範囲外にいるのではないかと考えていた。

「幻影を出した戦闘機人だけじゃない。別の奴がいる……あのゴーグルの女でもない、あの長距離から……狙撃か?」

 言うや否や、アムロは飛行速度をあげる。胸騒ぎと言うよりは、確信に近い感覚であった。恐らく狙いはヘリ、理由はわからない。ヘリが護送しているのは、保護された少女とレリックであり、奪取ならともかく、ヘリの破懐を行う理由がわからなかった。しかし、外部からのそんな大きな刺激を与えられれば、いくら処理を施したレリックと言えど大規模の破懐をもたらす。それだけは阻止しなければいけなかった。

「あぶりだすとは言ったが……この距離、届くのか?」

 ディゾンを構えたアムロはチャージを行い、狙いを定めた。狙撃と言っても、命中させる必要はない。敵にこちらの存在を意識させ、行動の邪魔を出来ればそれで良かった。

「やってみるか!」

 アムロはいつでも発射できる状態であった。敵に察知される前に狙撃をする自信があったのだ。
 一方で、ロングアーチのレーダー範囲から外れ、廃墟のビルの屋上にはクアットロと薄いマントをはおった別の少女、ディエチが遠く離れたヘリを視認していた。常人では肉眼で捉える事が出来ない距離をディエチは確実に捉えていた。布にくるまれ、傍に抱える身の丈以上はある砲身の出番はまだ先になりそうだった。

「場所も良いし、風も空気も問題ない……絶好の狙撃ポイントだけど……ヘリにはまだ遠いかな?」

 ギリギリ攻撃範囲に入らないヘリを眺めながら、ディエチはあまり乗り気ではないような口調で、

「だけど、良いのかい、クアットロ? あのヘリ落としちゃって」
「心配ご無用、ドクターが言うには、マテリアルがあたりなら砲撃程度では死んだりしないそうよ?」

 対するクアットロは被害など一切気にしないそぶりで返した。

「ふぅん……」

 ディエチにしてみても、「そういうもんか」という認識であった。ヘリの周りの護衛を確認しながら、ふと、ディエチは疑問に感じた事をクアットロに質問していた。

「ところで、ト―レ姉さんのお気に入りの姿が見えないんだけど……あの人って海上にいたっけ?」
「あら?」

 ディエチの言葉に、クアットロは僅かに眉をひそめた。確かに、この戦闘が始まってからアムロ・レイの存在が確認できていなかった。虎の子の空士であり、エースの一人であるアムロがこの場にいないと言う事はありえない。

『まさか、地下水路にいるなんて事はないでしょうし……』
『クアットロ、狙われているわ!』
「はっ!」

 ウーノからの突然の通信は冷静な彼女にしては珍しく慌てたような声だった。クアットロもそのいつもとは違う雰囲気を出す姉の声を聞いて、言われるがままあたりを見渡す。

「狙撃!」

 ディエチが叫ぶ。瞬間、彼女たちの周りに一条の閃光が走る。

「狙撃された! レンジ外!」
「そんな事いってる場合じゃないよ……幸い、向こうは牽制みたいだし!」

 ディエチは砲身をくるんでいた布を解き、すぐさま反撃の準備に取り掛かる。目の照準機をフル稼働させながら、敵を捉えようとするが、一から準備を始めたディエチよりも速く第二射が降り注いだ。

「さっきよりも狙いが絞られてきた? こっちはまだ狙いがつかないっていうのに……!」

 僅かな焦りを感じたディエチは前方の人影を見つけると、碌な狙いも付けずに低威力の砲撃を放った。しかし、見間違えだろうか。人影は砲撃が届くよりも前、もっと早くに射線から退避していた。

『避けた? 違う、撃つのをわかっていた!』

 この時、ディエチは思案するよりも先にすぐさまその場所を離れていなければならなかった。しかし、当のディエチもクアットロもそこまで思考が回らなかった。
 そんな彼女たちの動揺は砲撃にも現れていた。対峙するアムロは反撃の砲撃が馬鹿正直に真正面から放たれるので、たやすく回避する事が出来た。だが、敵の射程距離と狙撃の精密さには息をのむ。

「ヘリが直撃を受けるのとタッチの差だったと言う事か!」

 アムロは素直に戦闘機人の性能を認めた。

『ロングアーチより通達、レーダーを更新!』
『敵戦闘機人、捕捉! 数二!』

 はやてのサポートを行うシャーリーに変わり、アルトとルキノからであった。それと同時にアムロは右前方から大きく迂回し、戦闘機人たちの背後を取ろうとする金色の魔力光を見つける。

「テスタロッサ、流石に速いな!」
「アムロさん!」

 そして、後方からアムロを追い掛けるようになのはも到着する。アムロはチラッと背後を確認すると、すぐさま前方を向いて、

「挟み撃ちを仕掛ける!」
「了解!」

 いきなりの指示であっても、なのははそれについていけるだけの勢いの良さを持ち合わせていた。並行に飛行し、デバイスとレーダーを連動させ、戦闘機人を捉える。後はフェイトの行動を待つのみであった。



『してやられたわ』
「レーダー範囲外、それにクアットロのシルバーカーテンによるかく乱、少なくとも通常の部隊ならまず気がつくはずのない状態での奇襲か……アムロ・レイ、目が効くようだな」

 ト―レは廃墟の中で腕を組み、瓦礫に腰かけ、通信ウィンドゥのウーノに対しても妹たちの危機を当然の事のように述べていた。

『そうも言ってられないわ。ヘリへの狙撃が失敗したのは良いとして、今あの娘たちが確保されるのは計画に支障が出るわ』
「気を抜いていた奴らが悪い。クアットロには良い薬だろう?」

ト―レはたとえ姉妹であっても、ハッキリと事実を述べる。

「とはいえ、見捨てるわけにもいくまい……お嬢の方は?」
『順調ね。向こうはガジェットに気を取られているから、ルーテシアお嬢様の存在に気が付いていないわ』
「セインは?」
『待機しているわ』
「ならいい。あいつの扱いはお前に任せる。私はクアットロとディエチを迎えに行く」
『わかったわ』

 ウィンドゥが閉じられると同時にト―レは小さくため息をついて、遥か前方に目を向ける。金色の閃光が稲妻のように駆けていった。

「フェイトお嬢様か」

 速い女である。クアットロたちと接触するのも時間の問題であろう。さらにクアットロたちを挟み込むようにアムロ・レイと高町なのはがいる。ト―レと言えど、あの三人を束にしては無事ではすまない。

「手間のかかる愚妹どもめ……調子に乗るからこういう目にあう」

 愚痴りながらも、ト―レはどうやって救出しようかと考えていた。ト―レは自分が考える程、冷徹ではなかった。少なくとも身内の身を案じる位には人間味はあった。

「しかし、この現状……私も奴らを過小評価していた事を認めなければならないな」

 ト―レは自分に言い聞かせるように呟いた。


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