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[25771] 【ネタ】ゴーヤ……いえ、竜です(MHP3設定イビルジョー憑依、現実→異世界【オリジナル】)
Name: Jastice ◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/06/06 23:46
唐突な事だが、とある病院で一人の男が病により死にかけていた。
重い心臓の病気でもう手の施しようがない物であり、血圧を抑えたり、血に酸素を加える為に薬物投与や人工呼吸器が欠かせない状態であった。
もはや意識はおぼろげで、今にもこと切れそうな呼吸音が病室で響き渡るばかり……

「(やっと、死ねる……)」

そんな中、彼はその現状に満足しているとは何人の人間が知っているだろうか?
いや、おそらく一人もいないであろう……

「(無駄に長らえる生にもはや未練なんかない……)」

男は、かつて天涯孤独の身であった。
両親を事故で亡くし、その後は親戚の家を盥回しにされながら休まる地を求めて意地汚い様な人生を歩み続けてきた。
しかし、その中で一番長く暮らした家でも邪魔者として扱われ続けてきた彼は世の中の非情さを知ると共に甘えを捨てることにした。
そしてこの35年間、本気で一人だけの力で生き続けてきた。
その為にはどんなに汚い事も平気でしたりもした。

「(かつて“暗黒街の法王”と呼ばれたこの俺も所詮は人間だったという訳か)」

唯、一つ心残りなのは己の正体を詳しく知らず、それでも孕み産み落とした我が子を育て続ける色街の娼婦の事だ。
あの時は一人の客としてでしか接したことがなかったが、彼女が“産む”と言った時のあの強い決意を秘めた瞳。
あれは昔の自分を思い出させる物でもあり、そんな感傷にひたる様に偶に会いに行ってやっていた事もあった。
今年で五歳になる子は、偶に来る自分からもらう贈り物をいつも楽しみにして居たものだ……
もちろん、あの子は自分が父親であることを知らない。いや、知らさせていないといった方が正しいか。
どうしてそんなことをしているかと聞くなら……まぁ察しておいてくれ。俺も彼女にも色々あるんだ。

「(息が、しにくくなってきた……)」

そんな俺にも限界と言う物が表れてきた。ふとやってみた人間ドッグでドンピシャと言う訳だ。
医者に入院を勧められるがままに闘病生活へと入って行ったが、そこにあるのは唯の【無】でしかなかった。
もはや悟った。病にかかった時点で俺はもう『死んでいた』のだと……
そこからは前記のとおりだ……本当に空しい日々だった。
だが、それも今日で最後……

「(あばよ、先に逝ってるぜ……○○○○、○○○)」



この日、表の顔はとある企業の社長:裏の顔では暗黒街の流入物の流れを徹底的に仕切る法の番人として名を馳せた男がこの世から去った。




――――――――――――――――――――




ここは……地獄か……それとも天国か?

“あの瞬間”からどれ程の時が立ったのだろうか。

男は一度閉じた筈の目を再び開け始める。

『んっ……?』

だが、どこか違和感が感じられた。
視界が異様に高く感じられるのだ。
おかしい、自分はこんなに背は高くなかった筈なのだが……

ドスンッ―――!!!

もっと確かめようとして立とうとした所、妙に足が重く感じられた。
やはりおかしい。俺はこんなに体重が重くなかった筈なのだが……

完全に立ったところでようやく意識がはっきりとし始めた。

『俺って、こんなに猫背だったか?』

何故か立っても横に倒れているような感じがして何処か気持ち悪い。
試しに歩いてみてもノシッ、ノシッ、と不思議な足音をして進むだけだ。

『それにしても……』

だが、それよりも一番気になった事がある。

『なんで俺はこんな森の中にいるんだ?』

そう、先ほどまで俺は病院のベッドにいた筈だ。
誰かにこんな重体の身のまま知らない場所に運び込まれたか?
いや、少なくともそれは無い……そうだとしても、この体の異常はまだ説明できない。

『とりあえず、進んでみるか』

そう呟いて森のより奥深くへと進んでいく。
細い樹林を潜り抜けて目的も何もないまま歩み続ける。
その途中、どうにも手を使う気になれないのは気のせいだろうか?
なんだか、あまり使い道が無い感じがすると何故か考えてしまう。

だが、彼の異常はまだ終わらない……

『腹が、減った……』

異常なほどの空腹感に突如として襲われる。
それも我慢が出来ないと思えるくらいにだ……

『何か、食い物……食い物が欲しい』

場所の探索から彼の脳は急遽として食糧の捜索へと切り替わった。
食欲が理性を無くそうとするような……そんな感じだ。
とにかく、何か腹に入れたい。
この空腹感をどうにかしたい……

はらへった……

食糧……食糧をくれ……


―ガサガサ―


この時、不幸か幸運か……目の前に生き物が現れる。
その姿は巨大な狼で自分より少し小さいほどの大きさだ。
此方を見て威嚇をし始める……縄張りを荒らされた為に怒りをかんじたのだろうか?

だが、そんな事など彼には関係なかった。

いつの間にか口から滴り落ちるほど唾液は口の中に溜まっていた。
そして、死角となって見えていなかったが、何と、滴り落ちたその場所の草が煙を出して枯れるかのように緑色から茶色へと変化していたのを彼は知らない。

―めしめしめし―

食欲と言う名の欲望が彼の理性を崩壊させていた。
そして……




―イタダキマス……―



――――――――――――――――――――

深き森の奥底から音が聞こえてくる。
メキャッ、ゴキュッと何かを咀嚼するような音が……

『俺は、何をした……?』

この時、彼は理性を取り戻していた。

【口元を血で染め上げ、その下には無残な姿となった狼のような生き物の死体が居る】という状況の中でだ。

『これを、俺がやったのか……?』

自分のしていた事にようやく気付き、やがて恐怖に見舞われる。
今在る自分がまるで本当の自分でないかのように……
その思いが彼を支配していた。

『う……げぇ……』

堪らず嗚咽を漏らしかけるが、不発に終わり、ただそんな感覚に見舞われるだけとなった。

『俺は……俺は!!』

彼は今、自己が少し認識できないようになりつつあった。
何も分からぬまま、彼は走る。
大きな足跡を残し、時折当たる木の枝はへし折りつつも、なお止まらず走り続ける。
そうしている内に、とある場所へと抜けだした。

―大きな湖だ―

『み、水、水があった!』

落ち着く為には水を飲むのが一番……そんな感性を元から持っていた彼は水を飲むべく口を水に近付ける。

『……えっ?』

だが、それは出来なかった……
目の前の光景に身を固めてしまったからだ。

『なんだよこれ……』

それは水面に映る顔、自分の顔であった。

『なんだよこれ、なんだよこれ、なんだよこれ―――!!!』

同じ言葉を繰り返し叫び始める。
だが、どんなに叫んでもこの事実は変わる事は無かった。

『これが……俺?』

改めて確かめるように水面に映った姿を見た……

オリーブ色に黒を少し混ぜたような色をした裂けた皮膚……
深く赤黒い深紅の瞳……
口は裂け、そこから血肉のような膜がうっすらと見える刺々の顎……
短い腕、その代わりに発達した両脚……

それは人間とは遥かにかけ離れた姿……所謂竜の姿であった……

『あ……ぁぁ……』

その姿を見た時、彼は後ずさりする。そして……

『ああああぁぁぁぁぁぁ―――――!!!!!』<グオォォォォォォ―――――!!!!!>

思いっきり叫んだ。だが、それは咆哮となって湖を、森を、空を轟かせる。
遠くから大量の鳥が飛び去っているのが彼の周りでも分かった。







今ここに、遠く異世界の地にて、“恐暴竜”の誕生が始まったのであった。









後書き

飽くまでネタです。続けるかは今後に任せる事にします。

続けるならばネタやコメディーも入れてみようかと検討してみます。

そして、モンハンなのは主人公がそうなだけです。

モンスターハンターでの世界で楽しみたかったと言う方は回れ右を推奨いたします。



[25771] 第一話:荒ぶるゴーヤ(ゴーヤじゃねぇよ!! by主人公)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/02/06 23:09
『これは、悪い冗談じゃないのかよ』

幾度も叫び、暴れてようやく落ち着いた所で再度、現状を把握してみる事にした。
先ほどと同じく水鏡で己の姿をじっくりと観察する。

『おっかねぇツラしてんな……』

第一の感想がそれであった。
竜とはいっても、この姿はカッコいいとか綺麗だとかで表せられる物ではない。
敢えて言うなら、凶悪と言った方が良いだろう……

『あ―――……』

試しに口を大きく開いてみる。その中には黄色気味な牙がずらりと並んでおり、舌で触ってみても鋭い事が確認できる。

『しかし、なんだってこんな姿になったんやら……』

先ほどからそれの答えを探っているが、一向に思いつかないでいる。
分かっているのは、自分は一度、病で死んだことがあるという事だ。
死んだ後の事は天国か地獄へ行くとか、輪廻転生に入っていくと宗教的な事は一般的に知らされて来たものだが、これは違う気がする。
一番可能性が高い輪廻転生だが、別に赤ん坊から生まれているという訳でないから消去だ。

『何か違う……まるで自分が元からこの体ではなかったような……』

この体、よく見てみると少し傷が付いていたりしていて新しいという訳ではないようだ。
……とすると、元からこの体……ではなく、この竜はコイツ自身の意思を持っていたと言う事になる。
その推理から考えて……

『俺自身がこいつの体に乗り移った、と言う訳か?』

考えても考えても次から次へと疑問の題が出て来ている。
こうして暫く立ったまま考え事に耽っていたが……

『物音……!?』

この湖の向こう側の森から何かが近付いてくる音が聞こえてきた。
先ほどと同じ生き物か……そう考えながらも彼は近くの茂みにうつ伏せになる様にして身を隠してその様子を窺った。

『……人?』

森の奥からは人間らしき人影が目に映って来る。
目を凝らして良く見てみると、まるで何処かの民族衣装のような服を着た人間達がこの湖へと集まってきている。

『神輿?』

そして、何より特徴なのが何人かが神輿のような物を担いで移動している事だ。
彼らの意図が何かも分からぬまま、男はなおもその様子を伺窺い続ける。
だが、拍子抜けの如く、彼らは再び去ろうとしていた。
担いでいた神輿のような物を湖の傍に置いてだ……

『なんだ、いったい何をしようとしているんだ?』

息を顰めてその様子を窺っていたが、既に彼らはこの湖から立ち去っていた。
彼らの行動の真実はもはや知る事は出来ないかと思えたが……

唐突にその神輿のような物から“一人の少女”が出て来たのだ。

少女は先ほどの人間達とは違って所々に装飾された服であった。
一歩一歩と湖へと近付いて行く。
そして、次第に湖へと身を沈めて行き、完全に下半身が水に付いた状態で何かしゃべり始める。

「▲☆×◎◆※×○▲※☆◆」

やはりと思っていたが、その言葉は彼には解読不可能な言葉であった。
これでも一企業の社長を務めていた身だ。
外国語についての教養は十分にある筈である。
そんな彼でも、少女の発した言葉を解読するのは不可能であったのだ。

だが、それよりも可笑しな現象が目の前に現れ始めた。
湖からボコボコと大きな泡が湖底から吹き始め、次第にそこから盛り上がり始めていた。

そして、その正体は現れる……

簡単に言い表すとすれば、それは巨大な魚の怪物であった。
目がある場所は両端とも複眼のような白く濁った眼……
口は縦に割れ、それに沿って生えた細長い牙……
死んだ魚を思わせるような不気味な青白い鱗……

まさしく、この世の生き物とは思えない巨大な怪物であった。
大きさは推定して、自分より少し大きいくらいだ

『ほぅ、今年の“贄”は昨年の者より若い娘か……』

……!? 今聞こえたぞ! 俺が分かる言葉でさっき聞こえた!!
まさか、あの怪物が喋った言葉が俺には分かるというのか!?

「%$&'#$=`~`*L**!」

そうしている内に少女は尻もちを付き、精一杯後ずさろうとしていた。
その顔は恐怖でいっぱいだ。

『どれどれ、少々味見を……』

そう言って、怪物が口から伸ばした長い舌で少女の顔を舐め始める。
舌に付いた唾液が少女の顔を徐々に湿らせて行く。

「~~~!!!」

『そう怖がるでない。心配するな……直ぐに腹の中に収めてやろう』

そして、怪物は口を大きく開けて少女に迫っていく。
これでハッキリした。あの怪物はあの子を食うつもりだ。
先ほど奴は“贄”と言ったが、それは【生贄】のことだろう……

あんな小さな子が生贄になる……

その考えは俺の思考を支配し、反射的に体を動かした。

自分が今は人間ではなく、どんな姿かも良く考えていないままでだ……




『えぇい! ままよ!!』




――――――――――――――――――――
Side:少女

私の村には古くから伝わる風習が存在する……
毎五年、湖に住む魔物:オルトロスに若い娘を生贄にささげる事……
そうしなければ、オルトロスが暴れ始め、湖を伝って流れる川の水を使う私達の村は忽ち洪水に呑まれ、滅ぼされてしまう。
過去、そう言った出来事が実際に起きた為に村の人々はオルトロスを恐れ続けてきた。

「どうして、どうして……貴方なの」
「仕方ないわお母さん。もうこの村に残ってる生贄にふさわしい娘は私しかいないもの」
「そんな……そんなぁぁぁ―――ァ"ァ"ァ"ァ"!!」

今代の生贄が私に決まった時、母は一晩中泣いた。
もしも死んだ父がまだ生きていたら、こんな風に泣いてくれたのかな。

生贄となる以上、みずほらしい格好で送るのはオルトロスの気に障りかねないとして、代々の生贄には装飾が施される。
あまり裕福とはいえない生活を送っていた私が一生かかっても着る事ができないような綺麗な服を着せられ、きらびやかな宝石を付けられ、全ては捧げ物として私は送られた。

そして、湖の前まで運ばれ、私一人となった所、私は叫ぶ。

「約束を果たしに来ました。オルトロス!」

その言葉が鍵となって、湖に異変が起こる。
しばらくした後、ここの湖の主でもある魔物:オルトロスが姿を現した。

『ほぅ、今年の贄は昨年の者より若い娘か……』

それはもう、恐ろしい顔であった。
私は震えが止まらず、堪らず尻もちを付いてしまったのだ。
そして、歯をカチカチと鳴らしながらも言葉を紡ぐ。

「あ、貴方様のこれまでの奮いを……こ、この、私の身で……!」

『どれどれ、少々味見を……』

私の言葉など何も関係ないかのようにオルトロスは事を進めて行く。
信じられないほど長い舌を伸ばし、私の顔を舐めて来たのだ。

「~~~!!!」

思わず私は悲鳴を上げてしまった。これから私が下る末路が明確に脳裏に焼き付き始める。

『そう怖がるでない。心配するな……直ぐに腹の中に収めてやろう』

そう言って、オルトロスは大きく口を開ける。
生え揃った鋭い牙の付いたアギトが次第に近づいてくる……
この時、私はもはや恐怖と絶望で何も考えられなくなっていた。

「(お母さん……お父さん……!)」

この場にいない……愛する家族達に助けを求めることしかできなかった。


―ドゴンッ!!!―


『ガアァァァァ―――!!!』

突如として響き渡るオルトロスの叫び、目を瞑り死を覚悟していた私には今何が起きたか分からなかった。
鈍い音が響くと共に激しい地鳴りが地面から響き渡る。


だから、恐る恐る私は目を開けてみた……するとそこには


――――――――――――――――――――
Side:主人公

『ま、間に合ったぁ~!』

とっさの判断で少女を喰らおうとしていた怪物をタックルで吹き飛ばした。
結構強い衝撃だったらしく、水に浸かっていた怪物の体は吹き飛び、湖から放り出されていた。

『な、何だ貴様は!』

オルトロスもいきなりの乱入により、驚きながらも自分を吹き飛ばした正体を見据えた。

『うるせぇ! こんな可愛げな子供を餌とする様な外道な行為をするてめぇを黙ってみていられるか!!』

彼はこの怪物のやろうとしていた事に怒りを覚えていた。
かつて、暗黒街の法王と名を馳せた頃でも、罪なき者(大体が女子供)には手を出さぬ事をモットーとしていた彼の誇りに火を付けたからだ。
それは見捨てるという行為でも範囲に入っていたのだった。

『正気か貴様! 魔物が人間の味方をするというのか!』

次第に威嚇のポーズをし始め、眼が赤色に染まり始める。
怒りがオルトロスを支配し始めているという証拠だ。

『まぁよいわ! このオルトロスを怒らせた罪、たとえ同族といえども許しはせぬ!! 貴様を殺してくれよう!』

そう言って、オルトロスは瞬発力を使った突進でこちらに突っ込んでくる。

『(チャンスは一瞬だ!)』

彼は現状把握の時、自分の体について色々と調べていた。
強靭な筋力、異常に発達した脚、そして、鋼のように堅く撓る尾……
これ等を使った体さばきをして体を慣らしていたのだ。

まだ不器用な動きだが、なぜかあの怪物:オルトロスを倒す自信がどこからか湧いていた。

あと五メートル……

突進してくるオルトロスは目の前の獲物をしとめるべく、その巨大なアギトを開いて迫る。

あと三メートル……

片足のみに力を集中させ、首をユラユラとさせ始める。

あと一メートル……

少女は目の前の光景に怯え、身を屈める。


―今だ!!―


『うおりゃあぁぁぁぁ―――!!!!!』

彼は全身を使い、左足を軸として回転し始めた。
その勢いは尾へと伝わり、堅くしなやかな尾はまるで鞭の如く動きをし……



全力でオルトロスの体に叩きつけられた。



『ガハッ―――!!!』

骨が砕ける音、肉が潰れる音……
オルトロスは口から自分の血を流しながらまたしても吹き飛ばされる
地面に強く跳ね、何度かバウンドしてようやく止まった時には……


もはや、オルトロスに動く様子は無かった……


『ふぅ……』

全てが終わった後、極度の緊張によって、脚を倒して尾と三点の支点を作って座る形をとった。

『んっ……?』

「(ビクッ!!)」

そういえば、さきほどから気付いてなかったが、少女がおびえながら此方を見ている。
まいったな、こちらに敵意がないと言う事を伝えたいのだが……

じゃあとりあえず……

『(ニコッ♪)』

笑ってみた。その顔で……


―ドサッ!!―


案の定、少女は失神してしまった。

『……解せぬ』

その呟きは誰にも聞かれる事はなかった。

『うぁ……ぁ……』

『!?』

そのとき、オルトロスがうめき声を上げる。
どうやらまだ生きていたようだ。
ちょうど良い、せっかく言葉が通じる以上、なにか情報を聞きだす事にしようか。

そんな風に考えた時だった……


―グウゥゥゥゥ……―


異様な空腹感が彼を襲い始めた。
正確な思考が出来なく始める。
何かを口に入れなくては……
何か……

そして彼は狙いを付けた。
這いつくばりつつも湖に何とか戻ろうとしているオルトロスを……




『あと……少し』


―ゴリッ―

そこに、上から強い圧力が掛かるのをオルトロスは感じる。
まさかと思い、恐る恐る後ろを向いてみると……
唾液を垂らし、脚で抑えつけながらこちらを見据える自分を半殺しにした竜の姿が目に映る。

『や、やめろ! 何をする! まさか……』

その予測は当たっていた。
舌舐めずりして今にも己を喰らおうとする仕草はオルトロスの恐怖心を煽った。

『いやだ! 喰わないでくれ! 頼む!! 頼むぅぅぅぅぅ!!』










この日、巨大な魔物の断末魔が森の奥底の湖から響き渡った……



[25771] 第二話:ゴーヤ宅配中(ゴーヤから離れろ!!by主人公)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/02/06 23:09
《今日の作者のモンハン》
クルぺッコ亜種が現れた

ハンターは闘うを選んだ

クルぺッコ亜種は仲間を呼んだ

イビルジョーが現れた

ハンターはあまりの絶望さに笑いこけた

イビルジョーの攻撃

クルぺッコ亜種の攻撃

イビルジョーの攻撃

イビルジョーの攻撃

イビルジョーの(ry)

ハンターは力尽きた

ハンターは蘇生した

ハンターの攻撃

イビルジョーの攻撃

ハンターの攻撃

ハンターはイビルジョーを倒した

クルぺッコ亜種が現れた

ハンターは闘うを選んだ

クルぺッコ亜種は仲間を呼んだ

イビルジョーが現れた

…………

………

……


《イビルジョーが現れた》


\(^o^)/


*ちなみに、残り23秒を残してなんとか作者はクリアしました。


――――――――――――――――――――

『まいったなこりゃ……』

彼は目の前に倒れている少女をどうするか考えていた。
先ほど食事を終えて再び理性を取り戻した彼が次するべき事をこの子をどうにかする事としたのだ。
見事に失神しており、服の下から何か小さな染みが……ゲフンゲフン。

『このままここに放置しててもあぶないしな』

この森を先ほどまでの経験から考えてみれば、魔物という先ほどみたいな怪物がうろついている可能性が高い。
どこかの物語のような世界だなここは……とにかく、危険が及ばないように何処か安全な場所へ移動させなくては。

『ととっ……小さいから持ちにくいな』

彼は短い手を使って何とか抱えるように少女を持ち運び始める。
一瞬、口を使って咥えて行こうかと考えたが、自分の口は牙が並んでいて危ないし、なによりこの唾液はかなりの酸性度を誇っている。
そんな物が生身の人間に触れたら忽ちスプラッターな出来事が起きてしまう。
まぁ、先ほどまでスプラッターな行動を起こしていた自分が言うセリフではないか……

『とりあえず、他の人間達が来た道を辿ってみるとするか』

ちょうどいい事に、足跡も僅かながらいくらか残っている。
これを辿れば上手く人里へ辿り着けるかもしれない。

『よし、行くか』

こうして、彼は少女を抱えたまま獣道のような通り場を進んでいく。
この空腹が起きやすい体だ……そう長くはしていられない筈だ。
そう思い、なるべく急ぐようにして歩を進めて行ったのだった。

――――――――――――――――――――

どれ程歩いただろうか……
抱えている少女は未だ起きないでいる。
それでも、彼は樹林を潜り抜け、僅かな足跡を頼りに進んでいく。

途中、木に生えていた何かの木の実や果物を“つまみ食い”しながらだ。

『やれやれ、こんなにも食い意地が張る様になるとは……お、この実、味が桃に似てんな』

自分の意地汚さに何処かため息を付くが、もしも空腹になったらとんでもない事態に陥る危険性があるために喰わずには居られなかった。
見つけては首だけを動かして口で実を引きちぎってモグモグと牙を動かして消化へと勤しんでいく。

やがて、足跡を辿って行った努力が功を成したのか、今までとは何処か違う場所へ辿り着く。
人為的に草木を無くし、平たくされた土の道……しめた! 近くに人がいる可能性が高くなった。

『足跡は、こっちか……お、何か見えて来たぞ?』

それは、大きな丸太を横や縦に並べて作られた砦のような壁であった。
もしかすると、この中に人が住んでいるのかもしれない。

「■ィ、■■リ■■■■■シテ■■」
「モ■■■ナイ■■」

人間!? 眼に映った人影を察して俺は素早く森の方へと姿を奥に潜めた。遠くから様子を窺って見ると、壁の上に二人ほど人が立っているのが見えた。
二人とも弓矢を構えている。おそらく、此処を守る番人に違いない。
先ほど見えた人影は彼らの影が動いた時に見たものだろう。

そんなときであった……

「ァ、■■……」

なんと、今まで抱えていた少女が意識を取り戻しつつあった。

ヤバい……これはめちゃくちゃやばいぞ……
今ここで俺を見て叫ばれたりなんかしたら、あの番人に見つかって矢を打たれたりされかねん……


これが俗に言う“背水の陣”ってか……タイミング悪いってばホント!?


『(しょうがねぇ、この子は此処に置いて俺は何処かに行くしかねぇ……)』

――――――――――――――――――――
Side:番人達

「おい、見張りはちゃんとしてるか?」
「問題ないぜ」

番人ってのはホント退屈な仕事だ。
たとえ重要な仕事とはいえ、この場所に長く留まらなくちゃならねえからな。

「今代の“生贄”……ランダさんとこの娘だったよな」
「あぁ、まだ16だったんだよな」

この村の風習は俺達が生まれるよりも前に存在している……
かつて、あの忌まわしい魔物を退治する為に帝都から討伐隊を派遣してもらった事があるが、誰一人帰って来る事はなかった。

「結局俺達は、あの魔物にとっちゃ食糧庫としか見られちゃいねぇんだ」
「…………」

この事実で俺達は抵抗する事を止めた。
だけど、今でも覚えている。
あの子が送られる時にした悲しい顔を……

「この村を守る為に弓の腕を磨いてきたが……何の役にも立ちやしねぇ」
「カーラ、落ち付け」
「必ず悲しみが訪れるこの事実を変えられもしねぇ俺は一体何だってんだ!」

手に持つ弓に力が籠る。

「情けなくて嫌になるぜ! 本当に……」
「カーラ……」


―ススス……―


「なぁ、お前もそう思っているんじゃないか? お前の姉さんも生贄としてオルトロスに指し出されたんだろ?」
「……もう過ぎた事だ」


―ズィッ……ズィッ……―


「……いや、止めようぜ。こんな事を俺達が話しても無駄だ」
「あぁ、そうだな……」


―『(ちょっと通りますよー)』―


「んっ……?」
「どうした?」
「いや、なんか向こうで動いたような……」
「……何にも見えないが……おい、あそこに誰か倒れているぞ?」
「マジか……?」


――――――――――――――――――――
Side:主人公

『い、以外に上手く行く物だな……』

俺はなるべく気配を消して遠くの方から道の向こう側へと出てみたのだ。
その際に、尻尾を出さないよう無理やり折りたたんで、手で抱えながら足だけを使って進んだ。
人間の脳とは不思議な物で、四角や丸といった見慣れた形には意識を向けにくい場合もある。
できるだけ体を縮めて目立たない形でほふく前進をするような移動でこの場を離れたのだ。
結果は成功、あとはこの場を直ぐに去るのみだ。

『ここは森だ、光が木で遮られる場所でもある所は俺のような暗い色を持つ奴は遠くに行くほど見つけにくくなる筈……』

偶に殺し屋から逃げる時に使う知識がこんなことで役に立つとは……
存分な扱いにはできないものだ。

『次は何処へ向かうか……やはりなるべく食糧がある場所へ……いや、それとも住む場所を探すか』

まだまだやる事はたくさんある。
悩むのはそれからだ……


――――――――――――――――――――
Side:少女

「んっ……」

少女は温かいベッドの中で眼を覚まし始める。
ここはどこだろうか、たしか自分は湖にいて……

「気が付いたかね」
「ぁ……村長さん!?」

唐突に話しかけて来た人物を良く見ると、なんとそれは自分の村を収めている村長その人であった。
少女は急いで起き上がり、失礼の無いように姿勢を正す。

「よいよい、そんなにキッチリせんとも何も咎めはせんよ」
「で、ですがその……私、今回の生贄の儀を……」

そうだ、私が此処にいるという事は生贄の儀はどうなった?
此処にいる以上、儀式は失敗に終わってしまったのかもしれない。
その思いが私を慌てさせ始める。

「……シャーリー、今回の生贄の儀は中止となったのだよ」
「え、えぇ~!?」


話は数十分前に遡る……


「なんじゃと! オルトロスが!!」
「はい、村の者達が湖へ調査へ行ったところ、死体として湖の陸に上がっていた所を発見しました」
「あの魔物を倒す者がいたとは……で、その者は見つかったのか?」
「いえ、村長。 オルトロスを倒したのはどうやら人ではないそうです」
「何……?」
「帰って来た者が言うには、なんでも「まるで喰い荒された様な姿であった」とか「今まで嗅いだ事の無い様な臭いが漂っていた」とか……私が推測するに、どうやら別の魔物が現れたのに違いありません」
「魔物とな……?」
「はい、おそらくオルトロスはなんらかの理由により、その魔物と戦い、そして敗れたのでしょう。これが全てを証拠語っています」

そういって、男は一つの袋を前に出した。
村長がそれを触ってみると、中に何か入っているのが分かった。
封を解いて開けてみると、その中には二つの物が入っていた。

一つはあの忌まわしきオルトロスの背ビレ……

そしてもう一つが……

「なんだこれは……」

「おそらく、件の魔物の鱗だと考えられます」

何枚も膜が重なって硬化した黒緑色の鱗が灯りの炎に照らされてギラリと光を反射していた。

「とにかく、ワシは今回の生贄として選ばれた“シャーリー”に会ってくるとする。この事はまだ誰にも喋ってはならぬぞ」

「畏まりました」


そして、時間は戻る……


「と言う訳なのだよ」

村長から全てを聞かされたシャーリーは全てを思い出した。

「(あれは夢じゃなかったんだ)」

最後に覚えているのは世にも珍しい黒緑色をした皮膚を持つ大きな竜の怪物の姿。
あれはいったいなんだったのだろうか……
だが、結果的に自分はまだ生きながらえることができた。
その事実にどう答えていいかまだ分からなかった。

「ここにその鱗があるが、見てみるかね?」

「あ、はい……」

そうして渡された鱗を見てみる。
やはりあの竜から零れ落ちた鱗に違いないと確信できる形をした両手に収まりきれない大きな鱗を表裏にひっくり返したりと眺めてみる。

「……寝ている間、不思議な夢を見ました」

「ほぅ、それはどんなのかね?」

「真っ暗な暗闇の中で怯える私を、後ろから誰かが優しく包み込んでくれていたんです。「大丈夫」「大丈夫」って小さく呟きながら……」

「それは不思議な夢じゃのぅ……もしかすると、あの竜はお前さんを助けてくれたのかもしれんな?」

「え……?」

いきなりの発言にシャーリーは驚いて村長を見る。
村長もどう話したらよいかという顔で頭を搔きながら話し出す。

「お前さん、湖に送った筈なのに何故かこの村の門の近くで倒れてたのじゃよ。それに、傍には大きな足跡が残っておっての……」

「じゃあ……」

あの魔物が私を此処まで運んできてくれたというの?
だとしたら私、失礼な事をしちゃったかもしれない。
あの怖い顔で見られ、顔を変に変えた様子を見た時に私は意識を失ってしまった。
けど、魔物がなぜそこまで……


しかし、その答えはそう簡単にわかる物ではない……そんな感じがしていた。


「ではな、今はゆっくりと休んでおるがいい。じきにお前さんの母親もこちらにくるじゃろうて」

「あ、あの……村長」

「なんじゃ?」

「……この鱗、私が貰ってもよろしいでしょうか?」








数日後、村で元気に母親の手伝いをするシャーリーの胸には何処か変わった首飾りが付けられていた。

彼女曰く、“幸運のお守り”だと言っていたそうな……



[25771] 第三話:四股を踏むゴーヤ(どすこいってか?by主人公)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/02/07 02:45
【ちょっとした豆知識】

脳内メーカーのサイトにて、イビル・ジョーと入れて検索すると、脳内イメージが全て『食』になる。



【今日の作者のモンハン】

・ハンターイーター作戦にて

『ところでこいつを見てくれ。どう思う?』

『すごく……大きいです』

『狩らないか?』

『ア―――!!!(飲み込まれて一乙したときの作者の叫び声)』


――――――――――――――――――――

―ザザ……ザ……ザザザ……―


“いたぞ! 恐暴竜のお出ましだ!!”

“油断するなよ! 分散して戦え!!”

これは、誰の記憶だ……?

“ぐあぁぁぁぁ―――!!!”

“キール!? くそ、こんのやろぉ!!”

“待て、迂闊に突っ込むんじゃない!!”

誰かが闘っている。その相手は……俺?
いや、こんな記憶は俺は知らない。
じゃあ、誰のだ?

“ごめん……なさい。リーダー……”

“ハンナ……ハンナァァァ―――!!!”

次々と目の前の人間が倒れて行く。
血だらけになった者もいれば既に息絶えた者も。

“俺のせいだ、イビルジョーの依頼なんざ受けなければこんな……”

イビル……ジョー……?
それがこの記憶の持ち主の名前なのか?
あの大きな、黒緑色の竜をそう呼んでいるのか彼らは……
俺が乗り移ったこの体の持ち主がそうか。

それならば、俺は……?
あれ、なんだったっけ?
俺の名前は……■■■■■■■

どうして、思い出せないんだ?




『ハッ!?』

彼は眼を開けて暫く静まり込んだ。
どうやら暫くの間ねむっていたようだ。
この体にも睡眠は必要だと就寝前にて判明した事だが、意外と普通に寝られた。
もしかすると、眠るときだけ体の空腹を抑えられるのか?

『それにしても、あの夢は……』

おそらく、“こいつ”が俺が乗り移る前に見ていた記憶だろう。
それにしても、イビルジョーか……
言葉的に意味をとらえればイビルは「邪悪」、ジョ―は「顎又はアギト」……
つまり、【邪悪なアギト】というわけか……

『なんとなくピッタリな意味の名前だな』

コイツは悪喰だし、姿から見てもエグイ形をしている。
異議は上げられない気がする。

『さて、大分早く起きたそうだが、今のうちに探索をしておこうとするか。ついでに飯も済ませながらだ』

ここいらには果実が生えた木が多く生えている。暫くは困らない筈だ。


――――――――――――――――――――


『むぐむぐ、結構奥深くにも生えているか』

実を捥ぎ取りながら歩く事、約30分……
一向に変化の見られない森に少しいらだってくる。

『たくっ、そろそろいい加減にしてもらいたいぜ』

悪態を付きながらもなお進み続ける。
このまま更に歩き続けるか……そう思っていた時だった。

『ね……はも……かない?』
『もち……み……ため………!』

僅かだが、話声が聞こえてくる。
意味が分かる言葉だ……昨日の出来事で分かった事だが、俺はこの世界の人間の言葉は聞き取れないが、魔物という存在となら何故か会話が成立させることができる。
この竜もいわゆる魔物の一種で、同じ同種だからその存在の会話は聞き取れるという訳なのか?

『だが、それよりもちょうどいいな』

今は満腹だ……前回のようなヘマはしないだろう。
此処についての事を聞こう。
そう思い、俺は声のある方へと歩いて行った。
すると、そこにいたのは……

『やぁハニー! 今日も一段と綺麗だね!!』

『もぅダーリンったら!! それよりも見て、今日は毛並みを色々とオシャレしてきたのよ』

『あぁ、最高にベリーグッドさ!! 君の美しさが一層と輝いて見えるよ』

『もぅ~やっぱりダーリン大好き~v』

……何とコメントしていいのか分からなかった。
向こう側に熊のような灰色の毛並みを持った生き物……いや、魔物か。
そんなカップルらしき二匹がキャッキャッウフフな会話が為されていようとは……誰が想像付いただろうか?

『愛してるぜベイべ~!』

『きゃ~!v』

とりあえず、この後、俺はこうすることにした。
いや、こうやらなければならないと何処かで悟った。

左足を大きく上げ、全ての力を足裏に全て集中させる感じで力を溜め……

『モゲロ……』

思いっきり地面を踏み込んだ。
その衝撃は辺りの大地を揺るがし、周りの木々から葉や枝と色々落ちてきたりとかなりの影響力を誇った。

『きゃあぁぁぁ~~~!!!』
『おわあぁぁぁ~~~!!!』

成功、二人ともかなり驚いて揺れが収まるまで丸まった。
正直言って、ざまみろと思ってたりしていた。

『おい、そこの二匹、ちょっといいか?』

そんな訳で、改めて質問をすることにした。

『ぎゃあぁぁぁ―――!!! 出た―――!!!』
『ヒイィィィ―――!!!』

迂闊だった……またしても、自分の姿がどういう物かを忘れていた。
湖で自分が見てもかなりエグイ感じの姿だというのに……
他の存在からしたら恐怖以外のなんでもないよな。

『た・た・たたたすけてえぇぇぇ~~!!!』

あ、雄の方らしき魔物が雌を置いてどこか逃げてった。

『そんな! 待って! 置いてかないでダーリン!!』

腰が抜けているらしく、その場から動けないようだ。
それにしても、なんかこいつらどこか人間臭いな……
まぁ、それは後々考えておくとして……

『怖がらないで聞いてくれ。俺は……』

『私の肉なんか食べても美味しくないです! 固いし、それにこの頃食べ過ぎて脂肪が……あぁちがう! それじゃあ余計おいしそうじゃないの~!!』

なんにも聞いちゃいねぇ……
あぁ……仕方ねえな。
こう言う場合にはと……

『オ"イ"……』

『(ビクビクッ!!!)』

マフィア関係の仕事で良く使っていた怖声で今度は呼びかけると、魔物は震えたまま硬直した。

『この森を抜けるには何処行けばいいんだ?』

『ははははいぃぃぃ!! そ、それでした此処から向こうへまっすぐ行けば山地となりますのでそこにある洞窟を通れば向こう側の人間の街へ辿りつけます!! ごめんなさいごめんなさい本当に食べないでください!!』

話を聞いてくれたが、もうちょっとオブラートに包み込んで終わらせたかったな……
この際だから仕方ないとするか。

『もう行っていいですよね!? むしろ行かせてください!! それじゃあ失礼します!!』

そういうと、魔物はすぐさまこの場へと立ち去って行ったのだった。

『あのカップル、人間経験からして長く持たなそうだな……』

後ろからちょっとした酷評価をさらりと言うのを忘れずにだ……
とにかく行き場所が決まったな。
今度は山か……
なるべく省エネ・低燃費な感じで体を動かしたいが……
この場に留まり続けると悪いことでしかない気がするので、この世界をまず知る事が一番の目標だ。

『それじゃあ行くとするか。 はぐっ、うべっ!! この実なんかまじぃ!!』


恐暴竜はさらに深くへと進む。
目的地も明確にならぬまま……



[25771] 第四話:ゴーヤ内容物流出(いやそれってゲ●by主人公)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/02/09 17:21
【今日の作者のモンハン】
・月下の夜会にて

金銀夫婦と闘う時、肥やし玉を使って離してもすぐにステージ一緒になるのはハッキリ言って地獄です。


「あなた! 助太刀に来たわ!!」

「良しオマエ! 今日はコイツで焼き肉だ!!」


そんな赤い糸はすぐ切ってしまえ……

そもそもなぜ亜種の方が消えたのか未だに謎である。






木から木へと潜り抜け続け、ようやく森から脱出した彼は今、急な坂道を登り続けていた。
重い体が徐々にスタミナを減らし続け、この難儀な胃袋が暴れ始める頃だ。
ハッキリ言って、少々不味い状態である。

『うぉー、腹減った~!!』

先ほどの木の実は殆ど食べてしまった為に今から食べに奥へ行っても間に合うかどうかだ。
正気を失う前になんとか食糧を確保しないといけない

『メシー、メシー!!』

もはやしっかりとこの体の持ち主の性格に汚染されかかっている気がする。
涎がまたダラダラと口から流れて彼が歩いた跡として点々と地面に残っていく。
そんな中、ちょうどあの魔物が言っていた洞窟らしき場所が見えて来た。
僅かながらに残る意思を振り絞って洞窟へと入っていく。
ハッキリ言って、彼の抑制心は限界を超えている。
このままでは自分の体に噛みつきかねない。

―チチチチ……―

『……ッ!?』

暗闇に目が慣れていない状態だが、この洞窟には何かがいるようだ。
耳に何かの鳴き声らしき音が鼓膜を振るわせていく。
その音の響く先へと必死に進んでいく。
するとそこには……

『誰か来たー』

『誰か来たー』

『大きなの来たー』

『すごくおーきーの』

洞窟の天井一面に止まっていた蝙蝠の大群であった。
一匹一匹から声が聞こえてくるが、今の彼にとって、第一に優先すべき事は己の腹を満たす事であった。
蝙蝠を一匹でも多く落そうと己の強力な踏み込みをしようと片足を大きく上げる。

『モールを呼ぼう』

『モールを呼んで』

それでも構わずに蝙蝠達は何かを喋っている。
モールと言うのが何のことか分からないが、今やる事をやるだけと彼は片づけた。
そして、鉄槌のごとし踏み込みが地面に下ろされ、洞窟中が震え渡った。
それと同時に蝙蝠達は飛び立っていく。
出口へと出る為に群れを為して、まるで川の濁流のごとく飛翔の姿を見せつける。

『イタダキマス!!』

だが、それは彼にとってはカモがネギをしょってきた来た事と同じだ。
強靭な脚力により跳ね上がった彼はその大きな口を開けて濁流の中に顔を突っ込める。
そこに、蝙蝠達は自分から彼の胃袋の中へと入って行ってしまった。
キィーキィーと口の中で叫んではいるが、構わず彼は咀嚼を始めた。

『中々いけるな……これ……』

口いっぱいに入った蝙蝠は彼の食欲を幾らか満たすほどに足りた。
バリバリと口の中から聞こえながらも牙を使ってよく噛み続ける。
大分興奮が収まったようだ……だが、まだ腹八分目にも満ちていないのだ。
まだ何かを口にしなければ……


―ゴゴゴゴゴゴゴ……―


そう考えていた時だった……突如として洞窟が地鳴りを始める。
いきなりの出来事に一時止まり、何が起こるかと身構える。
すると、前の地面からボコボコと盛り上がって来るのが見える。
そこから次第に、茶色い物体がせり出てくる。

『……手?』

良く見ると、それは何かの手に見えた。
長く白灰色をした丈夫な長い爪を生やした茶色い毛を生やした腕だと想定する。
そうしている内にもう一方からも同じ腕が出てくる。
そして、その間から先ほどよりも大きな地面の盛り上がりが起こり、遂にその正体は現れた。

『貴様、ワシの洞窟に何の用だ?』

鼻には厳つい突起を付けた硬質化した角をつけた巨大なモグラであった。
もしや、モールと言うのはこのモグラの事なのだろうか?

『いや……この洞窟を通ろうとしたんだが、腹が減ってな』

『此処の蝙蝠達を食ったのか……』

互いに見据え、正体を眼で探るかのように窺う。
だが、モールの方はどこか以外というかのような顔をしていたが……

『すまん、俺は腹が減るとどうもみさかいが無くなっちまうもんでな』

『いやなに、ここの蝙蝠はワシら魔物にとっての毒があるから食う奴なんぞいないと思っとらんかったぞ?』

『えっ……』



―ギュルルルルル―


それを聞くや、いきなりものすごい腹痛に襲われた。

『あぐっ……!?』

『ほれ、いわんこっちゃない』

モールがどこか呆れていたが、そんなの関係ない。
体が内側からマグマのように熱くなり、何かがせり出てくるようだ。
彼は次第にひゃっくりをし始め、一度、二度ととぎれとぎれでした後……
遂に“それ”を爆発させた。

『ヴォエェェェェ―――!!!!!』

異物を一気に体から排除するかのように、彼の胃袋からものすごい大量の胃液が吐き出された。
それはとてつもない高熱の息吹に反応し、赤黒い炎を発生させる。
何かの炎色反応によるものだろうか。

『ひょえぇぇぇぇ―――!!!!!』

いきなりの彼からゲ●が吐き出された事に驚いたモールは急いで潜って来た元の穴へと頭と手を引っ込め、飛んでくるそれを何とか避けた。
彼の嘔吐物は周りの洞窟の壁に掛かり、白い煙を出してジュウゥゥゥと溶かし出す。

『ゲホッ、ゲホッ……!!』

『お、お前さんワシを殺す気か!!』

『ご……ごめ……また……』

『ちょっ……おま……ギョエェェェェ―――!!!!!』







【しばらくおまちください(Nice Boat)】






『ホントすんませんでした』

『全くじゃ!! ワシの自慢の爪が少し溶けたぞい!!』

ようやく吐き気が収まった頃には洞窟内はめちゃくちゃであった。
その影響はモール自身にも降りかかり、彼の右手の四本の内の二本の爪があのゲ●で少し溶けていた。

『それに、御馳走も頂かせてくださいまして……』

『おまえさんを空腹にしとくとロクな事が起こらん事はさっきのでよう分かったわい』

今彼らは食事をしていた。
その食事とは、モグラの主食であるミミズであるが、何という事にかなり太長いものである。
これも魔物の一種に違いないが、一匹でも2mくらいは平均的にある。

『たく、とっておきのジャイアントワームをこんな阿呆に分けることになるとはの……』

『申し訳ありませんでした』

彼は土下座をしながらジャイアントワームを素麺のようにちゅるちゅると啜って食べていた。
こうしているが、彼は本当に反省している。一応だが……
どっかのB級映画的な図柄ではあるが、リアルに見たら結構気持ち悪い……

『汁(つゆ)ってありませんか?』

『ある訳なかろうが!! というよりつゆってなんじゃ!?』

『いえ、忘れてください』

人間時代での食事については此処で話しても仕方ない。
うむ、これくらいでいいかな……?

『御馳走さまです』

『貯めておいた3/4も食いおった……』

モールはどこか悲しげな背中を見せてぶつぶつと呟いていた。
今後から再び餌を貯めなければならないという未来に気が滅入っているのに違いない。

『それで、聞きたい事があるのですが……』

『ふむ、このあたりについてかの?』

ようやくまともに話せる機会を設けられたのは嬉しい。
モールが目が見えない魔物だったという事が救いようであった。
彼は視界でなく、熱や音により感触などで周りを判定している為、自分の姿を見る事が無いから落ち着いて話す事が出来るのだ。
今まで自分の体を見た奴と言えば……

・失神する

・逃げ出す

・叫び出す

な三原色のような反応を起こしてばかりだったからな……
あ、なんか眼から汗が……
とにかく、モールからなら必要な情報が聞きだせるに違いない。

『この洞窟はしばらく歩けば抜ける。そして、そこからは人間の街である【ヴェルタ】という場所に辿りつけるじゃろう』

『ヴェルタ?』

『なんでも、水源が豊富で住みやすい場所だそうだ。水を必要としないワシには関係の無い事じゃがのう……』

『他にも何かありますか?』

『ワシは基本この洞窟から出た事がないからのぅ……そうじゃ、良い事を教えてやろう。此処から遥か北の地にて【竜の巣】と呼ばれる土地がある』

『【竜の巣】ですか?』

『その名の通り、竜種の魔物が住まう言わば彼らの楽園じゃ。そこを目指すが良い……そこならお前さんも安心して暮らせよう』

『…………』

竜の巣か……俺としても安定した住処が欲しいし。
不安定なこの体を落ち着かせる方法が何かあるかもしれない。

『魔物とはいったいどんな生き物なのですか?』

『おまえさんも魔物なのに変な事を聞くのぅ……まあよい、教えてやろう』

モールは一息ついて、咳払いをしてから言葉を再開する。

『本来、魔物は人間の生態から離れ、独自に進化していった生命体じゃ……じゃが、殆どが力の弱い者ばかりでお前さんのようにでかく強い魔物は滅多に生まれん』

『なるほど……』

『だが、知能を持つ魔物で分けるとかなりふるいに掛けられ、多く分けられるのじゃ。まぁ、そういう輩は長く生きた奴でないと慣れないからのぅ』

『知能を持てればどうなるのですか?』

『人間の言葉は話せども、“念話”を使って人間と伝心することもできる。それにそれぞれの地に住まう“精霊”との契約も可能となる』

『精霊ですって?』

『人間の言葉を借りれば魔法行使が可能じゃ。一方、人間の方は【言霊術】と言う物を独自で生み出し、精霊を一時的に従える事ができるようになっておる』

『つまり、人間にも魔法が使えると?』

『その通りじゃ。じゃが、我ら魔物が使う物より威力は低いがの……なにせ強引に言う事を精霊に聞かせてる人間とは訳が違うからじゃ』

なかなか興味深い話が聞けたな……
人間にあった場合の対処の仕方も色々と考えられる。
前にあった人間は武器を持ってたし、つまりこの世界は武器と魔法という物を主力としている訳か。

『ちなみに貴方は?』

『はっはっは! ワシに期待してもそんな大層な事など出来んよ。なにせワシのような闘う事をせん魔物ではな』

なるほど、闘う事を嫌う魔物は必然的にそんな能力は覚えられないという訳か。

『ありがとう、いろいろと為になる情報が聞けた』

『いやなに、魔物同士としてお互いさまじゃ。しかし気を付けろ、近頃の人間は強い輩も輩出してくる時代じゃから、人間に会っても迂闊に闘ったりしてはならんぞ?』

『はぁ……』

『じゃが、お前さんほどの魔物に挑む人間がいるかどうかわからんがの。まぁ心配いらんじゃろう』

モールはクックックと小さく笑いを零しながらそう言った。

『では、俺もそろそろ行かせてもらう。あまり同じ所に留まると他の魔物に迷惑だからな』

そして、彼は洞窟の出口へと向かうべく、再び歩き出した。
まだ光は見えないが、モールの言った事に従えば直に見えてくる筈である。

『そうじゃ、お前さんは何という名前だ?』

『へっ……?』

『さっきから聞いておらんかったが、名前を知らんままじゃワシとしても格好がつかん』

『名前……』

この場合、俺の本名を名乗ってみようとしたが、相変わらず例の記憶に邪魔されて思い出す事ができない。
暫く黙っているからモールが『どうかしたか?』と尋ねてくるが、この質問の答えを探す事に俺は必死になっていた。
だが、本名は思い出す事が出来なかったため、例の記憶で聞いたあの名前を使わせてもらった。



『俺は……【イビルジョー】だ』




『そうか、イビルジョーと言うのか……あまり聞いたことが無い名前じゃのう……』

魔物には個体種としての名はあっても、人間のような個人としての名は持たないようだ。
本名を思い出すまではしばらくこの名前を使わせてもらおう。









こうして、恐暴竜【イビルジョー】としての存在は完成して行くのであった……



[25771] 第五話:ゴーヤ非常食を得る(酷いっス!!byプーク)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/06/09 13:17
【問題】

貴方はこれ等の内、どれが一番好き?

・ヘチマ

・ゴーヤ

・キュウリ

・ズッキーニ













*これは貴方の【H度】を測る心理ゲームである。

「嘘だ!!」

ちなみに、ゴーヤを選んだ人はマニアックなタイプ。

「Oh My God!」






洞窟を抜けると陽の光が広げていた瞳孔を強引に閉じさせる。
再び目の前には森林の風景が目に入る。またこの中を潜り抜けて行くしかないという訳か。
こういう事は少し慣れて来たために別に気にしていないが、次に食糧などの補給を済ませれる場所を見つけられれば十分だ。

『ヴェルタはこっちの方面だよな』

別に俺は人間の住む街に用がある訳ではない。
この地は水源が豊富だと聞いた。今回は其処に用がある。
食糧も必要だが、やはり俺も飲み水が必要となる体だ。
水分補給のため、何処かに河原が無いか探す事が今回の目的だ。

『大分喉が渇いてきたからな。喉が渇くと飯が喉を通らなくなるし』

俺は森林の中へ入る時、少し木々を生えなくさせたような道筋を見つける。
ここら辺は人間の住む場所だ。人間が通れるようにする道を作っていてもおかしくは無いだろう。
バキバキと木々の枝をへし折りながらも進み続けると、ふと小さな音が聞こえて来た。
チョロチョロと微かな音だが、それが水の音であると此処からでも分かる。

『おっとと、危ねぇなぁ……』

次第に歩いて行くうちに足場が変化して行く。
水の流れにより削れたのか、丸まった石や大岩がゴロゴロと転がった所が多くなった。
所謂、河原と言う場所だ。

『お、あったあった』

音を頼りに探していると、段差ができた地面の間から染み出続ける水が視界に映る。
湧水だ、ここの湧き口からこの水が流れていたのか。
さっそく俺は口を開いて下顎で水を掬って貯め始める。
徐々に口腔の中が満タンになっていく事が感じられ、ある程度溜まった後には口を閉じて頬で含み、喉へと持って行った。

『うん、うまい』

豊潤な水の味が今まで渇いていた喉を潤していく。
水が上手いというのは今の事を言うのだろう。
昔飲んだ湧水なんかよりも数倍の旨さがこの水に含まれているようだ。
暫く和んだ後、もう一度俺は口を湧き口へと持っていく。

『…………』

だが、ふと違和感を感じた。誰かが後ろでジッと見ている気がするのだ。
妙な視線を感じつつも、俺は今は敢えて気付かないふりをして水を飲み続けた。
その様子を見てか、“そいつ”はジリジリと移動しているかのような小さな音を出してくる。
落ち葉を踏み締める音が微かにこちらでも聞こえてくる。

『(5……4……3……2……1)』

そのタイミングを見計らって俺は瞬時に振り返り、そして“そいつ”の居るであろう場所へと駆け出した。
その様子に驚いてか、“そいつ”は茂みを激しく揺らしながら向こう側へと逃げるべく走り始める。

『逃がすかあぁぁぁぁ―――!!!!!』

俺は先回りをするかのように、強靭な脚力を使っての跳躍で“そいつ”を飛び越えて進行方向へと立ちふさがる。
いきなり目の前に現れた俺を見て“そいつ”は体を硬直して怯え始める。
その正体は……

『……何?』

『ひいぃぃぃ~~~!!! オイラは小さいから食べても腹なんか膨れないッス!! だから見逃してくれッス!!』

それは一匹の【子牛】であった。いや、この世界で言えば、こいつも魔物の一種なんだろう。
だが、この怯えている魔物をどうにか収まらせなければな……毎回デジャウな光景で気が滅入る。

『安心しろ。俺はお前を喰ったりしない……たぶん』

『たぶんって何すか!? やっぱりオイラを喰う気なんスね!!』

『そうじゃない。俺は今腹が減ってないから大丈夫だ……20分くらい』

『オイラの命はあと20分って事っスか!? いやだ~!!まだ死にたくないっス!! こんな気持ち悪い奴に喰われるなんて死んでも……』

『ア"ア"ン?』

『な……なんでもないっス』

裏技的に強引に黙らしておいた。
結果的には静かになったが俺への恐怖が消えた訳ではないがな……

『んで、お前は何していたんだ?』

『み……水を飲みにここまで来ただけっス!! 河は人間が変な物を作ってせき止めちまったもんですからここしか水が無いんスよ!!』

『水が……此処にしかない?』

何かおかしい……モールはこの土地は水源が豊富だと言っていた筈だ。
アイツの言っていた事は嘘だったのか? いや、あの時にモールが嘘を言う必要なんてある訳がない。
では一体……

この時、河の向こう側から再び茂みが揺れ動く音が聞こえる。
また何かが来たようだ。

『お前ちょっと伏せてろ』

『は、ハイっス!!』

俺は魔物を手で軽く押さえつけて共に伏せながら向こう側の様子を窺い始める。
暫くしていると、そこには一人の少年が現れる。
それも手に汲み桶を持ってだ……

『あれは……』

『あぁ、あれは偶に人間がやってきてここの湧水を取りに来ることがあるんスよ。でも可笑しいっスね……人間の子供が来るなんて初めてなんスが』

『そうなのか?』

態々こんな魔物が現れる森を潜り抜けて危険を冒してまで此処の水を取りにくるとは……
一体何がどうなっているんだ? 何が本当の事なんだ?

そんな疑いが大きく膨らんでいた所、ふと大きな影が地面に映る。
何かと上を向いてみると、何やら鳥のような魔物が一匹こちらに勢いよく降りて来ているのが見えた。

『なんだあれは!?』

『あれはオルロックっス!! オイラ達草食系の魔物の天敵っス!!』

『おいおいおい!! あの子このままだとまずいぞ!?』

『当たり前っス!! オルロックは肉を好んで喰らう魔物なんスから!!』

『くっ……!!』

『え、ちょっと旦那!?』

後ろからの静止に構わず俺は隠れていた茂みから飛び出した。
やれやれ、また失敗したかもしれんな。


―――――――――――――――――――――
Side:少年

「完全な脱水症状です……このままではこの子は」

とある一軒の家にて人々が入口からその様子を覗いて騒いでいた。
自分もその一人であり、入口から体を乗り出してその様子を窺う。

「先生!! 息子を……息子をどうか助けてください!!」

「ですが、水が無い今、私ではどうすることも……」

「そんな……」

この村は嘗て2年前までは賑やかな所だった……だが、前領主が死んでから新しく赴任して来た領主が現れてからは全てが狂ってしまった。

「あの糞領主め!! 俺達平民には高値の値段で水を売り付けやがって!!」

「アイツが現れてから全てが滅茶苦茶だ」

その領主は僕達が此処の近くの河原から引いていた用水路の元であるその河に突如としてダムを作り上げ、水の使用を制限してしまったんだ。
そして、水を貰うには領主に直接懇願しないといけない。
だけど……その為にはお金が必要だった。

「ダムは屋敷と直接繋がっている……だから水はあそこ以外流れないぞ」

「だけどこのままじゃこの子は助からないんだぞ!!」

実を言うと、その子と言うのは僕の友達でもあるんだ。
今でもベッドに横たわって苦しそうに呼吸をしている友達を見ていると僕も居た堪れなくなってしまう。

「おい、確かここから東にある森の奥には湧水が流れているよな? そこに行けば……」

「馬鹿言え!! あそこには凶悪な魔物が生息する場所でもあるんだぞ!! この間だって水を取りに行った人間が四人も死んでいる」

「だが、もう金なんてないし……」

「……ぐっ」

それを聞いてからは行動は早かった。
少年は家族に内緒で家の汲み桶を持ち出し、例の湧水の場所へと目指して行った。
道中にて魔物を何匹か見掛けたが、どうにかしてやり過ごし、遂にその場所へと辿り着いたところだったのだ。
息を荒くしながらも嬉しそうな顔で汲み桶を急いで湧き口に持って行き、水を貯め始める。
早く早くと急ぐように心の中で思って汲んでいた時であった……


―バサバサバサ―


唐突に妙な音が聞こえたのだ。
少年は慌てて周りを見回してみるが、何も見つけられない。
気のせいだったのかと考えて再び汲み桶に意識を向ける。

その時であった……

【何者かに自分の体を上から掴み上げられたのだ】

「うわあぁぁぁぁ~~~!!!」

それは徐々に少年の体を宙に浮かし、少年は持っていた汲み桶を落とした。
一体何があったのかと、掴まれながらも少年は首を後ろに振り向いてみる。
すると、そこには巨大な嘴を持った紫色の羽毛をもつ巨大な鳥型の魔物が居た。
強力な鍵爪を少年の肩に食い込ませながら翼を羽ばたかせ、何処かへと連れていこうとしていたのだ。
少年は必死にもがくが、人間の力が……それも子供のそれが魔物に叶う筈もなく、どんどん地面から離れていく。
このまま自分はこの魔物の餌となってしまうのか……そう考えて諦めかけている時であった。


―グオォォォォ!!!―


向こうの茂みから突如として巨大な竜の魔物が現れたのだ。
更なる絶望に少年の意思は完全に無くしかけていた。そして、その魔物はこちら側に向かってくる。
それも大きな口を開けてだ……
もう駄目かと思いかけていたその時……

【その竜の魔物は自分を掴んでいた鳥の魔物だけに噛みついてきたのだ】

ギャアギャアと鳥の魔物:オルロックは苦しそうな鳴き声を出し、その拘束から逃れようとジタバタと暴れ始める。
その時にオルロックが掴んでいた力が緩まったのか、脚から少年を落とした。
喰われた時に引き下ろされた為に、大分地面に近付いていたので差ほど衝撃は強くないまま地面に少年は倒れ込んだ。

「あぐっ……!!」

倒れ込み、顔を開けてみると、あの二匹の魔物が荒ぶる姿をマジマジと見せつけられる。
オルロックはイビルジョーの持つ強靭な筋力に叶う筈もなく、一噛み、二噛みと血を流して次第にイビルジョーの口の中へと収まっていく。
完全に息の根を止められた後は全身とも口に入り、イビルジョーに粗食され始める。
バリボリと肉や骨が潰れ、割れる音が響き割れ始める。

「あ……ぁぁ……」

その光景に少年は呑まれ、恐怖で腰を抜かしていた。
そして、咀嚼する音が無くなった後、イビルジョーは今度は少年の方へと向く。
今度は自分の番だと瞬時に少年は感じてしまったのだ。

「た……たすけ……て」

恐怖で体を震わせ、少年とイビルジョーは互いに視線を合わせる。
だが、この時イビルジョーは妙な行動を始めた。
少年を暫く見つめた後、落ちていた汲み桶に視線をやるとそれを小さな手に持ち、なんと湧水の湧き口の場所へと移動した。
その次には何と、桶を湧き口に当て、水を汲み始めたのであった。
しばらくして水が一杯に溜まると、再び少年の元へと戻り、なんとその汲み桶を少年の目の前に置いてきたのだ。

「……え?」

一体どういう事か分からないでいると、イビルジョーはそのまま後ろを向いて何処かへと去って行ったのであった。
しばらく何が起こったのか分からないままであったが、少年は自分が見逃された事を本能で悟った。
目の前にある水一杯の汲み桶に視線をやり、残った力を振り絞って何とか立ちあがり、それを手にとって出来る限り零さないようこの場から走り去って行ったのであった。



――――――――――――――――――――


『ふむ、鳥とは結構骨があるもんだな』

『旦那パネェっス……』

そんな頃、二人は最初に会った場所から少し離れた場所で再会していた。

『あの子……あのままこの森を抜け切れればいいんだが』

『旦那血を……顔を拭いて下せぇっス』

何か重要な問題が起きているのかもしれない。
少々気になるな……探ってみるか。

『おい、さっき言った河原というのは何処にあるんだ?』

『あ、それなら此処から少し北へ進んだ所に在るっス』

『よし、じゃあ案内してくれ』

『え……オイラがっスか……?』

『他に誰が居るんだ?』

『そういえば、オイラこれから用事があるんで此処で……』


―ドゴオォォォォォン!!!!!―


『潰れると喰われる……どっちがイイカイ?』

『喜んで案内させていただくっスゥゥゥゥ~~~!!!』

涙目になりながら首をブンブンと振って肯定させた。
おそらく、この問題はその“変な物”が作られた河原に在りそうだ。
あんな子供が此処まで危険を冒してまでの行動をさせる羽目にさせた原因を探そう。

……子供は大事だ……“嘗て”の俺には【あの子】を幸せにすることは出来なかった……

『そういやお前名前なんて言うんだ?』

『オイラ、タウルスの【プーク】って言うっス』

この世界で俺に出来る事は……






少々頑張ってみるか……



[25771] 第六話:ゴーヤ熟れる(色素分解タイム!!byイビルジョー)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/02/15 15:37
【今日の作者の呟き】

とあるイラストサイトで東●Projectのおぜうさまが『ギャオ~食べちゃうぞ~♪』のぬいぐるみがイビルジョーであったり、妹様がペットとして飼っていたりするイラストを見ていると実際に幻想入りした時になりそうでなんか怖い……

あと、イビルジョーの赤ちゃんは個人的になにこれ……すごいかわいいんすけど……と思うのは俺だけだろうか?








「ねぇんグラント様~v 私今度は蒼真珠の指輪が欲しいですわ」

「おぉそうかそうか! よし、ならば今度買ってやろう」

「本当ですか!? 感激です~v」

此処はとある領主の屋敷の一室。現領主:グラント・ハミル・ルーシェントの寝室である。
そこには一人の女と当の本人が裸で何か話していた。
簡単にいえば情事を終えた所と言った方がいいだろうか?

「そう言えばグラント様。帝都から来る監視者の手からはどう避けているのですか?」

「なぁに……ちょっとしたコレを出してやればそいつらは嘘の報告を出してくれるものなのだよ」

グラントは親指と人差し指の先同士を繋げて円の形を作って女に見せてみる。
それは金……つまり賄賂と言う訳だ。

「人間はしょせん欲で動く者なのだよ。そして、私と言う強者こそが世で頬笑み掛けてくれる」

「さすがグラント様ですわ! ですが、そろそろ街の人間も金を出す事が出来にくくなりつつありますが……」

「金が無ければ別の物を差し出せば良い様にしよう。私が水の命運を握る限り、あ奴らは私のいいなりなのだからな……」

グラントはテーブルに置かれたワインをグラスに注ぎ足し、それを手に持ち、その色を楽しむ。
何処までも赤いその色は豊潤な香りで満ち溢れた最高級の物だと表していた。


その時だった……



―ドゴオォォォォォ―――――ン!!!!!―



「うおぉぉぉ!?」

「きゃあぁぁぁ!?」

屋敷“自体”が大きく揺れたのだ。
その現象にグラントは手からワイングラスを落とし、女はベッドでシーツを被って蹲る。

「な、何が起きた!?」

唐突な揺れにいったい何が起きたのか事態の解明を早急に急ごうとする。
そこへ、ガシャガシャと音を出してこちらへと何者かが近付いてくる。

「グラント様!!」

それは鎧を全身に覆った一人の兵であった。
恐らく、この屋敷の護衛兵だろう……

「何事だ!!」

「何者かがダムを襲撃して居るとの情報です!!」

「ダムだと!?」

まさか、街の人間がダムを破壊するために反乱をおこし始めたのか?
ありえん!! 嘗て一度だけ奴らは反乱を起こしたが、あのダムを破壊する事は叶わなかった。
それを身を以て知った筈だというのに……何処の誰がこのような真似を……

……しかし、あのダムはちょっとやそっとでは絶対に壊れはせぬ。
オビ鉱石をふんだんに使って特注で作らせた水門を開かぬ限りはあそこからは水など永劫に流れて来ぬ筈だ!!

そう考えている内に、もう一人の兵が此処にやって来た。
息を荒げつつもグラントに報告を急ぐ。

「さ、更なる情報です!! 魔物です!! 正体不明の巨大な魔物が水門に体当たりしているとの事です!!」

「魔物だと!?」

何故魔物が……もしや、河をせき止めた事により水場を無くした魔物が本能でここへと行き着いたというのか?
だとするとまずいかもしれん。人間ならともかく、魔物だと結果がどうなるかわからん!!

「直ぐに屋敷の全兵士をダムの水門地へと急がせよ!! 可能ならばその魔物をその場で今すぐ討伐せよ!!」

「は、ハハァ―――!!!」

そう言うと、兵はその場から離れて行った。
そして、グラントは焦りの表情で部屋をウロウロとし始める。

「いかん、いかんぞ……このような状況など予測出来ん事だ!!」

「あ、あの……グラント様?」

「貴様はさっさと出て行け!!」

「は、はい~~~!!!」

苛立ちによってとばっちりを受けた女は慌てて服とシーツを持ったままこの部屋から出て行った。


――――――――――――――――――――

『どっせい!!』


―ドゴオォォォォォ―――――ン!!!!!―


『ふんぬらば!!!』


―ドゴオォォォォォ―――――ン!!!!!―


その頃、イビルジョーは目の前にある青緑色の金属らしき物で出来た水門に体当たりをしていた。
ここはまるで渓谷のようになっており、左右が崖の様な壁で囲まれている。
其処にポツンと佇む細いこの門をこの二人は見つけたのだ。

『こ、この野郎……固くてなかなか壊れねぇな』

『旦那……この門はどうやらオビ鉱石で出来ているようですぜ?』

『オビ鉱石?』

『人間が名付けた名前ですが……この鉱石は衝撃にめっぽう強いもんでちょっとやそっとの物じゃ割れるどころか曲がりもしねぇんスよ』

『……鉄と鋼の違いみたいな言い方だな』

現に門はちょっとだけ凹んだだけで、門そのものを壊せているという訳ではなかった。

『にゃろう。余分に頑丈に作りやがって……』

『あ、でもこの鉱石……衝撃には強いんスがその分……』


「§¶×¨´!!」

「¨×λ●◆▼Θ!!」


『……てな訳で、ここを守る奴らのお出ましってか?』

『って、呑気に言ってる場合じゃないっスよ!!』


人間達は崖の上から俺達を包囲するように現れる。
その手には何かを持ってだ。

『あれは……』

『弓矢っス!!』

目を凝らして良く見ると、それは弓矢だと分かった。
そうしている内も人間達は矢をつがえ、弓の弦をキリキリと引き始める。
準備満タンと言う所だ。

『まずいっス!! まずいっス!!』

『おいプーク!! 俺の下に隠れろ!!』

俺はプークを脚元に誘導させて隠すようにしゃがんでその場に固まる。
そして、一斉に弦が跳ねる音が聞こえて来た。矢を撃って来た証拠だ。


―タタタタタタ!!!―


『むぐぅ……』

『ひょえぇぇぇぇ―――!!!』

矢は体に当たった……だが、イビルジョーの体を怪我させるには不十分であった。
それもその筈だ……
遠い世界……この体の持ち主であったこの【モンスター】は彼らを専門的に狩る【ハンター】という存在が使う弓だからこそ、ようやく傷を付けさせる事が出来た。
それに反し、この世界で使われる弓矢の非力さはなんて脆いのだろうか……
あの一矢だけでもジャべリン程の太さと鋭さを持つ矢と違い、まるで木の枝を尖らせただけの様な短く細い矢じりを付けた物だけの矢がどうして彼を怪我させる事が出来ようか……?
答えはNoだ……

『結構……俺って丈夫なんだな』

再び起き上がってみると、背中からパラパラと矢が落ちてくる。
何とか刺さっているという感じの物があったが、体を震わせると簡単に落ちてしまった。
俺は矢を撃ってきた人間達を見据える。

『プーク、お前は直ぐに此処から離れろ……』

『は、離れろって言ってもそんなの無茶っスよ!!』

『恐らく大丈夫だ。人間達の狙いは俺だ』

小さいお前なら逃げても標的にはならんだろうしな……
未だどうこう言うプークを置いて俺はとりあえず崖の両側にタックルをかます。
激しい地震が兵達の足場を崩し、何人かがこの谷底へと落ちてくる。

『おらおら! さっきの威勢はどうしたどうした!?』

若干ハイになりがちで体当たりをどんどんかましていく。
その度に人間が面白い様にポロポロと零れるがごとく落ちていく。
しばらくすれば大半がくたばるだろう……そう考えている時であった。

『旦那―――!!!』

プークの叫び声が聞こえてくる。
その叫び声の方向に振り返る途中、何か輝くような物がこちらに向かってくるのが目に入る。
それはものすごい速度でこちらに向かって来て……


【彼の体に直撃し、爆発が渓谷を覆った……】


――――――――――――――――――――
Side:兵

「撃て―――!!!」

矢を一斉に放ち、渓谷の下にいる魔物へと放つ。
合計でも100発はありそうな数の矢が魔物へと突き刺そうとすべく、当たっていくが……

「だ、駄目です!! 全く効いていません!!」

「なんだこいつは……」

その時、崖が強烈な揺れに襲われる。
その影響故にか、崖の一部が剥がれるように落ちていく。
其処に居た兵も巻き込んでだ……

「ぎゃあぁぁぁぁ―――!!!!!」

「しゃがめ!! 出来るだけ崖の近くに寄ろうとするな!! 巻き込まれるぞ!!」

大勢居た兵士が一気に減らされてしまった。
この魔物は我々兵士の手には負えん!!

「魔導師を呼べ!! 今在る最大火力で仕留めるぞ!!」

「魔導師隊……準備完了です!!」

「よし!! 目標へ集中攻撃!! 他の者は終わった後に再び弓矢で援護しろ!!」

魔導師……言霊術を用いて魔法を使うのが主な戦闘方法の人間だ。
その威力は普通の魔導師でも剣士の戦力の十倍とも言われている。
此処にはその魔導師が五人もいるんだ……これならアイツもひとたまりは無い筈だ。

「ウナ……ラマ……クゥエマ……トゥドゥス……ウステェ!!(業火の炎よ焼き尽くせ)」

一人の魔導師の杖から巨大な火炎が生まれ、それが唸る様に伸びていく。
そして、火炎はまるで蛇のように飲み込むがごとく、魔物を覆った。
爆炎が響き渡り、暫く土煙の影響で視界を遮られる。

「やったか……?」

「いや、まだ分からないぞ……もう一度詠唱の用意を……」

そうしている内に視界が晴れて行った……すると、そこには蹲ってジッとしたままの魔物の姿があった。

「良し、効いているぞ!! このまま……」



この時……彼らは既に失敗していたのだ……

覚えているだろうか……これまで彼が感情の中で唯一つ、まだ表していなかった物を……



「待て!! 何か様子がおかしいぞ!?」

「魔物の体が……」


それは……









【憤怒】








『もうゆるさねぇ……』

この時、イビルジョーは空腹に侵されていた。
だが、それよりも自分を支配する感情が次第に我を失っていく……
血が沸騰するかのように熱く煮えたぎり、胸の奥から力が満ち溢れて行く……

それは体にも現れていた。
唯でさえ太かった胴体……特に背中回りが一段と盛り上がり、皮膚はほぼ全身が血のように真っ赤に染まり上がっていく。
それにより、体に在る物が浮かび上がって来る……傷跡だ……それも無数な……
今まで鱗や真皮で覆われていた古傷が開き始め、そこから血管内の血の色へと染め上げる。

口からは赤い電流の様な物が流れ出し、胃から気化して来た胃酸が高熱の呼吸により赤黒い物へと変化して行く。





今一度言おう……

彼らは失敗した……

【恐暴竜】の本質を目覚めさせてしまったのだから……









『野郎てめえらぶっ殺してやる―――!!!!!』《グオォォォォォォォ―――――!!!!!》







今ここに、暴君の覚醒が始まる……



[25771] 第七話:ゴーヤ洗浄中(洗いすぎてイボを取らぬようにbyイビルジョー)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/02/18 11:18
【今日の作者のモンハン】

ドボルベルグの仙骨をプリ―――――――――ズ!!!!!
頼む!! 出てくれ!! もう38匹も捕まえてるのに一向に出ないのはナジェナンデェスカァァァァ―――――!!!!!
もはや呪いの域に達してるとしか言えん……









「撃て―――!!! 撃て―――!!!」

兵の隊長らしき人物が必死に何かを叫んでいる。
その声に従って魔導師達は呪文を詠唱し始めるが、それよりも一歩早く‘そいつ’は行動した。
普段より一回り太く固くなった脚でしゃがみ、メキメキと骨が軋むような音が響く。
そして、人間達はとんでもない物を見る……飛んだのだ。
それもただ飛んだ訳ではない……渓谷の高さとほぼ同時にまで飛び上がって来たのだ。
あの巨体が此処まで跳ねあがるとは予測していなかった人間達は動揺を隠せず、そのままこちらに近づいてくる影の正体を眺めるように呆然としていた。

「に、逃げろおぉぉぉぉ―――!!!!!」

誰かがそう叫ぶ……だがもう遅い。
このままイビルジョーはその巨大な体格を崖にぶつけるように頭を崖の上に乗り上げたのだ。
すさまじい衝撃が渓谷の片側を襲い始める。

「落とせ!! 上がられたら命は無いぞ!!」

彼らは本能で悟った。
このままこの魔物を上陸させたら自分達の命は無いと……
死と恐怖の隣合わせの中、詠唱し続けた魔導師は杖に集中させた魔力を形にして放とうとして……

『フンッ―――!!』

顔を横向けにしたまま口を開けたイビルジョーに捕まえられ、そのまま噛みつかれてイビルジョーの元へと引き摺られていく。

「ア"ァ"―――あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"―――――!!!!!」

バキバキと此方からでも骨が砕かれ、肉が引き裂かれる音が響き、その度に血が噴水のように地面に滴り落ちる。
その光景に彼らは闘うという意思を完全に無くした……

「ひ……ひぃぃぃぃ―――!!! こんな化け物敵う筈がねぇぇぇ―――!!!!!」

次々と残っていた兵士や魔導師達がこの場から去ろうとしていた。
だが、イビルジョーは彼らを逃がすつもりは微塵もなかった。

胸に秘めた力を口腔へと移動させ、自分の顎が破裂寸前にまで貯め続ける。
そしてそれは気化した胃液と高熱の吐息と混じり始め、紫電を発して赤黒く変化し始める。
それをイビルジョーは未だ逃げ続ける兵士達に向かい……

【一気に放出した……】

それは、単なるこの世界に生息する竜の吐くブレスとは異なったすざまじいの一言に表せきれない物であった。
この世界の竜のブレスと言えば……炎、氷、風といった物が主流だが、この竜のブレスはそんなチャチな物ではない……

その息に触れた鎧は煙を上げて溶解し、触れた皮膚は炭化を待たずして気化し始め、触れた骨は少々形が崩れつつも人間の体の構造の形として残りながら溶け、触れた木々は茶色く変色した後に液と化して消えていく。
この時、腕利きの冒険者がこの光景を見ていたのならこう思っていただろう……

【この竜には絶対に勝てない】と……

「退け―――!!! 退けぇぇぇぇ―――!!!」

運よくブレスの射線上から逃れていた兵士達の中に居た隊長が必死に退却の命令を出し続ける。
だが、その命令を待たずして兵士たちは一斉に森の奥地へと逃げていく。

「森だ!! 森に逃げ込んで撹乱させろ!!!」

まだ崖に登れ切れていないイビルジョーを背中越しに見ながら隊長は全員を森へ逃げるよう指示を出す。
その間、確実だがイビルジョーは崖を登り始めていた。
足に付くまるで鋭い刃物のような爪はピッケルのような役目を果たし、岩壁を引っ掻くような音を響かせながら一歩一歩と足を上へ持っていく。
そして、遂に全身がこの渓谷の陸へと乗り上がった……

未だ興奮状態のイビルジョ―は獲物を狙うべく、“餌”が逃げ込んだ森へと駆け出し始める。
普通は樹木の枝や木々を避けたり追って進む様にしていたイビルジョーだが……
【暴君】の前にはそれは障害物というよりも道端に転がるような石の様な認識であった。

「だめだ―――!!! 追い付かれる!!!」

「ぎゃあぁぁぁぁ―――!!!!!」

木々はスピードを落とさず走って来たイビルジョの脚や体で折られたり、根を掘り返されるようにして傾かされたりと彼の進行を確保するように退かされていく。
その都度にまた一人、また一人と兵士が彼の“餌”と変わり果てて行った……

逃げる……

喰われる……

逃げる……

喰われる……

何度この行動が繰り返されただろうか……ついには叫び声が聞こえなくなっていた。
もはや、彼らはもう……


――――――――――――――――――――
Side:グラント

「馬鹿な、そんな馬鹿な……」

グラントは兵達の報告を受けて予想外の事態に陥っている事に絶望していた。
あの魔物による想定外の被害にアタフタとしていた。

「グラント様……もはや、一刻を争います。すぐさま帝都に事の成り行きを報告して討伐隊を編成してもらう「馬鹿者!! そんな事をすればこの私の立場がどうなるか分かっているのか!?」……」

未だ、グラントは自分の保身を第一と考える。
それはそうだ……このような被害を起こした魔物が出現すること自体、大変だというのにそれが被害を被った事となればこの土地に関しての様々な調査の手が入る事になるのだ。
そうなると、自分のしてきた“汚職”が判明し……良くても自分の地位を剥奪されてしまう。

「……あなたは、何時もそうだ……」

「……なんだと?」

この時、この場に居た兵は苛立ちを隠せずにいた。
実は、彼もブェルタの土地で生まれた人間なのだ。己が甘い蜜を吸う為に嫌々ながらもこの男の元に付き、他の者達より楽な生活を望んできた。
だが、そこには彼は少なからず後悔していた。
他の苦しんでいる人達に比べ、自分はなんて愚か者だろうと……
だが、それに対しこの男は……

「もう貴方の……いや、貴様の命令なんて聞く物か!! 大体今回の件は貴様が己の私利私欲の為に行った事が原因だろ!!」

「き、貴様!! この私に向かってそんな口答えを……ッ!?」

「知るか!! 俺はダムの水門を意地でも開ける!! それが一番の解決法だ」

「何!! そんな事をすれば貴様!! ま、待て!!」

「退け……!!」

兵士は掴みかかるグラントを強引に引きはがし、この部屋へ出ていこうとする。
暫く呆然としたグラントは次第に口元を緩めて行く。

「く、くく……くはははは!!! 馬鹿が!! その水門を開くにはその為の鍵が必要なのだよ!! それに、人一人の力であの大きな水門が開くと思っているのかね?」

「…………ッ!?」

取っ手に手を掛けた兵士はその言葉に歩みを止め、グラントの方へと再び向かって行った。
そして、胸倉を掴んで叫ぶ。

「だったらその鍵は何処だ!!」

「んー……さあどこだったかな?」

グラントはわざとらしくその質問を逸らすように返事した。
その様子に兵士は怒りを次第に爆発させ始める。
右手を振りかぶり、意地でも吐かせようとした時、扉が勢いよく開く。

「グ……グラント様―――!!!!!」

「…………ッ!!」

「ふん……何用だ!!」

突然のことで兵士はすぐさまグラントの胸倉の服を離して退き、グラントは立ちあがって何もなかったかのようにやって来た兵士に用を訪ねた。

「す……水門が……」

「水門がどうかした……」


次に叫んだその一言が自体を進展させる……




「たった今、水門が破られましたあぁぁぁぁ―――――!!!!!」




――――――――――――――――――――
[その五分前]

『フゥ―――フゥ―――!!!!!』

『だ……だ・ん・な……?』

『チカヅクナ……ソウスルトオマエノイノチ……ナイゾ?』

『あ……ぅぁ……』

やばい、血が火照り過ぎて興奮が収まらん……
先ほどまで【食事】を終え、再びこの水門のある渓谷の下へと戻って来たイビルジョーは門の破壊へと再リトライしていたのだ。
それを出来るだけ遠くで窺うプークは恐怖で体をカチカチと震わせながらイビルジョーの様子を心配する。

なるほど、【空腹】と【怒り】の状態は色々と違う訳か……
【空腹】では意識が半ばなくなり、欲を満たす為に食糧に当たる物を見境なく喰らう様になるが……【怒り】は意識は通常よりもやや落ちるがしっかりとしており、食欲というより≪破壊衝動≫に駆られる感じだ。
まるで癇癪を起こした子供のようだとジョーは思った。

今は空腹は満たされ、意識はほぼ正常となってはいるが、怒りはまだ解かれていない……
この破壊衝動をどうにかしないと……くっ、意外とキツイ。

『だったら、破壊するまでだ……』

今なら、出来なかった事ができそうだ……
そんな訳で、俺は胸に秘められた莫大な力をありったけ引き出し、口腔に再び溜める。
初めて撃った時と同じような赤黒い息吹がユラユラと口から漏れ始め、限界まで溜まったところをまるで弓が引き絞れた時をイメージし……

【目の前の水門に思いっきり放つ】


『うおぉぉぉぉぉ―――――!!!!!』


赤黒い炎のような……はたまた霧のようなブレスが一筋の軌道を以て水門へと伸びて行く。
それは水門に勢いよく当たると、まるで熱した油に水を入れた様な音をジュワジュワと響かせ、煙を上げていく。
溶けた溶液が此方に流れてくるが、自分の一部である物が体に触れているような物なのでイビルジョーは大丈夫だ。
だが……

『うあちっちっち!!! 溶ける!! 溶けるっス!!!』

更に後ろ側まで流れて来た時にプークの方まで行ったらしく、それが足に少し付いたプークは若干酸性度が下がった溶液で前足を片方溶かしながら谷の盛り上がった場所に上って何とか難を逃れる。
多少火傷をした様な傷を負ったが、それでも危険なのは変わりなかった。
そして、ブレスはどんどんと水門を溶解させ、イビルジョーが全てを吐き終わった頃には……


―ゴポッゴポッ―


水門が溶けた穴から水をホースで噴射されるように勢いよく漏れていた。

『よっしゃ!! 上手く行ったぜ!!』

『ほ、ホントに壊したっス……』

イビルジョーは結果に喜び、プークはその結果に驚いていた。
渓谷のもう片方には生き残っていた兵達の何人かが窺っているが、誰もちょっかいは出しはしなかった。
それもその筈だ……先ほどまで仲間をほぼ不死身の状態で虐殺して行った魔物にこんな自分達が何をすれば良いというのだろうか?
答えは無しである。


―ビキッ……ビキビキ……―

『んっ……?』

ふとそんな時、イビルジョーは妙な音が出ている事に気が付いた。
その音元と言うと、あの水門であった。
なんと、あの水門がひび割れ始めて来ているのだ……

『あ、旦那。言い忘れてたっスけど、オビ鉱石は元々の熱が低いからある程度熱してしまうと元の温度に戻ろうとする影響でひび割れやすくなっちまう脆い鉱石でもあるんスよ』

『そうなのか……』

プークからのオビ鉱石の説明を聞いている間にも水門は更に亀裂を入れていく。
今度は一つだけではなく、何か所からも水漏れが発生して行く。

『いやー良かったっス。これでオイラ達も水を遠くまで探しに行かなくても済むようになるっス』

『へー……ちょっと待てよ?』

この時、イビルジョーはある事に気付いた。

『そういやさ、俺達此処まで来るまで結構な距離歩いてきたよな? こんな深い渓谷を』

『それがどうかしたんスか?』

『いやさ……この渓谷の高さは河の元の深さなんだよな……そしてそれが今戻ろうとしているってことだよな?』

『そう言われてみればそうっスね……』

『ってことは……』


―ビキビキビキビキ!!!―


イビルジョーはこの時分かってしまった……
分かりたくない事だが分かってしまった……
そして、それが分かった今、自分がする事は……







『走れえぇぇぇぇ――――――――――!!!!!』







そう叫ぶ事だった……




『え……どういう事っスか?』

『馬鹿、考えてみろ!! おれでさえスッポリと被う深さの河が一気に元の流れに戻ろうとしてんだぞ!! その流れる場所に居る俺達がこんな場所にいて無事だと思うか!?』

『…………ぎゃあぁぁぁぁ!!!!!』

『走れ走れ!!!!! 死にたくなきゃ走れえぇぇぇ―――!!!!!』

此処で例を述べよう。
手で仰いで当たる空気など微々たるような感触だが、風船のような密封された所から一気に放出された空気に当たると衝撃で痛みを伴う事もある。
では、そんな力の関係が何千、何万の倍もあるダムが壊れるとなると……どれ程の力となるか想像できるだろうか。

そして、その十秒後であった……






ーバキャッ!!!―







【最後の生命線が遂に破壊された】







其処からは荒れ狂う怒涛の河の流れが奔り続けるイビルジョーとプークの後ろから迫り始める。
二匹は必死でその流れから逃れようと必死に走るが……


イビルジョ―……時速40キロ

プーク……時速46キロ

河の流れ……時速70キロ


圧倒的な速度の前に彼らは呑まれていったのであった……


『がぼがぼがぼがぼ―――!!!!!』

『あぶぶぶぶぶ―――!!!!!』


激しい水流に揉みくちゃにされながらも彼らは流されていく。
しかし、そんな影響を受けているのは彼らだけではなかった。
実は、屋敷内の水門にも……


―――――――――――――――――――――

「だ、駄目です!! 予想以上の水圧によりこちらに逆流します!!」

「防御弁、作動しません!!」

「うわあぁぁぁ―――!!!!」

それはもう酷い惨事であった……
逆流してきた水によって彼方此方が浸水に侵され、屋敷は殆どが水びたしとなってしまっていたのであった。

「あぁぁ……私の屋敷が……家具が……絵画が……」

「…………」

それを二階の方から一階の様子を眺めていたグラントは頭を抱えて憔悴しきった顔で呆然としていた。
その傍に居たあの兵はその姿を何も言わずに唯ジッと見つめていたのであった……



そして、あの流れた水は……


「み、水だ!!」

「水が流れて来たぞ!!」

「あぁ、私は今、奇跡を見ているのかしら……」

当然、ヴェルタの街の用水路にも回って来ていた。
勢いが激しかったためか、用水路に収まりきらず、ヴェルタの街路を水浸しにしていたが、数年も枯れ果てていたこの地にとって、その出来事は感動物であった。
街じゅうが突如としてやってきた水に大賑わいを起こしていた。
用水路に集まって水を汲もうと集中する人々。
地面に溢れた水を直接掬って水を手で飲もうとする者。
様々な人間がここヴェルタで溢れかえっていた。

「…………」

「ラト、どうしたんだい?」

「あ……うん、驚いちゃって……父さん」

「ハハハ、“あの時”取って来た水が無駄になってしまったと思っているんだろ?」

「…………」

「そんな事は無い。お前のお陰で友達は助かったんだ……この日が来ようと来まいがお前のやった事は立派な事だ。それだけは言える」

「うん……」

「きっと、お前の行動を見てくれた女神様が奇跡を起こして下すったのかのしれん……」


少年:ラトは言わない。
この奇跡の本当の元が何であるか推定していたことを……
左手に爪痕のついた取っ手がある汲み桶を持ちながら、今はこの光景を眺めていたのであった……



[25771] 第八話:遺跡探検ゴーヤ隊(目指すはインカ帝国!!byイビルジョー)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/02/22 00:04
【今日のモンハン】

アルバトリオンがスネ夫だとかなんか言われている事に不思議に思っていた。
だが、色々と調べてみると……納得できなかった自分がなぜか恥ずかしく思えた。






『ハニー……あの時の不甲斐ない僕を許してくれ』

『いいのよダーリン、あんなのを見てしまったら誰だって逃げてしまうもの。こうして再び生きて出会えた事がなにより一番だわ』

嘗て、出会ったあの灰色の毛並みを持つ魔物:ベアードが河原を歩きながらお互いで和解をしていた。
あんな物(第三話参照……)を見た後のオスの方の行動について、色々と揉めていたが、今は再び関係を取り戻しているという事だ。
静かに流れる河の音が彼らを見守り続けている。

『……ハニー、大事な話があるんだ』

『あら、どうしたの?』

『こんな時にこう言うのは不謹慎かもしれない……僕はハッキリ言って情けないベアードと思われてもしかない……だけど、君を愛すこの心だけは誰にも負けない』

『ハニー……』

オスの方は真剣な表情で改まってメスの方へ向きあう。
その様子をメスは恍惚な表情で見つめる。
そして、意を決したかのように目を大きく開いてオスはこう言う。



『こんな僕でよければ……君を僕の妻とする権利をくれないか?』

『…………ッ!?』

『今度こそは見捨てたりしない。その言葉を信じてくれるのなら……』

『ダーリン!!!』



メスのベアードは嬉しさのあまり、オスのベアードに強く寄り添う。
慌てながらも、オスのベアードはその感触を強く受け止めてやった。
二人とも幸せ絶頂のただ中である。体を摺り寄せあったり、鼻同士で小突きあったりと愛の表現を何度も行った。


このままエンダアァァァァなムードに入るかと思われた時にて……




『ぶぼあぁぁぁっはあぁぁぁぁ―――――!!!!!』



―ザパアァァァァン!!!!!―



傍の河から突如として巨大な暗緑色の竜の魔物が現れたのであった……
そう、毎度おなじみ我らが【ジョーさん】であった……
あの後、彼はダムの鉄砲水によって上流から下流へと流されて行く間、暫く意識を失っていったのだが、酸欠による体の悲鳴により突如として再び意識を覚醒させ、今ここで浮上した所なのだ。
どこかデジャウな状況に“何らかの力”によって又しても陥ったという訳であった。

『ふぎゃあぁぁぁぁ―――――!!!!!』

『ひいぃぃぃぃ―――――!!!!!』

悪夢再びな状況に、二匹は今まで以上に大きく叫んだ。
その場で体を震わせて硬直し、イビルジョーの様子を見るかのように突っ立っていた。

『がほっ!! ごばっ!! げぼっ!!』

だが、イビルジョーは無意識の内に飲んでいた水が気管の方に入ったらしく、噎せて呼吸を荒くしていた。
余分に体に入った水が口からブシャッとポンプで水抜きするかのように吐き出されていく。
目に沁みる水が視界を未だ奪っており、前後左右の状況が分からずにいた。

『こ、今度は逃げたりするもんか!! ぜ……絶対!!』

『逃げましょダーリン!! 早くしないと!!』

何やら声が聞こえる……何処かで聞いた様な声だが、視界が奪われている以上、十分な判断が間に合わない。
先ずは己の状態をどうにかしなければ……そう考えて、イビルジョーは体を左右に勢い良く振って水を振り落とそうとした。
しかし良く考えてみよう。
こんな巨躯な体が激しく暴れて安全と言えるものだろうか?

『ぎゃあぁぁぁ!!!!! ぶつかる!! 死ぬ!!』

『もう許してえぇぇぇ―――!!!!!』

不幸にも、あのベアードの二匹のほぼ頭上でその行動が行われていた。
二匹は荒ぶるこの竜の攻撃から逃れるべく、体を小さく屈める。
その声に気が付いたイビルジョーもその危険を避けるべくして顔を後ろに向ける。

『ごぶっ……ぶぁ!?』

『ダーリン!!』

だが、又しても失敗した。
彼は自分に尻尾が付いている事までも考慮していなかったのだった。
その為、顔より低い位置にあった尻尾による薙ぎは見事、オスのベアードの頭にクリーンヒットした。
鉄のように堅く、しなやかな尾が彼の脳を揺らし、そのまま河原へと横に倒れ込んだ。

『けほっ……あれ?』

そして、ようやく回復した後の彼の視界に映ったのは……
泡を吹いて見事に痙攣して失神を起こしているオスのベアードとそれに泣いて縋りついているメスのベアードであった。

『ダーリン!! ダーリン!! 私を置いて行っちゃいやあぁぁぁ~~~!!!』

もしかして、俺はまたなんかやらかしてしまったのかと罪悪感たっぷりな感情に襲われた。
そして、良く見るとこの二匹はあの洞窟に入る前に出会ったあの熊の魔物である。
そのことに気付くと、かなり気まずい感じとなる。

『…………』




とりあえず、こういった場合に自分がやる事と言えば……




『逃げる!!』



思い切ってこの場から逃げる事であった。
実質、前世の裏世界では上司に従っていた頃はドンパチやらかす前にアリバイを上手く作って難を逃れた経験もある。
だが、敢えて言おう……


―――汚いなさすがゴーヤきたない!!―――


イビルジョーは何も聞こえていないふりをしてすぐさまこの場へと立ち去って行ったのであった。


――――――――――――――――――――
そして、10分ほど走ったところだろうか……ようやくプークが居ない事にふと気が付いた。
そう言えば、一緒に流されてからは意識を失うまで姿を覚えていたのだが……
何処か別の所にまで流されてしまったのか?
さっきの目覚めた河は浅瀬になりつつあったから流れは緩やかだったが……飽くまで俺は重いから留まっていられた。
だが、プークはかなり小さい方に分類される。
結構、遠くにまで流されたのだろうか?

『……探すしかないか』

アイツとは脅しで道案内させた仲だ……あのダムの水門まで案内してくれればそれで終わりだったんだが、結局最後まであのまま留まっていたんだよな。
この場合は責任を負わなければいけない……アイツを元の住処の場所にまで戻すまで一緒に同行しないとな。
……だが、俺が一緒に居るとプークの命の尊重が危うくなりかねんが……
こりゃ困った……

『はぐっ……葡萄みたいな味の実だ』

それに、腹が減って来た。
【先ほど】出来るだけ早く走って此処まで来たから体力が少し減り過ぎたか……
実のっている木の実でなんとか飢えを凌いではいるが、何か大きな食糧はないだろうか?

『おっ……?』

そんな時、森を抜けていくと何やら古めかしい建物が現れた。
それは石造りで出来ており、所々に蔦が捲きつかれている。
何処かの遺跡の様だな……

『こんなところがあるとはな……』

俺はその情景に見惚れながら、その遺跡の中に入ってみる。
先ずは門の役目をする様な建物を潜り、奥へと進んでいくと様々な石造りの建物が所々と建てられていた。
まるでアンコールワットだな……

『ふむふむ……これまで最近で人が住んでいたような形跡は見られないか……かなり古い様だな』

石の汚れやひび割れの状態を見て、独自にこの場所についての簡単な調査を終える。
まぁ、人間が居たら結構不味い事になりそうだからな。

『だが……』


―ギャギャギャ!!!―


『【コイツ等】の住処にはなっているようだがな……』


そう呟くと、遺跡の建物中から飛び出してくる……その正体は魔物だ。
その姿は大きなエリマキトカゲと言ったところだ……
全長は約1mあるかないか……そんなのが数十匹一斉に現れたのだ。

『ここ、俺達の縄張り!!』

『出てけ!! じゃなければお前喰う!!』

『余所者は出てけ!!』

それぞれが威嚇をしながらそう言い放つ。
ふん、歓迎されてない事は最初から良く分かっているさ……だがな……

『俺を【喰う】だと……? ほほぅ、面白い事をいうじゃないか?』

そう簡単に舐められちゃこっちのメンツは保てやしねぇんだよ……

『決まった……今日の昼食は≪トカゲの肉≫だ……』


それでは……


『イタダキマス……』


そう言い放った後、イビルジョーは走りだす。
それに伴い、周りの魔物も一斉にイビルジョーに向かい始める。
彼は大きな口を開けて、眼前を飛びかかって来た数匹をまず食らいつく。
だが、その間に所々の体に魔物達が張り付いて、噛みついたり引っ掻いたりと攻撃してくる。

しかし、それがどうした?
この体は人間の矢をも弾き、炎の魔法にさえ耐えきった鋼の如く皮膚を持つ体……
貴様らのその貧弱な牙と爪で俺を傷付けようなんざ浅はかな事だ!

現に、全くひるまずにイビルジョーは一匹、また二匹と喰らい、腹を満たしていく。
もはやこれは闘いではなかった……虐殺でもあり……彼の【食事】であった。
一方的な暴力に為すすべがないまま、イビルジョーの一方的な攻撃は続く。

だが、次第にふとした違和感に気付く……

『……揺れ?』

ズシン……ズシンと遠くからゆっくりした間隔で地面が揺れ始める。
何かが近付いている……そう考えると同時に自分の周りもおかしい事に気が付いた。
魔物達がイビルジョーから遠さがって行っているのだ……いや、正確には≪この場≫から遠さがろうとしている。

『守護者、来た!!』

『此処守る、俺達危ない!!』

『逃げろ!! 見つかるな!!』

口々に慌てた口調で話し合っていた。
その意味がどういう事か分からないでいた時……足音はもうすぐ近くに来ていた。


―ズシン―――!!!!!―


それは、巨大な岩でできた≪人間≫であった……
巨大な岩の体が此方へと向かってくる。ゆっくりとだが、一歩づつ確実に……
後ろを一度、振り替えてみると、魔物達は何処かへと去っていく。
何匹かが遺跡の建物の中へと隠れて行くのが分かる。
そして、視線を元に戻そうとした時……


―ブォン!!!―


その時であった……


『グゥゥッ―――!?』


体に重い衝撃が襲う……それになんとか耐えた後、その衝撃の正体を見てみると、それは大きな岩であった。
慌ててあの岩の≪人間≫に視線を向けてみると、そこには手の一部を無くして何かを【投げた】姿勢をしていた。
そして、頭の部分から見える光の玉のような目の部分が一度強く光ったと思ったら、先ほどまで欠けていた手の部分が元に戻ったのだ!
それと同時に自分にぶつかった岩は砂と化してサラサラと何処かへ散って行った。




『シンニュウシャ……ハイジョ……スル……』




こりゃまずい……
さながら、この岩人形はこの遺跡の守護者ってところだろうか……





……ちくしょう、やってやるぜこんちくしょう!!



[25771] 第九話:ゴーヤ流格闘術講座(奥義!! チャンプルキック!!byイビルジョー)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/05/25 21:32
【今日の作者の呟き】

久しぶりに自転車で遠出をした時、ブレーキが効きすぎて自転車が自分ごと縦に回転した。
とっさの判断でサドルから飛び上がってハンドル部分でローリングして先に着地し、背中で回すように元の位置に戻そうとした……
成功はした……だが、そこで男の勲章をサドルで強打した。    (::..`;;゚;ж;゚;∵:.).;:.;:
暫く自転車にはもう乗るまい……









とある遺跡の広場にて、両者ともにらみ合った状態で沈着状態となりつつあるイビルジョーと謎の岩人形が居る。
これはこう言うか……ゴーレムと言えばいいのか?
とにかく、最初の一撃で無闇に近づく訳にはいかないと体で知っている。
あんな物を何個も投げられては流石の俺も身が持たん。

『どうした……来いよ?』

言葉が伝わっているかどうかは知らんが、挑発を掛けてみる。
それが伝わったのかどうか定かではないが、眼らしき場所の光の玉が再び光り、動き始める。
ズシン、ズシンと遅い方の走り方だが、その巨躯の体で此方へと突っ込んできている。
それを見切り、横に跳んで突進を避ける。

『あぶね~あぶね~……』

直線的な突進は後ろにあった遺跡の一部へと突っ込み、土煙を上げて崩壊する。
めり込んだ体をゆっくりと引きぬき、再び光る眼を此方へと向けてくる。

『どうやら、他の事を考える様な思考を持ってはなさそうだな……』

こいつは俺を排除するために全力で向かい続けるだろう。
ならば、此処で破壊するまでだ!!

『ならば、今度はこっちからだ!!』

次の先手をイビルジョーは取り、ゴーレムに向かって走り出す。
それを見たゴーレムは腕を構え始める。おそらく、向かい打とうと考えているんだろう。
そう考えていると、今度は左腕をこちらに向かって突きだし始める。
あの構えはもしかすると……

そう思った時には少し遅かった。
手の部分に当たる大きな岩がロケットのように発射され、俺に向かって飛んでくる。
いきなりの事で判断が遅れたが、咄嗟に体を捻って直撃を避けるが、左頭部に掠って少々痛みを感じる。
なんとか避けれたと思ったが、何とゴーレムは次の間を待たずに右手の方の岩まで飛ばして来たのだ。
今度ばかりは避けられずに横腹に直撃して大きく体が揺れ出す。

『ぐうぅぅっ―――!!!』

片足が浮くほどの衝撃が体に襲ったが、倒れる訳にもいかず、なんとか耐えて、浮いた左足を思いっきり踏み込む感じで地面に戻す。

『まずい……こいつ……結構強い』

動きが遅いからと油断しすぎた……力は俺よりすこし弱いがダメージを与えられる程の代物だ。
そう何回も喰らっている訳にはいかないな……今度からは本気で行かせてもらう。

イビルジョーは遠距離攻撃の対策として、目標に向かいながら横に少しずつ跳ねて狙い撃ちを防ぐように今度は動く。
ゴーレムは修復し治った手を投げようとするが、目標が不規則に動く為に標準が付けられず、迷っていた。
しかも、関節部分の関係によってか、一々腕を動かすにも遅くて更に目標を外してしまうのだ。

『もらった!!!』

大分近付いたイビルジョーはゴーレムの死角を取って、そのまま大きく跳躍して脚を大きく振り下ろした。
強力な脚力がゴーレムの右肩に当たり、そこを粉々に砕くと共に倒れ込む。
あの動きだ……起き上がることも容易ではない筈……

『ならば、徹底的に潰すだけ!!』

倒れ込んだゴーレムに追い打ちを掛けるがごとく、ゴーレムの上に乗りかかり、胴体部分を何度も踏み蹴って破壊して行く。
脚が砕け、左腕が砕け……そしてついにはまともに残っているのは胸から頭だけとなった。
ギギギと音を上げ、まるで睨みつけるかのように此方を光る眼で見てくるが、イビルジョーはこれ以上は無意味だと考え、ゴーレムから離れた。

『これでもう……』


―ボコッボコッ!!!―


だが、覚えているだろうか? このゴーレムは先ほどまで手の部分を【修復】することもできていたのだ……
ならば、そんなゴーレムは粉々にするだけで終わりになるとお思いだろうか?


『まじかよ……』

しばらく様子を見ていたイビルジョーの目の前には、地面から土を吸い取るかのように体に纏い、砕けた部分を集めて元の体に戻ろうとするゴーレムの姿があった。
そして、全てが治った後、土色が次第に変色し、同じ岩の色へと変化して行った。
どうやら土から岩に変えて治す事ができたりもするようだ。

『くっ……このままじゃキリがねぇ……!?』

そうしてる間にもゴーレムはゆっくりと起き上がり、再びイビルジョーを見据える形となる。
仕切り直しと言う訳か……こんちくしょう……

『だったら、あのブレスで!!』

そうだ、あの強力な強酸のブレスならば跡形もなく消滅させられるかもしれない!
そう考えてブレスを出そうとしたが……

『って、ブレスはどうやって出しゃいいんだよ!?』

あの時、怒りのままに力を込めて出したが、肝心の出し方が良く分かっていなかった。
イビルジョーを知る者ならば分かるだろうが、そもそもあのブレスはイビルジョーが憤怒の感情に呼応して活性化した胸に秘める宝玉と呼ばれる物が生み出す力によって成し得る技なのだ。
それを知らない彼には怒りを感じない限り、ブレスを吐けないと気が付いていなかったのだ。
普通に吐いても、それはただの高熱の吐息と唾液が精々のところだろう……

『しかたねぇ、一先ずブレスは保留だ……』

今の状況で無い物をねだっていては仕方がない……そう考えたイビルジョーは別の対策を考える事にした。
ならば、ゴーレムという物体についての伝承を元の世界の知識から知り得るだけ引き出してみる。


≪ゴーレム≫
ユダヤ教の伝承に存在する架空の怪物であり、ヘブライ語で「胎児」を意味する。
創造者の命令に忠実に従うロボットのような存在であり、奴隷の代わりとして使われていた伝承がある。
主に土をこねて作られる人形で、作る際には儀式を行い、最後に額に emeth(真理)と書かれた羊皮紙を人形に貼り付けることで完成する。
そして、活動を停止させるには、額に書かれている emeth の頭文字「e」を消せばよいとされている。また、methは「死」を意味する……
別の地域では羊皮紙ではなく、核……言わば心臓となる念の籠った物を埋め込み、土に直接emethと刻んで作られる物だと言われているが……


『この記憶通りだとすれば……アイツの弱点は……』

止まっている暇は無い。またしても、ゴーレムは突っ込んで来ている……
アイツは岩でできた体を持つ……俺の怪力で難なく壊せる事は出来るが、それだけじゃだめだ。
あまり隙を作らずに一発で予想した通りの弱点を狙うには……

『…………』

しばらく、この竜となってからは人間としての動きを忘れていたが……今一度、やってみるか……
俺は若い頃、強くなりたいという一心で我武者羅に体を鍛えてきた。
そして、近くのジムで当時は親戚の家で邪魔者ながらも厄介となっていた俺は其処に通いはしなかったが、中で練習していた人間の動きを日々見て覚え、それを別の広場で練習していたものだ……
その技が、後々として暴力で解決したりもする裏世界で役に立っていたがな……
俺にとっては別に思い入れも何もないが、使わせてもらうぜ……


腰を低くさげ、中段半身の姿勢を取り、手を構える……
今にもゴーレムは激突しそうな距離へと近付いて行く……
俺はその動きを冷静に見続け、体に力を貯め続ける……
そして、ついに突進が当たるかと思われた瞬間……


―俺は飛んだ―


また同じ行動をするかと思われたが正確には違う……なんと、イビルジョーは腕をゴーレムの後頭部に掴み、しっかりと固定してそして……


―強烈な飛び膝蹴りをゴーレムの顔面に喰らわせたのだ―


彼が覚えたこの技はムエタイ……首相撲(プラム)による膝蹴り(ティー・カウ)である……
強烈な膝蹴りはゴーレムの【光の眼】を粉々に砕き尽くす。
だが、ここでちょっと失敗した……ゴーレムは人間ではない。
人間では倒れ込んだり怯む事が確実な技ではあるが、痛覚の無いこの岩人形が喰らってもそんな事はない……
そのままイビルジョーを頭に乗せたまま、強烈な突進を後ろにあった木にイビルジョーと自分ごと突っ込んで行った。

『ゴッ! ガハッ!グボボボッ!!!』

強烈な痛みが背中に伝わって来る。力のベクトルはただの木では到底止まる事は許されず、どんどんバキバキと木をへし折っていく。
だが、次第に勢いが弱まっていく。
約八本目の木に当たろうとするときには、勢いで木を折る事が出来ないほどになっており、遂にはドシーン!と強く地面に倒れ込んだ。
あの眼の所からバチッ……バチッとこのゴーレムのエネルギーらしき物が放出していく。
どうやら賭けは当たったようだ……ここがゴーレムの動力部だった訳だ。

『はぁ……はぁ……ここまでダメージを感じるとは……強敵だったぜ』

大分苦戦した……腹が減ったからちょうど傍の木から生えてた木の実をもぎ取り、少し腹の足しにしておく。
所々、まるで大きなハンマーに殴られた様な痛みが悲鳴を上げるが、激しく動く事に支障はきたさない。
しばらく、食事をした後、再び遺跡の広場へと戻る。

『見事にめちゃくちゃだな……』

先ほどまでの闘いの後がはっきりと残っていた……
一部の遺跡は破壊され、石で舗装された道は所々荒れている。
そういや、あのゴーレム……初めに俺を見て言った言葉からによると、此処を荒らそうとする侵入者を排除するためだけに動いたんだよな……
だとすると、悪いのは一方的に俺だろうな……俺が勝手にこの遺跡に入ったのが原因だからな……

『……悪かったな』

先ほどのゴーレムが眠るであろう場所に顔を向けてそう呟く。
そんなしみじみしている時であった……




【シンニュウシャ……ハイジョ……】

【シンニュウシャ……ハイジョ……】

【シンニュウシャ……ハイジョ……】

【シンニュウシャ……ハイジョ……】



な~にやら嫌な声が後ろから聞こえてくるんだが……それもたくさん……
ドシン……ドシン……と此方に近付いてくるのが嫌でも聞こえてくる。
俺はブリキ人形のような動きで首を後ろへと向ける。

そこには……『四つの光る眼』が俺をジッと見据えていた。

……すまん、先ほどの強敵(とも)よ……今さっき言った言葉を取り消しさせてもらいたい……

そうしている内にもゴーレムは此方へと走って来る。

『冗談じゃねぇぇぇぇ―――!!!!!』

流石の俺もこれには敵わないと判断し、ドップラー効果を残しながらその場へと去って行った。
方向からして、そこは遺跡のさらに奥深くであったが……


――――――――――――――――――――

どれ程走っただろうか……ようやくあのゴーレム達をまいた俺はどこか遺跡の一つの中へと身を潜めていた。
しかしでかいな……この俺でも楽に入る事ができるなんて。
これ程の建物を建てれるとは、昔はかなり発達した文明だったんだろうな……

この遺跡の文明人達に関心を持っていた所、ふとある場所に目が入った。
そこは遺跡の天井から割れた部分から光が漏れて来ているのだが、そこの地面に花が咲いていたのだ。
形はどこか元の世界の花に似ているが、葉は濃い翠色をして、花弁は青白い物であった。
だが、それだけでは気に止めはしなかったのだが……

『……水?』

なんと、その花は花弁から水が滴り落ちていたのだ。
おかしいな……この世界で降るかどうかはしらないが、最近で雨が降った様子はない……それに、河は此処から結構遠い場所にある筈だが……
どう考えても、他にここで水がある要因が見つからない。
となると、この花に水が付いているというのは……



『……だれ?』

『……ッ!?』


そんな時だった。ふと、何処からか声が聞こえて来たのだ。
驚きながら俺はその声の主の方に顔を向けてみる。
するとそこには……

『……ゴーレム!?』

あのゴーレムが入口近くに立っていたのだ。
だが、今まで会っていたのと何処か違う……高さはあのゴーレム達と比べて半分くらいだし、俺を襲おうとする素振りは見られない。
こいつは違うのか……?

『そこ、ぼくのたいせつなばしょ……』

『へっ……? あぁ、その、すまん……』

ゴーレムは静かにそう言ってきたが、俺はそう言われるとは考えられていなかったので少しキョトンとした。
その間に、その小さなゴーレムはこちらに近づいてくる。
そして、あの花がある場所に寄ると、何かをし始める。
何をしているのかと横から見てみると、そのゴーレムはなんと、花の周りに生えていた雑草を取っていたのだ。

『この花は……お前が育てていたのか?』

『……うん』

なるほど、合点がいったな……これで謎は解けたという訳だ。
しかし、何故だ……?
何処から見ても、このゴーレムは“あの”ゴーレム達と別の物にしか見えない。

『お前の仲間達は此処で何をしているんだ?』

『なかま……』

そういや、この遺跡についてまだよく知っていなかったな。
此処が何で、どうしたのかと聞いておきたい物だ。
そう思って、ふと考えた事を口にしてみたが……

『なかま……じゃない』

『……ん?』

『ぼくらは……ここをまもるためにつくられた。それだけのそんざい……こころなんてあるわけがなかった……ぼくをのぞいて』

『お前を除いてだと?』

『ぼくは……かんぜんじゃない……ほんらい、きざみつけられるしめいをきざまれなかったがーでぃあん……だから、もくてきがないだけ……』

そうか……こいつはあのゴーレムのようなロボットに成り切れなかった存在と言う事か……
遺跡を守るという使命を持たなかったコイツは……なんて言ったか? ガーディアンという存在に眠る本能のまま行動し、こうして動いているというのか。

『そういえば、きみはどうしてここに?』

『あーいや……実は迷ってな、そこで出会ったお前以外のゴーレムに追いかけまわされた』

『ぼくたちがーでぃあんはここをふるくまもってきたから……だから、だれもここにちかづけない』

『とは言っても、現に俺は此処まで来たんだがな……』

少し苦笑いしながらそう答えるが、ゴーレムは……いや、ガーディアンは静かに俺を見つめているままだった。
すると、ふと手を上げて何処かに向けながらこう言う。

『こっちのほうこうにいけば、あいつらはおってこないところにでられる』

『本当か!?』

それはありがたい!! もう、あのガーディアン共の相手をするのはうんざりだからな……
此処を出たいところだったんだ。

『すまない……わざわざ……』

『ううん……きみは、どこかやさしそうだから……』

『あ……あぁ……』

どこか、調子が狂うな……コイツは純粋過ぎる。
なんだか、心の奥底まで覗かれそうな間隔に陥る気分だ

それから俺は、もう一度小さなガーディアンに礼を言ってから教えてくれた道を歩いて行った。
長い廊下の様な場所を通り抜け、次第に奥から光が漏れてくる。どうやら出口だ……
外へ出た時、直ぐ近くに森が広がる場所が視界に入る。
どうやら、ここは遺跡の四隅の一つらしい……

そこには、なにか紫色の水晶のような玉がはめ込まれた場所があった。


―ズシン……ズシン!!―


『やっば!!』

そんな時、なんと、ガーディアンの一体が俺の事を見つけたのだ。
それと同時に俺の方へと突っ込んでくる。
俺は急いでこの場から離れて、森の方へと急いで入っていく。
それから必死に逃げたが、ふと違和感を感じた。

足音が聞こえて来ないのだ……

何故かと振り返ってみると、ガーディアンが立ち止まった姿でこちらを向いていたが、しばらくすると遺跡の中へと戻って行った。

『そうか、あそこがアイツらの境界線だったという訳か……』

あの小さいガーディアンは言っていたな……追ってこない所に出られると……つまり、奴らは遺跡のテリトリーからは出られないという訳か。
やれやれ、何処かの国で触らぬ神に祟り無しというコトワザと言う物があったな……その意味とまるっきりと同じだ。




とにかく、この遺跡にはもう用はないな……本来の目的として、プークを探しに行かないと……



[25771] 第十話:壊された日常(どうして……byガーディアン)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/02/28 18:27
【今日のモンハン】

訓練所から久しぶりに出て来たぜ……
増弾と剣聖のピアスを手に入れても炭鉱夫の生活は未だ続けるが……一向に欲しい物が手に入らん。
ねぇ、これってナニゲー? という思考に変わりつつある。
只今、作者のモンハンの定義が混乱中です……







歩いて行く内、木々の種類が変わっている事に気が付く。
これは土地の高度、品質、気候が変化するからこそ起こる現象である。
となると、生態系に関しても影響して行くかもしれないな。

『たく、何処行ったんだか本当に……』

未だ俺はプークを探していたが、足跡の一つも見当たりやしない。
まずいな……時間を掛け過ぎている。アイツは体の大きさからしてまだ子供だ。
他の肉食の魔物に襲われたら逃げる事は不可能だと思える。だが、もしも今探している間でも向こうも動いていると、探すのが少々厄介だ。
とは言っても、俺の事を待っているとは思えない……アイツにとっては俺から逃げたいと考えてるだろう。

『大分歩いたが、まだ遺跡が見えるな』

少し低地に入ってきているが、遺跡の建物の天辺がチラチラと木々の上から見られる。
そんな時、あのガーディアンの事を思い出す。何処かと人間らしくて、面白い奴だったな。
もしも再び会う事が出来るなら、何か土産話の一つや二つを持って行きたい物だ。

ふむ、そろそろ飯を本格的に始めるか……木の実では腹いっぱいにならんからな。
近くに河があった筈だから其処で魚でも取ってみるか。

そう考えてイビルジョーは覚えている限りの河への道のりを歩み始める。
歩いて行くにつれて水のせせらぎの音が鼓膜を徐々に振るわせていく
それにつられて少し歩を早めたりして急ぐが、魚は逃げないのでそうする必要はない。

『おぉ、大量大量!』

河には魚達が流れに沿って泳いでいく姿が多く見られていた。
小さい稚魚もいれば、大きな成魚もいる。
視界に映る餌が彼の食欲をそそり、唾液を若干垂らしながらも舌舐めずりをした。

『深さは俺の体の半分くらいか』

念のために河の形を調べておく。幅の方は何とか広げれば跨げそうという感じである。
下調べが終わった所で、河の表面を見据え、泳ぐ魚の姿に狙いを定める。
今回は口を突っ込んで一気に掬う様に魚を食べる事にしよう。

『そこだ!!』

一気に勢いを上げて、魚が居る場所に口を大きく開いて突っ込む。
そして、突っ込んだ瞬間に大きく開いた口を水中でしっかりと閉じ、顔を水中から出してみる。
魚を獲ったという嬉しさを胸に秘めながら、口の中を舌で探索してみる……が

『あれ、居ねえ?』

どうやら、不発に終わったようだ……中々上手く行かないようだ。
ではもう一度……

『ぶはっ! またか!?』

もう一度……

『げほっ! 入ってねぇ!?』

もう一度……

『ごほっごほっ!! 蒸せた!?』

もう……




『いい加減にしろおぉぉぉぉぉ―――――!!!!!』




―ドシャアァァァァ―――――ン!!!!!―




あまりにも魚獲りが上手くいかないので、苛ついてしまい、体ごと河に突っ込んだ。
だが、それが幸いして魚が水面に浮かんできたのだ。
どうやら先ほどの衝撃で気絶した事によるものだろう……

『……最初からこうすりゃよかったかもな』

先ほどまでの自分の努力が何処か空しく感じたが、とりあえず食事にありつけられたので良かった。
河に半身入れたまま浮かんできた魚を口で掬う様に食べていく。生臭くて食べられないかもしれないと考えたが、この体にはそんな味が嫌という感覚はなかった。
グチャグチャと魚をすり身にするかのように牙ですりつぶし、酸性の唾液で柔らかくしていく。
最終的には液体に近いペースト状になったが、それを一気に飲み込んで胃の中へと放り込む。

『ふーむ……喰えなくはないが、この体はどっちかというと肉汁したたる方が口に合っているようだな』

少し味はイマイチだったが、自分の体の為にとこれ以上は文句は言わずに食事を続ける。
数匹を食べ終えた後、一度陸に上がっておく。
そして、再び河へと飛び込んで魚を取ろうと用意する。
その間、魚が何匹か集まって来るのを待っていた。

『よーし来い来い来い来い……』

集中して飛び込む時期を見計らう。約八匹程集まった所で脚に力を加える。
ギリギリと筋肉が軋む音が響き、力が十分に溜まった所で大きく跳ねあがるつもりだろう。

『もらった!!』

そして、時は来た……河に飛び込もうと地面から足が離れようと……




―ドゴオォォォォォ―――――ン!!!!!―



する前に突如として大きな爆撃音が何処からか響き渡った。
それに驚いたイビルジョーは飛ぼうとした力を扱い間違え、それは両脚で砂かけをするかのような運動をすることで終わった。

『たわばっ!?』

だが、彼の様な巨体がそんな動作をすればどうなるだろうか……答えは簡単。
前に倒れ込むかのように体が段々と傾き、河へと顔から突っ込んで行ったのであった。
その結果、河には真っすぐに河底に嵌り、後ろ脚と尻尾をバタバタとさせてもがくイビルジョーの姿があった……

『ゴバババババッ―――!!!!!』

もしも、この姿を誰かが見ていたら一斉にこう考えただろう……


【なんだあの“太くて”“ゴツイ”物は!?】


答えはその人本人それぞれではあるが……まぁ別に良いだろう。
それよりも、先ほどの爆撃音はなにか……
それはこういうことだ……


――――――――――――――――――――
Side:ガーディアン


初めて視界に映った物は、巨大な岩で作られた何処かの壁だった。
己が何なのかを知るため、体に刻まれていた記録を読み取った。
その中で分かった事が、自分はガーディアン……何百年も前に作られた存在だという事……自分を含めて計六体のガーディアンが此処に居る事。
だが、自分を探っていく内に何かがおかしい事が分かった。
記録の中に壊れた“記録”が見つかった……それが自分の生まれた意味だという事が分かるのは数年も先の事であった。

自分だけが他の五体と違っていた。
一定の行動しかしない他のガーディアンと違い、自分は様々な事に興味を持って行った。

遥か上にあるあの青い所は一体何だろう? 地面に生えている緑色の物は一体何だろうか?

遺跡に残っていた記録を自分で探っていけば、ある程度は知る事はできた。
その中には、この遺跡には無い物も多く、ガーディアンは何時かそれを見てみたいと期待を膨らませていた。

だが、彼の宿命は残酷であった……
この遺跡には結界が張られており、その中に居るからこそ自分は自分である為のエネルギーを得る事が出来ていた。
つまり、彼は遺跡の領域を出れば二度と動けない身となる事を知ったのだ……

落胆は多少はしたが、それを辛いとは思わなかった。
何も知らなかったからこその“痛み”を感じる事が少なかったからだ。

動き出してから何十年目だっただろうか……
ある日、遺跡の領域である外に不思議な【玉】を見つけた。
それは植物の種であると、刻み込んできた記録の中から引き出した時、なんとなくガーディアンはそれを遺跡の中で育ててみる事にした。
遺跡の中にある水脈から染み出た水を与え、日の光を十分に与え、雨風をしのがせるために自分の体を【屋根】がわりにしてやったりもした。

その努力は着実と種に影響を与えていた。
芽が出て、葉が開き、蕾ができて、そして花が咲いた……
その花を見た時、ガーディアンは言葉にできない様な感覚に包まれた。

こんな感覚は記録に無い……
だけど、何か恐ろしい物ではない……
普通なら、感情を持たないガーディアンにその感情は理解しがたかった。

彼は続けた……偶に風に乗って飛んでくる種を見つけ、それを埋めて育てていく事を……
この【感覚】が一体何かと正体を見つけるために……

今日もガーディアンは水脈からの水を手の岩のひび割れに沁み込ませ、それを花にやる……
そんな毎日が続く筈だった……




―ドゴオォォォォォ―――――ン!!!!!―




とてつもない音が遺跡の外から響いてくる。
その振動は今居る遺跡の建物を軽く揺らし、天井から埃が舞い降りてくる。
突然の減少に少々困惑しながらも、ガーディアンはその正体を確認しに外へと向かった。

『あっ……』

そこに待っていたのは……自分の仲間であった物の≪残骸≫であった。
頭から粉々に砕かれ尽くされ、もはや自分と同じ光る眼はそこには無かった。





―ドゴオォォォォォ―――――ン!!!!!―




またもや、爆発音が聞こえてくる。
今度は近い……その方向に視線を向けてみる。
すると、三つの影が今まさに仲間の一人を破壊していた姿を見つけた。

あれはなんだ……魔物なんかじゃない……




ガーディアンは、それが【人間】だという事を知らなかった……


―――――――――――――――――――――
Side:冒険者達


「うぉっしゃぁぁぁぁ――――!!!!!」

やったぜ! これで三匹目のガーディアンを破壊したぜ!!

「どうだ! この勝負、俺の勝ちだぜ?」

「何馬鹿な事言ってんだ。さっきのは俺が破壊したんだよ……だから俺とお前で三対二だから俺の勝ちだ」

「んだと!? 嘘つくんじゃねぇ!! さっきのは俺がヤったんだろうが!!」

「はいはい、アンタ達馬鹿な事やってないで早く依頼のブツを見つけるわよ?」

俺達は冒険者ギルド【悠久の翼】に所属するギルドメンバー達だ。
今回、このガレリア遺跡にて依頼人からの所望の物を取って来るためにやって来た。
ここガレリア遺跡には強力な力を発する此処の動力源となってもいるテラー水晶があると言われている。
テラー水晶は珍しい鉱石であり、グラム単位でも高額な取引が成されてもいる。
主な使い道は帝都などにある巨大魔道具のコア(核)として使われているが……詳しい事は俺にはわからん。

メンバーは紅色のクレイモアを扱うガタイの良い男
銀色のスピアを扱う細身の男
所々、装飾が成された身長大の杖を扱う女

この三人によって形成されていた。

「へっ……Aランクの依頼だっていうから期待してたっていうのに……とんだ期待外れだな」

「黙ってろ戦闘狂が……依頼は闘う事が目的じゃないんだ。いかに成功率を上げるかだ」

「アンタ達、相変わらず仲悪いわね……まぁ、それも仕方ないか」

会話を聞くにつれて、次第にそれぞれの個性が分かって来るような感じだ。
そんな時、地面に倒れていたガーディアンの内、一体が突如として起き上がって来る。
どうやらとどめをさしきれていなかったようだ。
三人は相変わらず会話を続けているが、それに構わずガーディアンは体をある程度修復しながら此方へと向かってくる。
大きな岩の拳を振り上げて、叩きつぶそうとした時であった。

三人の内、クレイモアの男とスピアの男が一瞬にして振り返りながら攻撃を繰り出したのだ

「うらぁッ!!」

まず、クレイモアの男が振り下ろされようとした拳を避けながらその腕に剣を叩きこむ。
剣身が赤く輝きだし、叩きこまれた部分が爆発を上げて崩壊していく。
その次に、スピアの男が地面に下ろされていた残りの腕の部分から飛び乗り、高く飛び上がり、槍を下に向けて全体重を掛けて落ちてくる。
その矛先は見事ガーディアンの急所である眼の部分へと突き刺さり、そこから紫電を発していく。

「これで俺の四対二で圧勝だな」

「違ぇだろ! こいつはお前がさっき倒したって言った奴だろうがリガルド!! なら、ノーカンだ。それに俺が三匹だって言ってるだろうが!!」

「ふん、弱点を狙えないで辺り構わずぶっ放すような奴が何を言うんだか……」

「こ、こんのやろ~!?」



「いい加減にしろ!!」



―バシュゥッ―――!!!!!―



「うおわぁっ!?」

「な、何をする!!」

女がいきなり杖から槍状の氷の塊を飛ばしてくる。
何時詠唱を終えたか分からないが、不意打ち同然で放った魔法は二人の咄嗟の判断で避けられた。
二人が居た場所には氷が見事に突き刺さっていた。

「いい加減、止めなきゃ仕事が終わらないじゃないの!! とっととテラー水晶探す、以上!!」

「まったく、シェリアはこう言う所が……」

「なんか言った? グレゴ?」

「……いんや」

「ん……それじゃあ遺跡の方に入ってみるか」

どうやら、かなりの手練のようだ。
あのガーディアンを一瞬の内に一体倒してしまったのだ。
こうしている内に、三人は遺跡の建物内へと入って行った。


長い石廊下を進んでいく。三人とも集まり、警戒を怠らずして奥へと進み続ける。
かなり年季の入った石壁には所々と紋様のような物が描かれており、この遺跡について細かく記されている様な感じであった。
しばらく歩いていると、“あの”広い場所へと出てくる。

「おぉ、いかにも何かありそうって感じの所だな」

「シェリア、マナの流れを探って調べられないか?」

「今やっているわ……静かにして」

シェリアは自身の魔法の元でもある“マナ”を感知する方法を使う。
この世界では【マナ】という大源が存在する。
マナは言霊術を使う事により、形を変えて炎や氷などとあらゆる物に変化させたりできる。いわば魔法の事だ。
また、マナ自体の力を使う事で身体の強化を行って通常の何倍もの身体能力を発揮させる事が出来るのだ。

今回、シェリアが使うのは『探知』という魔術師が使う技術の一種だ。
マナは万物に宿る……そして、その強さは物によって変わっていく物である。
しかも、物に宿るマナは若干ながらも微量に外へと向けて流れている。
その残滓を辿れるとしたら……? その技術こそが『探知』なのである。

「此処から斜め左……そこからかなり強いマナが感じられるわ……」

「おし、そこか!」

「おい、何があるか分からないんだから勝手な真似はするな」

グレゴは走ってシェリアが杖を向けた方向へと走っていく。
その顔は嬉しそうだ……

だが……



―パキッ……―



この時グレゴは……




【彼】の宝物を踏みつぶしてしまっていたのだ……




そんな事を気にもせず、知らずグレゴは走って行き、とある壁に行き当たった。
何やら文字が刻まれている……一見壁に見えるが、実はどうやら隠し扉のようだ。
グレゴは何かを見つけたと向こう側から大きく叫んで二人にこっちに来るよう叫んでいた。
そのまま二人もその場へと集まっていく。

「此処が怪しいな……どこか開ける装置がないか……」

「こんなもん、こうすりゃいいだろ!!」

そういって、グレゴはその石の隠し扉を大剣で破壊する。
一気に割れてから残された部分がポロポロと崩れていく……奥へと続く道が現れた。

「お前は頭を使うって事はしないのか……?」

「めんどくさい仕掛けは強引にやった方がいいって相場なんだよ」

「そんな相場など誰が始めた……」

「でも、手間が省けたじゃない。行きましょ?」

三人はそのまま奥へと進もうとする……だが、後ろからズシンズシンと何かの足音が響いてくるのに気が付いた。

……【彼】だった……

彼はそのまま自分の宝物『だった』物がある場所へと歩み、手にその残骸を掬う。
その手はどこか……震えていた。
その感情は……きっと……

「ガーディアン!?」

「おいおい、まだ残っていやがったのかよ」

「まて、どうやらこっちにまだ気づいてないようだ……」

「……じゃあ、今度は私の番ね」

シェリアは杖を構えて詠唱を始める。体から青白い光が溢れるように漂って行く。
マナを貯め始める時の動作だ……

「トゥロービ……ラ……べネボレンサ……デーラ……デア……デーラ……クロデルタ!!(冷酷なる女神の慈悲を受けろ)」

詠唱が終わり、杖の先端へと集中されたマナが主人の次の言葉を今か今かと暴れ狂う。

そして、言葉は紡がれる……


「アイスジャべリン!!」











大きく、鋭い氷の柱が何十本も空中に浮かび始め、その尖端をあのガーディアンに向け……ー斉に弾丸の如き速さで放たれて行った――――――――



[25771] 第十一話:存在理由の答え(教えてやるよbyイビルジョー)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/03/19 22:03
【今日の作者の一言】

地震を初めて怖いと感じた……
六階での震度六強は地獄を見ました……
東北の人に励みの言葉を贈りたい……どうか無事であるように(`・ωT´)ゞ






件の三人組は他とは違った部屋に佇んでいた。何処からか青白い光が部屋中を照らし、松明など要らぬ状態に出来るくらいに明るい。
その正体は中央にある台座らしき物にはめ込まれるようにして置かれている巨大な水晶であった。


―テラー水晶―


拳二個分ほどの大きさを持った青紫色の円水晶を中心とし、下部をぐるり囲うかの様に六個ほどカットされた水晶がくっ付いている。
光は囲いの小さい水晶から発していた。


「大きい、これほどまで大きいテラー水晶なんて見た事が無いわ」

「しかも、コイツは大抵原石のまま発見される物とは比べ物にならないような魔術加工された物だ。はたして幾らになる事やら……」

彼らは仕事上、同じ依頼を請け負いテラー水晶を何度か見た事があるが、ここまでとは誰にも予想できなかったのだ。
これ程の大きさだ……古代文明の地で発掘される飛空艇の動力源にしても間に合う代物だ。

この世界では、ロストテクノロジーとしての物が数多く存在する。
現代では作る事が不可能となった物が古代文明に残っている事が多く、一部の地域ではそれらを発掘して修復する事により再利用する事が出来ている。
首都に多く存在する学者達の研究から動力源が一部の鉱石であったり、別の何かで補う事が出来ることも判明しつつあり、古代遺物は人々の生活を豊かにするには欠かせない物となりつつあるのだ。

「んで、こいつは外しても大丈夫なのか?」

「此処はこの遺跡の動力源……言わば心臓みたいなものよ。罠がある可能性は低いと考えられるわ」

「確かにそうだな……これを外したら罠も何も動力が送られなくなる。つまり“殺す”事が出来る」

遺跡で動力源を抜く事を冒険者の間では“殺す”と俗すことがある。
遺跡を人間の体に見立てた際にとある人物が思いついた言葉であると記されてはいるが、定かではない。

「よし、抜くぞ」

グレゴはそう言ってテラー水晶に手を伸ばす。
他の二人も緊張気味ながらもその様子を見守っていく。次第にテラー水晶が台座から離れていき始めるにつれて二人にも安堵感が覆う




『グオォォォォ―――――!!!!!』




そんな時であった……“あの”咆哮が響き渡ったのは……
遺跡が多少と揺れ、土煙が天井から舞い落ちてくる。
何が起きたのかと三人組は慌てて身構える。何があっても対処できるように……

「なんだ……さっきの叫び声は?」

「結構近い……まさか、ガーディアンの他にまだ何か居たのか」

「今調べてみるわ……ちょっと待って」

グレゴとリガルドは元来た道に続く通路へと身構えながら進んでいく。その後ろでシェリアは【探知】の魔術でこの遺跡を調べ始める。
意識を集中させ、咆哮の正体を探るにつれてシェリアは心拍がドクンドクンと加速して行くのに気が付く。

この状態になるのは覚えがある……かつて自分が新米の時に圧倒的な力を持つ魔物と対峙した時だった。
あの時に組んでいたチームはその魔物と戦い、“自分”だけが生き残った。
そんな感覚に従い、勝ち目のない勝負をすることは暫くなかった……まぁ、その分強くなったためにそんな感覚は起こらなくなったが。
だが、そんな自分が今この“感覚”に襲われている……

「ぁ……」

「どうした、シェリア?」

その様子に気付いたグレゴは顔色を悪くしたシェリアの顔を覗く様にしてそう尋ねる。
しかし、息を荒げ、冷汗の止まらないシェリアはその問いに答えられなかった……

――――――――――――――――――――
Side:イビルジョー

<10分前>

イビルジョーは目の前の光景に唖然とした……先ほどと程遠く変わり果てた遺跡の姿、地面に横たわるガーディアン達の亡骸。
所々が荒らされた状態であり、先ほどの光景が嘘であったかのように感じられた。

『これは……』

見回す限りが瓦礫の数々……歩みを進めても視界に映るのはそんな類の物ばかり……
稀にだが、最初にこの遺跡を訪れた時に出会ったエリマキトカゲのようなあの魔物の死骸もあった。
瓦礫に埋もれていたり、胴体をまるで大きな刃物で切り裂かれた様な姿になっていたり、頭を細い物で貫かれた様な姿の者もある。

『ゥゥ……ゥ……』

『む……!?』

その時、瓦礫の中から何やら呻き声が聞こえてくる。
その正体を確かめるべく近付くと、あの魔物の一匹が体に瓦礫を挟まれつつも息をしていた。
まだ生き残りが居たようだ。

『おい、しっかりしろ!』

今回ばかりは敵だの食事だのそんな意義を持つ事は一時止めにしておく。
イビルジョーは瓦礫を顎を使って退かし、挟まれていた魔物を引き摺りだしてやった。
そして、近くの地面に横たわらせるようにして置いてやる。

『奴ら……来た……』

『何があったんだ……一体どうしたんだ!!』

『にん……げ……』

魔物はそう告げるや直ぐに息を引き取った……

再度呼びかけるが反応はせず、無駄だと悟った後には彼の亡骸をそのままにしてやった。
あのガーディアンの亡骸も傍にあったが、無間に扱う訳にはいかない為にそっとしておく。

『にんげ……人間の事か?』

イビルジョーは魔物が呟いた言葉の意味を独自で解明した。
そうだとしたら、なぜ人間がこの遺跡を訪れこんな惨状を作りだしたのか……それが一番の謎だ。

『そういやアイツ……』

ふと、彼はあのガーディアンを思いだした。
この惨状から見て……無事かどうか確立が低そうだと頭で計算を弾いてしまうが、彼の無事を祈り遺跡の奥へと潜る事を決意する。
一番大きな遺跡の建物はさほど荒らされた形跡はなく、通路も初めて来た状態と何ら変わりはなかった。
このまま奥へ進み、彼と出会った広場へと辿り着く。

『ん? あんな所あったか?』

その場所が少し可笑しい事に気が付いた。初めに来た時には無かった小さな入口があるのだ……
大きさとしては人が一人入れるくらいの大きさで、奥を覗こうとするが闇が広がるばかりで何も見えない。


―ギギ…ギギギ……―


ふと、妙な音がこの広場に静かになり響き渡る。イビルジョーは入口を除くのを止め、再度この広場の周りを見回してみる。

そこに“彼”は居た……

氷の塊に貫かれ、ボロボロの体と化したあのガーディアンが……

その姿は下半身は既になく、上半身も左腕の付け根と頭がどうにか残っているという無残な状態だった……


『お、お前……!?』


イビルジョーは急いでそのガーディアンの元へと歩み寄った。
彼は広場の隅に居り、まるで吹き飛ばされたという状態で後ろの壁が多少凹んでいる。
それに氷が体に突き刺さっているという事を見て何かされたという事は明らかだ。

『やぁ……また……あったね…』

『大丈夫か! 生きているか?』

『なん……とか…』

だが、そうは言っても動力源の眼は光が点滅しかかっている感じだ。まるで切れかけの電球と同じである。
とても大丈夫だとは思える状態ではない……

『人間が来たのか!? お前は人間にやられたのか!?』

『…………』

先ほどまでに得た情報を照らし合わせるかのようにイビルジョーはガーディアンに質問を問いた。
その質問にガーディアンは僅かに頭を縦に動かして肯定の意を伝える。

『ひでぇ事しやがる……』

イビルジョーは魔物の立場を人間と同じように考えていた。
その為に、“この世界”のやり方をまだ理解してはいなかった。

魔物は人間にとって脅威の存在……したがって排除されるべき存在……

これはこの世界が生まれてから変わる事の無かった暗黙の了解のごとく掟……

己が人間から魔物に成り変わったが為、そんな理解を全て受け止めるにはまだ彼には経験が低すぎた。

『直ぐに安全な場所に移動してやる……ちょっと失礼するぞ』

そう言ってイビルジョーはガーディアンの体を慎重に持ち上げようとする。
下にボロボロと土くれが崩れ落ちる……あまり強い衝撃を与えるのはお勧めしないようだ。
他のガーディアンの一連の行動からみて土があれば自己再生する事が出来る筈だ。そう考えてこの場から離れようとする。

『いいんだ……もう、ぼくはこれでいい…』

だが、ガーディアンがイビルジョーにこれ以上何もしないで欲しいと願い出たのだ。
その言葉を聞いてイビルジョーは足を止める……

『何……?』

『いきることにいみがなくなったんだ……“たいせつなもの”がなくなったから…』

『……どういうことだ』

イビルジョーはガーディアンの視線の先へと振り返ってみる……そこには無残に踏みつぶされたあの花の残骸が…
その事実は先ほど呟いたガーディアンの言葉の意を証明させた。

『なんだ、その脆い生への渇望は』

『きみにとってはそうかもしれない……だけど、ぼくにとってはもっともじゅうようだったんだ』

錯覚か、眼の光が少し弱まっていく気がした

『ぼくのそんざいはもとよりどうでもよかった……だけど、“あれ”がぼくのそんざいするいみだとごういんにきめつけていた』

『花がお前の存在する意味…なら、もう一度育てればいいだろ』

『そういう…いみじゃないんだ……ぼくは…きづいたんだ。ぼくがたいせつにするものは、ほかのそんざいにとってはどうでもいいものなんだって……』

その声は自身を無くしたという感じの弱々しいものであった……
もはや言葉で語る物などないと言わんばかりに……

『だとすれば、ぼくも……その“どうでもいい”そんざいなんだって…』

『……違う』

『ちがくないよ……だって、ここきたにんげんはぼくたちをなにもいわずにこわした』

『…………』

イビルジョーはこれ以上否定の言葉が見つけられなくなりつつあった。

『そういうことだよ……ぼくなんて…』




―うまれてこなければよかったのかな……?―




その一言がこの広場に静かに響き渡った。
暫くの沈黙が覆った後、イビルジョーは……

『貴様……いい加減にしろ!!』

ガーディアンに向かって怒号を投げつけた。
いきなりの事にガーディアンも静かになった。そのまま彼は叫び続ける。

『生まれて来なければ良かっただと……そんな物は“死ぬ”という事を碌に知らない生者の傲慢だ! 生きたくとも生きれぬ悲劇の死を遂げた者達への冒涜の言葉なんだよ!!』

『…………』

『いいか、命を持つ者には自由を持つ権利と共に生を全うするという責務が付いてくるんだ。生きる意味が無ければ生きられないというのか、お前は!』

『ぇ……』

『生きる事に意味なんていらねぇんだよ!! 俺を含め、お前は“ココ”にいる! それだけで十分だ!!』

人間であった頃、誰かに必要にされる人間になりたいと子供のころから必死に求め…生きて来た。
だが、必要とされずに逆に邪魔と言われた俺は自分の為だけに頑張る事を決めた……
その時からだ……生きる事なんて実をいえば簡単な事だと気付いたのは…

俺は誰かの為にこの世にいるんじゃない……“生きる”為に俺は此処に居るのだと……

『ここにもう一度問う……お前は今、生きたいか?』

『ぼくは……』

自分の為だけに生きる……そんな事なんて考えた事が無かった…
目的の無かった自分は花を育てることで【動く】理由を何処かで埋め合わせていた…
だから、今度からは……



『…生きたい』



まだ、止まりたくない……




「●●■▼×○!?」

「σΣαβ◆□!!」

「anajoeer:;……」


そんな時、後ろから声が聞こえてくる。
イビルジョーはその声に反応して後ろに素早く振り返る。
そこには大層な装備をした三人の人間が此方を警戒する姿勢を保っていた。

『こいつらがお前をこんな目に合わせた張本人という訳か?』

『うん……』

後ろ越しから聞こえるガーディアンの肯定に『そうか……』と賛同の返事を出し、彼はのめり出すように一歩彼らの前に出てくる。
その行動に伴って三人組は緊迫した状態ながらも構えながら後ろへと少し退く。

『さて、人の大切な物を壊した揚句にその本人を半殺しの目に合わせた貴様らは…』

イビルジョーはもはや抑えきれない感情を解凍し始める。
それにつられて背筋が盛り上り、黒緑色の皮が真紅に染まり上がり始める。
盛り上った筋肉で引っ張られた皮膚が治りかけた古傷を再び開き、激痛が彼の全身を襲う。
我慢しきれない苦痛が彼の脳を覚醒し始め、抑制という物を知らぬ体へとトランスした…

その状態を【怒り】と言う……


『覚悟できてんだろうなあぁぁぁぁ―――――!!!!!』


咆哮が遺跡を揺らし、三人の冒険者の身をたじろづかせる。
すさまじい空気の振動が彼らの鼓膜に悲鳴を上げさせ、耳を塞がれる事を余儀なくさせる。
震えが止まらず、本当にこの怪物と闘わなければならないのかと真偽を問いたくなる気持ちに襲われていたのであった……



さぁ選ぶがいい……虐殺か…討伐か―――――



[25771] 第十二話:ゴーヤ友を得る(さいこうにハイってやつだ!!byガーディアン)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/03/25 22:10
【今日の作者の一言】
花粉症で死にかけた……
もうヤダこの季節……
杉なんてこの世から全て伐採してしまえ……




三人は目の前に存在する現実から眼を逸らしたい気持ちでいた。戦士達はかの竜が放つ闘気に押され、魔術師はかの竜が内に秘める気(オド)に驚愕する。
竜種の魔物はこの世界で最も強い種族の魔物と言われる…振るわれる力は測り知れず、その知能は人間と変わらないほどに高く、秘める魔力は天地を変える事さえも可能にするといわれている。
彼らも一応冒険者としてのプロだ。竜種の魔物と戦った事は一度や二度ではない……

だが、これはなんだ……

今まで闘った竜種が赤子に感じれるくらいだ……
達人ともなれば、相手の力量を測る事などなんてないがこれは反則ではないかと感じてしまう。

はっきり言おう…この魔物に勝てる確率は半分にも満たない。

「へ、へへへ……」

だが、その中でグレゴは笑っていた。
目の前にあるのは絶望なんかではなく、闘いを…血を求めるものにとっての最高の【御馳走】であるからだ。
武者震いが止まらず、手に持つ大剣が同じく震えだす。

「グレゴ、いくらなんでもお前でも無理だ……逃げろ、いいか…絶対に闘おうとするんじゃないぞ」

リガルドが槍を構えながらそう声を投げ掛けるが、グレゴは変わらず表情を崩さないでいた。

「逃げる? どうやって…出来ると思ってんのかよ?」

「…………ッ!」

竜は此方を向いてまだ襲いかからないでいるが、唸りを上げて眼が血走った様な変化を起こし始めている。
一触即発の様子だ…

「シェリア、リガルド…俺が囮になる。その間にお前らは出口へ一直線に迎え…いいか、絶対に立ち止まろうなんて考えんじゃねぇぞ」

「馬鹿、何言ってんのよ! そうすると言うなら三人で協力して逃げた方がいいわ!!」

「分かってんだろうが!! そんな甘い事じゃコイツに全滅させられる事をお前も感じてんだろうが!!」

「…………ッ!?」

グレゴは大剣を力強く握りしめ、体に巡るマナをありったけ身体能力に詰め込んでいった。
その影響によって彼の体からはオレンジに近い淡いオーラが纏われる。
しょっぱなから本気で行くつもりだ。

それと同時刻に竜の体も変化を起こす……
唯でさえ太かった胴体……特に背中回りが一段と盛り上がり、皮膚はほぼ全身が血のように真っ赤に染まり上がっていく。
それにより、体に在る物が浮かび上がって来る……傷跡だ……それも無数な……
今まで鱗や真皮で覆われていた古傷が開き始め、そこから血管内の血の色へと染め上げる。

口からは赤い電流の様な物が流れ出し、胃から気化して来た胃酸が高熱の呼吸により赤黒い物へと変化して行く。

咆哮を上げ、準備満タンと言うかのような音の振動が遺跡中に響き渡り建物を震わせる。
三人も人間では耐えきれない重高音の咆哮により耳を堪らず抑える。
そして、遂に動き出した。

「いけぇぇ―――!!!」

グレゴはそう叫びながら物凄い勢いで竜へと突っ込んでいった。
未だ全員で逃げ切れる可能性を望み、此処に立ち止まるシェリアをリガルドは強引に引っ張って連れていこうとしていた。

「必ずだ! 生きて帰れ!! お前みたいな奴でも居なくなったら俺達チームは無くなるんだからな!!」

「グレゴ!?」

竜がグレゴの相手をしている間、二人は全速力で出口へと続く回廊を走って行った。
グレゴはそちらに竜の意識を向けぬよう、剣を叩きこむ。
赤く輝く大剣は【爆発】の能力を付加させた物だ。
当たれば火薬を着火させたような現象が生じ、敵に爆裂型のダメージを与える。

「うらあぁぁぁ―――!!!!!」

強烈な横薙ぎが同時に突っ込んでくる竜の頭部を捉えるべく振るわれる。
だが、当たるかと思われたその斬撃は竜が足を止め、上半身を後ろに逸らす動作でかわされた。
それでも動揺はせず、グレゴは腰を強引に捻じ曲げ、遠心力の付いた大剣を横薙ぎから流れるように切り上げの動作へと強引に変えた。
長い刀身が石廊を擦り、火花を上げて地走りしながら竜の顎を一刀両断すべく迫る。

「もらった!!」

完全に決まったかと思えた…だが、竜の方も負けていなかった。
顎の棘を上手く使い、大剣の側面を弾いて致命傷を避けたのだ。
棘が若干欠け、焦げた状態になるがまだまだ余裕を持っている。

そして、次は此方の番とばかりに飛びかかる。
大振りでガラ空きの状態の胴体に両脚が迫るが転がって緊急回避を取って踏みつぶされるのを防ぐ
グレゴが居た場所はすさまじい衝撃による破壊の爪痕を残し、その威力を物語っていた。

竜は隙を与えず次の行動に出る。一瞬沈んだ体の姿勢を直した瞬間に首を大きく振って大きく開けた口をグレゴへと迫らせる。
巨体であるにも関わらずに素早い動きをした事に驚きながらもグレゴは転がる間で腕だけを使って己の体を大きくその場から離す。
大剣を軽々と操るグレゴであるからこそできた技とも言えるだろう。

「ちぃっ…やっぱり小手先のやり方じゃ駄目か」

グレゴが居た場所で竜のアギトがガチンッ!!と強く閉じられる音が響き渡る。
構えを再度固め、竜と向き合い、次なる攻撃に対処するべく用意をするが…

竜の口から熱気溢れる呼気が建物の空気を響き渡る。
その動作を経験から読み取ったグレゴは剣を盾の如く構え、次に来るであろう行動に準備する。
竜種の魔物が大きく息をする動作…それは【ブレス】であると竜種と戦った人間だけが知り得る。


『グオォォォォ―――――!!!!!』


赤黒いブレスが一直線に放出され、竜にとっての‘敵’を殲滅するべく迫って行った。
この時、戦士としての心眼がそうさせたのか、グレゴは防御も何もかも捨てて全力でそのブレスを避けた。
あのブレスに触れてはいけない…そんな直感が彼の命を永めさせたのだ……

「うぉっ! なんだこりゃ!?」

何とか避けた後、ブレスが通った所を見るや驚愕した。
なんと、溶けているのだ…
今まで見た火炎のブレスが触れた対象物を炭化させるのとは違い、対象物その物を溶かしていたのだ。

「あぶねぇ…強化でそのまま剣で受けてたらお陀仏だったぜ……」

若干青ざめた顔色をしながらも溶けて変色した石廊の形をチラチラと見た。

グレゴにはマナでの強化により、武器を触媒としてバリヤーのような障壁を作る事ができる。
今まで竜の火炎や冷気のブレスを無理をしつつも防いだ経験があるが…これはまずい……
毒の類はマナでは侵食される影響を持っている為、その方面では役に立たない

だが、今はよそ見をしている暇ではない。
此方へと竜が走って向かって来ている…アギトを開けてまた噛み付きにかかろうとしている。
左から首を振りながらの噛み付きをグレゴは大剣を下に向けての両手を使ってでの受け流しで弾く。
しかし、左からが終わったと思ったら次は右から、また左、右、左と連続の噛み付きがグレゴを襲う。
強力な衝撃がグレゴに剣越しで伝わり、徐々に腕の力を奪って行く。

「ぐ…がぁぁ……!?」

だが、人間の力が大型の魔物の力に耐えきれる筈がなく下顎がグレゴの大剣を押し込んだ時、大きくガードを崩された所を上顎の牙がグレゴの右腕を抉った。

「がはっ…が……~~~~~!!!!!」

その時、牙に付いていた竜の唾液が傷口に入り込み、ジュウジュウと白い煙を上げて一部の肉が液状化する。
まるで傷口を火で炙ったかのような痛みがグレゴを襲い、堪らず声にならないほどの悲鳴を上げる。
大剣を落とし、左手で少しでも痛みを紛らわそうと右手の傷を全力で握り掴む。

だが、そんな様子を竜は待ってくれる筈もなく右脚を大きくグレゴの頭上に上げた。
どうやら踏みつぶすつもりらしい…痛みで一瞬怯んだが、己の身の危機を察したグレゴは両足のバネをありったけに使って後ろへと飛んだ。
そして、竜の踏み込みは建物を大きく揺らし、その衝撃で石廊が竜を中心として大きく窪んだ。

「うぅ……」

飛んだ先で背中を壁に預け、未だに右腕を抑えながら竜の様子を窺う。
先ほどと違って姿が黒緑色の色へと戻っており、獰猛さが若干だけ抑えられたような気がしていた。
だが、それでも自分が危険な事には変わりがない…竜の口から唾液が滴り落ち、そこから石廊の一部分が白い煙を上げて穴を開けながら溶けていた。

「へへ…どうして囮なんざ提案したんだろうな……俺」

後悔する様な呟きであったが、その顔には微笑を浮かべていた。
右手は筋が溶け切れたようで動かす事が困難…足も逃げる程の力も残っておらず…マナはガス欠寸前だ。
その状態でこの状況であるということは……言わずとも分かる者には分かるだろう。

竜はグルル…と唸り声を上げながらついにグレゴの目の前へと歩み寄った。
竜の様子を見るに、これから己がされる事を予想づけた。

「わりぃ…約束……守れそうにねぇ……」

心残りなのは……あの二人……
永い間、こんな戦闘狂といえども邪見にせずに接してくれた……
アイツらには未だ秘密だが、その時で俺がどれ程救われたか、あの時の感動を思い出した。

「いいぜ……やれ」

最後に、グレゴは目の前の竜に視線を向け、こう言い放った。
その言葉の意味を悟ったのかどうかわからないが、竜は大きな口を開ける。





―そして、【誇りある戦士】をその体内へと収めたのであった―


――――――――――――――――――――
Side:イビルジョー

すさまじい攻防だった…
人間一人で今の‘俺’の動きについて行き、此処まで翻弄されるのは初めてだった。

又しても俺は人を喰らった…

人間の頃、俺は同業の人間を殺した事は一度や二度ではなかった。
銃で鉛玉を頭や心臓にぶち込み、ムエタイで首をへし折った経験をしている。
人を殺す事は法では禁じられてはいるが、裏世界で表の法など通じる訳がなかった。

‘消す時は徹底的に…’

‘裏切りは死を以て償う’

そんな物騒なルールの数々が【俺達】のような人間に当り前な『法』であった。
だが、俺はそんな『法』を少しでもまともにしようと考えた【変わり者】でもあった。

正規で会社を設立する際には弁護士資格を取る並みに法について学んだ。
どこが旨い所か、何処に穴があるか、どこまでギリギリにできるか……
会社を経営する当時では主に経済の類の法だけを学んでいたが、裏世界で稼ぐにはそれ以外の事も学ばざるを得ない事があった。

そうして行く内、俺は裏世界で通用させる【法】をまとめ上げ、組織でのいざこざがあった時にそれを解決したりするのを中心とした【奴ら】専用の弁護士‘モドキ’となった。
話し合いで勝った方からは報酬を…負けた方からは報復を買ったが、持ちようの己としての能力を使って生き伸びて来た。
そうして、いつの間にか俺は【暗黒街の法王】と畏怖されるまでの存在となった事があったのだ。

だが、今の俺は何なんだ……
この体の本能につられるがままに生きている。
その結果が【人を喰らう】にまで発展したのだ。

もはや完璧な化け物ではないか……時々分からなくなる。
俺は化け物の姿を被った人間なのか…人間の心を被った化け物なのかと……
だが、『喰らう』事を止められない。それはもはや彼にとってまるで麻薬のような…甘美な感触と変化しているからだ。

『ぺっ……』

俺は口に入っていた鎧や衣服の一部を吐きだす。
食えない物などは吐き出すようにするのは人間と同じような感覚のようだ。
舌で顎の周りに付いた血を舐め取り、全てが終わったと言わんばかりにその場を離れ、ガーディアンの元へと戻る。

『待たせたな…終わったぞ。他の二人は逃げたが、今から追いかけても間に合いはしないだろう』

『きみってつよいんだね』

こいつをこんな目に合わせたアイツらは正直許せない気がするが、これ以上求めない事にする。
そうしたら、本当に【堕ちて】しまいそうで…怖いのだ……

『それじゃあお前を外に連れていくとするか。土があれば再生する事は出来るだろ?』

『…………』

そう言ったが、ガーディアンは黙ったままだ。
何か問題があるのか?

『どうした…?』

『やっぱり、むりだよ…』

『おい、それいったいどういう……』

『いせきはもう【しんだ】…だから、ぼくらも……』

『遺跡が死んだ? そりゃ一体どういう事だ?』

ガーディアンが言うに、この遺跡には【核】となる物があるらしく、自分達や結界を含めこの遺跡全てを動かす言わば動力源のような物があるらしい。
それが今は無い…その為に己の動力の源が供給をストップしていると言う事だ。
今でも、意識を持っているのは自分の体にあるタンクのような役目を果たしている部位に残っているエネルギーを使ってようやくだと言う事である。

『ごめ……ガガ……けそうになガガガ……』

『ちょっと待て! できるだけエネルギーを減らさないでいろ!!』

くそ、こんなことで終わらせてたまるか!
こいつは【生きたい】とハッキリ言った。
それを聞き入れた俺は少なくともこいつの為に動く義務があるんだ!

俺はあの冒険者達が入っていたであろう入口に顔を入れて中を見回す。
先ほどまで光を発していた部屋は真っ暗となっていた。おそらく動力源を持ち去ったからだろう。

『んっ…なんか光ってるな?』

しかし、良く見てみると微かに光る小さな何かがあった。
それを取ってみようと試行錯誤をしているが、自分より小さい入口にどう入れと問答していた。


―ただ一つの方法を除いてだが……―






『ダイナミック入室―――!!!!!』







―ゴバアァァァァ―――――ン!!!!!―






入口が小さければ大きくすればいい……
そんな結論にたどり着いたイビルジョーは、どこぞやのカリフォルニア市長が映画撮影で武器屋へ入った時と同じような感覚で入口周辺の壁に体当たりし、そこから動力室へと侵入したのであった。
ガラガラと崩れ落ちた壁を退かしながらイビルジョーはその【光る物体】がある場所へと近付いて確認してみる。

それは水晶であった……
比較的大きな水晶が折れた欠片と言う感じで例えるなら親指二本分くらいの長さと大きさがあった。
己の小さな手でそれを手に取ってみると、不思議な力が掌の感触から伝わって来る。

『まさか、これはアイツが言っていた動力源……の欠片か?』

実を言うとその通りである……
冒険者達が固定されていたテラー水晶を引き抜いていた途中、‘何者か’の咆哮に驚いて力加減を謝って一部を破損させてしまっていたのだ。
なんというか、不幸中の幸いと言うのかどうか知らないがもしかするとこれはつかえるものかもしれないと判断し、イビルジョーはガーディアンの元へと急いだのであった
…………
………
……






『お、おい…無理はしない方がいいんじゃないか?』

『だいじょうぶ! もうどうりょくぶそくにはこまらないようになったから!!』

結果から言うと、彼の判断は正しかった。
水晶は動力源の欠片であったのだ……動力の供給法を間接的から直接的に変換する事に出来た。
今では水晶はガーディアンの体の中で心臓のような役目を果たして埋め込まれていた。

『土が足りないんだからそんなに激しく動かない方が……』

『しんぱいいらないよ! つちからいわにかえてるからけっこうじょうぶ≪ボキッ!!≫ごばあぁぁぁぁ―――――!!!!!』

『うおぉぉぉい!?』

ガーディアンは粉々になった体を‘今’ある土で修復したのだが、何分量が少ない為にヒョロイ体に作り上げてしまっているのだ。
ちなみに、先ほどの音は腰の部分が動き回る衝撃に耐えきれず折れた音である。
木の棒程の太さでは流石にガーディアンの体を支えるには役不足であったのだ。

『早く外に出て土を補給して元の体に戻ったほうがいいぞ』

『そ、そうするよ……』

折れた体を上半身と下半身とでつなぎ合わせ、復活したガーディアンは若干性格が柔らかくなった気がする。
本人いわく、これほどまで力が湧きあがる感触は初めてだと言う。

つまり、【ハイ】になっているようだ……

『そういや、さっきからお前の事ガーディアンって呼んじゃいるが長くて呼びづらいな…よし、名前をこの記念に付けるか』

『なまえかぁ……かんがえたことなかったけど、あんがいいいかもしれない』

ふむ、相応しい名前を付けてやるか。
なるべく呼びやすく親しみやすい名前でこいつに相応しい名前といや……

『ロック……っていうのはどうだ?』

『ろっく……かぁ…』

単調に英語で岩を表すが、結構名前としてもぴったりだしな……

『うん! それでいい!! きょうからぼくはろっくだ!!』






名も無き人形は今日ここに、本当の【生命】を与えられた……
彼の行く末に幸あらんことを……



『ロック、俺と一緒に来ないか?』



[25771] 第十三話:ゴーヤ旅行記初刊(宿泊は一生野宿だぜbyイビルジョー)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/04/04 19:05
遥か東の大陸にて存在する大都市【サビズリア】……
ここでは貿業業が盛んであり、殆どの商人がそれに与していると言ってもいいくらいに盛んだ。
そして、此処では貿易業の他にも有名な場所がもう一つある。

多国籍ギルド【悠久の風】本部である……


「ですから長! 早急な決断を行うべきです!!」

「数少ないAランク冒険者の一人、グレゴ・ランヴァートが死んだという事実は我がギルドでも重大な問題でもあるのですぞ!?」

その中の一室にて、怒号のような声を発しながら何かを訴え続ける者達が何人か居た。
円卓を中心とし、円頂にこの中で一番の歳を重ねた老人を初めに計六人が様々な顔をして会議に集中していた。
この者達は悠久の風にとっての重役を務める者達、言わば幹部と言ったところだろうか……

「……グレゴ・ランヴァートと共にいたメンバーの二人はどうしている?」

「リガルド・ハイツは依頼品の納入を収めた後は行方が、シェリア・ノームは病室で治療を受けてますが何分精神が不安定の為か……」

「二人からの証言によると、見た事もない凶暴な竜種の魔物が突如現れたとの事だ……ランクに沿わない不慮の事故が起きた場合、それに対しての義援を与える事を協定で決められてはいますが……」

「Aランクの冒険者を軽くあしらう魔物か」

Aランクというのはギルドランクの中で二番目に高いランクであり、滅多になれるような物ではない。
S、A、B、C、D、Eと計六つがあり、高ランクになるほど危険度が増していくと同時に報酬も高くなる。
その中で最も高いSランクともなると、国単体からの依頼や匿名な者からの依頼を任される。
要は信頼度がいかに高いかどうかがランクの真髄である。成功率が低いのでは話にならない為だ。

しかし、今回の事態は結構深刻な問題でもあったのだ。
Sランク冒険者は貴重故に人数も片手で数えれるくらいしかいないのは納得できるが、それでもAランク冒険者でさえ全てを数えて約二十人ほどしかいないくらい少ないのだ。
そんな貴重な人材が一人減ったとなると、信頼を以て依頼を受け取り遂行するのを稼業とするギルドも黙っている訳にはいかないのだ。

「今回は依頼を【事故】が起きたとはいえ達成できたのは幸いだったが……」

「この度判明した魔物をどうするかが一番の問題であろう」


―ガタッ……―


突如として、円頂にいた老人『ギルドマスター』が席から立ち上がる。
その顔には呆れや失望感がハッキリと浮かんでいた。
その様子に如何したのかと他の人間達が静寂を漂わせながら窺っていた。

「もうよい……今回の会議は後日に延長する」

「なっ……何故ですか長!! このまま放っておくと言うのですか!? 下手をすると件の魔物が」

「そんな事なんぞ十分にわかっとるわ!!」

ギルドマスターは大声を上げ、円卓を強く叩きつけた。
彼は正直言うと、彼らの薄情さに怒っていたのだ。彼にとって、ギルドのメンバー達は自分達の家族同然に想っていた。
しかも、グレゴはギルド創立の当初で入会してきた仲でもあり色々語り合ってきた人間だ。
それなのに、他の奴らときたらやれ国の信用やら、やれギルドの維持やらと誰も‘家族’が一人死んだ事を悲しもうとはしていなかった。

「件の魔物は視察の人員を送って動向の監視を命じる! もしも此処サビズリアへ近づこうというなら最終的には【緊急招集】を掛けてでも阻止する事を命じるんじゃ!! 御国の今後の贔屓など気にするで無い。ワシらの≪息子≫を喰ろうた憎き魔物を叩きのめす事に力を上げよ!!」

「緊急招集!? 無茶を言いなさんな! それをしたら私達ギルドは今度こそ危うい立場になるぞ!?」

緊急招集とは、現ギルドに登録されているA・Sクラスギルドを総出でギルド直属の依頼を受けさせるべく行わせる又の名を強制招集のことだ。
しかし、これはそのA・Sクラスが‘現時点’で受けている依頼を強制的に棄却させて行わせるため、国や王族からの依頼さえも棄却しなければならないという諸刃の剣でもある。
過去、一度だけ【緊急招集】が行われた事がある。

かつて、十年も前に人間達の冷遇に怒りを表した亜人達による都市への侵攻……
その数は何千ともいう大群で形成され、精霊の力を使い、時には竜の力を借り、人間より強き力で常人では敵わないままこのまま終わろうかとしていた時に集められた者達。
彼らのお陰でサビズリアは救われ、ギルドの中では今でも生きた伝説として語り継がれている。

そして、何を隠そうグレゴはその【Aクラス】に居たギルドメンバーでもあった……実力ではSランクを与えてもいいほどの力量を持っていたが、素行の悪さが邪魔をして信頼度が少ないこともあったためにA止まりになっていたのが真実ではあるが……
そんな『英雄』の一人を殺した魔物を放って置く訳にはいかない……ギルドとしての決断はほぼ完全にまで実体を把握してから仕掛けるという方向に決めたようだ。

「ワシの決定を無視するつもりか? この【悠久の風】のギルドマスターであるガーランドの決定を!?」

「ぁ、いえ、その……」

ギルドマスターは是非も言わせぬ様な気迫を纏いながら未だ方針に反対しようとする重役達を言葉で黙らせた。
さすが、ギルドという大所をまとめ上げる長と言ったところであろう。

かくして、恐暴竜の討伐対象の認定がこの時決まったと言う事だ……
これからの彼の道のりはより激しい物へと変化して行くであろう。


―――――――――――――――――――――
Side:イビルジョー

『ねぇねぇ! この丸くて幅が広い部分がある物って一体何て名前なの!?』

『あー、そりゃキノコって言って菌糸類からなる植物の一種で……』

『じゃあじゃあ、あれはあれは!?』

どうもお久しぶりと言った方がいいか? イビルジョーです。
現在、新たな仲間ロックを得て再びプークの捜索へと手を出した訳だが……ロックの好奇心が無茶苦茶旺盛で少々困っている。
遺跡の外へ出た事がないロックは初めて見る物全てに目を輝かせて……いや、元から輝いているから表現としては可笑しいな。
まぁ、そんな事はどうでもいいとして、さっきから手当たり次第に俺に質問してくるのだ。
俺もできる限りに答えてやってはいるが、その……なんだ……けっこう疲れる。

ちなみにロックの大きさは外に出てから土を取り込んで丈夫にしておいた。
背丈は1.5mと言ったところか……初めてあった時より少し小さくなったが、実質は密度を高めて作った結果だそうだ。
こいつの新たな心臓となった遺跡の動力源の欠片により、今まで他のガーディアンにも分散されていたエネルギーが集中して自分に回されるようになった為だそうだ。
欠片といえども、自分が受けてたエネルギーより高い水準の物だとは本人の感想である。
元からエネルギーを秘めた物だからそういう物なのか?

『そんなはしゃぐな、変にそこらじゅう行かれると下手な警戒を受けることになるぞ』

『あ、ぅん……ごめん』

くぅ! そんな子犬チックな雰囲気で謝られては此方が罪悪感を感じてしまう!?
ハッキリ言って、ロックの中身は子供同然だ。
最初の静かな雰囲気が反転してこうなったことで元の違和感とのギャップに俺も悩む。


……子供か……


『さてと、アイツが流れて陸に上がったとすると……』

俺はプークの現在地を予測する。
アイツは俺より軽いから流れて行った速さは早い。
戻ろうとする為に行く方角をアッチとすると……南か

『ロック、目的地が決まった。南だ』

『南? そこにプークっていう君の仲間がいるのかい?』

『おそらくだが……あまり時間を掛けると余計に複雑になるかもしれん。アイツも動いている筈だからな……』

『なんか大変だね……』

『そうだな、そんな訳で少し歩きを早める。ついてこれるか?』

『大丈夫だよ。僕達ガーディアンは走れるように体を柔らかくさせることもできるからね』

ロックの体は全部が岩に変質させている訳ではない。
動かすための【節】比較的やわらかい土で作っており、それを動力で繋ぎ合せている。
簡単にいえば、人間の体と同じように作られているんだな。

かくして、俺達は時を急ぐべく森の中を掻い潜りつつプークの捜索に力を入れた。
だが、ちょっと問題だったのは……

『ロック!! 無理しないで少しゆっくりにしろお前は!!』


バキッ!! ベキッ!! ボキャッ!!


『こんなのへっちゃらさ! そのままの速さで良いよ!!』


ベキベキッ!!


『んな強引な!?』

俺は巨躯ながらも小廻りを効かせて樹を避けているんだが、ロックはダイナミック森林破壊を実行中であった。
植物が好きなんじゃなかったのかと考えたが、本人いわく大きいのは別にいいそうだ。
なんという我がままゴーレムだ……

『それでもだめだ!! ストップ!! 樹を破壊するんじゃねぇ!! 木の実が勿体ねぇ!! 俺の飯があぁぁぁ―――!!!』

そんな本人も結局は現金な人間ならぬ竜であった……
二人とも樹が可哀想だとか言う感情を持っていないようだ。

『えへへ……』

『たくっ、笑っても許さん』

『ちぇっ……』

まるで悪戯好きなガキんちょだ……世話がかかる。





―≪ゾワッ……≫―





『…………ッ!? 離れろロック!!』

竜としての本能が感じさせたのか……ハッキリと感じる明確な殺意。
それは氷の如く冷たい感触が背中を奔り、咄嗟に今居る場所を離れる。
ロックにもそう呼びかけたが、突然の事で何をしていいかわからないでいたロックは―――


―≪ゴッ……!!!≫―――


右腕あたりを抉られる様にして‘もっていかれた’
【それ】はロックの体越しにあった樹に突き刺さり、ようやく正体をあらわした。

それは、一本の矢であった……
驚く事に、前に見た矢より短く矢じりが丈夫な物で弓で弾くには十分といえない代物であった。
それでも、矢で‘あの’ロックの体を壊すなどすざまじい威力である事を物語るには充分であった。

『ロック!! 無事か!?』

『う、うん……核は傷ついてないから何とか……』

その場に倒れ込んだロックの無事を確認し、致命傷に至っていない事を安堵して状況を把握する。
その間にも矢が飛んできた。すさまじい威力で盾にしている大木が拳銃の弾丸で抉られるがごとくの現象を引き起こす。
様子を見ようと顔を出そうにも、その瞬間を狙って矢は飛んでくる。

『矢を使うと言う事は……人間か!?』

道具を使った攻撃をする生き物といえばそれくらいしか現時点では思いつかない。
今の段階でそう悟ったイビルジョーは状況の打破を考える。
まず、矢については下手をすると自分の脳天や心臓を貫くのに十分な威力を秘めていそうだ。だから、ごり押しは却下と決める。
矢を放ってから次の矢を番えるまでの時間はおよそ一秒半……なかなかの手練なようだ。

『向こうが遠距離を使うと言うなら……』

此方も遠距離攻撃を使えばいい……
そう判断したイビルジョーは傍にあった【岩】を顎棘をうまく使って投げつける。
勢いよく放り投げられた岩は標的がいるらしき場所へと着弾し、鈍い音が響き渡る。

『ジョ―!! それ僕の右手!!』

『あ、すまん……』

いいじゃねぇか……お前土さえあれば再生できるんだから。
心の中では妙な悪態を付きながらも襲撃者の方向を窺っていると頭の上をあの矢が通り過ぎていった。

『うぉわっ!?』

冷汗物だったがなんとか皮一枚で済んだ。切れた場所が少々ジンジンとするが、血は出ていないようだ。
にゃろぅ……調子に乗りやがって

『ロック、左手もよこせ……』

『うわひっど!? 普通に人(ガーディアン)の体の一部をよこせなんてなんて外道!?』

『やかましいわ!!』

今はそんなコントをやっている暇はないが、状況を把握しているロックも協力して左手の接合部分を自主分断して左手と言う名の岩の塊をコチラに寄こしてくれた。
今度は正確に……

『ミドルシュ~~~~トウゥゥゥ!!!!!』

強靭な脚力で蹴りあげられた岩はまるでサッカーボールの如く周りの細い木々をへし折りながら目標へと飛んでいく。
あれだけの速さだ、とっさの判断では避けられまい……というか無茶しすぎた、右足がちょっと痛い……
ボールの如く発射されたそれは襲撃者がいるであろう場所にある木々を手当たり次第倒していく。
その途中、『キャッ!?』と高い悲鳴が響き渡った。

どうやら成功したようだ……
だが、油断はできない。慎重に木々を盾に掻い潜りながら進んでいき、正体を探りに行く。
こういうのは昔、銃撃戦を行った時と同じやり方だな……懐かしい物だ。
そして、目的地まであと一歩となった所を――


―≪ドシュッ!!≫―


『ぐぅっ……!?』

狙っていたのだろうか、矢が俺の右肩辺りに突き刺さった。
強烈な痛みと衝撃が体を襲い、大きく後ろへ体が傾いた。
しかし、こちらも負けていられないのだ。気合いで我慢して踏ん張って転倒を防いだ俺は改めて襲撃犯の正体をこの目で確かめた。

『そ、そんな!? ウソでしょ!?』

それは、人というには少し違った……確かに、体の作りは人間と同じなのだが一部だけ違う所があった。
背中に【翼】が生えていたのだ……所謂、翼人と言ったところだろうか?
異世界だからもう驚かないと決めていたが、実際で見るとやはり驚いてしまう。
性別としては女性、右手には小さな弓……ボーガンと言えばいいだろうか。それが装着されていた。

『でも、負けない!!』

しかし、それよりも気になるのが言葉が分かるのだ。
やはり、純粋な人ならざる存在である為の事が影響しているのか脳内の翻訳機能(ジョー命名)が働いているらしい。
それよりも、さっきから矢を番えようとしようにも片手が倒木に挟まれてうまく出来ないで焦っているこの翼人をどうしようか。
おそらく、俺みたいなのがここら辺に来た為に警戒して起こしたことだとは考えられるのだが……

とにかく、この俺を見かけで判断するとはいい度胸しているじゃないか……←(度胸もクソッたれもない姿である)
失礼な、俺にも弁えって物は存在するぞお嬢ちゃん……ただ時々ジェノサイドを起こしてしまう以外は良心的な竜の魔物だぞ?

『来るな! 来るなアァァァ―――!!!』

――やかましい―――

『ぎゃんっ!?』

喚き散らして敵意丸出しなこのお嬢さんは少し黙って貰う為に、自分の小さな手をグーにして拳骨して黙らせた。

『きゅうぅぅぅ……』

恐怖と緊張が重なりあったのか、その場で気を失ってしまったようだ。
やれやれ、この姿じゃまともな人付き合いなんてできやしねぇ……
どうするもんかね……この子。




『ジョー、本質がまともじゃないのがまともにしたいって言っても違和感しか感じないんだけど……』



……解せぬ……



[25771] 第十四話:新アトラクション【ゴーヤシーソー】(もげるかと思った……by翼人)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/04/07 21:22
『あだだだだ!?』

『う~ん、結構深く入ってるね』

突如として襲撃してきた翼人を無力した後、イビルジョーがした事は傷の治療であった。
右肩あたりには未だボウガンの矢が突き刺さったままで、ロックに頼んで引き抜いて貰う事にしていた。
だが、しばらく時間を掛けたせいか傷口がやや癒着を引き起こした為に抜けにくい状態でいた。

また、ロックは土を補給して体の再形成を終えていた。本当に便利な体であると思える。
翼人の方は倒木を退かしてやって気絶したままの状態で寝かせておいた。
一応、そこら辺にあった蔓などの草木を幾重にして手足と翼を縛りつけておいた。

『くぅぅ――!! 弾をモグリに取って貰った時よりイテェ―――!!!』

『モグリって何?』

痛みを絶叫同然な独り言をしながら紛らわせるが、痛い物はやはり痛い。
突き刺さった矢がズルズルと次第に後ろへと動く感触がしたその少し後、矢は血を少し噴き上げながら抜けた。
すると、傷口は鱗や皮に切り口を残しながらも肉の再生をし始めようと血が固まり始める。
竜となった影響か、身体能力ばかりでなく治癒能力も高まっているようだ。

『しかし、普通の矢で俺の体を傷つけるとは……いったいどんなトリックを使ったんだ?』

その筈である……抜いた矢は何ら普通に矢じりを付けただけのボウガン用の短い矢である。
矢じりを調べても唯の鉄なので、そこには秘密などなかった。

『ぅ…ぅぅ……』

『ジョ―……』

『オゥ……』

矢を調べている内に、翼人が目を覚まし始めたようだ。
ロックがそれを知らせ、イビルジョーは二人で左右に位置して横になっているこの翼人を観察する。
手足と翼を縛っているからしばらくは暴れまわるという選択はしない筈だ。

『ぁ……・・・魔物!?』

翼人は完全に意識をハッキリと覚醒すると同時に、自分の様子を窺っている二匹の魔物から離れようとする。
だが、手足は縛られ立つ事は出来ず翼も縛られ飛ぶ事も出来ない翼人は起き上がろうとして再び大きく倒れ込んでしまった。

『落ち付け、俺達はお前を襲ったりはしない。だが、今暴れられたら話し合いができないと判断したから拘束させてもらうが……』

『だ、黙れ!! お前達魔物は害悪の存在でしかないんだ!! 話し合いなんて誰がするものか!!』

『おいおい、そんな直ぐに相手側の事を決め付けるなんてひどいんじゃないか?』

『うるさい! こっちにそのブサイクな顔を近づけるな!!』


―ピキッ……―


『ねぇ、僕達は君をどうかしようなんて考えていないんだ。だから……』

『その汚い手で触るんじゃない!!』


―カチンッ……―


『ロック……』

『うん、ジョー』

二匹は視線を合わせて互いに言いたい事を瞬時に理解した。
そして、イビルジョーが翼人の両足を……ロックが両手をしっかりと持って……

『な、何すんだよ!?』

翼人は二匹が片方づつに位置して自分の両手両足を何故持つのか理解していなかった。
だが、次の瞬間……翼人は二匹がこうした訳を体で理解する事になる。

『3・・・2・・・1・・・ハイッ!!』


『『チョ~ウ~チョ~!! チョ~ウ~チョ~!! 菜~の~葉~に~と~ま~れ~!!』』


―グワンッ!! グワンッ!! グワンッ!! グワンッ!!―


『あんぎゃあぁぁぁぁ―――――!!!!!』


イビルジョーとロックは翼人の体をタイミングよく上下に大きく振り続けたのだ。
その姿は足と手がまるで蝶の羽のように羽ばたいてるかのような……しかし、そんなファンシーな姿とは裏腹に翼人に掛かる胴体への負荷は強烈な物だった。
時折、背骨がゴキンゴキンと歪な音を響き渡らせていたが気のせいだ……また、二匹がなぜ某国にとってのマイナーな童歌を知っていたかは謎にしていて欲しい……

『ぎゃあぁぁぁ―――!!! 死ぬ―――!!! 死ぬ―――!!!』

『誰がブサイク面だって……?』

『おぶっ!? ごばっ!! げぼっ!!』

『誰が汚い手だって……?』

『ぶべべ!! ご、ごべんびゃざい!! ごべんばだい!!!!!』

もはや、脇から見れば唯のリンチにしか見えなかった。
イビルジョーは暗黒面な笑顔をしながら足を振り、ロックは眼を一層と輝かせて腕を振っていた。
その仕打ちによって翼人は半ば死にかけの状態から必死に二匹への謝罪を述べていたのであった……


―――――――――――――――――――――


『ふむ、お前は番人の役目を果たしていてこの先にお前達翼人の隠れ家が存在するからそうした訳か』

『ぞ、ぞのどおりでず……』

お仕置きと言う名の拷問を済ませた後、ようやく彼が攻撃してきた訳が判明した。
まず、彼女の名前はユーノ……翼人の中で戦士に属している。男口調で話しているが、この方が都合がいいとの本人の事だ
魔物に対して激しい敵意を剥き出しにしており、なぜそうなのかと問いてみた所、自分の父が魔物に殺されたからだそうだ。
彼女の父も同じく戦士として翼人の中では名の通った物だったらしい。

『でも、それで僕達魔物を全て毛嫌いするのは間違っていると思う……』

『ふん、主張でもしようと言う訳?』

『だが、俺達が知らない間に縄張りに入ったのが間違いかもな……それは謝罪する』

普通、魔物達はこの辺りをうろつこうとしないようだ。
翼人と魔物が決めた暗黙の了解が定着しているらしく、それぞれが距離を縮めるなどしない。
そういう訳で、俺達のような何も知らない余所者が勝手に入ってしまった事が悪いのだ。

『だが、怪我をした事については別だ。それ相応の対価として……食い物よこせ』

『はぁ? なんでさ!?』

『自慢じゃないけど言っとくが、俺は腹が減ると見境なく喰らう様になるからな』

そう言って、ジュルリと舌舐めずりをして涎を少し零し出す。
その唾液は地面の樹の根をジュワッと煙を上げて溶かし、その様子を見たユーノは顔を青白く染めた。


―まずい、このままだとこいつ……俺を食う気だ!!―


そう判断したユーノは急いで翼を羽ばたかせて森の奥へと入って行った。
途中で聞いたのだが、ここら辺にユーノの住処があるらしい。
そして、30秒も経たない内にユーノは戻ってき、その腕一杯に食糧となる物を持ってきた。

それをイビルジョーは嬉々とした顔で喰らっていく。
口に入れた物を咀嚼して行くと旨みが頬中を飢えの渇きを癒し、イビルジョーの腹を静めて行った。
だが、まだまだ足りない……

『もっとないのか?』

『冗談じゃないよ! これ以上出されちゃ私の分が無くなっちゃうよ!!』

『うむぅ……』

まだ満足とはいかないが、これ以上は欲張りとなるようなので一時的に止めることにした。
少し体を動かすと肩の傷がズキリと痛む……が動けないほどではない。

『ねぇねぇ、そういえば君がやってた攻撃ってなんなんだい? 僕の体をあんなに簡単に壊すなんてすごい物だよ』

ロックがふとした疑問を訪ねた所、ユーノは『あぁ……』と小さく声を呟くと右手のボウガンを見せるように付けている腕ごと上げた。
改めてみると、何の変哲もない木組みのボウガンだ。
これが自分の鱗やロックの岩を貫き砕く程の威力を持った物だとは思えなかった。

『風精霊の力を借りて僕が編み出した矢の撃ち方をしただけさ』

『ふうせいれい? というかせいれいって……』

『君ほどの魔物が精霊を知らないの? どんな田舎者だよ……』

うるせぇな……こちとら病気で逝ってから右も左も分からずにこの姿になった地球人なんだよ。
そんなお伽噺張りな単語言われたって直ぐには理解なんてできねぇんだよ。

『まぁいいか、まず矢自体を小さな竜巻で包んでやるんだ。そうすると、矢を発射した時に回転が掛かって破壊力も増すようになるのさ』


回転……そりゃ*【ライフリング】技術じゃねぇか!?

*ライフリング……銃等の銃身の内側に刻まれている螺旋状の溝。これを施す事により、ジャイロ効果で命中率や威力が跳ねあがる。


『しかも、竜巻の吸い込む力と弦で弾く力が合わさる事でより強い矢を放つ事が出来たりもするんだ』

驚いた……こいつ自分自身の頭脳で銃の強化構造を発明しやがった。
なるほど、確かにライフル銃と同等な威力を放つ矢なら俺の体を傷つけることは可能だろう。
流石の俺でもアンチマテリアルライフルで使う様な大きさの弾丸みたいな威力の矢を受ける事などやりたくない。

『大したものだな……』

本気でユーノの思考能力に感心していた所……そんな時であった。

彼らは完全に油断していたのだ……


『【大地に潜む古の力よ! 我が問いかけに答えよ!】』


突如として響き渡ったその声は女性の物であった。
瞬時に反応してイビルジョーはその声の発信源を探そうとしたが……

『うわぁ!! わあぁぁ―――!?』

傍に居たロックが何かに絡み取られるように拘束されていく。
それは、【樹の根】であった……まるで意思があるかのように根は蛇の如く絡み付いて行く。
それも幾重にきつく締めあげられて……

『ロック!! ぐぅ……!?』

ロックに意識を向けたその不意を付くかのように樹の根は今度は自分の番と言わんばかりにイビルジョーに絡み付いて行く。
足から体へと伸びて行き、拘束がこのまま遂行されて行くかと考えられた。

『しゃらくせぇ!!』

だが、暴力の限りを尽くして拘束から逃れようとするイビルジョーを封じるには役不足であったらしい。
枝をへし折るかのようにベキベキと音を立てて根が壊されていく。
抗い、抗って拘束を完全にさせぬよう彼も健闘はしたのだが……

『ウ……ぐうぅぅ!!!』

‘数’と言う暴力には勝つ事は出来なかった……
疲労によって動きが鈍った所を根達はイビルジョーの体をロックと違って幾重にも締め付け上げたのだ。
そして、最後に出来上がったのは根っこの塊と言わんばかりの大きなイビルジョーの姿であった。

『ふぐっ!! フガフガ!!!』

しかも、体だけではなく口にまでも根の拘束を施されていた。
実はイビルジョー、噛む力は強いのだが……口を開ける力は愕然と低いのだ。
その構造はワニの顎と殆ど同じらしい。

完全に身動きを封じられた二匹は無駄だと悟ったのか、これ以上抗う事を一時中断した。

『族長!?』

視線を移動してみると、ユーノが驚いた顔をしていた。
その視線を辿ってみると、そこには同じ翼人の女性が佇んでいた。
それだけではない……今気付いた事だが、自分らを中心に多くの翼人が囲んでいた。
本格的に動き出していたと言う訳か……ここは翼人の縄張り……あんなドンパチやってれば音で気づく筈だ。

『ユーノよ、お前にはこの敷地の番人を任せていた筈だ。何故魔物をそのままにして闘おうとしない?』

『ぁ……そ、それは! この魔物達は私達の縄張りと知らぬが為に入り込んだようです。ですから、彼らには故意など……』

『愚か者が―――!!』

ユーノが言った族長らしき翼人はユーノの主張を切り捨てるがごとく、喝を上げる。

『そのような甘い考えで番人が務まるものか!! この地へ足を踏み入れ侵した以上は子供であろうと始末するのが我らの掟ではないのか?』

『それは……そうですが……』

なるほど、排斥意識が強いと言う訳か……この種族は。
自分達の住処を守るが故、容赦はしないって事だ。

『なんだ、何か不満があるというなら申してみるがいい』

『ぇ……ぁ……ぅぅ……』

ユーノはもはや反論を許さないと言わんばかりの族長の威圧にたじたじとなっていた。
あれでは蛇に睨まれた蛙だ。

『まったく、お前の様な【できそこない】をわざわざ番人にしてやっているというのに……やはり所詮は出来そこないと言う訳か』

『…………ッ!!』

ん……できそこない?
そりゃいったいどういう事だ?

『我ら誇り高き森の一族:翼人の象徴である翼……普通ならば四枚存在する筈が、お前は二枚しか持たず生まれ出た。象徴ともいえる翼を半分しかもたぬ貴様を里へ置いてやったのは誰のおかげだ?』

その話を聞いて俺はユーノの姿と周りの翼人の姿を身比べる。
その話の通り、周りの翼人の翼は四枚に比べてユーノの翼は二枚しか存在していなかった。
そうか、そういう事か……

『そんなの……ひどいよ!!』

その時、同じ様に樹に体を拘束されていたロックが叫ぶ。
その声には怒りを込めて……

『他の皆と姿が違うから仲間外れにするなんて……ひどすぎるよ!!』

そうだな……遥か昔からロックはガーディアンという種族で他のガーディアンと違う事に苦しんでいた。
それゆえに、ユーノに対する周りの過剰な仕打ちが何より許せなかった。
あの悲しそうな姿が自分の昔の姿と重なって見えたからなのかもしれない。

『なんだ、部外者が口を出すな。目障りだ』

しかし、そんなロックの必死の訴えを怪訝とせずに無視をする形を族長は取った。
俺はその時、ユーノの様子を見ていた。
その顔は意外だと言わんばかりの表情をしていた……どうして自分の味方をしてくれたのかと……

『……誇り高き……か……』

次に、俺はポツリとそう呟き……

『くだらねぇな……』

そう彼らに聞こえるよう言い放った。

『なんだと……?』

『あぁ、くだらねぇ……自分達の種族が一番偉いと勝手に勘違いして小さな世界で己を誇示しているような奴を下らないと言って何が悪い?』

『貴様……我らを愚弄する気か!?』

『事実を言ったまでだ。それにな……お前らなんざそこに居る『出来そこない』なんかより志の程度が低い』

ユーノはたった一人なのに、恐れず俺のような魔物と太刀向かってきた……

『たった一人に守りを任せ、お前たちはのびのびとさっきまで過ごしていた。そして、ようやく体で危険を感じて後から集まっておいて堂々と威張り腐る様な権利なんざ……』

‘この俺’の体に傷を付かせ、圧倒的な不利を受けても最後まで戦おうとしていた。
そんな【誇りある戦士】の存在を……

『あってたまるかボケがあぁぁぁぁ―――――!!!!!』

汚す奴はこの俺が許さん!!

イビルジョーは怒りを爆発させ、膨張した筋肉と熱を利用して内側から根の拘束を破壊しようとしていた。
質量オーバーな衝撃が内側で暴れ、一本、二本と根が壊されていく。
さすがの様子を窺っていた翼人達も焦ったらしく、武器を構えて陣を取ろうと準備をしていた。

『愚かな……』

だが、族長だけは依然と落ち着いた様子でいた……
そして、その次には何かを呟き始める。

『【猛き者に安息の眠りを……】』

その言葉が引き金となった……
俺の前に生温かい空気が肌で感じられると……

『あ……あり……ぃ…?』

唐突に強烈な眠気が襲ったのだ。
それは見る間に俺の瞼を重くさせ、体も石のように重くなって暴れる体を強引に静めさせる。
そして、しばらくすると……大きな鼾をかいて眠りこけるイビルジョーの姿があった。

『ユーノよ、任を与える。この魔物共を今日一日監視し続けよ』

『……はい』





果たして、彼らは……一体どうなるというのか?



[25771] 第十五話:ゴーヤの人生相談室(お前に何が分かる!!byユーノ)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/04/14 22:16
深き森、暗闇が広がりつつある深淵の場所……灯りと言えば、空からの夕日の暁のみであった。
あの出来事から早数十分、例の場所には三つの影が存在していた。

一つは体を樹の根でがんじら固めにされながらも鼾をかいて眠り続けるイビルジョー。

一つは腰を付きながら樹の根で拘束されているロック。

一つはその二匹を一瞬も眼を離さずに監視しつづけているユーノ。

あれからは先ほどまで来ていた翼人の族長達はもうこの場へは来ない。
この先に里が存在すると言われているが、詳しく確認できる者はこの三匹の内の一匹であるユーノだけだ。
ユーノは何処にでもある樹の幹に背中を預け、その様子をロックは静かに見ていた。

『ねぇ、聞いていい?』

『……何?』

ふと、ロックは喋り始めた。
何故ユーノは態々自分を傷つける者達がいる場所に何時までも住んでいるのかと……嘗ての自分とは違い、強制的な移動範囲の制限などされていないのにも関わらず、何故彼女はこの土地に居続けているのかと……
それがロックにとって不思議でたまらなかったのだ。

『一つは掟……けど、私にとってそんな物は眉つば程にも心の隅に置いてない』

『じゃあ何が君をそんなにまでも縛り付けているんだい?』

『縛り付けられている訳じゃない!!』

ロックは心外だと言わんばかりに立ちあがって叫ぶ。
そして、その次には静かに座り直すのだった。

『母さんとの……約束だから……』

ユーノは次第に自分の過去をロックに話し始めた……

自分の父は翼人達にとっての憧れの的である戦士であった。
強く、気高く、誰もが目標とするような絵に描く様な素晴らしい人であった。
そんな父を母は愛し、父もまた母を愛した。

やがて、母の妊娠が分かると里全体が祝いの言葉を掛けてくれた。
自分の父を継ぐかもしれない次世代の子が生まれるという事実は里一つを大きく震わせた。
そんな事が流れ、臨月が過ぎ、永い分娩の時を経て生まれた子は……

―翼人の象徴を欠いた忌み子であった―

産声を上げ、生の証を叫び続けるその赤ん坊に向けられた視線は祝福なんかではなく、畏怖・軽蔑の念が込められていた。
時にはその中からその赤子を処分してしまえと主張する輩も現れ、その子に未来は無いかと思われた。

だが、その窮地を救ったのがまごうなき赤子の両親であった……
その中でも父は赤子の為に意見を主張し続けた。
彼は【戦士の誇り】よりも【父親としての義務】を選んだのだ。

結果として、村の窮地を幾回も救ってきた父のその恩恵という事を考慮して、その赤子は村で育てる事を許可された。
しかし、だからといってその赤子への偏見が完全に消える訳ではなかった。

何年か経ち、かわいらしい女の子に育ったその赤子は村の子供と遊ぶ事ができなかった。
いや、最初はなんとか遊ぶ事は出来ていたらしいが、次第に彼女から離れて行ったらしい。
おそらく、その村の子供達の親が何か言い聞かせたのだろう……
だから、彼女は常に一人だった……
唯一、彼女を癒してくれたのは彼女の父と母だけであった。

しかし、その母親も数年後、重い病にかかり亡くなった。
亡くなる時、母は彼女にこう言い聞かせた。

≪この里を嫌いにならないでほしい。彼らを怨まないで欲しい。いつか貴方を分かってくれる人がきっと現れるから……≫

母が無くなった後、彼女は父に闘いの指南を頼んだ。
父の方は一時は渋ったが、彼女の熱意に負け、矢の使い方を学ばせた。
そんな父との二人きりの時間を彼女は何時までも幸せに感じ、このまま続いて欲しいと思ってたりしていた。
だが、彼女の不幸はまだ終わらなかった……

今まで以上に凶悪な魔物が里の近くに表れた日、父を筆頭とした部隊が闘いへと赴いた。
彼女はこの時もまた父達が魔物を倒し、なんて事無い顔をしながら里へ帰って来るに違いないと考えていた。
そんな彼女の考えを……運命は裏切ったのだ。

父は……無残な姿となって仲間と共に帰って来た……
魔物との闘いには勝った……しかし、その時に負った傷はもはや致命傷となっていたからだ。
この日、彼女は本当の意味で一人となってしまった……

そんな苦しい過去を経て、彼女は戦士への志願を申し出た。
父を殺した魔物達を激しく憎み、母が愛したこの里を守るために……
しかし、そんな彼女に渡した任は里の極地での番人という彼女の願いとはかけ離れた地位……
己の運命が邪魔をしている……そう思い知らされた時であった……


こうして、再び数年を経て……現在へと至る訳だ。


『私は魔物という存在は目に入るだけでも嫌悪感を募らせていた……これからもそうだと思ってた……でも…』

『…………?』

『お前、どうして私を庇おうとしたんだ? お前と私は今日初めて会った者同士だというのに……』

『うん……君が、あまりにも僕と似てたから…』

『…………?』

ロックは‘あの時’までの話をユーノに話した。
意思を持った時、自分が周りと何か違うと自覚していた事…それに苦しみ、何百年も意味も無く生きていた事を……
そして、隣にいる【恩人】の事も……

『ジョーは、僕に意義をくれたんだ。【生きる意味が無ければ生きられないというのか】…その言葉で僕は自分が自分である事の大切さを知った』

『お前である事の大切さ?』

『理由なんて元から必要無かったんだ……‘此処に居る’ってことを想う事が出来ればよかったんだって』

誰だって生まれた時から【自分はこう言う為に生まれて来た】なんて考える奴はいない。
生まれる事が罪だと言うなら、何故生まれて来れた?
全ての物事には必ずや何処かに矛盾を孕んでいる事がある。

『単純だね……世の中ってのはそんな甘い考えで自己を保持して行くことなんざできやしないよ』

『どうして君はそんなに難しく考えようとするのかなぁ……』

『別に難しくは……』

『いいや、その通りだ』

『『!?』』

突如として響き渡ったその声に驚き、その声の主へと視線を合わせる。

『以前として、お前は唯逃げているだけだ……現実に目を背け、それに抗う勇気が無いからこそ今の現状に甘えようとする』

『ッ!?……なんだと!!』

『母親の約束? お前の意地・信念? そんな物強大な力の前じゃ徒労に変わるだけの重荷でしかない』

イビルジョーは冷めた目線でユーノを見据えていた。
その中ではどこか呆れる様な……そんな感じだ。

『ガキだな……唯の』

『…………ッ!!』

ユーノはイビルジョーのふとした一言に沸点を超える。
右腕に装着されたボウガンをイビルジョーの頭に標準を合わせる。
しかし、そんなユーノの行動に慌てる様子もなくイビルジョーは静かにしていた。

『今の言葉、取り消せ』

『ふん、図星を当てられたからと即座に力で黙らせるという所がやはりガキでしかないな』

『……ぎっ!!』

『撃つのか? 撃ったらスッキリするんだったら撃てばいい』

イビルジョーは命など要らんと言うばかりにユーノに攻撃の催促を行う。
ユーノは撃とうと考えてはいたが、どうしてか撃とうとは思う事ができなかった。
なぜなら、もしここで撃てば【負けてしまう】と思ったからだ。

結局、ユーノは持ち前の我慢の力で怒りを強引に抑え、ボウガンの矢先を下に向けた。
攻撃する意思が無くなったという合図だ。

『撃つものか……私情の怒りで攻撃するなんて私には有るまじき行為だから…』

『ジョー!? なにやってるの!?』

ユーノはブツブツと呟いて自分に言い聞かせるように手を胸に置いてそう言葉を吐く。
ロックはイビルジョーの行き成りのやり方に焦りながら問い詰める。

『ユーノ、絶望に打ち勝つ方法は何か……知っているか?』

イビルジョーはユーノにそう問いかける。
行き成りの問いかけにユーノは若干動揺しながらもその答えを探す。
だが、その問いかけの答えが今のユーノにはどうしても見つけ出す事は出来なかった……

『わからない……どういう事なんだ?』

『その通りだ……【わからない】事なんだ』

『…………ハ?』

行き成りの正解を言われユーノはキョトンとしたが、その正解はユーノには正解ではないとしか思えなかった。
何故そうなのかと逆に尋ねてみる。

『絶望とは、【どうしようもない事】だからこそ絶望なんだ。だから明確な方法なんぞ分かる筈がない』

『…………』

『だからこそ、振り返らずに進め。過去は変えられないからな……まぁ、別に忘れろと言っている訳ではない。そして、宿命は背負い運命は乗り越えるべきだ』

ユーノにとっての宿命は翼……
ユーノにとっての運命は忌み嫌われる事……

『だけど、変えられる物が二つだけある……【己自身】と【未来】がな……』

嘗て強くなりたいと願ったからこそ自分を変える事が出来た。
ある時にはどうしようもない頃から起死回生を果たした。
それを全てひっくるめてこそ≪自分≫を持てる……そうやって俺は‘あの’腐った世界を生きて来た。

『さて、いろいろ喋っていったが……ちょっとまずい事になりそうだ』


―グルルルルル……―


『何、さっきの音?』

『まずい……』

ロックはかけない筈の汗を流しながらこの状況を早く理解していた。
もちろん、さっきの音はというと……


―グギュルルルルル……グゥゥゥゥ……―


『メシィィィ―――』

そう一言呟くと、イビルジョーの体が小刻みに揺れ始める。
するとどうだろうか、拘束していた樹の根が見る間にビキビキと罅を入れ始めて行く。
その様子に二匹も驚く。

『え、何…なんなの!?』

『最初に聞いたよね。ジョーはお腹が極限に空くと理性が無くなって暴れ出す習性があるんだよ?』

『ウソだろ!? さっきのは単なる脅しじゃなかったの!!』

そうしている内にも根はほぼ全体が破壊されつつある。
いつでもOKな感じで出来上がっている。

『ジョーを抑えるには唯一つ、ある程度お腹を満腹にさせなきゃだめだ』

『こ、この食いしん坊大魔神め!!』

『でもさすがジョー、僕達に出来ない事を平然とやってのける』

『感心している場合か!!』


そして、遂に―――



『ウオォォォォ―――ハラヘッタアァァァァ――――――!!!!!』



‘暴君’の束縛が解き放たれる……
所々に付いた樹の屑を体を払って取り払い、口に巻かれていた根も強引に口を開ける力で壊し出す。
それによってすさまじい叫び声が森中に響き渡り、その大きく開けた口から唾液が零れ始める。

まず、イビルジョーは目の前にあるそれに目をやる。
未だ樹に拘束されている‘それ’を……

『え…嘘……?』

そう、ロックである……そんな動けない彼を……


―ガジィッ!!!―


『アッ―――――――――!!!!!』

『マズ……』

しかし、ロックの体は土と岩、時々テラー水晶である。
流石のイビルジョーも土を喰うのには抵抗があったらしく、齧り付いただけですぐに口から吐き出す。
それによって、ロックの左肩にはイビルジョーの歯型がしっかりと残ったのであった。

『ジ…ジョー!! 落ち着いてよ!!』

『ジャマダ……』

ロックの訴えも空しく、イビルジョーは後ろを向いて帰るのかと思いきや、尾を激しく振ってでの回転当てを仕掛けてくる。
その威力はロックを拘束していた樹の根ごとロックを森の彼方へと吹き飛ばしていった。
その間、『薄情者オォォォ―――――!!!!!』と奥からドップラー効果を残しながらロックが叫んでいたが…気のせいとしておこう。

『これは…激しくピンチだね』

ユーノの手元にある矢は実を言うと、もう三本しかなかった。
この強大な竜を抑え込むには心もとない……勝ち目の無い勝負はするべきではないと戦士の経験が心の中で響き続ける。

『逃げ切れるか……』

一応義務でもある。この竜が変な真似をすれば族長へと報告することが監視を始める時で決めた決まりが存在している。
この竜をうまく撹乱させてから里に戻るしかこの状況を打破する方法が無いのだ。
里へ戻れば予備の武器もあるし……なにより食糧も蓄えられている。
実をいうと、里でも家畜を飼っているので肉食の魔物に対しての罠を仕掛けた事もある。

というより、あの話をしていった下りからコイツに与えるのは矢か食糧かと本気で悩んでいたりもする。
とにかく、今動かなければ自分の命は―――


『クワセロオォォォォ―――――!!!!!』

『喰われてたまるかボケエェェェ―――!!!!!』



無いって事だ……命がけの鬼ごっこをするしかない。

まったく…今日は厄日だよもう!!



[25771] 第十六話:遊撃手の闘争(死ぬかもしれない……byユーノ)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/04/17 19:35
辺り一面に闇が広がった森の中、激しい騒音が響き渡る。
木々がなぎ倒される音、彼の者の咆哮の音、風が吹き渡る音……本来ならば静寂が包みこむ筈の深き森奥は今、二匹によって戦場と化していた。

『オォォォォ―――!!!!!』

『ちぃっ!! 【突風は我を汚す者より守りし鎧とならん!!】』

イビルジョーは持ち前の巨大なアギトを目の前に居たユーノを取り込まんと大きく開けて迫る。
だが、とっさの判断で唱えた言葉によってその難を逃れた。
それは、ユーノを中心として激しい流れを作る空気の層。それによってイビルジョーの顔は強引に、まるで磁石を同極で近付けた時に起こる様な反発を以てユーノの横へとずらされた。

しかし、理性を失えどもその暴食を司る精神は諦める事を知らない。
一度逸れてもまた再び一度、二度とユーノを喰らうべく鋭い牙をガチガチと鳴らしながら顎を開け閉めする。
この風の鎧は受ける事を目的とせず、『受け流す』事に意味がある。力技だけではこの鎧を突破することなど不可能……

『うわわわわッ!?』

噛み付きをする度に飛び散る唾液もまた風の鎧がユーノへと届く前に弾かれていく。
それにより落ちた唾液はスプラッシャーのように周りへと拡散して降り注ぐ。そのお陰で溶解時に発生する白煙がモクモクとユーノ達の居る場所を被い始める。
鼻をツンとつくような臭いがユーノの嗅覚を麻痺し始め、口での呼吸を余儀なくさせるがそれでもこの煙は‘味’を感じさせるほど濃い。

このまま風の鎧を出し続けていればこの場を凌げるかと思えるがそうはいかない。
力技が無理であると本能で察したイビルジョーは数歩下がって体を若干縮こませる。
諦めたのかとユーノは考えてはいたがそうは違う……【溜めているのだ】

しばらくすると、赤い放電がイビルジョーの口から奔り出し黒い霧のような物が漏れだす。
その次には大きく息を吸いながらその口を大きく上に向けて振ったかと思うと、あの酸のブレスを吐きだした。

『…………ッ!?』

ユーノは始めて見る物ではあったが、その危険性を先ほどまでイビルジョーが垂らした唾液から大体の事を予測していた。
その為にいち早く翼を羽ばたかせ、上空へと逃れたと同時にユーノが先ほどまで居た場所をあの酸のブレスが呑み込んだ。
そこには跡形も無く物が流動化し、地面でさえもケロイド状の穴を大きく作る。

『なんて出鱈目な!?』

しかし、上空へ逃れたからとて完全に難を逃れる訳ではなかった。
イビルジョーに視線を戻して見ると、再び体を縮こませていたのだ……二発目を撃つつもりだ。
ユーノは大急ぎで射程範囲に入らぬように翼を羽ばたかせて遠ざかろうとした。

その瞬間、赤黒い柱が斜めになりながら出来上がった。
強引に体を捻って直接当たるのを避け、そのまま下がるようにその場から離れる。
その時に抜けた羽が吐息に吸い込まれるように巻き込まれて溶けて行った。

『しめた、射程距離は比較的短い方だ』

ユーノは今までイビルジョーの攻撃方法を観察していた所、ある事に気が付いた。
それは、イビルジョーのブレスが届く距離が意外と短い事だ。
竜のブレスは収束型と拡散型と主に二つに分けられ、イビルジョーはこの内の拡散型に分類される。近い例を上げれば収束型はウォーターカッターのような……拡散型は火炎放射のような……そんな感じだ。
ならば、こいつの最高遠距離攻撃が届かぬ所から奴を誘導して行けば……!

そう判断したユーノは翼を風に任せ、飛べる所まで高く上がっていく。
あまり上がり過ぎると温度、気圧の変化の問題で体に問題が起きるのでギリギリを定めてなるべく慎重に決める。
下からは三度目のブレスが森の木々から噴き出してはいるが、対策法を見出したユーノにその攻撃は届く事はなかった。

『さてと、どう入るとするか……』

しかし、攻撃が喰らわなくなったのならこちらの勝利という訳ではない。
飽くまで目的はイビルジョーを里から引き離す為の誘導を行う事だ。
今下手に此方を見失って勝手な行動をし始められたら危険だ。
だからこそ、自分は最後までこいつの行方を見届ける事が必要なのだ。

それに、自分の翼とて無限に浮かせる訳ではない。
実を言うと、【飛ぶ】と【浮く】はまったく別の動作とされている。

飛ぶ事は一度体を空に運びながら前へと助走を付けていく。そして、最高にまでスピードが達したら後は翼を大きく広げて滑空すべく風に任せていく。

浮く事は力のベクトルを殆ど上に向けて翼を常に羽ばたかさなければいけない。そこには滑空にあるような風の補助など存在しない。

その理論でも述べ、自分が【浮ける】能力限界は約2分ほど……自分達翼人は本物の鳥のように長時間飛ぶために必要な筋力を所持してはいない。だから、羽の筋肉も足や腕よりやや強い程度でしかないのだ。

『あいつに半端な攻撃は致命傷にも足り得ないからね。前の闘いでよく経験されたよ』

あの強力な射撃を喰らってもただ【突き刺さる】だけで済んだのだ。
えっ、突き刺さった事でも結構な傷を負わせているって? お前の眼は節穴かってんだい。
あの堅い大木をへし折るほどの、あの岩で作られたロックの体を木端微塵にするほどの、そんな威力の矢が唯普通より深く刺さっているだけでアイツの体には済んでいるんだぞ?
もっと詳しく言えば、人間で当てれば腹に大きな風穴どころか胴体を中心として木端微塵にするような代物なんだぞ?

よくわかったかい? あいつの出鱈目なほどの防御力を……

『殺せはしない……なら!』

ユーノは覚悟を決め、体を下に向け……

『たっぷりと翻弄してやろうじゃないか!!』

流星の如く急降下をしてイビルジョーへと飛んで行ったのだ。
次第に近づいて行く地面の視線には目標を見失ったイビルジョーが映る。
髪や服がバサバサとたなびきながらも急降下を止めず、ある程度大地に近付くや翼を広げて風を受けてスピードを落とす。
そして、グラインドの如く滑らかな飛行変化をして地面すれすれで並行飛行を始める。その間、右手のボウガンに風精霊の力を宿し、己が持ちうる最高の一撃を用意する。
風が周りの葉を舞いあがらせ、ユーノは狙いを定める。未だユーノを見失っているイビルジョーの膝の裏の窪み(膝窩)をだ……

『当たれ―――!!』

まず一発目、当たるかと思えたその矢は惜しくも矢じりではなく篦がしなった形の所が当たる。
ニ発目、流れるような装填の次に発射された矢は此方に気付き始めたイビルジョーの動きによって微妙に避けられる。

そして、三発目……

『くそおぉぉぉぉ―――!!!!!』

後が無い最後の一発を数秒の内で最大級の集中をして標準を構える。
動きだす時の場所の予想場所、風の吹く向き―――これらの要素を一発の為に最大限に詰め込む。
最後の希望を以てその矢は発射され……

『…………ッ!?』

だが、集中を一点に向けすぎると他の事を気にしなくなってしまう。それによって直ぐ横に迫りくる大木の影に気が付けなかったのだ。
当たるかと思われたが、ユーノも空を飛ぶ者としての意地がそれを拒んだ。
巧みな翼捌きで体を捻り込んで強引に体をぶつけるのを何とか防いだのだ。

‘体’はだが……


―ガッ……!!―


『うぁっ!?』

体は避けれた……だが、その為に右翼をその大木にぶつける。
強い衝撃はユーノの翼に通る痛覚を激しく刺激し、体全体のコントロールを失わせた。
翼を動かせなくなった事が意味する事は、地面への落下であった。
殺せなかった勢いが回転運動と化し、ユーノの体を激しく転がしていったのだ。

だが、それと同時……幸いかどうかは知らないがイビルジョーの体がこの時傾き始めていたのだ。
彼の右膝窩にはユーノが放った矢が突き刺さり、若干血を流していたりもしていた。
しかし、小さい傷ながらもイビルジョーの右脚を暫くの間麻痺させるには十分な攻撃であった。

感覚の無くなっていた右脚が大きく曲がり、元より不安定だった木の根が張り巡らされた地面が角度を助け……大きい体の体重も相乗効果として平衡感覚を偏らせる。
そして、倒れる筈が無いと考えられたあの恐暴竜が今まさに……


『グオアァァァァ―――――!!!!!』


大きく横に倒れ込んだのだ。
その転倒は森を大きく揺らし、一瞬地震が発生したかと誤解しても可笑しくないほどの揺れであった。

結果は両者の引き分け、だがそれは一時的な結果の事だ……
ユーノの右翼は強く打ちつけられて激しい痛みが伝わる。
イビルジョーの右脚は麻痺を残して立ち上がれずにいる。

どちらかが先に動けば先行の機を与えられる。
片方は意思で、もう片方は本能で……それに従い行動しようとした所―――


『止まれ!!』


二匹の声とは違う何者かの声が響き渡る。
その声を聞くや、ユーノは何処か苦虫を潰したような顔をしていく。それは、この声の主をよく知っているからだ。

『弓兵、槍兵は魔物に対しての陣組を……剣兵は私に付き添え』

『了解しました』

声の主は男性だ。彼はテキパキと周りにいた翼人達に指示を与えていく。
ユーノは彼の事を知っている。翼人の現部隊長を務める者だ……かつて父が居た場所に座る男……

『なかなか派手にやらかしたな、ユーノ』

『…………』

実を言うと、ユーノはこの男があまり好きではない。
父のように先陣を切って闘っていたのとは違い、この男は部下に殆ど任せて自分は高みの見物的な事をしている。
所謂、隊長としての誇りが無いに等しく感じられるからだ。

『貴様が暴れると魔物ばかりか余計な物まで壊しかねないからな。余計な真似はするなと何度もいい聞かしている筈だが……』

『だらだらとしている様な他の奴と違って私は忙しいからね……』

噛みつくような言葉で返し、何を今さら言っていると言わんばかりな態度をとる。
それに反応し、部隊長はユーノの近くに寄って未だ動けないでいるユーノの頭を上から踏みつける。
ユーノの顔が地面に付き、土が色々と付着する。

『なんだその態度は、仮にも貴様は私の部下だぞ』

『ぐ……ぎ……』

末端のとはいえ、ユーノにも戦士の地位の上下が課せられている。
上がどんなに間違っても、白といえば黒も白と変えられる世界でもある。

『さて、後は我々に任したまえ。この魔物は我々が始末することにする』

嘲笑気味な笑みをユーノに向けて部隊長はこの場へと離れていく。
実を言うと、彼が部隊長であるのは彼が色々とした工作や手間を掛けた事による結果なのだ。
部下が殉職等をした時、その時に出来た成果を自分の物にしたりと……卑怯と表せるような事をしてきた。

この闘いでも頃合いをみてタイミング良く出て来たのに過ぎない。
ユーノが勝とうが負けようが関係なかったのだ。

『よし、捕縛の為の風縛結界を仕掛けるぞ』

『了解』

風精霊による力が風の縄を作り出し、イビルジョーの体を巻き付けていく。
あの族長が使った木の根を操る術は高度な技術に分類されるため、大抵の者には使えないからそれの代用だ。
このまま初めの時と同じく拘束されていくのか―――





だが、まだまだ甘かったのだ―――

過去を辿ってみよう……彼は、【本気】になっていたか?

もちろん、答えは―――


『な、何!?』

『風縛結界が抑えきれない!?』

『なんだ、このすさまじい力の奔流は―――!!!』


否だ―――



―ベキベキバキバキバキ……!!!!!―


風の縄はガラス細工のように脆く崩れ散って行った。
体が【大きく】なったからだ……しかも、足の矢も彼の内圧による反発で次第に体外へと排出されようと自然に抜け始めていた。
体が緋色に染まり上がり、古傷がより一層悲鳴を上げる。
激痛が彼を覚醒させていき、これまでの様子が嘘だと思うかのように一変させる。

『まずい!!』

そこへ勇気か、はたまた無知ゆえによる行動を起こした翼人の戦士が槍をイビルジョーの体に突き刺そうとした。
しかし、彼は【奴】の事を何一つ分かってはいなかった。
突き刺さる筈の槍は矛先を鱗で弾かれるだけに終わった。
まるでナイフをガラスに切りつけようとしたときの、そんな感触が矛先から伝わった。

『えっ……?』

その現象に翼人の脳が追い付けない所を【奴】は見逃す筈が無かった……
その大きな顎を目の間にいる≪餌≫に向け……


―グヂャアァァァァ!!!!!―


丸飲みするがごとく口に入れて頭からつま先まで全てに牙を突き立てたのだ。
悲鳴も何も無く、一瞬に起きたその出来事に周りの翼人達は沈黙に覆われる。
その中でイビルジョーは口をグチュグチュと肉を咀嚼するために動かす音を響き渡らせる。

『馬鹿……やろう……そいつ、まだ本気で戦っちゃいねぇのに……』

その様子を遠くから見ていたユーノはそうポツリと呟きながら立ちあがろうと踏ん張っていた。
仮にもこの場に居る翼人達は同郷だ。そのよしみとして、この一言を言う為に……







『逃げろ!! ≪ソイツ≫はお前らなんかじゃ勝てる相手じゃないんだ!!!!!』







気をつけろ……力無き者は挑むべき存在ではないのだ……
死神に取り憑かれる前に遠くへといけ。



遠く―――


もっと遠くへ―――



【奴】の視界からとにかく急いで消えろ。
生き残る条件はまずそれが一つだ。



[25771] 第十七話:翼人の里ボスクへようこそ(鶏肉パーティの始まりじゃ!byイビルジョー)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/04/23 23:06
『先鋭部隊前へ―――!!』

『第一部隊隊長:ダルク招集!!』

『第三部隊隊長:コーバック招集!!』

とある場所から遥か奥まで離れた地、翼人の里:ボスク……
夜闇を照らす火が村中に焚かれ、壮大な集合が成されていた。
誰もが全員武器を携え、これから来るであろう闘いに心を備えつつあった。

『一般の女子供の避難は?』

『既に八割程完了しております』

『食糧・武器の補充も用意済みです』

彼らの指示にはあの族長が先陣を切って行っていた。
あらゆる方向に対しての対策を幾重にも練り、来るべき脅威を待ち構える。

『皆よ聞け! 先ほど赴いた第二部隊はもはや連絡が取れない状態である。これは全滅の可能性もあると言う事だ』

『一個部隊を!?』

『そんな馬鹿な……』

突如、族長から述べられた驚愕な事実は周りにいる翼人戦士達を不安がらせる。
先ほど送った部隊の翼人達は手だれが多い筈なのに、それが全滅したかもしれないとなると一つの予想に辿りつかせる


【自分達が勝てるのかと……】


『何をそんなに弱気でいるのだ!!!!!』

だが、いきなりの族長の怒号により、そんな重い空気を一気に晴らされる。
誰もが自分達の先頭に立つ族長に視線を向けた。

『仮に我々が此処で負けたら里はどうなると言うのだ!! 家族はどうなると言うのだ!! 全てをあの魔物に好き勝手にさせられて良いと思っておるのか!!!』

『『『否!! 否!! 否!!』』』

『だからこそ我々は勝たねばならん!! 此処が我々の土地であるとあの魔物に知らしめなければならん!!!』

『『『応!! 応!! 応!!』』』

『勝とうと思うな!! 絶対に勝つと確信に変えろ!!』

『『『ウオォォォォ―――――!!!!』』』

誰もが武器を掲げ、歓気の声を荒げ出す。
そこには先ほどまでの弱気な姿は見られなかった。
これから闘う気満々と言ったところであろう。

『お、おい!! ちょっとアレ!!』

そんな時、一人の翼人が指を指してこの場に居る者たちに呼びかける。
その指の指す方向には森から何人かの翼人が飛び出してくる。
その姿はボロボロだったり、怪我で血だらけになっていたりと様々だ。

『た、助けてください!!!』

その内の一人が此方に向かって助けを求めた。
その人物は此処に居る全員が知っている顔であった。

『ヨッツァ隊長……』

『生きていたのか……』

先ほどまで全滅かと思われていた部隊の隊長であるヨッツァという名の翼人だったのだ。
その顔はよく見てみると、恐怖に染まっていて何かから必死に逃げようとしている感じだ。
そして、集団の中にまで走って来たと同時に膝を付いて崩れ落ちる。
どうやら息切れといった感じだ。まるで飛ぶ事も忘れるくらいに必死だったような……

『何があったヨッツァ!! 他の部隊員達はどうなっている!!』

『あ、あぁあぁぁぁ……ぁぁあぁあぁぁ!!!』

族長が質問するが、ヨッツァはそれどころではないと言わんばかりにそう唸る様に叫ぶ。

『あんなの……冗談じゃねぇ……怖い……怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわ―――!!!!!』

『落ち着け! 一体どうしたというのだ!?』

ヨッツァは遂には体育座りをするかのように体を丸めて震えながらその場の地面に座り込んだ。
あからさまな変わりように族長も若干動揺を隠せないでいた。
何人かの翼人は未だ森から逃げてくる仲間達の様子を見ていたが、とある一人が現れた時に驚愕に染まった。

『だ……ず……げで……』

その翼人は背中にある筈の物が存在していなかった……いや、‘奪われた’と言った方がいいだろうか。
背中のあの白い翼の変わりに赤く染まった白い突起状の何かが飛び出るように存在していた。

それは、目が良い翼人には直ぐに正体がわかったが、目の悪い者にはもうしばらく近付くまで確認できなかった。
だが、そうしてよく見える距離にまで近付いたところで改めて驚愕した。



それは、≪骨≫であった……



翼が引き千切られた為にか皮と肉と羽を剥がされた結果にて背中と翼に連結している骨が剥き出しにされていた。
赤く染まったのは血だ……白いカルシウムで出来ている筈の骨を真っ赤に染め上げている。
背中には翼があった証拠である皮と肉が少々残っている。

もはや全員が動揺を隠せられずにいた……
此処までする魔物の正体へ恐怖を募らせていった。


ズシンッ……ズシンッ……ズシンッ……


ほら、聞こえてきやしないか? あの足音が……


ズシンッ……ズシンッ……ズシンッ……


彼らの血の臭いを辿り、餌を求めてやって来た【アイツ】の足音が……


ズシンズシンズシンズシンッ―――――!!!!!


さて、どうする気だい? 闘うのかい? 





―保証はしないよ?―





『グオォォォォ―――――!!!!!』



木々を薙ぎ倒し、咆哮を上げるその竜は遂に彼らの前に姿を現した。
それはまるで暴虐を表したかのような黒緑色の巨躯、鋭く獲物を引き裂き噛み砕く為にある牙、雄々しき鋼の如きしなる尾……
かの竜こそ、恐暴竜【イビルジョー】であった。

『来たぞ!! 奴に近付く真似はするんじゃない!! 生半可な攻撃では無意味だ!!』

『精霊使い前へ!!』

まだゆっくりとだが、着実に此方へと向かってくるイビルジョーに対しての攻撃を用意して行く。
何人かの翼人が並ぶように前へ出て、指を立てた手を額に当てるよう置いて言葉を紡ぎ出す。

『【大地に眠りし守の力よ、堅固たる壁となりて彼の者の行く手を阻め!!】』

その言葉と共に大地が生きているかのように一筋、二筋と唸りを上げてイビルジョーへと向かっていく。
それはイビルジョーのすぐ近くに迫ったと同時に突如地面から土が剣を大地から突き立てるよう伸び始め、イビルジョーをジグザグに囲んでいく。
結晶の様な形になると同時にそれは固まり始め、巨躯を持つならではのイビルジョーの行動を封じる。

『【疾風は悪しき者を囲いし砦と化せ!!】』

そこにさらにと竜巻を発生させ、暫く動けずにいるイビルジョーをその中へと閉じ込める。
竜巻は云わば真空の渦の塊、幾層もの真空の刃が中にいるイビルジョーへと牙を剥き始める。
これであの竜は身動きを封じられたと誰もが想った。

『投槍隊前へ……』

『無駄です!! あんな物で【奴】を封じる事は―――!!!』

遠距離攻撃として最高の攻撃力を誇る投槍の攻撃に転じようとした時、一人の翼人が大慌てで叫び出す。
彼は先ほど森の方から逃げ帰って来た第二部隊の者だ。
だから、≪知っている≫……


―ベキベキベキベキッ……!!!―


堅固な堅土で作られた巨大な土の檻が見る間に罅を入れ始め、へし折り始める。
こんなもの等なんともないと言わんばかりに拘束にもならない土檻はボロボロと地面に零れていく。
だが、まだ竜巻の拘束がある! これがある限り、風の刃で閉じ込められておける……誰もがそう考えていた……が


―ガリ……ガリガリガリ!!!……ガリガリ!!―


イビルジョーは強引にと云わんばかりに竜巻の中から体を出していく。
その際に真空の刃がイビルジョーを傷つけようとするが、酷い金切り音の如く音を出して鱗と皮膚に防がれていた。
あまりにも頑丈な体が逆に竜巻が悲鳴を上げているかのように風を乱す。
仮に血を出させたとしても、ほんの少し表面が切れた程度の物が少ししか出なかった。

『ば……化け物だ……』

誰かがそうポツリと呟いた気がした。
周りをよく見てみると、一度高められていた筈の士気がだんだんと下がり始めている気がしていた。
士気が下がると隊員の陣に影響を及ぼす可能性が高まる。
陣は攻防に優れてはいるが、その弱点に機動性がある。
つまり、ここで錯乱し暴れられたら楽には移動できなくなる。

『……やむをえません……隊長位以下の者達は後退をしなさい!!』

『まさか、族長が自ら……』

『凄いぞ……あの伝説が再び……』

翼人族の現族長はかつて多くの亜人達がとある人間の街へと戦争を仕掛けた時代、亜人達との同盟を結ぶ代表であった……
女性でありながらもその圧倒的な戦士としての力は亜人側に勝利をもたらす為の要因にもなりうった。
しかし、人間側も負けてはおらず一枚上の力で亜人側には敗北を味あわされてしまったが……現役を引いたとはいえ、その力は現代でも知れ渡る。

そして、三人の翼人が一斉に飛び出す。
すさまじい速度でイビルジョーを撹乱させるように肉眼でなんとか終えるほどのスピードがイビルジョーの視界を迷わせる。
そうしている内にも、まず一人がイビルジョーの死角から攻撃を仕掛け出す。

彼は……コーバックは自慢の戦斧を空を飛ぶ力と振りまわす事により起こる遠心力で思いっきりイビルジョーの頭に叩きつける。
鈍い音が響き渡り、イビルジョーは頭を大きく縦に揺さぶらされる。

その次に矢を番える彼女……ダルクが怯んでいる間に矢を流れるように射ていく。
彼女の弓は普通の翼人達が使う木製ではなく、鉄弓である。
貫通力を増した矢がイビルジョーの首辺りに突き刺さり、今度は右に頭を揺さぶられる。

『これで……終わり!!』

そして、最後には族長が攻撃に転じた。
先ほどの二人の攻撃にやや意識が上の空になりかけているイビルジョーに向かって両手に持つ双剣を構える。
風の精霊の加護を受けたその双剣は極限にまで切れ味を上げられた物だ……並大抵の物は一刀両断に切り裂かれる。


―ギャリィッ!!!―


『くぅ、固い!?』

しかし、まだイビルジョーの防御力は負けてはいない。
傷を付けたとはいえ、浅くて致命傷には成りえない。

『やはり、数年も経てば鈍ってしまう物だな……』

『いえいえ、鈍っているとはいえあれほどの攻撃ができること自体すごいですよ』

傍にいたコーバックは若干落ち込んでいる族長に称賛の言葉を言ってはいるが、本人にとっては残念なことでしかない。

『一撃がだめなら、何度も切りつけるまで!!』

すぐさま意を入れ直した族長は再び飛び掛け、初めに斬撃を加えた部分を再び切りつける。
すさまじい猛撃が一か所に集中されて傷を付けていく。その衝撃でイビルジョーも衝撃の反対側へと後ずさって行く。
だが、イビルジョーも負けてはいない。攻撃を仕掛けている所を狙ってブレスを溜めて放つ。

『【突風は我を汚す者より守りし鎧とならん!!】』

だが、突如としてイビルジョーと族長の間に表れた不可視の風の壁がブレスを弾いて行く。
その奔流はすさまじく、ユーノが使った物とは比べ物にならないくらい力強い物であった。

『無駄だ!!』

そして、再び攻撃に転じていく……攻撃を防ぐ……
それが何度も何度も続いて行く……



――――――――――――――――――――


『すげぇ族長、あんな馬鹿デカイ魔物に怖気づかずに向かってやがる……』

『当たり前だ、族長はかつて西の地に生息していた竜種を死闘の末討伐したとされる御方だぞ?』

後方にいた翼人達は命令に従い待機していた。
誰もが前方で繰り出されていた戦闘に目を驚かせていた。
あの人なら勝てる……誰もがそう確信していた。


―ザッ……ザッ……ザッ……―


『おい……あれ……』


そんな時、此方側から見て西側の森から二人の翼人が現れた。
一方が片足を失くし、そこを服の布で簡易式な止血を施していた。
もう一方はその者の腕を自分の肩に回し、歩行の手助けをしながら運んできたユーノであった。

『はやく治療してあげて……』

その一言で暫く唖然として立っていた翼人達の何人かがその怪我人を運ぼうと寄って来る。
怪我人が無事どこかへと運ばれた後、ユーノはその場で膝を付く。
どうやらこれまで支えてくれていた緊張感が急に切れたからだそうだ。

しかし、そんなユーノの様子を見てもだれも声を掛けようとしない。
何人かはオロオロとしているが、大半がただユーノを見続けるだけであった。

『……皆、よく聞いてくれ。あの竜は信じられないくらい手ごわい……勝つのは無理に等しい』

『それは聞き捨てならんな……それはまるで今闘っている族長と隊長達が負けるとでも言っているようだな?』

訴えかけるようにいったユーノの言葉は翼人の一人により挑発のように取られる。
だが、そんなやり取りをしている場合で無いと言わんばかりにユーノは段々と声を荒げて行った。

『‘まだ’違うかもしれない!! だけど時間を掛けるとまずい事になるんだ!!』

ユーノは自分が暫く行動不能になった後に行われた第二部隊との戦闘で息を殺して観察していくとイビルジョーのとんでもない事に気が付いたのだ。

それは……



―――――――――――――――――――――


『もらったあぁぁぁ―――――!!!!!』

その頃、しばらく続いた族長の攻撃により鱗が剥がれ、皮が捲れて血肉が露出した場所をコーバックは自慢の戦斧の一撃を叩きこもうとしていた。
弱点を露出した場所に重い一撃を与えれば唯ではすまないだろうと確信していたからだ。
一瞬の隙を突き、遂にこの闘いに決着が付く……


誰もがそう思っていた筈であった……



―パキイィィィィン!!!!!―



『え……?』

『な……!?』

『は……?』


戦斧は当たった……だが、破壊されたのはイビルジョーの肉ではなくコーバックの戦斧の方であった。
斧部分が根元から砕けるように壊されてしまったのだ……
誰もが予想しえない結果に三人も呆然とした顔を取ってしまった。

『族長!! 聞いてください!!』

その時、遠くから叫ぶ声が聞こえた。
その声の主はよく見ると、ユーノであった……何やら必死に何かを伝えようと叫んでいたのだ。

『そいつは攻撃を受ければ受けるほど喰らわせてきたその攻撃が効かなくなる体質を持っているんです!!』

『馬鹿な!? そんな事がある訳無かろうが!?』

『事実です!! どうやらこの魔物は【順応】の特異体質を備えているようです!!』


順応―あらゆる負荷に備えてそれに対しての体の調節を行う特異体質……主に皮膚の角質化などといったものがある


『ということは……この魔物は≪攻撃を受ければ受けるほど防御力を上げる≫というのか!?』


とんでもない事実であった……それが本当ならば、自分達が今まで与えて来た攻撃が全て無駄だったという事だ。

事実、イビルジョーは体の治癒速度が早かったのは前の話で知っているであろう。
本来、イビルジョーはこの【イビルジョー】ほどに巨大な体へと成長する個体種ではない。
異常な体躯の成長は細胞の異常成長により賄われ、細胞自体が普通とは違う。
よって、【順応】もそれの副産物でしかない。


本当に厄介なのは……異常なまでの攻撃に耐えきる【タフネス】なのだ……



『闘おうとはもう考えないでください!! そいつはただ暴走しているだけで、私はそれを抑える方法を知っています』

『何!? それは本当か!?』

『ですから、しばらくソイツを撹乱させることはできますか!?』


この場を切り抜ける方法があると知り、一筋の希望が見えて来た。
だが、それは簡単そうに見えるが……

『待て、あの魔物の様子が可笑しい!!』

『どんどん体が……膨張して行く……』






かなり難易度が高いのだろう……
本日三度目の暴走が今ここに始まる……
咆哮を上げ、暴君はまだまだ休む事を知らない。



[25771] 第十八話:一つの闘いの終結(俺は……許されるのだろうかbyイビルジョー)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/05/02 16:45
『まったく、ジョーも手加減って物を知らないんだから……』

深淵の闇が広がる森の中にて、ロックは散らばった土をかき集めて体を再構成している所であった。
あの時力強く吹き飛ばされた為か、パーツが色々と広く分散されたようだ。
それらを何とか集め、足りない部分は地面の土を補充してほとんど元の姿に近くしていた。

『どうしようかなぁ……ジョーの為の食糧を確保しようにも何処に居るのか分からないし』

自分が一時、体の修復の為に時間を掛けている間にイビルジョーとユーノは何処かへ行ってしまった。
だが、時々轟音が響いたりしているのでそれを辿れば辿りつけるかもしれないが、時間が掛かってしまう。
ロックは今自分が何をすべきか考えていたのだった。


―ガサガサッ!!―


『んっ?』

そんな時であった……直ぐ傍の茂みから物音が聞こえ始めたのは……
音からして小さい方だ……もしや、騒ぎに応じて他の魔物が暴れ始めたのか?
そう予想してロックは先ほどの茂みをジッと凝視する。

そして、そこから出て来たのは……

『へっ……?』

『あ……』

‘彼’が良く知る魔物であった……


――――――――――――――――――――


『ゴアァァァァ―――!!!!!』

『……ッ!?』

一方、翼人達の闘いはまだ続いていた。
だが、最初の頃とは違って徐々に此方側が劣勢となりつつあった。
空を飛ぶ筈の翼も萎れる様に小さく畳まれ、体中には所々と痣が浮かび上がり、呼吸も満身創意なほどに荒げていた。
疲労という名の【蛇】が彼らの動きを封じ始めていたのだ。

『コーバック!!』

『んにゃろおぉぉぉぉ―――!!!』

コーバックは背を大木により逃げ道を塞がれたかと思われたが、力ある限りに腕を使ってアクションスター並みのバク転をした。
それは下向きになりながら木登りをしようとする様な、そんな格好になって上の方に張り付いたのだ。
そして、その下の部分には獲物を狙った筈のイビルジョーの顎が噛みつく状態になった。

それでも、イビルジョーは止まる事など知らんといわんばかりに一瞬にして噛み付いた大木を噛み砕いた。
下の部分だけえぐり取られたかのような跡を残しながら大木は倒れていく。

『こんの馬鹿力が……』

そんな様子にコーバックは愚痴を吐きながら危機から離脱しようとする。
そんな瞬間を狙うかのようにイビルジョーは後ろに振り向きながら、その大きな口を開けて噛みちぎるかのように噛む。
しかし、その瞬間を狙ってその攻撃を逸らす為のダルクの弓がイビルジョーの顎に当たる。
僅かに逸れた攻撃の軌道はコーバックを逃がすには十分と化す。

『やはり……駄目ね……』

今は錯乱のみを主体として入るが、万が一の望みで自分の矢で傷を負わせられるかもしれないとそんな期待を抱いてはいたが、やはり無理だった。
己の自慢の一撃がこうも簡単に弾かれると証明されると自信を無くしてしまう物だ……

しかし、どれほどの時間が経ったのだろうか……
時には攻撃し、防御し、この魔物と戦ってはいるが、一行に向こう側は体力切れというのを知らんばかりに攻めてくる。
怒りだせばその凶暴性は増し、迂闊に攻撃できないでいる。

もう何分……いや、何十分経ったのか……それを三人は誰もが知りたい状態でいた。
ユーノは一体何をしている!! この魔物を止める方法を知っているのではなかったのか!?
次第に苛立ちを覚えて来てしまってはいるが、信じた自分達にも責任はある。
だから、≪彼女≫が来るのを信じて待つしかないのだ。



『これとこれとこれと……あとあれも!!』

そんなやり取りが成されていると露知らず、ユーノは里の食糧庫で袋にありったけ食糧を積み込んでいた。
もちろん、【奴】に食わせる為だ……半端な量では【奴】の腹などそう簡単に膨れはしないだろう。
できるかぎり持てる限り詰め込んでその結果、袋は巨大化していた。

『よし、これぐらいでっとおぉぉぉ!!』

それから持っていくのだが、詰め込み過ぎたためだろうか……かなり重い。
ズルズルと引き摺りながら移動して行くしかないのだ。

戦士として体は鍛えている方だが、彼女としては運ぶこと自体がやっとである。
中には果物やら肉やらとこの里にとって何人分かもわからないほどだ。
そうして、食糧庫へと出ると……

『あれは……』

一人の翼人がこちらに向かって来ている。
いや、偶々此方に逃げて来ている途中なのだろう……だんだんと近くに来ている。
やがて、己の視力で見えるほどまでに近付いてきた所を確認してみると、あの≪第二部隊隊長≫であった……

『はぁ・・・はぁ・・・!!』

息を荒げ、辺りをキョロキョロと一心不乱に見渡す。
まるで、何処かに隠れようとするかのような……

『何をしている?』

『……ッ!?』

此方から声を掛けてやると、驚いたのように体をビクつかせて此方に首を向ける。
その顔には焦りがハッキリと分かるくらいに浮き出ている焦りようだ。

『仮にも部隊長ともあろう方が他の皆をほっぽり出してここまで避難かい?』

『う……ぐ……』

その一言で何処か悔しがるように口を噛み締めた。
こちらを恨めしそうに睨みだす。

『……せいだ』

『ん……?』

『貴様のせいだ!! あの化け物と初めに闘ったお前がこの惨劇の全ての始まりなんだ!!』

いきなり何を言い出すのかと思った。
元より番人は里に近づこうとする魔物から守るのが役目なのに。

『お前の様な奴が……調子に乗って闘っているから……俺達が勝てると勘違いさせてしまったから……!!』

もはや責任転換もいいところだろう……
自分達の失態を初めの過程となった自分だけのせいだと男は言い始めた。
それを聞いて、ユーノの眼は何処か冷めていた。

『……だから、逃げていいと思っている訳?』

『何を……』

『そうやって自分に傷が付く事を恐れて逃げる気?』

『だ……黙れ!! 忌み児の癖に生意気な……』

『今はそんな事なんざどうでもいいんだよ!!』

行き成りのユーノの怒号に男はたじろいだ。
お前は何をやっている! 何を簡単なやるべき事さえできないでいるのかと……
今まで見下していた筈の相手が急に恐れを抱いてしまうくらいに……

『別に私はアンタらが死のうが喰われようが知ったこっちゃないよ!! だけど、此処は私の【始まりの地】でもあるんだよ!!』

ズイズイと睨みながらユーノは男の前へと進んでいく。
その覇気に男は後ろへと下がらせられていく。

『だから、私は此処を無くすわけにはいかないんだ!! 父と母と私が生きた証のあるこの里をそう易々と壊されてたまるか!!』

それは、今まで伝える事の無かったユーノの心からの叫び声……誇りを守るべく勇気を奮う事を決意した一人の戦士がそこに居た。
言いたい事を言い終えたのか、ユーノはそのまま尻もちを付いている男を背中にこの場へと少しずつ離れて行った。
その間、男は圧倒された為に暫くと呆然としていた。

そのまま進んでいくユーノは重い食糧の荷を運ぶのを我慢して目的地を目指す。
近付くにつれて爆音や衝撃、咆哮や悲鳴が此方にも伝わって来る。
しばらくすると、他の翼人達が隠れる様にして集まっている様子が目に入る。

『おい、ユーノだ……』

『何をする気なんだ?』

『あの袋に入っているのはいったい……』

『本当にどうにかできるのかよ……』

ひそひそと口々に怪訝な言葉や侮蔑や疑心暗鬼といった声が出されていく。
だが、ユーノはそんな物をものともせずに進む。
やがて、見晴らしのいい場所に袋を置くと共に大きく息を吸った。
その次には大きな声で叫ぶ……



『聞こえてるかこの食いしん坊野郎!! 飯の準備ができたぞ!!』



――――――――――――――――――――

族長らは今まさに限界だった……
精霊の力を借りていったが為に精神力は疲弊し始め、武器を持つ為の腕は痺れだし、逃げ回った足は棒のように固くなっていた。
族長を筆頭にダルクとコーバックも生傷がいたるところに存在していた。

それでも、その努力のおかげでイビルジョーは今息を荒げて休息をとるかのように静かに佇んでいた。
尻尾がだらんとし、空腹の絶頂真っ只中のイビルジョーでも疲労を感じる事はある。
この竜の体は空腹になって理性を失うと言っても、空腹で死ぬようなことはありえない。
常に大量の熱を発し続けるイビルジョーは多量に消費し続けるカロリーを補充するために暴食という行為をとってはいるが、最低限に体のフィードバックを成立させている。

しかし、そうとは言ってもそれは脳や体を働かせるためであって理性を取り戻すことには至らない。
そもそも、理性を失うのは栄養分の消費を少しでも抑えるために一番養分を消費する器官である脳の思考回路を遮断し、動物としての本能行動に切り替えてしまうからだ。
原始的な行動……それが【食べる】だ……


『聞こえてるかこの食いしん坊野郎!! 飯の準備ができたぞ!!』


そんな時であった……この声が聞こえるのは……
初めに三人がその声の主の方へと視線を移すと、そこには巨大な袋を携えたユーノが仁王立ちするかのように離れた場所で立ちずさんでいた。

その声に呼応するかのようにイビルジョーは顔をユーノの方へと向ける。
そして、あの袋を見たとたんに目を光らせて若干疲れていた体をフルパワーで稼働させる。
その眼で、その鼻で、その肌でそこに自分の求める物があると感じ取りながら一心不乱にユーノのいる場所へと進んでいく。

『む、いかん!!』

気を逸らされて先に竜が行動して自分達の傍を離れていく事を危惧した族長は慌てて追いかける。
さらに悪い事に、イビルジョーが進む方向には他の翼人達が集まっている所があるのだ。
今まで傍観していた翼人達は突如としてこちらに向かってくるイビルジョーに驚いて蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。

その時、まずい事が起きた……
怪我をしていたのだろうか……一人の翼人が足をもつらせてその場に転んだ。
慌てて立ちあがろうとするが、心と体が行動をままならなくさせてうまく立ちあがらなくさせていた。

『……ッ!!』

しかし、そんな翼人を助けるべくユーノはその場から駆けて傍まで来て倒れている彼を持ち上げる様に引き摺る。
今、ユーノは翼を怪我しているので飛ぶ事はおろか、人を持ち上げながら飛び上がる事など不可能だ。
必死に彼を引き摺ってその場から離れようとするが、死神の足音はそんな彼女らへ非情にも近付いて来ていた。
誰もがこのままあの竜によって二人とも悲惨な姿にされてしまうのかと絶望し、眼を逸らしたるする者もでていた。


―ダダダダダダダッ!!!!!―


しかし、そんな状況の中、もう一つの激しい足音が響き渡っていた。
その正体は竜からみて左側の遠くから早いスピードで二人の方へと迫って行った。
それは翼人達に突進してきたかと思いきや、そのままそれの頭辺りに二人を乗せて二人ごと突進を続けていった。


『冗談キツイっスウゥゥゥゥ―――――!!!!!』


当の本人は半ば泣きながらその行動をしていたが、そのお陰で素早くその場から離脱する事ができた。
それと同時に先ほどまで居た場所にイビルジョーの足が大きな足音を立てて踏みつぶされていた。
もし、あのままいたら……想像するだけでも恐ろしかった……

そらからは想像した通りだった……
怒涛の勢いでイビルジョーはユーノの用意した食糧を袋ごと喰らい付き、勢いに任せて己の腹を満たしていった。
鋭い牙で果実が、魚が、肉が口の中へと収まり、激しい咀嚼音が鳴り続ける。
飢えが続く限りに飽食の瞬間を味わっていったのであった……



――――――――――――――――――――



『大変な目に遭いましたね族長。ですが、ようやく事が締まりました所ですかね……』

『……そうだな』

その後、戦後の後始末を一通り終えて暫くの静寂が訪れていた……
死者は第二部隊にいた者だけであったが、それでも三十人を超えるという壮絶な事実があった。
負傷者でも今後の生活にも支障をきたす者さえも少なくない……

『あの竜はどうしていますかね……』

『……その件の話はするんでない』

『ぁ……すみません……』

イビルジョーに関しても正気に戻ってからは迅速な決着を付けた。
彼には二度とこの里には近付かない事を約束した。
元より正気であるならば話のわかる竜だ……性格としても義理堅く、向こうも負い目を感じて必ずやその約束を守ると誓ってきた。

それに、彼をこの里へと来させたのは後に詳しく調査したところ……第二部隊の攻撃的な対応によるものだと判明した。
そして、初めに闘っていたユーノが里から引き離す為の戦法をとっていたと聞いていかに彼女が正しい闘い方をしていたのかと……
彼女は初めて遭っていた時から感じていたのだ……我々ではあの竜には勝つ事など不可能だと……
イビルジョー自身も話をして色々とユーノに自分自身の事を聞かせており、それに則ってイビルジョーへの対応をしていたのだ。

イビルジョーは去った……この里で殺された者の親族や家族や友人から恨みや憎しみの念を背負うと共に……
しかし、そうだからと言ってイビルジョーが出来る事など数少ない……死者は蘇りはしない……
だから、できるかぎりこの出来事を忘れさせてもらいたいが為にイビルジョーにはこの地を離れて貰うくらいにしかやって貰う事はできない。
あの竜を殺す等もってのほかだ……もはやあの竜の恐ろしさは誰もが知っている……

『それにしても、あの忌み児もこの期に追い出すとは……族長もなかなか旨い事をしますね。まぁ、あの忌み児はもとから……』

『……去れ』

『ぇ……それはどういう……』

『いいから此処から出てけ!! 今は誰も話したくは無い!!』

族長は恐ろしい顔をして先ほどまで話していた翼人を追い出す。その顔と迫力に恐れを抱いた翼人は大急ぎで出ていったのであった。
そして、族長の家は静かになる……
族長は傍にあった椅子を手に取り、静かにその場へと座る。

『ガラン、ティファニ―……すまないが私は間違った事はしてないと思っているぞ』

静かに何者かの名前を呟き、誰もいない空間で何かと話す様に独り言を言う。

『私は翼人達の長としてあらなければならない……故に、種族に矛盾を生むような要因はすぐさま排除しなければいけない』

どこか想う様な姿が何処か印象的だ……しかし、その様子は鬱れていた。

『まさか‘お前達’の子がその要因に入ってしまうとはな……親友だったお前達の子を親友であるこの私が苦しめる……なんとも皮肉な事だ……』

かつて、族長には二人の親友が居た……だが、一人は闘いで死に……一人は病で亡くなっていた。
そんな彼らの残した大切な者を苦しめ続けた自分が彼らに送ってやれる言葉など無いに違いない……

『あの子にどれほど優しい言葉を掛けてあげたかった事だろうか……ハハハ……全て私のせいだと言うのに何を言っているのだろうかな……』

さきほど間違った事はしていたいと呟いたが、本心では後悔していたのに違いない。
徐々に彼女の仮面が剥がれていく瞬間であった。

『強引なこじ付けだが、この里をこの期に追い出したのは私が今できる最後の償いだ……あのままあの子が居ても、此処はもはやあの子を傷つけるだけの場所でしかないんだ』

あの子は母であるティファニー……お前との約束だからと言ってはいるが、それで苦しむだけの人生を歩んで欲しくない。
それに、あの惨劇の事で里中の者達にいわれもない責められをされるのはさすがに族長としての仮面をかぶっていようが見ていられはしないだろう。

『頼む……こんな私が何をいまさらと思うかもしれないが……できればお前は幸せを見つけて欲しい……ただ里で無駄な生を過ごすよりは……』






―――ユーノ―――





――――――――――――――――――――

『だ、旦那……?』

『そっとしておいてあげて……プーク君……ジョーは今考える事が沢山あるんだ……』

『…………』

森の中を歩き続ける三匹は暗い様子を漂わせながら最低限の言葉も発せずに歩いていた。
里とは反対側の道をまるで逃げるかのように……

そして、分かっているかもしれないが……あの時二人の翼人を救ったのは‘あの’プークなのだ。
彷徨っていたプークは偶々であったロックに互いにイビルジョーの事を知っていたという事もあって、事情を察した後はイビルジョーの元へと急いだのだ。
そして、森を抜け、里に付いた時に見た様子が‘あの’瞬間であったのだ。
とっさに慌てながらもプークは飛び出して見事、あの二人を救ったのであった。

三匹は静かに森を抜けていく……その時、風が森を揺らし始める。
今まで静かだった森がざわめきだした事に気付いた三匹は一瞬歩を止めた。

『はぁ、何そんな陰気臭い顔してんだよ……』

その声に三匹は驚いて振り向く。
その声の主の正体を確かめると、それはイビルジョーとロックが良く知っている人物であった。
右手に荷袋を付けた担ぎ棒を持ち、樹の枝に足を付けて此方を窺うユーノであった……

『……ユーノ』

『もしかして、アンタ里の奴らを喰った事に悩んでいるんだろ』

『…………』

『魔物の癖して何そんな事悩んでいるんだよ。魔物が自分にとっての餌を喰う事は当然だろ? 何を人間臭い考え持っている訳?』

『ユーノ!! そんな言い方しなくても……』

『ロック、アンタは少し黙ってな……アンタさぁ……僕達翼人はともかく、魚や果物を喰う時にそいつの事を詳しく考えたり想ってやったりした事あんの?』

『ぁ……』

『つまり、そう言う事……いくらアンタが良識ある魔物だといっても所詮は存在自体が悪だ……』

そして、一言を息をついて話し続ける。

『だったらアンタは【誇りある悪】になれるよう目指してみなよ!! ウジウジ小さい事を悩んでいないで大きい事で悩めるようになりなよ!!』

『…………』

『それでもアンタが喰った翼人達に懺悔を求めたいのなら……私が協力してあげるよ?』

『は……?』

『つまり、私もアンタ達の仲間に入れてくれ』

三匹にとって衝撃的な提案を聞き、動揺し始める。

『ちょうど里を追放されちゃったしさ……私行く先なんて決めてないんだよねぇ……』

『そうか……』

『そしてアンタはそんな腑抜けた感じ……そこで、私をアンタの傍に置いてもらう事にする。私をアンタの罪を形にしてアンタが自分でした事を忘れられない様にしてやる』

何時もユーノをその目で見て、己がした所業をその目で噛み締めればいい……
それが、アンタに与える罰だ……

『んじゃあ、行くとするか……どちらにせよこの辺りはアンタら詳しくないんだろ?』

そう言いながら、ユーノはロックの肩辺りへと舞い降りる。
そして、そこに腰を付けて座りだした。

『……ふん、小娘が偉そうに言った物だ』

イビルジョーは俯いていた顔を上げてそうユーノに言い放つ。
その顔は先ほどとは違い、何処か余裕ができていた。

『いいだろう、その提案……受け入れてやろう。だが、俺の傍に居ると言う事は……俺に殺されるかもしれないという覚悟はできているんだろうな?』

『覚悟なんてもん、戦士の時から生死についてよく考えているもんだから当たり前だろ?』

イビルジョーとユーノは互いに笑みを浮かべ、それぞれの意を決したのであった。



『ふふふ、結構面白くなりそうだね』

『いや、オイラ覚悟なんて全く無いんスけど……』



当の二匹は其々思っていた言葉を呟いていたが……



[25771] 第十九話:登れ!!マンネティカ山脈(トランスフォーム!!(泣)byロック)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/05/06 16:09
森を抜け、河を渡り……一同はユーノが提案した道へと進んでいた。
彼女がまず提案した目的地が南の地という事で決定したからだ。
ユーノの話からによれば、この世界は基本的に北の地、東の地、西の地、南の地と称されて分けられているそうだ。
詳しく述べればこう言う事になる……


北の地―――人間が辿りつく事はおろか、力の弱い魔物や亜人では進むことすら困難な未開の地……だが、そこには魔物の中でも最強の種ともいわれている竜種の棲む『竜の巣』が存在しているとされている。

東の地―――人間では多国籍ギルド【悠久の風】の本部が存在し、トレジャ―ハンターや賞金稼ぎといった名のある者達が存在し、魔物や亜人もそこそこと強い種族が存在している。

西の地―――人間達が殆どを占め、風の噂によればいくつかと帝都や都市が存在しており、覇権を争って戦争をし続けている場所でもある。魔物はほとんどおらず、個別として力を奮う亜人が少々いる。

南の地―――人間が住む事は無く、強力な魔物や力を持った亜人が生息する。しかし、資源が豊富で良質な水源や食糧が他の三つの地の中でも群を抜く。


俺達が今まで居たのは東の地であり、その話からして次に向かう場所を決めるのにはそう時間はかからなかった。
俺はこの世界で生きる以上、安定した住処と体の事もあって食糧が豊富な南の地へ行く事を決める事にした。
プークは迷っていたが、東の地にある自分の住処に戻るにも道がわからない。
俺達が付いて行って送ってやろうと考えてみたが、実質的にあの場所へ再び近づくのには何処か抵抗があった。

結局としてプークは先へ進む俺たちについて行ってもらう事にしたのだ。
そして、今俺達の目の前には大きな赤茶色の岩肌を晒す大きな山がある。
ここはマンネティカ山脈……この先は南の地、いわば東と南の境目ともいえる場所であった。

『高いな……本当に此処を登るのか?』

『南へ行きたいのなら此処からしかないよ?』

『ひょぇー! 頂上が雲に隠れていて見えないっス!?』

他にルートは無いそうだから仕方が無い。
翼があるユーノは空を飛べるから彼女だけここを通過できるのではと思う者が居るかもしれないがそれは違う。
この山の頂上付近は天候が変わりやすく、下手に近付くとそれに巻き込まれてしまうのでやる訳にはいかない。
それに、ちゃんとした道は山の山腹……つまり、中間地点のところにしかないらしい。
つまり、登るしかないのだ……

『仕方ないか……食糧が持つかどうか心配だがな……』

『一応魔物も生息しているからそいつで腹ごしらえして行けばいいんじゃない?』

『おいおい、あまり血飛沫が出る様な光景を見せつけたくねぇんだから……』

ちょっとしたふざけ合いをしてから俺達はついに山脈へと足を付け出す。
ゴツゴツとした岩肌が足の裏から感触として伝わり、少々こそぼったい感じがしながらも斜めに徐々に成りつつある山地を進んでいく。

『マンネティカ山脈か……仕事として遠くでここ特有の薬草を取りに行った以来かな……』

『ユーノの姉さんは此処に来た事があるんスか?』

『うん、ここの薬草は血止めに最適だからって里の奴らには重宝されていたからなぁ……』

ユーノは何処か遠くを見つめて昔を少々思い出していた。

『それにしても、お前だけ歩かないなんてずるいぞユーノ? 何当たり前のようにロックの肩に乗って気ままに振る舞っているんだよ』

『へへ~ん♪ ロックからにはちゃんと許可貰っているよ~だ!』

『あはは……ごめん、そういうことだから……』

『……まぁ、それならそれでいいが』

他愛もない話をしつつもイビルジョー達は山脈を登り続けていく。
途中、変に絡んでくる弱い魔物がイビルジョーの餌になったりとやり過ぎて山が少々落石を起こしてしまったり色々とあったが、大分登り切りそうな所まできていた。
しかし、ここから何かが変化して行く事にまだ彼らは気付いてなかった……

『ぅ……ぅぅん……』

それは、ロックの小さな唸り声が始まりであった。

『どうしたロック?』

『可笑しいな……なんだか体がいつもより重い気がするんだ……』

『ユーノが乗っているからじゃないのか? やっぱ本当は辛かったのか?』

『そうじゃないんだ……なんだかこう……体がダルいって言うか……』

『大丈夫っスか? ロックの兄貴?』

遂にはロックはその場でへたり込む。
相当辛そうな様子をしていた……しかし可笑しいな、人間の体を持たないロックは病気とかそんな物にはならない筈なんだが……
山の気圧か? いや、そんな人間でも苦しくなるほど高くは登っていないからそんな心配は無い筈なんだが……

その時、イビルジョーはロックの体をよく見てみた。
見た所、別にどこも変わった様子はないのだが……

『……ん?』

目を凝らしてよく見ると、ロックの体の表面に何か黒い粉の様な物が付着しているのに気が付いた。
それを見て、さらにロックの体を調べてみると足元にその粉が集中するかのように付着している事に気が付いた。

『ユーノ、ちょっとロックの体についている粉の様な物を取ってみてくれ』

『粉……? あれ、そう言われてみるとロックの体に何か……』

ユーノはイビルジョーに言われたとおりにその粉を取ってみる。
別にただザラザラとしていて何の変哲もない物であるかに見えていた。
ユーノは試しに臭いを嗅いでみるが、別にただ単に土の臭いがするだけであった。

『ふむ……体が重い……黒い粉……』

その中でイビルジョーはそれの正体を自分で探ってみる。
此処は山……他と違う物があるのは当たり前の事だ……土も違うし……土……?

『ユーノ、お前の持っているボウガンの矢じりは鉄か?』

『え、何でそんなこと聞くんだい?』

『いいから教えろ。鉄なのか? そうじゃないのか?』

『まぁ、鉄だけど……』

『そうか……それじゃあ矢をロックの体に矢じりを向けて少しづつ近付けてみてくれ』

イビルジョーにそう言われたユーノは言われたとおりに矢かごから取り出した矢を未だぐったりとしているロックの体に近付けてみる。


―ガチンッ!!―


『えっ……!?』


すると、どういう訳か矢が一人でに飛び出してロックの方へと飛んでいった。
それは、下半身部分に当たるとそのままピーンとしてロックにくっついたままになっていた。
それを見て、イビルジョーはそれの正体に確信を持った。

『わかった……こいつは≪磁鉄鉱≫の欠片なんだ……おそらくロックの土に入っている鉄の成分が反応して動く度に付着していったんだろう……』

『そうか……だからなのか』

ユーノもイビルジョーの説明を聞いてようやく原因が解明できて安心した。
さほどロック自身に問題があるようなことではないので安心したからだろう。

『しかし、ロック……やっぱり動けないか?』

『ご、ごめん……ちょっとこのままじゃ無理みたい……』

『どうするっスか……これじゃあここに留まっているままになるだけっスよ?』

ふむ……このままでは八方塞という状況ではないか……どうしたものか。
せめて体が小さければ俺かユーノが運んでやれたんだが……


体が小さければ……?



『ロック、お前って核の水晶を移動させる事は出来るか?』

『ぇ……まぁ、やれるにはやれるけど……』

『……よし、それじゃあ』


そのとき、イビルジョーの顔は笑みを浮かべていたのであった。
また、その時の顔でユーノとプークが引いてしまい、傷ついたという事実はこの時では語るまい……



――――――――――――――――――――


『ぶははははは―――!!!!!』

『ひ、ひひひぃ―――!! あーお腹が痛い―――!!!』

『そ、その……似合って……るっスよ……』

三匹は一斉に笑い出していた。
いや、プークだけは笑わないではいたが、どこか笑うのを我慢していて顔が引きつっていた。
そして、そんな三匹を笑わせていた当の本人は……

『ひどいよひどいよオォォォォ―――!!!!! こんな形なんてみっともないじゃないかあぁぁぁ―――!!!!!』

そう、ロックである。
しかし、その姿は余りにも変な物であった……あの大きかった人型の体は最小限に削ってまるでバスケットボール程の丸い大きさに変わっていた。
そして、その丸型の中心に本来あった眼が存在し、その体の両端には最小限として付けたのか、細長い小さな両腕が生える様に出来ていた。

削るに削って出来た姿が何処から見ても某ゲームに存在するポケットなモンスターの一匹:【イシ●ブテ】にそっくりなのであった……

『ぷぷ、だってしかたねぇだろ!! ユーノがお前を運ぶにはそれくらい小さくならきゃいけないんだから!!』

『そうそう、第一ロック自身は歩いていたら磁鉄鉱の欠片がまたくっついて身動きとれにくくなっていっちゃうんだから』

『うぅぅぅ……』

流せない筈の涙をどこかから流しながらロックはこの状況を仕方なく受け入れるしかなかったのであった。
それでも納得いかないのか、細い両腕をぴょこぴょこと上下に動かして反抗するよう動かしていた。

『まぁまぁ、この山を渡るまでの辛抱なんスから我慢してくださいっスよ……』

プークはそんなロックを慰める様に右手を丸い体に添えてやる。
丸岩で小動物が戯れているようにしか見えなかったのはこのときイビルジョーの秘密であったが……

『それじゃあ気を取り直してと……ユーノ、頼む』

『はいよ!』

そうしてユーノは小さくなったロックの体を抱える様に持ちあげた。
土を減らした分、かなり軽くなったから女であるユーノでも軽々と持ち上げられたのだ。

『こうやって抱えられるなんて初めての体験だよ……』

『こらこら、仮にも女の子に抱きかかえられてんだから嬉しくしなよ……』

『そんな事言っても……ん……この柔らかいのは何だろう?』

持ち上げられ、その時に感じた感触に違和感を覚えたロックは生えていた手で≪ソレ≫を掴んだ。
しかし、それは我らが世界ではタブーとされている行為だとは知らずに……
よく考えてみよう……人が物を抱える時にはそれは何処の位置にあると思うだろうか?

そして、ユーノは女性……
そんなロックが掴む物といえば……


―≪モニュッ≫―


『ひゃあぁぁぁぅん―――!!!!!』

それをロックが掴んだ瞬間、ユーノは力の抜けた様に情けない声を上げる。
ロックはそんなユーノの様子に驚き、すぐさまその手を≪ソコ≫から離した。
しかし、あんな事をされたユーノは堪ったものではない。
一瞬緩んでしまった表情をすぐさま元に戻し、次には自分が抱えるロックの方へとキッと睨みつける。

『ぇ……な、なに?』

その表情にどこかビクつき何か悪い事をしたのかと困惑し始める。
それもそうだ……ロックはガーディアンという人工ゴーレム……オスやメスといった物が無い。
その為、女性にやってはいけない事など知る筈もないだろう。

そんなロックの想いを知らぬまま、ユーノは抱えていたロックを右手だけで掴みだす。
そして、何処か遠くへと見晴らしの良い場所へと向かって……


『こんの……エロいわあぁぁぁぁ―――――!!!!!』


叫びながらロックを遥か彼方へとボールのように投げた。
すさまじい風切り音を出しながらロックは回転して飛んでいったのだった……


『何か知らないけどごめんなさあぁぁぁ~~~~い!!!!!』


とりあえず、謝っていたが後の祭りだ……そのままロックは山の下の方へと落ちていく。
そう、下の方へ……

『……さっきのは奴が悪いが、ちゃんと拾ってこいよ?』

『……って、あぁしまったあぁぁぁぁ―――――!?』





自分がした事が余計な事だと気が付き、ユーノは急いで下に落ちていったロックを拾いに飛んでいくのであった。










――――――――――――――――――――
Side:???

その頃、山の頂上辺りにて何者かの影が数個蠢いていた……
霧で深く、今はよくその姿を捉えられてはいない……

『あれか……近頃妙な風の噂を聞くといわれているあの竜は……』

『はい、彼の行動はまったくもって捕捉が不可能です……』

『いかがいたしましょうか?』

数個の影より一回り大きな影が下を覗き込むように窺う。
その視界には、元気に戯れる四匹の姿が目に映っていた。

『……まずは様子見といこう。お前達、行ってくれるな?』

『『はっ―――!!!!!』』

あまり多くは語ってはいなかったが、その頷きと語源で己達がやるべき事を瞬時に理解した【彼ら】は一斉に飛び立っていく。
それを命令した主は静かに眺めていた。

『あれほどの力……出来る物なら私の手に……』


この出会いこそが、始まりであった……
あの【種族】との深い策謀と因縁の関わり合いの……



[25771] 第二十話:翼竜達の襲撃(脇役は辛い仕事っス……ホントbyプーク)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/05/13 00:33
『まったく、手間掛けさせてしょうが無い無い奴だな』

『えー、ユーノが自分で投げたのに僕の責任になるの?』

『当たり前だよ! なんせ私の・・・む…胸をいきなり触ってくるなんて!!』

『胸を触るのは悪い事なの?』

『ユーノ、こいつに一般常識はまだ通じないと考えとけ。自分の住処以外何百年も一度も出た事がなかったからな……』

『くぅ……なんか納得いかない!!』

あの後、ユーノの手により無事谷底から生還してきたロックを再びユーノに持たせ、マンネティカ山脈の山道を進んでいた。
今の所、此処からは下りになっているから幾分か楽な道のりになりそうだ。
とにかくこの山脈を降りたらまず腹ごしらえがしたい。まだ大丈夫だが空腹は俺にとって最大の敵だからな。

『南の地っスか……一体どんな所なんスかねぇ~』

『僕とプークは東の地生まれだから他の地はわからないからね』

南の地は俺にとっても暮らしやすい場所だといいな……モールが言っていた北の地にある【竜の巣】という所にいくのも考えた事はあったが、俺としては近い場所で暮らしやすそうな土地柄を選んでおきたい。

『そういえば、ジョーは何処生まれなんだい? 竜種であるアンタなら結構激しい土地柄であるはずだよ』

『…………ッ!?』

しまった!! まさかそんな質問をされるなんぞ考えもしなかったぜ。
この世界の事なんざ大して知ってもいない俺に出身の事なんか知る筈がねぇ!
嘗て、夢で見たこの竜の本来の記憶からは名前しかわかっていないのに……

『いや……俺は……』

『ひょっとして北の地生まれっスか!? そうだったらどうしてわざわざ東の地にまで来たか教えて欲しいっス!!』

『あ、僕もジョーの故郷の事聞いてみたいな』

えぇい! そんな期待を込められた眼差しを向けられても答えられる物などない!!
考えろ考えろ……嘘でもいいから納得のいく話を作り上げないと……だが、下手な事を言うと妙な疑いを持たれちまう……

『いやな・・・俺はちょっと特殊な事情があってな……』

『ほほぅ、もしかして仲間の群れの食糧を食べ過ぎて追放されたとか?』

『なんだそのしょぼい理由は!?』

……実際もし俺が竜の群れの中で住んでいたとして追放された理由がそうだとは思えなくもねぇな……
あぁちくしょう……だめだ、あまり良い考えが浮かびあがらん。




―ゾクッ……―




その時、イビルジョーは妙な身ぶるいを一瞬起こした。
これは覚えている……かつて人間であった自分が幾度も経験した体験。
これが来る時は狙撃されたりナイフで刺されようと近付いてきた人間がいたな。

そう、いわばこれは‘殺気’
誰かが俺達を…いや、【俺】を狙っている。
どこだ……何処に居る!?

『ん、ジョー?』

『シッ!……静かにしてろ』

『へっ……?』

イビルジョーは人間の頃とは違うこの竜の体の五感を集中させていく。
耳で風の音を探り、眼で景色の異常を探り、体感で温度の変化を探り、鼻で山の臭いを探り、口で空気の重さを探っていく。
そして、そんなイビルジョーの耳にその異常を探り当てる。
かすかだが、山風の音とは別に何かが羽ばたく音が響き渡っている。
その音を次は目で探り、未だ濃霧で覆われている山の上部を凝視してみる。

『何かが……来る』

『…………ッ!!』

ユーノもこの不穏な空気を感じ取り始め、イビルジョーが向いている視線の方向へと急いで向いてみる。
左手のボウガンの弦を弾き、矢籠から数本ボウガンの矢を取り出して来るべき脅威に用意し始める。
この時、ユーノはロックをプークに任せて物陰に隠れているよう頼んでおいた。

プークは戦力としては期待できないし、ロックは土地が悪くて本来の力を引き出せそうにはないからだ……
結局として今回は俺とユーノが頑張るしかないと言う訳だ。

『どこだ……何処から来る……』

『焦るな、焦ったら相手の思うがままだ』

イビルジョーは左側を、ユーノは右側を向いて左肩の向き合わせを作る。死角を作らないようにする為だ。
僅かな音だが、未だに羽ばたく音が聞こえている。先ほどより近付いて来ている気がしている。
ひょっとすると、たまたま通りかかった鳥系の魔物の類かもしれないと考えたりもしたが、あの“殺気”を放った時点でその案は却下する。

音だけを頼りに敵の正体を探り続ける。
ユーノと共に少しずつ回りながら視界を移動させていく。



―そして、羽ばたく音が消えた―



『ジョー……』

『…………あぁ』





『そこだ―――!!』


イビルジョーはユーノの動きに合わせて行き成りしゃがみだした。
そして、そこにユーノが背中から乗り、それと同時にイビルジョーは立ちあがってユーノを騎馬する形になる。
イビルジョーの背中に跨りながらユーノは左手のボウガンを右手と上手く使って連続して五本の矢を放つ。
弦に矢を張ると同時に発射させるその射法はそうそうに出来る物ではない。

その矢は上空に高く放たれ、今まさに上空から直線飛行して降りてこようとした【奴ら】目掛けて向かっていく。
だが、向こう側も負けてはおらず、飛んでくる矢を見事な飛行転換によって全て避けてしまう。
そのまま速度を抑えぬまま、物凄い速度で此方へと突進するかのように飛んでくる。

『まだだ!!』

そこへイビルジョーは次と言わんばかりに左足を軸として右脚を大きく後ろへと曲げて蹴りの準備を取る。
【奴ら】は近付いた所を直接蹴り込むかとその様子を見て考えた。そのため、望むところだとそのまま近付いて行く。
だが、その予想は外れた……
【奴ら】を蹴る為に曲げたかと思われた右脚は地面へと振り下ろされる。
いや、ただ振り下ろされた訳ではない……三日月を描く様に地面を抉って蹴って来たのだ。

すると、どうだろうか……イビルジョーの蹴った場所から大粒・小粒の岩石の塊が【奴ら】目掛けて飛んでいったのだ。
そう、イビルジョーのすさまじい脚力は岩で構成された山の地面を罅割り、即席の散乱弾へと変化したのだ。
そして、先ほどの矢とは違い、不規則に飛んでくる弾丸の如き岩塊を【奴ら】はさすがに避ける事は出来ずに当たっていく。

『何ぃ―――!?』

『ぐあぁぁ―――!!!!!』

苦しみの声を上げ、散乱する岩塊を体中へともろに喰らった【奴ら】はついにバランスを崩し始める。
イビルジョーとユーノの場所に突撃するはずだったルートを外れ、近くの山の斜面へと墜落する。
大きい体は激突する事によって山を少々揺らした。

改めて【奴ら】の正体を見てみる事にしよう……
全身はまるで蛇の鱗のように青い物で覆われており、その顔は大きなトカゲといった感じだろうか……いや、トカゲと表現するには物足りない……
そして何より、一番の特徴はその腕と一体化した大きな二対の翼、長い尻尾。頭に対に生える角……


……それは≪竜≫と呼べる存在であった……


『クソ! 小癪な真似を!?』

『待て、この者達……中々闘いに慣れていると見える』

体勢を立て直したその竜達は此方を睨みながら互いに何かを話していた。
突如として現れた敵に俺達は意識を集中させる。

『何だあれは……竜?』

『ワイバーン(翼竜)だ!! 竜種の中で下級の魔物とされている奴らさ!!』

『なんで俺達を狙う……』

『わからない……でも下級とはいえ油断しない方がいいよ! 仮にも竜種に属する魔物だ!!』

そういや、俺以外の竜を見るのはこれが初めてだな……
よく見れば見るほど確かに竜らしい姿をしている。
それに比べ、俺ってなんだかイグアナが放射能で突然変異した変種じゃないかって思う様な姿なんだがな……あ、なんだか目に涙が……
とにかく、奴らは何が目的だ?

『貴様ら、俺達に何の恨みがあって攻撃してきたんだ? お前らとは一応初対面の筈だが……』

『お前が知る必要はない。だが、ある方の命によりお前の力……試させていただく!』

俺が目的という訳か……それに、ある方って何処のどいつだ。
余計な事するなと言ってやりたいものだ。

『ユーノ、退いてろ……どうやら奴らは俺を指名らしい』

『何一人で勝手に決めてんだよ! 別に奴らの言うとおりにして闘わなくても……』

『聞こえなかったのか……俺は退けと言ったんだ』

『…………ッ!!』

イビルジョーは睨むように怖声でユーノにそう言い聞かせる。
興奮している所悪いが、竜の強さは定かではないが、俺を例として見ればかなり強力な物だと予想できるものだ。
ユーノでは竜を倒す事などまだ無理に等しいと考えられる。竜を倒せるのはかなり難しい物だと前に聞いた事があるからだ。

『……わかった……』

『すまないな……』

『けどジョー……負けるなよ……』

『ふん、誰にそれを言っている?』

冷静さを取り戻したユーノは総合的な判断で今の自分が闘えるものではないと少々納得がいかないながらも了承した。
改めてそのワイバーンという竜達と向き合う。数は二匹……向こうも此方を睨みつけ始める。
そこで、二匹の内の一匹が前へと出てくる。
どうやら順番に相手をしようという訳か……

『待たせたな、あんまり面倒事に時間を掛けたく無い方だが……殺り合うとしようじゃねぇか?』

『笑止、随分と舐められたものだ……』

お互いに竜での顔の笑みを浮かべ、笑いあう。
だが、それでさえも隙を付く為のフェイク……笑い声が一瞬止まったかと思うと同時……


―二匹は互いに駆け出した―


『グオォォォォ―――――!!!!!』

『ガアァァァァ―――――!!!!!』

二匹ともそれぞれの咆哮を上げながら距離を縮めていく。
イビルジョーはその足で大地を踏みしめて鋭い勢いで前へと進み……
ワイバーンは踏み込んだ勢いでそのまま翼を使って低空飛行へと移り……

その二体の巨躯が激しくぶつかり合っていく。
イビルジョーがそのままショルダータックルを喰らわせて……そこからワイバーンが翼を使って上へ離脱し、次には己の足に付いた鋭い鉤爪でイビルジョーの頭を掴みかかる。
掴みかかれつつも激しく首を振って一瞬に振りほどき、その隙を付いて今度はイビルジョーがワイバーンより高く飛び上がる。
翼の無いイビルジョーの方が不利だと思われていたが、そう思わせない様な動きをいとも簡単に行っていた。
そのままイビルジョーは左足を上げ、落下する衝撃と共にワイバーンを踏みつけようとした。
だが、見事なグラインドによる回避で更に上へと移動し、イビルジョーの踏みつけはそのまま地面へと振り下ろされる。

『きゃあぁぁぁぁ―――!?』

『へぶぶっ!?』

『む……!!』

その威力は山全体を震わせるかの如くな物で、傍観していたユーノ達やワイバーンの片割れを驚かせる。
そんな様子を露知らずと二匹の闘いは続いていた。
地面へと降り立ったイビルジョーはすぐさまワイバーンへと視線を映し、一瞬思考を止めた。
その先には、何やら口から光が漏れた状態でこちらを見据えるワイバーンが居た。
何をする気かと一瞬疑心になったが、その間にワイバーンは口から勢いよく何かを吐きつける。

それは、≪火球≫であった……
直径50cmはありそうな巨大な火球が勢いよく下にいるイビルジョーに向かって吐きつけられたのだ。
その光景に一瞬驚きながらもイビルジョーは一直線に飛んでくる火球を慌てて横に飛んで予想される着地点から離れた。


―ドゴオォォォォ――――ン!!!!!―


まるで爆弾が爆発したかのような轟音が響き渡り、辺り一面土煙を巻き上げる。
火球が落ちた場所はまるで隕石が落ちたかのようなクレーターがぽっかりと開いていた。
たとえ頑丈なこの体といえども、当たったら唯ではすまないと確実にこの時悟ったのであった。

『くそ、ちょこまかと飛びやがって……』

飛行というハンデを背負っているイビルジョーにとっては少々やりづらい相手この上ないだろう。
だが、そんな経験など翼人達の闘いで色々と学んだ。
やはり相手がブレスを使うと言うならば、此方もブレスと行こうではないか……

しかし、イビルジョーのブレスは感情を爆発した力……つまり、憤怒を引き起こさない限り放つ事はできない。
だが、それでもブレスを吐く為にはどうすればいいか?
簡単だ……憤怒をコントロールすればいい事だ……

人間の俳優は演技をする為に感情をコントロールして本当に泣いたり怒ったり笑ったように表現する事が出来る。
心とは結構複雑だが、人それぞれの特有の鍵を作り出せば実は結構簡単に感情を引き出す事が可能とされている。

イビルジョーはまず、一切の雑念を捨て去っていく。
そして、その次には人間の頃……憤怒の元となるような記憶を思い出していく。

その間にもワイバーンはもう一度火球を吐こうと空中で準備しているようだが、恐れている暇は無い……



親戚に何度も投げ掛けられた罵声……

理不尽な理由で己を排斥しようとした者達の顔……

一番嫌いなタイプの人間の知り合いの顔……



憎しみも……怒りも……全てをこの一撃に込めていく。
血が沸騰するかのような感覚がイビルジョーを支配して行き、それは遂には口から赤黒い紫電を洩らしていく。
そして、その中にてワイバーンは先に火球を放った。
誰もが動かないままでいるイビルジョーに不安を持ち、危ないや逃げろやらと声を投げ掛け始める。

だが、イビルジョーにとってそんな事などどうでもいい。
はやく‘コレ’を捨ててやりたい……そんな感情が限界にまで達した時……


その【ブレス】は放たれる……


『な、何!?』

それは火球を飲みこみ、遂には飛んでいるワイバーンにまで飛距離が届こうとしていく。
いきなりの強力な攻撃にワイバーンは動揺を隠しきれず、どうにかして其処から逃げようと翼を広げる。
だが、それがいけなかった……思ったよりも早く来たブレスはその拡げた翼の左翼の一部に掛かってしまったのだ。
強烈な焼き付ける様な痛みがワイバーンを襲い、終いには飛行姿勢を崩してそのまま垂直に落下し始めたのだ。

『ぐわあぁぁぁぁ―――――!!!!!』

叫び声が響き渡りながらもワイバーンはそのまま落下し続け、遂には山の斜面へと激突した。
皮肉にも、二度目の落下を経験したワイバーンにはこの結末は屈辱以外のなにものでもないだろう……
そのまま斜面に沿って転がり始め、やや平たい地面へと来たところで止まったのであった。

『けふ……あんまやりたくねぇな……このやり方は……』




この現象はこの場に居た傍観者の誰もが答えを示させた……






―決着という訳だ―



[25771] 第二十一話:動竜グラブダード(すまん、今回ばかりはシャレにならんbyイビルジョー)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/05/14 00:25
Side:???

『……セファルドがやられたか』

マンネティカ山脈の頂上にて、未だに一つの影が崖際に佇んでいた。
その者は先ほどまでは目を閉じていたが、ふと糸が切れたかのように力を抜いてその場からようやく移動し始める。

『竜の巣にて活動していた頃から私の部下として働かせていた二匹の片割れをいとも簡単に倒すか……』

その顔には何処か笑みが浮かびあがっていた。
自分の想像した以上の収穫ができて満足だと言うかのように……

『だが、まだまだだな……』

しかし、評価を改めると言うかのようにそう呟く。
その時に浮かべた笑みを一瞬にして消し、元の無表情な顔へと戻す。

『まだ成長の兆しは見れそうだが、【上位】に位置する者共には足りない』

しばらく右へ左へと歩いて顎に手を当てて考える。
山風の音だけがただ吹き鳴るだけの場所で……

『さてと、そろそろ私も動くとしようか』

そう言った途端、顎から手を離して崖際へと移動する。
その下は濃霧で覆われており、下の様子など見える訳が無い様な物であった。
≪普通≫ならば……

『悪いが、そ奴らは大切な部下なのでな……いったんその闘いを止めて貰うとしよう……今は名も知らぬ‘我が同族’よ』

そして、次には両腕を広げて体に風を受ける様な格好となる。
髪が山風でたなびく中、その者は徐々にゆっくりと……体を≪傾けていったのだ≫
そのまま重力に誘われるがまま、その者の体は角度を落としていく。

やがて、限界にまで体が傾くと同時にその脚は地面から離れた。
そう、その者は‘飛び降りた’のだ……
落ちていく事に落下速度は上がっていくが、そんな状況であろうとその者の顔は恐怖には染まってはいなかった。
まるで慣れている……前からこのような事をやっているからと言わんばかりの顔で……



ついには、その者の姿は山岳の濃霧の中へと消え去っていったのであった……


――――――――――――――――――――

『しっかりしろ! セファルド!!』

『すまない……兄者よ』

闘いが一度終わった所へ負けたワイバーンの元に片割れが近付いてくる。
どこか慌てていて心配していると言わんばかりの顔だ。
そして、話から聞くにどうやらアイツらは兄弟らしいな……今倒した弟の方がセファルドという訳か。

『悪いな……その翼は恐らくもう二度と使えないだろう』

イビルジョーがそう言った通り、セファルドというワイバーンの左翼は一部を中心にボロボロと化していた。
翼膜は大きな穴を中心に所々と破け、翼の骨格は中途半端な形になり下がり、もはや使い物にならないとしか見えないほどであった。
そんな風にしたのは自分だが、そちらから仕掛けてきた分半端な対応などすることは俺はしない。

『よくも……よくも我が弟を!!』

『おっと、逆恨みは止して欲しい物だな……その結果は自己責任として収めるもんだ』

『きぃ~さぁ~まあぁぁぁぁ―――――!!!!!』

どうやら、兄の方は感情に振りまわされやすいタイプだな……
む、そうしている内にも兄の方は同じ様な火球を吹こうと用意し始めている。
セファルドとは違ってより大きなものとして、その標準は俺の方に向けられていた。

『たくっ、山を壊す気かっての……』

しかし、先ほど放ったプレスだが……やはり怒り時の時よりは幾らか威力は落ちるようだな。
それでも、酸の力は相変わらずだ……火球を飲みこんだのはそれが強かったからに違いない。
酸化させるという事は酸素を吸収しやすいと言う訳でもあるからな……
火の元を一気に無くしてしまったという事か……

『それに……』

向こうは頭に血が上って気が付いていないようだが、どうやら奴は気付いていない事がある。

そう考えながらイビルジョーはワイバーンの元へと走り出す。

『馬鹿め! 自分から死にに来たか!!』

だが、そのワイバーンは今にもブレスを吹こうと用意万全な状態だ。
そんな相手に近付くなど自殺行為だと誰もが考える事だろう。
それなのに、イビルジョーは向かっていくのだ……

『しいぃぃぃ~~~』

今、ここで時を遅くして様子を窺って見よう。
ワイバーンは溜まりに溜まった熱のエネルギーを向かってくるイビルジョー目掛けて放つべく口を向ける。
そして、首を【後ろに曲げる動作】をし出して……

『ねえぇぇぇぇ~~~!!!!!』

一気に首で火球の勢いを付けるかのように前に勢い良く振った。
だが、そこにワイバーンの落とし穴があった……

『見切ったぜ!!』

イビルジョーはセファルドとの闘いから竜としての動作を観察する心構えで挑んでいた。
そして、竜がブレスを吐く時には自分と同じ動作をする事に気が付いていたのだ。
確かに、ブレスは竜の攻撃の中でも強力な部類に入る……だが、ある【一定の動作】にまで入ると方向転換できないのだ。

それがその【後ろに曲げる動作】の時だ。
コンマ一秒で行うその動作が命取りとなる。
イビルジョーはその瞬間を狙って、今居る場所から反復横とびをするように横へ飛ぶ。

その反応にワイバーンはしまったと考えてしまった。
だが、もはや遅い……癖となる動作をそう簡単に修正できる筈もなく、コンマの間に居た筈のイビルジョーの場所へと火球を放ってしまった。
その動作でもはや【積んだ】……イビルジョーが後ろから来る爆発音を背にそのままワイバーンの元へと突進し始めていた。

大きな巨躯でありながらも素早い動作にワイバーンは動揺を隠せぬまま何とか体を動かそうとした……が、心と体が合わさらない動作しかできず、避ける事をもたついてしまったのだ。
イビルジョーは己の大きな口を開け、そこに並ぶ琥珀色の鋭い牙を見せつけるかのようにワイバーンの体へと迫っていく。
このままお得意の噛み付きが決まり、またしてもイビルジョーの勝ちだとこの時誰もが疑わなかった……


【その者】の介入が現れなければ……



―ガラガラガラガラッ!!!!!―


『ぬっ……!?』


不思議な音が何処からか響き渡り、咄嗟にその音源の方へと顔を抜ける事に動作を切り替えたイビルジョーが見た物は……



―まるで蛇の様な動きで、岩石が集まって出来た【流れ】であった―



『何だ……これは?』

その不思議な現象に呆然としていると、突如としてその【流れ】がイビルジョーへと目指すかのように此方へ向かってきた。
イビルジョーは咄嗟にその場から離脱し、迫って来る岩石の【流れ】から難を逃れたが、目の前の物が何かを様子を窺って試行錯誤をし始める。
だが、それよりもこの肌で感じる力のすさまじさ……ビリビリと電気が流れているかのような空気へと変化して行く。

その間にも、岩石の【流れ】はワイバーン達をまるで包み込むように集まっていった。
黒い岩石達がまるでシェルターのように形成されていく

『グラブダード……様……』

ワイバーンが唖然とした表情で誰かの名前を呟く。
イビルジョーはその視線の先へと向いてみると、其処に『奴』は居た。

『人間……?』

……いや、感じていると何処か違う気がする……
淡い紫色の髪の毛、肌は少し黒身を帯びた小麦色、そして、なによりそう思わせる決定打となったのが何処までも深い金色の瞳……
年齢は20歳前後といったところだろうか……細身の体でボロボロのローブを体に纏っている。

『名も知らぬ我らが同族よ、汝の闘いに水を指した事をまずは謝ろう』

そう言って、その人間はその場から軽く【飛び降りて】此方に近付いてくる。
そう、飛び降りてだ……高さは5mはありそうなところから何の補助もなしに着地したのだ。
いや、よく見てみると着地する寸前に地面から少し浮いて勢いを殺している事が分かった。

『しかしながら、その者らは私の大切な部下達なのでね……命までもを奪われる訳にはいかぬのだよ』

男はそのまま歩を進めて俺の近くへと寄って来る。
その威風堂々とした姿に少しながら畏怖を感じ始める。

『部下という事は、こいつ等に俺を襲わせたのはテメェの仕業という訳か』

『いかにも……』

ワイバーン達は力を試させてもらうと言った……つまり、こいつは先ほどまで俺達の闘いを見物してたという可能性が大きい。
それに、さっきこいつ俺の事を【同族】と言ったな……どういう事だ?

『テメェは何者だ……?』

『何者……? 汝、まさかこの私を知らないとでも言うのか?』

『はっ……何言ってんだ?』

ますます意味が分からない……この世界の事は何一つ知らないからなおさらだ……
コイツの正体は人間や魔物に広く知られていると言うのか?

『く……くくく……』

『…………?』

『くくく……ふははははははは―――――!!!!!』

何を思ったのか、男はいきなり大声で笑い出した。
その顔は何がそんなに可笑しいのかと此方が思えるくらいに良い笑顔であった。
しばらく怪訝に思いながらも俺は男の姿を見据え続ける。

『ま、まさか……くくく……竜種でありながらこの……ふふふ……このグラブダードの名を知らぬ竜がこの世にまだいようとは!! とんだ傑作だ!! いや、私の方が些か篭り過ぎたのかもしれん!!』

『何が可笑しいんだよ。ハッキリ言って欲しいんだが……?』

少々ジト目になりながらも俺はそのグラブダートと名乗った男を見続ける。
とにかく思うと、なんだかイライラさせる奴だ……

『ふぅ……こんなにも笑ったのは何十年ぶりであろうか……よかろう!! この礼にそんな田舎者の貴様に改めて紹介しよう』

先ほどまで威厳があったかのように感じられた風貌が少し剥がれ、ややフランクな物へと変質していた。
グラブダードは右手を腹へ横に沿えるように置いてそこからゆっくりと頭を下げ始める。
まるでダンスをエスコートする時の紳士の様な礼儀作法であった。

『初めまして……我が名はグラブダード・レク・エルド・ファフニル……およそ600年を生き、あらゆる者達に恐れられ、【動竜'(ずうりゅう】とも言われた竜種とはこの私の事だ』

『ファフニルだって!?』

その時、壁際に避難していたユーノが唐突に大声を上げる。
まるで在り得ないと言う様な顔をして……

『知っているのかユーノ?』

『当たり前だよ!! 知らない奴が居るのが可笑しいくらいな大物だよ!!』

そう言われて、ユーノから彼女が知っている限りの事を聞いて行く



―グラブダード・レク・エルド・ファフニル―

動竜、大地の悪魔、紫黒竜帝、穢れた翼……他にも様々な呼称が存在しているとされてはいるが、その呼称とは比べ物にならないほどの彼の竜が引き起こした災害は今もなお語り継がれている。
かつて西の地に存在した強力な大帝都を幾度となく滅ぼし、その竜を滅ぼすべく送られた屈強な名のある戦士も手も足も出ぬまま敗れ去る。
その爪はどれほど固く作られた防具であろうと引き裂き、その皮膚はどれほど鋭く作られた武器であろうと通す事は無い。
そして、竜種の世界では強さに応じて位を授かる事ができる竜が五匹存在するとされている。
そんなグラブダードはその一匹に位置して‘いた’とも言われているのだ……



『今ではお伽噺にしか語り継がれないほどにまで幻と言われた竜がなんでここに……!?』

『私も色々と考える事があったのだよ……翼人の娘よ』

『かつては【位持ちの竜=災害】と定義づけられた程……その力は強大すぎたとも言われていたけど、突然行方が知れなくなったといわれているのはそれが関係しているの!?』


それはもう五十年も前の話だと言われている……
そんな途方もないほど時代を生きた竜が今目の前にいるとなると、動揺を隠せないでいる。

『セファルド、レイヴァン……お前達は元に戻っていろ……この竜と少し話がしたい』

『しかしグラブダード様!!』

『身の程をわきまえろ愚か者が……態々私に助けられる羽目になるような状態となる者を付き人として何の意味がある?』

『…………ぁ』

レイヴァンと呼ばれた兄の方のワイバーンは横になっているセファルドを足で掴むと、己の翼で共々何処かへと飛んでいった。
竜一匹を丸々と持ち上げるとは、結構他の竜も筋力があるもんだな。

『少々時間を掛けた、では始めようか』

『ぁ……あぁ……』

そう言いながら、グラブダードは近くにあった岩を椅子代わりにしてそこに腰かけた。

『それにしても、私の名を知らぬとは……汝は何処の生まれなのだ? 今はそれが一番聞きたい気分だ』

『ぁ……俺は……』

ちょっと待て、終わったかと思った話題が今ここで再びかよ!
知らないなんて言ったら変に怪しまれそうだし……あぁもうどうすりゃいいんだよ!!

『まさか知らぬのか? もしやお主、【出し子】か?』

『出し子……?』

『捨てられた者の事をいうのだ。そうとなれば、出身など知らぬからな』

そういう意味を持つのか……しかし、これは良い考えだな……元は人間ですというよりよっぽど信憑性が保てる言い方だ。
よし、これに決めた……

『そうだな……俺は、ずっと一人で生きて来た……喰らいたい物を喰らい、飢えを凌ぎつつも育ってきた』

『ふむ……』

なるほどという様にグラブダードは頷きをし始める。どうやら信じてくれたようだな……
まずこれでこの話題は終了といきたい。

『しかし、お前ほどの力を持った竜がなぜ【竜の巣】に存在していないのか逆に気になるものだ』

『あぁ……ちょっと聞いていいか? アンタは自分の事を竜だといっているが、なんで人間の姿なんだ?』

『なんだそれも知らぬのか? 私ほど力の強い竜はその力の影響で周りを破壊しないように敢えて人間の姿を取って力を大幅に抑制しているのだよ』

『人間の姿になる方法があるのか!?』

『一種の水と風の精霊術を使う方と、その抑制している力を人間に姿を変える為に使ったりする方と二種類に分けられているがな』

グラブダードからは今まで知り得なかった知識を多く授かった。
話の途中にユーノが持ってた非常食を摘んでいたりと俺の方は何処かオヤジ臭い事していたが……
様々な事を話していき、ふとグラブダードはこう一言言った。

『気に入った! 汝、私の元に就く気はないか?』

『なんだって?』

『お前ほどの力、そのまま野良に放すより存分に振る舞う事の出来る環境に居るべき物だ。ならば私に就くが良い』

『いや、断る……俺は食事をする以外に無益な闘いはあまりしたくはないんでね』

やんわりと断ると、それでもあきらめないのかグラブダードはしつこく迫って来る。
やれとっておきの技術を教えてやるなど、やれ他の者が喉から手が出るほど欲しい知識をくれてやるなど……
一見、面倒見がよさそうな顔して甘い言葉がどんどん出てくるが、違う……


コイツは違う……

俺が人を信用するまでには言葉や目的は必要ない事にしている。

その俺が言う……コイツは信用できない……目に深い欲望が渦巻いてやがる……

おそらく、今後、俺を駒のように扱う為にこの場に留まらせている気がしてたまらない。

だから、俺は拒否を続けた。


『すまないが、俺は行く……俺達はこれから南の地に行く予定なのでね』

『……これほど頼んでも、顔を縦に振らないと言うのか……』

『わるい、おいお前ら……行くぞ』

『あ、うん……』

俺は離れて傍観していたユーノ達を呼んでそのままこの場に去ろうとする。
とにかく此処から離れればどうにかなる……そう考えていたのが甘かった。




『待て』





―ゾクッ!!―


たった一言であった……たったの一言で俺たち全員が震え上がった。
ユーノは冷汗をダラダラと流し出し、プークに関してはガタガタと震え始めている。
ロックは何も言わずに静かにしているが……

『悪いが、私は欲しい物は力づくでも手に入れたいと思うたちでね……駄目と言われてそうかと了承する訳にはいかんのだよ?』

そう言ってグラブダードはニヤリと微笑を浮かべて此方を見据える。
その顔は笑ってはいるが、心は絶対に正反対な想いを抱いているだろう。

『邪魔しないでくれ……下手に殺り合うというなら、俺もそれ相応の対応をするぜ?』

俺はあえて強気で彼にそう言い放った。弱気を見せる訳にはいかない為、そんな口調になったが……それは不味かった。

『私と殺り合う……? 誰が……? この私と…………?』


静かにそう言葉を呟いて、未だ微笑を浮かべていたが……










『図に乗るな小僧が―――――!!!!!』










―ドンッ…………!!!!!―



一気にその顔が豹変した。
それと同時に大気が震えだす。目の前から見えない壁で押されている様な感覚が強烈な物として襲いかかっていく。
グラブダードを中心に、まるで山自体が怒っているかのように力の奔流が乱れ狂い始める。

『ははは、これの何処が力を抑えているという訳……』

ユーノはその圧倒的な力に絶望し始め……

『まずいっス……オイラ此処で死ぬかも……』

プークは今ここで人生を諦めるかのような言葉を出し……

『あががががが……』

ロックは力の影響で体がガタガタし始める。



『これは、本気でまずいな……』

だが、俺も余裕を構えている暇がないかもしれない……
こいつ……本気で強い……
今までの奴らよりずっと……あんな小さな体だというのに……俺の何倍はあるかと思えるような竜の幻影がその背中から映している。






ハッキリ言おう……死ぬかもしれん……



[25771] 第二十二話:圧倒的実力差(話にならんbyグラブダード)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/05/25 12:32
思えば俺は今までの闘いの経験から調子に乗り始めていたのかもしれない。
普通でも圧倒的な強さを見せつけたこの体を持つ限り、決して負ける事などあり得ない……それが当たり前のように考えるようになっていた。
だが、俺がやってきた闘いは実質的にいえばただ赤子の手を捻るくらいに簡単な物だと痛感させられた。

ハッキリ言おう、俺はこの世界じゃ奴の言った通りの調子に乗ったつけ上がった唯のガキなんだって……
この世には俺なんか足元にも及ばない存在がゴロゴロといる。

『どうした……かかってこないのか?』

『がはっ……がぁぁぁ……!!』

『ごえぇぇぇ……』

俺とユーノは地に這いつくばる様に苦しみながら苦痛の悲鳴を上げ続ける。
大して、グラブダードは俺達を試す様な視線を以て見据えていた。

『全く情けない、ただ少々力を放出しただけでこの様とは……』

少しは期待していたのだがな……と目を閉じて静かに呟く。
俺達は無様な姿を晒しているままでその言葉に反論など出来る筈がなかった。

一応言うが、俺達もグラブダードもまだ一歩も動いていない。
奴の力が爆発的に上がったかと感じたとたん、真上から強烈な圧力が掛かってきてこの様だ。

『なにを……しやがった……』

『何、私は‘動’を司る竜なのでね……いわば重力と磁力を扱う事に長けているのだよ』

『ぐっ……重力……だと!』

なんて出鱈目な能力だ!! コイツの力自体が重力となって俺達に圧し掛かってきたというのか!?
体が重くて思う様に動けない。上から滝を直接叩き落とされているかのような感覚だ。
だが……

『ぐっ……があぁぁぁぁぁ!!』


―ビキビキビキッ!!!!!―


『ほう……』


イビルジョーはありったけの力を膝に込めて這いつくばっていた体を起こした。
その大きな負荷で膝が悲鳴を上げているが、このまま動けないでいること自体はまずい事だ。
そんな俺を見て、グラブダードは意外だという様な表情をしながら若干驚いていた。

『大したものだ、今この場に掛かっている重力は3倍……普通ならば意識を保つことさえ難しいというのに』

『うる……せぇ……わざわざセコイ真似しなきゃ闘えないような奴が馬鹿にすんじゃねぇ……よ』

『ふむ、その‘大した事も無い’セコイ真似で手も足も出ない様な汝は何だ? それと……発言に気を付けたまえ』



―重力5倍!!―



『あぎゃあぁぁぁぁ―――――!!!!!』

突如として強くなった圧力でイビルジョーは再び地面に這いつくばらせる。
ユーノは意識を既に失って泡を吹き始めている。
イビルジョーもユーノも持ち前の体重が5倍にも跳ね上がったせいにより、地面を自身の形で凹ませていた。
ユーノはともかく、イビルジョーが今掛かっている体重などもはや1tなどとかそんなレベルではない筈だ。

『うぎぎぎぎ…………』

『まだ私に太刀向かおうとする意思を残すか……そこまでとはこの私も驚嘆に値するぞ?』

かろうじて残された意識は全てグランダードに向けられる。
もはや呼吸をする事さえも辛い状態だというのに……其処までさせるのは一体何が原因なのだろうか?

『……止めた』

そんな時、グラブダードはふとそう呟いて肩の力を抜くかのような素振りを見せる。
すると、先ほどまでが嘘だったかのように空気が軽くなる。
どうやら重力が普通に元に戻ったようだ。

『げほっ!! がはっ!! ぐえぇぇぇ……!!』

『こんなやり方は正直つまらん事他ならん。元より、私は力をこんな使い方で使いたくはないのでな』

重力の拘束から解かれたイビルジョーは一心不乱に周りの空気を取り込んだりして体調を戻そうとした。
潰れた気管が一気にむせて呼吸も苦しそうだ。
そんなイビルジョーを見ながらグラブダードは手を上に向けて此方を仰ぐように動かす。所謂挑発だ。

『どうした、態々‘手間’を掛けさせてやったのだ。向かってこないのか?』

『な"め"や"がっでぇぇぇぇ―――――!!!!!』

まだしっかりと声帯を動かせなかったが、ありったけの力でそう叫ぶと軋む体を奮え立たせてグラブダードへと向かっていった。
その時にイビルジョ―は完全に切れた。
皮膚に変化が起き、彼自身のリミッターが簡単に外れた。

『なるほど、感情の高ぶりによって力が大幅に変化するのか……』

『うおぉぉぉぉぉぉ―――――!!!!!』

イビルジョーは得意の噛み付きで自分よりも遥かに小さな人間の姿でいるグラブダードに攻め入った。
そんな脅威にもなる攻撃をグラブダードはイビルジョーの様子を観察するかのような素振りをしたままであった。
そして、口が上から覆いかぶさるように勢いよく降りて来てその口腔にグラブダードは放り込まれた。

喰った!! 誰もがそう思った……

『がっ……が……ふがぁががが―――!!!!!』

『そら、もっと力を籠めたまえ。でなければ噛めなどしないぞ?』

だが、グラブダードは無傷であった……なぜならば、‘噛めていなかった’からだ。
別に固いからだとかそんな簡単な理由ではない……何か見えない力がイビルジョーの口の中から押し返そうと働きかけているのだ。
その正体は磁力……なんて事は無い、ただイビルジョーの体の一部に磁力特有の極を付属させ、そこを反対の極の力で反発させているからだ。

『ぐぐぅ……う"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"―――!!!!!』


―ギギギギギッ!!!―


『なんだ、やればできるではないか』


しかしイビルジョーも負けてはいない。顎の力を目一杯使ってその反発に抗って徐々に口を閉じようとする。
未だ口腔の中に居るグラブダードはそれを称賛するかのような嬉しそうな顔をしてその場に留まっていた。
あと少しで己は喰われるかもしれないというのに、先ほどから余裕しか見せていないのだ。

ついに完全に口を閉じた後は暫く踏ん張るかのようなイビルジョ―だけの姿があった。
つかの間の静寂がやってきた……彼にとっての……


―ビリイィィィィ!!!!!―


『があぁぁぁぁ―――――!!!!!』

『やれやれ、ローブがボロボロだ』

其処へグラブダードはなんと、イビルジョーの頬の肉を横に裂く様に破って口から出て来たのだ。
知っているとは思うが、イビルジョーの口はほぼ180度まで開く様にできる構造となっている。
それは頬が伸縮性の富んだ薄い肉膜となっているからなのだ。
それをグラブダードは態々破って出て来たのだ。

『汝の唾液は強力な酸となっている訳か……なかなかに面白い生体を持っているようだ』

『~~~~~!?』

グラブダードは自分で勝手に何かに納得しているようだが、イビルジョーはそんな場合ではないらしく、裂けた頬を抑えて痛みを堪える。
血が沸騰しているかのような熱が傷口を乾かせ、血を活性化させて強引に治癒能力を上げる。
どうにか出血だけは止める事はできそうだが、完全に治るまではしばらく時間が掛かるほどの傷だ。

此処まで攻撃を仕掛けたのはイビルジョ―であった。
だが、攻撃をする筈の己が逆に傷付けられていき、守備に回っている筈のグラブダードはまったくの無傷となっていた。

『くそおぉぉぉぉぉぉ―――――!!!!!』

イビルジョーは痛む口腔を我慢して憤怒の力を溜め始める。
ブレスを吐くつもりなのだろう……次第に赤い紫電と黒い霧が口から漏れ始めてくる。

『それが汝の持つ最高の攻撃という訳か』

グラブダードはどこか関心する表情をしてその攻撃を品定めするように見る。
その威力がどのようなものか……その原理はどのようにしてなるか……
まるで学者の如く興味を示し始める。

『ならば、その意気込みに応えて私も少し力を出させてもらおう』

そう言いグラブダードは右手を上に挙げて掌を広げて何かを掴むような動きをさせる。
すると、その動作に呼応するかのように周りの岩石が掌の上へと集まり始める。
小さなもの、大きなものが一つの丸い岩になるかのように集まっていき、遂には全長10mはありそうな巨大な物へと成す。

それがグラブダードの掌の上でまるで手品のように浮かんでいる。
おそらく重力と磁力を扱う事に長けている彼だからこそできる芸当なのだろう。

彼らは互いに攻撃を放つ用意に備える。
イビルジョーが爆発寸前にまで溜まった力を吐きだすべく首を後ろに曲げ始め……
グラブダードはその大岩を投げる原理で腕を曲げ始め……


互いが己の力を振るい始めたのであった。


一直線に飛んでくる大岩へと向けたブレスは岩へと当たると早速溶かし始める。
中心へと当てられたブレスはグングンと岩の内部へと侵食し、遂には二つに割れるような形となってイビルジョーを逸れて後ろへと飛んでいった。
そして、後ろからすさまじい轟音を響かせたのであった。

『ぜぇっ……ぜぇっ……ぜぇっ……』

『見事だ』

結構力を込めたらしく、疲労が大分溜まって来た。
そこに拍手をしながら此方を見ているグラブダードがそう声を掛けた。

『汝、敢えて避けようとしなかったな?』

『…………』

『黙るという事は沈黙と取らせてもらってもいいかな? さすがに、後ろに汝の部下達が居ては避ける訳にもいかぬのだろう』

『お前、分かってて敢えて軌道を重ねたのか……?』

『さぁ、どうだか……』

してやったりという顔をしてイビルジョーを頬笑みながら見据える。
その顔を見て彼はさらに怒りを湧きあがらせる。

『ふざけるな!! 俺の仲間を巻き添えにしようとするその考えが許せる訳があるか!!』

『……仲間?』

『あぁそうだ!! こいつ等は俺にとってかけがえのない奴らなんだ!! そんな奴らを関係無い事でこの闘いに巻き込むんじゃねぇ!!』

実質、この闘いはグラブダードとイビルジョーの闘いだ。他の三匹は何も仕掛けてはいない。
ならば、手を出す理由などないはずだ……

『仲間だと……笑わせてくれるではないか! 下級の魔物と亜人共が竜種と同等の存在になれるとでも言うのか?』

『なん……だと……』

『所詮、この世は強き者が指導を握り、弱き者はその後ろに従う事で成り立つことができる世界だ! 人間だって例外ではない! そして現に、あ奴らは汝の足を引っ張るだけの能無しと化しているではないか?』

『てめぇ……』

少々落ち着いていた怒りが再び湧きあがって来る。
力だけじゃねぇんだよ……俺は、コイツらと一緒に居る事が‘楽しい’からそうしてるんだ。

『どちらにせよ、あの場に居ては闘いの邪魔だ……そこでだ』

グラブダードから淡い紫色のオーラが纏う様に発生すると、そこら中の石が浮遊し始める。
それも百や千どころの数ではない……かるく万を超えるほどの量が浮遊し始めていた。

『試してやろう、これ程の礫……マトモに食らえば大怪我ではすまないだろうな……?』

『……ッ!?』

『お前のいう‘仲間’という者はそこまで大切な物かを確かめさせて頂こうではないか?』

イビルジョーはグラブダードがこれからするであろう所業に感づき、急いでユーノ達が倒れている所へと駆け寄る。
その後ろでグラブダードは右手をゆっくりと上げ始め、人差し指を【ユーノ達】の方へと向けた。
すると、主の合図を待っていたかのように礫達は一斉に弾丸の如く勢いで飛んでいく。





……礫達は命を刈り取る魔弾と化し、彼らの体を抉るべく進んでいく……







……それと同時に、イビルジョーはユーノ達の上へ覆いかぶさるように体で隠したのであった……








[25771] 第二十三話:初めての敗北(生き急ぐな……byグラブダード)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/05/25 19:02
懐かしい記憶が頭の中に巡って来る……

生きていた頃の両親と過ごしていた幸せな一時……
交通事故で亡くなった両親の亡骸が棺桶に入れられて運ばれるのを見て泣いている自分……
厄介者とされて周りから悪意や敵意といった視線を向けられ続ける自分……
そんな彼らからの束縛から逃れるために法を極める事を決意した頃の自分……
結局は綺麗な法は自分を救う事はないと悲観し、裏街道を歩み始めた自分……
偶々訪れた娼婦館で出会い、一時の夜を過ごした●●●●との思い出……
稀にしか会う事はなく、そんな自分の来訪を楽しみにしていた●●●の笑顔……

全てが自分が人間だった頃の記憶であった。
今自分がどうなっているかもわからない……感覚が失われつつある状態だ。
俺はなぜこんな所に居る……俺は何のために生きている?

わからない……何も分からない……






――――――――――――――――――――

激しい土煙が巻き上がり、グラブダードの目の前は一面土気色で覆われていた。
その先を彼は未だ見つめ続けていた。唯結果だけを知る為に……

『……汝は分からぬと言うのか?』

そして、次第に晴れていく視界の向こうに映る姿を見るや呟き始める。
その表情は落胆と哀愁が混じり合っている様な感じだ。

『我々竜種は弱さを見せればすぐさま更なる強さによって滅ぼされる宿命をも背負う命でもあるのだぞ……他の者の為に態々命を削るような行為を行う等……』

晴れていく視界の先にあったのは……


―全身に礫が突き刺さり、其処から多くの血を流しつつも立ち続けるイビルジョーの姿があった―


『単なる【欺瞞】に過ぎぬのだ……』


竜種の皮膚や鱗が幾ら強固だと言われようと、それ以上の威力を持つ攻撃を与えられれば傷を負う。
グランダードの重力と磁力により威力を極限にまで底上げされた礫達はもはやガトリングガンその物だ。

止めどなく流れる血は徐々にイビルジョーの意識を不安定にさせ始める。
幾ら強靭なタフネスを持つイビルジョーであろうと、体の内部からの故障は耐えられはしない。

『されど、そんな欺瞞を貫き通そうとする汝は果たして英傑か……はたまた愚か者か』

次第にカツンカツンと刺さっていた礫がイビルジョーの体から落ち始める。
強力な竜の治癒力を以てして己の体を機能させるべく傷を強引に癒していく。
血だまりは己の仲間達を濡らすが、怪我を負ってはいない。

『降伏するがよい。その身は私の物となるというのなら助けてやろう……ただし、汝だけだ』

『……断る』

『……残念だ。その勇ましき雄姿……かつて私と共に過ごした友にも聞かせてやりたかったものだ』

グランダードは本当に残念だと言わんばかりにため息を吐く。
その次の瞬間、淡い紫のオーラが徐々に体からあふれ出てくる。
それは勢いを増し、グランダードを中心とした渦と化して行った。

『【元・竜傑第二位】、グラブダード・レク・エルド・ファフニル……竜種たる礼儀を以て私の真の姿による引導を渡してやろう』

力の渦はグラブダードの着ていたローブを焼き尽くすかのように消滅し始め、人間であった筈の彼の姿を変化させていく。
肌は黒紫色の鱗を覆う物へと変わり、腕・脚・胴体・頭を巨大化させていく。
背中から突き破るかのように一対の翼を生やし出し、臀部からは太い尾を生やしていく。
もはや人間の姿であった面影は消え、次第に‘それ’は西洋の竜の姿を取り始めていく。

やがて、力の渦が次第に収まってきたその場所にグラブダードは存在していた。
二対の漆黒の角を携え、その瞳は金色に怪しく光る。
手と足には同じく漆黒の爪が揃い、光を反射してその鋭さを物語らせる。
背中の大きな翼は鱗に覆われた骨格に同じく漆黒の翼膜を携える。

其処にはかつて災厄として人々に恐れられ、幾多の地を滅ぼした幻の竜……
『動竜グラブダード』がそこに居た。

『反……則……だろ……』

『ふむ、この姿になるのも約40年ぶりか……』

イビルジョーが‘それ’を前にして感じた事はたった二文字……


―絶望であった―


勝てない、いや勝てる筈が無い……
今まで保ってきた意思も全て何処かへ灰燼へと化して行ってしまった。
己と相手の圧倒的な力の差を闘わずして感じ取ってしまったのだ。

今までしていなかった筈の身ぶるいが此処でようやく起こり始める。
恐怖がイビルジョーを支配してきているようだ。

『一つ教えてやろう。【竜の巣】では位持ちの竜はその強大な力故に真の力で闘う事を禁じている。それは何故だかわかるかね?』

『何……?』

『では教えておこう。その力そのもので【竜の巣】を破壊しないようにする為だ……位持ちはそれほどまでに規制を持たされるほどに危険な存在でもあるのだよ』

『…………!?』

『では話はこれまで……いくぞ……』


―ゴオォッ―――!!!―


その動きはもはや肉眼で捕えられる物ではなかった……
一瞬体がぶれたかと思うと、次の瞬間自分の目の前にはグラブダードの拳が迫っていた。
それがスローモーションで顔に当たり、次第にその衝撃で顔が歪に歪んでいく事が感じられた。
今のグラブダードはイビルジョーより体長はほぼ半分ほどしかない……
だが、そんなハンデを物ともせずイビルジョーの体は中に浮かび上がり、岩壁に叩きつけられたのだ。

『がはあぁぁぁぁっ!!!』

しかしそれで終わらない……そこへ追撃と言わんばかりに今度はその強靭な脚で翼の羽ばたきの勢いを利用してでの前蹴りを仕掛けてくる。
それによりイビルジョーはさらに岩壁の奥へと叩きつけられる。

『まだだ……』

グラブダードは鍵爪でイビルジョーの体を鷲掴みにし、岩壁から引きはがして強引に地面に放り投げる。
突如として放り投げられた事に思考が追い付かない所をグラブダードの連続踏みつけが襲う。
猛攻が体の自由を奪い、鍵爪でイビルジョーの皮膚は傷つけられていく。

『どうした!? 少しは反撃してみるが良い!!』

『ぐうぅぅぅ……がふっ!!! げぼっ!!!』

完全に有利はグラブダードの方と決まってしまっていた。
この時、もはやイビルジョーに抵抗する力など残っていなかった。
このまま永遠に続く暴虐によってここで命を散らすのか……


そんな風に誰もが考えていただろう……


―ドスッ!!!―


『…………ん?』


イビルジョーを攻撃し続けていたグラブダードの背中に突如と強い衝撃が襲った。
何事かと攻撃をいったん止め、後ろを振り返ってみると……

『はぁっ……はぁっ……はぁっ……』

こちらにボウガンを構え、呼吸を苦しそうにしながら立つユーノの姿があった。
そして、もっと背中を詳しく見てみると、若干矢が背中に突き刺さっているのが確認できた。
どうやら先ほどの衝撃の正体はこれらしい。

『……小娘、何をしている』

『ソイツは……ジョーは……死なせない!!』

カタカタとボウガンを震わせながらそう言うが、その表情は恐怖でしか塗りたぐられていなかった。
それはそうだ……敵わない……効く筈がない攻撃を放ったのだからだ……
しかも相手は幻とも呼ばれた存在……こんな小さな自分が出しゃばるなど自殺行為に等しい。
だが、彼女は‘仲間’の為にもありったけの勇気を振り絞ったのだ。

『どうやら、そんなにも命を先に減らしたいようだな……』

『ヒッ……!?』

グラブダードから向けられる怒気と覇気によってユーノは一気に竦み上がる。
これから自分がされる事の未来を想像するのはそう難しくないかもしれない。



『死ね』



グラブダードは目標を変えてユーノへと左手の爪を振り降ろそうとする。
だが、その間に突如として何かが割入ってきた。


―バキイィィィィ!!!―


ユーノの代わりに受けたその攻撃により‘それ’は粉々に砕け散った。
破片があちらこちらと散らばり、ユーノの方にもいくつか降り注ぐ。

『ロッ……ク……?』

そう、その正体はロックであった。
この山の磁鉄鉱の影響で苦しい状態であろうと、再び周りの岩石などを吸収して大きくなるよう再構築したのだ。
全てはユーノを守るための壁になるために……

だが、そんな彼の努力を知らんと言わんばかりに振るわれた一撃は胴体部分を粉砕し、頭と胸部を幾らか残した状態へと戻されてしまった。
衝撃で回転し、そのままユーノの後ろへと吹き飛んでいくロックの姿を見てユーノは唖然としてしまった。

『姐さん!! ロックの兄貴は無事っス!! だから……』

『だから何だ……小僧?』

そこへプークが立ち止まっているユーノへと必死に呼びかけているが、その間にグラブダードはその場へと近付いてくる。

『あ……ぁぁ……』

『くだらん、弱いくせに私に刃を向けるとは……実に愚劣な行為と言える』

ユーノとプークは目の前にいる圧倒的存在を放つ竜に竦み上がってしまった。
もはや逃げようとする意思もハッキリさせる事はできないだろう。

『終わりだ……』

再びグラブダードは左手を構え、それを勢いよく振り下ろす。
その光景にプークとユーノは互いとも恐ろしさに目を瞑る。


―ズシャアァァァァ―――!!!!!―


肉が切り裂かれる音が響き渡る……
血が滴り落ち、命の灯が消えかける気がした……

『…………?』

しかし、プークとユーノはそれに伴う筈の【痛み】を感じてはいなかった。
いや、先ほどの音の発信源は自分たちではない。
では、誰が……

『……なぜそこまでする。そやつらに汝が命を掛けるまでの価値があるというのか?』

『ぐ……ぎ……!!!』

そこには、イビルジョーがいつの間にか自分達の目の前に立ち塞がっていた。
だが、彼の顔には先ほどの一撃により付けられた傷が斜め一閃に存在していた。
彼は再びユーノ達を庇ったのだ。

『ジョー……』

『旦那……』

『コイツらは……死なせる訳にはいかない……』

彼はもはや満身創意に近い状態だ。
だが、己の信念を貫く為ならばたとえ腕や脚が千切れていようが……


―仲間(チーム)を一人も欠けさせはしない―


その思いだけはたとえ人外になろうとも失う事はなかった彼の誇りであった……

『お前ら、逃げろ……俺がこいつを出来るだけくい止める』

『やめろよぉぉ……そんなこと……言わないでくれよぉぉ……』

その姿にユーノは涙を流し始めてしまっていた。
悔しい……今何の役にも立つ事が出来ない自分が不甲斐ないと……
おそらく、プークも同じ思いの筈だ。

『すると、汝はこの場で死ぬ覚悟という訳か? なんとも……安い自己犠牲だ』

『お前がどう言おうと俺はかまわねぇよ……だがなぁ……』

そして、再びグラブダードへと勢いよく向かい出す。
そんな怒涛の突進をグラブダードは静かに見据えた。

『筋は貫くってのが……‘男’ってものなんだよ!!!』

イビルジョーは高く飛び上がる。
己の体重をふんだんに使った渾身の踏みつけで‘勝てる見込みの無い’勝負を始めようとする。

『だが、命乞いをする訳でもなく、己の信念を貫く為に太刀向かうその心意気……見事だ!!』

そんなイビルジョーをグラブダードは次には右手を抜き手の構えを取り、勢いよくイビルジョーの胸部を貫いた。
指が四本ほど肉に突き刺さり、耐えがたい激痛がイビルジョーの動きを一気に止めた。
しかし、それだけでは終わらない……次にはグラブダードは手を探る様に胸部の中を弄ったのだ。

『よかろう!! その心意気を称え、汝の‘仲間’とやらは命は取らずにやろう!! だがその代わり、汝の≪竜としての命運≫は今ここで奪わせてもらう!!』

『あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"―――――!!!!!』

今にも意識を失いそうな激痛がイビルジョーを襲う。
グチュグチュと胸部の肉を掻き分け、其処から血を流させる。
しばらくそんな事を続けると、グラブダードはそこで何かを見つけたかのような確信した顔をし、一気にその手を胸部から引き抜いた。

その手には、深緑色をした見事な丸い‘玉’が握られていた。
時折それから赤黒い紫電が発生し、それのすさまじさを物語っている。

『ほぅ……これは見事な【竜核】だ』

【竜核】とは、竜としての力を増幅する為の謂わば‘増幅器’である。
絶えず体をめぐり続ける力を制御する為にそれは存在している。
在る者はそれを宝玉と称し、竜にとっての第二の心臓とも言われている。

イビルジョーの眼からはもはや光が消え、今まで立ち続けていたその巨躯の体をついに地に落とした。
痙攣をし出し、体から力が失われていく感覚に襲われていた。




『これからの生き様、このまま朽ちるか果たして化けるとするか……』

グラブダードはその様子を静かに見据える。
イビルジョーの傍にユーノとプークが泣きながら近付いている光景を静かに……
遂に闘いは終わった。これでようやく静寂が訪れる……





誰もがそう思った……








―バチイィィィィッ―――!!!!!







突如、グラブダードの体の周りが白い何かで封じ込められた。
それに触れた部分は激しい破裂音をして弾かれる。

『これは、結界!?』

その正体に気付いたグラブダードは驚愕する。
この技を使えるのはごくわずかの種属しかいない筈だ。
一つは高位な実力を持つ魔導師である人間……精霊の行使者として名高い森の賢人:エルフ……そして最後は……



『反逆者グラブダード・レク・エルド・ファフニル!! とうとう見つけたぞ!!』



魔物の頂点に君臨する最強の種属:竜種……




いつの間にかマンネティカ山脈の周りは多くの竜達により包囲されていた。
おおよそ十匹おり、その中で異色を放つ竜が先ほどの言葉を発したのだ。




『やれやれ、ついつい闘いに熱を入れ過ぎて発生した力を感知したという訳か……』





その中、グラブダードだけは少し失敗したというような表情をして周りを確認し始めるのであった……



[25771] 第二十四話:窮竜、竜を噛む(追い込まれたゴーヤはドリアンより強烈だbyイビルジョー)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/06/01 15:52
全身が麻痺したかのようにだるさに侵され、指一本動かせなくなりつつある俺の意識に騒がしいぼやけた視界が映る。
横たわった状態ではあるが、それが一体何なのか大体想像できる。聴覚までもがいまだ使い物にならないが。

俺は必死に動けと念じる様に体の力を振り絞るが、相も変わらずこの巨体は未だ何の反応も示してくれない。
俺はこのまま終わるのか……暗くなりつつある視界があまり感じた事の無かった恐怖を湧き上がらせてくる。
頼む……どうか間に合ってくれ……


――――――――――――――――――――

『グゥッ―――!!!』

その頃、現実世界ではグラブダードが苦悶の声を静かに上げ始める。
彼の周りには青白い膜が囲う様に存在し、それが段々と押し込む様に小さくなり始めている。
そして、それが触れた体からバチッと電気の様な物が発生し、その度に彼の体には激痛が襲われていた。

『いさ……さか……強力すぎ……では……ないか!?』

『何を言いいますか、これでもまだ抵抗する力を残しているというのだから相変わらず貴方という存在はデタラメに近いですよ?』

新たに現れた蒼色の竜は警戒の念を込めてグラブダードに視線を向け続ける。
会話からしてどうやらこの二匹は面識があるようだ。

『な、何なんだよ!? 竜種がこんなにいっぱい!?』

蚊帳の外と言わんばかりに自体をうまく飲み込めないユーノは今起きている状況に驚愕していた。
本来、竜種は単体を好んで行動する魔物だ……それなのにこのような状況を作れると言う事は、おそらく力のある竜種が再び現れたということだろう。
蒼色の竜とグラブダードを除いた殆どの竜種を見てみると、彼らは灰色や茶色と色々混ざった色に近い感じだ。

『貴方を探し続けて早50年余り、この好機を逃す訳にはいかない!!』

蒼色の竜はその言葉と共により一層気持ちを貼り切らせる。
まるで長年待ち続けて来た待ち人に出会えたかのような……そんな感じでだ。
いったい二匹との間にはどのような因縁があると言うのだろうか?

『なるほど……倒す事を目的……とせず……私を封じることに……重点的に着目したか!!』

若干苦しそうな声でグラブダードは相も変わらず現状分析を行う。
その間にも結界と呼ばれた青白い光はよりグラブダードを締め付ける様に押し込まれていく。

『それにしても、其処に倒れている貴方に喧嘩を売った命知らずは貴方の知り合いですか?』

『くくく……いや、まったく……知らん』

片方の竜は首をイビルジョーの方にクイっと示す様に振ってグラブダードに尋ねてくる。
それを別にという様に答えを返して再び結界の圧力に耐え忍ぶ。

『一応、一連の行動は監視させていただきましたが……‘あの’貴方が直接殺さずに竜核を抜くだけで済まそうとするとは……どういった心変わりですか?』

彼はグラブダードのイビルジョーにした行動がいまいち理解できてなかった。
旧知として彼の行動のパターンはある程度よく理解していたからだ。

『……【期待】とでも言っておこう』

『……まぁ、良しとして置きましょう。ではこれから貴方を≪竜の巣≫まで転送する用意を』

『ヴェントゥス……』

『なんですか? 今さら遺言でも残したいとでも言う気ですか? これから嘗ての【罪】への処遇を改めて申告する予定ですからね……』

『いや、そんなつまらん事ではないさ……ただ汝はあいかわらずだと思っただけだ』

『……何?』

『あいかわらず……』


グラブダードは微笑をしながらヴェントゥスと呼ばれた蒼色の竜を静かに見据え、こう言った。


『最後の最後で‘ツメ’が甘い』



―ドゴオォォォォ―――――ン!!!!!―


『うあぁぁぁぁ―――――!!!!!』

突如として、ある一匹の竜が爆音を上げて地上へと落ちていく。
何事かと周りの竜達も慌て始めるが遅い……またしても二匹目と爆音を上げて地面へと落ちていった。

『な、何事か!?』

ヴェントゥスは突如として変化した現状に驚愕しながらも、ここら一体を見回して調査する。
そして、マンネティカ山脈の方面に視線を向けてみるとそこには二つの影が見えた。
其処に居たのは‘二匹’のワイバーンであった……

『セファルド! あまり無理をするな!? 幾ら治癒術を施したとはいえども痛みは収まらぬ筈では!!』

『兄者……そんな甘い事を言ってなされてはこの状況を打破などできませぬ』

『くっ……本当に頑固者だお前は……かあぁぁぁぁぁ―――――!!!!!』

グラブダードに言われてこの場を退いていた筈のセファルドとレイヴァンが共々に口に火球を溜めてそれを勢いよく吹き出す。
隕石を思わせるかのような火球は一つ、また一つとヴェントゥスの配下の竜達を撃ち落としていく。
実は彼ら、グラブダードが使う【念話】で秘密裏に出番を待ち構えていたのだ。
結界で動きを封じられてはいても、魔術の行使までは完全に封じる事が出来なかったからだ。

『まずい!? このままでは結界が―――!?』

『そう言う事だ……私に謀り事で勝つにはまだまだ経験不足だったようだなヴェントゥス』

ヴェントゥスは焦っていた。
グラブダードに掛けている結界は自分を含めた配下の竜達の魔力を注ぎ込んでいるからこそ‘ようやく’動きを封じ込める事が出来ている代物だ。
つまり、何枚も重ねた強固な膜を徐々に剥がしていくとそれは遂には脆い膜へと早変わりだ。

そんな周りの騒ぎ様を余所にグラブダードは初めて構えを作り始める。
体が結界の影響を未だ受けてはいるが最初の時よりはマシだと言わんばかりに動きだす。
結界の力が弱まっている証拠だ……

『まさか……ブレスを放つというのですか!?』

『ご名答だ……レイヴァン!!』

『はっ―――!!!』

口に力を溜め始める前にグラブダードは己の部下であるワイバーン:レイヴァンの名前を呼ぶ。
その声に反応してレイヴァンはその場から飛び立ち、此方側へと向かってくる。
いや、正確に言うと此方の近くに未だ居る【ユーノ達】の方へだ……

『うわ……うわあぁぁぁぁ―――――!!!!!』

その近くまで飛んで近付いたと思ったら、次の瞬間にはユーノ達はレイヴァンの脚に掴まれて空高く共にこの場から離れていく。
がっしりと爪を上手く使って三匹を一括に掴み上げていた。

『な……何するんスか!?』

『グラブダード様からのご指示だ。お前達も共に着いて来てもらう』

『離してよ!! 誰がアンタ達と一緒に行動するかってんだ!!』

『それはできん。現時点ではお前らも‘奴ら’に目を付けられている……我らの事で余計な事を喋られたくはないのでな……』

『…………ッ!!』

つまり、一文字の言葉でも自分らの情報を掲示されぬようユーノら共々この場から撤退するつもりというわけだ。
どちらにせよ、此方の意思など関係なくだ……

その間にもグラブダードの口前にはどす黒い色をした力の奔流が円となって循環していく。
その余波によってか、周りの土地が台風にちょうど襲われているかのように激しく震えだす。
すさまじい磁場と重力波がグラブダードの周辺を狂わせていた。

『だめですヴェントゥス様!! 近づけません!!』

『ふざけるなあぁぁぁぁ―――――!!!!!』

ヴェントゥスはあと一歩だったというのにあっという間に己の策を破られた事に憤慨していた。
だが、そんな意思を無情にも振り払うかのように……グラブダードのブレスは完成した。

それは、途方もない力を黒い帯のような物で包み上げたかのような丸い塊であった……
ワイバーン達が放った火球よりはスピードに劣るが、この場に居た竜が誰もが感じた。


―【アレ】に触れてはいけないと……――


その判断は正しかった。
その威力は当時、【竜傑】として活動していたグラブダードを知っていたヴェントゥスとその彼の部下であるセファルドとレイヴァンだけが知っていた。
迫って来る普通のブレスとしてはやや遅い球体を急いで避けた竜達が見たそれの末路は。


マンネティカ山脈の中間あたりに当たったと思いきや、そこから地肌が球体に取り込まれる様に‘消滅’して行ったのだ。
その正体は強力な磁力と重力の魔力を極限にまで一点集中して収束した謂わば【ブラックホール】だ
砕けるだとか割れるだとかいった動きを見る事はなく、まるで触れた所から消えていったかのように見えていた。
そう、実際は消えたのではなく……肉眼では捉えきれないほどの速さで圧縮されて塵よりも小さくされていった為だ。


『なんだよこれ……』

『デタラメすぎる……』

『これが元・第二位の実力……』


その光景を見たとたん、殆どの竜達が≪恐怖≫を抱え始めた。
仮にも、相手は自分達の種属の中でも一・二位を争っていた者だ。
力という物はそれを知る手段は一見か情報のニ択をどちらか選んで始めて知る事は出来る。
ヴェントゥス以下の竜達は殆どが後者での知り方しかしていなかった。
その為、若干の誇張や昔の話だとか甘く見ていた節が何処か少なからずあった。
だが、そんな甘い考えはすぐさま崩れ去ったのだ……


『ぬんっ―――!!!』


―バキバキバキッ!!!!!―


誰もが呆然としている中、グラブダードは遂に結界を破壊した。
ブレスを吐く際に出来た余波の為か、結界を張る竜達の意識が逸れた為かは知らないが、この状況をしまったと思うには遅くは無かった。
黒紫色の翼を大きく広げ、土煙を巻き起こしながら激しく翼を羽ばたかせて体を宙に浮かせ始める。

『くっ……ブレス用意!!』

それを阻止すべくヴェントゥスは残った竜達に集中砲火を命じる。
数で押していけば流石の相手も怯むだろうと考えたが、当たらなければそれは意味はない。
ブレスは放つ瞬間まで体を一時停止させなければいけないし、放ったら方向転換など容易にできはしない。

次々と襲ってくる火球をグラブダードは見事な飛行で翻弄するかのように避けていく。
そして、その勢いを利用して何匹かの竜に強力なショルダータックルをブチかまして空中浮遊していた竜達のバランス感覚を崩し、回転させながら地面へと落としていく。

『ぐあぁぁぁぁぁ―――!!!!!』

『がっ……!?』

何匹かを落とした後、グラブダードは最初に飛び立った場所へと湾曲するかのような飛行で再び戻り、地面に横たわる‘ソレ’を脚でガッシリと掴む。
明らかに己よりも巨躯な体を持つ‘ソレ’をいとも簡単に掴み上げたのには驚きだが、それにはちゃんとしたトリックがある。
グラブダードは重力を魔力で操る事が出来る……つまり、重くする事が出来ればその逆に軽くすることも可能なのだ。
しかし、魔力は一つの指向性でしか使えない為、こうしている間は他の使い方が出来ないのが本人曰く、欠点だとの事だ。

『セファルド、レイヴァン!! 今一度しばらく別れとなるが……また遭える事を願おう!! 【霧の都に眠る夢】を!!』

『『【霧の都に眠る夢】を!!』』

何かの暗号だろうか……だが、今はそれを解読するには時間がない。
グラブダードは‘ソレ’を力強く掴むと翼を大きく羽ばたかせて共に空へと翔け出した。


もちろん、‘ソレ’とはイビルジョーの事であった。


『ジョオォォォォォ―――――!!!!!』


別々の方向へと離れていくレイヴァンに捕まったままのユーノは手を伸ばして遠くに連れていかれるイビルジョーの名を叫んだ。
包囲網を破られた事で追跡へと行動を変えたヴェントゥス達もまたその後を追っていく。
しかし、何匹かはここに残り、セファルド達を睨んでいた。

『こうなれば、貴様らだけでも捕えさせてもらう!!』

『ふん、出来る物ならやってみるがいい!!』

『強がりを……翼を怪我して飛ぶ事すらままならない様な状態の貴様が良く言う』

『笑止!! もとより我ら兄弟『出し子』の身であった存在!! 我らに生きる理由を与えてくださったグラブダード様の為に……貴様らごときに捕まる訳にはいかん!!』

『吠えたな反逆者の手下風情が!!』

セファルド達は突撃してくる竜達の猛攻を潜り抜け、その場からの逃走を実行し始めたのであった。
そのすさまじさに捕まっているユーノ・プーク・ロックは何も言えずに荷物のように目を瞑り、この事態が早く終わって欲しい事を願っていた。


一方、グラブダードとヴェントゥス達はレースのような逃走と追跡を幾度も繰り返していた。
だが、重力を取り除いて軽くしているとはいえ両脚を塞がれているグラブダードは何度も追い付かれて捉えられそうになっていた。
その度に尻尾や翼を使って叩き落としたりとするが、決定打とはならずに再び向かってくる。

『くっ……これでは埒が明かぬ!!』

さすがのグラブダードもいい加減続く追跡にイライラとし始めていた。
イビルジョーを連れて来たのは部下であったセファルドの言い分とほぼ同じだ。
だが、イビルジョーは竜種の魔物らしき存在……もしも≪竜の巣≫へと連れて行かれれば戦力として強力な存在とされるだろう。

実質的に言うと、グラブダードにとって現段階のイビルジョーの評価は[素人]という物であった。
歴戦を戦い抜いたグラブダードにとってイビルジョーの闘いはお粗末な物で【竜種としての闘い方】をまるっきり知らない感じであった。


ブレスの収束法が悪い。

体術の使い方が一方的過ぎる。

魔力を操作できてない。


述べればまだまだあるのだが、結論をいえばこのイビルジョーは成長する可能性が大幅にある。
もしも、竜種としての闘い方を学び……身につければ流石の自分でさえも危うい存在になる事が考えられた。

『(こ奴は伸びる……下手をすれば私を超えるほどに……)』

そんな存在を【竜の巣】へくれてやる訳にはいかないのだ。
その事を危惧し、竜核を抜いたのだが……‘アレ’に目覚めればそんな処置など戯言に等しい物となる。


―ガリッ!!!―


『ぬっ……!?』

思考に深く囚われていた時、突如として自分の左手が何かに強く挟まれる感触に襲われた。
飛びながらも視界を左手に向けてみると、なんとイビルジョーが左手に噛み付いていたのだ。
彼の唾液で少々煙を出しているが、まだ危険な状態ではなかった。

そう、まだ……

『今は大人しくしてるがいい……話は逃げ切った後に聴く……』


―ゴキッ……ギリッ!!!―


しかし、今は構っている暇ではないと諭している間に左手に掛かる圧力が一気に強くなった。

『グガッ……!? 何を……やめろ!?』

その痛みに軽く声を上げ、イビルジョーが行っている行動を非難した。
しかし、そんなグラブダードの声を無視してイビルジョーは顎に込める力を更に強くする。


―ベキッ……バキバキバキッ!!!―


遂には骨が砕ける音が響き渡った。
彼の不幸は三つあった……


一つは、イビルジョーを運ぶために魔力をそちらに使用していた事……

二つは、逃走中という他に気を回す暇がない事態に陥っていた事……


そして最後は……





―イビルジョーが本気で怒っていた事だ――




―ゴキャアァァァァ!!!!!―


『ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

グラブダードはすさまじい絶叫を上げて溜まらず脚で掴んでいたイビルジョーを離した。
重力が一気に働いて落ちていくイビルジョーを目にくれず、今は左腕に走る痛みに耐えるべき絶叫を繰り出す。

なんせ、グラブダードの左腕が【ニの腕から引き千切られるかのように】無くなっていたからだ……

そう、イビルジョーが途中で起きて目の前に自分の仇敵ともいえる様な存在が居た為に咄嗟的にあんな行動を起こしたからだ。
落ちていくイビルジョーは未だ苦しみ続けるグラブダードを余所に、右手を前に突き出し……



『く……た……ば……れ……』



思いっきり中指をピンと突き出して元の世界で意味するF●CK YOUのポーズをとりながら苦しそうにと同時に笑っていたのであった……



『ぎっ……おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!』


左腕を傷口ごと押さえ、恨みがましそうな表情をして落ちていくイビルジョーへ呪詛を放つ。
屈辱であった……もう昔とは言え、かつては第二位とまでの実力を持った自分が不意をつかれたとはいえ傷を負わせられたからだ。
それも、絶対に完治する事は無く……当の左手はイビルジョーの腹の中だと言う事に……

『今です!! 全員突撃!!』

直ぐにでもイビルジョーを縊り殺してやりたいと考えていたが、横から迫って来るヴェントゥス達の攻撃で今自分が本当にするべき事をすぐさま思い出す。

『なぁぁぁぁめぇぇぇぇるぅぅぅぅなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

しかし、一瞬と対応を誤った為に迫って来るブレスやその他もろもろの攻撃を直接その体に受けていったのであった。








すさまじい爆発音がこの地の空を支配して行った……








それと同時に、この地の【大地が震えた】のは別の理由だとはもし何処かに誰かがいても気付く事は無かったに違いない……



[25771] 第二十五話:生への渇望の行方(予想ガイだ……byイビルジョー)
Name: Jastice◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/06/04 21:50
体中の骨が軋む……肉が破裂しかけて火傷をしたかのように痛み続ける。
100m以上もの高さから落とされた衝撃は間違いなく俺の体に致命傷を与えていた。
回復が追い付かず、体を必死に動かすが這いずるのが精一杯だ。

そして、さらに胸に開けられた穴から己の力の【源】となるような何かが漏れ始めている様な感覚が感じられる。
それがこれほどまでの衰弱状態の原因なのか分からないが、このままでは危うい事は確かだ。
頭がぼやけ、今にも気絶しそうだが痛みで何とか意識を覚醒させている状態。

『ぅ……くは……はぁ……はぁ……』

足取りもフラフラでおぼつかず、自分の重さが忌々しいほどに動きを抑制させていた。
苦しい……まるで空気の薄い山頂へと突如移動してきたかのようだ。
そう、この体を支える為の【力】を失いつつあるかのような……

『離れ……ねぇと……』

情けない事だが、響く爆発音から逃げる様に離れる為俺も必死に抗っていた。
まだ音は聞こえてくるが、どれだけ這って来ただろうか……生きたいという思いだけが俺を動かしていた。

『……ぁ……』

だが、もはやその意思も限界に近かった。
急に糸が切れたかのように脚に力が入らなくなり、その場にうつ伏せに倒れ込んだ。
いや、脚だけじゃない……手も首も尻尾もまるっきり力が入らなくなっているのだ。

『俺は、死ぬのか……?』

自分自身に問い質すかのように独り言をつぶやく。
何という皮肉だ……一度死んだ身でありながら今度は明確な死を感じられていた。
かつては薬で痛みを紛らわされながら死んだが、今回はリアリティーな死を迎える事になるのかもしれない。

死にたくない……死にたくない……
何とも無様な姿だ……あの時は別れを言う‘余裕’すら持ち得ていたのに、今回は本能からの生を望んでいた。

『まだ、やり残したことが……あるんだよ……』

くやしいなぁ……アイツには勝てなかった。
もっと力があればアイツらを守れたかもしれないのになぁ……
……たらればなんて言ってる間に自分は如何するべきかを考えろってんだ。


まだ死にたくない……





生きたい……





生きたい……





生きてぇ―――!!!





―ドクン!!―


その時、俺の体の中で何かが起きようとしていた。
膨大な力が体中をめぐり、先ほどまで苦しかった体調を整え始めてくれていた。

だが、ひょっとするとこの現象はしばらくすれば無くなってしまうかもしれない……
それが不安で堪らなかった。


実は、その正体はイビルジョーの‘腹’の中に存在していた。
そう……グラブダードの腕であった……
膨大な魔力を含んだグラブダードの血肉は忽ち吸収され、竜核を抜かれて力を増幅させる事ができなくなった体に≪命≫を活性化させた。


―ドクン!!―


体が熱い……まるで体が溶けているようだ……
俺の体に一体何が起こっている……?

痛みで悲鳴を上げてもいいくらいの激痛なのに俺の体は反応しなくなりつつあった。
横向きになりながらも必死にそれを‘脳内’で耐え続ける。

ぼやけた視界には辺り一面水蒸気が湧き出たかのような熱気が漂っているのが若干映っていた。
だけど、もはやどうでもいい……このまま……意識が……

…………
………
……




――――――――――――――――――――
Side:???

「ふんふんふ~んふ~ん♪」

「~~~♪」

とある森奥で二つの影が映っていた。
一つは小さな体、黄緑色の髪の少女、四枚の虫の様な透明な羽をせわしなく羽ばたかせる存在……
この世界では彼の物を妖精(ピクシー)と呼んでいた。

もう一つは片方とはまるっきり違って人間並みの身長を持ち、手に籠を以て小躍りをしていた。
一見赤色の髪を持つ女性かと思われるが、その者の耳をよく見てみると、普通と違って長い事が見受けられる存在……
この世界では彼の者をエルフと呼んでいた。

「きょっお~のごっはん~はシッチュ~です~♪」

妖精はもう一方のエルフの前をノリノリで歌を歌いながら飛び回っていた。
その様子を見てエルフはクスクスと軽く笑って微笑んでいた。

「ねぇねぇフローラ、今日のデザートはな~に?」

「―――――」

「ふむふむ、クノノイチゴかぁ~」

「―――――♪」

「え、それもたくさん!? 今日は大量って事!? ラッキー♪」

他人から見れば、妖精が一人芝居してるかのように見えるが、よく見てみればそうでない事が確かめられるに違いない。
フローラと呼ばれたエルフの女性は妖精の話に相槌を打つかのように口を開けながら手振り身振りを動かしている。
それで妖精はフローラが言いたい事を理解しているようであった。
これ等から述べられる事で彼女は……

「それにしてもこの頃変な騒音続いてるね、まったく何処のどいつよ!! ドンパチやらかしてるのは!!」

「―――――」

「誰かが喧嘩しているのかもって? ……一々騒音轟かせるような喧嘩なんて迷惑以外の何物ではないわよフローラ……」

「…………」

「でも危ないから身に入ってみようなんて気、持っちゃ駄目だからね?」

「―――――」

コクコクと分かったという様に首を縦に何度か振って笑顔で返してやる。
それに「よろしい!!」と妖精は満足したかのような顔で答えてやった。


そんな時、フローラの鼻に嗅ぎ慣れない臭いが入ってきた……
行き成りの出来ごとに若干驚きつつも、足を止めてその臭いの元を視線で探して見る。

「どうしたの、フローラ?」

行き成り立ち止まった事に妖精は不思議な顔をしてフローラの顔を覗き込む。
しかし、近付いている妖精には振り向かず目をキョロキョロと動かしていた。

そして見つけた……
本来なら在る筈の無い‘霧’が……

それを見た瞬間、フローラは惹きつけられるようにゆっくりとその霧が漏れてくる雑木林の奥へと進んでいく。
後ろから妖精が自分を止めようとする声が聞こえてくるが、フローラはどうしてか進まなくてはいけないような感じがした。




そして、【彼】を見つけた……




「な、何よこれ!?」

「―――――!!」

【彼】の姿をまず見た時思ったのは、『血だらけ』という表現にピッタリな物であった。
それだけではない……体中に至る所に傷跡があり、其処から今でも血を少しづつ流していたりしていた。

「死んでるの……?」

「…………」

フローラは静かに【彼】の傍へと寄った……
そして、耳を静かに向けてみると……聞こえたのだ。
【彼】の呼吸音が……生命の鼓動が……

「―――――!!」

「なんですって!? こいつを小屋に連れていく!? ちょ……ちょっといきなりそんな事言われても」

「―――――!!」

「確かにこんな状態だけどね、コイツ絶対面倒事に巻き込まれてるわよ!! そんなのを連れてきたら私達まで巻き添え喰らうかもしれないのよ!? わかってるの!!」

「…………」

「ぅ……そ、そんな目で見ても駄目な物は……」

「…………」

「だぁ―――!!! わかったわよ!! 連れていけばいいんでしょ連れていけば!!!」

何やらフローラの悲しそうな目にジッと見つめられてぐぅの声も出せなくなった妖精はフローラの望みに応えてやった。
「まったく、犬や猫じゃないんだから……」とブツブツ文句を言いながら何やら詠唱を始める。
詠唱が終わると地面がボコボコと盛り上がって一本の大きな腕の形が出来上がり、それが【彼】を鷲掴みする。

とにかく、手当をしてあげないとまずい……そう考えて急ぎ足で小屋へと向かう。
その一人と一匹の跡をマ●ハンドもどきは一生懸命について来ていたのであった……

――――――――――――――――――――
Side:イビルジョー

心地よい感じが伝わって来る……
俺は今何処に居る? 此処は何処だ……?

真っ暗闇な視界を手探りで探し続ける。
だが、全身が水中にいるかのように動きづらい感触を包んでいた。

そんな世界に一筋の光が見える……
あれだろうか……気持ちがいい……
あれが欲しい……もっと……もっと奥へ……

俺は必死にその光の元へと進んでいく。
手や足を必死に動かし、少しづつ進んでいくその先へと目指していく。
やがて、目前にまで辿りついた時、俺は右手を思いっきり伸ばしてその光に触れた。


その瞬間、俺の意識はまた閉ざされていった……





「…………ぅ……」

イビルジョーは先ほどまでの世界から帰り、眼を開けた先には眩い陽の光が映り込んでくる。
次第に回復して行く視界にまず映ったのは木の壁であった。

……木の壁?

「…………!?」

少々在り得ない様な場所に居る事に追い付いていない頭が理解し、体を起こそうとする。
だが、その瞬間に耐えがたい激痛が体中を襲い、途中で姿勢を止めてしまう。

「ぁ……が……!!」

だが、変わった視界により、この場所を180度見渡せる事が出来る様になった。
無骨な机、本棚、暖炉……他にもいろいろあるが、特に気になったのが俺の体だ。
体中ぐるぐるに包帯を巻かれており、適切な処置が施されている。
一体誰がこれを……しかし、そんなことよりも驚愕した事があった。

「体が……縮んでいる?」

そう、あの巨躯がまるっきり小さくなっていたのだ……
そればかりではない……腕を上げてみてよく見てみると、巻かれた包帯の隙間から覗かせる己の皮膚の色にも違いがあった。
なんと、【肌色】なのだ……あの深緑色ではなく、人が持ちうる色と変わっていたのだ。
これらによって、結論が出た……

「人に……なったのか……?」

いや、元は人間だから【戻った】と言った方が正しいのかもしれん。
しかし何故だ? 何故こんな状態へと変わる事になった?
まるでわからない状態に俺は混乱していた……そんな時に……

「むにゃむにゃ……もっふもふ~……」

「…………!?」

突如として響いた声に若干驚き、俺は首を世話しなく動かしてその源を探す。
そして、よく見てみると机の上に何かがある……いや、何かが居た……

「……なんだこりゃ?」

「えへへ……ごくらくごくらく~……すぴー……」

一言で言って俺が見たそれは【羽を生やした小さい女の子】であった。
無骨な机の上で気持ちよさそうに仰向けになって眠っていた。
オマケに涎を垂らし、見事な鼻ちょうちんを膨らませてだ……

「…………」

何を考えてたのか分からないが、とりあえず俺がした事は≪ソイツ≫を起こして見る事であった。
痛む体を無理やり起こして手をソイツの方へと伸ばしてみる。
その次の瞬間、体に触れる筈だった手は勢いよく膨らんだ鼻ちょうちんに当たり、パチンと音を立てて破裂した。

「ハッ―――!!!」

「あ……」

それと同時にソイツは目を覚まし、ガバッと机の上から体を置き上がらせて眠たそうな顔を此方に向けた。
行き成りの事に俺はその行動に少し無心になりかけ、そのまま手を伸ばした状態で固まった。
それぞれが固まったかのような形で暫く見つめあった。

「いやあぁぁぁぁ!! 犯されるうぅぅぅぅ―――!!!!!」

「へ……?」

先手を取ったのは向こう側であった。
突如としてとんでもない事をのたまい始め、机の上で暴れ回った。

「怪しい奴だと思ってたけどやっぱりそうだったのね!! だったらフローラになんかなおさら会わせる事なんて絶対にさせてたまるもんですか!!」

「いや、おい……別にそんなつもりは……」

「御託は要らないわ!! 今ここでこのフィーナ様が直々に成敗してやるわ!!」

そう言って、フィーナと名乗った小さな人間は机にあった長い物を掴むと筆立てからスルスルと抜きだす。
それは羽ペンで使う様なペンであった。
鋭い先っちょを此方に向けて……


「覚悟~!! でやあぁぁぁぁ~~~~!!!!!」


そのまま勢いよく飛びかかり……


「いや、だから話聞けよ」


―バチンッ!!!―


「あじゃぷぅ!!!」


俺によって平手で叩き落とされた。
おや、軽く叩いた筈なんだが予想よりも強くしてしまったな……けど、正当防衛だから俺は悪くない……うん。


―ガチャッ……―


そんな時、奥のドアがギギィと音をして開き始め、其処から一人の女性が入ってきた。
手には木で出来た器を持って、此方を見た瞬間に驚いた表情をしていた。

「……どうも……」

「…………」

とりあえず挨拶をしてみると、そのまま無言でお辞儀をしてきた。
まぁ……そのなんだ……現状を知りたいのであちらさんに任せてみるとするか。
下から「おにょれえぇぇぇ」と呪詛が聞こえていたが、気のせいにしておこう。



【10分後】



「そんでね、貴方を見つけた私達はわざわざ此処まで運んできてやったってわけよ」

「ほぉ、そうか……」

いつの間にか目覚めたフィーナが威張った態度で俺に現状を説明してくれていた。
もう一人の女性はフローラと言うらしいが、フィーナ曰く、喋る事ができないらしい。
失語症でも患ってしまったのかどうかわからないが、この場で話ができるのはフィーナしかいない様だ。

「正直助からないかと思ったわよ……あんなに血だらけだったからね……貴方追い剥ぎにでもあったの? 真っ裸だったし……」

「ま……真っ裸……」

確かに、もし竜の姿から人間に変わってしまったとすれば、元から服なんて物を着てない俺は裸になるしかないだろうな……
そんな状態で見つかったとは……まぁ、変な物を見せてしまったかもしれないお詫びも込めて……

「とりあえず、助かった……礼を言う」

俺は一人と一匹に深々と頭を下げて礼を言った。
恩ある者にはたとえどんな外道であろうと礼を述べるのは裏街道の決まりでもある。
マフィアやその関係者という人間の屑に値する存在であろうと、礼儀だけはできなければいけない。
でなければ本当の【人間の屑】に成り下がってしまうからな……

「―――――♪」

「とりあえず元気になって本当によかったって言ってるわ」

そんな俺の対応に笑顔でフローラは答えてくれた。
だが、どこかフィーナはムスッとした表情のままだ。
叩き落とした事をまだ根に持っているのだろうか?
悪いが……それは謝らんからな……

「色々世話になった……もう大丈夫だ、直ぐに此処を発つ……!?」

立ち上がろうとしたが、体に走る激痛でベッドに逆戻りさせられた。
くそ、ダメージが蓄積しすぎて本格的にまずいな……しばらくはまともな動きはできないかもしれん。
それに、これ以上迷惑はかけられないからな……

「―――――!!」

「無理をしなくてもいいって……まだ此処に居てもいい……って何言ってんのよ!!」

手で俺に向けて≪抑えて≫と表す様な動作をフローラはして何やら口を動かす。
その意味を感じ取ったフィーナはその内容を理解して驚いた顔をして何やら非難し始める。

「本当に……いいのか?」

「じょうだんじゃないわ!! こんな奴を小屋に置いてたら何時襲われるか堪ったものじゃないわよ!!」

「……お前が俺に対する認識が良く分かったよ」

この野郎……体がまともに動けるようになったら覚悟してやがれ……
どうするか、人の好意を無駄にするなとは嘗ての友人からにもよく言われていたし……
とはいっても、このままではろくに動けないままだからな。
……好意に甘えさせてもらうしかないな……

「感謝する……しばらく迷惑をかけるだろうが……宜しく頼む」

「―――――♪」

「ふん!!」





……こうして、俺の少しの間の療養生活が始まった……



[25771] 第二十六話:療養生活1日目(上)(おのれゴーヤめ!!byフィーナ)
Name: Jastice ◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/06/07 23:35

―カコン!!―

小屋の外からすがすがしい程の衝突音が聞こえてくる。
その正体は、目の前にある切り株の上に薪を置き、その次に右手に持った大きな鉈を上に上げ……
そのまま勢いよく振り下ろす!

―カコン!!―

半日が過ぎたイビルジョーの体は日常生活で過ごせるくらいにまで回復した。
あれほどまでの怪我を半日で治すなどもはや人間ではないとフローラとフィーナまでもが驚いていた。
しかし、派手な動きなどをするとまだ傷が痛む為、そんなリハビリを込めて手伝いをする事に決めた。

この体になって色々と調べた事だが、まず第一に分かった事が身体能力の異常な高さだ。
些か本来の力より大幅に落ちている様に感じられるが、それでもこの筋力は底知れない。
今朝試しに木の上へと軽く飛んでみたら3mは簡単に上がって木の枝へと飛び乗れたりもした。
また、腕力ならばそこら辺の細い木ならば引っこ抜いたりと常人じゃありえない行為も出来たりしたのだ。

それと、あの時から少しして気付いた事だが、言葉も通じる様になっていた。
フローラはエルフという種族だというが、魔物と話せるように念話を取得している訳ではない。
つまり、俺が竜の時で人間と話す状態と同じであるにもかかわらず言葉が通じた……
これは俺が人間という状態でのキャパシティに変化が及ぼされたからと予想した。
しかし、この場合だと魔物との会話はどうなるのだろうか?
そこん所は後ほど調査しておくとするか。

「それにしても、顔は前の物ではあったが、髪の毛が深緑色……目が赤色だとはな……」

水鏡でみた自分の顔は若りし頃の人間の自分だった……
しかし、髪はブラウンだった筈が深緑色……目は青色だった筈が赤色……
あの竜の影響によってこのように変化してしまったのかは不明だが、別に不憫な所は無い。

「さてと、薪はこれくらいでいいとして……」

俺は左手に薪の一つを掴み、振り向かないまま後ろへと放り投げる。
それは見事な放射状を描いてクルクルと回りながら小屋の薪置き場へと乗っかった。
それが終わると又一つと掴んで同じ動作を繰り返していく。
これは力加減を制御するにはいい訓練だと思い、敢えてこのような事をしているのだ。
最初は強すぎて小屋を通りこしたりと難しかったが、コツを掴むとなかなか形になってきた。


「てりゃあぁぁぁ~~~!!!」


そんな時、後ろから変な叫び声を上げて此方へと突っ込んでくる存在が居た。
イビルジョーは「またか」と小さく呟くと、薪置き場へと投げる筈の薪を持つ左手を一瞬止め、先ほどから聞こえてくる叫び声の源へと予想を付けて……
軽く投げてやった……


―ドガッ!!!―


「あべしっ!!」


鈍い音を立てて≪ソレ≫は見事に先ほど投げた薪によって撃墜された。
改めて後ろを振り返ってみると、其処には頭から白い煙を上げてピクピクと悶絶しているフィーナが居た。

「お前いい加減にしとけよ。流石に変なちょっかい出され続けると俺も優しくは出来ねぇぞ?」

「う、うるさいうるさいうるさいうるさ~~~い!!!!!」

初会話があんなだったせいか、俺とフィーナの中は何処かギクシャクとしたままであった。
フローラの純潔を守るためにだとか勝手なこと抜かして訳分からん理由で俺を排除してこようとしている。
だが、今の所その襲撃は俺によって全て撃沈されていたが……しつこい……

「それに、在る程度したらすぐ此処を発つと説明しているだろうが」

「だめ!! 今すぐ出てけ!! 出てけったら出てけ~!!」

頭に大きなタンコブを乗せながらも地面から飛び上がって俺に蹴りをお見舞いしてやろうと突撃してくる。
そんなフィーナをイビルジョーは今度は右手を前に出して飛びかかっている途中の所で……デコピンしてやった。


―べキャッ!!!―


「そどむっ!!!」


一応手加減して中指ではなく小指を使って凄く軽くやってやったが、元の力が強い分普通の人間が放つ位の威力でやられたデコピンはあっけなくフィーナを再び地面へと落とす。
今度こそ静かになってシュウゥゥゥと煙を出しながらそのままの状態になった。
ったく、今回で何回目だっつぅの……


「むっ……」


そんな状況に、横からフローラが小屋の入口前で勢いよく此方に手を振る様子が見られる。
よっしゃ、飯の時間だな……これが一番の楽しみなんだよなぁ。
あと、人間状態になった俺は空腹は起こしても竜の時とは違い、暴走する事は無くなった。
無くなったんだが……



――――――――――――――――――――


「バクバクボリボリガツガツムシャムシャ―――!!」

「―――――(汗)」


やぁ、イビルジョーだ……今食事をしている。
何処ぞやのフードファイター宜しくに食いまくって6杯目に突入中だ。
そんな俺の様子をフローラは唖然とした表情で見ていた……あ、スプーン落とした……

「……お代り」

「―――――!!」

まだ食べるの!? と言う様に驚いた顔をして俺が指し出した空の器を受け取る。
悪いな……そのお詫びに朝と今回昼の分を取り戻すくらいに後で食材探しに出かけてくるからよ……

「―――――」

えと、ひょっとして気にするなと言っているのか? だが断る!!
己のせいで減らした取り分は返すのが良識という物だ。
それに、そうしなければあのチビ(フィーナ)に変な文句言われそうだし……

「釣り竿ってないか? 無ければ籠だけでも別にいいんだが?」

「―――――!」

そういうと、フローラは奥の部屋へと入っていく。
そして、しばらくすると無骨な木製の竿と弦を使った釣り糸を抱えて持って来てくれた。
オッケーだ……他には木の実や野草、キノコといった食べられそうな物も取って来れる事が望ましいな。
運が良ければ肉にありつけるよう獲物を捕獲する為に狩りをしてみるのもいいかもな。
この体なら奴らとタイマン張れる気がするし……

さて、準備が揃ったところで案内役を……

「おい、起きろ……」

「うぅん……」

テーブルの上に寝かせておいたフィーナの頭を軽くツンツンしてやる。
その度に唸り声を上げて何やら苦しそうな表情をしている。
さすがにやりすぎたか……?

「起きないのなら……モグゾ……?」

「ハッ!?」

怖声で耳元で囁いてみると命の危機を感じたのかフィーナは勢いよく起き上がった。
……なんか俺の性格、人間の頃に大分戻ってきている気がするな……
あんときはガキだろうと容赦しなかったからなぁ……




しばし過去を思い出した後はフィーナに道案内(強引に)させて、河の上流へと辿り着いた。
すぐさま着いた俺は竿に糸を付けて収穫しておいた虫を餌に釣り糸を垂らし始める。
釣りは忍耐との勝負だ……ガキの頃はいけすかねぇ親戚に趣味として無理やり連れて行かれたっけ……

おっといけないけない……変な考えを持たずに釣りに集中して今晩の飯を少しでも調達せんと……

「なぁ、少し聞いていいか?」

「……何よ」

一方のフィーナはムスッとしたままの表情で俺の頭の上に乗っていた。
さすがにこれ以上のちょっかいは痛い目を見ると学習した為か大人しくしていた。
その判断は正解だ、もし髪に変な悪戯なんかしやがったらテメェを釣りの餌にしている所だ。

まぁ、それは置いといてと……俺はフィーナに聞きたい事があるのだ。

「フローラの事なんだが……あの子、他に家族は居ないのか?」

「…………」

よくよく考えてみたのだが、フローラは言葉を喋れないと言う事でそこに違和感を感じた。
なぜなら、彼女のような存在をこんな森の奥深くで誰も居ない所に親が放り出すような真似は普通しない筈だ。
しかも、フィーナが居るからこそ孤独を味合わないようにして何とか生活しているという感じなのだ。

……黙っているという事は碌な事実しかないと言う訳か。

「……いや、忘れてくれ。無粋な事を聞いた……」

「居ないわよ……」

「……何?」

「だから居ないのよ……違うわね、【殺された】といった方が正しいかしら?」

「…………!?」

これまたハードな話だな……話を続けて貰うとするか。
そして、聞いたところ、フローラは両親と共にこの森へ住みにやってきたそうだ。
それにはエルフの仕来りに理由があるそうだ。

エルフという種族は≪女性≫しか生まれないらしい。
だから、子孫を増やす為に人間の男を娶り、一夜限りの愛で子供を成すらしい。
危険日だとかは向こう側の秘術や秘薬だとかで解決しているそうだ。

そして、たとえ体の関係を持ったとしてもエルフはその人間とは結ばれる事は出来ない。
人間の世界に余計な干渉を防ぐために共になる事を禁じているそうなのだ。
第一、エルフと人間では寿命が違いすぎて共に余生を過ごすことなど在り得ないと言われている。

だが、そんな仕来りを破り、人間の男に恋をしたエルフが居た。
そして人間の男もまた彼女を愛し、彼女と共に生を過ごす為に人間の生活を捨てたのだ。
その愛の元に生まれたのが‘フローラ’であった……

しかし、エルフが加護を授かる‘森の主’はその例外を許さず、その関係を断つ為に当時、幼子であったフローラを殺そうと2年後に彼らの元へと赴いた。
それに反対した二人はその森の主に闘いを挑んだ……だが、結果は散々な物で……ここからは言わずとも分かるであろう。
それよりも森の主は焦った……問題の元となった二人を葬り去ってしまった事にだ。
その現場を見ていた唯一人、フローラを森の主は二人を先に殺したために森の戒律で殺せなくなってしまったが、その事実を口を封じるために在る‘呪い’を掛けたのだ。


―それこそが、言葉を発する事を禁じる呪いであったのだ……―


「……なんだそれは?」

「正直、酷い話よね……その為にあの子はあれから10年以上も声無しで此処で暮らして来たのよ」

「……………」


―ビキッ……―


「え、ちょ……ちょっと! 竿に罅入っているわよ!?」


イビルジョーはその森の主に怒っていた。
余りの理不尽さに、余りの暴虐さに……
あんな無垢な娘の未来を奪っていた事を……
それも自分の失敗を棚上げに、知られたくないからと勝手にフローラの声を奪ったという事実を……

頭が沸騰し、怒りが現れてくる。
それを何とか抑えるが、その行方は握っていた竿を握りつぶしかけないほどに膨れ上がっていた。
そんなとき、ピクピクと竿が撓るのが手に感触として伝わってきた。
それをイビルジョーは柔らかく、んでもって勢いよく竿を上へと引いた。
すると、その勢いを殺しきれなかった餌に食いついた魚が河の水面から飛び上がり、後ろの方へと引き上げられた。

暫く竿を上に向けた状態にした後、それをゆっくりと降ろし……

「決めた」

そんな一言を竿を地面に置くと同時に呟く。

「な……何決めたのよ?」

「そのアホに呪いを解くよう言ってくる」

「……ハアァァァァァ―――――!?」

フィーナは森の主をアホ呼ばわりする事にも驚愕はしたが、何より普通ではありえない様な事をのたまったからだ。
森の主に了承も無しに会うと言う事は彼の者の怒りを買う事に等しいからだ。
普通は儀式などそれぞれの種属の習慣に応じて代表のみが会える様な存在だからだ……それなのに……

「あんた正気! ましてや普通の人間が森の主に会うなんて自殺行為よ!!」

「いや、別に俺完全人間じゃねぇし……んでもってこれでも俺は50年近くは経験積んでるんだ……上手い様に話を運ばせるさ」

「え、人間じゃない……? ……まぁそんな事よりも歳が50近くだなんてその姿では信じられないけどそんなの関係無いわよ!! 森の主はその数倍は生きてる存在よ? 貴方の人生経験値なんて役に立たないわよ!!」

「ちなみにお前何歳?」

「え、62歳だけど……って女性になんて事喋らせてるのよ!!」

「なんだ、幼女かと思ってたけど実質【ババァ】か」

「ババァいうなあぁぁぁぁ―――――!!!!!」

なんだか関係無い話に入ってきているが暫く黙っておいとこう……

結局、イビルジョーはフィーナから≪森の主≫が居る場所を話してもらった。
此処からでも結構近い場所であったので、フィーナにフローラには事情があって少し遅くなると伝えて貰う事にした。
さすがに馬鹿正直にOHANASHIしに行くとは言えないからなぁ……

とにかく、待ち合わせを此処にしてイビルジョーはフィーナが戻って来るの待っているのであった……


――――――――――――――――――――
Side:フィーナ

「まったくあのアホ人間……森の主をなんだと思っているのよ……」

森の主はこの土地の魔物や聖獣をも統括する謂わばこの土地の野獣の王だ。
しかも、精霊の伝達者としての役割を担ってもおり、良くも悪くも重要な役割につく存在でもある。
そして、自分にとっての……

「でも、本当にどうしよう……森の主の元へと正直に案内する訳にはいかないし……」

その行いはこの森に棲む者にとって森の主に対する裏切りと囚われる。
それに対する報復は考えたくもない……本当に恐ろしい……

「フローラ……私、どうしたらいいんだろう……」

自分が彼女の所で共に住む様になってどれくらい経っただろうか。
彼女は知らない……自分がある役割を担っている為に自ら近付いてきたという真実を……
初めは嘘の仮面で覆われた自分で接していた……けど、彼女の無垢な心に惹かれ始め、次第に本来の自分を表に出し始めてしまった。

本当なら‘あんな事’をしたくは無かった……
だけど、『役割』という鎖が自分を縛り付け、自由という渇望を諦める。

「はぁ、まったく……こんな風に悩むようになったのも全部アイツのせいよ!!」

あの人間は今の自分をまるで否定しているかのようで……
それが堪らなくてささやかな抵抗を繰り返して来た。
それなのに私は……


―ガバッ!!―


「―――――ッ!?」


その時、フィーナの視界が行き成り真っ暗になった。
明かりが消えたとかそんな物ではない……文字通り全てが真っ暗だったのだ。
その正体は一袋の丈夫な麻袋による物であった。

「へへへ、やったぜ……」

その持ち主は醜悪な笑みをして内側で暴れる麻袋を掴んでいた。
自分の計画が旨く行って満足だと言わんばかりに。

「さてと、頭に報告しなくちゃぁな……見つかる事さえも珍しい妖精が手に入ったってよ……」

そう言って男は袋を紐できつく縛り、更に大きな荷物袋にそれを入れ……何処かへと去っていった。














「遅い……」



―それと同時に、彼の竜も動き出す―



[25771] 第二十七話:療養生活1日目(中)(知らなかったのか? ゴーヤからは逃げられない!!!byイビルジョー)
Name: Jastice ◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/06/15 10:53
夕闇に隠されていきつつある森奥にて遠くから淡い光が見える。
橙色と赤の混ざったその光を見れば、誰もがその色を火であると判断できるだろう。
それを中心として何人かの人影が円を組む様に座っていたり踊る様にしていたりして賑やかな雰囲気を作っていた。

「おい酒もっと持ってこい酒を!!」

「やれー!! もっとだもっと!! ハッハッハッハ!!!」

今夜は無礼講と言わんばかりにけたましい声を上げて今日の夜を楽しむ。
そんな彼らの場所には何台かの馬車、野営用として作ったのか小さなテントが張られていた。
そして、今回はそのテントの中で話は始まる。


――――――――――――――――――――


「こんの!! 開けろー!! 私を此処から出せー!!」

ガンッガンッと小さな鳥かごの様な入れ物に閉じ込められたフィーナが騒ぎ続けていた。
彼女は訳も分からず捕まえられ、あの後袋から出たと思いきやそのままこの入れ物に閉じ込められたのだ。
しかも、忌々しいことにこの入れ物には精霊封じが仕込まれている為に精霊の力を借りることもできない。

「ふぎぎ……」と次は力任せで入れ物の枠を広げようとするが、小さい体にそんな力など在る筈も無く、無駄な努力他ならなかった。
しばらく続けていたが、やがて無理だと分かったのか手を話して尻を付く。

そうして暫く大人しくしていたが、このテントに何者かが入って来る。
その影は二つであり、一つはガタイの良い大きな男、もう一つはその反対といえる小さな男の子。
しかし、男の子の方は男に背中を強引に押されてフラフラと此方に向かってくる。
そして、ある程度近付いた所で強引に其処へ座らせたのだ。

「ちょっと何してんのよ!! 子供相手にそれはひどいんじゃないの!?」

フィーナはその行動に憤慨し、男の行為を非難した。
しかし、男は何を言っていると言わんばかりな顔を向けてこう言う。

「あ? ‘商品’を売り手がどう扱おうと勝手だろうが?」

「は……その子が商品……? てことはアンタらもしかして!?」

フィーナはその男の言語で彼らがどういう人種であるかを悟った。
所謂彼らは【奴隷商人】……それも達の悪い人攫いまでもしそうな奴らだ。
力無く座っている男の子をよく見てみると、その腕には手枷が掛けられ‘奴隷’の印とされる烙印が刻まれているのもわかった。

「こんの……悪党!!」

「ふん、別に俺達は趣味でこの商売をやってる訳じゃねぇんだ。 ‘こいつら’を必要とする人間が居るからこそ俺達の存在が認められるって訳よ」

「そんなの屁理屈よ!! 人の命を金に換える下種なんかにそんなの認めないわ!!」

「はぁ……いいか妖精の嬢ちゃん。 別にこのガキは人様から攫った訳じゃねぇんだよ。 ちゃんとした契約の元でコイツの元親から買い取ったんだからよ」

「…………ッ!?」

親が子供を捨てる事なんてこの世界では珍しくない。
愛情だけでは腹を膨らませる事など出来ないからだ……

「けど、嬢ちゃんは偶然だったから俺達としてもラッキーだな……嬢ちゃんみたいな珍しい種族は好き者に売り出せば普通の奴隷よりは5倍の値が付くしな」

「くっ……!!」

フィーナは悔しかった……こんな下種共に自分の身を決められる事にだ。
それに、フローラを一人にさせてしまうかもしれないという不安に覆われる。

「じゃあな、そこのガキとは暫く宜しくやっとけや」

そう言って男はテントの外へと出ていった。
それと同時にテント内には静寂が訪れる。
一人と一匹は互いに何も話さずに座り姿を同じ様にして黙っていた。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「って少しは何かしゃべりなさいよ!! 貴方は人形か何かって訳!?」

「……!?」

行き成りの怒号に少年は怯える様な姿でフィーナを見た。
だが、その怯えようは異常だ……条件反射で起こしたかのように震えていた。
フィーナがもっと少年の体を見てみると、服の間から覗く痛々しい傷跡が何か所もあった。

おそらく、こうなるまでの間に余程酷い虐待も受けさせられたのだろうと考察した。
少年は未だ息を荒げてその場に手枷を掛けた手で頭を押さえつつも蹲っていた。

「……ごめん、急にどなりこんじゃって……謝るから……」

「あぁぁぁぁぁ…………」

その声は絶望の淵から聞こえてくる唸り声かのような物であった。
これでは普通の話さえもできないだろう……

「はぁ……本当にどうしようかしら……」

そう言えば、あの男は今何をしているのだろうか?
あの暴虐男の事だ……なかなか来ないと考えてそのまま森の主の所へと一人で探しに行ったかもしれない。
でも、普通に探しても森の主は滅多に姿を現す事が無いから無駄だと思うけど。


――――――――――――――――――――


火の周りでは奴隷商人達が手を振ってお祭り騒ぎを起こしている事、そこより少し遠く離れた暗い森の場所にて二人の人間が木を背に座っていた。
体には槍や剣と装備しており、どうやら見張りの役目を負っているようだ。

「おーい、そっちの方はどうだ~?」

「あ、別に何もねぇよたく……」

遠くから仲間の確認の声が聞こえてくるが、見張りの一人は苛々とした口調でその声を返してやった。

「あ~あ、向こうは存分に楽しんでるっつーのになんでこっちは見張りなんか……」

「まぁいいじゃねぇか、あと少ししたら交代の時間になって向こういけるんだからよ」

「早く酒飲みてぇなぁ~」

めんどくさそうにしているが、この森は魔物が現れる場所だ。
実質的に気を緩めてはいけないと考えてはいるが、二人は不満タラタラで愚痴を零し続ける。

「そういや聞いたか? 世話係の奴が妖精捕まえて来たんだってよ」

「まじか!? うひょ~!! 今月の給金は期待できそうだな!!」

「というより本当に運がいいよな……妖精なんてこの頃滅多に見られるものじゃ無くなったからなぁ……」

「あぁ、確か魔導師達のある実験による乱獲が原因で個体数が大幅に減ってしまったって話だよな?」

「ま、そんな事でも金が入る要因なんならそんな事関係無いよな」

「だよな~!! いちいち帝都の奴らは保護を理由に偶に俺達に突っかかって来るけど結局無駄足になるんだよな~。 なんたって俺達の依頼主の殆どが―――!!!」


その時、二人は話に夢中になって気付かなかった……
己らの直ぐ傍で怪しく煌めく深紅の二つの光を……
その影から二本の腕が伸びる様に現れたと思いきや、一気にその二人の頭をがっしりと掴み……

「はっ……?」

「えっ……?」

未だ呆けている表情をしている男たちを……


―ゴチャアァァァァ!!!!!―


顔と顔で互いにぶつかり合う様にして手を引き込み、押し込んだのだ。
鈍い音が立ち、それによって顔と顔がめり込んでくっついた様な姿をした二人はズルズルと力無く倒れ込んだ。
もし生きていても二人とも顔面複雑骨折は決定だ。


――――――――――――――――――――

「お~い、つまみをこっちによこせ~!!」

「わかったわかった、ほらよ」

そんな事態が起こっているとも知らず、他の男達は未だ宴会を開いていた。
酒も入っている事だろうし、緊張感も緩みきっている筈だ。
そんな男達は円で並んでいるのを上手く使って酒のつまみが入っている器を反時計回りに渡していく。

そして、要求した男の手に渡る瞬間であった。


―ヒョイ……―


「バリバリ……ふむ、結構いけるな……」


突如として見知らぬ男が器を上からかっぱらってそれを頬張っていた。
彼自身は見た事無いつまみを食し、それが予想以上に味が良い事に納得していた。

「あり……おめぇ……誰だ?」

「あー気にしなくていい。 ちょっとした通りすがりだ」

いや、通りすがりが人様の食事を勝手に取って食べてる時点で‘ちょっとした’などという範囲には入らないと思う……
それは置いといて、いきなり不知の人間がこの場にやってきた事に違和感を感じて来た男達は意識を少しづつ蘇らせていた。

「俺は今探し物をしていてな……恩人であり、いま居候している家の主人の知り合いがちょっと行方不明になっちまってな……」

「は……はぁ……?」

いきなり何を話し出すかと思いきや、何やら身の上苦労のような話へと入っているのかと思えてくる。
そのまま様子を見てその男の言葉に耳を傾け続ける。
そんな状況にもかかわらず、男は今度は樽ジョッキに入っている酒を煽り始める。

「ぷは……そんでな、そいつは喧しいことこの上ない癖に俺にちょっかいかけてくる回数なんざザラじゃないと言わんばかりだ……」

そして、一呼吸して右手に持っていた樽ジョッキをゆっくりと地面に戻す。

「んで、そんなアホを誘拐しようとする馬鹿がどっかにいるってもんだからこれは大変だと思ってここまで来た訳よ?」



「「「―――――!!!!!」」」



その言葉で全員が理解した。
コイツはあの妖精を取り戻しに来た奴であると……
男達は一斉にしまっていた武器を構え始め、男を取り囲みだす。


しかし、そんな様子を物ともせずに男【イビルジョー】は酒を煽り続けていた。

「さてと、久々の酒だからついつい飲んじまった……それじゃあ……」




―始めようか?―




そう呟いた瞬間、イビルジョーは樽ジョッキに入っている酒を火の中へと放り込む。
アルコール度が若干高い方だったのだろうか、火はアルコールに反応して激しい炎へと変化する。
いきなりの変化に男達は付いてこれず、一瞬の間呆けてしまった。

その瞬間を狙ってまずイビルジョーは一番前に居る男の体に拳を叩きこむ。
ムエタイ仕込みのパンチは蹴りとは違い、補助道具程度にしか使えないが、イビルジョー程の筋力を持つ者にとってそれは殺人パンチへと化す。
喰らった瞬間男はくの字に腰を曲げ、殺しきれなかった威力で地面から大きく跳ねあがった。

そんな現象を見て余計に恐怖を漂わせたイビルジョーの視線をまともに受けた男達は構えた武器の力を少し緩めてしまった。
そして、唖然とした表情で跳ね上がった男を見ていた一人に


「ふんっ―――!!!」


飛び膝蹴りを容赦なく顔面に突き立てる。
ゴシャッと鈍い音を立てながら男は向こう側へと体を回転させながら吹っ飛んでいく。

「ひ……ひゃあぁぁぁぁ―――――!!!!!」

そんな常識はずれなやられ方をされていく仲間達を見ていた一人が情けない声を出しながらイビルジョーに槍を突き刺そうとする。
さっきまでは近くに行き過ぎたから反撃を食らった……だから、この武器なら奴を殺せる。
そんな淡い期待を込めて放った槍の一撃は……


「ぬんっ―――!!!」


見事に避けられ、そればかりか放った槍を掴み上げて強引に引っ張った。
常識外れの膂力で引かれた槍は持ち主ごとイビルジョーの傍まで飛んでいき……それをイビルジョーは足で顔をスタンプしてやった。
だが、単に引いた力だけで足は出しただけのやり方だったので、顔に靴跡を付けられて激しい痛みを伴ったが、先ほどまでの攻撃よりは断然マシな方だろう。

「さて、余計な事はしないでそろそろ返してもらおうか……連れの妖精を?」

「うぁ……ぁ……ぁぁ……」

「化け物だ……ちくしょう……ちくしょう……!!」

もう三人も戦闘不能にしてやった。
もはやこれ以上闘う意味は全然ないだろう。此方はブツを返してもらえばそれでいいんだが……
そんな時である……自分のまん前にある地面に大きな影が映っているのが見えた。

それに気付いたイビルジョーは急いで振り返ってみると、其処には今まさに己の獲物である大斧を自分に振り下ろそうとしている姿があった。
さすがのイビルジョーも溜めの動作を見ないまま遂行される動作を避けられる筈も無く、
そのまま頭に大斧を叩きつけられた。

誰もがこの男の頭が次にはザクロの様に変わるだろうと期待していた……が……


―バキイィィィィ!!!!!―


なんと、逆に大斧の方が欠けてしまったのだ……
覚えておいでだろうか……イビルジョーの特異体質≪順応≫を……
あの『グラブダード』との闘いで傷つき、疲弊した体はその攻撃力に応じるべく皮膚を更に硬皮化させていたのだ。

もはや、イビルジョーの皮膚は鋼同等……いや、それ以上の硬度を手に入れていた。
それは人間に変わったとはいえ、その特性までも失われている訳ではない。


「~~~~~!!!!!」


だが、幾ら皮膚が硬くなったとしても痛覚までもが変わる訳ではない。
攻撃が斬撃から打撃と同質のものに変えてはいるが、皮膚という痛覚の集まり場所だけは痛い物は痛い。

イビルジョーはその場にしゃがんで頭を押さえ、斧を振り下ろした男は斧が何故か壊れた事に驚いていた。
しばらく頭を押さえていたが、イビルジョーは一気に立ち直り、斧を振り下ろした男を睨みだす。


「てんめえぇぇぇぇ―――――!!!!!」

「ひぃぃぃぃぃ―――――!!!!!」


その鬼の様な形相はイビルジョーよりも大柄な筈の男に悲鳴を上げらせる。
そして、数歩下がってその場から離脱しようとする彼を左手で首を掴み上げ、そのまま持ち上げながら走りだす。
約100kgは在りそうな大男を片手で軽々と持ち上げる事に離れていた他の奴隷商人達は己の眼を疑った。


「痛えぇぇぇぇじゃねえぇぇぇぇかあぁぁぁぁ―――――!!!!!」


その叫び声を掛け声の代わりにするかのように走って勢いを付けた後は左手に持った男を強引にぶん投げる。
男は悲鳴を上げながらしばらく空中を高く飛び上がり、やがては放射状を描く様にして奥に止めてあった馬車に落ちたのであった。
乗車部分が破壊され、ビックリした馬車馬達が慌てて動き始める。

そして、それをチャンスと思った残りの二人がその場所に乗り込み、逃亡を図ろうとする。
一人は乗車部に、もう一人が手綱を握って馬を先導する。
すると、イビルジョーを遠くに馬車はハイスピードで走り始め、どんどんとイビルジョーとの距離を離していったのであった。



「…………(にやっ♪)」


しかし、そんな様子をイビルジョーは笑顔で見ていた。


そして、それは二人が馬車で逃げて数分経ったところで意味が分かる。


――――――――――――――――――――

「なんだあの男は!? 護衛達までもいとも簡単に倒したぞ!!」

「とにかく離れろ!! 馬車のスピードには奴も流石についてこれねぇ筈だ!!」

二人は必死であった。彼らはあの奴隷商人のグループで代表的な存在だ。
やられた部下達の心配などするはずもなく、己の保身のみを願って馬車を駆け出し続けた。
このまま順調にいけば本来の仕事場である街に着ける筈……そんな期待を裏切るかのように……


―ガタガタンッ!! キキィ―――!!!!!―


馬車が突然止まり始めたのだ。

「お、おい!! どうしたんだ!?」

「わからん!? 車輪に何かつっかえたのかもしれん……」

そう言って、手綱の男の方が車輪の方を座りながら後ろへ向いてみると……

「…………!!!!!」

「どうした? 一体何が……」

驚愕の表情を浮かべている片割れの様子を可笑しいと感じ、その視線の先へと共に向けてみた。
すると、そこには……


―ビキビキビキッ……メキッ……メキッ……―


‘奴’が居た……
それが分かると同時に何故馬車が止まったのかが分かった。

……【掴んでるのだ】

なんて事は無い……ただ単に‘奴’が馬車の後輪の両方を拉げるほどに握っていたからだ。
その為、転がる動作が出来なくなった車輪にもはや意味はなく、馬車は止まるという選択を余議せざるを得なかったのだ。


「だめだろ~? 勝手に逃げだしたりなんかしたら……」


その顔は清々しいほど、そして恐ろしい笑顔が貼り付けられていた。
そんな顔をし、‘奴’は乗車部に乗り込んでくる。

「き、貴様!! 俺達にこんな事をして今後無事でいられると思っているのか!?」

「そ、そうだ!! 奴隷商人を正式な許可無く罰する事はできないはずだ!!」

「いちいちうるせぇんだよ……本来の予定が大幅に狂ったどころかテメェらのくだらねぇ言い分なんざこっちは聞きたくもねぇよ」

奴隷商人達はズリズリと体を引き摺りつつもイビルジョーから遠ざかろうとするが、逆に半歩多く進んできたりして無駄な行為でしかない。

「一々人間を奴隷だとか変な呼び名にして商売する人間の言い分なんざ特にな……」

イビルジョーにとって、奴隷という存在は‘前世’でも言い方が違くなった唯の人間と同程度の意味だと考えている。
生きる者にとって彼らは必死に糧を得るために働く。
そして、それは≪金≫という存在で変換されるからこそ等価対価が成り立っている。


つまるところ、『人間は金の隷族』だとイビルジョーは見方を決めている。


金の為に働き、金の為なら何だってする事もある。
幾ら言葉で綺麗に隠しても、本質など変わりはしないのだから……

「俺は悪党という者を何人も見て来たが、悪党という存在を全否定しない俺でも嫌う種類がある」








―最低限の規律(ルール)も守れやしねぇ【外道】って種類がよ―

「俺が言いたい事が何かわかったか?」

「た、頼む!! 許してくれ!! あの妖精は返す!! だから―――!!!」





―こそこそと意地汚ぇ真似をするなって事だ―






「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」


暗闇の森の中にて、二人の野太い男の断末魔が響き渡った……



[25771] 第二十八話:療養生活1日目(下)(世界は自分の為には存在しないbyイビルジョー)
Name: Jastice ◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/06/15 10:59
「たくっ、余計な時間が掛かって夜になっちまったじゃねぇかよ」

「う……わ、悪かったわよ……」

イビルジョーとフィーナは共に夜の森を歩き続けていた。
イビルジョーが手に松明を持って明かりを確保している為に手探りで彷徨う様な心配は無しだろう。
この松明はあの奴隷商人達の手荷物から頂いた物だ。
他にも、幾らかの金品や食糧を強……頂いて箱ごと肩に担いで持っている。

「これを見たらどっちが悪党かどうかわからなくなるわ……」

「こんなもん慰謝料か賠償金かと思っときゃいいんだよ」

今回の森の主への訪問は中止とした。
フローラの事もあるからだ。イビルジョーがフィーナを探す前に一旦彼女の場所へ戻り、事を話してもいるからだ。
これ以上の心配はかけたくない。

「ねぇ、あの子……」

「その話はしない約束の筈だ」

フィーナは少し心配そうな顔をしてイビルジョーに何かを尋ねようとした。
しかし、それを戒めるかの顔で制し、そのまま歩を進める。

「でも! あの子が一人で安心して暮らすなんて事は無理……」

「だから、一緒に連れていった方が良かった……と?」

「まだ子供なのよ!? それなのに、単に枷を壊して残りの金品や食糧を残して上げただけで安心と言える訳ないじゃない!!」

フィーナが言っているのは‘あの’奴隷少年の事であった。
イビルジョーがフィーナの居たテントに入ってきた時、フィーナは普通に助けてやったが、奴隷の少年には手枷を壊して外してやってそのまま置いて行った。
初めは声を掛けてやったが、怯えているだけなのを見てイビルジョーは【興味を失った目】をしてフィーナに来るよう呼び掛けてあの場を立ち去ったのだ。
その事にフィーナは納得が出来なかったからだ。

「お前、ならあのガキをどうしたいんだ?」

「それはもちろん、ちゃんと保護して安全な場所へ……」

「そこは≪人間の街≫の事か? それとも≪フローラの小屋≫の事を言っているのか?」

「え……?」

「それに、≪人間の街≫の方はともかく……≪小屋≫へ連れて来てあのガキを養う見通しが出来ているのか?」

イビルジョーはあの奴隷少年の事をよく見て判断したが為にその結論を出していた。

まず第一にだ、あのガキだが……どうやら変態共に随分と強姦(まわ)されたらしく、跡が服から覗かせた肌に幾つも残ってた。
そのお陰で人間不信に陥ってて精神が滅茶苦茶になっちまってる。
俺は‘そんな人間’を見て来たからこそあのガキが今後マトモな生活をする事ができるかと質問されればすぐさまこう答えるだろう―――Noと。
あの奴隷の烙印というものをたとえ【そぎ落としてまで】消したとしてもあのガキの恐怖の記憶は二度と消えないだろう……

そして、俺自身はフローラの家で現時点で厄介者となっているただの居候だ。
今回起きた問題は此方側にとってはフィーナに関しての事のみ……元より‘赤の他人’であるガキに気を使ってやる理由も意味もない。
だからこそ、「大丈夫」とたとえフローラが言ってもこれ以上厄介事を持ちこむ気などなおさらない。

「だ、だけど……」

「俺もいろいろと調べてみたぞ。 実際、食糧調達とかに結構苦労しているんだろ……?」

「う……」

そうなのだ……森の中というのは食べられる物という物が限られている。
自給自足で生を紡ぐ事はかなりの労力を要する……それも女の身であるフローラにとっては尚更だ。
彼女は声を失ったが為に精霊の力を使う事が出来ない……それはもちろん、声を通しての‘呼び掛け’を行えない事が一番の理由だろう。
その代わりにその役割をフィーナが代役して何とか今までやってきたと言える。
彼女達は‘二つで一つ’という存在そのものだ……

イビルジョーが代わりに食糧を取って来るようにして普段より数倍に増えたが、彼の胃袋のせいで成果が実質ゼロになっていた……残念

そんな彼女らの生活にイビルジョーのように数日後に此処を発つのとは違い、ずっと共に暮らす様な人間が増えるとなると、今の生活をより切り詰めなくてはならなくなるだろう。
イビルジョーが反対する理由がそこだ……所謂、他人に情を与えて続けていると何時か自分が痛い目を見る―――優しさだけで生きてはいけないのだ。

「なら、貴方はこう言う訳!? 人一人くらい見殺しにしても関係ない……そう言いたいの!?」

「そのとおりだ」

「――――ッ!!」

フィーナは戦慄を覚えた。これほどまでにあっさりという冷たい言葉を……
そんな言葉を言えるイビルジョー自身に……

「この……悪魔……!!」



―バキイィィィィ!!!!!―



「ひっ……!?」

「お前、何時まで甘い事言っているんだ……いい加減苛々してくるんだよ」

イビルジョーは後ろからそうフィーナに叫ばれた瞬間、松明を持ったまま右腕を近くの大木に裏拳を力強く打ちこんだ。
その衝撃は拳に沿って木をめり込ませ、次第に重さに釣られて傾き始める。

「自分の限界も弁えない奴が「誰か助けたい」だと簡単に口にするんじゃねぇ!! 下手な優しさはかえって傷つける要因にしかならん!!」



―バキバキバキイィィィィ!!!!!―



「いいか、世の中ってのは頑張れば報われるだとか簡単な仕組みで出来てるわけじゃないんだ!! 努力ってのはその為の一つの道具でしかない!!」

イビルジョーは今のフィーナが‘あの頃’の自分と何処か似ている様な気がした。
その分、見ていられなかった……だから、‘己の結果’のような事にだけはさせたくなかった。

しかし、それもあるが‘嘗て’の己が暮らした街では嫌というほどそんな者の結末を見て来たからだ。

例えば、貧しくも家族三人で慎ましく暮らしていた所があった。
彼らには当時は賃金が少ないために碌な食べ物を買うことすらできないでいた。
けど、その両親は自分達の分の食事も食べ盛りの娘に分け与えていたのだ。


そんな‘優しさ’の為に……



―家族全員が餓死することになったんだ―



初めに両親が息絶え、娘もその二日後に死んだ。
あの街では誰も一人になった娘の方を助けてやろうとは考えなかった。
なんせ、誰もが自分だけが生きるのに精一杯な所だ……面倒な負担は掛けたくないと考えたからだろう。

そして、大抵の人間が見ればあの家族を可哀想だとか親子の鑑だとか評価するそうだが……
そんなもん‘能々と平和に暮らしていた奴ら’の一般論でしかない。
では、あの家族が暮らしていた同じ街の住人はこの事を如何捉えたかわかるか?

簡単な一言だ……


―また死体が三体増えた―


ただそれだけだ……


「お前なら生きる事とはどういう物かよく分かっていると思っていたが、どうやら思い違いだったようだ」

「……ぁ……」

木が大地に倒れ込み土煙を上げる。
すさまじい衝撃が一瞬大地を震わせ、遠くから魔物か何かの鳴き声や叫び声が聞こえてくる。
一人と一匹は暫く互いに沈黙し、その場に立ち尽くしていた。

「……いくぞ、この場で話すだけ無駄だ……早く小屋へ戻るぞ」

「…………」

一人と一匹はその後は何も喋らずに小屋の方へと足を進めたのであった。


――――――――――――――――――――

「明かりが付いてるな……」

ようやく小屋へと戻って来れた時、意外だと思えた。
こんな深夜近くだと普通ならば寝ていても可笑しくはない。
けど、フローラは待っているのだ……≪フィーナ≫の事を……

「入るか」

「……(こくっ)」

少々使いなれたドアを開け、中へと入ってみるとテーブル等が置かれた一室が目に入る。
そこにフローラは居た……が……

「やれやれ、最後までは結局待つ事は出来なかったか……」

イビルジョーが見たのは椅子に座ったままテーブルに上半身をうつ伏せに寝付いたフローラの姿があった。
どうやら睡魔には勝てなかったんだろう。 ランプを灯し続けて待ってはいたが、ついには眠りについてしまったのだろう。

「お前の事を最後まで待っていたんだ……この場合、ちゃんと言う事があるだろう?」

「うん……」

フィーナは少し暗い表情をさせながらも羽を動かしてフローラが寝ているテーブルへと降り立つ。
そして、フローラの顔に手を優しく置いてやり、話し出す。

「フローラ……ごめんね……心配かけちゃったね……」

寝息の音が続く……もちろん、深い眠りについている彼女にこの声は聞こえてはいまい。
だけど、言わずには居られなかった……

「本当に……ごめんなさい……でも、私はもう大丈夫だから……」



―今は安心して眠ってね……―



「もう、いいのか?」

「……いいよ」

その返事により、イビルジョーはフローラの体を優しく持ちあげる。
さすがにこのままで寝かせては風を引きかねないからだ。
だから、ベッドまで運んでやる事に決めた。

その後、ベッドに運び終えた後は再びテーブルがあった部屋へと戻って来る。
そして、その場にあった椅子に逆向きに座る。
背もたれの方に腹を向ける様な姿勢でだ……

「俺は見張りも兼ねて此処で寝る事にする。 お前も疲れているだろうから自分の寝場所に行け」

イビルジョーはあの場にいた奴隷商人をあらかた始末をしたが、まだ仲間が居るという可能性がある。
そんな存在がここを嗅ぎつけて余計なちょっかいを出す事もだ……
こういう夜は最後まで安心できないのだ。

「私は……」

「……別にあのガキの事を考えているならそれでいい」

「…………ッ!?」

「あの時話した事はマトモな奴なら嫌悪する内容だ……俺のような‘ネジの外れた’奴にしか通じない理論だと考えておけばいい」

「でも、どうして?」

「連れてくる事には先に話した通りだが……人間の街へ連れていったとしてもあのガキをマトモな扱いをしてくれる人間が何人いるか……それどころか引き取る奴が何人いるか……」

「奴隷……だから?」

「そうだな……それよりも俺はあのガキの≪目≫が気に入らなかった。 あれは【生きる事に絶望している】目だったからな」

あんな目をしたら最後、元に戻すなんて選択は無駄だ。
元の世界ではそんな目をした奴なんて大抵が自殺者とかだったな……
ああいうのは【死ぬのを諦めさせる】よりタチが悪いんだ。

「奴隷か……私も結局はそれと同じなのかもしれない」

「……なんだって?」

「フローラが今眠っているこの時だからこそ話してあげるわ……私は実は、【森の主】から遣わされたフローラの≪監視者≫なのよ……」

「…………ッ!!」

衝撃的な事実がイビルジョーの眼を大きく開かせる。

「貴方の言うその‘アホ’がフローラが無断に事を話したりしないかを見張る為に私は【創られた】」

「創られたって……お前がか?」

「森の主ならば森の命を取り出すことなんて造作ないわ……その命の塊のなれの果てが私なの……」

フィーナはテーブルの上に座り、ダランとした姿で話を続ける。

「初めは使命だと思って仕方なくフローラの事を監視ついでに一緒に暮らし続けていたわ……だけど、1ヵ月もする内に私はあの子の事が気に入り始めちゃってね……」

今までの過去を長々と話すが、イビルジョーはそれを一言も漏らさずに聞いていた。


初めて料理を一緒に作った時は変な物が出来てしまって大変だったとか……

魔物がこの小屋近くに来た時はお得意の精霊の力で追っ払ってその様子を見てたフローラがカッコいいと言ってたとか……

それに照れて調子乗って少々大怪我をしたこともあったとか……


其処には彼女らの全てがあった……


「お前の事は、フローラには話してないのか?」

「駄目よ……そんな事をしたら私の存在意義が無くなってしまう。 もしその事が森の主にバレたりなんかしたら……」

イビルジョーは敢えてその先の事を聞こうとはしなかった。
存在の意味が無くなった者は決まって同じ結末を迎えるから……
聞くだけ野暮な話って訳だ……

「ごめん、話してなんだけど……この事はフローラには……」

「……わかってる」

「ありがとう……」

そう一言お礼を言った後はフィーナはこの場から離れていく。
聞いてみると「そろそろ寝る」と言ってきた。
さすがのフィーナもそろそろ睡魔には勝てなくなってきたそうだ。

「一つ聞いていいか?」

「何?」

「なんでこの事を俺に?」

「どうしてかしら、そうね……敢えて言うなら」


―貴方なら如何にかしてくれそうだったから―


「おやすみなさい」

「あぁ……」

そして、フィーナはこの場から去っていった。
そこには椅子に反対向きに座り続けるイビルジョーだけが残る。

ランプの灯は既に消えており、其処にある光は上の開け戸から差し込む月の光のみであった。
その光が反射し、イビルジョーの深紅の瞳をいっそう怪しく輝かせる。
静寂だけがこの場を支配していた。


―カタンッ……―


ふと、静かに椅子から立ち上がり、その場から数歩歩き始める。
部屋の中心に立ち尽くし、顎に手を添えて考える仕草を取り出す。
数分……いや、数十分経っただろうか?
ようやく顎から手を離した次にポツリと呟く。










「【借り】の返し方が決まった」







その言葉は夜の森の中へと溶け込んでいき、誰にも聞こえる事が無かった……



[25771] 第二十九話:療養生活2日目(上)(問いを求めようではないかby森の主)
Name: Jastice ◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/06/17 23:59
深き森の奥にて存在する一軒の小屋の前にて一人の男が用意をしていた。
腰には鉈とナイフを計三本、服や靴は長時間動いても痛みにくい作りをした麻布製、そして、深々と全身を覆うローブ。
それらを装着し、全ての準備が整ったところで後ろの女性へと振り返る。

「じゃあ行ってくる。 昼食までには戻って来る予定だ」

「―――――」

そう、小屋の前に立っているのはもちろんイビルジョーとフローラであった。
今日もまた食材を探しに森奥へと進んでいくイビルジョーを見送る準備でもあった。
それと、イビルジョーが着ているローブとかは‘件’の騒動から頂いてきたものだ。
今朝まで何も知らなかったフローラは見覚えのない金品や食糧の山を見て驚いていた。

これ等の事については色々とはぐらかして拾った程度な事で伝えておいた。
流石にフィーナが誘拐されかけたとか、それを成そうとした奴らから逆に強……頂いた事を話したりなんかしたらどれ程驚くだろうか。
兎に角、変な話を聞かせたくもない事でもあるが、余計な心配だけは掛けたくない。

「行くわよジョー!! 今日は猪狙いよ!!」

「結局は俺が獲るんだろうが……」

フィーナとは、まぁ……少し態度が柔らかくなったという感じかな?
以前よりはちょっかいを出さなくなってきたが、出す事には変わりは無い。
その度に返り討ちになるのはもはやお約束となっていた。

「ちょっくら出かけてくるぜ」

「留守番お願いねフローラ!!」



そう言って俺達は遠くから手を振って俺達を見送るフローラにそれを返してやる。
そんな事をしながら、段々と小屋を離れていき、ようやく完全に見えなくなった所で……



「さて、始めるか」

「えぇ……」

少し緩めた思考を再度締め直しに掛かる。
今回の外出は食糧調達なんかではない……【森の主】に会うつもりだ。
フィーナも最初は森の主の居場所を教えるつもりは俺にさらさら無かったらしい。

だが、彼女はフローラを救うべく、≪最悪の結果≫になろうとも覚悟を決めたらしい。
たとえ自分が≪消えてしまおうとも≫……

何が彼女をそこまで駆り立てるのか……俺は疑問に思い、フィーナに尋ねてみた。

「あの子はね、笑った事がないの……」

彼女曰く、フローラが今までしている笑いは愛想笑いとか作り笑いだとかそのような種類だそうだ。
喋る事ができない彼女には笑い声という物が出せない。
そんな状態で笑おうとしても、ただ単に空しく感じれたらしい。

今でもフィーナは覚えている……
自分の見ていない場所で、フローラが自分の頬を悲しい顔で摘んでいる事を……
笑顔とは、笑い声が合わさってこそ真に一つとなれる……
それが出来ない自分が作るこの顔は【偽物】なのではないか?
フローラは彼女なりに悩み続けていたのだ。

だからこそ、フィーナは彼女に【笑顔】をプレゼントしてあげたいと考えた。

「主様がもし私達の申し出を断る様なら……その時は……」

「フィーナ、簡単に犠牲という手段を選ぶな。 それは最終手段として取っておけ」

「けど……」

自分は戒律を破る事になる。
部外者に森の主の居場所を教える事をだ。
森にとって【裏切り】と称されるそれは森に居場所を取られるには十分な大罪となる。

「もはや、私の行いは主様には許される物にはならないでしょうね……」

一人と一匹は今まで通った事のない道を歩み続ける。
河を渡り、岩を飛び越え、深い下りを降りていく。
進むにつれて、森に陽が差し込まなくなりつつあるのが感じられてくる。
今までとは別の場所であるとあからさまにわかる様な感覚が体中を奔る。

「…………」

「どうした? そう黙っていて?」

いや、良く見ると震えている……やはり恐ろしいのだ。
この森の主に逆らうと言う事が本能からそれを拒み続ける。
フィーナの思考はその事だけに占領され、汗を流し、息を荒げて小刻みに震え続けていた。

「安心しろ。別に最後まで付いてこなくてもいい……途中まで案内したら少し前で待っていてもいい」

「ごめん、そうさせてもらうわ」

その言葉で少し安心したかのように雰囲気を和らげてくる。
そうだ、別に慣れない事は無理にやらなくてもいい。
こう言うのを東洋の国ではコトワザという物で餅は餅屋に任せろっているんだっけ?
まぁ、それは置いとこう。

やがて、遂には陽が差し込まなくなり、辺りを暗闇が塗りつぶす。
まるで木自体が黒い存在であるかのように錯覚するほどだ。
ザワザワと何処からか風が吹いて来て森中を揺らしていく。
そんなざわめきと共に何やら聞こえてくる物がある


―立ち去れ、此処から先は神聖なる領域!!―

―資格なき者が来るべき場ではあらず!!―

―退かぬと言えば森の裁きが下るであろう!!―


囁き声程度の音量であったが、俺達を拒む意思が森から伝わってきてるようだ。
やれやれ、相当嫌われているようだな……だが、その先に俺の目指す場所があると言うなら立ち止まりはしない。
悪いが、逆に言わせてもらおうか?


「黙ってろ」


―なんと恐ろしい事を!?―

―裁きが下る、覚悟せよ!!―


それを最後に声はピタリと止んだ。
正体は結局分からずじまいだったが、別に問題は無いと思う。
暫く進むと、やがて先ほどまでは違った雰囲気が漂う場所へと出てくる。

「この先よ、この先に主様が居るわ」

「そうか、此処まで案内ありがとうな」

「ねぇ、本当に説得する気なの……いくら貴方が普通の人間と何処か違うからって主様相手じゃ分が悪いわよ……悪い事は言わないわ」

「大丈夫だ、出来るだけ穏便に済ませてみるさ……向こうが望むならな……」

ローブをたなびかせてイビルジョーは奥底へと進んでいく。
それがフィーナにとっては地獄への旅路に思えて仕方が無く、内心ではかなり慌てていた。

「必ず帰ってきなさいよジョー!! でないと、フローラにどう説明していいか分からなくなるんだからね!!」

遠くへと行くイビルジョーの背中に向けてフィーナは叫んだ。
それを受け取り、イビルジョーは一度振り向き、


「信用しろ」



そう言ってから再び森奥へと歩みを進めていったのであった。


――――――――――――――――――――

奥へ進むにつれ、次第と陽の光が差し込んでくるようになってきた。
遮る木々が少なくなってきたのが理由だろう。
途中、変な力が俺を押し返すように働いてきた気がしたが、別に堪えるような物ではないので少し重い感じがしながらも抜けて来た。

そして、ついに終着点に辿りついた。
そこは、円状の広場にして木の根が放射状に地面に沿って伸び、まるで根のカーペットを形どるかの様な姿をしていた。
その奥には一つの洞窟らしき物が存在している。
恐らくあそこが……

「しかし、よくよく見てみるとまさに秘境といった感じだな」

根の表面には彩るかのように苔が付いており、端には所々と綺麗な花達が生えている。
まさに自然の芸術と言われる物がそこら辺に存在している。

「―――ッ!?」

その時、森が一斉にざわめき始める。
ザワザワと風が吹いていないにも関わらず、ざわめきは一層に強めていく。


―ズシンッ……ズシンッ……―


それと同時に地鳴りのような足音が何処からか響き出す。
耳で探ってみると、それは例の洞窟から響いてくるのが分かった。
イビルジョーはその場に居たままその足音の主を待ち続ける。

そこに【彼の者】は現れた……


『なんじゃ、森が乱れるほどの気を感じて出て来たと思ったら……唯の人間か』


その姿は白い体毛を携えた獅子を基本とした巨大な体……おそらくは3m近くは在るだろう。
長い耳と共に灰色の太い角を生やし、首からは立派な鬣が生え揃えている。
丸太の様に太い手足には群青色の鋭い爪が四本生え、口からも鋭い牙が上と下の顎に対で二本伸びていた。

その姿は王……まさに【森の主】と呼ぶに相応しい風貌であった……

「お前が森の主か?」

『ふぁっふぁっふぁ!! 今まで多くの者を見て来たがこのワシを【お前】呼ばわりするとは中々の肝が座っておるわ!!』

森の主は豪快に笑い、こちらの話に合わせるかのように会話を紡いでいく。
どうやら、今まで遭った偉い立場についてた者みたいに激情家のようではない様だ。
さて、話を始めてみるとしよう。

「森の主よ、俺はお前に話がある。 この森に在る小屋に棲むエルフの女性についての事だ」

『……その話をするとは、ワシの元へ来た理由は一つじゃな……』

険しい顔へと一気に変えて、俺を試すかのような目で見てくる。

『それならば話は早い。結論を言えば、否だ……』

「その理由を聞かせて貰いたい。 俺の目的はそれだ」

俺は事の原因の本人の意見を知る為にわざわざ此処へ来た。
フローラの呪いを解く事が最終目的だが、交渉にはいい分に認める所があればそれを受け入れることも大切だ。
強引だけなのはよくない……初めはそうする。

『そもそも、エルフとは本来森の意思と共に生きなければならぬ使命を帯びている。 ワシは彼らとの盟約に従い加護を与えて来たが、あのエルフの娘の親御は盟約を破り、あまつさえ反抗しようと裁きに来たワシを力で説き伏せようとして来た』

「その為、罰を与える為に来た筈が殺してしまい、代わりに彼らの子供であったフローラに罪を償わせるべく声を失わせた」

『そうじゃな、本来死ぬはずじゃった存在に罪を償わせる事によりあの子は生きる事を認められた』

「そこんところなんだよなぁ……」

イビルジョーはハァッとため息を付きながらその場に胡坐をかく。
左手を膝に寄りかからせ、右手で頬杖を付く。

「命とは、生まれる時は無垢な存在として生まれてくる物だ。 元が何をしたにせよ、生まれる子にその罪を着せるのは倫理に反していると俺は考える。 新しい命は祝福される物さ……」

『すると、お主はワシの決定は倫理に反していた……そう言う事か?』

「そもそも、罪とは規範や倫理に反する事を指し、罰はその罪や過ちに対する戒めの事を指す。 もし、あの子の存在自体をお前が罪と言うなら、あの子の父と母が出会う事も罪であったと言う事と同等となってしまう」

『ぬぅ…………』

結末のわからない運命を罪と言うのは矛盾している。
良い方向か、悪い方向に進むかは彼らにしか分からない事だ。
そして、結末が悪と知り、そこから彼らの歩んだ道のりを全て悪と決め付けるのは間違いだと俺は考える。

「未来と言う物は不明確な物だ……どの道に進むかは現在ではわからない。 逆にこの道に進みはしない、違うと証明するには他より苦労するしかないのは確かだろうな」

『……ならば、ワシはお前に問うとしようか。 正義とは、悪とは何ぞや?』

これまでの判断には全てがそこに還る。
かつて【暗黒街の法王】と呼ばれども、俺が基本としたのは其処だ。
考えに考え、辿りついた結論は極力容易な物とした。

「んなもん【無い】」

『ほぅ!! それは面白い答えだ』


法は弱き者の為に存在する……
悪は正義に屈する……
悲しい事は永遠には続かない……


大人になるにつれて、その言葉は子供だましの眉唾理論だと体感していった。
世の中の実体は≪その反対≫があるからこそつり合い、偶に矛盾となる結果が生まれるという事実だけ。
そこには何処にも完全な【綺麗事】なんて存在しなかった。

結局は【力を持った】側に運が向いてくる。
そして、最後には【勝った】方が正しい……それが事実だ。


「だからこそ、正義と悪など存在はしない……あるのは、≪ただの現実≫だけなんだよ」

『…………』

イビルジョーの意見を聞いた森の主は静かになり、何か思考に耽る姿を取る。
それをイビルジョーは行方を窺う様に静かに見つめ、事を待つ。

『お主は戒めの意味をワシ以上に理解している……それを認めよう』

静かに閉じた目を開けながらポツリと呟いたその言葉にイビルジョーは眉をピクリと動かした。

『森の戒律はこれ以上に定まる事は無いと考えていたがの……【絶対という言葉は無い】と改めて思い知らされたぞい』

背を向けて数歩歩いて離れていく。そして、多少離れた所で再びその場に立ち止まる。

『感謝する人間よ、このまま変わらずにいれば【森の戒律】は≪穴の開いた戒め≫としてとぼされたかもしれん』

「と、言うと……?」

『礼として、あのエルフの娘の声を返そう……どちらにせよ、戒律を変える際にはそうなる予定じゃろうしな』

イビルジョーは表情を変えずにいたが、内心ではガッツポーズをしていた。
これで目的は達成し、借りが‘一つ’返す事が出来たからだ。
しかし……

『となると、あの妖精を【元に戻さねばならぬ】な……』

「…………何?」

唐突に言われたその言葉にイビルジョーは眉を潜めた。
どうやら予定してなかった事態に陥り始めている様だから。

「待て、なぜ其処でフィーナを連れ戻す事になるんだ?」

『ん、妖精の事も知っておるのか? まぁ良い、実はその妖精はあのエルフの娘を監視するために送った存在じゃが、罪を無効にする以上あの者の役目は終わる。じゃから、存在する意義は無い』

「意義が無い……まさか、【消す】気なのか!?」

『結論ではそうなるじゃろう。 もとより、‘アレ’に実態など無い……森の命の一部を集め、ワシが作り上げた人形じゃからのう』

アイツが……消える?
アイツはフローラにとってたった一人の家族なんだぞ……
それを『人形』だとぬかすか……前言撤回だ、俺はお前の事を好きになれそうにはないな。

「それは肯定できないな……アイツはもはや一つの存在だ。 誰の拘束を受ける必要などない」

『む、それを否定すると言うのか? あの娘の罪を消す以上、それに関係した存在を消さねば矛盾が生じてしまうのだぞ?』

「お前にとってはそれで満足だろうがな……あの子自身の問題ではそうはいかねぇんだよ!!」



―なぜなら、過去は消す事は出来ない―



「俺は認めん、全てを洗い流して綺麗にするだけの贖罪など!!」

『だめだ、因果を正常に戻す為にはこの方法でしかいかぬのだ』

両者ともにらみ合う状態に変化して行く。
次第に不穏な空気が立ち込めていく。

「どうしても答えは変わらないって言うんだな?」

『無論じゃ……』

「しかたない、最終手段だ」

イビルジョーは立ち上がり、地面に向かって力強い踏む込みを落とし、拳を一・二回放ち、構えを取り始める。
彼からは闘気が溢れ出てくる。

「お前を【屈服】させるとしようじゃねぇか」

『愚か者め……』

その意をくみ取った森の主もまた目を鋭くし、警戒を放ってイビルジョーを睨み出す。
両者とも一歩も動かず、風のざわめきだけが騒ぎ続ける。




―――片や恩人に借りを返す為に命を賭ける者。

―――片や森に存在する濁りを正す事を貫く者。






どちらとも負けられぬ理由が其処にあった……



[25771] 第三十話:療養生活2日目(中)(帰ってきたぜ!!byイビルジョー)
Name: Jastice ◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/06/21 12:32
広く広大な森の世界にて、似つかわしくない音が奥底から聞こえてくる。
肉が潰れる音、骨がひしゃげる音、土が捲れ上がる音、木々が倒される音……
それらが全て人為的な物による音であると遠くで聴く者でも薄々と感づくに違いない。

だが、それを現場で見るとすると、誰もが青ざめる物であるに違いないが……

「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

イビルジョーによる連打が森の主の体へと一箇所に集中して叩き込まれていく。
分厚い毛皮に覆われたはずの体は激しい連撃により拳打の跡を残し出し、その威力は巨体の主の体を押し込める。

『がふっ!! ふはははは!!! 良いぞ!! これほどまでに血肉が踊る闘い、久しぶりじゃ!!!』

「言ってろこの戦闘狂が!!!」

森の主は太い腕を大きく振り上げ、鋭い爪でイビルジョーを薙ぎ祓いするが、それをひじ打ちによって強引に地面に沈め、一瞬止まったところを回し蹴りで胸を強く蹴り付ける。
地面をズザザッと擦って後退するが、それを逃がさないで上に高く飛んで大車輪からの踵落としを脳天にくらわせてやった。

『ふんぬぅぅぅ―――!!!!!』

「うぉっと!?」

だが、それを逆に押し返して頭に乗っていた脚を弾き飛ばし、よろめいているところを森の主は自慢の牙を向けて噛み付きだす。
それを両腕で上下の顎を押さえ付けて閉じるの防いで突進も威力を失わせる。
暫くの均衡の責め合いをした後、イビルジョーは片手を主の顎に押さえつけたまま右手を構え、それを主の左米神に思いっきり叩きつける。
強烈なパンチが主の意識を一瞬飛ばし、そこに続いて頭部を掴み上げての膝蹴りを首相撲の形からぶちかましていく。

骨が砕けていそうな音を出しつつもイビルジョーは気にせず何度もぶちかましていく。
それにはさすがに耐え切れない森の主も拘束から逃れるべく首を大きく振ってイビルジョーを自分から引き離すよう放り投げていった。

『いつつ……さすがにこれはちとキツいわい』

「嘘こけ!! なんで全然血を流していないんだよ!?」

そうなのだ、攻撃を当てているのは此方が大きいはずなのに、一向に怪我というものが見える様子がない。
普通ならば骨折や内出血どころでは済まされない物も食らったはずなのだが……

『ワシが何故、‘森の主’と呼ばれておるのか……それが分からぬ限りはワシを倒すのは遠いのぅ』

「くっ……!!」

ならば、一撃必殺の急所狙いを送ってやるぜ!!
そう考えて、腰に掛けていたナイフの二本を鞘から取り出し、両手に装備する。
刃物はあまり得意ではないが、この際文句を言っては居られない。
狙うは眼窩の奥底に存在する前葉頭……流石にタフな奴でもそこをやれば余裕は言えないはずだ。

脚のバネを強く使った踏み込みからの駆け出しを行い、風を切るスピードで森の主へと近づいていく。
それに迎え撃つかのように森の主も両腕を使い、激しい乱撃を地面ごと叩き落としていく。
それに負けず、ジグザグの横跳躍で撚けてタイミングを計らって右腕からイビルジョーは森の主の体へと乗っていく。

『小賢しい!!』


―ドォンッ!!!!!―


「ごふっ―――!?」

だが、あと寸での所で頭の角でイビルジョーは体を薙ぎ払われ、体を九の字にして吹き飛んでいった。
そのせいでナイフを一本落としてしまうが、まだ手元に一本残っている。
空中に飛ばされる感覚を少々回転しながらも体制を整えて、後ろのぶつかる寸前であった樹を踏み台にして再び森の主へと飛んでいく。

『馬鹿者め!! 同じことを何度やっても同じことじゃ!!』

そのまま一直線に飛んでくるイビルジョーを避けると同時に横からの噛み付きがイビルジョーへと襲う。
飛んだ勢いを空中では殺すことができない為、そのままイビルジョーは森の主の口の中へと飲み込まれた……かに思われた。


―ガシッ!!!―


「んな簡単に、食われてたまるかあぁぁぁぁ―――!!!!!」

なんと、全身を使って支え木の役割を果たすかのように森の主の口を閉じるのを防いだのだ。
ギギギと物凄い力の拮抗が始まるが、閉じるか閉まるの攻め合いを何度かした所でイビルジョーが右手に持ったナイフを中から上顎に突き刺したのだ。

『ごがあぁぁぁぁ―――!!!!!』

その痛みに口を大きく開け、その隙を狙ってイビルジョーは口から脱出する。
そして、次には森の主の頭の上に乗りかかり、角に手をかける。
イビルジョーはそれを木を引き抜くつもりで力を入れ始める。
だが、太く硬い森の主の角は中々折れず、やや苦戦を持ちかけられていた。

『離せ!! 離さんかあぁぁぁ―――!!!!!』

角に響いて来る痛みは森の主にも耐え難いものであった。
頭を狂うように振り、腕を使ってイビルジョーを振り落とそうとした。

だが、その度にそれを中止させるかのように頭部へとイビルジョーの強烈な蹴りが……拳がお見舞いされていく。
そのダメージが闘争の意識を薄れさせ始め、森の主の筋を弛緩させた。
そこを狙われたのが彼の不幸だった。


―メキメキメキ……―


遂に角に亀裂が走り始め、生えている頭から徐々に傾き始める。
そして、その手応えを感じたイビルジョーは一気に力を入れ……


―バキィィィ!!!!!―


『があぁぁぁぁ―――!!!!!』


森の主の角をへし折ることに成功した。
だが、そこで終わらない……角を折られた時の激痛で暴れ出した森の主の勢いに乗ってイビルジョーは角を持ったまま上へと大きく跳躍した。
高く飛び、下で激しく暴れている森の主を見据えながらイビルジョーは手に持つ角を先端を下に向け始める。
流星のごとく重力に乗った降下は一本の槍となり、森の主の顔に狙いを付け、そのまま吸い込まれるかのように左目当たりに角が強く突き刺さった。


『~~~~~~~~~~~~!!!!!』


森の主の声にならない悲鳴が森中に響きわたり、それと同時にイビルジョーは地面へと降り立った。
その後ろには左目から勢い良く鮮血を吹き出し、顔を抑え続ける森の主が暴れていた。
やがて、暫くするとそのまま倒れ込み、幾らか暴れた後……静かになった。

「はぁ……はぁ……やっと……終わったか……」

イビルジョーはこの戦いで蓄積したダメージと疲労で半分限界に近かった。
幾ら超人的な竜の身体能力を手に入れてようが、この身は人間へと変化した物……
耐え切れぬ力は確実に人間状態のイビルジョーの体を内側から蝕んでいた。
それは、空手の達人が自らの力で拳を破壊してしまうかのような状態であった。

ペース配分も何も考えていなかった体は忽ち息を荒らげ始め、体を支えていた全身の筋肉を痙攣させ出す。
汗が滝のように流れ、乾いた大地の根を潤すかのように湿らせていく。

だが、戦いは終わったのだ……何も心配することはない。


―ズズズ……―


それはイビルジョーだけが考えていた‘だけ’であった……


「……ッ!?」

気配と殺気に感づいたイビルジョーは膝を付きながらの状態で後ろに急いで振り返って見た。
そこに写ったのは、すぐそこに迫る森の主の太い腕であった……


―ゴシャアァァァァ!!!!!―


「がはぁっ―――!?」

モロにそれを喰らったイビルジョーは地面に多少擦れつつも吹き飛んでいく。
そして、木々にぶつかるとその勢いはそれでも止まらずに木々をへし折ってさらに奥へと吹き飛び続かせる。
ようやく止まったのは5~6本当たりであった……

『人間の割には中々ようやったものじゃい……』

森の主は振った腕を地面に戻し、次には反対の腕を顔の方へと持っていく。
なぜならば、顔には今だイビルジョーが突き刺した角が残っているからだ。
それを掴み、思いっきり引っ張ると傷口から再び鮮血を吹かせるが……どういうわけか、左目の傷が徐々に塞がり始め出したではないか。
遂には傷は跡形もなくふさがり、無くなったハズの眼球も元通りにして鳶色の瞳を覗かせる。

『ワシは全にして一の存在……または一にして全の存在……森の生命あるかぎり、滅ぶことはありえん』

森の主は左目から抜き取った角を折れた部分に繋げると、そこから煙を上げて罅が治り出す。
遂には煙が出終わったところには、最初となんら変わりのない森の主の姿がそこにあった。

『人間よ、お前はワシに力で挑んだ時点で敗北が決まっていたのだ』



――――――――――――――――――――


「げほっ……がはっ……!!!」

強打された脇腹が悲鳴を上げる……骨は折れてはいないが、ダメージとして着実に体の中に残っていた。
倒された木々の中から土煙と共に立ち上がり、打撲部分を抑えながら元の広場へと歩いていく。

『まだ戦うか……なぜ諦めぬ?』

「けほっ……してたまるかよ……」

もう二度と、負けはしないとあの時目を覚ました後に誓った。
無様な姿を見せたくないからじゃない……貫き通したいからだ……
それに、これ以上負けるようなら【あいつら】に顔向けなどできなくなる。

あと、フィーナにとっても……フローラにとっても……
犠牲を捧げる借りを返す為にここへ来たわけじゃねぇ……


―≪私ね、もしフローラがもし声を取り戻したら一番聞きたいものがあるの!!≫―


聞きたいんだろ……だから、お前は消えるのは間違っている……
やりたいことは最初から諦めるものじゃねぇ……やり抜き通してみろよ。


―≪楽しそうに笑いながら響かせる【笑い声】!! うん、それが一番よね!?≫―


その笑顔をフローラが向けてみたいと思う存在が誰だかお前は考えたことがあるのか?
いつも自分を見てくれていた存在にフローラは……彼女もまた見せたいと思っているんだ。


―だから、俺がお前を【認めさせてやる】!!―




―バチッ……バチッ……―




『ぬっ……?』

森の主はユラユラと此方にゆっくりと向かってくるイビルジョーの体から奇妙な物を見た。
それは電気のような……赤とも黒とも見分けがつかない紫電がイビルジョーを発信源として飛び出していく。


―ドクンッ―


力強い鼓動が森に響きわたる……心臓のごとく強き鼓動が……


『なんじゃ、これは……?』


その正体に森の主は疑問を隠せずにいた。
しかも、この力がイビルジョーから発生するたびに【森が震える】のだ……
このような未体験の現象に森の主は若干冷や汗を流し始める。


―バチンッ!!!!!―


先ほどとは比べ物にならないくらいの赤黒の紫電がイビルジョーから溢れんばかりに流れ始める。
そればかりではない……まるでオーラのようなモノがイビルジョーの体から湯気のごとく溢れ出てきている。

足音が大きく聞こえてくる……呼吸音と共に此方に向かってくる存在のものが……


“アレ”は一体なんだ……?

“アレ”は人間なのか……?


気がつくと、森の主は震えていた……恐怖だ……
自分は本当はもっと恐ろしい物を相手にしていたのかと……錯覚を覚え始めていた。
いや、錯覚ではないだろう……

何度目かの紫電を発生させたイビルジョーの後ろに“ソレ”は居た。


【大きく、巨大な黒い影】が一瞬背後に写り出す。


あれは一体……それを考える暇は無かった……



―ドサッ……!!!―


イビルジョーは突如として四つん這いに成り始める。
体から溢れ出すオーラや紫電は変わらず凄まじい力を遠くからでも感じさせていた。



「ぐ……ぎっ……」




苦しそうな声を上げ、ゆっくりと顔を上げるとその深紅の瞳は鋭く光っていた。




「う"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!」




絶叫が森中を響きわたらせた……しかし、それが始まりと知るのには遅くはない。




―ベキベキベキベキッ!!!!!―




イビルジョーの体中の皮膚から血管が浮き上がり始め、見るまに体が大きく膨張し始める。
まずは上半身からと背中部分が大きくなって遂には着ていた服を破り出す。
次には下半身と両足も同じくもり上がりだし、色が肌色から深緑色へと次第に変化していく。
人間だったはずの顔は綺麗に並んでいた歯を鋭い琥珀色の牙へと全部変え、顎は前へと長く伸び出した。
手の爪も肌色から次第に緋色へと変化し、鋭く丈夫な爪へと変わり、臀部からは太くゴツゴツとした尻尾が生えるように伸びていく。


彼が戻ってきた……嘗ての世界では【世界を喰らう者】として恐れられ、強靭な肉体と能力で幾人ものハンターを葬り去ってきた竜の暴君……


―その名も、≪恐暴竜:イビルジョー≫が……―


『なんなのだ……なんなのだ貴様は―――!!!!!』

森の主は恐怖した……今まで只普通より強い人間と思っていただけの存在に……
漏れてくる力の圧倒的な差という物を……己より数倍も大きい目の前の存在に……



『さぁ、続きといこうぜ……』



今までの戦いはウォーミングアップ……


ここからは、死合(殺し合い)という訳だ。



[25771] 第三十一話:療養生活2日目(下)(もはや何も言うまい……byイビルジョー)
Name: Jastice ◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/07/01 20:21
森がざわめき続ける……まるで恐怖を感じ、恐れているかのごとく。
彼らにとって害悪でしかない存在が中へと侵入してきたという事実が空気を震わせていく。
かの者は貧食の恐王と呼ばれ、その身自体が“暴食”を司ってきたかのような生の基軸を築き上げてきたのだ。
生態系と言う名のシステムを破壊しかねないほどの力を携える存在が今ここに居る。

『認めぬ……お前のような存在が居てはならん!! 絶対に認めぬぞ!?』

森の主は嘆きを叫ぶが如く、イビルジョーの姿を見て否定の言葉を投げつけていた。
あの存在に秘められし力には“世界”にとって悪影響を及ぼしかねない可能性を大いに秘めている。
世界の一部として在る森の主はイビルジョーの個としての存在を悟ったのだ。

『否認は結構……今は……』


―お前を喰らいたい―


久々の悪食を行うイビルジョーの脳はまだかまだかと彼の胃袋を刺激し続けている。


肉というタンパク質の塊を味わいたい……

血という鉄分の味がする水を飲み干したい……

骨というカルシウムの結晶を噛み砕きたい……


人間となってからは一日と味わう事のなかったあの感触、それが麻薬のように起動して意欲を活性化させ始める。
舌なめずりをすると、口から漏れた唾液が広場の根を溶かし、それが森の主に危険性を知らせてくれる。
そして、イビルジョーが次第に森の主へと近づいていくと、彼の影がスッポリと森の主を被ってしまった。

『待て……ワシを殺すつもりか!?』

『いいや、そんなことはしない……それに言った筈だ』



―お前を【屈服】させるとな―



それと同時にイビルジョーはその巨躯から有り得ない程のスピードで加速し、左足を軸にして右足の蹴りを繰り出す。
反応に追いつけなかった森の主はそれを直に食らい、凄まじいスピードで向こうへと吹き飛んでいく。
そのまま後ろにあった洞窟の岩壁に衝突し、クレーターを作ってへばりつく。

だが、それで終わりはしない。
イビルジョーは森の主の強さは力や速さなどではないと身をもって知っていた。
それは、再生力……程度が分からぬ限りは出力を定めるのは難しくなる要因。

だからこそ、イビルジョーは“弁え”というリミッターを完全に外したのだ。


―ゴシャッ!!!!!―


『…………ッ!!!!!』

森の主がへばりついている所を助走をつけた飛び蹴り兼踏み込みを思いっきりくらわせたのだ。
凹んだクレーターがさらに深くなるついでに鋭角なくの字の形になるが如く、森の主は体を曲げられる。


―ゴシャッ!!!!!―


だが甘い、まだイビルジョーは同じ動作を続け出す。
幾度も……幾度も……幾度も……
次第に穴は炭鉱夫が掘り進んだかのようなトンネルの形になり始め、森の主の体はその奥へとグシャグシャに潰されていた。
夥しい程の血が穴から溢れるように漏れてくる……このまま永遠に続くかと思われた行動だったが、それには【洞窟の壁】が耐え切れなかった。
穴を中心にひび割れは広がり、遂には10回目ほどには岩壁が破壊されて、元より存在していた洞窟の穴と繋がるように貫通していったのだ。

洞窟に岩片と森の主“だった”肉塊が転がり込んでくる。
そう、肉塊だ……だが、“彼”は死んではいない……

『ぎぁ……ぁぁぁ……ぐぎゃ……ッ!!!』

中身の肉や骨が押しつぶされるように出されており、何とか原型を保っている形の物はもっぱら頭のみだ。
しかし、その頭も角が所々ひび割れ……眼球の片方がゼリーのようにデロンと眼窩からこぼれ落ちかけている。
そんな状態だが、彼は死なない……いや、“死ねない”のだ。

森の主としての裁定者であるこの身は滅びを享受することはない。
傷ができると森にめぐる命が……マナ(魔源)が……パラナ(気)が……
強制的に森の主へと分け与えられ、肉体の再生を開始する。

現に、森の主の体からはまるで時計が逆周りするかのように高速に肉が構築され、上半身がほぼ完成しかけていた。
だが、それを見ているほど“奴”は甘くはしない。

次には持ち前の大きな顎を開き、再生しかかっている腹部ら辺に牙を突き立てる。

『ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~!!!!!』

傷跡に塩を塗りこむような……そんな比喩とは比べ物にならないほどの激痛が森の主を襲う。
その牙から逃れようと必死にもがくが、イビルジョーの牙は釣り針のアゴのように刺さって抜けることはなかった。
その内、顎に力が込められていき……イビルジョーは一気に噛み付いていた部位を引き裂いた。

皮膚と皮が真っ赤な血の色を帯びながらピリピリとセロハンテープのように剥がれていく。
それを啜るかのように口に入れていき、渇きを潤していく。

あぁ……この感触だ……
人間からこの体になってから覚えた癖のある血肉の味……
再び人間になってから丸一日味わえなくなっただけでも何年ぶりかのご馳走のような至福感……

やはり、良い……


―バキリッ……メキャッ……グチュッグチュッ!!!!!―


たまらずにイビルジョーは再度喰らいついていく。
次は胸部だ……深く突き刺した牙は森の主の肋骨を裏側から解体するかのように砕き、胸筋ごと破壊される。
それにより、中身の肺が露出して赤ピンク色が一気に青紫色へと変色する。
痛みというストレスが体内の血流を大きく変化させたからだろう。

森の主はもはや動く気力さえも失いかけていた。
絶叫をまき散らそうが、喰らわれるという行為を享受されつづけていた。
歪な音を響かせる度に鮮血が吹き出し、とめどなく流れ続ける血液は遂には血の海を作った。
それは出口を目指して奥へ、奥へと這いずるかのように流れていく。

『や”め”……ぶがぁばぁぎゃ……だずげ……ひぎゃがぶぁ……!!!!!』

森の主はこの苦痛から逃れたいが為に負けを完璧に認めた。


お前の勝ちでいい!!

これ以上ワシを傷つけないでくれ!!!

お前の言うことをなんでも聞いてやってもいい!!!!

だから……頼む……!!!!!


―グチャリッ……グシュッ……!!!!!―


しかし、イビルジョーは止まらない……いや、“止められない”のだ。
今まで我慢していた分だけの欲望が収まらない限り……
それは暴食兼憤怒と様々な欲求が交じり合っている。


―喰いたい……―


イビルジョーの中にはその言葉だけが支配する。


―喰いたい……―


誰も止めはしない、そのまま続けるがいい。


―喰いたい……―


腹を満たせ、貪り尽せ……


―喰いた……―



「いやあぁぁぁぁ―――――!!!!!」



そんな時であった……“彼女”の声が聞こえたのは……
何故ここに来ている? イビルジョーは動かしていた筈の顎を止め、こちらを見て口を抑えながら目を大きく開いている存在を確認した。
彼女こそ、イビルジョーが今回森の主と戦う理由となった者……


フィーナであった……


――――――――――――――――――――
Side:フィーナ


「どうしよう、どうしよう……」

フィーナはイビルジョーが奥に進んで暫くしたところ、いきなり慌て出す。
その理由は決断したことにやはり無理があったかもしれないと疑心暗鬼になりだしていたからだ。

「思えばどうして人間を森の主に会わせるだなんて決めちゃったのかしら……?」

森の主がひょっとすると人間嫌いという説もあるかもしれないのに、ひょっとして自分は早とちりしたのかもしれないという考えが頭に過ぎる。
あの人間がいくら強くても、もし闘うことになったら勝つことなど不可能だとしか考えられない。
なぜなら、森の主は死なないのだから……

「どうすればいいの……」


―ドゴオォォォォン!!!!!―


「ひょえぇぇぇぇ~~~~~!!!!!」


すると、唐突に轟音が森全体に響きわたってくる。
それはまるで地震のようで残って震えていく。

「な、なによこれえぇぇぇぇ~~~!?」

一体何が起こっているのか……木の幹にしがみつきながら今の状況に若干涙目になって叫ぶ。
だが、それは一度だけでは無かった。轟音が二度目、三度目、四度目と幾度も響く。

その様子を感じ取ると共にフィーナはあることに気がつく。
森の様子にだ……

「森が……泣いている……?」

こんなことが起こるなんて有り得ない……一体何が起きているのか?
分からぬ状況にフィーナはただ混乱するばかり。
森が泣くと言うことは、【痛み】を感じているということになる。

「ひょっとして、アイツ……とんでもない事やらかしてる訳?」

このような現象は自身が森の主より生まれ落ちてから初めての経験だ。
そして、今回は【彼】という異分子が居る事を知っている。
なので、先程から起きている現象は【彼】が原因だと可能性が高く付けられる。

「…………」

フィーナはしばらく黙る……そして、考え、考えていく内……プルプルと忍耐という名の震えが大きくなってくる。
それがついに限界にまで溜まったとたん、プツンと来た。

「えぇい!! 成すがままよ!!!」

もはや待つことは止めた!!
直接確認しに見に行こうではないか!!

フィーナは木の枝から一気に飛び上がると羽を羽ばたかせて前へと加速する。
森のざわめきが一層と激しくなりつつも奥へ奥へと進んでいく。
やがて、木漏れ日も増えてきて闇への恐怖など薄れていき、さらに奥へと進むべく加速していく。
そうしている内に、“例”の場所へと出てきた。

「な……何……これ……?」

フィーナは言葉を失った。
最後に来たときとはかけ離れた光景が広がっていた。

円の造形を象っていた木々の列は無残にもへし折られ、根の絨毯は掘り返されたように土が剥き出しに……
先程の轟音の元なのか、幾つものクレーターが出来ており、そして……一番気にかかるものが多量の【血痕】であった。

「うぇぇ……」

その悲惨な光景が目に入るや嗚咽感がフィーナに襲いかかる。
なんとか腹から込み上げてくる内容物を出さぬよう必死に口と鼻を強く塞ぐ。


―~~~~~~~~~!!!!!―


そう堪えているところに何者かの絶叫が響きわたった。
突然の事でフィーナはビクッと体を強ばらせる……そして、その声の発信源を耳を傾けて探してみると、奥にある洞窟の中から聞こえてくるのがわかった。
いや、もはや悲鳴だとか絶叫だとかそのようなレベルの物ではないくらいの……

洞窟で音響している叫び声を耳を塞ぎながら勇気を振り絞って洞窟の奥へと入っていく。

【それ】を見るには十秒も掛からなかった……


―グチャリッ……グシュッ……!!!!!―


咀嚼音が大きく響く……その回数と共に【何か】が吹き出す音が激しく聞こえてくる。
気がつくと、フィーナは足元が湿った感触の物を踏んでいることに気がついた。
目が暗闇で少し慣れていなかったが、目を凝らしてみると……それは真っ赤な深紅の“血溜まり”だった。


・・・悪夢をフィーナは目の前に見ることとなる・・・


巨大な深緑色の体を持つ竜が森の主を貪欲に貪り食らっているのだ。
かつては森の中で肉食動物の狩りを見たことはあるが、それとは次元が違った。
あれはもはや【虐殺】の類でしかない。


「いやあぁぁぁぁ――――!!!!!」


フィーナは堪らずその光景に悲鳴を上げた。
そして、逃げ出した……後ろを振り返らず、その場から一刻も早く離れたいが為に。

だからこそ、気がつかなかった……

あの竜が逃げたフィーナの事をジッと見ていたことを……

その瞳は「待ってくれ」と訴えるかのように……


――――――――――――――――――――
Side:イビルジョー


『嫌なものを……見せてしまったか』

アイツらには見せてはいなかったこの体での俺の本性を……
それは醜悪そのものの一言でしか言い表せないものだ。

人間に戻ったときには失望と共に安心を得られたことがある。
それはフローラとフィーナにこの姿を見せずに済むと思ったことだ。

如何に人間らしさの心を携えていようと、この身は所詮魔物……相容れることなど永遠には訪れない。
だからこそ、人間の姿のままでアイツらとここの日々を暫く過ごしていく筈だった。

だが、この姿に戻り見られた以上もう会うわけにはいかない……
俺は……


―ドクンッ!!!―


ぐっ……なんだ!? 体が……熱い……!!!
体が……おかしく……どんどん……変わって……!!!


『ぐうぅぅぅぅ……!!!!!』


消える……俺が……消えていく!!!
いや、小さくなって……!!!


「お"お"お"お"お"お"お"お"お"お"お"お"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"―――――!!!!!」


どうしたことだろうか……イビルジョーの体がどんどん縮んでいく。
巨躯の体が胴体を中心とするかのように縮んでいく。
体中が悲鳴を上げるかのような激痛に耐え、早く終われと願いを込めながらその苦痛に耐え続けた。

やがて、苦痛は徐々に収まり始めていった。
先程から全身の筋肉を収縮させていたから目も瞑っていたが、強ばった瞼をゆっくりと開けると……“地面が低く”見えた。

『ぅ……はっ……?』

その視界に違和感を覚えたイビルジョーは改めて自分の姿を確認した。

『ぇ、何だ……これは?』

姿は何の変わりはなかった……ちゃんと深緑色の皮膚を持って刺も背中に沿って生やしているし、鋭い牙も生え揃えられている。
ただ……一つの点を覗いてだが……


―小さいのだ……―


そう、体の大きさが例を述べればスイカ大玉分位の大きさになっていたのだ。先程までは人間に戻ってしまったのかと考えていたが、改めて確認すると、違和感の塊他なかった。

『は……はははははは……』

もはやイビルジョーは笑うしかなかった。そして、大きく息を吸い込んで……






『なんじゃこりゃあぁぁぁぁ―――――!!!!!』







空高く登った太陽に向かって吠えたのであった……




命名:イビルジョー→ちびるじょ~ の誕生であった。




『まったく、訳がわからんのぅ……』


死屍累々な姿で横たわっていた森の主は只そう呟くだけであった。



[25771] 第三十二話:始まりの町≪スェルト≫にて(チビって食費が掛からないから意外と便利だbyイビルジョー)
Name: Jastice ◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/07/06 00:36
【説明書】

名前:ちびるじょ~
種類:獣竜種
体長:30cm
体色;深緑色
特徴:小さくて可愛らしい(?)イビルジョーの幼生体ではあるが、体に秘められた怪力は親ゆずり!!
   顎の力だけでも軽く200kgを優に超えるので絶対に指を口に向けぬようご注意ください。
   食事は一日6食と大食、玄人向けの飼育なため、余裕のない方は無理をして飼うことはあまりオススメしません。
   また、彼が甘えるときに腹を撫でてやると大層喜びます。しかし、尻尾を強く握ると怒り出して口から酸性ブレスを発射しますので危険です。
   お値段はなんと5万8000……お求めなら今すぐドン●ルマペットショップへ……

――――――――――――――――――――――


陽の高さが最高値に位置する時間帯の森、そんな場所にて恐る恐る隠れながら進む影……フィーナが居た。
彼女は再三として例の場所へと向かう為に行動するが、その足取りは重い。
なんせ、あんなスプラッターな光景を見た後に再びその場所へと舞い戻るなど気が気でないからだ。

だが、もはや玉砕覚悟でどうにもなれと若干混乱しながらあの場へと戻る。
一気に広場から洞窟へ……少し広くなった入口に入っていく。

「お……おじゃましま~す……」

ビクビクとした態度で屈み状態な歩き方で奥へと進む。
進んでいくにつれて曲がり角なども存在していくが、それに警戒心を薄めつつ曲がったところ……

ぐったりとした状態で塞ぎ込むように座っている森の主に出会った。
森の主は微かな物音に気づき、閉じていた目を開けると丁度目の前にいたフィーナを発見した。

「ぇ、ぁ……ぬ、主様!!」

『……妖精か』

しかし、森の主は変わらず疲れた様子でそのままの状態で動かないでいた。
その様子に逆に不安に思ったフィーナは口がどもる。

『お主が“アレ”にワシの居場所を教えたようだな……』

「……ッ!? 申し訳ございません!! 罰は受けますからどうかフローラには関係なくよう……!!!」

『もはやどうでもいいわい、そんな事……むしろ思い出させんでくれ……』

「……は?」

フィーナはその森の主の様子にキョトンとした感じでみた。
それはそうだ、毎回訪れる度に威厳のある態度で接していた相手が突如の変わりようで戸惑わない訳がないからだ。

『アレ何……? 小さい癖してワシを何度も半殺しにするとはなんなんじゃ……?』

「え、あの……」

『もうお主の立場だとかあのエルフの娘の罰なんぞどうでもいいわい……むしろ過去のワシを叱ってやりたい』

「は、はぁ……?」

『それなのにアレは何度も何度もワシの顔にブレスを……あれ老人虐待っていうんかのう……』

「(一体何をしたのよアイツは―――!?)」

めっきりと剥がれた威厳の内側にあったのは、しょんぼりといじけながら愚痴を吐き続ける森の主の姿がそこにあった。
フィーナはそんな姿を一度も見たことがなかったため、どうしていいか戸惑い始めていた。

「あの~、それで先ほど主様の元を訪れた人間は何処へ……」

『もうそれは話しとうないわ!! ……まぁ、もうここには居ないって事だけは言っておこうかの?』

「えっ……?」

『まったく今日は厄日だったわい!! アレがここに来たとたんにこうも忙しくなるとは……』

思い出すだけで青ざめる戦いだった。
人間がいきなり竜に変化したりと、その竜が今度は小さくなったりと、それ幸いとして反撃しようとしたら……

『もうあれって火傷のレベルじゃないわな……ものっそい溶けてましたもんね……』

鬱憤を晴らされるがごとく、ブレスを何度も吹き付けられ、体がコロイド溶液になりかけたこのごろ。
だんだん口調が可笑しくなってきていた森の主にフィーナはあいも変わらずポカンとした表情で見続ける。

結局として、グダグダな状態のまま、話し合いという名の老人虐待は終わりを迎えていたのだった。
イビルジョーについてフィーナは行方を知りたかったが、聞こうとすると物凄く体を震わせて知らないの一点張りで決めつけているのだ。
本当に何があったのかわからないままフィーナは森の主の住処から去ることになった。

そして、羽を勢い良く羽ばたかせて彼女は大急ぎで“あの場所”へと戻る。
帰るべき場所があるということは本当に良いことだ……
私は生きていく……彼女と共にこれからも……
いつかは散る命の身であろうと……二人で在り続けたい。

だから……



―キィッ……―



その笑顔と……






「オカエリ……フィーナ♪」






その笑い声を聞かせて頂戴ね。

――――――――――――――――――――
Side:イビルジョー

『まいったなこりゃ……本当にどうすっかな……?』

イビルジョーは小さくなった体でトコトコと小さな足音を鳴らしながら道を歩いていた。
元に戻ったと思ったら次はこれだ……いったい自分の体はどうなっているのか解明させたいものだ。
あの後、森の主にこの状態について知っていることを詳しく喋らせてみたところ、以下の事がわかった。


・本来の姿になる為には闘気のように蓄積させるような力を使わなければならない。
・元に戻れる時間はその分量によって決まる。
・この世界で強力な力を持つ存在を喰らうほどその内に秘める力は修復されつつある。
・不自然な存在の希釈により、人間に戻らず本来の姿の力をセーブする状態として今の姿となっている。
・お前のブレスはトラウマ確定物だからできるだけ使わんでくれ……


等と様々な事実を森の主から教えてもらった。
というか、一つだけ私情が混じった物があったな……まぁ気にすることはないか。

相も変わらずイビルジョーは道の端を小さな体で一生懸命に歩いていく。
あの巨躯な姿が手乗りサイズギリギリなほどまで小さくなるとは……これなんて拷問ですか?
まぁ、今悩んでいても仕方ないか。 そろそろ此処辺りから離れることにしなければ……

そういや、フローラとフィーナにはあのまま会わずに去っていっちまったよな……
いや、これでいいんだ……俺のような存在を見て変な感じを持たせたくはないからな。
それに、今は人間にも変化することができない。
そもそも、人間状態は本来精霊の力を纏って行う一種の幻術のようなものらしい。
俺の場合は何かの力を取り込んだ際にそれに宿っていた記憶が具現してその効力を成していたらしい。
そう考えると、『奴』の腕が原因なんだろうな……

とにかく、しばらくは何処か街なり村なり探して色々と探ってみるか。
この姿なら、多少なりとも身を隠せるし融通が効くかもしれん。

『むっ……?』

そんな時、後ろから激しい車輪の転がる音が聞こえてくる。
それは徐々に大きくなり始め、やがて視界には何台かの馬車が走ってくるのが見えてきた。

『しめた、馬車が通ると言うことはこの辺に街か何かがあるに違い無いな……』

村とか小さい地域で馬車を走らせるのは余程の理由がない限り大抵はありえない。
昔から馬車は中世のイギリスで都会向けの乗り物とされてきたからな、これもそれに肖っているかもしれん。
そう考えたら行動するのには遅くはなかった。
3台目かの馬車が通った瞬間に道端から飛び出て、高くジャンプをしてその荷台の中へと忍び込んだ。
タダ乗りというわけだが、土地勘のない俺にとってはこの移動法は渡りに船だろう。
ありがたく利用させてもらうとするか。



[30分後]




あれからどれほどの時間が経っただろうか……
馬車の揺れに揺られ続け、その感覚を微妙に楽しんでいるや突如として揺れが静まった。
どうやら何処かに着いたようだな……

「▼×○σΣαβ!」

「0tljdq」

おっと、人間達がどうやら荷台の方へと近づいて来ているようだな。
隠れないとな……この木箱の中がいいか……



……これは―――!!!

――――――――――――――――――――
Side:人間

「しっかり運べよ、今週の売り物なんだからよ」

「了解です」

俺達はここ始まりの街≪スェルト≫で食材を主にした商いをする商人達だ。
この街は当初は【西の地】への境目を見分ける目的で作られた街だが、いつしか人が増え、こうして一つの街として栄えてきた。
そんな俺は今日も新鮮な食材をこの街のバザーに並べるべく、大事な商品を運んでいく。

おっと、こいつは南の地近くの村にある≪パラディス≫で育てられた林檎だな……
へへ……俺こいつが一番好きなんだよなぁ……よし、一個だけつまみぐいしちまおうっと……
どうせ沢山あるから一つぐらい減っても変わんねぇだろうしな。

そう考えて男はキョロキョロと周りに人が見ていないことを確認してから木箱の蓋をゆっくりと開けていく。
次に待っているのはあの真っ赤な果実が沢山の視界……そう信じて疑わなかった。


―ギギィ……―


『グォッ……グルアゥゥゥ!!!(はぐっ……はぐっ……こりゃあうめえな!!!)』


―バタン!!!―


男は開けた蓋を再度閉めた。
何やら変な物が視界に写った気がしたが気のせいだ。
決して緑の変な物体……後ろがなんとか見てみれば卑猥物陳列罪に該当しそうな形をした尻尾を生やした奴なんて見ていないぞ……うん。

大丈夫だ、問題ない……


―ギギィ……―


『ゴアァァァ……!!!(あ、何見てんだよ!!!)』


うん、すまなかった。
そんなメンチビームを放ってこないでくれ……って!!


「テメェ、そりゃ俺達の商品だろうが!?」

『グルルゥゥゥゥ……(やべ、つい食い意地が張りすぎて気づかんかった)』


イビルジョーは頬が破裂せんとばかりに口の中に林檎を詰め込んでおり、それを見てようやく状況を理解した男はその害獣を捕まえようと手を伸ばす。
だが、それを難なく避けたイビルジョーは手に林檎を一つ持ちながら木箱から勢い良く飛び降り出て、その場から立ち去ろうとする。
先に運搬をしていた人間達の足元をくぐり抜け、エリマキトカゲのような感じでその場を後にしていく。

「まてこら、こんの泥棒トカゲ野郎―――!!!」

『グオォォォォ―――!!!!!(俺はトカゲじゃなくて竜だ!!!!!)』

追いかけてくる商人に悪態を付きながらそう叫び、それからすぐさま出口へと走り去っていく。
人間がイビルジョーの小さな体とはいえ、脚の速さには付いて来れないため、すぐに距離は離されていったのであった。



しばらく走り続け、ようやく追っ手が見えなくなったところで一息ついて立ち止まる。
なるべく人目につかぬような所を通ってきたから自分の姿を見た者は現状少ないはずだ。
さてと、さっきから忘れていたが手に林檎を持っていたんだった。
これで小腹を満たすとするか……
そして、大きく顎を開き林檎にかぶりつこうとする……


―ジイィィィィ―


……なんだろうか、何やら視線を感じるのだが……
どうやら後ろに何かいるらしいな……

イビルジョーはゆっくりと体を反対に向ける。
すると、そこには人が居た……いや、人に近いといった存在だろうか?

頭には獣の耳が生えており、顔も人間と獣を足して割った感じの顔つきだ。
おまけに後ろには何やらフリフリと尻尾が揺らめいている。
そして、大きさとしてはどうやら子供らしい……それに女の子だな。

さっきから俺の方を見ているが、何も動かない。
一体何が目的なんだ?


「……お腹、すいた……」


ん、言葉がわかるだと……!?
人間ではわからないが、どうやら純粋な人じゃない限り何かしらの力が働いてくれているのだろうか?
現にユーノの時でもそんな感じだったしな……

それにお腹すいたか……
まさか、俺の持っている林檎が目当てか?
……やらんぞ、俺だってろくに食ってなかったんだからな?


「りんごぉ……」


おいおい、そんなキラキラとした眼差しで見てくるなよ……
そういや、よく見てみるとこの子……ずいぶん見窄らしい格好をしているな。
それに体つきも痩せている。碌に食事をとってないのか?


「じいぃぃぃぃ……」


やらんぞ……?


「じいぃぃぃぃ……」


いやだから……


「…………ぐすっ」


なぜ泣くんだ―――!!!


……ちっ……ふぅ……


負けたよ、もってけ泥棒←(先ほどの行動を忘れかけている)
そう心の中で呟いてイビルジョーは手に持っていた林檎を転がすように放り投げて少女の足元へとやる。
その行動に驚いた少女は少々戸惑いながらも、やがて林檎を手に取り満面の笑を浮かべる。


「わぁぁ……ありがとう!!!」


そのまま美味しそうに林檎にかぶりつく。
よほど食事をとってなかったか、すごい速さで林檎の実が減っていく。
あ~もったいね……なんであげたんだか……

まぁ、こうなりゃ他の場所も探索してみるか……
この街についてなにかと少しでも知っておかなきゃやっていけん。

「あ、待ってトカゲさん」

いや、だから竜……ってこんな姿で事実を直しても意味ないか……
あばよ嬢ちゃん、林檎の貸しは無しにしておくから安心しとけ。



イビルジョーは瞬く間にその場から走り去った。
この身としてはあまり姿を晒しておくにはいかないからな。
さてと、何か良い所ないか……


『―――なら――いける――?』

『2丁目―――残って――!!!』

『――いよ……やっぱ―――』


おや、なんか声が聞こえる……しかも理解できる言葉だ。
どこか近くに魔物でもいるのか? 可笑しいな、この辺には見当たらないが……

イビルジョーは耳を澄ませてこの話し声の音源を探っていく。
少しづつ辿っていくと、どこぞやの荒屋から空いた穴越しから声が漏れてくる。
気になったイビルジョーは穴からその正体を探るべく覗いてみる……すると……


『このごろ食料庫の食べ物少なって来てるよね』

『そうだな、人間の方で何か大きな事が起きたのかもしれないな……』

『えぇ~~!! それじゃあこれからのご飯どうやって集めるんだよ!?』

『グダグダ言ってないで解決策かんがえなよ、俺の所なんか3兄弟なんだぞ!?』


鼠が何匹か集まって井戸端会議のような感じで話し合っていた。
どうやら今後の食べ物をどうするか何やら議論しているようだ。
シュールだな……こうして言葉が分かって動物類の話を聴くってのは……
どうやらここは別に俺にとっては関係ないか。さっさと別のところに……


―ググッ……―


む、抜けない……だと……


―ギッ……ギッ……―


「…………」




ぬんっ―――!!!!!




―バキャアァァァァ!!!!!―




イビルジョーは力づくで強引に穴に引っかかった首を引き抜く。
だが、勢い余って余分なところまで壊して大きな穴が出来た。
器物破損罪がこの竜には適応するかどうかは今の所不明だ……




『『『誰だ―――!!!!!』』』




しかも、先ほどの音で向こう側がどうやら完全に感づかれたようだ。
やれやれ、隠れる意味がなくなってしまったか……
仕方ない、こっちも腹を割って話すことにしよう。









しかし、イビルジョーはこの時知らなかった……

彼らこそ、後に自分と協力してこの街を人間の悪意と闇から“救う”パートナー達であることを……










*人間形態が不評だったため、一応竜の状態を保つ事にする結果としてこうなりました。

人間形態は本当に偶になるにする傾向にしていきます。



[25771] 第三十三話:ようこそ鼠の巣へ(話をしよう……byイビルジョー)
Name: Jastice ◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/07/12 13:35
『いや~ありがたいですよ。明日はどうするかと我々迷っていた所でしたのにこんな場所を教えてくれるとは』

『気にするな、俺もここを知ったのは数分前だ』

『やったー!! ご飯ご飯だ~~~!!!』

あれからどうなったって?
なんというか、仲良くなりました……最初は姿を見て怯えられたが、なにやら飯に困っていたので俺が今日知った“ある場所”へと連れてってやった。
その後はもう大喜びという感じでその場所にあった食料を持っては齧り、食べ終えては選びと腹の中へと詰め込んでいった。
もちろん、俺もその一匹として参加したが……

『さて、お気に召す情報を掲示したところで……そちらも釣り合う物を出してもらおうか?』

『もちろんですよ。 どんどん聞いてください!!』

相変わらず鼠の四匹は葡萄の大地の上で実を齧りながらご満悦な顔をしてそう答えてくる。
実を言うと、こうしたのは等価対価による取引のようなものだ。
俺はこの街の事を知りたい……こいつらはいい餌場を知りたい……
それらが成されてこそこの行動は成り立つのだから。

『まず、ここはスェルトって人間が名付けた街です』

『ほとんど人間が住んでますけど、所々と獣人も居を構えているよ』

『でも、獣人と人間は少し中が悪い状態って感じだな』

『だけど人間の仕事貰わないと獣人達は生活できない』


『……悪いが一匹づつ話してくれないか』


少し出方がグタグタになっていたが、知って置くべき所も知って得する所も聞けて収穫は十分だ。
なるほどな、どうやらこの街は人間による獣人の差別が少なからずに根を張っているというわけだ。
……アパルトヘイトを思い出すな……
俺が人間であった頃のもうずいぶん昔のことだ……
ガキの頃、ある国がそんな巫山戯た政策を作り上げたと言うことが俺の国にも知られるようになった後、それにあやかって移民していた黒人を見下すような馬鹿共が少し現れた事が新聞に乗ったことがあった。
当時の俺はそんな事に関心がなかったが、大きくなるにつれてそんな光景を理解した時には女々しい行動極まりないと結論づけた事があったな。

実をいうと、俺は差別という“行動”には殆ど否定的だが……“言葉”にはどこか肯定することがある。

いや、別に悪い意味ではないさ……ただな……


―人は性別や肌の色で差別するな……【能力】で差別しろ……―


そんな風に考えていた。

現に俺が会社を経営していた時は使えない奴など猶予を与えずに早い内に切り捨てる方針でいた。
まぁ、そんな方針だったからスパイやらなんやらと外で恨みを買われることが多かったのだが……
クビにした奴には悪いが、俺は俺のやり方を貫き通しただけだ。
恨むんなら自分の不出来を恨むんだなと言ってやる。

……話がそれたな、鼠達からそんな話を聞いたが……別に俺はこれに関して何も思うことはしない。
俺は自分にとって関係ないことはしない主義だからな。


『そういや、2丁目のハジが言うに、人間たちも獣人達も何か大きな問題を抱えているそうだぜ』

『そのせいで余計にピリピリしてるとかなにか……』

『ほぅ、その話も詳しく……』



―ギギィ……―



「……bk74!!」

『『『あ……』』』


そこまでであった……唐突に天井が開けられた。
いや、天井と言うのは間違いだろうか。彼らが今まで居たのは木箱の中……つまり、蓋が開けられたのだ。
なんだかデジャウを感じられる光景だが、偶々見回りに来ていた人間に感づかれて発見されてしまった。
こちらからでも見るに、かなり怒った表情をしてこちらを見ている。

『よしお前ら、ずらかるぞ』

『『『イエス・サー・ボス!!!』』』

なかなかノリの良い返事をした後は一斉に木箱から飛び出て当たり一方と別々の方向で逃げ出していった。
それを見張りが追いかけようとするが、どれを追いかければいいのか迷っていたので大した追いかけ方が出来ないでいた。
ご苦労さん、こういうのを【二兎を追うものは一兎を得ず】とKOTOWAZAで言うんだっけ?
まぁ、この場合は兎じゃなくて鼠と竜(?)なんだがな……関係ないか。

後ろでギャアギャアと叫び続けている見張りの声を後ろで聞きながらも、俺達は外へと脱出する。
街は少し暗くなりつつある。今晩は何処で夜を明かすことにしようか……

『それじゃあ、俺の住処にどうですかい?』

『いいのか? あまり迷惑をかける訳にはいかないのだが……』

『いいですって、別に俺一人しか居ないんですから』

『ふむ……』

鼠の巣で夜を明かすって……実質的に初めての体験となりそうだな。
だけど、このまま危険を犯してまで安全な場所を探すってのも手間がかかるしな……
今回はこいつの好意に甘えさせていただくとするか。

『あ~お前名前は?』

『ルピですよ』


――――――――――――――――――――


『じゃあ、ご自由に』

『家の床下か……』

こうしてイビルジョーがついて行った先にたどり着いたのはどこかの家の床下であった。
外で作った入口を通って入ったが、少し穴が小さいんで拡張工事(破壊活動)をしてしまった。
その時、ルピが少し涙目になっていたのが見えていたが……許せとはいわん。
木屑や藁、その他もろもろがクッションのようになっていかにも巣という形がとれている。

『ふ~ん、中々いいじゃねぇか』

『へへへ……』

自分の巣を褒められて嬉しいのか、照れながら笑っている。
イビルジョーはキョロキョロと周りを見回して場所を査定するかのように視線を向けていく。

『それにしても、民家か……気づかれないか?』

『いやー、前は天井で巣を作ってたんですけど案の定バレちゃったもんですからね』

どうやらこの場所は巣の第二号というわけだ。

『それに、ここの家の人には【恩】がありますから……』

それはどういうことか? そう尋ねようとした時、上からギギィと音がしてくる。
どうやらこの家の住人が帰ってきたようだ。
ルピからも『シィィ……』と静かにして欲しいと催促され、イビルジョーはその場に座り込んで様子を伺うことにした。



「ただいま、今帰ったよ」

おや、言葉が解るな……となると、この家の住人は……

『ヒソヒソ(おい、覗き穴か何かないか?)』

『ヒソヒソ(え、だったら其処の土台に乗ったところに……)』

ルピから教えられた場所へと行くと、そこには人差し指分の穴が空いた場所があった。
足りない高さは家を支える土台へと乗っかかり、少し背伸びをしながら片目でそこから家の様子を覗いてみる。
すると、覗いた先には一人の人影が写った。よく見てみると、服を着た部分以外の肌が露出している所から獣のごとく毛が生えているのがわかった。
この男も獣人という存在ってわけか……

「ミーシャ、居ないのか?」

男が誰かの名前を呼ぶと、突如としてドタドタと物音が響きわたってくる。
どうやら二階から誰か急いで降りてきているようだ。

「お帰りなさいパパ!!」

その次には幼い女の子の声が響きわたる。
ん、何処かで聞いたような……そう思ったイビルジョは少し角度を変えて視線を声のした方へと向けてみる。

『あの子は……』

『あ、あの子ってミーシャちゃんのことですか?』

『知っているのか?』

『実は何を隠そう、俺が昔この家を巣にする前で空腹で倒れていた事がありましてね……そんな時あの子は自分の食べ物を分け与えてくれたんです。 あの時は本当に嬉しかったなぁ……』

あの時、林檎を上げた女の子がその子であったのだ。
なるほど、【恩】というのはそういうことか……
適当に相槌を打ったあとはイビルジョーは再び家の中の様子を観察し始める。

「ごめんな、父さん仕事が忙しくて殆ど家に居られなくて」

「うぅん、大丈夫だよパパ!! その分ミーシャ、お留守番きちんとしてあげられるもん」

「そうか……」

ミーシャの父親はそんな娘を労わるように頭を優しく撫でてやる。
それを気持ちよさそうにしてにへらと顔を和ませてミーシャは喜んで受ける。

「さぁ、そろそろご飯にしようか。 お腹も空いていることだろうしね」

「あ、ねぇねぇパパ!! 今日ミーシャね……不思議なトカゲさんから林檎をもらったんだよ?」

「……トカゲ?」

「うん、トカゲさん!!」

その本人(トカゲ)が今現在こうして床下に潜んでいるとは誰もが思わないだろう……
そして、その下にて『俺ってトカゲって種族に改名したほうがいいかな……』と暗い暗雲を漂わせて呟くイビルジョーが居たとか……

そうしている内に何やら少し香りが漂う。
二人の方もテーブルを囲んで椅子に座っているとなると、食事の用意が出来たようだ。
だが、イビルジョーは能力の高さとして携えていた一つ、嗅覚を以ってそれを調べてみると少し可笑しいことに気づく。


―大した“味”が感じないのだ―


匂いからでも多少は味の判断はできるように味覚と嗅覚は連結している。
そんな能力が高いイビルジョーにとってもこれは可笑しいと感じてしまったのだ。


「ごめんな、今日も塩と豆のスープ一杯だけで……」

「うん……」


なるほど、そういうわけか……
貧困か……何処へ行ってもこういうことはあるものか……

「……なぁミーシャ、少し話があるんだけどいいかい?」

「ん……なーに?」

「実はお父さんな、仕事の関係上として遠くの鉱山で働くことに決まったんだ……だから、しばらくは家に帰れそうにないかもしれない」

「え……」

何やら悲哀想漂う雰囲気になってきたな。
それにしても、鉱山で働くとは……現代のように十分な設備がないこの世界ではかなり危険性のある職業にも成りえるぞ。

「だからな……一人で家に残す訳にもいかないからお父さんの友人であるクルージって人の所で暫く過ごすことにしてくれないか?」

「ミーシャも一緒に行っちゃ駄目なの……」

「……だめだ、鉱山は子供が来るような所じゃない」

「じゃあ、やだ……」

「頼むよ、分かってくれないか?」

「やだもん……」

「そう駄々を捏ねても駄目なものは駄目なんだ、大人しく言うことを聞いてくれ」

「やだ……もん……」

次第に泣き声が聞こえてくる。
子供にとって親という存在は大きいものだ。
会えなくなるというのはそれだけ重圧と成りうる。

「ミーシャ……」

「やだ……やだやだやだやだやだやだやだやだやだ―――!!!!!」

遂には勢い良く立ち上がって父親の方へと駆け寄るように近づく。
ポカポカと父親の胸あたりを叩いて自分の意見を受け入れて欲しいと言わんばかりに暴れだす。
そんな表情を見ている父親も到たまれず、愛娘の意思を少しでも受け入れてやろうと思うがゆえに強く抱きしめてやる。

「ごめんよ……ごめんよ……こんなお父さんで本当にごめんよ……」

「グスッ……ウェッ……ェッ……フェッ……!!!!!」

「お母さん亡くなってから辛かっただろうな……こんな貧しい暮らしなんてしたくなかっただろうな……ごめん……ごめんよ……」

父親には何もすることができなかった……ただ己の娘を抱きしめてやることしか……


――――――――――――――――――――

『どうやら、あの親子にはこの先苦難が待ち構えているというわけか……』

嫌なものを見ちまった気分だぜ。
純粋な“嘆き”ってのは過失だとか悪意が混じった物と比べて変に考えられないからな。

『ミーシャちゃん……』

そんなとき、ルピの方を見てみると、何か思うところがあるのか表情が悲哀を漂わせている。

『ジョーさん……俺、なんの取り柄もない単なる鼠だけどさ……あの子に恩を返してやりたいと思ってるんです』

『そうか』

『だけど、俺に出来ることなんてたかが知れてる……教えてください、俺はあの子にどうやって恩を返してあげればいいんですか?』

『……自分で考えな。他からの提案で決めた恩返しなんざ中途半端で自分自身の能力の判断を狂わせる』

そう言うと、イビルジョーはこの場から歩きだし、入口へと向かっていく

『え、どこへ行く気ですか?』

『もう少し街を捜索してみる。大分暗くなっているから姿は見られにくくなっている筈だからな』

そして、イビルジョーは入口を通ろうとして……


―ガッ……!!!―


見事に再び引っ掛かった……


『…………』

『…………』


―バキイィィィィ!!!!!―


『いりぐちいぃぃぃぃ~~~~~!!!!!』


何やらルピの叫び声が聞こえてきたが、あえて聞こえないふりをしてイビルジョーは外へと出ていった。

さて、はっきりとしてあの親子に対する俺の考えを述べておく。
俺はあの親子に干渉する意思は持ちはしない。
魔物である以上、人間としての倫理には影響されないとしても、メリットのない行為などする気はない。
所詮、利己主義だ……俺は……対価が無ければ動くことなど有り得ない。

偽善者……それは俺のような現実主義にとって当たり構わず救いを振り撒く者に贈る称号でもあり、軽蔑でもある。
人を救うとは、【その場限り】の助力を与えることではない……最期までその者の幸せを看取ることを指す。
だが、現実でそんなことが出来る人間など皆無だ……結局、人は【救われる】のではなく、自らで【救わなくて】はならないのだ。

いや、別に偽善者を全て否定してる訳ではないのだがな……
かつて知った、紛争地帯で医療行為を続けるとある医師がこう言ったことがある。


―偽善者だからこそ救える命があるのなら、俺は偽善者で構わない。この世はそう言った人間を蔑む『偽善者にも成りきれない人間』が溢れているものだからな―


アイツはどうなったのだろうか……嘗て病室で聞いたことだが、反乱軍の戦乱に巻き込まれた際に亡くなったと聞いたことがある。
思えば、奴はあのご時世で珍しく芯の通った男だった……いつか再び会って酒を飲み交わしたいと思ったものだ。






さてと、昔の思い出で感傷に浸ったところでと……そろそろ情報収集を始めるとするか。



[25771] 第三十四話:スニーキングミッション中(こちらゴーヤbyイビルジョー)
Name: Jastice ◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/07/18 03:12
「おぅらきいてんのかとかげやろうが~!! おれのはなしはつまんねぇっていいてぇのかああん?」

『……どうしてこうなった』

ごきげんよう、初めての方は初めまして……イビルジョーです。
現在、道端で寝そべっていた獣人の酔っぱらいに絡まれています。
しかもご丁寧に俺の体を鷲掴みにして呂律が回らない口調で俺に話しかけています。

正直言って、この上なくウザイです。
今すぐでも怒り出してブレスをその汚ねぇ面にぶちまけてやりたいくらいにフラストレーションが絶賛向上中です。

だが、これをチャンスと考えて情報を聞き出せないかと機を伺っているのだが、一向にうまくいくことはない。
酔っ払って正確な判断が出来なくなっている今だからこそと考えてみたが、やはり無理があったか。

「けっ、どいつもこいつもばかにしやがって……どうせてめぇらも―――ウプッ……!!!!!」

え、いや……ちょっと待ってくれ。なにそんな気持ち悪そうな顔をしているんだ。
それじゃあまるでこれから≪Nice Boat≫な映像を流すという予兆を表しているみたいではないか。

や、やめろ……今すぐ俺を離せ!! 
くそ、体の中心をうまくつかんでいるからなかなか拘束が解けんぞ!! 
かと言って、ブレスをこの場で吐くのはいささか抵抗が……

「うぷぷぷぷぷぷっ―――――!!!!!」

限界だな!! 限界なんですね!?
ちょっ……本当に止めてぇぇぇぇ―――――!!!!!

「オブエェェェェェ~~~~~!!!!!」



……アッ――――――――――!!!!!……




≪Nice Boat……≫(しばらくお待ちください)

――――――――――――――――――――

あ……危なかった!! 咄嗟に手に噛み付いて拘束を解いて、ありったけの脚力を使った後ろ跳びをした御陰でなんとかゲロ被りだけは避けた。
しかし、あのオッサンは悲惨な光景へと変わったが、俺の知ったこっちゃないな……

さてと、俺個人が調べた情報の結果だが……主に獣人達の世間話的な物を盗み聞きしていた物だ。
どうやらこの街、とある商会が全般的に権利を仕切っているようだな。
名前はフォード商会……主に金融業を扱っている商会だそうだ。

この街に住む人間達の借金は殆どが彼の所の物らしい。
この世界の通貨はどのようなものかはまだ知らんが、返済するには出来なくはないとの借用者の話からちらっと聞いた。
だが、少し“臭う”な……生活が苦しい者にとっては借金の金額はそれだけ負担だ。
そして、利子という負荷もさらに重ね合わせ、押さえ込まれる。

つまり、俺が言いたいのは【バランスが良すぎる】のだ。
初めにあの親子二人でも聞いたように、返済の働き口として鉱山で働きにいく手段を用意していたりと、まるでこうなるのを見通していたかのような……
それに、この世界ではおそらく自己破産という法律など存在しないに違いない。
経済的に見るからに安定していない家を態々手助けしてやるという意思をこの世界の国は持っていないからだと考えている。

何かがある……この街にはこの住人を縛り付ける【鎖】という大きな存在が……

『いったんルピの巣に戻ってみるか』

とにかく、情報整理の最適化は少し安全な場所でやることにしよう。
今は暗闇で姿を隠せてはいるが、見つかったら見つかったで面倒なことになるからな。






『あ、お帰り』

『すまんな、いろいろと……』

流石に三度目となると、引っかからずに入口へと入ることが出来た。
初めより二倍も大きくなった入口はもはや俺専用と言っても差支えのないくらいだ。

『戻ってきて早々だが、ひとつ聞きたいことがある』

『はい?』

『この街の人間でトップとされている人間はどんな奴だか知っているか?』

今まで見てきたが、町や村を纏めるのは主に領主だとかいった者が中心に行なっている事を知った。
だから、今回の件でもそんな類の問題があるのだろうと考えていた。

『えっと……すみません、俺もよくわからないです』

『そうか……』

『でも、そういうような人間が住んでいる屋敷の位置は知ってますよ?』

『よし来た!!』

それならば話は早いな……用意をするか……
とりあえず、まずはじめはフォード商会へと探ってみるとするか。
その為にはコイツらの【知識】が必要になる。

『おいルピ、これから俺はある用事があってな……手伝ってくれれば先ほどのお前の願いも叶うかもしれないぜ?』

『え、それは……本当ですか!? でも、一体何を……?』

『俺が独自で纏めたこの街の現状だがな、まずフォード商会……ありゃ絶対【闇金】方式な金利を勝手に人それぞれで変更して金の貸し借りをしている事が考えられた』

だからこそ、返せそうで返せないように『調節』が可能となる。
これでは蛇口を締め切れていない水道水と同じ仕組みではないか。
ある一定の日毎に蛇口を開いて利息という名の水を増やしていく定石法とは違い、下手すれば一生掛かっても返せないモノへとなるかもしれないのだ。

『そして、そんなことは普通はこの街のトップが認めてしまうわけにはいかない……だが、相も変わらずフォード商会の不正は続いていった。 となると……?』

そこから求められる結論はただ一つ……

『奴らは【グル】だろうな……恐らく不正を見逃してもらう為にその暴利な金額で借用者から搾り取った借金を幾らか包んで渡してるに違いない』

つまり、賄賂というわけだ。

『ルピ、念の為に俺はもう一度言っておく……俺は情なんかで動きはしないが、【悪人】と【外道】が相手となると別だ』

『その、それって……』

『俺はそいつらを戒めることをある時期にて意義としてきた……故に、これから俺が行うことを二つの言葉で表すとしたら……』




―【エゴ】と【趣味】と言っておこうか―




『それで、俺はこんな理由で……お前はあの女の子を助けたい……目的は違うが解決法はどちらも適した物になる行動を俺は今からする計画だ』

『…………』

ルピはもはや何も喋ることはできなかった。
目の前にいる存在がまるで他の次元の存在だと錯覚し始めていたからだ。
そして、目の前に手を差し出され、『悪魔』は問う……

『選べ、このまま傍観者として生きるか……小さな英雄(ヒーロー)となってみるか……』


全てはお前の選択次第だ……


――――――――――――――――――――

深夜遅く、誰もが寝静まる時間にて松明を焼べて明かりを取り続ける場所が一つ。
それこそがフォード商会の門前であり、会長直々の邸宅でもあるところだ。
そんな人物は用心深く、見張りの私兵を多く雇って不埒な侵入者を許しはしないが如くの警備体制を取っていた。

『けっこう厳重なところだな……』

『そういやあそこに入った僕達の仲間でも帰ってこなかったって事が何度かあるんだよね』

『聞いたぜ、あん中ってネズミ捕りの罠も万遍無く張り巡らしているらしいぜ?』

『う~ん、鬼門だねぇ~』

そんな商会本部をどこかの家の屋根から遠く見渡す影がいくつか……イビルジョーとルピ達鼠である。

『チップ、ヤン、デル……別に協力しなくてもいいんだよ? これは僕がやりたいと決めた事なのに……』

『何言ってんだよ!! 仲間の恩は皆の恩!!! 理由なんてそれだけで十分だろ?』

『それに今回は協力な助っ人も来ているしな』

『あまり期待するなよ……まぁ、付いてくる以上サポートはしつつしてやるが……』

ルピの話を風の噂の如く、鼠ネットワークで聞き取ったこの三匹は力を貸すべく、すぐさま自分達の元へとやってきたのだ。
彼らにとって、仲間は一心同体……困ったときに助け合うのが当たり前だと言う。

『……ありがとう、皆……』

『話は終わったか? なら早速作戦を開始するぞ』

イビルジョーが中心となって話を始め出す。
主な内容はこうだ……如何に手間良く契約書などの書類を隠滅させるかだ。

借金の法律について少し詳しく教えておこうか。

借金を借り、返すまでの工程を一般的に【債務整理】という。
これは主に任意整理・自己破産・個人再生の申し立てと三種類に分けられ、今回の場合では弁護士なんて存在が居ないに等しいので殆ど当てはまらない工程となっていることがわかるな?
そして、借金の基本は利子というものが伴い、その仕組みを借用者は了承した上で契約を果たして金を借りることができる。だが、相手側が初めは無利子同然な条件で貸したが、後から高利子へと変えて返済を求めるようにしたり、元からそぐわない金利で貸し付けるなどとやりたい放題な物だ。
おまけにそんな違法を取り締まる側も【グル】であったり、警察みたいな役割をしているところも大方買収なんかしていると考えられる。
よって、相手側の為すがままにされて借金の蟻地獄に人々はハマり続けるという寸法だ。

だが、そんな勝手が許されるのは『在る物』が相手側の手に渡っているからの話だ。
それが【契約書】という絶対有無の存在だ。

これをもしものことだ……相手側の【過失】により紛失した場合……借用者の借金返済義務はどうなるか?
答えは【キャンセル】というわけだ。
真面目に返している奴にとっては癪な話だが、そんな存在がいるとは到底思えんがな……
それに、この世界ではコピー機のように同じ書類を作り出す技術を持っているとは考えられない。
前世では意地汚く予備を作り出すという金融業のやり方でそんな現象は万が一にもありえないことではあったがな……

ま、元から違法書類と違法金利として活動しているからそんな茶々を入れる必要はないがな……


『よし整列!! 番号は?』


『1!!』

『2!!』

『3!!』

『4!!』


『合言葉は?』


『俺達は!!』

『引かぬ!!』

『媚びぬ!!』

『省みぬ!!』


『上出来だ……行くぞテメェら―――!!!!!』

『『『イエッサー!!!!!』』』


しばらくの間、ずいぶんと仲が良くなってきたようだ。


そんな始まりを迎えてからは彼らの行動に微塵な躊躇は見られなかった。
素晴らしい連係プレイで明かりの照らされない屏部分に張り付くように近づき、見張りの注意が逸れたところで組体操張りの梯を作り上げていく。
無駄なロスタイムは控えるため、壁を掘り進むなどという時間の掛かることはしない方向で決めているからだ。

『目が!! 目が潰れる!!』

『おいお前!! どこ触ってんだよ!!』

『はいはいワロスワロス!!!』

『ジョーさんアンタ一番バランス悪いな!?』

『うるせぇな!! あだだ!!! 尻尾を齧るな!!!』

その少しの間、揉めたりとしたが……なんとか5秒で屏の上へと乗っかった
ちなみに、梯の順番はイビルジョー、ヤン、ルピ、チップ、デルである。
イビルジョが初めに自慢の脚力で一気に駆け上がりながら、その後ろを鼠達は真夏列車よろしくな形で尻尾に掴まって弁上していたのだ。

そんなこんなで屏を乗り越え、商会敷地内へと侵入に成功した。
だが、第二の壁が待ち構えていた……


『ヴヴヴヴヴ……(なんだぁ~てめぇは……)』

『ひぃ!?』

『い、犬!?』


番犬であった……黒を中心とした大型の犬がこちらを見て唸り出しているのだ。
鋭い牙を並べていかにも凶暴そうな顔を威嚇の顔でこちらを見据えているのだ。
だが、『凶悪さ』ではこちらにも負けない奴が居る。


『あ"ぁ"!? 舐めてんのかコラ!! あんま巫山戯た事抜かしてっと酢漬けにして今晩の晩食の材料にすんぞイヌコロが―――!!!!』


*とある国では犬でも食材として扱っているところが存在します(本当です)


『キャインキャイン!!!!!(ひぃぃぃ~~~!!!!! すんませんでしたあぁぁぁ―――!!!!!)』


流石の猛犬と言えども、本場の眼睨みをやってきたイビルジョーの気迫には耐え切れなかったようだ。
凄まじい恐怖を感じたせいか、おじげづいた後には直ぐ様向こうへと走り去っていったのであった。

『ボソッ……(ニンニク漬けも結構いけるんだがな……)』

『すごいですよジョーさん!!!』

『んんっ……無駄話はするな……とっとと続行しようか』

『はい!!!』

こうして、彼らは商会の建物へと近づいていく。
それまでの道中、木や草が隠れ蓑となっているので見つかる心配もなさそうだ。
それはそうだ、もともとこの警備体制は【人間】を相手に練った物だからな。
俺達のような存在には有効とも言えない拙い構造となるわけだ。

そうしているうちに、とある一箇所に排水口があるのを発見した。
だが、金物の立網な蓋をされているので入ることが出来ない。

『だめだ、ここからじゃ入れないな』

『別の入口を探すしかないか……』

『大丈夫だ、退いてろ……』

イビルジョーは口を大きく開けて網の二箇所を支点として上顎、下顎を引っ掛ける。
そして、徐々に徐々にと力を加え始め、網が湾曲していく。
その間にも煙が発生し始め、それが軟化剤の役目を果たしてさらにグニャリと蓋を湾曲させる。

『ふぅ……これでいいだろう……いくぞ』

『……あの、俺達必要ないんじゃないですか?』

『ほぅ、どうやら中は結構広いな』

『無視しないでくださいよ!?』

色々とgdgdな感じではあったが、彼らの作戦は順調であった。
そのまま一匹、二匹と排水管の中へと入っていく。
先ほどイビルジョーが言ったように、結構広く、手足を全開にしてもまだ余るくらいだ。
すこし水垢でヌルッとするが、気にしないでおけばなんの心配もない。


果たして、彼らは目的の品を見つけることが出来るのだろうか。


しばらく見守ってやろうではないか。



[25771] 第三十五話:必殺仕事竜(訳が分からないよ・・・byルピ)
Name: Jastice ◆cb564f63 ID:b876fea3
Date: 2011/07/31 03:09
:激しく忙しい日々を乗り越えて、漸く帰って来れました。

あと、最近母親が犬を飼い始め、作者をその犬を使って朝起こすという方法を考えつきました。

犬との接吻を誰が好んでするかと誰かに問い詰めてやりたい・・・・・・







ランプの火が部屋を照らし、机にて羽ペンを持って書類を制作し続ける老年の男が居る。
高級な家財道具等も置かれ、部屋の広さによって此処の持ち主の地位の高さが伺えられる。

「今月の返済状況はどうなっているかね?」

「はい、一週間ほど前に取立てに赴いた16件の内、規定の金額で返済できた者はたったの5件のみの事です」

「ふむ、例の労働力の件には事欠かせない状態に至れそうか・・・」

老年の男は傍にいた助手的な男に質問をし、彼もまたそれに答える。
そして、満足な意見が聞けたことに老年の男は笑みを浮かべ、再び書類制作へと移行する。

「ハイム氏、ですがこのペースではこちらの金融業は赤字になること確定なのですが・・・」

「心配はいらん。その分の損失は我々が運営している鉱山での稼金と領主様の“補助金”によって埋め合わせられる」

「しかし、これ以上此処の住民を鉱山への出稼ぎに行かせては、住民平均に支障がきたされます」

「構わんよ。住民とはいえ、碌に生活できぬ者が暮らしていては、何時かは野垂れ死ぬ。その生活の手助けとして我々は存在し、もし貸した金を返せぬのであれば、態々と返す方法を掲示してやる。これほどまで親切な金融業がどこにいるかね?」

助手の男はハイムという老年の男が言った言葉で心のどこかに痼を残す。
傍で助手をする身であるのでこの商会の仕組みを詳しく知っているからこそ、そんな気持ちが生まれるのだ。

「さて、私はこれから出かける事にする。戸締りをしっかりとやっておいてくれたまえ」

「畏まりました」

ハイムは机の椅子から立ち上がり、部屋の入口へと向かう。
それに沿って、助手は置かれていたランプを取って付き人として共に行く。
そして、部屋の扉が閉められ、カシャンと鍵の掛けられる音が響きわたった。

――――――――――――――――――――
Side:イビルジョー

『此処でいいのか?』

『知りませんよ。僕達だって初めてここに来たんですから』

『使えねぇな・・・』

『ひどい!!』

とある場所にて、ガタガタと床に付けられている排水溝の蓋が動き出す。
ズズズッとマンホールを開けるかのように横にずらし、そこからゾロゾロと五体の影が這い出てくる。

『うぇ、ヌルヌルすぎて気持ちわる!』

『大丈夫か?』

『あ、あそこに布があるからあれ使おうよ』

『ここは、俗に言う厨房って所か?』

イビルジョーが偶々見つけた布で少々ベトついた体を吹いている間、デルは自分達がたどり着いた場所を確認する。
調理道具や食材、その他諸々といった物が置かれている。どうやらこの商会内の厨房だそうだ。

『うほ! 食いもんだ食いもん!!』

『マジか!? ツいてるぜ!!』

『おい、勝手に漁ってるんじゃない!!』

ヤンとデルは保存されていたらしい食材を見つけるや、即座に食いつくべく身軽な動きをして保管台を登る。
そんな二匹の行動を戒めるべく、チップは注意を投げかけるが、二匹は風吹かずといったように食材を頬張り始める。

『今回やるべきことを忘れたのか!! せっかくジョーさんが手伝ってくれてるというのに・・・』

『お~いルピ、この肉結構イけるぞ! お前もひと切れどうだ?』

『え、あの・・・頂きます』

『あんたらもなにやっとんじゃあぁぁぁぁ―――――!!!!!』

唯一匹だけ目的を遂行しようと張り切っていたチップだが、周りの自分勝手な行動に頭を悩ませた。

『い~じゃねぇか。この頃マトモな飯にありつけてなくて、あん時葡萄をつまんだけど足りねぇんだよ』

『硬いこと言わずにお前も食っときなよチップ』

『うぐ・・・まぁ、少しぐらいなら』

本当は自分も腹が減っていたので、少しだけという気分で差し出された芋の欠片をソロソロと手にとった。
結局はチップも同じ狢の穴の仲間ならぬ、同じ鼠の穴の仲間であった。

『はぐっ、はぐっ、ガルウゥゥゥゥ―――!!!』

『おま、豚の頭を丸かじりだなんてパネェ!!』

『なんか野生化してませんかジョーさん!?』


あえて言おう、テメェは自重しろ!!



やや小時間、食事に時間を費やした後、漸く搜索に身を切り替えた五匹はドアノブを巧みなコンビネーションを使って開いたりと場馴れしてる行動をしていた。
ギギィと不気味なドアの接合部の軋む音を立てながら、空いたドアの下からトーテムポールのような順番で外の様子を伺う。
どうやら通路が色々と別れた道で伸びているようだ。

『明かりは向こう側か、人の気配もさほど感じられないがなるべく影となる所を通るぞ』

『了解、隠密作業は僕達鼠の得意分野ですからね』

毎日、人間の視線を掻い潜り、気配を消して食べ物を漁る者にとっては十八番だ。
なるべく音を建てないように通路を歩き、人の気配を探りつつ奥へと進んでいく。

『しっかし・・・建物の構造がわからない以上、下手に探るわけにはいかないしな』

『そういや何処向かえやいいんだっけ?』

『確か、“けーやくしょ”っていう紙がある場所に行けば良いんだろ?』

イビルジョーは中身が元人間であるため、人間事情の出来事の起点を理解しているが、鼠達はそんなことなど最初から理解してはいない。
だから、イビルジョーからの知識でなんとか理解をしえると言っても良い。
角ごとに壁に張り付いて、顔だけを覗かせて人の有無を確認し、移動してまた壁に張り付いてと繰り返していく。

何度目かの移行に移ろうとしたとたん、突如イビルジョーが手を出して静止の合図をする。
身を伏せて、なるべく体を小さくさせながら互いに様子を伺う。
すると、角から明かりが照らされていく。どうやら誰かが近づいてきているようだ。

「∇аит⌒оΚ?」

「@-$%⊇」

少し遠くで角から出てきた二人の人間は何やら話をしている。
身なりは片方の老年の男は羽振りの良さそうな服装であり、もう片方は老年のよりは劣るが、良いものを着ている。
二人は喋りながらそのまま奥の通路をそのまま真っ直ぐに通り過ぎていった。

おそらく、老年の方はこの商会で重要な役割に付いている人間だろう・・・そして、その片割れは従者かなにかだ。
イビルジョーは大体の予想を付けながら、その様子を伺い続ける。
そのまま通り過ぎたのを再度確認してから鼠達に向き直る。

『どうやら、目的のブツは近いようだな・・・気を引き締めていくぞ』

『やっとか、何か少し疲れた』

『…………』

『どうした、ルピ? さっきから黙っているが・・・?』

『僕、なんだか人間というのがわからなくなっちゃった・・・』

突如として、この場の話とは相応しくない事をルピは言い出す。
イビルジョーは何故そんなことを言うのかと尋ねた。

『僕達鼠は自分自身の欲なんかの為に仲間を騙したり、嘘を言ったりしない。だけど、人間は平気で嘘を言う・・・人を騙すこともする・・・そんなことしても、無駄などころか自分を苦しめるというのに』

『・・・続けてみろ』

『昔、他の仲間にも聞いたことがあるんだ。人間の中には人の不幸を面白いと感じて、ワザと関係ない人を苦しめることもするって・・・どうして人間はそれを“可笑しい”って考えないのだろうって・・・』

『だよなぁ~、俺でもさっぱりわからんわ・・・どうしてこう、人間って同じ仲間同士で争う必要があるんだか?』

そうか、人間がわからないか・・・だが、そんな不安など抱かぬともいいんだ。

『分からないか、それはそうだな・・・人間自身も“人間”という個体を完全に理解しては居ないのだからな』

『え、そういうモンなんすか?』

『“理解”という物には範囲がないのさ。全ての物事は時と共に進化する不変ならざる存在だ』

人間もまた進化してきた・・・欲望と資質を以ってして。
その二つもまた、範囲など存在しない。全ての事柄は還元すると共にその環(わ)は大きくなっていく。

『ルピ、さっきの話でそんなことをする人間を“悪い”存在だと考えているか?』

『う、うん・・・』

『なら教えといてやる。【悪】ってのは生まれるべくして生まれてくるものなのさ。そこに他の者の干渉など追い付きはしない』

だからこそ、人間の世界では犯罪が生まれる。
それが起きる前に防ごうとしようが、強大な仕組みの前には無力・・・防ぎようがないのだ。

『俺が言いたいことは、そんな“下らないモノ”を理解しようと頑張ろうとするな。【俺達】は唯、遠くで眺めていればいい』

『分からなくてもいい事もある・・・って事ですか?』

『そう考えていればいいさ・・・っと、此処で最後か』

いつの間にか、通路は突き当たりとした場所に至っていた。
目の前には大きな扉がある。

ここまでに、イビルジョーは自身の観察眼を以って入るべき場所を探していたのだ。

擦り傷によるドアの使われた頻度。
手入れの整われた通路の装飾品。
先程のランプが残した油の燃えた臭い。
他のドアとは違う、品質の良い木材。

これらを観察し、たどり着いたのがココという訳だ。

『当たりを付けてみたが、恐らくこの部屋が此処のボスの部屋だろうな』

『よーし!! そうと決まればいっちょやったろうじゃないか!!』

ヤンとデルは最初に厨房から出た原理と同じように、ドアノブを動かしてドアを開こうとした。


ガチャッ・・・ガチャッ・・・


『開かねぇ!? 鍵掛かってやがる!!』

『よーし、だったら穴作んぜ穴!!』

正攻法は無理だと考えたヤンとデルはドアノブから降りて、ドアの下へと落ちて戻ってくる。
そして、勢い良く扉へと齧り付き、ガリガリと木でできた部分を削り掘って行く。


*鼠の歯はすさまじく、硬いコンクリートでさえも削って穴を作ってしまう。


『よし、これくらいならっと・・・』

暫くして、なんとか一匹分入れるくらいの穴を開けた後、チップが入っていっていく。
どうやら内側から鍵を開けてくれるようだ。
やがて、カシャンと音がして、ドアの鍵が開く音が響いたのを合図に再びドアノブにヤンとデルは飛び乗った。
ガコンと重いネジバネの音を出して、扉は少しづつ開けられていく。

『お前らよくこんな技術知ってるな?』

『昔、鋼鉄の壁で隔てられた所に行った時、ドアというのを開けるしか落ち合う手段がなかったものですから』

『あれこれ触っている内に開け方を覚えたもんよ!!』

今考えてみれば、なんとも学習能力の高い連中だ。
そういや、鼠って有史以前から生き続けてきたんだよな?
その分、進化のすさまじさを考えてみればこいつらの行動もうなずける。

そんな事を考えながらも、五匹は部屋へと入っていった。
明かりが無いから暗くて何も見えないかに思われるが、この身は獣と魔物・・・
環境に適して夜目が効き始め、八つの光る玉と二つの深紅に光る玉が部屋の床近くで浮かび上がる。
彼らの視界には、月明かりで照らされたくらいの明るさとして目に入っている所だろう。

『さてと、こっから探すのは至難のわざとなるが・・・探すしかないか』

『よーし、お前ら各自配置について捜索に取り掛かれ。ヤンは南方、デルは東方、俺は北片でルピとジョーさんは西方でお願いします』

『『OK(了解)!!』』

やがて、其々が担当する場所として別々に別れた所で搜索が始まる。
イビルジョーから紙に連なる物だと聞いているので、それを目印として探し出していく。
探していく内にバサバサと何枚もの書類らしき物が床に放り出されていくが、目的の物は今だ見つからない。

『これどうですか?』

『いや、書類の書かれ方からして違う』

『こっちもこんなの見つかったがどうだ?』

『見せてみろ』

実を言うと、イビルジョーはこの世界の文字など読めない。
では、どうやって契約書を探し当てようとしているのか?
その要因は様々だ。昔の経験上、契約書という物には契約者のサインが自筆されている。
今回は金の貸し借りなので、金額についての掲載もされているはずだ。
しかも、ここはそんな物の縁には大層恵まれた場所であり、もしそんな紙が同じように纏められているとすると・・・

そう考えると、見分けるのには時間は掛からない。
床がゴチャゴチャになるまで探し続け、遂に金庫を見つけたところで漸く彼らの手が止まった。

『ふむ、如何にもって感じな金庫だな』

『なんですかこれ、かなり頑丈そうに作られた箱のようですが・・・』

『大事なモン仕舞うための保険みたいなものさ、ちょっと待ってろ』

そう言って、イビルジョーは耳を金庫の扉に押し当てて、手の爪を上手く使ってダイヤルを回し始める。
試しに、現世では旧式の金庫によくあるダイヤルを回しながらシリンダーの落ちる音を聴いて、暗証番号を探し出すという荒業をやってみる。
本来なら聴診器が無いとできない技術ではあるが、この体により、聴覚も人間より発達しているため、できなくはなかった。

ちなみに、何故彼がこんな技術を知っているかというと・・・昔とある組織で使われていた隠し金庫から裏金を掻き出す為に覚えたものだ。
その金庫を開けたとき、いくらかチョロまか・・・ゴホンゴホン、報酬として頂いたりもしたのも懐かしい記憶だ。

『ふふふ、ええのか? ここがええんかい?』


チキチキチキッ…………


『こいつでどぉだあ!!』


チキチキチキッ…………


『くっ・・・何て奴だ!!』


チキチキチキッ…………ガキッ!!!


『ぬぁぜだあぁぁぁぁ―――――!!!!!』


しかし、所詮は昔話・・・記憶と経験では雲泥の差がある。
頭を抑え、この世の絶望を味わったかのような顔をして、開かない金庫を蹴り付ける。

『ふ、ふふふふふ・・・そうか、そんなにも拒むというなら此方にも考えがあるぜ?』

イビルジョーは金庫から少し離れて、次には睨みつけるような顔をする。
すると、次第に体中が真っ赤になり、筋肉が膨脹しだし、口元から赤黒い物が漏れ始める。
どうやら、“アレ”をやるようだ・・・





『食らいやがれこんのファッ【ピ―――】金庫野郎があぁぁぁぁ―――――!!!!!』





放送禁止なF用語を発した後、イビルジョーはお得意の溶解ブレスを吐き出す。
小さな体からは想像できないほどの範囲でブレスがまき散らされ、それは金庫のみならず周りの台座までもを溶かし出した
八つ当たりな行為そのものではあったが、その御陰で金庫はなんとか原型を残した粘土状の物質へと変わっていた。

『怖えぇなおい!! なんつーブレスだよ!?』

『死ぬかと思った!! 吐くときは吐くって言ってくれよ!!』

『僕、生きてるよね・・・?』

その一方、鼠達はイビルジョーが怒り出した時から危険を察知し、その場から離れていた。
今まで付き添ってきていたが、突然の変貌に一同震え上がり、イビルジョーに危険を感じた。

『ふんっ!!!』

今だイライラ感が収まらないまま、イビルジョーは金庫の扉を強引に開ける。
ブレスで溶け、鍵の接合部も柔らかいプラスチックのように変化していたため、開けるのに次は時間など掛からなかった。
激しい音を響かせて扉がゴトンと床に倒れ、金庫の中身を露出させた。
その中には、束になった幾つかの書類らしき紙が若干溶けつつ入っていた。

それらを掴んで中から引きずり出し、床に散らべてみると、イビルジョーが目論んでいたとおりの形をした書類だと確認できた。
そして、またしても、口腔に力を溜め始め、バチバチと赤黒い紫電を発していく。
その光景に青ざめた顔をして鼠達は再び物陰へと隠れていく。


――――――――――――――――――――

『げふっ・・・これで目的は完了した。次は……』

酸性の異臭が漂う部屋の中でイビルジョーは部屋の窓から見える、ここより更に大きな屋敷を見据える。
一応、契約書らしき物は処分しておいたが、もし間違えていたとしたら洒落にならない。
だからこそ、“保険”を作っておく。

『おい、お前ら・・・ちょっと頼まれたい事があるんだが、聞いてくれるよな♪』

『『『イエッサー!!!!!』』』








後に鼠達はこう語る。




―悪魔より恐ろしいのはこのことを言うのだろう・・・―と……



当たり前と言っておこう……なんせ、【イビルジョー】ですから。


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