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[25755] 【完結】 Demon murder is called D デモンズソウル二次創作
Name: hige◆53801cc4 ID:2c20a3f7
Date: 2014/09/12 00:18
注意書き

すみません。近いうちに新しく序章を投稿、全話加筆します。sage更新になります。

序章は一万字ちょいくらいです。加筆は固有名詞の説明や状況描写等。

「なんだよ!今まで読んだのは不完全なものだったのかよ」と思われても言い返せません。トイレの合間のなどの時間つぶしにチェックしてもらえれば幸いです。

5/9追記 毎日チェックしてくれ、PV稼いでますって感じですね。申し訳ない。一ヵ月後くらいに覚えていたらチェックしていただければ。一度完結と銘打ったものをage投稿するのはどうかと思いsageにします。

PS3ソフト、デモンズソウルの二次創作です

いわゆる「ゲームプレーヤー」が出てきます

私の脳内設定があります。ゲーム内のシステムを勝手にファンタジーに変換等
例えばゲーム内でのブラインドは盾無効なのに、盾でパリィされますが、このSS内ではパリィ不可です。

またキャラや武器のステータスは明記しません。
「ふー体力にガン振りしてなければ即死だったぜい」という表現はありません



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第一話



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北の国、ボーレタリアの王、オーラントは偶然にもその巨大な神殿を見つけ、そこでソウルの業を見つけた。
ソウルとは人の魂、自分を司るもの、そして人に隠された力とされ。それを使う、あるいは取り込むことで人の力を越えることができる可能性を秘めている。自分の老いを憂いた王はソウルの業に見入られ、神殿の、後の楔の神殿の奥に眠る古い獣を目覚めさせた。

程なくしてボーレタリアは原因不明の深い霧に包まれ、デーモンと呼ばれる化け物が出現し、人々のソウルを奪っていった。ボーレタリアは亡国へと変わり、ソウルを求める異形、ソウルに取り付かれ、狂ったものが徘徊するようになった。何人もの英雄、手練の傭兵、豪傑たちが原因究明へとボーレタリアに侵入したが、帰ってきたものはいまだおらず…………



ボーレタリからあふれ出る深い霧は隣国へと、世界を覆うかのように広がる。





「勇気を出して降りるべきか、いやそれとも……」

どんよりと曇った空の下で一人、ガチャリと全身をすっぽり包むフリュ―テッドアーマーをならし、腕を組む。

僕がここでにっちもさっちも行かなくなってから、およそ二時間がたとうとしていた。父であり、ボーレタリアが深い霧に包まれ、ソウルに飢えた者共が徘徊し、強力なデーモンに蹂躙され、全てが崩壊していく原因を作ったあらゆる悲劇の元凶、狂王オーラントを討たんと、勇んで城に侵入したはいいが、このとおり、僕は無駄に時間を浪費している。

一刻も早く父を止めなければならないのだが、僕がいる高台の下には奴隷兵が何人もいる、下手に降りれば多勢に無勢、勝ち目は薄いだろう。

奴隷兵は人の姿をしているけど、もう、人ではない。ソウルの業に魅入られ、本能のままにソウルを求めるだけの生き物となってしまっている。だから説得なんて意味は無い。

幸いにも、下からこの高台へは上るすべは無く、高台は頑丈な石で作られており、ちょっとやそっとじゃ壊れないし、みすぼらしい錆付いた剣しか持っていない奴隷兵たちが僕に直接攻撃することはできない。が、この高台から降りなければ先へと進むことはできない。

僕だって好き好んでこんな場所にいるわけではない。

最初は順調だった、奴隷兵の攻撃を華麗に防御し、その隙を突き倒してきた。そりゃあ途中で死体処理の穴に落下しそうになったり室内に入った後に背後の敵に襲われたりもしたがそれほど問題じゃない、と思う。誰にだってあることだろう?

ただあの青い目の騎士が問題だった。黒い甲冑、鋭い直剣、硬鉄のカイトシールド。視界確保のため兜に入れられたスリットからは、青く仄暗い、うつろな光りが揺らめいていた。

とても敵いっこないと判断した僕は即座に逃……戦略的撤退をしたんだ。ただちょっと慌てていて、勢いよく階段を下りたら通路の手すりを乗り越えてしまって、この高台に落っこちてしまっただけなんだ。まあ、あの青目の騎士を撒いただけでもよしとしよう。

しかし、ホントどうするべきか。

武器が無いわけではない、相棒とも半身とも呼べる装備なのだが……

「うーむ」

奴隷兵達を眺めていたって事態は好転するはずがないのはわかってはいる、わかってはいるのだけれど。

腕を組みなおし、打開策を捻っていると剣戟の音が聞こえた、まさか!?

偶然にも僕が果敢に下へ降りようと決心した矢先のことだったが、かまわず声を上げた。ああ、ぜんぜんかまわないさ。返事があればいいのだけれど。

「おお~い、たすけてくれ~!」

三合ほど金属と金属が激しくぶつかる音が聞こえた後、微かにくぐもった断末魔が聞こえた。まさかやられてしまったのだろうか?だとしたら最悪だ、僕が大声を上げたせいで青い目の騎士が僕に気づいてやってくるかもしれない!なんて軽率なことをしたのだろうか……

「だれかいるのか」

野太く、力強い声が聞こえた。人だ、人間の声だ!

うつむいた顔を上げ、声を張り上げる

「おお~い!こっち、こっちです!」

軽快な足音と共に人が近づく気配を感じる、ああ助かった。幸いこの高台には建設用の材料などが置いてあり、その中にはロープもあった、このロープで僕が落ちたところから引っ張りあげてもらえれば……















しかし、その希望は断たれた










なぜなら。

なぜならその男は、手すりに左手をつき、体重を支え、華麗に手すりを飛び越えて僕のいる高台に降りてきたからである。

彼はスタッと音を立て、ひざを曲げ、着地の衝撃を吸収させると。

「よっと、ふー。お前さん、こんなところでなにやっているんだい?」

額の汗を手で軽くぬぐい、ブラウンの短い頭髪を後ろになでつけ、あごひげを蓄えた、いかめしい顔で、降りてきた青年はニカッと笑いながらそう言った。

「何って、見ればわかるでしょう!」

僕は下の奴隷兵達を指差して答えた。

「降りるに降りられなくて困っていたんですよ」

「ん?あ~結構な数がいるな。しかしまあただの奴隷兵だ、なんとかなるだろう」

ちらと下の敵を見やり、彼は答えた。しかし――



しかし、この人かなり軽装だ。頭部を保護するものはなく。装備している防具は狩人が好んで使うと聞くレザーアーマーを着用している。

レザーアーマーはなめした皮に簡単な防刃処理を施したものを数枚重ねただけのもので、材料と手間から、比較的安く手に入る。ただし、防御力も値段相応といったところだ。

ちなみに僕の装備しているフリューテッドアーマーは、軽量化のため、従来よりも薄い鉄板を使用しているものの表面に溝を打ち出し強度不足を補っている優れものだ。



そして彼のその両手には――



アイアンナックル!?

掌より一回りほど大きい、ぶ厚い鉄の板に取っ手をつけただけの武器であの青目の騎士を倒したのか。

「なるほど、腕に自信があるのですね」

この装備でここまで来たのなら、そうとうに腕が立つはずだ。青目の騎士を倒したときは他の武器を使ったのかもしれないけど。

よくよく考えてみれば戦力が増えたのだ、戦略を練り、隙を見て突撃すればなんとかなるかもしれない。うん、ここにある材木やなんかを利用したりして。

しかし僕の思惑を無視して彼は――

「二人でならば、なっ!」

勢いよく飛び降りた。

「な、ちょっと、ええー」

なんということだ、しかし彼一人にあの数の敵と戦わせるわけにはいかない。覚悟を決めて僕も飛び降りる。

「ふんっ」

ガチャリと音を鳴らし着地、と同時に剣と盾を構える。

僕の使っている剣と盾は、鈍く黄金色に輝いており、剣格を中心に繊細な意匠がほどこされている、盾も同様に美しい紋章のような形だ。一見すると観賞用かと思うかもしれないが、どちらも強力な魔法によって強化されている一品だ。盾なんかは隙間だらけに見えるが、かけられた魔法の力できちんと敵の矢とかも防いでくれる。

銘もある、ルーンソードとルーンシールド、王家代々受け継がれる由緒正しき武器だ。

「さあ、来い!」

腰だめになり盾を構える、これまでと同じ戦い方だ。相手の攻撃を防ぎ、相手がひるんでから確実に斬りつける……さあ、早く攻撃してくるがいい!



「おい!後ろだ!」

彼の声に反応して――

「うわあっ」

とっさに横転しかろうじて敵の攻撃をかわす、背後から襲うとは卑怯な!

「相手の攻撃を待つな、自分からから攻めろ!」

ちらと彼を見やるとアイアンナックルで奴隷兵の横顔をぶん殴っていた。あれ、相手に当たるところがギザギザになっているんだよなあ、痛そうだ。

と、悠長に構えている暇はない、彼の助言どおり、こちらから攻めさせてもらう!

「はっ!」

渾身の袈裟切りを放つと、あっけないほど奴隷兵を切り伏せた。死体から流れ出たソウルが僕の体に吸い込まれた。

あれ?こんなに弱いのか。

あっけに取られる僕をよそに、背後から敵のうめき声。

すかさず振り向き、いつもなら盾で防御するところを――

いけるっ!

盾で敵の攻撃を横から弾く、パリィと呼ばれる技術だ!

「フッ!」

がら空きになった敵の腹部めがけて、剣を突きさすと、これまたあっけなく絶命した。

ひょっとして、僕はやればできるんじゃあ……というより今まで怯えすぎていただけ、か?

結局ものの数十秒で七体ほどの奴隷兵の死体ができあがった。

「ふー、なんとかなりましたね」

自分が思ったより強かったのと、危機を脱したのが素直にうれしい、もちろん実力を過信してはいない。

「そうだな、じゃあ」

と言って彼は歩き出してしまった。

「あ、ちょっと。待ってください」

「何だい?」

「私はボーレタリアのオストラヴァ。感謝の気持です、受け取ってください」

彼がいなければ、しばらくあそこで足止めを食らっていただろう。感謝の気持ちに真鍮の遠眼鏡を渡した。貴重なものだが、こんなところでまともな人間に会うのがうれしかった。決して寂しかったわけではない。

「ああ、ありがとう。それとオストラヴァ。ここは危ないから、安全なところへ非難しなさい。この辺りの敵は倒しておくから」

じゃあ、と彼はさくっと受け取ってその場を去った。

「……」

いや別にいいのだが、少しさっぱりしすぎではなかろうか。

「って、いやちょっと名前を」

僕の声が聞こえなかったのか、奥へどんどん進んでゆく。

「とりあえずひと段落着いてから、なあっ!」

あっという間に兵士を倒し、進んでゆく。すごい手際だ。青目の騎士の攻撃を華麗にパリィした後、がら空きになった腹に食らわせたパンチが胴体を突き抜けている、どんな筋力だ。

と、とりあえずついて行……共闘しよう。



それから、城の攻略はあきれるほど順調に進んだ。と言っても、まだここは本殿から程遠い。

ボーレタリア城は大きく分けて四つの構造から成る。

まず、僕がいる城の正門区画。侵入者に、長く狭い城壁の上を進ませ、迎撃する城壁区画。兵士達や、攻城兵器を保管してある保管区。それらを通過し、最後に本殿だ。

まだまだ先は長い。

しかし、とにかく彼が強い、おそらく『いくつもの戦争を経験した』手練だろう。僕も少しは役に立っただろうが、ほとんどついて行く形になってしまった、不本意ながら。

危なかったことと言えば、僕の不注意で巨大な鉄球に轢かれそうになったり、橋を渡る途中ワイバーンに火を噴かれ、間一髪だったり、したくらいだ……

失敗は誰にでもあることだ、そうだろう?



「これでよし、と」

ワイバーンのブレスを走り抜けた先の部屋で、彼は大きなレバーを引きそう言った。

「何のレバーなんです?」

「これか?これはまあ城の正門の扉を開くためのレバーだよ」

少しペースを落としていくかとポツリと呟くと彼は歩き出したので僕もついていく。

さきほどまでは強行軍もいいところで。ろくに名前を聞く暇もなかった。恩人の名前くらいは知っておきたいし、いろいろと不便だ。

「それで、あなたのお名前は?」

「ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな。私は――」

しゃべりながらも部屋を出たところを待ち構えていた二人の奴隷兵を打ち倒していく。

「私は、あードンキーと呼ばれている」

「ドンキー?」

呼ばれている、と言うことはあだ名のようなものだろうか。

「Don Quijote(ドン・キホーテ)って知っているだろ?両親がそれにちなんで名づけてくれた。ドンキーはあだ名さ。ところで、オストラヴァはなんでボーレタリアに?」

再び室内に入ると、そこは兵士の休憩室のようで、当然兵士との戦闘になった。二人で室内の兵士たちを手際よく片付ける。今思えば会話しながら戦うなんて、あの頃の僕からしたらとんでもない余裕だ。

「決まっているじゃないですか、ハアッ!狂王オーラントを止めるためですよ。おっと」

火炎壷を投げようとしている敵にすばやく詰め寄り、切りつける。この兵士で最後のようだ。

「ドンキーさんは、なぜボーレタリアに?」

「うーん、まあそうだな。会いたい人がいるからかな。お、松脂か持っていくか」

ドンキーさんは棚においてあった松脂を拝借して、腰にくくり付けてある魔法のポーチに入れた。

このポーチは魔法がかけられており、見た目に反してかなりの物が入る、それこそ、身の丈より大きなハルバードだって。ただし重さは変わらないので、自分の持てる重さを超えると持ち運べない。それでも十分に便利な代物であることに変わりはないのだが。ちなにに僕も持っている、というより冒険者や旅人の必需品でもあるので、当たり前だけど。

「会いたい人?」

壁に沿って造られた長い階段を降りていくと、腰ほどの高さの黒いゲルのようなものが現れた。見たところ魔法が関係している生物のようだ、それなら僕のルーンソードとルーンシールドが有効かもしれないと、僕が前に立つ。ドンキーさんは何か言いたそうだったが僕だって少しは役に立つということを証明したい。

「ま、そんなところだ。しかしオストラヴァ、オーラントを倒すっていったって勝算はあるのかい?」

ルーンシールドを構え様子を見るに、こいつは自分の体の一部を槍にして飛ばすようだ、前面には盾の模様が浮き出ており生半可な攻撃は聞かないだろうしかし――

「勝算は、あります」

「ほう、聞いてもいいか?」

僕のルーンソードは魔法によって強化されている、試す価値はありそうだ。

思ったとおり、数回切るとゲルは、より液体に近い状態になり、床に広がった。倒したのだろう、たぶん。

そのまま階段を降り、レバーを引いて出口の扉を開ける。

「それは、この城のどこかにいる古き王ドランを見つけ、彼が守護するという、デモンブランドを手に入れること、です」

幼き日に見た、祖父であるドランを思い浮かべて。僕はドンキーさんに振り返り、答えた。



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私はオストラヴァの言葉を反芻し、慎重に言葉を選んだ。

「なるほど、オーランドが持つというソウルブランドと対なる剣か……」

たしかにあれはオーラントを倒すのには有用だろう、が。果たしてオストラヴァは手に入れることができるのだろうか、霊廟の鍵はオストラヴァが持っているはずだが。いや、しかし……と言うより無理だろうな、おそらく。

ともあれ、まさかあのオストラヴァがここまでついてくるとは思わなかった。このまま共に城を進んでゆくのだろうか?などと考えふけっていると。彼が口を開いた。

「しかしドンキーさん、ずいぶんとこの城の構造に詳しいのですね」

しまった!私がこの城を知り尽くしているのは当然なのだが、オストラヴァからすれば不思議に思われても仕方ないか。

「私の、会いたい人と言うのがこの城に勤めていてね。たびたび城に招待されていたからそれなりに詳しいのさ」

「なるほど」

頭部をすっぽりと覆うヘルムの間からかすかにのぞく眼からは、疑いの色は無かった。先ほどの質問はちょっとした世間話程度のつもりだったのだろう。私の苦しい言い訳に納得してくれたようだ。

出口からから出てすぐ右手にこの城の巨大な正門があり、そこでオストラヴァと二人で並んで立った。正直オストラヴァがここまでついてくるとは思わなかった。これから先も同行するつもりなのだろうか。ここで確かめておこう。

「オストラヴァ」

と、あらためてヘルムの奥にある彼の瞳を見て、問う。

「この先に強力な敵が待ち構えているかもしれない、もしそいつを倒してもまた新たな敵が現れるかもしれない、それでも一緒に行くかい?」

「もちろんです、ボーレタリアのため共に闘いましょう」

視線をそらさず答える様は、なるほど一国の王子だ。そうだ、間違えて彼のことを『アリオナ』と本名で呼ばないように気をつけなければな、それに『ある程度のことは知らないようにふるまわなければ』ならない。知識がありすぎるというのも考え物だな。

「うむ、では行こうか。と、その前にポーチの中身の確認はいいかな?」

オストラヴァは自分の腰にくくり付けてある魔法のポーチを確認した。

「はいっ!大丈夫です」

「では行くか!」

二人でそれぞれ左右の扉を力いっぱい押すとゆっくりと扉は開いた。人一人分の隙間が開いたので、オストラヴァ、私の順ですばやく体を滑り込ませると、ゆっくりと扉が閉まった。

そこは何も無い巨大な部屋だった、太い柱が何本か立っているだけの。窓も無く、壁と柱に掛けられた松明が石造りのこの空間を怪しく照らしている。

私たちの立っている視線の先には、正門より一回り小さい扉があった。

「敵はいないようですね。進みましょう、ドンキーさん」

オストラヴァが辺りを警戒した後言った。

「いや、上だ!」

アイアンナックルを構え、戦闘態勢をとる。すると天井からボチャリボチャリと黒いゲルが落ちてきた。まさかこんな登場の仕方とは、悪趣味な。

「あれは……さっきのゲル!?」

オストラヴァも剣と盾を構える。

「さっきのやつとは比べ物にならんぞ。こいつは」

天井の隙間から落ちてくるゲルは速度と量を増して、見る見るうちに体積を増やしていき、半径十数メートルの半球状になり、仕上げとばかりに表面は先ほど階段で見たような盾で覆われ、その隙間からは鋭い槍がいくつも飛び出ている。

「ドンキーさん、ここは僕が。ヤツが先ほど倒したゲルの集合体なら、ルーンソードが有効のはずです。あなたの武器ではやつらに傷を負わせるのは難しいでしょう」

と、オストラヴァが一歩踏み出す。別に魔法がかけられている武器が無いわけではない、ポーチの中にある、とびきりのヤツを使えば難なく倒せるが、そんなものをここで出せばオストラヴァは私を疑いの目で見るだろう、もしそれを使おうものなら『なぜあなたがその剣を……まさか……古き王ドランを見つけたのですか!?』と言った具合に、出所を疑われる。もちろん愛用していた、戦い続ける者の指輪、は外しておいた。ここはオストラヴァにまかせて私はフォローに徹し、危なくなれば助けよう。

「頼んだぞ、オストラヴァ。死ぬなよ」

もちろんですよ、と言い残しオストラヴァは巨大なゲルへと駆け出していった。私は敵の槍を飛ばす攻撃が少しでもこちらへ向かえばと、柱に隠れながらスローイングナイフを投げることにした、たいしたダメージはならないが、少しでもオストラヴァの負担を減らしたいのだ。



しばらくして、オストラヴァが槍を防ぎつつ敵を切りつけていると変化が起こった。巨大なゲルが体の一部を切り離し、それが小さいゲルへと変わったのだ、生み出される小さいゲルは瞬く間に数を増し、これによりオストラヴァは窮地に陥る。

「オストラヴァ早く部屋の中央に逃げろ」

「これは……マズイッ!」

オストラヴァは自分が部屋の隅に追いやられ、包囲されつつあることに気がつき脱出を試みるが、飛来する槍が思うようにさせなかった、すでに十体ほどのゲルが部屋の角を背にするオストラヴァを包囲している。まずいな、オストラヴァを死なせたくはない!

私は柱の影から飛び出した。

「オストラヴァ、私がこいつらの気をひきつける!なんとかそこから隙を見つけて脱出するんだ!」

「無茶です、どうやって!」

「派手に暴れる!」

突き出され、あるいは飛来する槍をなんとか防ぎ、いっぱいいっぱいの声でオストラヴァが答えた。

「無理ですアイアンナックルじゃあ!僕のことはいいから、逃げて!」

「ならこいつを使う!」

言うが早いか駆け出す!駆けながら先ほど手に入れた松脂を魔法のポーチから取り出した。

松脂と聞けばどろりと粘質の液体を想像するかもしれないが、戦うための道具であるこの松脂は、特殊な液体と混ぜられており、少し水っぽい。

私は木で作られた十数センチほどのボトルの栓を開け、中の松脂をアイアンナックルにぶっかけた。

火をつける時間も惜しい。アイアンナックルで地面をえぐるようにこすりつけ、生じた火花で点火する!

ゲルの背面には盾が無く、点火した勢いで半身を突き出す勢いを持って、そこに思いっきりアイアンナックルをねじ込んだ。すぐに別のゲルを殴る、殴る、殴る。別に倒さなくていい、オストラヴァをこの窮地から脱出させればそれで。

小さいゲルばかり狙うとやつらがこちらに狙いを定め始めた。

「今だオストラヴァ!そこから逃げろ!」

「いやドンキーさん!このまま押し切りましょう、挟み撃ちの形になります!それにドンキーさんの攻撃、こいつらに効いていますよ、魔法と炎が弱点のようです」

さっきまで死にそうな声を出していたくせに、切り替えが早いなあ。しかし、一理ある。このまま闘うとしよう………………



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それからは消化試合だった、ひたすら二人で小さいゲルをつぶしていった。ゲルを生み出しすぎた最初の巨大なゲルは、ふた周りほど小さな透明なゲルになっており、槍を出すことも無くった。二人でちくちく攻撃してたら、オストラヴァの攻撃で溶け、ソウルと化した。

膨大な量のそれはオストラヴァを包み込み、一体となった。

「なんとかなったな、一時はどうなることかと思ったよ……オストラヴァ?」

「…………」

どこか、心ここに在らずといった感じで突っ立ている。

「どうしたどこか、怪我でも負ったのか?」

「あ、いえ。調子が悪いわけではありません、むしろ力がわいてくるようで。ところでこの剣は何でしょうね?ゲルを倒したら急に出てきたみたいですが」

部屋の中央辺りに、小さな石に美しく装飾された細身の剣が突き刺さっていた。

「さあな。まあ何でもいいじゃないか、ヤツの墓標とでもしておこう、それより先を急ごう」

ビチャビチャとゲルの死骸を鳴らしながら部屋を抜け、奥の部屋に居た小さいゲルを倒しながら進む。

「あなたには助けられてばかりだ」

「まあ持ちつ持たれつってところだよ、『たまたま』やつらが炎に弱かったことも幸いした」

と会話もそこそこにして開けた場所へ抜けた、高い城壁のうえだ。この長い城壁の上を進まなければならないのだが……

「うっ、焼け焦げた死体があんなに、先ほどのワイバーンの仕業ですかね」

ほとんど炭化しているためか、匂いはそれほどきつくは無かった。

「だろうな、一気に駆け抜けたほうがよさそうだ、幸い城壁の途中にはいくつか立派な石造りの物見やぐらがある、ひとまずあそこまで」

私としては見慣れた光景なのだが、オストラヴァはまだ慣れてないらしい。

「そう、ですね。合図はお任せします」

「わかったでは、いち、にの、さんっ!」

オストラヴァと共に駆け出す、すると背後から待ってましたと言わんばかりにワイバーンが炎を吐きながら迫ってきた。

「ドンキーさん!」

「考えるなっ走れ!」

なんとか、物見やぐらに滑り込みワイバーンのブレスを逃れた。二度目ともあり、少し余裕があったように感じた。

「さあオストラヴァ次だ、今度は君が合図をしてくれ」

「わ、わかりました」

「行きますよ、いち、にの、さん!」

すこし、オストラヴァが先行しながら走った。視界の端で、ワイバーンがこちらへ向かってくるのを捉える。途中で邪魔をする奴隷兵を無視して走っていると私の目にあるものが止まった、スパイクシールドとは珍しい。スパイクシールドとはその名のとおり、盾に棘がついていると言う、大変ロマンあふれる一品だ。


もらっておこう。


「痛っ」

走りながら拾い上げるつもりが棘に指をぶつけてしまい、失敗した。しかしこうなってはこちらも意地だ。特に使う予定は無いが欲しくなってしまう。

足を止め、たった二秒そこらで回収。しかし――

「しまっ」

ワイバーンのブレスはもうすぐそこまで迫っていて――

ふと先行していたオストラヴァを見ると、彼はすでに物見やぐらについていた。

「よかった」



私は灼熱に身を包まれた。



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あの日、私はいつものように……

頭痛?思い出せない……



謎の浮遊感が意識を包む、どこかで感じたことのあるこの感覚。そう、夢……夢に近い。

夢……?あの時もそうだと思った。目を開いても暗闇しか映らず、自分の体さえも視認できない。ただそこにあるということはわかっていたが。

前触れも無く一方向へと吸い寄せられた。最初はゆっくりとしたものだったのだが、しだに速度を増してった。

そして衝突。軟らかい、弾力のある壁のように感じた。衝突したときの痛みは無かったが、私は引き続き吸い寄せられる感覚を味わった、壁の向こうへと。



(おい)



壁にめり込む、自分の体。じわりじわりと痛みを伴いだし、完全に埋まったと実感したときは、絶えず全身に激痛が走っていた。悲鳴を上げようにも声は出ず……それでも尚、吸い寄せられ、壁の中を移動していく。

本来であれば、絶対にその壁を通過してはいけないような、通過などできないような。そんな意味のわからない思考が渦巻いた。



(なあ、あんた)



どのくらいの時間、痛みを堪えていたのか。

ボコリ、音はしなかったが感覚としてはそうだった。壁を突き抜けたのだろう勢いよく飛び出し、再び加速に翻弄された。

それは奇跡のように感じられた。越えてはならぬ一線、何かを嘲笑うような。

絶望、確立、次元、分子、繰り返す、拡散=平行世界、未来、希望、超越、過去、運命、分母――

意味のわからない情報が脳を通過する。

恐らく、あの日々を憂う日常からは隔絶されたと思う、永遠に。

そして覚醒。



私がボーレタリア王城前に立っていたときは夢かと、仮想かと思った。『なぜいきなりこんな場所へ?』しかしあの奴隷兵を殺した感覚は、命を奪う感覚はまさに現実。私があの場に突如として出現した意味はわからない。誰からも命令されていない、頼まれてすらいない。

(おい、あんた)

ならば、好きにさせてもらおう、私の持つ『知識』と経験と、この若い、鍛え上げられた肉体で、オーラントを倒そう。オストラヴァを救おう、最初期にボーレタリアを訪れ、救わんとしたアストラエアもガルも。他意はない、偽善と言われようとも、例えこの世界が空想だったとしても。

そう思って……
「おい起きろ」

「うおあ!」

眼を開けたら青いおっさんが至近距離に!

私は中年男性を押しやり、跳ね起きた。さっきの夢の所為か、内容は覚えてないが、頭がうまく働かない。視界がぼやける。

「うなされてるから、起こしてやったのにずいぶんだな」

かすれた、生気の無い声が聞こえる。

「こ、ここは?一体」

「ここは神殿だよ、神殿。楔の神殿さ」

そう答えると、彼はのどを鳴らすように力なく笑った。



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もしあなたの身の回りの人間が「自分は別の次元からこの体に憑依した存在だ」と告白した場合、どうしますか?

確立で起こりうることでしょうか?とても信じられません、まだ鶏がひよこに戻ったという方が信憑性があります。

聞けば一笑に付すような、まるで荒唐無稽、夢見物語。

奇跡とは理解できないもの。

確立で起きたとしても、それは――



この世界は依然として――



[25755] 第二話
Name: hige◆53801cc4 ID:2c20a3f7
Date: 2011/03/02 00:11
第二話



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私は世界的に見ても裕福な環境に生まれた。

財力的な意味でもある。

当然父は多忙だった。

国の政を行う立場であったのだからしかたが無い。

幼い頃は、ずいぶんやんちゃだった。

擦り傷やたんこぶはしょっちゅうだ。

あの時は食事などのマナーで厳しく躾けられていた事に対する反動もあったと思うが。

父を尊敬しており、私も勉学に励み。

その後……

その後。

思い出せない。

ずいぶん昔のことのように感じる。

どうだったかな、その後私は……

まあ、私のくだらない自慢話など、どうでもいい。

今は、この信じられない奇跡を――



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「神殿?ここが楔、の?」

ドンキーはぐらつく視界の中、青い彼をなんとか捉えて、おぼろげな声で聞き返した。



青い彼、などと記述すると不自然に思う人もいるかもしれないが、見たままである。この世界では死ぬと肉体からソウルが離れ、こういった形で楔の神殿へと召喚されることがある。例えるなら幽霊のようなものだ。

もちろん誰も彼もがこのように神殿に召喚されるわけではない。召喚される要因となるのは運だの才能だの強さだの人徳だのと考察されるが、結局は不明。最も有効だとされる説は、死んだときに自分に見合うソウルの量を保持しているかどうか、とされているが、生きている人間も知らず知らずのうちに、デーモンの脅威からこの神殿に避難することもある。もちろんドンキーはこの事は既知であるので驚いたりはしない。

ちなみにドンキーの体も他者からは青く見えている。本人にはそう見えないが。



「そうだよ、楔だ。俺たちはこの忌々しい神殿につながれた奴隷さ。ここよりもっと忌々しいデーモンどもを殺すために生かされている」

もっとも俺の心はもう折れちまったけどな、と言い。力なく笑う。

階段に腰掛て床を見つめ、誰に語るでもなく、彼は、まるで自分を慰めるように言葉をつむぐ。

「死んでここから開放されるには、ソウルを断つこと。だらだらと生きるには他者を殺してソウルを奪い続けること。生きて開放されるには何匹いるかわからないデーモンを皆殺しにしなくちゃあならない。でも、もしかしたらそいつは無意味なことかもしれない、俺たちをここに縛り付けている胡散臭い坊主の言うことだ、信じちゃあいない」

のどを鳴らすようにまた力なく笑う、彼は自分を笑う。

「俺はもう疲れたよ」

折れてしまった自分の心を冷笑する。

ドンキーはようやく回復してきた視界で、ただ彼を見つめていた。何か声をかけたかったが、言葉が見つからないのだ。

ぽつりぽつりと独り言を続ける彼が不意にドンキーを見た。

「ああ、あんたまだいたのか……それが、おりこうだろうよ。ハハハ、ここにはデーモンはやって来れないからな、世界で一番安全なところさ…………まあ、もしやる気があるんなら真っ黒い女を捜すといいぜ、ぶっ殺した数だけあんたも強くしてもらえるさ。どのみち意味の無いことだと思うがね」

卑屈げに笑い、彼はまた視線をさまよわせた。

「ボーレタリアへ、その左は、ストーンファング、ラトリア、嵐の祭祀場、最後に腐れ谷……石版に触れるとそこへ移動できる…………でも俺は……すでに、もう」

ぶつぶつと独り言を続ける彼の声はまるで他者をうつろにさせる力でもあるかのようだった。ドンキーはなんとか気持を切り替え、辺りを見回した。特に理由は無い、ただ単に彼を視界に入れたくなかったのだ。

楔の神殿の床面積はそれほどでもないが、天井が恐ろしく高い。構造は円を基調とした造りになっている。部屋の中心には、きれいな円状の穴がぽっかり開いており、魔方陣が穴をふさいでいる。また他に部屋は無く当然扉も無い。

出入り口すらもない、ここはそういう場所なのだ。

穴を塞ぐ魔方陣の周りには六つの石版があった、それぞれ違う模様が刻まれており、そのうちの一つが半ばから折れていた。

そして魔方陣の上には、この楔の神殿に訪れれば必ず目に付くであろう、女神を思わせる巨大な像があった、天井まで届かんとするほどの巨大な像は巨大な剣を両手で逆手に持っている。当然魔方陣の上にいるのであるから、その切っ先は魔方陣に向けられている。

そして魔方陣から一回り大きく円を描くように壁に沿って階段が作られている。神殿中部、上部へと続く階段である。

神殿は何の金属でできているか不明だが、金色を放っていた。床も階段も女神の像もその剣も。しかし金色といってもギラギラと輝くものではなく、素朴な、どこか安らぎを与えるものであった。

女神の前方には大きな長方形の空間がある、そこだけは円を基調とした神殿の造りとは間逆の四角い造りだった。そして床にはびっしりと赤く揺らめく文字が刻まれていた。

これはソウルメッセージと呼ばれ、この世界では割と認知されているソウルの業だ、自分のソウルを使いメッセージを物体に刻むことができるのだ、使うソウルもたいしたことが無いので、この世界ではよく見かけるものだ。

そしてソウルメッセージの最も特筆すべき点は、拡散した世界同士が近づくと、その世界同士がソウルメッセージを共有しあうところにある。





このとき――





ただ、このときドンキーはこのソウルメッセージを全て読んだほうがいいような気がした。そうすることで希望がこの胸にあふれるような気がした。ひきつける何かを感じた。





あえてここで明記させてもらうが、ゲームをプレイしたことのある方はご存知、通常この空間には冒険の初歩的なテクニックやヒントが記されている、しかし。








しかし今このとき、彼の目の前に広がるこの膨大な量のソウルメッセージは全く別の内容を刻んでいたのだ!








(何だこの感覚は……)

ドンキーはふらりとソウルメッセージに吸い寄せられるように歩いく。



ソウルメッセージは赤く、怪しく揺らめき、ドンキーを誘う。





が、彼は結局、最後までこのソウルメッセージを読むことはなかった。





そう、最後まで。





「おい、若いの」

しわがれ、年季の入った声がドンキーの歩みを止めた。はっとして声のしたほうを振り返ると。小さな丸めがねをかけた、しわくちゃで骨と皮しかない様な小柄な老人と少しばかり離れた場所に、人のよさそうな、短髪の中年男性が腰掛けていた。

老人の周りには鍛冶道具が並べられ、中年の男性の後ろには魔法のポーチの上位互換である、魔法の袋が十数個並べてあった。ちなみにポーチとの違いは、見た目と、容量が大きいだけだ。

「私、か?」

「お前さん以外に誰がいるってんだい。わしはボールドウィン、ここでソウルと引き換えに鍛冶をやっておる。お前さん、名前は?」

「私はドン・キホーテ。ドンキーと呼んでくれ」

「ふん、いかにも『偽名』って感じだな、嘘は信頼をつぶすぞ」

ボールドウィンはめがねの奥の鋭い目でドンキーを見据えた。伊達に年は食ってない、といったところだろうか。

もちろん、彼はドンキーという偽名を使っている。状況が彼にそうさせている部分もあるが、彼は本当に幼少時代にドン・キホーテの話を聞き、あこがれていたのもある。彼はなんとなく気に入っていたのだ。特に意味など無い。

それに彼はこの体がいまいち、自分であると言う実感がなかったのだ。意識は確かに自分だ、しかしこの若々しく、鍛えられた肉体。

精神は肉体に依存するものだが、彼の精神と肉体は今、年齢差があった。故に彼は、自分の身に起きた不可思議なこの体験に実感がわかないでいた。

「嘘じゃあないさ、両親がドン・キホーテが好きでね。もちろん私も好きなので気に入っているんだ」

「どうだかな、そんなのを信じるのはお子様くらいなもんだわい」

ボールドウィンは腕を組み、ふんと盛大に鼻息を鳴らして自分の不機嫌を主張した。

「まあまあ、いいじゃないか。誰にだって秘密にしたいことはあるもんさ。それよりはじめまして、僕はトマス、ここで荷物のあずかり番をしている、人呼んで大袋のトマスさ」

ドンキーはボールドウィンとは対照的にトマス友好的に握手を交わした。

「Don Quijote(ドン・キホーテ)かあ懐かしいなあ、僕も好きだったよ」

「ふん、そんなことは後でいい……それより若いの、お前さんはなかなかいい武器を持ってるじゃあないか。好きなのか?アイアンナックルが」

ん?とボールドウィンは試すように問うた。

「ああ、ロマンがあるからね」

『最近はもっぱら剣だよ』と喉元まで出かかった言葉を飲み込み、なんとかそう答えることができた、ちなみに嘘ではなく彼は昔よくアイアンナックルを愛用していた。

「そうかそうか。若いの、お前さんは案外見込みがあるじゃあないか!気に入った。本当なら対価としてソウルを要求するところだが、特別にただで装備の手入れをしてやろう、調子が悪くなったらいつでも来い」

しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにしてボールドウィンがにんまり笑って言った。

「ハハハどうやら気に入られたようだね。僕のほうにも、その魔法のポーチに持ち運べなくなった道具なんかを持ってきてくれれば預かるよ、もちろん、ただでね。もっとも僕のほうは元から無料だけどね」

ハハハとトマスが気さくに笑いながら言った。

「ところで若いの、これからあんたどうすんだ?そこの階段にへたり込んでるヤツみたいになるんだったら、この先生き残れんぞ?」

心折れた剣士をあごで指し、それにアイアンナックルが泣いちまうぞと付け加え、ボールドウィンが言った。

「そうなると僕が荷物を預かることも無いだろうしねえ」

「もちろん戦うさ、戦ってオーラントを倒す」

「さすが俺の見込んだ男だわい。どれ、ちょっくら、そのアイアンちゃんを見てやろう、しばらく借りるぞ」

そう言うとボールドウィンは、ドンキーのアイアンナックルを取り上げ、熱心に手入れし始めた。

「あ、ちょっ」

「あー無理だよ、こうなったら何を言っても聞きやしないんだから。職人気質って言うか」

「そ、そうか……しかし、アイアンちゃんとはな」

ドンキーは熱心に仕事をするボールドウィンの姿を先ほどの自己紹介のときのギャップに苦笑した。

「ああそういえば、もう黒い外套を羽織った彼女には会ったかな?」

先ほどの会話よりトーンを落としてトマスが尋ねた。

「いやまだだ」

「だったら会いに行くといい、デーモンと闘うのなら彼女の力が必要になってくるだろう。たぶんそこの階段を上った先にいると思うよ」

「わかった、会ってくるよ。アイアンちゃんの手入れを待つ間にな」

ニヤリと二人で笑いあいドンキーは立ち去ろうとして、振り返る。

「そういえばトマスはどうやってソウルを手に入れているんだ?無料で荷物を預かっていると言っていたが」

トマスはちらりとボールドウィンを伺い、彼がアイアンナックルに熱心なのを確認すると、ドンキーを見て答えた。

「実はボールドウィンから少し分けてもらっているのさ、ハハハ。ある日、このお人好しめっ!てな具合にね」

ああ、なんとなく想像できる、とドンキーは苦笑して言った。

「ただ、ボールドウィンも安定してソウルを手に入れてるわけじゃないから結構いっぱいいっぱいだけどね、たぶんボールドウィンが消えたらほどなくして僕も消えるだろう」

「……やはり預かり代のソウルを払わせてくれないか?」

「いらないよ、僕は無料でやってるこの仕事に誇りを持ってる。それにこの袋の山の三分の一はボールドウィンの鉱物やコレクションの武具防具が詰まってるのさ」

トマスは、ボスボスと魔法の袋をたたいて答えた。

「そうか……わかった」

再び歩き出そうとしたドンキーにトマスが声をかけた。

「それとボールドウィンにソウルを払うなんて言わないほうがいいよ」

「わかってるさ、絶対へそを曲げる」

またニヤリと笑いあい、ドンキーは今度こそ歩き出した。

しかし、これからアイアンナックル以外の武器が使いづらくなったなあ、ひょっとしてこれからずっとアイアンナックルか?と一人呟いた。ドンキーには、ボールドウィンにアイアンナックル以外の武器の手入れを頼んだときの反応が容易に想像できたのだ。



壁に沿って円を描く階段を上ると、踊り場に一人の女が何をするでもなく、どこを見るでもなく立っていた。

手入れのされてないぼさぼさの髪を首の付け根辺りまで伸ばし、黒い布を巻きつけ、その上に布を羽織っているだけの簡素な服装、靴などは履いておらず、素足。両手で身の丈よりも長い灯火杖を持っている。

そして彼女をもっとも特徴づけるものが、両目を塞ぐ黒い蝋のようなものであった、蝋はべったりと顔の三分の一を塗り固めている。

ドンキーが声をかけようとしたが、それより一瞬早く彼女が口を開いた。

「あなたは……?」

見えていないはずの視線をドンキーに向け、意外なほど可憐な声で儚げに問うた。

少し面食らったが、すぐに答えた。

「私はドン・キホーテ、ドンキーとでも呼んでくれ。あー、トマスという男から、デーモンを倒すなら、あなたが力になってくれると聞いたのだが」

ドンキーとしては一刻も早くアストラエアやガルを探したかったし、オーラントを倒したかった、それにオストラヴァも心配だった。しかしソウルで自分を強くしてくれると言う彼女の協力なしでは不安だったのだ。

「私はそのためにここで火防女をしています。あなたが望むのであれば、あなたのソウルをあなたの力としましょう」

一呼吸置き、言葉を続けた。

「この世界は深い霧によって拡散し続けています。深い霧は古き獣と共に現れます。古き獣を再び、まどろみへといざなわなければ、この絶望の世界は拡散し続けるでしょう。拡散した世界はそれぞれが拡散し、お互いが近づき、遠ざかり、干渉し合い、拒絶し合い、あるいは模索するやも……」

黒衣の火防女はつらつらと告げる。まるで儀式のように淡々と。

「心配無用だ」

ただ短くドンキーは答えた。自信は、あった。

「話は変わるが一つ、聞いてもいいかな。答えたく無ければ無視してくれてもかまわない」

「なんでしょうか?」

面と向かって聞くのは心苦しいのか、視線を火防女から外した。もっとも火防女は眼が見えないので大して意味は無いのかもしれないが。

「その眼は、いったいなぜ?治るものなのか」

彼はゲームをプレイした者なら誰もが……いや、プレイしたことが無い者でも抱えるであろう疑問を口にした。ゲームではついぞ明確に語られることの無かった、デモンズソウルにおける空想の余地を、疑問点の一つを。



しかし火防女からの答えは返ってこなかった、沈黙である。

「……すまない、無神経だった。もう行くとするよ」

火防女は変わらず無言だった。



しかし、罪悪感を抱え火防女に背を向け歩き出すドンキーの耳に微かに声が届いた。





「もし……もしも、この、世界の拡散をとめることが……」





ドンキーは振り向かず立ち止まった。か細い声が、震える声がドンキーの、いや彼の――





「できる…………時。そのときは、私の、眼を………。そして、全てを……」





彼のソウルを、赤く、熱く、激しく――





「明かし、ましょう。今は、まだ……無意味、です…………」





――たぎらせる!





もし、眼を覆う黒い蝋のようなものが無ければ、今はまだ、彼女しか知りえぬ、この拡散し続ける世界の秘密に、非情な彼女自身の運命に、自らの犯した罪の意識に、涙をこぼしていただろう。





しかしそれすら許されない。涙を浮かべることすら、許しはしない。それは彼女自身の贖罪であり、決意でもあり、取れるべき最良の手段でもあるのだ。





ドンキーは口を開き、そして思い直し、固く口を結んだ。





言葉を飾ることに、意味など無い





この場で彼女に、どんなに自らの決意を熱弁したとして、彼女は救われるのだろうか?





否である





ならば。雄弁に戦おう





行動によって彼女に誓いを立てるしかあるまい?





彼は決めた。古い獣を殺そう、と





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「おう。お前さん、ちょうどいいときに戻ってきたな。ほれ」

と、ボールドウィンはアイアンナックルを手渡した。

「助かるよ、ボールドウィン。ん?このアイアンナックル……なんかあったかくないか?」

「ふん、お前さんの相棒は、鍛えちゃあいるが普通のアイアンナックルだったからな、わしが特別に鍛えなおしておいたぞ」

わしが手入れをした武器で死なれちゃあ、わしの名が地に落ちるからな。と腕を組み、そっぽ向いていった

ドンキーがアイアンナックルを握り二、三回ほど素振りをするとアイアンナックルは炎を纏った。

「竜石で鍛えた一品だ……わしが鍛えた武器で死ぬんじゃあないぞ」

「ありがとう恩に着るよ」

「ハハハ、素直じゃないなあ、ボールドウィンは。それで、ドンキー、これからどこへ向かうんだい?」

と、トマスが尋ねた。

「そうだな、とりあえず腐れ谷へ行こうと思っている」

ドンキーとしてはオストラヴァも心配だったが、巨大ゲルのときの戦いぶりを見るにしばらくは大丈夫だろうと考えた。

「腐れ谷かあ。たしかずいぶん前に、聖女アストラエア様と、それを守護する暗銀の騎士、ガル・ヴィンランドが消息を絶ったとこだよねえ」

「そうだ……その二人を探そうと思って」

「あそこには不潔なデーモンどもがいると聞く、気をつけろよ」

「ああ、じゃあ行ってくる」



ドンキーが立ち去ると二人は胸をなでおろした。

もし彼が嵐の祭祀場に行くと言い出したりしたらどうしようかと気が気ではなかったのだ。

あそこへ行って帰ってきた者はここ最近いないのだから。



二人との一時の別れを済ませたドンキーは腐れ谷の石版の前に立っていた。

石版に触れようとした矢先ドンキーに声をかけた人物がいた。心折れた戦士、青い彼である。

心折れた戦士は地面を見つめたまま問いかける。

「行くのか?」

ドンキーは石版に手をかざしたまま振り向かず答えた。

「ああ」

「要人の坊主には会ったか?」

「いや」

「真っ黒の女には?」

「会った」

「あいつはデーモンだ、ソウルを自在に操る。俺たちを駆り立てる」

「私はそうは思わない」

「あんたは、犬だ。主人は要人の坊主だ。首輪に繋がれているだけだ」

「私は……」



「私は、私の意思で戦っている!」

燃え尽きることを知らぬ決意を胸に、彼は石版に触れた。

ドンキーは光に包まれ、石版に吸い込まれるように消えた。残された青い彼はただ、喉を鳴らし、力なく笑った、惨めな自分を。

両の手を強く握り締めて。



「騙されてるんだよ、あんたは。あの女は嘘をついているんだ。俺たちを、騙しているんだ」



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気がつけば、ドンキーは薄暗い、湿気た空気と腐敗した香りが支配する場所にいた。

太陽の光がわずかに降り注ぐ、深く狭い見捨てられた谷にいた。腐れ谷である。

腐れ谷とは、デモンズソウルの世界では珍しい、住人のいる場所だ。ただし住人といっても普通の人間ではない。身長は成人男性の腰より低く、体毛は無いに等しい。丸く黄色い小さな目をらんらんと光らせ、長い鼻を垂らし、気持ばかりの知性を携えた醜い生き物である。そんな彼らが腐りかけた木の板を繋ぎ合わせて作った広大な不潔な住処こそ、今ドンキーがいる場所である。

彼は進んだ。この谷が想像を絶する臭気に満ちていても、不潔で耳障りな羽虫がまとわりついても、歩みを緩める障害にはなりはしない。



ドンキーは実にスムーズに腐れ谷を下り、進んでいった。ゲームで言うところの腐敗谷1-1である。



彼自身もこれほどスムーズに事が進むとは思え無いほどに、順調だった。



ドンキーの強さなら当然のことだった。



しかしボールドウィンの鍛えたアイアンナックルが活躍したわけではない。



ではなぜ、これほどまでに順調に腐れ谷を進むことができるのか?普通であれば腐れ谷に侵入した者は、腐れ谷の住人である腐敗人に襲われるはずなのに。



それは





「こいつも?……まあ私にとっては好都合だが、少々予想外だな」



























腐敗人が皆殺しにされていたからである。






致命傷と思われる切断面を見るに、あまりにも鋭い一刀の元に絶命したことが伺えた。血が流れ出ぬほど素早い一撃である。そして全ての死体の共通点はどの死体も



身にまとう薄汚れた衣類を全く切り裂かずに、体だけを切断されている



と言うことであった。

通常、服を着た人間を両断すれば、服もまたそれに習い両断されなければならぬのは、道理であるはずなのに。



それに腐敗人の武器も、ぼろぼろではあるが、真新しい受け太刀の傷なども見当たらないのだ。



ドンキーは死体の体温からして、この惨劇が起きてから、あまり時間が経過してないと考えた。もっとも、もともと半ば腐っている腐敗人の体温があれこれと考えるのは無意味なことかもしれないが。

ドンキーは額を流れる汗をぬぐい、ぬぐいきれぬ不安と共に、先を急いだ。



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奇跡か偶然か必然か。ドンキーというイレギュラーがこの世界に現れた為か、定かではないが、この世界は大きな変化を迎えようとしている。果たしてそれがよい結末を迎えるのか、あるいは。もしもあなたが……いや、やめておこう。

ともあれ、この世界はすでに私たちのゲームの世界とは大きく遠ざかっており。もはや『彼』の知識や、『ドンキー』の強さなどでは太刀打ちできぬほどの大きな運命が彼と、この世界のオストラヴァを包んでいることは間違いない事実だ。

程なくして、あなたと、あなたたちと、私を除く私たちと、この世界のオストラヴァと火防女は知ることになる。

イレギュラーを内に含んだこの世界がたどり着く一つの結末と真実に。



拡散し続ける世界、古い獣、古い獣と同時に現れる深い霧、火防女の負う罪、イレギュラーである彼、楔の神殿に刻まれていた膨大な量のソウルメッセージ



この世界は依然、混沌にして混迷である。



[25755] 第三話
Name: hige◆53801cc4 ID:2c20a3f7
Date: 2011/02/26 18:30
第三話



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ボーレタリア城の霊廟、と聞けばあなたは、デモンブランドを守護するドランがいる間を連想するだろう。霊廟は、物理的に強く閉ざされているだけではなく。魔法によっても封ぜられていた。

開くには内より、外よりからは、オストラヴァの持つ霊廟の鍵を使うしかない。いや使うしかなかった。

はずなのだが……

この世界の霊廟の扉は無残にも破壊されており、扉の残骸は室内に撒き散らされていた。その残骸を踏み砕き、霊廟の間から出てきた者が四人。主君、狂王オーラントからのドラン抹殺とデモンブランド入手の命を受けてやってきたのだ。

一人は「断罪者ミラルダ」成人男性の肩幅ほどの刃に、太く、短い柄のついた重量のある斧、「ギロチンアクス」を持つ。頭部をすっぽりと覆うズタ袋に、ぼろ布を何枚も重ねたかのようないでたち。そのボディラインからは女性であることがうかがい知れる。

一人は「長弓のウーラン」狩人のようないでたちをした男。曲がりくねった白木を組み合わせ、二本の弦を交差させたその長弓「白の弓」は、決して粗野なものではなく、幻想的な雰囲気をかもし出していた。

一人は「塔の騎士アルフレッド」重厚な鎧に身を包み、身の丈ほどの巨大でぶ厚い「塔の盾」を片手に、穂先に無数の坂棘のある長槍「削り取る槍」をもう片方の手に、大きな足音をならす。

最後の一人は「つらぬきの騎士メタス」見れば誰もが溜息をつくほどの、黒を基調とした、力強く、流麗な甲冑に身を包む。身の丈よりも長い、あまりにも長大な細身の剣「つらぬきの剣」を片手に、もう片方の手には――



この世界とは悲劇なのか、かくしてこの世界のデモンブランドはオストラヴァの手に渡ることはなくなった。



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助けなければ



救わなければ



解放しなければ



この不潔で腐敗した谷から



例えそれが、この命と引き換えだったとしても



だれよりも愛しいあなたを――





「最も真摯な」六番目の聖女アストラエア、その名を知れぬものはこの世界では珍しい、貧しきものがいれば、自らの糧を分かち合い、共に受難を分かち合う。それを自己犠牲とした自己満足に過ぎぬと蔑む者もいるものも少なからずいるようだが、それはアストラアの登場によって、自然淘汰された怠慢な聖職者の嫉妬でしかない。彼らは聖女に対する非難を声を大にして言うことはしない、できない。こと保身に関しては人一倍知恵の回る彼ら。そんなことを言えば、少数派である自分の立場がさらに危うくなるのは確実であった。

もはや聖者の行いとは呼べぬが、彼らは彼女の食事に毒を垂らした。簡単なことだった。アストラエアが貧しい家のみすぼらしい食事に招かれることは日常茶飯事であったので、裏から手配し、貧困者に気づかれること無く事は成せた。

しかし、ほくそ笑む俗物の期待とは裏腹に、彼女はその翌日も貧しき者たちの救済を続けた。スプーンの半分ほどの量でも口に含めば数時間のうちにのた打ち回るような劇薬であるのにもかかわらず。

彼らは苦しみの末、息耐える聖女の姿を夢見。薬を変え、量を増やし、何度か殺害を試みたが、やはりどれもが夢想に終わった。

悪人共の背にいやなものが流れる。我々が無知な貧乏人から搾取するときのような「まやかしの言葉」を、あの女は体現、再現しているのではないか、と。つまり奇跡を。

しかし神など金山を採掘するツルハシの如く捉えていた彼らは諦めきれず、とうとう剣に頼る。

十数人の手練の傭兵どもを集め、腰ほどまでに金を積み一言「アストラエアは美しい女だ、そして聖女だ」と付け加え。薄暗い聖堂の一室の中、彼らは悪魔の如く嗤いあった。



夜、治安の悪い貧困街を歩く聖女を、どこからとも無く現れ、囲む者ども。使い込まれた刃が月の光に浮かび上がらせる。

剣、槍、斧、戦利品を縛る縄を携え、この後の宴に思いをはせた下種びた笑い声が喉からあふれる。



悲しいかな、この世界に神など存在せぬ。



故に悪漢どもからアストラエアを守る神などおらず。



されど彼女を守護する騎士が一人。



「すみません。ガル・ヴィンランド」



ゆらり聖女の前に歩む者。



「ご無事で」



悲しみに満ちた彼女の声を背に受け「暗銀の騎士」ガル・ヴィンランドは、数の有利を見てか、にやつき、無防備に近づいてきた者に、魔法のポーチから取り出した「武器」を無慈悲に、叩きつけた。

弾け飛ぶ血、もはやそれはただ残骸、ただの肉塊。

一人を除き皆、それになったのは数十秒後。

彼らは騎士の強さを見誤っていた。

捕らえた者に口を割らせ、背後の者を断罪に処したのは聖女の近辺を有能な人物が固めていたからだ。その手際たるや聖女が黒幕に慈悲を見せる間もなかったほどに。
















聖女アストラエアとそれを守護する暗銀の騎士ガル・ヴィンランド。デーモンの巣窟と化したボーレタリアを救済せんとしたが、その二人が腐れ谷で消息を絶ったという噂が、ガルの姉にあたる美しい女性、セレン・ヴィンランドの耳に届いたとき、彼女は一も二も無く二人を探しに、必要最低限の荷物を肩に家を飛び出そうとした。

しかし父親これを強く禁じた。父親からすれば大切な娘が危険なボーレタリアに向かうのを黙って見過ごせと言うほうが無理な話だ。セレンはしばらく、言いようのない巨大な不安に押しつぶされそうになりながら、このことがきっかけとなった父親とのギスギスした関係を続け、暮らしていくこととなった。

そう時を置かずして、セレンは父親と和解。普通の親子の関係を取り戻し始めたころ、再び町にはアストラエアとガルに関するさまざまな噂が飛び交い始める。二人をよく知るセレンからすればその多くが根も葉もない憶測だと断定した。弟の性格上ありえぬ話だと。

ある日、彼女は病気の為寝たきりとなった父親にあることを頼まれる。

すっかり弱りきった父親はやっとの声でセレンに言った。



アストラエア様とガルは生きている、と



どういうことかとセレンは父親に問い詰めた。

確かな筋の話なのだが、二人は腐れ谷で捨て去られた住人、腐敗人の救済を続けているらしいのだ。お前にはそこへ向かいガルに伝えて欲しいことがある。かわいい娘にこんなことを頼むのは心苦しく思う、本当は私が行けばよいのだが、この有様だ。

娘は黙ってうなずいた。

父親は娘に願いを託し、逝った。

セレンは父親を弔った後、すぐに防具を身に纏った。いやみにならない程度の装飾が施された小麦色の足甲、手甲、鎧。それと両のこめかみ辺りからは一枚の羽を模した装飾が付けられていた兜。あとは旅に必要なものを馬車に乗せ、ボーレタリアに向かった。

ヴィンランドの名を知らぬ者が聞けば、美しい女がボーレタリアに向かうなど正気の沙汰ではないと思うだろう。

ヴィンランド家は、古くから何人もの優秀な人材を世に生み出してきた名家である。当然ガルとセレンも非凡なる才を持って生まれたのだ。文武両道を地で行く、いわゆる天才である。

それだけならばヴィンランド家にとってはそれほど珍しいことではない。



ガルとセレンは「ヴィンランド家の限界点」と称されるほどに、歴代のヴィンランドの人間の中でも飛びぬけていた。

限界点たる所以。それは、異常な脚力にあった。

二人はたとえ、そこが膝まで浸かるほどの沼地であっても、歩くことはもちろんのこと、まるで舗装された道路上を走るかのごとく進む。

で、あるからして普通の地面を走れば当然、風のごとく。その跳躍は相対する人の視界から消える。

そんなか細い足に一体でいったいなぜそんなことができるのか?この異能が発覚したときだれもがそう考えたのは言うまでも無い。



ともあれ、セレンはボーレタリアの腐れ谷へと向かった、神殿を介してしかたどり着くことができないと思われている人がいるかもしれないが、転移は神殿の役割の一つに過ぎない。徒歩でも進入できるのだ。



腐れ谷へ向かう途中で。

彼女は思う――

打ち捨てられた腐れ谷で、今もなお救済を続ける聖女アストラエアのことを。

彼女は想う――

打ち捨てられた腐れ谷で、今もなお守護を続けるガルのことを。



ガルに会ったらまずぶん殴ろう、父の最後の言葉を伝えよう、後は、その後は。連れ出すのだ、その不潔で腐敗した谷から。

そこで、ふと歩みを止め考える。

しかし救済を続ける聖女アストラエアの元を、守護するガルが彼女から離れるだろうか?

この世界ではセレンはアストラエアとは旧知の仲だ。ひょっとしたらガルに選択を迫ることになるかもしれない。私とアストラエア、天秤にかけたとき彼はどちらを選ぶのだろうか。

かぶりを振り、歩みを進める。

不謹慎だし、詮無きことだ。セレンはなるべく、このことについて考えないようにした。

もし、アストラエアが救済をやめないと言うならば説得しよう。そうすればいいだけのことだ。



しかしこのとき、彼女のソウルは仄暗く…………





彼女は数日のうちにボーレタリアの腐れ谷へと到着した。

常人離れした身体能力をもってして現代で言うロッククライミングの要領で、そう時を置かずしてドンキーが現れる場所へと降りた。

「足場が悪いわね」

彼女が今立っている腐った木の足場では、本来の実力は出せない。簡単に床を踏み抜いてしまうからだ。

しかしそれでもセレンを襲う腐敗人は彼女の障害にはなり得なかった。

セレンは、次々と襲い掛かる腐敗人を確認すると冷静に魔法のポーチからヴィンランド家の法具、ブラインドを抜き放った。

ブラインドは独特な形状の剣であった、刀身の長さは普通のロングソード程度のものだが、片刃であり、鍔はなく柄と刀身が一体化していた。そして柄頭と刃が、握ったときの指を保護するように、本来鍔のある部分でくっついている。刃はぼんやりと透き通っており、蝶の羽のような模様が上品に刻まれていた。

そしてヴィンランド家の法具と呼ばれるからにはもちろん特異な性能を有している。

それは蝶の羽のように軽いこと、刀身は無機物に干渉されないこと、である。

つまり、盾や鎧、武器による受け太刀の一切を無視できるのだ。もちろん使い手も受け太刀はできない、非情に扱いの難しい、使い手を選ぶ剣である。



だがそれは常人の基準であり、セレン・ヴィンランドはブラインドを完全に己が体の一部としていた!





襲い来る腐敗人たちの距離を瞬時に詰め、両断



先端に炎をともした槍を構えられれば、跳躍し頭上より、切断



盾で防ぐことすら、剣で受け太刀することすら、許しはしない



セレンの一振りは絶命の一振り



死体が纏う薄汚い衣類はそのままに



血は流れ落ちることを忘れ



ソウルは肉体から離れることに戸惑う



ブラインドは空気を裂くが如く、主の敵を断つ








腐敗人は、仲間が固まっているのではなく、斬殺されているのだと気がついたときには、すでに、その地区に住む腐敗人のおよそ三分の一が物言わぬ屍となっていた時であった。



彼らはこの仲間が立ったまま動かないという未曾有の現象に危機を感じ、わずかな知性を振り絞り、打開策を出し合った。何せこの先は大きな沼を隔てれば本格的な腐敗人の居住区があり、そこには彼らの家族が住むのだ。



ゲームをプレイした事のあるプレイヤーは既知のことだが今セレンのいる区画、通称腐敗谷1-1には三つの橋が、それぞれ反対側の壁へと架かっている、橋と言っても縄と木の板で作られた簡素なものだが。とにかくこの区画を踏破するのであれば絶対にこれらの橋を渡らなければならない。



そこに腐敗人は目をつけた、すでに敵は一つ目の橋を渡ってしまっているので、二つ目の橋を敵が渡ったときその橋を落とし、退路を断つ、そこでこの区画の仲間の総力戦を仕掛け、もし全滅したとならば残された三つ目の橋を落とし進路を断つ。そうすれば勝っても負けてもこの場所で敵を孤立させることができる。

腐敗人は三つ目の橋を落とす係りの者を残すと、皆二つ目の橋を渡ったすぐの場所へと集結しはじめた、ちょっと開けた空間になっているのだ。そこに集結した腐敗人の中には、何匹かの巨大腐敗人と呼ばれる、身の丈二メートルを超え、これまた巨大な棍棒を手にしたものもいた。

ちなみに、この決戦の場の近くにはみすぼらしい物売りの人間の老婆がいたのだが、いち早く異変を察知し。彼女の子供と共に居住区へと避難していた。



無論、この愚かな策はセレンに感づかれていた。彼女の戦略眼をもってして看破したのではなく。橋を渡った先に大量の敵が待ち構えていれば、誰だって罠があると気づく。

「殺すために来たわけではないのだけれど……」

と、呟ききょろきょろと二つ目の橋の前で辺りを見回し、見つけた。はるか数十メートルほど下に丈夫そうな土が露出している面を。



そこへ向かって跳躍。砂煙を出しながら、ほぼ垂直の壁を滑り降りた。完全に速度を落とすことなどもちろんできるわけも無く。落下しているよりはまし、といった速度だった。



鈍い音を立て着地し、何事も無かったかのように歩み始めた。

「私は面倒が嫌いなのよ」

もはや語るまい、彼女の異常性は。



かくして、この地区の腐敗人は生きながらえた。しかし、後にドンキーが腐敗谷を訪れた時、腐敗人は皆殺しにされていた、ということを覚えている方の目には不自然な点に映るだろう。もちろんこの腐敗人たちは、しばらくの後、ドンキーが来る前に殺されることとなる。

セレンは去ったというのに。では一体何者が?呆れるほど単純な答えは、すぐに明かされることとなる。



腐敗人は三つ目の端で待機している一匹を除いて。みな、決戦の場となる予定だったところに集結していたので、彼女を邪魔するものはおらず、三つ目の橋で待機していた腐敗人は、目の前の人間の女、セレンから視線を外しがたがた震えるしかなかった。

谷奥深くへ進むにつれ、掌ほどの大きさの黒いヒルが目立ちだした。てらてらと、灯火の炎を怪しく反射して。

それを見てセレンは心を痛めた。こんな、こんなところに、ガルは居るのか、と。知らずブラインドを一際強く握る。

腐った木でできた粗末な小屋の階段、というより板が斜めに立てかけられているだけの、を降ると、ようやく谷の底に着いたのか。かなり開けた場所に出た。もちろん谷底は不潔さを増し、赤紫に腐った沼であった。

今、セレンが居る場所は、谷底から三十メートルほどの高さに居るが、谷底に向かって、いびつな螺旋状に、板のスロープが作られている。

それを渡り、谷底へ行こうとしたが、セレンは異変に気づいた。

谷底の沼がいくつもの波紋を生み出し、次第に強く波打ちだしたかと思えばビチュビチュと不快な音を立て、ちょうど、螺旋状の板のスロープの中央にこんもりと、先ほどの、掌大のヒル、数百匹ほどで形成された小山ができた。



そして次の瞬間、不快な音をひときわ大きくし、ヒルの数は瞬く間に膨れ上がり数万匹のヒルからなる巨人へと変化した!



その巨人に足は無く、腰が沼に浸かっており、腕は大の大人三人で一抱えするのがやっとなほどの太さで身長は十数メートルほどであった。「ヒル溜り」と呼ばれるデーモンである。



見れば誰もが嫌悪感を抱くそのデーモンをセレンは無表情に見下ろしていた。

急激に膨れ上がった勢いで、上空へと舞い上がり、落下してきたヒルを僅かに体を動かすだけで避け。

眼下のそれを見て思うことはただ一つ――



「ガル、あなたはこんな」

魔法のポーチから松脂を取り出しブラインドに振りかける――

「こんなにも、おぞましいモノが居る場所で」

ブラインドは、つややかに美しくきらめき、主の深い悲しみを代弁するかのように、切先からポタリポタリと松脂の雫をこぼす――

「ガル……アストラエア」

ブラインドを握ったまま人差し指を刀身の腹に当て、呪文を唱えると、ブラインドは音も無く燃え上がる――





そしてセレンのソウルもまた――





もしも。もしもドンキーがセレンより早く腐れ谷へ着き、このデーモンを倒していれば。『この後』の悲劇を防ぐことができたかもしれなかったのに。意味の無い、本当に意味の無いことだが――





セレンはその場から飛び降り、しぶきを上げて沼に着地した。着地の硬直を狙ってか、ヒル溜りは太い腕を、数千ものヒルで波打たせながらすさまじい速度で突き出した。

が、セレンにとってそれは何の脅威にもならない。両の足に力を込め、突き出される腕のすぐ横を、駆けた。

そしてなんと、驚くべきことにセレンはすれ違いざまにその腕を撥ね上げた。

ブラインドの刀身は明らかにヒル溜りの腕より短いにもかかわらず。

切断面から漂う、焼け焦げたヒルどもの不快な臭いがセレンの鼻を突いた。

ヒル溜りは切断された腕を再生しようとするが、炎はじわじわとヒル侵し続け、思うように再生しなかった。切断面一帯を切り離せばよいのだが、そのような高度な思考をヒル溜りに要求するのは酷であろう。

ヒル溜りは再生をあきらめ、残った一本をセレンに叩きつけんと大きく振りかぶったが、そこにはセレンの姿は無かった。

そして何かが焼ける音がし、もう一方の腕も落とされた。彼女は瞬時に壁を駆け上がり、跳躍し、ヒル溜りの背後に回っていたのだ。

無数のヒルをうねらせ、波打たせ。ヒル溜りはゆっくりと振り返る。が、当然彼女の姿は無く……



薄暗いはずの谷底に炎の軌跡がきらめいた。鋭い直線が、美しい曲線が描かれた。

ヒル溜りの生命を削りながら。



勝敗は僅か数十秒のうちに決した。燃え上がり崩れ落ちるヒル溜りを背に、セレンは足早にその場を去った。

「早くガルを探さなければ……」

奥へ奥へと進みながら考えた。救済を続けるアストラエアのことを、ガルのことを。

ヒル溜りからあふれ出した膨大な量のソウルはセレンのソウルの一部となるべくセレンを追いかけ、包みこみ。

「必ず。連れ出さなければ……」

そしてセレンのソウルと一体化したとき、そのとき彼女は――





――彼女は踵を返した





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時は進み、視点は変わる。ドンキーは三つの橋のある地区を、その先の沼地を越え。腐敗人の居住区へと到着した。一度も戦闘を行わないまま。

ドンキーはそこらへんの、床に転がる大量の羽虫に気が付いた、何のことは無い、ただの、小指の爪より小さい羽虫の死体なのだが、量が異常である。それを見てふと思う、そういえば腐れ谷へ来たときは羽虫が体にまとわりついていたが居住区に入ってからはそれが無い。

「まさか」

そんなバカなと呟きその羽虫の死体を指で突く、すると、その羽虫の死体は二つに割れた。他の死体も同様に……





先を急いだ。





今度は、みすぼらしい小屋が乱立し複雑に入り組んだ腐敗人の居住区に一人の老婆を見つけた。老婆の周りにはこまごまとした道具が並べられており、武器もいくつかあった。

そう、先ほどの地区から逃げてきた老婆である。この小屋は彼女の家だったのだ。

ドンキーは腐敗人の言葉は解さぬが人間の老婆なら、と思い声を掛けることにした。

「すみません、ここで一体何が起きているのか、ご存知ですか?」

老婆は答えず、自分の子を布にくるみ胸に抱いたまま、じっと目の前の焚き火から視線を動かさずにいる。

「ご婦人……?」

ドンキーは不審に思い、老婆の肩を揺すった。

すると、どうしたことだろうか、ことりと首が落ちてしまったではないか!あなたも驚くことだろう、セレンに害をなすはずの無いこの老婆までもがなぜブラインドの一撃を?

さすがのドンキーも驚き、すぐさま老婆から手を離した。バランスを失った老婆の体は目の前の焚き火に体を突っ伏し。腐れ谷の臭いを僅かに濃くした。抱えていた布からはヒルとネズミの死体がこぼれた。

腐敗谷到着時の不安が瞬く間に増大し、ドンキーを走らせた。どうせ敵はいないのだ、全力疾走し、スタミナの続く限り走ったところで危機にはなるまいと自分を納得させて。



しばらくして、周りの住居に比べれば、いくらか立派に作られている門を見つけ、くぐった。そこは広場のようで、一面に木の板が敷き詰められていた、そしてその中央部には。

巨像が、あった。胴体と頭部は一体化しているかのようで、あちらこちらに角が生えており、腕の先、足の先は指が無くただの肉塊。ところどころに木の板をまきつけいた。腐れ谷に生息するデーモン、「不潔な巨像」である。

その名のとおり不潔であり、絶えず疫病を感染させる羽虫がたかり。その羽虫を自在に操り、腕の肉塊で侵入者を叩き潰す。

「先を急ぐというのにっ」

ドンキーはアイアンナックルを構え、駆け出した。先手必勝である。

しかし彼の闘志を無視するかのように、不潔な巨像は動かなかった。

まるで、その名のとおり巨像になってしまったかのよう。

ドンキーは動かないデーモンをいぶかしみ、様子を伺うと――



突如として重低音が谷にこだまし、地面が揺れた――

その衝撃でドンキーは思わずたたらを踏み、不潔な巨像は腕や足、胴や角などが同時にずるりとスライドし、十数片の肉塊へと崩れ落ちた。

ドンキーはすぐに駆け出した、広場を抜け、はしごを無視して、下へ降り、狭い通路に転がる大量の腐敗人を踏み越え、腐れ谷の最深部。ガルとアストラエアのいる場所へと。



時間と視点は今、統合され。そしてドンキーは悲劇に立ち会う。



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この世界のアストラエア、ガル、セレン。三人の先に待ち受ける悲劇は確定してしまいましたが、果たしてあなたの世界で起きた悲劇と比べたとしたら、救いはあるのでしょうか。私には皆目見当もつきません。

この世界の三人と一人のイレギュラーがまもなく直面する悲劇を知ったあなたは、この世界に落胆するのでしょうか?

イレギュラーの意味が無い、と。



是でしょうね。



しかし。しかし、あきらめないでほしい、どうか心折れないで欲しい、心から願います。

『あなたのいる世界は』確実に近づきつつあるのです、もちろんこの世界も。

証拠はもちろん、あります。

もう少し、あと少しです。この言葉も見飽きてしまったかも知れませんが、しかし私は信じています。戦い続けています。

信じて――

この『勝利の確定した長い、長い戦争』を始めています。

あなたはとあなたたちは一人では、ありません。



拡散し続ける世界、古い獣、古い獣と同時に現れる深い霧、火防女の負う罪、イレギュラーである彼、楔の神殿に刻まれていた膨大な量のソウルメッセージ、奪われたデモンブランド



この世界は依然、混沌にして混迷、近辺にして遠方である。



[25755] 第四話 
Name: hige◆53801cc4 ID:2c20a3f7
Date: 2011/03/01 22:11
第四話



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ボーレタリアから発生した深い霧は、人には見えぬ形で、世界の外側へと向かった。

外側から見れば、まるで鋭い円錐の切っ先が大陸から伸びているようにも見えた。

世界の外側へと到達した切っ先は二手に分かれ、またしばらく、糸のように細く続くそれは、伸びた。

やがて切っ先は球状に霧が広がり、しばらく膨らんだ後、ゆがみ、ゆっくりと波打ちだす。

拡散の元となった世界からの霧は途切れ。

こうして二つの世界が拡散した。

新たな世界で火防女は、あなたとあなたたちと私と私たちから一人「殺す者」を召喚する。

オーラントを殺せと。

古い獣をまどろみへといざなえと。

デーモンを殺せと。

あなたとあなたたちと私と私たちは殺しを強いられる。

殺す者が召喚されるのはいつだってそう。

必ずオーラントが古い獣を目覚めさせようとした後。

ボーレタリアがデーモンに蹂躙された後。





絶対にそう。

不変。





あなたとあなたたちと私と私たちは何度目かわからない世界でも戦い続ける。


殺し続ける


何度、無抵抗のアストラエラを犠牲にしても


殺し続ける


何度、オストラヴァを救うことができなくても


殺し続ける


何度、火防女を犠牲に古い獣をまどろみにいざなおうと


殺し続ける


何度、悲劇に立ち会おうと


殺し続ける





何度、絶望に身を焦がそうと


戦い続ける


あれを読んだから

読むことができたから





その新たな世界でも。

ボーレタリアから発生した深い霧は、人には見えぬ形で、世界の外側へと向かった。

外側から見れば、まるで鋭い円錐の切っ先が大陸から伸びているようにも見えた。

世界の外側へと到達した切っ先は二手に分かれ、またしばらく伸びた。



糸の途切れた世界は、近づき、遠ざかり、干渉し合い、拒絶し合い。



世界は拡散した瞬間に拡散している。

無限に。



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腐れ谷最深部に着いたセレンは見てしまった、眼下には、得体の知れない赤黒い何かに身を預けているガルと、そばで不潔な沼に足を漬けているにもかかわらず、穏やかな表情を浮かべ腰掛けるアストラエアを。

彼女は空を仰ぎ見た。どんよりと鈍い空は彼女たちを覆い、厚い雲は太陽の光を遮る。

そして腐れ谷ぽっかりと空いたこの広い洞窟のような空間に視線を戻す。二十メートルほどの高さから飛び降り、着地と共に沼はしぶきを上げた。

それによりガルとアストラエアは侵入者に気づいた。弟であるガルは見間違えようも無い、遠くからでも姉のセレンであると確認できた。ただ。



姉は視認できるほどの赤黒いソウルをその身に纏っており――



ガルは予想外の人物に思わず体を起こした、腐敗物に身を預けていたにもかかわらず、彼の纏った、暗い悪意を祓うと言われ、最も古い金属で知られる暗銀で造られた鎧に一切の汚れはなく、美しく鈍い銀色を放っていた。顔面を隠すようにひし形を二枚縦に重ねて張り合わせ、やや丸みを帯びた細かい装飾の施された三角の飾りのついた兜を震わせ、くぐもった声が発せられた。

「セレンか、なぜここに」

「セレン?あの方が」

ガルの言葉に純白のローブに身を包んだ女、アストラエアが思わず聞き返した。

アストラエアの記憶にある、やさしい、弟思いの姉の面影はどこにも無かった。



セレンはブラインドを手にしたまま無言で二人に近づく。



この沼には沼赤子と呼ばれる、醜い生き物がいた。赤ん坊ほどの大きさで、くぼんだ眼、むき出しの歯、掌は無く、二本ほどの鋭い爪が腕の先端から生えているだけ。体の表面は皮膚を剥ぎ取られたかのように赤く、ぬらぬらと血にまみれているようだった。



沼赤子は、母に愛情を求めるかのごとく、セレンの肉を求め。彼女の足に食らいつこうとした。が、無残にも踏み潰されてしまう、彼女が歩くたびに。

骨を砕き、肉をすり潰す音と共に近づく姉に、弟もまた近づいていく。背中に細かい装飾のされた暗銀の盾を背負い、ヴィンランドの法具、ブラムドを手にし。



ブラムドはヴィンランドの法具にしては珍しく特殊な力はない、「巨人殺し」に使われたため、この巨大な槌は法具とされている。反面、形状は極めて異質で、高さ一メートルほどの巨大な鉄でできた八角錐の頂点から三分の一を切断し、切断面に長い柄をつけた形、といえばわかりやすいだろうか。むろんその重量は計り知れず、彼の異端さを強調している。

槌であるが故、叩きつるだけといったシンプルな扱いになるが、ブラムドは決して蛮族が使うような粗暴なものではない。長い柄にはもちろんのこと、八角錐の底面、側面にはそれぞれ違う模様が、巧みな意匠でこれでもかと言うほど施されている。



やがて二人の距離は数メートル程になり、どちらからというわけでもなく足を止めた。見つめ合い、僅かな沈黙の後、先に口を開いたのは姉だった。



「お父様は死んだわ」

「…………」

弟は答えない。顔面をすっぽりと包んだその兜からは、表情をうかがい知ることはできない。

「帰りましょう」

「なぜここへ来た」

弟は姉の言葉を無視し、尋ねた。

「お父様にあなた宛の伝言を頼まれて」

「内要は」

「忘れたわ」

「何」

「忘れた、と言ったのよ」

「…………」

二人は変わらず、それぞれのヴィンランドの法具を手にしたまま、短い言葉を交わす。

「帰るのよ」

「……駄目だ」

その言葉に、姉は弟の後ろに見えるアストラエアをちらと見た。

視線が交差する。





「かまいません、ガル・ヴィンランド。あなたはセレンと共に腐れ谷を離れなさい」

「……あなたを置いていくことはできない」

こんな場所にアストラエアを一人残して去ることなど到底できるはずも無く、姉から目を離さず弟は答えた。

「でしょうね、そういう性格だもの……アストラエア、あなたも来なさい。一緒に帰りましょう」

投げかけられたセレンの言葉にアストラエアはうつむいて答える。頭を覆うフードの下はどのような表情を浮かべているのだろうか。

「それだけはできません。私はここで、打ち捨てられた者たちの救済を続……」

「あなたが」

唐突に言葉を遮り、セレンは静かに言った。

「あなたが何をもってして救済というのかは私にはわからないわ。わからない……けれどもあなたが救済するべきものはこの谷には、もういないわ。」

「どういう、意味ですか」

アストラエアの脳裏に先ほどの、自分たちの周囲にいた腐敗人たちが突然居住区の方向へと走り去った光景がよぎる。

「ここに来る途中残らず殺しておいたわ。腐った小人も、不快なダニも、目障りな蚊も、愚かなヒルのデーモンも、気持の悪いナメクジも、不潔で愚鈍なデーモンも、おおよその生き物は。本当は一刻も早くあなたたちに会いたかったけど――」

一度引き返したりして探し回ったわ、と一呼吸置き言葉を続けた



聖女の手は震えていた。

暗銀の騎士はブラムドを強く握りなおした。



「だからアストラエア、あなたは心置きなくこの谷を出られるわ。あなたが救済すべき生き物はもうこの谷にはいないのだから」

おだやかな笑みでアストラエアに語り続ける。

「もしあなたがオーラントを倒すというのであれば私も手伝う。もちろんガルもね」

そうでしょう?と弟に問うが、弟は答えない。ただただ姉を見つめるだけだ。

救済すべき存在が無ければアストラエアもこの場所を離れる、アストラエアがこの地を離れればガルもまた…………実に理にかなった方法であった。



しかし姉の提案をやはり弟は断った。

「駄目だ」

アストラエアが目を伏せる。

「楔の神殿は知っているだろう?あそこへ召喚された者は神殿に囚われる。それと同じようにデーモンもまた、生まれた場所に囚われる」

一瞬ためらい、真実を口にする。

「彼女は救済を続けるうちに、デーモンと化しつつある。つまり――」

私はここを離れない、そう続けるつもりだったが。



「――つまり彼女は殺さなければならないのね」









時が止まったかのような静寂が三人を包む。









姉のブラインドが僅かに動き、セレンの眼球は左を向き、右に跳躍した。しかしそんなフェイントを見透かしたかのように、弟はブラムドを姉の跳躍した方向から横に薙ぐ。

超重量の武器を扱っているとは思えない速度の初動を確認した姉はすぐさまバックステップを踏み、七メートルほど後退し、これを回避。が、弟は両手で持ったブラムドを真後ろまで振りかぶりながら彼我の距離を瞬時に詰めより、力任せに振り下ろす。



鼓膜を揺るがす音と共に谷は揺れ、沼の水は一際高く、しぶきを上げる。



上空へ舞った、腐った沼の水が小雨のように降り注ぐ中、姉弟は至近距離で強く視線を交わす。





「デーモンと化すのならば、殺さなければならない。違うの?ガル」

「それならば、お前も殺さなければならない。違うか?セレン」

セレンの僅か数センチ横に、八角錐の部分が沼にずっぽりと埋没したブラムド。ガルは片手で引き抜き答えた。





すでにセレンの体は完全に赤黒く変質していたのだ、どうしようもないほどに。





再び戦闘態勢に移る姉弟。



一触即発、臨界点、すぐさま戦いの火蓋は切って落とされ、血で血を洗い、沼の赤黒さをよりいっそう彩る。

はずであったが。






























「やめろ!」





突如、第三者の声が谷にこだまし、姉弟とアストラエアは入り口を見やる。するとそこにはレザーアーマーを身に着け、アイアンナックルというふざけた武器を携えた一人の男がこちらに向かって走ってきていた。



しかし最早止められぬ、事態は急速に終わりへと突き進む。



新たに現れた侵入者を無視し、不意にアストラエアは言った。



「ガル・ヴィンランド。今まで本当にありがとう」




その言葉に思わずガルは振り返り、彼女の最後を見る。



デーモンと化しつつあるとは思えぬほどの、うつくしく、まばゆいほどに、やわらかな、慈愛に満ちたソウルへと変わり行く聖女を――



ソウルはゆっくりとガルを包みこみ。どこからとも無く発せられた声が谷にこだまする。







ずっと思っていました――



助けなければ



救わなければ



解放しなければ



この不潔で腐敗した谷から



例えそれが、この命と引き換えだったとしても



だれよりも愛しいあなたを――





いつまでも尾を引くかのようなこだまが終わり、ソウルはガルの体に吸い込まれ、聖女は騎士と共になった。





「バカな……一体、何が」

ざぶざぶと沼を搔き分け、進むドンキーは走りを歩みに変え、悲痛の言葉をあげるしかなかった。

「……貴様が何者かは知らぬが、侵入者よ、去るがいい。その者はデーモンと化す直前だ」

ガルは再びブラムドを構え、姉で無くなろうとしているものに相対する。

最愛の人を失ったにもかかわらず、ガルの声は落ち着いたものだった。兜の下、肉体の内面とは違い。

「待ってくれ、一体何が起きているんだ!」

「眼前のものは黒いファントムと呼ばれる状態に陥った、奪ったソウルを御しきれず、ソウルに御され、デーモンとなる一歩手前の者」

セレンは突然苦しそうに、その場にうずくまり、あえいだ。

「うっく……」

ソウルを求め、奪いすぎた者が奪ったソウルを制御しきれず、逆にソウルに制御される状態、デーモンへと変貌する一歩前の存在。もちろんセレンの精神力ならば、たった二体のデーモンのソウルを奪った程度でこの状態へと墜ちるはずがない。しかし状況が、弟を憂う気持が彼女の精神を蝕んだ。

黒いファントムはその世界はもちろんのこと、拡散した世界同士が近づいたとき、その世界を超え、さまよい、無作為にソウルを求める。

また、対となる存在がおり、それは青いファントムと呼ばれる。神殿の心折れた剣士や、ドンキーがそれに当たる。



「これは私の姉だ、私がけりをつける。去る気が無いのであっても手は出すな」

ドンキーは沼にうずくまる赤黒いそれを見やり、嘆き、呟く。彼にできることといえばそれくらいのことであった。割って入るべきか?見守るべきか?あまりにもめまぐるしく動く想定外の状況に、思考は鈍った。

「そんな、あれが?黒いファントム……セレン・ヴィンランドが?デーモンに…………こんなことが起……。知らない、私はこんなこと『知らないぞ』」



「無様ね、私」

不潔な沼に四肢を浸し、セレンがうめき声を上げる。

「アストラエア、あなたはあまりにも真摯であり過ぎたのよ」

彼女の瞳からあふれ出たそれは、かろうじて人間であることを証明する。

「…………」

ガルはブラムドをゆっくりと振り上げた。



「あなたにはつらい思いをさせるわ」



あらん限りの力を柄に込め、腕の震えを押さえつける。

言葉は発しない、震えた声では、ばれてしまうから。



「でも、あの子には負けられない」



微笑み。セレンもまた、ソウルが完全に自分を侵す前に、自分の命を断った。

アストラエアと同じように。

自分がガルをこの地へ縛るのはわかりきっていたから。



ごめんね、ガル――



あの子と同じなのよ、私も



私もあなたを――



聖女のソウルと同じ輝きを放ち、乙女のソウルもまた弟と共になった。






この時だけは、今だけは、この二人が命を断った、この一瞬だけは。不潔で不快な腐れ谷は、世界で最も美しい――






ブラムドは音を立て、手から滑り落ち、沼をえぐる。弟は消えることの無かった姉のブラインドを拾い上げる。沼に浸っていたにもかかわらず美しさを損なわないそれを見つめる。



「姉さん」



かくして腐れ谷の悲劇は急速に終結を迎えた。いや迎えようとしていた。



「…………すまないが」

声を掛けるのを非情にためらったがドンキーは意を決した。ともあれガルだけは生き延びたのだから。

「あなたはこれからどうするんだい?」

ガルはゆっくりとドンキーのほうを向いた、のっぺりとした独特な造りの兜は腐れ谷の雰囲気とあいまってドンキーをもってしても不気味であると思わせた。

「…………貴様は何者だ?何をしにここへやってきた」

両者の距離は十メートルほど、先ほどの神々しい雰囲気はそこには無く、緊張が漂っていた。

「私はドン・キホーテ。聖女アストラエアと暗銀の騎士ガルがこの谷で消息を絶ったと聞き駆けつけた」

慎重に言葉を選ぶ。

「そうか、まあいい。……やはり貴様は去れ」

「あなたは?」

再度尋ねる、しかし。

「知らぬ」

「知らないとは?部外者であることは承知だがあの二人」

ガルはブラムドを拾いなおしドンキーに向けた。

「貴様には関係の無いことだ、去れ!」

ドンキーとて自分が彼の傷をえぐっていることは承知している、関係の無い者だとわかっている、余計なお世話だということも。しかし、しかしこれではあんまりではないかと。

「まさか……死ぬきか」

空気を切り裂き、突き出されるブラインドを足場の悪い沼地でなんとかかわす。

「何を!?」

「だまれ!貴様には語る権利など無い!」

まるで短剣を振り回すかのように振るわれるブラムドにアイアンナックルをぶつけ軌道をそらす。谷に剣戟が鳴り響き、その度にアイアンナックルから生じた炎が二人を照らす。

「違う私は」

「このような悲劇があってもなお、私に生きよと、戦えというかっ!」

「ではあの二人はっ!二人の…………クソッ」

ガルはブラインドを警戒させ、相手の隙を作り、足払いを放った。その脚力からなる足払い、受ければ両の足は間違いなく吹き飛ぶであろう。何とか目の端にその動きを捉えドンキーはぎこちないバックステップをなんとか踏み回避したが、足払いによって撥ね上げられた沼の水がドンキーの顔面に降りかかった。詰みである。

腐った水が眼球へと浸入し焼け付くような痛みを伴わせた。視界が閉ざされ、自棄になってか叫ぶ。

「だからガル、それだけは!」

「貴様にわかるのか?悲劇にあってもなぜ戦う」

ブラムドを振り上げ、ゆっくりと近づく。

「戦い続けなければ、悲劇は止められない!」

渾身の力で振り下ろされるブラムド、しかしドンキーは経験と本能に従い、あらん限りの力でアイアンナックルを振り上げる。

巨大な槌と小さな鉄の衝突、意外なほど甲高い音を立て、大きな炎を噴き上げ、そして驚くべきことにブラムドを弾き返していた。

「!?貴様……」

一撃はなんとか防げたものの、ここは沼である。打ち込まれた釘の如く、ドンキーの足は沈み。回避不能となったブラインドはドンキーの首へと吸い込まれていった――

場所が悪かった、ここが平地であればドンキーはガルを無力化出きえたのだが、意味のないことだ。



消えうせた侵入者が立っていた場所を一瞥すると、ガルは最初身を預けていた場所に戻った。

「戦い続けなければ、悲劇は止められない、か。そうだな、確かにそうかもしれん……もしもチャンスがあるなら私もそうしたかもしれん。だが……」





「でも今だけは休ませてくれ。さすがに少し、疲れたよ」





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「う、ここは……」

「気がついたか若いの」

先ほどまでの不快な臭いは一切感じられず、ぼやける視界で今時分が楔の神殿にいると確認する。ドンキーは腐れ谷の石版の前に突っ伏していた。

「そうか私は……」

救えなかったのか?結局、この身に起きた奇跡は意味の無い全くの――

「どうした、何かあったか?ん?」

「まあまあボールドウィン。ドンキーも今起きたばかりだから」

と、トマスがたしなめる。

「ふん、まあいい。若いの、また後で必ず来い」

そういうと二人はいつもの場所へ戻った。

今だ、いや一生忘れることの無い悲劇を振り払いドンキーは行動すべく起き上がった。あの時ガルに言ったことが偽りでないことを証明するため。

大きく深呼吸をし、目を瞑り次に自分がすべきことを考える。

しばらくの思案のうち、心を決めた。しかし。

「む、アイアンナックルがないぞ」

そういえば、と。ボールドウィンが後で来いと言っていたことを思い出し、急ぎ足で向かった。

「おお、もう来たか」

心なしか嬉しそうにボールドウィンが言った。

「お前さん、腐れ谷でどんな化け物とやり合ってきたんじゃ?」

「それは、あーまあ」

歯切れ悪く答える、出発前に負ける事は許さんと言われたが、さっそく殺されてしまったのでは格好がつかない。

「まあいいわい。それより見ろ!このへしゃげたアイアンちゃんを、使い物にならんぞ!」

無骨だったアイアンナックルはより無骨になってしまった。

「あ、ああすまない」

他人の武器にこれほどまでに執着してくるボールドウィンの熱意は一体どこから来るのだろうか。

「何じゃその反応は、はあ~全く。ほれ、こいつをくれてやる」

と、袋を投げてよこした。その中身はというと。

「これは?ゴッドハンドか……いいのか大事なものなのでは」

それは黄金に輝く漢の武器。先端に頭大の八角錐をつけた手にはめる格闘武器、前腕を守るように側面には邪魔にならない程度の盾も一体化されている。

「かまわんさ、もって行けそして帰って来い」

「ボールドウィンはね、責任を感じているのさ。自分がもっとアイアンナックルを鍛えていれば、ってね」

「黙らんかトマス……それでお前さん次はどこに行くんじゃ」

「確認したいことがあるから、もう一度腐敗谷へ行く、ボーレタリア城はその後だ」

彼はガルのその後を知らない。

「そうか、ならいい」

ボールドウィンの言葉になんとなく違和感を覚え聞き返す。

「ならいい、どういう意味だ?そういえば腐れ谷へ行く前も行き先を聞いていたが」

彼は気づかなかった、わずかにトマスとボールドウィンが顔をこわばらせたことを。

「別に、特に意味は無いよ。ただちょっと気になっただけさ。それよりもほら、これを持って行きなよ、黒松脂。普通の松脂より、よく燃えるよ」

「あ、ああ。ありがとう」

「ほれ、もらうもんもらったら、さっさと行かんかい。残してきた者がおるんじゃろ」

「そうだったな。それじゃあまた」



足早に石版に向かうドンキーの背中を見て二人は呟く。

「ボールドウィン……」

「言うな。わしらではどうにもできんこともある」





これが最後の会話なるとなど、誰が予見できようか。





ドンキーが石版に近づくと、足元にソウルメッセージが現れた。

【上だ】

反応して上を見ると、神殿上部にかろうじて火防女を視認できた。

「何だ?」

ひとまず階段を上り、火防女に会うことにした。



「ドン・キホーテさんわざわざここまで呼んでしまって。申し訳ありません」

「いや、それはかまわないのだが。どうしました」

「腐れ谷で起きたことを経験してもなお、戦うのですか」

「……知っているのですか?腐れ谷で起きたことを」

コクリとうなずく火防女。自然ドンキーの視線は目の蝋へと注がれる。

「この世界で起きていることは全て把握しています」

「それならっそれなら彼は?ガル・ヴィンランドはどうなりましか」

「自ら命を絶ちました」

「そう、ですか」

ドンキーは、やはりそうかと、うつむいた。

落ち込む彼を気遣ってか、少し間をおき、火防女はもう一度尋ねた。

「……戦うのですか、それでもなお」

「はい」

僅かに心より生まれ出る戸惑いの気持、不安、躊躇、そういったものを地からづく出押さえ即答することができた。この問いにだけは言いよどんではならないと思ったのだ。



階段を下りるドンキーの背中を見つめる火防女、しかしデーモンは泣くことができない。



階段を下り、石版に触ろうとするとやはり心折れた剣士が話しかけてきた。

「肉体が無いのを見るにデーモンは殺せなかったようだな」

生身の肉体を持たぬ、幽霊のような存在のファントムである彼らは、デーモンを殺して奪ったソウルで、肉体を得ることができる。心折れた剣士は、ドンキーがファントムであることを理由にそう判断したのだ。

「…………」

「まあそのほうが幸せかもな。デーモンを殺しすぎるとデーモンになっちまう。ハハッ知らなかったろう」

「……さっき知ったさ」

心折れた剣士は感情をあらわにし、珍しく声を大にした。

「じゃあ何故!何故戦い続ける!お前も確信しているだろう、あの女はデーモンだ。俺たちに『嘘』をついているんだ。デーモンを殺させるために!」

ドンキーの脳裏に先ほどの火防女の全知の力が映し出された。あの力は確かに……そして腐れ谷の悲劇を。ひょっとするとボーレタリアをオストラヴァを救えないかもしれない、本当に火防女は嘘をついているのかもしれない。

一つの猜疑心は瞬く間に数を増やし、熱いソウルを冷気にさらす。次から次へと生まれる疑問、不安、葛藤。知らず揺らぐ。陰鬱な気持が彼のソウルを浸し始めた、が。

ゆらり、足元が赤く光った。



【一歩前へ出てみよう】



見上げれば火防女がはるか遠くで小さく手を振っていた。

なんと言うことは無い。ただのメッセージであったが、恥ずかしげも無くいえば、うれしいきもち、になった。

そして魔法のポーチから一度は外した愛用の指輪を取り出し、再び指にはめ、覚悟を決める。

「例えっ!私の先に悲劇が待ち受けていようとも、私は戦い続ける!私がボーレタリアを救う!それが私の役割だ!」

燃え尽きることを知らぬ決意を胸に、彼は石版に触れた。

ドンキーは光に包まれ、石版に吸い込まれるように消えた。残された青い彼はやはり、喉を鳴らし、力なく笑った、うらやましいのだ。彼が。

両の手を強く握り締めて。

「俺は…………俺はあっ……」

あえぐ。



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「さがってよい」

つらぬきの騎士メタスは言葉を発することなく、礼節に従い玉座の間を後にした。いや、彼らはオーラントに作られた似姿であり、言葉を発することはできないのだ。

王の命令を忠実にこなす。できそこないの人形のように。

「まさかこれほど簡単に手に入るとは」

真っ白のあごひげを蓄え、同じ色の白髪を背中まで伸ばしたいかめしい顔つきの老人が呟く。

老人といっても、筋骨隆々の体が、身にまとう美しい純白の王族衣装の上からでもわかるほどに強さを主張した、高身長の男だった。

この男こそがオーラント。自らの老いを憂い、古い獣を目覚めさせた張本人である。

彼はメタスより献上されたデモンブランドを手にし、玉座に座っていた。デーモンを屠るための剣であるため、デーモンであるオーラントにはなんら力を与えない。

禍々しくも神々しく装飾された剣を見つめる。

「この世界はやはり、生み出された一つの……デモンブランドが手に入ったということは父ドランは斃れた……か、私の知る、何度か経験した事項。予定調和とも言えるが…………」

頬杖をつき、思いをめぐらせる。

「しかし、この世界が私の求めるものなのである可能性であるとも言える。この長い、長い戦いに終止符をうてるやもしれん」

ふむ、と目を瞑り過去に、現在に、未来に思いをはせる。

「幾度と無く希望を断たれたが、私はあきらめるわけにはいかん。私には希望がある」

目を見開き、幾度と無く口にした言葉をつむぐ。

「一度は強すぎる自身のソウルに嘆きもした。無知は罪、知ることで知る苦痛もある、が…………この世界にて『拡散を止める』……止めてみせる」

例え何度滅ぼされようともな、柔らかな笑みを浮かべ決意した。



無限に拡散する世界の中、オーラントもまた、心折れていなかった。





知ることのできない、致命的な見落としがあるとも知らずに。



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どうだろうか、どうだったであろうか?あなたの世界の悲劇と比べ。私はゲームの世界とは比べ物にならぬほどの希望を見出している。

こうして希望に満ちた一つの悲劇が終わりを告げた。時を置かずして、またもう一つの悲劇が始まる。まるで拡散する世界のように生み出されるそれは、しかし絶望ではく。

戦い続ける者よ、殺す者よ、折れぬ心を持つ者よ、あなたとあなたたちよ、私を除く私たちよ。間違いは無い、間違いなくこの世界は繰り返されている。

拡散し続ける世界、古い獣、古い獣と同時に現れる深い霧、火防女の負う罪、イレギュラーである彼、楔の神殿に刻まれていた膨大な量のソウルメッセージ、奪われたデモンブランド、オーラントの決意、命を絶った者、火防女の嘘



この世界は依然、混沌にして混迷、近辺にして遠方、酷薄にして慈愛である。



[25755] 第五話
Name: hige◆53801cc4 ID:2c20a3f7
Date: 2011/02/26 18:30
第五話   



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「おかしいな、確かに私はボーレタリア城の石版に触れたはずなのだが」

辺りを見渡せば、空、建物、地面。一言で言い表せば、おおよそのものが灰色の場所にいた。そう嵐の祭祀場である。

乾燥した風が吹き荒れ、ドンキーを包む。



青いファントムたちは唐突にして何者かに召喚されることがある、それは黒いファントムと同じく。ドンキーが今体験している現象がまさにそれだ。



目の前には日本の刀を握ったまま倒れている骸骨。しかしドンキーが倒したわけではない。

「くそっ」

脳裏に浮かぶ腐れ谷の悲劇。

「少しだけ、少しだけ探索して……何も無ければ戻ろう。そしてもう一度ボーレタリア城に戻ればいい」

そう自分に言い聞かせ、進む。

緩やかな階段を上る途中には、胴体を粉々に砕かれた骸骨ども。

「やはり何者かに皆殺しにされているのか……?」

額の汗をぬぐい、先へ進もうとしたそのとき。



「う、あ、あ、あああああああああああああ」



耳をつんざく断末魔。

ボールドウィンとトマスが嵐の祭祀場を気にする理由がそこにはあった。



「この先かっ!」

ドンキーは急いで階段を駆け上がり、門をくぐり、そして見た。



頭部は肩幅よりも大きく円錐を逆さにした布のようなもので覆われ、防具は身につけず、肌着。胸部の膨らみからは恐らく女性。どこまでも無骨で、斬る、という剣の役割を完全に放棄した二メートルほどの分厚い鉄板、刀身の幅は五十センチほどだろうか。それはもはや叩きつける鈍器のよう。笑ってしまうような造り。分厚い鉄塊。

それの名は「竜骨砕き」

それを右手に、もう片方にも同じものを。

先ほどの断末魔をあげたと思われる青いファントムはサラサラとソウルになり、狂気の竜骨砕き二刀流に吸い込まれ吸収された。

「黒い……ファントム」

どす黒いそれを見てドンキーは呟いた。

ぐるり頭部の円錐を動かし、視線が交差する。

この場を支配する空気のなんと重苦しいことか。常人であればめまいでは済まされぬほどの狂気。

先に動いたのは黒いファントムであった。瞬時に左手の竜骨砕きと魔法のポーチの中の銀の触媒を取り変え、呪文を唱える。すると右手に持った竜骨砕きは禍々しい色を放ちだした。

(あれはマズイ!)

駆け出し右手を引き絞り、放つ渾身の右ストレート。相手が銀の触媒と竜骨砕きを交換する隙をつきぶち当てた。

十メートルほど吹き飛ぶ黒いファントム。

「ハアッハッ……やったか」

しかし、当然のように起き上がる、眼に映るもの全てを殺さんとする姿はまさに――

「狂戦士……」

猛然と突進してくるそれを見ては、そうこぼさずに入られなかった。

振り下ろされる竜骨砕きを左にステップしかわしたが、狂戦士はそれに合わせるように横転しもう一方の竜骨砕きで足元を薙ぐ。ドンキーはそれを飛び越え、背後を取り、またもや一撃!拳は胴体を貫いた。そのまま背を蹴り飛ばし拳を引き抜く。

「手ごわい……」

「…………」

胴体の穴をサラサラと黒いソウルが修復。まだまだやる気らしい。

黒いファントムは大振りの得物では不利と見てか、魔法のポーチから武器を交換、触れるもの全てを切り裂くかのような鋭利な刀の二刀流。そしてまたもや突進。

今度は敵が右腕を引き絞り、解き放つ。バックステップで回避しようとするが、十分に加速してから放たれたその突きはドンキーの回避距離を埋めるほどであり、胸に突き刺さった。

「うぐっ」

鋭い痛みが襲う。その隙を突かれ、二つの刃は容赦なくドンキーを切り刻む。切り口をソウルが埋めるが、間に合わず。さらさらとソウルが零れ落ちる。

それを見て、どのような思惑があるのかはわからないが、さらに武器を変更。穂先の刃の付け根に小さなピッケルをつけたような竿状武器、ミルドハンマーである。

(こちらも、武器を。いや間に合わん!)

両手に構え、突き出されるミルドハンマー。しかしあえて近づき、懐に入り込み、左手のゴッドハンドでパリィ。火花を散らす互いの武器。がら空きになった狂戦士の腹に深々と突き刺さす。

ソウルが尽き、あっけないほど、あとかたもなく、狂戦士は消えうせ。ソウルは勝者の下へ。

(少し、もらいすぎたか。情けない。しかし私と互角とは……)

刀の切り傷からはとめどなくソウルがあふれ。

(神殿に戻ったら、早く城へ行……)





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「ハアッハアッ……ハア」

心臓が激しく鼓動する、呼吸の乱れはしばらく収まりそうに無い。

「なんとかハアッ……倒したか」

ドンキーさんが死んでしまってからも、僕は一人、城を進んだ。ワイバーンのブレスをなんとかかいくぐった先に青目の騎士がいたときは愕然としたのを今でも覚えている。全力疾走した先に待ち構えるとは卑怯にも程があるとは思わないか?しかも弓兵数人のおまけつきだ。



「ハアハア……クソッ」

僕は彼らを見たときあえて敵に突っ込んだ。弓兵どもな同士討ちを恐れて、なすすべなく切り伏せられた、もしもこいつらが剣も持っていたらと思うと…………いや、きっと何とかしただろう。たぶん。

そいつらを倒したと思ったら青目の騎士はもう目の前さ。青い目の騎士、こいつらは普通の兵士よりも位が高い、もちろんその実力は言わずもがな。全身を黒い鎧で包み、頑丈な盾と、鋭い切れ味の剣を持つ。やっかいな敵だ。

ドンキーさんと出会う前の記憶がフラッシュバックした。階段から転げ落ち、高台で孤立したときのことをね……その、あー、フラッシュバックしたせいで思わずしりもちをついてしまったよ。まあ……驚きもしたけどね。

でもまあ怪我の功名というか、そのおかげでやつの切り払いをかわすことができた。頭上を横切る剣のあの音は2度と聞きたくないね、背筋が凍ったよ。

そしてそれは僕にとってチャンスでもあった。空振りの隙を突きやつの足を切り払った。しゃがんだまま、なんてしまらない攻撃だったけど。効果は抜群さ、体勢を崩した敵に馬乗りになって、止めを刺した。

立ち上がり、消え行く騎士を見ると、なんていうか自分が強くなったことを実感できた。苦手なものを克服したというか……だからこっちに向かって突進してきた二人目の青目の騎士を見たときの気持はきっと気のせいだ。うん。

動揺す……昂ぶった感情とは逆に僕の体は以外にも的確に動いた。ほとんど無意識だったと思う。突進の勢いをもってして放たれた渾身の突きのすぐ横をすり抜け、無防備な背後から、一撃でやっつけた。

昔父が……オーラントが「いずれお前も私のように強くなる、ある日突然それを実感するときがある、私もそうだった」と言っていた。今がそれに当たるのだろうか。

オーラント……ソウルを操る前から、圧倒的な強さはよく耳にした。祖父の代からなんども戦に巻き込まれたボーレタリアを支えた王。常に前線で戦うその姿に、多くの人間が先王ドランを連想させたとか。僕もそれほどまでに強くなれるのだろうか?

そんなことを考えながら歩いていると、大きな扉の前に着いた。ドンキーさんと倒した巨大ゲルと同じ感覚だ、なんとなくわかる。やはり成長したのだろうか。

ふむ、と腕を組み考える。巨大ゲルのときはドンキーさんがいたからなんとかなった。今回、果たして一人で挑んで大丈夫だろうか。不安、と言うわけではないが……

ふと背後から僕の耳に気味の悪いせせら笑いが聞こえてきた。なんというかこう、フヒヒへへっ。と言う感じの。振り返ると、扉があり、僅かな隙間が空いており、地価へと続く狭い階段があった。どうやらこの先に笑い声の主がいるらしい。僕は先にそちらを確かめることにした。

階段を下りていると、なにやら言い争う声が聞こえたので、気配を殺し(たつもりで)決してばれないように(願いながら)そっと階段から地下室を覗く。するとそこは地下牢で――

「ええいこのブヨ虫め!覚えておれい!」

「フッヒヒヘヘ……」

(あれは……「双剣のビヨール」!捕らえられていたのか)

信じれら無いことに僕の目の前には、王の双剣とまで言われた、二人の騎士のうちの一人がいた。身に着けると体が一回りも大きく見えるような鎧を身につけ、超大型の直剣、柄頭から切先までが軽く二メートルを越えるグレートソードに、これまた大きな盾を軽々と扱う、尋常ではないほどの膂力の持ち主。彼ほどの人物が捕らえられるとは、にわかには信じがたい……

彼はちょうど牢屋に入れられるところらしい、いいタイミングで僕が来た徒も言える。この地下には僕、ビヨール、それにあの笑い声の主である公使、てかてかと脂ぎった顔をだらしなくゆがませ、でっぷりと出た腹をさすっている。それと赤い目の騎士が五人。赤い目の騎士は先ほど僕が倒した青い目の騎士より数段強い。やっかいだな。

しかしそのうち二人は重そうなグレートソードと盾を担いでいる、ビヨールから取り上げたものだろう。



こうして悩んでいる間にも時間は過ぎていくだけだ、ビヨールが牢に入れられ鍵でも掛けられようものなら助け出すのは困難。



ならば……ええいままよっ!

するりと地下室に侵入し音を立てないようにゆっくりとやつらの背後に回る、ビヨールもそれに気づいてか、注意を集めるように一際暴れた。

「貴様らっ恥ずかしくは無いのか!騎士の誇りは無くしてしまったのか!」

地下室なので音が反射する、僕が言うのもなんだけど、とてもうるさかった。

でもそのおかげで、グレートソードを抱えた赤目の騎士の背後を取ることができた。背後からルーンソードを突き立てた。多勢に無勢だ、卑怯云々はこの際無視しよう。

突然の侵入者にやつらは全員こちらを向いた、それを見計らいビヨールは赤目の騎士を体当たりで吹き飛ばし、グレートソードを取り返した。

「さすがですな!アリオナ王子、恩に着ますぞ!」

「なぜ僕の!?いやそれより逃げましょう!」

頭部を覆うヘルムなのに、なぜ僕が王子だとわかったのかは置いといてとりあえずこの窮地を脱しようと思い、盾を構えじりじりと階段へと後退しようとした。いくらビヨールといえども閉所でこの人数、そして敵の実力、撤退は最善の選択だろう。

しかし僕の思惑を無視して彼は――

「ええい!よくもこのわしを牢屋に突っ込もうとしてくれたな!絶対に許さんぞ!行きますぞ、王子!」

グレートソードを構えた、その姿はまさにつわものの風格。

「な、ちょっと、ええー」

聞いていない、やる気満々だ。オーラントの家臣であると言うことは、彼にとって僕は、一応立場は上だ。家臣が率先して戦うと言うのに、僕は逃げると言うわけには、当然いかない。

覚悟を決める。あれ?なんかちょっと前に同じようなことが……

デジャヴな気がする。

ともあれ、こういった乱戦で相手の出方を伺うのはよくない、やると決めたのなら先手必勝だ。気持を切り替え、切りかかる。

しかし素早く反応され受け太刀された。腐っても赤目の騎士。混乱からすぐに立ち直ったか。

数秒のつばぜり合いの後、僕はわざと力を抜き相手の体制を崩すことに成功し、たたらを踏む相手の背後に回り込み、致命の一撃をお見舞いした。やはり僕もオーラントの子だと実感する。うれしいような、うれしくない様な……いやここはまだ戦場!すぐに気持を切り替え、次の相手を探す、と。

「伏せなされい!王子いい!」

野太い声が地下室に鳴り響く、危機を教えてくれるのはありがたいけど……いや、そんなこと言える実力は無いから何も言うまい。

声に従い僕が伏せた瞬間、頭上を何かが通り過ぎた。何かと思えばグレートソード、全く視認できなかったよ……ビヨールのほうを見やると、先の一撃で赤めの騎士三人をまとめてぶった切っていた、受け太刀しようとして構えた、盾や剣やらも一緒に。

しかし、2度と体験したくなかったのだが、肝が冷えた。

ここは地下室なので当然、頑丈な石造りの柱が何本か立てられているのだが、それすらも巻き込んでいる、一辺五十センチほどの四角い柱なのだが……

「どうやらブヨ虫は逃げてしまったようですな、追いますぞ。それに柱が折れてしまった、いつ天井が崩れ落ちてくるかわかりませんしな」

誰の所為だ、とは突っ込めない。突っ込んではいけないような気がする。その無茶苦茶な膂力にも……

フヒヒフッヒヒという相変わらず虫唾の走るような笑い声を追い、僕たちは階段を駆け上がった。しかしどうやら逃げられてしまったらしい、地上へと戻ってきたときには公使の姿は無かった。案外すばしっこいのかもしれない。あの巨体が目まぐるしく動き回る姿を想像して、なぜかげんなりした。

「ううむ、どうやら。この扉の先へと逃げ込んだようだ……王子準備はよろしいか?」

ビヨールが指差した扉は先ほど僕が進もうかどうか迷ったところだ。

「はい大丈夫です」

「ははは、そのような言葉使いは不要ですぞ!もっと力を抜きなされ」

気持のいい人物だ。王の双剣と呼ばれた所以は強さだけではないようだ。とても心強い。

なんだかやれそうな気がする!この扉をくぐるまではそう思っていた……

ビヨールが力強く、豪快に扉を開け放ち、先に進むとそこは長方形の大きな広場で、高い塀に囲まれていた。そしてそこには、いやでも目に入る巨大な騎士がいた。

巨大といっても、何て言うんだろう……人の範疇に入っていないんだ。だって身の丈は三十メートルほどだよ?見上げる形になったさ。当然体が大きいならそれに見合う装備をしているわけで……城の正門ほどの大きさの馬鹿でかい盾に、同じく馬鹿でかい槍、しかも剣として扱えるように刃が一体化している。

そして僕たちの侵入を確認するや否や、その馬鹿でかい盾で僕たちを押しつぶそうと振り下ろしてくるんだ。

なんだかやれそうな気がする!はどっかに吹っ飛んだよ。ハハハ……

情けないことにビヨールに担がれて、その攻撃を回避できたけどね。

「王子!しっかりしてくだされ!」

こういうときの彼の声の大きさは助かったよ。すぐに正気を取り戻した。

剣を構え戦闘態勢をとった、どうやって倒すのかはわからないけど。

人の神経を逆なでするような笑い声が聞こえ振り向くと、両手を小粋に広げ、僅かに首を横に振り、やれやれ、と言った感じで嘆息するブヨ虫がいた。今の僕を笑ったのだろう。



絶対に許さない…………絶対にだ!




ともあれまずは、この目の前の巨大な騎士を何とかしなければならない。まずはどうやってこいつを倒すか、ビヨールと相談して……

「ぐぬぬ……お、の、れ~~ブヨ虫いっ!必ずっ!必ず目に物見せてくれるわっ!」

びしりとグレートソードの切先を公使……いや、ブヨ虫に向け吼えてた。気持はわかるがまずは目の前の敵を……

フヒッと短く笑い、ブヨ虫が右手をさっと挙げる、今まで身を隠していたのか、堀の上に弓兵が何人も現れ。それを確認すると、また逃げた。



なんだかわからないけど、すごい屈辱だ。



ルーンソードを握り締め、ビヨールと共に巨大騎士に振り返る。

「王子、まずは厄介な堀の上の弓兵どもを片付けましょう、私がこの騎士の気をひきつけながら弓兵を倒しますので、王子は堀に上り、残りの者を」

「うむ」

短く呟き、駆け出した。ここはそもそも敵を迎え撃つ場所ではなく、本来城の催し物、例えば兵士の昇格試験等を行う場であり、塀の上に上る階段があるのだ。

盾を構えながら矢を防ぎ、可能な限り素早く片付けた。下の広場で戦うビヨールを見ると、騎士の攻撃をかわしながらボウガンで弓兵を射殺していた。並みの腕ではない、彼を捕らえた人物は、赤目の騎士やブヨ虫ではないだろう、一体誰が彼を……

弓兵を片付け、広場に降りたが。あらためて見るとやはり気おされる。大きすぎるだろう……まあ文句を言っても始まらない。

生半可な攻撃は効かないだろう、なんとか頭部を叩けば効果的だと思うがこの身長の高さだ、どうすれば……


ふと、脳裏に先ほど倒した青目の騎士がよぎる!やってみる価値はありそうだ。

「ビヨール!足だ、体勢を……」



声を掛けようとビヨールを見れば巨大な槍の振り下ろしを受け太刀していた……というか鍔迫り合いしていた。床に敷き詰められた石版は割れ、足が地面にめり込んでいる……



まあ、あれだ。ともあれチャンスだ、僕は駆け出し、騎士の左足のアキレス腱辺りにルーンソードを突き刺した。こいつも魔法の攻撃が効いたのか、噴出したソウルが僕に降りかかる。

たまらずうめき声を上げる騎士。

僕の目が確かなら、ビヨールは騎士の巨大な剣を撥ね上げたように見えた、騎士の手を離れ空高く舞い上がった巨大な剣……僕の目が確かなら、うん、そんなことが起きた。確かね。

「なあるほどお!感服いたしましたぞお!」

ビヨールは低姿勢で石版を踏み抜きながら駆け出した、そして目にも止まらぬ一閃!

右足を切断した!

ルーンソードを引き抜き、バランスを崩し、大きな音を立て倒れこんだ騎士の頭部へと駆けた。

「王子!いまですぞお!」

僕はルーンソードを逆手に構え、頭部に思いっきり突き立てた。噴出するソウル、まだ致命ではないらしい、もう一度と思った矢先。





ヒョウンヨウンヨウン





上か?変な音が聞こえる。空を仰ぎ見ると、そこには先ほどビヨールが撥ね上げた巨大な剣が――



地面を揺るがす、大きな音と共に、それは騎士の胴体をに落下し、突き刺さっていた。なんというか、まあ別にいいのだが……しかし、ううむ。

「さすがですな王子!」

ニカッと笑いながら歩み寄り、肩を場しばしと叩く彼を見ると、そんなことは割りとどうでもよくなった。それになぜか力が沸いてきた。たぶんこいつのソウルを奪ったせいだろう。

巨大な騎士は何も残さず消えてしまった。剣も盾も鎧も、この世界ではこうやって跡形も無くきえてしまうことは珍しくない。持ち主がよっぽど思い出のあるものは消えずに残るらしいけど。僕が消えたとき、この剣と盾は果たして……

「いや、ありがとうビヨール。君がいなければ危うかったよ」

「ガハハ何の何の!」

豪快に笑う彼と共に進む。

「それはそうと、何故僕が王子だとわかったんだい?」

「いや~一目見ればわかりますぞ、王の風格が漂っておりましたわい!」

なぜか目をそらして答えた。まあいいや、あまり気にしないでおこう。

「おっと、忘れるところだった。ビヨールはなんであんなところにいたんだい?」

「恥ずかしながら、負けてしまいましてなあ」

声のトーンを落とした言葉はなんとも元気が無かった。

「ビヨールほどの者を負かすとは、その者は一体?」

恥ずかしそうに、兜の隙間からポリポリと後頭部を掻き答えた。

「確かえ~と、ミラルダ、ウーラン、アルフテッド、メタス、小生意気な火トカゲどもと、赤目の騎士が……」

「いや、いい。わかった」

殺すのと生かして捕らえるのでは、後者のほうが圧倒的に難度が高い。ビヨールの力は先ほどの戦いで目の当たりにしたが。数で勝っているとはいえ、そんな彼を……考えただけでいやになる。

しばらく歩き、ようやく保管区に着いた。

噴水のある小さな広場を通ろうとすると、棘のついた口枷をつけた大型の犬が三匹ほどおり、僕たちを襲撃した。人間だけでなく、犬までもがソウルに餓えるとは……

こいつらはすばしっこく、こちらから攻撃するのは不利と考え、盾で防いでから斬りつけた。

「さすがですな王子、鮮やかなお手並み」

「いや、まだまださ。それよりここはまた一段とひどいな」

噴水は死体の血で濁りきっており、その死体は無数の剣が突きたてられていた。

「そうですな……一刻も早く王を見つけなければ」

「ああ……」

そんな僕たちの国を思う気持を踏みにじるかのような笑い声。間違いない、あいつだ。

「フハッフヘヘヘ」

いた、階段の上から僕たちを見下ろしている。気がついたら僕とビヨールは駆け出していた。

剣を振りかざし階段を駆け上る。すると待ち構えていた兵士とブヨ虫は逃げ出してしまった、僕のと違ってビヨールの兜は顔が見えるから、彼の鬼の形相に恐れをなしたんだろう。

彼らの逃げた先には大きな門がある、門の向こう側にはレバーがありそれを引くと上から柵が落ちてくる仕掛けだ。当然柵は頑丈に作られており、魔法によっても守られている。材質は木だが生半可な炎は受け付けない。そんな柵を落とされたらまたブヨ虫を逃がしてしまうことになる。

と、思ったら門の向こう側にいた兵士がビヨール(僕もだと思いたい)に恐れをなしてか、ブヨ虫が逃げ込む前に、レバーを引き柵を落としてしまった。頑丈な木でできた柵を叩くブヨ虫、当然逃げ道を失うことになる。部下に裏切られるとは、同情はしないが。

「さっきはよくも笑ってくれたな……」

「フヒッ!?」

僕たちを見やり、後ずさろうとするが柵があるのでそれすらできない。

「わしを捕らえたのは貴様ではないと言うに、えらそうに振舞いおって……」

ブヨ虫はだらだらと脂汗を流すしかなかった。





「こやつめ、以前から気に入らなかったのだ、王に媚びへつらい、民から搾取するしか能が無い」

忌々しげにはき捨てると、僕に向き直って言った。

「さてと、行きますかな王子」

門は閉ざされてしまったので、回り道をすることとなった。そのおかげで恨みを晴らせたけど。

「いやあしかし、本当に立派になられた。先王ドランの面影が垣間見えますな」

「そういえばドランとは親しいの?」

「当然!いくつもの戦場を駆け回り共に戦いましたぞ」

昔を懐かしむビヨール。と言うか彼はいくつなんだろう、ドランと一緒に戦った事があるって……

「そうだ、ドランがどこにいるか知らない?この城にいることは確からしいんだけど」

「王子……それが、その」

足を止め、言いよどむ。いやな予感がする。

「わしを捕らえた者たちが、デモンブランドを持っておりまして。その」

そんなバカな。

「おそらく、ドラン殿を襲った帰りだったのでしょう、わしはそれを見て。気がつけばやつらに挑み……」
あの強いドランがそんなわけが、いやでも。そんなことって……ありえ。


「いくらあの四人が強いとはいえ、ドラン殿が負けるなど考えられませぬ。……汚い手を使ったのでしょう」

信じられない。でも彼の言うことが本当なら……ドランがオーラントの味方をして、譲ったのでないのなら、敵がデモンブランドを持っていたのなら、それはつまり――

「そうか……わかったよ」

落ち着け。僕は……

「それでどうしようか、デモンブランドが敵に渡ったのなら、ソウルブランドを持つオーラントは殺せない」

声の震えをごまかすことはできているだろうか……

「ふむ、そうですな。ドラン殿が持つあの剣ならば……」

「あの剣……?」

「デモンブランドとソウルブランド、両方の影を持つという剣「北のレガリア」……しかしそれはドラン殿が持っていたもの」

それほどの剣を持っていても尚、敗北した。あの四人はかなりの手練なのだろう、そして卑怯で姑息な手段で、じわじわ追い詰めそして……クソッ

「つまりドランを殺した敵の手にある」

「それはないでしょう、敵の手に渡るならいっそ。ドラン殿ならそう考えるでしょう」

僕は……僕は。

「王子そう気を落としなさるな。つらいでしょうが、ここを乗り越えなければなりませぬ。オーラントを倒すのであれば……わしも協力しましょう。一人ではございませんぞ」

……そうだ、僕は王子だ。この程度のこと乗り越えなければ。

「そう、だね。ありがとうビヨール、もう大丈夫だ進もう」

嘘でも何でもいい、今だけ自分をごまかそう。泣くのはすべてが終わってからでいい。

「すみませぬ、わしが不甲斐ないばかりに……」

「仕方が無いさ……そういう、運命だったんだろう。きっと」

空を仰ぎ見る。よどんだ雲が僕たちを覆う。亡国となってしまったが、いつかきっとボーレタリを再建してみせる。

グチャグチャになった心を整理し。僕はそう決めた。

「行こう!ビヨール!」

「おおなんと頼もしい!それでさっそくなのですが助けたい人物がおりまして」

「助けたい?」

「わしとは違う場所に幽閉されているのですが。きっと打倒オーラントに力を貸してくれるでしょう」

「名前は?」

「魔女ユーリア」

魔女?魔女か……あまりいいイメージは無いけど……ビヨールがああいうのであれば。

「わかった。助けに行こう。場所は?」

「ブヨ虫どもが自慢げにわしに語っておったので」

あいつら……しゃべれるんだ。



例の小さな噴水のある広場の端っこに、みすぼらしいが頑丈そうな鉄の扉があった。それをグレートソードで叩き壊し。人一人がやっと通れるほどの細い道を進むとまた鉄の扉があり、それも同様に壊して進んだ。

「ずいぶん厳重に封じてあるね」

「巧みにソウルを操る者ですので」

城とは隔絶された塔にたどり着いた。塔の螺旋階段を登っていくとどうやら跳ね橋のような仕組みの階段があった。階段の上には人の気配があったがこれでは……

「ふーむ王……ではなくオストラヴァ殿、ちょっと失礼しますぞ」

僕が王子であることは知られたくなかったのでオストラヴァと呼んでもらうことにしたのだが、結構危なげだ。ぽろっと何かの弾みで言ってしまうかもしれない。というか何故僕を抱え挙げているのだろうか。

「ビヨール……まさか」

「これしか方法がありませんので」

予想どおりというか、僕はビヨールにぶん投げられ、なんとか階段を使わず上部へ。そこにはぼろ布を身にまとい、いかにも魔女という感じの三角帽子をかぶった女性。恐らくこの人が魔女ユーリアなのだろう、なぜかブヨ虫が。これがオーラントが造った似姿というものなのだろうか。

一人と一匹は驚きのまなざしを僕に向けている。

まさかこんな方法で進入してくるとは思っても見なかったのだろう、僕は瞬時に駆け出し剣を引き抜き一閃。巨大騎士のときのビヨールとまでは行かないけど、まあまあいい感じじゃないか?吊り階段を降ろし、ビヨールと合流する。

「おみごとですなオストラヴァ殿!そしてユーリア殿、ご無事で?」

座り込んでいたユーリアさんに手を差し伸べ尋ねた。彼女は信じられないといった感じで。

「まさかここから生きて出られるとは、ありがとう。ビヨールさん。それとそちらの方は?」

「僕はオストラヴァ。オーラントを殺すため。この地へ」

魔女と聞いたから、しわくちゃの意地の悪そうな老婆を想像していたけど、広い帽子のつばから覗く顔は、失礼だが、以外に若々しく、かわいらしかった。

「いやあ彼はいまどき珍しい、心優しく、勇気ある若者でし」

こうまで褒めちぎられると、むずがゆくなってくるなあ。

「いや、いいから、僕のことは。それよりもユーリアさん、よろしければ力を貸してほしいのですが。もちろん助けたことを盾に、無理強いはしません」

「こんな私を助けてくれた貴方の力になれるのはうれしいが、本当にいいのか?」

「一体どういうことですか?」

視線を外し、僅かに顔を曇らせた彼女。一拍おいて、言いにくそうそうに答えた。

「私の扱う魔法はデーモンに近いと言われている。自分で言うのもなんだが、強力なのだ……デーモンが使う業のように。堕ちた術だ、私にはそれしか……それでもいいのか?」

とても悲しそうに、震える声で答えてくれた。たぶんいろんなことがあったんだろう。一瞬励まそうと思ったけど。僕が今この人に声を掛けたって、救うことにはならないと思う。だから――

「そんなこと、関係ありませんよ」

顔を上げ、驚きの表情の彼女の目には涙がたまっていて――

「僕は、そんなの気にしない。だから力を貸してください」

手を取り、宣言した。

「ガハハ!先ほど言ったとおり、心優しい若者でしょう?ユーリア殿」

「はい……」

涙をぬぐい、はにかむ彼女はとてもかわいかった。






広場を抜け、最初にブヨ虫が僕たちを笑った場所の右側に細い通路がある。柵が落とされてしまった以上。こちらの道を通って回り道するしかない。はずなのだ、なぜか二人は柵のほうへ向かった。

「二人とも、そっちは行き止……」

ユーリアさんが木の触媒を振るい手を柵にかざす。すると、おおきな炎が生み出され、柵は当然ぽっかりとそこだけ燃え尽きた。

「さあ行きますぞオストラヴァ殿!」

まあいいか、回り道をすると貯水所を通ることになる。小さいころあそこに落ちて以来、どうも苦手だったので、よしとしよう。深くは考えない。

門をくぐると、横幅十数メートルの広い通路が二百メートルほど続いていた。その先には正門と同じくらい大きな門がある。オーラントは近い。ただ通路には赤目の騎士をはじめ、数十人の兵士が配置されていた。険しい道のりだ。

「覚悟はよいですかな?オストラヴァ殿」

グレートソードを構えるビヨール。

「心配いりません。今度は私が助ける番だ」

木の触媒を優雅に振るうユーリアさん。



たぶん、険しい道のりになると思う。たぶん……




以外にも僕の予感は的中することとなった。



敵の軍勢との距離も残り三十メートルほどになったとき僕たちを囲むように、ゆらり地面から幽霊のように現れる存在。

「そうだった、こいつらを忘れておったわい」

「オストラヴァ、私の近くに……」

断罪者ミラルダ

長弓のウーラン

塔の騎士アルフレッド

つらぬきの騎士メタス

そして前進する軍勢。



罠だった。恐らくこの二人だけならなんとかなるかもしれないが、僕がいる。悔しいけど二人とは実力が離れているのは事実だ。

「あと一人おれば、話は違ってくるんだが」

ビヨールの声が僅かに緊張をはらんでいるのがわかる。今度は捕えるのではなく殺す気なのだから。











「やれやれ、そこにいたか」



唐突に響く声。上だ。



高い城壁の上にはその人は、手すりに左手をつき、体重を支え、華麗に手すりを飛び越えて僕たちのそばへ、スタッと音を立て、ひざを曲げ、着地の衝撃を吸収させると。

「オストラヴァこんなところで何やっているんだい?」

思わず苦笑した。

「何って、見ればわかるでしょう」

ずいぶん懐かしく感じる。よく見ればアイアンナックルではなくなり、ゴッドハンドになっていた。いろいろあったのだろうか。

彼は黒松脂を上空へ放り投げ自分の胸付近で両手のゴッドハンドで打ち合わせ、甲高い音と共に叩き割った。一瞬にして炎を纏う黄金の武器。なんとも頼もしい。

「オストラヴァ殿、そちらの武人は?かなりの手練と見受けられますが」

「私の名前はドン・キホーテ。ドンキーとでも呼んでくれ。見てのとおり、オストラヴァの味方さ」

「ふうむ、聞かぬ名ですなあ。しかし、どこかで会った事は?私はビヨール」

「ないな、初対面だろう」

二人は辺りを警戒し背中で語っていた。

「ともあれ戦力が増えました、何としてでもここを切り抜けなければ」

ユーリアさんの言葉に僕はにやりと笑って答える。

「結構数はいますけど、何とかなるでしょう」

「えっ」

じわりじわりと僕らを取り巻く包囲網は厚みを増していく。



「四人でならば!」



不思議と怖くは無かった



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いずれ





拡散し続ける世界、古い獣、古い獣と同時に現れる深い霧、火防女の負う罪、イレギュラーである彼、楔の神殿に刻まれていた膨大な量のソウルメッセージ、奪われたデモンブランド、オーラントの決意、命を絶った者、火防女の嘘、北のレガリア、嵐の祭祀場の狂戦士



この世界は依然、混沌にして混迷、近辺にして遠方、酷薄にして慈愛、分岐点にして通過点である。



[25755] 第六話
Name: hige◆53801cc4 ID:a8a1843c
Date: 2011/02/26 18:31
第六話


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戦いは熾烈を極めた、魔法が飛び交い、剣戟は絶えず鳴り響く。敗者のソウルは勝者へと奪われ、消え行くのみ。

四対多勢の戦いはいつしか四対四に変わっていた。対等のように見えるが、オストラヴァは周りと比べると圧倒的に実力に差があり、穴となっていた。

ビヨールとメタス、ウーランとユーリアは一進一退。アルフレッドとドンキーでは、ドンキーに軍配が上がるものの、ミラルダに防戦一方のオストラヴァが気に掛かり、決め手を出せずにいた。

オストラヴァが死ねば憂いはなくなり三人は全力を出せる。恐らくこの状況を打破できるだろうが、三人はオストラヴァが死ぬのは何としてでも避けたかった。敵もそれを理解しているのか、ミラルダは致命となる一撃を出せず、じわじわと嬲るに止まった。

しかしそれもここまで。膠着状態をかき消す鳴き声が空に響く、大小二匹のワイバーンである。開けた場所での戦闘は危険だ。

一瞬で判断を下せたのは歴戦の賜物か、ドンキーとビヨールは同時に決断し、一瞬だけ視線を交わし、互いの考えを理解した。

「ドンキー殿!オストラヴァ殿を頼みましたぞ!」

「死ぬなよ、ビヨール!」

ドンキーは大きく振りかぶり、アルフレッドを盾越しに殴り、吹っ飛ばす。鈍い鐘を鳴らしたかのような音が響き、アルフレッド自慢の分厚い盾にひびが入った。

すぐさまミラルダへ駆ける。構える断罪者。しかし狙いは彼女ではなく、オストラヴァ。彼の手を引き城へと向かった。

「ドンキーさん!?一体何を!二人を」

「走れオストラヴァ!お前が死んでは、ボーレタリアは誰が復興する!もはや王はお前なのだ!」

二匹のワイバーンは駆ける二人を見つけ行かせまいと背後よりブレスを吐き追う。

何度か経験した事態とはいえ、あの灼熱に追いつかれればひとたまりもない。オストラヴァはなぜドンキーが自分王族であることを知っているのか、疑問の余地が浮かばぬほどに、焦った。

「あの二人ならば大丈夫だ!ビヨールもいる」

「でも……ああクソッ」

今すぐにでも踵を返し、二人と戦いたかったが。自分の足手まといは自覚していた、それに自分たちの後方より迫り来る炎のブレスが壁となり。後は前へ前へと進むしかなかった。





「すみませんな、ユーリア殿」

「いや、貴方の判断は正しい、それに」

「それに?」

「ようやく本気を出せる。オストラヴァさんを巻き込んでは、と」

「ほう。ユーリア殿も!」

長い武器を持つビヨールと、強力な魔法を振るうユーリア。全力でそれを振るえば周囲にもたらす危険は計り知れない。それゆえの一進一退であった。

自然、二人の言葉が重なる。

「では」

ビヨールの筋肉は鋭利にとがり、ユーリアの魔力は膨れ上がる。


四人を相手にとっても、依然として力は拮抗していた。





ドンキーとオストラヴァは門をくぐり、ワイバーンどもの迫り来るブレスからは、間一髪で逃れることができた。

「くそっ二人を置いて……僕はっ!」

「あの二人ならばきっと大丈夫だ……オーラントを倒せば似姿も消えるだろう。それに、もう戻れん」

二人が門をくぐるやいなや、深い霧のようなもので門は閉ざされた。退路が立たれたのならば、あとは進むしかない。

「ワイバーンが来る前に、早く室内に入るぞ」

先ほどの場所とは違い、壁はあるが屋根がない。低空飛行で追ってきたワイバーンは門に邪魔され、一時上空へと舞ったが、いつ戻ってくるかわからない。

「……はい」

息を整え、二人は足早に動いた。

「でもあのワイバーンたちがメタス達に加勢したら……いえ、先を急ぎましょう」

「すまんな、オストラヴァ」

二人が今いる場所は、何本かの柱が立っており、そこには小さな飛竜の子供だろうか、の死体があり剣が何本も刺さっていた。ここを過ぎて長い螺旋階段を上り、踊り場を経てようやく本堂。そこから昇降機で上がった先が玉座の間である。

ワイバーンの死体を横目に、螺旋階段のある棟へと進むべく、広場を後にした。

そのとき。空気が淀んだ。背後よりめまいのするような感覚、吐き気を催すプレッシャー、純粋な殺意。ゆっくりと首だけを動かし、振り向く。

そこには、ゆらりこちらに歩む者。

「まずいな……」

「ドンキーさん……あれ……」

頭部は肩幅よりも大きく円錐を逆さにした布のようなもので覆われており

「オストラヴァ……いいかよく聞け、二度は言わん」

「そんな……僕はまだ」

両の手には竜骨砕き

「私の魔法のポーチを持っていけ」

「何が入っているんです?」

「とびきりのヤツさ、恐らくオーラントを殺せる」

「…………」

数秒の葛藤の後、オストラヴァは駆け出した。

「そうだ、それでいい。オストラヴァ、いや……アリオナ」

オストラヴァの、アリオナの背中を見送り、狂戦士へ向き直り、拳を構える。

「今度は勝てんかもな。まあ足止めくらいはさせてもらうぞ……狂戦士!」



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アリオナは魔法のポーチを受け取ると、すぐさま駆け出した、棟の壁に沿って造られた螺旋階段を駆け上り、その先の通路を進み、いよいよ本堂の奥深くへと到達した。先ほどの、ドンキーたちを囲んだ罠に皆向かった為、敵はおらず、楽に進めた。

焼死体が転がり、無残にも破壊された彫刻が並ぶ場所を抜け、赤い絨毯が敷かれた扇状の階段が奥から手前へと広がる場所に着いた。玉座の間が近いためか、部屋の造りはそこらのものと違い、どこか神秘的だった。

「ようやく……この先の玉座の間にオーラントが」

ドンキーより手渡されたポーチに手をやる。オーラントを殺す術があると言われたが、果たして何があるのだろうか。昇降機に乗る前に確認しておいたほうがよいかもしれないと、手を入れようとしたそのとき。



「よく来たな、アリオナ。待っていたぞ」



部屋中に響き渡るような荘厳の声の持ち主は階段の上、僅か数メートルほどの距離にいた。デモンブランドとソウルブランドをその手に持って。

「オーラント!」

知らず強く歯を食いしばる。怨敵、亡国の原因、全ての元凶。そんな視線で射抜く。

が、オーラントはそんなものには意にも介さず、見下ろし。

「アリオナ、お前は勘違いをしている」

「今更っ」

ルーンシールドとルーンソードを構える、相手は強大だ、いかなる言葉を投げかけられようと、油断してはならない。

「楔の神殿には行ったか?」

「何を…………」

「ふむ、その様子だとまだ訪れていないようだな」



この後、アリオナは信じられない言葉を耳にする。



「アリオナ。いいかよく聞け、二度は言わん。古い獣を呼び覚まし、世界を破滅へと誘い、その絶望の世界を深い霧によって拡散させている全ての元凶は楔の神殿にいる。目を封じられた黒衣の女、名は火防女」



「な、ん……」

「うん?世界が拡散していることは知らんのか?まあよい。ともあれ私は元凶である火防女を殺したい。力を貸せ」

あまりにも突然の言動に動揺を隠せなかった。脳が言葉を処理できていない。

「戯言を!ならば何故、お前はデーモンなんだ!」

当然、沸き起こる疑問。

「火防女は強力なデーモンだ。いくら私とはいえ、人の力では敵わぬ。故に、私はデーモンを殺し、ソウルを奪い、デーモンとならざるを得なかったのだ」

王たる才能か、力を持ったかのような言葉が、オストラヴァを襲う。

「ではドランを殺したのはなぜだ!」

これでは、今までの戦いは一体何だったのか、これでは……これでは全く意味の無いものに。絶えず巡る、言いようのない何か。

「殺した?なぜ父であるドランを殺さねばならん」

「とぼけるな!では何故お前がデモンブランドを持っている、殺した証拠ではないか!」

「ああ、これか。私一人の力では火防女を殺せんと考えてな。ドランに協力を仰ごうと、家臣に捜索命じた、しかしすでに……」

目を瞑り、ためらった後。

「すでにドランは……殺されていたのだ、火防女の刺客によって。家臣は形見となったこの剣を持って帰ったのだ」

「なぜビヨールや僕たちを襲った!」

「ああメタスたちか、すまなかったな」

そう言いオーラントは目を瞑ると、彼の周りに四人が召喚された。そして、ソウルブランドを振るい一閃、四人のソウルはオーラントへと吸い込まれた。

「な……」

「どうしてもお前と二人で話がしたかったのでな。しかしこれで信じてくれただろうか?息子よ」

自分の臣下を、ためらいも無く。ただただ息子の疑いを晴らすために、ためらいもなく殺した。

「…………」

「なぜだ。お前が神殿を見つけ、そこで古い獣を……」

必死の抵抗、悪あがき、自分を支える残された何かを守るための。

「二度は言わんと言ったはずだぞ!…………だが、まあ信じられんのも致し方なし、か。確かに私が神殿を見つけた。ソウルの力を得たのも確かだ。しかし、知った業はあまりにも強大。人の手に余ると考え、神殿を封印しようとした。それを……」

腕を震わせ、声を震わせ。

「それをあの女があっ!」

忌々しげに、吐き捨てるように語るオーラントの言葉はアリオナの心を激しく揺さぶる。

「あの女はソウルの魅力に取り付かれ、狂った。そして世界を破滅させるため、古い獣を呼び覚ました。それだけでは飽き足らず、その世界を基準に、世界を拡散させおった」

アリオナの知る事実とは違っていた。脆くも崩れ去る、アリオナの中の何か。

「嘘だ!お前の言っていることは、全部嘘だあっ!」

知らず、目頭が熱くなる。父は本当は無実で、悪者は他にいて、なら自分は無実の罪の父を殺そうとして、でも人はいっぱい死んでいて……

てんでデタラメな思考が渦巻き、わめく。

「どうして神殿にデーモンがいるんだ!あそこはあっ」

「神殿に召喚された人間は神殿に縛られる。デーモンは生まれた場所に縛られる。あの女は神殿でデーモンとなったのだ」

淡々と答える、そこに一切の迷いは感じられなかった。

「世界を拡散って……何のために?」

それでも尚、疑問は次から次へと、口からあふれ出る。

「言葉どおりの意味だ、この世界と似たような世界がいくつも存在している。後者についてはわからん、狂人の考えることだ、詮無きこと。大方、悲劇を好むのだろう」

「似たような世界……そんなものが」

「信じられんのも無理はない。世界が拡散したとき、その拡散した世界の自分と、元となった世界の自分の記憶を共有できるのは私と火防女、そして……恐らく『殺す者』のみ」

「殺す者?」

「火防女の手先、先ほど言った刺客だ。私は何度もそやつに殺されておる。私と火防女は強大なソウルの業によって記憶を共有できるが、そやつについては謎だ、憶測の域を出ん。拡散した世界の全ての殺す者は同一人物ではないようだからな」

「アリオナ……わが息子よ」

諭すように、在りし日の親子のような口調で。

「この剣を持って神殿へ行け。そして殺せ、黒衣の火防女を」

一拍置き、請うように、懇願するように、頼む。

「デーモンである私は神殿に入れぬ、だからお前がこのデモンブランドで火防女を殺すのだ!ボーレタリアを、世界を救え、アリオナよ!」

王の言葉は空気を震わせ、部屋の反響と共に、オストラヴァのソウルに浸透した。



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「うぐっあ」

ドンキーをしても尚、強者と言わしめる狂戦士の猛攻は想像を絶した。いくつもの伝説の武器、ソウルの業の前に、膝をついてしまうほどに。

「く、そっ……以前会ったときよりも強くなっているんじゃあないか?」

「…………」

狂戦士は無言で竜骨砕きを振り下ろし、ドンキーの右腕を切断した。切っ先が石畳をえぐる。

「ぐううああ、あ」

たまらずのけぞり、仰向けに倒れる。切断面から青いソウルがサラサラと流れ出、右腕は地面に落ちるより早く、跡形も無く消えた。

激痛に身をよじり、地面でもんどり返る。しかし――

悠然と近づき、その巨大な得物を振り上げるが、彼女は気づいていない。

――しかし残った左腕のゴッドハンドは決してその手から離れていないことを!

「ふんっ」

瞬時に起き上がり、渾身のアッパー!風をうならせ、裂き狂戦士の顎から頭蓋を穿たんと放たれたそれは、しかし虚しくも空気を切り裂いただけ。

そしてお返しとばかりに腹部に鋭い前蹴りが突き刺さり吹っ飛ばされる。

たまらず、えずく。

が。

「や、るな……だが私、もまだやることが、残っている」

「…………」

「まだ、だんまりか?ハアッハア……」

片腕だけになりながらもドンキーは立ち上がり、構える。

「悪いが、アリオナのところへは行かせない、諦めるわけにはいかない」












しかし覚悟を試すかのような絶望が訪れる。












ドンキーは感じ取った。





罠か?用意周到なことだ――





恐らく距離は十メートルほど





背後に自分と同等か、それ以上の――





手練の存在を感じ取った





この状況で二対一か――





その一瞬の動揺を機と見てか、前よりからは狂戦士が、同時に、後ろからは新手が駆けて来る。



脳裏をよぎる――









アリオナ



火防女



腐れ谷の出来事



ボーレタリア





だが――




諦めない



心は、折れない



戦い続ける



戦い続けなければ――




「戦い続けなければ、悲劇は止められない!





それはボーレタリアを何度も救い、身をもって知った彼自身の一つの真実、信念。





歴戦の手練、達人の域の一瞬。ドンキーは後方より迫る、何の武器を手にしているかわからない新手より、前方の狂戦士の方が組みやすしと判断し、駆ける。しかし。

(早い)

後方より迫る新手は、この場の誰よりも早かった。このままでは狂戦士よりも早く自分に追いつくと判断。身をよじり、二人が正面衝突してくれる事を願う他手はない。

(運を天に任せるか)

しかしドンキーが身をかわすよりも早く、振り下ろされる竜骨砕き、巨大な武器の利点の一つはリーチの長さ。最早逃れるすべはない。
























はずであった。





横に突き飛ばされ、壁に激突し、気がついたのは激しく打ち付けられた金属音が聞こえた後。





それは、青い体躯で――




「な、あ……」





三角の装飾が印象的な兜の――





「あのときの言葉。偽りではなかったか……」





両手で振り下ろされた竜骨砕きを、右手で持った八角錐の槌で受け太刀し――





「……遅かったな」





左手には美しく透き通る剣を持ち――





「久しぶりに三人そろったのでな、積もる話もある」





駆けつけたるは、黒いファントムと対なる存在――



「フッ……なるほど。助かった、ガル・ヴィンランド」



青いファントムとなった暗銀の騎士――



「ガルでいい、ドン・キホーテ」


火花を散らす鍔迫り合いは両者のバックステップで終わり、ドンキーはよろよろと立ち上がり狂戦士に背を見せず、ガルのほうへと後ずさる。


「わかった、ガル。こっちも、ドンキーでいい」


「ではドンキー、お前は先に行け」

一瞬の思考の後、背を向け、アリオナの元へと向かう。

「死ぬなよ」

「三対一で負けるものか」

背後より聞こえた声、どこかうれしそうだったのは、間違いではない。




「殉ずるがいい、お前の答えに……」

言葉を紡ぎ、敵と相対する。

すると――

存外、甘いのね。と彼のソウルが震える。

救済に形式などありません。とも彼のソウルが震える。

まあ、悪くない。と彼が呟く。



そして、ブラインドを突きつけ、気高く。

「どうしても私たちに害そうと言うのであれば、しかたがない」

自然、声が重なり。

「来るがいい」



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親子の会話は相対したときと変わらず、階段の上下に位置したまま、続いていた。違いと言えば、アリオナが剣を収めたことくらい。

「それで、その火防女を殺した後はどうするつもりだ……」

「ひとまず古い獣を目覚めさせ、神殿から出す」

「な、そんなことをすれば!」

「話は最後まで聞け。私は古い獣と共になり。この世界を基準に拡散した世界を収束させる。そのためには古い獣と接触しなければならない」

「しかし古い獣は神殿の奥にいる、だから一度神殿から出さなければならない?」

「そうだ、何度も言うが、デーモンとなった私では神殿に入れん」

「しかし、拡散した世界をこの世界に収束……そんなことが本当に」

一切の不安を持たぬ言葉で、アリオナの心配を消すように。

「できる」

「しかしそれでは、父上が」

「世界を拡散、収束できるのは私か、火防女のみだ。私が亡き後は、お前がボーレタリアを復興するのだ」

どうすべきか、答えは出ているが決断できない。

「そもそも古い獣とは一体何なのですか」

「わからん、世界を滅ぼす災厄としか。恐らく火防女もその程度の認識でしか」

そこに、唐突に遮る声。

「無事かっアリオナ!」

遅れてやって来たイレギュラー。

アリオナは、背後の声に振り向き。

「ドンキーさん!」

全ての黒幕は火防女だと説明し、共に倒そうと話を持ちかけるべく語ろうとしたが、彼の言葉もまた遮られた。

「来たか、殺す者よ」

「え?」

思わず父を仰ぎ見る。

「アリオナっ!そいつから離れるのだ、そやつこそが、火防女の手先、殺す者だ」

「な、え」

狼狽、動揺、間抜けな声をあげた。短い間であったが、共に戦ってくれた人物が黒幕の手先、認めたくは無かったが、しかし。

「アリオナ、この状況は一体」

息も絶え絶え、なんとか状況を把握するべく説明を求めるドンキー。彼もまた動揺していた。なぜ、こんなところで、アリオナとオーラントは会話しているのか、怨敵ではなかったのか、と。

アリオナはドンキーの質問よりも、父への弁明、説得を試みた。自分自身に言い聞かせるように。

「父上、この方は、ドンキーさんは僕と共に戦ってくれ」

「聞く耳を持つな!」

「違うのです、この方は」

「ならば息子よ、思い出せ。この者は、城の構造に、詳しくはなかったか?異常な強さを誇っていなかったか?まるで幾多もの戦場を駆け巡ったかのような肝を持ったやつではなかったか?」

アリオナの心臓が一際強く、鼓動し、先ほどの父の言葉がよみがえる。記憶を共有できるものは火防女。オーラント、殺す者……つまり――

知らずドンキーを視界に入れたまま、階段を上り、父の方に後ずさる。いやだ、認めたくはない、しかし父の言うことには頷けるものがある、明らかに不自然な、知識、強さを持つこの男は確かに……

「違う、私は!」

「黙れい!デーモンの手先め。先ほど言ったとおり。殺す者は記憶を共有しておる。別の世界でこの城を踏破し、私を殺したのだ。何度も何度も、世界が拡散する度に!それ故、この城に熟知しておるのだ!」

気づけばアリオナはオーラントのそばにいた。

「第一、見ろ!あの指輪を。あの「戦い続ける者の指輪」あれは父ドランが身につけていたものだ!ドランを殺し奪ったか。北のレガリアはどこへやった!」

今まで見たこともない様な、常に冷静沈着であったオーラントは激昂した声で叫ぶ。

「ドンキーさん……本当なんですか?嘘、ですよね」

「違うんだ!違う、信じてくれないかもしれないが、私は」

ここぞとばかりに、問い詰め、追い詰めるオーラント。

「では何故、アリオナという本名を知っている?ん?答えられまい、別の世界で知りえた情報なのだろう?それこそが殺す者の証拠だ!」

父は息子にデモンブランドを手渡し。

「殺す者はここで足止めする。行けアリオナ、神殿へと向かい。火防女を殺せえっ!」

「火防女を殺すだと!?一体。やめろアリオナ!」

ドンキーの必死の説得は最早届かず。階段を上った先にいるアリオナは自然見下ろす形になり、哀れむような面持ちで返す。たった十数段ほどの階段であるにもかかわらず、その距離は遠く感じられた。

「ドンキーさん、貴方は騙されているんですよ、その火防女に……本当は父が世界を滅ぼそうとしたのではなく、その火防女が原因なんです」

「馬鹿な……オーラントがそう言ったのか?考えろ!証拠はあるのか?オーラントが嘘をついているとは、考えないのか!」

満身創痍になりながらも、懸命に引き止める、切断された腕からはサラサラとソウルが流れ出、激痛が絶えない。

「ふん、殺す者よ……貴様は、知っていると言うのか?ボーレタリアが霧に包まれる以前を、デーモンに蹂躙する前の国を。知らんのだろう?私が古い獣を目覚めさせた、と聞かされただけだろう?」

「そんなことは無い!知っているぞ。お前が古い獣を」

「能書きはもういい!さあ行けアリオナ、お前にしかできぬ!」

ずいと一歩前に歩み出る。

その姿は、子を守る親そのもの。



悲しいかな、イレギュラーであるが故の悲劇。



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まあ、あんたも何度かドランを殺したことはあるんじゃあないか?

北のレガリアと戦い続ける者の指輪は有用だからなあ。

これも運命ってやつかね。



拡散し続ける世界、古い獣、古い獣と同時に現れる深い霧、火防女の負う罪、イレギュラーである彼、楔の神殿に刻まれていた膨大な量のソウルメッセージ、火防女の嘘、北のレガリア、嵐の祭祀場の狂戦士、アリオナの敵対、殺す者



この世界は依然、混沌にして混迷、近辺にして遠方、酷薄にして慈愛、分岐点にして通過点、虚偽にして真実である。



[25755] 第七話
Name: hige◆53801cc4 ID:a8a1843c
Date: 2011/02/26 22:51
第七話



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時は遡り、楔の神殿。

嵐の祭祀場の石版の前に女が現れ、心折れた剣士を一瞥すると消耗した武器の手入れのため、神殿唯一の鍛冶屋のところに向かった。

「戻ってきおったか……」

「聞こえるよ」

彼女はボールドウィン前までやってくると、無言で刀を渡し、対価のソウルを払った。

「ふん、相変わらず無愛想なヤツじゃ」

しかし仕事は仕事と割り切って、さっそく武器の手入れを始める。

「ボールドウィンがそれを言っちゃうかなあ。ところであなた、デーモンを倒したんだね」

以前見た姿とは違い、肉体を手にしていた彼女を見てトマスが言った。が、女は無視して勝手に魔法の袋から自分の武具防具を取り出す。

しばらくして武器の手入れが終わり、受け取り、それを手に、彼女はおもむろに心折れた剣士に近づき、そして。

首をはねた。

遮る壁が無いため、ボールドウィンとトマスの瞳には嫌でもその光景が映る。

「いいかげんにせんか!試し切りなあ」

そこで言葉は途切れる。俊足から繰り出された突き、鋭利な刀の切っ先は、老人の喉を貫いていた。

トマスは恐る恐る、視線だけ隣人へと向ける。しかしすでに姿は無く、ソウルとなって、取り込まれていた。

女はそんな彼を一瞥して、ボーレタリア城の石版に消えた。

神殿に残されたのは火防女とトマスの二人だけ。いや、ソウルの供給が断たれた今、程なくしてトマスは消える。






不自然に思った人はいないだろうか。この神殿にはもう何人か人がいてもいいはずなのに。

ドンキーが神殿で出会ったのはトマス、ボールドウィン、火防女の三人だけ。



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過程は、これまでには無いものとなった。つまり結果も変わってくるだろう。

しかし、言ってみるものだな、こうも簡単にアリオナを御することができるとは。

このまま計画どおり、事が進めば、私が古い獣と共になり、拡散した世界を収束させ。そして――

この基準となった、世界で、ようやく終わらせることができる。真の破滅だ。





――そう、オーラントは嘘をついていた。

嘘を信じさせるには、その中にほんの少しの真実を混ぜる。

世界が拡散した際、記憶を継続できるのは私と火防女、城の構造やデーモンの殺し方を熟知している、と言う理由から殺す者。

これは真実。

口にした事とは真逆で、古い獣を目覚めさせ、世界を破滅させようとしたのはオーラント、しかし――





まあ今は目の前の幸運にのみ目を向けるべきか。アリオナは完全に殺す者を敵対視している。

しかし。ククク。甘いのう、甘すぎるのう。アリオナ。お前は知らんのだなあ、私が古い獣を目覚めさせた事実に、まあ証拠もないうえ、私がアリオナの耳に入らぬよう秘密裏に行っていたこと。そして殺す者も知らぬはずだ、恐らくだが、あやつらが召喚されたときはすでに、ボーレタリアは亡国と化しておる。私が古い獣を目覚めさせたと言う、確たる証拠を持っていないはず。こればっかりは憶測になってしまうが、殺す者の出現のタイミングから見て恐らく正しい。

私が破滅を望み、古い獣を目覚めさせたという事実を知っているのは。ヴァラルファクス、ビヨール、父ドランの三人。

ヴァラルファクスとビヨールは私の護衛として神殿についてこさせたのでしかたがないが、やつはすでに死んでいる。ビヨールはまだ生きているがこの場にいないので問題はない。そして最後まで私の行いを諌めようとした、先王であり父ドランは、霊廟にはいなかった。恐らくこの殺す者が殺してくれたのだろう。助かったよ、ご苦労。

すまんなあアリオナ私は世界を救う気など。これっぽちもないのだよ。

古い獣と共になれば、その業は絶大、世界を自由自在に操れる。ようやくこれで、最初の世界から続く拡散を止められる、真の終わりを世界にもたらせる!



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しかしオーラントは知ることのできない、致命的なミスがある。




この世界の殺す者、それは未だ、ガル・ヴィンランドと死闘を演じている。




即ち――










「ぬううううううんんん!」



オーラントは階段をすべるように一瞬にして降り、ドンキーに接近そして。


純白の輝きを放つ左手を、ドンキーの胸へ突き刺した。

満身創痍の身ではよけることすら叶わず、苦悶の声を上げ、されるがまま、そのまま持ち上げられ、ソウルを吸い取られるのみ。

「うぐっああああああああ、あ、あ、あ」

「父上!」

アリオナが驚愕の声を上げる、瞬時にしてドンキーに接近した技術にも、敵とはいえ、命の恩人に致命の一撃が突き刺さっていることに、割り切れない心が汗をかく。

「だいぶ消耗しているな、たやすいぞ!殺す者」

そのまま壁にひびが入るほどの力で、乱暴投げつけた。

「ぐあっ!」

もはやドンキーの体は希薄になっており、透けて見えるほどだ。

しかし、やはり彼はまだ諦めてはいない。激痛に、倦怠感に身をゆだねることを良しとせず。思考する。

(いかんな、このままでは。ソウルが足りんのか?恐らく神殿へ戻ることすら叶わん)

事実であった、この男はここで消滅する、神殿に戻ることも無い。それを知りえたのは歴戦の英雄たる勘。

滲む視界の中、オーラントが止めを刺さんと歩み寄ってくる。このままではソウルを奪われるだけでなく、火防女が危険だと判断し、ドンキーは決心した。

(ならば、せめて。いや……真実を)

「やれやれ、私の。役目だと思っていたのだが」

そう呟き、自ら命を絶った。

オーラントの攻撃により死に至る前に、自ら命を絶ったドンキーのソウルは、ゆらりアリオナを包み込んだ。

熱く、たぎるようなソウルは、ほどなくして一体となる。

「そんな、これは……」

一瞬にしてアリオナに流れ込む、あるいは語りかけられた、鮮明に映し出された、真実。にわかには信じがたい、『彼』の身に起きた一つの奇跡。





聞けば一笑に付すような、まるで荒唐無稽、夢見物語。



しかしソウルが共になったことで理解しえた。それが真実であることに。理解し――



理解し、アリオナは、泣いた。





おもむろにヘルムを脱ぎ、力任せに石畳に叩きつける。

甲高い音に、何かと思いオーラントが振り向いた時はすでに、デモンブランドは眼前だった。

ゆるりと身を半身よじり、いともたやすくよけるオーラント、背後から体勢を崩したアリオナの右腕を切断、そして背中を蹴り飛ばした。

血は舞い、デモンブランドを握ったままの、胴体から切り離された右腕が地面に落ちる。

たまらずあげる、苦悶の声。

「ぐうああ。あ、あ、ああ」

のたうつ息子を冷めた目で見やり。

「どうした、我が息子よ。親に対し、いきなり斬りかかるなど」

「う、ぐ。黙れ、お前が」

「ふむ、失敗か。だがおかしい、仮に殺す者の記憶がアリオナに取り込まれたからといって、殺す者は私が古い獣を目覚めさせた事実や過去は……まあ、詮無き事よ。無限に拡散する世界、こういったことも確立で起こりえる……か?」





そう、世界が拡散した際、殺す者が召喚されるのは必ずボーレタリアが亡国となった後。オーラントが古い獣を目覚めさせようとした事実は知りえぬ。火防女、要人から聞かされただけ、確証は絶対にない。ならば何故――





まあ、また機会が巡ってくるだろう、と呟きデモンブランドを拾い上げ、息子の右腕をうっとうしそうに投げ捨て。

「ぬうううん」

いかなるソウルの業なのだろうか、デモンブランドを粉粉に砕いた。

「僕を、騙したな!」

二の腕辺りをばっさりと切断されても立ち上がる彼は、やはり王の血筋か、しかしそれは絶えず腕から流れ落ちている。

「何故わかった?殺す者は知りえぬ、噂話程度の認識でしかなく。確証はなかったはずだが」

ゆうゆうと歩み寄るその顔は、先ほどの王の風格など残っておらず、世界に対する憎しみに歪んでいた。

「だ、まれ。…………悪魔め!」

しかしその足はまるで生まれたての小鹿のよう、出血により朦朧とし、痛みが思考を切断する。

「諦めろ。デモンブランドなき今、私を殺せるのは殺す者のみだ」

ソウルブランドを振り上げ、最後の言葉を放つ。

「ではな、愚息よ。別の拡散した世界で再会しよう。尤も、お前は全てを忘れているだろうがな」

それは圧倒的な強者の自覚たる油断か。

アリオナは残った力を振り絞り、ドンキーより託された魔法のポーチから、それを抜き放った。



それ名は北のレガリア。狂王を殺せる最後の剣。



北のレガリアを出した瞬間、狂王のソウルは瞬く間に弱体化し、オーラントは腰から肩にかけ、斜めに両断された。全ての元凶とは思えぬほどの、あまりにもあっけない最後。

出血による、ぐらつく視界、おぼろげな足取りで、ドンキーが叩きつけられた壁へと歩み、遺品となった指輪を手に取り。指にはめた





瞳からは絶えず涙が流れ。





アリオナは一人となった。





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気がつけば、彼は楔の神殿にいた。右腕は元どおりになっていたが、脱ぎ捨てたヘルムと二の腕あたりから先の鎧部分はなくなっており、顔と右腕が露出していた。

「お待ちしておりました」

滲む視界には黒衣の女、目は蝋でつぶされている。

神殿には、アリオナと火防女の二人だけ。

「貴方が……火防女」

「始めまして、私はここで」

「いや大丈夫です。おおよそのことは、ド…………ドン・キホーテさんから」

「そうですか……では参りましょう」

神殿の中央に位置する女神の巨像の持つ剣が手から離れ、落下。真下の魔方陣を壊し、穴を塞ぐものはなくなった。

火防女はアリオナの手を取り、その穴へと共に落下した。

そこが見えぬほど深い穴、そこに落ちることにアリオナは全く恐怖を感じなかった。恐怖よりも今、彼の心を占めているのは……





長い落下を終えてみれば、気づけばアリオナは浜辺でうつぶせに倒れていた。

辺りを見渡せば、突き抜けるほど青く、どこまでも広がる空。広大な海は心地よい音を立て波打ち、太陽の光を反射する砂は美しく。今までの戦いの舞台となった場所とは天と地ほどの違い。神殿の奥にこんな場所があるとは、夢にも思わないだろう。

「あれが、古い獣」

自然と視界に映る、あまりにも巨大なデーモン、古い獣を。その姿は海に横たわる巨大なミノムシ。ぽっかりと空いた口をこちらに向け、体の木の枝の回りに鳥の似姿は巣を作り、所々に緑が茂る。全体を見渡すことのできぬほど、おおきなおおきなデーモン。

火防女は、躊躇なく古い獣に近づいていく。

「火防女さん」

「なんでしょう?」

呼び止められ、振り向く。

「あなたは、何を?」

「デーモンと共になり、あれをまどろみへと、いざないます」

「やはりオーラントは嘘をついていたか……」

オーラントが嘘をついていたということは火防女こそが世界を救わんとしているのだろう。そう結論付け、うつむき、心を決める。

火防女に近づき、そっと、手甲のついていない右手で肩に手をやる。

「古い獣は、僕が殺します」

左手に持った、北のレガリアを強く握る。

「無理です、あなたでは…………」

火防女は言うべきか否か、迷い、続けて。

「あなたでは、敵いません」

アリオナは目を瞑り、あの時の。ドンキーのソウルが、自分に直接語りかけたときのことを思い浮かべた。





最初は信じられなかったよ――

ドン・キホーテと言う名前は嘘だ、すまんな。しかし、本名を名乗ったところで信じてはくれまい?――

私がボーレタリア王城前に立っていたときは夢かと思った、『なぜいきなりこんな場所へ?』――

この体がいまいち、自分であると言う実感がなかったよ。意識は確かに自分だ、しかしこの若々しく、鍛えられた肉体――

精神は肉体に依存するものと聞いたことがある、私の精神と肉体は、年齢差があった。だから私の身に起きた不可思議なこの体験に実感がわかないでいた――








老いた体ではオーラントに勝てぬと嘆いていたが――



アリオナ、大きくなったな――



お前はもう、立派な王だ――


我が、孫よ――










そう








『イレギュラーである彼』は



奇跡により



時を遡った



古き王


ドランであった








なるほど、いくつもの戦場を駆け巡ったような強さ。それは何度もボーレタリアが直面した戦争において、常に前線で戦い続けたが故。

先王であるならば、城に詳しいのは当たり前。

戦い続ける者の指輪と北のレガリアは元々彼の持ち物だ。

メタス達はデモンブランドを手にしたのも、彼が楔の神殿に召喚されていたのだから、当然霊廟には誰もいなかったからであって。










アリオナは目を開け、滲む目をぬぐい。

ニカッと笑って見せた。

火防女の目が見えていないことなど承知だが。

関係ない。

そして不敵に笑い、古い獣に近づく。

魔法のポーチからルーンソードを抜き放つ。

それを見て、ふと気づく。

王家代々受け継がれる由緒正しき武器、なるほど。王に近い人物なら名前を隠しても、これを見れば、わかるか。

「でもたぶん、ドランはこれがなくても気づいてくれただろうな」



右手にルーンソード

左手に北のレガリア

ボーレタリア最後の王は、たった一人で

戦いを始めた。





























































当然勝てる訳も無く、アリオナは敗北、死んだ。彼との戦いによって活性化した古き獣は火防女を殺し、その世界は滅んだ。



それだけだ。



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こうして、混沌にして混迷なる、ある意味、予測不可能であった世界はこのような過程、結末を迎えた。

腐れ谷で起きた悲劇は酷薄ではあったものの、それは慈愛に満ちたものであり。

オーラントの言葉は虚偽、そして少なからずの真実を含み。



拡散し続ける世界、古い獣と同時に現れる深い霧、火防女の負う罪、楔の神殿に刻まれていた膨大な量のソウルメッセージ、火防女の嘘



この世界は依然、近辺にして遠方、分岐点にして通過点、絶望にして希望である。



[25755] 第八話
Name: hige◆53801cc4 ID:a8a1843c
Date: 2011/03/01 22:16
第八話



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あなたは気づけば浜辺にいた、突き抜けるほど青く、どこまでも広がる空。広大な海は心地よい音を立て波打ち、太陽の光を反射する砂は美しく。今までの戦いの舞台となった場所とは天と地ほどの違いに、心奪われる。

この世界は何度見ても美しい。そう呟き、大きく息を吸い込み、吐き出し、鋭い視線でそれをつらぬく。あまりにも巨大なデーモン、古い獣を。その姿は海に横たわる巨大なミノムシ。ぽっかりと空いた口をこちらに向け、体の木の枝の回りに鳥の似姿は巣を作り、所々に緑が茂る。全体を見渡すことのできぬほど、おおきなおおきなデーモン。

とても世界を滅ぼすとは思えぬ。

火防女はいつものように、あなたをいざなうよう、デーモンの口から体内に侵入しようとする。

見慣れた光景、幾千幾万幾億、数え切れぬほど繰り返された世界の終結。この世界も有象無象のそれと同じく、火防女を犠牲に、古い獣の封印という半端な結末を迎えようとしていた。





あなたは不意に火防女の肩を優しく掴み、その歩みを止める。

何事かとこちらを見やる火防女に、ニヤリと笑ってみせた。

火防女の目が見えていないことなど承知だが。

構うものか。

そして不敵に笑い、古い獣に近づく。

あなたの相棒を魔法のポーチから引き抜き、目を瞑り、もう一度深呼吸。

古い獣を睨みつけ、かかって来いと、右手で煽る、無言の挑発。





だが、勝てぬ。



あの世界のアリオナと同じような運命をたどる。





















はずであった。







奇跡が、起こる。





あなたが駆け出そうとしたとき、ふと隣に手練の気配、右を向けば青く揺らめくその体、フリューテッドアーマーに身を包み、ルーンシールドをその背に、ルーンソードを右手に持つ姿はオストラヴァ。

しかし、あなたは、はてと小首をかしげる。ヘルムはかぶっておらず、その鎧の右腕は無く、素肌があらわになっており、左手には北のレガリア。

こんどは肩を叩かれ振り返ると、いかめしい顔の形に、宝石のちりばめられた兜。古き王ドランであったがなぜであろうか、両の手にはゴッドハンド、背にはスパイクシールド。

くいと、ドランが親指で後ろを指差す。つられて振り返ってみればなんと言うことだろう。



次々と召喚され、ゆらり地面から立ち上がる青いファントムたち。



皆、思い思いの防具に身を包み、あるいは何も身につけず、自分の相棒を手にしている。



その中にはブラインドを携えたガル、セレン、アストラエアはもちろん、ユーリア、ビヨール、どういう経緯かパッチやウルベイン、ユルト、メフィストフェレスまで。みんなみんな、そろい踏みだ。



あっという間に地面を埋め尽くす青い揺らめきは、それでも尚数を増やす。



私は一歩、歩みでて、悪びれる様子も無く、あなたに言う。



待たせたな――



するとあなたは。



―――遅かったじゃあないか



あふれんばかりの笑みがこぼれる。



あなたは古い獣に向き直る、あなたとあなたたちと私と私たちもそれに習う。



あなたは大きく息を吸い込み、吼える。



勝利の咆哮を挙げる。まだ刃も交えてもいないのに。



それにつられ、あなたとあなたたちと私と私たちも吼える



勝利の咆哮を挙げる。まだ刃も交えてもいないのに。







火防女はその光景を見て打ちひしがれる。感極まる。



嬉しすぎて。



自分の頬を伝う雫に、気づいていない。



火防女は震え、可憐で、か細い声で、あなたとあなたたちと私と私たちのソウルを振るわせた。





ごめんなさい――



私はあなた達を騙していました


無限に拡散する世界。当然、一番最初の、拡散の元となる模倣する基準となった始まりの世界があります



その最初の世界で私はオーラントと古い獣に負けました、敗北しました



もう少しだったのですけれど、私はダメでした



でも世界を終わらせることはできない、それだけは避けたいと思いました



だから最後の力を使い、深い霧を作り、世界を模倣し、世界を拡散させました



こうして最初の世界は古い獣により滅び、二番目の世界が生まれました



でも、力を使い果たした私はデーモンを殺す力が残っていませんでした



だからあなた達に嘘をつきました



デーモンを殺させ、ソウルを奪わせ、あなた達を強くしようと思いました



でも、古い獣を殺すほど強くはなりませんでした



私はまた、世界を拡散させました。古い獣を殺せる世界を求めて



新たに拡散した世界で古い獣が目覚めると同時に、深い霧を作り世界を拡散させました



私はそうして数え切れぬほどの世界を作り出しました



そして今、ようやくたどり着きました



いままで騙してごめんなさい



本当は古い獣が深い霧を生み出していたのではなく、私が深い霧を操り、世界を拡散させ、この奇跡を模索していたのです



あなた達に、つらい戦いを強いて。ごめんなさい



私が、最初の、世界で、古い獣を殺していれば



もっと早くに、最初の世界を、模倣し、拡散させていれば



デーモンが、出現する、よりも、前に模して、いれば



私が、もっ、と強かっ、たら、あなた達を、こんな、ひどい目に――





あなたはへたり込み、泣きじゃくる火防女に手を差し伸べた。



最初の世界で私たちと同じように戦ってきたのだろう――

別の世界で私たちを支えてくれただろう――

では、あなたも私たちの仲間だろう――

さあ、けりをつけよう――





そう、火防女は拡散する前の、元となった一番最初の世界で、あなたかあなたたちか私か私たちのようにデーモンと戦っていたのだ。

それならば仲間だ。あなたとあなたたちと私と私たちの仲間だ。

火防女は涙をぬぐい、あなたの手を掴み、立ち上がる。

しかし私は少し不安だった。



ねえカボ……火防女さん、古い獣を殺した後、あなたはどうなるの?――


え?――


何の事かと、火防女は小首をかしげて言った。


あなたが無事じゃないなら、この世界は意味が無いよ?――


あなたも同意して。


たしかにそうだ、それと火防女さん、目の蝋が取れているじゃあないか――


今更気づいて恥ずかしそうに答えた。


あの目の蝋は、世界の出来事を把握する為の、深い霧を生み出す為のソウルの業の代償です――


あなたは驚き、声を上げる。


え、じゃあ火防女はデーモンじゃあないのかい?――


ふふっと悪戯っぽく笑い、答えた。


多くの殺す者の方々が勘違いしているようですが、私は人間ですよ?――



そう、火防女は生身の人間だったのだ。彼女をねたむものが、あるいはその類まれなるソウルを操る技術を持つが故、ユーリアが魔女と言われるように、彼女もデーモンと呼ばれただけなのだ!



そして長い灯火杖を僅かにふるい、ソウルの業を使う



どうしたんだい?――



あなたは尋ねた。

すると火防女は。



この世界に到達する前に、いつもあなたたちが通過する世界とは違う世界に到達しました。

不思議なことが起こる世界でした。古き王ドランが若返り、アリオナがオーラントと戦うような、ほかにもいろいろ違うことが起きる世界でした。その世界を終え、いくつかの世界を通過した後、この世界に到達しました。だからこの世界の神殿に、その不思議なことが起きた世界のことを全て、ソウルメッセージにして、刻んでおきました――



ソウルメッセージは世界同士が近づくとそれを共有しあう。この基準となる世界が近づいているなら、その分岐点となった世界はメッセージを見ることができる。そして近づけば青いファントムとしてこの世界へと召喚される。



私はおおきな円錐状の布を巻きつけた頭をうなずかせ、言った。

名案だ、きっと読めば希望があふれる。戦い続ける、心折れることなく、もう少しだ、ってね――

あなたが言った。

なるほど。さて、それじゃあ始めるか――

あなたが相棒を構える。

私も、愛用の竜骨砕きを左右に構える。

相手は強大だ。

長い、長い戦いになるだろう。

ひょっとすると、何十年も戦い続けることになるかもしれない。

でも、そんなことで心折れるヤツはここにはいないだろう。

相手は一匹、こっちは無限。

負ける事は無いさ。

勝利の確定した長い、長い戦いを始めよう。



そして迎えよう、ハッピーエンドってやつを。

最古のデーモンを殺し、奪ったソウルで火防女はこの世界を基準とし、世界を収束させる。

デーモンを殺せば肉体が手に入る。

つまり、この戦争に勝てば、みんな――





















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あなたがいつか、この世界に召喚されることを願っています。

勝利が確定しているとはいえ、戦争は早く終わらせるに限るでしょう?

あなたの世界で死んでしまったかもしれない、ヴィンランドや、アストラエアも待っています。

何でアストラエアがいるのかって?ああそうか、あなたの世界のアストラエアとは違ってこの世界のアストラエアはデーモンになる前に自ら命を絶っているのです。

この世界の存在が信じられない?

たしかに夢みたいな話です。でも、考えてもみてください。

無限に拡散する世界、しかしそれは無限に続く絶望ではありません。

むしろそれは希望。

無限に可能性を秘めているのです。

この世界の確立がどんなに低かろうと、たとえ何兆分の一の確立だろうと、天文学的確立であろうと、火防女の求めたこの奇跡の世界という一つの分子は無限の分母の上に成り立つ。

可能性はゼロではありません、分母が無限に拡散しているのなら、いつかは生まれるはずです。

ドランが逆行し、アストラエアとセレンはガルと共になり、オストラヴァがオーラントを倒す世界が。

みんなで古い獣を殺すことのできる世界が。

あるいはこれを読んでいる『あなた』が自分の分身とも呼べるべき存在に憑依してしまうような世界だって、可能性としては否定できませんよね?





その世界は――

この基準となる世界と特別に近いというわけじゃあないけど、ソウルメッセージが見えないほど、遠くじゃあない。

分岐点ではあるけど、通過点でしかない。

一見して絶望だけど、希望に満ちている。



世界は互いに、近づき、遠ざかり、干渉し合い、拒絶し合い、模索している。

もしも神殿に膨大な量のソウルメッセージが現れたのならば、近づいている証拠です。

ひょっとすると、あなたかあなたたちか私か私たちが残したものも、刻まれているかもしれませんね。

細部は違っていても、そんな世界に似た世界に召喚されたのなら、それはつまり――



もう少し



あと少し












だから信じています、あなたは戦い続けていると信じています……遠い世界であなたが絶望に身を焦がす時が来るでしょう。でも――



  でも、まだ、いずこで
Demon murder is called D
     The End


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