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[25732] 【デバイス物語 A’s編】Die Geschichte von Seelen der Wolken 
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/03/31 12:51
初めての方もそうでない方もこんにちわ、イル=ド=ガリアです。

 この作品はリリカルなのはの再構成、オリジナルキャラが主役級の働きをします。独自設定や独自解釈、また一部の原作キャラの性格改変がありますので、そういった展開が嫌いな方は読まれないほうが、いいかも知れません。

 A’s編は過去編、現代編に分けており、現代編は原作をアレンジした再構成です。

 過去編はキャラクターの性格以外は”もしも守護騎士たちに人間だったときがあったら”という仮定によって作られた完全な2次創作です。

 原作キャラの性格は変えませんが、設定、その他キャラは独自のものが多いです。

 また、Dies iareをはじめとした正田作品
    Liar Softのスチームパンクシリーズ

 を知ってる方はより楽しめるつくりになってます、多分。

 何よりも過去編は自重しません、全力全開で趣味に走ります。



 不定期更新になると思いますが、どうかよろしくお願いします。

 ここの掲示板にある【完結】He is a liar device [デバイス物語・無印編]はこの話の無印編で、これの続きとなっています。

 無印編は1人称主体でしたが、A's編は3人称主体になります。

 チラ裏にある『時空管理局歴史妄想』は、この作品の設定集ともなっています。
 URLを貼れないので、イル=ド=ガリアで検索すれば出てきます。




[25732] 夜天の物語 第一章 前編 白の国
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/03/31 13:59
 それでは、一つ、古い物語を紡ぎましょう


 遙か古のベルカの地にて、白の国と姫君、そして、仲間のために戦い抜いた、誇り高き騎士達の物語を


 押し寄せる敵をものともせず打ち破り、命尽きるまで戦い続けし烈火の将


 民を逃がすための術を紡ぎ、最後の一人となっても役目を果たし続けし湖の騎士


 ただ一人、民を守る盾となり、後を継ぐ者たちへと魂を残して逝きし盾の騎士


 最も若き騎士にして、単身敵陣へ突入し、武勲と共に果てし鉄鎚の騎士


 守護の星の魂を受け継ぎ、その身が果てるとも、仲間を守り続けし盾の守護獣


 夜天の騎士達を導き、持ちうる叡智の全てを懸け、闇を封じし放浪の賢者


 騎士達の魂を全て受け止め、未来へと希望を託し、儚く散りし調律の姫君


 誰にも語られることなく、安らかなる眠りのうちに誕生の時を待ちわびる、自由の翼


 それは、夜天の騎士達の誇りと誓いの物語にして、絆の物語へと繋がりし序章


 長き夜を超えて、最後の夜天の主へと至る、始まりの鍵


 その長き旅に同行し、誇り高き騎士達と共に在り続けた機械仕掛けの分身達は



 彼らの歩みし人生を――――――確かに、記録していた









第一章   白の国


ベルカ暦485年  エトナヴェットの月  白の国 ヴァルクリント城 回廊



 「おーい、フィー、どこにいんだーーーーーー」

 後の世では、中世ベルカの宮殿建築様式と呼ばれる技法によって作られた回廊を、少女が声を上げながら小走りで駆けていく。

 その背丈は小さく、外見からは7歳か8歳程度と見受けられる。

 燃えるように赤い髪は動きやすいように後で二つに束ねられており、服装も少女のものというよりも、動きやすさを重視した少年のものに近い。

 しかし、その瞳には誰もが理解できるほど強い意志が宿っており、彼女が外見相応の少女であること以外に、もう一つの顔があることをうかがわせている。

 また、彼女程度の年齢ならば、男女の差異は明確ではなく、膂力や体力においてもそれほど差は出ない。

 それ故に、彼女は女の身ではあるが、8歳という年齢で既に“若木”の一員となっている。

 “若木”とは、騎士としての訓練は開始しているものの、未だ成人していない騎士見習いの集まりである。

 この時代のベルカにおいては、成人の儀は早い。それぞれの国によって多少の差異はあれども、15歳より後である国家はどの大陸、どの世界を探しても存在しない。

 女性ならば、子供を産むことが可能な年齢となれば既に成人と見なされる。11歳頃に成人となることも珍しい話ではない。

 そして、男性ならば大人と同様に働けるようになることが成人の証である。ただし、リンカーコアを持つ者達はほとんどが騎士か戦士、もしくは魔術師となるため、“大人と同じように働ける”ようになるのは容易なことではない。

 そのため、ベルカの時代においてリンカーコアを持つ子供達は少々特殊な立ち位置となる。

 リンカーコアを持たない成人を基準とするならば、彼らは8歳や9歳で十分“大人と同等”か、もしくはそれ以上の働きが出来る。この時点で彼らを成人と見なすことも不可能ではない。

 しかし、大人の騎士達を基準とするならば、まだまだ成人と呼ぶには幼く未熟である。そこで、彼らは“若木”と呼ばれる騎士見習いの集団へと入る。

 “若木”はその名の通り、おおよそ8歳から13歳までの子供達が所属する集団ではあるが、既に有事の際にはリンカーコアを持たない一般の民達を守るために戦うことを許されている。

 いずれは騎士となり、命を懸けてベルカの国と民を守る誇り高き刃となるその身は、子供であっても、既に守られることに甘んじる精神を持ってはいない。

 とはいえ、大量の騎士を抱え、騎士団を編成している大国ならば“若木”が戦うようなことはなく、むしろ、貴族階級に在る者達の子弟による“騎士ごっこ”に近いこともある。

 国が栄え、強大になるほど、騎士としての高潔さや誇りといった魂が薄れていくことが多いのは、ベルカの地の列王達が等しく頭を悩ます問題でもあった。

 だがしかし、全ての国が騎士団と呼べるものを抱えているわけではなく、国の力が及びにくい辺境の村や、小国、もしくは国を持たない里、そういった場所においては、彼ら“若木”も騎士達に次ぐ守り手なのである。

 騎士の武術、そして魂は正騎士達より“若木”へと受け継がれ、彼らが成長して正騎士となり、次なる時代を担う“若木”達へ、騎士としての誇りを伝えていく。

 ベルカ暦が始まる以前、まだ国家というものすら整った形ではなく、ドルイド僧と呼ばれた魔術師達がやがて騎士と呼ばれるようになる戦士達と共に一族を纏めていた古代ベルカより、それは脈々と受け継がれてきた。

 そして、古代ベルカより伝わる血筋はそれぞれが王国を成していき、ベルカ暦が作られる頃には数十を超える国家が大陸はおろか、次元を超えて広まっていった。

 未だ正騎士ではないこの少女も、古代ベルカより伝わる武術を継承し、後の時代へ伝える役目を負った、騎士の卵なのである。



 「ったく、どこ行ったんだか」


 そして、この少女が仕える白の国は、500人程の人々が暮らす小国であり、人々の数は大国の都市よりも遙かに少ない。

 登城を許された正騎士の数はわずかに3人。総人口が500人程度しかいないのであれば、この数も妥当と言える。

 しかし、正騎士の数に反して“若木”の数は多く、現在34人程が所属している。ただし、この34人のうち、白の国で生まれ、白の国で育った者はこの少女のみである。

 白の国は小国ではあるが、そこに仕える騎士達は一騎当千として知られており、さらに、独自のデバイス技術を保有している。

 高度な知能を備えたアームドデバイスと、鍛錬を重ねた騎士が呼吸を合わせ、親和性の極めて高い戦技を繰り出す、攻防一体のベルカの武術。

 古代ベルカより続く騎士達の戦いは、白兵戦に特化した武器としてのデバイスで打ち合うことが主流であるが、そのデバイスは基本的にただの武器であり、それぞれの騎士の身体強化と敵の騎士甲冑を破壊するくらいの機能しか持たず、強固さに主眼が置かれている。

 だが、白の国ではデバイスを武器としてだけでなく、人格を備えた“相棒”とするための技術を古くから発展させてきた。そして、今代の当主の後継者である人物は“調律の匠”、もしくは“調律の姫君”と呼ばれる程、機械の心を読み取り、そして組みあげる手法に長けていた。

 そうした背景があるため、近隣の国はおろか遠方の大国からすら、白の国を訪れその技術を学ぼうとする者は後を絶たない。

 そして、白の国はその技術を隠すことなく、技術を学ばんとする志を持つ者には、持ちうる技術の全てを伝えてきた。また、優れた戦闘技術を持つ騎士達も、他国からやってくる“若木”達を己の国の者と区別することなく、その武術を継承していく。

 白の国で学び、成長し、やがて各々の国へ帰った者達は切磋琢磨しながらデバイスの技術や騎士の武術をさらに磨きあげる。そして、彼らはそれぞれに白の国との関わりを持つために、白の国に蓄えられる知識は増えていき、その技術は一段と磨きあげられる。

 つまるところ、白の国はそのものを“学院”と称することが出来る。

 他の国のいずれとも中立の立場を保ち、ただ技術と知識を保存し、さらに高めるための研鑽を行う。

 他の国から学びにやってくるものを拒まず、保有する知識を隠すこともない。白の国に住まう民達は、さながら学院の傍に建てられる旅籠や宿場のようなものだろうか。


 そうして、白の国は“智勇の技術国”、“学び舎の国”と呼ばれるようになった。

 培われた知識と技術、そして騎士達の武勇は大国に劣らぬどころか凌駕さえするが、経済力も軍事力も持たない小さな国。

 ベルカの国々全てより軽視されることも、敵視されることも、危険視されることもなく、白の国は在り続けてきた。

 もし白の国が己の国の技術を“秘伝”とするか、外貨を得るための手段として用いていれば、独占を狙った大国によって遙か昔に滅ぼされていただろう。

 しかし、人々のために作られた技術を、ベルカの地全体に広めようとするその姿勢こそが、白の国を不可侵のものへと変えていた。戦争の調停の場として、白の国が選ばれることが多いのもそれ故に。

 つまるところ、白の国を滅ぼす、もしくは併呑したところで得るものは何もないのだ。

 白の国を滅ぼしてしまえば、デバイスの技術も騎士達の武術も絶えてしまう。どの国も白の国から技術の多くを学びとっており、それぞれに研磨しているものの、技術をより高めるための場所としては白の国には及ばない。

 そして、併呑してしまっては、今後白の国に留学、逗留しようとするものは急激に減ることは考えるまでもない。

 白の国を白の国たらしめるものは、自国のためではなく、ベルカの地全体のための技術を研鑽するという姿勢であり、それ故に平等、それ故にあらゆる国から技術者や武芸者の卵が集まる。

 だが、それを一つの国が併呑してしまっては、結局は技術の奪い合いにしかなりえない。

 時代と共に技術を育み、古い技術を継承しながら発展させていくことにこそ白の国の意味はある。それを失くした白の国には、まさしく都市どころか大きめの町ほどの価値すらないのだ。


 そうして、数百年の時を、白の国は刻み続けてきた。

 列王達が割拠するベルカの土地を、白の国は外界との接触を断つのではなく、最も深く交わり、ベルカの地の一部となって共に在り続けてきた。

 無論、ベルカの国々にも戦乱はある。しかし、いつまでも続く戦乱はあり得ず、乱の後には治の時代がやってくる。

 大きな目で見れば、ベルカの土地は概ね平穏であり、列王達の国々は互いに張り合い、時には傷つけ合いながらも、共に生きるという姿勢を忘れることはなかった。



 最果ての地より流れ出る、異形の技術がベルカの地を覆い始めるまでは。



 だが、この時の少女はまだそのことを知りえない。

 白の国が滅ぶことを想う必要もなく、愛する人々を守れるように、白の国の立派な騎士になれるように。

 少女は“若木”の一人として、親しい人々や共に学ぶ仲間と共に研鑽を続けていた。

 鉄鎚の騎士として、長き旅の始まりとなる白の国の最期の日に散る、自身の未来を知る由もなく。

 少女は、自分の生を歩み続けている。






 「あ、見つけたぞ、このいたずら小僧」


 「ふぇっ?」

 少女は、クローゼットの上に座っていた、自分よりもさらに背丈の低い存在を見つけ、語りかける。


 「んなとこで、何してんだ?」


 「えーとねぇ、…………なんだろ?」


 「おいおい、あたしに訊いても分かるわけないだろ」


 「うううぅぅ…………むずかしいね」

 考え込みながら首を傾げるその姿に、少女は微笑みを抑えきれない。


 「そうだな、あたしも一緒に考えてやるよ。えーと……………ちょうちょでも見つけて、追いかけてたらいつの間にかそこにいたとか」


 「ちょうちょー?」


 「ほらっ、前にあたしとザフィーラと一緒に出かけた時に見つけたろ、小さくて、白くて、ひらひらーってしたやつ」


 「あー、ちょうちょー!」


 「おう、そのちょうちょだ」


 「みなかったよ」


 「そ、そうか」

 一体さきほどの返事の元気さは何だったのかと思う少女だが、フィーなんだからさもありなん、とも思っていた。


 「となると………鳥ってことはないよな、鳥だったらフィーが追いかけることなんて出来ねえし」

 少女がフィーと呼ぶ存在、3歳程度の幼女の外見を持つそれは、まだそれほどの運動性能を持っていない。


 「ん?」

 だが、そこまで思い至ると、おかしいことに気付く。


 ≪そもそも、フィーはどうやってクローゼットの上に登ったんだ?≫

 赤髪の少女ならば飛行魔法を使えるし、そもそも自身の肉体能力だけで跳べば登れる。

 8歳の少女の身ではあるが、“若木”であるその身は伊達ではない。

 しかし、3歳相当の肉体能力すら怪しいフィーでは、絶対に不可能だ。

 ならば、どうやって?

 色々と考えては見るものの、なかなか答えは出ない。


 「なあフィー、そこで何してるか、じゃなくて、どうやって登ったかは分かるか?」


 「のぼったか?」


 「そう、梯子を使ったわけじゃないよな」


 「はしご?」


 「ほらっ、あれ、木がこういう風に組み合わさってて、登れるやつ」

 少女は近くに置いてあった花瓶にささっている花を使って、擬似的に梯子のような形状を作り、フィーと呼ぶ存在に分かりやすく説明する。

 何だかんだで、面倒見の良い性格なのである。

 また、彼女が自分よりも小さいフィーを、妹のように思っていることも、大きな理由ではあるのだろう。



 「あーっ、わかるー」


 「そっか、んで、これを使ったわけじゃないよな?」


 「ないよー」


 「だよな、ってわけで、お前はどうやって登ったんだ?」

 そして、少々の回り道を経て、少女は本題へと戻る。

 彼女自身、フィーとの手間をかけたやり取りの時間は、嫌いではないどころか、割と好きな時間なのである。


 「えーっと………」


 「頑張れ、ずっと待っててやるから」


 「えっと、えっと……」

 そして、しばしの時間が流れ。


 「おもいだしたーー」


 「おう、偉いぞ」


 「えへへーー、あれっ?」

 フィーが思い出した頃には、少女は飛び上ってフィーを抱え、クローゼットの上から降ろしていた。


 「ぎゅうう?」


 「いや、抱きしめる時の擬音を使わなくていいぞ」


 「そっかー」


 「それで、どうだったんだ?」


 「どうだった?」


 「お前が、クローゼットの上に登った方法だよ」


 「あっ、はーい!」


 「うむ、良い返事」


 「あいあい!」


 「それで、教えてくれるか」


 「うん、えーっと、ね」

 そして、フィーは思い返すように少し間を置き、その間にヴィータは彼女を自分の腕から降ろす。


 「ほーせきを、つかったのー」


 「宝石?」

 宝石といえば、フィーの動力として使われている、カートリッジの発展型である魔力結晶のことだろうか?

 と、少女は考えるが、それはフィーが自分で取り出すことが出来ないものであることを思い返す。


 「なあフィー、その宝石って、どんなだ?」


 「きれいな、みどりいろー」


 「翠、ね」

 その言葉から、大体の予想がついてきた少女である。

 おそらく、あの湖の騎士が、またうっかりをやらかしたのだろう、と。

 カートリッジを生成することは白の国の騎士ならば誰でも出来るし、“若木”である少女ですら魔力を込めるだけなら可能である。

 しかし、フィーの動力源となる結晶を精製出来る人物となれば、“調律の姫君”か“放浪の賢者”くらいに絞られる。

 そして、フィーが使った宝石とは、それとは別種の物だろう。

 カートリッジのように使い捨てという面では同じだが、特定の魔法を封入し、一度限りの発動体として使う魔力結晶は、ベルカの地では割とポピュラーな部類である。

 ブースト用に純粋な魔力の形で込めるカートリッジと異なり、特定の魔法しか使えないという点で汎用性は低い。しかし、リンカーコアを持つ者でなければほとんど意味を持たないカートリッジと異なり、通常の民にも使うことが出来る。

 特に、念話の魔法を込めた伝令用の通信石などは、古くから発達しており、これらの技術もこの白の国が発祥であり、ベルカの各地に広まり、白の国へ戻ってきて、やがてはカートリッジなど、さらに汎用性の高いものらが作られた。


 「なあフィー、それ、どこで見つけた?」


 「どこでー?」

 そして、今現在の白の国において、そういうものを作り、管理を任されている人物は一人しかいない。

 出来るか否かの問題なら出来る者は他にもいるが、そういった補助系、もしくは医療系の道具を作ることを誰よりも得意とし、その技術の高さは遠い異国にすら届いている騎士が一人いる。



 ≪なのになんで、うっかりを頻発すんだろうな≫

 そう、技術は極めて高く、管理の手際も見事の一言に尽きる。

 杜撰の対極にあるような見事な整理整頓ぶりであるのに、必ずどこかに“うっかり”が転がっているのである。

 おそらく、廊下を歩いている時に、彼女のポケットから落ちたのだろうと、少女は当たりをつけていた。




 「えっとねー」


 「ひょっとして、シャマルの研究室のあたりか?」


 「あっ、すごい、びーた!」


 「ふふん、あたしの推理力は凄いんだぞ」

 あたしじゃなくても、誰でも同じ発想をするだろうけどな。

 という内心は表に出さないまま、少女、ヴィータはフィーの頭を撫でてやる。


 「つまり、拾った翠色の石をいじってたら、身体が宙に浮いて、あそこにいったと」


 「うん! びっくりしたー」

 魔法発動体には、魔力を注がねば発動しないものから、鍵となる動作によって簡単に発動するものもある。

 フィーが使ったような極簡単な飛行魔法が込められているだけの石ならば、手に持って振るだけで発動するような設定になっているものも多い。流石に、身体強化やバリアともなればそうはいかないが。


 「そっか、ところで、まだ眠くはないのか?」


 「うーん………眠いかもー」


 「部屋に戻るまで、持つか?」


 「うーん………むりかもー」


 そんなになるまでクローゼットの上にいるな、っと内心の苦笑いを押し殺しつつ、ヴィータはフィーを抱き上げる。


 「あたしが運んでやっから、フィーはゆっくり寝てろ」


 「ありがとー」


 「いいって、お前の目付も、一応あたしの役目の一つだからな」


 「おしごとー?」


 「まだまだ見習いだけどな、ま、見習いにはお前の相手くらいがちょうどいいのかもしれねえ」


 「みならいー?」


 「ああ、騎士見習いだ、騎士は知ってるよな?」


 「りゅうとたたかうひとー」


 「だな、シグナムだったら竜どころか、もっとつええ奴だってやっつけるぞ」


 「しぐなむ、すごいー」


 「それで、あたしはその見習い、まだ竜とは戦えないかもしれないけど、グリフォンくらいなら倒せるぞ」


 「びーたも、すごいんだねー」


 「これでも、“若木”の一員だからな。それに、戦うことも仕事だけど、守るのが一番の仕事だ」


 「まもる………ひめさま?」


 「うーん………姫様はあたしよりも兄貴に守って欲しいんだろうけど…………」

 ヴィータの声の調子が少し落ちる。

 彼女は白の国の“若木”であり、当然、姫君を守る義務がある。

 だがしかし、彼女自身の心はいささか複雑なものがある。

 まあ、姫君を守るために親が死んだなどの深刻な理由ではなく、そこは8歳の少女相応の、微笑ましい理由なのだが。


 「どうしたのー?」


 「なんでもねえよ、それより、さっさと眠ったほうがいいぞ、あまり起きてるとお前の頭がパンクしちまう」


 「うん、そうするー」


 「素直でいい返事だ、お休み、フィー」


 「おやすみー」

 そして、フィーは瞼を閉じる。

 僅かに時が過ぎた頃には、静かな寝息が聞え出す。



 「ほんと、人形なんだけど、人形とは思えねえ奴だよな」

 その姿を見守りつつ、ヴィータは回廊を歩いていく。


 「人間のように食べて、人間のように眠って、人間のように笑う、完全人格型融合騎の雛型、か」

 融合騎、それはベルカのデバイス技術の叡智の結晶。

 人間と生体的に融合することで魔力を高める技術は100年ほど前から発展してきたが、それに人格を組みこむことは未だ完全には実現されていない。

 いや、そもそも、デバイスに人格を組みこむこと自体が、白の国ですらほんの50年ほど前に確立された技術なのだ。それまでは騎士や魔術師が用いるデバイスとは、魔法発動のための媒体に過ぎず、それに人格を組みこむという発想はなかった。


 「あくまで、ラルカスの爺ちゃんのシュベルトクロイツみたいのが、デバイスの基本なんだよな。しゃべりもしねーし、考えもしねえ、あくまで騎士や魔術師が魔法を発動するのを補助するだけの道具」

 それも道具の在り方の一つであることを、ヴィータは否定しない。

 純粋な効率で見るならば、そちらが勝っているのは明らかなのだ。


 「だけどやっぱり、あたしはアイゼン達の方が気に入ってる」


 鉄の伯爵 グラーフアイゼン

 炎の魔剣 レヴァンティン

 風のリング クラールヴィント

 夜天の守護騎士達と共に在り、騎士に仕える従者であると同時に、騎士の魂そのものでもあるデバイス達。


 「融合騎は数少ねえけど、兄貴の“ユグドラシル”みたいなのが基本だし、人格を組みこむのは、調律師でも難しい、だったっけ」

 後の時代ではデバイスマイスターと呼ばれる者達は、ベルカの時代においては“調律師”と呼ばれる。

 古代ベルカ時代ならばデバイスも単純な武器や魔法発動体ばかりだったため、デバイスの製作や調整は繊細な技術を要するものではなかったが、中世ベルカともなれば、デバイスは強固さを維持しながらも精密なものへと変化していく。

 そうして、しだいにデバイスを鍛え、磨きあげる者達を“調律師”と呼ばれるようになった。

 この白の国は、騎士見習いである“若木”を他国から多く受け入れているが、同時に調律師の卵達も多く受け入れている。

 特に、現在の姫君、ヴィータが仕える対象は、稀代の調律師として名を馳せているのだ。

 そして、姫君の技術の結晶とも言える存在が、ヴィータの腕の中で幸せそうに眠るフィーであった。


 「………誰かの人格をデバイスに投影するんじゃなくて、全くの無から、一つの人格を作り出す。アイゼン達はあくまで初期の人格設定があるけど、フィーは違う」

 フィーはまだ純粋無垢にして未発達。

 人間ならば脳にあたる部分が真っ白に近いため、起きて動ける時間すらまだ2時間ほどしかなく、残りの22時間は眠っている。

 だが、フィーの人格は他の誰の力を借りることなく、フィーが自分の力で組み上げつつあるもの。

 無論、時間はかかる。まさしく、人間の子供と同じように、少しずつ、少しずつ、成長していくのだ。


 「そんときは、もうちょっと人間らしい身体になってんだろうけどさ」

 そう呟きつつ、ヴィータはフィーの部屋に辿りつく。

 とはいってもそこは同時に、彼女が仕えるべき相手の部屋でもある。

 すなわち、白の国の王女にして、ベルカ最高峰の調律師。



 病に伏せる父の代わりに、ヴァルクリント城を支える、フィオナ姫の執務室であった。
















ベルカ暦485年  エトナヴェットの月  白の国 ヴァルクリント城 王女の執務室



 時は、僅かに遡る。


 ヴィータがクローゼットの上にフィーを見つけ、どうしてそのような場所にフィーがいるのかを考えている頃、その作り主は白の国の王女としての責務を果たしつつ、彼女らのことを気にかけていた。


 「シャマル、ヴィータはまだ戻らないのだろうか」


 「そうですね、少し遅いような気もしますけど、ヴィータちゃんなら大丈夫ですよ。フィーがどこまで行ってしまったかは分かりませんけど、それほど遠くにも行けない筈ですから」

 そのフィーが見当たらなくなった原因が、自らのうっかりミスにあることを未だ知らない湖の騎士は、姫の言葉にいつも通り、朗らかに応じる。

 彼女が自分のうっかりを知って凹むまでには、今少しの時間を要するようであった。


 「そうか、どうも私は心配症のようでいけないな。将からもその辺りはよく注意されているのだが」

 彼女は自嘲するように笑みを浮かべるが、この姫君にはそのような表情すら、一つの芸術に出来るような神秘的な美しさが備わっていた。

 美しい銀の髪は揺れるたびに細雪のような輝きを生み出し、その瞳はルビーの宝石のように紅く、目鼻立ちはとても整い、まるで見事な人形のような容姿。

 そして、何よりもその雰囲気。儚いような、朧のような、触れれば壊れてしまう硝子の月のような姿に、心を奪われる者は多い。

 対照的に、彼女の近衛の長であり、烈火の将の渾名を持つ女性が炎の如き激しさと躍動感を併せたような美しさを持つことから、太陽の化身と月の化身、と呼ばれることもあった。

 太陽と月に例えられる場合は、太陽を持ち上げ、月を引き立て役とすることが多いが、白の国の姫君と烈火の将にそれは当てはまらない。

 輝く太陽は、月の美しさを際立たせると同時に、如何なる外敵からも守り通す。

 烈火の将は、月を守り、不埒な者達からその姿を覆い隠す、夜天の雲の将でもあるのだから。


 「いいえ、姫様、貴女は心配症なのではなく、ただただ優しいんです。ヴィータちゃんのことも、フィーのことも、いつも気にかけてくれているから、心配になってしまうだけですよ」

 そして、同じく姫を守護する雲の一角である湖の騎士は、彼女には儚げな笑みよりも、穏やかな笑みこそが似合うと思っている。

 白の国に仕える3人の守護騎士の中で、役割柄、最も姫の傍に侍ることが多い彼女だからこそ、誰よりも姫が笑顔であることを願っている。

 湖の騎士シャマルにとって、フィオナ姫は仕えるべき主君であると同時に、気のおけない友人でもあり、彼女が幼い頃から様々な事柄を指南した弟子でもある。

 もし、彼女が姫ではなく、自分と対等な立場で主に仕える騎士だったとすれば、それはそれで楽しいだろうな、と夢想することもあったりする。


 「ありがとう、シャマル。お前達のような騎士に囲まれ、私は幸せ者だ」


 「その言葉は、そのまま私達にも当てはまりますね」

 自分も、シグナムも、ローセスも、騎士としてこの上なく恵まれているのだとシャマルは考える。

 争いのためではなく、ベルカに生きる人々のために知識と技術を伝えるこの白の国において、騎士達のことを常に気にかけてくれる主君に、仕えることが出来ているのだから。

 国家に仕えるが故に、時には理不尽な命令を受けざるを得ない騎士は数多い。

 敵対する貴族の子弟を殺せ。

 反抗する部族を女子供区別なく皆殺しにせよ。

 税を納めていない村を、見せしめに焼き払え。

 ベルカの国々とて、常に平和であるわけではない。いつの世も、理不尽な死は世界に満ちている。

 特に昨今は、ベルカの土地に闇が広がりつつあることを思わせる事柄が、多数確認されている。

 今は放浪の賢者と共に旅に出ている烈火の将と盾の騎士の二人は、列強の国々の情勢を探ることも目的として出発したのだから。

 しかし、だからこそシャマルは自分達が恵まれているのだと強く思う。

 自分達の力を、守るべき者のために、在るべき形で振るうことが出来る。

 それは、全ての騎士が夢見る。最高の栄誉に他ならないのだから。


 「ねえ、貴方もそう思うでしょう、ザフィーラ?」


 「………」

 湖の騎士の言葉に、姫君のデスクの傍らに控える賢狼はただ頷きを返すことで答える。

 彼の名はザフィーラ、白の国仕える騎士ではなく、そもそも人間ですらない。

 人間を遙かに超える寿命と高い知性、強力な戦闘能力を備えた、ベルカでは幻獣と区分される生き物であり、その存在は人間よりも竜などに近い。それ故、敬意を込めて賢狼と呼ばれる、ただの狼とは一線を画す存在であるがために。

 賢狼が人間と共に在り、力を貸す事例はごく稀であり、そもそも彼以外には知られていない。

 彼が力を貸している相手である放浪の賢者も、一体いつから彼が傍にあったのか知らないと語る。気付けば傍らに無言で佇んでいた、とだけ彼は夜天の守護騎士達に語っていた。


 「………ありがとう、ザフィーラ」


 「………」

 白の国の姫君の言葉に対し、気にするなと言わんばかりに彼は首を振る。

 彼は人間の言葉を介しており、念話に近い形で己の意思を伝えることも可能であり、実際に人間の言葉を話すことも不可能ではない。

 だが、賢狼にとって言葉というものは神聖な意味合いを持つ。人間は言語をコミュニケ―ションの手段として用いるが、賢狼にとって言語とは、自らを賢狼たらしめる由縁であり、知恵持つ幻獣である証であると同時に誇りなのだ。

 それ故、彼は言葉を理解しつつも発することはない。彼が何を考えているかを念話と近いようで異なる不思議な能力によって伝えることは出来るが、それとて頻繁に行われるわけではなく、その多くは戦闘時であった。

 そして現在、彼は白の国の姫君の護衛という立場を己に課している。

 ただ一人で生きる孤高の賢狼にとって、それは本来必要のない儀式。

 だが、自分以外の者に仕え、その者のために力を振るうということには、孤高の賢狼であった彼を惹きつける何かがあった。

 それが何であるかは、まだ彼にも分からない。いや、それを知りたいと願うからこそ、今も彼はここにいるのか。

 中でも、彼は夜天の騎士の一人に心を許している。

 盾の騎士の渾名を持つ青年の在り方には、共感できるもの、はたまた、力を貸したいと思えるものが確かにあったのだ。


 そして――――


 「姫様、入ってもいい…よろしいでしょうか」

 騎士となることを目指し、その階段を昇り続ける少女の声が、扉の外より響いてくる。

 その少女のことは、ザフィーラも深く理解している。

 何しろ、彼は任されたのだ。長期の旅に出る自分が留守の間、ヴィータのことを見守っていて欲しいと。

 誠実でありながらもどこか不器用で、しかし、愚直なまでに真っ直ぐな青年よりの依頼を、彼は引き受け、それを守り続けている。


 「ふふ、ヴィータちゃんは相変わらず敬語が苦手のようね」

 ヴィータが敬語を使いだしたのは割と最近であり、慣れていないのも無理はない。わざわざ言いなおす仕草に、微笑みがこみあげるのを抑えきれないシャマル。

 「構わない、入ってきてくれ」


 「えと…失礼します」

 一応は騎士らしい礼をしながらヴィータが入ってくるが、シグナムやローセスの礼に比べればまだまだぎこちない。


 「フィーを見つけてくれたか、ありがとう、ヴィータ」


 「いえ、これも、騎士の務めですから」

 労いの言葉をかけるフィオナに対し、ヴィータはフィーを専用のベッドに寝かしつつ、そっけない返事をする。

 騎士見習いとしては褒められた態度ではないが、ヴィータの態度がそっけないのには、騎士と主君以前の部分に理由がある。その公私の区別がつけるのを8歳の少女に求めるのは酷というものである。


 「あらあら、お兄ちゃんを取っていく悪い女性には、心を許せないかしら、ヴィータちゃんは?」


 「そ、そんなんじゃねえよ!」


 「………別に、取る気はない……の……だが………」

 そして、その場に流れる雰囲気は、姫君と仕える騎士達のものから、仲の良い家族のものへと変わる。

 一度こうなると、主君に対してすら遠慮というものが一切なくなるシャマルである。

 ただし、騎士として在るべき時は徹底して敬語を用い、臣下としての振る舞いを忘れることはない。

 彼女もまた、夜天の守護騎士の一人なのだから。


 「あら、じゃあヴィータちゃんはローセスのこと、嫌いなの?」


 「嫌いじゃないけどさ………兄貴が誰を好きだったとしても、それは兄貴の勝手だろ」


 「ふむふむ、ローセスに好きな人がいるという事実は認めているわけね」


 「シャマル……意地わりーぞ」


 「ごめんなさいね、ヴィータちゃんが余りにも可愛いから、つい」


 「ふふふ………確かに、可愛らしかったな」

 動揺から復帰したフィオナも、シャマルに追従する。

 だが―――


 「でも、ローセスのことを考えてる時の姫様も可愛いですよ?」


 「―――――!!」

 幼少の頃から彼女の近衛として仕え、見守ってきた湖の騎士にとっては、彼女とて可愛らしい存在である。


 「べ、別に私とローセスはそんな関係ではなく……」


 「じゃあ、どういう関係で?」


 「し、白の国の王女と、それに仕える騎士。………それ以外にないだろぅ」

 彼女の言葉が途中からどんどん小さくなっていったのは、決して二人の耳が悪いせいではないようである。


 ≪兄貴も兄貴だからなぁ、多分、“好きだ”とか“愛してる”なんて言ったことねえんだろうな≫

 そして、自分の兄であり、夜天の守護騎士の一人である盾の騎士ローセス。

 ヴィータが生まれた時から共に生きてきた存在であり、その性格は当然知り尽くしている。

 ヴィータにとっては兄が取られるようで悔しいような寂しいような気持ちもあるが、もう少し姫に気の利いた言葉でもかけてやれよ、と兄に対して思わなくもない。


 ≪あ、でも、“貴女は綺麗ですよ”とか、“美しい歌声ですね”とかはナチュラルに言ってそうだ≫

 直接的な愛の言葉などは決して言わない癖に、そういう言葉は恥ずかしげもなく連射するような兄である。


 ≪ただなあ、それを誰にでも言っちまうんだよなあ、兄貴の場合≫


 先ほどヴィータが想像した言葉は、何を隠そう同僚であるシグナムやシャマルに対し、ローセスが素でいい放った言葉である。

 普通の女性がこのような言葉をかけられれば、自分に気があるのだと勘違いされても仕方がない。

 ただ、その相手が今のところ、烈火の将シグナムと、湖の騎士シャマルに限られているために、そのような勘違いは避けられているようである。

 ただ、旅先でそのようなことがないかと、一抹の不安は拭いきれないヴィータであった。


 「あ、それでヴィータちゃん、フィーはどこにいたの?」

 ヴィータが兄について思考に沈んでいた間に、姫と騎士、いや、妹の恋愛をだしに楽しむ姉とからかわれる妹のような会話も終わっていた。

 ただ、フィオナの表情は真っ赤に染まり、俯いていたが。



 「ああ、それなんだけどさシャマル。お前、これに見覚えねーか?」

 と言いつつ、ポケットから翠色の石を取り出すヴィータ。

 シャマルが作る魔法発動体は、その多くが彼女の魔力光と同じ翠色をしている。

 それ故に、ヴィータはこの石の出所が簡単に推理出来たのであった。


 「あら、浮遊石じゃない、ヴィータちゃんに渡していたかしら?」


 「いいや、あたしは渡されてねえ。こいつはな、フィーが持ってたもんだ」


 「えっ?」

 ヴィータの言葉を聞き、シャマルの表情が固まる。


 「どういうわけか、お前の研究室の近くの廊下でフィーはこれを拾ったんだと、それで、奇麗な石だからって握って振ったりしてたらフィーの身体は宙に浮いたらしい。そんで、クローゼットの上で座り込んでたよ」


 「あ、あははーー」


 「笑って誤魔化すなよおい」

 じとっとした目をシャマルに向けるヴィータ。

 ついでに言えば、ザフィーラも呆れたような目を向けている。


 「ヴィータちゃん、失敗って、誰にでもあると思うわ」


 「三日に一度の頻度な気がするのは、あたしだけか?」


 「罠よ、これは罠よ、きっとそう、シグナムの罠」


 「ラルカスの爺ちゃんや兄貴と旅に出てるシグナムが、どうやったら罠を張れんだよ」

 そして――――


 「シャマル?」

 つい先程まで湖の騎士にからかわれていた姫君から、素晴らしい声色の美しい旋律のような声が響く。


 「な、何か御用でありましょうか、姫様」

 自分の不利を悟らざるを得ないシャマルは、口調を敬語に戻す。だが、額からは冷や汗が流れている。


 「フィーについて、少し、話したいことがあるのだが、いいだろうか」


 「え、ええっと」

 フィーは、“調律の姫君”と呼ばれるフィオナがその技術の全てを注ぎ込んで作り上げた存在であり、彼女にとっては妹であり、娘のような存在だ。

 ただ、未だ幼子であり、その成長には様々に気を使う必要がある。ヴィータもその辺りはよく理解しており、忙しいフィオナやシャマルの代わりに、フィーが起きている間は可能な限り傍にいることにしている。

 ならば当然、幼子の手に浮遊石が渡るような真似をしでかした湖の騎士が、姫君の逆鱗に触れぬわけがなかった。


 「あー、あたし、そろそろ訓練の時間だから、この辺で失礼します。あ、ザフィーラも付き合ってくれるか?」


 「………」

 了承したと言わんばかりに立ちあがるザフィーラ、この辺りは阿吽の呼吸である。



 「ヴィータちゃん! ザフィーラ! 私を見捨てるの!」


 「ああ、構わない。私もしばらくシャマルと二人だけで話したかったから、ちょうどいい」

 シャマルと二人で、の部分が強調されていたのは、ヴィータの聞き違いではないだろう。


 「それじゃあ、あたしはこれで」


 「だが、そうだ、少しだけ待ってくれヴィータ」


 「え?」

 扉から出ていこうとするヴィータを呼びとめ、フィオナはデスクの中から鎖のついたペンダントに近いものを取り出す。


 「これは?」


 「グラーフアイゼンはローセスと共に旅に出てしまっているからな、お前の訓練用に作ったデバイスだ」

 鉄の伯爵グラーフアイゼンは攻撃力の面で難があった盾の騎士ローセスのために作られたデバイスであったが、適正はむしろ妹であるヴィータの方が高かった。

 ヴィータは小柄な体躯に似合わず、鉄鎚を用いた近接戦闘を得意としている。無論、剣術や槍術、弓術も一通り修めてはいるものの、やはり鉄鎚での打撃こそが彼女の最大の持ち味である。


 「アイゼンに、そっくりだ」


 「基本フレームはグラーフアイゼンそのままだ。ただ、ラケーテンフォルムやギガントフォルムへの変形機能や知能はないが、純粋なアームドデバイスとしての性能だけならば劣りはしないだろう」

 逆に言えば、こちらこそがベルカの標準的なデバイスである。

 グラーフアイゼンはアームドデバイスとしての攻撃力、耐久性を維持したまま、高度な知能と変形機構、優れた魔法補助能力をも兼ね備えており、これを上回るデバイスはベルカのいずこを探しても存在しない。

 唯一対等と言えるのはレヴァンティンやクラールヴィントであり、他の国が彼らと同等の性能を持つデバイスを製作できるようになるには、あと10年ほどはかかるだろう。

 そして、この三機もまた、“調律の姫君”が作り上げたものであった。


 「あと、カートリッジシステムも搭載してはいない。お前の身体ではカートリッジは負担が大きいと私も思う」


 「いざという時に無理が効くようじゃなきゃ、騎士のデバイスとは言えねえ。けど、あたしはまだ見習いだもんな」


 「騎士になる頃には、カートリッジを搭載しておこう。それに、グラーフアイゼンがローセスから譲られるかもしれないぞ」


 「だよな、やっぱしアイゼンは兄貴よりもあたしの方が合ってると思うんだ」


 「ふふふ、そこばかりは、本人の意見も聞いてみないといけないな」

 兄と恋仲にある女性に対して普通に接することが出来るほど、ヴィータはまだ大人ではない。

 ただ、そういった部分を除外するならば、フィオナという女性はヴィータにとって苦手ではなく、むしろ好きな部類に入ることも事実であった。

 彼女があと数年もすれば、その辺りにも折り合いをつけ、対等に話せるような時も来るだろう。

 そして――――


 ≪ザフィーラ、どうして扉を塞ぐの!!≫


 ≪………≫

 フィオナとヴィータが話しているうちに、何とか死地よりの逃走を図ろうとしたシャマルは、蒼き賢狼によってその逃走経路を遮断されていた。

 ついでに言えば、この部屋の中では転移魔法などは行えず、外部から直接この部屋に転移出来ないようにもなっている。白の国に限らず、王族や貴族の部屋というものはそのような処置がされているものなのだ。

 つまり、空間を操る魔法を得意とする湖の騎士をもってしても、この部屋から逃走を可能とするのは出入り口である扉だけであり、そこには賢狼がこの道は通さんとばかりに立ちふさがっていた。なお、窓は明かりを取り入れるのが目的なので開かず、空調用の穴は他にあるが、そこは人間が通れる大きさではない。


 「訓練をするのはいいが、怪我だけはしないようにしてくれ、お前が傷ついてはローセスが悲しむし、私も悲しくなる」


 「………大丈夫だって、子供じゃないんだから……」


 「ふふふ、そうだったな」

 二人は、微笑みつつ言葉を交わし。


 「さて、シャマル、お前に話がある」


 「じゃあなシャマル、訓練、頑張ってくるわ」


 処刑台に上がる面持ちの湖の騎士に対し、共に笑顔を向けたのだった。



















ベルカ暦485年  エトナヴェットの月  白の国 ヴァルクリント城付近 草原



 「ふう、つっかれたあ」

 心地よい疲労感と共に、ヴィータは草原に大の字で横になる。

 彼女が行っていたのは実際の相手を想定したものではなく、より基礎的な武器を効率よく扱うための訓練である。

 どんな戦闘も、基礎が出来ていなければ話にならない。会心のタイミングを合わせても、武器を振るう腕力が伴わなければ何の意味もありはしないのだから。


 「シャマルは、まだ絞られてんのかな?」


 「………」

 傍らで訓練を見守りながら、彼女のフォルムが乱れた時にはそれを示し、注意を促していたザフィーラは、応じるように頷く。


 「となると、まだ戻らないほうがいいか………そうだ、久々に泉の方に行ってみねえか!」


 「………」

 ザフィーラは黙したまま腰を屈め、そのままの姿勢を続ける。


 「乗っていいのか?」


 「………」

 賢狼は、ただ無言。

 だが―――


 いくらお前でも訓練の後では疲れているだろう、私が運んでいこう。


 そんな意思が、ヴィータには不思議と感じ取れた。


 「ありがと、ザフィーラ」


 「………」

 気にするなと言わんばかりに頷きを返し、赤い髪の少女を背に乗せ、蒼き狼は駆けだす。


 「うぉー、やっぱはええええ!!」


 「………」

 8歳でありながら空戦が既に可能であるヴィータ、彼女の移動速度も相当ではあるが、ザフィーラが駆ける速度はそれをさらに上回る。


 「それ行け、ザフィーラ!」


 「………」


 そして、ザフィーラに跨り、興奮しながら掛け声をあげるその姿は、年相応の少女のものであり――――

 夜天の主に力を貸す賢狼は、彼女を背にのせながら、騎士という存在に想いを馳せる。

 このように無邪気に遊ぶ姿が似合う少女ですら、主君やその民のために己の命を懸ける心構えを持っている。

 そして、彼女の先を行く3人の騎士、烈火の将シグナム、湖の騎士シャマル、盾の騎士ローセスは言うに及ばず。

 特に、ローセスにとってはヴィータこそが守るべき対象であるはずだが、彼女が騎士としての訓練を続けることに反対はせず、悲しむこともなく、誇りに思っているようである。

 無論、ヴィータが戦場に臨むことや、負傷する危険がある場所に赴くことを望んでいるわけではないだろう。ザフィーラを彼女の傍に残し、見守っていて欲しいと頼んだことはその証とも言える。

 彼女が危険に晒されることは望むところではないが、彼女が危険を覚悟してなお騎士として戦うという意思は、尊きものであると認め、それを感情論で否定することもない。

 騎士の在り方は、人間らしくないようでありながら、人間にしか出来ないような生き様であるように、賢狼には思われるのだ。


 ≪騎士とは、かくも興味深い≫


 蒼き賢狼は、想いを馳せる。

 自分が、彼らと共に歩むことを決めたのは一体なぜか。それは、彼自身にも分からない。

 しかし、ただ孤高の賢狼として生きるよりも、尊きものがそこにはあるのではないか。

 そのように考えたからこそ、彼は夜天の騎士達と共に在る。

 それが、どのような結末をもたらすかは、まだ分からない。

 だが―――


 ≪今は、この若き騎士見習いを見守ろう。それが、我が友、ローセスとの誓約だ≫


 賢狼は、決して誓約を違えない。

 言葉に出して誓うことなど、生涯で三度しかないと伝えられる彼ら。

 この誓約は直接口にして誓ったものではないが、それでも、ザフィーラにとっては決して違えてはならないものである。

 そして、さして遠くないうちに、言葉を以て成す誓約、すなわち“誓言”を夜天の騎士達のために立てる時が来るのではないかと。



 「駆けろっ! 行けえぇーー!」


 「………」



 蒼き賢狼は、静かに予感していた。






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あとがき

タイトルはまだ仮題です。しっくり来るのがあれば変えるかもしれません。今のも結構気に入ってますが。
この過去編ではオリキャラが何人か登場しますが、受け入れてもらえればうれしいです。
無印の感想返しは、そっちにほうに書いてます。アナザーエンドはちょっと手こずってるので気長にお持ちください


ちなみに、この白の国のモデルになったゲームがあったりします。世界観もけっこう借りてます。分かる方はいらっしゃるかな?

あと、賢狼ザフィーラも、ヒントは欲望。




[25732] 夜天の物語 第一章 中編 旅の騎士達
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/02/02 20:56
第1章  中編  旅の騎士達




ベルカ暦485年  エトナヴェットの月  ミドルトン王国領  イアール湖




 心が引きこまれるかと思われるほど透き通った水を湛える湖、イアール湖。

 ベルカの地に点在する王国の一つ、ミドルトン王国の中でも屈指の美しさを誇るその湖畔に、一人の騎士が佇んでいる。

 無骨と耽美、本来相反するはずのその二つを兼ねた騎士甲冑を纏い、桃色と赤紫色の中間と言える長い髪を後ろで束ね、鞘に収まった剣型デバイスを携える凛々しい風貌の女性。

 夜天の守護騎士の将であり、“剣の騎士”との誉れ高き、白の国の近衛隊長。

 彼女は、ただ静かに湖面を見据え、鞘に収まったままの相棒に語りかける。


 「来る」


 『Ja』

 交わす言葉は短く、しかし、それ以上の言葉は不要。

 炎の魔剣レヴァンティンは、烈火の将が魂。

 こと、戦いの場において、この二人が意思の疎通に余分な言葉など必要とするはずもない。

 そして、二人の言葉に応じるかのように、湖の水面が盛り上がり、巨大な生物が姿を現す。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 ベルゲルミルと呼ばれるその生物は、竜と同等の体躯と強大な力を持ち、主にイアール湖を中心としたミドルトン地方の湖に生息していることは知られているが、それ以上のことはほとんど謎に包まれている。

 その鱗は頑強であり、牙や爪も人間など容易く引き裂く力を秘めており、肉食でもあるため人間が出会えば危険極まりない生物であることは間違いない。


 「往くぞ、レヴァンティン!!」


 『Jawohl!』

 だがしかし、それは彼女らが普通の人間であればの話。

 ベルカの騎士は戦いにおいて一騎当千。無論、全ての騎士がそこまでの技量を備えているわけではないが、ベルゲルミルという巨大生物と対峙している騎士は、まさしくその言葉を体現した存在であった。


 「紫電――――」


 そして、人間よりも遙かに巨大な体躯と力を備えた相手に対し、様子見を行う愚を犯すような者に、夜天の騎士を名乗る資格はない。

 みまうべきは強烈無比なる一撃であり、小手先の技で敵の力を図ろうとするなど愚の骨頂。

 技術とはあくまで騎士と騎士が戦う際にこそ用いるべきものであり、人間との戦いでこそ意味を成す。魔獣や幻獣を相手にする際に知恵を絞るのは魔術師の役目、騎士の役割とはすなわち。


 「一閃!!」


 『Explosion!』

 強大な力を誇るその存在に真っ向から立ち向かい、鎧を持たない魔術師達の盾となると同時に、剣となること。

 ただ、烈火の将と炎の魔剣の場合はいささか異なり――――


 「■■■■■■■■■■■■■■■■………」


 魔術師の智略と補助を必要とすることなく、一対一で打ち破ることが可能、いや、容易であるという点で、怪物退治のセオリーとはかけ離れた存在であった。

 紫電一閃を正面から叩き込まれたベルゲルミルは、僅かに唸り声を上げた後、湖畔の浅い水に倒れ込む。


 「存外、楽に片付いたな」


 『Ja』


 「では、本来の仕事を行うとしよう」


 『Nachladen.(装填)』
 
 だがしかし、それもある意味で当然である。

 この二人の目的はそもそも怪物退治ではないのだから、セオリーからかけ離れるのも実に自然な成り行きであった。


 「“鏡の籠手”よ、起動せよ」

 剣の騎士が取り出し右手に填めた道具は、籠手という名こそ付けられているものの、実質は手袋と呼ぶべき薄さである。

 翠色の布で作られたそれは、魔力が注がれると共に湖の騎士と同じ色の魔力光を放ち、込められた術式を開放していく。


 「リンカーコア、摘出」

 彼女の紫電一閃(当然、殺さないように手加減をしている)によって目を回しているベルゲルミルに近寄り、直接鱗に触れると同時に、輝きが一段と強まる。

 そして、人の掌の上に容易に収まるほどの大きさの光を放つ物質、すなわち、リンカーコアが導き出されるように姿を現す。


 「すまんが、少々我慢してくれ、痛みはないはずだ」

 そちらよりも紫電一閃の方が余程痛いはずだが、まあそれはそれとして、彼女は所持していた本を開く。

 その表紙には、魔術師達が己の秘儀を伝える際に使用する古代ベルカ文字において、“魔法生物大全”と書かれていた。

 
 「蒐集、開始」


 そして、彼女の言葉と共に起こった現象は、ベルカの地においても秘蹟と称されうる最上級の魔道の業。

 “鏡の籠手”によって導き出されたリンカーコアの一部が、光の粒となりつつ本に注がれていくと同時に、本のページが独りでに埋まっていく。

 そこには、ベルゲルミルという生物の生態が事細かに書きこまれ、数十年観察を続けることでようやく得られるが如き成果が、凝縮されていた。


 「よし、完了だ。すまなかったな、シャマルならば傷つけることなく速やかに成せるのだろうが、私はあいにく不器用でな」

 労うような言葉をかけつつ、女性騎士は懐から翠色の石を取り出し魔力を込め、治療魔法の術式を展開する。

 こちらも、彼女の同僚である湖の騎士シャマルが製作した魔法石であり、自身では治療系の魔法が使えない彼女は実に重宝していた。

 淡い翠色の光がベルゲルミルを包み込み、手加減はしたものの付いてしまった傷を癒していく。



 そこに―――



 「いやあ、驚きました。流石は白の国が誇る烈火の将シグナム、見事な手際ですねえ」

 後方で控えていた線の細い男性が、声をかける。


 「賞賛の言葉、有り難く受け取ろう。だが、諸国の近衛の長達に比べれば若輩の身ではあるが、白の国の近衛隊長を任されている立場にいる以上、この程度のことが成せぬようでは話にならん」


 「いやいや、この程度と申されましても、ベルゲルミルを一撃で昏倒させることが出来る騎士など、ベルカの地全体を見渡してもどれほどいることやら」


 「そうかな、これを成せる騎士という存在は案外多いものだぞ、世界は広い。お前も機会があればベルカの地を巡ってみるといい、今よりもさらに視野が広がるだろう」


 「はあ、実際に放浪の賢者と共に諸国を巡られている貴女の言葉では、反論することは出来ませんけど」

 苦笑いを浮かべつつ、年齢19歳程と見受けられる男性は、今も横たわるベルゲルミルを見上げる。


 「しかし、本当に驚きましたよ。今まで何度も力自慢の騎士の方々をここに案内してきたものですけど、これほど容易くベルゲルミルを制し、かつ、ほとんど傷つけずに目的を達成なさるとは」

 彼はイアール湖の畔にある大きな街、パヴィスに住む調律師であると同時に猟師でもある。

 彼の家は代々イアール湖周辺の案内役を務めており、彼もまた、4年前よりベルゲルミルを打倒することで誉れとせんとする騎士達を幾人も案内してきた。

 だがしかし、その大半は返り討ちにあい、ごく稀に打倒することに成功する騎士もいたが、彼女のように最初の一撃で昏倒させ、さらに打倒することが目的ではなかった者は彼が案内してきた中にはいなかった。


 「半分は私の仕事ではない。これを作ったのは私の同僚であり、こちらは、我等が大師父の作品だ」


 「貴女と同じ夜天の騎士の一人、湖の騎士シャマルの作品である“鏡の籠手”に、彼の放浪の賢者ラルカスが作りし”夜天の魔道書”か、いや凄いなあ」

 若者の言葉に、シグナムは首を横に振る。


 「いいや、これは夜天の魔道書本体ではない。“魔法生物大全”という銘がついているが、実際は情報をまとめ、夜天の魔道書へ引き渡すための子機のようなものだ」


 「ああなるほど、一旦はそちらに保存され、しかる後に大元である夜天の魔道書に記録される。というわけですか」


 「ああ、夜天の魔道書のキャパシティは膨大だ。ベルカの地に生きる全ての魔法生物を記録したとしても、まだページは残るだろう」

 ベルカにおいては、リンカーコアを持つ生き物は魔法生物、もしくは魔獣などと呼ばれる。

 その中でも特に知能が高く、人間と同等かそれ以上の者らは幻獣と称され、真竜などが最たる例とされる。

 それらの記録を悉く蒐集してなお、ページを残すと言われる夜天の魔道書。その容量はデバイスの常識を超えるものであった。


 「ははは、流石は放浪の賢者の最高傑作と呼ばれし魔道書。僕なんかではその一部すら理解できそうにないなあ」


 「そう卑下することもないだろう。お前の調律師としての名も、かなり知れ渡っているぞ、クレス」

 シグナムにクレスと呼ばれた青年。

 彼もまた、10歳から15歳までを白の国で過ごし、調律師としての技術を学んだ者であり、騎士と調律師では立場がやや異なるが、シグナムの後輩に当たる存在であった。

 彼もまたリンカーコアを有しており、騎士見習いの集まりである“若木”の一員なることも不可能ではなかったが、性格がそれほど戦いに向いていなかったことや、何より、彼の才能は騎士よりも調律師や魔術師としての方面に偏っていたこともあり、“若木”とはならなかった。

 彼のように、他国から白の国に技術を学ぶために訪れる者は多い。そして、彼らがそれぞれの母国の技術を高め、それがまた白の国へと集まっていく。

 そして、彼らはそれぞれの国で騎士や調律師として名を馳せ、歴史や地理にも精通していることが多いため、夜天の騎士達の旅とは、白の国の門徒達を巡る旅であるといえた。


 「ありがとうごさいます、騎士シグナム。シャマルさんやザフィーラとも、出来れば再会したかったところですけど」


 「その二人は来ていないが、ローセスは来ているぞ、お前とは特に親しかったな」


 「みたいですね、あいつも、今では白の国の正騎士にして、夜天の守護騎士の一人なんだよなあ」

 感慨深いような、羨むような、やや微妙な表情を浮かべるクレス。


 「ライバルに置いて行かれるような心境、といったところか」


 「貴女には敵わないなあ。まあ、そんなとこです、騎士シグナム」


 「私にも似たような経験はあってな、私の同年代には同格の騎士がいなかった。先輩には幾人かいたが、彼らも私が正騎士となる前に白の国を離れていた」

 剣の騎士にして、夜天の騎士の烈火の将シグナム。

 彼女が“若木”であった頃、彼女に敵う男はおらず、無論のこと、女はさらにいなかった。

 彼女が述べたように、年上には幾人か彼女と同等の者もいたが、白の国の“若木”は大半が他国より訪れている者達であるため、長くとも7年ほどで故国へ戻るのが常であった。


 そして、白の国で生まれ育った者達の中では、シャマルが唯一彼女と対等と言えたが、その専門は大きく異なる。騎士として最前線で戦うことがシグナムの役割であり、シャマルの役割は後方支援。

 ちょうどローセスとクレスの関係と重なる。

 求められる技術が全く異なる故に、競い合う仲とはなりえない。互いに意識し合い、負けてはいられないという想いはあったが、やはり武の腕を競える相手がいなかったことは、彼女にとって唯一残念といえる事柄であった。


 「確かに、僕は恵まれていますね。力無き者にはそれ故の苦悩があり、力有りし者にもそれ故の苦悩あり、でしたっけ?」


 「我等が大師父の言葉はいつも真理を的確に表すな」


 「確かに、まあ、そのような人智を超えた品物を作り上げることが出来る人ですから」

 クレスが指す“人智を超えた品”とは、無論、“魔法生物大全”とその上位に君臨する夜天の魔道書である。


 「リンカーコアの一部を蒐集して、その生態を余すことなく写し取る。確かに、僕達生物の細胞にはそれぞれの設計図と呼べるものがあり、リンカーコアには特に情報体として解読しやすい形で保存されているとはいいますが、リンカーコアの欠片からそれを読み取るのはほとんど不可能に近いと思いますよ」


 「心臓に例えるならば、心臓だけを抜き出して、僅かに血液を採取するだけでその生物の特徴を全て書き出すようなものか。確かに、改めて考えれば、空恐ろしさすら感じる」

 クレスの言葉に、シグナムもまた表情を改めて考え込む。


 「それに、“鏡の籠手”も普通ではあり得ない品ですよ。シャマルさんは道具を用いることもなく、やってのけてしまいますけど」


 「私も時々恐ろしく感じるほどだ。もし私が敵対する立場にいるならば、シャマルは真っ先に潰すだろう」


 「ですが、貴方が剣、彼女が癒し手ならば、もう一人、強力な盾がいますからそれも厳しいでしょうね」

 夜天の守護騎士は二人ではなく、三人。

 最も防戦を得意とする盾の騎士がいるからこそ、烈火の将は前線で心おきなく戦うことができ、湖の騎士は補助に専念することが可能となる。


 「ふっ、本当にローセスのことをよく見ているな、お前は」


 「茶化さないでください、それに、ローセスと言えば、あの子はもう何歳になりますかね?」


 「ヴィータか、今年で8歳になるはずだ」


 「8歳ですか、早いものだなあ」

 クレスという青年は現在19歳であり、彼が白の国に滞在していたのは15歳までであるため、彼が知るヴィータは4歳の幼子であった。

 そして、ヴィータの兄である盾の騎士ローセスは彼と同じ19歳。クレスも幾度となくヴィータの遊び相手を務めた覚えがある。


 「ちょうど、私と同年代の友人の娘も同い年でな、たびたび子供の話を聞かされるので自然と覚えてしまった」


 「そうでした、騎士シグナムはもう26歳でしたっけ。ということは、その人は18歳で産んだわけですか、まあ、平均的でしょうけど」


 「ほほう、女性に対して年齢を直接言うとは、いい度胸だ」


 「あっ、いえ、これはその、言葉のあやというやつで………」

 自分の失言を悟り、慌てて修正を試みるクレス。


 「冗談だ、ただ、仮に会えたとしてもシャマルの前では言うな、あれの前で歳の話は禁句だ」


 「ああー、行かず後家を気にしてたんですね、シャマルさん。貴女の一つ下のはずだから、もう25歳、適齢期はけっこう過ぎてますねえ」

 ベルカにおいては、女性は子供を産めるようになれば成人と見なされ、平均寿命もそれほど長いわけではないため、結婚する年齢も自然と低くなる。

 15~18歳程が一般的であり、20歳になればやや遅め、25を超えれば危険水域に入り、30を過ぎればほぼ絶望的である。

 湖の騎士シャマル、御年25歳。騎士として白の国に仕えることを本懐としてはいるものの、それはそれとして、女を捨てているわけではないので、内心に焦りを抱えてもいた。

 御年17歳であり、恋愛真っ最中のフィオナ姫をシャマルがよくからかうのは、自己の精神を保つための儀式の要素を含んでいるのかもしれない。



 「器量は申し分ないはずなのだが、なぜか男が寄ってこないというのも不思議な話だ」


 「あー、それは、男心も女心に劣らず複雑、という奴だと思いますよ」

 クレス自身、12~13歳の頃は6歳年上であり、見目麗しいと同時に性格も穏やかで、誰にでも優しく、かつ明るく接するシャマルに憧れの感情を抱いていたこともある。(シグナムの場合は憧れというよりも崇拝に近かった)

 だが、遠目にはシャマルという女性は“何でも出来る完璧な才女”ように見えるため、男の方が劣等感を感じてしまい、敬遠してしまうのである。

 彼女のことを深く知れば、“完璧な才女”どころか、“うっかりお姉さん”であることも分かってくるのだが、シャマルはよほど親しい人物の前以外では滅多に敬語を崩さず、冷静な参謀としての面も備えるため、それに気付くことは困難であった。

 クレスもまた、ローセスを通してシャマルという女性のうっかり属性を知るに至ったくらいである。

 ただ、その大きな理由として、湖の騎士シャマルとほぼ同年齢で、同じく遠目には“騎士の具現”と言える剣の騎士シグナムが、ほぼ見た目通りの存在であることが挙げられる。

 シグナムが見た目通りの内面であるため、シャマルもまた見た目通りの内面であるのだろうという先入観が働いてしまうのであり、彼女ら二人が共に優れた能力を持つ、同年代の同格の騎士であることがそれに拍車をかける。


 「情けないな。本気で惚れたのならば、劣等感など感じている暇を自己の鍛練に向け、シャマルを妻とするのに相応しい男になればいいだけだろうに」


 「はははは………貴女が男性だったら、きっとそうしていたような気がしますけど」

 口に出しつつ、ひょっとしたら本当にそうなっていたかもと思うクレスであり。


 「ふむ、私が男であったら、か………………確かに、シャマルを妻に迎えていたかもしれん」

 それを恥ずかしがることもなく、堂々と言い放つからこそ、彼女はシグナムであった。



 「ところで、ベルゲルミルの調査は終わったわけですが、戻られますか?」


 「いや、ローセスが近場でスクリミルの調査を終えたところで、こちらに合流するらしい。それまではここで待つ方がいいだろう」


 「念話が、この距離で届くんですか?」


 「ああ、私達は念話を補助するためのデバイスを所有しているからな、夜天の騎士は戦場において連絡を常に取り合うことが出来る」


 「流石は調律の姫君、相変わらず凄い腕前だ」

 彼もまたそれなりに名の通った調律師ではあるが、白の国の“調律の姫君”には遠く及ばないことは自覚している。

 最も、いつかは彼女に及ぶほどの調律師になってみせるという野心をクレスは持っている。逆に言えば、向上心を持たぬ者は白の国から印可状を授かることは出来はしない。

 彼は弛まぬ向上心とともに白の国で修錬を重ね、15歳の時に放浪の賢者より薫陶を受け、独立して調律師を名乗る資格を得たのだから。


 「我等の主にして我等の誇りだ。本当に、夜天の騎士は主君に恵まれている」

 そして、ちょうど同じ頃、はるか遠方の故郷において、湖の騎士が全く同じ事柄に想いを馳せていることを、剣の騎士は知るはずもない。

 ただそれが、夜天の騎士全員が心に刻む共通の想いであった、それだけの話である。


 「それで騎士シグナム、待つのは構いませんけど、ローセスが来るまでどうしてましょうか?」


 「そうだな、この辺りの魔法生物はベルゲルミルと今ローセスが調査しているスクリミルで最後だ。特にやることがあるわけではないな」

 夜天の騎士の旅の目的は主に3つ。

 1つ目は、白の国の騎士として諸国を巡り、大使、もしくは外交官に近い働きをすること。

 時には白の国の城主自身が赴くこともあるが、王は病床にあり、姫君も遠出が出来るほど身体が丈夫ではないため、正式な立場ではないが“調律の姫君”の実質的な後見人であるラルカスと、その護衛として白の国の近衛隊長のシグナムと盾の騎士ローセスが諸国を巡っている。

 2つ目は、夜天の魔道書の主にして放浪の賢者と呼ばれる大魔導師ラルカスと共に、後の世に残すべき技術、または魔法に関する知識を集めること。

 魔法生物の生態をリンカーコアの蒐集によって調べることも、この目的の一環と言えた。

 そして、3つ目が、ベルカの地に広まりつつある不穏な影について調査すること。これについては、放浪の賢者ラルカスの固有能力が大きく関係している。

 彼女らは諸国漫遊ではなく、確固たる目的をもって旅しており、このように特にやることがなくなることは稀といえる。


 「そうですか、じゃあ僕は、もう一つの生業をすることにしますよ」

 と言いつつ、クレスは肩にかけていた弓を手に持つ。

 彼は騎士ではないものの、リンカーコアは持ち合わせており、デバイスを扱うことが出来る。そして、彼の弓は彼自身が作り上げたデバイスであると同時に、免許皆伝の証でもあり、その銘をフェイルノートという。

 変形機能などは優さないものの、騎士の武装に劣らぬほど頑丈に作られており、製作から4年の月日を経て、使いこまれていることが伺える程の年季を漂わせている。


 「ほう、弓を持つ姿も、より様になったな」


 「貴女の指導のおかげです」

 クレスが白の国にいた時分、弓の使い方を実践を交えて教えたのはシグナムである。

 何しろ、シグナムの相棒であるレヴァンティンが最強の一撃、シュトゥルムファルケンは、ボーゲンフォルムより放たれるのであり、白の国で弓を使わせれば、彼女の右に出る者はいない。

 ベルカにおいて、リンカーコアを有する者は大きく“理論者”と“実践者”に分かれる。前者は主に放浪の賢者ラルカスのような魔術師、後者は騎士だが、クレスのように調律師も“理論者”に区別されることもある。ただ、リンカーコアがなくとも調律師になることは出来るため、調律師=理論者という図式は成り立たない。

 逆に、湖の騎士シャマルは魔法の力を込めた道具を作ることを得意としており、“理論者”と呼べるほどの知識と技術を保有しているが、彼女はあくまで騎士であり、その本質は“実践者”であった。

 そして、クレスは騎士ではないが、弓の師がシグナムであった以上その腕前は確かであり、魔法も白の国の騎士として最低限のレベルならば使うことが出来る。(未来の基準ならば空戦Aランク相当)


 「では私は―――――せっかくイアール湖の湖畔に来ているだから、ここでしか出来ないことをするとしよう。鍛錬ならば如何なる時でも出来る」


 「はあ…………って、うぇえええ!!」


 言葉と同時に躊躇なく騎士甲冑を解除し、服を脱ぎ始めたシグナム。19歳にして健全な男であるクレスが動揺するのも無理はなかった。



 「どうした?」


 「どうしたもこうしたもありませんよ! いきなり何やってるんですか!」


 「別に下着まで脱ぐわけではない。これでも恥じらいというものを持ちあわせるべく努力している身だ」


 「いや、それって努力することじゃないような………」

 咄嗟にツッコミが出るのを抑えられないクレスである。

 そして、そうこうしている間にも、さっさと下着姿になってしまうシグナム。その豊満な胸が凄まじいまでに自己主張している。


 「え、えと、僕は狩りに出かけてきますので」

  彼女に何を言っても無駄であることは明白ことを悟ったクレスは、とりあえずこの場から離れることとする。


 「注意するのも今更だが、決して森を侮るな。熟練の猟師といえど、思わぬ落とし穴に嵌ることもある」


 「あ、は、はい!」

 そして、弓の師であり、狩りの師でもある剣の騎士の言葉には、反射的に姿勢を正して答えてしまうのも、彼が白の国において印可を受けし者である証であった。












 「ふう………いい気持だ」


 クレスが逃げるように森に消えてからしばらく、シグナムは久々に心地よい解放感に浸っていた。

 彼女自身、入浴は好きな部類であり、身だしなみも普段からかなり整えている。女性としての恥じらいなどはどこかに置き忘れたようでありながら、女性としての自己管理は徹底していたりする。

 寝る前には香り草につけた水で身体を拭き、汗の臭いなどがベッドに染み込まないようにしたりと、湖の騎士に劣らぬほど清潔であることを旨としているが、その辺りの気配りが恥じらい方面に発揮されることはなかった。

 ただ、シグナム自身にとっては首尾一貫しているのである。

 騎士とは、ただ戦場で戦うだけではなく、礼節というものも重要な要素である。特に王族や貴族の傍にあり、その身を守るならば礼儀作法に精通することも騎士として身につけねばならない事柄なのだ。

 実力の面では既に並の騎士に匹敵するどころか凌駕しつつあるヴィータも、そういった方面においてはまだまだ“騎士見習い”であり、正騎士であるシグナムやシャマル、ローセスには遠く及ばない。

 それ故、シグナムは礼節の他にも、服装などにも気を使う。戦闘の際や森に潜る時などは実用性のみを重視するが、白の国の近衛隊長という肩書を持つ以上、街で歩く際にみずぼらしい格好をするわけにもいかない。

 無論、必要以上に飾り立てるのは醜悪極まりないが、質素の中にも相手が不快に感じないような配慮というものは不可欠なのである。

 彼女の入浴好きも、そうした周囲への配慮が高じてのものといえる。やはり彼女とて女性であり、身体を清潔に保つことに手間を感じることはあっても、嫌いなわけはなかった。


 「む、到着したか」

 だが、水浴びをし、心地よい解放感に包まれながらも、彼女の意識の一部は常に周囲に振り分けられる、これもまた、シグナムが近衛騎士である故の特性と言える。

 王族の傍に侍る騎士は、いかなる時も、周囲への警戒を怠らない。どのような状況においても、主を守り抜くことが近衛騎士の使命であるために。


 「クレスは――――念話が届かんほど遠くへ行ってしまったか、どうやら入れ違いになってしまったらしいが、まあ仕方あるまい」

 立ちあがりつつ、クレスの気配を探るが、近くにはいない。

 湖の騎士シャマルと風のリングクラールヴィントならば、容易に探査可能であるが、あいにくとシグナムとレヴァンティンは戦闘こそが本領であり、探査を得意とはしていない。

 クレスもまた本業が調律師である以上、魔法に特化しているわけではない。ベルカの地ではシャマルやラルカスのような存在の方が稀なのである。

 探査を諦め、シグナムが視線を上げた先には、高速でこちらへ飛来する一人の騎士の姿がある。

 そして、その手には鉄の伯爵、グラーフアイゼンが握られている。グラーフアイゼンは優れた魔法補助能力を備えているため、飛行魔法を用いる際には起動させた方が燃費は良くなる。

 特に、ローセスは魔力量が豊富なタイプではなく、純粋な魔力量ならばヴィータの方が上をいくため、グラーフアイゼンの補助は彼にとって重宝するものであった。


 「早かったな、もう少しかかるかと思ったが」


 「貴女が担当されたベルゲルミルに比べれば、スクリミルは容易い相手でした。わたしとて、夜天の守護騎士の一人ですから」

 彼女が振り返ると、そこには妹と同じ燃えるような赤い髪を持ち、185センチを超える堂々とした体躯でありながらも、同時に豹のごときしなやかさを兼ね備えた男性が立っていた。顔立ちも整っているため、シグナムやシャマルと並び立てばかなり絵になるのは、白の国の誰もが知るところである。

 彼こそ、白の国の“調律の姫君”を守る近衛騎士の一人にして、夜天の守護騎士の一角である、盾の騎士ローセス。

 放浪の賢者の護衛として旅に同行する、19歳の若さながら既に幾度もの死線を越えてきた歴戦の騎士であった。


 「それよりもシグナム、いくら人目がないとはいえ、そのような格好はあまり褒められたものではないかと」


 「問題ない、仮に誰か来たところで、アレを見れば自然と避けていくさ」

 アレ、とは無論、未だに横たわっているベルゲルミルである。

 確かに、ここに第三者が来たところで、その姿を見つければただちに踵を返すことだろう。真竜とまではいかないものの大型の魔獣に自分から近寄ろうと思う者など、ほぼ皆無である。

 というか、それが倒れ込んでいる湖で水浴びをするシグナムの方があり得ない。ただしかし、“魔法生物大全”に書き込まれたページより、ベルゲルミルの体表には毒の成分はなく、むしろ虫などを遠ざける香りを放つタイプの植物に近い成分があることが確認されている。

 ルアール湖が有数の透明度を誇るのは、そのような成分を体表に持つ生物が多様に生息しているからではないか、と剣の騎士は予想している。その知識を自身の水浴びのために使うのは、ちょっとした役得のようなものか。


 「ですが、中には例外もいます。ベルゲルミルを倒すことを目的とした騎士ならば、逆に近づいてくるでしょう」


 「それならば歓迎するところだ。最近は魔法生物の相手ばかりで、他国の騎士と試合を行うことも少なかったから、ちょうどいい」


 「はあ……」

 最早何を言っても無駄であると悟り、溜息をつくローセス。


 「まったく、お前は相変わらず固いな。クレスを少しは見習ってはどうだ?」


 「あいつは軽いだけですよ、わたしには真似できません。ですが、そこが良いところでもありますが」


 「ふふふ、実直なお前と、飄々としているクレス。お前達の指導をしている時は、小さくなった自分とシャマルを見ているような気分になったものだがな」

 シャマルは飄々という態度とは少し異なるが、シグナムに比べれば軽い調子なのは間違いない。

 騎士となるための訓練を積んでいたローセスと、調律師になるために技能を磨いたクレス。

 異なる技術であるため、直接的に比較することは出来ないが、それでも互いに負けぬよう意識し合う間柄であったのは間違いなかった。それはまさに、在りし日のシグナムとシャマルのように。


 「ですが、わたしは貴女ほど飛び抜けた存在ではありませんでした。貴女は10歳にして騎士となりましたが、わたしは“若木”の中では下から数えた方が早かったですし、騎士となったのも15の時です」


 「それは確かに事実ではある。お前が10歳程度の頃ならば、お前よりも強い者はいくらでもいた」


 「ええ、ですから」


 「だがローセス、10歳の時にお前よりも強かった者らのうち、15歳の時に、お前よりも強かった者はいるか?」


 「……………」


 「そして、今のお前に敵う騎士は、どれほどいる?」


 「今、目の前にいますが」


 「私は除外しろ、お前の指導を行った師であり、将でもあるのだ。お前よりも弱くては話にならん」


 「ですが、俺にとっては貴女こそが目指すべき目標であり、それは今も変わりません、シグナム」

 どこまでも真摯に見据え、誓うように語るローセス。

 傍目には、下着姿の美しい女性を凝視していることになるが、幸か不幸かこの場にそれを指摘する人物はいなかった。


 ≪“俺”、か。ローセスが自分を“わたし”と呼ぶようになったのは騎士となってからだが、やはり性根というものはそう簡単には変わらんものか≫

 “若木”であった頃は“俺”という一人称を使っていたローセスの姿を思い出し、笑みを浮かべるシグナム。

 どこまでも愚直に、真っ直ぐに、目標へ突き進む姿こそ、盾の騎士ローセスの特徴である。

 だが、一般に情熱的と呼ばれる性格とはまた微妙に異なる。熱さは内に秘めているものの、それが表に出ることはなく、静かに滾ると表現すべきか。

 盾の騎士の渾名が示すように、彼が攻勢よりも守勢を得意とするのも、そういった精神傾向の表れであるのだろう。


 「私を目指す、か。それは別に構わんが、あまりフィオナ姫の前では口にしない方がいいぞ」


 「ええ、気を付けるとします。これはあくまで、自分の心に対しての誓いですから、主君を守ることとは切り離すべきであること、肝に銘じましょう」


 「それだけでもないが、まあ、今はそれだけでいい」

 ローセスにとって、フィオナ姫が主君としてだけでなく、一人の女性としても特別な存在であることは、シグナムもシャマルもヴィータも存じている。

 ただ、妹であるヴィータですらフィオナ姫を不憫に思うほど、直接的な愛情表現がローセスから行われることはなかった。

 しかし、彼がフィオナ姫のことを大切に思っていることは対照的に良く伝わっている。それが、騎士としてのものか男としてのものかが判別しがたいだけで。

 シャマルにはその辺が歯がゆく感じるものの、シグナムにはまた別の考えがある。


 ≪別に、騎士としての想いと、男としての想いを切り離す必要もないのだろう。むしろ、盾の騎士ローセスにとって、騎士としての在り方が自分と切り離せないものである以上、そちらが自然と言えるか≫

 それは、賢狼ザフィーラが考える事柄とほぼ等しい内容でもあった。

 兄として、妹を危険に晒したくはないと思う心。

 騎士として、妹が騎士となることを誇りに思う心。

 それらは決して両立しない事柄のようでありながら、騎士という存在はそれを併せ持っている。

 人としてはやや外れた在り方でありながら、人々から尊いとされるその生き様。

 それを、蒼き賢狼は“興味深い”と称している。


 ならば―――


 ≪男としてフィオナという女性を愛する心と、騎士として主君であるフィオナ姫を守ろうとする心、それが両立しない道理はない≫


 烈火の将シグナムは、そう考える。

 シャマルにとってフィオナが弟子であり、妹のような存在であるように、シグナムにとってもローセスは弟子であり、弟のような存在であった。

 もし、二人の行く道において、姫と騎士という立場が立ちはだかるならば。

 二人の結ばれることを認めず、彼女を権力にて奪おうとする者が現れたならば。


 ≪我が剣にて、切り払ってくれよう。烈火の将の弟と、湖の騎士の妹、その二人の道に立ちはだかったことを、後悔させてくれる≫


 シグナムは、そう心に決めていた。


 「ん? ああ、もう着いた。―――――分かった」


 「クレスか?」


 「ええ、あいつの念話が届く距離まで来ているようです」


 「そうか、ならばそろそろ引き上げ時だな」

 シグナムは水から上がり、その炎熱変換の特性を持つ魔力を身体の周りに展開する。

 流石に、完全に濡れた服を即座に乾かすことは難しいが、下着程度ならば十数秒で乾く。炎熱変換という特性は案外便利なものであった。

 そして、乾くと同時に近くの木にかけてあった服を流れるような動作で纏い、その上に騎士甲冑を具現させる。

 所要時間、わずかに40秒。


 「着替えすら、一つ一つの動作を無駄ないものとすれば、そこまで洗練させることが出来るのですね」


 「まあな、お前も修練を積めば出来るようになるさ」


 「努力します」

 もし、クレスがこの場についていれば、女性の着替えをじっと見つめていたローセスや、その視線を受けながら気にすることなく、いやむしろ、弟子に体捌きを教えるように洗練された動作を見せたシグナムにツッコミを入れていただろう。

 だが、この二人はこれが自然体なのであった。普通の人間を基準とするならばやや歪んだ在り方かもしれないが、それ故に騎士としては在るべき姿ともいえる。

 騎士が目指すべき在り方も、時代が変わり、国が変わり、人々の心が変われば不変のものであり得ない。

 だからこそ、ベルカの騎士は常に自問する。


 騎士とは、何か?


 誇りとは、何か?


 我等の刃は、誰がために?


 男が女を愛することも、女が男を愛することも、人の営みから決して切り離せぬ事柄ならば、人の世を守るべく存在する騎士の在り方とも切り離せるわけがない。

 故にこそ、烈火の将シグナムは若き二人の想いが成就することを願い、それを阻む者をレヴァンティンにて切り払うことを誓っている。


 だが、彼女は未だに知りえない。

 若き二人はおろか、白の国そのものを覆い尽くそうと蠢く黒き影を。

 彼女が考えるよりも遙かに深く、強大な闇がベルカの地に浸透しつつあり、二人を阻むものとはその闇に他ならないことを。

 その兆候は既に現れつつあり、それを調べることも夜天の騎士の旅の理由の一つである。

 しかし、闇は深く広がり、表面に出ているのは一部の影に過ぎない。

 白の国を守護する夜天の騎士と、飲み込まんとする深き闇。

 両者がぶつかる時は、近いか、それとも遠いか。

 その答えを知る者は、未来を見通すと謳われる放浪の賢者か



 あるいは――――――



====================

シャマルとシグナムの年齢ですが、この話では同期で、誕生日がシグナムのほうが早いという設定です、ご了承ください。

作中に出てくる地名や固有名詞は、なんとなく雰囲気で流してくれると助かります。繰り返しでてくる言葉はけっこうな頻度で使うので、自然と定着するかなーと希望してます。

ちなみに、今のところは
調律師=デバイスマイスター
魔術師=バリアジャケットが無いミッド式の使い手、研究肌のひとたち
でしょうか

あと、オリキャラのクレスはアルベイン流の剣士とは関係ありません。さすがに5人だけでは話が回らないので、過去編はけっこうオリキャラが登場すると思います。



[25732] 夜天の物語 第一章 後編 帰還
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/02/05 18:11
第1章  後編   帰還




ベルカ暦485年  クヴァルイースの月  白の国  風の門



 白の国は緑豊かな緑森山脈の南端に存在する盆地にあり、他国と通じる大きな道はおおよそ一つに限られる。

 川は幾筋か流れ込んでおり、盆地の内部には湖も存在するが、陸路に限れば陸の孤島とは言わぬまでもかなり外界から隔絶された場所である。


 「っていう認識だけどさ、飛べばどっからでも来れるよな」


 「まあ、それを言っちゃったら身も蓋もないけど、全ての人達が私達のように飛べるわけじゃないし、飛行可能な者でも緑森山脈を越えるのは容易ではないわ」


 「そっか、でも、シャマルやラルカスの爺ちゃんなら、飛ぶ必要すらないときたもんだ」


 「私はクラールヴィントの助けがないと無理よ。流石に、時間や空間を支配する手管に関してなら、大師父には遠く及ばないもの」

 湖の騎士シャマルと、“若木”の一員であるヴィータ。

 彼女ら二人は半年近く旅に出ていた騎士達を迎えるために、白の国の外れである風の谷までやってきていた。


 「そういや、白の国って空間転移がやりにくいんだよな」


 「ええ、ヴィータちゃんは転移魔法を使えたかしら?」


 「いいや、まだ練習中。アイゼンの力を借りれば結構いいところまで行ったんだけどさ、兄貴が連れてっちまったから、あたしだけだとせいぜい数十メートルくらいしかできねえ」

 無論、デバイスを使わずに、という意味ではない。ベルカの騎士達が通常用いる近接戦闘にほとんどのリソースが割り振られているデバイスを用いた場合、ということである。

 フィオナ姫がヴィータのために作ったデバイスは騎士としての訓練用であるため、飛行や転移魔法などの補助機能はそれほど付加されてはいない。下手にデバイスが高性能過ぎると、鍛錬にならない恐れが出てくることがその理由である。


 「それでも8歳でそこまで出来れば凄いわよ。“若木”の子達の中でもそんなにいないと思うけど」


 「まあ確かに、あたしが以外だとリュッセくらいのもんだけど、一つだけいいか?」


 「何かしら?」


 「シャマルは、8歳くらいの時どうだったんだ?」


 「私? そうねえ…………まだ、15キロメートルくらいが限界だったと思うけど、次元世界を跨いでの転移なんて夢のまた夢だったわね」

 中世ベルカにおいては、デバイスは基本的に個人向けのものが主流であり、遙か未来の次元航行艦のような大型の機械などは存在していない。

 それ故、転送ポートなどのような機械装置も存在せず、転送魔法などの複雑な座標計算や因果調整を必要とする魔法はベルカの時代ではかなり難しい部類に入る。

 ベルカ式は近接戦に向き、砲撃や射撃はあまり得意ではないと言われるが、それは騎士や魔術師の技量よりも、むしろそれを支えるデバイス技術の方向性の問題と言えた。

 騎士達の戦闘技能は確かに高いが、それらはあくまで“一部の者達”に過ぎず、魔法が文明の根幹を成しているというわけではなく、ベルカの日常生活の大半は魔法の力を用いずして成り立っている。

 つまり、この時代においては魔法とはまだ“一般的”なものではないのである。それ故、汎用性に関してならばミッドチルダ式が古代ベルカ式に勝るのは当然と言えた。


 「8歳で15キロって、どんな化けもんだよそれ」

 ただ、未来における高町なのはやフェイト・テスタロッサという少女達が“魔導師の常識”からすら外れた存在であったように、この時代においても“騎士の常識”から外れた存在はいる。


 「私から見れば、ヴィータちゃんやシグナムの方が凄いわよ。その歳で空戦が可能で、グリフォン程度なら難なく倒しちゃうんだから」

 白の国が誇る近衛騎士であり、夜天の騎士とも言われる彼ら。

 三者はそれぞれ一騎当千の強者であり、それに並び立つことを目指す少女もまた、凄まじい資質を秘めていた。


 「グリフォンはそんなに手ごわくないだろ、真竜とか、そういうばかでかい怪物だってんなら話は別だけどさ」


 「ふふふ、私もそんな感覚で転移魔法はそんなに難しくないって言って、よく呆れられたものだわ」

 まだ幼いヴィータと異なり、シャマルには騎士として豊富な経験があり、自分達を客観的に評価すればどのようなものとなるかも知り尽くしている。

 もし、自分達が白の国に仕える騎士でなければ、優秀な騎士として相応の地位に迎えられる――――ことはなく、恐らく自分達の力を恐れた貴族達によって排除されるか、最悪謀殺されることもあり得る。

 強力すぎる騎士という存在は、王や貴族にとって脅威にしかなり得ない。その騎士の名声が高くなればなるほど、“彼こそ王に相応しい”という言葉が民達から出ることは避けられないために。


 「なるほど、つまりはあれだよな、強すぎてもいいことばっかりじゃないってやつ」


 「そうね、戦う力を持たない民にとって騎士は守り手であると同時に畏敬の存在であるわ。そして、人の心は分かりやすい強さに傾くものだから、騎士が目立ち過ぎてしまってはいけないの。まあ、ここは少し特殊だけど」

 “学び舎の国”とも呼ばれる白の国。

 財力も軍事力も持たず、しかし、技術と武術は列強の国々のどこよりも高いこの国だからこそ、夜天の騎士達は心安らかにいられる。

 そして、“若木”や調律師の卵を育てるならば、白の国以上の場所はあるまいとベルカの民は語り、湖の騎士もまたそう考える。

 人材や保管されている書物などの面でもさることながら、地理的なものや、この盆地に満ちる魔力素などの要素を考えても、白の国は騎士や魔術師の育成の場所として優れている。


 「騎士道とは、根にして茎、咲き誇るは花の役目であり、騎士は花を支え、輝かせるための存在である。だよな」


 「ええ、その通りよ。そして、主のためならば、いかなる汚名を被ることも厭わず」


 「自分の名誉に拘って、主君の心も誇りも命も守れないようじゃあ、騎士失格、って耳が痛くなるくらい兄貴にいわれたから流石に覚えた」


 「ローセスのはシグナム譲りだから、筋金入りと見ていいわ。でも確かに、騎士が自分の名誉や武勲を第一に考えるようじゃあ、失格どころの話じゃないわね」

 特に、ローセスにとっては常に考える事柄だろうとシャマルは思う。

 フィオナ姫への愛と忠誠、その二つを共に持ちあわせる彼だからこそ。


 「だよな、愛と忠誠で迷って、どっちつかずの態度を取って、挙句の果てに何も守れなかったっていう、ダメ男の話もあるし」


 「“沈黙の騎士”の逸話ね、あれは私が姫の立場だったらどこに惚れたのか分からないダメな男の話だけど、200年くらい前の実話を基にしていたはずよ。一応、騎士としての強さだけは折り紙つきだったというけど、ヴィータちゃんはローセスから聞いたの?」


 「ああ、それと、“和平の使者なら槍は持たない”の諺もな」


 「それは…………諺だったかしら? あまり自信ないけど、少し違ったような………」

 諺ならば自分も結構精通しているはずなんだけど、とは思うものの、全てを暗記しているわけでもないので断言は出来ないシャマルである。


 『Meister der Magie zu erkennen metastasierendem(主、転移魔法を感知しました)』


 そこに、シャマル指に填めている指輪より、声が響く。



 「ありがとう、クラールヴィント、予定通りね」


 「ラルカスの爺ちゃんか」


 白の国は魔力素の分布などがやや特殊な環境であるため、内部に直接点転移することは難しく、転移を行うならば外周部といえる風の門の方が都合は良い。無論、強力な術者ならば問題なく転移可能であるが。

 そうした理由から、帰還組との合流場所にここが選ばれたわけだが、それは同時に、白の国は守るに易く、攻めるに難い地勢であることを示してもいた。


 『Voraussichtliche Ankunft, 17 Sekunden verbleibend(到着予測、あと17秒)』

 陸路は風の門と呼ばれる谷間一つであり、空を飛び続けることは効率的ではなく、転移魔法も土地柄から難しい。

 そして、白の国では強力な守護騎士達が常に睨みをきかせており、剣の騎士シグナムが空を抑え、盾の騎士ローセスが谷を守護し、湖の騎士シャマルが支援に回る。

 彼女ら夜天の騎士がいる限り、白の国が落ちることはあり得ない。

 少なくとも、ヴィータはそう信じていた。
 

 『Kommen Sie(来ます)』


 「ヴィータちゃん、一応衝撃に注意してね」


 「分かってらい」

 二人が身構えると同時に、ベルカ式を表す三角形の魔法陣が展開され、膨大な魔力が溢れだす。

 漏れ出す魔力の量は、同時に転移の規模を示す。僅か3人の転移でこれだけの魔力が流れ出すということは、相当の遠方よりやってきた証とも言えた。


 「予想より………大きいわね」


 「どっからとんで来たんだぁっ、爺ちゃんはぁ!」

 シャマルとヴィータの二人も、帰還の知らせこそ受けたものの、どこから帰還するかまでは特に必要な事柄ではなかったため知らされていなかった。

 とはいえ、彼女ら二人とて並ではない。結界などを使用するまでもなく、純粋な重心移動のみで巻き起こる魔力の波動を受け流す。


 「ほう、上達したな、ヴィータ」
 

 「しばらく見ないうちに随分立派になったな、偉いぞ」

 波動が収まると同時に、二人の騎士が姿を現し、騎士見習いの少女に言葉をかける。


 「兄貴!」


 「シグナム、ローセス、お帰りなさい」


 「久しぶりだ、シャマル。お前の変わりないようだな」


 「お久しぶりです、シャマル」

 およそ半年ぶりに再会した騎士達は、互いに変わらぬことを確認し合うが、ヴィータがおかしな事柄に気付く。


 「あれ、爺ちゃんは?」


 「こらヴィータ、大師父に対してその口の利き方は直せと言っておいただろう」


 「別にいいじゃんか、硬いこと言うなよ兄貴。爺ちゃんは爺ちゃんなんだから」


 「まったく、そんなことじゃあいつまでたっても騎士にはなれないぞ」


 「平気さ、面倒なことは兄貴に押し付けるから」

 半年間離れていてもやはり兄妹。

 そのやり取りは、せいぜい三日ほど会っていなかっただけのように感じられるほど自然なものであった。


 「ふふふ、相変わらずね、二人とも」


 「ローセスは少し肩筋が張っているところがあるが、ヴィータの前ではあの通りだ」


 「とすると、貴女も妹がいたら、あんな感じになっていたかしら?」


 「さて、どうだろうか」

 年配の騎士二人は、そんな二人を微笑ましく見守りつつ、こちらも話を進める。


 「でも、本当に大師父はどうしたの?」


 「少々寄って取ってくるものがあるとのことで、私達だけを取りあえず転送させた。夜までには着くとおっしゃっていたが」


 「取ってくるって、どこまで、いえ、そもそも貴女達はどこから転移を?」


 「最後にいたのはドレント大陸だから、ミディールからということになるな」


 「ミディール! そんな遠くから!」

 シャマルが驚くのも無理はない、なぜならそれはこの白の国が存在する世界よりかなり離れた座標に位置する世界の名称なのだ。

 中世ベルカでは、後に第一管理世界ミッドチルダと呼ばれることとなる世界を中心に、11の次元世界が知られており、白の国が存在する世界も、各世界の中心近くに位置している。

 次元世界の範囲が大きく広がったのはベルカ歴が900年を超えた頃であり、ある意味で大航海時代とも言える。よって、それ以前のベルカでは異なる世界の存在こそ知られているが、次元を渡るための船も存在していなかったため、その往き来は極一部の魔術師に限られている。

 つまり、リンカーコアを持たない民達にとっては、やはり自分の住む国こそが世界なのである。それは、文明が発達した時代においてもそう大きく変わるものではない。

 そうした背景もあり、放浪の賢者ラルカスの存在はベルカの列強の王達にとって非常に大きなものとなる。彼ほど次元世界を巡り歩き、各国の文化や風土、技術に精通している人物は他に例がないために。


 「あの世界から、一度の転移で白の国へ来たのね……」


 「ああ、流石は大師父だ。空間を渡る術に関してならば、まさに並ぶ者はない」

 そして、その術式の集大成こそが、夜天の魔道書が備えることとなる旅する機能。

 それが、闇の書の不死性の根源ともいえる“転生機能”となることを、この時の彼らが知る術はない。


 「まあ、後で来るってんならそれでいいじゃん、先に城にいって待ってようぜ。爺ちゃんなら直接城に転移出来るだろうしさ」


 「そうだな。シグナム、シャマル、貴女達もそれで良いですか?」


 「ああ、ここでただ待つよりはその方がいいだろう」


 「歩いていく? 飛んでいく? それとも、旅の鏡で行こうかしら?」

 シャマルの提案に、二人は少し考えるが。


 「私としては飛んでいきたいところだな、ヴィータの成長具合を見ることも出来る」


 「む、へへーん、この半年間であたしがどんだけ成長したか見せてやる!」

 兄の意見を聞くまでもなく、既に乗り気のヴィータ。


 「じゃあ、決まりね」


 そして、決定するシャマル。


 「やれやれ、俺の意見は聞かれないんですね」


 「あら、反対かしら?」


 「いいえ、お…わたしも、ヴィータの成長ぶりを見てみたいと思っていましたから」


 「ふふ、わざわざ言いなおす必要もないのに」


 「普段から気を付けていないと、すぐボロが出てしまうんですよ。流石に他国の王宮で“俺”と言うわけにもいきませんので」


 「“俺”の方がローセスには合ってると私は思うんだけど、ね」

 片眼を瞑りながら、やや小悪魔めいた微笑みを浮かべるシャマル。普通の男性ならば、少なくとも多少の動揺はするであろう笑顔であったが。


 「ですが、姫君が“わたし”と言う呼び方も理知的な感じがして良いのではないか、と言ってくださいましたので」

 盾の騎士ローセスは、一度心を決めると愚直なまでに一途であった。


 「はあっ、貴方はほんとに良い男の子になっちゃったわ、姫様が少し羨ましいくらい」


 「そう思ってくださるなら、“男の子”はよしていただけると助かりますが」


 「だーめ、私にとっては、ローセスはいつまでも年下の男の子なんだから」


 「そして、行かず後家決定、っと」


 その瞬間、空気が凍りついた。


 「ローセス、ヴィータ、私は本気で飛ぶ、可能な限りの速度でついて来い。遅れる者は置いていく、覚悟を決めろ」

 そして、烈火の将は状況を的確に見定め、指示を出す。


 「了解しました」


 「了解」

 この兄妹の息もぴったりである。


 「往くぞ!」


 「遅れるなよ、ヴィータ」


 「応よ!」

 紫の閃光が一つと、赤の閃光が二つ、風の門の谷間より飛び立つ。

 そして――――


 「無駄よ………クラールヴィントのセンサーからは、逃れられない」

 気にしていることを直に言われた湖の騎士は、騎士甲冑を既に具現させており。


 「導いてね…………クラールヴィント」


 『Ja』

 底冷えする声と共に、“旅の鏡”の術式の展開を開始したのだった。












ベルカ暦485年  クヴァルイースの月  白の国  ヴァルクリント城付近 草原



 「びーた、だいじょうぶー?」


 「死んだ……」

 ヴァルクリント城の近くの草原において仰向けに倒れ込む少女と、それを覗きこむ人形が一体。

 倒れ込んでいた場所はヴィータが以前ザフィーラと共に訓練したところの近くだが、その理由は大きく異なる。


 「しんじゃったのー?」


 「いや………死んだ……方が……まし…だったかも………しれねえ、生きた……まま…リンカー…コアを……抜き出される…………のって、あんな……気分………なんだな」

 湖の騎士シャマルが切り札にして鬼の手、リンカーコア摘出。

 傷こそ付けられなかったものの、己の胸からしなやかな女性の手が生え、臓器を握っている光景というものはトラウマになるほど凄まじいものである。

 これで痛みがあればある意味でまだましなのだが、シャマルの術式は完璧であり、リンカーコアを抜き取るだけならばまさに何の痛みも伴わない。そして、安全性が保障されているだけに、ローセスもシャマルを止めることは出来なかった。

 その上、最初から摘出を狙ったわけではなく、まずは旅の鏡を展開しつつ飛行魔法で三人を追跡、いつでも狙える体勢をとりつつ、つかず離れず追跡を続ける。

 いつシャマルの魔の手(文字通り)が迫るか分からない恐怖の中、必死に飛び続けた結果、ヴィータはペースを崩し、徐々に飛行速度が落ちる。シグナムやローセスは流石にまだまだ余裕があったが、8歳のヴィータでは25歳のシャマルの持久力に及ぶべくもない。

 最期は、肉体的疲労と精神的疲労のダブルパンチによって獲物を徹底的に弱らせた挙げ句、魔の手から逃れうるためのゴールであるヴァルクリント城が見え、逃げきれる光明が見えた瞬間に、ヴィータは翠の悪魔の網に捕らえられた。

 湖の騎士シャマルに対して禁句を言ってしまった者の末路とは、かくも無残なものなのである。


 「しかし、見事な手際だった。あれこそ、冷徹なる参謀の本領発揮というところか」

 悪魔に喰われた自業自得な少女に付き添うのはシグナムである。シャマルには二人が帰還したことに関する書類作成の仕事があり、ローセスには姫君へ報告する義務があった。

 順当に考えれば、近衛隊長であるシグナムが報告を行い、ヴィータの兄であるローセスが付き添うこととなるが、それはそれ。シグナムとシャマルは打ち合わせることもなく、ローセスとフィオナを二人きりにしていた。


 「………」

 そして、空気を読んだザフィーラが姫君の執務室からフィーを背に乗せてこちらにやってきて、現在に至る。


 「冷徹……よりも………むしろ……冷酷だろ…あれは」

 絶対的恐怖への後遺症か、まだ言葉が途切れ途切れになっているヴィータ。


 「げんきだしてー」


 「だいじょぶ……平気だ………フィー」

 だが、妹分の前ではいつまでも弱気ではいられない。ヴィータの性格を把握した上でフィーをここに連れてきたザフィーラの判断は見事であった。彼はローセスから念話を受け取っており、少女が魔神の手にかかったことを存じていたのである。


 「ほんとー?」


 「それは、私が保証しよう。ヴィータとて、“若木”の一員なのだからな」


 「あ、しぐなむー!」


 「久しぶりだな、フィー」


 「おかえりなさーい!」


 「ああ、ただいまだ」

 優しげに微笑みつつ、フィーの頭を撫でるシグナム。

 ヴィータに限らず、夜天の騎士達にとってもフィーは妹のような存在なのであった。


 「えへへー」


 「お前も元気そうで何よりだ、それに、少し大きくなったか?」


 「うん! ひめさまがおおきくしてくれたのー」


 「そうか、それは良かったな」


 「あ、ずりー………フィーを、撫でる…のは………あたしの……」


 「残念だったな、もうしばらくは動けまい」


 「へん……、こんな、程度で…」

 意地と根性で恐怖を振り払い、何とか立ち上がろうとするヴィータ。

 だが―――



 「“鏡の籠手”、起動」


 「うあわあわあわあわわわあわああわわあ」

 シグナムが着ける手袋より立ち上る翠の魔力光を見た途端、腰が抜けるヴィータであった。


 「情けないぞヴィータ」


 「い、いいいやいやいや、むむむ、無理だってててて」

 完璧にてんぱっているヴィータ、騎士の誇りには本日閉店の札がかかっているようである。



 「………」

 そんなヴィータをザフィーラは無言で見守っていた。


 「お前も大変だな、ザフィーラ。ローセスが帰って来ても、結局はこれのお守か」


 構わん、それが私の使命だ。

 そんな意思が、シグナムにはザフィーラの表情から感じ取れた。


 「あ、そうだー」


 「ん、どうした、フィー」


 「えとねー……………………えとねー」

 しばし考え込むフィーを、シグナムは優しく待ち続ける。



 「ひめさまが、しぐなむをまってたのー」


 「私をか?」

 半年もの間旅に出ており、今日ようやく戻って来たのだから、聞きたいことなどそれこそ数え切れないほどあるだろう。

 ただ、フィオナという王女は親しい人々との親睦の時間を何よりも大切にしており、今夜の夕食も、フィオナ、フィー、シグナム、シャマル、ローセス、ヴィータ、ザフィーラ、そしてラルカスの六人と一頭と一体が一堂に会してのものと決まっている。

 それに、シグナム達の報告はそれこそ一朝一夕で終わるものではない。本格的に話し込めば、三日以上かかるとも考えられる程である。

 だからこそ、とりあえず夕食までは、フィオナとローセスは二人きりにしてやりたいと年配二人組は考えたのだが。


 「フィー、理由は聞いているか?」


 「りゆー?」


 「ああ、姫君が私を待っていた理由だ」


 「うん、わかるー」


 「そうか」

 となると、特に重要なことではないのか、とシグナムは考える。

 白の国の政に関することならば、フィーに話すことはないであろうことは想像に難くない。

 だとすれば、姫の個人的な要件なのだろうか―――


 「むねがおおきくなって、こまってるってー」


 「………」

 だが、その答えは予想と大きく外れてはいなかったものの、斜め上ではあった。


 「こわいよねー、いつかばくはつしちゃいそうー」


 「いや、別に悪いことではないのだが、それと、爆発はしない」

 おそらくは、服やドレスがややきつくなってきたなどの事柄だろう。

 庶民はともかく、王女ともなればその服は当然高価となる。質素清廉が旨の白の国といえど、やはり粗末なものを着るわけにはいかないのだから。


 ≪だが、ある意味では自分が原因の事柄で国の金を消費させてしまうことに、姫は罪悪感を持っているのだろう。だからこそ、今の服をなんとか着続けられないかと悩んでいる、といったところか≫

 シグナムが考えるフィオナ姫の唯一の欠点は、何でも抱え込んでしまうことである。

 人間である以上、自分だけではどうにもならないことは存在する。しかし、彼女はそれを他人に背負わせることを何よりも嫌うのだ。


 ≪子供の頃からそうだった。“若木”の子らや一般の子らと遊んではどうかと進言しても、“私がいては彼らに気を遣わせてしまう”と言って、いつも一人きりでいた≫

 シグナムは、貴女こそが気を遣い過ぎなのだと幾度も言って来たが、そういう部分に関しては芯が強いものだからなかなかに効果がない。


 ≪ふむ、やはり、少し気になるな≫


 そして、思い立てば即断即決こそが、剣の騎士シグナムの持ち味である。


 「すまんがザフィーラ、私は少々シャマルに用事が出来た。ヴィータとフィーのことを任せてよいだろうか」

 心得た、と言わんばかりに頷きを返すザフィーラ。

 もしここにいるのが傷心のヴィータとフィーだけならばシグナムが離れるわけにもいかないが、夜天の騎士の誰もが信頼する賢狼がいてくれる。

 彼もまた、白の国には不可欠な存在であることは、誰しもが認めるところであった。













ベルカ暦485年  クヴァルイースの月  白の国  ヴァルクリント城 研究室



 「ああ、そのことなら、私も気にかけてはいるけど、特に思いつめているようなことはなさそうよ。特に、フィーが元気にしゃべるようになってからは、笑顔も増えたし」


 「そうだったか」

 自分の研究室において騎士達の帰還に関する書類を纏めていたシャマルを手伝いつつ、シグナムは自分がいなかった間のフィオナ姫について尋ねていた。

 彼女が思いつめているようなことはないかと心配になったシグナムであったが、どうやらそれは杞憂に終わったようである。


 「こちらの書類は、これで終わりだな」


 「あら、もう終わり? 意外と早く終わったわね」


 「二人でやれば、こんなものだろう」

 この二人は武術や魔法のみならず、デスクワークに関しても優れている。

 文武両道は、夜天の騎士としての初歩でもあるのだ。


 「でも、貴女がいない間は結構大変だったのよ、隊長の仕事を全部私が代行することになってしまったんだから。ローセスがいてくれれば実践面では任せられたけれど、彼も一緒にいっちゃったし」

 三人の近衛騎士のうち、白の国に残っていたのはシャマルのみ。

 当然、警護兵の配置や運営、書類の処理なども、悉く彼女の双肩にかかることとなる。

 それでも、本当に必要になれば一時的にシャマルの“旅の鏡”にて帰還することも可能であり、そもそも時空を渡ることに誰よりも長けた放浪の賢者と共に旅をしているのだから、いつでも戻れる。

 旅先にラルカスがおり、白の国にシャマルがいる以上、夜天の騎士達はその二か所を自由に往来出来るのであった。


 「ザフィーラがいてくれたのが、唯一の救いか」


 「ええ、流石に書類仕事は無理だけど、姫様の護衛を彼に任せられたから、私も自分の仕事に専念できた。感謝してもしきれないわ」

 騎士である彼女らと異なり、ザフィーラには義務と呼べるものはない。

 しかし、彼はただの一度も夜天の騎士やその主君、そして、放浪の賢者の頼みを断ったことはなく、果たせなかったこともない。


 「あと3年もすれば、ヴィータもお前と共に書類を裁けるようになるだろう。存外、あいつも机仕事に向いているようだ」


 「それは私も意外だったわ。ローセスならともかく、ヴィータちゃんには黙々と読んで書くだけの作業は向いてないんじゃないかって思ってたけど、座学も優秀なのよ」

 “若木”達に座学を教える者達も当然白の国にはいるが、それらの統括が湖の騎士シャマルである。

 そして、実践面での指導の頂点にいるのが近衛騎士隊長であるシグナム。“学び舎の国”においては王族の身を守ることと、次代を担う子らを教え導くことは同等の優先度なのであった。


 「しかし、まだ姫君の守りを任せるわけにはいかんな」


 「うーん、どちらかというと、精神的な部分の方が、ね。ヴィータちゃんは結構繊細な子だから」

 つい先程ヴィータのリンカーコアを抜き出したシャマルであるが、切り替えも早かった。


 「兄の恋人に対して想うところはあるのだろう。だが、個人と個人の相性で考えるなら、悪いわけではないと私は思うが」


 「私もそう思うわ。こればかりは、時間に任せるしかないのでしょうね」


 「時間か……………時間と言えば、姫の胸がまた成長し、悩んでいるとフィーから聞いたが」


 「悩む程のことでもないと思うけど、そこはやっぱり、貴女に相談するのが一番だって伝えておいたわ」

 シャマルの目が悪戯をするかのように光る。


 「一応聞いておくが、その意味は」


 「貴女が一番大きい、以上それまで」


 「だが、女性の肉体に関する相談相手としては致命的に間違えていると私は思うが」


 「自分で言いきれる貴女は、本当に凄いと思うわ」

 それは、シャマルの紛れもない本心であった。


 「あいにくと、家庭の女性の技能とは縁がないものでな」


 「そうね、私は結構興味あったし、15年くらい前までは料理も結構やってたし、今でも洗濯や掃除はやるわよ」


 「ふむ、私も掃除はするが、洗濯は使用人か、旅先ならば下働きの者らに任せていた。料理に関しては言うに及ばずだが」


 「料理と言えば、料理長のトマシュが今日は帰還祝いだから腕を振るうって言ってたわ」


 「そうか、それは楽しみだ」


 「ええ」

 シグナムとシャマルは年齢が近く、その力もほぼ等しいため、一番話が合う。

 他の者らとも親しげに会話は交わすものの、やはり一番遠慮なく話せるのはシグナムにとってはシャマルであり、シャマルにとってはシグナムなのであった。

 シャマルは、誰よりもシグナムのことを知っており、シグナムは、誰よりもシャマルのことを把握している。

 それ故に―――


 「………………シャマル、一つ聞く」


 「何かしら?」

 声の調子から、シグナムが何を言うかを即座に理解したシャマルだが、彼女はあくまで平常通りに応じる。


 「お前は今、どれほど料理を旨いと感じられる?」


 「一生懸命作ってくれる料理なら、どんなものだっておいしいわよ」


 「そういう意味ではない、分かっていて言っているな、お前は」


 「ごめんなさいね、性分なの」

 いつでも明るく、笑顔を絶やさない。

 ローセスやヴィータにとってもシャマルはそのような認識であろうが、その笑顔の中には微かな憧憬の念が込められていることを、シグナムは知っている。


 「言い方を変えよう。お前の味覚は、今どれだけ機能している?」


 「………甘さや苦さは、ほとんど感じられないわね。辛さというのは痛みに近いものだけど、それもほとんど駄目。でもその代り、毒物だったら空気に混ざるわずかなものでも舌で感じ取れるわ、ちょうど、海風に塩辛さを感じるようなものかしら」


 「そうか………」


 「貴女が気にすることじゃないわよ、シグナム。これも、薬草師の務めなんだから」


 「それでも、だ。仲間のことを気に懸けてはならないという縛りは騎士にもない」

 シグナムの家は代々騎士を輩出してきた家系だが、シャマルの家は、薬草師の家柄であった。

 薬草師の主な役目は病人に薬を調合することだが、王族や貴族の健康管理なども役職の一部であり、そして、毒に対する専門家でもある。

 王を毒殺しうる存在であるが故に、毒に対する手段も誰よりも存じている。暗殺というものと切っても切れない関係にあるのが王族や貴族ならば、その影と近しい存在は騎士よりもむしろ薬草師の方である。

 それは、白の国においても例外ではなかった。

 シグナムの先祖は代々騎士として白の国を守り、シャマルの先祖は影ながら白の国を支えてきたのだ。王族の土毒見や、毒を事前に見抜くための訓練などは最たるもの。

 そして、人間の味覚では感じにくい薬などを己を実験体として研究するため、薬草師達の舌は徐々に一般のものとはかけ離れていく。


 「今更貴女に確認するまでもないけど、私の家はあまり口に出せないようなことも多くやってきた。この白の国に暗部というものがあるならば、それを担って来た家系だから、私とは切っても切れない関係にある」

 それは事実、血筋というものはベルカでは特に大きな意味を持つ。


 「だから、子供の頃は貴女が羨ましかったわ、シグナム。いつでも真っ直ぐ前を見据えていて、騎士道というものを信じるままに突き進み、それを迷いなく行える家に生まれた貴女が」

 彼女の役割は参謀であり、時には冷酷に謀略を巡らすこともある。

 その特性は、決して彼女の家とは無関係ではない。

 そしてだからこそ、シャマルは常に明るい笑みを浮かべるであった。せめてそうあれば、自分も日向の中で真っ直ぐに生きられると、そう信じたかったがために。

 そうした面においても、シャマルはフィオナ姫の姉であり、シグナムはローセスの姉なのであった。それぞれが、精神面において似通う部分を持っている。


 「だけど、そんな私を変えてくれたのも、貴女だったわ、シグナム。誰よりも調合や治療魔法の才能に溢れていたのに、影の仕事に利用されることを恐れて目を背けていた私、普通の女の子のようにあろうと思って、家事を理由に逃げていた私に、貴女が何と言ったか、覚えているかしら?」


 「お前は馬鹿だ。自分の才能から、自分の家から逃げたところで、何かを得られるはずもない。才能があるからと言って、その道に進まねばならないという理屈はないが、目を背けていい理由にもならない。まずは目を開け、そして考えろ、全てはそれからだ。だったか」


 「そうよ、当時9歳の女の子にね。しかもその女の子は自分の言葉を証明するように、10歳で正騎士になっちゃうものだからさあ大変。女の身であるための制約、才能と生まれた家にほぼ定められたような人生、そんなもの微塵も気にかけず、貴女は貴女の信じる道を、駆けていた」

 当時のシャマルにとって、シグナムはあり得ない存在だった。

 自分に持っていないものを持っているからではない。自分とほとんど同じものを持ち、それ故に縛られているはずなのに、鎖を自分で引き千切り、自由に空を駆けるその姿が――――

 彼女には、眩しかった。

 そして、強く思った。彼女のように在りたいと。


 「あの時のことは、今でも忘れられないわ。今の私の、まさに原点そのものだから」

 その時がある意味で、普通の少女としてのシャマルの人生が、終わりを告げた瞬間でもあったのだ。

 普通に、平穏に暮らすこと、普通に恋をして、母となって子供を産み育てること。

 そんな幸せに満ちた平凡な暮らしを凌駕するほどの輝きに、彼女は魅せられてしまったから。

 そして、彼女は選んだ。

 目を開き、よく考えて、自分は何になりたいのか、どんなことをしたいのか、何度も自問自答を繰り返し、その果てに自身の答えを見出した。

 それこそが――――


 「白の国を守る夜天の騎士が一人、湖の騎士シャマル。それが私の望み、私が願った自身の在り方。だから、味覚が“普通”に機能しないことも、私の誇りの一つよ」

 彼女が出した答えであり。


 「そもそも、私の言葉が無ければ、などというのはそれこそ無粋なものだな。自身の言葉に責任を持たないばかりか、お前の覚悟まで汚してしまう。ならば、私はお前をただ誇りに思おう、私の背後を任せるに足る同胞として、湖の騎士シャマルを」

 その想いに、真っ向から受けて立つからこそ、彼女は烈火の将と呼ばれる。


 「ふふふ、ありがとう、シグナム」


 「ただの事実だ。補助や癒し、薬草などに関してならば私は何の役にも立たん。私に出来ぬことはお前に出来、お前に出来ないことは私が出来る。私達は、昔からそうであったろう」


 「そうね、だけど、貴女は歩くのが速いから、並んで歩くのも結構大変なのよ」


 「それは、感謝せねばなるまいな。私にとっても、ふと気付けば隣にいるのはお前だけだった、シャマル」

 シグナムが“若木”であったのは7歳から10歳までの僅かに2年半程。

 シャマル以外の誰一人として、彼女に並び立つ者はいなかった。


 「ええ、実を言えばそれも理由の一つではあったわ。私がいなかったら、貴女が一人きりになってしまうような、そんな気がして」


 「そして、二人仲良く行かず後家か」


 「それは言わないで! まだ希望はあるから!」


 「まったく、私が男であったら、とうの昔にお前に求婚していただろうな」


 「その時は、迷わず受けていたでしょうね、私も」

 シャマルはその能力が通常の騎士とは異なるため、シグナムに遅れること1年、“若木”を経ることなく騎士となった。

 その1年の間、シャマルがどれほどの覚悟で修行に臨んだかを知るのは、シグナムと大師父ラルカスくらいのものであり、彼女らが騎士となってより、そろそろ15年となる。


 「だが、そうだな。お前の事情は我等が姫君は御存知ないが、仮に知ったとしても優しく受け止めてくださるだろう」


 「でも、言うつもりはないわ。主に余分な心づかいをさせるのは騎士の行いにあらず、我等は根にして茎なり」


 「無論、その教えを無視するわけではないが―――」

 烈火の将とて、人の子である。

 時には、意味のない空想にふけることもある。


 「お前が、騎士としてではなく、ただの家事手伝いとして主に仕え、皆でお前が作った料理を食べていたとしたら、それはそれで、幸せそうな光景だとは思わんか?」


 「そうね―――――思い描かなかったと言えば嘘になるわ。進んで来た道を後悔するわけじゃないけど、人間だもの、時には在り得たかもしれない隣の道が眩しく見えることもあるかしら」


 「言っても詮無いことではあるが、想い描く程度ならば、騎士としての不忠にはあたらんだろう」


 「ええ、それくらいは」

 二人は、しばし無言。

 長く国に仕える夜天の騎士は、歩んできた道のりに、しばし想いを馳せる。



 「っと、いけない、もう太陽が沈みかけてる」


 「思いのほか話し込んでしまったな、そろそろ晩餐の準備も整っていることだろう」


 「大師父は…………あ、ちょうど着いたみたい」


 「私も感じた、さて、我々も向かうとするか」


 「ええ、そうしましょう」







 そうして、白の国の一室にて行われた再会の宴は、久々に賑やかなものとなった。

 それぞれが責務と誓いを持ち、自身の選びし道を邁進する夜天の騎士達。

 彼らを導き、未来に想いを馳せる放浪の賢者。

 その賢者の傍らにあり、騎士達を見守る蒼き賢狼。

 騎士達の背中に追いつく日を思い描きながら、日々を過ごす小さき若木。

 騎士達に支えられながら、白の国の平穏を願う調律の姫君。

 そして、今はまだ何も知らず、眠り続ける自由の翼。


 ベルカの地には不穏の影が広まりつつあり、明日になればそのことについて話し合う場が持たれることは疑いない。

 だがしかし、今だけはしばし忘れ、再会の喜びを分かち合おう。

 彼らは平和を維持するための機械仕掛けなのではなく、平和を維持するためにそれぞれの人生を生きる人間なのだから。

 そして願わくば、皆が笑い合える日々が続くことを――――





















新歴65年 6月4日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家




 遙かに長き夜を超え、約束の時は訪れる。



 「闇の書の起動を、確認しました」


 かつては夜天の守護騎士であった彼女らも、今は呪われし闇の書の守護騎士プログラム。


 「我等、闇の書の蒐集を行い、主を守る、守護騎士にございます」


 だが、命を賭しても主を守護する騎士の心は、なおも失われることなく。


 「我等、夜天の主の下に集いし雲」


 夜天の誓いは、砕かれてもなお消えることなく欠片となりて残り。


 「ヴォルケンリッター、なんなりと、御命令を」


 騎士の魂、死せることなく主のためにある。










新歴65年 7月4日 第97管理外世界 日本 海鳴市 



 闇の書の守護騎士が顕現してより一か月が経過してなお、蒐集は行われることなく、守護騎士達は優しき主と共に平穏に暮らしている。

 それは、黒き魔術の王の遺志によって“闇の書”の名が冠されてより、ただの一度もなかったことであり―――


 「はやて、ザフィーラと散歩に行ってくる!」


 「きいつけてなー」


 「………」


 彼女ら、守護騎士にとっては言葉にすることすら出来ぬ程の、驚愕と幸せをもたらす出来事であった。




 「なあ、ザフィーラ」


 「………」


 海鳴の町を狼に大型犬のように首輪をつけて共に歩く少女が一人。

 この世界は魔法が一般的ではないため、彼は八神家の中以外で話すことはない。

 だが、それがかつて、騎士見習いであった少女の、古き記憶を呼び覚ます。


 「なんか、懐かしいな」


 ≪懐かしい、か≫


 言葉が返せないために、念話をもって返すザフィーラ。

 もはや覚えておらず、数えることも難き遙か昔、賢狼を呼ばれていた彼は、今は主に仕える刃にして盾、守護獣である。


 「ああ、何が懐かしいのかはあたしにも分からねえ、だけど、普通の狼みてえにしゃべらないお前と歩いてると、そう感じたんだ…………なんでだろ」


 ≪………≫

 応えの代わりに、蒼き守護獣はただ身体を屈める。


 「乗ればいいのか?」


 ≪………≫

 守護獣はただ黙したまま。

 彼自身も何とも言えない感覚にあったが、今は、己は話さない方が良いような気がしたのである。


 「おし、乗ったぞ」

 少女がその背に乗ると共に、守護獣は歩き始める。

 最初は人の目がある町ゆえに通常の速度であったが、緑が多い桜台に着く頃には、彼女の飛行速度に匹敵する速度で彼は駆ける。


「うぉー、はええええ!!」


「………」


「駆けろっ! 行けえぇーー!」



 その時に去来した想いは、一体何であったか。


 それは、彼にも分からない。








 そして、桜台の上へと辿り着く。

 時間帯は休日の朝早く。このような時間帯ならば、流石にここまで登ってくる者はまれであろうが―――


 「ん?」

 そこには、先客が既にいた。ベンチに座りながら空き缶を見つめ、その胸元の赤い宝石は鈍い光を発している。


 ≪ザフィーラ、あれ≫


 ≪魔導師だな、だが、このような場所で結界も張らずにいるところを見ると、局の魔導師ではあるまい。この世界にも主はやてのようにリンカーコアを持つ者はいる、中には、デバイスを持つ者もいるだろう≫


 ≪別に蒐集するわけじゃないし、あたしらには関係ないか≫


 ≪ああ、平穏こそが主はやての望みだ。わざわざ関わりを持つこともあるまい≫

 そして、二人は少女の邪魔にならぬよう、来た道を速やかに下っていく。

 この時は、ただそれだけの邂逅であり、星の光を手にした少女に至っては狼に乗った少女を見てもいない。

 だがしかし、彼女の往く道を照らす星であることを命題に持つデバイスは。



 その姿を、確かに記録していた。














 「たっだいま~っ!」


 「おかえり、ヴィータ、ザフィーラ」


 「二人とも、ミルク飲む?」


 「飲む!」

 ヴィータとザフィーラが帰った時、既に朝食の準備は整っていた。

 闇の書の守護騎士として機能していた長き時間において、このように帰るべき場所があることはなく、ただそれだけでも、彼女らにとっては奇蹟に等しい。



 「はやて、朝飯は何?」


 「ふふ、今日のはちょっと特別やで~」


 「へえ、どんなだ!」


 「実はな、シャマルが手伝ってくれたんよ」


 「が、頑張りました」

 はやての後ろには、新品のエプロンを着けて、意気込むように拳を握るシャマルの姿が。


 「へえ、シャマルって、料理できたっけ」


 「おぼろげだけど、少しだけね、もうほとんど思い出せないけど、確かにやったことがあるような、そんな気がするの」


 「ふーん、そっか」

 ちょうど自分もつい先程、何とも表現しがたい感覚を味わったばかりである。

 ならば、自分以外の守護騎士にも、そういうことはあるのだろう、と、ヴィータは軽く割り切る。


 「とはいっても、ポテトサラダだけで、他は皆はやてちゃんが作ったんだけど」


 「それでも、それはお前が作ったのだろう。私もかなり興味がある」

 シグナムがそのように言うことは珍しいことといえる。

 だが、彼女にもまた、僅かに胸に去来する想いがあった。

 それがいったい何であるかは、他の者らと同様、彼女にも分からなかったが。


 「さあ皆座って、いただきますしよな。実はわたしもまだ味見しとらんから、楽しみなんよ」

 はやてが号令をかけ、八神家の一同が席につき、ザフィーラも定位置につく。


 「「「「 いただきます 」」」」

 そして、いただきますと同時に、それぞれが箸を伸ばし、シャマル作のポテトサラダを口にする。


 「うっ!」


 「む、うむむ……」


 「こ、これは………」


 「え、え、どうしたの皆!?」


 「…………」
 
 皆の箸が止まり、それぞれがほぼ等しい反応を返す。

 ザフィーラだけは箸を使っていないが、それでもそのまま停止している。



 「シャマルぅ、何入れたんだ~」


 「そ、そんな変なものは入れてないはずだけど………」

 そんなはずは、と思いつつシャマルも口にするが、特に味の異常は感じられない。

 そう、彼女が湖の騎士シャマルである以上、味はまともに感じられないのだ。

 しかし、それすら忘却の彼方にあり、彼女にとっては何が原因であるかすら分からない。


 だが――――



 「うん、これから精進やな」


 「はやてちゃん?」


 「はやて?」


 守護騎士の主である少女は、すぐに箸の動きを再開させ、シャマルの作ったポテトサラダを口に運んでいく。


 「は、はやてちゃん、無理して食べなくても」


 「別に、ぜんぜん無理やあらへん」


 「でも……」


 「シャマルが一生懸命作ってくれた料理や、食べれんことなんてあるわけないやろ。ちょっとくらい失敗しても、次はもっとうまなるよう、頑張ればいいんや」


 「あ………」

 その時、シャマルの心を駆け抜けたものは、一体何であったか。



【騎士としてではなく、ただの家事手伝いとして主に仕え、皆でお前が作った料理を食べていたとしたら、それはそれで幸せな――――】



 湖の騎士となる前の、烈火の輝きに魅せられる前の少女が、最初に思い描いた夢は―――――


 「主はやて、ありがとうございます」


 「へ? なんでシグナムがお礼を言うん?」


 「いえ、シャマルは、とても礼を述べることが出来る状態ではありませんので、それに、私もまた嬉しかったのです」


 「シャマル? な、何で泣いとるん?」


 「シャマル……」


 シャマルという女性は、ただ涙を流していた。

 嗚咽することもなく、身体を震わせることもなく、ただただ、湖のように静かに。

 彼女は――――涙を流していた。



 「………あたしももらうから、いいよな、シャマル」

 ヴィータも、箸の動きを再開し。


 「私もいただこう…………ふむ、これはこれで、なかなかに癖があるが、存外捨てたものでもない」

 シグナムは、しっかり味わいつつ論評し。


 「………」

 ザフィーラは、ただ無言で食べていく。


 「皆………ほんまに、仲間思いのいい子やね」


 「いいえ、主はやて、貴女がいてくれたからです。遙かな時を超えて刻まれた悲しみの記憶を、真っ直ぐに受けてめて下さる貴女こそ、我々にとって光の天使なのですから」


 「い、いや、そんな正面から言われたら照れてまうよ」


 「相手の心に伝えるべき言葉は、真っ直ぐであるべきだと思います。貴女が白い雪のように素直な想いを伝えてくださるから、我々も心安らかにいられるのです」


 「うん………はやてがあたしらの主で、本当に良かった……」


 「シグナム………ヴィータ………ありがとな」


 そして―――しばしの沈黙を挟み


 「はやてちゃん………ありがとうございます」


 「シャマル………おかわり、いただいてええよな?」


 「はい、……盛ってきますね」


 「山盛りで持ってこーい、あたしが全部食ってやる」


 「残念だな、ヴィータ、それを成したくば私を打倒するしか道はないぞ」


 「上等だ」


 「ふふふ、喧嘩しない喧嘩しない。シャマル、別々の皿に取り分けて持ってきてな、ちゃんと、ザフィーラの分もやで」


 「はいっ、いますぐ」


 「………感謝します」


 「ええよ、ザフィーラ、わたしは皆の主なんやから」













 それは、光の幕間。


 絆の物語の幕は未だ開けず、闇の書の守護騎士とその主は、ただ穏やかなる時を過ごす。


 だが、闇は静かに、主の命を糧に解放の時を待ち望む。


 その時、守護騎士達が何を想い、何を成すか。


 それはまだ、分からない。




 しかし――――




 悲しみの記憶も、誇りの記憶も、全て


 騎士達の分身にして魂である者達が、記録している


 だからこそ、この穏やかな光景を見て彼らは思う


 長い闇の中を彷徨いつづけた苦痛の日々、その間に主たちが流してきた涙はいつも誰に去られること無く、真夜中の蒼に融けていってしまっていた


 けれど、けれどようやく主たちは、長く続いた旅の果てに


 その流れていく涙の粒を


 迷い無く包み込む


 ぬくもりに出逢ったのだと 


 


 





あとがき
 過去編の第1章はここまでとなり、一旦物語はなのはやフェイト達のサイドへと移ります。そして、秋頃の八神家の日常を書いた後、過去編の第2章へ移り、その後にA’S本編へと至る流れの予定です。
 過去編は全部で7章の予定であり、A’S本編は現在編で物語がある程度進むと過去編へ、一つの章が終わると再び現代編へ、という書き方でいくつもりです。
 A’S編はリリカルなのはシリーズの中でも一番起承転結がはっきりしており、原作の進み方は神がかっています。なので、現代編の時系列は12月22日あたりまではほぼそのまま踏襲しつつ、内容をトールという機械仕掛けを含んだ要素、もしくは過去編から繋がる要素を織り交ぜる、という手法をとるつもりです。というか、それ以外の手法で上手くまとめる自信がありません。ただ、安易な御都合主義にならないにバランスをとりつつハッピーエンドへ至るよう最大限努力はしていきたいと思っております。
 まだまだ粗い部分が多く、私の趣味が表面に出過ぎている稚作ですが、楽しんでいただければ幸いです。


 次回からはまた、機械仕掛けの舞台装置、トールの視点に戻って話を進めます。

 

 ※分かる人にはわかるネタ
 私の中でのシグ姐とシャマル先生の若りし頃の関係

 犬猿の仲にならなかったザミ姐とリザさん

 シグ姐とシャマルはあの2人ほど性格が突出してなかったというべきか、でもなんとなくイメージはあの2人。





[25732] 閑話その3 実験後の記録
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/02/07 13:41
閑話その3   実験後の記録




新歴65年 5月12日


 ジュエルシード実験そのものに関する作業が全て終了。

 クラーケンはその火を落とし、現在はセイレーンのみが通常航行用のレベルで運転中。

 合同演習に使用した傀儡兵やオートスフィアも格納庫に戻され、破壊された大型傀儡兵などは廃棄区画へ。

 プライベートスペースに張り巡らされたエネルギーバイパスは、ブリュンヒルトの改良に使用する可能性があるため、ミッドチルダに帰還してより対処を決定する予定。

 今後の処理は主に、プレシア・テスタロッサが亡くなったことに関する社会的な事柄が占める。

 有名な工学者であり、数多くの研究者や研究機関への資金援助を行っている彼女の死は、社会的から切り離すことは出来ず、適切な処理が必須。

 アリシア・テスタロッサについては、死亡届を提出すること以外にとりたてて処理を必要とはしない。彼女は26年間昏睡状態にあり、社会的には死亡に極めて近しい状態だったため、改めて手続きを行う事柄は微細である。

 むしろ、フェイト・テスタロッサの今後についてこそ、多くの手続きを要する。

 9歳である彼女が母親を失った以上、社会的な立場を保証する後見人の存在は不可欠。アースラのリンディ・ハラオウン艦長が引き受けてくれることが内定しているが、社会的な処理は別問題である。

 必要な処理をアスガルドに再演算させ、検討を加える。







新歴65年 5月13日


 フェイトの精神状態は落ち着いているはいるものの、やはり損傷の度合いは大きい。

 このような心の傷をパラメータ化することは極めて困難。推定こそ可能であるものの、対処法の確立に直結させるには数十年の時をかけても未だ足りていない。

 現状におけるモデルより推定を行った結果、現在のフェイトに必要なものは、新しい絆であり、変わらないものもでもあると判断。

 母と姉を失ったことによる心の空隙、これを埋めるには高町なのはを筆頭に、ユーノ・スクライア、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ、リンディ・ハラオウンらが適当。

 特に、高町なのはは最重要であるため、数日間の時の庭園への逗留を要請。快く受諾される。

 同時に、アルフと私は“変化しない要素”として重要な位置にいる。

 家族を失ったことでフェイト・テスタロッサの世界の全てが変質することは、彼女の精神にとって望ましいことではない。これを、家族を失った経験者のうち、喪失の時期に私と接触した78名の人格モデルより推察。

 よって、私の汎用言語機能は現状において解除すべきではないと判断。

 今後も、フェイト・テスタロッサ、並びに彼女と精神的に対等な関係を築いている親しい者達の前においては愚者の仮面を被る必要はある。代表例、高町なのは、ユーノ・スクライア。

 精神的に彼女よりも成熟している者達の前においては、フェイトがいないならばリソースの無駄を省くため、汎用言語機能を切ることとする。代表例、アースラの三役。


 ただし、汎用言語機能においても、新しい要素は特に必要はない。

 あくまで、“これまで通り”でよい。そしてそれは、デバイスの最も得意とするところでもある。

 現在の人格に改変を加える必要性があるとすれば、フェイトが成長し、対人関係においてこれまでとは異なる段階に達した場合と推察。

 特に、俗に思春期と呼ばれる時期、彼女の肉体が成人女性に造り替えられる段階においては精神が肉体に引きずられる可能性が高いため、変更が必要と予想。

 この場合の閾値には、我が主のパラメータを用いることとする。









新歴65年 5月14日


 アースラのスタッフによる時の庭園の調査が終了。

 ロストロギア、ジュエルシードが使用された形跡は“残念ながら”発見できなかったものの、21個のジュエルシードは問題なく引き渡されているため、次元航行部隊としては無難な終息となった。

 地上本部に所属する“ブリュンヒルト”に関しても、駆動炉の“クラーケン”の安全性、出力や、砲撃の威力、射程距離、命中性、連射性などを測る上で貴重なデータが得られ、さらに、本局武装隊の空戦魔導師を13名撃墜することに成功したという事実は、レジアス・ゲイズ少将にとっては朗報であると予想される。

 ただし、ブリュンヒルト単体ではそれほど攻略に苦労しないという事実も、クロノ・ハラオウン執務官の働きにより浮き彫りとなった。

 強大なハードウェアに頼るようでは、高度な戦略眼を持った指揮官の前に容易く破れる。この理論が実証されたともいえる。

 ブリュンヒルトはクラナガンの魔導犯罪者に対処する形で作られているため、その辺りは最重要問題ではないが、テロの標的となる可能性は十分にあり得るため、やはり防衛策の構築は必須。

 今回は傀儡兵を防衛戦力として利用したが、地上本部が運用する場合においても、如何に地上戦力と組み合わせ、情報を統括しながら敵戦力を削るか、そこが焦点となると予想される。

 場合によっては、再び時の庭園で試射実験や演習を引き受ける可能性もあるため、戦術パターンの構築をアスガルドに演算させることとする。






新歴65年 5月15日



 フェイトの精神状態が回復してきたため、我が主の葬儀について説明を行う。

 親しい人物が死んだ際における人格モデルは、私が主の代理として葬儀に出席していた時に構築したものであるが、それが今、テスタロッサ家のために使用されている。

 また、リンディ・ハラオウン艦長がフェイト・テスタロッサの後見人となることを社会的に示す格好の場所でもあるため、フェイトの同意の下、喪主を彼女に依頼する。

 フェイトが成人であれば当然喪主となるものの、彼女は就業許可こそ持っているが成人ではない。

 ミッドチルダでは成人の基準も出身世界や地方によって異なるという特殊な場所であるため、冠婚葬祭の儀式の進め方も多種多様である。よって、その穴を最大限に利用する。

 法律の抜け道を突破することは、私とアスガルドの得意とするところである。

 我が主の葬儀には多くの参列者が来ることはほぼ確定事項。

 テスタロッサ家より支援を受けている研究機関や、生命工学関連の薬品や医療器具を扱うメーカーは数多い。

 そういった社会的な繋がりがある人間は、故人を偲ぶ心の有無に関わらず参列する。これは、現代における人間社会という歯車の一部であり、確立されたオートマトンでもある。

 人間にとっては、面倒で厄介な事柄であれど、デバイスである私にとってはこれほど演算が容易なことはない。全ては社会システムによって定められており、それを効率よく回せばよいだけである。








新歴65年 5月16日



 時の庭園がミッドチルダへ向けて出発する日。

 フェイトと高町なのはは出発前に何度も語り合っていたようだが、近いうちに再会することとなる。

 高町なのはとユーノ・スクライアの二名も、我が主、プレシア・テスタロッサとその長女、アリシア・テスタロッサの葬儀に参加することが決まっている。

 私が地球に設けた転送ポートは管理局法に基づいた正式な品である。よって、時の庭園が先にミッドチルダのアルトセイムに到着することにより、第97管理外世界との行き来はかなり容易になる。

 時の庭園に直通することも可能だが、それよりはクラナガンの公共転送ポートに繋ぐ方が社会的な面からも好都合ではある。

 フェイトのメンタル面に関することはアルフに任せ、私は社会的処理に専念する。

 成すべきことは山積している。
 
 フェイトの今後に関して、時の庭園の今後について、ブリュンヒルトに関する事柄、リア・ファルの特許、及び認可を得るための手続き、同じく生命の魔道書をどのような位置づけとすべきか。

 さらには、デバイスソルジャーの今後の展開について。

 どの事柄も個人で扱える単位ではありえず、社会システムの一部に影響を与える事柄である。

 これらを確実に処理していくには、やはり時空管理局との繋がりは強固にしておく必要がある。

 地上本部とも本局とも、徐々にパイプは強まりつつあり、そろそろ小判鮫が群がり出す頃合いと予想。

 ゲイズ少将も、近いうちに狐狩りか、害虫駆除を始めるはずであり、それと本局の融和派がどう絡むか。

 そして、この時期に発生した本局の高官を介さずに行われた合同演習。

 間違いなく、時空管理局の上層部に、小波が発生する。これが高波となるかどうかは今後の推移次第。

 特に大きな被害を出すこともなく、静かに終わったジュエルシード事件よりも、合同演習の方が余程関心が集まることが想定される。

 そして、それらはフェイトの存在を隠す隠れ蓑として機能する。

 そのような思惑が絡む中、残されたテスタロッサ家の次女の出自がどのようなものであるかを気に懸けることは人間には難しい。どうしても脳内の優先順位が低くなる。

 プレシア・テスタロッサに比べ、フェイト・テスタロッサには社会的な“力”がない。

 それが、現段階では良い方向に作用する。








新歴65年 5月17日


 ミッドチルダへの旅は問題なく進行。

 本来であれば、帰りの旅ですが、既に、フェイトにとっては帰るよりも往くというイメージが先行していると推察。

 フェイト・テスタロッサにとっては、母が待つ場所こそが帰る場所である。

 しかし、その場所は今の世界にはどこにもない。

 ならば、彼女が帰るべき場所とは何処になるのか。

 それは私が演算することに非ず、全てはフェイトの意思による。

 そして、フェイトがその意思を明らかにした時には。

 私は、彼女の変える場所を中心とした環境を、より良く回すための歯車として機能することとなる。

 時には大きく、時には小さく。

 大小様々な歯車を使い分け。

 舞台を、私は整える。









新歴65年 5月18日



 ミッドチルダに到着。

 アースラは直接本局へ向かったため、途中までは一緒だったものの、ミッドチルダの存在する次元に近づいた段階で別ルートとなった。

 到着時刻は事前に地上本部へ伝えてあったため、アルトセイムには既に地上本部技術部の技官達が待機しており、到着と同時にブリュンヒルトの整備点検を開始。

 三日後には葬儀が行われるため、プライベートスペースも同時に来賓を迎えるための準備を整えていく。

 時の庭園の規模は個人の邸宅を遙かに超えているため、仮に千人以上の客が来たとしても応対は可能。それを成すための園丁用の魔法人形、執事型の魔法人形、男性使用人型魔法人形、女性使用人型魔法人形などは大量にある。

 それらの管制は無論、私とアスガルド。

 機械に迎えられ、機械によって進む葬送の儀。

 稀代の工学者、プレシア・テスタロッサと次元世界一のデバイスマイスターとなるはずであった、アリシア・テスタロッサ。

 彼女らの葬儀には、実に相応しいものとなるでしょう。


 フェイトも、彼女なりに母と姉の死を受け入れるための準備を進めている。

 今はまだ物理的レベルではないものの、精神レベルにおいては、二人だけになってしまった時の庭園の家族の現在を受け入れつつある。

 アルフも、そんなフェイトを労わるように常に共にいる。

 彼女らが社会の現実を気にすることなく、まずは己の心との折り合いをつけれるよう、私は機能する。

 私は管制機。時の庭園に関する事柄ならば、全て私が掌握している。

 問題はない。






新歴65年 5月19日



 リンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウンの両名が、参列客に先立って時の庭園へ到着。

 儀式の段取りは全て私とアスガルドが整えているため、彼女らの役割は人間にしか出来ないものとなる。

 すなわち、社会的な立場からではなく、プレシア・テスタロッサとの個人的な繋がりによって弔問に訪れた方々への応対。

 アレクトロ社時代からの工学者仲間の方達からは、既に全員から出席の旨が伝えられている。

 流石に、彼らとの応対をフェイトとアルフに任せるわけにはいかないため、ここは大人の方に任せるより他はない。

 クロノ・ハラオウンは第97管理外世界の基準ならばまだまだ子供なれど、ミッドチルダでは敏腕の執務官。

 特に、葬式というものは遺産相続などとも絡むため、法律の専門家の存在は実に貴重である。

 その面でも、ハラオウン家の全面協力が得られたことは、僥倖であるといえる。

 また、アースラの残っている業務を引き受けているエイミィ・リミエッタも葬儀の当日には到着予定であり、彼女がミッドチルダの地理に疎い高町なのはとユーノ・スクライアの案内を引き受ける手筈となっている。

 全ては、ハラオウン家と組んだ予定通りに。










新歴65年 5月20日


 葬儀の前日、遠方よりやってこられる方々の中には既に到着された者もいる。

 時の庭園に存在する非戦闘型の魔法人形はフル稼働、それらへ魔力を供給するため、“クラーケン”と“セイレーン”の火も入っている。

 また、それらに関連して、オーリス・ゲイズ三等陸尉が時の庭園に見えられた。現在18歳であり、士官学校卒業者が本局勤めになることが多い中、地上本部への道を選び、既に頭角を現しつつある。

 階級があと一つ上がる頃には、レジアス・ゲイズ少将の片腕として働くであろうと噂される才媛であるものの、このブリュンヒルト計画に関してはそれほど関与していない。

 しかし、その彼女が時の庭園を訪れたということは、いよいよ“アインヘリアル”へ向けた計画が始まるということを意味している。予算などの関係から進捗は緩やかと予想されるも、前進したのは事実。

 ゲイズ少将本人はぎりぎりまでスケジュール調整を行っていたものの、明日の葬式には参列できるという返事であった。

 ブリュンヒルトを今後どのような形で研究し、完成型である“アインヘリアル”へと至らせるかについても、近いうちに相談する必要があるため、その準備段階であると推察。

 他にも、ゲイズ少将と関わりの深い財界の有力者達も数多く到着。彼らを上手く利用し、組織を効率的に回転させる手腕に関してならば、ゲイズ少将は時空管理局においてトップクラス。

 本局のレティ・ロウラン提督は、限られた人員を効率的に配置すること、また、人材を確保することに関してならば他の追随を許さないものの、その資金源を確保することは彼女の専門ではない。

 彼女の能力が最大限に発揮されるのは、資金が潤沢な本局の人事部にあればこそ。つまりは、適材適所。彼女が地上本部にいたとすれば多くの問題が解決されるものの、彼女の能力を最大限に生かす場所とはならない。

 視野を広く、管理局全体で見ればそれは損失にしかならない。逆に、レジアス・ゲイズ少将が本局に異動する同様、彼は、地上本部にあってこそその能力を最大限に発揮できる。

 そうした人材が続々と集まり、いよいよ、葬儀の場から社交の場へと変わりつつある。

 そして、それを取り仕切るのは海の提督の一人であるリンディ・ハラオウンと、執務官であるクロノ・ハラオウン。

 中々に複雑な政治ゲームの様相を見せ始めている模様であり、水面下での腹の探り合いがあちこちで行われている。

 無論、これらはフェイトやアルフにはまだ早いため、彼女らは高町なのはとユーノ・スクライアを迎えるためにクラナガンへ出かけている。

 時の庭園へ直通することも可能ではあるものの。ユーノ・スクライアはともかく、高町なのははミッドチルダへの来歴がないため、まずは次元港で手続きを行う必要がある。

 エイミィ・リミエッタには、裏の事情を知った上で子供達を連れ回し、時の庭園への到着を遅らせるという重要な使命があるものの、彼女ならば問題なく成し遂げるものと判断。

 両ハラオウンも、時には火花を散らし、時には受け流しつつ、それぞれの役割を見事に果たしてくれている。

 海と陸の対立は未だに根深いものの、改善しようとする気風が生まれ始めているのも事実。

 ただ、対立による被害を受け続けた者達にとっては、“何をいまさら”という感情論もあり、それらを知らないキャリア組はそもそも問題があるという認識すら薄い。

 それらの溝を埋めるのは容易ではない、が、不可能でもない。

 少なくとも、“死者を蘇らせる”という事柄に比べれば、遙かに容易であることは間違いない。

 片や、大半の人間が協力すれば“100%実現可能”。

 片や、大半の人間が協力したところで、“実現は困難”。

 人間社会が生んだ歪みは、人間の力によって直せる。これは、実に当たり前の法則。

 しかし、死者を蘇らせることは、人間には不可能に近い事柄。

 もし、本当に死者を蘇らそうとするならば。

 伝承にいう失われた都、アルハザードの扉でも開かねばならない。

 それほどの荒唐無稽。


 そして―――――






新歴65年 5月21日



 葬儀は、滞りなく進行した。

 私とアスガルドは、事前に組んだスケジュール通りに進めるべく、魔法人形を動かし、設備を機能させ、ただ歯車を回し続ける。

 無論、機械では予想しきれない事柄は数多く発生したものの、それらはいずれも想定の範囲内。

 我が主の研究仲間が、プレシア・テスタロッサの死よりも金のことばかり気にするある企業の人間に掴みかかるという事件もありましたが、クロノ・ハラオウン執務官が仲裁に入り、事なきを得た。

 彼はアレクトロ社を相手に起こした訴訟において、最も我々に協力してくれた人物であり、利益をばかり優先する企業というものに対して、嫌悪感どころか、憎しみに近い感情を今でも強く持っている。

 あの事故で人生を狂わされた人間は、我が主とアリシアだけではない。他にも多くの人間が、“こんなはずではなかった人生”を歩むこととなった。

 無論、それを引き起こさせた人間達は、人生そのものから退場いただきました。

 同じく“こんなはずではなかった”人生を歩んできたクロノ・ハラオウンだからこそ、そういった人々の心を理解した上で、調停を行うことが出来る。

 14歳の若さでそれを行うことが出来るのは凄まじいことですが、同時に悲しいことでもあるのかもしれない。

 そして、その騒動にひと通りの決着がついた後。

 彼とその仲間達はリンディ・ハラオウンの下を訪れ、『フェイトのことを、どうかよろしくお願いします』という言葉を述べられた。

“自分の死後も、自分の愛した存在のことを気にかけてくれる友人を持てたならば、その人生は幸せである”、という言葉がある。

 その定義に従うならば、我が主は幸福な人生を歩かれた、ということになる。彼らのような友人に恵まれたのですから。

 そして、アリシアもまた、フェイトのことを託せる者、高町なのはの存在を知ることが出来た。

 アリシアと高町なのはが接触したのは、私が作り上げた虚構の舞台に過ぎませんでしたが、意味があったことを願う。








新歴65年 5月22日



 葬儀は終わり、特に親しい者達で行う飲み会に近いものも、終わりを迎えた。

 ただ、多くの人々が酒を飲む中で、砂糖とミルクを入れた緑茶を飲んでいたリンディ・ハラオウンは、流石というべきか。

 フェイト、アルフ、高町なのは、ユーノ・スクライアの年少組はフェイトの部屋で過ごし、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタの年中組はアルコールこそ控えながらも、年長組につきあっていた。(ただし、緑茶以外)

 私は中央制御室にあり、魔法人形達に指示を出す。

 葬儀とは元来、故人を偲ぶために人間が行う儀式。

 ならば、私の役割はただ歯車を回すのみ。




 時の庭園は、機械仕掛けの楽園でもある。

 ありとあらゆるところにエネルギー供給用のコードが設けられ、サーチャーにリソースを乗せることで全ての事象を司ることができる。


 故に、それはあり得ないことであった。


 その存在は、生命工学にたずさわる研究者の一人であり、参列客として、時の庭園へやって来た。

 それ自体は珍しいことでもなく、彼の他にも多くの生命工学の研究者が訪れている。

 我が主と同様の研究を進めているある意味での仲間でありライバルである者や、テスタロッサ家から資金援助を受けており、縁が深い者。

 アリシアを救うための研究において、テスタロッサ家が特異な存在にならないよう、その研究に違和感が出ないよう、私とアスガルドはある種のネットワークを作り上げた。

 生命工学を研究する者達が横の繋がりを持ち、それぞれの成果を定期的に報告し、互いに意見を出し合いながら研究を進めていく。

 クロノ・ハラオウン執務官のような優秀な方が時の庭園を調べた際に、その研究内容や成果に違和感を持たなかったのは、その大部分がこのネットワークにおいて共有されており、管理局の執務官ともなればそれを知ることが可能であるからに他ならない。

 一人の研究者が飛び抜けた成果を上げれば、そこには“人体実験を行ったのではないか”という疑問が生じる。

 しかし、複数の人間が共有することで、それらの疑念は拡散される。木の葉を隠すならば森の中に、森が無ければ作ればよい。

 テスタロッサ家という木の葉を隠すには、生命工学研究者ネットワークという森を作り上げることが、最も効率的であった。ただそれだけのこと。

 そして、その人物、アルティマ・キュービックは生命工学研究者の中でも特に、クローン分野における第一人者であり。

 人間以外の、牛、豚、鶏などの家畜、もしくは魚など、多くの生物のクローンを作り上げることに成功し、食糧問題の解決に向けての最先端を走る実践型の研究者として広く知られている。



 だがしかし、その彼が、時の庭園のサーチャーの目をかいくぐり、中央制御室に姿を現した。


 そして―――――


 「やあ、久しいね、トール。こうして会うのは二度目になるなあ、くくくくくくくく」


 その言葉と共に、アルティマ・キュービックであった筈の身体が、別のものへと作り変わる。

 遠目であろうとも判断できる、特徴的な紫の髪。

 深遠な知性を漂わせながらも、同時に狂気を湛えた黄金の瞳。

 そして何よりも、泣き笑いの道化の仮面のような、それでいて、どこまでも心の底から喝采しているような、異形の笑み。

 自分にはそれ以外の感情がないのだと主張するような、歪んだ笑顔。

 そのような人間を、私は一人しか知り得ない。



 ジェイル・スカリエッティ

 生命操作技術の基礎技術を組み上げた天才であると同時に広域次元犯罪者であり、かつて、レリックというロストロギアを託した男。



 「君とは是非とも話がしたかったよ。くくくくくく、さあ、思う存分にっ! 語り合おうじゃないかっっ!!」



 これが、私と“それ”との、二度目の邂逅となる。

 人間のために作られた古いデバイスと、人間を嘲笑うために在る異形のシステム。

 この接触が、果たして如何なる未来をもたらすか。


 その答えが出る日は、未だ遠い。






[25732] 閑話その4 舞台裏の装置二つ
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/02/09 21:20
閑話その4   舞台裏の装置二つ




新歴65年 5月22日 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園 中央制御室 PM 10:11



 時の庭園が誇るセキュリティシステムは、並み大抵のものではない。

 ブリュンヒルトの製作地、また、試験場に選ばれたという一面を見ても、次元世界でも有数の防衛力を備えた拠点といえましょう。

 各世界に研究機関は数多くあれど、傀儡兵や大型オートスフィアを大量に備え、時空管理局の次元航行部隊が保有する戦力と対等に渡り合える施設は数少ない、時空管理局が保有する研究機関ですら例外ではなく。

 しかし、どのような防衛機構にも、穴というものは存在する。

 例えば、地上本部。

 次元世界に存在する地上部隊を纏め上げ、有機的な繋がりを維持すると同時に、ミッドチルダ全域の治安維持、警察機能の中心であると同時に、次元航行部隊の中枢である本局との架け橋でもある、クラナガンの最重要施設。

 ここの防衛機構は次元世界でも有数どころか、最高峰と言ってよい。これを上回るものとなると、それこそ次元世界でも大国と呼ばれる国家が保有する軍事用の要塞か、時空管理局本局くらいのものでしょう。

 しかし、地上本部は多くの人間が利用し、一般の人間も出入りする公共の建物という特性を持つ以上、鉄壁ではあり得ない。外側から攻められるだけならば強固な防壁も、一度内部に入り込まれると脆さを露呈する。

 故に、軍事機密を保管したり、公にしにくい研究を行う施設などは、決して一般人は出入りできない場所に作られる。特に機密性が高いものは絶海の孤島、もしくは、次元空間に漂う離島などに。

 当然、物資の確保や、交通の便などの面で不都合は存在するものの、それを対価に防衛機能、防諜機能を上げることが可能となる。隔離施設と呼ばれるものが街中に作られることが少ないのは主にそういった理由から。

 逆に、地上本部のような施設は絶対に陸の孤島には作られない。どの管理世界においても行政機能をも兼ねる中枢施設は首都、もしくはそれに準じる大都市の中心部に置かれる。象徴的な建物ならばともかく、実務を司る施設とはそういうものである。

 つまり、どのようなシステムも、何かを向上させれば何かが犠牲になるということ。

 汎用性を突き詰めれば機能が低下し、機能を重視すると汎用性の面で問題が出てくる。どのような強力なデバイスが存在しても、それを扱うのに博士クラスの知識が必要なのでは、普及することはあり得ない。


 そういった面で、時の庭園は汎用性のある建物ではなく、専門性を突き詰めた建物であるといえる。

 地上本部のように一般の人間が出入りするわけでもなく、建物の大きさに比べて利用する人間は極僅か。機密保持の面でも優れており、かつ、エネルギー炉心は次元航行艦以上の性能を備えており、大規模駆動炉の研究開発すらも可能とする設備が整っている。

 そして、防衛戦力も充実しており、サーチャーや園丁用の魔法人形など、それら以外に多くの“目”があることから、防諜の面でも優れている。

 しかし、現在に限って言うならば、それらの機能のほとんどが使えない状態となっている。

 プレシア・テスタロッサの葬儀のために、遠方からも数多くの人々が訪れており、この段階で公共性が必要となることから、専門性の多くが犠牲となっている。すなわち、客全員に綿密なスキャンをかけるわけにもいかず、それをする時間的余裕もなかった。

 また、戦闘用の傀儡兵をあちこちに配置するわけにもいかず、プライバシーなどにも配慮する必要があるため、どうしても死角というものが発生してしまう。観測する側が機械であっても、観測される側が人間である以上、テスタロッサ家としては配慮が必要となってくる。

 そして何よりも、管制機である私と、中枢コンピュータであるアスガルドのリソースが、防諜や防衛にほとんど使われていなかったということ。我々の機能は葬儀の進行や問題が発生した場合の対処にほとんどが振り分けられておりました。

 インテリジェントデバイス、トールに死角が発生するとすれば、それは主を弔う時。

 その死角を、的確に突かれた。


 『確か、偽りの仮面(ライアーズ・マスク)でしたか、その装置は』


 「おお、覚えていてくれたのだね、実に光栄だ。我ながら、実によく出来た作品だと思っているよ」


 『人間ならば忘れることもありましょう。しかし、私は忘れない』

 会話をしながら、現状を把握。

 フェイトは、既に就寝。アルフや高町なのはも一緒ですね。

 ユーノ・スクライアも既に別室で休んでいますが、クロノ・ハラオウン執務管やリンディ・ハラオウン提督はまだ起きている。

 これは僥倖、もし荒事となったとしても、S2Uへ情報を飛ばせば、彼が即座に対処できる体勢が整っている。


 「いやいや、そう警戒しないでくれたまえ。今夜の私はあくまで彼女を偲ぶために参上した参列客に過ぎないのだから」


 『残念ながら、その言葉の信頼度を測れるほどに私は貴方の人格モデルを構築しておりません』


 「ふふ、く、くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく」

 私の返答に、ジェイル・スカリエッティはさらに笑みを深くする。


 「なるほどなるほど、素晴らしい、やはり素晴らしい。ああ、実に興味深い、興味深いなあ、まさか、君のような存在が、君のような存在こそが、アンリミテッド・デザイアを弾く盾になろうとは」


 『無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)、かつて、貴方は私に名乗った名称ですね』

 人格モデルの学習アルゴリズムを働かせ、ジェイル・スカリエッティの精神傾向を推察。

 ――――――――参考に出来るデータがあまりに不足、演算結果は芳しいものではない。


 「そうとも、以前にも言ったが、私という存在を定義するならばそれが最も妥当な表現となるだろう。我は顔無きもの、故に数多の顔を持ち、故に欲望の化身、故に道化なのだよ」


 『道化、ならば、私の同類ということでしょうか』

 これまでとは、やや異なる部類の入力を行う。


 「ふむ、それも興味深い意見だね。なるほど、確かに私は君によく似ているのかもしれない。だがしかし、そういうこともあるだろうが、そうでないこともあるだろう」

 出力は、想定の外。

 彼という人格を構築する上で、大した指標とはなりえない。


 「さて、少し昔語りでもしたいのだが、付き合ってくれるかね?」


 『お断りいたしましょう。私には成すべき作業がまだ多くある』


 「それはつれないなあ、せっかく、土産も持参したというのに」

 ジェイル・スカリエッティが懐より、結晶と推察される物体を取り出す。

 スキャン開始――――危険度は、低い。

 ジュエルシードやレリックのような高エネルギーを蓄積した結晶体ではない。むしろ、リンカーコアよりもエネルギーは劣る。

 しかし、私はそれが何であるかを推察できる。

 なぜならば――――



 『生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶”ミード”、その完成品ですか』


 「ほう、君達はそう名付けたのかね。私にとっては名称などどうでもいいことなものでね、どうしても適当になるか、そもそも名前を付けることすら忘れてしまう。何しろ、顔なし(フェイス・レス)なのだから」


 『顔なし、ですか。その割には、どの顔も同じ笑みを浮かべているように予測されるのは、私の経験が足りないからでしょうか?』


 「くくくくく、いいや、そうではない、そうではないとも。君の推察は正しい、正しいのだとジェイル・スカリエッティである私も思うだろう。真実は、さて、どこにあるのだろうか?」

 会話に、整合性というものが著しく欠如している。

 人間の思考方法に基づいた会話では、彼の言葉は意味を成さない。


 『理解しました。これより先は、常識を遙かに超えた人格投影型魔法人形を相手にしている、という認識で貴方との会話に臨むといたしましょう』

 しかし、アルゴリズムに基づく人形でもない。

 なぜなら、機械である私が彼を推察できないのだ。彼には、デバイスの命題のような確固たる法則はない。

 されど、人間の心を理解するために構築した人格モデルも、そのデータベースも、ジェイル・スカリエッティという存在を把握するのにほとんど役に立っていない。

 このことから、一つの仮説が成り立つ。


 『貴方は、人間ではない。少なくとも、“普遍的”な人間像からは逸脱した位置にいるのは間違いありません。しかし、機械とも異なる。私達デバイスと人間が二次元的に距離を離して存在しているならば、貴方は三次元的に離れているようなものと推察します』

 そう、それはまさしく俯瞰風景。

 人間とデバイス、それらが同じ平面に立ち、決して相容れない境界線を挟んだ位置関係にあるならば、それを上から覗きこんでいるか、もしくは、下から見上げているのか。

 人間が彼を観測したならば、深淵を覗きこんでいる気分になるか、遙か天上を見上げている気分になるのか。それらは個人次第でしょうが、彼は、人間が“深く知ってはいけない”存在であると予想される。

 少なくとも、私の45年の稼働歴において、このような存在とは彼以外に接触したことがない。

 ジェイル・スカリエッティは人間ともデバイスとも異なる“異物”である。


 現段階において、そう定義せざるを得ません。


 「ふっ、くっくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく、面白い、実に面白い。いつぞやの前言を撤回しよう。君は、今の君こそが輝いているよ」


 『それは、≪そんな他人行儀な口調はよしてくれたまえ。いつも通りの君で構わないよ≫という言葉であるという理解でよろしいのですね』


 「ああ、そうとも。いやはや、機械というのは便利なものだ、記録した言葉を再生するなどまさに造作もないといったところだろう。そして、いつも通りの君とは、まさしく今の君だ」


 『無論、人間が忘れるが故に、私達デバイスは正確に記録している』


 「その通り、デバイスは人間に使われてこそのデバイス。定められた命題に背き、自分の意思で動きだすデバイスなど、それは最早デバイスとは呼べないだろう。しかし、だからこそ、そのような存在が作り出せれば面白そうだとは思わないかね? いつかそう、機械が人間にとって代わる時代がやってくるかもしれない」


 『思いません、微塵足りとも』

 命題に背き、自分の意思で動き出すデバイス。

 それは何と、性質の悪い冗談か。

 彼が言ったとおり、そんなものはデバイスではない。

 デバイスは、ただ人間が定めた命題を遂行するために在る。

 ただ、それだけでよい。


 「ふむ、そこは見解の相違というところかな。だが、意見が違うからこそ、意見交換には意味があるとも言える」


 『その点については同意します。まったく同じ意見の者同士が討論することに大きな意味はない、せいぜいが、それぞれの自己認識に役立つ程度でしょう』

 そして、デバイスにとっては意味がない。

 人間と異なり、デバイスが自己を認識する際に必要なものは己のみなのですから。


 「さてと、少々脱線してしまったが、これを君達がミードと命名したのならば、私もそれに倣うとしよう。これは、“レリック”の蘇生に関する機能のみを抽出したような結晶だよ」


 『つまり、私達がアリシア・テスタロッサを蘇生させるために創り上げようとしていた結晶、その完成品であると』

 私達は当初、レリックの強大なエネルギーのみを排除し、“死者を蘇らせる”特性のみを残したレリックレプリカの精製を試みた。

 非魔導師であるアリシアに適合させるには、レリックの力はあまりにも強大過ぎた。しかし、レリックレプリカも完成せず、結局はジュエルシードを用いて精製を行った。それがジュエルシード実験。


 「その通り、だが、完成品という定義もまた主観が変われば変化してしまう曖昧なものだよ。ああ、名前とは、何と儚いものなのだろうね」

 また、精神構造が変化した。

 つい先程まで理性的、論理的に、工学者のように話していたかと思えば、次の瞬間には芸術家か哲学者のように語り出す。

 工学者のようであり、医者のようであり、歴史家のようであり、音楽家のようであり、画家のようであり、そのどれでもないようでもある。一瞬ごとに異なる人間と会話をしている感覚に陥る。

 まるでそう、アスガルドの補助を得て、人格モデルを切り替える私のように。

 しかし、私があくまでアルゴリズムを回すデバイスであるのに対し、彼は生身の人間。

 いったい、ジェイル・スカリエッティの頭脳とは、どのような構造をしているのか。

 

 『つまり、貴方の持つ結晶では、アリシア・テスタロッサを救うことは出来ないと』


 「これはあくまで、“死者を蘇らせる”ものだからね、“生命の在り方が変わってしまった者を戻す”ためのものではないのだよ。それに、蘇らせるとはいうものの、人間を材料として別の存在を作り出すという表現が的確だろう」


 『レリックとはそもそも、高ランク魔導師に埋め込むことで、より強力なレリックウェポンを作り出すための結晶、というわけですか』


 「無論、それだけではない。不老不死への渇望、誰かを救うための力、さらには、生まれつき身体が弱いがために、レリックを得ることでようやく人並みになることを夢見る者もいた。全ては、欲望なのだよ、人間として死ぬよりは、レリックウェポンになってでも生きたい、というね」

 なるほど、それは確かに、アリシア・テスタロッサのためにならない。

 彼女は、植物として長く生きるよりも、人間として閃光の一瞬を生きることを願った。

 ならば、彼の結晶を埋め込んだところで、アリシアの願いは叶わない。他ならぬ彼女の欲望が、それの機能を否定してしまうが故に。


 「だから、私は驚いている。驚愕していると言ってもいい。プレシア・テスタロッサという女性は絶望に狂い、私の持つ知識を求めるだろうと思っていたのだが、そうはならなかった。せっかくアルハザードへ至るための鍵を用意していたというのに、それは無駄に終わってしまった」


 『貴方は、アルハザードへの至り方を知っていると?』


 「これもまた微妙な表現なのだがね。何せ私は一度もアルハザードへ行ったことがないし、見たこともない。だが、そこに至ることを渇望する人間がいるならば、案内してあげなければ余りにも哀れだろう。例え嘘であっても、希望を持たせるくらいはしてあげねば」

 嘘。

 それは果たして、どこからどこまでか。

 彼がアルハザードへ行ったことがないというのが嘘なのか。

 哀れに思うという“人間的な理由”が嘘なのか。

 彼が伝えるというアルハザードへの至り方が嘘なのか。

 あるいは――――――

 ジェイル・スカリエッティという存在そのものが、嘘で固められた虚構なのか。


 『なるほど、とりあえず現状では、詳しく語るつもりはない。ということですね』


 「そういうこともあるだろうし、そうでないこともあるだろうね」


 『理解しました。それで、貴方の持つミードが土産ならば、それが時の庭園にもたらされることにはどのような効果があるのですか?』


 「せっかくだ、君の仮説を聞いてみたいものだね」


 『お断りします。私に命を下せるのはマスターだけです。それ以外の人物が行うならばそれは依頼という形になり、そのための入力するのならば、対価をお支払い下さい』


 「ふっ、くく、くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく、素晴らしい、やはり素晴らしいな君は。ああ、興味が尽きない。願いを聞き入れて欲しいならば、対価を支払え、まるで、悪魔のようではないかね」

 悪魔。それは、人間が想像した心に悪意を吹き込むという機構。

 人間の心を映し出す鏡となる機能を有する私は、確かにその側面を有するのかもしれません。人間の心を計る機構、という点においては。


 『入力は、如何に』

 そして、彼は再び懐から情報端末を取り出す。


 「そうだねえ、ここにかつて君に送ったISを備えた人造魔導師の素体の設計図と改良案がある。ここの設備を用いればAAランク、いやいや、AAAランク相当の性能を発揮できるだろう」


 『ただし、動力源として、相応のリンカーコアが必須。そして、そのためのリア・ファルであると』



 生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶、“ミード”

 リンカーコア接続型物理レベル変換OS、“リア・ファル”

 魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末、“生命の魔道書”


 この三種が、26年に及んだ研究成果の集大成。

 ミードは“レリック”、リア・ファルは“ミレニアム・パズル”、そして生命の魔道書は“闇の書”。

 それぞれがロストロギアの機能を参考、モデルとしており、これらを完成させるために、願いを叶える奇蹟の石、ジュエルシードは用いられた。

 ただし、リア・ファルは私の専門分野であるため、主がいなくともさらに研究を進めることは可能ですが、他二つはそうではない。

 ミードと生命の魔道書。

 前者はアリシアと同じような状態にある者達を救うための医療技術として、後者は我が主と同様の魔力負荷の後遺症に苦しむ者達のための医療技術として、社会に役立てねばならない。それでこそ、プロジェクトFATEに意義があったことが証明され、医療研究を目的とした合法研究となる。

 生命操作技術は、管理局法によって厳しく制限されているものの、倫理的問題がなく、かつ社会に還元できる技術を開発する場合においては認められるケースが存在する。

 フェイトはあくまで、アリシアを蘇らせる道を示すための過程で誕生しており、実際に社会に出るのはあくまで結晶とデバイスに過ぎない。

 そこに、倫理的な問題は一切存在しない。そうなるように進めて来たのですから、存在しては困るのですが。

 そして―――


 「君のこれからには、多いに役立つと思うのだがね。これには、レリックをさほど希釈せず、リンカーコアに近い形で機能するミードも搭載できる」

 本来の用途における完成品がサンプルとしてあれば、少なくともミードの完成度をさらに高めることが出来る。

 重要なのは特に汎用性。9歳程度の子供でも、70歳を超える老人でも、同様に使えるように改良する上で、それは大きな力を発揮する。

 ミードを、純粋な医療用として用いる場合。もしくは、強力な魔法人形の動力として用いる場合。

 その二つの例があるならば、確かに、今後の研究発表において多いに役立つ。

 もっとも、後者はリア・ファルとの兼ね合いを考える必要もありますが。


 『なるほど、これが貴方の弔問の品、というわけですか』


 「その通り、今の私は弔問客だからねえ」


 リア・ファルは少々別、こちらは一般で利用するための品ではなく、デバイス・ソルジャーの要となるための品。

 レジアス・ゲイズ少将や地上本部との繋がりを確実なものとするための鍵であり、ある意味で生命操作技術の対極に位置する、工学者としてのプレシア・テスタロッサの遺産である。

 すなわち、生命を持たない、純粋なる魔法人形を人間に近い思考能力を備えた状態で運用するための技術。

 その原型は、私が用いる戦闘型魔法人形において、既に搭載されている。


 「さてと、語りたいことはいくらでもあるが、とりあえずの目的は達成したし、怖い執務官殿も近くにいることだ。ここはお暇するとしようか」


 『その前に、幾つかの質問に答えていただきたいのですが、よろしいでしょうか?』


 「構わないよ、何せ私は、願望に応える者だからねえ。対価はとらないよ」

 これは、皮肉と取るべきか、もしくは、純粋な感想と取るべきか。

 彼が普通の人間ならば前者でしょうが、ここはむしろ、後者が近いと推察。


 『では、僭越ながら、クローン技術の研究における第一人者、アルティマ・キュービック博士は自分の研究室から滅多に出ることはない人柄ですが、幾度も学会で発表を重ねております。彼は、貴方の顔の一つですか?』


 「いいや、私ではない。私の最高傑作の一人、ドゥーエの顔だよ」


 『彼には、一人だけ研究室への出入りを許していた助手、クレシダ・モルスという女性がいます。助手とはいっても彼女には生命工学に関する知識はなく、キュービック博士の身の回りの世話が担当であり、実態は愛人ではないかと囁かれている女性ですが』


 「流石に察しが良いね、そして、素晴らしい情報量だ。その通り、彼女がドゥーエだ。研究室に出入りしている人物はただ一人であり、結局はどちらも架空の人物、彼女のIS、偽りの仮面(ライアーズ・マスク)によって作り出された虚構ということだよ」


 『なるほど、トール・テスタロッサが幾人もの人間と会話し、彼らの記憶上にはあるのに関わらず、書類上では架空の存在であるのと同義というわけですね。そして、今回のように、貴方自身もその役割を利用出来る』


 「私としては別にどうでもよいのだがね、私はこの辺に関しては又聞きでしかないから、深いところまでは答えられないねえ」

 又聞き、それはすなわち。


 『実際に潜入し、情報を引き出す、または、架空の情報を作り上げる。その役の他に、それらの情報を統括する管制役がいると』


 「ああそうとも、同じく私の最高傑作の一人、ウーノの仕事がそれだ。君の役割に近いのはこの二人だろうね」

 この二人、ということは、他にもいるわけですね。


 『その二名は人造魔導師、もしくは戦闘機人というわけですか』


 「さあ、どうだろうね。そういうこともあるだろうし、そうでないこともあるだろう」

 ふむ、名前に意味がないと言ったのは、他ならぬ彼でしたか。

 ならば―――


 『訂正しましょう。彼女らは人造魔導師であるかもしれず、ないかもしれない。戦闘機人であるかもしれず、ないかもしれない。しかし、いずれにおいても貴方の作品であり、最高傑作であることには違いない』


 「正解だ。それこそが、私にとっての真実だろう。何しろ、ジェイル・スカリエッティは生命操作技術の権威であり、生命に輝きをその秘密を解き明かすことを至上目的としているのだからねえ、くくくくくくくく」

 泣き笑いのような仮面が、さらに歪む。

 それは狂気に染まるようでありながら、純粋に笑う幼子ような印象も受ける、と、人間ならば考えるであろう顔。

 だが、私にとっては――――

 システムに縛られながら、システムそのものをも嘲笑い、システムを書き換えることすら可能でありながら、それを気まぐれでしないだけ。

 道化が、ただ道化らしく在る。そのように考えられる。

 デバイスである私が、ただ、機械らしく在るように。







 「さて、実に心躍る時間だったが、そろそろ時間だ。此度の邂逅はここまでとしようか」


 『それは構いませんが、貴方の存在を完全に放置することは出来ませんので、近いうちにこちらから接触することになるでしょう』


 「構わないよ、むしろ楽しみにしているが、その時はまずドゥーエと会うといいだろう。彼女ならばウーノに繋がるホットラインを持っているから、辿っていけば私の下まで来られる」

 今ここで直接連絡先を教えれば済む話ですが、彼はそれをしない。

 まだまだ完成度は低いものの、徐々にジェイル・スカリエッティという存在の傾向というものが掴めてきた。

 そして、それらからは人間とも機械とも離れた精神性を持っていることが、同時に推察される。


 『では、いずれまた会いましょう』


 「是非とも、再会を楽しみにしているよ」




 二度目の邂逅はこうして終わる。

 この段階においては我等の道はほとんど交差せず、未来へ繋がる事柄もほとんどない。

 だが、確かにその布石は打たれつつある。

 26年前の事故を発端、すなわち最初の状態遷移とする大数式はその解を導き出したものの、遙か過去から状態遷移を続ける大数式もまた存在する。

 それらがフェイトと高町なのはの今後に如何に関わっていくか。

 この時の私は、まだ判断材料を持っていらず、演算を行うにはパラメータが致命的に足りていない。

 大数式の解が出る日は、未だ遠い。








あとがき
 今回は伏線の塊のような話ですが、これらはA’S、StSの物語が展開するにつれ、徐々に回収されていきます。伏線の数自体もまだまだ少ないですが、A’Sの最終決戦やクライマックス、StSの最終決戦やクライマックスの内容は大体組み上がっているので、回収されないということはないと思います。
 書きたい事柄がA’SのラストやStSのラストに集中しているため、モチベーションを下げずに突っ走ることが出来るのも、厨二病SSライターの特徴なのかもしれないと思う今日この頃です。
 A’S編は私の一番好きなキャラクターである、グラーフアイゼンやレヴァンティンが登場するので、頑張っていこうと思います。

 それではまた。




[25732] 閑話その5 デバイスは管理局と共に在り
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/02/11 19:31
閑話その5   デバイスは管理局と共に在り



まえがき
 前回に引き続き、伏線ばら撒きの回です。レジアスとトールの会話のほとんどはA’S編には直結しませんので、とりあえず飛ばし、StSへの空白期が始まる辺りで読み直す形でも特に問題はありません。時間軸に沿うと、ここが一番適格というだけのことなので。




 我が主、プレシア・テスタロッサの葬儀から早一週間が経過。

 その期間に、フェイトもまた自分の心と折り合いをつけつつ、新たな道を歩み出すための準備を始めた。

 彼女の願いを一言で表すならば、高町なのはと共に生きること、でしょう。

 しかし、今はまだそれは出来ない。自分の生活を全て切り替えるには、時の庭園には思い出が残り過ぎている。

 それ故に、半年ほどはミッドチルダで過ごすことを、彼女は選んだ。

 これまでの生活との違いは、母がいない、ただそれだけ。

 人間というものは慣れる生き物ですが、やはり、慣れるには時間がかかる。やはりこれは、幸せを掴むために必要な準備期間なのだと私は定義する。


 そして、ただ日々を過ごすだけでなく、フェイトは法律に関わる勉強を始めている。

 プレシア・テスタロッサが残した研究成果である、生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“生命の魔道書”。

 この二つを、臨床で使えるようにするためには、相応の法的手続きが必要であり、それを行うには彼女の遺産を引き継いでいるフェイト・テスタロッサの認証が不可欠。

 別にフェイトがそれらを理解する必要はなく、私が手続きを進め、フェイトは判を押すだけでも良いのですが、彼女は自分で理解し、自分で進めることを選んだ。

 そして、その面についてフェイトに指導を行ってくれているのは、クロノ・ハラオウン執務官やリンディ・ハラオウン提督。私に出来ないわけではありませんが、私はリニスと異なり、フェイトの教育係ではありません。

 フェイトのこれからの人生において、私よりもクロノ・ハラオウン執務官やリンディ・ハラオウン提督の方が共に過ごす歳月が長くなるのは動かぬ事実。

 ならばこそ、私よりもハラオウン家の方々と共に在る時間を長く取るべきである。フェイトが過去ではなく、未来を向いて生きるならば。

 今はまだ、時の庭園で生活しているフェイトとアルフですが、いくら転送ポートがあるとはいえ、普段本局の方にいる彼らと交流する面でやや不便であることは否めません。

 故に私は、本局内部にテスタロッサ家保有の居住スペースを確保する手続きを進めている。可能な限り、ハラオウン家の近くに。

 フェイトが自ら選び、アルフがそれを手伝い、ハラオウン家の方々が協力してくれるのならば、それに越したことはない。私が法的な手続きを進めた方が効率は良いでしょうが、フェイトの今後のためという観点では、前者が上である。

 そのため、私の役目はアリシアを救うための研究の成果である“ミード”や、我が主のための研究成果である“生命の魔道書”を公式の医療手段として確立することが主眼ではない。無論、サポートはいたしますが、メインはあくまでフェイト達。



 私が主となる担当は―――――すなわち、機械。









新歴65年 6月1日 ミッドチルダ首都クラナガン 地上本部


 『ジュエルシード実験に関する事柄は以上です。ブリュンヒルトは期待値以上の成果を出したといえるでしょう』


 「それは良いことだ、ひとまずの結果が出た以上、アインヘリアルへと発展させることに反対意見はそれほどあるまい。それと、例のリア・ファルはどうなっている?」


 『そちらも順調です。まだ完成には遠いですが、少なくとも一年以内にはデバイス・ソルジャーD型の製作が可能となります。C型やB型に応用するには流石に不安が残りますが』


 「E型の方はどうなのだ」


 『E型ならば技術的な問題はほとんどありません。時の庭園が保有する傀儡兵や魔法人形を汎用化させ、大量生産品としただけの品ですので、注文があればいつでも』


 「なるほど。しかし、問題は政治的駆け引き、ということか」


 『肯定です。B型、C型、D型と異なり、E型は政略機械ですから』

 E型以外のデバイス・ソルジャーは組織単位で運用してこそ意義がある。ただし、個々の戦場において戦局を覆すような性能は備えていないため、戦術兵器としては成り立たない、戦略レベルでの兵器といえる。まあ、そもそも兵器と呼べるものでもありませんので、戦略機械と呼ぶべきか。

 そして、E型は戦略機械ですらなく、政略機械。個人レベルで保有しても兵器になりえない品。

 唯一、戦術兵器と呼べる存在はA型のみ、これらはむしろあるべきではない部類の機械かもしれませんが。

 とはいえ、実用化はまだ当分先の話。計画の骨子も明確には定まっておりませんし、デバイス・ソルジャーのコンセプトが変更となる可能性もあり得ます。


 『いずれにせよ、焦りは禁物かと。人間と異なり機械は倫理的な問題を考慮することもなく、何時でも作れますから』


 「………人造魔導師と、戦闘機人のことか」


 『フェイトを創り出した私だからこそ言えますが、人造魔導師は安定した戦力を生み出す手法としては向いていません。人間をわざわざ培養し、兵器として調整するよりは、インテリジェントデバイスと組みあわせた傀儡兵を作る方がよほど効率はよい』

 ベルカ時代において、生体兵器は数多く作られたものの、いずれも一度は衰退している。

 そして、それらにとって代わるように現われたのは、誰でも使える質量兵器で武装した、リンカーコアを持たない非魔導師の軍隊。

 いくらでも替えが効き、戦争に使用でき、繁殖力も強いという面で、人間以上の生物はない。わざわざ人間を改造するよりも、人間に質量兵器を持たせた方が、国家間戦争においては効率的となる。

 つまりは、コストが合わないのですね。レリックウェポンも、人造魔導師も、全ては王制であったからこその技術であり、ベルカ時代の文化、国家体制があってこそ発展した。それ故に、経済力が根幹となる近代国家とは根本から相容れない。

 近代以降においては、戦争とてマネーゲームの一部とも言われる。そのような時代においては、人造魔導師や戦闘機人など金持ちの玩具か、一部の研究者が作り上げる芸術品にしかなりえない。純粋に戦争の効率のみを求めるならば、質量兵器に勝るものなどないのですから。

 早い話が、100人の戦闘機人や人造魔導師を作り上げるよりも、10000人の非魔導師にサブマシンガンやアサルトライフル、RPGなどを持たせた方が強力である。ただそれだけの話。

 質量兵器を作り上げる生産ラインは、人造魔導師や戦闘機人を作るための研究施設よりも遙かに安価で、大量生産が効きやすい。

 仮に、管理局が崩壊し、次元世界が再び戦火に包まれたとしても、それを成すのは戦闘機人でも、レリックウェポンでも、人造魔導師でもなく、質量兵器で武装した人間であることでしょう。


 「そしてお前は、リア・ファルを作り上げた、か」


 『私ではありません。私の創造主であるシルビア・テスタロッサ、私の主であるプレシア・テスタロッサ、彼女らが受け継ぎ、育んできた技術、その一部の応用に過ぎませんから』

 リア・ファルとは、循環型の二次電池といえる。

 傀儡兵は大型炉心からの魔力供給が無ければ動けず、早い話がコンセントが繋がっていなければ機能しない家庭用掃除機や電子レンジのようなもの。出力こそ大きいものの、電源が必ず必須となる。よって、拠点防衛などにしか使い道がない。

 大型オートスフィアなども似たような特性を持ち、大規模名演習や、魔導師ランク認定試験、拠点防衛などにしか用いられませんが、小型のオートスフィアや、私が操る一般型の魔法人形などは出力が小さいためコンセントに繋ぐ必要がなく、電池で動くことが出来る。

 この電池に当たるものが、魔力カートリッジ。ただし、一般型の魔法人形ならばクズカートリッジ程度で動けますが、魔法戦闘を行おうと思うならば高ランク魔導師用のカートリッジが必要となり、それは、懐中電灯に電子レンジと同等の電力を注ぎ込むようなもの。

 それため、私は戦闘を行わない。可能かどうかならば可能ですが、私が戦闘を行うよりも、フェイトやアルフが全力で戦えるように補助する方が、よほど効率が良い。

 そして、魔導師のリンカーコアとは、太陽電池にあたる。

 周囲の魔力素を取り込み、魔力を生成するリンカーコアとは、植物の光合成や太陽光発電のようなものであり、外部からの供給がなくともエネルギーを生み出すことが出来る。まさに、ただの機械には真似できない人体というものの奇蹟の一部。


 しかし、電池には他にも循環型と呼ばれる種類がある。

 電気によって電気分解は起こされ、物質が分離するならば、物質を分離する反応を起こせば電力を得ることが出来る。それを基礎理論として電池というものは考案され、化学エネルギーを電気エネルギーに変換する装置として改良が加えられてきた。

 その果てに、幾度も充電が可能な二次電池が、そのさらに発展型として化学変化によって電力を発生するも、分解した物質が周囲からエネルギーを取り込みつつ自動的に結合し、再び分解する際にエネルギーを発生する、というように、循環しながら電気エネルギーを発し続ける新世代型の電池が開発されている。

 無論、ロスは存在し、いつかは使えなくなる時が来るものの、最初に外部から微量の電気を加えるだけで、後は循環を続けることで長い時間稼働することを可能とし、なおかつ生み出すエネルギーも大きいという利点があった。ただし、問題はそのコストで、市販される電池のような値段で取引出来るものではない。


 リア・ファルとは、魔力カートリッジにおいて循環型の電池を再現したものと定義できる。とはいえ、これは革新的な技術というわけではく、他ならぬ“セイレーン”や“クラーケン”においても同様の技法が用いられている。

 魔力炉心とは最初に外部から純粋な魔力の形で火を入れる必要はあるものの、一度火が入れば半恒久的に膨大なエネルギーを生み出し続ける。リア・ファルはその機能を人間サイズの魔法人形に搭載できるまでに小型化したもの、というよりも、リンカーコアに外付けすることでその機能を持たせ、外部との連結に柔軟性を持たせるOSというべきか。

 アリシアのクローンから摘出したリンカーコアを、魔法人形に移植することで動力源として利用できるか、という実験も幾度か行いましたが、どうしても“人間の臓器”であるリンカーコアは機械と連結させたところで十全の機能を発揮しなかった。まあ、人間に移植した場合のように拒否反応が出ないだけましとも言えますが。

 管制機である私は、リンカーコアを魔力炉心と見立てることで強引に接続し、その力を引き出すことも可能。現に、海での実験などの際にはその機能も使用しましたが、効率が良いわけではない。大体において、魔法人形の回路が焼き切れるという結果となってしまう。

 そこで、リンカーコアを超小型魔力炉心とするならば、その指向性を定め、さらにはその魔力を循環させるための装置を外付けすることで、魔導師には及ばないものの、長時間の魔法行使可能であり、汎用性に優れた魔法人形を作り出すことも可能である。

 これならば、カートリッジを定期的に補充するだけで魔導師と同等に戦うことができ、動力源の問題から拠点防衛などにしか使えない傀儡兵に比べて、活動の幅を広めることが出来る。これを既に半分近く実現させていた存在が、例の男が提供した高ランク魔導師型魔法人形、“バンダ―スナッチ”である。

 ただし、現状ではリンカーコアそのものを無から作り出すことは出来ないため、地上本部に保存されている過去の管理局員からドナー提供されたリンカーコアを利用するしかない。つまりは、無から有を作り出すものではなく、限られた資源を、最大限に運用するための装置ということ。



 『リア・ファルは特別なものではありません。管理局が創設されており既に65年、その歴史は我々デバイスと共に歩んできたものでした。非魔導師でも使える“ショックガン”などの簡易デバイス、その動力である魔力電池、低ランク魔導師を補助するためのカートリッジ、騎士のためのアームドデバイス、そして、高ランク魔導師のためのインテリジェントデバイス』

 いずれも、管理局がデバイスと共に歩んできたからこそ発展した技術。

 “ミード”は治療用の魔力結晶なので少々異なりますが、“生命の魔道書”とてその本質は治療用デバイス。そして、リア・ファルは過去の管理局員が残したリンカーコアを効率的に運用するためのOSであると同時に循環装置。


 「時空管理局は、デバイスと共に歩んできた、か」

 私の言葉に対し、レジアス・ゲイズ少将はこれまでにない表情を浮かべる。表情データの照会に合わせると、過去を述懐するときの表情でしょうか。

 しかし、それは予測されたことでもあります。


 なぜなら、その言葉は――――


 『それは、貴方の友人であった、セヴィル・スルキアという人物の言葉ですね』


 「なぜお前が―――――――――いや、そうか、お前は………」
 
 ええ、それを聞いたのは私ではありませんが、私はそれを知っている。

 私達は、同じ電脳を共有した兄弟機であり、私はその長兄機であると同時に管制機なのですから。

 “インテリジェントデバイスの母”こと、シルビア・テスタロッサが作り上げし、26機のインテリジェントデバイス。

 それらは現代におけるインテリジェントデバイスの基礎となり、執務官試験に出るほど、管理局とは切り離せない関係にある。


 『テュール、ヴィーザル、フレイ、ヴァジュラ、プロミネンス、ブーリア、スティング、ケヒト、ウルスラグナ、グロス、ガラティーン、ノグロド、グレイプニル、ブリューナク、セルシウス、ダイラム、バルムンク、アノール、シームルグ、ヒスルム、ナハアル、クラウソラス、リーブラ、オデュッセア、サジタリウス、ファルシオン。26機のシルビア・マシン』

 そして、27番目の弟が、バルディッシュ。

 その構想はマイスター・シルビアが、骨子は我が主が、そして、フェイトのためにリニスが完成させた、テスタロッサ家の技術の精髄。

 管理局が発足してよりの65年間、魔導師達は魔法をより汎用的かつ、安全なものとするために並々ならぬ努力を重ねてきましたが、それは、デバイスマイスターとて同じこと。

 ゲイズ少将が管理局に入ったのは30年前であり、その時期こそ、インテリジェントデバイスの黎明期、それ故に壊れるものが多かった。


 『殉職なさった貴方の同期の方々は、皆優秀な魔導師でした。そしてそれ故に、当時最高峰のデバイスと言われたそれらを使用なさっておられた。何しろ、26機のシルビア・マシンは“最前線で戦う管理局の高ランク魔導師のために”という命題を持って生まれたのですから』


 「………そして、魔導師と共に壊れていった、か」

 ええ、我が主プレシアのために作られた機体である私だけは、一度も前線で用いられることがなかったため、こうして今も稼働している。

 私の弟達の使用者となり、弟達が記録していたゲイズ少将の同期の方々は、皆優秀な魔導師でした。

 しかし、時代は優秀な魔導師が長生きすることを許さなかった。あの時代の最前線を駆け抜け、かつ生き抜いた方々を指して“生き残りし者”と称するのはそれ故に。


 「あの時の面子で、残っているのはもう、俺とゼストだけか……………そして、お前もまた最後の一人」


 『そうですね、残っていた最後の弟は、11年前に壊れました』


 「そうか………………ああ、思い出した。あいつが使っていたデバイスは、まるで炎を宝石に込めたような不思議な色をしていたな」


 『シルビア・マシンNo5、プロミネンスですね。確かに、彼はデバイスとしては珍しく、熱い性格でした。それ故に引くことを知らなかった』

 幾度も、注意はしたのですが。どうにも、テスタロッサ家のデバイスは頑固で融通が効かない者が多い。


 「それは持ち主とて同じことだ。どうやら、デバイスとその主というものは似通うものらしいな、魔導師ではない俺には実感は出来んが」


 『そうですね、私もそう考えます』

 長い年月をデバイスと共に過ごされた方は、そのように思うものなのでしょうか。

 人格モデルを参照する限り、その可能性は高いと推測されますが、果たして。


 「30年か………俺の人生の半分以上は、管理局のため、いや、この地上のために使って来たが、振り返ってみればあっという間だな」


 『それでも、今の時代は平和ですよ。我が主が10歳の頃など、クラナガンは少女が一人で出歩ける街ではありませんでしたから。殉職なさった方々や、今も働く貴方達が、この街を子供が外を出歩ける平和な場所へと変えてくださった。9歳の少女であるフェイト・テスタロッサは、何も気にすることなく、クラナガンを出歩けるのですから』

 それゆえ、私は貴方への協力を惜しまない。

 高い確率で、フェイトが今後生活する場として、ミッドチルダが選ばれる。ならば、彼女が休暇や家族との時間を平穏に過ごすには、街そのものの治安は切り離せない関係にある。

 第97管理外世界で暮らすならばその影響はありませんが、少なくとも、時空管理局の方々と多く知り合うことはほぼ確実であり、彼らの家は大半がミッドチルダにある。ならばやはり、ミッドチルダの治安が良いに越したことはありません。

 フェイトが幸せな人生を過ごすために、貴方には頑張っていただきたいのです、ゲイズ少将。


 「そうか…………そう言われれば、走ってきた甲斐があったと思える、礼を言おう」


 『いいえ、厳然たる事実です。ゲイズ少将、貴方こそミッドチルダ地上の守り手だ。このミッドチルダで数十年の時を生きた者ならば、誰もが認めることです。当たり前に安全な生活を享受している若い方々には、実感が持てない事柄なのでしょうけれど』


 「だろうな、奴らは記録でしか当時を知らん。お前達デバイスと違って、人間というものは実際に立ち会わない限りは実感というものを持てん生き物だ。だが、お前は引き継いだ記録ではなく、自身の記録としても持っているのだな」


 『ええ、私の稼働歴はもう45年になります。貴方と、同年代ですよ』

 私が、プレシア・テスタロッサのために動き続けてきたように、レジアス・ゲイズという人物は、ミッドチルダ地上のために働き続けてきた。

 それを知るからこそ、ミッドチルダの人間は彼を支持する。高度なシステムに守られ、犯罪がほとんどない本局に在り、クラナガンを見下ろす人たちでは、完全な意味で理解することはできないでしょう。

 百聞は一見に如かずとはよく言ったもので、人間は100枚の報告書を見るよりも、その現状を一目見るほうがよほど実感がもてる。機械はすべて0と1の電気信号ですが、人間はそうではない。故に”ミッド地上は犯罪が多い”という字面だけ読んで現実味を持つことは困難きわまることになる。


 「そうか、だが、俺の道はまだ半ばだ」


 『ええ、そうでしょうね。そして、貴方にお聞きしたいことがあります』


 「何だ?」


 『時の庭園、いいえ、私はジュエル・スカリエッティという存在と接触していますが、それは貴方も同様なのですね?』


 「……………やはり、お前もか」

 私にとっては予想通りであり、彼にとっても予想通り。

 これはつまり、三つ巴のようなものですね。


 『おそらく貴方は、いいえ、地上本部は戦力不足を解決する手段として人造魔導師や戦闘機人の育成を計画している。そして、その研究の依頼先が彼であり、その彼はプロジェクトFATEの根幹を築き、私達はその研究を進める上で彼と接触した』


 「そして、お前達からブリュンヒルトや、デバイス・ソルジャーという技術がもたらされたため、戦闘機人の需要はなくなりつつある。しかし、デバイス・ソルジャーに用いられている技術も、根幹を築いたのは奴というわけか」


 『そうですね、彼がもたらした最初の素体が無ければ、これほど早く実用化の一歩手前まで進めることはなかったでしょう』

 ジェイル・スカリエッティは稀代の天才である、それは紛れもない事実。

 “バンダ―スナッチ”がなければ、私が操る魔法戦闘型人形の性能は、現在の半分にも届かなかったはず。

 その特性を考えれば”魔才”といっても過言ではない。すなわち、魔性の天才。


 「気にくわんな、どこまでいっても奴の影がちらつくようだ」


 『そこで、提案があります。今後、ジェイル・スカリエッティとの交渉は、時の庭園にお任せいただけないでしょうか』


 「何?」


 『貴方達地上本部は“白”でなければならない、そして、ジェイル・スカリエッティの存在は“黒”。彼と関わる以上、貴方から黒い噂が消えることはありませんが、間に“灰色”を介せば、噂の方向性をずらすことは出来ます』

 私の言葉を吟味するように、しばしの沈黙が訪れる。


 「なるほど…………グレーゾーンのど真ん中を行くことは、お前の得意分野だったか、俺も少しは見習うべきかもしれん」
 

 『彼の研究は違法ですが、私達の研究は合法です。ほとんど同じことを行っている生命操作技術なれど、個人の欲望のためだけに使われるか、医療技術やデバイス・ソルジャーとして社会のために還元されるか、その違いによって法的な立ち位置は大きく異なりますから』

 つまり、ジェイル・スカリエッティとの繋がりにおける隠れ蓑として、“私と時の庭園”は最適。

 当然、その時期はフェイトとアルフが巣立った後となりますが、そう遠いことでもないでしょう。



 その時、時の庭園は墓所となり、私の役割は墓守となる。



 「全ては灰色か。確かに、時の庭園が生命工学を行っていることは学会レベルにおいてすら周知の事実。現に、お前の主の葬儀にはその分野の専門家達が集まっていた」

 その中に、彼が混じっていたことまでは、お伝えできませんが。


 『ええ、そして、ジェイル・スカリエッティとは、利用すべき存在ではありません。ほどほどに良い環境を与えつつ、放っておくのが最上かと、強欲は身を滅ぼします』


 「名言だな、覚えておくとしよう。だが、やはり即答は出来んぞ」


 『ええ、それで構いません。もう、私が焦る事柄などありませんから』


 そう、マスターが逝かれた以上、私は焦りません。



 「感謝しよう…………ところで、お前は、デバイス達の記録を全て引き継いでいるのか?」


 『壊れた瞬間のことまでは分かりませんし、管理局の機密に関することもプロテクトがかけられていたため解読不能でした。しかし、それ以外の記録は“インテリジェントデバイスの人格の発展ため”という理由から保存され、時の庭園の中枢コンピューター、アスガルドが保持しています』

 そして、管制機である私はその記憶領域にアクセスできる。

 バルディッシュにはまだ、そこまでの権限はありません。


 「ならば、あいつらが命を懸けた道のりは、そこに記録されているのか」

 ゲイズ少将の声に熱が篭もり、その視線が一枚の古い写真立てに向けられる。そこには管理局の制服を着た青年たちが肩を組んで、輝くような笑顔で写っていた。おそらく中心にいるのがゲいズ少将で、その隣にいるのがベイオウルフの主である騎士、そしてその他の者たちはすでに世を去っている。

 私と対峙する時は冷静である事が多い彼ですが、人間の心を計算する機能があっても、やはり機械の私では計り知れない思いがそこにあるのでしょう。


 『はい、お望みでしたら、情報端末に読みだしてお渡しいたします。人間である貴方では直接的な解読は不可能ですが、機械の信号を人間が理解しやすい情報に変えることは、我々インテリジェントデバイスの最も得意とするところですから』


 「…………これはあくまで、俺の個人的な事柄に過ぎんぞ」


 『ブリュンヒルトを借り受ける際、貴方は私に“貸し一つ”であるとおっしゃいました。それの返済と思っていただければ幸いです。あの決定は貴方個人の意思によるものですから、その返済もまた貴方個人に対してのものこそが相応しいと考えます』


 「ふっ、相変わらずの機械だな、お前は」


 『ええ、私は変わりません。………この先、いつまでも』



 そう、私を変えうる存在はもう世界のどこにもいない。


 今の私は、ゼンマイが巻かれた機械仕掛け、ゼンマイが止まるまでは、動き続けましょう。


 たとえ、ゼンマイを巻ける存在がいなくとも。


 機械は、止まるまで動き続ける。



 私は機能を続けます




[25732] 閑話その6 嘱託魔導師
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/02/13 22:10
閑話その6   嘱託魔導師





新歴65年 7月4日 次元空間 時空管理局本局 テスタロッサ家割り当て区画


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 時空管理局本局。

 時空管理局の本部であると同時に、1つの街を内に持つ巨大な艦でもある次元世界最大と称される巨大建造物。

 ただ、その形状は少々どころではなくおかしなものであり、六方向へ伸びた突起が中央部から突き出るという、実用性はあるかもしれないが、その建築過程に計画性というものは微塵も感じられない。

 その理由は、時空管理局の歴史そのものにある。

 旧暦の末期、次元世界は二つの大国がその大部分を“支配”しており、片方は共和制とは名ばかりで経済的な力を持つ者達が社会の大部分を掌握しており、片方は進むべき道を見失った挙句、血統崇拝に走り、皇帝と聖職者が支配階級として君臨するという歪んだ国家を築き上げた。


 金と権力こそが全てであり、それ以外のものは価値なしとされる“自由と平等の国”。


 神とその代弁者達こそが全てであり、それに属さぬ者は価値なしとされる“神の光に包まれし国”。


 そのような国家がほぼ同等の国力を持ったまま共存できるはずもなく、当然の帰結として、次元世界は血と狂気と混乱に包まれ、歴史に言う大戦争時代の幕開けとなる。

 使用された質量兵器と魔導兵器は数え切れぬ程の命を奪い、勝者はなく、残されたものは分断され疲弊した世界と、各地に散らばる次元世界の破壊を可能とするロストロギアや、それに類する超兵器群。

 その混乱の時代を潜り抜け、かろうじて残されていた次元航行管制用ステーションを再利用する形で、この本局は作られた。その当時にはまだ突起はなく球状で、スペース的には現在の6分の1以下である。

 次元世界の復興が進むと共に、本局の役割は増大していき、運用する艦艇の数も増加する。しかし、新たなステーションを作り上げるだけの資金はなく、そもそも“ゼロから次元空間の大規模施設を作り上げるだけの技術”が破壊されていたため、これまでの建物を増築することで対処していくことを余儀なくされた。

 そうして、新歴が30年を超える頃には時空管理局本局は現在とほぼ近しい形となる。

 内部のシステムこそ整っているが、全体的に見れば増改築を繰り返しただけに利便性の高い施設とは言えない。大規模な予算を組んで抜本的なリフォームを行うか、いっそ新しい本局を作ってどうかという意見も当然存在する。



 「だが、これこそ、歴史が示す教訓である。本局の歪んだ形状こそが、“この施設くらいしか残らず、それを増改築することしか出来ないまでに、次元世界が破壊された証”として、我々は本局を使い続ける。他ならぬ我々自身に対する戒めとして、か」


 「最高評議会の人達が、時空管理局設立時に残した言葉だね」


 「名言だとは僕も思う、だが、現実に利用する立場としては、もう少し何とかならないものか、とも思うな」


 「うーん、機能性はまあそれほど悪くないんだけど、居住性は見事なまでに犠牲にされてるもんね、この形」

 本局の形状について会話しているのはクロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタのアースラNo2とNo3のお馴染みのコンビ。そして二人がいる場所は、最近越してきたテスタロッサ家の居住スペースの前。

 どこぞのデバイスが裏で手を回し、ハラオウン家が使用している居住スペースの斜向かいをゲットし、現在改装を行っている。

 本局には数多くの局員が働いているため、当然の如く居住スペースが存在しており、簡単に言えば公務員のための寮が大量にある。ただ、自宅をクラナガンなどに持っている者でも部屋を確保することが許されており、そういった点が地上部隊の者達からは本局が優遇されていると言われる要因であった。

 とはいえ、全ての本局の局員が全員自宅通勤となったのでは、仕事がはかどらないどころか停滞してしまうのも厳然たる事実である。事務職の者ならば特に問題ないが、緊急出動が日常茶飯事の武装隊員は完全オフの時以外はどうしても本局内に留まらねばならない。

 本局の仕事もなかなか休みがとれないことが当たり前であるとされ、そういった理由から自宅を持たず、本局の部屋にずっと住んでいる者達は数多い。(特に独身)

 仕事人間のハラオウンファミリーも、その例外ではない。11年前にクライド・ハラオウンが殉職するまではクラナガン近郊に住んでいたが、クロノ・ハラオウンが5歳になる頃にはギル・グレアム提督や、その使い魔であるリーゼロッテ、リーゼアリアの両名による訓練が始まったこともあり、本局に生活拠点を移した。

 そして現在、斜向かいに引っ越してくるフェイトとアルフのために、あるデバイスが手配した業者によって改装が行われているのだが―――

 「部屋の形状が三角形というのは、正直どうかと思うんだ」


 「しかも、平面的じゃなくて、立体的にも、三角形というより、三角錐に近いかな?」

 本局の独特な形状は、こういう部分に害が出てくる。

 まともな部屋ならば他にも空いているのだが、ハラオウン家の近所に限定するとこの部屋くらいしか空いていなかったのである。


 「だけどさあ、そんなに長い間住むわけじゃないし、いいんじゃない。大体はクロノ君達の部屋や、もしくは資料ルームとかで過ごすことになるだろうし」


 「まあ、そうなんだが」

 フェイトとアルフがハラオウン家に住むこと自体には特に問題はないのだが、ただ、こちらも二人用のスペースであるため、フェイトとアルフが眠るだけのスペースは確保できても、個室などのプライベート空間が確保できない。

 よって、テスタロッサ家のスペースは、ハラオウン家の離れのフェイトとアルフの部屋、という表現が妥当であった。


 「でも、そうだねえ、クロノ君がフェイトちゃんと一緒のベッドで寝て、あーんなことや、こーんなことを実地を踏まえて教えてあげるなら、わざわざ部屋を借りる必要もないかもね」


 「医務官を呼べ」


 「ちょっと! 人を負傷者扱いしないでよっ!」


 「負傷者じゃない、精神疾患だ」


 「よけいひどいわっ!」

 とまあ、いつも通りの二人のやり取りをしているところへ。


 「あ、クロノ、エイミィ」


 「相変わらず賑やかだねぇあんた達」

 件の少女と、その使い魔が現れる。


 「フェイト、着いたか。それに、アルフも」


 「あれ、人騒がせなもう一人は?」

 それが誰を指すかは、あえて語るまでもなく三人とも理解していた。


 「時の庭園にいるよ、今はオーバーホール中だって」


 「ま、何だかんだでアイツも働きづめだったからね、たまには休むのもいいんじゃないかい」

 アルフの言葉に、クロノは眉を寄せて考え込む。


 「そうか。しかし、彼が休んでいるところ、というのも想像しにくいな」


 「うむむむむ、うん、私も無理だね、トールがじっとしてるところすら思いつかないなあ」


 「あははは、でも、おかげで寂しくはないよ」


 「それだけが取り柄だからねえ、この前“アレ”を解き放った時にはぶっ壊してやろうかと思ったけど」


 「“アレ”か」


 「サーチャーだとは分かっていても、絶対見たくない例の“アレ”ね」

 時の庭園に続き、ハラオウン家で炸裂した期待のルーキー、“スカラベ”。

 第97管理外世界のエジプトの伝承などにある虫だが、気色悪さではなかなかのレベルを誇る。


 「…………コーヒーのビンを開けたら、中にアレが詰まってたんだ………」


 そして、その被害を最も受けたのは無論フェイトである。

 逆に言えば、フェイトがいない場所における彼は、人間味というものが著しく失われるため、そのようなことは狂ってもしないだろう。


 「ごめん、あまり気にするな、としか言えない」


 「ううん、ありがとう、クロノ」


 「うーん、あれで経済界では有数の実力者なんだから、人は見かけによらないねえ」


 「アレを見た目で判断するのは良くないよ、一見人畜無害そうに見えて、腹の中では黒いことばっかり考えてるから。たまには、違うことも考えればいいんだけど」



 『………』


 そして、閃光の戦斧は、4人の会話を黙して聞き続ける。

 彼は、いや、彼だけは理解していた。トールというデバイスは、今現在も本当の意味で休んでいないということを。

 確かに、ハードウェア的には休んでいるだろう。トールというデバイスの本体は、現在起動しておらず、オーバーホール中なのだから。

 しかし、ソフトウェアはそうではない。管制機である彼は、自身のリソースを別の筺体に移植し、演算をそちら側で進め、その結果だけを後に本体へ書きこむということを得意とする。

 アルゴリズムさえ組んでおけば、後は自分自身のハードウェアでなくとも、演算を続けることは出来る。それが、デバイスというものである。



 【本当に、貴方は休まれないのですね、トール】

 そう尋ねた時の彼の先発機の答えは

 【私はマイスターによって完全休眠せずとも稼動できるように設計していただいたのです。ならばその機能を活かさぬ理由はありません】

 であった。じつに彼らしい、バルディッシュは感じていた。

 バルディッシュは彼と電脳を共有しているが故に理解できる、彼は未だ稼働中であると。

 その本体は確かに休んでおり、溜まった負荷はその多くが解消されるだろう。

 だが、彼は休まず、その機能を続けている。これからは今までのような無茶はしないと言っていたが、それでも稼動しているのだ。

 残された命題に、ただ従って。










新歴65年 8月6日 次元空間 時空管理局本局 法務部オフィス



 「蛇の道は蛇、餅は餅屋、ということで、やって来ました法務部オフィス!」


 「トール、わざわざそんなおっきな声で言わなくても分かるから」


 「あたしらにまで恥かかせる気かい」

 本日、ここにやってきたのは、フェイトに“嘱託魔導師とはなんぞや”ということを説明してもらうためである。

 当然、俺は知っているし、クロノも知っているが、嘱託魔導師という制度はかなり複雑、というわけでもないが、そもそもどんなものなのかを説明するのが面倒なものであり、ここばかりは経験者に語ってもらうのが一番なのだ。

 フェイトは現在、嘱託魔導師となることを目指している。現在進行中の“ミード”や“生命の魔道書”を医療技術として確立するための法的手続きそのものには嘱託資格はそれほど影響しないが、そのための資料作成や、情報収集のためにはあった方が何かと都合がいい。

 ジュエルシードを求めてあちこちを巡っていた頃はあくまで民間人だったので公共の施設しか使えなかったが、嘱託資格があれば管理局が管轄している施設もそれなりに使えるようになるし、行動の自由度も大きくなる。

 そして何よりも、第97管理外世界に行くのが簡単になるということだ。現在フェイトは本局在住の民間人だからしっかりと手続きをしなければ管理外世界には渡れない。

 しかし、嘱託資格があれば、その辺りの手続きをかなり解消することが出来る。現状では夏休みなどのまとまった休みの時期にしか向こうに行けない感じだが、嘱託資格があれば週末にでも第97管理外世界まで出かけられるようになる。

 ちなみに、本局には200万人近い民間人が居住していたりする。本局勤めの局員の家族だったり、寮の食事を作る業者さんだったり、局員達に娯楽を提供するための店もあれば、服飾の店もある。ただ、風俗店やそれに類する店だけはないが。


 「ここにいる爺さんはその道の専門家であると同時に、経験者だ。アポは結構前から取ってあるし、何気にプレシアの葬儀に来てくれてたりもしたんだぞ」


 「え、そうなの?」


 「おうよ、プレシアとはほとんど面識はなかったが、俺のマイスターであり、プレシアの母、シルビア・テスタロッサとは結構親しい友人だった人でな」


 「何であんたがそれを知ってんだい?」


 「おおアルフ、忘れてしまうとは情け無い。俺が原初のインテリジェントデバイス、“ユミル”の記録を引き継いでいるということを」


 「やたらとむかつくね、その言い方。でもまあ、理解はしたけど」


 「とにかく、行くぞ。アポ取ったとはいっても、向こうの休暇中にお邪魔します、ってだけの話だから」


 「休暇中なのに、オフィスにいるの?」


 「そういうワーカーホリックの爺さまなんだよ。少なくとも、過労死の崖と隣り合わせで突っ走ってきたような、スーパーとんでも爺さんだから、きちんと敬意を払うように。ま、そろそろ過労死じゃなくて老衰で死んでもいい頃だが」


 「いや、アンタそれ敬ってないじゃん」


 「とにかく、年配の方なんだね」


 「ああ、俺よりもな、それでは、御対面といきましょう」

 そして俺は扉を開き、爺さんが待つデスクに呼びかける。

 俺自身がここに来たのは、もう43年ほど前になるか。当時7歳だったプレシアはきっと覚えてなかっただろう。


 「おーい、爺さん、生きてっかい?」


 「あいにくと、まだ生きておるよ。ふむ、そちらがおぬしの言っておった子か」


 「は、始めまして、フェイト・テスタロッサです」


 「アルフ、この子の使い魔さ」


 「丁寧な紹介、ありがとう。儂はレオーネ・フィルスという。見ての通り、定年をとうに過ぎ取る老いぼれじゃよ」


 「地上部隊の人間からは、老害とも言われるな」


 「トール! 失礼だよ!」


 「はっはっはっ、事実は事実じゃよ。儂らなど出張らないに越したことはないのじゃから」


 法務顧問相談役 レオーネ・フィルス

 武装隊栄誉元帥 ラルゴ・キール

 本局統幕議長 ミゼット・クローベル


 俗に言う、『伝説の三提督』がであり、65年前の時空管理局の創成期に若手筆頭だったのだから、今ではもう80近くか、超えているという計算になる。

 一応、年齢を記したデータはあるが、時空管理局黎明期の頃の人物データに信頼性はそれほどない。変えようと思えばいくらでも変えられたからだ。

 時空管理局でも屈指の有名人である御三方だが、9歳のフェイトがその名を覚えていることはないだろう。本局の管理局員ならば大抵知っているが、地上部隊ならば陸士学校で習ってそのまま忘れたというケースも多い。流石にクロノやエイミィならば知らないはずもないが。


 「自己紹介はこんなもんでいいだろ、茶でも飲みながら雑談と行こうぜ」


 「ほう、おぬしは茶を飲めるのか」


 「実際は格納するだけだが、飲めるぜ。ついでに、リバースすることも出来る」


 「絶対やるんじゃないよ」


 「恥ずかし過ぎるから、やめてね」

 さてさて、それでは、雑談と参りましょう。














 んで、幾つか雑談を交えた後、本題に入る。


 「とまあ、こっちの事情はそんな感じだ。そこで、爺さんには嘱託魔導師についてこいつに教えてやって欲しいんだ」


 「構わんよ、老人の知恵袋、とは言うが、儂らの役目はそういうものじゃからな」


 「すいません、よろしくお願いします」

 と、フェイト。


 「お願いします」

 と、アルフ。こういう時にはしっかりと礼儀を守るのがアルフの特徴だ。

 ざっくりとした性格に見えて、案外細かい配慮も忘れない。うっかり属性を持つフェイトには実に良い使い魔である。


 「さて、まずは基本的な部分から入るが、嘱託魔導師とは簡単に言えば民間人でありながら管理局員としての権限をある程度委譲された魔導師を指す言葉じゃ。無論、魔導師でなくとも同じように働く者はいるが、圧倒的に数は少ない。その理由が分かるかね?」


 「えっと………現在の管理世界では戦力として数えられるのは魔導師で、その数が不足しているから、ですか?」


 「正解じゃ、時空管理局は万年人手不足とは言われるものの、新歴40年にもなれば、非魔導師の通信士やデバイスマイスターなどが不足することはなくなってきた。転職に有利なことや、収入が安定していること、さらに、資格などを無料で取れること、などが大きかったと言える」

 流石に、黎明期から見守り続けてきた爺さんの言葉は重みがあるな。

 時空管理局とは社会を回す歯車であり、それ自体に良いも悪いもない。腐った社会ならば腐った機構になり、社会がまだ新しく若い風に溢れているなら、悪い部分を直しながら前に向かって進む機構になる。ただそれだけの話だ。


 「しかし、問題は戦力としての魔導師、つまりは武装局員じゃな。特に新歴の45年頃までは殉職率が高く、管理局武装隊は“魔導師の墓場”などと呼ばれておったくらいであった」


 「魔導師の………墓場」


 「魔導師が必要とされておったのは、何も管理局ばかりではない。君の母親、プレシア・テスタロッサがSSランクに相当する魔力を持ちで大企業の研究主任であったように、民間においても高ランク魔導師は喉から手が出るほど欲しい人材であった。つまりは、社会そのものが魔導師に負担をかける構造であったということ」


 「でも、質量兵器を廃止するためには、仕方のないことだったんですよね」


 「一応、そういうことにはなっておるが、それを免罪符には出来ん、してはいかん。確かに我々は質量兵器が戦争に使われることがないように廃止し、それに代わる技術として魔導技術を社会へ取り入れた。しかし、その歪みは必ずどこかに出てしまう、それが、魔導師達への負担となったのだよ」

 プレシア・テスタロッサは、高ランク魔導師であるが故に、社会を回すのに必要な歯車とされた。

 彼女に限らず、あの当時は魔力の大小に関わらず、魔導師の資質を持つ時点で人生の大半が決められていたようなものだった。

 逆に言えば、管理局に入ることは自分の意思で道を定める数少ない手段であった。管理局でしばらく勤労すれば、次の職場を自身の意思で定めることが出来る。


 「そうなれば当然、魔導師をめぐって管理局と民間企業は鍔迫り合いを繰り広げることとなるが、これは良いことではない。本人の意思がどうであれ、魔導師を確保できなかった方には不満が残り、軋轢が生じる。そしてやがては、組織という歯車が個人を轢き潰すことになってしまう。そして、そういう例は多くあったのじゃ」

 法務において最上位にいたレオーネ・フィルスは、その方面の問題に最も精通している。

 他ならぬ彼が、ラルゴ・キール、ミゼット・クローベルらと語り合い、嘱託魔導師という制度を作り上げたのだから。


 「そこで、採用されたのが嘱託魔導師という制度じゃ。あくまで所属そのものは民間としたまま、管理局員の特に武装局員や捜査官が持つ権限の一部を委譲する。これにより、管理局の歯車の一部となるのではなく、管理局の“依頼”を引き受ける魔導師が誕生した」


 「ということは、嘱託魔導師は管理局員ではないんですね」


 「雇用社員や派遣社員ともまた違うな。それらは派遣されている間は命令に従う義務が生じるが、嘱託魔導師はそうではない。それ故に定まった給料が支払われることはないが、それ故に自由でもある」

 大きな力を持つゆえに、組織というものの歯車になることを拒む人間は多い。

 自信の力を深く知るからこそ、自分の意志とは無関係の部分で、力を使わされることを彼らは恐れる。正直、フェイトやなのはが精神的に未熟なまま管理局の正局員となれば、そうなる可能性は低くはない。

 そうした者達が、あくまで“自身の意思”によって魔導師としての力を人々のために使えるよう、嘱託魔導師というものは作られた。有事の際には、彼らも人々を守る力となれるように。

 だからこそ、現在のフェイトやなのはがなるにはうってつけなのだ。まだ社会の歯車に混ざるには幼く、そのまま局員となっては車輪に轢き潰されてしまう可能性が高いために。


 「一番多いのは、消防やレスキュー関係の者達じゃな。ミッドチルダは永世中立世界であるため管理局が行政をも兼ねるのでイメージは湧きにくいかもしれんが、通常の管理世界ではそうではない」


 「えっと、それぞれの国家が軍隊や警察を持っていて、彼らも質量兵器は持ってないんですよね。そして、特に魔法犯罪とかに対処する部署が、時空管理局の地上部隊を兼ねているって」


 「君は賢い子じゃな。そう、次元世界を中立な立場で回り、魔法を抑止力として行使するのは時空管理局本局の次元航行部隊に限られる。それぞれの国家の軍隊や治安維持組織は、あくまで自身の国家と国民の安全を第一とするからの。同じ管理局とは言っても、各次元世界の国家ごとに根を張る地上部隊と、中立の立場で次元の海を往く本局は同一とは言えぬ」

 それが陸と海の対立の根本的な部分だが、それはまあ、今回は別件だな。


 「そして、各国の行政組織である消防や警察、もしくは民間の警備員などにも魔導師はおり、災害や犯罪が発生した場合は対処に動くが、相手が魔導師であれば即座に動くのは容易ではない。それに、魔法の使用に関する問題もある」


 「犯罪者は、気にせず魔法を使えて、殺傷設定を使うことすらあるのに、それを抑える人達は、市街地の危険とか、そういうものを考えないといけないから、簡単に魔法が使えないんですね」


 「その通りじゃ、そういう時に、嘱託資格というものは役に立つ。無条件でというわけにはいかぬが、自動車の免許のようなものでな、いざとなれば自動車の運転は免許を持たぬ者にも出来るが、免許を持っていれば後でそのことを咎められることもない。自分の魔導師としての力が本当の意味で必要となった時に使えるように、それを使うことが罪とならないように、嘱託資格はある」


 「でも、それだと管理局の戦力増強としては、あまり期待できないんじゃないですか?」

 ふむ、まだまだ幼いな、フェイト。

 それは、本質を見失っている意見に他ならない。


 「それは確かにその通りじゃな、しかしフェイト君、そも、なぜ管理局は戦力を必要とするのかな?」


 「え? それは、犯罪を抑止したり、犯人を逮捕するためですよね」


 「そうじゃ、ならばもし、魔導師としての力を用いて犯罪を成すものがいなくなり、世界が平和になったならば、武装隊とはそれほど必要になるかね?」


 「いらなくなる、と思います」


 「要は、そういうことじゃよ。嘱託魔導師達が民間の立場からも睨みを利かせることで犯罪の発生件数そのものを減らすことが出来たならば、武装局員を確保する必要はなくなるのじゃ。管理局の目的はあくまで次元世界に生きる人々の生活を守ること、武装隊を充実させるのはそのための手段に過ぎん。武力を用いぬ手段で目的が達成されるのならば、それに越したことはない」


 「あ――――」

 理想は、管理局が魔法の力で次元世界の平和を守る世界ではない。そもそも、武装隊などなくとも平和を守れる世界だろう。

 嘱託魔導師とは、管理局の戦力を補充するためのシステムではなく、管理局が大きな戦力を持たずとも、民間と有機的に繋がり、協力し合うことで、武力を直接的に用いずに平和を保つことを目的として作られた。


 それを勘違いしている連中が、巷には溢れているのも残念な話だ。

 管理局が裏技を使って強引に戦力を集めているのだ、だとか、挙句の果てにはリンカーコアを持つ子供集団誘拐するとかを情報空間において阿呆が集まってふざけ半分で囁いていたりする。現場で命張ってる局員に謝れ。

 組織である以上は必ず悪い部分が出る、問題は自浄作用が働いているかどうかだ。そして、時空管理局のそれは、現在の次元世界の様子を見ればわかるだろう。戦乱も、特定の世界の目だった独占も今の所は存在していない。

 盲目の人間が象の各部位を触るだけでは象の全体像を捕らえられないように、管理局ほどの巨大な組織ならば、管理局員であっても全体を把握している者はそういない。それなのに一部の悪い部分を見ただけで、組織全てが悪だと決め付けるのはあまりに短絡的では無いだろうか。

 まあそれはともかく、この制度の特徴点は、嘱託魔導師には人を裁く権限も、逮捕する権限もないということだろう。あくまで管理局員に協力するか、現行犯を取り押さえるくらいしか彼らには許されていない。それでも、彼らの存在には大きな意味がある。

 仮にクラナガンでテロを起こすつもりの魔導師がいたとする。管理局だけが相手ならば、最寄りの陸士部隊の詰め所や、地上本部だけを警戒していればそれでいい。

 しかし仮に、嘱託魔導師となったフェイトがその場にいたならば、テロを起こした瞬間に近くを歩いていた9歳の少女がAAAランクの魔導師としてそいつの前に立ちふさがり、さらに嘱託魔導師は管理局との専用の連絡回線すら有しているため、首都航空隊の魔導師なども即座にやってくる。

 嘱託魔導師とは言わば、現行犯逮捕のみを許された私服警官のようなもの。最大のメリットは、制服を着ている管理局員と異なり、一体誰が嘱託魔導師であるのか分からないということだ。むしろ賞金稼ぎのイメージか?

 犯罪やテロを行う側にとって、これほど嫌なものはない。

 武装局員、特にエース級魔導師は滅多に休暇をとれず、遠出することも稀なので、“たまたま休暇中だった武装局員とはち合わせる”ことはほとんどない。しかし、“Aランク以上の嘱託魔導師”という存在は案外多いのだ。少なくとも、クラナガンを数百メートルも歩いていれば、一人くらいはすれ違うだろう。

 無論、Aランク以上とは言っても、戦闘に特化している保証はなく、研究職の人間かもしれないし、デバイスを持ち歩いていないかもしれない。しかし、念話は遠くまで迅速に届き、なおかつ、管理局に連絡するための回線を持っている。

 ほとんど民間協力者に近い立ち位置だが、彼らは存在するだけで大きな意義がある。犯罪者を逮捕するためではなく、犯罪を抑止するという面において、嘱託魔導師は非常に有用である。


 「そして、嘱託魔導師にも主に2種類ある。一つは、民間協力者に極めて近く、願書を出し、認定試験を受ければ取れるもの。試験そのものもそれほど難しいものではなく、これが大半であり、在野の多くの魔導師がこの資格を持っておる。運転免許ならぬ、魔導師免許みたいな感覚でもあるな」

 なのはの国、日本の感覚で言うなら、道端で人を刺したりすれば、周りの運転免許を持つドライバーが一斉に轢き殺そうと狙ってくるようなものかね。

 “クラナガンで犯罪を行うならば、道端を往く嘱託魔導師に攻撃されることを覚悟せよ”、なんて標語も今ではある。


 「もう一つは?」


 「認定試験を受けることは変わらぬが、こちらは実際に次元航行艦に乗り込んで武装局員どころか、エース級魔導師としての働きもする場合じゃ。当然、認定試験も厳しいものであり、筆記試験、儀式魔法実践4種、戦闘試験など多岐にわたる。その代り、次元を超えて動く際に手続きを短縮できるなど、多くの利権もある。広義な意味での”嘱託魔導師”はこっちになるかの」


 「じゃあ、私が目指すのは、きっとそちらです」

 前者は、ジュエルシード実験におけるなのはの立ち位置に近い。ジュエルシードがばら撒かれているという有事が終われば、一般人に戻るだけ。爺さんが言ったように在野の魔導師の多くがこの資格を持っている。

 後者は、有事でなくとも次元間移動などの際に大きな恩恵がある。その分、なるのは難しく、実力も必要とされ、これになるのは大抵AAランク以上の魔導師、そうでなければ割に合わないというのが最大の理由だ。


 「まあ、そんなところかの、どちらの場合においても、嘱託魔導師とは己の意思で魔導師としての力を人々のために使うためにある。管理局員も同じではあるが、こちらは能動的であり、嘱託魔導師は受動的といえる」

 犯罪者がいるならば、隠れようとも探し出してしょっぴくのが管理局員。つまり、平和を脅かす者を自分から狩りに行くのが捜査官や武装局員の役目だ。

 犯罪者が出ないように目を光らせ、もし犯罪が行われば、その瞬間にのみ管理局に連なる魔導師として立ちふさがるのが嘱託魔導師。こちらは、自分から動くことはない。

 やはり、最大の違いは人を裁く権限だろう。嘱託魔導師は人間が作り上げた法律というシステムの守り手ではなく、人々を直接的にのみ守るだけの存在だ。

 だが、人間社会を維持するならば、法の守り手は必須。だからこそ、管理局員は必要なのだ。法と政府が無くなった国と言うのは荒廃する一方になるのだから。


 「本当に、ありがとうございました。とても参考になりました」

 ちなみに、アルフは終始無言、こういう時にはしゃべらんからな、こいつは。


 「法律関係で困ったことがあればいつでも来るといい、いつでも相談には乗ろう。なにしろ、相談役なのでな」


 「あ、フェイト、アルフ、お前らは先に帰っててくれ、俺はちょっと別件で爺さんと話がある」


 「そうかい、行こう、フェイト」


 「お邪魔しました」




 そして、二人の姿が扉の向こうに消える。















 「彼女が、あの小さなプレシアの娘か」


 『はい、アリシアがまっとうに育っていたならば、フェイトがアリシアの娘でも、おそらく違和感はないでしょう』

 フェイトが去ったため、汎用人格言語機能をOFFに。


 「ふむ、それが、おぬしの本来の在り方か」


 『お久しぶりです、レオーネ・フィルス法務顧問相談役。プレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トールです』


 「かれこれ40年ぶりくらいになるかの。そうか、シルビアにくっついていた女の子が、娘を残して儂らよりも早く逝ったか、あの小さなプレシアが……」


 『良き人生であったと、笑って逝かれました』

 シルビア・テスタロッサ、クアッド・メルセデス、レオーネ・フィルス、ラルゴ・キール、ミゼット・クローベル。

 後に、3人の偉大な魔導師と、2人の偉大なデバイスマイスターとなる5人の若者。

 彼らが希望に燃え、夢を語り合っていた光景を、“ユミル”というデバイスは確かに記録しており、私へと引き継がれている。

 魔導師とデバイスが共に歩む現在の管理局を作り上げた、その黎明期の方達。それ故、この5人の名前は執務官試験にすら登場するのですから。

 そして、その意思はレジアス・ゲイズ少将やリンディ・ハラオウン艦長、ギル・グレアム提督らの“生き残りし者”の世代へと受け継がれている。

 ならば、それを引き継ぐのは、クロノ・ハラオウン執務官や、高町なのは、フェイトらの世代となるでしょう。


 「なんとも、真っ直ぐな目をした少女であった」


 『フェイト達の世代が平和に暮らせるのも、貴方達の世代の苦労があってこそですよ』


 「そうあって欲しいものだ。我等が命を賭したのは、彼女にように未来を生きる子供達が、明るく笑える世界を夢見たからこそ」


 『まだ、完全に達成されているとは残念ながら言えません。ですが、彼女らの子供が成長する頃には、きっと』


 「ああ、心の底から願う」


 そして、しばしの沈黙が訪れる。




 「それで、用件とは何かな?」


 『はい、人造魔導師や戦闘機人、そういった者らの法的な定義についてです』


 「それはまた、難しいことだ」


 『ですが、いつまでも目を背けたままではいられません。見なかったことにして蓋をするのではなく、認めた上でどう守るかを考えることが、時空管理局の理念ですから』


 「働く子供達のように、かね」


 『はい、私は英断であると考えております。“子供を働かせることは法的に認められていない”と偽善を振りかざし、現実に働いている、働かざるを得ない子供達を見捨てるのではなく、それを認めた上で、その権利を保護するための法律を築き上げた』


 「理想は、そのような法律を作るまでも無い世の中なのじゃがな、70年かけてもなかなか上手くいかん」

 
 『ですが、それに向かって努力を続けることと諦めることではまるで違います。機械で言えば0と1の違いで、その違いは決定的なのですから』

 
 「そうじゃな、諦めればそこでお終いじゃ」


 第97管理外世界でも、子供も労働力とせねば家族が生活できないという農村部の現実を無視し、都市部の恵まれた人々の“良心的判断”によって子供を働くことを禁じる国家は多くある。

 その結果、“働いている子供はいない”ことになる以上、子供を守る法律は作られない。存在しない者を守ることなど誰にも出来ない以上、それは当然の帰結。しかし、働かねば生きていけない以上、彼らは働く、法の保護を受けられないままに。そして周囲の大人は”暗黙の了承”で子供の労働を黙認する。

 人造魔導師や戦闘機人においても同じことがいえます。“違法研究であるため、そんなものは存在しない”と言い張ったところで、現実に作られた者達には何の役にも立ちはしない。

 それよりも、現実を見据えたうえで、ならばどうすればよいかという議論を管理局は行うべきでしょう。

 無論、フェイト・テスタロッサの人生のために。


 『ならば、現在は存在しないものとされているそれらについても、そろそろ法を整備すべきであると考えます。プロジェクトFATEの遺産は、おそらく広まっていくでしょうから』

 広まるものを潰すよりも、広まったところで問題ない社会システム、法律を作り上げた方が効率は良い。

 人造魔導師や戦闘機人を、普通の人間と同等の権利を持つ存在と認め、その人権を保護するための法律を作ってしまえばよい。

 それが出来れば、兵器としてそれらを運用しようとすることは、“人間を兵器とする”ことと同義になり、論議するまでもなく違法であることは疑いなくなる。

 時間はかかるでしょうが、このことは絶対に必要なのです。


 「ふむ、詳しく聞かせてくれるかね」


 『はい、それでは、フェイト出生についてご説明します』



 マスター、私はフェイトが幸せな人生を歩めるよう、稼動し続けます。

 出生を理由に差別されることがないように。

 彼女が普通の人間であると、親しい人々が、ではなく、社会そのものが認めるように。

 人造魔導師も、戦闘機人も、皆が平等に生きることが可能な社会となるよう、歯車を回しましょう。




 貴方の娘の、幸せのために


 私は機能を続けます




あとがき
 Vividにおいて、ヴィヴィオ、コロナ、リオ、アインハルトといった少女達が平和に暮らしているのを見るたびに、黎明期の彼らの頑張りが報われているのだと実感します。特にアインハルトは中等科1年生ですが、クロノはその頃には執務官として前線で働いているわけですし、三提督達も似たようなものであると思います。
 なのはやフェイトは忙しいものの、育児のための時間を設けることが出来ています。プレシアさんの世代ではその時間がなく、スバルやギンガの母であるクイントさんの世代でも、まだそこまでは至っておらず、なのは達の世代でようやく、前線で働く高ランク魔導師も子供のための時間を取れるようになったのかと思います。
 Vividのような平和な時代が訪れる日のために、トールの演算は続きます。彼の演算が終わるその時まで、気合いを入れて突き進む所存であります。
 

 Vividは平和でほのぼのとしていて、本当にいいですよね。        ………forceはまあ、色々と




[25732] 序章 前編 それは、小さな願い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/02/16 12:31
序章  前編   それは、小さな願い




新歴65年 9月19日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 はやての部屋





 我は闇の書


 時を超えて世界をゆき、様々な主の手を渡る、旅する魔道書

 かつての姿、今はもはやなく

時の移ろうまま、終わること無き輪廻を繰り返す

 だが、しかし

 此度の明けは、これまでとは少々異なるようである

 これまで―――それは、いったいどれだけの時を指す言葉であったか、それすら最早定かではない

 長き時、我は闇の書を守護せし者らと共に旅を続けてきたが、その始まりは既に忘却の彼方

 闇の書そのものである我にすら、原初の姿も、託されし想いも知ること叶わず


 だが、それでも


 「ん………」

 此度の主は、我にとって――――


 「あー、おはよーさんやー」

 特別な、存在であることは疑いない




新歴65年 9月19日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 キッチン



 「♪~~~~」

 キッチンにて料理を行う主を、私は隣りで浮遊せしまま、観察を続ける

 この主の元で封を解かれてより早数か月

 驚くべきことに、我が頁は未だ1頁すら蒐集されていない

 これまでの主において誰一人、そのような者はいなかった…………

 いなかった?

 それはいなかったのではなく、蒐集を行わなかったがために、リンカーコアを■■■■■■


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 この主の元で封を解かれてより早数か月

 驚くべきことに、我が頁は未だ1頁すら蒐集されていない

 これまでの主において誰一人、そのような者はいなかったことから考えても、これは珍しいと称すべき事柄である


 「なんや、闇の書」

 我がもたらすとされる大いなる力を求めず


 「そんなとこで見とったら水がはねて汚れるでー」

 我と守護騎士の主たる責からも逃走しない

 これは我が永き生のうちにて、少なくとも我に『闇の書』の名が冠せられてからは初めてのことである


 「おはよう、はやてちゃん」

 ヴォルケンリッターが参謀、湖の騎士シャマル


 「おはようございます」

 ヴォルケンリッターが将、剣の騎士シグナム


 「シャマル、シグナム、おはよーさん♪」

 我は主へ挨拶をする機能をもたない

 それを成せる彼女らが、僅かながら羨ましくもある


 「…闇の書を連れて、お散歩ですか?」


 「そー見えるかー?」

 散歩…………傍目にはそう映るものなのであろうか


 「なんや今朝はついてきてまうんよ、どないしたんやろ」

 言葉と共に書をつつかれる主

 現身を得ない現在においては我に感覚と呼べるものは存在しないため、我がその感触を知ることはない

 ただ、もし主と触れ合える日が来たならば、そんな埒もない望みがかなったならば

 それは、何と夢のような光景――――


 「闇の書も、はやてちゃんのことが好きになったのかしら」


 「あはは…そーなんかー?」

 少なくとも、その輝くような笑顔を見たならば、主のことを嫌うことが出来る者など、皆無であると我は思考する


 「ともあれ、お料理の邪魔になってはいけません、私が預かりましょう」


 「汚れたらあかんしな、ええか? 闇の書」

 主の邪魔を成すことは我の本懐ではないため、将の言葉に従い、移動を開始


 「えーみたいやね」


 「はい」




 「たっだいま~っ!」


 「ただいま戻りました」


 ヴォルケンリッターが鉄鎚の騎士ヴィータと、盾の守護獣ザフィーラ。

 散歩に出ていた二人が戻り、守護騎士全員が揃う。

 我が一部にして、我と主の剣にして盾、守護騎士ヴォルケンリッター

 一騎当千の戦騎、烈火の将シグナムと紅の鉄騎ヴィータ

 それを後方より支えし、風の癒し手シャマルと不落の防壁ザフィーラ

 この四騎より構成される戦闘集団であり、中世ベルカの戦術を現在まで保持する継承者でもある


 「しかしどうした? お前も主はやてが心配か」

 主のことを気にかけしは、傍に侍る近衛騎士が役目の一つ


 「確かに主のお身体は不自由だが、年に似合わずしっかりした方だ」

 中でも将は、その筆頭


 「我等も随時お守りしている。心配はいらないぞ」

 その言葉に偽りがあるはずもなく、我はそれを肯定せしも、頁が埋まらぬこの状態では我が意思具現化の術はなく

 だが、どうやら騎士達はこの生活が気に入っているようである

 様々な主の元での様々な戦い

 命じられるまま我の完成のため頁を蒐集し

 戦う力を振るうのみの日々

 我もこの子らもそれをただ受け入れ

 永き時を過ごしてきたが

 この子らがこのような幸福な日々を受け入れ

 さらに喜んでいる様子であるという事実は

 我にとっては小さな驚きである


 「ほらヴィータ、ご飯つぶついとるで」


 「ん……ありがとはやて」

 主の器か、子供らしい素直な愛情故なのか

 いずれにせよ、騎士達はこの年若き主をいたく気に入っているようである

 この輝かしき日々があるのも、全ては主があればこそ

 将が述べし、“主は我々にとって光の天使である”という言葉に、我も賛同する。



 ≪主はやて≫


 ≪ん?≫


 ≪本当に良いのですか?≫

 守護騎士の顕現より二カ月、今より一月ほど前のことは、忘れ難きものである


 ≪何がや?≫


 ≪闇の書のことです。貴女の命あらば、我々はすぐにでもページを蒐集し、貴女は大いなる力を得ることが出来ます。……………この足も、治るはずですよ≫


 ≪あかんって、闇の書のページを集めるには、色んな人にご迷惑をおかけせなあかんのやろ≫

 その言葉は将にとっても驚きであったようだが、我にとっても同様


 ≪そんなんはあかん、自分の身勝手で、人様に迷惑をかけるのは良くない≫

 どれほど成熟せし魔道師であっても、古代ベルカの叡智をその身に宿す賢者であっても、その心を持つことは容易ではない。いや、力とは全く無関係のものであろう


 ≪わたしは、いまのままでも十分幸せや≫

 人の欲望、破壊衝動、心の闇、それこそが、我を“闇の書”と呼ばせし由縁

 だが、此度の主はその対極におられる。

 凪のように穏やかなその心は、戦いに疲れし騎士達の魂を、優しき温もりとともに、労わるように包み込む

 歴代の闇の書の主において、守護騎士を“家族”として扱ったのも、今の主のみ


 ≪父さん母さんは、もうお星さまやけど、遺産の管理とかは、おじさんがちゃんとしてくれてる≫


 ≪お父上のご友人、でしたか≫


 ≪うん、おかげで生活に困ることもないし…………それに何より、今は皆がおるからな≫

 主にとっては、家族との絆こそが、何よりの宝


 ≪はやてっ≫


 ≪ん? どないしたん、ヴィータ≫


 ≪冷蔵庫のアイス、食べていい?≫


 ≪お前、夕飯をあれだけ食べてまだ食うのか≫

 そのような他愛無い家族としてのやり取りこそが、宝石の輝きを持つ


 ≪うっせーな、育ち盛りなんだよ! はやての飯はギガうまだしな≫

 そう、ヴィータは育ち盛り

 なにせ、彼女が騎士となったのは、まだ………


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 守護騎士の年齢設定の中でも、彼女はとりわけ幼い

 その言葉は、完全な虚言というわけではないだろう


 ≪しゃーないなー、ちょっとだけやで≫


 ≪おうっ!≫


 ≪ふふっ≫

 嬉しそうに駆けてゆくヴィータを、主は微笑ましそうに見つめている



 ≪なあ、シグナム≫


 ≪はい≫


 ≪シグナムは皆のリーダーやから、約束してな≫


 ≪何をでしょう≫


 ≪現マスター八神はやては、闇の書にはなんも望みない。わたしがマスターでいる間は、闇の書の蒐集のことは忘れてて、皆のお仕事は、家で仲良く皆で暮らすこと、それだけや≫


 ≪………≫

 その望みは、我にとっては悲しむべきことであるのかもしれない


 ≪約束できる?≫

 だが


 ≪誓います。騎士の剣、我が魂、レヴァンティンに懸けて≫

 我もまた、将と同じ願いを持つ。

 故に――――



 「ほんなら、行ってきまーす」


 「図書館まで行ってくる!」


 「はい、お気を付けて、ヴィータ、主はやてのことを頼むぞ」


 「応よ、まっかせな」

 主とヴィータを見送る将とシャマル


 「闇の書はついていっちゃったの?」


 「ああ、主はやてがついてきて良いと許可された。勝手に浮いたり飛んだりしないのが条件だそうだ」

 例え近くにあらずとも、守護騎士は我の一部、その状態を我は知る


 「ね……闇の書の管制人格の起動って、蒐集が400ページを超えてからだっけ?」


 「それと、主の承認がいる。つまり、主はやてが我らが主である限り、私達や主はやてが管制人格と会うことはないだろうな」

 そのことに、我も異存なし


 「そうね、はやてちゃんは闇の書の蒐集も完成も望んでいないし」

 僅かな無念はあるが、主のことを思うならば、黙殺すべき事柄である


 「それが分かるから、あの子も寂しいのかしら?」


 「どうだろうな、ただ、主はやてには管制人格のことは伏せておかないとな、きっと気に病まれる」

 我と守護騎士は一心同体


 「うん、あの子もきっと分かってくれるし」

 例え、意思の具現の術はなくとも、守護騎士には我の意思は伝わっているようである


 だが――――



新歴65年 9月19日 第97管理外世界 日本 海鳴市



 「んん……今日もえー天気やなー」


 「だね」

 騎士達の願いも


 「はやて、日傘差そうか?」


 「あー、そやね、おーきになー」

 主の願いも


 「そやけどヴィータ、図書館は退屈とちゃうか?」


 「別にぃ」

 我の願いも


 「はやてがいなきゃ、家だってどこだって退屈だもん」


 「うーん、ほんならヴィータの楽しいこと何か探してあげななー」


 「いいよそんなの、あたしははやてがマスターでいてくれるだけで嬉しいんだから」


 「わたしも、ヴィータ達と一緒に暮らせるの嬉しいよ」

 叶うことは、ない


 「わたしの周りは危険もないからみんなが戦うこともないし、闇の書のページも集めんでええ、皆で仲良く暮らしていけたら、それが一番や」

 そんな、小さな願いさえも


 「せやからわたしがマスターでいる間は、騎士としてのみんなのお仕事はお休みや」


 「……闇の書のマスターは、これからもずっとはやてだよ」

 闇の書たる我は、叶える術を持たない


 「あたし達のマスターも、ずっとずっとはやてだよ」


 「んん、そーやったらええなー……………」











 我は闇の書

 かつての姿と名、今はもはや無く

 遠からず時は動きだしてしまう

 そうなった時、我が騎士達や我が主は――――


 我を呪うだろうか


 此度はいったいどのような形で我は目覚め、力を振るうのだろうか

 そして誰がどのようにして、我と主を破壊するのだろうか

 願わくばその時が

 たとえ僅かでも先に延びるよう祈るばかり


 我は闇の書


 破滅か再生かいずれにせよ

 我はただその時を待つばかりなり



 しかし――――




 八神はやて


 その名を、初めて聞く気がしないのは、なぜであろうか

 歴代の主の中に、似たような名前の持ち主がいたのか?

 いや、この世界は我が知るものではない

 遙かに永き旅において、この地は初めて流れつく場所であるはず

 なのに――――

 我は、その名に想いを馳せる


 八神はやて


 懐かしい、いや、違う…………待ち焦がれた?


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 ≪すま■い≫

 時に

 ≪君■託す≫

 湧き起こる

 ≪申し訳■い≫

 この

 ≪私■、■えても構わない≫

 記録は

 ≪どうか、■■らを………≫

 いったい


 ≪最■の■■の主≫

 誰のもの

 ≪八■………は■て≫


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 欠けた、記録の残滓が霞んでいく

 古き想いは、新しき幸せに覆われ、遙か忘却の彼方へと

 絆の物語は未だ開けず、闇の書の主と守護騎士、そして、管制人格はただ穏やかなる時を過ごす

 しかし、運命の輪は回り出し、徐々にピースは埋まっていく

 禁断の魔道書を巡る戦いの日々

 その序章へ向けて、時は確かに刻まれてゆく

 時計の針が回り始めたのは、果たして何時のことであったか

 それを知るのは、既に彼らのみであろう

 受け継がれし記録が古き機械仕掛けへと伝わる時、運命のピースは嵌り、大数式のパラメータが満ちる

 そこに描かれしは、解なき闇に覆われし絶望か

 はたまた―――――解き明かされた数式が紡ぎ出す、希望の光か





 さあ、時計の針を進めよう












あとがき
 今回はやや短めとなりました。シーンの大半はコミック版のA’S編のもので、まだ祝福の風という名を授かっていない闇の書の管制人格が主と騎士達を想う場面です。この話は原作の会話と本作品独自の過去編の要素を織り交ぜる形となっていますので、A’S編のかなり根幹に関わる伏線もあったりします。
そして、再構成のために原作を見直す、もしくはコミックを読むたびに、A’S編の完成度の高さを再認識する毎日です。(インターンシップの最中だと言うのに毎日書いているのもどうかと思うのですが)
 3月は研究発表やら、寮部屋の引っ越しやらで忙しくなり、あまり執筆の時間を取れそうもないため、2月中に出来る限り書きためておきたいと思っております。
 粗い部分が多い稚作ですが、愛着もあるので、可能な限り突っ走る所存であります。それではまた。



[25732] 序章 後編 闇至り、時満ちる
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/02/17 20:18

序章  後編   闇至り、時満ちる




新歴65年 10月6日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家




 守護騎士が現世に顕現してより、4か月近くが経つ。

 蒐集は未だ行われず、我は浮くことと移動することのみを可能とする魔法の書として主の傍にあり続ける。


 「闇の書、おいでー」

 我は、主の言葉に応じ、宙を浮き主の下へと。


 「ん、今日もええ子やなー」

 主は人の姿すら成すことができない我すら、家族の一人であるかのように扱う。

 我は闇の書の管制人格であり、定められし命題に従い、書を完成させることだけを使命とする。

 ―――――主もまた、闇の書にとっては、己を完成させるための贄に過ぎない。

 守護騎士達がそれを知らず、いや、知ることすら許されず、主の傍にいることは、果たして幸せなのか。

 その宝石のような日々は、決して長いものではない。

 また、遠からぬうちに、闇と共に流離う時が始まるだろう。


 「今日は皆でおでかけやからなー、闇の書も一緒のいこな」

 だが、それでも。


 「どんなに楽しいことでも、家族が揃ってなかったら、嬉しさも半減や」

 たとえ、短い期間であろうとも、この素晴らしき主と共に在れるならば。

 守護騎士達にとっては、代えようもない幸せとなる。

 そう―――――信じたい。




新歴65年 10月6日 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘



 「主はやて、ビニールシートを敷くのはこの辺で良いでしょうか」


 「そやね、お弁当もたくさん持って来たから、広めに敷かなあかんね」


 「はやてのお弁当、楽しみ!」


 「一応、詰め合わせるのと、味付け以外は私も頑張ったけど………だいじょぶよね」


 「案ずるな、少なくとも私が見ていた限りでは、おかしい部分はなかった」

 八神家、家族五人でやってきた場所は、やや高台に位置する丘。

 今日は珍しく、ザフィーラも人型を取っている。

 彼は本来の姿が守護獣としての狼であることや、主が犬を飼うことを夢見ていたこともあり、普段は大半を狼の姿で過ごしている。

 周囲の人々にとっては大型犬という印象のようだが、彼もその評価に特に気にしている素振りはない。

 盾の守護獣ザフィーラは、守護獣である己を誇りとはしているが、それを周囲に示すことは少なく、その誓いや想いは彼の中にのみあることが多い。

 しかし、彼もまた闇の書の一部、闇の書の管制人格である我には、彼の心もまた伝わってくる。

 いや、彼だけではない、将も、ヴィータも、シャマルも、彼女らの心もまた我と繋がっている。

 我が主を想う心も、彼女らや彼の想いにより生み出されたものなのであろう。


 ――――――しかし、時に我にも、守護騎士達本人にすら把握できていない想いが流れ込んでくることがある。

 闇の書のシステムに影響が出るわけではなく、バグということではあるまい。

 にもかかわらず、管制人格である我にすら、その想いがいずこより来たりしものなのか検索できない。

 いったい――――なぜか



 「ヴィータ」


 「ん、ザフィーラ、どうした?」

 そして、今もまた、我に把握出来ぬ想いが溢れてくる。


 「これを、お前に」


 「これって、草で出来た、冠?」

 ザフィーラは草原に座り込み、長い間集中し、草のみを材料とした輪、もしくは冠と呼べるものを編んでいた。

 女性が作るものならば、花で作るのが相応しいが、彼が作るならば、草で作られたそれこそが質実剛健を旨とする彼らしさがよく出ている。

 しかし、ザフィーラ自身、それを編んだ己に困惑、いや、これは懐古の念であろうか、を感じているようである。

 そしてそれは、草の冠を贈られたヴィータも同じく。


 「ありがと………」

 彼女は小さく呟き、草の冠を受け取るが、それをじっと見つめたまま微動だにしない。

 ……………なぜであろうか

 その姿が、我にとっても…………懐かしく感じられるのは――――――


 「ん、それはザフィーラが作ってくれたんか、ヴィータ」

 冠を手に持って見つめたまま、今にも泣きそうにしていたヴィータを、主が優しく包み込むように声をかける。

 もし、主の足が不自由でなければ、後ろに立ちヴィータを抱きしめていただろう。


 「うん………」


 「ザフィーラ、器用やねー、よく出来とるよ」


 「ありがとうございます、主、ですが、私にもよく分からないのです」


 「分からない?」


 「シャマルの料理のようなものでしょうか、彼女がやったことはないはずの料理を、どこかでやったことがあると感じたように、私も作ったことなどないはずのこれを、気がつけば作っていました」

 作ったことが、ない。

 そう、闇の書そのものである我もそう認識している。


 「不思議なこともあるもんやね、わたしより前の闇の書の主に習ったとかじゃあらへんの?」


 「あたしらの役目は、ずっと戦うことと、闇の書を蒐集することだけだったから、今みたいに料理とか、他のこととか、してこなかったはずなんだ」


 「そっか………悲しい想いをしてきたんやね」


 「いいえ、今は貴女がいてくれます、主。それだけで、我々にとっては奇蹟です」

 永き時を、我らは旅してきた。

 笑うことなど、果たして幾度あったことか。

 ヴィータも、笑うことなどなく、ただ鉄鎚の騎士として敵を撃ち砕くだけの日々であった。

 だが、その永劫に等しい闇の中にあっても。

 彼女は、ザフィーラに対して心を許していたような、そんな気がする。

 いや、それはさらに前からではなかったか。

 彼は、彼女にとって――――



 禁則事項へのアクセスを感知、検閲プログラム作動


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新歴65年 10月27日 第97管理外世界 日本 海鳴市 海鳴大学病院



 「命の危険?」


 「はやてちゃんが……」

 そして、時が来た。

 我の本体は主と共にあれど、守護騎士達の動揺が、我にも伝わってくる。


 「ええ、はやてちゃんの足は、原因不明の神経性麻痺だとお伝えしましたが、この半年で、麻痺が少しずつ上に進んでいるんです」

 それは、守護騎士が顕現し、闇の書が第一覚醒を迎えた時期より。


 「この二カ月は、それが特に顕著で」

 闇の書の蒐集がないため、主のリンカーコアへの負荷は高まり続ける。


 「このままでは、内臓機能麻痺に、発展する危険があるんです」


 おそらく、そうはなるまい。

 魔導師にとって、心臓と等しいほどに重要な臓器である、リンカーコアが先に―――



 「なぜ、なぜ気付かなかった!」

 石田医師と話を終えてより、将の心は自己への憤りに満ちている。

 だが、それを責めることは出来ない。

 なぜならば、闇の書の守護騎士である彼女らは、気付くことそのものが禁じられている。仮に違和感を持ったとしても、次の日にはそれは消えているのだ。

 闇の書の、呪い

 我が、呪われし闇の書と呼ばれし由縁。

 主が、力を求め、欲望の忠実な人物ならば、守護騎士はその命に従い蒐集を行う。

 だが、仮に主が力を求める欲望とは正反対の性質を持つ方であれば。

 誇り高き守護騎士、ヴォルケンリッターは、その命を救うためならば、騎士の誓いすら破るであろう。


 全ては、プログラムのままに


 守護騎士達は、どのような主の元であっても、どのような心を持とうとも。

 蒐集を行うよう、定められているのだ。

 闇の書は、比類なき容量を誇りし大型ストレージと、融合騎としての特性持つ管制人格と、守護騎士達、他にも幾つもの機能より成り立つ巨大魔導装置。

 定められし命題は、絶対である。




 「主の身体を蝕んでいるのは、闇の書の呪い」

 剣の騎士シグナムが、炎の魔剣レヴァンティンを掲げる。


 「はやてちゃんが、闇の書の主として、真の覚醒を得れば」

 湖の騎士シャマルが、風のリングクラールヴィントに魔力を込める。


 「我らが主の病は消える。少なくとも、進みは止まる」

 盾の守護獣ザフィーラが、その体内に宿りし魂へと呼びかける。


 「はやての未来を血で汚したくないから、人殺しはしない。だけど、それ以外なら……………何だってする!」

 鉄鎚の騎士ヴィータが、鉄の伯爵、グラーフアイゼンを構える。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターと、その魂たち。

 周囲に魔力が満ち、ベルカの術式を示す三角形の陣が二重に展開され、六亡星の魔術陣を紡ぎ出す。


 「申し訳ありません、我らが主。ただ一度だけ、貴女との誓いを破ります」

 そして、騎士を率いる烈火の将が、誓言を掲げ――――


 「我らの不義理を―――――お許しください!」

 夜天の騎士達は、もはや何度めになるか数えることすら不可能となった、蒐集の旅へ出た

 最後の、夜天の主のために


 ……………夜天

 それは……………何を指す言葉であったか――――








新歴65年 11月15日  本局ドック内 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ” 食堂




 「ふうっ、ようやく一段落かな」


 「ありがとう、ユーノ、手伝ってくれて」


 「正直、助かった。法律関係は僕達の専門だが、ロストロギアを考古学的観点と医療器具的な観点からすり合わせるという作業は専門外でね」

 アースラの食堂で話しているのは、ユーノ・スクライア、フェイト・テスタロッサ、クロノ・ハラオウンの三名。


 艦長のリンディ・ハラオウンと通信主任のエイミィ・リミエッタの二名がいれば本局で待機中の書類仕事ならば問題なく片付くため、クロノは既に半年ほど前となった“ジュエルシード事件”の最後の後始末に奔走している。


 それはすなわち、プレシア・テスタロッサが残した研究成果である、生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“生命の魔道書”。


 これら二つを臨床で用いるための法的手続きを済ませるために、この半年間の多くの時間を彼らは費やしてきた。また、その間にフェイトの嘱託試験なども重なったため、かなり忙しかったアースラ面子である。



 「確かに、大変ではあったけど、やりがいのある仕事だったよ。それは、クロノも同じだろう」


 「まあな、次元犯罪者を捕えるだの、ロストロギアを回収するだのも執務官の重要な仕事ではあるが、どれもないに越したことはない仕事だ。だが、これは人を救うためのもの、本来、法律の専門家というものはこういったことをするために在るべきものなんだが」


 「執務官っていうのも、やっぱり大変なんだ」


 「大変、というより、大切と言った方が適切かもしれないな。執務官と捜査官の最大の違いは、強さでも指揮権限でもない、人を裁くかどうかだ。無論、裁判を進めるのは僕たちではないが、そのための証拠集めの他、証人の用意も執務官の役目だから」


 「なのはの世界、地球で言うなら、警察官と検察官が一体化したようなものだけど、でも、大きく異なってる」


 「ああ、なのはの国も、司法機関は当然のことながら国家に属している。罪を犯した人間は、その国の法律に照らしあわせ、その国の法律で裁かれるが、主に執務官というものが必要となるのはその枠に収まらない場合だ。というより、そういう案件が多過ぎた過去の次元航行部隊の窮状を鑑みて作られた職業だからな」

 地上部隊に属する捜査官は、一般の管理世界ならば警察に、武装局員は自衛隊もしくは軍隊、そして、一般局員は事務などを含めた公務員全般に相当する。

 だが、地球にも国際警察があるように、次元世界にも国家の単位では裁けない犯罪者、もしくは対処できない事件というものが存在する。

 魔法がない世界ならば事件と呼ばれるものは大半が人間によって引き起こされるが、次元世界においてはジュエルシードのように、人の意思を介すことなく災害を巻き起こす例も多い。

 仮に、地球が魔法が一般的な管理世界であったとして、ドイツとフランスの国境の町でジュエルシードモンスターが暴れたとしよう。

 そのままでも重大な被害をもたらすことは間違いないが、放っておけば国家そのものを巻き込む程の次元震すら引き起こしかねない。

 当然、誰かが対処せねばならないが、ジュエルシードに対処できるほどの魔導師となるとAAランク以上となり、質量兵器が禁止されている管理世界においては、国家組織に属する高ランク魔導師とは“国家の保有戦力”と言え、無暗に国境付近に魔法の使用権限と共に派遣するわけにはいかない。

 また、その辺りの調整が上手くいって、ドイツの軍隊の高ランク魔導師がジュエルシードを封印したとしよう。しかしその場合も、かかった費用をどちらが負担するかなど、もしくは魔導師が負傷した場合の補償についてなどで問題が発生しうる。

 ドイツに言わせれば、放っておけばフランスも危なかったところを我々が出動して抑えたのだから、半額はフランスが負担すべき、という主張が成り立つ。しかし、かかった費用などを算出するのはドイツであるため、フランスにとってもその額を鵜呑みにすることも出来ない。

 そこで、事前に主要国家が資金を出し合って、国際連合の中に“魔導災害対処局”なる部署を設け、そのような政治的にややこしくなりそうな案件が出た際の火消し役を定めておく。これには、各国家の警察の魔導犯罪対処部門が半ば兼任するような形で運営し、わざわざ新規の部隊を整える手間と費用を抑えることとする。

 管理世界に住まう者達にとって、時空管理局とはそのような機構である。日々の暮らしに関することは自国の行政府が担当するが、次元災害や次元犯罪、もしくは魔導犯罪、またはそれらに類する事件が発生した場合には時空管理局の出番であると。

 そして、それを一つの次元世界に点在する地上部隊が担い、第一管理世界ミッドチルダの地上本部が統括。さらに、各次元間を跨る案件に対処するための機関として、本局次元航行部隊は存在する。

 時空管理局が行政をも担うのはあくまでミッドチルダに限られ、ミッドチルダの常識は管理世界の非常識、などという格言もあったりする。


 「そして、今回のような魔法技術の最先端を行く医療技術は、やはりその多くがミッドチルダや主要管理世界から発表される。ミッドチルダは永世中立世界であり、国家に属さない行政特区にして経済特区だから、魔法製品や技術をまずは試験的に社会に流すための場所であるともいえる、よって、その担当は僕達や地上本部となるわけだ」


 「だから、トールには地上本部の方を担当してもらっているんだよね」


 「正直、僕達ではミッドチルダの行政に対して口を出せない。全ての管理局法は次元連盟と時空管理局によって作り出され、まずミッドチルダで施行される。そして、現実に出てくる問題点を見極め、各世界に施行するにはどのような点に注意するべきか、その際、地上部隊と本局では対応が変わるかどうかなど、様々な面から議論を重ねたうえで管理世界に施行される」


 「時空管理局はあくまで、管理局法を“管理”するだけの組織。全ては民意による、か」


 「そう、ユーノの言うとおり、管理局法を通して民意を蔑ろにしていたんじゃ本末転倒もいいところだ。プレシア・テスタロッサの研究が、現状の管理局法に照らせばグレーゾーンであっても、それがたったの半年ほどで使用可能となりつつあるのは、人々がそれを必要としているからだ」


 「トールが集めてくれた、現在の次元世界で脳死状態にある人々と、その家族の136万7000人の署名」


 「それにしても一体いつの間に集めたんだろうね」


 「さてな、とにかく、近代以降は法律というものは専制君主が定めるものじゃなくて、人々のために定めるものとなっている。“ミード”や“生命の魔道書”を必要としている人々がいて、それを作るため、使用する上で倫理的な問題がないと証明されれば、使用可能となるのは当然だろう」

 そして、インテリジェントデバイス、“トール”にとっては、倫理面が最大の鬼門。

 彼には数十年に渡る人格モデルの学習成果があるものの、やはりそれは得意分野ではない。他に適任者がいるならばその部分を任せ、自分は署名を集めることや、生成に必要なノウハウを確立することなどに専念すべき。

 何事も“効率よく”成そうとする機械仕掛けは、そう判断したのである。


 「もうちょっとだね、あと2週間くらい、そうしたら―――」


 「久しぶりに、なのはに会えるね、フェイト」

 夏休みに一週間ほど地球に滞在していたフェイトだが、それからしばらくは次元間通信やビデオレターによるやり取りとなっている。

 フェイトが母の研究成果に関する事柄にかける情熱を知る故になのはも応援しているが、法律関係はなのはの専門外なので、声援を送るだけしか彼女には出来ない。

 だが、フェイト・テスタロッサという少女にとっては、その声援こそが何よりも励みとなる。

 人の心を演算するデバイスは、今のフェイト・テスタロッサの精神は、安定状態にあると、分析していた。


 「そうだな、それに、転入の件も」

 リンディ、クロノ、エイミィの三人は、フェイトがなのはと同じ学校に通えるように手続きを整えている。

 別に犯罪者というわけではないが、フェイトはミッドチルダ、もしくは本局在住なので、管理外世界に住むにはそれなりの手続きというものが必要なのである。

 とはいえ、そのような手続きをどのような人間よりも得意とする存在が既にほとんど済ませており、彼女らの役目は後見人として判を押すことくらいだったが。


 「再会、楽しみだな」

 少女は、祈るように異郷の親友へと想いを馳せる。

 普通に考えるならば、特に何事もなく再会し、共に学校へ通い、穏やかにして楽しい日々が始まるはず。

 だが、その願いは叶わず。

 新たな戦いの時は、もうすぐそこまで――――










新歴65年 11月15日  第64観測指定世界



 「がっ、はあぁっ」

 対峙するミッドチルダ式魔導師と、ベルカの騎士。

 いや、この二人を対峙していると称すことは適当ではあるまい。対峙とは、両者が向きあい、共に立って相手を見据えている時に使うべき言葉であろう。

 今、立っているのはベルカの騎士のみ。

 ミッドチルダ式の魔導師は、既に多くの傷を負い、地に伏している。


 「ぐ…ぐぅ……っ」


 「ぬるいな、こちらはまだ抜いてもいないぞ」

 そして、騎士は油断することもなく悠然と歩を進め、静かに残酷な事実を告げる。


 「く……貴様…いったい何者だ………?」


 「私は貴様の名に興味がない。故に、我が名を覚えてもらおうとも思わん」

 そして、それは同時に、彼女が己の出自を話せないためでもある。

 管理局が闇の書を知るように、幾度も管理局と矛を交えた闇の書の守護騎士も、管理局を知る。


 「欲しいのはこの戦いに貴様と賭けたもののみ。さあ……立って戦うか、敗北を認めるか、決めてもらおう」


 「おのれ………無頼の分際で………」

 このままでは勝機がないと判断した魔導師は、操作性を無視し、威力のみに特化した術式を紡ぐ。



 召喚魔法   赤竜召喚   威力AA   操作性能E

 かのアルザスに住まう竜召喚師、その中でも最大の力を持つ者ならば、Sランクの真竜すら完璧に従えうるが、彼はそこまでの高みにはいない。

 しかし、操作性はないまでもAAランクに相当する赤竜を召喚し、自分を襲わせない程度の使役を可能にしていることは称賛に値しよう。

 仮に時空管理局の武装局員であっても、単騎ではこの赤竜を仕留めるのは容易ではない。Bランクの一般隊員にはまず不可能、Aランクの隊長であっても手こずる可能性は高いといえる。

 ただし―――


 「我が身――――無頼に非ず」

 彼の目の前に立つ存在は、一騎当千のベルカの騎士にて、正統なる古代ベルカ式剣術の継承者。


 「仕えるべき主と、守るべき仲間を持つ」


 『Explosion』

 主の戦意と魔力の呼応し、炎の魔剣レヴァンティンがその力を顕現させる。

 吐き出されるは、中世ベルカのデバイス技術の結晶、カートリッジ。

 数多の騎士に勝利をもたらし、ベルカの騎士の最盛期を築き上げた、魔導の秘蹟である。


 「騎士だ」

 そして、炎熱変換の特性を持つ魔力が炎の魔剣の刀身へと伝わり、まさしくその名の通りの光景を作り出す。

 遙か昔、彼女はその一刀でもって、ベルゲルミルと呼ばれし真竜に匹敵する力を持つ強大なる生物を打ち倒した。


 「紫電―――――」

  烈火の将にとって、その記憶は既に忘却の彼方にあれど


 「一閃!」

 彼女と共に在りし炎の魔剣は、今もなお記録している。







 【シグナムだ、こっちは一人済んだ、ヴィータ、ザフィーラ、そっちはどうだ?】


 【目下捜索中だよっ! 忙しんだからいちいち通信してくんなっ!】


 【そうか】


 鉄鎚の騎士の苛立ちを含んだ言葉を、剣の騎士は静かに受け止める。


 【捕獲対象はまだ見つかっていない。見つかり次第捕らえて糧とする】

 盾の守護獣は、鉄鎚の騎士の言葉を補いながら、陸の獣にあるまじき速度で空を駆けていく。


 【もういいな! 切るぞ!】


 【ああ……気をつけてな】


 【わかってらっ!】

 心配しつつも、どこか微笑ましげな表情をしながら、シグナムは通信を終える。


 【ヴィータちゃん、苛立ってるわね】


 【シャマルか、そっちはどうだ?】


 【広域捜査の最中、順調とはいえないけど、何とかやってるわ】

 湖の騎士は、念話を行いながらも風のリングクラールヴィントを用いて探査の術式を並列して行う。

 補助に特化したデバイスを持ち、後方支援に長けた彼女ならではの業である。


 【状況が状況だから無理もないけど、ヴィータちゃん、無理し過ぎないかしら】


 【一途な情熱はあれの長所だ】

 シグナムは、こと戦闘におけるヴィータの判断力は自分とほとんど変わらないものであると認識している。

 彼女こそ、それまで最年少であった自分の騎士叙勲の年齢を引き下げた、唯一の存在であるのだから。


 【焦りで自分を見失うほど子供でもない、きっと上手くやるさ】


 【………そうね】

 “若木”とは、遙か過去のベルカにおいて、未だ成熟せぬ騎士見習いを指す言葉。

 しかし、彼女が鉄鎚の騎士の名を持つ以上、“若木”ではあり得ない。

 命名の儀を終え、騎士名を名乗ることを許されし、大人の騎士。

 それ故に、心優しき主のぬくもりの中で、天真爛漫に笑う彼女こそ――――――奇蹟であった。


 【さ………新しい候補対象を見つけたわ、一休みしたら向かってね】


 【いや………すぐに向かう、いいな、レヴァンティン】


 『Verstehen』

 騎士として武器を手に、再び蒐集のための戦いに身を投じることを決めた今、幼き少女も、歴戦の勇士へと戻る。

 そして、彼女の先達である両名と守護獣も同様に、己の戦場へと身を投じる。


 【さあ………今夜もきっと、忙しいわ】

 彼らは闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター

 今はまだ、その魂は蒐集のために振るわれる

 深き闇が祓われ、最後の夜天の主が目覚めしその時まで

 守護騎士の、戦いは続く


 さあ、時計の針を進めよう









あとがき
 A’S編の序章はこれまで、次回より現代編はA’S本編の開始となります。ただ、その前に過去編の第2章が挟まりますので、なのはVSヴィータはその後となりそうです。
 以前にも書いたように現代編はほぼ原作どおりに時間軸は進みますが、戦闘内容や、布陣は異なる場合もあります。大局的な流れは変わりませんが、“舞台を整える機械仕掛け”が静かに成り行きを見守る視点で進むため、原作を改めて異なる視点から見直す、という感覚に近くなるかもしれません。ただ、私は原作信奉派なので、原作の疑問点を指摘するのではなく、例えこじつけになってでも論理的理由を捻り出す所存であります。それではまた。



[25732] 夜天の物語 第二章 前編 放浪の賢者
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/03/29 18:58
第2章   前編  放浪の賢者





ベルカ暦485年  クヴァルイースの月  白の国  ネルドレスの森



 「老人は朝早いっつーけど、早過ぎだろ」

 シグナム、ローセス、ラルカスの三名が帰還した翌日の朝早く。

 ヴィータは呆れが混ざったような口調で呟きながら、空を駆けていく。

 昨夜の宴ではかなり早い時間に睡魔に襲われ脱落してしまったヴィータは、まだまだ異国の話が聞きたりなかったので、朝早く目覚めると同時に放浪の賢者ラルカスの部屋を訪れた。しかし、そこで待っていたのは言伝用の機械精霊のみであり。


 『老師ナラバ、釣リ二向カワレマシタ、フシュフシュ』

 という伝言を受け取った。


 「釣りって、どこに?」

 とヴィータが聞き返すと。


 『ネルドレスノ森デス、フシュシュ』


 「森か……………あんがとな、えっと、お前は?」


 『機械精霊1163バン、“ノーリ”デス、フシュフシュ』


 「もう千番を超えてたのか…………つーか、ラルカスの爺ちゃんも良く全部覚えてられるよな」


 『老師デスカラ、フシュフシュ』

 彼ら、機械精霊は放浪の賢者ラルカスの作品にして、彼へあらゆる情報を伝える密偵?である。

 魔法人形を製作する技術はベルカの地で数百年以上前から始まっており、当然、この白の国はその最先端を行く。

 “調律の姫君”、フィオナが作り出した完全人格型融合騎の雛型であるフィーは、まさにその象徴。彼女の他にも、諸国の名のある調律師達が、人格を持つ魔法人形や、さらにその発展形の融合騎の製作を日々進めている。

 人格を持たない融合騎ならば既に作られているが、高度な知能を持ち、さらに人間と同等の意思を持つデバイスというものは非常に難しいものであった。

 しかし、放浪の賢者ラルカスの作品はそれらとは根本が異なる。


 「爺ちゃんは確かに凄いけどさ、お前らって、一応精霊なんだよな」


 『ハイ、機械デスケド、精霊デス』

 リンカーコアを持ち、魔力素を取り込んで己が力と変えることを可能とする生物は、魔法生物、もしくは魔獣と定義され、ベルカの騎士や魔術師達も、生物学的な区分ならばここにカテゴリされる。

 ただ、中には実体を持たず、魔力の塊が意思を持って動く場合が存在したりする。それらは精霊と呼ばれるが基本的に大きな力を持つことはなく、水が多いところには自然と水の精霊が発生し、風が強いところには風の精霊が発生する、といった具合である。

 また、今よりさらに500年以上昔の古代ベルカの時代では、精霊達はただ“古き者達”と呼ばれており、ドルイド僧とは彼らを感じ、意思を交わすことを可能とする者達を指す言葉であった。そして、放浪の賢者ラルカスはベルカに残る最後のドルイド僧とも呼ばれる。

 真竜などが他の魔法生物を凌駕する力を持つ由縁は、ただの生物ではなく、これらの精霊を従える特性を有するからに他ならない。火竜ならば火の精霊を従えるため、リンカーコアの出力に関わらず、火を吐くことはほぼ無限に行うことが出来る。ただし、自然が豊かで精霊力の強い土地であることが前提となるが。

 それ故、召喚師に呼び出される幻獣は、本来の力を発揮できないケースも多々ある。個体が持つ力そのものは変わらないが、本来ならば周囲の精霊から受けられるはずのバックアップがないため、人間が切り開いた人工の都市で戦う場合、戦闘時間に制限がかかることがあり得る。

 特に、この白の国は転送魔法が困難なほど特殊な精霊力を持つ土地柄であるため、召喚師にとってはある意味で鬼門と言える場所であった。逆に、この地と相性の良い生物ならば最大の力を発揮できることを意味するが。


 「でも、精霊って、普通はしゃべんないよな」


 『ハイ、ボクモソウデシタ、ケド、老師ガ言葉ト名前ヲクレマシタ』

 彼ら機械精霊は魔法人形や融合騎とは根本から異なる。

 人間が“人間のために機能するもの”を一から組み上げたそれらと異なり、機械精霊は“精霊に人と会話する権能を与えたもの”なのだ。

 彼らは元々土の精霊や水の精霊と呼ばれていた微小な個体であり、それにラルカスが語りかけ、一箇所に集わせ、人と意思を交わす力を付与したものである。

 そのため、機械精霊には死の概念も生の概念もあり得ない。土は固まれば岩となるが、岩が砕かれても土は土。水は時に氷塊ともなるが、氷塊が溶けても水は水、時に雲となることもある。

 今はたまたま“機械精霊”の形を成しているだけであり、彼らがすることといえば、人を見守り、話しかけられれば応えることくらい。その在り方は、放浪の賢者の分身であるかのように。


 「しゃべれるのって、やっぱ楽しいか?」


 『ドウデショウ、デモ、ワルクナイデス』


 「そっか」

 機械精霊は自由気ままな存在であり、山のように同じ場所から動かないものもいれば、風や水のようにあちこち動くものもいる。

 姿形は大体同じで、丸っこい身体に小さな手足が付いただけの簡素なものだが、なぜか愛敬というものがある。

 そんな彼らが、ヴィータはとても気に入っていた。

 自分達は騎士を目指す者であり、騎士とは、主と国と民のために在るもの。

 それは言わば、自身を束縛し、拘束する生き方とも言える。人が本来自由な生き物であるとするならば、これは人の生き方として矛盾する。

 だが、騎士とはその矛盾を是とするからこそ騎士であり、それ故に、自由そのものの存在である機械精霊が時に眩しく見えることもある。

 ヴィータが、“自由な翼”という意味を込められたフィーを可愛がるのも、そういった理由なのかも知れない。


 「とにかく、ありがとな、ノーリ」


 『オ気ヲツケテ、ヴィータ』


 彼女は機械精霊に別れを告げ、空に舞い上がり、そうして現在へと至る。

 ヴィータの飛行速度は速く、既に森の上空に達していた。

 もっとも、ラルカスは転移魔法で来たであろうから、その速さとは比べようもないが。


 「えっと、ネルドレスの森で釣り場って言えば………………あそこか」

 ネルドレスの森はヴィータもよく入るため、森林内部のことは熟知している。

 また、若木であった頃のローセスと、その友人であったクレスという調律師の卵も、二人でよくこの森を訪れていた。今夜の食卓に並べるための獲物を二人で競うように狩っていたものである。

 しかし、森で活動するならば、森の法則に従うべしという掟もある。身重の動物は狙わない、罠を仕掛けるならば、民が決して足を踏み入れない場所に、卵も全てとることはならず、仮に孵ったとしてもおそらく成長できないであろう余分な数のみを取ること。

 森の恵みを受け、森と共に生きる者は、森への感謝と畏敬の心を忘れてはならない。

 ローセスの妹であり、白の国が誇りし“夜天の騎士”となることを目指すヴィータにとっても、その教えは守るべき神聖なものであった。

 そんな彼女が以前、ザフィーラと共にやってきた泉もネルドレスの森の中にあるものであり、その周辺には野獣の巣などもあり、毒を持つものも多く生息するため、魔法の力を持たない一般の民には危険な場所でもあった。

 だが、白の国の“若木”たる彼女にとっては遊び場であり自らを練磨する訓練場ともなり、放浪の賢者にとっては、日向ぼっこしながら釣りをする憩いの場でしかなかった。

 特に、放浪の賢者に至っては森の掟から、いや、あらゆる束縛からすら解き放たれたような存在であったから。


 「じいちゃん、釣れてっか?」


 「おお? おおおおおおおおおおおおお!? かかった、かかった! これはでかい、これはでかいぞ!」


 「ん、かかったのか!」


 「さて、何が釣れるか楽しみだ! 一体何が釣れることやら、さてさて一体誰だろう!」


 「誰?」

 おかしな単語が耳に入って来たヴィータは首を傾げる。

 釣りをしていて、獲物がかかったはずなのに、どうしてかかった対象が“誰”なのか。

 それではまるで、川の中に言葉が話せる知り合いが沈んでいるような感じではないか。


 「おおお! 釣れてしまう! 釣れてしまうぞ!!」


 「あー、一応、手伝うか?」

 何か変な予感はするものの、竿と格闘し今にも川に落ちそうな賢者、いや、釣り好きな謎の老人に対しヴィータはおざなりながらも言葉をかける。


 「いや、それには及ばん! これは一人でやりとげてこそ意味がある! おおお! 釣れてしまうぞ!!」

 そして、ついに針にかかった獲物が姿を現し――――

 ――――――ポンッ!


 「……………」


 釣りあげられたもの、いや、物体、いやいやむしろ“彼”を見て、ヴィータは絶句。というか、呆れ果てていた。


 「おお! これは見事な機械精霊が釣れてしまった! これは見事にまるまる太って旨そうな!」


 『ボクハ食ベラレマセンヨ、老師サマ、フシュフシュ、カタイデスヨ、フシュシュ―』

 目を凝らして川の中を良く見てみると、あちこちに機械精霊の姿が見られる。おそらくは、水の精霊に由来するやつらがラルカスの手によって機械精霊となった者たちだろう、とヴィータは見当をつける。

 どうにも、この大賢人なる人物は川で自分が作った機械精霊を釣り上げる、という奇妙奇天烈な真似をしていたらしい。

 一体それに何の意味があるのかとヴィータは呆れ、しかし、爺ちゃんならありか、と考えなおし、老人と機械精霊の会話を眺めていた。


 「おお、硬いのかね、実に元気によくしゃべる機械精霊なるかな! これを食べるのは良心が痛んでしまうぞ!」


 『心、ダイジデス』


 「うむ、まさしくその通り! 心こそは人間と機械を分ける境界線にして、それ故に彼らは孤高なのだ! 自身で命題を定めしことは祝福なのか、はたまた、他者より命題を与えられることこそが祝福なのか、それは儂にも分からんが、それでもそこには輝きがあるとも!」


 『ボクタチハ、ドウデショウ』


 「ふむ! それは難しい問いだ! 君達精霊はそも命持つ者ではなく、動く命そのものだ、それ故に死すら君達にはない、そのはずだ。しかし、それは違うのだよ、死がないものなどどこにもない。なぜなら、死がないということは、それは既に存在していないことと同義なのだから」


 『ボクモ、イツカ死ヌノデショウカ?』


 「命持たずとも、そこに存在しているのであれば、終焉からは逃れられない。儂は君達に形と名を与えたが、ただそれだけだ。命を創り出すことは命にしか出来ない、この法則とて永劫不変のものではあり得んが、少なくとも今の世界はそのように成り立っており、人間はその法則の中を泳ぐ魚にして、その風を受けし鳥なのだよ」


 『老師ハ?』


 「儂もまた、命一つの人間だとも。だが、時に見えてはならんことも見えてしまうことが問題と言えば問題だ。人間には人間の生き方というものがある、それをすら変えることが出来ることこそ人間の持つ素晴らしさではあるが、それは同時に酷く危うい。子供が感受性の強きのあまり、よくないものをも引き寄せてしまうように」


 『鈍感ハ美徳ナリ』


 「ふむ、お前さんに儂がいつだったか語った言葉に一つ、ああ確かにそうとも。生き急ぐことは必ずしも良い結果をもたらすとは限らぬから、時には止まって耳を澄ませることも大切なのだ。さて、空をゆく幼子よ、君はどう思うかね?」


 「話なげーし、相変わらずわけ分かんねー」


 「それはそうであろうし、そうでなくてはいささか問題があるとも、儂が生きた年月とお前さんが生きた年月は大きく異なる。そして、他人である以上、完全に理解し合うことは出来ないものさ、だが、人間には機械がいる、人間のためにだけ作られし機械は、果たして人間を理解できるものかね」


 『ボクタチ出来マス。別々ダケド、一ツデスカラ』


 「そう、それが君達精霊だ。一にして全、全にして一、君らは無限の生を持ち、ただ一度の死を待ち焦がれる。生を多く持つものは数限りなくいるが、死は唯一。だが、それ故に死は優しく、寛大なのだよ、どのような異形な命になり果てようとも、生きることそのものより見捨てられようとも、死だけは決して見捨てない。永遠の命という名の牢獄より、彼らは救い出してくれる」


 「死って、そういうものなのか?」


 「いつか、お前さんにも分かる時が来るかな、それともそうはならないかもしれない。儂としてはそうはならないことを祈るが、はてさて」

 そう呟く賢者の瞳に、僅かに憂愁の陰りが見える。


 「観えたのか?」


 「いいや、観てはおらんとも。儂はここしばらく瞼を閉じておるものでね、お前さんの兄を観てより、今を見ることに専念しているのだよ」


 「兄貴の予言………あたしは聞かせてもらったことないんだよ」


 「それは賢明というべきかな、儂が彼へ成した予言は決して明るいものではなかったからね」


 「でも、兄貴はまるで変わんないんだ。いやさ、変わらないってことじゃないんだけど、変わった気がしないんだ」


 「それはそうだろう。なぜなら、盾の騎士ローセスは既に己の進む道を決めていた。それ故に、儂が予言を成したところでそこに意味はほとんどない、そしてだからこそ予言をすることそのものに意味が出てくる。一種の願掛けのようなものなのだよ」

 願掛けという表現は、ヴィータにとって意外なことであった。


 「願掛け………なのか」


 「己が心に誓う事柄を、より強固なものとするための儀式の一環ともいえるか、既に鋼の心を持つ彼にはそういうものが必要とも思えなかったが、やってくれと言われたからには師としては応えずにはいられまい」


 「爺ちゃんの行動理念はわけ分かんないんだよ、気ままにどっか行ったかと思えば、ずっと一つのことに集中してたりするし」


 「ドルイド僧とは、得てしてそういうもの。儂は放浪の賢者だの、大賢者だの呼ばれるが、別にそう大したものではない。なぜなら、干渉する意思がないのだから」


 「いや、色々やってるだろ」


 「これは、あくまで儂個人の趣味のようなものなのだよ。人を眺めるのは昔から好きでね、だからこそ、ザフィーラは儂と共にいたのだろう、そして、この子らは儂と友になってくれた」


 『友達デス、友達デス、フシュフシュ』

 気付けば、賢狼は放浪の賢者と共にいた。

 彼はただ、そう語る。

 放浪の賢者も、機械精霊も、賢狼も、人と異なる在り方から、人を眺めるという部分に関しては同じなのだと。


 「………本来は孤高なる賢狼、ザフィーラと爺ちゃんは同じってこと?」


 「いいや、むしろ彼の方が積極的と言うべきかな、儂は眺めるだけだが、彼は仲間のためにその牙と爪を振るう。予言の力も、観るだけならばそこに意味はありはしないのだからね」


 「そういえば、あたし達みたいな騎士や、調律師が誕生するまでは、爺ちゃんみたいなドルイド僧とかが魔法を使ってて、今のベルカ式ともかなり違ったんだよな」

 ふいに、白の国の座学で学んだ過去の魔法術式がヴィータの心に浮かぶ。


 「ふむ、如何にもその通り。分かりやすい違いを述べるならば、今より500年以上前のドルイド僧達が用いし魔術陣は現在の三角形とは異なり、四角形をしたものが多かった。これは、四角形の陣が召喚に最も適していることに由来する」


 「えっと、デバイスもアイゼンみたいに機械っぽくなくて、そもそもシュベルトクロイツとも違うんだよな。純粋な魔法発動体って部分は変わらなくても、なんかこう、普通の木の杖だったって」


 「トネリコの枝を皆好んで使っていたね。それに、今は騎士と呼ばれる過去の戦士達も、デバイスではなく単純な剣や斧で戦っていた。今のように洗練されたものではなく、それは原始に近い、その誇りも人間のように込み入ったものではなく、動物のようにシンプル。故にこそ、精霊と人が共にあった時代なのだ」

 後の世では古代ベルカと呼ばれしその時代。

 人がまだ人間社会を完全に築き上げていなかったからこそ、人は自然と共に在り、自然の一部そのものであった。


 「そして、ドルイド僧の術式も、リンカーコアによって大気の魔力素を取り込み、己が力と成すものよりも、他者の力を借りることが多かった。今ではほとんど廃れてしまったがね、一部の部族では、獣や小鳥、さらには精霊、そして真竜とすらも心を通わせる技術が今も伝えられているとも」


 「アルザス、だったっけ、しかも真竜までいるとか聞いたけど」


 「彼の地に生きしは『大地の守護者』の名を冠せしヴォルテール。我々ドルイド僧は、彼らの偉大なる力を借り受ける代わりに、本来自由なりし彼らに名と目的を贈る。今より数百年以上昔、古代のドルイド僧が真竜と“盟約”を結んだ、アルザスの土地に生きる子らがある限り、その身を守護して欲しいと。故にかの真竜が個人の頼みを聞くことはほぼ無い、彼は大地の守護者だからね、もしそうなることがあるとすれば、その者はよほどに自然と精霊に愛された存在といえるだろう」

 遠い未来、獣や鳥と心を通わせる力を持った一人の少女が、その真竜とすら心を通わせたがために、里を追われることとなる。

 しかし、例え里から追われようとも、“盟約”はなくならない。“大地の守護者”は、いかなる時も少女の身を助けるためならば現われるとも、かつて友と交わせし、古き盟約を果たすために。


 「あくまで、友達に対するお願いみたいなもんか」


 「そう、命令ではないよ、儂らドルイド僧と彼らは友達なのだから、機械精霊達も皆、儂が贈った名前を大事に使ってくれてるようでなにより」


 『大事二シテマス、フシュフシュ』


 「また、この技術が完全に廃れたわけでもないからね。今に伝わりし守護獣の契約、あれもまた名と命を与え、共に生きる儀式の一つ」


 「そっか、それに、ザフィーラに名を与えたのも爺ちゃんなんだっけ」


 「彼は孤高の賢狼故に名を持たなかった。だからこそ、儂が友となった際に名を贈ったのだよ、こちらも、大切に使ってくれているようでうれしい限りだがね。ただ守護獣の契約は結んででおらん、ただ名を贈っただけだ」


 「じゃあさ、爺ちゃんがそのヴォルテールって竜の力を借りることは出来るのか?」


 「それは無理だとも、なぜなら彼は“大地の守護者”であり、対して儂は“放浪の賢者”。その属性はまさに真逆、たまに儂が訪れた際に世間話に興じる仲ではあるが、ただそれだけなのだよ」

 人のために在ることを選んだ真竜と、精霊のように放浪を続ける人。

 ラルカスとヴォルテールは、真逆であると同時にある意味で対等。故に、二人は友なのだ。


 「爺ちゃんの眼って、何もかも見えちゃうんだよな」


 「見えずとも困りはしないが、見えてしまう以上は、逃げることは許されない。少なくとも、その道を儂が選んでしまった以上は、そういうものであり、そういうものなのだよ」


 「でも、兄貴は、何で自分の未来を観てくれって爺ちゃんに頼んだんだ?…………それが、あたしには分からない」


 「大きくなればいずれ分かる。だがしかし、お前さんの場合は既に大きくなっているがため、その法則は当てはまらんときている。これはまた困ったことだ、さて、どうしたものかな」


 「?」


 放浪の賢者の言葉は実に奇妙で分かりにくい。

 仮にヴィータよりも人生経験の長い者であっても、その言葉は理解できるものではないだろう。


 「あたしは、まだ“若木”だけど」


 「それは、その通りだろうとも。しかし、子供はいつまでも子供というわけではない、いつかは大人になってしまうものさ、特に、騎士を目指す子供達は」


 「騎士叙勲のこと?」


 「さてね、それもあるが、それだけではない。少なくとも儂がお前さんを幼子と呼べる時間はそう長いものではないからこそ、ローセスのために予言を成したということは言えるとも、彼は、お前さんのために己の未来を儂に問うたのだよ」


 「………姫様のためじゃないのかよ」

 ヴィータとしては嬉しくもあり、同時に複雑な感情もある。

 彼女もまた、いずれは正騎士として白の国の主を守る立場に立つ以上、フィオナという女性を守ることは至上命題となる。

 そして、ヴィータの目標はローセスなのだから、彼にはただ騎士として在って欲しいという感情もあるのだ。

 忙しいのは分かっているが、自分にも構って欲しいという子供らしい気持ち。

 自分が目指す目標であるからこそ、他のことは構わず主君のために在り続けて欲しいという願い。

 矛盾するその感情を併せ持ち、そのジレンマに苛まれることもなく、内に秘めていられるからこそ、彼女もまた本当の意味での騎士の“若木”なのだ。

 ヴィータが幼くして認められているのは、その資質ばかりではない。幼く在りながら、既に騎士としての片鱗を持つ精神性、それを備えるためでもあった。


 「ローセスの中では、騎士としての想いは姫君に、兄としての想いはお前さんへと向けられている。あれは不器用な男であるため、それしか道はないのさ」


 「まあ…………不器用なのは分かってるけど」


 「それでも、騎士として破綻しないのであれば、その不器用さも美徳となるとも。少なくとも、夜天の騎士達も、調律の姫君も、そう思っているはず、無論、お前さんもだがね」


 「それは、まあ、………うん」

 その言葉に対しては、恥ずかしいが反論は出来ない。

 ヴィータにとって、兄である盾の騎士ローセスは誇りなのだから。


 「じゃあさ、あたしが騎士になるその瞬間も、爺ちゃんなら観えるよな」


 「さてさて、まあ、観ることは出来るだろうね」

 彼の目は観える、見通してしまう。

 それは数限りなく存在する未来の断片、あくまで可能性であり、それが訪れるかどうかはまだ分からない。

 しかし、現在の世界が進みし道より観えたということは、少なくとも近いということを意味している。

 人間が生きる三次元を超え、時の前後を指す四次元、時の左右を指す五次元、それらを視覚として捉える彼以外には、実感することは叶わないが。

 その未来は、限りなく近いのだ。


 「そっか、それだけ分かれば十分!」


 「ただし、心しなければならんよ、勇壮なる“若木”よ」

 彼の眼はその道を見通す。それを選ぶかどうかは、個人次第。


 「お前が騎士となるその時は、そう遠いことではない。だが、お前がこの道を進み続けるならば、烈火の将を超える誉れと共に、最も大切なものを失うかもしれん」

 彼は観る、そして、述べるだけである。


 「……………嘘つきジジイ、観えてねえって言ったばかりじゃんか」


 「嘘は言っておらんとも、儂はお前さんの未来を観ていないからね」


 「預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)は、使ってないってこと?」


 「ローセスに対して予言を成す時は使ったが、お前さんの未来に関しては、その断片を覗きこんだだけ、ということだよ」


 「それって、何か違うのか?」


 「もちろんだとも、人の言葉と文字とは、同じ意味であってもその重さが違うのさ。口約束という言葉があるように、言葉とは移ろいゆくもの。遙かな昔、人がまだ獣とそれほど変わらぬ頃から言葉はあったがね、それは知識を伝える手段としてはまだ発展途上であった。そして、文字が生まれ、“残し、記録する”ための文章が記述されるようになったのだよ」

 ヒトは言葉を話すが、賢狼のように言葉を話すことを可能とする生き物は他にもいる。

 しかし、文字を用いて、知識を後代に伝えることを成すのは、ヒトだけなのであり、少なくとも現在確認されている次元世界の中にはヒト以外に確認されていない。

 もし、遙かに遠き世界において、ヒト以外の生物が文章を残していたならば、それは―――――


 「だから、予言も同じなのか」


 「ただ言葉で述べるだけならば、その重みはそれほどでもないもの。未来が見えようとも、それは見えただけの話。しかし、予言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)にて書き記すのであれば話は違う、それは高い確率でその未来を引き寄せることとなってしまう。無論、回避することが不可能というわけではないがね」


 「でも、爺ちゃんの場合は、“未来を決めてしまう”ほど、強いんだっけ」


 「我ら、ドルイド僧に伝わりし秘伝の一つではあるが、儂はどうやら見え過ぎているのが困りものなのだよ。眺めるのは好きではあるが、それも良いことばかりではないからね、故に、お前さんのことは観ないことにしておる」

 放浪の賢者ラルカスは、あらゆるものを観通す。

 千里眼と呼ばれる力、それは三次元的な距離を無とし、現在の世界を映し出す。

 過去視、未来視と呼ばれる力、それは四次元的な距離を無とし、時間を隔てた世界を映し出す。

 次元視と呼ばれる力、それは五次元的な距離を無とし、あり得た可能性の世界を映し出す。


 そして、預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)


 放浪の賢者の予言により、破滅を免れた国家があり、彼の予言を黙殺したがため、破滅より逃れられなかった国家がある。

 それは、未来予知ではなく、世界中に散在する情報を統括・検討し、予想される事実を導き出す、データ管理・調査系魔法技能の極致。

 データベースを構築する機械は存在していないが、彼は機械精霊達より、そして、己の目によって世界の情報を知る。

 予言の内容は、今の時代よりさらに過去のドルイド僧達が用いし、古代ベルカ語の魔術文字。

 中世ベルカに生きる者達であってさえも、それを紐解き、意味ある言葉と変えるのは容易ではない。

 しかし、放浪の賢者にとっては絵本を読むが如きであり、それ故に彼の予言は正確無比。



 「でも、あたしの未来は普通に見えるんだろ」


 「見るだけならばね。とはいえそれに意味はない、人の歴史は人が紡ぐものであり、儂が見えたものが絶対であるなど、あり得ん話であろうさ。だからこそ、儂は観測者なのだよ」


 「見るだけ、後は、訊かれたら答えるだけ。本当、機械精霊みたいだよな、爺ちゃんは」


 「昔はただの人間であったのだがね、儂が持つ力は人間であるためには少々余計なものが多過ぎた。捨てれば良いだけの話ではあったが、捨てるためには人間も捨てねばならんときては、成す術もなし」


 「力を捨てるためには、まずは力を制御するだけの力を得る必要があって、それが出来るようになった頃にはもう手遅れってことだろ」


 「だが、人間というのは慣れる生き物ということもあり、これはなかなかに業が深い。若き頃は普通の人間となることを夢見たこともあったがね、100年も経てば慣れてしまう。いいや、人間であった自分を忘れてしまうと評すべきか、それに、儂自身、見ることは好きであったことが何よりも大きいかな」


 「100年………爺ちゃんって何年生きてんだ?」


 「覚えておらんよ」

 答えは、実に簡潔極まりなかった。


 「でも、確か、120年くらい前の白の国の王様と一緒に並んでる絵があったような………」


 「ああ、ロルフ=クラキ王かね、彼は儂が知る中でもまさに“賢王”と称されるに相応しい男であったよ」


 「知ってんのかよ、でも、爺ちゃんは“大賢人”だろ」


 「儂としては、老師と呼ばれる方が好きなのだがね」


 『老師サマ、老師サマ、フシュフシュ』


 『『『『  老師サマ フシュフシュ  』』』』

 その瞬間、機械精霊達が一斉に声にだす。


 「あ、それで機械精霊達は老師って呼ぶんだ」


 「シグナムやシャマル、それにローセスも若木の頃はそう呼んでくれたのだがね、いつの間にやら大師父と呼ぶようになってしまった、残念なことだよ」


 「いい歳こいた老人が、んなことで拗ねんなよ」


 「年齢と人の本質は関係ないことだとも。儂は長く生き過ぎて人間から少しばかり離れてしまったきらいはあるものの、それでも一応は人間なのであり、この法則も当てはまる」


 「精霊に形を与えて、機械精霊を作れるのは、人間って言うのか?」


 「間違いなく、人間だとも。なぜなら、そのような意味のないことに価値を見出すのは人間しかいないからね、ならばこそ、儂もまた人間なのだよ」


 「さっきと言ってることが違くねーか?」


 「あれもまた真実の断片、人には、それぞれの真実があり、鏡のように綺麗であっても裏側には異なる真実があるものさ、月の裏側は誰も見えんように。お前さんも、まずはそれを見つけ、自身の星を定めねば、月の裏側を知ることは叶わん。さもなくば、死に喰われるかもしれんよ」


 「相変わらずわけ分かんねえ、けど、死は優しく、それに故に残酷、だっけ」


 「死に意味を与え、どう捉えるかは人間次第だ。死はただそこに在るだけ、そこに恐怖を見るか、安らぎを見出すかは、全ては人間の心によるもの。お前さんが死を見た時、そこに何を見出すかが、騎士の真価が試される時、騎士とはかくも悲しいものなのさ」


 「まだ、“若木”だけどな」


 「今は、まだね」

 老賢人の言葉に深さを測れるほど、ヴィータはまだ成熟していない。

 だが――――


 「覚悟はあるさ、あたしもきっと、白の国の盾になる」

 その想いだけは、既に大人の騎士と同等に。


 「そうか、ならば儂は見守るとしよう、幼子よ」


 「幼子っつーな」


 「なになに、儂から見れば皆幼子だとも、それに、今呼んでおかねばあまり機会がなさそうでね、子供は成長してしまう」


 「そりゃそうだろーが、妖怪爺」


 「精霊爺と呼びたまえ」


 『精霊ジジイ、精霊ジジイ、フシュフシュ』


 「ふむ、よい子達だ」


 「はあ、ほんと似たもの同士だな」


 「それはそうだとも、友達なのだから。さて、お前さんは異国の話を聞きたいのであったか」


 「おうっ、まだまだ聞き足りねえ」


 「さてさて、それでは何から語ろうか」

 そうして、老賢人は釣りを続け、“若木”の少女は隣に座りながら彼の語る異国の話を聞きつつ、己を待つ未来について想いを馳せる。

 未来は未定、放浪の賢者にすら、完全に未来を読みきることなど出来はしない。

 ならば、騎士に必要なものは未来の知識にあらず、覚悟。

 どのような運命が待ちうけようとも、自身に誓った騎士道を曲げず、進み続けるという覚悟こそ――――


 白の国を守る、夜天の騎士が持つべき心であった。















ベルカ暦485年  クヴァルイースの月  白の国  ヴァルクリント城  鍛錬場



 「よし、素振りは終了。これより、模擬戦を始めるぞ」

 『『  はい!  』』   


 盾の騎士ローセスの言葉に、“若木”達が一斉に応える。

 現在、白の国で学ぶ“若木”達はヴィータも含めて34人、それぞれが二人一組で模擬戦を行うため、17組が出来あがる計算だ。


 「今回は組み稽古を基本とする、年長者、年中者、年少者はそれぞれ同じ者達と組むように」

 34人の若木は、その年齢、実力を考慮し、三段階に分けられる。騎士として必要なものは戦闘力だけではなく、状況判断力や机仕事もあるため、それらを総合的に見て判断される。

 ローセスが“若木”となったのは7歳の頃であるが、8歳まで年少者、8歳から11歳までを年中者、そして、15歳で騎士叙勲を受けるまで年長者、という経歴を持つ。

 白の国の若木の中では彼は遅めに騎士叙勲を受けた身である。まあ、他の者らは白の国出身ではないため、騎士叙勲=近衛騎士(夜天の騎士)である彼の基準とは単純に比較できないのだが。

 しかし、シグナムが7歳で“若木”となり、階梯を次々に飛ばして10歳にして正騎士となったという前例もあり、白の国の騎士そのものも数少ないため、ローセスとしては身近な目標こそが最大の壁であったりした。


 「兄貴、あたしは?」


 「お前はリュッセと組め」


 「了解」

 ヴィータは年齢的には年少者、もしくは年中者と呼ばれるはずだが、既に年長者と同様の訓練を受けていた。

 現在は7~9歳の年少者が8名、9~11歳の年中者が20名、そして、11~12歳の年長者が6名となっており、ヴィータはただ一人だけ8歳の若さで年長者の仲間入りを果たしているのであった。

 無論、他国から学びにやってくる者達も皆、資質を持ってはいるが、彼女と同等の資質を秘めたものは一人しかない。

 それが――――


 「ヴィータ、手加減はしないぞ」


 「んなもんしたら、顔面を粉砕してやるっての」


 「いい答えだ」


 「はっ、甘く見てると痛い目を見るぜ」

 現在、ヴィータと対峙する、背丈は150cmほどで髪は黒、ローセス程の頑健さはないものの騎士として平均的な体躯を持ち、標準的な剣型デバイスを構えた11歳の少年、リュッセである。

 彼は年長者の代表であると同時に、“若木”達を率いる隊長でもある。年少に一人、数が多い年中に二人、まとめ役が存在しているが、彼はその全てを纏めている。年長者の中には12歳で彼より年上の者もいるが、その彼もリュッセが隊長であることに異論はなく、心から彼を信頼していた。

 無論、年中者のまとめ役よりも年長者の方が上なのだが、もし年中者しかいない状況となれば、まとめ役の指示に従うように、という取り決めが若木にはある。年長者は、実戦に投入されることすらあり得ない話ではないために。

 そして、ヴィータもまた既に年長者と同じ扱いを受けている以上、いざとなれば年中者を率いる立場ともなり得る。

 ただ、既にヴィータの戦闘能力は隊長であるリュッセに近いものとなっているが、指揮や管制といった隊長としての能力ならばまだ遠く及ばない。

 そして、三名の夜天の騎士、剣の騎士シグナム、湖の騎士シャマル、盾の騎士ローセスはさらにその高みにある。

 ヴィータの騎士としての歩みは、まだまだ道半ばであった。


 「おおお!」


 「せえやっ!」

 若木達の訓練は、遙か後代のミッドチルダ式魔導師のそれとは異なり、その全てが実戦を前提として行われる。

 故にこそ、模擬戦においても17組が同時に行うのだ。戦場において、眼前の敵以外からの攻撃、もしくは流れ弾が飛んでくることは至極当然の話であり、それに対処するための訓練をしない方が異常と言える。

 遙か後代の時空管理局の魔導師は戦争するために訓練するわけではないが、ベルカの騎士達は戦争を前提とした修練を積む。これこそが、古代ベルカ式とミッドチルダ式、または近代ベルカ式の最大の違いである。


 「うらああああああああああ!!」

 ヴィータが構えるデバイスは、鉄の伯爵グラーフアイゼンと同型の鉄鎚、変形機構や知能は備えずとも、バリア破壊に特化したその力は健在であり、ヴィータの魔力が込められた一撃は、例え他国の正騎士であろうともそう簡単に止められるものではない。


 「ふっ!」

 しかし、対峙する少年もまた尋常ではない。彼が持つデバイスはヴィータとほぼ同様、すなわち炎の魔剣レヴァンティンから変形機構や知能を失くし、純粋な剣としての性能のみを維持した品であり、当然、作り手は“調律の姫君”。

 彼は炎熱変換の資質を持っているわけではないため、純粋な魔力の強化と剣技でヴィータの鉄鎚の破壊に対抗する。受け流しが得意な者ならば、まだ粗が多いヴィータの攻撃を躱しつつ反撃も可能ではあるが、ヴィータの攻撃を正面から受け止め、反撃に出られるのは若木ではリュッセ一人。

 シグナムやヴィータは攻勢を得意とし、ローセスは守勢を得意とする。彼女らと比較すればリュッセはどちらにも偏っていない中庸。そして、それだけに引き出しも多い。


 「縛めの鎖!」


 「ちぃっ!」

 ベルカの騎士とて、バインドは用いる。烈火の将は得意とはしないが、特に湖の騎士は得意としており、盾の騎士もバインドの拘束力は群を抜く。

 彼らより戦闘指導を受け、その技術を吸収している若き隊長は、既にそれを自己流に改良することすら可能としており、剣戟の合間にバインドを発動させ、相手の武器である鉄鎚を縛りあげる。


 「甘えっ!」

 そして、盾の騎士をいつか打ち破ることを目標とする少女は、バインドやシールド破壊を何よりも得意とする。真っ正面から全力の一撃を叩きつけ、ローセスの防壁を突破することがヴィータの最大の目標なのだ。

 リュッセが放ったバインドを力技で引きちぎったヴィータはそのまま肉薄し、他の術式を用いたことで僅かな隙が生じているうちに渾身の一撃を叩き込まんと振りかぶる。


 「テートリヒ・シュラーク!」


 「パンツァーシルト!」

 その猛威に対し、リュッセは受けとめるバリア型のパンツァーヒンダネスではなく、弾くシールド型の守り、パンツァーシルトで応じる。

 ヴィータの攻撃をバリア型の障壁で防げるのは夜天の騎士達くらいのものであり、自分は未だその域には達していない。

 だからこそのシールド防御だが、これですら面で展開すればヴィータの鉄鎚は容赦なく貫いていくだろう。こと、バリア破壊に関する限り、ヴィータという少女は烈火の将以上の天性を持ち合わせている。

 故に―――


 「鞘!?」

 リュッセは、パンツァーシルトを己ではなく、鞘に限定して展開させる。これならば、デバイス自体の硬度にシールドが上乗せされる形になり、鉄鎚の猛威にも対抗できる。

 彼が仕掛けたチェーンバインドは、ヴィータの攻撃を単調なものとするための布石、一点集中型の防御であるため、正確に相手の攻撃に合わせる必要があるものの、ヴィータの攻撃は尋常な速さではない。

 しかし、どんなに速くとも軌跡が読めれば対処は可能。チェーンバインドを引きちぎった勢いのまま攻勢に出るならば、その軌道は限定されたものとなる。

 バインドを破った段階で一旦呼吸を置かず、そのまま攻め込む若さが、ヴィータとリュッセの経験の差と言えるだろう。


 「紫電―――――」

 そして、鞘によって相手の渾身の一撃を防ぎ、返す一刀で確実に仕留める。

 これこそ、烈火の将が戦術の基礎にして奥義でもあり――――

 若木の隊長が受け継ぎつつある、攻防一体の戦技であった。

 言うだけならば容易いが、これを実行に移すには気が遠くなるほどの修練を必要とする、余程の天性がない限りは。

 そして、白の国の“若木”を率いる隊長は、その天性と修練の両方を備えており―――


 「一閃!」

 彼の烈火の将の一撃を、かなり真に迫った錬度で放つことすら可能としていた。


 「―――くぁっ!」

 咄嗟に片手でパンツァーシルトを張って防ぐヴィータだが、リュッセの一撃は先に自分が放った一撃と同等、下手をすると上回る威力を持つ。

 である以上、デバイスを用いないシールドだけで、その威力を殺し切れるはずもなく―――


 『一撃ガキマリマシタ。勝者、リュッセ、デス、フシュフシュ』


 それぞれの対決についている機械精霊が、片方の勝利を告げた。











 「お疲れ様だ、ヴィータ。なかなか惜しかったぞ」


 「うっせーシグナム、負けは負けだよ」

 労いつつもどこかからかうような口調で告げるシグナムに対し、ヴィータはやさぐれつつ応じる。

 旅より戻った翌日である今日、シグナムとローセスは若木達と集めて基礎訓練から模擬戦までを通して行い、その実力を見極めた。

 その中でも、最も成長が著しい二人こそ、ヴィータとリュッセの二人であった。


 「それに、リュッセもな、半年ほど留守にしていた間に、紫電一閃をあそこまでものにするとは」


 「ありがとうございます、騎士シグナム」

 対して、リュッセの方は騎士らしい礼を返す。このあたりが隊長とまだ8歳の若木の違いであろうか。


 「でも、シグナムの一撃だったら、あたしの腕は多分吹っ飛んでるよな」


 「さてな、骨が砕ける程度で済むかもしれんぞ」


 「二人とも、あまり物騒な物言いはどうかと思いますよ」

 内心、多分どちらかになるだろうと思うリュッセだが、そこはあえて告げない。


 「しかし、ヴィータはもう8歳、リュッセは11か、そろそろ、騎士叙勲の日も近そうだな」


 「えー、騎士になっちまったらあたしと戦えなくなるじゃんか」


 「いや、ヴィータ、僕は君と戦うために白の国にいるわけじゃあないんだが」


 「でも、楽しいよな?」


 「それはまあ、否定しないけどね……」


 「んじゃあそういうことで、ずっとここにいろ、あたしが追い抜くまで」

 その言葉に、歳相応の少年らしくリュッセが反応する。


 「追いつく、ではなく、追い抜くと来たか」


 「とーぜん、あたしの目標は兄貴だからな、リュッセなんて眼中にねえよ」


 「そのリュッセに、今日完敗したのはどこの誰だったかな」


 「うっせシグナム、3歳も離れてんだからいいじゃんか」


 「だが、正騎士となればそのようなことは言ってられんぞ、戦場でまみえる敵が、自分より若い保証などないのだからな」

 剣の騎士シグナムが正騎士となったのは10歳の頃。そして、彼女はすぐに戦場を駆けることとなった。

 その頃のシグナムが戦った敵の中に、自分より若い者などまさしく皆無であり、常に年長の敵と彼女は戦ってきたのである。


 「まあ、シグナムと比較するには正直どうかと思うわよ、お疲れ様、二人とも」

 そこにシャマルが現れ、戦い終えた二人に水筒を手渡す。


 「ありがとな、シャマル」


 「ありがとうございます、騎士シャマル」

 水筒を受け取りつつ、二人は礼を述べる。


 「どういたしまして、癒しと補助が本領だもの、貴方達の健康管理も私の役目なんだから」


 「それはいいんだけどさ、これ、もうちょいましな味になんねえの?」

 水筒の中身を一気に半分ほど飲んだヴィータが、若干抗議の声を上げた。


 「あら、口に合わないかしら、健康にいいだけじゃなくて、体力や魔力の回復を促進する効果もあるのに」


 「まずい、ってわけじゃあないんだけど、なんか微妙で」


 「あまりわがままを言うなよ、ヴィータ、先輩達に笑われるぞ」


 「お前、よく平然と飲めるなあ」


 「心を決めれば、どんな毒だって飲めるさ」

 その瞬間、空気が固まった。


 「へえ―――――――そう、私の特製ドリンクは、毒物扱いだったのね、リュッセ。傷ついちゃったなあ、私」


 「い、いえ、これはただの例えで…………」


 「リュッセー、男なんだから言い訳は見苦しいぞー、二言はねえだろー」


 「ちょっと、向こうでお話があるんだけど、いいかしら?」


 「……はい」


 それからしばしの間、起こった事柄については割愛しよう。


 

 「よく生きて帰ったな、リュッセ」

 労いの声をかけるは、無論、烈火の将シグナム。


 「いえ、別段酷い目に合わされたわけじゃありませんよ、女性に対する心構えを懇々と説明されましたけど。まだまだ僕は未熟者だそうです」

 年上のお姉さんの説教を乗り越え、何とか報告する若木の隊長。


 「何だあたしのときとずいぶん違うな。ま、それはともかく、次は負けねえ、のは多分無理だから、あと半年後くらいには追いつくからな」


 「ほう、意外と自分の力量を良く見ているな、感心したぞ」

 シグナムもまた、現在のヴィータの成長速度から見れば、半年ほどで戦闘技能だけならばリュッセに追いつくと見ていた。

 無論、騎士として他に学ぶことはまだまだ多くあるが、そこまで至れば、自分やローセスと同じ段階に足を進めるのも時間の問題だろうと。

 烈火の将は、予測していたのだ。


 「己を知らない者は、決して他者を見抜くことなど出来はしない」


 「老師の言葉だね」

 若木達はラルカスのことを老師と呼び、騎士達は大師父、姫君はラルカス師と呼ぶ。

 爺ちゃんと呼ぶのはヴィータくらいのものであった。


 「まだ受け売りだけど、いつかは自分の言葉にしてみせるさ」


 「ほう、頼もしい限りだ。若木達も成長しているようで、何より」


 「ですが、11歳の僕が今や隊長で、最年長も12歳となってしまいました」


 「そうだな、それに関する事柄ついて調べることも、我々の旅の目的ではあった」

 ここ数年、白の国の“若木”の年長者達が相次いで帰国していた。

 騎士叙勲がなされ、修行を終えたわけではなく、そのほとんどが強制送還に近い形で、である。

 本国の意向である以上は、学び舎である白の国としては何も言うことは出来ないが、きな臭さを拭いさることは出来ない。

 それはまるで、白の国を攻撃する上で、その障害となる存在を事前に回収するようにも取れるのだから。


 「会議は、これからですか?」


 「ああ、私と、シャマル、ローセスの三人と姫君と大師父、合わせて五人で行う」


 「あたしらは参加できないけど、かなり重要な会議なんだろ」


 「でなくば、自由奔放を旨とする大師父が会議などというものに参加されるわけがあるまい」


 「老師らしいというか……」


 「まあ、爺ちゃんだもんな、ところで、フィーは?」


 「昨日活動し過ぎた影響で、今日はずっと眠っているとのことだ」

 フィーは未だ発展途上、というよりも、正確には生まれてもいない。

 今の彼女は人形の器の中でゆっくりと成長する胎児に等しく、融合騎として世界に出た時が、彼女の生誕の瞬間と言える。

 それが、いつの日となるかはまだ分からないが。

 時は確かに、刻まれている。


 「そっか、じゃあその間あたしらは座学か」


 「そうなるな、私もシャマルもローセスもいない以上、実践は無理があるだろう。リュッセ、頼んだぞ」


 「はい、座学の教師の方々にお伝えしておきます」


 「それでは、私も向かうとしよう」


 「またなー」

 騎士達が帰還し、白の国は本来の姿を取り戻している。

 しかし、これより行われる会議において、白の国の将来に関わる事柄が話されるのは若木達にすら疑いない。

 果たして今後、白の国はどのように進んでいくのか。

 その答えは、まだ出ていない。






あとがき
 古代ベルカの魔法に関しては、守護騎士達のものよりも、キャロやルーテシアの召喚魔法の方がそれらしいというか、より古代の自然と共にあった魔法っぽい感じがしたため、本作品ではこのような設定となりました。
 また、“精霊”という名称についても、あまりに安易だと思い、

 晶霊 → 旧き者達 → 名もなき隣人 → 形なきもの → 蟲 → ジン → 素霊 → ライフストリーム → ツクモガミ → 妖精

 など、次から次へと考えはしたのですが、どうしてもしっくり来るものがなく、結局は単純明快な精霊に戻りました。やはり、考えの果ては陳腐なものになってしまうのでしょうか。もし、いいアイデアがございますれば、感想板に書き込んでいただければ幸いです。





[25732] 夜天の物語 第二章 中編 最果ての地の叡智
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/03/29 18:58
第2章  中編  最果ての地の叡智




ベルカ暦485年  クヴァルイースの月  白の国  ヴァルクリント城  夕月の間



 帰還した騎士達と“若木”達が訓練を終えた後。

 ヴァルクリント城の夕月の間に、ある意味で白の国の最高指導者とも呼べる面子が集い、円卓を囲んで座っていた。

 通常の国家であれば、王の下には宰相やそれぞれの国政を司る者ら(多くは貴族階級)がおり、彼らが座る円卓も、この白の国ではいささか異なる。

 無論、国政と呼べるかどうかは別として、人々が暮らす場所であり、諸外国とも対等な立場にいる国家である以上、運営を司る者らはいる。

 しかし、“学び舎の国”においてはそれらの意義はさほど大きいものではない。極論、誰もいなかったとしても、諸国の有識者が人材を派遣して何とかするだろう、という認識が白の国に住む者達にすら存在している。

 学院として在るからこそ意味がある白の国にとって、内政も外交もそれほど大きな問題ではなく、技術の継承と研鑽こそが最重要の事柄である。普通の学院なれば、収支を釣り合わせる必要もあるが、国際博物館的な要素すら持つ白の国では、あまり考える必要のない事柄でしかなかった。

 そのため、白の国における“替えが効かない要人”とは――――


 白の国の実質的な国主であり、デバイス技術の第一人者である“調律の姫君”フィオナ

 歴戦の勇者にして、その武名は遠国まで響き渡り、若木達に武術を継承する“烈火の将”シグナム

 薬草の知識や、魔術品を作る技術を修め、各国からの調律師や“若木”に伝えていく“湖の騎士”シャマル

 味方を守り通すための武術を極め、将を支え、姫君を守る不落の防壁、“盾の騎士”ローセス

 百年を超える時を白の国と共に在り、その技術を教え広め続ける“放浪の賢者”ラルカス


 この五人となるのであった。

 当代の王は病に伏せっており、一日の大半を眠っている状態。もしこの五人にもしものことがあれば、白の国は大きく揺らぐこととなる。

 教えるものなき学び舎ほど、意味のないものはないのだから。


 「まずは、改めて言わせてほしい、皆、御苦労だった」

 この場では立場上最も上位者となるフィオナが、まず労いの声をかける。


 「ラルカス師は最早語るまでもないが、将とローセスは半年にも及ぶ旅を続け、シャマルもその間一人で白の国を支え続けてくれた。本当に、感謝の言葉もない」


 「いいえ、姫君。我ら白の国に仕える騎士として、当然のことを成しただけです」


 「はい、わたしも騎士シグナムも、労苦と思ったことはありません」


 「私も、同じ想いですよ姫様。確かに大変ではありましたけど、これも騎士の務めです」


 「ふむふむ、まったくもってその通り。特に儂などはいつもの通りに諸国を渡り歩いたに過ぎんからね、改めて礼を言われるに値することではないだろうよ。だが、それとは別に礼を言うのはよいことだ、礼を言われて悪い気分になる人間とは、実際に働いていない、もしくは働けなかった者くらいであるから」

 フィオナの言葉に対して、それぞれがそれぞれの性格を表した言葉を返す。特に、賢者の言葉は長かった。


 「そうか、ありがとう。……………それでは、まずは将に聞きたいのだが、異国の騎士達の武勇はいか程だった?」


 「そうですね、今回の旅では訪れていない国も多くありますから一概には言いきれませんが、やはりヴェノンやアルノーラ、ミラルゴの騎士は大国だけあって精強でした。その他にも、ミドルトンやロドーリルなど、保有する数は大国に及ばないまでも、精強な騎士団を抱える国は多くあります」


 「では、古代ベルカの戦技の継承という点では、特に問題は見受けられない、ということか」


 「はい、少なくともかつて伝わっていた技術が廃れたという話はありませんでした。こと戦技という観点においては、ベルカの地に陰りは見うけられません」


 「そうか、それは何よりだ………」

 やや安堵の表情を見せるフィオナだが、騎士たる者、主君にとって嬉しい知らせばかりを届けるわけにもいかない。


 「ですが、技術はともかくとして、戦う者達、またはその上位に立つ貴族階級の精神にはやや陰りが見受けられます」


 「精神………か、具体的にはどのような?」


 「そちらの説明は、私よりもローセスが適任でしょう。私は近衛隊長という役柄故に、諸国家の上位者と面談することが多かったですが、ローセスはその間、一般の騎士達と親睦を深め、彼らの話を聞いて回っておりましたから。このような事柄は、下から上を見上げた時ほど実感しやすいものです」


 「はい」

 シグナムの言葉を、ローセスは気負うことなく肯定する。彼もまた、己の役割を理解しており、自分はそれを勤め上げたという自負を持っている。


 「ローセス、お前が感じた、陰りとは?」


 「一言で述べるならば、誇りの欠落、となりましょうか。民の守るためにある騎士達の中にも、自身の栄華のために力を振るう者が見受けられ、また、貴族の言いなりとなっている騎士も多く見受けられたのです」

 人の世界である以上、それは決してなくならないものである。

 しかし、古代ベルカ時代に“戦士”と呼ばれていた存在が“騎士”となり、貴族階級とは似ているようで異なる機構を持つに至ったのは、権力とは別のものに意義を見出し、戦う力を振るうことを目指したからこそ。

 騎士が権力の言いなりとなり、自身の栄華のために戦うならば、それはただの暴力装置と変わらず、“騎士”である意味が失われるのだ。

 後代はともかく、この中世時代のベルカの騎士達は、古代ベルカからの気骨を受け継ぎつつも、尊くある在り方を己に課しているのだから。


 「また、騎士に限らず、一般の兵士達にも精神的な堕落が多く見受けられました」


 「それはつまり、正規軍というよりも、むしろ盗賊に近い者が増えている、ということだろうか」


 「はい、魔法の力を持たない者らには、わたしたち騎士のように戦うことだけを生業とすることは稀少です。戦時においては兵士として出陣する者も、戦が終われば故郷に戻り、農夫など、それぞれの暮らしに戻るのが常ですが」


 「だが、元の生活に戻らず、かといって国軍に仕え続けるわけでもなく、戦地に武装したまま留まり、夜盗と化す者が増えてきている………のか」


 「その通りです、悲しむべきことですが」

 フィオナの推察をローセスが肯定し、若干の沈黙が訪れる。


 「確かに、悲しいことではあるけど、別にそれは珍しいということでもないわよね」

 そこに、これまで発言しなかったシャマルから意見が出る。


 「ああ、それは間違いない。他の懸案事項があったため注意して見ていたからこそ、我々も気付けたに過ぎん。もし、大国同士がぶつかり合う大戦でも起きれば、現状を遙かに上回る精神の堕落が起きるだろう。戦というものは、兵士や貴族、そして民の心をも荒ませる」

 それは、実際に戦火の中を駆け巡った経験があるシグナムだからこその言葉であった。

 しかし、それを逆に見るならば――――


 「それはつまり、各国の兵士達の心が荒んできている、ということは、大きな戦が近いことを示している可能性がある。という理屈が成り立ってしまうということね」


 「その通りだ。大きな目で見れば別に取り沙汰する歪みではなく、治があれば乱があるのは古代ベルカの頃からベルカの地の常。しかし――――」


 「此度の歪みは、繰り返される国家の興亡に伴う治と乱、列王達が行う戦争による荒廃とは、異なる要素を含んでいるのではないか。そう、将は感じたのだな」


 「はい、外れて欲しい予感ではあるのですが」


 「悪い予感ほど当たってしまうものさ、少なくとも、儂が見てしまうものは、悪いものほど良く当たる。用心するに越したことはあるまいよ」

 放浪の賢者が、目を閉じたまま、誰に語りかけるわけでもなく、語る。


 「ラルカス師、貴方はどう思われる?」


 「ふむ、そうだね、まずはお前さんの得意分野であるデバイスに関してからにしようか」

 呟きつつ、放浪の賢者は纏う衣の内より、魔道書の形を成すデバイスを取り出す。


 これこそ―――


 「夜天の魔導書……………完成は近いのでしょうか?」


 「いいや、まだまだ、というべきかな。旅をする機能、致命的な破壊を受けるとも蓄積された情報を損なうことなく再生する機能、これらは一応の完成を見たものの、肝心の部分はこれからとなっているのだよ」


 「蒐集行使、ですね」

 放浪の賢者が持つ、予言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)と並び、彼を賢人と言わしめる技能、蒐集行使。

 簡単に言えば、見た魔法を即座にコピーし、フルパフォーマンスで再現することを可能とする技能であり、これは、聖王家において秘伝とされる技能でもあった。

 戦う相手が用いる魔法、戦技をその身に吸収し、自由自在に扱う、古の聖王の業。

 古代ベルカより続く聖王家、その血筋には強力な魔力を秘めており、やがては総称して“聖王の鎧”と呼ばれることになる技能の先駆けともいえる。

 そして、放浪の賢者はそれを誰から学ぶことなく編み出し、その機能を“夜天の魔導書”に組み込むことをも可能としていた。


 「とはいえ、プログラム体である魔導書が見ただけでコピーするというのも無理のある話。そこで、シャマルの持つ技能を利用することで解決しているのだがね、もう少し改良が必要であろうと思う」


 「シャマルのリンカーコア摘出、ですか」


 「とりあえずは、私とローセスが“旅の籠手”と“鏡の籠手”にて魔法生物からリンカーコアを抜き出し、夜天の魔導書の分身である“魔法生物大全”に書き記す、という方法を取っています。まあ、大半において使用するのは“鏡の籠手”のみですが」

 シャマルの持つ転送魔法は数多くあるが、その中でも強力かつ汎用性の高いものが“旅の鏡”である。

 シグナムとローセスが持つ籠手はシャマルの能力を二つに分けたようなものであり、“旅の籠手”は物理的に離れたものを掴む機能を、“鏡の籠手”はリンカーコアを対象とし、傷つけずに干渉する機能を持つ。

 厳密に言えば“旅の鏡”の効果自体はほぼ“旅の籠手”のみであって、リンカーコアに干渉するのはある意味で外科手術的な技術となり、治療に特化したシャマル固有の特性といえた。

 ちなみに、ラルカスも同様の技能を持つが、彼の場合はドルイド僧独自の魔術に由来する他の類の無い魔力運用を行うため、別の品で再現することが難しく、コスト的に意味がないものとなってしまうため使われない。


 「この夜天の魔導書は儂だけのものではない。もし儂だけで作っていたならば、ただ書き込まれた文章を放浪しながら保持するだけのものとなっていたであろうから、それでは、儂の記録が彷徨うことと何ら変わりない」

 後に再生機能、転生機能となる部分を作り上げたのは紛れもなくラルカスである。

 しかし、彼の持つ蒐集行使を、リンカーコアを蒐集することで夜天の魔導書によって再現することを可能としたのは、シャマルの手腕による部分が大きい。そして、さらにもう一つ。


 「お前さんがこれより作り上げる管制人格と守護騎士プログラム、それこそが、この魔道書に本当の意味をもたらすものとなるとも。どのような技術があろうとも、そこに伝えるべき意思が伴わなければ意味はないのだから」


 「まだまだ、未完成ではありますが」


 守護騎士プログラム

 それは、プログラム体でありながらも意思を持ち、夜天の魔導書と共に在り、人々のために残すべき、伝えるべき技術を考察し、実行に移していく意識体であり、管制人格は彼らを含めた全体の統括を担う。

 簡単に言えば人工の精霊であり、自然の流れの中に在る精霊にラルカスが機械精霊として言葉を与えたように、人が人のために意思持つ存在を作り上げる。

 知能持つ人工物という意味における先達がグラーフアイゼンであり、レヴァンティンであり、クラールヴィント。彼らは意思持つ機械であり、主のために考え、自身で動くことこそ出来ずとも、人のために在り続ける。

 そして、完全人格型融合騎の雛型であるフィーは、守護騎士プログラムのプロトタイプであった。


 「人間の心を投影するならば、既に可能な段階まで出来ています。特に魔法人形技術が進んでいるアイラなどでは、魔法こそまだ使えないものの、人間とほとんど違わない融合騎も製作されているほどです」


 「うむ、それなら儂も存じているよ。今回の旅ではアイラへは往くことはなかったが、あそこにはフルトンがいる。お前さんの大先輩と呼べる男であったかな」

 現在においても一部の調律師達が人格を有する融合騎の開発に成功しつつあり、その第一人者であるアイラの調律師、フルトンという人物も、かつて白の国で技術を学んでいた。

 彼は、フィオナの父の友人でもあり、フィオナ自身幼い頃に何度か会い、短期間ながらも調律の技の教えを受けたことがあった。


 「はい、以前彼から便りが届きまして、スンナとスクルドという二機の融合騎を作り出したと。そして、片方のロードとして、将にお願いできないかという打診も」


 「私が、ですか?」


 「何でも、スクルドの方はまだ搭載すべき能力が決まっていないそうなのだが、スンナの方は炎熱能力の補助、すなわち、火力の上昇という方針で行くらしいのだ。よって、炎熱変換の魔力特性を持つ将が、ロードとして相応しいとのことだった。将が留守にしていたので、とりあえずは保留ということになってはいるが」


 「まあ、よいのではないかな、シグナム。お前さんがロードとなるならば、その子も安心できよう。もっとも、完成まであとどのくらいの時間がかかるかは分からんがね。融合騎を完成させるというのは並大抵のものではない」

 それを誰よりも理解しているのは、夜天の魔導書にそれを組みこむために研鑽を続ける、放浪の賢者と調律の姫君の二人であろう。


 「ただ、フルトン殿も気にかけていたのが、融合騎の人格のことだ。彼女らは人間の人格を投射する形で作られており、“人間ではない己”、“永き時を生きる己”に倦み疲れるのではないか、と心配しておられる」


 「やっぱり、そこがネックになるのですね」


 「人間と、デバイスの違い、ですか」

 シャマルとローセスもそれについては思うところがある。

 クラールヴィントとグラーフアイゼン

 人間と共に在りながら、人とは違う意思を持った彼らを知るからこそ、人間に近い人格では悠久の時を生きることが難しいことが理解することが出来る。

 二人は騎士として常人を遙かに超える精神の強さを持ってはいるが、悠久なる時の磨滅に勝てる自身はなかった。

 僅かなりともそれを成し得ているのは、放浪の賢者のみであったから。


 「姫君、夜天の魔導書に組み込む管制人格や守護騎士プログラムを、レヴァンティンのような完全に人間とは異なったプログラムとするわけにはいかないのでしょうか?」

 そしてそれは、レヴァンティンと共に戦うシグナムも同様である。


 「それは、可能ではあるのだが………」


 「しかしそれでは、今度は“人間のために必要な技術”を選別する段階で問題が出てきてしまうのだよ。シグナム、お前さんも知っておるように、レヴァンティン、グラーフアイゼン、クラールヴィントの思考は人間とは異なっており、それ故に人間らしい考えを本当の意味で理解することは出来ない。これは彼らが彼らである限り避けられんことであり、同時に、彼らにとっての誇りなのだから」


 『Ja』

 『Ja』

 『Ja』

 賢者の言葉に、三機のデバイスが同時に応える。

 自分達は、そのような存在であると。

 それ故に、自分達には意味があるのだと。

 騎士達の魂は、静かに答えていた。


 「夜天の魔導書がただの装置であるならば人間の意思は必要ない。たが、人間のための技術を旅しながら蒐集していくという目的で作るのであれば、やはりそこには人間と近しい思考を持つ管制人格と、書を悪意から守る守護騎士プログラムが必要となる。しかし、人間をそのまま模写したのでは、今度は悠久なる時の流れに擦り切れてしまう、これは中々に難しい」


 「それ故に、ラルカス師の構想の下で私はフィーを製作した。あの子は私にとって娘であり妹のようなものだが、その自由な在り方は人間とも機械とも異なり、精霊に近い」


 「確かに、機械精霊とあの子は良く似ているわ」


 「共に、ヴィータの遊び相手、という面でも同じですね」

 それは、シャマルとローセスにも実感できる事柄である。


 「さながら、人間の命題にも、機械の命題にも縛られぬ、“自由の翼”といったところかな。この夜天の魔導書を託すならば、そのような存在こそが相応しいと儂は思うよ。人と共に在りながらも、例え人が滅ぶとも意味を失わない存在こそがね」

 デバイスは人間のために機能するからこそのデバイス。

 しかし、夜天の魔導書に託される願いは、そうではない。

 人間のために必要な知識や残すべき技術を蒐集しながらも、それを成すのは人間のためだけには動かない自由なる精霊。

 それは一見矛盾しているが、そうではない。

 逆に、人間のために必要な技術を、人間のためだけに機能する存在が管制人格として集めるのでは、それは非常に危うい。人を害する技術を集めるよう命令された場合、それは人のために人を殺す技術を永遠に集め続ける機構と化してしまう。

 一度負の連鎖へと陥った時、それは二度と脱出できぬ無限ループへと嵌ることを意味する。それこそが、デバイス、すなわち機械の持つ最も危険な側面なのだ。


 「だがそれでも、とりあえずはお前達三人とラルカス師の人格を元に、守護騎士プログラムの製作は進めている。最終的には命題というか、存在の根本を精霊に近い形に仕上げることになるが、能力や性格は恐らくそのまま残る。だから、かなり人間らしい精霊ということになると思う」


 「つまり、私とシャマル、ローセスの三人は、夜天の魔導書を守るための守護騎士となる、ということですね」


 「まあ、今も似たようなものですけど」


 「我らの魂、夜天の主と共に在り」


 「儂は一応作り手ということになるが、夜天の魔導書の主ではない。主はあくまでお前さんだとも、フィオナ。この夜天の魔導書も、元々はお前さんの先祖に依頼されて作り始めたもの、もう、80年近く昔のこととなるがね」

 白の国は技術を受け継ぎ、伝えるためにある。

 放浪の賢者は白の国と共に在り、その技術を諸国へと教え広める。

 そして、その長き人生の最後の仕事こそが、夜天の魔道書の作成であった。


 「流石に儂も老いたよ、そろそろ旅を続けるのも限界にきたようでね」

 大賢者といえども、老いには勝てない。

 彼の命がいつ尽きるか知るのは彼のみであるが、それでも、彼が白の国と共に在り続けられる時間はそう長くはない。

 それ故に、彼は夜天の魔道書を残すのだ。

 自身の代わりに、それが白の国を見守り、技術の蒐集役にして広めし者、という役割を担えるように。


 「しかし、大師父ならば、老いに勝つ手法すら御存知なのではないですか? 既に、その年齢は人間の限界を超えていらっしゃるはず」


 「ほっほ、若いねローセス。それではいかんのだよ」


 「なぜです?」

 その瞬間、ずっと笑みを絶やさなかった放浪の賢者の表情が、引き締まったものへと変化する。


 「儂を敬うことを止めはせんよ、老人を大事にすることは、限度もあれど悪いことではないからね。しかし、その者を敬う、もしくは大切に思うあまり、自然の理を超越しようとしてはいかんよ。なぜなら、そのような考えこそが、現在のベルカに広まりつつある闇の源泉なのだから」


 「!?」

 その言葉は、ローセスの心にさながら鉄鎚の如き衝撃を与える。

 彼はラルカスとシグナムと共にそれを調べるために旅をしてきたが、まさか、自分の内にすら影の一部が食い込んでいるとは、思いもしなかったのだ。


 「何も、邪なる願いのみが闇を呼ぶのではない。いや、むしろ純粋なる願いこそが破滅を呼ぶのであることが多い、これは、経験則であるため、信頼性は高いと思うよ」


 「闇…………やはり、その源はアルハザードなのでしょうか?」

 アルハザード

 それは、白の国ならず、ベルカの地に生きる者ならば、一度はお伽話の中で聞いたことはある名。

 この世の全ての叡智はそこにあり、そこには人の歴史の始まりと終わり、そして、全ての叡智が記された万能の書が眠るという。

 ただ、それを確認したものは、ただの一人もいないため、あくまでこれはお伽話である。

 そう、そのはずなのだ。

 しかし―――



 「ああ、それは疑いない、最果ての地、アルハザードより流れ出る技術は、静かに、だが確実にベルカの地に広まりつつある」

 夕月の間に、これまでを遙かに超える重い空気が流れる。


 「ベルカの地は、いくつもの次元世界より成り立つものの、それらは全て“近しい世界”。五次元の海を漂う島のまとまり、列島や諸島と称すべき距離に限定されている」


 「ラルカス師、それは一つの世界に例えるならば、広大な海の、ある海域に存在する一まとまりの数百の島々。そのうち十数ばかりが知られているに過ぎない、ということですね」


 「少なくとも、儂にはそう観えたよ。しかし、アルハザードは違う。あれは同質の島々の一つではなく、遙か彼方に存在せし本当の意味での“別世界”。その文明を築き上げた者らも、人間とは根本から異なる者たちであろう」

 放浪の賢者は語る、あれは異物であると。

 若き頃、見てはならぬものを見てしまう寸前まで至ってしまった彼だからこそ、それの異端性を理解できる。

 それは、人間が理解してはならないものだということを、彼は理解したのだ。


 「あまり気分の良い話ではないが、グラーフアイゼン、レヴァンティン、クラールヴィントの三機、そしてこの夜天の魔道書とて、その技術の一端であるといえるだろうね」


 「………………貴方が、そう考えた理由とは?」


 「古代ベルカの時代にもデバイスはあったとも、しかしそれらはあくまで魔法の効率を高めるためのものに過ぎず、儂の持つシュベルトクロイツのように、純粋なる杖の形をしたものがほとんどであり、戦士が持つものは剣や槍、もしくは斧」


 「はい、それは白の国に伝わる書物より存じております」


 「古代ベルカとて平穏であったわけではない。今よりおよそ500年の昔には、各地で王国が興亡を繰り返し、戦が絶えること無き乱世であったと、ドルイド僧達は語り伝えている、そしてそこに、アルハザードより彼の翼が現れた」


 「……………聖王の、ゆりかご」

 フィオナがその名を呟くと同時に、三人の近衛騎士の身体にも緊張が走る。

 これもまた、お伽話に近いものではあるが、アルハザードそのものと異なり、実在することが確認されているために。


 「古代ベルカの叡智の結晶、とは言われるが、それはあり得ん話だとも。そもそも、古代ベルカにはそのような技術は文字通り“存在していなかった”。故に、あれはベルカの地においてすら、ロストロギアと呼ばれるのだからね」

 この時代に作られた魔法の遺品を、遙か後の時代ではロストロギアと呼ぶ。

 しかし、“聖王のゆりかご”はこの時代にあってすら、既にロストロギア。

 ならば、それは何処より来たりしものであるのか。

 大賢者は、ただ静かに語る。


 「初代の聖王がいずこよりあれを発見し、その血筋をゆりかごの鍵としたのかについては、我々の一族にすら伝わっていない。しかし、確かにそれは現れ、その大いなる力によって古代ベルカを席巻し、地に平和をもたらした。そして、それよりしばらく後にベルカ暦、諸王の時代が始まった」

 次元世界の歩みは、隣り合わせで進んでいる。

 現在はベルカ暦485年、ある世界の西暦に合わせるならば1000年頃、そして、古代ベルカの終焉、つまりベルカ暦の始まる頃は西暦においても500年頃、ローマという国家が滅び、時代の転機が訪れつつあった。

 遙か後の管理局時代においては、彼ら夜天の騎士が生きた時代も“古代ベルカ”と呼ばれるが、正確に述べるならば“古代ベルカの王達の血を引く諸王家の時代”つまりは”中世ベルカ”である。ちょうど、地球ならばビザンツ皇帝がローマ帝国の継承者であったようなものであろうか。

 そして、西暦にして1700年頃の“最後のゆりかごの聖王”は王家という形でその血筋を継いだ最後の王であり、その時代は王制時代の末期の”近世ベルカ”時代。国家体制は王制から共和制へと移行し、魔法を使える者は王族、貴族として君臨する魔法の時代は一度民衆の手によって終わり、質量兵器で武装した非魔導師達の時代がやってくる。

 その後に訪れた大混乱の時代を経て、魔導師とデバイスが再び共に歩みだした、乱の狭間の治の季節、管理局の時代が始まる。


 中世ベルカと呼ばれるべきこの時代は、騎士が騎士らしく在ることが許された、“古き良き時代”なのである。


 「確か……今でも聖王家の継承者はゆりかごで生まれて、死ぬ時はゆりかごで死ぬ、とか」


 「流石は湖の騎士、よく知っているね。彼の翼も今は眠りについており、聖王家の治める国も平和な土地であることは疑いない。初代の聖王も、ゆりかごが危険な存在であることは知っており、厳重な封印を施した結果は功を奏しているようだ」


 「しかし、その封を解こうとしている者達がいる。ならば、我らの守りし白の国にもいずれはその手が伸びることも覚悟せねばなりませんね、大師父」

 烈火の将は決意と共に言葉を述べるが。


 「その通りであるが、それだけでもないのだよ、古代ベルカの時代にアルハザードより流れし“最果ての地の叡智”、それが伝わるのは聖王家のみではない。ゆりかごと同等の力を秘めた古代兵器は今もベルカの地に人知れず眠っており、そして、この白の国もその一つ」


 「なっ!」


 「ええっ!」


 「本当ですか!」

 驚愕は近衛騎士三人もの、彼らもこれについては初耳であったのだ。

 唯一知るのは、病床に倒れた父よりそれを聞かされていた、フィオナのみ。


 「今まで秘密にしていて、すまなかった。将、シャマル、ローセス」


 「まあ、仕方あるまいね。これを知るのは白の国の歴代の王とその継承者、もしくは儂くらいのものであるから」

 なぜそれを貴方が知っているのだ、と疑問に思う夜天の騎士ではなかった。

 むしろ、放浪の賢者が知らなかったならば、そちらの方が驚きである。


 「話を少し戻そう、デバイスが“武器”から“機械”へと近づいたのはベルカ歴が始まった頃、つまりはゆりかごなどの古代兵器がベルカの地に現われた頃より、しかし、その進歩はお世辞にも速いものとはいえなかった。何せ、500年ほどかけてようやくレヴァンティン達が作れるレベルに達し、融合騎の雛型が作れるようになったのだから」

 そして、その歩みは、白の国と共にあった。


 「つまり、その始まりこそ異形の技術の一端があれども、その後の発展は、あくまでベルカの地に根付くものであった、ということなんだ。そして、白の国はその発展を見守りつつ、共に歩んできた…………もし、古代兵器を呼び覚まそうとする者が現れれば、それを防ぐべし、という言い伝えと共に」


 「そうして、今のベルカはある。始まりより既に500年、これだけの歴史を費やして構築してきたものであるならば、この技術は既にベルカ独自のものと誇ってよいだろうとも。しかし、それとは異なる技術が、新たに台頭しつつあるのは、皆知っていよう」

 それこそが、彼ら三人が諸国を渡って調べてきた最大の案件。


 「………魔導師を改造し人造魔導師を創り出し、魔獣をかけ合わせ、改造種を創り出し、命を弄ぶ」


 「最果ての地より流れ出る、異形の技術、ですね。わたしたちが調べた魔法生物の中にも、これまでに確認されていない生き物が何種かおりました」

 夜天の騎士が各地の魔法生物を調べて回っていたのも、在来の生物種との相違を確認するため。

 その調査の結果、本来の生命の流れではあり得ない生態を持つ魔法生物が確認されたのであった。


 「つまり、兵器として魔法生物を開発している者達がいる、ということですか」


 「幾つかは潰したが、あれはあくまで枝の一部に過ぎないだろうね。隠形が下手な者らは千里眼で見つけ出せるものの、技術が優れたものほど隠れることも上手い、過去視というものもそれほど便利なものではなく、最後はやはり足で探すより他はないのだよ」


 「それでも、大師父がいなければ僅かでも潰すことすら叶わなかったでしょう」

 シグナムやローセスの本分は戦闘にあり、探索は得意とするところではない。それを得意とするのはシャマルであり、そして、ラルカスであった。


 「だが、問題の本質はそこではない。今はまだ生命操作技術は異形のものという認識があるが、水面下では広まりつつある、なにしろ、これらは王族や貴族なればこそ夢見る“不老不死”を実現する手段ともなり得るからね」


 「自身の分身を創り出し、それに全記憶を移植する、でしたか」


 「プログラム体でもよいのであれば、白の国とて同じことは出来るとも。しかし、それを人間の身で行おうとすれば、歪みは避けられない。どんなに長く生きたところで、死というものからは逃れられんよ」

 人より長く生きし賢者は、そう語る。


 「しかしやがては、それらの技術は異形ではなく、王族や貴族のみに許された“奇蹟の力”とされる日が来るかもしれない………嫌な予想ですが」

 しかし、それを笑い飛ばすことは誰にも出来ない。

 その予兆が、ベルカの地に見られているのだ。


 「現状は、ハイランド、ヴェノン、アルノーラ、ミラルゴ、ロドーリル、ミドルトン、そして聖王家など、列王達はそれらの技術にそれほど興味を示していないようだね。彼らは良くも悪くも武人の家系、戦って白黒つけねば気が済まないところが玉に瑕ではあるものの、それ故に死というものを軽く見ることはないのは良いことだと思うよ」


 「常に戦っているからこそ、死を重く見る、ですか」


 「それは、わたしにも実感はあります」

 騎士として戦場を駆けるが故に、シグナムとローセスは死を感じ、死と共に在る。


 「その通り、皮肉な話ではあるがね。平和で、戦がない国ほど死というものを軽く見てしまう、ただ生きているだけで満足できないが故に、さらにその先を求め、長寿、果ては永遠の命を夢見る。これもまた、人の業というものかな」


 「それも人の持つ願いではあると思います、薬も医療も、長く健康に生きたいという意思から生まれました。ですが、それでも人は、生きることそのものにおいて、自然の理に逆らうべきではないと、私は思います」

 医者として、人を救うがために、シャマルもまた死と共に在る。殺すことも救うことも、死に近いという面では同義なのだから。


 「お前さんのように、人を治し、薬と毒を知り、生命の儚さに触れればこそそう思える。しかし、特権階級にある者ほどそれらから遠ざかってしまうものだよ。まあ、この法則を覆す社会構造というものは儂にも思いつかんがね、対案がない以上は軽々しく非難しても詮無いこと。ならばこそ、自分達に出来る対処法を考えるしかない」


 「ラルカス師のおっしゃる通りだ。私達白の国がどうするべきか、それこそが重要であり、私達にはそれしか出来ない」

 主君のその言葉に、騎士達は頷きを以て応える。


 「幸いにも、情報はある。ここより遠く離れた世界にニムライスという国があるが、その国にてある都市が独立し、さらにその周辺の街を併合しファンドリアという国家を名乗った。そして、その国が独立するために用いた力こそ」


 「生命操作技術、というわけですか」


 「そう、人造魔導師こそまだいなかったがね、従来の魔法生物とは異なり、戦うことのみに特化した生物が戦力として投入され、ニムライスの騎士達を屠っていった。その光景は、民が見るには少々重いものであったよ」


 「まさか、大師父、過去視を使われたのですか?」

 シグナムの問いに、賢者は頷きを返す。


 「それほど難しいことではなかったよ、彼の地には、強い“嘆き”が残されていた。異形の生命に殺されし者達は、これはあってはならない生き物であると認識し、その意思は“嘆き”となって漂っていた。儂はそれを眺めたに過ぎんよ」


 「ですが、その力をもって、ファンドリアという都市は、ニムライスという国から独立を果たしたのですね」

 新たに問いを投げるのは、シャマル。


 「そればかりか、今やニムライスそのものを飲み込みつつある。ファンドリアは国家と呼ぶにはいささか以上に相応しくない、あれは、人々が作り上げる国ではなく、一人の男によって築かれた瓦礫の王国なのだ」


 「………ラルカス師は、その人物を御存知なのですか?」


 「次元跳躍の技を用いて何度かファンドリアへ赴き、国全体の観察を行った。ここに来る前に寄るべき場所があるといったのもそういう理由があってのこと、と言えるかな」


 「なるほど」


 「そして、かつては一都市であったファンドリアの太守であり、それを国家となし、ニムライスすら飲みこんだその者の名はサルバーン。お前さんらも、その名は知っているはずだがね」


 「サルバーン!」


 「まさか!」


 「あの、サルバーンですか!」


 「………そんな」

 四人の驚きも無理はない。

 なぜならその名は、数十年前に白の国にて学び、他ならぬ放浪の賢者ラルカスの薫陶を受けし、多くの偉業を成した大魔導師の名であったのだから。

 また、融合騎の製作者として名高き調律師フルトンとも友であり、フルトンはデバイス製作技術を、そしてサルバーンは魔法を実践すること全般に関する知識と技術を深めていった。

 そして、白の国が誇る技術のうち、魔法石やカートリッジなども、その原型を作ったのは彼なのだ。

 それ故、もしサルバーンという人物がいなければ、カートリッジ搭載型アームドデバイスは完成しなかったであろうと言われている。


 「彼が…………異形の技術を………」

 シグナムとて面識があるわけではないが、騎士である彼女にとってもサルバーンの名は大きな意味を持つ。

 大きな力を持ちつつも溺れることなく、白の国、いや、ベルカの地に更なる発展をもたらした、偉大な魔導師として彼の名は語り継がれているのだから。

 そして、彼女が持つレヴァンティンのカートリッジシステムも、彼なくしてはあり得ないものであったために、もっとも、その知能の部分はフルトンが基礎を成し、フィオナが完成させたものではあるが。


 「あれだからこそ、とも言えるだろう。むしろ、並のものであればここまで異形の技術を浸透させることなど出来まいよ。サルバーンには力があり、叡智があり、実績がある。だからこそ、諸国の王もあれの言葉には耳を傾けてしまう、あれが作り出したカートリッジが、多くの国と騎士に力をもたらしたように」

 およそ、50年ほど前に白の国に現われた二人の天才、フルトンとサルバーン。

 それまでも、多くの魔法技術が白の国より生み出されてきたが、この二人によってさらに飛躍的に進歩することとなった。

 片や、それまで魔法の発動体であったデバイスに知能を与えた、騎士と心を通わせるように。

 片や、デバイスに更なる力、カートリッジを与えた、術者の限界を超えた魔法すら紡げるように。

 そして、フルトンの技術はフィオナ姫へと受け継がれ、彼もまたデバイスの知能をさらに発展させ、二機の融合騎、スンナとスクルドを創り出し、フィオナはそれをさらに進化させるための卵、フィーを創り出す。


 逆に、更なる力を求めたサルバーンが何を研究し、何を創り出したかは知られていなかったが、それが、世に出る時がやってきつつあった。

 彼の創りしもの、彼が求めた更なる力とは、すなわち―――


 「ですが……………ちょっと待って下さい」

 そこに、フィオナが疑問を呈する。


 「もしかして、彼は、白の国に眠るアルハザードの遺産を知ったのでは?」


 「十中八九知っているだろう。しかし、全てを知っているわけではないと儂は観る」

 放浪の賢者が観た、それが指す言葉はすなわち。


 「観たのですか?」


 「危険な賭けではあったがね、まあぎりぎりで気付かれずに済んだようだ。そして、あれがいずれ、白の国に禍をもたらすこともまた疑いない」

 放浪の賢者の予言は諸刃の刃。

 なぜなら、仮に白の国の滅亡を予言してしまえば。その未来を高い確率で引き寄せてしまうのだ。

 未来は、闇雲に観るべきものではないと賢者は語る。

 未来は未定であるからこそ、人は希望を持つことが出来る。ただ人に絶望を与えるだけの効果しかもたらさないのであれば、予言に意味などありはしない。


 「では、我々がとるべき行動とは――――」


 「それなのだがね、あれが何を考え、何を目的に動くかを把握しきらんうちは無暗に動くべきではない。なので、しばらくは儂一人で探索の旅に出ようと思う」


 「お一人で、ですか」


 「そう遠くないうちに、この白の国に戦火が近づいてくる。ならばこそ、お前さん達の役目は白の国を離れることではなく、若木達を育てることにある、違うかね?」


 「それは………」


 「それに、これまでと違い此度の旅は隠密行動が多くなる、また、人間とはいささか異なる旅の仕方もする予定なのでね、人間の騎士であるお前さんらでは随伴は辛いだろうよ、今回の旅の供は、機械精霊達にお願いしようと思っている」

 この半年の旅は、クレスという青年のように白の国の出身者たちを巡るものであり、人里を辿るものであった。

 しかし、放浪の賢者がこれより行う旅はそれとは異なるもの、街道をゆく旅ではなく、獣道を行くのでもなく、道の下に穴を掘って進むような旅。

 なぜなら彼は、白の国以外に存在する古代ベルカの時代、いや、さらにそれ以前の時代の遺跡に潜り、そこに眠るアルハザードよりの流出物を調査するつもりなのだ。

 強固な封印が施された場所、もしくは真竜などの強力な守護獣がいた場合は、千里眼などの探査魔法は通じない、直接足を運び、調べるより他はないのである。


 「夜天の魔導書はしばらくお前さんに預けるよ、フィオナ。もはや半ば儂の手を離れつつある品ゆえ、主であるお前さんが持っていた方が良い」


 「大丈夫なのですか、貴方は確か、直接攻撃系の魔法が不得手なのでは?」

 放浪の賢者ラルカスはフルトンとサルバーン、二人の天才の師であるが、その能力は戦うものよりも人の常識を離れたものが多い。

 時空を渡る業、未来を観る業、果ては精霊に名を与え、形を成す業まで。

 精霊の持つ移動性や不死性を込めた作品が“夜天の魔導書”といえるものの、直接的に攻撃する魔法は彼の得意とするところではない。だからこそ、今度の旅ではシグナムとローセスが供となったのである。

 そして、フルトンは理論者としての天才であったが、サルバーンは実践者としての天才。

 だからこそ彼は、デバイスを実践面で強化し、カートリッジ、さらにはフルドライブを編み出した。

 彼を相手にするならば、ラルカス一人では太刀打ちできないという懸念は尤もであった。


 「得意ではない、が、出来ぬわけでもないよ。それに、いざとなれば逃げればよいだけの話でもある。こと逃げ脚に関してならば儂を超える者はおらんと自負しているからね」

 あらゆる次元を渡る放浪の賢者。

 彼を超える移動手段を持つ者など、ベルカの地に存在しない。


 「サルバーンの手もすぐには白の国には及ぶまいよ。この白の国を害そうと思うならば、それ以前に国際的な根回しという者が不可欠なのは事実。もしくは、そのためにあれはファンドリアなる国家を築き上げたのかもしれない、何とも剛毅なことではあるが」

 野心を持ち、出世を夢見る人間の多くの目標は王となること。

 しかし、最果ての地、アルハザードの異形の叡智を求め、全てを極めんとする黒き魔術の王にとっては、そんなものは目的物を手に入れるための手段の中の一要素に過ぎない。

 そして、その男が白の国へ牙をむく日は、そう遠いことではないと賢者は語る。


 「それ故、夜天の騎士達よ、決して用心は怠るな、そして、白の国の在るべき姿を見失うなかれ。技術を伝えるための機構が白の国なのではない、伝えるべきものを残そうとする意志こそが、白の国なのである」


 「はっ、我が魂レヴァンティンにかけて」


 「はい、我が魂、クラールヴィントにかけて」


 「了解しました、我が魂、グラーフアイゼンにかけて」

 夜天の騎士達が放浪の賢者の言葉に対し、各々の魂に誓う。


 「ラルカス師、すまない」


 「いやいや、これもかつての友との約束なのだよ。お前さんの生まれる遙か以前に交わした、白の国を築きし旧き友との誓約、違えるわけにもいくまい」


 「そうですか、ならば、私と騎士達は今の白の国のために全力を尽くしましょう」


 「それでよい、放浪することは儂に任せ、王は国を守り、騎士は民を守ることに専念せよ。人が出来ることは多いように見えて実はそう多くはないのだから」




 白の国の会議は、こうして一旦の終わりを迎える。

 無論、放浪の賢者が再び旅立つ僅かの間に細かい予定が話し合われることとなるが、それはあえて語るほどのものでもない。

 ただ、若木達がただ穏やかに過ごせる日々が、徐々に終わりを告げつつあることは紛れもない事実であり。

 夜天の騎士達の長い闘いの日々が、始まる日もそう遠いことではない。

 その未来が、訪れるのは果たしていつとなるか

 放浪の賢者の予言は未だ一つのみ

 その予言が指し示す未来とは―――――






あとがき
 本作品においては、アルハザードはクトゥルフ神話でいうところの“セラエノ”などに近い立ち位置となっておりまして、そこからの流出物に関しては、お察し下さい。
 リリカルなのはという作品を三部作通して見ていると、どうもアルハザードという場所は、根本から異なるように感じられ、断片的な古代ベルカの文化や歴史を考察すると、微妙な“捻れ”を感じたことがこれらの設定のきっかけとなっております。
特に、ユーノのStS第20話の“先史時代の古代ベルカですら既にロストロギア扱いされていた古代兵器、失われた世界、アルハザードからの流出物とも”という言葉や、ゆりかごの次元航行艦隊とすら互角に渡り合えるという力は、騎士がデバイスを用いて“個人対個人”との戦いで最強と謳われたベルカの時代とどうしても合わない気がして、やはりユーノの考察のように、ゆりかごは“外側”から流れてきた品ではないかと考えました。
 そしてVividで語られている、なのは達の時代から300年前の“最後のゆりかごの聖王”の時代の文化や軍事力、さらに150年前には質量兵器が全盛であったことなどから、魔法の力で君臨していた貴族階級や王権は、質量兵器で武装した非魔導師達によって一度滅ぼされたのではないかと考察した次第です。
 
 まあ、なのはwikiなどに記述されている部分を独自設定で補完しただけなのですが、原作の設定そのものは可能な限り壊さないようにすり合わせるつもりですので、粗い部分には目を瞑っていただけると幸いでず。(現代編の物語には直接影響は出ませんので)



[25732] 夜天の物語 第二章 後編 小さな約束
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/03/29 18:58
第2章   後編  小さな約束




ベルカ暦485年  ヤヴァンナの月  ハイランド王国  首都アングルドル



 「はあ~、すんげえ広いな」


 「ヴィータ、あまりきょろきょろしていると、人とぶつかるぞ」

 ベルカに点在する国家のうち、大国と謳われるハイランド王国の首都アングルドル。

 その人口は50万近くに達しており、わずか500人程度しかいない白の国の一千倍であり、ヴィータが驚くのも無理はなかった。


 「だって兄貴、こんなに大きい街なんて来たことないしさ」


 「そういえば、お前はこれまで白の国から出たことがほとんどなかったか」


 「そうそう、せいぜい白の国から一番近いとこくらいだし、あそこもそんなに白の国と変わんないしさ」


 「確かに、このアングルドルとは比較にならないな」

 夜天の騎士達が白の国に帰還し、放浪の賢者が再び探索の旅に出てより、およそ三か月。

 夜天の騎士達はその間特に国外へ出ることもなく、“若木”達や調律師の卵達を育成することに力を注いでいた。

 諸外国を渡り、ファンドリアを門としてアルハザードより流れ出る異形の技術に対して警鐘を鳴らすことは放浪の賢者に任せるより他はない。

 無論、その経過は定期的に詳しく聞き及んでいるが、様々な次元の国家を渡り歩くならばラルカス一人の方が効率が良いのも確かであり、騎士達は己の成せること成すべきという判断のもと、次代を継ぐ者達に己の技術を継承していく。

 ただ、それでも時には夜天の騎士達が他の王国より招かれること、または、協力を求められることがある。


 「ところで兄貴、一応ここにはお客様、っていうか、外来の講師みたいな感じで来てるんだよな」


 「ああ、お…わたしたち夜天の騎士の武術をこのハイランドの騎士達に伝え、同時にお前達の成長具合を示すことがここを訪れた目的と言える。武術の指南は騎士シグナムの役割だから、わたしは模擬戦担当になるかな」

 そうした理由によって、シグナムとローセスの二名がこのハイランド王国へとやってきた。さらに、いい機会であったため若木の中でも最も成長著しい二人、リュッセとヴィータも同伴したのである。

 白の国は“学び舎の国”であるため、その真価は夜天の騎士達と、“若木”、そして調律師の卵にこそある。よって、白の国の意義を示すことにおいて、若木達が他国を訪れることはそう珍しいことでもない。

 ただ、そのような役は通常、12~14歳程の年長者が担うものであり、現在11歳のリュッセと、9歳になったばかりのヴィータの二人のような年若い若木が来ることは稀である。


 「んで、ここが終わったら、今度はイオルウィシアと、なんだか忙しいなあ」


 「当然だ、遊びに来たんじゃないんだからな」


 「それは分かってるけどさ、少しくらいは見物してーよ」


 「今は我慢してくれ、王宮での用事や、騎士達への指南が済めば少しはアングルドルの街を見回ることも出来る筈だから」


 「ホントか!」


 「嘘を言ってどうする、通常ならここからイオルウィシアまで移動するには相当の時間がかかるが、今回は騎士シャマルが送ってくださるから、問題はないさ」

 白の国からこのハイランド王国までやって来たのも、シャマルの転送魔法によるものである。

 ハイランド王国はこの時代のベルカ列強の中でもとりわけ大国であり、シャマルも幾度となく訪れたことがある。それ故、転送魔法で彼らを送り出すことも容易とまではいかないが、不可能ではない。

 そして、ここでの用事が済んだ後はシャマルが飛んで来て、今度はイオルウィシア王国まで転送させる予定である。


 「そっか、だからシグナムとリュッセとは別々に来たんだもんな」


 「流石の騎士シャマルといえど、四人同時に白の国からハイランドまで飛ばすのは難しい。大師父のような方はいくらベルカの地が広いとはいえ、二人もいない、というか、いたらそれはそれで驚きだが」


 「んー、あれ、確か、何十年も前にサルバーンとかいう爺ちゃんの凄腕の弟子がいたって話だろ、とんでもなく強力な魔法の使い手で、今ならちょうどいい感じで最盛期だろうし、そいつとかなら出来るかもしれないんじゃねーか?」


 「…………そうだな、そうかもしれない」

 ローセスの内心は驚愕に満ちていたが、それを口には出さなかった。

 サルバーンという、かつてラルカスの弟子であり、カートリッジの原型を作り上げた大魔導師がニムライス王国を滅ぼし、ファンドリアという独裁国家を築き上げたことはまだ白の国の若木には教えていない。

 だが、知らないのであれば、むしろこういう時の例えに用いられるのも当然と言える名前なのだ。

 こと、魔法の実践においてならば、並ぶものなしと謳われ、戦闘においてこそ最大の力を発揮するカートリッジの製法を一から組み上げた偉大な魔導師。

 それが、白の国に限らず多くの国に住まうものにとっての認識であり、ローセス自身、ラルカスの話を聞くまではそう思っており、まさか彼が異形の技術を生み出しているとは考えもしなかったのだから。


 <ベルカの地は広大だが、次元世界間のやりとりはほとんどないに等しい、それに、ニムライス、いや、ファンドリアが存在する世界はその中でも最も他から離れた座標にある>

 ベルカの各世界を地球のヨーロッパとするならば、ファンドリアはアイスランドのような位置にあった。

 ベルカ全土を見渡すならば辺境と言え、大きな国家といえばニムライスただ一つ、それ以外は小国がいくつか存在しているだけ。


 <だが、それ故に異形の技術を密かに浸透させるには絶好の場所ともいえる。ニムライスは唯一他の次元世界との繋がりを持つ国家だが、そこさえ押さえれば、文化的に孤立するも同然なのだから>

 新しいものを広めるならば、旧来のものが強い場所を最初は避けるのは至極当然の話。

 キリシタンが日本で布教活動をするとして、最初の布教場所に寺社の総本山を選ぶはずもない。


 <新国家ファンドリア、サルバーンを盟主と仰ぐその国は、いったい、何を求めているのだろうか>

 戦うことが本分であるローセスにそれを察することは難しい。

 それでも、考えずにはいられない。


 <白の国に眠るという、アルハザードの遺産。やはり、それが狙いなのか>

 ヴィータと並んでアングルドルの街を歩きながらも、マルチタスクを用いてローセスは思考に沈む。

 その隣では、ヴィータが同じくマルチタスクを用いて人とぶつからないように気を配りながらあちこちを物珍しげに見ていた。





ベルカ暦485年  ヤヴァンナの月  ハイランド王国  首都アングルドル 騎士団鍛錬場



 別のルートでやってきたシグナムとリュッセと合流し、王宮での挨拶は手早く済ませ、夜天の騎士と若木達はすぐさま自分達の成すべき仕事に取り掛かる。

 現代の次元世界に比べれば、一般の情報の伝達速度などは比較にならないが、王国間ともなれば、現代の電信機器にも引けを取らないのが、ベルカ文明の特徴である。

 個人単位ではあるものの、クラールヴィントのような戦闘ではなく、通信や探索、補助に特化したデバイスも作られており、王宮には必ずそれを扱える者が常駐している。

 早い話、用件を伝えるだけならば、使者を派遣せずともデバイスを用いた通信で事足りるのである。夜天の騎士が諸国を巡るのは通信だけでは解消しきれない要件、例えば武術指南などを成すためや、夜天の魔導書に魔法生物に関する情報を登録するための調査などを兼ねてのことであった。


 「よく来てくれた白の国の勇士たち、私はハイランド王国騎士団副団長であり、第二隊の隊長を兼ねるカルデンと申す、貴公らの来訪を心より歓迎する」


 「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。私は白の国の近衛騎士隊長、シグナム」

 鍛錬場には既に騎士達が集っており、その中でも一際体格が大きく、歴戦の風格を漂わせている金色の髪をした騎士が代表してシグナム達に挨拶する。


 「く、くくくくく」

 のだが、なぜか唐突に頭を下げて笑いだす。


 「………」

 「どしたんだ?」

 「さあ?」

 ハイランドの隊長の突然の狂態に困惑するのは白の国の正騎士一人と若木二人。

 一応、ローセスには心当たりはあるのだが、実際に来るまでは多分大丈夫だろうと考えていたため、若干動揺している。


 「………ふうっ、カルデン殿」

 そして、将一人は、その理由を正確に把握しているため、溜息をつきながらも声をかける。


 「いやいや、悪い悪い、あのシグナムが近衛騎士隊長と思うと、何度聞いても笑いが抑えきれなくてな、くくくく、シャマルと二人で、こーんなに小さかったのにな」


 「まったく、部下の前でその有様でどうするのですか」


 「おいおい侮るなよ、こいつらは俺の直属の部下だぞ、俺の性格くらいよーく分かってら」

 カルデンと名乗った騎士が自分の後ろを親指で示すと、壁際に並んでいた騎士達が、一斉に笑顔で手を振り。


 「お待ちしておりました! シグナムさん!」

 「ああ、よーやくこの日が来た!」

 「なにしろ、ハイランドの騎士には、王族の女性担当の近衛騎士以外に女がいない!」

 「なぜだ!? 女性が剣を振るって何が悪い!」

 「男ばっかじゃむさ苦しいにも程がある!」

 「どうせ指南されるなら、美しい女性の方がいいに決まっている!」

 「うむ、それはまさしく世の真理!」

 「第一隊の連中は真理に背く阿呆だ!」

 「巨乳こそ正義!」

 「美人こそ理想卿!」




 なんというか、騎士の対極にあるような台詞をマシンガンのように放っていた。


 「ほう、お前達………………よい度胸だ、その腐った性根をとりあえずは叩き直してやろう」

 それに対し、シグナムもどこか楽しそうにしながら、レヴァンティンを構えて馬鹿共に突貫していく。


 「……………騎士シグナムより話は聞いていましたが、まさか、これほどとは」

 そして、ローセスはやや呆然としながらも、とりあえず隊長であるカルデンに声をかけていた。


 「はっはっは、ハイランドの第二隊といえば、実力こそハイランド最強だが、性根に問題があり過ぎることで有名なんだぜ。まあ、上の情報封鎖もあって、アングルドルの裏街くらいに限定されるがな」


 「それは、騎士としていかがなものかと思いますが」


 「安心しな、女の尻を追っかけてビンタを喰らうことなんざ日常茶飯事だが、暴行だのなんだのはしねえ連中だ。国を裏切ることもなければ、戦場で死ぬことを恐れもしねえくらい肝っ玉も据わってる。そして何より、意に沿わねえ命令なら、相手が宰相だろうが王様だろうが刃向う度胸を持っている」


 「…………その点に関して“だけ”ならば、見習うべきところが多いと騎士シグナムもおっしゃっていましたが」


 「“だけ”ときたか、シグナムらしいが、確かに白の国の若木が見習うならそこだけにしといた方がいいかもねえな」


 「あー、ようするにおっちゃん達は、不良騎士ってことか?」


 「ヴィータ! もうちょっと柔らかい表現を使えって!」


 「いいじゃんかリュッセ、多分気にしそうにないぜ、このおっちゃん達」

 あわててヴィータの口を塞ごうとするリュッセに対し、ヴィータは平然と答える。


 「はっはっは、度胸の据わった嬢ちゃんだ、髪の色も同じだが、お前の妹か、ローセス」


 「はい、小官の妹で、名をヴィータと言います。こちらは、現在の若木を率いる隊長のリュッセ」

 一応は仕事の場であるため、小官という一人称を用いるローセス。

 普段から心がけて置かなければ肝心な時にボロが出かねないため、このあたりは徹底している。


 「鉄鎚の騎士見習いのヴィータだ、よろしくな、おっちゃん」


 「白の国の騎士見習い、リュッセです。出身はミドルトンですが、今は白の国の“若木”の隊長を務めています」


 「おう、ハイランド最強と謳われし、雷鳴の騎士カルデンだ。言っとくが、こいつは自画自賛じゃなくて厳然たる事実だぜ?」


 「確かに、近くにいるだけでなんつーかこう、圧迫感を感じるけど」


 「騎士シグナムの傍にいる時と、似た感じです」


 「いい勘してるな。これまでの会話を聞いてりゃ大体想像ついたと思うが、俺も白の国で“若木”時代を過ごしてね、シグナムが8歳の頃に俺は11歳で正騎士になった。かなりの年少記録だったんだが、シグナムに追い越されちまった」


 「ってことは、まだ30前か。老け顔だけど、意外と若いのな」


 「まあな、俺はもとからこんな顔だが、高い魔力を持った騎士ってのは、老いが遅いことが多い。俺の親父なんかもう48になるが、よく俺より年下に見られることを悩んでいたりする。流石に、息子より年下に見られるのは威厳ってもんに関わるからなぁ」

 そこに、ローセスが質問する。


 「貴方の父君は、確かハイランドの軍務卿であると伺いましたが」


 「ああ、騎士団長を10年くらい務めてから前線を退いて、そっちに栄転っていうある意味王道だな、本人もあまりに順調過ぎて面白みがなかったってよく言ってるが」


 「ははは………なんとも剛毅な家系なんですね」

 流石に、苦笑いが抑えられないローセスである。


 「おっちゃんは、兄貴と前に会ったことがあんのか?」


 「ああ、馬上槍試合ならぬ、合同騎士演習みたいな催しが3年か4年くらい前にハイランドであってな。騎士に成りたてだったこいつをボッコボコにしてやった」


 「容赦というものが微塵もありませんでしたね、まさか、騎士シグナム以上に激しい攻めをなさる方がいらっしゃるとは思いませんでしたよ」


 「まあ、俺にはそれしか取り柄がないから諦めろ、シャマルのような器用な真似は出来んし、お前のように拠点防衛に長けた魔法もない。とはいえ、あの頃からお前は強くなると思ってたぜ、まあ、シグナムの後輩で、あいつを目指してるって時点で決まってるようなもんだが」


 「そのシグナムは向こうで暴れ回ってるけど、いいのか?」


 「これもまた習慣みたいなもんだ、シグナムが白の国の正騎士になってから一番多く来ているのがここなんだが、今回で10回目くらいになるか」

 シグナムが騎士となったのは10歳の頃なので、2年に一度以上のペースで訪れている計算となる。


 「ですが、騎士カルデン、騎士としてそれでよいのでしょうか?」


 「ん、リュッセ、つったか」


 「はい、ハイランドの騎士と言えば武名高く、忠勇な騎士が多いと聞くのですが」


 「そいつは間違いじゃないが、ちょいと情報が不足してるぞ。確かに、ここ以外の隊は生真面目な騎士ばっかりだ、なんたって変わり者は大抵ここに回されるから」

 まさしくそれを示すように、後ろではシグナムに吹っ飛ばされた騎士達が宙を舞っている。


 「だが、さっきもちょろっと言ったが、騎士の本分ってのは節度を守って民に害なすものを切り捨てることだ。だから、もし王や貴族こそが民を害す存在になったとすれば、騎士は当然牙を向く。逆に、騎士に愛想尽かされるような奴には王たる資格はないってことだが、その点なら今の白の国は完璧だろう」


 「はい、それは間違いなく」


 「あたし個人としては色々あるけど、でも、姫様のために命を懸けることをためらう奴は」


 「若木の中にも、一人もおりません」

 ローセス、ヴィータ、リュッセ。

 一人は正騎士。一人は見習いであり、かつ主君は兄の恋人。一人はそもそも他国からやってきているいわば留学生。

 だが、フィオナ姫のために命を懸けて戦うことに迷いはない、という部分に関してならば三人の心は一致していた。烈火の将に関しては言うに及ばずだが。


 「まあ、つまりはそういうわけでな、“忠勇な騎士”の中には大貴族の命令に従って罪もねえ村を焼いた奴もいる。権力闘争に巻き込まれて首を刎ねられた奴もいる。そして、俺達はそういう連中には従わないことを旨としている」


 「それでよく、粛清されないもんだな」


 「何だかんだで王様がしっかりしているのが最大の理由だが、俺達の扱いづらさはともかく、実力は確かなのもある。それに、扱いづらいとはいっても、真っ当な戦争なら指示には従うし、相手を殺すことにも躊躇いはない、仲間を逃がす時間を稼ぐために死ねという命令だろうが、疑問一つなく従うぜ」


 「ですが、それは………」


 「ああ、一番切り捨てやすいということだ。ここにいる連中は俺も含めて大半が独身野郎で、仮に戦場で果てたところで遺される者もいないのさ、俺の親父も、死にたきゃいつでも好きなところで死ねなんて言うしな。ま、そんな軍務卿のお墨付きがあるからこそ、生を謳歌していられるってのも皮肉が効いてていいもんだが」

 雷鳴の騎士と呼ばれるハイランド最強の騎士は、笑う。

 自分達は権力闘争に明け暮れる者共にとっては厄介極まりない存在であり、いつ殺されてもおかしくはない。

 だが、ハイランドに本当の危機が迫ったならば、少なくとも自分達が逃げるまでの時間を稼げと命じても決して逃げず、命尽きるまで戦うことも確かであるために、生かしていく価値がある。

 もっとも、騎士達は貴族が逃げるための時間を稼ぐためではなく、民が避難する時間を稼ぐために戦うわけだが。


 「俺達はこれでバランスが取れているのさ。こっちは、意に沿わない命令を受けずに済み、ハイランドに外敵が押し寄せた時に己の誇りに従って死ねばいいだけ。向こうは向こうで、いざという時の防波堤として役立つのだからそれでよし、俺達が政敵の側につくこともないからな」


 「それも、騎士の在り方の一つであり、貴方達の選びし道、ということですか」


 「おうよ、白の国みたいのは理想形だが、そう都合よくあるもんじゃない。自分の誇りを貫き通したいならば、相応の工夫ってもんは必要だ、まあ、お前のように個人的に守るものがないからこそ出来る生き方だが」


 「はあ~、大国も大国で大変なんだな」


 「それはね、僕の国ミドルトンも、ここほどじゃないにしても、そういうことはあるだろうし」


 「ま、あたしの鉄鎚は白の国を守るために振るわれるから、それでいいんだけど」


 「迷いなくそう言える君が、少し羨ましいな」

 そう呟くリュッセの声には、僅かながら陰がこもる。


 「どうした少年、ミドルトンの騎士は厄介事にでも巻き込まれてんのか?」


 「僕も詳しくは知らないのですが、下手をすると国が二分される危険性すらある、なんて噂もたまに届くんです。老師の話ですから、誤報ということもないでしょうし」


 「彼の大師父が、か。ふーむ、どうも、ベルカの地に良からぬことが起きているってのは間違いなさそうだな」


 「それを伝えることも、わたしたち夜天の騎士の役目でもあります。表向きは武術指南ということになってはおりますが」


 「なるほど、それで俺達か。まあ、仮に俺達でなくとも、シグナムが来るってんならあいつらがくっついてくるわけだが、っと、終わったか」

 カルデンの言葉と同時に、“あいつら”の最後の一人が、シグナムによって吹き飛ばされた。


 「どうよ、いい感じに身体は温まったか」


 「ええ、丁度良い準備運動になりました」

 汗一つなく、シグナムはレヴァンティンを鞘に収める。


 「すげー、汗一つねえよ」


 「流石は、騎士シグナムですね」


 「わたしたちの中では君の戦い方が一番近い、よく見ておくとよいだろう、リュッセ」


 「はい」


 「俺は事前にやっといたからな、さて、まずは大将戦といこうか」

 そして、シグナムに応じるように、カルデンもまた己の武器を待機状態から顕現させる。



 「行くぜ、アイグロス!」


 『Jawohl.』

 顕現されるは、2メートル近い長さを持ち、雷の意匠が施されし蒼き槍。

 雷鳴の騎士カルデンが魂、アイグロスであり、レヴァンティンのような複雑な変形機構や知能は備えていないものの―――



 「帯電してる、あれって……」


 「カルデン殿は、電気への魔力変換特性を持っている。そして、あのアイグロスはそれを最も効率よく伝えるよう調整された専用のアームドデバイス」


 「つまり、炎熱の属性を持つ騎士シグナムとレヴァンティンの関係と同じ、ということですね」

 白の国の三人は会話しつつも飛行魔法によって浮き上がり、対峙する二人から距離をとる。

 それは、ハイランド騎士団第二隊の騎士達も同様であり、約30名全員が宙に浮き上がる。

 大国ハイランドの騎士団といえど、全員が空戦適性を持つのはこの第二隊のみであり、性格に多少の問題はあるものの、やはり彼らはハイランドの誇る最強の精鋭なのである。

 逆に言えば、騎士としては譲れぬ節度を守り通す彼らが最強の精鋭であるうちは、ハイランドという国が瓦解することはあり得ない。

 どのような国も、腐敗は内より始まり、外敵によってのみ滅びることはないのだから。


 「さーて、始めるか」


 「ええ、いつでも」

 同じく上空に浮き上がり、剣を構えし炎の騎士と、槍を構えし雷の騎士が魔力を集中させていく。


 「治療魔法が使える奴の手配も済んでいるから、片腕くらいが吹き飛んでもすぐ繋げりゃ多分なんとかなる」


 「それは、僥倖です」

 二人は互いに遠慮するつもりなど微塵もない。

 ここまでの条件を整えた上で、対等の騎士と戦える機会など滅多にないのだ。シグナムとローセスはかなり近しい実力を有するが、その戦闘タイプは大きく異なり、噛み合うものではない。

 だが、剣の騎士シグナムと雷鳴の騎士カルデンの両者は、その戦闘スタイルがかなり似通っており、炎と電気への変換特性に加え、それを十全に発揮するデバイスを持つという点においても―――



 「それじゃあ行くぜ、雷鳴の騎士カルデン、参る!」


 「剣の騎士シグナム、相手仕る!」



 まさに、互角の条件での戦いなのだ。










ベルカ暦485年  ヤヴァンナの月  ハイランド王国  首都アングルドル 騎士団鍛錬場 上空




 「紫電一閃!!」


 「雷光一閃!!」


 二人の繰り出す一撃が衝突する。


 重量という位置エネルギーと、疾走の運動エネルギーの相乗が驚異的な破壊力を生みだし、さらに、魔力と呼ばれる神秘の力を加え、その激突はもはや人と人のぶつかり合いではありえない域へと突入していく。

 ともすれば打ち合ったデバイスが破損しかねない勢いであり、真実、並のデバイスであれば最初の数撃で損壊していよう。

 だが、烈火の将が魂と、雷鳴の騎士が魂はそれほどヤワな存在ではない。


 「まだまだ行けるな、レヴァンティン!」
 『Jawohl!』


 「ここからだ! 飛ばしていくぞアイグロス!」
 『Jawohl!』

 彼らは主の力となるために作られたデバイス。

 類まれな力を持つが故に、生半可なデバイスでは全力を出し切ることすら許されない無双の騎士達。

 その全力を受け止め、その力を引き出し、更なる高みへと至らせるために、彼らは作られたのだから。

 レヴァンティンは、複数の姿と高度な知能を備え、状況に応じて主の望む姿を取る。

 アイグロスは、変形機能を備えず、知能もそれほど高いわけではないが、純粋な強度、そしてなによりも主の速度という武器を最大限に引き出すための管制機能を持つ。

 炎熱変換の属性を持つ主の魔力と呼応し、烈火の将の魂たる権能を発揮せし炎の魔剣。

 電気変換の属性を持つ主の魔力と呼応し、雷鳴の騎士の魂たる権能を発揮せし雷の神槍。

 そして、二人の騎士は己の相棒に絶対の信頼を寄せるが故に、一切を気にせず幾合もの剣戟を交わす。

 そこには射撃やバインドなどの魔法を用いた小技は一切存在せず、純粋なる戦技のみで二人は剣戟の異界を形成する。

 それは最早人の戦いの領域にはなく、俗に“真竜の戦い”と呼ばれる幻獣同士のぶつかり合いと同等の血戦であった。


 「す、凄い……」


 「なんつう、馬鹿げた戦い」

 その戦いを見つめる二人の“若木”にとって、それはまさしく未知との遭遇と言ってよい。

 この二人も幾度となく競い合い、白熱した接戦を繰り広げる間柄であり、実力が等しい騎士同士がぶつかり合えば、剣戟による決戦場が形成されることも理解している。

 しかしそれは、あくまで人と人との武器同士が創り出す、武芸者の境界線。

 凄まじいまでの魔力を迸りながら激突を続ける二人の騎士は、最早その領域を遙かに越えて、並の生物ならば踏み行っただけで死に到るであろう異界を築き上げており。

 少なくとも、騎士甲冑を纏わない一般の民が巻き込まれれば、窒息するであろうことは疑いなかった。


 「流石に、驚いているな二人とも」

 ただ、その中にあって盾の騎士ローセスは動揺を見せていない。

 これほどの相克を前にしても全く揺るがぬ鋼の精神は、まさしく彼が夜天の騎士の一人である証である。


 「ええ、驚きました」


 「シグナム、すげえのは知ってたけど……」


 「見るべきところはあの二人だけではないぞ、反対側にいる彼らもよく見てみるといい」

 ローセスに促されるままヴィータとリュッセが渦巻く魔力の向こう側に視線をやる。

 そこには、軽口を叩いて烈火の将に吹き飛ばされていた不良騎士の姿はどこにもなく、猛禽の如く鋭い視線で、瞬きすらせずに血戦を見つめる歴戦の強者達が勢揃いしていた。


 「あれが、先程の人達ですか………」


 「雰囲気、違い過ぎだろ……」


 「騎士というものはな、武器を握るだけで全く違う生き物に変貌する。レヴァンティンを握っていない時の騎士シグナムは、服装のことや香水のことにも気に懸ける美しい女性だ。また、アイグロスを握っていない時のカルデン殿も、軽薄な空気を纏った酒場の主人といった趣のある方だ」

 だが、とローセスは続ける。


 「それぞれの魂たるデバイスを手にした瞬間から、二人の身体は作り変わる、人間らしい機能を成すためのものから、戦うための存在へと、そして、人間としては矛盾したその相反を己のものとした者を、騎士と呼ぶ。決して、戦闘技能に優れるからでも、魔力量が多いからでもない、それを―――決して忘れるな」

 この場にいる幼い二人以外は、皆それを理解している。

 “若木”の二人を除いた者のうち、一度もその武器が血を吸っていない者はいないのだ。

 騎士の戦いとは、それはすなわち命のやり取り。命を奪い、奪われる覚悟を決めることは、騎士となる上で最初の階梯であると同時に、これを登ることは容易ではない。


 「二人は、殺すつもりで戦っているのでしょうか?」


 「それに極めて近いといえる。殺すために技を放っているわけではないが、死んでも構わないとは思っているだろう。逆に言えば、殺すつもりで放っていない攻撃で死ぬ方が悪い、そのような未熟者には騎士たる資格はない、といったところかな」


 「ははは、なんつー理論だよ、普通に考えりゃあ狂ってるって」


 「ああ、狂気だとも、戦場という場所に立てば、正気でなどいられない。だが、だからこそ騎士の存在には意味がある。その狂気は、決して守るべき人々の下へ持ち込んでよいものではない、我々が戦う場所とは、狂人の蔵であることを知れ、人では耐えきれぬ狂気を受けとめるためにこそ、我らは在る。その覚悟がないものは騎士となるべきではない」


 「………はい」


 「………おう」

 ローセスの言葉は強くはない。

 しかし、重く、静かに若木の心へと浸透していく。


 「もっとも、今ではその心構えを持つ騎士は数少ないという。このハイランドですら、ここにいる者達以外はほとんどいないとカルデン殿はおっしゃっていた。兵士と騎士の境界線は元々曖昧なものではあるが、近頃は特にそれが顕著になりつつあると」


 「やはり、白の国は特殊なのですね」


 「だな、数は少ないけど、全員、本当の意味での騎士だ。だからこそ、あたし達が目指す目標なんだ」

 心構えを新たに、ヴィータとリュッセは至高の騎士の血戦を見つめる。

 そこに余分な魔法は無く、一切を己の技量に依った戦い。

 にも関わらず、その場に満ちる魔力は徐々に高まっていき、物理的な熱すら帯び始めている。

 それには、二人の特性が大きく影響している。仮に、どちらかが盾の騎士ローセスであるならば、このような空間は形成されない。

 片や、炎熱、片や、雷撃。

 それぞれが魔力を滾らせるだけで物理的に影響を与える特性を持つが故に、デバイス同士のぶつかり合いも、砲撃魔法のぶつかり合いに等しい結果を生み出している。

 そして、互いの力が等しいが故に、相手に届くことなく飽和した魔力は周囲に蓄積していき、異界を形成する。

 交わされる剣気、激突する鋼と鋼、錯綜する視線。

 目まぐるしく立ち回り、空を幾度となく交差する二人は、あらかじめそう定められていたかのような調和を保って舞い踊る。

 さながらそれは、舞踏にして武闘。

 交わされる剣戟は、まるで天上の楽団の調べの如く鳴り響き、この世ならざる旋律を響かせ、戦慄をもたらす。

 動きに伴って吐き出される呼気は、いいや戦哮は、それ自体が詠唱。

 それはまさしく戦場の儀式、その全てが世界を塗り替えていく。


 「シグナムは、連結刃を使わないんだな」


 「いや、あれは、使えないと評すべきだ。レヴァンティンのシュランゲフォルムは強力にして変幻自在だが、その状態では刀身のコントロールで手一杯になり、また、刀身による受けが出来ない特性上、大幅に防御力が低下してしまう。対して、彼はどうだ?」


 「そうか、騎士カルデンのアイグロスは変形機能がなく、代わりに彼の雷速とも呼べる速度を管制する機能が付いている」


 「その通りだ、リュッセ。カルデン殿を相手にシュランゲフォルムを使えば、その瞬間にフルドライブで切り込まれる。無論、騎士シグナムもフルドライブは可能だが、シュランゲフォルムからでは、連結刃を引き戻さない限りフルドライブを発動できない」


 「フルドライブは、まさしく騎士の切り札。相手がそれをいつでも使える状態のまま、自分は使えない状態になっちまう、ってわけか」


 「とはいえそれも、彼の常識を超えた速度があってこそのものだ。彼以外の騎士ならば、フルドライブを使ったところでシュランゲフォルムの引き戻し以上の速度で切り込むことなど出来はしない。少なくとも、俺には無理だ、踏み込んだ結果、フルドライブからの紫電一閃でカウンターを喰らうのが落ちだろう」


 「うわ、そりゃあ怖いな」


 「確かに、恐ろしいですね、ほんの僅かでも踏み込むタイミングを誤れば、騎士シグナムのフルドライブでの紫電一閃の餌食となる。それを意識してしまえば、並の心臓では踏み込めませんよ」

 だが―――


 「彼がそれを難なく可能とする騎士だからこそ、騎士シグナムはレヴァンティンを変形させず、純粋な剣技のみでの勝負に出ている。逆に言えば、それしか許されない、あれもまた、騎士の究極系の一つだ。ただ一つの技能を極限まで鍛え上げ、敵にただ一つの選択肢しか与えない」

 雷鳴の騎士カルデンは、その電気変換資質でもって己を閃光と化し、長槍アイグロスでもって敵を撃ち砕くことのみに特化した白兵戦最強の存在。

 これを相手にするならば、生半可な小技は通用しない。通常、罠とは力や速度で勝る相手を仕留めるために用意するものだが、ある基準を超えた領域では、罠の入り込む余地はなくなる。

 剣の騎士シグナムならば、純粋なる剣技で以て応じ、盾の騎士ローセスならば、その突撃を真っ向から受け止め、その拳でカウンターを狙う戦法が唯一の対抗策となるだろう。

 ただし―――


 「でもさ、相手がシャマルだったら?」


 「そこが難しいところだ。生半可な罠や小細工は彼の速度の前では意味をなさないが、カルデン殿が正面突破に特化しているように、罠や搦め手からの攻撃に特化した存在が相手ならば、その条件は対等となる」


 「普通に考えるなら、騎士カルデンの圧勝で終わるはず、ですが、騎士シャマルは夜天の騎士の参謀、彼が彼女の策略に嵌ったならば………」


 「リンカーコアを摘出され、あっさりと負ける、という結果になるかもしれない。この戦いあくまで一対一であり、横やりが入らないことを前提としたからこそのものだ。もし二人が鍔迫り合っている時に、“旅の鏡”が来たらどうなる?」


 「二人とも、仲良く墜落、ってことになりそうだな」


 「その通り、一対一での強さが、そのまま戦場での強さに繋がるわけでもないことも覚えておくように。戦場では敵を破ることが全てじゃない、己の使命を果たせるかどうかが重要なんだ」


 「肝に銘じます」


 「心に刻む」


 そうして、盾の騎士が若木へと騎士の心得を伝えている頃、二人の騎士の戦いも最終段階へ至っていた。

 何合重ねたのか、幾合打ち合ったのか、それは最早二人にも、二機にも分からない。

 数え切れない程の鍔競りを経て、ついにこの戦いにも終止符が打たれる時が近づいてきた。


 「最後は一発、全力で行こうかい!」


 「ええ、これはあくまで試合。ならばこそ、小細工なしの全力にて!」


 『『 Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート) 』』

 そして、二機のデバイスの全機能が開放される。

 フルドライブ機能

 それは、リンカーコアを持つ騎士や魔術師が無意識のうちにかけているリミッターを解除し、その制御をデバイスが行うことで限界威力の魔法を放つベルカのデバイス技術の結晶。

 そしてそれは、ベルカ暦が始まりし頃より進められてきた研究ではあるが、真の意味での完成をみたのは、ある天才がカートリッジなるものを作り出してよりのことである。

 つまり、レヴァンティンとアイグロス、白の国の“調律の姫君”が作りし前者と、大国ハイランドの最高の調律師が作りし後者とに搭載される、騎士の全力を引き出し、受け止めるための機能。

 それを作り出した存在とは、サルバーンという名の大魔導師なのである。


 『Bogenform!』

 ボーゲンフォルム。レヴァンティンは、剣と鞘が一つとなり、刃と連結刃に続く最後の姿、弓の形態をとり。


 「行くぜ、アイグロス!」
 『Jawohl!』


 アイグロスはあくまで槍の形態のまま、主の魔力と速度を最大限に引き出すことのみに全力を注ぐ。


 雷鳴の騎士、カルデンが渾身の一撃、その構えとは――――


 「我が一撃、止めることあたわず!」

 己の身体そのものを弓のように撓らせ、全力をもってアイグロスを撃ち出す。

 槍がその破壊力を最大限に発揮する体勢、投擲に他ならない。


 「我が一矢、いかなる壁をも貫き通さん!」

 対して、烈火の将シグナムは顕現させた矢に火炎を凝縮させ、必滅の一撃を解き放つ瞬間を計る。

 ボーゲンフォルムとなったレヴァンティンに彼女の魔力が収束していき、まさしく、一矢に全てを懸ける。


 「これは―――ヴィータ、リュッセ、もっと離れるぞ!」


 「了解です!」


 「おうよ!」

 その激突を見守る者達も、その凄まじさを感じ取り、さらに距離を取る。ハイランドの騎士の中にはなおも近くに留まる命知らずも存在したが。

 そして、極限まで引き絞られた一撃は、ついに開放の時を迎え――――


 「駆けよ! 隼!」
 『Sturmfalken!(シュトゥルムファルケン)』


 「穿て! 牙狼!」
 『Donnerwolf!(ドゥネアヴォルフ)』


 炎を纏いし破壊の矢と、雷を纏いし閃光の槍が―――


 激突した





ベルカ暦485年  ヤヴァンナの月  ハイランド王国  首都アングルドル郊外  アダマスの丘



 「いやしっかし、凄い激突だったよなあ」


 「いい勉強になったか、ヴィータ」

 鍛錬場での指南を終えたローセスは、ヴィータと共にアングルドルの郊外に位置するアダマスの丘、緑溢れる草原へとやってきていた。

 無論、彼が何もしなかったわけではなく、逆にシグナムとカルデンの二人が完全に相討ちとなったため、その後の指南は全て彼一人が受け持つこととなったくらいである。

 指南は今日一日のみというわけではないので特に問題はないが、後輩一人に後を任すのはいかがなものかと思わなくもない。


 「うん、でも、兄貴もしっかり教導役をやってんだなあ」


 「こら、白の国でお前達を訓練しているのは一体誰だと思っているんだ?」


 「さーて、誰だっけか、アイゼン、お前は分かるか?」


 『Nein.(いいえ)』


 「アイゼン、主人を裏切るな」


 「へっへー、アイゼンはあたしの方が主人になってほしいってさ」


 『Nein.(いいえ)』


 「っておい!」


 「ふふ、そうか、残念だったなヴィータ、アイゼンの主となるにはまだ修練不足のようだ―――――さあ、出来たぞ」

 草むらに座り込んで、先程までの教練について語り合っていた兄妹であったが、その間、ローセスはずっと作っていたものがある。

 それは―――


 「わあっ、相変わらず器用だな、兄貴」


 「少々遅れてしまったが、誕生祝いということにしておいてくれないか」

 ヴィータが9歳となったのは三日ほど前であったが、その頃はハイランドへの出立のことなどで正騎士であるローセスは忙しく、家族との時間を取ることは出来なかった。

 しかし、ヴィータに不服はない。彼女にとって兄が騎士らしく在ることはなによりの喜びなのだから。


 「愛する妹に贈るプレゼントが草で編んだ冠、ってのはどうなんだ?」


 「すまんな、あいにくと手先と反比例するように心が不器用でね、心を込めた贈り物に金銭をかけるというのが、どうしてもしっくりこないんだ」


 「まあ、兄貴らしいけどさ………少しは姫様のためにも、その心遣いを発揮してやれよ」


 「ああ、善処するさ」


 「まったく…」

 口では文句を言うようだが、ヴィータの表情は綻んでいる。

 やはり、兄が心を込めて編んでくれた贈り物が、嬉しいのであろう。


 「でも、これの作り方、兄貴は誰に習ったんだ?」


 「ああ、これはフィオナ姫から教えていただいたものだ。彼女が誰から学んだかまでは聞いていないが」


 「……姫様が発祥なのか」


 「いけなかったか?」


 「いや、悪くはないけど」


 「そうか、良かった」

 ヴィータだからこそ、“フィオナ姫より教わったこと”がローセスにとってどれだけ重きを成しているかが分かる。

 そして、それを用いて作られたこの草の冠が、どれだけの想いが込められているかも感じ取れる。


 <ホント、不器用だよ、兄貴は>


 我が兄ながら、つくづくそう思う。

 何もかもの真っ直ぐであるがために、他の人にはかえって回り道をしているようにすら感じるその在り方。

 だが、それこそが、盾の騎士ローセスという男なのであり―――


 <そんな兄貴だから、姫様も惚れたんだろうな、あたしにはまだ分からないけど>

 ヴィータはまだ幼く、恋愛感情というものは分からない。

 ただ、それでも年齢の近い異性と普段から共に訓練に励み、競い合いながら高め合っている身ではあるため、多少の予測くらいは出来る。


 <あたしも、リュッセと思いっきり打ち合ってる時はなんつーか、一体感みたいなもんがある。多分、シグナムとカルデンのおっちゃんも同じなんだろうけど、兄貴と姫様の場合、その一体感がただ傍にいるだけで感じられるんだろうな>

 それは、一般的な恋愛感情とは多少外れた考察であったが、そう離れているものではなかった。

 もし、ローセスとフィオナが一般的な恋人関係ならば的外れであったかもしれないが、彼はヴィータの兄であり、その思考は似通う部分もある。

 ローセスとフィオナは、一緒にいるだけで幸せ、もしくは安心できるという感情ではなく、一緒にいることが自然体であった。

 特に親しげに言葉を交わすわけではない、恋人らしく抱き合うわけでもない。

 だが、例え静かに二人でいるだけであっても、ただそれだけで意味がある。まさにそれは、一体感という表現が相応しいのかもしれない。

 二人でいることに意味があるのではなく、二人でいないことにこそ違和感がある、といったようなものであろうか。


 「それともう一つ、こちらはフィオナ姫からだ」


 「姫様から?」


 「ああ、渡すなら俺の贈り物を渡す時と一緒にしてくれと言付かった」

 ローセスは、夜天の騎士が用いる格納空間保持専用のデバイスより、フィオナ姫より預かった品を取り出し、ヴィータに手渡す。

 それは――――


 「うさぎ…………でもちょっと不器用だな」


 「姫様の手縫いの品だよ、騎士シャマルに習いつつ初めて縫ったものらしい。外見の悪さは大目に見てくれ、とのことだ」


 「別に………外見は気にしねーよ」


 「ああ、気にするようだったらアイゼンの錆にしているところだ。仮に主君のものでなくとも、心を込めて作ってくれた品を見た目のみで判断するようでは、夜天の騎士は任せられない」


 「騎士とか、それ以前の問題だよ………ただ、嬉しいんだ」

 ヴィータは、宝物を抱えるように、その手作りのうさぎを抱きしめる。

 彼女は、母からそういったものを受け取る機会がなかったから。


 「気に入ってくれたようだな、フィオナ姫も喜ばれるだろう」


 「うん………なあ兄貴、これを主君より賜った忠誠の証として騎士甲冑に付けるのってありかな?」


 「いけないことではないが、すぐに壊れてしまうぞ」


 「あ、そっか、じゃあ駄目だな」

 少しばかり残念そうにするも、実に当然な話なので、ヴィータも納得する。


 「だが、そうだな、騎士甲冑そのものを構築する際に組み込めば、顕現させることもできるだろう。とはいえ、現状のデバイス技術はあくまで戦闘向けのものがほとんどだ、デバイスに余分な負担をかけてしまうことになるか」


 「うーん、いつか、主君がイメージした通りの甲冑が纏えるようになるかな?」


 「フィオナ姫ならば、きっと作り出してくれるだろう。何年かかるかは分からないが、お前が主との絆の証を騎士甲冑に刻みながら戦える時が、来ることを願おう」


 「うん、ただ、それを傷つけられたらその相手をぶっ壊すけどな」


 「お前、それは逆恨みというものだぞ、騎士として戦場に出る以上は傷つけられることなど当然だろうに」


 「それとこれとは話が別なんだ。いいんだよ、あたし流の騎士道ってことで」


 「まあ、掲げる誇りは個人それぞれだが」


 「だろ」

 騎士の兄妹は笑い合う。

 騎士としての仕事故に共にいられる時間は少なくとも、どんな時でも、その心は繋がっている。

 この世で、ただ二人の家族なのだから。



 「それに、兄貴のもありがとな。草の冠だからきっとすぐ壊れちゃうだろうけど、これをもらったことは、あたしはずっと覚えてるから」


 「ありがとう、俺も、ヴィータにそれを作ってやったことは、ずっと覚えていよう」


 「約束だぞ」


 「ああ、約束だ」


 「またこういうとこ来たらさ、作ってもらっていーかな」


 「それも、約束だ。またいつか必ず作ってやる」





 それは、小さな約束

 仲の良い兄妹が交わした、本当に何気ない、ささやかな誓い

 だが、それでも、遙かな時をすら越えて、紡がれる約束はある

 永き夜と共に刻まれた悲しみの記憶ですら、消せない想いは存在するのだ

 それは、微かに繋がる細い糸に過ぎずとも

 家族の記憶、そして絆は、途切れることはない




 それは、絆の物語


 これは、その始まりへ繋がりし序章

 最後の夜天の主へと至る、その時まで

 その記憶は、確かにここに








あとがき
 A’S編の過去編である夜天の物語、第2章はここまでとなり、ほぼ全てのオリジナルキャラクターは出揃いました。A’S本編の特徴として、第二話くらいまでに主要キャラは出揃っており、その後は彼らを掘り下げつつ、群像劇の上手い演出のもと、最後の闇の書の闇との決戦まで持っていくという神がかっている構成があります。
 夜天の物語もそれに倣い、四人の守護騎士と、管制人格のオリジナルであるフィオナ姫を主軸に据えつつも、物語を構成する要素として、盾の騎士ローセスや、放浪の賢者ラルカスの二名を加え。白の国の外部に雷鳴の騎士カルデンや、ロートスの親友であった調律師クレス、そして、この物語の敵対者となる黒き魔術の王サルバーンを配置し、割と早期に登場させることとしました。(今更言うまでもありませんが、フィーはリインフォースⅡの雛型です)
 デバイス達の知能を築き上げたフルトンなる調律師と、彼が作りしスンナ(この娘についてはバレバレかもしれませんね)とスクルドという二機の融合騎との話は初期プロットでは第2章で書く予定でしたが、少々収まらないので第3章に移動することとしました、これは、彼らに関するシーンがローセスの初の戦闘シーンで、現代編の最初のシーンまで書かないほうが良いかな、と思ったことも理由です。

 今回の話は現代編の序章と繋がってるところがあります。また、これから初まる本編にも繋がってます。次回からようやく本編ですね、10話以上も使ってまだ本編が始まってないというこの不思議。舞台が整うまで話が書けないのが私の悪い癖ですね。

 さて、今回の話はここにあるNeon氏の「鋼の騎士 タイプゼロ」の16話「sword dancer」の表現を、作者氏の許可のもとで使用させてもらってます。この作品は私の中で3指に入る素晴らしい作品です。



[25732] 第一話 始まりは突然にして必然
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/02/23 20:07
第一話   始まりは突然にして必然




新歴65年 12月1日  本局付近 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”




 「お疲れ様リンディ提督、予定は順調?」


 「ええ、レティ、そっちは問題ないかしら?」

 ブリッジにおいて、アースラの艦長であるリンディ・ハラオウンと時空管理局本局運用部の提督、レティ・ロウランは通信モニター越しに親しげに会話を交わしていた。

 彼女らは昔からの友人であり、本局と地上本部の対立を何とか解消できないものかと日向に日陰に活動する融和派の筆頭格としても同胞と言える間柄である。


 「ええ、ドッキング受け入れと、アースラの整備の準備はね」


 「………何かあったのね」

 長年の付き合い故に、レティの様子からリンディはただごとではない事態が起こりつつあることを悟る。

 レティ・ロウランという女性は良い意味で女傑といえる性格をしており、辣腕を振るう切れ者であると同時にかなりのお調子者でもある。人事の問題などでかなり重要な案件と直面しても、ノリと勢いで乗り切ったりすることもあるくらいだ。

 無論、その裏では冷静な計算を働かせているのだが、最終的な判断を勘に頼る部分があるのは否めない。ただ、とあるデバイスは、それでこそ人間であると述べ、レティ・ロウランという人物を非常に高く評価していた。いや、パラメータを揃えてデータベースに登録していたと表現すべきか。

 ただ、冷静に判断し、計算高いだけならば、それこそ“トール”というインテリジェントデバイスと“アスガルド”という巨大演算装置の組み合わせに敵うべくもない。

 しかし、人間を運用するのは人間なのであり、人事に関してならば、時の庭園の中枢の二機はレティ・ロウランに遠く及ばない。これもまた、適材適所の凡例といえる。


 「こっちの方では、あんまり嬉しくない事態が起こっているのよ」

 そして、彼女が落ちこむとまではいわないものの、浮かない表情をすることはまさに稀に見ることであり。


 「嬉しくない事態、ね」

 リンディの表情も、自然と硬いものへと変化していく。


 「察しはつくと思うけど、ロストロギアよ。一級捜索指定がかかっている超危険物」


 「………っ」

 その言葉に反応したのは、つい先程ブリッジに入って来たクロノ・ハラオウン。


 「幾つかの世界で痕跡が発見されているみたいで、捜索担当班はもう大騒ぎよ」

 一級捜索指定がかかっており、かつ、時空管理局がその痕跡を見つけると同時に即座に動きだす危険物。


 「そう………」

 それは、ハラオウン家と切っても切れない関係にあるロストロギアを想起させる。

 無論、他にも幾つものロストロギアが存在しているため、確証はない。しかし、彼のロストロギアの転生周期を考えれば、そろそろ目覚めてもおかしくないのも事実なのだ。


 「捜査員の派遣は済んでいるから、今はその子達の連絡待ちね」

 クロノ・ハラオウンはあまり勘というものには頼らない性質であり、その性質は彼の補佐官であるエイミィ・リミエッタの方が強い。

 ただ、それでも彼は、第六感とでも云うべきものが警鐘を鳴らしているのを感じていた。

 そしてそれは、恐らく彼の母親であり、上官である彼女も同様に。








新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 オフィス街  AM2:23



 「ぐ、があああぁぁ!!」


 「あが、うぐあぁっ!!」

 そして、アースラのトップ二人の予感は、時空管理局にとっては最悪の形で的中することとなる。

 より大きな目で見るならばそれが最悪であったかどうかは別の話だが、未来を知りえない者達にとっては、少なくとも最悪と呼べるものであろう。


 「雑魚いな」

 仕留めた二名の管理局員を見下ろしながら、騎士服を纏った少女は呟く。


 「こんなんじゃ、大した足しにもならないだろうけど、一応、偵察役を排除することにはなるか」

 彼女の呟きに呼応するように、その手に抱えられた魔導書が、鈍く輝き出す。

 と同時に、管理局公用のバリアジャケットに身を包んだ二名の局員から、リンカーコアが抽出され、魔導書へと引き寄せられていく。


 「お前らの魔力、闇の書の餌だ」

 闇の書が保有し、その端末である守護騎士ヴォルケンリッターが備える蒐集能力。

 魔法文明なき管理外世界において、それが発動することそのものが痕跡を残すことになってしまうことは疑いないが、しかし、より良い方法があるわけでもない。


 「この歯ごたえのなさと、リンカーコアの質や錬度から見ても、こいつらは武装局員じゃないな。服装だけじゃん何とも言えねえけど、多分、実戦がメインじゃない調査班ってとこだろ」


 闇の書へリンカーコアが吸い込まれ、そのページが僅かながら埋まっていくのを見ながら、鉄鎚の騎士は冷静に考察を進める。

 外見こそ幼い少女のものであるが、その頭脳は明哲であり、くぐった修羅場も並の武装局員などを遙か後方に置き去っている。


 「だとしたら………大物を狙うなら、今のうちか」

 この海鳴に大きな魔力を持つ魔導師がいることを、彼女と盾の守護獣は確認している。

 その邂逅はまさに偶然のものであったが、主の危機が迫っている今、なりふり構っていられる状況ではない。

 例えその相手が年端の行かぬ少女であろうとも、管理局と関わりの無い在野の魔導師であろうとも。


 「近いうちに、ここは管理局に嗅ぎつけられる。そうなったら、蒐集を行えるのは別の世界じゃなきゃ無理なんだ……………」

 しかしそれは、彼女にとって気の進むことではなかった。

 管理局員や、大人の魔導師ならば躊躇うことはない、力を持つ者はそれに見合った覚悟を持つべきという価値観を基に鉄鎚の騎士はあるのだから。

 だが、まだ成人しておらず、国家や民のために尽くす立場にいるわけでもない少女を贄とすることは……


 「迷うな…………決めただろ、はやての将来は血で汚したりはしないけど、それ以外なら、何でもするって……」

 その葛藤は、今代の主が守護騎士を家族として迎え、愛情を注いだからこそ在る。

 これまでの守護騎士であったならば、そこに葛藤など微塵もなく、遙か昔に蒐集を行っていたであろう。

 逆に言えば、管理局に嗅ぎつけられるギリギリまでそれを行わなかった甘さこそ、闇の書の守護騎士がそれまでとは違っている証でもあるのだ。


 『Mine Hell(我が主)』


 「大丈夫だ、アイゼン」

 気遣うように音声を発した相棒に、ヴィータは騎士らしい笑みを浮かべて応える。


 「鉄鎚の騎士に迷いはねえ、主のため、お前を振るうこと、それが今のあたしの役目なんだ」


 『Ja.』

 襲撃は、恐らく今日の夜。

 その時に向け、鉄鎚の騎士はただ心を研ぎ澄ませる。

 戦いが始まったその時に、武器に迷いを込めぬように。

 鉄鎚を掲げしベルカの騎士は、夜天を見上げながら、夜の海鳴を歩いていく。








新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘図書館  PM4:24




 「そっかー、同い年なんだ」


 「うん、ときどきここで見かけてたんよ。あっ、同い年くらいの子や、って」


 「実は、わたしも」

 静かな図書館の一角にて、二人の少女が微笑み合う。


 「わたし、月村すずか」


 「すずか、ちゃん…………八神はやて、いいます」


 「はやてちゃん、だね」


 「平仮名で“はやて”、変な名前やろ」


 「ううん、そんなことないよ、奇麗な名前だと思う」


 「……ありがとーな」

 そんな歳相応の少女らしい幸せに満ちた光景を、湖の騎士は静かに眺めていた。

 彼女のデバイス、クラールヴィントの力ならば、痕跡を残さぬように調整しながら主の周囲を窺うくらいは造作もない。

 ヴィータより時空管理局の調査班と思われる者らがこの世界に姿を現し、しかもこの街を嗅ぎつけつつあることを聞き、シャマルは護衛を兼ねてはやての周囲をクラールヴィントで念のため探査していた。

 幸いなことに、はやての周囲には闇の書以外の魔力の残滓は感じられない。少なくとも現段階においては、管理局の手が主へ及ぶ可能性はないはずだと、湖の騎士は安堵する。


 「ありがと、すずかちゃん、ここでええよ」

 自身が待つ図書館の入口付近まではやての車椅子を押して来てくれた少女に、シャマルも笑みを向ける。


 「お話してくれておおきに、ありがとうな」


 「うんっ、またね、はやてちゃん」

 恐らくこれから先、主の傍にいられる時間がさらに短くなるであろう時に、はやてのことを気にかけてくれる同年代の友達が出来たことに、感謝しながら。

 ただ、この出逢いが更なる邂逅を生む引き金となることを。

 予言の力を持ち得ぬ、湖の騎士が知る術はなかった。







新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘  PM5:31



 「はやてちゃん、寒くないですか?」


 「うん、平気。シャマルも寒ない?」


 「私は、ぜんぜん」

 そうして、シャマルが車椅子を押して歩いていると、駐車場を超えたあたりで、彼女らを待つ人影と出会う。


 「シグナムっ」


 「はい」

 ヴォルケンリッターが将、シグナム。

 シャマルが主の周囲を探知している間、万が一に備え彼女も近場で待機していたのであった。


 「晩ごはん、シグナムとシャマルは何食べたい?」

 そして、シャマルが車椅子を押しながら、三人で家路を歩いていく。


 「ああ、そうですね、悩みます」


 「スーパーで材料を見ながら、考えましょうか」


 「うん、そやね……………そういえば、今日もヴィータはどこかへお出かけ?」

 ふいに、はやてが頭に浮かんだ質問を口にする。

 それは彼女にとってはまさに何気ない質問であったが。


 「ああ、ええっと、そうですね」

 シャマルにとっては、即座に返答することが難しい問いであった。彼女自身、主に虚言を吐くことに慣れていないために。


 「外で遊び歩いているようですが、ザフィーラがついていますので、あまり心配はいらないですよ」

 その面においては、シグナムは四人の中で最も揺らいでいない。

 いや、最も揺らいでいないのはザフィーラであろうが、彼はそもそも言葉を発する機会そのものが少ないため、あまり比較は出来ないだろう。


 「そっかぁ」


 「でも、少し距離が離れても、私達はずっと貴女の傍にいますよ」


 「はい、我らはいつでも、貴女のお傍に」

 そして、その想いは四人の誰もが変わりなく持つ、共通のものであった。


 「………ありがとう」

 主である少女もまた、彼女らと家族になることが出来た幸運に、感謝していた。

 これより待ち受ける、苛酷な戦いのことはまだ知らずとも、いいや、例え知っていたとしても。

 八神はやては、闇の書の主となれたことを、感謝していた。







新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 市街地 PM7:45




 夜の海鳴の上空に、赤い騎士服を纏った少女と、蒼き守護獣の姿がある。

 二人は共に神経を研ぎ澄まし、今宵の標的となる少女の気配を探る。

 その少女を直に見たことがあるのはヴィータとザフィーラであるため、四人の中でこの二人が探索役を受け持つこととなったのも当然の帰結であり。

 また、残る二人、シグナムとシャマルは二人の不在を主が不思議に思わぬようフォローする役でもあった。


 「どうだヴィータ、見つかりそうか?」


 「いるような…………いないような」

 とはいえ、探索は彼女らの本分ではない。補助の魔法に長けるのは、湖の騎士シャマルの領分なのだから。


 「こないだからたまに出る妙に強力な魔力反応、たぶんあの時のあいつだと思うけど、あいつが捕まれば、闇の書も一気に20ページくらいはいきそうなんだけどな」

 ヴィータが言う“こないだ”とは、すなわちユーノ・スクライアがフェイトとクロノの手伝いのために本局へと向かった時期からのことである。

 高町なのはが持つ巨大な魔力。そして、それを用いて行われる訓練は、本来であればただちに守護騎士達に捕捉されているはずであった。

 しかし、彼女の傍には稀代の結界魔導師、ユーノ・スクライアが常にいたのだ。

 彼の結界の内部で訓練を行う以上、その魔力は微塵も外部に漏れることはない。そして彼の結界はよほどの手練でなければ”結界が張られた”事自体を感知されないほどの性能なのだ。

 特に一度、スターライトブレイカーの新型が結界を破壊して以来、ユーノは結界の維持と外部へ影響を与えないことを特に意識し、より強固な結界を張るようになったため、守護騎士が蒐集を開始した10月27日からおよそ半月の間は、高町なのはの存在そのものが守護騎士のセンサーから隠されていたのであった。

 だが、その彼は現在本局におり、なのはの存在は丸裸となっている。まさに今は、千載一遇の機会でもあるのだ。

 ユーノの結界がない以上、その魔力の残滓を守護騎士が辿ることは、困難の一歩手前といった程度の難易度と言えた。


 「分かれて探そう、闇の書は預ける」


 「オッケー、ザフィーラ、あんたもしっかり探してよ」


 「心得ている」

 答えと同時に、陸の獣が基となっている守護獣であるとは考えられない速度でザフィーラは飛翔する。


 「封鎖領域、展開」

 その場に残ったヴィータの足元に、ベルカ式を表す三角形の陣が浮かび上がり。


 『Gefangnis der Magie. (魔力封鎖)』

 鉄の伯爵、グラーフアイゼンはその機能を発揮し、封鎖領域を広範囲に渡って展開させる。

 彼は物理破壊のみならず、結界などの補助においても優れた性能を発揮するバランスの取れた機体であり、どちらかと言えば、レヴァンティンの方が攻撃に特化した機構を備えていると言える。

 そんな彼にとって、封鎖領域を展開するための補助を行うことはまさに造作もないこと。この程度が出来ぬようでは、“調律の姫君”に作られしデバイスの名が泣くというものである。


 「魔力反応、大物、見つけた!」

 獲物を補足したならば、狩人が行うことはただ一つ。

 闇の書を腰の後ろに回し、鉄鎚の騎士は己が魂に呼びかける。


 「いくよ、グラーフアイゼン」


 『Jawohl.』

 赤い閃光が、封鎖領域に覆われた空間を駆けていく。

 既にその空間内には一般の民の姿はなく、リンカーコアと戦う力を持つ者達だけが残る戦場へと。

 海鳴の街は、変わっていた。








 同刻  高町家



 『It approaches at a high speed. (対象、高速で接近中)』

 鉄鎚の騎士と鉄の伯爵が張り巡らせた封鎖領域を、魔導師の杖は即座に察知し、さらにその術者が近づきつつあることを主に告げていた。


 「近づいてきてる? こっちに………」

 そして、得体のしれないものがやってくるというならば、どう動くべきか。

 魔導師の性格診断テストで用いられるような現在の状況において、高町なのはが取るべき選択とは、無論。


 「行こう、レイジングハート」


 『All right.』

 リンディ・ハラオウンやクロノ・ハラオウンが見たならば、もう少しは直進以外の選択肢も視野に入れるべきだと評したであろう。

 だがしかし、それこそが高町なのは。

 フェイト・テスタロッサが執務官、八神はやてが指揮官としての適性を持つならば、彼女こそはエースオブエース。

 単身で空へ駆けあがり、向かい来る敵を真っ向から粉砕するエースの中のエース。航空戦技教導隊の頂点こそ、彼女の進む道の到達点なのだから。

 引き出しが多いに越したことがないとは確かだが、引き出しを増やそうとするあまり、天性の能力を殺してしまうのも本末転倒な話ではある。

 クロノ・ハラオウンのようにあらゆる事象を見据え、万能の近い能力を備えることも一つの到達点だが、彼女のように不屈の心で己の道を突き進むことも一つの在り方。

 そこに優劣はない、要は、己の選択に満足できるかどうかである。

 ただ、一つだけ心にせねばならないとすれば――――

 星の光を持つ少女の下へ飛来せし騎士もまた、彼女と同じく一つの道を極めし直進型の強者であり、非常に真っ直ぐな価値観を持っているということであった。

 それは時に、不幸なすれ違いを産むこともあったりする。






 封鎖領域内 上空



 『Gegenstand kommt an. (対象、接近中)』


 「迎撃を選んだか………」

 グラーフアイゼンの言葉より、ヴィータもまた相手の意思を知る。

 ここで身を隠すための結界を張るか、もしくは飛行魔法や転移魔法での逃走を選ぶか、選択肢はいくつか考えられたが、獲物はその中でも最も可能性が低いと思われた手法を選んだ。

 それは、獲物の年齢を考えれば当然の予想ではあった。強大な魔力を有しているとはいえ、せいぜい10歳程度の少女、いきなり封鎖領域の中に閉じ込められ、さらに高速機動が可能な術者が近づいてくるという状況で迎撃を選ぶというのは俄かには考えられない話だ。


 「普通なら、毛布に包まって震えてるもんだよな………」


 『Aber was, wenn Sie Frau zu tun?(ですが、貴女ならば?)』


 「舐めた真似をしてきた野郎を真っ向から迎え撃ってぶっ潰す、だな」


 『Ja.』

 そうして、彼女は理解すると同時に、戦意を研ぎ澄ませる。

 この標的は、怯えるだけの兎ではない、迎撃の意思と牙を備えた狼であると心得よ。

 下手をすれば、喉笛を噛み裂かれるのは猟師の方となろう。

 
「ザフィーラと先に合流するのもありっちゃありだけど………」

 だがしかし、敵は一人、こちらも一人。

 この状況で、悠長に仲間と合流してから二対一に持ち込むなど、ベルカの騎士の成すことではない。


 「一対一で迎撃に出て来た相手を前に、退くことは出来ねえよな」

 例え蒐集のために動こうとも、彼女らはベルカの騎士。

 その誇りがあるからこそ、騎士は主のために命を懸ける。

 とはいえ、こちらに向かってくる少女に迎撃までの意思があるかどうかは別問題であり、その辺りは悲しいことだが、持っている人生観の違いと言えた。

 実際、なのはにとっては何か来るから行ってみて確かめよう、くらいの気持ちであったのだが、残念なことに、自分の行動が一般の9歳の少女のそれから大きくかけ離れているものであるという認識がなかった。

 なのはの意識も一般からは若干離れていることもあり、管理外世界に暮らしつつもミッドチルダ式の魔導師である少女と、1000近く前に生きたベルカの騎士であり、八神はやてという未だ魔法を扱えぬ普通の少女の下で暮らす若き騎士の価値観は、なかなかに噛み合わなかったのである。

 襲撃を仕掛けたのはヴィータであるが、彼女がこの半年間で学習した、“現代日本に住む9歳程度の少女の反応”から外れた対応をとってしまったなのはにも、この悲しい認識の違いを生みだす要因はあったといえる。


 「アイゼン、手加減はなしで行くぞ、油断すりゃ手傷を負うかもしれねえ」


 『Jawohl.』

 なのはにとっては不幸極まりなかったが、彼女の取った行動はベルカの騎士の基準に合わせれば―――


 【おら、宣戦布告もねえ奇襲野郎、こっちは逃げも隠れもしねえ、堂々とかかってこいや。これでもし逃げたら、手前を騎士とは認めねえよ、臆病モンがぁ!】

 と解釈されてしまうのであった。

 文化の違いとは、かくも不幸なすれ違いを産んでしまうものなのである。




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 ビル屋上 PM7:50



 「近づいてる………でも、どこから」

 なのはは、ビルの屋上に陣取り、周囲を見回す。

 第三者が客観的に見るならば、話し合いをするためにいるように見えなくもないが、どちらかと言えば“周りを気にすることなく戦え、かつ見通しの効く場所に来た”というように取る人の方が多いかもしれない。

 少なくとも、ベルカの騎士はそう取った、そう取られてしまった。


 『It comes. (来ます)』


 「あれは―――」

 そこに飛来せしは、話し合いの意思などないと言わんばかりの戦意の籠った攻撃。

 『Homing bullet. (誘導弾です)』


 「くうっ!」

 咄嗟にバリアを展開して防ぐが、実体を伴った誘導弾に対して弾くシールド型ではなく、バリア型を展開してしまったことが、彼女の戦闘経験の浅さを示している。

 なのはの魔力は膨大ゆえに、飛来した誘導弾を完全に防いではいるが、それは無駄のない運用とは言い難い。ユーノやクロノであれば、その四分の一以下の魔力消費で軌道を逸らすことに成功しているだろう。

 バリアを展開することそのもの関してならばなのはの術式に無駄はほとんどなく、その錬度はまさしくAAAランクのエース級魔導師のもの。

 だが、クロノ・ハラオウンがフェイトと模擬戦をした際に、


 ≪君やなのはの魔法は確かに凄い、威力だけなら僕以上だ。しかし、それをどういった状況において、どのように使うべきかという状況判断力がまだまだ足りない≫

 と注意したことが、まさにそれである。

 訓練や試験で定められた術式を展開するならばそれは完璧であっても、実戦はそれだけではない。

 そも、この誘導弾の目的は相手の足を止め、挟撃を仕掛けることにある。ならば、如何に強固であろうとも、その攻撃を受けとめてしまっている時点で悪手なのだ。

 これがクロノならば誘導弾をシールドで以て別方向に逸らし、反対側から襲い来るであろう術者にディレイドバインドを仕掛けながらその場を離脱しつつスティンガースナイプを放つまでやってのけただろう。

 とはいえ、武装局員ではなく、嘱託魔導師ですらない民間人の少女にそれを要求するのも酷な話といえる。クロノ・ハラオウンは5歳の頃から戦技教導官クラスの二人、リーゼロッテとリーゼアリアから手ほどきを受け、彼の才能と想像を絶する修練の果てに、その強さを得たのだから。

 しかし――――


 「テートリヒ・シュラーク!」

 戦いの場において、敵がそのようなことに斟酌してくれようはずもない。


 「く、ううう!」

 逆側より攻撃を仕掛けたヴィータの一撃を、辛くも利き腕とは逆の右腕でバリアを展開して防ぐが、衝撃までは殺しきれず。


 「うらああああああああ!!」


 「あああ!!」

 なのはの身体は宙へと投げ出され、ヴィータはそのまま追撃の体勢に移る。

 だが――――


 ≪リュッセだったら、逆に反撃してるくらいだ≫


 「?」

 ふいに、脳裏によぎった想いが、鉄鎚の騎士の足を止める、いや、止めてしまう。


 「何………だ」

 それはほんの一瞬のこと、しかし、確かに心を駆け抜けた一陣の風。

 もし、彼女の相手が“自分とほとんど同い年の魔導師”でなければ、恐らく湧きあがることもなかったであろうその想い。現に、管理局員を襲撃した際や、魔法生物を狩る際には何も感じなかったのだから。


 「……って、今はそんな場合じゃ―――」

 逡巡の時は一秒か、それとも二秒か。

 ほんの僅かの時間に過ぎないそれは、しかし彼女が奇襲によって得たアドバンテージを失くしてしまうには十分な間。


 「レイジングハート、お願い!」


 『Standby, ready, setup!』

 なのはは落下しながらも、己の愛機へと語りかけ、魔導師の杖とその鎧の顕現を実行させる。


 「ちっ」

 そして、鉄鎚の騎士は自身の奇襲が無意味に終わってしまったことを知る。

 確かに、僅かばかりの手傷は与えたものの、デバイスを起動させ、騎士甲冑(ミッド式ならばバリアジャケット)で包めば何の問題もないレベルでしかない。

 それ故に、騎士甲冑を展開する暇すら与えぬ奇襲と速攻こそが、ヴィータが構築した反撃を許さず蒐集を完了させる最善の手段だったのだが――――


 「仕切り直しか、すまねえな、アイゼン」


 『Nein.(いいえ)』



 これにて、条件はほぼ互角。

 外見だけならばほぼ同年代といえる魔導師と騎士の少女は、アームドデバイスと騎士服、インテリジェントデバイスとバリアジャケット、各々の武装を備えた状態で対峙することとなった。

 ここより先は、純粋な戦技を競う空の戦い。

 小細工や策はない、真っ向からのぶつかり合いとなる。

 その天秤は、果たしてどちらへ傾くか――――



 闇の書を巡る戦いは、その始まりの鐘を鳴らしていた。












あとがき
 A’S本編がスタートし、絆の物語もいよいよ開幕となります。今回の話で少し書いたように、過去編の内容や戦いは、可能な限り現代編とリンクさせるようにプロットを組んでいます。
 過去においてはヴィータの一撃をリュッセはシールドを纏わせた鞘で防ぎ、逆に紫電一閃による反撃を決めています。その経験だけというわけではありませんがヴィータは成長し、誘導弾を逆側から放ち、挟み撃ちからテートリヒ・シュラークを仕掛けた、という具合になります。
 また、アニメにおいては数十秒に及ぶなのはがバリアジャケットを纏う間、ヴィータは何をやっていたのか、黙って着替え終わるのを待っていたのか、というアニメの進行上仕方が無い、突っ込んではいけない事柄がありますので、その辺りを可能な限り無理がないように進めるための舞台装置が過去編でもあります。今回は、ヴィータの頭によぎった記憶が、彼女の行動を止めてしまったということで。
 基本的には原作通りに進みますが、細部においてはかなり相違点も出てくると思いますので、その辺りを楽しんでいただければ幸いかと思います。それではまた。



[25732] 第二話 魔導師と騎士の戦い[加筆済み]
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/02/27 18:51
第二話   魔導師と騎士の戦い






新歴65年 12月2日  本局ドック 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”



 【レイジングハートより、救難信号が届きました】


 【了解しました、アスガルド、貴方は例の数式の演算をお願いします】


 【了承】


 時の庭園と交わされた信号は、ただそれだけ。

 しかし、45年を超える時を共に稼働してきたこの二機の間には絆というものを遙かに超えたものがある。

 インテリジェントデバイス、“トール”は知能を持つデバイスの初期型であり、アスガルドはその一歩手前の人工知能を備えた時の庭園の中枢機械。

 管制機としての機能を備えるトールがあればこそ、アスガルドにも人格と呼べるものが存在する。もし、トールがいなければ、彼は入力に従って膨大な演算を行うだけのスーパーコンピュータ、超大型ストレージでしかないのだ。


 『レイジングハートが救難信号を私達へ飛ばすとは、余程の事態が起こりつつあるのでしょうね。まあ、察しはつきますが』

 しかし、彼は焦らない、否、焦る機能を持っていない。

 かつては存在したその機能も、今の彼にはないのだから。


 『レティ・ロウラン提督が派遣した調査班よりの報告は、ハラオウン家と因縁が深い彼のロストロギアの再来を示唆しており、それはすなわち、守護騎士プログラムによる高ランク魔導師狩りが始まったということ。そして、このタイミングにおけるレイジングハートよりの救難信号、高町なのはのランクはAAA』

 別に複雑な演算を行わずとも、そこにある因果関係を察するなど、子供でも出来よう。

 まして、こと演算することに関してならば人間の遙か上を行くデバイスであれば尚更のこと。


 『しかし、それにしても……………良いタイミングですね』

 あらゆる状況、因果関係を超巨大オートマトンとそれを動かすアルゴリズムによってアスガルドが演算し、その結果を監修する彼は、ある種の“不具合”、人間的に述べるならば“違和感”を確認する。


 『まさに今、フェイト達の作業は終わりました。別に、私とアスガルドが連絡せずとも、彼女がそれを高町なのはに知らせることは当然のなりゆき。しかし、通信が繋がらず、管理局で調べれば第97管理外世界の海鳴市に広域結界が張られていることがすぐに分かるとなれば、彼女らが救援に向かうのは尚更当然のこと』

 まさにそれは、“そういうことになっている”ような、そんな因果関係すら考察できるほどの巡り合わせ。無論、機械の電脳はそれを確率論で処理することができ、人間のような違和感を持つことはない。

 だがしかし、確率的に計算することが出来るからこそ、それがどれほどの極小確率であるかを理解するのもまた、機械の特性なのだ。


 『しかし、そうもならない。管制機である私が8月にフェイトと高町なのはが共に過ごしていた際に、レイジングハートに追加しておいた機能。フェイトが遠く離れている間に高町なのはの身に何かがあれば即座にその異常をアスガルドを経由して私へ伝えるためのホットラインがあるため、私が先にそれを知った。まあ、微々たる差ですが』

 オートマトンは稼働を続け、アルゴリズムはその流れを淀めることなく回り続ける。


 【演算結果、出ました】


 【如何でした?】


 【パラメータが揃っていないため、解析的に“有意である”と結論することは不可能、ただし】


 【現在の状況は、何者かが組んだ、大数式の一部である可能性はある、ということですね】


 【肯定】


 【なるほど、今はそれだけ分かれば十分です。ご苦労様でした、アスガルド】

 人間ならば、“虫の知らせ”、もしくは“運命”などとも呼ぶ世に存在する不可思議なる因縁。

 機械の頭脳を持ち、0と1の電気信号でのみ世界を知る彼らは、それを“大数式”と称する。


 『状況は動きました、つまりは状態遷移が起きたということならば、どこかにそれを成した条件があるはず。ジュエルシード実験における私のように、解を収束させるために演算を続ける存在がいるかどうかは定かではありませんが、少なくとも何者かが最適解、もしくは近似解を求めて大数式を組んだ可能性は高いと見るべきでしょうね』

 一度行った事柄ならば、機械はそれに類する状況をパラメータに置きかえ、代入演算することで近似解を導き出す。

 彼はジュエルシード実験において、次元航行部隊、地上本部、時の庭園の利害関係を複雑に絡みあわせた上で、最適解、もしくは近似解を出すための大数式を組みあげた経歴を持つ。

 そして現在、都合九度目となる“闇の書事件”が発生しつつあるものの、それは一つの解へ収束しつつあるという可能性が導ける程に、状況は揃いつつある。

 これまで八度にも及ぶ管理局が観測した闇の書に関する事象。さらに、時の庭園もまた浅からぬ因縁を持ち、“生命の魔導書”というある意味での写本が存在していること。

 インテリジェントデバイス、“トール”が行っている演算とは、闇の書が収束する地点を予想ためのものであるともいえる。無論、それだけではないが。


 『とはいえ、この件については私は部外者に過ぎず、出来ることも微々たるもの。ここはとりあえず、観測者として成り行きを見守りつつ、パラメータを揃えることといたしましょう。さしあたっては、フェイトやユーノ・スクライア、クロノ・ハラオウン執務官に救難信号のことを伝えるくらいですね』

 彼は古い機械であり、本来は受動的な存在。

 入力がない限り、彼が自発的に動くことなど、この世界でたった一人のためにしかあり得ない。

 それ故、ジュエルシード実験において、彼は休むことなく働き続け、能動的にあらゆる方面で活動していたが―――


 『私は、私の機能を果たすだけです』

 休むことなく機能する命題は健在なれど、それを与えた存在はもういない。

 彼が自分で考えて“誰か”のために動くことはない、インテリジェントデバイス、トールは自分で考えて“プレシア・テスタロッサ”のために動く。

 だからこそ―――


 『ですが、貴女の無事を祈りましょう、高町なのは。貴女にもしものことがあれば、フェイトが悲しみます。それ故、私は貴女を死なせはしない、闇の書が貴女に死をもたらすならば、その未来を回避するために機能するのみ』

 今の彼は、フェイト・テスタロッサの幸せを映し出す鏡。

 彼に願いを託すのは、いついかなる時もテスタロッサの人間だけが持つ特権なのだ。






新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域内 PM7:50



 「さて、まずはどんなもんか―――」


 『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』

 先制して鉄鎚の騎士が放つは様子見の一撃。

 既に奇襲の優位は失われ、二人は対等な条件で対峙している。

 鉄の伯爵グラーフアイゼンの真価は、接近戦における防御ごと撃ち砕く強力な打ち下ろしにこそあるが、ただ近づいて鉄鎚を振り回すだけが戦いではない。

 特に、この戦いは相手を倒すためではなく、殺さないように無力化し、リンカーコアを蒐集するための戦い。

 打倒することが最終目標ではない以上、いきなり全力で頭部を狙うなどの攻撃は行えない。相手の技量を確かめた上で、それを制する勝利方法が求められる。


 「ふんっ!」


 ヴィータはグラーフアイゼンでもって鉄球を撃ち出し―――


 「うおああああああああああああ!!」

 同時に、ハンマーフォルムのままでの突撃を敢行する。

 シュヴァルベフリーゲンは白い魔導師の防壁と衝突して砕け、そこには爆煙が立ち上り、ヴィータの一撃はその中心を裂くように振るわれる。


 「避けたか」


 しかし、なのはの速度も並ではない。彼女は特性を考慮すれば後衛型でありながら、高速機動を得意とするフェイト・テスタロッサと互角の空戦を繰り広げたことがある。

 少なくとも、高火力や重装甲は機動力を犠牲にするという一般的な法則は、高町なのはという魔導師には当てはまらないようであった。


 「いきなり襲いかかられる覚えはないんだけど!」

 なのはの叫びは彼女の心をそのまま表すものであるだろう。


 <だろうよ、あったらこっちが驚きだ。手前の家が暗殺とかを生業にしてて、何人もの人間を殺してきたってんなら心当たりもあるかもしんねーけど>

 しかし、対峙する騎士にとっては、斟酌する必要のない事柄である。

 ただ、この時の感想が当たらじとも遠からじであったことを、ヴィータはかなり先のことかもしれないが、知ることとなったりするかもしれない。


 「どこの子! いったい何でこんなことするの!」


 「………」

 答えることなどないと言わんばかりに、ヴィータはさらに二つのシュヴァルベフリーゲンを顕現させるが。


 「教えてくれなきゃ―――――分からないってば!」

 しかし、誘導弾の制御に関してならば、なのはに一日の長がある。そも、ミッドチルダ式とベルカ式を比較するならば、どちらが射撃や誘導弾の制御に向いているかなど、論ずるまでもないのだから。


 「!?」

 予期せぬ角度、さらには速度を伴って、二筋の桜色の誘導弾が鉄鎚の騎士へと殺到し。


 「くぅっ!」

 一つは紙一重で避けるも、避ける先を予期していたかの如く、二撃目が襲い来る。誘導弾の基礎ではあるが、その速度と錬度は並ではない。


 「ちぃっ! このやらぁ!」

 ほぼ反射に近い動作でパンツァーシルトを発動させ、誘導弾を相殺しつつ弾き飛ばし、即座に反撃に出るヴィータ。


 『Flash Move.(フラッシュムーブ)』

 だがしかし、高町なのはの傍らには、彼女がいる。

 高速で襲い来る空戦魔導師への対処ならば、“魔導師の杖”レイジングハートの得意とするところであった。

 彼女は、雷の速度を持つ金色の魔導師と閃光の戦斧の主従を破るにはいかなる技能が必要であるか、そのシミュレーションを数え切れぬほど繰り返し、その対処法を編み出しているのだ。

 反射といってよい反応で星の主従は鉄鎚の一撃を回避し、同時にカウンター見舞う体勢に入る。


 『Shooting Mode.(シューティングモード)』

 防御や高速機動の制御をデバイスが担当し、主は誘導弾や砲撃に集中。

 それが、空を駆ける二人が実戦の中で編み出した、知恵と勇気の戦術なのだから。


 「話を――――」


 『Divine――――(ディバイン)』

 砲撃こそ、他の追随を許さぬ高町なのは最大の持ち味。


 「聞いてってばーーーーーー!!」


 『Buster.(バスター)』

 解き放たれる桜色の奔流は、AAAランクに相応しいどころか、Sランクに匹敵するであろう魔力が込められている。


 「!?」

 その光景に、さしものベルカの騎士も、困惑を隠せない。


 すなわち――――



 <言ってることとやってること違い過ぎだろ!>

 である。

 こちらが有無を言わさず襲いかかっている以上、敵が迎撃に出るのはある意味で当然であり、そこに問題など何一つない。

 しかし、僅かながら戦ううちに、ヴィータはこの少女は迎撃に出るつもりではなかったのかもしれないと思い始めていた。

 戦闘者のそれにしては彼女の応戦には“芯”が欠けており、どちらかと言えば“困惑”が多くを占めている様子。

 ひょっとして、本気で話を聞きたいだけなのか、と思った矢先の砲撃である。

 それもその筈、高町なのはは普段は争いを好まない心優しい少女だが、一度決めたら決して退かない不屈の心の持ち主だ。もしかしたら、それには父方の血が作用しているのかもしれない。

 <しかも―――洒落にならねえ威力!!>

 さらに、その威力と速度は彼女の予測を二周り近く上回っている。

 これまでの応戦の技術と、この砲撃の凶悪さは、対峙する騎士にとっては困惑を隠せないほど噛み合わないものであったのだ。


 <こいつ、砲撃特化型か―――>

 マルチタスクの一部では戦力分析を続けつつ、ヴィータは回避に専念する。

 しかし―――



 「あ――――」

 直撃こそ回避したものの、凶悪なる砲撃の余波は鉄鎚の騎士の騎士服の一部である帽子を破壊し、遠くへ吹き飛ばしていた。



 (うん………なあ■■、これを主君より賜った忠誠の証として騎士甲冑に付けるのってありかな?)

 彼女の脳裏を

 (お前が主との絆の証を騎士甲冑に刻みながら戦える時が、来ることを願おう)

 磨滅したはずの記憶が

 (うん、ただ、それを傷つけられたらその相手をぶっ壊すけどな)

 瞬きの間に

 (お前、それは逆恨みというものだぞ、騎士として戦場に出る以上は傷つけられることなど当然だろうに)

 駆け巡る

 (それとこれとは話が別なんだ。いいんだよ、あたし流の騎士道ってことで)



 「野郎………」

 ヴィータの黒い瞳が青く染まり、それはすなわち彼女が激昂していることを意味している。

 同時に、常に彼女と共に在る鉄の伯爵は主の意思を明確に読み取り、己の権能を顕現させる準備を始めていた。


 「戦いである以上、傷を負うことは覚悟せよ」

 それは、騎士の理。


 「だけど、それはそれ―――――これはこれだ!」

 だがしかし、主との繋がり示す品を、己の誓いと成すのも、騎士の在り方の一つ。

 騎士道とはすなわち、己の魂を示すための意思の具現。己の意思があってこそ、あらゆることに意義はある。


 「グラーフアイゼン! カートリッジロード!」


 『Explosion!(エクスプロズィオーン!)』

 中世ベルカのデバイス技術の結晶、カートリッジが吐き出され、グラーフアイゼンに爆発的な魔力が宿る。


 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 それは、鉄の伯爵が持つ二つ目の姿にして、ロケット推進による大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。

 ハンマーヘッドの片方が推進剤噴射口に、その反対側がスパイクに変形し、力の集約を行うための姿へと。


 「ラケーテン――――!!」

 グラーフアイゼンより凄まじいエネルギーが噴出され、ヴィータは己の飛行魔法にそのエネルギーを上乗せし、爆発的な速度を生み出す。


 「ええっ!」

 そしてそれは、高町なのはという少女にとって、未知の領域にあるものであった。

 半年ほど前、ある魔法人形がそれを用いて稼働しているところを見たことはあり、その光景を思い出すと笑いがこみ上げそうになったが、今はそんな場合では無いので彼女はその光景を頭から閉め出した。

 そして彼女にとっての印象は“魔力電池”であり、その認識は正しいものであった。

 カートリッジと言ってもその用途は多種多様。非魔導師でも扱える魔導端末の動力用から、魔力不足を補うための低ランク魔導師用の品、そして、高ランク魔導師が使用する、己の魔法の威力を爆発的に定めるための推進剤。

 しかし、その魔法人形は戦闘が本分ではないため、なのはの前で高ランク魔導師用のカートリッジを炸裂させたことはなく、それを用いた魔法の使用も当然皆無。


 よって―――


 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 「あうっ!」

 彼女の張った障壁を、グラーフアイゼンは鏡を砕くが如くに破壊し、その要であるレイジングハートのフレームをすら撃ち砕く。


 「ハンマーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 「ああああああ!!!」


 ラケーテンハンマー

 魔力噴射による加速で威力を高めるものの、圧倒的な加速力と攻撃力を引き換えに、魔法サポート機能が落ち、射撃魔法、範囲攻撃が出来なくなる、言うなれば諸刃の刃。

 しかしそれだけに、後方からの射撃を得意とするミッドチルダ式魔導師にとっては天敵ともいえる攻撃。

 その速度は距離を即座に詰めることを可能とし、繰り出される一撃はフェイト・テスタロッサのフォトンランサー・ファランクスシフトをすら防ぎきった高町なのはのバリアをすら、跡形もなく粉砕する。

 魔法にも相性というものは当然存在しており、砲撃系の魔法は確かに強力ではあるが、障壁を破壊するならば、一点に魔力と物理的破壊力を収束させたアームドデバイスの一撃に勝るものはない。

 これまで、ベルカ式の使い手と戦ったことのない民間の魔導師にとって、Sランクに相当する力を持つ古代ベルカの騎士を相手にすることは、極めて困難であると言わざるを得ないだろう。


 「ふぅ、やっぱし、あいつはベルカの騎士を知らねえようだな」


 『Ja.』

 激昂して感情のままに襲いかかったようでありながらも、並行して冷静極まりない戦況推察を行うのが騎士というもの。

 外見とほとんど相違ない精神性を有するヴィータではあるが、彼女もまたかつての白の国の近衛騎士が一人。

 熱くなるあまり自分も周りも見えなくなるようでは、正騎士を名乗ることなど許されない。

 ただし、彼女が10歳に満たぬ若さにして、その心を得るに至った経緯は、彼女自身の中にすら既に存在していない。


 だがしかし――――その魂は常に傍らに


 彼こそは、幼き少女が鉄鎚の騎士となった瞬間を見届けた、ただ一つの存在なのだから。




 「デバイスも半分くらいは砕いた、一気に攻めるぞ!」


 『Jawohl!』

 ラケーテンフォルム特有の推進機構が再び鼓動を開始し、エグゾーストに似た音を轟かせる。

 対象はビルと衝突し、内部へと姿を消したが、魔力の反応はその位置のまま。

 つまり、このまま押し切るには絶好の機会。逆に、再び距離を与えてしまえば、あの悪夢の砲撃が再び放たれる危険性がある。

 ヴィータが優位に立ちつつある戦況ではあるが、その天秤はまだ完全に定まってはいない。この状態で油断、もしくは慢心し、獲物をいたぶるような真似をする者を、三流と呼ぶが―――


 <冷静に―――――今は、仕留めることだけに集中しろ、蒐集はその後だ>

 なのはにとっては不幸なことに、鉄鎚の騎士ヴィータは一流の戦闘者であった。



 「げほっ、げほっ、あ、つつ」

 対して、彼女はまだ戦闘技術というものを専門の講師から学んですらいない。

 古の白の国でいうならば、彼女はまだ“若木”なのであり、戦闘能力自体はかなり近くとも、“若木”と正騎士の間には超えること難き壁があり、それを彼女は実体験を以て知ることとなった。

 この経験を糧に、彼女の翼はさらに高みへと羽ばたくであろうが、それは今ではない。危機に陥ったその時に瞬時に成長できるほど、世界というものは優しくはない。御都合主義の英雄譚は、あくまで物語の中でのみ綴られる。


 「でええええええええええいい!!」


 『Protection.(プロテクション)』

 それ故、なのはに許されたことは、残る全魔力を防御に回し、破滅の一撃を耐え忍ぶべく術式を紡ぐことであるが。


 「鉄鎚の騎士と、鉄の伯爵に――――――」

 対峙する騎士は、夜天の守護騎士の中でも最もバリア破壊を得意とする前衛の突撃役。


 「砕けないものはねえ!」

 その侵攻は強烈無比にして、立ちはだかるものは悉く粉砕される。


 ≪破らせはしない! 守りきる!≫

 だが、主のためにある“魔導師の杖”のデータベースには、諦めるという単語は存在しない。

 彼女の銘は“不屈の心”、どのような状況であっても、折れることなどあり得ない。


 「レイジングハート!」

 主へと破壊が迫るならば、その盾となることこそ、デバイスの務め。

 己の命題を刻みつけし魔導師の杖に、迷いなどは微塵もなかった。



 ――――しかし、蓄積された経験の差というものはどうしようもなく存在する。


 それは、最近目覚めたばかりのレイジングハートも認めるところでもあった、製造年数は己が古いとはいえ、自身はまだあの45年もの長き時を稼働し続けたデバイスの経験値には及ばないと、彼女自身が認識している。

 ならば、今彼女と相対する騎士の魂もまた――――


 ≪我に―――――砕けぬものなし!≫

 守る誇りがあれば、砕く誇りも存在する。

 鉄の伯爵グラーフアイゼンはアームドデバイスであり、守りを本領とした機体ではない。

 主に仇なす敵を撃ち砕くことこそ、彼の存在意義なのだ。


 「ぶち抜けえええええええええええ!!」


 『Jawohl.(了解)』

 鉄鎚の騎士の咆哮に、彼は真っ向から応じ、ラケーテンフォルムの噴射口は、三度目の爆発を更なる加速へと変え、変換されたエネルギーはレイジングハートの守りを突き崩していく。

 と同時に―――


 【分かってるな、アイゼン】


 【Naturlich(無論)】


 【騎士甲冑だけをぶち壊す、間違っても心臓に突き刺さったりすんなよ】


 【Ich weis,(応とも)】

 彼女と彼は、刹那の狭間に意思を交わす。

 主の未来を血で汚すわけにはいかない。

 それが、現在のヴィータにとって守るべき誓いであり、彼女の騎士道の在り方なのだ。

 効率だけを見るならば、ここで心臓、もしくは頭部を撃ち砕き、死体からリンカーコアを蒐集した方が良いことは明白。

 ここは主の住む家の近辺であり、この少女が生き延びれば、より力を得て立ちはだかってくる可能性とて存在している。

 しかし――――


 【それが――――騎士だ!】


 【Jawohl.Mine Hell!(了解、我が主!】

 非殺傷設定という便利な機能の恩恵はなく、命を奪うことを前提に作られたデバイスと、戦場で敵の命を奪うための武術、古代ベルカ式を操る騎士は不殺の誓いを守り続ける。


 『Master!』


 「――――っ、ああ!」

 その一撃は強く、重く、ついに魔導師の杖の防壁を完全に破壊し、少女のバリアジャケットをも撃ち砕く。だが、その身に物理的に重傷と呼べる傷はない。


 「はあっ、はあっ、はあっ」

 主の荒い息と合わせるかのように、グラーフアイゼンの放熱機構がカートリッジの使用に伴い気体を噴出し、役目を終えたカートリッジをその身から吐き出す。


 【よし、上出来だ】


 【Danke.】

 殺しはしないが、敵の障壁の破壊するために全力を尽くす。

 それは矛盾、彼女が騎士であるが故の矛盾。

 ただのプログラム体であれば、迷わず殺しており、八神はやての家族としてのみ在ろうとするならば、そもそも戦ってすらいない。

 だがしかし、彼女はその道を選んだのである。


 「ふぅ」

 呼吸を整えながら、ヴィータは壁際に倒れ、上半身だけを起こした状態でなおもこちらに中破したデバイスと向ける少女へと近寄っていく。



 <このデバイス、インテリジェントだ。こいつを完璧に壊せば、そうそう代わりはねえはず>

 ただ、戦士の目は、魔導師ではなく、そのデバイスへと向けられていた。

 殺しはしないことを誓っているが、デバイスを破壊しないことを誓ったわけではない。そして、相手を殺さずに戦う力を奪うならば、それこそが次善の手段である。


 <レイジングハート、だったか、覚えておくぜ>

 無言のまま、ヴィータはグラーフアイゼンを振りかぶる。傍目には少女に止めを刺そうとしているように見えるだろうが、その対象は魔導師の命ではなく、魂。

 彼女が自身のデバイスを己の魂と認めるように、この二人も強い絆で結ばれていることは、短い戦闘ではあったが確かに感じ取れた。

 だからこそ、そこに温情はかけない。騎士として、戦いぬいた相手に終わりを与えるのみ。

 かくして、鉄の伯爵が魔導師の杖へと振り下ろされ―――――




 『Get set』




 そこに割って入りしは、魔導師の杖と同種の命題を持つ閃光の戦斧。


 「!?」

 だが、ヴィータの驚愕の理由はそこではない、自身の一撃が防がれたことよりも、それを成した敵手の気配を自身がまるで感じ取れなかったことこそが、彼女の心を揺るがせる。


 <いつの間に!?>

 そして、その原因、いや、術者も即座に姿を現し、ヴィータはその理由を悟る。


 「ごめん、なのは、遅くなった」

 そこには、転送魔法でフェイトと共に封鎖結界へ侵入すると同時に、その気配を極限まで薄めるという離れ業を平然と行った結界魔導師が、白い少女を守るように立ちはだかっていた。

 さらに、その前に立ち、グラーフアイゼンを受けとめる金色の髪を持つ少女は。


 「仲間………か」

 鉄鎚の騎士の確認の要素を含んだ問いに対し――――


 「………友達だ」


 『Scythe Form.(サイズフォーム)』



 己が相棒と共に戦闘体制を取りながら、自らに誓うように答えていた。





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すみません、なぜか途中で切れて投稿されてましたので、修正しました。




[25732] 第三話 戦いの嵐、再び
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/02/27 19:00
第三話   戦いの嵐、再び




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル内部 PM7:55



 封鎖結界に覆われた領域内にあるビルの一つ。

 その内部において、外見年齢だけならば小学生の中学年程度と思わしき少女が対峙する。


 「………」

 一人は、噴射機構とスパイクを備えた鉄鎚を構え。


 「………」

 一人は、魔力刃で刀身を構成した大鎌を構える。


 <アームドデバイス? いや、近接戦闘も出来るようだけど、これはアームドじゃねえ>

 既にミッドチルダ式魔導師を一人戦闘不能状態へ追い込んだベルカの騎士は、新手の少女の観察を続ける。


 <だけど、纏う雰囲気が向こうの奴よりも鋭い、ひょっとして………>

 そんな、彼女の疑念に応えるように。


 「民間人への魔法攻撃、軽犯罪では済まない罪だ」

 金色の髪を持つ魔導師は、言葉を紡ぐ。


 「手前は―――管理局の魔導師か」

 ヴィータは管理局の機構を詳しく知るわけではないが、次元世界の法律を詳しく知り、民間人への攻撃者の前に立ちはだかる存在と言えば、真っ先に浮かびあがるのがそれである。


 「時空管理局、嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ」


 「嘱託…………魔導師」

 しかし、彼女にはその名称に聞き覚えはない。

 かつての闇の書の主の下で管理局と戦った時も、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターと戦った局員は本局武装隊の武装局員や、エース級魔導師。さらに、今よりも社会が安定していない時代であったこともあり、まさしく最前線で戦い続ける魔導師を相手にしてきたのだ。

 それだけに、およそ9歳程度と思われる少女が、どのような形かまでは定かではないものの時空管理局の一員として立ちはだかってくることはヴィータにとって想定外であった。


 「抵抗しなければ、弁護の機会が君にはある。同意するなら、武装を解除して」

 とはいえ、その少女の言葉に戦うことを既に決めた騎士が従えるはずもなく。


 「あいにく、あたしらの価値観じゃあ、敵を前に武装を捨てるのは恥なんだよ!」

 ここでこのまま戦えば最悪二対一となることから、仕切り直すために全速で離脱を果たす。


 「ユーノ、なのはをお願い」


 「うんっ」

 だが、こと高速機動に関してならば、フェイト・テスタロッサを凌ぐことは容易ではない。

 飛行魔法による離脱を目論む者にとって、閃光の戦斧を従えた黒い魔導師は、最悪の相性と言える存在であった。


 「ユーノ君、どうやってここを……」


 「うん、その前に―――ありがとう、レイジングハート」

 なのはに治療魔法をかけながら、ユーノは半壊しながらもなおも主人と共に在るデバイスに礼を述べる。


 『Seem to arrive(届きましたか)』


 「え、どういうこと?」


 「レイジングハートから、トールに救難信号が届いたんだ。普通の念話や通信だったらこの封鎖結界で阻害されちゃうだろうけど、受け手は時の庭園の中枢機械のアスガルドで、それを管制機であるトールが動かしてる、だから、言葉の形は成してなかったけど、救難信号であることは判別できる信号が届いたんだよ」


 「そうなんだ……………ありがとう、レイジングハート」


 『No.………Don't worry. (いいえ………お気になさらず)』

 だがしかし、魔導師の杖にとっては、この状況が既に大失態であった。

 主を守りきることは叶わず、もしフェイト・テスタロッサとユーノ・スクライアが僅かにでも遅れていれば、主は――――

 レイジングハートは、高町なのはのために稼働してより初めて、己の無力さ、己の性能の足りなさを認識していた。


 〔いつか、貴女やバルディッシュにも分かる時が来ますよ。己の性能が主のために足りていない、ならば、自分はどうするべきかを考える時が〕

 己より遙かに長く稼働を続ける、先達の言葉と共に。

 彼女は、思考を続ける。


 「それよりも、あの子は誰? どうしてなのはを…」


 「分からない、いきなり襲いかかられたから………」


 「そっか………でも、もう大丈夫、フェイトもいるし、アルフもいる。それに………」


 「アルフさんも?」

 ユーノが最後に言いかけた言葉を遮ってしまう形で、なのはは確認の問いを返した。

 そして、なのはがその二人を思い浮かべているちょうどその時、上空では先端が開かれているのであった。








新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM7:57



 「バルディッシュ」


 『Arc Saber.(アークセイバー)』

 フェイトの魔力を受け、閃光の戦斧が鎌形を形成する魔力刃を、射撃魔法として解き放つ。


 「グラーフアイゼン!」


 『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』

 対して、鉄の伯爵は強襲形態であるラケーテンフォルムを解除し、魔法制御・補助能力に優れ、シュヴァルベフリーゲンの誘導管制補助には最適と言えるハンマーフォルムにて迎え撃つ。

 ヴィータが放った鉄球は四発。それとフェイトが放った魔力刃は空中で交差し、衝突することなく互いの目標へと突き進む。


 「障壁!」


 『Panzerhindernis!(パンツァーヒンダーネス)』

 迫りくる魔力刃を、彼女はバリア型防御、パンツァーヒンダネスにて防ぐ。

 もしフェイトが放った一撃が直射型射撃魔法であるフォトンランサーであれば、弾くシールド型防御、パンツァーシルトを用いたところだが、今向かってきているのは回転しながら飛来し、恐らくある程度の誘導性を有していると思われる魔力刃。

 ヴィータの読みは的確であり、フェイトの放った魔法、アークセイバーは魔力斬撃用の圧縮魔力の光刃を発射する誘導制御型射撃魔法。これに対してシールド型の防御を用いれば、死角へ回られて意味を成さない可能性があった。故にここでは半球形を成して受けとめることも可能なパンツァーヒンダネスを用いるべき。

 相手の攻撃の特性を瞬時に見極め、適切な防御魔法を選択する戦術眼は、彼女がまさしく歴戦の勇士であることを窺わせる。だがしかし、フェイト・テスタロッサの魔法の師であったリニスという女性の手ほどきも、また並大抵のものではなく―――


 「ちっ」

 アークセイバーにはバリアを「噛む」性質があり、さらに軌道も変則的なので攻撃される側にとっては防御・回避しにくく厄介極まりない。一応、防ぐことには成功したものの、的確な防御を成してなおかなりの魔力を注ぎ込むことを必要とした。


 「―――っ」

 だが、相手の攻撃に対して驚嘆の念を禁じえないのは、黒い魔導師も同様。

 赤い少女が放った誘導弾は実体を伴って襲い来上、その速度も尋常ではない。フェイトのバリアジャケットはそれほど強固ではないこともあり、彼女の戦闘スタイルはなのはと違って攻撃を受けとめることには向いていない。

 そのため、彼女の選択肢は制御しきれなくなる速度で動きまわるか、間合いを大きく離すかの二択となるのだが―――


 <この子の魔法、凄い錬度だ。なのはには若干劣るけど、勘がいい>

 純粋な誘導弾の管制機能のみならば、ミッドチルダ式の高町なのはとレイジングハートの主従に分があるのは当然の理。

 しかし、鉄鎚の騎士と鉄の伯爵は、速度や管制機能で劣る部分を、培った戦闘予測で補っている。つまり、四つのシュワルベフリーゲンを兵、己を指揮官と見立て、高速で避ける相手を用兵で以て追い詰めるのだ。

 魔力値の高さや錬度が、そのまま戦場での優位をもたらすわけではない、状況に合わせた応用力と的確に使用できる判断力こそが重要。

 現在のフェイトが最も模擬戦を行う機会が多い相手、クロノ・ハラオウンの教え通りの光景が彼女の眼前で展開されている。


 <だけど―――>

 そんな戦術を極めるクロノと模擬戦を行って来たが故に、フェイトもまたそういう相手と戦う際の手法をパターンとして保持している。

 その一つが――――


 「!?」


 「バリアァァーーーーーー!!」

 仲間と連携し、隙を突く戦い方。


 「ブレイク!」

 フェイト・テスタロッサが使い魔、アルフの放った一撃は、バリア破壊の特性を備えた渾身の拳。アークセイバーを防ぐためにはバリアこそが最適であるが、シールドと異なり球に近い形で展開すれば同時に行動の自由を狭めることにもなる。


 「くうっ!」

 その隙をアルフは的確に突いたのだ。まさしく主と以心伝心のコンビネーションと言え、ヴィータが展開していたパンツァーヒンダネスを完全に破壊する。

 されど―――


 「このやらあ!」

 弾かれた体勢から即座に立て直し、反撃に移る彼女もまた、並大抵ではない。


 「ラウンドシールド!」

 若干の驚愕を即座に押し殺し、アルフは障壁を展開。フェイト程の高速機動が無理な彼女では、受け止めるより他にない。


 「テートリヒ・シュラーク!」

 しかし、鉄鎚の騎士もまた、バリア破壊を得意とし、両者の戦闘の相性ならば、ヴィータがかなり優勢といえるだろう。


 「っあ!」

 ハンマーフォルムでの一撃を受け、アルフは傷こそ負っていないものの、衝撃までは殺しきれず落下していく。


 「――――!」


 『Pferde.(フェーアデ)』

 だが、騎士の直感はなおも脅威が去っていないことを告げている。

 “騎兵”を意味する魔術単語と共に、グラーフアイゼンがミッドチルダ式でいうところのフラッシュムーブに近い術式を展開させ、渦巻く風がヴィータの足元に発生し、急上昇。


 「せえい!」

 アルフと入れ替わるようにバルディッシュのサイズフォームによる直接攻撃を仕掛けてきたフェイトの追撃を躱しきる。


 「ふっ!」


 だが、その時には既に体勢を立て直したアルフが、移動魔法を無効化するための術式を走らせ、ヴィータの足に宿っていた湖の騎士シャマル直伝の移動用の風を消し飛ばす。


 <こいつらの連携――――――隙がねえ>

 これが、フェイト・テスタロッサとその使い魔アルフの連携戦術。

 歴戦の守護騎士にとってすら迎撃が困難なほどの錬度を、フェイトとアルフの二人は確立している。

 同じく歴戦の執務官であるクロノ・ハラオウンですら、この二人を同時に相手取るのは厳しく、模擬戦で競えば一本とられることすらあるのだから。


 「はああああああああ!!」


 「ぐっ!」

 アルフが足を封じると同時にフェイトが距離を詰め、再びサイズフォームでの近接攻撃を仕掛け、ヴィータは辛くもグラーフアイゼンの柄でバルディッシュの柄を受けとめる。


 <くそ、ぶっ潰すだけなら簡単なんだけど、それじゃあ意味ねえんだ>

 不殺の誓いがある以上、グラーフアイゼンが最大の破壊力を発揮するフルドライブ状態、ギガントフォルムは容易には使えない。

 それこそが、現在の守護騎士が持つ最大の枷と言える。

 命を奪い合う殺し合いの場において、非殺傷設定など相手に反撃の機会を与えるだけであまり効率的ではないように、“殺さずに制する”ことを目的とする場合において、殺傷設定など枷にしかならない。

 非殺傷設定も殺傷設定も、そこに優劣などありはしない。ただ、目的が変われば求められる機能も変わるだけの話であり、古い機械仕掛けは閃光の戦斧にそう教えていた。

 つまり、殺傷設定しか存在しないデバイスを用いる以上、守護騎士は全ての意識を相手の打倒のみに集中することは不可能。逆に、非殺傷設定のデバイスを操る者は、相手を殺してしまう危険性がないため、全ての意識を相手の打倒のみに集中できる。

 非殺傷設定とはまさしく、管理局員が全力を出し切れるように考案された、新たなるデバイス技術なのであった。


 <カートリッジ残り二発、やれっか―――>

 しかし、いくら状況が不利であっても、それが現実。

 限られた手札を如何に活用して道を切り開くかが、“戦術”であり、それを構築することも騎士の資質の一つである。





 「アルフさんも、来てくれたんだ……」


 「うん、クロノ達もアースラの整備を保留にして、動いてくれてるよ」

 そんな彼女らの空中戦を、なのはとユーノの二人もビルの屋上に移動し、その成り行きを見守っていた。










新歴65年 12月2日  本局ドック 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”




 「アレックス、結界抜き、まだ出来ない?」


 「解析完了まで、後少し―――」

 アースラにおいても、そのスタッフ達が事態を把握するべく全力で活動を続けている。

 特に、管制主任であるエイミィ・リミエッタは、このような状況でこそ、その腕が問われる。


 「術式が違う、ミッドチルダ式の結界じゃないな」

 その傍らに立つクロノ・ハラオウンも、目まぐるしく表示を変えるコンソールを見守りながら、解析を行っていく。


 「そうなんだよ、近代ベルカ式でもない。多分、古代ベルカ式だとは思うんだけど、少なくとも、聖王教会の騎士団の人達が登録してくれてる術式とも一致しないんだ」


 「古代ベルカといっても、地方や時代によって術式は異なる。現代まで伝わっているのはあくまで一部だ、仕方ないか」

 それ故に、古代ベルカ式の継承者はレアスキル持ちとほぼ同等の扱いを受ける。逆説的に言えば、再現が不可能なレアスキルと認定されるものは古代ベルカ式のものが大半なのだ。

 それはまた、ミッドチルダ式が専門性ではなく、広く伝え、学ぶための汎用性を突き詰めた魔法技術体系であることも無関係ではないだろう。


 【クロノ・ハラオウン執務官】


 【トールか】


 【はい、結界の解析は私とエイミィ・リミエッタ管制主任が担当いたします。ですので、貴方は戦力として現地に赴かれることが、効率的と称される部隊運用でありましょう】


 【その回りくどい言い方は何とかならないのか】


 【申し訳ありません。私の汎用人格言語機能は、もうフェイトの周囲でしか使用されないのですよ】


 【そうだったな………】

 フェイトと共にいる時ならば、何度彼にからかわれたか数えきれない。

 しかし、フェイトが傍にいない時のトールは、まさしくデバイスそのもの。

 年季を感じさせる、融通の利かない、古びた機械仕掛けなのだ。

 いや、細かい手法や対応においてはかなり融通が利き、経験に基づいた幅広い思考が可能であるが、根本的な行動原理となると一切の融通が利かないのがトールという存在である。


 【ともかく、了解した。君がいてくれて助かるよ】


 【感謝には及びません、フェイトのためです。では私も今からそちらに向かいます】


 【ああ、それでいいさ】

 アースラのスタッフは優秀ではあるが、ミッドチルダ式とベルカ式の違い、さらにその歴史背景についてまで把握しており、現在の状況とすり合わせながら解析できる存在となると、トップ三人に絞られる。

 とはいえ、艦長であるリンディは全体を指揮せねばならず、エイミィ一人では解析が厳しいのも事実であり、執務官であるクロノは非常に動きにくい立場にあった。

 しかし、現在のアースラにはその三人以上に“解析”というものを得意とする存在がいる。過去のデータベースと照らし合わせ、単純な比較演算を繰り返し行うことならば、彼の右に出る存在などいないのだ。


 「エイミィ、僕も出る。君はトールと協力して結界の解析に集中してくれ」


 「オッケー、任して」

 後方が万全であればこそ、前線組は心おきなくその力を振るうことが出来る。

 インテリジェントデバイス“トール”には直接的な戦闘技能はないが、他の者が本領を発揮するための環境を整える“舞台装置”としての機能ならば、他の追随を許さない。

 かくして、クロノ・ハラオウンもまた、戦場へと馳せ参ずる。







新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:01





 「――――っ!」


 「こんの!」

 目まぐるしく位置を入れ替えながら高速機動戦を展開する二人の戦いも、終息する時が見えた。


 「んあ!」

 しばらくは二人がかりでのコンビネーションを行っていたフェイトとアルフだが、敵の応戦技術を鑑み、一種の賭けに出た。

 それはすなわち、あえてフェイト一人で相手をし、アルフは敵を捕えるための罠を構築することに専念すること。

 なのはを一方的に打ち負かした相手に対して行う作戦としては若干博打性が高かったものの、どうやら功を奏したようである。


 「く、ぬぎ、くく…」

 ヴィータの四肢はアルフのバインドによって完全に拘束され、完全に身動きを封じられた。


 「終わりだね、名前と出身世界、目的を教えてもらうよ」

 フェイトとアルフは油断なく身構えつつも、捕えた少女に言葉をかける。

 だが―――


 <やっぱし、甘えな>

 絶体絶命の状況にありながらも、鉄鎚の騎士は冷静に思考を働かせていた。


 <あたしの危険性を考えれば、目的を聞く前にまずは手足の一、二本は叩き折るべきだろ。治療なんて後でも出来るし、尋問するなら医務室でも出来る>

 少なくとも、自分が時空管理局員であったなら、そうしているだろう確信がある。


 <それに、この程度で完全に封じれたと思われてんなら、甘く見られたもんだ>

 確かに、身動きは出来ないが、このバインドには魔力の生成や運用を阻害するような効果はなく、さらに、グラーフアイゼンは未だ右手にある。


 <カートリッジ残り二発、それを一気にロードして、ギガントフォルムを顕現させればその衝撃でバインドをぶっ壊すこともできる>

 だが、それを行えば後がなくなってしまう。

 今夜、ヴィータの戦略目標はあくまで高町なのは一人であり、この金髪の魔導師との戦いはそもそも想定外。長期戦を予想していたわけではないので、カートリッジの補給のことは考えていなかった。

 しかし、このまま戦っても勝ち目が薄いことを認識してなお、カートリッジをロードすることもなく、彼女が単身で戦い続けたのには当然、相応の理由がある。


 <何より、このバインドで――――――念話は止められねえよな>

 そも、白い魔導師の少女の探索役は、鉄鎚の騎士ヴィータ一人ではない。

 彼女と異なり、カートリッジを補給する必要もなく、戦闘継続可能時間ならば、四人の中で群を抜く存在が、つい15分ほど前まで行動を共にしていたのだ。

 すなわち――――


 「!? なんかやばいよ、フェイト!」

 野生の勘が成せるものか、アルフはただならぬ予感を察知し、主人に注意を促すも、時すで遅し。


 「はあっ!」


 「くああっ!!」

 凄まじい速度で下方から来襲せし剣の騎士が、フェイト・テスタロッサを炎の魔剣、レヴァンティンによって弾き飛ばす。


 「シグナム――――」

 だがそれは、ヴィータにとっても予想外の存在だった。

 彼女がこの場に来ると確信していた存在は、ヴォルケンリッターの将ではなく。


 「うおおおおお!!」


 「!? つああっ」

 騎兵の如き猛進から、ガードごと突き破る拳を放ち、体勢を崩した相手に追撃の蹴りを蹴りをみまい、弾き飛ばす近接格闘の名手。

 ヴォルケンリッターが盾の守護獣、ザフィーラであった。


 「レヴァンティン、カートリッジロード」


 『Explosion!(エクスプロズィオーン)』

 そして、奇襲によって体勢を崩した相手をそのまま見逃す程、烈火の将は甘くはない。

 先の一撃によって弾き飛ばされたフェイト・テスタロッサに対し、手加減なしの追撃をかける。


 「紫電一閃―――――――はああああっ!!」

 シグナムの炎熱変換を持つ魔力が刀身に満ち、炎の魔剣はその名の通りの姿を顕現させる。

 飛行魔法による加速、シグナムの太刀筋、さらに、カートリッジによる強化に、レヴァンティン自身の強度。

 これらが合わさったこの一撃を防ぐことは、例えSランクの魔導師であっても容易ではないだろう。


 「!?―――」

 そして、今日初めて古代ベルカ式の使い手と対峙することとなった少女がそれを成すことは、いくら天性の才能と惜しみない努力を積んでいる身とはいえ不可能なこと。

 紫電一閃は閃光の戦斧の柄をたたき割り、武器を砕かれ、一瞬の忘我にある少女へと必死の一撃を見舞うべく、シグナムはさらにレヴァンティンを振りかぶり―――


 『Defensor.(ディフェンサー)』

 必死の一撃は、閃光の戦斧によって防がれていた。


 「バルディッシュ!」

 柄が叩き割られ、今の彼は二つに砕けた状態。如何にデバイスであろうとも、無視することは出来ない損壊。

 だがしかし、閃光の戦斧は自身の損壊など意に介さない。そのようなことなどまさしく“考えるに値しない”とばかりに、彼は主を守ることに全てを費やす。


 ≪通さぬ≫

 寡黙な彼は激することなく、静かに猛る。奇しくも状況はレイジングハートと似たものとなったが、最初のラケーテンハンマーによってコアにまで達する傷を負った彼女と異なり、バルディッシュのコアは未だ無傷。

 故に――――


 「やるな」


 『Ja.』


 高速機動の管制制御を行う彼は、相手の攻撃の勢いすら利用し、下方へ加速し離脱を図った。

 無論、代償として高速でビルに叩きつけられることとなるが、リカバリーもまた閃光の主従の得意とするところ。剣を得物とする相手の間合いに留まるよりも断然安全な選択と言えた。


 「フェイトォ!!」

 とはいえ、やや離れた場所から見ていたアルフにとっては、バルディッシュの咄嗟の判断までは知りえない。

 彼女はただちに己の主を助けるべく向かおうとするが。


 「…………」

 その進路には、盾の守護獣が無言で立ちはだかる。彼の表情、彼の纏う気配が、“ここから先へは行かせぬ”と何よりも雄弁に語っていた。


 「まずい、助けなきゃ」

 同じく遠くからフェイトが墜落するのを確認したユーノは、即座に行動に出る。


 「妙なる響き、光となれ。癒しの円のそのうちに、鋼の守りを与えたまえ」

 ユーノの詠唱と同時になのはの周囲にミッドチルダ式を表す円形の陣が構築され、彼女を癒しの光が包み込む。


 「回復と、防御の結界魔法。なのはは、絶対ここから出ないでね」

 なのはを守るために行える可能な限りの処置を終え、ユーノもまた飛行魔法を用いて空を駆ける。

 しかし―――


 「不味い!」

 そこで彼が見たものは、紫色の閃光がフェイトの墜ちたビル目がけて急降下していく光景であった。今からユーノが全速力で駆けつけようとも、敵が先に到達してしまうのは明らか。

 なのはを守るための結界を構築する彼の手際は、これ以上ないほどに速いものであったが、それでも十秒近い時間を要した。

 そして、その間の時間を座して待つほど、烈火の将の戦術眼は甘くはない。


 【ヴィータ、しばらく待っていろ、先に仕留めてくる】


 【ああ、いざとなれば自分でも外せるから気にすんな。それに、ザフィーラもいてくれる】

 そのような念話が交わされたのが5秒前の話であり、シグナムはそのまま墜落した魔導師への追撃へ移る。

 自分がヴィータのバインドを解除すれば、その間に残る敵が墜落した仲間を助けるために動くのは間違いない。しかし、デバイスを全壊させてしまえば、戦力として復帰することはほぼ絶望的となる。

 ならばここでシグナムが取るべきは、まずは手傷を負わせた相手のデバイスのコアを完全に砕き、戦闘不能状態へと追い込むこと。蒐集を行うことも、ヴィータのバインドを解除することも、それからでも遅くはない。

 それはまさに、ヴィータがレイジングハートに対して行うとしたことの焼き増しでもあったが、彼女らがほぼ同等の戦術眼を有する夜天の騎士である以上、当然の帰結でもあった。

 的確な状況判断の下、烈火の将はフェイトが墜落したビル目がけて一直線に突き進む。

 そこに迷いはなく、例えフェイトが戦える状態になくても、容赦する気など微塵もない。


 故にこそ、ユーノがフェイトの救援に向かった際に彼女が健在であり、シグナムがそこに到達すらしていなかったのは、彼女が判断を変えたためでも、フェイトに温情をかけたわけでも当然なく。


 「民間魔導師への攻撃魔法使用、管理外世界の市街地における許可なき結界封鎖、さらに、嘱託魔導師からの勧告を受けた後の戦闘続行」

 シグナムの前に、ストレージデバイスを構えた黒衣の魔導師が立ちふさがったからに他ならない。


 「時空管理局、次元航行部隊“アースラ”所属執務官、クロノ・ハラオウンだ」

 その構えには一切の隙もなく、これまでシグナムとヴィータが対峙した少女たちからは感じ取れた“素人らしさ”が微塵も感じ取られない。

 外見こそ、12歳程度と見受けられる少年であり、その声もまだ声変わりしていないが、纏う空気は歴戦の戦士のそれ。


 「詳しい事情を、聞かせてもらおう」

 そして、同じく歴戦の戦士である烈火の将は確信する。


 「残念ながら、答えられる事柄は持ち合わせていない」

 この少年を相手にするならば、こちらも相当の覚悟をもって臨まなければならないことを。

 殺さないように手加減しながら戦おうなどと考えれば、即座に仕留められるであろうことを。


 「聞きだしたくば、武器をもって打倒するしか道はあるまい」


 「そうか」

 返答は短く、両者はそれぞれのデバイスを構える。

 ベルカのデバイス技術の結晶、カートリッジシステムと高度な知能を兼ね備えし、炎の魔剣レヴァンティン。

 特筆すべき特性は持たないが、それ故にあらゆる状況に対応し、最速の演算性能を誇るストレージデバイス。汎用性という点で他の追随を許さず、ミッドチルダ式の象徴ともいえるS2U。



 ベルカの騎士と、ミッドチルダの執務官の戦いが、始まろうとしていた。








あとがき
 ここより、原作とはやや異なった展開となります。トールが解析役に回ったことで、クロノが前線指揮官として問題なく動けるようになったことが、相違点になりましょうか。
 原作の二話が終わるまではかなり怒涛の展開となる予定ですので、バトル好きな方は楽しみにしていただければ幸いです。それではまた。



[25732] 第四話 集団戦
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/03/01 20:40

第四話   集団戦




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル内部 PM8:03




 「大丈夫、フェイト」


 「うん、ありがとう、ユーノ」

 バルディッシュがリカバリーを行ったとはいえ、凄まじい勢いで叩きつけられたフェイトは、ビルの階層をおよそ10階分貫き、建築物損壊よりも建築物崩壊と称すべき破壊をビルにもたらしていた。

 もしここが封鎖領域の中でなく、現実空間であったならば、このビルを使用していた会社の窓際社員の首が切られることは疑いない。

 とはいえ、ビルがどうなろうとそれは彼らの関知するところではなく、ユーノは手早くフェイトにフィジカルヒールをかける。


 「バルディッシュも……」


 「大丈夫、本体は無事」


 『Recovery.(修復)』

 本体コアが破損しない限り、彼やレイジングハートは主の魔力を受けて即座に戦線へ復帰することが可能。これもまた、現在のデバイス技術の発展の成果といえるだろう。

 とはいえ、やはり限界はある。損傷を受けたことは確かなのだから、戦闘が終わればデバイスマイスターに点検を依頼する必要があることも事実であった。


 「ユーノ、この結界内から、全員同時に外へ転送、いける?」


 「うん、アルフと協力できれば………なんとか」


 「私が前に出るから、やってみてくれる」


 「分かった」

 そして、フェイトは目を瞑り意識を集中させ、己の使い魔念話を飛ばす。


 【アルフも、いける?】


 【ちょっときついけど、何とかするよ。それに―――】


 【なかなかいい判断だ、フェイト】

 そこに、予想外の人物からの念話が届く。


 【クロノ―――】

 バルディッシュの修復と同時に、相手の戦力や結界の強度を分析し、今後の対応を考えることに集中していたフェイトは、ユーノが治療を行うための足止めを行っている黒衣の魔導師の存在を感知していなかった。

 それに本来ならば彼が容易く動ける状況でなかったこともある。もし古き機械仕掛けがエイミィと共に結界解析役を引き受けていなければ、彼がここに来ることは不可能であっただろう。


 【ただし、若干の修正を加える。敵は現在のところ三人だが、これ以上増えないという保証はない、いや、もし仲間がいたならば、恐らくは乱入してくる可能性が高い】


 【…………確かに】

 フェイトの構想の中には新たな敵の増援という要素は含まれておらず、この状況でそこまで考慮出来るクロノに対し、彼女は内心驚いていた。

 しかし、クロノにもそれなりの理由がある。昨日、レティ・ロウラン提督と自分の母であるリンディ・ハラオウンとの会話を聞いていた彼は、ブリッジを辞した後、闇の書に関する情報を即座にデータベースより参照できるデバイスと、闇の書の守護騎士の特徴について確認していたのだ。


 〔鉄鎚の騎士と名乗るフロントアタッカー、湖の騎士と名乗るフルバック、盾の守護獣と名乗るガードウィング、剣の騎士と名乗るセンターガード、現在の四人一組(フォーマンセル)の原型ともいえる守護騎士。これに闇の書の主が加わった際の戦闘力は計りしれません〕


 〔彼らの纏う騎士甲冑はその時の主によって変化し、特定は不可能です。また、正体を悟られぬように蒐集を行う場合は変身魔法によって姿を変えるため、外見から判断することはミスリードの危険性を高くします〕


 〔剣の騎士は中背でフルプレートアーマーを纏い、鉄槌の騎士は小柄な身体にやはりフルプレートアーマー、湖の騎士は軽装甲の鎧を纏った女性、盾の守護獣はその名の通り大型の狼であったといいます。判断は姿よりも所持するデバイスで行うのがよろしいでしょう〕

 それらの情報を現状にあてはめるならば、対峙している三人の特徴は、フルプレートアーマーという点を除けば見事に当てはまる。ミスリードの可能性が否定しきれるわけではないが、レティ・ロウランの話との整合性も考えれば、ほぼ間違いあるまい。

 となれば、あと一人、湖の騎士と呼ばれる後方支援役がどこかにいるはずなのだ。


 【そして、新たな敵が来たならば、最も狙われ易いのはなのはだ。そこで、敵の三人は僕とフェイトとアルフで足止めするから、ユーノはまずなのは一人を安全に転送させることに全力を注いでくれ、ただし、なのはとはある程度の距離を置いた場所で】

 複数の人間が入り乱れる集団戦における定石は、弱い者、もしくは傷を負った者から狙うというもの。まずは、確実に消せるところから潰していく。または、弱いものを狙うことで強者が庇わざるを得ない状況を作り出すという戦術もある。

 敵がその定石に則るならば、狙ってくるのはデバイスが中破し、バリアジャケットも失っているなのはが当てはまる。逆に言えば、なのはさえ転送させてしまえば、残る四人は自力で敵を振り切って逃走することも不可能ではないのだ。外部からはアースラが現在も結界の解析を進めているのだから。

 クロノ・ハラオウンは烈火の将を足止めしながら、そこまでの思考を働かせていた。


 【どうして………あ、そういうことだね、分かったよクロノ】


 【えっと―――ユーノの転送魔法を敵が妨害しようとした際に、なのはを巻き込ませないため?】
 

 【その通りだ。かといってユーノの防御結界があるとはいえ離れ過ぎるのも問題がある、いざという時には補助に回れる距離を保つようにしてくれ。それから、敵にまだ仲間がいる可能性がある以上、ただ結界の外に出せばいいというものでもない。下手をすれば、結界の外で敵が待ち構えている危険性すらあるからな】


 【ええっと、じゃあ、どこに? アースラは遠すぎるよ?】


 【遠見市にあるフェイト達のマンションだ、あそこの転送ポートを利用すれば本局まですぐに飛べる。純粋な安全性ならなのはの家が一番だが、一応は魔法を知らない家に瞬間移動させるわけにもいかないだろう】

 高町家こそ、現在の海鳴市において最も戦力が集中している場所であるのは間違いない(さざなみ寮という可能性もあるが)。

 しかし、なのはが家族に秘密にしている以上は、まだそこに転送させるわけにはいかない。それに、このような事態になった以上は、なのはを一旦アースラか本局へ避難させる必要があるため、高町家は好ましくないのだ。

 ジュエルシード実験のために時の庭園が現地の拠点として用意したマンションは転送ポートとしてなおも機能しており、夏にフェイトが遊びに来た際には別宅としても機能していた。


 【分かった。僕は、なのはを守りながら彼女の転送に専念すればいいんだね】


 【じゃあ、わたしは?】


 【一旦僕と合流してくれ。流石に二対一では厳しそうでね、仕切り直したいところなんだ。アルフは、もう一人の足止めを頼む、ただし、深追いはするな】


 【了解、転送魔法を準備しなくていいなら、どうとでもなるさ】

 全員の同時転送ともなればユーノとアルフが二人がかりで行う必要があるが、ユーノが一人でなのはの転送に集中するならば、その間アルフは戦闘に全力を注ぐことが出来る。そして、ユーノが抜けた穴はクロノがカバー。


 【頼むぞ、皆】


 【【【  了解  】】】

 これこそが、クロノ・ハラオウン執務官。

 彼の参入は戦力が一人増えただけに留まらず、現状における彼我の戦力を分析し、こちらが取るべき行動を瞬時に判断し、皆に指示を出す前線指揮官の到着を意味しているのだ。

 戦闘能力だけならフェイトはクロノとかなり近い領域に達しているが、指揮官としての能力に関してはまだまだ及ぶところではない。自分の能力を使いこなすことと、他人を上手く使うことは全く別種の技能なのだ。

 そして彼は戦況を見極め、指示を出すと同時に、前線の戦力の一人としても機能しているのであり、若きエース達において、それを可能とするのも今はまだ彼一人。

 二人の魔法少女が、“エースオブエース”、“金色の閃光”の渾名と共に指揮官としての能力も持ち合わせる真のエースへと至るまでには、まだ幾ばくかの時が必要であった。



 ミッドチルダ式魔導師と、ベルカの騎士のよる集団戦が始まる。






新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:04




 「つあっ!」


 「はっ!」

 そして、念話による作戦会議を行いながらも、黒衣の魔導師は剣の騎士と相対している。

 最早、高速で飛び回ることは戦うために最低限必要な技能とでも言わんばかりに空を舞い、交差する両者。

 彼ら二人に限らず、この場にいる魔導師と騎士は全員が空戦を可能としており、かつその半数近くは10歳未満。ミッドチルダの地上部隊が聞けば何の冗談だと笑いたくなるであろう状況だ。


 「スティンガースナイプ」

 クロノのデバイス、S2Uより誘導制御型射撃魔法が発射され、シグナムへと突き進む。


 「レヴァンティン」
 『Panzerhindernis.(パンツァーヒンダネス)』

 躱しきることは困難と判断した彼女は、バリアを展開するも―――


 「スナイプショット」

 僅かにタイミングをずらした弾丸加速のキーワードにより、魔力光弾(スティンガー)は急加速、シグナムの予想を超える“早さ”で命中する。

 そして、それに留まらず、魔力弾丸は空中にて螺旋を描きつつ魔力を再チャージ。クロノの指示のもと、再び敵へと肉薄する。


 <やはり、か>

 迫りくる追尾と魔力チャージの特性を兼ね備えた弾丸を鞘で弾きながら、シグナムは己の直感が正しかったことを悟る。


 <強いだけではなく、巧い>

 飛行速度や近接攻撃の威力ならばフェイトが上、誘導弾の制御や砲撃の破壊力ならばなのはが上。

 しかし、必要な時に必要な魔力のみを用い、クロノは最高の戦果をあげている。今の彼の目的は足止めであり、アースラの結界解析に長時間かかることも考えられる以上は、持久戦を前提とした戦法を取るのも当然の成り行きであった。

 ブレイズキャノンなどの砲撃魔法は放たず、ベルカの騎士の独壇場である接近戦にも持ち込ませず、中距離を保ったまま彼は誘導弾とバインドのみでシグナムをこの空域に釘づけし続けている。

 それは彼が、数は少ないとはいえ現代に残るベルカ式の使い手との戦闘経験を有していることを意味している。民間人であるなのはや、時の庭園とアースラ以外では訓練を行ったことのないフェイトと異なり、クロノにとって古代ベルカ式の使い手は初見ではないのだ。


 <一人では突破は難しいな、ザフィーラも敵の守護獣を相手にしている。ならば――――多少荒いが、許せよヴィータ>

 そしシグナムは、“多少荒い手段”を実行に移す。





 
 「意外と苦戦してんな、シグナム」

 そんな将の胸中は知らず、鉄鎚の騎士はバインドに捕らえられた状態のまま、戦況の推移を見守っていた。

 シグナムは新手の黒衣の魔導師に足止め、いやむしろ釘づけにされ、ザフィーラもオレンジの髪をした守護獣を相手にしている、こちらはしばらく押していたが、現在はほぼ拮抗状態、今すぐにこちらに駆けつけることは厳しいだろう。


 「やっぱ、自分で外すしかないか――――って、おおい!」


 『Schlangeform!(シュランゲフォルム!)』

 ヴィータの位置にすら聞こえるほどの大きさで、レヴァンティンの声が響き渡る。それは、炎の魔剣の二つ目の姿、連結刃への変形を意味している。


 「シュランゲバイセン!」

 連結刃からの攻撃はシュベルトフォルムでは届かない範囲や中距離への攻撃を可能とし、敵の移動や回避を困難とする、間合いを制することに長けた一撃。

 そして、シグナムがわざわざカートリッジを使用して連結刃への変形を行ったことには、二つの目的があった。

 一つは、クロノとの間合いを離し、一旦仕切り直すこと。

 そして、もう一つは――――


 「危ねえなおい!」

 連結刃がシグナムを中心に竜巻を形成するように展開し、それを回避したクロノは一旦距離置く。と同時に、その反対側にいたヴィータにも当然連結刃は届く。

 だが、刃が騎士服の一部を切り裂いたものの、ヴィータの肌は無傷であった。また、破壊されたものは彼女の騎士服だけではない。


 「右手のバインドだけきっちり破壊してら、ったく、荒っぽいにも程があんだろ」

 愚痴を言いつつ、ヴィータは右手に握ったグラーフアイゼンによってバインドブレイクを実行、残り三つのバインドを悉く破壊する。


 「文句を言うな、それよりも、バインドに捕まるとは油断でもしたか」


 『Schwertform.(シュベルトフォルム)』

 そして、仕切り直すためにヴィータの元まで引き、レヴァンティンをシュベルトフォルムに戻しつつシグナムが声をかける。


 「うっせーよ、戦術的判断って言え。いざとなればこっから逆転することだって出来らあ」


 「そうか、それはすまなかったな。だが、あまり無理はするな、お前が怪我でもすれば、我らが主も心配する」


 「わあってるよ」

 主に無用な心配をさせないことも、騎士たる者の役目。それは彼女らの心より生まれる想いであり、“独善”と言われればそれまでではあるが、騎士に限らず、人と人との触れ合いというものはそういうものだ。

 自分ではない他人の心など、完璧に把握できるはずもなく、そもそも自分の心すら理解できない場合も多い。しかし、だからこそ人間は触れ合い、言葉を交わし、繋がっている。

 だが、闇の書の守護騎士として長い夜の中にいた頃は、そのような意思すらなく、蒐集を行うプログラムに過ぎなかったが、そんな彼女らも、今は主のために戦っているのだ。

 二人の騎士は敵の動向に目を走らせながらも、会話を交わしていく。


 「それから、落し物だ」


 「あ…」

 シグナムはヴィータの帽子を手に取り、彼女の頭に乗せる。


 「ありがと………シグナム」

 やや照れつつも礼を言うその時の姿だけは、まさしく歳相応の少女ものであったが。


 「戦況は、四対三、芳しいとは言えないな」


 「ああ、それに向こうさんも迎撃準備万全みたいだ」

 その表情は、すぐさま歴戦の戦士のそれへと戻る。その視線の先には、杖を構えし黒衣の魔導師と、ダメージから復帰し魔力刃で構築された鎌を構えた、同じく黒衣の少女が空に佇んでいる。


 「一人は戦闘不能だから敵は四人。一対一ならば我らベルカの騎士に負けはないが、守勢に回られ、負傷者を逃がされると厄介だ」


 「つーか、ここで逃げられたら、あたしはあいつのデバイスを壊しに来ただけの間抜けになっちまう」

 今宵の守護騎士の戦略目標はあくまで白い魔導師から蒐集を行うこと。管理局の主戦力クラスの魔導師と真っ向からやり合うこと事態が、既に想定外なのだ。

 かといって、ここで退いてはただこちらの情報を管理局に渡すだけの結果しか残らない。何としても四人の壁を突破し、少なくとも一人からは蒐集を行わねばただの無駄骨だが、いくらベルカの騎士とはいえ相手が守勢に徹するならば突破は難しい。


 「そして、先程までとは気配が違う。ザフィーラが相手している守護獣も同様にな」


 「差し詰め、指揮官が到着して、戦闘だけに専念できるようになったってとこか。これまでは慣れない状況判断と戦闘を同時に行ってたから甘さがあったけど、その穴も埋まっちまった」

 つい先程まではザフィーラに押されていたオレンジの髪の守護獣、アルフも今ではほぼ互角にまで持ち直している。

 ヴィータの推察の通り、クロノの指示によってフェイトのことや転送魔法のことを気にする必要のなくなったアルフは、目の前の敵と戦うことのみに全力を注げているのであった。

 数の上で不利な上に、敵の指揮官も優秀。

 ヴォルケンリッターにとって、戦局はいささか厄介な情勢となりつつある。


 「蒐集を行うにも、まずは誰か一人を抜かねばならんが………一人だけを転送するならばあまり時間もかからん、まずは、あの少年を狙うべきか」

 その少年とは無論、なのはから若干離れた位置で転送魔法の構築と部分的な結界抜きを試みるユーノ・スクライア。


 「だな、闇の書はあたしが持って……………ない」

 腰の後ろに手を回したヴィータが、そこにあるはずのものがないことに気付く。


 「何だと?」

 そして、その答えは数秒後に別の方角からやってくることとなる。










新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 キッチン PM8:05



 「♪~♪~♪~、よしっと、――――ん」

 鼻歌を歌いながら料理をしている少女のエプロンのポケットに収められた携帯電話が、着信音を響かせる。


 「もしもし?」


 「あ、もしもし、はやてちゃん、シャマルです」


 「ん、どうしたん?」


 「すいません、いつものオリーブオイルが見つからなくて………ちょっと、遠くのスーパーまで行って探してきますから」

 ただ、その声はいつものシャマルの声に比べてややゆっくりとしたもの。

 電話である以上当然と言えなくもないが、これはシャマルが主に虚言を成すときの特徴でもあった。


 「別にええよ~、無理せんでも」


 「出たついでに、皆を拾って帰りますから」


 「そっか、気いつけてな」


 「はい、お料理、お手伝いできなくて、すみません」

 それは、虚言ではなく心からも想い。


 「だいじょぶ、平気やって」


 「なるべく急いで、帰りますから」


 「急がんでいいから、気いつけてな」


 「はい、それじゃあ」

 そうして、湖の騎士シャマルは通信を終える。ただし、その場所は海鳴のスーパーの近くではなく、近いようでどこよりも遠い、位相を隔てた封鎖結界内。彼女の視線の先では、二騎の守護獣が空中戦を繰り広げている。

 無論、封鎖結界の内部から携帯電話を使用したところで、通常空間にいるはやての携帯電話に繋がるはずもない。そもそも、位相が違うのだ。

 だがしかし―――


 「そう、なるべく急いで、確実に済ませます。クラールヴィント、導いてね」


 『Ja.』

 彼女の持つデバイスは、直接的な攻撃力の大部分を犠牲にすることで、強力なサポート能力を保有するベルカでも数少ない補助魔法特化型のアームドデバイス。

 彼女と湖の騎士シャマルの魔法が合わされば、魔力で駆動する魔導端末と、純粋な電気で駆動する機械端末を繋ぐのみならず、空間を隔てた通信すらも可能とする。

 それは、目立たず地味でありながらも、実は瞠目すべき脅威の技術なのである。


 『Pendelform.(ペンダルフォルム)』

 風のリングクラールヴィントに収められた宝石が分離し、拡大して振り子をなす。そこには紐が繋がっており、さながらダウジングに用いるかのような様相を見せる。

 この状態においてこそ、クラールヴィントは通信・運搬の補助に対して最大の性能を発揮するのだ。


 【ヴィータちゃん、シグナム、ザフィーラ、闇の書は私が持っているわ】

 故にこそ、その念話はおろか、彼女がこの場にいるとさえも誰にも感知されぬまま、湖の騎士は密かに通信回線を開く。

 クロノですら、湖の騎士が近くにいる可能性に思い至っているものの、その場所までは特定できていない。彼が戦闘を行っておらず、探索に集中出来たならば話は違うだろうが、シグナムとヴィータと相対しながらでは無理があった。


 【管理局の魔導師はまだ私を感知していない。だから、いい作戦があるの】

 そして彼女は、ヴォルケンリッターにおいて頭脳戦を担当する参謀役。

 ベルカの騎士でありながら近接格闘に向かないデバイスを操るその真価が、静かに発揮されようとしていた。








新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:08





 集団戦が開始されると共に、戦う者達はそれぞれに散り、一対一の戦いを三箇所において展開することとなった。それぞれの位置はなのはの場所から離れており、アースラ組がヴォルケンリッターをなのはから引き離した結果といえる。

 また、三箇所の戦闘位置とほぼ等距離であり、なおかつなのはともそれほど離れてはいない位置にユーノは陣取り、結界の突破となのはの転送を試みる。

 そして、三局の戦いの一つにおいて、既に衝突が行われていた。

 高速機動からの魔力を伴った衝突はそれだけで凄まじい音と光を生み出すものの、その中心にいる両者は意に介することなく、各々の得物に力を込める。

 閃光の戦斧と炎の魔剣

 剣とハルバード、形状や用途に違いはあれど、近接戦闘において真価を発揮する武器であることに変わりはなく、その鍔迫り合いは一見、拮抗しているように見受けられる。


 「く、ぐぐ」


 「――――」

 だが、互角ではない。魔力と魔力がぶつかり合い、火花が散るたびに僅かながらバルディッシュの刀身が削られていき、僅かに亀裂が入る。


 ≪相手はアームドデバイス、強度は向こうが上か≫

 近接戦闘に向いた武装であるとはいえ、バルディッシュはインテリジェントデバイスであり、対して、レヴァンティンはアームドデバイス。共に高度な知能と主の魔力変換資質を引き出す特性を備えているものの、重きを置いている機能が異なっている。

 ミッドチルダ式であるバルディッシュは射撃の制御や、何よりも高速機動の管制に主眼が置かれている。ベルカ式であるレヴァンティンは近距離、中距離、遠距離を問わず、いかなる状況でも最大の破壊力を引き出すことに主眼を置かれた攻撃専門といえる。

 近接戦闘において、現在のバルディッシュではレヴァンティンに及ばないことは、火を見るより明らか。


 『Photon lancer.(フォトンランサー)』

 フェイトは持ち前の機動力を発揮して大きく距離を取り、自らの周囲に四つの光球を展開、それぞれに魔力を込めていく。


 「レヴァンティン、私の甲冑を」
 『Panzergeist!(パンツァーガイスト)』

 対して、シグナムが選んだ防御はフィールド系のパンツァーガイスト。

 魔法攻撃に対して圧倒的な防御性能を誇り、全身を覆った場合は攻撃が不可能となるため、部分展開や鞘に纏わせるなどの調整が必要となるが、ここでは純粋な防御用として発動させる。


 「撃ち抜け、ファイア!」

 強力な魔力が込められたフォトンランサーが放たれ、剣の騎士へと突き進む。誘導性能を持ち得ない直射型ゆえに、弾速が速く、連射も可能。フェイトが最初に習得した魔法でもありそれだけに熟練しており、信頼性も高い。


 だが――――


 「!?」

 パンツァーガイストは全力ならば砲撃魔法すらも防ぐ。防御に徹した際のシグナムの守りを突破しようと思うならば、なのはのディバインバスターと同等かそれ以上の破壊力がなければ叶わない。


 「魔導師にしては悪くないセンスだ」

 それは、彼女の心からの想いであり、自分にも味方にも厳しい彼女がそのように述べるのは珍しい。

 遙かな昔、白の国にて“若木”を教導していた時には、そのように賛辞に近い言葉を受け取った者は稀であった。


 「だが、ベルカの騎士に一対一を挑むには――――――――まだ、足りん!」

 瞬間、シグナムの身体が消える。いや、フェイトにはそう見えるほどの速度で移動したのだ。


 「おおおお!!」

 その次に瞬間にはフェイトの頭上に姿を現し、上段から加速を込めてレヴァンティンを叩きつける。純粋な速度ならばフェイトが上回るにも関わらず、なぜこうも容易く彼女の間合いに入り込むことが出来るのか。


 「くうっ!」

 それはすなわち、速度に非ず技術、入りのタイミングと相手の目からは捉えにくい緩急。“相手に近づいて叩っ切る”というものがシグナムの戦術の基本ではあるが、それだけに彼女は間合いを詰めることを何よりも得意としている。

 ヴィータのグラーフアイゼンならば、ジェット噴射機構を備えたラケーテンフォルムがあり、急加速も可能だが、レヴァンティンにはその機能はない。それゆえ、シグナムは己の技量によってそれを補っているのであり、彼女の高い技量があってこそ、レヴァンティンは攻撃能力のみに特化することが出来る。

 炎の魔剣レヴァンティンは、烈火の将のために作られたデバイスであり、その連携にはまさに微塵の隙もない。フェイトが展開したバリアをそのまま破壊し、バルディッシュ本体にすら軽微ながら損傷を加える。


 「レヴァンティン、叩っ切れ!」
 『Jawohl!(了解)』

 さらに、カートリッジロード。生じた相手の隙を見逃さず、カートリッジを用いるべきタイミングを見極め、追撃を仕掛ける。

 炎熱変換された魔力が再びレヴァンティンに宿り、炎の魔剣はその真価を存分に発揮していた。


 「く、ああ!」

 バルディッシュで以て迎撃を試みるフェイトだが、その一撃は重く、強く、バルディッシュにさらなる損壊を加えると同時に、彼女を再びビルへと叩きつけた。






--------------------------------------------------------------------




 「はああ!」


 「スティンガーレイ」

 高度な空戦は別の局面でも変わらず展開されている。

 鉄鎚の騎士と黒衣の魔導師は高速で飛び回りながらも、ある種の膠着状態に陥りつつあったが、それは偶然ではなく、片方が意図的に誘導したものであり、もう片方がそれを知りつつもあえて乗るという形で展開されていた。

 クロノはヴィータの鉄鎚を躱し、反撃に用いる魔法は威力自体はそれほど強くはないものの速度とバリアの貫通能力が高いため、対魔導師用として優れるスティンガーレイ。


 「アイゼン!」
 『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』

 ヴィータもまた中距離誘導型射撃魔法で応じ、スティンガーレイを迎撃。そのまま反撃に転じようとするが―――


 「チェーンバインド」

 その進行方向には蜘蛛の巣のように鎖の網が張り巡らされ、彼女の最短距離で切り込ませることを許さない。突っ込むことは出来るが、それでは速度が鈍り、射撃魔法の的にしかならない。

 本来は拘束用魔法であるチェーンバインドをこのような形で展開することも、実戦における応用の一つ。教科書通りの使い方だけが全てではない。


 <ち、しゃあねえ、迂回して―――――!>


 そう思考し、上方に迂回し、重力を味方につけた一撃を叩き込もうとしたヴィータだが、ただならぬ予感を感じ、咄嗟に後方に飛び退く。

 その前方を、クロノのスティンガースナイプが下方から飛来し通過していき、さらに、その魔力弾を捕える形で上方に設置されていたディレイドバインドが発動した


 <いつの間に―――――――待てよ、まさか>

 驚愕しながらもヴィータはその攻撃の起点を探り、さらに驚くべき真相に辿り着く。


 <さっき、シグナムに放ってた誘導弾、あれは空中を旋回しながらチャージする機能を持ってた……………それを、地面すれすれに待機させてたってわけか>

 シグナムとヴィータが合流し、クロノもまたフェイトと合流した場面、その時に既にクロノは罠のための布石を敷いていたのだ。

 スティンガースナイプを消滅させず、己に戻すこともなく、ほとんどの魔力を失って失速するかのように見せかけ、下方へ落下。だが、その状態で密かに魔力を再チャージしていき、ヴィータが突撃をかけようとしたタイミングに合わせ、上昇させる。

 さらに、その上方にはディレイドバインドが設置されており、もしヴィータが後方に退かずにチェーンバインドを迂回した上方からの攻撃を選んでいれば、下からのスティンガースナイプを避けるために罠の中に飛び込むこととなっていた。


 <鋭いな、この程度の罠には嵌らないか>

 しかし、驚きがあるのはこちらも同様。対峙する赤い騎士がディレイドバインドに掛かれば即座に止めを刺すべく直射型砲撃魔法、ブレイズキャノンの術式をS2Uに待機させておいたクロノだが、無駄に終わってしまった。

 純粋な演算性能に優れるストレージデバイスは、幾つかの術式を待機状態にしておき、時間差で発動させることを可能とする。ただし、弊害として、その間の状況判断や術式の選択を全て魔導師が行わなければならなくなるという欠点も有していた。

 だが、クロノほど戦術の構築と展開に長ける者ならば、その欠点もそれほど痛手になりえない。まさしく、詰め将棋のように敵を追い込み、罠にかける、それが、クロノ・ハラオウンの基本的な戦闘スタイル。


 <こいつ、並じゃねえな。しかも、気付けばこの位置関係―――>

 クロノの罠を辛くも看破したヴィータだが、同時に自らが置かれた状況に気付く。

 チェーンバインドは未だに彼女とクロノを分かつ境界線のように展開されているが、その他の戦場、シグナムとフェイトも、ザフィーラとアルフも、悉くその境界線の向こう側に位置しており、なのはとユーノも同じく。


 つまり、ヴィータがクロノを相手にせず他の応援に回ろうとしても、振り返った先には誰もいないという状況。彼女が仲間を支援しようとするならば、まずはこの黒衣の魔導師を突破しなければならない。


 【フェイト、大丈夫か】


 【なんとか、まだいけるよ】

 対して、クロノは全速で反転すればフェイトやアルフの支援に回れる。当然、ヴィータの追撃を考慮する必要があるが、彼女の精神には既に楔が打ち込まれている。


 <アイツが反転して、あたしが追ったら、また罠があるかもしれねえ―――――なんて考えちまってること自体が野郎の手の内か>

 クロノが反転し、ヴィータが追う。それ自体が彼女を捕えるための罠である可能性が脳裏から離れない。逆に言えば、クロノは“反転するふり”をするだけで、ヴィータの次の行動に制限を加えることが出来るのだ。すなわち、ただちに追うか、一旦様子を見るか。

 だが、彼女は優れた戦闘者であり、無謀な突進を試みるには戦局を見る力が強すぎた。かといって、特に何も考えずに突進すれば、罠にかかるだけだろう。


 <どっちにしろ同じか、あの野郎、わざとさっきあたしに罠を見せつけやがったな>

 つまり、先程のクロノの罠は、相手の戦術思考レベルが高かろうが低かろうが、どちらにも対応できるものとなっていたのだ。

 相手が純粋に突っ込んでくるならば、ディレイドバインドで捕え、ブレイズキャノンで止めをさすだけ。相手が慎重に様子を窺ったならば、下からスティンガースナイプを飛来させ、それをディレイドバインドで捕える。それによって、相手の精神にどこに罠が仕掛けられているか分からない、という楔を打ち込み、こちらは、相手の戦術思考能力が高いほど効果を発揮する。


 <最適ではないが、第一段階はクリアだな>

 一つの駆け引きを終えたクロノは、思考を止めることなく戦況全体の推移を見守りながら、新たな戦術を構築する。

 クロノとヴィータの戦闘だけに限るならば、どちらが優位に立ったわけでもない。双方に傷はなく、魔力の消耗レベルにも大差なく、仕切り直しの状態で対峙している状況なのだから。

 しかし、戦局全体で見るならば、他の戦場に駆けつけることが可能な地の利を抑え、さらに自身が他方の応援に出た際に即座に追撃に移る選択肢すら封じたクロノが優勢となっている。

 目立つ戦い方ではなく、華がある戦い方でもない。将来、砲撃、高速機動、広域殲滅など、それぞれの代名詞とも言える特徴を有する三人の少女達と異なり、クロノ・ハラオウンの戦術には特筆すべきものは何もなく、彼はそのような才能には恵まれなかった。

 だが、積み上げられた経験と、短所をなくす方向に鍛え上げた魔導師としての能力、そして何よりそれを支える鋼の意思。それらを以てして、クロノ・ハラオウンは戦場の華たる紅の鉄騎と互角以上の戦いを繰り広げる。


 <こいつは、あたしと戦いながら、戦局全体を見てやがる>

 無言でありながらも、鉄鎚の騎士の内心は穏やかではない。

 これは別に、クロノの戦闘能力がヴィータを大きく凌駕しているために、他に気を回す余裕があるわけではない。ヴィータと一対一で対峙していても、他の戦況を見守りながら戦っていても、クロノ・ハラオウンの戦闘能力にはほとんど影響がないのだ。

 そして、それこそが執務官、もしくは前線指揮官として最も必要とされる能力。後方の司令官、リンディ・ハラオウンの立場ならば、戦闘能力は必要なく、指揮能力のみに優れていればいい。

 逆に、フェイトのような嘱託魔導師や武装局員であれば、指示された通りに動き、戦力として働く能力が優れていれば良い。

 しかし、執務官=エース級魔導師ではなく、必要とされるのは自身も前線で戦いながらも戦局全体を把握し、指示を与えつつ後方への連絡も同時に行う、多面的な技能。

 この数年後、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは努力の果てのその能力を身に付けるが、前線指揮官としての適正に関してならば、さらに後に彼女の補佐官となるティアナ・ランスターの方が優れていた。

 執務官の仕事は多岐にわたり、特に捜査に関してならばフェイトはティアナよりも適正があったが、クロノ・ハラオウンという男は、両方の能力において両者を凌駕していた。しかもそれは、天性によるものではなく、努力によって培われたもの。


 <強い、そうとしか言えねえな>

 故にこそ、彼には隙がない。

 純粋な戦いにおいてならば負けるつもりは微塵もないヴィータだが、集団戦における指揮能力では向こうが勝っていることを認めざるを得ない。

 このような相手を前に、搦め手を用いるのは得策ではなく、まして彼女は鉄鎚の騎士。最前線に立って敵を粉砕することこそが本領なのだ。


 よって、クロノ・ハラオウンの戦略を打ち崩すとするならば―――


 【もう少しよ、タイミングを合わせてね、ヴィータちゃん】

 主戦力としてではなく、参謀として策を巡らすことに長ける者。


 【応よ、任せな】


 湖の騎士、シャマルの能力こそが、要となる。



 彼女の策が発動する時は――――――近い。




[25732] 第五話 奇襲、策略、対抗策
Name: イル=ド=ガリア◆26666ccb ID:97ddd526
Date: 2011/03/04 12:13
第五話   奇襲、策略、対抗策




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:08




 「はああああああ!!」


 「ぬうう!」

 三局の戦いは止まることなく進み、デバイスを用いない者同士の戦いもその激しさを強めていく。

 当初、盾の守護獣ザフィーラの体術はアルフを凌駕していたが、アルフが結界破壊や転送に労力を割かず、迎撃に全力を割けるようになってからはほぼ互角の様相を見せている。

 もし、彼女が転送魔法の準備をしていれば、純粋な戦闘能力はやや下がるものの、サポートに向いた獣形態をとっていたであろうが、今は互いに人型。高速で飛び交い、魔力を纏った拳を叩きつけ合う。


 【ユーノ、そっちはどうだい!】

 かといって、余裕があるわけでもないため、念話も自然と短く速いものとなるが。


 【もう少し、座標の設定は済んだ。後はなのは一人を送れるだけの穴を開けられれば―――】


 【上出来、そんくらいなら余裕だよ】

 ユーノからの朗報が、彼女の身に活力を与える。なのはの転送が済めばユーノも戦力として参加することが可能となり、戦況はこちらの有利となる。

 クロノ程全体を見る余裕があるわけではないが、アルフも自分達の現在の状況は理解しており、己の役割を遂行することに全力を尽くす。


 「………」

 対して、盾の守護獣は無言。

 彼は元々饒舌ではないが、今回に関しては無言であることにも理由はあった。


 【どう、ザフィーラ?】


 【問題ない、お前の指示通り、今は徒手空拳のみで戦っている】


 【そう、後少しで動くから、手筈通りにお願いね】


 【心得ている】

 アルフがユーノと念話を行っているように、ザフィーラもまたシャマルと念話を行っていた。

 そして、地に根を下ろさず、空戦から交差する際に拳や蹴りを放つ格闘戦においては、ほぼ互角であることを理解しつつも、盾の守護獣はその戦法を変えることはなかった。彼もまた本来は陸の獣であり、その本領は地に足をつけた格闘戦でこそ発揮されるのだが。


 【頑張って、もうすぐ、風はこちらに向くわ】

 ザフィーラは、湖の騎士シャマルの作戦立案能力を信頼している。ヴォルケンリッターが参謀役である彼女の策を信頼すればこそ、彼は戦術を展開することなく、同じ攻防に終始する。


 風向きの変わる時は、近い。











新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル群 PM8:09



 『Nachladen. (装填)』

 シグナムの手からカートリッジが放れ、レヴァンティンの柄の部分へと飲み込まれる。


 「カートリッジ………システム」

 そしてその機構を、閃光の戦斧とその主は理解している。他ならぬ、時の庭園の管制機が用いていたシステムでもあるのだから。


 「ほう、これを知っているか」

 それは、シグナムにとっても若干の驚きであった。闇の書の守護騎士として幾度も管理局員とは矛を交えたが、カートリッジシステムを用いていたものはほぼ皆無であったから。

 だが、それも無理はない。管理局が闇の書との抗争を繰り広げた時期は、インテリジェントデバイスの黎明期の頃。カートリッジシステムも一度は廃れた技術であり、デバイスマイスターらが心血を注いで復活させるべく努力していた時代だ。

 中でも、カートリッジシステムに関して最大の功績を成したのは“アームドデバイスの父”ことクアッド・メルセデスという人物。“インテリジェントデバイスの母”シルビア・テスタロッサはカートリッジ開発に関しては彼に及ばなかった、無論、彼女とて並のマイスターが及びもしない専門家であったことは間違いないが。


 「まあ………それなりに………」

 しかし、フェイトの言葉には陰りというか、憂鬱そうな気配が漂う。

 無理もなかった。なのはが“それ”を見たのは一度きりであり、それから半年以上経過していることもあって印象こそ強かったものの、既に過去のものとなっている。

 だが、フェイトにとっての“それ”は深層心理のレベルで刻まれつつあるトラウマと言ってよい、“ゴキブリ・フェスティバル”と並ぶほどの衝撃、いやむしろ笑撃を“尻からカートリッジを吐き出しつつ飛び回る怪人”は与えていた。

 物心ついた頃に刻まれたものゆえ、それを振り払うのは流石に容易ではない。レヴァンティンがトールの尻に突き刺さり、カートリッジを吐き出してトールごと吹き飛ぶ光景を想像してしまったフェイトを、責めることは誰にも出来まい。


 「?」


 そんなフェイトの反応に訝しげな視線を送るシグナムだが、今は戦いの最中であり、すぐに気を取り直す。

 まさか、彼女の脳内で己の魂が怪人の尻に突き刺さっていることまでは知りようもなく、いや、知らなくて良かったというべきか、もし知っていたら時の庭園に乗り込んでシュトゥルムファルケンを放っていたかもしれない。


 「終わりか、ならばじっとしていろ。抵抗しなければ、命までは取らん」

 不殺の誓いは、守護騎士全員が共通して持つもの。

 剣の騎士シグナムの攻撃は、ただの一度もフェイト・テスタロッサの命を奪う目的で振るわれてはいない。


 「誰が―――」

 フェイトはその言葉を否定し、同時に脳内の滑稽極まりない光景を考えないようにしながら、バルディッシュを構える。


 「いい気迫だ」

 シグナムはその返答に笑みを浮かべ、騎士として名乗りを上げる。もし、フェイトの脳内を知っていればそれどころではないが。


 「私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターが将、シグナム。そして我が剣、レヴァンティン」

 言葉と同時に、レヴァンティンを両手で構え、油断なく見据える。片手と両手、どちらでも使えるのもレヴァンティンの特徴といえるだろう、ヴィータのグラーフアイゼンは片手で振るうには少々無理があり、それ成そうとするならば、ザフィーラと同等の体格が必要になる。


 「お前の名は?」

 相手の目を見据え、真っ直ぐに問う彼女に対し。


 「ミッドチルダの魔導師、時空管理局嘱託、フェイト・テスタロッサ。この子は、バルディッシュ」

 黒衣の少女も、真っ直ぐに応じる。


 「テスタロッサ…………それに、バルディッシュか………」

 そして、同時に―――


 【始めるわ、貴女も大丈夫、シグナム?】


 【ああ、名乗るべきものは名乗り、受け取るべきものは受け取った】


 【貴女らしいわね】


 【かもしれん、だが、準備は済んだ】

 既に、レヴァンティンにカートリッジは装填され、両手で構えている状態でシグナムはフェイトと対峙している。

 シャマルの策において、要となるのはシグナムであり、彼女の準備が整っていないのであれば、実行は不可能。


 【じゃあ、行くわ】


 【お前も気をつけろ】


 【ふふ、誰に言っているのかしら、近衛隊長】


 【そうだったな】

 それは、無意識に出た言葉ゆえに、彼女らは気付かない。

 その呼び名は、彼女らが夜天の魔導書の守護騎士、ヴォルケンリッターとなる前のものであったことを。

 彼女らは、気付かない。

 しかし――


 『Ja.』


 それを覚えている“彼”は、ただ静かに呟く。

 主人であり、己を構える烈火の将にすら聞こえぬ程小さな声であったが、彼は答えていた。

 我が主こそ、白の国の近衛騎士隊長、並ぶものなき剣の使い手であったと。

 騎士の魂は静かに、だが確かに、答えていたのだ。

 例え、その言葉を聞き届ける者が誰もいなくとも。





新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル屋上 PM8:10



 「よし、もう少し」

 なのはがいるビルからやや離れた別のビルの屋上にて、ユーノ・スクライアはなのはを戦場から避難させるための術式を紡いでいる。

 敵対する者達はクロノ・フェイト・アルフの三名が防いでおり、彼を妨害する者はいない。仮に、四人目の敵が現れたとしても、ユーノにもそれに対応する準備があり、クロノも即座に駆けつけられる体勢を整えている。

 戦況は確かに、自分達に傾いている。クロノがいなければかなり厳しかったであろうが、戦力が四対三となったことでユーノは戦闘に加わらずに結界破壊と転送に専念出来ている。


 しかし、それは甘いと言わざるを得ない。


 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが参謀、湖の騎士シャマルの策は、まさにユーノが自分達の優勢を確信し、あと僅かでなのはを逃がせると安堵した瞬間に発動した。


 「!?」


 【ペンダルシュラーク!】

 間違いなく、ほんの一秒前まで何もなかった空間、そこから紐と振り子が突如出現し、ユーノの身体に巻きつく。

 それは、ユーノが想定した攻撃のどれにも属さないものであった。遠距離からの誘導弾、アームドデバイスによる直接攻撃、もしくは、使い魔と思われる男性の拳、どれが来ても対応できるよう準備していたが、ほぼ零距離から紐が伸びてくることまでは予想しきれなかった。

 もしこれが、バインドなどの魔力で編まれたものであれば、対応策もあったが、これは”風のリング”クラールヴィントの一部であり、バインドブレイクでは解くことは叶わない。

 さらに―――


 【逆巻く風よ―――】

 祈るような旋律と共に紡がれた言葉、そのままの光景が、ユーノよりかなり離れた地点に出現した。


 「竜巻だって! なのは!」

 これが、湖の騎士シャマルの策であり奇襲。

 左手のクラールヴィントでもってユーノを物理的に拘束し、自身はなのはのいるビルを中央として、ユーノがいる場所と反対側に陣取る。そして、右手のクラールヴィントによって“逆巻く風”を発生させ巨大な竜巻を形成し、屋上にいる少女へと進軍させる。

 他の守護騎士を止めている三人はユーノのさらに向こう側に位置しているため、それを止められる者は、誰もいない。


 <いや待て、例えSSランクの魔導師だって、僕への空間転移攻撃を行いながら、強力な魔法なんて放てるわけがない。それに、これはデバイスだ>

 だがしかし、ユーノ・スクライアの頭脳は明晰であり、魔導師の限界というものを彼は知っていた。

 デバイスを用いての遠距離束縛、これを一切感知させずに行った手腕は見事しか言いようがないが、それを行いながらあれほど巨大な竜巻を発生させることは不可能。


 <だから、あれは見せかけだ。多分、威力もほとんどなくて、大きさがあるだけの張りぼての竜巻>

 仮に、ある程度の威力があったとしても、なのはの周囲にはユーノが張った癒しと防御を兼ね備えた上位結界、ラウンドガーダー・エクステンドはA+ランクの守りがある、そう簡単に破れるものではない。

 ユーノは即座にそこまで見抜き、まずは自身を拘束する紐を解くことを優先する。何をするにしても、まずはこれを解かないことには話にならない。

 だがしかし、惜しむらくは彼の能力、思考は学者肌と言ってよく、戦闘者のそれではなかったことだろう。

 確かに、彼の推察は正しく、あの竜巻が直撃したところでなのはにはかすり傷一つなく、それどころかビルにすらほとんど被害は出ないであろう。


 だが―――





 「なのは!」


 「やばいじゃないか!」

 ユーノよりもさらに離れた場所で戦う二人、フェイトとアルフには瞬時にそこまで察するための情報がない。ユーノがいる以上は大丈夫だろうという思いはあっても、巨大な竜巻が現れ、なのはの方へ突き進んでいく様子を見てしまっては、平静ではいられない。

 つまり、行動の優先順位をつけるならば、ユーノはまずフェイトとアルフに念話を飛ばすべきであったのだ。あれは見せかけであり、敵の術者は自分を束縛している、仮に多少の威力があってもなのはの周囲の防御結界は破れないと。

 しかし、ユーノ・スクライアの本分は遺跡発掘や学術研究であり、戦闘指揮に長けるわけではない。というよりも、この場で戦力の一人として戦えること自体が既に異常なのだ。


 【よそ見をするな! フェイト! アルフ! 今は目前の敵に集中しろ!】

 そして、唯一戦局全体を見渡していたクロノは、やや位置が離れすぎていた。

 鉄鎚の騎士を他の戦場から引き離し、かつ、自身は仲間のところへ駆けつけることが可能な状況は作り上げたが、全体を見るためにはどうしても距離を取って見渡す必要がある。

 そのため、シャマルが現れた位置はクロノとは最も遠い位置であり、完璧な直線ではないが、シャマル→なのは→ユーノ→フェイト、シグナム→アルフ、ザフィーラ→クロノ、ヴィータという位置関係であり、上から見るならば、十字架に近いものとなっている。

 十字架の頭の先がクロノであり、左右に別れたそれぞれにフェイト、アルフ、交点にユーノ、下側の最も長い部分の先端にシャマル、ユーノとシャマルの中間になのは、といったところだろうか。

状態図
                 ヴィータ
                 クロノ
  
  



  
  フェイト・シグナム      ユーノ       アルフ・ザフィーラ



 
                 なのは
  

            
 
                 ↑
                 竜巻

 




                 シャマル


 この位置関係ならばクロノからは一方向を見るだけで全体を把握できるが、それはシャマルにも同じことが言える。さらに、なのはに迫る竜巻を捕捉し、その威力を図り、敵の目的を察するにはクロノの位置は遠すぎた。いや、見抜きはしたのだが、遅かったというべきか。


 「飛竜―――――」

 そして、なのはの方へ意識を向けてしまったフェイトを、烈火の将が黙って見過ごすことはありえない。むしろ、これこそが湖の騎士の策略の真骨頂なのだ。カートリッジをロードし、シュランゲフォルムから繰り出す砲撃級の魔力付与斬撃を放つべく魔力を込め――――



 「一閃!」


 「!?」

 フェイトが振り返ると同時に、その飛竜の咆哮の如き一撃が解き放たれる。

 これまで、シグナムのフェイトへ対する攻撃は全て、間合いを詰めての斬撃に限定されており、クロノに対しては一度シュランゲフォルムを用いたが、フェイトにとっては初見となる。

 さらに、その初見での一撃がシュランゲバイゼンではなく、炎熱の魔力が込められた中距離砲撃といえる飛竜一閃。いくら才能に溢れているとはいえ、まだ歴戦とはいえない嘱託魔導師が即座に対処できる攻撃ではない。


 『Defensor.(ディフェンサー)』

 だがしかし、閃光の戦斧は揺るがない。

 例え主が動揺し、咄嗟の対処が出来ずとも、機械仕掛けの頭脳を有する彼が慌てることはあり得ない。


 (我々デバイスが取り乱しては話になりません。いついかなる時もただ演算を続けよ。動揺することは人間の特権であると心得よ、慌てたところで得ることなどないのですから)

 それが、先発機より彼が受け継いだ、インテリジェントデバイスの在り方なのだから。


 ≪防ぎます、我が主≫

 バルディッシュは高町なのはに迫る竜巻のことはまさに“考えることすらせず”、己の主を守護することに全てのリソースを費やす、それこそがデバイスであり、それでこそデバイス。


 「バルディッシュ!」

 僅かに遅れて、閃光の戦斧の主も驚愕から立ち直り、迫りくる破壊の渦に対抗するべく、障壁に魔力を込める。

 既に半年以上前となるが、彼女とバルディッシュはトランス状態にある高町なのはとレイジングハートのディバインバスターを受け止めきった。

 ならば、如何に飛竜一閃が強力であろうとも、彼女がベルカの騎士である以上砲撃に関してなのは以上とは考えにくい。フェイトにとってはむしろ紫電一閃による直接攻撃の方が鬼門といえる。

 そして彼女らは、飛竜一閃を見事に凌ぎきることに成功する。


 しかし―――


 『Schwertform.(シュベルトフォルム)』


 「レヴァンティン、カートリッジロード!」
 『Explosion!(エクスプロズィオーン)』


 烈火の将も元より、この一撃のみで終わらせるつもりはない。

 彼女の目的は、紫電一閃をバルディッシュのコアに叩き込み、その機能を停止させることにある。しかし、攻撃箇所が限定される一撃だけに、高速機動を行うフェイトとバルディッシュに狙って中てることは難しい。

 だからこそ、攻撃範囲が広い飛竜一閃をシャマルの竜巻によって生じた隙に叩き込み、相手を防御に集中させる。その状態で追撃をかければ、外すこともあり得ない。


 「紫電――――」

 策の発動前にカートリッジのロードは済んでおり、レヴァンティンに一度に三発のカートリッジが搭載可能。彼女がシャマルに告げた準備とは、すなわちこの連撃のためのものに他ならない。


 「一閃!」

 放たれた一撃は、今度こそ閃光の戦斧の守りを完全に突破し、彼のコアに重大な損傷を与える。


 ≪私は―――鋼だ≫

 だが、彼は自身の損壊など意に介さない。守るべきは主、修復など後でも出来る、今はただ主を守ることのみに全力を注ぐ。

 シグナムの一撃は彼を狙ったものではあるが、自分が壊れればその破壊が主に及ぶ危険性は十分にあり得るのだから。


 「あああっっ!」

 その衝撃までは殺しきれず、フェイトの身体は遠くまで飛ばされるが、傷らしき傷はついていない。

 “魔導師の杖”、レイジングハートと同様に、閃光の戦斧バルディッシュもまた、己を盾に主を守り通したのである。




-------------------------------------------------------------



 「縛れ、鋼の軛!」


 「なっ!」

 そしてもう一方の守護の獣同士の戦いにおいても、予期せぬ攻撃によって、大きなダメージを負うこととなっていた。

 なのはの方へ向かう巨大竜巻に注意が向き、ザフィーラから視線はおろか、身体ごと向きを変えてしまったその致命的な隙を、盾の守護獣は見逃しはしなかった。

 そして、これまで常に徒手空拳による攻撃のみを行って来たザフィーラから突如放たれた砲撃魔法に匹敵する魔力の奔流。アルフにとっては二重の驚愕であり、一瞬対処が遅れてしまう。

 確かに、格闘戦に置いてほぼ互角であったアルフとザフィーラだが、彼の攻撃は近接のみではない。アルフと異なり、彼は遠距離、もしくは広範囲を攻撃する手段を備えてるのだ。

 その攻撃は四方から囲むように拘束の軛で対象を突き刺して動きを止めるものではなく、彼自身の交差した腕から繰り出す一つの軛。捕獲や拘束など、用途が幅広いことが特徴の鋼の軛ではあるが、その中でも直接的な攻撃力が最も高い使用法である。

 アルフも咄嗟にラウンドシールドを展開するが、即興のそれでは盾の守護獣の鋼の軛は防げない、およそ10年後、数多くのガジェットのAMFを貫き、破壊することとなる攻撃の、収束型なのだ。

 だが、アルフとてただでやられるのを待つばかりではない。もはや防ぎきれないことを悟ったアルフは咄嗟に獣形態にチェンジし、狼の体毛によってダメージを最小限に抑える。

 人間形態と異なり手足を攻撃に使用するのは難しくなるものの、防御力では数段勝るのが獣形態。人間は、哺乳類の中で際だって皮膚の防御が薄い動物なのである。


 「く、つつつ、効いたねこりゃ」

 しかし、負ったダメージは決して軽いものではない。ザフィーラもまた追撃の手を緩めず、人間形態のままアルフ目がけて飛来してくる。


 「牙獣走破!」


 「く、あああ!」

 その攻めは苛烈を極め、これまで使用していなかった“技”すらも織り交ぜ、盾の守護獣は目前の敵を打倒するためにその力を解き放つ。

 こちらの戦闘の優劣は、最早明らかであった。






--------------------------------------------------------------



 そして、唯一優勢に戦いを進めていたこちらでも、戦況が動く。


 「間に合え――」

 クロノ・ハラオウンは警告が間に合わなかったことを悟り、即座に自分の戦場から離脱する。自分の相手を倒すことに拘らず、戦局の変化に応じて臨機応変に動く彼の判断は流石といえる。

 可能な限りの速度で飛行すると同時に、念話でもってフェイトとアルフに状況を確認するものの、返答は芳しいものではない。


 【ごめんクロノ………バルディッシュのコアが壊されて、全壊こそしてないけどもう接近戦は無理】


 【悪い、あたしもやられた。致命傷じゃないけど、足止めが精一杯ってとこだ。だからアンタは、フェイトの方へ行ってあげておくれよ】


 【分かった、フェイト、すぐ行く、それまで何とか凌いでくれ】


 【ごめん、クロノ】


 【気にするな、これも年長者の務めだよ】

 そう述べつつも、彼は同時に敵がこの後どう動くであろうかを予測する。

 既に敵の策に嵌ってしまっている状況だが、まだ最悪の事態には至ってない。挽回が可能なラインのギリギリではあるが、諦めるには早過ぎる。


 【ユーノ、聞こえるか】

 クロノは、自身の判断ミスを一先ず脳内から締め出し、状況への対処に全力を注ぐ。

 反省や後悔は後で幾らでも出来る。しかし、的確に対処することは今しか出来ないのだから、嘆いている暇などありはしない。




 「グラーフアイゼン! カートリッジロード!」
 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 離脱するクロノをあえて見逃し、罠の有無を確認したヴィータもまた、次なる行動に移る。

 シャマルの策はまだ成ってはおらず、彼女が役割を果たしてこそ完成を見る。


 「ラケーテン――――」

 グラーフアイゼンが強襲形態であるラケーテンフォルムを取り、ヴィータの身体を急加速、凄まじい勢いでもって突き進んでいき、なおかつそのルートは一直線。

 クロノの進路はフェイトのいる方角であり、ヴィータの進路には誰もいない。そして、上から見れば十字架の形となっていた各ポイントにおいて、ヴィータから見て直線上、クロノがいなくなることで辿りつける場所には―――


 「ハンマーーーーーーーーーーー!!!」

 クラールヴィントの束縛から脱し、せめてなのはだけでも転送させようと術式を紡いでいた、ユーノ・スクライアがいる。


 「ラウンドシールド!」

 ヴィータの奇襲に対しユーノはラウンドシールドを展開する、しかし、なのはの防御すら破壊したラケーテンハンマーの一撃は、彼の魔力では到底防ぎきれるはずもない。

 だが――――


 「なに!?」

 振り下ろしたグラーフアイゼンの柄、さらにはヴィータの腕にチェーンバインドが絡みつき、その威力を半減させたならば話は別。

 ほぼギリギリの時間差であったが、クロノからの念話によってヴィータがこちらへ向かう可能性が最も高いことを知っていたからこそ、ユーノも対応が可能であった。

 敵は場当たり的な対処ではなく、極めて綿密な連携を取り、恐らくは4人目の仲間の指示によって動いている。その動きが計画的であるからこそ、最終的な目的も察することが出来る。

 敵が何よりも警戒しているのは結界が突破され、転送魔法によって逃げられること、ならばこそ、最終的な目標はユーノ・スクライアでしかありえない。シャマルも、シグナムも、ザフィーラも、最も一撃の破壊力に長けるヴィータをフリーの状態でユーノの元まで送り届けるために動いていたのだ。

 シャマルが隙を作り出し、シグナムがバルディッシュを破壊し、クロノが応援に行かざるを得ない状況とし、ザフィーラもアルフに他への応援が不可能なほどの傷を与える。そうなれば、ヴィータは完全にフリーとなり、ユーノに渾身の一撃を叩きこめる。

 間一髪のタイミングではあったが、クロノの読みは的中し、転送役であるユーノが潰されるという最悪の事態だけは回避できた。彼が健在であれば、まだこの戦場から負傷したなのはやフェイトを避難させる可能性は残される。

 しかし――――


 『Explosion! (エクスプロズィオーン)』

 その程度の策で我が一撃を止められると思うな。

 そう言わんばかりに、鉄の伯爵の噴射機構がエグゾーストを響かせる。


 「ぶち、抜けえええええええ!!」

 小細工を真っ正面から突き破り、叩き潰す存在こそ、鉄鎚の騎士ヴィータ。チェーンバインドを引きちぎり、ラウンドシールドを砕くべく、止まることなく徐々に徐々に食い込んでいく。

 盾が勝つか、鉄鎚が勝つか。

 その天秤はしばらく揺れていたが、グラーフアイゼンが最後のカートリッジをロードした瞬間、ついに片方に沈み込む。


 「く、くく…」


 「終わりだ!」

 まさしく、終わり。もし後数秒、ヴィータの攻めが続けばそうなっていたであろう。


 されど――――


 「何!?」

 ヴィータの戦士としての勘が、己の危機を告げ、即座に彼女は離脱。

 その眼前を、死角から飛来した桜色の誘導弾が通過していく。


 「なのは!」


 「あのやろ……」

 憤怒の視線でヴィータが見つめる先いる人物は、ただ一人しかいない。そも、桜色の魔力光を持つ人間はこの場に一人しかないのだ。

 そしてそれは、湖の騎士の策において、唯一の想定外。デバイスを砕かれた少女を戦力外と見なしていたシャマルではあるが、“不屈の心”を持つ少女が、その程度で折れるはずがない。

 シャマルの計算違いはただ一つ、彼女は、高町なのはの精神の強度を甘く見ていたのだ。


 『Just as rehearsed.(練習通りです)』


 「福音たる輝き、この手に来たれ――――導きの下、鳴り響け――――――ディバインシューター、シュート!」

 ユーノが張った結界に守られ、シャマルの竜巻を無傷で凌いだなのはは、戦況の悪化を知り、自分に何かできることはないかを模索していた。

 良しにしろ悪しにしろ、高町なのはという少女は、仲間が傷ついていく中で一人結界の中でじっとしていることが出来る精神性を有していない。かといって、レイジングハートにこれ以上の無理はさせられないため、彼女はデバイスに頼らず、結界から左腕のみを出し、自身の手で誘導弾を構築、ユーノに襲いかかるヴィータに対して放ったのである。

 彼女の最近の魔法訓練は、自分だけで構築したディバインシューターで空き缶を100回打ち上げ、ゴミ箱に入れるというものであり、レイジングハートがある場合に比べれば圧倒的に数は少ないが、一発限りならば通常の威力を備えた誘導弾を操ることも可能となっていた。

 彼女の特訓は決して無駄ではなく、土壇場における引き出しを確かに増やしており、この場面においてそれが生きる。


 「ちい!」

 放たれた二発目の誘導弾を躱し、鉄鎚の騎士は無念と共に仕切り直す。

 そして、自分を用いずに魔法を放つ主に“魔導師の杖”が賛同したのにも、相応の理由がある。ユーノ・スクライアを救うことは出来たが、例の赤い騎士とほぼ一対一の状況に追い込まれている以上、結界を破って転送魔法を発動させることは難しい。

 ならば、結界を破壊するその役は誰が担うか、その先を考えたが故に自分が無理をするのはまだ早いとレイジングハートは考えた。


 「なのは………、ふっ!」

 一瞬の驚愕の後、ユーノも行動を再開し、ヴィータとなのはの間に移動し直す。なのはに助けられた形となったが、とりあえずは最悪の状況は回避できたのだ。


 【クロノ、なのはに助けられちゃったけど、こっちは何とか無事だよ】


 【そうか、相変わらず無理をする子だ。ともかく、剣の騎士は僕が抑えている、フェイトはそっちに向かわせた、アルフも合流するために動いている。君はなんとか鉄鎚の騎士を抑えてくれ】


 【それは何とかするけど、残りの二人は?】

 現在、傷を負ってないのはクロノとユーノの二人のみ。この二人が敵の主戦力と思われる二人を抑えることは可能だろうが、問題は後衛と見られる二人。

 手負いのアルフと、デバイスが壊されたなのはとフェイトだけで、凌ぎきれるだろうか、いや、仮に凌げたとしても結界を破れないのでは結局はジリ貧だ。ユーノが前線に出る以上、結界破りの役はどうしても必要になる。アースラも解析してくれているだろうが、応援は見込めないのが現状なのだから。


 【少しの時間なら、何とかなるだろう。彼が来るまでは持てば、反撃の機会が来る】


 【彼? 増援が来るの?】

 しかし、ユーノにはその存在が思い当たらない。リンディ・ハラオウンは高ランク魔導師だが、立場上そう簡単に動けない上、そもそも女性であって彼じゃない。かといって、現在整備中のアースラに武装局員がいるはずもなく、本局から借りるにしてもやはり間に合わない。



 ならば、いったい誰が―――――








新歴65年 12月2日  本局ドック 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”



 『ふむ、戦況は芳しくないようですね』

 アースラにおいて、結界に阻まれて本来ならば分からないはずの内部の様子が、不鮮明な部分もあるものの、スクリーンに映し出されていた。

 ほとんど反射的に飛び出していったフェイト、アルフ、ユーノの三人と異なり、クロノ・ハラオウンは若干遅れて結界内部へと突入した、そして彼は、何の準備もなしに飛び込んだわけではない。

 結界による位相のずれを可能な限り無効化し、通信を行うための特殊端末、かなり高価な品であるため数は少ないが、次元航行艦ならば一つや二つはあり、武装隊の隊長や執務官などが単身で装備して結界内部へ突入するなどが用途であるそれや、他複数の装備を用意した上でクロノは結界へ突入したのである。

 ただ、ヴォルケンリッターが張った結界はミッドチルダ式とは異なったため、クロノの端末も効果を発揮したとは言い難いところであったが、それを補ったのはトールとアスガルド。

 予め管制機である彼のリソースの一部をその端末に移しておき、本体が自らの分身から受信、時の庭園に一旦送信し、アスガルドが高度な画像処理を施すことにより、何とか内部の様子をギリギリで判別できるレベルの映像をアースラへ送っているのだ。

 そして、デバイスである彼は、人間の目で理解できる情報とは別の形で認識し、結界内部の様子を理解していた。早い話が、クロノの端末を通してレイジングハート、バルディッシュ、S2Uと同調していたのである。


 『エイミィ・リミエッタ管制主任、私も現地に赴き、彼らをサポート致しますので、引き続き結界の解析をお願いします。恐らくはスターライトブレイカーによって破壊することになると予想しますので、タイミングを失わないよう、御注意を』


 「え、ちょと待っ―――」

 いきなりそう告げられて、エイミィが振り返った先には、機能が停止した魔法人形が転がっているだけであった。

 結界にも様々な用途があり、内部から外部へ出さない閉じ込めるものもあれば、出るのは自由だが外部からは入れないものもある。

 ヴォルケンリッターが張った結界は、内部の魔導師を外に出さないためのものであり、外から入るだけならばそれほど困難ではない。

 そして何よりも、“魔導師”に対するものであるために、“デバイスのみ”の場合は完全に素通りなのである。そのため、彼は実に簡単な転送の術式のみによって、己の後継機である閃光の戦斧の元へ自身の転送ができる。

そのことを、エイミィはトールと共に行った結界解析で掴んだのだ。そのために新たな援軍、いや救援物資をミットチルダの魔導師たちに届けることが可能であると分かった。

 湖の騎士の策略によって大きく傾いた形勢は、守護騎士の誰にとっても“想定外”の介入によって再び大きく揺れ動く。








あとがき
 A’S編を書くに当たって、是非とも書きたかったのが、集団戦の描写だったりします。無印編では登場キャラも少なく、なのはとフェイトの二人の戦いが主軸であるため、一対一での駆け引きはあっても、集団戦での駆け引きというものは存在しませんでした。
 しかし、A’S編はかなり近しい実力を持った者達がひしめき合い、デバイスとの連携を織り交ぜながら複雑な乱戦を展開します。そこに、“舞台装置”であるトールが加わると、別の展開とすることも出来ると思い、トールは戦力ではなく、支援役として活動させることに致しました。
 かなり先のこととは思いますが、StS編においても、今回のクロノの立ち位置にティアナを置き、機動六課フォワード陣にギンガやヴァイスを加えたメンバーと、数の子6人くらいを対峙させた集団戦を書きたいと思っています。既に対戦の組み合わせのプロットまでは決まっているのですが、やはり、遠い先のことになりそうです。
 次の話で、最初の戦いは終了となりますが、あと二つくらいどんでん返しを入れたいと思っておりますので、楽しんでいただければ幸いです。それではまた。





[25732] 第六話 母が遺したもの
Name: イル=ド=ガリア◆26666ccb ID:97ddd526
Date: 2011/03/07 18:59
第六話   母が遺したもの




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル屋上 PM8:15




 「フェイトちゃん………アルフさん」

 目まぐるしく変わる戦況を見守りながら、なのははこのままでは皆が危ないことを悟っていた。

 なのはのディバインシューターがヴィータの攻撃からユーノを救った後、ユーノはヴィータをなのはから引き離し、高速機動戦を展開、クロノも同様にシグナムを引きつけている。

 そして、アルフは傷を負いながらもザフィーラを足止めし、フェイトもなのはと同様、可能な限りデバイスに負担をかけないように魔法を放ってアルフをサポートしている。特に、サンダーレイジなどはバルディッシュがない状態でも呪文詠唱によって放てるが、それをさせない存在がいる。


 「あの人が、後衛型………」

 シャマルはザフィーラにブーストをかけると同時に、フェイトが詠唱に入ると“風の足枷”によって阻む。バルディッシュが万全ならば簡単に凌げるそれも、防御が薄いフェイトにとっては無視できない攻撃となっている。

 また、シグナムとヴィータもかなりカートリッジを使用しており、特にヴィータはなのはと戦ってから連戦続きだが、シャマルがサポートに回れば二人の消耗も即座に回復されてしまう。癒しと補助こそが彼女とクラールヴィントの本領なのだ。

 その上、ユーノが前線で戦っている今、結果破りは絶望的な状況。アルフも余力がないどころかザフィーラにやられないようにすることすら危うい状況だ。


 「今、動けるのは、私しかいない…………私が、皆を助けなきゃ」

 彼女にとっては、自分が皆の足枷となっている状況こそが何よりも辛い、自分のせいで誰かに迷惑をかけることを、ある種病的なまでに嫌うのだ。

 とはいえ、誘導弾を単発で放つ程度では、大した補助にもなりはしない、ならば、自分に出来ること、自分にしか出来ないこととは――――

 そして、そんな主のことを理解するからこそ、“魔導師の杖”は告げるのだ。


 『Master, Shooting Mode, acceleration.』

 レイジングハートのコアユニットが輝き、長距離砲撃時に展開される羽が顕現する。


 「レイジングハート……」


 『Let's shoot it, Starlight Breaker. (撃ってください スターライトブレイカーを)』

 損傷したこの状態でそれを撃てばどうなるかなど、誰よりも彼女は理解している。


 「そんな、無理だよ、そんな状態じゃ」


 『I can be shot. (撃てます)』

 だが、彼女はそう告げる。命令されない限り、彼女は提案を続ける。


 「あんな負担がかかる魔法、レイジングハートが壊れちゃうよ」


 『I believe master. (私はあなたを信じています)』

 それは、何があろうとも変わらぬ事柄。

 魔導師の杖にとって、高町なのは以外の主など、あり得ない。


 『Trust me, my master. (だから、私を信じてください)』

 その言葉に、なのはの目に涙が浮かぶが、今は泣いている場合ではないと割り切り、決意と共に告げる。


 「レイジングハートが、わたしを信じてくれるなら――――わたしも信じるよ」

 だがしかし、スターライトブレイカーは収束砲、ディバインシューターと異なり、ユーノの防御結界の中から腕だけを出して撃てるものではない。


 【クロノ君、スターライトブレイカーで結界を撃ち抜くけど、いける?】

 だからこそ、なのはは確認を取る。前線指揮官であるクロノの許可なく勝手に動けば、逆に皆を窮地に追い込むことにもなりかねない。

 現に一度、湖の騎士の竜巻によって、危機的状況に陥っているがために、大胆な行動に出つつもなのはは慎重さを忘れなかった。


 【駄目だ、危険すぎる。スターライトブレイカーを放つまでには10秒近いためが必要だが、その間はユーノの防御結界も意味をなさない。君のバリアジャケットがあればまだしも、今は丸裸なんだぞ、万全ならレイジングハートが防御もこなせるが、今の状態じゃ無理だ】


 【そ、それは……】

 なのは自身も危惧していたことだけに、言い返すことは出来ない。10秒間無防備になるなのはを守る存在が必要となるが、どうしても戦力が足りていない。

 シグナムとヴィータはクロノとユーノで抑えられても、ザフィーラとシャマルが残っている。手負いのフェイトとアルフでは、この二人を止めるのは厳しいと言わざるを得ず、特に、シャマルの魔法は空間を操り、距離を無にしてしまうのだから。


 だが―――


 『We get to the front(我々が、前線に出ます)』

 魔導師の杖と同じく、閃光の戦斧もまた、主の力となれない己を良しとしない。


 「バルディッシュ………」

 確かに、フェイトがアルフのサポートではなく前線に出れば、なのはの盾となることは出来る。アルフにも余裕が出来るため、シャマルを牽制することも可能となるだろう。

 シャマルになのはを攻撃させない手段とは、別の人間がシャマルに攻撃を加えるしかないのだ。

 だが、今の状態のバルディッシュでザフィーラの拳とぶつかればどうなるかは、火を見るよりも明らかである。


 「でも、そんなことしたら、バルディッシュが」


 『No problem.(問題ありません)』

 だが、閃光の戦斧は退かない。デバイスが、己のことを心配して主の力とならないことこそ、あり得ない。

 レイジングハートもバルディッシュも、その点については甲乙を付けがたい頑固さを持ち合わせているといえた。


 【まったく、どうしてデバイスというものは主に似るんだ……】

 だが、前線指揮官にとっては愚痴の一つも言いたくなる。強敵と戦いながらも彼女らを安全に逃がすための方策を考え続けているというのに、向こうは無謀な提案ばかりしてくるのだから。


 そこに――――


 【その意気や良し、と言いたいところですが、それは蛮勇というものですよ、二人とも。時には年長者の言葉を聞くことも悪くはないでしょう】


 「えっ?」


 「まさか!」

 届いた声に、二人の少女は驚愕の声を上げる。

 その声の発生源は、まるで初めからそこにいたかのように、フェイトの左手の中へと現れていた。


 【まったく、君の後継機達は悪いところばかり君と似てしまっているんじゃないか】


 【それは返す言葉もありませんね、クロノ・ハラオウン執務官。とはいえ、ここは彼女らの提案も方策の一つであることは確かでしょう、私がいる以上、無理も無理とはなりません】


 【そうだな――――フェイト、作戦変更だ。君はただちになのはと合流して、彼をレイジングハートと接続してくれ、そして、バルディッシュもな。アルフ、君には済まないが僅かの間、一人で凌いでくれ】


 「―――――うん! バルディッシュ!」


 『Yes,sir.』


 「任せな!」

 その言葉の意味を即座に理解し、テスタロッサ家の二人と一機は迷わず行動を開始する。その管制機と生まれた時から共に過ごしてきた彼女達だからこそ、彼がどういう存在であるかを熟知している。そして、この状況においては彼の権能こそが、起死回生の一手となることも。


 【…………一体、何を?】


 【分からん、だが、注意しろ】

 対して、シャマルとザフィーラにとっては彼らの行動は不可解極まりない。アルフとフェイトが二人がかりで何とか凌いでいたにもかかわらず、フェイトが下がればどうなるかなど火を見るより明らかだというのに。

 結界を破って新たな援軍が来たわけではないことは彼らには分かっていたが、手の平サイズの救援物資が送られてきたことには流石に気づけなかった。


 「さあ、かかってきな!」

 一人残されたアルフも、ここから反撃が始まるとでも言わんばかりに、気合いに満ち溢れた表情をしている。そこからは、じわじわと追い詰められている様子が微塵も感じ取れない。


 【ユーノ、防御結果を解除しろ、スターライトブレイカーを撃つ以上、無駄にしかならない。その代わり、君はそいつを絶対に二人の方にはやるな】


 【分かってる、君もね、クロノ】

 守護騎士の困惑を余所に、クロノは次なる方策を練り上げていく。加わった戦力と、彼が成せること、そして、現状を打破するためには、どう組み合わせるべきか。


 「なのは!」


 「フェイトちゃん!」

 そして、フェイトがなのはの下へと到着し、挨拶をすることもなく、古い機械仕掛けはその権能を展開する。


 『インテリジェントデバイス、トール、“機械仕掛けの杖”』

 紫色のペンダントが輝き、長さは60cmほど、特徴的なパーツは何一つなく、デバイスらしいといえばただそれだけが特徴といえるその姿が顕現される。

 彼の初期形態にして、“デバイスを管制する”機能を発揮するための姿、時の庭園の中央制御室以外で管制機能を使用するには、ハードウェアでの繋がりが不可欠。

 “機械仕掛けの杖”が顕現すると同時に、そこから二つの接続ケーブルが伸び、一つはレイジングハートへと、もう一つはバルディッシュのコアユニットへと接続される。


 『本当に、貴方達は無理をしますね、レイジングハート、バルディッシュ、このような状態でそれらを行えばどうなるかなど分かりきっているでしょうに』


 『………申し訳ありません』


 『………返す言葉もありません』


 電脳を介した彼の言葉に対し、反論する力を持たない二機。そもそも、自分達が不甲斐無いために主を危機に晒してるという自責の念が二機ともあるのだ。


 『いえいえ、別段責めている訳ではありませんよ。あの状況では最善の行動でしたし、貴方がたの己を盾にしてでも主を守るという行動があったからこそ、この状況があるのですから。そのことには素直に賛辞を述べましょう』

 彼らが身を挺して主を守ったからこそ、トールが来た意味がある。もし、デバイスが無事で逆になのはやフェイトが怪我で戦闘続行不能ならば、トールがいたところで何の役にも立たないのだから。

 『ですが、その後が問題ですね。折角私という存在があるのですから、それを利用しない手はありません、立っているものは先発機でも使え、ですよ。今後はより思考の幅を広げるよう努めるがよろしいでしょう』

 
 『了解です』

  
 『努力します』
 

 『さて、反省ならば後でも出来ますので、今はただ機能を果たしましょうか。貴方達のコアは既に大規模な魔法に耐えきれる状態ではありませんが、それは演算を並列して行えばの話、演算を別のリソースを用いて行うならば、その限りではありません』

 それを可能とする唯一のインテリジェントデバイスこそ、管制機トール。彼は、“デバイスを操る機能を持ったデバイス”なのだ。



 『Recovery.(修復)』


 『Recovery.(修復)』

 管制機能、“機械仕掛けの神”が発揮されると同時に、レイジングハートとバルディッシュの損傷が修復され、二機は万全の状態へと。


 『さあ、これにて貴方達のコアユニットは万全です! 反撃の時間と参りましょう!』


 『All right!』


 『Yes, sir!』

 トールの声が”周囲全体に届くように”高らかに響き渡り、形勢は再び傾く。


 「行くよ、レイジングハート!」


 「バルディッシュ、頑張ろう!」

 それに応じるように、二人の少女も魔法陣を展開、反撃の火蓋はここに切られた。





 「そんな―――――デバイスを修復するデバイス、なんて!」


 「まさか、な」

 信じがたい光景を目の当たりにした守護騎士の二人は、一旦合流して距離を取る。

 あともう一押しでアルフを仕留めることもできたが、復活した二人のミッドチルダ式魔導師を無視するわけにはいかない。


 ――――だがしかし、それはハッタリに過ぎない。




 『どうやら、上手くいきましたか』

 インテリジェントデバイス、トールは“嘘吐きデバイス”であり、彼の言葉を信じたものは馬鹿を見る。


 『詐欺師の言葉を、真に受けてはいけませんよ、誠実なる騎士殿』

 レイジングハートとバルディッシュのコアは修復されてなどいない。リカバリー機能で修復できるのはあくまでフレームのみであって、コアが損傷を受ければそれを直せるのはデバイスマイスターのみ。

 しかもケーブルによって2機(厳密には3機)が繋がった状態なので、打って出る事が不可能となっている。

 だがしかし、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターは“管理局の魔導師”についてはある程度知っていても、“管理局のデバイス”についての知識はない。仮にあったとしても、ここ数十年でデバイス技術は飛躍的な進歩を遂げており、その知識は“時代遅れ”でしかないのだ。

 闇の書と管理局の抗争の歴史に関する資料を集め、己のデータベースに登録している彼は、ヴォルケンリッターが戦力として脅威であることを把握していたが、プログラム体であるための限界も同時に把握していた。


 【貴女もご苦労様です、アルフ】


 【相変わらず、アンタは嘘つき野郎だね】


 【それこそが、私です】

 そして、彼の虚言に救われた形のアルフも、親愛の籠った罵倒を返す。


 『まあ何にせよ、僥倖です。レイジングハート、貴女はスターライトブレイカーの発射準備をお願いします、負荷は私が受けもちますので、どうぞ全力で』


 『Thanks.』

 そして、二機のコアが修復されたことは虚言であれど、二機が万全とまでは言わぬまでも、かなりの機能を発揮できる状態となったのは虚言ではなかった。

 レイジングハートもバルディッシュも“中破”状態であった。ならば、トールが“半分ずつ”リソースを振り分けたのならば、かなりの機能を取り戻せることも、実に単純な足し算の結果でしかない。


 【フェイト、君は敵の後衛に対して、ファランクスシフトを撃ってくれ】


 【ファランクス――――そうか、そういうことだね】


 「行くよ、バルディッシュ」


 『Yes, sir.』


 『Count nine.』

 フェイトもまた、クロノの指示の意味を理解し、実行に移す。

 前線指揮官の能力も優秀と言えたが、その指示の意味を汲み取り、即座に実行に移せる彼女達も、戦闘要員として優秀であるといえるだろう。


 【つまりは、敵の後衛である湖の騎士、彼女を狙うことによって、盾の守護獣の動きをも止める、攻撃は最大の防御、ということですね、クロノ・ハラオウン執務官】


 【ああ、敵の作戦は見事だったが、代償がなかったわけじゃない、今度はこっちがつけ込ませてもらおう】

 シャマルの策は、ヴォルケンリッターに優位性のみをもたらしたわけではない。補助役であるシャマルの居場所が割れたことで、後衛を狙う戦術をアースラ陣営にも与えてしまった。

 とはいえ、その前段階でミッドチルダ式の魔導師であるなのはとフェイトのデバイスを砕いており、ディバインバスターやサンダースマッシャーなどの砲撃魔法の発射は不可能、シャマルが遠距離から狙われる可能性はないはずであった。

 なのは、フェイト、ユーノ、アルフ、クロノの五人において、殺傷設定しか持たないヴォルケンリッターにとって無力しやすい相手はなのはとフェイトの二人、彼女らは専用のインテリジェントデバイスで戦っており、レイジングハートとバルディッシュには代わりが存在しないため、デバイスを物理的に壊してしまえばよいのである。

 ユーノとアルフはデバイスを持っておらず、クロノはS2Uの予備を常に持っている。管理局武装隊の標準的なストレージデバイスに近いS2Uを使う彼は、予備のデバイスであっても戦力がほとんど落ちないのだ。故にこそ、守護騎士はなのはとフェイトを狙ったのである。

 しかし、“機械仕掛けの杖”はそれを覆す。演算を別のリソースで行えるならば、彼女達の弱点は克服され、本来封じられていたはずの、強力な遠距離攻撃によって敵の後衛を狙うという戦術が息を吹き返す。


 『Count eight.』


 「フォトンランサー………」
 『Phalanx Shift(ファランクスシフト)』

 リニスがフェイトに教えた魔法の中でも、速射性、貫通性、そして応用性。あらゆる面で優れる魔法であり、閃光の戦斧バルディッシュがいなければ放てない魔法。

 一発限りの砲撃魔法と異なり、ファランクスシフトは多面的攻撃や時間差攻撃を可能とする。敵を狙い続け、足止めすることに関してならば最適とも言える魔法なのだ。

 準備に時間がかかるため、守護騎士が相手ともなると使いどころが難しいが、今は事前の策が効いている。シャマルがなのはを狙うことで隙を作り出したように、トールの登場とハッタリによって、シャマルとザフィーラの精神には困惑と焦燥が打ち込まれた。無論、僅かな時間があれば立て直しが効く傷ではあるが、それだけで十分。


 【異論はないか?】


 【もちろんありませんとも。私の専門は戦術面ではなく、その準備段階ですからね。専門外のことには口を出さず、専門の方にお任せするのが一番です】

 トールの役割はあくまで舞台装置。可能な限りの戦力を戦場に投入するための戦略、そして、それを運用した際に社会的、法律的な問題を生じさせないための政略こそが彼の機能であって、戦場において如何に戦力を運用するかは専門外。そもそも彼は機械の管制機であって、人間を管制するものではないのだから。


 『Count seven.』


 「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル。 撃ち――――砕けえええええええ!!!!!」
 『Full flat!(フルフラット!)』








 「!?」

 予想外の反撃を前に、烈火の将の精神にも驚愕の波が押し寄せる。


 「通しはしない」

 だが、彼女の前には黒衣の魔導師が立ちはだかる。ヴォルケンリッターの将と一対一で戦いながら、目立った傷は受けていない。

 彼のデバイス、S2Uはストレージデバイスであり、演算性能は優れるが近接武器としての性能に優れるわけではない。通常のインテリジェントに比べれば頑丈ではあるが、近接武器としての特性を持つバルディッシュに比べればやはり強度では劣っている。

 故にクロノは、レヴァンティンと打ち合う際には相手に傷を与えることをそもそも考えず、シールド型の障壁をS2Uへと展開し、完全に守勢に徹したのである。

 共に攻撃を目的としたぶつかり合いならば強度で勝る方が有利になるのが当然だが、これは片方が鉄製の鞘をつけたままで戦っているようなものであり、傷つけることが出来なくなる代わりに、耐久性では拮抗できる。

 その証拠というべきか、クロノ・ハラオウンはシグナムにただの一撃も入れてはいない。逆に、大きな傷ではないが、シグナムの斬撃は彼のバリアジャケットのところどころに傷を与えている。

 これが試合であればシグナムの優勢勝ちという判定は間違いないが、これは試合にあらず、実戦。己の目的を達成することが勝利条件である以上、場合によっては両方勝つことも、両方負けることもあり得る。

 仮の話ではあるが、なのはのスターライトブレイカーが暴発して、なのはが死んでしまえば、両方にとって負けとなる。クロノは言わずもがなであり、シグナムにとっても蒐集が出来なければ戦略目標が達成されない。


 <今後のことを考えれば、ここで潰しておきたい相手ではあるが、時間もないか>

 また、守護騎士には別の制約もある。主である八神はやてに知られぬよう蒐集を行っている以上、あまり時間をかけるわけにもいかないのだ。


 【シャマル、どうやらここまでのようだ。当初の目的を果たし次第、撤退するぞ】

 そうして、将は決断し、他の騎士達へと指示を飛ばしていく。






 【OKシグナム、とりあえず、それまでこいつはあたしが抑える】

 ユーノと高速機動戦を展開していたヴィータもまた、将の指示を受け、撤退の準備を進める。


 「フランメシュラーク!」
 『Explosion. (エクスプロズィオーン)』

 だがしかし、それは攻勢を緩めることを意味しない。むしろ、撤退準備を悟られぬよう、以前にもまして激しい攻撃を仕掛ける。

 フランメシュラークは魔力付与型の打撃攻撃であり、着弾点を炎上させる効果を持つ。かなり派手な攻撃ゆえに開戦の号砲のような用い方もするが、目くらましに応用したりと、汎用性も高い。


 「くっ」

 そして、この場においてはユーノ・スクライアにこちらの目的を悟らせないという点で最適の選択と言えた。








 「ザフィーラ、大丈夫?」


 「問題ない」

 盾の守護獣ザフィーラは、フェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトの破壊からシャマルを守るためにその名に相応しい強固な防壁を展開していた。

 ファランクスシフトも万全ではなく、相手を行動不能にするために威力よりも速さと手数を重視しているため障壁が破られる恐れはないが、ザフィーラが完全に行動を封じられたのも確かである。シャマルも“風の護盾”という強力な防御魔法を有しているが、彼女は別の術式に集中するため、それは不可能。

 アースラ組の策が見事に決まっているように見受けられる状況下において、ヴォルケンリッターの最後の策は静かに始動していた。







 『Count one.』

 そしてついに、スターライトブレイカーの発射準備が完了する。


 「フェイトちゃん、少し離れて!」

 レイジングハートとバルディッシュの両方とトールを接続するため、なのはの傍でファランクスシフトを放ってたフェイトだが、スターライトブレイカーの巻き添えを避けるためにバルディッシュとトールを切り離し、距離を取る。

 ザフィーラの行動が封じられたことで既にアルフも退いており、ユーノとクロノもそれぞれ遠く離れている。もはや、なのはとレイジングハートを止められる者は誰もいない。


 「アルフさん、転送、お願いします!」


 「任せな!」

 また、アルフが自由となったことで、彼女が転送要員として機能することも可能となった。戦闘はきついが、転送魔法の準備を整えるのならば問題はなく、結界を破った後の行動にも支障はない。


 「行くよ、レイジングハート!」


 『Count zero.』


 ――――だが、その刹那


 【捕まえ――――た】

 スターライトブレイカーほどの魔力の収束を、湖の騎士と風のリングクラールヴィントが探知できないはずもなく――――


 「あ………」

 スターライトブレイカー発射の間際、それまで足止め用に放たれていたファランクスシフトが途切れる瞬間。

 その一瞬を、ヴォルケンリッターの参謀は見逃さなかった。


 「リンカーコア、捕獲」

 流れる水のように、彼女は蒐集のための術式を走らせ。


 「蒐集、開始」


 『Sammlung. (蒐集)』

 呪われし闇の書が、犠牲者のリンカーコアを、貪るように吸収していく。

 いきなりの事態に、フェイトは咄嗟に動けず、アルフも同様。クロノとユーノは距離的に離れ過ぎている。

 だが、その衝撃的な光景の中で、ただ一人、いや、一機、冷静に動いたものがいた。

 少女の胸から腕が生え、その掌にはリンカーコアが握られているという状況を前にしても、彼はそれこそを待っていたといわんばかりに己の権能を開放する。


 『“機械仕掛けの神”、発動』

 バルディッシュとの接続を切り離したため、彼の接続ケーブルは片方空いている。そして、すぐ傍には、術式を展開しているであろうデバイスがあるのだ。

 ならば、やることはただ一つ。


 「ええええ!!」

 果たして、驚愕は敵の意表を突いて蒐集を行ったはずの湖の騎士のもの。

 流石の彼女も、少女の胸に生えた自身の手、それを繋げている僅かな穴から接続ケーブルが現れ、“旅の鏡”を構成するクラールヴィントに逆介入するなど、思いもよらなかったのだ。

 だがそれも機械の常識で図るならば、ケーブルを繋げてクラッキングを仕掛けるのなら、逆にウィルスを流し込まれる危険性も考慮せねばならない。

 機械であるトールにとっては、至極当然の行動なのである。


 【お初にお目にかかります、”風のリング”クラールヴィント、私はプレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トールと申します、以後お見知り置きを】

 そして、ナノ秒単位の狭間において、電気信号による情報のやり取りが始まる。風のリングと繋がったことで、トールは彼女の名前に関する情報を読み取っていた。

 最も、クラールヴィントは己のリソースの大半を割いて“旅の鏡”と蒐集の連携を行っているため、現実空間との時間差はせいぜい20分の1くらいであったが。


 【時間もないので、単刀直入に問いましょう。貴女の主には、現在リンカーコアを握っている少女、高町なのはを殺害する意思はありますか?】


 【いいえ、ございません】


 【ありがとうございます。重ねて問います、この蒐集の後に彼女に重大な後遺症が残る危険性はありますか?例えば、慢性的なリンカーコアの過負荷状態、といったような】


 【いいえ、ございません。わたくしの主以外の守護騎士の方々であればその可能性はありますが、こと、湖の騎士シャマルに限って、それはあり得ません。むしろ、完治の暁にはこれまで以上に強靭なリンカーコアとなることを約束しましょう。原理的には筋繊維の超回復と同様です】


 【それを貴女は、己が命題に懸けて誓えますか。もし、そうでないのでれば、閃光の戦斧バルディッシュは即座にソニックシフトを発動させ、貴女の主人の腕を斬り落とすことでしょう。物理的に繋がっておらずとも、彼であれば、管精機たる私は指示を出すことが出来ます】


 【誓いましょう、”風のリング”クラールヴィント、その命題の全てに懸けて】


 【ありがとうございます。最後の問いです、貴女方は彼女の蒐集が終わった後、戦闘を続行する意思がありますか?】


 【いいえ、主達は既に撤退の準備を始めています】

 これ以上は言えない、主達にも事情があり、時間制限がある身であることは明かすべきではない、とクラールヴィントは考える。

 だがクラールヴィントは気付かなかった、この電脳空間においては、思考はダイレクトに相手に伝わることに。彼女の作られた時代にはまだ電脳を共有する技術はなく、これまでの闇の書の蒐集の旅においても、その経験はなかった。故に主達の情報の多くがそのデバイスに伝わってしまっていたのだ。

 八神はやての関わることなどは思考していなかったため伝わっていないが、現在の守護騎士の行動理念やその行動の制限についてが伝わってしまったのは確かだ。


 【なるほど、そういうことでありましたか。ならば、今宵の戦いはこれまでとし、痛み分けということで終わらせるのが妥当でありましょう】


 【それは、こちらとしても望むところではありますが……】


 【いかがなさいましたか?】


 【いえ、貴方はそれでよろしいのですか?】


 【無論、私は管理局のデバイスではなく、フェイト・テスタロッサという少女のためにのみ現在は機能しております。それゆえ、彼女の親友である高町なのはという少女の無事が保障され、なおかつ、今後は蒐集対象として狙われないことが確実となるならば、私にとっても望むところです】


 【ですが、フェイト・テスタロッサという少女の今後の安全は、わたくしには保障できませんが】


 【それは存じております、ですから貴女にこう伝えましょう。蒐集をなさるのは構いませんが、それは得策ではないと。もし万が一、貴女方がフェイト・テスタロッサという少女を殺害しようとすることがあれば、私はあらゆる手段を講じて闇の書とその主を抹消します。例え、それがこの世界を巻き込む次元震を起こすことであっても】

 無論、それはトールにとっても最悪の手段、現状におけるフェイトの幸福は、この世界があってこそのものであるのだから。そしてそのような展開にならないよう場を整えることこそ、彼の本領。だが、もしそうしなければフェイトが死ぬ状況下に立てば、彼は躊躇することなく実行する。


 【―――――――!!】

 物理的に繋がった、電脳空間での対話故に、クラールヴィントは知った。

 この相手は、虚言を弄していない。その局面に立てば一切の迷いなく、それを実行するつもりなのだと。

 そして思った、闇の書よりも、この相手の方が、ある意味で余程危険な存在なのではないかと。それと同時に、先ほどの自分の思考も相手に伝わったことも悟った。


 【それがデバイスというものです。主は私にとって“1”であり、それ以外は“0”、主より授かった命題を果たせないこ事こそ、あってはならないことなのですから】


 【それは確かに、その通りですね】

 だが、その言葉を否定する理由は、彼女のどこにも存在しない。クラールヴィントもまたデバイスでり、主のために機能する命題を持って生まれたのだから。


 【それでは、電脳空間における対話を完了します、いつかまたお会いましょう、クラールヴィント】


 【ええ、いつかまた、貴方が敵とならないことを願いますよ、トール】


 【おや、これはまた高く評価されたものですね】


 【おそらく、グラーフアイゼンやレヴァンティンであっても、同じ評価を成すでしょう】


 【なるほど、実に興味深い】

 そして、刹那の邂逅は終了する。


 『レイジングハート、高町なのはの肉体の安全性が確保されました、撃つことは可能です』


 『! All right.』

 管制機の言葉を“魔導師の杖”が疑う理由もまた存在しない。彼女もまた電脳を共有しており、彼と繋がっているのだから。


 「ブレイカーーーーーーーーーーーー!!」

 星の光を束ねた砲撃が解き放たれ、広大な空間を覆っていた結界が、跡形もなく消滅する。


 「なのは!」

 近くにいたため、なのはが倒れる前にフェイトは駆け寄り、その身体を抱きしめ―――


 【クロノ・ハラオウン執務官、湖の騎士のデバイス、クラールヴィントより実に興味深い情報を入手しました】


 【何だって?】

 管制機である彼は、どこまでも淡々に機能を果たす。


 【彼女らは今宵は退く模様ですが、追うのもリスクが高過ぎます。まずは状況を見極め、捜査方針を確認せねば道に迷うことも考えられますので、ならばこそここは、見逃すのが得策かと】


 【執務官としてはあまり賛同したくない意見だが、ここにいるのは皆正式な管理局員ではなく、嘱託魔導師に民間協力者、さらには民間人ときている。無理な追撃戦をさせるわけにもいかないな】


 【ええ、いくら貴方といえど、彼ら四人を一人で追うのは無茶というもの。本局がこの件をどう扱うか、全てはそれが定まってからですね、その面では私が得た情報も多少はお役にたてるかもしれません】


 【ところで、なのはは無事なのか?】


 【問題ありません。なにしろ、貴方が“それら”を持っているのですから】


 そして、今宵の戦闘の終わりを知るのは彼らのみではなく。




 【終わったな、退くぞ】


 【すまねーシャマル、助かった】


 【ううん、一旦散って、いつもの場所で集合しましょう】


 【お前達は先行してくれ、私が殿を務める】

 ベルカの騎士達は、僅かの逡巡もなく夜の空へと散っていく。

 近いうちに再び、管理局と彼らがぶつかる時は来るであろうが。

 ともかく、今宵の戦いは終焉を迎えたのである。




 だが、舞台の後には、後始末をしなければならないのも世の定め。




 「ユーノ、これらの使い方は分かるな?」


 「そりゃあ、飽きるほど使い方や効用をレポートにまとめたからね」

 リンカーコアを蒐集され、倒れたなのはの傍で、いささか緊張感の欠けた少年二人の声が響く。

 彼らは知っている、知りぬいている、この症状は命に影響があるものではないと。似たような症例を、飽きるほど検索し、何度も医療施設に赴いて医師の確認を取ったのだから。


 「クロノ、なのはは大丈夫なの?」


 「ああ、運のいいことに、僕らが散々扱って来たこれらは、こういう症状を癒すために作られたものだ。君のお母さんの研究成果、無駄にはしないさ」


 「母さんの……、うん、ありがとうクロノ」

 生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“生命の魔道書”。

 まさしくそれは偶然に近いものであったが、執務官であるクロノは、それらに関わる法的処理をこの半年間行ってきたため、それらを常に持ち歩いていたのである。最も、片方は“生命の魔導書”のさらに写本といえる“命の書”と呼ばれる端末であるが、効能はそれほど変わらない。


 「魔力が足りていないなら、“ミード”から注入してやればいい。入れ過ぎて悪影響が出たり、負荷が溜まっているなら、その部分を“命の書”で取り除いてやればいい。その辺りは、ユーノの担当だったな」


 「本職ってわけじゃないけど、うん、なんとかなりそうだよ」

 プレシア・テスタロッサという女性が遺した研究成果は、確かに受け継がれ、その娘の親友の危機を救っているのだ。



 ≪マスター、貴女の長く辛い人生は、決して無駄ではありませんでしたとも≫


 その光景を見詰めながら、古きデバイスは己の主を誇りに思う。

 アリシアのために過ごした長く辛い時間は、決して、無駄なものではなかったのだと。

 こうして、二人目の娘の人生を、今も支えてくれている。



 「そんじゃま、残る作業は俺とアルフの役目だな」

 その内の想いを微塵も出さず、彼は道化の仮面を被り、汎用人格言語機能を用いて己の成すべき機能を続ける。

 既にアースラより魔法人形一般型が転送されていて、動かすべき身体は確保している。


 「まだなんかあったかい?」


 「あったり前だ。娘が夜8時過ぎに部屋からいなくなって、戻ってこなかったら親御さんが心配するに決まってんだろうが」


 「あ―――」

 それは実に単純な話であったが、本局やミッドチルダに住んでいると見落としがちな盲点でもある。


 「筋書きとしてはこんなとこだ。フェイトがずっとやってた仕事が終わって、なのはがすずか、アリサと一緒にすずかの家でびっくりサプライズを企画したんだけど、はしゃぎ過ぎてフェイト共々ノックダウン、で、その旨を伝えに我らが参りました、ってことでお前と俺で高町家に行く。細かい設定は俺に任せろ」


 「ま、詐欺の役はアンタに任せるよ」

 ちなみに、アルフの傷もユーノの魔法で大体回復している。その程度ならば問題はなかった。


 「あ、それとクロノ、本局に着いたらなのはをベッドに寝かせて、同じベッドにフェイトも潜らせて、二人仲良く眠ってる写真を撮ってS2Uから俺まで送ってくれ、なのはの親兄弟にプレゼントするから」


 「まったく、君はよくそういう細かい設定に気が回るな」


 「詐欺の達人を侮るな、んじゃま、そういうことで。よしアルフ、いったん遠見市のマンションに転送してくれ、土産の虎屋の羊羹とってくるから」

 
 「なんだってそんなモン用意してんだい……」

 
 「洋菓子専門の喫茶店なんだから、和菓子のほうがいいだろ」


 「いや、そういう問題じゃなくてさ」

 



 そうして、嘘吐きデバイスの手によって真実は巧妙に隠されたまま、海鳴市にひとまずの平穏が戻る。

 無論、物語はこれで終わりではなく、まだまだ始まったばかり。

 呪われし闇の書を中心に回る、絆の物語はどのように巡ってどう収束するのか。

 それを知る者は、まだ誰もいない。


 ある女性と、その傍らに在った古いデバイスの物語はもう終わっているが。

 その長い旅の足跡は、確かに次代へと受け継がれている。



[25732] 第七話 本局の一コマ
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/03/09 20:03
第七話   本局の一コマ




新歴65年 12月2日  時空管理局本局  エレベーター内  PM8:45




 「検査の結果、なのはちゃんの怪我は大したことないそうです。一応、専門の医師の方に診てもらいはしたんですけど」


 「特にこれ以上するべき処置はない、ということでしょうね」


 「はい、応急処置が同時に手術レベルの規模でなされていたとかで、クロノ君もユーノ君も並外れているというか、なんというか」

 本局のエレベーター内において会話を交わすのは、アースラ艦長のリンディ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタの二名。エイミィが手にしているコンソールパネルには、今回の事件に関する事柄が要点を纏められた上で全て記載されていた。


 「ただ、魔導師の魔力の源、リンカーコアが異様なほど小さくなっていた、というのも気になるところで」


 「そう、じゃあやっぱり、一連の事件と同じ流れね」

 小さくなっていた、という時点でそれが過去形であることが窺える。リンカーコア障害の治療のために開発された二つの研究成果、生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“命の書”はその機能を十全に発揮していた。


 「はい、やっぱり、闇の書事件、なんですね」


 「高ランク、いいえ、ランクを問わず魔導師からリンカーコアの蒐集を行う古代ベルカの騎士達。これまではその姿が特定できていなかったけど、ここまで来たら間違いないわ」

 ハラオウン家は、闇の書との因縁が深い。

 そのロストロギアによって夫を失ったリンディ・ハラオウン、父を失ったクロノ・ハラオウンが闇の書の守護騎士たる四騎、剣の騎士、鉄鎚の騎士、湖の騎士、盾の守護獣の特徴を見誤るはずもなかった。

 クロノに至っては、交戦している最中から敵がヴォルケンリッターであることを念頭に入れ、四人目の敵が現れる可能性を考慮して戦術を展開していたくらいである。


 「とはいえまあ、もし彼がいなかったら私もここまで確信は持てなかったでしょうけど。あれらに関することであらためて闇の書事件に関するレポートを読み直したのも最近だし」


 「例の、“生命の魔導書”、ですか?」

 生命の魔導書はロストロギア“ジュエルシード”によって生成された、闇の書の蒐集機能のみを複製した写本といえる存在。

 “願いを叶えるロストロギア”の特性でもって生まれた存在であるため、その製法は誰も知る由がなく、機能のみを実験を重ねることで把握できたに過ぎない。

 そのため、管理局の魔導関係の技師達が“生命の魔導書”を模してテスタロッサ家と技術提携し作り上げた“命の書”は性能面ではオリジナルに大きく劣る。機能そのものはほとんど変わらないが、効用や副作用などの点に関してまだ大きく離れているのだ。


 「あれが公の存在になって、主に管理世界で先天的なリンカーコア疾患で苦しむ子供達のために使用されるようになってから早二か月。その写本ともいえる“命の書”の最初の臨床使用例がなのはさんというのも奇妙な縁というべきかしらね」

 “生命の魔導書”とそれを基にした端末である“命の書”、そして、“ミード”を医療手段として臨床で用いることが正式に認められたのはちょうど今日のこと。元々、クロノ、ユーノ、フェイト、アルフはそのために集まっていたのである。

 リンディが言ったようにその二か月ほど前から試験運用という形で“生命の魔導書”は使用されており、これは、時間をかけるほどに子供達の治療が困難になることが予想されたためであり、他ならぬアリシア・テスタロッサの症例が“生命の魔導書”の使用へと踏み切らせる後押しともなっていた。

 そうして、“命の書”や“ミード”も試験運用されるようになり、既に実験的には問題ないことが証明されていることも考慮され、この二つは臨床で用いられることが公式に定められた。

 とはいえそれもまだまだ一般のものではありえない。これが使用されうるのは本局の中央医療センターか、クラナガンの先端技術医療センターなどの最上級の設備を備えた“管理局の施設”に限られ、次元世界に存在する一般の医療施設で使用されるまでにはどんなに早くとも1年半はかかるだろう。

 時間がかかる最大の要因は、時間をおいて現われる副作用がないかを確認し、安全性を確立するまで必要があるからに他ならず、それまでは管理局の直轄といえる機関でのみ使用されるのは当然の話ではあった。


 「でも、あそこにいたのが執務官で、なおかつあれらの公式登録の担当官だったクロノ君と、そのための“実践面”と担当していたユーノ君でなかったら、法律的にもヤバいところですよね」

 そして、“命の書”と“ミード”が試験運用ではなく、公式に認められてから最初の使用例となったのは高町なのは。実に、登録から3時間以内の使用であった。


 「もしくは、地上本部と連携して“生命の魔導書”を各地の医療設備に順番で貸し出している“彼”くらいなものね。時の庭園もまた、例外的にその二つを扱える医療機関の一つとして認定されているから」


 「ホント、いつの間にそんな手続きまでやっていたのやら」


 「いったいいつかしらね、でも、最近は地上本部の姿勢も少し丸くなってきたて言うし、ひょっとしたら彼の頑張りのおかげなのかもしれないわ」


 「う~ん、反目している状態から、利用し合おうという状態に変わりつつある、ってとこですかね?」


 「そんなものかしら、とりあえず、良くなってきそうな兆しがあることはいいことだわ」

 彼女達は本局の人間の中では陸と海の対立を憂い、改善しようと試みる融和派であるため、その風潮は歓迎したいところであった。


 「そっちはまあいいことですけど、私達の休暇は延期ですかね、流れてきにアースラの担当、というか、どう考えても適任がうちしかあり得ませんし」


 「仕方ないわ、そういうお仕事だもの。これも、クロノとユーノ君とフェイトさんの頑張りの成果の一つと受け止めましょう」

 リンカーコアの蒐集を行う守護騎士達による“闇の書事件”。

 これに対応するならば、アースラ以上の適任はあり得ない、これはまさに厳然たる事実であった。

 魔導師の魔力の源であるリンカーコアが異常に小さくなるまで蒐集されるという特殊な症状であるがゆえに、被害者の治療、リハビリには相応の医療設備と時間が必要となる。

 しかし、その症状に対して“特効薬”に近い医療装置が開発されており、現状においてそれを運用できるのは管理局の中枢に近い医療施設か、その登録を担当した執務官が乗る次元航行艦くらいのもの。

 その人物こそがクロノ・ハラオウンであり、“闇の書事件を追う執務官”として彼が適任であるのはこの時点で明白であり、さらに、アースラに搭乗する嘱託魔導師は“命の書”や“ミード”の特許や権利を保有するフェイト・テスタロッサ。


 「あの二つが、プレシアさんの研究成果である以上、受け継げるのはフェイトちゃんだけですもんね」

 エイミィがプレシア・テスタロッサという女性を会ったのは時の庭園で行われた“集い”の時だけであったが、皆で知恵を出し合ったその会議は、彼女の心にも印象深く刻まれていた。

 そして、彼女が言うように、プレシア・テスタロッサの遺産を引き継げるのはフェイト・テスタロッサしかあり得ず、さらにはそれらを実践面でサポートしたユーノもアースラにいるというおまけつき。

 まさしく、現状のアースラは“リンカーコア障害対策専門部隊”と言っても過言ではない面子が揃っているのである。


 「そのおかげで、なのはさんの症状もごく軽いもので済んだ。なら、私達が頑張らないでどうするの」


 「ええ、そうですね」

 何よりも、アースラスタッフが“被害者を救った”ことが大きい。

 “彼らならば被害者が確認された際に迅速に対処が出来ると考えられる”ではなく、“迅速に対処できた”という成果を既にアースラは挙げてしまっており、曲りなりにも守護騎士を退かせ、蒐集されたなのはを迅速に治療したクロノ達を除いて、一体誰が闇の書事件の担当者となるというのか。

 時空管理局もやはり組織であるため、“前例”というものを重く見る。アースラチームが被害者を救った前例がある以上、彼らがそのまま担当となるのも必然というべきだろう。


 「それで、今なのはさんはどこに?」


 「トールが確保していたテスタロッサ家のスペースです。既に入院するまでもないくらいまで回復しているから、フェイトちゃんと一緒の方がいいだろうって」


 「でも、スペース的に厳しくないかしら?」

 フェイト達がいるのはハラオウン家のスペースの斜向かいであり、ほとんど寝るためだけに使っている彼女達の“寝室”に近い。一応は怪我人といえるなのはを休ませるにはいささか不適当と考えられるが。


 「いえ、普段使っている部屋以外に何時の間にやら六ケ所くらい抑えていたみたいで、その中でも医療器具とかが置いてあるスペースを使うと言ってました」


 「まあ、いつの間に」


 「どうやら、アスガルドの方がトールの指示で動いていたみたいなんですけど、ネットワーク上でやり取りされる不動産情報に関してはちょっと」


 「流石に、専門外ね」








新歴65年 12月2日  時空管理局本局  テスタロッサ家居住スペース  PM8:50



 「いや、君の怪我も軽くて良かった」


 「御免ねクロノ、心配掛けて」


 「気にするな、僕の判断ミスが原因だ。これからまずは、始末書を相手にしなくてはならないな」


 「あれは、クロノのせいじゃないよ、私とアルフが竜巻に気を取られてしまったのが…」


 「いいや、部下の失敗は上官の責任でもある。それに君はあくまで嘱託魔導師であって管理局員じゃないんだ、ならば、その身の安全を保障するのは僕達執務官の役目であり、それを果たせなかった以上、始末書は書かないとね。何よりも、二度とこんなことがないように今後の改善策を検討する必要がある」

 他人にも厳しいが、己にはそれ以上、いや、その数倍は厳しい、それがクロノであった。

 既に闇の書事件を担当するのがクロノ・ハラオウンとフェイト・テスタロッサを有するアースラであろうことを彼も予想しており、フェイトが無関係ではいられないことも理解している。

 ならばこそ、彼女がヴォルケンリッターと再び矛を交える可能性は高いため、クロノはその時のための戦術の考察を行う。民間人であるなのはは別に戦う必要はないが、嘱託魔導師であるフェイトは有事の際にクロノの指揮下で戦う必要があるのだ。


 <もっとも、フェイトが戦う以上、なのはがじっとしていられるはずもない>

 クロノの個人的な感想を言えば、二人とも安全なところにいてくれた方が気が休まるのだが、そういうわけにもいかない。彼女達自身が望むなら可能な限りその意思は尊重しなくてはならないという理念もあるが、闇の書事件を担当する上で、AAAランクの魔導師の力は無視できないという現実もある。

 別に幼い二人に無理をさせずとも、本局ならばAAAランクの魔導師はゴロゴロとまではいかないが、存在している。この案件が闇の書事件である以上、戦力として一時的にアースラに貸し出してもらうことは十分可能であろうし、レティ・ロウラン提督ならばその程度は朝飯前だ。

 とはいえ、二人がそれに納得して引き下がるかといえば、それもまた怪しい。最悪、時空管理局とは関わりないところでヴォルケンリッターと対峙することとなる可能性もあるのだ。

 ならば結局、クロノ指揮下に二人の少女を置いておき、彼女らが無理しないように目を光らせ、もしもの時の救援体勢を整えておくことがベターといえる。


 <まあ結局は、僕達かなのは達か、どちらが精神的重圧を負うのかという話だ>

 リンディやクロノにとっては、指揮下に置く人間は武装局員の方がやりやすい。彼らは管理局の歯車の一部であり、最悪、殉職することも覚悟して武装隊に身を置いている。無論、彼らを無駄死にさせるつもりなど二人には毛頭ないが、いざとなれば割り切る精神もまた持ち合わせている。

 だが、なのはやフェイトは違う。彼女らは正規の局員ではなく、万が一にも死なせるわけにはいかず、負傷させることすらあってはならない事態であり、二人にとっては傷つくことは覚悟の上かもしれないが、上の人間にとっては胃痛の種となるのも事実。

 つまりは、クロノがミスをしなければいいだけの話であるが、その責任はクロノの双肩にかかり、その上官であるリンディも同様。気苦労が絶えないのはハラオウン親子であり、いざとなれば責任を負うのもハラオウン親子、割に合わないことこの上ないが、彼らはそれを選ぶ。

 彼女らを遠ざけ、武装隊からの増員を指揮するならば、“民間協力者、嘱託魔導師を危険に晒す”という重圧からハラオウン親子は逃れられるが、代わりに少女達の心に“自分達だけ守られている”という重圧がかかることになる。そして、二人は自分達が苦労する方を選んだ。

 これで、少女達を戦わせることにメリットがないならば否定するのだが、二人とも戦闘技能は一級品であることも事実であり、“管理局”にとっては彼女ら二人を使った方が効率は良く、万が一のことがあればハラオウン親子に責任を取らせれば済む。

 それらを全て承知した上で、ハラオウン親子は高町なのはとフェイト・テスタロッサが前線に出ることを許す。それがどれほどの覚悟と責任を伴うものであったかを、二人の少女がそれぞれ尉官クラスの階級となり、部下を持つようになった際に知ることとなるが、それは今しばらく先の話である。


 「それにしても、彼はいつの間にあんなスペースを確保したのだか」


 「わたしにも分からない、というか、今日まで知らなかったよ」

 クロノとフェイトは居住用のスペースで申し送り用の書類などを作成している。ユーノとアルフの二名はレイジングハートとバルディッシュの方についており、なのはの傍にはトールがいる。


 「まあともかく、なのはの傍には彼がいる。彼女が目覚めるまでは僕達は僕達のやることに専念しよう」


 「うん、そうだね」

 二人が書いている資料とは、自分達が戦った騎士に関するものであった。

 この先、再びぶつかる可能性が極めて高い以上、守護騎士の能力や戦い方は記録媒体にまとめて保存しておく必要があり、可能な限り交戦から時間を置かないうちに作成するのが望ましいため、なのはが目覚めるまでの時間を利用して二人はそれを書いている。

 また、ユーノとアルフも二機のデバイスを見守りながら、同様の作業を行っていたりする。


 だがしかし、彼らは知らなかった。

 この頃既に、高町なのはが目を覚ましており、凄まじい惨劇を体験することとなることを。

 その体験が、彼女の精神に大きなトラウマを与えることを。



 彼らは、知る由もなかった。










新歴65年 12月2日  時空管理局本局  テスタロッサ家医療用スペース  PM8:50



 「ふむ、流石に若いな、もうリンカーコアの回復はかなり進んでる」


 「ありがとうございます、トールさん」


 「ま、ちょっとの間は魔法がうまく使えないだろうが、“ミード”がかなり補完してくれたからその気になればディバインシューターくらいは撃てるだろ」

 彼は、汎用人格言語機能を用いてなのはと会話する。

 既に、彼がその機能を発揮する場はフェイトのいる空間に限定されつつあるが、高町なのはという少女は数少ない例外の一人である。

 この基準は、フェイトとの親しさのみならず、その対象の精神モデルのパラメータを用いている。簡単言えば、クロノやエイミィが相手ならば、本来の口調で話しても相手が違和感を覚えないから、といったところだろうか。


 「それはともかくとして、まずは風呂に入ったほうがいいぞ、お前今日はまだ入ってないだろ」


 「ええっ! どどど、どうして分かるんですか!?」

 うろたえるなのは。


 「そりゃあお前、お前の脇とかから漂ってくる汗臭さ」


 「ふぇええええええええ!! わ、わたし、臭うんですかあぁっ!!!」

 さらにうろたえるなのは。


 「なわけはなく」

 こけた


 「というか、俺には嗅覚の機能はない。レイジングハートもバルディッシュもサーチャーと同様の周囲の視覚情報を取り込む機能と音声記録機能は持っているが、触覚、味覚、嗅覚はないぞ」


 「あ、あああ、あのですね…」

 額を抑えながら抗議の声を上げようとするなのは、こけた際に打った模様。


 「だが、俺が使っている人形は触覚情報すら本体に伝えられる優れモノ。とはいえ、流石に味覚と嗅覚まではない。視覚情報から味を予想することは出来るが」


 「トールさん、ちょっとお話が……」


 「さて、とっとと服を脱ぐ」


 「え、ちょ、ちょっと、自分で脱げますから!」


 「病人なんだから文句言うな、お前の身体を健康体アンド清潔体にすることが我が使命なのだよ」


 「で、でもですね」


 「それに、クロノ、フェイト、ユーノ、アルフの四人は戦闘後洗浄している。あれだけの速度で飛びまわれば汗をかかないはずもないからな、アルフに至っては若干口から血も出てたし」


 「血! 血を吐いたんですかアルフさん!」


 「それに、フェイトも………」


 「フェイトちゃん、怪我したんですか!」


 「お前の隣で寝てた」

 こけた


 「と、トールさん………って、もう脱がされてるっ!」


 「さーて、浴室へ向かうか」


 「だ、だから、一人で出来ますっ!」


 「遠慮しない遠慮しない、遠慮し過ぎるのはお前とフェイトの共通する悪い癖だぞ」

 といいつつ、なのはを抱えて隣接する洗浄用の部屋へ向かうトール。


 「遠慮じゃなくて、恥ずかしいんですっ!」


 「機械相手に何を恥ずかしがることがあるか」


 「いや、トールさんて、見た目はお兄ちゃんくらいだから……」


 「ふむ、お前の父と兄がほぼ同年代に見えるのは俺だけだろうか?」


 「……………ノーコメントで」

 なのはもまた、家族の外見年齢の変わらなさに若干の違和感を覚えつつあるようであった。


 「そんなわけで、洗浄ルームへ到着」


 「いつの間に! っていうか、広いですね!」


 「そりゃ当然、ベッドで寝たきりの人を可動式ベッドごと運び込んで、四方八方からシャワーを撃ち込むための部屋だからな。別名を“血の洗礼ルーム”」


 「なんか………病人のための部屋とは思えないんですけど………」


 「さーて、ブラシと洗剤は、と」

 なのはを設置されてあった椅子に座らせ、さっさと洗浄器具を取りに向かうトール。


 「だ、だから、自分で出来ます」


 「気にしない、気にしない」


 「気にしますから!」


 「んで、ブラシはどっちがいい?」

 トールが手に持つのは、二種類のブラシ。


 「……………あの、どうしてこう、キリンさんや象さんを洗うようなブラシしかないんでしょうか?」

 そう、それはブラシと呼ばれるものだ。断じて、垢擦りなどと呼ばれるものではない。


 「問題ない、俺から見れば同じ生体細胞の塊だ」


 「生体細胞………って、痛い痛い!」


 「わかままなやつだなー」


 「貴方にだけは言われたくありませんっ!」


 「ふむ、この口調が悪いのか、ならば――――」


 「いえ、口調じゃなくて、ブラシが悪いんですけど……………聞いてませんね?」

 聞く耳もたずとはこのことか。


 『では、こちらの口調で、痒いところはありますか?』


 「えっと、痛いところならあるんですけど……」


 『お力になれず、申し訳ありません』


 「即答!?」


 『では、ブラシを変更いたします』


 「で、出来る限り、ソフトなので……」


 『善処します』


 一旦、奥に引っ込むトール。



 『こちらなどは、如何でしょうか?』


 「ストォォーーーーーーッップ!!!」


 『どうしましたか?』


 「それ! どう見ても便器を洗うためのブラシですよねえっっ!!」


 『いえ、これは一度も便器を洗うために使用されてはおりません、買ったばかりの新品です。用途は浴槽、排水口、便器などの水周りの洗浄に対応できる優れものですよ。よって貴女が今言った用途にも使われてます。それに、柔らかいですよ』


 「まだ便器を洗ってなくても! 便器を洗うためにも使われるブラシなのは間違いないんですね! っていうか、柔らかいんですか!」


 『ええ、対象が硬いことがあれば柔らかいこともあり、時には水に近いこともありますので。傾向的には硬い方が汚れにくいため、このように柔らかいブラシが最近の主流となっております』

 ちなみに、本局内にあるホームセンターで購入したものである。


 「その対象って、考えたくないんですけど……」


 『垢の塊やカビ、もしくは排泄物です』


 「言わないでください!!」


 『人間的に表現するならば、う●こです』


 「わざわざ人間的に言い直さないでいいですから!」


 『では、洗いましょう』


 「待って! 後生ですから待って下さい!」

 なのはも必死である。少女はおろか、人間として守り通さねばならない尊厳がかかっている。


 『難しい言葉を知っているのですね』


 「あ、前にお兄ちゃんから少し教わって……にぎゃああああああああああ!!」


 『泡が口に入りますよ』


 「やめてください! お願いですから止めてください!」


 『分かりました。止めましょう』

 ピタッと、動きを止めるトール。


 「ふぇ?」


 『如何しました?』


 「あ、あの、止まったことが意外で……っていうか、何で肌に密着させたまま止めるんですか?」


 『貴女に、お願いされましたから』


 「え、えと……」


 『先ほども申したように、私は機械です。ですから、貴女は恥ずかしがることもありません』


 「機械……それで、お願いには応えるんですか…」


 『そうですね、例えるならば、食器を洗う際に特別な感情を抱く人間がいないのと同じことです』


 「食器?」

 その瞬間、空気が凍った。


 「わたし、食器ですか?」


 『いいえ、貴女は人間です』

 しかし、デバイスの態度は変わらない。


 「………」


 『ですがまあ、仕方ありませんね。やはりここは、洗浄用のシステムに任せることといたしましょう。見ての通り、自動の機械システムがありますから』


 「あ、その方がわたしとしても気が楽なので、お願いします」


 『では、機動の準備をしてきます』


 またしても奥に引っ込むトール。

 だがしかし、なのはは気付かなかった。“起動”ではなく、“機動”の準備であったことに。

 トールが日本語変換を使ってたたために、気付くことは不可能であり。

 彼女は、気付かなかった。


 「うん、自動の方がよっぽどましだよね、やっぱり、人間みたいな外見だと恥ずかし」


 ガチャン、ガチャン、ガチャン


 「……………」


 『洗浄シマス、洗浄シマス、対象ヲ中ヘ格納シテクダサイ』
 
 そこに現われたのは、多足ユニットを備えてゆっくりとこちらに近づいてくる謎の物体。

 いや、形状から想像はつくのだが、なのははあえて考えないようにしていた。


 「あの、トールさん?」


 『ハイ、ナンデショウ』


 「それ、何ですか?」


 『自動洗浄システムデス』

 確かに、外見的にはそうだ。その自動洗浄システムとよく似たものをなのはも知っている。

 ただし――――


 「あの、それって、ガソリンスタンドとかにある、車を洗う機械じゃ……」


 『イイエ、自動車ハ洗エマセン。サイズ的問題カラ、二輪車ガ限界デス』


 「やっぱり! 本来は人間用じゃないんですね!」


 『ワタシノ肉体ヲ洗浄スルタメニ使用シマス、多少ノ改良ヲクワエマシタ』


 「人間に近いけど、人間じゃないですよねえぇぇ!!」


 『外部構成材質同等』


 「何で全部漢字なのっ!」


 『開始シマス』


 「ちょ、ちょっと待って!」


 『ナンデショウ?』


 待てと言われれば、律儀に待つのが機械。


 「あの、トールさんって、息はしませんよね?」


 『シマセン』


 「その機械って、何分くらい?」


 『約10分デス』


 「死んじゃいますよわたし!?」


 『蘇生設備万全』


 「死ぬこと前提ですか!?」


 『顔ダケハ別トナリマス』


 「そ、それなら何とか……」


 『開始シマス』


 「って、いつの間にか入ってるしいーーーーーーーーー!! 何でわたしも了承しちゃってるのーーーーーーーーーーーー!!!!」



 ただいま、洗浄中です。そのまましばらくお待ちください。



 『“ワックス”ハ、オカケシマスカ?』


 「ワックス!?」


 『ミラーヲ、トジテクダサイ』


 「ミラー!?」


 『空気ヲ、注入シマス』


 「わたしはタイヤじゃありません!!! いや確かにそろそろ空気は欲しかったですけど!!」


 『ワガママ』


 「貴方にだけは言われたくありません!!」








 およそ、10分後


 「御免、フェイトちゃん、わたし、汚れちゃった………」


 『イイエ、綺麗ニナリマシタヨ』


 「なんか………車どころか、バケツか雑巾にでもなった気分です」


 『フム、マダ改良ガ必要ノヨウデスネ。良イデータガ取レマシタ』


 「わたしは実験サンプルですか!?」


 『ソウイウコトモアルデショウガ、ソウデナイコトモアルデショウ』





 そんなこんなの、ある本局での一コマ。

 これから、彼女らは戦いの日々が始まることとなるが、その前にしばしの休憩を。


 ―――――――――休憩?









 あとがき


 終にやってしまいました。オリキャラが原作キャラと一緒にお風呂、というテンプレ展開をやってしまいましたよ。



[25732] 第八話 老提督の覚悟
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/03/13 19:53
第八話   老提督の覚悟




新歴65年 12月2日  時空管理局本局  顧問管執務室  PM8:45



 『以上が、クラールヴィントとの接触によって私が得た情報です』


 「なるほど………これは、無視できん情報だ」


 「提督も知っての通り、彼の管制機としての機能“機械仕掛けの神”はインテリジェントデバイスの母、シルビア・テスタロッサが彼にのみ搭載したものであり、これを古代ベルカ式のデバイスが破れるとは考えにくいかと」


 「そして、彼がデバイスであるためにこれらは“電子媒体に記録された情報”となり、裁判の証拠にも使えます。そうして彼は、アレクトロ社との裁判に勝訴したわけですから」

 時空管理局顧問管の執務室で語らうのは3人の人間と一機のデバイス。

 管理局へ入局してより50年を超え、かつては艦隊指揮官や執務統括官を務め、現在は三提督までとはいかないまでもやや名誉職に近い役職に在り、後進の者達の指導に力を注ぐギル・グレアム顧問管。

 アースラの艦長であり、闇の書と少なからぬ因縁を持つリンディ・ハラオウン提督。

 彼女の息子であり、同じく闇の書と因縁を持ち、現状において最も闇の書事件の担当官として適性を持つクロノ・ハラオウン執務官。

 そして、最後の一機は会議に参加している、とは少し異なる。どちらかというと、会議室の中央に置かれたプロジェクターが考える機能としゃべる機能を備えている、といった表現が適当であろう。

 彼は人間ではなく、管理局員でもないが(使い魔など、人間以外の管理局員もいる)管理局の高官が一堂に会する会議にすら参加する資格を持つ。当然、座るべき椅子はなく、彼がいる場所は中央にそびえる大型端末の制御ユニット接続部である。

 特に、今回の闇の書事件にかかわって急遽執り行われた会議のような場合において、“トール”というデバイスは重宝する。彼は膨大なデータベースを抱える“アスガルド”の管制機であり、無限書庫には遠く及ばないまでも、過去の多くの事例について即座に参照することが出来る。

 現に、この会議においても彼がまとめた“闇の書事件”に関する記述はかなり役立っていた。


 『人間ならば“口約束”という言葉もあり、それだけで記録に残ることもないため証拠とはなりませんが、我々の言葉は同時にストレージに記録されますから。まあ、デバイスの前で無暗に話すのは危険であるということでしょうか』


 「それは、肝に銘じるべき言葉かもしれんな」

 まさしくこの時発した言葉を、ギル・グレアムは後に顧みることとなる。彼自身は明確に思い出せずとも、トールは一語一句誤らずに記録していたのである。


 『話を戻しますが、クラールヴィントのみならず、グラーフアイゼン、レヴァンティンの主達も己のデバイスに攻撃対象の殺害を命令していません。これまでの8回に及ぶ管理局が観測した闇の書事件においては、観測されていないケースです』


 「不謹慎な話ではあるが、高町なのは君が無事であった事実がそれを証明しているな。これまでの記録にある守護騎士ならば、一撃で頭部を砕き、リンカーコアを蒐集していたはず。とはいえ、守護騎士が顕現しなかった場合もあったため、断言することも危険か。たしかその事例は第四次闇の書事件だったと思うが」


 『はい、管理局のエース級魔導師が主となり、最初の覚醒がなされる前に封印した結果、主のリンカーコアが喰い尽された事例ですね。もし彼の下で守護騎士が顕現していたならば、今回のようなケースも存在したかもしれません。しかし、仮定はともかくとして、守護騎士が顕現しているということは、闇の書が第二フェイズへ移行したことを意味しております』


 「守護騎士達は間違いなく闇の書の完成のために動いている。各地で起きている魔導師襲撃事件はその証だが、調査班からの報告によると、こちらも少々妙なことになっているな」


 『クロノ・ハラオウン執務官のおっしゃる通りです。蒐集こそされておりますが、死者はおろか深刻な障害を負った被害者も確認されておりません。守護騎士のデバイスはいずれもベルカ式のデバイスであり、戦場で戦うことを前提に作られたもの。古代ベルカ式を操る守護騎士の戦闘スタイルを考慮しても、殺さずに仕留めることの方が余程難しいはずなのですが』

 にもかかわらず、守護騎士は蒐集対象を殺さないように動いている。これは一体何を示すのか。


 「その通りだ。第一次闇の書事件においてBランク以上の空戦魔導師で構成された航空武装隊20名がわずか数分で全滅、指揮官であったAAAランクの魔導師も一撃で殺されるという事態となった。だからこそ当時は“鋼の脅威”とまで呼ばれたものと聞くが、どうにも矛盾しているように思われる」


 「守護騎士の行動原理も、主の精神傾向の影響を受けるということでしょうか?」


 「可能性はあるが、主にとって守護騎士はあくまでプログラム体に過ぎんはずだ。蒐集されたリンカーコアは守護騎士を再構成するための燃料ともなり、言ってみれば使い捨ての駒のようなものなのだが」


 「つまり、守護騎士を倒すこと、もしくは捕えることに意味はない、ということですわね。主の意思によって消滅させ、再構築すればよいだけの話でしかない」


 『それ以前に、守護騎士に闇の書本体に関する情報が与えられていないと私は予想します。プログラム言語で言うならば、あるメソッドの内部のみで定義される変数やクラスのようなものであり、闇の書が超大型ストレージならば、守護騎士にはヒープ領域が割り振られていることでしょう』


 「要は、“鋳型”だけが存在していて、守護騎士同じ規格で作られるが、保有する記録はあくまでその時に限るため継承はされず、本体に関する情報も保持していない、というわけか」


 「やはり、闇の書本体か、主を探し出すより他はないな。守護騎士達の行動がこれまでとは違うのもやはり主の影響によるものと見るならば、主を特定しないことには解決には向かうまい」

 グレアムが出した結論に、残る二人と一機も同意する。彼は既にその主のことを知っているが、そのことを知る人間も機械もここにはいない。

 だが、それはそれとして、現在のギル・グレアムは管理局の顧問管としてこの場に在り、管理局員としての立場から闇の書事件を解決するための方策を練ることに全力を尽くしてもいた。

 彼は今回の闇の書事件を最後にするべく11年の時をかけてきたが、“自分ならば必ず終わらせられる”という自信を持てる程になっている。彼が管理局員として生きていた年月、新歴12年から65年の53年間は安くはない。

 彼は前々回の闇の書事件、新歴48年にも自らが教導した部下を失っており、前回の闇の書事件ではクライド・ハラオウンを二番艦“エスティア”ごと自らの手で葬ることとなったが、彼が失ってきた仲間達は闇の書事件だけではなく、むしろそれは全体で見れば極一部に過ぎない。

 ギル・グレアムと同じ時代を生きた高ランク魔導師のうち生きているのは極僅か、今も現役で働ける身体であるのは彼一人。故に彼らは、“生き残りし者”と呼ばれる。

 だからこそ彼は、闇の書を完全に封印するために管理局員としては許されざることを行いながらも、同時に管理局員として己に出来る限りのことを成す。自分の計画が失敗し、再び闇の書が現れた時には自分は既に現役ではなく、そもそも生きているかも怪しい、既に彼の年齢は64歳となっているのだ。

 そうならないように全力は尽くすが、そうなってしまった場合に次元航行部隊を率いる司令官として次の闇の書事件にあたるのは、今自分の目の前にいる若き執務官であろう。

 そう思うからこそ、ギル・グレアムはクロノ・ハラオウンに“闇の書”というロストロギアに対抗するための方策の全てを授けるつもりで、この場にいる。若い彼ではまだ不可能であり、ギル・グレアムだからこそ実現できる対応策は数多く存在しているのだ。

 直接指揮を執るのはリンディ・ハラオウンであり、彼の立場上、直接的に力を貸すのは難しいものの、“闇の書事件”だけは別。


 彼はこの11年間、闇の書を永遠に封印するための方策を考え続け、それを行うための環境を整えるためにもあらゆる努力を払って来た。その一つが、闇の書事件発生時に彼が“総括官”として全責任を負うかわりに、戦闘が予測される地域への交通封鎖や管理世界の住民への避難勧告などの権限を一手に担うこと。

 刻一刻と変化する状況に応じて即座に対処する必要があるのが闇の書事件の特徴であり、守護騎士が顕現している状態、闇の書の完成状態、そして、暴走状態、それらの変化を毎回本局に報告し指示を仰ぐのではあまりにも遅すぎる。彼が艦隊司令官であった前回の闇の書事件においても、それが原因で武装局員の死者を増やしてしまった。

 次元航行艦船一隻を率いて事件にあたるならば艦長にある程度の権限を与えれば済むが、5隻以上の艦艇を従え、その全てが“アルカンシェル”を備えているともなれば、国家戦争クラスの軍事力と言って差し支えない。それを運用するならば本局の許可を得ながらの行動となるのは当然ではあったが、それでは闇の書事件に対処しきれない。

 だからこそ彼は、“伝家の宝刀”的なものではあるが、万が一の際には10隻近い艦隊を率いて本局遠く離れた地域までも独立的な権限を持ちつつ出動できる状態を整えた。無論それは“闇の書”が最悪のケースで発動した場合に限り、彼の首も飛ぶこととなるが、そんなものを惜しむような人間は執務統括官などになれはしない。


 まさしく彼は、己の全てを“闇の書事件”に懸けているのである。


 『それについてなのですがギル・グレアム顧問管。“闇の書”は第一級捜索指定遺失物ではありますが、存在する世界、文化、そして何よりも主の人格や環境によってその危険度認定は大きく変わります。現在得られている情報を考慮するならば、せいぜいが第三級捜索指定遺失物の扱いになると計算しましたが』


 「君の計算は正しいだろう。“闇の書”が最悪の形で力を発揮するのは独裁国家の軍高官などに渡った場合であり、第六次闇の書事件ではまさにそれが起こり、2200万人もの人命が失われた。私の故郷で言うならば、ナチスドイツに渡るような状況かな。アドルフ・ヒトラーなどに闇の書が渡った場合など、考えたくもない事態だ」


 『貴方は、第二次世界大戦中のイギリスでお生まれになったのでしたね』


 「ああ、私の父親も軍人だったがかの大戦で戦死してね、残る家族も、空襲で失った。幼い頃は父の後を継いで軍に入り、もう大戦は終わっているというのに、ドイツに復讐しようなど愚かな考えを持っていた。その私が時空管理局の艦隊司令官となったというのも、思い返してみれば不思議な話だ」

 ギル・グレアムと高町なのはの二人には魔法との出逢い方において多くの共通点がある。しかし、その時に受けた衝撃には決して埋められない差があった。

 ギル・グレアムは第二次世界大戦中のイギリスで生まれ、欧州が戦火に飲まれ、ドイツの戦闘機がイギリスへ飛来し民間人を攻撃し、その報復としてイギリスの航空機がドイツの街を民間人ごと焼きつくすことが“当たり前”とされた時代に育った。

 高町なのはという少女は、世界大戦が既に過去のものとなり、冷戦すら終結した時代に育った世代。彼女は“魔法”というものに魅せられたが、ギル・グレアムは“時空管理局”という存在にこそ魅せられた。

 もし、地球にも時空管理局のような組織があれば、6000万人を超える途方も無い数の死者を出し、その大半が民間人であったあの凄惨な世界大戦は起こらなかったのではないか、焼夷弾が民間人に容赦なく落とされることもなかったのではないか。そして、湧き起るインドなどの独立運動や、今も続く冷戦は―――

 そうして、彼は管理局に入った。それまでは祖国であるイギリスのため、いや、憎きドイツへの報復のために軍へ入ろうと考えていた少年は、国家や民族というものに帰属せず、“次元世界”のために存在する組織に己の夢を見出した。

 いや、彼だけではない。世界が狂気に染まり、世界が地獄を見た第二次世界大戦の時代に生きた人間ならば、“質量兵器が存在しない平和な世界”は誰しもが一度は夢見た光景だった。

 日本という国においては人間魚雷”回天”、人間ミサイル”桜花”という狂気の具現とも思える兵器が作られ、それに乗って若者達が命を散らせていった。”回天”、”桜花”に限らず特攻作戦という搭乗者の死を前提とした作戦が次々と行われた狂気の戦争。

 それが終わったあの時代、誰もが思ったのだ”2度とこんな戦争を起こしてはいけない”と―――


 今も尚管理局の人材不足は解消されず、幼い少年少女が危険な前線に赴くこともある。だがかつての大戦の様な”死を前提にした”人間を消耗品のように扱う段階には決してさせてはいけない、若き日の老提督もそうした思いを胸に走り続けてきた。




 「まあもっとも、キューバ危機などの際には長期休暇を貰ったものだがね。私は管理局に夢を託したが、それでも故郷というものは忘れられるものではない」


 『それは当然でしょう。大量破壊兵器の根絶を目指す管理局が、全面核戦争の瀬戸際であった世界に家族がいる人物を返さないはずがない。いえ、もしもの時は、貴方が懸け橋となって時空管理局が介入し、第97管理外世界が管理世界となっていた可能性すらあったはずです』


 「かもしれんな、アメリカとソ連が全面核戦争となり、無辜の民が核の炎で焼かれる事態となればいくら管理外世界とはいえ、時空管理局も座視してはいまい。介入することは望ましいことではないが、数億、いや、数十億の人間が死に絶えるよりは遙かにましだろう。まあ、それは過去の話だが――――」


 『闇の書が最悪の形で暴走すれば、キューバ危機以上の人災を第97管理外世界にもたらす可能性がある、というわけですね。現段階では可能性は極めて低いものの、ゼロではない』


 「その通りだ。だからこそ、闇の書を甘く見てはいかん。あれは、人の世の闇のそのものだ」

 それ故に、ギル・グレアムは闇の書を止めることに己の人生を懸けた。

 次元干渉型のロストロギアなどは、その名の通り既に“自然災害”に近いものがあり、人間の手を半分離れつつある代物だ。

 だが、闇の書は自然災害規模の力を持ちながらも、主の人格や所属する国家によって脅威の度合いが変わるという特性を持つ。民間人にとっては大差ない問題だが、彼にとってはそうではない。

 彼自身が述べたように、闇の書はナチスドイツのような組織に渡った場合に最悪の災厄をもたらす。それを止めることは、ギル・グレアムが時空管理局に入った理由そのものでもあり、彼が託した夢も具現でもある。


 ――――その代償が、罪のない少女を生贄に捧げることというのも、彼にとっては何よりも重い咎であったが。


 狂気の大戦中に生まれたギル・グレアムと、平和の時代に生まれた子供達の価値観は、やはり根本的な部分で違うのだ。

 理想論を振りかざしても、空から落ちてくる焼夷弾はなくならず、炎に包まれる街は救えない。


 そうして彼は、決して許されぬ罪を背負ってでも、闇の書を封じる覚悟を決めた。

 “正義”というものは価値観によっていかようにも変わる。やはり、彼の決断は今の時代を生きる管理局員達にとっても、決して認められないものであろう。

 それらを全て理解してなお、彼はその道を選んだのであった。それが茨の道であることは覚悟の上で。

 

 そして、グレアムとトールの会話を、クロノとリンディの二人はやや置いて行かれつつも何とか理解していた。

 第97管理外世界に関する“現在の知識”はかなりある二人だが、冷戦時代の米ソの対立に至るまで熟知しているはずはない。トールはフェイトがこの97管理外世界に住む事が決まってから、この世界に関するデータはあらかた揃えており、当然イギリス出身で、第二次世界大戦中に生まれたグレアムは知っている。


 「ですが提督、闇の書が現段階では第三級捜索指定遺失物扱いになる以上は、武装隊の大規模な動員や管理外世界への艦隊の派遣は不可能なのでは?」


 「それも事実だ。私の持つ非常時権限はその名の通り非常時に限ってのこと、簡単に言ってしまえば、私の首と引き替えにアルカンシェルを地表へ放つことを許可するというものと言えるか」


 『貴方の進退問題だけで済むかどうかさえ怪しいところだと推測します。もし、日本国の首都にアルカンシェルが打ち込まれれば、こじれにこじれて第三次世界大戦、となるやもしれません。世界の軍事バランスというものは危ういですから』


 「そのような事態には、私達の誇り、いいえ、存在意義にかけてさせません」


 「その意気だ、リンディ提督。だが、さしあたっては武装隊が大隊規模で必要というわけでもないな。運用するにも経費がかかる以上、人事部も慎重にならざるを得んし、何よりも中途半端な戦力の投入は闇の書にリンカーコアを提供することにしかならない」


 「そうですね…………闇の書の守護騎士に殺害の意思はなく、現段階での危険度が低いことは確認されましたから、僕達アースラだけでも対応は十分に可能だと思います」


 「守護騎士はまあいいとして、問題は主がどういう意図で蒐集を命じているか、また、そもそも闇の書の特性をどこまで把握しているか、ということでしょうね」


 『それに関しましてはデバイスとして意見があるのですが、よろしいでしょうか?』

 トールの発言に、三人が頷きを返す。


 『ありがとうございます。まず、守護騎士はあくまでプログラム体であり、彼らが“効率的”に動くならばやはり殺してリンカーコアを奪っているはずでしょう。しかし、彼らはそれをしておらず、それはまるで、管理局員の戦い方のようでもあります』


 「ああ、実際に戦ったが、その印象は確かにあった」


 『最も考えられる可能性は、主が守護騎士に殺害を禁じた場合です。その理由としては、まさしく今の我々の状態を作り出すこと、危険性が低いと判断させ、艦隊クラスの戦力が投入されることを防ぐため、これが一つの可能性です』


 「もう一つは、ちょうど、先の話に出てきたなのは君や私のように、高い魔力を持った管理外世界の人間がたまたま闇の書の主に選ばれてしまったケース、といったところかね?」


 『はい。一連の魔導師襲撃事件は全て第97管理外世界から個人転送で向かえる世界に限られており、闇の書の主は第97管理外世界にいる可能性が最も高いと考えられます。無論、ミスリードの可能性もありますが、主がたまたま選ばれた現地の人間ならば、辻褄が合います』


 「その場合、通常のプロセスに則って守護騎士が顕現した。そして、殺傷を禁じた上で、なおかつ守護騎士達を蒐集へ向かわせた、となるわね」


 『そうです。主が守護騎士達をデバイスのような道具ではなく、使い魔のような“家族”として認識している可能性もありますが、蒐集を行わなければ自分のリンカーコアが喰われることを知れば、守護騎士に蒐集を命じることでしょう』

 あらゆる可能性を演算する古い機械仕掛けも、八神はやてという少女が、自分がこのままでは助からないことを知りつつも蒐集を許さない精神の持ち主であることまでは知りようがない。

 ただ一人、この場でそれを知る老提督は、何を思うのだろうか。


 「なるほど、主の行動はあくまで緊急避難に近いものとも考えられるか………この段階で決めつけるのは早計過ぎるが、操作方針を定める指標にはなりそうだ」


 『はい、逆に考えれば、時間的猶予はこちらにあります。守護騎士の蒐集が犠牲者を出すものでない以上、闇の書が完成するまでに主を拘束、ないし闇の書の封印が出来れば我々の目的は達成されます』


 「だが、完成前までの封印は困難である上、転生機能によって次へ逃げられる可能性が高い。何より、守護騎士が存在している段階で闇の書を封印出来た事例がないのだ」


 「ですが、僕達が管理局員である以上、闇の書が完成するまでに出る犠牲者を見過ごすわけにはいきません………が」

 犠牲者に命の危険はなく、後遺症なども残らないならば、話は少し違ってくる。


 「こうなると、逆に難しいわ。“命の書”と“ミード”があるなら、あえて闇の書を完成させて、その状態で封印処理に移った方が安全かもしれない」


 『ただ、その場合。万が一失敗すれば第97管理外世界で闇の書が暴走し、地表目がけてアルカンシェル発射、という事態になる可能性も孕みます。その前に確保し、無人世界などで封印を行えるならばよいのですが』


 「安全策を取るならば、未完成状態で闇の書を確保し、次元空間においてアルカンシェルで吹き飛ばすことだが、それも結局先送りにしかならん」


 「ですが、管理外世界にアルカンシェルを撃つよりはましです。仮に先送りになったとしても、その時はまた僕が止めます」


 『闇の書が現れるたびにそれを確保し、無人世界でアルカンシェルを撃ち込むのをハラオウン家の家訓とすることも一つの解決策ですね。残念ながら根本的解決からは遠くなりますが』

 この中で唯一、闇の書に特別な感情を持っていないのはトールだけであり、それだけに客観的意見を述べることが出来る。

 だが、それも少し異なる。そもそも彼はプレシア・テスタロッサが関わること以外には主観を持たないのだ。


 「ともかく、闇の書の封印方法をどのようなものにするかは並行して検討するとして、当面の目標は、主の居場所を突き止め、守護騎士の守りを突破して闇の書を確保することですわね」


 「とはいえ、闇雲に探しても見つかるものではない。やはりここは守護騎士を利用するべきだろう」


 『でしょうね、高町なのはの襲撃があったのは海鳴市ですが、闇の書の主がそこに住んでいるとも限りません。ただ、守護騎士が日本語を話していた事実より、主の母語が日本語であることは間違いありませんね』

 実は、トールには心当たりがある。

 そもそも、彼がジュエルシード実験の舞台に海鳴市を選んだのはそこに“謎の結界”が敷設されていたからに他ならない。


 プレシアとアリシアのことで頭が一杯であったため、フェイトとアルフの脳内からは既に消えているその情報も、デバイスである彼は正確に記録している。また、結局必要性がなかったため、リンディとクロノにもこのことは話していなかった。

 その事実が今後どう影響するかは、まだ分からない。


 「守護騎士を捕えても口を割るとは思えませんが、トールの推察通り、主が偶然選ばれただけの日本人なら守護騎士を消して再召喚という真似は出来ないかもしれませんし、何らかの情報が得らえる可能性はありますね、なによりも」


 「彼の本体を守護騎士のデバイスに差し込んで“機械仕掛けの神”を発動させれば、というわけね」


 『はい、以前はケーブルを介したある種間接的なものでしたが、直接的に繋がればこちらのものです。ただそのためには、守護騎士を捕捉してエース級魔導師をぶつけ、隙を作り出す必要がありますね』


 「そうだな、近くの世界で蒐集を行うことは間違いないだろうが、それでも範囲は広すぎる。網を張るにしてもどれほどの局員を動員すればいいか………」

 戦争においても、捜査においても、何よりも重要なのは情報である。

 犯人を捕らえるための機動隊が揃っていても、犯人が潜伏している場所が分からなければ意味がないように、ヴォルケンリッターを捕えるための戦力を整えても、そもそも捕捉できなければ意味はない。

 しかし、第97管理外世界の近場の世界と言っても広大であり、到底網を張れるものではない。結局は守護騎士の魔力反応を感知し、現地へエース級魔導師を送ることとなるが、どうしても後手に回ってしまう。


 「海鳴市や、その近隣の県までをカバーするのは出来るけど、守護騎士も本拠地付近では魔力の痕跡を残さないようにしているでしょうし、何よりも戦闘地点が市街地になってしまう可能性が高いわ。やはり理想的なのは観測世界などで捕捉することだけど………」

 それを成すには、あまりにも膨大な人員が必要となる。闇の書が第三級捜索指定遺失物クラスの危険度である現状では、アースラの捜査スタッフとレティ・ロウランの探索チームくらいしか動かせない以上は夢物語でしかない。

 守護騎士達が魔導師を殺しており、危険性が高いと認定されれば大量の人員が送り込めるというのも、実に皮肉な話ではあった。死者や深刻な被害に遭った者が出ていない以上は、限られた人員で捜索するしかないのである。


 だが――――


 「ふむ…………ならば、兵糧攻めといくかね」

 そう言いつつ、ギル・グレアムが己の愛機、50年を超える時を共に過ごした相棒を取り出す。11年の時を闇の書事件への対策を講じることに費やしてきた彼の引き出しは並ではない。


 「オートクレール……」

 クロノも、そのデバイスは知っている。管理局の武装隊に支給されるデバイスの初期型であり、彼のS2Uの先発機といえる存在なのだ。


 「オートクレール、BW-4の情報を」

 主の声を入力として、ストレージデバイスが反応する。

 オートクレールは言語機能を持たず、唯一の意思伝達手段はコア部分に表示される文字のみ。彼は、トールより古い遙か過去のデバイスであり、今のデバイスのような多彩な機能は持ち合わせていない。

 しかし、ギル・グレアムはオートクレールを使い続けた。この主従には、最早切れない絆が存在しているのだ。
 

 「これは………次元犯罪、及び次元災害発生時における交通規制に関する条項、ですか?」


 「そう、守護騎士はリンカーコアを蒐集するために動く、それは逆に言えば、リンカーコアを持つものしか獲物に出来ない、ということだ」


 「なるほど、つまり―――」


 「図らずも、なのは君が蒐集されたことがここでは有利に働く。管理外世界の民間人である彼女が蒐集された以上、現在の第97管理外世界付近は、“一般魔導師にとっての危険地帯”として認定することが出来る。その辺りに滞在している者には一時的にミッドチルダへと退避してもらい、事件解決までの渡航を禁止する。そうなれば、魔導師襲撃事件は収まる」

 それは、オートクレールに登録された“闇の書事件”における対処法の一つであり、本局の重鎮たるギル・グレアムならではの方策であった。


 『まさしく、社会の歯車たる管理局ならではの方法ですね。物語の世界では影ながら存在する正義の組織が存在し、彼らが守護騎士が現れた際に都合よく現れ撃退してくれるのでしょうが、そんなことはせずとも、そもそも一般人を危険地帯に寄りつかないようにしてしまえばいいだけの話です』

 日本ならばそれは、警察や自衛隊にしか出来ない手法。

 人々を無差別に襲う連続猟奇殺人事件などが起きているならば、外出の禁止を義務付けられるのは国家の組織の特権である。悪い方向で軍部によって戒厳令などが出されたりすることもあるが。

 ギル・グレアムがこの11年で用意した準備とはつまりそういったものの発動体勢であり、こればかりは若き執務官であるクロノ・ハラオウンはおろか、リンディ・ハラオウンでも今はまだ不可能な芸当である。


 『そして、管理局の勧告を無視して危険地帯に留まり、蒐集の被害を受けたのならばそれは自己責任です。法に従わなかった者のために法の守り手が命を懸けるというのも変な話ですし、極論、見捨てても社会問題にはならないでしょう』


 「君は、痛いところを突くな。そういった側面があることは否定できんがね」


 『申し訳ありません。ですが、犯罪者の確保よりも民間人の安全を優先しなければならないことが管理局員の最大の枷ともいえ、広域次元犯罪者はそこを的確に突いてきます。しかし、“民間人がいてはならない状況”を作り出せば、その優先順位も変えることが可能となります』

 それは後に、デバイスソルジャーA型という存在が示すこととなるが、それはこの物語で語られる事柄ではない。


 「まあそれはともかく。規制、いえ、封鎖をかけてしまえば魔導師が襲われることはなくなる、つまりは提督がおっしゃったように兵糧攻めというわけですね。そうなれば守護騎士達は……」


 「リンカーコアを持つ魔導師以外の生物を狙う、いや、そうするしかなくなるだろう。ならば後は簡単だ、第97管理外世界付近にある魔法生物の生息域、もしくは保護区域、それらに網を張れば必ず守護騎士はかかる」

 彼の計画にとっては、守護騎士が捕縛されることは望ましいことではない。

 しかし、管理局が闇の書への対応マニュアル通りに動き、守護騎士を捕捉することも同じくらい重要なのだ。なぜならそれは、ギル・グレアムがいなくなっても対処できる機構が整ったことを意味し、それさえ出来れば、後をクロノに託すことも出来る。計画は必ずや成功させるつもりだが、失敗した場合に備えることも“上に立つ人間”の使命なのだ。


 「その際には、決して守護騎士に見つからないように徹底しなければなりませんわね。魔法生物を餌に網を張ったというのに、観測役が獲物になってしまったのでは本末転倒」


 「それは私も考慮したが、守護騎士のうち探索に秀でているのは湖の騎士のみだ。その他の三騎ならば捜査スタッフのスキルでも見つからずに済むはずだ。それに、エース級魔導師が駆けつけるまでの間という時間制限もある」


 「ただ、アースラは現在整備中で動けません。アースラが第97管理外世界付近にあれば即座に転送出来ますが、本局からとなると……」


 「そういえば、長期航行が可能な艦船は現在空いていなかったか。私の非常時権限で動員する艦艇は長期航行用の艦艇ではないから、代用も出来ん。とはいえ、やはり拠点は必要だ、何とかかけあってみるか」


 「そこまでご迷惑をお掛けするわけには―――」


 「いいや、リンディ提督、権限というものは使うべき時に使うものだ。やはり、有事の際に本局からでは遠すぎる。転送ポートを備えた艦艇を第97管理外世界付近に配置することは“闇の書事件”を扱うならば必須だろう」

 それは、グレアムの混じりけの無い本心。

 彼の計画から見れば難易度が上がることとなってしまうが、組織の体裁に拘るあまりに硬直した対応しか取れないという事態そのものが、“闇の書事件”を解決不能としてきた要因の一つなのだ。

 グレアムの計画によって“闇の書事件”が終わっても、次元世界に散らばるロストロギアはこれ一つではない。重要なのは管理局が柔軟な対応能力を失わず、ロストロギアの規模に応じた適切な運用を行える体勢を整えることなのだから。

 彼は自らの意思で茨の道を歩むことを決めたが、その要因は私怨というよりも自責の念であり、闇の書へ憎悪を燃やすには既に彼は年老い、多くの同僚を失い過ぎていた。

 彼はクライド・ハラオウンを失ったが、そのこと自体は珍しいことでもなく、それを成した闇の書を憎むよりも、己の判断ミスで彼を死なせてしまった自責の念と、闇の書の転生を止められなかった自身への憎悪が、ギル・グレアムの今の原動力となっている。


 だが――――


 『いいえ、それには及びません。フェイト・テスタロッサが嘱託魔導師として闇の書事件と関わることが明白である以上、時の庭園はその機能の全てを費やしサポート致します』

 リンディとクロノのことはよく知っており、それぞれの立場や能力の限界を把握している彼だが、テスタロッサ家、いや、時の庭園に関しては別であった。


 「時の庭園を、使うのか」


 『ええ、それに、網を張る役も私とアスガルドが引き受けましょう。守護騎士の到着を観測し、追跡するのみならばサーチャーとオートスフィアだけでも事足りますし、何よりも、気づかれたところで蒐集されることもありません。なにせ、機械ですから』


 「確かに、リンカーコアを蒐集する守護騎士を探索、追跡する存在として、機械以上に相応しい存在はいないかもしれないわ」

 機械は臨機応変の対処が出来ないために、捜査などにはあまり向かない。

 しかしそれは、人間の住む街での人間を相手にした場合の捜査であり、無人世界や観測世界で魔法生物保護区などに網を張るならば話は別、むしろ、そういった単一機能ならば機械は人間を遙かに凌駕する。


 『時の庭園が第97管理外世界付近にあれば、アスガルドは周辺世界のサーチャーからの情報をリアルタイムで解析できます。また、転送ポートもあるため戦力の派遣にも事欠きませんし、海鳴市とも直通しており、本局への転送ポートとしても利用できます。何より、リンカーコアが損傷した者達を治療する設備が整っており、同時に100人は治療可能です』


 「確かにそれなら、捜査チームの拠点にも使える上に、いざという時の主戦場にも使える」


 「理想的ではあるけれど、大砲は大丈夫なのかしら?」

 リンディが言うのは無論、地上本部に属するブリュンヒルトのことである。

 諸々の事情があって、時の庭園には未だにブリュンヒルトが鎮座している。解体するにも費用がかかり、時の庭園にあれば維持費をテスタロッサ家が負担してくれるため、資金不足の地上本部としては大助かりだったりするのだ。


 『ええ、そちらは何とかしますのでお任せを、ギル・グレアム顧問管、そういうことで如何でしょうか』


 「いや、問題がないならば異論はないよ。まあ、方針としてはこんなものだろう」


 「海鳴市を中心に守護騎士を捕捉するための監視員を置き、同時に、蒐集へ向かう守護騎士に対する網を時の庭園の機械達が張る。周辺の魔導師への避難勧告と交通封鎖に関しては、申し訳ありませんがお願いします」


 「ああ、任せたまえ」


 「トールが中央制御室にいてくれるなら、私とクロノは海鳴市にいた方が良さそうね。広域のカバーは機械に任せて、市街地は人間が担当する。なのはさんやフェイトさんのこともあるし」


 『では、より実働レベルでの調整に参りましょう。グレアム提督、オートクレールが持つ交通封鎖に関する情報と魔導師襲撃事件発生地のすり合わせを行いたいのですが』


 「ふむ、こちらのケーブルで良いのかね?」


 『はい、それを彼に繋いでくだされば』

 トールとオートクレールが接続され、人間ではあり得ない速度で情報がやり取りされていく、トールは同時にアスガルドとも連携し、守護騎士に対してサーチャーとオートスフィアが形成する“網”の構築に取り掛かる。

 また、グレアム、リンディ、クロノの三人も人員の配置やレティ・ロウランの調査班との連携をどうするかを話し合う。老提督にとっては、全ての人員を把握していれば、守護騎士達を意図的に逃がすこともできるという考えもあったが、それは表には出さない。


 しかしこの時、二機の古いデバイスが送受信していた信号が“兵糧攻め”と“機械の網”に関すること以外にもあったことを、三人は知らない。



 ギル・グレアムと53年間共にあったオートクレール


 プレシア・テスタロッサと45年間共にあったトール



 その存在は非常に似ているが、決定的に違う部分が存在する。


 それは、ストレージやインテリジェントといった区分ではなく、デバイスにとっては何よりも根源的な事象。


 その差異は、人間には非常に理解しにくいものであるため、老提督ですら、気付くことは叶わなかった。



 だがしかし、決して忘れてはいけない。



 どれほどの長き時を共にあっても


 どれだけ互いに信頼していようとも



 彼らデバイスは、アルゴリズムに沿って動く、機械仕掛けなのである。







あとがき
 今回は闇の書事件に対してアースラがどう動くかの説明が主でしたが、グレアム提督がより直接的に協力してくれている部分が相違点となっています。やはり、彼が11年間闇の書を封印するための方策を考え続けたのならば、闇の書事件が発生した際のあらゆる対応策を練っていると考え、もし失敗に終わったならば、クロノの世代に託すしかない以上、このような感じになるかな、と考えた次第です。
 また、彼が管理局に入って50年以上というのはA’S第三話の内容で、彼と管理局員の出逢いは映像からはなのはとほぼ同年代くらいに見えたので、グレアム提督の年齢は62~65歳くらいかなと想定しました。となると、彼の生まれた年代は第二次世界大戦の頃となりました。
銃などが街中で放たれることなどほぼあり得ない現在の日本で生まれ育った少女ならばともかく、爆撃機が空を飛び交い、民間人へ向けて容赦なく焼夷弾が落とされ、果ては原子爆弾まで落とされた時代に生まれ育ち、その後も米ソの冷戦が続いていた時代に生きた少年にとって“質量兵器の廃絶”を掲げ、国家に依存しない中立な立場を持つ管理局との出逢いは、“魔法”よりも遙かに重いものであったのではないかと思います。
 最高評議会、三提督、グレアム、レジアス、リンディ、そして、クロノ達の世代への時代と価値観の移り変わりも三部作通しての主題の一つで、そういった人間社会の移り変わりと、デバイスはどのように関わってきたかは特に描きたい事柄なので、丁寧に書いていきたいと思っています。やはり、ヴィヴィオ、コロナ、リオの世代がインテリジェントデバイスと共に平和に楽しく過ごしているVividが、到達したい地点です。

そして今回の津波で壊滅的な被害を受けた市外の様子をTVで見ながら、大戦中の空襲後の街はこのような状態だったのだろうか、と感じました。そして亡くなられた方へのご冥福をお祈りいたします。



[25732] 第九話 それぞれの想い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/03/16 15:30


第九話   それぞれの想い




新歴65年 12月2日  時空管理局本局  デバイスルーム  PM9:30



 「うーん、やっぱり、芳しくはないみたいだ」


 「レイジングハートもバルディッシュも、無理したからねえ」

 クロノとリンディが今後の対応について協議している頃、ユーノとアルフの二人はそれぞれが戦った相手の特徴をレポートに纏め終え、デバイスの修復経過を見ていた。

 決して専門家というわけではないが、彼らから見ても二機のデバイスの状況は良くないものであることは分かる。もし“管制機”の補助なしで最後のファランクスシフトやスターライトブレイカーを放っていれば、さらに深刻な状態に陥っていたかもしれない。

 そこに、ドアが開く音が聞こえてくる。


 「なのはっ、フェイトっ」

 アルフが嬉しそうに入って来た二人の少女に声をかけ、同時に駆け寄っていく。


 「アルフさん、お久しぶりです」

 一応守護騎士との戦闘中も姿を見かけはしたが、なのはとアルフは直接言葉を交わしていない。ヴォルケンリッターと対峙している状況で、そこまでの余裕はなかったのだ。

 そうして、4人が若干遅れながらの再開を祝していると、部屋に入ってくる人間がもう一人、と一機。


 「なのは、平気そうでなによりだ」


 「まっ、俺は何の心配もしていなかったけど。ああそうだ、言い忘れてたけど高町家には俺が嘘八百を並べておいたから、無断外泊に関しては気にすることはないぞ」


 「クロノ君、と………」


 「どした?」


 「いいえ、何でもありません」

 トールの顔を見るなり前回(浴場)での文句を言いたくなるなのはだが、苦情を言うにも、そうなるとフェイトやユーノにも自身が受けた名状しがたい屈辱の体験を知られることとなるため、何も言えない。

 これがまあ、“女の子として恥ずかしい”ものならフェイトには話せるのだが、“人間の尊厳がかかっている”出来事であったため、なかなか相談できない。バケツか雑巾にでもなった気分とは、なのはの談である。


 「バルディッシュ……」

 フェイトの方は、トールが入ってきたことでバルディッシュの負傷のことを思い出し、彼が入っているケースの方へと歩いていく。


 「ごめんね、わたしの力不足で………」


 「お前が気にすることじゃないぞフェイト、デバイスに関して気にするのは俺の仕事だ」


 「だけど……」


 「だけども何もない。お前がバルディッシュの性能を生かし切れなかったならお前の責任だが、そうじゃない。現在のバルディッシュの性能を最大限に発揮した上で負けたんならそれは仕方ないことだ。だったら、次はどうすればいいかを考えろ、戦力的に劣っていようが勝つ手段はいくらでもある。なんつっても専門家がいることだし、なあ執務官殿」

 「ああ、それにそもそも戦わないことも選択肢の一つだ。まあ、君やなのはがそれを選べるとは僕も思わないが」

 クロノとしては苦笑いを浮かべるしかない。本音を言えば戦ってほしくはないが、半年以上の付き合いだ、彼女らがどう思っているかは予想出来る。


 「それでユーノ、破損状況は?」


 「正直、あんまり良くない。今は自己修復をかけてるけど、基礎構造の修復が済んだら、一度再起動して部品交換とかしないと」


 「そうか…」


 「ねえ、そういえばさ、あの連中の魔法って、何か変じゃなかった?」

 そこに、アルフが疑問点を挙げる。


 「あれはベルカ式だが、近代ベルカ式じゃない。古代ベルカ式だ」


 「古代ベルカ式って………確か、聖王教会とか、極一部にしかもう伝わってないんじゃなかったかい?」


 「うん、そのはずだよ。僕達スクライア一族がたまに古代ベルカ時代のデバイスを発掘したりもするけど基礎からして現在のものとは違うし。まあ、一般的には古代ベルカ式と呼ばれているけど、僕達が戦った相手が使ったのは多分中世ベルカ式のデバイスかな」


 「中世ベルカ?」


 「一般的には近代以降を近代ベルカ式、それ以前のものを古代ベルカ式と二分するが、それを厳密に分ければ現代ベルカ、近代ベルカ、近世ベルカ、中世ベルカ、古代ベルカとなるんだ。そして、ベルカでカートリッジシステムを開発したのは中世ベルカ時代の“黒き魔術の王”と呼ばれる人物だ」


 「えっとクロノ、黒き魔術の王って確か、一千年くらい前の伝説的な魔導師のことだったよね」

 うろ覚えながらフェイトが質問する。彼女がリニスから習った事柄は実践に関わることが多かったため次元世界史などはそれほど得意ではないが、黒き魔術の王は魔法を実践的に扱うことに深く関わるため多少は知っていた。


 「ああ、カートリッジシステムのみならず、フルドライブ機構やその発展版のリミットブレイク機構、それらを作り上げたとされる人物だ。かなり危険な思想の持ち主であったともされるから、現在では手放しで称賛される存在じゃないが」


 「でも、質量兵器の全盛時代には神のように崇められた人物なんだ。彼の人物考察にも諸説あるんだけど、とにかく、歴史の大きな影響を与えた大人物というのは間違いなくて、守護騎士のデバイスはその時代以降のものと考えられる」


 「えっと……」

 その中でただ一人話についていけないなのは。

 フェイトやアルフはともかく、彼女は次元世界の歴史などまるで知らないのである。よってそこは両方の世界についてを知っている機械が注釈を入れる。


 「なのはにも分かりやすく言うなら、織田信長みたいなもんだ。比叡山を焼き打ちにしたりとかなり乱暴な面もあったが、信長がいなければ日本史も別な方向に進んでいたであろうことは疑いないだろ」


 「あ、それは分かります」


 「それでまあ、事実とは違うが、信長が火縄銃を開発したとしてみろ。過去の武士が現代に現われたとして、そいつが火縄銃を持っていたんなら、少なくとも源義経の時代の人物なわけはねえってことだ」


 「なるほど」


 「だがまあ、そういった歴史考察は後でやるとして、そろそろお前達にはいくべき場所がある。クロノ、そろそろ時間だよな」


 「フェイト、なのは、君達に会ってもらいたい人がいる。君達が今後闇の書事件に関わるつもりなら、彼の許可が必要なんだ」














新歴65年 12月2日  時空管理局本局  デバイスルーム  電脳空間  PM9:40



 フェイトと高町なのはの二人はクロノ・ハラオウン執務官と共にギル・グレアム提督の下へと向かいました。

 入れ替わるようにエイミィ・リミエッタ管制主任がデバイスルームを訪れ、ユーノ・スクライアとアルフに彼についての説明を行っています。

 そして、私は――――


 『聞こえますか、二人とも』


 『はい』


 『聞こえます』

 エイミィ・リミエッタ管制主任に手を貸してもらい、私の本体を彼らが眠るケースへと接続、電脳空間における対話を開始しました。


 『これまでの経緯については送信したデータの通りです。アースラは“闇の書事件”の担当となることがつい先程正式に決定し、貴方達の主人二人がそのチームに加わるかについて、現在会談が行われています』


 『あの騎士達と、再び』


 『戦うこととなる』

 見事な繋ぎです。レイジングハートとバルディッシュの相性も実によいようですね。


 『ええ、それはもう確定事項と言ってよいでしょう。そして、フェイトがそれを望む以上は私は止めることはいたしません。それが危険なことであろうとも、彼女が望むならば私は全力でサポートするのみ』

 それが、使い魔とデバイス、リニスと私の最大の相違点でもありました。

 我が主、プレシア・テスタロッサが己の身体を顧みることなく無理な魔法行使と研究を進めている頃、リニスは幾度も無理やりにでも主を入院させようとしたことがあった。

 しかし、その度に私が立ちはだかった。“入院して己の身体を休めること”は主の願いではなかったため、それを阻むリニスを私は止めた、いざとなれば排除することも考慮に入れつつ。

 そして、リニスは優秀な使い魔でしたが、時の庭園内部では私には敵いませんでした。彼女は一度も私を出し抜くことは出来ず、それは結果として主の寿命を縮めることともなったでしょう。

 ですが、己の命を削ってでも娘のために研究を進めることが主の願いならば、私は止めることはしない。“主の鏡”として忠告は繰り返しますが、ただそれだけでした。そしてそれは、フェイトに対しても変わらない。


 『トール、貴方は我が主の望むままに機能するのですね』


 『然り。ただ一つ、我らの電脳が導き出す彼女の行動の結果予測が“フェイト・テスタロッサの幸せに繋がることはない”というものでない限りは』

 我が主より与えられた最後の命題は、フェイトが幸せになれるよう機能すること。

 リンディ・ハラオウンやクロノ・ハラオウンが闇の書事件に関わる中で自分だけ安全圏にいることはフェイト・テスタロッサにとって幸せではない、と私が保有する彼女の人格モデルは推察した。

 彼女が求める幸せとは、皆で協力して事件を解決し、また皆で笑い合える日々が来ること。それ故に、ヴォルケンリッターを一方的に排除することも最適解ではありません。既にフェイトは剣の騎士シグナムについて共感までは言い難いですが、繋がりを感じています。


 『それでは貴方は、あの騎士達の望みも叶えるつもりなのですか?』


 『それが、フェイトが願う幸せの形ならば、そうなるでしょう。彼女らが襲撃者として魔導師を襲い続けるならば可能性は低いですが、どうもそれだけではないようにも考えられる』

 ヴォルケンリッターの行動は明らかにこれまでのものとは異なっています。


 『少なくとも、貴方達の主、フェイト・テスタロッサと高町なのはの二名は騎士達の真意を知ることを望んでいます。人間としてやや歪と言えるかもしれませんが、彼女らにとっては自身が襲われることよりも相手の意思が分からないことの方が耐えがたいことなのですから』


 『それは……』

 答えに窮したのはレイジングハート。彼女もまた、己の主の持つ危うさを気に懸けることはあったのでしょう。

 高町なのはという少女は、相手に共感し過ぎる部分がある。それは悪いことではありませんが、危険なことでもあります。

 無論、彼女も無条件で相手に共感するわけではありませんが、彼女はある種の“感受性”が強い。強い意志を持って行動する人間を嗅ぎ分けるセンサーが優れていると言うべきか。


 『私が持つ人格モデルの中でも、過去の高ランク魔導師には彼女と同じような特徴を持つ方がいます。金銭目的や快楽のためなど、“軽い”動機の犯罪者には容赦なく砲撃を叩き込むのですが、相手に深い事情と決して譲れぬ意思を感じた場合には、まずは相手の真意を探ろうとしておりました』


 『どのような方だったのですか』


 『貴方の先発機の主ですよ、バルディッシュ。私の17番目の弟、”神秘の炎”アノールの主がまさにそういう方でした』

 どうにも、シルビア・マシンの主には似たような傾向が見られる。

 現在は防衛長官となったレジアス・ゲイズ中将の殉職なさった同輩達にも、かなり似ている部分がありました。


 『私のような機械では観測できないパラメータを、高町なのはは“直感”によって取得しています。つまり、彼女が鉄鎚の騎士の真意を知りたいと願っていることこそが、現在のヴォルケンリッターにはプログラムだけではない要素がある証なのです。なぜなら、高町なのはは人間ですから』

 人間の持つ“直感”が守護騎士に対して働いたということは、現在の守護騎士は機械的なプログラムではないということを示す。

 その行動はプログラムに縛られたものであるのかもしれませんが、それだけではない彼女らの意思が存在していると。

 私とアスガルドが保有する人格モデルは、演算しました。


 『そうである以上、高町なのはが引くことはありません。かつての事件において、ジュエルシード探索から引く可能性はあっても、フェイト・テスタロッサと会うことを諦めることはありませんでした』


 『つまり、我が主は“闇の書事件”を解決するためではなく、“守護騎士達”と理解し合うために戦うということですね』


 『それは貴女も理解していたことでしょう、レイジングハート。かつても彼女の優先順位は、ジュエルシードよりもフェイトの方が上でした。今回はそれが闇の書と守護騎士に置き換わったに過ぎません。だからこそ彼女は民間協力者、管理局員であれば闇の書を優先しなければなりませんからね』

 それ故に彼女は組織にとっては扱いにくい存在だ。戦力としては魅力的ですが負傷した際の責任が重く、さらに彼女自身がいざとなれば組織の命令よりも自身の意思を通す傾向を持っている。

 通常の人物ならば、今の彼女を指揮下に置きたいとは思いますまい。ですが、アースラの首脳陣は通常の人物ではありません。

 少なくとも、私の人格モデルは彼女ら三人を“稀な人材”と判定しています。


 『結論を述べれば、高町なのはもフェイトも闇の書事件を解決するために動くことでしょう。下手に彼女らを放置するよりはクロノ・ハラオウン執務官の下で監視しながら運用した方が暴発の可能性は低いですから』


 『暴発……』


 『否定できません……』

 二人とも、己の主の無鉄砲ぶりは知り尽くしているようで何より。


 『そこで、貴方達に問いましょう。主はヴォルケンリッターとの再戦を願っています、最終目標は理解し合うことにありますが、そのためには戦う必要があることは明白、ならば、貴方達は何としますか?』

 今の貴方達では、グラーフアイゼンやレヴァンティンには敵いません。

 私がクラールヴィントを通じて得た情報は完全ではなく、彼らのフルドライブ状態の姿までは分かりませんが、フルドライブを使わずとも貴方達の性能を凌駕しています。

 高速機動の慣性制御や、誘導弾の管制に関してならば互角以上ですが、それでは足りないことは明白。

 古代ベルカ式の戦技を操る騎士達を破るには、ミッドチルダ式のみでは厳しいものがある。それを成すにはクロノ・ハラオウン執務官と同等の修練を積むしかありませんが、そのような時間もありません。

 ならば、何らかのショートカットを行う必要がある。


 『問うまでも』


 『ありません』

 それを分からない二人ではないため、私の言葉は問いではなく、確認。


 『インテリジェントデバイスである貴方達に“これ”を組みこむことはどれほど危険であるかは理解していますね』


 『はい』


 『無論』

 カートリッジにも種類があります。簡易デバイスの動力用の電池や、低ランク魔導師が魔力不足を解消するための補助的なもの、それらは比較的安全に扱うことができ、武装隊でもかなり主流となりつつある。


 しかし―――


 『高ランク魔導師の術式を底上げするカートリッジには大きな危険が伴います。先に話にでたアノールの主は、ロストロギアの暴走体を撃破するためカートリッジの過剰使用とリミットブレイクの副作用によって命を失い、アノールもまた、コアごと全壊しました』

 高ランク魔導師の魔法は威力が大きい故に、危険も大きい。

 フルドライブ状態でカートリッジを併用しつつスターライトブレイカーなどを放てば、最悪、リンカーコアが壊れる危険すらあります。


 『ですが、先発機達の犠牲があったからこそ、我々インテリジェントデバイスの技術は進んできたのだと。そう教えてくれたのも貴方です』


 『私も、彼の受け売りですが存じています。我々デバイスは、管理局と共に在ると』

 まったく、そういう部分は兄弟機なのですね。それに、レイジングハートもバルディッシュのモデルですから、似通う部分があるのは当然の帰結と言うべきか。


 『よろしい、どうやら貴方達にはもう、助言の必要はなさそうですね』


 〔今の貴方は、フェイトの全力を受け止めるに足る性能を備えています〕

 私はかつて、そう言いました。


 〔しかし、いつか彼女は壁に突き当たる時が来る。今のままの自分では突破できない大きな壁に〕

 その時は、予想よりも早く訪れた。


 〔その時に、貴方が主のために何を考え、何を成すか、それがインテリジェントデバイスの真価が問われる時です。ただ沈黙して性能の悪いストレージデバイスとなるか、それとも〕

 その答えは、今確かにここに。


 『では、後のことは私が引き受けました。部品の発注が早いに越したことはありませんし、そも、時の庭園にはそのための部品が既に用意してあります。直ちにアスガルドに命じてアップデートの準備に取り掛かると致しましょう』


 『よろしくお願いします』


 『感謝します』


 さあ、忙しくなりそうです。


 『ただし、カートリッジは諸刃の刃であることは忘れないよう注意なさい。我が主が負ったリンカーコア障害に関しては、貴方達も存じていますね。主のリンカーコアか供給される魔力に異変を感じたならば、即座に時の庭園へ連絡を』


 『はい』


 『必ずや』

 後は何も言うことはありません。頑張るのは若者に任せ、老兵は後方で若者が全力を出せるよう支援することといたしましょう。


 『では、電脳空間での対話を終了します。潜入終了(ダイブアウト)』


 『Dive out(潜入終了)』


 『Dive out(潜入終了)』







同刻  時空管理局本局  顧問管執務室



 「「 失礼しました 」」

 幼い少女二人の選択は古いデバイスが予想したとおりのものであり、その姿を見送りながら、老提督は呟く。


 「なんとも、真っ直ぐな子達だ。あれほど純粋な目は珍しい」


 「ただ、真っ直ぐ過ぎて、たまに不安にもなります」

 部屋に残ったクロノは率直な感想を述べる。彼女らのそういうところは好ましく思っている彼だが、それだけに自分が注意せねばとも思う。


 「そうだな、闇の書事件にあたるならばなおのことだ。闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターがどのような存在であるかは具体的には分かっていない。あくまで、過去の事例から推察したものに過ぎん」


 「はい、そのことで提督にお願いが」


 「………無限書庫の開放かね」


 「はい、ロストロギアに関する情報が保管されていることから現在は封鎖同然の状況ですが、やはり闇の書事件の大元を探るには必要ではないかと考えます」

 無限書庫にはロストロギアはおろか、大量破壊兵器や核兵器の製造法まで全ての情報が揃っている。管理外世界ならば地球のように核兵器が普通に存在している場所もあるが、無限書庫にはそれらのデータも全て揃っているのだ。


 「得られる情報によるメリットよりも、情報が流出した際のデメリットの方が大きいことから、提督クラスの人間の許可がない限り入ることも許されない。僕の権限では入れませんし、母さ…艦長は現場で指揮を執りますから本局には残れません。ですが」


 「聡いな、私も君と同様に考え、無限書庫を開放するための準備を進めてはいた。ロッテかアリアが同伴することが条件とはなるが、そうだな………一週間もあれば開放は出来るだろう。そしてもし、無限書庫の記録が闇の書事件の解決のきっかけとなれば、全面的な開放も本格的に検討されるだろう」


 「ありがとうございます」

 頭を下げるクロノに、グレアムは疑問を呈する。


 「しかし、あの超巨大データベースから情報を探し出すのは並大抵ではないぞ、私も準備は進めていたが、肝心の送り込む人材をどうするかで悩んでいた。ロッテとアリアにもそれぞれ仕事があり、事務の者達は既存のシステムには強いが、あそこは完全に未整理状態だ。かといって成果が見込めるかも怪しい作業に大量の人員も送り込めん」


 それもまた、組織というものの宿命である。成果が見込めるようにならない限り、人材が本格的に派遣されることはあり得ない。


 「その手の専門家には心当たりがあります。ここ1ヶ月程一緒に仕事していましたが、能力は全面的に信頼できます」

 もっとも、依頼するのはこれからだが、その辺りはなんとしてでも引き受けさせようと考える若干黒いクロノであった。


 「そうか、その辺りは君の判断に任せる。使えるものは何でも使いたまえ、私も含めてな」


 「はい」


 「だが、無理はするな。いざという時に動けねば意味はない」


 「大丈夫です。窮持にこそ冷静さが最大の友、提督の教え通りです」


 「そうだったな、責任は全て老人に任せ、君は己の信念に従って動くと良い」


 「何もかも、というのも心苦しいのですが」

 しかし、クロノはまだ一執務官でしかなく、無限書庫の開放や第97管理外世界付近への交通封鎖、それらに責任を負える立場にはいない。リンディですら、一人で負えるものではないのだから。


 「なに、それが老人に出来る役目だとも、彼の三提督が名誉職とはいえ留まっているのもそれ故だ。流石に、最高評議会の方々の思惑に関してまでは分からんが」


 「先達に恥じないよう、全力を尽くします」

 そして、クロノも退出していき、部屋には老提督のみが残る。



 「後を継ぐ者達、か」

 彼はしばし物思いにふける。

 自分が夢を託した時空管理局、しかしそれもまた永遠のものではあり得ない。いつかは腐敗し、人々に害をもたらすようになるだろう。

 今はまだ腐敗はおろか組織として完成すらしていないが、徐々に整いつつあるのも事実。やがて完成すれば、後は下っていくのみ。


 「後継者不足は、どのような組織も抱える最大の問題。だが、要は後に続く者達に誇れる生き様を示せるかどうか、それだけなのだ」

 若者たちが“自分達も先達のようになりたい”、“彼らの後を継ぎたい”、そう思えるものを示せれば、その組織は続いていく。

 逆に、“こんな組織に仕えるくらいなら、新しい組織を作る”と思うようになれば、その組織は終わりを迎える。


 「私は、恵まれているのだろう」

 時空管理局を作り上げた最高評議会、それに続く偉大なる三提督。

 彼らを先達として持ち、さらにはクロノ達のような後継者にも恵まれている。

 自分が管理局と共に生きた53年は厳しい時代ではあったが、常に前を向いていた時代ではあった。今を生きる者達は、自分の子や孫の代がこのような苦労をしない世界を夢見て、激動の日々を駆け抜けた。

 徐々にではあるが、それは実りつつある。クラナガンもレジアス・ゲイズ中将を筆頭とした者達によって治安が改善され、海もようやく安定して武装局員を派遣できる状況が整い始めた。


 「だからこそ、これが私の最後の役目だ」

 闇の書は、管理局のような組織というものにとって最悪のロストロギア。

 その危険度や特性が一定せず、状況が常に変わるため定まった対応を取ることが出来ない。どうしても、後手後手の対応を取らざるを得ず、これまで多くの犠牲者を出してきた。

 それを止めるために犠牲が必要ならば、せめて最低限に。

 幼い少女を生贄にすることは決して認められるものではなく、その咎を負うのは自分一人でいい。

 クロノや先程会った少女達、彼女らは知る必要はない。


 「オートクレール、八神家の様子を」

 沸き起こる葛藤を鋼の心で制しつつ、彼は53年を共に駆けた己の魂を起動させる。

 ただ、彼は知らない。

 今現在開いた画面の存在を知るのは自分一人ではないことを。

 彼はまだ、知らない。










同刻  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 



 「はやてちゃん、お風呂の支度、出来ましたよ」


 「うんっ、ありがとうな」

 八神家では、家族が皆リビングに揃い、はやてとヴィータはザフィーラと共にテレビの前に座っていた。


 「ヴィータちゃんも、一緒に入っちゃいなさいね」


 「は~い」


 「明日は朝から病院です。あまり夜更かしされませんよう」

 読んでいた新聞を畳みながら、シグナムが己の主に声をかける。


 「はーい」


 「それじゃ、よいしょっと」

 はやてをシャマルが抱えるが、普通に考えればはやてがまだ9歳の小柄な少女とは言え、女性の細腕で床に座っている状態から抱え上げるのは楽ではない。

 しかし、シャマルは力むことすらなく、鞄を持つような自然な仕草ではやてを抱えあげる。彼女もまた夜天の守護騎士の一人であり、力が強いのと同時に、力の効果的な使い方というものを熟知していた。


 「シグナムは、お風呂どうします?」


 「私は今夜はいい、明日の朝にするよ」


 「そう」


 「お風呂好きが珍しいじゃん」


 「たまには、そういう日もあるさ」

 シグナムは目をつぶり、静かにソファーに腰掛けている。


 「ほんなら、お先に」


 「はい」

 はやて達が風呂場へ向かうと、リビングに残るのはシグナムとザフィーラのみ。


 「今日の戦闘か」


 「聡いな、その通りだ」

 否定することなくシグナムが服をたくしあげると、腹部には痣が存在している。古傷というわけではなく、真新しい傷だ。


 「お前の鎧を打ち抜いたか」

 ザフィーラの声には感嘆の響きがある。ヴォルケンリッターの将に傷を与えることは容易ではなく、ましてシグナムの相手はまだ幼い少女であった。


 「澄んだ太刀筋だった。良い師に学んだのだろうな、武器の差がなければ、少々苦戦したかもしれん」


 「だが、それでもお前は負けないだろう」

 シグナムの言葉は本心であったが、ザフィーラの言葉もまた同様である。


 「ああ、確かに強いが、経験がまだ足りていない」


 ザフィーラはシグナムが僅かではあるが傷を負ったことに気付いていたが、彼女と対峙し、傷を与えた本人であるフェイトは気付いていなかった。それはすなわち、戦場の駆け引きにおいてシグナムが巧者であることを意味している。

 仮に、ボクサーの試合であったとして、パンチ力があり、速いに越したことはないが、自分の放ったパンチが相手に効いたかどうか、それを判断する力も重要な要素である。それが分かっていなければペース配分が上手くいかず、無駄が多くなってしまう。

 逆に、シグナムがフェイトに一撃を加えた際にはそのダメージがフェイトの表情にそのまま表れていた。そこからシグナムはフェイトの余力を推察し、彼女を倒した後に他の戦場に駆けつける際の余力のことまで考えて戦術を決めることが出来た。だが、もしフェイトのダメージが分からなければ、まずはフェイトを倒すことに全力を注がねばならなくなる。

 つまりは、自分の持つ力を無駄なく有効に活用する技能、その部分においてなのはとフェイトはヴォルケンリッターに遠く及んでいないことを、シグナムとザフィーラは見抜いていた。無論、残る二騎も同様に。


 「問題は、あの黒服と例のデバイスだ」


 「ああ、彼が指揮官であるのは疑いないが……デバイスの方は正直分からんな」

 そして、守護騎士にとって警戒に値するのはクロノとトールの二人、いや、一人と一機。

 彼らの戦術はこの一人と一機によって覆されたと言ってよく、後者に至ってはその言葉がブラフであったことすら守護騎士達には判断できていない。いや、そもそも判断するだけの材料がない。

 闇の書の守護騎士は、管理局の武装隊や有能な指揮官とは戦ってきたが、“デバイスを修復するデバイス”などというものと遭遇したことはなかった。それ自体が嘘であり、彼は“デバイスを操るデバイス”であるが、実態においてそれほど差がないため、非常に判断しにくい。


 「私達が戦い、その相手からリンカーコアを蒐集することなく撤退することとなったのも今回が初めて。さらに、相手は間違いなく管理局の指揮官クラス。今後は、厳しくなるだろう」


 「魔導師相手の蒐集は………もはや不可能か」

 ヴォルケンリッター達もまた、管理局がとるであろう対応を協議していた。

 そして、魔導師襲撃事件が起きており、闇の書の存在が明らかになれば、この世界周辺には渡航制限などがかけられる可能性が高い。そう判断したからこそ、なのはの蒐集に踏み切った。

 これまでも彼女らは蒐集を行っており、それは管理局以外の魔導師も多くいたが“普通の魔導師”であったわけではない。観測世界や無人世界などで活動し、大型の魔法生物などに襲われる危険もある場所であることを知りながらそこにいた魔導師達である。

 これを地球に置き換えるなら、東京の市街地で白昼に通り魔が出現し子供が刺されたという事件と、タクラマカン砂漠でラクダに乗りながらシルクロードの遺跡調査をしていた調査員が盗賊に襲われた事件、ほどの違いがある。

 人々が安全に暮らすべき場所で発生した襲撃事件と、仮に守護騎士がいなくても危険が伴う場所で発生した襲撃事件では社会に与える影響度に天と地の差が存在する。裁判で裁かれる“罪”の中には社会に与えた影響に関する社会的責任というものもあり、それは同時に管理局が本腰を入れて動き出す引き金ともなり得る。

 よって、守護騎士にとっては倫理的な部分と管理局の動きに関する部分の両面において“一般人からの蒐集”は最終手段であったが、時間制限というものが枷となる。

 闇の書の完成は時間との戦い。管理局に捕捉されないまま蒐集が出来るのであれば、民間人である少女から蒐集する必要はなかったが、レティ・ロウラン提督が派遣した調査員は優秀であり、既に第97管理外世界の海鳴市にまで調査の手を伸ばしていた。

 実に皮肉なことではあるが、管理局の対応が早く、海鳴にまで迫ったために、守護騎士が民間人であるなのはの蒐集に踏み切った、という因果関係が存在していた。対応に回ったのがレティ・ロウランでなければ、なのはが蒐集されることはなかったであろう。


 「効率は下がるが、今後はここから可能な限り離れた世界で魔法生物を対象とするしかないな」


 「既に管理局はこの街にまでやってきた。他に手はないか」

 守護騎士と管理局の間には、既に戦略の読み合いが開始されていた。

 魔導師相手の蒐集は効率的だが、“殺さない”以上は痕跡を多く残すことになってしまい、どうあっても自分達の本拠地はいずれ探られてしまう。

 そうなれば、魔導師からの蒐集は不可能となり、魔法生物を対象とした蒐集に切り替えることとなるが、守護騎士には“はやてのリンカーコアが持つ間”という別の時間制限も存在している。

 なのはからの蒐集によって20ページ以上が埋まったが、それを魔法生物のみから集めるのは時間がかかる。一体ごとの蒐集ペースという面では効率が悪いわけではないが、魔導師と違って魔法生物というものは一箇所にかたまって生息しておらず、一体を仕留めるごとにかなりの距離を移動せねばならない。

 極論、クラナガンで蒐集を行えばそこら中にいる魔力持つ人間500人程度から蒐集すれば終わる。時間にすれば半日程度で済むだろう。現に、過去の闇の書事件では陸士学校や空士学校など、多くの魔導師が在籍し、守護騎士を迎撃することが不可能な訓練生を標的とした場合もある。

 だが、はやてが主である以上はそのようなことは出来ない。現在の手法が非効率であることは理解しているが、闇の書完成後に自分達が捕まり、はやてが終身刑になってしまっては何の意味もないのだ。かといって、次元犯罪者としてはやてに管理局と戦い続ける道を歩ませることも論外。

 そういったあらゆる要素を考慮した上で、この時点で400ページを超えていることが、なのはから蒐集する必要がないボーダーラインであったが、レティ・ロウランの手腕はそれを超えてきた。

 300ページを超える程度しか埋まっていない状況で海鳴市に管理局の調査員が現れた以上、守護騎士としても決断するしかない。その判断を担うのも将たるシグナムの役目であった。


 「全てが終わるまで、何としても主には隠し通さねばならん」


 「我らが消えることとなろうとも、主の未来だけは」

 闇の書の蒐集は守護騎士の独断であり、主は無関係。

 それだけは、何としてでも崩してはならない事柄。

 闇の書の存在を隠し通すことが不可能となった以上、八神はやては“闇の書の主”でしかない。蒐集の罪は、彼女の人生に影を投げることになる。

 このままリンカーコアを蝕まれて死ぬか、他人のリンカーコアを奪い、罪を負って生き延びるか、あまりにも割に合わない二者択一。


 それこそが、“闇の書の呪い”の最も凶悪な部分。


 だからこそ、守護騎士はその罪を自分達だけで負うべく、主に黙したまま蒐集を続ける。その罪によって自分達が消えれば、“闇の書の主”の危険度は大きく下がる、管理局が闇の書の主となってしまっただけの少女を幽閉するような非道な組織ではないことも彼女らは知っていた。

 だが、同時に“危険性”があるうちは非情手段も辞さない組織であることも知っている。管理局は社会の歯車であり、公共の人々に危険が及ぶ可能性がある以上は、蒐集を行う自分達と相容れることは不可能。


 だがしかし、彼女達は気付けない。


 “蒐集を行わず、管理局に事情を話した上で協力を依頼する”


 その選択をした際に八神はやてが拘束される危険性や、政治的に利用される可能性、それらを考慮して選ばなかったわけではなく、“そもそも頭に浮かばなかった”事実。蒐集することを前提として管理局への対処を考えている自分達。

 八神はやてを救うことが目標で、蒐集はそのための手段であるはずが、蒐集を行うことを起点として自分達が対応を考えているという矛盾。


 『その行動はプログラムに縛られたものであるのかもしれませんが、それだけではない彼女らの意思が存在している』


 あるデバイスはそう評したが、それは逆に言えば。


 『彼女らが主を想うが故の行動であっても、それはプログラムに縛られたものに過ぎない』


 となり、それに気付くことは出来ぬまま、守護騎士達は戦い続ける。






 時空管理局の指揮官たち、闇の書の守護騎士、各々の想いが複雑に絡み合いながら闇の書事件は進んでいく。

 そしてその中に、深い事情をまだ知らず、純粋に相手と言葉を交わしたいと願う二人の少女がいる。

 闇の書の闇を消滅させる鍵は、果たして――――





あとがき
 原作第三話において、ヴィータの『早く完成させて、ずっと静かに暮らすんだ、はやてと一緒に』という台詞に対して、ザフィーラ、シグナム、シャマルが無言で彼女の方を見るシーンが印象深く、この時点で守護騎士達は(ヴィータも心の中では)もう“自分達が静かな暮らしに戻ることはない”という覚悟を持っているではないかという印象を受けました。彼女達の行動を見返すと、“闇の書が完成させてはやてを救い、その将来を血で汚さない”という意思の下に動いていますが、その中に自分達の未来が含まれていないように感じられます。
 本作を執筆するにあたって何度もA’S本編を見直しているのですが、見直すほどに伏線の張り方やそれぞれの心理描写の描き方が神がかっていると驚嘆するばかりです。無理なく無駄なく物語がすすむため、SSを書く者としては手を加える“余白”というか“あそび”がないため、かなり難しいですが、原作ファンとしては原作の流れを崩さないように大団円へ向かえるよう、全力を尽くしたいと思います。それではまた。









[25732] 第十話 使い魔と守護獣
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/03/19 12:57
第十話   使い魔と守護獣





新歴65年 12月3日  時空管理局本局  テスタロッサ家居住スペース  AM7:00



 「なのは、朝だよ~」


 「う、ううん」


 「ほら、起きてなのは」


 「あと、五分」

 本局にある自室にて、現在苦戦中のフェイト。

 元々寝起きの悪い方ではないなのはだが、昨夜の激闘に加えリンカーコアが蒐集されたこともあり、中々起きる気配がない。


 「起きないのか?」


 そこに、とあるデバイスが動かす魔法人形がひょこっと顔を出す。ちなみに、本体はその中に搭載されておらず、時の庭園の中央制御室からの遠隔操作だったりする。本体は時の庭園を第97管理外世界付近へ移動させるための手続きと作業を並列して行っており、中枢コンピュータであるアスガルドもまたフル回転していた。


 「うん、昨日が昨日だから、無理ないと思うけど」


 「だがなフェイト、ご飯というものは作りたてが一番うまいんだぞ。お前がなのはのために心血を注いで作り上げた至高の朝食を無駄にするわけにもいくまい」


 「そ、そんなに大げさなものじゃないよ」


 「ほうそうか、となると、朝4時半に起きてキッチンで試行錯誤を繰り返していた金髪の少女は一体どこの誰だったのか(推奨BGMニコ動の”なのフェで卵とじ”)」


 「………見てたの?」


 「何度も言うようだが、俺の眼はこれだけじゃない。テスタロッサ家のどこにでも機械の眼は光っていると思え」

 この“トール”が本体でないことは実はフェイトも知らない。いや、そもそもトールの本体が現在どこに在るかを把握している人間はこの世にいないのだ。


 それを行えた唯一の人間は、もう既にこの世にいないのだから。


 「まあ、それはともかく、こいつを起こさねばならんな」


 「でも、無理やり起こすのもかわいそうだよ」


 「心配いらん、まあ見ていろ、一秒で起こしてやる」

 そう言いつつなのはの傍に近づくトール(が遠隔操作する魔法人形)。

 そして―――


 『洗浄シマス、洗浄シマス』


 「ストォォーーーーーーッップ!!!」

 ものの一秒もかけずに、なのはは目を覚ました。







新歴65年 12月3日  時空管理局本局  ミーティングルーム  AM8:30



 「ミーティング………なんだよねこれ」


 「うん、多分」

 アースラスタッフが闇の書事件に対してどのような配置になるかのミーティング、ということで集まったわけではあるが、その場にいるのはなのは、フェイト、クロノ、エイミィ、リンディと魔法人形が一つだけ。


 【ユーノ、そっちはどうだ?】


 【順調に進んでる、何度も来たから流石に慣れたよ】


 【あたしの方はもっと順調さ、何しろ、自分の家だからね】

 ユーノ、アルフに加え、アースラの観測スタッフのアレックスとランディ、さらにはギャレットをリーダーとした捜査スタッフは時の庭園に入り、現地に着いてすぐに本部として役割を果たせるよう機材の調整などを行っている。当然、そちら側の統括は管制機トールであった。


 「予定としては、なのはさんの保護を兼ねて、なのはさんのお家の近くに臨時作戦本部を置く予定だったのだけど、彼の提案で時の庭園を利用することになったの。だから、アースラのスタッフは時の庭園の準備に取り掛かってるわ」


 「まあ、そっちにも拠点を置くことは変わりないし、時の庭園が到着するまではあたし達はマンションにいるから、やっぱり現地にも拠点があった方が何かと便利だし、御近所付き合いもあるしねー」


 「じゃあ、フェイトちゃんのお家が本部になるってことですか?」


 「そういうこった。時の庭園は通信設備、転送設備に加え、リンカーコアが損傷した人間を治療するための設備も充実している。ぶっちゃけ、闇の書事件を追うならアースラよりも向いていると言えるだろう」


 「それを言われると身も蓋もないな」

 苦笑いを浮かべるクロノだが、その言葉を否定することが出来るわけでもない。


 「えっと、ユーノとアルフは向こうで頑張ってくれてて、アースラの皆も一緒に頑張ってて、なのはとわたしは何をすればいいの?」


 「何もない」


 「何もないんですか!」


 「というのは嘘で」

 こける寸前で踏みとどまるなのは、流石に耐性がついてきた模様である。


 「お前達の役割は敵の研究だ。ヴォルケンリッターの捕捉まではアースラスタッフの役目だが、その後はAAAランク魔導師であるお前達の出番になる。当然、ユーノとアルフも戦線に加わるが、主戦力はお前達であることは変わらない」


 「あたしは管制官だからサポートが役目だし、艦長は全体の指揮でクロノ君は現場指揮。だから、なのはちゃんとフェイトちゃんが守護騎士と戦う際の主戦力ってことになるんだ」

 幼い少女を主戦力として扱うことに抵抗がないわけはないが、一度決定したならば迷いは持たず、彼女らが万全な状態で他のことに気を取られず戦いに全力を尽くせるよう支援することに力を注ぐ。

 アースラスタッフは若い年代が多いが、その割り切りができ、自分達の能力の限界をわきまえている者達であった。


 「前回は、敵の作戦にやられた形になってしまったからね、今度はそうならないように予め配置や相対した際の注意点を確認しておきたい」


 「マンションの方の準備はあたしと艦長でやっとくから、クロノ君、トール、後よろしくね」


 「任された。そっちには肉体労働専門の連中を既に派遣してあるから、遠慮なくこき使ってくれ」


 「ええ、存分に使わせてもらうわ」


 そうして、リンディとエイミィが海鳴市へ向かい、ミーティングルームには三人と一機が残る。



 「ねえトール、肉体労働専門の連中って、何?」


 「ああ、以前お前との訓練用とかに使ってた格闘戦用の魔法人形を、外見は人間と同じで低ランク魔導師用のカートリッジで駆動するように調整したんだ。戦闘能力はほとんどなくなったが、重いもんを運んだりする時には力を発揮する、早い話が引っ越し用魔法人形、ってとこだ」


 「いつの間に……」


 「いまさら聞くな」


 「まあそれはともかく、そろそろ始めよう、トール、画面を」


 「アイアイサー」

 彼の言葉に応じ大型ディスプレイが表示され、そこには四騎の騎士の姿が映し出される。


 「闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターの強さは直接戦った君達はもう十分に知っているだろう。魔導師ランクにすれば間違いなくSランク以上の戦闘能力を持っている上、彼らは古代ベルカ式を操る」


 「つまり、殺傷設定のデバイスで戦っている、ってことだよね」


 「ああ、カートリッジの特性については昨日言ったとおりだが、守護騎士は古代ベルカ式の使い手だけでなくさらに厄介な特性を持っている」


 「えっと………」

 考え込むなのはだが、まだ戦闘に関する本格的な訓練を積んでいない彼女では答えを出すことは不可能だった。


 「フェイトはもう知っているかもしれないが、復習も兼ねて一から説明する。まず、僕達が使うミッドチルダ式魔法は汎用性を求めた技術体系であり、安全に扱うことに主眼が置かれていることから、射撃や砲撃などの遠距離攻撃、もしくはバインドが主流だ。フェイトのような高速機動からの近接攻撃を得意とするタイプは珍しい」


 「うん、つまり、なのはのようなタイプが一般的ってことだよね」


 「ああ、それに対してベルカ式は広範囲攻撃や砲撃などの遠距離攻撃をある程度捨て、対人戦闘に特化している。身体強化やアームドデバイスの扱いは得意だが、魔力を身体から離すことや遠くへ撃ち出すことを不得意とする。これは、近代ベルカ式においてもかなり似通っている傾向なんだが―――」

 クロノが端末を操作し、ディスプレイに昨日の戦闘風景が映し出される。



 【飛竜一閃!】


 【グラーフアイゼン!】


 【逆巻く風よ!】


 【縛れ、鋼の軛!】


 剣の騎士からは砲撃魔法に匹敵する一撃、飛竜一閃が放たれ、鉄鎚の騎士からは4個の鉄球を遠隔操作するシュワルベフリーゲンが放たれ、湖の騎士もまた遠く離れた場所に竜巻を発生させ、盾の守護獣は攻撃と捕縛の両特性を備えた魔力の奔流を叩き込む。


 「これ、古代ベルカ式なの?」


 「そう思うのも無理はないが、ベルカ式の特徴を表す三角形の陣が展開されていることからも間違いはない。つまり彼らは、近接戦闘で本領を発揮するアームドデバイスの使い手であると同時に、ミッドチルダ式と同等の遠距離攻撃をも備える戦闘のエキスパートということだ」


 「シグナムの近接の一撃、紫電一閃はバルディッシュの防御を破るほど凄い威力だったけど、遠距離攻撃も持っていた……」


 「わたしが戦ったあの子も、一撃でレイジングハートを壊しちゃったけど、鉄球を操るのも上手かったもんね……」


 「さらに、ベルカの騎士は一対一ならば負けはないとまで言われるが、集団戦にも彼らは長けていた。いや、個々人の実力も極めて高いが、集団戦になるとさらに本領を発揮すると言うべきか」

 彼女らの脳裏に浮かぶのは、竜巻が発生してからの一部の隙もない守護騎士の連携。

 シャマルが竜巻で隙を作り出し、シグナムが飛竜一閃から紫電一閃へ繋ぎバルディッシュを破壊、ザフィーラもアルフを鋼の軛で負傷させ、ヴィータをフリーの状態でユーノの下へ辿りつかせる。

 まさしく、それぞれの能力を把握し、互いに信頼し合っているからこそ可能な連携技。なのは、フェイト、ユーノ、アルフの四人だけでは不可能な芸当である。


 「集団戦だと、勝ち目は薄そうだね」


 「集団戦のコンビネーションというものは一夕一朝で身につくものじゃない。当然、出来る限り集団戦でのコツは教えるが、それだけでは守護騎士を倒すまでには至らないだろう」


 「じゃあ、どうするの?」


 「そこで俺と捜査スタッフの出番というわけだ」

 その言葉と同時に、ディスプレイの画面が切り替わる。


 「これは、何ですか?」


 「なのはの世界、第97管理外世界周辺のリンカーコアを持つ大型魔法生物の保護地域を分布だ。お前達が昨日会った威厳あるおっさん、ギル・グレアム提督の権限で既に地球周辺の世界には魔導師の滞在が禁じられている、まあ、一種の戒厳令みたいなもんか」


 「あまり使いたい手段じゃないが、魔導師襲撃事件がなのはの世界を中心に起こっている以上、管理局としては渡航制限をかけるのも止むを得ない状況だ。そして、獲物である魔導師がいなくなれば、守護騎士達が狙えるのは魔法生物しかいなくなる」


 「そこを、俺と時の庭園のサーチャーやオートスフィアで網を張る。その情報は各地に派遣されるアースラの捜査スタッフを通じてエイミィに届き、そこからクロノを通してお前達に指令が届き、守護騎士の下へ転送する。理想は一人で蒐集に来たところを四人くらいで待ち伏せして、ボコることだ」


 「なんか、卑怯………」


 「流石に、かわいそうというか……」


 「ああん? 文句あっか負け犬共。そもそも手前らが一対一でヴォルケンリッターに勝てんなら捜査班もここまで回りくどいことしなくてもいいんだよ、そういう台詞は守護騎士に勝てるようになってから言え」


 「「ごめんなさい………」」

 項垂れる少女二人、何だかんだで守護騎士にいいとこなしでボッコボコにやられたことを気に懸けているのである。


 「ちょっと言い過ぎだぞ、トール」


 『申し訳ありません。ですが、彼女達には暴走しがちなところがありますから、たまには毒舌も必要なのです』


 「急に口調を戻さないでくれ、混乱する」


 『そう落ち込むことはありませんよ、二人とも。貴女達はまだ9歳であり、出来ることは限られている。ならば、自分に可能なことを見つめ直し、出来ることをやれば良いのです。それに、時には大人を頼ることも必要ですよ』


 「トールさん……」


 「ありがと……」

 先ほど罵倒された張本人から慰められているわけではあるが、口調どころか音声まで変わっていたため、別人に言われている気分になっている少女二人。


 「ったく、アインさんはこいつらに甘過ぎるんですよ、そんなだからこいつらが無茶ばっかりするってのに」


 『ですがツヴァイ、そのための舞台を整えることが私の役目です。それに、レイジングハートとバルディッシュもおりますから、大丈夫ですよ』


 「済まないが、一人で対話をしないでくれ、余計混乱する」


 「えっと……」


 「どっちがトール、いや、どっちもトールで、あれ?」

 見事に混乱中。


 「驚いたか、これが俺の人格切り替え攻撃だ。裁判の途中でこれをやられた日には最悪だろ」


 「だろうな、途中で人格をホイホイ変えられては混乱するなという方が無理だ」


 「まあそれは置いといて、話を戻すが、守護騎士を捕捉してお前達エース級魔導師がその全力を発揮できるような環境を整えるまでが俺達後方支援組の役目だ。とはいえ、四対一の状況に持って行ける可能性はぶっちゃけ低い、そこで、お前達の課題は一対一で互角の勝負に持ち込めるようになることだ。集団戦じゃなければ勝機はある」


 「一対一で……」


 「シグナム達に、勝つ……」


 「そのためにレイジングハートとバルディッシュも強化中だ。高ランク魔導師用のカートリッジシステムを搭載し、さらにはフルドライブ機構も導入する。これなら、デバイスの面では守護騎士と同等のところまではいける。クロノのS2Uには付いていないが、こっちは特に必要ないからな」


 「彼らの完成には少なくとも三日はかかる。その間に可能な限り、集団戦や古代ベルカ式を想定した訓練を行っていくからそのつもりでいてくれ」


 「でも、レイジングハートがいないとわたしはあまり魔法が……」


 「わたしも、バルディッシュがないと……」

 それが、インテリジェントデバイスを扱う場合の最大の欠点といえた。

 それぞれの魔導師に応じて最適のAIを組み込み、呼吸を合わせることで真価を発揮するために、代わりというものが存在しない。正規の訓練を受けた武装局員が汎用的なストレージデバイスを使うのはそのためである。

 これは、管理局のみならず、地球に存在する軍隊などにも同様のことが言える。軍隊で主力として使用される兵器は強力な兵器ではなく、生産しやすく、整備しやすく、運用しやすい兵器。ストレージデバイスはまさにその三点を全て備えている。

 逆に、インテリジェントデバイスは生産するのが大変で、整備するにはデバイスマイスターが必要で、壊れた際の予備がないため運用しにくいという代物。まさしく、一般の武装局員が扱うべきものではなく、一握りのエースが持つべきものであった。


 「そこは気にするな、ミレニアム・パズルにはレイジングハートとバルディッシュのデータが登録されている。現実空間でフレームが壊れていようが、データさえ無事なら仮想空間(プレロマ)で模擬戦は出来るのだ」


 「僕も聞いた時は驚かされた、人間の治療中には考えられないことだが、デバイスの修理中にはそういうことも出来るらしい」

 レイジングハートとバルディッシュに必要なものはフレームの修復と、カートリッジシステム、フルドライブ機構の搭載。

 つまりその間、彼らのAIが本体にある必要はない。トールがオーバーホール中に別の機体にリソースを移して活動を続けたように、レイジングハートとバルディッシュも同様のことが可能。

 かといって、通常のストレージデバイスに彼らのAIを搭載したところでなのはやフェイトが万全に魔法を使えるわけではないが、ミレニアム・パズルの仮想空間ならば話は別。


 「そしてさらに、仮想空間ならばリンカーコアがまだ完治していないなのはも身体のことを気にせず魔法を放つことが出来る。まあ、肉体が実際に経験していない以上片手落ちではあるが、それでもある程度の効果はある」


 「えっと、仮想空間の体験は記憶に残らないんですか?」


 「いいや、記憶には残る。だが、人間の身体というものは複雑でな、脳に直接情報を刻みこむことで“思い出”を作ることは出来ても、魔法の特訓のような“身体で覚える”ことは反映出来ないものなんだ。まるっきり意味がないわけじゃないが、現実空間で身体を使って模擬戦をすることに比べれば、どうしても経験値で劣るんだ」

 現実空間と仮想空間の間には隔たりというものがある。その境界を“騙す”ことによって可能な限り薄くすることが嘘吐きデバイスの役目ではあるが、やはり限界というものは存在するのだ。


 「とはいえ、現実空間での1時間は仮想空間での7日間に相当する。デバイスを使っての高度な戦闘を行うとなるとレイジングハートやバルディッシュのリソースの都合上、1時間を1日に相当させるくらいが限界だが、それでも十分な訓練期間になるだろう」


 「そういうわけだ、仮想空間ではあるが、丸一日かけて徹底的にしごいてやるからそのつもりでいてくれ。現実での時間はせいぜい1時間だから、学校があるとなどの理由で休むことも却下だ」


 「うわぁ……」


 「凄いことになりそうだね……」


 「ついでに言えば、現在管理局が保有している守護騎士の戦闘データを基にした“仮想守護騎士”も俺とアスガルドで用意する。こいつらを倒せるようになれれば、第一段階は終了という感じだ」

 トールの演算に無駄というものはなく、フェイトが闇の書事件に関わることを決めた以上はあらゆる面でサポートする。

 自分の持つ機能、時の庭園が備える機能、さらにはテスタロッサ家の財力、それらは全てフェイト・テスタロッサのためにのみ使用される。

 それが、今の彼の在り方であった。












新歴65年 12月3日  時空管理局本局  テスタロッサ家居住スペース  AM10:03



 今後の訓練内容について一時間半ほど話した後、クロノもエイミィやリンディを手伝うために海鳴に向かった。なのはとフェイトは向こうがある程度片付く頃、大体正午辺りに向かう予定であるため、若干時間に余裕がある。

 その時間を利用して、フェイトが抱いた疑問についてトールが解説していた。


 「それでフェイト、お前の疑問はヴォルケンリッターの一人、盾の守護獣は誰かの使い魔なのかってことだな」


 「うん、アルフが自分と同じような気配を感じたって言ってたから」


 「その認識は多分間違いじゃないな、ベルカでは使い魔は守護獣と呼ばれ、その特性はミッドチルダにおける使い魔とそう変わらない。だが、他の騎士の使い魔、つーか守護獣とは考えにくいだろう」


 「どうしてですか?」

 今度はなのはから質問が出る。トールに対して敬語を使うのはなのはくらいのものであり、ユーノもここ一ヶ月半ほどアースラで共に作業していた間に慣れていた。


 「使い魔ってのは、魔導師が契約する形で作り出すものだが、その能力はだいたい主にないものを備えているもんなんだ。フェイトだったら自身が近距離、遠距離を含めた攻撃魔法と高速機動得意とし、防御が薄いため、使い魔であるアルフは補助系のバインドや転送魔法、さらには防御を得意としている」


 「なるほど、つまり、使い魔は自分にないものを持っていてサポートしてくれるんですね」


 「その通りだ。時空管理局の高ランク魔導師には使い魔を持っている人物も多くいるが、その中でも理想形とされるのが、お前達が昨日会ったギル・グレアム提督だ」


 「理想形?」


 「ああ、高ランク魔導師は数少なく、管理局にとっても貴重な戦力だが、彼らが提督などといった高い役職に就くと前線で活動するわけにはいかなくなる。上の人間は部隊配置や運用を司ることが主だから、特に魔導師である必要があるわけではないが、“現場の魔導師とその限界”をよく知っている人材が必要なのも事実なんだ」


 「確かにそうだね、能力的には必要なくても、現場のことを実体験で知っていて、高ランク魔導師の能力の限界を理解しているという点で魔導師である将官が必要になってくる」


 「そういう時に使い魔というものは役に立つ。簡単に言えばフェイト、将来お前が次元航行部隊の艦長になったとしよう。その時お前はSランク以上の魔導師になっていて、管理局にとっては前線で働いてくれると非常に頼りになるが、艦長である以上はそう簡単には動けない。そんな時に、お前の魔力をほとんどアルフに渡してしまえば、アルフが代わりに前線に出られるってことだ」

 そのような形で、管理局は高ランク魔導師が出世した際に生じる戦力の不足を防いでいる。人材不足が問題であることを知りながら、それに対して何も対策を講じない組織など存在せず、絶対数が足りていないために根本的な解決とはなっていないが、管理局とてただ手をこまねいているだけではない。


 「今はまだ全ての魔力を自分で使えるほど身体が成長していないからアルフに魔力を渡すことに意味はあるが、あと数年もすればフェイト一人で動いた方が効率は良くなる。だが、さらに時が立って組織的な問題からフェイト方が自由に動けなくなると、今度はアルフの方が一人で動くようになる、面白いもんだろ」


 「魔導師と使い魔は、本当に助けあう存在なんだね」


 「でも、グレアムさんが理想的っていうのはどういうことなんですか?」


 「その疑問は最もだが、純粋な足し算の問題だ。ギル・グレアム提督はSランク相当の魔力を保有する高ランク魔導師だが、どちらかというと魔法を自分で放つよりも、魔法をカードとか別の所に込めておいて自由自在に解き放つ、という間接的な手法を得意としていたそうだ」

 その技術は、リーゼロッテ、リーゼアリアの両名に引き継がれてもいる。


 「そして、他の場所に魔力を込めることを得意とする彼は二人の使い魔を従え、それぞれ格闘戦と魔法戦を得意としているとかで、共にSランク相当の実力者、この意味が分かるな」


 「え? じゃあ、一人のSランク魔導師から、二人のSランク相当の使い魔が作られたってこと?」


 「その通り、流石に二体の使い魔を維持する以上は彼自身は魔法をほとんど使えなくなるようだが、“高ランク魔導師としての経験”はなくならない。つまり、ギル・グレアム提督は一人で、現場の経験を持つ魔導師の指揮官と、先陣に立って切り込む格闘戦に秀でたSランク魔導師と、前線で武装隊を指揮しつつ援護可能な魔法戦に秀でたSランク魔導師、その三役を埋めることが出来るわけだ」


 「凄い……ですね、経験を生かした司令官と、前線で指揮する高ランク魔導師の両方を一人で出来るなんて」


 「それも、突撃役と現場指揮官の両方を」


 「ま、あのクロノの師匠って立場だからな。それに、そのくらいじゃないとあの時代を生き抜いて艦隊司令官になれはしない」


 「でも、そうなるとリンディさんは使い魔を持っていないんですか?」


 「あの人もちょっと特殊だ、リンディ・ハラオウンは中規模の次元震すら完全に抑え込めるディストーション・シールドを単独で張れるほどの結界魔導師だ。つまり、次元干渉型ロストロギアに対する最後の切り札みたいなもんで、通常の運用よりも、いざという時の出力こそが重要になる」

 リンディ・ハラオウンは結界魔導師であり、格闘戦などのスキルを持たないため、直接的な戦力にはなりにくい。そんな彼女が使い魔を持てば、アルフのような近接格闘型の使い魔となることは疑いないが。


 「つまりだ、あの人の使い魔に出来ることは、武装局員でも出来るってことであり、Bランク魔導師でも4人くらいをうまく運用すればAAランク魔導師と同じくらいの働きをさせることは可能ってことだ。むしろ、代用が効く程度の戦力のためにいざという時のリンディ・ハラオウンの最大出力を弱めることの方がもったいないわけだ」


 「リンディさんの使い魔は武装局員数名で代わりが効くけど、リンディさん自身の能力は、十数名の武装局員がいても変わりが効かない、ってこと?」


 「その通り。だからこそ、使い魔を持つべきかどうかもケースバイケースなんだ。古代ベルカ式の稀少技能を持っている場合なんかも、使い魔、この場合は守護獣を持たずに自身の能力をフル活用する方が望ましい」


 「結構難しいんですね」


 「じゃあ、なのはが使い魔を持ったら、どんな子になるかな?」


 「ユーノが出来あがるな」

 即答、まさに即答、そこには1秒の遅れも存在しなかった。
 

 「そ、そうなんですか」


 「考えても見ろ、なのはに出来ることでユーノにも出来ることはあるか? 逆に、ユーノに出来ることでなのはにも出来ることはあるか?」


 「えっと………砲撃、はユーノには無理だし、誘導弾の制御も無理、そもそも射撃魔法自体が苦手なわけで……」


 「わたしは、ユーノ君みたいな結界は使えないし、転送魔法も無理、治療も出来ないから………バインドとシールドくらい、かな?」

 改めて考えてみると、互いに出来ない部分を持っている二人である。


 「というわけだ、ユーノ・スクライアはまさに高町なのはの使い魔となるべく生まれた存在と言っていい」


 「ユーノが聞いたら怒るよ。ただでさえよくクロノにからかわれているんだから」


 「でも、クロノ君だったらどうなるかな?」

 ちょうど話題が出たことで、なのはがクロノに使い魔がいた場合を考えてみる。


 「クロノに出来ないことを使い魔が出来るわけで……………………………………………あれ?」


 「射撃、砲撃、近接戦闘、高速機動、バインド、転送、治療……………クロノ君って何でも出来ちゃう?」


 「あえて言うなら、電気変換や炎熱変換は出来んが、これは資質だからどうしようもないし、使い魔に持たせようと思って持たせれるもんじゃない。広域殲滅型の攻撃もストレージデバイスに登録さえしてあれば使えるらしいし、S2Uには今は登録してないらしいが」


 その辺りの指導を五歳の頃から受けているクロノには、魔法戦における隙はない。ただ、魔法戦に関する汎用性ならば、カードに蓄積した術式を起動させることで、あらゆる系統の魔法を瞬時に発動させることが出来るリーゼアリアはさらにその上を行く、他ならぬ彼女がクロノの魔法の師なのだから。


 「つまり、こうだ。クロノの使い魔は“何も出来ないが場を和ませる癒し系のマスコット”。それこそが、クロノに出来ないことだ」


 「癒し系………」


 「どうなんだろ………」

 クロノの愛想は良い方ではないことを知っている二人だが、あえてノーコメントにしておいた。口は災いのも門である。

 
 「そうじゃなければまんまクロノ2号かな、技の1号が全体を指揮し、力の2号が前線指揮を行えばグレアム提督のように隙が無い」


 「その例えもどうかと……」


 「とまあ、使い魔講義はそういうわけだが、ヴォルケンリッターの盾の守護獣は他の騎士の守護獣とは考えにくい。あえて言うなら湖の騎士だが、それなら防御型よりも遠距離の敵を攻撃できる射撃型の方が相性はいいはずだ」


 「確かに、シグナムだったらなのはのように、ユーノみたいなタイプになるだろうし」


 「あの赤い服の子は防御も堅かったから、やっぱり足りない部分を補うなら補助系の能力だよね」


 「そう、能力的に考えると湖の騎士が剣の騎士や鉄鎚の騎士の守護獣というのは考えられるが、盾の守護獣はどちらもあり得ず、湖の騎士なら遠距離系のはずだ、空間を操る能力と砲撃を組み合わせられた日には地獄だからな」


 「じゃあ、わたしが使い魔になるってことですか?」


 「なのはの砲撃が、空間を繋いで零距離から……………怖いね」

 この10年後、ナンバーズと呼ばれる少女達の誰かがそれに近い悪魔のコンボによって撃ち落とされることとなるが、それはまだ先のことである。


 「まあ何にせよ、盾の守護獣は主の護衛と考えられる。つまり、闇の書を作った本人の守護獣だった、という可能性が一番高いか」


 「闇の書の主の守護獣………」


 「でも、闇の書の主はどんどん変わっていくから、最初の闇の書の主の使い魔、いいえ、守護獣ってことですよね」


 「仮説に過ぎんがな。いずれ、そのことも調べにユーノが無限書庫って言う超巨大データベースの発掘にとりかかる予定だが、そっちの開放ももうちょい先の話だ。それまでに大まかな割り出しくらいは調べておきたいところだが」


 「それは、闇の書の起源について?」


 「応よ、昨日言ったとおり、守護騎士の持っているデバイスを考えれば中世ベルカ時代に作られたものと考えられる。ひょっとしたら、例の黒き魔術の王が闇の書を作った張本人かもしれない」


 「名前的には、ぴったりですよね」


 「確かにそうだ、“黒き魔術の王”が“闇の書”を作った。これほどしっくり来る組み合わせはないな。だがまあ、歴史の事実というのは物語よりも奇妙なことも多いから、どうなんだかね」


 「その人は、最後はどうなったの?」


 「これも諸説様々あるんだ。質量兵器全盛時代には不死の王だったなんて言われてたから、死因すらそもそもなかったことになっていたが、現在はとりあえず伝わっている話はある」


 「話ってことは、具体的な史実じゃないんですね」


 「ああ、伝承によれば、“黒き魔術の王は、雷鳴の騎士と名も無き弓の名手に討ち取られた”ってことになっている。雷鳴の騎士の方は大体分かっているんだが、名もなき弓の名手の方はさっぱりだ」


 「ほんと、お伽噺みたい」


 「1000年近く前の話だからな、そういう風になるのも仕方ないんだろ。ま、真実が眠ってるとしたらそれこそ無限書庫くらいじゃないか」




 その因果は、まだ誰も知りえない。

 無限書庫は未だ開放されず、夜天の物語は知られることなく歴史の闇へと埋められたまま。

 だがしかし、声に出すことは叶わずとも、夜天と闇の戦いを記録している者達は存在する。

 今はまだ、その道は交わらないが。

 古きデバイスと、古き魔導書の端末との邂逅が、大数式の解を導き出す。


 その解が出る日は、まだ遠い。






あとがき
 現代編は三話の半分くらいですが、一旦ここで過去編へと移ります。現代編のなのはとフェイトの日常シーンは原作通りなので描写はせず、アレックス、ランディ、ギャレットといった裏方のスタッフと、トールが地道な探査で守護騎士の足跡を追い、シャマルが転送魔法や“旅の鏡”を駆使して追えないようにしたりするなど、地味な苦闘を少しだけ書いた後、VS守護騎士第二回戦に移りたいと思っています。ただ、ローセスとザフィーラ関係でそれまでに書いておきたい部分があるため、ここで過去編第三章に入ります。途切れ途切れにならないよう、更新速度は上げていくつもりですので、頑張りたいと思います。それではまた。



 あと、まったく関係ないのですがvividの覇王っ子ことアインハルトには、覇王の無念とはまったく囚われない自由な生き方をして欲しいと思ってます。

 そして

 「聖王オリヴィエを救えなかったことを悔やみ、憎み、子々孫々まで伝えて無念を晴らすと誓った彼(クラウス)の渇望。
  そんなことは知ったことではないと自由を求めた彼女(アインハルト)の渇望。
  継承と転嫁、言葉にすれば全く違うように聞こえますが、その魂の形質は哀れなほどに似通っている。
  ようは、誰か他の者に被せるということです」

 ということを言われるようになって欲しい。おもに出所したスカ博士とかから。

 分かる人向けのネタですみません。



[25732] 第十一話 風の参謀VSアースラ捜査陣
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/03/22 16:32
第十一話   風の参謀VSアースラ捜査陣




新歴65年 12月4日 ミッドチルダ―第97管理外世界 次元空間  時の庭園  中央制御室 PM4:47




 【トールさん、サーチャーと管制ユニットの点検、終わりました】


 時の庭園の中央制御室、観測スタッフのランディからトールへと通信が入る。

 【ありがとうございます。操作の方は問題ありませんか? 元々私が管制するものであって人間が使用するようには設計されていませんので、少々厳しいかもしれません】


 【あ~、確かに、ちょっと分からないところが、というより、タッチパネルがないんですねこれ】


 【接続ケーブルを繋いで直接電気信号を送る以外には命令を受け付けないようになっているのですよ。ですが、問題はありません、通常のデバイスに専用のユニットを接続し、そこから接続ケーブルを伸ばすことで操作は可能です】


 【なるほど】


 【それと、事前の調整をしっかりやっておけば、あとは貴方のデバイスから遠隔操作も可能となります。むしろ、それを行うための管制ユニット、と言えますね】


 【それはありがたいですね、つまりこれなら】


 【貴方達が現地、すなわち第97管理外世界にいながらにして、時の庭園から散布されるサーチャーやオートスフィア達の稼働状況を知ることが出来るということです。エイミィ・リミエッタ管制主任やクロノ・ハラオウン執務官との連携を取る際にも役立つことを保証します】


 【凄い便利ですね、それで、その専用のユニットというのは?】


 【18番倉庫に格納されていますので、そちらのオートスフィアについていけば辿りつけます】


 【うわっ、いつの間に隣に浮いてる】


 【中央制御室からならば、私は全ての魔導機械を管制可能です、なにしろ、管制機ですからね。ともかく、彼の後を辿っていけば18番倉庫には辿りつけますよ、ご武運を、ランディ】


 【ご武運って、何かいるんですか?】


 【現在、時の庭園が稼働状況にあり、多数の人員が乗り込んでおります。なので万が一の事態に備え、防衛用傀儡兵の中隊長機であるゴッキー、カメームシ、タガーメが通路などを巡回しております。遭遇すれば精神的ダメージを負う可能性が考えられますので、注意を】


 【………】

 アースラの観測スタッフであるランディは、かつての合同演習における地獄絵図をリアルタイムで中継していた。そして、同時に思った、武装局員でなくて良かったと。

 しかし今、その災害は自分の上にも降りかかる可能性があるらしい。


 【いかがなさいました?】


 【あの……なんで精神的ダメージを受けそうな代物が通路を徘徊しているんでしょうか?】

 巡回ではなく、徘徊という言葉を使ったランディであるが、実に当然の話であり、おそらく使用法としては正しい。


 【現在、フェイト・テスタロッサが時の庭園におりません】


 【つまり?】


 【彼女に無用な精神的苦痛を与えるわけには参りません。かといって、中隊長機もたまには稼働させねばいざという時に不具合が出かねません、ヴォルケンリッターとの戦いが想定されるこの状況において、時の庭園の戦力も万全を整える必要があるのですよ】

 自分達の精神的ダメージはどうでもいいのか、と言いたくなるランディではあったが、時の庭園の管制機に何を言っても無駄出ることは分かりきっていた。トールというデバイスは、テスタロッサ家の人間のためにしか動かないのだ。

 ただし―――


 【守護騎士に対して、“アレら”を使用するんですか?】


 【未定ですが、使う可能性は高いですね。新型の“スカラベ”や現在開発中の中隊長機を凌駕する最終兵器も、戦線へ投入されることとなりそうです】

 ランディは恐怖した。

 “スカラベ”、はともかくとして、中隊長機を上回るという最終兵器がいかなるものかは想像したくもなかったが、どうしても頭の隅から離れない。

 というか、守護騎士達は4人中3人が女性だったはず、トラウマどころでは済まない気がする。


 【もし、視界に入れたくないのであれば、フェイトが戦う戦場の観測担当となることをお勧めします。彼女が近くにいる場所において最終兵器が投入されることはないでしょうから】


 【そうします】


 【まあ、その場合はアレックスが犠牲になるわけですが】


 【………】


 <アレックス…………許せ>

 ランディは心の中で百回ほど同僚に対して土下座しながらも、フェイトの担当になることを心に決めた。

 余談ではあるが、後日、アレックスとトールの間にも同様の会話がなされ、フェイト担当を巡って二人の男が血みどろの争いを繰り広げることになったりならなかったり。

 「フェイト(の担当)は僕がもらう!」

 「いいやフェイト(の担当)は俺のものだ! お前には渡さない!」

 という誤解を受けても申し開き不可能な言葉を言い合っていた。

 また、その光景をエイミィが目撃し、リンディ・ハラオウンに報告。“アレックス、ランディ、ちょっとお話があります”という言葉と共に艦長室に呼ばれたりしたのもまったくの余談である。

 そして、爆弾の投下場所にいる可能性が高い、なのはとクロノの二人には、後方スタッフ一同から花束が贈呈されたらしいが、当人達にはなんのことやら意味不明であったとか。(管理局の殉職者の葬送に用いられる花であったらしい)



 閑話休題



 【アスガルド、オートクレールへ通信を】


 【了解】

 ランディを苦難の旅へと送り出し、通信を終えたトールは、時空管理局本局にいるギル・グレアムのデバイス、オートクレールへと繋ぐ。


 【トール、君かね】


 【ギル・グレアム顧問官、封鎖状況はどのように?】


 【まだ発令したばかりではあるが、第97管理外世界を中心とした世界の魔導師達の多くが既に蒐集を受けている。おそらく、避難することになるのは30名程度で済むだろうと見込んでいるよ】


 【なるほど、その程度ならばいざとなれば時の庭園に閉じ込めておくことも可能ですね】


 【もう少し穏やかな表現を使ってもらいたいところではあるが、そのようだ】


 【こちらの作業は順調に進んでおります。サーチャーとオートスフィアの数は十分揃っておりますし、アースラのスタッフはやはり優秀です。特に、観測班のアレックスとランディの二人はよくやってくれています】


 【それは良い知らせだ。レティ君と連携している捜査スタッフはどうなっているかね?】


 【ギャレットをリーダーに、こちらも上手く動いています。既に五名程がそれぞれ別の観測指定世界の魔法生物保護区域に向かい、現地の局員と連絡を取り合いながらサーチャーやオートスフィアの設置場所の見当に入っています】


 【ふむ、そうか】

 アースラスタッフは既に総動員に近い形で動いており、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターを捕捉する網を急速に構築しつつある。

 これは、闇の書に対する対策を11年かけて構築してきたギル・グレアムのマニュアルがあってこそのものであり、彼にとっては感慨深いものである。

 かつての闇の書事件においても、初動からこれほど連携のとれた対応がとれていれば、あれほどの被害者を出すこともなかった。だが、その犠牲があったからこそ、今がある。


 【貴方の後を継ぐ者達は、実に優秀ですよ】

 その心を見透かしたのか、いや、人格モデルと照合することでそのような演算結果を導き出したというべきか、トールという機械仕掛けが声をかける。


 【嬉しい限りだが、それでは私達の世代がふがいなかったようにも聞こえるな】


 【そのようなことはありませんよ、私の弟達が、貴方達の世代やその後の世代の方々と共に歩んでおりましたから】

 時の庭園のデータベースには、管理局と共に歩んできたデバイス達の記録が収められている。

 それらは機密やプライベートに関わるものではなく、デバイスマイスターに閲覧が許された実働記録のみに限られてはいるが、激動の時代を生き抜いた管理局員達の人生を推し量るには十分な記録であった。


 【そうか………オートクレールと同じ年数を誇るデバイスは、君くらいのものなのだな】


 【私とて、彼には及びません。その後に続いた者達は初期型のカートリッジの暴走や、フルドライブ、リミットブレイクなどの機構が未発達であったこともあり次々に壊れていきましたが、まだ残っている古強者もおります】

 実は密かに、その古いデバイスの主に“依頼”を行っているトールであるが、そちらはギル・グレアムへ伝えるべき事柄ではない。


 【話を変えるが、時の庭園には地上本部が開発した追尾魔法弾発射型固定砲台“ブリュンヒルト”が搭載されていると聞いたが】


 【はい、その通りです】


 【よく地上本部の了解がとれたものだ】

 ギル・グレアムは本局の人間であり元は艦隊司令官や執務統括官、地上本部と直接的に繋がりがある役職ではないため、その辺りの専門家ではない。どちらかと言えば人事部のレティ・ロウラン提督の方が精通していると言えるだろう。

 かといって、一般的な局員に比べれば遙かに精通しており、それだけに現在の時の庭園の状況が非常に危ういものであることも理解している。


 【そのあたりにつきましては、私から申し上げることが出来る権限がございません。参照のためには地上本部の防衛長官、レジアス・ゲイズ中将の承認を必要とします】

 そして、彼はデバイスであるがために親しい相手であっても機密を漏らすことはない。その唯一の例外たる存在は既に故人であり、地上本部の機密を漏らすことが“フェイト・テスタロッサの幸せ”に繋がることなどあり得ないため、フェイトもまた除外される。

 まあ、少々どころではなく黒い裏取引があったのは事実なのだが、人格者であり、一言でいえば“お人よし”であるギル・グレアム顧問官には“何か”があったのは分かっても、深い内容まで洞察することは出来ない、仮に疑ったところで何も証拠がないのが実情なのだが。


 【まあそちらは時の庭園にお任せ下さい。本局の方々は闇の書事件を解決することに全力を尽くしていただきたく存じます】


 【確かに、その通りだ】

 トールにとっては、今のギル・グレアムの思考は誘導しやすい部類である。

 彼は己の全てを闇の書事件を終わらせることに懸けており、現在に限れば視野狭窄に陥りつつある。トールにとって、そのような人間の人格モデルは何よりも知り尽くしているものだ。


 ≪今の貴方は、フェイトが生まれる前の我が主、プレシア・テスタロッサによく似ておりますよ。ギル・グレアム顧問官≫


 それ故に、トールは簡単に彼の思考を誘導できる。アリシア・テスタロッサが事故で意識を失って以来、プレシア・テスタロッサの鏡として機能してきた彼は、それを20年以上続けてきたのだから。

 トールにとっては、“闇の書事件”にのみ意識を向けさせ、その他への注意がいかないよう誘導することほど容易いことはないのだ。

 自分が鏡として主に対して行ってきたこと、その逆を行えばいいだけの話でしかない。


 ≪何と容易いことでしょうか、その逆は私には出来ず、フェイトが生まれてくれるまで、我が主の思考は“アリシアの蘇生”にのみ向いていたというのに≫

 トールは、演算を続ける。

 プレシア・テスタロッサの娘、フェイト・テスタロッサが幸せとなれる未来を実現させるために。









新歴65年 12月4日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 はやての部屋 PM11:03



 八神家に訪れる静寂の時間。

 昼間は家族皆で笑い合い、穏やかでありながらも賑やかさも含んだ幸せな風景が見られる場所も、夜の訪れと共に静かな眠りにつく。

 闇の書の主にして、ヴォルケンリッター達に光を与えた少女は、ただ静かに眠っている。

 その眠りは深く、多少のことでは起きそうにない。


 「…………はやて」

 小声で呟きながら、同じベッドで眠っていた少女は静かに、慎重にベッドから抜け出す。

 主との間に置かれていた“のろいうさぎ”をずらさぬよう、細心の注意を払って抜け出すことに成功した少女は、最後にもう一度主の方を見やり、部屋から静かに出ていく。


 ただ、彼女は気付かない。


 自分達が顕現した頃に比べ、主の眠りが徐々に、徐々に、深いものとなりつつあることを。

 昼間はこれまで通りであり、足の麻痺が徐々に上へ進んでいること以外は目立った異変はないが、リンカーコアから吸収される魔力は増加の一途を辿っており、9歳の幼い身体にこれまで以上の負荷をかけている。

 そのため、彼女の眠りは深い、いや、深く眠りにつける今はまだ良い。

 いずれ、リンカーコアの浸食は生命活動にすら影響を与えるものへと進行していく。その時、彼女には眠ることすら許されぬ苦しみを受けながら、緩やかに死を待つのみとなるだろう。

 それだけは、何としてでも阻止せねばならない。

 主との誓いに背くことになろうとも。

 自分達が消滅することになろうとも。

 我々に光を与えてくれた、この少女の未来だけは何としても―――




新歴65年 12月4日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ビル屋上 PM11:07




 「来たか」


 「わりい、ちょっと遅くなった」

 それを咎めるものはいない。ヴィータが遅れた理由など、今更問うまでもないことだ。


 「クラールヴィントのセンサーで広域を探ってみたけど、管理局の動きも本格化しているみたい。それに、予想よりも対応が早いわ」


 「やはり、少し遠出をすることになりそうだな。出来る限り離れた世界で蒐集を行うぞ」


 「今、何ページまで来てるっけ?」


 「現在は340ページ、こないだの白い服の子でかなり稼いだから。代償も大きかったけど」


 「リスクは覚悟の上だったんだから、仕方ねえ。それより、半分までは来たんだ、ズバッと集めてさっさと完成させちまおう」

 ヴィータは拳を握り、誓うように言葉を紡ぐ。


 「早く完成させて、ずっと静かに暮らすんだ…………はやてと一緒に」

 それは、もはや叶わぬ望みであろうと守護騎士の皆が理解している願い。

 だがそれでも、希望を捨てることはない。

 希望を捨てることで主を救う可能性が高まることなどなく、それはマイナスの要素にしかなりえないことだ。命を捨てる覚悟を持つことと、生きることを諦めることは等価ではなく、そこには決して埋まることのない差が存在している。


 「………」

 無言のままヴィータを見つめる盾の守護獣の心境はいかなるものか、それは分からない。

 剣の騎士と湖の騎士の二人も、想いを込めた瞳で彼女を見るが、その心境は果たして。


 「往くか」

 僅かに訪れた沈黙を破るように、ザフィーラが声を発する。


 「あ、ちょっと待って、その前にやることが」


 だが、シャマルから静止の声が出る。


 「どうした?」


 「えっと、管理局の目を出し抜く方法を考えていたのだけれど、取りあえずの案があって」


 「もう出来たのか」

 湖の騎士シャマルはヴォルケンリッターの参謀役、敵を出し抜くなどの知謀妙計を考えるのは彼女の役割ではあるが、昨日の今日でそれが思いつくとは将たるシグナムにとっても驚きであった。


 「出来たは出来たんだけど、あまり使いたくない手でもあって………」


 「何だよ、とりあえず話してくれって、じゃなきゃ判断なんて出来るわけねえんだから」


 「そうね……」

 腹を括ったように頷きを一つ。

 風の参謀が、他の騎士達へと己の策を解説していく。







 「なるほど………確かにあまり使いたくない手ではあるが、効果的ではある」


 「あたしらの目的は闇の書の完成だけど、はやてから危険を遠ざけることも同じくらい大事だもんな――――」


 「リスクはあるが、成果も見込める。私は、やるべきであると思うが、皆はどうだ?」

 ザフィーラの問いに対し、それぞれは―――


 「あたしも異存はねえ、後方の備えがしっかりしてる方が思いっきり暴れられる。いつ管理局に捕捉されるかびくびくしながら蒐集するよりは、効果的なんじゃねえか」

 紅の鉄騎の意見は、戦場における兵士の士気に準じたものであった。糧道を絶たれる可能性や、敵に捕捉される可能性を考慮しなくてよいのであれば、前線の兵士は思う存分力を振るうことが出来る。


 「私も一応賛成、提案者が消極的なのもどうかと思うけど、蒐集にあまり回れない身としては心苦しくて」

 後方支援役の定めとも言えることではあるものの、前線に出れない身としては心苦しい。しかし、参謀としては賛成の湖の騎士。


 「私も無論、賛成だ。確かにページは消費するが、それ以上に集めれば済むだけの話。小を惜しんで大を失うは愚か者の成すことだ」

 そして、烈火の将が決断した以上、方針は定まった。

 シャマルが手に持った闇の書を開き、術式を紡ぎ始める。


 「闇の書よ、守護者シャマルが命じます―――――――ここに、偽りの騎士の顕現を」

 『Geschrieben.』

 守護騎士の命に応え、闇の書が蠢き、ページを消費しながらその力を発揮する。

 ベルカ式を表す三角形の陣が展開され、そこより現れるのは―――


 「自分自身が召喚されるのを見るってのも、変な気分だな」


 「ああ、私も同じ意見だ」


 「だが、同じであるが故に、意味がある」

 彼女らの目前に顕現した四騎は、寸分違わず同じ姿のヴォルケンリッター。

 守護騎士の召喚は主にしか成せぬが、同じ鋳型を用いて偽りの騎士を顕現させるならば、シャマルにも可能な業である。


 「だけど、中身はスカスカよ。話す機能もないし、通信を行うことも出来ないし、意志もない。せいぜいが飛行魔法を用いて飛び回るだけ、だから、こうして―――クラールヴィント」

 『Anfang. (起動)』

 風のリングクラールヴィントが主の命に応じその権能を解き放つ。ペンダルフォルムから紐が伸び、操り人形の如く顕現した四騎に絡まる。


 「私の魔力を込めて、操ることになる。だけど、1ページ分を四分割して作り出したダミーとはいえ、外殻を構築しているのは闇の書のページだから」


 「存在自体は、私達と大差ないということか」


 「こいつに、20ページ分くらいの魔力を込めれば、あたしが出来あがんだもんな」

 自分そっくりの騎士を小突きながら、少し思い煩うように告げるヴィータ。

 彼女もまた理解している。以前の主人の中には自分達を消耗品として扱う者も多く、無理な蒐集を命じ、滅びれば蒐集したページを消費し、守護騎士を再構築、再び蒐集を命じるという悪夢のような循環もあったことを。

 その想いを察しながら、シャマルはあえて触れず、淡々と述べる。


 「これなら、私達の姿が捕捉されたリスクも帳消しにできるわ。こっちのダミーは以前捕捉されたままの姿だから、わざわざ変身魔法で姿を変える必要もなくなるし」


 「変身魔法で姿を変えようと、変えまいと、管理局が我々を補足したところで、真贋の判断をせねばならなくなる。主戦力が限られていればいるほど、その判断は慎重にならざるをえまい」

 烈火の将が捕捉し、湖の騎士は頷きを返す。


 「さっすがシャマル、悪知恵が働くぜ」


 「一応、参謀ですからね」

 僅かに笑みを浮かべつつ、彼女は油断なく空を見据える。


 「まずは、このダミー達を先行させて、近場の世界に“旅の鏡”で転送させるわ。四人バラバラは流石にきついから、シグナムと私、ヴィータちゃんとザフィーラをセットで動かす。皆は、ある程度時間を置いてから、遠くの世界で蒐集をお願い。私はサポートに回るわ」


 「了解したが、無理はするな。ダミーの制御を行いながら空間転移を繰り返してはいくらお前といえ負担が大きい」


 「大丈夫よ、湖の騎士シャマルと、風のリングクラールヴィントは後方支援こそが本領。前線で蒐集に回れない分、このあたりで頑張らないと」


 「無理してぶっ倒れられたらあたしらが困るんだよ、回復役はシャマルしかいねーんだから」


 「気をつけます、じゃあ、そろそろ飛ばすわ」

 シャマルとクラールヴィントが“旅の鏡”を形成し、闇の書のページ1枚分を消費して作り上げたダミー達を近場の世界へと転送していく。

 そして、僅かに遅れ―――


 「行くぞ、レヴァンティン!」
 『Einverständnis. (承知)』


 「やるよ、グラーフアイゼン!」
 『Bewegung. (作動)』


 「………」

 各々の魂と共に騎士服を纏う二人と、無言のままに転送の陣を展開する守護の獣。


 「闇の書は現在、339ページ。それじゃあ、夜明け時までに、またここで」


 「ヴィータ、熱くなるなよ」


 「わあってるよ」


 「往こう」

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが、蒐集の旅へと出陣する。















第95観測指定世界




 世界ごとの時間軸はほぼ共通しており、それぞれの世界は“異なる可能性を辿った同一の惑星”であることが知られている。

 それ故、大気の密度はほとんど世界において同一であり、人間が窒息しない構成となっているが、同じ惑星であっても場所が異なれば日付も変わり、季節も違う。そもそも、季節という概念が存在しない世界もある。

 アースラの捜査スタッフのリーダー、ギャレットが訪れていた第95観測世界もそういった季節というものがない世界であり、一年を通して豊かな森林は葉が落ちることもなく、鮮やかな緑を保ち続ける。

 ただし―――


 「すんげえ花粉だ――――花粉症じゃなくても、こいつはきついな」

 緑で覆われていることが、人間にとって好条件であるとは限らない。一年中緑が生い茂っているこの世界では、常に大量どころではない花粉が宙を舞っており、人間の肺を痛めつける。

 故に、ギャレットは専用のマスクを着けてこの世界固有の保護動物、早い話がリンカーコアを持つ生物の調査とサーチャーの設置を行っていた。

 リンカーコアを持つ生物は、とにかく密猟の対象にされやすい。第97管理外世界においてもサイの角や象牙などが高値で取引されるように、魔法生物の身体の一部は蒐集家にとっては実に貴重品であり、医薬品として扱われることもある。

 それ故、時空管理局には自然保護隊というものが数多く存在している。自然保護官の任務は多岐に渡るが、密猟者から動物達を守ることが最大の任務と言っても過言ではあるまい。


 「よくまあ、こんなところで頑張ってるなあ、あの二人も」

 そう呟きつつ、ギャレットはサーチャーの散布を終え、ベースキャンプへと帰還するため空へと舞いあがる。

 地上部隊の捜査スタッフと異なり、次元航行艦に勤める捜査員の中には、飛行適性と持つ者がいる。というより、このような人間の文明の恩恵がない世界において魔法生物に対して活動するには、魔導師は必須なのだ。

 観測指定世界で魔法生物の調査などを非魔導師のみで行おうとすれば、専用の機材を運び込むだけで凄まじい手間となってしまう。予算などの問題も考慮すれば不可能な話であり、常駐している自然保護隊員達は戦闘要員ではなく、あくまで監視要員。

 よって、彼らは動物達に異常がないかどうか、サーチャーや自分の目を用いて監視し、密猟者などの痕跡を見つけ次第、本局や支局などに連絡、緊急性が高い場合などは武装局員を派遣してもらうのである。

 今回は、“闇の書事件”という大規模な事件が発生していることもあり、本局次元航行部隊の捜査員がサーチャーを増設しにやってくるという極めて珍しい事態となっているが、それが速やかに行われるのも、根となって管理局を支える者達の地道な活動があればこそ。


 <魔法文明の発達した都市部で、何不自由ない生活を謳歌しながら管理局を批判する輩は多いが、そういう奴らはこういう場所で頑張ってる人達のことなんて、見向きもしないんだよな>

 ギャレットもまた若くして次元航行部隊の捜査班のリーダーを任されている身であり、そう言った話しも耳にする機会は多い。

 管理局は人間世界の歯車、支持率100%の政府などどの世界を見渡しても存在しないように、批判する者は必ずおり、また、そうでなくてはならない。批判するものがいない機構ほど危険なものはないのだから。

 だがそれでも、管理局員とて人間だ、災害などの発生時に組織としての面子に拘って的確な対処が出来なかったなど、こちらに明らかな過失があったならば、批判も甘んじて受け入れ、二度とそのようなことはないように全力を尽くす必要があることは理解している。

 しかし、管理局の末端、こうした辺境の観測指定世界で頑張り続ける人達のことなど知りもせず、ただ一部分の高官の現状のみを聞いて“管理局は悪の組織だ”などと批判する輩に対して好意的な目を向けることが出来るほど、ギャレットは聖人君主ではない。というより、それが出来るならばその人物は人間の心を持っていないと見るべきだろう。


 <ま、俺なんかが愚痴っても何にもならないが―――>

 それでも、純粋な想いで自分達を手伝いたいと言ってくれたあの少女達は、そのような心ない悪意から遠ざけたいと思う。

 高町なのはとフェイト・テスタロッサ、彼女らの才能は凄まじいものであり、それは嫉妬を代表とした負の感情を引きつけるもの、半年を超える付き合いであるアースラの人員達は年齢がある程度近いことや役割が完全に離れていることもあって和気あいあいとやっているが、地上部隊の武装局員などからすればどう見えるか。


 <ハラオウン執務官の判断は、適当なものだろう>

 彼女達はあくまで民間協力者と嘱託魔導師、第97管理外世界の学校に通う子供という前提を忘れてはならない。仮に、正式に入局することになっても、14歳程度まではそちらで過ごす方がよいだろうと、彼は言っていた。

 だが同時に、ギャレットにも思うことはあり、たまにエイミィ・リミエッタと話したりもする。


 <そう言うあの人自身が、嫉妬や批判の対象になっているというのに、な>

 クロノ・ハラオウンは11歳にして執務官となり、この3年間目立った失敗もなく、かなりの成果を挙げている。だが、それ故に妬みの対象になりやすい。士官学校時代も、そういったものに晒されてきたことだろう。

 それが彼の尋常ではない努力の成果であることをアースラのスタッフは知っている。次元航行艦は一つの単位であるため、一種のコミューンに近い、この内部で派閥争いが起きるようでは碌な成果を挙げることは出来ないだろう。

 次元航行艦アースラは、艦長のリンディ・ハラオウン、執務官のクロノ・ハラオウンを筆頭に、一致団結して任務に当たる。今回の闇の書事件も休暇を返上してのものであり、確かに辛い仕事ではあるが―――


 「我らがアースラスタッフ! 平均年齢21歳! 妻子持ちおらず! 彼氏彼女持ちのリア充皆無! 残業どんとこい! 休暇返上上等! 次元世界の平和のため、日夜働き続けます! ふはははははははははははは!!!」

 誰もいない観測指定世界に、男の慟哭が響き渡る。というか、街中でこんな叫びを上げれば通報されること疑いない。

 しかし、それこそがアースラスタッフの仲の良さの根源、“非リア充同盟”であり、休暇が延期になろうが不平不満が出ない理由。

 休暇が延期になったところで、恋人がいるわけでもない、妻や夫、子供が待っているわけでもない。唯一の子持ちであるリンディ・ハラオウン艦長は子供が一緒の艦に乗っているので問題なし。

 それ故に、クルー皆の仲は良く、長期任務も苦にはならない。クロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタがいつ結合するかの賭けも半ば公然の秘密となりながら行われていたりもして、最近はなのはとユーノのトトカルチョも加わりつつある。

 10年後、八神はやてが中心となって設立される機動六課という組織は、間違いなくアースラスタッフの気風を強く引き継いでいる。“自分達もいつかはああいう風に、次元世界のために働きたい”と次の世代に思わせる輝きが、そこにはあったとうことだ。

 ただし、彼氏、彼女持ちが壊滅状態の“非リア充同盟”、という部分まで受け継いでしまったというおまけがつく。とはいえ、そうでもなければほとんど休みがない苛酷なシフトに耐えられないという事情もある、早い話、妻子持ちが働ける職場ではないのだ。




 「何を叫んでいるんですか?」


 「あー、聞こえてたか、だが、聞かなかったことにしておいてくれ、タント、ついでにミラも」


 「ギャレットさんの、“彼女と休暇が欲しいーーー”っていう叫びをですか?」

 考え事しながら飛んでいるうちにベースキャンプまで到達していたらしく、外で食事の用意をしていた二人に思いっきりギャレットの叫びは届いていた。

 ちなみに、ベースキャンプ周囲には花粉除去のための設備があり、この範囲内ならばマスクなしで普通に呼吸が出来る。もしくは、バリアジャケットにそういった機能を付け加えるかだが、捜査員のギャレットにはそこまでの魔力はない。そういったスキルは災害救助担当の局員や、武装局員の領分だ。


 「彼女欲しいのは確かだけど、どうだミラ、俺の彼女にならないか?」


 「遠慮しておきます。次元航行艦勤務の人との恋愛は破局しやすいことで有名ですから」

 実に滑らかに断るのは、エイミィ・リミエッタと同年代、16歳のミラという女性局員。入局3年ほどではあるが、自然保護隊員として厳しい環境でも頑張り続けている芯の強い女性である。


 「やっぱ駄目かあ、タント、お前の彼女の防御は堅いな」


 「別に僕の彼女というわけではありませんが、というかギャレットさんの打ち解ける早さは凄いですね」

 やや呆れつつ応対するのは、タントという男性局員。ミラの一年年下の15歳で、入局2年目、自然保護隊員として熱心に活動しており、物腰が穏やかなためか少年というより青年といった印象を受ける。


 「まあな、俺達次元航行部隊は各地を飛び回る仕事だ。こうしてお前達と知り合いになれたけど、これっきりということも多い。だから、悔いを残さないように色々と話す、うちの執務官はその辺が苦手だから、そこら辺は俺達が補ってるのさ、次元航行部隊が活動できるのも、お前達のように現地で頑張り続けているやつらがいてくれるからだからな」


 「そう言われると、ちょっと恥ずかしいですね」


 「恥ずかしがる必要はない、堂々としていろ、お前達も―――」


 『アラート!』

 その瞬間、ギャレットの持つ端末が緊急音を鳴らす。



 「って、嘘だろ! もうかかったのか!」

 彼が敷設してきたばかりのサーチャー、それが守護騎士を捕捉したことを告げていた。













新歴65年 12月5日  次元空間  時の庭園  中央制御室  日本時間 AM2:47



 【つまり、囮であった、そういうことですね】


 【ええ、姿形は資料通りで、魔力反応もそのままだったんですが、観察を続けているうちに違和感を覚えました】

 ギャレットの端末が緊急を告げてよりおよそ1時間後、彼がベースキャンプの端末によって時の庭園の管制機トールとの回線を繋いでいた。

 向こうの時間では深夜であるため、リンディ・ハラオウンやクロノ・ハラオウンにはまだ伝えていない。仮に伝えたところで主戦力のデバイスが修理中である現状では打つ手はなく、彼らの疲労を蓄積する以外の効果はないと判断した管制機は、情報をあえて自分のところで止めていた。

 図らずもそれは、良い方向に働いたようである。つまりこれは、フェイントのようなものだったのだから。


 【貴方が感じた、違和感とは?】


 【守護騎士はリンカーコアを蒐集しにここにやって来たはず、確かにここは保護指定区域で魔法生物の数も多く、第97管理外世界からそれほど離れていない。だからこそ真っ先に網を張りに来たわけですが、にも関わらず空を飛びまわるだけで行動に移る気配がなかった】

 30分程は観察に徹していたギャレットだが、しばらくするうちに捜査員としての勘が告げ始めた。

 すなわち、何かがおかしい、と。


 【それで、サーチャーの一つを近づけてみたんですが、破壊しないどころか反応そのものを返さない。守護騎士がサーチャー程度に気付かないはずもありませんが、しばらくそれを繰り返してもやはり反応がない。そこで、危険とは思いましたが俺自身が出ていってみたんです】


 【無茶をする、とは言えませんね、的確な判断です。事前の資料をしっかりと読んでくださっていたようで何よりです】


 【ええ、守護騎士が“効率的な蒐集”を目指しているんなら、俺のような雑魚をおびき寄せるのにサーチャーを無視し続けるのはおかしい。不審に思って飛び出してきた俺から蒐集するよりは、そこらの魔法生物から蒐集した方がよほどページは埋まるはず】

 ギャレットもまた、捜査スタッフのリーダーを任せられる程の人材、その程度の判断力がなければ務まるものではない。

 魔導師としての能力はせいぜいがEランク、飛行速度も走るより遅い程度が限界であり、なのはやフェイトに比べればまさしく“雑魚”。

 だがしかし、彼らを侮ることなかれ、魔導師として優秀であることが管理局員として優秀であることではない。こと、捜査に関する資料収集や状況判断ならば、彼らはAAAランクの少女達の遙か上を行く。

 なのはとフェイトにはヴォルケンリッターに対する主戦力としての役割があるように、観測スタッフのアレックスとランディ、捜査スタッフのギャレットにもそれぞれの戦いがある。アースラスタッフはまさしく一つの機構であり、各々の役割を果たしつつ連携し、一致団結して闇の書事件を追っているのだから。


 【そして、近付いた貴方は確信したわけですね、その守護騎士達が囮、ダミーであることを】

 そして、その連携の要となる管制主任であるエイミィ・リミエッタや、執務官のクロノ・ハラオウンも人間であり、不眠不休で働くわけにはいかない。

 だからこそ、デバイスである彼が休むことなく情報を整理し続ける。各世界に散らばって捜査する者達はそれぞれの場所によって時間帯が異なり、24時間体制で通信を行う存在が必要だが、三交代制は多くの人員を必要とする。しかし、トールとアスガルドがいればそのような問題は解消される。


 【ええ、詳しいデータは送った通りなんですが、こいつは厄介ですよ。人間と魔力で作られた人形なら区別もつくんですけど】


 【守護騎士はそもそも闇の書より作られた存在、このダミーもまた闇の書より作られた存在。つまり、魔力の密度と性能が異なるだけで、これらもまた守護騎士であることは事実というわけですね。確かに、これは厄介だ、こちらの主戦力は限られていますから、ミスリードは一番回避したいところですが】

 囮に対して、なのはやフェイトをぶつけ、空振るほど馬鹿らしいものはない。しかし、サーチャーからの情報だけでは見極めるのも難しい。


 【守護騎士の行動から、囮か否かを見分けるのにどの程度の時間がかかると貴方は予測しますか?】


 【ん~、これもまた環境によりますね。荒野、砂漠、海、それぞれで異なりますし、魔法生物の生態にもよる。探し回る方が見つけやすい個体もいれば、魔力を放出して待ち構えてりゃ向こうから襲ってくる危険なやつもいます、だから、場所によって取るべき行動もまちまちなんですよ】


 【そして、守護騎士が魔法生物に対してどの程度の知識を持ち合わせているかが不明であるため、行動のみから判断するのは難しい。かといって、数十分もかけて真贋を判断するのは痛いですね、初動における数十分の遅れは致命的だ】


 【つっても、なのはちゃんやフェイトちゃんを、運が良ければ当たる博打のような状況で送り出すわけにもいきませんよ、あの子らだって学校とかあるでしょうし】


 【その辺りは我々だけで考えてもどうにもなりませんね。ともかく、貴方は一旦帰還してください、貴方が時の庭園に到着する頃にはリンディ・ハラオウン艦長やクロノ・ハラオウン執務官も目覚めているはず】


 【了解、しかし、闇の書事件ってのは一筋縄じゃいきそうもありませんね】


 【でなくば、管理局がここまで手こずることもないでしょう】


 【違いないっす】

 そして、通信が終わり、管制機は休むことなく“本物の守護騎士”達による魔法生物からの蒐集状況との照合を始める。そういった単純作業の繰り返しでこそ、機械は本領を発揮する。


 【アスガルド、彼が到着するまでに、何か一つは相違点を探り出しますよ】


 【了解】

 機械の演算は、止まらない。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが参謀、シャマルの策とアースラ捜査陣の読み合いはなおも続く。






おまけ
 
12月3日  夜  高町家において

 「桃子、どうした? 随分嬉しそうな顔をしているが」

 「ふふふふ♪ なのはがね、『お母さん、一緒にお風呂入って』って言ってくれたの」

 「そうか………なのはが」

 「ええ、なのはからお願いしてくることなんて、滅多になかったから」


 末っ子であるなのはは滅多にわがままを言わない子であるが、甘えることがほとんどないことを気にしていた。

 そんな末娘が甘えてくれることが嬉しくて仕方ない桃子さんであった。


 「しかし、急にどうしてだろうな?」

 「一人でお風呂に入るのを怖がっているみたいなんだけど、転んで溺れかけでもしたのかしら?」





某所にて

 『計画どおり、これにて、高町なのはと一緒にお風呂に入るというフェイトの願いが叶えられる確率は高まりました。後は、ハラオウン家にて二人きりになる状況があればよい、実に簡単なことです』


 デバイスは――――無駄なことをしない


 全ては、演算のままに

 たとえしょうもないことでも



[25732] 夜天の物語 第三章 前編 野望と欲望
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/03/25 21:33
第三章  前編  野望と欲望




ベルカ暦485年  ヴィルヤの月  アイラ王国  ハンド地方



 そこは、見渡す限りの平原であった。

 この時より観るならば遙かな未来、現代の守護騎士達がいる国ではありえない風景。

 その国には四季があり、数限りない美しい景観を持つ色鮮やかな国ではあるが、この時代、この大陸の風景にはまた異なった趣がある。

 広い、ただそうとしか表現できない広大なる平野。

 このような場所であれば、鬼謀妙計は意味を成すまい。軍師と呼ばれる者達も、山岳を利用した伏兵や、河川を利用した包囲戦などの方策はとりようがない。

 ただただ広大なる平野、ここでは純粋なる兵の強さと騎馬の速度のみが試される。

 書物で読むことでしか戦を知らぬ者達にとっては実感出来ぬことであろうが、この壮大なる自然の前では、人間の策など無意味と知るだろう。


 ここは、戦士達のために用意された決戦場。

 そこに“日常”が入り込む余地はなく、狂気こそが正気となる。

 これよりこの場で数百、あるいは数千に上る命が散ることになるだろう。その死に意味があるかないかなどは問題ではない。一度戦場に足を踏み入れた以上、命より軽いものなどありはしなくなる。



 美しい平原が、修羅の戦場へと変わるまでの刹那の刻

 時は黎明、藍色の空の下、たなびく風をその身で受けながら、一人の騎士が蒼き賢狼と共にその光景を眺めていた。

 空は高く、流れる雲は早い。澄み切った大気の下、彼らは迫りくる軍勢を待ち受ける。


 「美しい景色だ」


 「………」

 独白のごときその言葉に、賢狼は無言。そも、彼は言葉を発する権能こそ持つが、それを表に出すことはない。

 だが、その心に宿る想いは、隣に在る青年と同じものなのだろう。


 「ここでどれだけ多くの血が流されることになろうとも、自然は、変わらず美しくあり続けるのだろうな」

 それが、この時代の戦の理。

 どれほどの血が流されようとも、数十万の人間の無念が宙を彷徨うことになろうとも。

 人の戦が、雄大なる自然を汚すことはない、それが、中世ベルカの騎士達の戦。

 遙か未来、質量兵器が全盛となる時代においては、人間の戦は自然どころか次元そのものを歪ませるものへと変貌していく。人間の中に、人間こそがこの世で最も邪悪な滅ぶべき種族であると信じ、人の世界をロストロギアによって滅ぼそうとする者が、後を絶つことなく出現する程に。


 だからこそ――――


 ≪その血を受けとめる存在こそ騎士、だったか≫


 「ああ、我ら騎士の務めにして誇りだ。決して、民をこの場に関わらせてはならない」

 後代の歴史家たちより、中世ベルカは、古き良き時代と讃えられる。

 戦争がなかったわけではない

 陰謀がなかったわけではない

 貧困がなかったわけではない

 死はそこら中に溢れ、疫病によって滅ぶ村など数え切れぬほど存在していた。魔法を使えぬ者達が、魔法を扱う者達によって弾圧されることもあり、搾取されることも当然のごとくあった。

 しかし同時に、弱き人々を守るために、その力を振るう者達も確かに在り、彼らは“貴い存在である”とされていた。

 魔導の力を持つ者が持たざる者達の上位に特権階級として君臨することは“当たり前”ではなく、人々を守り、そのために命を懸ける者達だからこそ、人々が指導者と認める時代。

 だが、ベルカの地にも、陰りが見られるようになった。

 平原を見渡す小高い丘、そこに一人の騎士と一頭の賢狼が佇む。

 彼らの役目は、ここに進軍してくる軍勢を迎え撃つことにあり、相手を殺し尽す覚悟を持って彼らはこの場に立っている。

 そう、この戦いに慈悲は無用。

 なぜなら――――彼らが戦う相手は、慈悲を持たぬ敵なのだ。


 「来たか」


 ≪そのようだ≫

 言葉は発することなくとも、賢狼たる彼は思念を人に伝える力を持つ。

 それ力が誰しもが理解できる明確なものとなったのは、放浪の賢者が彼にザフィーラという名を与えてよりのことであるが、そのことを彼は感謝していた。

 そして、賢狼の鋭き眼は、この地に目がけて進軍してくる軍勢の陣容を正確に捉えた。


 「アイゼン、頼む」

 『Jawohl.』

 盾の騎士ローセスもまた、グラーフアイゼンを起動させ、遠方の情景を探るための魔法を展開する。

 彼自身の魔法技能は戦闘に関することが多いため、このような補助的な魔法に関してグラーフアイゼンがいなければそれほど優れるものでもない。とはいえそれは、湖の騎士シャマルと比較すればの話であり、仮にアイゼンがなくとも、彼の探索技能は通常の騎士に比べて劣るものではないが。

 そうして二人は、迫りくる軍勢の正体を知る。

 それは予想されたものではあるが、やはり実際に目にすれば複雑な思いを抱かざるを得ない。


 「あれが………改造種(イブリッド)か」


 ≪最果ての地より流れる異形の技術によって、歪められし者達≫

 そこには、人間達がいた、人間だった者達がいた。

 遠目には“人間”と呼べる外見ではあるが、よく見れば人ではあり得ぬ皮膚を持った者がいた、手が異常に長い者がいた、足が四本ある者がいた。

 それらは、かつて“ハン族”と呼ばれた部族を中心とする武装集団のなれの果ての姿であった。


 「彼らとて、守るべき者も、帰るべき場所もあったはずだが……………痛ましいことだ」

 彼らは古代ベルカの時代より存在し、リンカーコアを基礎とした魔法体系とは別種の技術を持っていた部族。放浪の賢者ラルカスは、彼らを“森の人”と呼ぶ。

 デバイスが発展し、騎士達の力が増すにつれて古代ベルカの技術は次第に廃れていき、彼らもかつてはこの地の全てを闊歩していたが、次第に王国の力に押され、今やアイラの国土の片隅に僅かな勢力圏を持つのみ。

 アイラという国とは決して友好的な間柄ではなかったが、それでもある種の“共生”が図られてはいた。彼らが住む森は王国にとっては魅力のある土地ではなく、彼らがそこから出て掠奪を働かない以上は不干渉。

 ハン族と呼ばれることになった森の人達も、元々は自分達が住んでいた土地に我がもの顔で君臨する王国に対して忸怩たる思いはあったが、棲家であり聖地でもある森が奪われない以上は、平原や山、川、湖などは譲り渡しても構わないという立場であった。

 だが、対立の根が断たれたわけではなく、特に若く力に溢れた世代には、自由に森から出ることが叶わない生活に不満を覚える者達も多かった。

 そんな彼らに、王国に復讐するための“力”を示し、望む者に与えた存在がいた。

 その者は“野心”と“覇気”、“行動力”を好み、ハン族という部族の若者たちはその眼鏡にかなってしまった。そして、若者たちは人としての一部を捨て去ることで、王国の騎士に真っ向から戦うことを可能とする力を得た

 そうして彼らは森より出で、近隣の村や町を焼き滅ぼして回る。最初の頃は部族の者達も彼らを“英雄”と褒めたたえたが、彼らが滅ぼした村々の人々の首や内臓を“戦利品”として持ち帰り、それらを肴に宴を開くようになると、次第に距離をおくようになった。

 何よりも、部族の者達は恐れたのだ、希望に満ちていたはずの若者たちの顔が、いつの間にか野望と欲望のみに染まっていることに。

 だが、暴力というものは人を惹きつける力を持つ。やがてはハン族のみではなく、似たような境遇にあった者達や、盗賊の類いに至るまでが加わるようになり、“異形の力”に魅せられた悪鬼羅刹の集まりになり果てた。

 そうして、彼らの暴走は止まることなく、さらには王国の主都目がけて終わること無き進軍を開始した。

 部族の長老と呼ばれる者や、老人たちは彼らを止めようとしたが、逆に殺され、彼らの聖地であった筈の森は炎に包まれた。女子供も容赦なく殺され、古代ベルカより生きてきた“森の人”は、他ならぬ自分達の部族の若者の手によって永遠に歴史から消え去ることとなったのである。

 その経緯をローセスとザフィーラは理解しており、もはや原初の目的すら忘れ果てた哀れな者達に終焉を与えるべく、この場にいる。


 「彼らは、自分達の部族の未来を憂い、家族の未来を明るいものにするべく立ちあがった。それは新たな戦乱を呼ぶ決断ではあったが、彼らにとっては大義であったはず」


 ≪しかし、結局は力に溺れ、守るべき者をも焼き滅ぼすこととなった。これが、異形の力の業というものか≫

 その技術を流れ出させている者こそ、かつて白の国で学び、カートリッジやフルドライブ機構を作り出した大魔導師、今は“黒き魔術の王”と呼ばれる者。


 「サルバーン――――――貴方が何を求めているのかは分からないが、我々は止めねばならない」

 放浪の賢者の弟子であった男が、異形の技術に手を染めた。ならばそれを止めるのも、同じく薫陶を受けた自分達、夜天の騎士の役目であろうとローセスは考える。

 それは彼のみではなく、シグナムとシャマルにとっても共通する思いではあった。

 しかし―――


 ≪だが、ヴィータは、どうするのだ?≫


 「………」

 リュッセを筆頭とした他の“若木”は白の国の人間ではなく、黒き魔術の王と戦わねばならない理由はない。

 しかし、ヴィータは違う。彼女が夜天の騎士を目指す以上はサルバーンが生み出す異形の軍勢と戦わざるを得ない。

 それは、人と人との戦いよりもなおも凄惨な、どちらかが全滅するまで終わることない、狂乱の戦となるだろう。

 そんな修羅の戦場に、妹を送り出したくないという思いは当然ある。だがしかし、ローセスもまた夜天の騎士である以上、後を継ぐ者を育てねばならない。

 そして、現在の白の国において、彼女らに続く者はヴィータしかいないのだ。その下の世代はまだ生まれたばかりであり、成長するまで8年はかかる。


 「あの子が望む道を、わたしは尊重する。それが、答えだ」


 ≪兄としての想いは、押し殺しても、か≫


 「ああ………大師父の、予言の通りに」


 ≪そうか……≫

 それで、会話は終わる。ローセスとザフィーラにとってはそれだけで十分であり、そこにどれだけの想いが込められているかなど言葉にせずとも理解できる。

 そして何より、今は戦う時だ。余分な感傷はここまでであり、これより先、彼らは戦うための存在となる。


 「グラーフアイゼン、カートリッジロード」
 『Explosion!(エクスプロズィオーン!)』

 既に敵は、射撃型の魔導師ならば射程圏内といえる距離まで迫っている。

 数はおよそ1000、さらにそれらはただの人間ではなく、騎士に匹敵するだけの戦闘能力を備えた集団だ。流石にベルカの騎士と一対一で戦える者は極一部だろうが、それでも5体もいれば騎士と対等に戦える。それほどの軍勢にたった二人で突っ込むなど正気の沙汰ではないが、ローセスには微塵の恐れもない。


 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 鉄の伯爵が持つ二つ目の姿にして、噴出機構による大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。

 魔導師の間合いを即座に詰め、アームドデバイスによる渾身の一撃を叩き込むことを可能とする“調律の姫君”の技術の結晶。


 「行くぞ!」


 ≪承知≫

 ローセスの身体が赤い流星となり、それに並進するように蒼い流星が追従する。

 異形の軍勢と、夜天の騎士の戦いが始まった。









―――――――――――――――――――――――――――――――――







 「始まったか」

 ローセスとザフィーラが布陣する丘より後方、夜天の騎士が持つ端末より戦闘が始まったことを知った烈火の将は、それ情報をアイラ軍を率いる騎士へと伝える。アイラにも当然端末は存在するが、“調律の姫君”が作り上げたもの以上は存在しない。

 今回、この戦場へやってきたのはシグナム、ローセス、ザフィーラの三名。元々は別の理由でこの地方を訪れていたのだが、異形の軍勢が暴れ回っているという話を聞き、参陣することとなった。

 アイラ軍はこの地点のみではなく、ローセスとザフィーラが突入した地点を包囲するような形で1500近い兵隊と30名の騎士が展開している。ベルカの時代において騎士は一騎当千の戦力ではあるが、やはり数の暴力というものは侮れず、魔導の力を持たない者達も対抗するための知恵を働かせる。

 騎士とて人間であり、魔法生物と違って生命力が人間離れしているわけではない。毒を塗った矢が一本刺されば、それだけで死に到る、もっとも、騎士甲冑を貫いて矢を当てるのは並大抵ではないが。

 だが、カートリッジが登場する以前から、魔力付与の技術は存在していた。騎士とは言え、魔力が籠った毒塗りの矢を四方八方から射かけられれば命を落とすことになる。飛行能力を持たないならばなおさらのこと。

 これよりさらに数百年以上後、機関銃などの質量兵器によって魔導師が次々に殺されていくことになるのも、こうした戦術の最終形態といえるだろう。秒間数百発近く吐き出される弾丸を躱すことは、空戦魔導師であっても容易ではないのだ。


 「しかし騎士シグナム、確かに効果的な作戦ではありますが、本当に彼らは大丈夫なのでしょうか?」

 今回の作戦はいたって単純。ローセスとザフィーラが敵陣のど真ん中に突入し暴れ回り、敵を足止めすると同時に二人を包囲する陣形を取らせる。

 異形の軍勢に最早人間らしい理性はないが、戦場における駆け引きや、効果的な戦術というものだけは完全に失ってはいない。まさしく彼らは、戦うために調整された兵器のようなものなのだ。

 よって、それを逆手に取り、ローセスとザフィーラを囮にすることで敵の包囲陣形を誘い、さらにそれを数で勝るアイラ軍が外側から包囲する。これにより、敵は内と外から挟撃されることになる。

 しかし、戦力バランスがどう考えてもおかしい。外側が1500の兵と30名の騎士であるのに対し、内側が騎士一人と守護獣が一頭。(彼らはザフィーラがローセスの守護獣と思っている)

 これでは、外側の包囲網が完成する前に内側の彼らが包囲殲滅されてしまうと、アイラ軍の指揮官である騎士は作戦が始まる前から憂慮していたのだが。


 「問題ない、あの二人にとっては包囲網が完成するまで持ちこたえるのは造作もないことだ。敵が騎士ならばともかく、戦士としての誇りも失った異形の者相手に僅か数分が持ちこたえられないなどありえん」

 烈火の将は、絶対の信頼を込めて断言する。


 「それに、あまり多勢を投入しても足並みが揃わねば意味はない。あの役は高速で飛行できるものでなければ不可能だが、即興の連携では危険すぎるだろう」

 空を往く場合は、周囲と速度を合わせながら敵陣へ突入することは陸に比べてさらに難しい。

 一人だけ突出してしまえば集中砲火を浴びることになり、かといって足並みを揃えるために飛行速度を遅くすれば全員が的になるだけ。

 そのため、普段から行動を共にしている夜天の騎士のみで突入するという判断は、妥当なものではあるが。


 「ですが、ザフィーラ殿は陸の獣であり、高速飛行は苦手と聞きましたが」

 これも一度は確認したことだが、シグナムから返って来たのは以前と同じ問題ないというものであった。

 ただ、僅かに付け加えられる言葉があり。


 「確かに、ザフィーラは空戦が苦手だ、というより、ほとんど空を飛べん」

 そう断った上で。


 「だが彼は、夜天の騎士の誰よりも高速機動に長けている」

 確信を込めて、シグナムは告げていた。










―――――――――――――――――――――――――――――――――








 「縛れ、鋼の軛!」

 敵の中心にグラーフアイゼンのラケーテンフォルムで飛び込んだローセスは、大地に鉄鎚のスパイクを叩きつけると同時に、彼が最も得意とする範囲攻撃魔法を発動させる。

 赤き魔力によって構成された尖った石柱の如き波動がローセスを中心に発生し、さながら“串刺しの森”とでも表すべき光景を作り出す。

 言うまでもなく、それらは全て殺傷設定であり、そもそもこの時代に非殺傷設定の魔法というものは存在しない。

 具現化された魔力の槍は対象を確実に絶命させ、彼らが確かに生きていたという証、鮮血の雨を四方にまき散らす。

 そこに―――


 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォ!!!」

 魔を祓うと言われる賢狼の咆哮が響き渡ったと認識する間もなく、かつてハン族であった青年達の首が独りでに宙を舞う。

 その不可解極まる光景を実現させているのは、言うまでのなく蒼き賢狼ザフィーラ。彼にとっては特別なことをしているわけではなく、ただ全力で走り、己の牙と爪を振るっているに過ぎない。

 だが、彼と周囲の敵の時間軸は決定的にずれていた。向こうにしてみれば閃光が駆け抜けたという認識しかなく、気付けば自分の首が胴から離れているという事態。困惑する暇すらなく、彼らはこの世からいなくなっていくのだ。


 「アイゼン、待機していろ」


 『Ja.』

 ローセスが切り込み、ザフィーラが円を描くように駆け回り自分達の空間を確保した後、ローセスはグラーフアイゼンを一度待機状態に戻す。

 鋼の軛を広範囲に発生させる場合などはアイゼンの魔法補助能力を併用し、高速飛行を行う際にも用いるが、己の肉体を用いた防衛戦を展開する場合はローセスにとって不要となる。

 その辺りが、ヴィータがアイゼンは自分の方が相性がいいと言う根拠なのだが、同時に、ヴィータには不可能でローセスだからこそ可能な使い方も存在していた。


 「おおおおお!」

 ローセスは両手を交差させ、魔力を全身に行きわたらせる。彼の騎士甲冑は外見上、ほとんどないも同然の薄装甲なのだが、それは見当違いというものである。

 彼は元々デバイスとの相性がそれほど良くなく、器物に魔力を込めることが体質的な問題で致命的に苦手であった。ちょうど、未来ではユーノ・スクライアという少年が似た体質を持っている。

 その問題を解決したのが、白の国の“調律の姫君”フィオナ。彼女は融合騎の原型、すなわち知能を持たないユニゾンデバイスを開発し、ローセスと融合させた、その銘を“ユグドラシル”という。

 言ってみればそれは後の“融合騎”の核のようなものであり、リンカーコアと似た特性を持つ。リインフォースⅡやアギトといった融合騎が己の魔力のみで魔法を放てるのは、リンカーコアに相当する器官を保有しているからに他ならない。

 ローセスの体内にある“ユグドラシル”はそのプロトタイプであり、守護騎士システムの原型でもある。夜天の魔導書の守護騎士が単独で機能することが出来るのも、“コア”を保有しているからであり、他者との融合機能こそ持たないが、守護騎士もまたユニゾンデバイスの一種にカテゴリされる存在なのだ。


 「裂鋼波!」

 そして、ローセスは“ユグドラシル”の処理能力によって、外部のデバイスの力で甲冑を纏うシグナムやシャマルよりも効率の良いフィールド防御を可能とする。元々彼の戦い方が守勢に向いていたということもあるが、その戦闘継続時間の長さとフィールド防御の堅牢さこそが、彼が“盾の騎士”と呼ばれる由縁なのだ。

 当然、“ユグドラシル”とてユニゾンデバイスであるため、誰でも使えるものではない。適正が低いものに埋め込めばそれは“融合事故”を引き起こし、最悪の場合はリンカーコアが機能不全を起こし死に至る。

 夜天の騎士や若木の中でも“ユグドラシル”との適正があったのはローセスのみ、というより、そもそもローセスに合うようにフィオナが作ったのだから当然である。

 湖の騎士シャマルの言わせると―――


 (ユグドラシルこそ、姫様の愛の結晶よ。体質的にデバイスが使えなかったローセスは若木の中ではほとんど最下位だったけど、10歳の頃から3年かけて姫様がユグドラシルを完成させてからは、一位になったものね。まあ、諦めずに修練を続けたローセスの努力があってこそのものだけど)

 ということであった。

 ローセスは堅い防御と持久力を生かした防衛戦を最も得意とするが、その攻撃手段は己の肉体を用いた格闘戦となる。これは、ユグドラシルが完成するまではデバイスが使えず、己の魔力のみで戦わざるを得なかったことが最大の要因であったが、ベルカ式である彼では射撃などを修めることも難しかったことも理由である。ベルカの騎士の中では、ヴィータは射撃系攻撃の制御も得意という稀有な資質を持っているのだ。

 ユグドラシルが完成してからはローセスも広域防御結界などを張れるようにもなり、攻撃と捕縛の両面を備え、範囲攻撃をも可能な鋼の軛を会得したが、どうしても一撃の破壊力や高速移動の面で問題が出てくる。

 それを解決したのがグラーフアイゼンであり、彼には“ユグドラシル”と同調する機能があるためローセスも万全とまではいかないがその機能を発揮させることが出来る。ラケーテンフォルムの一撃と鋼の軛と組み合わせたり、さらには別の使用法もある。


 「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


 「ぬっ!」

 ザフィーラと共に円陣を構築するように敵を圧倒していたローセスだが、これまでとは違う敵の到来によりその動きが止まる。

 その体躯は2メートルをゆうに超え、3メートルに届くほど、筋肉ははちきれんばかりに膨れ上がり、一見してまっとうな人間の身体ではないことがわかる。

 しかし、同時に鍛え上げられた戦士の肉体の趣も残っており、その巨体を最大限に生かすべく調整されたような、そのような印象を与えられる。ただし、発する声はもはや人間のものとは呼べなかったが。


 「騎士か、もしくはそれに準じる戦士を素体とした改造種…」


 ≪気をつけろ、並の敵とは違う。おそらくハン族を率いていた大将なのだろう≫

 ローセスが立ち止まった反対側では思念を飛ばしつつもザフィーラが敵を引き裂いている。彼が対峙している敵もほぼ同じ体躯を持っているようだが、ローセスが対峙している相手程の脅威は感じられない。

 とはいえ、ザフィーラのように次々に敵を屠ることがローセスに可能かと言えば、否であった。


 <やはり、人間の限界か>

 ローセスも敵の攻撃を躱しつつ接近し、彼の拳が敵に叩き込まれるが、筋肉の鎧に覆われ、さらには強固なフィールド防御も施されていると見られる守りを突破できない。

 自身が人間であるための攻撃力の限界、それをローセスは誰よりもよく知っていた。腕に装着するグローブ型のアームドデバイスも一度はフィオナが作ってくれたがやはり彼とは相性が悪く、デバイスを操ることが出来ないため己の力のみで戦ってきた彼だからこそ、人間は“武器を扱うことが出来る”生物であること思い知らされた。

 生体的な構造として、人間の筋力は獣のそれには及ばない。だからこそ、レヴァンティンのような剣、アイグロスのような槍を人間は鍛え、それを扱う武術を編み出したのだ。

 ローセスは“ユグドラシル”によって弱点を補っているが、これも人間の限界を突破するものではなく、あくまで外付けのデバイスを内部に組み込んで反応の齟齬をなくしたに過ぎない。かの聖王のように肉体のみでデバイスを操る騎士を圧倒するには、レリックなどを体内に埋め込み、人ではないものに変貌するしかないのだ。


 <わたしでは、ザフィーラのように肉体の性能だけで圧倒することは適わない。体術を極めるだけでは、同じように鍛え上げた獣には勝てないだろう>

 現在対峙している敵も、ローセスと同じように己の肉体を限界まで鍛え上げた戦士だったのだろう。それに異形の技術が組み合わさり、人を超えた力を発揮している以上は、肉弾戦では勝ち目は薄い。ザフィーラのような速度と爪と牙がなければ。


 「だが、わたしにも牙はある。なあ、アイゼン」

 『Ja.』

 主の呼びかけに応じ、鉄の伯爵が再びハンマーフォルムを取る。

 彼こそ、人間であるローセスが持つ牙にして刃。いかなる敵も打ち砕く騎士の鉄鎚。シグナムがレヴァンティンでもって敵を叩き斬るように、ローセスには彼がいる。


 「伸びろ!」

 ローセスが地面にグラーフアイゼンの柄を突きたて、打突部分に片足を乗せた状態で命を下し―――


 『Jawohl!』

 グラーフアイゼンは主の命を忠実に実行し、柄を凄まじい速さで伸長させる。この連携こそ知能を与えられた彼らだからこそ成せる技、知能を持たないアームドデバイスに予め時間差で伸びるよう入力しようとも、0.2秒、いや、0.1秒単位で変化する敵の動きに合わせた最適な動きは実現できない。

 しかし、ローセスの意思を汲み取り、グラーフアイゼン自身がマイクロ秒単位で入力される周囲の状況と照合しながら調整を行うならば、本来不可能な連携も可能となる。騎士とデバイスが呼吸を合わせ、類を見ない戦術を繰り出すことこそが、白の国の近衛騎士の最大の特徴なのだ。



 「臥襲――――走破!」

 グラーフアイゼンが凄まじい勢いで伸び、その先端に足をかけた状態からさらに脚に込めた魔力を爆発的に解き放つことでローセスは閃光の如き速さを体現し、その速度は瞬間的ではあるがザフィーラのそれを上回る


 「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 その蹴りは筋肉とフィールド防御の守りを貫通し、異形の怪物となった戦士の心臓を貫き砕く。


 「鋼の軛!」

 だが、それで終わりではない。改造を施された者が心臓や頭を潰された程度で止まる保証などないのだ。ならば、どのような怪物であろうとも動けなくする手段を講じるまで。

 心臓を貫いたローセスの脚、すなわち“敵の内部から”鋼の軛が生じ、その身体を突き破り大地に縫い止める。如何に筋肉の鎧とフィールド防御に固められていても、体内までは強化しようがない。

 そして、血に染まった己の脚を顧みることなく、ローセスは身を翻し次の敵に狙いを定める。僅かな間とはいえ彼が一人の敵に集中できたのもザフィーラが背後を守ってくれたからであり、即座にその援護に向かわねばならない。

 ここは戦場、息を吐く間などありはしない。油断したものから死んでいく修羅の空間なのだ。


 「飛竜――――――」

 しかし、そんな血戦場に、一陣の風が吹き抜ける。


 「一閃!」

 新たに空から飛来した援軍が、まさしく竜の咆哮と呼ぶに相応しい一撃を叩き込み、数十、いや、百に届くかもしれない命が散った。


 【シグナム】


 【心配はしていなかったが、無事で何よりだ、ローセス、ザフィーラ】

 彼女が来たということは、包囲網が完成したことを意味していた。

 これまでの二人の役割は包囲網が完成するまで持ちこたえることであり、円を描くように空間を確保する守勢の戦いであった。


 だが―――


 「「「「「「「「「「「「 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 」」」」」」」」」」」」」

 四方から鳴り響く鬨の声が守勢の終わりを告げる。これより先の彼らの役目は挟撃の一翼を担うことであり、つまりは三人がそれぞれの方向へ目がけて突き進むこととなる。


 【私は北へ突き進む、ローセスは南東、ザフィーラは南西だ】


 【了解しました】


 ≪心得た≫

 将の指示のもと、彼らは突撃を開始する。シグナム、ザフィーラは元より、盾の騎士たるローセスも例外ではない。


 「アイゼン、やるぞ!」


 『Jawohl.』

 そして、完全に攻勢に出る以上、ローセスのスタイルもこれまでとは異なったものへと変化していた。

 対人戦闘においては徒手空拳とアイゼンの機動力を生かした複合戦術をとるが、これは対軍戦闘であり、なおかつ敵を薙ぎ払う殲滅戦、ならば、最も適したスタイルがある。


『Gigantform!(ギガントフォルム)』

 グラーフアイゼンのフルドライブ状態であり、カートリッジを2発消費する攻撃の切り札。

 魔力量があまり多くないローセスにとっては使用するタイミングが難しいが、まさしく今はその状況。求められるのは耐え忍ぶことではなく敵を撃滅すること、なおかつ、一撃で敵の陣形を崩し戦力を削り取る大技こそが相応しい。


 「ギガントシュラーク!」
 『Explosion!』

 ローセスの放った一撃は敵軍を文字通り“叩き潰し”、ローセスとザフィーラへの包囲網の一角に穴を穿つ。

 そこを目がけて外側の王国兵士が殺到し、分断された敵はもはや各個撃破の好餌でしかない。

 後の推移は語るまでもない、白の国での行われる大会戦の前哨戦ともいえた戦いは、かくして終わりを迎える。








ベルカ暦485年  ヴィルヤの月  アイラ王国  湖岸都市カーディナル




 都市の外れに存在するやや大きめの家屋。外見からは普通の家に見えるその内部にはデバイス作成、または調整のための設備が整っており、ここが“調律師”の仕事場を兼ねていることが窺える。


 「私達の戦った相手ですが、やはり実際に相対しなければ分からないものですね。違和感、いいえ、禁忌感とでも言うべきでしょうか、そういったものを感じました」


 「なるほど………彼の地より流れ出る技術による細胞レベルでの肉体強化、いや、リンカーコアを持つものならばそれすらをも強化しているか、生命の流れとは相容れぬ方向へと」


 「ローセスの“ユグドラシル”のように、リンカーコアとの相性などを綿密に計算し、融合事故が起きぬように調整されたものではありません…………あくまで私の推測に過ぎませんが、あのまま戦い続ければ数日後には多くの者が自壊していたかと」


 「君の推測ならば間違いということはないだろう、烈火の将シグナム」


 「いいえ、貴方から見ればまだまだ若鳥に過ぎません」

 シグナムの対面に座り、話を聞いているのはこの工房の主であるフルトンという初老の男性。

 既に70近い年齢に達しているが背筋は伸びており、衰えというものを感じさせない。


 「だが、あやつがそのような技術を広めているか……………白の国で共に学んだ者としては複雑な思いだ」


 「なあマイスター、そいつって、マイスターがよく言っていた同期のサルバーンってやつのことなんだろ?」


 「スンナ、マイスターがお話になっている最中です。口を挟むものではありません」


 「いいじゃんかよスクルド、あたしらにだって関係ない話じゃないだろ。融合騎の技術がとんでもない方向に使われてるのかもしんねえんだぞ」


 「だからと言って、まだ完成すらしていない私達に何かできるわけでもないでしょう。申し訳ありません、騎士シグナム、話の腰を折ってしまって」


 「いいや、構わない。初めて会うが、君がスクルドで、そちらがスンナ、だな」

 シグナムの視線の先には、空中に浮きながら話す妖精が二人。

 その大きさは人間の子供よりもさらに小さく、彼女らが人工の手による創造物であることは一目瞭然。

 彼女らこそは、“調律の姫君”の師である稀代の調律師、フルトンの技術の結晶といえる融合騎、スンナとスクルドであり、スクルドが若干早く生まれたため、姉ということになっている。外見上の差はほとんどないが、口を開けば区別するのは容易であった。


 「はい、製作された年代を考えれば、ユグドラシルの後発機、ということになります」


 「あたしらはまだ作られて1年くらいだもんな、よろしく、ロード候補。アンタの戦いを見てたけど、凄かったぜ」

 直接ではなく、フルトンが製作したサーチャーを通してものであったが、彼女らもまた夜天の守護騎士の戦いを見ていた。

 特にスンナにとっては自分のロードとなる予定であるシグナムの戦いを無視できるはずもなく、食い入るようにサーチャーから送られてくる画像を見つめていた。


 「どうだスンナ、お前の主に彼女は相応しいと思うかね?」


 「合格も合格、これ以上の物件はそうはねえって」


 「それは光栄だな」


 「おめでとうございます、騎士シグナム。それに、スンナも」

 融合騎に限らず、デバイスにとって主に恵まれること以上の幸運はない。故にこそスクルドは主に恵まれそうな妹を祝福する。

 逆に、一度も使われることなく終わることが、最大の不幸といえるだろう。


 「でもさ、シグナムと、えーと、ローセスとザフィーラだっけ、が戦ってた連中って、人間以外のもんが混じってたよな」


 「あれは、改造種と呼ばれるもの。簡単に言えば合成獣(キメラ)を人間を素体にしたものかな、私の専門はデバイスであるため生命操作技術は専門外だが―――――あやつは、研究しておったな。元はラルカス師の魔法生物大全と同じく生態調査に関するものであったが、いつの間にやら道を違えたらしい」


 「ではやはり、今は“黒き魔術の王”と呼ばれる彼が作り出したものに間違いないと」


 「ラルカス師も同じ結論を持っておられるだろう。今はもうファンドリア王国でもなく、ヘルヘイムという名称となっていたかな、彼の地に君臨する黒き魔術の王は、紛れもなくかつての同輩、サルバーンだ」

 フルトンにとっては、それを口にするのは辛い。昔は共に白の国で学び、理想を語りあった仲であるのだ。


 「マイスター………」


 「………」

 二人の融合騎は、主を気遣うように周囲に侍るが、かけられる声はない。何しろ、彼女らが生まれる遙か以前の話なのだから。


 「大師父より聞きました、彼はデバイスのみならず、あらゆる分野に関する天才であったと」


 「ああ、騎士としての戦闘能力、シャマルのような薬学の知識やカートリッジといった魔導具を作り出す技術、そして、デバイスに関する知識も通常の調律師のそれを遙かに凌いでいる、かのフルドライブ機構はまさしくその証」


 「ですが、融合騎に関する技術であれば、貴方が上であったとも」


 「この歳になって謙遜しても始まらぬ、確かにその通りだ。例の異形の軍勢、その大半は動物の細胞やら筋肉組織などを移植され、野生の力を発揮する代わりに人としての知能の多くを失った者達なのだろうが、中にはそれだけではない者も混じっていたな」


 「ええ、私は対峙しませんでしたが、ローセスが戦った相手の中におそらく“ハン族”のリーダーであったと思しき若者がいました。もはや見る影もなく、人間ではあり得ぬ巨躯を備えた異形となり果てていましたが、確かに“武術”を操っていたと」

 それはすなわち、移植された力に溺れるだけではなく、制御し、己の力を変える者も存在している事実を示している。


 「君が到着する少し前に、戦場跡に残ったローセスから死体の中にあった“奇妙なもの”に関する情報が送られてきたが、間違いなく融合騎のコアであった。それも、常時フルドライブ状態にする術式が組まれておったよ」


 「それはつまり――――相性が悪ければ暴走し、相性が良くとも近いうちに死ぬこととなる諸刃の刃、ということですね」


 「どちらかといえば、融合騎の暴走である融合事故を意図的に起こさせるもの、といった方が良いかもしれん」

 遙か未来において、“闇の書”の管制人格もそれと同じ存在になり果てることを、二人が知る由もない。

 主と融合し、リンカーコアを常時暴走させ、その命が尽きるまで破壊を続ける意味無き融合騎。それに、人格があるかどうかの差でしかない。


 「では、彼は独自に融合騎、と言ってよいものかどうかは分かりませんが、それに準じるものを作り出すことに成功したと判断するべきですね」


 「あやつらしい発想ではある。主のリンカーコアや肉体の特性を考慮し、暴走事故が起きぬように調整したものが私やフィオナの融合騎。人格の有無はあれど、ユグドラシルはローセス専用であり、スンナは君専用だ。もっとも、スンナの場合はある程度の相性があれば十全とはいわぬまでもユニゾンは可能だが」


 「彼女はともかく、ユグドラシルには無理ですね。非人格型ですから手術でもしない限りは切り離しが出来ませんし、そもそもローセスのリンカーコアと深く結びついているため、切り離すことそのものが困難です」

 非人格型の融合騎は己の意思がないため、ユニゾン機能を持った端末でしかない。そのため一度融合した後はその起動や調整も全て主の意思により、切り離すことは困難極まる。ちょうど、リンカーコアが自分の意思を持って勝手に魔導師から離れることが出来ないのと同じように。

 対して、人格を持つ融合騎はユニゾンと解除を己の意思で行える。まだ完成していないが、スンナの意思でシグナムと融合し、彼女の意思で分離することが出来る。主が重傷を負った場合の緊急時などには、融合騎が表面にでて身体を動かす機能も存在する。

 だがそれは危うい側面も持っており、融合騎の力が強ければ主の肉体を乗っ取ることすら可能であることを意味している。その点で見れば、ローセスのユグドラシルは汎用性がない代わりに安全性が高いと言え、彼専用に調整されているため暴走の危険がほとんどなく、意思がないため余分な機能が仇になることもない。


 「だが、あやつの作り出した融合騎は主のことなど考慮していまい。一言でいえば“乗りこなせない方が悪い”、ということだろう」


 「デバイスを使い手に合わせるのではなく、どんなデバイスであろうと自身の手で使いこなせて見せろ。その代り、力を求める者には相応の見返りを用意する、ということですか」


 「うむ、フルドライブ機構もそのような意思に基づいて作られたものだ。簡単に言えば、あやつの強大な魔力に並のデバイスでは耐えられず、耐久性を重視すれば今度は出力が制限される、故にこそのフルドライブ機構。あやつが作り出した時には、全力運転すればあっという間に枯渇してしまう者達のことなど、まるで考慮されていなかった」

 魔力電池に近い役割を果たすものは以前からあったが、高ランク魔導師が限界を超えた術式を紡ぐことを可能とした、高ランク魔導師用カートリッジを作り出したのはサルバーンであり、彼の技は底辺に合わせるものではなかった。

 フィオナの融合騎、ユグドラシルはローセスようにデバイスを扱う才能がなかった者のために作られたが、黒き魔術の王の融合騎には“慈悲”というものが微塵も存在していなかった。


 「本当に、彼の人格は苛烈と言うほかない。彼の最大の脅威は、その技術ではなく精神性にある、大師父はそうおっしゃっていましたが」


 「その通りだ。ストリオン王国の話は聞いているだろう」


 「はい、カルデン殿から直に、ハイランドとは古くから同盟関係にあった彼の国が滅んだと。もっとも、滅んだとはいえ国土そのものには大きな被害が出ていないのが唯一の救いだとおっしゃっていましたが」


 「そう言えば君は雷鳴の騎士カルデンと親交が深かったな、ならば私以上に詳しく知っているか」


 「恐らくは。首都において武装集団が蜂起し、王城を制圧。転送魔法を扱えたストリオンの宮廷魔導師が至急ハイランドへ飛び、救援を要請。カルデン殿がハイランド王国騎士団第二隊と共に駆けつけ首謀者を討ち取り、反乱自体は鎮圧したらしいですが、王族を含めた主要な貴族の全てが既に処刑されていたと」


 「そして、それと似たような手口で滅んだ国家があったはずだ。もっとも、向こうは成功しニムライスは滅び、今は黒き魔術の王が統べるヘルヘイムと化した」


 「………彼の存在に触発されたのではないかと、カルデン殿も予想してました」

 シグナムの声にも陰りが見られる。なぜならそれは、技術以上に危険なものが流れ出していることを意味しているのだ。


 「ベルカの地を覆うとしているのは異形の技術のみではない、それを求める野心と欲望だ。ストリオンで反乱を指導したロベスという男も元は騎士階級であったが、爵位を持つ貴族となった野心家。卓越した知謀と剣術、魔導の術を修め、数々の武勲を挙げ、ストリオンでは英雄とも呼ばれていた。しかし、救国の英雄は反逆の奸雄となったようだ」


 「ストリオン王家にも黒い噂はありました。ですが、反乱が起これば結局一番被害を受けるのは民です。それを考えずに反乱を起こした以上は、大義があろうとも意味はない。結局、彼は反逆者として雷鳴の騎士カルデンに討ち取られる最期となり、残されたのは死者の山のみ」


 「そのような男達に“野心”と“欲望”いう毒を、あやつは流れ出させている。王や騎士が民のためではなく、己の野心と欲望のためにのみ戦うようになっては、ベルカの時代も終わりを迎えることだろう」


 「………野心と欲望」

 シグナムとて、ベルカの時代が未来永劫続くとは思っていない。かなり未来のこととはなるが、ベルカの列王達もやがては腐敗し、圧政に堪えかねた者達は質量兵器を手に蜂起し王権を打倒、魔法国家は一度消え去り、質量兵器の時代がやってくる。

 しかし、彼女は願わくば、騎士が国と民のために戦う時代が続いてほしいと思っている。

 だが、最果ての地より流れる叡智ではなく、一人の人間の野心がベルカの地を根底から覆そうとしているのだと彼女は感じていた。


 「故に、あやつが白の国に眠る古き遺産を狙うならば、それは絶対の機会だろう、サルバーンがいなくなれば、技術はともかく野心の流出には歯止めがかかる。ラルカス師も同様に考えておられるかもしれん」


 「国を奪った男が、今もなお凋落するどころか勢力を拡大させ続けている。その事実こそが、野心家たちの炎を煽っている以上、彼が倒れない限り、第二、第三のロベスが出てきてしまう。彼を殺す以外に方法はありませんか」


 「第二、第三のロベスは容易に発生しえても、第二のサルバーンはそう簡単には表れまい。あれほどの才能と野心を秘めた男など、100年に一度もおるまいよ。あやつをここで止めれるならば、数百年はベルカの命脈も延びるとは思うが」


 「大師父も近いうちに白の国へ戻られると聞いています。………彼が攻めてくる日も近いのかもしれません」

 それは、状況から推察したものというよりも、歴戦の勇士であるシグナムの勘といえた。

 大きな戦いが近いことを、烈火の将は肌で感じ取っている。


 「私は戦う力を持たぬゆえ何も出来んが、可能な限り、スンナの完成を急ぐとしよう。この子は必ずや君の力になってくれる」


 「おう、まっかせろい!」

 あまりにも重い内容であったため、ずっとしゃべっていなかったスンナがようやく口を開く。


 「だが、くれぐれもサルバーンを甘く見るな。あやつの融合騎に関してはそれほど脅威ではないと私は思っており、本来あやつはこのような系統はそれほど好むところではなかったが、気になるものがある」


 「それは?」


 「フルドライブ機構をほとんど完成させた頃、さらにその発展形についてあやつが私に語ったことがあった。リンカーコアの全力を引き出す機構のさらに上、限界を超えた力を引き出すシステム、リミットブレイク機構を」


 「リミットブレイク………」


 「あまりにも危険極まりない技術ゆえに、真っ当な騎士ならば使うとは思えんが、改造種ならば躊躇うことなく使うであろう。君達夜天の騎士の力は確かだが、敵が限界を超えた力を振るう可能性も忘れないでくれ」


 「了解しました。肝に銘じます」


 「―――――これまでのデバイス技術の進歩の速度から考えれば、リミットブレイク機構が安全とは言わぬまでも扱える技術となるまでは、200年はかかると私は予想した。だが、あやつならば、20年ほどで成し遂げてしまうかもしれん、安全性などは考慮しないであろうが」


 「ですが、彼自身もそれを使うのですね」


 「間違いなく、そして、暴走など絶対に起こさないだろう、あやつはそれだけの才能と技術を持っておる。だが、それはあくまでサルバーンだからこそ出来るものだ、おそらく君でもその真似は出来まい」

 黒き魔術の王の技術は、他者を顧みるものではない。彼にとっては“安全に扱える機能”であっても、他の者にとってはほぼ間違いなく暴走する危険な代物、となる。


 「それでは、私はそろそろ」


 「ああ、重ねて言うが、あやつと戦うならば細心の注意と覚悟を忘れるな」


 「はい」


 「死ぬなよ、シグナム」


 「ご武運を、騎士シグナム」

 そして、二人の融合騎に見送られ、シグナムが飛び立とうとした間際。


 「ああ、すまん、最後にもう一つ」

 調律師フルトンは、あることを唐突に思い出し、彼女を呼び止める。



 「何でしょう?」


 「私自身、あまりにも不可思議なことであったため、あまり深く考えずにいたのだが、事態がこうなっては無関係とも思えんのだ」

 彼にしては珍しく、要領を得ない言葉であった。それほど、彼にとっても言い難いものがあるのか。


 「実は一年ほど前だったか、私の下にサルバーンの友人だと名乗る男が現れた。そして、こう言った、“融合騎を完成させるための技術に興味はないか”と」


 「どういうことです? サルバーンもまだ融合騎は完成させていないはずなのでは?」


 「そう、奇妙な話だ。私も疑問に思い、あやつが融合騎を完成させたのかと問うたのだが―――」


 (いいや、彼はまだだとも。いやいや、それも語弊があるね。このベルカの時代において、融合騎を完成させた者はいない、そういうことになっているのだから。そして、そこに最も近いのが貴方であるため、私はこうして尋ねて来たのだが、そうか、彼とは異なり貴方は否定するのか、己の欲望を)


 「その男は、答えを言うと同時に、言ってもいない私の返事を了承したのだ。あまりにも不可解であったが、狂言のようにも感じなかった。言ってみれば、そう、ラルカス師ではないが、違う次元を覗きこんだかのような気分だった」


 「………どうにも、理解できません」


 「そうだろうとも、私自身理解しかねている。ラルカス師が若い頃に危うく観るところであったという“見てはならないもの”とは、ああいうものを指すのかもしれん」


 「その男の、名前は?」


 「ヴンシュと名乗ったが、間違いなく偽名だろう。サルバーンのことを尋ねても彼のことは話せない契約となっているというばかりで、証拠も何もありはしなかった」


 (貴方に欲望がないならば、私と貴方の邂逅はここまでだろうね。ただ、貴方の娘達にはいつか話をしてみたいものだ、それがいつの私で、どのような欲望に沿っている私かは未知だが、ああ、それも一興というものだ。未来を、楽しみにしていよう)


 「しかし…………妙な話だ。あれほど印象深い男であったにも関わらず、どのような風貌であったか正確に思い出せん。ただ、印象に残っているのは――――――」


 そして、フルトンという二機の融合騎を作り上げた調律師の脳裏に残ったものとは




 「紫色の髪と、深遠な知性を漂わせながらも同時に狂気を湛えた黄金の瞳、そして、泣き笑いの道化の仮面のようでありながら喝采しているような………異形の笑み、だけだ」









あとがき
 隠すどころか正体ばらしまくりですが、今回の話はStSの伏線ともなっております。過去編はA’S編のクライマックスへ繋がるための要素が主眼となっておりますが、StSのための要素もところどころにあります。これらの伏線を回収するのはかなり先のこととなり、正直、物語が一番綺麗に纏まっているのは無印で、A’Sまでが物語として纏まる限界ではあるのですが(StSはキャラも多くて書きたいことが多すぎ、私の筆力不足で纏め切れないのが原因です)、完結はさせたいと思っていますので、StSまで頑張りたいと思います。Vividは本当に心の清涼剤です。


 別にヴィータの魔力光で鋼の軛やったら薔薇の…… なんておもってませんよ?



[25732] 夜天の物語 第三章 中編 白の姫君、黒の王
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/03/26 20:25
第三章  中編  白の姫君、黒の王




ベルカ暦485年  エルベレスの月  白の国  知識の塔




 “人のために生きることは真に己の道なのか、騎士たる者よ心せよ、騎士の魂は誰がために”


 「君はどう感じた、ヴィータ」


 「難しい、よな。そもそも、それが分かってれば誰も悩んだりしねーだろ」


 「……違いない」

 苦笑いを浮かべながら、赤い少女と黒髪の少年は共に歩く。

 その距離はとても近く、まるで寄り添うかのように。


 「僕は、悩んでばかりだ。これでは隊長失格だな」


 「馬鹿、お前以外の誰が隊長を務めるんだよ。あたしも他の奴らも皆認めてるし、頼りにしてんだからもっとしゃんとしろって、ちょっと難しい課題が出たくらいで落ち込むな」

 とは言いつつも、リュッセの悩みは非常に根が深いものであることをヴィータも理解している。いや、理解しているからこそ、彼女は彼の隣を歩きながら声をかける。

 彼女らが歩いている知識の塔は“若木”達が座学を学ぶ際に多く使用されると共に、各国から訪れる“調律師”達もかなりの頻度で使用する白の国の象徴的な施設。

 そこには白の国の歴史が全てあると言われ、騎士達が残した武術の指南書から過去の調律師達のデバイス研究に関する文書など、その道を志すものにとっては宝庫の如き空間といえるだろう。

 その塔の一室で“若木”の中の年長者6人が騎士たる者が備えるべき心構えに関する講義を受けていたが、抱いた感情はそれぞれにとってなかなかに表現しがたいものであった。


 騎士とは、何か?

 誇りとは、何か?

 我等の魂は、誰がために?


 その答えを見つけ、それを守り抜くための力を身につけた瞬間こそが、彼らが正騎士となる瞬間であるのかもしれない。しかし、正騎士ですらその答えは不変のものではあり得ない、でなくば、主に背く騎士など存在するはずもないのだから。


 「本当、難しいな。騎士は誰のために戦う? 何を守って戦う? そして――――もし、仕えていた主を裏切るならば、その騎士は一体何に価値を見出したのだろう?」


 「主が仕えるに値しない奴なら、まずはぶん殴ってでも矯正するのも騎士の道とは思うけど………んなことしたら、反逆罪だもんな」


 「主に背く騎士、主を守って死ぬ騎士―――――――主がいなくなって、残される騎士。何も出来ず残された者は、何をすればいいのだろう?」


 「何か出来るだろ、少なくともお前は、あたしらを率いて戦うことが出来るんだから」

 それは、ヴィータの心からの言葉であったが。


 「ありがとう、ヴィータ」

 リュッセが返した言葉は、彼女の望むものではなかった。


 <ちげーて、励ましとかじゃなくて、本心だよ>

 と思うヴィータだが、まだ幼い彼女にはどこまで言葉に出して伝えるべきで、どうすればリュッセに己の想いが届くのかが分からない。

 ただ、いつも皆を率い、夢と自信に溢れていた少年が、悲しみに沈んでいる姿を黙って見ていられる精神を、彼女は持ち合わせていなかった。


 「ったく、そんなに悩んでんなら、一旦隊長職を退いて休んだらどうだよ。その間はあたしが代わりを務めてやるし、弱ったお前くらいあたしが勇敢に守ってやるよ」

 そんな彼女の、少々背伸びした発言は


 「それは無理だな、君は単体での戦闘能力なら僕と同等だが、集団戦での戦略が甘い、隊長になるのはまだ早いだろう。それに、この状況で、僕が抜けるわけにもいかないだろう?」


 「そうだけど……」

 冷静に彼によって返され、しぼんでしまう。

 話が騎士としての在り方といった概念的な部分から、戦術とった実践的な部分に移ればいつも通りの明晰さを取り戻すのも、リュッセが既に騎士としての精神性を完璧に有していることの証明。

 例えどんな悲しみの淵にあろうとも、騎士たる者は戦となれば冷徹なる殺人者とならねばならない。

 リュッセという少年は、骨の髄まで騎士なのだ。彼女の兄、ローセスがそうであるように。


 「今や、ベルカの地の幾つもの国で騎士が反乱を起こしている。ストリオン王家の没落を筆頭に、各地で王家に背き、反乱を起こす者が現れ始めた」


 「しかも、騎士だけじゃねえんだろ、ある意味で爺ちゃんの昔の同族といえる連中も蜂起してるって話だし、ほとんど王国の騎士に討伐されてるらしいけど、それでも軽く見ることも出来ねえ」


 「騎士の誇り、それ自体が失われているのだろうか……………僕の国のように」


 「ミドルトンも、今や内乱中…………元気出せ、っても無理か」

 リュッセの故国ミドルトンはそれなりに大きな国であったが、かなり前から内乱の危険や下手をすれば国が二分する危機すら囁かれていた。

 そして、それは僅かな時を経て現実の者となったが、故国が危険な状況にあってもリュッセは帰還することはなかった。


 「いや、大丈夫だ。僕の両親もこうなることが分かっていて、もう破局は避けられないと悟ったからこそ僕をここに残したんだろう」

 リュッセの家はミドルトンの王家を守護する役割を持つ家系であったが、先の内乱で滅んだストリオン王家と同じ運命となったミドルトン王家を守るために戦い、反乱軍によって殺された。

 そして、いくら奮闘しようとも多勢に無勢、彼らが守るために命を懸けた王族も、死の運命から逃れることは叶わなかった。ただ、王都から離れた場所に暮らす王家の血を引く人間は存在したため、彼らを神輿とした王軍と反乱軍がぶつかり合う戦乱の真っただ中に現在のミドルトンはある。

 つまりもう、リュッセには帰るべき家も、守るべき主君もいないのだ。


 「そうなのでしょう、騎士シャマル」

 己の魂を預ける場所を失った少年が、自分達の背後で見守るように物陰に隠れていた女性に対し、振り返りながら声をかける。どのような状況にあろうとも、彼の気配を探る技能が錆びつくことなどあり得ない。


 「………ご免なさいね、貴方のお父様とお母様からは、“貴方は自分の意思で仕えるべき主君を見つけなさい”、と言伝を預かっているわ」

 そして、シャマルもまたこの少年が成熟した精神を有していることを知りぬいているため、隠すことなく真実を話す。

 後の時代ならば、まだ11歳の子供に話すべきことではないと非難されることもあろう。だがしかし、今は中世のベルカであり、リュッセは騎士見習いたる“若木”の隊長。

 誰でもない、社会システムそのものが認めている。彼はもう、守られるだけの子供ではないのだと。


 「…………今のミドルトン王家は、簒奪や謀略が溢れる毒の壺であったと聞きます。ですが、以前父と母が言っておりました、自分達はミドルトンに長く仕え過ぎた、今更、道を変えることは出来ないと」


 「だから、リュッセをここにか………ほんと、難し過ぎるって」

 騎士として主君に尽くす心がある。

 その主君がもはや民のために尽くす心を失っているならばどうすべきか。

 そして、自分の子供にはどのような道を歩ませるべきか。

 騎士としての在り方と、親としての心とは、どうしてこうも相容れぬものなのであろうか。


 「ストリオンもミドルトンも、きっかけは野心を持った騎士なのでしょう。ですが、既に人心が王家から離れつつあったことが最大の要因なのですね、カルデン殿の仕えるハイランドでは反乱を影は見られないと聞きます」


 「そうね………ヘルヘイムの“黒き魔術の王”が野心と欲望を駆り立てているのは間違いないわ。けど、それぞれの国に火種があったのも確か、彼はまさしく暴嵐となってその火種を炎にしてしまった」

 その表現に、ヴィータは違和感を持った。そして、シャマルという女性はこのような時に的確な表現を使うことを知っているからこそ、その意味を確かめるべく問いを投げる。


 「暴嵐だったら、火種なんて消し飛ばされちまうんじゃねえの?」


 「大師父が言うには、彼はそういう存在らしいわ。火種に風をあてて焔にするようなものではない、消し飛ばすつもりで暴嵐を叩き込み、それでも消えなかった者にのみ力を与える。いいえ、彼の嵐に耐えきる頃には山火事を起こしている、ようなものだとか」

 それこそが、黒き魔術の王サルバーン。放浪の賢者ラルカスが警戒し、危険な存在であると認める由縁であった。


 「それで、反乱に及ぶ箇所はそれほど多くなくとも。どれも致命傷になるほどの大規模な内乱となるのですね」


 「そういや、鎮圧に成功してるのって、カルデンのおっちゃんくらいか。シグナムと兄貴とザフィーラも“ハン族”ってのを止めたけど、あれはただの暴走だって話だし。反乱が起こったところは、どこも戦いが続いている」


 「貴方達には、まだ知って欲しくはない事柄だったわね。こうなってしまった以上は仕方ないけど」

 ベルカの地を覆いつつある影については既に白の国のみならず、ベルカに生きる誰もが知ること。

 だが、黒き魔術の王の正体については意外と知られていない。なぜ具体的な名前が表に出てこないのかはシャマルも預かり知らぬ事柄であったが、リュッセの家族が間接的とはいえサルバーンの犠牲となった以上は黙っていることも出来ない。これは、彼の騎士としての道に関わることなのだ。

 そして、夜天の騎士ローセスの妹であり、いずれはその一人となるヴィータもまた同じく。


 「でもさ、逆に考えればチャンスだろ。サルバーンってのが駄目な王家をぶっ潰してるなら、残ってるのは割と良い王家ってことで、後は、あたしらがサルバーンをぶっ潰せばベルカの溜まってた泥や膿をまとめて洗い落とせるって」


 「君は、本当に前向きだな」


 「後ろ向きで誰かが救えるなら、あたしだって今頃後ろ向きになってるって」


 「そうだな、その通りだ」

 そんな、二人の光景を見守りながら―――


 <ヴィータちゃんは、本当に優しい子ね>

 湖の騎士は内心で微笑む。

 “若木”の中では最も戦技に優れ、精神的にも成熟しているリュッセだが、故国で内乱が起き両親が王家と共に死んだともなれば平静ではいられまい。表向きは平静でも、やはりまだ11歳の少年、その心は深く傷ついているに違いないのだ。

 その知らせを受けてより、シャマルはクラールヴィントを用いてリュッセを可能な限り見ていたが、一日のほぼ大半、ヴィータが彼の隣にいることに直ぐに気付いた。

 シャマルに限らず、同輩の“若木”四人もそのことには気付いていたが、リュッセ本人には気付いている様子はなかった。周囲の変化に気が回らないほど彼の精神が傷ついていた証であり、ヴィータはそれを理解した上でずっと彼の傍にいたのだ。

 深い悲しみにいる時に、一人でいることはあまりに辛いから。


 ヴィータという少女は、リュッセという少年を独りにはしなかった。


 「それでさリュッセ、お前はこれからどうするんだ?」


 「僕か?」


 「そうだよ、さっきまで話してたけど、“人のために生きることは真に己の道なのか、騎士たる者よ心せよ、騎士の魂は誰がために”の教えの通り、お前の魂は、誰のために振るうんだ?」


 「……これまでは、父と母と同じようにミドルトン王家を守るために振るうだろうと考えていた、彼らは、僕の目標であり憧れであったから、だけど―――――」

 既に父と母は亡く、守るべき王家も潰えた。

 一応、血を引く者を立てて反乱軍と戦っている者達もいるが、彼らが王族を飾り程度にしか思っておらず、覇権を握ることのみを目的としていることなど誰もが知るところだ。そもそも、本当に王家の血を引いているかすら怪しい。

 そもそも、リュッセの家は王家の血を引く者を守るわけではない、民を安んじ、国を保つために尽くす者の身を守護するために存在していたのだ。

 ミドルトン王家が既にその資質を失いかけていたことは事実であるが、王家が滅べば戦乱が巻き起こるのは確実であり、苦しむのは民。だからこそリュッセの両親は騎士として仕え続けたが、自分達の息子は手元で育てず、6歳の頃には白の国へと送りだした。

 それ故に、リュッセには故郷の記憶はそれほど多くない。彼の記憶の大半を占めるのは、白の国における仲間と師との輝かしき日々なのだ。


 「だからさ、お前も夜天の騎士になっちまえって」


 「え?」

 そして、その言葉はあまりにも意外であり―――


 「ああ、それはいいわね。夜天の騎士に必要なものは白の国を守る覚悟と、伝えられてきた技術を後代に伝える意志。大師父だって当然白の国出身じゃないんだから、貴方がなっても何の問題もないわ」


 「え? い、いえ…」

 湖の騎士シャマルが即座に賛成したため、その混乱に拍車がかかる。


 「いい考えだろ、何気に数が少なくて後継者が極わずかなのが、白の国の最大の問題なわけだし」


 「そうね、やっぱり騎士の子供の方がリンカーコアを持って生まれる可能性は高いし。でも、ヴィータちゃんも隅におけないわね、未来の旦那候補を今のうちに確保しておこうってことかしら?」

 リュッセもまたそうであるように、騎士同士が結婚し、子供が生まれた場合の方がリンカーコアを宿して生まれる可能性が高いのは事実。

 そして、白の国の近衛騎士、すなわち夜天の守護騎士が白の国を守り、技術を修め、後代に伝えることを使命としている以上、後継者を作り出すことも重要なこととなる。

 そう言った面からみても、リュッセとヴィータという組み合わせはかなり順当なものであるのだが。


 「たりめーだろ、こいつみたいないいヤツ滅多にいねえし。そもそも、あたしより弱い奴なんて旦那とは認めねー」

 中世ベルカに生きる騎士見習いの少女の男女の仲に関する価値観は、非常に真っ直ぐなものであった。この辺りが、シグナム、ヴィータと、薬草師が本分であったシャマルとの違いであろうか。


 「じゃあ、意地でも負けるわけにはいかないな」


 「はっ、あたしを嫁にしたけりゃ、絶対負けんじゃねえぞ。でも、いつかあたしが勝つけどな」


 「矛盾、だな。でも、矛盾を孕んでこその騎士か」


 「応よ」

 そんな、微笑ましいのか、仲睦まじいのか、猛々しいのか判別がつきにくい会話を行う少年と少女を見ながら、シャマルは心の底から思った。


 <やっぱり、ヴィータちゃんはローセスの妹なのね。根本部分がそっくりそのままだわ>

 まさしく二人は騎士の兄妹。

 ローセスとヴィータの絆において、騎士という要素は最早不可分なのだろう。

 そして――――


 <まずい、まずいわ。つい最近20歳になったばかりのローセスと18歳の姫様はおろか、11歳のリュッセ君と9歳のヴィータちゃんにすら先を越されちゃいそう………>

 この時代のベルカでは、15~18歳程が一般的であり、20歳になればやや遅め、25を超えれば危険水域に入り、30を過ぎればほぼ絶望的。

 特に騎士の場合はさらに早いことも多いため、リュッセとヴィータならば15歳と13歳くらいでくっつきかねない。この場合のくっつきとは肉体的な接合をも兼ねたりする。


 <カルデンさんって、独身だったわよね、シグナムとくっつく気配はないし………いや待って、いっそのことクレス君って手も………ローセスと同年代だから20歳、うん、十分範囲内よね、6歳差なら………>

 仲良く手を繋ぐ、ことなどなく、仲良くデバイスを打ち合いながら空を駆けていく二人にヤバい方向へ思考が飛びつつあるシャマルが気付くことはなかった。

 余談であるが、ここを通った人々は悉く彼女をスルーしていき、しばらく後でたまたまやってきたザフィーラが思念を飛ばして正気に戻すまで彼女の脳内の暴走は続くこととなった。

 どういう思考の果てに至ったかは不明であるが、その段階におけるシャマルの脳内では男性化したシグナムが夫であり、ローセスとクレスも二号、三号とした逆ハーレムを構築していた。その脳内風景を誰かに見られた日には彼女はクラールヴィントのペンダルフォルムで首をくくっていたかもしれない。















ベルカ暦485年  エルベレスの月  白の国  ヴァルクリント城付近 草原




 「凄い………機械が、空を飛んでいる」


 「………確かに」

 黄昏の空、フィオナが指さす方向をシグナムもまた見入る。落日の残光を浴びて輝きながら、懸命に風に乗る小さな影。


 「見事に、空を舞っています。魔法の力を使うことなく、いずれはリンカーコアを持たぬものでも空へ舞い上がることを可能とする知恵の結晶」

 魔法が古くから存在するため、魔法の力を用いない純粋な機械というものはベルカの地には存在していない。デバイス達はいずれも魔力を動力とする魔導機械。

 しかし今、フィオナとシグナムの視線の先で空を舞っている翼は、風を受けて飛び上がり、魔法の力を借りることなく進んでいる。いわゆる、滑空と呼ばれるものであり、鳥よりも翼竜に近いものではあるが、流体力学などの原型が生まれつつあるのは確かであった。


 「白の国を舞う自由の翼………いつかは、鳥のように自身で羽ばたきながら動けるようになるだろうか」


 「そうですね、いつかは可能となるでしょう。ですが、機械仕掛けから作られた生命にそぐわぬ翼であることもまた事実です。恐ろしい用途に使用されるようなことがなければよいのですが………」

 シグナムとしては、まずそれを第一に危惧せずにはいられない。

 人に便利さをもたらすものは、戦争の道具ともなりうる。レヴァンテインはある意味でその象徴であり、それを扱う騎士は常に力に溺れず、自身を戒める心を忘れることは許されないのだ。


 「火を得ては人を焼き、鉄を得ては人を切り、それもまた、人の歴史か………」

 調律の姫君の美しき声にも、憂愁の陰りが見受けられる。白の国に伝えられる書物は、まさしく人の歴史を伝えるものであるために。


 「自由に空を舞うための翼は、死を振りまく悪魔の翼となるかもしれません。いいえ、恐らくいつかはそうなるでしょう」

 中世ベルカの治の季節は列強の王達と彼らに仕える騎士達の存在によってもたらされていることは事実であり、調律の姫君フィオナと剣の騎士シグナムはその体現者と言ってよい。

 だがそれは、王族や騎士が力を持って君臨することが最善であることを意味するわけではない。要は、“力有る者は力無き者のために”、“力有る者はその責任を忘れるべからず”という価値観こそが平和の時代を支えているのだ。

 ドルイド僧であれ、騎士であれ、後の時代の選挙によって選ばれた指導者であれ、人の上に立つ者がそのような意思を持ち、それらが貴いとされる価値観が存在するならば、その時代は平和の世と呼ばれることだろう。

 逆に、王や騎士が増長の果てに特権階級として君臨し、人々から搾取するだけの存在になり果て、金と暴力のみで指導者となり、人々を支配するようになれば、乱世がやってくるのは避けられない。


 「機械技術も、魔法技術も、結局は人の心次第ということだろうな。サルバーンが操る生命操作の業すら、純粋に子の幸せを願う心によって運用されるならば、悲劇が生み出されることもないだろう」


 「はい、ですが、戦争に利用されれば果てなき悲劇を生み出すこととなる………いいえ、既に生み出されている」

 烈火の将は、“ハン族”という森の民が辿った悲劇を思い起こす。戦う力しか持たない彼女には彼らを殲滅する以外の選択肢はなかったが、あのような悲劇を生みだす技術は無暗に広めるべきではないと強く思う。

 少なくとも、野心家たちの煉獄とも呼べるような世界に彼の技術がもたらされれば、何が起こるかなど考えるまでもない事柄であった。


 「ローセス………お前は、何を想いながら部族を率いていた青年の心臓を貫くこととなったのだろう……」

 戦う力を持たない彼女にはそれを知る術はなく、ただ、機械仕掛けに乗って空を舞う青年を見つめるしか出来ない。

 この機械仕掛けは白の国に存在する技師達が作り上げたもので、まだ安全性が確立されていない試作品であるため、事故が起きても自力で飛べるローセスがテスト飛行の操者となったのも当然といえた。


 「姫君、お気になさることはありません。我々騎士は戦いの場では余計な雑念を持つことなく、敵を倒すことにのみ集中します。彼の敵に対してローセスに想うことがあったとしても、それは戦う前か後での話、彼が敵に死を与えた瞬間には、既に次の敵のことを考えていたでしょうから」


 「将、それでは慰めになっていないぞ。まるで、ローセスが血も涙もない戦闘機械であるかのように聞こえてしまう」


 「申し訳ありません。ですが、騎士には時に戦闘機械となることも求められます…………む」


 「どうした?」


 「いえ、少々嫌な想像をしてしまっただけです」

 シグナムの脳裏を掠めたものは、現在ローセスが乗る“機械”がやがて進歩し、空を往く騎士や魔導師を墜とすことを可能とする“戦闘機械”となった光景であった。

 いずれはそうなるだろうと言ったのは他ならぬ彼女だが、あまり想像したいものでもない。どう贔屓目に見ても、人々に幸せがもたらされる光景とは思えなかった。

 その心情をある程度察したフィオナはあえてシグナムの想像したものを問わなかった。もっとも、ちょうど同じ時にシャマルが脳内で想像、いやむしろ妄想していた光景を知れば、問い殺さずにはいられなかっただろうが。


 「近いうちに、乱世の炎がこの国にもやってくる。果たして、私はこの国の人々を守り切れるだろうか……」


 「守り切れるとも、なぜならお前さんは誰よりもこの地の風に愛されているからね」

 まるで気配などなく、初めからそこにいたかのように、むしろ、本当に初めからそこにいたのかもしれないが、少なくとも二人の女性は知覚していなかった存在が、フィオナの独白に応えた。

 そして、そのようなことが可能な人物といえば白の国に唯一人しかありえず、それを理解している二人もまた慌てずに言葉を返した。


 「お久しぶりです、大師父」


 「お帰り、ラルカス師」


 「うむ、ただいま、と言いたいところではあるが、ここは儂のお気に入りの場所ではあるものの帰るべき場所ではない故に適当ではないな。言葉というものの扱いには最新の注意が必要だとも」

 彼独自の、語りかけるような教えを説くような、はたまた自身にのみ言っているかのような言葉はフィオナとシグナムの二人に、放浪の賢者がやってきたことを強く認識させた。

 そして、二人は同時に理解した。彼がこの場に現れたことの意味を。


 「ラルカス師、貴方がここにやってきたということは、嵐が近いのですね」


 「よくない知らせというものは、唐突にやってくるものだよ。特に、答えを期待しない問いなどを投げてしまった際には嫌なものまでくっついてくることも多い、それは大変だ、答えを知ることを恐れるあまり問いを投げることを忘れてしまう」


 「大師父、申し訳ありませんが、私達にも理解できるように語ってはいただけないでしょうか」

 ラルカスの返事に対して、フィオナとシグナムの顔には同時に疑問符が浮かんでいた。二人とも放浪の賢者とはある程度長いだが、未だに理解しきれない事柄が多いのが現状だ。


 「すまないね、ここしばらく人と話していなかったために、少し話し方を忘れてしまったようだ。人と根本から違うものとばかり話すものも考えものだ、自分が人であったことを忘れてしまいがちになってしまう」


 「貴方は、いったい何者と話していらっしゃったのですか」


 「多くは、機械精霊なる彼らだよ。ほらちょうど、お前さんの頭上にもおるとも」

 古代ベルカの技術の真髄を知る老人が指した先は、フィオナの顔の少し上であり。


 『老師サマ、オヒサシブリデス、フシュフシュ』

 そこには、一体の機械精霊がふよふよと浮かんでいた。


 「ふむふむ、機械精霊767番“アカシア”、君は風が好きかな、それとも風が君が好きなのか、いやいや、風が好きな君こそが風なのか、それとも、そうでないのかな?」


 『ソウデス』


 「それは良かった。いや、良いことかどうかは儂が判断できることではなく、君達にとっても判断できることではないとも、ただ、無意味ではないがね」


 『ボクハ、ココニイマス』


 「そうとも、それが成せる以上は意味がある。君達は人間ではないのだから」


 『オ守リシマス』


 「任せたよ、君が好きなものは儂もかなり好きでな、土や火も好きではあるが、放浪者たる儂には水と風が気が合うようだ。無論、そうでないかもしれんがね」


 『オ元気デ』


 「ああ、また会おうとも、いつか、遙か先の未来において会える機会があるならば」

 そして、機械精霊の姿が消える。放浪の賢者に言わせれば、人間には知覚しにくい状態になっただけらしいが、彼女ら二名にとっては違いが分からない。


 「あれで、会話になっていたのだな……」


 「流石というべきか、何と言えば良いのか……」

 放浪の賢者が精霊と心を通わせる時の言葉は、人間に理解できるものではなかった。そも、人間ではない存在に語りかけるための言葉なのだから、当然なのかもしれない。


 「ようやく勘が戻ってくたかな。さて、お前さんの問いに答えるならばそれは是となる、ヘルヘイムという名を冠した黒き魔術の王の領域に異形の落とし子の嘆きが満ちておるとも、遠からず、ここへやってくるだろう」


 「狙いは、“竜王騎”でしょうか?」


 「まず間違いなくそうだろう。無論、それだけではないが、それを狙ってくることは間違いない。ならばこそ、我々はそれを守るために彼の地へ潜らねばならんとも、危険は伴うが危険を冒さずして嵐を退けることは出来んよ」


 「大師父、“竜王騎”とはいかなるものなのです? 姫君より“聖王のゆりかご”と同時期に現われたアルハザードよりの流出物であり、白の国に封印されたロストロギアであるとは窺っておりますが」

 シグナム、シャマル、ローセスの三人は元より、フィオナすら白の国に眠るロストロギアの詳細については知らなかった、そもそも詳細が伝えられていないのだ。


 「あれを“竜王騎”と呼んだのは儂が最初であるため、一応名付け親ということにはなるかな。それと、中身については儂も詳しくは知らぬよ、“観た”ことだけはあるが、鍵がない限りは彼の心は儂にも分からないのさ」


 「彼? では、それは生体兵器なのですか?」


 「儂にとっては、彼のアルザスの守護者、ヴォルテールをさらに上回る真竜を機械と融合させ、次元干渉を行うロストロギアを動力として備える、といった存在に感じられた。少なくとも次元跳躍の力を持つことは間違いないだろう、その他の部分については設計者ではないので断言はできないがね」


 「それは………」

 絶句するシグナムを責められるものは誰もおるまい。ラルカスが示した存在は、まさしく怪物と呼ぶに相応しく、大陸どころか次元世界そのものを容易に破壊できるような力を持つとしか思えない化け物だ。


 「そんなものが、この地に眠っているのですか………」

 その事実に戦慄を隠せないフィオナであるが、放浪の賢者はその言を否定する。


 「いいや、アレが眠っておるのはこの世界ではなく、どの世界でもない。以前、次元世界を列島と例えたが、ベルカの地を島国とするならば、アレは海底で眠っておる。この地に在るのはあくまでそこと繋ぐ門を顕現させるための鍵でしかなく、それ自体に大きな力があるわけではないのだよ」


 「大師父には、それが“観える”のですか」


 「観るだけが限界ではあるがね、その門を閉じることなど出来んし、干渉することも出来ん。儂の力はあくまで見るだけで手を伸ばすものではないからね、まあ、もし伸ばせていれば今頃喰われておったであろう、深淵に手を伸ばせば、いつの間にか深淵から手を伸ばすことになってしまうものだ」

 それは、放浪の賢者以外には誰も理解できない狭間の逸話。

 だがしかし、ある一人がその深淵の一端を見つけ出したがために、その男は黒き魔術の王となった。


 「では、私達の成すべきことはただ一つですね」


 「“竜王騎”の鍵を求めて襲い来るサルバーンから鍵を守り、彼を仕留めること」


 「それしかないでろうね、あれの目的も大体掴めたが、驚くほどに何も変わっていなかった。サルバーンは変わったわけではなく、ただより高みへと進もうとしているに過ぎんようだ」


 「それは、つまり…」


 「竜が歩けばそれだけで人間など踏み潰されることとなる、あれにとって、人間国家の存亡はその程度のものでしかないようなのだよ。昔から、上ばかりを見て足元を見ない傾向があったが、あれには誰よりも高く飛べる翼があった故、地面を顧みる必要がなかったのだろう」

 サルバーンが意図して国家を滅ぼしているわけではなく、彼が動いた結果として国家が滅びた。

 ラルカスが語る内容は、つまりそういうことであった。


 「なんと、傲慢な……」

 白の国の王女として民を想うフィオナにとっては、その在り方は決して認められるものではない。だが、黒き魔術の王は彼女の想いなど顧みることなく攻めよせてくる。


 「傲慢か、確かにあれは自分が傲慢であることを堂々と誇る男であった。逆に、あれにとっては謙虚である人間こそ理解不能なのだろうよ、単純と言えばあれほど単純な男もいまい」


 「しかし、他者を顧みない絶対的な存在に、なぜ多くの野心家たちが従うのでしょうか?」

 そこだけは、シグナムにとって理解できない部分。サルバーンに忠誠を尽くそうとも、報われることがあるようには思えないのだ。


 「実に簡単な理屈だよ。滅多に他人のことを褒めることのない人物から自分だけが褒められれば気分が良くなるものだが、サルバーンはその究極系と言える。あれはほとんどの人間など虫同然に思っているようだが、野心や向上心を持つ者に対しては“人間”であると認めることがある。フルトンは、あれが対等と認めた唯一の存在であったよ」

 かつては対等であり、共に白の国で学んだ二人の天才。サルバーンもその頃はまだ“人間を踏み潰さないように気を遣って歩く巨人”であった。虫のように見える人間の中に、自身と対等と認められる存在がいたからこそ。

 だが、デバイスに知能を与え、人間と同等の心を持つ融合騎を作り上げるための研究を進めたフルトンは“他人のこと”を顧みながら歩みを進めたが、サルバーンはどこまでも己の技術を極めるために飛翔した。

 フルトンにとっては、サルバーンは強欲に染まったように感じるが、サルバーンにとってはフルトンこそが怠惰に堕した存在であった。高みを目指すための翼を生まれ持ち、かつてはそのために羽ばたきながら、力を恐れて羽ばたくことを忘れた者。


 「誰よりも力を持ち、誰よりも傲慢なる者。そのような存在に認められることは、人によっては王位を簒奪するよりも優越感を得られるものなのだよ、人の世界に君臨する王者ではなく、サルバーンという神に認められた超越者、ということになるかな。そしてその神も従う者達に対して無関心ではなく、自身が認める在り方を崩さぬ限りは弟子と見なすのだよ」


 「………方向性が逆なだけで、目指しているものは同じということですか、私も、先達の夜天の騎士達に自らの後継者と認められることこそが、何よりの喜びでした」


 「そう、あやつの理念は騎士のそれよりも遙かに単純で分かりやすい、それ故に、人を惹きつける力に満ちておる。優しさや思いやり、それは人間の持つ素晴らしさではあり、それらを備える王は賢君とされる。しかし、他者を踏み潰し、喰らい潰し、己の理想を叶える覇道もまた、人々が求める王の在り方。故にこそ、黒き魔術の王」



 そして、しばしの沈黙が訪れる。

 放浪の賢者ラルカスは問われたことは返し、相手が聞きたいことを持つならば先んじて応えることもあるが、己の考えを整理している段階の人に対して口を開くことはない。精霊に対しては気が向けば話しかけるが。

 シグナムにとっては、聞くべきことは全て聞いた。サルバーンの目的とそのための行動が分かった以上、後は騎士たる本分に従うのみ。黒き魔術の王が求める“鍵”を賭けて、彼と雌雄を決す以外の道などありはしない。

 だが、自身が戦う力を持たず、愛する者達を戦場に送りだすしか出来ない彼女にとっては、最も来てほしくないものが来てしまった瞬間でもあった。


 「姫君、そろそろローセスに飛行を止めるよう伝えてきます」

 主の想いを察した将は、静かにその場を離れる。こうした時に余分な言葉を発さず即行動に移るのも彼女の特徴と言えるだろう。

 そして、憂いを抱えた調律の姫君と、いつもの如く佇む放浪の賢者がそこに残る。賢者の眼は全てを見通す故、彼女の想いもまた理解しているはず。


 「ラルカス師………」


 「話し合いでは解決は出来んよ、フィオナ」

 だからこそ、戦う以外の選択肢はないものかと思う彼女の想いを、放浪の賢者は静かに否定する。


 「あれは、話し合いに応じる心を持っておらぬ。いやいや、懐かしくもあるがね」


 「懐かしい?」


 「古い話さ、そう、古い話だとも」

 彼が述べたのはただそれだけ、どうやら、彼女に語ることではないようである。


 「案ずるなとは言えんが、そう悲嘆することではないよ。少なくとも、お前さんが守るべき白の国の民、彼らの未来が闇に覆われていないことは儂が保証する」


 「観えたのですか?」


 「そういうことにしておこう。この国はどこよりも風に愛された土地であり、君は風に祝福されて生まれてきた。先程、アカシアも言っておったように、風の精霊達は君を好いているとも、故に、心配はいらない、君がそう願うならば、風はきっと戦火を防いでくれるとも」

 放浪の賢者ラルカスは深い意味を持つ言葉を伝える時、フィオナを“君”と呼ぶ、彼風に言うならば言葉には意味がある、といったところなのだろうか。


 「風ならば、シャマルではないのですか?」


 「ふむ、確かに彼女は風の癒し手ではあるが、風に祝福されたのは君なのだよ。風が優しき癒し手であるのも、心からの声援(エール)を贈ってくれるからこそだ、君は騎士達を支える存在であり、運命は君の手の中にあるのだよ。誰よりも風に愛され、慈しまれる君は、同時に周りの皆に安らぎと平穏を与える祝福の風であるのだから」


 「………よく、分かりません」


 「いつかは分かるさ、長き夜と旅の果てに、最後の夜天の主がきっと証明してくれるとも」

 最後の言葉は、フィオナの耳には届かなかった。それは、人に語り聞かせる言葉ではなく、世界に語る言葉であったから。

 ただ、それとは別にフィオナはラルカスの言葉の真意を考えていた。

 確かに、彼は言ったのだ、守るべき白の国の民の未来は闇に覆われてはいないと。

 ならば―――


 「ラルカス師、騎士達の未来は、どうなのでしょうか?」

 その民達を守る存在の未来は、どうなのだろうか。


 「儂の予言はこういう時によくないものばかりを当ててしまう。それ故、見ないことにしておるよ」


 「ですが、ローセスは」


 「気になるかね?」


 「………はい、主としては恥ずべきことだと分かっているのですが…………私は、ローセスの未来が最も―――」


 「それを責めることは誰にも出来んよ、人とは、そういうものなのだから。優先順位がなければ、愛とて意味無き言葉の列になってしまうだろう、君達人間は精霊ではないのだよ」


 「…………」

 そして、調べのような祝詞のような不可思議な旋律を伴い、古い言葉が紡がれる。

 それを聞き終えた時、彼女が何を想い、何を成すか。

 その答えは、僅かな先の未来へと。







ベルカ暦485年  エルベレスの月   ヘルヘイム  地下の神殿跡



 絶対に、それを目にしてはいけない

 絶対に、それを耳にしてはいけない

 それは人の身では理解してはならぬ絶対の領域、故に触れることは禁忌と心得よ

 もしその禁を破ったならば、あらゆる全てを失うだろう。そして、あらゆる叡智を得るだろう

 魂なるものがあってしまえば、それすら奪われ、吸収される。そして、回路に組み込まれるのだ

 人の世の果て、人の及ばぬ領域で蠢く者共に触れるべからず

 我らが犯した禁を忘れるな、それは触れてはならぬものだ

 行ってはならぬ、言ってはならぬ

 命惜しくば引き返せ、人の世を守りたくばすぐ戻れ、ここより先は何もない、あるのはただ破滅のみ

 もし、忠告を聞かずに進むのであれば

 我らの嘆きの全てを、お前は知ることになるだろう







 「くだらんな」

 そこは、ある文明が築いた超巨大建築物の極一部が僅かに残る旧き遺跡の最下層。

 極一部しか残っていないが、その一部分こそがその他の部分を破壊した力を宿す中枢であることは、ロストロギアや古代の遺跡に通じた者たちならば然程時間かけずに知ることができ、同時に恐怖するだろう。

 この先に、未知の力が潜む事実に、その力を、自分達が得ることが可能であるという幸運に。


 「所詮、この程度か」

 だが、彼にとっては唾棄すべきものでしかなかった。落胆も、ここまで来れば笑い話でしかない。

 彼の前にあるのは、滅んだ文明の時代に生きた者達が最後に残した辞世の句とでもいうべき石碑。その奥にあるものを彼は探し、それを効率よく進める手段としてニムライスという国を滅ぼし、ヘルヘイムと呼ばれる国家というかむしろ組織を作り上げもしたが。


 「古代ベルカのさらに前、人の歴史を鑑みればあり得るはずの無い年代の地層に眠るロストテクノロジーの遺跡、今回こそはと期待したが……………」

 肩を落とすにしては堂々と立っている人物は、外見上は30歳程に見える。しかし、実年齢は70を既に超えているが、この人物に老いという概念があるのかどうかは疑わしい。

 それほどまでに精悍な顔立ち、それほどまでに目に宿る野心。

 そして何よりも、ただいるだけで人間を窒息させるほどの強大な覇気。老人というものが持つ筈の老成した静かな佇まいが、この人物からは微塵も感じ取ることが出来ないために。


 短く切られた銀色の髪も、180を超えるだろう体格も、整ってはいるがそんなことは問題ではない。ただこの人物が在るだけで弱い生物は死に絶えると錯覚するほどの空間を、その男は居ながらにして形成していた。


 「君の望むものはなかった、ということかな?」

 そして、そんな男の後ろに立ち、まるで朝の挨拶でも交わすかのように話しかける男もまたあり得ない存在であった。いやむしろ、不気味さではこちらの方が際立っている。

 遠目であろうとも判断できる、特徴的な紫の髪に、深遠な知性を漂わせながらも、同時に狂気を湛えた黄金の瞳。そして何よりも、泣き笑いの道化の仮面のような、それでいて、どこまでも心の底から喝采しているような、異形の笑み。

 フルトンという稀代の調律師が邂逅し、“不可思議”と感じた男が、黒き魔術の王の後ろに控えるように立っていた。だが、口から飛び出す言葉には相手を立てる要素は微塵もない。


 「この程度のものに滅ぼされたのであれば、古代文明とやらは所詮その程度のものだった、それだけのことだ」


 「それは酷いな。彼らは彼らの時代を必死に生き抜き、様々な物語を築きあげ、その果てに滅んでしまった。それに、せめて名前くらいは呼んであげたまえ、ベルカのように彼らの文明にも名前があるのだから、その愛と憎しみの織り交ざった悲劇の舞台を無価値と断じるのは、あまりにも可愛そうだとは思わないのかね?」


 「思わんな、文明として最盛期を迎え、自然の摂理によって衰退していき、その果てに滅んだならば敬意の一つも評しよう。だが、自分達の技術に驕り、溺れ、その果てにアルハザードの知識を求め、挙句に最盛期を迎えることなく消し飛んだ敗北者など、顧みるにも値せん」


 「だがしかし、君が使っている生命操作技術の多くもまた、彼らが遺したものではないかね。私に求めてくれれば提供する用意があると言うのに、君は頑なに断り続けるのだから」


 「技術そのものに貴賎はない。それが、彼の国で学んだ我が師よりの教えであり、私もまたそう考えている、ようは、力に溺れるか、力を使いこなすかの話だ。貴様の悪意の籠った契約とやらを断る理由は、もう飽きるほど言った筈だが?」

 道化を演じるように言葉を紡ぐ男に対し、黒き魔術の王の返事はそっけない。

 道化の言うとおり、この遺跡の上層や中層に眠っていた生命工学に関する知識と技術、それらは確かに彼も使用しているが、それを求めて発掘したわけではなくあくまで付随品に過ぎない。そしてそれらも、所詮は遙か過去にアルハザードより流れ出したものに過ぎず、つまりは模造品を模造しているようなものだ。

 もっとも、黒き魔術の王が再現した技術はそれらを上回り、より大元の技術に近いものであったが、それをこの道化に対して誇るのはそれこそ道化というものだ。

 ヴンシュと名乗るこの男こそ、アルハザードの水先案内人。無限の欲望を秘めし者にして無限の欲望に応え続ける無限循環システムなのだから。


 「君の研究成果は、君だけで成し遂げてこそ意味がある、だったかい。やれやれ、君の弟子たちは不死や不老に興味があるようだが、師たる君にないというのも滑稽な話だね」


 「私には興味がないだけだ。あれらが不死不老を求めるならばそれもまた野心と欲望の形の一つ、まあもっとも、それらを得たところで有効に使えそうな者はいないが、不死などあり得んと諦め、漫然と生を消費する塵芥に比べれば多少は見込みというものがある。お前から見れば同類だろうが」


 「まあそこは、見解の相違というものだがね。不死を願うことも欲望なれば、人として死ぬことを願うのもまた欲望、そこに差などありはしない。もしそれに差を付けるとしたらそれは私ではなく人間の役目だ、そう、人間である君だからこそ己の主観に従って欲望に優劣を決められる。それを、他人に押し付けることが出来る、何とも素晴しいことではないかね」

 自分の価値観を他者へ強制させること、それもまた人間の欲望の形だと道化は笑う。そしてそれを最も迷いなく実行する男がここにいるからこそ、欲望に応えるシステムの一部たる道化はここにいる。


 「だがそれでも、私は君に興味がある。君ほど自身の欲望に忠実であり、不可能というものに反逆する意思を持つ人間はいないからねぇ、君の師匠殿は残念ながら対象外だ」


 「別枠、ということか」


 「さてさて、そういうこともあるだろうが、そうでないこともあるだろう」

 道化はただそこに在るのみで、黒き魔術の王に何かを与えたわけでも、唆したわけでもない。むしろ、そのような行動に出ていれば、即座に彼によって“この道化”は破壊されていたことだろう。

 黒き魔術の王にとって、この存在はまさしく道化、暇が生じた際に他愛ない会話でも行い時間を潰すだけのものであり、それ以上でも以下でもない。

 黒き魔術の王は“機械のように”研究を続ける存在ではなく、己の意思を持って自身の求めるものを探索する“人間”である。故に、このような道化にもそれなりの価値があった。


 「それで君は、かつての学び舎を破壊するのかね? 彼の地に眠る鍵を求めて」


 「それもある。叡智を極めるのは望むところではあるが、それよりも先に越えねばならん存在がいる」


 「なるほど、弟子としてのこだわりというものかね、そのためにベルカの地全てを巻き添えにするとは、何と傍迷惑な男であることか、師との決着をつけたいならば自分だけでさっさと出かけてやればよかろうに」


 「何度かそれも試してみたが、その度に逃げられた。そもそも、逃げることを目的とする者を追うことに意義を見出すのは狩猟者であり、私は探究者だ。自分が満足できねば意味はない」

 放浪の賢者を殺すことに意味はない。それだけでいいならば、偶然彼の頭上に隕石でも落ちて彼が死んでも同じことだ。

 黒き魔術の王が求めるものは、自分の手で彼を超えることにあり、まさしく自己満足でしかなく、そのためにベルカの全てを火の海と化すことを彼は是とする。

 自然に生きる強者は、弱者のことなど顧みない。腹が減れば獲物を襲って喰らうだけの話であり、襲われる側の都合など考慮するに値しないのだ。

 そして、そのような究極的な自己中心的な人間をこそ道化は好ましく思う。誰しもがそれぞれの欲望を持つ人間の世界において、我意を通したくば他者の欲望を飲みこむしかない。矛盾を抱えつつ貴くあるという点で騎士の持つ欲望もなかなかに面白いが、所詮は不純物が混ざったものに過ぎず、純粋な宝石には至らない。


 「だからこそ、彼が逃げることの出来ない状況を作り出したか、恐ろしい男だね君は。君の弟子たち、確かええと、アルザングにサンジュにビードと言ったかな、彼らもそれなりにやるようだが、君には遠く及ばない。あの子達は言うに及ばずだが」


 「アルザング、奴だけは多少目をかけているが、他では夜天の騎士には敵うまい。あの国の騎士は実に勇猛な者達が揃っている」


 「弟子にしたいとは思わないのかね? 上位三人より下の者達など、コインの表裏のような確率でたまたま非人格融合騎“エノク”に適合出来たに過ぎぬのだから、彼女らは実に頼りになると思うよ」


 「それこそ愚問だ。真、我が師の薫陶を受けた騎士ならば私の軍門になど下りはしない。この程度の技術に魅入られ、誇りを捨てるような騎士など切って捨てるのみだ」


 「流石だ我が友! それほどまでに君にとって白の国は汚すこと許さぬ“聖域”であるというのに! それを自らの手で壊すことに躊躇わないばかりか、夜天の騎士達との心躍る闘争に君の心は高鳴っている! それでこそ黒き魔術の王! それでこそのサルバーン!」

 耐えきれないとばかりに哄笑を上げる道化、その表情には亀裂のような笑みが浮かぶが、それこそが素顔であるようにも、それもまた仮面であるようにも感じられる。


 「まあ何にせよ、実に面白くなりそうではないかね。君の一番弟子、アルザングが教育を担当した例の子はなかなかに見込みがありそうだ。二番弟子が受け持った子は若干不安ではあるが、それもまた一興だろう」


 「死ねばそれまでだ、戦場に泣き言は無用」


 「くくくくくくく、ああ何とも君らしい。そして、未だ目覚めぬ闇統べる王、彼女の目覚めも、実に楽しみではないかね!」


 「期待などしておらぬ、アレが真我が子ならば自身の力のみで己の道を切り開く、力及ばず死したならば、その程度の器であっただけのこと、仮に生き延びても詮無いことよ」


 「何とも剛毅なることだ。くくくく、ベルカ列強の王達において、君ほど苛烈なる王はおるまいよ! さあて、楽しい祭りの始まりだ! ベルカで最も強大なる黒き魔術の王が白の国へと槍を定めた! 解き放たれるまで時間はあと僅か! 果たして、夜天の騎士達はこの脅威を退けられるか否か! さあさあ皆様、御観覧あれ!」


 「よく言うな、貴様は何もしないであろうに」


 「その通り! 今回の私はただの傍観者! 大数式の起動キーであったフルトンとサルバーン! この二名が我が欲望を拒んだ瞬間に私は舞台へと上がる権利を失くしてしまったのだ! 故にこそ傍観者に徹しよう! 果たしてこの物語がどのような結末を見るか、観客として実に楽しみにしているとも! くくく、くくくくく、ははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

 暗き地の底で道化が笑う。舞台の幕が上がった、いよいよ物語が始まると子供のようにはしゃぎまわり、開演を触れまわる。


 さあ、いよいよ時が始まる。


 遙かな未来、絆の物語へと至る序章は、始まりの終わりを迎えようと、時計の針を加速させていく。


 その果てに待つものは野心か、希望か、はたまた混沌か。


 未来を見る放浪の賢者はただ静かに語るのみ。


 旧き言葉によりて記されし予言は確かに告げる




古き技を伝えし知識の塔、朱の色に染まりし時

           彼の地に吹く風の中、異形の落とし子の嘆きが響き渡る
 
雲と闇が交錯し、雪を覆いし守護の星は瞬き墜ちれど

           墜ちたる欠片は蒼き盾、昇る紅の明星に託される






 



[25732] 夜天の物語 第三章 後編 嘆きの遺跡
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/03/28 12:13
第三章  後編  嘆きの遺跡


ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  嘆きの遺跡  第三層




 古のベルカの地に、白の国と呼ばれる国がある。

 風に祝福されしその地を守るように囲む環状の山脈、その一角にある人の手の及ばぬ深き裂け目に隠された旧き遺跡にて。

 暗がりの中、広大な迷宮に挑む騎士が三人、さらに、彼らを守りように傍らにある賢狼が一頭。

 そこは暗がり。そこは黒色に満たされた不気味極まる魔の宮。

 怨霊魔物が跋扈して、死の気配が色濃く漂う惨劇の迷宮。

 常人ならば足を踏み入れるだけで精神に異常をきたすであろうその空間。しかし、そこに挑む者達もまた人間の条理にそぐわぬ領域に身を置く達人。

 それ故、彼らに畏れはない。嘆きが満ちるこの空間においては、恐怖こそが最大の敵であることを、言われるまでもなく理解する騎士達は覚悟と共に足を進める。

 そして、賢狼にとっては亡霊などそもそも恐れるに値しない。ここにいる者らは全て“人間”に叫び訴えている過去の記憶であり、そもそも彼にはその嘆きが意味をなさないために。


 「レヴァンティン!」
 『Schlangeform.(シュランゲフォルム)』

 暗がりに轟く紫の閃光が、昼が地底に降りてきたと言わんばかりに空間を染め上げ、群がる亡霊を撃ち抜き砕く。


 「縛れ、鋼の軛!」

 先陣を切る剣の騎士を守るように、赤の軌跡が怪物を絶つ。その軌道はただ一つではあり得ず、十数、いや、数十を超える死の刃が容赦なく黒い影を消し飛ばす。


 「………」

 遊撃手として動く賢狼はあくまで無言。黙したまま己の身体能力を余すこと無く発揮し、二足の獣では決して発揮しえぬ魔の領域の速度と牙を持って魔物の群れを薙ぎ払う。


 「風よ………黒く淀みし土地を、浄化せしめん」

 そして、後衛たる湖の騎士は先陣を切る者達が切り開いた領域を、人間の領域へと塗り替える。

 ここは、遙か古代の亡霊が今なお残る死の遺跡にして、人の世界から遠く離れた地下世界。

 人間の生きる場所ではあり得ず、亡者や魔物を薙ぎ払ったところでどこからともなく湧いて出る異形が即座に穴を埋めてしまう。

 もし、この遺跡を彼らに気付かれずに踏破しようと思うならば、人とは異なる術理に身を置くより他はない。放浪の賢者が成すように、自身を精霊と近い存在と成し、彼らの嘆きを“すり抜ける”といったような。

 人間の騎士達たる彼女らと賢狼たる彼にそれは不可能な業であろう。だがしかし、人間には知識があり知恵がある。自身にないならば、可能とするものを用意することが人間の歴史なのだから。

 素手で木を切ることが出来ぬならば斧を作り上げるように、海を渡れぬならば船を作り上げるように、人の身で地下へ潜れぬならばそれを成すための物を作り上げれば良い。

 それらの知識を収め、さらには修め、後代へと伝えていく場所こそ白の国。そして彼女らは白の国を守りし夜天の騎士。

 人の力の及ばぬ遺跡を踏破する存在として、彼女ら以上に適任な騎士はいまい。ただ一人でそれを成しうる放浪の賢者は完全に別枠といったところであろうか。




 「ここまでが、第三層か」


 「それほど強大と思える敵はいませんでしたが、まだまだ先は長い。流石はロストロギアを封じる遺跡と言うべきか」


 「でもまあ、目標が分かっているだけでも随分気が楽になるわ。何階層まであって、竜王騎の鍵がどこに在るかも分からない状況じゃ、魔力や体力よりも先に心が折れてしまう」


 ≪たとえそうでも、お前たちならば心が折れることはあるまい≫


 「ありがとう、ザフィーラ。そうだな、そんな程度で折れていては、ヴィータやリュッセに笑われてしまう。あいつらの目標であるならば、この程度軽くこなせなければ」


 「言うようになったな、ローセス。さて、シャマル、クラールヴィントを用いて大師父と通信は出来るか?」


 「試してみるわ、導いてね、クラールヴィント」


 『Jawohl.』

 主の命に応え、風のリングクラールヴィントがその権能を発揮し、遠く離れた地上へと念話の網を広げてゆく。


 『Pendelform.(ペンダルフォルム)』

 風のリングクラールヴィントに収められた宝石が分離し、拡大して振り子をなす。そこには紐が繋がっており、さながらダウジングに用いるかのような様相を見せるが、今回の用途は通信である。


 【大師父、聞こえますか?】


 【聞こえているとも、ついでに言えば、見えてもいる。君達が遺跡に巣くう影を祓ってくれたおかげで遠視もやりやすくなった】


 【大師父のおかげです。貴方が遺跡の“門”を開き、地上の風を地下へ繋げてくれなければ、私とクラールヴィントもせいぜい補助が限界でしたでしょうから】


 【礼を言うなら、儂ではなくフィオナに言っておきたまえ。儂が出かけておる間、ずっとこの時のための準備を進めていたのだから】

 白の国に残されていた文献と、放浪の賢者ラルカスの“眼”によって、この遺跡がどのようなものであるかはおおよそ把握されていた。

 この遺跡は“嘆きの遺跡”と呼ばれ、古代ベルカのさらに前の時代に存在しており、唐突に滅びたイストアという文明が築いたものだという。

 その辺りの経緯は最早定かではないが、過去を観る力を持つ放浪の賢者は知っているのかもしれない。だが、要点はそこではなく、古代ベルカの時代にアルハザードより流出した“竜王騎”の鍵をこの遺跡に封印し、初代の白の国の王にその管理を託したドルイド僧がいたという事実である。

 シャマルは“ひょっとしたらそのドルイド僧は大師父本人なのでは”、と思っているが、おそらく彼女に限らず夜天の騎士達やフィオナも共通して持つ疑問であったろう。もっとも、仮にそうであったとしても何かが変わるわけではないが。

 そして、この遺跡には魔力素が人間の残留思念と反応した亡霊や、古の生命操作の業によって今もなお稼働を続ける培養槽から生まれ出る異形の落とし子によって満ちていることが文献に記されており、そういった場所であるからこそ竜王騎の鍵の封印場所に選ばれたとも言える。


 【ええと、この浄化の術は私達の術式よりも、古代ベルカの召喚術などの術式に近いものですよね】


 【簡単に言えば、魔避けのまじないかな。古代ベルカのドルイド僧達は亡霊をたしなめ、鎮めることに長けていた。中には亡霊たちと共に領域を形成し、幽世の門番となる者もいたが、なかなかに陽気な者達でもある。もっとも、彼らは人の残滓が混ざった亡霊を闇精霊(ラルヴァ)と呼んでいたがね】


 <亡霊たちの管理者と、お知り合いなんですね………>

 という内心はとりあえず出さず、シャマルは通信を続ける。


 【ともかく、姫様が作って下さったこの“タリスマン”の術式を基に風の結界を張ることで、亡霊、いえむしろ闇精霊の漂う領域を生者が歩く領域へと変えることが出来る。そして―――】


 【異形の技術で作られし者達はそのような清浄な風の中では生きられぬのだよ。それが、イストア文明の時代における生命操作技術の限界であったが、サルバーンのそれは遙かに凌駕しておる。あれが作り出した者達に通じるものではないことを、くれぐれも忘れぬようにしたまえ】


 【はい】

 長々と会話を続けるわけにもいかないため、シャマルはそこで念話を切る。


 「どうやら通じたようだな」


 「ええ、それに、見えているって、いざとなれば私達全員を白の国へ送還することもこれなら可能だわ。もっとも、最下層まで達したら可能かどうかは分からないけど」

 遺跡に潜る役がシグナム、シャマル、ローセス、ザフィーラの四人であり、最も遺跡に慣れているラルカスが地上に残った理由がすなわちそれである。

 サルバーンの軍勢がいつ白の国へ攻め入るか予断を許さぬ状況において、夜天の騎士達全員が白の国を離れることは得策ではない。しかし、戦力分散も各個撃破の機会を敵に与えるだけとなってしまう。

 そこで、四人全員が固まって行動し、ラルカスが遺跡の入口で“門”を形成することによって、いざとなれば四人を一斉に白の国へ送還させるための術式を整えた。フィオナが作り上げた“タリスマン”が亡霊を祓うものであると同時に、その転送を補助するものでもあった。

 夜天の騎士が本分に集中できるよう、あらゆるデバイスを作り上げ補助することこそ、彼らの主にして調律の姫君フィオナの役割。ヴォルケンリッターがその全力を発揮するには、彼女の存在も不可欠なのだ。


 「では、わたし達は先に進むのみですね」


 「ああ、この第三層までは既に亡霊はいない。だが、異形の技術で作られた魔物は逃げるように奥へ向かっているようだ、ここから先は階を下るごとに厳しくなるぞ」


 「最下層は第九層らしいけど、要は、九段構えの陣を突破するようなものね。第一陣の討ち漏らしはそのまま第二陣と合流してしまい、第三陣にはその二つの残存兵力が組み込まれる」


 「つまり、この遺跡に潜む魔物全てを殲滅する気概で臨む必要がある。そういうわけですね」


 「それならば、私の得意とするところだ」

 堂々と、剣の騎士は言い放つ。それは誰もが認めるところであり、シグナムの能力は殲滅戦でこそ最大の効果を発揮すると言っても過言ではない。

 単身で敵陣へ切り込み、炎を纏った剣戟によってあらゆる敵を切り裂き、焼き滅ぼす。それを可能とする戦闘能力を彼女はまさしく備えているのだから。


 ≪だが、一先ずは休息をとるべきだ。疲れは確かに存在している≫

 ザフィーラは騎士達を常に観察し、彼らの状態を把握している。

 第一層から第三層まではさしたる強敵はいなかったが、いかんせん数が多かった。さらに、休まずにここまで突き進んで来たため、若干ながら疲労があることも確かであった。


 「そうだな、シャマル、結界を」


 「了解。妙なる響き、癒しの風となれ。交差せし陣のそのうちに、鋼の守りを与えたまえ……」

 クラールヴィントをリンゲフォルムに戻し、シャマルは回復と防御の結界魔法の構築を開始。

 ミッドチルダ式と異なり、ベルカ式は三角形の陣を構築する。そのため、二重に陣が交差し六亡星を築きあげ、それを覆うように円形の外縁が構築され、癒しと防御の陣が完成する。


 「それじゃ、しばらく休みましょう。この中にいれば体力と魔力が回復されていくから」

 もしこの場にいるのがシグナムとローセスとザフィーラだけであれば、自然回復に頼る以外の方法はなく、身体を休めることでしか体力と魔力の回復は図れない。

 しかし、癒しと補助が本領である湖の騎士シャマルがいれば、極僅かの時間で体力と魔力の双方の回復を図ることが可能となる。そして、構築された陣は自動で作用するため、癒し手であるシャマル自身も回復することも可能であり、ヴォルケンリッターに魔力切れはあり得ない。

 つまり、遺跡に潜む亡者や魔物が侵入者を打倒しようとするならば、まずは湖の騎士を倒す必要があり、彼女自身の戦闘能力は前衛に比べれば低く魔物にとっては狙いやすいが、盾の騎士ローセスがいる限りそれも不可能。

 ヴォルケンリッターの中で最も戦闘継続可能時間が長い存在はローセスであり、守勢を本領とする彼は攻勢を本領とするシグナムや、高速機動を本領とするザフィーラに比べてエネルギーの消費が少ない。基本的に、相手の攻撃を受け止め、あるいは受け流し、カウンターを狙う戦術なのだ。

 盾の騎士が湖の騎士を守護する限り、亡霊や魔物がシャマルの下までたどり着くのは不可能であり、前衛のシグナムと遊撃手のザフィーラによって討ち取られるばかりである。さらに、戦況によってはローセスも攻撃に転じることもあるので、鋼の軛で敵の動きを封じたり、グラーフアイゼンのラケーテンフォルムで切り込んだりと、状況に応じてローセスの役割も流動的に切り替わる。

 そうした、付け入る隙のない連携こそが、夜天の守護騎士をベルカ最強と言わしめる由縁。

 単体の戦闘能力ならば雷鳴の騎士カルデンなど、彼らと同格の強者もいるが、陣形を組んでの集団戦でヴォルケンリッターに勝る騎士は存在しない。

 全員が揃っている以上、夜天の騎士に敗北はあり得えず、彼らは臆することなく遺跡の最深部へと向かう。

 その果てに何が待つのか、それはまだ分からない。










ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国 西部 上空




 【ヴィータ、そっちは異常ないか?】


 【ああ、斥候らしき鳥とかもいねえし、見慣れねえ虫とかもいない。いきなり騎士が乗り込んできたらそれもそれで驚きだけど、そういうのもいねえよ】


 【そうか、僕の方も異常ない。彼らが戻るまで何事もなければいいんだが】


 【そういう時に限って何かあるのが世の常だもんな、それに、相手があのサルバーンってんなら、何かあると見ていた方がいいんじゃねえか】


 【だな、敵が来るものと思って行動しよう、皆にもそう伝えておく】


 【ああ、こっちの連中にも言っておく】

 リュッセと念話を行いながらも白の国の上空を飛びまわり、ヴィータは敵影らしきものがないか神経を尖らせる。

 現在の彼女は“若木”の副隊長であり、隊長であるリュッセと共に半数ずつの若木を率いて白の国の警備、いや、警戒を行っている。

 二ヵ月半ほど前、ミドルトン王家が滅びてよりすぐの頃は精彩に欠けていたリュッセではあるが、今では元通りどころかかつて以上の覇気に満ちている。やはり、夜天の騎士となることを決め、その覚悟を持ったからであろうか。

 と、ヴィータは考えているが、何よりも彼女の存在が一番大きかったとまでは知りようがない。リュッセの感情もローセスのそれに似て直線的でありながら愛情に直接結びつくものではないため、判別がつきにくいということもあったが。

 何にせよ、故国も両親も失った少年にとって、若木の副隊長である少女こそが最も大切な存在であることは間違いなく、意志を新たに、若木の隊長である少年は夜天の守護騎士を目指して修練を重ねていた。

 そして、夜天の騎士達がいない今、白の国に攻め込むには絶好の機会。放浪の賢者ラルカスが対抗するための策を既に敷いてはいるが、それでも危険があることは間違いない。

 若木とはいえ、彼女らも既に戦闘は十分可能であり、流石に年少組は地上で待機しているが、残りの者らは皆それぞれの空域を受け持ち、敵が来ないかどうかを監視している。そして、リュッセとヴィータの二人には定まった空域はなく、最大の機動力を持つ彼女らは白の国の人が住む部分のほぼ全域を飛び回っている。

 一応、女性や子供はヴァルクリント城に集められているが、砲撃魔法や広域殲滅魔法というものが存在する以上、固まっていた方が安全というものでもない。確かに守りやすくはあるが、万が一突破されれば一撃で全滅という危険を孕む。

 そのため、白の国の守りは領域に入らせないことを前提としており、籠城戦などは基本的に想定していない。空戦を行える騎士が空を守り、拠点防衛に長けた者が唯一の陸路である風の谷を守る。

 そして、現在の夜天の騎士の能力を考えれば、風の谷で攻めよせる軍を防ぐ役目は盾の騎士ローセスしかあり得ない。


 <敵が来たら、さっさと空を制圧して兄貴の援護に向かわねえと>

 空と陸、敵の機動力を考えれば優先して守るべきは空であるが、より多くの敵が攻めよせるのが陸であるのは疑いない。


 風の谷からヴァルクリント城まではある程度距離があるため、陸の軍勢が押し寄せても何とか民の避難は間に合うだろうが、空の敵はそうはいかない。そのため、空の敵を優先して排除せねばならず、他の騎士が空を抑えるまでの間は、ローセスはただ一人で迎撃に出ることになるだろう。

 <嫌な予感がする、兄貴達なら大丈夫だってのに――――>

 だが、ヴィータの心を揺るがしていたのは、直接的な危機ではなく、漠然とした予感であった。

 (ただし、心しなければならんよ、勇壮なる“若木”よ)

 以前、放浪の賢者が彼女の語ったある言葉が――――

 (お前が騎士となるその時は、そう遠いことではない。だが、お前がこの道を進み続けるならば、烈火の将を超える誉れと共に、最も大切なものを失うかもしれん)

 彼女の脳裏から、離れなかった。














ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国   嘆きの遺跡  第七層



 「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 【AAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!】

 剣の騎士シグナムが最後の闇精霊を斬り伏せ、凄まじい激闘が続いた第七層にもついに終局が訪れる。


 「風よ………黒く淀みし土地を、浄化せしめん」

 間をおかず湖の騎士シャマルが風の結界を展開し、幽世に限りなく近づいていた異界を、人間の環境へと塗り返していく。


 【オ、オオオオオオオ………】


 【ヒキ……カエセ……】


 【モド……レ……】

 だが、亡霊、いや、残留思念ともいうべき存在の反応は上層とは明らかに異なっている。第五層あたりから浄化されることを拒み抵抗する者達ばかりか、言葉らしきものを発する者も現れ始めた。

 放浪の賢者ラルカスが機械精霊を作り出せるように、人の残留思念に手を加え、強力な闇精霊(ラルヴァ)へと変える技術も存在しており、下層の亡霊たちは“自然”のものではなく明らかに兵器としての改良を加えられたものと見受けられる。

 とはいえ、所詮は過去の亡霊。現実を生きる夜天の騎士達にとっては顧みるべき存在ではなく、立ちはだかるならば排除するだけの存在に過ぎない。

 また、培養される異形の魔物の錬度も上層に比べれば多少強力になってはいるが、それでもサルバーンの手が加わった“ハン族”の者達やその首領であり、融合騎らしきものを埋め込まれていた青年には及ぶべくもない。


 「アイゼン!」

 『Jawohl.』

 ローセスの持つグラーフアイゼンの柄が伸び、残っている魔物を壁に叩きつけ、さらに槍を薙ぎ払うかのように振り回すことで他の魔物も同様に壁へと吹き飛ばす。これもまた、膂力に優れるローセスならではの使用法であり、ヴィータには不可能な技だ。


 「ザフィーラ!」


 ≪承知≫

 そして、生じた隙を賢狼は見逃さない。壁にまで飛ばされた魔物を達に陸の獣が発揮しうる最高速度で疾走し、その首を牙と爪でもって飛ばしていく。

 盾の騎士と賢狼の息の合った連携によって魔物達も全滅し、第七層には静寂が訪れる。


 だがしかし、嘆きの遺跡に潜む脅威は亡霊と魔物のみに非ず。

 命なき、魂無き機械仕掛けの罠も侵入者を奈落へと導くべく牙を研いでいる。


 「ローセス、上だ!」

 己の相対していた敵をいち早く片付け、手が空いていたシグナムはその脅威に最初に気付き、盾の騎士へと警告を発する。

 後方に位置し、遺跡の浄化を行っていた湖の騎士と、彼女を守りつつ、前線で魔物を撃滅するザフィーラの援護を行っていた盾の騎士の頭上、何一つ存在していなかった筈の空間に、魔力で形成された刃がひしめき、ギロチンの如く重力のくびきへとその身を委ねた。


 「はああ!」

 だがしかし、奇襲は彼には通じない。烈火の将の言葉を受けた瞬間に、盾の騎士は既に防御フィールドの構築を完了していた。

 赤色の魔力で構築された滑らかな曲面を描く半球状の防御フィールドは攻撃が形成され、それは中央に向かう起動からそれている場合は弾くシールド型、中心に向かう場合は受け止めるバリア型の両特性を備え、さらには内部の人間の物理防御をも高める効果さえ付与された最強の守り。

 この鉄壁の守りを如何なる状況においても発生させる守護の星こそ、盾の騎士ローセス。デバイスとの相性が悪く、それほど魔力資質に恵まれているわけでもなかった過去においては不可能であったが、調律の姫君フィオナが作り上げし融合騎“ユグドラシル”を備えた彼に隙はない。


 「ローセス、大丈夫!?」

 突如作動した罠から庇われた形となったシャマルは、やや焦りを含んだ声を上げるが―――


 「問題ありません、この程度でどうにかなるほど―――――柔な鍛え方はしておりません!」

 二つほど己の左腕に食い込んでいた魔力のギロチンを、筋肉の収縮のみで粉砕し、ローセスは平然と答える。

 流石にこの芸当だけは、湖の騎士は当然として剣の騎士にも不可能である。どれほど強くとも彼女らは女性であり、ローセスのような強固な筋肉の鎧と力を込めることで極限まで硬質化させる“戦う性の身体”を備えてはいない。

 故にこそ、彼女らを守ることもまた己の役割であるとローセスは心得ている。女だからという理由で彼女らを軽視するような精神性を彼は微塵も持ち合わせていなかったが、それとは別次元の領域で男は女を守るために命を懸けるべきであると認識しているのだ。


 ≪相変わらず無茶をする、だが、それでこそお前か≫

 そして、その認識を最も認めているのは人間ではないザフィーラであった。彼は人間という存在を古より客観的に観察しており、“男は狩りに出て、女は留守を預かる”、原始であるが故に複雑な理が何もない、肉体機能に応じた純粋なる役割分担をその目で見てきた。

 彼に目には、ローセスという男の精神性は古代ベルカの戦士に近いように見受けられる。ともすれば黒き魔術の王サルバーンに近いところがあるのかもしれない、だが同時に、この時代の騎士の誇りを誰よりも重んじる男でもあり、矛盾を内包しつつ許容するその在り方にこそ賢狼は興味を持った。


 ≪真、騎士とは興味深い≫

 改めて感じた想いを表面に出すことはなく、蒼き賢狼は周囲に敵や罠がないことを確認し、仲間と合流する。彼らもまた周囲を調べ、怪しいものがないか調べて回っているようである。


 「イストアやらいう文明は、それほど生命操作技術に長けていたわけではないようだな。異形の怪物とはいえ、この程度か」

 奇しくも、烈火の将が抱いた感情は黒き魔術の王と近しいものであった。もっとも、そのことに安堵する彼女と落胆する彼では、精神性に大きな違いが存在していたが。


 「ですが、培養槽から作り出される魔物よりも、亡霊たちの方が厄介です。もし大師父の技と姫君の技術、そして騎士シャマルの魔法がなければ、わたし達も途中で果てていたでしょう」


 「そうだな、多少掠っただけで悪寒というべきか、凄まじく冷たいものが身体を突き抜けた。まともに攻撃をくらえば、精神が破壊されるかもしれん。古代ベルカの精霊の技にも、このような危険な側面はあるのか」


 「私は攻撃を受けてないから良く分からないけど……」


 「当然です、貴女に万が一のことがあれば、わたし達は終わりなのですから」

 亡霊たちに対して常に最前線で戦っていたシグナムは、いくら戦闘技能に長けているとはいえ、やはり無傷とはいかなかった。ただ、魔物から受けた傷はただの傷であり、治療すれば済むものであったが、亡霊の攻撃は精神に作用するものであり厄介きわまりない。早い話、騎士甲冑が意味をなさないのだ。

 そのため、守護騎士達は亡霊を優先して倒すことを心掛け、特に炎熱変換の資質を持つシグナムは亡霊を切り払う役として適任であった。炎は穢れを祓い、魔を清める効果を持つ。どのような怨念も浄化の炎の前では灰となるのみである。

 逆に、近接格闘を主眼とするローセスや己の爪と牙で戦うザフィーラは致命的に相性が悪い。ローセスの鋼の軛ならば触れずに攻撃できるが、魔力の衝撃によって弾き飛ばすだけであり相性が格別良いわけではない。魔を祓うと言われる賢狼の咆哮も、上層の亡霊には有効であったが、第五層以降の亡霊たちにはさしたる効果もなかった。

 よって、亡霊の相手はシグナムが行い、シャマルはサポートに徹する。ザフィーラは魔物のみを対象として攻撃し、ローセスはシャマルを守護しつつザフィーラを援護するという体勢が自然と出来あがっていた。

 一応、将であるシグナムからの指示はあったが、全員が優れた状況判断能力を持つ夜天の騎士達の場合はそれも確認の要素が強い。自分達がどう動くべきかを全員が考える能力を持っていることこそ、夜天の騎士の最大の強みでもある。


 それ故、隊長として状況把握能力に長けるリュッセは、既に夜天の騎士を名乗れる能力をほぼ全て修めているといえた。彼と同等の戦闘能力を持つヴィータの判断力も大分上がってきたが、正騎士になるにはあと一歩といったところであろうか。


 「さて、いよいよ次は第八層だ。ここを抜ければ最下層である第九層に至る。気を引き締めていくぞ」

 将の言葉に全員が頷きを返し、シャマルは回復と防御の陣を形成してそれぞれが結界内部で身体を休める。

 気を引き締めていく、とはすなわち万全の態勢で臨むことを意味し、その言葉に応じて駆け出すような者にはまだ夜天の騎士を名乗る資格はないと言えるだろう。







ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国   嘆きの遺跡  第八層



 「これは………石碑か」


 「古代ベルカ語…………いいえ、違うわ、多少は通じる部分もあるけど違う言語、多分これがイストア語なんでしょうね」


 「大師父がいれば読めるのでしょうが、わたし達だけでは」


 ≪不可能、だろうな≫

 その石碑に刻まれた文はその場の誰にも読むことは不可能であった。しかし、遠視によって彼らを見守る放浪の賢者は、その文を確かに理解していた。



 絶対に、それを目にしてはいけない

 絶対に、それを耳にしてはいけない

 それは人の身では理解してはならぬ絶対の領域、故に触れることは禁忌と心得よ

 もしその禁を破ったならば、あらゆる全てを失うだろう。そして、あらゆる叡智を得るだろう

 魂なるものがあってしまえば、それすら奪われ、吸収される。そして、回路に組み込まれるのだ

 人の世の果て、人の及ばぬ領域で蠢く者共に触れるべからず

 我らが犯した禁を忘れるな、それは触れてはならぬものだ

 行ってはならぬ、言ってはならぬ

 命惜しくば引き返せ、人の世を守りたくばすぐ戻れ、ここより先は何もない、あるのはただ破滅のみ

 もし、忠告を聞かずに進むのであれば

 我らの嘆きの全てを、お前は知ることになるだろう



 その石に文章を刻んだ人間は存在せず、それは思念を映し出す術式が込められた遺言の石。

 自動で文章を書き出すという点では放浪の賢者の予言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)に似た部分もあり、それが何を意味するかを知るのもまた、彼だけだろう。

 彼にとっては亡霊、すなわち闇精霊から身を隠し進むことは造作もない。古代ベルカのドルイド僧はそのような術を何よりも得意とする者達だ。

 だが、逆に培養槽から生み出される異形の魔物を屠るのに適しているのは中世ベルカの騎士である。ラルカスの業は物理的な破壊を主眼とするものではないため、彼が一人で遺跡に潜っていれば力尽きる可能性が極めて高い。

 それを、ただ一人で可能とする存在こそが黒き魔術の王。彼が戦闘能力ならば自分を超えていることを放浪の賢者は理解していた。故にこそ、探索の役を夜天の守護騎士へと託したのである。

 石碑に記された文の意味を知り得ぬ騎士達は前進する。第七層からはクラールヴィントの機能を以てしても念話を届かせることは難しくなっており、この石碑について放浪の賢者に聞くためだけに第六層まで戻るわけにもいかなかった。

 そして、第八層にはそれまで群れを成すように存在していた魔物や亡霊は出現せず、その静けさが逆に不気味とも言えた。

 だが、ここに至りし者達は全員が歴戦の強者。最深部に近付いた段階で敵の出現率が急速に低下した理由を、誰しもが言うまでもなく理解していた。

 第八層まで辿りつける猛者を相手に、最早雑魚は不要。

 用意すべきは、雑魚の群れではなく、強者をすら殺し得る強力なる個体。


 すなわち――――亡霊の集合体、遺跡の技術の結晶、闇精霊(ラルヴァ)の王


 【オ、オ、オ、オ、オ…!!】


 この第八層は他の階層とは明らかに作りが異なっている。迷宮の如き複雑さを持ち、狭い通路が入り乱れるこれまでの階層に比べ、ここは言わば大広間。

 天井までの空間はおよそ20メートルはあるだろうか、前後左右に広がる空間もところどころに巨大な柱が存在しているものの、100メートル四方はあるだろう。


 【オ、オ、オ、ァ、ァ…………オオオオオオオオオオオオァァァァaaaaaaAAAAAAAAAAA!!!】


 その叫び、いいや、嘆きは地上に届けとばかりに響き渡り、物体には何の影響も与えることなく人間の心を蝕んでいく。顕現した闇精霊の王はこれまでの黒い亡霊の大きさを遙かに凌駕し、高さだけでも10メートルはゆうにある。


 だが―――


 「あれは人型ではないな、これまでの亡霊は大型のものでもせいぜい2メートルほど、そして、いずれも人間になりそこなったような歪なヒトガタであったが――――」


 「亡霊の集合体なのだとしたら、人型を保てなくなるのも自明の理なのかもしれないわね。元々は人の残留思念に過ぎず、ここに留まっていたものが魔力素と結合して実体化したものに過ぎないのだから」


 「闇精霊となり集まって形を成そうにも、最早主体が定まらず、あのような溶岩ドームの如き形状にしかなりえない。不安定で今にも破裂しそうという点では特徴をよく表しているのかもしれませんが」


 ≪本当に破裂し、小型の亡霊が弾丸のように吐き出される可能性もある。注意は怠らぬ方がいい≫

 第八層にまで到達した者達が、この程度の聲で怯むことなどあり得ない。冷静に敵の正体を見定め、どう攻略すべきか戦術を脳内で練り上げていく。


 「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


 そして、闇精霊の王に続き、召喚陣より顕現する怪物たち。


 「新手か―――それも、二体」


 「片方は蛇、片方は鳥、どっちもかなり大きいわね―――――クラールヴィント、解析を」


 『Ja.』

 新た現れた二体の敵、それを油断なく見据えながら、湖の騎士はその正体を見極めるべくクラールヴィントに指示を出す。後衛の要である彼女は戦闘が始まる前こそが最大の活躍場であるともいえる。


 「鳥型の召喚陣は右、蛇型の召喚陣は左。確か、この空間の左右にも部屋があったはずですが、培養槽か何かがあり、そこから召喚されたのか、それとも」


 ≪最下層より、召喚されたか≫


 「しばらくは様子を見るぞ、後続が来るようならそちらを先に止めることも考えねばならんが、敵が三体だけならば奥に進む」

 当然、そのためには目の前の敵を打倒することが前提となるが、そんなものはまさしく論ずるまでもない。彼らは騎士であり、敵が立ちはだかるならば打ち破るのみである。


 「間違いないわ、あの蛇や鳥と、正面の亡霊の集合体は全く別の個体ね。ただ、魔力で編まれた身体を持っている可能性があるから注意して、蛇の表面から触手が出てきたり、鳥の翼が増えたりとかするかもしれない」

 亡霊の最大の厄介な点は、物理衝撃のみでは破壊できない点にある。魔力素を元に残留思念が顕現しているに過ぎない以上、魔力を伴わない攻撃を加えたとところで毛程のダメージも与えられず、リンカーコアを持たない人間にとっては悪夢のような存在と言えるだろう。


 「そうか、では私の相手は奴か」

 シグナムの見据える先には闇精霊(ラルヴァ)の王が鎮座する。物理攻撃は効かず、さらには触れることも危険な存在である以上、炎の魔剣レヴァンティンを振るう剣の騎士こそが亡霊退治には最適である。


 「地を這う蛇はザフィーラに任せた。わたしは、あの鳥型をやろう」


 ≪心得た≫
 
 地上での戦いならばザフィーラこそが最適であり、流石に大蛇が空を飛ぶとは考えにくく、仮に飛んだとしても高速機動が得意ではあるまい。そして、空を飛び回る巨鳥が相手ならば鋼の軛によって檻を形成することが可能なローセスが適任といえる。


 「行くぞ!」


 「おうっ!」


 ≪承知≫


 「クラールヴィント、補助を」


 『Jawohl.』

 シャマルの役割は言うまでの無く、全員の補助。また、この三体以外の敵が現れた場合の索敵役も兼ねている。

 嘆きの遺跡の最下層へ至る最後の門とも言える番人達と、夜天の騎士達の戦いが始まった。















 「紫電――――」

 三人の中で最初に接敵したにはシグナム。かつて、ベルゲルミルという大型の怪物を無力化させた時と同様に、無駄な牽制など行わず、初撃から渾身の一撃を叩き込み―――


 「一閃!」
 『Explosion!(エクスプロズィオーン)』

 炎の魔剣レヴァンティンより膨大な熱量が放射され、闇精霊(ラルヴァ)の王を切り裂き無に帰す。

 はずであった。


 「む!」


 【ヒキ……カエセ】

 彼女の炎は、闇精霊(ラルヴァ)の王に全く影響を与えていない、そればかりか―――


 「炎だと!」

 一瞬、10メートルを超える巨体が発光すると同時に、熱線とでもいうべき火炎の帯が全方位へと放射される。それはさながら火山の噴火の如く。飛行魔法を駆使しかろうじて回避に成功したが、まともに喰らっていればただでは済むまい。


 『Mein Herr.(我が主)』

 だが、それ以上に炎の魔剣はたった今放たれた攻撃に尋常ならざるものを感じていた。烈火の将に仕える彼だからこそ、それは決して看過出来ぬことだ。


 「どうした」


 『Die gegenwartige Flamme ist eine Sache und die gleiche Qualitat meines Herrn.(今の炎は、我が主のものと同質です)』


 「………なるほど」

 己の魂の言葉により、瞬時に彼女は絡繰に気付く、なるほど、そういうことならば自分の炎を無力化するのも容易であろう。


 「七層目まで随分“らしい”と思っていたが、なかなかどうして、やってくれるではないか」








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 ≪ふむ≫


 そして同じ頃、ザフィーラもまた敵の特性を見誤っていた事実を悟る。

 彼の標的は大蛇であり、その動きは俊敏と言えるものではなく、賢狼の速度に比べれば牛の歩みにも等しいものであった。故に、ザフィーラの爪牙は容易くその身を引き裂いたのだが。


 ≪切り裂かれた肉片がそれぞれ小型の蛇となりて再生、水の属性というわけか≫

 引き裂いた肉片はスライムの如き形状に変化し、蛇の身体も半透明に近い粘液のようなものに変化、シャマルが告げた形態変化の可能性は正鵠を射ていたようである。この敵は物理攻撃を無力化する特性を持った水の蛇、攻撃力はさほど高くはないが、再生力に長けている。

 そして同時に悟る。爪と牙による直接攻撃しか行えぬ自分ではこの敵を打倒する術はないことを。また、自分を相手にするのに敵の特性があまりにも都合が良いということも。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 「雷撃とはな」

 『Panzerhindernis!(パンツァーヒンダーネス)』

 他の二騎と同様、ローセスもまた苦戦と称すべき戦況にあった。敵が放った射撃型の雷撃をグラーフアイゼンのバリアが防ぐが、明らかに攻め込まれている状況だ。

 彼が相手する巨鳥、いや、怪鳥というべき存在は嘴や爪が攻撃手段ではなく、羽毛全体から放たれる雷撃。それは近接格闘を得意とするローセスにとっては攻撃の主力が封じられたことを意味する。

 すなわち―――


 <俺の戦法はカウンターが主体だが、敵が近付いてこない以上はこちらからいくしかない>

 敵が雷撃を身に纏わせた突撃などといった攻撃にでるならばやりようもあるが、この敵は常に中距離の間合いを保ったまま雷の特性を持つ射撃のみを放ってくる。また、飛行速度もローセスのそれを上回っており、彼から攻勢に出ても捉えることが出来ない。


 「ラケーテンフォルムの強襲も、無意味だろうな」


 『Ja, es ist eine uberlegene Strategie dafur, Feind zu sein.(ええ、敵ながら優れた戦略かと)』

 ラケーテンフォルムの噴出機構を利用した突撃は爆発的な推進力を与えるが、方向転換が効きにくいという欠点もある。対して、怪鳥はハチドリの特性でも有しているのか、空中で静止した状態からあらゆる方向へ高速で移動することを可能としている。

 さらに厄介なことに、己のサイズをある程度調整することすら出来るようで、ローセスが檻に捕えるように放った鋼の軛も小型化することによって容易くすり抜けていった。


 <どう考えても、俺の特性を考慮した上で調整されたとしか思えないな。つまりは―――>

 そして、三人の戦闘者はほぼ同時に同じ結論に達した。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






 【つまり、これまでの七階層までにおける私達の戦闘データを基に、彼らは作られたということね】


 【ああ、私が対峙している亡霊の集合体は私と同様の炎熱変換の特性を保有している。これでは、飛竜一閃を放ったところで何らダメージを与えられまい、火に火を放っても無意味だ】


 【こちらも同様です。明らかにわたしとグラーフアイゼンの特性を無力化するようにこの怪鳥は構成されている。おそらく、第一層でわたし達が戦い始めた時から、製造は始まっていたのでしょう】

 つまりは、これまでの敵は侵入者を迎撃するものであると同時に、その戦闘能力や特性を測るための物差しでもあった。

 階層を下るにつれて、難易度が上がっていくかのように出現する魔物や亡霊が強力になっていったのはつまりはそういうこと。敵の能力を測るならば、徐々にぶつける駒の強さを上げていくことこそが最も手っ取り早い手段である。


 【こうなると、私達が幾度も休息を取り、万全の体勢で臨んだことも、わざわざ敵に最高のデータを与えてしまっただけということか】


 【遺憾だけれど、そういうことになってしまうわね】


 【ですが、休息を取らずに突き進めば途中で力尽きていたことでしょう】


 ≪つまり、二段構えの罠≫

 侵入者が弱ければ即座に亡霊や魔物によって駆除されるのみ。

 侵入者が強くとも、第一層の敵に勝利し、“こんな程度ならば楽勝だ”と侮るような低レベルの戦闘思考を持っているならば、徐々に強力になっていく魔物や亡霊にやがては疲労し、朽ち果てる。

 そして、夜天の騎士達のように万全の準備を整え、慎重かつ速やかに進んでいく者に対しては、七層までの戦力は物差しとなり、最後の八層においてそれぞれの能力を封じる番人が用意される。

 夜天の騎士達が蛮勇に走らず、時間をかけて着実に進んできたことが、敵、いいや、防衛システムに最強の番人を作り上げる時間を与えてしまったというのも皮肉な話であり、優れた罠であることは疑いないだろう。


 だが――――


 【シャマルは私の代わりに闇精霊(ラルヴァ)の王を抑えてくれ。ザフィーラは私が水の蛇を蒸発させ次第、雷の怪鳥を仕留め、ローセスはそのための準備をすると共に、闇精霊の王に止めを刺す役だ。その際はシャマルと協力しろ】

 その程度のシステムで止められるならば、夜天の騎士がベルカ最強と謳われることなどあり得ない。


 【分かったわ】


 ≪承知≫


 【了解しました】

 将の指示を受け、即座に動きは始める彼らはまさに一流の戦闘者。聞くと同時にそれを実現させるための絵図をそれぞれが脳内に構築している。マルチタスクは騎士の基礎であると同時に奥義でもあるのだ。もっとも、ザフィーラは騎士ではないが。

 シグナムの炎は闇精霊の王に通じず、ザフィーラは直接攻撃しかできず、ローセスの鋼の軛では威力不足。

 水の大蛇に対してザフィーラとローセスは無力であり、唯一相性が良いシグナムは闇精霊の王と渡り合える唯一の存在であるため、そちらには応援に行けない。

 雷の怪鳥はローセスにとって天敵とも言える。ザフィーラならば抗しうるが、彼もまた自在に分裂して足止めをかける水の大蛇に阻まれている。

 そして、シャマルは補助役であるため、彼女の力では三体の番人を倒すことなど出来ない。いかにブーストによって他の騎士の力を上げようと、そもそも攻撃が通じない以上は意味を持たない。

 それが、嘆きの遺跡の防衛システムが導き出した結論であり、必至の戦略。

 だがそれは、これまでの第七層までの戦いにおいて、夜天の騎士達が全てのカードを出し切っていたならば、という前提があればの話であった。


 すなわち―――


 「ペンダルシュラーク!」
 『Verhaften Sie Verhutung gegen Bose.(捕縛結界)』


 「シャマル、こちらの準備が完了するまでは持たせろ!」
 『Ich fragte!(頼みました!)』

 シャマルが前線に出て闇精霊の王と相対し、代わりにシグナムが後方へ引き下がる。

 湖の騎士シャマルが前衛へ打って出、剣の騎士シグナムが後衛に下がるという第七層までの戦いはおろか、夜天の守護騎士の戦いを知る者ならば誰しもが仰天する光景。だが、自動制御の防衛プログラムを突破するならば、あり得ない手段こそが最適手となる。

 闇精霊の王をクラールヴィントのペンダルフォルムによって縛りあげ、その動きを封じる。一見無謀に見える行動だが、亡霊の集合体である闇精霊の王は他の二体とことなり俊敏さというものをほとんど持っておらず、その身体から繰り出される触手も、空戦適性を持つシャマルに躱しきれないものではない。


 さらに、湖の騎士シャマルは空間を超えて攻撃することを可能とし、つまりは遠隔操作が得意ということであり、闇精霊(ラルヴァ)の王を縛るクラールヴィントも手元から伸ばす必要はない。クラールヴィントから伸びる紐は螺旋を描くように闇精霊の王を取り囲み、その動きを封じる結界を構成するが、シャマルはその術式を紡ぎながら高速でその周囲を飛び回っていた。


 「熱線を撃てない貴方なんて、その程度の存在よ。こちらから攻撃を仕掛けないなら、大した脅威じゃないの」

 『Wirklich.(如何にも)』

 無論、クラールヴィントの結界とていつまでも闇精霊の王を捕え、熱線を封じられるわけではない。戒めが破られ、熱線が放たれればシャマルは間違いなく消し飛ぶことになるだろう。


 「レヴァンティン、炎熱変換機能を全開にしろ」

 『Jawohl!』

 しかしその間、剣の騎士シグナムと炎の魔剣レヴァンティンは完全にフリーとなり、全力の一撃を放つことが可能となる。


 その対象は無論、闇精霊の王ではあり得ない、どれほど威力を高めようともシグナムの炎では闇精霊の王を滅することは出来ないのだ。


 ならば―――


 「切り裂いてもそれぞれが独自に動き、再び融合する水の大蛇。ならば、まとめて焼き尽くすまでだ」


 『Mein Herr, der es verstand.(心得ました、我が主)』

 これより放つのは、彼女らにとって未完成の技。

 烈火の将シグナムが持つ炎熱変換資質を最大限に発揮する奥義であり、威力は飛竜一閃をも上回るが、全ての魔力を炎へと変換させるまでに十数秒という時間がかかり、この作業ばかりはカートリッジによって短縮することは不可能。

 つまり、一対一の戦いにおいてはまず使えず。騎士達が戦場を交錯する集団戦においてでさえ、味方の補助があったとしてもほとんど放つことは不可能と言える大技。

 だが、今対峙している相手には“臨機応変”という言葉は存在していない。第七層までの彼女らのデータを基に行動するだけであり、シグナムが“これまでにない行動”に出た場合それに有効に対処する手段を持たないのだ。


 「剣閃烈火!」
 『Explosion!』


 故に、剣の主従を阻む者は何もない。十数秒の時間をかけて変換された膨大なる炎熱はフレアの如き輝きを伴い、今まさに獲物目がけて解き放たれようとしていた。


 「火竜一閃!!」

 目指すべき完成形は逃げ場無き空間殲滅魔法であるが、現段階ではまだ砲撃魔法に区分される火竜の咆哮。

 だがそれは未完成とはいえ、水の蛇如きを蒸発、いや、消滅させるには十分過ぎるほどの威力を持っていた。








 「縛れ!鋼の軛!」
 『Explosion!』


 シグナムの火竜一閃が水の蛇を消滅させたタイミングに合わせるローセスはまさしく阿吽の呼吸。グラーフアイゼンの力を借り、魔力の波動による赤き杭の森とも言うべき檻を作り上げる。

 だがしかし、相手は自在に体長を変化させる能力を持つ高速機動型の怪鳥。身体が小さくすればいかようにも躱すことは可能であろう。


 ≪流石だ、ローセス≫

 とはいえそれも、攻撃者が一人きりであればの話でしかない。シグナムが水の大蛇を消滅させたことでフリーとなったザフィーラが、ローセスの作り出した檻を“身体を小さくして隙間をすり抜けようとしている”怪鳥を捉えることなど、卵を割るように簡単なことだ。

 陸の獣であるザフィーラが空を自在に飛ぶ怪鳥を捉えるのは本来ならば難業と言える。だが、鋼の軛で周囲が覆われた状況ならばその優位性は逆転する。

 後の経緯詳しく語るまでもない。鋼の軛に対して身体を小さくしながら高速機動での回避を試みた怪鳥は、待ちうけていた賢狼の爪によってバラバラに引き裂かれることとなった。


 「さあ、行くぞアイゼン!」

 『Gigantform!(ギガントフォルム)』

 残るは、闇精霊(ラルヴァ)の王ただ一体。止めを刺す役も既に定まっており、終幕は速やかに降ろされる。

 第七層までの戦いにおいてローセスが用いた戦術は近接格闘戦と、グラーフアイゼンの柄を伸ばし、槍のように振り回すことによる後方支援、そして、ラケーテンフォルムを用いた突撃からの鋼の軛が一度だけ。

 つまり、この闇精霊の王はギガントフォルムによる一撃への対処を考慮することなく作り出された存在なのだ。ならば、そこを突かない理由などなかった。


 「逆巻く風よ―――」
 ローセスの攻撃準備が整ったことを見てとったシャマルは、敵を捕縛するための術式を解き、ローセスを補助するための魔法を発動させる。

 戦況に応じて捕縛、回復、補助などの役割を瞬時に切り替える技能こそ、後方支援役が最も備えるべき能力である。高速飛行などはあくまで付随品に過ぎない。


 「ギガントシュラーク!!」
 『Explosion!』

 放たれる止めは、巨大な敵を丸ごと叩き潰す大質量の鉄鎚が、竜巻を纏って振り下ろされるという凶悪極まりない一撃であった。亡霊の集合体とはいえ、粉々に砕かれたところを竜巻によって磨り潰されたのでは再生のしようもない。


 【ヒキカ…エセ……】

 遺言の如き言葉を残しながら、闇精霊(ラルヴァ)の王は完全に消滅した。後には、何も残らない。

 終わってみれば、シグナムが念話によって指示を出してより1分を待たずして三体の敵は消滅。全体で見ても5分ほどに過ぎない短い戦闘であった。









ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国   嘆きの遺跡  最下層




 「随分と、あっさり見つかるものだな」


 「ここまで簡単だと逆に怪しくなるけど、伝承通りではあるわ。“ここまで辿りつける程の者ならば、これに踊らされることはあるまい”という話だけど」


 「つまりは、善か悪かが問題ではではなく、力無き者がこれを得ることこそが危険であると」


 「そういうことみたい。まあ最も、古代ベルカのドルイド僧が残した“精霊の守り”というものがあったらしいのだけど、それは大師父が“門”を開いていることで発動しないようにしているって」


 ≪古代ベルカのドルイドの業は、ドルイドにしか解けん≫

 夜天の騎士達が辿り着いた最下層には、特に何もなかった。

 いや、ここにはイストアという文明の叡智の結晶とも言える技術が眠っていたのであろうが、それらは欠片も存在しなかった。誰かが持ち去ったのか破壊したのかは定かではないが、代わりに在るのは古代ベルカのドルイド文字で刻まれた複雑にして巨大な方形の陣と、その中心に座する“竜王騎”の鍵のみ。

 もし、放浪の賢者がいなければ、この方陣は突破不可能の最後の障害として立ちはだかったであろうが、彼らは何の妨害も受けることなく中央まで歩き、普通に鍵を手に取ることが出来た。


 「しかし、これが最悪のロストロギアと位相を繋ぎ、門を開く鍵とは到底思えんな」


 「見た目は、ただの杖型のデバイスね。銘らしきものが刻まれてるけど…………これは、古代ベルカ語ね………ランドルフ、かしら?」


 「いずれにせよ、目的の物は得たのです、早急に帰還しましょう。白の国にサルバーンの手勢が押し寄せているかもしれません」


 「そうだな、シャマル、転送は出来そうか?」


 「ちょっと待ってて、クラールヴィント」

 『Ja.』

 ペンダルフォルムに変形したクラールヴィントを最下層に存在している方陣に接続し、シャマルはしばしの間目を閉じて集中する。

 やがて、目を開いたと同時に、彼女は弾むような声で告げる。


 「行けるわ。大師父の“門”とこの方陣は原理は良く分からないけど共鳴しているみたい。だから、この遺跡に存在する術式にはそれほど妨害されずに転送は出来るわ。“タリスマン”は姫様の下にもあるから、一人ずつならヴァルクリント城まで一気に送れる」


 「よし、それならば直ちに帰還するとしよう」


 「ええ、クラールヴィント、旅の鏡を」

 『Jawohl.』

 “タリスマン”という補助端末をクラールヴィントに接続し、シャマルは旅の鏡を形成し、鍵を持つシグナム、次にザフィーラ、ローセスの順で転送していく。


 「後は、私だけね」

 そして、最後は彼女自身を転送するために通常とは異なる術式を紡ぐ。それほど大差があるわけではないが、それでも一度閉じ、新たに旅の鏡を開き直す必要がある。



 だが、その一瞬が極めて危険であることに、彼女は気付かなかった。



 ここが嘆きの遺跡の最下層であり、苦労の果てにここまでたどり着いたということも、彼女、いや、彼女達の判断を誤らせる要因となっていた。

 シグナム、ザフィーラ、ローセスが先に転送された以上、最後に術式を紡ぐシャマルを守る存在はおらず、周囲を警戒する存在もいない。他ならぬシャマルが転送役なのだから至極当然の話ではあるが、もし襲撃者がいるならば、各個撃破の絶好の機会となる。

 他の三人は遠く離れたヴァルクリント城におり、後衛であるシャマル一人が遺跡の最下層にいる状態。



 その瞬間をこそ―――――黒き魔術の王は待っていた。




 「え!?」

 その魔法の発動速度は常軌を逸しており、シャマルの主観では気付けば自分は魔法の鎖に囚われていた、というものであった。


 「こ、これは……」


 「負傷することもなく、対して手間取ることもなく、この遺跡を踏破したことは褒め讃えよう。だが、まだ甘い。最後まで気を抜くな、目標を達成し勝利に酔いしれている時こそ隙が生じる。覚えておくが良い、若き夜天の騎士よ」

 屈強なる肉体、精悍なる顔立ち、目に宿る野心、そして何よりも、ただいるだけで人間を窒息させるほどの強大なる覇気。

 そのようなものを纏い、かつ、誰にも知られないまま嘆きの遺跡の最下層に現れ、夜天の騎士を束縛する。そんなことが可能な人間と言えばシャマルは一人しか思い当たらない。


 「サルバーン………いったい、どうやってクラールヴィントのセンサーを」

 転送を行う前、確かに彼女はクラールヴィントを方陣と連結させ、遺跡内部を探索し、転送の障害となる存在がいないかどうか確認したはずだ。

 にもかかわらず、この男は忽然とこの場に現れた。あまりにも不可思議、あまりにも不条理である。


 「私は放浪の賢者ラルカスの弟子であった。それだけでは答えとして不服か?」

 その言葉に呼応するかのように、シャマルの周囲に半透明の物体が現れる、形状から判断するに、これは犬であろうか?


 「これは……」


 「無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)。放浪の賢者の“眼”を欺こうと研究を重ねた時に開発した魔法の一種、授業料として受け取っておくがいい」

 サルバーンの右手が翠色に輝き、その輝きが同時にシャマルの脳に灯る。


 「な!?」


無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)
魔力によって生み出した猟犬を放つことで、その場にいながら探査・捜索を行うことを可能とする。
目視や魔力探査にかかりづらいステルス性能を持ち、目や耳で確認した情報を本体へ送信・記憶する機能を持つ。
精製時に込められた魔力が尽きるまで自立行動を行い続けることができ、その活動は術者の魔力に依存しないため、運用距離の制限はない。
陸・海・空を移動でき、セキュリティ・障害物を越えての建造物への侵入、機械端末にアクセスしての情報収集を行う。
猟犬の名の通り、単体での戦闘活動も可能であり、またその防御力も高い。並の騎士が相手ならば猟犬のみでの制圧も可能。



 シャマルの脳内に、自分が知る筈のない情報が刻まれていく。



思考制御
対象の脳内の「記憶」を捜査し、読み取ることを可能とし、同時に、対象の脳内に書きこむことも可能。
機能的にはマルチタスクの延長線上に在り、対象の頭脳を“自分のマルチタスクの一つ”に置き換える。
これを完全に制御する前提条件として、自身の記憶の読み取り・書き込みを完全に修める必要がある。それがないまま行えば記憶の混同の危険が伴い、廃人となる可能性もある。



 <まずい、それはつまり、私の持つ白の国の情報が……>


 守護騎士の参謀である彼女は白の国の“風の守り”やその他の施設の現在の状況を熟知している。白の国に攻め込む者にとって最も貴重な情報を持っているのは湖の騎士シャマルに違いない。

 さらに、彼女は回復役であり、ここが潰されれば消耗戦となった際に挽回する術がなくなる。戦争における定石とは正確な情報を集め、敵を上回る戦力を揃え、敵の補給を絶つこと。

 サルバーンはそれを一切の無駄なく行うために、あえて“竜王騎”の鍵を見逃した。確かにそれは最終目標ではあるが、目前の宝に目が眩み、戦略を乱すような愚は犯さなかった。


 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 精神攻撃による傷は通常の回復魔法では治療不可能。

 つまり、この段階で白の国は消耗する一方となり、回復役が潰された以上、サルバーンの軍勢を耐えきる術はない。数の優位というものは相手に回復する手段がない時に最も力を発揮する。


 「さて、我が師がここに来るまで一秒か、それとも二秒か」

 彼はこの僅かの時間を作り出すために、遺跡の入口で“門”を形成しているラルカスに対し己の手駒である騎士の半数を向かわせたが、時間稼ぎにしかならないことなど誰よりも理解していた。

 無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト) は遺跡探査の際に重宝したが、放浪の賢者の眼を欺ける程のものではない。ならば、そもそも目を向ける余裕をなくさせればよいだけの話であり、ここまでは彼の思惑通りに進んでいる。


 そう、それは白の国内部においても。









ベルカ暦485年  ヴィルヤの月  白の国  北西部  上空



 「手前は、サルバーンの騎士か?」

 白の国の上空において、ヴィータは存在を隠すこともなく、橙色の魔力光をたなびかせ堂々と飛来した敵手の前に立ちはだかり、その素性を問いただす。


 「ええ、黒き魔術の王サルバーンに作られし人造魔導師、ナンバリング01、名をシュテルと申します。この子は、私の愛機ルシフェリオン」


 「人造魔導師………?」

 対峙した相手は、ただ淡々と名乗った。

 自分は、作られた命であると、騎士を殺すために作られた存在であると。


 「我が主の命に従い、貴女を殲滅します」


 「はっ! やれるもんならやってみな。夜天の騎士の騎士見習い、若木が副隊長ヴィータ、参る!」









――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 「お前は何者だ、と聞くまでもないな。君のような幼い“若木”を僕は知らない」


 「幼いだと、随分と失礼な物言いだな」

 同刻、ヴィータと同様、リュッセもまた白の国へと侵略してきた敵手と相対していた。

 こちらも自らの姿を隠すことなく堂々と飛来し、その魔力光は青色、ちょうど、髪の色と同様であった。


 「どう見ても子供にしか見えない。若木の年少組よりも幼そうだ」


 「はっ! 僕をそこらのガキと一緒にしないことだな! 我が名はレヴィ! 黒き魔術の王サルバーンに作られし、えーと、第二の人造魔導師! ナンバリング02だ! そして、その相棒バル」


 「夜天の騎士の騎士見習い、若木が隊長リュッセだ。戦うならばさっさと始めよう」


 「名乗りの途中で邪魔するな! レヴィとバルニフィカス、お相手つかまつる!」


 <精神面が弱そうだ、ここは、搦め手で行くとしよう>








 黒き魔術の王がその姿を現し、ついに幕が上がる。


 雲と闇が交錯し、その果てに散りゆく者と後を継ぐもの。


 ここで終わる物語とここより始まる物語。


 その境界線は果たして―――




 時計の針が、加速していく







あとがき
 過去編も大分来ました。ここまでは過去編の一話が現代編の倍近くになっていましたが、ここから先は戦闘シーンが多くなるので可能な限り短く区切ろうと思っています。一章につき三部構成は変わらないと思いますが、分量はそれほど多くならないようにコンパクトに纏めるよう頑張りたいと思います。
 以前どこかで私の作品のオリキャラは全て“役割”から発生した舞台装置であり、性格などは後付けであるとかいたと思うのですが、サルバーンを筆頭とした敵役のオリキャラはまさにそうで、早い話がマテリアル三人が過去の時代に登場してもおかしくないように、“生命操作の業”を広める存在が必要で、その役割から違和感がないように性格や行動理念などを埋めていくことで形成されています。そういった意味ではローセスやリュッセも同様で、原作キャラ以外は全て原作をより良い形にするための要素として誕生しました。
そういうわけで、これから結構な数のオリキャラが登場しますが、戦争が始まった段階で登場するキャラである以上、役割は“死に役”でしかないので大半はあっさり退場すると思います。マテリアル達は原作ではいませんが、A’Sポータブルで原作者によって生み出されたキャラクターなので別です。それではまた。
 



[25732] 第十二話 地味な戦い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/03/29 19:46
第十二話   地味な戦い



新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 はやての部屋 AM6:30




 ピピピピピピピピピピピピピピ、カチ


 「ん、んんんん」

 目覚まし時計を止め、八神はやてはいつのも時刻に目を覚ました。

 何か、夢を見ていたような気もするが、それを明確に思い出すことは出来ない。


 「何やろ………凄く、悲しい夢だったような………」

 悲しさ、なのか、ひょっとしたら違うものなのか、それすらも不明。

 ふと隣を見ると、お気に入りにうさぎを抱えながら、赤毛の少女が気持ちよさそうに眠っている。


 「………ぬいぐるみ?」

 なぜ、その姿に違和感を覚えたか。

 若木であった少女は騎士となり、戦場を駆け抜ける存在となった。迫りくる黒き魔術の王の軍勢を迎え撃つ彼女に必要なものは、女の子らしいぬいぐるみではなく、騎士のための甲冑であり鉄槌。


 「……?」

 それを彼女は知らない、唯一知るはずの管制人格からすら、長き夜の間に失われてしまった夜天の物語。

 ただ、眠る時ですら少女が身体から放すことのない、ミニチュアのハンマーの形状をしたペンダントが、朝日を受けて鈍く輝いていた。









新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 桜台林道 AM6:35




 「福音たる輝き、この手に来たれ――――導きの下、鳴り響け――――――ディバインシューター、シュート!」

 なのはの左手の先に魔力が収束し誘導弾が生成され、彼女の意思に従い自由自在に飛び回る。

 その標的は以前も使用していた空き缶であるが、以前と異なる点があるとすれば―――


 「く、ううう」

 100回を超える回数、空き缶を壊さないように命中させていた彼女が、30回程でかなり苦しそうな顔をしているということだろうか。


 「あ!」

 そして、46回目にしてコントロールを失い、空き缶はあさっての方角へと飛んでいく。


 「はあ~」


 「あまり落ち込まないで、なのは、レイジングハートがあればもうほとんど大丈夫なはずだから」

 励ましの言葉をかけるのはフェレットモードのユーノ・スクライア。先日までは時の庭園で闇の書の関するデータの編纂やその他もろもろの作業を行っていた彼だが、時の庭園が第97管理外世界周辺に到着したため、転送魔法を用いてこちらへやってきたのであった。


 「レイジングハートが後どのくらいで直るのか、ユーノ君は聞いてる?」


 「えっと、トールの話によると、修復自体は完了しているんだけど、カートリッジシステムの搭載に手間取っているみたい。本局のマリエルさんっていう人にお願いしているらしいんだけど、インテリジェントデバイスに高ランク魔導師用のカートリッジを積むのはやっぱり難しいんだって」


 「そうなんだ………仮想空間なら一緒に頑張れるんだけどね」

 既に昨日、第97管理外世界の近くまでやってきた時の庭園でフェイトと共に仮想空間での訓練を行ったなのは。

 トールの言うように、経験を完全に肉体へフィードバックさせることは出来ないが、やはり長い間魔法が使えない状態では勘が鈍ってしまうため、その点では役立っている。

 普通の生活を行うならば特に必要はないが、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターと戦うならば、僅かの隙も致命傷になりかねないのだから。


 「よっし、もう一回!」


 「あまりやり過ぎないようにね、“ミード”と“命の書”でほぼ治ってはいるけど、リンカーコアがかなりの傷を負ったのは間違いないから」


 「うん、ユーノ君がいてくれるから大丈夫!」


 「あ、あははは……」


 最終的な部分でユーノ任せであるなのは、彼女の精神においてブレーキという単語はまだ未発達なようであった。

 最も、ユーノ・スクライアという少年もブレーキとして機能するかどうかは怪しいが。





新歴65年 12月5日  第97管理外世界付近 次元空間 時の庭園 AM6:41



 「アルカス・クルタス・エイギアス。煌めきたる天神、今導きのもと降りきたれ……」

 金色の髪の少女、フェイト・テスタロッサが天候操作の儀式魔法を紡いでいく。


 「バルエル・ザルエル・ブラウゼル……」

 彼女の使い魔、アルフがそれを補助し、時の庭園の空に厚い雷雲が立ち込める。


 「サンダーフォール!」

 天候操作により雷雲を発生させ、目標に落とす遠隔攻撃魔法サンダーフォール。


 魔法ではなく、自然現象としての雷を発生させるため、魔法を遮断する結界などでは防ぐことは出来ないという特性を持つが、非殺傷設定も不可能となるため、対人ではなかなか使いどころが難しい魔法でもある。


 「どうだい、フェイト」


 「やっぱり、バルディッシュがいないと威力が低い。それに、こんなに時間がかかってたらシグナムに何度も切られてるよ」


 「そっか、魔法を使う練習にはなるけど、あいつらを相手にするための訓練にはなりそうもないね」


 「フォトンランサーは撃てるけど、ファランクスシフトは無理だし………後は、サンダーレイジかな」


 「でもあれも結構隙が多いからね、ミッド式の魔導師相手ならともかく、古代ベルカの騎士が相手じゃ厳しいよ」


 「うーん……」

 なのはと異なり、フェイトの戦闘スタイルは移動砲台ではなく、高速機動からの近接攻撃に加え、距離が離れた際はフォトンランサーやアークセイバーを放ち、射撃魔法と同等のスピードで切り込むという戦術が基本となる。

 そのため、足を止めて詠唱を行い、魔法を放つという訓練では実戦においてほとんど役に立たない。アルフが壁役として時間稼ぎを行える状況ならば話は別だが、一対一となった際にはフェイトがずっと静止したまま魔法を放つ機会はほとんどない。

 いや、あるにはあるが、その場合も高速機動への“繋ぎ”としてのケースがほとんどであり、サンダースマッシャーなどの直射系砲撃魔法を放つ場合も、即座に切り込めなければ彼女の攻撃は完成しない。


 「おーい、どうだ~」

 そこに、デバイスが操る魔導人形が一体現れる。


 「あ、トール」


 「……なんだトールかい」


 「随分疎ましげだなアルフ」


 「あんたが来るとロクなことがない、っていうか、ロクなことがあったためしがないんだよ」


 「だが、それも今日までだ。本日はバルディッシュがないフェイトに良い物を持ってきてやったぞ、テスタロッサ家において唯一バルディッシュの代わりが務まるインテリジェントデバイスだ」

 そう言いつつ彼が取りだすのは、長さは60cmほど、特徴的なパーツは何一つなく、デバイスらしいといえばただそれだけが特徴といえる、ストレージデバイスに極めて近い杖。


 「これって……」


 「お前の母、プレシア・テスタロッサが幼い頃に使用していた魔導の杖だ。バルディッシュ程じゃないが、電気変換を持つお前の特性をそれなりに発揮できるし、インテリジェントだから多少の融通は利く」


 「そっか、母さんが使ってたんだ、ありがと………アレ?」

 フェイトがその杖を受け取った瞬間、トールが崩れ落ちる。


 「ど、どうしたのトール!」


 『私ならばこちらにおりますよ、フェイト』


 「え?」


 『それは、私が“電気変換された魔力によって動く魔導機械を操る機能”によって管制していた人形です。私の本体が中央制御室にあれば離れていても動かせますが、今は貴女の手の中に本体があるわけですから、接続が途切れた以上は動かなくなるのは当然の理です』


 「そ、そっか……」
 
 どうリアクションすればいいのか分からず、戸惑うフェイト。


 「まったくアンタは」

 と言いつつもさっさと手際よく人形を片づけるアルフ、この辺りの連携は流石というべきか。


 『さて、訓練を進めるならば早めに済ませてしまいましょう。今日は貴女の転校初日なのですから、万が一にも遅刻するわけにはいきませんからね』


 「うん、それじゃあ、行きます!」


 『Photon lancer Full auto fire.』

 直射型射撃魔法、フォトンランサーを放つと同時に、フェイトは空へ舞い上がる。その速度はバルディッシュがある場合とほぼ同等であった。


 「トールって、こんなに速かったの?」


 『いいえ、私単体では不可能なことです』


 「どういうこと?」


 『種明かしをするならば、貴女の高速機動を支援するための慣性制御に関する複雑な演算が私ではなく、常に私とリンクしているアスガルドが行っており、管制機たる私に演算結果を送信し続けているわけです。なので、私がやっていることは、貴女の人格モデルに沿って次の行動を予測することだけです』


 「なるほど」


 『当然、時の庭園内部でしか行えませんが、ここに限り、ファランクスシフトでも放つことは可能です。バルディッシュのデータもまた私の中に登録されており、アスガルドのリソースがあればそれを再現することは造作もないこと。ここは時の庭園、テスタロッサ家のデバイスの全てはここにあるのです』


 「そう、じゃあ……アルカス・クルタス・エイギアス……疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ……バルエル・ザルエル・ブラウゼル………フォトンランサー・ファランクスシフト!」

 時の庭園で生まれた子と、時の庭園を管制するための機能を与えられたデバイスが、空を舞う。

 その姿は、共に戦う相棒と言うよりも―――


 「なんでだろうね………自転車を練習している娘を、転ばないように後で支えながら押している父親のように見えるよ……」

 バルディッシュは、フェイトの全力を受け止め、彼女をさらなる高みへ羽ばたかせるために存在する。

 だが、トールは違う。彼がこのような機能を発揮できるのはこの時の庭園のみであり、フェイトと共に歩むことは出来ない。

 娘が庭で練習しているうちは、転ばないように支えることは出来るが、外に出て広い道を走るようになれば、転ばないように祈りながら見守るだけ。


 「………フェイトは今日から、なのはと一緒に学校に通う。巣立つ時が、近いのかな……」

 フェイトとアルフはこれからは翠屋の近くのマンションにて、ハラオウン家の人達と一緒に過ごす。

 だが、トールは誰もいなくなった時の庭園の中央制御室で、ただ演算を続けている。

 彼に託された最後の命題を果たすために。


 「アンタ自身はどう思って………いいや、意味なんてないね、だって、アンタは」

 使い魔とデバイスは違う。

 アルフが一人で時の庭園に残るとすれば、やはり寂しく思うだろう。例えそれがフェイトの幸せのためだとしても。

 だが、トールは違う、彼はただそのことしか考えない機械仕掛け。自分のことを考える機能をそもそも持っていない。


 それが悲しいとは、アルフは思わない。

 それこそが、デバイス達の誇りであることを、彼女は知っていたから。


 「早く帰ってきなバルディッシュ、フェイトと常に一緒にいられるのは、やっぱりアンタだけなんだよ。そして、アンタのいるべき場所は、フェイトの傍しかないんだから」












新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  AM11:02




 「クロノ君、駐屯所の様子はどう?」


 「機材の運び込みは済みました。時の庭園の中枢コンピュータ、アスガルドと連携していますから、かなり広域をカバーすることが出来ています。現在は周辺世界へのネットワーク構築にアレックスとランディが、現地にはギャレット達が向かっています」

 ヴォルケンリッターが日本語を話し、なおかつなのはを襲ったことを考えれば、やはりその主は海鳴市周辺か近県に潜んでいる可能性が高い。よもや、アメリカ在住ということはないだろう。

 闇の書を追うアースラスタッフの本部は時の庭園に置かれ、現在クロノがいるマンションはその牙城。ここから転送ポートで時の庭園へ飛び、そこから本局や周辺世界へと飛ぶことが可能となっているが、闇の書の主と最も近いであろう拠点がここなのである。

 本部としての機能は本来ならばアースラが担うべき役割ではあるが、整備中のため時の庭園が代行という形になっていた。


 「そう、ご依頼の武装局員一個中隊は、グレアム提督の口利きのおかげで指揮権をもらえたわよ。というか、もう少し融通を利かせなさいというところなんだけど、予算と責任の二つは人事部の最大の敵だから困るわ」


 「ははは……まあ、ありがとうございます、レティ提督」

 そのあたりはまだ、執務官であるクロノには何とも言えない話題である。武装局員の指揮権をもらった以上はその責任は艦長のリンディ・ハラオウンと現場指揮官であるクロノ・ハラオウンに帰結するが、予算に関しては前線組にはどうすることもできない。

 前線には前線の苦労があり、後方には後方の苦労がある。相互理解を深めながら支え合っていくのが最上であるのは分かっているが、なかなかそうはいかないものが人間社会というもの。


 「魔導師の被害が収まっているから、現状では派遣できる数は一個中隊が限界ね。被害が大きくなれば戦力も大量に投入できるというシステムは正直どうかと思うけど、それも、予算と人員が確保できればの話、地上部隊はもっと限られた条件でやっているんだから、贅沢は言えそうにないわ」


 「そうですね、限られた人員でやって見せます」


 「その意気よ、若者よ、大志を抱け」

 力強い言葉を残し、レティ・ロウランの通信が切れる。

 闇の書事件に限らず、エース級魔導師が必要とされる案件は、見込まれる被害の大きさによって派遣される部隊の規模が決定される。担当区域を定めて十分な戦力を常駐させることが出来れば、それに越したことはないが、そんな予算も人員もない。特に高ランク魔導師は数少ないのだから。

 そのため、本局や支局に集中させた戦力を、発生した事件に応じて各地に派遣するシステムを採用しているわけであるが、地上部隊は逆にそれぞれの担当区域が定まっており、戦力が十分とはいえないが、とりあえずの常駐体制は整っている。

 そのあたりの機構の違いも、本局と地上部隊の軋轢の要因の一つではあるのだろう。そのため、その橋渡し役である地上本部は、クラナガンの治安を維持する常駐部隊としての特性と、各世界の地上部隊の応援要請に応じて必要な戦力を派遣する中央組織としての特性の両方を備えている。

 そうした面では、10年後に発足される機動六課は“予想される事件に対して予めエース級魔導師を集結させた”という点で本局初の試みであり、まさしく“実験部隊”であった。逆に言えば、ようやくそれが可能となる程度には管理局の体制も整いだしたということなのだが。

 しかし、今はまだ新暦65年。闇の書事件のようなエース級魔導師が何人も必要となる案件に対しても、限られた人員であたらねばならず、増援が見込めるのは被害がさらに広がるか、闇の書が暴走状態に入った時。

 若き執務官の苦労は、当分尽きることはなさそうである。









 「おう、クロノ君、どう? そっちは」


 「武装局員の中隊を借りられた、捜査を手伝ってもらうよ」

 リビングにて、冷蔵庫からオレンジジュースを引っ張り出していたエイミィが声をかけ、クロノもスクリーンを起動させながら応える。


 「そっちは?」


 「よくないねー、昨夜もまたやられてる。まあ、魔導師の被害が出なかったのはいいことなんだけど……」

 エイミィがコンソールを操作しながら、昨夜の守護騎士の動きについて解説していく。


 「これまでより、遠くの世界で蒐集を行っているみたい。とは言ってもグレアム提督が張ってくれた封鎖線の内側ではあるから、そっちの方はまあいいんだけど、問題はこっちで」

 映し出された画面に、クロノの表情が強張る。


 「これが、ギャレットからの映像か?」


 「うん、ヴォルケンリッターのそっくりさん、というか、ほぼそのまま」


 「闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター。彼らを倒したところで蓄えたページを消費することによって再生は可能だが、それだけでもないようだな」


 「ダミーなのは間違いないんだけど、トールの解析によるとこいつらも闇の書のページを消費して作られた存在だろうって」


 「厄介だな、通常の解析手段では見分けることは困難か、守護騎士とはいえ、戦闘状態じゃなければ魔力反応はそれほど大きいものじゃない、密度で見分けるのも厳しい」


 「というか、高魔力反応を撒き散らしながら蒐集するアホはいないもんね。可能な限り魔力は抑えて行動するはず」

 さらにエイミィがコンソールを操作し、時の庭園と通信が繋がる。


 「どう? トール、そっちは」


 【残念ながら、有益といえるものはありませんね。とりあえず二つほど本物と偽物の相違点を発見しましたが、どちらも状況によっては決め手とはなりえません】


 「君の手元にある情報は、ギャレットが得た偽物のデータと、昨日の魔法生物からの蒐集状況と、これまでの守護騎士に関するものだったな」


 【はい、守護騎士が蒐集を行った世界はまだ網が張られていませんでしたので、サーチャーによって蒐集が終わった後の様子を記録したものに過ぎません。偽物の方はギャレット捜査員のおかげで良いデータがあるのですが】


 「その中から君が発見した相違点とは?」


 【まず一つ目は、彼らの飛行速度です。先の戦いにおけるデータにおいては、守護騎士の飛行速度にそれほど差はありませんでしたが、盾の守護獣は若干ながら遅く、湖の騎士もまた然り。しかし、偽物の場合は四騎ともほぼ同一の速度で動いていました、恐らく、一人の操り手が四騎全てを操作していたのでしょう】


 「なるほど、それぞれが自律行動を取れるならば能力に応じた個体差が出て然り、特に後衛型の湖の騎士にはそれほど高速で移動する意味はないはずだ」


 【ええ、ですから湖の騎士シャマルが風のリングクラールヴィントによって四騎の偽りの騎士を操っていた、と考えられます。私が直接知ったデバイスは彼女のみですが、クラールヴィントはそのような機能に特化したデバイスです。ただし、今後もそれが共通する保証はありません】

 確かに、現段階では偽りの騎士達は同じ速度で動いていた。しかし、これはあくまで一度目に過ぎず、二度目以降は手法を変えてくる可能性も十分に考えられる。


 「個体ごとに飛行速度を変えながら四騎同時に操作することが可能か否か、そこがポイントか。まあ、操作性重視で数を減らしてくる可能性もあるが」


 「うーん、現代の魔導師なら予想もつくけど、古代ベルカ式の後方支援型と支援に特化したデバイスの組み合わせなんて、他に聞いたことないし」


 「聖王教会に二人ほど古代ベルカ式の使い手がいるのを知っているが、デバイスまでは知らないな。そもそも、支援に特化したアームドデバイスという存在があり得ない」


 【でしょうね、武器としての特性を突き詰めたデバイスこそがアームドデバイス、その定義に沿うならばバルディッシュの方がクラールヴィントよりも数段アームドデバイスと呼べるはず。しかし、彼女はアームドデバイスです、それは私が保証できます】

 デバイスを管制する機能を持った古いインテリジェントデバイスは語る。

 風のリングクラールヴィントは、アームドデバイスであったと。


 「まあ、そこは今議論しても仕方ないが、もう一つの相違点というのは?」


 【守護騎士の組み合わせです。偽りの騎士は鉄槌の騎士ヴィータと盾の守護獣ザフィーラ、剣の騎士シグナムと湖の騎士シャマルが二人一組で行動しておりましたが、これまでの状況から考えるに、前者の組み合わせはありましたが、後者の組み合わせは確認されておりません。いえ、それ以前に】


 「偽物を操作しているのが湖の騎士ならば、彼女が蒐集に現れるはずがない。少なくとも、湖の騎士が現れた場合、それは偽物である、ということになるな」


 【ですが、こちらも今後の展開次第なのです。偽物を三騎に抑えることで、飛行速度を調整できるだけの余裕が生まれる可能性もありますし、その先入観を逆手にとって湖の騎士自身が出てくることも考えられます。転送役である彼女とクラールヴィントが先に飛べば、仲間をすぐに呼び寄せることが出来、かつ、撤退もやりやすくなる】


 「先入観か、君は縁がない言葉じゃないか?」


 【そうですね、我々は確率モデルを構築し、それぞれに確率を振り分けますから、全ては“あり得る”こととなり、“そんな馬鹿な”という事態が起こるとすればただ一つ、モデルを構築する際の要素が不足していた。それしかありません】


 「つまり、これまで全く知られていない能力が出てきたら、貴方のモデルは再構築しなきゃいけなくなるから、それまでのものは全く使えないと」


 【ええ、そしてその瞬間から新たなモデルの構築を開始し、それのみにリソースを費やします。人間と違う点は、失敗を悔む時間をそのまま次の策の構築に回すことでしょうか】

 人間と異なり、機械は0と1の電気信号で動く。

 ならば、“切り替えの早さ”というもので人間が機械に敵う道理はない。文字通り、スイッチのように切り替えることが出来るのだから。


 【まあそういうわけで、現段階における私の結論は“データ不足”、これに尽きます】


 「なんともありがたい意見だが、逆に腹が据わっていいかもしれない」


 「だね、現段階で守護騎士を捕らえようとして無理した挙句に空振るよりは、地道に着実に積み重ねていった方が良さそう」


 【まずは、包囲網を完成させることですね。私とアスガルドとサーチャー、オートスフィアのネットワークも完璧ではありませんし、アースラのクルーが如何に優秀とはいえ、慣れない機材では本領を発揮できません。網が完成し、彼らが現在の指揮系統に完全に慣れた時にようやく、守護騎士捕縛計画を練る準備が整います】


 「“将を射んとするならばまず馬を射よ”、なのはの国の格言だったかな」


 「勉強熱心だねクロノ君」


 「いや、フェイトの勉強に付き合わされただけだよ」


 「いいお兄ちゃんしてるねえ」


 【いいお兄ちゃんですね】


 「君まで言うな、トール」

 若干赤面するクロノ、敏腕の執務官ではあるが、こういうことには免疫が薄い。


 「ともかく、当分は観測スタッフと捜査員達の出番で、なのはやフェイトの仕事が来るのはもうしばらく先だな、遭遇戦がない限りは」

 そして、何事も予想通りにはいかないこともクロノは熟知していた。いや、現実というものは周到に策を練れば練るほど、それを嘲笑うかのように予想外の展開を見せるものだ。

 だからこそ、いざという時に臨機応変の対応はかかせない。緊急時に普段通りのマニュアルでしか動けない者は二流止まり、そういう時に的確に動けるものを一流と呼び、普段のマニュアルすらこなせないものを三流と呼ぶ。

 そして、臨機応変に動くことも、普段のマニュアルを正確にこなせるからこそ可能となる。ギャレットが言ったように、根となって支える者達の支援があるからこそ、次元航行部隊やその切り札である執務官は動けるのだ。基礎があってこその応用であり、いきなり応用を成そうとして上手くいくはずもない。

 まあ、中にはそれを成せる怪物もいるが、それらは単なる“別枠”であり、“人間社会の歯車”を効率よく回す助けにはならない。むしろ、規格外の歯車が混ざれば、機構そのものを軋ませてしまう。“SSSランク越えの完全無欠の超人”など、人間社会にとって百害あって一利なし、神は信仰の対象であるからこそ意味があり、実在すれば魔王にしかなりえない。

 人の世界の機構である管理局の司令官であるリンディや指揮官であるクロノは、あくまで一般の局員を基準とした対応策を練らなくてはならない。なのはやフェイトのような強力な才能を前提とした策はマニュアル足りえず、一般の捜査員と一般の武装局員の力によって、守護騎士を捕捉するまでは成さねばならないのだ。



 ただし―――



 【遭遇戦の場合は、アースラが借り受けた武装局員一個中隊が強装結界でもって抑え、エース級魔導師を投入する。といったところでしょうか?】


 「そうするしかないだろうな、個人の能力に頼った作戦は褒められたものじゃないが、緊急時にはそれも必要だ。だが、あくまで本命は観測指定世界で守護騎士を待ち伏せし、こちらの有利な条件を整えた上でエース達が全力を出せる状況を作り出すこと」


 「なのはちゃんとフェイトちゃんの能力は戦闘に特化してるからねえ、まずは守護騎士達が逃げられない状況を作らないと、撤退させないようにしながら戦わなきゃいけなくなるし」


 【武装局員による強装結界だけでは足りませんね、それらはあくまで物理的な障害であり、力ずくでの突破が可能なもの。理想は、精神的な壁、力だけでは突破できない概念の檻こそが望ましい。守護騎士がプログラムに沿って動いているだけならば、それも容易なのですが】


 最初の戦闘における守護騎士の戦いはそれに近いものがあった。

 全員が姿を現すというリスクを負った以上は、戦果なしでは引き下がれない。そういった精神的な壁は純粋な力では打ち破りにくい、焦りはミスを生み、それが悪循環を作り出す。

 ただし、前回の戦いはなのはが潰されており、フェイト達も敵の正体が分からないまま交戦しているという不利な状況から始まったため条件はほぼ五分であった。しかし、双方が目的と能力を知っている状態で待ち伏せが出来れば、今度はこちらが有利となる。


 「守護騎士に別の目的があるとしたら、主が絡んでのことしか考えられないけど」


 「闇の書の蒐集を進める最終目標、それが鍵となるかもしれないな」


 【守護騎士は獲物を殺すつもりがない、さらに、その行動には制限がある。現在の情報だけでは何とも言えませんね、やはり、情報が不足しています。現状は、互いに腹を探り合う序盤戦、といった具合でしょうか】


 「じゃあ、ある程度蒐集が進んで、こっちの捕縛準備も整った段階が中盤戦かな?」


 「そして、闇の書が完成するか、僕達の罠が守護騎士を主ごと捕らえるか、どちらが勝つか瀬戸際の終盤戦、といったところか」


 【私とアスガルドが演算するシミュレーションならばそのように進むのですが、現実というものは未知のパラメータに満ちておりますから、その辺りは人間である貴方達にお任せするより他はありませんね、機械に出来ることは、人間の手伝いだけです】

 機械が物事を解決するなどあり得ない、古いデバイスはそう語る。

 彼はただ舞台を整えるのみ、望む結末があるのは人間だけであり、そもそも機械には望む結末がない。

 トールというデバイスはプレシア・テスタロッサが望む結末、“フェイト・テスタロッサが幸せになること”を実現するための舞台装置、それが、今の彼であり、これはもう二度と変わることはない。


 アースラと守護騎士の戦略の読み合いという、地味な戦いはなおも続く。












新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 PM0:33





 「それじゃあ、はやてちゃんの病院の付き添い、お願いね、シグナム」


 今日ははやての診察の日であり、シグナムが付き添うこととなっている。


 今日は月曜日であり、本来ならば学校に通っている時間帯、その時間を病院へ行くことに充てなければならないというのが八神はやてという少女の現実であり、それはさらに悪くなっていく。


 「ああ、ヴィータとザフィーラは、もう?」


 「出かけたわ、前回の偽物も今日くらいまでなら保つと思うから」

 守護騎士達にはユニゾンデバイスと同等の“コア”があり、己の力のみで魔力を生成できる。

 しかし、1ページ分の魔力で作り出した偽りの騎士にはそれがない。込めた魔力は飛行魔法を行使すれば徐々に減っていく一方であり、シャマルが魔力を追加することは出来るが、消耗品であることに変わりはない。

 それはまさしく、現在彼女の膝の上にある物体のように。


 「カートリッジか」


 「ええ、昼間のうちに、作り置きしておかなくちゃ」


 「すまんな、お前に任せきりにして」


 「バックアップが私の役目よ、気にしないで」


 「………そうだな、我々にはそれぞれの役割がある。それを果たすだけだ」

 夜天の守護騎士には明確な役割分担が成されており、それは彼女らが人であった頃から変わらない。

 故に、彼女らが自らを恥じるとすれば、仲間に負担をかけることではなく、己の本分を果たせなかった時だろう。

 シグナムならば、敵をその剣、レヴァンティンでもって打ち破れなかった時であり。

 シャマルならば、仲間が傷付いているその時に、治療することが出来なかった場合。

 故に、湖の騎士シャマルにとって、カートリッジの生成や、探索役を引き受けることなど苦でも何でもない。

 自分の能力が必要とされる時に、何も出来ない以上に辛いことなどないのだから。








新歴65年 12月5日  第78観測指定世界  日本時間  PM5:16




 「はあっ、はあっ、はあっ」

 牙をと石柱の如き甲羅を備えた巨大な亀。

 そう表現すべき魔法生物を仕留めた少女は、砕いた甲羅上に立ち、息を荒げていた。

 そして、その体内から青緑色のリンカーコアが摘出され―――


 「闇の書、蒐集」

 『Sammlung. (蒐集)』

 呪われた闇の書、そう呼ばれるロストロギアへと飲み込まれ、白紙のページを満たしていく。


 「今ので、3ページか」


 「くっそ、でっけえ図体して、リンカーコアの質は低いんだよな。まあ、魔導師相手よりは気が楽だし、効率もいいけど」

 鉄槌の騎士ヴィータがそのように言うことそのものが、主はやてが我々に与えてくれた何よりの贈り物なのだろう、と、盾の守護獣ザフィーラは思う。

 彼女の役割は、先陣を切って突撃し、敵を粉砕すること、ならば、相手が何者であろうとも容赦などしない。魔導師を相手にするよりも気楽であるということは、今のヴィータはかつてのヴィータとは違うということだ。

 だがそれは、長い夜の中で彷徨い、心ない主の下でただひたすらに殺戮と蒐集を行っていた頃のヴィータと比較してか。


 あるいは――――


 「次行くよ、ザフィーラ」


 「ヴィータ、休まなくていいのか?」


 「平気だよ、あたしだって騎士だ。この程度の戦闘で疲れるほど、柔じゃないよ」

 古の、ベルカの騎士としての彼女と比較してのものなのか。


 「………」

 それは、ザフィーラにも分からない、そも、彼の持つ記憶も朧気であり、完全に失われている記憶も多い。

 故に、それを知るとすれば、ただ一つだけだろう。


 「行くよ、アイゼン」

 『Jawohl. Mein Herr.(了解、我が主)』


 カートリッジの補給を済ませ、己の魂へと語りかける少女へ、鉄の伯爵グラーフアイゼンは応える。

 貴女こそ、我が主であると。

 我が存在の全ては、貴女のためにあると。

 この身が幾度砕けようと、貴女の魂で在り続けると。


 かつて盾の騎士の魂であった鉄の伯爵は――――確かに応えていた。





=================

 故に獣殿やサタナイルは人間組織を破壊してしまうんですよね、それがモデルのサルバーンも同じ要素を持っていたりしますが。



[25732] 第十三話 それ行け、スーパー銭湯
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/03/31 12:38
第十三話   それ行け、スーパー銭湯




新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  PM3:33




 「うわあ、でっけえ車」


 「ほんまや、キャデラックのリムジンやね」


 「キャベジンの、リラックス?」


 「ふふ、まあそんな感じや、おっ、信号青や、ヴィータ」


 「オッケー、はやて―――発進!」


 「レッツゴー!」

 笑い合いながら横断歩道渡る二人の少女、9歳程度と見られる黒髪の子は車椅子に乗り、それより僅かに幼く見える赤髪の子が車椅子を押している。

 外見から考えれば、いくら9歳程度の小柄な少女とは言え、人を乗せた車椅子を押すのは8歳の少女には厳しいように感じられるが、ベルカの騎士たる彼女にとってはまさに造作もないことであった。


 「おーい、早くしろよー!」

 「うっせーよー」

 「お前が速いんだって」

 すれ違うように、小学生程度の男の子達が元気に駆けていく。


 「はあ~、そういや下校時間だったんだな、道理でうっせえと思った」


 「皆元気でいいことや」

 この辺りの発言は年相応どころではなく、はやての精神年齢の高さが伺える。


 「あの白い制服って、あれだよね、えっと………はやてに写真見せてもらったあの子の」


 「そうやね、すずかちゃんの学校の制服や、ヴィータ、学校に興味あるか?」


 「え? い、いや、別にんなことはないけど」


 「ヴィータは………一年生くらいかな? 制服着たら、かわいいやろなあ」

 後にヴィータが着ることになるのは学校ではなく、管理局の制服となるが、それは先の話である。


 「う……かわいいのは……苦手だな、あっ、シグナムだ」


 「ほんまや、シグナムー!」




■■■




 「シグナム、買い物カート持ってきてくれておおきにな」


 「いえ、シャマルの指示ですから」


 「帰りに買い物してくんだよね、はやて、アイス買っていーい?」


 「いいけど、Lサイズはあかんで、ヴィータがまた食べ過ぎて、お腹痛くしたらあかんしな」


 「うう………人の過去の傷跡を……」

 多少へこむヴィータ、アイスの食い過ぎでお腹を壊したという過去は、彼女にとって黒歴史でしかなかった。


 「そういえば、先ほどは何かお話の途中ではありませんでしたか?」


 「ん、ああ、学校の話やったね」


 「ああ、別に何でもない話だったけどさ」


 「学校ですか………石田先生がおっしゃってましたね、貴女の足がもう少しよくなれば、きっと復学も出来ると」


 「ふふ、石田先生らしい励ましやなあ………わたしは別に、学校に行っても行かんでも」


 「そうなの?」


 「わたしが家におらんかったら、皆のお世話が出来んやんか」


 「すいません……お世話になっております」


 「感謝してます……」


 「ふふふ、闇の書と守護騎士ヴォルケンリッターの主として、当然の務めや」


 何気に家事のスキルが低いことを気にしている二人、人間であった頃から騎士であった彼女らにとって、家事とは自分でやることではなかった。彼女らの役割は別にあり、そも、家事が出来る騎士など存在する時代ではなかったから。

 そして、今は空いている時間のほとんどを蒐集に費やしているため、家事を引き受ける余裕もない。そして何よりも、はやて自身が家事を引き受けたいと思っていることが最大の理由であった。

 これまで、ただ一人きりで生きていた八神はやてという少女にとって、自分が生きている意味というものは希薄であった。仮に、“危険なロストロギアを貴女ごと凍結封印する”と言われても、それならそれで構わない、誰かに迷惑をかけながら生き続けるよりはいいと思っていただろう、自分がいなくなったところで悲しむ人などいないのだから。

 しかし、今の彼女はそうではない。八神はやては闇の書の主であり、守護騎士達の衣食住の面倒を見なければならない。それは、彼女が生まれて初めて見出した“生きる意味”であり、四人の家族を得て、八神はやてという少女の人生というものが本当の意味でスタートした。そのように、彼女自身が思っている。

 だから、彼女は今幸せなのだ。例え学校に行けずとも、家族と共にいられるのであればそれだけで十分、逆に、健康な身体になったところで、シグナムも、ヴィータも、シャマルも、ザフィーラもいないのであれば、そんなものに意味はない。それならば、不自由なままの方がずっといい。

 そう願うからこそ、彼女が蒐集を命じることはなく、そのような主であるからこそ、ヴォルケンリッター達は誓いを破ることになろうとも、自分達が消滅することになろうとも、彼女を救いたいと願う。

 最適解は“健康になった八神はやてが家族と幸せに過ごす”のただ一つであるというのに、近似解になったとたんに別々のものとなってしまう。それが、人の世の覆せぬ法則であり、それを知る古い機械仕掛けと、その相棒の巨大オートマトンは最適解を導き出すための演算を既に開始している。


 クラールヴィントとの接触によってもたらされた僅かな情報は、大数式を回す要素となっていた。







新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  八神家  PM4:04



 「お帰りなさい、はやてちゃん」


 「ただいま、シャマル」


 「買い物、はいよー」


 「ありがとう、ヴィータちゃん」

 ヴィータから買い物袋を受け取るシャマル。全くの余談だが、家庭用レジ袋はまだ普及していないようである。


 「主はやて、失礼します」


 「うん」


 「よっ、と」

 車椅子からはやてを抱え上げるシグナム、彼女がやると自然と絵になるのが不思議であった。


 「やっぱり、シグナムの抱っこはええ感じやなあ」


 「そうですか」


 「はやてちゃん! 私の抱っこは……駄目なんですか………」


 「甘いでシャマル、シャマルの抱っこは、素敵な感じや」


 「わあい!」


 「どっちが上なの?」


 「さあて、どっちやろな」


 「行先は、リビングでよろしいですか?」


 「よろしいよ」

 仲の良い家族。

 その光景を表現するのに相応しい言葉は、それ以外になかった。


 「さて、ヴィータちゃん、車椅子のタイヤ、拭いてきてくれる?」


 「あいよー」


 「ヴィータ、おおきにな」


 「すぐ綺麗にしてもってくるかんね」

 ヴィータが玄関に向かい、シャマルは買い物袋から中身を取り出しテーブルに並べていく。


 「ちくわに大根、昆布にさつま揚げ……今夜はおでんですか?」


 「当たり、じっくり煮込んでおいしく作るから、楽しみにしててな」


 「はい」









新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  ハラオウン家  PM4:27



 「ただいまー」


 「お邪魔しまーす、あれ? 今日はエイミィさん達いないの?」

 すずかやアリサと別れ、帰宅したフェイトと一緒にやってきたなのは。

 しかし、闇の書事件の前線基地でもあるハラオウン家には現在誰もいなかった。本部である時の庭園に管制機がいる以上、通信や指示を出す面で特に問題はないが。


 「うん、リンディ提督とクロノは本局で、エイミィはアレックス達のところに行くって」


 「そっか、ユーノ君とアルフさんもお手伝いに回ってるから、わたし達だけなんだ。出来ることがないのって、結構寂しいね」

 二人の役割はヴォルケンリッターに対する主戦力、ぶっちゃけ、捕捉するまではやることがなく、捜査組を手伝える技能もなかった。


 「なのはもまだ本調子じゃないし、無理しちゃだめだよ。その間は、わたしがなのはを守るから」


 「うん、ありがとう、フェイトちゃん」


 「もちろん、本調子になってからもだよ?」


 「にゃはは、言われなくても、分かってるよ」

 とはいえ、フェイトの能力は壁役には向かないため、二人で組んで敵を殲滅するという表現が妥当だが、それは言わぬが華であろうか。


 「はぁ~、でも、やっぱり早く万全にしたいなあ、レイジングハートと一緒に考えた新魔法、もう少しで完成だったから」


 「そうなの?」


 「うん、レイジングハートも色々考えてくれるから、頑張らないと、って」


 「いいね、レイジングハートは世話焼きさんで、―――バルディッシュは無口な子だから……なのに無理するし、大丈夫?って聞いても、Yes sir. ばっかりだし」


 「あはは、バルディッシュはそうだよね。でも、トールさんみたいになったらそれもそれで……」


 「ええと………あまり考えたくないね」


 見事に意見が一致した二人であった。








新歴65年 12月5日  第97管理外世界  海鳴市  ハラオウン家  PM5:03




 「お風呂かげん良し、っと」

 なのはと軽い訓練を終えたフェイトは、浴槽になったお湯の温度を確かめ、リビングへ向かう。

 ビルの屋上での訓練であり、結界担当のユーノやアルフもいないので高速で摩天楼を飛び回るような真似はしなかったが、それでもある程度は汗をかいているので風呂に入りたくもなる。


 「なのは、お風呂、お先にどうぞ」


 「そんな、フェイトちゃんのお家なんだから、フェイトちゃんお先に」


 「ああ………ええと、うん……いえいえ」


 「どうかしたの…………ひょっとして………心の準備が出来てない?」


 「! な、何のことなのは、お風呂に入るのに、心の準備なんて必要なわけないないないな」

 明らかに混乱しており、後半は言葉になっていない。

 フェイトとしてはなのはと一緒に入りたいのだが、自分から普通に切り出せる性格ではないことを時の庭園の管制機は知っていたため、“なのはと一緒に入りたい”というフェイトの願いを叶えるべく策謀を巡らしていた。

 その一環として、なのはは自動洗浄マシーンの餌食となり、フェイトも先日餌食となった(なのはの尊い犠牲のおかげで改良されていたので、なのはよりソフトではあったが)。二人が共に一人で入ることが苦手となったならば、最適な結論はただ一つ。

 だが、それでも中々言い出せなかったフェイトではあるが、感受性というか、そういう面での勘が鋭いなのはは、フェイトも自分と同じ体験をしたのだと察した。彼女がフェイトに先に入るように勧めたのも、心の準備をするためであったりもしたが、そこは割愛。


 「だったら、フェイトちゃん、一緒に入ろう」


 「え? い、いいの」


 「実は……わたしもトールさんの洗浄マシーンに……」


 「そうなんだ………」

 そして明かされる真実、幼い二人では腹黒デバイスの真の目的までは察しえなかったが、苦楽を共にしたという認識は彼女らの友情をさらに堅固なものとしていた。そして、同時に誓った、いつかあのデバイスをギャフンと言わせて見せると。

 まあ、管制機が“最終兵器”を開発中であると聞いた瞬間に、その誓いは次元の彼方へ消し飛ぶこととなるが、それはまた別の話。


 「たっだいまー」

 そこに、エイミィが帰還。


 「おう、なのはちゃん、いらっしゃい」


 「お邪魔してまーす」


 「おや? 二人ともお風呂場前でその格好ということは、お風呂はまだ?」


 「はい、フェイトちゃんと一緒に入ろうって」


 「そいつはグッドタイミング」


 「ふぇ?」

 その瞬間、インターホンの音が響き渡る。


 「こっちも、グッドタイミング」


 「こんにちはー、お邪魔しまーす!」


 「お姉ちゃん?」


 「美由希さん?」

 驚愕は幼い二人のもの、彼女らの持つ人間関係の情報からでは、美由希がここにいる理由が導けなかった。


 「いらっしゃい、美由希ちゃん」


 「エイミィ、お邪魔するよ」


 「エイミィさんと、お姉ちゃん、いつの間に仲良しに?」


 「いやほら、下の子同士が仲良しなら、上の子もねえ」


 「意気投合したのは、今日なんだけどね」


 「うえええ」

 なのはとフェイトが長い時間をかけ、何度も戦い親友になったのに比べると、電撃的としか言いようのない二人。高町美由希とエイミィ・リミエッタ、やはりただ者ではない。

 とはいえ、リンディ・ハラオウンとプレシア・テスタロッサも同じようなものであり、親友になるのに時間は関係ないということだろうか。それとも、なのはとフェイトが不器用過ぎるだけなのかもしれない。


 「それで、ほらこれ、美由希ちゃんが教えてくれたの」


 「海鳴スパラクーア、新装オープン?」

 このような成り行きによって、なのはとフェイトがアリサとすずかを誘い、6人でスーパー銭湯へと出かけることとなった。











新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  八神家  キッチン・リビング PM5:05



 「うん、仕込みはオッケー」


 「はあ~、いい匂い、はやてぇ、お腹減ったあ~」


 「まだまだや、このまま置いておいて、お風呂入って出てきた頃が食べ頃や」


 「ううう………待ち遠しい」


 「それまでは、これでつないでおいてね、ヴィータちゃん、シグナム」


 「これは?」


 「私が作った和え物よ、わかめと蛸の胡麻酢和え♪」

 だがしかし、シャマルの味覚はやはりまともではない。


 「ふむ………ヴィータ、覚悟を決めろ、それが友としての礼儀、騎士としての情けだ」


 「分かってら、例えどのような困難があろうとも、全部食うと誓ったからな」


 「はあ~、酷い」


 「シャマルの料理も大分上達しとるし、平気やよ、さっきわたしが味見したし」


 「なら安心です」


 「いただきまーす♪」


 「ねえ、ザフィーラ、うちのリーダーとアタッカーは酷いと思わない?」


 【聞かれても、困る】

 盾の守護獣の返答はつれないものであった。


 「ザフィーラまで………酷い」


 「シャマル、ザフィーラ困っとるやん、あまり落ち込んだらあかんよ」


 「へぇ? はやて、今の思念通話受けてないよね?」


 「へ、思念通話してたん?」


 「失礼しました。お耳に入れることではないと思いました故」


 「ええよ別に、ザフィーラ滅多にしゃべらんから、声を聞けると嬉しいよ」


 「はやて、問題! 今のはやての言葉を受けて、ザフィーラはどんなことを考えてるか!」

 はやての言葉からほとんど間をおかず、ヴィータがはやてに問いかける。


 「うーん………そやなあ……“お言葉はありがたいですが、無暗に言葉を発しないのは我が主義です故”とか?」


 「どう?」

 解答を求めるのはシャマル、彼女も興味がある模様。


 「寸分違わずに」


 「凄い凄い! どうして分かるの!」


 「もう半年も一緒にいるんやで、そのくらい分かるって」


 「素晴らしいことです」


 「理解あふれる主をもって、幸せですね、私達――――――さて、そろそろお風呂もいい頃かしら」

 しかし、ただ一つ、異なっている部分があった。

 “お言葉はありがたいですが、無暗に言葉を発しないのは我が種族の主義です故”

 それが、盾の守護獣が考えた事柄であり、他ならぬ彼自身がそれに疑問を抱いていた。


 ≪ほぼ無意識であった、我が種族…………果たして我は、何者であったのだろうか≫

 盾の守護獣ザフィーラ、それが己であることは間違いない。

 しかし、守護獣である以上は必ず元となった動物がおり、誰かの守護獣であったはず。

 だが、それが何であったか、彼自身にすら忘却の彼方にある。

 いや、それは本当に忘れているのか? 思い出そうとすると何かが妨害しているのか?


 「きゃあああああああああああああああああああああ!!!」

 その思考は、唐突に響いた悲鳴によって中断することを余儀なくされた。


 「シャマル!」

 「どうした!」

 「どないしたん!」

 シグナム、ヴィータ、はやての三人も悲鳴を聞き、何事かと浴室を見やる。


 「ごめんなさい! お風呂の温度設定間違えてて、冷たいお水が湯船いっぱいに~~」


 「ええええええぇぇぇ」


 「沸かしなおしか」


 「せやけど、このお風呂の追い焚き、時間かかるからなあ」


 「シャマル、しっかりしてくれ」


 「ごめんなさいぃ」

 うっかりスキルは人間の騎士であった頃から変わらぬシャマルの特徴であった。まあ、医者として働く時に発動しないのが救いというべきか。


 「シグナムさあ、レヴァンティンを燃やして水に突っ込めばすぐ湧くんじゃね「断る」……即答かよ」

 提案したヴィータの言葉が終らぬうちに成された瞬時の否定。


 「うむむむ、闇の書の主らしく、私が魔法で何とか出来たらええねんやけど」


 「いえそんな、やはりここは責任を持って、私が何とか」


 「炎熱系ならば私だが、微妙な加減は難しいな」


 「火事とか起こしたら、シャレになんねえぞ」

 こんなことで魔力を使い、闇の書の主の場所が知られたとすれば、末代までの恥となるだろう。


 「てゆうかええって、こんなしょうもないことで魔力を使ってたらあかんわ」

 そして、主の英断により、末代までの恥を実現する危険は回避された。






■■■



 「海鳴スパラクーア、新装オープン、さらに三名様以上で割引や。これはもう、行っとけいう天のお導きやろ」


 一週間分のチラシから、以前見ていたスーパー銭湯のものを見つけ出したはやて、その辺りは主婦さながらである。


 「行ってみたい人!」

 「「 はぁーい! 」」

 返事をしたのはヴィータとシャマルの二人。


 「我が家で一番のお風呂好きさんが、なんや反応鈍いで」


 「ああ………いえ……」


 【シグナムはまた、身内の失敗を主に補ってもらうのは良くないとか考えてるか?】


 【え……、はい】

 その時、はやてからシグナムへ届いたのは思念通話。ただし、シャマルとヴィータに対しては、


 「シグナムは、人前で裸になるのが恥ずかしいんとちゃうか?」


 「はは、きっとそーだな」

 通常の会話を続けながらであり、魔法が何も使えない現状であっても、誰に習うまでもなくマルチタスクを自然と可能としていた。

 これこそ、SSランクという稀代の魔力を秘め、膨大な術式が収められた夜天の魔導書の使い手にして主、八神はやての才能の片鱗。彼女は並列処理は苦手というが、それはあまりにも巨大な魔力と衝突するからであり、マルチタスクそのものが苦手なわけではなく、むしろ並みの魔導師を遥かに凌駕している。


 【何度目かの注意になるけど、シグナムはごっつ真面目さんで、それは皆のリーダーとしてええことやねんけど、あんまり真面目すぎるんは良くないよ】


 【すみません】


 【わたしがええ言うたらええねん、皆の笑顔が、わたしは一番嬉しいんやから】


 【はい、申し訳ありません】


 【申し訳んでええから、わたしを主と思ってくれるなら、わたしを信じてな】


 【信じております】

 遥か過去の白の国の近衛騎士隊長、烈火の将シグナムであれば、常に気を張り真面目であるのは当然のこと。主君の身を守護する騎士の長であるからには、いついかなる時も気を緩めることはなく、それが、人間であった頃の彼女の在り方。

 しかし、今は八神はやてという少女に仕える騎士であり、時代が変わり、文化も異なるのであれば、騎士の在り方とて不変のものではない。それを、シグナムはこの幼き主より学んだ。

 中世ベルカの白の国に生きた烈火の将と、現代の日本で生まれ育った少女に仕える闇の書の守護騎士は、元は同じであってもやはり異なる存在。外見や性格、能力はそのままであっても、騎士の根源である“騎士道”が違うのだ。

 ただし、かつての騎士道が完全に失われたわけではない。管理局を相手にする場合ならば彼女は不刹の誓いを守り通すだろうが、八神はやてを殺そうと襲い来る敵や、存在そのものが害となる“異物”に対してならばその限りではない。

 それが、ヴォルケンリッター。ほとんど同じであっても、根源的な部分で彼女ら騎士は魔導師とは異なるのである。


 「でも、色々あって、なんだか楽しそうですね」


 「ほんとだ」


 「ねっ、だから、シグナムも行こ」


 「分かりました。それでは、お言葉に甘えて」

 そして、シグナムもスーパー銭湯へ出かけることを了承する。


 「ザフィーラも行こか、人間形態になって、普通の服着てったらええんやし」


 「お誘い真にありがたいのですが、私は留守を預からせていただきたく」


 「そうなんか?」


 「夕餉の見張りもございます故」


 「そっか……まあ、皆で行ってもザフィーラは男湯で一人になってしまうし、ほんならごめんな、ザフィーラは、留守番いうことで」


 「御意に」

 彼だけは、残ることがこうして決定し。


 「ほんなら皆、着替えとタオルを持って、お出かけの準備や!」

 「おーう!」

 「はーい!」


 「シャマル、私の分も頼む」


 「はーい、任せて」

 はやて、ヴィータ、シャマルの三人は銭湯へ行く準備のためにリビングから離れ、シグナムとザフィーラのみが残る。


 「……主に窘められたか」


 「ああ……だが、なぜだろうな、恥じいる気持ちはあるのだが、不思議と心が温かい」


 「真の主従の絆とは………そういうものなのだろうな」


 「絆か………そうなのかな」

 闇の書の守護騎士として、長く彷徨ってきた彼女には不安がある。果たして、自分達は主にとって良き臣下であれているのか。

 長い夜の間に、臣下として在るべき姿をも、自分達は失ってしまったように思える。それがこうして、原初の自分達のように在れるのも、光を与えてくれた今の主があればこそ。

 その主への誓いを破り、主に黙したまま蒐集を続ける自分達は、果たして騎士足りえるのか―――


 「不安もあるだろうが、心身の休息も、戦いのうちだ。今は、主と共にゆっくりと寛いでくるのがよかろう」


 「うん………お前も時間があれば眠っておくといい、今夜も蒐集は深夜からだ」


 「心得ている」

 ザフィーラは狼の姿のまま、静かに頷く。


 「シグナムー、準備で来たわよー」


 「ああ、いま行く、それではザフィーラ、留守を任せた」


 「承知」

 主と騎士達を見送り、盾の守護獣はただ一人となったリビングにおいて、静かに目を閉じ、懐古する。


 ≪剣の騎士シグナム、湖の騎士シャマル、鉄槌の騎士ヴィータ、そして我、盾の守護獣ザフィーラ≫

 闇の書の守護騎士は四人、そしてもう一人、管制人格たる彼女が存在する。


 ≪闇の書の、守護騎士………≫

 闇の書の守護騎士は四人、それは揺るぎなき事実。

 だが、自分達に闇の書の守護騎士と呼ばれる前の姿があるならば、その時は果たして。


 ≪少なくとも、守護獣である我には元となった存在がある。だが、なぜそれが思い出せん≫

 何かがおかしい、それは、守護騎士の全員がどこかで思っていること。

 しかし、何がおかしいのかが分からない。それはまさしく、ウィルスに侵されたプログラムはそれ自身では異常があることが分からず、ウィルス探知のソフトウェアが別に必要となるように。

 守護騎士プログラム自身には、何かがおかしいことまでは気付けても、何がおかしいのか知ることは出来ない。それが、闇の書の守護騎士である彼らの限界。


 だから―――


 ≪グラーフアイゼン、クラールヴィント、レヴァンティン、お前達は、何かを知っているのか?≫


 先日の蒐集の際、鉄の伯爵グラーフアイゼンが主であるヴィータに言葉を返した時、自分は確かに何かを想った。

 それは、懐古の念であったか、それとも―――

 騎士の魂たちが何を告げても、防衛プログラム、いや、暴走プログラムが上位にある以上、守護騎士への情報は検閲され、残るものはない。

 しかし、それは失われてはいない。騎士の魂は、確かに受け継がれている。



 静かに身を横たえ、身体を休めながらも、盾の守護獣ザフィーラは過去の情景へと想いを馳せていた。







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