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[25721] 北郷ふたばと行く恋姫†迷走~乙女混乱☆三国志演戯  元【習作】恋姫シリーズ二次 女オリ主 クロス無し
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:637e0d48
Date: 2013/09/19 16:46
やっとタイトルつけました。

最近タツノコ系チートオリ主でクロスが書きたくて仕方ない。
ガッチャマンクラウズ面白すぎ。はじめちゃんかわいい。

戦国恋姫のあらすじ読んで愕然。
一刀って兄か姉がいるって設定以前からあったっけ?



[25721] 【習作】恋姫シリーズ二次 女オリ主 クロス無し
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 22:50
 


『あれ、兄さん?』

『よっ』

『なに、ひょっとして、待っててくれたの?』

『まぁ、なんだ?日の落ちるのも早くなったし?一応お前も女だし?』

『なんだよ、一応は余計だろ』

『なによりあれだ、見た目からじゃ中身はわからないからな!上っ面にだまされる奴も居ないとも限らないし!!』

『………』

『あ、おい!冗談だって!お~い!!』










『ん?』

『なんだよ、そんな見え透いた手に引っかかる私じゃ』

『ちげ~って、今むこうのほうで』

『ん?資料館のほう?』

『そっか、そういやあっちは』

『どうしたの?』

『あれ、人目を気にしてたんだよな…、たぶん』

『え、なに?ひょっとして不審者とか?』

『…、ちょっとお前、戻って誰か呼んでこい』

『え?!、ちょっ?!』










『うわ、あの人おもっきし器物損壊だよ?!』

『うわ、何でお前いんの?!』

『そ、それより中入ってくよ、あの人!今度は不法侵入?』

『ちっ、いいからさっさと誰か呼んでこい!』










『何か捜してやがんのか?』

『ここ、なんか値打ちものってあったっけ?』

『うわ、何でお前いんの?!』

『うわ、大声出しちゃダメ~!』










『………』

『………』

『………、奥いったみたいだな』

『兄さん、これ』

『おう、サンキュ…?』

『あいつは?』

『いやいやまてまて、おま、何でこんなもんが』

『前の顧問の先生が居合いもやっててさ ダイジョブ、刃はついてないよ』

『それでもあぶね~だろ!、こんなもんそこらにほっぽってあるのかよ!』

『まさか、ちゃんと鍵かけてあるよ』

『じゃぁなんで…』

『鍵もってる』

『………』










『目当てのもん、見つけたみたいだな』

『兄さん、わたしが物陰伝いに近づくからタイミングを見て気を引いて』

『あいよ、ただし役割は交代だ』

『え?』

『あのな?俺おとこ、お前おんな ついでに俺が兄貴でお前妹、OK?』

『あ、もう!』

『動くなよ、声出すだけでいい 出来るだけ頭も引っ込めてろ』










『誰か~っ!!』

『な?!』

『もらいっ!チェストー!!』




















 「あ~………」


 真っ青な空を流れていく雲をなんとなく見送る。


 「知らない天井ですらないとか………」


 力なくボソボソつぶやく誰かの声が、他ならぬ自分のものであることに気づくまでしばし。

 それにしてもいい天気だ………?


 「あれ………」


 妙な違和感を覚えるものの、頭にもやがかかったようにものを考えること、それ自体ががおぼつかない。

 上体を起こしてしばし。

 そもそもなんでこんなところで昼寝をしていたのだろうか?

 年頃の娘にあるまじき………。


 「おこられちゃう……… んしょ………」


 手に持った何かを杖代わりに立ち上がる。


 「ん………? なんだこれ………?」


 なんだこれ?ではない。

 見ればわかる。

 亡くなった先代の剣道部顧問が居合いの練習用にと置いていた練習用の刀。

 まだ誰もいない早朝などを使って教えてもらったこともある。

 あいつの孫に俺の剣を仕込むのも一興とか言って笑ってた。

 学園を去るときに譲られた二振りのひとつ。

 亡くなったときは悲しかった。

 みんな大好きだった老人の形見を独り占めするのと、祖父のライバルに師事したのがなんとなく後ろめたかったのがあって、武道館に併設されていた資料館に預けていた刀。

 フランチェスカ生え抜きの私は知ってる、編入組の兄さんは知らない………?


 「!!」


 ようやく、しかし一瞬で覚醒する。


 「兄さん?!」


 最後に眼にしたのは兄に驚いた不審者が取り落とした何か、皿のような円盤状のようなそれが割れる様。

 その何かからまばゆい光が溢れ出し………、いやあんなところにあるあんな物が、あんなふうに光りだすわけもなし。

 おそらく男がなにか隠し持っていたのだろう。

 光と音で人を昏倒させる武器があると云うし。

 そこまで考えて戦慄する。
 
 空の様子からして、どう少なく見ても半日かそれ以上不覚を取っていたことになる。

 そしてその場には敵がいた。

 膝から下がフニャりと崩れそうになる。

 すぐにでも下着の中を確かめたい衝動を抑えつつ、周囲を見回す。

 見渡す限り何もないそこは、敵が隠れる場所もなかったが、同時に身を隠せる場所もなく、さらには一人きりであるという事実までも押し付けてくる。


 「おちつけ、おちつけっ」


 口の中で音になる前に噛み殺しつつ、それでも呪文のように繰り返す。

 声を出したら、動き出したらたちまちパニックになる予感があったから、必死で手を、足を、心を押さえ込む。

 わけのわからない状況だからこそ、平常心だけでもなければ。










 「よし、おちついたっ!」


 太陽の位置から時間を知るなんて器用なことは出来ないが、まぁ、たいした時間はたっていないであろう。

 われながら強靭な精神力。


 「すごいぞ、わたし」


 太陽の位置から時間を知るなんて器用なことは出来ないが、携帯みればどれくらい経ったかはわかるな。


 「だめじゃん、わたし」


 そもそも最初に時間確認してなかったんだから、どれくらい経ったかなんてわからないよな。


 「だめだめじゃん、わたし」


 でも、今の時刻は判るよ!

 つまり結論………。


 「ぜんぜんおちついてなかった………」


 そもそも、真っ先に携帯に思い当たらないあたり、女子的にどうよ?

 いいもん、電話あんまり好きじゃないし、メールとかも好きじゃないし。
 
 嘆息しつつ内ポケットから携帯を取り出し、手首のスナップと指先だけで弾くようにして開く。


 「圏外………、予感はあったけど………?」


 時間と日付を確認して、パタンとたたむ。


 「………、こわれてる?」


 再度、先ほどのように手首のスナップと指先だけで弾いて開く。

 たとえ圏外で、オートの時間あわせが効かなかろうとそうそう時間がずれたりすることもないだろう。

 だが、表示される時間は校舎を出たときから換算しても二時間も経っていない。

 あの時はもう暗くなり始めていたのに、今はどう見ても昼間だ。

 学校で昏倒した私を拉致って、飛行機で昼間の地域まで高飛びし、どことも知れぬ荒野に置き去り。その間わずか二時間。


 「ありえないし………」


 カメラやプレイヤーは起動するのを確認し、なんとなく腑に落ちないものを感じながらもポケットに戻す。

 立ち上がり、再度周囲を見回す。なにか、行動の指針となるような変化はないか?


 ふと、右足のかかとに何かが触れた。

 見るとそこには見慣れたカバン。制服に合わせた青いナップザックタイプのそれは、自分のもので間違いあるまい。

 こんな物にすら気づかないでいたとは。

 拾い上げ、中からベレータイプの制帽を取り出す。

 暗い資料館の中で落とさないように突っ込んでおいたものだが、幸い型崩れはしてない。

 ついでに鏡も取り出して帽子の角度を決める。

 長い習慣であるから、特に見なくてもそれなりに決まるのだが、そこはそれ。


 「ん、よし」


 鏡をカバンにもど………すのをやめ、しばし。

 きょろきょろと辺りを見回す。

 カバンを地面におきそこに鏡を立てかける。

 しばしの逡巡の後………。 










 「なにしてるかな………野外でとか………」


 結論から言えば「証」は無事だったのだが。


 小さなカバンの陰に身を縮こまらせるように隠れ、いや、多分ぜんぜん隠れてはいなかったろうが。

 おそるおそる確かめて、それと判ったときには安堵のあまりちょっと泣いた。

 そして涙がおさまると一転、妙にテンションが上がり、遠くに何かが見えた気がしたのを良いことに意気揚々と歩き出してしまった。


 いろいろありすぎて、やはりちょっとテンパっていたのだろうか?

 屋外で「くぱぁ」とか、ありえん。

 けして軽くなかった不安がひとつ解消されたとはいえ、ちょっといろいろ、いろいろすぎやしないか?

 などと考えつつも足は前へ。


 本人に自覚はないものの、こんなふうにうじうじ自省できるのはまさにその「けして軽くなかった不安がひとつ解消された」ことにより、心の天秤がすこしづつ平衡を取り戻しつつあるためではあるのだが、だからといって「くぱぁ」した事実は消えない。

 もし見られてたら恥死できる。


 そんなこんなをつらつらと考えつつ。

 どうやら何か見えたのは気のせいでもなかったらしい。

 道というにもお粗末な、せいぜいが荒野に残った轍の跡が消えずに残っている程度のものではあるが、それでも何かが行き来してはいるのだろう。

 そんな道が右から左へ、あるいは左から右へ。

 太陽は道の向こう、やや高くなってきていて、まもなく正午といったところだろうか?

 携帯を確認しても相変わらず圏外、時刻はまもなく午後九時半。


 「さて………」


 どちらに進もうか。

 地理がつかめない以上勘に頼るしかないわけだが。


 「先生、おねがいします!」


 訂正、どうやら師の英霊に頼るらしい。

 鞘に納まった刀を垂直に立て、そっと手を離す。

 よほどバランスが良かったのか、しばし静止、固唾を呑んで見守る。

 ごくり。

 かちゃん、と音をたて、師の英霊が導く。

 太陽に向かって突き進め!!


 「いやいや、それは無しの方向で!道なりに北か南でお願いしますって」


 なんじゃ、つまらん。

 二度目の「かちゃん」は微妙に投げやりな響きがあったような無いような。
 









 「分けわかんないなら、わかんないなりに………」


 考えることが大事だよね、と。

 なにがどう判らないのか、それをも考えずにいれば、いざヒントがあっても気づかないかもしれないし、うん。


 やはり、最大の疑問はなんでこんなところにいるのか?だろうか。

 ストレートに考えれば盗賊に攫われたのだろうが、そもそも攫う理由は?

 顔を見られたと思ったか? 兄に対する脅迫?

 いくら名門私立とはいえ、あの資料館の展示物などたかが知れている。

 しかし誘拐となれば官憲の追及も違ってくるだろう。

 そのリスクを加味してもなお、私を攫うメリットなどあるのだろうか。

 これがそもそも名門の子女を攫うのが目的だったとして、ならなんでこんなところで捨てられた?


 「う~ん、私が可愛かったから、つい持ってきちゃった、とか?」


 言ってみたかっただけです。


 「で、途中で重くなって捨てた、と」


 なんだとう!

 傍で見ている人がいればなかなかに愉快な見ものだったろう。


 「あ~………」


 そもそも、なぜ誘拐犯は刀を取り上げなかったのか。

 刃のついてない練習用とはいえ、殴れば骨ぐらいパキパキである。


 さらにナップザックのこともある。

 動きの邪魔にならないよう、いざとなれば牽制代わりに蹴り飛ばしてぶつけてやろうと思って足元に置いていたそれまで拾って持ってくる理由はなんだ?

 そして結局は、なぜそこまでして攫ったのにこんなところで捨てるのか? という最初の疑問に帰っていくのだった。


 だがここはひとつ、無理やりにでも状況を説明できる設定を考えてみよう!


 「まずは………」


 いきなりこわい考えになってしまった。

 フィクションでもやや食傷気味になってきたデスゲーム系のやつとか、マンハントとかの獲物にされているパターンだ。

 なにが怖いって、考え付く疑問の全てにそれなりに説得力のある説明が出来そうなところだ。

 気絶してる間にたべられなかったことも、持ち物が全てそろってることも、『獲物は生きがいいほうが楽しめるから』で、説明できてしまわないか?


 「やめ、これは無し、ダメ、ぜったい」


 気を取り直してパターンそのに。


 「謎の光に包まれて、気づいた先は見知らぬ荒野。これはもう、伝説の勇者として異世界に召還されたとしか!!」


 おい。


 「あとはもう、夢オチくらいしかないよね」


 ほんとかよ。


 「夢だったら、まぁ眼が覚めるまですることもないし?目覚めたあとで今のこと覚えてるとも限らないし。」


 こうして


 「と、ゆーわけで! ここからは伝説の勇者として活動していきたいと思います!!」


 当面の行動指針(?)が決まった。

 決まってしまった。
  









 だがまぁ、無理やり上げたテンションも、てくてく歩いてるうちに醒めてくるもので。


 「う~、こういうのって普通巫女さんとか僧侶とか王子様とか魔法使いとか、あと王子様とかが説明キャラとして出てくるものじゃないの?」


 失礼、まだ酔っ払っていたらしい。


 「召還即野垂れ死にのコンボから始まる物語なんていやすぎる」


 そこから始まってしまったりするとホラー一直線だ、いさぎよく終わっとけ。


 「そろそろ始まりの街が見えてくるべき」


 右手で庇を作るようにして、ついでにちょっと背伸びもしながら行方をみる。

 すると、何かが見えた気がした。

 少し足を速め、ときどきぴょんぴょん跳ねてみたりしながらその「なにか」に目を凝らす。

 どうやら何か動くものが居るらしい。

 頭の隅にちらっと「パターンそのいち」がちらつく。

 だが、ここは身を隠すものもない荒野。

 相手が乗り物に乗ってたら逃げ切ることは出来まい。

 ここは………。


 「覚悟を決めるべき………」


 ザックの背負い方を変え、いつでも投げ捨てられるように右肩に背負いなおす。

 そうしてるうちに影は人の型を取り始める。二人、それも年端も行かない少女のようだ。

 刻一刻と得られる情報が増えていく。

 徒歩、ではなく走っている。

 走っているのではなく追われている、逃げている。

 追っ手は三人、こちらも徒歩。いずれも男。


 「パターンそのいちなら、女の子達は私と同じ被害者で追っ手は敵だ」


 早足から小走りに。


 「パターンそのになら、女の子を助けるべきだよね、勇者的には」


 小走りから本格的に走り出す。


 「夢オチなら、楽しいほうを選ばなきゃ損だ!」


 そして全力疾走へ。

 自分でも意外なほどに体が軽い。

 風になったような速度から、天井知らずに早く速く!

 すでに少女たちの表情まで見て取れる。

 亜麻色のショートヘアーの少女が銀髪のツインテールの子の手を引くようにして走ってくる。

 どれほど走り続けてきたのだろうか、苦悶にゆがんだその顔がこちらを向き、視線が交わった。

 そこに浮かんだのは絶望。

 挟み撃ちに、罠にかけられたとでもおもったか?


 「ちがう、あれは………!」


 こっちに逃げてきてしまったせいで、私も巻き込んでしまった、もう逃げられないと………。

 にげて、と口元が動くのが見えた気がした。


 「なんて優しい子」


 おもわず笑みがこぼれる。

 カバンを投げ捨て最後の距離を走りぬく。

 3………2………1………0で少女たちとすれ違う。


 後ろの男たちはいつの間にか足を緩めていた。

 そもそも体力もコンパスもちがう少女たちをなぶって楽しんでいたのだろう。

 それでも少々息が荒れているあたりがいかにも雑魚っぽい。

 無力な少女を駆り立て、追い立て、弱った獲物を取り押さえ、いざお楽しみというところで、そこに新たな獲物が飛び込んできた。

 そんな下種な考えが透けて見える。

 垢じみた不潔な身なり、抜き身でぶら下げた刀は見るからになまくらで、錆が浮いている。

 こんな奴らが口にする台詞なんてお決まりのものに決まってる。


 「よぉ、ねぇちゃん、痛い目みたくなきゃぁおとなしく………」


 ほらね?

 だからこういう時こそアレをやるチャンスなのだ!
  








 「黙れッ!! そして聞けッ!!」


 少女の口から出たとは思えぬ大喝が野盗どもの臓腑を射すくめる。

 両の眼に苛烈な怒りを滾らせ、少女はこの世界に堂々たる名乗りを上げる。

  







 「わが名は北郷! 北郷ふたば!! 悪を断つ剣なり!!!」



[25721] その2
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 22:57
 少女達が二人連れ立って、見聞を広める旅に出ようと決めたのは二月ほど前のことになる。


 あっちこっち見てまわり、あわよくば仕えるに足る主をみつけたい。


 いい人がみつかるといいね~、そうだね~、いっしょにお仕えできるといいね~、そうだね~。


 準備は順調に進み、そろそろ先生にご挨拶を、と思ったら。

 ある「うわさ」を耳にした。


 鍛冶屋の孫さん(仮)が、武器を鍛え始めたらしい。


 今でこそ田舎の鍛冶屋さんである孫さん(仮)だが、若いころは都会でぶいぶいいわせていたらしく、腕も近隣では確かなほうではある。

 だがしかし、ここは田舎。農具の修繕こそ日常的にあれ、武具の製作などはまず注文があってから。

 作り置きなどしても捌けないのである。


 では誰の注文で?とは皆が疑問に思うところ。

 逗留している侠客などが居るわけでもなし。

 疑問に思った某が尋ねたところ、こんな答えが返ってきたそうな。










 【(「<女神>」)】が夢枕に立ったのだと。

 【(「<女神>」)】いわく、まもなくこの村に英雄の卵が訪れるらしい。

 その英雄に剣を与えるように、とのお告げがあったというのだ。


 余談だが、【(「<女神>」)】を不自然なまでに強調する孫さん(仮)であったが、そのやつれ果てた面が【(「<女神>」)】と口にするたびに無残に引きつり、まるで怯えるように辺りを窺っていたと某は語る。









 それはさておき、英雄である。


 それも、女神様のお告げつきで。


 主探しの旅に出ようとした矢先にとは、これも何かのお導き。

 せめて一目見てからでも遅くはあるまいと。

 幸か不幸か、インタビュアー某の最後の二行分を聞き逃してしまった少女二人は、旅立ちを延期して鍛冶屋の孫さん(仮)のもとに足繁く通うことになった。


 まだかな~まだかな~、はやくこないかな~。


 何かにとり憑かれたような、鬼気迫る様子で一心に槌を振るう鍛冶屋の孫さん(仮)の、その表情に気づかないまま、のんきに佇む少女二人。

 だが、一週間が過ぎ、二週間が過ぎ、三週間が過ぎ、四、五ときて、六週間目が半ばまで過ぎた頃になって、ふと思ったのだ。


 いったいどんな武器をつくってるんだろう。


 そう思うまで時間かかりすぎではないかね、きみたち。

 そうしてついに、見てしまったのだ。










 炉の火に熱せられ、煌々と輝く、大男の身の丈ほどもある巨大で、大雑把なその鉄塊を。

 例のコピペは省略で。










 そのあまりのインパクトに、小さなやっとこで器用にひっくり返しトンカントンカン、時折無造作に炉に鉄塊をつっこむ鍛冶屋の孫さん(仮)や、どう見てもそんなもんが突っ込めるはずもない田舎鍛冶屋の四次元炉すらも眼に入らない。










 Q どんな英雄ひとならアレを使うことができるでしょう?

 A 雲をつくような大男。

   空気の澄んだ天気のいい日には偶に顔が見えることがある。

   吐く息は地獄の炎で、たまに鼻からも漏れる。
 
   額に第三の眼があり、これに睨まれると死ぬ。

   腕は四本、足も四本、山を一跨ぎにするが、雲が邪魔で足元が見えないので良く転ぶ。

   全身に生えた棘には毒があり、刺されると三日三晩苦しんで死ぬ。

   弱点は踵で、決まった順番で刺すと死ぬが、順番を間違えると分裂して二人に増える。

   伝説では月の向こうからやって来た地獄の使者とされ、キシャーと鳴く。









 紆余曲折、語るも涙、波乱万丈の大冒険の末、少女二人は女神のお告げに導かれた大英雄にお目どおりがかなう運びとなった。


 どうか御傍にお仕えすることをお許しください、われらの智謀を持って貴方様の大望、果たして見せましょう。


 英雄はそれを聞き、にっこりと微笑んでこう言うのだ。


 オレサマ オマエ マルカジリ


 きしゃー





 「はわ、はわわわわっ」


 「あわ、あわわわわっ」




 血相を変えて旅に出ようとする二人だったが、もう遅いから明日にしなさいと引き止める恩師の言葉を無碍にはできず、故郷で最後の夜を過ごすことになる。

 夜も更けたころになって「「い、一緒に寝てもいいでしゅか?」」と、枕を抱えてやってきた二人に思わず、こんな二人で大丈夫か?と思ってしまう先生であった。


 翌朝、先生から一番いい餞別を貰い、故郷を去る少女二人。


 だが、彼女たちは気づかなかった。

 それまで早朝から夜更けまで鳴り響いていた鍛冶屋の孫さん(仮)の槌の音が止んでいたのを。

 店の軒先に、まるで同じ屋根の下に居るのも恐ろしいとばかりに立てかけられた巨大な鉄塊にも。

 会心の仕事を終えたばかりの職人とも思えぬ孫さん(仮)の「やめろー貂蝉、ぶっとばすぞー」という、悪夢に魘される声もまた、届いては居なかった。





 さて、こうして旅立った少女二人。

 峠の山道をてくてくと、まだ見ぬご主人様へと思いを馳せつつ歩いてゆく。


 そんな二人を岩壁の上から見下ろす人影が三つ。

 ぶっちゃけ前回の野盗三人組である。


 以前は別のところで悪事を働いていたこの三人、セコくほどほどに稼いでいたのだが、それでも長くなれば官憲の目にも留まる。

 ならそろそろ河岸を変えんべぇと、この辺りまで流れてきたのだが、ちょこっと様子でも探っておくかと人里に紛れ込んでみた折、少女二人が旅の話をしているところに出くわしたのだった。


 カネの匂いを感じ、ちょっと探りを入れてみると、どうやら有名な私塾の生徒、それもかなり優秀であるらしい。

 随分とちんまいが、見た目もなかなか。

 掻っ攫って路銀を奪い、楽しむだけ楽しんだら適当な相手にうっぱらってやろう。

 身代金を脅し取るのもいいかもしれない。


 こうしてこの三人、少女たちが来るのを今か今かと待ち伏せ続けることになったのだが、何故だか一向にやってこない。

 そのうち一週間が過ぎ、二週間が過ぎ、三週間が過ぎ、四、五ときて、六週間目が半ば以上過ぎた今日ついに、待ちに待った獲物たちがやってきたわけである。 

 さんざっぱら待ち惚けを食らったせいで体中垢まみれの汗まみれ、それでも諦めず待ち伏せを続けたのだから、見上げた、もとい見下げ果てた心がけ、ではなく執念といえよう。

 計画では峠のてっぺんで待ち伏せすることになっていた。

 それ以前だと里の外に出る大人たちの邪魔が入るかもしれない。

 そうでなくとも狩のために作った小道などがあり、そこに逃げ込まれると面倒なことになるかもしれない。

 ならば里から十分離れた一本道のここで、その退路を塞ぐようにして襲い掛かれば、たとえ娘っ子どもが逃げ出したところで里からは離れるばかり。

 疲れ果てたところでとっ捕まえてそのままおさらばってわけよ! さすがだぜアニキ!! す、すごいんだな。





 そんな目論見が進行中とはさっぱり知らない少女二人。

 一晩眠って、少し落ち着いてはいたものの、住み慣れた学院を離れ二人きりで人気のない道を進むうち、昨日の恐怖がじわじわと首をもたげてきていた。

 そして、一度思いだすともうだめだ、何もかもが気になって仕方がない。

 風のなる音、草木のざわめき、うっかり蹴り飛ばした小石の転がる音に鳥の鳴き声。

 いま、視界の隅でなにか動かなかったか?。

     その物陰に何か隠れてやしないか?。

        なんだか妙な視線を感じはしないか?。

           ゆっくり、ゆっくり振り返ってみるといい。








                             ほら、そこには英雄が!!!きしゃー





 「はわ、はわわわわっ」


 「あわ、あわわわわっ」


 両者ともにすでに涙目である。

 それでもおっかなびっくり前には進んでいるあたり、決意だけは固いらしいが、これでは先生でなくとも「こんな二人で大丈夫か?」と思わずにいられない。

 はやくなんとかしないと。



 
 そしてとうとう運命の時きたる。

 このとき野盗三人組の頭領の描いていた段取りはこんな感じだ。

 足元を通り過ぎていく少女二人、通り過ぎたところで「おい、まちな!」

 岩壁を滑り降りてゆく三人。

 挟み撃ちにしてしまわないのは逃げられないと悟った二人が発作的な行動を起こさないようにするためだ。

 なんでもおつむの出来に自信があるようだし、こっちのことを言いくるめられるとでも思ってくれれば云うこと無し。

 思い上がった小娘に本物の殺気って奴を教えてやりつつこう言うのだ。


 「よぉ、お嬢ちゃんたち、痛い目みたくなきゃぁおとなしくするんだな」


 そのまま諦めて大人しくすればよし、例え逃げ出しても里は逆方向で、殺気を浴びて竦んだ体は思うようには動くまい。

 すぐに力尽き、そこでおしまいだ。

 なんともおめでたい計画だが、所詮は野盗、こんなものであろう。




 そしてとうとう運命の時きたる。

 このとき実際に起こったことを順に追っていくと、こんな感じになる。

 人気のない山道を歩いていく少女二人。

 おっかなびっくり進んでいく。

 そのとき不意に日が翳った。

 翳ったといっても、一転にわかに掻き曇り、などと嵐の予感を感じさせるようなものではなく、ちょっと薄雲が日をさえぎった程度のものであったが。


 きしゃー


 「はわ、はわわわわっ」


 「あわ、あわわわわっ」


 さらに驚いたのは待ち伏せする三人。

 しまった気づかれたと伏せた身を立ち上がらせる。


 さて、ここで問題をややこしくしたのは三人組の容姿であった。


 まずは頭領。

 中肉中背、荒事で鍛えた体躯は、まぁそれなりだ。

 日焼けした浅黒い肌、むさくるしいひげ面は野性的といえなくもないが、野獣的といったほうが同意は得られやすかろう。

 この人の職業は?、街の女の子百人にアンケートをとったなら百人が野盗と答える、野盗の中に混じったら馴染みすぎて二度と見つけられないザ・野盗。

 だが、問題はこの男ではない。


 二人目はチビ。


 世紀末でヒャッハーな世界なら大男の相棒との合体技でボールのように投げつけられ、空中からヒャッハーと襲ってくる重要な役どころが与えられたであろう。

 この男も問題ではなかった。


 つまり、消去法で三人目。


 中、小ときたらお約束の大男。

 うどの大木、でくのぼう。

 ボール役ではなく、投げるほうであった。 


 日が翳り、びくっとなって上を見たら崖の上から大男が見下ろしていたのである。

 きしゃー、である。


 ノータイムで逃走。

 まさにロケットスタートと呼ぶべき見事な遁走。


 さらにここが峠の頂上だったことも幸いした。

 下り一直線。

 はわわ、あわわと叫ぶ声が、はばばあばばに変わり、やがてだばばばばばと、猛加速。


 野盗たちが正気に返り、あとを追いだした時には既にかなりのリードを稼ぎ出していたのだった。


 こうして唐突かつなし崩し的に始まった追走劇。

 先行するは少女たち。

 小型軽量なボディが生み出す軽快なコーナリングと、少ない正面抵抗がもたらす加速の伸びで逃げ切りを目指す。

 しかもこの少女たちは名門女学院の期待の俊英、ただ逃げるだけではない、罠だって仕掛ける。

 具体的にはタイミングを見計らって荷物をポイ。


 ぎゃぁなにをやめてとめてずこべきぐしゃアニキたすけておちるまておちるなあきらめるながんばれがんばれできるできる絶対できるがんばれもっとやれるって!! やれる気持ちの問題だがんばれがんばれそこだ! そこで諦めんな絶対にがんばれ積極的にポジティブにがん(r


 突如始まった熱血劇場を尻目に走る走る。

 お気に入りの帽子達もいつのまにか何処かへすっ飛んでしまったが振り返らずに走り続ける。




 まあ結局のところ、快調だったのは下り坂が終わるまでだったわけだが。




 なぜか引き離せずについて来る男たち。

 だからといって諦めることなんて出来ず、足は前へと進み続ける。

 吐く息は焼けつき、吸っても肺に入ってこない。

 心臓は今にも爆発しそうで目は霞む。

 そもそも顔を上げているのすらも億劫で、気がつくと足元をみていて。

 そんなだから、その人に気がついたときにはもう、致命的に手遅れだったのだ。

 

 
 目に入ったのは駆け寄る少女。

 青いセーラーカラー、胸元を飾るグリーンのリボン。

 風にたなびく黒髪とダークグレイのケープ。

 青いミニスカートから覗く脚は、生み出す速度とは裏腹に細く白い。

 すっと透った鼻筋、切れ長の眦と黒曜石の瞳。

 あまりに美しく、だからこそ残酷な運命が彼女には待ち受けているだろう。

 だが彼女は躊躇など微塵も見せず、ただひたすらに私たちを救わんと駆けてくる。

 ああ、なのに!!肢体を弾ませ駆け寄ってくる彼女を見て!!





 いや、この期に及んで言葉を飾るのはやめよう。

 そう、中でも一段と激しく弾むその二つのふくらみを見てこう思ってしまったのだ。



 「「モゲロ」」、と。

 

 「「く、口にでちゃいましゅた!!」」



[25721] その3
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 23:06
 『『『おーぼえーてやーがれー』』』


 「ふっ、我に断てぬもの無し」


 遠ざかる負け台詞をバックに、付いてもいない血糊をひゅんと払い、刀を鞘に収める。

 はっきり言って気持ちいい!!なんか漲ってきた!!!具体的には気力+30くらい!!!!

 やばいですゼンガー少佐!癖になりそう!!今なら雲耀の太刀いける!いや、逸騎刀閃だっていけそうです!!

 斬艦刀ぷりーず!かもんトロンベ兄さん!!

 

 
 ひっひっふー、高まりまくったテンションを落ち着かせるために深呼吸。

 よし落ち着いた。

 ある意味ではここからが本番。

 状況がさっぱりつかめない今、追われていた少女たちはふたばにとってお釈迦様の蜘蛛の糸にも等しい。

 ここは少しでも好感度を上げておかねばならぬ。

 命がかかっているかもしれない今、たとえ同性が相手だろうとニコポナデポもやぶさかではない。

 カモン三択!最良の選択肢を選び取ってみせようぞ!!











 

 
 さて、助けに来てくれた相手に思わず「「モゲロ」」と呪いをかけてしまった少女二人。


 よもや聞こえはすまいと思ったのも束の間、彼女の様子が一変した。

 白い貌が不意に陰になり、双眸がきゅぴーんと不吉な光を放つ。

 口元がにぃっと三日月型につり上がったかと思うと、背にしていた旅嚢を投げ捨てさらに加速。

 剣を片手に、うけけけけと駆け寄ってくる様の恐ろしさは英雄に勝るとも劣らない。


 このとき、ふたばとしては薄っすら笑みを浮かべた程度の認識でいたのだが、テンパり気味のテンションと荒事を前にした緊張、さらにそれを見る少女二人のライフがもう0だったこととが相俟って、斯様な惨事となった模様。

 あ、流石にうけけけけは幻聴です。


 もう逃げたい! 偽らざる気持ちではあっても今まさに逃走中の二人。

 気分はまさに、人類に逃げ場なし!!

 すでに待避する暇もありません、わたしたちの命もどうなるか。ますます近づいて参りました。いよいよ最後です。

 右手を剣に掛けました。いよいよ最後。さようなら先生、さようなら。


 そんな訳だから、彼女が二人に目もくれず通り過ぎたときに感じたのは、安堵よりも『後回しにされただけなのでは?!』と云う、より大きな不安感だったりする。


 三人組と対峙した少女剣士は、なにやら口上を述べようとした男たちを一喝して黙らせると、さらにグチグチ言い募ろうとした小男に対して、「もはや問答無用!」と叫んで踊りかかり、鎧袖一触、蹴り飛ばしてしまった。

 続く大男も「空円脚!!でぇ~い!!」と蹴り飛ばし、あっけに取られる親分格を「蝕む!その心までも!!」とばかりにボッコボコに殴りまくるそのさまは正に一匹の修羅。

 結局一度も使われなかった剣が鞘に納まるそのときまで、無力な少女二人に出来たのは、抱き合ってはわわあわわと震えていることだけだった。

 
 そして今、二人の目の前で乱れた気息を『ふしゅらしゅらしゅら』と謎の呼吸法で整えていた修羅が、次なる獲物へ牙を剥かんとゆっくりと振り返ろうとしていたのであった!

 








 ふぅ、と一息、伊達にお嬢様学校に通っていたわけではありません。

 普段からのたゆまぬ努力で身に着けた、とびっきりのスマイルを装備して振り返ります。

 ふわり、とケープを風に膨らませ、肩にかかった髪を掻き揚げつつ、あくまで優雅に。

 そしてにっこりと微笑みつつこう言うのだ。


 「貴方たち、お怪我はありませ………ん………か………?」


 そこでふたばが見たものは!

 お互いの背中に隠れようとして果たせず、くるくる追いかけっこをする二人の姿であった。


 なにこれかわいい。
 







 「いぢめる?」


 「いぢめないよ~」


 銀髪ツインテ少女に背中をとられたことで観念したか、亜麻色ショートの子が上目遣いに零れそうなほどの涙をためて聞いてきた。

 その様子に胸をきゅんきゅんさせながら答える。

 二人のやり取りに、背中に顔を押し付けるように隠れていたツインテ少女もそっと顔を覗かせる。


 「いぢめる?」


 「いぢめないよ~」


 際限なくきゅんきゅんしていくハートをこらえつつホロリ。

 よほど怖い目にあったのだろう、すっかり幼児退行してしまっている。

 五割程はふたば自身のせいなのだが、そんな事には気づかない。


 さらに三セットほどいぢめる?いぢめないよ~を繰り返すと、流石に少女たちも落ち着いてきたとみえ。

 すると今度は先ほどまでの自分たちの痴態が恥ずかしくなったらしい。

 真っ赤になってもじもじしはじめた二人に、ふたばのハートは臨界寸前。


 父さん母さんおじい様おばあ様、あと兄さん。

 ふたばはいけない世界に目覚めてしまうかもしれません。


 まて、そっちにいくなと引き止める脳内の両親祖父母に涙で詫びる。

 いい顔でサムズアップしやがった兄は今度シメる。


 どばどば溢れてくる癒しだか和みだかのエネルギーを浴びつつも、現状に思いを馳せると、そうのんびりもしてられない。

 頼りになりそうなのはこの少女たちだけで、謎エネルギーでは人は生きてはいけないのだ!

 ………生きていけそうな気がちょっとした。


 ともあれ、このままではらちが開かない。

 なんとかしないと。


 「んと、私の名前は北郷ふたば 貴方たちの名前、聞いてもいいかな?」


 コミュニケーションの一歩目は、まず自己紹介から。

 そんな軽い気持ちで放ったジャブだったが、投げ帰されたのはちょっとした爆弾だった。






 「は、はわ!助けていただいてありがとうごじゃいましゅ! わたしの名前は諸葛孔明、こっちはおともだちの鳳士元ちゃんでしゅ!!」
 







 「え、ギャグ?」

 「「ぎゃぐじゃないでしゅ」」 
 







 ところでぎゃぐってなんですか?


 冗談って意味だよ。


 命の恩人に冗談で名前を偽ったりしましぇん!!


 ぷくぅと膨れてみせる少女二人になんとか機嫌を直してもらおうと謝り倒す。


 「ごめんね、大昔の偉い人とおんなじ名前だったからびっくりしちゃったの」


 口先ではこんなこと言いつつも、内心ではあのほっぺやわらかそうだなぁ、つっついたらダメかなぁ、などと考えているのだから誠意など微塵もないうえ、いろいろ末期的だ。

 ニコポナデポどころか、むしろふたばの方こそ『ポ』されてしまっていると言えよう。

 まさに孔明の罠。

 だから、自分と同じ名前の偉人とやらに興味を惹かれたらしい二人の様子に気を良くしたふたばは、


 「それって、どんなひとなんですか?」


との士元の問いにも、至極素直にあっさりと、寧ろ「興味を引けた!これで勝つる!!」とばかりに意気込んで、


 「孔明と鳳統っていってね、伏竜と鳳雛、え~と、お寝坊さんの竜と鳳凰の赤ちゃんって言われた偉い軍師さん……、あれ、あんま偉そうじゃない?」


逆に考え込んでしまい、これを聞いた二人が意味ありげに目配せしたのにも気づくことはなかったのであった。



[25721] その4
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 23:10
 「だいじょうぶ?、一休みしよっか?」


 隣を歩く少女に声をかけられ我にかえる。

 なんて迂闊。

 孔明、朱里は思考にどっぷり沈み込んでしまっていた自分を自覚した。

 こんな事ではいけない。

 いくら命の恩人とはいえ、この人はまだ得体の知れないところがある。

 さっきの大立ち回りでさえもが芝居であった可能性がある以上、真意を見定めるまで油断など出来たものではないのだ。

 
 『孔明と鳳統』


 目の前の少女は確かにそう言った。

 『伏竜と鳳雛』と呼ばれた過去の偉大な軍師であると。

 だが、間違いあるまい。それは自分たちのことだ。


 無論、自分たちがそのような偉才の持ち主であるなどと自惚れるわけではない。

 確かに学院の俊英、『伏竜と鳳雛』などと呼ばれてはいる。

 いまだ世に出ぬどころか、今ようやく、おっかなびっくり足を踏み出そうとしている箱庭のヒヨっ子には過ぎた異名とは思っていたが、過去に同名の偉人がいたとなれば、なるほど、それになぞらえての事だったのかと納得もいくものだ。

 しかし、彼の人物達が軍師であったと云うなら話は別だ。

 同じ軍略の道で志を立てんとし、古今の戦を学んだ彼女たちが知らないなどということがありえようか?

 ましてや、知者としてその名を広く知られる、水鏡とまで呼ばれる司馬徽先生の口からすらも、その名を聞いたことがないのだ。
 
 諸葛孔明と鳳士元、そう名乗ったはずなのに、伏せられていた親友の名が統であることを、誤魔化した上ではあるが知っていたのもそういうことなのだろう。


 ではなぜ、自分たちを知っていたことを誤魔化そうとしたのだろうか?

 それも、過去の人物などと拙い嘘までついて。

 そしてなぜ、彼女は賊に対して最後まで、その剣で切りつけることをしなかったのだろうか?


 胸の内の疑念を悟られてはいけない。

 事態が自分達二人だけのことならばまだ良い。

 乱世に乗り出す心算で故郷を出たのだ、とうに覚悟は出来ている。

 だが、もし悪意を持って自分たちのことを調べたのだとしたら? 

 そしてその悪意が向いているのが故郷や恩師であったりしたのなら………?。


 「だ、だいじょぶでしゅ!まだまだじぇんじぇんひぇいきでしゅ!!」


 そう?つらくなったら無理しないでね~、と。

 背負った鳳統、雛里を起こさないように、「んしょ」と位置を直すふたばの横顔を眺めながら全てが杞憂であることを願う。

 夕暮れの道の往く手は、今朝旅立ったばかりの故郷。

 あまりに早すぎる帰郷に、その心は沈むばかりであった。









 「一緒に来てもらっちゃってホントにいいの?」


 ぽんぽんと、いつのまにかすっ飛んでいた帽子の埃を払い、頭に載せる。

 邪魔にならぬように投げ捨てたナップザックからも埃を払い、背負いなおす。


 「はい、捨ててきた荷物なんかも拾いに行かないといけませんので………」


 ありがとうございました、いやいやなんのとお決まりの遣り取りがあって。

 一番近い街に行きたいのだけど、と切り出してみたところ、ならば一緒にとあいなった。

 なんでも、孔明と士元の目的地である隣町まではまだだいぶあり、いっそ引き返したほうが早いらしい。


 「暗くなるまでには着ける予定だったんですが」


 ちっちゃい子二人で随分な遠出である。

 はぢめてのおつかい、というやつであろうか?


 「とはいえ、旅の荷物を全てなくしてしまった以上、一から出直しです」


 運がよければ奪われず残っているかもしれませんし。


 「あ、ごめん………、私が取り逃がしちゃったから………」


 本命の少女たちを捕らえ損ねた以上、せめて何らかの実入りは得たいであろう盗賊たちが、残された旅荷を見逃すとも思えない。

 無論、アドレナリン任せの奇襲で押し切ったふたばに、賊を取り押さえて然るべきところに突き出す等といった余裕があったはずもないのだが、二人の浮かべた苦い笑みに、このイベントに懸けていた意気込みが透けて見えてしまって。


 「あわっ、ふたばさんの所為じゃないでしゅ!」


 「そうでしゅ!助けて頂いたのにそんなこと!!」


 わたわたと手を振ってフォローしてくれるその様子に気を取り直し、空気を換えるついでにと尋ねてみたかった問いを思い切って口にしてみた。


 「そういえばさ、私あんまりこの辺り詳しくないんだけど、ここってどのへんになるのかな?」


 「荊州の襄陽ですよ、この道を北に進むと………」


 けいしゅう?知ってる、おそばが美味しいところ。

 それは信州やねん! 州しか合ってないやん!!

 ではなく、いきなり謎地名がでた。

 彼女達にしろ、さっきの野盗どもにしろ、当たり前のように日本語が通じてる以上、やはりここは日本なのだろう。

 孔明ちゃんと士元ちゃんは華僑さんかなんかの子で、きっと近くに中華街とかあるんだろうな~と思っていたら、いきなりケイシュウと来たもんだ。

 どんな字を書くのだろう?京州かな?京都が州になったのかな?そもそも何時の間に日本は合衆国になったのだろうか?


 『合衆国 ニッポン!!』


黒仮面が腰のクイッと入った謎ポーズで建国を宣言すると、フハハハハとマントで羽ばたきつつ西の空へバッサバッサと飛び去っていった。

 無論幻覚である。


 「あれ、ふたばさん………?」


 つまり、私は誘拐された訳ではなく、まして勇者として召還されたわけでもなく。


 未来にタイムスリップしてしまったのかっ!!


 携帯が圏外なのは、ここが未来で、すでに規格が違っちゃっているからだったのか。

 いや、まてよ?

 さっきの世紀末ヒャッハーズのいでたちを見るに、既に携帯なんて文化が滅びてしまっていると考えたほうが良いかもしれない。


 では、いったい今は何時なのだろうか?

 世紀末ヒャッハーズは世紀末にしか生息できない生き物であるからして、最低でも今は2090年以降ということになる。

 さらに思い返すに、さっき孔明ちゃん達は『ギャグ』の意味が判らなかったようだった。

 ここが世紀末の『合衆国 ニッポン!!』で、かつて京都と呼ばれた現京州であるとしたら、だ。

 お笑いの本場大阪や、神『明石屋さん○』を育んだ奈良と隣接するこの地から『ギャグ』という言葉が失われるまで何世紀の時が流れたのであろうか。


 「もしもし、ふたばさん………?」


 そう、世紀末は世紀末でも三十世紀とか四十世紀とかの末でなければ関西から『ギャグ』が失われることなんて考えられない!!


 「な、なんてこった~っ!!」


 あまりの時の重みに耐えかね、アングルを変えて三回のプレイバックとスローモーション一回、併せて四回、がっくりとOTLったふたば。

 何事かと慌てた伏竜と鳳雛がはわわあわわとぐるぐる回り、事態を収拾するものは誰もいなかったのであった。









 ふたばが正気に返ったのは辺りが急に静かになったからであったが、それは別に正体不明、謎の強者の圧倒的な気配に森の動物たちが逃げ出したからなどといったカッコいい理由ではなく、はわわあわわとぐるぐる回っていた孔明と士元が力尽きたからであった。


 「ちょ、どうしたの?!」


 こちらも見事にOTLっている二人に慌てて駆け寄る。


 オマエが言うか!、と言いたい二人であったがもはやそんな気力など残ってはいない。

 さもありなん、命からがらヒャッハーズから逃げ、逃げた先でふたばにおびやかされ、これでひとまず一安心と油断したところで止めを刺された形になったのだ。

 根っからの小動物、生存競争のヒエラルキーの最下層に位置する生き物であるこの二人、まさにストレスで寿命がマッハ。


 自分が突っ伏していたところを中心に、いつの間にか描かれていたミステリーサークルに一瞬ギョッとしたふたばであったが、今はそれどころではないと気を取り直す。

 OTLっている二人をそれぞれ両脇に抱え、背中が汚れないところに膝枕で寝かせるとカバンから出した下敷きでゆっくり風を送ってやる。


 「そんなに参ってるなら言ってくれれば良かったのに」


 あまりの不条理な言い草に何か言い返してやりたいところだが、くっ!!ガッツが たりない!! 酸素も足りない。

 真下から見上げるたわわに実った双丘に改めて((モゲロ))と呪いを掛けるだけがやっとなのであった。


 しばしの休息。


 先に立ち直ったのは士元であったが、これは別に彼女のほうが体力があったからではない。

 一連の遁走劇に際して、常に士元の先を走っていた孔明に対し、一歩遅れてスリップストリームに入り、結果体力を温存できたが故である。


 その一方、孔明のほうはといえば、もうすっかりダメであった。

 いろいろあって張り詰めたり緩んだりの連続に、すっかり足に来てしまったらしい。

 まだ日は高いのだが、二人が気にする様子から察するに、暗くなる前にたどり着けるかはギリギリっぽい。


 かくして、


 「ほれほれ、カモンカモン」


 「あの、ホントにいいんでしょうか?」


背中を向けてしゃがみ込んだふたばを前に躊躇する孔明の図が現出したのであった。

 カバンは士元に預け、スカートのベルトに刀をつっこみ準備万端、一片の隙もないおんぶの構えである。


 「だいじょぶだって! さっき持ち上げた感じならよゆ~よゆ~♪」


 実は孔明にとって、いや士元にとってもおんぶと云うのはちょっとした憧れを伴うイベントであった。

 幼くして学院に預けられた二人にとって、実の親に勝るとも劣らない愛情を注いでくれた先生は、まさに母同然の存在といってよかったのだが、

だからといって実の親にするように甘えるには二人は賢すぎたのである。

 故に、まったく経験が無いわけでこそなかったものの、背におぶわれることに対しての特別な憧れというものが培われ、今も残っているのであった。


 「ほれほれ~、遠慮なんてせずに来るがよい~」


 「で、では! しつれいしましゅ!!」


 むぎゅ~。


 「あ、でもひょっとして、もしかすると汗臭いかも………」


 さんざん飛んだり跳ねたりしたし。


 「だいじょぶでしゅ、ぜんぜんいい匂いでしゅ!」


 くんくんと、ふたばの首筋に顔を埋めて匂いをかぐ孔明。

 髪もさらさらでとってもきもちいいです~と、言いつつほっぺをすりすり、ふたばの理性を容赦なく削りに掛かる。

 ぷにぷにほっぺの感触に、思わずうひょ~と奇声を上げそうになるふたばであったが、そこはかろうじて堪える。

 いかにふたばと云えど、この状態で大声を出せばどうなるか、いい加減わかるというもの。

 『残念主人公』北郷ふたばにも、その程度の学習機能は搭載されているのだ。


 「じゃ、士元ちゃん 道案内よろしくね」


 「は、はいっ」


 士元の羨ましそうな表情を見て、『孔明ちゃんが元気になったら、次は士元ちゃんだね』などと考えつつ。

 ふたば達は二人の故郷に向けて出発したのであった。









 それじゃ、ふたばさんは邪仙の妖術で知らない土地に飛ばされて来ちゃったんですか?、とヒソヒソ。

 妖術って………、まぁそんな感じかな、とこちらもヒソヒソ。


 歩き出してまもなく、背中の孔明が眠ってしまった。

 なるたけ起こさないようにと云うことで、声を抑えてお話などしつつテクテクと山道を登っていく。

 その流れで自身の現状についての話になったのだが、やはり筋道立てて人に説明するというのは、茹った頭を冷やすのにもってこいだったらしい。

 誘拐だの、異世界召還だの、挙句の果てによくもまぁ、と数刻前の狂態を思い返して心の中で悶え転がる。


 真実の手がかりは既に示されていたのだ。

 彼女たちは言ったではないか、『わたしの名前は諸葛孔明、こっちはおともだちの鳳士元ちゃんでしゅ!!』と。









 つまり、『ドッキリ』である。


 おそらくは学園の泥棒も、先ほどのヒャッハーズも、そしてこの少女たちも全員が仕掛け人なのだ。

 そして黒幕は我が兄、いや、駄兄。


 『な、なんだってー!! あの三国志の天才軍師!! 私は三国志の世界に紛れ込んでしまったのかーーー!!!』


とかいって驚く私を『そんな訳ね~じゃんゲラゲラ』とかいって笑うつもりだったのであろう。


 やはりあの駄兄、いっぺんシメる。


 いくらなんでもこんな女の子たちが孔明と鳳統だなどと本気で信じると思ったのであろうか?

 あまりバカにするなと声を大にしていいたい!


 さらに云うならば、ヒャッハーズがモヒカンじゃないとか!!


 おそらくエキストラを探す時に、本物のモヒカンには怖くて声を掛けられなかったか、こんなネタでモヒカンにするのは嫌だと拒否されたか、あるいは両方か。

 モヒカンじゃないヒャッハーズなんて、偽者ですと看板出しているようなもの、片手落ちもいいところである。

 簡単におっぱらえたのも、所詮そう云う段取りだっただけなのだ。


 あ~、そう考えるとちょっとやりすぎちゃったかも。

 まぁいいか、あの時は本気で怖かったし。


 マウント取った上で『君がッ 泣くまで 殴るのをやめないッ!』とか言いつつ、それを信じた頭領が涙どころか鼻血鼻水、よだれまで流してマジ泣きしてもボコり続けたのがちょっとで済ませられるかはともかく。


 そ~すると、この子達もグルってことになるんだよね~と、傍らの士元を見る。


 「?」


 不思議そうに見上げる士元にほにゃらと笑みを返しつつ、やっぱりおしおきは必要だよね~と悪企み。


 痛いことはしたくないけど、ほっぺをほむほむまみまみするくらいはいいよね! 勢い余ってちゅ~とか!! きゃ~!!


 まて、そっちにいくなと引き止める脳内の両親祖父母。

 だが残念、既に致命的に手遅れの模様。


 さてそうなると。


 ふらふらと山道の端、崖下を覗きに行く………フリをして崖上に振り向く!!


 突然の奇行に士元がビクッとなるが、気にしない。


 この近くには兄が出待ちで隠れているはずなのだ。

 予定していたタイミングを私が華麗にスルーしたせいで逃してしまった以上、次のチャンスをこの近くで狙っているはず。


 崖の上の茂み辺りに隠れているはずの人影を探す………フリをして崖下を覗きこむ!!


 再度の奇行に士元が涙目になるが、きゅんきゅん………気にしない。

 断崖絶壁、崖下の窪みの陰辺りに張り付いているはずの人影を探す。


 おかしい。

 一体どこに隠れているのであろうか?


 それとも近くに隠れているのではなく、どこかから望遠カメラかなんかで監視しているのか?


 カメラで監視、か。

 思えば最初の荒れ地には、見渡す限り隠れる場所など無かった。

 これだけ大掛かりなドッキリを仕掛けるくらいだ、記録を残して末永くからかうネタにしようとあの駄兄なら考えるはずだ。

 であれば、いきなり見知らぬ土地に放り出されてうろたえる様を見逃すはずもなし。

 やはり遠距離からずっと………ずっと?



 と、いうことは?




 まさか?!






 『くぱぁ』してるところも?!











 「っぎゃ~~~~~~っ!!!!!」









 ぴろりろり~ん♪ぴろりろり~ん♪


 番組の途中ですが、ここでお詫びと訂正が御座います。

 先程『いかにふたばと云えど、この状態で大声を出せばどうなるか、いい加減わかるというもの。『残念主人公』北郷ふたばにも、その程度の学習機能は搭載されているのだ。』とありましたが、そのような機能は搭載されておりませんでした。

 お詫びして、訂正いたします。


 ぴろりろり~ん♪ぴろりろり~ん♪










 「ごめんね~、ほんとにゴメンね~」


 ひたすら謝るふたばの背中には、孔明に代わって今は士元が背負われている。


 突然の大声に驚いて隠れ場所を探すものの見つからず、視界の隅をよぎった自分のおさげを追いかけてその場で猛スピン。

 結果、目を回して伸びてしまったのであった。


 その士元に代わってふたばの隣を行くのは孔明である。


 「うぅ、まだ頭がズキズキしましゅ」


 涙目で訴えるその後頭部にはたんこぶが出来ている。


 耳元で上がった叫び声に思わずのけぞり、しかしおんぶで下半身が支えられていたために、そこを支点に半回転。

 しこたま地面にぶつける羽目になったのだった。


 ああ、蜀漢の至宝にして三国の最強頭脳たる諸葛孔明の脳細胞になんたるダメージ!!

 この外史の孔明が、他所の外史の孔明に比べて著しくおバカに見えるとしたら、その全てはふたばの所為である。

 外史の登場人物は語り手よりも賢くはならないとか"決して言ってはいけない"。

 いいか? 絶対だぞ?! 判ったな!! ならば良しッ!!!


 あと、この外史の"陳宮を除く"全ての軍師は、みんな頭部を強打することになりました。


 具体的には、広いお風呂にはしゃいだ士元が足を滑らせたり、メイド賈文和が敷物にけっつまずいて机の角に頭をぶっつけたり、郭奉孝が鼻血の貧血で階段を踏み外して頭部を強打したり、程仲徳がその巻き添えで階段から落ち頭部を強打したり、曹孟徳に付き添って将の訓練を見学していた荀文若がスッポ抜けて飛んできた岩打武反魔と伝磁葉々に挟まれてメメタァとなったり、呉の軍師達がとにかく頭部を強打したり等で、そういった描写が苦手な方は注意してください。


 さて、精神衛生上の観点からドッキリ説を破棄することに決めたふたばであったが、今は孔明の機嫌を治すのに忙しいため、次のアイデアはまだ出ていない。


 結局、二人が捨てた荷物も回収することが出来ず、一連の騒動の発端となった峠の頂上までやって来てしまっていた。

 先生から貰った一番いい餞別と路銀は懐で無事だったものの、旅荷の中には相応に高価なものもあり、ダメージは大きい。

 特に書物が致命的で、史書や軍略書、艶本や艶本、あと艶本など、何れも高価で、揃えなおすことを考えると頭が痛いと云うものだ。

 せめてもの慰めは、お気に入りの帽子たちを見つけられたことで、孔明の頭と、鍔広の士元の帽子はおんぶの邪魔なので、今は孔明の胸にそれぞれ収まっているのだが、やはりため息が出てしまう。


 「はぁ………」


 「うぅ、ごめんよぉ………」


 そういえばこの人をほったらかしだったなぁ。

 いい加減許してあげようかな、と。

 顔を上げたところで、一筋二筋と、遠く立ち上る煙が目に入った。

 今朝出たばかりの、しかしなんだか随分たった気もする故郷。

 時間的に夕餉の支度であろう。


 「ふたばさん、ふたばさん! ほら、見えてきましたよ!!」


 「うぅ………、へ?」


 そういえば、おなかがすいちゃいました!早く行きましょう!!

 う、うん! 私もおなかすいたなぁ。


 こうして二人は、士元を起こさないように少しだけ足を速めたのであった。



[25721] その5
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 23:15
 孔明ちゃん達が帰ってきたぞ~!!


 もう間もなく日が落ちきると云う頃、三人はようやく里までたどり着いた。


 なんだか篝火があちこちで燃えていて、槍だの棒だの松明だのを持った男の人がうろうろしていて物々しい雰囲気。

 なんのこっちゃろうと近づくうちに、そのうちの一人が一行に気づき、里のほうへと駆けて行った。


 「朱里! 雛里!」


 代わりに駆け出してきたのは薄暗くてよくわからなかったが、多分美人。

 孔明ちゃんが駆け出し、背中の士元ちゃんもモソモソしだしたので体を屈めて下ろしてあげる。


 「「しぇんしぇ~~!!」」


 はて、あの子達は諸葛孔明に鳳士元と名乗ったはずなのだが、やっぱり偽名だったのかなぁ、女の子に孔明とか士元とか無さそうだしなぁ。

 ちょっとショック。


 駆け寄ってくる二人をしっかりと抱きしめる様子を離れたところから眺めつつ、先生というよりはお母さんみたいだなぁ等と考える。


 空気を読めるイイ女としては、しばらくそっとしておこうか。

 彼女を知る人間が総ツッコミ入れそうなことを考えつつ空を見上げる。


 それにしても。


 「おなかへったなぁ」









 森に入っていた若者が血相を変えて戻ってきたのが昼前。

 その手には、朝方見送った愛弟子の旅嚢があった。


 聞けば、峠道を見上げる崖下で拾ったという。

 案の定、高所から落ちたことを示すように割れ物がいくつか砕けていて、一瞬目の前が真っ暗になったものの、周囲に血の跡などもなく、彼女たちが転落したような様子は無かったと聞いて、なんとか心を落ち着けることができた。


 若者は周囲の人々に呼びかけると、その内の幾人かに峠の道を行ったはずの二人を追いかけるように言いつけ、自身は他の者を連れて再度森に入っていった。


 数刻して彼らは戻ってきたのだが、近辺で幾人かの集団が潜伏していたらしい形跡があるという。

 火を焚いたり食事をしたりした跡が、おそらくは過去数週間ないし一ヶ月以上。


 里の誰かの物かと今日まで気にもしていなかったのだが、森で糧を得ている誰も心当たりが無かったのだという。


 最悪の予想が頭を過り、それはまた、その場の全員が共有するものでもあった。


 再度範囲を広げて捜索が行われるも、旅嚢がもうひとつ見つかったのみ。


 最初の発見場所から少々離れた場所から落ちたらしいそれは、おそらくは暫くの間、願わくば今この時も彼女たちが逃げることが出来ていたことが暗示される。


 まだどこかに隠れていて、震えながら助けを待っているのかもしれない!


 どこへ行っても実の子の様に可愛がられていた二人を見捨てるという意見はなく、里の者総出で山狩りを、と準備をしていたまさにその時、見張りから声が上がったのであった。


 気がついた時には体が勝手に駆け出していた。


 おい、先生に道をあけて差し上げろ!


 人ごみを抜けて出たその先で眼に入った、二度と会えないかもと思いかけていたその姿。

 駆け寄ってくるその小さな体を抱き締め、その暖かさ、命を感じ、思わず涙がこぼれそうになる。

 なんでこの小さな温もりを、大切な命を手放そうとなど思ったのだろう。

 世の為人のため? 立派なことだ。

 乱れた世に志を持って立つ? それもいいだろう。

 でもこの子達はダメだ。

 なにより、それは大人の仕事だ。

 二度と離すものか、この子達は私の大切な………。


 「先生、そのまま顔を上げずに聞いてください。 ちょっと難しいことになるかもしれません」









 一瞬で頭が冷えた。


 その後今度は逆に頭が沸騰する………羞恥で。


 この子達は既に独り立ちしていたのだ。


 省みて子離れできない我が身の滑稽さ。

 だが、反省は後回しだ。

 独り立ちした娘が、道の先達として頼ってくれたのであれば、応えてみせるのが親の見栄。


 「話して御覧なさい」









 二人が代わる代わる話す一連の顛末を、時折質問を挟みながら聞き終える。


 確かに、二人の恩人だという少女の言動には妙にチグハグな印象を受ける。


 だがしかし、二人はまだ知らないことだが、この近辺は明るい間に捜索がされている。

 二人が懸念するように彼女が賊とグルであったとしたら、その役目は十中八九、内からの手引きなのであろうが、この地を襲撃できるほどの多勢の痕跡があれば、そのときに見つかっていただろう。

 それを語って聞かせれば二人は安心するのだろうか………?


 ふむ、二人の瞳を覗き込む。

 なるほどなるほど。


 孔明と士元がここ、水鏡女学院に預けられるまでには紆余曲折があった。


 親類のあいだをたらい回しにされ、やがて人間不信を通り越して他人の存在に恐怖を覚えるまでに至っていた二人。


 時間を掛けてその壁を取り除き、その心を解きほぐし、今では里の誰からも可愛がられるようにまでなったが、所詮箱庭の中での事。

 表に出す前にもっとあちこち連れ回しておくべきだったかと心配していたのだが。


 愛弟子二人の瞳の奥に、探していた物が確かに宿っているのを見て取り、ならばと心を決める。


 親馬鹿と笑いたければ笑うといい。


 不安や恐れとともに、愛弟子たちの眼に確かに観てとれる期待の光。


 少し離れたところで星を見るフリをしながら時折チラチラとこちらを気にしている少女との、一日にも満たない僅かなふれあいの中で、二人にそれを宿したのが一体なんなのか?

 しかと見定めて見せよう。









 「ふたばさん!」


 呼びかけに顔をあげると、孔明と士元の二人がこちらに駆け寄ってくるところであった。


 その後ろから、先生と呼ばれた女性もついて来ている。


 あまえんぼタイムは終わりみたいだね、と呟きつつ二人を迎える。


 遠目では良くわからなかったが、『先生』は随分と綺麗な人であった。

 年の頃は三十前くらいだろうか? それとももっと若いかもしれないな~。

 駆け寄ってきた二人はふたばの両手にぶら下がると、女性の方へ向き直る。


 「先生、こちらが北郷ふたばさんです」


 「あぶないところを助けていただきました」


 孔明と士元の言葉に合わせ、「はじめまして」とペコリ、お辞儀をする。


 「この度は、この子達が大変お世話になりました」


 そう言って、あちらもニッコリと会釈を返してくれる。


 「そ、それで、ふたばしゃん」


 ぎゅっ、と右手に掴まる孔明の力が増した気がした。

 不思議に思って見てみると、妙に真剣な顔でこちらを見上げている。


 さらに見てみると、左手にぶら下がる士元の方も、こちらの瞳の奥まで覗き込む勢いだ。


 な、なんだろう………?


 「こ、こちらが私たちの育ての親で、学問の師でもある水鏡先生でちゅ!」


 な、なにぃ?!














 「つ、強そうなお名前ですね!」


 主に小宇宙コスモ的な意味で。


 北郷ふたばはLCもゆっくりも分け隔てなく愛する女だった。












 「は、はぁ………、ありがとうございます?」


 今代の杯星座クラテリス聖闘士セイントであるらしき女性は、一瞬あっけに取られたような表情をしたものの、コホンとひとつ咳払い。

 にっこりと、思わず見蕩れそうな笑みを浮かべてこう名乗った。


 「初めまして、ふたば様。この地で私塾を営む司馬徽と申します」


 な、なにぃ?!


 まさか、自ら『シバき』などと名乗る人がこの世に居ようとは!!


 よもやこんな大人しげな人が!と、ふたばは戦慄を禁じえない。


 それはあれか? 教育的指導とかいってシバくのであろうか?

 定規か、ムチか?、それとも竹刀なのか?

 いや、聖闘士セイントは武器禁止だから、ここはやはり素手であろう。


 一体どんな風にシバかれてしまうと云うのだろうか?!













 『『『『『1X1=1! 1X2=2!………』』』』』


 教室に九九を読む声が響く。


 生徒たちの声に柔らかな微笑を浮かべ教室を見渡す水鏡先生。


 『はい、ではここの所を………孔明さん、読んでください』


 ひゃい!、と勢い良く立ち上がる孔明。


 『バッ、バスガしゅびゃくひゃしゅ………』


 『不正解!!』


 カッ!!


 掌底的な何かを繰り出す水鏡先生!!

 そのバックでは仰け反るようにして天高く吹っ飛ぶ孔明の姿が!!


 算数の授業じゃなかったのっ?! 早口言葉に不正解とかあるのかっ?!


 受身も取れずに顔面から落着、真っ赤な花を咲かせる孔明。


 ひ、ひぇぇぇぇ………


 水鏡先生はまるで何事も無かったかのように教室を見回すと………


 『では、同じ問題を………、そうですね、士元さん、読んでください』


 『あわ、あわわわわわわわわわわ………』
















 「士元ちゃん逃げて~~~~~~~~~~~っ!!!!」


 「「はい?」」


 間抜けな声がハモったのは水鏡先生と孔明。

 条件反射で逃げ出そうとした士元の襟首を咄嗟にふん捕まえるあたり、さすが先生、小動物の扱いに慣れているといえよう。


 そんな騒ぎにはお構いなく、何かを考え込んでいたふたばは、まるで幽世を覗き込むかのような眼差しを傍らの孔明に向ける。

 ハッキリ言って怖い。















 まてよ? この時ふたばはある可能性に思い当たった。


 白銀聖闘士シルバーセイントを先生と呼ぶのであれば、ひょっとして孔明と士元も小宇宙コスモ的な意味で弟子なのではあるまいか?!

 ゆっくり的ネーミングの法則から推測すると『伏竜と鳳雛』である彼女たちは………。





 『『はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』』


 舞うような動きで小宇宙コスモを高める二人の美幼女。

 拳の軌跡が各々の守護星座をなぞり、高まるオーラがやがてその形を顕す!!


 『女神アテナ聖闘士セイント龍星座のドラゴン孔明!!』


 『おなじく! 鳳凰星座のフェニックス士元!!』


 身に纏う聖衣は当然、頭からガブっと齧られてるアニメ初期版である。


 『廬山昇龍覇っ!!!』


 『鳳翼天翔っ!!!』


 カカッ!!!!!









 「ぶふぅ~~~~~~~~~~っ!!」


 「ひ、ひどいでしゅ! 乙女の顔を見て吹き出すなんてあんまりでしゅ~~!!」


 痙攣する腹筋を押さえて悶絶するふたば。がお~っと怒りの声を上げる孔明。


 とりあえず、


 「悪い子じゃなさそうですね」


必死に逃げようと手足をバタつかせる士元をぶら下げつつ。


 「どうやってこの場を収拾しましょうか………?」


 頭を悩ませる水鏡先生でありましたとさ。











 あ~、さっぱりした! おなかも膨れて言うことなし!!


 未だ携帯も通じず、電話も借りれない………どころか、そもそも電話が何か判らなかったっぽい等などの諸問題を意識してうっちゃって。


 「え、明里ちゃんが帰って来てたんですか?」


 「お話聞きたかったです」


 「入れ違いだったわね。 あの子ったら、貴方たちが行方不明だって聞いて飛び出して行っちゃったから」


 「残念ですぅ」


 廊下の向こうから聞こえてくる団欒の声。


 「お風呂いただきました~」


 「あら、ふたばさん。 お湯加減はいかがでした?」


 「はい、おかげさまでサッパリしました~」


 おつむの中までポッカポカである。


 「それじゃ、孔明、士元、あなた達も入ってらっしゃい」


 「はい、それじゃお先に頂きます」


 「ふたばさん、またあとで」


 「あいあい、ごゆっくり~」


 手を振って退出する二人を見送る。


 「あ、そうそう、忘れるところでした。孔明、士元。あとでお話があります」


 「はわ、はわわわわ」


 「あわ、あわわわわ」


 ん? 突然怯えだした二人の様子に、その視線の先、背後にいる水鏡先生のほうを振り返ると、先生は懐になにやら書物をしまう所だった。


 「本がどうか………」したの?と、尋ねようにも二人の姿は既に無く。


 「さ、廊下は冷えますから、どうぞお掛けください」


 ことん、と音を立ててお茶の入った湯飲みが置かれる。


 「あ、ありがとうございます」


 席に腰掛け、いただきま~す、と口をつける。


 その様子をじっと見詰める水鏡先生。


 照れるぜ、ぽっ。


 なんだか残念な子を観る眼で見られました。


 こほん、と咳払いをする先生。

 真面目な話をする気配を感じ、湯飲みを置く。


 「改めまして、今日はあの子達の危ないところをお救いいただき、有難う御座いました」


 「いえ、そんな。私がちょっかい出さなくてもあの二人ならチョチョイの楽勝だったと思いますし!」


 こう、カカッ!とか、グワっ!!て感じで。


 「………、え?」


 「………、え?」



[25721] その6
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 23:26
 翌朝、ふたばは孔明、士元と連れ立ってあちこちの店先を覗いて回っていた。


 水鏡先生のご厚意で、二人の旅に護衛の扱いで同行させて貰えることになり、そのための旅装を揃えてもらえる事となったのである。


 理不尽を通り越して意味不明の域にある現状を、どうにか打破する為の手がかりを欲しているにも係わらず、自身は右も左も判らぬ迷子でしかない自覚のあるふたばは、その提案に一も二も無く飛びついたのであった。


 もちろん、水鏡塾側にも一応思惑的なものも在ったのだが、今は置く。

 






 「ほへ~………」


 名門水鏡塾のお膝元ということで、それなりに潤っているとはいえ、それでも『それなり』でしかないはずの至極ありふれた里の景観を、まるで心底珍しいものであるかのように見回す彼女、北郷ふたば。


 『狼煙があがったぞーッ!! 我目標ヲ発見セリッ!!』


 『いくぞ野郎どもッ!! 俺に続けーッ!!』


 『元直ちゃん親衛隊より伝令ッ!! 野盗どもは森に逃げ込んだ模様ッ!!』


 『よし、手はずどおり二手に分かれるぞ! 孔明ちゃんを愛でる会はそのまま追撃!、士元ちゃんを見守る紳士同盟は回り込んで挟み撃ちだ!!』


 『野盗の分際で俺の嫁達を狙うなんざ万死に値するッ!』


 『まて、孔明ちゃんは俺の嫁』


 『なら士元ちゃんは俺が貰っていきますね』


 『ヒャッハーッ 汚物は消毒だー!』



 失礼、ちっともありふれてなかった。


 旅の荷物が無事回収(一部水鏡先生に没収)されたことで、早速旅を再開しようと思っていたのだが、村の有志による山狩りが終わるまで待つように、との先生のお言葉があり、それならばと、今日はふたばの為の買い物で一日潰す予定だったのだが、むしろここにいるほうが身の危険を感じるのはナゼだろう?


 殺気だったまま夜明かしをし、テンションが二重三重によじれて大変な事になってしまった男たちが土煙を上げて突撃していくさまを呆然と見送る。



 『ちょ、あの士元ちゃんと手をつないでるコ誰よ?! 超好みなんですが!!』


 『ばっか、あの子があれだ、昨日二人を連れてかえってきた子だろ。たしか北郷ちゃん』


 『うひょー、おっぱいでけぇ!』


 『ぅえ、マジで?!』


 『おら、てめぇら!! ぼさっとすんな!!』


 『た、たんま!! せめて一目だけでも!!』


 『あ~~~ 聞こえんな!!』


 『な なにをする きさまらー! うぉー おれのおっぱいぃぃ!!』


 孔明、朱里は眉間をつまむようにして揉みほぐした。実に頭が痛い。そして頭が悪い。

 見れば士元、雛里も滝のように汗を流しているし、ふたばに至っては顔はもちろん耳たぶまで真っ赤だ。


 こんな故郷でごめんなさい。


 「――私のおっぱいは私のですよ~だ………」


 ああ、ほんとうにごめんなさい。







 「ふ、ふたばさん、まずは旅嚢から見に行きましょうか」


 なんともいえない微妙すぎる空気を払うべく、最初に声をあげたのは士元であった。


 引っ込み思案の彼女を知るものとしては聊か信じ難いことに、昨日出会ったばかりのふたばと手まで繋いだりして、妙に張り切っている。


 普段の彼女をよく知らないふたばであったが、昨日が昨日だけに、わずか一日程度の付き合いであっても何か感じるところが………特に無いらしい。


 手を引かれるままついていくその目線は、あっちへふらふらこっちへふらふら。

 士元に手を引かれていなければ転ぶか、ぶつかるか、道に迷うか、さもなくば転んでぶつかって道に迷うかしているに違いない。


 小柄な士元がふたばの手を引いて歩く様子の微笑ましさに隠れてあまり目立たないが、完璧におのぼりさんと言ってよい有様だ。


 だがしかし、この景観に彼女が目を奪われるような珍しい物など無………今は無い。


 先ほどまでだって、特異だったのはあくまでモブ集団。

 漢帝国のどこででも見られるありふれた光景でしかない、はずだ。


 はず、だよね?


 はず、なんだけど………。


 あれ、あれれれ………?


 脳裏に浮かんだ『なにこれ珍百景 死ぬ前に一度は見たい特選漢帝国編』と云う謎フレーズをブンブンと手で掻き消す。


 気を取り直そう。

 再び件のおのぼりさんに目を戻す。


 手を引かれるまま歩いていくふたばの目線は、道をすれ違う人や店先の品物などへも向けられるが、注意してみればそれだけではない。

 建物や路地の奥などへも向けられるのだが、それだけでもない。


 時たま、しかし注意して観察すれば明らかなほど頻繁に、彼女は何も無いところを、何かを探すように見回している。


 そのとき視線は空に向いているのだが、角度から考えて、また真上を向く事が無い点からも屋根の上に何かを探しているらしい。

 その様子に何かを警戒するような色は無い。


 (先生と士元ちゃんの勘が正しいなら、やっぱりふたばさんは………)


 正しいことを微塵も疑っていないにもかかわらず、心の中でそう前置きして思う。


 彼女の探してる物、恐らくこの国のどこを探しても見つからないであろう、しかし彼女の国では至極当たり前に在るのであろうそれは、一体どんな素晴らしいものなのだろうか?







 






 ぶっちゃけ地デジアンテナなわけだが。
 






 






 時はしばし遡り、前日の夜。


 「それで先生はふたばさんの事、どんな方だと思われましたか?」


 北郷ふたばを来賓用の離れに案内したあと、『散々怖い目に会ったことだし』と云うことで没収物に関するお小言も軽めで済ませてもらえて、孔明と士元は前日と同じように先生と枕をならべて川の字になって床の中にいた。


 いくら聞かれたくない話とはいえ、当のふたばは壁どころか庭まで挟んだ向こうにいるうえに、逆恨みした賊が押し入ってくるかもと言い含めた若者に(必要が無いとは思うものの、ふたばを)念を入れて見張って貰っているのだから、そこまで身を寄せ合ってヒソヒソ話をしなくても良いのだが、それはそれ、これはこれ。

 一時は再会を絶望するところまで行ったのだから野暮は言いっこなし、ということでご了承願いたい。


 先生を間に挟んで仲良く寄り添うさまは実に仲睦まじい母娘のようである。ようではあるが、よく見たらコレ川の字やない、小の字や。

 問いかけられた先生は先程ふたばと交わした会話を思い返す。



 最初は全くと言っていいほど噛み合わなかった。


 どうもあの少女はこちらのことを、何らかの武術を極めた達人かなにかと思っていたらしい。


 思っていたと云うよりはその可能性もある、と探りを入れてきた程度で、脈無しと観るとすぐに除外した風ではあったのだが。


 朱里と雛里の語るところによれば、あの少女は体格で遥かに上回る武装した男三人を「切り捨てる価値も無し!!」とばかりに、あろうことか無手のままで圧倒してのけたと言う。


 それほどの武の持ち主が文官一辺倒、拳の握り方も怪しい自分を捕まえて、それどころか朱里と雛里、根っからの小動物、弱肉強食の理においては、その最下層に位置する生き物であるこの二人を捕まえて『あの二人ならチョチョイの楽勝だったと思いますし!』などとは。


 その後もこちらの問いに帰ってくるのはサッパリ要領を得ない答えばかり、逆に質問させてみても、そもそもなにを聞きたいのかすら理解できず。


 それがまがりなりにも噛み合いだしたのは………、そう、彼女の『今この国で一番えらい人は?』との問いに、『漢帝国十二代皇帝、劉宏陛下であらせられます』と返してからだったか。


 『え~と、もしもし亀よ亀さんよ~だから、いん しゅう しん かん さん ごく しん………それで諸葛孔明と鳳統なら合ってるっちゃ合ってるの………かな………?』


 『さん』や『ごく』、『しん』はともかく、話の流れ的に『いん しゅう しん かん』の部分は、夏がなぜか抜けているが『殷 周 秦 漢』で間違いあるまい。


 ならば、『さん、ごく、しん』もまた王朝の、それも現在の漢に続くそれの名だとだとでも?


 ともあれ、そこから(時々チグハグに成る事こそあれ)曲がりなりにも応答が成り立つようになりはじめた事は確かだ。


 今は無名の朱里、雛里を過去の偉人と言ったという点も気になる。


 王朝の命数すら俯瞰する視点。武への無自覚さは、それが彼女の身辺では特に騒ぎ立てるほどの物ではないからとでも云うのだろうか。

 物狂いの娘の戯言と片付けてしまえれば簡単だったろうが、そもそも司馬徽という女性がそう云う考え方を好まないのがふたばにとっては幸いだった。


 不意に、先程から口を開かないもう一人の弟子が気になった。自らの考えを口にする前に、彼女の意見も聞いてみたい。

 道中、朱里が寝入ってしまったため、この中でふたばと一番言葉を交わしたのは彼女と云うことになる。


 「雛里、あなたはどう思っているのですか?  ――雛里?」




 「――zzz………」




 「「………」」



 「………は?! 寝てましぇん、寝てましぇんから!!」
 






 





 『ふ、ふたばさんは天の国からの御使いなのではないでしょうか!!』


 『『ちょ、声が大きい!!』』 






 





 「――ん?」


 一旦は床についたものの寝るに寝られず、結局また起きだして星を眺めていたふたばは、ふと誰かに呼ばれたような気がして辺りを見回した。

 だが『この世界』で彼女の名を呼ぶものなど孔明と士元、そして水鏡先生と、あとは………、


 (一緒に来たのかどうかも判らない兄さんぐらい………か)


 水鏡先生の話から推察すると、ここは『三国志的な時代の中国に良く似たどこか』であるらしい。


 そう思わせようとしているだけ、という可能性は、今は無視してしまおう。


 こんな村がある時点で既にドッキリの次元は飛び越えすぎているし、仮にダマシだとしても、兄を探し故郷への手がかりを求めて行動したなら瞬く間にボロが出るような嘘、本気で突き通す心算もないという事だ。

 早かれ遅かれ種明かしがあるだろうし、そのときに備えて油断だけを戒めておけばいい。


 (――それにしても、異世界かぁ………)


 孔明、鳳統が女の子であるのはこの眼で見た。

 今は何とか云う所を治めていると云う曹操もやはり女性であるという。

 旗揚げしたばかりの劉備については、そういう人物がいる、という程度しか情報が無いらしいが、諸国を放浪して名を知られていた関羽、張飛はやはり女性であるらしいとの事だ。

 三国志と云うだけにもう一つ、なんか国があった気がするのだが、生憎ふたばは呉の国名も、それを治める孫家の名も覚えていなかった。




 だいたいの場合、中学生くらいの男子は三国志や織田信長、あるいは明治維新の志士や新撰組に嵌るか、嵌った友人の無駄に暑い情熱に巻き込まれてソコソコ詳しくなってしまうものである。

 ご近所の皆様から『北郷さんちの次男坊』とまで言わしめたふたばであれば、兄一刀の影響でそこそこ詳しくなっても良いはずではあったのだが、件の異名を戴く一因を担っていた祖父が、日に日に温度を下げてゆく妻と義娘の視線、ガリガリ削られていく小遣いと晩酌に耐えかね、伝手を頼りにお嬢様学校として名高い聖フランチェスカの中等部に放り込んだが為、件の情熱に巻き込まれる機会を失したのであった。



 これは余談だが、ふたばは別に寮に隔離された訳ではない。

 なにを思ったか、完璧な令嬢に擬態することに執念を燃やしたふたばが、自身の信じる令嬢像、平たく言えば『私のかんがえたうるわしいおじょうさま』に向け一心不乱に邁進した挙句、うっかり兄の情熱をスルーしまくっただけの話である。

 あと、ふたばの執念の成果については、遺憾ながら現状を見たうえでお察しください。



 それはさて置き、現時点でふたばの思い出せる三国志の主役ないし準主役級と言って良い人物のうち、五名が女性であると知れている。

 だが、いかにふたばとて、二千年近い昔の人物の性別が伝承と違ったくらいで安易に異世界と決め付けたりはしない。

 歴代の絶対権力者のなかに、ほんの一人二人でも性差別主義者が紛れ込んでいれば、意外に容易く白が黒になるのではなかろうか。



 真名とか云う風習、こんなのは全然おっけい。

 名前が魂と密接に結びつくなんてのはファンタジーには良くある設定だし、医者の仕事が病魔を祓う悪魔祓いだったりすることもある時代であれば、魔から魂を守る隠し名みたいなのがあっても不自然ではないはず。

 たとえ近しい人であっても、本人の許しも無しに口にしたが最後、その場で殺されても文句は言えないとなれば、間違っても公文書に書き残されたりなどはしないだろうし、その後で風習そのものが廃れてしまえば存在が後世に伝わらなかったのも当然と考えられる。


 「―――兄さん、まだ生きてるかなぁ?」


 ウッカリ誰かの真名を、例えば曹操とか呂布とかその辺の、極まっておっかなそうな人のそれを、そうと知らずに呼んでしまい、問答無用で無礼討ちとか、そんな目に遭ってないだろうか。

 不意に浮かんでしまった嫌な想像を、ぶんぶんと頭を振って追い払い、思考を戻す。



 孔明の髪が亜麻色だったり、士元に至っては銀髪だったりするが、コレも許す。

 『異民族の血を引いていたんだよ!』『な… なんだって―――!!』で一応は説明がつく話だ。


 これがピンクとか(居ます)緑とか(コレも居ます)だったら兎も角として。


 あれ、学校に居なかったか、ピンクと緑………?、ウチってお嬢様学校じゃなかったっけ………?!



 ―――す、水鏡女学院の制服が、現代日本でもコスプレ認定されそうな魔法少女チックな物なのも許す!! てゆーか、フランチェスカの制服もあまり他人の事言えたものではないしね!!



 ただし日本語、てめーはダメだ。

 現代標準語が古代中国で通じるわけが無い。というか、古代日本であっても多分通じないだろう。

 唇を読めたりする訳ではないが、口パクを見た限りでは現実に日本語を話しているようであったし、よしんば何らかの翻訳機能的なものが働いてるとしたところで、そんなモノがある時点でやっぱり異世界は確定である。


 (そういえば、鳳統って孔明よりだいぶオッサンなんじゃなかったっけ?)


 前に友達の部屋でちょっと遊んだゲームの記憶を思い出す。この世界では寧ろ士元のほうが妹っぽいのだが。

 多少の誤差は無視して、近い時代の武将をごった煮的につっこんだ、無双だったりBASARAだったりするゲームの様に、この世界もその辺アバウトなのかもしれない。

 確か、三国志で無双は既に在った筈だから、この世界はさしずめ三国BASARAとでも呼ぶべきか。

 それとも、五人以外の有名どころも端から女の子になっているギャルゲ的世界だろうか?

 主人公は兄さんだったりしてね!!

 その場合はときめき………はちょっと古いかな?、三国………恋………姫とか、恋将伝とか………?


 「いやいや、主人公とかないから」


 ゲームとごっちゃにしてはいけません。戦わなくちゃ、現実と。


 「あ、でも………」


 ゲーム的に考えた場合、私は一体どう云うキャラになるんだろう?

 例えば三国BASARAだと、異世界で生き別れた妹との再会は戦場であった!とか云うパターンで、主人公のライバルポジとか!


 「王道パターンではあるけど、自分でやるのはイヤだなぁ」


 じゃあじゃあ、ギャルゲ的三国恋姫で、まさかの攻略ヒロイン実妹ルートとか?


 「―――兄さん探すのやめようかな………」


 ギャルゲと見せかけておいて、実は18禁なエロゲだったりしてね!!


 「―――見つけたら一応去勢しておこう………」


 一刀逃げてー!超逃げて―――!!






 





 どうにも正気とは思えないほうにばかり思考がすっ飛んでいくな。


 そう思いつつ、再度夜空を見上げる。

 いっそ月が七つもあれば異世界であることも納得できるだろうに、見上げた先では今夜も元気に餅をつくウサギの姿。

 星を見比べようにも、元からオリオン座の三ッ星くらいしか見分けられないふたばでは、暗い地上とは裏腹に星をばら撒いたような天蓋から星座を見わけるのは無理というもの。

 北斗七星くらいなら見つけられるかもしれないが、あれには見えても見えなくても嫌な気分になる、どうにも面倒くさい星がおまけについてくる。

 命の危険のあるこの世界を旅して、兄を見つけ出し、故郷に帰る。これだけの難行を前に余計な死亡フラグなんぞ立てたくは無い。


 「あ~………」


 改めてなすべきことを考えると、それだけで軽く絶望できる。


 おそらくは不可能だろう。物流でも情報でもインフラが発達してないこの世界は、ふたばにとって広すぎる。

 故に、北郷ふたばは故郷から断絶したこの地で、朽ちて死ぬ。


 想像するだけで胸の奥で冷たい澱みのようなものが染み出してくる気がする。

 だがそれは、九分九厘確定された未来であるとふたばには思えた。

 
 故に、


 『―――明日で最後だ………』


 全てが性質の悪い冗談で、ばかばかしい種明かしとともに日常へと回帰できる。そんな希望をあと一日だけ。

 そして、その一日が終わったなら………。


 「―――絶対、帰ってやる………」
 





 





 「以上、回想終了!! 士元ちゃん、次どこいく~?」


 「次は野営の道具を見に行きましょう。それと、私のことはどうか『雛里』と呼んでください」


 ふたばの唐突さに一晩ですっかり適応しつつある鳳士元である。伊達に孔明より二回も多く脅かされたわけではないのだ。


 一方の孔明はなにやら愕然とした表情で、


「はわ、読まれましゅた! 心を読まれましゅた!!」


とか、わけのわからないこと言っている。


 おそらく昨日の疲れがまだ癒えておらず、本調子では無いのだろう。


 思えば彼女は件の逃走の間も常に自分の前に立ち、転びそうになったら支え、立ち止まりそうになったら手を引いてと、必死になって助けようとしてくれていたっけ。


 ふたばには悪いが、今日の買い物は早めに切り上げて、ゆっくり休ませてあげよう。

 はわわはわわとうろたえる孔明を生暖かい目で眺めつつ、そんなことを想う士元であった。




 今朝、目覚めて一番に、北郷ふたばは孔明と士元、水鏡先生の三人から謝罪を受けた。


 なぜ謝られるのかサッパリ判らなかったふたばが尋ねると、山賊の仲間じゃないかと疑われていたのだという。

 二人とは何となく仲良しになれた気がしていたため、怒るよりむしろ悲しくなってしまったふたばであったが、二人がどうして疑いを持つに至ったかを、おそらくは暮らしていた社会常識そのものが大きく異なると思われるふたばにも判るよう、懇切丁寧に説明すると、なるほど不審人物だと納得し、むしろそんな怪しい人物をよくぞ泊めてくれたものだと逆に感激したのであった。


 あげく、旅に同行させてくれたり、道具を揃えてくれたり、なんていい人達なのだろうか。


 二人から真名を預けられたのもその時だ。


 昨夜の対談の時、水鏡先生が二人のことを最初に修羅だの緊那羅だのと呼んだのが気になり尋ねた時に、この世界での真名の重みを聞かされていた。

 なので、返せる真名を持たないふたばとしては、預かるのに躊躇があったのだが、


 『『私たちの真名は、見返りを求めて預けるほど軽くありません!!』』


とまで云われてしまえば引き下がれない。


 だが、真名の扱いがいまいち実感できないふたばは、預かったは良いものの、迂闊に口に出していいものか判らずにいた。


 今朝、二人から真名を許されるまでは、三人もふたばの前では(最初の水鏡先生はノーカンとして)真名で呼び合うことをしていなかったのを見ていた所為もあり、正直、取り扱い注意の危険物を持たされた気分である。


 人の居る所でうっかり口にして、しかもそれが誰かの耳に入ったりしたら最後、その人は孔明や士元に『私たちの真名を聞いた人はしまっちゃいましょうね~』とか言われつつ、何処かにしまわれてしまうかもしれないのだ。



 「しまいませんから。あと何処かってどこですか?。許されてない人の真名を口にするなど論外ですが、一度預けられたならそんなに深刻になることは無いですよ」


 それもそうか。

 そもそもがそういう文化の中で育ってる人たちな訳だし、迂闊な振る舞いはしないのだろう。


 「じゃあ、―――雛里ちゃん?」


 「はい!」


 「―――朱里ちゃん」


 「はい!」





 「―――雛里ちゃん、いま私の心読まなかった?」
 





 





 そんなこんなで、三人はそんなに数があるわけでもない店を、なぜかやたらと時間を掛けながら覗いてまわって行った。

 殊に時間を掛けて見てまわったのが、やはりというか着るもの関係で、そこらを歩く人々が着ているものや、売り物であってもそれが男物であれば、カンフー映画の中で見るような、いかにもそれっぽい物であるのに、なぜか売っている女物だけが胸元や下乳が露だったり、おへそまるだしだったり、迂闊に動けばパンツが見えちゃいそうな丈だったりと、はるか二千年未来の最先端を余裕でぶっちぎっていて、一応着る側の立場にいるふたばとしては、周回遅れになるのだけ気をつけて、出来れば未来永劫追いつかないよう時代に土下座したくなるようなデザインのそれらに目を白黒させるばかりであった。




 「それじゃおばさま、これでお願いします」


 「あいよ、ひのふのみぃ………、はい、確かに。どうする孔明ちゃん、あとで届けさせようか?」


 「えと、ふたばさん」


 「あ、大丈夫です、袋ありますから ちょっと詰めちゃっていいですか?」


 「はいよ、ちょっと場所空けてあげるから………ところでお嬢ちゃん、昨日孔明ちゃんたちを助けてくれたって云うのはアンタかい?―――はい、ここ使いな」


 「あ、ありがとうおばさん。―――えっと、はい、一応、わたしです」


 「あわ、一応だなんて! ふたばさんすごかったんですよ! 悪を断つ剣なり!! でしたっけ?」


 「ひ、雛里ちゃん! あれは若気の至りと言いますか、長年の夢と言いますか、はたまた示現流を学ぶ者としては外せないお約束といいますか………」


 「あらまぁ、あんたたち、もう真名を預けちゃったのかい。あんた、大層な懐かれようだねぇ」


 「あはは、どうなんでしょうね」


 「………お嬢ちゃん、私からもお礼を言わせとくれ。この子らはここの皆の娘みたいなもんだからね」


 「………はい!」





 細かい差はあれ、概ねこんな感じの会話を何度かくりかえし、余裕を持って選んだ袋の中身も充実してきた。



 「当面必要なものは揃いましたし、そろそろお昼食べに帰りましょうか?」


 「あいあい。それじゃおばさん、よろしくお願いしますね!」


 「はいよ、それらしいのを見かけたら必ず伝えるから。行き先は襄陽でいいのかい?」


 「えと、朱里ちゃん?」


 「はい、まずは襄陽に向かいます」


 「だそうです。次の行き先が決まったら向こうにも手がかりを残してく心算なので」


 「はいよ。孔明ちゃん、士元ちゃんも気をつけるんだよ、体には気をつけてね。お嬢ちゃん、二人のこと、よろしく頼むよ」


 「あはは、どっちかっていうと私の方がよろしくされちゃいそうなんですけどね」



 おばちゃんに手を振って別れ、簡単な食材を見繕いに向かう。


 「そういえば、昨夜のごはんも美味しかったけど、食事って先生が作ってるの?」


 「昨夜はそうでしたけど、みんなが持ち回りでやってましたので今日のお昼は私と朱里ちゃんがお当番であわっ」


 前を歩きながら答えを返した雛里が小石に躓いたのを慌てて支える。


 「ふ~ん、二人ともお料理できるんだ。えらいねぇ」


 「そ、そんなことないでしゅ。ふたばさんだって出来るんじゃないですか?」


 「そりゃ、それなりにね。でもさぁ」


 「もう!、ふたばさんだって精々一つか二つくらいしか私と違わないでしょう! あんまり子ども扱いしないでくだしゃ」


 「なんだって?」


 聞き捨てならないことを聞いた気がして、思わず語気が強くなってしまった。

 案の定、雛里は一瞬で涙目である。だが今はそれどころではない。


 「あ、あわごめんなしゃ」


 「ごめん、そうじゃなくて。今なんて言ったの?」


 「こ、子ども扱いしないで………」


 「その前」


 ここまで来れば天下の鳳雛、ふたばが何に引っ掛かりを覚えていたのか悟る。


 「もしかしてふたばさん、私の事、ものすごく年下だと思ってたんですか?」


 「―――いくつ?」


 「―――、(この作品の登場人物は18歳以上です)ですけど」


 「嘘だッ!!!」


 「え~………」


 明かされた驚愕の真実。全否定されしょぼーんとなる雛里。


 「じゃぁふたばさん、私のこと幾つだと思ってたんですか?」


 「その半分くらいだと思っていました!!」


 「いや~、聞きたくないでしゅ!!」


 耳を塞ぎいやんいやんと首を振る雛里。


 「その半分くらいだと思っていました!!」


 「大事なことじゃないから二度言わないでくだしゃい!!」


 半べそで蹲ってしまった雛里を他所に、ふたばは更なる恐るべき可能性に思い当たる。

 雛里が(この作品の登場人物は18歳以上です)ならば、彼女に対してお姉さんぶりたがる朱里は………まさか?!


 「年上だとでも言うのか―――ッ!? って、あれ、いない?」


 「あ、朱里ちゃんどうしたの?」


 隣を歩いていたはずの朱里が居ないのに驚いたのもつかの間、来たほうへと駆け出す雛里の方へ目をやると、一つ前のかどの所で立ち尽くす朱里の姿が眼に入った。

 会話に入ってこないと思ったら置いてきぼりにしてしまっていたらしい。

 前を走る雛里にあっと言う間もなく追いつき、一緒になって朱里の元に向かうが、近付く程にどうも様子がおかしい。

 酷く何かにおびえてるように見える姿に左腰に帯びた剣を意識する。

 朱里の足元に荷を投げ出し、彼女をかばう位置に立って周囲を警戒するが、彼女を怯えさせた何者かの影も見当たらない。


 「朱里ちゃん! どうしたの?」


 油断なく辺りに意識を配りつつ、一歩遅れてきた雛里が語りかける様子を聞く。

 あの怯えようから思いつくのは例の野盗だが、まさか灯台下暗しとばかりに忍び込んで潜伏してたとでも言うのだろうか?


 「か、かかかか」


 「ど、どうしたの朱里ちゃん!朱里ちゃん!!」


 彼女が何を見たにせよ、人目のある今この場でどうにかと云うことはなさそうだ。

 事情を聞きだして、男衆に話をすれば大丈夫だろう。そう見切りをつけてふたばも朱里に向き直る。


 「えい、えい、えい―――」


 「朱里ちゃん、何を見たの?!」


 「落ち着いて、もう大丈夫だから。ゆっくりで良いから―――」


 「だ、だめ! 早く逃げないと!! 完成した英雄がマルカジリでしゅ!!」


 え?


 「あわ!あわわわわ!!」


 意味が判らず問い返そうとしたが、通じたらしい人が約一名。


 「雛里ちゃんどうしたの? 今のでなんか判ったグェっ?」


 朱里が要領を得ないと見切りをつけて雛里に矛先を向けた途端、脇から朱里が、その小柄な体からはとても信じられない力でふたばの襟首をグイッと引き寄せた。

 
 「ひゃぁ、朱里ちゃん! 近いから近いから!!」


 予想外の方向からの攻撃に息がつまり、思わずみっともない声を上げるも、抗議する間もなく次の悲鳴を上げる羽目になる。

 目の前に迫った桜色の唇は、昨日の『ポ』されてしまっていたふたばであれば、あるいは勢いでむちゅーと行ってしまっていたかもしれないほど美味しそうであったが、一晩頭を冷やしたおかげか、はたまた肝心の朱里が、その折角の幼い美貌が台無しになる勢いで目が血走っていたり、鼻息がフガフガぴすぴすいっている所為であったか、サッパリそんな気になれなかったと云うのは果たして不幸か幸いか。


 兎も角、ふたばの動揺を余所に言語でのコミュニケーションを放棄した朱里は、ズビシッと立ち並ぶ店の一角を指差した。

 そのあまりの勢いに思わず仰け反ってかわす。

 指先は背後、先程までふたばが警戒していた角の向こうを指している。

 それらしい者は居なかったはず、そう思いつつ振り替えるも、やはり何もなく………いやマテ。


 もう一度だけ、朱里のまっすぐに伸ばされた指先が確かに『ソレ』を指し示しているのを確認すると、ふたばはフラフラと、吸い寄せられるようにして『ソレ』に歩み寄る。

 朱里が、そして雛里が何かを言っているようだがもはや耳に入らない。北郷ふたばは魂の奥底まで『ソレ』に魅入られてしまったのだ。

 軒先に、一見無造作に打ち捨てられているかに見える『ソレ』。

 だがしかし、錆一つなく磨かれた『ソレ』が放つ鈍い輝きは、それ自体が廃棄品などではない何よりの証拠だ。

 おそらくこの時代、素材として見ただけでもひと財産の価値はあるだろう『ソレ』が斯様に無造作に放置されている理由は簡単だ。



 一目で判るのだ。「これを人知れず持ち去るのは不可能である」と。



 動物の皮を巻いた握りの部分は、それだけでふたばの肩幅ほどもあろう。

 日本刀の鍔を二つに割ったかのような意匠の護拳、そこから伸びる無骨で飾り気のない真っ直ぐな両刃の刀身の、その厚さは1センチを優に超え、幅は20センチ強といったところだろうか?

 刃渡りにいたってはふたばの身長すら超えている、飾り気のない、しかし余りにも巨大な一振りの剣。


 「こ、これは―――ッ」


 それはまさしく『悪を断つ剣なり』。


 「斬艦刀ではないですか―――ッ!!」



[25721] その7
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 23:42
 「斬艦刀ではないですか―――ッ!!」


 ひゃっほーぅ!

 朱里と雛里がとめる間も有らばこそ。

 さながら空き箱を見つけたMaruさんのごとき勢いで飛びつくふたば。


 「はわ、だめですふたばさん! たたりが! たたりが!!」


 「あわわっ、だめです! 危険があぶないです!! まるかじられちゃいます!!」


 二人の言葉も既に届かず。

 斜めに傾いで立てかけられているため、ちょうど目の前の高さにある柄に手を伸ばすと、まるで棒切れでも拾うかの様に、ひょいと持ち上げてしまった。


 「はわ、はわわわわっ」


 「あわ、あわわわわっ」


 一部非常に発育のいい部分こそあるものの、ふたば自身は至極普通の身の丈、肩幅などは寧ろ細いぐらいの華奢な体格でしかない。

 その彼女が、刃渡りだけで自身の身の丈をも上回る巨剣を、懐剣か、あるいはいっそ包丁か何かのように扱うさまは一種悪夢的な光景だ。


 おろおろしつつ見守る二人を他所に、ふたばは先程までの浮かれようが嘘のような、なにやら怪訝な様子で手にした巨剣をジロジロ検分する。

 どうにも納得がいかない、といった様子で一通り眺めると、やおら上段に構え―――、




 ひゅっ


 「え?」


 「あれ?」


たと思ったのだが、何故か肩の高さで水平に、突き出されるような形で、その切っ先は静止していた。


 「「「………」」」


 なにやら納得がいかない様子で刀身を眺めるふたばと、なにやら納得がいかない様子でふたばを眺める朱里と雛里。

 ふたばは首を傾げつつその刀身を指先でキンキンと二度弾き、「う~ん」と唸っていたかと思うと、おもむろに切っ先を地面に向け、ドンと垂直に衝き立てた。

 あっけにとられてもはや言葉もない朱里と雛里を尻目に、ふたばは右拳を大きく振りかぶると、体ごと投げ出すような勢いで思い切り―――、


 ごん


 「「「………」」」


 「………いたい」


 「「何がしたかったんでしゅか!」」


 「だってこれ、軽すぎるよ! おもちゃかと思うじゃない!」


 朱里と雛里は思わず顔を見合わせた。

 そんなはずはない。完成したところこそ見ていないが、あれはこの間までこの鍛冶屋の主の孫さん(仮)がトンカントンカン打っていた鉄の塊に違いない。

 二人は一月半の間、ちょくちょくここからその様子を眺めていたのだし、あんな噂が流れたくらいなのだから、孫さん(仮)自身は二月近くをあれに費やしててもおかしくはない。

 手慰みのおもちゃにそんな時間を掛けられるような余裕があるわけでもなかろう。


 「ほんとに、ほんとに軽いんですか?」


 「軽いよ、朱里ちゃんでも振り回せるよ」


 「でもでも、私も雛里ちゃんも、私たち二人をいっぺんに抱えて歩けるふたばさんみたいな力持ちじゃないんですよ?」


 「失礼な。そりゃちょっとは鍛えてるけど、いくらなんでも………あれ?」


 「あ、あのふたばさん、ちょっと持ってみてもいいですか?」


 「え………、あ、いいんじゃないかな。私のじゃないけど」


 「あわ、そういえばそうでした。でも、放ってあるんだし、ちょっと持ってみるくらいなら」


 「ダイジョブじゃない? 目利きするのとおんなじでしょ」


 衝きたてた剣を片手で引っこ抜き、柄を雛里に向け手渡そうとしたときだった。



 「―――やめときな士元ちゃん。アンタじゃ重みでぺちゃんこに潰れちまうよ」





 それは疲れ果てた、精魂の最後の一滴まで枯れ果てるほど責め苛まれた男の声だった。


 先程まで剣が立てかけられていた建屋の奥の暗がりからうっそりと現れたのは、その声から受ける印象を裏切らない疲れ果てた男だった。

 げっそりと頬はこけ落ち、まともに眠れていないのか腫れぼったい眼はドロリと濁り、その周りには隈が色濃くついている。

 男はふらつく足取りで歩み出ると、まるで日の光に耐えかねたかのように暫し左手で目を覆ったあと、庇を作るようにかざした手のひらの陰からジロリと三人を見回した。


 「―――あ………」


 「「あ、孫さん(仮)、こんにちわ~」」


 「こんにちわ孔明ちゃん、士元ちゃん。昨日は大変だったらしいじゃないか。無事でなによりだ」


 精根尽き果てた男は愛想良く応えた。


 「えへへ、ありがとうございましゅ」


 「あの、散々お邪魔したのにご挨拶もせずにすみませんでしゅた!」


 「まったくだよ、お陰で折角用意しておいた餞別が無駄になっちまうところだった。また顔を見れてなによりだ」


 責め苛まれた男はにこやかに笑った。

 見た目に似合わず社交的である。

 ついでに子供好きでもあるようだった。ただし、目は濁っているので果てしなく怖い。


 「ちょっと取ってくるから待ってな。それとも時間があるなら上がって茶でも飲んでくかい?」


 えらくおっかなそうなのが出てきた時は内心びびったふたばであるが、案外気のいい人っぽい。勝手にいじったことを謝っておこうと決め、声を掛けてみる。


 「あ、あの!」


 「あぁ~?」


 疲れ果てた男は奥へ戻ろうとする足を止め、ふたばをギョロンと睨みつけた。やはり目が濁っているので怖い。

 なんだろう、やはり剣をいじったのがマズかったのだろうか?

 それともツルペッタン以外は女とは認めない特殊性癖の人なのだろうか?

 思わず上げそうになる悲鳴を噛み殺し、この場にいる関係各位に満遍なく失敬なことを考えつつ言葉を搾り出す。


 「ご、ごめんなさい勝手に触っちゃって………」


 「―――別に。アンタが自分のモンをどう扱おうが知ったこっちゃねぇよ………」


 「はい?」


 思わぬ答えに言葉に詰まる。その後ろでハッとした表情で朱里と雛里が顔を見合わせた。

 固まる三人を置いて奥に戻る男の姿に我にかえると、ふたばは慌ててそのあとに続いた。


 「あの! 私、昨日ここに来たばかりで、こんなの頼んだ覚」


 「その剣は!」


 ふたばの台詞を強い語気で遮ると、男は三人に向き直り言葉を続ける。


 「決まった奴にしか持てないそうだ。現に表に立てかけたが最後、俺にも動かせなかった。俺がこの手で鍛ったってのにだ。でもアンタは持てる、振り回せる。ならそれはアンタのだ」


 それを聞いて朱里と雛里は顔を輝かせる。

 一方のふたばはなんだか胡散臭げな表情である。なにそのありがちな設定。


 「鞘と帯がある。ちょっとまってろ」


 「あの! これ作ったのおじさんなんですよね? ならなんで『持てないそうだ』なんて伝聞形なんですか?」


 再度奥に引っ込もうとした男だったが、ふたばの問いかけに一つ溜息をつくと、顎をしゃくってあとに続くように促した。

 剣を鍛つに至った経緯は噂で知っていた朱里と雛里も、矢張り本人の口から聞きたいのか、どことなくウキウキした表情であとに続く。

 男は適当に座るようにと声を掛けると自身は筵の上にどかっと胡坐をかき、三人が、雛里がどこからか引っ張り出してきた床机に腰掛けるのを見計らって「何が聞きたい」と問うた。


 「なにが………?」


 はて、何から聞けばいいのだろうか? 色々突っ込みどころは多いが、ここは大事な気がする。


 「最初っから全部で」


 「最初から全部かよ………」


 男は先ほどよりも大きな溜息をついた。そんなに溜息ばかりだと幸せが逃げちゃいますよ、とは何故か言ってはいけない気がする。

 ガリガリと一頻り頭を掻き毟ると、何かを諦めたかのように男は口を開いた。


 「夢のお告げがあったんだよ」


 ピコーンと、ふたばの脳内でアリガチ指数が上昇する警告音がした。一方、期待してたとおりの話が聞けそうな朱里たちのテンションも急上昇。


 「はわ、それって噂になってる『英雄のための剣を作れ』っていう?!」


 「なんだよ、そんな噂になってんの? 英雄つーよりどっちかっつーとじご………、いや、なんでもない」


 「噂では、とっても美しい女神さまだったって。いいなぁ、私も見てみたいでしゅ」


 「なぁ?! ちょ、士元ちゃん! あ、あ、か、かか、ば、ば、ばけ、き、きん………ッ。くっ、そうだね………、女神でいい………それでいいよ」


 何故だか女神に対して凄まじい葛藤がある様子に、今度は胡散臭い警報が聞こえてきた気がする。


 「それじゃおじさんは、夢のお告げに従ってコレ作ったの?」


 「うんにゃ、アンタだって想像つくだろうが、そんだけのモン拵えるにゃトンでもねぇ元手がいる。ご丁寧に枕元に図面まで置いてかれてたけどよ、最初はやる気なんざ無かった」


 「図面? 枕元に?」


 それって夢じゃないんじゃ………?

 そう続けようとしたふたばであったが、男はやおら立ち上がり、奥のなんだかよくわからない山をごそごそとひっくり返すと、一枚の紙を見つけ出し、それを三人の目の前に突き出した。


 「あわわ、これ、紙でしゅか?!」


 「こんな紙みたことないでしゅ」


 受け取ったふたばの手元を覗き込んで驚く二人を他所に、ふたばの脳裏ではもう何の警告音だか判らないほどピコピコパフパフ鳴りっぱなしである。


 それは妙に光沢のある、綺麗に裁断された、しかし薄っすらと日に焼けた様子の紙だった。手汗の所為か、ちょっとよれている。

 試しに爪で切りつけるように勢い良くピッと擦ると、黒い線が残った。どうやら少し古くなった感熱紙であるらしい。

 はわわあわわとうろたえる二人の声を聞き流しつつ、今度は描かれている図面に目を向ける。

 そこには、『バリッ』としたタッチで描かれた、手元にあるものと同じ剣を構える鎧武者の姿が数点。

 まごう事なきその勇姿。武神装攻ダイゼンガーその人(?)である。

 手汗で滲んでいるところを見るに、感熱紙を使っておきながらプリンターはインクだったらしい。


 「あ~、続きをおねがいします………」


 「そんなわけで、次の日は普段どおり、一日過ごしたさ。働いて、メシ食ってな。んで、寝た。ところがその晩………」


 再び夢に出た。


 「あのか、かか、ば、ばけ、き、きん………ッ、とにかく、何故お告げに従わんって言ってきた。俺は言ったさ、こんな貧乏鍛冶屋にゃ手に余る。もっと銭の唸ってるとこに持ってけってな」


 だいたい、このとおりに作ったって物の役に立たん。まともに扱えるわけがない。


 「ところがだ。大丈夫だ、問題ない。お前じゃなければダメだ。いいから作れ。作らないと大変な事になるぞ、おもに俺のケ………ッ、ぐッ」


 そこで何かを言いかけて、三人の顔を見て言葉を飲み込む。


 「それで、言われたとおりに作ったら、持ち主を選ぶマジックアイテムができちゃったと?」


 「まじっく? まぁなんだ、こんな話がある。どこぞの鍛冶屋が一世一代の名剣を鍛えようと思い立った。鍛冶屋は自分が思いつく限りの良い鉄を何種類も手に入れて炉にぶち込んだ。ところが、どんなに熱い火で溶かしてみても上手く混ざらねぇ。あらゆる業を尽くしても割れちまう。途方にくれた鍛冶屋は最後に神頼みをして、女房の、美しいと評判だった髪の毛と爪を生贄にして炉に捧げたところ、鉄は嘘みてぇに混ざったって話だ。コレが有名な」


 「それ知ってる!! 獣の槍!!! あれ? それってつまりこの剣は………?! まさか兄さん?! なんて変わり果てた姿に!!」


 「はわ、はわわわわっ」


 「あわ、あわわわわっ」


 「ちげーよ!! なんだよ『兄さん』ってよ! こえー事いうんじゃねぇよ!!」


 「ちがうの?」


 「ちげーよ!! なんで不思議そうなんだよ! お兄さん入れたら死んじゃうでしょ!! おれ人殺しになっちゃうでしょ?!」


 ぜぇぜぇと乱れた気息を整えると、先ほどまでより尚一層くたびれた様子の男は話を続けた。


 「使い物にならんぞって言ったって言ったろ? そしたらよ、霊布があるって言うわけよ」


 「霊符?」


 「おうよ。なんでも持ち主になる奴の霊力が宿っててな。こいつを燃やして灰にして、鉄と水に混ぜて剣を鍛てば、出来上がった剣は使い手の体の一部のごとくなるんだとよ」


 お札に符水、ダイゼンガーの次は竜虎王か。スパロボマニアの血が騒ぎ、だんだん楽しくなってきたふたば。

 ああ、そういや霊布の残りはアンタに渡すようにって言われてたんだっけな。

 そう言って男は再度謎の山の発掘を始める。


 「っと、その前にこいつだ」


 目の前にぽいっと放りだされたのは剣を収める鞘と帯だった。


 「つけ方判るな?」


 「いいえ、さっぱり」


 「さっぱりかよ畜生、世話の焼ける」


 ああちがう、腰じゃない! 引きずっちゃうだろ!! 背負うんだよ、そう、で、そこで締める。

 抜くときはそこの留め金があんだろ、それを外すと、そう。

 なに、収めるとき?んなもん一旦外して………、めんどくさい? 知るか!!


 「どぉ? 似合う?」


 「………ええ、お似合いですよ」


 「………はい、とっても」


 実際には色気も何もない革帯なので似合うの似合わないの以前の話なのではあるが、たすきに掛けられた細めの革帯がふたばの胸の谷間に食い込む形でエライことになっている。

 そのため、朱里と雛里の視線がモゲロ的な意味で怖いことになっているのだが。

 そんな三人を放置して、男は再度山の発掘に向かう。あれ、っかしーな? あ、違うわ、あれはこっちの納戸に………。

 一頻りアチコチ掘り返したあと、全く関係のない納戸の奥から男が引きずり出してきたのは、幅が一抱えはあるのに奥行きと深さはない、奇妙な作りの、しかし何故だか見覚えのある気のする木箱であった。

 はて、なんで見覚えがあるんだろう。妙な既視感と膨れ上がる嫌な予感。


 「ほら、これが残りの霊布。もってけ」


 どん、と置かれた箱の中身はふたばの脳を真っ白に漂白した。


 「はわ、これが霊布ですか」


 「ふしぎな手触りです」


 朱里と雛里が手を伸ばし、白やピンクの布切れを広げたり伸ばしたり弄ぶのを見て、ふたばは我にかえるとがばっと伏せて、床に置かれた木箱の正面の化粧版に見覚えのある、アニメキャラのシールをはがした跡を見つけると、あらん限りの声で絶叫した。


 「これ、わたしのぱんつ!!」


 突然のことに硬直する朱里と雛里を置き去りに、目にも留まらぬ速度で男の襟首を吊り上げると、がっくんがっくん揺さぶる。


 「なんなんなん、なんで? なんでなんでなんで?? なんでコレが!! これがー!!」


 「はわ、ふたばさん! それ以上は!! 首がとれちゃいます!!」


 「ふたばさん、ぱんつってなんですか?」


 狂乱するふたばとそれを止める朱里。

 雛里は驚きすぎて逆にブレーカーが落ちてしまったらしい。妙に落ち着いた様子で疑問に思ったことを口にした。


 「………。し、下帯?」


 「「………」」


 命の危険が去ったのもつかの間、今度は娘のように可愛がっている少女たちから生ごみでも見るような眼を向けられた男は大いにうろたえた。


 「ちょ、違う! 俺じゃない!! 俺じゃないんだ!! 奴が悪いんだって!!」


 「くっ、おのれ―――っ。 兎に角これは回収します!! 異論は認めません!!!」


 「いいからもってけ! はやく!!」


 「う~。 あれ? おじさん、お気に入りの奴が無いんだけど! ストライプのやつ! 水色のとミントのとピンクと、色違いのやつ!」


 「す、すと? なんだかしらんが、縞の入った奴なら燃やしたぞ。桃色のと、あと色違いの二、三枚」


 「な! なんでよ~!!」


 「し、知らないって! 特に強い霊力が宿ってるからコレを使えって、ほかのと分けて置いてあったんだよ!!」


 「おのれ、ゆるすまじ!」




 かくして、幾許かの犠牲を払いつつも、ぱんつ達はその主の元へと帰りついた。

 北郷ふたばは、その長く続いた三国遍歴の間、代えのぱんつに困ることはなかったという。













































 「ところでおじさん、名剣って、生贄がぱんつでもいいの?」


 「良いわけあるか―――っ!!」













 「よし、全部持ったな? これで金輪際、俺とアンタは関係無しだ! その剣が錆びようが欠けようが、はたまた折れちまったところで俺は知らん! いいか、二度と来るなよ?! 絶対に来るなよ!!」


 「それって、また来いよって前フリ―――」


 「フリとかねーから!! あ、孔明ちゃんと士元ちゃんは別。 いつでも遊びにおいで」


 男はふたばを猫の子か何かのように表に放り出し、朱里と雛里には餞別を持たせてにこやかに送り出したあと、ピシャンと音を立てて戸を閉じた。


 「う~、酷い目に会った」


 「まぁまぁ」


 苦笑を浮かべながらふたばをなだめる雛里。それに、と朱里があとを引き取るように続ける。


 「良かったじゃないですか」


 「? そりゃ、代えのぱんつに困らないのは助かるけど」


 「いえ、そうじゃなくてですね。 早いうちに手がかりが見つかって良かったねってことです」


 「―――、おお!」


 クローゼットの引き出しごとぶっこ抜かれてきたマイぱんつ登場のインパクトですっかり忘れていたが、斬艦刀にせよ、ダイゼンガーのプリントアウトにせよ、そして無論ぱんつにせよ、それをこの世界に持ち込んだ輩は当然、ふたばの世界、ふたばの家、ふたばの部屋、さらにはふたばのぱんつをしまう場所まで知っているのだ!

 ―――なんかストーカーみたいで気味が悪いが、この際贅沢は言っていられない。

 昨夜あれだけ覚悟を固めたというのに、二人がいなければみすみす手掛りをスルーしてしまうところだった。


 「そうと決まれば、早速おじさんに女神さまのこと聞いてこないと!」


 ガラッ! おじさーん!


 『!!!!!!!』


 ぽいっ! ピシャン!!

 意気揚々と再突入したふたばが再び店の外に放り出されるまでわずか五秒。

 
 慌てて駆け寄ってきた朱里と雛里の手を借りて立ち上がりながら、ふたばは不敵な笑みを浮かべて見せたのであった。







 こうして、旅の目的と幾許かの手掛りを得た北郷ふたばは翌朝、水鏡先生の見送りを受けて、後に大陸にその名を轟かせる伏竜と鳳雛、二人の英傑の卵とともにこの地を旅立つ。



 故郷に帰りたい、そんな個人的な動機しか持たない私を、手伝ってくれると二人は言った。

 大陸の人たちが平和に暮らせるように。心からそう願う二人に比べたら取るに足りない私だけど、力になれる事だってきっとあるだろう。

 まずは、二人がいるべき場所に。必要とされ、その力を存分に振るえる場所まで送り届けよう。それまでは、自分のことはついでで良い。

 焦る必要なんて無い。ここへ来たのが偶然じゃなく、誰かのお膳立てだって云うなら、尻尾を捕まえる機会は絶対ある。





 異邦人の少女と青雲の志を秘めた二人がこの地に出戻るまで、あと6時間。



[25721] その8
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 23:43
 「えへへ~」


 なにがそんなに楽しいのやら。

 もう何度目になるか、朱里と並んで前を歩く雛里がときどき体ごとこちらに向き直り上機嫌に笑うのを見てふたばは苦笑を浮かべた。


 「ほら、ちゃんと前見て歩かないと転ぶよ」


 「えへへ、だいじょぶですよ~」


 「もう、雛里ちゃんてば」


 ちょっと強めに窘めてみてもなんのその、朱里も口ではふたばに同調してみても、本人がチラチラこちらを振り返ってはニコニコしているので説得力が無い。


 「う~ん、やっぱり似合わないかなぁ? やっぱりあれですか、装備制限で知恵の値が80以上とかそういうんですか? 私ではこの服を装備するにはINTが足りませんか?」


 「そんなことないです! よくお似合いでしゅよ」


 「後半は良くわかりませんが、雛里ちゃんの言うとおりです。素敵ですよ、ふたばさん」





 今日ふたばが身にまとっているのは昨日まで着ていたフランチェスカの制服ではなく、水鏡先生から贈られた女学院の制服だった。


 昨日、服屋であいまみえたこの時代の最新モードたるエロ装備の数々は、生憎ふたばにはハードルが高すぎた。


 ふたばが旅するにあたっての重要な目的、どこかにいるかもしれない兄、北郷一刀を探す、あるいは逆に見つけてもらう。

 その後者のケースを想定するなら一目を引きやすいエロ装備はある意味うってつけなのかも知れない。


 対価が釣り合うならば状況が状況だけに、最低限の慎みを保てる範囲でおへそくらいは妥協するのも止むなし、かもしれない、という覚悟はあるのだが、恥ずかしい思いだけして、そのくせ印象に残るのはエロばかりとかなったら泣くに泣けないし、女だけの道中で、さらに余計な火種を呼び込みかねない。


 かといって、この時代には本来存在しない、人々にとっては見慣れない不思議な光沢のある化学繊維の服は、別な意味で火種となるおそれがある。

 昼食後、三人で頭を悩ませていたところに先生が『こんなこともあろうかと』と言いながら取り出したのが女学院の制服だったのだ。


 もともと水鏡先生という人は、自分を装うことにはてんで無頓着なくせに、女の子をかわいらしく装うのが大好きな人である。

 その彼女がこだわりまくった女学院の制服は、一目で判る統一感と、色合いと細部を色々組み合わせることで個性を出すことを両立させた自信の一品。

 当然サイズも色々取り揃えてあった………というか、大きいサイズが余りまくっていたのを『こんなこともあろうかと』ふたばに合わせてリフォームしてくれていたのであった。




 これは余談だが、大きいサイズが余りまくっていたのには理由がある。

 水鏡女学院に新しい生徒が入学するその度に、先生は嬉しさの余り当座の制服だけでは飽き足らず、先の先の、さらにその先の分まで制服を作ってしまうのである。


 これらはもし、その生徒が然るべき時に袖を通していたならば、決してそんな前から用意していたものとは信じられないに違いないほどピッタリにあつらえられていて、栄養学とか、運動の成長に及ぼす影響だとか、年齢別の統計とか、そういったデータ等を "一切考慮せずに" 愛だけでそれらを超える精度をたたき出す先生の怖ろしさを知らしめる品々なのだが、皮肉にも先生が教育者として優秀すぎるのが災いし、皆が皆、


『ここで学んだことを世の中のために役立てたいんでしゅ!』


とか言いつつ育つ前に巣立って行ってしまうのである。


 この為、里の口さがない男どもの中には『水鏡先生は胸が大きくなりそうな子供は弟子にしない』とか『自分より胸が大きくなったら卒業と称して追い出す』などと言うものもいる始末。

 彼らには是非、『卒業生を笑顔で見送ったあとで、もう袖を通されることが無くなってしまった制服を胸に泣き濡れる先生の図』を見て猛省していただきたい。萌えてもいいよ。




 積年の鬱憤を晴らすかのようにこだわりまくった先生渾身のコーディネイトのお陰か、実際女学院の制服はふたばに良く似合っていた。


 暗色系の上着に純白のワンピーススタイルの朱里や雛里と対照的に、ふたばに用意されたボレロジャケットは白であった。

 逆にワンピースは暗色で、雛里のボレロに近い青を使っている。ジャケットのセーラーカラーもこの色だ。

 スカート部分はシンプルなプリーツのミニで、二人と違って重ねてボリュームを出す事はしていない。

 腰に巻いたサッシュは朱里のものと同じグリーン。


 この配色は、『白い服に青の襟、同じ青のスカートに緑のリボン』であるフランチェスカの制服を意識したものになっていて、もし一刀が服装を手掛りにふたばを捜していたとしても良いように配慮されているあたり、流石としか言いようがない。


 ついに日の目を見た高学年用の制服の出来栄えは先生も大満足のご様子であり、『元直も着てくれそうだけど、あの子も胸囲が不自由だから………。これで貧乳幼女育成機関なんていう汚名を晴らせます!』と感涙にむせび泣く始末。先生、その子あなたの弟子とちゃう。


 さらに言うなら、『観賞用としてなら満点なのに』『フランチェスカのサムネ詐欺』と恐れられる北郷ふたば。むしろ違う汚名が着せられることにならないか危ぶまれる。



 こうして、故郷を後にした未来の英傑二人とオマケの一人。

 揃いの衣装に身を包み、中睦まじく歩む姿はさながら姉妹のようで、大変に華があってよろしい。

 約一名が斬艦刀背負って腰には模造刀の『真剣狩る』装備でなければ、だが。



 彼女達が再びこの道を、今度は逆にたどる事になるのは、この五時間後のことであった。








 「上手いこと言ったつもりかぁぁぁ~~~~~~~~っ!!」


 テクテク歩きながら、例によって一人黙々とくだらないことを考えていたら、余りにひどいオチがついてしまい、思わず絶叫してしまったふたばは、一瞬で絶望した。

 独りの時でも居た堪れないと云うのに、今は同行者が二人もいるのだ。


 (綺麗でやさしいお姉さん的ポジションを狙いたいのに、コレじゃ変な人だよ………)


 身の程を知れというか、手遅れにも程があるというべきか。だが、真の恐怖はこのあとに来た。

 三日目にして既に、突然叫び声をあげたくらいでは動じないまでに適応しつつある朱里と雛里は、それぞれちょっとだけ考えるしぐさをすると同時にポンと手を打ち合わせて、


 「あはは、なるほど~」


 「貂蝉の挑戦ですか、確かに洒落になってますね!」


と笑ったのである。




 確かにふたばは貂蝉とやら云う存在の、


 『私は貴方のことなら ナ・ン・ダ・ッ・テ 知ってるのよん! ぶるるぁぁ~~!!』


と言わんばかりというか、


 『見つけられるものなら早く ミ・ツ・ケ・テ ねん! ぶるるぁぁ~~!!』


とでも言わんばかりの、実に挑発的な手掛りのチョイスに対して思う所があり、挑戦するって言うなら受けて立つと自らを奮い立たせていたところだったのだが、そこで件の駄洒落に気づいてしまい、余りのくだらなさに思わず叫び声を上げたのである………のだが。


 過去には『突然奇声を上げるのやめて!怖いから!!』とは言われても『ブツブツ独り言いうのはやめて!不気味だから!!』と言われた事はないふたば。

 事実として、一昨日のように心細さで泣き出す一歩手前まで追い詰められでもしない限り、独り言などこぼしたりはしないのである。


 (心を読まれた?! テレパス? ニュータイプ? それとも脳量子波?! まさか私サトラレだったとか?!)


 実際のところはというと、しばらく前に『お告げの女神さまは貂蝉様でしたっけ?』『おじさんはそう言ってた。そんな名前の神様知ってる?』と云うやり取りがあり、それから黙りこくってしまったふたばの様子と、『貂蝉』と『上手いこと言ったつもり』から適当にカマをかけてみただけで、上手くハマってむしろ二人のほうが驚いていたのであった。


 『ひ、雛里ちゃん、タネ明かしの間をはずしちゃったよ! どうしよう………』


 『もうちょっと黙っておこうよ。私達ばっかり脅かされてずるいもん。それに、涙目のふたばさんちょっと可愛いし………』


 おろおろする朱里と涙目のふたば、そしてなんだかアブナイ趣味に目覚めかけている雛里が次にこの道を通るのは二時間後のことである。

 あと、結局タネ明かしはされなかったため、ふたばの中で二人はチャーミング人類と云う事になったがどうでもいい。






 そして………。








 「あ、ちょうどこの辺ですよ! だよね、雛里ちゃん?」


 「うん!」


 そこは二日前、二人が野盗三人組と遭遇し、命がけの逃走劇を演じる羽目となった峠の頂である。

 当日にもふたばを伴ってここを通ってはいたのだが、その時雛里はふたばにおぶわれて寝こけており、朱里のほうも恐怖の記憶が新しかった為、何も云わずに通り過ぎていたのだ。


 あそこに隠れてたんですよ~、と朱里の指差す崖を見上げながらふたばは警戒レベルを一段上げた。

 ふたばのスイッチが切り替わったのを察して、朱里と雛里も声を潜める。


 兵法なんぞゲームの中でそれっぽく語られる薀蓄でしか触れたことの無いふたばであるが、プロの山賊が待ち伏せに使ったのであれば適した地形なのであろうぐらいは考える。


 朱里と雛里に待ち惚けを食わされたお陰で、無駄にこの近辺の地形に詳しくなっていたあの野盗どもは、小さな里の何処から沸いて出たのか首を捻るほど大量の紳士どもの捕縛の手を、あわやというところで幾度もかわし、結局最後には何処へともなく逃げおおせていた。


 ふたばの真覇機神轟撃拳でボコボコにされ、鉈を振り回す紳士どもに追われ、石をぶつけられ、あげく汚物として消毒されかけたからには、よもや近辺にはおるまいと思うのだが。



 やがて頂を過ぎると、三人は誰からとも無く示し合わせたように「「「ふぅ」」」と溜息を重ねた。

 それぞれが思い思いに背嚢の肩紐に食い込んだ指を解したり、滲んだ手汗を拭ったりして緊張を解くと、とたんに一行には先刻までの陽気さが帰ってくる。


 「はぁ、緊張しました~」


 「わたし、まだドキドキしてます………」


 「あはは、頼りない護衛でごめんね~」


 三人で一頻り笑いあってから再出発。


 「じゃ、こんなとこからずっと走り通しだったの?」


 「はい、もう必死で!」


 「後ろからはずっと恐ろしい叫び声が聞こえてくるんです!」


 『おらぁっ! まちやがれぇっ!!』


 「あんな感じ?」


 「そうです、あんな感じです」


 「それに、足が鈍ってくると今度は」


 『おらおらっ、逃げろ逃げろ!!』


 『は、早く逃げないと、捕まえてた、食べちゃうんだな』


 「うわ、さいあくー………」


 「はい、最悪でした………」


 「あわ、思い出したらまた………」


 「あ~、よしよし、怖くない怖くない」


 「あ、えへへ………」


 『え~ん、どうしてついてくるの~~!!』


 「ああ、そうでしゅ。 走ってる間はそんなことばっかり考えてました………」


 『姉さん、いいから足を動かしてっ!! ちぃ姉さんも………!!』


 『もうやだっ!! こうなったら奥の手なんだからっ!! アンタ達、ちぃの歌をき』


 『いいから走りなさ~~いっ!!』












 「「「―――た、たいへんだ~~っ!!」でしゅ!!」」









 あわてて声の主を探す三人。目の前を続く山道は緩やかにうねりながら、全体としては大きく左へのカーブを描きながら下っていて、ここからでもかなり先まで見通せた。


 「はわ、見つけました!」


 「うん! 追われてるのは三人、追いかけてるのも三人か………」


 「追われているほうは誰も武器らしきものは抜いていませんね、戦える人が居ないのかも………」


 「ふたばさん、追いかけてる方の人たちってやっぱり………?」


 「うっ、やっぱりそう見える?」


 流石に顔まで見分けられないし、見分けられたとしても覚えてないが、チビデブノッポの三人組。


 どうしたものか。

 一度勝った相手だから負けっこないなんて言うつもりは更々無いけれど、一度勝った相手なのに尻尾を巻いて逃げ出して、あの人たちを見捨てると云うのも気分が悪い。 

 二人の護衛としての役目からするなら、係わらない選択も当然アリなのだが、この機会にあの山賊さん達をとっ捕まえて旅路の安全を確保するのもまたアリといえる。

 もし私が本当に、鍛冶屋のおじさんの夢に出た女神様が予言したような英雄だったのなら迷わず飛び込むのだろうけど。


 (そういえば、この子達は明らかにそっち側の人間なんだよね)


 顔も知らない何処かの誰かのために、進んで要らない苦労を背負いたがる少女達。


 ふたばが護衛として彼女らの身の安全に責任を請け負っているとしたら、彼女達はふたばに対して社会的な案内人、保護者としての立場を買って出てくれている。

 その責任感ゆえに今もまだここに留まっているが、そうでなかったらとうに動き出しているだろう。


 狙われたのが自分達なら逃げ惑うのが精一杯だろうが、他人の窮地には逆にその身を囮にするぐらいはしかねないのが彼女達だ。

 もしここにいるのがふたばでなく、真っ当な剣士、例えば歴史の孔明が一番に信頼したって云う趙雲とかだったら。

 二人は躊躇わず『あの人たちを助けて』と言うのだろうな。


 でも、さんざんお話して、ふたばが唯の子供でしかないと知っている二人は当てにする素振りさえ見せない。







 それがなんだか癪に障る。







 「よし、ちょっと行ってくる!」


 「「はいっ!!」」


 唐突に言い放ったつもりだったのに、二人の反応は待ってましたと言わんばかりの笑顔だった。

 あれ? わたし結構葛藤とかあって、一大決心が………あれ?

 判ってますか~? わたし普通の女の子ですよ?


 「はわ、早くしないと捕まっちゃいます!!」


 「気をつけてくださいね、ふたばさん!!」


 なんか釈然としないが、まぁいい、あとで追求しよう。

 先ずは兎に角あの人たちを逃がす。

 『上手く乗せられた?』とか『これが世に言う孔明の罠?』とおもわない訳じゃないけれど、それを置いても、ここで見捨てて逃げ出すのは、私の成りたい私じゃない。


 それに、貂蝉とやら云う女神がふたばのために用意させた背中の斬艦刀は、紛い物とはいえ『悪を断つ剣』。

 あそこに見える判りやすい『悪』が女神様の試練である可能性も否めない。とまぁ、自分を納得させる理由もそれなりにあることだし。


 「あの人達が逃げる時間くらい稼いでみせましょ。そんで私も逃げます。二人とも、荷物よろしく!」
















 荷物を預けて身軽になったふたばは下り坂の利を生かして一気にスピードに乗った。

 こちらに来て初めて走ったあの時のように体が軽い。これなら逃げるくらいは何とかなりそうだ。

 走りながら即興で作戦をシミュレート。

 幅の狭い山道、左手は切り立った崖。

 得物は長い刃渡りを持つ斬艦刀。

 長めの柄をも生かして槍のように使って振り回せば近づけることなく立ち回れるか?





 そして………。










 「「「げぇっ! 項羽!」」」


 「誰が項羽よっ!!」


 ふたばの戦意は一瞬で霧散した。

 なんというか、すでにボロボロだったのだ。突付いたら死ぬんじゃないの?というくらい。

 襲撃者の男どもはいずれも、元の顔が判らないほどボコボコにされ、からだ中青あざだらけで元の肌色すらわからない。

 あげく、世紀末的手法で消毒されかけたかのように三人ともアフロ。


 「アニキ、やばいですって! 今度こそ殺されちまう!! 逃げちまいましょう!!」


 「い、いたいのはイヤなんだな」
 

 「あわてるな、子房の罠だ。 背中を見せたら襲ってくるぞ。 落ち着いてゆっくり下がるんだ」


 酷い言われようよね。あと子房って誰? 孔明の罠じゃなくて?

 色々言いたいことを飲み込んで、ふたばは正面から目を切ることなく、背後に庇う形になっている少女達に声を投げ掛ける。


 「………今のうちに逃げちゃってくれない? この上に私の連れが待ってるから、彼女達について行ってくれると助かるんだけど(ボソボソ)」


 「………す、すみません! 腰が抜けてしまいました!!(ボソボソ)」


 三人のうちの誰のものかはわからない答えに内心舌打ち。一瞬だけチラとみると、三人が三人ともへたり込んでしまっていた。


 「し、死んだフリとかどうなんだな?」


 「それよりもっ! 大きな音を出すと逃げてくって聞いたことがありますぜ! やってみやフガっ」


 「ばかやろうっ!! 子連れの奴にやると襲って来るんだよ!! どっかにあのチビどもが居たらどうすんだ!!」


 熊か私は。ってゆーか、隙だらけなんだけど、ぶっ飛ばしちゃって大丈夫かしらん。

 こっそりと気づかれないように、細心の注意を払いながら忍び寄りつつ、ふたばは斬艦刀を収めた鞘の留め金を外した。









 J・S博士をホームランしたF・T・H執務官を彷彿とさせる一閃でもって野盗どもを沈黙させるとすぐに、数名の紳士を伴って朱里と雛里が駆けて来た。


 「助け呼んできてくれたの? ずいぶん早かったね」


 「ごめんなさい、ふたばさん」


 「………じつは、この人たちは山狩りの男衆から人数を裂いて待機してもらってたんです」


 なるほど、余裕があるように見えたのはそのせいだったか。


 「山狩りって昨日で終わりじゃなかったんだ?」


 「普通は何日もかけてやるものですから………」


 あ~、つまり………。


 「そっか、私たち囮役だったんだね」


 「村の人たちにも毎日の生活がありますから、あんまりこの事で手間取らせたくなくって………」


 「となると、あの子達には災難というかとばっちりというか………」


 へたり込んだままの三人の少女達に目を向ける。


 「………確かに、ちょっと間が悪かったですね」


 同意する雛里の表情も何処か苦い。

 しまった、失言だったか。

 件の野党がこのあたりをうろついていたのは別に彼女らの所為でもあるまいし、旅人への注意が疎かだったのは確かに片手落ちかもしれないが、それを責められるのは自己に対して絶対無謬との確信を持つような存在だけだろう。

 むしろこの罠があったお陰であの子らは身の危険を免れたともいえるのだが、責任感の強い少女達は自省モードに突入しかけてしまっている。


 (ちぃちゃん ちぃちゃん! 今の聞いた?)


 (とばっちりってトコだけ聞こえた)


 (姉さん?)


 「ん?」


 なにか聞こえた気がして振り返ったが、件の少女達がなにやら身を寄せ合って話をしていただけのようだ。

 ともあれ、空気を換えなければ。ちっちゃい子が落ち込んでいると、見ているほうもつらいのだ。


 「ところでさ、今回の作戦ってそれだけじゃないでしょ、ひょっとして私の為?」


 「あわっ」


 「―――どうしてそう思うんですか?」


 「ただの囮作戦だったら私にまで秘密にする必要ないよね。たぶん朱里ちゃんたちよりはお芝居だって出来るし~」


 そう言って胸を張り、フフリと笑う。


 (ちぃちゃん ちぃちゃん! 今の聞いた?)


 (あの子のためってトコだけ聞こえた)


 (………姉さん)


 「ん?」


 またもやなにか聞こえた気がして振り返ったが、やはり件の少女達がなにやら身を寄せ合って話をしていただけのようだ。

 ともあれ、朱里と雛里はなにやら目配せをかわすと観念したように口をひらいた。


 「ふたばさんのおっしゃるとおりです」


 「………戦うことに慣れろとは言いませんが、選択肢にすら入れずに避けることしか出来ないようだと、いつかそれが命取りになりかねません。今はこういう時代ですから………」


 「だから、ある程度の安全をこちらで用意できる今回、ふたばさんを見極めさせてもらうことにしたんです」


 「正直に言えば、ここでまた襲われる事なんて殆んど無いとおもっていたのですけど、旅の安全にも係わることですし、早いうちにと思って………」


 エアチェンジ失敗。


 責めてるつもりは無かったんだけど、再度自省モードに突入してしまった二人。


 さて、どうしたものやら。

 内心で唸ってみてもいい知恵が出ない。

 しかたない、とりあえず当面気になっていることを先に片付けよう。そう決めて口を開く。


 「ならさ、私は合格? それとも不合格?」


 「「えっ?!」」


 弾かれたように顔を上げ、こちらを見上げてくる二人。


 「えって、え? 試験だったんでしょ、私の」


 「試験ていえば試験のような………」


 「………怒ってないんですか、ふたばさん」


 雛里の問いにちょっと考えてみるも、特に怒る事は無い様に思える。

 事が事だけに、ふたばに内緒なのは大前提だし、ふたばを早いうちに見極めるというのは朱里や雛里は勿論、当の本人にとってこそ死活問題。

 さらに最大限の安全を配慮した上、現れた敵も疲労困憊、半死半生。


 (まさか、この為に生殺しのまんま二晩追い回したわけじゃないだろうけど………)


 死中に活を求める。必殺の間合いからさらに一歩踏み込む。

 それが必要だと頭では理解できる者、机上では判断できる者は多いだろう。

 だが判断できる事と決断できる事はそもそも別次元の問題であり、ふたばが決断できる人間であるかどうかを見極める手段としてはこれは極めて穏当なほうだったのではなかろうか。

 なにより、この国の現実を肌で知る事は、他でもないふたばにとってこそ益になることなのだから。


 だから、


 「え~と、特に怒るところはないかなぁ」


 という台詞はふたばにとって九割九分本心であった。

 あとの一分?、北郷ふたばは間違っても聖人君子などではありませんと言っておく。


 「それでどう? 私合格、不合格?」


 「合格です! ものすごく合格です!!」


 「大丈夫でしゅから! ぜったい!!」


 「あ~、よかったぁ~。 それじゃぁ改めてよろしくね!」


 どう物凄くてなにが大丈夫なのかは疑問が残るところだが、まぁ良しとしよう。

 ようやく戻った二人の笑顔にほっと一息つくふたばであった。









 「ちぃちゃん ちぃちゃん! 結局ど~ゆ~ことなんだろうね?」


 「概ね大体あの子らのせい」


 なんだか怪しい雲行きを感じて、姉二人の会話に口を挟む機会を狙っていた張梁は、唐突に導き出された結論のあんまりさ加減に、一瞬ツッコミが遅れてしまった。


 「それなら!………、ど~なるの?」


 「しゃざいとばいしょーを要求するべき」


 「ちょっと姉さん達、なんでそうな………」


 「賠償ってお金だよね?! やったぁ!! 久しぶりに屋根のあるところで寝られるぅ!!!」


 「美味しいものが食べられるぅ!!」


 「衣装の新調も………、あ! 大きい場所借りたりとか………。 じゃなくって!!! 姉さん達」


 「「じゃぁ人和(ちゃん)、交渉よろしくね!!」」


 え~~………。













 「それで、このあとはどうするの? 山賊の人たち護送するのに付き合うの?」


 「今すぐ出立すれば日が落ちるくらいには隣までたどり着けるかと」


 剣を背負いなおし、そんな会話を交わしているうちにも紳士達は野盗三人を簀巻きにしたうえで棒に括りつけ『えいほっえいほっ』と運び去っていく。


 「あのっ!」


 それを見るともなしに見送る三人に声を掛けてきたのは、追われていた三人のうちの、眼鏡をかけたショートヘアーのおでこ少女だった。

 先ほど聞こえてきた叫び声の中で他の二人を『姉さん』『ちぃ姉さん』と呼んでいた声がおそらく彼女だ。

 三人の中では一番おとなしそうな顔立ちのわりに、着ているものは一番過激で、下乳がかなりきわどい事になっている上、スカートのスリットも凄まじい。

 あれ? 見えてるあれって、ぱんつの紐じゃないの?!


 「あのっ!」


 おっと、あまりのエロ装備に気を取られてしまった。

 ふたばは彼女に歩み寄り手を差し出した。


 「ごめんね、立てる?」


 「あ、すみません。まだ無理みたいです………。じゃなくってですね!」


 「うん?」


 ふたばは残る二人、『姉さん』と『ちぃ姉さん』に手を貸して立ち上がらせる。


 サイドポニーの小柄な少女、おそらくこちらが『ちぃさい姉さん』、『ちぃ姉さん』だろう。ちいさいのが身長なのかおっぱいなのかは知らないが。

 『姉さん』とおぼしきロングヘアーの少女はどちらもふたばに匹敵するか上回っているし、眼鏡の彼女もなかなかの実力者。

 この二人に挟まれてはさぞ肩身が小さかろう。もとい狭かろう。


 「ありがと~~」


 「………、ありがと」


 ちぃ姉さんにはなんだか睨まれた気がするが、初対面の彼女にまで心を読まれたのだろうか? おそるべしチャーミング人類。

 眼鏡ちゃんの前に戻り、見下ろしながら話すのはイヤだったので目線を合わせるためにしゃがみ込む。


 「………」


 「あ、あの、ですね………え~と………な、なんでもありません………助けていただき有難うございました………」


 「―――? どういたしまして?」


 どうしたのだろう? なんだか落ち込んだ風のメガネちゃんの様子が腑に落ちず、困ったときの伏竜鳳雛と助けを求めて振り返る、その途中でふと目に付いた。


 「人和ちゃんがんばれ~」


 「ほら! ズバッと聞いちゃえ!!」


 何時のまにやら遠く離れ、野次だか声援だかを飛ばす外野二人。


 「なに、どうかしたの?」


 眼鏡ちゃんはなにやら恨みがましい目で外野を睨んでいたが、ふたばが声を掛けるとなんだか気まずげな様子で『あ~』とか『う~』とか唸りだした。


 「あのですね」


 「うん」


 「そのですね」


 「………はい」


 「え~と………」


 「はわ、もしかして何処かお怪我でも?!」


 「いえ、そうじゃなくて………」


 「「「………」」」


 「うぅ、なんでもありま」


 「もう、じれったいなぁ!! ちぃがお手本みせてあげる!!」


 一向に話し出そうとせず、もにょもにょとフェードアウトしそうな眼鏡ちゃんの様子に、どうしたものかと顔を見合わせたところ、外野と化していたちぃ姉さんが話に割り込んできた。


 「あんたたち!」


 ちぃ姉さんはその指先をふたばに突きつけ………ようとして、

 むにゅ

 目測を誤り、ふたばの胸部装甲に阻まれた。


 むにゅむにゅ、むにゅむにゅむにゅ


 一瞬、頭が真っ白になるも、そこは女子校育ちの北郷ふたば。女の子同士のもっと過激なスキンシップにだって耐性はある。

 そして此処は三国志風味とはいえ謎の異世界。

 人に助けられたら感謝の気持ちを込めて乳を揉む風習が無いとも言い切れないのだ!!

 悲鳴を上げるのはそれを確認してからでも遅くはあるまい。


 冷静さを装って実はしっかり動転しているふたばは『そこんとこどうなのよ?』と云う意思を込めた視線をちぃ姉さんに送った。

 帰ってきた視線に込められた意思は『モゲロ』だった。


 なんと云う理不尽。この世界では恩人の乳をもぐのであろうか!!


 朱里ちゃん雛里ちゃん助けて!!


 傍らの二人に助けを求める。

 しかし二人の視線もまた『モゲロ』と言っていた。


 がっでむ! この場にわたしの味方はいないのか!!

 いやまて、まだ私たちには切り札が残されている!

 姉さんなら、いろいろと小さくない姉さんなら!! 

 きっと何とかしてくれるに違いない!!!


 「?」


 不思議そうな表情で小首を傾げる姉さんは確かに愛らしかったが、それはそれとしてふたばは悟る。

 あれは味方は味方でも、決して当てにしてはいけない味方だ、と。


 完全に悲鳴を上げるタイミングを外したふたばは、業を煮やしたちぃ姉さんが本格的にもぎにくるまでされるがままだったのであった。


 おもわず拳骨を落としてしまったふたばは、多分、きっと、悪くない。



[25721] その9
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 23:57
 「わたしたち【数え役満☆しすたあず】は、しゃざいとばいしょーを要求します!! ごちゃごちゃいわずに払いなさいよ!!」


 「だが断る。てかさ、なんでそーゆー要求に至ったか、そこんとこ詳しく」


 脳天に拳骨を落とされ、でっかいたんこぶをこしらえたちぃ姉さんが、正気に返っていの一番に言い放ったのが先の台詞だった。


 ふたばのおっぱいをもみしだいた事は彼女の中で無かったことになったらしい。

 咄嗟のことでかなり本気で殴ってしまった為、ホントに無かったことになってしまった可能性もある。


 そっちを理由に賠償を求められたら撥ね付ける事は事はできぬやも知れぬ、などと考えている事はおくびにも出さず、しかし内心盛大に冷や汗をかきながら、ふたばは反論する。







 そして今。


 「ちょっと、聴いてるの、二人とも!! 私すっごく恥ずかしかったんだから!!」


 「え~ん、人和ちゃんが怒った~!!」


 「反抗期なの?! 反抗期なのね!!」


 眼鏡ちゃんに正座させられお説教を受ける姉さんとちぃ姉さんを見ながらふたばはひとりごちる。

 やはり人は話し合わなければ分かり合えない生き物。何の誤解も無く、ただ在るだけで分かり合えるような、争わない人類などいないのだ。


 「チャーミング人類はいなかった………」


 どことなく寂寥感など漂わせてみつつ呟く『ワーニング人類』北郷ふたば。


 「おつかれさまです、ふたばさん」


 「ほんとだよ、助けてくれたっていいのに………」


 「でも、旅をするならこう云う揉め事もついて回ります。何事も経験ですよ」


 朱里に対して口を尖らせて文句を言うふたばだったが、雛里の正論には「むぅ」と唸って黙るしかない。



 三人は知らなかった。


 あそこで、さも『私怒ってます!!』といった風で姉たちにお説教する少女が、ふたばとちぃ姉さんの言い争いの中、さりげなく双方から距離をとりながら、その勝敗の行方を見定めていたことを。


 姉の旗色が悪くなったら怒ったフリをしつつ介入し、傷を最小限に抑えつつ撤退し、もしふたばが隙を見せたなら姉に加勢して、毟れるだけ毟ろうと考えていたことを。


 気弱な心を持ちながら激しい羞恥心によって目覚めた最強の妹。

 そう!、流され系被害者キャラの人和ちゃんはこのイベント中、今日まで溜まっていた色々を糧に、なにげに冷静腹黒参謀キャラにクラスチェンジしていたのだった!!


 だがそれこそ、今日会ったばかりの三人には知る由も無いこと。

 この後も日常で見られる、妹に説教される姉二人が『あのころの人和(ちゃん)は可愛かったのに!』と号泣する図も、そのころを知らない以上首をひねるしかないのだ。


 さようなら最愛の妹! 君は姉達の心に生き続ける。

 そしてこんにちわおっかない妹! いろいろとチョロ可愛かった妹を返して!!


 すべては自業自得としか言いようがないのであった。




 「しかし、結構時間とられちゃったなぁ」


 「今日は引き返したほうが無難ですね」


 「………私たち、何時になったら旅立てるんでしょうか」


 「だいじょぶだって、三度目の正直って言うでしょ」


 「二度ある事は三度あるともいいましゅ」


 「はわ、縁起でもないよ雛里ちゃん!」


 「あわわ………」


 そんなわけで、先ほどからチラチラと送られてる、姉さんとちぃ姉さんの助けを求める視線を見ない振りしてるのも、当然の意趣返しということで。

 時間はたっぷり出来てしまったのだから、存分に絞られてもらいましょ。













 「熱い魂を叩きつける、それが歌なの!! 他人の魂を揺さぶろうってのに自分の魂を隠してたら、届くものだって届かないでしょ!!」


 【数え役満☆しすたあず】の張角こと天和、張宝こと地和、張梁こと人和。


 躊躇いも無くそう名乗った三人に、ひょっとして真名じゃないの?と尋ねたところ至極あっさり首肯された。


 これにはふたば以上に朱里と雛里が面食らった。

 はわわあわわとうろたえる二人を横目に、


 「そんなあっさり真名を預けちゃっていいの?」


と尋ねたところ、斯様な答えが返ってきた次第。


 思わず『アニマスピリチア!!』と叫んだふたばは悪くない。誰だって叫ぶ。貴方だって叫ぶはずだ。


 なに? そんなわけない? よし、まずはファイヤーボンバーのアルバムを最低百時間聞いて出直してきたまえ。

 たとえ貴方がプロトデビルンであっても清水のごときスピリチアクリエイションに目覚めることが出来るはずだ。


 だが生憎、ここにいる他の五人には二千年ばかり早かったらしい。

 三姉妹には『どうしたの、この人?』と訝しげな眼で見られ、ちびっこ軍師~ずは一瞥しただけでサラリと流す。


 「それで、旅の芸に」


 「歌姫って呼んで!」


 「………旅の歌姫さんがこんな田舎にどういった御用で?」


 「………大きな町とは違いますから、あんまり仕事にならないと思いましゅよ?」


 歌姫三姉妹は顔を見合わせてから口々に語りだした。


 「私たち、この先に住んでるえらい先生に会いに来たんだよー」


 知ってる?、といって小首を傾げて見せた天和の言葉に、今度は朱里と雛里が顔を見合わせた。


 「実は、私たちの活動がここのところ少し行き詰ってて。そんなときこの辺りに私塾を構える水鏡先生という方の話を聞いたの。なんでも若くて優秀な人材をたくさん育てた立派な方だとか。そんな方なら教養として詩作や古今の名曲なんかにも通じてらっしゃるんじゃないかと思って」


 「つまり! ちぃ達の歌を聞いてもらって、どうしたら天下一の歌姫になれるか手掛りを見つけるの!!」


 「はわわ、あ、あの、大変申し上げにくいことなんですが、私達、水鏡先生が歌舞音曲に通じてらっしゃるというお話は伺ったことがないんでしゅ」


 「あわわ、も、もしも手掛りが見つからなくても落ち込まないでくだしゃいね」


 「だいじょうぶ!」


 そう言ってちぃ姉さんは拳を握ると力強く宣言した。


 「なくても見つけ出す!!!」


 このちぃ姉さんノリノリである。頭でもうったのだろうか?

 そういえばうったばかりだった。

















 「はぁ、それでわざわざ………」


 水鏡先生は頬に手を添える仕草で少し思案すると三姉妹に向きなおった。


 「二人から聞いているかもしれませんが、私は詩歌にはさほど詳しくありません。教養の一環として教えられる程度の知識はありますが、専門の方に指南できる事などあるかどうか………」


 それでもかまいませんか?、と問いかける先生に対して肯く三姉妹。


 「おねがいします。 私達、みんなに元気になって欲しくって、でもぜんぜん、何もかもが足りないんです」


 「歌には心を動かす力があるんだって昔、旅の人から聞いたんです。言葉の通じないような地の果てでも人は歌を歌うんだって。歌で気持ちを伝え合うんだって」


 「だからみんな! ちぃの歌を聴ごっ」


 「もうちぃちゃん、落ち着かないとダメだよー。先生に失礼でしょー」


 あと、ちぃちゃんの歌じゃなくって私達の歌だよー。


 頭のこぶが二段重ねに進化し、動かなくなってしまったちぃ姉さんに言い聞かせる天和。


 「私達、今まで独学で全てやってきたんです。きちんと習うお金なんて無かったし。だけど歌にしたい気持ち、歌いたい歌があって、ようやく形が見えてきたのに、それでも何かが足りないんです」


 そんなちぃ姉さんに一瞥もくれず、人和の瞳が水鏡先生のそれを真正面から見つめる。


 我が赤心御照覧あれ!と言わんばかりの眼差し。

 だが背後に横たわる、物言わぬ骸と化したちぃ姉さんのせいで、先生的には『断ったら………判りますね?』と言われている気分である。


 そもそも、余計な期待を持たせないように念を押しただけで、歌を聴くぐらい最初から断るつもりも無かったというのに、いつの間にかDead Or Aliveな状況に居るこの理不尽。


 (朱里、雛里、 力に屈する情けない先生でごめんなさい―――!! 筆は剣より強しと教えましたが盾にはならないのです―――!!)


 「ふたばさんふたばさん、これはなんですか?」


 「もってて良かった盛り上げグッズ。これはメガホン、こっちがペンライトね。ここをこうすると、ほら」


 「はわ、光りました!!」


 「―――じつは、旅芸人さんの歌を聴くの初めてだから、ちょっと楽しみだったんです」


 「わくわくしちゃいましゅね!!」


 その一方で弟子陣営。

 これも親の心子知らずというのだろうか? 酷い温度差である。

 いくら浮かれているとはいえ、オーパーツをあっさりスルーしている辺り、ふたばのすることに毒されすぎではなかろうか?


 「ほらほらちぃちゃん、いつまでも寝てちゃダメだよー。先生に歌を聴いてもらうんだからー」


 「う~ん、なんか頭が痛い~………。ここどこ?」


 「もう、ちぃ姉さんしっかりして! これから水鏡先生に歌を聴いていただくんだから」


 「あ、そうだった! ………っけ? あ、そこのおっぱい女! アンタの顔見るとムカつくんだけどなんで?」


 「え?! そ、それは………っ きっとあれよ、可愛さ余ってなんとやらっていう!」


 「えっ………、―――やだ、そうなの………? ―――と、とにかく後で話があるから―――逃げんじゃないわよ?」


 ツッコミ要員がそろって気もそぞろなため、とんでもない方向に話が事故った気配がする。


 「ほらほらちぃちゃん、はやくはやくー」


 「あ、う、うん………」


 なにやら頬を桜色に染め、手のひらをにぎにぎさせながら姉妹の後を追うちぃ姉さんの背を見送りつつホッと胸をなでおろす。


 恐るべきは驚異の事故ポ、あるいはムカポでもってちぃ姉さんの乙女の純情を弄んでしまった北郷ふたば。

 ありのまま 今 起こった事を話しても理解不能な、ポルナレフもびっくりの実にアクロバティックなフラグ建築術である。

 しかも本人、うまいこと誤魔化せたとしか思っていないので今後のフォローなどありえまい。


 故にこのフラグ、単独事故ポで済むのか、それとも多重玉突き事故ポに拗らせてしまったりするのか?







 それは誰にもわからないのであった。












 いや、マジで。



[25721] その10
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:fa5b6fcb
Date: 2011/10/17 00:37
 人和は困惑していた。


 いや、彼女だけではない。隣で歌う姉の天和も、彼女を挟んだそのまた向こうで歌っている地和も同じように困惑しているのがわかる。


 たった四人の観客のための舞台………というのは正確ではない。

 私塾の主であり、高名な知者である水鏡先生に彼女達が請うて設けてもらった場なのだから、ここは寧ろ彼女達のための舞台。

 だから、観客が少ないことに不満などあるはずも無かった。


 そもそも、観客が少ないことなど日常茶飯事であったし、そのうえで尚、そのわずか数人のために全身全霊を込めて歌うことこそが彼女達の誇りだった。

 もっとも、今日までその誇りが正しく報われることは無かったのだが。


 妖術を用いた演奏、耳慣れない曲、そして見目麗しい少女三人の鍛錬を重ねた玲瓏たる歌声。

 行き交う人の注意を引くには充分な力を持つそれらは、しかしそれ以上の力を発揮する事は今日まで無かったのだ。


 ほんのわずか、良くて一曲か二曲足を止めてくれたとしても、すぐ興味を失い日常の中へと追い立てられるかのように帰っていく。


 よしんば最後まで残った者がいたとしても、そういった輩に限って彼女達の歌ではなく、彼女達自身に興味を抱き、その劣情を吐き出さんと付き纏う者ばかり。


 だから、歌いはじめてすぐ、水鏡先生とちびっ子二人が眼を丸くして固まってしまった時もいつもの事と、半ば諦め、半ば『此処からが勝負』と闘志を燃やし、けれど三人の表情が困惑へと変わっていくさまを見て『ああ、今回もダメだったのか』と思いかけてしまったのだった。


 その空気が変わったのは一回目のサビを終えて間奏部分に入ったときだった。


 それまでおとなしく聴いていた四人目の人物、北郷ふたばが『めがほん』とやらをぽんぽん打ち鳴らし、拳を突き上げて『やー』とか『おー』とか奇声を上げ、足を踏み鳴らしと好き勝手始めたのだ。


 正直イラっときた。


 この機会、この場を得るため彼女達ははるばる足を運び、野盗に追いかけられるような目にまで会ったのだ。


 ちびっ子二人が、子供のことだから、おそらくそれが正しい作法とでも勘違いしたのだろうが、ふたばの真似をして手拍子をしながら飛び跳ね始めたときは情けなくて泣きそうになった。

 まだ最初の一曲、それも三分の一ほどを歌っただけ。

 悔しくて、せめてこの一曲だけは意地でも歌いきってやる!、そう思って気持ちを入れなおしてみて気づいた。

 
 (((―――歌いやすい?!)))


 これまでずっと空回りしてきた気持ちが、どこかで噛み合うような感触。


 伝えたい、感じて欲しいと送り出してきた気持ちが確かに伝わり、新たな何かを加えて一緒に送り返されてきているような、不思議な高揚。


 見れば先ほどまで戸惑っているだけだった水鏡先生も、拍子に合わせて体を左右に揺らしている。


 気がついたら一曲歌い終わってしまっていた。


 (まずい!)


 ここで終わりにしてはだめだ! 今、この場には何かがある!! 私達が捜し求めていた、私達の歌にたどり着くための手掛りが!!!


 同じことを考えたのだろう、地和がすかさず次の曲の術を仕掛ける。

 先ほどよりも拍子の早いこの曲は、自分達としてはお気に入りの、しかし何時、何処で歌っても受けが良くない、聴衆が首を傾げ、顔をしかめ立ち去ってしまう、そんな曲だったが、それでも今この場でもっともふさわしいのはこの曲だと、そう思えた。

 むしろ今、この場でこの曲が届かないなら、私達の思い描く舞台は空想の中にしかありえない絵空事だったのだと、そう思える。

 術が成り、曲が流れ始める。それと同時に天和が頭上で手を打ち鳴らし始めた。


 (お姉ちゃん?!)(姉さん?!)


 彼女達の歌は何処まで行っても自己流だったが、だからこそ盗める技術は必死に盗んできた。

 中でも基本となる発声法は必死に修行したから、姿勢が声に与える影響も当然知っている。

 手を打ち鳴らす動作、胸を閉じる動きが声に良い影響を与えないことなども判っていた。


 こと歌に関しては、最善の準備と最大の努力を以って最良の結果を求める事を身上とする彼女達にしてみれば、それを自ら捨てるかのような姉の行いは驚愕に値する。

 だが、その意図するところは明白だ。


 私達が欲しかったもの。


 私達が与えたかったもの。


 舞台の上と下、演者と聴衆が一体となる高揚感。

 そして互いが互いを高めあう恍惚感。


 あの子はすかさず全身を弾ませるようにして手拍子を合わせ、それを見た子供達もあとに続く。




 こうして彼女達【数え役満☆しすたあず】と北郷ふたばは出逢った。


 これより先、彼女達がこの外史において【太平要術の書】に縋る日は、―――来ない。











 「「「先生!」」」


 たった二曲。


 かつて味わったことの無い高揚感にもっともっと浸っていたい誘惑と、この恍惚感について知りたい誘惑。勝ったのは辛うじて後者だった。


 逸る気持ちから声が重なってしまい、顔を見合わせる。


 こういう場面では普段のほほんとしていても自然とリーダーシップを取るのが長女、天和。

 一歩前に出て水鏡先生に対する。


 「あの、わたし達の歌、どうでしたか?」


 「大変素晴らしかったですよ、楽しませて頂きました。ただ………」


 私の知っているそれとは余りにも違いすぎて、やはり御力にはなれそうにはありません。


 その言葉を聴いて尚、三姉妹に落胆は無い。


 「それに、もうお気づきなのでしょう?」


 そう言って見やった視線の先には三人の少女。


 孔明と士元は普段の様子とは裏腹の、見た目相応のはしゃぎ様で、先ほどの歌まねをしていて、それをふたばが手拍子をしながらニコニコと聴いている。

 小鳥の雛が覚えた歌を親鳥に聞かせているような微笑ましいそれこそ、彼女達三姉妹が望み、目指し、しかし今日まで届かずに来た願いの姿。

 今日だって届かないはずだった。

 それを変えたのは………。


 「あの娘は、一体………」


 思わず口からこぼれた問いは、一体誰のものだったか。


 「迷子、だそうです」


 「「「えっ?」」」


 「遠い国から攫われてきて、帰り道が判らなくて困っている、そうおっしゃっています」


 「遠い国、ですか?」


 ええ、ですが………。


 そう前置いて、水鏡先生は、


 「私達は彼女のことを………」


 天の御使いではないか、と。


 「そう思っているんですよ」


 クスリ、とまるで少女のように笑ったのだった。








 「あ、三人ともお疲れー」


 北郷ふたばが何を知っているのか、洗いざらい聴き出してやる!と決意を固めた三姉妹。

 歩み寄る三人に真っ先に気づいたのは、歌まねに興じていた孔明や士元ではなく、当のふたばだった。


 「もっと中国中国したので来るかと思ったからビックリしちゃった」


 「き、聴いたこと無い不思議な曲でしたけど、とっても素敵でした!」


 「………まだドキドキしてましゅ」


 ちびっこ二人の喜びようが嬉しくてたまらない。


 けれど、と思う。

 今回の成功は私達の実力ではない。

 私達に欠けている何かをふたばが補ってくれたからこその成功だ。


 彼女が補ってくれたもの。


 観客との繋がり? 彼女が積極的に楽しむ姿勢を見せてくれたことで、それが他の三人にも広がり、あの一体感に繋がった。

 なら、毎回観客にサクラを仕込むのか? 今回彼女がしてくれたように観客を盛り上げてもらうのか?


 悔しいが、それくらいしか思いつかない。

 思いつかないが、それがすなわち存在しないことを示すという訳ではないはずだ。


 今日まで多くの観客が戸惑うばかりだった彼女達の歌に、しかしふたばは僅かに意外の表情を見せただけ。

 この天下では彼女達しか歌わない歌も、もしかしたら天上では当たり前に歌われているのではないか?


 あの歌が天上に住まう何者かによって齎された天啓で、ふたばがその天上よりの御使いなら、天上で歌われる歌については当然天下の誰よりも知っているはず。

 天の国の歌い手達は、いったいどんな舞台を以って観客を惹きつけるのか。


 (((絶対に聴き出してみせるんだから!!)))
 




 「それでー、私達の歌、どうだったー?」


 「ふむ………?」


 「感想とか、聞かせてくれませんか!!」


 「正直に言うのよ! テキトーに誤魔化したら承知しないんだから!」


 「ふむふむ」


 う~ん、と唸るふたば。


 一見真剣なその表情を一歩離れたところで見ていた朱里と雛里は内心『あれはまた間違った頭の使い方をしてる顔でしゅ』と思ったが口には出さない。

 いい加減、被害苦労分散理解してくれる新たな生贄友人が欲しいのだ。


 「張三姉妹、またの名を【数え役満☆しすたあず】、素晴らしい歌声だったわ。まさに天下一の歌姫と呼ぶに相応しい歌だった。でもね」


 おや、彼女がなにやらネタを思いついたようですよ? ドヤ顔でもったいぶった台詞を語り始めたふたば。

 助言を求めている相手に対してネタに走る必要は無いのだが、『言っても無駄なんだろうなぁ』と諦めに近い心境で思うちびっこ軍師~ず。

 
 「天下では一番でも、日本じゃぁ二番目よ」


 その時三姉妹に電流走る。


 「さんしまーい かいぎー!!」


 天和の号令で、額を寄せ合いヒソヒソ話を始めるしすたあず。


 (人和ちゃん 人和ちゃん! 今の聞いた?)


 (はい、姉さん。天下では一番なのに二番目だって言ってました!)


 (ちょっとお姉ちゃん!なんでわたしじゃなくて人和に聞くのよ!!)


 (えー、やっぱり正しい意見が聞きたかったら相談する相手は選ばないとー)


 (むぅ、一理ある………)


 自信のネタをスルーされたふたばがやるせない表情でこっちを見ているが放置する。

 そもそもこのネタに食いつかれたが最後、三姉妹の歌を聞いた後で早川健ごっこをする度胸はふたばには無いので、そこで詰みだったのだが。


 (人和 人和! 結局どーゆーことよ?)


 (あー、ちぃちゃん! どうしてお姉ちゃんに聞かないのー?!)


 (そんなの正しい意見が聞きたいからに決まってるでしょ。相談する相手は選ばなきゃ)


 (むー、一理ある………。で、人和ちゃんどーゆーこと?)


 (天下で一番でも二番目ってことは、天上ではもっと上手い人がいるってことじゃないかしら?)


 (じゃあじゃあ! やっぱりふたばちゃんって天の御使いなの?!)


 (それだけじゃ無いわ。私達より上手い歌い手を知ってるって事は、当然それを聞いたことがあるって事でしょうね)


 (なら、あの子から天の舞台のやり方を聞き出せば、わたし達が天下でも天上でもさいきょーね!! ちょっと行ってくる!)


 そう言ってやおら立ち上がった地和は、少し離れたところで向こうを向いて三角座りをしているふたばに向かってずかずかと歩み寄る。


 「あ、待ってちぃ姉さん!」


 「ちょとあんた!、………なにいじけてんのよ?」


 「いじけてませんー」


 どう見てもいじけてんでしょ! いついじけた?! 何年何月何日?! 地球が何回まわった日?! あぁ~、もういいから顔こっち向けなさいってば!!


 「で、いまさらこの私ごときになんの用ですかー?」


 「ふたばちゃんはなんでいじ」


 「姉さん! 実はふたばさんを見込んでお願」


 「あんた、ちぃ達の歌になにが足りないか知ってるでしょ?! キリキリ白状しちゃいなさい!!」


 あ~、もう!!天を仰ぐ人和を尻目に直球勝負の地和。

 普段はわりと子悪魔チックにチクチク攻めるのに、ふたば相手だとなぜかムキになるらしい。

 おかげで人和もペースを握りにくい。


 天の国の歌の情報など持ってるものは他には居まい。ふたばがその希少性に気づいて足元を見られないうちにチョチョイと聞き出してしまいたい。

 幸い果てしなくチョロそうな顔をしていることだし、と考えていた人和だったが、ところがどっこい、それでもまだ考えすぎである。


 「足りないってかさ、棒立ちのまんま歌だけ歌うってどうなの?」


 二千年の時代を先取りさせてポップミュージックを三人に与えたミューズの閃きも、彼女達にとって専門外のダンスにまでは及ばなかったらしい。

 体の動きそのものを見せるのではなく、演劇的な要素の強いこの国の舞と自分達の歌の組み合わせのチグハグさに頭をひねる三姉妹。


 「う~んと、二曲目のなら………できる………かな? ねぇ、録音するからもっかい歌って聞かせてくれない?」







 「先生、張角さん達にふたばさんのこと、話されたんですね」


 「………理由をお伺いしてもいいでしゅ、いいですか? 確かにとても気持ちの良い人たちですけど………」


 地和が手布でふたばの顔を拭ってやるのを眺めつつ、朱里と雛里は恩師に問いかけた。


 ふたばが蓄えているはずの彼女の国の知識。

 上手く引き出してやることが叶えば千金にも勝るだろうと云うのは、今日まで彼女を観察した結果、おそらくは生活の水準がこの国の現状とは比較にならないほど高かっただろうことからも推察できた。


 それは例えば食事の際の所作(恩人への心づくしとして、あの時用意できる限りのものを用意したのだが、確かに喜んでくれたものの、驚きの感情は無かった様に見えた)であるとか、いつでも湯が使える事への反応の薄さ(近年名を上げている医術集団、五斗米道に属しているという旅人の助言で、幼い子供達のために温泉を引いているのだが、身奇麗に出来ることを喜びはしてもやはり驚きは少なかったように思える)とか、身についた作法が(文化が違う為か、ところどころ奇異に映りはするものの、決して不快ではない)自然と骨身に成っていることからも窺えたし、それらを当然のものとする社会を成すだけの知識が一端なりと手に入れば、この乱れた世を収める為の有効な一手となる事も考えられる。


 だがそれも情報を独占………とまでは言わないが、最低でも制御下に置いてこその話だ。

 陳腐化してしまっては切り札足りえないし、まして志無いものの手に渡れば逆に世の乱れを助長しかねない。


 この事は少なくとも朱里と雛里の間では共有されていた見解であったし、当然先生も同じ考えと思っていたのだが。


 「貴方達はふたばさんを………、ふたばさんに何を望んでいるのですか?」


 二人は顔を見合わせる。


 二人にとって、それは余りに明白な問い。力を貸して欲しい。

 天の知識だけでなく、女神から神威を宿した宝貝を与えられた彼女の武は、今はまだ見ぬ主にとっても大いに役立つはず。

 そしてそれはまた彼女にとっても利になるはずだ。

 なぜなら天下に相対せんとするならば相応の力が必要で、それには当然数多の情報、各地の情勢などのそれも含まれる。

 故国への帰還と兄の捜索を目的にする彼女にとって喉から手が出るほど欲しいはずのそれを対価とするならば、利害関係だって一致するはずだ。


 だが、そんな二人の考えを見透かしたかのように先生は続ける。


 「ふたばさんを単純な利で動かすことは出来ませんよ」


 いかな尊敬する師の言葉とはいえ、これには二人も首をひねらざるを得ない。

 数日一緒に過ごしてみれば判る。北郷ふたばは極々ありふれた、真っ当に俗っぽい唯人だ。


 どうせ食べるなら美味しいもの、着るなら可愛いもの、暖かい寝床、風呂。

 欲があるなら利で釣れる。もちろんそれだけでなく、理と義も一括りでくっつける。


 峠での一幕において、逡巡しながらも結局は三姉妹を救うことを選んだふたばならば、絶対口説き落とせると云う確信が二人には有った。


 得心がいかない風な二人に、さらに先生はヒントを追加した。


 「利で動く人間が、より大きな利を示されればどうなりますか? そんな懸念のある人を信用し、信頼することが出来ますか? 利で動かすとはそういうことです」


 策を持って利用するなら兎も角、真に人を用いるのであればそれはだめだ、と。


 「お言葉ですが先生、私達にはふたばさんがそんな人とは思えません」


 「………朱里ちゃんに賛成です。先生のお言葉とも思えません」


 さすがに衝撃を隠せない様子で言い募る二人に、先生は苦笑を浮かべた。


 「二人とも、よもや忘れてはいませんか? いえ、多分本当のところで理解できていないのでしょう。ふたばさんの目的が天に帰る事だという意味を」


 またしても二人は首をひねる。


 「それはこの世との繋がり全てを断ち切るということ。もともとあの方はこの国とは縁も所縁もないのです。貴方達は偶々最初に出会ったこともあってか大層可愛がられているようですが、それだってほんの数日のこと。例えば今ここにふらりと旅人が現れて『天に帰る方法と兄上の居場所を知っている』と言えば、躊躇いはしても結局はそちらに着いていってしまうでしょうね。偶々道端で見かけた子猫を構ってみた、知り合いが声を掛けてきたなら其方に行く。貴方達も私も、そしてこの国の民は皆等しく、ふたばさんにとっては道端の猫です。立ち去ってしまえば二度と会わない」


 二人の表情に段々と理解の色が浮かぶ。


 「加えて言うなら、ふたばさんの現状は過酷です。先の喩えで言うなら、お前は今日から猫として暮らせ、人に近付く事まかりならんと、何の前触れも無く放り出された様な物。いえ推察する天の国の様子からするとそれより酷くても不思議はありません。親類、友人、もしかしたら恋人だって居たかもしれませんね。それら全てと引き離されて二度と会えないかもしれない。たとえば生まれ育った村が襲われて一人だけ生き残ってしまった人が居たとしても、その人が生きていくのは生まれ育った国には違いないでしょう。死に別れたわけではないですから一概には比べられないでしょうが、文化も風習も違う場所に一人で居る彼女の不安はそれに劣るものではないのではないかしら?。そんな人がより大きな力で望みをかなえてくれるという条件に惹かれないわけが無いでしょう?。彼女を利で釣るという事はそういうことです」


 「で、ではどうすれば?!」


 朱里の問いかけに、先生はニッコリと微笑み答えを口にする。


 「愛です」


 「「愛でしゅか?!」」


 驚きに眼を見張る弟子二人に、ゆっくりと語り聞かせるように、水鏡先生は言葉を継いでゆく。


 「そうです。それこそが人を動かす最も強い力です。いえ、唯一のと言い換えてもいいでしょう。欲も怒りも憎しみも、その全てが、愛が何処に向いているかで形を変えたに過ぎないともいえます。良いですか朱里、雛里。今ふたばさんが居るこの世は、彼女にとっては色の無い世界にも等しい。全てが皆、彼女にとって無価値です」


 気圧されたかのように、同時にごくりと唾を飲み込む朱里と雛里。


 「故に、彼女とこの世界に絆を結ぶのです。それは理と利で接しては成されません。誠意を持って心を通わせ、言葉を交わしなさい。共に喜び、共に悲しみ、そしてこの地を愛してもらうのです。民を愛してもらうのです。国を愛してもらうのです。彼女達にもその一助となってもらう事が出来るでしょう」


 そのうえでなお、彼女が欲しいのであれば。


 「貴方達を愛してもらうのです。そうすれば、貴方達の愛がふたばさんを動かし、貴方達への愛がふたばさんを縛るでしょう」


 師の言葉に、朱里と雛里はただ黙って頭を垂れたのであった。









 (これで最後の懸念もバッチリ解消ですね! 肩の荷が下りた気分です)


 水鏡先生は内心でほっと一息ついた。


 二人がふたばを利で縛ろうとしていることを知ったときは慌てたが、なんとか思い直させることが出来たようだ。

 水鏡女学院という閉鎖された世界で育ったこの二人にとって、、周りは物心付くか付かずかといった頃から一緒に居る、姉妹のような子供ばかり。


 (お友達の作り方なんて、覚える機会も無かったのでしたね………)


 ほろり、と零れた涙を二人に見えないように陰で拭う。

 この二人に教えられる最後の機会かもしれないとあって、随分と肩に力が入った物言いになってしまった気もするが、まあ良いでしょう。


 多少大仰なほうが有難味も有るでしょうし、などと考える辺り水鏡先生も人の子。可愛い弟子達にはやはり良いカッコがしたいものらしい。






 さて、ここで一つ思い出して頂きたい。


 『皮肉にも先生が教育者として優秀すぎるのが災いし、皆が皆、「ここで学んだことを世の中のために役立てたいんでしゅ!」とか言いつつ育つ前に巣立って行ってしまうのである。』


 前々回の冒頭で語られたこの事実。

 例外はただ一人、頻繁に行方不明になるために卒業が遅れていて、一昨日の昼に朱里と雛里を救いに飛び出したまま、又もや帰ってこない徐庶のみである。


 つまり何が言いたいのかといえば、先生は思春期の色ボケした子供の面倒を看たことが無いのだ!


 そして、朱里と雛里はこっそりと艶本を荷物に忍ばせるほどの、筋金入りを通り越し、むしろ鉄骨入りのおませさんである。

 二人の趣味嗜好とは方向性こそ違うものの、えっちなことに興味津々な彼女達に『愛で縛れ!』などと焚き付けたら………。




 
 この時、【しすたあず】の歌を聴きながら、振り付けをどうするか考えていたふたばの背筋に悪寒が走ったのは、はたして只の偶然だったのだろうか?










 『それじゃ、ちょっくら練習してくるね~』


 昨日一昨日寝泊りした離れを先生から借り受けると、ふたばは一人姿を消した。

 張姉妹はついて行きたがったが、本番は兎も角、形にもなっていない練習姿を見られるのは恥ずかしいと言われて引き下がっていた。


 夕食には顔を出したが食べ終えるとすぐにまた引っ込んでしまった為、お預けを食っている三姉妹の機嫌が急降下していくのが眼に見えるようだった。

 その空気を変える意味もあって、朱里は三姉妹に疑問を一つぶつけてみることにした。


 「あの、皆さんはふたばさんが天の御使いだって信じてくださったみたいですけど、どうしてですか?」


 「なに、あれ嘘だったの?!」


 ガタッと椅子を蹴立てるような勢いで立ち上がったのは次女の張宝だった。


 「あわわ、嘘じゃないでしゅ。無いですけど、正直言ってかなり突拍子も無い話だとは思うんです」


 その剣幕に思わず引いてしまった朱里に変わり、同じことを疑問に思っていたのか、雛里が言葉を返す。


 「水鏡先生のお言葉だからという事も考えましたが、今回わたし達は………」


 そう言って雛里はチラリと水鏡先生に目線を送る。

 それを受けて水鏡先生は苦笑を浮かべると雛里が言い辛かった言葉を引き取った。


 「今回私は、はるばる頼ってきてくださった皆さんのご期待に沿うことが出来ませんでしたから。そんな私の妄言とも取れる話を信じてくださったのが、この子達には不思議なのでしょう」


 「あぁ、そゆ事ね。驚かせんじゃないわよ」


 ぺちん、と音を立てて張宝は腰を下ろした。


 「まぁ、なんか変な娘だとは最初から思ってたしね。お姉ちゃん達もそうなんでしょ?」


 「ええ、そうね。なんと云うか、気配が違うって云うか。いっそ違う世界の人だと聞いて納得してしまったくらい」


 張梁が眼鏡を直しながら応える。


 「はわわ、気配でしゅか?!」


 「ふたばちゃんはねー、不幸の匂いがしないんだよー」


 死の匂いって言ってもいいかもねー。

 ほにゃら、とした口調でそぐわぬ内容を語る張角。


 「いまさら言うことでもないかもしれないけどね、この国に生きてる人で、来年も今と同じように暮らしてるなんて信じてる人、どれくらいいるのかなー?」


 お茶を一口含み、言葉を続ける。


 「誰だって一度や二度、食べ物が無くて飢えて過ごしたことあるよね? 作物の出来が悪ければ冬が越せないかもしれないし、疫病が流行る事だってあるでしょ?なんにもなくたっていきなり野盗が襲ってくるかもしれないし、治めてるお役人が贅沢をしたいとか言い出して税を上げたりしてさー」


 普段と変わらぬポヤポヤした雰囲気のまま、しかし眼だけは恐ろしく真剣に姉妹の、水鏡先生の、そして朱里と雛里の目を順に覗き込んでいく。


 「ちっちゃな子供だって、身近な知り合いを亡くした経験なんていくらでもしてるでしょ? 孔明ちゃんも士元ちゃんも友達とか身内とか亡くしたことあるよね?」


 肯く仕草は完全に無意識だった。否、肯いたことを意識すらしなかったと云うのが正しい。

 未だ開花せずとはいえ、異なる外史では星の数ほどの民衆を魅了したアイドルの、そのカリスマの発露。 

 朱里は、そして雛里も完全に張角に飲まれてしまっていた。


 「私達だってこんな旅暮らしだから、来年どころか、明日の朝を三人揃って迎えられるかどうかなんて心配、もう当たり前すぎて考えもしないんだよー」


 でもね、


 「ふたばちゃんはたぶん、明日が今日の続きだってこと、疑ったことないんじゃないかなぁ。すごいよねー」


 ほふぅ、と張角は一つ溜息をついた。その表情はまるで何か宝物でも見つけたかのように至福に満ちていて、朱里も雛里も思わず見蕩れてしまう。


 「おんなじ人間にしか見えないもんねー。なのにふたばちゃんの国は、今日の続きの明日を信じられる国なんだよ。ホントにそうなのかは知らないけど、少なくともそうと信じたまま生きていける世界なんだね」


 おんなじ人間にだって、頑張ればそんな世界が作れるんだねー。


 「だからね、私いま、すっごいどきどきしてるんだよー。ふたばちゃんの様子を見てると、私達の歌ってなんでだか判らないけど、天の歌に似てるみたいだし」


 もしかしたら、と張角は眼を細めた。


 「私たちの歌って、天の国からの賜りものなのかも知れないって、ちょっと思っちゃったの。もしそうだったら、私達に歌が与えられたことに意味があるとしたら、―――わたしたちの心を歌に乗せるみたいに、天の国の人たちの心を学んで、それを歌に乗せて伝えていけば、いつかこの国を天の国みたいに出来るのかなーって」


 そう笑みを浮かべた張角と、これが私たちの姉よと誇らしげに微笑む張宝、張梁。

 朱里と雛里はこの夜のことを、生涯にわたる友情の始まりの瞬間として、終ぞ忘れる事はなかったのであった。










 高等部に上がるまでは剣道部を続ける心算でいたふたばだったが、結局入部することはなかった。


 もちろん、亡くなった師の剣を腐らせるなどもってのほかと鍛錬は続けていたし、一緒に老人に師事していた先輩が諦めず何度となく誘いに来てくれてはいたのだが、半泣きで剣を振るうふたばの様子を見てからはそれも遠退き、竹刀を持っても涙が流れなくなる頃にはすっかり入部のタイミングを逃していたのだった。


 件の先輩の練習相手を勤められる人間が、教師含めても限られていたこともあって半ば部員扱いされてはいたが、やはり真っ当な部員に混じるには気がひける。


 そんなわけで放課後の時間を持て余すようになっていたふたばはあちこちの弱小同好会の助っ人のようなことをやっていた。

 人数の多いところには混ざり辛くとも、手が足りないところに顔を出す分には人助け、抵抗などない。


 容姿と運動神経に恵まれたふたばはストリートダンス愛好会と、海外では花形だが国内ではいまいちメジャーにならないチアで殊に重宝された。


 真剣な表情をしているときのふたばはまさに初見殺しというべき威力でもって、校外の男子に被害者を増やしていったものだったが、今回はその経験が生かせそうだ。

 打ち上げの余興のカラオケ芸までひっくるめて、記憶にある動きをパズルのように使って振り付けを組み立てる。


 プロの振付師の仕事なんて知らないから、せいぜいが声を出す邪魔にならないようボイスメモに吹き込んでもらった歌を聴き、自分でも声を出しながら動いてみるくらいしか出来ないし、体の動きをチェックするための姿見など存在しないので、明かるいうちは太陽を、暗くなってからは灯火を背に、自分の影を見て動きを直す。


 結局、声を出すことを考慮してないダンスやチアよりカラオケ芸のほうが参考になったのには笑うしかないが、食事を済ませて小一時間ほどする頃にはなんとか形になった。


 どのみち、本ちゃんは『しすたあず』と角つき合わせて作り上げることになるだろうし、今回はライブを盛り上げるためにダンスが有効だと納得させられれば良い。


 逆に言うと三姉妹を納得させられるのが最低条件なんだよねー。

 そんなことを考えつつ、通しで一回歌ってみる。

 流石に歌詞まで覚えていられないので、うろ覚えに覚えたトコを繰り返す形になるが、魅せ方を見せるのが目的なのだから贅沢は言うまい。


 「んじゃ、お披露目いってみますか」








 ようやく顔を見せたふたばの元に詰め寄る三姉妹の後からさりげなく近寄りつつ、朱里は交わされる会話に耳を傾けた。


 話はやはり今から歌われる、ふたばによる天の舞台の模範演技、その演出の打ち合わせだったが、昨日まで語られなかった分野に関する天の知識に触れる機会とあって、一言たりとも聞き逃す心算はなかった。

 ふたばはああいった風な人格であるから、正面きって相談するよりも、普段から雑談の中で豆知識を蒐集する心算でいたほうが有用な知識が引き出せるだろう。


 「だからね、上からだけの照明だと表情が暗く見えちゃうから、下からも光を当てるの。そうすると表情が力強く見えるんだよ」


 ほらね。

 例えば民への演説、兵への激励。逆用すれば敵の士気を落とせないだろうか?


 今の知識を応用できる場面を頭の中で列挙しながら隣の雛里と目を合わせる。

 同じように思考していた雛里もこくりと頷く。一つ一つは小さくとも、その積み重ねは膨大な量に及ぶはずだ。

 要らない方向に考え込む性質のふたばに対しては、時間こそ掛かるが、こうしてじっくり向かい合うのが最適解なのだ。


 「んじゃ、いくわよ。いい、ちぃ達が観ててあげるんだから、半端なもの見せたら承知しないんだからね!」


 「そんな御無体な!わたし本職じゃないんだけど?!」


 「泣き言は受け付けないもーん。とゆーわけでふたばちゃん期待してるねー」


 「もう姉さん! その、あの人たちの言う事は気にしないでくださいね。その、が、頑張ってください」


 「はぁ、プレッシャー掛けてくれちゃってもう! いいもん、ど肝抜いてやるんだから」


 いよいよお披露目らしい。

 さっきみたいに手拍子したほうがいいのかな?と考えて、しかしこれは姉妹の研究のためのものなんだから邪魔になる事は良くないと思い直す。



 ふたばが陣取ったのは先ほど三姉妹が歌った室内ではなく、中庭の一角である。


 軽く足元を均し、張宝に頷いてみせると、それを合図と受け取った彼女はむにゃむにゃと何かを唱える。

 すると先ずは頭上に、それから足元に光源が生まれた。


 光の中に浮かぶふたばの姿を眼にした一同は思わず目を見張った。


 凛とした、それでいて愁いを帯びた表情で俯くように佇むふたばの表情は、普段の締りの無いホニャニャけたふたばしか見たことの無い水鏡先生はもちろん、戦いに挑む緊張感を湛えた姿を眼にしたことのある面々にとっても眼を奪われるに足るものだったのだ。


 やがて妖術をもって奏でられる曲、その前奏部分が流れ始める。

 だがふたばは動かない。何かを堪えるように佇むその姿に知らず息を呑む。

 今か?それとも今か?


 やがて歌がはじまるその刹那。

 その貌が跳ね上がる。

 握り締めていた左手が天を指すように突き上げられ、夜気を切り裂くように振り下ろされ。



 それは誰もが想像していたような舞とは程遠い、しかし確かにこの曲に欠けていたのはこれだと有無を言わせず納得させられてしまう魅力に満ちていた。

 小刻みな足運びと腰の動きで拍子を刻み、腕の振りで表情を加える。

 曲の切れ目で、あるときは身を翻し、跳躍し、あるいは全く動かないことで溜を作る。


 そして、見た目に判りやすい振り付けに眼が眩まされて水鏡塾の面々は気づいていなかったが、歌い方もまた、別物と 言って良いことに三姉妹は気づいていた。

 伝統的な発声法に習ってきた姉妹は歌うときには笑みを浮かべ、胸を張ることで高らかに歌う。

 なのにふたばは勝負に挑む武人の如き眼差しで、あるいは時に顔を歪め、時に同性であってもぞくりとするような流し目で、搾り出すようにして歌う。


 これもまた、彼女達に足りなかったものなのだろう。この歌はこう歌うのが正しいのだ。


 張梁は全てを焼き付けるべく目を凝らし、張宝は時折自分で動きを真似してみながら、張角は歌に身を任せるようにして。

 ふたばの姿のさらにその先にある、自分達の歌を幻視した。





 オープニングを逆回しにするように、ゆっくりと左手を突き上げ天を指す。

 時間を計りながら掌を開き、こんどは何かを掴み取るように拳を握る。

 そこでちょうど曲が終わった。


 ふぅと一息ついて顔を上げる。


 最後のトコちょっと厨二病っぽかったかもしれないけど、歌で天下を取るなんて標榜してるくらいだし、問題ナイデショウ!!

 とかいいつつも、引かれてやしないかちょっとビクビクしてたりする私です!!


 だがまぁ、やらかしてしまったものは仕方が無い。

 その道のプロの感想を初っ端に聞くのはおっかないので、ちびっ子二人にまず声を掛ける。

 朱里ちゃんなら! 雛里ちゃんなら!! きっと私に優しいに違いない!!!


 「ど、どうだった?」


 「はわわ、すごくかっこよくて別の人かと思っちゃいましゅた!!」


 「普段のふたばさんって、すっごく自分の無駄使いしてたんでしゅね!とっても素敵で見とれちゃいましゅた!」


 「―――アリガトウゴザイマス」


 Q 普段の私って! 普段の私って!! 一体どう見えてるの?!

 A ツヨクイキロ


 心に深い傷を負いつつも、覚悟を決めて【数え役満☆しすたあず】ラスボスに立ち向かうことにする。

 三姉妹は三人向かい合ってお互いああでもないこうでもないと先ほどの振り付けを真似していた。


 「あのー?」


 「なによ、今ちぃ達忙しいんだけど。見てわかんない?」


 「あ、ふ、ふたばさん?! お、お疲れ様でした。おかげ様でそれなりには参考になりましたよ? あくまでそれなりですが。ま、まぁ感謝の気持ちとして、今度機会があったら公演に招待して差し上げるくらいはしてもいいです。それなりにそれなりでしたから」


 「もう、人和ちゃんってば何言ってるのー? ふたばちゃんの踊りすごかったじゃない! なんかお礼しないといけないよねー。あ、でも私達貧乏だから手加減してくれるとうれしいなー」


 「あ、わたし別にプロじゃないんで、あの程度で」


 「ね、姉さん?! 人が折角踏み倒じゃなくて、値切ゲフンゲフン。 ふ、ふたばさん! 私達旅から旅のその日暮らしで本当にお金ないんです!! で、でもどうしてもとおっしゃるなら体でお支払いするしか………」


 「ちょ、ちょっとまって!」


 「人和、アンタなに言って」


 「姉さん達が」


 「ふざけんな~~~!!」


 「あ、でもお姉ちゃん的にはアリかも~! さっき助けてくれた時のふたばちゃん、とっても凛々しくてカッコ良かったし。変な男の子よりも全然いいよねー」


 「ちょ、張角さん?!」


 「わたしの事は天和って呼んで欲しいなー。わたしとふたばちゃんの仲でしょー?」


 「お、お姉ちゃん?! ちょっとアンタ! わたしというものがありながら浮気なんて許さないんだからね!」


 「張宝さんも待って! わたし別に………あ、でもあのおっぱい良いなぁ。もうこれ以上はいらないやって思ってたけど、あんだけ大きいのに形が綺麗だし………あれ吸ったらもうちょっと大きくなるかな?」


 「はわわ、おっきなおっぱい吸うとおっぱいが大きくなるんでしゅか?!」


 「そ、それは天の知識でしゅか、ふたばしゃん?!」


 「あ、ただの冗」


 「アンタ、アンタのそれ、ちょっとよこしなさいよ!」


 「え?!ちょ、ちょっとまった!!」


 「はわわ?!ずるいでしゅ!!」


 「あわわ?!抜け駆けはダメでしゅ!!」


 「そうだよー、こーゆーのはまずお姉ちゃんからでしょー?」


 「お姉ちゃん、アンタまだ育つつもりかー!」


 「ふふ、これで謝礼の件はうやむやに出来ましたね」


 計画通り


 眼鏡を直しながら笑う張梁の背中に滝のような汗が流れているのをただ一人、水鏡先生だけが見ていた。




 異世界にきて三日目の夜。

 北郷ふたばは孤独とも郷愁とも無縁だった。



 そのかわり貞操の危機と親友になった、そんな夜だった。



[25721] その11
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:fa5b6fcb
Date: 2011/10/17 00:54
 暗がりの中で手拍子の音が響く。

 妖術の明りに照らされた舞台で舞い踊るは三人の美姫。

 幽世に迷い込んだかのような幻想的な光景―――のはずが。










 「スコーンスコーン○池屋スコーン スコーンスコーン湖○屋スコーン

                 かりっとさくっと美味しいスコーン かりっとさくっと美味しいスコーン」










 約一名のせいで台無しである。


 「人和ちゃん外に開きすぎだよ! ちぃちゃんは内に寄りすぎ!! ポジ、位置取りがダメダメだとどんな上手な踊りだって無様に見えちゃうんだからね!舞台の広さは体で覚えないとダメだよ!!」


 「ちょっと、ホントにそこまでしないとなんないの? 明りだってあるんだし、舞台に目印でも付けとけばいいんじゃない?」


 「甘いよちぃちゃん。まぁ三人とも、屋内の舞台は初めてだって云うから仕方ないけどさ」


 【数え役満☆しすたあず】の次女、地和こと張宝の不満を窘めるのは、この数ヶ月ですっかり演出家風を吹かすようになった北郷ふたばである。


 「今は客席にも明り入れてるけど、本番はこっち側は真っ暗になるんだからね。そしたら照明と脚光で足元なんか見えないと思っておいてね。印どころか舞台の端っこだって判んなくなることがあるんだから。落っこちたら大怪我する事だってあるんだからね!!」


 「でもでも、落っこちてもふたばちゃんが助けてくれるんだよねー?」


 のんびりした口調で信頼を示す長女、天和こと張角に、しかしふたばは顔を顰める。


 「そりゃ、怪我させるつもりなんて無いけどさ。そうなったらそこで舞台は失敗だよ」


 「そうよ姉さん。わたし達の歌も少しは知られてきたけど、それでもまだまだ耳慣れないものには違いないわ。一度舞台から観客の心が離れてしまったら、もう一度捕らえなおすのは難しいと思わなくては」


 冷静な口調でふたばを援護する三女、人和こと張梁の言葉に、我が意を得たりとばかりにうなずくふたば。


 「最初にノセたらそのまま押し切ってしまわないと、今はまだ成功するのは難しいわ。そのためにも最善を尽くさないと。ですよね、ふたばさん」


 「うんうん。さ、納得いったら続きいこう! 位置について!!」


 ふたばの号令で配置に戻る三姉妹。

 そいじゃいくよー。

 再び響く手拍子に合わせてステップを踏み、ターン。


 「ワンツー、ワンツー! そこでハイタッチ!! ワンツー! 天和ちゃん一歩行き過ぎだよ、ターンで直して!!

                           ソックスを履かせる! ソックスを脱がす!! ラッキョウと、シメサバは………」


 「お昼買ってきましたよー。みなさんご飯にしましょう」


 「あわわ、すごい………。こんな立派なところで公演するんでしゅか?」


 両手一杯に差し入れの入った袋を抱えてやってきたのは共に旅する軍師志望の少女達。

 云わずと知れた諸葛孔明、朱里と鳳士元、雛里である。

 旅費の足しにするべく短時間の日雇い仕事、代筆だの帳簿付けだのといった仕事をこなして、陣中見舞いにやってきたのだった。


 旅の初めの頃と違い、今では張姉妹にはかなりの収入がある。

 ふたばにも謝礼としてそれなりの額が支払われていて、その大半が(物価の知識に疎い、使い道が無いなどの理由もあって)朱里達に、色々お世話になった分の返済分と称して渡されている。

 そのため、実際のところ路銀には不自由していないのだが、『いずれ仕官するときの情報集めでしゅ!』と、行く先々で逗留する間、仕事を見つけて働きに出ているのだ。


 実はこれは半分口実で、残り半分は、生き別れになっているふたばの兄の情報探しであったりする。

 さらに付け加えるとふたばから受け取った金の殆んどは、いずれ彼女が自分の道を見つけた時のためにと手を付けずにとって置いているあたり、なんていい子なんでしょうと感激するべきか、君達はその子のお母さんかとツッコむべきか悩ましいところである。


 「わ~い! ふたばちゃん、休憩にしよーよー」


 「そだね、お茶入れてくるから先食べてていいよー」


 天和の言葉にそう返事を返し、ちびっ子たちにおつかれと笑顔で声を掛けると、ふたばは奥の控え室に消えた。


 「いつもありがとうございます、朱里さん、雛里さん」


 「あ、これってば若旦那が言ってた評判のお饅頭? 気が利いてるじゃん!」


 汗を拭いながら礼を言う人和。

 地和は二人の背後から袋の中身を覗き込むと満面の笑みを浮かべ、頭から帽子が落ちないよう気をつけながら二人の頭をグリグリと撫で回す。


 「他にもいくつか点心を見繕ってきました。お食後の甘味もありますよ」


 「………しっかり食べて午後の練習もがんばってくだしゃいね」


 くすぐったそうに目を細める二人を、今度は正面から天和が抱きしめる。

 ふかふかした感触に顔を埋め、薄っすらとしか記憶に無い誰かの事を思い返したりして、なんとなく幸せな気分になる朱里と雛里。


 「あーん、二人ともいい子だよー。お姉ちゃん、実は妹が欲しかったんだー」


 「あなたの妹ならここに二人ばかりいますよ、姉さん」


 姉の言葉にツッコミを入れつつ、二人もろとも潰されないように饅頭を受け取る人和。

 一同は客席ではなく、埃一つ落ちていない舞台の上に上がり、一人分の空きを作る形で車座に腰を下ろした。


 そうして腰を落ち着けると、午前中に有ったことをお互いに話し始める。

 今回の公演の主催者である街の大店の店主達が午前の練習を見に来ていたときの事を話していると、お盆に六人分の湯飲みを載せてふたばが戻ってきた。


 「先に食べてて良かったのに」


 そう言いつつも、やはり嬉しそうなふたばに、


 「お茶なしでお饅頭なんて食べたら喉に詰まっちゃうじゃん」


 憎まれ口を返す地和。


 ふたばが腰を下ろし、お茶がいきわたると食事が始まる。

 熱々だったはずの饅頭は少し冷めてしまっていたが、そんな事を気にする者は、この場には一人も居なかった。








 「はぁ、それにしてもすごいです。こんな立派なところだったんですね」


 人心地ついて改めて、朱里は館内を見回すと感嘆の声を漏らした。


 「えへへ、すごいでしょー。わたし達もびっくりしちゃたんだー」


 天和がほにゃっとした笑みを浮かべながら応える。


 「ホントに夢見たいです。先生のところを尋ねたときは、こんな所で歌えるようになるなんて、もっと、ずっと、ずっと先のことだって思ってました」


 「ふたばちゃんのおかげだよねー」


 「まぁ、その辺は感謝してやんないでもないわね」


 「ちょっと、それはみんなが頑張ったお陰でしょ? わたしの力なんて、あってもほんの後押し程度のものだよ」


 口々に褒められて、ふたばが真っ赤になって照れる。


 「いえいえ、そんなことないです。と云うより、今回はその最初の一押しが効果抜群だったと言いましょうか」


 人和は謙遜するふたばに対して、珍しくイタズラっぽい笑みを浮かべると、


 「『お前の罪を数えろ!』でしたっけ」


 「ぎにゃーっ!!」


 止めを刺したのであった。








 旅の仲間が三人から倍増している経緯はスッパリバッサリ割愛する。


 ふたばがこの舞台演出はあくまで間に合わせのもので、本腰入れて練り上げるには三人の協力がいると洩らしたら瞬く間にこうなった。

 これだけ言えば、その際の細かいやり取りなどは、既に数多の外史を巡ってきた熟練の外史ウォッチャー諸氏には語るだけ野暮というものだろう。


 死ぬ気で走り倒した三姉妹を一日静養させたその翌日、六人に増えた一行は三度彼の地を旅立ったのである。


 その際、見送りに来た水鏡先生の手には何故か三着の高学年用の制服があったり、隙を窺う先生と、懸命に見ない振りをする三姉妹の間で熾烈な精神戦が繰り広げられたりもしたのだが、やはりそこは、スッパリバッサリである。




 『二度ある事は三度あるともいいましゅ』


 雛里が口にした、そんな懸念を笑い飛ばすように襄陽の街へは拍子抜けする程あっさりとたどり着いた。

 朱里と雛里にふたばを加えた三人は、昼の間は情報収集、夜は集めた情報の交換と吟味に勤めた。


 ふたばはそれに加えて、三姉妹と一緒になって、故郷のアイドルの話を交えて舞台の演出を考える。


 三姉妹は昼の間はふたばからの課題を検討し、夜にはそのお披露目と翌日のための検討会。

 これは、今も変わらぬ一行の、逗留中の基本スタイルとなっている。


 張三姉妹にとって、この夜の検討会の時間は夢のような一時だといっていい。

 たとえば、三人が同じ振り付けを踊るのではなく、曲に合わせて互いに何度も位置を入れ替える。

 そうしておいて、その時その時の、中央の主役を引き立てるように振り付けを考えていく。


 あるいは、それぞれの個性に合わせて決めポーズ決める。

 天和は拳を突き上げるようにして小さく跳躍(男性の目がある一部に釘付けになるのは疑いなし)。

 地和は横っピースと呼ばれるらしい、天の国独特の見得の切り方を(ふたばが熱心に押した)。

 人和は顎の下で両手を組んで小首を傾げる(さり気無く寄せて上げるんだよ!と、一番厳しい指導が入った)


 そしてこれらを、各自に設けられた見せ場に織り込むことで、観客に歌だけでなく、一人の女の子としても印象づけ、熱心な観客を獲得する。


 振り付けの面だけでなく、歌のほうでも興味は尽きない。


 例えば、それまで三人一緒に声を揃えて歌っていたのを、"こーらすぱーと"なるものを設けてみる。


 明るい曲は天和が、拍子の速い曲は地和が、しっとりした曲は人和がと主旋律を歌う役を決める。


 それらは所詮、素人でしかないふたばの主観を通した上での知識だったが、素人は素人でも、21世紀の芸能に触れていた素人。

 これまで我流で研鑽を積むしかなかった【数え役満☆しすたあず】にとって、それは暗中模索の中、ようやく見えた灯火のように暖かく、輝かしいものに見えたのだった。


 その一方で、ふたばの自身の探索は芳しくなかった。

 その事に落ち込まなかったと言えば嘘になるが、半ば織り込み済みだったため自分の情報が兄に伝わるようにと意識して彼方此方へと足を運んだ。


 そうして数日を過ごし、襄陽を離れようとしたその日が一つの転機となった。



 北郷ふたば、三度目の実戦である。













 ふたばが自身のスペックを自覚した切欠は、斬艦刀を手に入れたあの日、朱里の言葉に覚えた違和感だった。


 『でもでも、私も雛里ちゃんも、私たち二人をいっぺんに抱えて歩けるふたばさんみたいな力持ちじゃないんですよ?』


 その時は反射で否定したが、思い返すと確かに前日、目を回した二人を子猫でも持ち上げるかのように抱き上げて持ち運んでいた。

 のみならず、その直後、小柄な少女とはいえ朱里をおぶったまま登りの峠を疲れを覚えることなく踏破し、さらに残り半分の下りは雛里を背負って歩き通したのだった。


 重量のある模造刀を振る訓練を行っているだけあって、ふたばの腕力は、細い見た目に反してそこらの男子を上回るレベルにある。

 だが現状は、自身の把握するそれと腕力、持久力とも桁が違っているようだ。


 実はこの件について、ふたばの中では一つの決着がついている。


 この三国世界は、ふたばの世界に比べて重力が軽いのではないかと云うものだ。


 古典的バトル漫画から拝借しただけのアイデアだったが、少なくともふたばの精神衛生的には、自分が怪力になったと考えるよりはマッチしていたため、彼女は自身を、時間制限つきのスーパーガール、この世界の重力に慣れてしまうまでの、言い換えれば体が鈍ってしまうまでの、期間限定の超人と規定していたのだった。


 山賊たちとの二度目の遭遇、重みを感じることが無い斬艦刀を用いたとはいえ、三人あわせてふたばの何倍になるかわからない質量を軽々と吹き飛ばした事実を基にしたこの考察は、ふたばを大いに勇気付けることとなった。




 ほんの数日間の滞在とはいえ、六人もの美少女、まだ青い果実から、今まさに食べごろを迎えようとするそれまで選り取りみどり取り揃えた一行は、よからぬ者たちを引き寄せるには充分過ぎるほどの芳香を放っていたらしい。


 このとき、ふたばの背中の斬艦刀は何の抑止力にもならなかった。

 細身の少女が背負うには余りにも巨大なそれは、真っ当な常識に生きる小悪党どもの目には虫除けのハリボテとしか映らなかったのだ。

 この世界に存在する真の強者、その一端なりとも知っていれば少しは違ったろうが、知らないからこその小悪党ともいえる。


 かくして、街を出てすぐ、少女達は悪党どもに出くわすこととなった。

 それも三組、十二名も同時に。



 ふたば達にとって幸運だった要因、その一つ目は、三組の賊が示し合わせて襲ってきたのではなかったということだった。

 三組がそれぞれ襲撃する場所を決め、いざ襲い掛かろうとしたところで同じ事を考えていた他二組の存在を知る羽目になったのだ。


 実に間抜けな話だったが、このため賊同士で牽制しあう形となり、包囲されるのを避けられたのは、一人で他の五人を守らなければならないふたばにとって、またとない天の助けだったといえる。


 幸運だった要因の二つ目は、賊どもが襲撃に慣れていたこと。近辺の地理に明るく、天然の袋小路に追い込んでの捕獲を目論んでいたことにある。


 分け前が減ろうとも逃がすよりはマシだ、と結託した賊どもが選んだ死地に、先頭を切って迷うことなく飛び込んだのは雛里だった。


 今回賊がかち合った事態において、この場に何らかの罠が仕掛けられている可能性は低い。

 もし何か大仕掛けを用意していたなら、待ち伏せていた他の賊がその気配に気づいていただろうと、そう読み切ってのことであったし、最悪読みが外れたとしても、この場でもっとも足手まといな自分が先んじて罠に引っかかることによって、最大にして唯一の戦力であるふたばを温存できる。


 後半部分については全てが決着した後も語られることは無かったため、その心中を洞察し得たのは唯一人、朱里のみであったが、彼女とて同じ事を考えていたために責められる筋合いではない。


 追い込まれる先が袋小路であろうことも予測済みであった。


 稀にとはいえ、往来がある街の近くで仕掛けてくる以上、何処かへ追い込もうとするのは必然といえる。


 雛里はこの時、敵が何処に追い込もうとするか知るために、わざと逃げ足を鈍らせることさえして見せた。

 そうして、行く先の見当がついた時、殿を守るふたばを振り切ってスパートをかけたのだ。


 「さぁふたばさん! ここなら敵は正面からしか来ません! 私達の事は気にせずおもいっきりやっちゃってくだしゃい!!」


 足手まといさえ居なければ、貴方ならあの程度、物の数ではない。


 これで燃えなければ女が廃るというものだ。


 それまで虚仮脅しのハリボテと信じて疑わなかった少女の大剣が大岩を無造作に打ち砕くのを見て。


 賊どもの顔に浮かんでいた下卑た嘲笑が一転、絶望に染まったのだった。





 袋小路と知って逃げ込んだもう一つの理由、逃げ場の無い背水の陣を敷いてみせた事もあって、ふたばは一切の躊躇無くその力を振るった。


 祖父と師の二人から仕込まれたお陰で、生死の見極めに対して素人ではなかったのも大きい。


 この程度で死にはしないと思い切り振るわれる斬艦刀は、その実全てが必殺の威力を有していた。

 ふたばの体感する剣の重さと、実際のそれとの誤差が生んだ見切りのミスだったのだが、結果としてそれが動きの良さに繋がったのだった。


 一撃の威力を正確に把握できていたら逆に萎縮して、彼女から余裕を奪っていたかもしれない。


 終わってみれば一山いくらの重傷者12名。

 こちらの被害は、わざと転んで見せた雛里がこしらえた擦り傷一つと、ホントに転んだ朱里………と雛里がこしらえた擦り傷が一つずつの合わせて三つ。


 この一件によって得たものは一山いくらを換金して得た路銀と、事態をほぼ無傷で切り抜けたという自信。


 北郷ふたばは自身が強者であると知ったのだ。









 所が変わっても変わらない事実というものはある。


 彼女達六人がちょっとお目にかかれないほどの美少女であるというのは、どうやらここに含まれていたらしい。


 つまり何が言いたいかといえば、彼女達は行く先々で同じような騒動に遭遇した、ということである。


 それを切り抜けるたび、最初は鍍金でしかなかった自信を本物へと深めてゆく。

 そうして第二の転機が訪れた。


 巻き込まれた被害者ではなく、第三者としての介入。


 何度目かになる街から街への旅の途上でその事件は起こったのであった。








 「それでわたしは言ってやったの!『その程度で【張家流 歌唱妖殺法】を極めたこの張宝を倒す事なんて出来はしないわ!! せめて餃子のニラを半分に減らして出直してきなさい!!!』ってね!」


 「はわわ、かっこいいです地和さん!!」


 「ニラがそんなに入ってたんじゃ、匂いが気になって食べられないでしゅもんね!」


 地和の武勇伝に耳を傾けていたふたばだったが、どうしても尋ねたい、ツッコみたいという衝動をこらえきれないでいた。


 そんな様子に語り手である地和も気づいていたらしい。

 というか、彼女は一緒にいる間、ほぼ常にふたばのことを意識しっぱなしであった。


 甘えたい盛りの子犬や子猫さながらに、機を見てはふたばにすり寄ってくるのだが、その事に気づいているのは当事者含めて誰もいない。


 色恋沙汰については耳年増を一歩も出ない悲しい集団、それが彼女達。

 もっとも地和の場合、発端が事故ポなので、実らないのが不幸とは一概には言えまい。


 ともあれ、今回も目ざとくふたばの様子を見咎めた地和はススッと彼女に近寄るとその手を取った。

 そのまま腕を、そればかりか指先まで絡め、薄い胸に二の腕を、肩に頬を押し当てる。


 おい! 無自覚なんて嘘だろう!!


 どこからか観測者諸氏の声が聞こえてきたが、その突っ込みはごもっとも。

 

 一方のふたばも、最近すっかりこの手のスキンシップに違和感を覚えなくなってしまっている。


 この三国世界に紛れ込んでからこっち、男がらみの嫌な事件には事欠かない。

 最初の山賊は無論のこと、紳士達に胸を視姦されたりと、ホント碌な目に会ってない一方で、彼女に優しくしてくれるのは水鏡先生も含め、いずれも美しい女性ばかり。


 最初のうちは聞こえていた『まて、そっちにいくな』と引き止める両親祖父母の声もすっかり遠くなってきた今日この頃。


 おや、 その代わりになにやら歌声が聞こえてきましたよ?



 ほ ほ ほーたるこい

     そっちのみーずはにーがいぞ

           こっちのみーずはあーまいぞ



 みれば其方には朱里や雛里に天和、地和、人和。

 他にも見たことのない人もちらほらと。


 天和に良く似た雰囲気を漂わせる、赤毛のふんわりした雰囲気の少女や、その傍らの、流れるような黒髪をサイドポニーにまとめた凛々しい少女。

 ふわふわしたウェーブが掛かった青銀の髪の儚げな少女に、彼女に寄り添う気の強そうな、けれどポッキリ折れてしまいそうな弱さも感じる眼鏡の女の子。

 どことなく捉えどころの無い、気まぐれな猫科の獣を思わせる浅黒い肌に赤毛の少女などなど。


 まさに百花繚乱。



 だがしかし!



 北郷一刀我が兄よ!!、なんで貴方がそこに混じっているの?



 見つけたら、とりあえず一発殴ろう。


 やたらといい笑顔でサムズアップをかますその姿に、固く心に誓う。

 自身に全く責任が無いところで死亡フラグを積み重ねる北郷一刀よ。



 君は、生き延びることができるか?
















 「ちょっと!聞いてるの?」


 「ほえ?」


 「なんか聞きたいことがあるんじゃないのって言ってるの!!」


 現世に帰ってきたふたばを出迎えたのは、見上げるようにこちらを睨み付ける、地和の怒りを湛えた瞳だった。


 そうそう、そうだった。

 北郷ふたばは地和にツッコまなければならないことがあったのだ。


 「まったく! このわたしが心配してやってるのに無視するなんて、いい度胸じゃない!!」


 「そうそれ!」


 「―――どれよ?」


 「ちぃちゃん、最初自分のことちぃって言ってたでしょ? 何時からわたしになったの?」


 なによそれ、わたしの話全然関係ないじゃない。

 嘆息する地和。


 「なぁにー? ふたばちゃん、やっと気がついたのー?」


 「いまさらですね、ちょっと鈍いです」


 口々に責め立てられ、たじたじとなるふたばを囮に、朱里と雛里は全力で目をそらした。


 「あんなの演技よ、演技!!」


 「「「えーーーーーー!!!」」」


 だが、続く衝撃の告白に、思わず悲鳴がハモってしまった。


 「頭の温かい男なんて、ちょっとカマトトぶって見せればすぐに真に受けるんだから、ちょろいもんよね」


 「ちょ、ちょっとまった! 最初会った時『他人の魂を揺さぶろうってのに自分の魂を隠してたら届くものだって届かないでしょ!!』とかカッコいいこと言ってたよね!! あれは嘘だったの?! 演技とか!! だまされたー!!!」


 ふたばの絶叫に同調してうんうん頷く朱里と雛里。


 「なによ、騙したなんて人聞きの悪い。お客を獲得するための営業努力って言ってよね!!」


 おーっほっほっほっーーーー!


 口元に手を当てて高笑いをする地和。

 それを見たふたばと朱里、雛里は、今の驚きを忘れて思わず顔を顰めた。


 「ちょっとぉ、ちぃちゃんそれ似合わないよ?」


 「そ、そうでしゅ、やめたほうがいいでしゅよ地和しゃん」


 「はわわ、なんでだか、碌でもない思いをしそうな、させられそうな、そんな風なイヤーな気分になっちゃいましゅた」


 「え~、そお? いま流行ってるって聞いたんだけど」


 「うっそだ~」


 「嘘じゃないってば! 確か南皮のほうだって言ってたハズだったけど。広い街の何処に居ても聞こえてくるぐらい流行ってるんだって聞いたわよ」


 おーっほっほっほっーーーー!ってね。


 「あ、ちぃ姉さん、わたしもその話聞いたと思います。でもあれって怪談話じゃなかったかしら?」


 「はわわ!」


 「あわわ!!」


 怪談と聞いていきなり震え上がる小動物が二匹。


 「ねーねー、どんな話? お姉ちゃんにも教えてよー。二人だけ知ってるなんてずるいよー」


 「渤海の―――うん、そうね。ちぃ姉さんの言うとおり南皮の話だって言ってたと思うわ」


 ある男が旅の途中、骨休めの為に南皮の街に立ち寄ったそうな。


 「その人は、生まれて此の方見たことない様な、大きな街の様子に浮かれて、宿を取るとすぐ、辺りを見物に出かけたんですって」


 物珍しさに時を忘れ、気がつくと夕暮れ時。

 けれど街から人通りは消えず、逆にますます活気づいてくるような気配に、男は不思議な高揚を覚えた。

 夜になれば人が家に帰り、辺りが暗くなる。

 そんな光景を当たり前として生きてきた男にとって、この街の夜は仙界に迷い込んだかにも思えるものだったのだ。


 「けどその時、そんな夢心地が一瞬で冷めてしまうような、恐ろしい声が聞こえてきたの」


 おーっほっほっほっーーーー!


 「はわわ!」


 「あわわ!!」


 「その人はギョッとして、それから先ず目を、次に耳を疑ったわ。だってあんなに恐ろしい声だったのに、街の人が誰も驚いていないの」


 興奮が冷めてしまった男は首をひねりつつも、結局は自分の気のせいだったと無理やり納得することにした。

 しかし一度水を差されてしまったとあっては、そのままそぞろ歩きを続ける気になど到底なれず、結局宿へと引き返して行ったのだった。


 「けど、その夜にね」


 おーっほっほっほっーーーー!


 「はわわ!」


 「あわわ!!」


 「思わず飛び起きた男の人は、悪い夢を見たんだって自分に言い聞かせて、そのままもう一度床に就いたんですって。誰も起きだす気配が無かったからって」


 あんな恐ろしい声が響いていたら、町中が騒ぎになるはずだ、と。


 「けど、結局その人は、その夜の間に、三度も飛び起きる事になったんだって」


 翌日男は宿の主に尋ねてみた。

 昨夜恐ろしい声を聞かなかったか、と。


 「にこやかだった御主人は、それを聞いた途端、表情を消すと、街中でそのことを聞きまわったりしてはいけない、絶対に、って」


 色の無い顔で、そう男に告げたのだった。


 「どうやらこれは洒落では済まないって気づいた男の人は、予定を切り上げて街を出ることにしたんだけど、いくつか必需品を切らしていてね。どうしても街に出ないといけなかったんですって」


 兎に角、買い物を済まそう、そう思って街に出た男。


 しかし、活気と喧騒に満ちた街の様子を見るうちに、昨日のは気のせいだったんじゃないか、宿の主人にからかわれたんじゃないか、と。


 「そう思いかけたその時、気づいてしまったの」


 商談を交わす店主と客の会話に混じって。

 街を駆ける子供たちの笑い声に混じって。

 情熱に満ちた恋人たちの愛の語らいに混じって。



 ーーーーーーーーーーーーー!

                     ーーっーっーっーっーーーー!

                                         おーっほっほっほっーーーー!






 「はわわ!」


 「あわわ!!」


 「結局彼は買い物もそこそこに、飛ぶようにして南皮を逃げ出して、それから二度と近付かなかったそうよ―――って、あら?」


 語り終えた人和が目をやると、朱里と雛里がぐしぐしとすすり上げながら泣いていた。


 「ご、ごめんなさい!! 南皮はずっと向こうだから、怖くないから泣かないで、ね」


 「ねーねー、いま何か聞こえなかった?」


 「はわわ!」


 「あわわ!!」


 「ちょっとお姉ちゃん! 空気読んでよ!! ほらアンタたち、ちーんしなさい」


 「ぶーぶー!! 嘘じゃないのにー!! ふたばちゃんは聞こえたよね?」


 天和の言葉に真剣さを感じて耳を澄ますふたばだったが、やはりというべきか流石というべきか、それを先に捕らえたのは聴覚に優れた歌姫達だった。


 「なによ、これ!」


 「ひょっとして、戦ってるの?」


 彼女達が睨みつけた先は、まさにこれから彼女達が行くその先。


 「ここ動かないで。ちょっと様子見てくる」


 ふたばは皆にそう言うと、ひとり風の速さで走り出したのだった。



[25721] その12
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:fa5b6fcb
Date: 2011/10/17 00:59
 たとえば山賊相手に『悪を断つ剣なり!』なんて見得を切ってみたり。

 たとえばアイドル志望の女の子達にノリノリでダンスを披露してみたり。

 北郷ふたば17歳。

 とっくに完治してたつもりでいたけれど、拗れに拗れて慢性化していたその病。

 

 「いっそね、どっぷり底まで嵌っちゃえば良いんだよ。楽しいよ―――厨二病」








 走りながら背中の斬艦刀を器用に引き抜いたふたばは、やがて争う物音が道の先ではなく、脇の潅木の繁みの、そのまた向こうから聞こえてくることに気づいた。

 抜いてしまった得物に向かない戦場に踏み込むことに若干の抵抗があったが、ともかく事態を一見しなければ始まらない。

 とぉっ!

 ガサガサッ!!

 勢いよく飛び込んだふたばは、


 ドンッ!!


 「あれ?」


 「うおっ! とっとととと、って、ギャ―――――――ッ!!」


 そのままの勢いで何かを突き飛ばしてしまったのだった。

 見れば足元はちょっとした崖。

 十メートル以下の高さなら、今のふたばであれば飛び降りても全く問題ないのだが、いきなり足を踏み外して首からイったりしていたら危なかったろう。


 「て、手下 ―――――――ッ!!」


 「す、すいやせん、親分………しくじっちまいやした………」


 さて、状況はどうなっているのかなっと。


 「馬鹿野郎! しゃべるんじゃねぇ!! 傷は、傷は浅いぞ! しっかりしやがれこの野郎!!」


 「………へへ、親分は相変わらず、う―――――――嘘が下手っすね」


 覗き込んで見ると、眼下には十人ほどの騎馬の集団が、何故か足を止め、そればかりか馬を下りて一塊になにかを囲んでいる。

 聞こえていたのは争う音だったから―――と、もう一方の陣営を探すと、こちらは相手が足を止めた隙に距離を稼ぎ、やや先方に。


 「………親分、どうかオイラの分までッ―――、へへ………今日は………空が………青い………ぜ………、がくっ」


 「て、手下?、………手下―――――――ッ!!」


 さて―――と、心中でそう前置きしてふたばは考える。

 この場合重要なのはどちらが善玉か、ってことだよね。

 理由も無く滝のように流れてくる汗を拭いながら、拭っても拭っても尚流れてくるが、それでも諦めず拭いながら、ふたばは冷静に思考した。


 「てめぇ!! よくも、よくも手下を!!!」


 なんとなくだが、向こうの、先に行っちゃったほうが善玉な気がする。理由は特に無いが。


 「てめぇ、無視すんじゃねぇ! このクソ女!!」


 「うるさいなぁ!人が聞こえない振りしてるんだから空気読みなさいよバカぁっ!!」


 「なぁっ?! このっ、盗人猛々しいにも程があるぞ!このクソ女!!!」


 親玉らしき男は何故か敵でも見るような眼で、崖の上のふたばを睨みつけた。


 「てめえのお陰で崖の上から御者を射殺して足を止め、お宝を分捕る作戦がおじゃんだ。この落とし前、どうしてくれる………」


 た、助かった―――――――ッ!!


 変に説明的な親分の台詞だったが、それを聞いたふたばは驚喜した。理由は何故だかわからないが。

 ともあれ、そう云う事ならば、後は極めてシンプルだ。


 「落とし前? それを考えなきゃならないのは私じゃないわ」


 崖の上から身を躍らせたふたばは音も無く降り立つと、そのまま一党に対峙した。


 「さぁ、裁きの時間よ。―――――――お前の罪を数えろ!」


 こうして、安堵のあまりおかしくなったテンションに流されるまま、消えない傷跡黒歴史がまた一つ、ふたばの人生に刻まれたのだった。










 現代人の多くが忌まわしき過去として刻む恐るべき病。

 だがしかし、時と場合によっては極めて有効に働くこともある。

 どんな場合か御想像いただけるだろうか?

 では、役に立つと云うその実例として、ここにゲストをお呼びしましょう!

 さぁ! お名前をどうぞ!!


 「我が名は関雲長!! 幽州の青竜刀! 劉元徳の一の剣なり!!!」


 残念! 現代じゃありませんでした!!!

 答えはそう、時と場合と書いて戦国の世とルビを振っていただきたい!!

 関羽さんありがとうございました。本番まで控え室でお待ちください!!


 士気向上、戦意高揚の為と、自ら進んで厨二病をこじらせる―――――――それが武人! それが君主!!

 ある意味彼女達こそが、この病んだ時代の最大の生贄といえるのかもしれない―――――――現代人から見れば。

 あ、でも―――――――永遠の14歳とか言い換えると胸の奥がホッコリして来たような気が?!




 さて、新たに刻まれたふたばの黒歴史。

 だが、これを聞いていたのが此処でぶっとばされた山賊だけだったら、後に人和の口から出てくるはずもなし。



 つまり、バッチリ聞かれておりました。



 それを目撃したのは、追われていた一団を護衛する四人の男達。

 近頃治安がよろしくないと、親戚を頼って住処を移す商人の一家を送り届けるため、むかし主に世話になった男達が声を掛け合って同道していたのだ。

 こんな御時世になかなか見上げたものだが、生憎実力が伴わない。

 倍以上の相手に対して一歩も引かず、ここまで守り通したのだが、それが限界。

 もし野盗の思惑通りに御者を狙撃されていたら、恩人を見捨てて逃げるか、諸共に討ち死にするかの二択だった。


 なぜか止まった追っ手の追撃。

 一家を先に行かせ、自らは足を止めると、なんと! 遥か後方で野盗どもと対峙する一人の美少女!!

 ちなみに、このとき見えていたのは後姿だったので"美"は希望と願望によって勝手に付けられたものでした。


 さぁ、ここでテンションうなぎ上り!!

 いくら恩人とはいえ、年食ったおっちゃんおばちゃんのために命懸けるのと、見知らぬ(暫定)美少女のためと、貴方ならどちらを選ぶ?!

 ついでに言えば場合が場合、実力不足でカッコイイ台詞が使えず悔し涙を飲んでいる全厨二病罹患者の最後の希望、『ここは俺に任せて先に行け!』を言うチャンスさえあるかもしれないのだ。


 「やった!ついに念願の『俺に任せて先に行け!!』をやる絶好の機会が!!」


 おっと、勢い余って口にした奴が一名。


 これを聞いて焦った他三名。どうやら揃って同じ事を考えていた様子。

 なにせ、うまく決まればおっぱいの大きい(願望)美少女(希望)の心の中で永遠に生き続ける栄誉が与えられる―――――――かもしれない。

 どうでもいいが、この国の男には野盗か紳士しかいないのだろうか?

 そんなわけで、先を争うようにして血相変えて急いだため、件の現場に間に合ってしまったのだった。



 結果、歴代ライダーの中でも屈指の威力を誇る決め台詞は、厨二感染者のハートを鷲づかみ。

 ふたば一人でも勝ち目が無かったのに、色々とリミットブレイクかました紳士どもの参戦で、野盗どもはオーバーキルの憂き目を見ることと相成った。



 追いついてきた軍師~ずとしすたあずは、ちょっと目を放した隙に一戦やらかしていたふたばに呆れ、危ないことに首を突っ込むなと怒り、待っててって言ったのに!と怒られ、だったらさっさと迎えに来なさいよと逆切れすることで二勝一敗、勝利を捥ぎ取った。

 とはいえ、やった事は紛れも無く人助け。

 救われた商人一行のとりなしも有り、そうそう強くは怒れなかったのだった。



 双方の紹介が済み、一行が進んでいた上の道と、商人たちの下の道が少し先で合流しており、行く先が同じだと判ると、自然同道しようと云う話がもちかけられて来た。

 壮年以下の年若い男と道連れになることに抵抗感を示した張三姉妹だったが、水鏡女学院組みプラス1が理由を挙げて強く賛成した。


 一つはふたばが単独でも他の四人を圧倒できること、当の四人が何故かふたばを崇めんばかりの勢いで心酔していること。


 というか、実際拝んでいた―――――――主に胸を。天和も拝まれていた―――――――主に胸を。


 もう一つは、これもふたばの存在が関係するが、このご時勢、出世の道がいくらでもある実力ある武人と誼を通じたい商人が、男達の手綱を取るだろう事。


 加えて珍しいことに、超珍しいことに、ふたばにも思惑があり、「期待を持たせたくないけど、絶対に三人のためになるから!」との言葉もあっ―――――――たのだが、そちらは話半分に聞き流され、朱里雛里の言う事だからと応じたのだった。

 知識は兎も角、知略は全く期待されてないふたばである。


 賊からの逃避行の間、荷馬車の積荷のうち価値の低いものから捨ててしまっていた事もあり、空いた場所に乗せてもらえることとなった一行。

 食料も節約できていいこと尽くめだったが、ふたばは商人が彼女の歓心を買いたがってることを利用して、【数え役満☆しすたあず】のスポンサーになってもらおうと考えていたのだった。


 計画の第一段階は野営の時間。

 一行の恩人とその連れとあって一切の雑役から解放されたことを利用し、ふたばは『暇になっちゃったから練習しよう』と【数え役満☆しすたあず】に持ち掛けた。

 自分達の歌の希少性に価値を見ている天和地和は難色を示したが、朱里、雛里のやり口からふたばの力を引き出すコツを学びつつある人和が賛成に回ったことで実施されることとなる。

 一端始めれば妥協を許さないのが【数え役満☆しすたあず】。練習と云うより商人夫婦と使用人、護衛の男達を巻き込んでのミニコンサートの様相を呈すまで時間は掛からない。

 耳慣れない歌曲に金の匂いを感じた商人が、新天地で新たに商売を始めるにあたり、手始めに名を売るのにはもってこいだ、と公演を持ちかけてきた時、ふたばが内心で『計画通り』とほくそえんでいたのは朱里と雛里だけの秘密だ。

 あれ? 外に知られてたら内心じゃなくね?


 第二段階は街についてから実施された。


 さすがに大きな場所を用意してもらうに至らなかったが、そこそこの舞台を設営してもらう作業と平行して、その作業のすぐ脇で、公演の為の練習を行ったのだ。

 設営作業をおこなうのは当然、働き盛りの男達で、彼らが働いてる傍で見目麗しい少女達がその肢体を弾ませて舞い踊っていたりしたら、当然作業効率はがた落ちである。

 出資者の商人は練習場所が必要なら他に用意すると言い、折角の公演が反故になるのではと恐れた三姉妹もこれに同調したのだが、ふたばは頑なに強行した。


 このとき、ふたばに頼まれた朱里と雛里が商人への説得を行なっていたのだが、依頼を受けるにあたって先にふたばの思惑を聞かされた二人が、『偽者でしゅ!! ふたばさんが偽者にすりかわっちゃいましゅた!!』と三姉妹の下に駆け込もうとして取り押さえられる一幕があったり無かったり。


 ふたばの狙いは設営作業にあたる作業員を即席のファンクラブ、ライブのときに率先してコールしてくれるアイドルの親衛隊に仕立て上げることだった。

 聴きなれない歌なら慣らしてしまえばいい。女学院で披露した時より格段に完成度を上げた姉妹の歌と踊りで作業員達を虜にしてしまうのだ。

 その上で、優待割引のような形で本番のときにも参加してもらう。そうして率先して盛り上げてもらうことで初ライブを成功させようというものだ。


 さらに、そこに加えて、宣伝効果も狙う。

 虜になった男達は一日の仕事が引けたあと、誰に頼まれ無くとも友人、知人、家族らに【数え役満☆しすたあず】の舞台の事を語るだろう。


 無論、金でサクラを雇うと云う手もある。地域社会への顔見世をもくろむ商人に言えば資金は出たろう。

 だが、サクラの職業モラルがどの程度期待できるかわからない。

 万が一にも【数え役満☆しすたあず】の門出に、金で評判を買っていたなどと云うケチがつくなど許せないし、したくない。



 結局、朱里と雛里がした事は、ふたばの思惑をそのまま商人に話すことだった。

 ただし、最後の【数え役満☆しすたあず】の評判にケチがつく、と云うところを【商人の評判】に置き換えて。

 評判を金で買う事のリスクは、新天地で再出発を図る商人にも、そのまま当て嵌まる事だったからだ。


 工事の遅れは人を増やして取り戻す―――と、説得に成功したばかりか、更なる出資を引き出してきた二人に張家の三姉妹は驚きを隠せない。

 とくに人和は、どうやって説得したのか後学のために聞きたがったのだが、二人は不機嫌を装って話そうとしなかった。

 と云うか、実際不機嫌だった。

 理由はやきもちである。

 ふたばが柄にもなく、三姉妹のために知恵を絞っているのが面白くないのだ。

 その辺のところは本人達にもあまりよくわかっておらず、なんで怒ってるんだろうと久方ぶりの【三姉妹会議】を開く友人達を尻目に、やはりなんで怒ってるんだろうと首をひねる朱里と雛里でありましたとさ。


 さて、以上が死ぬ気で知恵を絞ったふたばが描いた計画だったわけだが。

 やきもちを焼いているとはいえ、【数え役満☆しすたあず】のために何かしたいと思うのは二人も同じ。

 そこで今度は三姉妹に許可を取った上での交渉に臨んだ。

 利益から一定の出演料を保障させるのを条件に、この街での【数え役満☆しすたあず】の公演を仕切る、その仲介を商人に任せたのだ。

 【数え役満☆しすたあず】の公演が成功すれば、一枚噛みたいと言い出してくるものが居るだろう。

 それを商売の利権を握るなりコネを作るなりの為に利用して良い、と。


 そのうえで自分達も策を成すための活動を始めた。


 先ず行なったのは【数え役満☆しすたあず】の指導に忙しいふたばに代わっての、【数え役満☆しすたあず親衛隊】の編成だ。

 とはいえ、露骨に応援を強制しては金でサクラを使うより性質が悪い。


 二人がやったのはお茶や軽食を用意し、一服入れようとしている人夫に声を掛けること。【数え役満☆しすたあず】の練習を聞きながら休憩する習慣を作ってしまうことだった。


 そして、いつか女学院でやったように応援して、その様子をみせる。

 そのうち人夫達が曲に乗ってくる様子を見せたなら、頃合を見計らって止めを刺しに掛かるのだ。


 「お兄さんは三姉妹でどの子が好きでしゅか?」


 「俺は○和ちゃんがいいかな」


 すかさず、二人は彼女が如何に素晴らしい少女であるか褒めちぎる。

 天和が如何に妹思いでやさしいか―――とか、地和はああみえて照れ屋で、勝気にみせてるのは照れ隠しだ―――とか、大人びて見える人和が実は甘えん坊だ―――とか、本人達が聞いてたら悶絶しそうなことを有る事無い事適当に吹き込んでいくのである。


 その瞬間、仕事で係わっただけの歌の上手い芸人は、ちょっと良いかもと自ら口にしたことで意識が方向付けされ、さらに人物像を肉付けされることで彼の中で一人の女の子となる。

 親衛隊隊員の一丁上がりである。


 じつはこれ、過日水鏡先生から北郷ふたば対策として伝授された『愛で縛れ☆大作戦』から編み出した策だったりする。

 他人と他人の間を無理やり絆で結ぶ策、名づけて『人間連結システム』の、そのちょっとした応用である。

 システムなんて単語、この世界で通じてるのかって? こまけぇことは気にすんな!!


 ともかく、二人が企てた策は最初の公演が成功しなければ芽が出ないとあって、地道に親衛隊員を増やしていく朱里と雛里であった。


 ある程度の口コミが広まった頃を見計らっての街頭ミニライブを行なったりなどの精力的な活動の成果もあり、【数え役満☆しすたあず・ふぁ~すとらいぶ】は大成功を収める事となった。

 舞台の上で涙を流して抱き合う姉妹の姿を舞台袖から見守りつつ、もらい泣きする三人であった。


 さて、ふたばの作戦は此処までであったが、伏竜鳳雛のそれは此処からが本番である。


 回を重ねるごとに盛況になるライブに手ごたえを感じた商人は、本格的に、己の手が届く限りの地域の有力者を公演に招くことになる。


 こうして一同の多忙な日々が始まった。


 大きな町を東へ西へ、時には移動だけで二日も三日も掛かる、郊外とは名ばかりの、実質隣町まででも出かけて歌う。


 そうして過ごすうちに、ついに伏竜鳳雛の策が実を結ぶ。


 この街での公演は最初の商人に話を通さなくてはならない。

 当然、何らかの形でうまみは減ってしまうのだが。

 なら、他の街でなら?



 歌いに行くのではなく、望まれて、招かれて歌う。


 張家の三姉妹が、歌で人を幸せにすると云う彼女達の夢のことだけを考えていける、そのための足がかりを作る事こそが二人の策だった。







 それがほんの数ヶ月前のこと。


 それから今日まで、気の休まる日は無かった。


 たとえば、姉妹を誘拐して籠の鳥とし、その歌を意のままにしようとする欲望をふたばが力ずくで粉砕したり。

 たとえば、離間策で一行の仲を裂き、自分が後釜に座って利を掠めようとする野望を朱里と雛里の智謀が粉砕したり。

 たとえば、どうせ女など無理やりにでもモノにしてしまえば、などと考える下種の○○を地和が物理で粉砕したり―――あっ、これ、ある意味伏字になってない。


 だがしかし、危険も一杯あったが、それ以上に楽しい日々だった。



 諸国を回ることで朱里や雛里が得たものは多い。

 各地の情勢、群雄達の施政、それらの情報を彼女達を招こうとする有力者から得られたし、うち幾らかはこの眼で直に見ることも出来た。

 だが、そろそろ頃合だろう。

 幸い、人和の交渉術がだいぶ様になってきている。こと公演の条件交渉なら自分達の出る幕は既に無い。


 幼き軍師たちは、自らの志を果たすべく、三姉妹と袂を分かつことを心に決めた。
 




 「ねーねー、ふたばちゃんもさー、わたし達と一緒に歌ってみない~?」


 「了承した場合、芸名はなんか良いのある?」


 「九蓮宝燈~!」


 「あー、出たら死ぬ的な意味で?」


 「うんうん」



 一緒に輪になって食後のお茶を啜りながら、朱里と雛里はいつ、どのように話を切り出すか、その踏ん切りさえ付けられずにいた。

 志ある主に仕え、太平の世を作る一助となる、その決意は変わらない。

 だが、確かな絆を結んだ友人達との時間を貴重な、宝物のように感じるのも本心なのだ。



 「もう、姉さん! 呪いの芸名なんて付けてどうするの! それにふたばさんの芸名ならわたしが良いのを考えてあります!」


 「へぇ、人和ちゃんが珍しいね~。なになに、どんなの~?」


 「ふたばさん、ぷろぽ~しょん、でしたっけ? 姉さんと似てるから、ズバリ!天和・黒てんほう・へいです!!かっこいいでしょう?」


 「そ、そんな、人和ちゃんまで感染」


 「いい! いいよ~それ~!!」


 「ふ~ん、人和にしてはなかなかじゃん! うん、今日からアンタの真名は天和・黒で決まりね!!」


 「ちょ、真名になっちゃうの?!」


 「いいじゃん! アンタどうせ真名持ってないんだし。そしたらあれよ―――お姉ちゃんって呼んでやってもいいわよ?」


 「そうだ! いっそ朱里さんと雛里さんも一緒に歌いませんか?」


 「「ひゃいっ?!」」


 自分達の名前が不意に出てきたのに驚いて、つい間抜けな声を上げてしまい、顔を見合わせて赤面する朱里と雛里。


 「ちょっと、ちゃんと聞いてなさいよ。いま大事な話してるんだから!」


 「「しゅ、しゅいましぇん」」


 「だからですね、朱里さんと雛里さんもわたし達と一緒に歌いませんかって云うお話です。二人とも可愛いから絶対に人気が出ますよ! 芸名は、そうですね―――二人合わせて地和・黒ちーほう・へいで!」


 「はわわ?!」


 「あわわ?!」


 「ちょっと待ちなさい―――二人一緒で地和・黒ちーほう・へいって―――二人足せばわたしと互角って事? ………まさか、おっぱい的な意味か~~~!!」


 「はわわ?! ひどいでしゅ!!」


 「あわわ?! そうでしゅ!!あんまりでしゅ!!」


 「あら、ちぃ姉さん―――珍しく冴えてるじゃない」


 「いくらなんでも二人に可哀想でしょ! ―――足したってわたしに届かないんだから」


 「「がーん!!」」


 「そんなこと無いんじゃないかしら? たぶん―――なんとか―――ギリギリで―――」


 「人和、アンタわたしにケンカ売ってる?」


 「地和しゃんはわたし達にケンカ売ってましゅ!!」


 「わ、わたし達だって二人足せば! た、たぶん―――なんとか―――ギリギリで―――」


 「へぇ、わたしに勝てるって?」


 「「か、勝てましゅ!!」」


 「なら、お二人合わせて地和・黒ちーほう・へいで決まりですね」


 あっ―――、と。朱里と雛里は顔を俯かせた。皆に言わなければいけないことがあるのを思い出してしまったのだ。


 「なによ、わたしに勝てるんでしょ? なら『うん』って言いなさいよ」


 あぁ、今なのか。

 朱里は、そして雛里は自分の中で決意が形をとっていくのを感じた。

 そして、それを言葉として、大切な友達に伝えようと顔を上げ―――。


 「いっ―――いいじゃないですか、わたし達と一緒でっ。平和な世の中ならっ! わ、わたしたちがっ、わたしたちのっ、うたでっ―――」


 そこで眼にしたのは、何かをじっと堪えるように二人を睨みつける地和と、堪えきれず―――涙を流す人和だった。


 「はわっ あ、あの………」


 「わ、わたし達………そのっ」


 「も~、だめだよ~ちぃちゃん、人和ちゃんも~」


 一人、普段の調子と変わらないまま、二人の姉妹を窘める天和。

 けれど出会ったころならいざ知らず、今なら確かにその声が湿りを含んでいるのが判る。

 おそるおそる彼女に目を向ければ、いつもの優しげな微笑はそのままに、目尻に光るものがが粒をなしていた。


 「でも、そっか~。二人も、行く所を見つけちゃったんだね~」


 いっぱい助けてもらったのに、なんにもお返しできなかったね~。


 「そ、そんなことないでしゅ! わたしも朱里ちゃんも、いっぱい甘えさせてもらっちゃったし………お姉ちゃんが出来たみたいで」


 「わぁ、うれしいな~。 でも、わたしも妹が出来たみたいで嬉しかったから、やっぱり何かお返ししたかったよ」


 「だ、だからっ! 姉さんの妹ならっ、ここにっ」


 「もう、ばか人和! 無理してっ、茶化したって! き、決めちゃってるんだからっ! 勝手に、おちびの癖にっ!!」


 「だってっ、だってぇ………」


 「………天和さん、いつごろから気づいてらしたんですか?」


 「今回の公演が決まった頃だから、まだ前の街に居た時だねー。雛里ちゃんは、朱里ちゃんもだけど、軍師さんになるんならお芝居の練習しなきゃだよー」


 そんな前から………。

 きっと天和だけでなく地和も、人和も。

 気づいて黙っていたのだろうか? 自分達から打ち明けるのを? あるいは思い直すのを期待してのことだったか。


 「ねーねー、ふたばちゃん」


 一同はハッとして息を呑んだ。彼女はどうするつもりだろうか?

 そもそも朱里と雛里、二人の護衛として雇われてはいるが、受け取った分の金は既に返済して余りある。

 目的である情報収集も、三姉妹と一緒でも果たせるし、加えて言えば戦場に赴く必要がない。

 一緒に来て欲しい。今となっては天の知識も武力も抜きにしたって、それでも傍にいてもらいたい。

 朱里と雛里にとっては紛れもない本心だったが、その一方で、これからも旅暮らしを続ける天和たちを守ってあげて欲しい気持ちもあった。


 「ふたばちゃんは、朱里ちゃんや雛里ちゃんと行くの? それとも、わたし達と来てくれる?」


 だから。



 「え? う~ん………」


 だから、まるで人事みたいな顔で、今更のように………。































 「それよりさ、みんな一緒で、夢も諦めないですむ話があるんだけど、興味ある?」








 「「「「「それを先に言いなさ~~~~~~~~いっ!!!」」」




 今更のようにそんなことを言う彼女を怒鳴りつけてしまったのは、仕方ないことだと思うのだ。



[25721] その13 厨二バトル練習
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:fa5b6fcb
Date: 2011/09/24 02:36
 「くっくっくっくっ。 ここがネズミどもが根城にしている劇場か………。 ちょろちょろ逃げ回ってくれたが、ようやく! ついに!! 追い詰めたぞ―――っ!!」


 ばんざーい! ばんざーい!!


 まだ日も高く、喧騒に満ちた通りに有って尚、その女性の声は良く響き渡った。

 街の名物である大劇場のその前で、辺りを憚らぬはしゃぎっぷりを見せる妙齢の女性の姿に、通りを行く人々は何事かと振り返る。

 それを一歩下がって見る、彼女の相方たるもう一人の女性は―――、



 「あぁ、姉者………」


ほっこりしていた。


 「コホン。念のために言っておくが姉者。ここに居るのは賊でもなければ間者でもない、旅芸人の一座なのだぞ」


 「わ、わかっている。わかっているとも! しかし、折角の華琳様からのお招きから逃げ回るような無礼の輩!」


 「姉者、今の今まで一座の所在に追いつけたことが無かったと云うのに、お招きも何もあったものじゃないだろう。そもそも我らが足を運んだのが何故だか判っているのか?」


 「そ、それはもちろん―――叩きのめして縛り上げて引っ立てるため?」


 「叩きのめすな、縛り上げるな、引っ立てるな!! 良いか姉者、他でもない我らが足を運んだのは主たる華琳様の誠意を示すためだ。聞けばこの一座、天上の調べとまで讃えられる歌い手だけでなく、それを切り回すのは幼いながらも侮れぬ知恵者二人。加えて凄腕の武人が身を守っていると聞く。なんでも、身を守る力も無い者を五人もその背に庇いながら、数千にも上る賊の囲みを切り抜けたとか。話半分としても恐ろしい手練には違いあるまいよ」


 「ふ、ふん! たかが賊の千や二千! 華琳様の御為と有らばこの夏侯元譲、千が万であったとしても物の数ではない!!」


 「だからな、姉者。―――そういう問題じゃないと言っておるだろうが―――っ!!」


 「わわわっ、すまん秋蘭! ごめんなさいごめんなさい!!」


 涙目になってしょぼーんとなる姉―――夏侯元譲こと春蘭から謎パワーを吸収して気を取り直すと、女性―――夏侯妙才こと秋蘭は言葉を続けた。


 「すまん姉者、いささか取り乱した。だがよいか? 武人しかり、知恵者しかり。だが何よりも歌姫達こそ、華琳様が天下に名を轟かす為には欠く事はできぬ」


 「なにを大げさな―――そんなこと、北郷の奴が言っているだけではないか」


 「一刀だけではない。桂花も認め、その上で華琳様が是とおっしゃったことだ。ならばこの夏侯妙才、此度の仕儀、頭を地に擦り付けてでも肯ってもらう覚悟!!」


 「なぁっ?! ならん! ならんぞ秋蘭!! お前に頭を下げさせるくらいならこの私が!!」


 「あっ、姉者………」


 「この私がっ!! 彼奴め等の頭を地に叩きつけて打ち砕いてくれるわっ!!」


 「やめろっ!! ―――もうよい、私ひとりで行って来る。凪たちも加わったとはいえ、あまり留守を長引かせるわけにもいかん」


 「ま、まて秋蘭! 冗談、冗談だから!」


 「―――念のために聞くが姉者、どこが冗談なのだ?」


 「ど、どこが?! あ~、そっ、そうだっ!! いくら私でも一人で賊を万も蹴散らすのはすこ~しだけ、しんどいかもしれん!!」


 「そこかっ?! はぁっ、もう良い―――いくぞ、姉者」


 「お、応!! とっ、その前に秋蘭―――」


 「どうした、姉者?―――ほう」


 姉の呼びかけに足を止めた秋蘭は、いつの間にか周辺から往来が絶えていることに気がついた。

 人通りが途絶えるには時間が早すぎる。なに者かがこの一帯から、彼女達に気づかせること無く、一瞬で人影を消して見せたのだ。

 秋蘭は自らの口角が意図せず釣り上がっていくのを感じた。


 賢者二人に凄腕の武人を連れた歌姫達は、何処かの没落した名家の令嬢とも言われていた。

 そんな彼女達に未だ忠義を尽くす臣下と思われる三人も、名は知られずとも一角の人物である事は疑いない。

 ゆえに、彼女達を幕下に招くにあたり、家臣筆頭たる姉と自身が出向いてきたのでは有るが、それでもやはり………。


 (私にはこちらの方が肌に合う)


 それに見ろ、我が姉のあの勇姿。


 まるで人食い虎が牙を剥き出しにしたかのような笑みを浮かべた夏侯惇は、ズイと通りの中央まで足を進めると、街の一角に視線を定め腕を組むと仁王立ちになった。

 その代名詞たる剛剣、七星餓狼は未だ鞘のうちにあり。

 こそこそと姿を隠し、隙を窺うような小物に剣を抜く価値なし、とばかりに、ただ闘気だけを漲らせる。


 夏侯淵はその姉の姿にふむ、と頷くとその傍らに足を進めた。

 他領の街中で矢の雨など降らすわけにもいかぬからと、今この場では剣しか帯びていないが、別に不得手というわけでは無し。

 そして辺りにぐるりと視線を走らせた。


 「なるほど、ものの見事に猫の仔一匹おらぬとはな。人払いに大勢が動いた気配も無し―――となれば、手妻の類か」


 そして誰にとも無しと言葉を継ぐ。


 「ふむ、仙境に迷い込んだにしては聊か趣が足りん。掴みとしては悪くないのだが―――後が続かんと云うのは戴けんな。そこの御仁、いい加減出てきてくれぬか? 姉者がじゃれつきたくてうずうずしている」


 やがて、その視線を姉と同じ一点に定めると、その場で静かに動きを止めた。

 辺りから全ての音が消える。

 風は流れず、雲は動きを止め、このまま万の刻を重ねたとて日が傾くことすらないのではないかと思わせる静寂の中でただ、待つ。


 そして、不意に炎の如き気配が生まれた。

 炎は半町ほど先の角から通りまで進み出ると、夏侯惇、夏侯淵、二人の武人が向ける闘気にひるむ様子も見せず、そこで対峙した。


 「後学のために一つ聞きたい。穏行には聊か自信があったのだが最初からバレていた様だな。なにがいけなかった?」


 気楽な、というよりこちらを嘲るような様子で問いかける男を、夏侯淵はその鷹の目で観察した。


 「なかなかにどうして、悪くなかったと思うぞ。気配を消しすぎず、辺りに良くなじんでいたが」


 それは年若い男の姿をしていた。自分達と同年代か、やや若いかもしれない。だがこの手妻を見るに、見た目どおりの歳かどうか怪しいものだろう。


 「が?」


 顔立ちは整っている。身に纏う白装束と相俟ってなかなか悪目立ちしそうなのだが、どうにも印象がぼやける。

 これも何かの手妻か? そう考えつつ、夏侯淵は言葉を継いだ。


 「揺らぎが無さすぎたな。自然にああはならん。この街のありさまの中にあっても、だ。もっとも姉者のほうは」


 「勘だ!!」


 フンスっ、と鼻息も荒く胸を張る姉の姿に苦笑がもれる。


 「フッ、そうか。ただの勘か」


 おや、意外と見た目どおりの歳かもしれんぞ

 一瞬もれた男の笑いは若干毒が薄れていて、彼女に意外の感を抱かせた。


 「次はこちらが窺いたい。かの歌姫達に付き従うは武人と賢者と聞く。だがこの業、武人のそれとは相容れまい。さりとて我らの殺気に微塵も揺らがぬその胆力、やはり市井の学者とも思えん。果たして御身は彼の歌姫所縁のものか否か?」


 だが、それも一瞬。夏侯淵の問いに男はふたたび嘲りの表情を浮かべる。


 「ふん、かの夏侯妙才にお褒めいただけるとは、俺の肝も捨てたものではないか。こう見えて肝も背筋も震え上がってはいるのだがな。今日は聊か蒸し暑いゆえ、なかなかのいい塩梅といったところか」


 そう言いつつ、男はゆっくりと、一見無造作に見える歩みでこちらへ近付いてきた。


 「御賢察の通り、俺は連中とは縁も所縁も―――まぁ、無いとは言えんか。だがそれも有って無しが如きよ。連中なら―――そら、そのあばら家の中でお遊戯に励んでいるさ」


 そして足を止める。そこは既に姉、夏侯惇が飛び掛れば抜き打ちで切り伏せられる、必殺の間合いだった。

 間合いを読みそこなったか? あるいは―――。


 (姉者を制する自信があるか………)


 自ら間合いに踏み込んでおきながら尚、傲然とした余裕を崩そうとしない男に対して、姉の闘気が猛りを増す。

 それでも尚、飛び掛るのを自制する姉の様子から察するに、やはり容易ならぬ使い手と観るべきか………。


 (いや、姉者のあれは意地になっているだけだな)


 一人で我慢比べを始めてしまい、自縄自縛で動けなくなっているだけか、とこの日だけで幾度目になるか苦笑を洩らし、夏侯妙才は再び男を観察する。

 聊かならず険があるが、充分色男といってよいだろう。しかしその印象が保持できない。

 これは、たとえこの場で命のやり取りに及んだとしても、明日街の中ですれ違ったときには気づくことすら出来んかもしれん。

 さては先程の穏行もわざとであったか。


 「だが、こちらもやはり御賢察と言っておこうか。貴様らは今、仙境に迷い込んだも同然よ。その中に踏み込んだとて鼠一匹見つからん」


 「なるほどな。だがな御仁、繰り返しになるが聊かならず趣に欠けるとは思わんか? 仮にも女を誘うのであればそれなりの雅があって然るべきであろう」


 「もっともだな。次の機会には参考にさせてもらおう」


 「それは………」


 この手妻、貴様の仕業で相違ないと、そう認めたと看做してよろしいか?

 言葉に出さぬその問いに、口角を吊り上げることで答える男。


 「ふん、話はついたか秋蘭。 いらぬ問答が長すぎて待ちくたびれたぞ!!」


 機は満ちたと、ここまで無言を貫いてきた夏侯惇が口を開いた。


 「すまん、姉者」


 「温い戦いばかりで鈍ったのではないか? この期に及んで問うべきことなど一つしかあるまい!!」


 曹家の猛将、夏侯元譲は今にも弾けそうな戦意をみなぎらせ―――、


















 「これ、私にも出来るかな?!」


 「「なに?!」」


 思わず問い返す声が重なってしまった。

 みれば、色男が台無しといった感じの間抜けな顔をさらす白装束。

 だが、おそらく自分も似たようなものだろう。


 「あ、いや! 別に他意はないのだぞ、他意は!! 近頃流琉の奴がつまみ食いに厳しくなったから、これでこっそり食べれば怒られないぞ!とか、華琳様と御一緒しているときに桂花に邪魔されなくてすむかも!とか考えたわけでは決してないからな!! ほんとだぞ!!」


 語るに落ちたというべきか。あわあわと言い訳を言い募るが、全く言い訳になっていない。


 「ククッ、クハハッ、クハハハハハッ」


 「な、なにがおかしい!!」


 何がおかしいも何も、全てがおかしいよ姉者。


 「あぁ、いいだろう夏侯元譲。笑わせてもらった礼だ。教えてやるよ―――俺に勝てたらな」


 それを聞いて今度こそ―――、


 「ほんとうか?! なら私もその礼に―――」


 殺さずにおいてやる。


 獰猛な笑みを浮かべ、夏侯元譲は自らに施した軛を引き千切った。












 「ゆくぞ」


 パキリ、と鉤爪を作るようにして右手を鳴らし拳を握ると、夏侯元譲は男の顔面に向けて右拳を放った。

 それを男は軽く上体をそらすことで見切る。

 さらに、続けざまに放たれた右こめかみを狙う左拳を一歩下がることで、再度放たれた右拳を大きく跳び退ることで回避する。


 「どうした夏侯元譲、その鈍らを使わんのか」


 「無手の相手に抜くほど我が七星餓狼、安くはないわ!!」


 空を切った右拳を再度握り、突進。


 「それを言ったら凪の奴も無手だぞ、姉者」


 「凪は凪だからいいんだ!!」


 焼きなおすかの様に放たれる右、左、また右。

 薄笑いを浮かべ、最後の右を捌こうとした男の顔色が変わり、再び大きく跳躍。

 右拳を放った体の回転そのままに唸りを上げた左の後ろ回し蹴りが男の脇腹めがけて放たれる。


 「それに! 貴様のその生ッ白い首をへし折るぐらい素手で充分!!」


 踵が引っ掛けてきた白布の切れ端を払い捨て、再度腰を落とし構える夏侯惇。


 「おいおい、殺さずにおいてくれるんじゃなかったのか?」


 「首が折れたくらいで人は死なん!!」


 「死ぬからな、姉者。間違って一刀の首とか折るなよ?」


 距離をとった男は、此処でようやく構えを取る。

 右足を引いて半身に構え、左手を軽く持ち上げ、右拳は腰の高さで。


 「む? なんだ貴様、徒手の使い手だったのか! なら早くそう言え!!」


 「ちょっとまて、貴様気づいていなかったのか?!」


 「うむ! てっきり得物を忘れてきたのかと思っておったわ!!」


 「これから襲撃をかけようと云う時に得物を忘れてくる馬鹿が何処にいるか!!」


 「はははっ、そうだよなぁ! なのにうちの秋蘭ときたら!!」


 「待て姉者!! 私は弓を忘れてきたわけでも、ましてここに襲撃をかけに来たわけでもないんだからな?!」


 「大丈夫だ秋蘭! 華琳様には黙っていてやるからな!!」


 ああ、もう!!

 思わず天を仰いだ夏侯淵は腰に佩いた剣を引き抜くと姉に代わって前に出る。


 「あ、ずるいぞ秋蘭!!」


 「姉者の言うとおり、温い戦続きで鈍ったようだからな。ここらで勘を取り戻させてもらう」


 それに、このまま戦わせて置いたら何を言われるかわからんし。

 内心のぼやきが聞こえたわけでも有るまいが、一瞬同情とも共感ともとれる表情を浮かべた後、男は彼女に向き直り、


 「今度は貴様か、夏侯妙才。いいだろう、こい」


掌を上向きに構えた左手で手招きするように挑発する。


 相対した夏侯淵はやや腰を落とし、無手の左手を相手に向け、弓を引き絞るような構えを取る。

 たとえ得物が弓から剣に変わろうとも、夏侯妙才が戦場で成す事は唯一つ。
 

「参る!」


 ただ、射抜くのみ。


 

 音を置き去りにしたかと思うような神速の踏み込みからの片手突きは、まさに放たれた矢を思わせる。

 男は、自身の眉間を射抜こうとする切っ先を左手で外へ払い、ここで始めて攻撃に出た。

 払いのける回転の動作をそのまま右の回し蹴りへ。上段、爪先で夏侯淵のこめかみを狙う。

 払われた夏侯淵も、こちらも逆らわず、腰を落としながら右の後ろ回し蹴りを男の足を払うように放つことで回避と攻撃を同時に狙………えない。

 余裕を持ってかわせるはずの男の右足が、しゃがむ動きからわずかに取り残された髪先をかすめると、そのまま踵の振り落としへと変化、首を落としに来る。

 前方に転がるように飛び込み回避、すれ違いざまにわき腹を剣で薙ごうと試みるも、三度軌道を変えた男の右足に払われる。

 だが、さすがに男の更なる追撃を阻む事はできた。地を転がったことで衣装を埃にまみれさせながらも、再度身構える夏侯淵。


 「ふん、姉妹揃って足癖の悪いことだ。俄仕込みでは俺には当てられんぞ」


 「それは失礼した。我が事ながら稚気が抜けん。新しいことを習い覚えたばかりなのでな、私も姉者も試してみたくて仕方がないのだ」


 「なるほどな、なら後進のために手本の一つも見せてやるとしよう」


 そういい捨てると、今度は男が踏み込む。

 放たれるのは右中段回し蹴り。

 彼女らの足技を揶揄しておきながら、そのくせ男の足癖の悪さは彼女らはおろか、楽進をも上回る。

 かわした後でもどう変化するかわかったものではない。


 (ならば、変化する前に斬って落とす!)


 余人では霞んで見えない男の蹴りも、鷹の目を持つこの夏侯妙才から逃れることはできない。


 (その足貰った!)


 腰の回転、膝の位置からその先の脛を狙って剣を振り下ろす。しかし、


 (足が無い?!)


 「ぐはっ?!」


 「秋蘭っ?! おのれぇっ!!」


 彼女は知る由も無かったが、男が使ったのは、現代ではムエタイ式として知られる、膝の後から蹴り足が出てくる回し蹴りだった。

 それを蹴りを出さずに振りぬいたところから横蹴りに変化、槍の一突きとなって彼女の肋を狙ったのだ。

 蹴りが突き刺さる寸前、右肘を割り込ませることが出来たのは僥倖だった。

 それが無くば、砕けた肋が肺を傷つけていたかもしれない。

 吹き飛ばされ、今度は自分の意思とは無関係に地を転がる羽目になった夏侯淵は、剣を左手に持ち替え、それを杖に身を起こす。

 砕けるまではいかなかったが、盾にした右腕はおろか肋にも罅が入ったらしい。


 (だが、まだ!!)


 見れば今度こそ七星餓狼を抜き放ち、男と対峙する姉の姿。

 吹き飛ばされる瞬間声が聞こえた気がしたが、すばやく割り込んで追撃を防いでくれていたようだ。

 男は半歩だけ下がることで姉の間合いから身を外し、こちらへ目を向けた。


 「ふん、あれを初見で凌ぐとはな。恐れ入ったぞ」


 「なんの、お陰で留守役の楽進にいい土産ができた。礼を言う」


 「ふむ、そう云う事なら余り粗末な物を持たせるわけにもいかんな。もう少し色を付けてやるとしよう。それに………ついに抜いたな、夏侯元譲」


 グルルルルルッ………。


 姉の喉から漏れた返答は、人の声というより、もはや獣の唸り声のようだ。


 (あぁ、これはかなりキテるな)


 姉の夏侯惇は、彼女をあまり知らぬ兵からはよく虎に例えられる。

 だが、彼女に与えられた愛剣の銘は七星餓狼。そして狼は仲間を大切にするのだ。

 もはや並み以上の胆力であっても睨まれただけで死にかねない域に届きつつある姉の殺気を浴びて、しかし男はさも心地よさげに目を細めると、


 「さぁ、今度は二人一緒に掛かってくるがいい。なに、心配しなくとも………」


 殺さずにおいてやる。


 そう言い放った。



[25721] その14 百合成分強化試験
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:fa5b6fcb
Date: 2011/10/14 18:03
 「ぐふっ………」


 白装束の男は咳と共に吐き出した血で汚れた口元を乱暴に拭うと、剣呑な目で地に倒れ臥す敵手、夏侯姉妹を睨みつけた。


 「ああ、こちらは一先ずカタがついた。夏侯惇め、妹の仇討ちのつもりか、キッチリ腕一本とアバラを持っていきやがった」


 街並みは相も変わらず、決闘者以外の人影が消えたままだった。

 無人の街で、その声は木霊する事も無く消えていく。だがそれを気に留めることも無く、男は虚空に声を掛け続ける。


 「くそっ、いっそ始末してしまえれば楽なものを………。ああ、判っている! 手加減はした!! だが次は無いぞ。違う、忌々しい話だが同じ条件では次は勝てん」


 男は姿の見えない誰かと会話しながら袂から何かを取り出し、上半身を肌蹴るとわき腹に何かを押し当てる、次いで右腕にも。

 青ざめ、脂汗が浮いていた顔に血色が戻るにつれ、、乱れた息も徐々に整ってくる。


 「そうだ、縛ろうとしたが破られた。記憶の操作なぞ意識を落としてやらねば掛かりもしないだろうさ。事がうまく運んでいる証左とはいえ………クソっ!」


 先ほど夏侯姉妹と対峙していたときに比べ、感情を剥き出しにしているのは男にだけ聞こえている声の持ち主がそうさせるのだろうか?


 「ああ、判っている。今回の計画はそっちの物に相乗りしている訳だからな。そっちの方針には従ってやるさ。だが、悪いが予定を繰り上げて接触させてもらう。このまま無警戒にほっつき歩かれたのでは俺の命が幾つあっても足りん。文句があるなら貴様が代われ」


 フンッ、鼻息も荒く何かを振り払うような仕草をすると、男は再度、自らが打ち倒した夏侯姉妹に眼を向け、溜息をついた。


 何が楽しくて自分をボロボロにしてくれた奴を新品同然にしてやらねばならんのやら。


 男のぼやきは今度こそ、誰の耳にも届くことなく消えていった。










 「き…切れた。この劇場の外で何かが切れた…皆勤賞的な何かが…」


 「「ぐしゅっ」」


 「ちょっとふたばさん、ちゃんと反省してるんですか!!」


 「いや、あのね? 反省はするけど言い訳も聞いて!」


 あのあとめっさ怒られました。

 怒られて泣かれました、てか絶賛泣かれ中。

 左の膝に朱里が、右に雛里が陣取ってしっかとしがみつき、時々しゃくりあげながら顔をふたばのふにふにに擦り付けながら泣いていて、さらに三方から人和、天和、地和が涙目で睨んでくる。

 薄っぺらい座布団すらなく、舞台の床にぺたんと座った膝の上に朱里と雛里が陣取っていて、この後足が痺れそうだなぁとか考えると、先程のように三姉妹の誰かからお叱りが飛んでくるのである。


 「いいよ、理由があるなら聞いてあげる」


 普段のノンビリした調子がなりを潜めてしまっている辺り、天和もかなりお冠らしい。

 とはいえ、ここで怒りを解いておかなければ、後で痺れた足を五人がかりで突付き回されることにもなりかねない。


 「言い出すタイミングを見失いました。いや! ちょっとまってちょっとまって!!」


 すくっと腰を浮かせた三姉妹の形相に真っ青になるふたば。あわてて身じろぎしてしまったせいで、僅かに回復した血行が足の痺れとなって彼女を襲う。


 「あ、あぁ~~~~~っ!!」


 絶叫をあげて悶絶するふたばを気を取り直した五人が面白がって突付き回したため、詮議が再開されたのはしばらく後のことである。





 「そ、それじゃーふたばちゃん、言いたいことがあるならどうぞー」


 正面に座る天和の顔が赤い。気のせいか目が泳いでる。


 「べ、べつに言い訳なんてどうでもいいじゃん。それよりも話の続きをでしょ」


 そんなことを言っている地和の顔も赤い。目線を向けたら慌てて顔をそらした。


 「ち、ちぃ姉さん、あんまり一方的なのも可哀想ですから、聞くだけ聞いてあげましょう」


 とりなしてくれる人和の顔も赤い。なんだか微妙に気まずそうと云うか、後ろめたそうと云うか。


 なんでだろう? 疑問に思い胸元の朱里と雛里に目を向ける。

 お願いだから勘弁して!と言ったのだが、二人は頑として聞き入れず、再度ふたばの膝の上に座り込んでしがみ付いている。

 その二人もふたばのふにふにに真っ赤になった顔を擦り付ける作業に没頭していた。




 先ほど、突っつきまわす五人の魔の手からの脱出を匍匐前進にて試みた際、『にげちゃだめだよ~』とのたまう誰かさんにズリズリと引き戻されてしまったのだが、当然のことながら物凄い勢いでスカートが捲れてしまったのだった。

 露になった太ももに、突付きまわす面積が増えたと群がる五人。


 その時五人に電流走る。


 21世紀のスキンケアで保護されてきた肌の感触は、五人を抗いがたい魅力でもって引きつけまくったのだ!!

 つんつん、ついーっ。

 うつぶせになってもがいているうえ、今も逃げ出そうと暴れ、あげく悲鳴を上げすぎて酸欠気味で朦朧としてきたふたばに、今! 自分の下半身でなにが起ころうとしているか知るすべは無い!!

 ごくりっ。

 生唾を飲み込む音とともに~~~っ、おぉっと! 顔面から行った~!! 一人、二人、三人!! プライバシーに配慮して誰かはあえて申しません!!


 「わ~い、おねぇちゃんも~」


 「ちょ、ちょっと姉さん! それは流石に………、でも折角だし………」


 さらに二人!!

 痺れた足の上で場所取り合戦を演じられ、ふたば虫の息!!

 そして、更なる魔手がふたばを襲う!

 正気を失った誰かの手がふたばのぱんつに伸ばされたのだ!! プライバシーに配慮して誰「ち、ちぃちゃん、それは流石にダメだよ~!! 人和ちゃんもそっち止めてー!!」


 「え? あ、あぁ~っ!! ダメです朱里さん雛里さん!!」


 しかし、攻めるは三人守りは二人! 一人分手が足りない!!

 誰かの手が布切れに掛かり、そのまま!!

 しかもその瞬間、痺れまくっていて感覚が無いものの、足に掛かっていた体重が減ったことを朦朧とした意識で察知したふたばが最後の力で脱出を図ったのである!!


 「「「「「あっ………」」」」―――つるつるでしゅ」


 霞がかった意識のまま、半ば自動的に膝までずり落ちていたぱんつを引っ張りあげると、ふたばはそのまま失神したのだった。

 かくして、この外史はチラ裏からXXX板直行の危機を免れた。実に惜しいことをしたものである。

 次こそは!!





 「ほら、弁解するならさっさとしなさい!」


 「う、うん」


 挙動不審な五人を訝しく思いつつも、一端棚に上げておくことにして、ふたばは言い訳を始めた。


 「そもそも最初に思いついたのは襄陽の街にいたときだから………」


 「まった! それじゃ殆んど旅の最初っからじゃないですか? そんな頃から一緒にいられるように考えてたんですか?!」


 「え、なにか変?」


 「変って………、あぁそうか、最初私たちは、天の歌の為にどうやってふたばさんを朱里さんと雛里さんから奪うかって考えてたけど、ふたばさんには関係ないんですもんね」


 「え?! そうだったの!!! 私、こっちに来て出来た初めてのお友達だったから、イロイロ必死だったんだけど………」


 「わ、私と朱里ちゃんも人和さんと同じでした。私たちと一緒に来てもらうために、私たちを好きになってもらわないとって、そればっかり………」


 「なんか、それ聞いちゃったら怒るに怒れない感じになっちゃったねー、どうしよう、続き聞くー?」


 「………そんな前から考えてて、なんで話すのが今になったのよ? そこだけハッキリしときなさい」


 「そうでしゅ、もっと早く話してくれればこんなにヤキモキしなくて済みましゅた」


 「だ、だってさ。そもそも一緒に居たいってのが私だけの我侭な可能性だってあるわけだし? 前提として、私のあれこれが【数え役満☆しすたあず】の役に立たなきゃ話が始まんなかったわけだし? 仕官する二人と一緒に来て欲しいって頼むからには天和ちゃん達も危ない目に会う可能性もあるわけだけど、あ、もちろん私が責任持って守るつもりではいたよ? でも最近の様子じゃ、そこまでのリスク背負わなくても天下一は狙えそうな気配だったし………。それに二人にとってもさ、新人の軍師さんなんて色々大変そうなのに、私が考えた計画なんて押し付けちゃったら、折角見つけたご主人様のトコくびになっちゃうかもしれないしさ………。で、どうしよう、いつ言い出そうってずっと悩んでたらいきなり皆泣いてるんだもん! 私あたま真っ白だよ!!」


 そこまで一気に言い切って顔を上げると、天和も地和も人和も、なんだか生暖かい表情でふたばを見つめていた。

 いたたまれずに俯くと、下からも朱里と雛里の生暖かい視線が。


 「じゃぁ、もう許してあげるって事でいいですね? なら今度はふたばさんの計画を聞かせてください」


 「さっきの言い分じゃ、私たちに朱里や雛里と一緒に行けって言いたいみたいだけど、それって今よりも天下一への近道になるってことだと思っていいわけ?」


 「ふたばちゃんの事は信じるけど、ちぃちゃんや人和ちゃんの事だってあるから、ちゃんと聞かせてねー」


 「うん。でもその前に確認しておきたいんだけど、朱里ちゃん、雛里ちゃん、二人は結局誰に仕えるつもりなの?」


 「はわっ、わたしたちは義勇軍を率いている劉備さんのところに行こうと思ってるんでしゅ………」


 そう言って、しかし、ふたばの表情が曇ったのを見た朱里の声がだんだんと尻すぼみになる。


 「あわ、あの、あのっ、りゅ、劉備さんのとこじゃ―――だめ、でしゅか?」


 「え? あ~、ごめん! そう云う訳じゃないよ」


 それを聞いて、自分がどんな顔をしているか悟ったふたばが顔をむにむにと揉み解す。


 「で、でも………」


 「ご、ごめん! むしろ都合がいいくらいだったんだけどさ。 ほら! 最初の頃にさ、二人の名前を聞いて、昔の偉い人とおんなじ名前だって言ったの覚えてる? その二人が仕えた人もやっぱり劉備さんって名前だったんだよ。 だからね、お友達になったのはこの世界では私のほうが先だったのに、運命で結ばれてるみたいで………、ちょっと―――やきもち」


 「ほらほら、雰囲気出してないでちゃっちゃと先を続けなさい!」


 ごにょごにょと言いよどむふたばと、なんとなく擽ったそうな表情でもじもじする朱里と雛里を、なんだか面白くありません!といった表情で睨みつけた地和が続きを促す。


 「そうだねー、なんで義勇軍の人だと都合がいいのかとか気になるなー。私たち、戦えないし、戦わせることだって出来ないよー? それに、歌を聴いてくれる人たちに戦えって言うのも、やっぱりいやだなー」


 「これが地盤のきちんとした人のとこなら、領地に人を呼ぶこととかも出来るかもしれませんけど………」


 「そんなことさせるつもりは無いよ、天和ちゃん。私はね、劉備さんの義勇軍の中にみんなのファンクラブ―――親衛隊を作っちゃおうって思ってるんだよ」


 「は、はわわ?! それって、義勇軍をのっとっちゃおうって事でしゅか?!」


 「あわわ?! そんなのこまりましゅ!!」


 「いや、そうじゃなくてね。サウンドフォ………じゃなくて、宣伝部隊って言うか。あのさ、劉備さんたちの義勇軍って、基本、みんな力を合わせて辛い時代を乗りきろう!って言ってる人たちでしょ?」


 「あ、雛里ちゃん!」


 「そうだね、朱里ちゃん。ふたばさんの事ばっかり気にして、こんな強力な人材を見逃してたなんて………」


 「あー、朱里さんたちは自分で答え出しちゃったみたいなので、私たちへの説明お願いします」


 促す人和に一つ頷くと、ふたばは言葉を続ける。


 「【数え役満☆しすたあず】の歌に込めてるメッセ―――えと、主題と、劉備さんたちの言ってる事はそんなに違わないって事かな。悪いことをしちゃった人たちを引っ叩くのが劉備さんで、悪いことする前に『そんな事やめて仲良くしよう』って言うのが【数え役満☆しすたあず】だけど、両方が矛盾するわけじゃないでしょ? 劉備さんたちだって、悪いことしなきゃ生きていけない人たちがこれ以上増えないように仕方なく戦ってるわけだし、みんなも、悪い事しちゃった人が報いを受けるなり、自分で償うなりして罰を受けなきゃいけない事は否定しないよね?」


 「そりゃそうだけど………、じゃぁ結局、私たちの歌を聴いてくれる人に義勇軍に入ってくれって言うわけ?」


 「ううん。そりゃ結果として、世の中のために自分ができる事はって考えた末に、それを選んじゃう人も居るかもしれないけど、私が狙ってるのはお金を持ってて、世の中を何とかしたい気持ちもあるけど力がない人とか、今後のことを考えてるけど誰に賭けるべきか迷ってる人達の背中を押すことかな。劉備さんの義勇軍はお財布が弱点だからそこを何とかしてあげる代わりに、いろいろ援助してもらおうってわけ。旅の護衛とか、舞台の設営のための人手を分けてもらうとか。それにね、たぶん三人が一番したくって、でも私に気遣って我慢してくれてた事とかも」


 「………ふたばちゃん、気づいてたー?」


 「ほら、私もあの夜、水鏡先生に一生懸命話してたの聞いてたしね。ほんとに歌いに行きたいのは治安のいい街じゃなくって、辛い目に会った人たちのとこなんじゃないかなとは思ってた。護衛の私のこと気にしてくれてたんでしょ? 私も先生や街の人達に朱里ちゃんと雛里ちゃんを守るって約束した手前、危ないところに行こうなんて言う訳にもいかなかったしね」


 ふぅ、と一息ついて、ふたばはそれぞれ考え込む三姉妹と、いつの間にかこちらの話に聞き入っていた朱里や雛里の顔をぐるりと見回した。


 「朱里ちゃん達、ってゆうか劉備さん達のメリ―――利点はもう一つあってね。基盤が弱いせいで充実させられない兵士さん達のケア―――じゃなくてフォロ、ああ!えと!! なんて言ったらいいのかな、歌に歌われるような立派なことに参加してるんだって思ってもらえるっていうか………」


 「確かに、自分達の行いが歌になって讃えられてるとなれば、名を重んじるこの国の精神性からしても兵隊さんたちの大きな支えになります」


 語彙が見つからず言いよどむのを見かねた朱里が助け舟を出すと、ふたばは、我が意を得たりと身を乗り出した。


 「でしょでしょ! 有名な桃園の誓いかなんかをモチ、主題にして歌作ったりしてさ!! それに、こないだ絵姿見たんだけど、劉備さんって天和ちゃんに良く似た雰囲気の美人さんらしいじゃない! 向こうも三姉妹、こっちも三姉妹でちょうどいいしね!! イメージキャラクター………じゃなくて、なんだろ? まぁいいや!! 次女の関羽さんは凛々しい感じの美人さんで、末っ子の張飛さんは元気な感じの女の子だって云うから、関羽さん役をち―――人和ちゃんで、張飛ちゃん役をち」


 「ちょっと待ちなさい。なんで次女で凛々しい美人の関羽さんとやらが人和なの? なぜ言い直したか、言ってみなさい」


 「関羽さん役を人和ちゃんで、張飛さん役を地和ちゃんで」


 「ちょっと待ちなさい。言い直したとこを言ってみなさいじゃなくて、なぜ言い直したか、言ってみなさいって言ったでしょ」


 「だって、ねー?」


 「「「「ねー?」」」」


 「ア・ン・タ・ら・は~~~~!」


 「きゃ~!地和ちゃんが怒ったー!! ってし、しまった!! また足が!!!」


 天和と人和がすばやく距離をとり、朱里と雛里も手を取り合ってふたばの膝から逃げ出したなか、当のふたばだけが逃げるに逃げられず取り残された。


 「ふふん、逃げずに甘んじておしおきを受けようってわけね! いい心がけじゃない」


 「そ、そういうわけじゃ! 朱里ちゃん雛里ちゃん、へるぷ、へるぷみー!!」


 「ふたばさんの使う天の言葉は難しくてよくわかんないです。ねー雛里ちゃん」


 「ねー」


 「そ、そんな棒読みで! いつもはニュアンスで何となく察してくれるのに!!」


 「ねーねー人和ちゃん、にゅあんすってなーに?」


 「さぁ? 見当もつきません。天の言葉は不思議ですね」


 朱里と雛里が計画通りと黒く笑い、天和と人和もすかさず便乗する。

 かくして、惨劇ふたたび。


 「あ、あぁ~~~~~っ!!」









 「そういえば、妙に劉備さんのことに詳しいんですね、ふたばさん」


 何故かまた、五人がかりで突付きまわされる羽目になり、現在虫の息で横たわるふたばにそう疑問を投げかけたのは人和だった。

 あちこちで下調べして情報を集めていた朱里や雛里は、主なソースが同じ巷の噂だったこともあって、特に疑問に思わなかったが、幽州で活動する義勇軍の情報など意識して集めなければそうそう揃わない。

 うつぶせに突っ伏していたふたばはゴロンと寝返りを打つと、気だるげに上半身を起こした。


 「まぁね。さっきも言ったけど、劉備さんって名前は諸葛孔明とか鳳士元とは切っても切り離せないってイメ………印象があってさ。それに、有力な人の名前って言うと、あとは曹操さんくらいしか知らないしね」


 「曹操さんですか? そういえば水鏡先生も、ふたばさんが気にしてたから覚えておきなさいって言ってたよね、朱里ちゃん」


 「そういえば言ってたね。でもどうして曹操さんなんですか? 確かにそれなりに上手く治めているって聞いてはいますけど」


 不思議そうな表情で問いかける朱里と雛里だったが、むしろ意外だったのはふたばのほうだ。

 登場人物は主人公格ですら怪しいふたばだったが、三国時代の後、晋が魏の後を継ぐカタチで興るのは流石に知っている。

 劉備が起ち、風の噂が冀州と兗州を跨いで越えて、この豫州までチラホラ届き始めている今、最終的に最も勝者に近かったといわれる魏の覇王、曹操であれば、既にそれなりの評価を得ていて不思議ではないだろうと思ったのだが。

 しかるに、その曹操に対する二人の評価が意外なまでに低いのは一体どう云ったわけだろう?

 そう考えそうになって、しかしふたばは内心かぶりをふった。

 先ほどふたばは劉備と朱里、雛里が運命で結ばれている様なのに嫉妬したと言った。

 言ったが、それが全てではない。

 まるで予定調和のように、シナリオの定める所に納まってしまうのではないかと―――目の前の少女達が、それが史実だろうが小説だろうが、何らかの登場人物なのではないかと、そう思ってしまうのがイヤだったのだ。


 幸い、朱里を見て『孔明の罠』で有名な大軍師と結び付け、それを維持するのは至難の業。

 独立した一個の人格として見做すのは努力が要るような事では無かったのだが、その一方でまだ出会っていない劉備や曹操には、ふとした拍子につい、故郷の歴史の人物像を重ねてしまう。


 (まぁ、これも知り合いが増えていけば治るでしょ)


 なんせ、これから行く所には、三国志の知識も乏しいふたばが知ってる人物の、その殆んどがいる。

 それに、三国志のラスボスがチョロいならチョロいで、別段困る事は無かろうと云うもの。

 世紀末覇王だの覇者だのが闊歩するヒャッハーな世の中よりは、皆で【数え役満☆しすたあず】聴いてホアッホアッ言ってる世の中のほうが手掛り探しだってやり易いだろう。

 一先ず思考にそう区切りを付けると、今度は彼女達が主候補と見做した人物には他にどんなメンバーが居たのかが気になってくる。


 「はわっ、他にでしゅか?! う~んと、敢えてあげるなら袁紹さんと袁術さんでしょうか? 名門袁家の財を背景にした軍事力で領内の治安も比較的に良いとは聞きます。聞きますけど、どっちも大変に残念なお人柄だそうなので………」


 「私が気になってたのは北方の公孫賛さんと馬騰さん、董卓さんでしょうか。ただ、公孫賛さんは今ひとつ覇気欠ける所があると言う話で、太平の世を目指すには心許ないものがあって。馬騰さんは仁智勇兼ね備えた方だそうですが、近頃は精彩を欠いていて、ご病気を患ったのではとも聞きます。跡継ぎの馬超さんはちょっと政に向かない方らしいので、やはり天下を窺うには不安がありましゅ」


 「最後の董卓さんは、まだ先代から代替わりしたばかりとかで、詳しいお話は何処からも聞けませんでしたから」


 ふむ、馬騰さんちの馬超さんという人には聞き覚えがある。確か、劉備さんちのつよい人。

 あと、董卓さん。とうたくさんとうたくさん―――あ、そうだ! 呂布の人!! 呂布の人?

 こうそんさんさんさんは、劉備さんの噂を集めるときに聞いた名前だ。

 おお、六人名前が出てうち三人判るとか! わたし三国志意外と詳しくない?!


 「ふたばさんは誰か気になる人、いませんか?」


 「え? う~ん………」


 朱里の問いに考え込む。


 馬騰さんちの跡継ぎなのに劉備さんのところに来ると云う馬超さん。

 てことは、馬騰さんが病気かどうかは兎も角、なんらかの要因で家が潰れちゃうってことだろうか?

 あとそうだ、呂布の人こと董卓さん。

 確か中ボスだか小ボスみたいな扱いの、髯達磨なおっさんじゃなかったっけ?

 だとすると、こっちも潰れるのかもしれない。

 これ、二人に言っておいたほうが良いんだろうか?


 そう考えて、そこでふたばは自分の頭をこつんと一つ殴りつけた。

 今さっき、この世界を過去の歴史と混同するのはイヤなのだと思い直したばかりだというのに、すぐ傍からこれだ。

 そもそも、『なぜ、どうして』の部分が判らないのに『こうなる』の部分だけ聞かされたって、二人も混乱するだけだろう。

 それにアレだ。諸葛孔明と鳳士元がこの有り様なのだから、董卓だってどうなってるか知れたものではない。

 虫も殺せないような儚げな美少女になっている事だって有り得るのだ。


 結局、『特にいないかな』と言ってお茶を濁したふたばに、朱里と雛里は少し不満げな様子だった。










 「む~………」


 「あと少しで終わるから、もう少し我慢してね、姉さん」


 「あ~、ごめんね人和ちゃん。そうじゃなくって………はぁ」


 その夜、湯を使ったあと、髪の手入れを人和に任せて物思いに耽っていた天和は、思い悩むあまり声に出して唸ってしまっていた事に気づき、一つ溜息をついた。

 明日からは宣伝のため、彼女達の持ち歌と、この地方で良く歌われる曲とを交えて『街頭みにらいぶ』として三曲ばかりづつ、何箇所か場所を変えて歌って回る。

 その為、見っともなくない様に全身磨き上げてきたところだったのだが。


 「ひょっとして、ふたばさんの昼間のお話のこと?」


 「ううん、ちがうよ~。それに、ちぃちゃんは聞くまでも無いとして、人和ちゃんも反対する気、無いんじゃない?」


 「そうね、私たちの歌でやりたい事。危険とか資金とか、いろいろ含めて考えても乗る価値のあるお話だと思うわ。上手くいけば、だけど」


 「そうだね~。上手くいけば、だね~」


 とはいえ、既に二人とも、上手く行く事は疑っていない。なにせ、あの朱里と雛里が聞いた途端目の色を変えて食いついた計画なのだ。

 ならば、ふたばの思惑に穴があろうとも、あの二人が何とかしてしまうだろう。


 「あのお話のことじゃないなら、どうしたの? なにかあった?」


 「何かあったかって言えば今さらなんだけどねー。ちぃちゃんとふたばちゃんの事なんだけど」


 流石にこれだけ長く一緒にいれば、他でもない姉妹のこと。恋愛経験値の低い天和も、そして人和も彼女の様子がおかしいことに気づいてはいた。


 「あー。でも女の子同士なんだし、そんな心配するようなことにはならないと思うけれど」


 天和の悩みを一笑に付した人和だったが、姉がそれを聴いても尚、むむむとばかりに眉間にしわを寄せるのを見て、これはどうやら………と居住まいを正した。


 「多分なんだけどねー、ちぃちゃんの初恋なんじゃないかなー?」


 「えぇっ?! まさか―――」


 「思い出してみるとさー、郷里くにで誰か好きな子とか居たみたいな気配が無かったんだよねー。旅に出てからは、ちょっと好いかもって思うくらいはあったかもしれないけど、恋になるまで一箇所に居たことって無いし、そもそも男の人関係で碌な目に会ってないような気がするんだよねー」


 「い、言われてみると確かに、私たち絶望的に男運無いのかも………」


 思い返してみれば―――と、人和は総身から血の気が引いていくのを感じた。そう、『私たち』なのである。


 「そこで出てきたのがふたばちゃんでしょー? 悪漢に襲われて絶体絶命のところを颯爽と助けてくれた剣士さんで、行き詰ってた夢に手が届くように一生懸命助けてくれてさー。それに普段はちょっと―――だいぶ―――かなり頼りない感じだけど、本気になったときとか目つきがガラッと変わっちゃってさー」


 そう語る天和の表情を見て、人和は戦慄した。

 頬を桜色に染め、瞳は潤んで何処か熱っぽい。

 そうなのだ! 男運が無いのはこの姉も同じ!! このひとも既に手遅れなのでは?!


 「これは聞いた話なんだけどさー。女の子同士って一度ハマると男の子なんていらなくなっちゃうくらい良いみたいなんだよねー。お姉ちゃん的にはちぃちゃんが幸せなら良いかなって思うんだけど、それでも一回くらい、そうなる前にキチンとした恋愛させてあげるべきだったんじゃないかなーって反省しきりなんだよー」


 そう言って溜息をつく姉の表情をじっと観察する。

 この様子からすると、まだ自分の気持ちには自覚が無いのだろうか?

 このままだと姉二人が一人の女の子を奪い合う、特定嗜好の人垂涎の修羅場が出来上がってしまう!!


 「だ、大丈夫よっ! 恋愛は相手がいなきゃ出来ないんだし、ふたばさんの気持ち次第でしょ?! 第一ふたばさんは女の子なんだから!」


 故に、人和はさり気なく『気持ち次第』と『女の子』を強調して牽制しておくことにする。


 「そ、そうだよねー。ふたばちゃん、一応女の子だもんねー」


 「い、一応なんて―――。胸にあんな立派なの付けて一応も何も無いと思いますけど?! っていうか寧ろ、ぺったんこなちぃ姉さんのほうが一応って言われても仕方がない気がしますけど!」


 なにげなく打った相槌が引き起こした妹の反応に、天和は血の気が引くのを感じた。


 「そりゃ、背も女の子にしては高めだけど、姉さんよりちょっと高いくらいだから可笑しい訳ではないし! 釣り目気味の目元とか、姿勢のよさとか相俟って凛々しい感じだけど、普段はちょっと抜けた感じがしててそこが寧ろ可愛いっていうか! なにげにお料理とかも上手だし!」


 頬を桜色に染め、瞳は潤んで何処か熱っぽい。

 そうなのだ! 男運が無いのはこの妹も同じ!! このももう手遅れなのー?!

 荒ぶった息を整える妹の表情をじっと観察する。

 この様子からすると、まだ自分の気持ちには自覚が無いのだろうか?

 このままだと妹二人が一人の女の子を奪い合う、特定嗜好の人垂涎の修羅場が出来上がってしまう!!

 近頃なにかと頼りになる妹に悩みを相談したつもりが、数倍にして投げ返されてきた事に思わず頭を抱える。

 でもまぁ―――、


 (どっちが勝っても妹が一人増えるだけだしねー)


と、半ば『もうどうにでもな~~~れ♪』とばかりにいい感じに悟りを開くと、天和は話題を変えることにした。


 「ところで、そのちぃちゃんはどこ行っちゃったのー?」


 「ふたばさんの背中を洗うんだって言って、お風呂について行っちゃいましたけど」


 話題は変わらなかった。

 ブーメラン―――もとい、天に投じた石が如く帰ってきた頭痛の種に直撃され、またしても天和は頭を抱えた。


 「あの子はもー、しょーがないなー」


 「ところで姉さん、朱里さんと雛里さんの姿も見えないんですが………」


 「「………」」


 ガタッ


 二人が椅子を蹴立てて部屋を飛び出したのは、浴場のほうから何処かの誰かの悲鳴が聞こえてくるより、ほんの少しだけ早かった。



[25721] その15 空行は関係無しだった模様。要練習ってことで。
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:fa5b6fcb
Date: 2011/10/22 23:42
 「それでね、うちのボンクラ息子、度胸試しだーとか言って、人様がやってる掲示板だかかわら版だかの裏に、昔の偉いさんをネタにした小話だかなんだかを載っけて貰ってるらしいんだけどね。

どうにも性根がモヤシって云うかなんていうか―――。

感想がこなければ凹むくせに、貰ったら貰ったで、やれ『詰まらないとか言われたらどうしよう』とかなんとか、脂汗やら冷や汗やらなんだかよくわからない汗やらダラダラで、開封するまで一騒ぎさ。

何とかなんないもんかね~、アレ」


 「あ~、私の知ってるのにも、そう云うの居ますね~。

感想返しした方が良いのか―――とか、本文に書くと流し読みしてる人には感想催促してるみたいに見えないか―――とか、感想掲示板に書いて、自分で感想数を水増ししてるなんて思われたら―――とか。

本文書くだけで精一杯の奴が十年早いっての。

この前だって、『完結前に改定とか始めるとエタるから、先ずは完結! 習作だから多少は大目に見てもらおう!』とか言ってたくせに、とうとう手を出しちゃったしね」


 「まぁ、『読みづらい文章を我慢して読んで、そのうえで『詰まらない』じゃなくて『読みづらい』って言ってくれた!』 とか、そんな感じに発奮したらしいけどねぇ。

そもそも、『あんまり真面目に推敲すると、こんなものを投稿して良いのか? とか、これ、果たしてホントに面白いのか?って疑問に思っちゃって、怖くて投稿できなくなるからホドホドに!!』

なんて言ってる時点で十年早かった気がしないでも無いんだけどねぇ」


 「ほんとに―――。てか、何処にでも似たような困った人って居るもんですね」


 「あらやだホント! はぁ、まったく何時になったら確りしてくれるものやら………。

いっそ出来た嫁さんでも貰って身を固めてくれれば安心できるんだけどねぇ………。

ねぇ、ふたばちゃん。―――あんたうちに嫁に来てくんないかい?」

















 「御免こうむる」














 「「あははははははははは」」


 隣の店先で、なにやら女主人と和気藹々と笑いあうふたばの声に、朱里は商品を検分していた顔を上げそちらを見やった。


 「はぁ、すごいなぁ………」


 自分も雛里も、わりと何処ででも可愛がって貰えるのは旅に出てみて判った。

 どうやら子供か孫のように見られるらしく、思うように育たない我が身の数少ない利点ではあるのだが、やはり子供と見られたのでは思うように聴き出せない話というのもある。

 子供は子供なりに、有用な情報を引っ張り出している朱里や雛里と、大人と扱われてても全く役に立たない話しかしないふたばとでは、前者が優れているのは言うまでも無いのだが、そこは知らぬが花。


 「それじゃーまたー」


 朱里が見ていることに気づいたふたばが女主人との会話を切り上げる。

 おっと、早く選んでしまわなければ。

 これとこれと、あとこれも。


 「ごめん朱里ちゃん。またせちゃった?」


 「いいえ、実はまだ選んでるところです。なんだか笑い声が聞こえたものですから」


 これと、あとこれも。


 「すみませんふたばさん。私だと、子供には難しいからって売って貰えないものですから………」


 そう言って店の奥、こちらに怪訝な視線を送ってくる青年を見る。


 「いいって。それにしても、今回はいっぱいあるんだね」


 「はい。じゃぁこれ、お願いします。お代はこれで」


 「はいはい。んじゃ、ちょっと待っててね―――。すみませーん」



 このあと。

 滅多にお目に掛かれないすこぶる付きの美少女が、大量に買い込んだ艶本でナニをするのかと想像してしまった本屋の若旦那が、出血多量で数日生死の境を彷徨ったのは、全くの余談である。

 北郷ふたばは、まだこの国の文字が読めないでいた。











 「いっつも思うんだけど、朱里ちゃんも雛里ちゃんも偉いよねー。こうして行く先々で本集めて勉強してさ」


 ふたばが各地で(鼻)血の海に沈めてきた本屋の若旦那の数も、とうに二桁を超えていた。

 その為、一部業界では『訪れた店に死を運ぶ(死んでません)艶本少女』なる噂が流れており、恐れられたり、あるいは被害者が皆幸せそうな表情で事切れていた(死んでません)事から、うちにも来ないかと待ち望まれたりしていた。

 ひょんな事から朱里と雛里の耳にもこの噂は届いていて、自分達の真理探究の尊い犠牲となった謎の少女に密かに涙したりもしたのだが、本人はそんな事は露知らず。

 二人も、彼女に悟られるような事はしない。


 「学問は日進月歩ですから。水鏡先生も、私と雛里ちゃんが卒業したら、明―――元直ちゃんを連れて最新の学問を学び直す旅に出ようかっておっしゃってた位なんですよ」


 「はー、すごいねぇ」


 悟られるような事はしないが、無垢な信頼が痛い。

 痛いがしかし!!

 ちらりと横目でふたばを見る。

 ふたばの、ふにふにで、たゆんたゆんな、朱里と雛里があこがれて止まない二つの決戦兵器。


 『あれ吸ったらもうちょっと大きくなるかな?』


 かつて聴いたふたばの言葉が脳裏に蘇る。


 「ふ、ふたばしゃん!!」


 「ん~?」


 「が、がんばりましゅ!」


 「うん、がんばれ」








 「さて、そろそろお昼だし、切り上げていったん帰ろうか」


 「はい、みんなお腹すかせてるでしょうね」


 『数え役満☆しすたぁず』も雛里も、午前の予定を片付けて帰って来ている頃だろう。


 「午後は人に会いに行くんだっけ?」


 「いえ、会って貰う約束をしに行くんです。まぁ多分そのまま会って貰えるとは思いますけど。先方もその心算でわざわざ陳留からいらしてる訳ですし」


 「陳留? あれ、聴いたことあるな………」


 「もう、ふたばさんが気にしてる曹操さんのところですよ。ここから幽州の劉備さんの所まで行くついでに、ちょっと寄ってみようかと思うんです」


 「ふ~ん」


 話しながら、朱里はふたばの表情を観察した。

 ふたばがなぜ曹操を気にするのか、それを知るための陳留行きなのだが、当のふたばにはこれといった反応は無い。

 ということは、ふたば自身が曹操個人に興味があるわけではなく、あくまで天の知識に由来する何かが曹操を意識させていると見るべきか。


 だが何故だろう? 曹操の何がふたばを警戒させるのだろうか?

 文武に優れた能吏であるとは聞く。

 だがまた、彼女も諸侯の例に漏れず、近年頻発する小規模な反乱に手を焼いていたはずだ。


 今日は東で明日は西といった風に、あちこちで発作的に起きる反乱は、一つ一つは取るに足らない、それこそ計略など振るう間でもなく、力ずくで揉み潰してしまえるようなものでしかない。

 だが、問題は頻度と、それによって発生する距離だ。


 戦の際の最大の敵、行軍距離。

 それによって発生する、戦わずにすり減らされる戦力、戦費。


 いっそ何処かの誰かが纏め上げてくれれば、一思いに叩き潰してしまえればどれほど楽かと、諸侯も、彼ら彼女らに仕える軍師たちも思っているだろう。

 計略など振るう間でもなく、と言うのは正確ではない。

 むしろ、振るいようが無いと言ったほうが正しいのだ。


 そんな、真綿で首を絞められるようにじわじわと疲弊していく諸侯の中に有って、数少ない例外として勢力を維持しているのが、元から莫大な財力を誇っていた袁家の二人と、騎兵による電撃戦を得意とする公孫賛、馬騰、董卓だった。

 ふたばに『気になる人は?』と問われた時にこの五名の名を上げたのは、そんな訳も有っての事だったのだが。


 朱里にとっても雛里にとっても、曹操とは、勝って当たり前の相手に勝ち続けながらも緩慢に弱っていく、ごく有触れた諸侯の一人でしかなかった。

 だからせめて、この目で直接見て、彼女の何がふたばを意識させるのか確かめようと思ったのだ。


 さらに、行きがけの駄賃として『数え役満☆しすたぁず』の公演を行い、資金の調達と、昨夜から早速作り始めている『劉家軍ぴーあーるそんぐ』による『ぷろもーしょん』の試験運用を目論んでいたのだが、この分では視察のほうは成果は期待できないかもしれない。


 ふたばは以前から、天の知識について口ごもることが偶にあった。

 それは、天の法に触れるか何かの理由で口に出来ないのではないかと雛里と二人で疑っていたのだが、どうも違うかもしれない。

 ふたば自身が自身の知識に絶対性を感じていない、あるいは既に食い違い始めていて、予断を与えることがむしろ害になると感じているのではないだろうか。


 それは裏を返せば、朱里と雛里なら正しい情報があれば正しい判断が下せると、自身の天の知識よりも二人の方をこそ、信じてくれていると云う事ではないか?

 そう考えると、朱里はなんだか嬉しくなってしまうのだった。











 『陳留はやめておけ。曹操が手薬煉引いて待ち構えているぞ』


 「えっ?」





 不意に耳元で聞こえた声に、ふたばは思わず素っ頓狂な声を上げた。


 「どうかしましたか、ふたばさん?」


 「えっ?」


 そして、朱里の声にもう一度。

 彼女には聞こえなかったのだろうか、と尋ねようとして気づいた。

 声は左の耳元で聞こえた。

 それはまさに今、自分の左を歩いている朱里の頭上数センチが声の発生源だったことを意味している。

 見上げる朱里の瞳には『鳩が豆鉄砲を食らったみたいな』という表現をそのまま形にしたような自分の顔が映っていて、それを何処か他人事のように見つめてしまう。


 『何処を見ている。そら、こっちだ』


 「わぁっ?!」


 「はわわっ?!」


 再び、今度は目と鼻の先から聞こえてきた声に反射的に後方に飛び退る。

 咄嗟に朱里を抱きかかえたのは、無意識の反応としては上等だったろう。

 往来での突然の奇行に周囲の目線が集まるが、そんな事を気にしている場合ではなさそうだ。

 師から聞かされた話に、雑踏の中で特定の相手だけに聞かせる発声法というのがあった。

 いま聞こえたのがそれとは限らないし、天和達を狙う輩が邪魔なふたばを亡き者にしようとしているなら、それこそ問答無用で矢でも射掛けてくるのだろうが、何れ思惑の知れない相手に一方的にロックオンされているのは良い気分ではない。

 先ずは朱里の安全を確保するべきだろう。そのあとで………


 「ふ、ふたばしゃん、少し腕を緩めて………」


 「ごめん、ちょっと我慢して。どっかから狙われてるかもしんないの」


 『俺が用があるのは北郷ふたば、貴様だけだ。孔明はそこに置いておけ。手出しはせん』


 「はわっ?! ふたばさん、今のは?!」


 先ほどと違って抱きしめているからだろうか? 今度は朱里の耳にも届いたらしい。

 腕を緩めてゆっくり朱里を下ろす。


 『そうだ、それでいい。そのまま顔を上げろ』


 「ふたばさん………」


 朱里が不安げな表情で手を握ってくる。

 抱き上げたまま一気に逃走を図るなら兎も角、下ろしてしまった以上片手がふさがるのは得策ではない。

 可哀想だが、一度強く握り返して手を離す。


 『そのまま通りを真っ直ぐ歩け』


 声の命じるまま、歩き出す。

 一瞬、雑踏の向こうに白髪の少年の紫の瞳が見えた気がした。








 「ふ、ふたばさんっ!」


 普段の彼女からはまるで信じられない、精気の無い足取りで歩き出したふたばに声を掛ける。

 三姉妹と身近に付き合うようになって、妖術というものにも親しむようになったつもりでいたが、甘かったと言わざるを得ない。

 彼女らが扱う拡声の術と似たようなものなのだと見当は付く為、不用意に恐れることこそしなかったが、だからといって対処できるわけでは無かった。


 「ふたばさわぷっ?!」


 もう一度声を掛けようとしたその時、突風が吹いた。

 反射的に目を閉じてしまった朱里が恐る恐る辺りを見回したとき、既にふたばの姿は何処にも無かった。









 「んっ?!」


 突然吹き付けた風に顔を背け、再び目を開けると、辺りの景色は一変していた。

 背の低い樹木に薄紅色の花が咲いていて、それが辺り一面に。

 手近な枝に手を伸ばす。


 「これって………、桜―――じゃないな。桃の花?」


 花の季節はとうに過ぎている。

 街中から一瞬で場所を移したことからして、尋常な事態ではないだろう。

 或いは中国風の世界だけに、本物の桃源郷にでも誘い込まれたのかしらん。


 「お~い、さっきの人! 居るんでしょ?」


 『ああ、居るとも』


 「うひゃぁっ?!」


 ダメ元で呼びかけてみたら返事が返ってきて、思わず悲鳴を上げる。

 慌てて辺りを見回しても、やはり姿は見えない。


 「ちょ、ちょっとぉ! 顔ぐらい見せたらどうなの! 姿も見せずに覗き見とか、趣味が悪くない?!」


 『趣味の悪さは否定はしない。貴様が無様に慌てふためくその姿、実に愉快だ。日頃の溜飲が下がる。今日まで生きてきた甲斐が在ったというものだ』


 「そ、そこまで?!」


 声が何処から発せられるのか、何とか突き止めようにも手掛りが無い。


 『そら、さっさと歩け。俺の顔が見たいのだろう?』


 「そ、そんな事言ったって、どっちに行けばいいのよ!!」


 『自分の足に聴くんだな。適当に歩けば正解なんじゃないか?』


 「なによそれー!!」


 覚悟を決めて動くべきか?

 言葉に従って適当に向きを決めてみれば、それで良いのだろうか?

 いざ踏み出そうとしても躊躇してしまう。


 『桃華源の話は聞いた事はないか? 貴様らの国だと浦島太郎とか言ったか。違う時間が流れる世界に紛れ込む話を聞いたことがあるだろう。

あまりもたもたしていると、老いぼれた孔明と再会する破目になるかも知れんぞ?

あるいは老いぼれるのは貴様かもな』


 「ふざけんな―――っ!!」


 躊躇してる余裕なんてなかった。全力で駆け出す。


 『無論、嘘だが』


 そして思い切り転倒した。


 『はっはっはっ。年頃の娘が下着を晒すなど恥ずかしくないのか? 少しは慎みを持ったほうがいいと思うがな』


 ぐぬぬ。


 「あ、あんたねーっ! 人をおちょくって楽しいかー!!」


 『だからさっきも言っただろう。実に痛快だ。貴様の兄にはさんざん煮え湯を飲まされたが、まぁその八つ当たりだとでも思っておけ』


 「八つ当たりなら本人にしてっ!!」


 『おまえは阿呆か? 本人にしたら八つ当たりとは言わん、ただの復讐だ。よく言うだろう、復讐は何も生まないと』


 「八つ当たりだって何も生まないわよっ!!」


 『ふっ、貴様がなんと言おうとも、俺の心に確かに宿るこの喜びは否定させん!』


 「かっこよく言ったって貴方、言ってることサイテーだからね?!」


 『そら、さっさと立って走れ。日が暮れるぞ』


 「絶ッ対ぶん殴ってやるからねーっ!!」


 今度こそ何も考えず、ふたばは足の向くまま走り出した。









 だが、すぐにその足が緩んだ。

 確かに声の言うとおり、歩き出してみれば何故か進むべき方向がわかる。

 この先に、この先に、この先に―――、引き寄せられるように足が勝手に進んでいく。

 この先だ、この先だ、この先だ―――、この先に、なんだ?


 『お気に召したようで何よりだ』


 酔ったような心持で歩みを進めていたふたばは、再び聞こえてきた男の声に現へと引き戻された。


 「なんなの、ここは?」


 『なに、昨日招待した客人には女を誘うには趣が足らんと不評だったのでな。趣向を凝らしてみたのだが』


 「30点」


 『む』


 「その人、女の子だったんでしょ。他の女の話なんてしちゃイ・ヤ♪」


 『ふむ、覚えておこう。あと、貴様は俺を笑い殺すつもりか?』


 「ならせめて笑って―――、笑いなさいよ―――」


 『はははははははははっ』


 「あんたを殺して私も死ぬわ」


 『なるほど、それが今流行のヤンデレとやらか』


 「だれがヤンデレかっ!―――あんた、妙なこと知ってるのね」


 『役目柄、な。………そら、その先だ』


 「何がよ? え、ちょっと………っ」


 不意に、何かが傍から離れていく気配を感じた。

 今までそんな物を感じた事は無かったのだが、いざ消え失せてみれば、その喪失感が逆説的に、確かにそれまでそこに何かが居たのだと感じさせる。

 その無くなった物こそが、ふたばを監視していた術の気配だったのだろう。

 それが此処に来て解かれたという事は。


 「ゴールに到着、ってことか」


 一面の桃の園に在って、その一角だけは小さな宴席であれば設けられそうな広場になっているようだ。

 そして、そこに一人の影。

 地面に直接腰を下ろし、背の低い桃の幹に体を預ける少年とも青年ともつかぬ姿。


 ふたばは広場に踏み込もうとして、そこで躊躇した。

 何かが気にかかる。

 辺りを恐る恐る見回してみるが、何が気に掛かるのかがサッパリ判らない。


 「心配しなくとも伏兵などおらん。さっさとこっちに来い」


 小馬鹿にした声音にムッと来て目をやると、青年がこちらを見ている。

 先ほどまでの声はやっぱりコイツか。

 弱気なところなんて見せてやるものかと対抗心を掻き立て、ズカズカと踏み込む。

 近付くにつれ、むかつくニヤニヤ笑いを浮かべた顔の細部が明らかになってくる。

 なってくるが、おや?

 紫の切れ長の瞳といい、スッと通った鼻梁といい、ほっそりとした輪郭といい、あれ、あれれれ?! ちょっとかわいくない?!

 ど、どうしよう?!

 と、とにかく第一印象が肝心よね!


 「私を此処に呼んだのはキミ?」


 「今更猫を被ったところで無駄だぞ」


 「判ってたわよ! 夢ぐらい見させなさいよ!! ばかー!!!」


 フーッ、フーッ!!


 毛を逆立てて威嚇するふたばだったが、青年、あるいは少年は涼しい顔でニヤニヤ笑いを崩さない。


 「フッ、気は済んだか? ならば招待した用件のほうに入りたいのだが」


 「その前に、あんた誰なのよ? なんか妙に突っかかって来るけど、ひょっとして前に会った事ある?」


 「ああ、あるとも。一度だけだがな」


 「ああ、やっぱり! あんたのその無駄にエロい声、どっかで聞いたような気がしてたのよね」


 「なん……だと……」















 「貴様っ! この俺の『碧緑に光り輝く川面のように涼やか且つ艶やか』と讃えられた美声を、言うに事欠いて無駄にエロいだと?! 断じて無駄などではない!!」


 「え?! あ、ごめんなさい」













 「ふんっ、この俺としたことが無様に取り乱すとは………兄ばかりかその妹まで仇為すというのか。つくづく憎らしい血統よ」


 とりあえず落ち着いたらしい青年、いや感情を剥き出しにした表情が意外に幼かったから少年か? に改めて声を掛ける。


 「あんた、兄さんに何されたのよ?」


 「聴きたいか? 簡単に言うとだな、アイツが女をとっかえひっかえした所為で生まれた修羅場の後始末を延々とやらされた」


 「うん、殺していいわ」


 怒って当然だった。


 「理解頂けて歓喜の極みという奴だ。折を見て実行させてもらうとしよう。

それはさて置くとして、だ。貴様と以前会った事があるか、だったな。

―――俺が貴様をこの外史に招いた。そういえば判るか?」





 「ってことは、あんたが貂蝉?」


 「断じて違う!!!!!!!

 誰が『一目見たなら眼が潰れ、二目と見るくらいなら己が眼を抉るっ! 歩く姿は目に厳しく、笑い声は耳を腐らせる二足歩行型スタングレネード』か!!!」


 「えっ?! あれっ?! 重ね重ねごめんなさい?!」






 「貴様ら兄妹は、いちいち俺の逆鱗に触れなければ会話も出来んのかっ?!」


 「いや、そんな事言われても、あんたが逆鱗だらけで会話もままならないんじゃないの? 

 ってか、スタングレネードで思い出したけど、あんた資料館に入った泥棒の人よね? あれで私を気絶させて攫ってきたの、あんたなんでしょ!」


 「変わった思い出し方をする奴だ」


 少年は呆れたように肩をすくめた。


 「言っておくが、あれはそんな物ではない。あの時確保しようとしていた鏡の力が開放されたためだ。

 あの資料館にあった銅鏡の一枚が、あの世界と此処とを結ぶ門の鍵になっていてな。それが何らかの拍子で開放されれば今回のような事態になる。

 それを防ぐために秘密裏に確保しようとしていたのだが、手をかけたところで貴様らに襲われて、結果あのざまだ」


 「秘密裏にって………そっか、こんな事に成るなんて誰も信じないか。

 そりゃ盗み出すしかないよね―――。その―――なんていうか、ごめんなさい」


 なるほど、誰もが信じられないような災厄の種を、人知れず刈り取るのが彼の仕事だったのか。

 知らなかった事なのだから、いくらでも自己正当化のしようはあったのだが、それでもふたばの心に申し訳ない気持ちが沸いて来て、自然と頭が下がる。


 「なに、無事に確保できたら貴様に使う心算だったから詫びる必要はない」


 「詫びて損した!!!」







 「それで、私に使う心算だったって事は、私に此処で何か用があるの?」


 もはや何度目になるか―――ふたばは気を取り直し、問いかけた。

 今度こそ冗談もはぐらかしも無しよ!

 その視線の意味を正確に理解したのだろう。

 少年は飛びっきり人が悪い笑みを浮かべ、






 「いかにも―――。

 貴様には曹孟徳を倒してもらう」








 そう言い放ったのだった。



[25721] その16 設定の説明回。こんなのに五ヶ月もかけて申し訳ない。
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:fa5b6fcb
Date: 2012/03/21 00:22
 「いかにも―――。

 貴様には曹孟徳を倒してもらう」




 少年は飛びっきり人が悪い笑みを浮かべ、そう言い放ったのだった―――が。


 「………」


 「聞こえなかったか? 貴様をこの外史に呼んだのは曹孟徳を倒して貰うためだ」


 「………」


 「おい、何とか言え!」


 「………」


 「―――判った、俺が悪かった。順を追ってちゃんと説明する! だからその目をやめろっ!!」


 朱里や雛里はおろか、天和達が見ても震え上がり、『ふたばさん目つき悪っ!』と叫ぶに違いない、そんな目で凝視されるのに耐え切れず、少年は叫び声を上げた。


 「ふっ、勝った………!」


 今更ではあるがこのヒロイン、色んな物を棄て過ぎである。いったい何処へ向かっているのであろう?




 さて、と意識を切り替えると、ふたばは改めて少年と対峙した。


 「私如きがどーやって曹操さんをぶっ倒せって云うのかとかイロイロ言いたい事はあるけど、そもそもなんで曹操さんが倒されなきゃならないのよ。

聞いた話だと結構上手に治めてる、いい領主さんらしいじゃない。

もし、単に気に入らないからとかそんな理由だったらタダじゃ置かないからね」


 場合によっては帰還を諦めることになってもコイツをぶっとばさないといけないかもしれない。

 他所の世界から人を攫って別の世界の歴史に介入させる。

 さしたる目的もなくそんな事をする輩を放置すれば、今後どれほどの人が泣く事になるか想像もつかない。

 故郷に帰りたい気持ちは変わらないが、その為に積極的に犠牲を出す心算はふたばには無かった。


 そんな内心を知ってか知らずか、少年はニヤリと笑った。


 「安心しろ。気に入るとか気にいらんとかそんな次元の問題ではない。

そもそもあの小娘の能力も、人格も、理想も、野望も、一切が関係ない。

奴の野望が潰えなければならん理由はな、そうしなければこの世界が消えるからだ」


 「なら―――しょうがないか」


 それを聴いて少年は意外の表情を浮かべた。


 「ほう、随分と物分りの良いことだな」


 「そんな訳でもないんだけどね」


 そう言ってふたばは肩を竦めて見せた。


 「たとえばこれが国の興り廃りなんて話だったらね。其処に生きてる人達が積み重ねてきた、決断と努力の結果に対して、傍観者の立場で偉そうに『このままじゃいけない!』なんて言ってチョッカイ出す資格は無いと思わない? 

 絶対納得なんてしてやんないし、まして余所の世界から人攫いして鉄砲玉に仕立てるなんて尚のこと論外だって怒るトコだけど」


 「その割には孔明達に肩入れする気満々だったようじゃないか」 


 「鉄砲玉にする方とされた方を一緒にしないでよね」


 ふたばは少年の皮肉にそう返すと、軽く肩をすくめて見せる。


 「だいたい、自力で元の世界に帰れないんだもの、この世界で出来ることを出来る範囲でやってくしかないじゃない。あの子達に肩入れするのはつまり、そーゆーことよ」


 もっとも、役に立ってるのか怪しいもんだけど。

 口の中で小さく呟くと、言葉を続ける。


 「ついでに言っておくけど、何の了承も無いまま勝手に攫ってくる理由にはならないって言ってるんだからね。

 私だって朱―――孔明ちゃんや士元ちゃんみたいな子がやってきて『国を救うために力を貸して』って言われたらどうするか、その時になってみなきゃ判んないわ。

 何かが出来るのかってのは兎も角としてね。

 でもまぁ、今回は非常事態って認めてやってもいい。

 世界を股に駆けてうろつき回ってるっポイあんたが『この国』じゃなくて『この世界』って言ったって事は、そう云うことなんでしょ?」


 「いかにも。なんだ、存外血の巡りが悪くないようで幸いだな」


 少年は皮肉げな態度はそのままに、しかし僅かな感心の色を覗かせ首肯した。


 「だが一つ勘違いがある。俺は無論のこと、貴様も傍観者では無い。立派な当事者だ」


 「ちょ、ちょっと待ってよ! 私が?! 私がこの世界の存亡の当事者なの?! なんでよっ!―――ってまさか?!」


 突然の有罪宣告に動転したふたばは、咄嗟に反論しようとして―――思い出してしまった。

 彼は兄に何をさせられたと言っていたっけ?


 「重ねて言うが、血の巡りが悪くないようで幸いだ。

 今回の仕事はお前の兄、北郷一刀の女遊びの後始末。その一環になる」


 「え、偉そうなこと言ってすいませんでした―――!!」


 バク転からの土下座を決めて見せたふたばに、少年は満足げに笑った。





 さて、北郷所縁の者をからかい倒すのは愉快だが、あまり遊んでもいられない。

 充分に揺さ振りはかけた。これ以上は徒に心証を害するだけだろうし、なにより己が北郷一刀にいいように使われているなどと思われたなら心外極まる。


 少年は目の前で土下座する少女に仕掛ける心理誘導の段取りを思い浮かべた。

 北郷一刀が曹孟徳の元にいる事は伏せるようにと今回の首謀者達から念を押されているが、確かに今はまだ時期尚早だろう。

 面と向かって指摘すれば躍起になって否定するだろうが、北郷ふたばにとって兄一刀の存在は特別だ。

 天秤を釣り合わせるには今の同行者に加えて、最低でももう四~五人秤に乗せてやらねばなるまい。


 (まったく、業の深いことだ)


 泡沫に消える外史の存在と割り切ればこそ、幾らでも非情に振舞えるが、彼本来の人格は情の深い性質だ。

 さもなくば数多の外史に置いて、北郷一刀にあれほど激しい怒り、憎しみを抱く事などあり得ない。

 故に、己が今から彼女を、そのささやかな望みと対極の場所へ導かねばならぬという事実は彼の心を重くする。

 だが、それを顔に出す無様はすまい。

 いずれ彼女が全てを知った時、その憎しみの全てを引き受けられるように。

 なんとなれば―――、


 (俺は天の御使いの敵対者なのだからな)






 「さて、そろそろ話を始めたいのだがな。何時までそうしている心算だ、顔を上げろ」


 「そ、そんな! 滅相もありません!!」


 DOGEZA=Styleを堅持する構えのふたばに、大きく一つ溜息をつく。


 「いいから上げろ―――それにしても土下座の似合う女だな、貴様。

 いいか? ああは言ったが、そもそも貴様の兄を巻き込んでしまったのは俺の不覚だ。

 後始末云々も、奴なりの覚悟があっての結果故のことで、さらに言えば奴に加担する、こちらに敵対する派閥の介入もあった。

 悪乗りしてからかった俺が悪かったな。貴様が責任を感じるようなことではなかった」


 俺達は敗れ、奴らは失敗した。そしてその後始末を貴様に押し付けるわけだ。

 心の中だけで自嘲する。


 「あのー、兄さんの女遊びが、なんだか巨大な陰謀劇みたく聞こえるんですけど………?」


 ようやく、おそるおそる顔を上げたふたばが右手を上げて問いかける。


 「秘事に属するとはいえ、世界の運営に関わる奥儀だからな。関わる人数は兎も角、規模だけは無駄にでかいぞ。ふむ、先ずはその辺りから始めるか」








 「北郷ふたば、貴様は今居る此処が何処なのか判るか?」


 「それって、この桃園のことじゃなくて、この世界がどこかって事?

ガイシとか言ってたわよね―――異世界とかパラレルワールドとか、そんな感じなんじゃないの?」


少年の問いかけに、ふたばは暫し小首を傾げて思案すると、そう応えた。


 「50点だ。外なる歴史と書いて外史、異世界でも並行世界でもなく、可能性分岐の世界―――惜しかったな」


 「それってどう―――」


 ちがうのよ?

 そう問いかけようとして、言葉と裏腹に嘲りの色を濃くする少年に向こうっ気を刺激されたふたばは少し考え、


 「平行と分岐―――えっ、ひょっとして接点があるの?」


 改めて問いかけた。


 とはいえ、半信半疑どころかそんなこと、百万分の一も有得まい。

 この世界の文化習俗は本場中国の歴史映画やドラマよりも、むしろ最初の夜にふたばが妄想した『なんちゃって中国』、アニメやゲーム的なメディアで描かれるそれに近い。

 どの時点からどう分岐すればこの世界になるのか、全く想像がつかない。

 いっそ根っこから違う方が納得がいくというものだろう。


 「フッ、納得がいかんか?

外史の生まれ方には色々あるがな、此処の外史はまず今のこのカタチがあって、そこから逆算される形で今日までの歴史が編まれた―――鶏のほうが卵より先になる訳だ」


 ふたばの反応が予想通りだった事に気を良くしたか、少年はやや上機嫌な風に言葉を続けた。


 「外史に対する概念として正史というものがある。これはお前たちが知る歴史そのものの事だと思って間違いない

世界を外から、時間さえも俯瞰して見ることが叶うなら、現在進行形で伸びていく一本の線に見えるだろう。

その最先端こそが現在いまとして認識されるわけだ。

そしてその現在いまに生じる揺らぎを総じて外史と称する」


 「ゆらぎ………、さっき言ってた可能性分岐ってやつね?」


 「そうだ。たとえば朝起きて服を羽織る時どちらの腕から袖を通すか、そんな事でも世界は分岐する。

そうして無数に発生する外史群の最大公約数として発生するモノを正史と称する。

正史にせよ外史にせよ、現在いまの過ぎ去った後に生じるものには違いないわけだがな。

ここまでは大丈夫か?」


 「な、何とか………。でも、それと兄さんとあんたがどう係わるの?」


 「俺の役目が外史の管理で、お前の兄がその邪魔をしたからだ」


 「そ、そんなにいっぱい発生するのを管理するなんて大変ね!」


 「後半は聞こえないフリか? まぁいい」


 強引に誤魔化しを図るふたばだったが、少年はさして気にした様子も無く話を戻す。


 「確かに一瞬ごとに発生する外史の数は膨大なものになる―――だが言ったろう、最大公約数として正史が発生すると。

先ず外史が発生し、近似した外史同士が融合してやがて正史となる。俺達が刈り取るのは、その修正力とでも云うべきものが及ばないほど外れた僅かなものだけだ」


 「修正力? なんか胡散臭いものが出てきたわね」


 タイムリープ物のSF―――歴史改変モノなどで偶に聞く、歴史が元の形に戻ろうとするとか云うあれだろうか?

 未来は決まっているという考え方に通じる臭いがして、ふたばにはあまり好きになれない概念だ。


 「ははっ、確かにな。正直に言えば俺達管理者にも『何故外史の間に引力めいた力が働くのか』という問いに答えられるものは居らん。

だが、どういった形で顕れるのかについては―――そうだな、これは貴様の身にも日常的に起きているんだぞ」


 「えっ、私って日常的に歴史を動かしちゃってるの? ひょっとしてアレ! 傾国の美女ってやつ?! 私って罪なオ・ン・ナ♪」


 しなを作ってウインクを飛ばすふたばに、少年は眉間を抑えながら大げさに溜息をついてみせた。


 「違う!! 服にどちらの腕から袖を通すか程度の事でも世界は分岐すると言っただろう。

あと、せめて傾城にしておく謙虚さはないのか? 美しいのは認めてやらんでもないのだが」


 「え………、えぇ~~~~~っ?! じょ、冗談よねっ?!」


 「無論冗談だ」


 「あんたを殺して私も死ぬわ」


 「また今度にしておけ。話を戻すぞ、これは曹操を倒さなければならない理由にも係わってくる話だからな」


 「はい、真面目に聞きます」


 茹りそうだった頭を軽口の応酬で冷まし、再び身を入れて聞く体勢に戻る。



 「歴史の修正力はある一つの形で顕れる。忘却だ」


 「ぼうきゃく? 物忘れの忘却?」


 「その忘却だ。世界を分岐させるのは可能性と選択、だが、分岐した世界を支えるのは観測だと言われている。過去の観測、すなわち記憶だ。

箱の中の猫の話を知っているか? 猫が生きているかどうか、箱の中を覗いて見るまでは判らないという奴だ」


 「箱の中の猫―――Maruさんの事?」


 「違う、シュレディンガーの猫だ! それと似た話だと思えば良い。外史は記憶によって維持され、忘却されることで不確かな、さながら確立の雲のような状態となり、やがて正史に統合される。

忘却され、自己の容を保てなくなった外史が近似した外史と融合することで延命を図る、一種の自己保存本能にも似た働きを指して、生命に例えるものも居るくらいだ。

―――だが、逆の説もある。外史は正史に統合されることにより忘却されるのだ、とな。

この場合は差し詰め正史の抗原抗体反応か。自身にとっての異物と化した外史の記憶を排除しようとする作用として忘却させられるわけだな。

なかなか興味深い話だとは思わんか?」


 「あ~、え~と、はい、そうですね」


 「ふん、説明し甲斐の無いやつだ。それとも貴様には高度すぎたか?」


 取り繕った返事をするふたばに、大げさに呆れて見せる。


 「ともあれ、此処までの話が理解できていたなら当然浮かぶべき疑問があるはずなのだが、どうだ?」


 「あ、はいはーい! あんたの話だと、外史は時間の最先端で生まれて消えるのよね?

でも、この世界は21世紀の現代から分岐したものとはとても思えないんだけど。

私の知ってるそれとは違いすぎるけど、それでも此処が何時の時代かって訊かれたら三国志って答えざるをえない感じじゃない?

それと、最初に妙なことも言ってたわよね。『先ずこのかたちが』とかなんとか―――『鶏のほうが卵よりも先だ』だっけ?

これも額面のまま受け取っちゃうと未来のほうが過去より先にあったみたいに聞こえるんだけど」


 「ふむ、よく覚えていたな。説明し甲斐の無いやつと云うのは取り消してやる」


 小学生のように挙手をして質問してくるふたばに、僅かに面白がるような色を浮かべる少年。


 「まず先に二つ目の疑問、未来のほうが過去より先にあったようだという点だが、これはそのままその通りだ。

最初にこうも言ったのだが覚えていないか?『世界を外から、時間の流れさえも俯瞰して見られるなら』とな。

この視点から見ると、過去だの未来だのは単に『そっちに向かって成長し続けている』以上の意味を持たんのだ。

そうだな、過去を足元、現在を頭の天辺とでも考えてみるといい。

喩えそれが世界の終末で、内側で生きるものたちには未来が無いのだとしても、世界自身にとっては頭の上に何も無いのは当たり前で、もう背が伸びない以上の意味は無いと言ったところか。

だが一方で、世界の内側にいる者、俺や貴様の脳は未来から過去に向かって生きるようには出来ていない。

結局、世界の内側に居たのでは現在から過去へと遡って世界が生まれる現象を観測することは無理ということだな」


 「え、え~と―――」


 「諦めて『そういうことも在り得る』と納得しておけ。

さてと、質問が前後したが、此処が21世紀とは思えないとも言っていたな。

確かに外史が主に生まれるのは時間線の最先端、そこから過去へと遡れば外史は正史に取り込まれ、揺らぎの生じる余地など無くなっていく。

俺達管理者が歴史の強度と呼び習わすそれに明確な尺度があるわけではないのだが、記憶によって分岐を支えられるという性質上、この時代辺りでは三~四十年、現代では平均寿命と記録媒体の発達の所為で、だがそれでも百年も遡れば踏み固められた轍の如と云うわけだ。

だが、それでも尚外史の生まれる余地はある。観測によってな」


 「観測………、なんかそればっかりね」


 「確かにな」


 呆れたような口調のふたばに、少年は肩を竦めて見せた。


 「こと外史に関わる限り、観測、観察というのは極めて重大な意味を持つ。

俺や、或いはお前の連れの張姉妹の使う術も、己の都合の良いように歪めて観測した結果を然るべき手順で増幅した上で世界に押し付ける技術なわけだが、これも揺らぎが生じやすい外史よりの世界である程効果が増したりもするしな。

ともあれ、推測、考察、想像、妄想、言葉は色々あるが、そうした過去を観測しようとする試みが外史の呼び水となるのだ。

 ふむ、最初に正史を例えて一本の線と言ったが、むしろ無数の繊維を縒り合わせた糸なり縄なりを思い浮かべてもらったほうが近かったな。

一本の正史から無数に枝分かれした外史が、再度一本に編みこまれ、強靭な正史に仕上がるわけだ。

そして観測行為を外部との摩擦、新たに発生する外史の揺らぎを千切れた繊維の毛羽立ったものとでも考えれば―――そら、イメージが沸いてこんか?」


 「イメージ自体は出来ないでもないけど………」


 そう言ってふたばは首を捻る。


 「でもやっぱり無理がない? 世界の一つに纏まろうとする力って、異物である記憶を消しちゃうくらい強いんでしょ? それを学者さんの推理だか作家の妄想だかの、個人単位の力で枝分かれさせたり出来るものなの?」


 「貴様の言うとおりだ。本来であればそんな事は起こり得ん」


 少年はふたばの問いに一つ頷くと、「だが」と続けた。


「ここまでは先の鶏と卵の卵のほうの話。俺達がいるここのような正史とかけ離れた外史が生まれるためにはあと二つの要素が必要なのだ。

一つが嘗ての北郷一刀、今の貴様のような外界から招かれた観測者。そしてもう一つが卵と鶏の鶏、生まれた外史の至るべき姿、その鋳型となるもの。異世界の残骸だ」


 「異世界の………残………骸?」


 あまりの不吉な響きに、思わず鸚鵡返しに問い返す。


 「貴様が最初に言った並行世界、或いは異世界のなれの果て。外史の管理に失敗したか、それともそもそも管理者がいなかったのかは知らんが、粉々に砕け散ったどこぞの正史の骸だ」








 「外史の鋳型とは、一種の情報の塊のようなものとして存在すると考えられている。それが正史のほつれと反応したとき、木の幹に枝を接木するように癒着が起こることがあるのだ。

 ここからは順を追って話そう。

 俺達外史の管理者はこの癒着現象が起こった時点で外史を切除、抹消するための活動を始める。

 真っ当な外史と違い、異なる世界の歴史が過去に接続されたことによる正史の歪を排除するのがその内容だ。歪をそのままに放置すれば、それを観測されることで外史の癒着が進んでしまうからな。

 そうなれば、先の喩えで言うなら藁で編んでいる縄に無理やり木の枝を編みこむようなもの。碌な事にはならないと想像できるだろう?

 歪と言うのはいわば外史が存在したという証拠品のような形で発生する。偶にある、歴史の定説を覆すような大発見といった類は概ね外史の歪と思って間違いは無い。

 その出現は時間軸とはまた別の、因果軸とでも云うべきものに沿って顕れる。

 真っ当な時間軸に生きながら、かつそれに縛られない視点を持ち合わせていたなら、ある日ある時ある品物の持つ意味が突然変わることに気づくはずだ。

 たとえば、ただ古いだけがとりえだったはずの銅鏡が瞬間、蜀の女王劉備愛用の品に化けたりとかな。

 件の銅鏡を始末するために貴様らの―――あれはなんだ、あのガラクタ置き場は」


 「資料館って言ってあげてよ。偉い人の道楽みたいなもんらしいけど、泣いちゃうよ? まぁ、専門家のあんたがガラクタって言うならそうなのかもしんないけど」


 「ふん。それでだ、そのガラクタ置き場に押し入った俺はそこで最初の北郷一刀と対峙した」


 「最初の―――兄さん?」


 「複数の世界、過去と現在を行き来する話であっても物事の因果としては最初が存在する。可能性分岐の北郷一刀の中で、この三国外史の発端となった最初の一人を便宜上そう呼んでいるだけだ。

 外史の残骸が正史に接続され、その始点から終端となる異世界の残骸までを正史の存在に観測、肯定されることで外史は初めて複数の可能性分岐を生む現在いまを生じさせるようになる。

この過程を経るまでは―――つまり一度終点にぶち当たり、これを破らなければその外史の可能性はそこまででお仕舞いなわけだが、俺達の妨害を退け、終端までたどり着いたのが最初の北郷一刀だったわけだ」


 と、ここで少年は訝しげな表情でふたばの顔をしげしげと眺めた。


 「しかし貴様、存外おとなしく聞いているな。あの北郷一刀の妹なのだからもっとこう『なぜこの世界を消そうとする?!』だの『どんな理由が在れ、そんなやり方は許されない』だのほざくかと思っていたのだが?」


 「それは―――思わないわけじゃないけど、『世界の残骸』って、つまりそうゆうコトなんでしょ?」


 その応えに軽く目を見開いた少年は口の中で「ほんとに察しのいいことだ………」と一言呟くと改めてふたばに向き直った。


 「話を戻そう。砕け滅んだ世界の残骸は当然ながらその情報に欠落が生じている。

その欠落分は水が高きから低きへ流れるように正史から吸い上げられる。

 この外史で話し言葉と読み書きが違う言語になっていることを不思議に思ったことはなかったか? これは欠落していた言語や風俗の情報を正史からのそれで無理やり補っている所為なのだが、その情報を引き込む流れに人間が巻き込まれることがある。

 つまるところ、そうして北郷一刀はこの世界に流れ着いたわけだ。

 さらにだ。この外史の本来の姿は蜀の女王劉備が大陸を統一するのが本来あるべき姿なのだが、欠損していた情報に当の劉備が含まれていたのが事態をややこしくした。

 外史はそこに『天の御使い』北郷一刀を嵌め込むことで欠けた配役を補おうとしたのだ。

 外史の切除を目的とする俺達の採りうる最も簡単な手段は、起点であり観測者である北郷一刀の抹殺による外史の枯死だったのだが、これに蜀漢の英傑たちの守りがついてしまった訳だ。

 とはいえ、外史の―――それも本流を大きく逸れた世界では俺達の術は覿面に効きが良くなるうえ、所詮北郷一刀はただの小僧。抹殺するなど容易い事のはずだった。

 はずだったのだが、忌々しいことに、ここで俺達の仇敵―――外史肯定派を名乗る庭師どもがちょっかいを掛けてきた。

 『本来正史とまったく違う筋道をたどる外史であれば、その赴くままに成長していく限り、正史に取り込まれることなく育つはずだ』と主張する奴等の加勢で、俺達剪定者はことごとく阻まれ、ついに外史はその終端を乗り越えてしまった。

 こうなってしまうと俺達にはもう打つ手がない。外史は無軌道に成長を始め、そのなかで正史に影響を及ぼしそうなものに干渉するのがせいぜい………むしろそれすらおぼつかん。

 俺達管理者は敗北したわけだ。

 欠けていた要素、先に言った劉備やお前の連れの鳳統、張三姉妹をはじめとする外史の核と成り得る情報を修復し、『劉備が大陸を統一した外史』から、新たに『天の御使いが天下を統一した外史』へと新生を果たしたこの世界分岐は、新たな可能性を生じる都度に何処ぞより『天の御使い』を呼び込む―――」


 「『天の御使い』………さっき兄さんのことをそう呼んでたわよね?」


 「別に奴に限ったわけではないがな。こことは違った軸から招かれ、一つの世界を代表する形になったことで事象を観測する力を強化された『外史の焦点』をこの世界ではそう呼ぶ。

まぁ、『外史の起点』となった北郷一刀がその役を負う事が確率的に最も高いのには違いが無いが、北郷一刀の友人だったり、その場に居合わせた他人や、或いはまったく無縁の誰かという事もある。

 北郷一刀が呼ばれる場合にしても、人の一生程度の時間では正史として安定しない昨今、名前だけ同じで殆んど別人と言って良いほど違うこともままあるしな。

 それに、貴様も例外ではない」


 「へっ? わたし?!」


 「考えても見ろ。あの場に居合わせたのは貴様と北郷一刀の二人。そこから天の御使いが招かれるとしたらどんな形が考えられるか? そして可能性分岐のなかにはありえる事は全部起こるのだぞ? 北郷一刀が招かれる場合、北郷一刀と北郷ふたばが揃って招かれる場合、それに………」


 「―――私だけが呼ばれた場合………?」


 「今回の経緯だけでもそれだけの可能性がある。さらにあの時あそこを訪れたのが貴様だけだった場合、北郷一刀の場合にあるように貴様が友人と連れ立って現れた場合。あの日あの時起こり得る可能性の数だけ『天の御使い』北郷ふたばも存在し得ると云うわけだな」


 言いつつ、少年は自らの目的が一先ず達せられたことに薄く笑みを浮かべた。

 あとはもう一つの仕込が成るのを待つばかり。そう考えつつ言葉を続ける。


 「さて、また話が逸れたか。『天の御使いが天下を統一した外史』と成ったこの世界には天下を望み得る幾つもの勢力がある。外史本来の覇者である劉備の蜀、曹操の魏、孫呉などのいわゆる三国だけではない………どうした?」


 「えっ?! いえっ!! なんでもないですよ!!」


 「むっ………。貴様さては………蜀、魏………いや、呉のことを忘れていたな?」


 「ぎっくぅ~~~~っ?!」













 暗がりの中で手拍子の音が響く。

 妖術の明りに照らされた舞台で舞い踊るは二人の美姫。

 幽世に迷い込んだかのような幻想的な光景―――のはずが。










 「スコーンスコーン○池屋スコーン スコーンスコーン湖○屋スコーン

                 かりっとさくっと美味しいスコーン かりっとさくっと美味しいスコーン」











 

 (なんだかこれ、癖になっちゃったみたい)


 姉二人が踊る様を客席から見ながらそんな事を考える人和。

 一人ずつ休憩を兼ねての、自分達の舞台を客観的に眺める見取り稽古と、さらに自分がどう動けば映えるか考える『いめぇじとれぇにんぐ』。


 「あっ、ちぃ姉さん! 今のとこ!!」


 「ん、なんか間違った?」


 「いえ、今のくるっと『た~ん』するところ。軽く『じゃんぷ』してみてくれませんか?」


 「え~、こんなかんじ?」


 背中を向けた体勢から右拳を突き上げつつ左足を軸に半回転、その動作に軽く跳躍を加える地和。 

 遠心力に加え、風を孕んでただでさえ短い衣装の裾がふわりとめくれ上がり………。


 (よし、計算通り、ギリギリ見えない!)


 「どおよ?」


 「うん、可愛いですよ、ちい姉さん」


 「ねぇねぇ人和ちゃん! お姉ちゃんは~?」


 「姉さんはですね―――」









 「ちぃちゃんはさ、ハラハラどきどきするような、ちょっとあぶなっかしい感じのお色気路線が良いと思うんだよ。なんて云うか、無自覚なギリギリ感?」


 「はぁ、言いたい事は何となく判るけど………。ふたばさん、発想がなんだかいやらしいです」


 「が~んっ!!」


 あれは何度目の旅だっただろうか? 三度目か四度目か………それくらいの頃だったろうと思う。

 道すがらそんな会話を交わしたのだった。


 「いやらしいって………ひどいなぁ、一応極意なんだけど」


 「極意って、なんのでしっ………でしゅ、ですか?」


 勢い込んで、ついでに噛み噛み倍増しで朱里が割り込んできたのは、天の知識を引き出す機会を寸毫たりと見逃すまいとする決意の現われだったのだろう。


 「ん~とね………」


 ふたばはきょろきょろと辺りを見回すと、とてとてと駆け出した。

 十歩ほど走って立ち止まったふたばの足元にあったのは、握りこぶし程の大きさの土塊だった。


 「こんなもんでいっか」


 「ふたばちゃん何するの~?」


 「これをね」


 爪先で器用に転がして右足の甲に乗せてみせると、それだけで土塊はポロポロと崩れたが、中は粘土だったらしく乾燥した外側が僅かに剥がれただけだった。


 「こうして、よっと!」


 その土塊を宙に跳ね上げる。

 高々と上がった土塊は大人の頭の二倍ほどまで届くと落下に転じた。

 自然と目で追っていた一同の視線がほぼ水平に戻った辺りで突然、その土塊が『ボッ』と云う音と共に粉々に四散した。


 「「「「「「わぁっ!!」」」」」」


 人和達姉妹は、そして朱里や雛里にしても、武の心得などまるで無かったから、はたしてその一瞬に何が起こったのか、その影すら捕らえることも出来なかった。

 だが、体側で自然体に構えていた筈のふたばの両の手が、普段は使われない腰の異国風の剣の鞘と柄に添えられていた事から、彼女がそれを抜き打ちにして、また鞘に収めたのだろうとは想像できた。


 「―――って、なんでやったアンタまで一緒に驚いてんのよ!!」


 「い―――いやぁ思ったよりも技のキレが良くってさ。うん、我ながらビックリ」


 解せぬといった面持ちで首をひねるふたば。


 「………あの、すごいのは良くわかったんですが、結局ギリギリは何の極意なんでしゅか?」


 その様子に焦れた雛里が改めて先を促す。


 「だからコレ」


 そう言って刀の柄をトントンと叩いてみせた。






 『お前さんら、居合いの極意っつーと何を思い浮かべる?』


 との師の問いに答えたのは姉弟子に当たる先輩だった。


 『それはやはり常在戦場の心構えでござりましょう。いかに技を磨こうと気構えが弛んでいたのでは宝の持ち腐れ。

女子門を出れば百万の敵ありと申しますれば僅かな油断も命取り!! これら全てを蹴散らして屍山血河を築く覚悟なくば、生き馬の目を抜く現代社会を生き抜くことなど不可能でござる!!』









 「………ござる?」


 「あ~、ちょっと変わった先輩だったのよ。立てば芍薬座れば牡丹、口を開けばお侍」


 「はわわ、天の国は恐ろしいところだったんでしゅねっ………」


 「あわわ、家を出るだけで百万人も襲ってくるなんて………!! どうしよう朱里ちゃん?!」








 『いねぇからな、百万も。あと築くなよ、屍山血河』


 『いやでござるよ師匠、軽い冗談ではござらんか』


 『お前さんの冗談ってのは妙に心臓によくねぇのよ。あんまり年寄りいじめてくれんな』


 師は天辺の禿げ上がった白髪頭をかきながらぼやくと、『………で』と矛先をふたばに向けた。


 『ふたば、お前さんはどう思うよ。居合いの極意』


 『え~………先生、先輩の答え外れなの?』


 『外れっちゅう事ぁ無ぇが、俺が今聞きてぇ答えじゃぁねぇな』


 『う~ん………』






 「なによアンタ、剣習ってたくせにそんな事も判んないの?」


 「え~、ちぃちゃん判るの~?!」


 「ふふん、そんなの容易い問題ってやつよね! ズバリ、先手必勝一撃必殺!! これでしょっ!!」


 「まぁちぃ姉さんの事だからそんなとこだろうとは思ってましたが。ふたばさん?」


 「ぶぶ~、不正解です」


 「え~、なんでよ~っ!!」


 「朱里さん、雛里さん。お二人は判りますか?」


 うが~っと威嚇する姉を放置し、人和は朱里と雛里に話を振った。

 当時は今のように打ち解けた関係というわけではなかったのだが、人和は事あるごとに二人に話題を振るようにしていた。

 自分は他人より頭の切れるほうだと自負していたのが、この二人に会って井の中のなんとやらだと思い知らされた為、二人の思考の仕方を盗みたいというのが一つ。

いずれふたばを巡って争うだろう敵手に探りを入れる目的が一つ。

ついでに、普段は大人顔負けの頭脳のせいであまり年下という気がしない(その為ついつい敬語で話してしまう)二人が考え込むときの、頬に指をそえて小首を傾げる愛らしい姿を見て和むためである。


 「まず気になったのは姉弟子の方の『常在戦場』と云うお言葉です。武芸者が戦や立ち合いで自分を戒める言葉にしては『常在』と云うのは行き過ぎな気がします」


 そう言ってまず口を開いたのは朱里だった。


 「………私が気になったのはふたばさんが今の試技で構えを取らなかったことです。私は武芸の心得は有りませんが、行軍中どころか野営の準備をしている最中からいきなり突撃の命令を下される―――今回の場合、鞘に納まった剣を引き抜きつつ下から上に斬り上げるよりも、事前に陣を敷いて迎え撃つなり充分な助走をつけて突撃する、つまりきちんと構えをとって上から振り下ろすほうが力も剣速も乗り易いはずですよね」


 その後を引き取った雛里が「もっとも、私では今の十全でないはずのふたばさんの剣でも影も見えませんでしたが」と苦笑を浮かべる。


 「そこで最初の『常在戦場』ともう一つ、『女子門を出れば百万の敵あり』に立ち返って考えてみると思い浮かぶことが有るんです」


 「………おそらく今の技は尋常な立ち合いや戦の技ではなく、日常において奇襲を受けたとき、素早く戦いの態勢に自分を切り替え、一撃を凌ぎきる為の守りの技なのではないでしょうか」


 「であれば、その極意とはおそらく『生き残ること』。先手を取られた不利を凌ぎ、五分に仕切り直せればそれだけで先手必勝を目論んで来た敵の意気を挫く事にも繋がりますから」


 「………ですが、そうすると判らない事が一つ―――あのどうかしましたか?」


 立て板に水とばかりに滔々と語る二人に思わず呆けていた他の四人が我に帰る。


 「し、失礼しました。ふたばさん判定は?」


 「あ、うん、正解」


 ふたばの言葉に顔を見合わせ微笑み合う朱里と雛里だったが、「あっ」と声を上げた雛里が判らない事があるんです、と言葉を続けた。


 「………理が守り凌ぐことであるなら一つ判らない事があるんです」


 「抜き打ちの一刀で凌いだ後、剣は構えに移るのが自然なはずなんです。折角戦う態勢になったのに、また剣を収めて自ら不利な態勢に戻ってしまうのが何故なのかが判らなくって」


 ふたばは滝のような汗が背中を伝うのを感じた。

 言えない。

 師と姉弟子と三人そろって十三代目石川五右衛門ごっこに興じた挙句、抜刀から納刀まで流れで行うのが癖になってしまったからなどとは言えない。


 「そ、それは奥義に関わることだから流石に教えてあげられないな~っ」


 それじゃ仕方がないですね~。いいじゃない教えてやんなさいよ。






 『よしよし、上等上等。ご褒美に一つ奥義を授けてやろう』


 『奥義でござるか?!』


 電光の速さで食い付いた姉弟子。

 無論ふたばとて『奥義』の響きに心踊らぬわけもなく、だがしかし、姉弟子のあまりの超反応に思わず身を引いてしまった。


 『ついに某の時代が来たでござるな! 抜刀の奥義といえば九頭竜閃! それともよもやの天翔竜之閃?!』


 ヒャッフーッ、wktkが止まらんでござるよ~!!

 普段彼女を遠巻きに『お姉さま❤』などと熱い眼差しで見つめている子たちには決して見せられぬハイテンションっぷり。

 聖フランチェスカの女王様、14歳の黒歴史である。


 『馬鹿じゃねぇのお前ぇ。あんなの漫画だろ、漫画。漫画と現実ごっちゃにすんなや』


 自分だって石川五右衛門ごっこには嬉々として参加したくせに何を言う。

 あと、技名だけで元ネタ判るとか、しっかり読んでるんじゃないの? などとは思いはしても口には出さない北郷ふたば。


 『なぁっ?! 某の心の聖書バイブルを事もあろうに漫画などと! いかな師匠といえど言葉には気をつけて頂きたいでござるな………』


 『一応ウチ、ミッション系のイイトコって事になってんだからな。お前さんこそ言葉には気をつけような』


 聖書バイブルだのなんだの、うるさがたのシスター連中にでも聞かれた日には鬱陶しいことになんぞ。


 『それで先生、結局なにやんの?』


 繰り返しになるがふたばとて『奥義』の言葉には興味深々である。一向に本題に入らぬ様子についに痺れを切らしたのも無理はない。

 ふたばの言葉にニヤリと笑みを浮かべた師はズイッと身を乗り出すと、『聞きてぇか? 知りてぇのか?』と問いかけた。この時既にしてドヤ顔である。


 『聞いて驚け、今回授けちゃる奥義はナント!! 刀を使わねーのよ!!』


 『無刀取りキタ―――ッ!!』


 『先輩うるさい』


 『師匠、ふたばが冷たいでござるよ………』


 『アホか。お前ぇらみてぇなヒヨッ子にンなあぶねー技教えるかっての』


 『『えぇ~………』』


 もう帰ってもいいでござるか?。あ、私も夕飯の買い物頼まれてたんだっけ。


 『ま、まぁ待てって。ちょっと座って茶でも飲んで落ち着けって。とっておきの煎餅も出すぞ』


 女子校の剣道場にしばし煎餅を貪る音が響く。


 『むぐむぐ。それで結局、どんな技を教えてくれるつもりなの、先生?』


 ふたばの言葉に、先ほどの様子を焼き直すかのようにニヤリと笑みを浮かべた師はズイッと身を乗り出すと、


 『それはな、コレよ!』


 そう言っておもむろに手を伸ばし、制服のスカートから伸びたふたばのふとももをツルりと撫で上げた。


 ズダンっ!!


 ふたばが正座のまま二メートルばかり飛び退るのと、姉弟子がまるでコマ落としの様なスピードで傍らの練習刀を抜き放ち、老人の咽喉もとに突きつけるのは全くの同時だった。


 『ちょっ、タンマ!! 落ち着けって!! ど、どう、どう………』


 『おっと、これは失礼仕った。目の中に入れても痛くない、可愛い可愛い妹弟子に狼藉を働く不埒な輩についつい体が勝手に動いてしまったでござる』


 その切っ先と同じく、寸毫のブレも無い平坦な声。


 『話は変わるが、そんな後輩思いのお前ぇのお師匠さんに現在進行形で狼藉を働いてる輩がいるんだが、そこんとこどう思うよ?』


 『はっはっは。某これでも花も恥らう乙女ゆえ、変なモノを目に入れて、ものもらいか何かを患うのは遠慮仕りたいところでござるなぁ』


 ぬかしてろ。おぉっ?!


 老人は咽喉もとの切っ先を無造作にプツリと掴むとそのままボタボタと押しやっ『ぬぉっ?! 血ィが?! 血ィが出てるじゃねぇかっ!! 練習刀で何故に?!?!』


 『無用心が過ぎるでござるよ師匠。男子ですら三日会わざれば刮目して見ろと言うでござろう。それが練習刀とはいえ武士の魂ともなれば、いつの間にか真剣となっていても何の不思議もござらん』


 『いや不思議だから! 髪が伸びる呪いの人形とかより遥かに不思議だから!! 明確に血を求めてる分遥かに性質が悪いからなっ!!!』


 これは没収! ああ、ご無体な!!

 慌てて救急箱を取りに走ったふたばを余所に、妙に余裕のある遣り取りを交わす師と姉弟子。

 これは余談だが、こんな二人に挟まれて三年間過ごした(姉弟子は高等部に進学した後も当たり前のような顔をして中等部の道場に通い続けた)所為でふたばは自身を『苦労性のツッコミ体質。至って普通の常識人』と誤解するに至った。

 現代、そして現在においてふたばに振り回される彼女の友人たちの苦労の何割かは、紛れも無くこの二人の所為である。



 手当てをしようとするふたばを余所に、『この程度の血なんざ気合で止まんのよ。あとは唾でもつけときゃスグ治らぁな』などと言いつつ、事実あっさり血止めしてしまった師に対してふたばの頭をよぎったのは、達人と云う存在に対する畏敬の念………ではなく、どんな大怪我も場面が変わればチャラになるギャグ漫画補正であった。


 自らの存在する時空に対して深刻な疑念を抱くに至ったふたばを余所に話を進める師と姉弟子。


 『それで、つまりはどう云うことでござる? 脚で蹴たぐれと仰せなら遠慮なく行かせて頂くでござるが………』


 誰を?と云う点については目は口ほどにものを言うと云うべきか。


 『か~っ! なんつぅかこう、お前ぇさんの言い草はいちいち物騒っつか色気がねぇっつか………まぁ、当たらずとも遠からずってとこなんだけどよ』


 老人は大仰に天を仰ぐと言葉を続けた。


 『いいか? もう一辺言うが俺はこの技を護身の術としてお前らに教えてんのよ。そのために道着じゃなくて普段着に近い制服でやらせてんの。けどな、この技には弱点があんのよ………』


 『なっ?! そっ、それは一体いかなるものでござるか………?』


 『街中で刀は持ち歩け無ぇのよ………』


 竹刀ならまだしも木刀だってアウト。鞘つきの模造刀何ぞ振り回したら手が後ろに回っちまう。

 苦渋の表情で語る師に、ふたばはギャグ漫画疑惑が深まるのを感じた。


 『それは………盲点でござったな………』


 先輩、あなたもか?! 薄々そうじゃないかとは思っていたけれど!!


 『ふたばをおちょくるのはこの辺にしておいてだな。無駄なことを教えてる心算は無ぇが、マジな話、得物を身近に置いとくことが出来ねぇ以上、何かしらを手にするまでを凌ぐ手段が要る訳よ』


 『ふたばをからかうのはこの辺にしておくとして。その凌ぐための手段が蹴り技でござるか? ふたばはまだでござるが投擲術の修練がござろう。あれのほうが相応しい気がするでござるが』


 『二人の気遣いのおかげで今なら蹴りでも剣でも躊躇無く打ち込めそうな気がするけど、生兵法の蹴りなんか足を捕られる分だけ逃げたほうがまだマシなんじゃないの?』


 『だからよ、当たらずともっつってんだろ。 蹴りじゃねぇのよ蹴りじゃ』


 『ふむ。それでは一体?』


 姉弟子の言葉に、先ほどの様子を焼き直すかのようにニヤリと笑みを浮かべた師はズイッと身を乗り出すと、


 『それはな、コ―――』


 『『それはもういいから』』


 師は不服そうな目で二人のふとももを未練たらたら眺めた。


 『げふんげふん。いいか、これからお前ぇらに伝授するのはズバリ、お色気攻撃よっ!』


 『ときにふたば。我らもそろそろこう、合体必殺技的な何かを編み出すべきではないかと思うのだがいかがか?』


 『ダブルライダーキック的な感じの何かね。ちょうど練習の的に成りたがっているらしい人が居るし、良いアイデアなんじゃないかな』


 『だから聞けってお前ぇら!! いいか、男ってのはすべからくスケベなモンなのよ!!』


 その時、電撃が弟子二人の体を貫いた!


 『なっ、何と云う説得力!!』


 『今日までこの人を信じてついて来たのは間違いだったんじゃないかって気持ちが心の底から溢れてくるね―――』


 『ぬかせ。いいか、贔屓目を抜きにしてみてもお前ぇらはもう、そん所そこらの男どもなんか目じゃねぇのよ。それが要らねぇスケベ心なんざ出してりゃ尚の事ってもんさ。さらに言や、こいつは身一つあれば得物も要らねぇときてる。有効活用しねぇ手はねぇってもんよ!!』


 『う~ん』


 姉弟子は首を捻った。


 『おっしゃる事は判らないでもないでござるが………』


 『いいんじゃない、先輩』


 意外にも乗り気に成ったらしいふたばの援護射撃に師は顔を輝かせた。


 『ほら、どうせここには私と先輩、女二人しか居なくなる・・・・・んだし、冥土の土産的な感じのアレだと思えば』


 『ふむ、そういう考え方も有るでござるか………』


 『そーだろーそーだろー!! ん? ちょっとまて、なんか今不吉な………、あ、おい、ちょっと!! アッ―――!!』






 「―――ってな感じでね、視線や意識の誘導に女の色香を使うのは………あれっ、みんなどうしたの?」


 張姉妹と朱里、雛里は決まり悪げな様子で互いに目配せしあっていた。

 やがてどんな落とし所に落ち着いたものやら、人和が諦めた様にため息をついた。


 「ふたばさん―――あの、大変言いにくいんですけど………姉弟子の方ともども、その―――騙されてませんか?」


 「なん……だと……」









 「人和ちゃんどうしたの~? 急にニコニコしちゃって~」


 「お姉ちゃん、これはニコニコじゃなくってニヤニヤってゆ~のよ」


 「ちぃ姉さんは口を開く前に今夜の夕食当番が誰なのか考えるべきだと思います」


 「なっ、晩の献立を盾にとるなんて!」


 「糧秣を支配するものこそが勝者なんですよ、ちぃ姉さん。悔しかったら料理の一つも覚えてみたら?」


 我に帰るなり失礼な言葉を浴びせてきた下の姉に痛烈な反撃を浴びせると、人和は上の姉に目を向けた。


 「どうしたの姉さん、続きを始めないんですか?」


 「も~、どうしたのじゃないでしょ~。急に動かなくなったと思ったらニコニコ笑い出すからどうしたのかなって見にきたんじゃない。

 それにそろそろふたばちゃん達や雛里ちゃんも戻ってくるころじゃない? キリがいいから一旦一区切りでもいいかなって思って~」


 どうやらそれなりの時間ぼ~っとしてしまっていたらしいと知り、人和は赤面した。


 「それでそれで~、今夜のご飯はなにかな~?」


 「ああ、そのあたりはふたばさんにお任せしてありますので。私はお手伝いですから」


 「ふたばちゃんのご飯おいしいもんね~。食べたこと無いようなものがしょっちゅう出てくるし!」


 「むっ、ちょっと待ちなさい。そーゆーコトなら献立のことでわたしが人和にへりくだる必要なんてないんじゃない? てか、ないわよね!!」


 「そ、そんな! ちぃ姉さんが自力でそのことに気付くなんて!! あ、さてはあなた、ちぃ姉さんじゃないわね。 地和・黒ちーほう・へい!! 朱里さん、いえ雛里さん? 自分で言っておきながら、まさかここまで違和感がないとは………」


 「そんなわけあるかーっ!! 背丈もオ………腰のくびれも引き締まったおしりも全然違うでしょっ!!」


 「おっぱいに触れないあたり、やはり自分を弁えている………っ。いつの間に入れ替わったんですか雛里さん?」


 「がおーっ!!」




 朱里により『北郷ふたば拉致さる』の報が届いたのはこのすぐ後だった。









 (ふむ、そろそろ幕の頃合か)


 外界に取り残された孔明が張三姉妹に助けを求めるのを術を通して見届けた少年はタイミングを図るために意図的に早めていた結界内の時間を外界のそれへと同期させた。

 先にふたばに語った桃華源の喩えはハッタリでもなんでもない。人に作られた異界が特に意図しない限り呼吸できる大気で満たされるように、結界とは自然、施術者のあり方の影響を受ける。

 時の流れの外に身を置く外史の管理者のそれであれば、時の流れもそれに従う。自在に操るとも成ればそれなりの修練も必要だが、それも只人の術者が行おうとするよりは遥かに容易なものとなる。

 なにより彼には修練に費やす時間などいくらでも有るのだ。

 孔明が片道にかけた時間から大体の見当をつけ、今度は時間を逆に外界に対してやや遅めにすると、少年はふたばに意識を戻した。


 「まったく………。現当主の孫策、その妹の孫権、それに軍師の周瑜と宿将黄蓋。せめてこの辺りは押さえておけ。この外史で重要なのは他にも居るが、貴様にそこまで期待せんでも諸葛亮や鳳統が居るからな。やつらをアテにするとしよう」


 大仰に溜息をついてみせると、ふたばはその身をますます小さく縮こまらせた。


 「うぅ、めんぼくない」


 「話を戻そう。魏、呉、蜀のいわゆる三国は言うに及ばず、この外史には天下を制しうる勢力が幾つもある。

 袁家のドラ娘二人しかり、幽州の白馬長史しかり、涼州の董卓、あるいは馬騰。これらには及ばずとも場合によっては、というのであればそれこそいくらでも、な。

 そして、その場合と云うのが他でもない………」


 「天の御使い?」


 「そうだ。常であるなら三国の蜀と呉で四割づつ、その他の勢力で残り二割程度の確立で天の御使いは現れ、その勢力を勝利へと導く」


 「ちょっとまって。蜀や………呉? が確率が高いのはなんとなく納得だけど、魏はその他扱いなの? なんで?」


 「その『なんとなく』は多分間違っているぞ。

 判官びいきとは貴様らの国の言葉だろう? 実際に勝利した側が勝つよりも『もしあちらが勝っていたら』のほうが想像の余地があると思わんか?

 何のことは無い、魏がその他扱いなのは外史の性質上、正史での勝者だからに他ならん。常であるなら、な」


 「常なら?」


 思わせぶりな言い回しに反応したふたばに一つ頷いてみせる。


 「そうだ。常ならばこの外史は蜀、ないし呉が勝利したそれを主幹として、正史とはかけ離れた姿へと成長していくはずだった。肯定派どもの思惑通り、な。

 ところがだ。蓋を開けてみれば魏が天の御使いを得る確立が群を抜いて高くなり始めた。全体で見て過半数を割ることはあるまい。

 そしてその残りを他の勢力で食い合っているといったところか。

 はっきり言ってこの状態は拙い。

 外史が正史に近い経緯を辿るようになった所為で情報の流入が増え始め、この外史では存在しなかった者達が補完されはじめたのだ。

 既にかなりの外史に司馬懿の存在が確認されはじめている。

 容姿や人格が安定する段階には無いが、それも時間の問題だろう。

 もしこのまま、この外史が正史に近づいていくのを手をこまねいて見ているようだと修正力が働きだす。

 ここまで肥大化した異形の外史を飲み込もうとしたとき、正史に何が起こるか………」


 「つまり、そうなった結果が『異世界の残骸』?」


 「俺たちはそう予測している」


 ふたばの言葉を肯定すると、少年は話を続けた。


 「事ここに至り、俺たち管理者と肯定派のあいだで一つの意見の一致を見るに至った。つまり『既にいがみ合っている場合ではない』と云う訳だな。

 当然俺たちはこの外史の即時切除と破棄を訴え、奴等にも従うよう要求した。

 俺たちとしては当然、奴等もそのつもりで覚悟を決めているものと思っていたからな。他に執り得る手段など無いものとも思っていた。

 ところが、奴等はこれを拒否、のみならず一つの対案を提示してきた。それも、俺たち管理者と肯定派の長きに渡る対立をも解消しうる可能性を秘めたものをな。

 それが外史群を独立させ一つの正史としてしまう、いわば世界の株分けとも謂うべき今回の計画だったのだ」


 「えっと、そんなことが出来るなら、確かに今まで聞いたアンタ達の喧嘩の原因はマルッと解消されちゃいそうだけど、出来るの?」


 「外史を排除すべき異物としか看做していなかった俺たちは考えもしないこと………とは言わん。だが実際監視と対処に追いまくられていた俺たちにはそれに裂く人手がなかった。

 だが奴等肯定派は違う。初期の痕跡である歪みを俺達の目から隠し切ってしまえば後は悠々たるもの、そうでなくとも最初の壁を突破するまで守りきってしまえば同じことなのだからな。

 忌々しいことに、外史が成長を始めてしまえば後は物見遊山で彼方此方をうろついているような輩………だと思っていたのだがな。

 奴等には奴等なりの危機管理意識と云うものが有ったらしい。

 計画の基点となった仮説は正史と反応して癒着する異世界の残骸が多すぎる事だったらしいな。

 全く異なる根から幹を成した世界にしては癒着が生じるほどの相似点がありすぎる―――というわけだ。

 正史現代からの情報流入による変異の所為で、大概の外史は正史においての該当する時代に比べて奇妙に映るものだが、そういった部分を排除してみた場合、これでは異世界と云うよりはむしろ外史のようだ、とな」


 「え、つまりこう云う事? 世界の株分けは、実はもっと前から何度もやられてることで、残骸になっちゃった世界は………もしかしたら私たちの世界も、もとはどっかの世界の外史からそうして作られた子供や孫みたいな物だって、そう云う?」


 既に少年はふたばを嘲るような言動をやめていた。表情こそ薄ら笑いを貼り付けているが、その目は冷徹に北郷ふたばの能力を見定めている。


 「いかにも、まさしく。

 結論を言おう。計画はほぼ成功した。世界の株分けは成り、この外史は………いや"元"外史は一つの独立した正史として成長を始めている」


 「ちょ?! それじゃ今までの話は! なんで曹操さんをやっつけなくちゃなんないのよ!!」


 「ほぼ成功―――だ、北郷ふたば。

 世界の分離と自立には目処がついたが、まだ完全には程遠い。

 いまだ―――もはやこの世界にとって相応しくはない言い方にはなるが―――正史からの情報流入は続いており、縁とでも言うべきものも断ち切れていない。

 手術は成功したが後は患者の生命力しだい………とでも云ったところか。

 この世界が正史の相似形となればどう転ぶかわからんのだ。

 一先ずとはいえ分離したことで、外史だったころとは比べ物にならぬ速度で成長を始めたこの世界が、もし再び修正力の影響を受けるようになってしまえば、今度こそ消去するより他に手はない」


 「それで曹操さんを………。つまり、私にこの世界の新しい正史になるべき流れの添木になれってことか………」


 「添木とはまた的を射た言い回しだな。正しくそのとおり、貴様に求める役割はその添木に相違ない」


 「それで………」


 ふたばは再度居住まいを正した。


 「私は大英雄の曹操さんを倒す為になにをどう動いたらいいの? 事態は把握したし、しゅ………孔明ちゃんと士元ちゃんのお手伝いって云う当面きめてた目的とも反しないことは判ったわ。

 でも、事態がこんな大事だって言うなら、アンタ達だってそれなりの戦略、あるんでしょ?」
 

 「ふん、貴様にしてもらわねばならんことはな………。特にない」


 「ふ、ふざけんな~~~~~~っ!!!」


 思わずつんのめりかけた体を持ちこたえ、ふたばは渾身の怒声を少年に浴びせた。


 「別にふざけてなどいない。仮にも外史を管理してきた俺達が天下統一などと云う話を小娘一人に振るとでも思ったのか?」


 もっともそれを北郷一刀はやってのけたわけだがな。

 意味ありげな目線でそう云う少年と、それをむっとした表情で睨み返す北郷ふたば。


 「最初の一手、貴様と諸葛亮、鳳統、それに張三姉妹を最初にめぐり合わせる。

 この一手だけでここまでの舞台を整えるとは肯定派どもめ、伊達に数多の枝外史を観測してはいないと言ったところか。

 まもなく皇帝が死ぬ。言っておくが俺達が手を下すわけではないぞ? あくまで命数を使い果たすだけだ。

 これを機に、大陸は動乱期に入ることになる。

 史実において力と名声を諸侯に与えた黄布の乱が無かったことで、曹操と孫家は飛躍の機を失った。

 孫策は袁術に飼い殺しにされて磨り潰され、曹操は袁紹に滅ぼされるだろう。中原以南は両袁家の草刈場となるだろうがそれも一時のことよ。

 俺達がお前に求めるのは、この両者に対抗するため、涼州の馬、董と幽州の公孫、劉の勢力を束ね、北部を一つに纏める事だ」


 「なによそれ、充分大仕事じゃない!」


 「そうでもあるまい? 諸葛亮と鳳統、史上稀に見る知者が二人もいればどうとでもなろうさ。それに―――」


 「それに―――なによ?」


 「仕込みは済ませてあると云うことだ。ともあれ、まずは涼州の董卓に会うのだな。

 なに、怯えることは無い。正史の董卓とは違い、ここのは小柄で気立ての良い、実に貴様好みの娘だぞ」


 「私好みか………。―――いやいや!! 私ノーマルだからね!! 女の子が好きとか無いから!!」


 「ほう、そうなのか? 小娘どもを侍らせて喜んでいるようだからまた、てっきり………。まぁいい」


 「よくないっ!!」


 「兎に角だ、次の目的地に陳留と云うのは思い直させろ。今貴様らが曹操の手に落ちたら全てが水の泡だ。

 ついでに言っておくと呉の周瑜も三姉妹に目をつけていて、機会を伺っているからな。

 まぁ別に、統一するのは魏以外の勢力ならどこでも構わん訳だが、お膳立てがふいになる。難易度も跳ね上がるからあまり薦めんぞ」


 「判ったわよ、世界の命運がかかってるんでしょ? 要らないチャレンジはしないわ………。それでね、一つ尋ねたい………っていうか、確認したいことが有るんだけど………」


 ここでようやく、と云うべきか。ふたばは自身にとって最も重要な問いを発しようとした。

 ここまで大人しく少年の話に付き合ったのは生殺与奪の鍵を握るといって良い相手の機嫌を損ねたくはないからだった。

 だが、その話も一区切りついたようだし、自分の疑問に答えてもらってもいいだろう頃合だ。

 とはいえ、ふたばには少年がなんと答えるか、薄々判っていた。あれほど両者の因縁に拘っていながら、一切触れなかったと云うことは………。


 「ふむ、だが生憎と時間切れだ。お迎えが来たようだぞ」


 「えっ?」


 「諸葛亮が鳳統と張姉妹を連れて戻ってきたようだ。貴様と貴様の連れとは深い縁で結ばれていてな。その引き合う力は一人二人ならともかく五人もそろえば………そら」


 少年の言葉を裏付けるように、世界が一瞬ぐにゃりと揺らいだ。突然視界が歪み、ふたばは思わず蹈鞴を踏む。


 「なっ、今のは?」


 「だから、諸葛亮や張姉妹との縁が、貴様を外の世界に引き戻そうとしているのだ」


 「縁って………ひょっとして赤い糸的な?」


 「はっはっは………他に何が有る?」


 「あぁ、やっぱりね~!―――って、ちょっとまって!! うそ、嘘よね?! 嘘だと言って!!!」


 「ハーッハッハッハッハ!」


 「否定しろーっ!! お願いだから否定してくださいっ!!」


 「では、さらばだ。アデューッ!!」


 「あでゅーってっ! 色々壊れてるわよっ! 世界観とかっ、アンタのキャラとかっ!!」


 「はっはっはっ、貴様を愚弄するためならば俺のキャラなどいくら壊れたところで惜しくなどないっ!」


 「アンタってばサイテーねっ!! じゃなくって!! ねぇっ!!!」


 ふたばは立ち上がり、少年に掴みかかろうとした。そうして、だが、最後の問いを発する前に、再び世界がグニャリと歪み………。





 いったいどうやって戻ったものか。気がついたとき朱里は、いつ捕獲したものか、目を回した雛里の襟首を左手にぶら下げ、劇場で三姉妹を前にしていた。

 よくもまぁあんな状態で三人に事態を説明できたものだと感心するが、実のところ『ふたばが謎の妖術使いに攫われた』と云うだけの内容であり、別に感心する程のものではなかった。

 今度は三姉妹を伴って劇場を飛び出した朱里は、再度件の通りに戻ってきたのだった。

 なにかを探すように周囲に目線を走らせる三姉妹を見守ることしばし。

 やがて何かを見つけたのか、その場から離れるように歩き出したのは意外にも、姉妹で最も術の扱いに長けた地和ではなく、末妹の人和だった。

 なんでも人和は直前、ふたばのことを考えていて、そういった場合、稀に術者としての力量差を越えて痕跡を捉え易くなったりすることがあるらしい。

 この術者はおそらく姉妹などとは格が違う使い手で、地和では痕跡を見つけるのも至難であったから、これはまさしく天の助けとも言うべきものだった。

 雛里と天和、地和がそんなことを話しているのをどこか他人事のように聞きながら、必死で人和の後を追う。

 後になって聞かされたが、このとき雛里はいまだ朱里の左手にぶら下げられて目を回したままであり、件の会話は他でもない、朱里自身が交わしたものであったらしいのだが。




 「たぶん、この辺りです」


 先頭を行く人和が足を止めたのは、やや行った先、繁華街を外れ、建物もまばらになり始めたあたりに差し掛かってのことだった。


 「そうだね、おねーちゃんにも判るよ」


 「上出来ね。破るわよ、お姉ちゃん、人和」
 

 姉妹は背中合わせに円陣を組み、呼吸を合わせると同時に一つ、トンッと音高く足を踏み鳴らした。

 途端に、世界がグニャリと歪んだ。のみならず、その場にあらざる光景、一面満開の桃園が一瞬周囲を覆いつくす。


 「あ、ふたばしゃん!!」


 想像を超えた現象に、思わず目を奪われかけた朱里だったが、視界の隅に連れ去られた友人の姿を認め、声を上げた。

 だが、この世ならざる桃園は、そこに確かにいたはずのふたば諸共かき消すように消え失せてしまったのだった。

 そして、代わりに朱里の耳に届いたのは、


 「グッ―――」


 「キャッ―――」


 「くぅっ―――」


 今やふたば同様、失うことなど考えたくもない友人となった三姉妹の苦鳴だった。


 「あぁっ! だいじょぶでしゅかっ!!」


 「きゅぅ―――」


 朱里はぶら下げていた雛里を放り出すと、慌てて姉妹へと駆け寄った。




 自信満々に『破る』などと言い放っては見たものの、地和といえど勝算が有ってのことではなかった。

 他に出来るものが居らず、失ってはならないものが懸かっていたからこそ、空元気の一つも出して気合を入れてみたまでのこと。

 術者としての彼我の実力差に絶望的な開きがあるのはこの場に来るまでにもとより承知の上であったし、故に最初の一撃は小手調べ以前の、手探りにも等しいものだったはずだった。

 にもかかわらず結界は揺らぎ、内包した異界の様子を顕にすらして見せた。もとより、不安定な異界を維持するより破るほうが難易度としては遥かに低いにしても、これは出来すぎだ。

 あまつさえ、破り損ねたことによる揺り戻しの少なさ。

 三人がかりで、気持ち漣程度の干渉だったはずとはいえ、彼我の力量差を考えれば手ひどく突き飛ばされる程度の衝撃は覚悟していたのだが、結果は術に対する理解の浅い姉と妹が尻餅をついただけで、自身にいたってはよろめいただけで堪えて見せることが出来た。


 これはあまりにもおかしい。


 実は結界にまつわる術は三姉妹にとって舞台用のさまざまな幻術に次いで馴染みの深い―――というか、ここ数ヶ月で急激に手馴れる羽目になった術の一つだった。

 というのも、ふたばの語る理想の舞台を再現し、それを越えんとする三姉妹の心意気は、公演において彼女らに要求する術の難易度をも跳ね上げていたからだった。 

 さらに公演の際の舞台の大規模化と、『あんこーる』による長時間化が相乗的に圧し掛かってくる。

 この負担を軽減するため、講演会場を効率よく術を運用できる自身らの領域と変ずる結界術を修練せざるをえなかったのだ。

 この領域は、現在この場に敷かれているそれと違い、異界を形づくるような高度なものでは勿論なかったが、放置しておくと『ぽるたーがいすと(?)』や『らっぷ音(?)』なる怪現象を引き起こし、『数え役満☆しすたあず』に『呪われた歌姫』的な悪評を齎しかねなかったので、その都度の始末もきっちり行わねばならず、結果こちらもそれなりに手馴れる羽目となっていた。

 『破る』の一言で姉妹が足並みを揃えて見せたのはそんな理由も有ってのことだったが、それでも歴然とした力量差があるはずだった。

 他者の施いた術を破る危険は彼女も熟知していた。故に初撃は小手調べ未満のものにとどめ、その揺り返しをもって彼我の力量差を見定める心積もりでいて、その防御にこそ全力を注いでいた。

 それこそ、姉妹の分も自分で防ぎきるつもりで。

 ところが結果はご覧のとおり、身構えていた自分が馬鹿馬鹿しくなるほど、完全な肩透かしを食らったと言って良い。

 姉妹がコケたのも、彼女が力みすぎて防ぎ損ねたためで、この結界術の練達ぶりから予想すれば軽く撫でられたに等しい。

 つまり、この術者は結界の維持の片手間に姉妹への揺り返しを最小限に抑えて見せたとしか考えられない。

 それが意味するところは何か?

 相手は彼女らに対してもなんらかの思惑があるのだろうか?

 それが捕らえたふたばに対する交渉の手札とするためか、それとも他の何かかは判らないが、そこに付け込む隙があるかもしれない。



 と、朱里や雛里に術の心得があれば考えたであろう。

 あるいは人和の技量がもう少し高ければ。


 慌てて駆け寄ってきた朱里の手を借りて身を起こす姉妹を尻目に地和はその瞳に怒りの炎を宿した。

 元来『数え役満☆しすたあず』には妖術使いとしての矜持などといったものはない。

 偶々そこそこの才能が有り、偶々身につける機会に恵まれ、それが偶々彼女ら自身の目的に有用だから習い覚えてみた。

 いわば舞台を演ずる上での添え物でしかない、無ければ無いで構わないそれに誇りだの矜持だの抱くはずも無かった―――これまでは。

 ふたばの所持する『けーたい』なるカラクリの奏でる天の楽曲に用いられる不思議な音を鳴らす楽器の数々。

 数こそ少ないが『みゅーじっくくりっぷ』とか云う幻術で映し出される天の歌い手たち。

 それらに霊感いんすぴれーしょんを得た今の彼女らの舞台は既に妖術無しでは成り立たないものとなっていた。

 物事の要諦を表す『心技体』と云う言葉がある。

 今の彼女達にとって、貫くべき『心』が歌、そのための礎が鍛え磨きぬいた『体』だとすれば、届けたい相手を惹きつけるための工夫、『技』こそが『天の舞』だんすであり、妖術なのだった。

 それも、観客となる民衆を楽しませたい、一時でも世のつらさを忘れさせ、明日への希望を抱いて欲しいと願う『心』から、そのために限界に挑み、手探りで『体』に刻み込むようにして覚えてきた『技』だ。

 真摯に向き合うようになって数ヶ月。世の道士、方士と云った輩とは向き合い方も何もかも違おうとも、そこに『誇り』が芽生えるのは当然とも云えよう。



 つまり、なにが言いたいかと云うと、ただでさえふたばを攫われたことで沸点の下がっていた地和は、


 「アンタは『数え役満☆しすたあず』をナメた………ッ」


 「ち、ちぃちゃん?!」


 「ちょ、姉さんっ!」


 「はわわっ」


 軽くブチキレたのだった。


 「乾! 兌! 離! 震! 巽! 坎! 艮! 坤!」


 舞うように兎歩を踏み、言霊を放つ。


 「これでっ、どうだ―――っ!!」


 そして、とどめとばかりの気合を込めて、『ターンッ』と音高く足を踏み鳴らした。


 狙いはふたばの奪還。ならば結界丸ごと崩す必要は無い。一点突破で穴を開け、そこから力ずくで引っ張り出す!

 幸い、先の一瞬であの子の存在を把握するのに成功していた。

 ならば後は釣り上げるのみっ!!


 「とっとと出てきなさい………よっ!!」


 再度の気合とともに地和の目の前の空間がゆらり、と陽炎のように歪む。

 地和はそこから現れるだろう彼女を受け止めるため両手をひろげ………。


 「姉さん、あぶないっ!!」


 どん


 「へっ?」


 「わっ?! わわわっ!!」


 「きゃっ! ふっ、ふたばさっ」






 ちゅっ♪



[25721] その17 ほんとは前回と併せてここまでで第一部完にする心算だった。
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:fa5b6fcb
Date: 2012/07/08 02:23
 そして―――


 主賓たる少女が立ち去りその役目を負えた虚ろなる桃園に一人、彼女を見送った時のままの姿勢で佇んでいた少年は、一つ溜息をつくと何処からか取り出した酒の瓶を口へと運び大きく呷った。

 一面に漂う桃の香りに濃厚な酒精が混じる。

 酒造技術の未成熟なこの世界では、喩え王侯が望んでも得られぬだろう美酒をまるで泥水をすするかのような表情で飲み下す。

 咽喉を、胃腑を酒が焼く感触に身を委ねる事しばし。


 「それで―――、貴様はいつまでそうしている心算だ?」


 少年の問いに応えは無い。声は虚しく桃園に散ってゆく。


 「ふん、だんまりか………」


 害虫でも見つけてしまったかのような表情で吐き捨てると、再び酒瓶に口をつける。


 「………くっ。一つ忠告してやる」


 含んだ酒を飲み下すと、少年は再び虚空に向けて声を発した。


 「唯でさえ視聴覚を始めとした五感に厳しい貴様が更にそうして陰鬱な気を垂れ流し、意識や末那識、阿頼耶識にまで害を与える存在となるとあれば、いずれ世界そのものから劇物と看做されかねんぞ」


 「どぅぅわぁぁるぇが『立てば躁鬱座れば癲癇!、歩く姿は解離性障害を引き起こす精神攻撃兵器』どぅぇすっとぅぇぇえええええっ!!!」


 「貴様の他に誰がいるっ、貂蝉っ!! その不景気な面であの娘の前に顔を出すなどしてみろっ! 日々その厚化粧にかける時間を節約できるよう首から上を蹴り潰してくれるっ!!」


 「―――そうね」


 しばしの沈黙を挟み、やがて観念したのか木立の間から歩み出てきたのは、今まで隠れおおせていたのが不思議なほどの精気を漲らせた、最大限好意的に云って異相異形の怪人だった。

 ことさら容貌が醜悪なのではない。

 猛禽のごとく鋭い眼差、岩から削りだしたような荒々しい輪郭は、浅黒く日焼けした肌や隆々とした筋肉と相まってある種の風格を感じさせるに充分な物である。

 形良く手入れされた顎鬚にせよ、剃り上げられた頭髪にせよ、本来ならばその容貌に威風を添えこそすれ、損なうものではない。

 だがしかし。


 こてこてに増量された天に反り返るまつげと、くっきりと引かれたアイライン。さらには薄らと刷かれた頬紅と毒々しいまでの紅唇。

 そこだけ長く伸ばされたモミアゲは何を血迷ったか三つあみに編まれ、先端をご丁寧にリボンで結わえている。

 挙句の果てがその身にまとう装束。パンツ一丁。しかも紐。

 自身と云う素材を知り尽くし、如何にすればその魅力を最大限マイナスに振り切ることが出来るかを極限まで究めたとしか思えない、まごう事なき変態の姿であった。


 少年は背後の木立から歩み出た怪人に目をやろうとして一瞬硬直し、その後視線を前に逸らした。

 明らかな脅威を視覚の監視外に置く事への不安と、視覚への脅威を直視することによるダメージを天秤にかけた上での判断であった。

 少年の内心を正確に洞察したらしい怪人『貂蝉』のこめかみに「ビキッ」と云う効果音と共に青筋が浮かぶ。

 が、それは同時に怪人の精神的再建に何らかの効果があったらしい。

 それまでの鬱々とした気配を一掃させると怪人『貂蝉』は「ぬふっ」と笑うと内股歩きで少年に歩み寄り声をかけた。

 今は共闘しているとはいえ、因縁の相手に無防備に間合いに踏み込まれるのをよしとせず、やむなく少年も立ち上がり怪人と対峙する。


 「と・こ・ろ・でぇ~♪ 後学のために聞いておきたいんだけどぉ~。隠行にはちょぉ~っと自信があったのにぃ~、最初からバレバレだったみたいなのねん。なにがいけなかったのかしらん?」


 ビキッ。今度は少年が青筋を浮かべる番だった。つい最近、どこかで誰かと似たような遣り取りをしたような記憶があり、それを揶揄されたような気がしてむかっ腹が立ったためである。

 想像の中で怪人のこめかみを蹴りぬいて気を落ち着かせる。


 「ふん、貴様の場合隠行以前にまず水浴びでもしてその筋肉臭を何とかしろ。厚化粧と相まって風下にいたところで丸わかりだ」


 ビキビキッ。


 「ぬっ………ぬふん♪ よもやこのわ・た・しのお色気ムンムンのフェロモンの所為だったとは………『このチョウセンの目をもってしても見抜けぬとは!!』なのねん」


 「ふんっ」


 「話は変わるけどぉ~、ア・ナ・タ♪ 随分楽しそうにお話してたのねん。そんなにふたばちゃんの事が気に入ったのかしらん♪ だめよ~ん、于吉ちゃんを泣・か・し・ちゃ♪」


 ビキビキッ。


 「キサマ………」


 「『せめて傾城にしておく謙虚さはないのか? 美しいのは認めてやらんでもないのだが』………ぬふふ、アナタがあんな冗談を言うなんてねん♪」


 「俺とて木石ではないのでな、興が乗れば冗談の一つも言いはする。諧謔は心の潤滑油とも云うらしいしな。おっと、呼吸しているだけで冗談になっている貴様には釈迦に説法だったか」


 ビキビキビキッ。


 「興が乗れば、ねぇ。興が乗った勢いで『さぁ、今度は二人一緒に掛かってくるがいい。なに、心配しなくとも………殺さずにおいてやる(キリッ』な~んてやった挙句ボロボロにされるっていうのは確かになかなか高度なギャグなのねんっ!」


  ビキビキビキビキッ。


 「はっはっは。覗きとは顔に似合った低俗な趣味を持っているようだな!………何時、何処から盗み見をしていた?」


 「あら~ん、『隠行以前にまず水浴びでもしてその筋肉臭を何とかしろ。厚化粧と相まって風下にいたところで丸わかりだ』じゃなかったのかしらんっ♪………誰の顔が言語表現するだけでxxx板行き確定の猥褻物ですってぇ?」


 ぶちっ。


 「殺すっ!」


 「上等じゃぁぁ!! やってみんかいぶるるるるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 互いの拳が同時に相手の顔面に突き刺さり、死闘が始まった。










 「………くっ、流石は剪定者きっての武闘派。なかなかにやりおるわ―――なのねん」


 大の字になって地に付す怪人貂蝉。

 その顔は腫れ上がり変形し、青痣やらなにやらで先刻までより余程直視し易い穏当な有様となっている。


 「はっ、今更キサマなぞに心にも無い世辞を言われたところで殺意が沸くだけだ」


 対する少年は手近な桃の木に隠れるように背を預けその顔は見えない。見えないが声が若干くぐもっている事からやはりそれなりの面相となっていることが伺える。


 「ちょっとぉっ?! ここは互いに死闘を繰り広げた二人の間に麗しい愛情・・が芽生える場面じゃないのんっ?!」


 「芽生えてたまるかっ! 愛が欲しければ深海に行ってバットフィッシュにでも求愛してこいっ!」


 しっ、非道いわ非道いわしどいわしどいわっ!!


 盛大にうそ泣きをする怪人だったが、流石にもう付き合う気力が沸かない。

 徹底的な顔面狙いで整形を施してやった仇敵と違い、顔には二三発貰っただけだが、そのぶん全身が満遍なく痛みに悲鳴を上げている。

 無論表情になど意地でも出さないが。

 
 「ふぅ………」


 それでも漏れてしまった溜息に顔を顰めようとして、ずりゅっ、ずりゅりゅっ―――と、何かを引きずるような音が耳に入った。

 厭々ながらも目をやると、まるで芋虫か尺取虫のような腰の動きだけでこちらににじり寄ってくる筋肉怪人。


 「うおっ?!」


 思わずのけぞって身を引いてしまうのは人類として正しい防衛行動といえよう。

 ずりゅっ、ずりゅりゅっ、ずりゅっ、ずりゅりゅっ―――。

 怪奇映画さながらのビジュアルに硬直している間に隣までにじり寄ってきた怪人は、ずっと接地していたせいで土にまみれた顔を、ヌルりとした動きでこちらに向けると、「ぬふっ」と変形した顔に笑いらしき表情を浮かべた。

 さすがの少年もこれには腰が引ける。


 「それにしてもぉ~、頭を使うのは于吉ちゃんの担当だとばっかり思ってたけどぉ~、そちもなかなか悪よのう、なのねん♪」


 そんな様子にいっさい頓着せず、マイペースに話しはじめる貂蝉。


 「ふん………」


 「ふたばちゃんが独りの時じゃなく、孔明ちゃんと一緒のところを狙った上でわざわざ引き離した時は、何でそんな手間をって思ったけど、よもや天下の伏竜をタイマー代わりとは恐れ入ったわん♪」


 「後のことを考えないならば北郷一刀はこの世界には居ないと言って済ませてしまえるのだがな。嘘とばれたときに関係が決裂してしまうようでは少々都合が悪い。

 苦しくともいいわけが利くような形で北郷一刀の捜索の手を緩めさせる為の方便だ。こちらの言いたいことだけを言い、相手に質問をさせずに話を打ち切る言い訳としてはちょうどよかろう?」


 「さらに言うなら、引き離されたのが歴史に冠たる諸葛孔明っていうのが別の意味で利いてくるのねん。

 ふたばちゃんが貴方に疑いを持ったとき、なぜ孔明ちゃんと引き離したのかに考えが及べば必然、貴方が話した内容に嘘があって、孔明ちゃんに聴かれてボロがでるのを恐れたのではってほうに意識が向くと思うのねん。

 わざと理解しにくいように話した上、言っていないこともあるから尚の事ねん。でも、今回貴方は嘘だけはついていない。

 その一方でご主人様がここにいないのでは?っていうのは、貴方が散々ご主人様との因縁を強調しておいた上でその現状に触れなかったって云う事から誘導されたとはいえ、それでもふたばちゃんが自分で出した推測だから、疑念は向き難い」


 「仮に疑われても構わん。あれにとって北郷一刀は特別だ。二人一緒ならばこの世界に島流しでも構わないと思うくらいにはな。もっとも、そう思っていること自体、本人に自覚はなかろうが。

 ともかく、思い込みとはいえ北郷一刀がこの世界にいない可能性が増した以上、帰還のために死に物狂いにならずにはいられまい。俺たちからの接触という手がかりが提示されたとあればなおのこと。

 必然、行動の比重を捜索よりも帰還のため、こちらの歓心を得ることに偏らせざるをえまいよ」


 「そうして稼げる時間は僅かでしょうけど、その間にも状況は進み、ふたばちゃんを縛るしがらみも増える………いいえアタシたちが増やす。

 アタシたち、地獄行き確定ねん………」


 「行きたければ独りで逝け、俺を巻き添えに………いや、道連れがほしければ于吉を連れて逝け。俺は極楽を予約してある」


 「ちょっとぉ!」


 「そんなことよりっ!」


 言い募ろうとする貂蝉を遮り、少年は言葉を重ねた。


 「貴様、こんなところで何をしている?! 曹操のもとにいる北郷一刀の監視が貴様の役目だろう! そもそもあの小娘の首を刎ねてしまえば話は容易いというのに、貴様らが奴の死を確定したくないなどと抜かすからいらぬ苦労をしているんだぞ! そのために北郷一刀を何も教えぬまま奴の下に遣ったのだろうが!」


 「そ、それが………ちょっと想定外の事があって、貴方に相談したかったのよん………」


 「それを言い出せず、俺が夏侯姉妹とやりあっていた時から丸一日、こそこそ後をつけまわしていたとでも?」


 「そのとおりなのねん………」


 人差し指を突き合わせ、もじもじと身悶えする怪人の姿を視界にの外に追い出しつつ、眉間を揉み解す。

 北郷一刀が絡むと何事もうまく運ばないのは何かの呪いなのだろうか?


 「それで、想定外の問題とはなんだ?」


 聞きたくない、聞きたくないが聞かねばなるまい。少年は渋々問いかけた。














 しばし時と場所を移す。





 「お~い、桂花~!」


 夏侯姉妹帰還すの知らせを受けて先を急ぐ視界に、見慣れた特徴的な後姿を捉えた北郷一刀は声をかけた。

 小柄な体躯にネコミミ頭巾、右手には長い杖のようなものを携えている。曹家の誇る王佐、荀文若その人である。

 雑踏の中ならいざ知らず、曹孟徳が座する居館においてその呼び声が届かぬはずも無く、彼女は一瞬足を止めると………猛然とダッシュした。


 「あれ、聞こえなかったか? お~い桂花、お~いってば」


 追って駆け出す。元よりコンパスが違う上に、日ごろから武官として厳しい訓練を自らに課している。追いつくのは容易い。


 「桂花、桂花ってば」


 再度呼ばわり、その肩に手をかけようとした瞬間。


 「のわっ!」


 振り向きざまに突き出された杖の二股になった先端を仰け反ってかわす。


 「触るな近づくな声をかけるなっ! 男が感染しうつったらどうしてくれんのよっ!!」


 「感染しうつってたまるかっ!」


 とても文官とは思えぬ鋭さで矢継ぎ早に繰り出される杖、陳留の市中警備隊の装備である刺又の先端を身をよじってかわす。

 前回・・の警備隊はあくまで実戦兵力に治安維持のための訓練を施したもので、その装備なども他の部隊に準じたものであった。

 だが、なぜか黄巾の乱が起きなかった今回、対策のためという兵力強化の大義名分は失われ、討伐によって名を上げる事もできなかった事でその編成は大きく変わることとなっていた。

 戦傷や病で前線に出られなくなった兵の受け皿として、あるいは未熟な訓練兵の実践の場として。

 平時に勘を鈍らせないことも念頭に置かねばならなかったかつてと違い、一段落ちる質で結果を出さねばならぬ、市中で槍を振り回すわけにも行かずと知恵を絞ったとき、一刀の脳裏をよぎったのがこの刺又だったのだ。

 日本の、ちょっと古い家の蔵なり納戸なりをひっくり返せばかなりの確立で見つかるこれであれば、槍と違って市中で振り回しても民に重大な怪我を負わせることも無いだろうし、剣の間合いの外から取り押さえられるため錬度の低い兵を損なうことなく運用できる。

 我ながらナイスアイディア。

 そう思っていた時期がありました。


 「このっ、このっ!!」


 「うわっ、あぶねっ! 先端で衝くな! そ~ゆ~使い方するもんじゃねぇからっ! いてっ、いてっ!! 目を、目を狙うなコラッ!!」


 出来上がってきた試作品を一目見た猫耳軍師様。

 『ふ~ん………』と気の無い素振りで一つ手に取ると、そのまま無言でチョッパっていきやがりました。

 挙句の果てがこの有様だよ!!!


 「あの、兄さま、桂花さま。こんなところで何をしてらっしゃるのですか?」


 死闘を繰り広げる二人の下を通りかかったのは曹家の良心、典韋こと流琉であった。


 「流琉っ! いいところに!! 桂花が乱心したっ!!! このままじゃ華琳のXXというXXがXXされてしまうっ!!! 取り押さえるのに手を貸して「隙ありっ!!」ぐぇっ!!」


 一刀の意識がそれた刹那、桂花の刺又がその喉もとに突き込まれる。さすがに堪らず蹲り、げほげほむせ返る一刀。


 「流琉っ! いいところに!! 北郷が乱心したわっ!!! このままじゃ城内の女のXXというXXがXXされてしまうわっ!!! 取り押さえるのに手を貸してっ!!!」


 「けっ、桂花テメェっ! うちの流琉にっ! XXだのXXだの、純真な流琉が穢れたらどうしてくれんだよっ!!」


 「うっ、うっさいっ!! そんなのアンタに出会った時点で手遅れに決まってんでしょ!! これ以上穢したくないってんなら今すぐ舌かんで死ねっ! っていうかXX言ったのアンタが先じゃない!!!」


 「XX? XXす?」


 目の前で交わされる意味不明な罵り合いに、頭の上に?を浮かべた流琉がぽそりとつぶやく。


 「「流琉っ! そんな言葉口にしちゃだめっ!!」」


 「はぁ………。 あのぅ、私華琳様に言われてお茶を運ぶところなんですけど、ここ通っても良いですか?」


 あくまで平静な流琉の言葉に一刀と桂花は顔を見合わせ、


 「「どうぞ、御通りください………」」


 ここがどこかを思い出して赤面した。







 「それで?」


 先を歩く流琉の後を二人並んでついてゆく。


 「それでってなにがよ?」


 何を問うているのかなど百も承知でしらばっくれる桂花を見やる。


 「ふんっ―――駄目だったらしいわね。途中で落石に巻き込まれて秋蘭が負傷したんですって」


 「なっ、大丈夫なのか?!」


 帰還したのが二人だけだったというから歌姫―――数え役満☆しすたあずを連れ帰ることには失敗したのだろうと薄々わかってはいたが、秋蘭の負傷は予想だにしていなかった。


 「大丈夫じゃなかったら今頃大騒ぎでしょうが………。驚いた馬に振り落とされて頭を打ったらしいわ。どうせなら春蘭のほうが落ちれば拍子に頭もちょっとはマシになったかもしれないってのに」


 ぶつぶつ憎まれ口を叩くその口調に、わかる者にはわかる僚友を案じる色を感じ取り、苦笑する。

 だがそれも束の間、思惑が外れたことから来る苦味へ取って代わられた。


 (どうしてこうなった?)


 よもや黄布の乱が起きないとは思ってもいなかったが、乱の兆しと挿し換わったかのように聞こえてきた、おそらくは天和達数え役満☆しすたあずであろう天の歌姫三姉妹とともに旅をする知恵者二人と武人一人の噂を聞いたとき疑問は氷解した。

 今この時期、三人連れで旅をしている在野の武人と二人の軍師に心当たりが有ったためだ。そして、彼女たちとは今回・・もイの一番に接触している。

 しかも前回・・とは違う成り行きとなってしまったため、バタフライ効果が起きる可能性も充分に考えられた。


 (だからって、これは変わりすぎだろう………)


 その心当たりとは、今はまだ程立を名乗っているであろう程仲徳―――風と戯子才と名乗っているはずの郭奉孝―――稟、そして趙子竜の三人組である。

 前回、荒野で目覚めて早々野盗に目をつけられたところを割って入った趙子竜によって九死に一生を得たのだったが、今回、見覚えのある成り行きに動揺しているうちに、何故か・・・持っていた模造刀を振るい、うっかり自力で撃退してしまったのだった。

 今回も助けようと駆けつけてくれていた趙子竜と風、稟との再会は、正直言ってよく覚えていない。

 あまりの成り行きに呆然としているうちに夏侯姉妹を伴った華琳がやってきて、前回同様官軍と係わるのを嫌った三人はそそくさと立ち去ってしまったのだが、その僅かの間に自分は彼女らに何を言っただろうか?


 (俺がなにか言ったかしたか………そのせいで、三人の行き先が変わったんだ………そこで天和たちに出会った)


 所詮は勘だ。興行している数え役満☆しすたあずはともかく、裏方の知者や武人の名までは聞こえてきたわけではない。だが、それでも確信はある。

 黄巾の乱を未然に防ぐほどの影響力のある人物であるなら、それは紛れも無く大いなる才を秘め、時代に変革をもたらそうとする英傑であろう事。

 彼女らに共通するのはその強烈な意思。各々が確固たる目的があり、足を止めることは無い。

 なすべきこと、なさねばならぬことを知る者が確固たる意思を持つならば、その行動にブレは無い。

 ブレぬ筈の者がブレたなら、それを生じさせた原因がある。それは再びこの世界を訪れた自分以外にあるまい。

 そして、そのブレが黄巾の成立に及ぶほど初期に接触した人物となれば自ずと限られてくるのだ。

 趙子竜の人柄については詳しくないが、かつて風、稟から聞いた話では多分に愉快犯的な気質の持ち主であるようだったし、三姉妹との相性は悪くないだろう。

 あの劉玄徳の理想に共鳴する程であるから、情に厚い人物であろう事も想像に容易い。

 意気投合したか弱い姉妹に同行を申し出て、そのうちに風と稟がその利用価値に気づくという成り行きは充分にありえるものに感じられる。

 もしこの想像が中っているなら、風や稟がみすみす黄巾の乱などという暴走はおこさせはしないだろうし、いずれ姉妹は両軍師に伴われ、華琳のもとへとやって来るだろう。
 
 だが、もし万が一彼女らが他の勢力に身を寄せたとしたら? 力を蓄える大義名分を得られなかったことで袁紹や袁術に大きく水をあけられつつある現状を覆すために彼女らの力はどうしても欲しい。

 さらにはもう一つ、趙子竜の存在がある。

 前回、華琳の器量を不足なしと評しながらも曹家の気風が肌に合わないとして仕官に至らなかったと云う彼女だが、さらなるしがらみとして天和たちがいた場合、話が違ってくる可能性がある。

 乱世に生きる覚悟を持って立つ風や稟と違い、天和たちはあくまでただの旅芸人。

 その彼女らと友誼を結んでいた場合、趙子竜はどう動くか。

 英雄豪傑がことごとくうら若き乙女として存在するこの世界において、彼女は屈指の実力者だ。

 若さ、幼さゆえに勇に傾きがちな英傑たちにあって、勇と智が極めて高いレベルで均衡している彼女は貴重な存在といえる。あの張文遠、霞に比肩する剛柔自在の名将となりうる存在だろう。

 故に、彼女らが駆け出しのうちから人を遣ってアプローチを試みてはいた。

 しかし、めぐり合わせが悪いのか一向に接触できず、そうこうするうち瞬く間に彼女らは名士の一角、引く手あまたの時の人となってしまい、幕下に招こうと思えばそれなりの礼を尽くさねばならないようになってしまったのだった。

 だが、それでも得られるものを考えるなら当に千載一遇の機会。そのために切り札を切る価値は充分だ。

 本来なら自分が出向きたかったところだが、この時代の旅は戦などとはまったく別種のスキルが要求される。

 秋蘭に「いくらお前でも野垂れ死ぬのがオチさ」とまで言われてしまえばぐぅの音もでない。

 それにだ。張姉妹の価値を正しく理解していることに関して自分に並ぶものはいまいと自負してはいるが、曹家において半ば機密扱いされている自分よりも腹心として対外的にも知れている夏侯姉妹のほうがこちらの本気度を示して見せるには良いかという判断もあったのだが………。


 「どうにも―――めぐりあわせが悪いらしいなぁ」


 「めぐりあわせって云うより縁が無いんじゃないの?

 ………いえ、これはもしや呪い? アンタの日ごろの行いの所為で華琳様の天命にまで翳りが?! なんてこと! アンタちょっと死んでみなさい!!」


 「ぐっ………」


 反論したい。反論したいが反論できないっ!

 風も稟も数え役満☆しすたあずも、前回華琳のもとへと集った人材なのだから縁が無いわけがない。

 ではなぜと問われれば、今まさに「ひょっとして俺の所為じゃね?!」と考えていたところなのである。反論など出来ようはずがねー。


 「アンタ、まさか心当たりがあるんじゃないでしょうね………?」


 「サア? ナンノコトヤラ………」


 ジト目で見つめてくる桂花をCOOLにかわす。あれ、KOOLだっけ? 英語使わない生活が長くなってきた所為だろうか、なぜか後者のほうがこの場は適当な気がする。

 ともあれ三国一KOOLな天の御使い北郷一刀に死角なし。全身からドバドバ溢れて来る冷や汗はまさに水冷式、過酷な運用条件下でも熱暴走とは無縁の存在といえる。

 さらには傍らのネコミミ軍師さまのブリザードのごとき視線が新鮮な冷気を供給してくれている。

 おっと、この首筋を冷やりと撫でる感触は我らが覇王様の愛鎌絶! 幻覚とはいえコイツも冷却効果は抜群だぜ!!

 しかしそろそろ冷えすぎてきたような気がするな!! 少しはこう、温まるようなことも考えてもいい時期………かも?

 熱いといえば、ふむ。そういえば我らが曹家の熱血武者、帰ってきた春蘭達に会いに行く途中だったんだよな! あれ、腰に水平に添えられたこの感触は七星餓狼?!

 ヤバイ! ヤバイヤバイヤバイ!!! 三分割はやばい!! なにせ俺は生身の体、オープンゲットしたが最後、チェンジゲッタースイッチオンできないのである。

 三分するのは天下だけにしよう! 北郷三分の刑、ダメ、絶対!!

 そろそろブリザードを超えて絶対零度に近づきつつある軍師様の視線。

 いや、まだあわてるような時間じゃない。こんなときこそライフカードの出番だ!

 カモン三択!最良の選択肢を選び取ってみせようぞ!!

 ピコン



  ・桂花の唇を奪う
  ・桂花の乳を揉む
 →・桂花を押し倒す




 「ガッデムッッ!!!」


 ドゴスッ


 突如奇声を上げて壁に駆け寄り、その勢いのまま頭突きで大穴を開けた一刀を桂花も流琉もスルーした。

 前回に比べ、理由は不明ながら彼の身体能力が著しく向上している今回、わりと見慣れた光景だったからだ。


 しかし本人は冷静にスルーとはいかない。この三択、どれを選んでもデッドエンドしか見えねー。

 どーする? どーすんの俺!! つーか桂花に揉むような乳はねー………あ、今絶対零度を超えた! 水瓶星座の黄金聖闘士でも超えられない絶対零度を超えましたね、桂花さん!!

 まぁそれはそれとして、なんでデフォルトで三番にカーソルが?! 決定キー連打してたら即死だっただろ!

 くそぅ、こうなったら四択だ、オダギリだって四枚引くことがあったんだ! 俺にも第四の選択肢を、明日をくれっ!!

 ピコン


  ・桂花の唇を奪う
  ・桂花の乳を揉む
  ・桂花を押し倒す
 →・流琉も一緒に押し倒す




 「サノバビッチッッ!!!」


 ズゴシャッ


 再度奇声を上げて壁に駆け寄り、その勢いのまま繰り出した左の裏拳で引き裂いた一刀を、さすがに今度は桂花も流琉もスルー出来なかった。

 そのゲッター2のドリルのごとき破壊力は、理由は不明ながら著しく彼の身体能力が向上している今回といえど、なかなか見れるものではない。

 どうやらオープンゲットは出来なくともチェンジゲッターは出来たようだ。


 「に、兄様! お気を確かにっ!!」


 「なんてことっ! 溜まりに溜まった精液がとうとう脳にまで回ったのね………。 流琉、コイツはもう手遅れよ………ひとおもいにアンタの手で楽にしてやんなさい………」


 「そっ、そんな桂花様っ! 他に、他に手は無いんですかっ?!」


 「ここまで進行してしまったら………っ! せめて愛するアンタの手で送ってやるのが最後の情けよ………。クゥッ………!」


 「いや、大丈夫だからな、流琉。大丈夫だからその首にかけた手を離してくれ。 あと桂花、さりげなく流琉に手を汚させようとするんじゃない。あと桂花、嘘泣き下手だな。あと桂花」


 「チッ………、 人の真名を気安く連呼すんじゃないっ!」


 「………舌打ちとか、せめて気づかれないようにな。あと桂花、人を気安く亡き者にしようとした奴が言うな」


 「むっきーっ!」


 こんな王佐で大丈夫か?

 とはいえ、欲求不満が溜まりに溜まって脳に回ったとか、否定できねー。

 何せ、普通なら一生に一人出会えるかどうかの最高の恋人が十人以上。その全員に惚れ抜いて、同じくらい愛されて、しかし何故か一方的にその関係がリセットされてしまった。

 いや、何故かというのは違うか。あの結末には未練はあるが納得もしている。

 その果てにこうして再会という奇跡が得られたのだから………もう一度彼女らと恋が出来るのだから、不平など漏らしてはこの場を用意してくれた運命の神に申し訳が立たない。

 だがしかし、申し訳は立たないが別のモノは勃………ゲフンゲフン。

 挙句の果てがあの四択とか、もうね。

 はぁ、と内心で溜息をつく。

 一先ず、目下の問題を解決せねば。

 おかしな四択に釣られてまざまざと思い出してしまった誰かさんたちの感触の所為で直立歩行もままならないこの現状をな!!










 華琳のもとへ赴く流琉の後を着いて歩くうち、目的地がその執務室ではないことに気づいた。

 今頃は帰参した二人が経緯を報告をしているはずであるにもかかわらず、だ。

 同じことに思い至ったのか、桂花の顔色も心持ち青褪めている。

 やがて、もう誤魔化しようもなく、その目的地が医務室であることが確定してしまうと、堪らず一刀は流琉を置き去りにして駆け出した。桂花も後に続く。


 「秋蘭! 無事なのかっ?!」


 どんっ、と勢いのままに扉を押し開け中に飛び込むと、そこには華琳と春蘭、そして寝台に横たわるミイラが一体。


 「一刀、怪我人が居るのよ、少し静かにしなさい」


 「す、すまんっ」 「申し訳ありません」


 窘める主の声も馬耳東風、寝台の人物から目が離せない。

 全身くまなく包帯に覆われたその人物、唯一覆われていない頭髪と、ここにいるべきでありながら他に姿が見当たらないその事実から消去法で導き出されるその正体は………っ!

 背後から聞こえる息を呑む音は、彼女も同じ結論に至ったということなのだろう。


 「しゅ、秋蘭………なの………か?」


 「そ、そんな………」


 「………む、その声は一刀、それに桂花か。このようななりで済まん」


 包帯の所為で若干くぐもってはいたが、その声を聞き違えようはずもない。寝台の人物は紛れもなく夏侯妙才、秋蘭その人であった。

 そのあまりの惨状に奥歯をかみ締める。

 張姉妹を招聘するにあたり、数で威圧することも好ましくあるまいと云う彼女の言を入れて二人だけで送り出したのが誤りだったか。


 「気にするなよ秋蘭、おかえり。大変な目にあったみたいだな………って声? もしかして目が、目が見えないのか?!」


 「いや、見てのとおりグルグル巻きだからな。いい加減息苦しくてかなわんのだが………そうだ、ちょっと解いてくれないか?」


 「バカ言っちゃダメよ秋蘭! 自分で解くことも出来ないくせに、いいから養生して治しなさい!」


 「気持ちはうれしいのだがな桂花、見てのとおり手もグルグル巻きだからな。解こうにも指一本………」


 「いいからっ! あのね秋蘭、アンタに春蘭の代わりは勤まっても春蘭じゃアンタの代わりは出来ないの。

 あせる気持ちはわかるけど今はゆっくり休んで万全になって出直しなさい。その間は北郷を馬車馬のように働かすから」


 「あの、華琳様。不思議と貶されてる気がするのですが………?」


 「気のせいよ。あなたが貶されてるのではなくて秋蘭が誉められているの」


 「なんだ、そうでしたかっ!」


 はははと笑う姉のほうの声を聞き流す。


 「ここは桂花の言うことが正しいぞ、秋蘭が戻るまでは俺が馬車馬のように………俺が?! あぁ、まぁ俺ががんばる、頑張れる………といいな。

 まぁ今は自分が元気になることだけを考えるんだ。一刻も早く、俺が過労死する前にな」


 「いや一刀、その言葉は頼もし………くはないが、ぎりぎり頼もしいことに………いや、無理か。嬉しい………ことにしておくが、本当になんともないんだ。

 私の見立てでは頭、額に擦り傷がせいぜいの筈なんだが、目が覚めたときには姉者の手でご覧の有様でな。息苦しいやら痒いところにも手が届かないやらで、ホント助けてくれないか?」


 「そうは言ってもな………?」


 言いつつ春蘭のほうを見やる。


 「ダメだぞ秋蘭。あれだけこっぴどくやられたんだ。当分安静だっ!」


 フンスっ、と鼻息も荒く春蘭。


 「そうは言うが姉者、ではいったい誰にやられたというんだ? だいたい、姉者も気を失っていたのならその何者かに二人で挑んで負けたということか?」


 「ちょっ、やられた? 負けた?! どういうことだよ、秋蘭の怪我は落馬の所為じゃないのか?」


 話が掴めず泳がせた視線が先に話を聞いていただろう華琳を捕らえた。

 だが彼女もお手上げといった風に肩をすくめる。


 「華琳様、どうぞ」


 「ありがとう、流琉」


 話を邪魔しないよう静かに入室し、お茶の準備をしていた流琉から湯飲みを受け取り一口喉を湿らせると口を開く。


 「いいわ、一刀。解いてあげなさい」


 「華琳様っ?!」


 「いいのか?」


 「秋蘭ほどの者が、病ならともかく自身の怪我の見立てを、それも落馬と戦いでの負傷とを誤るとも思えないでしょう。違う、春蘭?」


 「そ、それは、おっしゃるとおりなのですが………」


 「そうよ、そもそもアンタも気を失ってたって事はアンタだってやられたってことでしょう! そのアンタがケロッとしてんのに何で秋蘭だけ重傷なの? おかしいじゃない!」


 言いよどむ春蘭に桂花が畳み掛ける。


 「うっ、それもそのとおりなのだが………」


 「だいたい、アンタ達二人を纏めてのすなんて、いったい何人で囲まれたってのよ? 戦いの跡は? 一人も討ち取れなかったの?」


 「ばっ、バカにするな! 雑魚にどれだけ囲まれたところで遅れをとる我らではない! 相手は………」


 「相手は?」


 「その………一人………だった気が。 白装束の………おと」


 「「一人っ?!」」


 「アンタ、やっぱりおかしいんじゃない? アンタ達姉妹が揃ってて一人相手に負けるなんて、一………北郷じゃあるまいし、そんな相手が二人も三人も居て堪るもんですかってのっ!」


 「は、ははは………」


 桂花の言葉に思わず空ろな笑いが漏れる。

 前回は最後まで、二人同時はおろか片方相手だけでも、さらに言えば手加減をされた上でも勝つなど夢のまた夢だったはずなのに今回は何故か、二人同時に向こうに回してもかろうじて退けられるようになってしまっていたのだが、それはそれとして『そんな相手』に心当たりがあったためだ。

 飛将軍のひととか、美髪公のひととか、燕人の子とかね。


 「まぁいいわ。秋蘭、本当になんともないのね?」


 「はい」


 「だ、そうよ。一刀、解いてあげなさい」


 「ん、ああ」


 「か、華琳様ぁ~」


 しゅるしゅると衣擦れの音を立て包帯が解かれていく。


 「ん、擦り傷ってこれか。他に目立った傷はないみたいだけど………」


 「ぷはぁ、助かった。すまんな一刀」


 やがて秀麗な美貌があらわになり、深刻な負傷が見当たらないことに一先ずほっと息をつく。


 「だ、大丈夫なのか、秋蘭? 痛いところはないか?!」


 「だから大丈夫だといってるだろう、姉者」


 「続き解くぞ。 上、起こすからな」


 背中に手を差し入れ上体を起こしてやり、そのまま解いてゆく。


 「腕とか痛まないか? 触れてもだいじょぶか?」


 「あ~、少し強張っているが大事無い。 気にせずやってしまってくれ」


 「あいよ」


 「こらっ! か………北郷! もっと丁寧に扱えっ!!」


 しゅるしゅるっと。

 自由になった腕を曲げ伸ばし、指の調子を確かめる秋蘭から身を離す。


 「問題はなさそうね、秋蘭」


 その様子を見る華琳もどことなくほっとした様子だ。


 「むぅ、そんなはずは………」


 「なんだ姉者、無事じゃないほうが良かったのか?」


 「そ、そんなわけないっ! 何事もないに越したことはないともっ!!」


 慌てる春蘭に冗談だと笑う秋蘭。


 「ところで一刀、さっさと残りも解いてしまってくれないか」


 「ん、腕が自由になったなら自分でやったほうが楽なんじゃないか?」


 「私はそれでも構わんが………いいのか?」


 思わせぶりに哂う秋蘭。


 「ん、どう云う意味だ?」


 「いやなに、場合が場合なのでな。 うっかり滑ったお前の手が胸や尻に触ってしまっても不可抗力のうちではないのかと思ったまでのこ」


 「さぁっ! ちゃっちゃと解いてしまおうかっ!!」


 「自分に素直な奴だな、お前は」


 手を伸ばそうとした瞬間、室内で膨れ上がる殺気が四つ。


 「というのは無論冗談だとも。身動きが出来ない女性に不埒を働くようなマネをすると思われていたとは心外だねぇ、秋蘭君」


 「それは失礼したな、北郷殿」


 ククッと笑いをかみ殺す秋蘭を横目に春蘭に向き直る。


 「まぁ、怪我らしい怪我もなくて何よりだったわ」


 言いつつ春蘭に視線を向ける華琳。


 「まったくっ! どこかの猪は少し落ち着きを覚えるってことが出来ないのかしら」


 「むっ、桂花! 私に何か言いたいことでもあるのかっ?!」


 腕組みをしてうんうん唸っていた春蘭が桂花の言葉に反応して顔を上げる。


 「あら、私は猪としか言ってないんだけど? まぁ少しは自覚が出てきたって事ならめでたいわね。やっぱりどこか打ったの? 頭とか」


 「なんだとぉっ!! ………っと、どうされました華琳様、北郷まで」


 桂花に食って掛かろうとした春蘭だったが、いつの間にやら視線が己に集中しているのに気づき、僅かにひるむ。


 「桂花の言ったとおりよ、春蘭。貴女はどこか痛むところはないの? 頭とか」


 「ご心配いただきありがとうございますっ!! ですがこの夏侯元譲常に万全磐石! 普段どおり一切問題はありませんともっ!!」


 「普段どおりか………それはそれで問題だけどな。 けどやっぱり一度医者に見てもらったほうが良くはないか? 頭とか」


 「なんだ北郷、お前までっ!」


 「まぁまぁ春蘭様、皆さん春蘭様のことが心配なんですよ………頭とか。 あ、お茶のおかわりはいかがですか?」


 「うむ、頂こう」


 はたして、一同が揃って目頭を押さえたのはあっさりごまかされた春蘭とさらっと毒を吐いた流琉、どちらを嘆いてのものだったか。

 曹家の良心は失われつつあるのかもしれない。



 その時、勢い良く扉が開け放たれる音とともに新たな人影が室内に飛び込んできた。


 「春蘭様、秋蘭様っ!! おかえりなさ~い!!」


 「おおっ、季衣っ!!」


 人影は一瞬の遅滞なく部屋の中から目的の人物を探し出すと、躊躇なくその首筋にかじりつくように飛び込んだ。

 頭上で赤毛を大雑把に二つにくくった独特の髪型の小柄な少女、曹孟徳の親衛隊に籍を置く許緒である。


 「はははっ、少し見ない間に大きくなったなぁ!」


 「もうっ、いくらボクが成長期だからってほんの何日かでおっきくなったりしないよっ! タケノコじゃないんだからっ!」


 「なんのっ、お前は何しろこの私が見込んだ武人なのだからなっ!! 数日会わなければ見違えもしようというものよっ!!」


 さながら親犬にまとわりつく子犬のように春蘭にじゃれ付く季衣。


 「仲康、孟徳様の御前よ、控えなさい」


 近衛として華琳の傍に侍る事が増えるであろう事を考え、あえて厳しく窘める桂花の言葉にも棘はない。


 「桂花様っ! ごめんなさ~いっ」


 春蘭登りを堪能するうちにいつの間にやらその背中にしがみついていた季衣がぺろりと舌を出し飛び降りようとしたときだった。


 「あれ? 春蘭さま、ここなんか出来てるよ!」


 「む、どうした季衣?」


 「ここのところ、コブになってるんじゃない?」


 言いつつ無造作に突付く季衣。


 「「「「「それだっ!!」」」」」


 痛ったぁっ~~~~~!!

 春蘭の悲鳴を他所に五人の心は一つとなったのであった。





 「失礼いたしま………す?」


 八人目の人物が上官の姿を求めてその場に現れたのはそれから間もなく。

 入室した楽進はそこで目にした光景に思わず首をひねった。

 医務室として用意された寝台に横たわるのは主、曹孟徳の腹心たる夏侯元譲。その上半身に跨る様にして当の主、曹孟徳が舌なめずりしつつ彼女を寝台に押さえつけている。

 いかな猛将といえど心酔する主に抗うわけにもいかず、「華琳さま~っ」と情けない声で懇願するばかりだ。

 そのまま視線を下半身のほうにずらすともう一人の腹心、夏侯妙才が包帯とおぼしき物で足の先から姉をグルグル巻きにしていた。

 こちらにしても溺愛する妹のこととあってやはりされるがままのようだ。


 「な、凪っ! 秋蘭を、いや華琳さまをお諌めしてくれっ! 凪っ! 凪ってばっ!!」


 そのまま視線をずらしていくと小卓を囲む人物が四人。

 年少の同僚である典韋と許緒、軍師の荀彧、そして彼女が探してここまで足を運んだ当の上官、北郷一刀。

 四人は寝台の混沌など目に入らぬといった風情で茶菓子を摘んでいるようであった。


 「な、凪っ!! 後生だからっ」


 「往生際が悪いわよ春蘭―――!」


 再度寝台のほうを見やり、主君の目が実に生き生きと輝いているのを見てとると、楽進はそちらには係わらないことに決めた。

 あとで春蘭様からは愚痴を言われるだろうが、あの華琳様は自分では手に負えまい。ていうか、手を出したら藪蛇になる。絶対に。

 心中で春蘭に一つ手を合わせると、彼女は手招きをする上官、内心でもう一人の主と敬う青年の下へと足を運んだ。


 「隊長、桂花様、失礼します。よろしいでしょうか?」


 「どうした凪、なにがあった?」


 こと職務に対する生真面目さでは随一の彼女が持ち場を離れて足を運んだ事実から、なにやらおきた事を察した一刀が問いかける。


 「はい。以前から伺っていました、程立あるいは程昱、それと戯子才あるいは郭嘉と名乗る人物が訪ねてきたら―――」


 「っ! 来たかっ!!」


 椅子を蹴立てて立ち上がった彼の様子に、寝台で獲物を攻め立てていた二人までもが視線を向けた。







 「あの~、星ちゃんは一体いくら踏み倒していったのでしょうか~。風たちはあんまり持ち合わせがないのですよ~」


 「今は袂を分ったとはいえ、真名を交わした友人です。代わりに立て替えるのは無論やぶさかではないのですが………その、お恥ずかしい話ですが風の言うとおりなのです。

 あっ、だからと言って踏み倒すつもりなど微塵もっ! いざとなればその………孟徳様になら………このカラダでっ………ブハッ!!」


 会見の場において一刀と桂花を伴って現れた華琳に対し、一通りの挨拶の後で二人が切り出してきたのは、まさかの趙子竜食い逃げ疑惑だった。







 ここ、陳留に居を定める曹孟徳。この方こそと思い定めて居館を訪ね、門衛に名を名乗ってみれば詰め所につめていた、それも一目でひとかどの武人とわかる上位者と思われる少女が表情を変えた。


 「郭奉孝殿………ではお連れの方は程仲徳殿でいらっしゃいますね。お名前は伺っております、どうぞこちらへ」


 その言葉とともに通されたのは主の趣味の良さが伺われる、しかしふらりと現れた素性の知れないものには不相応な応接室。

 仕官を望んで来た旨を告げるまでもなく、しかも、通されるとしても面接担当の下級官吏のもとだろうと予想していた二人はこの待遇に若干面食らった。

 未だ何の実績もない旅の身であるにもかかわらず、名前を知っていると言われ、挙句のこの待遇。

 頭の回りすぎる彼女たちになにやら不穏な気配を感じさせるには充分といえよう。


 「今隊長を呼んで参ります、少々お待ちください」


 隊長?!

 面接の官吏ではなく?!

 二人の困惑はさらに加速する。

 仕官先への下調べも充分だった二人には、彼女の言う隊長に心当たりが当然あった。

 この陳留を他の都市と一線を画すものとするその要因。都市の治安維持に特化させた組織として屯所をはじめとする斬新な機構を誇る陳留警備隊。

 ここ、曹孟徳の居館を守る衛兵はその管轄であり、詰所はその本部である。そこに詰めていた少女が隊長と呼ぶからには当然、その警備隊隊長その人であろう。

 仕官しに来たら治安維持組織の最高責任者が出てきたでござる。

 しかも無名のはずの自分たちを知っている。

 不穏だ。果てしなく不穏だ。


 「稟ちゃん、今のうちに逃げちゃいましょうか~」


 「に、逃げてどうするんですっ! 孟徳様にお仕えするためならこの程度の苦難乗り越えて当然!!

 大体、こんな懐とも云うべき所から精兵で知られる曹家の衛兵の手を逃がれるなど………手に手をとって逃げ出す私と風、しかし所詮はか弱い女の身、たちまち追い詰められ引っ立てられる二人………しかしその先で待っていたのはいと美しき………ふふっ、この私のもとから逃げ出そうなんて可愛らしいこと………微笑を浮かべつつその白魚のような繊手で私の着衣を………私はそれに逆らうことも出来ず………ブハッ!!」


 「は~い稟ちゃん、トントンしましょうね~」


 『おいおい、このざまじゃ逃げ出すなんざ夢のまた夢だな』


 手馴れた様子で血止めの処置を施す風の頭上で呆れた風情で肩をすくめて見せる謎のオブジェ。


 「ら、らはらにへらしへろうふるんれふは」


 『あ~、だ、だから逃げ出してどうするんですか、か?』


 「まぁ、そのとおりといえばそうなんですけど~。それに、風はなんだか燃えてきたのですよ~。この状況は実に興味が惹かれますね~」


 なんといっても知と智で身を立てんとする彼女たちである。不可解な状況になればその本性が首をもたげてくる。


 「ははひふぁへいふぁはひゃひぃほほもぃまふ」


 『え~と、私は星が愛らしいと思います、だってよ』


 「おぉ、稟ちゃん、そうだったんですか~?」


 「ひ、ひふぁぃまふっ!!」


 「稟ちゃんの衝撃の告白はさておき~」


 「ははらひふぁいまふ~っ!!」


 「風は星ちゃんが怪しいと思うのですよ~」


 元来趙子竜という人物に陰性の要素は無い。人をからかって遊ぶのは大好きだが陥れて悦に浸る嗜好とは無縁だと、ともに旅をしてきた二人は断言できる。




 そんな二人が真逆の結論に至ったのは極めて単純、諸国を巡る旅の間偽名の戯子才で通してきた稟の本名、郭嘉を知るものが他に居ないはずだからである。

 容疑者が絞れたなら次は動機だ。繰り返すが、趙子竜に他人を………まして友人を陥れて愉悦を覚える嗜好は無い。

 だがこうして官に拘束されている現状は? 彼女にとっても不本意な結果なのでは? これが二人の身に危険が及ぶ状況であれば、星は自身の命に代えても彼女らに累が及ばないようにしたであろう。

 前提となる骨子を組み立て、そこに状況を肉付けしていく。


 趙子竜は友人を陥れない。だがからかって遊ぶのは大好きなのだから、今回の発端もそれであろう。

 先だって、こんなご時世であるからには生きて再び会うことは叶わぬかもとお互いの壮健を祈り分かれた風、稟と星だったが、そのあとで何かイタズラを思いついた彼女が先回りをしてここ、陳留にたどり着く。

 自身の美学、美意識を大切にする彼女が一度別離という形でつけたけじめを反故にするというのは考えづらいが、その一方面白さを殊のほか重んじる彼女であればやりかねないとも思うのだ。

 酒でも入っていれば特に。

 ともあれ、何を思いついてのことかは知らぬが、先回りには成功したであろう事に疑う余地は無い。足手まといがいるならともかく、単騎駆けの彼女を阻めるものがどれほど居ようか?

 ならば彼女の想定外のことが起きたのはこの陳留においてであろう。

 風と稟を長躯先回りして仕掛けようとした悪ふざけを反故にしてまで趙子竜が逃げ出さざるを得ない事態。


 「ふぇんふぁふぇふょう………」


 「メンマでしょうね~………」


 『メンマだろうなぁ………』


 体はメンマで出来ている。

 メンマを肴にメンマをつまみ、メンマにメンマを乗せてメンマとともに掻き込む女、それが趙子竜。風と稟のかつての連れに対する印象である。そして概ね正しい。


 一駆けして目的地にたどり着き、本命の悪ふざけの仕込みの前に腹ごしらえでもしようと思ったのだろう、目に付いた飯屋の軒をくぐる。

 そこで出会ってしまったのだろう。彼女のめがねに適う一品に。

 良いメンマには良い酒などとほざきつつ一番高い酒を注文し、さらにメンマを重ねる。


 「目に浮かぶようですよ~………」


 そして財布の限界を超えたのであろう彼女は、後から来る風と稟に後事払い託し任せて自身は戦略的撤退をはかった、と。

 風と稟は思わず頭を抱えた。風の頭上では謎のオブジェもまた頭を抱える仕草をしている。

 だが、一先ず安心もした。食い逃げした本人であるならともかく、後から払いを押し付けられただけならそれほど無体な罰を与えられることも無いだろう。


 とまぁ、斯様にして『常山の昇り竜』趙子竜は真名を預けあった友から食い逃げの濡れ衣を着せられることとなった。

 実際は自身の知る知識と大幅にずれを見せる世界に焦りを覚えたどこかの誰かが、


 「門衛と揉めたりして他所に行かれちゃかなわん」


 と要らぬ気を回しただけで、つまりは『北郷一刀って奴の仕業なんだ』、である。




 程仲徳、郭奉孝両名との会見は、幕開けこそ微妙であったものの、二人の知見の高さに華琳は大いに満足し、その場で召抱えることとした………のだが。

 最初は喜色あらわだった一刀の表情が次第に微妙なものに変わっていくのを彼の主は見逃してはいなかった。


 「それで桂花、一刀。あの二人、貴方達にはどう見えたのかしら?」


 「はっ、各々の適性等は今後のこととしましても、両名ともに頭脳、見識ともに不足無きものと思われます。即お召抱えになられたのは御英断だったかと」


 華琳の問いに桂花が答える。


 「ふ………仲徳殿は謀略向きだな。奉孝殿は戦術に才がある。どちらもその道では一二を争う名手だぞ。華琳の大計を桂花が形にして、その下で二人にそれぞれを任せるように出来れば最高だろう………どうした二人とも?」


 「まるで見てきた風な口をきくじゃない。それも天の知識ってわけ?」


 内心を伺うかのように問うてくる桂花にまぁなと答える。

 事実見てきたわけだし。

 いわゆる王佐、王と視点を共有し、その歩みを助け、時には過ちを正すことの出来るもの。

 この世界において賢者は数あれど、その名にふさわしい者を上げろといわれれば三人。

 呉の大軍師周瑜、蜀の伏竜諸葛亮、そして目の前の桂花。

 桂花は経験で周瑜に及ばない。才能でも諸葛亮に一歩譲るだろう。

 だが才能で周瑜に負けるとは思わないし経験で諸葛亮に勝る。二人の偉才に伍して譲ることは無いと自信を持って断言できる。

 戦術家、戦上手の名を上げろと言われれば鳳雛鳳統、そして稟だ。

 そして謀臣。この分野では風の一人勝ちだろう。対抗できる可能性があるのは賈駆だろうが、霞の話から察するに、この世界においては心優しい董卓への想いがその才能をスポイルしてしまっているようだ。

 孫家の陸遜、呂蒙は小周瑜でしかなく、彼女の不得手を補える存在足りえない、劉家の謀臣は目覚めを知らないとなれば智の分野における曹家の優位は動くまい。


 「ふぅん………その割には二人を見る貴方の目、なんだか期待はずれといった風にも見えたのだけれど………?」


 「まったく、よく見てるよな。でも期待はずれって訳じゃないんだ。そうだな………獲らぬ狸の皮算用、そのあげく当てが外れてちょっと………ってとこか」


 「なによ、手土産にでも期待してたって? ばっかじゃないの!」


 「ははっ、返す言葉もない。実は例の旅芸人の黒幕があの二人なんじゃないかって目星をつけてたんだ。で、手土産に三人と護衛の武人も連れてきてくれないかな~なんてね」


 「はぁ、あんたねぇ………。程仲徳と郭奉孝じゃぁどう聞き違えたって孔明と士元にはならないでしょうが………」


 「………なんだって?」


 「だから、孔明と士元よ。名か字かは分らないけし、姓も………」


 「まて、まてまてまてまてっ! 旅芸人と一緒にいるのは孔明と士元なのか?!」


 「な、なによ?! その二人までアンタの知り合いなわけ? てゆ~か、なんでアンタが知らないのよ?! 報告は渡して………たかしら? と、とにかく、興行主にあたればそれぐらいは………」


 夏侯姉妹が赴いたのは潁川、そこから劉備の居る幽州を目指すならかなりの確立で治安の良い陳留を通るはずだ。

 網を張れば押さえられるか?………だめか、どんな名目で動員するというのだ………旅芸人を捕らえるためなど、それこそ鼎の軽重を問われるというものだ。

 さらに、場合によってはそれどころではない。この時代の情報インフラを一手に担う職業的旅行者である旅芸人の弾圧とも取れる行いは曹孟徳の風評に小さくない傷をつける。


 (まずい、詰んだか?!)


 一刀の内心には一つの大きな焦りがある。黄巾に続く第二の転機、皇帝の崩御が近いのだ。

 こちらは黄巾と違って間違いなく起こるだろう。

 これを覆すとしたら、前回名前だけ聞いた華佗………どうやらこの世界に合わせてトンデモ補正を享けているらしい………くらいしかあるまいが、いかな名医とはいえ、市井の医者が都合よく皇帝の傍に上がれるとも思えない。

 張三姉妹の募兵能力による軍事力の強化を当てにしていたのだが、もし今の状態で反董卓連合までへの流れに巻き込まれた場合どうなるだろうか?

 まず第一に朝廷と諸侯のパワーバランスが違う。

 黄巾党が現れなかった今回、小規模な叛乱を諸侯に丸投げし続けてきた結果、朝廷の戦力はほぼ手付かずに近い。

 それをそのまま董卓軍が併呑した場合、疲弊した諸侯が連合して、果たして太刀打ちできるものだろうか?

 対抗できないなら喧嘩を売らなければいいだけの話なのだが、そんな理屈は発起人となるであろう袁紹には通じまい。

 考え無しでも金と行動力は有る彼女によって、一旦董卓討つべしとの風潮が生まれてしまえば………。

 よしんばこれを切り抜けて乱世になった場合はどうなるか?

 北に袁紹、南に袁術。両袁家に挟まれ磨り潰される未来しか見えない。


 「一刀、どうしたの?」


 どうしたら君を生き残らせることが出来るか考えてるんだ。

 野心を、覇王としての矜持を捨て、かつての董卓のように歴史の影に消えるなら、それは容易いことだ。

 仮に彼女がそれを選ぶなら自分も、夏侯姉妹も、おそらくは桂花も彼女に付き従い、守り抜くだろう。

 だが季衣は、流琉は、凪は、沙和は、真桜は、そして今日新たに幕下に加わった風と稟は?

 彼女達は華琳こそ大陸に安寧を齎す者と信じ、華琳もまた彼女らにそれを誓った。

 なにより華琳自身が己に誓った、それゆえの彼女の輝き。

 覇王であることの誇りが彼女の全てではないが、彼女を彼女足らしめる要であることもまた確かなのだ。

 それを捨てさせて、本当に彼女を守ったといえるのか? 俺はそんな事のために帰ってきたのか? なにより俺自身はそんな結末で満足できるのか?!

 だがどうする?

 霞の話によればかつての董卓は未完ながらも十全足る王の器を持ち、その下には賢臣賈駆、勇将霞、武神呂布が集い充分に天下を狙う資格を持っていたし、事実相国として王手をかける手前まで行った。

 そんな彼女ですら名を捨て、歴史の影に消えるしかなかったというのに、今の出遅れた曹家に逆転の目など………?



 まて―――無いか? 本当にないのか?! そうじゃないだろう、さっき俺は何を考えていた!!

 必死でかつての世界での経緯を記憶の底から掘り返す。

 多分これしかない、これならまだ目がある………だが。

 目線を上げ、主たる少女を見やると、彼女と目線が重なった。


 (だが、これは………)


 説得するには骨が折れそうだ。

 主の気性を考えると、今日で使い慣れたこの首ともオサラバかもしんないな~。

 内心溜息を吐きつつ、北郷一刀は主に自らの計略を語ることを決めた。












 「つまり、陳留に居る北郷一刀は"二周目"だと言いたいのか?」


 怪人貂蝉の報告を聞いた少年は眉間を揉み解しながら確認する。


 「ご主人様に直接聞いたわけじゃないんだけどぉ~、ふたばちゃんから預かった刀に覚えがなさそうだったり、なにより出会う娘出会う娘みんな妙に懐かしそうに眺めてたり。

 そもそもふたばちゃんを捜そうと云う素振りも無いなんて、ふたばちゃんのお兄さんのご主人様のあのシスコンぶりからは考えられないでしょ?」


 今回の計画に適格な『天の御使い』を選定するに当たり、北郷ふたばとその兄としての北郷一刀のことは調べ尽くしたといって良いほどに調べた。

 北郷ふたばは無自覚な末期のブラコンだが、それに対して兄の一刀は自覚の有る、そして尚且つそれを楽しんでいる末期のシスコンである。

 そんな男がまるでふたばなど居なかったかのように振舞っているとあれば、貂蝉でなくとも北郷ふたばの兄ではない北郷一刀と取り違えた可能性を疑いたくもなろう。


 「だが、それは無いな。この外史の焦点はあくまでも北郷ふたばだ。であれば北郷一刀もまた"北郷ふたばの兄"として存在を規定されている。

 身体能力の向上は観測したのだろう?」


 「ええ、それはそうだけど………」


 「であれば………どこぞの同位体と混線したか………。ふん、いくら自分の分身の物とはいえ、いつまでも未練の残滓にいい様にされている奴ではあるまい。

 未熟とはいえ奴も北郷一刀に違いは無いのだからな。とはいえ、厄介なことになったのは違いないか………」


 北郷一刀を魏に落とした理由はただ一つ、曹操一党の救命策だ。

 放って置けば磨り潰されるように策を弄しはしたが、彼女らが命まで落とすことに対しては肯定派が難色を示したためだ。

 歴史に重大な影響をもたらすような存在は逆に歴史から重大な影響を受けもする。

 現在の皇帝、劉宏や十常侍の死が殆どと言って良いほど避けられないのと同じように、新たな正史とするべく重点的に観測されているこの世界で曹操一党のような英雄、英傑の集団が死ねば、それがこの新生世界群での前提事項となってしまう可能性が高い。世界そのものが彼女らをありとあらゆる手段を持って殺そうとするのだ。

 それは彼ら管理者の間の専門用語で魏ルートと呼ばれる近似外史群の枯死を引き起こすのみならず、その他の分岐史にも及ぶだろう。

 正史への縁を断ち切ってしまいたい彼らには願っても無いことではあっても、世界が内包する可能性をこそ愛する肯定派にとって、それは看過できない。

 だからこそ、悲願に固執し、再起の目が有る限り地を這い泥をすすってでも生き残るであろう呉の面子と違い、最後まで徹底抗戦………己の覇道に命をかけ、これが潰える時は自らもまた滅びる道を選ぶ事が容易に想像できる彼女の元に心変わりを促せる、そしてふたばとの縁となれる北郷一刀を送り込んだのだ。

 北郷一刀に何も知らせることが出来ないのもまた然りで、最初から亡命を促す安全装置の役目と知っていたら勘の鋭い彼女らの信頼を得られはしないだろうという予測に基づく。

 だが、その無知であるべき北郷一刀が無知どころではなく、さらには武力まで備えた上で曹操の覇道に合力するとは………。



 『あ…ありのまま 今 起こった事を話すね!


 「武力ボーナスに管理者が味方で楽勝イージーモードと

 思ったら 敵は公式チートと強くてニューゲーム+二周目特典付だった」


 な… 何を言っているのか わからないと思うけど 

 わたしも 何をされたのか わからなかった…

 頭がどうにかなりそうだった… ヘルモードだとかナイトメアだとか

 そんなチャチなものじゃあ 断じてない

 もっと恐ろしいものの片鱗を 味わったわ…ってゆーか、これから味わうのね~~~っ!!』


 

 脳裏でやけに濃い顔をした北郷ふたばが喚いているが黙殺する。

 今後の策を練り直さねばならないか………全くもって、北郷一刀が絡むと碌なことにならない。

 少年は溜息を押し殺しつつ腰を上げた。


 「どうしたの、そんな楽しそうな顔をして?」


 「なるほど、どう化粧すればそこまで酷い面が出来上がるのかと不思議だったが、なんのことはない。そもそも目が腐っていたか」


 「ぬわんですって~っ………て、あらん? どこに行くのん?」


 そのまま振り返ることなく歩き出す。


 「ずっと立ち聞きしていたのだろう? ならば聞いていたはずだ」


 『仮にも外史を管理してきた俺達が天下統一などと云う話を小娘一人に振るとでも思ったのか?』

 あの娘にそんな見得を切った上で、これ以上の無様をさらすなど己の矜持が許さない。

 それに………。


 「俺は北郷一刀への嫌がらせには労を惜しまんと決めているのでな」


 そう言い残し、少年もまた桃園を後にしたのだった。













 「三度みたび正座なう」


 「なう? 語尾で個性を主張するなんてあざといのはそこのはわわとあわわで間に合ってるんだけど………」


 正面からジト目で睨んでくるちぃちゃん………いや地和様。


 「はわわっ、あざとくないでしゅっ!!」


 「………語尾でもないでしゅ」


 正面、次いで背後から抗議の声が上がる。


 「甘いねちぃちゃん! そんなことじゃこれから『のじゃ』とか『にゃ』とか『へぅ』とか出てきた日には―――」


 「ふたばちゃん、ちゃんと反省してるのかな~?」


 正面から見下ろしてくる視線の圧力に口ごもり、小声でごめんなさいとつぶやくふたば。


 「のじゃ? 『にゃ』は確か南蛮なまりよね。けど『へぅ』ってなによ『へぅ』って? そんな語尾聞いたことも無いわ。それ萌えるの?」





 「へぅ、語尾じゃないです」


 「ど、どうしたの月?」





 右手でつぶやく声にどこか遠くで―――具体的には涼州のほうから―――抗議の声が上がった気がしたが気のせいだろう。

 というか、さっきから声があちこちから聞こえてきてだんだんクラクラしてきた。

 劇場に帰りついた一行は一息つくまもなくふたば達を正座させると四人で四方を取り囲み、円を描くようにグルグル回り始めたのである。

 これなんの儀式?


 「てかさっ! 今回わたし悪くないよねっ?!」


 「悪く………ない?」


 右手から正面へ歩みを進めつつ朱里ちゃん。

 幼女による腕組みからの見下すような目線のコンボ………我々の業界ではごほうびです!! いやいや。


 「えっ、悪く………ないよね?」


 正面で足を止めた朱里が左手方向にクイっと顎をしゃくってみせる。

 その仕草にふたばはしぶしぶ今まで目を逸らしていたもう一人の被告人に目を向けるとそこには………


 「………ぽっ」


 怜悧な知性を象徴するつややかなおでこ、眼鏡の下の涼やかな目元を今はほんのり朱に染めもじもじとはにかむ人和ちゃんが居ました。

 あと、『ぽっ』は口で言ってました。


 「もえもえ~………きゅんっ! じゃなくって!! なに?! さっきのちゅーのことなのっ?! あんなの事故じゃないっ! わたしだって被害者だよっ!!」


 異界からはじき出される刹那、少年に詰め寄ろうとして果たせず転げるようにまろび出たふたば。

 結界破りを仕掛けた地和は当然それを察知していて抱きとめる気満々でいたのだが、異界から何かが飛び出してくる気配に驚いた人和が咄嗟に姉を突き飛ばし、悲劇は起こったのであった。

 勢い良く飛び出してきたふたばを人和が支えきれるはずも無く、しかも現れたのが目と鼻の先。唇重なる一秒前。

 完全に体制を崩していたふたばは勿論、人和にも身をよじってかわす余裕など無く………というか、突き飛ばされた刹那地和は見た。

 目を閉じ薄っすらと頬を染めた妹がむしろ自分からイった事を。


 一方この時のふたばの反応はある意味超人的だったといって良い。

 折角掴みかけたのに目の前で逃げられた兄の手がかり、異界からはじき出された衝撃、不意に変わった景色、目の前に居る人和、ちゅー。

 それら諸々のことを一瞬で切り捨て、このままでは人和を押し倒す、彼女に怪我をさせる、その可能性に対処したのである。

 つまり彼女を全力で抱きしめ、倒れないように踏ん張ったのであった。


 結果、街外れということで人影こそ疎らだが昼日中の天下の往来で抱きしめあって熱烈なくちづけを交わす美少女二人の図が展開されることとなった。

 以後、今に至るまで人和はこんな感じである。


 「ふたばさん………お嫌でしたか………?」


 「テイク2! なに?! さっきのちゅーのことなのっ?! あんなの事故じゃないっ! わたしにとってご褒美ですっ!!」


 「なら有罪ですね」


 「………はい」


 まぁ、そう云う事ならば朱里と雛里はともかく、おねぇちゃんずが怒るのは無理も無い。



 『お~い、ふたば~』


 『な~に~、おに~ちゃん?』


 『ちゅ~しよ~ぜ~、ちゅ~』


 『い~よ~』


 ちゅ~


 みたいな感じで幼稚園に入る前にファーストキスを済ませてしまい、今更女の子同士などノーカンで済ませられるふたばと違って、大事な妹の初めての唇を汚されたとあらばそりゃ怒る。

 そういえば昔、『その程度の汚点でいちいちノーカンにしてたらアンタの人生白紙に戻っちゃうんじゃない?』って言われたけど、あれってどう云う意味だろう?


 「また違うこと考えてたでしょ~? はぁ、しょうがないなぁ」



 今はこのくらいで勘弁してあげる。

 天和様のありがたい御達しにほっと胸をなでおろす。


 「………それで、なにがあったんですか? 私、朱里ちゃんに引きずられてただけだったので今ひとつ状況がつかめないんですけど」


 ぐるぐる運動をやめた雛里が当然のようにふたばの膝に腰を下ろしながら問いかけるのに合わせ、それぞれ適当に車座になる。


 「………いやいや雛里ちゃん、そのネタもう三度目だから勘弁してよ」


 流石にもうしびれた足を突付きまわされるのは勘弁してもらいたいので若干可哀想な気がしつつも膝の上から退いて貰おうと雛里の脇に手を差し込み持ち上げようとする。

 だが、普段は聞き分けの良い雛里であるのに逆にぎゅっとふたばのウエストにしがみつき胸元に顔を押し付けてきた。


 「ひ、雛里ちゃん?」


 「………すごく………心配しました………」


 普段のふたばであれば気づいたであろう………いや無理か。

 だがこの場の他の四人は当然気づいた。彼女はつい今さっき『私、朱里ちゃんに引きずられてただけだったので今ひとつ状況がつかめないんですけど』と言ったばかりである。

 僅かにしめり気を帯びた声と幼げな仕草にやられたふたばは思わず膝の上の雛里を抱きしめた。

 それを『ぐぬぬ』の顔で見る天和、地和そして朱里。


 だが一人、全く違う表情で見るものがいた。

 ただ一人、もっとも間近で見ていた人和である。

 その表情は畏れ。

 そう、彼女は見たのだ、見てしまったのだ!!

 抱きしめられたふたばの胸の中で雛里が不吉に笑うのを!!

 その双眸は爛々と輝きを放ち、口元は三日月のように弧を描いていたのを!!!


 かつて『チョロい妹、略してチョロいも』から『おっかない妹、略してコワいも』への華麗なクラスチェンジを果たした彼女には判る。

 なにか恐ろしいものが生まれようとしている!!

 生存競争の弱者、弱肉強食の最底辺だった小動物はもう居ない………彼女は捕食者へと生まれ変わったのだ!!!―――性的な意味で。

 雛里とふたばから目を離してはいけない。

 人和は心を決めた。

 雛里がふたばに牙を剥くその時にこそ!!


 (混ぜてもらおう!!)


 この娘ももうダメかもしんないね。







 「はわわっ、ふたばさんをつれて来た人って、それじゃぁ女神様と会ってたんでしゅか?! いいなぁ………」


 「………私もお会いしたかったでしゅ」


 「いや、そっちじゃなくってさ。ほら、話したでしょ? 泥棒を捕まえようとしたらピカッて光って目が覚めたらこの国に居たって」


 そういえばこの二人、大層美しいという女神様に御執心なんだったっけ。

 苦笑を浮かべたふたばはしかし、ある事に思い当たり硬直した。






 「ってことは、あんたが貂蝉?」


 「断じて違う!!!!!!!

 誰が『一目見たなら眼が潰れ、二目と見るくらいなら己が眼を抉るっ! 歩く姿は目に厳しく、笑い声は耳を腐らせる二足歩行型スタングレネード』か!!!」


 「えっ?! あれっ?! 重ね重ねごめんなさい?!」






 『一目見たなら眼が潰れ、二目と見るくらいなら己が眼を抉るっ! 歩く姿は目に厳しく、笑い声は耳を腐らせる二足歩行型スタングレネード』


 天上の美を誇る女神様につく形容詞とはとても思えぬ。

 今は手を組んでいるとはいえ、もともとは敵対していたらしい少年の台詞ではあったが、もし女神が美しかったのであれば、容姿ではなくその人格(神格?)を攻撃するのではないだろうか。

 なんとなくだがあの少年ならそうするような気がする。


 言えない。まだ見ぬ女神を思い浮かべ瞳を輝かせる朱里と雛里にこんなことは言えない。

 二人の夢を守るため、いざとなったら天に帰って頂かねばならぬ。


 桃園を去る少年を一人見送った貂蝉の背筋に凄まじい悪寒が走った瞬間であった。




 「………ってことはナニ? アンタその泥棒のほうと一緒だったっての?! ちょっとだいじょぶなの?! 変なことされてないでしょうね!!」


 血相を変えて詰め寄ってくる地和の声でふたばは我に返った。

 同時にそこまで心配してくれることになんだかこそばゆい心地にもなる。


 「大丈夫だったよ。泥棒だと思ってたんだけど、わたしをここに連れてくるためのアイテム………じゃなくて、神器?宝貝?を手に入れにきてたらしいんだよね。

 だから女神様と一緒でわたしの味方ってことらしい」


 一応ね、と内心で付け加える。利用する気満々で連れて来たらしいことを置いても疑わしい点は多い。

 事が事だけに朱里や雛里を巻き込んだほうが上手く事は運びそうなのだが、話せない理由があるのだろうか? 

 世界の秘密に係わることだからこの世界の住人である朱里に聞かせたくなかったのかとも思ったが、その割には口止めされなかったし。

 であれば、直接朱里から質問される事態を避けたかったのだろうか?

 そんなことを考えつつ付け加える。


 「ついでに言うと、結構かわいい感じの男の子だったよ」


 「「「「「なんでしゅってっ?!」」」」」


 突然五人に詰め寄られてふたばは仰け反った。

 本当は立ち上がって逃げ出したかったが、膝の上の雛里がしがみついてきているので叶わない………というか、今動くと確実に三度目の惨劇が巻き起こる。


 「ふっ、ふたばさん! 大丈夫なんですか?!」


 「えっ? だっ、だからなんとも無いってば」


 「も~、そうじゃないよ~! その子、かわいかったんでしょ~? いいなぁとか思ったりしなかった~?」


 「あぁ、そういう意味か。 確かに見た目は良かったけどアレは無いわ~。口が悪すぎ~。あと性格も」


 さすが女子、こういう話に食いつくのはいつの時代も変わらないかぁ。そう思いつつ苦笑を浮かべるふたば。

 あれ?でもなんでそこで大丈夫?


 「はわわ、びっくりしました」


 「………でしゅ」


 「は~、よかったぁ~」


 「人騒がせも大概にしなさいよね!」


 「あんまり心配させないでくださいね」


 口々にそんな事を言いつつ胸をなでおろす五人。

 あれ? その反応もちょっと違くない?


 「コホン。それでふたばさん、その神様はいったいどんな御用だったんでしゅか?」


 「ん、神様?」


 「………女神様のお仲間なら神様なんじゃ………違うんでしゅか?」


 「あぁ、そゆことか」


 あんまり神聖な感じはしなかったけど………というか、女神の方だって疑わしくなってきたけど、と思いつつも口には出さず。


 「わたしの役目っていうか、まぁそんな感じのことを伝えに来たみたい」


 「ふたばちゃんのお役目?」


 「うん」


 天和に応えつつ、ふたばは少年の話をここにいる面々にわかり易いように説明するため纏めようと試みる。

 ときどき忘れそうになるがここは古代中国。SF小説など………捜せばあるような気もするが………並行世界など………意外とすんなり理解しそうな気もするが………。


 「世界征服を企む曹操さんの野望を挫くため、劉備さんに力を貸して欲しいんだってっ!」


 だめだった。

 口に出してみて判った。なんか、だいぶ違う。


 「………という事は、今この時期に接触してきたのは私達の陳留行きを思い止まらせる為?」


 「………なら曹操さんは私達の………いえ、天和さん達『数え役満☆しすたあず』の価値を把握している?………まさかっ?!」


 そしてその情報を分析し始めるはわわあわわ。


 「そういえばアンタのお兄ちゃんはどうなったのよ? そこんとこ聞いてきたんでしょ?」


 「あ~、それが居ないみたい」


 「「えぇっ?!」」


 驚きの声を上げたのもまた、朱里と雛里だった。


 「あわわっ! お兄様、いらっしゃらないんでしゅか?!」


 「あれっ? 確かに捜してはいたけど、一緒に来てるとは限らないって言ってなかったっけ?

 今日会った男の子に昔なんか迷惑かけたらしくって、えらく嫌われてたみたいなんだよね。だからじゃないかな」


 「そっ、そうですか………てっきり………なら………」


 再び考え込む朱里と雛里。


 「それで、ふたばさんはこれからどうするんですか?」


 「え~とね、まずは董卓さんに会えって言われた。あと、馬超さん? 馬騰さん? と公孫さんさんさん」


 「………涼州………西涼………幽州………」


 「………北部の連合?」


 得た情報は心もとないはずなのに、断片的に聞こえてくるのを聞く限り、少年に聞かされた筋書きを言い当ててるっぽい。

 あとでもっとちゃんと話をしなければ。


 「え~っとぉ~………と、当然お姉ちゃんたちもついてっていいんだよね~?」


 「う、うん………いっしょに来てくれると………うれしい………かな?」


 「ばっ、ばっかじゃないの! ダメって言ったってついてくんだからねっ」


 「そうですっ、ふたばさんには私たちが天下一になるまで見届けてもらうんですからっ!」


 「う、うん! よろしくね、みんな!」


 言い募る三姉妹に、ふたばは心からの笑みを浮かべた。





 「でもそろそろ雛里ちゃんにはどいて欲しいかな」


 「お断りしましゅ」







 動乱の時代を目前に控え、物語は始まりを迎えた。


 脚本に従うものと抗うもの。


 異世界に迷い込んだ二人の兄妹、彼女らの再会には、まだしばらくの時を要する。



 対立する運命の二人、その異名が大陸に轟くのはさらに後。


 『曹家の種馬 北郷一刀』


 『劉家の抱き枕 北郷ふたば』


 できれば轟かないで欲しかったと二人が涙するのはまだまだ未来の話である。






 「あっ、あの子の名前訊くの忘れたっ!!」



[25721] 北郷ふたばと、そのとばっちりを受けた人々
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:637e0d48
Date: 2012/08/18 21:19
 北郷ふたば


  本作の主人公。

  本家恋姫無双の主人公、北郷一刀の双子の妹。


  色白で黒髪黒目。腰まで伸びたくせの無いストレートヘア。

  拠点イベント時はおろしているが荒事が予想される道中などでは首の後ろで結んだり三つ編みなどにして邪魔にならないようにしている。

  やや釣り目がちだが表情にしまりが無いためあまり気づかれない。

  身長は劉備や張角と同じか若干高いくらい。だがヒールの無い靴を好むので二人より若干低く見えることもある。

  劉備や張角に比べるとやや小さいが関羽よりは大きい。ナニがかは判らないが。

  その分劉備や張角よりも細い。ドコがかは不明だが。

  ちょっと大きめなのを気にしているが、鍛えているのでカタチは良い。何のことかは不明だが。



  基本表情は豊かだが考え事に没頭すると無表情になっていく。

  このためパッと見にはクールビューティーに見えてしまうのだが、碌な事を考えていないので口を開くとすぐボロが出る。

  学園において高い人気を誇り、女子のみで構成されたファンクラブが存在するが、その実態は『サムネ詐欺』被害者によって結成された新たな被害を防ぐための互助会であり、『おねぇさまを独占するなんてずるいっ!』と攻め寄る純真無垢な下級生の乙女を相手に『(アンタ達の夢を守るために苦労してるのに)こっちの気も知らないでっ』と日夜抗争を繰り広げていた。

  だが生憎アクティブかつランダムエンカウントするワンダリングふたばは、自らの手でバキバキ幻想をブチ殺して回るため、その活動期間は新入生が淡い憧れを粉砕されるまでの短い期間に限られる。

  粉砕された彼女たちは翌年、新たに生まれた後輩たちの純心を一分一秒でも長く守るため、勝ち目の無い闘争へと加わるのであった。




  幼少時の将来の夢はゼンガー少佐のお嫁さんになること。


  聖フランチェスカ中等部への進学を機に『わたしのかんがえたうるわしいおじょうさま』へのクラスチェンジを試みるも能力値が足りずに失敗。

  その際、前提スキル『文学少女』の修練中、『お嬢様の将来の夢がゼンガー少佐のお嫁さんって、ひょっとしてダメなんじゃ?!』と思い当たる。


  中等部時の将来の夢はスナフキンのお嫁さんになること。



  武力は高め。最初は重力説、今は天の御使い補正だと思っているが、実は―――――――――。

  祖父から学んだ示現流と師から学んだ(棒手裏剣などの投擲術やベルトや縄を用いた捕縛術等を含む)居合いをチャンポンにして使う。

  武装は斬艦刀と模造刀のほかに、師父が面白半分に用意した隠し武器としてふともものホルスターに棒手裏剣代わりの鉄芯、リストバンド型のピアノ線リール。

  ホルスターがふとももなのは師の趣味。

  『投げるときのチラリが女スパイみたいでカッコ良くね?』との言に肯けるものがあったので半殺しで許した。

  姉弟子と二人分、合わせて全殺し。


  現在仲間とともに涼州目指して旅の空。






 はわわ軍師とあわわ軍師


  云わずと知れた恋姫シリーズのマスコット。


  ふたばに係わらなかった場合でも野盗につかまることは無かった。

  儲け話に浮かれた野盗どもが深酒したせいで寝過ごすため、スルーできるのである。

  この場合、同行者が居ないことで若干危険な目にあいつつも劉家軍に合流、原作のルートとなる。


  ふたばルートの二人は同行者を慮って危険区域を回ることを自重し、また強力な護衛が居たことで身の危険を感じることも少なかったため原作に比べ漢の現状に対する危機意識が若干低い。

  その反面、海千山千の商人や地方の顔役と遣り合ったことで交渉、謀略方面の経験は充実している。

  RPG的に云えば基礎レベルが低い代わりにスキル熟練度を稼いだ状態。


  一度ならず繰り返してしまった所為でふたばの『おっきなおっぱいを吸えばちっぱいも大きくなる』という冗談を天の知識として真に受けており、今はふたばをその気にさせる手練手管の勉強に余念が無い。

  その為以前は『おしべ×おしべ』を好んでいた艶本収集も『めしべ×めしべ』に偏っており、さらに熱心に読み込んでいたらだんだん染まってきてしまった。

  最近ではこのまま染まりきってしまう前に一刻も早く決着をつけて『おしべ×おしべ』に帰らねばと危機感を募らせており、いっそ開き直って幼い容姿を利用する線で、甘える振りして寝床に潜り込み、寝ぼけた風を装って吸い付いてしまおうかなどと企んでいる。

  つまり既に染まりきっていて手遅れ。






 数え役満☆しすたあず


  ふたばに係わらなかった場合でも、はわわあわわがとっくに出立してしまった事に気づかずにいた野盗に追い掛け回される羽目になる。

  破れかぶれの張家流歌唱妖殺法炸裂。


  『私達の歌をきけぇ~~~っ!!』


  こうかはばつぐんだ!

  なんと 野盗が おきあがり

  なかまに なりたそうに こちらをみている!


  「「「ナズェミデルンディス!!」」」と叫びたい姉妹だったが折角助かったものをふいにも出来ず、泣く泣く―――


  なかまに してあげますか?

  >はい

   いいえ


  後日、類友で寄って来た陳留から流れてきた三人組から『太平要術の書』を入手。以後原作ルート確定となるはずだった。


  三姉妹の仲は原作同様に良好。

  人和が姉二人に敬語で話しているのは『太平要術の書』に係わらなかった為。

  書の魔力に囚われた姉二人がはっちゃけてしまい、その始末に奔走する羽目になった原作と違って、未だに尊敬成分が高く保たれているのと、本人のヤサグレ度が低く抑えられているためである。


  それぞれ事故ポ、事故ちゅーでルートフラグを立てた妹二人と比べて一歩出遅れた観のある天和さんだが、当初は桃香様、月たんと並んでメインヒロイン候補だったという噂がある。

  どうしてこうなった。


  今後の巻き返しが期待される。






 北郷一刀


  云わずと知れた原作主人公、■■■■、■■■■■■。

  袁家に滅ぼされる曹家一党の救命のため、説得とふたばへの伝手を期待されて管理者の手で曹操の下に送り込まれたが、何故かそこに魏ルート後の情報が紛れ込んでしまった。

  現在は強烈な記憶に圧倒され、自身を魏ルート後の北郷一刀であると錯覚しているが、積んだ経験は文字どおり血肉に溶けてしまっているため本物と遜色は無い。


  ふたばは自覚の無いブラコン。

  兄妹仲を訊かれると「悪くは無いとおもうけど? まぁフツーなんじゃない?」などと応えるクセにいざその兄が他の女の子と親しくしているのを見るとむくれるタイプ。

  対して現在ログアウト中の北郷一刀の中の人は自覚があり、しかもそれを楽しんでいるシスコン。

  わざとふたばの友達に気安げに接してむくれさせ、その娘と二人でその様子を眺めつつニヤニヤして楽しむ。

  ちなみに、この遊びに付き合っているうちにホントにフラグが立ってしまった女の子多数。兄さんマジ種馬。そしてモゲロ。


  幼少時の将来の夢はゼンガー少佐になること。

  中等部時の将来の夢はスナフキンになること。


  武力が原作より高いのは、ふたば同様実は■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■。

  そこに加えて外史の焦点であるふたばの


  「だって兄さん、わたしより強いし」


  と云う、思い込みと云う名のバックアップも受けているため、実は恋タンともガチでバトれる。

  それどころか、ふたばが今後強くなるにつれて自動的にさらに強くなっていく。

  ジオンにとってのガンダム。黒の騎士団にとってのランスロット。白い悪魔、白兜ならぬ白学ラン。


  あれ、マジでコレ、どうにかなんの?

  中の人が覚醒してくんないと詰んだかもしれんね。





 覇王様と愉快な仲間たち


  管理者によって既に詰みの盤面に配されながら土壇場で最強のジョーカーを引き当てた。

  ただし、巻き返しに成功すると世界ごとあぼん。


  管理者側の理想とする落としどころとしては、心を折られるまでけちょんけちょんに負けた挙句、


  種馬さま「もういいだろう! 乱世の覇王、曹操はここで死んだっ!! 今からは一人の女の子として、ただの華琳としてっ!!! 俺との愛に生きてくれっ!!!

       俺は、お前が………、お前が………、お前が好きだっ!! お前が欲しいっ!! カリィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!」


  覇王タン「しょ、しょうがないわねっ。 でもいい? 私は天下を諦めても、全ての美少女を侍らせる夢を諦めたわけじゃないわっ!

       あくまで関羽達を手に入れるにはその方が都合がいい、それだけなんだからっ!! べつに貴方のためなんかじゃないんだからっ!!!」


  となることだっ………あれ、まさか―――最初から無理が………あった………だと?!

  いや、それでも兄さんならっ! 兄さんならやってくれるに違いないっ!! そう、今からだってっ!!!


  歴史の知識は無効化されたものの、武にNAISEIに無双状態の兄さんはフラグ建築にも隙は無い。

  焦らず急がず、しかし常にベストの選択肢を選び続けた好感度は現時点で届き得るMAX値を叩き出す!!

  本編では既に真名扱いの『一刀』で呼んでる華琳さまや秋蘭は当然として、春蘭桂花も二人っきりのときは『かっ、一刀』とか呼んでる。モゲロ。


  ただし、あくまで『現時点で届き得るMAX値』なので『ごにょごにょ』な関係に至っている娘はまだ居ない。

  そう云うのは前回の彼女らの影を振り切った後、今の彼女たちとキチンと向き合えてからと考えている為。


  今後の動向が世界の運命に直結する、まさにラスボス陣営。





 その他の陣営


  現在調査中………



[25721] その18 長期休暇の季節になると「我も本板出てもいけるんじゃね?」とか思っちゃうが気のせいだったぜ
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:637e0d48
Date: 2012/08/18 22:00
 「~~~♪」


 鼻歌を歌いつつお玉で寸胴をかき混ぜていた手を止める。

 一口分掬ったそれを「ふ~っ、ふ~っ」と吐息で冷まし、口元へ。


 「よっしっ! ぱ~ふぇくつっ!!」


 拳を突き上げガッツポーズ。


 過日の邂逅、管理者を称する少年との出会いから北郷ふたばの新たなる戦いが幕を開けた。

 ヒントとなったのは少年の、この世界から欠落した要素、文化や風俗といった諸々は正史から補われているという台詞だ。

 そして北郷ふたば、つまり自身に宿る世界の添え木、つまり世界を観測することで再定義する『天の御使い』としての能力。

 この能力はかつては兄、北郷一刀が担っていたものらしいのだが、いろいろ考えているうちに一つの可能性に思い当たったのだ。


 そもそも疑問はこの世界に来た当初、水鏡先生のもとに逗留していた頃にまで遡る。

 この世界では目立ちすぎるフランチェスカの制服の代わりを手に入れようと衣服を見繕っていたときの違和感。

 街行く人々のいかにも古代中国然とした衣装と店先に並ぶふたばの羞恥心をリミットブレイクしてくるエロ装備との乖離ぶり。

 思うに、本来の―――異世界の雛形として含まれていた情報に従うなら、おそらくは町人の着ているあれらのほうがこの世界の習俗としては正しいのだ。

 現に朱里や雛里はおろか、実りもたわわなふたばや天和にまでフリフリの制服を進めてきた水鏡先生でさえ、自分が身に着ける物は普通の物を選んでいた。

 にもかかわらず売っているのはエロ装備。ならばあれらのエロ装備はいったいどこから来たのか?

 少年の言葉を信じるなら欠けた情報は正史から補われてきているはずだが、コスプレでもない限り………いや、コスプレであったとしても現代にあれらを着て日常をうろつくような特殊な文化的土壌は無い。無いはず。たぶん。

 この世界に含まれていたわけではなく、現代由来でもない文化風俗の存在。そんな情報をこの世界に織り込めるような何者か。

 世界を歪め、そこに自らの主観を押し付けることで術を行使するという妖術使い、あるいは自らもそれに長けているらしい管理者一党ならどうか?

 だがちょっと考えづらい。仮に管理者がそこまで大規模に世界そのものに力を及ぼせるなら北郷ふたばを『天の御使い』などに祭り上げる必要はあるまいし、理外の超越者である管理者たちがそうならその他の妖術使いなどいわんや、という奴だ。

 ならば思い当たるのは即ち唯一つ、全ての突端であったという始まりの世界の観測者『天の御使い』北郷一刀のみ。


 「ちぃちゃんのおへそが丸見えなのも、人和ちゃんが下乳丸出しなのも………ぜんぶあなたの差し金か………兄さんっ………!!」


 蒼穹の彼方にうかぶ兄の幻影、いい笑顔でサムズアップを決めるその姿に誓う。


 「絶対シメるっ!!」
 



 と、ここまでで話は半分。以上を踏まえての話として、ふたばが思い当たった可能性は存在する。

 つまり、世界の萌芽に巻き込まれた兄の願望エロスがここまで世界に影響したとするならば、では新たな世界の添え木たる北郷ふたばの思い込みはいったいどこまで反映されるのだろうか?

 三国志の知識がある兄が『そんな訳無いけどこうだったら良いな』程度のエロスでここまでやらかしてしまったなら、全く無いふたばの『いっそここまで来たらこれぐらい逝っとけ!!』の方が、知識に無意識の規制を受けない分、自由な影響を行使できるのでは無いかと、そう思い当たった訳だ。

 検証は簡単だ。市場を見て歩くだけ。

 たとえば携帯の予備バッテリーなどであれば、さしものふたばもこの時代で見つけるのは絶対無理だと判ってしまうが、もしこの思い付きが的を射ていたなら、その辺の判別がつかないようなものであれば普通に見つかる可能性がある。見つかるかもしれないと思って捜す限り、それを見つけ出せる可能性が常にあることになるのだ。

 そしてふたばは普通に料理が出来るが食材やスパイスの来歴などは全く知らない。

 となればやることは一つ!


 「カレーできたよっ!」


 食道楽である。







 「そりゃ俺だって日本人だからさ、何とかなんないもんかと散々手も尽くしたし知恵も絞ったさ。前回も、今回も………な。

 でも結局無理だったよ………味噌も………醤油もな………。似た感じの何か以上のモンにはなんなかった………。

 だってのに………なんでお前は普通に食ってんだよっ!!」


 「売ってたから」


 「謝れっ! 世の真っ当な異世界トリッパーの皆さんに謝れっ!!」


 北郷一刀が世の不条理に涙するのはまだしばらくの未来の話である。





 「わぁ~、いい匂いだよ~!」


 「こないだからなんだか色々捜してたのってコレの為だったんですか?」


 「………おなかすいた………」


 夜営の準備を進める間、稽古に励んでいた『数え役満☆しすたあず』が口々にそんな事を言いながら寄ってくる。


 「あれ、みんな練習終わり?」


 「アンタねぇ、こんな匂いさせられて練習に集中できるわけないでしょっ!」


 「はわっ、もうちょっとまってください! もうそろそろご飯が炊けましゅ」


 「………ふたばさん、この生地はどうしたらいいでしゅか?」


 「あ、それはあとで明日の朝ごはん用に焼いとこうと思ってるから今はいいよ」


 「はい、わかりました」


 「………おなかすいた」


 「はいはい、もうちょっとだからね~。その間に器の用意しちゃおう」


 「………ん」







 「ご飯が炊けましたっ!」


 「それじゃ、朱里ちゃん、みんなのお皿にご飯よそってあげて。ごはん貰ったらこっちにきてね。カレーかけるから」


 「ふ~ん、あんかけみたいなもんなのね」


 「おなかすいた………いっぱいたべていい?」


 「はい、大盛りにしておきましゅね」







 「はい、みんな行き渡ったね?」


 「あの、ふたばさん………なんで地べたに正座してるんですか? そこに床几あるんだから座ればいいじゃないですか」


 「え………? あぁ、ほら………ここんところこの面子のパートって私が正座してお説教されるとこばっかだったから」


 「………ふたばしゃん、また何かやったんですか?」


 「え~と………?」


 「はぁ………ど~してそこですぐ『何もやってない』って言えないかな~」


 「………まだたべちゃだめ?」





 「「「「「「「いただきます」」」」」」」





 「ほらほら、もっと落ち着いて食べなきゃ消化に悪いよ~」


 「むぐむぐ」


 「あ、ほっぺが汚れちゃってますよ。動かないでください」


 「………んぐんぐ。 ありがと………おかわり………いい?」


 「お皿よこしなさい。よそってきてあげる」


 「ふたばさん、ごはんが無くなりそうでしゅっ!」


 「げっ、まじで? まだまだ食べそうだしなぁ………しゃぁない、明日の朝ごはん用のナンを焼いちゃうか」


 「ふたばさん、ナンってなんですか?」


 「うん、ナンだよ。さっすが雛里ちゃん、博識だねっ。まさかナンがなんなのか知ってるだなんて」


 「………あれ?」


 「少し薄めにすれば火も通りやすいかな。ナンがなんなのか知ってるならちょうどいいや。雛里ちゃん手伝って~」


 「………あれ?」








 「「「「「「「ごちそうさまでした」」」」」」


 一同揃って唱和する。


 「うわっ、まさか無くなるとは………明日の朝ごはんに使いまわす心算だったんだけどなぁ………」


 寸胴を覗き込みながら思案にくれるふたば。

 まるで舐めとったかのように中が綺麗なのは皆がナンで拭き取るようにして食べてしまったからだ。

 洗う水が少なくて済むのは助かるのだが。


 「まぁいっか………どうせ明日には街に着けるんだし、食料足りるよね。

 白玉あんみつあるよっ! 食べる人~っ!!」


 「「「「「は~いっ!」」」」」


 「………?、は~い」






 「ところでちぃちゃん、何時になったらその子紹介してくれるの?」


 いつの間にやら紛れ込んでいた赤毛と浅黒い肌が印象的な少女が一心不乱にあんみつを食べる様子を横目に問いかける。


 おなかをすかせた子にご飯を食べさせること以上に大切なことなどあるだろうか? いや、ない!!


 そんな感じで当面の疑問を棚上げし、あげく『まぐまぐ』とご飯を頬張る姿の愛らしさに魅了されていたふたばの今更ながらの問いに、なぜか地和は目を丸くした。


 「は? ちぃに聞かれても知らないわよ」


 「え、なんで? みんなと一緒に来たからてっきり知り合いなのかと思ったんだけど」


 地和の返しに、今度はふたばの目が丸くなる。

 だがしかし!


 おなかをすかせた子にご飯を食べさせること以上に大切なことなどあるだろうか? いや、ない!!


 そんな感じで当面の疑問を棚上げし、あげく『まぐまぐ』とご飯を頬張る姿の愛らしさに魅了されてついつい甲斐甲斐しく給仕に励んでいただけの地和である。

 知らないものは知らない。


 「知らないわよ。お姉ちゃんは?」


 「知らないよ~。あ、ほっぺに餡子ついてるよ~」


 件の少女の頬を拭いながら天和。


 おなかをすかせた子にご飯を食べさせること以上に大切なことなどあるだろうか? いや、ない!!


 そんな感じで当面の疑問を棚上げし、あげく『まぐまぐ』とご飯を頬張る姿の愛らしさに妹たちの小さかった時分を思い返したりしつつ世話を焼いていた天和である。

 というか、元よりマイペースな彼女、あまり気にしてもいなかった。


 「………? ありがと。おかわり、いい?」


 「はいは~い………人和ちゃんは~?」


 「私も知りません」


 おなかをすかせた子にご飯を食べさせること以上に大切なことなどあるだろうか? いや、ない!!


 そんな感じで当面の疑問を棚上げし、あげく『まぐまぐ』とご飯を頬張る姿の愛らしさに「見た感じは年上だけど………妹が居たらこんな感じなのかしら?」などと思いつつ姉と一緒に世話を焼いていた人和だったのだが、にわかに怪しくなってきた雲行きに首を傾げた。


 「気がついたら朱里さんや雛里さんと練習を見てたのでお二人の知り合いかと思ったんですが、違うんですか?」


 「はわっ、知らないでしゅ。いつの間にかお隣に居ました」


 「………私、てっきりふたばさんのお友達かと思ってました。なんとなくぼんやりとした方だなぁと………あわわっ! 類が友を呼んだとか思ってましぇんっ!!」


 夕飯の仕込をふたばに任せ、三姉妹の稽古に付き合っていた朱里と雛里だったのだが、彼女が近づいてくるのには気がつかなかった。

 気がついたときは隣にいて、瞳をきらきらさせて食い入るように姉妹の歌に魅入っていたのだが、その時「きゅぅ」とお腹が鳴く音が聞こえてきたのだった。

 その時の少女の実に切なそうな表情を見た朱里と雛里は、


 おなかをすかせた子にご飯を食べさせること以上に大切なことなどあるだろうか? いや、ない!!


 とばかりに稽古の見学を切り上げふたばの加勢に馳せ参じたのだが、いざ食事が始まった後も『まぐまぐ』とご飯を頬張る姿の愛らしさとは裏腹の凄まじい食欲に、当面の疑問を棚上げしてふたばの手伝いに追いまくられる羽目になったのであった。

 ちなみにこの夜、己の頭脳を頼みに生きるものとして必要な、常に注意深く物事を考察する姿勢とか、あるいは職業的旅行者が身に着けているべき緊張感とかがごっそり抜け落ちていることに気づいた五人の少女がOTZっている光景が、そんなことを微塵も気にしない二人の少女に目撃されたというが、それはさておき。


 「ってことは………」


 「んぐんぐ………。おかわり」


 「「「「「「………誰?」」」」」」


 「………だめ?」









 「………恋は呂布」


 「うわっ、ホントに?」


 ここまでの印象を裏切らない、少女の幼げな自己紹介の言葉に身を乗り出して食いついたふたばの様子を見て、旅の仲間たちは首をかしげた。


 「ね~ね~、この子有名なの~?」


 「うん、超有名。この国で一番強い人」


 「………なに、それじゃアンタより強いってこと?」


 「なんで比較対象がわたしなのかは置いとくとして、比べるだけ無駄無駄よ。二番目に強い人と三番目の人が束になってかかっても敵わないくらい強いらしいし?」


 なぜか不機嫌な表情になった仲間たちの様子に首を傾げながら応える。

 彼女らが不機嫌になったのは、言ってみれば小さな子供が贔屓のヒーローのどちらが強いかで喧嘩していたところに当のヒーローが現れ、『向こうの方が強いよ』などと言い出したせいでむくれている様な物だったのだが、三国志の英雄達に自身を擬するなど考えもしなかったふたばにしてみれば、そんな彼女たちの心情を察するなど無理というもの。


 「それで、その呂布さんでしたか。どうしてこんなところに?」


 「さぁ? あ、でも呂布さんは董卓さんのとこの人だったと思うから、董卓さんの軍隊でも近くに居るのかな。どうなの?」


 「………いない。月は月のおうちにいる。恋は一人で来た………ここどこ?」


 「はわっ、あの、董卓さんの………真名………なんですよね? えと、あれ? 迷子さんでしゅかっ!!」


 「………恋は迷子じゃない。こっちにくれば美味しいものが食べれる………予感がした。帰らないと詠が怒る………月が心配する………あと、ねねも。………ここどこ?」


 「………あの、董卓さんのとこからいらしたんですよね? まだ半日以上あるはずなんでしゅけど」


 「計算がおかしい………半日前ならまだ移動中でカレーに手も着けてないし、そもそも美味しいもの食べれる予感て………って、そういえば呂布さんはすごい馬持ってたんだっけ。

 一日に千里だか走る、たしか赤兎馬?………いやでも半日向こうまで届くようなカレーの匂い………」


 「………? セキトは馬じゃない。 まだ子犬だから恋は乗れない………ねねも無理」


 「犬?! しかも子犬!!………じゃなくて、馬じゃないの? でも馬では来たんでしょ?」


 呂布と名乗った少女はフルフルと首を横に振る。


 「まぁ、その辺は置いておきましょう。呂布さん、申し訳ありませんが私たちもこの辺りは初めてで、この先の道が一本なのかどうかも判らないんです。

 道なりに西とは聞いているんですが、これから暗くなると気づかずにおかしな所に踏み込んでしまうかもしれないので一緒に行って差し上げることもできません」


 「あ~! お姉ちゃんいいこと考えちゃった!! ふたばちゃんのご飯はもう無いんだから、次に美味しい物が食べられそうな方に進めば一人でも帰れるんじゃない?」


 天和の言葉に呂布はしばし瞑目し、スンスンと鼻を鳴らすと「あっち」と一方を指差した。指差す先には一行の馬車がある。


 「ふむ」と立ち上がった地和が馬車の荷台へがさごそと潜り込み、中から小さな壷を一つ抱えて降りてきた。

 呂布の指先はその壷をロックオン。


 「よっ」壷を右へ。追いかける呂布の指先。


 「はっ」壷を左へ。追いかける呂布の指先。


 「うりゃ」壷を上へ。追いかける呂布の指先。


 「なるほど」と踵を返した地和が再度馬車の荷台へがさごそと潜り込み、中から手ぶらで降りてきた。

 呂布の指先はそのまま馬車をロックオン。


 「この辺りで二番目に美味しいのはアンタのじゃむみたいよ?」


 食べられると期待していたのか、若干涙目の呂布を横目に地和。

 結局翌朝、ふたばお手製の桃と、山葡萄と、野いちご、それとママレードの四種類のジャムは全て食い尽くされる事となったのであった。








 「ただいま、月、詠」


 翌日、呂布は主とその腹心、二人の少女の下を訪れていた。


 「おかえりなさい、恋さん」


 そう応えたのは主とおぼしき少女、であればこちらが董卓かとふたばは見当をつける。

 幼いながらも月の名に恥じぬ儚げな美貌の持ち主で、あんま中ボスっぽくないなぁなどと思うのだが、ふわりと微笑んだその笑みを見た瞬間から呂布の肩が小刻みにカタカタ震えだしたあたり、つまりはそう云うことなのだろう。


 「おかえり………ボクはアンタの事だからべつに気にしてなかったけど、ねねは兎も角、月に余計な心配かけないでよね」


 そう続けたのはその傍らに寄り添う眼鏡の少女で、であるなら最初の少女がやはり董卓で間違いないらしい。


 「………ごめんなさい………ねねは?」


 「あの子なら昨夜『恋殿~、今参りますぞ~』とか言って勝手に部隊連れてアンタを捜しに行こうとしたから、ぐるぐる巻きにしてアンタの屋敷に放り込んどいたわ。

 セキトと張々に面倒見るように頼んどいたから後で顔出しときなさい………それで」


 と、そこで言葉を一度切ると目線をこちらに向け、「それがアンタが拾って来たって云う武官志望?」と、そう続けた。


 「違う」


 ふるふると首を振る呂布。


 「なんだ、違うの? あんたがご大層な段平背負った娘を拾ってきたって聞いたからボクはまたてっきり」


 「これはふたば………恋のご飯を作る人」


 そう言いつつ肩に担いでいたふたばを抱えなおし、猫の仔か何かのように掲げてみせる。


 「そ、それも違いまふ………」


 ぐったりとされるがままのふたば。つっこみにも力が無い。




 この日の昼過ぎ、やや日が傾いた頃になって、一行は目的地である隴西にたどり着いた。

 本来ならもう少し早くたどり着けたのだが、お腹をすかせた誰かさんの切なげな視線に負け、街で食べる予定だった昼食を道中で摂る羽目になったからである。

 備蓄の食糧は完全に食い尽くされたが、あの癒される食事風景とで収支はなんとなくプラスになってる気分の一同。

 さらには天下無双の最強戦士の真名までゲット。

 ただ、餌付けしたような気分でちょっと微妙。


 同行していた呂布の顔パスで街に入ることができた一行。

 常ならそのまま分散して、各自宿の手配やら、顔役への繋ぎやら、依頼で赴いた場合はその依頼主との顔合わせやらと手配して回ることになるのだが。


 「あれ、恋ちゃんどうしたの?」


 ここでお別れ、と声をかけようとしたふたばは街の中央を向いた彼女が固まったままカタカタと震えているのに気づいた。


 「………黙って居なくなったから………叱られる………ご飯抜き………」


 気がつくと何故かふたばは呂布の肩に俵担ぎに担がれていた。

 問答無用、まさかの早業。他の面子が止める間もなく、一目散にここまで攫われてきたのであった。

 猛スピードでの疾走、その上下動に合わせて呂布の肩が鳩尾に突き刺さったため今現在、絶賛虫の息である。


 「恋さん、子犬や子猫を拾うといつも真っ先に私に見せに来てくれるんですよ~」


 「月も詠も優しい。恋の家族はみんな月と詠が大好き………月、ふたば撫でる?」


 「いいんですかっ?!」


 「………それは出来ればわたしに許可とって………」


 董卓嬢の小さく、ひんやりした手に撫で回されながら力なくつっこむ。


 そう! 天下の飛将軍がふたばを拉致った訳はすなわち、主の目先を逸らし、美味しい料理で懐柔しようという策略であるっ!!

 そしてもちろん、自身もご相伴に預かる。

 本体さんはアレな感じだが(腹の虫的な意味での)中の人はなかなかに知恵が回るようだ。食の方面限定で。


 「あ~、なんかゴメン。んんっ、うちの奉先が迷惑をかけたみたいね………じゃないわね。うちの主も迷惑かけてるもん、現在進行形で。

 ちょっと月! 正気に戻んなさいっ!!」


 「………はっ?! すすすすみませんっ!! わっ、わたしがこの隴西を預かる董仲穎と申します! へぅ~………」


 「そしてボクが賈文和。仲穎の補佐をしているわ」


 派手にシェイクされた胡乱な頭と鳩尾の痛みをこらえながら、ふたばは董仲穎と賈文和と名乗った二人を観察していた。

 正直に言うと少々意外と云う感が否めない。

 それは当然、悪逆の董卓がこんな儚げな美少女だなんてっ!………などと云うものではない。

 事前に白装束の少年から董卓が気立ての良い少女だとは聞いていたし、そもそもふたばの中の董卓像は中ボス髭ダルマというだけのものなので、なんでやられ役にされたのかとかそういうことはさっぱり知らない。

 ストーリーイベントはよく分からないのでスキップしていたのだ。


 ふたばが意外に思った理由は、これもまたエロ装備に関係が有る。

 中原をかなりの期間歩き回ったにもかかわらず身に着けている者を全く見かけない、しかし何故か存在するエロ装備の数々であったが、例外として身に着けている人間が三名。

 天和、地和、人和の張三姉妹である。

 これもまた当然というべきか、ふたばは史実の張角、張宝、張梁がどんな人物だったかは知らない。

 だが、人々を魅了するカリスマの持ち主であることと妖術という常ならぬ力を扱う事実を鑑みるに、やはり重要な役回りを果たしたのでは無いかと想像できる。

 それを補強するのはエロくはないが、世界観を逸脱することエロ装備と五十歩百歩のフリフリフワフワに身を包む朱里と雛里だ。

 何しろ天下の伏竜鳳雛、諸葛孔明と鳳士元。どちらもふたばですら知ってるビッグネームだ。

 サンプルの絶対数が少ないので確度が心許ないが、ここから一つの仮定が思い浮かぶ。


 英雄=エロ装備


 強力な、世界から注目されるような存在であればあるほど正史………という呼び名はもう相応しくないのだったか………親世界から流入するという情報の影響を受けやすいのではないか、というわけだ。

 あるいは世界が羽化した際の天の御使いであった兄の影響を、でも良い。

 この仮定は昨夜遭遇した呂布―――恋がミニスカニーソ+ヘソだし脇ちちだったことでだった事で一気に信憑性が増した。

 数多の人々との邂逅の中、ここに到るまで現れなかった第4のエロ装備の持ち主が天下無双の呂奉先だったのであるからそれも(ふたば的には)当然といえる。

 昨夜などは、


 「知名度や実力と露出度が比例してるなんて事無いよね………。 ハッ、まさか劉備さんとか曹操さんとかは全裸っ?!」


 などと想像してしまい、あまりのシュールさに頭痛を抑え切れなかったくらいなのだ。


 ちなみに余談だが、この仮説を後々まで引きずったふたばは孫家の面々と対面したとき、そのあまりの露出度の高さから『一騎当億ぐらい余裕なんじゃ?』と疑う事になるのだが。


 それはさておき、ふたばですら名前を聞けばなんとなく思い出せる程度の知名度を誇る―――というと微妙だが―――董卓であれば半裸か、あるいは幼女だった場合は朱里や雛里に倣うとフリフリフワフワである可能性が高いと思っていたのだ。

 ところがである。実際会ってみれば意外と時代的に浮いてない。

 いや、もちろん専門家が見てどうなのかは知らないが、すくなくとも『数え役満☆しすたあず』や『はわわあわわ』に比べれば余程世界観にマッチして見える。

 むしろ隣の賈文和と名乗った少女の方がミニスカにタイツでふたばの仮定に添う型と言えよう。


 (だとすると、ひょっとしてあっちの文和さんのほうが強い人なのかしらん?)


 そんなことを考えつつ二人の名乗りを聞いていたふたば。


 「………あ~、これはご丁寧に。………こんな有様で失礼します、わた―――」


 「これはふたば………恋のご飯を作る人」


 「………ちがいます」


 肩越しに恋をジト目で見つめる。


 「ちょっと恋っ! 話が進まないでしょ!! ………えっとアナタ、その………『そう』呼んでも?」


 「………あぁ、はい。 私真名とか字とか持ってないんで姓は北郷、名はふたば。どちらでもお好きな方でどうぞ」


 割って入った賈文和の口ごもる様子からなんとなく察したふたばの言葉に「ふ~ん………」と一瞬考え込む。


 事実、賈駆の問いは恋が既にセキトと同じ家族認定している様子から『ふたば』が真名である可能性を考えてのものだったわけだが、ふたばの返答からさらに思考を進める。

 字を持たないというのは別にいい。

 己がまだ未熟であるとか、何かの誓いを果たすまではとか、あるいは特別な誰かに授かる約束をしているとか、もっともらしい理由はそれなりに思いつく。


 だが真名はそうではない。

 漢はおろか四夷に到るまで浸透しているこの慣わしは歴史もそれに見合って古く、因習に染まった頑迷な者であれば、たとえ何の罪科も無かろうとも、真名を持たないというただそれだけで魂が無い獣と看做すことすらある。
 
 その一方、真名を改めるということも珍しくはあっても無いわけではないので、物心ついた者なら自らの魂の名を定めずにおく理由は、少なくとも漢の民に関する限りでは無いのだ。


 そして、それ以上に気にかかるのが、なぜ自分に真名が無い等と今、この場で口にしたのか。

 以上の事は、この北郷とやら云う娘が今この場で湧いて出たのでもない限り、当然知っているべきことのはずだ。

 出身が真名という習慣が無いほどの異郷であったとしても、今日ここに至るまで無礼打ちにも遭わず生き延びているという事は、どこかで真名に関する諸事を学習する機会があったことを意味している。


 例えば彼女が真名を持たない代わりに、名を偽ることを禁忌とするような風習の持ち主だとしても、ここで真名を持たないと言い出す理由が無い。

 その理由は既に承知しているべきだし、であればここは話の流れからも『北郷でもふたばでも好きなように』とでも言って置けば充分だったし、そう言うべきでもあった。


 今、賈文和の念頭には一つの懸念がある。

 民草の間で広まっている『天の御使い』とやらの噂がそれだ。

 眉唾物である。当然信じてなどいない。

 だが例えば、自分がこの国どころか地続きですらない、天上から来たと主張するに当たり、この国に住まうものなら当たり前に知っている『何か』について知らないふりをするというのは、それが場合によっては自らの命にかかわるほどの物であればある程効果的なのではないか。

 その上でただの物狂いでないことを証明するようなことを………たとえばこの賈文和ですら知らないような知識を証かして見せるなどすれば。


 (まだ何を言っている訳でも無し、ボクの考えすぎかもしれないけど………)


 もしこの少女が天の御使いを騙り、月を食い物にしようとするなら………っ!

 決意が面に表れぬように軍師としての仮面をかぶりなおし、恋に抱きかかえられたまま月に撫で回されている少女に目を向ける。



 「………って、ちょっと月っ!! 正気に戻ったんじゃなかったのっ?!」


 「へっ、へぅっ! でも詠ちゃん、ほらっ!!」


 「………詠も撫でれ」


 「撫でれ、じゃないっ! ほら月っ、いつまでも撫で回してないっ!」


 執拗に少女を撫で回そうとする親友となんだか恍惚とした表情で撫で回されている少女との間に体ごと割ってはいる。


 「へぅ~」


 「あ、危なかった………。危うく撫でポされてしまうところだった………。文和さん、ありがとうございます………」


 「あ~、なんと言ったら良いか………ホントゴメン………。撫でポってなに?」


 息も絶え絶えといった様子でかろうじて礼を言う少女にこちらも侘びを返し、ついでにふと浮かんだ疑問を問いかける。


 「あ~、撫でポって云うのは選ばれた大いなる存在に宿る伝説の力です………。

 この力を宿したものに撫で回されると『ポっ』となって惚れてしまうと云う畏るべき神通力なのです………」


 朦朧としたふたばのたわ言を「ふ~ん………」と聞き流しつつ、これもボクの知らない知識に含めるべきかしらなどと考える。

 ないわね。


 「あ~、それでは改めて北郷殿、当家の奉先………と仲穎が失礼したわね」


 さて、仕切りなおしと気合を入れ、言いつつ少女に向き直る。あいも変わらず恋に抱きかかえられた少女は頬を上気させ、乱れた息を整えている。潤んだ瞳が妙に色っぽい。

 まさかホントに撫でポとやら云う神通力に掛かったんじゃないでしょうね?


 「お~っ! なんや騒がしいと思えば帰っとったんか、恋。おかえり~」


 「………霞、ただいま」


 仕切りなおし失敗。ややこしい奴が顔を出したと頭を抱える。

 新たに現れたのは旗下の将、張文遠。

 個人の武勇もさることながら用兵の手腕に素晴らしいものを持ち、戦場においてはこれほど頼もしい者もいないのだが、平時においては場を引っ掻き回して楽しむ悪癖があり、つまりはこっち来んな。


 「おっ? なんや、また何か拾ってきたんかい。いい加減面倒見きれんのとちゃうん?」


 よく見なさいっ! それは人間よ、たぶんっ!!


 「これはふたば………恋のご飯を作る人」


 「………ちがいます」


 「違うんか? んじゃ恋の飯を作る人は名前なんて云うん?」


 「ちがいます、違うのは名前じゃありません」


 「名前ちゃうん? ってことは………そっか! つまり飯だけじゃなくツマミも作れるっちゅう事やね!」


 「ちがいます」


 「恋、恋っ! この娘の作るモン、旨いんかっ?!」


 「すごく」


 「よっしゃっ! 早速なんか作ってやっ!」


 「いやです」


 「え~、そんなつれないこと言わんと~! おっ、そうやっ! ウチとしたことがウッカリしとったっ!!

 ウチウチ! ウチの名前は張遼 字は文遠いうんよ! ほら、これでウチ等もう知らん同士じゃないしっ、なっ?

 お近づきの印っちゅ~ことで何か作って~なぁ」


 「いやです」


 「な、なら真名も付けたるっ! ウチは霞やっ! ほらっ! コレでもうウチらは親友で朋友で戦友で………まぁそんな感じやっ! どうやっ、なんか作ってくれる気にならへん?」


 「なりません」


 頭を抱えている暇なんてありゃしない。

 加速度的に混迷を深めていく事態に収拾をつけるべく立ち向かう覚悟を決める。敵は強大だけどボクには月がついているっ! 月、力を貸してっ!!


 「お、なんだ恋! 帰っていたのか」


 「ん………。ただいま、かゆ」


 覚悟は折れた。

 さらに現れた混沌の使者。その名は華雄。

 猪、脳筋、まぁそんなカンジのアレだけど戦場でなら使い道はあるし、使いこなしてこその軍師。しかし今この場では無い。つまりこっち来んな。


 「おっ、ここに居たか詠。今おもてに恋に旅の連れを拐かされたとかいう娘どもが五人ばかり来て騒いでいるのだが、あれは殲滅しても構わんのだろう?」


 「構うわよっ!! どうみてもあの娘の連れでしょう?!」


 願いもむなしく寄ってきた華雄の台詞に思わず怒鳴り返す。


 「ぬぅっ!! 貴様何者だっ?!」


 「あ~、この娘はな………三つ葉だか四葉だか………」


 アンタっ! 親友で朋友で戦友で、そんなカンジなんじゃなかったのっ?!


 「これはふたば………恋のごはん―――」


 「そうそうっ! ふたばやっ!! ウチにツマミを作ってくれるんよ!」


 「つくりません」


 「ふむ、恋よ。いくら腹が減っていても人間を食べるのは感心せんな」


 「………うん、食べない」


 「ええやんか~っ! あ、そうや。 月様月様っ! 月様も食べてみたない? めっちゃ旨いらしいで!」


 「へぅっ?! え~と、食べてみたい………かな?」


 「えっ………、どうしよう………。作ってみようかな」


 「………って、心めっちゃ揺れとるっ?!」



 この日、賈文和の交友録に新たな名前が加わった。

 最初は頭痛の種でしかなかったこの少女がやがて友人に、そして最後には………。




 「じゃぁじゃぁっ、今なら月様のちゅ~が付いてくるでっ!!」


 「作らせて頂きますっ!!」


 「付かないわよっ!!!」



 けど、今はやっぱり頭痛の種でしかないようでしたとさ。



[25721] その19 料理や食事を書ける作者さんはそれだけで名人と呼ぶに値するよね。なんか思い知らされたOTZ
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:637e0d48
Date: 2012/09/10 02:30
 「この度は董仲穎様、賈文和様へのお目通りをおゆりゅし頂きました事、まことに有難うございましゅっ。

 わたしは張一座の渉外担当、諸葛孔明ともうしましゅっ」


 「………同じく張一座の渉外担当、鳳士元と申しましゅ。そしてあちらが………」


 「張家三姉妹、姉の張角、張宝、そして私が張梁と申します」


 「こんにちわ~」


 官邸の前で喚いていた、恋が拉致してきた娘の連れらしき少女たち。

 そのまま放置してはあまりにも外聞が悪く、さらにはこちらに非があることが一目瞭然のこの事態。

 とにかくここまで連れて来させてはみた。

 だがこの少女たち、態度こそ一応へりくだっては見せているものの、目がものっそジト目なんですけど………。

 やめてっ! そんな目でボクを見ないでっ!! あの娘攫ってきたのは恋だからっ!!!

 唯一の救いは一番年嵩らしい桃色髪の少女がニコニコと微笑んでいることだった。

 本来なら持たざるものである詠にとって憎んでも憎みきれぬ富める者である彼女だが、今この場に限っては後光すらさして見える。


 「………そして、既にご存知かもしれませんが、あちらの彼女が………」


 「これはふたば………恋のご飯を作る人」


 「「違いましゅ」」


 「恋、アンタちょっと黙ってて」


 あいも変わらずふたばを抱え込んで離さない呂奉先、恋の言葉にすかさずつっこみが跳ね返る。

 当のふたばは言葉なく、なぜならば………


 「アンタともあろうものが、なんであっさり攫われてんのよっ!!」


 「ひふぁいひょひぃひゃんいたいよちぃちゃんっ―――」


 地和の手による、その頬がドコまで伸びるのか、その限界値を探る学術的実験にその身を供していたからであった。


 「詠ちゃん詠ちゃんっ、ほらっ、ほらっ、あんな伸びてるよっ! わぁ~、わぁ~っ!!」


 「………月、あんたもちょっと落ち着こう、ねっ?」


 この親友、一体どうしてしまったのだろう? こんなおかしな舞い上がり方しているところ初めて見るんですけど。


 「やっぱりおっぱいかっ?! おっぱいなのねっ?!?!」


 「ひふぁいひふぁいいたいいたいっ!!」


 そしてあちらの修羅場。とめどなく拗れてゆく。

 もとはといえばウチの恋が原因だけに言いたくはないが、関係者みんな女の子よね?


 「なによっ! そんなのお姉ちゃんに比べれば全然ちっちゃいじゃないっ!!

 私と比べたってせいぜいが一まわりか二まわり………三四五六七八九十うわ~んっ!!」


 「ひひゃ、ひふふぁふぁんふぇもふぉんふぁふぃふぁいや、いくらなんでもそんなには………っ、ひぎぃ!!」


 「うわ~んっ!!!」


 ………あの頬は今後元に戻る日は来るんだろうか?



 さて、逃避はこの辺にしておいて、現実と向き合わなければなるまい。

 いかにしてこの場を有耶無耶にするか。

 まさかあの娘が巷で名高い歌姫一座の関係者だったとは………。

 
 「………コホン。既に知っているようだけど改めて名乗らせてもらうわ。

 こちらが我が主、董仲穎。そしてボクが賈文和。今回はウチの奉先が………奉先が………月っ!!」


 「へぅっ!!」


 ふらふらと吸い寄せられるようにふたばに近づく親友を一喝。


 「今回はっ! ウチの奉先がっ、奉先がっ!! 世話になったようねっ!!! だから月っ!!!!」


 「へぅっ!!!」


 ボクが何とか恋に全部おっかぶせて、月があの娘を『なでポ』とやらにかけてしまった件を有耶無耶にしようとしているっていうのにっ!


 「あ~文和さん、べつにいいよ~、こんなほっぺでよかったらおもうさま伸ばしてください………」


 「あんたは黙ってっ! そして月っ!!」


 「へぅ~………」


 ボクに味方はいないのっ?! 唯でさえ噂に聞く歌姫一座の賢者を向こうに回さなきゃならないってのにっ!!


 「………あれっ?」


 と、そこでふと思い当たった。

 天の歌姫は三姉妹。そして賢者が二人と一騎当千の武芸者が一人で一座を組んでいると云う噂だったはず。


 「………孔明殿、士元殿………一つたずねてもいいかしら?」


 「………はい、なんでしょう?」


 雰囲気の変わった賈文和の様子に朱里と雛里は顔を見合わせた後、先を促した。


 「貴方たちの噂がこの涼州まで届くようになって久しいわ。

 三姉妹の歌と踊りはさながら天女のごとく、また、それに従う二人の賢者の智は多岐に渡り、市井の揉め事から商売の相談、政に係わる様なことでも打てば響くがごとく応えてみせるとか」


 「そ、それはなんともお耳汚しでしゅ………」


 「加えて、ボクが聞いた噂だと万夫不当の武芸者が護衛として着いているってことだったんだけど、その御仁は………?」


 朱里と雛里は文和の問いに顔を見合わせると、揃って恋のほうへと視線を向ける。正確には、その腕の中の少女に。


 「………嘘でしょ?」


 思わず口をついた言葉に孔明はうんうんと頷いた。


 「気持ちはよく判りましゅ。普段のふたばさんときたら、武芸者らしいところなんて全然無い、ぼっ~として緩みきった人でしゅから」


 「そこが可愛いんだよね~」


 「いやあ………」


 指先で三角形を作り、花咲くように微笑む張角の言葉に何故か照れるふたば。

 いや、張角の言葉だけ聴けば誉めてるように聞こえなくも無いが。


 「………でもでも、いざという時はホントにすごいんでしゅっ! 普段の有様からは信じられないのも無理はありましぇんが、とっても強いんでしゅっ!」


 「すっごく素敵なんですっ!!」


 「いやあ………」


 なにやら勢い込んだ様子の士元に続き、頬を染め、胸の前で握った手を合わせるようにして力説する張梁の言葉に照れるふたば。

 いや、普段の様子からは信じられないとか言われてるんだからね?

 しかし………。


 「―――ホントに?」


 「………うそじゃない、ふたばはつよい」


 「なにっ?! それは本当か恋っ!!」


 「ひゃぁっ!! 華雄、あんたいつから居たの?!」


 見た感じどうも信用できず、思わずこぼれた疑念に応えたのは董家の武人の中でも数段抜きん出た実力を誇る少女だった。

 武の心得の無い詠でも分かるその武錬に裏打ちされた説得力に、少女たちの言葉がにわかに説得力を帯びた瞬間、食いついた者が一人。


 「何を言うか、詠よ。最初から居たぞ! そもそも得体の知れない旅の者が月様の元に参じるというのに警護が恋のみで良い筈が無かろうがっ!」


 しかも生意気に正論を吐くとはっ!


 「だが今はそんな事よりもっ! 恋よ、その娘が強いというのは本当か?!」


 「まちなさいっ! アンタ、月の警護をそんなことで片付けたわねっ?!」


 これだから猪こっちくんなって言われるのよっ!


 「―――ほんとう。ふたばのかれーらいすの前には恋も敗北を認めざるをえない………(ちらっ)」


 「いや、わたし強い弱いとか、割とどうでもいいんで」


 負けちゃいけないときに負けなきゃ、後はどうでもいいって云うか。てか、まんじゅう怖いじゃあるまいし。

 ぼそぼそつぶやく少女をそっと下ろすと、恋は一人静かに部屋の隅っこに行き、えっくえっくと泣き出した。


 「ふっ、つまり貴様のかれーらいすとやらを破って見せればそれ即ち、この私が恋以上という証となるわけかっ! よし、勝負だっ!!」


 「アンタもあっち行けっ! ………コホン、失礼したわね。あの奉先が負けを認めるほどの技前とは恐れ入るわ」


 「文和しゃま、かれーらいしゅは昨夜恋さんが食べたふたばさんのごはんでしゅ」


 「~~~っ!! 恋っ!!」


 「えっくえっく………、ふたばがつよいのはほんとう………今はまだ………けど恋が鍛えればすぐ誰にも負けなくなる………お礼はご飯でいい………(ちらっ)」


 「いや、わたし強い弱いとか、ホントにどうでもいいんで」


 ふたばの言葉を背に、恋は一人静かに部屋の隅っこに行き、再びえっくえっくと泣き出した。



 さて、そんな諸々を他所に、朱里と雛里も己が思惑を果たすべくその脳細胞をフル稼働させていた。


 ふたばをこの世界に導いたという少年の語った思惑。

 まもなく訪れる今上皇帝の死とそれに続く動乱期の訪れ。

 これらの情報の裏を取るために一行は、一時歌姫としての活動を控え、彼女らに目をつけているという曹操から隠れつつ洛陽への潜入を行っていた。

 専門の工作員をもたない身で出来ることはせいぜい聞き込みがいいところで、それで知れる情報なども高が知れている。

 だが、それでも目さえしっかり開けていれば薄っすらと見えてくるものはあるもので、なかでも皇帝の体調が思わしくないらしいこと、次の皇帝として弁皇子と協皇子、それぞれを擁立しようとする外戚派と宦官とで水面下での争いが既に始まっていることは、慎重に隠されてはいたものの、既にある程度の正解を知らされている彼女らの目で見れば明らかであったのだ。

 さらに、そこに加えて少年の、最初に涼州の董家に向かえという指示を加えると今後の流れが朧ながら見えてくる。

 皇帝の崩御を機に一気に決壊するであろう外戚派と宦官の両者が求めるものは何か?

 外戚派の筆頭は何進将軍。大将軍の位にあり、しかし勅を押さえられることで実質の兵権を奪われているに等しい彼女が求めるのは自身が自由に出来る戦力だろう。

 一方の宦官派には将がいない。宿将と呼ばれる面々はその心情的に政敵である清流派に近いため信用が置けない。

 黄巾が起こらなかったために党錮の禁が解かれず、清流派と敵を同じくすることで一時的な結託を結ぶことも出来なかった。あげく小規模な乱は全て諸侯に丸投げで人材も育っていない。


 ではこの両者が利用するべく目をつけるのはどこの誰か?


 袁紹、袁術は駄目だ。いくら頭が残念とはいえ袁家と云うのは巨大な怪物、ここに権威を加えるのはあまりに危険。

 大将軍であれ、十常侍であれ、あの程度の器量では首根っこを捕まえ頭を押さえつけておく位でなければ扱いきれまい。

 皇帝の傍に近づく機会を与えるなど以ての外と考えるだろう。


 公孫賛や馬騰では実績がありすぎる。蛮族を相手に百戦錬磨の彼女らを抑えるのも荷が勝ちすぎる話であるのはどちらにも共通するだろう。

 他の諸侯では五十歩百歩、相手に対する牽制としてすら役に立たない。味方につけたとしても対抗する誰かを用意するのが簡単に過ぎる。


 あぁ、なるほど。董卓しかいない。

 兵と将、どちらの質も量も申し分無いにもかかわらず、当主である董卓は代替わりしたばかりで海のものとも山のものともつかないひよっこ。

 地理的に最も近い公孫ではなく、合流をもくろんでいる劉家の義勇軍でもなく、まず涼州の董卓の下へ赴けというのはつまりはそういうことなのか、と。

 どちらの陣営が目をつけるにしろ、将はともかく董卓本人にとってはこの洛陽は死地となるだろう。

 与えられた手掛かりと得られた情報からそう結論すると、一行は速やかに都を離れたのだった。


 さて、そうなると次は如何にして董家の面々の信用を得て中央からの招聘をはぐらかさせるかが問題となる。


 「「ぶっちゃけ無理でしゅ………」」


 どこの世界に旅芸人の言葉を真に受けて中央への足がかりをふいにする者が居ようか?

 そもそも面会するだけでも難易度が高すぎる。

 劉備に仕官した上で、その知己であり人格者として知られる公孫賛の書状でもあればあるいはといったところだが、真っ先にと言われたからには最早そんな猶予はあるまい。

 故に、今回のこの事態は千載一遇の奇貨といえる。

 勢いで乗り込んできてしまったが、この事態を招いた恋には感謝してもいいくらいだ。


 「………どうしてもと言うなら、お礼はふたばのごはんで良い」


 「恋しゃん、隅っこはあっちでしゅ」


 「………あと、心を読まないでくだしゃい」


 隅っこの定位置に戻っていく恋の背中をドキドキしながら見送りつつ、今後の筋書きを組み立てる。

 何より優先すべきは自分たちを深く印象付けることだ。

 その為にもこの件、有耶無耶のうちに済ませてしまうわけにはいかない。

 勝利条件は客分としての逗留を向こうから切りださせる。

 この賈文和と云う少女と言葉を交わす機会を多く得るために、そうしてこちらの有用性を知らしめ、信用を得る。

 それを最短で行うための最低条件がそれだ。

 朱里と雛里はそっと視線を交わした。


 (………なら朱里ちゃん、とりあえず董家の人たちと縁を持つ意味でもふたばさんのごはんで心をつかんでおくのはいい手なんじゃないかな?)


 (そうだね、とりあえずお菓子でも作って貰って興味を持たせて晩御飯を任される事が出来れば………。

 宿も決まっていない今なら泊めてくださいってお願いしてもおかしくない流れにもっていけるねっ!)


 (………お菓子………おかしくない………?! 駄洒落だねっ朱里ちゃん!!)


 彼女らほどの者ともなれば視線で駄洒落を言う事は勿論、ツッコミを入れることさえ思いのままである。


 (はわわっ、駄洒落じゃないでしゅっ!!)


 さらには、視線で噛むことすらも可能とする。


 (………ふたばのおかし………、あんみつ、おいしかった………)


 そして、食欲が絡めば飛将軍に不可能は無いようだ。


 (あわわっ、当たり前みたいに混ざってこないでくだしゃいっ!)


 (恋しゃん、隅っこはあっちでしゅ)


 隅っこの定位置に戻っていく恋の背中をドキドキしながら見送る二人であった。








 当事者のふたばの方とは云えば、こちらもそろそろ意地悪はやめて、なんか作ってあげようかな~と云う気になっていた。

 そもそもが手ひどい車酔い………ならぬ呂布酔いに陥れてくれた件で意固地になっていたのが発端で、あれだけ美味しそうに食べてくれる相手に腕を振るうのに否やは無い。

 だがそのうちに恋のリアクションがあんまりにも可愛いものだからついつい調子に乗っていぢめてしまったのだった。

 よくよく考えてみれば相手は天下無双の呂布である。恐ろしいことをしたものだ。

 ………とは思うのだが、やはりちっとも怖くない。

 会った事も無い呂奉先よりも一宿三飯を共にした恋と云う少女の方がふたばにとっては重いという事の表れなのだろうか。


 「文和さん、ちょっといいですか?」


 「ん、なに?」


 「ちょっと食材捜してくるんで、あとでお台所貸して欲しいんだけど」


 「おぉっ! なんや、ついに肴を作ってくれる気になったんか?!」


 「ひゃぁっ!! 霞、あんたいつから居たの?!」


 二人の少女を向こうに回して如何に事態を有耶無耶にしてのけるか思案に暮れていたところに掛けられた声に反応し、問い返してみれば食いついた者が一人。


 「何を言うてんねん詠っち、最初から居たやんか! 旅芸人だかなんだか知らんけど、雁首そろえて月っちとこに来るっちうのに警護が恋と華雄だけっちゅうわけにもいかんやろ?」


 しかも生意気に正論を吐くとはっ!


 「まぁ今はそんな事は置いとこっ! なぁなぁアンタ、なに作ってくれるん?!」


 「まちなさいっ! アンタ、月の警護をそんなことで片付けたわねっ?!」


 うちの武官はこんなんばっかかっ?!





 折角だから少し手の込んだものでも作ろうかと思い、厨房を借りられないかと交渉に挑んでみればレディースが割り込んできたでござる。

 そう、レディースである。

 羽織袴にさらしを巻いて、喧嘩上等で世露死苦な特攻隊長のレディースである。

 先ほどノリと勢いで真名まで預けてくれやがった彼女だが、はたしてその立ち位置と実力はいかがなものなのだろうか?

 ふたばの提唱する実力=露出度理論に従うなら、おそらく殆ど最強クラスであろう。

 なんせ、羽織の下はさらしのみである。

 さらに深々とスリットの入った袴。人和ちゃんのタイトミニと違い、くるくる動き回るそのさまにどんなに目を凝らしてみてもパンツの紐が見えません。

 いったいどうなってんの?!

 まさかのぱんつはいてない疑惑である。どうしよう?!


 ふたばが生まれる遥か以前、それこそ父母、あるいは祖父母の世代ですらあるかもしれない過ぎ去った時代の暴走族ルックを髣髴とさせるそのファッションから見るに、おそらく彼女は騎兵なのではあるまいか。


 「何人たりともウチの前は走らせへんで~っ!!」


 とか叫んでしまうに違いないっ!!

 加えてその恐るべき露出度。この力が全て早さにつぎ込まれていたとしたら正に最速っ!!

 否、ぱんつまで軽量化してしまったその速さはもはや人を超え、獣を超え、機械を超え、神の領域へと挑むものに違いないっ!!

 正に神速っ!! 超獣機神 張………なんだっけ? 張梁は人和ちゃんだし。


 まぁそんなことは置いといて、だ。この様子なら厨房を借りるのは問題なさそうだ。恋ちゃんと張………ダン○ーガさんの二大欠食児童が味方についたふたばに敵は無い。あ、仲穎さんも寄ってきた。

 となると、なにをつくろうかな。あんまり時間も無いことだし、手早く作れるようなものを………。


 「………けーきを所望します」


 「ん?」


 「だからっ! アンタがこないだ言ってたけーきとか云うのが食べたいって言ってんのっ!!」


 「いひゃいいたいっ! ほひるのびるっ、ほっへほひひゃうほっぺのびちゃうっ!」


 せっかく復元したふたばのほっぺを再び伸ばそうとたくらむ魔の手の持ち主は、云わずと知れたちぃちゃんです。

 自身のあまりの平らさに、恋とは別の隅っこでさめざめと泣いていたのだけれど、誰も慰めに来てくれないので構ってもらいに来ました。


 「ちぃは深く傷つきました。あまーいお菓子じゃなくてはこの傷は癒されません」


 放置されていたのでおかんむりらしい。どれくらいかといえば一人称が営業用の「ちぃ」に戻っていらっしゃる。

 早急に改善が求められるのだが。

 とはいえ、ケーキは無茶振りがすぎる。

 スポンジの材料はふたば式食道楽パワーで揃ったとしてもオーブンがなぁ。石窯で焼けとおっしゃるか。


 「ミルクレープとかならいけるかしらん………?」


 生クリームさえ頑張って見つければなんとかなりそうね、と無茶なことを考える天の御使いがそこに居た。普通はなんともならない。





 ある物なら好きに使っていいわよ、っとおっしゃる文和嬢のお言葉に甘える事にして、まずは器具と食材を見せてもらうことにする。


 「こっちよ、ついてきて」


 先を歩く少女の小さな背中に続く。こんな小さな背中で一つの町に暮らす人たちの生活を背負っているのかと思い………ふたばはそこで考えるのをやめた。

 なんとなく、なにをどう考えたところで大きなお世話か、安い同情か、そんな碌でもないところにしか行き着きそうに無いことに気づいたからだ。

 この時代の、しかも為政者の悩み苦しみなど、ましてそれをふたばと同年代の少女が背負うことの意味など想像を絶する。

 であるならば、下手な同情で彼女、彼女らの決意や覚悟まで貶めてしまうことだけはすまい。

 せいぜい珍しいお菓子を振舞ってリフレッシュして貰いましょうか。


 などとシリアスごっこに興じるふたばの厨二タイムはふいに破られることになった。


 「恋殿~っ! 恋殿~~っ!! ねねは、ねねは~っ!!」


 などと叫びつつ駆け寄ってくる謎の人影によって。

 廊下のかどを今まさに曲がろうとした時に背後から聞こえてきた声に振り返ったふたばの目に入ったのは小柄な、黒っぽい人影であった。

 と、同時に先方もふたばの姿を正確に視認したらしい。


 「………っ、おのれ恋殿に成りすましねねの目を欺こうとはどこのどなた様であらせられやがるですか~っ!!」


 駆け寄りざま飛び蹴りを放つ謎の人影。その蹴りを一歩右にかわすことで避けるふたば。

 遠間から驚くべき跳躍力でもって放たれた蹴りは双方の位置関係の問題で廊下の突き当たりの壁………に設けられた窓から外へと飛び出していった。


 「あっ」「なんとっ?!」「ねね、アンタなにやってんの?」


 言い忘れていたがここは董家の居館、その最上階である。


 「………お、おぼぇτゃ―――」


 「ちょ、ちょっとぉっ!!」


 あわてて窓から身を乗り出すも当然手が届くはずも無く。


 「大丈夫よ、あの子あれでも奉先の副官だから。この程度の高さから叩きつけられるぐらいなんでもないわ」


 副官であることと頑丈さの相関関係に疑問を持ったふたばではあったが、それを口にする前に盛大な水音が耳に届いた。


 「そういえばこの裏手、川になってたっけ」


 「大丈夫なの?! 泳げなかったりしない?!」


 「大丈夫よ、子供でも足は立つ程度だもの」


 「のわ~っ! 一昨日までの長雨でまだ増水したままですぞ~っ!!」


 誰か~っ! ねねはっ! ねねがっ!! 恋どのぉ~~っ!!


 遠ざかっていく声。どうやら結構な勢いで流されているらしい。


 「………そういえば文和さん、わたし恋ちゃんに似てるのかな?」


 「ん~、全然」


 二人は何も無かった事にすることにした。それが何の解決にもならない事には気づかない。なぜなら『何も無かった』のだから………。





 結果としてふたば作のミルクレープは大好評であった。

 どれくらい大好評であったかと云うと、


 「んま~いっ! でも酒の肴にはならへんかなぁ。 でもんま~いっ!!」


 と叫んだ誰かさんが自分の分を食べつくした後、無謀にも特別に用意された一ホールを抱え込むようにして食べていた飛将軍から強奪を試み粛清される程であったという。

 後に言う『鮮血のお茶会事件』である。無茶しやがって…。



 夕食はその飛将軍さまの怒りを鎮める為、彼女のリクエストであるカレーライスとなった。


 「でも、幾らなんでもこの量は作りすぎなんじゃない? 皆に振舞うには少ないけど、恋の分を考えてもボクたちだけじゃ多すぎるんじゃないかしら………」


 「ふふん、それは甘い考えだよ詠ちゃん。わたしの国ではこう言うんだ。『一日目のカレーと二日目のカレーは別の料理』………てねっ!」


 「そ、それはどういう意味なんですかっ! ふたばさんっ!!」


 「ふっふっふ、月ちゃん良く訊いてくれたね。一日目のカレーはまだ若いカレー………香辛料の鮮烈な香りが鼻をくすぐり、具材もそれぞれの味でわたし達の舌を楽しませてくれる。

 でも二日目のカレーは違うわっ! 香辛料はそれぞれの自己主張を潜める代わりに具材の奥深くにまで染み渡り、具材から溶け出したうまみはルー………餡に深みを齎す。

 とろみを増した餡とご飯の齎す食感はまさに別物っ! 勿論人によって若いカレー、円熟したカレー、それぞれ好みが分かれるでしょう。

 けどねっ!! だからと言ってどちらか片方しか食べないなど愚の骨頂っ!! 最初から数日分用意しておく事こそが賢者の知恵というものなのよっ!!」


 きゅっぴ~~~ぃんっ!!!


 ふたばの演説に反応し、瞳を輝かせる飛将軍っ!!


 「ふんっ! 明日までなど待っていられるかっ!! 私はっ!!! 今っ!!!! ここでっ!!!!! 喰うっ!!!!!!」


 そう叫んで強引におかわりしようとした無謀な挑戦者あらわる。


 「………華雄がッ 泣くまで 殴るのをやめないッ!」


 恋が我慢してるのに………!


 後に言う『鮮血の晩餐事件』である。無茶しやがって…。


 来訪初日にして、二回にわたって董家の居館を血に染める原因となった一行は以後、『鮮血の旅芸人』と呼ばれ恐れられ………あ、それは無い? 無いそうです。

 その代わりといっては何だが、この場には居ない某軍師さんの事を思い出す者も誰も居らず、その彼女の真名にかけて『忘却の音』事件と………あ、それも無い? 無いそうです。



[25721] その20 おっかなびっくり表に出てみる。
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:637e0d48
Date: 2012/09/20 01:09
 その日、北郷ふたばはかつて経験したことの無い衝撃的な朝の目覚めを経験した。


 「おはようございます、ふたばさん」


 「あ、おはようございま………す?」


 真名に相応しい、月光のような青銀の、ふわっふわの髪に見覚えがある。

 生まれてこの方、日の光に当たったことがあるのかさえ疑わしい、透き通るような肌色の、形のよいつややかなおでこに見覚えがある。

 持ち主の繊細な気性を現すような、細い、弓を描く眉にも、その下の長いまつげに縁取られた赤みを帯びた瞳にも、やはり見覚えがある。

 小作りな鼻梁の線の下にはこれまた見覚えのある桜色をした可憐なくちびる。


 全てが昨日親しくなったこの町の領主様と瓜二つなのである。


 だがしかし………


 「メイドさんだ………」


 プラチナブロンドを飾る純白のヘッドドレスと彩を添える真紅の飾り紐。

 オーソドックスな濃紺と純白のエプロンドレスに真紅のサッシュ。


 「やっぱりメイドさんだ………」


 目の前の彼女がメイドさんであるなら、その装束をまとっている方を見間違えたのだろうか?

 マジマジと観察するも、やはり服の中身は領主様。


 「へぅ、そんなに見られると………」


 へぅ―――へぅときたか………。

 どうやらこのお方、董仲穎様―――月ちゃんで間違いないらしい。

 では、いつの間に領主様からメイドさんにクラスチェンジしたのだろう?

 昨夜、ふたばが寝付いてからクーデターでもあったのだろうか。


 「あの、仲………月ちゃん。その格好どうしたの?」


 口にしてからしまったと後悔する。

 もし想像のとおり、政変があって一夜のうちに領主からメイドへとクラスチェンジする羽目になったのだとしたら、なんて残酷な質問をっ!!

 ふたばは寝起から平常運転である。


 「えへへ………私、領主さんなんてやってますけど、本当はこうやって皆さんのお世話をしたりするのが好きなんです」


 そう言ってはにかむ領主兼メイドさん。字面からして凄まじい違和感を放つ兼業である。

 だがまて………。

 寝起きの瞳をぐしぐしと擦り、改めて目の前の少女を見やる。


 思い返してみると、昨日彼女が身にまとっていた豪奢な衣装はあまりにも………あまりにも………そう! コレジャナイ感!! コレジャナイ感に溢れていた。

 さながら、可憐な花を特に考えも無く豪奢な器に活けてしまったかのような圧倒的コレジャナイ感!! コレジャナーイッ!!!

 月並みな言い方だが、彼女………董仲穎と云う少女の美貌は大輪のバラではなく、野に咲く鈴蘭。

 手折ろうと手を伸ばして初めて、透き通るような花びらの色彩、可憐な造形、儚げながらも確かに通う命の瑞々しさに胸を打たれ、ついには手折ろうとしていたことすらも忘れ、触れることさえ畏しくなってしまうような美………鈴蘭は毒草だとか思った奴は年齢分の鈴蘭一気食いの刑。今はそういう話をしているんじゃないっ!

 コホン………今、ふたばの目の前でメイド服に身を包み、恥じらいに頬を染める董仲穎………月には、その本来の魅力が有り余るほど感じられる。

 昨日初めて会った時は、むしろ賈文和………詠の方が強そうなどと思ったものだった。

 いや、無論月に魅力が無かったわけではなく、実際こぼれるような微笑とともに与えられた小さな、ひんやりとした手で撫でられる感触はまさにウットリ夢心地!

 トップブリーダーの称号と共に無上の忠誠を誓い、そのまま何もかも忘れて永遠の愛撫に身も心も任せてしまいたいと思うほどの………あれ? 私、なでポ………されていた、だと………。


 ゲフンゲフン………あ~、そうそう! メイド服!! 今、こうしてメイド服に身を包んだ彼女、董仲穎を見れば判る。

 紛れも無く彼女はこの世界におけるキーパースンなのだ、と。

 露出度=実力の第二法則、つまり露出度≒フリフリワフワ。

 これに当て嵌めてみれば一目瞭然! ぱんつはいてない疑惑の張なんとかさんはおろか、天下無双の恋ちゃんすら上回るこの存在感!!

 董仲穎はメイド服を纏う者だったのだっ!!


 だが、本来であればこの国のこの時代、メイド服など存在するはずも無い。

 ならば、彼女のこの姿すらも………っ!!


 「コレもまたあなたの差し金なんですね………兄さんっ………!!」


 与えられた客室の窓の外、晴れ渡った空の彼方にうかぶ兄の幻影、いい笑顔でサムズアップを決めるその姿に………。


 「………ぐっじょぶっ!!」


 ふたばは全力のサムズアップで応えたのだったっ!!





 既に述べたように、歴史に重大な影響をもたらすような存在は逆に歴史から重大な影響を受けもする。

 現在の皇帝、劉宏や十常侍の死が殆どと言って良いほど避けられないのと同じように。

 故に、外史の管理者たちは今回、北郷ふたばを天の御使いとして送り込んだその一方で、曹操一党が滅ぶことがこの世界群の規定事項とならないよう北郷一刀を彼女らの元へと送り込んだわけだが。

 
 だが既に、今回の世界の株分けに至るまで数多繰り返された世界の分岐において極めて高い確率で発生したが故に、ついに世界の規定事項にまで昇華してしまった事象が存在する。


 『董仲穎はメイド服を着る』


 これである。


 この世界がまだ正史から分岐したばかりの頃、北郷一刀を観測者として頻りに分岐と成長を繰り返していた頃の話である。

 彼はいつ、どんな陣営に落ちたとしても董仲穎をフィッシュした時は必ずメイド服を着せた。

 そればかりか、涼州、董家に拾われた場合ですら全能を賭して主である彼女にメイド服を着せた。

 ある時は甘言を弄し、ある時は策をめぐらせ、さらにある時は乙女心を巧みに擽り、あらゆる手段で持ってメイド服を着せ続けたのだ。

 結果『董仲穎はメイドさん』と云う事象はこの世界軸において、正史からの情報流入による『司馬仲達の存在』が確立されるより遥かに早く真理の座を占めるに至ったのであった。


 これはある意味無理からぬこと、不可抗力であったと云えるだろう。

 考えてみて欲しい。



 普通目の前に月タンが居たらメイド服着せるでしょっ!! 



 彼は『メイド服』を知るものとして当然の責務を、雨の日に傘を差すように自然に果たしただけなのだ。


 そうして因果律レベルでメイドさんとなった月タンは、世界が成長し、北郷一刀以外の者が天の御使いの役を担う事が有るように成ってなお、メイドさんであり続けた。

 目の前に特級メイドの有資格者さんが居て、世界もまた彼女がメイドさんであることを望むのである。生半な天の御使いでは抗うことなど出来はしまい………いや、むしろ抗う方が悪っ!!


 北郷ふたばが天の御使いを担うこの世界軸において、真理の手先として彼女にメイド服を着せたのはなんと、彼女の親友賈文和………詠であった。


 黄巾が起きなかったこの世界ではあったが、逆に小規模の叛乱の数は起きた世界の比ではない。

 結果、陣営において最も負担が増したのが彼女だった。

 出撃回数が増えたことで処理せねばならない仕事が増えたのだ………それも半端なく。

 いったい何度『賊の三百や四百、あんた達だけで大丈夫よねっ!!!』と恋や霞を単騎で突っ込ませたくなるのを思い止まったか知れない。

 ん、華雄? 何故か普通に死にそうだったから考えもしなかった。

 
 そんな書類地獄が心身に齎した磨耗の果て、心の癒しを求めた彼女がたどり着いたオアシス………それが目に付く可愛らしい衣装を買い漁り、最愛の親友を着せ替えて遊ぶことだった。 

 曲がりなりにも主君である少女に着せる服に何故、西方式侍女服―――実際そう云うふれこみだった―――を紛れ込ませてしまったのかは詠自身にも判らない。

 あるいは彼女自身にも気づかない心の奥深くには、愛らしい親友を侍女として侍らせ、思う存分愛でたいという願望があったらいいな!!………失礼。


 こうしてメイド服は月タンの元へと渡るべくして渡った。

 侍女装束をまとった親友の艶姿に、鼻から溢れ出ようとする忠誠心を何とかこらえた詠は、翌日自ら赴き、自身の分のメイド服を仕立てたという。

 普段であれば自身の容姿に対する評価の低い彼女が『月が着て可愛かったから』などという理由で自身の服をおそろいで仕立てたりなどしないのだが、今回だけはその誘惑に抗えなかったのだ。

 なぜならば、『賈文和がメイド服を着る』事もまた、この世界における真理なのだから………!!

 考えてみて欲しい。


 普通そこに詠タンが居たらメイド服着せるでしょっ!!

 他者の心理を洞察することに特化した謀略の専門家でありながら、その全能力を傾け、意を察することで尽くしてくれるツンデレメイドさん、欲しいでしょっ!!!


 目の前にS級メイドの有資格者さんが居て、世界もまた彼女がメイドさんであることを望むのである。生半な以下略。


 斯様にして自らもメイドさんとなった詠タンは、夜な夜な衣装を身に纏い、『月とお揃い~♪』などと歌いつつ高速回転を繰り返し、挙句の果てに敷物にけっつまずいて机の角に頭部を強打したりしているので興味があったら覗いてみると良い。

 ちなみに言っておくと、この世界の賈文和が他所の世界の彼女に比べて著しく残念に見えるとしたら上記の理由で頭部の強打を繰り返しているためである。

 外史の登場人物は語り手よりも賢くはならない等と云った理由では決して無い。

 なに? 「頭を打つ以前に高速回転の時点で既に残念だから、やはりお前の頭が馬鹿な所為」だと? やかましいっ!!


 さて、着せた詠タンが自らの宿命を悟りメイドとして覚醒した一方で、着せられた月タンもまた、己が血に眠る業を自覚していた。

 衣装を身に纏ったまま遊び半分で「ご主人様」などと、常から甲斐甲斐しく尽くしてくれる親友に呼びかけてみたり、お茶を入れてみたり肩を揉んであげたり。

 切欠はそんな他愛も無いゴッコ遊びだった。

 だが、最初こそ戸惑っていた親友の顔が次第に緩み綻んでくるにつれて、彼女もまた自身の深奥からこみ上げてくる喜びがあることを知ったのだ。


 己が愉悦を自覚した董仲穎は、その生涯でただ一度、最初で最後になる渾身の姦計をめぐらせた。

 仕える侍女の制服を全て件の西方式侍女服へと統一したのである。

 これはただ一人、「折角の二人だけのお揃いが~っ」と内心涙に暮れる誰かさん以外には好評のうちに迎えられた。なにせ大変華がある。


 その結果なにが起こったのか。


 木を隠すには森の中。


 董家に仕える面々は、この言葉の持つ真の恐ろしさを身をもって味わうことになったのだった。

 以下に彼女らが味わった恐怖、その一端を記す。



 「その日ボクは朝から憂鬱だった。

 恋に霞、華雄の部隊を立て続けに出動させなきゃならない日が続いた所為で、優先度の低い案件が積もり積もって山となっているのを見ちゃったんだもの。

 気が滅入るのも無理ないと思わない?

 とはいえ、ボクの気分なんて関係無しに仕事は滞った分だけ増えていくわけだしね。

 なんとか少しだけでも寝る時間が確保できるよう無理やり気合を入れて仕事を始めたわけ。

 ところが蓋を開けてびっくり、悲壮な覚悟で始めた仕事は午後も半ばで綺麗さっぱり片付いちゃったの! もちろん、当日の分も含めてね。

 その日の仕事はおそろしくやり易かったわ。処理する案件は重要度や関連性に合わせて処理する先からそっと手渡される。

 墨が切れそうになると新しく磨られた硯が何も言う前に取り替えられ、喉が渇いたと思った瞬間飲み頃のお茶がそっと差し出される。

 調子が上がってきて、これはこのままお昼を抜いて一気に仕上げてしまおうと思ったら片手で食べられるようお饅頭が出てきて、お行儀が悪いけど食べながら、と思ったら竹簡がずれない様押さえる手がそっと添えられる。

 玉になった汗がこぼれ、折角の竹簡を滲ませ駄目にしてしまう前に香を含ませた手ぬぐいで優しく拭い取られる。

 そのおかげで始める前は半ば徹夜も覚悟だったって云うのに結果はこれでしょ? ボクがこの結果を齎してくれた侍女を抜擢しようと思っても不思議なことじゃないわよね。

 で、この逆境を覆してくれた、いわば苦境を共にした戦友に労いの言葉を掛けようと振り返ったボクの前には侍女服に身を包んだ月が居た。

 な… 何を言っているのか わからないと思うけど 

 ボクも 何をされたのか わからなかった…

 頭がどうにかなりそうだった… 目の錯覚だとか他人の空似だとか

 そんなチャチなものじゃあ 断じてない

 もっと恐ろしいものの片鱗を 味わったわ」



 「ウチもお茶やね。一汗流して喉渇いたなぁ思て通りがかった娘にちょっとお茶もって来てくれんかって頼んだらすかさず後ろからはいどうぞ言うて湯飲みが差し出されたんよ。

 ちょうど飲み頃やったから一気に呷って『あんがとさん! 気が利くなぁ』ゆうて振り返ったら月っちがおんねん。

 んで翌日な。前の日にそんなことがあったばっかやから、今日は水で我慢しとこ思たらはいどうぞ言うて汲んだばかりの良く冷えた水が差し出されたんよ。

 振り返ったら月っちがおんねん」



 「その日の訓練は我ながら少々身が入りすぎてしまってな。やわな鍛え方をしている心算はないが、疲れを残していざと言うとき満足に働けんのでは武人の名折れ。

 ちょうど傍を通りかかった侍女を捕まえ体をほぐすのを手伝ってもらうことにしたのだ。

 こういっては何だがその侍女、力がてんで無くてな。幾ら揉んでもらおうと効き目は全く無かったのだが、それでも小さな手から一生懸命さが伝わってきてこう、な。

 胸の中がほっこりと暖かくなってくるような気分だったよ。

 とはいえ、あからさまに向いてない力仕事を続けさせても可哀相だ。

 若干名残惜しかったが充分な癒しも貰ったことだしと、精一杯の感謝を込めて『ありがとう、おかげで楽になった』と振り返ったらそこに侍女服を纏った月様がおられた」



 「………ゆえ………ゆえ………月………月餅………お饅頭………杏仁豆腐………じゅるり」



 「んで、またその翌日やね。侍女を呼び止めたウチは、まぁ流石に三度目は気まずいし、周りに誰もおらんのをよう見回してからちょっとお茶淹れてもらえんかって頼んだんよ。

 んで、どうせなら暑気払いに熱々のを飲みたい言うてそのままその娘と厨房まで行ったんや。

 『淹れてまいりますので少々お待ちください』言うて奥に消えるのを見送って、もう大じょぶやろおもうたところで『お待たせしました』って声掛けられたんや。

 『なんや、えらい早かったなぁ』って顔上げたら月っちがおんねん」



 「………豆腐………麻婆豆腐………回鍋肉………青椒肉絲………お肉………月のごはん………じゅるり」



 「お茶も駄目、水も駄目、入れ替われんよう見張っててもだめ。ならウチは何を飲めば良いんやっちゅう話や。そう思わん、アンタも?

 喉渇いたら死ぬっちゅーねん。ウチは死なんようにどうしたらええと思う? 何を飲んだらええと思う? こうなったらもう酒しかないと思うやろ、アンタも!」



 「………おなかすいた………たべていいの?」



 「………へ? そう言うだろうと思ってました? え………これ………な、なんや、イヤに準備がええな………あんがとさん………あ、ああ、旨いで………うん………旨い。

 ところでアンタ………なんでそんなけったいな………蝶ちょの仮面なんか着けてるん?………それ、ちょっと取って貰えるか?」



 「………けぷ。ごちそうさま………おいしかった」



 「げえっ! 月っちっ!!」





 おそろしい………実におそろしいっ!!

 なにせ、僅かでも気を抜いたら最後、自らが尽くすべき可憐な主君に、逆に行き届いたご奉仕をされてしまうのであるっ!!!

 既に城内には一片の塵すらなく、床は輝かんばかりに磨き上げられている。

 そこかしこに活けられた花は瑞々しく保たれ、小腹が空いたと思ったらすかさず茶菓子が差し出される。

 なんとか本物と見分けようにも、件の侍女服を最も完璧かつ自然に着こなす者こそが偽者だなどと早々気づけよう筈も無く、気づいたときには既にご奉仕された後っ!!

 邸内は一瞬の油断もならない生き馬の目を抜くご奉仕地獄と化し、結果董家の士気は鰻登り。

 代替わり直後でありながらの陣営の大躍進、その原因はここにあったのだ………。




 そして今、月は喜びの絶頂にいた。なにせご奉仕出来るお客人が一度に六人もやってきたのである。

 なかでもこの北郷ふたば。身も心も隙だらけ。

 もし月が本気だったら彼女が目覚めてから今までの僅かな間十回はご奉仕されていただろう。

 北郷ふたばは今、絶体絶命の虎口に居た。




 一度落ちたら最後際限なく甘やかされ続ける、さながら蟻地獄のようなご奉仕の無限連鎖。

 その瀬戸口に立っている北郷ふたばはそんな事とは露知らず、いつもの通りあさっての方向へと暴走していく思考を野放しにしていた。


 彼女がこの世界に来てからこっち、善しにつけ悪しきにつけ衝撃的な事件、発見には事欠かない。

 だが今日、この目の前の領主兼メイドさんから受けたそれは別格であった。

 なんとなれば、現代人としてこの世界から、知識や技術、思想といった文化的な側面での絶対的な敗北を突きつけられたのは初めてだったのである。


 公僕という言葉がある。公務員を指す言葉だが、文字どおりに読めばおおやけしもべである。

 字面こそ謙虚なものだが、現代の、実際の公務員や政治家の内実などは知ってのとおりだ。

 翻って目の前の彼女。


 『へぅへぅ。わたし皆さんのお世話をしたりするのが好きなんです。へぅへぅ』


 古代中国(的)世界において絶対的な権力を持つ君主が自らの意思で公に奉仕する。君主制度でありながら主は民………民主と君主の完全調和パーフェクトハーモニー


 「すなわち………専制メイド制っ………!!!」


 想像してみる。


 『へぅへぅ、ご奉仕するにゃんっ! へぅへぅ』


 日本は………獲ったっ!


 『へぅへぅ、メイドの、メイドによる、人民のための政治ですっ! へぅへぅ』


 アメリカ………制圧っ!!


 『へぅへぅ、そして私は 新世界のメイドになりますっ! へぅへぅ』


 世界………征服っ!!!


 なんてこと………勝てる気がしない。

 世界は………彼女のものだ………どうしよう。


 「へぅ~………」


 まじまじと凝視され、恥ずかしげに頬を染める少女を、ふたばは畏怖をこめて見つめる。

 どうでもいいがお前はいい加減寝台から出て着替えるべき。





 ところで、全く話が進展しなかった今回。

 別に連載開始から一年半、ようやく月タンの可愛さを思うさま書き殴れることに有頂天になった誰かが暴走したわけではない。

 当然、今回の話にも重要なポイントがあるのだ。


 それは、月タンがメイドなのは真理である、という点に尽きる。


 今現在外史を観測している記録者諸氏のなかには、一切何の脈絡も無く董仲穎がメイドになっていて首をひねった方も多いことだろう。

 だがそれは当然の、そして仕方のない事なのだ。いわば世界の真理であり、諸氏の観測ミスなどではない。

 なので安心して彼女の愛らしいメイド姿を観測、記録する作業に戻っていただきたい。

 観測結果の発表は研究の発展に大いなる益を齎すことであろう。


 グッラック!!



[25721] その21 やおい回
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:637e0d48
Date: 2012/11/28 23:36
 想像だにしなかった新たなる、畏るべき政治形態への思索を終えたふたばが次に行ったことは当然、衣服を着替えることであった。

 いや、これは正確ではない。ふたばは着替えさせられたのであって、であれば着替えさせたのは当然特級メイド様である。


 可愛いメイドさんに着替えさせてもらうなんてお姫様になったみたいだね等と満更ではないふたばであったが、一方のメイド様も思う存分ご奉仕が出来る相手の出現にご満悦であった。

 なにせ彼女は領主様。普通はお世話される身分である彼女が逆にお世話しようなどとすれば大抵の相手は及び腰になる。

 彼女の身の回りで例外は恋くらいのものだろうが、あれで彼女は意外と自立心が強く、食の面以外ではガードが固い。

 その点目の前の少女はまさに隙だらけ。月が本気になれば歯を磨くことさえ出来そうである。欠点を挙げるなら料理が出来てしまうことだろうか。

 それ以外は欠点の無い、おはようからおやすみまで、実にお世話のし甲斐の有りそうな逸材と言える。

 そんな二人はある意味理想的なWin-Winの関係といえるかも知れなかったが、バックグラウンドではふたばダメ人間化へのカウントダウンが始まっている。

 さらにはこのメイド様、普段から


 『月は働きすぎだって! 一日二日休んだってボクが居るんだから大丈夫!! たまには息抜きしないと倒れちゃうよ!!!』


 などと云われているのを良いことに、今日一日をまるまるふたばのお世話に費やす気満々なのだ。

 なにげにふたばがこの世界に来て以来、最大のピンチだったりするかもしれない。





 己が持って生まれた才能の極限に挑み、ついに不可能と思われたミッション、『さりげなく、自然に他人様の歯を磨く』を成し遂げた月は今、かつてない達成感に打ち震えていた。

 油断と隙が服を着て歩いているようなふたばが相手とはいえ、さすがに難易度は桁違い。

 寝巻きを脱がせ、蒸らした手ぬぐいで顔や首筋、体を拭いて着替えさせ、髪を整える。ここまでは詠で実践済みの領域だった。

 手を引いて食堂まで伴い、食事を給仕する。さしもの恋といえど、寝起きと空腹が重なっては赤子の手をひねるようなものだ。

 だが、腹もくちくなって食後のお茶を堪能した後ともなれば意識は既に覚醒している。そこから先は未知の世界っ!

 なんだか有耶無耶のうちにサッパリしている口内に、『なんでわたし月ちゃんに歯まで磨いて貰ってるんだろう?』と今更首を傾げるふたばを眺めつつ、月は次なる挑戦に胸を躍らせる。

 それは人が最も無防備になる場所。故にもっとも他者に過敏になる空間。

 先ほど、着替えの際に目の当たりにしたふたばの裸身を、いかにしてさりげなく磨き上げるか………っ。


 やっぱり『ふたばさん、お背中を流しますね』あたりが王道かな?


 月の挑戦はまだまだ続く。




 さて、以上ふたばの寝起きの模様をお送りしたわけだが、じつは既に昼近くであったりする。

 野営が続く長距離の移動の間、どうしてもふたばに負担が集中せざるをえない。

 一座の中で唯一戦闘力を備える彼女であったが、それに加えて件の少年との邂逅以来異様に勘が鋭くなって来ているため、不寝番を率先して務めるようにしているのだ。

 その勘の鋭さと云うのもまた、まだふたばが自覚していない『観測者』としての側面から齎されていた。


 『外史の観測者』であるところの北郷ふたばがもっとも集中的に観測しているものとは何か?

 朱里? 雛里? それとも天和? 地和? あるいは人和?

 確かに彼女らはふたばにとって無二の存在であり、また身近な存在でもあるため注目度は他の事象に比べて桁違いに高い。高いがしかし、最高ではない。

 北郷ふたばがその観測能力を最高精度で行使できる対象、それはある意味当然の事というべきか、観測端末である自分自身だ。

 なにせ人間である以上は眼識、耳識、鼻識、舌識、身識などの感覚を以っての観測を主とするのは当然のことであり、それを観測する主体たる意識もまた肉体に宿っている。

 無意識レベルでの事とはいえ、感覚を用いた間接的な観測しか出来ない対象よりも精密な情報を得られるのは当然といっていい。

 そしてこれが北郷一刀をはじめとする『天の御使い』達の強さの秘密ともいえる。

 全ての『天の御使い』がその身に宿す『外史を観測、再定義』する者としての力がその焦点である自分自身に向いたとき、殆ど神がかり的な加護を顕すのだ。

 『斬った』、あるいは『殺した』という客観的事実を『防いだ』『生き延びた』という主観で塗りつぶし書き換える、因果の改変。

 何の変哲もない現代の一般人であっても一代の英傑と為さしめる、まさに『ご都合主義を操る力』。

 数多の外史で猛威を振るった『御使い達が意識しえぬ真なる力』というわけだ。


 そしてこの加護は、『天の御使い』の担い手が仲間との絆を深めていくにつれて次第に周囲にも及ぶようになり、最後には陣営に勝利を齎す事となる。

 無論、この力とて全能には程遠い。

 例えば管理者達が呉ルートと呼ぶ枝群の、その最も太い枝において、本来勝利を得るべき蜀を差し置き、正史において覇権を得た魏すらも出し抜いて勝利するその代償として、小覇王孫策の死が避けられなかったように。

 あるいは、正史から魏が勝利するという情報を引き込んでおきながら、その一方で夏侯淵の死を漉し取ろうとしたその代償として北郷一刀が世界から弾き出されたように。


 ところがここに、その観測する力を極限まで強化された『天の御使い』が居る。

 魏の勝利へと全体の趨勢が傾きつつあるところを、たった一人の力技で覆させようという無茶な計画のために用意された残念ヒロインこと北郷ふたばである。


 賢明なる諸氏は既にお気づきだろうが、本来彼女に与えられたスペックは『術使い』として行使された時にこそ、比類ない力を発揮するものだ。

 なにせ自らの主観を世界に押し付ける能力とその為に編み出された技術なのだから、その相性が悪いはずもない。

 その気になれば天を引き裂き大地を砕き、万物を灰燼に帰すことすら出来る、そこに片手間で至れる程の破格のスペックと言える。

 ところが、ポンコツ主人公北郷ふたばはその辺のことに気付く前に、彼女独特の不可思議な発想によってその力を食道楽へと傾けてしまったのであった。


 しかし、これが不運とは一概には言えない。

 なにせ人間大量破壊兵器などという末路に至る可能性を鼻歌を歌いながら華麗にスルーしたわけで、ふたば的には美味しいものも食べられるし大いにオッケーである。

 それだけではない。ふたばが自らのスペックをある程度自覚した身であるにも拘らず、その力が野放しにされることが決まった時からこの能力は斜め上へとカッ飛び始めていた。

 妙に冴えだした勘はその現れ方の一つだったのだ。


 繰り返しになるが本来『天の御使い』と『魔法』やら『妖術』やら『超能力』やらといった超常の力との相性は極めて良い。良いが、物事には何事も側面というものがある。

 術とは本来何事かを効率よく為すために、理を持って編み出されるものだ。

 より少ない力を持って必要な結果を導く、その為に無駄を省き、先鋭化していく、そのためにかつては当たり前に出来たことが出来なくなってしまうことすらある。

 例えば野球の投手がピッチングに特化した結果、常人とは腕の稼動域が変化してしまうことすらあるように。

 そして、ふたばが術を学ぶことを選んでいた場合発生したであろうデメリットとは『超常の力でも出来ることと出来ないことが有る』と錯覚し、それを真実と思い込んでしまうことであった。

 いや、本来であればこれを錯覚と呼ぶのは確かにおかしい。確かに『超常の力でも出来ることと出来ないことが有る』のは間違いない。

 だが『天の御使い』はこの枠には収まらない。実際、もし当時の北郷一刀が自身の力に多少なりと自覚的であれば孫伯符も救えたかも知れず、夏侯妙才を救出した上で自身も残る目も充分あった。

 実際に一度この世界群に『呉が覇を唱える』、『常軍山で夏侯淵が死なない』という分岐が生まれ、難度が下がったことで『皇帝 孫策』や『曹操、夏侯姉妹らに囲まれて暮らす北郷一刀』も相応に見られるようになっているのだ。

 特化型のふたばに至っては、実はこれが『本人が無理だと納得しない限り大抵のことは何とかなる』レベルの無茶さ加減なのだったりする。

 この無茶な能力に最も効果的に枷を嵌める方法の一つこそが彼女に術を学ばせることだったわけなのだが、彼女はその前に自力で『ふたば式食道楽パワー』に目覚めてしまった。

 いまさら術を教え込んでも枷を嵌めることは出来ず、なんとかにトランザムライザーソードを持たせる結果に終わるだろう。



 『天の御使い』としての能力を最も自由な形で意識的に用いる『ふたば式食道楽パワー』が、その暢気な名前とは裏腹に『自身の都合のいいように世界に情報を書き加える』剣呑極まりない能力であることは解って頂けたと思う。

 そしてそれが何であれ、一たび身に備わった能力であるならば、使い込んでいくうちに慣れもすれば器用にもなっていくというのもまた、自然な流れといえる。

 未だ拙いながらも、しかし人間が手足を動かすときにその筋肉の動きを意識しないのと同様のレベルで世界の情報を扱いだしたふたばが最も重点的に観測している『自分自身』を改変しようとする情報、『害意』に敏感になるのは謂わば当然のことだったのだ。


 一見知り得ぬ事を知る直感のように見えて、その実情報を操る感覚による触角めいたその能力により幾度かの危機を払いのけたふたばだったが、その力が『食道楽パワー』によるものとまでは気付いていなかった。

 なんとなく勘が良くなったとは思うものの眠っているときまで働いてくれるかどうか自信は持てず、自分が無理をすれば朱里や雛里も天和達も安全になるとなれば何とかしようと思うのが北郷ふたばである。

 幸い、移動に馬車を用いるようにはなっていたため昼夜が逆転する程度で済んではいたが、それでも厳しいことは否定できない。

 そんな彼女を休ませるため、街についたら初日の朝は起こさず寝かせておくのが一行の間での暗黙の了解となっているのだが、さすがに領主様のところに呼ばれて昼まで寝過ごすのは恥ずかしい。

 なので昨夜のうちに、朝起こしてくれるように同室の朱里なり雛里なりに頼むつもりで居たのだが結局その前に寝入ってしまったのであった。

 こちらの世界にやってきてからというもの、何故やら依然とは比べ物にならないほど心身ともにタフになったふたばだったが、昨日は初日は免除されるお菓子作り+飯使い………それも恋を筆頭に数人分食べる人間が張………なんとかさんと華雄さん………居るとあって、『せめて昼過ぎ前に起きれて良かった………』と自分を慰める羽目になったのだった。



 そんな訳でようやく目が覚めてきたふたばは途方にくれた。

 同室だった朱里と雛里は詠に呼ばれて行ってしまったらしい。中央の情報と噂の賢者の見極めをしたいだろう詠の思惑に乗る形で自分たちの信用、信頼を上げる腹積もりの二人であった。

 三姉妹も街へ出たらしい。治安のいい街で、しかも早々に領主と繋ぎが出来たので悪さをする者もいないだろうと張り切って探検に繰り出して行ったらしい。


 で、ふたばはメイド様と二人っきりである。

 ある意味これほど始末に困る相手も居るまい。なにせ領主様なのかメイドさんなのか、どちらとして対せば良いのだろうか、そこから既に判らない。

 判らないのでとりあえずお友達として接してみよう! 真名も教えてもらったことだし!!

 彼女らの真名もケーキで釣った。というか釣れた。


 「月って呼んでくださいっ!!」


 「ボクも詠でいいわっ!!」


 年頃の乙女である。無理も無い。

 そんなこんなを思い返していたからだろうか。


 「月ちゃんはショートケーキとシュークリーム、どっちが食べたい?………あ、しまった」


 どんなスタンスで接するかは決めたけど何を話そうか決める前に脊髄で話しかけてしまった。


 「しょーと? しゅーくりーむ?………!! そ、それって昨日みたいなお菓子のことですか?! そうなんですねっ!!」


 ………フィッシュ。ものすごい食いつきだ。

 ぼっちになってしまったので時間をつぶす相談をしたかったのだが、これはもはや無かったことにはなるまい。

 まずいなぁ………とふたばは内心頭を抱えた。

 厨房に窯があるのは見たのだが、使ったことも無い薪の窯でスポンジやシューを膨らませる自信なんて無かった。なので、昨日作ることになった時には真っ先に候補から外したのだけど。

 せめてパイとかタルトと言っておけば………何よりまずいのは口に出してしまった所為で既にふたば自身の我慢が限界になりつつあることだった。

 なまじ昨日生クリーム分を摂取してしまった所為で、余計に必須栄養素であるショートケーキ分やシュークリーム分への渇望が抑えきれなくなっている。

 むしろ今日までよくも我慢したものだと思う。


 「いずれ超えねばならぬ壁か………是非もなし」


 ふたばは屍山血河失敗作の山を築く覚悟を決めたのであった。






 見事焼きあがったスポンジとシューを前にふたばは呆然とつぶやいた。


 「まさか一発で成功とか………わたし天才?」


 断じて違う。『ふたば式食道楽パワー』のちょっとした応用………ではなく、むしろ本領である。

 ふたば自身は普通に料理していただけの心算であったが、その裏で調理成功の結果を引き寄せるべく彼女の能力がフル稼働していたのだ。

 じっくりと腰をすえて時間を掛け、トライアンドエラーを繰り返していれば、いずれなんとかなる………そんな作業であればふたばは一発で、そのベストな加減を引き当てることが出来るのだ。

 その一方で本人の実力だけではどうしようもない事態………例えば雛里を軍棋で負かせとか、恋と喧嘩して勝てとか、曹操と口喧嘩して泣かせろ等の不可能事だと、これまでの御使いのように現実を上書きして………それでも雛里に盤をひっくり返させて反則負けにさせたり、恋の腹の虫を鳴かせて帰らせたり、曹操が舌を思いっきり噛んで涙目になるようにするのがせいぜいだったりするわけだが。


 
 「それで、これで完成なんですか、それともここから何かするんですか?」


 未知の甘味への期待に声を弾ませるメイド様の声に、ふたばはうむむと唸る。

 まさか一発で成功するとは思っていなかったので、まずはショートケーキに必須の苺を捜しに市場へ行かねばならない。

 いつの間にか居た恋に見張りを頼んで出かけることにする。

 試食できないことに涙目になっていたが、「もしちょっとでも減ってたら完成品食べさせてあげないからね」と脅かすと必死で頷いていたので、摘み食い対策は大丈夫だろう。



 「あ、ふたばしゃんっ!」


 「………おでかけですか?」


 「あ、おはよー朱里ちゃん、雛里ちゃん」


 廊下に出ると朱里と雛里、それに賈文和―――詠がやってきた。


 「昨夜はごちそうさま。で、今日は何を作ってるのよ? 香りをかいだ途端、そこの二人が気もそぞろになっちゃったから見に来たんだけど?」


 「うん、今度はショートケーキとシュークリームに挑戦したんだけどね。火加減が難しいもんだから最初のうちは失敗するだろうなって思ってたんだけど、なんだか上手くできちゃってさ。

 折角だから足りない果物調達してくるわ」


 「しょ~とけ~きっ! あの伝説のふわふわお菓子でしゅかっ?! 見せてもらっていいでしゅかっ?」


 「あ、いいけど恋ちゃん脅かして見張りして貰ってるから気を付けてね」


 「………いいなぁ、一緒に作りたかったでしゅ」


 「ごめん、でも大体の勘は掴んだ気がするから次は一緒にやろ」


 「はい、私も見に行ってきます」


 色めきたった朱里と雛里が厨房に向かうのを見送る。


 「伝説って………。おいしいの?」


 ふたばと一緒に二人を見送った詠が問うてくる。


 「ん~、昨日のが気に入ってくれたなら多分。そうね、私が詠ちゃんくらいになるまでアレを食べずに生きてきたとしたら、そこまでの人生を無駄にしたことに絶望できる程度には」


 まぁ、慣れない道具でやってるからどの程度できるかわかんないけど。


 「ふぅ~ん。まぁアンタの技量うでは昨夜堪能させてもらったしね。信用しておくことにするわ」


 ところで………と詠は辺りを見回す仕草をした。


 「月をしらない? あの子のことだからアンタに張り付いてるんじゃないかと思ってたんだけど」


 えっ? とふたばは後ろを振り向く。

 するとそこに朝から共にいたメイド様の姿はなく、見知らぬメイドさんが一人いるだけだった。


 「あれっ? 今まで一緒だったのに………。一緒にケーキ焼いてたんだよ、一緒にキッチ………厨房でたから市場にも付いてきてくれるのかと来てくれるのかと思った」


 ふたばの言葉にやっぱりかと眉間を抑える詠。


 「あの子ってばもう………。普段はともかく侍女の格好をしてる時のあの子、絶対見つからないのよ。無理だとは思うけど見つけたら………いや、やっぱりいいわ。

 あの子のこと、よろしくね」


 「………?、 うん」


 さて、ボクもどんな物なのかちょっと見せて貰うわね。

 そう言い残して厨房に消える詠の背中を見送る。


 「………それにしても月ちゃんどこに行っちゃったんだろう? 今の今まで居たのになぁ………」


 「まぁまぁ、そんなことより詠ちゃんが戻ってくる前に出かけちゃいましょう。市場へご案内すればいいんですね」


 「うん。桃とかでもいいんだけど、できればやっぱりイチゴがほしいなぁ………?」


 踵を返して出かけようとしたところでふと違和感を感じ足を止める。


 「げぇ、月ちゃんっ!」


 「もぅ、ふたばさんたら! その言い方はちょっと傷ついちゃいます。 ………でも今は急がないと………流石に見つかっちゃったら詠ちゃんもお目こぼししてくれませんからね」


 仰天して目を白黒させるふたばの背中を押すようにして月はその場を離れたのであった。




 解説せねばなるまい。

 忍法変わりメイド。

 当然命名者はふたばであり、くれぐれもメイド様ではないことは明記しておく。

 さらに何のことかと云えば、先程の振り返ったらメイド様がメイドさんになっていて、もう一度振り返ったらメイドさんがメイド様になっていた術のことである。

 大勢のメイドさんの中に紛れて身を隠す忍法メイド隠れの上位派生術であり、「はぁ、こいつ何言ってんの?」と思った貴兄の感想はご尤もだが、そういう外史なので諦めてほしい。


 さて、忍法変わりメイドとは、己の気配を偽装して目の前にいながら本人とは認識されないメイド忍法の真骨頂である。

 言うまでもないことであるが、一流のメイドともなれば己の気配を操ることなど出来て当然の必須技能だ。

 この技能なくしてご主人様への行き届いたご奉仕などあり得ない。

 考えてみてほしい。ご主人様の先を読むのと意を汲むのは一見似ていてその実全く異なることなのだ。


 「自分が一番上手くできるAをやっちゃいたいけど、その間に誰でも出来るBが片付いていると助かるなぁ」


 ただ主の先を読む者はAをやろうとする、しかし一流のメイドさんはBを行うのである。

 たまに、空気のように自然に、影のように付き従うのが良い従者の条件のように言う人がいるがこれは誤りだ。なぜなら空気に何かを頼もうと考える人間はいない。

 作業を最大効率で行おうと思うなら、補助してくれる者の存在を意識しておくほうが良いのだ。


 「Aをやらなくちゃ。え、やってある? ならBをやろう。え、やってある?」


 使う側としてどちらが勝手が良いか、一目瞭然である。

 かといって、己の存在を誇示するために覇気を撒き散らしたりされたら気が散って仕方がない。

 ご主人様の気を散らせない範囲で程ほどに存在を意識させる、これができてからが一流メイドさんへの第一歩なのだ。


 メイド様とまで呼ばれる特級メイドともなればそこからさらに先を行く。

 それこそが気配の偽装。メイド様はこの技術でもって一緒にいてもっとも居心地のいい気配に自らを偽装し、最大限快適な環境でご主人様にご奉仕を行うのである。

 その精度は董仲穎をこの世で最もよく知ると自負する賈文和をして見抜けず、ただの超絶可愛らしい、まるで天上から降り立った幼い天女のようなメイドさんとしか認識できないほど………ちっとも『ただの』じゃないな………まぁいい、とにかくそれほどのものなのである。

 なに、信じられない? 疑り深いな君も………しょうがない………ほら、この外史の………この辺りだ。

 この術を習得したばかりのメイド様が親友でその威力を試そうとしてだな、結果初めて見る、しかし妙に愛しさを抑えきれないメイドの姿に色々と辛抱たまらなくなってしまった親友に押し倒されて色々と………と、その前に一応訊くが君、十八歳以上だろうね?………なら良い。

 あ~、待ちたまえ! そこで止めてはもったいないっ!! その後日のだな………そう、その辺り………親友に対する申し訳なさと過日のメイドに対する思慕に板挟みになりながらもついついメイドたちの姿の中にその姿を探し求めてしまう詠タンと真実を言い出せない月タンの何とも言えない甘酸っぱい………ごほん。


 ともかく、その威力の程には納得して頂けたことと思う。

 何より恐ろしいのはこの術が気配を認識する事に長けた練達の武芸者に対してこそ必殺であるということ。

 この能力を持って特級メイド様は正面からいらっしゃった招かれたお客様には心行くまでのご奉仕を、それ以外の場所からいらっしゃった招かれざるお客様にもそれなりのご奉仕を行うのだ。

 何を隠そうこの世界群、正面決戦最強戦力は恋であることに変わりはないが、搦め手最強はメイド様だったのであるっ!!

 もしこれからこの世界群に赴き最低系オリ主としてヒャッハーしようとお考えの人がいたら気をつけるといい。

 自己評価の低い事下のない彼女が『自分が統治するよりは良いはず』と思っているうちはいい。

 もし『これならば自分が統治したほうが良い』と思うような惨状を作り出してしまったが最後、妙に居心地のいいくつろぎ空間で思う存分リラックスしているところで首を『コキャッ』とされてしまうかもしれないのだ。

 異世界からの招かれざるお客様に丁重にお帰りいただくために世界が選択した決戦存在、それがメイド様。

 月タンの顕在メイド力が10万(1メイド力は1チバソングに相当する)、潜在メイド力なら5千を超えていた場合、八割以上の確率でメイド様に覚醒するので、その場合は素直にヒャッハーの夢は諦めることだ。


 さらにこの術、おもてなしだけではなく、ある条件さえ満たせば攻性にも用いることができる。

 ご主人様の手を煩わせるほどでない簡単な用向きを自ら赴いてこなすこともメイドの仕事であるからだ。たとえば首をコキャッとか。


 もちろんこの術にも弱点は存在する。

 先述の『ある条件』もこれなのだが、メイド様は管理局基準でSS+に相当するその莫大なメイド力が災いして自らの力を抑え偽装できるその下限がAAA+、つまり『完全で瀟洒な従者』以下には偽装できないため、程度の低い名ばかりメイドに雑じると逆に悪目立ちしてしまうのである。

 このため、彼女が周囲に溶け込むためには周りにも相応のレベルが求められる。

 現状、彼女が紛れ込めるのは皇帝の周辺と袁本初、袁公路の傍回り、それに曹孟徳の目に留まる範囲と、目の前に自らの君主と云うお手本がいるせいで大陸一侍女の質が高いメイド王国くらいのものである。

 なので、前述の勢力で大陸統一を成し遂げた場合、実力や努力、運以前にメイド様の謙虚さによるものなので「メイド様、首をコキャッとしないでくれてありがとう」と感謝の心を忘れないようにしよう。

 あと、管理局がどこで何を管理している組織なのかは知らない。




 連れ立って市場を歩くメイド様がそんな決戦存在であるとは夢にも思わない天の御使い北郷ふたばは、先程の怪現象のことなどすでに忘れてショッピングを楽しんでいた。

 可愛らしい少女と二人でちょっとしたデート気分に浮かれているあたり、朱里や雛里による洗の………調きょ………教育の成果は着々と表れつつあるようだ。


 「あ、イチゴはっけ~ん!! 探せば在るもんだねっ!!」


 在るわけがない。イチゴが栽培されるようになったのは17世紀、品種改良されて我々の知る品種が生まれたのが18世紀、しかもオランダである。つまりはふたば絶好調。

 かごいっぱいのイチゴにご満悦のふたばとその籠の中を不思議そうに覗き込む月と店主。


 ちょうど良いのでこのイチゴを例に天の御使いが世界を観測、補強していくシステムを見てみよう。

 既に知ってのとおり、正史に接ぎ木されたばかりの外史はその構成要素のかなりの部分に欠損を抱えている。

 その欠損を埋めるために正史から情報を吸い上げ補完するというのもまた述べたとおりである。

 ところが、情報の吸い上げというのはある程度経ってくるとその勢いが弱まってくる。

 正史との接点と、外史内部の情報の圧力とでもいうべきもののつり合いによるもので、息を吹き込んで風船を膨らませることを想像して貰えば解りやすいかもしれない。

 この世界の現状はこの例に例えるなら限界を迎える前に吹き込み口を括ってしまった風船である。

 つまり今だ欠損したままの情報がごまんとあり、言い方を変えるなら作りこみが足りない、あるいは甘いというべき状態にある。

 これを補完するのが天の御使い達なのだ。

 彼らがこの世界を見て、感じて………言い方は悪いが重箱の隅をつついて回ることによって未観測の事象を確定させ、ディテールを確かなものにしていくことで世界もまた成長するのだ。


 ここでイチゴに話を戻そう。

 自分で仕入れ、今ふたばに自ら売りつけたにもかかわらず首を捻っている店主がいる。

 彼は今こう考えている。はたして自分は何時、誰から、何故あんな見たこともない物を仕入れたのだろうか………?と。

 ところが答えは自分のうちから当たり前のように帰ってくる。

 店に並べる品は近隣で取れた農作物ばかり。早朝のうちに生産者が自分で持ち込んでくる。

 持ち込んできたのは以前から作物を買い取っている孫さん(仮)で、何故かといえばあんな瑞々くて甘い香りのする美味そうなイチゴ、仕入れないバカは居ないからだ。

 ここまで来ると店主のほうはそもそも何でこんなことを疑問に思ったかのほうが不思議になってくる。

 仕舞に一つ頭を振り、おかしな疑問を抱いたことそのものを忘却して工程は完了。また一つ世界に情報が書き加えられた。

 この時点から時間を逆にたどってみれば、確かに店主は孫さん(仮)からイチゴを仕入れているし、その孫さん(仮)は既に何年にもわたってイチゴを生産し続けている。

 ところが、である。これを時間軸から切り離された視点で俯瞰してみるとまた違った事になる。

 ふたばが情報を書き加える前、農家の孫さん(仮)は何を作っていたのかと云えば、だ。

 その答えは『作物』を作っていた、となるのだ。

 『作物』を仕入れた店主はそれを売り、それを買った者は調理して『食糧』にしてそれを食す。

 言葉遊びのように見えるかもしれないし、あるいは妙に寒気のする空恐ろさを覚える御仁もおられよう。

 しかしこれが『情報が欠損している』ということであり、それが補完される過程の一端である。

 今後ふたばがそこかしこで売っているイチゴを探す度、その辺りがイチゴの名産地だったり、あるいは大陸では以前からそれなりに食べられていた作物だったりするようになっていくのだ。

 もちろん、一般的な天の御使いではここまでの観測能力を発揮することはできない。全てはこの為に選ばれた特化型の御使い、北郷ふたば故のことであるのだが。


 こうして造り込みを増し、存在強度を増しつつあるこの世界。すでにふたばの与り知らぬところにもバタフライ効果が及び始めている。

 具体的にはモブのパターンが増えた。

 量産型南蛮兵が二種類。

 一人はタマ。色白銀髪で一人称は我。量産型のくせに振る舞いが南蛮大王よりエラそう。右目を眼帯で封印している。

 もう一人はやはり色白、黒髪のロリ巨乳、ややポッチャリ型でおっとり気質のマル。箱を見ると頭から突っ込む習性がある。


 後々、『βテスター』二周目と『公式チート』の『ビーターコンビ』に追いまくられた一行が南蛮に逃げ込んだ折、一行を迎え撃ちに来た南蛮の軍勢のその五分の一が、さながら犬神家のごとく箱から二本の足が生えた姿であることに雛里が恐慌に陥ったり、懐柔した大王と謁見しようとしたところ、何故か軍勢の五分の一が大王よりエラそうであることに朱里が恐慌に陥ったりするのだが、全て未来の話である。


 首を捻っていた店主が自分の中で決着をつけてしまった一方、メイド様こと月はいまだに不思議そうな顔でかごの中を覗いている。

 これは通りすがりの露店の店主と外史の重点観測対象であり、ときには焦点として天の御使い同様の役割を担う事もできる、いわば準主人公級ともいうべき彼女とでは存在の確度、あるいは硬度とでもいうべきものが違うからだ。

 この外史の月、董仲穎も、もとをただせば数多観測されたこの世界群の他の董仲穎と根を同じくする。

 重ねられた観測がそれ即ち存在の精度、自我や自意識の強固さに繋がっており、これが御使いの能力に対する一種の抗体として働くためだ。

 さらに世界それ自体が独立して、『正史から見てあり得ない情報の吹き溜まり』、つまり世界自体が、その大元から否定され続けている状態からも解放されたことでさらにその強さを増している。

 先だっての白装束の少年と夏侯姉妹の対決の折、少年の精神干渉の術が弾かれたのもこの為だったのだ。

 さらに言えば、この特性により彼女たち重点観測存在は世界の最終防壁として『天の御使い』がこの世界にとって好ましからざる存在であった場合、それに対抗することもできる。

 専門用語でいうところのアンチオリ主系外史が、焦点たちが多かれ少なかれ持つ世界干渉能力にもかかわらず存在しうるのはこの力の働きによるものなのだ。

 ただし、この抗体反応効果のほうは研究者の間でも疑問視されることが多く、より一般的に認知されている効果のほうが呼称として用いられることが多い。


 つまり、『ツッコミ属性増幅効果』である。

 この効果は元々本人が持つツッコミ体質を増幅するため、メンタルが弱く諦めの早い人間や、根がおおらかで適応力が高い人間、ボケ体質などには効果が薄く、この外史でも既に諦めが入っている朱里や雛里、染まる気満々の地和や人和、ボケ体質の天和への恩恵は薄い。

 また、今はまだ目を丸くしている月も、その器量の大きさからすぐに慣れてしまう。

 詠もその心根の繊細さから早期に悟りを開いてしまうため、最終的にこの陣営でツッコミ役は唯一人となってしまうのであった。

 関将軍に幸あれ。彼女が対ふたば最終ツッコミ兵器北郷一刀に真っ先にデレることになったのも無理はない。




 イチゴをはじめとした大量の戦利品を抱え、ふたばと月は帰還した。

 あの後もしばらく怪訝な顔をしていた月だったが、見つけた井戸水で洗ったイチゴを勧められるままに口にしたことでようやくイチゴがどんなものだったか思い出すことができた・・・・・・・・・・・のだった。


 「苺、ずいぶん沢山買いましたね。こんなに使うんですか?」


 「いやぁ、この半分かな。残りはほら、ちぃちゃん達がお出かけしてるからさ、帰ってきたときぶーぶー言われないように作っておこうと思って」


 私と月ちゃん、朱里ちゃん雛里ちゃん、詠ちゃんに恋ちゃん………恋ちゃん居たらあれぐらいすぐ無くなっちゃうしね。

 昨日のおやつもすごく気に入ってたみたいでしたね。

 などと談笑しながら厨房への廊下を曲がると、そこには何やら赤黒く染まった物体を窓から投棄しようとしている恋がいた。

 ぽいっ、ひゅー、ばしゃーん。


 「………月、ふたば、おかえりなさい」


 「かっ、華雄さん?! 華雄さんっ!!」


 慌てて窓へ駆け寄る月。そこはちょうど昨日、名も知らぬ少女が身投げを図った、その真下にあたる。相変わらず川は増水したままのようだ。


 「………ふたばのお菓子は守り抜いた。えらい?」


 月の様子を見る限り、今ポイされてしまったのは華雄さんであるらしい。あの人昨日も恋ちゃんの守りを突破しようとして返り討ちにあっていなかったっけ?


 「そんな………、どうしてこんなことに………」


 窓際で頽れる月に、さすがに何か思うところがあったのか、恋が歩み寄る。


 「………だいじょうぶ、心配いらない」


 「………恋さん」


 「………かゆなら必ず乗り越えて帰ってくる。恋は信じてる」


 「っ! そうですね、私も信じますっ!!」


 月と恋は二人、どんぶらこどんぶらこと川下へと流され次第に小さくなっていく華雄の姿を見送るのだった。






 「………あれ、華雄さんが川に落ちて………これが今回のオチとか………まさかね………まさかっ?!」


 ………。



[25721] その22 JOJOネタ多めなのはアニメが面白すぎたのとは関係ない。無いったら無い。
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:637e0d48
Date: 2013/09/19 16:24
 「よし、完成っ!!」


 いつ何の拍子に無人島に漂流する羽目になろうと大丈夫なよう、カバンの中に常備している絞り袋を手に、ふたばは一先ずのケーキの出来栄えに満足の笑みを浮かべた。


 「「「「おぉ~!」」」」


 口金から絞り出される生クリームの造形に息を潜めて魅入っていた朱里や雛里、詠、月が感嘆の声を漏らす。

 きらきらする瞳を真ん丸に見開いて見つめている恋からは声の代わりによだれが漏れている。


 「はぁ………、こんなお菓子があるなんて。ボクらは勿論、陛下ですら口にされたことが御有りか怪しいもんだわ」


 「食べたことあったらそっちのほうが驚きなんだけどね」


 昨日のといい、これといい、貢物として献上したらちょっとした官位くらい賜れるんじゃなかろうか。

 そんな思いを思わず口にした詠に軽口を返す。


 この場にいない面子の為にと多めにイチゴを買ってきたふたばだったが、よくよく考えると後で彼女らが食べるとき、自分たちの分が無いとなんとなく口寂しい気分になるのは確定的に明らか。

 なので、急遽二ホール分のイチゴを三等分にした為、想定したより色味に欠ける出来栄えではあったが、元々つまみ食い用にかなり色を付けて用意しておいたのが幸いして、そこまで寂しい物にはならずに済んだ。


 かくして古代中国に現出したるはまごうこと無き日本式ショートケーキ。

 純白の生クリームの雪原。おなじく生クリームであつらえた玉座に鎮座する八つの紅玉。それらの下に眠る黄金色をしたスポンジの大地………。


 「ああ………何もかも皆懐かしい」


 喚起された郷愁に浸ることしばし。

 ふたばの表情から何を深読みしたのか、痛ましい物を見るように顔を歪める朱里と雛里。君たちは考えすぎである。

 怪訝な表情を浮かべながらもその二人の様子から、何も触れずじっと見守る月と詠。良い子すぎる。

 そして目の前の取り皿をカリカリとひっかき、「その上に何も無い」状態をちょっとずつ訴えかける恋。カリカリ………チラッ、カリカリカリ………チラッ。


 「よしっ、そんじゃ切り分けて試食タイムにしよっか!!」


 「「「「お~~っ!!」」」」


 「………お~」


 まずは縦横に四等分。それをさらに切り分けて八等分に………しようとしたところで気づいた。


 「あ、しまった」


 ここにいるのは六人なんだから六等分でよかったんだっけ。

 つい習慣で上に八個イチゴを飾っちゃったし、既に四等分してしまったのだから今更六等分にはならぬ。

 手癖に任せていたらこれだもん、とほほ………。


 七人家族・・・・の北郷家では、しかし綺麗に七等分と云うのはなかなかメンド難しいので八等分にする習慣がついていたのだった。

 そして最後に余った二切れ・・・を、可愛い孫娘の作ったケーキのためならば血を見ることも辞さない祖父と、可愛い娘の作ったケーキのためならば血を見ることも辞さない父と、兎に角ケーキのためならば血を見ることも辞さない兄と私でもって熾烈な争奪戦を………。


 「ん?」


 不意に、引っ掛かりを覚えた。

 七人家族?

 おとーさん、おかーさん、おじーちゃん、おばーちゃん、にいさん、わたし、さや。

 七人家族。


 「なにもおかしいこと無いじゃない」


 「なにがよ?」


 「あ~、ごめん。なんでもない」


 訝しげに問うてくる詠に曖昧な笑いで返し、てか、八切れを七人で分けたら余るの一切れじゃんと内心で自身にツッコミなど入れつつケーキに向き直る。

 まぁいっか。余りの二切れがどこに行くかは判りきったようなもんだし。

 はやくはやくと目線で訴えてくる恋に苦笑を浮かべながら切り分けているそのうちに、ふたばは何かに引っ掛かりを覚えたこと自体を忘れてしまっていたのだった。






 「はい、おまたせっ! どうぞ召し上がれ」


 「………「「「「いただきます」~す」」」」


 各自の皿に取り分けられたショートケーキ。流石にフォークはなかったので各々手に持つ箸で一斉に挑みかか………ったりはせず、期せずして一人の人物に視線が集中する。

 
 かぱぁ。(←口をあける音)

 あんむっ。(←丸ごとひと口)

 もっきゅもっきゅ………ごっくん。

 ぱぁぁ~~。


 「………毒は入ってないみたいね。月、食べてもダイジョブみたいよ」


 「もう、詠ちゃんったらっ! あのふたばさん、いただきますねっ」


 「うん、たべてたべてっ」


 「はわわっ、おいしいでしゅっ!」


 「………幸せしややしぇでしゅ」


 カリカリ………チラッ、カリカリカリ………チラッ。


 「あぁ、この味………懐かしいわね。月覚えてる? 三丁目の角のけーき屋さん。二人でこっそり食べに行ったっけ………」


 「詠ちゃん………? 詠ちゃん?! へぅっ、ふたばさん! 詠ちゃんが今日までけーきを知らなかったことに対する悔しさのあまり思い出の捏造をっ!!」


 「心配しなくてもだいじょぶだよ。ショートケーキ分は女の子に必須の栄養素だからね。今日まで摂取できなかった分の禁断症状的な何かが引き起こしたフラッシュバック的な何かだと思うよ」


 恋の皿に新たにケーキを取り分けつつ適当なことをほざくふたば。


 かぱぁ。(←口をあける音)

 あんむっ。(←丸ごとひと口)

 もっきゅもっきゅ………ごっくん。

 ぱぁぁ~~。


 「そ、そうなんですか? よかった~………ふらっしゅ?」


 やっぱり通じなかったフラッシュバック。

 小首を傾げるメイド様の愛らしさにキュンキュンしつつ、ふたばは最適の代替語句を脳内検索、一件ヒット。


 『禁断症状的な何かが引き起こした走馬灯的な何かだと思うよ』


 うん、だめだ。

 ふたばは的確な判断に基づき説明を諦めると、目の前で三度皿をカリカリしている飛将軍に意識を戻した。

 皿に三切れ目を取り分けようとしてしばし黙考。

 お預けされた恋が涙目になる。


 「恋ちゃん、あ~ん」


 「………? あ~ん」


 かぱぁと開いたお口にケーキを一切れ放り込む。

 あんむっ。

 もっきゅもっきゅ………ごっくん。

 ぱぁぁ~~。


 「………良い。なんかすごく良い」


 見れば朱里も雛里も、そして月と詠も既に空になってしまった自分の皿と恋をさも無念といった面持ちで見比べている。


 「月ちゃん、あとでイチゴを買い足しに行こう」


 そして皆で餌付けしよう。


 「はいっ、お供します!」


 「ボクもついてってあげる」


 「私も行きましゅっ!」


 「………お手伝いしましゅ」


 「………あ~ん」


 さて、みんなの喜ぶ顔も見れ、餌付けも堪能していよいよ久しぶりのケーキである。


 「………あ~ん」


 食道楽パワーによって大幅に改善された食事情によりやりたい放題やっているふたばであったが、それでも所詮は根無し草。手の込んだものには限界があり、作れるのはアウトドア料理が精々。


 「………あ~ん」


 石釜オーブンだの日持ちのしない卵だのミルクだの水だのを遠慮なく使える環境など望むべくもなく、こと女子の必須栄養素であるところの甘味については甚だ不本意と云う他無い………。


 「………あ~ん」


 「いや、これはダメよ。わたしの分だもん」


 「………あ~ん」


 ふたばは一つため息をつくと自分の皿を一度脇に置き恋に向き直った。


 「………あ~ん」


 「良い恋ちゃん? 私はあのケーキを食べなくてはならないの。なぜならこの後作る二号や三号、四五六号以下略の為にもきちんと味見をして出来栄えを確かめないといけないから」


 「………あ~ん」


 「使い慣れない道具で偶々上手くできたけど、それを次につなげるためには決して慢心せず、研究を重ねていかないといけないの。材料の品質だって私が使ってたのとはだいぶ違うんだろうし」


 「………だいじょうぶ、すごくおいしい。あ~ん」


 「なによりっ!! いきなり知らない国に投げ出されるわしょっぱなから山賊相手に大立ち回りする羽目になるわ、出会う男は山賊か胸をガン見してくるようなのばっかだし、仙人もどきは顔は良くても性格最悪だったし、最近何故だか旅をしている時でも邪な視線を感じることがあるしっ!」


 とにかく、ケーキも食わずにやってられっか~~~っ!!!

 雄叫びを上げるふたば。一部心当たりがある朱里と雛里はそっと目線を逸らした。


 「ってわけで、これは断固としてわたしのだから!」


 不退転の決意に燃えるふたばの瞳と無垢に澄み渡った恋の眼が火花を散らす。

 やがて諦めたのか、恋は厨房の隅っこに静かに赴き、最後に一声あ~んと悲しげに啼くと壁に向かって膝を抱えて座り込んだ。


 「くっ、一切れのケーキのためになんだかいろいろ削られてしまったけど………!」


 良心とか。

 しかし、ここであまりにも甘やかしてしまうと色々と困ったことになるだろう。

 人から餌を与えられることに慣れすぎると、いつか野生に帰る時に獲物の捕り方を忘れてしまっているかもしれないと心を鬼にしてこらえるふたば。





 「さぁ恋ちゃん、山にお帰り」


 「………あ~ん?」


 突然野に放たれ戸惑いを浮かべつつこちらを振り返る恋。


 「あの山に行けばあなたの仲間たちに会えるの。 あなたが暮らすべき世界はあそこなのよ」


 「………あ~ん?」


 不思議そうに見つめてくる恋の瞳に、思わず抱き寄せ、引き留めたくなる思いを必死でこらえる。


 「いきなさいっ! はやくあっちへ行ってしまえっ!!」


 「………あ~ん!!」


 突然の叫び声。手を振り上げ威嚇するふたばに信じられない物を見るかのような驚愕の色を浮かべる恋。

 深く傷ついた表情で、しかしそれでもなお縋り付くように近寄ってくるのを声を張り上げ、足を踏み鳴らして威嚇する。

 やがてとうとう、もう行くしかないのだと、戻る場所を失くしたのだと悟ったのか………絶望の色を浮かべた恋はそれでも何度も振り返りつつ山へと向かっていき最後に一声あ~んと悲しげに啼くと、木立の中へと消えていった。


 ふたばはしばらく恋が消えた木立を見つめたまま動かなかったが、やがて踵を返すと家路へとついた。


 ふたばは自分の部屋へ行き2時間ねむった…

 そして……

 目をさましてからしばらくして

 恋が居ないことを思い出し………泣いた…


 あれから何度季節が巡ったことだろう。

 ふたばはこの場所に来るたびにあの日のことを思い出す。

 あの、最後に見た恋の悲しそうな瞳を。

 最後に聴いた悲しそうな鳴き声を。

 あの娘は仲間に出会えただろうか? 幸せに暮らせているだろうか?

 そんなことを考える。


 そして今日もまた………。


 心の中でまた来るからねと別れを告げ、立ち去ろうとしたその時だった。

 木立の中で何かが動いた気がした。


 「………あ、あぁっ!!」


 木立の中から姿を現したのは忘れもしない、あの日この場所で突き放したあの恋だったっ!

 この北郷ふたばがあの恋とほかの恋を見間違えるはずもない!!


 「………あ~ん」


 視界が滲む。

 頬を伝う熱い雫に我に返り、その姿をしっかり焼き付けようと涙をぬぐう。

 ふたばと恋、その視線がしっかりと重なる。

 あなたは今、しあわせ?


 「………あ~ん」


 ふたばの問いかけに応えるかのように鳴き声を上げる恋。

 するとどうだろう、背後の木立からふたばの恋よりも一回り大きな恋が現れたのだ。

 体躯の大きさに見合った立派なおっぱいはふたばの恋よりもやや大きく、こちらも立派な二本のアホ毛はその勇猛さを表すかのように右の一本が半ばから折れている。

 それだけではない。

 続いて木立から飛び出してきたのはまだ幼い恋の雛!! それも三人も!!!


 「家族が………、できたのね………っ」


 「………あ~ん」


 親の足元にじゃれ付いていた雛達は鳴き声を上げる親を不思議そうに見上げると、何を思ったのかその声に唱和するかのように自分たちも鳴き声を上げる。


 「………あ~ん」


 「………あ~ん」


 「………あ~ん」


 「………あ~ん」


 「………あ~ん」


 「「「………あ~ん」」」 


 「「「「………あ~ん」」」」


 突然そろって鳴き出した家族を不思議そうに見つめていた恋(特大)は小首を傾げ物問いたげな視線を投げてくる。

 その仕草がふたばの恋とあまりにもそっくりで、それがそのまま「ああ、家族なんだなぁ」と実感として胸の奥に沁み込んでくる。


 もし仲間になじめないでいるようだったら、一人で寂しく泣いているのだったら。

 その時は家に連れて帰ろう。

 そう思い、いつも用意していた仲直り用のイチゴショートはもう必要ないようだ。

 ふたばは恋(特大)に一度頭を下げると、そのあとはもう振り返らなかった。


 あの娘が大好きなイチゴショートを置いて行ってあげようかとちらりと思ったがやめる。

 なにせ二人で食べるつもりだったので1ホールしか持ってきていないのだ。


 今度来るときは5ホール………、いや10ホールもってこよう。


 「「「「………あ~ん」」」」


 恋たちの鳴き声に送られて歩き去るふたばの足跡には、晴天にもかかわらずポタポタと、まるでそこにだけ雨粒が落ちたような跡が寄り添っていたのだった。





 「ヒグッ、しあ………幸せに………っ」


 「へぅっ! ふたばさん?!」


 「ちょ、アンタどうしたのっ?!」


 突然咽び泣きをはじめたふたばに、月と詠は慌てて傍へ駆け寄った。

 先程の「ああ………何もかも皆懐かしい」発言の所為でなにやら事情があると思い込んだが故のことである。


 一方で、はわわあわわの両軍師は完全スルーの構えであった。

 先はケーキに気を取られていたせいで見落としてしまった二人だったが、実はふたばがどうでもいいことを考え始めた時には明確な予兆がある。

 まず目がうつろになり、次に表情がストンと抜け落ちるのだ。

 この予兆をうっかり見落とすと、なまじ整った美貌であるだけに今回のようにはらはらと涙などこぼされた日には凄まじい破壊力の直撃を受ける羽目になってしまう。

 透明な表情の、その白い頬を水晶のような涙がこぼれていく様は恐ろしいまでに胸に迫るものがあり、多くのふたばビギナーを撃沈してきたのだ。

 だがその内実はご覧の有様。

 これほど無駄な感動があろうか?!

 いや無い!!

 なので朱里や雛里、あるいは張姉妹の様にこの予兆を見落とすことなく『ふたばトラップ』をスルー出来るようになることがふたば中級資格を取るためには必須なのであった。


 ちなみにふたば上級資格を取るためには隠しジョブであるところのふたば使いをマスターまで上げる必要がある。

 必要アビリティポイントはかなり高めだが、味方が状態異常を発症、あるいは敵が状態異常攻撃を行おうとした時に発動してこれをキャンセルするパッシブスキル『つっこみスリッパ』はリボンの数が足りない時や、混乱や魅了、バーサクなどの呪いが掛かった装備をあえて装備したいとき等にはなかなか重宝するのでやり込みプレイ以外でも取っておいて損はない。損はないが茨の道ではある。


 「ぐすっ、ありがと~」


 そうこうするうち立ち直ったふたばは今度こそととケーキに向き合う。

 ああ、懐かしの甘味よっ!!



 さて、この辺まで長く引っ張るとくれば、今まで数多の外史を観察してきた熟練の観測者諸氏のこと、もう感づいている方も多いであろう。

 あ、これ結局ケーキ喰い損なう流れじゃね?………と。

 まさしくその通り。北郷ふたばはケーキを食べ損ねる。


 だが同時にこう疑問に思う方もおられる筈だ。

 TASさん(Tennomitukai天の御使い-Assisted補正による Superplay隙のない行為の事)であるふたばが、いくら伝説の武将たちが相手と云え、ケーキ一切れ口に放り込むことすら出来ないなどあり得るのだろうか、と。

 だがその疑問はひとまず脇にうっちゃっておいて頂きたい。

 なぜならその疑問の答えが明らかにされるのは相当に未来になるからである。

 今はただ、この古代中国に時を得ずして生まれた一片のオーパーツ、ショートケーキ試作一号の最後の一切れがいかにして失われたか、その悲劇の一部始終に御注目頂こう。


 その終わりは甲高いスキール音を先触れに、一人の武人の姿をとってこの場を襲ったのであった。


 「ここで旨いもんが喰えると聞いてっ!!」


 キキィ~~ッと、一際高いブレーキ音とともに現れたその名を張文遠という。







 「ちょっと霞っ! アンタ今日は行軍演習で外のはずでしょっ?」


 その登場にすかさず噛みついたのはボケばかりの董家唯一のツッコミ役として大鉈を振るう眼鏡っ娘軍師こと詠ちゃんである。


 「あ、詠っち! ウチを除けモンにして自分らだけ珍しいもん食べようなんてずっこいんとちゃう? この~いけず~」


 張遼将軍の華麗なスルーっ! ツッコミは躱されてしまったっ!!

 このこの~と肘で小突く仕草で詠の胸をこねくり回す。

 衣装の所為か着痩せして見えてその実身長の割にそれなりに在る胸部装甲がふにふにと柔らかそうに形を変えるその様に、場に不穏な空気が立ち込める。


 「はわわ、羨ましいです」


 「あわわ、身長はそんなに変わらないのに」


 「へぅ~、いっそ捥いじゃう?」


 「え?」


 「え?」


 「え?」



 幸いなことに当事者の耳には届かなかったらしい。


 「いいかげんにしろ~~~っ!」


 一声叫んで突き放し、うなじの毛を逆立てた猫のように下手人を威嚇する詠。

 本人的には殺気を込めて睨みつけているつもりらしいのだが、前かがみになって胸をかばうポーズとか、その姿勢の所為で上目づかいになっていたりとか、目じりにちょっと涙が溜まっていたりとか、あげくに羞恥で頬が赤らんでいたりとかでどこの業界に出してもご褒美にしかならない。


 「ゴチでした~~っ!!」


 案の定、場合によっては関羽に惚れ込んだりする事も有るだけあって、気の強い女の子はわりかし大好物なこの将軍。それは綺麗なお辞儀で感謝を表して見せる。

 まさかウチが詠っちに………これが萌えってやつなんやろか………それとも………恋?


 「と、そうじゃなくてっ! なんでアンタがここにいるのよっ! 今日は野営も込みで戻らないはずだったでしょっ!!」


 不穏な独り言のほうは耳に届いたのか、顔色を変えて軌道修正を図る。


 「んぁ? ちゃんと野営の準備はさせてるで。 ウチはちょっと抜けてきただけや。喰うもん喰ぅたら帰るよ」


 「なんで抜けてくるのよっ!」


 「ここで旨いもんが喰えると小耳に挟んだんや!」


 「どうやったら小耳に挟めるのかって訊いてんの、ボクはっ!!」


 「お、それを訊くか? 訊いてまうんか? ちょいと込み入った話になるで?」


 「ええ! 訊くわよ! 訊いてやるわよ! ボクに納得できるようにちゃんと話してもらおうじゃない!」


 奮闘の甲斐あって賈駆×張遼フラグから意識を逸らすことには成功したらしい。


 「あれは、ついさっきのことやった………」


 そのわりにはなんだか遠い目で、まるで昔を懐かしむように語り始める張遼さんなのであった。






 「ぃよっしゃ~っ! 目標地点到達っ! こないだよか四半刻は速いやろっ!!………また世界を縮めてもうたで………!」


 愛馬から飛び降りた張遼は勝鬨をあげると遅れて到着する旗下の騎馬隊に指示を出す。


 「ええか~、今回の訓練はここで一晩野営して仕舞やけど、想定としては今後も追撃戦が続くってことになっとる。そやから手持ちの物資は節約しながらってことになっとんでな。

  野営の準備するんとは別に………そやな、そこのおに~ちゃん、適当に何人か見繕って山に柴刈りに行って来てや~」


 「はっ!」


 「おに~ちゃんは山へ柴刈りに、そんでウチは川へ命の洗濯に~っと」


 テキパキと動き出す一団に背を向け、馬を曳いて歩き出す。

 ここまでよく駆けてくれた相棒にたらふく水を御馳走してやろうという気も無いでもない。

 無いでもないが、あとはほっといても動いてくれるのだし、気持ちよく駆けた後、のんびりと羽を伸ばしたい気分が七割ほど。


 「よっしゃ、我が愛馬よ! 水場まで競争やっ!! よーいどんっ!!!」





 「ぶっちぎりで勝ってもーた。こりゃもうウチ馬とかいらんのとちゃうか? ………どこまで世界を縮めてしまうんやろか………ここまで来ると速さも罪やで………」


 流石に乱れた息を整え川辺へと向かう。


 青空にぷかぷかと浮かぶ白い雲のさらにむこう、いまだ天高く輝く日差しの下を流れゆく真っ赤に染まった川面。

 さらさらと流れる水音が全力疾走の後の喉の渇きを刺激する。


 「………んぁ?」


 青い空、白い雲、赤い川面。


 「ど~ゆ~こっちゃ?」


 普通水面が赤く染まるのは夕焼け空の照り返しである。

 川辺に歩み寄ってみると水が赤く濁っている。


 「なんてこっちゃ………こんなん飲めへんやん。ここにきてお預けたぁ殺生にも程があるんやない? そう思わん、アンタも?」


 誰に話しているんだとお思いかもしれないが、大げさな身振りで振り返ったその先には馬がいた。

 ここまでかけ通しで、やっと休めると思った矢先にダッシュを強いられた彼は疲労困憊、虫の息であった。


 「喉渇いたら死ぬっちゅーねん。ウチは死なんようにどうしたらええと思う? 何を飲んだらええと思う? こうなったらもう酒しかないと思うやろ、アンタも!」


 知らんがな、と馬は思った。


 「もう、駄目ですよ霞さん、隊の皆さんはまだ働いてるんですから。 はい、これ冷たいお水です」


 「あちゃ~、見つかっても~たか~っ!!」


 張遼は差し出された竹の水筒を受け取るとクピクピと煽った。確かによく冷えている。


 「くは~っ、美味いっ! よぉ冷えとるなぁ………ぁ?」


 張遼は誰かを探すように辺りを見回すと水筒に口をつけ、クピリと音を立てて残りの水を飲み下す。

 一口くれないかなと馬は思った。






 「そんでな………あ~………月っち、水、ごっそさん」


 そう言いつつ、張遼は何か祈るような面持ちでおそるおそる竹の水筒を差し出した。


 「はい、お粗末さまでした。だめですよ霞さん、帰るまでが演習なんですから」


 対する月がいともあっさり受け取ると、その表情が絶望に染まる。


 「あ~、北郷殿」


 「ふたばでいいよ、詠ちゃん。 あ、それとも私馴れ馴れしすぎた? 詠様とか月様って呼んだほうが良い?」


 詠はしばし、一応は名士に属する人間に親しく接することで得られる利点と、主の客人がどう見ても侍女にしか見えない少女に恭しく接する外聞の悪さ等、諸々を脳内の天秤にかけ、諦めた。


 「そのままでいいわ。それよりも、今日は一日月と一緒にいたのよね?」


 「うん、目が覚めてからはずっと一緒だった」


 どうして?、と首を傾げるふたばをよそに眉間を揉み解す。


 「ウチ、最速の看板下すべきなんやろか? 神速の張文遠や~なんて言って、実は月っちのほうが速いとか洒落にならんやん。 天下で二番目に速いとかじゃ恰好つかへんし。 いやまて。 ウチほんとに二番目なん? こんな近くに既にウチより速いのがおんねんで………。 天下で二番目くらいに速いってしとく? そんであっさり四番手以下になったりしてな。 あ~、いっぺんでいいからずっと考えとった『アンタに足りんもんはっ!情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ、そして何よりも、速さが足らへんっ』って決め台詞使いたかったわ~。あれ、でも使う前でかえって良かったんやろか。言った後で『おまえもな~』とか返されたらめっちゃ恥ずかしいしな~。あ~、で~も~ウ~チ~か~ら~は~や~さ~を~と~った~ら~な~に~が~の~こ~る~ん~や~ろ~か~」


 も~う~い~な~か~か~え~って~ひ~つ~じ~で~も~そ~だ~て~よ~か~。

 速さへのアイデンティティを失った反動からスローライフに百八十度転換を企てる元神速将軍。

 あろうことか、同時に二か所に存在したという親友の神出鬼没ぶりに頭痛をこらえていた詠も、自軍で唯一突撃以外のことができる将軍のゲシュタルト崩壊の危機に立ち上がらざるを得ない。


 「ちょっと霞っ! アンタ落ち着いて月をよく見てみなさいっ!」


 「んぁ~?」


 「次のアンタのセリフは『ウチらの大将はホンマ天女様みたいやわ』………よ」


 「あ~、ゆ~え~っち~は~い~つ~み~て~も~か~わ~え~え~な~。ウ~チ~ら~の~た~い~しょ~う~は~ホ~ン~マ~て~ん~にょ~さ~ま~み~た~い~や~わ~………はっ!」


 ドドドドドド………得体のしれないプレッシャーが周囲を満たす。


 「詠っち、アンタまさか………ッ」ゴゴゴゴゴ


 「ふッ、ボクが何を言いたいか判ったみたいね。そうッ月は可愛いッ まさにこの世のものとも思えないほどッ それ故にッ アンタの天下一の名は傷つくことはないッ」ズアッ


 「なッ 何故ならばッ 月っちはその名のごとく天上の存在ッ!! ウチはッ ウチはまだッ 天下最速を名乗っても良いんやなッ 詠っちッ!!」バーン


 「ふたばさん五月蠅いでしゅ」ハワワワ………ごめんなさい」


 速やかに正座へと移行するふたば。

 槍玉に挙げられている月は、流石にここで口をはさむと拙いことになりそうなので黙っている。黙ってはいるが照れて耳まで真っ赤に茹っていた。

 可哀想に今にも湯気を吹いて倒れそうなくらいフラフラになっており、その為背後にはアワワワワの書き文字が浮かんでいた。そちらにふたばは関係していない。


 「霞、アンタは幸運よ。 天下一の速さを手に入れたのみならず、今またそれ以上の世界、その一端に触れたことで新たな可能性の扉が開いたわっ!

 今こそッ 飛躍の時ッ 大陸の隅々まで張文遠の速さを知らしめる天の時ッ アンタの速さでこの世を震撼せしめ、その名をッ 東西南北中央最速 超級張遼の名を轟かせるのよッ!」


 「おぉ………おぉッ!!」


 「そして、この天下の万民がアンタの最速を疑うことがなくなったその時こそッ このボクが許すわ………月の………天の速さに挑むときよ」


 「詠っち………この胸のときめきはなんやろか………武者震いともちゃう………これはまさか………恋?」


 「それで?」


 「へっ………、それでってなんや?」


 「だから、話の続き。 川辺で水飲んでそのあと何があったのかって訊いてんの」


 「………おおっ! そういえばそんな話やったね」


 ちょろすぎる。賈駆×張遼フラグから意識を逸らすことには成功したが、結局うちの武将はこんなんばっかかと思う頭が痛くなる。

 そして考えても考えても涙が出てくるだけなので ――そのうち詠は考えるのをやめた。






 ズズズッという音が張遼を正気に引き戻した。水筒はからっぽで、逆さに振っても一滴もこぼれてはこない。それを見ていた馬の目に絶望が浮かんだ。

 動物の目にもわかるような形で相手の希望を目の前で絶ってみせることを『馬の目に絶望』と云うのはこの故事に由来する。


 「あ~、それで結局、この川の水はど~ゆ~こっちゃ」


 先日までの長雨での増水は未だに続いているが、土砂崩れなどの被害は聞いてはいない。なにより土砂で濁っているのとはだいぶ色合いが違う。

 張遼は川上の方角にしばし目を凝らすと、なんとはなしにそちらに向けて歩を進めた。


 砂利を踏みしめる音を友に歩むことしばし。


 「ん? なんやあれ」


 張遼将軍は足を止め、再度川上の方向へと目を凝らしました。

 するとどうでしょう!! 川上のほうからドンブラコドンブラコと大きな桃が流れてくるではありませんか!!


 「うわでっかっ! 華雄のケツくらいあるやないか!! しかもなんや、すっかり紫色に痛んどるやないの」


 あたりの水を真っ赤に染めているのはにじみ出ている果汁によるものらしく、もし飲んでいたらおなかを壊していたことは疑いありません。


 「なんや迷惑な話やな~ 石でもぶつけたれ」


 将軍は河原から適当なサイズの石を拾い上げ、見事なアンダースローから矢のような礫として放ちました。

 一級の武人である張遼将軍にかかればそこらの石ころといえど立派な殺人兵器です。人の脳天を容易く打ち砕く殺人魔球にかかれば痛んだ桃など所詮敵ではありません。

 腐った果肉を打ち砕き、陸に引き上げればそれで済んだ汚染をいっそう手のつけられない物に変えてしまう事でしょう。

 ああ、川下の人々の食生活の危機!!

 しかしなんということでしょう! 果肉に突き刺さり、周囲を粉砕するかと思われた殺人礫は、痛んだ桃とも思えぬポヨンという効果音とともに弾き返されたのです!!


 「な、なんやて~っ?!」


 これに面食らったのは張遼将軍です。しかしそこは歴戦の武人、その目に闘志の炎を宿すと周囲から瞬く間に石をかき集めます。

 そして繰り出される礫の嵐、まさにガトリングガンの如し! アンダースローのみならず、オーバースローにサイドスロー、カーブにシュート、消える魔球に分身魔球、果ては40連水切りまで繰り出します。

 しかし敵もさるもの、ぽよんぺちんぽよんぺちんとその全てを弾き返します。


 「ええい、それならこれやっ! 奥義を受けい!! 今必殺の!!! 超級破壊的魔愚南無魔球三号~とし子、宇宙へ!~ッ!!!!」


 業を煮やした将軍が今まさにその最大最強の奥義を放とうとしたその時です!


 「………って 痛いわ~~~~~~ッ!!!!!」


 それまで成すがままだった桃が一転、雄叫びを上げるとザブンと裏返ったではありませんかっ!!


 「うぉっ! 腐った桃が華雄に化けおったっ!」


 「誰の尻が腐った桃かっ! ピチピチのプリンプリンだわっ!!」


 なんと、腐った桃と思われたのは紫の衣に包まれた華雄将軍のおしりだったのですっ!! とっくにばれていたと思いますが驚いてください。

 華雄将軍は辺りを見回して、川辺に張遼将軍がいるのに気付くと「む、霞か」とつぶやきました。


 「ときに霞よ、ここはどこだ? なんでお前がいる? とゆ~かだな、尻が痛い」


 「知らんがな。おまえさんこそどうしてこんなところに………ちゅ~かなんで川を流れてくんのや」


 言葉を交わす間にも華雄将軍は川下へと流れて行ってしまうので、張遼将軍も今度は川下へと足を向けます。


 「あ~、それはだな………なんだったか………あ~、そうだっ! くそっ、恋の奴め」


 「なんや、また恋に突っかかったんかいな。 上を目指す気持ちはウチかて持っとぉけど、ボコにされた昨日の今日で、しかも必勝の一手もなしに挑むんはどうかと思うで」


 「そうではなくてだな、調練を終えて小腹が空いたのでな、何か摘むものをと厨房へと行ったらだな。例の小娘がなにやら作ったらしくてだな。この私が直々に味見をしてやろうとしたところで恋に襲われたのだ」


 「ふ~ん、あの恋がおとなしく喰いモンを前にお預けされとるとは、よくもまぁ餌付けしたもんやね………って待ちぃ! あの娘またなんか作っとるんかい?!」


 「うむ。なにやら金色をした柔らかそうな、甘い香りのする、おそらくはまた菓子の類なのであろうな」


 「なんやて?! ウチが留守にしてる隙になんてこっちゃ!!」


 こうしちゃおれんでと、張遼将軍は一目散に駆け出しました。演習は街の周囲をめぐる形で行なったのでまっしぐらに帰るならそう遠くはありません。


 「ところで霞よ、水に浸かっているせいか血が止まらなくてだな。どうにも力が出ないのだ。悪いが引き上げてもらえんか………居らんな」


 華雄将軍は川のせせらぎに任せるまま、川下へと下っていきます。


 「む、そこな馬よ、すまぬが私を引き上げてはくれまいか」


 汚染源が流れ過ぎた事で清らかさを取り戻した水流に無我夢中で口をつける馬にもその声は届きません。


 「お~い、なんかホントに拙いんだが。お~い」


 華雄将軍はそのまま川を流れて行ってしまいました。

 どこまでもどこまでも。



 おしまい












 「ちゅうわけやね。そやからウチにもおかしちょ~だい」


 語り終えた張遼は皿におかれた最後のケーキを目ざとく見つけると素早く駆け寄った。


 「させるかぁっ!」


 「あわわ!? 座ったままの姿勢!膝だけであんな跳躍を!」


 正座しておとなしく話を聞いていたふたばであったがケーキの危機に間一髪、張遼将軍より速く皿を確保する。そしてその引き換えに、無いに等しいヒロイン力がさらに減少したッ!!


 「あ~みつば………よつばやったっけ? まぁええわ。 それよりも、真名を交わしたウチを除けモンにして自分らだけ珍しいもん食べようなんてずっこいんとちゃう? この~いけず~」


 「え~と………張………張………張四号さん!」


 「なんで四号?! 霞でええ言ったやん。………ちなみに一号から三号は?」


 「天和ちゃん達。あとあんな酔っぱらった勢いみたいなテンションで真名でいいとか言われてもあとがおっかないじゃない」


 「ん~、まぁとにかく、ウチのことは霞でええよ。 これでウチらは親友っちゅ~か真友っちゅ~か、そんな感じの何かや。そやからウチにもお菓子ちょ~だい」


 「だが断る」


 ふたばは息を深く吸い込む。


 「私はあのケーキを食べなくてはならないの。なぜならこの後作る二号や三号、四五六号以下略の為にもきちんと味見をして出来栄えを確かめないといけないから。

使い慣れない道具で偶々上手くできたけど、それを次につなげるためには決して慢心せず、研究を重ねていかないといけないの。材料の品質だって私が使ってたのとはだいぶ違うんだろうし。

なによりっ!! いきなり知らない国に投げ出されるわしょっぱなから山賊相手に大立ち回りする羽目になるわ、出会う男は山賊か胸をガン見してくるようなのばっかだし、仙人もどきは顔は良くても性格最悪だったし、最近何故だか旅をしている時でも邪な視線を感じることがあるしっ!あげく折角作っても口に入れるまでに色んなものがガリガリ削られる羽目になるしっ!

ってわけで、これは断固としてわたしのだから! すぐ次の作るからちょっと待ってなさいっ!!」


 「そんなん知らん。ウチは今たべたい」


 ドーン


 ふたばの長台詞を一言で切って捨てる四号。周囲に衝撃が走る。

 なかでも、先程ふたばの剣幕にすごすごと隅っこに引き下がるしかなかった恋ちゃんが、なんだか尊敬のこもったキラキラした目で四号を見つめている。

 なんて子供の教育に悪い大人だろうっ! 「そんなの知らない。恋はいまたべたい」とか言い出すようになったら食卓の魔王爆誕である。だれも逆らえまい。

 なんとしても阻止せねばならぬ。故にふたばは敢然と言い放った。


 「そんなの知らない。これはわたしが食べる分」


 同レベルだった。


 「というわけでいただきますっ! あ~ん………」


 「………あ~ん」


 かぱぁ。(←口をあける音)

 あんむっ。(←丸ごとひと口)

 もっきゅもっきゅ………ごっくん。

 ぱぁぁ~~。


 「あんなぁよつば………みつばやったっけ? 確かにうちら顔あわせたのは昨日やけど、洒落やその場の勢いで真名許した心算はないんよ。なのにこの扱いはちょっと傷つくで………」


 「わたしの名前間違えてなければちょっと心が動いたかもね。でもそれってどういう………あ~っ!!」


 いつの間にかそばに寄ってきていて「ごちそうさま………けぷっ」とこころなしか満足そうに見える飛将軍様。


 「しっ、しまった~~~っ!!!」


 たった一回の餌付けで恋ちゃんの口の中に食べ物を放り込まずにはいられないまでに条件づけられてしまっていたことを知り、衝撃のあまりアングルを変えて三回のプレイバックとスローモーション一回、併せて四回、がっくりとOTLったふたば。

 ちなみにこのシーン、多い日には一日で58回OTLったと伝えられるふたばの為、服と背景のレイヤーを入れ替えるだけで使いまわせるようになっている、いわゆるバンクである。


 「わ、わたしのけーき………」


 なんや、天然だったんかい。にしても大げさなやっちゃな~。そんなことをぼやく四号。

 しかしそれは未だ口にしていないからこそ言えることである。

 既に食べてしまった四人は沈痛な面持ちでふたばを見ていた。

 加えて言えば朱里と雛里はそれなりに長くなった付き合いでふたばのケーキへの思いを察していたし、月は一緒に作るうち、完成に近づくにつれてテンションが有頂天になっていくのを間近で見ていた。

 詠に至っては一口食べた途端過去の記憶を改竄してしまった程の衝撃を受けもした。


 だがしかし、この場で最も衝撃を受けているのはこの四人でも、ましてOTZっているふたばですらない。

 呂奉先、恋である。

 ぼーっとした表情こそ変わらないものの、褐色の肌は青ざめ、あろうことか滝のように冷や汗を流している。


 (どうしよう………)


 恋は、正確にはその中の人(腹の虫的な意味で)は野生の直感でもって洞察していた。

 北郷ふたばの料理は"断絶"している。

 "冠絶"ではない。

 ふたばの作るものと、月や城下の店で食べられる料理との間には決定的な間隙がある。


 おそらく、ふたばの純粋な料理人としての技能は月は勿論、城下の料理店の職人にも及ばないだろうと恋の中の人(腹の虫的な意味で)は観ていた。

 事実、温度管理や各種さじ加減などはTASさん(Tennomitukai天の御使い-Assisted補正による Superplay隙のない行為の事)であるふたばにとってはお手の物。神の精度で偶然完璧に調節されるものの、その技量自体は趣味の範囲に留まる。

 その道の専門家が持つような独自の工夫、秘伝の隠し味などは知らないからやらない。

 やらない以上はTASさん(Tennomitukai天の御使い-Assisted補正による Superplay隙のない行為の事)の神通力も発動しないのだ。

 逆にTASさん(Tennomitukai天の御使い-Assisted補正による Superplay隙のない行為の事)補正は料理人の経験で埋めることができる。

 同じ材料を用意して「………まーぼーどーふがたべたい」といった場合、ふたばの作るそれより月の作るそれのほうが数段上の味になるのだ。


 だがしかし、材料も料理も指定せず、「………おなかすいた」とだけ言った場合はどうだろう?

 いかな月といえど、言われて突然ハンバーグなど拵えたりはしない。

 流石に、本来この時代のこの国には存在しない食材を実は有ったと云う事にして見つけてくるとまでは想像してなかったが、ふたばとその他の料理人との間にはあって然るべき何かが"断絶"していて、その失われた鎖の輪が補えない以上、ふたばの代替となる料理人はこの国には見つからない、そう恋の中の人(腹の虫的な意味で)は結論していた。


 その一方、もう一人の中の人(頭のほう)はもっとシンプルで、(………ふたばのごはんはふしぎ、ぜんぶたべたい)と思っている。

 そう、「もっと」ではなく「ぜんぶ」である。


 ふたばを仲間に紹介するとき「恋のご飯を作る人」と言って回ったのは混じりっ気の無い本気であった。

 具体的には「恋ちゃん大好きっ!! これから恋ちゃんのご飯は全部わたしが作るっ!」とふたばから言わせるのだ。全然具体的じゃなかった。


 なのに、だ。

 一時の欲に負けたせいで今、ふたばは突っ伏している。

 彼女には元々の仲間がいて、その彼女たちに大きく水をあけられている状態であるにもかかわらず、自らさらに好感度を下げてしまった。


 (どうしよう………)


 こちらは間違いなく世に"冠絶"した武人、天下無双の呂奉先が見る影もなく青くなっているのに、この場の面子は誰一人として気づいていなかった。

 だが例え気づいていたものがいたとしても、この場にこの後起こる悲劇を止め得るものは居なかったろう。


 (………これしかない)


 要は味見ができればいいのだ。

 恋は突っ伏すふたばの元に歩み寄り跪くと、その頤に手を添えて上向かせ、おもむろに


 ズキュウゥン


 「っ?!」


 「「「「あぁ~~っ?!」」」」


 口づけをした。べろちゅ~である。

 一人パチパチと拍手をしつつ、「お~、でもなんでこの流れでちゅ~しとるん?」と首を傾げる四号さんを置いてきぼりにして、場は大混乱に陥った。


 身を引こうにも剛腕に抱きしめられて逃げられない。

 ならば口を閉じようとしても、万力のような力で捕まえられ閉じられない。


 「はわ、だめでしゅっ!ずるいでしゅっ!!」


 「離れてくだしゃいっ!!」


 朱里が恋に、雛里がふたばにしがみ付いて引き離そうとするも、力の差は歴然。


 まず恋の舌はふたばのそれに絡みついた。そのまま自らの口腔に誘う。


 だがしかし。


 『お~い、ふたば~』


 『な~に~、おに~ちゃん?』


 『べろちゅ~しよ~ぜ~、べろちゅ~』


 『べろちゅ~? べろちゅ~ってな~に~?』


 『おとなのちゅ~のことだ!』


 『おとなのちゅ~! するする~!』


 べろちゅ~


 みたいな感じで幼稚園に入る前にファーストべろちゅ~を済ませているふたばとはいえど、経験は兄だけ、それっきり、いきなり、しかも相手は女の子の四拍子とあっては逃げ腰になるのもやむなし。

 縮こまって誘いに乗ってこないふたばに対し、恋は少しだけ考えて自分の舌をストロー代わりに唾液を流し込んでみることにした。

 さらにそれをふたばの舌や腔内、歯の裏側などにも丹念に塗り付けていく。

 そのコクのある甘さと酸味、そして腔内に満ちる香………。


 (これは生クリーム………そしてイチゴ味ッ?!)


 文字どおりの意味での甘い口づけから解放されたときにはふたばの足腰に自らを支える力は残っていなかった。


 「………こんなあじだった」


 へたり込むふたばを見下ろしつつ、何か言葉が足りないと考え込んだ恋はしばしの後こう付け加えた。


 「………すごくおいしかった。ごちそうさま」


 「………おそまつさまでした」


 ばたんきゅー。ふたばは死んだ。スイーツ(笑)


 「………ケーキだけにね。がくっ」


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