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[25619] 【完結】銀河紅勇者伝説(銀紅伝)【原作:銀河英雄伝説/紅の勇者オナー・ハリントン/量子宇宙干渉機】
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 00:49
ヘイブンの監獄惑星から30万人の捕虜を率いて脱出を果たした紅の勇者オナー・ハリントン提督。

ある日、オナーは量子宇宙干渉機の暴走により、気がつくとガイエスブルグ要塞の中で、自分の侍女に鞭(ムチ)をふるうヒステリーな伯爵夫人になっていた。

ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト。ロットヘルト伯爵家の当主。リップシュタット盟約の上位(第12位)に名を連ねる門閥大貴族の一人である。

ラインハルト軍との戦争がいまにもはじまる。科学技術の発達具合が離散紀世界と全然ちがって、軍艦の仕様や艦隊行動の特性はさっぱり不明。提督としての才覚を発揮して、ガイエスブルク軍の指揮権を握るのはとても無理OTL

周りの人たちからは、遠巻きにされて、人差し指でゆびさされながらヒソヒソうわさ話されるような残念な人柄だけど、しかし!ルドルフ大帝以来の名家らしいから、やれることはいろいろとあるかも。

はたしてロットヘルト伯爵夫人は死亡フラグをへし折って、「ハリントン提督」の才覚にふさわしい地位にたどりつけるか?

--------------
原作:
ジェイムズ・P・ホーガン『量子宇宙干渉機』
デイビット・ウェーバー「紅の勇者オナー・ハリントン」シリーズ
田中芳樹「銀河英雄伝説」シリーズ/徳間書店新書版全10巻+外伝1-5巻(5巻のみ創元SF文庫)

-----------------------
(2011.06.10付記)
ようやく完結までこぎつけました。
はじめて書いたつたない小説にお付き合いくださいました皆様に感謝。
これから誤字・脱字の修正、感想や質問・疑問を頂きながら返事をしていないものにお答えすることなどに取り組もうとおもいます。

(2011.03.27付記)
ハヤカワ文庫では、表紙の見返しや目次の前などに、主要な登場人物の簡単な紹介がついています。この物語でも、レギュラーオリキャラは7人くらいですが、それ以外にも多数のオリキャラが登場していますので、とりあえず、複数話にまたがって登場するキャラクターの解説ページをつくってみました。

アルカディアはフォントのカラー指定ができないので、ジオシティのスペースを借りています。よろしければご利用ください。
 tp://milky.geocities.jp/yamagata_saburo/ginbenijinbutu.htm

(2011.03.10付記)
シャンタウ星域の会戦執筆のため、あらためて原作の第2巻を熟読したところ、「血の気の多い低能ども(中略)彼と同僚たちに多くの武勲をもたらしてきた。」という一節に改めて気付きました。これはどうみても、レンテンベルクより後、シャンタウ星域会戦より前にに、ロイエンタール「と同僚たち」が「貴族たち」を相手に「多くの武勲」をあげているとしか読めない。そこで16話に、主人公と入れ替えに大貴族たちが出撃するシーンを追加するとともに、19話で「貴族連合軍の現有戦力」を述べる箇所に、40000隻を追加しました。泥縄になってしまって、お恥ずかしい限りですOTL


(2011.03.06付記)
原作第2巻、リッテンハイム艦隊50,000隻が壊滅した際の記述に「これにより貴族連合軍は兵力の3割を失った」とあるのを発見しました。50,000隻が「3割」なら、全体では16万6千隻ということになりますが、帝国暦488年2月のリップシュタット盟約の締結時点での最大兵力なのか、6月ごろ、シュターデン艦隊やレンテンベルク要塞(そして原作には描写がないけれども第一の拠点や第ニの拠点)の駐留艦隊が失われたあとでの数値なのか、原作ではいまひとつはっきりしません。

しかしながら私は今まで488年2月、盟約締結時の隻数が15万隻ということで話をすすめてまいりましたので、いずれにせよ大幅な情報修正が必要です。

とりあえず第17話を修正しました。
折をみて随時、過去の分も修正してまいります。

(2011.02.06付記)
第4話を大幅に増補して、「離散紀」世界と「宇宙暦・帝国暦」世界のテクノロジーの対比をおこないました。はたして銀英伝・ハリントン両作のファンの皆様に通用するかどうか、ドキドキ物です。

------更新履歴--------
2014/10/5 「女伯爵/伯爵夫人」を意味する「Gräfin 」のカナ書きを「グラッフィン」から「グレーフィン」に変更する作業に着手
2011/06/10 第41話を投稿。完結。
2011/06/06 第40話を投稿
2011/05/25 第39話を投稿
2011/05/05 第38話を投稿
2011/04/29 第37話を投稿
2011/04/24 第36話を投稿。第35話の最終章を大幅に増補。
2011/04/22 第35話を投稿。第33話の末尾を大幅に増補。
2011/04/19 第34話を投稿。
2011/04/16 第33話を投稿。31話に1章、32話に2章を追加。
2011/04/11 第32話を投稿。31話に1章を追加。
2011/04/08 第31話を投稿
2011/04/04 第30話を投稿
2011/04/02 主人公の一人称を地の文では「私」、会話文では「妾(わたし)」に統一
2011/03/31 「まえがき」の文面で、進展したストーリと合わない部分を改変
2011/03/26 外部サイトに人物解説を設置
 tp://milky.geocities.jp/yamagata_saburo/index.htm
2011/03/01 この物語の年表を作成
2011/02/26 領主の軍団や武官としての称号(衛とか都指揮使の類)に、「帝国公用語の原語」をでっちあげ、該当する各話に記入。
2011.1.25 まえがきを投稿。連載開始♪



[25619] リップシュタット戦役年表@『銀紅伝』
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/04/25 00:45
この物語の年表をつくってみました。
※は、原作に記載のある年月日/できごとです。
(数字)は、第1話、第2話・・・を意味します。

※帝国暦488年2月
 ※リップシュタット盟約の締結
※帝国暦488年3月
※初旬
 ※宇宙艦隊司令長官のラインハルト、オイゲン・リヒターおよびカールブラッケに「社会経済再建計画」の策定を指示
 中旬
 ※グリューネワルト伯爵夫人襲撃
 ※盟約貴族のオーディン脱出開始
 ※ラインハルト陣営、軍務省・統帥本部制圧
 下旬
  ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト、一門をひきつれてガイエスブルクに到着
※帝国暦488年4月6日
 ※ラインハルト「帝国軍最高司令官」 (2)
 ※皇帝よりラインハルトに「国賊」討伐令 (2)
  リヒテンラーデ公、ガイエスブルクに参集した貴族の爵位と領地を剥奪し、平民身分に落とす (2)
 ※キルヒアイスの辺境平定部隊、出撃
 帝国暦488年4月9日
  オナー・ハリントンの意識、主人公(ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト)に降臨(2)(3)
  主人公、クラインシュタイン提督に謝罪。(4)(5)軍政改革をめぐり一門の説得に着手。(6)
 帝国暦488年4月10日
  主人公、一門の説得を続行。(6)
  主人公、ヒルデスハイム伯爵より両ホッツェンプロッツ家を指揮下に置くことの了解を得る(6)
  主人公、盟主ブラウン公・総司令官メルカッツ提督に一門15家+両ホッツェンプロッツ家宛の命令書作成を依頼・獲得(6)
  ヒルデスハイム伯爵より両ホッツェンプロッツ家を指揮下に置くことの了解を得る(6)
 帝国暦488年4月11日
  ロットヘルト艦隊、シミュレーション訓練を開始(7)
 帝国暦488年4月15日
  主人公、ツワッケルマン食品工業にレーションを注文。(8)
 帝国暦488年4月16日
  主人公、「社会経済再建計画」をラインハルトに所望(8)
  ラインハルト、エーリケを尋問(8)
 ※ラインハルト、貴族連合軍に対する公式呼称を「賊軍」と定める
 ※ラインハルト本隊出撃
  ロットヘルト艦隊、ミュンヒハウゼン一門の私設艦隊と模擬戦(9)
 ※ガイエスブルグ作戦会議 別働隊(オーディン奪回部隊)出撃決定(9)
  ロットヘルト艦隊、「オーディン奪回部隊」に参加を決定(9)
※帝国暦488年4月19日
 ※ミッターマイヤー艦隊、本隊より分離して先行
 帝国暦488年4月23日
  ロットヘルト艦隊、ミュンヒハウゼン一門・ホルシュテイン一門・ファイヤージンガー一門も指揮下に組み込む。(9)
 帝国暦488年4月25日
  ※シュターデンを司令官とする「オーディン奪回部隊」16,000隻、ガイエスブルクより出撃(9)
 下旬
  ガイエスブルクより「トゥルナイゼン一門懲罰部隊」出撃(15)
 4月末
  トゥルナイゼン一門、ガイエスブルク軍を潰滅させる(15)
 帝国暦488年5月上旬
  ガイエスブルクより「トゥルナイゼン一門懲罰部隊」の第2陣が出撃(15)
 帝国暦488年5月10日
  トゥルナイゼン一門、ガイエスブルク軍の第2陣を潰滅させる(15)
 帝国暦488年5月11日 
  シュターデン艦隊の先鋒(ロットヘルト戦隊)、アルテナ星系にてローエングラム軍のバイエルライン分艦隊を破る(10)
 帝国暦488年5月12日 
  ロットヘルト艦隊、シュターデン艦隊本隊に敵本隊(ミッターマイヤー艦隊)の発見を報告(10)
 帝国暦488年5月15日
 ※大貴族たち、シュターデンを脅迫。(10)
  大貴族たち、シュターデンにあずけていた一門の軍勢に対する指揮権を回収。シュターデン艦隊崩壊。(10)
 ※シュターデン、ヒルデスハイム伯に右翼部隊をあずけ、自らは左翼部隊を率いて機雷原を迂回(10)(11)
 帝国暦488年5月16日
 ※ミッターマイヤー艦隊、奇襲により右翼部隊を粉砕。ヒルデスハイム伯戦死。(12)
  右翼部隊より降伏多数
 ※ミッターマイヤー艦隊、背後より左翼部隊を奇襲。シュターデン司令官、残存部隊とともに逃走。(12)
 ※ミッターマイヤー艦隊、機雷を回収(14)
  ミッターマイヤー艦隊、捕虜の尋問(13)(14)
 帝国暦488年5月20日
  「オーディン奪回部隊」の潰滅の消息がオーディンに届く。トゥルナイゼン家懲罰部隊の第3陣の派遣、中止に。(15)
  「オーディン奪回部隊」の一部(ロットヘルト一門含む)、レンテンブルク要塞に逃げ込む。(15)
  「オーディン奪回部隊」の一部、マリエンブルク要塞に逃げ込む。(15)
  「オーディン奪回部隊」の一部(←シュターデンはココ)、エルヴィング基地に逃げ込む。(15)
 ※ラインハルトの本隊、ミッターマイヤー艦隊と合流
 帝国暦488年5月25日
  ラインハルト軍の本隊、マリエンブルク要塞を攻略。ラインハルト軍本隊の別働隊、エルヴィング基地を攻略。(15)
  「オーディン奪回部隊」の残存部隊、正規軍の一部とともに脱出。戦艦アウグスブルグ被弾し、シュターデン危篤。(15)
 帝国暦488年5月29・30日
  「オーディン奪回部隊」の残存部隊の残り、正規軍の一部とともにレンテンブルクに逃げ込む。(15)
 帝国暦488年5月30日
  「オーディン奪還部隊」の残存部隊、シュターデンとノルデン一門を残してレンテンブルクを離脱。(15)
 
 帝国暦488年6月
 ※レンテンベルク攻略戦。シュターデン捕虜となる。
 ※オフレッサー、ガイエスブルクへ帰還
※帝国暦488年7月
 ※キフォイザー星域の戦い
 ※ガルミッシュ要塞陥落
※帝国暦488年7月9日
 ※シャンタウ星域の戦い
※7月末
 ※ラインハルトの貴族に対する決戦状
※8月初頭
 ※ミッターマイヤー艦隊の擬装敗北
※8月15日
 ※ガイエスブルク要塞宙域の決戦
 ※シャイド男爵、ガイエスブルクに到着、死去
 ※ヴェスターラントの虐殺
 ※ラインハルト・キルヒアイスの合流
 ※ヒルダ・アンネローゼからの書簡
 ※貴族連合軍、最後の戦い
※9月9日
 ※ガイエスブルク要塞における勝利式典。キルヒアイス死去。
※9月12日
 ※ラインハルト靡下の提督たち、オーディンにむけて進発
※9月26日ごろ
 ※ラインハルト派、オーディンを制圧。
 ※ラインハルト覚醒
 ※ラインハルト、リヒテンラーデ公およびその一族を粛清



[25619] 『銀河紅勇者伝説〜ロットヘルト伯爵夫人のリップシュタット戦役従軍記』登場人物・用語解説
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/03/30 02:46
この物語では、オリキャラがたくさんでてきます。
一発キャラでない、レギュラーといえるのは7人くらいですが、ハヤカワ文庫にならって「主な登場人物」の一覧をつくってみました。「用語解説」も近日中にUPの予定です。

アルカディアは文字の色やサイズなどがいまひとつ不自由なので、ジオシティのスペースをかりています。よろしければご利用ください。

─────

※『銀河紅勇者伝説(銀紅伝)〜ロットヘルト伯爵夫人のリップシュタット戦役従軍記』人物解説・用語解説
 tp://milky.geocities.jp/yamagata_saburo/index.htm



[25619] 第1話 宇宙の成り立ちと量子宇宙干渉機
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/01/28 01:15
宇宙は、ビッグバン以来、並行世界を無数に生成しながら時を刻んできた。
あなたが2個注文したハンバーグのどちらから先に食べるか。
風に吹かれる落ち葉が、あっちに飛んでゆくのか、こっちへ落ちるのか。
人が意識的に起こす決断。
自然現象による偶然。
世界は、可能性が生じるごとに無数に分岐しているのである。

従来、一つの世界の観察者は、一つの結果のみしか観察できなかった。

量子宇宙干渉機は、被験者の意識を、隣接する並行宇宙の類似体に移転させる装置として発明された。
この機械は、この機械を有する並行世界の間だけで意識の移転を引き起こすだけでなく、この機械を持たない世界に対しても、類似体が存在するならば一方的に憑依を引き起こすことができた。

ヒュー・ブレナーと愉快ななかまたちは、自分たちの世界に無意識となった抜け殻の肉体を残して、第一次・第二次世界大戦を経ていない並行世界「別天地」にエクソダスしていった。


本来、彼らの脱出を阻止すべき立場にあったカロムとキントナーは、逆に彼らに手を貸し、別天地の座標をマシンから消去し、この世界が「別天地」にさらに干渉を重ねることを阻止した。

ヒューたちの「別天地」への移住計画を横取りしてこの世界からおさらばしようというジャントウィッツ将軍たちの計画は、カロムとキントナーの裏切りにより阻止された。

そしてカロムはこの世界にとどまったヒューの仲間ジャントヴィッツとサムを連れてパラグアイに逃亡、キントナーは何食わぬ顔でプロジェクトの指揮をとりつづけた。

ジェイムズ・P・ホーガン氏はマシンと、それをとりまく人々の動静をここまでしか記していないが、とうぜん彼らはそれ以降も生きつづける。

将軍たちは、マシンの使用目的を、「隣接する並行宇宙との往来・交信に据える」という従来からの方針をタテマエとしては維持しつつ、「別天地」に代わる新たな脱出先を探る計画をひそかにキントナーに命じた。

キントナーは、ヒューと仲間たち、そして別天地を彼らから守ることに成功したことに、ひそかな、そして深い満足感を抱きつつ、この世の終わりの来る時まで、彼らの命じるままにマシンの改良と実験を続けた。

結局、このマシンが稼働する並行宇宙の地球は、若干の経緯の差はあれ、銀河世界に乗り出すことなく、すべて最終戦争によって滅亡し、それ以上、他の並行世界に害悪jをもたらすことはなくなった。

しかし、これらの世界が滅亡する直前、キントナーたちがそれぞれのマシンを駆使して行った他世界への干渉は、マシンの発明が行われなかった他の諸世界のいくつかに対し、きわめて大きな影響をあたえたのである。


*******************
1990年代、東西冷戦が終結せず、ソ連にかわって中国が盟主となって東西対決を継続する地球が存在する宇宙が、我々の知る宇宙と分岐した。
このような地球が存在する宇宙は、これも分岐を重ねて数をふやしていったが、いずれの宇宙の地球も、すべて行き詰まり、経緯の差はあれ、最終戦争によって一つ残らず滅亡した。

量子宇宙干渉機が発明された地球のある宇宙は、この分岐した一群の宇宙に属する。
マシンは滅亡を間近にひかえた権力者たちに様々な目的で使用された。
多数の世界で並列して稼働したマシンたちから影響を受けたのは、主として隣接する世界がであったが、例外が存在する。

2000年もはなれた未来の、非常にはなれた世界のふたつの間の「類似体」がとばっちりをうけて、意識の移転が生じたのである。

きわめてまれな事例であるが、そのためにこの物語が始まることとなるのである。




[25619] 第2話 勇者は舞い降りた
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:44
■帝国暦488年4月9日 オーディン
ローエングラム侯は従来からの宇宙艦隊司令長官職にくわえ、あらたに軍務尚書、統帥本部長にも任ぜられた。「三長官」職を兼任して帝国軍の全権を握った彼には「帝国軍最高司令官」の称号が与えられ、ガイエスブルクにたてこもる「国賊」を討伐するよう命ずる勅命が下った。

リヒテンラーデ公を長とする宰相府(旧国務省)も、これに呼応する措置として、リップシュタット盟約に署名し、かつオーディンを離れてガイエスブルクに参集しつつある貴族たちについて、爵位の剥奪、領地の没収、身分を平民に落とすべきことの3点を皇帝に奏上し、裁可をえた。
----
国務省、奏すらく、
「ブラインシュバイクのオットー、リッテンハイムのウィルヘルム、(8名省略)ヒルデスハイムのシュテファン、ロットヘイトのヴィクトーリア、(3,728名省略)、これらの者どもは、代々朝廷の厚恩を蒙(こうむ)り、よく帝室の藩屏たるべきに、妄(みだ)りに職務を放棄し、国都をはなれ、まことに忌避すべきに属す。よって彼らの職務を停止し、爵位と領地とを剥奪して民となし、今後、彼らがいずれに赴こうと、平民と等しくみなすべし」と。
帝の諭を得る。
「奏のごとくこれを行え」と。
これを欽(つつし)めり。
----
実際には、弱冠5歳の新皇帝がこんな判断をできるわけはない。宰相リヒテンラーデ公による自作自演である。

***************
■帝国暦488年4月9日 ガイエスブルク要塞 ロットヘルト行総督府(こう-そうとくふ):ベルタ・ラントヴィルト

「ベルタ、こちらへ!」
奥様が命じる。
こんどは私がぶたれる番だ。
アンナは倒れたままもう動かない。

私たちに落ち度があったわけではない。
奥様は、なにかお気に召さないことがあると、いつも私たちをぶって気晴らしをなさる。
気がお済みになったら、あとで、おわびの品なども下さる。
いつものことだ、我慢しよう。

「はい、奥様。」
「向こうを向く!」
「はい。奥様。」
奥様がまた歯ぎしりしながらローエングラム伯をののしりだした。
「アノ、ナマイキナ、ブレイナ、スットコドッコイノ、キンパツノ、コゾウメ・・・」
急に奥様の罵声がとまった。
身をすくめて待っていたのに、鞭を、お振りおろしにもならない。

思わず振り返ると、奥様は、電磁鞭を中途半端に構えたまま、目を見開いて、アンナと私を見比べている。

一分もすぎたころ、奥様はとつぜん電磁鞭をへし折った。

そしてアンナを指しておっしゃた。
「・・・これは、私が?」
「はい、さようでございます」
すぐに手当てを!
あわてて薬箱を取りだし、アンナの手当てにかかろうとすると、奥様は私から薬箱を奪い取り、傷薬をとりだして、みずから手当てをお始めになった。

なにか、とてもおかしい。
このような奥様は始めてである。
なにかお顔つきも、日頃とは違っておられる。

奥様は、アンナの身だしなみを整えさせると、私たちにおどろくべきお尋ねをなさった。
「あなたたちの名前は?」
意表をつかれた私たちがとまどっていると、さらにお尋ねになった。
「私の名前は?」
あまりに意表をついたお尋ねで、とっさに答えることができず、私たちは凍りついてしまった。

奥様は、私たちの答えをまっておられたが、急に、一瞬、固まったようになられた。介抱しようとちかづくと、奥様はまたお尋ねになった。

「アンナ!ベルタ!妾(わらわ)はずっとこの部屋に居ったのかえ?」

えと、お答えせねば。

「こちらがアンナで、私がベルタでございます。」
「奥様のお名前は、ヴィクトーリアさま」
「そのようなことは知っておる!妾はずっとこの部屋に居ったかと聞いておる」
「はい、ずっとこの部屋におられました。」
折れた電磁鞭を指してお尋ねになった。
「あれは?」
「あれは奥様が自らお壊しになりました。」
「その時の様子を教えよ」
「はい、奥様はアンナのあと私をお撃ちになろうとしたのですが、急に鞭をみずからお壊しになったあと、アンナの背中をみずからお手当なさったのです。」
「さようか・・・」
なにか考え込むようすでいらっしゃる。

*********
■離散紀1912年4月9日 星系王国 首都惑星マンティコア:オナー・ハリントン

「閣下、もうそろそろ到着です」
アンドリューが声をかけてきた。
「ええ、ありがとう」
ちょっとウトウトしてしまったようだ。
それにしても妙な夢だった。
どこだかわからない場所で、私に仕えていると思われる女の子の一人を打ち据え、もう一人も打とうとしていた。
手当をして、事情を聞こうとしたところで目が覚めた。
なぜこんな夢をみたのだろうか。

*********
■帝国暦488年4月9日 ガイエスブルク要塞 ロットヘルト行総督府(こう-そうとくふ):ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

いままで忘れていたことを、とつぜん思い出したような感じだった。
きいたこともない場所で、きいたこともない国に所属して、聞いたこともない敵と戦い続けてきた毎日。
平民の両親のもとにうまれ、軍人の訓練をうけ、軍人として命がけで働いてきた歳月。
オナー・ハリントンってだれなんだろう?
マンティコア王国って?
時間がたつにつれ、これが自分自身だという感じはだんだん薄れてきているけれど、この女性の生涯を、まるで自分自身が体験したことと同じくらい、非常にリアルに思い出すことができる。

調べてみなければ。

「ベルタ!」
「はい、奥様。」
「調べものをしたいの。端末を用意して」
「はい、お待ちください。」

************
■■離散紀1912年4月9日 星系王国 首都惑星マンティコア:オナー・ハリントン

凱旋式典の会場に到着したのだが、なんだか具合がわるい。
まっすぐに歩くことができない。
ぐっすり休んだし、医師の診察をうけて、左目と腕は別として、体調に問題はないとお墨付きをもらったのに。
足がうごかない。
どうしたことだ?
なにか遠くで叫び声が聞こえる。
(「閣下が倒れた!」「医師を!医師をこちらへ!」)

   ※      ※

■帝国暦488年4月9日 ガイエスブルク要塞 ロットヘルト行総督府(こう-そうとくふ):

気がつくと、さっきの夢にでてきた娘たちがまた目の前にいる。

「あなたたちは・・」
名を問おうとしたら、いきなり脳裏に娘たちの名が浮かんできた。
「あなたがアンナで、・・あなたがベルタね?」
「はい、さようでございます、奥様。」
「私は・・・ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト・・」

娘たちがうなづいている。・・・

**********
オナーが戻ってきた。
妾(わらわ)の体をあやつりだした。
いや、ちょっとちがうな。
利き腕とは違う手にペンをもってみたら、字がかけた、みたいな。
こころの中の、妾がずっと使ってきた部分とはちがう場所に、オナーの場所が急にできた。オナーはこの場所をつかって妾の体を動かしているけれど、これも私のこころの一部。

「もどってきたオナー」は、ほっとくと勝手にうごく自分自身?みたいな。
オナーがやろうとすることを、じゃましてみたらどうなるんだろう?

************
いままで忘れていたことを、とつぜん思い出したような感じだった。
この体の持ち主がおくってきた生涯について。

武門の家柄ロットヘルト伯爵家にうまれ、何不自由なく育ってきたこと。
喰う・寝る・遊ぶの退屈・怠惰な日々。
兄の戦死により思いがけず、伯爵家の次期当主となったこと。
父が家柄だけで選んだ夫との結婚生活と、彼の裏切りを知っての追放。
伯爵位の継承。
甘やかして育てた二人の子供たち。

ヴィクトーリアの来し方が、まるで自分自身の体験のようにリアルに思い出せる。
というか、自分自身の体験でだ、これは。

************
ホーガン氏が描いているように、憑依した意識と宿主の意識は、同居時間が長引くにつれ、融合を果たしていくものである。

ヒステリー女伯爵(グレーフィン)のあだ名をもつ銀河帝国の大貴族ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルトは、これより以後、紅の勇者オナー・ハリントンの意識・知識・体験を我がものとして、リップシュタット戦役に臨(のぞ)むこととなる。


*************
2014.10.4 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 第3話 ここはどこ?いまはいつ?私はだれ?
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:44
■帝国暦488年4月9日 ガイエスブルク要塞

さて、気がつくと赤の他人に乗り移って別世界にいた・・という物語の主人公がまずやることは、そこがどこで、今はいつかを確認し、もといた場所との時間的、空間的な隔たりを確認することが一般的なようである。

オナーとヴィクトーリアの場合、同一人格として完全に融合したので、「ここはどこで、今はいつか」の知識については不自由しないかといえば、まったくそうではなかった。ヴィクトーリアは、銀河帝国の地理について、「今いるガイエスブルグはロットヘルト領のわりとちかく、オーディンからはとっても遠い」程度の理解しかなく、また現在が帝国暦488年の四月の初旬であることは知っていても、帝国暦以前に宇宙歴や西暦というものが存在したことに関する知識は絶無の人であったので、結局、ロットヘルト伯オナー=ヴィクトーリアは、銀河帝国の地理と歴史を、ほとんどゼロからおさらいするはめになったのであった。

多くの貴族たちと同様、領地持ちの貴族に対しては、領地の規模に応じて、爵位に星系総督以下の行政長官職が付属している。ロットヘルト領は星系単位の領地であり、行政長官としてのランクは「星系総督」であった。そのため、帝都オーディンにおけるロットヘルト伯邸は「ロットヘルト総督府」の別称を有していたし、ガイエスブルク要塞内でヴィクトーリアに貸与された一角は「ロットヘルト行総督府(こう-そうとくふ)」と呼ばれた。

ロットヘルト女伯爵(グレーフィン・フォン・ロットヘルト)が急に情報端末にかじりつき、一心不乱に調べ物を始めたことはすぐに行総督府の人々の目にとまり、次第に要塞中の評判となっっていった。

**********
リップシュタット盟約の署名の上から12番目に位置するロットヘルト伯爵家の行総督府に備えられた情報端末は、私領に対して貸与されたものとしては、かなり詳細・豊富な情報収集に対応したものに属している。しかしがなら、この端末で表示される銀河帝国所属の全星図で、オナーが属していたマンティコア王国や、マンティコアの宿敵ヘイブン人民共和国の勢力圏に相当する宙域を調べてみても、オナーの知識と一致する星系はひとつも見あたらなかった。

アンナやベルタには手が負えなさそうなので、例のごとく執事のテオドールに聞いてみる。
「このあたりで星をさがしてるんだけど、星図にみあたらないってことは、星自体が存在しないってこと?」
「奥様、申し訳ありません。私はそのあたりに暗うございますので、詳しい者を呼んでまいります。」
行総督府付きの武官が連れてこられた。
「お尋ねにお答えします。こちらの端末で表示されるのは、帝国が領土として掌握している星系、いいかえますと臣民が居住し、統治者が任命配置されている星系のみです。未開発の無人星系は表示されません。」
「未開発の星系や、無人星系の惑星や衛星について知りたいときはどこで調べることができるの?」
「はい、帝都オーディンでしたら、帝国図書館とか、大学の工学部や経済学部の関連学科や航宙局などでお求めの情報が一般に公開されておりましたが、このガイエスブルグには、一般に公開する窓口自体がございませんですからねぇ……。司令部の主端末あたりなら、まちがいなくアクセスできるとはおもいますが……」

********
要塞司令部の主管制室(メインコントロールルーム)は、ロットヘルト伯の襲撃をうけた。
「グレーフィン、申し訳ありませんが、私的なご用事のために、敵を迎撃するのに必要なデータ処理作業を滞らせるのはいかがなものかと・・・」
「長くはかからせないわ、だからお願い。」
盟約の記載順第12位のごり押しにはかなわない。
司令部は、15分だけ、という条件で端末の一つを明け渡した。


*********

マンティコア星系には「ダラニスキー」という別の名がついていた。
三つの居住可能惑星はいずれも未開発のままで、スフィンクスは「ダラニスキー4」とよばれ、「地球型。哺乳類型の原住生物が存在」という付記があった。モリネコたちは誰にも知られず、ここでひっそりと暮らしているのだろう。

ヴィクトーリアたちの銀河が、オナーがもといた世界とは、かなりことなる歴史を歩んでいることは確実である。それでは歴史の分岐はいつから生じたのだろうか?

この点については、行総督府の情報端末からでも、情報を得ることができた。
この世界では、西暦の2801年が宇宙暦の元年で、宇宙暦310年が帝国歴元年、現在は帝国歴488年である。すなわち、西暦でいうなら3598年である。

一方、オナーの世界では、西暦2203年が離散紀の元年であり、オナーは離散紀の19世紀後半に誕生し、離散紀のちょうど1900年にはじめて艦長として軍務につき、1912年(西暦4015年)までの記憶がある。

時間的にはオナーは四百年ちかく過去にとばされていることになる。

オナーにとって、異世界に意識が飛ばされること自体ビックリな体験であるから、さらに4世紀をこえる時間軸のズレがあることも、ただそんなものかと思っただけだったが、ヒューと愉快な仲間たちがもしこれを知ったらびっくり仰天したことであろう。

***********
2000年ちかくまえに自分の世界とは別の歴史を歩み始めた宇宙
 ┏へ、約400年間の時間をさかのぼってとばされてしまったらしい。
 ┗の、しかも約400の未来からやってきたらしい。オナーという人のこの心は。

なぜ、このような現象がおこったのか。
オナーとヴィクトーリアの融合は、一時的なものなのか、継続的なものなのか?
先のことはわからない。

しかし、いままでヴィクトーリアは、あまりにものを考えなさすぎた。
新たに獲得したオナーの眼で世界を見渡してみると、自らが崖っぷちぎりぎりの危険な場所に立っていることに気付いた。

さて、これからどうしよう……。

*************

オナーは、軍人として、常に命がけで自分の責務に最善を尽くことを通じて自らをつくりあげてきた人だ。

オナーが体ごとこの世界にやってきたのだったら、彼女の選択は単純なものだったろう。単純に、なんの迷いもなくローエングラム侯の陣営への参加を選んだだろう。


しかし。このロットヘルト女伯爵(グレーフィン・ロットヘルト)は、オナーであるのと同じ程度にヴィクトーリアである人である。

ロットヘルト伯爵家は太祖ルドルフ以来の武門の名門で、伯爵・子爵・男爵15家を率いるロットヘルト一門の宗家でもあり、門閥貴族の中でも名門中の名門である大貴族の一つである。

リップシュタット盟約への参加を決断したヴィクトーリアは、ロットヘルト伯爵家の当主として、上から12番目に署名する栄誉をあたえられた。

ヴィクトーリアは、ロットヘルト伯爵家の家臣・領民だけでなく、一門の15家をも門閥貴族連合に引きずり込んでしまったのである。

オナーとしての責任感は、この状況から、自分ひとり遁走することを許さない。

ここから、オナー=ヴィクトーリアが、「自分の責務とは何か」を探求し、能力を尽くしてその責務を果たすための苦闘が始まる。

しかも、そのスタート地点は、家柄と地位だけは高いが、ヒステリー・グレーフィン、グータラ・グレーフィンとして軽蔑される著しいマイナス地点からとなる・・・。


*************
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 第4話 ロットヘルト伯爵夫人、覚醒!
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:45
ヴィクトーリアは、リヒテンラーデ=ローエングラム派と門閥貴族派の衝突が誰の目にもあきらかとなって以後、「武門の家柄【ロットヘルト一族の宗家】の当主」として、一門15家に所属する戦艦53隻をはじめとする総計600隻の軍勢の先頭にたち、「生意気な金髪の孺子」の手下どもを自らの手でうち破ることを夢想するようになった。

ロットヘルト家の私設艦隊は、ヴィクトーリアの父アーブラハムの代から老練の提督クラインシュタイン退役中将の指揮下にある。ヘクトール・フォン・クラインシュタイン。リップシュタット盟約には、上から3000番目に署名。アーブラハムの戦友だった人で、アーブラハムが戦傷がもとで早期に退役すると、正規軍で艦隊司令官に内定していたのを蹴って退役し、ロットヘルトに来てくれた。ほんらい造30~50年の旧型ばかりの戦艦2隻、巡航艦4隻、駆逐艦8隻の小艦隊にはもったいないような人材である。アーブラハムの没後は、遺児たち(兄ゲオルクや妹ヴィクトーリア)の後見人にもなってくれた。しかし15年前、トーマスやエーリケら息子たちの教育方針をめぐってヴィクトーリアと衝突して以来、関係は冷えきった。600隻の航宙艦を指揮しようというヴィクトーリアの夢想は、大嫌いになったこの人物に、自身をふくむ一族の命運を委ねるのはいやだという幼稚な反発から始まったものである。

オーディン脱出の直前、提督はリップシュタット盟約への参加に強く反対した。ヴィクトーリアはこの機会を利用してここぞとばかりに提督を罵倒し、彼が腹をたてて自らロットヘルト伯爵家から去るよう仕向けたが、提督は歯を食いしばって踏みとどまり、艦隊を率いてガイエスブルグまで付いてきた。

ヴィクトーリアが自分の夢想を邪魔する提督を、どうやって追い払おうかと考えていたところへ、グレーフィン・ロットヘルトにオナーがやってきた。

*********
■帝国暦488年4月9日 ガイエスブルク要塞ロットヘルト行総督府:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

帝国暦488年は、西暦から遡って計算しなおすと、離散紀の1398年に相当し、オナーのいた時代より500年も過去にあたることになる。しかしながらテクノロジーの進歩の度合いは、総合的にみると、「宇宙暦-帝国暦」世界の方が進歩している印象が、オナーにはある。

たとえば超空間航行術。「離散紀」世界では、天然の重力波をいかに制御し、利用するかというレベルに留まっている。星間諸国間の交流も、天然に存在する「ワームホール分岐網」に依存するところが非常におおきい(マンティコア王国が星系国家でありながら、太陽系同盟につぐ経済力を誇ってきたのは、この「分岐網」を複数確保してきたことによる)。これに対し、「宇宙暦-帝国暦」世界では、「離散紀」世界よりも6世紀も先んじて「亜空間跳躍航法」が実用化された。帝国暦488年現在、天然の重力波に制約をうけず(利用もしない)、「分岐網」の利用も必要としない、より大規模で長距離の亜空間航行が実用化されているようである。

軍事技術の面では、エネルギー兵器の発達に決定的な相違が見られる。「離散紀」世界では、レーザーおよびγ線レーザーが光線兵器として使用されているが、距離に比例して威力の減衰が甚だしいため、近接兵器として使用されている。破壊力甚大であるが、射程に敵艦を捉(とら)えるためにはこちらも敵の射程に入る必要がある。マンティコアもヘイヴンも、開戦後はミサイルとミサイル防御の性能向上に血道をあげた結果、戦闘は、遠~中距離のミサイル戦の段階で決着が付く場合もしばしば生じている。一方、「宇宙暦-帝国暦」世界にみられる各種の「ビーム兵器」は、「離散紀」世界におけるレーザー砲、γ線レーザー砲と比して、いっそう大きな破壊力を、きわめて長い射程で実現しているようだ。

こちらの世界のエネルギー兵器にとてつもない威力と射程をもたらしているのが、高度に洗練された核融合炉である。「離散紀」世界では、航宙艦の動力として重力エンジン(主動力)、内転推進エンジン(補助動力)、ウォーショウスキー擬帆(亜空間内)などがそれぞれ個別に発明され、使い分けられているが、こちらの世界では核融合エンジン一筋である。ミサイルの推進機構としても使用されるので、こちらのミサイルは「離散紀」世界のそれとは比較にならない航続距離を有している。

人類社会の広がりも、ふたつの世界では大きな差がある。
「離散紀」世界のおもな星間国家としては、太陽系同盟、マンティコア王国と連合諸国、ヘイヴン人民共和国、サイレジア連邦、アンダーマン帝国、ミッドガルド連邦などがあるが、これらの諸国が分布する領域は、「宇宙暦-帝国暦」世界では、「帝国」の中心から離れた「辺境」の一隅(シリウス辺境星区と隣接の星州)を占めるに過ぎない。マンティコアとヘイヴンは、いずれも名目は星間国家(星間同盟)ではあるが、実質は星系国家にすぎず、両国とも保有する主力艦(超弩級艦・孥級艦)の総数は3ケタが上限(ヘイヴンは戦列艦を加えれば4ケタに達する)である。オナーが最も多数の兵力を指揮したのは、友邦のグレイソン(=星系国家)が保有する2個戦隊のひとつをまかされた時であり、超弩級艦6隻・巡洋戦艦19隻・重巡洋艦10隻・軽巡洋艦40隻・駆逐艦19隻を率いて、ヘイヴンの戦列艦36隻・巡洋戦艦24隻・重巡洋艦24隻・軽巡洋艦38隻・駆逐艦42隻を迎撃したのであった。一方、銀河帝国は、「人類唯一の正統の政体」であり、対する「叛乱軍」との1会戦で動員される戦力の規模は数万隻を越える。

戦闘の様態も、ふたつの世界では大きな相違がある。
「離散紀」世界の会戦では、自身の戦力を過大にあるいは過小に擬装しながら、互いに高速移動しつつ有利な位置取りをめざす。実際に攻撃が開始されれば、勝負はほぼ一瞬でつく。一方、「宇宙暦-帝国暦」世界では、輸送船や修理船を従えた大戦力どうしが、争奪の対象となる宙域にじっくりと腰を落ち着け、互いに陣形を凹陣形・凸陣形・紡錘形などに変化させながら、「離散紀」世界の航宙艦よりもはるかに高い攻撃力と防御力を駆使し、何時間もかけて真正面から撃ち合いを続けるのである。

**************
ロットヘルト伯爵夫人に憑いてほどなく、オナーは自分が戦艦53隻をふくむ600隻の軍勢の先頭にたつべき一門の当主であることを知った。しかしながら、こちらの世界の軍事技術や戦闘形態の概要を知るにつれ、マンティコア軍およびグレイソン軍においてつちかってきた航宙軍人としての知識や技術、艦長や提督としての戦闘勘は、こちらの世界ではそのままでは役に立たないと、苦々しい思いと共に痛感せざるを得なかった。

ヴィクトーリアとしても、突然獲得したオナーの見識で自らをふりかえってみれば、たちまち夢想から覚めざるをえない。

クラインシュタイン提督にあやまって、クビ宣告、取り消さなきゃ!

さっそく提督にアポをとって、ロットヘルト領私設艦隊が入港している繋留ブロックに向かった。

*****************
巡航艦エンディービエの前をとおりかかった。
長男のトーマスをのせる予定の艦である。
なにか大荷物を運び込もうとしているのか、船腹が大きく開いて、作業員たちがなにかわあわあどなりあっている。

なんだろう?

……いや、わかっている。
トマス専用の厨房セット、食料保管のための冷蔵キット、シャワー設備一式などであろう。

貴族の領地が附属の宇宙戦力戦力をもっている場合、その領地を保有する貴族は、その戦力の指揮官の称号も帯びることとなる。そのため、領主の私設艦隊に附属する軍艦には、領主の居室が設置されるのが通例である。その一方で、貴族の大部分が領地の附属艦隊の運用を正規軍の士官にゆだねるようになって久しい(領主が自らの人脈をつかって招聘するか、あるいは軍務省に依頼すれば艦種に応じた指揮官が出向してくる。軍に出仕して宇宙軍艦の指揮能力を身につけた貴族は正規軍の艦艇を別に貸与または賜与される)。宇宙軍艦には余分な空間を遊ばせておく余裕はない。領主の私設艦隊の軍艦に設置された領主室は、建造から時間が経つにつれ、使用されないまま他の用途に流用されていく傾向があった。

エンディービエの領主室のための空間は、いまどんな使われ方をしているのだろう。
取り外しの難しいなにかの旧型設備を更新するときに、新型の設置場所として流用されている可能性がたかい。
これはほっておけない。

「なにごとであるか?」
私に気がついた作業員たちが一斉にかしこまった。
「エンディービエの領主室ですが、20年まえから本艦のマザーコンピュータの設置場所となっておりまして、トーマス様の設備を持ち込める状態ではありません。」
やはり、そのようなことになっていたか。トーマスの設備を持ち込もうとしている作業員たちが、私の姿をみて、援軍を得たかのようにいいかえした。
「何をいう!次期当主さまをお迎えするのにふさわしい環境をととのえるのは当然ではないか!」
「ちょっとまって!古いマザーコンピュータはどうなっているの?」
「本艦が建造された当初の場所にそのまま。演算装置や記憶媒体をいれかえながら、現在は予備コンピュータとして稼働しています。」
「古いハードを撤去して、領主室にあるものを移しかえることはできないの?」
「不可能ではありませんが、大工事になってしまいます。」
「では決まりね。領主室はそのままマザー・コンピュータ室として使うべき。」
ところがキッチン・冷蔵庫・バスユニットを抱えた連中は動かない。
「どうしたの?聞こえなかったの?」
家来たちに逆らわれて、ヴィクトーリアがヒステリーを起こしかける。作業員たちが答えた。
「申し訳ありません、奥様。私ども、トーマス様にお仕えする者ですので、トーマス様のお指図がなければこの荷を引き上げることはできまえん。」
おお、なんと見上げた忠誠心よ。だからといって引き下がるわけにはいかない。
「艦長を!」
ベルツ艦長がやってきた。
「艦長、このがらくたの件なんですけど……」

ガラクタ、という単語に、艦長の目がまんまるに、口が半開きになった。これは間違いなく、私のことをバカにしている顔だ。「おまえがいうかぁ?」っていう。アンナ・ベルタ(以上、侍女)・テオドール(執事)にはじまって、会う人会う人、私がなにかものをいうと、みんな例外なくこの顔をする。
「グレーフィン、この件について、私の見解はすでにもうしあげましたよ。」
ヴィクトーリアからの羞恥の念の放射とともに、艦長の答えが脳裏に浮かんだ。
「……ええ、そうでしたね。マザーコンピュータのサーバを部屋から放り出したら、艦がとまるって」。
「そのとおり。あとはグレーフィンのご判断です。私としては、この件でこれ以上いまさら付け加えて申し上げることはありません。」

艦長の言うことは正論。
それで、どうするつもりだったの、ヴィクトーリア?
(艦が停まろうとどうなろうと、とにかくトマスの部屋を伯爵家次期当主にふさわしく整ええさせる。出撃が決まったら、こんな理由で出撃を拒否できるわけもないのだから、艦長以下のスタッフが総出で、出撃期日までになんとかしたはず……。)
作業員の言ってた「大工事」ね。たしかに「なんとか」はなるだろうけど、そんなことではますますみんなから嫌われて、馬鹿にされるばかり……
不要な工事なら中止、必要な工事なら速やかに依頼って自分の責任で判断しなきゃ?
(ごもっともです……)

「艦長、この艦は、形式的には帝国からロットヘルト領に貸与された艦であって、この艦の運用権限の頂点にあるのは、あなたです。」
「形式的には、そうですな。」
艦長が、警戒して、身構えた。
「艦の内装についても、命令を下すのは、領主からの依頼を受けた、あなた。」
「形式的には、そうです。」
「内装工事の実施を命令するもしないも、貴方の判断で、貴方の責任」
(お前がごり押ししてるんだろー!)ってとっても嫌そうな顔してる。
ごもっともです。
「ロットヘルト領の総督として、改めて依頼します。巡航艦エンディービエの領主室は、マザーコンピュータの設置場所として引き続き使用すること。トーマス・フォン・ロットヘルトの私的設備はもちこませないこと。」

艦長は、目をまんまるにして、1分近く私の顔を眺めたのち、ようやく言った。
「グレーフィンの要請を受け入れます。では命令する……」

トーマス配下の作業員たちは、妾(わたし)が裏切ったかのように恨めしげに見つめてくるし、艦長や他の作業員たちはみんな、盛大に、例のきょとんとした顔でみつめてくる。

ええ、ニミッツがいなくても、わかりますとも。
「お前がいうかぁ?」
って呆れてるんでしょ!

*******************
■帝国暦488年4月9日 ガイエスブルク要塞ロットヘルト家私設艦隊旗艦シュタルネンシュタウプ:ヘクトール・フォン・クラインシュタイン

「提督、シュミット中佐から連絡です。グレーフィンを艦内にお迎えしたが、領主室へ向われたと。」

ヴィクトーリアは「重大な話がある」と言ってきたが、このことか。くだらないことだ。

あのバカ娘が伯爵家を嗣(つ)いですぐ、星系総督への就任手続きの一環として、本艦に座乗したことがあり、その時に金無垢のバスタブを持ち込んだ。私設艦隊の領主室に、艦の環境系統に著しい負担をかける私的設備を持ち込もうとする貴族の当主はいくらでもいるが、あのバカ娘のは、いささか度はずれていた。彼女が持ち込んだ設備は就任式典が終わった直後に解体して処分したが、思えばあれがバカ娘との対立の始まりだったな……

ローエングラム侯は、身分を問わず、艦を、艦隊を、軍隊を動かせるものを靡下にそろえ、訓練と実績を重ねに重ねている。貴族たちの手元にある、われわれのような有象無象をいくら集めても、侯の軍隊には勝てない。バカ娘には、情理をつくしてリップシュタット盟約に加わらないよう説いたが、聞かずに、私をはげしく罵倒した。「死を恐れるか!」「勝つための努力もせずにしっぽを巻いて逃げる負け犬!」「弱虫!」「卑怯者!」「スットコドッコイ!」

アーブラハムよ。父上から受けたご恩と、君への友情と、部下たちへの思いから、歯を食いしばってここまで来たが、もう限界だ。君のバカ娘にくだらない風呂桶のことで責められて、艦をおりるはめになるだろう。すまない……。

*******************
■帝国暦488年4月9日 ロットヘルト家私設艦隊旗艦シュタルネンシュタウプ:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

この部屋にくるのは、兄の戦死の直後、爵位を継いだときに本艦に乗った25年前以来である。
案の定というか、当然というべきか。
祖父、父、兄が使用した執務机にたどりつくための細い通路を残し、室内は様々な機器によってギッシリ埋め尽くされている。私がもちこんだ個人的装備は一つもみあたらない。

気がつくと、提督が背後にたっている。
「クラインシュタイン提督、お約束の時間に遅れてすいませ…」
「ヴィクトーリア!貴女のくだらないガラクタは、25年前にぜんぶ処分したぞ!あの悪趣味なバスタブだけは梱包して倉庫ブロックの隅においてあるがな!!」
なんか、ケンカ腰でまくしたてている。提督は、私がこのことに文句をつけに来たと思ったのね。
違うのです。
「そのことはかまいません。提督のご処置を支持します」
「なに?」
おどろいている。当然ね……。
「そのようなことより、今日はもっと重大な用でまいりました。艦橋でお話したいのですが……」
「わかった。」
艦橋の提督席についた。
「遮音フィールドを停止していただけますか?」
「他人に聞かせるのかね。」
「はい。あとは全艦放送で。他の僚艦にも流していただきたいです」
設定してくれた。
「では、申し上げます。
 妾(わたくし)ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルトは、クラインシュタイン提督に対する無礼な態度を謝罪し、暴言をすべて撤回いたします。」

とたんに、提督も、最近みんなからやられているる例の顔に。
目がまんまるに、口が半開き。
いまさら傷つかないけど、この人は特にひどい。
2分以上たってもまだ凝固したまま

「……謝罪を受け入れていただけるでしょうか?」
「……グレーフィンの謝罪を受け入れよう。」
「……ありがとうございます。」
提督が小声で聞いてきた。
(貴女はヴィクトーリアか?なんだか人が変わったようだ。)
(はい。そうですよ。最後にもう一言だけ放送で)
「提督には、ひきつづき艦隊の指揮をお願いします。戦いが始まるまでにどれだけ時間が残されているかわかりませんが、妾(わたし)は提督がすべての能力を発揮する環境をととのえることに全力を尽くすつもりです。以上です。」

2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更
2011.2.14 年月日・視点の所有者を追加
2011.2.6(第二版)



[25619] 第5話 なんの為に戦う?
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/03/02 00:31
■帝国暦488年4月9日 ロットヘルト家私設艦隊旗艦シュタルネンシュタウプ:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

遮音フィールドを再始動すると、提督が言った。
「子供のころからいままで四十年以上、一度たりとも他人に謝罪したことのない貴女が・・・」
私はいったいどんな人だったんですか、ヴィクトーリア?
「私は浅慮から、一門の十五家を巻き添えにしてこちらに引きずり込んでしまいました。」
「・・「浅慮」といったな?」
「はい。貴族連合軍がローエングラム侯の軍勢に勝利することはできない、という提督の指摘は正しいと思います。」

提督は知らない生き物を見るかのようにしばらく私の顔をみつめていたが、やがておもむろに問い返してきた。

「ヴィクトーリア、貴女は「提督の能力を最大限に発揮するための環境を整える」といってくれたが、私が「能力を発揮する」とは、どんな中味を考えているのかい?」

「はい、ロットヘルト一門の十五家に所属する私設艦隊の戦力は、老朽艦ばかりですが、合計すれば、戦艦が53隻、巡航艦が220隻、駆逐艦が300隻で、あわせて600隻ちかくあります。これを提督に指揮、統率して頂きたいと思っています。」

「600隻を預かれといわれれば、預かるだけは預かるが、指揮・統率はできない。」
「なぜですの?」
「先ほど「浅慮」と言ったからには、貴女にはわかっているはずだ。」

はい、わかります。
オナーの見識で我が身を振り返ってみた今では。

提督は、戦術コンピューターを起動させて言った。
「仮にロットヘルト家の艦隊が同一編成の敵を迎え撃つとしよう。」
6面のモニターには、戦艦2隻・巡航艦4隻・駆逐艦8隻からなる2個戦隊が対峙している状況が表示された。

敵の所属艦が暖色系、味方の所属艦が寒色系で表示され、敵船隊・味方船隊にはぞれぞれ仮称が付与される。艦艇の種類は、艦種ごとにサイズや形状のことなる光点と、アルファベットと数字を組み合わせた略号によって表示されている。

「敵の2番目の戦艦に攻撃を集中させるよう、全艦に命令することはできるか?」

オナーが憑いた今では、このようなごく初歩的な問題なら正解の見当がついちゃうのであるが、棚ボタで手にいれたオナーの知識を提督にいま中途半端に披露してもなんの意味もないのでやめておく。

「いいえ、できません・・・」
「味方戦隊の4隻の巡航艦のうち、君がトーマスをのせるエンディービエがどれかわかるか?エンディービエに機雷撒布を命じることはできるか?命令を受けたとして、トーマスは命令を実行することができるか?」

ヴィクトーリアにもトーマスにも、どれも不可能である。

「でも、艦長以下、各艦のスタッフには正規軍で訓練を受けた士官が配属されているでしょう?」

とたんに提督が、目を丸くして、じっとみつめてくる。
先ほどのベルツ艦長や作業員たちと同じ目つきである。

「お前が言うかぁ?」って目つき。

はいはい、ヴィクトーリアから、恥ずかしそうに知識の提供がありましたよ。

オーディンを脱出する時の最後の会話。
私が提督にクビを宣告するきっかけ。
提督は、私には指揮能力がないから、指揮は全部提督にまかせて、私は総督席に座っているだけにしなさい。トーマスを巡航艦にのせても邪魔になるだけだからやめろ、と。
私は言い返した。
有事の際に領地の兵力を率いて先頭に立つのは、帝室の藩塀たる貴族の義務であり、誇りである!帝国貴族の義務の遂行を妨げるか!

何もしらず、なにもできないのによく言ったものだよ・・・

「私やトーマスはともかく、一門の十五家の中で、航宙艦の艦長がつとまる者はいますか?」
「・・・。」
「士官学校の卒業生も何人かあるようですが・・・」
「士官学校での訓練に耐えきれなくなってカリキュラムの継続を断念した生徒に、名目だけ卒業の資格をあたえる制度がある。ご一門の卒業生がたは、一人残らずこの制度による卒業だ。」

オーディンを立つ前、リップシュタット盟約に参加しないよう説得しようとして提督がいっていたな。
「このような軍勢は、いくら数があろうと全くの烏合の衆。飢えたライオンの前に引き出されるヒツジの群にすぎない・・・」と。

「ご教示ありがとうございました。お話をうかがって、「環境を整える」ために何をすべきか、考えがまとまりました。」

提督が、先をうながす。

航宙艦にのりくむ総督、州・郡・県の長官たち(→要するに領地持ちの貴族たち)は、戦闘が始まったのちは艦の運用を全面的にそれぞれの艦長に委ねること。十五家の航宙艦は、それぞれの組織を解消し、ひとつの統一された戦隊を形成すること。

「これを実現させれば、提督が、我が一門の航宙艦600隻に「指揮・統率」を行うことが可能になると思うのですが」

「ヴィクトーリア、戦争には勝てないとわかっていて、何のためにその努力を?」

「善く戦って、戦後によりよい境遇を獲得するため。・・いえ、自分自身の身分や領地の事ではありません。私が「浅慮」でここに連れて来てしまったわが軍の兵士や領民たち。「ヒツジの群」のまま、「飢えたライオン」の餌食として差し出したくはないのです。」

「よくわかった。そういうことなら、微力をつくそう。」

「ありがとうございます。さっそく、一門の当主たちと話をしてまいります」
ヴィクトーリアは艦橋を去っていった。

************
■同年同日 ヘクトール・フォン・クラインシュタイン

アーブラハムよ。
君の娘、なんだか全く別人のように人が変わったぞ?
ヒツジの群の先頭にたって、飢えたライオンに喰われるつもりだったが、この戦争を戦う意義をみつけたような気がするよ・・・。



[25619] 第6話 ロットヘルト艦隊、誕生!
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:45
ロットヘルト一門の600隻の航宙艦に所与の能力を発揮させ、一つの戦隊として運用するためにはどうするか?

帝国の国制では、領主は、封土の行政を委ねられた文官であると同時に、封土に附属する兵力の指揮を担う武官でもあり、領地持ちの貴族の爵位には、所領の行政官としての称号と、所領に附属する軍隊の指揮官としての称号が附属している。

私設艦隊では、領主は、旗艦に座乗すると艦隊司令官の上位権者となるし、自身の血縁(嫡子)などを任意の艦艇に分乗させるにあたり、艦長の上位権者に据えることも可能である。

領主やその子弟に司令官や艦長としての識見が備わっているならそれでも問題はないが、ヴィクトーリアはオナーの眼で自分自身や息子のトマス、一門の面々を振り返ってみて、とてもそのような力量を持った者はいないと判断せざるを得ない。

ヴィクトーリアがつい先日まで目指していたのとは逆に、一門15家の当主たちには、艦の運用に口をださせないようにしなければならない。

一門15家の当主たちに納得させなければならないことは、
(1)一門十五家に所属する私設艦隊の組織をそれぞれ解体して、クラインシュタイン提督が統率する一つの戦隊に再編すること
(2)一門十五家は、座乗する艦において、特に戦闘中は、艦の運用を艦長に全面的にゆだねる。
の2点をうけいれさせることである。いずれも、爵位を持ち、領地を付与された帝国貴族の権利と義務・責任の範囲に大幅な変更をもたらすものである。

この仕事を部下にやらせることはできない。一門15家の宗家の当主であるヴィクトーリアのみがなしうる作業である。


最初に目指したのはミュールハウゼン伯爵。5代前にわかれた分家で、惑星ロットヘルトの1州を領地としている。ロットヘルト宗家と爵位は同じであるが、行政官としては、総督の下の州長官という位置づけとなる。ヴィクトーリアが爵位を継承した際、女性であり、年齢も15才ということで、ロットヘルト星系総督の所属艦隊の7割を、ミュールハウゼン伯が預ることとなった。といっても星系にある宇宙艦隊の基地は一箇所しかなく、クラインシュタイン提督が最先任の将官であることにもかわりはないので、平時であるなら、クラインシュタイン提督が指揮するロットヘルト星系の宇宙艦隊の一部が、名義の上でだけ、宗家付からミュールハウゼン伯爵家付に変わった、というに過ぎなかったはずである。しかし、戦時に、もしヴィクトーリアとミュールハウゼン伯がそれぞれ自身の旗艦に座乗した場合、ロットヘルト星系の宇宙艦隊は二人の伯爵に属する2つの組織に分裂してしまうことになる。

ミュールハウゼン伯爵家のオフィスは、ヴィクトーリアのオフィスに「行総督府」の別称があるのと同様、「行長官司」(こう-ちょうかんし)という別称がある。

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帝国暦488年4月9日 ガイエスブルク要塞ミュールハウゼン行長官司:シュテファン・フォン・ミュールハウゼン

グレーフィン・フォン・ロットヘルトがやってくる。
ブラウンシュヴァイク公に直訴しに行ったのがばれたのかな。
あのひと、ずうずうしいし、おしつけがましいし、他人の話きかないし、我が家をふくむ一門15家の宗家だから逆らえないし、とっても苦手なんだな。周りが思い通りにうごかないと、自分の侍女の女の子をいきなり、思いっきりひっぱたくし、できればなるべく関わりあいになりたくないタイプの人だ。

それにしても、一門の宗家だからな。
平時ならさほどでもないけど、有事には、「一門」の枠組みが大きな意味をもってくる。領主が所領の軍勢を動員する際には「一門」単位で、て習慣があるからな。あの人がクラインシュタイン提督にクビ宣告するのは勝手だけど、提督ごっこがしたいのなら、宗家直属の戦艦2隻、巡航艦4隻、駆逐艦8隻だけで満足すればいい。状況に合わないシロウトの指図に右往左往させられるのはまっぴらだから、提督へのクビ宣告を知ってすぐ、ブラウンシュヴァイク公のとこに行ったんだけど、ダメだった。
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「侯爵閣下、我が家がお預かりしている艦艇は、より高次の戦略的観点から、有能な提督の指揮下においていただくことにより、戦力としての有用性をより高めていただきたく……」
「うむ、卿の見識はもっともである。ご宗家のグレーフィン・フォン・ロットヘルトともよく相談したうえで、具体的なことは、アンスバッハに申すがよい」
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「そのグレーフィン」が「有能な提督」をクビにしたことも、「そのグレーフィン」の指図を受けて一緒に行動しなきゃいけないのはイヤだ、とオブラートにくるんで話したんだけど、通じなかったのか、聞いてないフリされたのか……。
あ~あ。侯の力で、「一門」の枠組をこえて、別の一門の軍勢とくっつけてもらおうと思ったのに……。

「シュテファン、時間を取ってもらって悪いわね」
「いえいえ、グレーフィンこそ、わざわざお運びいただいて申しわけありません。それで、ご用というのは……」
「あなたに了解を得たいことと、お願いしたいことが2つあるの。」
「はい、なんでしょう。」
「ひとつめは、うちとあなたの所の戦力をあわせて、一つの戦隊をつくること。」
うーん、なんというか「一つの戦隊をつくる」はるか手前の段階で、私は貴女とかかわりたくないんです!宗家だからというだけでなんでまったくのズブのシロウトから作戦行動の指図を受けねばならんのか。でもここでハッキリ意志表示しておかないと、…
「グレーフィン、お言葉ですが、我が家がお預かりしている戦力は、より高次の戦略的観点から、戦力としての有用性をより高めるために、有能な提督の指揮下におかれるべきだと考えています。」
さあ、わめくか怒鳴るか、なんでもドンとこい!だ。こっちだってオノレの命がかかってるんだい!
……ところがグレーフィンは涼しい顔で私の顔をじっとみつめるだけだ。あれ?
「『有能な提督』についてですが、クラインシュタイン提督ではご不満ですか?」
あれ?
あれれ?
「……グレーフィンは、確か提督を解任なさったのでは?」
「いえ。妾(わたし)が提督にたいへん失礼なことを申し上げたのは事実ですが、提督はロットヘルト家に留まって下さいました。当家の艦隊が出動する場合には、艦隊の指揮は提督に全面的に委ねるつもりです。」

思わず目がまんまるに、口が半開きになってしまいました。

そういうことなら、ロットヘルト家の指揮を受けるのにも、ロットヘルト家の戦力と合わせて一つの戦隊を作ることにも、なんの異存もありません。もしブラウンシュヴァイク侯から宗家との別行動を認められていたら、提督は、わがミュールハウゼン家で引き取ろうと思ってたくらいだし……。

安心のあまり、グレーフィンのふたつめの「お願い」も、そのままOKしました。


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帝国暦488年4月10日未明 ガイエスブルク要塞:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ミュールハウゼン伯爵は、15家の中でもいちばん近い親戚で、しかも同じ惑星の、星系総督たる私の直属の州長官なくせに、ちょっと逆らう様子をみせた。

ヴィクトーリア、あなたの人徳の賜(たまもの)ね。先がおもいやられる(ちょっとイヤミ)。

次におもむくのは、ディンペルモーザー男爵アロイスである。彼の家は、12代くらい前のご先祖様がなにか手柄をたてて所領の大加増を受けたあと、加増分の飛び地を管理するために派遣された2男だか3男だかを始祖とする家柄。この男爵家の領地があるノイエ・チェンレシエンは非常に富裕で人口稠密な惑星で、ディンペルモーザー領の他にも複数の貴族領がある。

アロイスはけんもほろろに、一門の宗家たるグレーフィン・フォン・ロットヘルトの提案を断った。

「我が家の私設艦隊は、つねひごろから惑星ノイエ・チェンレシエンに所領をもつ3家が一体となって活動しておりますからな。この点はご宗家とミュールハウゼン家でもご同様でございましょう?すでに、来(きた)る「金髪の孺子」との戦いでは3家で一緒に行動しようという約束ができております。わたしどもの艦隊だけ、グレーフィンの指揮下に移るわけには参りません。」

うーん、ここはムリ押しせず、いったん撤退。
ただし、ディンペルモーザー家は男爵家ながら一門の中では最大の兵力を持つので、ぜったい取りこぼすわけにはいかない。
外堀をうめてから、もう一度来よう。

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帝国暦488年4月10日 ガイエスブルク要塞:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ノイエ・チェンレシエンに所領を持つ他の2家を調べてみると、上ホッツェンプロッツ男爵家と下ホッツェンプロッツ子爵家は、いずれもヒルデスハイム伯の一門だった。さっそく伯のところに交渉にいく。

ヒルデスハイム伯は、リップシュタット盟約の11番目に署名した大貴族。
署名順位は私より一つ上なだけだが、ヒルデスハイム一門23家に属する戦力は、合計で、わが一門の5倍の3000隻以上はある。

ヒルデスハイム伯は、作戦会議と称して連日開かれている大宴会で、今日もダベっていることは間違いない。つい昨日まで妾(わたし)もそこに入り浸りだったから、よ〜く知っている。あそこには盟主のブラウンシュヴァイク公もいる。盟主にもちょうど頼むことがあるから、まことに都合がよい。

伯の周りの大貴族たちにひとおり挨拶してから本題に入る。
「伯爵閣下、わが一門のディンペルモーザー男爵家なんですが、ご一門の2家と共同行動をとりたいと言って聞きません。」
伯はぽかんとした顔で、何の話かわからないようなので、惑星ノイエ・チェンレシエンで領地をもっている伯と私の一門3家のことだと解説する。
「さようか。それで?」
「ディンペルモーザー家の私設艦隊は、戦艦15隻を含む計100隻。我が一門中で最大の戦力をもっておりまして、この家の戦力が欠けると、我が一門にとっては大打撃です。」
「ふむふむ」
「一緒に行動したいという3家の希望は尊重するとして、伯爵閣下は我が一門よりもはるかに大きな戦力をお持ちですから、惑星ノイエ・チェンレシエンのご一門の2家の戦力180隻も、妾(わたし)の方で預からせていくわけにはいかないでしょうか?」
ヒルデスハイム伯は、鷹揚にOKしてくれた。
太っ腹なものだ。
……「騒がれたらめんどくさい」ということであっても、結果オーライ。

次は盟主だ。
ブラウンシュヴァイク公は、すぐ横でずっと私とヒルデスハイム伯との会話を聞いていたので、説明が省略できるな。
「盟主、盟主にもお願いが。」
「何ですかな?」
「ロットヘルト一門の15家と、ヒルデスハイム伯のご一門の両ホッツェンプロッツ家にむけての命令書を頂きたいのです」
「ふむ」
「文面は、盟主としてのご名義で、

正義派諸侯連合盟主オット―・フォン・ブラウンシュヴァイクより
 ○○▲▲殿に
 靡下の軍勢を率いてロットヘルト衛都指揮司ヴィクトーリアの下(もと)に参集し、その下知(げち)によって進退すべし。
帝国暦488年4月 日

と、このような感じで。」

○○には地名が、▲▲には領地に付随する駐屯軍の指揮官としての称号が入る
ロットヘルト伯爵家の場合、星系駐屯軍は「ロットヘルト衛(えい,クィナミリア)」と呼ばれ、指揮官の称号は「ロットヘルト衛 都指揮使(としきし,クィナミリアルク)」と呼ばれる。同様に、ミュールハウゼン伯爵は「ロットヘルト衛 指揮同知(しきどうち, フィツァ=クィナミリアルク)」で、この命令でいうことを聞かせようとしているディンペルモーザー男爵家は「ノイエ・チェンレシエン衛 指揮僉事(しきせんじ,ズプ=クィナミリアルク)」である。

本来は、軍務尚書から諸侯あてに発令されるべき内容であるが、現在の軍務尚書は、打倒すべき敵である「金髪の孺子」であるので、盟主に代理を頼むしかない。同様に、宇宙艦隊司令長官が扱うべき分野は、メルカッツ「総司令官」に頼むことになるだろう。

「そういえば、先日、ミュールハウゼン伯爵がわしのところに来られましたぞ。グレーフィンの指揮下で戦いたくないと。」

あやつ、そんなことしてたのか。……もっともなことだわ。

「貴族諸賢が配下の兵力を動員するような有事に当たっては、一門の宗主のもとに参集してその下知を受けるのが慣習であるから、ミュールハウゼン伯にもグレーフィンとよく相談するよう申しておいた。であるからして、命令書をお出しすることはいっこうに構わぬが、まずはご一門の不安を取り除くことが先決ではないかな?」
「ごもっともです。じつは、そのあたりにつきましては、クラインシュタイン子爵にロットヘルト衛(クィナミリア)の指揮を改めてお願いしたところでございます。」
「おお、さようか。ではご足労だが、具体的なことは、アンスバッハにお申し付けくだされ。あとはあの者がよろしく取り計らうゆえ」

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アンスバッハ准将に、一門15家プラス両ホッツェンプロッツ家宛の命令書を作ってもらってから、両ホッツェンプロッツ家のオフィスに向かう。

両ホッツェンプロッツ家は、カスパール・フォン・ホッツェンプロッツが男爵で、こちらが上(アルト)ホッツェンプロッツ家、ゼッペル・フォン・ホッツェンプロッツが子爵で、こちらが下(ニーダー)ホッツェンプロッツ家である。

まず爵位が上のカスパールのオフィスに行ったら、ゼッペルも来ていた。

アポなしの訪問を詫びて、さっそく本題に入る。
「うちの一門のディンペルモーザー家と3家でいっしょに動くと決めておられるそうだけど、どういうことなの?」
カスパールが答えた。
「私どもとディンペルモーザー家の私設艦隊は、普段はノイエ・チェンレシエン星系の警備隊として一体で行動しております。有事ということで、3家ごとにバラバラになって、無能な指揮官の下についたり、練度の低い他家の部隊と共同行動を強いられて、思うような働きができなくなるのは残念ですからな。盟主には、3家が一体で動きたいということと、有能な指揮官の下につけてほしいという2点をお願いしているところです。」

カスパールとゼッペル、「無能な指揮官」というところで私をジロリとにらんだけど、あれはぜったいアロイス(ディンペルモーザー男爵)から何か吹き込まれてるな・・・。
しかし、領主各家の組織を解消してひとつの戦隊をつくる件に抵抗がなさそうなのは、幸先がよい。

「有能な指揮官についてだけど、クラインシュタイン提督はお眼鏡にかなう?」
「・・・」
「ちょっとお年は召しておられるけど、第二次ティアマト会戦で、敗勢のなか、叛徒どもの巨魁を討ち取ったり、その後も大きな手柄を立てた方です」
「いや、提督のことはわれらも存じ上げていますが、グレーフィンは彼を解任なさったのでは?」
「いえ。妾(わたし)が提督にたいへん失礼なことを申し上げたのは事実ですが、提督はロットヘルト家に留まって下さいました。」

って、このセリフ、ミュールハウゼン伯爵にもいったな。

「クラインシュタイン提督の指揮下で、うちの一門といっしょにひとつの戦隊をつくるのは、いかがかしら?」

「グレーフィンではなく、提督が指揮なさるのですな?」

失礼な念押しだが、まあいいや。

「もちろんです。当家の艦隊が出動する場合には、艦隊の指揮はクラインシュタイン提督に全面的に委ねるつもりです。」

「そういうことでしたら、われらには異存はありませんが・・・」
「じつは、ヒルデスハイム伯には、もうご了解をいただいているの」
「なんと!それはお手回しのよいことで・・・」

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これで外堀は埋まったので、もういちどディンペルモーザー男爵アロイスのところにゆく。

アロイスは、さきほどとは全く異なる態度で私をでむかえた。

「ご宗家、さきほどカスパールとゼッぺルのところへいらっしゃったそうですね。」
「ええ、彼らはロットヘルト衛(クィナミリア)と一緒に戦隊を組むことに同意してくれたわよ。」
「ヒルデスハイム伯の同意もお取りになり、盟主からの命令書もある……」
「ええ。でも、この命令書を振りかざしてあなたに言うことを聞け!といつもりはないのよ。クラインシュタイン提督に、ロットヘルト一門の戦力を思う存分つかっていただきたいの。あなたを始め、一門の者には、自発的に協力してもらわないと意味がないわ。」
「そういうことでしたら、ご宗家に従うことに、なんの異存もありません。それよりも、私は、ご宗家のあまりの変わりようにたいへん驚いております。」
 そうでしょうねぇ……。
「私を「説得」なさろうとして、同僚(=両ホッツェンプロッツ家)やその上司(=ヒルデスハイム伯)、盟主などの方々に根回しをなさった上で、改めてここにお運びになった。ごくふつうの手順ではありますが、それを、ほかならぬグレーフィンがなさるなんて・・・。」

なにも泣くことはないでしょうに。
いや、泣きたくなることかも……。

「いまだから申しますが、つい先ほどまでは、ご宗家の下につくなど、ぜったいにまっぴらだ!と思っておりましたよ。かわいそうな侍女たちが私の目の前で殴り殺されようと、絶対にご宗家のいうなりにはなるまい!と……」

私も泣きたいです。
いままであまりに何もしらなかったこと。
アンナやベルタをぶったら、みんなとりあえずその場は私のいうことは聞いてくれる。
でも内心では、ますますみんな引いていくのがわかる。
でもほかにどうしたらいいのかわからなかった。

オナーがやってきて、目指すべきはなにか、取り組むことはなにかが、クッキリと見えてきた。いまはなすべきことをひとつひとつこなしていくのが楽しい。

「ご宗家はお変りになられた。私どもが力を尽くしてお支えするに足る。グレーフィンのお導きに従っていきたいと思います……」

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のこる13家の当主たちに対しても、一門の兵力をひとつの戦隊に組織し、その指揮をクラインシュタイン提督に全面的に委ねる件について説いてまわり、一応の賛同をえた。

ヴィクトーリアの一門15家の600隻に、両ホッツェンプロッツ家の180隻を合わせたロットヘルト艦隊の誕生である。


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2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更
2011/02/26 「領主の武官としての称号」に「帝国公用語の原語(w)」にもとづくカタカナ・アルファベットのフリガナをふる。
2011/02/14 年月日・視点所有者を追加
2011/02/11(前編・中編を増補して統合 新第6話初版)
2011/02/09(中編初版)
2011.2.7(前編第3版)
2011.2.5(前編初版)



[25619] 第7話 私設艦隊と貴族の誇り
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:46
リップシュタット盟約に署名した貴族3,740名のうち、オーディン脱出に失敗してリヒテンラーデ=ローエングラム勢力の手に落ちた者も200名を超えた。それでも帝国暦488年四月初旬、ガイエスブルク要塞に集結した貴族は3500名を超え、連合軍の総兵力は2,330万人、航宙艦15万隻を数えた。そのうち正規軍約5万隻は、ガイエスブルグの1万2千隻をはじめ、レンテンブルグ、ギルガミッシュ等の拠点に配置されていた駐留艦隊で、ガイエスブルグに集結した約10万隻の航宙艦は、ほとんどが所領持ちの貴族たちの私設艦隊の所属である。

貴族たちは、正規軍を平民部隊と見下し、自分たちこそ連合軍の戦力の中心であると夢想しているが、オナーのみるところ、実際には練度は低く、組織形態の面でも、戦力の体をなしていない状態である。

帝国の軍事力のうち「叛乱軍」との戦いの前線に立ってきたのは正規軍18個艦隊であった。いっぽうで、貴族の私設艦隊のほとんどは国内警備を担うにとどまり、ほとんどの部隊はせいぜい数十隻から100隻強の規模での艦隊行動の経験しかない。「都督府」(レギオ Legio)は、名義の上では一か所で1000隻を若干こえる規模の兵力を有するが、全帝国で十五ヶ所を数える「都督府」の部隊はいずれも「右都督(レヒテレギアルク Rechtelegiarch)」、「左都督(リンケレギアルク Linkelegiarch)」、「都督同知」(フィツァ=レギアルク Vizelegiarch)、「都督僉事」(ズプ=レギアルク Sublegiarch)などの指揮官に分属しており、個々の兵力はそれぞれ数百隻にしかならない。

ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯の私設艦隊に属する艦艇の数は、それぞれ3万隻あるいは3万5千隻に達するが、この規模は、両侯爵がそれぞれひとりで数十もの「都督府」や「万戸府」(ミリアMyria,またはデカミリアDekamilia)、「衛」(クィナミリアQuina-milia)、「千戸所」(ミリアMilia)、「五百戸所」(クィナケントゥリアQuinakenturia)、「百戸所」(ケントゥリアKenturia)等の指揮官を兼ねていることによるもので、彼らの私設艦隊も、万単位の規模での艦隊行動の経験は絶無であった。

先日までのヴィクトーリアを含め、貴族たちは、このような戦隊を率いて、「自らの手」で「金髪の孺子」を倒すことこそ、「帝国貴族精神の精華の発揮」だと考えており、9万隻があつまっただけで、もう勝利は約束されたように考えている。

しかしながら、たとえばロットヘルト艦隊780隻が一門15家+2家の私設艦隊の組織をそのまま維持して戦闘に臨んだ場合、どのような現象が生じるか。クラインシュタイン提督がある局面で、200隻の高速巡航艦を投入する場面だと判断したとしよう。しかし200隻をそろえるには、最低でも5-6家の当主たちに依頼し、同意を得て、動員するという3段階の手順を経る必要がある。これでは命令一下、一瞬の戦機を捉えての戦力の投入など不可能である。

ようするに、集めた780隻を780隻の戦力として動かすためには、各家の私設艦隊(封領艦隊)としての固有の組織を解消することは必須なのである。しかしながら、「誇り」だけは突出して高い3500人の貴族たちの中で、このことを理解できている者は幾人いるだろうか?

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ヴィクトーリアは、一門15家+2家を指揮下に組み込むことに成功した。 次なる課題として、780隻を完全にひとつの戦隊として組織するためには、17家の当主たちに、
(1)領主が靡下の兵力の指揮権をクラインシュタイン提督に委ねること
(2)領主が座乗する艦の運用を艦長(そして艦長を通じてクラインシュタイン提督)に委ねること

の2点を納得してもらう必要がある。このことは、「帝国貴族精神の精華の発揮」とはおおいに抵触することで、先日までのヴィクトーリア自身のように、軍艦や艦艇の運用に無知なものほど、抵抗感を持つようである。

ヴィクトーリアは、この点については、訓練(シュミレーションと実地の運行)を重ねることを通じて、当主たちが自発的に「専門家にまかせよう」と決断するのを待つことにした。

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ガイエスブルグ要塞のシュミレーションルームは、2万席のシュミレーターがあり、メルカッツ・ファーレンハイト・シュターデンの3提督の予約で埋め尽くされていた。

メルカッツ提督は、全軍の総司令官で、正規軍5000隻を直属部隊として掌握している。ファーレンハイト提督は正規軍7000隻を率いる。シュターデン提督は、……どんな部隊を率いようとして居るんだろう?

ロットヘルト艦隊は、司令部・17家の当主たち・全艦種の艦長たちが参加しても900席を必要としないので、3提督の予約日に割り込んで、空席を使わせてもらえるだろう。

さっそく交渉におもむく。

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「ほう、ご一門の戦力に、艦隊運行の訓練を施したいと?」
「はい、必要とするのは900席未満ですので、司令官閣下が靡下を訓練なさっている時間と重なっても、ご迷惑はおかけしないと思います」
「このような申し込みをなさってこられたのは、ご一門がはじめてですな。頼もしいことです。」
メルカッツ提督はよろこんで900席分を割り当ててくれた。 ついでに聞いてみる。
「17家の所領の出身者で正規軍にいる優秀な士官・下士官を当家の艦隊で引き取りたいんですが?」
急に渋い顔をして「考えさせてくれ」とのご返答。

ファーレンハイト提督も、よろこんで空席を融通してくれた。
所領出身の「優秀な士官・下士官の引き取り」については、「ご冗談を」といわれてしまった。
まあ、しょうがない。

彼には、クソ真面目なクラインシュタイン提督やメルカッツ提督には聞きにくいことを尋ねてみる。
「リップシュタット盟約に署名した方々には、准将以上の階級を持つ方が800人あまりいらっしゃいますが、提督がつとまるような方は何人いるのですか?」
「グレーフィンのおっしゃる、『提督がつとまる』とは?」
「1000隻なら1000隻、一万隻なら一万隻、預かった部隊を戦力として組織し、数に応じた能力を発揮させることができること、です。」
すると、ファーレンハイト提督には、質問には答えずに「グレーフィンは、噂に聞いていたのとは全然ちがう方ですな」といわれてしまった。「噂」って、どんなことを聞いていたんだろう?……いや、おおよそ想像はつくけど。
ファーレンハイト提督は「ご内密にねがいますよ」と言いつつ、結局こたえてくれた。

「現役では、まずはメルカッツ提督、私、シュターデン提督、ノルデン中将あたりですな。退役なさった方では、貴家のクラインシュタイン提督。」
「わずか5名……。武門の家柄はどこにいってしまったんだろう?」

ファーレンハイト提督は、とたんに左眉をさげ、右眉をあげて(お前が言うかぁ?)って表情をしてきた。

はい。そのとおりです。
長男のトーマスと次男のエーリケ。
父アーブラハムの遺言に基づいてクラインシュタイン提督が厳しくしつけようとしてくれていたのに、「かわいそうだ」と軍から引きあげさせてしまい、あとは二十歳をすぎるまで甘やかし放題……。

「帝国暦436年の、第二次ティアマト会戦の大敗が大きかったですな。あの戦いで、武門の名家がいくつも断絶しました。現存の将官で、武門の家柄と呼ばれる家系の出身者といえば、わが軍のノルデン少将。あとはオーディンに留まったミュッケンベルガー元帥や、ローエングラム侯についたトゥルナイゼン少将ぐらいでしょう。私やメルカッツ提督、シュターデン提督や、陸戦隊のオフレッサー上級大将は、いずれも「一代の成り上がり」ですしね……。」

「メルカッツ司令官は、私設艦隊をあつめて艦隊運行の訓練をしたいと言ってきたのは妾(わたし)の一門がはじめてだとおっしゃってたのですが、他の貴族諸賢は何を考えておられるのでしょう・・。」

「シュターデン提督が250家の約一万隻をあつめて、調練をはじめようとしているようですよ。」

士官学校の教官までつとめたシュターデン提督にとって、貴族の私設艦隊(封領艦隊)がよりあつまっても、そのままでは戦力にはなりえないことは自明であった。彼は3月中旬にガイエスブルクに到着すると、ただちに諸侯たちに戦力の統合と指揮の一元化の必要性を説いてまわった。

彼の呼びかけに、ただちに反応したのがノルデン少将である。リップシュタット盟約の署名順位第17位、18家630隻からなるノルデン一門の宗家の当主でもある。ラインハルトの参謀を務めていた際には「無能!」とののしられたこともあるが、ファーレンハイトからは「盟約署名貴族の将官800名のうちで「提督」としての指揮能力を持つ4人の現役将官のひとり」と評価された人物であり、門閥貴族の中では、それでも群を抜いた存在なのである。彼はシュターデンに応えて、一門18家の戦力をシュターデンの構想で再編することに取りかかるとともに、他の一門各家にも同調するよう呼びかけた。

自分たちの兵力を、どのようにまとめていけばよいのか途方にくれていた15の宗家(署名順位が13番代以降)とその一門、計250家が、シュターデン・ノルデン両提督の元につどい、3月下旬のうちにかれらの調練を受ける艦艇の総計は一万隻に達した。


「あとの3250家の9万隻はどうなっているのでしょう。」
ファーレンハイト提督は、天井を指さしながら言った。
「作戦会議でしょう。」
盟主と副盟主を囲んで昼間から行われている空虚な大パーティ。
つい先日まで、私もそこに入り浸っていた。

「訓練を受けたいという諸侯たちが列をなしてシュターデン提督の手に余り、メルカッツ司令官や私も手分けして引き受けるようにならないようでは……」
「わが軍は危ういですねぇ……」
「ええ、危ういです。」

帝国草創以来、「武門の家柄」では、軍人としての気概や責任感が家業として脈々と受け継がれてきたが、52年前の戦いで60名もの将官が一挙に戦死した際に、その伝承はごく少数の例外を除き、ほぼ途絶えてしまった。
それ以来、帝国軍を担っているのは、有能な平民たち。
現在のガイエスブルグでも、メルカッツ提督の下に3人、ファーレンハイト提督の下に4人いる正規軍の提督は、いずれも平民出身で、とうぜんリップシュタット盟約の署名者ではない。

貴族が握っている武力は、数は多くても、戦力の体をなさない烏合の衆。
ガイエスブルグは、「成り上がり者の専横」を糾弾することを自らの正義とする勢力のはずであるが、ガイエスブルグを支えているのも、「成り上がり者」と平民たち……

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シュターデン提督は、ロットヘルト艦隊が17家の780隻でやろうとしていることを、250家の1万隻さらに大規模にやろうとしていた。 シュミレーションルームの空席を融通する件については、参加する戦力の規模はさらに広げるつもりなので今月いっぱいは応じられるが、来月以降は保留としてくれ、とのことだった。 わが艦隊でも問題となっている  
(1)領主が靡下の兵力の指揮権を司令官に委ねること  
(2)領主が座乗する艦の運用を艦長(そして艦長を通じて司令官)に委ねること
の2点をどのように250家の当主たちに納得させたのか、という問題について尋ねてみる。 提督は、とくに何もしていない、と答えた。

250家から参加してくる1万人の艦長たちによる演習をすでに何度か実施したが、 技量の未熟さから来る問題点は多々あるが、指揮権の問題はまったく生じていないそうだ。

提督は、「自らの力量をしって、必要に応じて事を専門家にゆだねる貴族諸賢の英知」を信じ切っている様子だった。

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さて、ヴィクトーリアが相手にしたのは、主として彼女を「宗家」と仰ぐ一門の十五家である。彼女の指揮下にはいることを激しく拒んでいた者も、宗家の当主ヴィクトーリアの資質があまりに残念すぎたためにそのような態度をとっていただけで、「宗家を支える一門」というありかたそのものに疑問をもっているわけではなかった。だから、ヴィクトーリアにオナーが憑いて、「根回し」などのありふれた技術をつかってごく普通に「説得」ができるようになっただけで、感動のあまりたちまち態度をひるがえし、彼女に忠誠を誓ったのであった。ヴィクトーリアはオナーのおかげで彼らの心をいったんつかむと、最後まで裏切られることがなかった。

いっぽうシュターデンの調練を受ける250家であるが、艦隊指揮の専門家として、シュターデンに対しそれなりに敬意を払いはするが、根本的に、男爵家の出身にしか過ぎないシュターデンを、身分が下だと侮る気持ちを持つ者が多かった。また、シュターデンには、ヴィクトーリアが盟主ブラウンシュヴァイク公に命令書を求めたような周到さもなかった。あるいは「貴族の英明」を、無邪気に信じていたと言い換えてもよい。

シュターデンは、やがて自らの不明を思い知らされることとなる。


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2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更
2011.2.26 「領主の武官としての称号」に帝国公用語の原語(w)とカナ書きを附す 
2011.2.19 第二版 「シュターデン艦隊の誕生」を第11話から移動




[25619] 第8話 グレーフィン、ラインハルトと初対決!
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:46
■帝国暦488年4月10日 ガイエスブルク要塞ロットヘルト行総督府:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

こちらの世界の艦隊行動は、主力艦(戦艦)が先頭にたち、互いのエネルギー中和磁場を増幅しあって敵のエネルギー兵器に対し強固な防壁をつくる。支援艦(巡航艦 駆逐艦)は、実体弾(ミサイル・ウラン238弾・レーザー水爆・磁力砲)に対する防御(擬似標的や対ミサイル・ミサイル)を、その名のとおり支援しつつ、敵のふところに飛び込んで必殺の一撃(おおむね実体弾)を喰らわす機をうかがう、というのが基本的な形態である 。

正規軍では、これらの艦種のほかにも、ミサイル・磁力砲・ビーム砲等の射出に特化した各種の「砲艦」や機雷の撒布に特化した「宙雷艇」、宇宙戦闘機の発着に特化した「航宙母艦」、容量は小さいが艦隊行動に同行することが可能な高速輸送艦、簡易な修理が可能な高速修理艇などを随伴するのが標準であるが、元来、特定の星系を拠点としてその警備を担うのが本務である領主の私設艦隊(封領艦隊)は、これらの艦種を欠いている。ヴィクトーリアは、17家の当主たちをまとめた後、ただちにメルカッツ司令官のもとにおもむき、これらの艦種を融通してくれるよう依頼したが、ロットヘルト一門だけ優遇はできないと断られてしまった。

しかし、とりあえず一門15家+2家の艦艇780隻を一つの戦隊としてまとめていくための下準備はできた。
思い返すと、昨日の朝から丸1日以上、飲まず食わずで休みもせずに要塞内を駆け回っていたような気がする。
とりあえず休む!

■帝国暦488年4月11日 ガイエスブルク要塞:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト
一眠りしたので、アンナとベルタを連れて食事にいく。
 25年前、ロットヘルト艦隊の旗艦シュタルネンシュタウプに持ち込んだ私専用の厨房設備はとっくの昔にクラインシュタイン提督によって勝手に廃棄されてしまっていた。新たに持ち込むつもりはないので、将兵たちに提供されるものに、私も慣れ親しんでおく必要がある。というわけで、行き先はュタルネンシュタウプ艦内の艦内の士官食堂である。
室内に入ると、先客たちや厨房員が一斉に固まった。椅子に座って飲食したり談笑していた者たちも、私に気が付くと立ち上がって敬礼したりする。
「みなさん、楽にしてください。こんど出撃するときはみなさんと同じものを食べるつもりなので、事前に慣れておくために利用しに来ました。」と挨拶すると、義理だろうけれど、拍手までおきた。
A・B・C3種の定食を一つづつと取り皿三つをもらい、アンナやベルタとおかずを交換しながら食べた。いずれも、くぼみがいくつかある四角なトレーに何種類かの総菜が盛りつけされたものだ。ヴィクトーリアはおとといまでは行総督府で自分ひとりのためのごちそうを食べていたらしく、アンナとベルタはいちいちびっくりしている。
さて、味のほうであるが、ヴィクトーリアがふだん食べていた食事とはそもそも比較のしようがない。オナーが知っているマンティコアやグレイソンの料理とは食材も調理法も大変にことなっており珍しい。士官食堂の料理としては甲乙つけがたいといったところか。
食べ終えると、うしろでどよめきがおこる。振り返ってわけを聞くと、「伯爵夫人閣下」が残すかどうかで賭をやってたらしい。、ヴィクトーリアのほうはともかく、オナーのほうは「これよりまずいものはない」と評判のマンティコア航宙軍のレーション(戦闘用口糧)や、それよりさらにまずかったヘイブンのレーションにもたっぷりと慣れ親しんで、いかなる軍メシであろうと恐るるに足りない。
「じゃあ、いまからレーションに挑戦するわ!さあ諸君!張った、張った!」さらに、皆に受けているようである。
レーション(戦闘用口糧)とは、戦闘時に配布される一食づつの食べ物・飲み物のパックのことである。戦闘行動中は士官食堂は閉鎖され、レーションが配布される。軍艦に搭乗して戦場にでるなら、これにも慣れ親しんでおくことが必要だ。

シュタルネンシュタウプでは、シチューの味がことなる2種類のレーションが配布されているらしい。2つもらってこれも3人でわけようとしたら、ひとくち食べてアンナが音をあげた。この娘は富裕な商人の娘だから口が肥えてるのかしらね。ベルタは農村の出でだからかどうか、平気で食べている。周囲の士官たちは、温めるだけでもかなりましになるのに、と口々にいったが、戦闘中は冷えたままで食べるのが普通であるので、そのままで食べつづけた。
結局、私とベルタでメインディッシュを完食した。
レーションの味は、マンティコアのものともヘイブンのものとも、甲乙つけがたい。つまり、非常にまずい。

飲み物(缶飲料)とデザート(アメ玉・チョコレート)は市販されているものと同じらしい。こちらは賭の対象にはなっていないとのことなので、アンナとベルタに下げわたし、好きなときに食べてもらうことにする。

賭が決着して、わぁわぁとやりとりをはじめた士官たちに聞いてみると、正規軍のレーションはもっと美味しいらしい。こんど食べにいってみよう。

■帝国暦488年4月15日 オーディン ツワッケルマン食品工業株式会社 本社営業部

「はい、いつもありがとうございます。ツワッケルマン食品工業、営業部のリューベザーメンでございます。・・ロットヘルト伯爵夫人(グレーフィン・フォン・ロットヘルト)様ですね。はい、レーション(携帯口糧/戦闘糧食)500万食のご注文ですか、ありがとうございます。えー、お届け先は・・? ガイエスブルグのロットヘルト行総督府と。?????ガイエスブルクですか?申しわけありません。現在そちらへのお届けは差し控えさせていただいております。・・・え?さようでございますか?申しわけありません、私には分かりかねますので、上の者と交替させていただきます。」
「えー、営業部長のシュローターベックでございます。さきほどもリューベザーメンが申し上げましたように、ガイエスブルグへのお届けは、差し控えさせていただいております。・・はい?本日の午前にファーレンハイト提督が1000万食受け取っておられる、と。日付からして、ガイエスブルクにお籠もりのみなさまに「賊軍討伐令」が出たあとの発注である、と。・・・いえ、伝票の受付番号をお伝えいただく必要はありません、事情はわかりました。・・・・おそらくファーレンハイト提督は当社のザルツブルク流通センターからご購入なさっているかと。そちらのセンターはぞくぐ、、もとい、正義派諸侯軍のみなさまの制宙域にございますので、ご注文即発送も可能かと。・・・いえ、別に機密などではございません。お知らせいたします。001959-0310でございます。・・いえ、いつもごひいきにありがとうございます。またよろしくお願いします。」

通信管制をどのようにかいくぐってきたのか、ガイエスブルクのロットヘルト伯爵夫人からの注文にツワッケルマン食品工業株の本社営業部の面々はビックリ仰天。

「ヘル・リューベザーメン、すぐにいまの通話の、君が担当した部分の清書を!」

ガイエスブルクと内通してると疑われないために、通信記録を整理して憲兵隊に提出する準備で大さわぎとなった。

気の毒なことである。

■帝国暦488年4月16日未明 ローエングラム元帥府:ラインハルト・フォン・ローエングラム
「元帥・・」
従卒が私を起こそうとしている。
「なにか?・・ん?今、真夜中ではないか。何事だ?」
「それが・・。オイゲン・リヒター様から通話が。緊急のご用件とか・・」
「よし、出よう。少し待っていただけ。」
服装を整えて、通話にでる。
「用件とは?」
「ロットヘルト女伯爵から先ほど通話がありまして。」

グレーフィン・フォン・ロットヘルトといえば、ガイエスブルグに立てこもっている門閥貴族ではないか。通信管制をどのようにかいくぐったのか。

「私もたいへん驚いたのですが、内通を疑われるのも面白くありませんので、話した内容はあとですべてご報告するつもりで彼女の用件を聞きました」
「うむ。それで?」
「内容のご報告と、閣下のご許可をいただきたく、かく連絡した次第です」
「私の許可とは?」
「はい、さる2月に元帥閣下が私とブラッケに策定を命じられた「社会経済再建計画」、すでにまとまっているようなら、彼女も閲覧したいと。」

ロットヘルト伯には「喰う・寝る・遊ぶ」ことにしか興味のない、怠惰な貴婦人との印象しかなかったが・・・。

「面白い。私が話してみよう。」

私、リヒター、グレーフィンの3元通話がはじまった。

「あら、これはこれは、侯爵閣下がみずからお出になるとは・・」
「「社会経済再建計画」に関心をお持ちとか?」
「はい。」
「グレーフィンのような方がなぜ急にこのようなものに興味をお持ちになったのか、感心がありましてね。」

「妾(わたくし)、急に目覚めましたの。ルドルフ大帝が聖諭の一節としてお示しになっている「高貴なる者の義務」への理解と実践について。こちら(=ガイエスブルグ)に来ている者たちにには、これがほんど欠けています。跡形もなく消え去っているといってもいいほど。つい先日までの妾(わたし)自身も含めて・・・。」
「ほう。」
「妾(わたし)は妾なりに、自分の領地への手当にとりかかっているのですが、最近、元帥閣下が2卿に策定をお命じになった「計画」のことを知って、きっと参考になりそうだと思い、リヒター卿に連絡をとらせていただきました。」
「・・そのような「義務」を「果たすべき」というお考えがあるなら、そもそもガイエスブルクにいらっしゃったこと自体が誤りなのでは?」
「・・こちらに来て、周囲の貴族諸賢や妾(わたくし)自身を省みて、はじめて気が付いたことなのです。」
「いまさらながらとはおもいますが、しかし、たいへん結構なお志です。この「計画」は今後ひろく宣伝して実施していこうと考えていますから、計画書の一式をお届けすること自体にはなんら問題はありません。しかし、グレーフィンがそちらの陣営におられるようでは、これを活用なさる時間も機会もないと思います。」
「そうかもしれません。」
「それに、お仲間から私に内通しているという疑いがかけられるかも」
「そちらは大丈夫です。周りのものたちには閣下と「善政くらべ」をやる!といいふらしています。」
「そうですか。いずれにせよ、ただちにお手元に届くよう手配しましょう。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。ところで、もしさしつかえなければ、妾からもおたずねしたいことが。」
「何か?」
「閣下が2卿に「計画」の策定をお命じになったのは、まだ宇宙艦隊司令長官であられたとき。」
「そうです」
「「計画」が対象とする事柄は文官の職掌では?」
「・・・」
「閣下はいずれ文武両権を一手に掌握なさるおつもりなのですのね?それではごきげんよう」

*****
ラインハルトは憲兵隊・内務省・典礼省などに命じて、ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルトに関係する記録を届けさせた。真夜中に、迷惑なことである。
*****
記録の大部分は盟約署名貴族たちがガイエスブルクに脱出する以前に作成されたもので、『「喰う・寝る・遊ぶ」ことにしか興味のない、怠惰な貴婦人』という初期の印象を裏付けるものしかない。

しかし先ほどの通信では、門閥貴族の「正義」を盲信しているようすはなかった。むしろ、自分たちの敗北を見通しているような印象がある。

噂とか、この記録類とはまったく異なる印象の女性だった。

憲兵隊からの最新情報。昨日の日付だ。
・・・ツワッケルマン食品工業にレーション500万食を注文?なんだこれは。

たしか彼女の息子がオーディンにいたな。
ガイエスブルク行きのシャトルにのせてやったのに、オーディンに舞い戻ってきた。問いただしてみよう。

ロットヘルト伯の次男エーリケが呼ばれてきた。
「先ほど卿の母君から連絡を受けたぞ。」
恐怖に震えている。彼は、ただの甘えたお坊ちゃんに過ぎないようだ。
「グレーフィンはどのようなひととなりの方か?」
「はい、世の中にほとんど興味や関心がなく、何かにとりくんで成し遂げようということもない人です。」

先ほどの通話で感じた人柄とはまったく一致しない人物像だ・・・・。

「卿が、オーディンに舞い戻ってきた理由として、母君の命だと答えたと報告書にあった。」
「そ、そのとおりです。」
「母君は、卿に、正確にはなんと述べたのか?なるべくそのまま語ってみろ。」
「は、はい。お前がこちらに来ても何の役にもたたない。家門の意地は母と兄とで示す、お前はローエングラム侯の慈悲にすがって生き延びよ、と。」
やはり、門閥貴族どもの敗北を見通していたようだ。
しかし盟約の署名者が3,740名いる中で、上から12番目に名を連ねる大貴族で、しかも最後まで抵抗を続けるつもりであるなら、彼に慈悲をかけてやろうにもかけようがない。ことが終わった後には、処断せざるをえない。それにしても、「私の慈悲にすがれ」とはどういうことか?

「宰相閣下の誘いに応じるな、ローエングラム侯に決してさからってはならない、と。」
リヒテンラーデ公と私がいずれ衝突することも見通しているのか。

「・・才覚に応じた地位をくださるようにと頼め、と」
なに?
私は「無能な寄生虫はのたれ死ね!」という立場だぞ。敵である私にむかっての彼女の勝手な言いぐさに腹が立って来た。
「才覚に応じた地位?卿にいったい私の役に立つどんな才覚があるのか?」
「・・・なにもありません。」
「下がってよい。」
ところが、エーリケは退室しない。
怒鳴りつけてやろうと睨みつけてやったら、つい先ほどとはうってかわったふてぶてしい態度で、私を見返してくる。
「せっかく直接にお目にかかれたので、この機会にお願いがあります!」
「何か?」
「はい、私は、ロットヘルト総督府の邸と敷地を国家に返納して、退去したいと思います。つきましては、私には新しい名前と、10万125マルクを頂きたい、と。」
「新しい名前とは?」
「いち平民の身分と名前をいただきたいのです。」
「ガイエスブルグに参加している母と兄に連座するのを避けたいか?」
「第一の理由としては、その通りです。」
「母君と兄上がみずから国賊、賊軍となることをえらんだのに、卿だけその罪を免れようとするのは、虫がよすぎはしないか?」
「罪とおっしゃいますが、私はいったんはオーディンを離れましたが、ガイエスブルクには加わらずに、あらためてオーディンまで戻って参りました。ですから、私自身は、閣下に下された4月6日の「勅令」にいう、「徒党を組んで皇帝に反逆を企む国賊」には該当しませんし、宰相府に下された4月6日の「上諭」が「爵位と領地を剥奪し、民とみなす」対象としている「妄(みだ)りに職務を放棄し、国都をはなれ、まことに忌避すべき」にもあてはまりません。」
「ふむ。」
「もし母と兄がガイエスブルクに参加した罪で爵位と領地を失うのなら、私にはそれを継承する権利と資格が生じます。」
「卿には罪はないと主張するか。」
「はい。そのとおりです。」
「にもかかわらず、その爵位と領地をみずからすてて、平民になりたい、と。」
「そのとおりです。じつは、オーディンに戻っていらい、宰相閣下(リヒテンラーデ公)の手の者と名乗る人々からしきりに連絡やら伝言やらを受けまして。
真実に宰相閣下の本物の手の者かどうかは定かでないのですが、私が「武門の名門ロットヘルト家」の肩書きをしょっているかぎり、上つ方々の権力争いの手駒として目を付けられ続けるだろう、と。」
ガイエスブルクの門閥貴族たちが亡びたのちは、リヒテンラーデ公との宮廷闘争が始まることを見抜いているようだ。
「それに、閣下は「貴族なき世」を作ろうとなさっているのでしょう?」
私の志は知る人ぞ知るだが、リヒテンラーデ公と手を携えている現在、公言はしていない事柄である。それをこの小僧は見抜いてきた。それに、先ほどまでのおどおどした「甘えた坊ちゃん」の印象が消えて、なにか別人が乗り移ってしゃべっているような様子である。

「10万125マルクとは何か?」
「今月の末に、オーディン電気保安協会の資格試験の願書が締め切られます。受験料が125マルクです。10万は、総督府の邸(やしき)と敷地の代金がわりとして。」
「卿の独断で、勝手にそんなに安く叩き売りしてよいのか。」
「いち平民になりたい私には不要のものですし、母と兄はガイエスブルクに自ら加わってしまいましたから、いずれにせよもう総督府の邸と敷地は手放さざるを得ないでしょう。私はいずれにせよあの邸をでて、新しい住まいをみつける必要があります。」
「電気工にでもなるのか?」
「はい。残念ながら元帥閣下のお役に立つような才覚は何も持ち合わせておりませんが、とりあえず自分一人が食べていけるだけの腕はあるつもりです。」
「よし、わかった。そういうことなら望みをかなえてやろう。ケスラー宛の紹介状を書いてやるから、あとは彼と図るがよい。」

エーリケは紹介状を受け取ると、礼を言って退出していった。

母親のグレーフィンといい、この小僧といい、門閥貴族にしては、なかなか面白い連中であったな・・。

**********
この日、ラインハルトはオーディンの防衛をモルト中将にゆだね、宇宙艦隊の本体を率いて出撃していった。


************
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更
2011.03.02 主人公が旗艦の食堂で定食とレーションを食べるシーンを追加。
2011.03.02 「エ―リケがラインハルトに対して自身の無罪とロットヘルト家の継承権を主張」するシーンを増補
2011.02.14年月日と視点所有者を追加
2011.02.13(初版)



[25619] 第9話 ロットヘルト艦隊、出撃!
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:46
■帝国暦488年4月15日 ガイエスブルク要塞シミュレーションルーム:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

わが艦隊が猛演習をはじめて5日目である。ファーレンハイト・メルカッツ・シュターデンの3提督が見物に来たり、我が艦隊のメンバーが彼らの演習を見学することもある。3提督の靡下より1000隻編成程度のスタッフを借りての模擬演習を行う場合もある。
ファーレンハイト・メルカッツ両提督の靡下の正規軍部隊が相手だと、艦隊は造30-50年の老朽艦ばかりであるのに加え、練度の差があからさまに現れ、手もなくひねられてばかりである。シュターデン提督の靡下はわたしたちと同様の私設艦隊を再編した部隊。彼らとは、こちらも演習を重ねるにつれ、次第に互角に戦えるようになってきた。

■帝国暦488年4月16日 ガイエスブルク要塞シミュレーションルーム:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

「ヴィクトーリア!」
中年の貴族が馴れ馴れしく呼びかけてくる。元の夫ミュンヒハウゼン男爵カール・ヒエロニュムスである。隣には正規軍大尉の制服を着た少年がいる。きっとあのドロボウ猫の息子ね!(ギギギギ・・・)
「これは男爵、ご無沙汰しております。」
ヴィクトーリアは必死で目を背け逃げ出したがっているが、オナーとしては「典型的な軍人の態度」を実行し、ヴィクトーリアをねじ伏せて、表面的には極めて冷静に応対する。
「こちらは、シュテルン。当家の嫡男です。」
「シュテルンです。はじめまして、グレーフィン。」
「はじめまして。」
シュテルンが話し出した。
「ロットヘルトのご一門では、各家の艦隊組織を解体して、ひとつの戦隊に再編しようとされているとうかがいました。」
「そのとおりです。」
「ミュンヒハウゼン一門も同じような再編をやるべきだと、父と私は考えているのですが、一門の当主たちの中にはたいへん頭の固いものたちがおりまして・・」

カールはリップシュタット盟約の署名順位14位、彼も武門の家柄ミュンヒハウゼン一門の宗家である。もとは3男で、妾(わたし)が爵位を継いだ2年後に婿入りしてきた。次男のエ―リケを妊娠中にドロボウ猫と浮気しているのがわかったので、ロットヘルト家から追い出した。その後、実家の兄上たちが戦死して、男爵家を継いだらしい。

「つきましては、ご一門の艦隊に模擬戦の相手をお願いしたいのです。」

ドロボウ猫の息子なんて顔を見るのもいや!
でもうちのトーマスやエ―リケと比べて大変しっかりした、なかなか見どころのありそうな若者である。それに、うちの連中が、自分たちの成長を実感するには、適当な相手かもしれない。

ミュンヒハウゼン一門の私設艦隊は合計すると主力艦(戦艦)105隻、支援艦(航宙艦・駆逐艦)850隻からなり、ロットヘルト一門よりやや規模が大きい。ただしこの私設艦隊に属する正規の士官は戦艦の艦長をつとめる大佐たちが最上位である。だれがこの艦隊を指揮するのかたずねてみると、シュテルンが「自分が、ミュンヒハウゼン家の次期当主の名義で行います。領主たちが理想とする組織で挑戦させていただく、ということです」と答えた。

模擬戦の結果は、ロットヘルト艦隊の圧勝であった。

我が艦隊は、戦艦70隻を艦隊の先頭に配置する砲壁隊型で戦闘想定域に突入したのに対し、ミュンヒハウゼン艦隊では、主力艦を前方に、支援艦を後方に配置した各家の私設艦隊が、宗家のミュンヒハウゼン男爵家の艦隊を先頭に、爵位の上下の順に並んで行進してきた。遠望すると、ミュンヒハウゼン艦隊では、戦艦・航宙艦・駆逐艦が入り混じって戦場に入ってきたことになる。
戦闘は一方的なものとなった。
わがロットヘルト艦隊の戦艦70隻からの主砲の斉射をうけて、ミュンヒハウゼン艦隊は、先頭の宗家の部隊から順番に壊滅していった。各家の私設艦隊が有する主力艦の数は、いずれも数隻から十数隻。この数で防御隊形をとっても、戦艦70隻からの主砲斉射に耐えられるはずもない。
ロットヘルト艦隊の支援艦は出番すらなかった。

「皆様には無駄なお手間をとらせてしまうだけになってしまいましたが、我が一門にとっては非常に大きな教訓となります。お時間をいただきありがとうございました。」
ミュンヒハウゼン一門各家の当主たちは顔色を失っていたが、シュテルンは完敗を食らったのに得意げであった。これでこの一門の軍制改革もやりやすくなるだろう。

■帝国暦488年4月16日夕刻 ガイエスブルク要塞大会議室

3月の末に盟主・副盟主がガイエスブルクに到着していらい、延々と開催されてきた「作戦会議」で、はじめて実際に作戦が会議されることになった。

盟主ブラウンシュヴァイク公が、オーディンからガイエスブルクに至る途上の9ヶ所に兵力を分散配置することを提案したのに対し、メルカッツ総司令官はガイエスブルクに集中させるべきを説いた。

シュターデン提督は、250家の一万隻に対する艦隊演習が成果をあげ、一万隻が一万隻の戦力として運用できる見通しがついたことに気をよくしていた。この戦力をつかって戦果をあげよう。平民部隊の正規軍などにたよらずとも、帝国を担うべき使命を帯びた貴族が、みずからの手で勝利をあげてみせるのだ!
「いや、さらに有効な戦法がありますぞ。」
「それはどういうものか、シュターデン提督」
「メルカッツ総司令のお考えに、一部修正を加えたものです。つまり、大規模な別動隊を組織し、金髪の孺子をガイエスブルクに引き付けておくいっぽうで、逆進して、手薄な帝都オーディンを攻略し、皇帝陛下を吾々が擁したてまつるのです。……」

別働隊のアイディアを呈示したとたん、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の目が油膜を浮かべたようにギラギラと光り出したことにシュターデンはまったく気が付かなかった。彼には、作戦を成功させた功績にともなう地位や権力になど全く興味も関心もなかったためである。彼が欲したのは名誉だった。

彼の出身は、とある大きな一門の末端につらなる男爵家にすぎない。将官に上り詰めたのは、まったく彼自身の才覚による。成り上がりであることは、自身が有能である証明であるはずであるが、しかし彼は、自身に才覚が備わっていることを自信に転換できず、成り上がりであることにいつまでもコンプレックスを持ち続けた。

いま彼は、貴族による貴族のための貴族の軍勢を育て上げた。この軍勢によって「成り上がりの金髪の金髪の孺子」を倒すことで、貴族階級こそが帝国の担い手であることを証明するとともに、自らが貴族の中の貴族であることの証明としたい。これが彼の望みであった。

会議の席では、誰が別働隊の指揮者となるかをめぐり、泥沼の重い瘴気が解放されたり、エゴイズムの情熱という火山の噴煙が立ちのぼったりしたのだが、シュターデンは、「素晴らしい提案」を行った満足感にひたっており、大会議室に充満した瘴気や噴煙がまったく気にならなかった。

ガイエスブルグには貴族の航宙軍艦が十万隻も集ってきたが、彼が調練した一万隻を除けば、戦力として使いものになるものはほとんどない。「成り上がりの専横を懲らす」ためには、この軍勢が用いられるだろうし、その指揮官を自分がつとめることにシュターデンはまったく疑いをいだかなかった。

会議はこじれにこじれたあげく、ブラウンシュヴァイク・リッテンハイム両派の妥協の結果としてシュターデンが別働隊の指揮官に選ばれたのだが、彼は当然のように平然とこれを受諾した。

こうして、この日の作戦会議において、シュターデンを司令官とするオーディン奪還作戦の実施が決定された。

■帝国暦488年4月16日夜 ロットヘルト私設艦隊旗艦艇シュタルネンシュタウプ艦橋:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

シュターデン提督が、彼の作戦に、わが艦隊の参加を要請してきた。 クラインシュタイン提督とともに旗艦の艦橋に彼を迎え、話を聞く。 彼が力説してやまない「貴族の手による勝利の意義」には、じつはクラインシュタイン提督ともども関心はない。私たちが指揮系統の一元化と艦隊運動の練度を上げることに必死なのは、ヴィクトーリアの「不明」からこの要塞に連れ込んでしまった領民・兵士たちを、無益に死なせることなく、この内戦を生き延びさせるためである。この本心は、いまのところクラインシュタイン提督との間だけの秘密である。

780隻がひとつの戦隊として行動する訓練を始めてから、まだ1週間にも満たず、実戦に乗り出すには早すぎる気がした。しかしながら、シュターデン提督の作戦構想を聞くにつれ、わが艦隊の練度をあげる、適当な機会なのではないかと思えてきた。

わがロットヘルト艦隊をはじめ、貴族の私設艦隊(封領艦隊)における艦長以下の士官たちは、正規軍からの出向者がかなりの数を占める。

ロットヘルト家におけるクラインシュタイン提督のように、領主家との間に個人的なつながりがあって、着任以来退役までずっと一ヶ所にどどまる者もあるが、大部分は、軍務省の命令で、数年の任期で赴任してくるものが大多数である。ただし従来より帝国軍にとって最優先の軍事的課題は「叛乱軍」との戦いであったため、同一の階級、職掌の者たちのなかでは、優秀なものから、前線を担う十八個艦隊のポストに配分されていくという傾向があったようだ。

主力艦(戦艦)の艦長は、正規軍が派遣してくる中佐・大佐たちはむろん、領主家で選定したようなものたちも、さすがに一定水準以上の能力を備えており、ロットヘルト艦隊の主力艦70隻は、わずか6日間の十数回の演習で、クラインシュウタイン提督の指揮をほぼ遺漏(いろう)無く実施できるようになってきた。

問題は支援艦(巡航艦・駆逐艦)の艦長たちである。他家の私設艦隊と大同小異なのであろうが、十八個艦隊のいずれかに所属し、叛乱軍との戦いであげた功績で昇進してきた有能な者たちがいる一方で、軍務省から前線に出せない奴とみなされて各地の私設艦隊のポストをたらいまわしにされてきた者、領主のコネで能力不足にもかかわらず艦長のポストを得た者など、水準にばらつきがありすぎる。

支援艦が砲壁隊形の一部として守備についている時は、支援艦各艦の実体弾(ミサイル、アンチミサイル・ミサイル、ウラン238弾、機雷)や擬似標的のコントロールは旗艦の戦術長によって一元管理されるので、艦長たちの能力はさほど問題にはならない。ただし支援艦を数百隻単位で攻撃に投入しようという段階になると、艦艇の性能のばらつき、艦長たちの能力の差、艦隊行動における練度の不足がどうしようもなく露呈してしまうのが現状である。

(ちなみに、下士官・兵士はいずれの私設艦隊でも領民出身者が大部分を占めている)

先日の大会議でシュターデン提督が提案した「オーディン奪還」という目標は、貴族連合軍が全力でとりくんでもおかしくないような、究極の目標である。しかしながらメルカッツ総司令部や盟主周辺に探りを入れてみたところ、この作戦にガイエスブルクの総力をあげてとりくむのではなく、せいぜい、やる気満々の連中に、精いっぱい良い装備をつけて送り出す、という程度の意欲しかないことが分かってきた。また、シュターデン提督についても、自身で理解できているかどうかはともかく、「オーディンを奪還すること」よりも、「手塩にかけて戦力らしくなってきた一万隻を使ってみたい」ことに力点があることがわかった。

そうであるならば、この作戦の主力は、シュターデン提督の1万隻が中心となるにとどまるだろう。そして、この戦力の損耗率があるレベルに達するか、ローエングラム侯がこれを圧倒的に上回る規模の戦力で阻止にかかってくるか、いずれかの事態が生じた段階で、「戦略目的の達成(オーディン奪還)は不可能」とされて、作戦は中止されるであろう。実際、総司令部周辺からは、「一戦して敵の力量を探る」ことが、この作戦の、実際の主たる目的だという声が聞こえてきている。

となれば、この作戦に参加することは、わが艦隊が実戦経験を積むにはまことに適当な舞台かもしれない。
そのようなわけで、私たちはシュターデン提督の誘いに応じ、わが一門もこの作戦に参加することにした。わがロットヘルト一門のほかにも、3000隻を擁するヒルデスハイム一門(盟約署名順位11位)、900隻弱を擁するミュンヒハウゼン一門(盟約署名順位14位)、そのほか盟約の上位に署名した有力な一門にも参加を呼び掛けているらしい。

■帝国暦488年4月23日 シュタルネンシュタウプ艦橋:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

「オーディン奪還作戦」への参加を受諾すると、シュターデン提督は、56家の計2205隻に対する指揮についても打診してきた。「クラインシュタイン提督ほどの人材がわずか780隻しか指揮なさらないのは、もったいなさすぎる」という理由をあげた。

56家2205隻のうちわけは、
・ミュンヒハウゼン一門20家(宗家は署名順位14位、955隻)
・ホルシュタイン一門24家(宗家は署名順位18位、650隻)
・ファイアージンガー一門12家(宗家は署名順位20位、600隻)
である。

クラインシュタイン提督と相談のうえ、シュターデン提督の依頼を受けることとした。これによって私を含む18人の大貴族とその一門322家からなる「オーディン攻略部隊」16,000隻の陣容が固まった。

総司令部に1000隻が直属し、それぞれ約3000隻からなる5つの分艦隊がその指揮を受ける。具体的には、
・シュターデン司令官直属部隊(大貴族2人領主34家)
・ブュヒャー分艦隊(大貴族3人領主68家)
・オイラー分艦隊(大貴族4人領主54家)
・ノルデン分艦隊(大貴族4人領主62家)
・ロットヘルト分艦隊(大貴族4人領主73家)
・ヒルデスハイム分艦隊(ヒルデスハイム伯と一門の領主45家)
という構成である。新たにロットヘルト戦隊に加わることになった三つの一門について、シュターデン提督は、「ミュンヒハウゼンのご一門は組織改革が十分に進んでおらず、お手数をおかけしますがよろしくお願いします。ホルシュタイン・ファイアージンガ―のご一門は、3月から私の調練を受けてきた方々なので、ご負担をかけることはないかとおもいます。」と述べた。

シュターデン提督の評価にしたがい、ロットヘルト一門+2家とホルシュテイン一門・ファイヤージンガー一門の2,030隻を二分し、ロットヘルト一門の艦艇を中心とする1000隻を第1戦隊、ホルシュテイン・ファイヤージンガー一門の艦艇とする1000隻を第2戦隊、ミュンヒハウゼン一門の艦艇をそのまま第3戦隊とした。

しかしながら、練度は別の面の問題における「負担」が、シュターデン提督の評価とはまったく別の様相をみせた。

ミュンヒハウゼン家の次期当主シュテルン大尉は一門を完全に掌握することに成功しており、一門内の私設艦隊組織の完全解体と、クラインシュタイン提督による直接統率への移行に全力を挙げて協力してくれた。ところが一方、ホルシュタイン・ファイアージンガ―の一門の場合、宗家の2家をはじめ、各家の当主たちが、靡下の指揮権をクラインシュタイン提督に一元化することにいちいち抵抗をみせるのである。

ロットヘルト艦隊が、シュターデン艦隊の分艦隊に模擬戦の相手をしてもらった際には、対戦相手の中にホルシュタイン一門やファイアージンガー一門に所属する艦長たちが含まれていたこともあった。その際、彼らは分艦隊指揮官の一元指揮のもと、みごとな艦隊行動をみせていた。

彼らはなぜ、いま、このようなレベルでの抵抗をみせているのだろうか?

いささか不安になったので、盟主ブラウンシュヴァイク公とメルカッツ総司令官のもとにおもむき、先日ロットヘルト戦隊の諸家・各艦に発給されたのと同主旨の命令書を新たに靡下に加わった諸家と各艦にあてて発給してもらった。盟主発給の命令書は三宗家と一門の53家にあてて、作戦行動中はロットヘルト衛(Quinamilia)の都司(Quinamiliarch)の指揮を受けること。総司令官発給の命令書は、2205隻の艦長たちに対し、作戦行動中は旗艦シュタルネンシュタウプより直接の指揮をうけること、という内容である。

各一門の諸家と諸艦に対する命令書の伝達は、ミュンヒハウゼン一門についてはカールとシュテルンが引き受けてくれたので、私はホルシュタイン一門とファイヤージンガー一門の宗家および一門の各領主へのあいさつまわりを行い、その際にわたすことにした。


■帝国暦488年4月25日 シュタルネンシュタウプ艦橋:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト
この日、シュターデン提督指揮下の16000隻がガイエスブルクを進発した。
わがクラインシュタイン提督はこのうち2985隻の指揮を担う。

ローエングラム侯が掌握する部隊は、「叛乱軍」の大部隊との経験はあっても、貴族の私設艦隊と対戦した経験はないだろう。ロットヘルト艦隊780隻は、4月10日以来、彼らと対峙するためのある種の艦隊運動について相当の時間を割いてとりくんできた。
クラインシュタイン分艦隊は、全艦隊による演習の合間をぬって、新属(いまづき)の2205隻についても、この運動の習得をめざして訓練をくりかえしつつ前進をつづけた。


*************
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 第10話 アルテナ星域の会戦(1) 初陣で初勝利!
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/04/02 23:17
■帝国暦488年5月10日 ロットヘルト家私設艦隊(ロットヘルト衛)旗艦 シュタルネンシュタウプ艦橋:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

シュターデン提督を司令官として発動された「オーディン奪回作戦」に、わがロットヘルト艦隊は2985隻の陣容で望む。しかし元来の780隻は、支援艦(航宙艦・駆逐艦)の練度に著しい不安があるうえ、あらたに指揮下にはいった2205隻とは、出撃してから艦隊行動の演習をはじめて行うという泥縄ぶりである。

そこで、シュターデン司令官に特に申し出て、ロットヘルト艦隊には、本隊にやや先行して威力偵察を行う役割を割り振ってもらうことにした。「敵本隊を発見してその所在を報告する」という手柄をたてたら、あとは総旗艦の護衛なり後衛なりにまわり、防御面で貢献するにとどめさせてもらう。敵を撃破する役割は、戦意さかんで練度も高い他の一門にお任せする、という方針である。

一見すると「名誉の先鋒」であるから、他の一門にもやりたがる者がでてきたが、なにせ私はリップシュタット盟約の署名順位第12位。この作戦に参加している貴族たちの中で私より上位といえば、第11位のヒルデスハイム伯だけ。むりやりごり押しさせてもらい、わが艦隊に偵察任務を任せてもらうことに成功した。

クラインシュタイン提督との間で確認した偵察の方針はつぎのようなものである。
(1)いきなり敵本隊(またはそれ以下でも優勢な敵)と遭遇したら、ただちに撤退して報告(逃げ戻る、ともいう)。
(2)わが分艦隊と同規模かそれ以下の敵部隊と遭遇した場合、
 (2)-1. 欺瞞をしかけ、ひっかかったらやっつける。
 (2)-2. ひっかからなかった場合、戦闘は避け、距離をあけて追尾。
 (2)-3. 敵本隊の所在を確認したら、とにかく撤退して報告。
 
現在のわが艦隊は、とにかく、まったく残念な練度なので、ムリはしない、ということである。

アルテナ星域は、暗礁地帯とか小惑星帯なんかが非常に少ないたいへん見張りやすい素直な地勢なので、地勢を利用した敵の不意打ちを警戒しなくてよい、ありがたい星域であった。

とにもかくにも、わがロットヘルト艦隊の初陣である。

■帝国暦488年5月11日 ローエングラム軍 バイエルライン分艦隊旗艦ニュルンベルグ:カール・エドゥアルト・バイエルライン

オペレータが突然、敵の情報を報告しはじめた。
「敵艦隊を探知!規模は約三千隻。」
「偵察衛星からの映像入りました。赤備えの鎧武者の紋章。ロットヘルト家の家紋です。戦艦2が併走、巡航艦4,駆逐艦8隻が追随しています。」
「つづいてロバの紋章の一団。戦艦8隻につづいて巡航艦20、駆逐艦35が追随。」
「つづいて、クラーケンの紋章の一団。……」

貴族の私設艦隊だ。いよいよおいでなすったらしい。

「各家の私設艦隊ごとに、そのまま進んできてます。観艦式でもやっているつもりなんでしょうか。」

参謀長が問いかけてくる。作戦を定めた。

「航宙艦による戦争というものがわかっていないとみえる。やつらには戦術構想も、一貫した指揮系統もない。よし、旗艦より全艦へ。高速巡航艦部隊を先行させる。敵戦隊が戦艦主砲の射程に入るタイミングで、巡航艦部隊がミサイルを斉射。…これでやつらを一撃で粉砕できるだろう。」

■帝国暦488年5月11日 シュタルネンシュタウプ艦橋:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

「敵戦隊より約250隻が分離。出力特性・加速度より、高速巡航艦部隊と思われます。」
「ひっかかりましたね」
「うむ、ひっかかったようだ。旗艦より第一・第二戦隊の全艦へ。砲壁隊形への移行準備。10分後より移行開始!」

ガイエスブルクより出撃してからの2週間、わが戦隊は、私設艦隊単位での縦列を擬装した隊形から、砲壁隊形へと急速移行する演習を繰り返してきた。今回の初舞台にあたっては、練度の低い第三戦隊(ミュンヒハウゼン一門)は後方に控え、実演にあたるのは第一・第二戦隊の2030隻のみとなる。私としては、あとはひたすらクラインシュタイン提督の指揮ぶりをながめるのみである。

「敵巡航艦部隊が回避行動を開始しました。」
わが第一、第二戦隊が、擬装の縦隊からわずか30分で戦艦205隻を盾とする2030隻の砲壁隊形に移行したのをみて、肝をつぶしているにちがいない。しかしおたがい、光速の70-80%の速度で接近しているのである。いまさら逃げようとしても慣性のベクトルを変えるには時間がたりないはず。
「射程からはずれるか?」
「いえ、いまから3分後に、90秒間、わが方の戦艦主砲の射程内をとおります。」
敵巡航艦部隊250隻の運命はきわまった。
我が方の戦艦205隻から90秒間も主砲斉射を受けつづけたなら、潰滅はまぬかれないだろう。提督が命令を下す。
「よし、旗艦より全戦艦へ。敵巡航艦部隊を標的として、主砲斉射を用意。全巡航艦・駆逐艦は対ミサイル防御の準備。」
敵の本隊はどのような行動をとるだろうか?
戦力はわが分艦隊とほぼ同規模。巡航艦部隊を失うことで、実体弾の攻撃力・防御力とも大幅に低下するはず。大損害を覚悟で消耗戦を仕掛けてくるか?それとも……
「敵本隊も回避行動をはじめました。」
「射程からはずれるか?」
「いえ、いまから12分30秒後から、120秒間、わが方の戦艦主砲の射程内をとおります。」
「都司(とし)!」
提督がふだんとは異なる称号で呼びかけてきた。耳慣れない称号だが、「都司」とは「ロットヘルト衛を指揮する武官」としての私の称号である「都指揮使(クィナミリアルク)」の略称である。
「敵本隊に追い打ちをかけますか?」
セオリーとしては、敵の防御にほころびがみえたら、巡航艦や駆逐艦を投入し、優位の拡大につとめるのが常道である。しかしわが艦隊の場合、支援艦(巡航艦や駆逐艦)の攻撃能力に著しい不安がある。
「提督のご判断にお任せします。」
私自身は、敵が引くのにあわせてこちらも引くのが最善だと思うけれども、先日、一門15家の当主たちへの信頼を回復しようと頑張った際、艦隊への指揮に一切口をださないと断言してまわった経緯があるので、ここでは何もいわないことにする。おそらく、提督も同じ判断をしてくれるはず。

「敵巡航艦部隊、ミサイルを発射しました」
「敵巡航艦部隊、戦艦主砲の射程に入ります」
「よし、旗艦より全戦艦へ、標的にむけて主砲斉射!戦術長、対ミサイル防御はまかせた。」
現在、第1、第2戦隊の全艦2030隻の戦術コンピュータはひとつのネットワークを形成しており、旗艦の戦術長が選択した反撃のパターンの選択やタイミングに応じ、各艦の指揮官といちいち通信することなく、敵の実体弾を防御する手はずとなっている。

我々をあなどり、不用意に接近してきた敵巡航艦部隊はわが方の戦艦主砲の斉射を前に、潰滅していった。潰滅前に彼らが希望をこめて放ったミサイルも、当方にほとんどダメージを与えることなく、撃墜されていった。

ここで、第3戦隊と合流した。この戦隊には最初から所属の戦艦105隻を艦列の前方に集めさせておいた。シミュレーションでの演習どおり、10分弱で第1・第2戦隊が形成していた砲壁隊形と合流をはたす。

ほどなく、敵本隊との間でも、戦艦主砲を中心とする攻撃の応酬が始まった。敵は攻撃力が特に高い高速巡航艦部隊を失っており、わが艦隊は、余裕をもって敵の放つ実体弾をふせぎ、かつ支援艦(巡航艦・駆逐艦)は、余裕をもって砲壁隊形の背後から敵に実体弾による攻撃を加えることができた。

敵の本隊にも予想以上の大ダメージを与えたが、提督は支援艦を突入させず、敵が航行不能となった艦艇を放置して、さらに加速するのと呼吸をあわせて制動をかけ、敵と距離をあけた。追撃はしないが、ただしそのまま見逃すのではなく、十分な距離をとって追跡をかける。わが艦隊の任務は、この敵戦隊の本隊を発見することだからである。

撃破した敵艦艇の救難にあたる駆逐艦2隻をのこし、バイエルライン分艦隊に背後から追随した。

もし彼らが本隊の所在を隠蔽しようと目論んだ場合には、無用な手間と暇がかかりかねないところであるが、バイエルライン准将は、すなおに本隊と合流してくれた。

敵の本体は、ミッターマイヤー中将指揮の総計14000隻であった。

虚空に、盛大に核融合機雷を撒布しつつある……

■帝国暦488年5月12日 シュタルネンシュタウプ艦橋:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

わがロットヘルト艦隊は、予想以上の戦果をあげて、敵本隊発見の使命をはたした。被害もほとんどでず、初陣としてはこれ以上ないといっていいほどの大成功である。現在、もくろみどおり、補給と修理のため、シュターデン艦隊の最後衛にまわっている。

敵のミッターマイヤー艦隊は、核融合機雷600万個を撒布し、その後ろに球形陣を形成して動かないらしい。

■帝国暦488年5月15日 シュタルネンシュタウプ艦橋:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

両ホッツェンプロッツ家のカスパールとゼッペルから緊急通信をうけた。
彼らは、わがロットヘルト戦隊の創立時からのメンバーであるが、ヒルデスハイム一門に属する人たちである。

青ざめきった顔色である。
「うちの宗家(ヒルデスハイム伯)から召集を受けたので参上したら、そのままシュターデン提督の総司令部におもむくことになりまして、……」

敵と戦わずして、シュターデン艦隊が崩壊してしまった。
しかもそれは、わたしたちの戦隊が威力偵察の際に敵の分艦隊を撃破したことが引き起こしたものであった。

2011.2.26 第二版 領主の武官としての称号に帝国公用語wに基づくカナ書きを追加



[25619] 第11話 アルテナ星域の会戦(2) シュターデン艦隊の崩壊
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:47
■帝国暦488年5月15日 シュタルネンシュタウプ艦橋:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ゼッペル・フォン・ホッツェンプロッツは続けた。
「わたしたちが先日敵に大損害をあたえたことも、敵に対するあなどりの気持ちを増長させたようです。総司令部では、さきほどまで、うちの宗家(ヒルデスハイム伯)をはじめ、各家の当主たちが、敵との決戦に乗り出さないシュターデン提督をさんざんに罵倒しておりました。」
「司令官が、彼らをコントロールできなくなったの?」
「……コントロールどころか、もっとひどいありさまに。」
「なにがあったの?」
「うちの宗家が、各家の当主たちを煽動しまして……。勇気を失った意気地なしに従う必要などない、我らは、我らの手で栄光を勝ち取ろう!と。……」
絶句したゼッペルにかわり、カスパールが続けた。
「各家の当主たちは、自領の艦艇を召集して、あらためて私設艦隊ごと、一門ごとに動こうとしています。司令官はかれらを止めることができないでいます。」

なんと!シュターデン艦隊は、崩壊状態ではないか……。

「わが戦隊のホルシュテイン伯爵とファイアージンガー伯爵も、うちの宗家の煽動に乗り気な様子でした。どうぞ、ご注意を!」
「連絡ありがとう」

至急に手を打たねば!
クラウンシュウタイン提督をみると、うなづいてくれた。

「ロットヘルト衛都司より、全艦へ。第2隊・第3隊の各艦は、帝国暦488年4月26日盟主オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公発の命令書0003750号および帝国暦488年4月26日総司令官ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ中将発の命令書0246542号の文面を確認せよ。本戦隊の全艦には、許可なく離脱することを禁ずる。許可のない離脱を試みるものは、叛乱であり、処罰の対象とする。」

さっそく、ホルシュタイン伯ミルヒーから反応があった。

「グレーフィン!さきほどの全艦通信はなにごとか!」
「お聞きのとおり、当戦隊から勝手に離脱しようという方がもし現れた場合に、これを阻止するためのものです。」
「グレーフィン。貴女と私は、そもそも同志であって、主従ではない。グレーフィンと私は伯爵同士、身分の上下のない、同じ銀河帝国の廷臣であり、ローエングラム侯の専横に対してゴールデンバウム王朝を守護したてまつる、その目的で結ばれた仲であるはずだ。先月の26日以来、シュタルネンシュタウプの指揮に従ってきたのは、名将と評判のクラウンシュウタイン提督の作戦指導を、私が、自発的に受け入れてきたのだ。それなのに、いま、命令がましくご自分の意志を押しつけるとは、グレーフィンはなにを勘違いされたか!」
「現在は作戦行動中ですので、妾(わたし)を「グレーフィン(女伯爵,伯爵夫人)」ではなく、「都司」とお呼びびいただけますか?ホルシュタイン衛「都指揮同知」ミルヒー殿?」

私や伯の領地の軍隊(私設艦隊・地上軍)は「衛(クィナミリアQuinamilia)」というランクを与えられていて、衛の指揮官としての称号は私が「都司(都指揮使)」(クィナミリアルクQuinamiliarch)、伯が「指揮同知」(フィツァ=クィナミリアルクVizequinamiliarch)で、私のもののほうが、ちょっとランクが高い。

ブラウンシュヴァイク公の命令書は、ロットヘルト戦隊に参加している 
 ・ロットヘルト一門15家(宗家は署名順位12位、600隻)
 ・両ホッツェンプロッツ家(180隻)
 ・ミュンヒハウゼン一門20家(宗家は署名順位14位、955隻)
 ・ホルシュタイン一門24家(宗家は署名順位18位、650隻)
 ・ファイアージンガー一門12家(宗家は署名順位20位、600隻)
等の各家の当主たちに対し、「靡下の兵力を率いてロットヘルト衛の都司の下知(げち,=命令)に服すること」を命令する内容となっている。

「伯と妾(わたし)が主従ではなく同志であるというご指摘には同意いたしますが、先ほど全艦通信で内容確認をお願いした盟主からの命令書は、作戦行動中は、「都指揮同知」たるあなたに対し、「都司」たる妾(わたし)の下知に服するよう命じています。」

ホルシュタイン伯爵は、自身の乗艦の艦長からブラウンシュバイク公の命令書を示され、目を通しだした。

「その命令書は、ご一門の艦隊がシュタルネンシュタウプの指揮下に入るときまってすぐ、妾(わたし)から閣下に直接にお渡したものですよ。」

ホルシュタイン伯爵は苦々しそうに文面を読み直している。

「もう一つの、メルカッツ総司令の命令書は、いまこの戦隊に所属している2985隻の艦長たちに、「作戦行動の間、ロットヘルト衛の旗艦より直接の指揮をうけて行動する」ことを命じたものです。本来は、各艦の戦術コンピューターを、私設艦隊の組織の枠を超えたひとつのネットワークに形成するための法的根拠として発令されるものですが、もしあなたがご一門の650隻ごとこの戦隊から離脱なさろうというなら、この命令書をつかって阻止します。」
「なんだと。……」
「いま全艦隊の火器は旗艦の管制下にありますし、ご一門の艦長たちに伯爵閣下の指揮下から離れるよう命じることもいといません。」

伯爵は、いまいましげにつぶやいて、通信を切った。
「おれがこの手で武勲をたてるのを妨害しやがって!」

オナーは心中で絶句した。
シュターデン提督のもとで1月ちかく訓練し、さらにまたロットヘルト艦隊の第2戦隊の中核戦力として、敵の分艦隊相手に「欺瞞」作戦を成功させた艦隊を所有する領主が、どうしてこのレベルの認識のままでいられるのか?

■帝国暦488年5月15日 シュタルネンシュタウプ艦橋:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

分艦隊の指揮を一時的にシュテルンに委ね、旗艦シュタルネンシュタウプで総旗艦アウグスブルクを訪問することにした。

総司令部の周辺は、悲惨な有様となっていた。

ノルデン一門を除く12家の宗家は、それぞれの一門ごとに艦艇を集結させ、てんでバラバラな方向に移動しつつある。四月の中旬、ガイエスブルクの大シミュレーション・ルームで、組織と指揮の一元化の素晴らしさや有効性を妾(わたし)と語り合った何人かの当主が、シュターデン提督や分艦隊長に謝罪の通信を送りながら、自身の宗家の艦隊に追随しようとしている。

総旗艦アウグスブルクの周囲には、指揮すべき艦艇をうしなった3人の分艦隊提督たちが直属の艦艇だけをしたがえて寂しく漂っている。ノルデン提督(中将)は自身の一門18家の630隻。ブュヒャー提督(男爵)は自家の私設艦隊13隻。オイラー提督(男爵)も自家の私設艦隊8隻……。そのほかに総旗艦に従っているのは、シュターデン男爵家の私設艦隊が4隻。正規軍からシュターデン艦隊に貸与された砲艦・宙雷艇・補給艦・高速補給艦・修理艦・航宙母艦・病院船が総計約350隻……。


シュターデン提督は私たちの訪問を断り、通信で今後の方針を指示してきた。

「作戦は続行されます。艦隊を2分して敵の機雷源を迂回し、左右から敵艦隊を攻撃します。」

提督の顔は血の気が引いたままだが、気力を振り絞るように述べた。

「ヒルデスハイム伯には8000隻をお預けして、右翼部隊を率いていただくことになりました。本隊の左翼部隊を私が指揮します。グレーフィ……、都司の分艦隊には、本隊左翼部隊の後衛をご担当いただきます。」


楽して経験値をあげるはずだったのに、どんでもないことになってきたな……。


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2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更
2011.02.26 領主の武官としての称号に、帝国公用語の原語wとカナ書きを追加
2011.02.19 第二版 「シュターデン艦隊の誕生」を第7話へ移動



[25619] 第12話 アルテナ星域の会戦(3)/忠誠と信頼のゆくえ(1)
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/04/02 23:23
■帝国暦488年5月16日0120「オーディン攻略軍」右翼部隊グリューネダックス家私設艦隊旗艦ロットフックス:シニマッシェン・アイゼンプファイル

シュターデン司令官は三月の下旬以来、15人の大貴族(宗家)とその一門計250家の私設艦隊(封領艦隊)約10000 隻に対し、組織と指揮系統の一元化にとりくみ、艦隊運動の演習を繰り返してきた。領主たちと深い縁故のある連中はどうだかわからないが、正規軍から私設艦隊に出向していた士官たちは、シュターデン提督の改革をみて、生き返る心地がしたはずだ。

しかしいま、大貴族たちがヒルデスハイム伯の煽動にのったため、すべては元の木阿弥になってしまった。ノルデン中将を除く14人の大貴族たちは、一門の各家に対し、「シュターデン司令官にあずけていた私設艦隊の指揮権の回収」と「宗家の指揮に従うこと」を命じた。「オーディン攻略部隊」の五つの分艦隊のうち、シュターデン司令官が手塩にかけて訓練してきたみっつの分艦隊は完全に解体してしまった。クラインシュタイン分艦隊でも、ホルシュタイン家とファイアージンガー家が離脱を図ってさわぎを引き起こしたに違いない。(ヒルデスハイム分艦隊はもともとシュターデン改革とは無縁の部隊だ。)

いま、わが右翼部隊八〇〇〇隻の艦艇は一方向に前進してはいるが、集団としての秩序はまったく保たれていない。ヒルデスハイム伯は、この隊形を「威風堂々とした雄姿」だと思っている……。

グリューネダックス家の宗家アイエスフィルム伯は、戦闘準備を整えることをまったく命じないまま進撃を命じた。うちの男爵(グリューネダックス男爵)は、自分の艦隊が戦闘準備ができていないことに気がついていない。このまま敵に遭遇しては、一方的に破壊されるだけになってしまう。

「男爵閣下!」
「アイゼンプファイル艦長、なにか?」
「いまのグリューネダックス家私設艦隊は、まったく戦える状態にはありませんぞ。」
「いや、まことに済まぬ。しかし決死の思いで宗家に逆らって、我が家だけブュヒャー提督の指揮下にとどまったにしても、戦艦が1隻しかないわずか6隻の我が家では、なんのお役にも立てないだろうし……」
「いま申し上げているのはその件ではありません。その件については私も言いたいことがいろいろありますが、いまさら謝っていただいても意味はありません。その件ではなく、火器管制のことです」
「火器管制?」
「グリューネダックス艦隊所属の6隻の艦艇の戦術コンピュータに登録されている攻撃・防御パターンのデータは、まだ総司令部か、あるいはブヒャー分艦隊の旗艦から管制をうける設定のままです。」
「それはどういう状態なのだ?」
「いま本艦の戦術コンピュータは、属下の巡航艦と駆逐艦に射撃を命令できない、ということです。敵のミサイルが飛んできても、弾幕も張れない。」
「なぜ本艦から管制できるよう設定を変更しない?」
「それを命じるのは、領主閣下、あなたのお役目ですよ。いつまでたっても設定の変更を命じて下さらないので、いま、こうして注意を喚起してさしあげているところです。」

ヒルデスハイム伯の煽動にのった大貴族(宗家)と、宗家の指図を受け入れた領主たちは、自領の艦長たちに、シュターデン司令官が指定した分艦隊提督の指揮から離れ、ふたたび封領艦隊(私設艦隊)ごとに集結するよう命じた。その措置を撤回するべき意見を具申した艦長十数人は、容赦なく解任された。シュターデン司令官の組織改革を守るべきだという艦長を支持することを表明した領主も何人かいたが、所属する一門の宗家たちから命令・威嚇・脅迫をうけると結局、屈服してしまった。うちの男爵のように。

なまじ、シュターデン改革によって「敵とまともに戦えるという希望」を持っただけに、それが台無しになってしまった失望はとてつもなく大きい。ガイエスブルクに来る以前には持っていた、領主やその上の大貴族(宗家)たちに対する忠誠を失ってしまった者も多いだろう。私の場合は、気が弱くて人のよい男爵を見捨てきれないから、こうしてお節介を焼いているが……。

「すぐ、たのむ!」
「了解。」

それにしても、敵艦隊は14000隻いるというから、砲壁隊形の壁となる戦艦は1200隻〜1300隻ほどになるだろう。わが右翼部隊8000隻がこれに対抗するには、こちらも約850隻いる戦艦すべてを一つに組織しても、なお力不足であるのに、現実には、領主140人ごとにバラバラに分散したままだ。だから、せっかく火器管制の設定をやり直しても、本艦がコントロールするのはわずか6隻、敵と接触したとたんに一瞬で潰滅する運命にあることにはかわりがない。シュターデン改革によって生まれた統制を台無しにしたヒルデスハイム伯や、伯の煽動に乗った宗家のアイエスフィルム伯など、なんど絞め殺してやっても飽き足らない……

【全艦に火器管制データの再インストール完了しました。】

「ご苦労!……でも、これでもやっとミュンヒハウゼン家なみなんだよな……」
「ミュンヒハウゼン家なみ?」
「ひとつきほど前に実施されたロットヘルト一門とミュンヒハウゼン一門の模擬戦のデータをみたんだよ。」
「ああ、その模擬戦なら承知してます。」
ロットヘルト一門の780隻の砲壁隊形の前に、ミュンヒハウゼン一門20家の私設艦隊が並んだ順番そのまま、前から順序よく潰滅していった……。
グリューネダックス男爵も、わが艦隊の運命に気が付いているのか……。


■帝国暦488年5月16日0130「オーディン攻略軍」右翼部隊ハイドフェルト家私設艦隊戦艦デアフリンガー:ニコラウス・ロズベルク

艦長が馘首(くび)にされたので、副長の私が艦長代理になった。
ヒルデスハイム伯が宗家たちをあおり、シュターデン改革を台無しにする指示を出したことに反対の声をあげた35人の艦長を、おろかな領主たちは根こそぎ解任した。

バカ領主たちは、ロットヘルト一門の分艦隊が正規軍部隊に大打撃を与えたのをみて、自分たちの一門でもやれると思ったようだが、とんでもない認識不足だ。彼らの分艦隊の3個戦隊の一つはシュターデン司令官がみずから調練した部隊であるし、残る2個戦隊も、シュターデン改革を取り入れて組織と指揮の一元化に取り組んできた。こんな無様な隊形の、いまの我々の部隊とはまったく異なるシロモノだ!

バカ領主たちと個人的に御恩と奉公の関係を結んでいる連中はともかく、軍務省の辞令にしたがってたまたま後方に配属されただけのおれたちのような立場の者が、バカ貴族やアホ領主の提督ごっこに付き合って犬死せねばならない理由はひとつもない。

本艦の直前をすすむ旗艦のメインノズルに主砲をぶちこんで、伯爵閣下を吹き飛ばしてやったら、どんなに清々するだろう。


■帝国暦488年5月16日0325 「オーディン攻略軍」右翼部隊ブットシュテット家私設艦隊旗艦アリアドネ艦橋:ベネディクト・フォン・ブットシュテット  

先頭部隊が一瞬で潰滅した!
敵が接近してくる!!
オペレーターが報告する。
【敵、戦艦主砲の射程に入ります】
命令をくださねばならない。
「全艦、攻撃開始!」
ところが、わが艦隊はちっとも攻撃をはじめようとしない。
艦長が、不快な目つきでこちらを睨(にら)んでいる。
「どうした、なぜ攻撃しない!」
艦長が、戦術モニターを指さした。
アルファベット、数字が小さく添付された暖色と寒色の様々な図形がチラチラと動いている。どうも敵艦や味方艦の種類を表しているらしい。
艦長はモニターを指さしながら、嫌みったらしい口調で質問してきた。
「どの目標を攻撃しますか?どの種類の火器を使用しますか?どれだけの量を、どんなパターンで発射しますか?」
「……な、なんだ!その反抗的な態度は!」
「いえ、反抗などとはとんでもない。閣下はシュターデン司令官を臆病者よばわりなさるほどの大戦術家。私は閣下の命令に忠実にしたがいますよ。どうぞ、ご命令を。」
【敵ミサイル、接近】
「げ、迎撃しろ!」
「現在、当家の各艦は、旗艦の火器管制下にありません。一艦一艦ごと、迎撃に用いる火器の種類・量・パターンを指示してやる必要があります。」
「な……!」
「どうぞ、ご命令を。」

何か大きな音がして、強い風がいきなりわき起こる。艦橋に大穴があいた。
それっきり何もわからなくなった。

■帝国暦488年5月16日1430 「オーディン攻略軍」左翼部隊クラインシュタイン分艦隊旗艦シュタルネンシュタウプ艦橋:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

【総司令部より通信。先鋒部隊よりの報告。敵球形陣はダミーによる偽装、敵影無し。右翼部隊の形跡もなし。】

敵が戦わずして逃げたのであれば、敵球形陣のダミーの向こうに味方の右翼部隊も到着していなければおかしい。

【輸送艦隊旗艦プリシラより暗号通信、「O,T,L」。繰り返します、「O,T,L」】。
「敵の攻撃を受く、降伏す」の意味だ!
質量の大きい輸送艦は加速性能が低く、軍艦の艦隊行動に対応できないので、進行方向の後方に配置してあった。
クラインシュタイン提督が命令を発した。
「総司令部に通信!「後方より敵、輸送戦隊は降伏」と。」
そして私に問いかけてきた。
「都司、壁になりましょう。」
私はうなづくしかない。わが艦隊に楽して経験値をかせがせるため緒戦で威力偵察にいそしみ、うまうまと後衛の位置を獲得したのだが、ことここにいたっては総司令部や前衛部隊に対応するための時間をつくってやれるよう、全力をあげて壁の役割をはたすしかない。

この瞬間まで、艦隊の戦艦はペンのキャップのような形状で艦隊の先頭に位置していたが、提督の指令により、ペンのキャップの最先端に配置されていた諸艦が中央に空洞をあけ、全体としてはチクワ状に変形した。ついで、ペンの本体にあたる位置に配置されていた支援艦(巡航艦・駆逐艦)にチクワの空洞内を通り抜けさせた。支援艦の最後尾がチクワの中にはいると、チクワの最後尾の穴の部分をふさぎ、ペンのキャップを後ろにむけた形状ができあがる。最後に全艦を90度回頭させた。これにより進行方向にメインノズルを向け、後方からの敵襲にそなえるための砲壁隊形が成立した。

さらに提督はメインエンジンの噴射を命じた。
これにより、クラインシュタイン分艦隊は、従来どおりの速度で移動しつづける総司令部・前衛部隊から急速にはなれ、後方から迫ってくる敵艦隊との距離は急接近することになる。

■帝国暦488年5月16日1450 ミッターマイヤー艦隊旗艦ベイオウルフ:ヴォルフガング・ミッターマイヤー

敵後衛部隊はわずか20分で後方からの攻撃にそなえた砲壁隊形を作り上げ、急制動をかけて我が艦隊に接近してくる。みごとな艦隊運動だ。威力偵察に出したバイエルラインの分艦隊を手玉にとったのと同じ部隊だろう。10時間前に接触した敵の右翼部隊とは雲泥の差だ。ただし約3000隻の規模しかないから、真っ向から対峙すれば圧倒できるだろう。しかし敵の中央部隊・前衛部隊に逃げる隙を与えるのは面白くない。

「バイエルライン、ドロイゼンに連絡。敵後衛部隊を任せる。本隊は敵中央部隊・前衛部隊を追跡する。」


■帝国暦488年5月16日1500 シュタルネンシュタウプ艦橋:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

敵艦隊は、私たちにあわせて速度を落とすことはしなかった。
6000隻が本隊から分離し、我が艦隊の右舷後方から攻撃してきた。
敵の本隊8000隻は、この6000隻の向こうを、さらに高速で移動し、私たちの艦隊を追い抜いていく。私たちに無防備な側面をさらしているが、6000隻からの攻撃に対応するのが精いっぱいで、つけいる隙はほとんどない。

敵の分艦隊は、やがて我が分艦隊と並走しながら、右方より攻撃してくるようになった。敵の数はわが分艦隊の倍をかぞえるが、総司令部が一個艦隊分の砲艦・宙雷艇をほぼまるごと預けてくれたおかげで、かろうじて打ち崩されずにすんでいる。

やがて、前方に暗礁宙域があらわれてきた。わが左翼部隊前衛のなれの果てだ。救難信号を発したり、戦闘データを送信してくる艦もある。

わが艦隊がこの暗礁を左方に避けると、敵の分艦隊は右方にこれを避け、やがて敵本隊を追うように、暗礁の上方を飛びすぎて行った。この間、敵分艦隊と撃ち合うこと、約25分。

■帝国暦488年5月16日 1520 ベイオウルフ艦橋:ヴォルフガング・ミッターマイヤー

敵の「中央部隊・前衛部隊」は、最後尾の約1000隻をのぞき、すべて例の「観艦式スタイル」の陣形で行進していた。我々の出現に気づくと、個々の艦ごとに勝手に回避行動をはじめたらしく、あちこちで僚艦との衝突事故を起こしだす。こちらからの主砲2斉射に、ろくな抵抗もみせず、一瞬のうちに潰滅する。

最後尾の約1000隻は統制がとれていて、我々が射程にとらえるまでのわずかな時間で砲壁隊形を整えたので、追い抜きざまの一撃では潰滅させることはできなかった。敵左翼部隊では、後衛部隊とあわせ、約半数が我々の奇襲に耐えたことになる。

ただし残存勢力はすでに最大でも4000隻。真っ向勝負でも、余裕で優位にたてる。

■帝国暦488年5月16日 1550 ベイオウルフ艦橋:ヴォルフガング・ミッターマイヤー

高速移動をすると、速度をおとすにはその分時間がかかる。
ここでようやく反転開始。
バイエルライン・ドロイゼンの分艦隊とも合流しつつ、敵の「前衛部隊」を潰滅させた旧戦場域をめざす。

■帝国暦488年5月16日1600 シュタルネンシュタウプ艦橋:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ノルデン一門の奮戦により、総司令部はまだ健在であった。
シュターデン提督が通信してきた。
「わが艦隊は12000隻を失ってしまいました。オーディン奪還をはたすことは、非常に難しくなりました。もはや、作戦は失敗したと判断せざるをえません。残存部隊にガイエスブルクへの帰還を命じます。」
「ミッターマイヤー艦隊は、反転して、すぐに追跡をかけてくるでしょうな」
「はい、ただちに撤退を開始せねばなりません。」
総司令部の約1000隻弱と、クラインシュタイン分艦隊に属していた3個戦隊は、それぞれ別々の方向へむけてこの宙域をはなれることになった。

■帝国暦488年5月16日 1620 ベイオウルフ艦橋:ヴォルフガング・ミッターマイヤー

敵残存部隊は抵抗をあきらめ、4隊に分散してアテルナ星域からの離脱をはかっている。
かれらにつきあってこちらも艦隊を分散し、彼らに追撃をかけてわずかな戦果を加算することに戦略的意味はない。
この宙域で、機雷の回収と敵生存者の救出にあたりながら、ローエングラム侯の到着を待つことにする。

*********
2011.2.21 第三版 「ミッターマイヤー視点」を追加
2011.2.21 第二版 「ニコラウス・ロズベルク艦長代理の独白」を追加
2011.2.20 初版投稿



[25619] 第13話 忠誠と信頼のゆくえ(2)
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/04 23:58
■帝国暦488年5月16日 2000 ベイオウルフ艦橋:ヴォルフガング・ミッターマイヤー

我々が撃破した敵艦12,000隻のうち、生存者ゼロの「撃沈」は1,000隻強にとどまり、大破が約6,000隻、自力航行が可能な中破以下の損傷を受けたものは約3,500隻。最大戦速で航行可能な小破・微損にとどまったものは約1,500隻で、そのうち 500隻ほどはまったくの無傷である。

とくに興味深いのは旧右翼部隊で、戦闘開始直後に動力を停止して降伏を表明してきた艦が2,400隻以上もあった。その中には領主の命令で私設艦隊が丸ごと降伏したものが14例(420隻)もある。140家の領主に所属する8,000隻で構成されていた部隊でのこの数は尋常ではない。

ローエングラム陣営では、開戦前から、貴族連合軍に動員された平民出身の兵士・下士官の不満や反発、戦意の低さなどが予想されていたが、シュターデン艦隊では、それだけでは説明できない事態が進行していたとおもわれる。

********
捕虜たちへの尋問をさっそく開始した。

われわれと対峙した際の手応えから、貴族連合の私設艦隊は、まともに艦隊行動がとれるものが4分の1、のこる4分の3は烏合の衆という比率だと推測したが、捕虜たちは、自分たちへの観察にもとづいてこの種の比率を推測するのはまったく誤りだと主張しているらしい。

シュターデンが率いてきた16,000隻のうち、ヒルデスハイム分艦隊3,000隻と正規軍から貸与された補助艦1,000隻弱をのぞく1万2000隻は、私設艦隊10万隻の中でも最精鋭の部隊だったという。

その「最精鋭」がなぜあのようにもろかったのだろうか。


■ 帝国暦488年5月16日 2220 ベイオウルフ艦橋:シニマッシェン・アイゼンプファイル

うちの男爵(グリューネダックス男爵)といっしょに、ミッターマイヤー提督によびだされた。

「グリューネダックス家は、我々が右翼部隊の先鋒を撃破した直後、全艦の動力を停止し、降伏を表明された。これをきっかけに2,394隻が閣下に続いて降伏を表明しました。閣下のほかにも、私設艦隊ごと降伏表明をした領主が13人もおられる。どのような事情があったのか、教えてはいただけまいか?」

私自身にはガイエスブルクの大貴族たちや、連中が掲げる目標などにひとかけらの忠誠心もないので、自分の知識や思いを洗いざらい話すことに良心の痛みは一ミリたりとも感じないが、ミッターマイヤー提督の問いには、男爵の心情や決断に関する情報も含まれている。確認のため、男爵の顔をみると、肯定のうなづきを返してくれた。

「私から申し上げます。ひとことでいうと、大貴族と領主たちがシュターデン司令官に反乱を起こして艦隊を崩壊させ、我々は士気(モラール)が崩壊した、ということです。」
「反乱、崩壊とは?それに「我々」とは?」
「…「我々」とは、「シュターデン改革」に希望を託していた者たちです。航宙艦同士の戦争について一定の見識をもつ全ての人々。正規軍から私設艦隊に出向していた士官たちのすべて。それ以外の士官の大多数。うちの閣下のような、領主さまがたの一部も含みます。」
「…「シュターデン改革」?」

最初から順に説明したほうがはやいかも。

「ガイエスブルクへの参加がきまって、うちの閣下は、私に、旗艦の操艦だけでなく全艦隊の指揮も預けるといって下さいました。しかし6隻ぽっちお預かりしても数万隻同士の戦いの中では何もできませんから、先行きに不安を感じていたところ、シュターデン司令官とノルデン提督が諸家の私設艦隊をひとつの強力な艦隊に統合しようと呼びかけておられるのに接しました。
うちの閣下も宗家のアイエスフィルム伯にお薦めになり、一門での参加が決まりました。結局、ノルデン家をはじめとする大貴族15人とその一門250家の私設艦隊10,000隻が組織と指揮系統を一元化して、シュターデン提督のもとで猛訓練をはじめました。」

ミッターマイヤー提督は続きをうながす。

「わが軍のロットヘルト分艦隊が提督の先鋒部隊に大打撃を与えたと聞いて、我々の士気は最高潮に達しました。この分艦隊の3個戦隊のうち、ひとつはシュターデン司令官のもとで訓練されてきた部隊ですが、のこるふたつは、4月の半ばになってから遅れて「シュターデン改革」に着手した、やや練度が劣る部隊です。彼らでさえここまでやれるなら、我々ならもっと善く戦えるだろう!…と。」

「そこに「反乱」が起きた?」
「はい。ロットヘルト一門の勝利をみて、大貴族(宗家)たちは、自分たちも一門を率いて戦いたくなったようです。シュターデン司令官が戦機を測っておられるのを、「臆病だ」「消極的だ」「優柔不断だ」と難癖を付け、ついにはヒルデスハイム伯の煽りにのって、一門の各家に、シュターデン司令官の指揮下をはなれて、自分たちに従うよう命じました。」

「それで、卿らは言われるがまま、それに従ったのか?」
「勇気ある艦長たちが35名、連名で反対意見を表明したところ、容赦なく解任され、私たちも口をつぐまざるを得なくなりました。」
「…「反対意見の表明」というやり方でなく、指揮系統の外からの指図には従わない、と言った者はなかったのか?」
グリューネダックス男爵が横から答えた。
「アイゼンプファイル艦長も連名に加わろうとしたのですが、当家艦隊の名目上の指揮官は私ですから、うちの宗家のアイエスフィルム伯にもの申すのは私の役割だとおもい、艦長には差し控えてもらいました。結局、宗家には押し切られてしまいましたが……」

「閣下、私がいまうかがいたいのは「指揮系統」の問題についてです。艦長は「シュターデン改革」について、組織と指揮系統の一元化だと説明しました。腑に落ちないのは、司令官に指揮系統が一元化されたのなら、なぜ司令官に背けという大貴族の指図に皆が従ったのか。なぜ司令官は大貴族ではなく自分に従えと命令しなかったのか、という点です。軍律では、領主の私設艦隊が動員される場合でも、軍務省と宇宙艦隊司令部からそれぞれ命令をうけて、指揮官の命令権が確立されることになっているはずです。」

いわれてみると、たしかにそんな条項があったような気がするが、3月以来、軍務尚書と宇宙艦隊司令長官の地位はローエングラム侯のものとなっており、ガイエスブルクのシュターデン提督には、そんな命令は出してくれないだろう。

うちの閣下がこたえた。
「そういえば、シュターデン司令官と話題にしたことがあります。ロットヘルト家のグレーフィンが、軍務省と宇宙艦隊司令部のかわりに、盟主とメルカッツ総司令にご一門宛の命令書をだすよう動きまわっておられたことについて。司令官は、「自分は貴族諸賢の英明を信じる」とおっしゃっておられた……。」

「つまり、諸家の艦艇に対するシュターデン司令官の指揮権は、諸家が自発的に委ねたもので、諸家が引き上げを決意したなら、司令官はそれを拒むことができなかったと?」

「はい、私自身の心象も、そのような感じですね。自分の領地の艦隊を自分の手で自ら率いることができないのは少々寂しいけれど、勝利のために、すぐれた能力のある司令官に預けるのだ、と考えていました。」



[25619] 第14話 忠誠と信頼のゆくえ(3)
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/04/25 00:55
■帝国暦488年5月16日2240 ベイオウルフ艦橋:シニマッシェン・アイゼンプファイル

男爵は続けた。
「私のような末流の領主は、「氏の長者(ウジノチョウジャ)」である宗家に対しては、意見をいうのが精一杯で、宗家が決断した指示、命令には逆らえません。結局、私は、一門の兵力を自ら率いたいという宗家のご意志をひるがえすことはできませんでした。」

ミッターマイヤー提督は私に問うた。
「そういうことなら、さきほどアイゼンプファイル艦長が「大貴族による司令官に対する叛乱によって艦隊が崩壊した」といったのは…」
「正確には法的なものではなく、文学的な比喩、ということになります。ブュヒャー提督の分艦隊に預けてあった当家の巡航艦2隻、駆逐艦3隻を呼び戻す指示をだしたのは、私自身です。」
「男爵閣下の命令で?」
「はい。…いえ、言葉として具体的におっしゃったわけではありませんが、宗家が閣下との通信を打ち切ったあと、男爵閣下は私に「すまない、頼む」とおっしり、後は私が……。」

「それで、卿らの士気(モラール)が崩壊した、と。」
「はい。必勝の体制が、バカな大貴族とおろかな領主たちの見栄で、潰滅必至の分列行進に変わってしまって、もうテンションはだだ下がりです。」

ミッターマイヤー提督はさらに問うた。
「大貴族(宗家)たちが自分の一門の戦力を自ら率いたがったのはわかりましたが、あのような陣形はなんだったのでしょう?」
男爵が応えた。
「私設艦隊が付属する先祖伝来の領地を持つ貴族には「一旦緩急アラバ義勇公ニ奉ジ、以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ(ひとたび有事の際には、正義と勇気を公(おおやけ)にささげて、天と大地とともに永遠の帝室の御稜威を支えねばならない)」という理想があります。簡単にいいますと、貴族は帝国の支配を担うという使命を帯びて領地と付属の軍隊を与えられているのであるから、いったん事が起きた場合には、自らその軍隊を率いる義務と責任がある、ということです。ですから、領主は自家の私設艦隊を率い、大貴族(宗家)は一門各家を率いて戦争に臨むというのが、大貴族または領主としての義務であり、責任であり、理想であるわけです。」
提督はさらに問うた。
「しかし、あれでは、自分から各個撃破してくれと言わんばかりでしょう?大貴族たちはあれが我々に通用すると思っていたのですか?」
男爵はこたえた。
「組織と指揮の一元化の重要性については、私も、折に触れて宗家(アイエスフィルム伯)にお伝えして、十分にご理解いただいているとばかりおもっていたのですが……。」
「宗家の決断があきらかに間違いだとわかっていても、一門の諸家は従わなくてはならないのですか?」
「はい。末流のものたちは自身の宗家が正しい判断に至るよう導くのが役目、宗家がいったん決断をくだしたら、全力で支えるというのが普通のありかたです。」
「貴族というのは、そのようなものなのですか?」
「ああ、提督は平民のご出身でいらっしゃいましたな……。そのとおりです。自分の宗家に逆らい、一門に背くような者を、他の一門に属している人々はどうして人として信頼できましょう。」
男爵はつづけた。
「そちらの陣営には、トゥルナイゼン一門の宗家の若君がいらっしゃるはず。軍の幼年学校でローエングラム侯と同期となり、侯に心酔するようになった方だと聞いています。あのご一門にも、ローエングラム侯を成り上がり者と軽蔑し、リヒテンラーデ公を己の地位のために成り上がり者と組む権力の亡者だと考えるような方々が何人もあったはずですが、結局、ご一門をあげて若君に従い、リップシュタット盟約にはひとりも参加なさらなかった。」
「なるほど。」ミッターマイヤー提督は考え込む様子でうなづいた。やがて話題を変えて問うた。
「もうひとつうかがいたいのは、ご当家が所属していた右翼部隊で大量の降伏がでた理由です。2,400隻といえば全体の3分の1にせまります。艦隊ごと降伏することを決断された領主が グリューネダックス家をはじめ14家、全体の一割にも達します。一方で、左翼部隊ではいずれもゼロです。この理由はなんでしょう?」
この質問には、まず私から答えることにする。
「それは、指揮官が、ヒルデスハイム伯か、シュターデン司令官か、の違いでしょう。我々を「各個撃破の標的」におとしめた張本人と、我々を勝利に導いてくれたかもしれなかったお気の毒な方と。」
「グリューネダックス家がもし左翼部隊に属していたら、どうしていましたか?」
降伏の決断は男爵閣下が行った。私は、どうせ犬死であっても、男爵閣下が預けてくれた6隻を精一杯あやつって敵に立ち向かう覚悟だった。この問いは、私には答えられない。男爵に視線を向けると、男爵は私にうなづいたあと、提督の問いに答えた。
「我々がシュターデン司令官とともにあったら、降伏はありえませんでした。司令官のそばでともに亡びる覚悟をしていたかと思います。」

男爵の回答を聞き、ミッターマイヤー提督はしばらく何か迷う風だったが、やがて我々に告げた。
「左翼部隊では、半数が迅速な艦隊運動をみせて我々の奇襲攻撃をしのいだ後、決戦をさけてそのままアルテナ星域から離脱しています。我々が破壊した艦の中にも鹵獲(ろかく)した艦のなかにもアウグスブルクは見あたりません。我々はシュターデン司令官を取り逃がしたと考えています。」
司令官は健在だ!
思わず、安堵の笑みがこぼれた。男爵閣下も同様のようだ。

提督は軍機にあたる情報を漏らしてくれた。心遣いがありがたかった。

やがてミッターマイヤー提督が尋問を再開した。
「グリューネダックス家の降伏はどのように決断され、実行されたのですか?」
男爵が答えた。
「降伏は、「グリューネダックス百戸(ケントゥリア)」の「総旗(ケントゥリアルク)」である私が決め、全艦に命令しました。」
「艦長と相談しましたか?」
「いえ。ヒルデスハイム伯の全艦隊放送が断絶した直後に、私一人で決断しました。」

ヒルデスハイム伯は、右翼部隊の先頭に自身の一門の艦隊を配置し、さらに旗艦を先頭にたてて行進した。そして右翼部隊の士気高揚のつもりか、全艦隊通信をもちいて、ローエングラム侯や、この先に待ちかまえているミッターマイヤー提督を罵倒する大演説を中継させた。それを聞かされる私は、逆に気が滅入り、ヒルデスハイム伯やアイエスフィルム伯への腹立ちが一層かきたてられていた。
ミッターマイヤー艦隊は、偽装の球形陣を目指して機雷原の右方を進行していた我々の右方に不意に出現し、真っ先にヒルデスハイム伯の乗艦を吹き飛ばした。
伯の演説が爆発音とともに中断したとき、真っ先に脳裏にうかんだのは、「ざまあみろ」というどす黒い喜びだった。どうやって敵に対応すべきか、ということよりも……。

「先頭部隊が交戦を開始してから、当家の艦隊と提督の部隊とが射程距離に入るまでの時間は、6,7分程度だったでしょうか。艦長はむろん、宗家とも、他の領主とも相談や議論をするような時間はありませんでした。」
「降伏について、閣下は戦闘前から考えておられたのかですか?」
「はい。宗家たちがヒルデスハイム伯の煽動にのって艦隊が解体していらい、私は無念さや自分の力のいたらなさをくよくよと噛みしめるだけでしたが、艦長は専業の軍人として、自分の与えられた環境で最善の成果をあげるべく、全力をつくしていました。艦長から艦隊の「火器管制」について不備の指摘をうけて、機会をみて降伏しよう、ときめました。」
「火器管制の不備とは?」
「軍艦のシステムのことはよく知らないのですが、当家の旗艦と5隻の属艦は、総司令部かブュヒャー提督からの指揮を受ける設定のままになっていて、旗艦から管制する設定には切り替えられていなかったそうです。」男爵は続けた。「艦長は、我が家の代々の家臣ではなく、数年の任期で正規軍から出向してきた人です。そのような彼が、あっけなく粉砕されてしまうのが確実であるにもかかわらず、6隻の力を最大限ひきだして、精一杯たたかう準備を整えてくれている。艦に乗り組んでいる領民の下士官・兵士たちのこともありますが、この人を犬死にさせまい、と決めたのです。」
「そうでしたか……。」
「他の方々が降伏を決断した心情は正確にはわかりませんが、司令官への申し訳なさ、ヒルデスハイム伯や宗家がたへの怒りがあったことは間違いないと思います。もしシュターデン司令官の指揮のもと万全の体制で戦うことができていたら、皆は死にものぐるいで力つきるまで戦ったでしょう。無傷のまま戦うまえに降伏を表明する者など、一人もでなかったことは間違いありません。」


**********
2011.02.26 第二版 グリューネダックス男爵の武官としての称号に、帝国公用語wに基づくカナガキを追加



[25619] 第15話 新たなる責務
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/04 23:59
■帝国暦488年5月10日 ハ―ゼンクレバー家私設艦隊旗艦マルクグラ―フ:エッケハルト・フォン・ハ―ゼンクレバー

なんの因果か、「成り上がりの金髪の孺子」めを激しく憎む私が、孺子の陣営の一員として戦うはめになろうとは。

リップシュタット盟約への参加をめぐって一門が集まったとき、若君さまは孺子についてこうお述べになられた。

「…あの方にお味方して勝ったとしても、加増や昇進があるとは限りません。むしろ何の厚遇も受けないどころか、激しく冷遇されることも十分にありえます。あの方について、貴族諸卿は『帝室の藩屏たる貴族』というものに何らの価値も認めておられないに違いないと噂していることは、まったく正しい。私は、あの方ご自身の口から、そのようなご主旨の言葉をじかに聞いているので、間違いありません。
にもかかわらず、私はあえて皆さまがたに、けっして盟約には加わらぬように、あの方の側につくように、強く求めます。
なぜならば、あの方は、正規軍の中でももっとも良く訓練された精鋭中の精鋭を、提督の中でも選りすぐりの方々に率いさせているからです。私が今お仕えしているケンプ提督も、そのような提督のひとりです。そして一方で、対する貴族連合軍は、どれだけ数をあつめようとも単なる烏合の衆にしかなることができないからです。
私は幼年学校で学び、正規軍で任務にあたるなかで、このことをつくづくと実感してきました。この点は、皆さまがたには特に強く強調しておきたい。私がひとりだけであの方へ奔(はし)らずに、皆にも従ってくれるよう求めるのは、一門の宗主として、皆さまがたが滅びの道を選んでしまうことを見のがすのに忍びないからです。」

宗家をはじめとする我ら一門の所領は、ガイエスブルクの近傍に位置している。
3月の中旬から下旬にかけて、盟約に署名した貴族たちがオーディンを脱出してガイエスブルクに集結し始めると、若君さまは、もったいなくも孺子に頭をお下げになり、われら一門が兵を率いて領地にもどることを許すようお頼みになった。しかし若君さまご本人は、孺子の命令で、ケンプ提督やらの部下として、そのまま孺子の本隊とともに出撃なさった。

孺子は若君さまを連れ去っておきながら、ガイエスブルクに備えるための援軍を送ってくることはなかった。ただ宗家の旗艦バルトフライヘルだけが、探知衛星などの機材を積んだ輸送船とともに戻ってきただけだった。

バルトフライヘルのヴィルヘルム・シュトフ艦長は、若君さまから命じられたと称して、一門の諸侯に対し、全艦の指揮を自分にゆだねるよう主張した。

このシュトフ艦長なるものは、大佐の階級を名乗っているが、もともとは、若君さまが軍の幼年学校にあがられる際に、従者としてつけられた身分低き領民にすぎない者である。シュトフ艦長は、そんな分際ごときで、私をはじめとする一門の諸候に対し、領主としての義務と責任、誇りをないがしろにすることを要求する大変に不快な要求を行ってきた。まことに増長の極みである。

シュトフ艦長の指図に私が従っているのは、彼が我々に提示した「金髪の孺子」名義の命令書のためではない。

若君さまは、シュトフ艦長に持たせた書簡で、あらためて我らに懇切丁寧に依頼をなさり、なによりも、ご先代さまが、「イザークの指図に従ってくれ」とわれらに頭をお下げになられて懇願なさったからである。そのご先代さまは、いまシュトフ艦長とともにバルトフライヘルの艦橋にあられる。

一門の各艦の艦長たちは、司令官シュトフ艦長の作戦や指示・命令を聞くと、不思議なことに一気に高揚し、生き生きとして戦闘準備に取り組みだした。そして、ガイエスブルクから我々を「懲罰する」と称して攻めよせてきた1,000隻の艦隊(指揮官:シュヴェッペンブルク子爵)を、正面からの砲撃の応酬によりあっけなく打ち破った。

そしていま、ガイエスブルクからふたたび来寇した2,000隻(指揮官:マントイフェル伯爵)を迎え撃とうとしている。

わが一門の4倍の勢力であるのに、司令官シュトフ艦長も、わがマルクグラ―フのジンダーマン艦長も、まったく恐れる様子がない。シュトフ艦長は、全艦隊通信を使って、無礼にも「あいつら、とことんマヌケだ」と批評した後、奇襲攻撃のために岩礁宙域や衛星の背後などに潜ませていた艦艇に集結するよう指示を下し、正面攻撃でむかえうとうとしている。

3月の下旬、オーディンで若君さまのことばを聞いた時は、私は「金髪の孺子」を買いかぶりすぎだ、ご心酔のあまりたぶらかされてしまった、と疑ったが、いまではその判断は間違いだったのではないかと考えている……。


■帝国暦488年5月20日 ガイエスブルク要塞:

シュターデン率いる「オーディン攻略軍」が進発してからほどなく、退屈した大貴族の一部が、門閥大貴族の一員であるにもかかわらず、ローエングラム侯につく意思をはっきりと示したトゥルナイゼン親子とその一門に対し、「懲罰」を加え、血祭りにあげよう、と主張しだした。

メルカッツ総司令官は、戦略的に意味のない兵力の分散・消耗だとして彼らをたしなめたが、彼らは盟主ブラウンシュヴァイク公に掛け合って出兵の許可を取り付け、リップシュタット盟約の署名順位7位のヴィトゲンシュタイン一門を中心とする計1,000隻の艦隊が出撃することとなった。

トゥルナイゼン一門の勢力は総力をあげてもわずかに500隻強。勝利は確実と思われたが、四月末、トゥルナイゼン家懲罰部隊からの交信が突然断絶した。5月初頭に入り、第一陣は一隻のこらず完全に撃破されたという消息が伝わってきた。

逆上したヴィトゲンシュタイン侯爵は、5月中旬、さらに2,000隻からなる第二陣を派遣したが、なんとこの戦隊もほぼ完全に撃破されてしまい、一隻ももどらなかった。


逆上した貴族たちが、さらに大規模な第三陣を派遣する準備にとりかかったその時、シュターデンの「オーディン攻略軍」の壊滅が伝わってきた。

ガイエスブルクは震撼した。

■帝国暦488年5月30日 レンテンベルク要塞 ロットヘルト戦隊旗艦シュタルネンシュタウプ:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

「オーディン攻略部隊」の残存部隊4,000隻は、四隊に分散し、それぞれみっつの拠点(マリエンベルク・エルヴィング・レンテンベルク)を目指してアルテナ星域を離脱した。

第1戦隊(ロットヘルト一門を中心とする1,000隻)、第3戦隊(ミュンヒハウゼン一門を中心とする1,000隻)は、5月20日、それぞれのルートをたどって第三の拠点レンテンベルク要塞にたどりついた。ついで29日には第2戦隊(ホルシュテインとファイアージンガーの一門を中心とする1000隻)が、本日30日には総司令部とノルデン一門が、それぞれ2個戦隊あまりの正規軍部隊とともに、ひどい有様でレンテンベルクに逃げ込んできた。

総司令部とノルデン一門が目指した第一の拠点マリエンベルク、第2戦隊が目指した第二の拠点エルヴィングは、彼らが到着してほどなくローエングラム軍本隊の襲撃を受け、旧「オーディン攻略部隊」は、修理はむろん補給も充分には受けられないまま脱出するはめになったという。逃避行のさなか総旗艦アウグスブルクは被弾し、シュターデン司令官は危篤状態でレンテンベルクにたどり着いた。

レンテンベルクは10,000隻強の駐留艦隊を有し、イゼルローン・ガイエスブルクにつぐ帝国第三の規模を有する要塞である。司令官は正規軍のエアハルト・ラウス将軍。戦力をテコ入れするため、オフレッサー上級大将が帝国最強の陸戦隊・装甲擲弾兵とともに進駐してきている。

ローエングラム軍の来襲が迫っていることは確実であり、破損した艦艇をここで修理することは、危険である。いったんメンテナンスに入ったら、破損の程度に関係なく戦力には数えることができないし、要塞に危機がせまっても脱出もできないためである。

「オーディン攻略軍」とマリエンベルク、エルヴィングの残存部隊は、気密や動力など航行に関する最低限の補修を行ったのち一気にガイエスブルクまで退却し、そちらでじっくりと修理に取り組むことになった。

ノルデン提督と一門は、シュターデン司令官を警護したいといって、レンネンベルクに残ることになった。大貴族(宗家)たちの「叛乱」に心が折れてしまったのかもしれない。

■帝国暦488年6月1日 ロットヘルト戦隊旗艦シュタルネンシュタウプ:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ホルシュテイン伯ミルヒ―には、どうしても訪ねてみたいことがあったので、オーディンへの途上に尋ねてみた。

まずは、アルテナ会戦の際に指揮権問題でもめた件について、こちらから頭を下げておく。
「伯爵閣下、先日は無理にお引き留めしまして…」
「いや、そのおかげで私と一門は命拾いしたようなものです。司令官にもお詫びしたい……」
これに対して増長するようなら、この人ほんとにアホだと判断せざるをえないところだったが、そんなことはなかった。そこでさっそく本題にとりかかる。
「妾(わたし)が不思議なのは、閣下もふくめ、宗家の皆さま方がヒルデスハイム伯の扇動に従われたという点です。ご自分たちの艦隊が、3月以来、シュターデン司令官のもとで猛訓練をつみ、実績を上げたのをご覧になっていながら、不思議でなりません。」
「私が司令官とノルデン提督の呼びかけに一門を参加させようと思ったのは、単に、ずっと後方にあって実戦経験がなく、最大でも100隻単位の艦隊行動の経験しかないような一門の艦隊を、鍛えていただこうという考えでした。」
「組織と指揮の一元化の意味や意義については……。」
「あの時点ではわかっておりませんでした。グレーフィンのご一門とともに敵の分艦隊に大損害を与えることができたので、わが一門の艦隊は十分に訓練ができたのだ、と考えました。……」

私を含む旧ロットヘルト分艦隊の宗家4人でシュターデン司令官を病室に見舞った際、ノルデン提督は私たちに告げた。
「組織と指揮の一元化ができないようでは、わが陣営は終わりです。皆さまが実践されたこと、ご覧になったことをぜひ、教訓として、ガイエスブルクにしっかりと伝えていただきたい。それが司令官の無念を晴らすことでもあります」と。

「ノルデン提督からは、わが陣営の今後を託されてしまいましたね……。」
「はい。たいへんな重責です。」


ガイエスブルクに連れてきた領民(=兵士)と領地で暮らす領民たち15家(+2家)分について、どうやってなるべく被害少なくこの内戦を切り抜けさせるか、という点だけ考えていたいのに、「貴族連合の命運」まで背負わされたよ……。


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2011.02.28 初版



[25619] 第16話 量子宇宙のさすらいびとたち/私設艦隊と貴族の誇り(2)
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 00:02
以下は、ちょっと時間をさかのぼります。
4月20日の未明、元帥府まで呼び出されてラインハルトから尋問を受けたのち、ずうずうしいお願いをした(第8話)エ―リケ君のその後です。
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■帝国暦488年4月20日オーディン憲兵隊 総監室 : エーリケ・フォン・ロットヘルト

夜が明けたので、朝一番でさっそく憲兵隊本部にでむく。
受け付けで、総監に会いたいと主張し、ローエングラム侯の「親書」を見せたら、元帥府に照会して、本物だとみとめてもらえて、総監室まで通してもらえた。
侯の親書には、発令者(侯の署名)、発令対象(ウルリッヒ・ケスラー総監)、日付のほかには「この者の望みを叶え、10万125マルクを与ふべし」という一行しか書かれていなかったため、ケスラー総監には、未明にローエングラム侯に話したことをもう一度はなした。
「新しい名前はどんなものがいいかね?」
「では【エリック・レッドヒーロー】としてください。」
「その名は、平民というよりは、農奴風の響きがあるぞ?」
「かまいません。それでお願いします。」

「証人保護プログラム」の枠組みをつかって、新しい身分と経歴を作ってもらい、10万125マルクの残高がある「エリック・レッドヒーロー」名義の預金通帳をもらった。
オーディンの西南に広がる下町に、狭いけど安い部屋を一つ借りた。

これで自分自身のあたらしい人生のための準備はととのったが、まだ後始末がある。
ロットヘルト総督府と、そこに務める人たちの身の振り方。
ケスラー総監は、とりあえず内戦が継続している間は、大貴族の邸や敷地を接収することはなく、使用人たちを追い出すことはしない点を確認してくれたが、その後はどうなるかわからない。

きょう未明、ローエングラム侯に元帥府まで呼び出されたとき、ぼくは自分自身について、ローエングラム侯に下された勅令、リヒテンラーデ公に下された上諭のどちらにおいても処罰の対象には該当しておらず、それゆえにぼくはロットヘルト伯爵家の継承権の保有者になったと主張した。侯はこの主張を認めるとも認めないとも言わなかったが、紹介状に「この者の望みを叶えよ」と書いてくれたのだから、認めてくれたのだろう。このことをケスラー総監にも改めて伝え、母と兄がガイエスブルクに去って以来凍結されていたロットヘルト総督府の公金を引き出せるようにしてもらった。

総督府に務める人たちには、内戦はたぶんガイエスブルクの敗北でおわるであろうこと。ぼくはすでに平民となったからロットヘルト伯爵家は消滅するであろうことなどを伝えて覚悟を決めてもらい、今後の身の振り方についても考えはじめてもらわねばならない。

ここしばらくは、いち平民のくらしと大貴族の店じまいの責任者、という二重生活になるだろう。
二重生活を終えたあと、いち平民として生きていくことについて、エーリケとしては目もくらむような不安があるが、ぼくとしては大変楽観的だ。
ローエングラム侯にも話したが、自分ひとりくらいは養っていける自身がある。
まずはオーディン電気保安協会の資格試験に合格しよう。

■帝国暦488年5月20日オーディン下町 : エリック・レッドヒーロー
ニュースでは、オーディン目指して攻めよせてきた「賊軍」を正規軍が打ち破ったという。
こちらの世界の母や兄たちは元気でいるだろうか。

オーディン電気保安協会から下宿に通知があった。ぶじ「第一級電気工事士」に合格。これで、自分ひとり養えるぐらいの職にありつけるかな。電気工を使っている下町の工務店を巡ってみよう。

中心街のほうへ向けてあるいていると、戸建の建築現場に差し掛かった。
建築職人たちが手を休めて何か議論している。
ちょっとのぞいてみると、設計図に問題があるらしい。
通常のありふれた小型コンピューターに投影機が接続されて、三次元ホログラムで、上方・側面・下方の三方向から完成時の姿を立体的にみることができるのであるが、回転させていてある方向にさしかかると、家が突然クシャクシャとつぶれるようだ。職人たちは「高い金だして買ったのに」とか「壊れてるもの売りつけられたな」「工期が延びちまうよ」などと愚痴をいっている。
「えー、それ、壊れれてるんじゃありませんよ。ちょっとバグがあるだけです。」
職人たちが口々に聞いてきた。
「なんだ君は」
「どこがおかしいのかわかるのか?」
「これをなんとかできるかい?」
よっぽど急いでいて、困り果てているのだろう。見ず知らずの赤の他人に、すがるような雰囲気だ。
「ぼくにまかせていただけますか?」
だてに一カ月間ロットヘルト総督府の端末をいじり続けてきたわけではない。こちらの世界のプログラムやハードウェアの特徴はもう十分につかんだ。
どんな状況でおかしくなるか何度か再現して見当をつけたのち、デバッグモードで起動。
総督府にあったハイスペックマシンと比べただけの印象であるが、民生用のコンピュータはひどく見劣りがするように思う。問題の「平面図→立体化」プログラムであるが、総督府や帝国図書館のハイスペックマシン用のプログラムの劣化コピーではなく、最初からこの低スペックのマシンで動作するように設計されたものだ。ぎりぎりまで贅肉を絞り込んだ特別製であることは、プログラムをいじれるものなら、見ただけでわかる。

誤動作は数個の入力ミスが引き起こしたもので、あっけなくデバッグは完了。

現場の長らしき人が「お礼だ」といって5000マルクくれた。
連絡先を聞かれたので、名前と下宿の連絡先をつたえ、フリーランスの技術者だと言っておいた。

いいことをすると気分がいいなぁ。

■帝国暦488年6月1日オーディン下町 : エリック・レッドヒーロー
この日とどいた封書の中に、顧問料を振り込んだという連絡があった。
差出人は何やら建築会社らしいが、初めてきく名前だし、顧問料なんかもらう覚えがない。
通話をかけてみると、社長が取り込み中とかで、事情をわかる人がでてこない。近所だし、直接たずねることにする。

■帝国暦488年6月1日 ディックハウト建築(有)オフィス: エリック・レッドヒーロー
顧問料の送り主の宛先を訪ねると、個人経営らしき建築会社であった。
オフィスに入ると、二人の大男がなにか激しくわめき合っている。
それを遠巻きにみている社員らしき人々の中に、何人か知っている顔があった。
先日の建築現場で出会った人たちである。

「すいません……」
「おお、君か。」
「ええ、御社から顧問料を振り込んだという連絡が来たんですけど、ぼく、そういうものをいただく覚えがありません。」
「君、このまえ壊れたコンピュータをなおしてくれたろ?」
「ええ。でもあれは、その場で手間賃に5000マルクいただいてますよ?」
「うん。でもうちはなおしてもらったコンピュータつかって、あちこちの現場で商売してるからね。」
「でも、ぼくが顧問料をいただくというのはおかしいような。」
「こわれて使えない不良品を君がなおしてくれたおかげで、商売で使えるようになったんだから。」
「いや、ですから、ぼくはなおした分の手間賃は、もう現場でいただいてます。」
「だから、うちはあの現場以降の仕事でも、君がなおしてくれたコンピュータを使いつづけて、もうけさせてもらってるんだよ。」
「……もしかして、あの三次元化ソフトのメーカーに払うはずの使用料をぼくにくれたとか?」
「やつらは使えない不良品を売りつけたんだぜ。連中に金払えるわけないだろ?」
「いや、それは、ぼくからしたら、雨漏りをなおしただけなのに、家全体の建築代金を受け取れといわれているような。」
どなりあっていた大男ふたりが、いつのまにか静かになって、ぼくたちの会話を聞いている。そして一人がきいてきた。
「どういうことかね?」
この人が、ぼくに顧問料くれるといってる会社の社長さんかな?
「使えない不良品っておっしゃってますが、性能の低いコンピューターであれだけの機能を実現したすごいソフトですよ。あの現場でうまく作動していなかったのは、ほんの数箇所バグがあったせいです。」
「現に現場では役に立たなくて、仕事が滞って、君のおかげでうまくいくようになったんだ。」
「でもぼくは、ほんの数個バグをとっただけなんですよ。それであのプログラムの作者として扱われてしまうというのは、ちょっと遠慮したいというか……。」
「でも彼らが売りつけたものが不良品であったことは間違いないんだ。君へのお礼とか作業の遅れとかで、余計なコストがかかったことは間違いない。」
「う~ん……。でしたら、ソフトメーカーには、ぼくにくださった5000マルク分とかを請求なさって、「顧問料」は、ぼくじゃなくて、ソフトメーカーの方にお払いいただければ、と。」
「そういうものなのかね。」
「ぜひそうしてください。」
社長は、もうひとりの大男に向き直っていった。
「ヘル・フライシャー、彼が君の不良品を直してくれたヘル・レッドヒーローだ。彼の発言は、君の要求をほぼなぞっていた。だから、例のソフトの使用料については、君の要求どおり、うちがこれを使い続ける限り君のところに支払うことにする。」
どうもこちらがフライシャー氏で、ソフトメーカーの関係者らしい。
「あたりまえだ!」
「君は、うちが蒙った損害について、ヘル・レッドヒーローの今の提案を受け入れることは可能かね。」
フライシャー氏はうなづき、二人は、こんどは普通の声量で損害の補償についての書類の文面の打ち合わせを始めた。
ほとんど口をきかなかったのでいままで気がつかなかったが、フライシャー氏には連れがいる。左胸にフライシャー氏と同じ社章の入ったジャンパーを着て、こちらをじっと見つめている。エーリケより2,3歳くらい年下の女の子である。何者だろうとおもって見つめ返そうとすると、フライシャー氏が声をかけてきた。
「ヘル・レッドヒーロー、君はこちらの社員ではないそうだな」
「そうです。」
「もしさしつかえなければ、いまからわが社のオフィスまでご足労ねがえないだろうか。」
もしかすると、就職のチャンスが到来したかも。
「うかがいます。」

■帝国暦488年6月6日 ガイエスブルク要塞:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

旧「オーディン攻略部隊」の残存艦隊は、マリエンブルク要塞とエルヴィング基地に駐屯していた正規軍の残存艦隊を同伴して、悄然とガイエスブルクに帰着した。

私たちと入れ違いに、レンテンブルク要塞への援軍として、艦隊が次々と出撃していく。いまちょうどリップシュタット盟約の署名順位第3位のファンケルホルスト侯爵、第4位のティッぺルスキルヒ侯爵、第5位のオープストフェルダー侯爵らが一門の総力をあげてみずから出撃するところである。すでに盟主ブラウンシュヴァイク公、副盟主リッテンハイム侯のふたりは、彼らの総兵力の三分の一に相当する一万隻づつを出撃させたという。

レンテンブルクを出立する際、副司令官ノルデン提督は私に「オーディン攻略部隊」としての「戦闘詳報」をとりまとめるように依頼してきたので、ガイエスブルクに移動する途上で執筆に取り組んだ。
私なりの草稿ができると、さらにブュヒャー男爵、オイラー男爵ら元分艦隊司令官たちや各戦隊の艦長たち、領主たちに見せて意見を仰いだ。ガイエスブルクでは、大貴族(宗家)が人間、一門の末流たち(一般貴族)はその使用人、平民・農奴は物言う道具というような身分観が根強くあるので、大貴族(宗家)の主張・見解を前面に出すことが政治的に重要である。そこでミュンヒハウゼン一門のカール・ヒエロニュムス、ホルシュテイン一門のミルヒー、ファイヤージンガー一門のヴォルフガングら各宗家の当主とは特に念入りに打ち合わせを行って、見解を一致させることにつとめた。

完成させた「戦闘詳報」は、ガイエスブルクに帰還後ただちにメルカッツ総司令官に提出した。

「戦闘詳報」では、ロットヘルト分艦隊が敵の先鋒部隊に勝利できた理由、敵本隊の奇襲をうけた左翼部隊の後衛3,000隻と総司令部の1000隻が潰滅を免れ、組織としての秩序を維持できた理由、左翼部隊の前衛・中衛が敵本隊の奇襲の一撃で潰滅した理由として、司令部による一元的な指揮統率の有無が決定的であったことを強調するとともに、宗家に指揮される領主たちがそれぞの私設艦隊を率いてそのまま戦場にでることは自殺行為である点についても強調してある。

シュターデン司令官が手塩にかけた一万隻は、「一元的な指揮統率」の有効性を示すことができないまま潰滅してしまった。しかし、この点を実行できないかぎり、貴族連合軍の9万隻は、たんなる射撃の標的として無惨に潰滅するしかない。

■帝国暦488年6月10日 ガイエスブルク要塞:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

作戦会議(という名の大宴会)は毎日ひらかれているが、この内戦の緒戦である私たちの戦いを取り上げて検討しようという動きが微塵もみられない。「オーディン攻略軍」に参加して生き残った大貴族・領主たちの中では私が最上位(盟約の署名順位(12位)・文官としての地位(星系総督)、武官としての地位(都指揮使)であるので、私が代表者として動かざるをえない。
「盟主。妾(わたし)たちが提出した戦闘詳報はすでにお目通しかと思います。」
「うむ、すでに拝見しましたぞ。」
「あの戦いの教訓をふまえ、組織の統合に取り組まなければ、勝利はおぼつかないかと思います。」
「グレーフィンのいう「組織・指揮の一元化」であるが、我々は、メルカッツ中将を総司令官として推戴し、彼の指揮のもとで自身や一門各家の軍勢を進退させることに、すでに合意しております。」
「はい。」
「しかしグレーフィンの報告書では、その枠組みをさらに越え、大貴族と領主がたのすべてに、自身の軍勢の指揮権を手放すようもとめておりますろう?」
「はい。それこそ、妾(わたし)たちが取り組まねばならない第一の課題かと。」
「グレーフィン、お言葉だが、わしは、それはいかがなものかと考えておりますぞ。グレーフィンらの主張の通りにするということは、大貴族(宗家)も領主たちも、ただ自身の旗艦で空しく座っているだけの存在になり果ててしまうではないか?」
「……。」
「この戦いには、身分卑しき成り上がりどもに、貴族こそが帝国の担い手であることを示すという目的もあるのですぞ。」盟主はつづけた。「グレーフィンのいう「有能な指揮官」だが、今のわが軍の現状では、貴族とは名ばかりの位階の低き者たちや、平民出身のものたちが6割から7割以上を占めておる。そのような現状でグレーフィンの主張を実践するということは、我々の軍勢が、身分卑しき成り上がりどもが牛耳る金髪の孺子の軍勢と同じ物になる、ということです。」
オナーがやってくる前のヴィクトーリアが、まさにそのように考えてクラインシュタイン提督を馘首(くび)にしようとしていたのであるから、ブラウンシュヴァイク公の理屈は私にとっても非常に慣れ親しんだものである。
「我々の命運を、身分卑しき者どもにあづけるのでは、我々が立ち上がった意味がないではないのですかな?」

ようするに、盟主が言っているのは、勝つことよりも、カッコよく戦うことの方に意義がある、ということだ。

……これはダメかも。

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2011.3.10 第二版 主人公のガイエスブルク帰還と入れ替えに署名順位3-5位の大貴族一門が出撃するシーンを追加
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 第17話 貴族連合軍の分裂
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 00:03
■帝国暦488年6月10日 ガイエスブルク要塞:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

盟主が消極的で、ガイエスブルクを挙げての取り組みにならないにしても、シュターデン司令官の無念をはらすためには、精一杯あがきつづけるしかない。
ミュンヒハウゼン男爵カールと嫡子のシュテルン、ホルシュテイン伯ミルヒー、ファイヤージンガー伯爵ヴォルフガングには、それぞれ一門を動員し、知人縁者の説得にあたってもらうことにした。

ミッターマイヤー艦隊との決戦に先立つ5月15日、大貴族たちが一門を率いてシュターデン司令官の指揮下を離脱した際、総司令部にはノルデン一門の艦艇と正規軍からの貸与艦しか見あたらなかったのが不思議だった。シュターデン司令官やふたりの分艦隊提督は、それぞれそれなりに大きな一門の末流であったはず。

事情を聞きにいってみる。

まずはシュターデン男爵家の宗家ハルツェンバッハ伯爵。
「あの者は、おのれのちっぽけな才覚を鼻にかけて慢心しきっておったからな。末流の男爵家の分際で、一門全体に号令しようなどとは増長のきわみも甚だしい。よって3月の末、一門のものどもには、あやつとの交流を一切絶つよう命じてやったわ。……なに、私設艦隊の組織と指揮の一元化についてどう思うか?グレーフィンまであやつと同じようなことを言いおる……。もうお引き取りいただこうか?」

ブュヒャー提督。
「うちの宗家の場合は、靡下の指揮権を手放したくないということの他に、私の下風に立つことになるのがイヤだ、というのがあったと思います。やりたいのなら、ブュヒャー男爵家だけで参加するのは許す、とはいっていただきましたがね。」

オイラー提督。
「わが一門の宗家は、……ご存じだと思いますが、ローエングラム伯爵家です。
 20年ほどまえですが、先代は跡取りのないまま無くなり、宗家は断絶してしまいました。そのあと血縁の者たちが跡目をねらって争いだし、一門は分裂状態になってしまいました。
 宗家を乗っ取った金髪の孺子は、先代とはむろん、一門の各家ともまったく血縁がありませんでしたから、一門の者たちに孺子に従おうという気がおこるはずもありません。また孺子は孺子で、宗家として一門を率いようという様子を見せたことはありませんでした。
 このたびの内線では、一門12家は、孺子への反発からそろってガイエスブルクにきておりますが、お恥ずかしながら、孺子をしりぞけたあと誰が跡目を継ぐかということで、内紛のほうはいまだに続いておりまして、12家が団結して行動するのは夢のまた夢……という有様です。」

シュターデン司令官や分艦隊司令官の諸卿は、ご親戚に恵まれなかったんだなぁ……。

彼らの次には、ガイエスブルク要塞のデータベースをフル活用し、まず貴族の子弟で、なおかつ幼年学校や士官学校を正規に卒業した者、たたき上げで艦長にまでなったような連中をピックアップし、彼らを説得したのち、その宗家に接触するという形で説得をつづけた。

その結果、ふたりの大貴族とその一門23家、何らかの理由で宗家が存在しなくなり、末流の領主家が各自の判断で行動できるような30家(保有戦力は計1022隻)が「組織と指揮の一元化」に賛同してくれることとなった。

■帝国暦488年6月15日 ガイエスブルク要塞大会議室:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

レンテンブルク要塞が陥落し、シュターデン司令官が捕虜になったという消息が伝わってくると、盟主ブラウンシュヴァイク公が突然態度を変えた。

ブラウンシュヴァイク公の腹心アンスバッハ准将とはくりかえし話し合いをもち、「組織と指揮の一元化」について理解を得ていたのであるが、准将から公への働きかけがついに実ったらしい。

作戦会議(と称する大宴会)の席で公が突然たちあがり、
「ブラウンシュヴァイク家と一門63家は、グレーフィン・フォン・ロットヘルトのいう「私設艦隊の組織と指揮の一元化」に取り組むことにした。他の貴族諸賢も、われらに彷(なら)うよう、お薦めする」と宣言したのである。

公の宣言に対し、かねてから「副」盟主という自身の立場に不満をもっていたリッテンハイム侯が噛みついた。いったん緩急あらば、義勇公に奉じ……という帝国貴族の義務・責任・誇りをなげうつのか!と。そして3時間にわたりブラウンシュバイク公とののしりあったのち、侯は「もはや公には従えぬ!」と口走った。まわりのものがあわてて取りなした結果、侯は公に対し先の暴言を「謝罪して撤回」し、改めて「有志をつのり、辺境星域の奪回に乗り出したい」と申し出た。ブラウンシュヴァイク公はこれを認めた。

リッテンハイム一門58家に加え、数十人の大貴族(宗主)がリッテンハイム侯に同調、結局ガイエスブルクに参集した貴族とその私設艦隊の過半数が「辺境星域奪還作戦」への参加を決定することとなった。

■帝国暦488年6月20日 ガイエスブルク要塞:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト
レンテンベルク要塞からオフレッサー上級大将が帰還した。ほどなく、ローエングラム公とひそかに通じ、盟主を殺害しようとし、逆に射殺されてしまったと発表された。

ブラウンシュヴァイク一門と、盟主に同調する大貴族・領主は計1,700家、靡下の艦艇は約60,000隻。
メルカッツ総司令官に人選が委任され、分艦隊の司令官20人、その下の戦隊指揮官40人などが任命された。

ロットヘルト・ミュンヒハウゼン・ホルシュテイン・ファイヤージンガーの各一門の艦隊は、それぞれ新たに編成される分艦隊の中核を担うこととなった。

分艦隊の司令官は約3,000隻を指揮、戦隊指揮官は約1,000隻の艦艇を指揮し、分艦隊の副司令官も務める。
分艦隊の司令官は、クラインシュタイン提督をふくめ13人が貴族、7人が平民で、退役中将であるクラインシュタイン提督をのぞき、すべて戦艦の艦長である大佐たちのなかから選ばれた。平民7人をふくむ16人が私設艦隊の出身である。戦隊指揮官も可能なかぎり私設艦隊で艦長経験がある大佐・中佐たちから選ばれた。

指揮系統の一元化は、オーディン奪還作戦時のロットヘルト戦隊よりもより厳密に徹底された。

オーディン奪還作戦の際は、盟主から大貴族と領主たちに宛てて私(都司,クィナミリア)の指揮に従うよう求める命令と、総司令官から艦長たちにあてて旗艦の直接指揮を受けるよう求める命令との2本だてであったが、今回は盟主より大貴族・領主たちに宛てて所属の全艦艇を総司令部に預けること、全艦艇はメルカッツ総司令官および総司令官が任命した分艦隊司令官・戦隊指揮官の直接の指揮を受けること等が発令されたのである。

盟主が私に反対理由としてあげた、「大貴族・領主たちが艦橋でただすわっているだけになりはてる」を正に実現させるものであるが、おそらくはアンスバッハ准将がメルカッツ総司令官と諮(はか)って定めたのであろう。

私設艦隊に出向してくる正規軍の士官の階級は戦艦の艦長として派遣されてくる大佐が上限である。彼らを受け入れた領主の判断で、手もとの艦長たちのひとりに艦隊の指揮を委ねることはよくあるが、その規模は最大でも数百隻どまりである。その点、正規軍で少将までつとめ、提督として数千隻を指揮した経験をもつクラインシュタイン提督の経歴は、私設艦隊所属の指揮官としてはきわめて異例に属する。

メルカッツ総司令官は、クラインシュタイン提督にロットヘルト戦隊を含む3,000隻(1個分艦隊)を直率させるとともに、3個分艦隊に対する指揮権も委ねた。12,000隻の大所帯であり、クラインシュタイン提督がようやく経歴にふさわしい待遇を受けたともいえる。

この新たな編成では、もはや「ロットヘルト戦隊」といえるのは提督直属の1個戦隊1,000隻のみ。私は名実ともに「艦橋のお客さん」になってしまうことになるが、「提督の能力を最大限に引き出す」環境が、4月に予想していたよりもはるかに充実した形で実現したわけで、その点ではめでたいかぎりといえるだろう。

■帝国暦488年6月26日 ガイエスブルク要塞:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

この日、リッテンハイム侯が率いる約50.000隻の艦隊が辺境星域の奪還を目指してガイエスブルクを出撃した。

**************
2011.3.7 第二版 ブラウンシュヴァイク艦隊の規模、分艦隊司令官、戦隊指揮官の数を増補。随時過去の話もこの数値で修正していきます。
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 第18話 量子宇宙のさすらいびとたち(2)
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/03/10 11:29
■帝国暦488年6月1日フライシャー電設(有)オフィス : クラリッサ・フライシャー

三面図を立体表示する我が社の新製品。
わたしの処女作。
もっと動作実験に時間をかけたかったのに、ディックハウト社長からとてもせかされて見切り発車で納品したら、案の定、動作不良を出してしまった。ディックハウト社長は「使えない不良品には金は払えない」といってきた。それはそれで、残念だけどしょうがないことである。ところがディックハウト氏は、使用料を払わないくせに、こっそり自分たちでバグをとって商売に使い続けていることがわかったので、父とともに、抗議するためディックハウト社に乗り込んだところで、バグをとった張本人のエリックと出会った。

異常動作の様子からバグの場所の見当をつけたというけれど、相当の力量がなければそんなことはできない。フリーランスの技術者で求職中というので父がよろこんでうちのオフィスにつれてきた。

他にもバグが潜んでいるかもしれない、ということで、いま一緒に動作の検証に取り組んでいる。なかなか物知りで、使えそうな子だ。

■帝国暦488年6月1日フライシャー電設(有)オフィス : エリック・レッドヒーロー

クラリス(クラリッサ)に、性能の低いコンピューターでも必要な機能を引き出せるよう、ギリギリまで切りつめたコマンドがすごい、と褒めたら嬉しそうな顔をしたが、すぐ「その点が見分けがつくあなたもすごいわね」と返された。見分けくらいはつくけど、作るとなったら、ぼくならせいぜい上位機種用のプログラムから、移植可能な機能のソースを切り張りして合成するくらいしかできないから、やっぱりクラリスはすごい。

このようなものを作れる点もすごいが、もっとすごいのは本格的にプログラムを学びだしてからまだ数ヶ月だという点である。初級中等学校を終えるまでは平民の裕福なお嬢様が通う普通学校に通ってたそうで、いまは「オーディン電気通信専門学校」の第一学年に在籍中だとか。

エーリケより2才年下なはずだが、彼女と話していると、ときどきずっと年上のひとと話しているような気がすることがある。

■帝国暦488年6月2日フライシャー電設(有)オフィス : ミヒャエル・フライシャー

ヘル・レッドヒーローに持っている資格を尋ねると、「第一級電気工事士」ひとつだけだといった。これは電気配線の業務に従事するための資格である。コンピュータのプログラムの資格については「これから取得予定」だという。腕があるのは間違いないとクラリスがいうので、仮採用でしばらく様子をみることにしたのだが、彼が提出した履歴書に不審な点を見つけてしまったので、といたださざるをえない。

「エリック!」
「はい、社長?」
「君の履歴書だが、偽りを書いてはいないか?」
「いえ、ぼくの履歴はその通りでまちがいありません。」
「最終学歴には帝国暦487年オーディン電気通信専門学校第256期修了、とある。」
「はい。」
「クラリスの先輩だな?」
返事をしない。
「君と同じころに自分の息子や娘が在籍していたという知り合いが何人もいるが、誰も君のことを知らんといっておる!
「でも、ぼくの履歴がその通りなのは間違いないです。」
「あくまでも白をきるのか?」
「いえ、これを見ていただけますか?」
書類を何枚かとりだしてきた。身分証や、出生地・出生届を受け付けた役場の所在と名称、学歴の一覧表などがあり、記載事項の証明者として憲兵総監の名前とサインがある。
「これは……?」
「【エリック・レッドヒーロー】というのは、憲兵隊の「証人保護プログラム」の枠組みで作ってもらったぼくの新しい身分と経歴です。それぞれの役場や学校に問い合わせていただくと、ぼくの記録があります。」
「きみの本当の名前や身分は……」
「どうぞ、その点はご勘弁ください。電気工としての腕前はまだ見ていただいたことがありませんが、コンピュータプログラムのほうは、クラリスの助手をつとめるくらいの能力はあると思います。この部分で、ぼくを判断していただけないでしょうか?」
「わかった。「証人保護プログラム」の対象者の実物には初めて会ったよ。」

■帝国暦488年6月3日フライシャー電設(有) : エリック・レッドヒーロー
ソフト開発部はいままでクラリスひとりでまわしていたので、彼女が不在中、ぼくが何か作業をできる状態にはまだない。ということで、朝から昼までは、先輩の電気工事士や主任技術者のみなさんにくっついていくつかの現場をまわり、配線の実務を勉強させてもらった。

クラリスが学校から戻ってきて、「ソフト開発部」の仕事がはじまった。

しばらく作業をしていると、クラリスが突然、質問してきた。
「あなたの姓のRedheroて、「レットへロ」じゃなくて「レッドヒーロー」って読むのが正しいんでしょ?」

イングランド標準語で!

「イングランド標準語」というのは離散紀世界における世界共通語である。

イングランド標準語が聞こえたとたん、全身が硬直してしまった。この反応を見られたからには、もはやわからない振りはできない。イングランド標準語で、質問に対し質問で返答する。

「もしかして、あなたの中の人もまた、離散紀(ポスト・ディアスポラ)の世界から来たのですか?」
「そうよ。」

ソフト開発部といっても社長や他の社員さんたちもいる大部屋に同居しているので、余り目立たないよう帝国公用語に切り替える。

「なぜわかったの?」
「あなたの力量と、経歴がつりあってないから。わたしと同じように、別の世界の知識や体験を持ってるかも、と思って聞いてみたら、案の定だったわね。」

つりあっていないといえば、クラリスのほうがぼくよりよほどアンバランスだが、ぼくのほうは彼女をただの天才少女だとしか思わなかった。

こんな体験をしている者は、ぼくたちのほかにもいるのだろうか?

クラリスの中の人は、本人よりはるか年上の、アラサーなヘイブンの軍人さんで、軍艦の艦橋で戦術情報を扱うのが本職だったらしい。ぼくの場合はクラリスとは逆で、ぼくの中の人は、エーリケ本人より6歳年下のただのコンピューター小僧にすぎないから、とてもクラリスにはかなわないわけである。

ぼくもクラリスも、こちらの世界では中の人の故郷がどうなっているのか、帝国図書館で調べていた。
ぼくの中の人の生まれ故郷グレイソンは「重金属の汚染甚だし。居住に適さず」とされ、星系名+惑星番号でリトバリア3とよばれる未開発惑星となっていた。父の出身地で、親戚がたくさん暮らしている惑星スフィンクスは、同様にダラニスキー4とよばれ、離散紀世界よりも3世紀はやく入植が行われたが、疫病の大流行により放棄され、未開発惑星に戻ってしまっていた。
クラリスの中の人の故郷のヘイブンは、離散紀世界より250年はやく入植がはじまり、こちらの世界ではノイエ・ガリアンと名付けられ、シュタイエルマルク辺境伯の領地となっていた。

おたがい、動乱がおさまったら行ってみたいねーと盛りあがったが、ノイエ・ガリアンのほうは文明世界の片隅に属していて定期貨客船も運航しているけど、リトバリアやダラニスキーのほうは「未開発」で航路もない。行くとなったら自前で「探検隊」を組織しなきゃいけないから、実際には難しいな。

■帝国暦488年6月3日某陣営正規軍重巡航艦カウシュホルン : ホラーツ・ハッシャー兵曹上長
結局、こっちの世界も、あちらの世界とほとんど変わらないのだな。
おれの真価を認めてくれるものわかりのいい艦長がいて、育てがいのある上司がいて、こぶしで語り合う愉快な仲間がいて。



[25619] 第19話 キフォイザー星域の会戦
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 00:05
■帝国暦488年6月30日 クラインシュタイン艦隊旗艦シュタルネンシュタウプ:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

現時点での貴族連合軍の現有勢力は、貴族の私設艦隊と正規軍とに大別されるが、貴族の私設艦隊は、レンテンベルクの救援とその後の迎撃のために出撃したものが40,000隻、リッテンハイム侯に率いられて出撃したものが50,000隻、残留または帰還してガイエスブルクに在るもの60,000隻。正規軍がガイエスブルクに15,500隻、ガルミッシュ要塞に8,000隻、その他4つの拠点に7,000隻という構成である。

メルカッツ総司令官率いる45,000隻がいまから出撃する。

45,000隻の内訳は、メルカッツ総司令官が直率する正規軍5,000隻と、貴族私設艦隊を再編した14個分艦隊計40,000隻である。わがクラインシュタイン提督(子爵,退役中将)は、一個分艦隊を直率し、4人の分艦隊司令官を指揮下に置き(本作戦発動の決定後さらに一人が追加された)、副司令官をつとめている。

「オーディン攻略作戦」時におけるロットヘルト戦隊とくらべ、指揮系統の一元化はより厳密に行われた一方、不徹底な分野もある。それは、「なんちゃって艦長」が多数温存された点である。

「なんちゃって艦長」とは、大貴族(宗家)や領主家との関係で、ほんらいその力量が無いにも関わらず、実力以上の階級を得て、艦長のポストを得た者たちをいう。代表例が、ブラウンシュヴァイク公の甥のフレーゲル男爵である。

「組織と指揮の一元化」という問題について、どうも盟主ブラウンシュヴァイク公は、単にアンスバッハ准将がやれと薦めたから踏み切っただけで、これを充分に理解できたとは思えない節がある。盟主に従った大貴族(宗家)たちも、たんに盟主がやるからという理由だけで追随したという者が多そうだ。

ロットヘルト戦隊のばあい、両ホッツェンプロッツ家をのぞけば、その種の艦長はいずれも一門の15家の親族や家の子郎党(イエノコロウトウ)であったので、私が宗家の当主として因果を含めると、みな逆らうことなく身を引いてくれた。しかしメルカッツ総司令官の立場では、艦艇に対する指揮権を集約するまでが精一杯で、大貴族や領主たちにゆかりのある艦長たちを、彼らの頭越しに更迭するようなことは難しい。

結局、総司令官は、次善の対策として、「なんちゃって艦長」たちに有能な副官をつけ、実質的に、かれらにかわって実務の責任を負うことにさせた。たとえばフレーゲル男爵につけられたレオポルド・シューマッハ大佐などがその一例である。

フレーゲル男爵は以前からみずからをブラウンシュヴァイク公の名代だと主張していたが、今日、いきなり分艦隊の指揮権や副司令官の地位を要求してきた。メルカッツ提督の構想による人事が確定し、猛訓練が開始されてすでに10日間。出撃まぎわになっての横車とは、迷惑な話である。

ことわれば盟主ブラウンシュヴァイク公のメンツをつぶしかねないということでメルカッツ総司令官は苦悩したが、シューマッハ大佐の補佐に期待し、分艦隊の指揮権についてはこれを委ねることにした。

副司令官の職については、わがクラインシュタイン提督の権限にも関わることであるから、私も傍観していられなくなり、フレーゲル男爵がメルカッツ総司令官に対して駄々をこねている現場に向かうことにした。

■帝国暦488年6月30日 総司令部旗艦エルザス:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

私が説得にかかると、フレーゲル男爵はすぐに、あっけなく撤回してくれた。
あっけなさすぎて拍子抜けするほどである。

武官としての地位は、彼が「百戸(ケントゥリアルクKenturiarch)」なのに対し私は「都指揮使(クィナミリアルクQuinamiliarch)」であるし、彼が正規軍の階級「少将」を持ち出すならクラインシュタイン提督は「(退役)中将」である。
あらそっても勝ち目はないと踏んだのであろう。

私はリップシュタット盟約の署名順位第12位で、今回この作戦に参加する大貴族たちの中では最上位で、かつ一門の宗家。対する彼は署名順位130位で、最有力の門閥の一員とはいえ、単なる末流の男爵にすぎないから、この種の横車の押し合いになると私のほうが手持ちのカードは優勢である。この作戦中、もし彼がまた爵位や門閥を振りかざしてワガママを言おうとしたら、それを押さえるのが私の役目になりそうだ。


■帝国暦488年6月30日 総司令部旗艦エルザス:ライヒアルト・ロベルト・フォン・フレーゲル

盟主ブラウンシュヴァイク公の名代として私に副司令官の地位を委ねるようメルカッツ総司令を説得していたところにグレーフィン・フォン・ロットヘルトが乗り出こんできた。うわさのかわいそうな侍女ふたりをつれて。侍女のひとりが持っているケースの中には、これもうわさの電磁鞭が入っているのだろう。

グレーフィンは「あなたにやらせるくらいなら妾(わたし)がやりたい!」などと言い出した。
自分の能力を顧みず、高い地位を要求するなど、迷惑きわまりない。
そもそも副司令官という地位は、万一、司令官が指揮をとれなくなった場合には全艦隊の指揮権を引き継ぐこともありうるという重要なポストである。素人がもてあそぶようなお飾りの地位ではない。
ほんとに、迷惑なことだ。

しかしながら、このグレーフィンはとても恐ろしいひとだ。
彼女に逆らうととても恐ろしいことが起きる。
友人の詩人が「銀行強盗が自分の手下に銃を突きつけて行員を脅迫するような不条理な情景」と描写したような場面(第2話参照)に遭遇する恐怖を、また味わうのはもうごめんだ。

叔父上が「グレーフィンは四月に入ってから人がわりしたぞ」と彼女をほめていたが、私としては、とにかくもう、なるべくこの女性とは関わりたくない。
副司令官になりたいという要望は撤回して、早々に総司令部を立ち去ることにした。


■帝国暦488年7月1日 辺境星域奪還部隊旗艦オストマルク:ヴィルヘルム・フォン・リッテンハイム

手始めにトゥルナイゼン領に進軍したら、トゥルナイゼン一門の私設艦隊は、戦わずして遁走していった。
わが50,000隻の大艦隊の偉容をみておそれおののいたに違いない。
駆逐艦が一隻、輸送船が2隻だけ、「ご先代さまの命を受けた」と称して投降してきた。
駆逐艦にはトゥルナイゼン一門のハーゼンクレバー子爵が乗っていて、輸送船には4月下旬と5月上旬に撃破したわが軍の捕虜が乗っていること、領地にたいする略奪は行わないでほしいことなどを伝えてきた。
こころよく許してやり、子爵を艦橋まで召しよせる。

「子爵閣下、あなたは金髪の孺子をまことに憎み嫌っておられましたろうに」
「はい。しかし宗家の若君様が孺子めに心酔しきっておられる上、ご先代様からも、われらに対し若君様に従うよう頭をさげてお頼みになられては、一門としてはどうしようもありませず、お手向かいした次第です。」
「わが軍のものどもをお返しくださり、ありがたいかぎりです。
 彼らの戦いぶりはどのようなものでしたのか?」
「4月にいらした1,000隻、5月にいらした2,000隻のいずれに対しても、我らは500隻で迎えうち、真正面からの砲撃で勝負をつけました。」
「真正面から?孺子からの援軍とか、なにか新開発の秘密兵器などは?」
「そういうものは有りませんでした。」
「なんと奇怪な…」
「いや、不思議でもなんでもありません。
 わが一門が、戦艦50隻で壁をつくり、巡航艦や駆逐艦をその後ろにおいて、500隻すべてをつかって攻撃と防御をおこなったのに対し、ガイエスブルクのみなさまは、各家の私設艦隊がひとつづつ順番にわれらの前にでてこられた。戦場全体ではみなさまの数の方が優っていましたが、戦闘現場では、4対1とか10対1とか、常にわが方に数の上での優位がありました。」
とても不快な話だ。これ以上自分の耳で聞く気になれん。
ハーゼンクレバー子爵を下がらせた。
あとは臣下のものに聞き取らせ、報告書を読むことにしよう。

■帝国暦488年7月3日1430 辺境星域奪還部隊旗艦オストマルク:ヴィルヘルム・フォン・リッテンハイム

わが艦隊は、ガルミッシュ要塞のあるキフォイザー宙域まで進出した。そろそろ「金髪の孺子」の「赤毛の子分」の手勢と遭遇するであろう。
わが50,000隻は、ガルミッシュ要塞で順次補給を済ませ、万全の態勢にある。

艦隊の先頭には、わが一門の中でももっとも勇猛なベッヘラー伯爵を先頭に、一門のうち30家の私設艦隊4500隻を配置した。ついで私と手を携えて「帝国貴族精神の精華」を守ることに同意してくれた大貴族(宗家)がたの軍勢が順次これに続く。

まことに美しい、整然とした隊形である。

■帝国暦488年7月3日1430 ローエングラム軍別動隊旗艦バルバロッサ:ジークフリート・キルヒアイス

「敵50,000隻の映像がとどきました。
みてのとおり、高速巡航艦のとなりに砲艦が、大型戦艦のとなりに宙雷艇がいます。 
映像は6時間、約30,000隻分ありますが、最初から最後までこのような調子で、火力も機動力もことなる艦艇が無秩序に入り交じった状態です。
 これは、敵の戦術構想と指揮系統に一貫性が欠けていることを意味します。彼らはわれわれの3倍ちかくの数を擁していますが、要するに烏合の衆であす。恐るべき何物もありません。」

ワーレン提督、ルッツ提督がそれぞれ9,000隻づつ、私が高速巡航艦800隻からなる本隊を率い、敵との会戦に臨む作戦が定まった。

***************
19,000隻のキルヒアイス艦隊と50,000隻のリッテンハイム艦隊の戦いは一瞬で決着がついた。


戦闘空域を離脱してガルミッシュ要塞に収容されたのは旗艦を含む3,000隻のみ。
撃沈・大破など完全破壊されたもの18,000隻。24,000隻が降伏または捕獲された。そのほか、個々に戦闘空域を離脱した艦艇が5000隻に達したが、それらはもはや軍隊組織としての秩序を完全に失い、補給も欠き、会戦から数週間〜2ヶ月ほどの間にほとんどが降伏した。

ガルミッシュ要塞にたどりついたリッテンハイム侯は、戦闘空域からの無責任な逃亡や味方輸送艦隊への攻撃などが激しい憎しみを買い、ガルミッシュ要塞の司令部において部下の手で爆殺された。

貴族連合軍は、副盟主と全兵力の3割をしめる50,000隻の私設艦隊、要塞ひとつとその駐留艦隊8,000隻をここで失った。


***********
2011/03/10 第二版 「貴族連合軍の現有戦力」を40,000隻増やす
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 第20話 シャンタウ星域の戦い
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/03/17 01:15
■帝国暦488年7月1日1430 シュタルネンシュタウプ:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

レンテンベルクの戦力補強のために送り出された部隊に所属する約7,000隻が敗走してくるのと出会った。6月の上旬、私たちがアルテナ星域からガイエスブルクにたどり着くのと入れ違いに出撃していった40,000隻の一部である。
ブラウンシュヴァイク家とリッテンハイム家がそれぞれ先遣隊として送り出した計20,000隻、ファンケルホルスト侯・ティッぺルスキルヒ侯・オープストフェルダー侯一門の合計20, 000隻などは、いずれもレンテンベルクの救援に間に合わず、ローエングラム侯の部下たちに各個撃破されてしまったという。

撃沈または大破が確認されたもの計16,000隻。消息不明となったもの6,000隻で、ほぼ壊滅状態といえる。ただし戦闘力を保っている8,000隻がシャンタウ星域に再集結し、ローエングラム軍の追撃に備えているという。
私たちが出会った7,000隻は損傷を受けて戦闘には耐えられなくなったが航行は可能な艦艇で、シャンタウ星域を発した際には10,000隻を数えていたという。メルカッツ総司令は、修理船の一部を残し、彼らの環境系統(気密)と脚周り(動力)の補修を命じて艦隊を先に進めた。

■帝国暦488年7月4日1650 シュタルネンシュタウプ:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ファルケンホルスト侯に率いられた敗残部隊3,000隻と邂逅した。2,000隻ちかくが正規軍の艦艇である。
彼らはブルクカッツェ基地とリンダーホーフ基地から撤収してきた駐留艦隊も加えた12,000隻でローエングラム軍に決戦をいどみ、大敗を喫したらしい。

結局、レンテンベルクの救援に赴いた40,000隻を率いた盟主と副盟主の重臣8人、盟約署名順位〜位の大貴族人、領主540人は、ファルケンホルスト侯と一門の領主2人をのぞき一人残らず消息不明となってしまったことになる。

ローエングラム軍との決戦の舞台はシャンタウ星域となりそうだ。


■帝国暦488年7月5日2030 ロイエンタール艦隊旗艦トリスタン:オスカー・フォン・ロイエンタール

貴族の私設艦隊は、数隻から、最大でも数百隻編成の小規模な部隊で突撃をかけてくる無謀で無能な奴らばかりだ。まささに「貴族連合軍は戦意過多、戦略過少」だ。ミッターマイヤーは「無謀・無能な隊形」を偽装して見事な艦隊運動を見せた部隊もあるから油断は禁物だといっていたが、おれをふくむ他の同僚の提督たちは誰もそのような部隊をみていない。会うやつ会うやつ、みんな「血の気の多い低能ども」ばかりだ。

■帝国暦488年7月6日0430 ロイエンタール艦隊旗艦トリスタン:オスカー・フォン・ロイエンタール

こんど新たにやってきた部隊は、いままで相手にしてきた連中とはひと味もふた味も違うようだ。
まがりなりにも、セオリーに即した艦種ごとの配置と、多少ぎくしゃくしているとはいえ、尋常な艦隊運動を行っている。いままで低能どもを一方的に射撃の的にしていたようなわけにはとてもいかない。

雑多な老朽艦が多数を占めている点は従来どおりだが、戦艦、航宙艦、駆逐艦とも艦種ごとに可能な限り同型艦をあつめて部隊を形成しており、艦隊運動に統一性がある。同一クラスの新鋭艦と比べると攻撃力も防御力も相当におとるはずであるが、連中が45,000隻に対してこちらは18,000隻。わがほうと比べて3倍近くもの数を用意されては、新鋭艦のアドバンテージも生かすことはできない。

指揮官が代わったのだろう。
メルカッツが前線に出てきたにちがいない。
彼以外に、これほどよく兵を動かす者は、貴族連合軍にはいない。
「よし、ここは後退だ。多大の犠牲を払ってまで、死守する価値はない。奪回するのはローエングラム侯にやっていただこう」

■ 帝国暦488年7月9日1030-1850

ロイエンタールは撤退戦を発動、いったん貴族連合軍に対し全面攻勢に出た。
貴族連合軍は壊乱することなく迎撃し、ロイエンタール軍が攻勢の限界に達したのを見極めて反撃にでた。
ロイエンタール軍は中央部隊を後退させる一方両端の部隊を伸展させて凹陣形をつくり、クロスポイントにおいて鏖殺(おうさつ)を謀る意図を見せつけた。
貴族連合軍はこれに対し、進撃速度をゆるめてロイエンタール軍の凹陣形にはまりこむことを避けた。
ロイエンタール軍はこれに呼吸をあわせて貴族連合軍との距離を一挙に開け、そのまま戦場を離脱していった。

こうしてシャンタウ星域は貴族連合軍の手に落ちた。

■帝国暦488年7月11日 シュタルネンシュタウプ:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

「なんちゃって艦長」たちは戦闘が始まると有能な補佐官たちに判断を委ねたので、心配されたような混乱は生じなかった。
ガイエスブルクに残っている私設艦隊の個分艦隊18,000隻も演習を重ねているはずであり、戦闘の度ごとに多数の将兵たちが犬死にを重ねる事態は、これ以降はもうくい止められたといえるだろう。

メルカッツ提督は戦勝報告のため単艦で先行してガイエスブルクに帰還した。
ほどなく、第8の拠点ヘレンキームーゼ基地が、ローエングラム軍の別の提督によって攻略されたという連絡があった。

シャンタウ星域がレンテンベルクとガイエスブルクを最短距離で結ぶ直線の上に位置しているのに対し、ヘレンキームーゼ基地はこの直線をはずれてはいるが、シャンタウ星域よりもガイエスブルクに一日行程ほど近い位置にある。

そうなると、拠点も何もないこの星域に大軍を貼り付けておく戦略的意義は失われる。45,000隻は、副司令官たる我がクラインシュタイン提督に率いられて、ガイエスブルクへの帰還の途についた。

■ 帝国暦488年7月12日 キルヒアイス別働隊旗艦バルバロッサ:エッケハルト・フォン・ハーゼンクレバー
 
 「金髪の孺子」の「赤毛の子分」に呼びだされて彼の旗艦の艦橋にいる。
 「男爵閣下は、トゥルナイゼン領でリッテンハイム伯に捕らえられ、そのままガルミッシュまでいらっしゃったとか。」
 「はい。ガイエスブルク軍の捕虜を引き渡すことを条件にトゥルナイゼン一門の領地を略奪しないよう依頼する使者としてリッテンハイム侯のもとに赴き、そのまま侯と同道しました。」
 「ご一門の艦隊はどうされましたか?まだご健在ですか?」
 「リッテンハイム侯の50,000隻が攻め寄せてきたとき、とても相手にしきれないので、戦わずに姿をくらまし、彼らが通り過ぎたら星系の奪還に乗り出す、という作戦をたてました。私が捕らえられて以降どうなったのかは私にはわかりませんが………。ただ、われら一門は今まで500隻だけで孤立してガイエスブルク軍と戦ってまいりましたから、もし閣下のお手元からトゥルナイゼン領に補給や援軍をいただけるならどんなに心強いでしょう。」
 「ごもっともです。早急に手配しましょう。」
 
 「金髪の孺子」が支配する世をみるのなんかまっぴらで、しかし若君やご先代様、一門にそむくことはできないからリッテンハイム侯への使者に名乗りをあげたのだけど、死にそこねてしまったなぁ……。
 

*********
2011.3.17 第二版改 ローエングラム侯の布告および布告に対する主人公のコメントを削除(23話以降に移動します)
2011.3.11 第二版 ローエングラム侯の布告に対する主人公のコメントを追加



[25619] 第21話 決戦前夜(1)  ロットヘルト領分遣隊、結成!
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 00:07
■帝国暦488年7月14日ガイエスブルク要塞ロットヘルト行総督府:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

貴族連合軍における「組織と指揮の一元化」の取り組みは、アルテナ星域の敗戦以降、まずは、私たちシュターデン艦隊の生き残りと少数の宗家・領主らの有志による細々とした取り組みとして再開された。しかし6月15日にブラウンシュヴァイク公が一門を挙げての実施を表明して以降、一挙にガイエスブルク全体の取り組みとなった(これに反発する大貴族・領主たちはリッテンハイム侯爵に率いられてガイエスブルクを離れた)。こうなると、事態はもはや私たちの手を完全に離れて動き出したといってよい。
 
それに組織の一元化も、シュターデン艦隊時代よりもいっそう徹底された。
シュターデン艦隊の時代、クラインシュタイン提督所属の分艦隊はロットヘルト一門+2家の第1戦隊、ホルシュテイン一門+ファイヤージンガー一門の第2戦隊、ミュンヒハウゼン一門の第3戦隊と、一門の単位で一個戦隊(約1,000隻)を構成しており、戦隊の枠内(一門の枠内)で組織の一元化を行うにとどまっていた。そのため、建造次期の異なる戦艦・巡航艦・駆逐艦等が主砲の発射やビーム遮蔽磁場の生成、ミサイルによる弾幕の形成、艦隊としての運動を行うにあたっては、そのために必要なソフトウェアの設定を個別に行う必要があり、しかも共同行動のためには建造次期の古い性能の劣るものに合わせねばならないため、全体としての性能が低くなる傾向があった。
6月以降の一元化は、分艦隊単位(約3,000隻)の枠組みでおこなわれ、戦艦・巡航艦・駆逐艦の艦種ごとに、一門の枠組みをこえて同型艦をセットにすることが目指された。その結果、ロットヘルト一門+2家の艦艇で修理中または廃棄されたもの150隻を除く630隻は完全にバラバラにされて、クラインシュタイン提督直率する3個戦隊に配分されることになった。
シュターデン艦隊の時は「一門の軍勢を率いているのは自分で、指揮をクラインシュタイン提督に預けているだけ」という感覚を持つことがまだ可能であったが、これで一門の艦艇に対する指揮権は名実ともに完全に私の手をはなれたことになる。すこし…というか、かなり寂しいけれど、4月以来めざしていたことが完全に実現したのだから、これでよしとせねば。

私やカール(ミュンヒハウゼン男爵)、一門の領主たちは急に手持ちぶさたになってしまったが、カールの嫡子シュテルンは喜んでメルカッツ総司令に正規軍の仕事をもらいにいった。

シュテルンは軍幼年学校を修了したのち正規軍で大尉まで昇進し、シュターデン艦隊ではクラインシュタイン提督のもとで名目とはいえ第3戦隊の指揮官をつとめた経験がすでにあるから、フレーゲル男爵などよりはよほど艦長や分艦隊提督の資格があるのだが、自分はまだまだ修行が全然たりないからといって、戦艦の艦長の副官を希望したという。あの泥棒猫の息子だけど、とてもよい心がけだ。

シュテルンは、この内戦がはじまるまでは、戦艦ヤーグアールの艦長ブッフバルト大佐(現在キルヒアイス艦隊所属)の副官をつとめていたが、父親のカールがリップシュタット盟約の14番目に署名したせいで憲兵隊に呼び出され、そのままガイエスブルクに送り出されてしまったという。本人は、ほんとうはそのままブッフバルト大佐の副官をしていたかったとか。

カールによれば、シュテルンは、一門の艦艇(ふね)では特別扱いされて修行にならないからと、ミュンヒハウゼン一門のものではない戦艦への配属を希望したという。うちのカールやエーリケとは雲泥の違いで、爪の垢をせんじてのましてやりたい。

■帝国暦488年7月14日ガイエスブルク要塞第48番艇庫:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

目の前にあるのは戦艦クレブス。ロットヘルト家の5代前の先祖ヨナタンの弟タデウスを初代とするミュールハウゼン家の私設艦隊の旗艦で、ロットヘルト衛(ロットヘルト星系警備隊)の2番艦だった艦艇(ふね)である。

ロットヘルト一門15家+2家の戦力は当初計780隻、その乗員はおよそ136,000人を数えた。アルテナ星域の会戦およびシャンタウ星域の会戦に参加し、損耗した艦数は150隻。幸運にも生存者ゼロの轟沈は一隻も出していないが、大損害を受けて艦隊行動が不可能となりアルテナ星域で自爆またはレンテンベルクで破棄を決定したものが40隻。死傷者はこの40隻の乗員を中心として、2回の会戦だけで10,000人(アルテナ9千人強、シャンタウ千人弱)近くに達している。

クレブスはアステリズム級戦艦の35番艦。アステリズム級は、タデウスの晩年にミュールハウゼン家が創設された当時の最新鋭戦艦だったが、それから50年。正規軍では7,8世代前に姿を消し、私設艦隊でも現役最古参となった。武装や動力などは定期的に最新型のものに更新されてきたが、ついに限界がきた。私設艦隊のうち副盟主派の離脱に参加しなかった艦隊とレンテンベルク救援部隊の残存艦隊あわせて約69,000隻のうち、まだ7隻のアステリズム級戦艦が現役だったが、今回の「組織の一元化」にあたっては、艦隊運動の足を引っ張るということで、全艦が艦隊の編成からはずされることになった。そのほかにも45年前から35年前にかけて登場した巡航艦のケーフェル級やリベレン級、駆逐艦のフリーゲン級、ブレムザ級などが同様の扱いをうけた。

ロットヘルト戦隊では、17家の破損艦の中で、ガイエスブルクまでたどりついた110隻のうち50隻が以上のような事情で修理中止となり、また無損傷もしくは修理を完了した艦からも、クレブスをはじめとする15隻が新編成の部隊からはずされた。総司令部からは新造艦30隻が補充されたが、6,000人ちかい乗組員が乗艦を失った状態となった。

さて、ここに老朽を理由に余っている艦があり、一方で乗艦を失った領民出身の兵士がいる。これは、彼等を故郷にもどす一種のチャンスかもしれない。

■帝国暦488年7月14日ガイエスブルク要塞大会議室:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

「盟主閣下、先月はよくぞ組織と指揮の一元化をご決断くださいました。おかげでシャンタウ星域ではローエングラム軍の提督をみごとうち退けることができました。」
「うむ、正直、わし自身は、以前にグレーフィンにお話したとおり、大封をいただいていながらみずから兵を率いて皇室のご恩に報いる義務を負わないのが大変心苦しいのだが、アンスバッハから強くすすめられたのでな。」
「アンスバッハ准将のお薦めですか。」

公にはこのように白々しく質問したが、准将には私をはじめ、シュターデン艦隊生き残りの宗家たちから代わる代わるオルグにつとめたのである。

「うむ。あの者は何を任せてもよくこなしてくれるし、物事に対する判断力もすぐれておる。ことを彼に委ねて誤ったことはないでな。」
「ところで本日うかがいましたのは、わが一門の所領の警備についてです。」
「はい」
「わが一門は所領にほとんど戦力を残さずにガイエスブルクに参集してまいりましたのに、いま、ヘレンキームーゼ基地までが敵の手に陥ちてしまいました。領地と領民が心配でなりません。そこで、ロットヘルト星系周辺にいくらかでも戦力を置くことをお許しいただきたいのです。」
「所領に不安があるのはどの一門も同じでありましょう。グレーフィンのご一門だけ優遇しろとおっしゃるのはいかがなものですかな」
「ヘレンキームーゼ基地が奪われた今、ロットヘルト領はガイエスブルクの制宙権が及ぶ最前線のひとつとなりました。敵軍の動向を可能なかぎりすばやくつかむうえでも、ここにガイエスブルクの戦力を配置しておくことには充分に戦略的意義があるかと。」
「しかしご一門の艦隊は、解体・再編されて、いまや副司令官どのの直属の分艦隊の中核をなしておりましょう?それをまた、ご一門の私的な都合で動かそうというのは、グレーフィンがが日頃主張してこられた「組織・指揮の一元化」とやらに逆行しませんかな?」

公は皮肉っぽい笑みを浮かべてきいてきた。

「はい。いえ、メルカッツ総司令官に委ねた当家の艦隊やクラインシュタイン提督をあらためて取り戻そうというのではまったくありません。」
「ほう」
「そこで、公にお願いしたいことが。」
「なんですかな?」
「わが一門は2回の会戦に参加して、艦艇(ふね)の2割近くを損耗しました。そのほかにも老朽化を理由に統一艦隊の編成からはずされた艦艇もあります。総司令部からあるていど新鋭艦を補充していただきましたし、60隻ほどは修理完了後には戦線復帰する予定ですが、それでも乗艦を失った乗員が6,000人あまりおります。」
「うむ」
「その一方で、ガイエスブルク全体でみますと、統一艦隊の編成から外されて余っている老朽艦が3,500隻あまりございましょう?」
「ほう。そんなにたくさんありましたか。」
「はい。その中に戦艦は7隻ありますが、そのうちのクレブスは我が一門の2番艦だった艦艇(ふね)でした。」
「なるほど、つまり、乗艦を失ったご一門の将兵を、統一艦隊から外された空き船にのせたい、と。」
「はい、そのとおりです。」
「そういうことでしたら、あまり問題はないように思います。ただしもともとご一門のものではない艦艇(ふね)については、もとの所有者との間でもしっかり話しをとおしていただく必要がありましょうな。」
この点は公のいうとおり。そこですでに、いままで戦闘に参加していない領主で、老朽艦の乗組員をそっくりそのまま新鋭艦にうつしたために、老朽艦がまったく空のまま余った・・というような領主をいくつかピックアップしてある。

***********
盟主ブラウンシュヴァイク公の了解を得たので、さっそく船あつめと人集めにはしりまわる。

まず、船であるが、もともとロットヘルト一門に属していた主力艦1隻、補助艦14隻にくわえ、老朽艦を新鋭艦にとりかえてもらって喜んでいる領主たちを特に選んで彼らから使用の了解をもらい、合計で35隻(戦艦3隻・巡航艦22隻・駆逐艦10隻)からなる「ロットヘルト領分遣隊」のための航宙艦がそろった。

次は人集めである。下士官・兵士は優秀なものからクラインシュタイン分艦隊のいずれかの艦に引っ張られていくので、余った連中は相対的にあまり優秀でないものが多い。彼らを率いて十全の働きをさせるためには、さらに優秀な士官が必要だ。

■帝国暦488年7月14日ガイエスブルク要塞総司令官室:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

貴族連合軍は連敗を重ねてきた。

アルテナ星域の会戦のように敗北の度合いが圧倒的だと、損害をうけて航行不能となった艦の味方を戦場に置き捨てて敵の手に委ねることとなるが、そこまでの敗北ではなかった例も多い。

すなわち4月の会戦当初とはことなり、要塞内には乗艦を失った士官・下士官・兵士が多数あふれるようになっている。私のねらいは、彼らのうち、ロットヘルト戦隊17家の領地の出身者で、正規軍に所属しているもの、および正規軍から他の一門の艦隊に出向していたものたちである。

「ロットヘルト領分遣隊」の派遣について盟主に了解をもらったことをメルカッツ総司令官に告げると、一瞬不快そうな顔をしたが、なにも言わなかった。さらにロットヘルト一門15家+両ホッツェンプロッツ家の領地出身の正規軍士官で、いま搭乗する艦がない者を「ロットヘルト領分遣隊」に欲しいというと、メルカッツ総司令官は、該当者に対して総司令官として移籍を命じることはできないが、私の勧誘に応じた者には辞令を出す、といってもらうことができた。

■帝国暦488年7月14日ガイエスブルク要塞大会議室:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

「伯爵閣下、ちょっとお願いが。」
「をを、ロットヘルト伯爵夫人。いかなることでしょう?」
「閣下の艦隊の戦艦ルーヴェ。レンテンベルク救援戦でずいぶん損傷を受けたうえ、老朽艦ということで修理中止になりましたわね?」
「ええ、そのとおり。よくご存知で。」
「ルーヴェの元艦長のアウゲンターラー大佐ですが、正規軍より閣下の艦隊に出向した人物ですが、わが領民でございます。」
「をを、そうでしたか。それで?」
「妾(わたし)のところでこのたび人手をあつめていますので、差し支えなければ、アウゲンターラー大佐、うちのほうで引き取らせていただきたいのですが。」
「いやぁ、アウゲンターラー大佐はたいへん有能な艦長なので、当家の別の艦に乗ってもらうつもりなのですよ。」

う~ん、彼の引き抜きは失敗か。残念。

■帝国暦488年7月14日ガイエスブルク要塞大会議室:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

「子爵閣下、ちょっとお願いが」
  (中略)
「グレーフィンのところのビアホフ艦長を、こちらにトレードしていただけるならかまいませんよ」

いえ、私はロットヘルト戦隊17家の領民を集めたいんです。ビアホフ艦長も一門の領民だし、それはちょっと・・・・。

■帝国暦488年7月14日ガイエスブルク要塞士官用酒場コズミックアドラー:ルドルフ・フェラー

型落ちの老いぼれ駆逐艦が統一艦隊から外される、というのはしょうがない。20隻がはずされて、代わりにきた新鋭艦は5隻すくなく15隻、というのもまあよい。しかし俺があぶれる、というのは納得いかねぇ。子爵閣下のやろう、おれの働きが見えてなかったのか。あいつの目は節穴だ。おのれ。

「ルディ・フェラー少佐、フェラー少佐!」

なんだ、このヤロー!酒くらい好きなように飲ませろってんだ。
あ?
あれれ!
中年の貴婦人がひとりに、侍女っぽい女の子がふたり。
この人、おれの故郷の領主様だ。
おれごときの名前を知ってるとは。
こんな所までなんの用だ?

「あ、失礼しました。なんのご用でしょうか」
「あなた、あぶれたわね」

そうだけど、なんで知ってるんだ?

「妾(わたし)の艦隊で働く気はない?駆逐艦の艦長をまかせるわよ」

ロットヘルト艦隊といえば、クラインシュタイン提督でわないか!

「や、やりたいです!」

■帝国暦488年7月14日ガイエスブルク要塞重営倉:アンドレアス・ブレーメ

看守がいった。

「卿に面会だぞ。」

3月の末、うちの伯爵とご宗家にシュターデン艦隊への参加をすすめたらけんもほろろに反対されたので、つい「おまえら底抜けのアホだ」といったら、艦長を解任され、さらには上官反抗の廉で重営倉入りと相成った。それから3ヶ月以上も放置されてきたが、いまごろ誰だ?

面会室に入ってきたのは、おれの出身地の領主さまと、ふたりの侍女をつれた、そのご宗家のグレーフィンさまだった。

「アンドレアス・ブレーメ大佐ね?」
「そうですが、なにか?」
「妾(わたし)の艦隊で働くつもりはない?」
「外に出していただけるんなら働きたいことは働きたいですけど、うちのご領主とご宗家様がなんといいますかね?思っていることをずいぶんはっきりと言い過ぎてしまいましたから。」
「あなたの「罪状」については調書を読ませてもらったわ。ヘフテン子爵と、ご宗家のクィルンハイム伯爵は戦死なさったの。そして、いまはガイエスブルク全体がシュターデン提督が提唱した改革に取り組んでいるところ。あなたの「罪状」はいまや「先見の明」の証というところね。」
「いま外はそんなことになってるんですか。」
「ご領主とご宗家が亡くなったせいで、放置されてしまったのね。お気の毒に。」
「いやあ、おかげさまで、のんびり、じっくりと鋭気を養わせていただきましたがね。……ところで、たしかグレーフィンはクラインシュタイン提督に馘首(くび)を宣告なさったと聞いた気が。」
「いいえ、馘首(くび)どころか、いまはガイエスブルク全軍の副司令官をなさってるわよ」

********
グレーフィンが「妾(わたし)の艦隊に来ない?」と言っていたのはウソではなかった。
ロットヘルト私設艦隊の指揮官クラインシュタイン提督がガイエスブルク全軍の副司令官なのもウソではなかった。

……しかし、だまされた。

***********
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 第22話 決戦前夜(2) ロットヘルト領分遣隊の配置
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 00:11
■帝国暦488年7月15日 ガイエスブルク要塞 第3345層士官個室:ヨーゼフ・ヘルベルガー

おれが先日まで搭乗していた戦艦パルドゥスは、リップシュタット盟約の署名順位第5位の宗家のオープストフェルダー侯の一門に所属していた。艦艇は総計6,000隻を数えたが、レンテンベルク救援戦で潰滅し、侯爵閣下も一門28家のご当主がたも、一人残らず戦死した。おれは残存艦300隻をまとめ、航行が困難なため自爆させて放棄した420隻分の乗員もつめこんでガイエスブルクに逃げ戻った。

おれがガイエスブルクまで連れ戻った300隻は、どれも破損がひどく、新造するのとかわらぬほど修理コストがかかりそうだということで、結局、全艦が廃棄処分になった。オープストフェルダー領出身の下士官や兵たちの生き残り84,000人は、彼らを率いる宗家も領主もいなくなったから、あとはこのまま終戦まで要塞の中で無為徒食することになるだろう。

おれは正規軍の士官だから、盟主や総司令部から異動命令がきたら配転を受けざるをえない。いや、それとも、軍務尚書からの辞令以外は正規の配置転換命令とは認められない、と言ってやろうか。今の尚書はローエングラム侯だw

と、閑居しながらよしなしごとを考えていたら、TV通信の端末のブザーが耳元でなった。出てみると、相手は恰幅のいい貴族さまだ。

「ブロンベルク子爵ヴェルナーである。ヘルベルガー大佐だね?」
なんとおれの故郷の領主さまだ。はじめて直接にしゃべるぜ。
「はい、そうであります。」
でも、なんでおれの名前なんか知ってるんだ?
「わが一門の宗主のグレーフィン・フォン・ロットヘルトが卿を夕食に招待したいといっているのだが、都合はどうかね。」
ブロンベルク子爵といい、グレーフィンといい、上つ方の皆様がいきなりおれに興味をもちだすとは、どうしたことだ?

グレーフィン・フォン・ロットヘルトという貴婦人は、純金のバスタブを旗艦に設置したりとか、他人に言うことをきかせるのに自分の侍女をムチでひっぱたいて脅迫するとか、なんかいろいろと逸話のある人だ。専属の料理人をロットヘルト星系から連れてきているとも聞いたな。うん。ごちそうというのは大変に魅力的だ。

「上官も乗艦も失って最近は暇をもてあましておりますので、ご招待をお受けできます。」

■帝国暦488年7月15日 ガイエスブルク要塞 第158士官食堂:ヨーゼフ・ヘルベルガー

……って、大貴族さまからのご夕食のご招待が、なんで士官食堂で、B定食なんだ?いや、A・B・Cすきな定食をどうぞ、といわれてB定食を選んだのはおれ自身なんだけども。

グレーフィンといえば、侍女ふたりと少しずつおかずを交換して、やっぱり定食を喰ってる。ブロンベルク子爵は、おれをグレーフィンに引き合わすと、「所用がある」とかいって、すぐ姿を消してしまった。あれは、定食が嫌で逃げたな。それにグレーフィンは、侍女ふたりとおれのぶんも合わせて4人分の定食代はらったけど、おれが自分で来る場合は、士官だから無料で、招待してもらう意味ねーし。

大貴族さまがお召し上がりになるという、ごちそうと対面する夢はあっけなく消えた。

「そのような食事が、お口にあいますかな?」
どうしても、イヤミのひとつもいいたくなるじゃないか。
「がっかりした?」と、グレーフィンはニヤリと笑いながら尋ねてくる。
ええ、とても失望しましたよ。
「最近は士官食堂をまわってるの。目標は、要塞内の全食堂の全定食の征覇。この娘たちにも手伝ってもらうと、一回の食事で3種類味わえるのよ。」
「ご宗家ともあろう方が、珍しいご趣味ですな。」
「ガイエスブルクにきてから、自分ひとりのごちそうを作らせるのが急に気詰まりになってね。専属コックには、いま将官用の食堂で腕前を披露してもらってるけど、ロットヘルトに帰すつもり。」
おれはそのごちそうを喰わせてほしかった。
「で、そもそもグレーフィンのような高貴のお方が、おれの……小官のような下っ端になんのご用件なんですか?」
「妾(わたし)の艦隊で働く気はない?戦艦の艦長を探してるの」
ロットヘルト戦隊の指揮官といえば、クラインシュタイン提督ではないか。即答した。
「ぜひ、つとめさせていただきます」

■帝国暦488年7月16日 ガイエスブルク要塞ロットヘルト行総督府:ヨーゼフ・ヘルベルガー

グレーフィンの勧誘は、クラインシュタイン分艦隊への招聘ではなかった。騙された。いや、グレーフィンが「妾(わたし)の艦隊で」っていったのはウソではなかったが。

ガイエスブルク艦隊の再編からはずされた老朽艦の払い下げをうけて作られたロットヘルト領分遣隊。戦艦の艦長経験のある大佐が8人もいるのに戦艦は3隻しかなくて、約束の「戦艦の艦長」になれなかった者が5人もでた。おれは分遣隊司令官ということで、「騙された」には当たらないかもしれないが。

この無念な気持ちを、飲み込んでしまうのはちょっと悔しいので、グレーフィンに突っ込みをいれてみる。
「大きな手柄を立てたいので、やはりこのお招きは辞退したいのですが。」
「あなたたち正規軍の士官は、これからもいくらでも手柄を立てる機会はあるでしょ?この内戦では無理することはないわ。」
これからも?この内戦では?かなり含みのある発言だ。
「どういうことですか?」
「この分遣隊がロットヘルト領に行くこと自体に意味があるのよ。」
わかりません。
「いずれきちんとお話します。それにメルカッツ総司令からは、もう辞令をいただいてるのよ。いまさら辞退したりすると、貴方の軍歴に傷がつくわよ?」
おのれ、なんと手回しのよい・・・。

だけど、正規軍の将兵に対する異動命令の正式の発令者は軍務尚書なんだな。オープストフェルダー侯の私設艦隊には、エーレンベルク元帥が発令した辞令で配属されてきた。だからグレーフィンのこの理屈に対しては、盟主やメルカッツ総司令が「辞令と称して発給したもの」を拒否してもおれの軍歴は傷つかない、と主張することもできなくはない。が、ここはガイエスブルクだからな。ここでそれを公言すると、営倉入りは間違いないな。オープストフェルダー侯の私設艦隊で働いてみて、大貴族やご領主さま方というのがつくづくアホだということが身にしみてわかった。軍人だから、意義のある任務で死ぬのは全然こわくもないし、命も惜しまないが、おれの才覚をどぶにすてるようなデタラメで犬死するのはまっぴらだ。ただし、このグレーフィンは、噂に聞いていたのとは違って、なかなかおもしろそうな人物だ。とりあえずグレーフィンの振りかざす「総司令の辞令」に従っておくことにした。

と、ここまでが昨晩の話だ。

今朝、おれのように招聘をうけた80人ほどの正規軍士官がロットヘルト行総督府に集められた。作戦目的は「ロットヘルト星系および付近の星系の哨戒」だそうな。

飛び地のノイエ・チェンレンシン星系をのぞくロットヘルト一門14家の所領は8つの星系からなり、もともとは総計500隻の私設艦隊を擁していた。それを哨戒しようというのに、10分の1にも満たない35隻しか動員しないのというのは、非常に不審だ。ガイエスブルクには、老朽艦も乗員もかなり余っているというのに。そこで、再度、ツッコミをいれてみた。

「8つの星系に35隻とはすくなすぎる。この作戦の真の目的を教えていただきたい。」
「8つではなく、ノイエ・チェンレンシンも含め9星系です。」
なぬ?ノイエ・チェンレンシンといえば、全然離れた別の方向にあるぞ?

「本分遣隊の任務は、敵の大艦隊がこの方面に出現した場合にすみやかにガイエスブルクへ通報することです。これ以外の目的はありません。ノイエ・チェンレンシンも含めた9星系を哨戒しますから、各星系に残しておいた戦力と合流して、1星系を5~6隻で担当することになります。」
グレーフィンは、さらに続けた。
「動員数を絞ったのは、敵の注意を惹かないためです。中途半端に数をそろえると、無駄に敵の警戒を招いてしまいますから。」


■帝国暦488年7月16日 ロットヘルト領分遣隊旗艦クレブス:ヨーゼフ・ヘルベルガー

出撃してしばらくすると、グレーフィンが全艦通信をおこなった。
グレーフィンは、あらためて「任務は敵艦隊接近の通報のみ」、「無理をするな」と強調したのち、最後に言った。
「本分遣隊の乗員は、兵士・下士官も、正規軍からきていただいた士官も、哨戒対象の9星系の出身者だけで構成されています。本分遣隊のもう一つの任務として、諸君を故郷に戻す、という目的もあります。諸君はすでにガイエスブルクのために命がけで戦ってくれました。あとはガイエスブルクの行く末を、ここから見守っていただければ、と思います。」

なんと、この分遣隊の任務は、領民の兵隊を故郷へとエクソダスさせるためのものでしたか。……とすると、このグレーフィンはガイエスブルクを「沈みかかった船」だと思ってる?


■帝国暦488年7月17日 トゥルナイゼン領総督府:エドゥアルト・ルドルフ・フォン・トゥルナイゼン

「ご先代さま、さきほど不審なシャトルを捕らえまして。」
「ふむ」
「グレーフィン・フォン・ロットヘルトが搭乗しておられまして、ご先代さまとお話をなさりたい、と。」
ロットヘルト領とは「お隣りさん」であるから、先代アーブラハムの時から海賊の取り締まりや物資の大量購入、輸送船団の共同運行などで親しくつきあってきた。あちらが代替わりしてからは、交渉の窓口は主にクラインシュタイン提督になって、ヴィクトーリアと直接話すのは、25年まえ、彼女の爵位継承式以来になるな。
「よし、つないでくれ。」

「伯爵閣下、お久しゅうございます。」
「おお、グレーフィンも元気そうだの。」
「ガイエスブルクから何度もそちらを攻めたとか」
「グレーフィンのご一門は一度もいらっしゃいませなんだの?」
「はい、私どもはオーディン攻略に向かっておりました。」
「ヴィトゲンシュタイン伯のお手元から、最初は1000隻、次は2000隻、ひとひねりでしたぞ。」
「それはおみごとでした。」
「ただ、三度目にリッテンハイム侯の艦隊が来たときには参りましたな」
「50,000隻でしたねぇ。」
「うちの500隻ではどうにもなりませぬから、無念ながら戦わずして遁走しました。一門のハ―ゼンクレバー男爵がガイエスブルクの捕虜と引き替えにうまく交渉してくれましてな、クロップシュトック侯爵領のようにはならずに済みました。」
「それはようございました。」
「ところで、わざわざのお運びはどのような用件ですかな?」
「はい、私どもの一門では所領をほとんど空にして戦力をガイエスブルクに集めておりましたが、このたび35隻を戻しました。一門の所領は9星系にわかれておりますから、所領に残しておいた戦力とあわせて一星系あたり5-6隻の配置になります。そこでいくつかお願いが。」
「はい、なんですかな?」
「妾(わたし)どものほうからそちらを攻めることはございませんので、ご一門におかれても、是非ご配慮のほどを。」
「これは即答できかねますぞ。「考えておきましょう」としか申せませぬな。」
「ごもっともです。
 もう一つは、こちらに残すうちの者たちには無益なお手向かいはするなと命じておきますので、寄せ手の大将となる方に、攻めるに先立ちまず一声かけてくださるように、とお伝えいただけないかと。」
「わかりました。こちらのほうは、必ずお伝えするよう約束いたしましょう。」
「最後に、こちらはお願いではなく、お知らせなのですが・・・」
「いや、皆までいわんでもよろしい。グレーフィンのシャトルの拘束は解きます。どうぞ、ご自由にお帰りくだされ。」
「ありがとうございます。」

■帝国暦488年7月17日 シャトル:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

「グレーフィン、あのようなやりとりは、「敵」との内通になってはしまいませんか?」
「少佐、あなたベンケンドルフ伯のところにくる前は正規軍の第8艦隊ね?」
「はい、そうでした。」
「うちの一門は、トゥルナイゼンのご一門とはお隣りさんなのよ。一緒に海賊討伐したりとか、必要物資を一度に大量に購入して購入コストを下げるために輸送船団を共同で運用したりとか、ずっとご近所づきあいしてきたの。今はたしかに敵味方になったけど、だからといって一門の小さな手勢だけでお互いを攻撃しあう必要はないと、妾(わたし)は思っているし、あちらのご先代も同じ考えのようね。」
「【叛乱軍】相手の場合では考えられない「慣れ合い」ですねぇ。」
「そうね。でも妾(わたし)もあちらも、自分の属する陣営の不利益になるような行いはなにひとつやってないわよ」

*******
2011.3.27 第二版 主人公がシャトルでガイエスブルクへ引き上げるシーンを削除(23話以降に移動します) ヘルベルガー大佐の回想を増補。
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 第23話 決戦前夜(3) 民衆叛乱の陰謀
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 00:15
■ 帝国暦488年7月19日 惑星ロットヘルト・首府グリューンフェルデ近郊の某所:グスタフ・ツィルヒャー

「みなの衆、聞いてくれ。これはおれの幼なじみのフロインライン・ラントヴィルトだぎゃ。領主のロットヘルト女伯のところに行儀見習いに行っとったのが、ガイエスブルクが危にゃーいうことで、きのう親元に戻されてきた。いまから平民の侍女が、大貴族どもにどぎゃあな扱いを受けるかを見てもらうで。」そして、ベルタにささやく。
(ベルタ、お前(みゃぁ)の背中を皆に見せてやってくれ)。
ベルタはおれに促されて立ち上がり、少し頬を染めながら後ろへ向くと、髪をかき上げてブラウスを脱いだ。背中一面にのこる電磁鞭の醜い傷跡に、この秘密集会に参加している一同はみな息を呑んだ。
「フロイライン、ありがとーな。傷をしまってくれ。その傷がどうして付いたか、皆に説明してくれにゃあか?」
ベルタが話しはじめた。
「奥様は、大変な癇癪持ちな方でした。なにかあると、すーぐに私やアンナを鞭でぶちました。」
「アンナとは?」
「わたしとおなじく、奥様の侍女です。」
「ぶたれた理由は、君たちが何かミスや悪事をしたためか?」
「うんにゃ、なにか面白くにゃーことがあるとか、ご自分のお考えに従わにゃー人たちにいうことを聞かせるためとかです」
「いうことを聞かすって、女伯に逆らう人のところへお前(みゃー)さんたちを連れて行って、ムチでたたくいうこときゃ?」
「そうだぎゃ」

参加者たちから憤懣のうめき声があがった。望ましい雰囲気だ。

「皆の衆、聞いたか?こーれが大貴族のやりくちだぎゃ。人間を人間とも思わにゃー傲慢なやつらだ。連中は、平民の兵士たちにはブタの餌のようなゴミを喰わせておいて、自分たちはごちそうをたらふく喰っとるんだ。ロットヘルト女伯も、グリューンフェルデ随一の名コックとして名高いウォルター・グレツィンガー氏をガイエスブルクに連れていき、自分たち親子のためだけの食事を作らせとったぎゃ。」
「あの、そこらへんはちょっと違っとるよ。」
ベルタが横やりをいれてきた。

「奥様は、グレツィンガーさんは将官食堂にレンタルして、私たちをつれて士官食堂めぐりをしてらっしゃったでね。」
「なんだ、それ?」
「ガイエスブルクに士官食堂が150ヶ所あるんだけど、全食堂・全定食の制覇を目指しとらっしゃりました。」
「???」
「毎回、どの食堂でも、A・B・Cの三種類の定食を注文して、奥様とアンナと私でおかずを交換して、一回の食事で三種類の定食を堪能しました。」
「大貴族のご宗家さまともあろうお人が、お前(みゃあ)さんたちとおかずの分けっこをしとったんかい?」
「はい。4月の11日ごろだったか、奥様が急に、これからはいっしょに食事をしよみゃぁおっしゃって、私たちグレツィンガーさんのご馳走が食べれる思って喜こんどったら、士官食堂の定食めぐりだったもんで、がっかりしました」
なんか、タイバーさんから聞いとる大貴族とは、かーなり、ズレとる人のようだな。

「ブタの餌といえば、戦闘中で食堂がしまっとる時に配られるレーションというインスタント食品があって、とってもまずいから、そんなあだ名がついたそうです。
 それで、旗艦の士官食堂で、奥様とアンナと私がレーションに挑戦して、誰が残して誰が完食するか、士官の方たちが賭をしたことがあったがね。士官の方たちは奥様が平気でぱくぱく召し上がってるのをみて、ビックリしてらしたわ。奥様と私が完食して、アンナは残しました。」
なんか、妙な雰囲気になってきた。
「そのあと、奥様はその場にいた人たちにむかって、「今夜ここは妾(わたし)がおごるわ!みんな、思いっきり飲んで、食べて頂戴!」っておっしゃって、さらに大受けを取ってらっしゃいました。だって士官のみなさん士官食堂ではみんな無料で食事できるから……」
「ベルタ、その話はもうええ。ありがとう。」
せっかく劇的に盛り上がった雰囲気が、妙な方向にながれてしまった。なんとかまとめないと。
「……えー、うん。いま戦われている帝国の内戦は、人を人とも思わにゃぁ傲慢な貴族たちと、平民の味方のローエングラム侯の戦いなんだぎゃ。おれたち平民は、人間が人間らしく生きていける世の中をつくるために立ち上がらな、あかんのだ。」

■ 帝国暦488年7月19日 分遣隊旗艦クレブス:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト
「グレーフィン、惑星ゾーリンゲンで不穏の気配が。」
「カボチャの運搬トラックが横転して、荷台から大量の熱線銃が発見されました。運転手は怪我をして病院に運ばれたのですが、入院先から逃亡しました。」
「熱線銃の出所は?ゾーリンゲンで盗まれたものなの?」
「いや、それがどうも外部から持ち込まれたものようです。」
「運転手の身もとは?」
「地元のカボチャ農家です。」
これは大ごとだ。外部から武器が持ち込まれ、領民たちがひそかに組織されていることになる!
「ヘルベルガー司令、妾(わたし)はゾーリンゲン星系に向かいますが、予定どおり、各星系に艦艇を派遣。」
「よろしいのですか?」
「はい。任務に追加・変更なし。」
「了解。」

ゾーリンゲンは一門のゾーリンゲン男爵家の領地である。現在、戦時ということで、「ゾーリンゲン千戸(Milia)」の戦力は私の指揮下に入っているが、警察権を含む行政は、州長官のゾーリンゲン男爵コンスタンティンのものであり、彼が領地の統治を委任した「留守(りゅうしゅ)」に対し、私は直接には指揮・命令を行うことはできない。


■帝国暦488年7月19日 ゾーリンゲン州長官司:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

「これはご宗主さま、よくおいでくださいました。」
「状況はどうなの?」
「武器庫が18箇所も発見されました。町役人や村役人で運搬や隠匿に関わった者がかなりいます。」
「彼らはいま?」
「むろん、逮捕して厳しく尋問しております。」
「彼らを釈放して頂戴。」
「彼らは謀反人ですぞ?それにこの種のことは、ご領主を飛び越えてご宗主さまの指図を受けるわけには……」
「事情はいまから話すわ。ガイエスブルクにもどったら、コンスタンティンにも了解させる。」
「わかりました。ではまずお話をうかがいたく思います。」


■帝国暦488年7月19日 ゾーリンゲン州長官司大広間:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

留守(りゅうしゅ)どのは拘束していた容疑者への取り調べを中止し、釈放することに同意してくれた。留守どの、州長官司のスタッフたち、釈放された容疑者や、面会に来ていた彼らの家族などを州長官司の大広間にあつめてもらった。


「この内戦の行く末ですが、率直にいって、ガイエスブルクが勝利することはかなり難しいです。最善でも、条件付きの講和に持ち込むのが精一杯というところです。
 妾(わたし)はゾーリンゲン星系もふくめ、一門の星系警備隊を根こそぎ連れて貴族連合軍に参加しました。彼らはガイエスブルク軍の中核になっていて、もしローエングラム軍がロットヘルト一門の領地に攻め寄せてきても、こちらに戻すことはできません。
 いま妾(わたし)はゾーリンゲンに3隻だけお返ししたので、残っていたものと合わせると5隻の戦力になります。ただし、彼らの任務はローエングラム軍がこの星系に現れたら、それをガイエスブルクに通報することに限定し、彼らには、無益な抵抗はしてはならない、と命じてあります。
 ゾーリンゲン長官司のみなさん。妾(わたし)はみなさんには直接命令する立場ではありませんが、ローエングラム軍がこの星系に現れたら、抵抗せずに、彼らの進駐を受け入れるよう勧告します。この星系にローエングラム軍と戦う力が残っていないのは、一門の宗主たる妾(わたし)や領主たちの責任であって、皆さんが負うべきものではないからです。
 ただし戦わずに降伏するのが嫌だという方がありましたら、一緒にガイエスブルクにいきましょう。ゾーリンゲン男爵はそんなみなさんの忠誠心と参陣をとてもよろこぶでしょう。
 さて、ゾーリンゲン領民のみなさん。みなさんの中には、密かに武器をたくわえ、蜂起を計画していた人たちがいますね? 妾(わたし)は、ゾーリンゲン州留守どのと話しあって、この件について、捜査を中止し、容疑者として逮捕した人々を釈放することなどを決めました。だから、まだ武器を隠し持って居る人があるかもしれませんが、どうぞ自重してください。
 そして、皆さんの中には、これらの武器を密かに持ち込んで皆さんに使い方を教えているよそ者を匿っている方がありますね?そのよそ者に、ロットヘルト一門の宗主が州長官司に出頭するよう求めていると伝えてください。出頭したら、ローエングラム軍の軍使としての待遇を与えることを約束するとも伝えてください。
 近々、ローエングラム軍が近々この星系に攻め寄せ、占領下に置くことは間違いありません。そしてコンスタンティンがこの星にふたたび領主として戻ってこれるかどうかは分かりませんが、もし復帰するとしても、皆さんの一部が「武器を密かにストックし、民衆蜂起を計画した」ことを罪としないよう、彼に申し入れることを、一門の宗主としてお約束します。だから皆さんには、、くれぐれもそのよそ者にそそのかされて軽率な行動を起こさないよう希望します。


■帝国暦488年7月20日 惑星ロットヘルトの某所:グスタフ・ツィルヒャー
 
秘密集会の仲間たちは、村々の若い衆を組織して、秘密軍事訓練に励んでいる。武器をひそかに持ち込み、扱い方を教えてくれる師匠は、テオドリヒ・タイバーさんである。この名前はたぶん仮名だろう。そしてローエングラム侯の部下と思われる。しかしそんなことは関係ない。人間が、人間らしく生きる世の中を目指すのみだ。

フロインライン・ラントヴィルトが訓練場に入ってきた。
おれに向かって紙片を差し出していう。
「ツィルヒャーさんにタイバーさん、これ読んでくれんね?」
なんだろう?
こんな文面だった。
「(表書)帝国暦788年7月18日
グレーフィン・フォン・ロットヘルトより
領民グスタフ・ツィルヒャー氏
自称テオドリヒ・タイバー氏へ
(本文)この書状を持参するベルタ・ラントヴィルト嬢には、妾の全権代理として、貴殿らへの招待状の宛名と日付を記入する権限を与えた。ラントベルト嬢が宛名と日付を記入したこの書簡および招待状の2通の書簡は、全文章が、妾自身が記入したものと同等の効力を有する。」

「ベルタ!おまえ、うらぎっ……」
急に空いっぱいに、武装ヘリがはばたく轟音が満ちた。
凶暴そうな武装ヘリが5機、上空を旋回しながらおれたちに銃口を向けている。
ベルタが騒音に負けないよう、大声で叫んだ。

「招待状のほうも読んでちょーせ!」
「(表書)帝国暦788年7月18日
グレーフィン・フォン・ロットヘルトより
領民グスタフ・ツィルヒャー氏
自称テオドリヒ・タイバー氏へ
(本文)7月20日夕刻、ロットヘルト総督府において夕食(ディナー)にご招待する。万難を排して出席されたし。なお身の安全に不安を覚える場合は、我が嫡子トーマスを派遣するので、これを人質としても差し支えなし。」

確かにほとんどの文面がきざったらしい筆記体で書かれていて、おれたちの名前と「20日」という日付の部分だけ筆跡が違う。

タイバーさんと顔をみあわせた。
一瞬で決断はついた。
これはもう行くしかないな。
ベルタに向かって言った。
「招待を受けよみゃー」
するとベルタは上空をむいて両手でまるを作った。ほどなく、一機のヘリが着陸し、20歳ほどの若者がおりてきた。若君トーマスどのであった。
「招待を受けていただき、母もよろこぶでしょう。」
「この状況では、受ける以外の選択肢なんか、にゃーがね」
「では、このままヘリに乗ってください。」

ベルタにトーマスどの、呆然とした仲間たちを残して、ヘリは飛び立った。


帝国暦488年7月20日 ロットヘルト総督府:グスタフ・ツィルヒャー

食事はごちそうが出されたはずだが、緊張しすぎて、何がでたやらどんな味だったやら、まったく覚えていない。デザートを食べ終えると、グレーフィンはまずタイバーさんに話しかけた。
「あなた、カール・ゲルテラー大佐ね?」
タイバーさんが急にむせた。図星だったらしい。
「ベルタから届いた写真をみて、なんだか見たことある気がしたから、士官学校卒業生のデータベースを見直してみたの。」
 すげー記憶がいいなと関心するが、総督府の連中まで目を剥いて驚いているのはどういうことだ?
 グレーフィンはさらにタイバーさんに話しかける。
「あなたの任務だけど、ロットヘルト星系で騒ぎを起こすこと?それとも政権奪取までやることになってたの?」
「人間を動物や物として扱う大貴族の支配を終わらせる必要性、人間が人間として生きることのすばらしさ、ローエングラム侯が平民の味方であること。ご一門の領民たちに、これらのことをお伝えするのが小官の任務です。」
「お伝えになるのは結構ですけどね、ツィルヒャー氏のような人々にそういうことを伝えて、武器まで渡して、何をねらっていたの?」
「・・・」
「ゾーリンゲン星系であなたのお仲間がゾーリンゲンの領民たちに配った武器一式を見たけど、軽火器ばかりね。叛乱を起こした領民たちが星系政府を転覆させるには、能力不足だと思うわ。」
「・・・」
「ツィルヒャー氏のような純粋な若者を煽るだけ煽っておいて、領主に潰させるのが目的なわけ?”ローエングラム公は平民の味方”が聞いてあきれるわよ?」
「そうではないです。ローエングラム侯の本隊の侵攻とタイミングを合わせて蜂起し、星系政府による抵抗を早期に断念させることが狙いです。」
「つまり、騒ぎを起こすことね。そういうことなら話がはやいわ。」
「どういうことでしょう?」
「大佐、妾(わたし)の一門は、今ほとんど全戦力をガイエスブルクに集めていて、ローエングラム侯の軍勢がこちらに攻めてきても、救援を差し向ける余力が全くないの。今回、35隻をこちらに戻したけど、ローエングラム軍の本隊を前にした場合は、戦力としてはほとんどゼロも同然ね。彼らには、ローエングラム軍の本隊の出現をガイエスブルクに通報したら、あとは無益な抵抗をするなと命じてあるの。」
「はい。」
「そういうわけだから、あなたはうちの領民の蜂起をあおる必要はないでしょ?”星系政府に抵抗を断念させること”はすでに達成されているわけだし。」
「うーむ、そういうことになりますかな?」
「ローエングラム軍の本隊がきたら、窓口になっていただけるかしら?」
「……わかりました。お引き受けしましょう。」

「それから、ヘル・ツィルヒャー?」
「はい。」
「あなたは、これをご存じかしら?」
グレーフィンは一冊の小冊子をとりだした。ローエングラム侯が4月初旬に発表した「社会経済再建計画」である。
「はい。タイバー氏からもらいました。」
「妾(わたし)はローエングラム侯から直接いただいたわよ」
なんと驚いた!支配階級の連中は、敵味方でも連絡を取り合うものなのだろうか。
「今後の戦況についての妾の見通しでは、ガイエスブルク軍が勝利するのは無理。最善の場合でも、条件付き講和が精一杯ね。侯は、妾がガイエスブルクに属している限り、これを参考にしたり活用する時間はないのでは?とおっしゃったけど、ホントにそうなりそう。」
「活用?」
「侯には、善政比べをやりたいから、参考にさせてくれってお願いしていただいたんだけどね。」
「そうですか。」
「ヘル・ツィルヒャーには「護民官」への就任をお願いできるかしら?」
「ごみんかん?」
「いま思いついた新設の役職。」
「なにをする役職ですか?」
「当面は「オメガ事態検討委員会」の座長。委員はあなたと、総督府留守ね。」
「オメガ事態ってなんです?」
すると、グレーフィンは、彼女が連れてきた正規軍の大佐を指していった。
「彼は、ロットヘルト星系に配置した戦艦1、巡航艦2、駆逐艦2の指揮と、ロットヘルト8星系に配置した全艦の統率を担当するヘルベルガー大佐です。「オメガ事態」とは、ローエングラム軍の本隊が来寇して、ヘルベルガー大佐が艦隊を降伏させた状態と定義します。あなたと総督府留守の2人が「オメガ事態の到来」で合意したら、オメガ事態の発動ね。」
「そうなるとどうなるんですか?」
「総督府の人員には、オメガ事態の発動とともに、総督(→これ妾ね)の指揮下からはなれ、護民官の指揮のもとで行政を担うよう命令しておきます。これなら「タイバー」氏からもらった武器を使う必要はないんじゃない?」
「そうですね」
「引き受けていただけるかしら?」
「お受けいたします。」


■帝国暦488年7月23日 ガイエスブルク要塞ロットヘルト行総督府:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

侍女のアンナとベルタ、行総督府の文官たち、専属コックのウォルター・グレツィンガー氏らを惑星ロットヘルトに残し、分遣隊を配置につけて、シャトルでガイエスブルクにもどった。8星系の領主政庁のスタッフで、戦わずに降伏したくない連中数名も一緒である。
分遣隊の配置完了と、8星系の不穏な情勢に対する処置などをまとめた報告書を盟主と総司令官に提出した。

■帝国暦488年7月26日 ガイエスブルク要塞大会議室:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

盟主から、「作戦会議」に至急出席するよう要請が来た。報告書に目を通したらしい。

「グレーフィン!トゥルナイゼン家の先代への依頼やら、孺子のスパイとの取り決めやら、これは内通ではないか!グレーフィンはガイエスブルクを裏切るつもりか!」
内通とのご指摘ですが、確かに敵側の人々と接触していろいろと取り決めて参りましたが、取り決めには、ガイエスブルク陣営の不利益をはかるようなものは一つもございません。
 裏切りともおおせでしたが、妾(わたし)たち一門は、アルテナでも、シャンタウでもロットヘルト艦隊はどの一門にも負けない働きを果たしてまいりましたことは、盟主もご存じのはず。これからの戦いでも、ガイエスブルク勢の中核を担う覚悟でございますよ?
 わが一門は戦力をほとんどこちらへ移し、そのためロットヘルト8星系は戦力がほぼゼロの状態でローエングラム軍の前に放置されることとなりました。取り残された領地と領民に、少しでも害が及ばないよう取りはからうのが、上に立つ者の責任だと考えます。」
「死ぬまで戦えと命ずればよいではないか。領民というものは、領主に忠義を尽くすべきものだ。」
「一万隻ほども艦隊を与えることができましたならそのように命じることもできましょうが、実際には、逆に数百隻ほどあった戦力をほぼ根こそぎこちらへもってまいるという有様。」
「グレーフィンは、名誉よりも、領地が荒らされたり領民が死んだりせぬほうが大事なのですかな?」
「そのことと、名誉を求めることとは、矛盾するものではございませんでしょう?
 ロットヘルト一門は宗主と15家の当主がすべてガイエスブルクに参集しております。一門の名誉を担うのは、我らの役目。わが一門は、2度の会戦に参加して、激戦の中、軍を全うしてまいりました。戦闘に参加させた部隊をほぼそのまま失ってしまうご一門も多数ございますから、我らは自らの戦いぶりに誇りを感じております。」
「それにしても、孺子のスパイにそそのかされて謀反を企んだものに役職を与えてなだめるとは……」
「ロットヘルト星系をほぼ無防備の状態にしてしまった責任は、一門の宗主たる私や領主たちにあります。不安にかられた領民がついローエングラム侯の工作員に頼ろうとしてしまったことを、強くはとがめられません。それにことは未然に防ぐことができましたし。」
「グレーフィンは領民どもに甘すぎる。それではしたたかな平民どもや農奴どもをつけあがらせるばかりとなろう。かつて太祖ルドルフ大帝は、何億人という逆徒を誅戮し、帝国の基礎をお固めになられた。わしならば、謀反などを企んだり、試みたりした者共は、容赦なく鎮圧するがな…」

■ 帝国暦488年7月30日1200 ローエングラム軍旗艦ブリュンヒルト:ラインハルト・フォン・ローエングラム

「蒙昧にして臆病なる貴族どもよ。ねずみの尻尾の先ほども勇気があるなら、要塞をでて決戦せよ。その勇気がないなら、内実のない自尊心など捨てて降伏するがよい。生命を救ってやるばかりか、無能なおまえたちが喰うに困らぬ程度の財産を持つのも許してやる。先日、リッテンハイム侯は、卑劣な人格にふさわしい惨めな最後をとげた。同じ運命をたどりたくなければ、無い知恵をしぼって、よりよい道を選択することだ。」


*******
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 第24話 ブラウンシュヴァイク公の決断
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:18
■帝国暦488年7月30日1230 ガイエスブルク要塞ロットヘルト行総督府:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ローエングラム侯の布告が伝わると、多くの貴族たちが「帝国を担う使命を帯びた貴族の責任と誇り」が侮辱されたと激昂し、ガイエスブルクは大騒ぎになった。一部の冷静な者が「あれは貴族諸賢の怒りをかきたてるためにことさら挑発したものであるから、相手にすべきではない」と、必死になだめてまわっている。

■帝国暦488年8月4日1230 ロットヘルト行総督府:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ヘルベルガー大佐から、ローエングラム軍出現の報告があった。事前の根回しが効を奏し、ロットヘルト8星系の航宙軍は無傷でローエングラム軍の進駐を受け入れ、グスタフ・ツィルヒャー氏の「護民官府」もつつがなく活動を開始したという。
進駐してきたのは、ケンプ提督靡下のトゥルナイゼン分艦隊3000隻。少数ながら、トゥルナイゼン領の私設艦隊や、キルヒアイス艦隊からの派遣もあったという。軍規は厳正で、占領体制の確立にあたり、略奪や暴行などは全く生じなかったとか。
占領軍の指揮官トゥルナイゼン少将は、「お隣さん」のトゥルナイゼン家の嫡子として、内戦前からなんども首府グリューンフェルデに来たことがある顔なじみであり、うちの総督府や各州長官司のスタッフたちの不安も少なかろう。私自身も、彼なら配下に無体な振る舞いはさせまいという安心感がある。これで、領地のほうに後顧の憂いはなくなった。

■帝国暦488年8月5日 ロットヘルト行総督府:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ローエングラム軍の先鋒ミッターマイヤーの艦隊が、ガイエスブルクの周辺にまで出没しはじめた。要塞砲の射程外で行進をしてみせたり、接近しては遠ざかり、遠ざかっては接近してみせる。あれは、あきらかに我々を挑発している。

メルカッツ総司令官は、児戯にしか見えないミッターマイヤー艦隊の行動には、何らかの詐術がある可能性を指摘、迎撃の規模、タイミングは総司令部の判断で行うことを改めて布告するとともに、勝手な出撃を固く禁じた。
********
しかしミッターマイヤー艦隊が出現してから三日目、一団の若い貴族たちが激発してしまった。

■帝国暦488年8月8日 ガイエスブルク要塞 第8分艦隊旗艦ヴィルヘルミーネ:レオポルド・シューマッハ

突然フレーゲル閣下が現れ、私に向かって怒鳴った。
「大佐!これから出撃する。発進準備を!」
「フレーゲル提督、総司令部からそのような命令は来ておりませんぞ。」
「ええい、とにかく出撃の準備を!」
「命令もなく、勝手なことはできません!」
「大佐、この艦艇(ふね)はわがフレーゲル男爵家私設艦隊の旗艦であり、私は男爵家の当主だ。出せといったら出すんだ!」
「男爵閣下、フレーゲル艦隊は、6月15日に閣下ご自身が全艦の指揮権を総司令部に預けて以来、第8分艦隊の一部となっています。いくら男爵家のご当主とはいえ、いまさら勝手にそのようなお指図を下すことはできません。」
「もうよい!卿には頼まぬ!」
フレーゲル男爵は言い捨てると、艦橋を出ていった。

■ 帝国暦488年8月8日 ガイエスブルク要塞 第8分艦隊戦艦ヴェッティン:ヘルマン・バルク

フレーゲル男爵閣下がとつぜんあらわれて言った。
「艦長!これから出撃する。発進準備を!」
正規の作戦なら、総司令部の方から命令がくるはずだ。が・・・。
「かっk・・・もとい、フレーゲル提督、総司令部からの命令は来ているのですか?」
「そのようなものはない。とにかく、フレーゲル男爵家の当主として出撃を命ずる!いいな?」
新たな作戦が発動されていないのなら、今月5日に総司令部から発令された出撃禁止命令がそのまま継続していることになるが、しかしブラウンシュヴァイク公爵家代々の家の子郎党(イエノコロウトウ)の私としては、フレーゲル男爵に逆らえるはずもない。
「了解。」

■ 帝国暦488年8月8日 ガイエスブルク要塞 第14分艦隊旗艦ツェーリンゲン:シュテルン・フォン・ミュンヒハウゼン

「戦う勇気のない意気地なしどもに用はない。この者たちをつまみだすのだ!」
子爵閣下のことばとともに、子爵の衛士たちが艦長につかみかかり、艦長の腕をねじり挙げた。
「やめろ!無礼者め!」
衛士にむしゃぶりつくが、そいつの巨体はびくともしない。
横から別の衛士に引き剥がされ、殴られた。目が廻って動けなくなる。
「やめろ、その大尉どのはミュンヒハウゼン家の若君さまだ。それ以上手荒な真似をするでない。」
子爵閣下は衛士を下がらせると、私を助け起こしながら言った。
「ミュンヒハウゼンの若君どの、あなたのご一門は900隻もの戦力をお持ちであろう?艦長には、ご一門がお持ちの戦艦の中からお好きな艦艇(ふね)を選んで差し上げたらよろしかろ?どうか250隻しか戦力のない、小さな一門の艦艇(ふね)を取り上げるのはやめてくだされ」
論点が根本的にずれているのだが、もう議論する気にもなれない。子爵閣下は言った。
「おふたかたを、艦外までお送りしろ。鄭重にな!」


■ 帝国暦488年8月8日 ガイエスブルク要塞行総督府:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

若い貴族たちおよそ550人が、メルカッツ総司令官の禁止命令を破って勝手に出撃した。その際には、多数の有能な艦長や「なんちゃって艦長」に副官としてつけた参謀たちが、腕力沙汰によって艦外へ追い出される事件が起きた。彼らが勝手な出撃を行うにあたっては、家の子郎党にあたる艦長たちに声をかけ、およそ4,500隻がこの出撃に随行した。

若い貴族たちは、敵の艦艇や軍需物資を大量に奪い取り、意気揚々と戻ってきたが、メルカッツ総司令官は彼らに厳しい通達を下した。

「司令官が出撃を禁止したにもかかわらず、その命令を破り、敵と交戦した罪は重い。軍規をもって処断する。階級章と銃を差し出し、軍法会議に出席する用意をせよ。」

ところが勝手に出撃した若い貴族の主立った連中が、盟主に泣きついて処罰を免れようとしているらしい。これは、なんとしても阻止しなければ。

リップシュタット盟約の署名者で、私よりも上位に署名した人々は盟主ブランシュバイク公、副盟主リッテンハイム侯をはじめ11人いたが、アテルナ星域の会戦、キフォイザー星域の会戦、レンテンベルク救援戦などで6人が戦死し、残る4人も靡下の艦隊をほとんど失って気落ちしたのか、作戦会議に出席しなくなった。そういうわけで、ガイエスブルクが道を誤らないよう、ブラウンシュヴァイク公にもの申す責任は、私にかかってきてしまった。

これは気合いをいれないとなぁ。

■ 帝国暦488年8月8日 ガイエスブルク要塞大会議室:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

盟主ブラウンシュバイク公や私をふくむ何人かの大貴族、メルカッツ総司令官、正規軍代表のファーレンハイト提督などが列席して軍法会議が開催されることになったが、総司令官が開催を宣告する寸前、勝手な出撃を行った連中の中の何人かが熱弁を振るいはじめた。その筆頭が、ブラウンシュヴァイク公の甥フレーゲル男爵である。彼らはローエングラム侯の「7月30日の布告」がいかに帝国貴族を侮辱するものであるかを力説し、ローエングラム侯を罵倒している。しかしそのようなことは、彼らの「勝手な出撃」に対する「罪と罰」の問題とはなんの関係もないではないか。

ひとしきりしゃべり終えると、フレーゲル男爵は、自ら階級章をむしりとって床に叩きつけ、学芸会のお遊戯の主役さながらに叫んだ。
「我らはけっして死を恐れるものではない。だが、敵と戦って戦場で倒れるのではなく、勇気と自尊心を知らない司令官によって処断させるのは耐えがたい苦しみだ。軍法会議など不要、この場で自決させてくれ」
「フレーゲル少将の、おっしゃる、とおりだ。」
若い貴族たちが、声をそろえて叫んだ。
「彼だけを、死なせるわけには、いかない。我ら全員、この場で、自殺し、帝国貴族の、誇りを、後世に、示そうではないか」
正規軍の階級章をもっていない彼らは、百戸長(Kenturiarch)、五百戸長(Quinakenturiarch)など武官職を示す徽章を、これは大型で、たたきつけたりすると破損するので、そっと床の上におき、上目づかいにブラウンシュヴァイク公の顔をチラチラと眺めている。

メルカッツ総司令官は、6月15日以降、「組織と指揮系統の一元化」のため艦隊の重要なポイントに、分艦隊提督、艦長、参謀などの名目で有能な指揮官を配置してきた。しかるにフレーゲル男爵らが勝手な出撃を行うにあたり、20人の分艦隊長のうちの半数をはじめとして、彼らの相当数が暴力的に乗艦から排除されている。軍組織の秩序を守るためには、彼らを不問に付すことはありえないはずだ。

ところが盟主ブラウンシュヴァイク公は言った。

「諸君らの罪は一切問わぬ!」

若い貴族たちは、右こぶしをふりあげて歓声をあげた。公は続けた。

「これは戦闘のことではないからな。盟主たる私が最終的に決断をくだすのは当然の権利であり、義務であろう」

これはまずい。軍組織の秩序はどうなる?
「それは違うのではありませんか?」
しかし盟主は私の問いかけを無視し、席を立って興奮する青年貴族たちの前にでて、よく通る声で演説をはじめた。

「諸君の勇気と自尊心は、帝国貴族精神の精華を万人に知らしめたものであり、思いあがった平民どもに鉄槌を加えたと言える。ミッターマイヤーはおろか、公爵や元帥を僭称する金髪の孺子も、恐れる必要はない。吾々は勝利する。そして勝利することによって正義の実在を証明するであろう。帝国万歳!」
若い貴族たちは熱狂的な叫びで応じた。
「帝国万歳!」

「盟主!その方々の命令違反の出撃を処罰なさらないとおっしゃるなら、それはそれで構いません。しかし、軍組織の秩序のほうはどうなります?その方々が追い出した分艦隊提督や艦長、参謀、副長、戦術士官たちはどうするのですか?」

ブラウンシュヴァイク公は、チラとこちらに目線を向けたが、そのまま返事をせずに、青年貴族たちと肩を組みながら、大会議室から退出していった。

********
そのあとブラウンシュヴァイク公はそれまで入り浸りだった「作戦会議」(と称する大宴会)への出席をぴたりとやめ、私が公のオフィスまで出向いても、面会を拒否するようになった。

メルカッツ総司令官の命令に基づかない貴族たちの出撃はさらに10日、13日と2回繰り返され、いずれも大勝利をおさめた。出撃する貴族たちの数や戦力の規模も次第に拡大し、45,000隻に達するようになった。


■ 帝国暦488年8月15日 ガイエスブルク要塞ロットヘルト行総督府:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ブラウンシュヴァイク公から「命令書」と称する書簡が届いた。

(表書き)
帝国暦488年8月14日
正義派諸侯軍盟主フォン・ブラウンシュヴァイクより
ロットヘルト衛都司ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルトに
(本文)
このたび正義派諸侯軍は全力をあげて決戦に臨む。
ロットヘルト衛都司においては、一門の全軍を率いて出撃し、決戦に参加すべし。

盟主ブラウンシュヴァイク公にはこんな出撃命令を出す資格はない。
盟主が決定するのは、作戦の発動である。貴族諸侯が参加する作戦会議の諮問をへて作戦の実施が盟主の名で決定される。
出撃命令は、総司令官が発する。盟主は総司令官に作戦の実施を命令し、そして総司令官からの出撃命令によって各部隊は進発するのだ。これが正規の命令の手順である。

作戦会議の諮問を経ない「作戦」は、ガイエスブルクの公式な「作戦」とは認められない。そして総司令官ではなく盟主が出す「出撃命令」と称するものも正規の「命令」とは決して認められない。

シャンタウ星域で成功をおさめたガイエスブルク軍の統一組織は、8月に入って以降の3度の「勝手な出撃」でかなりガタがきてしまった。ローエングラム侯がこの有様をみてほくそ笑んでいることは間違いない。完全に破滅を迎える前に、なんとしてもくい止めねば。

■ 帝国暦488年8月15日 ガイエスブルク要塞:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

出撃しようとする盟主を待ち伏せするのに成功した。公の前に立ちふさがり、侯が「命令書」と称してよこした書類を示す。
「盟主、この「命令書」についてお話が。」
「わしに出撃するな、という話は聞かぬぞ!グレーフィンは、ご一門を率いて出撃するのもせぬのも、お好きになさればよい。」
「妾(わたし)一門だけの問題ではありません。そもそも盟主には、このような命令をお出しなさる資格がない。」
「なにを言うか。わしは、グレーフィンも含めた貴族諸賢によって推戴された、貴族連合軍の盟主ですぞ。グレーフィンは、戦いを恐れるなら要塞のなかで震えておればよい。」
「だから、妾個人の問題ではありません。閣下がガイエスブルク艦隊を出撃させたいとお考えなら、作戦会議で諮(はか)った上で、メルカッツ総司令官に作戦の実施を命令なさってください!総司令官は戦術をさだめ、艦隊に出撃命令を出すでしょう。それが正しい出撃命令のあり方です!盟主が出撃を諮問なさるなら、妾はけっして反対いたしません」
「ええい、うるさい!じゃま立てするな!」

公爵が興奮して振り回す拳骨が私の右頬にあたった。
オナーは身長が190センチあったけど、ヴィクトーリアは160センチで体重は45キロ。
ふっとばされて後頭部が壁だか床だかにあたる。目から火がでて、何もわからなくなった。

■ 帝国暦488年8月15日 ガイエスブルク要塞ロットヘルト行総督府:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

気が付くと、自室のベッドに寝かされていた。
クラインシュタイン提督とアンスバッハ准将が見守っていた。
准将はいった。
「主君から伝言です。先のふるまいを謝罪したいと」
先ほどの盟主の行動は、こちらから決闘を申し込んでもおかしくないほどの大変な侮辱である。しかしガイエスブルクの大貴族のNo.1と、実質No.2になってしまった私が、いまこの情勢下で個人的に争うことになんの意味もない。
「わかりました。妾を殴打なさった件については、謝罪をお受けします。」
「もうひとつ伝言を。『わしはこの手で孺子と戦いたいのだ』と。」

なんと!
たしかに新たに再編された艦隊組織では、私たち大貴族や領主たちは、艦橋のお客さんにしかすぎないが……。

「准将、すると公が、メルカッツ総司令の命令に基づかずに勝手に出撃した若い貴族たちへの軍法会議を中止させたこと、その後も命令によらない勝手な出撃をそそのかし続けたこと、諸侯に諮らず勝手に盟主の名義の「出撃命令」を出したことは、すべて「組織と指揮系統の一元化」の成果を覆して6月15日以前の状態に戻すために意図的におやりになったことなのですね?」
「はい。」

これが、ブラウンシュヴァイク公の決断なのか……。

「公がローエングラム侯とご自身の手で戦いたいのであれば、一騎打ちをなさるか、せいぜいご一門の方々だけでなさればよい。66,000隻の老朽艦と正規軍部隊の16,000隻の能力を最大限に引き出して戦う体制がせっかく整ったばかりだというのに、公はそれを台無しにしようとしておられる。勝つために最善をつくさずに、格好良く戦いたいという公の個人的な趣味を優先させる方に、妾はおつきあいしたくありませんし、一門の者たちを差し出すつもりはありません。まして、全ガイエスブルク一千五百万将兵を巻き添えにすることなど、ゆるされません。


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2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 第25話 ロットヘルト伯爵夫人、決起す!
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:21
■帝国暦488年8月15日 ガイエスブルク要塞ロットヘルト行総督府:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

一門の領民と兵士の安全だけ考えていたかったのに、いつのまにかガイエスブルクの大貴族たちの実質No.2になってしまって、そういうわけには行かなくなってしまっている。
決めた。
いま起たねばならない。
アンスバッハ准将に告げた。
「盟主とは、連合軍の軍規と軍組織の秩序を先頭に立って守るべき立場であるにもかかわらず、ブラウンシュヴァイク公は、逆に、軍規を破ることと軍組織の秩序を破壊することを多くの宗家や領主たちに促しておられる。」

かつて、妾を含むシュターデン艦隊生き残りの宗家たちは、アンスバッハ准将に組織と指揮系統の一元化の有効性と必要性を説いた。ブラウンシュヴァイク公が6月の半ば、いったん改革を受け入れたのは、アンスバッハ准将によるはたらきかけが大きな役割をはたした。だから公のふるまいが、ガイエスブルク軍に何をもたらしているか、准将も我々に劣らずよく理解しているはずだ。

「公のお振る舞いは、ガイエスブルク軍をいちじるしく弱体化させるもので、結果として、たいへんな利敵行為になっています。もはや見過ごすことはできません。」
「何をなさるのですか?」
「軍規を糾(ただ)し、軍組織の秩序を回復します。」

■帝国暦488年8月15日 ガイエスブルク要塞ミュンヒハウゼン行総督府:カール・ヒエロニュムス・フォン・ミュンヒハウゼン

ヴィクトーリアがいきなりたずねてきた。
「カール、急にお邪魔して申しわけありません」
「それはかまわないが、どうしたんだ、その顔は」
右目が腫れあがってふさがり、頬に大きな紫色の痣(あざ)ができている。ヴィクトーリアは、テーブルの上の書類を指さしていった。
「その件で、ブラウンシュヴァイク公をお留めしようとして、公に」

書類は、昨日ブラウンシュヴァイク公から私あてに届いた「出撃命令書」と称する文書である。私の座乗艦は第四分艦隊の旗艦になってるので、分艦隊提督のフリンクス大佐に尋ねてみたら、そんな出撃命令のことは知らないという。そのまま放っておいたら、今朝、またブラウンシュヴァイク公の使者が来て、出撃準備を急げと言ってきた。出撃命令なら、メルカッツ総司令からフリンクス大佐を通じてだしてくれ、といってお引き取りいただいた。

「公をこれ以上すきにさせておくと、ガイエスブルク全体がシュターデン艦隊の二の舞になってしまう」
「うん、私もそうおもう。」
「腕づくでも軍組織の秩序を回復します。あなたにも手伝ってほしいの。」
「なるほど。もちろん、手伝おう」
「ありがとう。」
「このことは、他には?」
「まだ、クラインシュタイン提督と、アンスバッハ准将の二人だけ。」
「准将に?それはまずいのでは?」
「ことが終わるまでは、うちの行総督府にお泊まりいただくつもり。」
ようするに、監禁である。それなら、大丈夫かな。
「第2戦隊のお二人も、この件に乗ってくれるのでは?」
第2戦隊のお二人とは、シュターデン艦隊時代にいっしょに分艦隊を形成した仲間で、ホルシュテイン・ファイヤージンガーの両子爵である。
「お二人には、あなたの次に声をかけるつもりでした。」
「私も手伝おう」
「お願いします」


■帝国暦488年8月15日 ガイエスブルク要塞ホルシュテイン州行長官司:ミルヒー・フォン・ホルシュテイン

若い貴族たちが、乗艦に飛び乗り、管制官の指示もまだるっこしく、われさきにと出撃していく様子がモニターに映し出されている。シャンタウ星域で大成功した、20個分艦隊の整然とした組織は、いまやあとかたもない。アルテナ星域でのシュターデン艦隊のありさまを、まるで再現しているかのようだ。

あの時自分は組織を崩す側にまわろうとしてロットヘルトのグレーフィンに阻止され、大変腹を立てたものだが、そのお陰で自分も一門も無事に生き延びて、いま、この光景を眺めている……。

「だんなさま、お客様が」
「どなただ?」
「ロットヘルト伯爵夫人とミュンヒハウゼン家の若君さまです」
おお、この感慨に対する数少ない理解者が二人も・・。
「通っていただけ。」

グレーフィンがおもむろに話し出した。
「子爵閣下にお手伝いをお願いしたいことが・・・。」


■帝国暦488年8月15日 ガイエスブルク要塞小会議室:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ロットヘルト家・ミュンヒハウゼン家・ホルシュテイン家・ファイヤージンガー家の四家に属する領主は総計71人。それにヒルデスハイム伯の一門ながら四月の上旬以来ロットヘルト一門と行動をともにしてきた両ホッツェンプロッツ家の2人が、それぞれの警備担当者を連れて、ガイエスブルクの小会議室に勢揃いした。

「みなさんのお手元にも、ブラウンシュヴァイク公からこのような書類がとどいているものと思います。
みなさんもご承知のとおり、公は8月8日、軍規に背いて勝手な出撃を行った者たちに対する軍法会議を、盟主の地位を利用して中止させました。その後も、軍規に背く出撃をたしなめるどころか煽りつづけ、そして昨日には、この「出撃命令」と称する紙切れ。妾(わたし)は、公に、「出撃」を作戦会議に諮(はか)り、総司令部を通じて命令するよう説得しようとして、」ここで腫れた右目や右頬を指さしながら皆の方にむけ、「このような目に遭いました」。

一門の者たちからは憤懣の、他の一門の領主たちからは驚きのどよめきが起こる。

「妾たちと公とは、ローエングラム・リヒテンラーデ両侯の専横に対して立ち上がった同志であって、主従ではありません。公の意志に従わぬからと、このように殴られるいわれはありません。」

「公は、いま、意図的に、軍規の尊厳を傷つけ、軍組織の秩序を破壊しづづけておられる。これはガイエスブルクの戦う力を弱める、大変な利敵行為です。」

ここで、演出として、公からの「命令書」をビリビリと二つに裂き、丸めて背後に放りなげる。

「妾(わたし)は、公の暴走をくい止め、軍規の尊厳と軍組織の秩序を回復するため、皆さんのお力をお借りしたい。」


■帝国暦488年8月15日 ガイエスブルク要塞小会議室:アロイス・フォン・ディンペルモーザー

4人の宗主と73人の領主のガイエスブルクにおける戦力は、現在でも航宙艦が2,600隻、兵力が航宙艦の乗員を中心に45万人に達する。ただしその大部分は要塞内に収容しきれず、他の一門の艦艇と同様、ガイエスブルクの周辺を周遊している。

グレーフィンはまず情勢を分析してみせた。
「いまブラウンシュヴァイク公の偽命令に従って出撃しようとしている大貴族(宗主)は78人、その一門の領主が1140人あります。ただしこの中で、
メルカッツ総司令─分艦隊提督─戦隊指揮官─戦隊
という指揮系統を、ブラウンシュヴァイク公とともに、積極的に破壊しようと試みているのは大貴族(宗主)20人あまりと領主100人ほど。のこりの宗主と領主たちは、彼らに付和雷同しているにすぎず、こちらの断固たる姿勢をみればおとなしくなると思います。
現在ガイエスブルクに残留している宗主・領主たちは、ブラウンシュヴァイク公の「命令」を正規の出撃命令と判断しなかった人々であり、我々に協力してくれるか、最悪でも中立となってくれるでしょう」

ガイエスブルクを制圧する作戦については、次のような内容が示された。
「まず、4宗家と73領主の衛士と、航宙艦の乗員のなかから宙兵隊を中心にとする腕力沙汰にすぐれた乗員の、あわせて20,000人を要塞内に移します。作戦の実行部隊としては、これだけいれば充分だとおもいます。
つぎに、ブラウンシュヴァイク派の人々が出撃したら、すみやかに要塞内の主要拠点を制圧します。目標は第一に、ガイエスブルク要塞の主管制室。これで要塞砲の管制権と通信系統を確保します。第二に、総司令官の命令なく勝手に出撃した盟主・宗主・領主1261人の行総督府・行州長官司のオフィス。これは出撃中の拘束対象者に情報が漏れることを防ぐためと、彼らの家族を人質に取るための、二つの目的があります。第三に、艇庫。拘束対象者が乗艦から降りた瞬間がもっとも無防備になると思われる場所ですから。
 ブラウンシュヴァイク公ととりまきの宗主20人、領主100人については、艇庫において拘禁します。他の宗主、領主たちは拘禁せずに、大会議室まで招待して、そこで「説得」にあたります。
 拘禁した人々と、大会議室に「招待」した人々には、あらためて
 メルカッツ総司令─分艦隊提督─戦隊指揮官─戦隊
という指揮系統の回復に同意するか否かを確認します。同意した人々は解放しますが、同意を拒否した方は、内戦が終結するまで、そのまま拘禁します。」


■帝国暦488年8月15日 ガイエスブルク要塞第28番艇庫 戦艦アースグリム:アーダベルト・フォン・ファーレンハイト

要塞の主管制室から暗号通信が来た。
「OTL」
これは鈍重な輸送船団が後方や側面から敵の奇襲を受けたときなどに、先行する味方本隊にむけて打電するのによくつかわれる暗号で、「攻撃を受けた。降伏す」の意味だ。
  ど  う  い  う  こ  と  だ  ?
  な  に  が  起  き  て  い  る ?
悩むまもなく、主管制室から通信だ。
でてみると、ロットヘルトのグレーフィンだ。顔の右半分がひどい有様になっている。
「これは、グレーフィン。どうしてそのような場所から?」
「ファーレンハイト提督ですね?たったいまガイエスブルクを制圧しました」
「どういうことです?」
「行総督府と行州長官司を1200室ほど、要塞の主管制室と通信系統、艇庫の半数は妾たちの掌握下にあります。」
「いったい、何事ですか?」
「いま出撃していった連中を中心に、宗主と領主を120人ばかり拘禁して、ガイエスブルクにおける軍規の尊厳と軍組織の秩序を回復します」

ブラウンシュヴァイク公は、あの軍法会議を潰して以降、6月15日以来の改革を逆転する方向に行動してきた。このまま流されるようなら、帝国貴族はみんなヘタレの根性なしばかりだと思っていたら、こういう形で反撃する連中が現れてきたか。

「それは思い切ったことをなさいましたな。」
「それで、ファーレンハイト提督にも、出撃をお取りやめいただきたいのですが。」
「どのような権限でそれを私にお命じに?」

ガイエスブルクを制圧したと称する連中が、どんな組織をつくり、何を目指しているのか、彼らの水準がこの問いで測(はか)れるだろう。

「作戦会議評議員の有志代表としての権限で」

今月の8日まで連日開かれていた「作戦会議」は、実質は大貴族(=一門の宗主)たちの宴会と化していたが、形式的・名目的にはガイエスブルクの最高意志決定機関である。ガイエスブルクにおける作戦の発動は、大貴族たちを評議員とする評議会の諮問を承けて、盟主ブラウンシュヴァイク公が決定することになっている。彼女を含む「評議員の有志」といえば、おそらくシュターデン艦隊の生き残りの宗主たちだな。

「評議員の有志と称する方々が、私の出撃をとめる権限をお持ちだとでも?」
「要塞砲は妾たちの管制下にあります。無理に出港なさっても、出撃はできませんよ?」

要塞の周辺に乗艦を漂駐させている部下からも、要塞砲にロックオンされて移動禁止を警告されたという報告が続々と入りはじめている。

「そのことは承知してますがね、グレーフィンは先ほど「軍規の尊厳と軍組織の秩序を回復する」とおっしゃったような気がしますが。」
「はい。」
「正規軍の提督に要塞砲を突きつけて脅迫なさるのは、「尊厳・秩序の回復」というお言葉に逆行するのでは?」
「ごもっともです。」
「ですから、いかなる権限で私に出撃停止をお命じになるのか、その法的根拠をおたずねしています。」
「わかりました。そのおたずねについては、妾たちは出撃命令自体が無効であることを提督に指摘いたします。昨日8月14日付けでブラウンシュヴァイク公が盟主の名義でばらまいた「出撃命令」なるものは、第一に、妾たちの諮問を経ておりませんから正規の「作戦」ではありませんし、第二に、作戦会議は作戦の実施を決定するものであって、出撃命令そのものは、総司令官のほうから発令されるべきものです。この2点から、14日付の公の「命令」は、指揮系統を乱す違法で無効なものとなります。」
「その点については同意します。」
「ですから、そんなものに提督がお従いになられては、周りの者に示しがつきません。指揮系統の回復を目指す我々としても、とうてい見逃しがたいことなのです。」
「ご言い分はわかりました。たしかに私も公から「出撃命令」と称する文書を一件いただいていますが、私が今行っている出撃準備は、その文書ではなく、メルカッツ総司令からいただいた正規の命令に基づくものです」
「そうなのですか?」
「主管制室のデータベースにはもう登録されているはずですから、ご確認いただきますか?総司令部命令第20100318号。本日付で発令です」
「……確認しました。この出撃命令の発令主旨は?」
「正規の命令なく無秩序に出撃する僚艦の保護です」
すなわち、作戦会議の諮問を必要としない、総司令官の判断で行う活動である。
「8日以降、あなたがた貴族諸賢は属下の艦艇を無秩序に出撃させるようになっています。私たち正規軍がそのおもりをする、ということです。いままでミッターマイヤー艦隊は偽装の敗北を繰り返していますが、いつ本気で反撃してきてもおかしくない。そのような場合に、潰走が全滅に至らないよう、梃子入れをするという意図です。」
「……なるほど。お恥ずかしい次第です。」
「そのようなわけで、出撃しても、よろしいですかな?」
「わかりました。」
「ありがとうございます。グレーフィンら「有志」諸氏とブラウンシュヴァイク公一派の争いについて、正規軍の私の部隊は中立に立つことをお約束しましょう。」
「感謝します。それでは、ご武運を。」


■帝国暦488年8月15日 ガイエスブルク要塞ブラウンシュヴァイク行総督府:エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイク

行総督府のオフィスのほうで大きな音や人の叫び声がしたかと思うと、家族のプライベートエリアに武器を持ったたくさんの男たちが乱入してきた。先頭は小柄な貴婦人だ。何度か会ったことがある。ロットヘルト伯爵夫人(グレーフィン)だ。グレーフィンが話しかけてきた。
「おくつろぎ中のところを申しわけありません。恐れ入りますが、大会議室までお運びいただけますか?」
「何事ですか?」
「妾ども、これまでお父上を盟主として仰いで参りましたが、あまりにご無体が多いので、お役目からお退きいただきたいとこれからお願いするつもりでおります。」

グレーフィンの右目は腫れあがってふさがり、頬には大きな青あざがある。
「そのお顔は・・?」
「はい、お父上をお諫めしたところ、お聞き入れくださらずにこのように。」
母がグレーフィンに尋ねた。
「妾たちは殺されるのですか?」
「いえ、とんでもございません。アマーリエ様、エリザベート様、どちらでもかまいませんが、お父上に代わって盟主をおつとめいただけないかと。」
「でも、妾も母も、軍事のことも政治のことも全くわかりません」
「妾どもとしては、ご自身の手で孺子と戦いたい!などとおっしゃらないでいてくだされば、それで充分でございますよ。」

母や侍女たちとともに大会議室に行くと、アンスバッハ准将がいた。
グレーフィンは准将に言った。
「お二方のお世話をお任せします」


■帝国暦488年8月15日 ガイエスブルク要塞総司令部:ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ

グレーフィン・フォン・ロットヘルトが、何人かの宗主とともに一門を率いてガイエスブルクを制圧したらしい。グレーフィンは自分たちの組織を「作戦会議評議員有志」と名乗った。ブラウンシュバイク公の「出撃命令」を拒否した宗主35人、領主420人が賛同しているという。

グレーフィンは語った。
「メルカッツ閣下に総司令官の職をお願いする時、妾たちは、
  (1)こと実戦に関する限り閣下に全権を委ね、指揮系統を一元化すること、
  (2)それにともないどれほど地位・身分の高い者であっても閣下の命令に従い、命令に背けば軍規によって処罰されること
この2点をお約束いたしました。妾たちは10万隻に近い艦艇と1000万人近くの兵力を失った六月半ば、ようやくお約束した軍組織の一元化を実現いたしました。」
「ところがブラウンシュヴァイク公は、今月以降、盟主の地位を利用して、軍規の尊厳と軍組織の秩序を覆す行動を続けておられます。」

グレーフィンは、そこで一枚の名簿を私に手渡していった。

「そこで、妾たちは公と取り巻きの方々を腕尽くでも排除して、軍規の尊厳と軍組織の秩序を回復することを決断しました。」

名簿には、ブラウンシュヴァイク公を筆頭に、二十人の宗主、100人の領主が記されている。

「彼らをどうなさるおつもりですか?」
「彼らが要塞に帰還したところで、一網打尽に拘束する準備はすでに整っています」
「その後は?」
「ブラウンシュヴァイク公をはじめ、メルカッツ閣下の命令なしに勝手な出撃を自ら行い、あるいは命じた全ての宗主たち、領主たちに改めて確認いたします。閣下が任命なさった分艦隊提督、戦隊指揮官、艦長、参謀長を復帰させ、閣下の指揮命令に従うかどうかを。拒否する方々は、内戦が終結するまで拘禁いたします」
「それで、グレーフィンをはじめとする有志諸侯は、私に何をお求めですか?」
「閣下にお約束した条件を妾たち貴族諸侯が整えることができるかどうかは、我々の問題です。我々がお約束を果たせたなら、軍組織の秩序を回復した艦隊を率いて、力の限り、思う存分ローエングラム侯と戦っていただければ、と思います。」
「わかりました。」

ファーレンハイト提督から通信が来た。
「敵の本格的反攻がはじまりました。このままでは全面崩壊です。後詰めをお願いします」

「グレーフィン、お聞きの通りの事情で、これから出撃します。」
「わかりました。」

クラインシュタイン提督にも連絡すべきことがある。

「クラインシュタイン提督?メルカッツです。」
「現在、ガイエスブルクに留まって下さっているご一門や領主がたの艦艇が15、000隻あります」
「はい」
「命令いたします。これを戦力として再編し、可及的速やかに出撃できるようにせよ
「了解」
「勝手に出撃した連中のうちどれだけを無事に連れ戻せるかわかりません。再編は、現在出撃中のものたちの帰還の有無を考慮せず、ゼロベースでお願いします。」
「わかりました。」


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2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 第26話 ガイエスブルク宙域の決戦/量子宇宙のさすらいびとたち(3)
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/04/18 11:02
■帝国暦488年8月15日 ミッターマイヤー艦隊旗艦ベイオウルフ:ヴォルフガング・ミッターマイヤー

ガイエスブルク軍は、例のごとく高速巡航艦の隣りに砲艦が、大型戦艦の隣りに宙雷艇という具合に、火力も機動性も異なる艦艇が入り交じった隊形で進んでくる。

かつてアルテナ星域で捕虜にしたグリューネダックス男爵やアイゼンプファイル艦長によれば、連中のこの種の隊形は「無秩序に入り交じっている」のとは違うらしい。一門ごとに、宗主の直属艦隊を先頭に、一門の領主たちが爵位の順に各自の私設艦隊を率いて後に続き、連中としては、彼らなりに「整然とした、秩序のある」隊形らしい。

しかしながら、いずれにせよ戦術構想と指揮系統に一貫性が欠けていることには変わりがなく、連中が、観艦式と戦闘配置の区別もできない無能な馬鹿ものどもであることは極めて明かである。

穴(=ガイエスブルク要塞)の中に引っ込んでいれば長生きできるものを、わざわざ宇宙の塵になるためにでてくるとはな。

今回は、連中の親玉ブラウンシュヴァイク公も出撃してきたらしい。いつにもまして、腕によりをかけて、敗走の演義でもてなしてやらねば。


■帝国暦488年8月15日 ガイエスブルク宙域

ガイエスブルク軍は、壊走を装って後退するミッターマイヤー艦隊をわれさきと追跡し、その艦列は、自慢の一門単位の配置も崩れ、無秩序に、細く長く伸びた。
ミッターマイヤー艦隊は、反転ポイントに到着すると、急速回頭し、わずか20数分でみごとな砲壁隊形を形成し、ガイエスブルク軍と向き合った。
 ガイエスブルク軍の先頭部隊は、獲物を追跡していたつもりが、突然1,500隻からなる戦艦の壁から主砲斉射の標的にされていることに気づくが、もはやいかんともしがたい。自ら射程内に進み入っては、次々とあえなく粉砕されていく。
ミッターマイヤーは復讐の楽しみをほしいままにした。8月8日以来繰り返してきた見せかけの敗走が擬態だということすら看破できないこの連中は、貴族の馬鹿息子どもに違いない。アルテナでバイエルラインに一杯喰わせたあの老提督やメルカッツはこの戦場には出てきていないようだ。この程度の連中と真っ向勝負で戦うなど、ほとんどばかばかしくさえある。
「みたか、ばか息子ども。戦いとはこういうふうにやるものだ。きさまらの猿にも劣る頭で、憶えておける限りは憶えておけ。」
ガイエスブルク軍中で唯一組織的な艦隊運動を保っていたファーレンハイト艦隊は僚艦に退却を勧告し、自身も撤退を開始した。ミッターマイヤー艦隊が追撃を開始すると、退却速度を落とし、殿軍となってミッターマイヤー艦隊の進撃速度を送らせようとする。しかしながらファーレンハイト艦隊は7,000隻、2倍の戦力を有するミッターマイヤー艦隊を支えきれず、じりじりと消耗していく。
ファーレンハイト艦隊に助けられて逃走をはじめた貴族たちの艦隊にも平和は訪れなかった。準備万端で帰路に待ち伏せていたケンプ、メックリンガー、ビュッテンフェルト、ミュラーらの艦隊が側後背から奇襲をかけ、ガイエスブルク軍はみるみる数を減らした。

 ブラウンシュバイク公は、気が付くと、ミッターマイヤー・ロイエンタールの2個艦隊に追われ、ただ一隻で、全速で逃走していた。激しい衝撃が艦をゆるがす。磁力砲の一弾で後部砲塔が吹き飛んだのだ。つづいて、エネルギー・ビームの光の槍が艦体を擦過し、外壁を削りとって金属の塵を巻き上げる。見えざる巨大な死の手が公の座乗艦ベルリンをつかみかけていた。

そのときメルカッツの直属艦隊5,000隻が、不意にミッターマイヤー・ロイエンタール両艦隊の前に立ちふさがった。巡航艦のミサイルと宙雷艇による魚雷の飽和斉射ののち、駆逐艦とワルキューレによる、敵艦の内懐に飛び込む近接戦闘を挑んだ。ミッターマイヤー・ロイエンタール両艦隊は、ブラウンシュヴァイク公爵の捕獲を断念し、撤退せざるをえなくなった。

ガイエスブルク軍は、私設艦隊45,000隻(乗員7,875,000人)、正規軍12,000隻(乗員2,100,000人)が参加し、私設艦隊39,000隻および正規軍4,500隻を喪失(破壊または航行不能・航行困難となり敵の手中に落ちる)。私設艦隊のうち6,000隻、正規軍の2,500隻は散開して戦場を離脱することで破壊を免れたが、ガイエスブルクには未帰還。ようするに、第一陣として出撃した52,000隻は、ブラウンシュヴァイク公の座乗艦ベルリンなど少数を除き、ほとんどが撃破されたか、未帰還という惨状となった。

一方、ローエングラム軍は正規軍105,000隻(乗員18,375,000人)が参加し、大破・中破が8,000隻あまり、小破以下が20,000隻あまり出たが、戦闘空域は会戦終了の後、ローエングラム軍の制宙権下に入り、敵の手に委ねた艦艇は一隻もださなかった。

ローエングラム軍の圧勝である。


■帝国暦488年8月16日 オーディン:エリック・レッドヒーロー

昨日、ガイエスブルク要塞の近くで大決戦が行われ、ローエングラム軍がまたも大勝利を治めたらしい。ニュースでは、この戦いで戦死したり、捕虜になった大貴族(宗主)や領主の名前、リップシュタット盟約の署名順位などのリストが繰りかえし流されている。
母や兄、クラインシュタイン提督、一門の当主たちの名前はあがってこないので、たぶんみんなまだ元気でいてくれているのだろう。

ところで、いまからクラリスとデート♪
最近は休みのたびごとに、クラリスにオーディンの下町を案内してもらっている。はじめのころ社長は、ぼくの休みをわざとクラリスの休日とずらしたりとか、クラリスの休みの日にぼくを電設の現場に派遣したりとか、いろいろとじゃましてきたけど、クラリスの第2作目のソフトウェアの完成に多大な貢献をした功績を認めてくれたのか、最近はこころよく送り出してくれるようになった。クラリスは一人っ子で、フライシャー電設(有)のあととり娘だからな。ぼくは逆玉を狙えるポジションに着いたのであろうか?

ただし、クラリスを迎えにいくたびに、社長から「ちょっとこい」とよばれて、「わかっているだろうな?ん?」と凄まれるのである。いったいなんのことであろうか?しかしその時の社長の目つきを見ると、「もちろんです」と答えるしかないではないか。

今日は、クラリスが大貴族の邸宅を見てみたいというので、ロットヘルト総督府を案内する。

ヘイブンと星系王国はあっちでは敵国同士かもしれないけど、こちらの世界の人間には、離散紀世界からやってきた人格が自分の人格に同化融合しているなんて、家族にだって話せない。帝国臣民が250億人いる中で、この秘密を分かち合えるのはクラリスしかいない。そのような大きな秘密の前では、ぼくが大貴族の次男坊だったなんて秘密としては随分とちっぽけだから、生い立ちからなにから、すっかり全部クラリスに話した。

クラリスの中の人のシャノン・フォレイカーさんの出身地ヘイブンは、フランス共和国の革命理念(自由・博愛・平等とか人民主権とか)を国是として建国された共和国だ。理念がたんなるタテマエと化し、腐敗した政権の支配も長かったりするのだが、そんな国に生まれて骨の髄から共和主義者なフォレイカーさんとしては、君主政体とか貴族制度に対する畏怖や敬意は全くないそうな。その一方で、帝国の裕福な平民のお嬢さまとして生まれたクラリスとしては、貴族とかお姫さまとかにミーハーなあこがれがあるそうだ。クラリスは、クラリスとフォレイカーさんと、どっちの考えも上下や強弱なく自分自身の考えだというけど、そのあたりはぼくも同類だから、くっきりとよくわかる。

そういうわけで、クラリッサ・フライシャー嬢の興味・関心・好奇心を充たすため、本日のロットヘルト邸訪問と相成ったわけである。総督府の方には、フライシャー電設(有)に電気系統とIT設備の整備点検を発注してもらって、業務上の訪問という形をとった。

フォレイカーさんについては、驚くことがあった。
 おなじ離散紀世界からやってきたといっても、ぼくよりも十四、五年前の時代からこちらへやってきているようなのである。ぼくには52才年上で、軍人をやっている姉がいるのだが、フォレイカーさんは姉と面識があって、姉に捕虜にされたり、逆に捕虜にしたりと、かなりの交流があったという。
 不倶戴天の敵と憎み合っていたのではなく、敵ながら天晴れと尊敬してくれていたので、その点はとても嬉しかったのだが、ぼくの知識では、姉とそのような関係のあるシャノン・フォレイカーという人は、レスター・トレヴィル大将を支えるヘイブン航宙軍のNO.2の中将閣下なはずだ。しかしクラリスは、フォレイカーさんには巡洋艦の戦術長だった時までの記憶しかないよという。ぼくが生まれる前、ヘイブンは捕虜にした姉を処刑する映像を銀河中に配信、その後、じつは生きていた姉がヘイブンの監獄惑星から脱出して大騒ぎが起きたのだが、フォレイカーさんは、姉の脱走を知らなかった。
 よその世界から知識と人格だけがこの世界の人間と同化融合する、という現象には、奇怪で不思議な側面が非常に多いようだ。


■帝国暦488年8月16日 ガイエスブルク要塞大会議室:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

大敗北だ。

ブラウンシュヴァイク公とともに、メルカッツ総司令の命令に基づかずに勝手に出撃していった大貴族(宗主)は78人、その一門の領主は1140人。彼らに率いられて出撃した私設艦隊45,000隻は、ブラウンシュヴァイク公の座乗艦ベルリンを除き、一隻ももどってこない。

私たちが、クーデターによってブラウンシュヴァイク公の手から奪いかえそうとした艦隊と兵たちが丸ごと消えてしまった。

私も、「評議員有志」の面々も、言葉もでない。



[25619] 第27話 アマーリエ夫人、盟主に就任!
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:23
■帝国暦488年4月16日 ガイエスブルク宙域の決戦終了の時点における貴族連合軍の損失と戦力

 ※損失
        アルテナ星域:12,000隻
     レンテンベルク要塞:10,000隻
  レンテンベルク要塞救援戦:30,000隻
      ガルミッシュ星域:50,000隻
     ガイエスブルク宙域:39,500隻
 ※出動可能な予備戦力
          私設艦隊:15,000隻(クラインシュタイン提督による再編中)
           正規軍:3,500隻(他の拠点からの脱出部隊)  
 ※要塞に帰還入港中 正規軍:4,500隻(メルカッツ直属部隊)  
 ※修理中     私設艦隊:8,000隻    
           正規軍:3,000隻    
 ※ガイエスブルク宙域を離脱した未帰還戦力
          私設艦隊:6,000隻(フレーゲル男爵旗艦等)
           正規軍:2,500隻(ファーレンハイト艦隊残存部隊)
                     
           
■帝国暦488年4月16日 ガイエスブルク要塞大会議室:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

貴族連合軍はすでに9万隻をうしなっていた。これですでに勝利の目は失った。のこる75,000隻を厳しく運用して、敵にこれ以上の消耗に耐えられないと思わせるほどの出血を与えることで、かろうじて条件付き講和に持ち込めるかと思っていたが、今回の大損害で、状況は一挙に、いっそう悪化してしまった。

呆然と椅子に座り込んでいたら、シュテルンが近づいてきて言った。
「クラインシュタイン提督から、ご連絡をいただきたい、と」
通信機をとる。
「ヴィクトーリア、15,000隻の再編はおわって、現在士官たちをあつめてシミュレーション訓練を行っているところだ。2時間後には出撃可能だ。」
「・・はい。」
「わしらを、また公に委ねる気か?」
「いいえ。妾たちにまかせて」
提督に気合いを入れられた。シュテルンが提督に頼んだようね。
たしかに呆けているひまはない。

まず、ブラウンシュヴァイク公を処置せねば。
会議室の上座にむかう。

「アマーリエ様?」
「はい、なんでしょう?」
「ご夫君の戦艦ベルリンは無事に戻ってまいりましたが、さきほどもお話もうしましたように、ご夫君にかわって盟主をお引き受けいただきたいのです」
非常にためらっている。無理もないが、いったん起ちあがった以上、こちらも中途半端なことはできない。
「ご夫君のお命をお助けになりたいとお考えならば、是非。」
「でも妾は軍事のことなどなにも……」
「その点は、老練なメルカッツ総司令官や、クラインシュタイン提督にお任せいただけたらよろしいのです。妾どもも精一杯補佐させていただきます」
「わかりました。」

つぎに第一番艇庫に向かう。

■帝国暦488年4月16日 ガイエスブルク要塞1番艇庫:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト
「なぜもっと早く救援に来なかった!?」
ブラウンシュヴァイク公が、公を出迎えたメルカッツ総司令官にむかって偉そうに怒鳴っている。公は、盟主の名で行った自身の行為が、連合軍にどのような大損害をあたえたのか、自分の立場をちっともわきまえていないようだ。怒りに震える副官のシュナイダー少佐を抑えながら憂いに沈みんだ表情で艇庫をはなれる総司令官たちとすれ違いに公のもとに向かう。こちらは装甲服を着用して銃器を携帯したロットヘルト領衛士30人を引き連れての出迎えである。公の数名の衛士たちが腰のホルスターに手をかけようとするのに私の衛士たちが抜き身の大型熱線銃を突きつけて動きをとめさせる。

私はそのような光景があたかも存在しないかのように、丁寧に挨拶を送る。

「公爵閣下、ご無事のお戻り、なによりでした。」
「グレーフィン、こやつらはなんだ!どういうつもりだ!」
「お疲れのところ、たいへん恐縮ですが、そのまま大会議室までお運びください」


■帝国暦488年4月16日 ガイエスブルク要塞大会議室:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ローエングラム軍は、オーディンで報道させた報道番組を、ガイエスブルク宙域でも放送してきた。破れた文官服や水色の病院の患者服を着てうなだれて歩く者、車輪付きベッドで運ばれるもの、どこかの倉庫で一般兵士用の棺に収納されて積み重ねられる者などが、名前・爵位・リップシュタット盟約の署名順位などのテロップをつけて流された。

この報道により、公爵閣下のニセの命令書を受け入れ、メルカッツ総司令の命令なしに勝手に出撃した連中のその後がわかってきた。大貴族(宗主)78人のうち、捕虜となった者8名、死んだ者60名、行方不明8名。彼らに率いられて出撃した領主1140人のうち、捕虜となった者123人、戦死者995人、行方不明者22人。私たち「評議員有志」が拘束のターゲットとした連中のうち、宗主20人はすべて戦死、領主100人のうち捕虜・戦死したものが85名、行方不明は15名。

一門を率いる宗主たちとは、すなわち「作戦会議」の「評議員」でもあるが、私たちが「威嚇」や「説得」の対象に想定したブラウンシュヴァイク派の宗主たちは、ガイエスブルクからはひとりのこらず消滅してしまったことになる。もはや意味がなくなったので、彼らのオフィスを制圧させていた衛士や宙兵隊員は撤収させることにした。

大会議室でひらかれる「作戦会議」は、いままではブラウンシュヴァイク公が盟主として議長をつとめていたが、今回は彼の盟主解任が動議なので、カール(ミュンヒハウゼン男爵)が副議長に選出されて議事を進行させた。

「……盟主の座にあることを利用し、軍規の尊厳を無視し、軍組織の秩序を破壊する行いを多数お重ねになったこと。以上より、評議員有志は、公爵閣下は盟主の地位よりお退きいただくべきとの結論に達しました。ただし盟主の地位は引き続きブラウンシュヴァイク家にお預かりいただくものとし、ご夫君にかわり、先帝の皇女でもあられるアマーリエ様にお引き受け頂くことを提案するものであります」

現存する評議員、全35人による賛成多数により提案は可決、アマーリエ夫人が立ち上がってこれに答えた。

「つつしんでお引き受けいたします。微力ながら、皆様のお力を借りて、精一杯つとめさせていただきます。」


■帝国暦488年8月17日 メックリンガー艦隊旗艦クヴァシル:エルネスト・メックリンガー

ローエングラム侯の本隊と、ミッターマイヤー・ロイエンタール・ミュラー・ビュッテンフェルト・ケンプ等の諸提督の艦隊は補給と修理のためいったん後退し、私の艦隊がガイエスブルク宙域にとどまり、要塞と艦艇の監視にあたっている。

1540、監視衛星より連絡がきた。ガイエスブルク要塞の周辺を遊弋していた艦艇がまとまって移動をはじめている。艦腹に様々な種類の家紋が描かれており、正規軍部隊ではなく、貴族たちの私設艦隊である。例のごとく、高速巡航艦の隣りに砲艦が、大型戦艦の隣りに宙雷艇という具合に、火力も機動性も異なる艦艇が無秩序に入り交じった隊形である。
 
アルテナ星域でミッターマイヤー提督が退治した連中。
レンテンベルクを救援に来た連中。
キフォイザー星域で別働隊が殲滅した連中。
昨日の連中。
そして、この連中。
またも、相も変わらず同じ陣形で勝負を挑んでこようとしている。
衰えぬ闘志だけは見上げた根性であるが、こいつらには戦訓を学び、次の戦いに生かすという知能もないらしい。

わが方の15,500隻をやや上回る18,500隻ほどあるが、貴族たちの私設艦隊相手なら充分以上だ。

「よし、接近戦でカタをつける。最大戦速で前進!」

まず、長距離ミサイルの飽和斉射。
ミサイルが敵艦隊にとどくタイミングで戦艦主砲の斉射。
混乱した敵艦隊に駆逐艦隊とワルキューレ部隊を突入させてとどめを指す。
これでいこう。

「全戦艦・全巡航艦は長距離ミサイルを発射。全駆逐艦は全速前進、近接戦用意。ワルキューレ部隊発進。」

敵艦隊にむかって突進していく長距離ミサイル群と、艦隊の先頭部隊の間の仮想の円筒形をつつむようにチクワ型の隊形を形成して、駆逐艦隊とワルキューレ部隊が先行していく。

突然、敵艦隊が陣形を変化させはじめた。
厚い装甲と強力なエネルギー中和磁場を有する戦艦を盾状に配置し、その後ろに防御力の劣る巡航艦・駆逐艦を潜ませる「砲壁隊形」が十分あまりの間にみるみる形成されていく。

   こ   れ   は   ま   ず   い   !

駆逐艦隊、ワルキューレ部隊に回避命令を出したが、どれだけが離脱できるだろう。

長距離ミサイルが敵艦隊に到達しはじめたが、一発も敵艦にあたることなく撃墜されていく。
敵の射程圏に飛び込んでしまった駆逐艦やワルキューレも、次々と敵の餌食にされていく。

アルテナ星域でバイエルライン准将を手玉にとった部隊があったとミッターマイヤーが言っていたが、こいつらか!

対空能力が大幅に減殺された状態で戦艦同士の真っ向勝負に突入するか、不利な状況での消耗戦を避けて離脱すべきか……。

通信士官が報告してきた。
「敵旗艦から通信です」
なんだ?
「出よう」
相手はひとりの貴婦人であった。
私のピアノ演奏会にマグダレーナが招待した客の中に見た顔だ。
右顔面に青痣があり、右目が腫れてふさがっている。
「お久しぶりです、メックリンガー准将」
「こちらこそ、グレーフィン・フォン・ロットヘルト」
リップシュタット盟約の署名順位第12位の伯爵夫人さまだったな。
「マグダレーナはお元気?」
「はい。壮健でおります」
マグダレーナとは、私の恋人のマグダレーナ・フォン・ヴェストパーレのことで間違いあるまい。しかし彼女はふだんマグダレーナと親交はない。マグダレーナが彼女を私の演奏会に招待したのは、ほんのお義理であったはず。こんな親しげな気遣いを交わし合うほどのつき合いではない。
「グレーフィンは、そのお顔はどうなさいました?」
「ガイエスブルクの中でも、いろいろとあるのよ」
戦場のど真ん中で、そぐわない会話。何がねらいなのか。
「戦争がおわったら、またあなたの演奏会に招待していただけるかしら?マグダレーナによろしくお伝えください」
「わかりました」
通信は切れた。
演奏会場の最前列の特等席で彼女が欠伸(あくび)をしていたのを憶えている。私のピアノ演奏などに興味はもっていないはず。

敵艦隊の最後列には、要塞の至近にもかかわらず、病院船や修理船がいる。
昨日の会戦の戦場域では、我々の手で救難活動がおこなわれ、救難信号を発信した連中についてはすべて救出した。ただし我々の捕虜となるのを嫌い、残骸の中に潜み続けている者もあるかもしれない。

彼らの手で、戦場域の捜索をやりたいのだろう。
いまの通信は、私に消耗戦を避けて制宙権を彼らに委ねるよう求めたものとみた。

「全艦転進。これ以上の損耗をさけるため、ガイエスブルク宙域を離脱する」


■帝国暦488年8月17日 旗艦シュタルネンシュタウプ:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

メックリンガー提督が撤退を決断してくれてよかった。

いま出撃している一個艦隊が、現時点でのガイエスブルクの最後の機動戦力といってもよい。
あとはメルカッツ総司令官直属の正規軍部隊4,500隻があるだけ。
修理中の艦艇が11,000隻あるけれど、要塞の修理能力は、すでに限界を越えている。内戦が続いている間に、どれだけが復帰できるだろうか?

メックリンガー提督に消耗戦をしかけられていたら、彼の艦隊を潰滅させることはできても、私たちの戦力も10,000隻を割るまでに落ち込んでいたかもしれない。

昨日の会戦で戦場を離脱した戦力を、可能なかぎり連れ戻すのが、今回の作戦の最大の目的である。

全方位通信、超空間通信などで、現在、旧戦場域がガイエスブルク軍の制宙権下にあることを発信すると、ただちに少数ながら反応があった。

旧戦場域には、主にわが軍の軍艦の残骸が多数浮遊している。
これらのほとんどに対し、すでに敵軍の手による救出が行われていたが、少数ながら我々の手による救出を待っている者もあった。そのような「勇者」たちを回収している最中、ファーレンハイト提督からの通信が入った。

正規軍2,500隻、私設艦隊1,000ほどが彼の元にいるという。
損傷の無いもの、非常にすくないものを残してもらい、ガイエスブルクに帰還させた。


■帝国暦488年8月20日 旗艦シュタルネンシュタウプ:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

さらに捜索をつづけ、私設艦隊の残存艦5,000隻と合流を果たすことができた。
その中にはフレーゲル男爵どのの座乗艦ヴィルヘルミーネもある。
救出された瞬間は、しおらしい謝辞を述べていたが、私たちが盟主を交代させたと知ったらどんな反応をしめすだろうか。

駆逐艦数隻を残して捜索作業を終了し、ガイエスブルクに帰還してみたら、ブラウンシュヴァイク公がまたやらかしていた。

彼が動かせる戦力はもうないと油断していた。
たいへんな不始末である。


*******
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 第28話 ヴェスターラント攻撃作戦をめぐって
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:25
■帝国暦488年8月18日 ブリュンヒルト:エルネスト・メックリンガー

総旗艦ブリュンヒルトに赴き、ローエングラム侯に敗戦の報告をした。
総括は、次の一言につきる。
「……敵をあなどり切っておりまして、完全に意表をつかれました」
「かまわぬ。敵にもすぐれた力量の持ち主がある、ということだ。2度と引っかからねばよい」
ローエングラム侯はミッターマイヤー提督に向かっていった。
「一門単位での艦隊行動を見せつけてこちらの油断を誘う技は、アルテナでも卿の部下が手玉にとられたな」
「はい。」
アルテナ星域の会戦と、今回の会戦で撮影された敵艦の家紋のデータが対照され、双方の戦場で観察された75種の家紋がスクリーンに表示された。
侯がつぶやいた。
「彼なら詳しそうだ。…ケンプ提督?」
「はい」
「トゥルナイゼンはいるか?」
「はい、1000隻を残して(作者注:24話参照)一昨日より合流しております」

トゥルナイゼン准将は門閥大貴族の宗主でありながら、幼年学校で同期となったローエングラム侯に心酔し、侯をまねて士官学校には進まず、前線で功績を立て、自身の才覚によって昇進してきた人物である。このたびの内戦では、一門を挙げてローエングラム陣営に参加している。

「よびだしてくれ」
スクリーンの一角が区切られ、トゥルナイゼン准将が現れた。
「准将、これらの家紋が識別できるか?」
しばらく眺めたのち、准将は答えた。
「はい、四つが大貴族、残りが彼らを宗主とあおぐ一門の領主たちの家紋です。」
「四つの大貴族とは誰か?」
「ロットヘルト・ミュンヒハウゼン・ホルシュテイン・ファイヤージンガーの4家です」
「彼らの指揮官のクラインシュタイン退役中将とは何者か?聞かぬ名だ。」
「いや、閣下もご存知のはず。第2次ティアマト会戦で「叛徒どもの巨魁」を討ち取った人物ですよ」
「ああ、あの勇猛な艦長か。戦史の教科書で名をみた憶えがあるが、まだ存命だったとはな」
ローエングラム侯は私の提出した戦闘詳報にまた目を落とし、しばらく眺めていたが、最後に次のようにのべて、作戦会議をしめくくった。
「メルカッツにせよ、この老人にせよ、有能な指揮官が実力をふるいだしたようだが、やつらの戦力は、もはや最大限に見積もっても30,000隻あまりだ。油断することなく彼らに消耗を強い、今月のうちにやつらの息の根をとめてやろうではないか。」

■帝国暦488年8月18日 ガイエスブルク要塞:カール・ヒエロニュムス・フォン・ミュンヒハウゼン

シュテルン(嫡男)とヴィクトーリア(元妻)から、作戦会議の副議長としてアマーリエ新盟主を補佐しててくれ、とたのまれたので、ミュンヒハウゼン一門の旗艦の艦橋に立つ役割はシュテルンにまかせ、私は大会議室に詰めている。

ローエングラム侯は、キルヒアイス提督の率いる別働隊を組織し、辺境星域の経略を委ねていたようだ。ローエングラム軍がガイエスブルクにむけて転送する報道番組には、「○○伯爵の暴虐に耐えかねて立ち上がった□□星系民衆の救援に駆けつけるローエングラム軍」、「人間を人間とも思わぬ傲慢な貴族たちの支配から解放されてよろこぶ××星系の民衆たち」というテロップをつけた類の映像が何種類も流されている。

領民が我々の支配を離れて喜んでいるところを見せ付けて、戦意の低下を狙ったものだろう。

あれれ、カメラに向けて背中を肌脱ぎにして電磁鞭の傷跡を見せている、なんだか見たような女の子がふたり。これって、ヴィクトーリアの侍女のアンナとベルタではないか。なになに?「大貴族は平民の侍女をどのように扱うか。ものいう動物、もの言う道具としてこのように虐待するのである」。まあ、あの傷跡はどうみても虐待だろうが、しかし彼女たちが里帰りしてそこにいるのは、その「大貴族」が戦火を避けるためガイエスブルクから疎開させたためだとか、彼女らとその「大貴族」が三人でおかずを分け合いながら楽しげに士官食堂めぐりをやってた・・などという話は、報道されることはないのであろうな。

昨日、クラインシュタイン提督の艦隊が敵のメックリンガー艦隊に大損害を与え、ガイエスブルク宙域から追い払ったことが伝わってきたが、要塞の雰囲気は沈み込んだままだ。

15日の「決戦」で被った被害があまりにも大きすぎたためだ。
なにせ、52,000隻の航宙艦が一時に失われたし、出撃した大貴族(=一門の宗主)や領主たち1,200人あまりが、ブラウンシュヴァイク公を唯一の例外として、一人たりとも戻ってこないのである。

私たちが彼ら1,200人のオフィス(「行総督府」や「行州長官司」など)の制圧を解除すると、年老いた貴族たちや内戦で息子に先立たれた貴族たちの中には、事情を知って、自殺するものが出始めた。彼らのある者は、すべてをあきらめて毒をあおぎ、またある者は、ローエングラム侯に対する憎悪と呪詛を並べたてながら手首の血管を切って古代ローマ人にならった。

正規軍の平民士官たちの中にも、あからさまに反抗的な態度をとるものがあらわれだした。私設艦隊に出向中にリップシュタット戦役が始まり、貴族連合軍の一員として出撃し、大敗北を喫して地獄をみてきた連中にそんな態度をとるものが目立つ。再編される部隊の中核になってもらうために配置転換を打診すると、「軍務尚書が発給する正規の辞令」を要求するのである。現在の軍務尚書はローエングラム侯であり、われわれガイエスブルク軍がそんな辞令を出せるわけがない。実質的な配転拒否である。そのような態度を示す者は、他に悪影響を及ぼさせないためにも営倉入りしてもらう他はないが、15日以降、意図的に反抗的な態度をとる平民出身の士官・下士官・兵士がとみに増加しつつある。

そういえばシュテルンが言っていたな。意味のある任務なら、どんなに危険であろうと死を恐れるものではないが、無能な上官に意味のない危険を強いられると、敵よりもそんな上官に殺意が沸く、と。

わずか半年前、この要塞には数千の貴族とその軍隊が参集し、銀河帝国の首都が移転してきたような活気にあふれていた。それが相次ぐ民衆の反抗、兵士の離反、軍事的な敗北をへて、私たち貴族の巨大な棺と化しつつある。

などと感慨にふけっていると、オペレーターからの報告があった。
「シャイド男爵領のシャトルが到着ました。通信きます」
ひどい怪我をおった若い貴族がスクリーンに現れた。
「こちら、シャイド男爵です。領地のヴェスターラントで平民や農奴たちの叛乱が起き、命からがら逃げてきました」
シャイド男爵は、ブラウンシュヴァイク公の甥のひとりである。
公爵閣下は、先日来、ブラウンシュヴァイク行総督府にこもりっきりで、私から連絡を取ろうとしても着信拒否されるので、新盟主に伝言を依頼する。
「アマーリエ様、お聞きのとおりの次第です。私がお出迎えして医務室へお連れしますので、公爵閣下にお知らせいただけないでしょうか」
「わかりました」

■帝国暦488年8月19日 ガイエスブルク要塞貴賓用医療室:オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク

フレーゲルとともに私の最愛の甥だったヨハン・フォン・シャイドが死んだ。
「賤民どもが…よくも汚れた手で甥を殺したな」
おのれ!おのれおのれおのれ!
「ヴェスターラントに核攻撃を加える。賤民どもをひとりも生かしておくな!」
「どうやって攻撃いたしましょう。当家の私設艦隊は戦艦ベルリンを除き、すべて失われてしまいました。」
そんなことはないはず。あの忌々しいグレーフィンも言っていた。
「いや、老朽を理由に新編成の艦隊から外された当家の艦艇(があるはずだ。乗員も、乗艦がなくて待機中の者がいるはずだ」
アンスバッハが駆けつけて、賢しらにも留め立てしようとする。
「お怒りはごもっともですが、ヴェスターラントは閣下のご領地、そこに核攻撃を加えますのはいかがかと」
「…………」
「それに、ローエングラム侯と対陣しているいま、余分な兵力をさくわけにはまいりません。そもそも、全住民を殺すとおっしゃるのはご無体、首謀者を処罰すればよろしいではありませんか」
「だまれ!」
一喝してやった。
「ヴェスターラントはわしの領地だ。当然、わしにはあの惑星を、賤民もろとも吹き飛ばす権利がある。ルドルフ大帝は、かつて何億人という暴徒を誅戮あそばし、帝国の基礎をお固めになったではないか」
副議長のミュンヒハウゼン男爵とやらまでが口出しをしてきた。
「ルドルフ大帝が40億人の共和主義者どもを粛清なさったのは「帝国の基礎をお固めになる」ためでしたが、閣下のはお身内を亡くされた八つ当たりにしかすぎないのでは?なにかに対するいかなる基礎も固めることなく、ただ民衆の離反がますます進むのみで、ローエングラム侯を利するばかりではないかと」
「副議長どのとやら、これはブラウンシュヴァイク家内部の私事であるよ。他家の方の口出しはやめていただこう」
「しかし、これは閣下ご自身のみならず、アマーリエ新盟主さまやエリザベートさまなどのお名前まで傷つけるものですぞ!」
「とにかく、他家の方は口出し無用!」
病室をでてすぐの通路で、アンスバッハが背を向けてなにやらブツブツとつぶやいている。
「ゴールデンバウム王朝も、これで終わった。自らの手足を切り取って、どうして立っていることができるだろう」
なんだと!うるさいうるさいうるさい!!
「たれかある!この者をとらえて閉じこめよ!これ以上わしのじゃまだてをさせるな!」

******************
説得のためブラウンシュヴァイク行総督府を訪問したメルカッツ総司令の面会要請も拒否し、ブラウンシュヴァイク公爵はヴェスターラントへの攻撃準備をすすめた。19日1600、核ミサイルを搭載したブラウンシュヴァイク家の巡航艦が3隻、ヴェスターラント星系に向かって旅立っていった。

*******
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 第29話 貴族としての名誉とは
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:27
■帝国暦488年8月20日 ガイエスブルク要塞28番艇庫:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

駆逐艦数隻を残して捜索作業を終了し、ガイエスブルクに帰還してみたら、ブラウンシュヴァイク公がまたやらかしていた。自分自身の発動した「決戦」で取り巻きたちを一人残らず失い、もう彼を放置しても問題を起こすことはできないと油断していた。

公の一門の領地のひとつで民衆蜂起が起こり、重傷を負った領主はガイエスブルクまで逃げてきて昨夜亡くなったとか。公は怒り狂って謀反を起こした惑星を核攻撃で吹き飛ばすことを命じ、巡航艦3隻を派遣したという。

■帝国暦488年8月20日 ガイエスブルク要塞大会議室:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

大会議室に到着し、カール(ミュンヒハウゼン男爵,作戦会議副議長)から事情を聞いた。

ブラウンシュヴァイク公は、この件を「ブラウンシュヴァイク家内部の問題だ」と主張し、カールたちの説得を「他家からの干渉」として拒否し、アンスバッハ准将のような「家の子郎党」(イエノコロウトウ)のからの諫言(カンゲン)には逮捕・投獄でこれに報いたという。

公だけが評判を落としてすむなら、それは公の勝手だが、実際にはそうではない。私たち貴族連合軍の大義にますます泥を塗るものであり、「ブラウンシュヴァイク家内部の問題」ですむことではない。

まず、クラインシュタイン提督に連絡し、高速巡航艦5隻を出して、追撃をかけてもらった。

ついで新盟主となられた叡明公主(Mergengunji)さま(=アマーリエ・フォン・ブラウンシュヴァイク)にも一肌ぬいでいただくことにする。「公主」(コウシユ,Gunji)とは、臣下に降嫁した皇族女性の称号である。

「公主様、この度の公爵閣下の暴挙は公主さまもお認めになったものなのですか?」
「いえ、オットーは、妾(わたし)にはなにも・・・」
「妾は、いかなる手段を用いてでもこれを阻止したいと考えております。公主さまにはこれをご了解いただきたいのです。」
「なぜ妾の了解などをお求めに?」
「公主さまが、妾の措置をご了解くださらず、逆に「ブラウンシュバイク家内部の問題に外から口だしする」とお見なしになるのなら、この件は公爵閣下個人の暴走ではなく、ブラウンシュヴァイク家として行う措置とみなされてしまいます。さらには、公主さまは先帝のお血筋であられますから、ゴールデンバウム家の名をも損ないかねません」

叡明公主は、兄君の皇太子殿下がおられたためか、ごく普通の貴婦人としての教養のみを学ばれた方のようで、ご夫君の批判を行ったりご夫君と反対の立場をとったりすることに非常なためらいがあるようだ。しかし、ここは皇室の血筋を引く者として、独自の視点も持って頂きたいものである。

「公主さまに、妾の措置に対するご了解をいただけるなら、この件は、「ブラウンシュヴァイク家とロットヘルト家の私闘」ではなく、ガイエスブルクとして公爵閣下個人の暴走をお止めするという形式を整えることができます。ブラウンシュヴァイク家の名誉も守られます」

「わかりました」公主は、そういうと、周囲で私たちの会話を聞いていた評議員やその他の貴族たちを見回しながらつげた。「オットーの攻撃命令をグレーフィンが阻止なさろうとすることを、「ブラウンシュヴァイク家への攻撃」とはみなさないことを、評議員の皆様に表明するとともに、オットーにも伝えます」
「ありがとうございます」
「その他に妾が為すべきことが何かありますか?」
「はい。当家の巡航艦隊が間に合わない可能性があります。敵方に依頼してでも、阻止すべきと存じます。」
「敵に頼るのですか?」
「ガイエスブルク要塞の周辺宙域はすでにローエングラム軍に制圧されており、ヴェスターラントは敵軍の制宙圏のかなたとなっております。万一の場合の助力は、敵方に頼るしかないと思います」
「そうですか……」
「公主様から、盟主の名で依頼していただけるなら、敵側は決してないがしろにできないでしょう。」
「わかりました。」
「それでは、主管制室までお運びいただけますか?あちらは、オーディンの帝国軍3長官のオフィスと直通のホットラインがあります」

ところが、いままで黙って聞いていたホルシュテイン子爵ミルヒーが、とつぜん横やりをいれてきた。

「公主さま、お待ちください!わしは、この件についてはグレーフィンに反対です。」
彼はシュターデン艦隊に参加して以来、ずっと行動をともにしてきた宗主のひとりで、「評議員有志」としても先のクーデターに協力し、今も私の一門と手分けして、「有志」グループが大会議室や要塞の主管制室、艇庫などを確保する人手を出してくれている。

そして憤慨した顔で私に言った。
「グレーフィンの特殊な趣味を、勝手に公主さまに強要しないでいただこうか?」
「妾の勝手な趣味?」
「そうだ。グレーフィンは公爵閣下の措置を「暴挙」と決めつけておられるが、私はそれに同意しない。ミュンヒハウゼン男爵、貴殿はどうか?」
「わたしは……、わたしはグレーフィンに賛成だ。謀反人を出したという理由で、惑星ひとつをまるごと滅ぼすというのは、罪に対して罰が重すぎる」

「グレーフィン、男爵どの、お二方は、そもそも帝国の歴史の中で、われら宗主たちが果たしてきた役割を忘れたもうたか?」

「男爵どの、あなたのミュンヒハウゼン家はなにゆえ男爵という低い爵位でありながら、伯爵や子爵などもおられるご一門20家の宗家でありうるのか。そして、なぜリップシュタット盟約のご署名にあたり、他の一門のなみいる伯爵・子爵諸家をさしおいて、第14位という高位で署名をすることが叶(かの)うたのか。ご承知であろう?」
「それは、太祖ルドルフ大帝の帝国ご創業のみぎり、当家の始祖が大いに功績があったゆえ、と。」
「そう、功績!ルドルフ大帝にまで遡るわれらの始祖たちの功績とはなんであったでござろうか?」
カールが「帝国草創のバラッド」を引用しながら答えた。
「それは”共和主義者どもや謀反人どもを、みなそれぞれが数千万人づつ誅伐し、太祖大帝陛下とともに、帝国の基礎をうち立てたこと”でしたなぁ」
「そのとおり。おふた方も、ルドルフ大帝以来の由緒ある一門の宗主であられるからにはご始祖の功績をごぞんじであろう? 18位で盟約に署名させていただいた当ホルシュテイン家の場合は”5つの星系の1億2千万人”。ミュンヒハウゼン家はいかがでしたかな?」
”7つの星系の2億5千万人”
「署名順位第12位のロットヘルト家の場合は?」
「……」
兄ゲオルクが戦死し、家督をついですぐ「帝国草創のバラッド」、暗記させられたな……。
「お答えいただけませぬのかな?かわりにお答えしましょう、”8つの星系の3億8千万人”。そうでしたろう?」
かろうじて答える。
「はい」
「太祖ルドルフ大帝の帝国ご開闢にまでさかのぼるこのような功績は、成り上がりの多くの一門にはないものですぞ!?グレーフィンは、ブラウンシュヴァイク家がわずか200万人ぽっちの謀反人を誅伐するのに、いまさら何をうろたえておられるのか?太祖ルドルフ大帝は”全銀河で40億”でしたろうに。」
「……」
「グレーフィン、わしは4月以来、貴女と行動を行動をともにさせて頂いて、貴女の勇気と胆力につくづくと感服し、尊敬しておる者です。さらには、わし自身と一門の命の恩人でもある。その一方で、先月末に取り組まれたご領地や領民にたいする様々ななさりようが、まことに腑におちぬのです。まるでお人柄が分裂しておられるような。」
「……分裂ですか?」
「はい。そもそも我らが領地と領民を与えられるのは何のためでござろう?領地から得られる富と人材を用いて命がけで皇恩に報いるためでござろう?」
ホルシュテイン子爵はつづけた。
「ところが先月23日にグレーフィンが提出なさった報告書を拝見すると、領地と領民を無傷のまま敵に献上しようと必死になっておられるようにみえる。敵であるトゥルナイゼンのご先代と接触なさったり、敵のスパイを発見しても処刑どころか軍使扱いなさったり、謀反を企んだ領民に役職をあたえたり。」
「それが”妾の分裂”でしょうか?」
「はい。無傷で敵に委ねては、そのまままるごと敵のものになってしまうではないですか?」
「敵に渡すほどなら、爆破せよとでも?」
「そうです。いや、必ずしも爆破する必要はありませんが、領民どもに銃器を配り、命尽きはてるまで戦うよう命ずることもできたでござろう?」
「軽火器は航宙艦に通用しませんでしょう?そのようなことは無意味でしょうに?」
「無意味?領民が累代の領主に忠誠を示すことの、どこが無意味ですか?」
ホルシュテイン子爵は、心底不振そうに訪ねる。
「わしには、グレーフィンのいう意味、無意味がわかりません。アルテナ星域では、破損がひどい40隻の航宙艦を放棄する際、「敵の鹵獲をさけるため爆破」と容赦なく主張なさったではありませんか。それぞれの一門の歴史を背負った由緒ある艦たちを。」

頭がクラクラしてきた。
こちらの世界の貴族にとっては、領地・領民は軍艦と同列にモノ扱いされる財産にすぎないのだわ。
オナーが憑く4月10日以前、「領主と領地・領民の関係」についてどんなことを考えていたのかを思い返そうとしてみる。体系的になにか考察したことはなかった。領地や領民を自分自身の一部のようにみなし、観念的に、「おなかをすかせたらかわいそうだ」とか「かしこくなってもらうために図書館や学校をたくさん作ろう」「産業をおこして経済を振興しよう」という程度のことを考えていただけだ。そのままで敵軍の占領を迎えていたとしたら、どうしたらよいかもわからず、うろたえていただけだったろう。

ブラウンシュヴァイク公の措置に対する嫌悪感は、オナーのもので、この世界の貴族としては異質ということなのだろうか?

ホルシュテイン子爵がさらにつづけた。
「公主様、グレーフィンのお言葉にしたがう前に、作戦会議として評議員たちの採決を行っていただけないでしょうか。議題は二つ。ひとつは【ヴェスターラントへの核攻撃を貴族連合軍の公式の作戦として追認すること】への賛否。もうひとつは、ロットヘルト伯爵夫人が主張された、【ヴェスターラントへの核攻撃をブラウンシュヴァイク公の個人的な暴挙とみなし、貴族連合軍として阻止すべきこと】への賛否。」

議長の叡明公主さま、副議長のカールを除く評議員40人で二つの議題が採決された。第一の議題は賛成39票、反対一票で可決。第二の議題は賛成1票、反対39票で否決。

ブラウンシュヴァイク公によるヴェスターラントへの核攻撃は、貴族連合軍としての公式作戦の位置づけが与えられることとなった。

   さ   い   あ   く   だ   。


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2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 第30話 ヴェスターラント大虐殺
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:30
■帝国暦488年8月20日 ガイエスブルク要塞大会議室:ミルヒー・フォン・ホルシュテイン

採決の結果がでると、グレーフィンは蒼白な顔でいったん座席にくずれ折れるように座り込んが、やがてよろよろと立ち上がり、ふらつきながら部屋を出ていこうとした。副議長のカール殿(グレーフィンの元夫でもある)に、目配せで付き添いをうながす。グレーフィンはカール殿に支えられながら大会議室をでていった。

それにしても、グレーフィンは、わずか200万ぽっちの平民や農奴、しかも他家の領民のことをなぜあのように気に病むのであろうか。

そういえば、彼女は、統治者としても、変わり者として評判であったな。「領民たちの知徳を向上させる」と称してごく小さな町や村にまで図書館や初等学校をそれぞれ100箇所以上もつくり、帝国貴族文学の3大名作といわれる作品を領民の必読図書に指定、領内の初等教育では「読み書き」の教科書に収録させたという。3大名作は、たしかに素晴らしい作品だとは思うが、その内容といえば次のようなものである。
※ リラ侯爵夫人作「プリンツ・ルキウスものがたり」(帝国暦268年)
作者は時の皇妃の侍女。皇帝の身分低き側室の子に生まれた主人公が詩を作りながら宮廷周辺の貴婦人やフロイラインたちと繰り広げるドロドロの恋愛物語。ドロドロの極みは、主人公が今上皇帝の若い妃と密かに関係をもち、今上皇帝待望の嫡子が実は嫡孫だ、という設定の部分。不敬罪になりかねない設定であるが、当時の宮中で際評判になった(時の帝国宰相がしょっちゅう作者のサロンを訪れては続きを催促し、一章がまとまるごとに奪い去るように持ち去っては宮中でまわし読みし、当時の皇帝陛下からも「もっと早く続きを書け」という詔勅を賜ったほど)ことで、発禁どころか、逆に名作の殿堂に入った。
※アンブリンゲン伯爵夫人作「枕の手すさび」(帝国暦272年)
作者は、リラ侯爵夫人作とは別の皇妃に侍女として仕えた才女。「妾って教養あるでしょ?妾の感性って素敵でしょ?」という内容のエッセイ。
※クロンベルク子爵作「ひまなときに考えた」(帝国暦250年)
半ば世捨て人となった老貴族の、「近頃の若い者はなっとらん」という内容のエッセイ。
こんなもの、平民や農奴が読んでどうなるのか? 彼らの子供たちにとってもいい迷惑なのではなかろうか?

領民というものは、もし主家が戦いの中で亡びるような場合には、ともに亡びるのが本分であろうと思うのだが、グレーフィンは自身の領民をかわいがりすぎて、たとい敵の手に委ねようとも、無傷でいさせたいと思うようになったのだろうか。

先月にグレーフィンがロットヘルト領に赴いた際、敵方のトゥルナイゼンの先代と接触したり、摘発した金髪の孺子のスパイに軍使の待遇を与えた件について、グレーフィンは7月23日付の報告書の中で、なにやら自慢げに堂々と記していたが、あれはどうみても内通である。7月26日の査問会で、この件がさして問題視されなかったのは、ことの範囲が彼女の一門の領地と領民の扱いに限定されていたためである。基本的に領地・領民の扱いは、煮て喰おうと焼いて喰おうと領主の裁量なのである。そうであるがゆえに、先日の査問会では、グレーフィンのあからさまな内通に対しても、せいぜいブラウンシュヴァイク公が皮肉る程度で済んだのである。

ヴェスターラントの件はブラウンシュヴァイク家の内部の問題である。評議会副議長のミュンヒハウゼン男爵はグレーフィンを支持して「罪に比べて罰が重すぎる」と言った。わしだって実はそう思うけれども、なにせ、とにかく、ブラウンシュヴァイク領の問題なのである。

自分の領地で起きた領民の謀反をどのように扱うかは、それぞれの領主がそれぞれ自らの判断で行うべきことがらであり、他家のものが口を挟むことがらではないのである。さきほどグレーフィンに「グレーフィンの勝手な趣味を公主さまに押し付けるな」と注意したのは、このためである。

グレーフィンが、ブラウンシュヴァイク家とロットヘルト家の私闘を引き起こす覚悟で阻止のための航宙艦を派遣するのはよい。あるいは、個人的に公主さま(アマーリエ・フォン・ブラウンシュヴァイク)を説得し、公爵閣下に再考を求めるのもよい。しかし、ガイエスブルクの盟主の名で、敵に頼ろうとすることについては到底容認できない。グレーフィンは、この三種の措置を一体のものと考えていたようであるが、われらゴールデンバウム王朝の廷臣たちは、太祖ルドルフ大帝とともに、共和主義者・謀反人たちの屍(しかばね)が作る血泥の中から生まれ出てきた者であるぞ。最後の一つは、ようするに我らの盟主が謀反人を救うために敵に頭を下げるということであり、われらがわれらである根本をくつがえすものではないか。グレーフィンは、帝国貴族として、自分が越えては成らない一線を越えようとしつつあったことを、はたして自覚できているのだろうか?

会議室の通信端末に着信があった。
主管制室に配置した、わがホルシュテイン家の衛士からだ。
「なにか?」
「ロットヘルト伯爵夫人がエリザベートさまとともにオーディンに通信を試みています」
「なに!」


■帝国暦488年8月21日未明 ガイエスブルク要塞ロットヘルト行総督府:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

叡明公主さまには、「いかなる手段を使っても阻止したい」とのべた。
内通と呼ばれてもかまうものか。

まずは私の領地のロットヘルト星系の首府グリューンフェルデの総督府に連絡をとる。ローエングラム軍の占領下で行政のトップをつとめる護民官のヘル・ツィルヒャーがでてきた。
あいさつもそこそこに本題にはいる。
「ヴェスターラントで民衆蜂起があって、領主のシャイド男爵が亡くなりました。ブラウンシュヴァイク公が報復のため、8月19日にヴェスターラントにむけて巡航艦3隻を出撃させました。核攻撃で惑星全体を吹き飛ばすつもりのようです」
「なんと」
「妾(わたし)も、とめさせるため巡航艦を送ったけど、出撃が一日遅れで、追いつけるかどうかわからない。ローエングラム侯に、妾の送った巡航艦を妨害せずにヴェスターラントまで通航させて欲しいということと、ローエングラム侯のほうからも阻止に動いてほしいということの2点を、お伝えいただきたいの。至急に!」
「わかりました、すぐにお伝えします」

敵方の宗家で、ロットヘルト家とは内戦前から交流のあるトゥルナイゼン家の先代にも連絡をとり、同じ内容の伝言を頼んでいるところに来客があった。

ブラウンシュバイク公と叡明公主(アマーリエ)さまの一人娘、エリザベートさまだった。

■ 帝国暦488年8月21日 ガイエスブルク要塞ミュンヒハウゼン行総督府:カール・ヒエロニュムス・フォン・ミュンヒハウゼン

ヴィクトーリアをロットヘルト行総督府まで送ったところで彼女とは別れた。私は私のつてをつかってヴェスターラント攻撃部隊阻止のために動くことを、彼女が希望したのである。

ミュンヒハウゼン一門の領地は辺境星域に位置する。
わが一門も、星系一つに駆逐艦2-3席をのこし、一門家の航宙艦935隻を根こそぎガイエスブルクに持ってきた。一門各家が後をゆだねた留守(りゅうしゅ)たちは、ローエングラム軍に攻められたらひとたまりもなかったろうな。

ミュンヒハウゼン本星の総督府に通信すると、私があとを任せた留守ではなく、別の人物がでてきた。たしか郊外の小さな町ツィッタウの町長だったはずだ。留守のガーブリエルを筆頭とする総督府のスタッフたちはどうなったのだろう。わが領地でも、いろいろな出来事があったのだろうな。
「領主のカール・ヒエロニュムスです。」
「お久しぶりです、もと領主さま」
嫌みな返事をしてくるが、いまはどうでもいい。
「貴殿をツィッタウの町長に任命した覚えがある。」
「いまはローエングラム侯より、ミュンヒハウゼン州の代理知事に任命されました」
「ガーブリエルやそちらに残した遠縁のものたちは息災だろうか?」
へんじがない。
「まあ、よろしい。今回連絡したのは余の儀ではない、そちらに駐在しているローエングラム軍の指揮官に至急話しをしたいのだが。」
「どのようなご用件ですか?」
「ローエングラム侯に至急の伝言を頼みたいのだ。」


■帝国暦488年8月21日 ガイエスブルク要塞ロットヘルト行総督府:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

エリザベートさまは言った。
「先ほどの採決の件で参りました。」
席をすすめ、衛士にたのんで茶をだしてもらうが、フロイラインは手をつけない。
「父の措置について、グレーフィンや男爵閣下が問題になさっていたのは、罪に対する罰が重すぎるということだったと思うのですが・・」
「そうでした」
「それが、ホルシュテイン子爵のお話では、謀反に対して罰は必ず与えるべきだというお話にすり替わっていたようにおもいます。」
「そうでしたが・・」
「妾は、父の作戦を止めたいのです。処罰は首謀者だけに限定すべきだし、住民を根こそぎにして惑星一つを不毛の地に変えるのも、やりすぎです」
「しかし、もはやお父上のヴェスターラント攻撃は、ガイエスブルクの公式作戦としての認定をうけてしまいました。」
「ええ、でも妾からすれば、この件を「ガイエスブルクの公式作戦に認定するかどうか」を作戦会議の評議員の皆様があれこれおっしゃるのは、「他家の方からの口だし」にあたります。ブラウンシュバイク家の内部のことで、父の誤りを娘が匡(ただ)すのを、他家の方にとやかくいわれるいわれはありません」
「それでは、フロイラインは・・」
「妾にできることには、なにがありますか?」


■帝国暦488年8月21日 ガイエスブルク要塞主管制室(メインコントロールルーム):ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ガイエスブルクはもともと正規軍の施設であるから、オーディンの宇宙艦隊司令部・軍務省・統帥本部の三箇所とは直通のホットラインがある。
どの機関に連絡をとろうか。
ローエングラム侯は艦隊を率いて出撃中だから、宇宙艦隊司令部にしよう。

宇宙艦隊司令部の通信士官がでてきた。まずは妾が露払い。
「ガイエスブルクの作戦会議評議員のグレーフィン・フォン・ロットヘルトです。ローエングラム侯に緊急の伝言があります。そちらの最高責任者の方をお願いしたい。」
どのような主旨かを問われ、伝言の主旨を答えることを何度かくりかえすうちに、宇宙艦隊の留守本部を預かる最高責任者までたどりついた。皇孫フロイライン・ブラウンシュヴァイクとともに通信画面に入ると、相手はびっくりしていた。フロイラインに伝言の内容を語ってもらう。

「……ガイエスブルクの方からも阻止のための人手は出しましたが、追いつけるかどうかわかりません。そこでなんとしてもローエングラム侯に、父の作戦の阻止をお願いしたいのです。」

必ず伝える旨を確約してもらった。さらに、ローエングラム侯の旗艦ブリュンヒルトの連絡コードも知らせてくれた。

ブリュンヒルトは、オーベルシュタイン総参謀長が出てきた。フロイラインとともに通信画面に入る。
「ローエングラム侯に緊急のお願いがございます。おとりつぎいただけましょうか?」
「承りましょう。」
「侯に直接にお話ししたいのですが」
「その必要はありません。私がうかがいます」
「わかりました。では申し上げます。……」
オーベルシュタイン参謀長は伝言として必ず伝えると確約してくれたが、しかしロットヘルト家の追跡部隊を妨害しないこと、阻止のために動くことという私たちの二つの「願い」は、時間をかけて迷うようなことだろうか。すぐ近くでこの通信を見ているはずのローエングラム侯は顔をみせないし、ただちに回答をよこさないのがなんだか不安である。


■帝国暦488年8月21日 ブリュンヒルト:ラインハルト・フォン・ローエングラム

甥である領主のシャイド男爵が民衆蜂起によって重傷を負い、死去したことへの報復として、ブラウンシュバイク公がヴェスターラントに核攻撃を行い、惑星一個を丸ごと焼き払う。

ガイエスブルクから脱出してきたヴェスターラント出身の兵士からの話を聞いた時、そんなとてつもない無茶をやるかと半信半疑であったが、私はただちに艦隊を派遣して攻撃を阻止しようとした。しかしオーベルシュタイン参謀長がそれをとめた。

「いっそ、血迷ったブラウンシュバイク公に、この残虐な攻撃を実行させるべきです」
冷徹な参謀長はいう。
「そのありさまを撮影して、大貴族どもの非人道性の証とすれば、彼らの支配下にある民衆や、平民出身の兵士たちが離反することは疑いありません。阻止するより、その方が効果があります」
「二〇〇万人を見殺しにするのか。なかには女子供も多くいるだろうに」

その時、通信担当士官から報告があった。
「ロットヘルト星系の護民官府、トゥルナイゼン家の先代当主、ミュンヒハウゼン州の臨時知事から至急の連絡です。ガイエスブルクの幹部より、ヴェスターラントに対する核攻撃阻止の依頼があったとの由」
「オーディンの宇宙艦隊留守本部より。ガイエスブルクよりヴェスターラントへの核攻撃阻止の依頼があったと。またブリュンヒルトの直通コードを教えたとのことです。」
「ガイエスブルクより通信です。」
総参謀長が言った。
「私がでます」
相手は、グレーフィン・フォン・ロットヘルトと皇孫のフロイライン・ブラウンシュバイクであった。

オーベルシュタインは、彼らにいかなる言質も与えずに通信を終えた。

ガイエスブルクの幹部たちと実の娘からの阻止依頼である。ヴェスターラントに対する核攻撃が行われようとしていることは、もはや疑いようがない。

「オーベルシュタイン、やつらの戦力は最大限にみつもっても、すでに30,000隻強までに減少している。力攻めしたところで、余裕で勝てる。」

辺境星域も、キルヒアイスの別働隊がほぼ制圧した。すでに内戦の終結は目前にみえている。彼らの支配下にある民衆や平民兵士の反発を高める措置を、いまの時点でことさらとる必要はもうないはずだ。

「閣下、閣下は寒門のご出身で、ご幼少より軍隊の中で過ごしてこられた。貴族どものメンタリティーを充分にご存じない」

たしかにそうかもしれないが、それがこの件とどのような関係があるのか。

「閣下は「帝国草創のバラッド」でローエングラム家の功業がどのように述べられているかご存じですか?」

そういえば、ローエングラム伯の爵位を次いで、ローエングラム家の邸に入った時、空き邸を守ってきた家令がなにやら暗記させようとしたが、無視してやったな。
「いや、そんなバラッドがあるらしいと、おぼろげに知っているだけだ。」

オーベルシュタインが引用して暗誦した。
「バラッドでは、ルドルフの即位に続けて、”共和主義者どもや謀反人どもを、みなそれぞれが数千万人づつ誅伐し、太祖大帝陛下とともに、帝国の基礎をうち立てた”とのべ、ゴールデンバウム朝の創建に協力した大貴族たちの「功業」を讃えていきます。ローエングラム家は”9つの星系の4億人”。ルドルフは帝国の創建にあたり、共和主義者や叛徒たち40億人を誅伐したと伝えられていますが、ローエングラム家の初代は、その1割を担当したわけです。」

オーベルシュタインはさらに続けた。

「ゴールデンバウム王朝の貴族どもは、民衆を殺戮への恐怖によって、力でねじ伏せて来たことを自らの誇りとしてきた連中です。先ほど我々に攻撃阻止を依頼してきた連中は、例外的な跳ねっ返りだと思われます」

参謀長は、私のひるみを断ち切るようにさらに続けた。

「閣下、貴族どもは、ガイエスブルク要塞の中だけにいるのではありません。まだオーディンで非常に強大な権力を保っています。彼らが帝国の支配階級として存在するかぎり、このようなことはこのさき何度でもおこります。ですから、彼らの凶悪さを帝国全土に知らしめ、彼らに宇宙を統治する権利はない、と宣伝する必要があるのです。ここはひとつ……」
「目をつぶれというのか」
「帝国二五〇億人民のためにです、閣下。そして、より迅速に、閣下の覇権を確立するために。」
「……わかった」


***********
2011.4.10 戦会議がヴェスターラント攻撃をガイエスブルクの公式作戦として追認した件をオーベルシュタインが把握していた、とする記述を削除。
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 銀紅伝 第31話 決別
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:32
■帝国暦488年8月21日 ガイエスブルク要塞:ミルヒー・フォン・ホルシュテイン

グレーフィンが、作戦会議の議決を無視してローエングラム侯と連絡を取ろうとしている。
これはまずい。
副議長殿(ミュンヒハウゼン男爵)は元妻のグレーフィンのいいなりに追随するだろうから、これでは今ガイエスブルクの要所を武力制圧しているわしら「評議員有志」4人がまっぷたつではないか。
ファイヤージンガー男爵とともに、主管制室をめざすと、ちょうどグレーフィンとフロイライン・ブラウンシュヴァイクが主管制室を出てきた所だった。通路の反対側からは副議長殿もやってくる。ちょうどよい。「有志」で意志疎通をはかりなおさねば。

すぐ目の前の小会議室に入るよう一同を促す。

「グレーフィン、よくも勝手なことをやってくださいましたな」
「もうしわけありません。どうしても見過ごせませんでした」
「わしらが立ち上がった理由には、「軍規の尊厳を恢復する」という名目もあったはず。そんな貴女が作戦会議の議決をみずから破ってどうしますか?」
「いかなる処分も甘んじて受ける覚悟です」
そこに、エリザベートさまが口をはさんできた。
「いいえ、この件は、妾がお願いしてローエングラム侯に連絡をとっていただいたのです。グレーフィンにはお咎めのないようにお願いします」
「ふふふ、エリザベートさま。グレーフィンは、言葉ではああおっしゃっておられるが、「処分を受ける」おつもりなど全くないのですぞ」
「そうなのですか?」
「いま、わしら4人はそれぞれ重武装の兵士を要塞内に入れて、大会議室、主管制室、動力炉、艇庫を制圧しております。わしらがこの兵力を使って内輪もめをはじめたら、ガイエスブルクはもう終わりです。」
「・・・」
「グレーフィンのお言葉は「この件で自分の兵力を動かすことはしない」とおっしゃっていると、理解すればよろしい」
「子爵閣下、エリザベートさま、妾はほんとうに・・・」
「もう済んだことです。わしはさっき嫌みをひとこと言わせていただいて、もうスッキリした。ファイヤージンガー男爵はいかがか?」
「私も同じく」
「そんなことよりも、問題は、これからわしらがどのように有終の美を飾るか、でしょう」
副議長どのが問い返す。
「有終の美?」
「まさか、この後におよんで、わしらがまだローエングラム侯に勝てるとでもお考えか?」
「いや、むずかしいでしょうな、残り2個艦隊強の戦力では・・・」
「となれば、貴族連合軍としての選択は、戦いの中で果てるか、戦わずして降るかの2者択一となりましょう」
「逃亡は?」とファイヤージンガー男爵がたずねた。
「個人が終戦後のどさくさにまぎれてフェザーンなり自由わく・・・叛徒なりの中に逃げ込むことならいくらでも可能でござろうが、貴族連合軍としてどこかに脱出しようというのは難しかろうと存ずる」
グレーフィンと副議長どのも、無言でうなずいている。
「さいわい、軍組織と指揮権の統一も達成されています。ローエングラム侯に降るなど論外ですから、ここはひとつ、貴族連合軍がいさぎよく最後までみごとに戦い切れるよう、われら力をあわせて全力をつくそうではござらぬか?」
ファイヤージンガー男爵はうなずいてくれたが、グレーフィンは違った。
「どうして「論外」ですの?」
「降るということは、ローエングラム侯に頭を下げて命乞いをすることですぞ?」
「ええ。」
まるで金髪の孺子に命乞いすることの何がわるいのか?という風情で問い返してくる。
「妾たちは、もともとローエングラム侯とリヒテンラーデ公の専横を糾弾するために立ち上がったのではないですか?」
「そうでしたな」
「わが軍の戦力が残り2個艦隊になってしまっては、もう両侯の専横をとめられない」
「・・・残念ながら」
「では、なんのために戦うの?」
グレーフィンがいまさら命惜しみするのか?
「急にどうなさったのですか、グレーフィン?貴女はシュターデン改革をもっとも熱心に追求され、戦場でもためらいなくご一門の艦隊をもっとも危険な場所に置いて奮戦してこられたというのに」
「いえ、妾(ワタシ)は4月10日いらい、まったくぶれていませんよ。妾が軍制改革に取り組んだのは、まずは一門の軍勢が戦場で生き残るため。そしてガイエスブルク全体の戦力が強化できたら、かろうじて条件付き講和にまでもちこめるかな・・と思ったからよ。シャンタウ星域のような戦い方を繰り返すことができていたなら可能性はあったと思うわ」
そういえば、グレーフィンはアルテナ会戦から戻って以来、組織と指揮の一元化が必要な理由を説くのに、「敵に可能なかぎり多くの出血を強いて条件付き講和に持ち込むため」と繰り返していたな。
「でも、先日のブラウンシュヴァイク公の無謀な出撃でさらに40,000隻をいっぺんに失った。残る戦力は2個艦隊。ローエングラム侯は消耗を恐れず力攻めしてくるわ。」
彼女は女性であることを理由に前線に出ぬこともできたのに、つねに旗艦の艦橋にあった。命を惜しんだり、怖じ気づいたりするような人ではない。ではなんだ?
「ローエングラム侯、リヒテンラーデ公たちの専横を止めることはできない。向こうに講和を検討させるだけの打撃力もなくなった。だったら、これ以上戦うことに何の意味があるの?」
「しかしいまさらローエングラム侯に命乞いしたところで、許されるとはおもえませんぞ」
「侯は、妾たちはともかく兵士や下士官たちは間違いなく助けてくれるでしょう」

やはり、彼女は自分の命を捨てる覚悟や勇気を持った人であった。しかしその覚悟や勇気を発揮する方角が、帝国貴族として決定的にまちがっている気がする。

「有終の美をかざるとか、いさぎよく見事に戦って果てるなんて、妾たち宗主や領主の自己満足だわ。妾はいまガイエスブルクに残っている領民の兵士たち16万人をそんなことにつきあわせるつもりはありません」

ひとかどの見識であるかもしれない。しかし、わしは帝国貴族の誇りにかけて、そんなグレーフィンについてゆくことはできない。

「副議長どのはどうお考えか?」
「私は・・・グレーフィンに賛成します」
「やはり、そうですか・・」
「いや、元妻に惚れなおしたから、なんでも賛成、というわけではないですよ。四月上旬以来の彼女の言動をみていると、つねに与えられた環境の中での最善の道を示してきたように思えます。結婚していたころは、あんな人ではなかった。ガイエスブルクで18年ぶりに再会して、まるで別人なのでとても驚いています」

いや、いまここでそんなふうに元妻をのろけられても、どのように返事していいかわかりません。

わしやファイヤージンガー男爵をはじめとして、現在ガイエスブルクで戦力を保っている宗主や貴族たちのほとんどは「いさぎよく見事に戦って果て、ゴールデンバウム朝貴族の有終の美をかざる」覚悟を固めようと努力しているところである。

グレーフィンは、ヴェスターラントをめぐり作戦会議の議決を無視して敵方に接触した件について「いかなる処分も受ける」と言っているが、しかし彼女に対する査問を行うとして、彼女が大会議室で評議員たちをまえに今の主張を繰り返したらどうなるだろう。彼らの覚悟がおおいに揺らぎかねない。


■帝国暦488年8月22日 ガイエスブルク要塞ロットヘルト行総督府:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

私とカールがガイエスブルクを離れる準備をしていると、ホルシュテイン子爵とファイヤージンガー男爵が尋ねてきた。ブラウンシュヴァイク公によるヴェスターラントへの核攻撃をガイエスブルクの公式作戦として追認した「議決」を、あらためて「宣言」として公表するという。

もともとこの議決は、私が叡明公主アマーリエ盟主(当時)を巻き込んでローエングラム陣営に連絡を取ろうとしていたのを牽制するためのものであったが、私たちは、この議決にもかかわらず、エリザベートさまとともにローエングラム陣営に接触した。ホルシュテイン子爵とファイヤージンガー男爵は、このことが「ルドルフ大帝以来の帝国貴族の体面」を著しく損なうものだという。エリザベートさまは貴族連合軍の盟主の娘、しかもただの小娘ではない皇孫であり、貴族連合が次の皇帝に擁立しようという特別な立場にある。そんな彼女が「領民のために敵たる金髪の孺子に頭を下げ」てしまったからだ。「失われたメンツを回復する」ため、「例の議決を改めて宣言として公表する」ことにしたのだそうだ。

ホルシュテイン子爵が起草した宣言の草稿では、冒頭でまず帝国の草創にあたり40億人の共和主義者や謀反人を「誅伐」したルドルフとその忠臣たちを讃え、ついで「選ばれた者」としてゴールデンバウム王朝を守護するという帝国貴族の「神聖な使命」が、あらためて高らかに宣揚されている。そして、領主を殺害したヴェスターラントの「忘恩の徒」を「成敗」しようというブラウンシュヴァイク公の決断を賞賛し、「圧倒的多数の評議員」の賛成によりガイエスブルクの公式作戦として「おごそかに追認した」とある。さらに、ガイエスブルクに参加した宗主や一門の領主の領地や領民で、ローエングラム侯・リヒテンラーデ公に荷担するような「裏切り者」が出たならば、ヴェスターラントと同じ運命を与えるという威嚇で宣言の草稿は結ばれていた。

「いまさら、こんなものを出すことにどんな意味があるの?」
「エリザベートさまがローエングラム侯に頭をさげてしまったことがらを、アマーリエ夫人のお名前で公式に否定していただくのです」
「それだけ?」
「そうです。その点こそがもっとも重要な点です」
「核攻撃を阻止するためロットヘルト家がヴェスターラントに派遣した艦隊を引き上げるように、妾(ワタシ)に言ったりはしないの?」
「わしらが何か押しつけようとすることを唯々諾々(イイダクダク)と受け入れる貴女ではありますまい。それに実のところ、ヴェスターラントへの核攻撃そのものについては、グレーフィンなりローエングラム侯なりの手で阻止されようがどうなろうが、わしらとしてはどちらでもいっこうにかまわないのです」
「だったら、やっぱり、こんなものを出すのはやめてしまったほうがよくはない?平民の兵士や士官の士気をうんと下げてしまうことは間違いないし、ローエングラム侯がプロパガンダ(政治宣伝)に思いっきり使ってくるわよ」
「帝国貴族たるもの、平民や農奴の心情をおもんぱかるような計算など、一切するべきではありません。平民や農奴どもを実際に虐待するかどうかは全く別問題ですが、少なくとも、形式の上では、彼らを力でねじ伏せる姿勢を保ち、示し続けることこそ、ゴールデンバウム王家に仕える帝国貴族の本懐ではありませんか。それが通用しない時代が到来するのだとすれば、もはや帝国貴族に存在意義はありません。せいぜい華麗に亡びればよいのです」

ふたりは、満場一致での採決にしたいので、私たちは「作戦会議」には欠席してほしいと述べて辞去していった。

「カール、さっき子爵たちが言ったような ゙帝国貴族の本懐゙ だけど、じつは妾(わたし)あんな゙本懐゙初めて聞いたわ」

ヴィクトーリアの記憶を探ってみたが、父アーブラハムからも、父の死後に私たち兄妹を後見してくれたクラインシュタイン提督からも、ホルシュテイン子爵たちのいうような「帝国貴族の本懐」など、習ったことも聞いたこともない。

「いや、私もあんなの初めてだよ」

わが軍の中にいる平民の兵士・士官たちが、ルドルフ大帝や大貴族の始祖たちの「誅伐」自慢などを聞いたら、士気はあがるどころか下がる一方だろう。まして「叛徒」たち(=同盟)があいてなら敵愾心をますます募らせるばかりだ。

兵器は技術を習得せねば上手に扱えるようにはならない。「叛徒」たちは、帝国の家柄や爵位、地位になんの敬意もないどころか、むしろ敵愾心をもやしてくる。いやしくも軍人ならば、現実に立脚した思考が求められる。「アメとムチ」ということばがあるが、私たちロットヘルト家やミュンヒハウゼン家にあんな「ムチ」が伝わっていないのは、私たちの家が「武門の名家」だったということと関係があるのかもしれない。

いまの帝国貴族たちが、ああまで浮き世離れしてしまったのはなぜか。半世紀前に、第二次ティアマト会戦で60人もの将官を一斉に失い、おもだった武門の名家十数家いちどきに断絶してちまった影響なのかもしれない。


■帝国暦488年8月23日 ガイエスブルク要塞大議室:

貴族連合軍作戦会議は、ロットヘルト伯爵夫人から申請のあった「ロットヘルト領奪還作戦」を認可した。

作戦会議で公式に議決された作戦であるから、ロットヘルト一門やミュンヒハウゼン一門がガイエスブルクを離れても、それは「ガイエスブルクに対する裏切り」にはあたらない。作戦会議の議決をうけて、メルカッツ総司令官から、正規の出撃命令も出た。ロットヘルト伯爵夫人とミュンヒハウゼン男爵は、ホルシュテイン子爵とファイヤージンガー男爵の内々の要請により、他の宗家や領主を仲間に誘うことをまったく行わずに出撃準備をすすめた。


ガイエスブルク要塞の周辺宙域に漂駐している艦船、修理中の艦船、艇庫内の艦船には、指揮すべき宗主や領主を失い、戦力外になった船が多数ある。そのような艦艇の乗員を中心に、要塞内で無為徒食している兵士も多数ある。

この奪還作戦では、この主の戦力も可能な限り多数参加させ、戦力が増強されることとなった。

また、メルカッツ司令官を頂点とする軍組織の秩序を乱さず、軍規に基づいてその指揮命令に服することを条件として、アマーリエ夫人に代わり、オットー・フォン・ブラウンシュヴァイクがふたたび貴族連合軍の盟主に復帰した。


■帝国暦488年8月26日 ローエングラム軍総旗艦ブリュンヒルト:ラインハルト・フォン・ローエングラム

ヴェスターラントには、監視衛星を搭載した高速輸送船団のみを派遣した。彼らはブラウンシュヴァイク家の攻撃部隊よりもヴェスターラントに先着して衛星十数基を射出。監視衛星は、核攻撃によって潰滅していく50のオアシスひとつひとつを高感度カメラで撮影し、その映像は超空間通信を経由してブリュンヒルトに転送されてきた。

総参謀長オーベルシュタインがいった。
「これらの映像を帝国全土に流すのです。貴族どもと吾々のどちらに正義があるか、幼児でも理解するでしょう。貴族どもは、自分で自分の首を絞めたのです」

ロットヘルト伯爵夫人・ミュンヒハウゼン男爵らやフロイライン・ブラウンシュヴァイクが例外的な跳ねっ返りだというオーベルシュタインの推測は正しかった。すぐ翌日、ガイエスブルクの「作戦会議」は、ブラウンシュヴァイク公によるヴェスターラント攻撃をガイエスブルクの公式作戦として追認する宣言を発した。

心の痛む、胸の悪くなる光景が、延々と中継されて、艦橋の大モニターに映し出されている。ズームアップすれば、灼かれる人々ひとりひとりの顔まで見えるはずであるが、さすがにそれだけの勇気、気力はない。

民衆を殺戮への恐怖によって、力でねじ伏せて来たことを自らの誇りとしてきたゴールデンバウム王朝と、その藩屏たる貴族どもの猛悪さを、いま一度銀河中に知らしめるため、あえて見逃すべきだというオーベルシュタインの進言を私は受け入れた。それが、この結果である。
私がみずから決断し、実行したことだ。
このようなやつらを歴史の屑籠にけり込むために私は立ち上がったのだ。
いまさら悔やんではならない。
いまさらひるんではならない。
「オーベルシュタイン!」
「はい」
「さっそく、報道番組をつくらせよ。”帝国草創のバラッド”と賊軍の「作戦会議」の宣言もあわせて紹介してやれば、より効果的だろう。オーディンにいる「味方」の宗主連中にはまったく遠慮する必要はないぞ。”バラッド”はいっさい省略せずにありのままを紹介してやれ。いまの銀河帝国の皇室と廷臣たちがどのようなやつらなのか、帝国全土にしっかりと知らせよう。……」


■帝国暦488年8月28日 ローエングラム軍別働隊旗艦バルバロッサ:ジークフリート・キルヒアイス

ワーレンの艦隊が、ガイエスブルクに所属する一隻のシャトルを捕らえた。乗員はブラウンシュヴァイク公に属するヴェスターラント出身の兵士で、ブラウンシュヴァイク公に故郷ヴェスターラントに対する核攻撃を命じられたため、脱走したという。その彼がとうてい聞き捨てならないことをいう。

「何度でもいいますよ。惑星ヴェスターラントでブラウンシュバイク公が二〇〇万人の住民を虐殺するという情報は、ローエングラム侯の耳にとどいていた。侯はそれを無視し、住民を見殺しにしたのです。政治的な宣伝のためにね」
「それは情報をお信じにならなかったからだろう。侯が故意にヴェスターラントの住民を見殺しにしたという証拠でもあるのか」
「証拠?」
兵士は冷笑していった。
「ヴェスターラントにむけて移動中、フロイライン・ブラウンシュヴァイクから連絡がありましたよ。我々に作戦を中止するように、と。そして、ガイエスブルクは力ずくでも阻止する覚悟で追跡部隊を出した、さらに、追跡部隊が追いつけない場合のために敵であるローエングラム侯にも阻止を依頼したと。フロイラインは、オーディンの宇宙観隊留守本部とブリュンヒルトのオーベルシュタイン総参謀長に直接話したとおっしゃってましたよ」
わたしは自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。
「実の娘のフロイランが恥を忍んで敵の親玉に頭を下げたことを、候は疑ったのですかね。それにあの映像。成層圏あたりの近距離から撮影したものです。あんなもの偶然に撮影できるものじゃない。ローエングラム侯は阻止部隊のかわりに撮影隊を派遣したんですよ」
兵士をさがらせて部隊に箝口令をしいたが、信じられぬことであり、信じたくないことでもある。はたしてそれは真実なのだろうか。
(ラインハルトさまには、もうすぐお目にかかれる。そのとき真偽のほどを直接確認すればよい)
だが、確かめてどうしよう。虚報であれば、それでよい。もし真実だったらどうするのか・・・。

とつぜんオペレーターがつげた。
「ルッツ分艦隊が敵艦隊約6,500隻と遭遇。ルッツ提督が捕虜になった模様」
「なに!」
「いえ、訂正します。貴族連合軍の艦隊約6,500隻と遭遇。敵部隊は戦わずして投降したとのことです。」

貴族連合軍はロットヘルト一門、ミュンヒハウゼン一門の艦隊を中心とする混成部隊であった。

敵軍の代表者として、グレーフィン・フォン・ロットヘルトが通信画面に現れた。

グレーフィンはしおらしく、投降が受け入れられたことへの礼をのべた。ただししおらしかったのは最初だけだった。ヴェスターラント大虐殺について、激しくラインハルトさまを非難しはじめたのである。

聞くに耐えない苦しさだった。

間違いない。ラインハルトさまは、政治的な宣伝に利用するため、ヴェスターラントに対する核攻撃を見過ごしたのだ。

これまで、ラインハルトさまの正義は私自身の正義だった。それが一致しなくなる日がくるのだろうか。離反して、たがいに生きていける自分たちではないはずなのに・・・。

■帝国暦488年8月28日 シュタルネンシュタウプ:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ヴェスターラントへの核攻撃は阻止されなかった。
オーディンから流れてくる報道番組では、「大貴族の残虐さ」を非難するナレーションとともに、50のオアシス一つ一つが、核攻撃をうけて炎上・消滅する映像が映し出された。

ローエングラム侯は阻止に動いてくれなかった。
救援部隊は送らなかったくせに撮影隊だけはしっかり送り込んでいるようだ。
政治的な宣伝に利用するため、ヴェスターラントの200万住民を見殺しにしたのだ。
彼を買い被っていた。見損なった。

「ヴィクトーリア!」
クラインシュタイン提督が私の肩をつかみ、鋭いささやき声でよびかけてきた。モニターを見ると、敵の1個分艦隊約3000隻が急速接近、中でも250隻が猛スピードで突出してくる。そうだ、ぼんやりしてはいられない。提督は目線で、対応を聞いてくる。

「対空防御のみで」
「了解。第1戦隊、第2戦隊は砲壁隊形へ移行、第3、第4、第5、第6戦隊は砲壁の背後へ退避」

この分艦隊では、第1戦隊がロットヘルト一門、第2戦隊がミュンヒハウゼン一門の艦隊で、第3戦隊以降が宗家・領主を失った諸家の残存艦隊を再編した部隊である。第3戦隊以下は、寄せ集めのため艦隊運動は円滑を欠くが、航宙艦、駆逐艦の比率が高く、旗艦からの一元的火器管制による対空防御力には期待が持てる。

一門単位、領主単位の隊形から、砲壁隊形(戦艦隊を壁とし、巡航艦・駆逐艦をその背後に配置)への移行を、10分弱で完了する。

やがて、まず敵艦隊の本隊からミサイルの斉射があり、それがこちらに届くタイミングに会わせて突出部隊からもミサイル・宙雷などが射出された。

「全艦、対空防御に専念せよ。敵艦艇への反撃はするな。繰り返す、敵艦艇への反撃はするな」

敵の突出部隊は、ミサイル攻撃で我が艦隊を混乱状態に陥れ、中央突破も可能だと皮算用していたようである。しかしわが戦隊の得意芸である砲壁隊形への急速移行をみせると、私たちの艦列へ侵入することもならず、回避もならずで、わが艦隊の前面に、団子状態でかたまった。衝突事故を起こさなかったのは、よほど艦長たちの操艦技術が高かったものと思われる。

ここで彼らに一斉射撃を加えれば、この突出部隊には大打撃をあたえることがでるが、いまから降伏を申し込むところなので、もちろんそれはおこなわない。彼らには、こちらが対空防御に徹し、対艦攻撃は行っていないことの意味を考えてもらいたいものだ。

「敵将につぐ。こちらはガイエスブルクのロットヘルト艦隊です。応答を願います」
敵将がでてきた。
「キルヒアイス分遣隊所属のコルネリアス・ルッツです。」
「グレーフィン・フォン・ロットヘルトです。当艦隊の代表者として降伏を申告いたします。お受けいただけるかしら?」
「勧告を受諾します。いま貴艦隊の目の前にぶざまに固まっている高速巡航艦部隊だけでよければ。ただし、本隊にはすでに退却を命令しました。この命令を撤回するつもりはありません。それが気に入らなければ、撃つがよろしい」
「えっ?」
「お撃ちにならないのであれば、動力を停止するので、管理要員を派遣していただきたい」
「提督には、妾(わたし)どものほうに管理要員を派遣していただきたいのですが」
「えっ?」

こうして、リップシュタット戦役におけるロットヘルト戦隊の戦いは、とりあえず終わった。

*************
2011.4.11 ヴェスターラント攻撃の映像を見たラインハルトの反応を追加
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 銀紅伝 第32話 貴族連合軍、最後の決戦(1)
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:34
■帝国暦488年8月29日 ガイエスブルク要塞

ロットヘルト伯爵夫人とミュンヒハウゼン男爵は靡下を率いてガイエスブルクを去ったが、ガイエスブルク軍の私設艦隊約20,000隻の指揮官のたちは、最後の決戦にむけて、猛烈なシミュレーションを重ねている。ロットヘルト・ミュンヒハウゼン戦隊が余剰艦を連れ去ったので要塞の艇庫にも余裕ができ、破損艦の修繕ピッチもあがった。

盟主に復帰したブラウンシュヴァイク公は、さっそく「作戦会議」をふたたび大宴会へと変えた。彼は若い貴族たちを集めて大騒ぎし、アルコールの力を借りて精神を奮いたたせ、成りあがり者の金髪の孺子を殺して、その頭蓋骨で酒杯をつくってやる、とどなるのだった。若い貴族たちの一部はとほうもなく楽天的だった。
「一戦して金髪の孺子の首をとればよいのだ。それで歴史は変わり、過去の敗北はつぐなわれる。最後の一戦をいどむのだ。それ以外に道はない」

いっぽう、ホルシュテイン子爵、ファイヤージンガー男爵らシュターデン改革の信奉者たちは、この大宴会を横目に、「いさぎよく見事に戦い、ゴールデンバウム朝貴族の有終の美をかざる」決意を秘めて戦いの準備に余念がない。

正規軍は他の拠点から脱出してきた部隊がファーレンハイト提督の指揮下に組み込まれ、メルカッツ総司令官の直属部隊5,000隻、ファーレンハイト提督指揮下の8,000隻という陣容が整えられ、こちらもシミュレーションによる猛訓練が始まった。


■帝国暦488年8月30日 ローエングラム軍貨客船マイセン:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

キルヒアイス艦隊に降伏したのち、私たちの艦隊の乗員は、下士官と兵士、下級貴族と平民の士官、宗主家と領主家の当主・家族たちの四種に分類された。

下士官と兵士はそのまま乗艦で勤務をつづけ、キルヒアイス部隊から移乗した回航要員の指揮をうけ、それぞれの出身地にむけて旅だっていった。、

正規軍の士官たちは何隻かの輸送船に分乗させられて、オーディンに向かうようだ。

私たち宗主と一門の領主たちは、一隻の貨客船にまとめて乗せられ、そのままキルヒアイス部隊に随行している。キルヒアイス提督によれば、私たちはいずれガイエスブルク要塞で開催されるローエングラム侯の勝利式典において、侯に跪き、その裁きを受けるという役割を演じさせられることになるらしい。侯にはいってやりたいことがある。直接に面会できる機会を向こうからくれるとは、たいへんに楽しみなことだ。

それにしても、ローエングラム侯がつくらせたブラウンシュヴァイク公による「ヴェスターラント核攻撃」の特番はあまりにあざとい。この特番では、ヴェスターラントのオアシスがひとつひとつ燃え上がる映像を、「帝国草創のバラッド」や「ガイエスブルク作戦会議の宣言」の引用朗読と組み合わせて流し、ガイエスブルクに参集した貴族たちだけでなく、ゴールデンバウム皇家と廷臣それ自体を、血に飢えた邪悪な存在として印象づけようとしている。

「バラッド」と「宣言」と映像という3種の素材を組み合わせてこんな番組を作ったこと自体については、500年間帝国を支配してきた皇室と貴族階級を打倒すべき敵だとみなすというローエングラム侯の立場表明である。彼と私たちは権力闘争を繰り広げている当事者同士であり、いかなる手段を使おうとも、恥じ入るべきことはなにもない。問題は、侯が、これをつくる素材を得るために、ヴェスターラントの200万住民を、救うことができたのに見殺しにしたことだ。私たちはガイエスブルクでの立場を失うことをいとわず侯に連絡したというのに、これでは立つ瀬がない。

ルッツ提督に降伏したあと、キルヒアイス提督と話す機会があったので、さっそくこの点について文句をいってやったら、キルヒアイス提督は見る影もなくしおれ、青ざめて言葉もでなくなってしまった。なんだか弱い者いじめをしているような心持ちになってきてそれ以上の追求を控えざるをえなくなってしまい、言うべきことを半分もまだ伝えていない。

あなた、ローエングラム侯の無二の親友にして有能な片腕といわれる人でしょ!
私たち門閥大貴族に「歴史の裁き」を下そうというローエングラム陣営のNo.2でしょ!
そんな頼りないことでどうする!
もっとしっかりしてよ!


■帝国暦488年9月2日 ローエングラム軍総旗艦ブリュンヒルト:

「キルヒアイス!」
「はい」
「お前はいったい、おれのなんだ!」
「私は閣下の忠実な部下です。ローエングラム侯」
「わかっているんだな、それならいい。お前のために部屋と食事が用意してある。命令があるまでゆっくり休め」

ヴェスターラントの大虐殺をめぐり、ラインハルトとキルヒアイスの間にあった、なにか目に見えない貴重なものが、音もなくひび割れていったのを、ふたりとも悟っていた。


■帝国暦488年9月2日 ローエングラム軍総旗艦ブリュンヒルト:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

今日は、私とカール(元夫・ミュンヒハウゼン男爵)だけ呼び出されてブリュンヒルトを訪問している。「勝利式典」とやらで、公衆の面前でいきなり言いたいことを言わせるのではなく、事前に聞いて置こうというところだろうか。キルヒアイス提督がローエングラム侯に引き合わせてくれる手はずだったがなかなか戻ってこず、やがて別の士官から呼び出しを受けた。

艦橋付近の、ローエングラム侯の私室に導かれた。侯の背後には、オーベルシュタイン総参謀長が佇立(チョリツ)している。侯は、顔色が蒼白で、憔悴の色が濃い。

「侯爵閣下、どこかお加減でも?」
「いや、大事ない」
侯は私たちに着座を促しながらのべた。
「グレーフィンには、一度お目にかかってじっくり語り合いたいと思っていた」
「妾(ワタシ)たちも、かねてから、侯爵閣下にぜひお目にかかって申し上げたいことがございます」
私たちが言いたいこととは、むろんヴェスターラントの件である。ローエングラム侯も、それを察しているのか、目を逸らしながら聞いてきた。
「グレーフィンの艦隊は、私の部下たちを3度も手玉にとった。みごとなものだ。クラインシュタイン提督の発案か?」
「いえ、妾が思いつきました。四月初旬の段階で、ガイエスブルクに集結した貴族3,500家のうち、シュターデン司令官の呼びかけに応じて組織と指揮系統の一元化に取り組んだのはわずか250家。大部分の諸家は、私設艦隊ごとに行動することにこだわっていました。ならば、そのような軍勢ばかり相手にする皆様がたは、妾たちの偽装にかならずや引っかかるであろうと。」
「実際にその通りになった」
「はい。あれは、他の諸家が、捨て身になって妾たちのカモフラージュをやってくれたようなもの。ガイエスブルクの全軍がシュターデン改革にとりくんでいたなら、あの艦隊行動は、偽装としては通用しなかったでしょう」
「私設艦隊のあの隊形は、独特の美学によるものだそうだが?」
「はい。宗主を頂点とする一門各家の関係を、艦隊の隊形で示したものです。この隊形で進軍することを、勝つことよりも大事に思う方々が多すぎました」
「おかげで、吾々はたいへん楽をさせてもらった。内戦自体も半年あまりで決着がつきそうだ」

幼年学校の生徒らしい少年が扉をあけ、銀製のコーヒーセットを運んできて、やがて香ばしい熱気を大理石のテーブルの上にたゆたわせた。オナーはココア党、ヴィクトーリアは赤ワイン派だが、最高の豆と最高の技術が、この黒い液体に投入されていることがわかる。侯爵閣下は流麗な動作でカップをとりあげながら言った。

「貴女の領地にしかけた民衆蜂起に対する処理もみごとだった」
「どうせ守りきれないなら、なるべく無傷のままで引き渡そう、と」
「それができない領主たちが大勢いた。領民に武器も与えず徹底抗戦を命じた者。惑星軌道上の施設や地表の産業施設に自爆装置を仕掛けて爆破を命じ置いた者。自分に背いたからと全住民の虐殺を命じた者……」
カールのところでは、領民や産業施設を巻き添えにすることはなかったが、わずかに残った星系警備隊(施設艦隊)や総督府・州長官司のスタッフたちで、勇ましく戦いながら果てた者たちが多数でたようだ。ローエングラム侯は続けた。
「私はごく最近になっで帝国草創のバラッド”の内容を知ったのだが、゙帝国貴族精神”の根底にあのような価値観が巣くっているとしたら、貴族どもの振る舞いは当然の結果だと思える」
領主たちの間に領地と領民を、自分の意志でどのようにも扱える財産と見なす考えが広く普及、定着していることは事実である。しかしあのバラッドは大多数の末流の貴族には無縁な、一部の宗主だけが伝えるものである。しかも私自身を省みて思うのだが、あれを「民衆統治の指針」に据えて日々の統治を行っていた宗主がどれくらいあるだろうか。何か言い返してやろうと思っているうちに、侯は話題を転じた。
「゙護民官”に゙民会”。これはいったい何か?」
「侯爵閣下の工作員のカール・ゲルテラー大佐が、うちの領民たちに人間を動物や物として扱う大貴族の支配を終わらせる必要性とか、人間が人間として生きることのすばらしさローエングラム侯が平民の味方であることなど、いろいろと熱心にご教育くださったでしょう?妾(ワタシ)のほうもそのご努力に見合った制度を提供しよう、と」
「名称も仕組みも、叛徒……自由惑星同盟の制度のようにみえる」
「いえ、古代地球にかつてあった、゙ローマ”という大国にあった民衆の代弁者となる役職や、゙ヘルウェティア”という小国の制度からとったものです」
「グレーフィンは歴史にくわしいのだな」
離散紀世界におけるオナーの知識や経験が元だなどとはとても他人には話せないことなので、こちらの世界と離散紀世界に共通の国名を持ち出しただけです。

ところで、ローエングラム侯のほうから切り出してくれないなら、こちらから話題にせねばならない。
「ヴェスターラントの民衆蜂起も、侯爵閣下が工作なさったものですか?」
とたんに、ローエングラム侯の表情がひきつり、戻りかけていた顔色がまた蒼白になった。
「いや。私が工作を仕掛けたのは、オーディンとガイエスブルクをむすぶ線上に位置する主立った星系のみだ」
「妾(ワタシ)たちが、ガイエスブルクでの立場を失うことも厭(イト)わず、ブラウンシュヴァイク公の暴挙をとめて下さるようお願いしたのに、閣下は、政略的な理由から、200万の住民を見殺しになさった」
「……その通りだ。しかし、そのことによって、ゴールデンバウム王朝とその藩屏たる貴族どもいかに猛悪な連中であるか、銀河中があらためて知った。」
「閣下?閣下の簒奪が意味を持つとすれば、妾(ワタシ)たちにはなし得ない公正さを実現なさった場合のみです。民衆を踏みにじることを平気でなさるのなら、ゴールデンバウム朝の廷臣とどこに差がありますか?」
「わかっている」
「閣下は、解放された民衆を基盤とした新しい体制をお築きになるのでしょう?その民衆を犠牲にするのは、ご自身の足元の土を掘りくずすようなものではありませんか」
「わかっていると言っただろう!」
「侯爵閣下。妾(ワタシ)たち相手であれば、ことは対等の立場での権力闘争。謀略、欺瞞、捏造のプロパガンダ。どのような策(テ)をお使いになっても恥じることではありません。ですが民衆を犠牲になされば、手は血に汚れ、どのような美辞麗句をもってしても、その汚れを洗い落とすことはできないでしょう」
ローエングラム侯の顔からはますます血の気が引いて、瞳の焦点が合わなくなっている。あれれ?
「お説教はたくさんだ!だいたい、この件に関して、お前にいつ意見を求めた?」
……私への2人称が乱れている。それに私のほうを向いているようで、瞳の焦点が合ってない。
「妾(ワタシ)たちは閣下に生殺与奪の権を委ねました。妾(ワタシ)どもの言い分はすべて聴いていただきます」
「お前はいったい、おれのなんだ!わかってくれてもよさそうなものではないか!」
「妾(ワタシ)たちは、閣下に降伏し、部下の将兵の命乞いに来た門閥大貴族です」
私の返答を聞いたとたん、ローエングラム侯の瞳の焦点が私の顔に戻った。
しばらく私たちの顔を凝視したのち、侯は言った。
「いや、すまない、いまのはグレーフィンに向けたことばではない。キルヒアイスから、つい先ほど、ほとんど同じ言葉で責められた所なのだ。」
顔色はますます白い。
「お加減が悪いのでしたら、ここは失礼しましょうか?」
「いや、大事ない。」
「閣下は、これから妾(ワタシ)たちゴールデンバウム朝の貴族階級に「歴史の裁き」を下す方です。閣下のお作りになる新たな体制が、妾(ワタシ)たちのものよりもすぐれたものであれば、閣下のお裁きにも心やすらかに服することができる。そのような立場の方には、目先の一時の利益のために、民衆を平然と踏みにじる者であってほしくはありません」
「わかっている。このようなことは、これで最後にする。それにしても、」
ローエングラム侯は、つくづくと不思議そうに私の顔を眺めながらいった。
「それほどの見識をお持ちのグレーフィンが、なぜガイエスブルクに参加なさっのか、不思議だ」
「……ガイエスブルクで他の宗主や領主たちのふるまいを見、おのれを顧みて初めて気づいたことです。」

本当はさらにこのあと、自分たちの待遇について具体的な条件を詰めたかったのだが、侯の体調が悪そうなので、いったん辞去することにした。


■帝国暦488年9月4日 ガイエスブルク要塞大会議室:アーダベルト・フォン・ファーレンハイト

「作戦会議」で出兵が議論されている。
一部のバカ貴族によるとほうもない楽観論、先日クーデタを起こした「評議員有志」2人とその賛同者たちによる「有終の美」思想に基づく出兵説が組み合わさって、このまま要塞の全艦艇をあげての出撃が可決されそうな見通しである。ここは「軍事の専門家」として、無謀な出撃が可決されぬよう忠告する責任がある。

挙手をする。
例にないことのため、評議員四十数人、領主たち数百人が一斉に静まりかえり、私のほうをみつめてきた。

ガイエスブルクに参加した正規軍の将官は、この作戦会議においては議決権がない。ノルデン少将が評議員であったのは一門の宗主であったためで、私やメルカッツ総司令官、オフレッサー装甲擲弾兵総監、シュターデン司令官らは、貴族としては末流の子爵か男爵にすぎず、大会議室では上座に席が設けられてはいても、基本的にオブザーバーであって、評議員から求められた時にしか発言の機会はない。

「ガイエスブルク要塞が元来保有している機動戦力は12,000隻。現有戦力は32,000隻であり、本来の仕様よりもはるかに柔軟に籠城戦を戦うことができます。ここは、要塞の利を生かして敵に出血を強い、長期戦に持ち込んで状況の変化を待つべきだと考えます。いま無謀に出戦しても、敗北を早めるだけで、なんの意味もありません」
評議員や、オブザーバーの領主たちから声がかかる。
「状況の変化なんてあてにできるか!」
「このまま時間がたてば、孺子が帝国領の全域をますます固めるばかりではないか」

ここでかねて用意していた資料を評議員たちに配布し、オブザーバーである領主たちのために、大モニターにも投影する。

「まず資料Aをごらんいただきたい。これはローエングラム侯がオイゲン・リヒターとカール・ブラッケに策定を命じた「社会経済再建計画」の一部です。ロットヘルト伯爵夫人が持ち込んであちこちに見せて廻っていたから、原本をご覧になった方も多いと思います」

「ここでは、領主たちの領地・領民に対する支配権の「改革」案として、
  ・文官としての義務(領地・領民にたいする行政・司法の責任)の免除
  ・武官としての義務(有事において領地・領民の規模に応じた兵力を率い
   て従軍する義務)の免除
と、これらの免除の代償として、領地の経営を中央政府政府派遣の行政官が担当することなどが呈示されている部分をピックアップしています。
ここに述べられている措置は、貴族諸侯の領地・領民に対する支配権を、名目的には存続させるも、実質的には剥奪するのに等しいものです。また、資料には引用しておりませんが、「計画」では、その他にも貴族財産に対する免税の特権を廃止し、収入に対する所得税や相続時における累進課税などが提案されています。
内容そのものの他にも、この「計画」には注目すべき点があります。ローエングラム侯がこの「計画」の策定を命じた時、彼はどのような地位・立場にあったのか、という点です。彼がブラッケ、リヒターらにこの「計画」の策定を命じたのは、3月のはじめ。まだ彼が宇宙艦隊司令長官でしかない時でした。
本来、司法・行政や課税、領主の権利と義務などの分野は、国務省(宰相府)の管轄であり、宇宙艦隊司令長官が口を差し挟むべき事柄ではありません。しかし侯は、宇宙艦隊司令長官の権限の範囲をはるかに超えて、国家制度全般のデザイン変更をきわめて大規模に提案しています。
リップシュタットで締結された「愛国署名」では、ローエングラム侯とリヒテンラーデ公を一体の枢軸」として認定していますが、この資料をみると、ローエングラム侯が、ガイエスブルクに参加するとリヒテンラーデ公の周辺につくとを問わず、帝国の貴族階級そのものをターゲットとしてその無力化をはかっていることはあきらかです。ローエングラム侯とリヒテンラーデ公の間には、われわれがつけ込むことの可能な大きな隙があるのではないでしょうか?」

「そして資料B。こちらは、先日おこなわれたヴェスターランドに対する核攻撃を非難するために作成された「特番」のテロップをピックアップしたものですが、こちらでは、ルドルフ大帝や帝国創業の忠臣たちが「共和主義者や謀反人」を大量に「誅伐」したことを誇る「帝国草創のバラッド」を繰り返し引用することで、ゴールデンバウム皇家と廷臣それ自体を、血に飢えた邪悪な存在として印象づけようとしています。こちらの資料も、ローエングラム陣営が、ヴェスターラント攻撃を、ガイエスブルク軍のみならず、帝国の貴族階級そのものに対する政治非難として利用していることを示しています。」

「そこで私としては、いま性急に決戦を挑むのではなく、オーディンと接触し、ローエングラム侯の足下を掘り崩す「状況の変化」を主導的に引き起こす努力に着手すべきだと考えます」

しかしここで「有終の美」派の筆頭ホルシュテイン子爵から反対がでた。

「ファーレンハイト提督のご意見はまことにすばらしい提案です。4月の段階でこのご提案があったなら、わしはもろ手を挙げて賛成しておったところです。しかしもはや情勢は、ご提案のような区々たる謀略は無用の段階に達しております。ガイエスブルクの全戦力で決戦に臨む時です。」

一部の無能な脳天気をのぞき、ガイエスブルクの宗家・貴族たちは、もはや「善き死に場所を求める心境」に達しているようだ。私の正論はろくに分析・検討もされないまま、議事は進み、結局「作戦会議」では9月6日を期しての出撃が可決されたのである。

ブラウンシュヴァイク公は、この議決に基づき、メルカッツ総司令官に対し「ガイエスブルク要塞を包囲するローエングラム軍を排除すること」を命令、メルカッツ総司令は私設艦隊20,000隻、正規軍13,000隻のガイエスブルク全軍に出撃命令を下した。

メルカッツ総司令は、作戦会議が終了したのち、私を総司令部に呼んでいった。
「提督の提案は正論だったが、現状を踏まえていない部分がある。例のヴェスターランドへの核攻撃のあと、私設艦隊では平民出身の兵士・下士官の士気低下が著しい。さらに正規軍から出向してきたた士官の一部に、意図的にサボタージュを行い、わざと営倉入りするという入獄運動さえ起きている。もはや貴族連合軍には、ゆっくりと要塞に籠もっている時間的な余裕がないのだよ」


*************
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 銀紅伝 第33話 貴族連合軍、最後の決戦(2)
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/04/22 01:16
■帝国暦488年9月4日 ガイエスブルク要塞第28番艇庫, 戦艦アースグリム:アーダベルト・フォン・ファーレンハイト

艦長から連絡が入った。
「提督、フロイライン・ブラウンシュヴァイクが乗艦したい、と。お断りしても聞き入れません。」
くそ。出撃前のこのクソ忙しい時に!しかし艦長は私よりももっと忙しい。
「とりあえず通っていただけ。私から辞退していただくよう話す」
ところがフロイラインは退かなかった。引きずってきた小さなトランクを私の前で開けてみせた。中には洗面具などわずかな日用品の他に、ツワッケルマン食品(株)製のレーション(戦闘口糧)が6,7食。
「これはなんです?」
「ロットヘルト伯爵夫人から分けていただきました。このように、自分の食事の用意は整えております。妾(ワタシ)の身の回りのことで艦のスタッフの皆様にはいかなるお手数も一切かけませんから、どうぞよろしくお願いします」
「どうしても出撃なさりたいのでしたら、お父上のベルリンに乗艦なさればいいではありませんか?」
「それだと、ベルリンが沈むと、父と妾(ワタシ)が共倒れになってしまいます」
「要塞は安全ですぞ?そちらにいらっしゃればいいではありませんか?」
「要塞には母がとどまります」
押し問答をしていると、また艦長から連絡が入った。
「ホルシュテイン子爵がお時間を頂きたい、と」
通って頂いた。
「たったいま、メルカッツ総司令にもお伝えしたのだが、提督に内々のお話しが……、うを、エリザベートさま、なぜこちらに?」
「戦にはなんのお役にもたてませんが、皇孫でもある盟主の娘として、貴族連合軍の最後の決戦では前線に在(ア)りたく思い、同乗のお許しをいただきに」
子爵はしばらくフロイラインを眺めたのち、つぶやいた。
「それがいいかもしれませんな。」
いや、私はとても迷惑なのだが……。
「エリザベートさま、おそれいりますが、しばらくはずしてはいただけまいか?」
「わかりました」フロイラインはいったん私の執務室からでたが、そのまま立ち去ることはせずに、入口のすぐ脇にたたずんでいる気配である。

「わしらは、今回の戦いで最後の決戦としたいと思っています」
「はい」
「現在の戦力は、私設艦隊が7個分艦隊、正規軍がメルカッツ総司令の2個分艦隊、提督の3個分艦隊となっています。」
「ええ。」
「メルカッツ提督には、今度の決戦では、私設艦隊の7個分艦隊を前面に押し立てて欲しい、そしてこの7個分艦隊が消耗したら、正規軍の皆様は降伏して欲しいと伝えました」
「なんと……」
「今回の戦いはわしら帝国貴族が、栄光にみちた帝国貴族の歴史に幕を引くためのの戦いで、いわばわしらのわがままです。正規軍には、こんなものに最後までおつきあいくださることはありません。」
絶句しているうちに、ホルシュテイン子爵は「よろしく頼みましたぞ」といいながら退去していった。

■ 帝国暦488年9月4日 ガイエスブルク宙域

出撃した貴族連合軍は、激しい砲撃のあと、艦首をならべて突進にうつった。力ずくで勝敗を決しようとしているのだ。

これに対し、ラインハルトは、大出力・大口径の光線砲をそなえた砲艦を三列横隊に並べ、突進してくる敵艦隊に連続斉射を浴びせた。

貴族連合軍の戦意は低くなかった。損害を受けるたびに後退して艦列をたてなおし、執拗な波状攻撃をかける。4月の開戦以来、連戦して連敗を重ね、18万隻を数えた航宙艦はわずか3万隻にまで撃ち減らされながら、その戦意は見あげたものとすらいえた。

やがてラインハルトは、後方に温存しておいた快速巡航艦の群に、最大戦速による逆襲を指令した。

絶妙のタイミングだった。前後六回にわたる波状攻撃を一波ごとに粉砕されて、貴族連合軍は心身ともに疲労していたのである。しかもこの指揮官は、ジークフリート・キルヒアイス上級大将であった。

この戦闘でもっとも重大な任務を、ラインハルトは赤毛の友に与えたのである。ただ、それまでなら直接口頭で伝えたものを、今回はオーベルシュタインを介して伝達したあたりに、ラインハルトの心情の複雑さがあった。

貴族連合軍の士気は旺盛だった。
無能な宗主や領主たちにより、死亡必須の無様な隊形での前進を強いられることなく、総司令官の作戦構想による統一された指揮系統によって、まともに戦うことができるのだから。

しかしながら、圧倒的な戦力差は、いかんともしがたいものであった。キルヒアイスの指揮する巡航艦隊は、圧倒的な勢いとスピードで連合軍の艦艇を撃ち減らしていき、それにミッターマイヤー、ロイエンタール、ケンプ、ビュッテンフェルトらが加わった。ラインハルト軍は全面的な攻勢にで、勝ち取った優勢に加速度をつけて、ほとんど一瞬に勝利を確定させたのである。

メルカッツ総司令は、ファーレンハイト副司令官に指揮権を移譲したのち、自殺を試みた。しかし副官シュナイダー少佐の機転で自殺は阻止され、メルカッツの旗艦は自由惑星同盟への逃避行に移った。ファーレンハイト提督は、指揮権を引き継いだのち、ただちに全軍に降伏を命じ、正規軍部隊のほとんどと、私設艦隊の相当数がその命令に従った。「組織と指揮系統の一元化」の成果である。

ただし私設艦隊の一部では、座乗していた宗主・領主たちが指揮権を奪還して自爆・自殺をしようとはかり、艦内で、宗主・領主を支持する一派と、正規軍から出向してきた有能な指揮官を支持する一波とが武力抗争に及ぶ事態が発生する例も頻出した。あるいは、五世紀にわたって人々の心に蓄積された怒り、不満、怨念が、戦場の凶器を触媒として沸騰し、叛乱と、同士うちと、集団リンチの場と化したさまざまな事態が多数生じたのである。

帝国貴族の滅びの美学を完成させたいと寝言を言ったフレーゲル男爵は、参謀シューマッハ大佐に射殺され、戦艦ヴィルヘルミーネはシューマッハに指揮されてフェザーンを目指し、戦場を離脱していった。

戦艦ベルリンはガイエスブルク要塞に逃げ戻った。

ガイエスブルクに参集した貴族3500家の当主たち(または高齢の当主を代理した嫡子たち)は、組織と指揮権の一元化に対する立場は様々であれ、とにかく私設艦隊の旗艦に搭乗して出撃し、そのほとんどが果てた。残された家族はそれでも貴族連合軍の最終的な勝利やお家の再興を励みとして悲しみに耐えていたが、ファーレンハイト提督がガイエスブルク全軍の降伏を命じるに至って、自決をはかるものが続出した。

ブラウンシュバイク公は、大会議室にはいると、部下によって釈放されたアンスバッハ准将と、すでに毒をあおって事切れたアマーリエ夫人を見た。ほどなく、アンスバッハ准将と、筋骨たくましい大柄な衛士ふたりの手によって、公爵自身も「自殺」をはたした。
アンスバッハ准将はつぶやいた。
「黄金樹(ゴールデンバウム)はこれで事実上たおれた。後にくるのが、緑の森(グリユーネワルト)ということに、さて、なるかな」

貴族諸家がみずからの結末をつける最後の作業に邁進するかたわら、ガイエスブルク要塞のスタッフたちは、内戦以前からこの要塞の司令官だったイルムシャー大将のもと、粛々と降伏の準備をすすめた。

散発的な抵抗も終熄し、要塞を完全に掌握したのち、ローエングラム軍の提督たちのうちで最初の一歩をしるしたのは、ミッターマイヤーとローエンタールだった。彼らは大会議室へと続く通路の左右に、兵士用の棺や死体袋に収められ、粗末で大きな手書きの名札を付けたおびただしい数の貴族一家の亡骸(なきがら) が積み重ねられ、あるいは捕虜の身となったものたちがすわりこんでいるのを見た。捕虜たちは、亡骸に付けられたのと同様の名札を首からかけ、ラインハルト軍の兵士たちの銃に脅かされ、傷つきよごれ果てた身を床にへたりこませていた。各家の衛士や要塞スタッフの手により、死体の収容作業は今も続けられているという。

ミッターマイヤーが軽く頭を振った。
「貴族どもの、あんなみじめな姿をみようとは想像もしなかった。これは新しい時代のはじまりといってよいのかな」
「すくなくとも、旧い時代の終わりであることは確かだな」
「奴らの時代は終わった。これからは、おれたちの時代なのだ」
ふたりの青年提督は、昂然と顔をあげて、敗者の列の間を歩いていった。



[25619] 銀紅伝 第34話 貴族たちへの処置
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:35
■帝国暦488年9月8日 ローエングラム軍総旗艦ブリュンヒルト:エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイク

アースグリムが降伏したあと、ファーレンハイト提督から引き離されて私だけブリュンヒルトに移され、ローエングラム侯の私室らしき豪華な部屋に通された。しばらく待たされた後、ローエングラム侯が入って来た。侯は、何から話すか迷う風情だったが、やがて語りだした。部屋にいた侯の部下が猛烈な勢いで侯の発言をメモしはじめた。起居注(キキヨチユウ)らしい。
「私にとって、この戦いは、ゴールデンバウム王朝とこの王朝を支えてきた貴族階級を一挙に叩きつぶすための第一歩だ。皇室、貴族階級、宗主、領主。このような者たちの権力を完全にうち砕くつもりだ。先日までの戦いでガイエスブルクの始末はついた。ひきつづき、オーディンにとりかかる」
彼が簒奪を企んでいるかもしれないとは前々から噂されていたが、いま私にむかって、その意図を隠しもせず、はっきり語ってくる。
「貴族どもの大部分は、傲慢で、無能で、卑劣な人格にふさわしい惨めな最後をとげた。彼らに対しては一片の憐憫もない。ただし、リップシュタット盟約の上位に署名した諸家の当主や家族のなかに、みごとな振る舞いや気概、心根をみせた者も何人かあった」
侯はここまで、何か書かれたものを暗記して朗読するような調子で私に語りかけてきたが、ここで声の調子を下げ、普通に会話するときのような調子でいった。
「フロイラインもその一人だ。フロイラインが先日私に頼んできたことを結局私は無視したが、貴女の決断と行いはまことに賞賛すべきものだと考えている」
起居注のメモの手は停まっている。彼の動きについて質問しようとしたら、私の不審を察した侯が説明してくれた。
「彼には、リップシュタット盟約に署名してガイエスブルクに参加し、生き残った宗主や領主たちに対する私の処断を記録させている。フロイラインは署名筆頭のブラウンシュヴァイク家の嫡女であり、皇孫でもあるので、最初にお伝えしている」
そして、侯は声の調子をまた朗読調に変更し、起居注もメモを再開した。
「かつてガイエスブルク宛てに送った「決戦状」では、降伏した者は命を助け、喰うに困らぬ程度の財産をもつのも許してやると告げた。リップシュタット盟約に署名し、ガイエスブルクに立て籠もった貴族諸家の生き残りは、すべてこの条件で待遇しようと考えている。ただし、4月9日に宰相リヒテンラーデ公に下った「勅諭」にあるとおり、ガイエスブルクに参加した各家の爵位と領地は全て剥奪し、身分は平民に落とすものとする」
侯はここで、声の調子をまた普通にもどして続けた。
「降伏した貴族どもの扱いは、こんなところだ。平民の身分には落とすが、希望するものには「フォンをともなう称号」を名乗り続けることのみは許そうとおもう」
そして、私の方へやや身をのりだしながら告げた。
「ただし、フロイラインのみは例外だ」
「・・」
「フロイラインは、ブラウンシュヴァイク家の嫡女であり、皇孫でもある。私が打倒すべきゴールデンバウム王朝の血脈と、門閥大貴族の筆頭の家柄を一身に兼ね備えた存在だ。そのような存在は、フロイラインのほかにももうひとりリッテンハイム家のサビーネ嬢がいたが、彼女はリッテンハイム侯とともにガルミッシュ要塞で死去した。エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクにも死んでいただこうと思っている」
「すると妾(ワタシ)は処刑されるのですか?」
「フロイラインが希望する場合にはな」
「希望する場合?」
「明日の勝利式典でエリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクに死刑を告げることと、刑を執行したと報道する番組を帝国中に流すことは確定している。ただし、必ずしも、フロイラインに実際に死んでいただく必要はない。」
ローエングラム侯は卓上にあったホログラム装置を起動させた。
父オットーや母アマーリエとともに楽しげに談笑する女の子がいる。私よりも色白で、スタイルがよく、顔立ちもきれい。それでいて父と母の面立ちを受け継いだ、天使のように可愛らしい、見知らぬ女の子。
「フロイラインが、私の新体制を受け入れ、帝国で生きて行くことを望むなら、新しい別の名前と身分を与える。皇孫の身分やブラウンシュヴァイクの名を背負ってなおも私に立ち向かいたいと望むなら、フェザーンあるいは叛徒のもとに逃れることを許す」
ホロ映像は、オーディンのブラウンシュヴァイク邸で去年開かれたホームパーティーの場面に変わった。この映像には見覚えがあるが、私の記憶と異なる部分がある。父母やブラウンシュヴァイク家の従者、父の衛士たちはそのままだけど、私がいるべきはずの場所にこの女の子がいる点だ。
さらに、私がもっと幼いころからの思い出のホロ映像とよく似たものが何種類も映し出された。ひとつ残らず、風景や周囲の人たちは私の記憶どおりだけど、私がいるはずの場所にこの女の子がいる。最後の映像は、その女の子が、ガイエスブルクの大会議室で、軍服姿の人々にとりまかれ、ローエングラム侯に何かいわれてガックリとうなだれ、やがて両脇を衛士に支えられながら大会議室を出たところで途切れた。これは、明日の「勝利式典」の模様らしい。軍人たちには顔がなく、向こう側の景色が透けてみえている。
「つくりものですね?」
「そうだ。帝国の公式記録では、今後この少女がエリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクとなる。帝国図書館や報道機関、貴族学校などに保存されているフロイラインの映像記録も、すべてこの容姿で置き換えさせる」
私の社交界デビューは来年の予定だった。私の容姿はまだ広くは知られていない。
私の名前も人生も、このつくりものに取られてしまう。私が、自分をエリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクだと名乗ったら、私のほうが偽物扱いされてしまうようになるのだ。
猛烈に腹が立ってきた。
「それで温情のつもりですか!妾(ワタシ)をわたしのまま殺しなさい!」
侯はなにも言わず、困ったような表情で私をみている。
私と同じ年頃の幼年学校の生徒が銀のコーヒーセットをもってきて、侯と私にいれた。
侯はおいしそうにそれをすすったが、私はとても手をつける気にならない。
侯はコーヒーを飲み終え、さらに数分間、私の顔を眺めたあと、たずねてきた。
「私はロットヘルト伯爵夫人をひとかどの人物だと思っているが、フロイラインにとってはどうか?」
腹がたってしょうがないため返事もできない。
「先日、私に連絡を取ってきた際には一緒に行動していたようだが」
「・・・立派なひとだと思います」
「それでは、彼女と相談するとよい。何もいますぐにあわてて結論をだすことはない」


■帝国暦488年9月8日 ガイエスブルク要塞小会議室:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

一門の当主や家族たちとともに、ふたたびガイエスブルクに戻ってきた。
明日、ガイエスブルクの大会議室でローエングラム侯の勝利式典が開かれる。
事前の打ち合わせと称して、カール、シュテルンやノルデン子爵らとともに呼び出された。ノルデン子爵とはレンテンベルクで別れて以来の再会である。
ローエングラム侯は、私たちの振る舞いが敵ながらみごとだったと誉め、爵位と領地は剥奪し、身分を平民に落とすが、生命は助け、「喰うに困らぬ程度の財産」を持つことを許す、と告げた。ガイエスブルクに参加した貴族の生き残りは、すべてこの線で処遇するという。
「あなた方3人は、リップシュタット盟約の署名者の生き残りの中では最上位に位置し、一門各家の当主たちも全員健在だ。不本意かもしれないが、明日の式典では、ガイエスブルクに参加した貴族たちの代表として、一門の領主たちとともに私にひざまづき、私の助命に頭を下げて感謝するという演技を行っていただきたい」
ゴールデンバウム朝が倒れてローエングラム侯の新体制が成立することは確実である。どうせ降伏した身だ。侯の新体制をよりしっかりしたものにするのに役立つなら、なんでもやりましょう。
「あなた方からなにか望みがあるなら、聞こう」
いかにもやさしげな問いだが、私たちの器量を測る問いでもある。うかつな希望を述べれば、侯はしっぺ返しを喰らわしてくることは間違いない。カールもノルデン子爵も、その点が見えるので、すぐには答えない。私が口火を切ってやろう。
「”喰うに困らぬ程度の財産”とは、いかほどの額でしょうか?」
「グレーフィンは何が望みか?」
「駆逐艦8隻、輸送船24隻ほどと、航宙艦の整備基地を1、2箇所ほどいただけますかしら?」
侯の意表を突くことに成功したらしい。絶句している。ふふふ。
「……運送会社でも興すか?」
「はい」
「グレーフィンは、いままでその種の経験などないのでは?」
「いえ、ロットヘルト領では内戦前からトゥルナイゼン家と共同で領地とオーディンを結ぶ輸送船団を運行しております」
「貴女自身が直接に管理、運行していたわけではなかろう?」
「はい」
侯はしばらく考えていたが、やがて答えた。
「…その願いをただちに叶えてやるつもりはないぞ。まずは、グレーフィンに輸送船団を運用する能力がどの程度備わっているのかを見せていただく必要がある」
30隻あまりの航宙艦や整備基地をすぐにいきなりまるごとくれるとははじめから思っていなかったが、前向きに検討してくれるようだ。
「わかりました」
私の「願い」についてはこれでうち切る。侯が、私の口から出てくるだろうと予想していることを、私は口にするつもりがない。侯は1分ほど待っていたが、結局彼の方から尋ねてきた。
「……一門各家の処遇などについては何かないのか?」
「そちらは、侯爵閣下のご判断とご処置にゆだねます。彼らが頂いた資産を喰い潰して路頭に迷うことのないよう、宗主として見守っていきたいとは思っておりますが」

ノルデン子爵やカールも、ローエングラム侯がくれるという財産のことはとやかくいわずに、ノルデン子爵は「シュターデン子爵の療養生活を支えたいこと」、カールは「シュテルンに正規軍で修行を再会させたいこと」を願い出て、いずれもローエングラム侯の了解を得た。


■帝国暦488年9月8日 ガイエスブルク要塞ロットヘルト行総督府跡:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト
先ほどの会合が解散したのち、ローエングラム侯は私を呼び止め、エリザベートさまの相談に乗ってやって欲しいと頼んできた。また、ブラウンシュヴァイク家の衛士に彼女を委ねた場合、フロイラインに手をかける可能性があると指摘してきた。そういうことなら、否も応もない。彼女をうちの「行総督府跡」で預かり、私と起居を共にすることにした。

*************
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 銀紅伝 第35話 勝利式典における惨劇
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/04/24 01:16
■帝国暦488年9月8日 ガイエスブルク要塞 大会議室付近:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

小会議室をでると、金釘流の下手くそな文字で私の名前が書かれた手製の名札を渡され、首にかけてくれという。導かれた先は大会議室へと続く通路で、カールやノルデン子爵、一門の者たちが同じような名札を持ってたたずんでいる。
カメラマンを引き連れたディレクターらしき人物がいった。
「それでは皆さん、名札を首からかけて、ご一門ごとに壁沿いに並んで座り込んでいただけますか?」
私の隣には、草臥(くたび)れたドレスを着た女の子が座ってきた。たしかベッヘラー子爵家の侍女だったような。フロイライン・ブラウンシュヴァイクの名札をかけている。
「それでは皆さん、悲しげに、うつむいて下さい。」
“降伏した門閥大貴族と一門の領主たち”というテロップをつけられて銀河中にさらし者にされる場面がもう目に浮かぶ。腹がたってしょうがないが、ディレクターの背後には熱線銃を構えた兵士が控えている。文句をいって、銃口で頭を小突かれている者もある。
私がこれまで義理を立ててきたガイエスブルクは終焉をむかえた。これから、ローエングラム侯の一党とリヒテンラーデ公の一党の権力闘争が始まる。ことここに至っては、覇者たらんとして覇者になりきれていない未熟なお坊ちゃんたちが勝利して、帝国を全面的につくりかえるのを見てみたい気がする。ここはもう、彼らが私たちに望むとおりの演技を、できるだけ精一杯演じてやろうではないか。3家の一門のものたちを小突く兵士の背後から、ディレクター氏は必死に「演技指導」をしている。
「おそれいりますが、お腹立ちはごもっともですが、そのように怒りや覇気に満ちた眼差しはどうぞお控えください。もっとこう、がっくりと、絶望にうなだれる雰囲気をよろしくおねがいします。」
女の子に、名札を指さして聞いてみた。
「あなた、それは?」
「エリザベートさまがお加減が悪いとかで、代役を務めるよう命じらました。実際の放送番組では、私の顔がエリザベートさまのお顔と差し替えられるそうです」
ディレクターは、私たちの姿勢や表情にさんざんケチをつけたのち、通路の端に固まっていた将官・士官の制服を着た集団に合図を送った。彼らは、傲然と胸を反らしながら、私たちの前を通り過ぎていった。彼らの顔も、実際の放送では、ローエングラム侯の配下の著名な提督たちに置き換えられるのであろうか。
まさに茶番劇であるが、これが歴史的資料として残ってしまうのだろうな。


■帝国暦488年9月8日 ガイエスブルク要塞 旧「ロットヘルト行総督府」:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

いったん解散したのち、私たちはかつて「行総督府」や「行長官司」として割り当てられていた部屋に戻ることを許された。むろん衛士の護衛のかわりに、ローエングラム侯の兵士たちの監視がついている。

プライベートエリアでは、フロイライン・ブラウンシュヴァイクが待っていた。顔色はまっ蒼(さお)で、とても具合が悪そうである。ガイエスブルクには、彼女が在学していた貴族女学院の同窓生たち二百数十人、フロイラインの同級生が数十人きていた(私の後輩たちでもある)。しかしフロイラインがファーレンハイト提督のアースグリムに便乗して最後の決戦に臨み、ブリュンヒルトに移され、ガイエスブルクに戻ってみれば、その間に彼女たちのほとんどが、棺や死体袋に詰められて、通路に積み重ねられていたのだ。ブラウンシュヴァイク夫妻についても、「自殺」したと聞かされるばかりで、死に目にも会っていないという。

彼女をもし今、ブラウンシュヴァイク家の使用人の手に委ねると、「誇り高きブラウンシュヴァイク家のお嬢さまを金髪の孺子にひざまずかせるわけにはいかない」と、忠誠心があさっての方角に発揮されて、かえってフロイラインには危険な可能性がある。

長男のトーマスをカール(ミュンヒハウゼン男爵)とシュテルン(カールの嫡子,トーマスの弟)の所に行かせ、親子・兄弟水入らずですごさせて、フロイラインをわたしの手許にとどめてしばらく預かることにした。


■帝国暦488年9月9日 ガイエスブルク要塞 大会議室:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

式武官が肺活量を誇示するように叫んだ。
「銀河帝国軍最高司令官ラインハルト・フォン・ローエングラム侯爵閣下、ご入来!」

先勝式のはじまりは、捕虜となった高級士官の引見である。私たち門閥貴族とその一門諸家の出番はそのあと、ということになる。フロイライン・ブラウンシュヴァイクは体調が恢復せず、私のとなりの門閥貴族筆頭のポジションには、今日も代役の侍女(ウルスラちゃんというそうな)が配置に付いている。

最初に引き出されたのが、要塞司令官イルムシャー大将だった。
彼はローエングラム侯に以後の忠誠を誓うと、手錠を外されて士官たちの列に加わった。

つぎに進みでたのが、わがヘクトール・フォン・クラインシュタイン提督であった。
「クラインシュタイン中将。戦史の教科書でお名前は拝見していた。まだご存命であったとは大変おどろきだ」
「老人が、生き恥をさらしております」
「いや、貴族連合軍の指揮官で、私の部下たちに3度も苦汁をのませたのは卿ひとりだ。名将は衰えぬものと感心している」
昨晩、提督から通信があり、正規軍への復帰をもとめられ、私や一門の者たちへの寛大な処置を条件に受諾したと告げてきた。私の方からは、すでに助命と「喰うに困らぬ程度の財産」の授与を約束されたこと、運送会社を興すため輸送艦隊1セットを要求したら、前向きに検討してくれる様子であることなどを伝えた。
「もうロットヘルト家に対する後見のお役目は充分に果たされたのではないか?いま一度、正規軍に復帰し、わが軍の若輩者たちに提督の叡知を示してやってはくれまいか?」
「おいぼれに過分のお言葉、恐縮のいたりですが、お役にたつとご評価くださっている限りは、精一杯つとめましょう」
クラインシュタイン提督は、手錠をはずされ、士官たちの列の、中将の筆頭の位置についた。

次にファーレンハイト提督がローエングラム侯の前に進み出た。
「ファーレンハイトか、久しいな。アスターテ会戦以来だと思うが」
「御意」
「ブラウンシュヴァイク公などに公したのは卿らしくない失敗だったな。私にしたがって、以後、武人としての生をまっとうしないか」
「私は帝国の軍人です。閣下が帝国の軍権をにぎられたうえは、つつしんでしたがいましょう。いささか遠まわりしたような気がしますが、これからそれをとりもどしたいものです」

そのあとさらに、正規軍陸戦部隊の将官が2人、許されて士官の列に加わった。

将官の引見がおわると、次は佐官である。佐官からは十把一絡げで、ローエングラム侯が一人一人に声をかけ、手錠を外して士官の列に復帰させるという演出は行われない。ガイエスブルクで分艦隊の提督をつとめた大佐たちを最前列として、数百人が一斉にたちあがり、「帝国軍最高司令官」への忠誠の言葉を唱和した。

尉官以下は、前日までに尋問を受け、ローエングラム侯に忠誠を誓う意志のあるものは、誓約書に署名をし、提出し終えていた。シュテルンは、正規軍大尉として、シャンタウ星域の会戦以来副官として仕えてきたリヒャルト・ハルバーシュタット大佐にそのまま仕えることを許された。

士官への引見がおわると、つぎに大会議室に呼び入れられたのが、ブラウンシュヴァイク公の遺体を特殊ガラスの棺に収めたアンスバッハ准将であった。ブラウンシュヴァイク公は星系総督としての礼装をまとって棺の中に横たわっている。この人とは、ほんとにいろいろとあったな……

アンスバッハ准将は、棺を乗せた台車をローエングラム公の前まですすめると、うやうやしげに一礼したのち、ボタンを押して棺の蓋を開いた。そして礼装の腹部のボタンを外すと、中から小型のハンドキャノンを取り出した。

ローエングラム侯や歴戦の勇将たちが、呆然と立ちつくして身動きもしない。

「ローエングラム侯。わが主君ブラウンシュヴァイク公の讐(かたき)を取らせていただく!」

ただ一人動きえたキルヒアイス提督がアンスバッハ准将に飛びかかり、ハンドキャノンの照準を外した。キルヒアイス提督は、さらにハンドキャノンを奪い取り、アンスバッハ准将をねじ伏せたかにみえた。ところが急に首筋から大量の血を流しながら崩れ落ちた。この時になってようやく他の提督たちがもみあう二人のもとに殺到した。

アンスバッハ准将はローエングラム侯の暗殺に失敗し、毒を飲んで自殺。
キルヒアイス提督は、身を挺してローエングラム侯をかばい、瀕死の状態となった。

ローエングラム侯がよろめきながら倒れているキルヒアイス提督のもとに赴き、礼服が血塗れになるのもかまわず、抱きかかえ、何か話しかけている。侯の部下の提督たちが、心配げに取り巻いて見ている。

   た い へ ん な こ と に な っ た 。


■帝国暦488年9月9日 ガイエスブルク要塞 大会議室:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

2時間のち、キルヒアイス提督の遺体はケースに収容されて運び出され、ローエングラム侯はミッターマイヤー・ロイエンタール両提督に両脇を支えられながら退出していった。

メックリンガー提督がまとめ役のようになり、軍人たちに箝口令を敷き、私たちにも口外無用を依頼して、一同を解散させようとしたところ、大会議室をでたり入ったりして、何事かを準備していたらしいオーベルシュタイン総参謀長が解散に待ったをかけてきた。

「式典は中止せざるを得ないが、撮影は最後まで貫徹する必要がある。オーディンに不審を抱かれないためにも必要な措置だ」
彼の背後には、元帥の礼服を着用した、ローエングラム侯とよく似た体格の若者と、昨日も私たちを撮影したディレクター氏やカメラクルーが控えている。

オーベルシュタイン総参謀長は、私たちを見回しながらいった。
「この者がローエングラム侯の役をつとめます。昨日侯爵閣下から宗主方に依頼したとおり、諸卿には、この席で、侯の助命に対してひざまづいて感謝の意を示す演技を行っていただきたい」

協力しておいて何の損もないし、いまさら彼らに協力を拒否しても何の益もない。
「やりましょう」

偽ローエングラム侯はウルスラ嬢にむかって重々しく告げた。
「汝、エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクは朝廷の重臣の家に生まれながら、父ブラウンシュヴァイク公の煽動にのり、簒奪を企んだその罪は重い……」
ウルスラ嬢は、死刑を言いわたされてガックリとうなだれる演技をたいへん上手にこなすと、衛士たちに両脇を抱えられながら、大会議室を退出していった。

次は、私たちの番である。
ディレクター氏は、私たちがひざまづくのや、唯一のセリフ「ありがたきしあわせ」がきれいに揃いすぎていると文句をつけ、何度もやり直しをさせた。
わざとらしすぎるそうな。
「もっと自然に、ばらけて!」だと。
そりゃあ、あんたが何度もやり直しさせるからでしょ!
上手にもなるわよ。


■帝国暦488年9月10日 ガイエスブルク要塞 旧「ロットヘルト行総督府」:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ガイエスブルク要塞で開催されたローエングラム侯の勝利式典の模様を報ずるニュース番組が要塞内でも配信され、エリザベート嬢といっしょに見た。

まず冒頭は、ミッテンマイヤー提督とロイエンタール提督が颯爽()と要塞に乗り込んでくるシーンである。別々に撮影されたシーンが交互にならべられて、偽エリザベート嬢(顔はCG、胴体はウルスラ嬢)を先頭に私たちがローエングラム侯の兵士に銃を突きつけられ、一門ごとにうなだれて通路に座り込み、両提督を出迎えたかのようにみえる。

その点はよい。大した問題ではない。

私たちを撮影中、ディレクター氏がなぜかことさら下手な冗談を連発しては私たちから笑いを取ろうとしていたのだが、今こうやってできあがった番組をみると、彼の邪悪な意図がわかってきた。

できあがった番組では、両提督の移動にあわせ、私たちの視線も移動していくようにみえる。私たちの目には敵意のかけらもなく、恐怖と不安、そして勝者に媚びる色が浮かんでいるようにみえる(実際には、妙におどけるディレクター氏をあざ笑っていたのである)。なにより、両提督と視線が合ったとたん、私がアホ面をさらして「勝者に媚びる卑屈な笑みをつく」ったように見えた。その隣のCGエリザベート嬢のほうは、澄ました顔で目線を反らし横を向いている。

ここまで、わずか15秒ほどであるが、まったくなんという編修であろうか。非常に腹立たしい。

肝腎の式典であるが、アンスバッハ准将がブラウンシュヴァイク公の遺体を大会議室に持ち込んでからの一連の行動は全面カット。佐官たちによる最高司令官に対する忠誠表明のあとに、私たち門閥貴族の助命と謝意表明の場面がつながっている。

偽ローエングラム侯が死刑判決をウルスラ嬢に言い渡すシーンは、ローエングラム侯本人とCGエリザベート嬢のやりとりへと、みごとに加工されている。

エリザベート嬢はいった。
「妾(ワタシ)の名前と人生を、あのつくりものに取られてしまった……」
私は彼女に
「妾(ワタシ)なんか、あのアホ面が、このあとずっと歴史資料として銀河中でさらされ続けるのよ」
といってなぐさめた。

昨日ローエングラム侯は、エリザベート嬢に対して
 (1)実際に処刑される
 (2)帝国内で別の名前と身分をもらって暮らす
 (3)フェザーンか同盟に亡命し、皇孫エリザベート・フォン・ブラウンシュバイクを名乗り続ける
という三つの選択肢を示したと私には告げたけれども、侯は、エリザベート嬢の回答をまたずに、「ゴールデンバウム王朝に殉じてローエングラム侯に死刑にされるエリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクとしての栄誉」をCGのつくりものに与えた。こうなってはもはやエリザベート嬢が(1)を選択する意味はない。

フェザーンや同盟に逃れたとしても、エリザベート嬢の「皇孫、ブラウンシュヴァイク家の嫡子」という部分のみに価値を見いだす連中が群がりより、利用されるだけになるのは目に見えている。

「妾(ワタシ)は次男のエーリケをオーディンに残してきたのですが、いま、平民の身分と名前をもらって、うまくやっているそうです。オーディンにもどったら、彼の話を聞いてみましょう」



[25619] 銀紅伝 第36話 ラインハルト軍のオーディン制圧
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:37
2011.4.25に第35話の最終章を大幅に増補しました。未見の方は、そちらもご覧ください♪

■帝国暦488年9月12日 ガイエスブルク要塞 旧「ロットヘルト行総督府」:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ローエングラム侯は低温保存されたキルヒアイス提督の遺体のかたわらにつきそったまま、飲まず食わず、睡眠もとらずに三日が過ぎたそうだ(クラインシュタイン提督談)。侯の配下たちは、戦勝式典の惨事について厳重な箝口令をしき、軍規によって要塞を共同管理しているが、侯の放心状態に対しては為すすべもない様子だ(トゥルナイゼン少将談)。

私のアホ面をさらした勝利式典の番組が欺くことができるのは帝国の一般民衆だけだ。ガイエスブルクを完全に屈服させたなら、軍部は戦後処理についてただちに宰相府と連絡をとりあわねばならない。例えば、降伏して許された私たち貴族たちの今後の衣食住や、私たちに与えられると約束された「喰うに困らぬ程度の財産」の給付など、具体的な実行は行政側(宰相府)の職掌に属している分野だ。軍最高司令官の三日間の沈黙は、ただちに首都オーディンに、なんらかの異常事態の発生を確信させた。

衛士が声をかけてきた。
「オーベルシュタイン総参謀長から通信です。オフィスまでお越しください」
行総督府のプライベートエリアからオフィスに入る。
モニター越しにオーベルシュタイン総参謀長がいう。
「宰相リヒテンラーデ公がフロイライン、グレーフィンと話したいそうです」
「なにか注意すべき話題はありますか」
「ありません。なんでも自由に話してください」
「昨日、メックリンガー提督からなにか口止めを受けたような気がするのですが?」
総参謀長は答えない。私に何か頼んで借りをつくる形になるのがいやなのだろう。超空間通信といってもある程度の時間差はある。都合がわるい話題がでたら、有無をいわせず遮断する気だろう。
リヒテンラーデ公は、ローエングラム侯による私たちへの処分内容について尋ねたのち、聞いてきた。
「それでいま、ガイエスブルクの様子はどうなっておりますかな?」
「ローエングラム軍の将兵たち。ガイエスブルクに進駐して以来、勝利祝賀パーティーと称してずーっと宴会三昧。まったく見ていて腹立たしい限りですわ」
私がガイエスブルクの異常事態について公に知らせるつもりがないことを察したのだろう、私の答えを聞いて、リヒテンラーデ公はギロリと私を睨んでいった。
「ルドルフ以来の名族も、嘆かわしいことですな」
リヒテンラーデ公は、公に情報提供をしない私を、暗に、門閥大貴族の宗主でありながら成り上がりのローエングラム侯の側につくのかと非難しているのである。私はしらじらしく答える。
「全くです。ほんとうに、ご先祖さまたちには恥ずかしいばかりですわ」
リヒテンラーデ公は通信を終えた。

捕虜のうち、貴族とその家族を担当する責任者となったのが、イザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼン少将である。彼自身、門閥大貴族の若当主で、私たちの扱いには手慣れていると見込まれての起用であろう。トゥルナイゼン一門の領地はロットヘルト領の隣にあり、代々近所づきあいを重ねている。

私たちは軟禁されているので、トゥルナイゼン少将を呼びつけた。
「イザーク、ローエングラム侯はあいかわらずなの?」
「はい。」
「オーディンは、こちらで何かあったことはもう気づいているわよ。さっきリヒテンラーデ公が妾(ワタシ)に探りを入れてきたわ」
「……」
「提督たちは何をしているの?」
「みなさん、途方にくれておられるようすです」
あのお坊ちゃんが自分の半身でもある親友を失って一時的にへたってしまうのはともかく、人生経験をより多く積んでいるはずの部下たちまでが、侯につきあって一緒にしょぼくれているとはどういうことだ。
「誰かが喝をいれてやらないと。イザーク、あなたの上官はケンプ提督だったわね?会えるよう取りはからってもらえるかしら?」
トゥルナイゼン少将はしばし躊躇していたが、やがていった。
「どうぞ、こちらへ」


■帝国暦488年9月12日 ガイエスブルク要塞コズミックアドラー:オスカー・フォン・ロイエンタール

ミュラーとミッターマイヤーが言葉を交わしている。
「ローエングラム侯のごようすは?」
「あいかわらずだ、じっとすわっておられる……」
「だが正直なところ、侯にあれほどもろいところがおありとは思わなかった」
「おれや卿が死んでも、ああおなりではあるまいよ。ジークフリード・キルヒアイスは特別だ──特別だった。侯は、いわば自分自身の半分を失われたのだ。それも、ご自分のミスで」
おれも口を挟む。
「ローエングラム侯には立ちなおっていただく。立ちなおっていただかねばならぬ。さもないと、吾々全員、銀河の深淵に向かって滅亡の歌を合唱することになるぞ」
ビュッテンフェルトが、途方にくれた声でいう。
「だが、どうすればいいのだ?どうやって立ちなおっていただく」
「打開策があるとすれば、あの男だが」おれがつぶやくと、ミッターマイヤーが小首をかしげる。
「あの男?」
「わかるだろう。この場にいない男だ。オーベルシュタイン参謀長だ」
他の連中が顔を見あわせる。
「奴の知恵を借りねばならんのか……」ミッターマイヤーの声に、いまいましげな調子が隠しようもなく表れている。
「やむをえまい。彼にしても、ローエングラム侯あっての自分であることを、承知しているだろう。その彼がいままで動かずにいるのは、おそらく吾々の訪問を待っているのだと思う」
「では、奴に恩を着ることになるではないか。もし、奴が、自分に諸事、優先的な権利を与えろといったらどうする」
「オーベルシュタインもふくめて、吾々はローエングラム号という名の宇宙船に乗っているのだ。自分自身を救うために、船を救わねばならぬ。もしオーベルシュタインが、この危機に乗じて、自分ひとりの利益を図るというなら、こちらも相応の報復手段をとるだけのことだ」
おれがこのように述べ、提督たちがうなずきあったとき、警備担当の士官があらわれ、トゥルナイゼン少将とロットヘルト伯爵夫人の来訪をつげた。


■帝国暦488年9月12日 ガイエスブルク要塞コズミックアドラー:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

イザークに連れていかれた先は高級士官クラブの”コズミックアドラー”。ローエングラム陣営の最高幹部たちが勢揃いしてたむろしている。私に対して「こいつがなんでここに」という視線と、イザークに対して「なんでこいつをここに連れてきた」という視線が刺さる。イザーク、あなたと私とは、あなたが子供の時からのつきあいで、気心が知れてるけど、提督たちにとっては、私はただの「降伏した門閥大貴族のひとり」にしかすぎないからねえ。ケンプ提督ひとりを、ここから連れ出してきてもらえればよかったのに・・・。

まあ、来てしまったものはしょうがない。

一同が静まりかえり、注目してくる。
「さきほど、オーディンから連絡があって、リヒテンラーデ公にいろいろ訊かれましたよ。まずは、ローエングラム侯が私たちにどのような処断を下したか、について話しました
ローエングラム侯は、妾(ワタシ)に輸送艦隊を1セット下さるとおっしゃったけど、宰相閣下にはその話が通ってませんでした。フロイライン・ブラウンシュヴァイクについても、新たな名前と身分をもらって帝国で暮らすか、フェザーンか叛徒のところに逃げて昔の名前で侯に立ち向かうか、好きな方を選んでよいというお話でしたが、これも宰相閣下のところには通じていません」

おめーがお情けで恵んでもらう財産の心配なんか相手にしてられねーよ、という態度でそっぽをむくものが出始めたが、しかし降伏した門閥大貴族の宗主が、純粋にローエングラム陣営の心配なんかしたりしたら、おかしいではないか。ここで財産の話題にふれておくのは、この世界で生きていく必須の知恵。

「ローエングラム侯が、大事なお友達をなくして凹んでおられるのは結構ですが、あなた方まで侯につきあって立ちすくんだままとは何事ですか!妾の輸送船団はいったいどうなるの!」

最後の1文で「アホらしい、聞いてられるか!」という態度をとる者がさらに増えたが、これは私がこの世界の人間っぽく振る舞うためのカモフラージュである。なかには、この門閥貴族の宗主が、自分たちを叱咤激励していることに気づく者もある。いよいよ本題。

「リヒテンラーデ公は、ガイエスブルクの様子について妾(ワタシ)に探りをいれてきました。皆さんが祝勝会を三日も続けて、そろって酔いつぶれているとか適当に答えておきましたが、公はそんなものでごまかされるほど甘くはないはず。オーディンは、もうガイエスブルクで何か異常が起きていることを確信しているとおもいます」

そっぽを向いていた者たちもいずまいを正し、全員が真剣に聞いてくれるようになった。

「4月はじめの「社会経済再建計画」に、先日のヴェスターラントの特番。
 あなた方は、ガイエスブルクの妾(ワタシ)たちだけでなく、オーディンにいる人々も含めて、帝室と帝国の貴族階級そのものに対して、激烈な挑戦状を叩きつけているんですよ?オーディンは、次に皆さんがどんな手を繰り出してくるのか、固唾を呑んで待ちかまえているところのはず。いまあちらに、皆さんがすっかり戦意を無くしてうなだれているという現状を知られたら、オーディンは全力で皆さんの足下をすくってくるでしょうね」

首都オーディンに対して不自然な沈黙を続け、時を空費することへの焦慮は、私などに指摘されるまでもなく、提督たちが共有するものであった。私が指摘した緊急の脅威についても、彼らはただちに理解したようだが、彼らの表情には、納得よりも、その内容が門閥大貴族の口から出てくることへの不審が占める割合が多いようにみえる。そこで、最後にあらためてカモフラージュで話を締めくくる。

「皆さん、はやくローエングラム侯を立ち直らせて、オーディンに勝利して、妾が輸送艦隊をもらえるようにしてください」


■帝国暦488年9月12日 ガイエスブルク要塞コズミックアドラー:ウォルフガング・ミッターマイヤー

グレーフィン・フォン・ロットヘルトは言いたいことを言って去り、トゥルナイゼン少将も、申し訳なさそうに頭を下げて、後を追った。

「いったい何だったんだ、あれは……」ロイエンタールがつぶやくが、あれは表面上、自分の財産の心配だが、オーディンがこちらの異常を察したことについての警告と、ローエングラム侯の状態にかかわらず我々が先手をうって行動を起こすべきだという叱咤ではないか。

「よし、オーディンを攻め落とそう。貴族階級の息の根を、完全にとめてしまうんだ。ローエングラム侯には、時間をかけてじっくりと立ち直っていただけばよい」

提督たちがうなずきあったとき、警備担当の士官が再度あらわれ、オーベルシュタイン参謀長の来訪をつげた。

■帝国暦488年9月26日 オーディン宙域

権力はそれを獲得した手段によってではなく、それをいかに行使したかによって正当化される──。

その認識が、提督たちに、すさまじいばかりの決断をさせた。
 
陰謀も詐術もやむをえぬ。この際、宮廷内にひそむローエングラム侯の敵を一掃し、国政の全権を奪取すべきだ。手をこまねいていれば、敵の先制を許すばかりである。
提督たちは行動を開始した。ガイエスブルクの警備には、オーベルシュタインとメックリンガー、ルッツを残し、他の者はえりすぐった精鋭を率いて首都オーディンに急行したのである。
リヒテンラーデ侯がいずれおこすであろう宮廷クーデターに対して先手をうつ。その決意は彼らを駆り立ててやまず、ガイエスブルクからオーディンまで、二〇日行程とされるものを、彼らは十四日で到達した。
不意をつかれた各省はあっけなくラインハルトの提督たちに制圧され、尚書たちはひとりのこらず拘束された。帝国宰相リヒテンラーデ公は、アンスバッハ准将の黒幕、ローエングラム侯暗殺未遂事件の容疑者として逮捕された。むろんオーベルシュタインのアイディアに基づく容疑である。不穏な動きを見せる者は、すべて「ローエングラム侯暗殺未遂事件の容疑者の一味」として逮捕拘禁された。
 帝都オーディンは、内戦の最初と最後に、ラインハルト靡下の提督たちによって、土足で制圧されたのである。


*************
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 銀紅伝 第37話 新たなる出発(たびだち)
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:38
■帝国暦488年9月26日 ガイエスブルク要塞旧総司令部:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト

ローエングラム侯に呼び出されて、メルカッツ総司令官がオフィスとして使用していた旧総司令部に赴く。
ローエングラム侯と参謀長が何か話し合っている。
「閣下、あと一時間もすれば、ブリュンヒルト号は出港できます」
「よし、三〇分したら行く」
「閣下、リヒテンラーデ一族のこと、あれでほんとうによろしいのですか」
「私はいままで多くの血を流してきた。これからもそうなるだろう。リヒテンラーデ一族の血が数滴、それに加わったところでなんの変化があるか」
「そうお思いなら、けっこうです」
「さっさと行け。行って卿の職務をはたすがいい」
オーベルシュタイン参謀長は、私に鋭い一瞥をくれると、退出していった。
ローエングラム侯は私にむかって言った。
「グレーフィン、先日は、部下たちに気合いを入れていただいた。感謝する」
「いえ、妾(ワタシ)はなにもしておりませんよ。侯爵閣下が妾やエリザベートさまにお約束してくださったことがリヒテンラーデ公には通じていなかったので、部下の皆様にどうなっているのか確認しただけです」
侯は、すべてお見通しだぞ、という目つきで私を見てくる。
「リヒテンラーデ公の側について、またガイエスブルクを制圧しようとは思わなかったのか?うまくいけば爵位と領地を恢復できたかもしれないぞ?」
「いえ。もう手許に兵力はありませんし、それに侯爵閣下に勝っていただかないと、輸送船団と基地を頂戴できませんから」
「門閥の宗主にもどるより、星間輸送会社をやりたいのか?」
「はい」
侯は、面白いやつだとでもいうように私の顔をしばらく眺めていたが、口調を改めていった。
「グレーフィンは、部下たちに、輸送船団をもらう約束をしてあると言ったそうだが、与えるとは言っていないぞ」
「はい。たしか、まずは妾に輸送船団を運用する能力がどの程度備わっているのかを見せよ、と」
ローエングラム侯はうなずく。
「つまり、閣下に管理運用能力をお見せすれば、輸送船団をいただけるのでしょう?」
「では、オーディンへもどる際、さっそく輸送船に乗り組んでいただこうか」


■帝国暦488年9月30日 軍属輸送船オーデンヴァルト:サイラス・コンツ

輸送船の船長になりたがっている貴婦人を厳しくしごいて現実を教えてやるように、という奇妙な命令が上からおりてきた。船乗りの実務には素人であり、身の程しらずを思い知らせるべし、との由。
まずは船員たちに言い含めて、食事は全船でレーション(戦闘口糧)をとることにし、また、大部屋で雑魚寝させることにした。

ところが、すぐに音をあげるかと思ったら、彼女にはまったく堪(こた)える様子がない。

「レーションはツワッケルマン(株)のがいいのよ」だと?たしかに、あそこのはレーションの中では最もましな味だが、値段も高めなんだよ。それに着替えもシャワーも、男たちと混じっても全然平気なようすだ。貴族の女性というのは、平民をおなじ人間とは思っておらず、平民の男に肌を見られても羞恥心を感じないと聞いたことがあるが、それだろうか。

彼女が音を上げたら貴賓室にお移りいただき、あとはオーディン到着までそこでおとなしく過ごしていただく手はずだったのだが、予定がくるった。本人は気にしていないが、船員たちのほうが目の毒で困ると音をあげたので、二人部屋に一人で入ってもらい、シャワーだけ貴賓室のものを利用してもらうことにした。食事も、船員たちがレーションに不満をもらすようになり、船員食堂の通常メニューを再開することになった。「ガイエスブルクの士官食堂の定食の方がおいしかった」などと言っている。


■帝国暦488年10月2日 軍属輸送船オーデンヴァルト:サイラス・コンツ

この貴婦人さまには、機関部からはじまり、さまざまな実務を担当させたが、じつに覚えが速い。ときどきミスもあるが、おなじミスを2度とやることがない。それに、平民から指示・命令・指導を受けることに何の抵抗もないようだ。

道楽で船長になりたいなどと、いい気なものだと最初は思っていたが、事情はかなり異なっていたようだ。
上のほうからは、彼女の身許を可能な限り伏せるようにと言われていたが、本人が質問を受けると隠しもしなかったので、ほどなく彼女の正体は船内中に知れ渡った。
ロットヘルト一門の宗主ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト伯爵夫人。
この貴婦人さまは、一族で8つの星系と惑星の三分の一1を領有する一門の宗主(ただの領主でない、大貴族だ!)だったそうだが、ガイエスブルクに参加したため、ほどなく爵位も領地も全部めしあげられてしまうそうな。リップシュタット戦役で敗れて生き残った貴族たちには「喰うのに困らぬだけの財産を持つこと」が許されることになっているが、この貴婦人さまは、大胆にも「輸送船団がほしい」とローエングラム侯に所望、輸送船団の管理運行の適正があるかないかを示すため、おれの船に乗ることを命じられたという。「運送会社の社長になれるか、捨て扶持をもらって細々と暮らしていくか、運命の分かれ目だから、厳しく鍛えて頂戴」と本人からも頼まれたので、遠慮なくビシバシとやらせてもらうことにした。

それにしても、おれが以前に出会った領主や大貴族とはあまりに印象が異なるので、不思議に思って聞いてみたことがある。

「平民から指示、命令、指導を受けて気にならないのですか……ならないのか?」
彼女からは「部下にむかって敬語なんか使うな」と何度もいわれたので、言い直す。
「妾…私は、ガイエスブルクでは何人かの仲間といっしょに「組織と指揮系統の一元化」をめざす運動をやってたのよ。うまくできなかったから、ローエングラム侯にはボロ負けしちゃったけどね。」
「はぁ。」
「宇宙船に乗るんだったら、たとえば機関部で働くとき、動力炉にむかって自分は伯爵さまだ!って威張ったって意味ないじゃない?だから、上からの命令は聞く。分からないことは知識や技術のある人に教えを乞う。…船乗りの見習いの態度として、こんなものではどうかしら?」
「いや、それで十分です…だ」

二週間あまり、教えたら教えた分だけ吸収して、彼女は下船していった。
「私、このまま修行つづけたら、よい宇宙船乗(ふなの)りになれるかしら?」
「大丈夫でしょう。おれ・・私は保障します」
「これから、オーデンヴァルトのコンツ船長のもとで修行した、コンツ船長にお墨付きをもらえたって、自慢しますわね」


■帝国暦488年10月15日 オーディン ブラウエンベルク刑務所:エリック・フライシャー

憲兵隊経由で、ぼくの務めているフライシャー電設に仕事がはいった。「憲兵隊関連施設の電気系統の点検と修理」で、クライアントはぼくとクラリスを名指しで担当者に指名してきた。ぼくたちはソフト開発部の所属(社長令嬢のクラリスが部長で、ぼくが部下)で、普段なら電設の仕事はぼくらの担当ではないのだが、発注者が発注者なので、断れるはずもない。電設の社用車に案内者を同乗させて出発した。

行き先を聞いて事情に見当がついた。ブラウエンベルク刑務所は、上級貴族や軍隊の将官を拘置する施設で、刑務所といいつつ、全室が高級ホテル並の豪華な調度を有している。

案内された部屋には、案の定、こちらの世界の母ヴィクトーリアがいた。
「エーリケ、お久しぶりね」
ぼくの顔を見て驚いている。殴られて二日目、顔面の左側が腫れあがっているからな。
「母上も壮健そうで」
ここでフライシャー電設の名刺を渡しながらなのる。
「フライシャー電設(有)のエリック・フライシャーです。いつもご用命ありがとうございます」
名刺の名前とぼくの顔をかわるがわる見比べながら聞いてくる。
「いったいどうしたの?」
「4月の初旬、オーディンにもどってすぐ、ローエングラム侯にお願いして、平民の身分と名前をもらって、ロットヘルト邸をでました。そのあと、電気工の資格をとって、”フライシャー電設”に就職しました」
母のとなりには、クラリスより2才ほど年下の女の子がいて、興味深そうにきいている。
「こちらは、クラリッサ・フライシャー。フライシャー電設の跡取り娘で、ぼくの上司でもあります。」
「その顔はどうしたの?それに、この名前」
「きのう社長にクラリスと結婚させてくれといったら、殴られました」
結婚、という単語を聞いたとたん、母の目がまるくなった。当然か。
「この名前は?もう籍をいれたの?」
「いえ、まだです。社長は、クラリスは跡取り娘だから嫁にはやれねえ。それに16才で結婚なんて、まだ早すぎだ。といわれました」
「それで、どうして貴方の苗字がフライシャーになってるの?」
「社長と養子縁組をしました。「実の息子」としてじっくり鍛えてくれるそうです。結婚のことは、2,3年鍛えて、モノになりそうだったら、改めて許すかどうか考えてくれるそうです」
母は盛大にため息をついたあと、しばらくぼくの顔をまじまじと眺めていたが、やがていった。
「見込まれたわねぇ・・・」とつぶやき、クラリスに向かって、
「この子は、一人前の電気工として、きちんとつとまっていますか?」と尋ねた。
「はい。ただ、いま私たちは、配線の仕事よりも、コンピュータのソフト開発を主としてやっていますが。エーリケさんは私の右腕というか、頭脳の半分といっていいくらい、しっかりと支えになってくれています」
「そうでしたか。この子の未来を、御社とあなたにお預けします。どうぞよろしくお願いします」
「お引き受けいたします」
母のとなりの女の子が気になったので聞いてみる。
「ところで母上、こちらのフロイラインは・・?」
「エリザベートさま。フロイライン・ブラウンシュヴァイクです」
「エリザベートです。お初にお目にかかります」
おどろいた。
母や一門のものたちも出演していたローエングラム侯の勝利式典の特集番組では、フロイライン・ブラウンシュヴァイクが死刑判決を言い渡されてガックリうなだれ、連れ去られる場面があって、"刑は即日執行された" というテロップがつけられていた。それに目の前の少女と全く容姿がちがう。
母がいう。
「帝国政府の公式記録では、フロイライン・ブラウンシュヴァイクは、488年9月6日に死刑が執行されたことになるそうよ。報道機関とか、帝国図書館、貴族女学院なんかに残っているフロイラインの映像記録も、特番で流されたあの容姿で差し替えられるとか」
「すると、フロイラインのほうは・・・」
当の少女が言った。
「ローエングラム侯からは、実際に死刑を受けるか、新しい身分と名前をもらって帝国内で生きてゆくか、フェザーンか叛徒のところに逃げて昔の名前で侯に刃向かい続けるか、すきな道を選べといわれました」
「それで、どうなさいますか?」
「エーリケさまと同じように、新しい名前と身分をもらおうと思います」


■新帝国暦元年10月15日 新首都フェザーン:エリック・フライシャー

貴族連合軍に参加し、生き延びて降伏した貴族たちに対する標準的な処遇は、領地またはオーディンで家屋敷を一箇所ひきつづき保有することが許され、爵位に応じた一時金と家族の人数に応じた年金の給付を受けることができる、というものである。つつましく暮らせば、充分に「喰うに困らぬ程度の財産」が与えられたのであるが、浪費に慣れた人々で、数年のうちに財産を使い果たして路頭に迷う人々が多数でた。

母は、そのような可能性を見越し、周到だった。父のミュンヒハウゼン男爵カールと手をたずさえ、ロットヘルト一門15家+両ホッツェンプロッツ家、ミュンヒハウゼン一門20家を集合住宅にあつめて住まわせ、各家の当主たちに、「標準的な処遇」(邸宅と一時金・年金)を辞退させ、かわりに旧領地における様々な利権を求めさせたのである。「利権」には、母が「事業計画」を提出し、帝国政府の支援をうけながら、新たに生成されたものもあった。その主なものには、以下のようなものがある。
・ある景勝の地に立てられた別荘をホテルに改装、周辺をリゾート開発。
・特殊なレアメタル鉱山や、化学製品、食品工業等の経営権。
・ある領主の邸宅に、宗家2家、領主37家の伝世の財宝や文書(もんじょ。勅書、上奏文の写し、過去の当主たちの公刊・未公刊の著作など)、衣服、家具、武具その他の各種器具などをあつめて「ゴールデンバウム朝期歴史民俗博物館」を設立。

37家の当主たちは、これらの事業体において、能力に応じ、実権があったりなかったりするさまざまなポストに付き、路頭に迷うおそれはなくなった。彼らの子供たちは、オーディンでありふれた「ガイエスブルクに参加して地位も領地も失った元貴族の子女」として、平民としての道を歩み始めた。エリザベートさまも、みずからをエラ・ガイスラーと名付け、その中に混じった。

母本人は、オーディンに帰還後、2年あまりをかけて37家の身の振り方に一応の区切りをつけると、軍属の輸送船団に乗り組んでさまざまな実務の実践訓練をこなしはじめた。

この2年の間にソフト開発部は大ヒットを連発、社長はぼくとクラリスがフライシャー電設から独立し、新首都フェザーンに移転して、「フライシャー・ソフトウェア(株)」を起こすことを認めてくれた。
自由惑星同盟との150年戦争は帝国の勝利で決着し、ローエングラム公は新帝国を開いた。
民生用のコンピュータは、帝国製のものよりも同盟製のもののほうがスペックが上だ。オーディンにいた時からフェザーン経由で同盟製の各種コンピュータや主要ソフトをとりよせ、クラリスといっしょに分析に取り組んできたが、同盟製のハードウェアやソフトウェアと勝負してゆかねばならない時が、まじかに迫っている。


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2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 銀紅伝 第38話 紅の女社長 細腕一代記
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:40
2011.5.5初版
■帝国暦489年5月2日 オーディン物流衛星アズールIV:ホラーツ・ハッシャー

「ホラーツ、シシガシラのやつらが、うちのシュルツを引き抜きにかかってきたぜ」
「よっしゃ。現場をおさえてとっちめてやろう」
シュルツは、おれの社の腕っこきの航法長だ。譲るわけにはいかねえ。
シシガシラ運輸というのは、最近急にのしてきた会社だ。いまどき門閥大貴族がオーナーとかで、政府に太いコネを持ち、格安で航宙艦(ふね)の払い下げを受けてはいきなり販路と人手を横取りしてくる、阿漕(アコギ)なところだ。
「あいつら、アイヒェンプラッツで待ち合わせしてるそうだ」
アイヒェンプラッツはオーディンの軌道上にある物流衛星アズールIVの一角にある航宙艦(ふな)乗り向けのレストランだ。
「シュルツのやつ、自分できっぱり断れねえのか?」
「接触してきたのが、シュルツの出身地の領主で、内戦のころにたいへんな恩義を受けたらしい。うちに来る前だな。どうしても、会うだけは会わなきゃなんねえそうだ。引き抜かれるまえに、助けにきてくれとさ。」
ローエングラム公は、日頃は民衆の味方だとか、大貴族とか領主とかいうものをたたき潰したって宣伝しているくせに、シシガシラに梃子入れして、民業を圧迫してくるとはどういうこった?
シュルツのとなりに小柄な女が座り、話しかけた。
よし、あれか!
「おう、姐ちゃん!」
そいつが振り向く。短髪に鋭い瞳。年齢は30代後半か40代前半?わかんねぇや。精悍な顔つきをしている。
「シュルツは、うちの腕っこきだ。ちょっかいをかけるのはやめてもらおうか」
そいつは、悪びれもせず睨み返してくる。
「いまどき、領主のご恩なんざ振りかざして人民を縛りつけようなんて古くさいぜ。シュルツは絶対渡せねえ。もどってあんたのご主人さまに伝えろ」
シュルツと女が同時に返事してきた。
「いや、社長。この人自身は「昔の恩義」のことは言ってねえ。」
「私のご主人さまって何のこと?」
女の方に答える。
「シシガシラってえのは、いまどき門閥大貴族さまがオーナーなんだろ?そいつのことだよ」
女は、首を傾けて、俺の顔を見つめてくる。
「政府とどんなコネがあるのかしらねえが、おれたちが苦労して開拓したマーケットに割り込んでくるわ、手間暇かけて育てた船員を見さかいなくひっさらっていくわ、あんたのところは行儀がわるすぎる!」
女はやおら名刺を取り出しておれの言葉をさえぎると、おれに手渡して言った。
「私がシシガシラの社長のヴィッキー・ロットヘルトです。オーナーっていったらオーナーだけど、輸送船一隻、社員30人の小さな会社よ」
「シシガシラのオーナーは大貴族さまだと聞いてたんだが……」
「私、たしかに昔は一門の宗主だったりしたけど、リップシュタット盟約に署名してガイエスブルクに参加したせいで、爵位も領地も全部パァ。いまは平民です」
おれがむかし関わった宗主とか領主とかの連中は、無能なくせにやたら態度がでかく、奉仕されることを当然と思っている不快なやつらだったが……
「あんた、全然、宗主さまらしくねえぜ」
「それは誉めことばね」
女は嬉しそうにニヤリと笑う。
「宗主をやってたときより宇宙船(ふな)乗り修行してるほうが全然楽しいということもあるけど、私自身や一門を守るためでもあるのよ。」
へー、そうなんですか。よくわかんねえや。
「輸送船(ふね)を政府から格安?タダ?で払い下げてもらってるようだが、どういうコネだい?」
「タダじゃないし、格安でもないわよ。私たち、宗主2家と領主37家で、15星系プラス有人惑星1個を領地に持っていたのを、全部取り上げられたんだから」
なんかケタが違うな。イメージが湧かねぇ。
「ローエングラム公が「喰うに困らぬ財産は残してやる」といったから、「輸送船団を下さい」といったら、まず「輸送船団の管理運行能力をみせろ」と。それであちこちで修行して、今年になってやっと最初の1隻をもらって、設立したのがシシガシラ」
内戦をうまいこと生き残った大貴族さまが政府のコネをつかって民業に割り込んで来た、というのとは違ってたようだな。
「私たち、やるといわれた船をもらって、与えられる仕事をこなしてるだけなの、申しわけないけど。それと人手集めは、旧領地の15星系プラス有人惑星1個の出身者に絞って声をかけてるの。見さかいなしじゃないわ」
「なるほど、事情はわかったけど、やっぱりシュルツはやれねえ。うちにとっても大事なやつなんだ」
「そこをなんとかならないかしら?」
この女性(ひと)、たたずまいに物の言い方、考え方。既視感がある。
姐御に雰囲気がそっくりだ。やりにくくってしょうがねえ。
「イングランド標準語」でつぶやいたら、急に黙った。目がまるくなって、口が半分開いて、固まっている。
まさか。
やがて彼女も「イングランド標準語」でつぶやき返してきた。
あなたも、私の昔の部下によくにてるわ。ケンカが大好きで、コンピュータの扱いが上手だったミサイル技兵。私の命の恩人。
閣下ですね?
ハークネス?

■帝国暦489年5月2日 物流衛星アズールIV内のレストラン・アイヒェンプラッツ:ミヒャエル・アラン・シュルツ 

グレーフィンさまとうちの社長が急に黙って、涙を流しながら見つめ合ってるよ。どーしたことだ?
手を取り合ってる。
ありゃりゃ、ハグをはじめた。
なんだなんだ!!!


■帝国暦489年5月2日 レストラン・アイヒェンプラッツ:ヴィッキー・ロットヘルト

ホレーツ・ハッシャー社長は、シュルツ航法士の移籍はあくまでも拒んだが、シュルツ氏をふくむ優秀なスタッフ5人を1,2年ほどシシガシラに出向させ、さらには毎年シシガシラの新米たち数人を預かり、ハッシャー氏の手許で仕込んでくれることになった。私としては願ってもない話である。


■帝国暦489年7月7日 オーディン マンション「カレンベルク」集会室:カール・ヒエロニュムス・フォン・ミュンヒハウゼン

ヴィクトーリアから「カレンベルク」の住人一同に召集がかかった。
集会室においてあるモニターには、皇帝エルウィン・ヨーゼフ陛下誘拐事件についての報道が流されている。

「今朝未明、皇帝エルウィン・ヨーゼフ陛下が誘拐され、先ほど、もと副宰相のゲルラッハ子爵が誘拐犯を手引きしたという理由で逮捕されました。」

「子爵が、皇帝誘拐の手引きをほんとうにやったのかどうかはわかりませんが、私は、この誘拐事件がローエングラム公の自作自演で、ゲルラッハ子爵の容疑が完全にぬれぎぬであったとしても全く驚きません。みなさんも見ているでしょう?ローエングラム公がヴェスターラントへの核攻撃を見逃して、帝室と貴族階級への政治的攻撃に利用したこと。キルヒアイス提督の死の責任を宰相リヒテンラーデ公に負わせて、ご一家を粛清したこと。」

「公から直接きいたことがあります、「覇者たらんと志(こころざし)ている」と。銀河に統一をもたらすためにはいかなる手段も用いる、と。民衆に害をもたらすようなことはともかく、何かのぬれぎぬを着せるのに貴族の生き残りたちを利用することについて、彼はまったく躊躇しないと私たちは考えておいたほうがいい」

「私が航宙艦(ふな)乗り修行をうれしそうにやってること、エラ(=エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイク)や皆のお子たちを職業学校に入れて手に職をつけさせようとしていることについて、みなさんの中には批判や不満を述べている方々がありますね。たしかに、昔のことを思えば、大変に苦痛で、おおいに不満であろうとは思います。しかし、これは私たち自身の身を守るためでもあるんです。ローエングラム公の目指す「貴族なき世」に反対しない、という態度表明です」

「私はリップシュタット盟約に12番目に署名しました。カールは14番目。ガイエスブルクの生き残りの中では最上位で、みなさんはそういう宗主ふたりの一門です。ローエングラム公は、いままで私たちとノルデン子爵の一門を寛大に扱ってくれていますが、今後どのように気が変わるかはわかりません。みなさんには、この点についていままで以上に注意して、慎重に行動してください。お願いします」


■帝国暦489年10月2日 オーディン 銀河帝国軍士官学校:アルノルト・シュヴァルツネッゲル

上の方から、奇妙な命令がきた。
貴婦人に、駆逐艦の指揮官としての実務を積ませろという。
軍務経験は、領主として封領警備隊を指揮。彼女の略歴データにはこうある。
【ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト】
・軍務経験:ロットヘルト衛都指揮使(クィナミリアルク)を二十五年
・ 実戦経験:貴族連合軍の一員として、リップシュタット戦役に参加。私設艦隊780隻を指揮。4会戦に参加。戦役終了時までの損耗率23%。

領主として?だったら、指揮といったって、お飾りだったに決まってる。

「どういう事情で駆逐艦指揮の実務経験をお望みで?」
「ローエングラム公から駆逐艦をいただけることになっています」
なんだかよくわからん。
「私はガイエスブルクに参加して先祖伝来の領地を失ったのですが、かわりに輸送艦隊をいただけることに。護衛艦として、駆逐艦も何隻か払い下げていただけるんです」
説明してくれたが、やっぱり、よくわからん。
彼女の人事録には、軍属の輸送船や補給艦で研修を重ねているともある。しかもリップシュタット戦役の終結直後から。
ローエングラム公に敵対し、降伏したばかりの大貴族に対してどういう扱いだ、これは?
本人の風貌や、おれに対する態度も、おれの知る大貴族さまどもとはまったくかけ離れている。この女性はいったい何者だろう。
「とにかく、まずはシミュレーションを試していただきましょう」

**********
士官学校4年生の学年首席のクリストフ・フィッシャー候補生に相手をさせる。
駆逐艦による3隻対3隻。
艦の級種の選択は通常はランダムであるが、彼女は30年前に就航したフリーゲン級を1隻、選択できるように要求してきた。払い下げを受ける艦種となる可能性が高いからだという。フリーゲン級は通常なら選択肢には現れないが、シミュレーターにデータは登録されており、彼女の希望をかなえることは可能である。

対戦がはじまった。
いきなり、彼女の旗艦がみあたらない。
勝利条件は旗艦の撃破であるから、2隻対3隻でフィッシャー候補生が相手艦隊を優勢に圧迫しても、あまり意味がない。とつぜん、フィッシャー艦隊の背後の何もない空間より至近距離でミサイル5発の斉射があり、フィッシャー候補生の旗艦は撃破された。

手品の種であるが、彼女の旗艦は動力を完全にとめて慣性航行で漂流しながら戦場域に侵入していたのである。

フリーゲン級は手動で開閉できるミサイル発射口をそなえ、フリーゲン級が標準装備するSS245-Moskito型ミサイルは手動で艦外に射出することができる(むろん射出後の動作については事前にプログラムをインストールしている必要がある)。本来の設計主旨は、艦が損傷して動力が停止したのちも、戦闘続行を可能にするというものだったらしいが、いずれも正規軍ではとっくに制式装備から外れ、地方の警備隊 (貴族の私設艦隊) でのみ用いられている型落ちの装備である。

彼女によれば、リップシュタット戦役中に思いついたが、試す機会がなかった戦法だという。フィッシャー候補生は、素人とあなどった相手に手もなくひねられて、顔面蒼白である。通常の形式で再戦すると、こんども彼女が優勢の判定により勝利した。

「グレーフィン、・・」
「もう平民になったから、”社長”と呼んで頂戴」
「申し訳ない、ロットヘルト社長は、艦の性能を最大限に引き出しておられますな。素人とは思えない」
「まったくの素人でもないわよ。いちおう都指揮使(クィナミリアルク)を25年間やってたし、内戦で実戦経験も積んだし。貴族の私設艦隊には造20-30年の老朽艦がゾロゾロあって、正規軍の新鋭艦とどうやって立ち向かおうか必死になってたから、いろいろ覚えたのよ」

うっかり「損耗率23%」を見逃していた。
4会戦に参加して生残率77%とは、貴族連合軍としては超高率ではないか。
リップシュタット戦役の関連データを調べなおしてみる。
ガイエスブルクには、大貴族(宗家)230家と、その一門の領主3300家が総計16万隻の私設艦隊を率いて集結した。かれらの多くが無能な宗主や領主に率いられて一度の出撃で潰滅しているが、激戦に参加しながら、宗家と属下の諸家が一家も欠けずに生き残り、靡下の兵力が7割を超える生残性を示す一門が3つだけあった。ノルデン一門、ミュンヒハウゼン一門、そして彼女のロットヘルト一門。
ノルデン一門の宗主ノルデン子爵は実力で正規軍の提督に昇進した人物であるし、ミュンヒハウゼン・ロットヘルト両家は累代の武門の家柄である。そういえば、彼女は長らくあのクラインシュタイン中将の後見を受けていたともある。

彼女を素人扱いしたのがとてつもない誤りということになる。たんなる「お遊びの見学」でなく、本格的な訓練を受けてもらうことになりそうだ。


「グラ…、ロットヘルト社長、貴女の都指揮使(クィナミリアルク)というのは、正規軍の階級でいうとどのあたりに相当しますか」
「衛(クィナミリア)はどんな小さなものでも宇宙戦艦が最低1隻は所属しています。戦艦の艦長は通常は大佐でしょ?都指揮使は宇宙戦艦1を必ず含む小艦隊を指揮しますから、准将以上になるかしら…」
「では、社長は賊軍に参加して爵位を剥奪されたということで、恐れ入りますが2階級下げさせていただき、中佐待遇で当校で研修を受けていただく、ということでよろしいですか?」
「中佐だと、巡航艦の艦長クラスでしょ?駆逐艦のことをいろいろと教わるには、もっと低いほうが…」
「いや、社長の本来の階級から、私の一存で果てしなく下げてしまうのもはばかられまして」
「私自身はあまりこだわりませんので、どうぞよろしいようになさって下さい」


■帝国暦490年3月15日 ヴィッキー・ロットヘルト

新しい仕事として、イゼルローン要塞から惑星ウルヴァシーまでの物資運搬を請け負った。私たちのような小規模業者は、安全な主要航路ではコスト面で大手の大規模定期便にとてもたちうちできない。そのため主たる活躍の場は、不定期、マイナー、危険な航路が主舞台となる。

惑星ウルヴァシーは、帝国軍の大規模な基地の建設が始まった同盟領内の惑星である。

ラグナロック作戦。
自由惑星同盟との150年戦争に決着をつける最後の戦いである。

正規軍の巡航艦・駆逐艦計800隻が護衛につくということで、わがシシガシラ社が保有する払い下げ老朽駆逐艦は連れてこなかったのであるが、今回のミッションの指揮官ゾンバルト少将は、とてつもなく無能であった。

240個の巨大コンテナを輸送する牽引船の大船団を編成、巡航艦・護衛艦800隻のすべてをこの大船団の護衛につけ、私たち民間業者8社50隻にも同道を求めてきたのである。

2000万人の一年分の食料と燃料、植物工場および兵器工場のプラント、各種資材、液体水素。これだけの量をまとめて一度に運ぼうなどと、同盟軍に、標的にしてくださいといわんばかりではないか。

すでにイゼルローン・フェザーン両回廊から惑星ウルヴァシーに至る航路はすでに帝国軍の掌握下にある。同盟軍は、いまや全軍を挙げても一個艦隊強の戦力しかなく、航路の遮断を試みるにしても、小規模に、しかも一時的にしか行うことはできない。

ならば物資の運搬は、小規模船団を間断なく往来させるべきである。
同盟軍が襲撃してきたら、その戦力の所在があきらかとなる。
すなわち小規模船団は、互いが互いの見張り役となる。
しかも奇襲を受けて船団がひとつ失われたとしても、帝国軍全体が受けるダメージは小さい。

しかし、8社連名でゾンバルト少将に意見具申を行ったが、少将は聞き入れない。そこで雇い主の軍務省に連絡するとともに、コネをつかって軍幹部にも警告を発することにした。

私が最初に連絡をとる相手は、とうぜんトゥルナイゼン中将である。
「イザーク、ゾンバルト少将はアホなの?」
「グレーフィン、いきなりなんですか?」
事情を話す。
話しているうちに思いついた。
「ゾンバルト少将がとてつもない無能なのか、それとも私たちをおとりとして、同盟軍をおびき寄せる作戦があるのか、どちらかね。あなた何か知らない?」
トゥルナイゼン中将は、困ったような顔をして、返事をしない。
「…… ”機密の漏洩(ロウエイ)”を”慫慂(ショウヨウ)” しちゃってたわね。ごめんなさいね」
通信をうちきる。
おとり作戦が計画されているのなら、私たちに事情説明がないのもうなずける。
ただし、民間人であるわれわれが、説明を受けぬまま、巻き添えにされておとりの餌にならねばならない理由はない。念のため、メックリンガー・ルッツ両提督にも「輸送船団を細分化してリスクを分散するべき」という8社の懸念と希望をつたえるとともに、「対応策」の準備に取りかかった。

結論からいうと、巨大船団の編成はゾンバルト少将の無能を示すもので、このオペレーションにはおとり作戦は準備されていなかった。しかも少将は護衛の巡航艦・駆逐艦をすべて船団に貼りつけ、策敵にまわすこともしなかったのである。

その報いとして、私たちはヤン艦隊の奇襲を受けた。

ゾンバルト少将は800隻で必死に立ち向かったが、一個艦隊強が相手ではどうにもならない。護衛艦隊は770隻を失って潰滅。軍属のコンテナ牽引船とコンテナはすべて破壊された。

一方、私たち民間輸送船50隻は、ヤン艦隊の出現とほぼ同時に動力を停止し、あらかじめ各船ごとに定めておいた異なる速度とベクトルで、慣性航行により、それぞれが各自に船団から離脱した。同盟軍は隕石と誤認してくれたのであろう、一隻の損害もださずに済んだ。

私たちは、大儲けさせてもらった上に、ローエングラム公から感状までもらったが、ゾンバルト少将は自殺を命じられた。

のちにイザークにたずねたところ、
「戦艦の艦長としては優秀な人だった」
という。力量を超えた地位についてしまい、道を誤った気の毒な人、ということになる。


■帝国暦490年3月15日 ウルヴァシー基地:ヴィッキー・ロットヘルト

感状を受けた8社の責任者たちのうち、私だけローエングラム公に招かれてウルヴァシー基地に赴いた。

「グレーフィン、貴女の力量は充分に見せてもらった。ガイエスブルクで大言を吐いただけのことはある」
「お誉めにあずかり、ありがとうございます」
「すでに輸送船5隻、駆逐艦1隻を引き渡したが、のこりの輸送船19隻、駆逐艦7隻、整備基地2ヶ所、いつでも与えよう」

以前に、ローエングラム公からもらうことになっている航宙艦(ふね)や基地の内訳について、新鋭艦が欲しい、基地をこちらの指定する場所に新たに建設して欲しいと希望するだけしてみたが、却下された。与えるのは老朽艦や不要施設だ、欲しいものがあるなら、転売するなり移設するなりして、自分の才覚で手に入れろといわれた。もっともなことである。
ただし、私たちだって、15星系プラス富裕な有人惑星1個を差し出しているのだ。くれるというものを受け取ることには全く遠慮はしない。

「ありがたく頂戴します」
「それにしても、グレーフィンは航宙艦(ふな)乗りが板についてきたな」
何よりの誉め言葉だ。
「もはや一平民ですので、”社長”とでもお呼びください」
「一門の子女たちを職業学校に入れているそうだな」
「身ひとつで世の中をわたっていけるようにと」
集合住宅「カレンベルク」の住人39家の子女たちの中には、宇宙船や地乗車の整備士などのほか、私たちの事業体の庇護をはなれて、調理師、仕立屋、金属・宝石工芸の職人などを目指している者が何人かいる。
「エラ・ガイスラー嬢は、機関工の訓練・・であったか?」
ガイスラー嬢はもとのフロイライン・ブラウンシュヴァイクである。
「はい。将来は私と一緒に星間輸送の仕事をしたいと言ってくれています。嬉しいことです」
「みな、殊勝な心がけだ。なにか助力が必要なことがあるなら、申し出るがよい」

ローエングラム公のこの発言を、ことば通り受けとってはいけない。
私としては、「カレンベルク」の子女たちが平民階級にとけ込もうと努力している限り、リヒテンラーデ一族やゲルラッハ子爵家のような、マキャベリズムの生け贄に利用することはしないでおいてやる、と言ってくれているのだと理解すべきだと考えている。
このことばに甘えて、何か金銭的な援助や有利なコネの提供をねだろうなどとは論外である。

「ありがとうございます。またなにかお願いするかもしれませんが、その時はよろしくお願いいたします」

エラが機関工の訓練学校に入ることを希望したとき、男子しか受け入れて来なかった学校の規則を変えさせるのに口ききをお願いしたことがある。この種のことを頼むことについては、まったく遠慮を感じない。

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私がローエングラム公と直接にことばを交わしたのはこれが最後となった。



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2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 銀紅伝 第39話 銀河統一への胎動(紅の女社長 細腕繁盛記)
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/06/06 02:49
20日ぶりの最新話投稿です。
感想掲示板の方で、「次で最終回」(すなわち今回)と述べておりましたが、1話ふやして、次回が最終回になります。
今回は主人公親子+嫁ががんばるお話です。
オマケ的ですが、ヤン夫妻とも会わせることにしました。

でわ、お楽しみください^^

■帝国暦490年6月10日 ヴィッキー・ロットヘルト

先月5月25日、自由惑星同盟が屈服して「バーラトの和約」が締結され、150年にわたる戦争は終結、人類社会は一つに統合された。ただしこれは名目の上での話で、経済面での統一は、これに先だって、はるかに早くからからすすんでいた。

「帝国自治領」として発足したフェザーンは国是として星系間の流通と輸送の掌握を目指し、成立から数十年でこれをほぼ実現させた。フェザーン資本は、星系間の流通と輸送について、帝国領では物95%、同盟領では85%を掌握するにいたった。中小や独立商人をメンバーとする星系間輸送企業の組合(ギルド)に加盟したり、組合の施設を有利な条件で利用したりするのに有利となるので、私がシシガシラ社(有)を発足させる際にはフェザーン資本の出資を受け入れている。帝国領における例外の5%とは、航宙軍が軍事作戦として運搬する物資、かつてロットヘルト一門がトゥルナイゼン一門とともに共同運行していたような、中央・地方公共団体による運送である。

主要航路の大規模定期便は、帝国領においても同盟領においても、フェザーンの大手3社による寡占状態が以前から成立していた。この大手3社はいずれも帝国領方面と同盟領方面にそれぞれ子会社を設け、フェザーンを結節点として帝国領と同盟領をにまたがる流通・輸送網を、すでに数十年まえに完成させていた。5月25日に締結された「バーラトの和約」の「同盟は帝国の軍艦および民間船が同盟領内を自由に航行することを認める(第三条)」という条項を3社が大歓迎したことはいうまでもない。3社はさっそく長年の偽装をかなぐりすて、帝国側の支社を本社として同盟側の兄弟会社を吸収、銀河にまたがる流通・輸送活動をいっそう盛大に推進しはじめた。

大手3社が手をださない、不定期、危険、小規模な航路が、私たちのような中小や独立商人の活躍の場である。中小と独立商人のための組合(ギルド)も、バーラトの和約を期して帝国側と同盟側が合体した。

バーラトの和約第3項は、文面のうえでは帝国の艦船(軍艦と民間船)のみに同盟領の航行を自由化する片務的なものであるが、同盟の企業や独立商人も、名目的にフェザーン資本か帝国資本の傘下に入ることにより、帝国側で活動できるようになったのである。

今回は、バーラトの和約を締結してオーディンへと帰還するローエングラム公一行とすれ違うように惑星ハイネセンへやってきた。エーリケとクラリスの「フライシャー電設(株)ソフトウェア開発部」が社運をかけて決行する同盟進出に、カールを理事長とする「カレンベルク商事」も一枚かんでいるのである(ちなみに私はカレンベルクの副理事長である)。


■帝国暦490年/宇宙暦799年6月22日 ハイネセン第3商工会議所会議室:ウィリアム・リッチモンド

帝国の商社がわが社の製品を大量に買い付けしたいというので、彼らの見本市というものに行ってみた。見本市を主宰しているのはその商社と、帝国のコンピュータ・ソフトウェア会社とのことである。

彼らが「見本」として展示しているのは、わが社の製品をはじめ、電子頭脳がくみこまれた様々な同盟製のコンピューターや家庭用電気製品である。フライシャー電設(株)の「ソフトウェア開発部営業主任」のエリック・フライシャー氏が熱弁をふるっている。

「帝国の人口は、同盟の2倍ありますが、その大部分をしめる平民や農奴たちの70%以上は、いままでは生きるか死ぬかギリギリのレベルの生活水準に甘んじていました。しかし一昨年に起きた内戦で、帝国の政治と経済を支配してきた門閥大貴族は、支配階級としては、ほぼ完全に滅亡しました。帝国の一般民衆は解放され、彼らの生活水準は大幅に向上しつつあります。」

プレゼンテーションの冒頭で、「カレンベルク」とは取りつぶしをうけた元貴族たちが資金を出し合って設立した商社であること、「理事長」カール氏は元大貴族、エリック氏はその次男であることなどが紹介されているので、この発言を自虐ネタの冗談とみなした聴衆が、儀礼的に笑う。

「かつての帝国人民には、こちらに展示してあるような便利な家電製品を使うような余裕はありませんでしたが、これからは違います。帝国には、このような製品をつくるメーカーは存在しません。皆さんが、帝国領に打ってでる大チャンスです」

「こちらの見本の品々は、わたしたちが、みなさま方の製品に、わが社のソフトウェアを組み込んで帝国仕様に改造したものです。ボタンの刻印やスイッチの塗装をいじったものもありますが、ごくわずかな手間で、各種の表示が帝国語で行えるようになりました。わが社は、帝国領に進出したいという皆さんに、製品を帝国仕様で動かすためのプログラムを、極めて安価に提供する用意があります」

フライシャー営業部長が話をおえると、つぎに「カレンベルク社」のカール・ヒエロニュムス氏が話しだした。
「みなさまもご承知のとおり、帝国と同盟は、戦争を戦っているときから、フェザーンを介して経済的な一体化を深めつつありました。帝国によるフェザーンの吸収併合と、バーラトの和約の成立とで、この趨勢はさらに加速されるでしょう。
このような情勢下で、私たちがいち早くハイネセンに参りましたのは、帝国仕様で製造されるコンピュータや家電製品を、フライシャー社のソフトウェアで制覇するためです。
エーリケ主任ももうしましたように、帝国の家電産業は極めて未熟ですから、同盟のメーカーに採用していただくことが、フライシャー社の銀河征服にもつながるわけです。
カレンベルクは、フライシャー社とライセンス契約を結んで製造していただいた帝国仕様の製品を、全量購入いたします。具体的な発注数は製品ごとに相談させていただきますが、およそ1万個から数万個の範囲を考えています。
みなさまが同盟領向けに製造している量からしたら微々たるものでしょうが、申しわけありません、わたしどもの体力では、一回あたりではこの規模が精一杯です。そのかわり帝国各地での市場調査や代理店の開設などで精一杯のお手伝いをさせていただきます。私たちがみなさまに発注し、買い取った製品がどのように売れていくかしっかりとごらんいただき、ぜひ皆さんが自ら帝国領のほうに進出してきてください」

同盟企業の招待客たちがカール・ヒエロニュムス氏やフライシャー夫妻?兄妹?を取りかこみ、商談が始まった。

私もカール・ヒエロニュムス氏の所へ向かおうとしたところ、ちょっと離れた場所にたたずむ中年女性が目に付いた。
ニュース報道でみかけたことがある。もと帝国の軍人?将軍?で、いまは星間輸送会社の勇猛な女社長さんだ。輸送船を守る造25-30年の中古の駆逐艦3隻で8隻の宇宙海賊を返りに討ちしたとか。

「シシガシラ社のロットヘルト社長ですか?」
「はい、そうです」
「私、ハピウェル・エレクトロニクス(株)のウィリアム・リッチモンドです」
「ああ、一般家庭用の調理器具を作っておられる……」
「おお、よくご存知で」
「今回のハイネセン行きのために、いろいろと予習してきました」
「報道で拝見したことがあります。宇宙海賊を退治なさったとか」
照れくさそうにしている。
「ロットヘルト社長は、どういうご事情でこの会場に?」
「シシガシラ社は「カレンベルク」の「星間輸送部門」という位置づけです。カレンベルクが買い付けた品物を運ぶのが私です」
「そうでしたか。ところで少々おたずねしたいことがあるのですが、ロットヘルト社長にうかがってもかまいませんかね?」
「ええ、概要でよろしければ、分かる範囲でおこたえします」
「先ほどのフライシャー社さんとカレンベルク社さんのお話は、われわれ同盟企業が帝国仕様の製品を製造すると、みなさまが買い取って帝国側で宣伝・販売までやってくださるということですね?」
「ええ、その通りです」
「ありがたい話なのですが、大規模な需要が安定的に見込めるとなれば、いずれ販売も輸送も、カレンベルクさんを介さずにやっていく、ということになりそうなのですが……」
「それは私たちも想定済みです。われわれは、1製品につき1,2万個ほどを売っては買い、売っては買いという小さな商売しかできませんから……」
「にもかかわらず、市場調査や、代理店設置までお手伝いくださる?」
「はい。わたしたちの真の目標は、同盟メーカーが帝国仕様の製品を製造される場合にフライシャーのソフトウェアを標準装備していただくことです。同盟製家電の買い付けと輸送は、多くても2,3往復まで。それ以降は大手に譲ることになるだろう、と腹をくくっています」
「うちがフライシャーさんとライセンス契約する場合、どのくらいかかりますか?」
「御社の製品の場合は、どれも単純で小さいプログラムばかりですから……、具体的にはエリックのほうにおたずねいただきたいのですが、製品価格の0.5%ほどでしょう」
「なるほど。わかりました」

おもしろい。
われわれは、いままで帝国を「戦争相手の敵国」としてしか見てこなかったが、市場としてみた場合、膨大な潜在需要をもち、しかもライバルの家電産業は未発達である。われわれは国家同士の戦いでは一敗地にまみれたかもしれないが、家電戦争では、逆に、帝国を圧倒的勝利のうちに征服できるかもしれない。
彼らはそれを私たちに提案している。
おもしろい、やってやろうではないか!

帝国企業の係員が、招待客たちにグラスをくばり、シャンペンを注ぎはじめた。
カール・ヒエロニュムス氏が、招待客の中でも最年長のヴォイチンスキー氏に何か耳打ちしたのち、述べた。
「一同、ご起立願います。みなさまもご承知かと思いますが、さきほど帝国首都オーディンにおいてローエングラム公が皇帝に即位され、新帝国を樹立なさいました。帝国250億人民の圧倒的大多数にとっては解放を記念する喜ぶべき祝いの日であります。帝国人民を祝福してくださろうというお気持ちをお持ちの方は、どうぞ私にご唱和ください。また共和制度のもと、人民が、わが国よりもはるかに幅広くさまざまな人権を享受してきた当地のみなさまのために、ヴォイチンスキー氏に、当地にふさわしい歓呼の第一声をお願いしました。つづけてご唱和をお願いします。それでは、
ジーク!カイザー!!
ジーク!ノイエ・ライヒ!!
声を出しているのは、ほとんど帝国企業の人々だけだが、ハイネセンでは当然であろう。
ヴィーバ!デモクラッツィア!!
「ヴィーバ!デモクラッツィア!!」
こちらは、会場中が思いっきり唱和した。
「そして、同盟と帝国を結ぶ交易の成功と発展を祈念して、乾杯!!!
「乾杯!!」


■帝国暦490年/宇宙暦799年6月30日 ハイネセンポリス レストラン「三月兎」:ヴィッキー・ロットヘルト

見本市は大成功となった。
フライシャー・ソフトウェアは招待した同盟企業25社すべてとライセンス契約を締結することに成功した。納期は一ヶ月後。カールとエリックは、このあとただちに招待企業各社の市場調査団や支店開設準備員たちを引率してオーディンに戻る。クラリスは引き続きハイネセンに滞在し、必要に応じ、帝国仕様製品の製造にとりくむメーカーの相談を受ける。私は納品を待つあいだ、同盟の中小星間運送会社の中からシシガシラと提携できそうな企業を探してみる予定である。

私とカール、エリックの親子3人とエリックの許嫁クラリスとで、水入らずの食事をしようということで、取引先から紹介された「三月兎」というレストランに来てみた。庶民的で、なかなかよい雰囲気である。

私たちが前菜を楽んでいると、二人連れが入店してきた。黒髪黒瞳の三十代前半の男性と、黄褐色の髪にヘイゼルの瞳の二十代半ばの女性である。男性のほうにどうも見覚えがあるので、しばらく見入ってしまった。

見覚えがあったのも当然、同盟軍随一の指揮官ヤン・ウェンリー氏だ。店内のあちこちから、好奇の視線をむけられている。私もガイエスブルク陥落の特番以来なんどかさらし者にされて以降、たびたび見知らぬ人々から不躾に眺められて不快な思いをしているので、すぐ視線を外した。

ところがヤン・ウェンリー氏は私たちの席に向けてまっすぐ歩み寄ってきた。
「レイディ・ロットヘルトでいらっしゃいますか?」
「はい。ただし爵位も領地も失ったので、いまはただのミセズ・ロットヘルトですが」
答えると、ウェンリー氏はカールのほうをみて固まっている。
(ロード・ミュンヒハウゼンまで……)つぶやいている。自分の名前がでて、カールはウェンリー氏ににっこり微笑みかけた。
「ご一緒させていただいてよろしいですか?」
「どうぞどうぞ」

ウェンリー氏は、ガイエスブルク陥落の特番の録画を「歴史的資料」としてしっかりみていたそうだ。カールの名刺をみて、しきりに感心している。

「同盟領に最初にのりこんできた帝国商社の経営者が、元大貴族の方だというのが意外でした」
「帝国人の商人は政府や大貴族相手のぬるい商売しかしてこなかったですから、どうにも腰が重いですね、人類社会の経済地図が劇的に変わろうとしているというのに。今回の私たちの企画についても、自己資本ではとうてい足りないので、オーディンに窓口をもつ商社をまわって出資を募ったのですが、応じてくれたのはフェザーン系の商社だけでした」


■帝国暦490年/宇宙暦799年6月30日 ハイネセンポリス レストラン「三月兎亭」:クラリッサ・フライシャー

ヤン元帥は、「生きた歴史資料に会えるとは、めったにない機会ですから……」と言い訳して、はじめは遠慮がちに、やがて何かのたがが外れたかのように義母(はは)や義父(ちち)、エリックに質問をしはじめた。4人はメインディッシュが来てもろくに手を付けないまま帝国貴族の制度や文化、民俗、「内側からみた貴族連合軍」などについて夢中で語り合っている。

生まれながらの平民である私が放置されかかっているのをみて、ヤン夫人が話しかけてきてくれた。
「どうしてハイネセンへ?」
「帝国では一般家庭むけの電気製品というものがろくに開発されてきませんでした。民生用コンピューターといえば企業か大学、研究所が対象で、高価で、しかも同盟製のものと比べて非常に性能のおとるものしかありません。同盟製品と競争したらひとたまりもないでしょう。家電製品にいたっては存在すらしていません。ただ、長年の戦争の影響だと思いますが、コンピューターにせよ、家電製品にせよ、同盟企業の製品も、モデルチェンジや内臓されているプログラムのバージョンアップが長い間おこなわれていないようにみえます。
だから同盟人の方が、帝国仕様のプログラムを作って自分たちのつくるコンピューターや家電製品に組み込もうということを思いつく前に、私たちが先手をとって、優秀なソフトウェアを同盟メーカーに提供できたら、私のプログラムが全銀河で「標準仕様」の地位を獲得できるだろう、と大急ぎでやってきたわけです」
「同盟企業との取引はうまくいきましたか?」
「はい。義父のカレンベルクは同盟の主立った家電企業の主要製品を帝国仕様で発注したのですが、プログラムを内臓する製品については、全メーカーがフライシャーとライセンス契約を結んで、私のプログラムを搭載してくれました。」


■帝国暦490年/宇宙暦799年7月25日 オーディン

カレンベルク社の「明るい新平民生活」キャンペーンのコマーシャルが完成した。カレンベルクのカール・ヒエロニュムス社長、フライシャー電設ソフトウェア開発部営業主任のエリック・フライシャー、同盟の家電企業の帝国市場調査員、支店開設準備員などがスクリーンに見入っている。

その内容は次のようなものであった。

(テレビコマーシャル)
「明るい新・平・民・生・活!」
(貴族女学院の制服を着た十代半ばの少女が登場)
「エラ・ガイスラーです。もと公爵令嬢です。リップシュタット戦役で両親と死別し、いまは一人暮らしです。使用人もひとりもいなくなって、自分のごはんは自分でつくっています」
「このポットに水を入れておくと、独りでにお湯がわきます」
(ポットの側面にボタンがあり、茶葉の名前が何種類か書いてある)
「お茶の種類でお湯の温度を変えることもできるのよ。便利でしょ♪」
(野菜炒めの横に卵を落としながら、そのとなりでは揚げ物をしている)
「いま、目玉焼きとポテトフライを同時につくっていますが、もしうっかりフライのことを忘れても」
(場面が、野原で揚げ物をしている場面に切り替わる。油の温度があがりすぎて引火、鍋から炎がふき上がり、エラがびっくりする。場面が室内にもどる)
「こんなことにはなりません。温度のあがりすぎを感知して、自動的に加熱がとまります。便利でしょ♪」
(朝食がテーブルの上にならぶ。エラが席につく。)
「それでは、いただきます」
「明るい新・平・民・生・活!」

「明るい新・平・民・生・活!」
(農民風の服装をした十代前半の少女が登場。後ろで幼い男の子や女の子が走り回っている)
「ベルタ・ラントヴィルトです。農家の娘です。おっ父(とう)とおっ母(かあ)は羊の世話にでていて、私が弟や妹の面倒をみながら食事の準備をしています……」

「明るい新・平・民・生・活!」
(機械油のシミのあるツナギを着た十代半ばの少女が登場)
「エラ・ガイスラーです。航宙艦の動力整備士を目指してオーディンでひとり暮らしをしている専門学校の生徒です。……」

その他、プロの俳優や女優がそれらしい演技を行うバージョンもさらに十数種類。


■帝国暦490年/宇宙暦799年7月30日 バーラト星系惑星ハイネセン 警備船シュテルネンリヒト:ヴィッキー・ロットヘルト

同盟の家電メーカー各社に発注した帝国仕様の製品は、期日どおりに惑星ハイネセンの衛星軌道上に停泊している私たちのもとに納入されてきた。

惑星の地表では、ヤン・ウェンリー元帥やフワン・レベロ議長、レンネンカンプ高等弁務官らが逮捕されたり誘拐されたりして戦闘が勃発、騒然となったが、衛星軌道にはさほどの混乱もない。

先日、ヤン元帥と邂逅したとき、「もし、帝国軍元帥ではなく、「ゴールデンバウム王朝史」や「自由惑星同盟史」の編纂委員のポストを呈示されていたら、皇帝陛下の招聘を受け入れましたか」と質問したら、5分くらいうなりながら悩んでいたことを思い出す。

シシガシラの輸送船団は、この日、同盟製品を満載して、オーディンにむけて出立した。



[25619] 銀紅伝 第40話 共和主義者たちの戦い
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:41
・・終わりませんでした。次回こそ、最終回になります^^;)


■宇宙暦799年/新帝国暦元年9月9日 オーディン:ウィリアム・リッチモンド

「明るい新・平・民・生・活!」キャンペーン。
帝国仕様で製造された同盟製の家電製品を帝国領で大々的に売り出すキャンペーンである。わが社の製品もその一翼を担っている。

八月下旬から、オーディンと主要な地方星系でコマーシャル放送を開始した「明るい新・平・民・生・活!」キャンペーンは、強烈な反響を呼んでいる。オーディンに製品の第一陣が届くのは今月の中旬となるが、カレンベルク社の案内で支店開設やオーディン・地方の市場調査に乗り出している各社は、はやくも大規模な追加発注をかけた。

キャンペーンの評判が耳にはいったためか、今月はじめ、オーディンにいた同盟企業各社の駐在員の代表が宮中に呼ばれ、皇帝ラインハルトの謁見をうけた。

皇帝に言ってやった。
「われわれは帝国人民の暮らしを、より豊かにする手助けをするために、ここへやってまいりました」と。
「卿らは金もうけのために来たのではないのか?」
「むろん、金もうけも重要な目的のひとつです。」
「よろしい。大いにもうけて、帝国人民の暮らしをおおいに豊かにするように」
皇帝のお墨付きがでた。
われわれの身もと引き受け人としてついてきたカレンベルク社のカール・ヒエロニュムス理事長もホッとした表情だ。

皇帝は今月17日にオーディンを発ち、そのままフェザーンに大本営を移す。将来は帝国の首都を移転する含みらしい。

わがハピウェル・エレクトロニクス(株)は、以前からフェザーンに支店を置いていた。今後はフェザーン支店と手分けして、帝国市場を開拓していくことになるだろう。


■新帝国暦元年/宇宙暦799年11月15日 ヴィッキー・ロットヘルト

今月のはじめ、私はふたたびバーラト星系までやってきて、この星系の産業惑星で積み荷の受け渡しをおこなった。一部製品は、別の星系で製造されて、運ばれてきたものもある。キャンペーン全体としては、第3陣目の発注分にあたるものである。

今年の私は「明るい新平民生活!」キャンペーン関係の仕事で明け暮れた。
取引企業のいくつかには、帝国仕様製品の大増産に踏みきって、カレンベルクやシシガシラを介さずに自前で製品を輸出する態勢を整えはじめたところもある。
このキャンペーンが私たちの手を離れるのも間近だろう。

今回は、シシガシラだけでは手がたりず、同盟の提携企業の船腹も借りての出荷となる。

惑星ハイネセンは7月以来不穏な情勢にあったが、積み込みが仕上げ段階となった今月の10日、皇帝ラインハルトがバーラトの和約の破棄と同盟の併合を宣言した。

同盟市民に告ぐ。卿らの政府が卿らの支持に値するものであるかどうか、再考すべき時がきた。……もはや現時点での不正義は、このような政体の存続を認めることにある。バーラトの和約の精神はすでに涜された。これを正すには、実力をもってするしかない。……

今回の船団には、同盟系運送会社の船員たちや、家電メーカーの社員など、多数の同盟市民が同行している。

皇帝の宣言がでてすぐ、彼らに、帝国領への出張を取りやめるかどうかたずねたところ、多数がそのまま帝国領へ赴くことをえらんだ。
「こっちの戦いは、進軍するだけで帝国に勝てることがハッキリしている。勝ち戦を捨てるつもりはないですよ」
ちょっと意地悪な質問をしてみる。
「いま自由惑星同盟は風前のともしびでしょ?祖国への忠誠はないの?」
「うーん、戦闘が怖いから逃げるって側面も正直あるけど、ただし一方的に逃げっぱなしをするつもりもないですよ?」
「どういうこと?」
「いまの政府はいろいろ不始末をやったあげくに帝国の高等弁務官を死なせてしまいましたから、カイザーが『このような政権の存続を認めることが不正義だ』というのにとどめていたんなら、『しょうがない』かって思いましたけどね。『責任者を処罰しろ』とか、『議長・閣僚を交代させよ』とか、そういうことなら、いわれたとおりにするのも仕方ないかって思います。でもカイザーは『このような政体の存続を』って所まで言ってるでしょ?カイザーはこの点、図に乗りすぎだとおもます」
「図に乗りすぎですか」
「閣僚たちはだらしなくてなさけないし、軍は弱体化してますから、帝国軍が惑星ハイネセンを制圧したり同盟政府をつぶすところまでは簡単にできるでしょうけどね、その後はどうするつもりなんですかね」
「皇帝(カイザー)のつもり?」
「ええ。帝国の主権者はカイザーひとりですけど、同盟では、市民ひとりひとりが主権者ってえことになってますからね、カイザーが「民主政体」を無くそうとするなら、同盟の軍隊や中央政府や議会を潰すだけではすまないわけで」
「まさか、あなたオーディンについたら何かやろうと思ってるの?」
「いや、おれ自身は自社製品のサポートセンターの立ち上げに専念させてくれるんなら、専念するつもりですけどね。でも、専念させてくれるんですかね」
そこのところは私にもわからない。
「帝国人が『皇帝万歳!』をやるときに、起立して脱帽・敬礼するくらいまでならやれます、取引相手に敬意を表すという意味で。でも、おれ自身が、カイザーを君主として敬い、忠誠を誓うことができるかどうかとは全然別の話です。帝国人にとっては、いまのカイザーは解放者で救済者なんでしょうけど、おれたちにとっては全然ちがいますからね」
「それはそうね」最後の一句には全く同意だ。
「だから知りたいのは、「民主政体」をつぶすってえなら、おれたちをどうするつもりなんだってことです。ルドルフが帝国をつくった時には40億人殺したそうですけど。
 オーディンについたら、呼び出されて、『帝国の臣民登録をした上で皇帝万歳!と唱えよ』なんて強要された場合には、どんだけ頑張れるかわからないけど、頑張るつもりですよ。せめてそのくらいしなきゃ、バーラト星系に残ってこれから命張ってカイザーと戦おうとしてる連中にもうしわけない。
 まあ、おれはヘタレだから、何にもいわずに検品とか営業の作業にかからせてもらえるんなら、それが一番嬉しいんですけどね」


■新帝国暦元年/宇宙暦799年11月16日 イザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼン

リップシュタット戦役ののち、オーディンには、主をうしなった貴族の邸宅が数千軒も残された。これらの邸宅は、更地にされたり、美術館・博物館や保育所・学校・病院・老人福祉施設などに改築される予定となっている。

私は、宇宙艦隊から学芸省に出向し、貴族邸宅に残された調度や美術品、衣装、金銀細工、蔵書、文書類などについて、売り払ってしまってさしつかえないか、あるいは歴史的資料として保存すべき価値があるかどうかを鑑定する作業に携わっている。ローエングラム王朝は、カイザー以下、平民か下級貴族ばかりが幅を利かしており、このような任に耐えうる高官は、ルドルフ以来の名族トゥルナイゼン一門の宗主である私しかいないのである。

け、けっして閑職にまわされて、著しく精細を欠いているわけではないぞ!

「閣下。シシガシラ社のロットヘルト社長から連絡が」
「つないでくれ」
「イザーク?」
「グレーフィン、お久しぶりです」
「もう平民だから『グレーフィン』はやめて頂戴。『ヴィッキー』でいいわよ」
「はい、グレーフィン」
「……」
「( ̄ー ̄)ニヤリ」

彼女が連絡してきたときにはいつもやっているマンネリ化したやりとりであるが、毎回楽しんでいる。

「カイザーが同盟に再征服を宣言したけど、いま帝国領内にいる同盟人たちに対する扱いについて、なにか動きはあるかしら?」
「すでに男爵閣下やエリック殿からも相談をうけましたよ、例の『明るい新・平・民・生・活!』で招いた方々を気にしておられるんですね?」
「ええ」
「いま帝国領内にいる同盟人でいちばん多いのが、カレンベルクが引き受け人になってる家電関係の人々ですな。あとは大学の教員や学生、旅行者が少々。もちろん全員に監視がつけられてるようですが、入域時に申請したとおりの活動を行っているかぎりは何も問題は起きないはずです」
「私の船団にさらに30人ほど乗ってるんだけど、フェザーンより先へいけるかしら」
「たぶん問題ないでしょう」
「連中はみんな生まれながらの民主主義者で、共和制度支持者たちだから、オーディンの当局に下手につっつかれると、『キャンペーン』がふっとびかねない」

「じつは、カイザーの宣言があってすぐ、内務省の下っ端が暴走して同盟の領事館に突っ込んで、返り討ちにあってます」
「領事館へ?」
「ええ。それはみごとな返り討ちで。
国家間の外交儀礼としては、ある国と戦争状態になった場合には、それぞれ相手国に駐箚させている大使館や領事館を閉鎖して、外交官を引き上げる。敵国となった国の外交官は、安全無事に母国におくり返さねばならない。旧帝国が銀河連邦諸国の全てを併合するまでの儀礼ですが」
「歴史の授業で、そんな国と国との関係のありかたについて、習ったような気がするという、おぼろげな記憶が……」
「帝国としては5世紀ぶりの外交となるわけですが、内務省のマヌケな下っ端が暴走してしまいました。カイザーの宣言があってすぐ、さっそく同盟の駐オーディン領事館に乗り込んで、同盟の領事に、『同盟はもう帝国に併合されるから、これからは内務省の命令を受けて帝国内にいる同盟人を臣民登録する業務に取り組め』って要求したそうです。同盟の領事を屈服させたら自分の手柄になると思ったんでしょうな」
「そんなの、いうこと聞くわけないじゃない」
「ええ。そこで拒否された内務省の下っ端は、連れてきた警官に同盟領事の逮捕を命じると、領事は『領事館の敷地内は同盟領土である』と主張して、逆に下っ端と警官たちが、同盟の駐在武官たちに制圧されて、拘束されました」
「アホねぇ……」
「同盟を『敵国』と見なすなら、開戦の段階で、同盟の外交官と一般市民は国外追放、というのがセオリーです。でも今回のカイザーの宣言は、同盟という国家を滅ぼして帝国に併合しようというものでしょう? 同盟人たちを「国外」へ追放はできない。
もう内務省では手に負えなくなって、軍の方へ鎮圧要請が行きました。で、後方総司令部のメックリンガー司令官はカイザーに連絡して、『当面、現状維持』という回答を得ています。
 この件は一般には公表されてません。同盟政府の管轄下でレンネンカンプ弁務官が落命したのに匹敵する不始末ですよ、まったく。
結局、メックリンガー司令官は、同盟領事に頭を下げて、領事側の行動を一切不問に付すことを条件に、内務省の下っ端と警官たちを請け出したそうです」
「いろいろあったのねぇ」
「そういうわけで、当分の間は、カレンベルクが招待した同盟の家電関係者は自由に活動できます。帝国人にむかって民主主義や共和制度の布教に取り組みはじめたりしないかぎりは」


■新帝国暦元年/宇宙暦799年11月20日 ヴィッキー・ロットヘルト

「停戦せよ。しからざれば砲撃す」
バーラト星系を離れると、さっそく同盟軍の臨検を受けた。
「ヴィッキー・ロットヘルトです。シシガシラ社の社長、警備船シュテルネンリヒトの船長です」
「同盟宇宙軍のロバート・ビューフォート准将です。貴船団の目的地と積み荷はなにか?」
「積み荷は同盟製の家電製品。目的地はオーディンを主とする帝国各地です」
このようなこともあろうかと、シュテルネンリヒトには、同盟の運輸会社の責任者や家電メーカーの担当者にも同乗してもらっている。
「准将、ヒネモス電器のデズモンド・ベイカーです。この夏に帝国商社が同盟製品の買い付けに来たってニュースをご覧になってませんかね?『明るい新・平・民・生・活!』ってやつです」
「あれか?『同盟家電産業、帝国市場を征服へ!』ってやつか?」
「ええ、それそれ。この船団は、あのキャンペーンの対象製品を輸送しています。追加注文の第3陣にあたります。」
「おお、そうだったのか」
臨検はごく形式的なものとなり、短時間で解放してもらえた。


■新帝国暦元年/宇宙暦799年12月10日 ヴィッキー・ロットヘルト

三日ほどまえ、同盟特使のウィリアム・オーデッツ氏が座乗する巡航艦1,駆逐艦9隻の艦隊に追い抜かれた。交渉によって帝国軍の進軍をくいとめるつもりだという。

1日には帝国軍先陣のビュッテンフェルト艦隊につかまった。
はじめは下っ端の尋問を受けたが、途中からビュッテンフェルト提督に交代し、顔パスで通航が認められた。

今日は、ミッターマイヤー艦隊と遭遇した。
ミッターマイヤー提督も「明るい新・平・民・生・活!」キャンペーンのことを知っていて、提督直々の簡単な質疑応答のみで、臨検なしにフェザーン方面への通航を許可してもらった。


■新帝国暦2年/宇宙暦800年2月20日 ハピウェル・エレクトロニクス(株)オーディン支店:ウィリアム・リッチモンド

銀河帝国皇帝たる予、ラインハルト・フォン・ローエングラムはここに宣告する。自由惑星同盟はその名称をかかげるべき実質を失い、完全なる滅亡をとげた。本日より人類社会を正当に統治する政体は唯一、銀河帝国のみである。同時に、過去の歴史において、不名誉なる叛乱軍の名称のもとに抹殺されてきた自由惑星同盟の存在は、これを公認する。……新帝国暦2年2月20日「冬バラ園の勅令」

カイザーさんよ、あんたはまちがってる。
「自由惑星同盟の名称をかかげるべき実質」というのはおれたち同盟市民なんだぜ。「完全なる滅亡」とやらは、同盟市民がいなくなる(死ぬか、転ぶ)までは実現しないよ。

「ウィリー、ちょっと出かけてくる」
「支店長、どちらへ?」
「ちょっと警察にでも自首してくる。いつ戻れるかはわからない」
「自首って何かしたんですか」
「ああ、カイザーへの忠誠心をかけらも持たない、共和制を主張する民主主義者だって」
「あ、そういうことなら支店長だけでいくなんてずるいです」

結局、オーディン支店の同盟人スタッフ全15人で「自首」することになった。


■新帝国暦2年/宇宙暦800年2月20日 ハピウェル・エレクトロニクス(株)オーディン支店:ルイーゼ・ホッゲ

リッチモンド支店長をはじめ、「自首」しにいった同盟人スタッフのみなさんは、4時間ほどすると、全員が戻ってきた。
「どうでしたか?」
「作文書いて、誓約書に署名してきた」
「戻っていらっしゃったってことは、逮捕はされなかったみたいですねぇ」
「うん。帝国の最上層部は、イゼルローンのヤン艦隊と戦うのに夢中で、おれたちをどのようにあつかうかについてはまだ何の方針も計画もないそうだ。いまのところ、同盟政府と同盟軍を潰して、カイザーの『天子の徳』を示せば、同盟人が自然に服属する、程度のことしか考えていないらしい」
「そうですか。それで作文と誓約書って何書いたんですか?」
「作文のテーマは『冬バラ園の勅令について思うこと』。同盟市民にどのようにして帝国への忠誠心をもたせるかという政策を帝国の上層部が決定するための基礎的な資料になるから、考えていることを思う存分書いてほしいとさ。何を書いても、それで罪に問うたりはしないっていわれた。
誓約書の方は、『(1)他人を殺したり傷つけたりしないこと(2)他人の財物を盗んだり壊したりしないこと』という内容だ。署名しなければ、フェザーンに追放、だそうだ。両方とも書いて提出したけど、なんか軽くいなされた気分だ」
「逮捕されたかったんですか?」
「いや、逮捕なんかしてほしかったわけじゃないけど、同盟が亡びたなんてカイザーにいわれて、イゼルローンで頑張っている連中もいるのに、安全な場所でのうのうとしてるのが、とても心苦しくてね」
「私たち帝国人のスタッフだけで支店仕事を回せるようになるまで、逮捕され急がないでくださいよ」
「君らが仕事を覚えたら、それで用済みかい?ドライだね。『いかないで!逮捕されるのなんかやめてください』とか言ってもらえるととっても嬉しいんだがな」
「自由を求める皆さんの心を縛り付けるなんてとんでもない」
「ははは」


■新帝国暦2年7月30日 フェザーン フライシャー・ソフトウェア(株)本社ビル:エリック・フライシャー

今月はじめ、クラリスと結婚式を挙げた。
披露宴は、新首都フェザーンと、旧都オーディンと、2箇所で行った。フェザーンでの披露宴は主として取引先を、オーディンでの披露宴では主にぼくとクラリスの親族を招待した。弟のシュテルンはフェザーンでの披露宴に、母ヴィクトーリアは両方の披露宴に出席してくれた。

「銀河帝国正統政府」の消滅(旧帝国暦490年)により、”ゴールデンバウム王朝の廷臣”という勢力(=旧帝国の貴族)がほぼ完全に終焉をむかえたこと、母をはじめとする一門各家の努力により、集合住宅「カレンベルク」に居住する一族等39家が新帝国への順応につとめる政治的に無害な集団として認知されたらしいこと。
世の中の情勢がこのようになってきたので、両親の素性をあきらかにしても、もう、ぼくたちの会社や養父の(クラリスの実父でもある)ミヒャエル・フライシャー社長に迷惑はかからないだろうと判断し、「明るい新平民生活」キャンペーンでクラリスとともにハイネセンに行こうと計画した際に、両親の素性と健在を社長に伝えた。

フェザーンでの披露宴では、皇帝陛下とケスラー憲兵総監閣下に招待状を送ったが、二人とも欠席(陛下からは出欠の返信すらなかった)であった。宴の途中、ケスラー総監があらわれて陛下の祝辞を読み上げ、総監本人からも僕たちに暖かな祝いのことばをもらった。

オーディンでの披露宴は、フライシャー家が実の娘(=クラリス)と養子(=ぼく)の結婚をお披露目する、という形をとった。オーディンに暮らす現貴族・元貴族を集めることになるのを避けるためである。貴族関係で招待したのは両親(ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト、カール・ヒエロニュムス・ミュンヒハウゼン)と実兄(トーマス・フォン・ロットヘルト)夫婦、母の被保護者エラ・ガイスラー嬢のみにとどめた。ただし、ロットヘルト家と歴代親交があり、いまや新帝国で唯一の「旧帝国以来の門閥貴族の一門」となったトゥルナイゼン一族の宗主イザーク・フェルナンド中将が飛び入りで会場に現れ、祝辞を述べてくれたりした。

母は、帝国暦元年の初夏に払い下げを受けた、オーディンの衛星軌道上の整備基地を拠点にシシガシラを運営している。旧ロットヘルト領、旧ミュンヒハウゼン領の貧困家庭の子弟に奨学金を出してオーディンの専門学校に入校させ、卒業後はシシガシラでさらに修行させるという事業をはじめた。帝国本土の業務で新人の育成をはかるとともに、バーラトの和約以後も戦雲がただよい続ける新領土(ノイエ・ラント, 旧同盟領) 方面での業務にベテランを投入して実績を重ねるとともに利益をあげ、「門閥大貴族の元宗主ながら、新帝国首脳とも懇意な度胸ある女社長」としての評判を築いていった。
将来はロットヘルト星系に移転し、「高速・安全確実」を売り物にした輸送と、高度な整備・修理の技術に特化した会社に育て上げたいらしい。


■宇宙暦801年 (新帝国暦3年)8月15日 ハピウェル・エレクトロニクス(株)オーディン支店:ウィリアム・リッチモンド

イゼルローンの連中はよくやった。

命がけでたたかって、故カイザーに、バーラト星系に、民主共和制による内政自治権を認めさせた。今月はじめにフェザーンで調印・批准された平和協定によれば、バーラト星系は銀河帝国バーラト民主共和自治州というものになるらしい。
イゼルローンの連中は自分の手で、自分たちの地位と領地を勝ち取った。
彼らが彼らの戦いを勝利のうちに終えたことについては、すなおに祝福してやろう。

しかし、イゼルローンの連中には、おれの故郷テルヌーゼンを勝手に帝国に献上する権限はないし、俺たちに、これからは帝国万歳を唱えろなどと指図する資格もない。おれたちの戦いはこれからだ。

          ※            ※

そのようなわけで、わが社のオーディン支店には、ルイーゼ嬢のような純帝国人、ハイネセンの出身でさっそく「バーラト民主自治州」に登録したもの、おれのようにあくまでも「自由惑星同盟市民」の立場を堅持する者の3種類の人間が仲良く同居することになった。

こんなことが可能なのも、新帝国がかなり手加減してくれるおかげも大きい。「バーラト民主自治州」の出張所の隣りで「自由惑星同盟駐オーディン領事館」はいまでも活動を続けていて、おれたちの旅券の更新などを行ってくれている。


■新帝国暦8年6月20日 ロットヘルト星系:グスタフ・ツィルヒャー

「護民官どの、民政尚書閣下より超空間通信が」
「ああ、まわしてくれ」
カール・ブラッケ閣下がモニターに現れ、前置きなく告げた。
「グスタフ、おおごとだ」
「カール、なにがありました?」
「内務省が『同盟市民』問題の強硬突破を目論んでいる」

「『同盟市民』問題」というのは、新領土(ノイエラント)の、バーラト星系以外の住民や出身者が参加している新帝国への抵抗運動をめぐる問題である。彼らは帝国への臣民登録はむろん、「バーラト民主自治州」への登録切り替えも拒否し、みずからを「自由惑星同盟市民」だと主張する点が特徴である。

かれらは隣人同士で示し合わせて警察署や裁判所、各州の庁舎などにおもむいて、お互いを「帝国を人類唯一の正統の政体だと認めることを拒否する共和主義者だ」と告発し、わざと逮捕・投獄されようとするのである。

もとはオーディンに駐在する家電企業の社員たちが数十人の規模で細々とはじめた運動であるが、いまではバーラト星系を除く新領土(ノイエラント)で大流行している。彼らは連絡をとりあって、ある日とつぜん数千人から数万人の規模でいきなり行動を起こすので、その土地の行政・司法機構は完全なマヒ状態に陥る。

「強硬突破とは?」
「法案では、『同盟市民』たちに『民主主義を信奉し、共和政体を提唱する』かどうかを質問し、その回答によってむりやり一般の『帝国臣民』か、『バーラト自治州民』に振り分けてしまうことになっている」
「そんなことしたって、バーラト星系の内も外も、新領土(ノイエラント)の住民のほとんどが共和主義者な状況はかわらないでしょ?なんの意味があるんですかね」
「バーラトは帝国の主権を受け入れた自治州だから、共和主義者をすべてバーラトの所属にしてしまうことにより、形式的には「帝国が全人類を統治する唯一の政体」としてみとめない「同盟市民」たちを「消滅」させることができる」
「あまり意味はなさそうな……」
「グスタフ、なにをのんきそうに……。卿にとっても他人ごとではないぞ、この条文をみろ!」

帝国領においては、バーラト星系を除き、民主主義の信奉、共和政体の提唱を禁じる。ただしバーラト星系の籍を有する帝国臣民が、旅行、商用、留学その他の理由でバーラト星系の外部を通過し、または一時的、あるいは長期的な滞在を行うことはこれを許す。

「おお、これはおもしろい♪」

「内務省は、摂政皇太后陛下の懿旨(イシ)という形でこれを出すつもりだが、こんなみっともないものを出した上に、さらに引っ込めるはめになったりしては摂政陛下のお名前に傷がつく。私はオイゲンにも話して閣議で反対するつもりだが、卿のほうでも動いてくれないか?」

「もちろんです」

「バーラト自治州のジャーナリストに卿と接触するよう連絡する。もとイゼルローン軍の幹部だった男だ。話す内容や資料を準備していてくれ」
「わかりました」


■帝国暦8年(宇宙暦806年)7月31日 「ラ・レプーブリカ」紙

(見出し) 帝国の地方知事が語る/「故カイザーから賜った民主共和制/内務省の1局長が奪おうとは僭越千万!」

(リード)【帝国当局が「同盟市民」運動を押さえ込むために準備中の「安寧維持法」。これに、帝国のある地方星系の知事がかみついた。ロットヘルト州の知事グスタフ・ツィルヒャー氏。同州の知事は旧帝国の末期以来、「護民官」の称号をおびる。

ツィルヒャー護民官によれば、旧帝国暦488年(宇宙暦797年)の帝国の内戦(リップシュタット戦役)の際、カイザーの支援によって貴族の支配を排除、それ以来、同州は民主共和制によって運営されてきたという。

いま帝国当局が準備している「安寧維持法案」は、民主共和制の信奉者について、本人の意向をとわずすべて「バーラト民主自治州」に所属させるものだ。

同法案について、グスタフ護民官は「先祖代々のロットヘルト星系の住民を、縁もゆかりもないバーラト州の所属にしようというのか。そもそも内務省の1局長が、故カイザーが与えてくださった民主共和制度を剥奪しようというのがおこがましい」と憤る。(編集委員ダスティ・アッテンボロー)】

(インタビュー本文)
──われわれ新領土(ノイエラント)の住民からすると、帝国本土に民主共和制の星州があるということがたいへんなおどろきなのですが、まずロットヘルト州ではどのような制度が行われているのか教えてください。

「まず、行政として、州全体を統治する「護民官府」があります。その下に首府グリューンフェルデとその他4箇所ある「都市」、15の「町」、89の「村」などがあります。民会は、各自治体の立法機関、意志決定機関で、ロットヘルト州における民主制の基礎、土台になっています」

──代議制ですか?

「いえ。各自治体の民会は、全住民が参加します。州の場合、各自治体の民会が代表者数名をグリューンフェルデに常駐させていて、『常設会』を構成します。これは日常業務を行います。重要問題については、全自治体の民会によって構成される『大民会』で討議決定されることになっています」

──護民官や、自治体の長はどうやって選ぶのですか?

「自治体の長ですが、徳の高い人物を民会が推薦し、本人に就任を要請する、ということになっています。本人が受諾したら民会はあらためてその自治体の長として指名し、州知事は当該自治体の民会の指名に基づいてその人物をその自治体の長に任命します。

護民官は、まず大民会が州知事たるべき人物を指名、または信任し、カイザーから州知事としての任命をうけます。カイザーから州知事に任命された人物に、大民会は「護民官」の称号を与えます。

護民官と自治体の長は四年の任期があります。任期ごとに民会の信任をうけます。信任が得られない場合は解任されます」

──護民官や自治体の長が交代する時、なりたいという人物が複数あらわれたらどうするんですか?

「488年以降、病気や高齢、自然死などで自治体の長が交代したことが15回ありますが、いまのところそのような事態が起きたことがありません。それ以外は、護民官もふくめ、旧領主の時代に任命された人が、そのまま信任されつづけて今にいたっています」

──選挙制度はないんですね。

「ええ。将来は必要になってくるかもしれないと考えていますが」

──ところで、ロットヘルト州におけるこのような民主共和制は故カイザーに与えられたそうですが?

「その通りです。488年4月のはじめのことですが、皇帝陛下は、ヘル・タイバーを私たちのところに派遣し、武器援助・軍事訓練・思想教育などを行ってくれました」

──思想教育?

「当時のスローガンはこんな感じです。
『天は自ら助ける者を助ける。
 ローエングラム公は自らを助けようとする平民や農奴を助けてくださる。
 人間をものをいう道具、しゃべる家畜として扱う傲慢な貴族の支配を打
 倒し、人間が人間らしく生きることができる世の中を作ろう!』
ヘル・タイバーは、故カイザーの「社会経済再建計画」や、古代地球で働く者が社会の主人公となる世の中を作ることを目ざした様々な思想家たちの書物を我々にもたらしました。我々はそれらを学んで、義勇軍の組織づくりや軍事戦略に活用しました」

──思想家とは、どのような人たちですか?

「ロック、ジャン・ジャック・ルソー、モンテスキュー、レーニン、マオ・ツォートン、ホー・チミン、チェ・ゲバラ、アビエル・グスマン、プラチャンダなどです」

──新領土(ノイエラント)のほうでもよく知られている人物と、そうでない人物とがあります。

(中略)

●もと領主 ヴィッキー・ロットヘルトさんの話

私の領地だったロットヘルト星系はガイエスブルク宙域のすぐそばにあり、私は貴族連合軍に参加していました。488年の7月ごろ前線が領地のそばにせまってきたので、テコ入れに赴いたところ、ロットヘルト星系をふくむ一門の領地の8つの星系で、民衆蜂起の準備が手の付けられないところまで進んでいました。その時、民衆蜂起のリーダーだったのがツィルヒャー護民官です。

私は、領主として善政を敷いてきたつもりだったので大変ショックでしたが、彼らに「恩知らず」と腹を立てても意味はありません。ローエングラム軍から星系を防衛する戦力はありませんでしたので、ヘル・ツィルヒャーやローエングラム侯(当時)の工作員ヘル・タイバー、総督府の留守(リュウシュ)たちと話しあって、
・ ヘル・ツィルヒャー、ヘル・タイバーは民衆蜂起を中止する
・ ヘル・ツィルヒャーは護民官に就任し、護民官府を設立する
・ ローエングラム公の宇宙艦隊が星系に侵攻してきたら、星系防衛隊は
戦うことなく降伏し、総督府は護民官の指揮・命令下に入る
などの手順をとりきめました。
(中略)
──ところで、「安寧維持法案」についてはどのようにお考えですか?

家伝では、ロットヘルト家の初代は8つの星系で3億8千万人を殺したとされています。500年が過ぎて、現在の人口が9千5百万人ですから、初代は住民をほぼ根こそぎ殺害したんでしょうね。ルドルフが殺したという「40億人」の約1割弱を占めています。旧帝国は、こんな荒技でようやく民主共和主義をねじふせました。

新帝国はこの種の荒技を使えない、使わないのですから、「同盟市民」運動に対しては、彼らの納得を得られるようねばり強く働きかけるしかないですね。バーラト星系の外部にも民主共和制度を敷くことを考えたらどうでしょう?




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2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更



[25619] 銀紅伝 第41話 帰還(完結)
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2011/06/10 07:01
■ 帝国暦8年8月15日 フェザーン ルーベンブリュン宮:カール・ブラッケ

摂政皇太后陛下の御前での閣議である。

新帝国暦2年2月20日の「冬バラ園の勅令」により、新領土(ノイエラント)の諸星系では地方議会や星系政府が解体されたが、それ以来、「同盟市民」の非暴力・不服従運動に悩ませ続けられている。

内務省は「同盟市民」たちを有無を言わせず「バーラト自治州」籍に登録すること、バーラト星系を除いて「民主共和制の施行」と「民主主義の信奉・共和制の提唱」を禁止することなどを定めた「安寧維持法案」を提出した。

この法案をつくった内務省の1局長は、新領土(ノイエラント)における住民運動のみを念頭に文面をまとめたのであろう。しかしリップシュタット戦役以降、帝国本土では劇的な社会変動が生じており、この文面は帝国本土の諸星系に対しても大きな影響をもつものとなっている。

私はまっさきにこの点を指摘したうえで、旧帝国末期以来の帝国の社会的変動について、あらためて解説することにした。

「旧帝国時代、ひとくちに『帝国貴族4000家』といっておりましたが、それらは領地を有する上級・中級の貴族を指しておりました。リップシュタット戦役以前は、一門諸家を率いる大貴族(宗家)が約300家、いずれかの一門に属する領主が3200家。それ以外に、マリーンドルフ家やカストロプ家、故カイザーが相続なさる以前のローエングラム一門などのように、何らかの事情で宗家が断絶し、一門(門閥)が解体状態にある領主が約500家ありました。

リップシュタット戦役にあたって、大貴族はトゥルナイゼン家とミュッケンベルガー家を除くすべてが一門諸家を率いて貴族連合軍に参加し、その多くは戦死または自殺しました。宗家の当主や後継者で生き残った方が十数人いますが、全員が爵位と領地を剥奪されて平民となり、大貴族としては滅亡しました。ガイエスブルクに参加した一般貴族の諸家も同様の処分を受けました。

ミュッケンベルガー一門はリップシュタット戦役では中立の立場をお取りになりましたが、その後の宰相リヒテンラーデ公と故カイザーの権力闘争において宰相側に付いたため、宗主は処刑され、一門諸家は、唯一中立を貫いた分家の伯爵家(グレゴール元宇宙艦隊司令長官)を除き、これもすべて爵位と領地を剥奪されて平民となりました。

新帝国においても爵位と領地を保有する貴族は約220家ほど残っておりますが、それらの諸家のうち「宗主と一門諸家」という門閥大貴族の本来の姿を保っているのはトゥルナイゼンのご一族のみ、という状況になっています。

すなわちリップシュタット戦役により、領主4000家のうち3800家が領地を失ったわけですが、それらの領地の多くが分布する辺境星域では、内戦中に故キルヒアイス提督による解放が行われ、民衆による自治が施行されるようになり、現在に至っています。

これらの星系の多くでは、民意をくみ取る機関や、星州知事を民衆が選ぶ仕組みが設けられており、『民主共和制が施行されている』といってもよい状態にあります。

内務省が提出した『安寧維持法案』は、このような帝国本土の状況に対する認識が根本的に欠けているように思われます」

「ブラッケ閣下、卿はバーラトのジャーナリストや一部の星州知事と組んで、騒ぎを煽りたてて居られるであろう!帝室の尊厳をなんと心得る!」

「帝室の尊厳ですと?私は488年2月にリヒター尚書とともに、まだ宇宙艦隊司令長官であられた故カイザーによばれ、『社会経済再建計画』の策定を命じられた。

故カイザーは、私たちが提出した計画の草稿に目を通されると、私に『あらためて読み聞かせよ』と命じられた。『私の主張としてこれを公表するのだ。目だけでなく、耳からも確認する』とおおせられているのだ。

民度の伸張にあわせ、民権の範囲を拡大していくというのは、私とリヒター財務尚書のかねてからの主張ではあるが、なにより、故カイザーのご遺志でもあると、心得ていただきたい。

「市民は主権者だ」という教育を受けてきた新領土(ノイエラント)の諸星系の住民が、帝国本土の諸星系よりも民権を制限された状態に我慢できようはずもありません。とにかく、このたびの内務省の法案は、帝国社会の現実を踏まえていないという点で、まずは取り下げて、全面的に再検討すべきだと考えます」


■帝国暦8年(宇宙暦806年)8月20日 ロットヘルト星系:グスタフ・ツィルヒャー

リップシュタット戦役(旧帝国暦488年)において、キルヒアイス提督は辺境星域を平定し、解放した諸星系を民衆の自治に委ねた。それらの星系の多くは、われわれロットヘルト8星系と大同小異の政体をとり、現在にいたるまで、民衆が推戴した人物を帝国の中央政府が星州知事に任命するという形式がとられている。

リップシュタット戦役以前、領地を所有する上級・中級の貴族は約4000家あったが、内戦そして宰相リヒテンラーデ公の粛清をへて、領主として生き残ったのはわずか200家にまで減少した。すなわち、新帝国では、帝国本土においても民衆の自治に委ねられている星系が圧倒的多数を占めるようになっているのである。

民政尚書・財務尚書という中央政府の高官ふたりがバックについていることもあり、「安寧維持法案」への反対運動は帝国本土でも爆発的に拡大した。

私は他の星州知事320人と連盟で「安寧維持法案」の撤回を要請、受け入れられないときは
・ 星州全住民をあげての「バーラト民主共和自治州」への住民登録
・ すでに施行されている民主共和制の廃止には断固抵抗
を突きつけた。

さらに「ラ・レプーブリカ」紙の編集委員ダスティ・アッテンボロー氏の仲介で、新領土(ノイエラント)の諸星系の住民とも接触、「同盟市民運動」と意見交換を行い、
・ 星州知事の任命は当該星州の民意に基づく制度を設けること
・ 帝国の全星州において民意代表機関を設けること
の2項目を、帝国本土の星州知事320人と「同盟市民運動」有志の共同で帝国中央政府に要求することにした。

閣議では、内務尚書が「安寧維持法」を撤回する一方、我々の2項目を受け入れた「地方星系自治法」を提出、承認され、即日、摂政皇太后陛下の懿旨(イシ)として全帝国に布告された。

「同盟市民運動」は、その後も、あくまでも「自由惑星同盟の滅亡」を拒否する一派がしばらく活動を続けていたが、ダスティ・アッテンボロー氏が「今度は帝国憲法・帝国議会だ!」というキャンペーンをはじめるに至り、「そちらの方が面白そうだ」と多くの者が鞍替えし、実質的に終息するに至った。


■ 帝国暦19年(宇宙暦817年)8月20日 ロットヘルト星系 シシガシラ社中央ステーション:ヴィッキー・ロットヘルト

シシガシラ社は、帝国本土のロットヘルト星系と新領土(ノイエラント)の2箇所に修理・整備部門, 運輸部門, 警備部門の本拠地をもつ(フェザーンには営業本部がある)「安全・確実・迅速」の輸送会社, 警備会社, 修理整備会社としての地位を確立した。いまはエラ・ガイスラー(元のエリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイク)が経営のトップに就いて、切り回してくれている。

シシガシラ社のシンボルマークは空想上の動物「マンティコア」である。
なぜロットヘルト家の紋章「赤備の鎧武者」を用いなかったのかとときたま問われるが、真相を答えたことはない。実際には、私のような「離散紀世界」からの憑依者が反応してくれないかと期待しての選定である。

しかし、20年をへて、見つかったのは私、ホラーツ・ハッシャー、エリック、クラリスの4人だけ。なぜこのような現象がおきたのか、どの程度の規模で生じたのか、結局わからないままである。

エリックとクラリスは、新婚旅行で、シャノン・フォレイカー(クラリスの中の人)の故郷ヘイヴンにあたるノイエ・ガリエンに行って来た。フランク・ライヒ出身の人々による開拓が行われた点は共通であるが、こちらの世界では「離散紀世界」も6世紀も早く開拓が始まっており、都市の名称や配置がまったく異なっていること、旧帝国500年の支配の間にフランス革命に由来する民主共和思想は跡形もなく消え去っていたこと、などの理由で、クラリスは「本当に異世界へ来たと、つくづく実感して、泣けてきた」という。

私やハークネスの故郷マンティコア星系では、西暦の時代に惑星マンティコアに入植が行われ、疫病の流行により放置されたままとなっている。死ぬまでに一度、戻ってみたいものだ。


■ 帝国暦34年(宇宙暦832年)3月 15日 ダラニスキー4:ヴィッキー・ロットヘルト

戦乱の時代が終わって25年。
空前の宇宙開拓ブームである。
開拓ブームは、主に、帝国本土と新領土(ノイエラント)の双方にとってかつて「辺境」だった、フェザーン・イゼルローン両回廊の周辺で展開されているが、巨万の資産を有する「フライシャー・ソフトウェア(株)」が行った大規模な出資が呼び水となって「シリウス辺境星区」のダラニスキー星系でも開拓が始まった。すなわち、「離散紀世界」におけるマンティコア星系である。

原住生物が進化しているような可住惑星が一つの星系に三つもあるという、非常に恵まれた星系であるが、西暦時代にいったん入植が行われたのち、撤退したという記録もあり、その分未知の疫病に対する警戒が必要とされ、先遣隊が派遣されてから、入植が開始されるまでに十年の歳月を必要とした。

三つの可住惑星のうち、私にとって最も重要なのは、ダラニスキー4,「離散紀世界」における惑星グリフォンである。ハリントン一族の故郷で、オナーの生誕地、モリネコの棲息地。私がここを入植先に選んだことはいうまでもない。


■ 帝国暦34年(宇宙暦832年)6月 10日 ダラニスキー4:ヴィッキー・ロットヘルト

モリネコと接触し、「絆」を結ぶ人々が現れはじめた。
さっそくそんなモリネコたちに会いに行ってみた。

ヒトとモリネコの交感は「絆」を結んだ当人同士にしか生じないのが普通であるが、「離散紀世界」では、私はパートナーとなった[ニミッツ]以外の多くのモリネコたちと交感できた。こちらの世界でも、その能力は備わっていたので、活用しない手はない。

しかし、こちらの世界にニミッツが来ているかどうか、来ているとして、どのようにしたら会えるのか、モリネコたちにどのようにたずねたらいいだろう。

(あなたたちの中に「自分が別の時代?場所?から来た」と思っている仲間がいない?)
(私たちヒトがこの惑星に降りてくる以前から、ヒトと「絆」を結んだことがあるっていう仲間をしらない?)
(わたしはその「彼」に会いたい)

モリネコたちからは、いるよ、知っているよ、「彼」につたえてあげよう、というという返事が帰ってきた。

そしてついに、「彼」が現れた。
長く待たされたぞ、と責める感情。
なにより、再び巡り会えて嬉しいという感情。
セロリを差しだすと、よろこんでかじりだした。
私の心もよろこびにあふれる。

(完)



[25619] 銀紅伝 外伝 お嬢様奮闘記(2012.2.28)
Name: 山懸三郎◆ddd5f1eb ID:55a6cbb5
Date: 2014/10/05 19:43
■帝国暦488年10月1日 オーディン・市立オーディン第十六初中学校 講堂: アーデルハイト・フォン・トゥルナイゼン

雑多な服装をした女の子たち十数人が講堂に入ってこようとしているので、注意してやった。
「そこの平民!あなたたちの入場は、創立式典がはじまってからよ!まだ入ってこないで!」

貴族女学院は、もとは典礼省管轄の特別学校だったが、2月から3月にかけて、教職員の半数と生徒のほとんどがガイエスブルクへ去り、休校状態に陥った。かれらはそのまま一人も戻ってこず、学校は今日、正式に廃止となる。

学院の校舎と敷地は民政省に移管され、あらたに「市立オーディン第十六初等・中等学校」が設立されることになった。第十六校は、近隣の公立学校から校区の割譲を受け、近隣の初等学校二つから計12クラス、第8中学から6クラスが教師ごと移籍される。彼らは一時間後にはじまる「創立式典」にそなえて各教室に入り、一時間後にはじまる「創立式典」を待っているはずである。

学院が、名門の女子学校からただの公立学校に替わってしまうということで、同級生の中には転校したものも何人かあるが、私は兄イザーク・フェルナンドから 「おまえを転校させると、政府高官が、公立学校を、自身の子弟を通わせるのに値しないと判断した、とみなされてしまうから残ってくれ」 といわれたので、そのまま第十六中に残ったのである。

式典では、公立学校から移籍してくる10学年800人の生徒・教師を、学院の元教師10人、元生徒32人が講堂で出迎えることになっており、泥縄ながら、いまちょうどリハーサルに取り組んでいるところだった。

私の呼びかけに対し、一番年かさの、大きな油染みがいくつもついたツナギを着た女の子が答えた。

「伯爵令嬢ふぜいが、大きな口を聞くじゃない?」
よくよく顔をみれば、3月のはじめに姿を消した級友だった。
「エリザ!あなた生きてたの?!」
エリザは答えた。
「エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクは死刑にされました。ニュース番組で見たでしょ?私は今は”エラ・ガイスラー”。エラって呼んでね」

のこる13人も、3月にガイエスブルクに去った諸家の子女たちだった。

親は敵同士となったがそんなの関係ない。
リハーサルは吹き飛んで、涙の再会となった。

落ち着いたところで、三月にオーディンを離れていったみんなの消息をたずねた。

2月から3月にかけて家族とともにオーディンを脱出した学院生は556人。そのうちガイエスブルク要塞に入ったのは520人。36人は領地のほうへ疎開したらしい。

6月、リッテンハイム侯の「辺境星域奪還作戦」にともない、リッテンハイム一門をはじめ85の一門の1850家がガルミッシュ要塞に移動した。

ガルミッシュ要塞にはサビーネ・フォン・リッテンハイムをはじめとして202名の学院生が滞在することになったが、この要塞は陥落の直前、兵士の叛乱と、要塞の四分の1が吹き飛ぶ大爆発が発生し、混乱の中、学院生はひとりのこらず行方不明となってしまったそうだ。

ガイエスブルクでは、最終決戦の時まで304人の学院生が要塞内に残っていたが、彼らは要塞が降伏する際、一人残らず家族とともに自決してしまったそうだ。

エリザ自身を含め、今日講堂に現れた14人は、要塞が降伏した時ガイエスブルクを離れていた人たちだ。エリザは最終決戦のとき正規軍の戦艦で出撃、その戦艦が降伏して捕虜になった。他の13人は、所属する一門が、決戦前に要塞を離れたそうだ。

「ところでエリザ、その格好は?」
ガイエスブルクからの帰還組14人の中には、エリザの他にもツナギを着た子が何人かいる。
「宇宙船の整備の実習を受けてるの」
「宇宙船の整備?」
「私たちみんな"謀反人の子女"だしね。もうお嬢さま生活ともおわかれ。手に職をつけないと。というわけで私は動力機関、この子たちは軌道実技で、もう200時間くらい実習したかな」
「へー」
「座学のために地上に降りてきたんだけど、専門学校のほうでまだ女子の受け入れ態勢ができてないってことで、とりあえず、しばらくは元母校にでも通おうかと」
「なるほど」
         ※           ※

リップシュタット戦役を経て、私を取り巻く世界はすっかり変わった。  

ものごころついて以来、もっとも長い時間を過ごしてきた学院は、いま消滅しようとしている。  

トゥルナイゼン家とトゥルナイゼン一門は、唯一の「そのまま残った門閥貴族」となった。上級貴族はほかにも200家近く残っているが、戦役以前、二百数十家あった「門閥の宗家」は、わが家を除いてひとつのこらず没落してしまった。  

宗家の出身で生きのこった者があっても、もはや爵位も領地も失ったただの平民である。門閥宗家の令嬢のなかでももっとも尊貴な立場にあったエリザは、ただの機関員になることを自慢げに告げるようになっている。  

数日前には、私が生まれる前から私と結婚の約束があったロットヘルト家のトーマス様から婚約を解消したいと連絡があった。

「……ご承知のように、わが家は賊軍として盟約に加盟した結果、爵位・領地・官職の全てを失いました。これからは”賊軍に参加して生命を助けられた元貴族の1平民”として、世の片隅でひっそりと生きて参ります。私は、もう、フロイラインとは、住む世界がまったく違う、釣り合わない存在となってしまいました。………」  

ロットヘルト家との間では、私が幼い頃に母が亡くなった折、とロットヘルトのグレーフィンに預かってもらうという話がでたことがあったが、結局実現しなかった。物心がついてから、その理由を父にきいたことがある。父は答えた。
「グレーフィンがトーマス殿をクラインシュタイン提督(わしの戦友でもある)に預けて軍人修行を始めたのだが、すぐにやめてしまったからな。お前を預けて、甘やかされてわがままに育てられては、いくら悔んでも悔やみきれないからな」  

いまになって、このことを思い出す。
もしトーマス様が、軍人修行を続けていたら、私はロットヘルト家に預けられたかもしれない。  
もしかしたら、トーマス様と交際して、結婚までいっていたのかな。  
もしかしたら、グレーフィンやトーマス様といっしょにガイエスブルクに行って、今日の創立記念日では、エリザといっしょにツナギを着て母校に戻ることになっていたのかな。  
それとも、もしかしたら、グレーフィンを説得して、リップシュタット盟約に加盟させないようにしたりできたのかな……。  

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『銀坊伝』を一回お休みして、『銀紅伝』の外伝です。  
エリザベートの生き様をみたアーデルハイトが、みずから暖衣飽食・無為徒食の門閥令嬢の立場をすて、生きる道をみつけ、トーマス君ともくっつく話……の冒頭として執筆したものです。  

ただ、書き始めてすぐ、どうせならリップシュタット前から、ラインハルトともいろいろからませたほうが楽しい、ということで、『銀坊伝』の誕生となり、こちらは未完のまま放置となりました。  

ただ、『銀坊伝』の第1話が、並行世界の重要な分岐点であることを側面から示すお話しとして、ちょっと加工して復活し、投稿することにいたしました。  

『銀坊伝』のほうで大活躍のハイジさんの、もう一つの姿として、お楽しみいただければ幸いです。


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2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更


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