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[25420] 多重奏のパルティータ (リリカルなのは:転生オリ主)
Name: 紅茶文◆f1bc9688 ID:35a40e26
Date: 2011/02/11 14:30


 はじめまして、小説を書くのはド素人の作者です。
 二次創作を書くのも初めてなので、アドバイス・感想などありましたらよろしくお願いします。


《注意事項》

・転生オリ主が3人出てきます、各々チート能力持ち。でもオリ主たちは、結構悲惨な目に会います。

・死亡するキャラが出てきます。耐性の無い方はご注意を。

・原作ブレイク。若干『とらハ』成分も混じってきます。


 以上のことを踏まえたうえで、問題無いという方はこの先の本編へどうぞ。
 それでは、しばしのお付き合いを……





※ 改訂部分について
・タイトルを「きっとつまらない物語」から「多重奏のパルティータ」に変更。
・想定より長くなるので。各話のタイトルを前編、中編といった区分けから、ep.に変更。
・長編化に伴い『とらハ板』に移動。各話にサブタイトルの表記追加と修正加筆。
・妹の名前について、特定の個人の方と誤認される恐れがあったので、変更しました。
 以前より読んでいただいた方には、イメージが損なう懸念もありましたが、申し訳ありませんこの方向で変更いたします。
・『番外編』の限定公開終了。


※ 『みてみん』で、イラストなんぞ描いてみました。
  ライトノベル風にイメージイラストっぽく。あくまで《風》なので、参考程度にww
  検索で『紅茶文』と入力していただければ、イラストのあるところに飛べると思います。

・オリ主三人組(ネタバレを含む)




[25420] ep.01 無印編 【右と左と影の男】
Name: 紅茶文◆f1bc9688 ID:35a40e26
Date: 2011/01/29 13:54




「俺は『SSSクラスの魔導師』になって、生まれ変わる!!」


 薄暗い。ぬるりと指先に絡みつくような闇に支配された空間に、その願望を沁み込ませた『言霊』が浸みこんでいく。
 それと共に高揚に彩られたトンデモ発言をした《者》が、影を揺らめかせながら空間から消えていく。

 その過程を斜め後方の位置から見据えていた《男》は、呆れを含む雑多な感情を飲み下し、これからのことを予測しながら……冷静に、冷えた思考を巡らせる。


 左斜め前方には先ほどの《者》と同じ、影一つ。


 足元の琥珀色の燐光に彩られたその影は、さきほどの《者》と同じように男性的な――肩幅の広い、肉厚的なフォルムの――薄暗い、灰色の影法師(シルエット)。
 その影から発せられる言葉はボソボソとした篭った音質で、こちらがどれだけ神経を鋭敏にし、針の音も逃さぬとばかりに聞き耳を立てても、その意味までは気取らせてくれない。

『なかなか……用心深い』

 先ほどの、喜色満面といった雰囲気を隠そうともせずに己の願望を絶叫し、さっさとこの空間を退出していった《者》よりは、よほど思慮深そうだ。
 そう目の前の影を評しながら、神算鬼謀を操る類でなければいいが―――などと《男》は冷や汗をかく。

 もっとも、その自分の額を流れる汗はイメージのモノでしかない。

 なぜなら《男》もまた、この空間では《影》の一つに過ぎないのだから。




◆ ◆ ◆ ◆




 突然の衝撃、肢をもぎ取られる痛み、息を吐けない苦しみ、じわじわと抜けていく気力―――そして、意識を埋め尽くす『死』への恐怖。


 その果てに《男》が辿り着いたのが、この闇色の空間だった。


 その場には同じく燐光に浮かび上がった影二つ……《男》を入れれば影三つ。
 突然の舞台変換に戸惑ったのは、目の前の影たちも同じだったのだろう。
 どこか所在なさげに辺りを見回してる、そんな風に読み取れる影たちのあたふたとしたコミカルな動きに《男》はようやく思考に余裕を持たせることができた。

 だから、気づくことができた。


『たぶん……俺は、死んだのだろうな……』


 リソースを記憶領域に回し、さかのぼった先にあったのは視界の九割以上を占めたトラックの姿。
 その後の衝撃、痛みを思い返し―――――思考停止。

 ………『死の恐怖』など、掘り起こすモノじゃないな。

 そう断定付け。脳内で目の届かない、しかし重要案件という矛盾したボードに《注意》という名のピンで止めておく。
 『気がついたときに、警告程度になればいい』
 死を冠する一連の出来事を、記憶領域の端にそのように留め置き。さてここは……と周囲の把握に努めようとした時に……『ソレ』は来た。




《―――、―――――――、―――》




 影が三体――ビクンと揺れた。
 あまりの高圧、重圧……不可視の、圧倒的な厚みを持ったその思念に射すくめられ、《男》に恐怖が蘇る。


《―、――――――――――、―――――――、――――――》


 影らの動揺をよそに、巨圧な思念が淡々と伝わってくる。

 抑揚も何もない、無常のごとく、揺るがない思念の淡々とした歩調(リズム)。

 その様はきっと、道を歩く者と、道路わきの雑草のような有様なのだろう。

 だから彼のモノは躊躇しないし、雑草の恐怖には意味が無い。


《―――》


 ……ほどなく、思念の伝えることは終わり。
 彼のモノはすでに空間から去った。
 そして残されたのは―――道標。





「あの……さっ! お前ら、でいいんだよな。あの………お前らもアレ、聞いてたんだよな、なっ!?」

 上気した、浮かれたような声音で《右の》影が唐突に喚き出した。
 ―――――足元の円形燐光からは出ることはできないようなので、位置関係から《男》は脳内で右の影をそう称することにした。

 《右の》にさっきまでの委縮した姿はすでに無い……意外とこやつ大物やもしれん、などとつらつらと思考を《男》は進めていく。
 《右の》のそれに対し冷静沈着に、しかし震えを残すような声色で《左の》影も声を上げる。

「ええ、確かに伝わってきましたねぇ……生まれ変わり……ですかぁ」

 男か女か判別しがたい低めの声……しかしたぶん男だろう。
 ならば自分も同じように聞こえるのだろうか? そう脇見しながら《男》はさらに考える。

 ふと左の影がこちらを見たような気がした。
 それに対し警戒しないよう、させないように。《男》は意識的に落ち着いた声質で返答する。

「ああ、俺たちは死んで、もう元には戻れない……だから、次の世界へ渡るしかない……だろ?」

 先ほどの思念が伝えてきたのはつまりそういうことだ。その内容は……



○ 自分たちの希望の世界への転生。

○ 現在の記憶は抹消・引き継ぎ、どちらでも選択可能。

○ 望んだ能力を1つ付与。



 ………ずいぶんと優遇された条件だ、と《男》は思う。

 しかし……それもきっと、あの思念には意味が無いことなのだろう。
 雑草がどんな花を咲かせようが、《アレ》は気に留めるような存在ではないのだから。
 きまぐれに水をかけてやった――コレは、その程度のことだろう。

 その花がたとえ、毒の華、だったとしても。



 そして3人で決めたのが……『魔法少女リリカルなのは』の世界への転生。



 ………これに関しては《右の》のディベートの勢いが凄すぎた。としか言えないだろう。
 もっとも《左の》の誘導も上手く働いてたような気もするが、別に《男》自身も明確な不満があるわけではないのでここは中立的賛成ということで、3人の話はまとまった。

 さらに短時間の話し合いの中で解ったのは、《影》らの名前はすでに『無い』ということだ。

 記憶はあるのに名前だけ消されている事に《男》は訝しんだが、存在自体が生まれ変わるというのなら、きっとそれは『そういうこと』なのだろうと納得した。

 アニメ・漫画に関しては《男》にとっても趣味の範疇ではあったのだが。
 『リリカルなのは』に関しては、あいにくと《男》は友達のところで深夜アニメのケーブル放送(解禁版)を見に行ったついでに見せられた……そんな程度の知識しか持っていない。
 その際の友との、ひんぬーきょぬー論争でのディベートの熱さをこの場に持ち込んでいたのなら、《男》は希望通りの世界に行けたかもしれないが………それはまた別の『物語』。


 行く世界が決まった後は各々の能力を考える作業に移った。このことに関しては一人で考える――《右の》が何か言いたげではあったが、意図的に無視する。
 《左の》も同様に押し黙っている。

 ……あまり慣れ合うべきじゃない。

 それは単なる予感だ。しかし他に寄る辺が無い今、その勘に従うことに、《男》は決めた。




◇ ◇ ◇ ◇




 すでにココには居ない《右の》が選んだ能力が、先ほど自分で宣言した通り『SSSクラスの魔力持ち』なのだろう、そう《男》は思考を続ける。
 あの様子では『記憶持ち』であることも間違いない。
 なんとなく、《右の》が『原作』に介入するだろうということは、その雰囲気……というか、あからさまに分かりやすかった。

 『原作』はハッピーエンドの物語だ。

 たとえその道程が厳しくて、少女たちが心身に傷を負ったとしても。
 その障害すら乗り越えて、笑顔で締めくくれる―――そんな、完結した『物語』だ。

 『物語』が日常のちょっとしたドラマを扱ったり、少女たちの恋愛物語が主体の話だったのなら、《異物》の混入はさして問題の無い範疇だ。


 せいぜいが結ばれる相手が変わるだけのことだろう………しかし『リリカルなのは』の世界はマズイ。


 ビームが飛び交い、次元を渡る戦艦が出てきては、世界そのものを危険にさらすモノまで出てくる。そんなヤバイ劇物を抱えた代物(世界)だ。

 ―――とはいえ『物語』自体はハッピーエンドに向けて収束する。
 そう言う風に、できている。そんな世界だ。

 だからこのまま生まれ変わるだけならば、さして不安を覚えることなくその世界で生きて行けただろう。
 しかし、そんな『物語』に一筆加えようとするやつが出てくると、さてどうなる?

 ハッピーエンドという向こう岸に、確実に細い紐で繋がっている綱渡りの世界。

 だがそこにトルネード級の嵐(能力)を持つヤツが介入したら……最悪、足を踏み外し、その影響で周囲が根こそぎ吹き飛ばされるという事態も想定できるだろう。
 この場合の周囲が、管理外世界という単位で済むとも限らないのが恐ろしいところだ。


 とはいえ、いまの《男》の考えは、結局のところ最悪を想定してのことだ。
 もしかしたら《右の》が上手く立ち回り、少女たちを助け、道を切り開き。真のハッピーエンドを迎える―――そんな可能性も否定はできない。なんせチート能力持ちだ。


『ああ、ほんとどうしようかな……結局どう転ぶかわからないのなら……悩むくらいなら、いっそ記憶を抹消したほうが……』

 《男》がそんな堂々巡りの考えに振り回されている間に、ふと《左の》の気配が消えた。
 いや、その影は薄っすらとだがその場に残滓を留めている。そのことに気づいた《男》が意識をそちらへ向ける……


 その視線の先で―――《左の》が、笑った、ような気がした―――


「っ!?」


 瞬間、思考に恐怖が蘇る。
 それは『死』の予見だ。
 理由など無い、理屈で説明などできない。だがそれは予測できる未来だ。
 千切れとんだ肉体の一部を幻視し、彼方へやった幻痛に苛まれる。

 およそ数瞬、だが途方もない負荷が《男》の体躯……影に圧し掛かる。


「っ……くそぉっ!!………死にたくねえぇ!……もう一度あんな目になんて、冗談じゃねぇんだよぉぉぉ!!!」


 激高したセリフを口から吐く、その言葉が《男》の不安を持って行ってくれるように。
 そうして思考を急速に回す。
 頭には冷却フィン、胸にはドクドクと加熱したモーターを回しながら、《男》の思考はさらに巡る。


『結局《左の》の能力は分からなかった……いや、意図的にこちらに伝わらないようにしていた。それは間違いない……なら共闘は、できる可能性は………低い?
 それに長々と話していたのも気になる……いったい何を……いや、今考えるのはそこじゃない。問題は俺がどうすれば良いか、どんな能力を持てば……生き延びられる?』


 大きな力を持てば、目をつけられるのは必定。
 味方になれる場合はまだ良い。だが敵対した場合、相手を圧倒できる能力がなければ、己の身は危ういまま。

 時間を止める能力は?……無理だ、《左の》がすでに得ていたのなら、なにも優位にはならない。
 それに、便利すぎる能力は自分の心では制御できない。きっと己が身を滅ぼすまで使いきることになるだろう。



「……………」



 長考することは無駄ではない。きっとこの空間はそのためのものなのだろう。

 だからようやく気付けた時は、拍子抜けなものだった。

 覚悟が決まった―――ワケではない。そんなモノは欠片もない。

 必要なのは自覚すること。死が怖い、ただそれだけ。

 後に残るのはエゴの押し付け、それだけで、事は足りる。




 だからこそ、宣言しよう。
 この先で奪うかもしれないものに、変えるものに―――


「俺は……!!」


 ―――「ごめんなさい」と、ただの一言。今だけの……ただの空言―――




◇ ◇ ◇ ◇



「おーい進、はやく食べ終わらないとお前キーパーだかんな!」
「ばっかやろ、お前待てって! 俺のドリブルがなきゃお前らに勝ち目はねーんだから!」
「うっせぇ! フォワードは俺だぁ!」「へへーっ、先行ってるぜ!」「お先!」「キックオフ前には来いよー」
「ちょっ! くそ! マジで行きやがったよアイツらっ、んぐっ、っう!」

 残ったご飯とオカズを口いっぱいに放り込み。
 心の中で「かーちゃんゴメン」と雑に片づけた弁当とそれを作ってくれた母に謝り、咀嚼しながらグラウンドに駆けだす元気な少年。


 私立聖祥大附属小学校3年生。
 それが転生者『鹿島 進 (かしま すすむ)』の現在の肩書きだ。


 我らがヒーロー。高町なのはとは謀られたように同い年で、同じクラスの現状に色々悩みも多き少年だ。
 家族は市役所勤めの父にスーパー勤務の母、そして2つ年下の可愛い妹の4人暮らし。
 前の人生で一人っ子だった彼は、妹……『真桜(まお)』の誕生に素直に喜んだ。

 その時。息子が無邪気に喜ぶ姿に……聡いけど、どこか気難しい息子の喜ぶ姿に、両親は安堵の頬笑みを浮かべた。

 進は両親のその頬笑みを見て、衝撃を受けた。
 この世界に生まれ落ちてからこれまで、両親に対して申し訳ない気持ちが、進の心に常に引っかかっていたから。



 ――俺は……両親(あなたたち)の子供を、奪ってしまったんじゃないか――と。

 子供らしく見せるための、最低限度の甘えしか、親には示せなかった。

 両親の手を煩わせるようなことはできなかった、それは進の心の枷だ。



 子供らしくない子供だと、自分でも理解していた。
 きっと息子にかまえなくて寂しい思いをさせている。そう自覚はしても大人の記憶がある進は無邪気に甘えることができない。

 だから―――申し訳ない。

 ……だが、それは進の見当違いの侮りだった。

 確かに寂しい思いはあっただろう。しかし両親はそんな自分たちの想いより、進を常に優先させていた。
 素直に感情表現のできない、不器用な、そんな我が子を心配して。

 だから妹を無邪気に愛でる進の姿に目を細める。

 良かったねぇお兄ちゃんになったんだよ。可愛がってあげてね。笑ってあげてね。

 愛してあげてね。







「俺は……愛されていた」

 この夜、ベッドの布団に包りながら進は一人つぶやいた。
 そんなことは知っていた、両親の自分に向ける姿に偽りなんて元より無い。
 ただ………今日ほど、そのことを自覚できた日がなかっただけだ。
 《鹿島進》という《自分》に自信が持てなかったから。

 自分だけが、よそよそしくも、気後れする、拒絶のベールを張っていただけなのだ。

 だが、進が経験していない、未知の『妹』という存在に、彼は素直に自分の感情を向けることができた。
 両親はそんな姿でも喜んでくれた。
 離れた場所からでも……兄妹を見守ってくれていたのだ。

 愛していいんだ、愛されていいんだ。

 そんな当たり前の家族なのだと、ここに至って進は認識できた。
 だからこの夜、枕を濡らしたのも当然のことだ。
 ようやく素直に出せる喜びの感情を、いまさら押しとどめることなんて、今の進にはできなかったのだから。
 この日、進が心の垣根を取り払い、鹿島家の家族の形が、ようやく整った。


 その後、兄の妹に対するあまりの猫可愛がりに母が嫉妬したり、兄に懐き過ぎた妹の姿に父が焦ったりと、トラブルは多少あったが。
 それも子供たちの成長の、鹿島家騒乱のちょっとした思い出にすぎない。
 たとえブラコン・シスコンと周りに心配されても、仲良し兄妹はお互いのスタンスを今更変えることはできないし。
 「むしろ変更不可の域に達しているだろう」という幼馴染のお墨付きに、兄妹そろって満面の笑みで返した時点で、すでにこの二人は手遅れだった。


 そんな兄妹だから。
 大切な妹の、真桜の―――


「お兄ちゃん、今……『声』が聞こえなかった?」


 ―――その一言に、進の心は凍りついた。






 『魔法少女リリカルなのは』が、ついに、スタートした。




◇ ◇ ◇ ◇





[25420] ep.02 無印編 【家族と三人娘と男の子】
Name: 紅茶文◆f1bc9688 ID:35a40e26
Date: 2011/02/08 17:59




『力を貸して……力をっ』

「へぇ、あれが念話なのか」


 小学生の体には大きめの――成長期を考慮した――ふかふかベッドで、眠りから覚めた進は呟いた。
 頭に飛び込んできたユーノの思念の叫び。それを夢うつつながらに覚えていた。

「意外と……驚かないものだな」

 掛け布団を毛布と一緒に捲り上げ、部屋の隅の姿身で身だしなみを整える進。
 その作業をしながら思い起こすのは、あの薄闇の空間で遭遇した超大な思念のカタマリ。
 それに比べると……比べること自体が無意味ではあるが、ユーノからの念話は、進の心をわずかに震わしただけだった。



 ―――『魔法少女リリカルなのは』がはじまった―――それは予定調和のことだから。



「……あれ、でも声が聞こえるってことは……俺って、もしかして、リンカーコア持ち?」


 それだけは確かに、進にとっては予想外のことだった。自分があの闇の中で望んだ『能力』は、あいにくとソッチ方面では無かったのだから。

 おそらくこれは……《鹿島進》の肉体が生まれ持っていた才能なのだろう。

 その事実に少し頬が上気する。
 誰だって才能があると証明されるのは嬉しいことだ。
 それが付与されたもので無く、己自身に根付くものなら、進にとってはなおさら喜ぶべきことだった。

「リンカーコアがあるってことは……俺も空を飛べたりするのかな?」

 自分が自由に空を飛んでいるところを夢想する進。それは確かに気持ちよさそうだ。
 だが夢想の自分の足元に魔方陣が現れ、杖型のデバイスを構えた所で―――思考停止。

「………たとえそうでも、すでに俺は『決めて』いる」

 頭を軽く振り意識を切り替える。本であふれた学校の図書室の据えた匂いを思いだしながら、スクールバックに借りた2冊の本を突っ込む。

「俺は魔導師に関わらないし、傍観する立場を崩さない」

 それが《鹿島進》として生まれ変わった、自身に対する決意表明。
 改めて言葉にすることで、自分の立ち位置を再確認する。

 二階の自分の部屋を出る。少し支度に時間をかけ過ぎたようだ、待たせてる家族を思いながらリビングへと続く階段を下りる。
 そうしていつもと変わらない《鹿島進》の1日を送るのだと、脳内の掲示板に留め置きながら。進はテーブルに着く3人に微笑んだ。



◇ ◇ ◇ ◇



 街はまだ平穏だ。
 高町なのはが無事に教室で話している姿を見とめ、進は人知れず安堵していた。

『ユーノの夢はちゃんと見たのかな?』

 気にする立場ではないが、無視するほど白状にはなりきれない小悪党。そう自嘲しながら視界から『4人』の姿を外す。
 別に同級生の不幸を望んでるワケでは無い、ただ……関わりたくない、それだけだ。

『願わくば、彼女たちが無事に事を収めますように』

 今更願いを叶えることは無いだろう《神》に、それでも心内で祈りを捧げ。
 目の前でサッカーの話に興じる友達らとの会話に相槌を打ちながら、割いた意識を彼女たちの方にも向ける。

 今日一日、無意識にでもそうしてしまうのは、仕方が無いことだろう。
 分割思考は自然とできるようになっていた……これも才能のうちだったのだろうか。

 同じ教室なら意図的に隠そうとしないかぎり、会話がよそに漏れるのも仕方がない。
 やましい気持ちは無いが、事の経緯を確かめたくて進は彼女たちの会話を聞きとっていく。



「…夢………じゃあ……偶然………」
「ああ~! だからぁ、あんたは――」
「ふふ……なのはちゃんは………」



 高町なのは、アリサ・バニングス、月村すずか。そして……



「だから、ほんと偶然だってばアリサ! 俺となのはがそういう《夢》をたまたま一緒に見たってだけの話……!」
「はぁっ、ぐ~う~ぜ~ん? 夢でェ? ……あるわけないでしょ! そんな偶然!!
 二人でどっかに遊びに行ったのを思い出したとか、そういうのじゃないのっ!!?」



 同じクラスの男子―――《神宮 翔 (じんぐう かける)》。



 目線は決してアチラに向けないが、3人の少女たちと談笑してる少年の姿は容易に脳裏に思い描くことができる。
 それだけこのクラスでは、彼らが4人で居る姿が日常的な風景であったから。



「ねぇ~~ホラホラ、美優も翔くんに声をかけてきなよ。いっそあの輪の中に入っちゃう?」
「そんなっ、あ、あたしじゃ無理だよ! あの中に入るのは。そっ、そういう葵はどうなのよ」
「んーー翔くんもレベル高いと思うけどぉ、私の気になってる人は別だから」
「えーーっ!? ちょっと誰よ! あんたの目にかなうカッコイイ男子ってば。ホラ、教えなさいっ!」
「ちょっ……香織、顔近っ!」


 少し離れたところでは、そんな美形4人をエサに女子のグループがキャッキャッと騒いでいる。
 ………うん、彼女たちも見てる分には可愛いね、純粋に。子ザルの集団みたいで……あの中には入れないけど。


「かーーっ、相変わらず神宮のやつはモテてんなー!!」
「はいはい、妬まない妬まない」
「俺、アイツとなら付き合っても――」
「おまっ、瘴気に戻れ」
「いや冗談……って、なんか存在否定されたような……」
「マジイケメンネタマシー」

 俺が入ってる集団はこういう嫉妬団予備軍だ。いや……俺は愚痴らないよ、ホントだよ?
 とにかく、話題のネタにされるくらいに《神宮翔》は目立つ存在だ。
 だからと言って男子たちも表だって嫌ってるワケでは無い。少なくとも、明確な悪意を向けるような子供はこのクラスにはいない。



 そんな彼の容姿は……日本人なのに、なぜか銀髪、という仕様。


『…………まあ、髪の色に関しては俺も人のことは言えないし、気にしてるやつはこの世界にはいないんだけどさ』


 サラッとした髪を襟足で括り流し、背は同年代の中では頭一つ抜けた長身の、瞳はぱっちりとした二重まぶたで、実にサワヤカハンサムだ。


『うん、間違いなくアイツ――《右の》だよな………なのはと同じ夢を見た、ていう時点で確定だし』


 うすうす感づいていた……というかバレバレだったわけなのだが。


『なんかアイツ、なのはたちとばかりつるんで、男子とは関わり薄かったし。一般の小学生男子としては不自然で大人びた言動が多かったからな。
 でもなぁ………同級生で大人びてるって言っても。
 すでにリア充になってる奴やアリサたちと比べると、それが不自然に感じられなくなって、確信に至らなかったりもしたんだけど……』

 ――――などと。進は今までのことを考える。
 それはとりとめもない確認作業。
 そこに不安や不満があるわけではない、そもそもそういう感情を放棄した側なのだ、こちらは。

『ま、だからって俺が何かするわけでもないってことだ……』

 関わりは薄いが《神宮翔》は悪い奴ではない。その判断はすでに決している。そもそも進が傍観を決め込んだのは、彼の立ち回りの上手さを見て納得したからだ。



 なのはたち3人の緩衝役となって、関係を強固なものにした。友情に厚い男だ。

 それ以外のクラスメートとの付き合いは悪いが、頼まれごと等は基本断らない。善人だ。

 物腰も話し方も落ち着いていて、同級生からは頼りにされる。中身…大人だ。

 成績優秀、運動神経抜群………でも何故か、月村の方が体力はあるっぽい。謎だ。



 そんな感じなので、神宮がわりかし上手く『物語』を回してくれるのではないか――そう、進は結論付け、己が『能力』の使用を止めた。









 色々眩しい存在となってしまった翔に対し、一方の進の評価は……見た目は悪くなく、将来性を感じさせる顔立ち、というところだ。
 ……そもそもこの世界は整った顔立ちの人が多すぎる。
 成人病予備軍と言われるような肥満体形のモブ仲間でも、愛嬌のある顔立ちだと、そんな評価を受けることができるくらいには。

『世界基準が違うんだろう』

 進はそう納得していた。
 幼児の頃から自分の藍色の髪とは鏡越しに毎朝付き合っているのだ、割り切るのも意外と早かった。
 大体、毎朝の食卓で顔を合わせる家族を否定することなど、進にできるはずがないではないか。
 そんな世界でも美形と称される神宮翔のレベルは、TVの画面越しに対面できるぐらいの、かけ離れたイケメン度数を持っているといって良いレベルだ。
 比較することに意味は無い……さあ忘れよう。

 進は学校の成績に関しては、両親に申し訳ないと思いつつも、ほどほどの点数で手を打っていた、全体の成績としては中の上といったところだろう。
 さすがに小学校のテストで満点以外を取るのは、進にとっては少なからず自尊心を傷つける結果となったが、今後のことを考えて、この程度で納めておこうと決めていた。

 ―――目をつけられるのを恐れたための、アリサ対策………というわけではない。

 単に、数学の公式や化学式などといった、良い点取れそうな記憶要素をさっぱり忘れていたからだ。
 このまま行けば間違いなく、中学でそこそこ、高校で赤印の点数を取れるだけの確信が進にはあった。
 子供の頃、神童などともてはやされるのは、将来的に自分へのダメージとなって還ってくるだろうことは言うまでも無く予測できる。

 音楽や絵画といった、ソッチ方面の才能も前の生では磨くこともなかったので、こちらに期待もしていない、できやしない。

 運動能力は体力測定の結果、軒並み平均値。
 体の動かし方には熟知しているため、本気になればエース・ストライカー級の活躍もできるだろうが、本人にそこまでのやる気は無い。
 クラスの男子の間ではそこそこ運動神経の良い、気の良い兄貴ポジションに納まっている。

 スポーツやゲームを友人らとワイワイ楽しむのも、さして抵抗感があるわけでもなく。
 妹の遊び相手で慣れているということもあり、見かけが同じだから子供の中に混じることは、進にとって苦痛でも恥ずかしいことでも無かった。
 むしろ自分から楽しんでいた「サッカー楽しーーっ」等とほざくくらいには。


 『自分は凡人である』―――と、どこぞのオレンジ色のツインツイン拳銃娘と同様の結論に達し、しかし彼女のように足掻く必要性を感じなかったため。
 第二の少年時代を、実にエンジョイしてる進だった。


 そんな日々の中での、わずかな……拭い切れぬ不安が―――《左の》を見つけられないこと。






 自分の存在が神宮にバレている、とは思わない。
 ……そもそもアイツ、他の転生者を気にしてる素振りも無いし……

「分かったよ! 今度の休みはアリサに付き合うから、それで勘弁してくれよ」
「ふ、ふんっ。そういうことなら納得してあげる。あっ、べ、別にあんたと二人っきりが良いってワケじゃ……」
「にゃあぁぁー、ズルイよアリサちゃん! 昨日はほんっと偶然なだけで――べ、別にデートしたってわけじゃ……」
「ちょっとぉ! 台詞取るんじゃないわよなのはーーっ」

『…………楽しんでるなぁアイツら』

「ふふ、本当に楽しそうだね、みんな」

『!?』

 うおっ――別に目線を合わしてないのに、なぜか月村に見られてる気がした……

『………たまに怖いんだよなぁ……アイツ。
 おっとりしてるようでなんか鋭いし、女の勘というか……野生の勘というか。シックスセンスが半端ねぇよ、きっと』

 ――なぜか、紫色のトラに喉笛を咥えられた藍色のカモシカが見えた――
 そんなレッツハンティングな幻想を、脳内の異境に追いやる進。

 『《原作》では、特に変なキャラクターでも無かったはずなんだよなぁ月村って。
 確か……イメージとしては『温厚で猫好きなお嬢様』って、感じなんだけど………アレ、もしかして俺の方が彼女を気にし過ぎなのか……これって。いわゆる勘違い野郎?
 うはっ、そういうことですかー、まさか小学生相手にぃ!? うあーー痛いわぁ!!』

 なんだろう、この胸がドキドキする高鳴りは。これっていわゆるアレか――吊り橋効果、だったっけ?
 ………でもなぜだろう、腕に鳥肌立ってるんですけど………
 これ以上の思考は恥ずかしい領域に入ってしまう、というかヤバイ感覚がビンビンするので、進は思考のベクトルを転換する。頬が熱いのは気のせいだ。

 教室をざっと見渡す。
 なんということはない、平和の象徴のようなシーンがそこには広がっている。
 だが、そこに異物が混ざっているのだ。そう、確実に2粒は……

 やはり進には《右の》以外の異物(転生者)の存在は感じ取れない。上手く隠蔽しているのだろうか、だとしたらなぜ? 自分のように安寧たる日常を送るため?
 そもそも同じクラスとも限らない。
 自分と《右の》は同じクラスになってはいるが、クラスの編成は教員の仕事だ。偶然の作用する要素で断定などできはしない……ハズだ。

 これはいままでにも何百通りと反復した思考だ、結局はいつも通りの帰結に至る。『わからない』――そんな答えにもならない先送りに。

 それでも今までは良かった。
 棚上げしたままいつか忘れ去るような荷物なら、忘れてしまうことで気を病むことも無くなると……開き直ることもできたのだから。
 しかし『魔法少女リリカルなのは』という世界を舞台にした劇は、すでにはじまってしまった。
 今更幕を引き下げることはできないし、そんな力は進には無い。

 だからどうしても《左の》の動向が進には気になってしまう。

 明確に目の前に現れていたのなら、対処のしようも考慮できるが。地下に潜んだままの《何か》に、できるようなことは、なに一つ無いのだから………《左の》に対して、ではない。
 進が今現在《何か》に感じているもの。

 ―――人は、それを『恐怖』という。




◇ ◇ ◇ ◇




 その日、時間の経過と共に進の不安は増していった。お気楽に構えていた朝の自分を取り戻したいが、それはまるで前世の自分のように、取り戻せない過去でしかない。
 授業中落書きしてるアリサの姿。ベンチでランチを取るなのはたち。ドッチボールで活躍するすずか。
 予定調和な彼女たちの姿を見かけるたびに、言い知れぬ不安感が進の総身にまとわりつく。

 『物語』と同じ展開、しかしこれはすでに《鹿島進》も含まれる現実(物語)。
 その違和感、不純物の混じった不快感が進の精神に浸みこむように広がっていく。

 そして学校帰り、聞こえてきたあの言葉から逃げるように、文字通り脱兎のごとく。
 ユーノの『助けてっ』という叫びを振りきり、進は帰宅した。
 その先に、求めていた日常の象徴を見とめ―――

「あー、お兄ちゃんおかえりー……って、どうしたの? 汗びっしょり!」
「はぁっ……あ、あぁ…な、なんでもないよ真桜。
 ちょっと、ね……みんなで、帰宅時間の記録更新ちゅぅ……でさぁ、はあぁぁぁっ。ちなみにジャスト10分フラットですよ、テキトーだけど」

 ストン。と、心がいつもの場所に納まったのを感じる。
 ケラケラ笑う妹の姿に、ホッと一息、ようやくのテンション。これが《鹿島進》の日常だ。

「なぁに、お兄ちゃん。またバカなことやらされてるのぉ? NOと言わなきゃダメだよ、そこは」
「それが、んっ、はぁぁ……………男の付き合いってもんですよ、妹よ」
「いや、そんなさわやかな笑顔で言われても……汗ふきなよ、おにいちゃん。全然かっこよくないから」
「あっ、ひっでーー! ……実は兄上、真桜殿に一刻も早く会いたくて、走って来たのでござるよ」
「イケ忍すぎる………別に、照れないよ? あ、プリン食べる?」

 そのはじまりの日の夕刻に、こんなたわいも無い会話で救われて―――そして夜闇に、絶望に落とされた。











「……お兄ちゃん、入ってもいい?」

 それは進が部屋で、事態の推移をまんじりと待っていた時のこと。

「真桜? どうした、こんな時間に……」

 遠慮がちに、どこか挙動不審な妹がやって来て、『信じてほしい』と不安げに言い出した。

 その一言が、進に再び不安を抱かせる――続いて、その桜色の唇から漏れた言葉。聞きたくなかった確信への一歩。


「えっと、なんかね、おかしいんだ……みんな聞こえないって言うんだけど。
 『これ』って、さっきも聞こえたし……あの…お兄ちゃんなら、信じてくれる、よね?」


 よせ、言うな! そう言って止めたかった………でもできない。
 不安げにこちらを見やる小さな妹を、怒鳴りつけることなどできはしない。
 だが、強い言葉以外で止めることができないのなら、あとは受け止めることしか進に残された術は無い。



「……お兄ちゃん、今……声が聞こえなかった?」


 ああ…………やっぱり『それ』か。ちくしょう……!!
 ―――その一言は、進の心を冷やすに足る十分な痛撃だった。



『……ユーノの念話を真桜も聞いたのか!!
 なんで真桜が……俺がリンカーコアを持ってるのなら、兄妹だから可能性もあるって!?……これってそういうことなのか?』

 得体のしれない現象に怯える妹を、兄として全面的に肯定してやりたい気持ちはある。
 幽霊を見たよ、UFOを見たよ、お兄ちゃん。―――そうか、そんな不思議なことがあってもおかしくはないよな、真桜。
 そう返せたら、どれだけ妹の心は休まるだろう………

 しかしここで、『ああ、確かに声が聞こえたね』と頷いてしまったら、真桜も…………《なのはのように》魔法使いたちの闘いに巻き込まれてしまうんじゃないのか!?

 自分のものではない分水嶺。自分のことより大事な相手の選択権。
 そんなものをいきなり目の前に突き出され、進の心は千路に乱れる。
 その様はまるで年相応の、迷子の子供のように……

 踏み出してしまえば取り返しのつかないところまで、妹の存在が遠くなってしまう。
 ………いつか見た《あの娘》のように、離れてしまったあの《兄妹》のように、なってしまうのか?
 ―――――そんな既視感にも似た未来予測が、ジクジクと進の胸を締め付ける。





「お兄ちゃん?」

 これほどまでに眉間に皺を寄せる兄の姿を、真桜は今まで見たことがなかった。
 いつも自分のワガママを笑って聞いてくれる、許容できない悪戯は悲しい顔をしながらも叱ってくれる。そんな頼もしい兄だったのに。
 そんな大好きな兄が今は、見たことも無い……苦しげな表情をしている。
 そして……そう言う風にしたのは、たぶん―――真桜自身なのだ。

「おっ……お兄ちゃんぅ。ううぅ……っく、ひっく」
「真桜っ!?」

 苦しくて、くやしくて。不安だった幼い心が更なる過重に耐えきれなくて、悲鳴を上げる。
 ボロボロと、抑える術を知らない雫の粒が、真桜の双眼から溢れ出す。

 あわてて駆け寄り妹の手を取る進。しかし、未だ少女の不安をほぐす解を、見つけることは出来なかった。

『………いや待てよ、《本編》に『鹿島真桜』なんて登場人物はいなかったはずなんだから、真桜が関わることは………っ、いや違うだろ!
 そんな考えは意味が無いって分かってるハズだ、ごまかすなっ!!
 俺たちがこの世界に存在してるってことは、前提条件がすでに覆ってるんだろ!!
 今頃、神宮もなのはにくっついて病院に行ってるはずだろうし………今更原作通りの展開なんて……止めることも、手伝うこともできる立場にはなれねえじゃねぇかっ!!
 ああっ、くそ!! もうどうすればいいか分からねぇよおぉっっ!!!』

 押し寄せてくる恐怖に押しつぶされぬよう、縋りつくように妹の体を抱きよせる。

「!!………お、お兄ちゃん!?」

 突然の兄からの抱擁に、一瞬で怯えの感情を忘れ去る真桜。
 だがそれは刹那。その後に続くのは、今まで以上の不安感。襲いかかるのは兄すら恐れる、正体不明の《影》がもたらす暗がりだ。
 普段ならば嬉しい行為が今伝播するものは、兄が、《何か》に、怯えているという証でしかなかった。


「おにぃちゃぁん、ぐすっ、ねぇ…ひっく。ど、どうしたのぉ? どうし……うっぐ、あああぁぁぁんっ!!!」

「っ……真桜……!」


 愛する家族が、守りたい妹が、どこにも行かぬよう必死に抱きとめる。
 温かい抱擁も、怯えで震えあがった、妹の冷えた心には届かない。

 ――これは転換、分水嶺。

 進の身を包んでいた――不安を塗り替える熱い感情。
 自分たちが置かれるであろう、可能性という理不尽に対する怒りの感情。
 それは対象の見えない、八つ当たりにも似た理不尽そのものな激情。

 ――それでは『対象』が居たら?




「おにぃ…おにいちゃぁぁん……! うぅっ、ウアアァアァァァン!!」

「真桜! くそっ大丈夫だ!! 声なんか聞こえないからっ!! ちく…しょうっ……なんでこんな目にぃぃ!!!」


 幼い妹が得体のしれない『声』に怯えているのだろうと、震える体を必死に引き寄せ、その小さな矮躯をきつく抱く兄。
 いつもは落ち着いている兄が、普段見せぬ強張った顔に、伝わってくる言い知れぬ不安に。
 幼い少女はまとわりついてくるその得体の知れぬ不安を吹き飛ばすように、泣きじゃくった。


 結局……兄妹の叫びは「何事!?」と、両親が部屋に突入して来るまで続いていた。





◇ ◇ ◇ ◇





「やっぱり俺が悪いのか?……なんか納得いかねぇ……はぁ、でもなぁ」
「……………えへへ」

 幼い妹の手を引きながら学園の門をくぐる。朝、家を出てからブツブツと自問自答を繰り返す兄に、妹は何も言わない。
 軽く照れ笑いを返すのが、今の彼女の精一杯だ。

 昨夜、兄と抱きあったことは、少女にとって朝になって思い返すと『照れる』事柄に思えて仕方無かった。
 普段の彼女の、甘える行為に対する抱擁とは違う、許容範囲を超えたなにか。
 生の兄の感情に触れたことを、少女はなんとなく感じ取り『恥ずかしかった』のだ。

『……今度、泣いた《フリ》でもしたら……お兄ちゃん、また―――』
「ん? 何か言ったか、真桜」
「えっ、う、ううん! 真桜っ、なにも言ってないよ!」
「そ、そうか……」

 妹が密かに野望の欠片を抱き、女性として成長していることにも気づかぬまま、進は昨夜のことを思い返す。


 頭頂部の痛みはとっくに引いている。妹の体をきつく抱きしめていため、アザができていたことに怒った父から本気のゲンコツを頂いた箇所だ。
 その部分を空いた右手でそっとなぞる、M気質は無いがどこか嬉しい気持ちになれるから。

 ―――本気の愛情を感じ取れるから―――

 兄も妹も、二人とも愛してるから、両親は本気になれる。
 人知れず、心の内で父に感謝を―――痛みに呻く兄を見て、涙目で拳を突き出した妹に股間を痛打され、娘の前で土下座をするように震えていた。
 ―――――そんな父に、感謝と………謝罪と同情を――――――
 あと回想の母よ、その見下すような目はやめて下さい。父が本気で号泣しそうだ。

「正直すまんかった」
「えっ? なに、お兄ちゃん」
「いや、なんでもないよ真桜」
「そ、そっか………へへ、もう学校だね。あーあ、早いなぁ」

 繋いでる手を強調するように、大げさに振りながら唇を尖らせる、そんな妹の愛らしい姿に目を細める進。
 昨日はあわてふためいて、想定していた手段など何一つ行使する余裕などなかったが。
 結局は1家庭のトラブルだけの話で済んで、今はこうして、いつものごとく妹と登校している。


 ―――なんてことはない、結局のところ『物語』は上手く回ってくれるものだ。


 これは不幸話でも戦記物でもない、子供たちがハッピーになれる『魔法の物語』なのだから。
 









「ハァ………ほら、な」

 早朝の教室に入り、口の中で安堵の溜息一つ。
 進の目の前では、疲れを感じさせず機嫌良くはしゃぐ高町なのはの姿と、その言葉に笑顔で相槌を打っている神宮翔の姿があった。

「よっす、高町アンド神宮カップル。なんだよー、朝っぱらから二人揃って、見せつけてくれますにゃーー?」
「にゃにゃっ!? にゃに言ってるのぉ! 鹿島くーん!!」
「猫になってるぞお前ら……おはよう鹿島、あんまりなのはをからかうなよ」

 だから安心して、こんな子供っぽい、からかい口調も滑り出る。普段なら極力関わろうとする相手ではないが、今の進には軽口で挨拶する余裕もある。
 進の言葉に苦笑交じりの挨拶を返す神宮を見て、しこりのように残っていた不安も霧散する。

「へーい、野暮なことはしやせんぜぇダンナ方。カップリングなんざ、おいらにゃあ関わりのねえこってすにゃー」
「変な時代劇見たろお前……だからからかうと……」
「もー! 鹿島くんはあっち行ってーーっ!!」

 顔を真っ赤にしたなのはが、ブンブンと腕を振り回す。
 神宮は相変わらず苦笑を浮かべて、なのはを面白そうに見つめてる―――余裕があるじゃん色男。
 そんな二人にヒラヒラと手を振り、自分の席に着く。

『原作よりも上手く行ってるんじゃないか、あの二人の様子だと……』

 そう思うと自然と笑みが浮かんでくる。
 真桜も自分も、魔導師の資質はあったようだが、それも『物語』には大して意味が無いことだったのだろう。
 モブキャラたちが日常を過ごすうちに、主人公たちは事態を収拾してくれる。
 2人の溌剌とした様子を見た後で、その考えは進の中で確信に変わっていった。







◆ ◆ ◆ ◆







 ………だからだろう、この不意打ちは………無様なまでの己を呪いたくなるほどに―――


「………なに、やってるんだよぉ……お前らは……っ」


 ―――どうしようもなく………心を切り刻んでくれた………


「なに…やってんだあぁぁ!! てめえらああぁぁぁァァァッッ!!!!」



 地を這う進の絶叫が届くはずもない、彼らの舞台は高度200メートルの青の下。

 崩壊していく街で――血を流し倒れる妹を抱えながら――見上げる果てに白光の輝跡を残し、空を割るように傲慢に突き進む、銀色の光に目を焼かれながら―――進は泣いた。
 離れた過去の、薄れた記憶を、今更ながらに掘り返す。
 犠牲はあった………あったのだ。

 ―――金髪の人形(ピノキオ)は、愛に狂った母がその殻ごと虚数空間に落ちることで、孵化し、人間になった。
 ―――復讐に囚われた足長おじさんは、そもそも犠牲を前提に行動していた。
 ―――闇の書の意志は実にシンプルだ、世界崩壊を防ぐために犠牲になった。
 ―――執務官の少年と補佐官の少女の成長は、身内の犠牲に促されたものだった。

 ああ、どんどん沸いてきてキリが無い……『優しい物語』なんて、どこにあるってんだ。
 あまりにもこの世界の温もりが嬉しくて、どこかで思考を停止していた自分に気づく。
 手を下すのが怖かったのだ。決めた意志が、その日常を壊す『恐怖』で身動きが取れなくなるほどに。



 だがしかし………腕に収まるこの小さな妹を失うほどの、《鹿島進》の『恐怖』では――無い。



 だから……血に濡れたこの手(意志)を伸ばす。
 白銀の砲撃を飛ばす《右の》子供に向けて。
 紅き翼を背に生やす《左の》子供に向けて。





 さあ――――摘み取ろう――――





















+ + + + 

 いやぁ“妹”なんて存在、プロットの段階では欠片も出てなかったんですけどねぇ……書きはじめると変わるものなのですね、展開とか諸々。
 すずかに関しても「あらあら」くらいの一言で相槌を打つ、としか想定してなかったんですけど、3人娘の中では今のところ一番濃くなってしまった。謎だ。
 真の主人公、なのはさんの出番は増えるのか。フェイトの出番はそもそもあるのか。なんかあやしくなってきました(汗

 続きもできるだけ早く投稿したいと思いますので、お付き合いのほどお願いいたします。




[25420] ep.03 無印編 【人形と魔導師と三人目】
Name: 紅茶文◆f1bc9688 ID:35a40e26
Date: 2011/01/29 13:55




 なのははその光景を呆然と見ていた………見ている事しか、できなかった。


「なんで……どうして、翔くん、須藤さん…そんな、そんな…これじゃ………わたしは―――」


 ここ数日のなのはは、今までにないほどに上機嫌だった。これほど無邪気に喜び、感動したのは物心ついてから初めてだと、そう断言できるほどの至福の時間。
 きっと大人になって振りかえった時、「ここが私の出発点だよ!」と、間違いなく言えるほどの色鮮やかな日々。

 ユーノ・スクライアからの念話を受け、魔法に出会い。
 初恋の少年との共同作業、輝石の探索。
 空を翔ける、解放感。

 全てが、まるでなのはのために用意されていたような―――『物語』の主人公になったような……そんな―――錯覚。


「てめぇが! もう一人の《転生者》…だったってことかよ、須藤ぉぉぉーーっ!!!」

「ほんっと今更だよねぇぇ、神宮くん。くくっ……キミ、分かりやす過ぎぃーー」

「っ……テメェ!!」


 全身を白に染め上げたロングコート風のバリアジャケットを身にまとい。
 グレートソード・長剣型のデバイスを掲げた神宮翔の周囲空間の多重魔方陣から光が八閃。銀光を纏いし極大な砲撃が目の前の《少女》に目掛けて打ち出される。
 その一つ一つが、先ほどジュエルシード確保のために、なのはが全力を振り絞って巨木に打ち出したディバインバスターの、その直径を、二周りほど上回っていた。

 神宮翔はあの時言った―――「スゴイよなのは! 君はきっと、最高の魔導師になれるよ!!」―――と。

 では………ソレを軽く上回る彼は一体『何』だろう。






 彼も魔導師だと、告白してきた時は単純に嬉しかった。

 親友との秘密の共有。それが気にかけていた異性の相手なら尚更だ。
 アリサに申し訳ないと思いつつも、後ろ暗い優越感を密かに感じられるのも、今のなのはには新鮮な喜びだった。

 小学校に入学して、アリサとのケンカをすずかと一緒に止めてくれたのがきっかけとなり、神宮翔を含めた4人は親友になれた。
 その後も彼は常になのはたちを気遣い、優先してくれた。それが孤独を嫌ってたなのはにとっては、なによりも嬉しいことで。
 その感情がほのかな恋心へと変わっていくのを、止めることなどできなかった。

 そして今日、父がコーチをしているサッカーチームの応援に行った時。
 「嫌な予感がする」という翔と共に、キーパーとマネージャーの二人を追い、ジュエルシードの発動を確認。
 その際にもユーノに即座に封時結界を張らせ対応した翔には、頼もしさと募る思慕をなのはは抑えきれずにいた………それなのに。


 その彼が今―――見たことも無い形相で、隠していた巨大な力を奮い、数日前から学校に出てきていなかったクラスメートと、殺し合いの遊戯を演じていた。
 ―――――その光景をなのはは、信じられない思いで見つめることしか……できなかった…………


「翔くん? ううん、あれは………誰?」

「なのは? 何を言って―――くっ、なんて強力な……彼の力は、一体」


 ビルの屋上から彼方の闘いを見つめるなのはと、その肩に乗るフェレット……ユーノ・スクライアを余剰魔力の波動が襲う。
 ユーノの張った結界はすでに無い。
 結界を生成するよう指示した翔自身の手で、その強大な力で……破壊されたからだ。

 巨木のあった位置、その上空で繰り広げられる、なのはの級友同士の死闘は、離れた場所の2人のところにまでその激しさを伝えてきた。

「ダメだ、こんなの止められないよ! なのはっ、一旦ここから離脱して、念話で翔に呼びかけよう! このままじゃ街に被害が増えるばかりに………なのはっ?」
「………なんで…翔くん、こんなにスゴイのなら、なのはなんて……要らないじゃない。はは……もしかして、なのはに遠慮してたの? なのはが初心者だから?
 ……ふふ、ゴメンねぇ気を使わせちゃって。いいよもう、なのはは変に出しゃばるのを辞めるから……ふふ……」
「なのは!? 何を言ってるんだ! しっかりして!! まだ終わってなんか――っ!!」


 『ギィィィィンッ!!!』


 八の光状が、宙に出現した八角形の壁に阻まれる。

 硝子盤の引っ掻き音のような、甲高い異音が辺りに響き渡り。上空から漏れた余波が、壊れかけのビルをさらに崩していく。
 波紋のごとく広がる、その紅い八角形の波形が揺れる向こうに、背から紅き羽虫のような翼を六対十二枚生やした少女が一人居る。
 フェレット姿の長い首を、その波音の元へと向けるユーノ。

 その瞳にはなのはと同様、信じがたいものを見る困惑の色と………事態を見定める探求者としての、深層を覗く好奇の目が同居していた。

「翔も確かに凄い。本当に驚いたよ、まさか彼がこんな……これほど大きな魔力、僕は正直見たことが無い………でも」
「………………」

 なのはは最早語ることを止めていた、それも意味の無いことだと気付いたから。光を失った瞳だけが、ただ……彼岸の果ての戦場を、映し出しているだけだった。
 そのなのはの様子に気づくことも無く。ユーノが熱心に見つめる先には2人の子供、その焦点が定めるのは1人の少女。魔力を持たない可憐な乙女。


 腰まで届く、翠のロングヘアーを青の空へと扇ぎ広げ。
 バリアジャケットではない、紺のGパンに黒無地のTシャツ、その上に真っ赤に染まったジャンパーを羽織った。
 本当に普段着の少女。


 しかしその背からは、紅の―――異形の羽を空に広げる妖女。


「その翔の攻撃を、魔法じゃない手段で防げるあの女の子は……一体『何』なんだ?」







◇ ◇ ◇ ◇







「エヴァンゲリオンかよっ!!」


 思わず叫ぶ翔。叫ばずにはいられない。
 自分が大活躍するはずだった世界――『リリカルなのは』の舞台に、こともあろうに目の前のクラスメートは、違う色のペンキをブチまけやがったのだから。

「ふふ……絶対恐怖領域(Absolute Terror FIELD)だよ。ちなみに私は『覚醒済み』だから、簡単にこのA.T.フィールドを抜けるなんて思わないでよねぇ」

「空気読めよお前っ! 羽生やしてる映画版なんて、碌な結末じゃなかったろ!!」

「同じ土俵で闘う義理は無いよ。
 キミがトリプルSなんて頼むから、メニューに選択肢なんてほとんど残って無かったし、虹色の魔力光なんて趣味じゃないんだよねぇ私。」

「いいじゃねぇかよっ、無双は男の夢だろう!!」

「口調が荒いねぇ……普段の仮面はどうしたのさぁ? 化けの皮が剥がれてきてるよ、三下(トリプル)くん。それに、私は女なんだけどなぁ」

「ふざけろオカマ野郎! てめえも元は男だろ!? TS転生なんてリアルでやられたら気持ち悪いだけなんだよっ!!」

「………今の私は、心身共に乙女なんだけどなぁ……幼女相手に紳士きどってたロリコン野郎にだけは、言われたく、ないよねぇっ!!」




 前世男で現少女―――須藤 葵(すどう あおい)は嘲嗤う。




 目の前のバカが、あの時チート能力を宣言したのに危機感を覚えたのは、進と同じ。
 敵対した場合を想定して、確実に勝てる能力『時を止める』ことを考えたのも同様。
 しかし、彼女には不満があった。


「それじゃあ目立ちようが無いよねぇ」


 授かる能力は一つ。しかしこの能力行使で思いつくことは……悪戯、盗難、暴行、暗殺、等と言った、いわゆるアンダーグラウンドな行為ばかりだ。
 サブカルチャー内の『時間停止』能力者たちは、大抵その能力とは別に、人を超越した力を持っている登場人物ばかりだった。
 しかし自分がこの能力を持ち、使用したと仮定すると……全ての動きを禁じられた世界で、唯一人、汗水垂らしながら金庫を運んでいる自分―――――うん、ダサすぎ。却下。


「もっと見栄えのある能力で活躍しなきゃあ、フェイトちゃんにイイトコ見せられないってばぁ」


 そして、思いついたのが『エヴァンゲリオン』のA.T.フィールド。

 絶対防御の安心感はもちろん。
 この力は、レイやカヲルがしていたように、重力を拒絶することで空を飛ぶこともできるし、アスカのように拒絶の刃で攻撃に使用することもできる。

 想いは力だ。文字通り、須藤葵は思い描いた力を十全に得ることができた。

「それに紅い羽根は目立つし。HGS(高機能性遺伝子障害者)ぽくも見えるよね。
 マイノリティ同士は結びつきが強いから、フェイトちゃんもきっと気に入ってくれるよぉ」


 そうして転生後、刻が来るまで葵は身を潜める。






◆ ◆ ◆ ◆






 クラスを見渡す。須藤葵として、この少女の姿になってすでに9年、異性の体にも慣れ、違和感なく周りに溶け込めている。
 葵は習慣となっている確認をはじめると、自己の空間認識を拡張する、それに伴い分割する思考。
 スケジュールを組む。グループ内会話予測。『同じ存在』を観察する思考―――二つ。

 改めて確認。葵が欲しいのはフェイト・テスタロッサ唯一人だ。
 故に他のレギュラー陣と接触するつもりもないし、慣れ合うつもりは毛頭無い。むしろ高町なのはにしゃしゃり出てもらっては非常に困る。
 フェイトとイチャイチャするのは自分だけでいい。
 そんな百合百合しぃ妄想に浸っては脳内庭園で悦に耽る葵。


「しかし神宮………アイツとは、やっぱり相入れないよねぇ」


 クラスでも目立ちまくってるハーレム野郎に意識をやる。隙だらけだ。
 どれだけ馬鹿魔力を手に入れようと、アイツにだけは負ける気がしない。
 ああいう体面を気にする相手には、取れる手段など無数にある。『勝てば官軍』。それが意味するところなど、どこの世界の歴史でも証明されている。

 さらに外見の枠を取り払って神宮翔を観察してみれば。大人が子供集団でおべっかを使い、幼女の機嫌を取っている――――よこしまな感情が透けている――――
 そんな風に、中身を知っているだけに、アレが変態と言う名の紳士にしか、葵には見えない。


「まぁ、私も人のことは言えないけどさぁ………あとは…『彼』がどう出るかだよね」


 呟きながら《鹿島進》を、そっと見やる葵。
 そう、葵はとっくに進の正体に気づいてた。


「上手く潜り込んでるけどさ、子供の視線じゃないよぉ鹿島くぅん……その目は」


 たまに鹿島進が級友に見せる、大人びた、鋭い目付き。それを垣間見、葵は気づく。
 「ああ、きっと自分もああいう目をしている」、と―――だから『同類』だと分かった。

 一方的に気付けたのは、進が男子を中心に探っていたからだ。性転換した転生者がいることを発想の違いから見過ごした、女子グループを重要視していない結果だった。


「でもまぁ、彼は放置で良いかなぁ……あれは、トラブルは回避するタイプのようだし、下手に藪をつついて蛇出すようなことはしたくないからねぇ」


 観察した結果の進に対する行動規範。それはたぶん、間違いではない。しかし――


「彼の能力、分からないんだよねぇ。
 それについてはアッチも同様だと思うけどぉ。ああ……やっぱり触れない程度の距離で、気にかけておくしかないのかなぁ……はぁ、面倒くさい」


 イレギュラーの存在を危惧するのは葵も同じ。しかし彼女にはその身を縛るものが何も無い。
 両親――自分をこの世界に産み落とした手段にすぎない。『本物』はアッチに置いてきた。そしてこっちも同様にするだけの話。

「とりあえず、フェイトちゃんがこちらにやって来たら接触して行動開始。
 学校は………別にいいや、小学生やり直すなんてバカらしかったし。管理局に入れたら今からでも仕事にありつけそうだしねぇ」

 くふふ、と含みきれない笑みを漏らす。
 はじまりの時は迫っている。神宮ほど浮かれるつもりは無いし、鹿島ほど無関心には徹せないけど―――ああ、楽しみだ。



「フェイトちゃんには悪いけどぉ……プレシアに壊してもらうまでは辛抱してねぇ。
 ああ、ちゃあぁんとジュエルシード探しは手伝うしぃ、慰めてあげるからぁ………ふふ…くふふ、あはっ」

 プレシアが砕いた欠片を、自分が拾い集めて好みの形に作り上げるのだ。廃品回収。
 ハラオウン等と言う名はいらない。確固たる意志を持ち、自立稼働する? そんなことは許さない、それではただの―――《ヒト》ではないか。

 ちゃーーんと遊んであげるからぁ、一生傍に置いてあげるからぁ、許してねぇ。


「救いはあげないからねぇ、フェイトちゃん」


 欲しいのは人形――自分専用の、自分だけを見つめる、可愛い金髪のビスクドール。

 そのために、須藤葵はリリカルな世界で、異形の翼の花開く。






◇ ◇ ◇ ◇






 フェイトはその光景を憤りながら見ていた………見ている事しかできない、そんな自分に歯噛みしながら。


「力が……力が足りないんだ」

「フェイト?」


 横から漏れた呟きに、赤いたて髪を靡かせながら、主人を仰ぎ見るアルフ。

 同じように宙に浮きながら、しかし平行する彼方で行われている戦闘には加われない。
 そんな自分の今の状況を悔しく思い、バルディッシュを持つ手を、固く握りしめることしかできない。
 主人の持て余す感情を、視覚から、使い魔としてのラインから、十二分に感じるアルフは諌める役目を負っている。
 そう《彼女》にも頼まれたから。


「フェイト、分かってるだろうけど……あそこには行けないよ。
 あの戦闘に加わるなんて今のあたしたちや、ましてやあのプレシアにだって、できないことなんだから……無理に介入しても、アオイの足を引っ張るだけの……」

「分かってるよアルフ! でも……アオイががんばってるのに、なにもできないなんて……元々、これは母さんから私が頼まれたことだったのに……っ!
 くやしいよ! もっとがんばればよかった!! そうすればアオイと一緒に、私も戦えたのにっ!!」

「……フェイト……」


 街の外延部、離れた場所から見つめるフェイトたちでも分かる強大な魔力の持ち主。それが《親友》――須藤葵が闘ってる相手だ。







 フェイトたちが第97管理外世界に降り立ってすぐに、彼女からの接触があった。
当初は現地人の干渉を嫌い、威嚇だけに留め排除しようとしたが……結果は、圧倒的敗北。

 フェイトが行使する攻撃魔法が、アルフのバリアブレイクが、何一つ彼女の障壁――――固有能力・A.T.フィールドを崩すことも、震わすことすらできず。
 1歩も後退させることも叶わずに帰結。
 結局魔力切れ寸前まで追い詰められたのは、こちら側であった。

 息も絶え絶えでありながらも、玉砕覚悟で最後の力を振り絞ろうとしたフェイトに向けて、彼女の取った行動――それは、苦笑交じりの笑顔を返すことだった。



『異質な力を感じたのよぉ、それで街を探ってたら、あなたたちに出会ったってわけ。
 その力……私と《同じ》で普通とは違うよね。状況についてはあなたたちの方がくわしそうだから、とりあえず………《お話》しましょう?』



 その一言で毒気を抜かれたアルフと共に、戦闘モードを解除したフェイト。
 そもそも相手にもなっていなかった、力量差が明確な相手と対話で事を進められるなら、フェイトが取るべき選択肢は一つだけだ。

 そして分かったことは、彼女―――須藤葵が感じた異質な力がジュエルシードであること。 彼女の持つ力が、HGSと呼ばれる遺伝子の病気から発症しているということ。

 アオイは、フェイトたちが別世界の魔導師であると言うことに対して、さほど驚かなかった。むしろ興味深げにこちらの話を聞いてくれた。
 さらにジュエルシード探索にも協力すると言ってきたのには、さすがにフェイトたちの方が驚いた。

 異能持ちとして辛いだけの日々を送っていたアオイは、自分の力が役に立つことが嬉しいと……そうフェイトに告げてくれた。


『友達が、母親との関係を取り戻せるのなら、喜んで協力するよ』――と。
 まるでこちらの気持ちが《分かっている》ように、アオイは微笑んで、フェイトが欲する言葉をくれた。


 彼女が話す過酷な過去と、疎外される今の自分を共感させてしまうのは自然なことだったろう。
 出会ってからの時間は本当にわずかなのに、気を許してしまったのは、フェイトたちが後ろ暗い行為に身を染めてることを知りつつも。
 彼女が虐げられる側の《理解者》であろうと、そう歩み寄ってくれたからだった。




 そしてフェイトは―――初めての《親友》を得た。



















+ + + + 

 この下衆が!!―――そう言って下されば本望です。そんな三番目の転生者は腹黒TSさんでした。
 思考は外道、でも外面はちょー良い子。ある意味神宮の策士スキル上級版みたいな娘です。

 ……そしてやはりというか、当初の予定より長くなりそうです。
 終わりは最初に決めたとおりなんですけど、その過程のエピソードが長くなってしまうんですよね、なんたる未熟……




[25420] ep.04 無印編 【英雄と策士と壊れた街】
Name: 紅茶文◆f1bc9688 ID:35a40e26
Date: 2011/02/08 18:00




「刻んであげるから散りなさいよぉっ! 魔導師ィッ!!」

「うおぉぉあ! ぁっぶねぇ!!?」


 守勢に回っていた葵が、翔からの砲撃が途切れた一瞬の間隙を縫い、右の掌を鉤爪状にして宙を凪ぐ。
 紅い輝線を纏いながら、A.T.フィールドの刃が、背面跳びの要領で避けた神宮翔の真下数メートル下を高速で通過する。

 軌跡の果てで高層ビルの上階二フロア分を削り取り、先にある山腹に叩き込まれ、森の資源を十数本無駄にした葵の斬撃。
 その鋭すぎる攻撃を見やると、引き攣る唇を戦慄かせる翔。

「さっきから………マジかよ、テメェの攻撃。こっちは《非殺傷》なんだぞ!?」
「あら、こういう時って…………お前に足りないもの、それは《覚悟》だ! ――――とでも言えばいいのかしらぁ、ねぇ、お優しい未来のエースくぅん」
「なんだとっ!?」

 たやすく自分の言葉に踊らされ、激高する翔に嘆息する葵。
 大げさに肩をすくめるポーズが、実にイヤらしい。

「ぶっちゃけ君も、なのはも、フェレットも、今の私には邪魔でしかないんだよねぇ。
………さっさとジュエルシードを確保して、とっととプレシアに堕ちてもらいたいだけなのにさぁ、こっちは」
「なんだ、それは……?」

 葵が漏らす言葉に訝しむ翔。
 それで得をするものは、誰も居ないハズ、そう考える。
 たとえどれだけジュエルシードを集めても、大魔導師のプレシアとて、アルハザードに無事にたどり着くという保証は無いのだ、それで一体何が―――

「………次元震でも起こさせるつもりなのか、お前は!?」
「はぁ? んなワケないじゃん、なに言ってるのさぁ鈍感主人公。
 一応私も地球人だからねぇ、故郷が無くなるのは、侘しいし、寂しいよぉ…………だからさぁ、その前にザクッと殺してあげるのさぁ、プレシアちゃんをねぇ。
 くふふっ、地球の平和は私に任せろ、ヒーロー」
「っ………それじゃあ意味がないだろ!? 何がしたいんだよっ、須藤!!
 管理局が来ないと、フェイトとリンディやクロノとの接点が無くなって―――」

「それが目的だってんだよ、おバカチン。」

「は?」


 心底バカにしきった眼で、白の少年を射すくめる翠の少女。

 未だに目の前の、少女の皮をかぶった《何か》の真意が推し量れず、当惑の眼を返す翔。

 それに応えるかのように、捻子り、曲がり上がる、葵の桜色の口唇。


「だぁかぁらぁ………いらねーんですよぉ、そういう余計な装飾はさぁ。
 フェイトは《無印》フェイトのままだからいいのぉ。
 なのはとか、ハラオウンだとかぁ、そんな余計な冠が付いちゃったらぁ、私のことを見る機会が減っちゃうでしょう?
 フェイトもさぁ、プレシアを見て、聞いて、感じて、《母さん》だけを考えてる時が、一番良かったんだよぉ。
 だからちーーっと、そこのプレシアちゃんを除けて、そこに私を滑り込ませてやればぁ…………
 あらぁ? なんということでしょう。フェイトちゃんは私だけを見て幸せ。私もフェイトちゃんのお世話ができて幸せ。
 ああーー、なんて素敵なハッピーエンド!! ―――ってワケですよぉ、お分かりぃ?」



「…………………………正気か、テメェ?」

「ええ、ついでにアルフもプレシアに追い出させた後、殺す予定です。くふっ」

「ヤベェな………《非殺傷》解除したくて堪んなくなってきたよ、オイ」






 しん、と張りつめた空気が。
 今までの動たる、辺りの喧騒を無視するかのごとく。
 均衡を保ち、微細な震えも許さぬ、その緩衝地帯に満ちていく。

 両翼の胸に帰するは、互いに対する侮蔑。
 相互理解など、次元の果てに吐き捨てて、反吐で蓋をする。そんな敵愾心。

 ……だから、彼女は先の一手を打つ。
 この盤の勝利を手中にするために。


「でもぉ………キミに非難される覚えはないんだけどなぁ、私には」
「なんだと? それはどういう―――っ!!?」


 風を切り、飛んでくる紅い斬撃。

 もはや当たれば四肢が飛散する、手加減無用の非情なる刃風。
 それを今までの会話から再認識させられ、冷や汗を流す翔は、過剰なまでの魔力を愛用のアームドデバイスに注ぎ込み。

 防御―――を、即断で回避に変更。

 足側面のフライヤーフィンに魔力をブチ込み、瞬時にフラッシュムーブで高速移動。
 ―――――回避成功。
 飛んできたA.T.フィールドはビルを二つ切り落とし、さらに森林資源を数本無効化しつつ山中に消えた。


「くっ、会話途中で攻撃すんな! マナー知らずな女だなぁっ須藤!!」
「それで続きなんだけどね、どうしてキミに非難する権利が無いかと言うとぉ」
「……おまけにフリーダムすぎんだろ、テメェ………」


 ペースをガタガタに崩され、精神的疲労を少年の身に課せられて、神宮翔はため息をこぼす。

『厄介だな……あいつのA.T.フィールドがミッドチルダ式で防げるのか、確信が持てねぇ。 下手すりゃシールドなんか突き抜けて、攻撃してくる……なんてことも』

 ゴクリと唾を飲み込む。

 今更ながらに、自分が戦地に立っているのだと思い知らされた。
 ここは戦場だ。見慣れた街だが間違いなく、生死をかけて戦う最前線に自分は立っている。

 募る不安感、恐怖。
 身を襲うマイナスの感情が、絶対的な自信を持っていた自身に対するトリプルSな信頼を、急速に削いでいく……

 そんな翔を意にも介さずに、葵は告げる。
 子供を諭すには、一撃を喰らわした後が効果的。
 だからここで、ヤツの心の逃げ場を塞ぐ。



「……あのさぁ神宮くん、今更原作準拠なんて意味無いでしょう?
 なぁんでキミ、わざわざジュエルシードが巨木になって発動するまで待ってたのさ?」
「っ、待ってたワケじゃない。ちゃんと結界で………」

 そこで翔の言葉が切られる。
 ………本当に今更ながらに、結界を自分のディバインバスターが、破壊したことを思い返したのだ。

 あの時、強襲をかけてきた葵の姿にあわてふためき、動揺に誘われるまま放った。
 加減のできぬバスターが、避けた葵の後方で―――街ごと結界を貫いた。

 巨木の破壊後だったため、自分が街を壊したという罪悪感は、薄いままに自覚できず。
 その後も葵との戦闘に執し。
 周りを見やる余裕を持つことも、翔の考えには及ばなかった。


 それが今この時の、間隙時間―――――――自覚が、できた。


 魔力で強化した眼で街を見下ろす、そこらじゅうに瓦礫と………傷ついた人の躯が、横たわっていた。

 葵との戦闘が、意図的に会話を重ねることで停止し、翔に言葉を紡がせる責務となり、枷となった。


「うあぁ……結界は、でも。でもアレは………元々街は、発動体に―――」

「言い訳しないでよヒーロー。
 だからさぁ、事後にわざわざ結界を張るくらいなら。あのキーパー君からジュエルシードだけ掠め取るとか、被害を最小限に抑えるんじゃなくて、被害そのものを出さずに済む方法とかさぁ、いくらでも取れたんじゃないのぉ?
 どうしてソレはしなかったのかなぁ、って言ってるんですよぉ私は。お分かりぃ?」

「うっ、ぐ……それは」

「最悪最低限。被害のことを本当に防ぎたかったのなら、あの男の子から脅し取ってでも奪い取るべきだったんだよぉ、キミは。
 知ってるハズだよねぇ、アレが、この日、この場所で、どんな被害をもたらすか? なんてことは―――」

「……………俺は……知ってる、けど……だからって見逃したワケじゃ!」

「これみよがしに、なのはと連れだってェ?
 人刺すのを待っててから捕まえて、『あなたが犯人です!』――てぇ?
 アハハハハハハハハハハ!! スゴイ楽な捜査だよねぇ、それって!!
 それで功績は自分のものってさぁ!? ――――――――ほんっと、やなヤツだねぇキミ」

「………………」



 蔑むような視線に耐えきれず、思わず顔を俯ける翔。

 確かにそこまで考えは至らなかった。
 言われてみればその通りの正論で、事前に問題そのものを潰す可能性を模索しなかったことを責められるのは、仕方が無いことなのかもしれない……

 そんな翔の思いを見透かしたように眼を細める葵。
 探る眼差しに気づくことも無く、逃げるように顔を背けたままの翔。
 その様を見て、さらにニマァと葵の唇が裂ける。

「結局さぁ…………英雄(ヒーロー)なんてものは、事が起きなきゃ無用の長物なのよぉ。
 そこんところを本能的に察してたんですよねぇ神宮ちゃんは? だから予防策なんて取らなかった。そういうことでしょう?
 くふふ、さすがねぇ神宮翔、さすがハーレム主人公ぉ。ド汚い手を使ってくれるわぁ!! ああーーやだやだぁ、きったなぁぁーーーい」

「…………………」







◇ ◇ ◇ ◇







 妹が―――真桜が、目の前で崩れた瓦礫に、吹き飛ばされた。


「真桜ォォォッ!!?」


 叫ぶ自分の状況も良くは無い。
 崩壊するビルから真桜をかばって、弾き飛ばされたのは進の方が先だった。

 皹の入ったアスファルトを5メートル弱転がり、糸が切れたように横転。
 擦り切れたシャツと皮膚が、より一層のダメージを進が負ったように見えたのだろう。

 呆然としていた真桜が、倒れ伏す進の元へと泣きながら駆け寄ってきて………連鎖崩壊したビルの倒壊に、巻き込まれた。


「くはっ……どう、して…………こんなっ、ことに………?」


 痛みと痺れで、ままならない総身を無理やりにでも駆動する。
 妹の傍に、一刻も早く辿り着かなければ、と。混濁した意識に、それだけを刻みつけ。


「なんで、なんのために……結界を張ってた、っ……んだ、よぉ? 神宮うゥゥゥッ!!」





 中心街に遊びに出かけようと、妹の誘いに乗ったのは、わずか半刻前。
 先に結界に気づいたのは、妹の方だった。


『ねぇ、お兄ちゃん…………街が、なんか変な感じだよ』


 その一言で―――今日が、街に巨木が出現する。ジュエルシードの発動する日なのだと、進は思いだした。
 騒ぎ立てる心を落ち着かせ、結界が張ってあることに一応は安堵する。
 それでも大事を取って家に帰ろうと、妹を促した、その時――――――結界が内側から爆ぜた。

 巨木による街へのダメージに、上乗せされるようにもたらされた、異能者同士の戦闘行為。
 
 広がった根により、皹の入っていた道路は割り裂かれ。

 壁に放射状の蜘蛛の巣を張り巡らしたビル群は、たやすく崩壊した。





 そしてこの惨状。

 見渡す視界のあちらこちらで、血を流し倒れる人々で溢れている………当たり前だ。
 ここは過疎地でも、山奥でもない。
 普通に生活する人々で溢れている、そんなどこにでもある、街の一つにすぎないのだから。

 人が生きている―――――街だから。


「なんでぇ、お前らっ…………こんな、ところで、戦ってるんだよぉ…………」


 ようやく抱きかかえることができた血まみれの妹を見つめ、やりきれなくて涙が出る。

 妹を護れなかった自分に、信じ込んでいた自分のバカさ加減に、今に至るまでに《何も》行動を起こさなかった自分の臆病さに。



 腹立たしい………実に、実に、むかつく。
 引き攣る腹が、腐ったゲロで埋め尽くされたような、そんな最悪な気分だ。



「アレが……………《左の》か…………」



 見上げる果て。
 倒壊したビルで視界は今まで以上に開けている。
 いつもより広がる空。青の色に混じる不純物。
 進の視線の先に存在する、砲撃を放つ白の魔導師と、相対する紅い羽根の《生き物》。


 魔力で視力が強化される、ワケも無い。
 SSSクラスの魔導師と、それ以外だ。ならばそういうことだろう。

 今更《左の》の正体にも興味は無い。敵味方の識別も、勧告も、予定行動の全ては無意味なものとなった。

 ――――そういう部分はとうに過ぎた場面に居るのだ、このイカれる兄は。

 単に遠見から、二つのゴマ粒のような物体が――――《害獣》だと認識できただけだ。



「…………………殺す……」



 その飾り気のまったく無い、単純極まりない言葉こそが、シングルアクションのトリガー。

 鹿島進を平穏普遍の《日常》から引き裂く、決別の弾骸。

 視界は虚ろに空に向け、意識だけを獲物に跳ばす、その様は朧。



 ――――だから気付けなかった。
 鹿島兄妹と平行する道路の先に、二房の茶色の髪を揺らしながら、白い魔導師の少女が一人。
 その肩に首長の哺乳動物を乗せ、所在なさげに手元の杖を握りしめ。
 震える矮躯を、必死に抑え込んでいる、その姿を。







◇ ◇ ◇ ◇







 相変わらずの無言の翔。
 それに対し、ここぞとばかりに精神を折るための言葉を、連ね続け、責める葵


「ほぉら! なんとか言ってみなさいよぉ高ランク魔導師さ―――」

「……そうだな」

「え?」


 不意の、思わぬ肯定の返答に、きょとんと呆ける葵。
 そこには今までの凶相が抜け落ち、年相応の愛らしい少女の素顔があった。


「ふ……ふんっ、なぁにそれ!? 開き直るってことぉ? それって―――」

「ああ、それも……悪くはないと、今は思ってる。
 お前のように、好きに生きてる見本があるからなぁ………忘れてたよ。
 そうだよ、そうなんだよ、俺は元々《そう言う風に》生きるために、この世界を選んでいたハズなんだ………」

「!?」


 顔を上げる翔。
 そこにあるのは、先ほどの苦々しい思いを抱いていた相貌とは異なり。表情筋が弛緩し、解かれたように力の抜け切った無色の表情へと、変貌していた。
 ただ、その眼だけが峻険な光を湛え、葵を見竦めている。


『っ! マズイ、追い込みすぎた!? くそ、どうしてここに来て……これだから《ヒト》は!!』


「確かに須藤の言うとおり……俺は《事件を、解決する》ということしか、頭に無かった。
 だってそうだろ、その通り。事件(イベント)が起きなきゃ、《物語》も進みようが無いんだからさ。
 こういうのを通過しなきゃ、《あの話》でも、なのはの成長は無かったんだからさあ!
 大体なぁ、スタート地点の城を出た後、ラスボス戦なんてナンセンスすぎんだろう!?」

「…………フラグも、立たないものね?」

「……今更否定できないな、エゴイストはお互い様だろ」

『チッ! 本当に居直りか、やっかいになったわね………コイツ』








 神宮翔の心は、たやすく折られるほどに、実に脆いものだった。
 ―――そこまでは、須藤葵の計算通り。

 しかし、キレイに折られた骨はくっつくのも早い。そして接合面は太く、たくましく、再生する。

 さらには、神宮翔が心の機微、痛みには《鈍い》少年だったということも作用した。

 演技者が自身のプライベートにまでその役柄の影響を受ける。
 それはあり得ることであり、翔もまた《鈍感な主人公》を演じているうちに、いつしかその役柄に自身を嵌めこみ、埋没していった、そんな、単純な少年だった。
 だからこそ……抉られた痛みに、抉った痛みに気づかない。そんな《主人公》で居られた。


 自己本位、自己愛、自己欺瞞。
 それらは誰しもが心に飼っている、エゴの象徴。故にそれらを加算する。
 須藤葵に、隠していた心の奥底まで抉られた痛みを―――《忘れる》ために。
 かさぶたの様に、ソレで分厚く覆い隠す。

 自己防衛と言う、最大欲求を最優先にさせるため。
 翔の心の中で元々興味が薄かった《願望以外》が削り落され、鈍化する。
 残された己のエゴだけが急速に………太く、たくましく、肥大化していき………そして。


 神宮翔は、物語の《主人公》であろうとした少年は―――――我欲に、特化した《生き物》になった。









 翔が葵に向け、構えた長剣型デバイスに、銀光の灯が燈る。
 その光は次第に強くなり、日の光を押しのけ、周囲を白く照らし、輝きを放つ。



「お前は、ここで、消え失せろ。
 殺傷能力しか持たないイカレ刃物野郎に、出張ってこられたら《お話》も寸断されかねないだろうしな。
 細胞単位でも再生するって言うんなら、原子レベルで消し飛ばしてやるよ―――バケモノ」

「………へぇ、殺傷解除する気なんだ? そんなことしてぇ、泣いちゃう娘が居るんじゃないのぉ、君の周囲には?」

「それでも、お前は生かしておけない………根こそぎ《俺》という存在が奪われるくらいなら、テメェを消すことを選択するさ。これってヒトとして当然だろ。
 それに……………ヒロインはまだ居るしな」

「くふっ、さすがロリコン紳士。まだ生まれてない娘まで対象だったりするのぉ?」

「既定事実さ。
 俺ぐらい規格外の高ランク魔導師なら、JS事件までに、どちら側からも絡むことができるハズだろう?」



 会話の間にも、翔のデバイスを取り巻く環状魔方陣のスピードと、明光度も上がっていく。
 今度は葵もチャチャを入れない、何かを待つように構えているだけだ。



「これも《悲惨な過去》ってやつになるのかな?
 まあ……気にせず消えろ。お前の命も背負って俺は生き抜いてやるよっ! 同郷同級生の須藤葵さん!!」

「ほざくなよぉ………ドSランクの魔導師が!
 下衆外道の道を歩くには、坊やすぎんのよぉアンタはぁっ!!
 スカスカ頭の脳細胞ごと輪切りにしてあげるからぁぁ、かかってきなさいよぉ神宮翔くぅん!!」

「言われなくともっ! 全力全開!! スターライトォ……ブレイカーーァァァ!!!!」

「全力上等ッ!! 穿てるものならぁ、穿ってみなさいよぉォォッ!!! A.T.フィーールドォォッ、全開ィィッ!!!!」



 デバイスの刀身部分に光が収束する。
 紅い八角形の波紋の光が、視認できる強度にまで具現化する。
 網膜を焼く光が辺りを照らす、しかし二人が眼を逸らすことは無い。


 ここがどちらか最期の死地となる。
 それが分かってしまうから、互いの剣と楯に力を注ぎこむ。
 もはや賭けるモノは命のみ。失う者と得る者、分かりやすいコロシアム。
 後は勝敗の決済を待つのみ。そして―――――


 一触激発。光が弾け飛んだ。











「うおおおおぉぉぉォォーーーォッ!!!!」


 翔の叫び声と共に直進する白銀の極大砲撃。
 収束、圧縮、凝縮。
 過剰な魔力を極限までに研ぎ澄ました、乾坤一擲の一撃を飛ばす。

 その攻撃がA.T.フィールドの壁を――――――割った。


「届くもんですかぁぁぁっ!! その程度でェェェェーーーッ!!!!」


 キイィィィーーンと金切り音を響かせながら、宙に溶けるように消えていくフィールドの壁………一枚。
 その後背には、さらに多重展開された、十三枚のA.T.フィールドの重壁。


「まだだ、っつってんだろぉぉぉ!! 貫けっ! 星光ォォォォーーーッ!!!」


 留まることなく、さらに魔力を注ぎ込む翔。
 一枚、二枚…三枚………四枚…………次々とA.T.フィールドを突き抜けていく星の光。
 ―――しかしまだ、本懐を遂げるには、まだ遠い。


「バスタァァァァーーーッ!!!!」


 デバイスの刀身が、光でブレる――――否、光の形の刃が現出する。


「シューーートッ!!!」

「くっ!? 二段構えなのぉっ!!」


 放たれる光の弾刃。
 ギャイィィィンン!! 着弾と破砕音が同時。A.T.フィールドにその刃を穿ち、破壊する。
 その様はまさに、強固な岩盤を、たやすく屠る重機のよう。

 七枚、八枚………九枚……………十枚。
 葵の、その身を護るA.T.フィールドの壁は徐々に、確実に、薄くなっていく―――――だが。



『勝った!!』



 外見で焦った様子を見せつけながら、内心でほくそ笑む葵。


『力勝負に持ち込んだ時点でぇ…………私の勝利は確定なんだよぉ、神宮くぅん』


 魔導師に、リンカーコアという特殊な魔力生成機関があるように。
 須藤葵のその身にも――――S2(スーパーソレノイド)機関という無限回路が備わっていた。

 それは『エヴァンゲリオン』に登場する使徒の持つエネルギー機関であり、覚醒した『EVA初号機』も、持つモノ。
 電子の対消滅・生成を永久に行うことのできる機関で、文字通り、無制限のエネルギー運動を可能とする機関だ。

『SSSクラスのリンカーコアと言っても、無限じゃない。
 その点、こっちは永久機関。
 このまま力尽き、枯れ果てるまで、死の舞踏(ダンス・マカブル)に付き合ってあげるからぁ、感謝してよねぇ。
 くふふ……だからぁ、まだまだガキだってんだよぉぉぉ色男くぅん。くふっ』

 策は成った。
 この状態を維持し、押しあい圧し合いの繰り返しで、神宮翔の命の灯は種切れとなる。

 そう――――この状態を、維持していれば。





 葵が勝利を確信し、心内で喝采を上げようとした…………その時。


「アオイィィィィィィッ!!!!」


 戦場に差し込んでくる、金色のシャドウ。


「フェイトッ!? ―――ッ、どうしてっ!!!」


 A.T.フィールドを維持しながら、後方を仰ぎ見る。
 そこには、眉間にしわを寄せ、必死な形相で、泣きそうになりながら、高速でこちらに向かってくる――――仮初めの《親友》の姿が――――


「どうして………来るのよぉぉぉぉ!!??」


 須藤葵の誤算の二つ目。

 《人形》はすでに――――《ヒト形》と成っていた。





















+ + + + 



 戦闘シーンに力を入れ過ぎると、展開が変わる――――初体験で知ることが多々あり、勉強の毎日です。
 神宮が心折られたり、開き直ったりとか………彼には終始、《主人公》らしい《脇役》であってもらいたかったんですけどねぇ。













 そして何やら感想で、主人公の《能力》に期待されてる方々が居ることにドキドキ。ヤベェ………こんなことなら、やっぱり1話で出すべきだった(汗)
 引っ張るつもりはなかったけど、長引いて後回しにしちゃったから。ガッカリさせちゃうことにならないか、すでに不安だったり………あうあう。




[25420] ep.05 無印編 【異形とトモダチとヒト殺し】
Name: 紅茶文◆f1bc9688 ID:35a40e26
Date: 2011/01/29 13:57




「下がりなさいっ!! フェイトォッ!!!」


 一触即発の殺傷地帯に、黒いリボンと二房の金のテールを揺らしながら、自ら飛び込んできたフェイト。
 そのフェイトの進撃を阻むように。葵とフェイトの間を分かつ、紅く澄み切った――――拒絶の壁、一枚。


「アオイ!? どうしてっ、このままじゃあ……アオイがぁぁっ!!」


 目の前で自身を阻むA.T.フィールドに、拳を叩きつけ、泣き叫ぶフェイト。
 最早理性では堪え切れない涙が溢れ、ボロボロとこぼれ落ち、気流に乗って空へと溶ける。

 ――――そんな、自分を案じるフェイトの姿を見とめ。
 ――――己が言うことを聞かぬ、自動人形の姿を見つめ。


「うっ…く、フェイト! だからぁっ、私は………」


 喜びとも、憤りともつかぬ、形容しがたい感情に襲われる葵。

 それは………一瞬の、思考の空白。

 だが。高ランク魔導師と相対した時には、絶対に犯してはいけない―――――致命の隙間。



「………バスタァァーーーッ!!」

「ッ!? 神宮ッ、あんたぁァァ!!」



 振り向く葵、先ほどからA.T.フィールドは維持したままだ。

 それはつまり…………押し込まれ、薄くなった、壁の枚数は変わらずに…………



「シュッゥゥゥゥ、ツォォォォーーーッ!!!」



 デバイスの刀身から解き放たれる、極光の刃。
 まざまざと思い返される。
 《アレ》がすでに、数枚のA.T.フィールドを貫いた様を―――――


「フェイトっ! アオイはまだ……クッ、これは!!?」
「アオイィィィィッ!!!」


 数秒遅れて主の下に辿り着く、オレンジ色の忠実なる僕狼。
 拳を痛めながらも、縋りつくように紅い壁を叩く、己の主を諌めようとした、その時。

 アオイの障壁に砲撃を放っていた、白い魔導師の纏う魔力が、膨張し………瞬時に収束した。

 それは超新星の爆発のように、すぐさま圧倒的なエネルギーを伴なって、放出される。
 中心の白色矮星から放たれる白銀のフレア、その輝跡の果て―――――行きつく先は、主がようやく得た、唯一無二の友。

 絶対防壁を誇る、圧倒的強者。

 だがそれも……………太陽に挑んだ、イカロスの羽のように…………



「う゛ぎィッあ゛ああぁぁァァァァァァーーーッ!!!!」



 瞬速、破砕音、同時に三つ。
 穿ち、貫かれた、絶対防壁の欠片が、宙空に散る。

 空を翔ける、陽の光が凝縮された刃。その通過点。
 迫りくるソレを身体を捻じり必死に避け、それでもなお、空力制動で取り残されていた、葵の左腕。

 その上腕部から先、白魚のようだった、細くたおやかな指先までが――――――神話のごとく。



「いっ、………い゛やあぁぁぁぁっ!! あ゛っ……アァオイイィィィィィぃぃッ!!!」

「なんで……アオイのシールドが、こんな簡単に………こんなの、フェイトやアタシじゃ、絶対に……かないっこ、ない」

「外したか………まぁいいさ、ツキはこっちにあるってことだけは、確信したよ」


 
 ――――溶けて、蒸発し…………無くなった。












◇ ◇ ◇ ◇







「バカな!? 非殺傷設定じゃないのかっ!!?」

「うあっ、翔くん!? どうして!! どうして………なんで、須藤さんの……………あ、あぁ………」


 先ほどから行われていた、突発的にはじまった。なのはのクラスメート同士の戦闘行為。
 一旦は小康状態に入ったものの、再開した時には、更なる激しさを持って激突した両者。
 その影響は凄まじく。なのはとユーノは揺れるビルの屋上から、地上へと退避していた。

 その先で見たモノ…………それは、地に倒れ伏す、傷ついた人々の群れ。

 魔法と言う、幻想的な世界を羽ばたいていた少女を、一気に地に落とす凄惨な光景。

 行使する魔法の数々が武器であり、容易く人を傷つける術足らんことを、強制的に思い知らされる現実。

 ―――――その極みが。
 今、眼にした………同級生の腕を吹き飛ばした、翔の砲撃――――


「何を考えているんだっ、翔のヤツ!! さっきから………本気なのか!? 本気で、あの娘を、殺そう、なんて?」
「そんな! 翔くんは、そんなこと、でも………ううっ………もう、もう、なのはには分からないよぉっ!!」


 飛ばしたサーチャーも、二人の戦闘の余波だけで、打ち消された。
 辺りを見渡す、負傷者で溢れた通りを、なのはとユーノはなす術もなく………見つめることしかできない。


「くそっ、こんなことなら………結界を張らずに、余力を残していた方がよっぽど―――」
「……ぅくっ…………どうしてぇ…………」


 巨木に対応するため、広域結界を展開した今のユーノに、搾り取れるだけの余力は無い。
 元々、魔力適合が合わず、怪我の消耗もあった身体を押しての、強行軍だったのだ。
 もはやフィジカルヒール一つ唱えることも、この身ではできはしない。

 ただ、今はもう――――この離れた地から、不安の目で見つめることしか、二人にできることは無かった。





 ………その一人と一匹の後方三十メートル。

 アスファルトの地の上で、同じように彼岸の死地を見上げ。

 爛爛と憎悪を湛えた眼で、報復の指弾を解き放つ。

 その少年に気づかぬまま…………






◇ ◇ ◇ ◇






「あ゛あ゛ああ゛あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、ぎぃぃっ、あがぁぁはぁぁっ!!!」


 今まで在ったモノが、そこに無い。

 それは恐ろしい、怖ろしい、そして何より――――――――この襲い来る、イタミ、痛み、傷み!!


「い゛っはぁぁぁ! あ゛あああああぁぁぁぁ!! 痛いぃィ、痛いよぉォォォォッ!!!」
「アオイィッ!! このシールドを除けて!! このままじゃ………アオイがっ!!!」
「フェイト落ち着いて! アタシらが加勢しても……無理なんだよっ!! アオイの足を引っ張るだけの………!!」


 失くした左腕がもたらす、激烈な喪失感。
 この全身に駆け巡り、広がる圧倒的な痛み。
 どうしてこんなことに…………………それは。

 全ては――――フェイトが、この場所に来てからだ。

 それまでは優位に、いや確信を持って対処していたのだ。
 絶対勝利の前段階に、含む喜びを抑え込んで、後は機械的に事を進めるだけで、成せたことを………

 ………この金髪の甘ちゃんがぁ、じっとしていろと言ってたのにっ!!
 来るなと、使い魔にも告げたのに………!!!



「ぐあっ………あぁぁぁぁッ、こ、のっ!!」



 左の肩口を抑えながら、消失したその先を思い浮かべ。
 怒気を孕んで視線を上げる――――その先には……………



「う゛ぅっ、ぐすっ………アオォイィィ………ううぅ、やだっ、やだよぉ!」

「……………………フェイ………トぉ…………」



 泣きじゃくる。
 その姿に、滾っていた感情が、荒らぶる心が、急速に………冷えて、落ちていく。

 なんで泣いてるんだろう? それは自分の、須藤葵のためだ。
 その事実だけで……ほんのりと、温かくなる塊が………胸の内の底に、確かに在った。

 涙で顔はグシャグシャで、可愛らしいツーテールは、風にさらされ乱れまくっている。
 それでもなお、《親友》である、フェイト・テスタロッサは――――


 金色の、陽の光を反射して輝く、本当に綺麗な―――――――須藤葵が、恋した少女だった。








『………なんで、アンタが泣いてるのよぉ…………泣きたいのは、コッチだっつーのぉ。』
『なによぉ、それ………それじゃあ全然、人形っぽく………ないじゃないのぉ…………』

 叩きつけたくなる侮蔑の言葉が、葵の言語中枢を駆け巡る、しかしその口から出てくる言葉は―――――


「だい………じょぶ、私はまだ、全然………だからフェイトォ、泣かないでぇ」


 なぜか、自分よりも相手を労わる、普段の葵だったら鼻で笑うような………そんなチープな、痩せ我慢の一言だった。


「アオイ! もういい、もういいよっ! 母さんには私が謝るからっ、もう手伝わなくていいから!! だから――――」


 なぜだろう、ただ欲しかった。そこからはじまった、第二の人生。

 ショーウィンドウ越しに眺め、決して手に入らない品物を、手に取った自分を想像するだけで楽しめた、あの頃。
 それが、店(世界)の中にまで入り込み、本当に手に入れることができると―――その可能性を提示された、あの時。

 自分は確かに……………狂い、至ったのだ。

 ただ、『フェイト・テスタロッサ』という《唯一》を、ひたすらに求め続けるだけの、存在に。





「ずいぶんと………手懐けたもんだな。ほんっと、おまえには感心するよ、須藤」

「っ! キサマァ!! よくもアオイをぉッ!!!」


 呆れたように息を吐く翔に――――殺意を込め、壁に爪をギリギリと立てたまま、睨みつけるフェイト。
 その横では、主に倣うように牙をむき出しにして、喉を鳴らすアルフ。
 そんな二人にかける言葉を模索し、それでも何も言えず。ただうめき声を上げることしかできない、葵。


「ぐあっ、ぐぅぅ………くっ!」
「はぁ………まったく、なんで俺が睨まれなきゃならないんだよ。先に仕掛けてきたのはお前だろ?
 あーあ、好感度上げる前に、《コッチ》は攻略不可かよ………つまんねぇなぁ、オイ」
「何言ってんだいアンタ! これだけのことしておいて、つまんないだってぇ!? ふざけるんじゃないよっ!!」


 憤るアルフにも、冷めた瞳を返すだけの翔。
 その表情が不快気に、わずかに歪む。


「知ってんのか? ソイツが………須藤葵が【アレ】と同じ存在だってんならなぁ。
 …………そのぶっち切れた腕だって、心配することはないんだぜぇ」

「ッ!!」

「【再生】するはずだからなぁ、片腕ぐらいは。
 だからさぁ、ソイツは人間じゃないんだよ―――――正真正銘の、バケモンなんだよ!!
 そういうことだろっ! なぁ須藤ォッ!!」

「なにを、アオイがっ? ワケ分からないことを………人じゃないって!?
 たとえ、そうだとしても…………スドウ・アオイが私の《親友》であることに、変わりなんてないっ!!」

「フェイ、ト………ッ」


 フェイトの、心からの叫び。

 その言葉は自発的に、胸の内から湧き出た、実に人間らしい感情の発露。
 そんな言葉に……………複雑な表情を返す葵。

 その顔は傍目からは、痛みに歪んでいる、ただの一人の少女のようにも見え。
 そんな葵を、ひたすらに気遣わしげに見やる、フェイト。

 その姿が、神宮翔をさらに苛立たせる。


「知らないってことは、本当に幸せなことだな。なあ、そっちの狼さんも、そうは思わないかあ?」
「はぁっ? 本当に意味不明なヤツだね………元々アタシは人間じゃないんだ、アオイがなんだって、気にするはずないだろッ!!」


 敵意の視線だけを飛ばしてくる、二人の主従。
 それに口元を歪め、心底苦り切った顔をする翔。
 






「……はぁ、つまんね………もういい、もういいよお前ら………………今更《スペア》なんて、いらねーーよ」

「ッ、神宮ゥゥッ!!!」


 神宮翔が、無二の《親友》を揶揄する言葉が、葵の怒りを誘発させる。
 その感情の荒波が、瞬時に痛みを飲み込み、頑強なる壁を再構築させることに成功した。
 だが、再び目の前に出現したその拒絶の障壁を、つまらなさそうに一瞥する翔。


「またA.T.フィールドかよ。バカの一つ覚えは芸が無いぜぇ、須藤さん」
「っ……それでも、お前の首を落とす位は………できるのよぉ、神宮くぅんッ!!」


 仕切り直しだ。
 手順を踏み間違えなければ、勝利は揺るがないはずだった。その自信が未だに葵にはある。

 A.T.フィールドにも、これ以上ない位の力を注ぎ込む。
 ―――――S2機関をフルドライブ。
 今までの張っただけの《形》とは違う。想いを込めて、絶対の一の拒絶を持って、神宮翔の攻撃を撥ね返す。

 だからこその確信。リベンジマッチは、この片腕の仇は必ず取ると。その揺るがぬ決意。

 しかし…………状況は、戦場のリングが、前とは…………違う。


「俺を殺すってぇ? そうかい…………それなら―――――」


 デバイスを持った手を半ひねり。
 それだけで剣先を、後方に展開されたままだったA.T.フィールドの向こう側に居る、フェイトとアルフの方へと向ける。



「神宮ッ!? キサ……マァァァァッ!!」

「俺はテメエを殺さねえよ、須藤…………二度と俺の邪魔をできないよう。
 お前の目的、心の支えそのものを…………壊してやる」



 デバイスを向けられ、ハッとしたように後ずさるフェイトとアルフ。
 しかし、歯を食いしばり、震える足に力を込めその場にとどまり、翔を睨みつける二人。


「本当にイヤな目だ………なんで俺がこんな目に………おっと! 動くなよ須藤。
 チャージはすでに終わってるんだ。コッチはいつでもブッ放せるんだぜ。
 定番だけどな、コレは冥土の土産に話だけでもさせてやろうって、同郷の好だ。ありがたく受け取ってくれよ」

「神宮ッ、あんた…………それでいいの? あの娘は、なのはにとっても大事な………」


 フェイトたちの方へと、右手後方へ位置をズラし。移動しようとした、葵の機先を制する翔。
 それでもなんとか場の回避を図ろうと、焦る感情を抑えながら、言葉を紡ぐ葵。


「何を今更、原作準拠に意味は無いって言ったのはお前だろう。
 よぉく分かったんだよ、お前が何を恐れているか………結局は縋るものが《ソレ》しかないんだよなぁ。お前は。
 だから片腕無くしてまでも、そこまで執着する。
 本当にイカレてるよ………須藤葵、お前は」

「っ………あ、ぁァァァ……………ぁぁッ!」


 フェイトに向けた剣型デバイスに、白銀灯が燈る――――間に合わない。

 ここからどれだけ速く飛んでも、ヤツの刃が届くのが先だ。フェイトたちが逃げても同様。

 離れた場所への即席のA.T.フィールドの展開も、《アレ》に破られるのは眼に見えている。

 見慣れた状景、その光の収束が―――――フェイトの命と、葵の心の終幕だ。







「ア゛ッ、ああアァァァッ!! 止めてッ…………やめてェェェぇぇぇェッ!!! 」

「アオイッ!!?」

「アオイっ、しっかりしな!! アタシらはまだ、やられてない!
 こんなヘボ魔導師の攻撃なんかで、やられるわけにはいかないんだよぉォッ!!!」


 壊れたブリキ人形のように、ただただかぶりを振り続ける葵。
 その様を満足げに………サディスティックな笑みを浮かべながら見つめ、断罪の言葉を振り降ろす翔。



「さっきは散々嬲ってくれたなぁ、オイ…………でもまぁ、感謝しているよォ須藤。
 俺はこの戦闘で得た経験値で、更に強くなれた。確信したよ。もう………俺の敵になれるヤツは、居ない。」

「嫌だ………いやだ、いやだっ、イヤダァァァっ!!」

「どれだけ否定しても、どうにもならないことはあるんだよ、この世界には。どっかの執務官も言ってたろ?
 無理なもんは無理なのさ。
 お前に…………『時を止める』能力でも、有りはしない限りな」

「ッ―――――!!?
 ………あ゛ぁ…………ぁ、アァあ゛………あぁぁァぁぁァァッ!!!!」



 何かに気づいたように、ハッと顔を上げる葵。
 しかし、その顔はすぐさま絶望に塗り染められ、今まで以上の絶叫を辺りに響かせる。



「そして、お前は、ここで壊れろ。
 消し飛ばす、なんて言って悪かったな。そんな死に様なんて、お前には生温い。
 一生壊れたまま、自分を責め続けて!! 無様に生き延びろォ、須藤葵ッ!!!!」

「あァ………ア゛アァァ、イ゛ぃ………」



 翔の叫びに呼応するように、デバイスの刀身のきらめきが増していく。

 その光景を、壊れかけの思考の渦の中で、足掻く意志さえも折られ。

 葵は、ただ見つめてる。

 …………ゆっくりと…………ゆっくりと……………その白い魔導師の行動の帰結が、何を意味するか知っているから。

 今更自分が何をしたところで、覆せるような盤面では無いことを、知っているから。

 高速の思考が、緩慢に流れる目の前の情景を、見つめるだけで…………………



「イヤだああぁぁぁっぁぁァァァァァァ!!!!!!!」











 ……………こんな結末、望んでなんていなかった。

 ……………もういい、壊れろと言うなら壊れてやる。

 この左腕のように、ハッピーエンドを取りこぼした、無様な三流役者だったと言うのなら。この舞台から消えてやる。




 ……………………………ただ………………………………

 …………………ただ、フェイトだけは……………

 …………こんなクズな争いに巻き込んでしまった…………フェイト・テスタロッサだけは………

 ………どうか、神様ッ………お願いっ、お願いしますッ!!

 ………どうか連れて行かないで!!!

 ………私が捻じ曲げた《物語》の責任は私だけッ!! 

 ………私だけで良いッ、消えるのはッ!!! だから……お願いしますっ! なんでもしますっ、やりますからぁァァッ!!!!!



 …………………どうかお願い…………フェイトだけでも……………………………………………………助け、て。





 天を仰ぎ、必死に懇願する葵。
 砲撃が走るまでの、刹那の時間。
 翠の少女の頬から流れ落ちる、一粒の雫の時間。
 それは瞬刻。引き伸ばされた時間の中での、ほんのわずかな物語。

 煩悩、邪欲、悪業、策謀、計略――――それら全て。

 須藤葵を形作っていたモノが、一つずつ壊されて。

 数多の虚飾が剥がれ落ちた後に、残っていた――――――たった一つの、願い事。




 だが…………それが天に届くことは無い。

 須藤葵の、ただ一つの願いは………《左の》影の願いは――――すでに果たされた、ことだから。

 だから、そのまま地に落ちる。

 願いも、葵の意志も、何もかもが零れ落ち。

 涙の雫と共に消え果てる……………………………………







































                           ………………………………………ハズだった。





「ぎっ!? あ゛ぁ……っ」

「あっ、がぁァッ!!?」


 突如、響き渡る断末魔の叫び――――――同時に、二つ。


「アオイィッ!!?」

「なにっ? 一体、どうしたってんだい!?」


 身体を弛緩させ、落ちていく少年少女――――――二人。
 
 薄れ、消えゆくA.T.フィールドの紅い残滓。
 収束していた魔力が拡散し、急速に輝きを無くすデバイス。

 壁が消えたことで、涙に濡れていた顔を力強く振り払い。落ちゆく《親友》の元へと駆けるフェイトとアルフ。
 力を無くした手から、スルリと抜け落ちる自身のデバイスにもかまうことなく、ただ落ちていく翔。



「アオイッ!! 大丈夫!? 私も一緒に……………? ………えっ!?」

「フェイトッ、アオイは大丈夫かいッ!! フェイ、ト……?」

「………………………ある、ふ…………あ、あ゛あっ、あぁぁあお、いがっ…………」



 抱きとめた身体から伝わる鼓動………それが、無い。

 ――――呼吸停止、血流停止、心停止、脳機能停止。



「うッァぁぁ、あ゛あぁぁ、あおォ……イ、アオイが……あぁ、アアッ!! ああぁァァァッ、なんでェェッ!!!!」

「フェイトッ!! フェイトォッしっかり!! どうしてアオイ………こんなッ!!!」



 フェイトの腕に抱かれた、小さな少女の身体。

 その全てが今…………………『死』を、体現していた。



「―――、――――ッ!!!! ―――――――、―――、―――――――!!!!!!」



 金の少女の呼びかけに、翠の少女が応えることは………もう、無い。

 慟哭が辺りの空気を震わせる中。

 …………ただひっそりと。

 願いを叶える対価を払い終えた、その少女は――――――



 ――――――大好きな《トモダチ》の腕の中で……………………頬笑みを浮かべたまま、死んだ。











◇ ◇ ◇ ◇







『対象の―――生命活動、停止』



 ――――願ったのは、ほんのそれだけ。

 地に落ちてきた、少女の想いを知らぬままに、掬い上げ。

 抱きかかえた妹を支える左手をそのままに、血に濡れた右手を天に掲げ。

 決意と殺意を込め、握り込み――――鹿島進は能力を《行使》した。

 ただ、それだけの物語。






 ――――――――『呪殺』―――――――――


 それが、鹿島進の持つ《能力》。

 物理的な暴力ではない、プログラミングされた魔術でもない。
 そのどちらでも、防げない――――ただの『現象』。

 次元の壁も、距離も、この能力の妨げに、なりはしない
 呪文も術式も必要としない、鹿島進が《願う》だけで実現する――――『殺害』特化の異能力。


 『殺害対象を決めて、呪う……………それだけで、事足りる』


 あの闇の空間で願ったのは、そんな異質な力。
 無慈悲で哀憫のカケラも無い、排除目的の限定能力。




 『使いたくは、無かったが』―――そんな反吐の出そうな言い訳を、喉の奥に押し込め。進は腕を下ろす。

 ――――重い――――

 何か、大事なものをゴッソリと失った気分なのに。
 身体だけが………やたらと《おもい》…………

 …………分かってる。
 どれだけ言い訳をしたところで、自分が真っ当な人の道を踏み外したということは………間違いないんだ。
 これから……この傷ついた妹にも、今までと同じように、俺は接することができるんだろうか………?

 そんな疑問が、進の脳裏をめぐる。
 能力を行使した………神宮と紅い羽根の《誰か》を殺した事実は、今更変わらない。
 いや、変えることなど、できはしないのだ――――



 進が願うのは、願っていたのは………《平穏な日常》。
 だから、鹿島進は《今までどおり》、普通に過ごさなくてはいけない…………

 その内面が異形の、ヒト殺しの化け物と成り果てようと………妹や両親の《日常》を守らなくてはいけないのだ。

 周囲の家族や、身近な人々が《平穏》に暮らせるように。

 …………もう、鹿島進に残された《願い》は……………本当に、それだけだから。それしか残っていないから。







 何かに気づき、何かを失った。
 うつろな表情で、遥か空の彼方を見つめる………そんな、消えてなくなりそうな、無様な少年の姿。


 『ソレ』を―――機械的に、全方位の被害映像を収集していた、レイジングハートは――――記録していた。





















+ + + + 


 今回のここまでが、本来想定していた『前編』部分でした…………なんでこんなに長くなったんだろう?
 もう残りの部分も、臨機応変に書いていくしかないよなぁ、と開き直りの毎日です。




[25420] ep.06 無印編 【雷神と不屈と死の連鎖】
Name: 紅茶文◆f1bc9688 ID:35a40e26
Date: 2011/02/08 18:02





 腕の中には冷たくなっていく、たった一人の親友…………だったモノ、その骸。

 なぜだ、なぜこうなった? 

 目の前には理解し難い、認めたくない現実だけが、手の届かない事象として。フェイトの眼前に無残に、無情に、ぶら下がっている。


「………どうしてェ、アオイぃ……こんな……こんなのって、あんまりだよォ……………」


 ありえないことだ。こんなこと、あってはならないことなんだ。
 ほんの数刻前には自分とアルフと、共に喋り、笑い。未来を語っていた友が………なぜ、こんな姿にならなければいけない!?

 溢れる雫が歪む心と視界を染める。
 それでも、どれだけ願ったところで、目を凝らしたところで……この親友の姿に、生命の兆しは見てとれない。
 そんな現実を認めたくなくて、見ていられなくて、フェイトは思わず目を逸らす。

 その視線の先に、よぎる、一つの影。

 落ちる、その白い魔導師を見た―――――瞬間――――フェイトの脳は、 煮滾った。




「……き……さまぁァ、がッあぁぁァァァーーーーーーーーーッ!!!!!」




 《ガチッ、ガチン、ガチッン》

 0から7。
 マイクロセカンドの刹那の世界で、脳の奥底で組み上がる大規模魔術式。
 呪文詠唱も発動キーの手順も吹き飛ばし、補助のためのデバイスの助けも借りず。
 フェイトの脳を構成する回路が、その滾る熱に激発されるがままに、瞬時に組み上げた最大攻撃魔法。


 『フォトンランサー・ファランクスシフト』


 荒ぶる巨竜の尻尾のごとく、怒髪天に揺らめく金のテールを振り乱し、足元に展開される巨大な金色の魔方陣。
 その周囲には、全身から発散される魔力を雷光へと変換し、発動の瞬間を今か今かと待ちわびる殺意のカタマリ、その数―――――44のフォトンスフィア。

 間違いなくこの瞬間。フェイト・テスタロッサは―――完成されたと、称された優れた幼き魔導師は、さらに一段上の階梯へと昇りきった。

 しかし、その成長を賛美する師はすでに亡く、共に喜びあう友はこの腕の中で眠っている。
 本人すら、そこに見出す価値は絶無であり。
 ゆえに。その大規模魔術が示すモノは、遷ろう行動でしか表せない……すなわち―――――――――――破壊。


「消えてェッ!! 無くなれぇぇぇぇェェェェッ!!!!!!」


 左手に亡骸。右手に戦斧。
 渦巻く雷光に照らし出された、それは精巧に彩られた一枚の絵画のように、美しき黄金の戦乙女。

 しかし、その天上の乙女が、下界に振り撒くもの。
 それはひたすらに無慈悲で、残酷な…………天からの怒りの鉄槌。

 それはまさに、ゼウスの雷そのものだった。











 「アレは魔方陣!? …………何をする気なんだ? あの女の子、っ……まさか!!?」

 地上にて、事の推移を見守るだけだった二人の魔導師。ユーノ・スクライアと高町なのは。
 見続ける、ただその作業めいた現状に不安と不満を抱いたまま、どうすることもできぬ己自身の不甲斐なさに、二人の幼い心が押しつぶされそうな………そんな時。


 闘いは、唐突に――――終わった。


 苦悶した直後、弛緩した姿のままに墜落する二人の少年少女に、焦る気持ちは抱いたものの。
 これ以上……街への被害が加算されないことの方が、惨状に打ちのめされていた二人にとっては、大事なことだった。

 だが、ソレは決して彼らに安堵を呼び起こすようなものでは、なかった。

 迫りくるのはさらなる絶望。精神負荷に追い打ちをかける、死者を嬲る怒りの弾撃。
 激情のままに雷神の落とし子が放った、四十四の雷の矢。いや、更にそれに連なる幾百の殺意の雨。
 それが向かう先は………いまだ落下中の一人の少年。

 未だ、生死の確認のなされていない―――――落ちた白の魔導師。


「待ってぇ!! やめてっ……そんな、翔くんはまだ………い、ッいやあぁぁぁぁァァァァッ!!!??」





 響くのは、街を揺るがす轟音。
 震えるのは、砕け、打ちのめされた人々と乱立する建造物。

 空中にあった神宮翔の亡骸を中心に……炸裂した。
 秒間7発の連撃勢射を44個のフォトンスフィアから4秒間、計1232発の雷撃付与の攻撃魔法、フォトンランサー。

 ………それは少年の亡骸に集る、群鳥のごとく。
 ………群がり、集い、思うがままに蹂躙した。

 宙空での誘爆に、街は直撃を避けたものの、その大規模な爆発の衝撃は、大いに街を揺るがした。
 余波で外壁を零れ落とすビル群、響く轟きに身をすくませる傷ついた人々。
 その中でも、目の前で起こった出来事が信じられず…………放心したまま立ちつくす、一人の少女と一匹のフェレットの姿。


 高町なのはは見ていた、見てしまった………


 第一陣の雷の矢が次々と翔の躯体を貫き、焦がし、引き千切る様を――――
 その後も続く魔術攻勢の爆雷に、翔の身躯は包まれ消えた。
 その過程を、一部始終を……なのははガチガチと歯牙を鳴らし、乾く口腔内から漏れる、言葉にもならない儚き悲鳴を溢すことしか、できなかった。


「ぅぁぁ………あっぐ、くゥゥ………っぁぁ………」

「なんてことを………なんて……くっ、なんでェ!?
 翔は、確かに…やり過ぎだったかもしれない………でもこんなことはっ!! こんな………ッ!」


 義憤に駆られ、雄たけびを上げるユーノ。
 だが、その叫びも何に対してなのか、自分自身でも判別できないものだった。

 少女の腕を吹き飛ばした、翔に対してなのか。
 落ちる少年を、追撃の魔法で嬲りつくしたことか。
 それとも………ここに至るまでの事象に、絡んでしまっている自分の業に対してのものだったのか?
 その答えを導くものは、どこにもいない。



 永遠に続くかと思われた轟く雷鳴も、いつしか納まっていた。
 未だ残る残響に、恐怖に、壊れた街が人が身じろぎ一つ取れないままに。

 それは高町なのはとユーノ・スクライアも同様に、そして……その二人の前に………《ソレ》は落ちてきた。

     《カラン》

「……えっ…………?」

 砕けたアスファルトに跳ね返り、響いた音の残滓。
 その方向に思わず首を傾げたなのはと、その肩に乗っていたことで釣られる様に同じ方向に目線を向けるユーノ。
 その二人が見たモノ…………それは、翔が使っていたアームドデバイスのなれの果て、ボロボロの柄にわずかな刀身がくっ付いただけの、壊れた玩具。

「アレは………翔の使っていた………、ッ!?」


          《ボトッ》


 その砕けたデバイスに、寄り添うように続いて落ちてきた《モノ》。

 ――――――――――ソレは――――――焼け焦げた…………子供の《右手》だった。



「い゛、ギッ…………ぁぁぁァァァァァ……………ッ」



 魔導師の二人には分かる。
 ところどころ欠損しており、原形をとどめていない………そんな状態でも。

 その右手に残っていた濃密な魔力の残滓が、死してなお、あの金の少女の破壊的な攻撃から、その存在を残していたのだと。

 無残なその残骸を………………残して、しまったのだと――――――理解した。


「いやああぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァッ!!!!」









 地上で、一人の少女が、悲痛な叫声を上げていたころ。

 身奥から迸る咆哮と共に、体中から魔力を搾り取り、解き放ったフェイトは、肩で息をしながらも………いまだ、須藤葵の亡骸を抱きしめていた。

「ハァ、アぁ………うぅッ……アオイぃぃ………」

「…っ………フェイト、気持ちは分かるけど………アオイの身体、そろそろ放してあげなよ。 家族の元にも、返してやんなきゃいけないんだし…………グスッ」

 共に泣き、友の死に嘆く、己の使い魔。
 その使い魔――アルフの言葉に、フェイトの身体がピクンと揺れた。



「…………………………………………返す……?
 なに………言ってるの、アルフったら、ふふ………そんなのダメだよ。」

「…えっ!? ふぇ……フェイト? なにを………」

「だって………アオイは、家族にも疎外されてたって、言ってたんだよ?
 …………ダメだよ、ダメッ。ダメなんだって!
 そんなヤツらのところに返しちゃ………かえし――――――返せる、ものかァ!!」

「フェイト!? 待って! どこに―――まさかっ、あそこに連れて行くっていうのかい!?」



 迷いを振り切るように、躯を抱えたまま飛翔する少女。
 それに追いすがろうと、必死に空を疾駆する橙の狼。

 二人が行く先は、少女の母親が待つ――――『時の庭園』

 だが、フェイトは自分の言葉の矛盾に気づいていなかった。
 たとえ虐待を受けようと、その対象である母の居城に立ち返る自身を顧みれず。
 友を、家族の元へ返すことを拒絶した。


 それは………子供らしい我がままでもあり、芽生えたエゴの成長の証でもあった。
 
 その行いの果てがどこに行きつくのか、今はまだ………幼き少女の身に、知る由も持ち得なかった………







◆ ◆ ◆ ◆







『………なのはの様子は、どうだい?』
『分からないわ………あの子、帰ってきてから……ずっと部屋に閉じこもりっきりで………食事もいらないって』
『そうか………』


 リビングで両親が話している声が聞こえてくる。
 なのはは自分の部屋のベッドでまんじりともせず、ただ流れてくる会話に耳を傾けていた。


 【アレから】、感覚が鋭敏になったままだ。


 閉じたドアの向こう、離れた場所の会話すら拾えるほどに。
 魔力の制御が効かない………いや、感情が抑えきれないほどの、オーバーフローを起こしているのだ。
 これは、ソレに引っ張られているだけのこと。

 ――――アレからどうなったのか………気づけば、なのはは翠屋の前に立ちすくんでいた。

 レイジングハートも待機状態に戻っており、バリアジャケットもいつの間にか解除されていた。
 自分がやったのか、レイジングハートが自動で制御したのか、それともユーノの指示があったのか………だが、それもどうでもいいことだ。

 そのまま幽鬼のように、ふらふらと家に戻ったなのはを出迎えた両親は、ひどく驚いていたものの、街の騒ぎを聞いていたのか。
 問い詰めるようなこともせずに、父がなのはの身体に怪我も無いことを確かめると、母に軽くタオルで身体を拭いてもらった後、部屋まで付き添い、そっとしておいてくれた。
 そのことに、心の底で少しだけ感謝をする。


 なのはの表情は内面とは真逆に、能面のように無表情だ。

 
 溢れ出す感情の荒波を、少女の心が必死に塞き止めようとした、稚拙な手段の発露。
 もし、何らかのベクトルを与えられ、感情が爆発してしまえば、なのは自身にもどうなってしまうか解らないから。

 ………だから今は。固く、固く、栓を閉める。

 《何か》に当たってしまわないように――――例えば。すぐ傍で、コチラに煩わしい気遣いの視線を送る、小動物とかに………
 《魔法》などという、非日常の世界になのはを誘い込んだ………このっ、別世界の――――


「っ、…………はぁぁぁぁぁっ」


 大きく息を吐く。息を吸う。
 その繰り返し作業で……《気持ちの悪い》ものを、抑え込む。

 ……………あやうく、《外れる》ところだった………

 なまじ魔法などと言う、超常の力を手にしてしまったばかりに、物事を短絡的に解決しようとする癖がついた。
 そう本能的に、なのはは自分の現状を察していた。
 その行動の末路が危ういということも。

 自分の意に沿わない、というだけで………弱者を力任せに抑えつけるような、そんな蛮行に踏み出しそうで。

 ――――《彼》のように、なってしまいそうで―――――




 そもそも公園に寄り道したのも、病院に行ったのも、手伝うと決めたのも、全ての行動はなのは自身の選択だ。
 ユーノ自身も忠告していた。魔法に関わることで、『危ないことだってある』と。
 それを今更ユーノのせいになど、物分かりが良すぎるなのはに、できるはずがなかった。

 《なのはは良い子だから》――――その呪いは未だ、なのはを縛る。

 《彼》自身にしたってそうだ。
 元々、魔導師だったと言ってたじゃないか………だから、責任なんて誰にも………だけど―――


「なのは………あのっ……」

「…………大丈夫、だよ。ユーノ……くん」


 だけど、それでもっ、………………なにが………なにがっ、大丈夫なものか!!

 あんなものを、見せつけられて! 大丈夫でいられるものかぁっ!!!

 知らなかったんだっ……魔法が、あんな………あんなっ――――《恐ろしいもの》だったなんて!!


「く、ぅっ………!」


 体が強張る。頭に血が上りグラグラと沸騰する。奥歯が口腔内でカチカチと噛み合わさる。
 何に対して憤ってるのか、悲しいのか、恐ろしいのか、何も分からないし。答えも欲しくない。
 偶然ではじまったこの虚ろな日々は、一体どこで間違ってしまったのだろう。

 結局、なのはは独りだった――――過去も、現在も。そういうことなのだろうか?

 先導役だった彼も、今のなのはの傍には………………居ない。






 指針を無くしてしまった今のなのはは、洋上で遭難してしまった一隻のボートにすぎない。
 オールはあるのに。海図もコンパスも無くしてしまって、どこに漕ぎだしていいかわからない。
 そして、手に持ったオールで辺りかまわず、無茶苦茶に振り回し、叩きつけたい―――――
 そんな、恐慌状態で航行中の……………沈みかけの、難破船。

「かひ………っ」

 抑えきれず、浸水した水が漏れるように。閉じた口から漏れる小さな吃音。
 このままでは、次に荒波が来た時、なのはの精神は間違いなく致命的なダメージを負うだろう。

 大海を自由に航海する操舵主は、もういない。
 大岩にぶつかった時、宝の地図と共に海の藻屑となり果てた。
 なにもかもがグシャグシャに砕け散り、破砕寸前の小さな器。それが―――高町なのはの現状だ。



 …………………だが、それでも尚………手に掴んだ………モノは、有る。



『街の話を聞いたかい?』
『ええ………ちょっと、信じられない話があって………その、なのはにも言い出しづらくって。
 …………でも、集団ヒステリーとか、そう言う話だって………』
『ううん、それはいいんだ。嘘とか本当とか………そんなことよりも。
 今大事なのは……なのはが、巻き込まれたんじゃないかって、ことなんだから』
『それはっ! でも、やっぱり………あの様子じゃ、そう……なんでしょうか?』
『たぶんね………それで…………』


 ……………心に沁み渡る、言葉が有る。


『………私たちに、できることは………』
『……見守って、なるべく………恭也たちにも、できるだけ………』
『そう、ですね…………今度こそ、寂しがらせないような…………』


 ………傍には居てくれなかった………それでも、離れた場所からでも、届くモノは有る。


『………家族なんだ、きっと………』
『………ええ、必ず…………』


 ……過去の、幼き身では感じ取れなかった想いも………今の、なのはには――――届く!

 だから……っ!!





「ぅぁ………っ」

 麻痺したように、ベッドの上に仰向けに倒れ込んだまま。数時間、身動き一つしなかったなのはの身体。
 弛緩したままだったその身体―――それを、一部分だけでも想いを乗せ、右手を―――伸ばす。
 宙に伸びる腕、その先でなのはは《何か》を掴むように………


「なのはっ、大丈夫?」


 ―――――掴んだ。


「ふぅ……」
「なのは……? どこか痛めた、とか………その………」
「………大丈夫だよ、ユーノくん。
 なのはの身体はどこも、怪我したところなんてないよ。全然」
「そっか、良かったよ………それで―――」


 小さい身体に気遣いを乗せ、なのはが傷つかない様に、壊れない様に、慎重に言葉を紡ぐユーノ。

 ………大丈夫。
 さっきとは違う、今はこの胸に………ちゃんと届いてるよ。


「……………動こう、ユーノくん。今できることをやらないと、いけないんだよ。きっと………」

「なのは!? ………それってジュエルシードを? でも今はっ」



 上半身をゆっくりと左手で支えながら、起こす。
 気持ちは前向きに…………今はそれだけでいい。
 辛いことを思い返すのは、全てが終わってからだ。

 そうして右を向く。その先に居るのは、一匹の小動物。
 今のなのはを形作らせた、異世界からの遭難者………一人ぼっちの来訪者。


「今だからこそ、だよ。
 街に散らばったジュエルシードは、絶対に封印しなくちゃいけないんだ。それは変わらないよ。
 ううん、今日のことを考えると………今まで以上に、ちゃんとやらなくちゃダメなんだ。」
「でも、なのはっ…………きみは、これ以上――――」


 うん、分かってる。
 自分のことだからね、でもねユーノくん。



「《家族》を、護りたいんだよ」

「っ!」



 ゴメンね。ユーノくんが計れない、こんな言葉で、押し留めて。
 でも…………気持ちは本気だから。譲れない、想いがあるから。
 空っぽだと思っていた心の底に………確かに在った。この絆だけは、守りたいから。

 無理にでも――――押し通るよ。


「ジュエルシードがある限り、この街は安全じゃないんだ。これからも、今日みたいなことが起きるかもしれない。
 そしてこの街は………なのはの、大切な人たちが暮らしてる街なんだよ。だから―――」

「………………なのは………分かった、分かったよ、もう」


 フェレット姿でも分かる。本当に疲労した、人間臭い姿。
 首を弱弱しく左右に振り、軽く嘆息。
 その後にようやく顔を上げ、なのはへと視線を向けるユーノ。


「それじゃあ改めて………高町なのはさん。
 僕を助けて、みんなを助けて、この街を、護って下さい……………お願い……します」


 ゆっくりと丁寧に、頭を下げる。
 小ずる賢く。自分が誘導したのだと、責は自分にあるのだと――――そう宣言するユーノ。

 だから、キミが気に病むの事は無い――――そんな心内が、彼の小さな姿から透けて見える。

 ならば、なのはの返す言葉も決まってる。



「ん、まかされたよ」



 気負うことなく返事を返す――――そんな風に、捉えたらいいと。





 過剰なまでに、相手を気遣う二人の子供。
 優しすぎるほどに細やかな、子供らしくない子供たち。

 そんな二人の交わったレール。
 それが行きつく先は、どこに向かっているのか、今はまだ分からない。そして…………


「それでユーノくん、私は…………」

「なのは、キミは………本当に、それでいいのかい?」









◆ ◆ ◆ ◆








「……………………………………………………………………………………………………………………………」

「フェイ………ト、うぅッ………なんでだよォ………こんなの、こんなことって―――ヒドすぎるッ」


 フェイトとアルフの二人が時の庭園に帰還した時、目にしたもの。

 ソレは………玉座の間で。

 プレシア・テスタロッサが………フェイトの母親が、一人、孤独に―――――――死んでいた姿だった。





「…………………………………………………………………………………………………………」


 立て続けに起きた、身近な者の《死》という急劇な天変は、フェイトの世界をたやすく呑み込んでしまった。

 ――――心が凍る――――

 文字通り、フェイトは何も考えたくなかった。何も感じたくなかった。

 外界からの一切の情報、刺激、使い魔の言葉すら拒絶して………今はただ、フェイトの世界に吹き荒ぶ嵐が過ぎるのを、ただ待っている。

 そんな木偶の人形、案山子のような状態にまで追い込まれていた。

「ううっ!」

 そんなフェイトの姿が見ていられなくて。
 フェイトの手からずり落ちかけた葵の亡骸を、代わりに抱きかかえたまま。アルフはその場から立ち去ろうとした………………その時。

「ッ、なに………か、ある?」

 プレシアが―――その遺体が、鎮座した玉座に隠されたように、その後背の位置にアルフは微かな空気の流れを感じた。

 いまだ、目の前のプレシアの遺体に目を向けたまま、身じろぎ一つしないフェイトを置いたまま。
 アルフはその場から逃げ出すように、わずかな好奇心と興味に惹かれるままに。
 隠されていたその奥の通路へと、亡骸一つをその両手に抱えたまま、進んでいった。

 フイと、そんな自分の後ろ姿が一瞬、紅の瞳に陰ったのには気付かぬままに…………






「コレ………は、なんなんだい? あの女、一体どういう………なにをやって―――!?」

 通路を進んだ先でアルフが見つけたモノ、それは………

 黄金色の溶液に浸された、巨大なシリンダーケージに収められた、己の主と瓜二つの………少女。

「なんで……この子、フェイトと同じ」

 どれだけ思考を回しても辿り着けない解の前に、アルフはただ、呆然と友の亡骸を抱えたまま、立ちつくすほか術はなかった。

 だから、そこに彼女が現れたのは、必然。

 冷たくなっていく母親の死体の前から、温もりを求め、己の従者の姿を無意識にも探していた主が、そこに辿り着いたのは…………



「…………な……に、コレ? な、んで……………それって………わ……た…し?」

「フェイトッ!!?」



 フェイト・テスタロッサとアリシア・テスタロッサの、はやすぎる邂逅。

 それは、誰も望んでいなかった。生者が踊る舞台の、軋みのはじまり。

 複数の異なる意志の調律が、図らずも掻き乱してしまった不協和音のハーモニー。




 それでも世界は……………ただただ、回っていく………………











+ + + + 


 オリ兄妹は病院に搬送済み。




[25420] ep.07 無印編 【病院と観賞会と猫屋敷】
Name: 紅茶文◆f1bc9688 ID:35a40e26
Date: 2011/02/11 15:27




「それじゃあ真桜、また明日な」

「お兄ちゃん……もう、帰っちゃうの?」


 あれから五日後、妹と一緒に搬送された海鳴大学病院で治療を受けた進は、二日の休校を経て再開された学校生活に戻っていた。

 進の怪我は、右腕上腕部の外傷骨折と十二箇所の裂傷。

 裂傷に関しては塗り薬と痛み止めを服用。骨折はギプスでガチガチに固め三角巾で吊るしたままなら、通学も可能ということで治療済みだ。
 対して、妹の真桜は左脚の脛骨骨折に右脚の足首捻挫に加え、頭部にもダメージを負ってしまっていた。
 傷の方は幸いにも髪の毛で隠せることができたものの、頭へのダメージから大事を取って、検査入院と足の方の単純骨折も含め、2週間の入院生活を余儀なくされている現状。

 足の骨折もあり、気軽に出歩くこともできずにいる妹様は、当然のごとく退屈しているようで。
 兄としては何とかしてやりたいと進も思ってはいたが、ままならないのが、これまた現状だ。
 せめて寂しくない様にと、共働きで帰りも遅い両親に代わって、足繁く見舞いに訪れるのが進なりの精一杯なのだが。
 やはり、それで納得しろと小学1年生の妹に言うのは、少しばかり酷と言うものだろう。

「ゴメンな、面会時間いっぱいまで居てやりたいけど。日が暮れる前に戻れって、母さん達にも言われてるから」
「う…ん、分かったよぉ………でも、明日も……」
「ああ、明日も学校が終わったら、すぐにココに来るから」

 約束を取りつけられたことで、少し持ち直した顔を上げ、寂しさを押し殺した笑顔を向ける真桜。
 その頬笑みが、胸の内に広がった乾いた部分を潤してくれるのを、どこか哀しく思いつつも……進は、笑顔を返す。


「約束だからね! お兄ちゃんっ」

「ああ、必ず。《まもる》よ………約束だ」


 それが今までの、明日からの、鹿島進の《平穏な日常》だ。







 病院側の患者への精神ケアなのだろうか、普通のビルよりも大きめの窓は、外の景色が精巧なパノラマとして映し出されている。

 廊下を歩く進の目の前に広がるのは、ところどころ欠けた街の景色と山と海。
 慣れ親しんだ故郷の街、海鳴。

 だけど今までと違って見えるのは、欠けてしまった景観だけではない……やはり自分の心境の変化が大きいのだろう。

 受付を通り過ぎ外へ。
 しかしまっすぐ帰宅する気にはなれず、中庭のベンチに腰を下ろす。
 子供の姿なのに、老成しどこかくたびれた様子で身体を休める進。
 だが誰もそれを気に留めることは無い、ここは病院で《疲れた》患者など、それこそ溢れている場所だから。

 それに今は………特に、けが人が多い…………

 遠くからは、街中に散らばった瓦礫の撤去作業に勤しむ、重機の音が聞こえてくる。
 嘆きの声が聞こえないだけ、マシなのだろうか……そう物思いに押し潰されるのを振り切るように、進は嘆息一つ吐き出して、顔を上げる。
 進の目の前では、夕日が山の頂に半分侵食されながら、それでも藻掻くように血反吐を吐いて、世界を照らしている。

 そんな紅に染まった視界。想い出すのは――――――


「須藤、だったんだな………あの……紅い羽根の、アイツは…………」


 ………ずっと所在不明だった《左の》の正体。
 ………自分が殺した両翼の片割れ。

 分かってしまえばなんということは無い、やはり高町なのはとは同じクラス。神宮や自分と同様に、クラスメートだったというわけだ。
 女子と言うことで今までは見過ごしていたが…………彼女が《ソレ》なのだと、進はようやく気づいた。
 おととい、街の復旧作業の開始と共に再開された学校で、進たちのクラスにも行方不明者が二人出たことが報告された。

 言うまでも無く。一人は『神宮翔』であり、そしてもう一人が………『須藤葵』。

 嘆き悲しむクラスメートたちの間から、見えたモノ。
 須藤葵の名前が呼ばれた時に見せた―――――『高町なのは』の不自然な、能面のような無表情。

 それは、考えまいとするが余りに色を失った、無地の拒絶。
 あからさまな表現よりもむしろ、その顔がなによりも語ってくれた。
 彼女が、須藤葵が―――――あの時、神宮と戦っていた《相手》なのだと。


「でも、もう居ない」


 当たり前だ。誰のせいで。何を今更。
 自分で言っててうすら寒くなる。


「もしかしたら………三人で、一緒に…がんばって紡ぐ未来。
 ……………そんな可能性も、あったのかな………?」


 それも今となっては、ただの空事。考えるだけ、無駄なことだ。
 だがそれでも………無駄なことをしてしまうのが、ヒトとしての正常行動。
 そして、ソレを考えると。《もう一つ》のことも、やはり思い返してしまう。


「三人だけの、同郷同士の間柄だけのことなら、内輪もめのトラブルだったなら……俺は、まだ………」


 ―――――引き返せたのかな?

 そう自己弁護することで、これからの生活をごまかせもした。
 だが、その愚問も今となっては意味が無い。
 なぜなら進は、ヒト殺しとなってしまった少年は、すでに……………



「………プレシア・テスタロッサも……………俺が、殺した………」



 別の血で、手を汚してしまっていたから。









 街に激震を与えた、あのフェイトの雷撃の砲火が済んだ、あの直後。
 進の脳裏をよぎったもの、それは―――――

『今のフェイトに………このなのはが勝てるのか?』

 そう思ったのは、進と真桜が座り込んでいるすぐ横。
 2メートルほど先をフラフラと、肩で一匹のフェレットがキイキイと鳴いているのを気にもせずに、通り過ぎて行く白い魔導師の少女を見てからだ。

 その姿を見かけた時は内心でひどく驚いたが。
 あちらは蹲っているクラスメートのことに気づいた様子は無かったし、こちらにも、声をかける余裕なんて無かった。
 それでも、杖を持った彼女を見やることはできたのだが。


 その傷心の………虚ろな、高町なのはの姿が………進に新たな決断を想起させた。


 街中で行われた、それまで二次媒体として見ていた砲撃、ソレが現実として目の前で飛び交う恐るべき様に………正直、進の心は竦んでいた。
 湧き上がる恐怖心を、《家族を護る》という自己暗示に近い強迫観念で、なんとか抑え込んでは居たものの。
 進が能力を行使した直後の、気の緩みに滑り込んできた、フェイトの苛烈なまでの『フォトンランサー』の嵐。それに対し、どこか空ろななのはの姿。


 その対比に、進の不安感はいっそう募った。


『もし、フェイトがなのはの制止を振り切り………プレシアの言うがままにジュエルシードを集める事が出来たとしたら………』


 間違いなく《あの》次元震よりも、規模は大きいものが発生するだろう。


『いや………むしろ、このなのはにジュエルシード集めなんて、今更できるのか?』


 見るからに焦燥しきった姿。
 傍らの小動物……おそらくはユーノの言葉、念話も届いてはいない様子の、別の世界では主人公足り得たハズの、高町なのはの現在の儚き様相。
 その姿を網膜に焼きつけながら、杖のコアの明滅の反射に眼を逸らし、進は考える。


『あの次元震は、リンディが居ないと抑えきれないものだった………そもそもアースラが来るという保証だって、今は………ないんだ』


 予測できなくなった筋書き。歪んでしまった舞台劇。
 それを為したのは、進たち三人の異邦人。

 なのはやフェイトに彼らが影響を与えたのは、疑うべきことも無いだろう。
 その事で、彼女たちに対して、今は亡き二人は当然ながら、進にも………どう贖罪すべきなのか、取るべき術は見当たらなかった。
 事態はすでに、彼女たち、少女二人が加わったところで、治めることができる範囲ではないのかもしれない。
 今更ハッピーエンドなんて、進には想定もできない。

 もはや対処療法で手を打つしか、そう考えることしか、その時の進にはできなかった。

 ならばどうする…………鹿島進、今……お前が果たすべきことは――――――――



『発生の源を…………絶つ』



 そう結論を下し、進は…………プレシア・テスタロッサを、呪い殺した。









 ベンチに沈む身躯が………また一段と、オモイを重ねたように感じた。

 『一度殺人を犯した者は、引き金が軽くなる』――――なんて言う例えは、よく耳にする話だが。

 果たして自分はそうなのだろうか?
 確かにその一面はあるだろう、あの二人に比べて、プレシアに対しては決断を下す割り切りも、早くはなっていた。

 だが………軽くなるだと?
 そんな簡潔に表せるような、救いのある台詞を吐けるようだったら………どれだけ、良かったものか!

 進にとっては、そのセリフを自分が吐露したところで、うすら寒い言い訳にしか聞こえなかったから。
 罪は罪だ。犯したソレを感じ取れなくなるのなら、それこそヒトとしては生きられまい。

 《バケモノ》にはまだ、なりたくはないから。

 だからこそ自覚する。
 お前は《罪人》だと、晴れない罪を重ねながら、それでも生きて行かなくてはならないのだ。この世界で、己の行く末まで。


「はぁ………」


 …………溜息がこぼれる。

 母親にも注意されたが、どうも嘆息してしまうのが癖になってしまったようだ。
 なんとかこの癖も、矯正しないといけないだろう、そう考えただけで漏れそうになる吐息を、今度は喉の奥で堰き止める。

「もう………大丈夫だよな? フェイトは、本来……優しい子のハズだし。
 ジュエルシードの使い道も、アルハザードの存在も知らないハズだから、だから………もう」



 ――――――――終わって、くれ――――――――



 頭を抱えて、蹲りたくなる衝動を振り払い、勢いをつけて立ち上がる。
 そうすることでしか、気を吐けない

 …………分かっているさ………まだ、終わりなんかじゃないってことも。


「さぁって、帰るとしますかねっ。
 あんまり遅くなると、母さんとはち合わせて、雷鳴り落とされかねないもんなぁ」


 口に出して鼓舞をする。
 そうしてからじゃないと、我が家にも帰れない。
 沈んだ顔など、いつまでも見せていられない。


『今は、帰る家が無い人だっているんだ。
 ………腐ってるだけじゃ、なんの問題解決の足しにもなりはしないってことくらいは、理解できるハズだろ………鹿島進!』


 そう己に言い聞かせ、足を進める。

 大丈夫――――まだ、前を向いて………歩いて行ける。



 家路へと歩を進め、病院を後にしようとする進の後方……………車輪の音が、カラカラと鳴っている―――――気がした。









◆ ◆ ◆ ◆








「お待たせしました~、苺ミルクティーとクリームチーズクッキー………んきゃっ!?」

「ファリン! 危なっ――――えっ!? なのは、ちゃん?」

 床を走る子猫の姿に驚き、体勢を崩すと同時に、持っていた紅茶とお菓子をお盆ごと跳ね上げた、専属メイドのファリンを支えるすずか。
 その眼の前では、お盆の上に紅茶のセット一式と、お菓子のボウルをそれぞれの手に危なげなくキャッチしている、なのはの姿があった。


「2人とも大丈夫?」

「う、うん。なのはちゃん、あ…ありがとう」

「はあぁ~~、スミマセェン。それにしても、なのはちゃんスゴイですねぇ~」

「あ………にゃはは、そんなことないよー。これはたまたま上手くキャッチできただけだもん。
 それより、アリサちゃんが待ってるよ。はやく持って行ってあげようよ」

「あぅ~、そ、そうでした。
 お客様を待たせて、お客様に持たせるなんてぇ。ファリンはお姉さまみたいな立派なメイドには、まだまだ遠いですぅ~」

「ははっ、いいからいいから。さぁはやく行こう、すずかちゃんも」

「う、うん」


 なんだか、一足飛びに大人になったような雰囲気を放つ親友の姿に、どことなく違和感を覚えつつ。
 すずかは戸惑いながらも、もう一人の親友が待つテラスへと足を運ぶ。


「なんだか……なのはちゃん。恭也さんみたいだね」

「お兄ちゃん?」


 不意に横から漏れた言葉に、首をかしげながら疑問符を浮かべるなのは。

 その言葉は。なのはの脳裏に、一つの情景を思い起こさせた。

 ただ見ていることしかできない、例え《魔法の力》を手に入れたとしても、自分自身が変わらなければ無意味だったと気づかされた、あの時の――――


「お兄ちゃんか……なのはに、お兄ちゃんみたいな、本当の《強さ》があったら良かったんだけどね」

「なのはちゃん………」


 なんとなく、なのはの言いたいことが分かったすずかは、欠けるべき言葉を見失う。
 気まずい雰囲気になってしまったまま、アリサの着座してる席へと近づく二人。


「アリサちゃん、ほらっクッキーだって。おいしそうだよーコレ、ファリンさんが持ってきてくれて……」

「……………いらない」


 場の雰囲気を変えるように、努めて明るく声をかけるなのは。
 だが、その対象であるアリサから返ってくる言葉は、陰鬱な感情の篭った返事しかなかった。


「アリサちゃん、なのはちゃんは……」

「ごめん、二人とも………気を使ってくれるのは分かるけど。
 正直……今は、キツイの……ココに来るのも、迷ってたくらいで……だから………」







 月村邸での今日のお茶会。
 それは、神宮翔が《行方不明》となってから、落ち込んだままのアリサを元気づけるために、なのはとすずかの二人が用意した場でもあった。

 あれから1週間。
 鬱屈した感情を抱えたままのアリサを見ていられなくて、すずかは厚意から場の提供を申し出た。
 そして――――なのはは、ある決断をしていた。


「…………ねぇ、なのはは……なんで、どうしてアンタはそんなに、その……平気そうなの?
 だってアンタ、翔のことを………」

「アリサちゃんには、そう……見えるのかな?
 そうだね、アリサちゃんは………やっぱり、知っていないと納得なんてできないよね」

「なのはちゃん?」


 訝しげな発言に、思わずなのはを見やるすずか。
 その視線を受け流し、傍らのテーブルでおとなしくしていたフェレットへと、なのはは目線を向ける。


『ユーノくん、はじめるよ。かまわない……よね?』

『………正直、僕の方からは何とも言えないよ。今更ともいえるしね。
 でも、なのはがそう決めたのなら、僕も……できるだけフォローはするから』


 コレは、決して了承できる話ではない。
 しかしユーノはその責任感から、なのはの行動を止める気にはなれなかった。

 だからせめて、なのはがすることを見守ろう、その心が少しでも晴れるようにと。
 ユーノは想いを込めて、なのはにうなずき返した。
 その肯定の意志を受け、なのははさらに想いを固めた。


「2人に、見てもらいたいものがあるんだ。
 驚くとは思うけど、最後まで見て………ほしいことなんだ、コレは」

「なのは? なにを、言ってんの……アンタ」


 キツイ表情のまま、なのはを射すくめるアリサ。
 その問いに応えることなく、なのはは胸元から赤い宝玉のついたペンダントを取りだすと、祈るように一度包み込み。その後、両手を開くと眼前に掲げた。



「おねがい、レイジングハート」

【All right (了解しました)】



 なのはの声に合わせるように響く、ハスキートーンの電子音声。
 その女性らしい声と共に表示される。

 三人の前に突如出現した………空中に、複数展開された、マルチディスプレイ――――



「なっ………!? なによッ、これぇ!? なのはっ? い、一体アンタ、なにを!!?」

「こんな………ウソ! こんな技術……ありえない、よ……!?」

「落ち着いて2人とも、ちゃんと見てって言ったでしょ。だから……ね」

 

 いきなり眼前に出現したディスプレイに、驚き、あわてふためく二人の親友を諌め。
 落ち着かせるために、あえて目線を合わせず、宙空のモニターを見つめたままのなのは。

 その静かな佇まいが、2人のざわめく心をなんとか鎮めていく。
 口火を切るのはやはり、負けん気の強い親友の方。
 彼女の調子も、突発事態のおかげで少しは晴れていた、今だけは。


「っ、ハァ……分かったわよ、見ればいいんでしょ、見れば! まったく………」

「なのはちゃん、ちゃんと………説明してくれるんだよね?」

「うん、それはもちろん。
 そのための、この………映像だから」


 なのはの言葉に、2人の目線がディスプレイに注がれる。
 そこで展開されているのは先日の、街の崩壊。そして……………



「なっ、んで………これって、翔!? それにアッチは、須藤さん? ―――――そんなっ!!?」

「………っ、………これは、2人とも………なのはちゃんこれって!?」



 2人のクラスメートによる―――――殺し合い。








◇ ◇ ◇ ◇








【picture was finished It repeats itself (映像、終了しました。これよりリピート再生に入ります)】

「……………………」

「…………なのはちゃん、これは……」

「見ての通りだよ、これが、あの時起きた真実。
 街が壊れたのも、ジュエルシードが元はと言えば原因で、その後――――」


 あの時の、詳細が映し出された、酷薄な映像が流され、終わる。
 その後も淡々と繰り返し、無情に流れる画面を補足するように。
 なのはは今までのことを………魔導師やジュエルシード………そして、神宮翔と須藤葵の、その顛末までを話し終える――――


《バンッ》


 静かに言い終えたなのはに対抗するように、激しく甲高い音が――テーブルに叩きつけたアリサの両手から、もたらされた。


「ウソよっ!! こんなの……こんなのデタラメよッ!!!
 どうせ、特殊効果とか、CGとか……そういうのじゃないのッ!?
 ホラッ種明かししなさいよ! 驚いてあげるから――ええ、十分すぎるほど驚いたわよっ、こんな……こんな……っ!」

「アリサちゃん、コレは……本当のことなんだよ」

「バカ言ってんじゃないわよっなのは!! こんなの、信じろって方がおかしいでしょっ!?
 魔法? 願いを叶える宝石ぃ!? そんなの………今どき幼稚園児だって信じないわよ!!! このっ、嘘つきィッ!!!」

「アリサちゃん……」


 親友から放たれる罵倒に、今までの鉄面皮が崩れ、なのはの顔が哀しく歪む。
 その様を、見過ごすことができない者が、また一人――――真実を明らかにする。



「これは、本当にあったことだよ。アリサ・バニングス。
 認めたくないだろうけど、なのはは……嘘なんてついてない」


「えっ……?」

「ユーノくん!」



 なのはの傍ら、ただの小動物……フェレットから発せられる人語。
 その異常な情景に言葉を失くすアリサと、ユーノの助勢に複雑な心境のなのは。


「嘘っ、じゃあ話にあった魔法を教えてくれた《先生》って……本当にユーノくんのことだったの、なのはちゃん?」

「ちょっと……なによこれ、腹話術でも使ってるの………? ハハッ、ホント……バカにしないでよ。
 性質悪いわよ、なのは…っ………いいかげんにしないと、あたしも怒って………」


 更なる異常展開を、素直に驚くすずかとあくまで認めようとしないアリサ。
 その頑なな姿勢を崩そうとしない少女を、なんとか説得しようと、重ねて話しかけるフェレット姿のユーノ。


「腹話術なんかじゃない、アリサ・バニングス。
 なのはがどんな思いで打ち明けたか、キミはまだ、分からないって言うのかい?」

「う……うるさい、うるさいっ!! なによコレッ、なんなのよもうッッ!!?
 こんな茶番見せられて! あたしにどうしろって………!!!」

「………アリサちゃん。もう、認めようよ………本当はもう、解ってるハズじゃないの」

「えっ? すず、か………?」


 激高するアリサと、強い口調で諌めようとするユーノの間に入ってくる、静謐な声。
 閑寂さを醸し出すその音程は、自然と二人の心をいやが上にも押し黙らせる圧力があった。

 その声の主、月村すずかは語り出す――――もう一つの真実を。






「ねぇ、アリサちゃん。あの事故……ううん、街が壊されちゃった事件は、テレビではなんて言ってたか、知ってる?」

「それは……原因不明の爆発事故だって。
 地下に溜まってたガス層がどうとか……あと、集団ヒステリーで、意味不明な流言も広まってるから気をつけましょう、ってこと…だけ……そうでしょ?」

「うんそうだね、でも……変だと思わなかった?
 あれだけの事故だったのに、報道されたのは一部地域で翌日まで。それに、映像は……一つも無かったんだよ」

「すずかちゃん、それっておかしいのかな? なのはには、その…よく分からないけど」

「ちょっと待って……街頭カメラや商店の監視カメラとか、それも全部壊れてた……ってワケ?
 なによそれ、言われてみれば……なんか、腑に落ちなくなってきたわ………」


 疑心の目が三対、発言の主導を握るすずかへと注がれる。
 それに応えるように、すずかの桜色の口唇が緩やかに動き、言葉を紡ぐ。


「本当はね………カメラ映像のほかにも、携帯で撮ってあった動画が四件。
 あの時の事故の映像は、確かに残っていたんだよ」

「えっ?」

「なに、それ………全然話題にもなってないわよ!
 映像があるのなら、ネットでもなんでも、もっと話題にすることはいくらでも――――――、っ!?」


 ハッと、何かに気づくアリサ、それを見透かし頷くすずか。
 そんな二人の、緊張感に張りつめたやり取りに、口を挟めなくなるなのは。


「あんた………まさか」

「そう、映像はすでに差し押さえてあるんだ。携帯のカメラだったから、写りも悪かったんだけどね。
 2人の姿までは、はっきりと捉えてはなかったんだけど…………そっか……やっぱり、翔くんと須藤さんだったんだね、アレは………」

「ちょっと待ってくれっ、それは裏で誰かが抑え込んだってこと?
 管理外世界で魔法が広まるのを恐れた………すでに管理局の手が、ここには入っていたって言うのかい!?」


 突然割って入ってきたフェレットの言葉に、ビクッと身体を震わせるアリサ。
 対照的に、どこか困った風な表情で、それでも目の前の小さな存在を一個人として認め、丁寧に返答するすずか。


「………フェレットくんが喋るのを見るのは、なんだか変な気分だけど。違うよ。
 管理外世界とか、管理局って言うのは知らない単語だけど、この世界にも【漏らしてはいけない情報】を規制する組織は、あるんだよ。
 【そういうの】は表に出ても、余計なパニックを引き起こすだけだからね」

「それって、すずかちゃんのお家も?」

「うん、うちは大きい家系だからね。『裏』の、そういった仕事もあるって話は、聞いていたんだ………
 だから、今回のことも……本当は、なのはちゃんに言われる前から教えてもらっていたよ。
 あまりにも大事になってしまったから。翔くんのことも………知っておいた方が、いいだろうって」

「そう、だったんだ………」


 一大決心の下に、親友たちに事の次第を打ち明けるつもりでいたなのはは、その親友の一人がすでに『知っている』ことに複雑な気持ちを抱いていた。

 秘密の共有ができなかったことを残念に思い、しかし、相手に信じてもらうのは難解だと考えていただけに、ほっとした部分も確かにあった。
 そしてなにより、一人で抱えるには重すぎた『ソレ』を、分かち合うことができたことに、何よりもなのはは安堵していた。

 だが、蚊帳の外に置かれていたもう一人の親友は、それで納得できるハズもなく――――



「……………ちょっと待ってよ。なに、勝手にこんな嘘話、進めてるのよ……アンタたち」



 ――――目の前では、同級生の須藤葵の、腕を吹き飛ばした………初恋の少年の映像が流れていた………
 ――――街中に溢れる怪我人の、おそらく、死体も………そこにはあった。
 ――――それら全てを信じることは、その怖ろしいまでの負荷に耐えきることは、彼女の成長途上な精神ではまだ、耐えがたい、話だった――――


「アリサちゃん、なのはたちは嘘なんて……」
「アリサちゃん、辛い気持ちは分かるけど……コレは本当の」

「待って、待ってよぉアンタ達ッ!! すずかまで……なんなのよこれッ!! さっきから、頭おかしくなるようなことばっかり言ってェっ!!
 …………………ははっ、あれでしょ?
 アンタたち、みんな揃ってあたしを騙そうって魂胆じゃないのォッ!? そうじゃないと、おかしいでしょっ!!
 魔法とか裏とか、あげく街を壊したのが、本当はあたしたちの………ッく、うぅっ、なんの冗談よォッッ!! コレはァッッ!!!??」


 胸の内からあふれ出る感情のままに、泣き叫ぶ少女。
 だが、彼女の明晰な頭脳はすでに………確かに、この事象を認めていた。

 だからこその抵抗―――このまま認めてしまっては………《彼》を擁護する者が誰も居なくなるではないか。

 親友二人は【あちら側】に行ってしまった。
 ならば自分だけでも、こちらに踏みとどまり、わずかな抵抗でもしてやる。
 それが一人、のけ者にされていた彼女なりの意趣返しでもあり。せめてもの、彼への手向けとなるのなら――――と。

 突飛な情報を矢継ぎ早に叩きこまれ、頭がシェイクされたように、混乱していながらもアリサの思考は巡る。
 なんとかこの異常な状況を打開したい、まともな世界に帰りたい。
 あの、【みんな】で楽しくやっていた世界に……………と。

 しかし、そこに救いの道は無い。

 答えはすでに、目の前に確立された《モノ》として出されているのだから。

 そして当然のごとく、ソレを後押しするように、事象は無情に積み重なっていく………



「っ!」

「この反応!? なのは!!」

「うん、すぐ近く………だね」



 突然身体を震わし、辺りの気配をさぐるなのはとユーノ。
 そんな二人を、訝しげに見つめるアリサと、どこか気遣わしげに見やるすずか。


「なのはちゃん、もしかして……さっき言ってたジュエルシードって」

「うん、この近くで……発現したみたい」

「………なに、言ってるのよォ……いいかげんにしてよ、アンタたちィ……もう、もう十分でしょぉ!! こんな茶番劇ィ!!!」


 再び激情に駆られるまま、テーブルに拳を叩きつけようとするアリサ。

 だが、その小さな握りこぶしは、目標に到達する前に遮られた。
 アリサと同じ、可憐な、小さなその少女の掌で。
 大事な親友の、その右手で………


「なの……は」

「アリサちゃん、認めたくないのは分かるよ。なのはもあの時は、そうだったから………でもね」


 優しく、壊れやすい陶器を扱うように、そっと両手でアリサの右掌を包み込むなのは。

 その顔には微笑。

 辛さを乗り越え、道を手に入れた者だけが放つことのできる、不屈の魂の波動。
 決して華やかでは無いけれど、まっすぐに立つその芯の強さは、気高さは………アリサの頑なな心を揺るがす、昂然たる響きを放っていた。


「世界は残酷なことばかりかもしれない、けど………それでも。
 失ってはならない、消えない。確かな絆は………まだここに、あるんだよ」

「……なのはちゃん、アリサちゃん」


 なのはからまっすぐに投げかけられる、その瞳から逃れる術を、今のアリサは持ち得ない。
 自ずと、そのまま自分の心とも向き合わなくてはならなくなる。
 すずかの気遣わしげな言葉も、今ならば後押しとなって…………

 ――――その時。月村邸の広い庭の一角。

 庭園の奥の方から、轟きと共に、重く林を揺るがす反響が響いた。



「ッ……、なのは! ジュエルシード発動体だ!! この庭に居るんだ!!!」

「うん、ユーノくん。それで、お願いがあるんだけど………
 アリサちゃんとすずかちゃんも、結界内に入れてあげてくれないかな」

「なのは………あぁ、分かったよ。
 それじゃあ――――――――――封時結界、発動っ!!」


 掛け声と共にユーノの足元に展開される、翡翠の魔方陣。
 その瞬間。通常空間からなのはたちの居る空間だけが切り取られ、閉鎖された檻の世界が出来上がる。

 その世界に取り残された、ジュエルシードの発動体と、二人の魔導師と2人の民間人。
 そのうちの1人、異常な周囲の事態をいち早く感知したのは―――――――――この館の主、月村すずか。



「これは………周りから気配が消えてる? 音もしなくなって……なのはちゃんっ、これって!?」

「なのは………アンタ、本当に…………」



 2人の問いかけに答えることはなく、高町なのはは背を向けたまま、二房の茶色のテールだけを揺らし、轟音の響く方へと歩き出す。

 ゆっくりと確実に。いくさ場へと、その小さな歩を進めるのは、一人の心優しき、魔導師の少女。

 2人の親友に応えるのは、その背が雄弁に語るのは――――『安心して』と。ただその一言。



「ユーノくんは2人についていて、発動体はなのはが何とかするから」

「分かったよ。なのはも、その……気をつけて」



 その気遣いに、軽く頷いて返す。

 胸元から取り出すのは赤い宝玉。

 世界を変える、変革への赤き灯の道しるべ。




「レイジングハート、お願いっ!!」


【Stand-by ready――――Setup】
















+ + + + 


 猫屋敷前編。ちょっと長くなりそうなので、半分に分けました。手間取りましたがなんとか更新。
 三人娘のところは、三人それぞれ思考と知っている情報がバラバラなので、整合性を持たせるのになんか苦労しました。

 途中の説明ですずかが喋り過ぎて、【契約】に引っかかるので全面改訂したり。
 三人ともベクトルの違う《良い子》なので、違いを出させるのも………いやぁ難産な回でした。





[25420] ep.08 無印編 【ノーブルと夜の一族と墓標】
Name: 紅茶文◆f1bc9688 ID:a3552d32
Date: 2011/03/08 18:37





【Sealing (封印処置)】


 魔導師の杖。レイジングハートのコアの下部、冷却用のインタクーラ部分から排気される白い蒸気が、なのはの薄茶色の髪を撫でつける。
 はらはらと髪をそよぐ風が、白い魔導師の衣服を纏うなのはをより一層、幻想的な存在として引き立たせていた。


「お疲れ様、レイジングハート」

【Good Bye (お疲れ様です)】


 なのはの放った砲撃の一閃で、あっけなくジュエルシード発動体はその活動を停止した。
 役目を終えたデバイスは待機状態へと戻り、バリアジャケットを解除したなのはは現実へと舞い戻る。
 張ってあった結界もユーノの手によってすでに解除されていた。

 なのははそのまま、地に倒れ伏すトラ縞の子猫の元へと歩みを進め、その手前で立ち止まる。


「ごめんね、痛い思いさせちゃって」


 ジュエルシードの発動素体となったその子猫に、図らずも魔法ダメージを負わせたことを心苦しく思いつつ、優しくその身を両手で包み込むとそっと慈みながら持ち上げる。
 ――少しの逡巡。
 離れた場所でユーノ・スクライアに護られながら、事の次第を傍観していた2人の親友へと、なのはは振り返りながら微笑んだ。

 憂いを覗かせるその微笑は、ひどく大人びたもので。
 二人の親友に、少しばかりの寂寥感を抱かせるモノでもあった。

 未だ意識を取り戻さない子猫をその胸に抱えたまま。なのははゆっくりと泰然とした姿勢を崩さぬまま歩を進め、アリサとすずかとの距離を狭めていく。
 その悠然とした歩調は……ほんの数分前に異界での魔導師の世界を垣間見て、ざわめいたままの二人の少女の心に、安心感を自然と与えるものでもあった。


「ごめんすずかちゃん、ネコちゃん…傷つけちゃったね」

「う、ううん。そんなこと、なのはちゃんが謝ることじゃないよ。
 ……きっとこの子も、止めてもらいたかったハズだから」


 意志を捻じ曲げ、希望を叶える輝石。
 事前に聞いていた通り、歪められた欲望は、確かに他者の介入無しには止められないものなのだろう。

 子猫をなのはから受け取りながら、すずかは言葉通りに頭ではそう理解してはいたものの。

 どこか、それでもまだ……納得しきれない気持ちのわだかまりを抱えていた。

 もちろん【ソレ】を、目の前の親友に悟らせることは無い。
 こういう【隠しごと】には敏い彼女が取る行動は、ただ子猫を受け取って、労いの言葉を投げかけるだけだから。


 ―――――例え。あの暴挙を止めるためとはいえ、“彼”が……神宮翔にしたことを、理解できたとしても―――――






「なのは……その」

「アリサちゃん、今はいいよ。無理に頭で考えようとしても無理でしょ?
 なのはも、最初はそんな感じだったから」

「そう……そうね。確かに」


 なのはのもう一人の親友、アリサ・バニングスは言葉を止めた。

 その口から出るのは、ようやく認めた真実と言う名の過去への憤りか、あるいはなのはに対する謝罪だったのか。
 彼女自身にもあやふやな気持ちのままの感傷を、今は心の遠海の果てへと押しやって。
 アリサ・バニングスはようやく歩き出す。その歩方がおぼつかないとしても、至純たる過去の想いを抱えながら。


「それでも、なのはは………立ち直れたんでしょう?」

「そう、だね」


 前を向いて先行く友が、一人いる。
 アリサ・バニングスは自他共に認める負けず嫌いだ。
 置いて行かれることなど、彼女の気質からして望むべくもない。
 ならば………


「だったら、今日のお茶会はもう解散。それでいいでしょう」
「えっ、アリサちゃん?」


 すずかの呼ぶ声には応えず、踵を返し、二人に背を向け歩き出す。

 足元の芝生の凪いで揺れる様は、さながら女王を出迎える従者たちのようで―――


「今はまだ……一人で考えたいこともあるから、今日は帰るわ。
 これからは、あんたたちが気を使うことも無いようにするつもりだから……だから、今日は………ありがと、さよなら」


 気丈な少女はそう言って、感謝の言葉だけをその場に残し、毅然とその場を後にした。


(俯いてばかりじゃいられない、そんなのアリサ・バニングスらしくない……そうでしょ、なのは、すずか。
 アンタたちの親友は、そんなヤワじゃないってところを、ちゃんと見せてあげるから。
 だから………だけど、今だけは………)


 頬を流れる涙は、誰にも気取られることも無く。

 少女の幼くも整った顔立ちを、清流のごとく流れるままに。

 満たされぬ心を、かすかに潤し………庭園の大気と土へ、溶けていった。






「……アリサちゃんも、大丈夫かな」

「そうだね、アリサちゃんは本当に強い子だから。
 だから、次に会う時は笑って話せるようになれると思うよ、なのはちゃん」

「うん、本当に…そうだといいね」

 今日の出来事が彼女の心に、更なる重しを加えたことを、なのはは自覚している。
 それでも尚、必要なことだったのだ……彼女が前を向いて進むためには、なのはがそうであったように。

 そして彼女は……アリサは、キズを抱えながらも前進することを選んでくれた。
 彼女を心の底から信頼していたなのはだったが、やはり安堵感を覚えたことは否めない。

 ――――だからだろう、その打ち明けるタイミングと、ジュエルシードの封印作業の緊張感から解放された間隙を縫うように。

 “彼女”の言葉をスルリと受け入れてしまったのは。


「ねぇ、なのはちゃん。
 あの映像、ここの機材でも………コピーできるのかな?」







◇ ◇ ◇ ◇






『良かったのかな…これで』

『どうだろうね。あれだけ暴露した上で映像記録を渡したことを懸念するのは、正直今更って感じもするけどね、なのは』

『うう…でも、すずかちゃんもアレがあれば未だに戸惑ってる人たちの説得もスムーズに行くって言ってたし。
 今は皆でまとまって、街の復興に力を入れるべき時期だって言う理由も聞いたから……』


 月村邸からの帰りのバスの中で、なのはとユーノは念話でこっそりと会話をしていた。
 それは先ほどすずかに渡した、一連の出来事が収められたレイジングハートの記録映像、あの日の映像ファイルのことについてだった。


『別に彼女を信用できないって言ってるワケじゃないよ。なのはの友達だしね。
 でもね、あの映像を見た他の人たちまでは……僕らの関与できる枠じゃないからね』

『うん、そうだね。
 それにしてもレイジングハートの記録って、地球の機械でも見れたんだね。そこはちょっと意外だったかな』

『まあ映像端子と音声端子があるなら、ある程度の融通はデバイスがつけてくれるさ、インテリジェントなら尚更ね
 それよりもなのは、気をつけることがあるよ………あの映像を見て、これから魔法に興味を持つ人が出ないとも限らないんだ。
 そうなったら間違いなく、現状で一番狙われる可能性があるのは、なのは……キミなんだよ』

『……ユーノくん』


 ユーノがなによりも危惧しているのは、管理外世界に魔法が広まる―――ということよりも、なのはの身上についてだった。

 そのことを言葉の端々から感じ取り、なのはは自身の頬が温かくなるのを自覚した。


『もっとも、そのことに関して“彼女”が考慮してないとは思わないけどね。
 わざわざなのはの身を危険にさらすようなことはしないだろうし、危うい部分は彼女のお姉さんも取り成してくれるとは思うから』


 傍らの座席にチョコンと座り、前方に視線を固定しつつも、その意識はあくまでもなのはを一番に気遣っているフェレット。
 そんなユーノの姿に。傍に居てくれる温かい存在に。
 なのはは、高みを見上げる憧れではなく、家族に対する親しみの感情に近い………新しい感情の発露を、その身に覚え――――

『ユーノくん……あの』
「なのは、どうかしたのか?」
「ふぇっ、な、なにがっ。お兄ちゃん?」

 いつの間にか兄、恭也がその精悍な顔つきをコチラに向け。なのはをじっと見つめていることに気がついた。

「なにって、なんだか気もそぞろという感じだったからな。
 アリサも途中で帰ったみたいだし………なにかあったのか、なのは?」

 鋭い。
 全然気づかないうちに、こちらを観察していたらしい――この兄は。

 その手の気配を辿る感覚には、ここ最近手慣れた感じがあり、何気に自信を覚えていた部分もあったのだが。
 あっさりと、その自負もたやすく折られてしまい、なのはは少しだけ落ち込んだ。
 そのせいかユーノになにを言おうとしていたのかも、ド忘れしてしまっていたのだが………


『ごめんユーノくん、念話はちょっと中断だね』
『ああ分かったよ、気にしないで。僕もそこまで危険視してるワケじゃないから』


 そういう話をしたかったんじゃないんだけどなぁ、と。微妙に落ち込み加減が加速したりもするのだが。
 なのはは改めて、兄に向き直り思考を統一する。

 いつの間にかこちらの間合いに入り、マイペースに相手を貫く不動の剣術家。

 なんだか微妙なイメージになってしまったような気もするが、家族から見たらどんな凄い人物でもこんなものだ。
 しかしそれでも、目の前の兄には………確固たる“強さ”を、なのはは感じていた。

 力が強いとか、鋭い動きとか。そういう目に見える部分ではなく。
 存在がブレていない。
 一柱の太く硬質な“骨”が兄、恭也のその身の芯を通り、支えて居るのを―――なのはは間近で実感していた。

「どうした、やっぱり気になることでもあったのか?」
「気になる、というか……お兄ちゃん、聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「俺にか? 別にかまわないぞ、なのは」

 不意の妹からの質問要望に、恭也のその剽悍な眉から力が抜ける。

 ――――思ったほど、深刻な状態ではなさそうだな。

 そう判断し、少しの安堵感を覚える。
 両親にも末の妹を気にかけるように言われていたこともあり、恭也なりに心配もしていたのだ。

「それで、なにを聞きたいんだ?」
「うん、えっとね………」

 ほんのわずかな白紙の時間。
 躊躇する想いをはにかみでごまかし、なのはは兄に聞きたかったことを投げかけた。



「もし………自分よりも“強い”と思ってる人と闘わなくちゃいけなくなったとしたら。お兄ちゃんなら、どうするの?」



 想定していなかった質問の種類に、刹那の時間呆ける恭也。
 しかしそれも瞬きする間だけのこと、すぐに精神を立て直し問いの答えを模索する。

 なるほど、コレは確かに自分に聞きたいことだろう―――と、どこか納得する。

 引退した父や、天賦の才を持ち得ながら未だ未完成の上の妹よりも、剣の道で研鑽している自負が今の恭也にはあった。
 果たしてその質問が、なのはにとって興味本位から来ただけのものなのか、それとも別種の意味があるのかという疑問は、今は置いておく。
 ゆえになのはの問いには、その道から自分も応えるべきだろう。そう考え恭也は口火を切る。


「そう…だな。
 状況にもよるが、ソレが回避できない戦いだと言うのなら、迷わず相手と向かい合うべきだろう」

「負けるかも、しれないのに?」

「どうして勝てないと思うんだ」

「えっ?」


 思いもかけぬ返答に、俯き加減にあったなのはの顔が改めて恭也へと向けられる。
 釣られる様にフェレットの首もこちらに向いていたが、それを気にすることも無く、恭也は淡々と言葉を紡ぐ。


「勝負事は所詮水ものだ。相手が強いからと言って、勝てない道理などどこにも無い。
 その勝率を上げるために、日々の研鑽を重ねているんだからな」

「でも、それでもっ…相手の方が、すっご~く強かったとしたら?
 絶対に負けるかもしれないって……やっぱり、思っちゃうよ」


 妙に実感のこもっているなのはの表現に、訝しむ気持ちを感じた恭也だったが。
 だからこそ、その気持ちを抑え、真正面からなのはに心事を打ち当てる。
 迷いを抱える妹の道を切り払うのも、兄としての矜持だと思えばこそ、恭也は更に言葉を重ねる。


「なのはは、家の剣術の流派を知っているか?」
「え……えっと、小太刀二刀…御神流、だったっけ」
「正式には―――永全不動八門一派、御神真刀流小太刀二刀術。と言うんだけどな」
「……長いね」
「ふふ、そうだな」


 なのはの率直な、子供らしい簡潔な言葉に、思わず苦笑し頬を緩ませる恭也。
 だが和らいだ表情も、次の瞬間には真剣なまなざしへと変わり、なのはを正面から見据えていた。
 その強い瞳に目線を外せず、なのはの嚥下した喉が、ゴクリと鳴った。


「別に小太刀二刀と言っても、御神流はそれだけを振るうわけじゃない。普通の太刀や無手で闘う術も心得ている。
 だからこそ、これは俺個人の心構えみたいなものだがな」

「………………」

「心に刃をもう一つ。ソレを持って、敵とまみえる………そういう心構えだ」

「心に……もう一つの刃?」


 意味が理解できず、疑問符で返すなのはに、軽く頷き恭也は自身の胸の中央を、その鍛え上げられた拳でトンと叩く。


「決して折れず、曲がらない。そんな刃を、自分の内で強く硬く鍛え上げるんだ。
 その心の刀があれば、どんな強敵と対峙したとしても、気持ちで負けることはまず無いだろう」

「心の……刀」

「手に持つ太刀と心の刀。
 心技二刀を己が正しく持ちえてこそ、活きる理法を見つけることもできるだろう」

「手に持つ太刀と、心の刀……」


 恭也の言葉は難しく、なのはは全てを理解できたワケでは無かった。
 だが自分にとってそれが……大事な言葉になると、予感めいた気持ちで汲み取れた。

 だからこそ己に刻み込むように、なのはは言葉を繰り返す。
 その傍らで力強く、静かに頷き返す恭也。
 自分の言葉がわずかにでも、妹の支えになることを祈りながら――――




(そうだ、僕も………燻ってばかりじゃいられない。
 魔力適合が合わないとか、攻撃魔法の適正が無いとか……そんな悲観的なことを言ってる場合じゃないんだ!)

 恭也の言葉に感じ入ったのは、なのは一人だけではなかった。
 なのはを挟むように、恭也とは反対側のシートの上で、決意を燃やす小動物が其処に居た。

(なのはにはもう、魔法のことに関して僕から教えることはほとんど無い。
 だったら、僕のやるべきことは……)

 今までは、ジュエルシード発動体を抑えられない非力な自身と、なのはを巻き込んだ責任などが、ユーノを縛りつける鎖となって身動きを取れなくしていた。
 だが今は、《それ》を理由に逃避することは許されない。
 心内を省みて、ユーノ・スクライア自身の感情がソレを許さない状況であると、静かに熱く訴えている。


(もう責任の問題でもない。これからはどんな手を使ってでも、ジュエルシードは回収しなくちゃいけないんだ。
 まずは通信を……レイジングハートを仲介すれば、次元間通信も飛ばせるはず。運よく近くの次元に管理局の人間が居てくれたら――――)


 なのはやアリサに負けじと、一歩を踏み出す決意を固めたユーノ。

 それぞれがそれぞれの、己が見定めた道を。

 子供たちはひたむきに、前を向いて歩きはじめた。







◆ ◆ ◆ ◆







「やっぱり、あなたが《何か》したんだよね………鹿島くん」


 月村邸の一室。
 夜半過ぎにも関わらず、その部屋からは明かりが煌々と夜闇に包まれた外園に垂れ流されていた。

 その灯りの点った部屋。光源はすずかの部屋の一つのモニター。

 豪奢な部屋の複数の電灯を何一つ点けぬまま、ジャガード生地に包まれたリクライニングチェアに腰掛ける。
 可愛らしいフリルで袖口と胸元を飾り付けた、薄桃色のネグリジェを身にまとった少女。
 その眼はアンティークデスクの上に鎮座する大型モニター、そのディスプレイに表示されている3つの、それぞれに起動している動画ファイルへと注がれていた。

 それはあの日の出来事。街の崩壊が起こった日の、記録映像。
 レイジングハートから抽出した360度のパノラマスクリーンを、一定の角度ごとに区分けした、ファイルごとのドキュメントムービー。



 ある共通の事柄を、その画面に取り込んだ映像。

 ――――須藤葵の攻撃により倒壊したビル――――その瞬間を映し出した映像。

 そのビル崩壊を起点にし、それぞれ別方向から撮影された、3本の同期したムービー。



 すずかの見つめる先。42インチのモニター画面内で起動しているその3つの動画は、いずれも当時の時間軸で同時に再生するように設定を施されたファイルだった。

 それぞれが再生する時間の経過がファイルの直下、3つの同じ数字がコンマ単位で重ねられていくその様が、カウンターで表されている。
 微動だにしないすずかの身体。だがその外眼筋だけはせわしなく動き、複視による眼球運動がずっと続いている。
 あの時何が起こったのか。有り難くもつぶさに知らせてくれる動画の流星群。流れ、流れるその軌跡を追って―――――


 高町なのはの初めての砲撃。須藤葵の強襲。神宮翔の破壊の一撃。二人の超人による潰滅戦。


 あれから、何度も見返した映像群。
 再生が進むにつれ、崩壊していく街を幾度も見るのは……繰り返してもなれるものではない。
 それでも見つめる先にある、すずかの決意。
 アリサやなのはが進もうとしているのなら、自分も決断しなければいけないことがあると……そう、考えているからだ。

 魔法の隠ぺいに関しては問題ない。
 そこら辺のさじ加減は姉や叔母の方が得意だし、身内の彼女たちが恭也の妹であるなのはに不利益なことをするとは思えない。

 街を破壊した神宮翔……と、須藤葵。異能者たちの存在も秘匿前提ですでに動いている。
 こちらの方は専門と言ってもいい、《一族》の手慣れた者たちが事件直後から根回しに腐心しているのを伝え聞いている。

 となれば、小学生であるすずかができることなど知れている、個人的な事柄だけだ………それもまた、厄介な出来事であると確信してはいるのだが。


「………はあ」


 漏れる吐息は精神的な疲れを感じさせながらも、どこか艶めかしい。

 《彼》のことを考えると、どうにも自分の精神が安定しないのも、仕方が無いことなのだろうけど…………

 今、目の前のディスプレイでは。モニター画面の下部に相当する動画で鹿島進が右手を掲げ、握り込んだ―――――
 ――――その直後に右上部の動画、遠見から映し出した映像では、神宮翔と須藤葵の二人が落ちていく様が………看取された。


「っ……!」


 瞬間、すずかの瞳を緋色の彩りがちらつき陰る。

 だがそれも数秒。
 息を吐き、閉じた瞳を再び開いた時には……彼女の瞳の色は通常の、バイオレットカラーへと戻っていた。

 怒りによる瞳の虹彩色変化―――――それは【夜の一族】が持つ、特殊な資質の一つでもあった。





 『夜の一族』――――それは『吸血鬼』とも称される、遺伝子変異によって生まれた特殊な家系。

 歴史あるその血脈は、異常に発達した運動能力や知覚能力を持ち合わせ。更にはずば抜けた再生能力に霊感応、心理操作などの特殊能力も備えた長命種。
 ―――――異能を持ち合わせた集団、それが夜の一族という血族。

 その一族の中でも高い地位に属する月村家。月村すずかはそこの眷族でもあった。

 異能を受け継ぐコミュニティ。
 だが、それとは隔絶する。一般人の家族の中から突然変異として出現した、単一存在としての異能持ち。
 それが神宮翔と須藤葵という存在だと、夜の一族は認識していた。

 1週間前の出来事で、翔と葵の2人の存在が一族に疑われた時、真っ先に調査が進められたのは2人の家族についてだった。
 ―――結果は、シロ。
 彼らの親族家族から、特殊な家系を匂わすモノは出てこなかった…………これまでは。


 しかし強大な力を持つ異能者たちが、月村家の娘の一人とクラスメートであったことは、少なからず一族の中で紛糾する話題ともなった。
 さらにその一人がすずかの親友という位置に居たのはまずかった、それゆえに『月村』が疑念を持たれる一因となったのも、それは仕方の無いことだろう。
 今は街を優先することもあり、ある程度小康状態となってはいるが、この件がいつ再燃する話題になるとも限らないのだ。


 そんな火種が残っている状態で、『三人目』の異能者が同じクラスに存在するなど………すずかには、とても打ち明けることなどできなかった。





「どうしてなのかなぁ、鹿島くん………どうして、翔くんを…………」

 ――――神宮翔と須藤葵、2人を殺したのは鹿島進。

 そう言えるだけの確信が、今のすずかの中には揺るぎない主張として存在していた。
 それは同期した映像から予測される事柄でもあり、彼女の持つ霊的な部分の第六感もそう訴えていた。


 なにより、鹿島進と神宮翔と須藤葵。この三人を結びつける《何か》が、すずかの直感を前々から刺激し続けていたのだから。


 神宮翔は……特殊な子供であり。普通の、良心的な人間だった。
 彼は小学生としては突出した能力と精神性を持っていたが、家柄上様々な大人の異性と接する機会の多いすずかは、翔の周囲に対する態度……
 ――――自分たち親しい人間とそれ以外に対しての態度の差異が、大人のソレと近いことに気づいていた。
 それは別に悪いことではない、事実すずか自身もそういう割り切り方には慣れている。とはいえアリサやなのはほど、彼に懸想するほどの特別な感情を持つことも無かったが。
 それでも良き友人としての彼を亡くし、今なお哀惜の念を抱いている事は、すずかの中で変わりない事実でもあった。


 須藤葵には……どこか異質な、自分に似た気質を感じていた。
 社交的な彼女を同視し比べることは、臆病な自分のコンプレックスの裏返しなのかとも一時は戸惑いもしたが。
 注意深く、密やかに観察していると、彼女の異質な部分は次第に浮き彫りとなっていった。
 言葉の端々に窺えるシニカルな世界観。時折見せる機械的で怜悧な眼差しと頭脳。
 子供の身でその本質を上手く隠蔽している事こそ、彼女の異常性の源。薄闇のベールで包まれたその“壁”は、すずかをして驚異を感じさせるものだった。

 だからこそ彼女には近づけない。
 本質を理解できる同胞など、彼女が欲するモノでないことは、直感に頼らずともすずかには理解できていた。
 その時点で本能的に理解者を求めていたすずかとは対照的な、相容れぬ存在なのだと認知したからこそ、彼女には関われない。


 ゆえに、すずかの興味は彼女、須藤葵が気にする対象………鹿島進へと、向けられることとなった。


 はじめは葵ほどの奇異な存在が、なぜ気にするのかと不思議に思ったくらいだが、その認識はすぐに改めさせられた。

 鹿島進は……凡庸だ。
 傍目からは平均より上程度の印象で固定される、どこにでもいそうな子供―――だが、なにかが違う。
 須藤葵のような隠蔽している雰囲気ではない、違和感無く周りに溶け込んではいるが。どことなく漂う奇妙な感覚を、すずかの第六感はわずかに捉えていた。

 こちらは須藤葵と違って、意識的に隠してある他者に対する壁の存在は無かった。だからこそ違和感が腑に落ちない。
 それゆえに、彼は興味を引く対象であり、密かにすずかも注意深く観測していたのだが………


 事ここに至って、すずかが注視していた人物たちが揃いもそろって強力な異能者だったという事実が判明した。


 それも血統によるもので無く、突然変異の単一種としての存在である。
 それも同時に複数存在しているなど………事はすずかの理解を超えていた。
 なのはによると翔は魔導師、それもかなりハイレベルな使い手であり。須藤葵は恐らくPケースを上回るほどの、HGSの変異種であろうと思われた。

 ここまで来ると鹿島進も《何か》を秘めていると考えるのは、すずかの中では必然とも言える霊的な予感でもあった。


 繋がりの無いようで、どこか似た気質を持つ3人。
 この3人が共通の友であり、すずかと腹を割って話せるほどの仲であったなら、あの悲劇は回避できたのだろうかと……考える。

 その世界でなら異端者のカテゴリーに所属しているすずかも、もっと心置きなく振る舞える、そんな日常があったのだろうか?

 その夢想も、今はただの泡沫の幻。
 現実は街を巻き込んだ凄惨な結末へと帰結し、幕を下ろした。

 ―――だから、今考えることは…………




「仕方がなかったんだよね………分かってるよ、そんなこと。
 でもね、やっぱり………あなたを憎むことは……止められそうにない、よ……鹿島くン………」


 生き残った《異能者》を、どう…………《扱う》かということ。


「あのままじゃ街の被害はもっと出た。命を奪われる人も、きっと居たかも知れない………だから、誰かが止めるべき……うん、それは仕方の無いこと。分かってるヨ。それは。
 でもね、鹿島くん………翔くンは、私の友達だったんダヨ?」


 どんな能力で2人の命を奪ったのかは結局、何度ファイルを見返しても、分からずじまいだった。
 瞳が再び―――真紅に染まる。


「あぁァ………本当に、どうすればいいんだろう? ねぇ鹿島くん。
 お姉ちゃんにも、言うべきじゃないんだヨネェ、きっと。これは。」


 暫し紅に染まった瞳孔が、鮮やかな虹彩、すずか本来の色へと戻っていく。
 頬が熱い。
 怒りか、それも当然含まれているだろう。だがそれだけではない、別種の昂り。
 なのはが提供した映像を、その目に映し出した時から。混沌とした意識の荒波に、すずかは翻弄され続けている。


「今はマダ……動けない、よね。
 せめて、街の喧騒が落ち着くまで………一族の目が、この海鳴、月村から離レルまでは………」


 それはまさに愛憎表裏一体のカオス。

 自分以外の異端者への驚き。友を失った悲しみ。共感できる存在への期待。異能による暴力への忌避。身近な人を奪われた怒り。受け入れられない恐怖。

 様々な強い感情のジレンマが、すずかの内で渦巻いてはぶつかり合う。

 二律背反の治まりつかない、その《希望》を抱いて………今、月村すずかの一番に願うこと………それは――――



「会いたいなァ、鹿島くン」



 その先にある感情は―――――未だ、未定。







◆ ◆ ◆ ◆







「プレシア………結局アンタは、フェイトのことを……どう思ってたんだい」


 時の庭園の一角。西の森の入口の片隅に、閃緑岩を切り崩して作られた二つの墓標が、其処には寄り添うように存在していた。

 プレシア・テスタロッサとアリシア・テスタロッサ、2人の母娘が埋葬されたその場所を前に、何をするでもなく佇むアルフ。
 彼女のつぶやきに応える者は、すでに鬼籍に入って墓の中だ。だからこんな言葉に意味は無い。
 だがそれでも……吐き出したくなるほど抱えてるものが、今のアルフには重すぎた。

「色々、言いたいことはたくさんあったんだけど……いざ喋ろうとすると、なにも出てこないもんなんだねぇ」

 その口から出る言葉に、少し前までの覇気は無く。
 それはどことなく疲れを纏わせた独り言、ため息交じりの口上でしか無かった。


「アンタがなにを考えていたのか、何をやろうとしていたのか……ある程度分かったよ。
 プレシア、やっぱり私はアンタのことを好きにはなれない。どうして……どうしてフェイトを………」


 プレシアが何を考えていたのか、それは彼女の研究室や私室に残されていた、研究データや手記から知れることとなった。
 バルディッシュに秘匿されていたキー。
 恐らくはプレシアの使い魔であるリニスが残していたものだろう……それを使い、フェイトとアルフはプレシアの研究の概要と計画を知った。

 プロジェクトFという――――アリシアのクローンである、フェイトを造り出した禁忌の計画のことも――――


「私は怒るべきなんだろうねぇ、そう……気持ちは訴えているんだけどね……それでも、アンタがいなければフェイトは生まれなかった。
 ひいては私が今ここにこうして、存在している事も……そのおかげってことにもなるんだよねぇ」


 感情は主をモノ扱いしていたプレシアに対して、憤りを覚えている。
 だがそれだけの話で済むことでも無い。フェイトに命を救われたアルフは、間接的にプレシアに救われたということにもなるのだから。

 義理堅い性格の狼の使い魔は、その事実だけでもプレシアを憎みきることはできなかった。

 複雑な感情を押し殺し、数秒墓標に真摯な目を向け直した後、アルフは踵を返し歩き出す。
 その胸中に苦い思いを抱きながら、《あの場所》へと歩みを進める。

 思い返すのは………研究を、プロジェクトFの要旨を知った時の、あのフェイトの歪な笑み……それをアルフは、忘れることができなかった。






『ふ………あはは、そうか……そういうことだったんだね母さん。
 ああぁなるほど、だからアリシアと………あはは、そっかそっか、だからあれは……ああ、分かる、分かるよ母さん……今なら貴女の気持ちが、痛いほど、本当に………』

『っ、フェイト!? だ、大丈夫かい? こんな……気を落とすんじゃないよ!!
 アタシはどんな……どこまでもフェイトの使い魔だよっ! だから………』

『アルフ?』

『こんな……こんなワケの分からないプロジェクトとか、関係無いんだよ! フェイトはフェイトなんだからっ、だから……』

『ああ、大丈夫……大丈夫だよアルフ』

『フェイト?』

『………確かにね、ショックだったよ……コレは。
 でもね、それでも私は母さんの娘なんだってことが分かって、今は逆に……少しだけ気持ちが晴れた気分なんだよ』

『え……っ?』

『理解できるってことは、嬉しいことだけじゃないんだねぇ………ねえアルフ』

『な、なんだいフェイト』

『お墓、作ろう』







 そう言って魅せた笑顔が………アルフの脳裏に焼き付いて離れない。
 あれからだ、フェイトがなにを考えているのかが、アルフにはさっぱり分からなくなった。

 研究室に篭りきり、時間のほとんどをデータ漁りに費やしている今のフェイトとは、食事の場以外で接する機会もぐっと減っていた。
 プレシアの研究に触れたくないアルフの意思を尊重し、好きに行動させてはくれるものの。
 時の庭園でアルフにできることなど、辺りの散策と日がな一日ボーッとしていることだけだった。

 使い魔と主は繋がっている。
 それは精神論だけでなく、魔力を流すラインとして実質の繋がりがあるということだ。

 その繋がりを通じて、フェイトの色のついた感情が魔力と共にアルフに流れ込んでくる。
 それは――不安、悲しみ、苦しみといった負の感情を表すものが大半ではあったのだが、時折訪れる………なによりもアルフを恐怖させる感情が…………


 ―――――《喜び》の感情――――――


 今の状況の《なに》が、フェイトをそんなプラスのベクトルに向かわせるのか…………
 考えるのも怖ろしい。いや、考えたくも無いがこの場合は正解だ。

 目の前にぶら下がっている問いの答えを先延ばしにし、それでも《ソレ》から眼を離すことのできない矛盾した背反した摂理。
 そんな鬱屈した感情を自覚すると、時の庭園の主の間を通っているアルフの足取りも重くなるというものだ。


「だからさあ………結局、今のアタシにできることって、なんなんだろうねぇ」


 あれから幾度も来た、安置室のポッドの前でアルフは独りごちる。

 黄金色の溶液にひたされた、左手首から先を失った《少女》は何も答えてくれない―――――



「ねぇ………アオイ」



 ―――――スドウアオイの亡骸は………なにも、応えてくれない。


















+ + + + 


 猫屋敷でのフェイトの出番? ―――――彼女はそれどころじゃないッスよ。




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