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[25391] 【チラ裏からきました】 「銀トラ伝」 銀河英雄伝説・転生パチモノ
Name: 一陣の風◆ba3c2cca ID:8350b1a5
Date: 2013/09/22 13:53
 
 -見知らぬ天井だ

どうやら、こんなお話しは。
どうやら、こんな書き出しで始まるのが。
どうやら、こんな「決まりごと」らしい。

なので俺はもう一度、呟いてみる。

「おぎゃあああ」

「まぁまぁ、元気な泣き声ね」
「ほんと。 元気な男の子だわ」
「うむ。これで我が家も安泰じゃな」

 ……え? 赤ん坊?



  「 銀トラ伝 」 -銀河英雄伝説・転生パチモノ



俺には前世の記憶がある。

 ぬう……
これもテンプレ?
ワン・パターン?
ありふれた書き出し?   やれやれ。


 さて。
前世での俺は、自分で言うのもなんだが、実に平々凡々とした男だった。
普通の家に生まれ、普通に成長し、普通に学生になり、普通に失恋し、普通に社会人になった。
取り得とてない。 ただの普通の一般人。

まぁ、多少なりとも他と違うのは、歴史好き。
特に戦史が好きなのと、ネット上にある「二次創作小説」を良く読んでいたくらいだ。
特に戦史は、史実を丹念に追った真面目な歴史モノから、いわゆる「火葬」とも揶揄される仮想戦記モノまで、なんでも読んだ。
同じくらいに「二次創作」にもハマり、面白い作品となれば夜が更けるのも気付かず、読みふけっていたものだ。

だから最初に「転生」に気が付いた時でも、びっくりしたが驚きゃしなかった。
だって良く読むSS小説の「転生モノ」そのままだったから。
うん。予備知識って大切。
だから俺は割とすんなりと、この状況に溶け込む事ができた。

まあ、素直に納得したか? と言われれば……あらあら、うふふ。

 で。
俺の前世での最後の記憶は、目の前に広がるトラックの大きなボンネットと眩し過ぎるヘッドライトの灯りだ。
あっと思った時はもう、この世界に「おぎゃあ」と生まれ出ていた。
おかげで良くある、神のごときものにも、死神のごときモノにも、ましてや魔法少女のような存在にも。
そのどれひとつとして出合っていない。
なすべき事も、何も教えられていない。

いや、ただ単に記憶がないだけか。
あるいは、記憶を消されただけかもしれないが。

 はっ。
もしかして、今にも空から眼鏡で赤のチェック(ここ大事)のミニスカートの美少女が落ちてくるのか?
もしかして、家に帰れば「遅いぞっ、お兄ちゃん。さ、さびしかったワケじゃないんだからネ!」とか言ってくれる金髪ツインテール(ここも大事)の可愛い妹が、なんの脈絡もなく出現しているのか?
もしかして、「ご飯できてるわ。それとも、お風呂が先かしら?」とか言ってくれる、黒い長髪、白いエプロン(これも大事)の妙麗なお姉様が迎えてくれるのか?

 残念ながら。
そのどちらも今現在、実現していない。
そんな「状況」はない。
そんな「理想郷(アルカディア)」は存在しない。


 ちくせう

この世界は-
訳の分からぬまま俺が転生してしまったこの世界は、そんなファンタジーとは程遠い世界。
そんなラノベ的世界とは程遠い世界。

ここは硬質な世界。
リアルでシリアスな世界。
幾多の「二次創作」でも読みふけった世界。


 宇宙暦748年。俺は惑星ハイネセンで生まれた。



   ****


 それにしても-
ロースクール生になった俺は算数の問題を解きながら考える。

 円周率っておおよそ『3』で良いんだっけ?

俺が好きで良く読んでいたネット上の、いわゆる「二次創作モノ」では大概、こんな場合の転生者は、すでのこの世界で名の知れた者か、
あるいは主人公の側近か先輩かで、すでにある程度の武功を持ち、主人公と対等、もしくはそれに類する地位を得ている。
そしてすでに物語は、がっつりと「銀英伝」の世界へと突入している。
そんな話しなハズだ。

だが俺はまだ届かない。
そこまで行けていない。
まだ到達できていない。

なにしろ俺はまだ「子供」なのだ。
普通に育ち、大きくなり、年を重ねていく。
ただの、たんなる「子供」なのだ。

こんな無駄な転生話。需要なんかねえぞっ。
いつになったら正史に加入できるのか。
いつになったら、ヤンと共に戦えるのか?

やれやれ……先はまだまだ長い。
それまで俺は、敷かれたレールの上をただ素直に、まっすぐ走り続けるしかなかった。


それにしても-
ミドルスクール生になった俺は思う。

 くそ、帝国公用語って面倒くさい

転生モノでもそうだが、物語に書かれていない『時』って、どんなモノなのだろうか?
そう。物語が紡がれる前の主人公達の話。
今まさに、その状況真っ只中にある俺は、そのことを考えざるを得ない。

こんな正史にも描かれていない世界。
どうすりゃいいんだ。
俺の知っているキャラクター達。 
敵味方問わず、この時代に育つ、幾多のキャラクター達。
その誰もが今、どこでどうしているのやら。

ヤン・ウエンリーは父の言いつけに従って、壷を磨いているのだろうか。
ローエングラム……今はまだミューゼル・ラインハルトか- は、姉を奪われ怒り狂っているのだろうか。
ユリアンは……まだ生まれてないだろうなぁ。

他のキラ星の如く輝くキャラクター達も、未来のことも知らぬげに、今を生きているのだろう。
くそっ。 なんだか気になるなぁ。
いったい、どんな生活を……青春を送っているのやら。
俺のように試験の結果に一喜一憂し、女生徒の笑顔に気を取られ、俺にはない将来の夢を語っているのだろうか。

 きっとそうなのだろう。

きっと誰も知らない、自分達だけの世界を楽しんでいるのだろう。
ハイスクール生になった俺は、そんなことを考えていた。



「卒業したら、どうするのかね?」
したり顔の担当教師が俺に訊ねる。
「士官学校に行きたいと思います」
俺のそのきっぱりとした答えに、担当教師は、にっこりと微笑んだ。

俺の住んでいた前の世界と違い、この世界の教師は自分の担任の学生が、どれだけ軍人になるか- で評価されるようだ。
ヤンやポプラン。アッテンボローといった連中が一緒に居れば、なにか気のきいたことの一つも言ってくれそうだが、残念ながら「あの時」まで、
自分の未来が決まっている俺には、それはもう既成事実として定まっていたことであるからして、なんの感慨もなかった。


 予定調和- というべきか。
俺はなんの問題もなく士官学校に入学した。
同期生となるべきクラスメートが公表されるやいなや、俺は目を皿のようにしてその名前、ひとつひとつを確認していく。
いわゆる「730年マフィア」ほどではないにしろ、有用な仲間は多い事に越したことはない。

 いた。
意外な人物の名前を見つけた。
へぇ、こいつ、俺とは同期生だったのか……原作にもアニメにもそんなことは一行として書かれていなかったが……
これも神の思し召し?
あるいは魔女のバァさんの呪いか。

あと知っている名前はほとんどない。
だいたい原作では、俺は何期生か、年齢すら知らないのだ。 仕方ないこととはいえ、やはり少々やるせない。
逆に、それなら少々の無理は押し通せるかもしれない。

俺はこの世界に俺を転生させた「ナニカ」に、密かにそう願った。



  ****

士官学校での三年間は、それなりに楽しかった。
もちろん、いろんな事はあった。
上級生の靴を磨かされた事も。 
下級生に靴を磨かせた事も(決して強制した訳じゃないお! 自主的にやってくれたんだお!)

体育祭で棒倒しで、先端のリボン(嗚呼っ。リボン付だ!)を取るために腕を骨折した事も。
空戦シミュレーションでは、ゲロを吐きながら敵機を撃墜した事も(掃除させられました)

食堂で好物のプリンを得るために、狼のごとく激闘をくり広げたことも。
(俺の狼名は「変人」 おひっ!)
主計当番(ようするにコックさんの真似事だ)では「一緒にやらないか?」と主計長に誘われた事も。 嗚呼、思い出したくない!

また野外の模擬戦闘では奇襲をかけるため、自分の部隊を三日三晩、ほとんど飲まず喰わずで行軍させ敵の背後から突入。
撃滅して完全勝利した事も(演習終了後。部下役の同期生達からタコ殴りにされた事は言うまでもない。しくしく……)

艦隊戦のシミュレーションでは開始の合図と共に、ただひたすら相手の旗艦めがけて全戦力を突進させ、うむを言わさず撃沈した事も。
もちろん、こちらも被害甚大。 艦隊の大半が沈没した。

でも俺は気にしなかった。 勝てばいい。

 そう。
これは所詮シミュレーションだ。
ただのゲームだ。
自分はもとより、兵士達が本当に死ぬわけではないのだ。

 もちろん実戦では実践しない。

あの時だって、無益な突進は絶対にしない。
あんな無思慮な突撃は絶対にしない。
俺はその為に生まれてきたのだ。 たぶん。


 『後ろへ前進!」

俺の前世からのポリシーでもある。 
本当は俺、チキンでターキィーな野郎なのサ。

もっとも、教官達からの受けは悪くなかった。
『実に見事な軍人らしい敢闘精神の表れである』 だそうだ。
うん。ヤンが苦労するわけだな。


 ああ。そういえば-
やたらと威張りくさる、クソ虫な若い指導教官を、闇夜、同級生数人で襲撃。
タコ殴りにした事もあった。
そいつの口の中に、食堂からくすねてきたジャガイモの皮を押し込んでやった時の爽快感!

もちろん実行には戦略級の作戦を立て、互いのアリバイを確認して、同期不在証明補完計画を実行。
戦術的には火力集中と一撃離脱を心がけた。
そのかいあって、事件は未解決。
犯人は不明のまま、事件はウヤムヤになった。
学校側も、その教官も、恥をさらすのが嫌だったのだろう。 そこまでは俺の狙い通りだった。

のだが、後日、その教官が憎しみのあまり、
艦隊中のゴミ箱を漁りまわって、ジャガイモの無駄捨てを糾弾する事になるとは……
俺はその時は、すっかりその「未来」を忘れていたのだ。
 
 反省。


気が付けばいつの間か俺は「超・攻撃的」な男と見なされていた。
「アタマノ螺子ガユルンダ」の二つ名をもらったことは言うまでもない。

前世の俺は喧嘩のひとつもした事のない平和主義者だったのに……まさに「運命には逆らえませんので」だ。



  ****


「諸君、卒業おめでとう!」
シドレー・シトレではない士官学校の校長が壇上で長弁舌を振るっている。
俺は背筋を伸ばして、そのいつ終わるかも知れぬ話しを聞いていた。

今日俺は士官学校を卒業する。
ハンモックナンバー(いわゆる席次ってヤツだ)は、残念ながらあまりよろしくなかった。
4800人中、1888番。
実技や戦技では、結構いいところまで行ったのだが、いかんせん学科はどうしようもなかった。

それでもヤンの、4840人中、1909番よりは少しはマシだよな?

最終的な俺の成績は以下の通り。

戦史・85点。 戦略論概説・80点。 戦術分析演習・95点。
機関工学演習・60点。射撃実技・90点(好きなモンで)
戦闘艇操縦実技・65点。

おかしい。
俺の遠い先祖は確か「トンキン湾の人喰い虎」とまで言われた、エースパイロットだったハズなのに…… 

まぁ、しょうがない。
実際、俺はパイロットや作戦参謀を目指してるわけじゃない。
実働艦隊の指揮官を目指しているのだ。


もっとも「あの男」は、その性格から何事もそつなくこなし、それなりの成績を収めていたが。
なにしろ奴は俺のたったひとつの「蜘蛛の糸」なのだ。
正直、最初話しかけた時は、そのあまりに生真面目な返事と態度に、とても友達になれそうにない! 
と、思ったものだが……
光と影。
磁石のマイナスとプラスが引き合うように、俺達は仲良くなった。
猪突猛進の俺を諌めるストッパーとして。
「アタマノ螺子ガユルンダ」俺の、理性的な頭脳として。
その頃からやっぱり、こいつも歴史の流れにのっていたのだ。



「醜悪で非人道的な専制制度を打破するために諸君等は……」
演説は続く。
俺はそっと周囲を見渡した。
俺と一緒に卒業する、戦場へと赴く戦友達を見渡した。
俺は知っている。
俺は知っていた。

この中の何人もが死ぬ事を。
この中の何人しか生き残れない事を。


 -おい
俺は胸の中で呼びかける。

 -おい。知ってるか。
四年間、共に過ごした仲間達に告げる。

 -俺達は負ける
ひとりひとりの名前が呼び上げられる。

 -イゼルローンで ティアマトで 
呼ばれた奴は元気よく返事をし、立ち上がる。

 -アスターテで アムリツィアで  
ひとり、またひとりと希望と期待に満ち、恐れを知らぬげな顔で立ち上がる

 -ランテマリオで マル・アデッタで
俺の順番が近付いてくる。

 -俺達は負ける 完膚なきまでに叩きのめされる
あと五人。

 -灼熱の炎の中で 極寒の宇宙(ソラ)の中で
あと四人。

 -俺達は惨めな屍をさらす
あと三人。

 -だから友よ。友たちよ。
あと二人。

 -俺は……俺達は戦おう
あと一人。

 -その最後の瞬間まで


「グエン・バン・ヒュー候補生。 卒業おめでとう」
「はいっ!」
俺は精一杯の声を張り上げると、恐れる事無く立ち上がった。



  キタヨー! キタヨコレ! コレ、ドンナ死亡フラグ!?





             -続く

   続くのか。続けるのか。続けていいものなのか?






 
  *****

初めまして。一陣の風と申します。
昨年来よりここに掲載された数多の「銀河英雄伝説」のSSに魅了され、自分のモジカラも考えずに投稿させていただきました。

これからどうなるのか。この後、どう展開していくのか。
作者にもほとほと心細い限りですが、どうか寛容なお心と、生暖かい眼差しで読み続けていただければ、これに勝る幸せは、ありません。

ちなみに私は、小説は読んでいてもアニメor漫画版は、ほとんど見たことがない(フランツ・ヴァーリモント少尉? ダレソレ?)愚か者なので、あまりにも不融合な点は御教授していただければ幸いです。

 それではお付き合いの程、よろしくお願いします。


  <><><><><><><><>

【その他板、移転の口上】

みなさま、お早うございます。
一陣の風と申します。
初めての方は「初めまして」
すでにお見知りおきの方は「またお会いできて光栄です」

本作は長らく「チラシの裏」板に掲載させていただいていたものです。
そちらで望外のPVと感想をいただき、嘘つきピノキオの鼻 になった作者が、モジカラもそっちのけで「その他」板に移転した作品です。

内容はグエン・バン・ヒューを中心とした「銀河英雄伝説」のパチモノ(この表現は、おもったこと様(2ce30742)よりパクりました。改めて感謝)小説です。
非常にグダグダとした長い話です。
また、あちらこちらに、いろいろな間違え、錯誤、凡ミス等があるかもしれません。
なにせ作者が「SS界いちの無責任」を名乗っている奴なので(スライディング土下座)
ですので、もし読むに耐えない表現&間違い等がありましたら、御指摘いただければ幸いです。
 ああ!
それから本作はいわゆる「クロスモノ」ではありません。
何か気になる点があったのなら、それはみな様の感性がより敏感なせい…(鹿馬)

 それではこれからも御贔屓のほど、よろしくお願いします。


☆ このお話しは「らいとすたっふルール2004」にしたがって作成されています。
 シン◆f430efb5 さま。御指摘ありがとうございました。




[25391] 「第4次 イゼルローン攻略戦   前編」
Name: 一陣の風◆fc1b2615 ID:8350b1a5
Date: 2013/09/20 15:12
無限に輝く大宇宙。
その満天の星々の中に、ひと際煌めく銀色の星があった。
イゼルローン要塞である。



  第一話 【第4次 イゼルローン攻略戦   前編 】

イゼルローン要塞。
恒星アルテナの周囲を公転する、帝国の軍事拠点。
直径60kmの人工天体で、表面を耐ビーム用鏡面処理を施した超硬度鋼と結晶繊維とスーパーセラミックの四重複合装甲で覆っている。
(アニメ版では液体金属で覆われていた)

2万隻の艦船が収容可能で、400隻を同時に修復可能な整備ドック。
一時間で7500本のレーザー核融合ミサイルが生産可能な兵器廠、7万tもの穀物貯蔵庫。
20万床のベッドを持つ病院の他に、学校、映画館、民間人の居住施設も存在し、500万人の人口を有する巨大都市。

「雷神の鎚」(トゥールハンマー)と呼ばれるその要塞砲は、9億2400万メガワットの出力を持ち、一撃で数千隻の艦船を消滅させることも可能だ。

「イゼルローン回廊は叛徒どもの死屍によって舗装された」
と、帝国の誰かが言ったとか言わなかったとか……


その星をみながら、俺は唖然としていた。

だって第4次だよ。第4次。
そも「4次」ってなにサ。 「4次」って(大切なことなので、二回言いました)
いや、通算四回目ってコトは分かるよ。 分かる。
俺そんなにバカじゃないもの。
だからこそ、30前で大尉に昇進し、この艦隊の作戦参謀として参加できてるんだもの。

でもね。でもね。
問題はその、第「4」次なのよっ。
だって俺の原作知識じゃ、イゼルローン攻略戦は、第5次からなのよ。
あのシトレ提督の並行追撃の奴。

当然、第5次があれば、その前に第1次から第4次にかけての戦いがあったハズなのだが……
書かれていない!
アニメ版でも見た記憶がない!
どんな戦力で戦い、どんな戦闘が繰り広げられたのか。
まるで分からない。
そんな、まったく見知らぬ戦闘に、俺は参加する事になったのだ。

うう……とりあえず俺はこれまでの(つか、こちらの世界で起こった)対イゼルローン戦を思い起こしてみる。


まずは、第1次攻略戦。
これは767年。 イゼルローンが完成した年に起こった。
要塞建造という事実を軽視していた軍の上層部が、その完成にあわてて艦隊を送り込んだ結果、生起した戦い。
この時は半場「偵察」目的の「おっとり刀」で出動したため、ほとんど戦闘らしい戦闘は起こらず、艦隊は撤退。
損害もなければ、戦果もない。 なんとも煮え切らない戦いだった。
思えばこの時。全力でもって攻略していれば、まだその運用になれていないイゼルローンを攻略できたかもしれんのに……

んで、第2次攻略戦。
1年後の768年。二個艦隊、約30.000隻で行なわれたこの戦いは、無用心に接近した同盟艦隊をトゥールハンマーが吹き飛ばし、
同盟はその総戦力の三分の一を失って退却。 その恐ろしさを初めて見せ付けた戦いだった。

次。第3次攻略戦。
772年。 士官学校を卒業したての俺が初めて参加した戦い。
戦艦「ヴァガ・ロンガ」に最年少士官の一人として乗艦した俺は、いち砲術士官として砲塔の中からその禍禍しく輝く銀色の球体を見た。
(もちろん、スクリーン越しであるが)
最初の感想は「美しい」だった。
光り輝く星々の中に、ひと際輝く銀の星。銀鈴のように美しき人工の星。
俺は見せられたように、イゼルローンを凝視していた。

いずれ俺が帰る場所。
いずれ俺の墓標となる場所。

攻略戦そのものは、帝国艦隊の阻止と、やはりトゥールハンマーの攻撃により、少なくない損害を受けて撤退。
俺はなすすべなく、その様を呆然と砲塔の中から見送っていた。



そして今。 第4次攻略戦。
782年。 イゼルローン攻略戦が10年ぶりに発令された。
理由?
そんなのは簡単だ。 来年、総選挙が行なわれるからに他ならない。
戦果を上げ、人気をUPさせた上で選挙に臨みたい。 そういう政治家達の意識が丸見えで。
戦果を上げ、そんな政治家達に恩を売っておきたい。 そういう上層部の思惑がモロ見えで。
そんな「不健康」な理由が、この戦いの鐘を鳴らしたのだ。



「以上が我が軍の戦略の基本であり、これにより我が艦隊は同盟軍戦列の中央部分を担当することになった」
参謀長が、やや青ざめた顔で説明する。
そりゃそうだろう。 
鶴翼の陣で進んでゆく艦隊の中央。 ド真ん中。
それはつまり一番トゥールハンマーで打ちのめされる可能性が高い場所。
そうでなくても敵艦隊の砲撃を受けやすい位置だってのに……

「今回の作戦においては、いかに敵艦隊と要塞との連携を崩すかが命題である」
今度は我が分遣艦隊司令官が話しだす。
「いかにしてその命題を果たすか。各作戦参謀は明朝0900時までに、その作戦案を提出し給え。
 まずは艦隊を葬り、その後、要塞への攻略へと移行する。なによりも迅速な行動が要求される。 各自、最大限にその義務を果たすよう」
分遣艦隊司令官は、重々しく、そうのたまった。



「どうした作戦参謀殿。頭など抱えて」
俺が士官食堂で夕食のカレー(今日は金曜日であるが故に)を前に、文字通り頭を抱えていると、ひとりの男が声をかけてきた。

ムライ大尉。
この艦隊の後方参謀。補給や主計を取り仕切る会計屋。
ある意味、作戦参謀の俺より偉い男(補給や休養なしで戦えると思う程、俺は頭が良くない)
そして俺の士官学校での同期生。

  蜘蛛の糸

数少ない、俺のこの世界でのアドバンテージ。
いずれヤン艦隊の参謀長として共に戦う男。

「今度の相手はイゼルローンだからな。 いつものように無茶な突撃をされたら命がいくらあっても足りん」
「…………」
「じっくり考えて、最善の作戦を立ててくれ」
言うだけ言うと、ムライを踵を返して去って行く。

分かってる。分かってる。
これは奴の精一杯の励ましなのだと。
戦果を上げるコトよりも、無駄な犠牲は出さないようにしろ。 -と、そう言っているのだ。
それならば、案のひとつでも出してくれりゃあ良いのに。 けれど。

-作戦は作戦参謀が考えるもの
 後方参謀の私は、補給を確実に滞りなく行なうことが職務である

どうせそう言ってはぐらかされるのがオチだ。
けれどそれは職務放棄や、投げやりな態度とかではない。
ムライは本気でそう思っているのだ。 それが規律というものだ-と。
相変わらず、固い奴だ。
いわゆるテッパン?
ある意味、信頼?
もしくはツンデレ?(キモっ)

まさにMr.「秩序」である。
しょうがないので俺は深夜までかかって、前世の記憶から引っ張り出した「妙案」(それらしい思いつき)のひとつを書き出し提出した。



翌日。
俺の提出した作戦案を分遣隊司令官は、眉間に皺を寄せながら読んでいた。
彼の名は、ウィリアム・パストーレ。
そう。史実「銀英伝」において、アスターテの会戦において金髪さんに撃破され、いの一番に物語から退場させられた悲運の提督。
一部では「無能」扱いされる悲しき人物。

けれど俺の見る限り、そんなに無能な人じゃないんだよなぁ、この人。
確かに頭が固く、融通が利かない(岩礁空域で野戦陣地を構築。 くらいの柔軟さはあれば良いのに)点はあるが、艦隊運動や攻勢&防御。そのどれをとっても、他の提督達に劣るところはない。

けれど、彼は「運が悪い」
これ結構、大切なことだよね。
一軍の将というのは、知力も胆力も必要だけど、なによりも「運」が必要だ。

昔、日露戦争の折に、東郷平八郎を連合艦隊司令長官に任命した時の理由が
「運の良い奴だから」ってのは有名な話だ。

その点、この人はイマイチ運が良くない。
戦闘直前に乗艦が故障したり、補給が(本人のせいではないのに)滞って戦闘に参加できなかったり。
思わぬ場所で思わぬ敵に遭遇して、大騒ぎになってしまったり。
その最たるものが、アスターテで、一番最初に金髪さんに出合ってしまうことなんだろうけど……


「小艦隊をいくつも作って、敵陣をすり抜けて行く。 だと?」
「はい。陸戦で言うところの『浸透戦術』であります。 そうしてすり抜けた艦隊を敵の後方で集め、これにより敵の背後から一気に攻勢をかけ壊滅に落としいれる。 と、いうのがこの作戦案の骨子です」
「しかしそれでは、すり抜ける段階で敵に包囲、殲滅されてしまうではないか」
「はい。確かに。 ですからそのためには、他艦隊からの陽動、もしくは牽制が必要不可欠です」
「……ぬう。 面白い意見だが……君はどう思うかね」
パストーレは傍らに立つ、参謀長に訊ねた。
「確かに面白い意見ではありますが……一種の奇策にすぎないと思います」

 -お前が言うなああああああああああああああああああ!

俺は思わず参謀長にツッコみを入れそうになった。

「うむ。正攻法で行こう。 グエン参謀の意見は遺憾ながら却下だ」
へーへー。そうでしょうよ。 仕方ないっスね。
あんたは南雲さんか。
確かに陸用爆弾で空母は沈められまへんがナ。
でもね、俺は知ってるんですよ。 今回の作戦も失敗するってことを。
だって彼の要塞は今から13年後。
ヤン・ウェンリーによって初めて陥とされるものなのだから。

なぜか熱心に俺の作戦案をガン見している参謀長には構わず、俺はパストーレ提督に敬礼すると、司令室を辞去した。


  ****


「ファイヤー!」

無数の光の矢が放たれる。
第4次イゼルローン攻略戦が始った。
俺はその様をただじっと見ているだけだった。

この時、我がパストーレ分遣隊は、やっぱり同盟軍艦隊のド真ん中のド真ん中に位置していた。
幾多の爆光が宇宙を照らす。
不幸な何隻かの船がその光の中で生涯を終える。
もちろん、その内に抱え込む人々と共に。

「よし。ゆっくりと前進だ」
命令通り。予定通り。艦隊はゆっくりと前進する。
帝国艦隊は、それに合わせてゆっくりと後退して行く。
もう「ミエミエ」にトゥールハンマーの射程内にこちらを誘い込もうとしている行動だった。

「停止。後退」
その手は喰わん!
とばかりに、今度はこちらが後ろに下がる。 そうすると帝国軍もノコノコとついて来て……
そんな一進一退の攻防(良い言い方だなぁ)が三日間続き、もう誰もがこの状況に飽きてきた頃。
それは起こった。


「敵が突撃してきます!」
オペレーターの声に驚くヒマもあればこそ。
いきなり我が艦隊の目の前に布陣していた帝国艦隊の一部が、猛然と突進してきたのだ。

 -またいつもの調子の前進と後退サ

と、思っていた同盟艦隊は完全に虚をつかれた。
これまでに倍する爆光が宇宙を照らす。
熱狂的なその突撃は、散々に我々を食い荒らしていく。
その様はまるでアメーバの触手のように広がって……
「うむ。敵ながら見事な艦隊運用である」
参謀長が感嘆の声を上げた。

死ねボケぇ! ヘソ噛んで死ね! その台詞は10年早い!!

「司令。これは敵の組織だっての反攻ではありません。 あわてる必要はありません」
「グエン参謀?」
「それが証拠に、他の帝国艦隊は動いていません。 連動していません。 これはなんらかのアクシデントです」
なぜかボケっと惚ける参謀長に代わって、俺は咄嗟に声を上げた。
俺は最初、金髪さんか双壁さんが来たのかと思ったんだよね。
でもこの時代。 まだこの三人は戦場には出てきてないんだよね。
だからなんらかの思惑からの組織的攻撃。 ってセンはなさそうだなと。

「なるほど。参謀の言う通りだ。単に中央の一部が突出してきただけだな」
一瞬にして冷静さを取り戻したパストーレ提督は、すぐさま両翼の艦隊を前進させると、半包囲態勢へと陣形を移動させた。
うん。この辺は流石だ。
だてに艦隊指揮官をやってるわけじゃない。

後で分かったことだが、この帝国軍の突出攻撃はやっぱり計画的なものではなかったそうだ。
そのあまりにダラダラ続く戦況に、一部の青年貴族達が苛立ち、暴発したものらしい。
おかげで戦況は動いたものの、その青年貴族達も代償をたっぷりと払うことになった。
そう。
「死」という名の代償を。


「敵艦隊、後退して行きます」
10時間前とは正反対の声色でオペレーターが叫ぶ。
無謀に突出してきた帝国艦隊は、半包囲網をひいた我が艦隊からしたたか打ち据えられ、その過半数を失って後退して行く。

「長官!」「よしっ」
この時ばかりは阿吽の呼吸でパストーレと参謀長の声が重なる。
「全艦全速。敵を追撃せよ!」
押せば引け。引けば押せ。 まさに正攻法。
俺達の艦隊は今度は逆に、突出し、敵艦隊の真っ只中へと突進して行く。
だが-
やはりこの時代にも、目の見える敵はいた。
突然。目の前に銀色に輝く銀鈴の星が現れた。
いつの間にか俺達は引き込まれていたのだ。

「イゼルローンとの距離は!?」
そう叫ぶ俺の声は恐らく震えていただろう。
けど、気にしない。
「ト、トゥールハンマーの射程内です!」
「全速後退!」
そう叫んだオペレーターと、艦隊司令官の声も、完全に震え裏返っていたからだ。

急激なGが体を揺する。
できうる限りのパワーで、艦が後退をし始めた。
けれど。 

もう遅すぎた。

「要塞の表面に高出力反応。 来ます!」

 -チカリっ
イゼルローンが光った。



  爆発した。







  ウワー!ウワー!死ヌヨ 死ンジャウヨォ コリャドンナ死亡フラグ?




                  -つづく かな?かな?(鹿馬)







  *****

おもっくそ私信。

その①
-もしも友と呼べるなら
 許して欲しい過ちを
 いつか償うときもある
 今日とゆう日はもうないがぁ~♪

二つ名「ブルーゲイル」様。
こんなん書いてます。 いかがでしょうか?(鹿馬)


その②
まだ二本目なのにタイトル「銀虎伝」に変えてもいいスかね? みな様。






[25391] 「第4次 イゼルローン攻略戦  後編」
Name: 一陣の風◆fc1b2615 ID:8350b1a5
Date: 2013/09/20 19:02
爆音が鳴り響いた。
鼓膜を震わせ、大きな音が鳴り響いた。



 「光と人の渦が溶けてゆく。 あ、あれは憎しみの光だっ」



   第三話 【第4次 イゼルローン攻略戦 後編】


そんなハズはない。
そんなワケがない。

宇宙で爆音が響くことはない。
真空で爆音が轟くことはない。

それでも俺は聞いた。
それでも俺には聞こえた。

船という構造物が弾ける音を。
人という構成物が弾ぜる音を。

業火に身を焼かれながら上げる兵士達の叫び。
内臓をぶちまけながら、のた打ち回る兵士達の叫び。
そして叫ぶことさえ許されず、一瞬にして消滅する兵士達の無念の叫び。

俺にはその声が、はっきりと聞こえていた。



「戦艦バウータ撃沈!」
「副司令、ナモナッキー准将戦死!」
「第12分隊はサフランだけだ! シスコも被弾している!」
「スネークル。スネークル!?」
「巡航艦ジュピター。 『さよなら』を打電し続けています!」

雷神の鎚の一撃は、一瞬のうちに500隻もの艦艇を消滅させていた。


「こ、これがトゥールハンマーの威力……」
パストーレが呟くように言う。
「司令。このまま、後退を続けますか!?」
本艦の艦長が問いただす。
「艦隊の四分の一が一瞬で消滅……」
「司令!」
唖然とし続けるパストーレに艦長が詰め寄った。
俺は慌ててパストーレの耳元に口を寄せた。

「提督、しっかりしてください。兵が見ている」
「あ、ああ。そうだな。このまま後退を続けよう……」
「声が小さいです」
「す、すまない。 ぜ、全艦後退を続けろ!」
パストーレは予想外の事態に心ここにあらず-だった。
参謀長も放心状態だ。

もちろん俺だって予想外だ。
こんなにもトゥールハンマーが恐ろしいものだったとは……
見ると聞くとは大違いってやつだ。
いやもう、逃げるしかない。
ヤンではないが、いっそのこと「ケツまくって逃げろ!」と言いたかった。
だけど、やっぱり間に合わない。


「再度、イゼルローン上に高出力反応っ。 第2射、来ます!!」
オペレーターが発狂レベルの声で叫ぶ。
彼等とて、そう叫ぶことで辛うじて自我を保っているのだ。
「3.2.1。インパクト!」

 -ゴバァッ

光った。
風が吹き抜ける。
轟音が今度は本当に鳴り響いた。
殴り飛ばされたような衝撃で、俺は床に転がった。
被弾したのだ。

アカン。アカンて。ホンマ、もう死んじゃうよぉぉぉぉ!!
いや。いやいやいや。
俺は死なない。
少なくともこの場面では死なない。 それはまだ先のハズだ。
それだって死なない。 俺には原作知識がある。
要は調子にのって追撃をしなければ……

俺が混乱する頭を振りつつ起き上がると、辺りは阿鼻狂乱の巷と化していた。
爆沈した船の破片が当たったものだろうか。
構造物の一部がひしゃげ、歪んでいる。
天井からはむきだしのコードが幾重も垂れ下がっている。
中には火花を散らしてる物もある。

1階のオペレート席では何人もの兵士達がひっくり返り、呻き声を上げていた。
幸い空気漏れはないようだ。
応急のバブル(泡)が放出され、自動的に亀裂を防いでいる。
もう少し当たった破片が大きければ、俺達は宇宙に吸い出されていただろう。
クワバラクワバラ。

「作戦参謀。大丈夫か」
こんな中でも冷静な声に振り向けば、顔を煤けさせ、その自慢の髪型も振り乱した同期生。
蜘蛛の糸がゆっくりと歩み寄って来るところだった。
相変わらずマイペースだ。

「ムライ……やられたよぉ」
「うむ。まぁ、積もる話しもあるだろうが、今は後だ。 司令官は何処だ」
その問いに俺はハッとする。
そうだ。
なによりも司令官の安否だ。 もちろん、まだ死んじゃいないだろうが……居た。

パストーレは、長々と床に転がっていた。
幸い命には別状ないようだが、頭を強打したのであろう、意識は朦朧としていた。
「司令官負傷。メディックは至急、艦橋へ」
俺はそう艦内インカムに叫ぶと、もうひとりを探し始めた。
そう。参謀長だ。
司令官も副司令官も亡き今。艦隊の指揮を執ってもらわねば。

「参謀長。 ホーランド大佐! ウィレム・ホーランド大佐!」
俺はウロウロと探し回る。
ムライと手分けして探し回る。

倒れたパネルを持ち上げる。
部屋の隅をのぞく。
腰をかがめ机の下も見てみる。
まさかと思って、机の上の書類を持ち上げてみる。
……やっぱりいない。
2階の指揮官フロアには、その影も形もない。

あんのボケぇカスなお調子モン。いったい何処へ……
もしや?
俺とムライは、ある予感と共に、恐る恐る1階を覗き込んだ………居た。
衝撃で吹き飛ばされたのであろう。
1階の床の上で「大の字」になって寝ッ転がっている、ホーランドを見つけた。

あっ。ぴくぴくしてる。 あっ。痙攣し始めた。 あっ。口から泡吹いてる。
まるでカニだネ。
そうだ。 このままここで奴が死ぬか再起不能になれば、後の11艦隊の悲劇はなくならね?
このまま放置しようか?
うん。うん。 それがいい。そうしよう。それで決定!

「メディック。1階で参謀長が負傷している。すぐさま手当てを」
そんな俺の思いを知るよしもなく、ムライが命じる。
「命に別状はありません。 意識はありませんが……」
ホーランドを診察した、メディックが言う。
ちっ。
つい、舌打ちをしちまった。


「作戦参謀」
こんな修羅場に全く似つかわしくない冷静な声が俺を呼んだ。
「はい。艦長」
そこには茶色のヒゲモジャを煤で黒くした旗艦「アキレウス」の艦長が立っていた。
「作戦指揮を、お願いする」
「はあ?」
「先ほど報告があった。後部指揮所が壊滅。副長以下、他の参謀全員が死亡、または負傷だ」
「そんな………」
「今、この場で命令を…艦隊の行動命令を出せるのは貴様だけだ」
「待ってください」
ムライが割って入る。
「お言葉ですが艦長。参謀に命令権はありません。正式な移譲手続きもなく、グエンが命令を下すことは規則違反です。 それに彼は大尉にしか過ぎません!」
「今は非常時だ」
「非常時であればこそ、規則は重視されるべきです」

ううむ。
さすがはMr.秩序。 言ってることは全く正しい。
けど艦長の恐ろしげな顔を見れば、俺なら絶対、そんなこと言えないお?
だが、艦長の方が役者が一枚上手だった。

彼はムライをひと睨みすると、今しも担架で運ばれようとするパストーレにかがみ込み、何事かを囁いた。
「はっ? 全権をグエン参謀に? 分かりました」
「艦長?」
「司令官の許可は取ったぞ。 大尉。今から君が臨時指揮官だ」
こらこらこら。
今、勝手にしゃべったよね?
今、勝手にパストーレの手を持ち上げて、俺を指差しさせたよね?
アンタ何そのデギン・ザビ。

「さあ。指示を出し給え」
俺はこのとき、ブライトさんや、アクバー提督。新城直衛の気持ちが、少しだけ分かったような気がした。


「全艦、前進。全速で敵艦隊の中に突っ込め!」
俺は命じる。
「おい、グエン……」
「了解。最大戦速!」
ムライが何かを言う前に、艦長の大音声が響き渡った。
「奴等の中に突っ込め。 そうすればトゥールハンマーは撃てん!」

 - ああ。さすがはこの人だな
   その意味をよく分かっている
   まぁ難点なのは集中砲火を浴びるってことだが……
   この人には……猛将たる、この人には関係ないな。

俺は改めて戦艦「アキレウス」の艦長。 アップルトン大佐を見やった。
後に第8艦隊の指揮官として、俺の上司になる男を……


「空戦隊発進。 敵をかき乱せ!」
額に十字の傷を持つ、痩身長髪の女が率いるスパルタニアン達が飛び出して行く。
彼等は慌てる帝国軍の艦艇に肉薄すると、次々にビームやミサイルを撃ち込んでいく。
そうして乱れた艦列に、俺達は全速で突っ込んでいった。





  袋叩きにされました。



爆光が瞬く。
炎が上がる。
破片が飛び交い、人が…人だったモノが血を撒き散らしながら宇宙(ソラ)を漂う。
直撃を受けたスパルタニアンが一瞬で消滅する。
エンジン部分に被弾した巡航艦が暴走の挙句、敵艦を道連れに爆発する。
どんな力が働いたものか、文字通り真っ二つになった戦艦が、前後ばらばらに漂いだす。

 死が満ちる。

「突っ込め。突っ込め。 そのまま敵の反対側まで突き抜けろ!」
俺は叱咤する。
「止まるな。止まると助かるものも助からなくなるぞ!」
アップルトンが叫ぶ。
「絶対方位043。 間隙がある。 薄くなっている」
『秩序』をかなぐり捨てて、いつの間にか俺の作戦幕僚となったムライが告げる。
「全艦、我に続け」
俺達の艦隊は一丸となって突進して行く。
帝国艦隊は俺達を包み込むように追ってくる。

「いいぞ。前も後ろも右も左も敵ばかりだ。 撃ちまくれ!」
興奮したムライが叫ぶ。
いや、ちょっ、待っ。 おまっ。
それ俺の台詞だから!



突然、目の前に星空が広がった。
視界いっぱいの星空が広がった。

「ぬけた……」
気が付けば、あの狂乱の輝きもいつの間にか収まっていた。
誰もが不意におとずれた静けさに、惚け、安堵のタメ息をつく。
俺達はなんとか敵を振り切ったのだ。
目の前には元凶。 イゼルローンが妖しく輝いていた。

「艦長。このまま敵の背後につきます!」
呆けている暇はない。
俺はアップルトンに「命令」する。
「そのまま、敵艦隊とイゼルローンを牽制しつつ、味方の救助を待ちます」
「りょ、了解。取舵いっぱい。進路180っ」
「全艦、球状隊形を取れ。これからは防御に専念するぞっ」
「アイ・サー。全艦、球状隊形に移行。 これよりは防御戦闘に特化」

サーじゃねえっての! ムライさんよぉ。 俺はただの代理の臨時の大尉なんだからネ!

半数以下にまで撃ち減らされたパストーレ分遣隊が、前進してきた本隊に救助されたのは、
それから16時間後のことだった。



  ****


「君の報告書は読ませてもらった」
それからさらに36時間後。
首都ハイネセンに帰還する艦隊の中で、俺は今回の総参謀長。シドニー・シトレ中将の問責を受けていた。

「パストーレ分遣隊。出撃数2080隻。 帰還数996隻。 やられたものだな」
「しかし全体を見れば、我が艦隊が敵を混乱させた結果、帝国艦隊は我々に倍する艦艇を失っています。
 それを見ずして、我が艦隊の損失だけを評するのは、不公平な裁定と言わざるを得ません」
「はっきりと言う。気に入らんな……」
「どうも……」
「司令部が機能停止に陥った後、指揮をとったのは君だな」
「はい」
「浸透戦術か……なかなか見事だな」
「はあ?」
「ハイネセンへ帰還後、その戦術に対するレポートを私に提出し給え。 以上だ『少佐』。 退がってよろしい」


「よう、少佐殿。ご苦労さん」
「グエン少佐。お疲れさま」
狐につままれたような顔で俺がシトレの部屋を辞すると、ふたりの戦友が待っていてくれた。

「司令と参謀長は無事だ。しばらく養生すれば、すぐ復帰できるだろう」
アップルトン『准将』が言う。
「ちなみに、おふたりとも今回の件でのお咎めはないそうだ。 
 まぁ、しばらくは後方勤務だろうが、降格や軍法会議などはなさそうだ」
ある意味、危ないことをムライ『少佐』がサラリと言う。

「結局、イゼルローン攻略は失敗。これで誰かをスケープゴート(贖罪の山羊)にすれば、どこに飛び火するか分からん。
 死人に口なし。 死んだ奴のせいにして責任回避。
 そして命からがら逃げ出してきた俺達を昇進させて、口封じ。 
 なかなか上手い敗戦処理だな」
もっと危ないことを、アップルトンがさらりと言った。
うん。結構、この人も毒舌家なんだなぁ。

「まあ、私は生き残ったことを素直に喜びますよ」
旗艦「アキレウス」は結局、大破・廃艦判定。
乗員、司令部要員含めて、40パーセントが戦死または負傷。
そして、分遣隊だけでも、1万人以上の将兵が死んだのだ。

ある意味、俺が殺したのだ。
俺の命令で、それだけの人が死んだのだ。
ヤンの気持ちが良く分かるよ。  しくしく……



「どうだ。無事な生還を祝って一杯やらないか? いいスコッチがあるんだ」
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、アップルトンが言う。
「昇進祝いもかねて、今からどうだ?」
「提督。艦内での飲酒は禁止されております」
Mr.秩序が言う。
「将兵の見本たるべき将官が、自ら軍律を犯すなど許されることではありません」
「……おいおい。お前の相棒は、本当に頑固だなぁ」
「はあ……」

ムライが『誰が相棒か!』と、いう目で俺を睨む。
いや、俺が言ったんじゃないし……

「それに……」
「ん?」
ムライがカミングアウトする。

「それに、この男は酒は飲めません」
「は?」
「この、グエン・バン・ヒューという男は、食い意地だけの、まったくの下戸なのです」
「……マジなの?」
アップルトンの問いかけに、俺は無言でうなずく。
ちくしょう。 
酒が飲めたからエライって訳じゃないやい!
酒を飲まないと、言いたいことも言えないって訳じゃないやい!
俺は酒より、純粋ミックスジュースな方が好きなだけだい!

「そういうお前は真面目な顔して、底なしのザルじゃねえか」
反撃! と、ばかりに今度は俺がカミングアウトしてやった。
憮然とした顔で、ムライが黙る。
ざまみろっ!

「くっくっくっ……」
「提督?」
不意にアップルトンが笑いだした。
顔中を覆った茶色のお髭を震わせて、笑い出す。

「無茶な突撃を命じる『アタマノ螺子ノユルンダ』下戸な指揮官。
 秩序にうるさい、頭のカチカチな大酒飲みのテッパン参謀。
 やっぱりお前達は良い相棒(コンビ)だ」

ついにアップルトンは大きな声で笑い出す。
豪快な笑い声が響き渡る。
つい、つられて俺もムライも笑い出し……
怪訝な顔で俺達を見る乗組員達に構わず、俺達は笑いながら歩き続けた。

 とても暖かな笑い声だった。




こうして俺の「第4次イゼルローン攻略戦」は終わった。



やれやれ、生き残れたよ。





  *****



そしてハイネセンに帰還した俺を待っていたのは、後方基地勤務の辞令だった。
そこで俺はひとりの若い中尉と出会う。
その男の名は-


それはまた次回の講釈で。

      ジツワコレガ 死亡フラグダッタリスルンダヨナー! 



         
                つづく。 かもしんない。







参謀長落下ス のネタは>闇の皇子様よりいただきました。
感謝します。 使い切れてませんが(涙)

結局、私は「王道」「テンプレ」「ワンパターン」「ハッピーエンド」しか書けないのだと分かりました。
なにとぞお見捨てなく(星願)

そーいえば
ミックスジュースって、所によっては存在しないんですって?(鹿馬)


「スケープ・ゴート。贖罪の山羊」の表記に関しては、缶詰金魚さまより、ご指摘をいただき訂正しました。 改めて感謝いたします。



[25391] 「 28 Times Later  前編 」
Name: 一陣の風◆5241283a ID:8350b1a5
Date: 2013/09/20 15:27
「間もなく到着だ」
特務輸送艦「ヴァガ・ロンガ」の艦長が、じきじきに教えてくれた。
俺は目の前に見えてきた茶色の惑星を、じっくりと見やった。

「では艦長。 よろしくお願いします」



    第四話 【 28 Times Later 前編 】


「グエン・バン・ヒュー少佐。 命により、出頭いたしました」
「ムライ・F・ローレンス少佐。 命により、出頭いたしました」
「リオン・S・ケネディ軍曹。 命により。出頭いたしました」

俺達は基地司令の、バラン大佐に申告する。
「うむ。ご苦労。詳細は、アンドレアヌフス中佐に訊ね給え。
 貴様等が、軍人の本分をつくすことを期待する」
言うだけ言うと、バラン大佐は『もう行っていいぞ』 と、言わんばかりの態度で右手を振った。

「なんだあのクソ虫野朗は……」
「少佐殿。着任早々、上官批判でありますか?」
司令官室から退室した俺は、つい本音を漏らしてしまう。
もちろん、小さな声でね。
けれど、すぐ隣にいた、リオン軍曹にはしっかり聞こえていたようだ。

ちなみにリオン軍曹は「ヴァガ・ロンガ」の中で知り合った。
まだ若い下士官で(歳を訊ねたら19歳だってサ)主計科勤務だそうだ。
コックと知り合いとなれば、なにかとオ・ト・クってことで、俺は彼との親交を深めていた。

「殿はいらねえよ。
 あのなぁ、軍曹。 着任の申告で、軍人の本分を尽くせ-なんてことを臆面もなく言える上官に、ロクな奴はいねえよ」
「確かに……」
リオンは、その精悍な顔を緩ませて、面白そうに微笑んだ。
「グエン少佐。 下士官の前で上官批判は感心せんな。 軍曹も、この男に感化されないように気をつけ給え」
「うるせいよ。 Mr.秩序。 こんな場違いな場所に飛ばされたんだ。 これ位の愚痴は言わせろ」
相変わらず、しかめッ面で、お堅いことを言うムライに、俺は脊髄反射で答えた。


「ようこそ、惑星ゴラスに」
副司令のアンドレアヌフス中佐は、バラン司令とは正反対の笑顔で俺達を迎えてくれた。

惑星ゴラス。
首星ハイネセンから、さほど離れている星ではないが、自然も資源もなにもない、ただゴツゴツとした岩場が広がる陰気な惑星。
俺とムライは、第4次イゼルローン攻略戦のあと、いわゆる「ご苦労さん配置」でここでの勤務を命令されたものの、
それはあまり幸運とは言えない配置だった。

だって空気も何もないんだもの。
基地の外に出るわけにもいかないんだもの。
美味しい郷土料理があるワケじゃないんだもの。
おまけに全然、畑違いな、研究所勤務なんだもの。
まぁ、確かに気楽な勤務。 らしいけど……

俺は妙に、にこやかな笑顔で辞令を手渡すシトレ中将の態度に、嫌な予感を感じていた。


「グエン少佐は警備主任として。 ムライ少佐は後方主任として。 
 リオン軍曹は主計科員として着任ですね。
 みなさんを歓迎しますよ。よく来ていただけました」
アンドレアヌフス中佐は、軍人らしからぬ物腰で言う。

「現在この研究所では、NBC兵器の内のB。
 つまり、生物兵器(Biological)の研究を行なっています。
 もっとも、主な研究は防御的なものですから、そんなに危険な研究はしていませんが」
「……アンドレアヌフス中佐は文官の方ですか?」
俺は上官侮辱とも取れる聞き方を、あえてしてみる。

「アンドレで良いですよ。 グエン少佐」
だがアンドレアヌフス中佐は、まったく気にもしなかった。

「はい。その通りです。私は科学科主任として配置されています。
 中佐なんて階級は、本来、身に余るモノなんですがねぇ」
ひょろりと長い身長の、その肩の上にちょこんと乗った優しげ顔立ちを、さらに微笑ませて、アンドレアヌフス中佐は
頭をかきながら言った。

「私は戦闘経験。ましてや銃器を扱ったことは、一度もありません。
 包丁ですら持ったことはありません。 せいぜい医療用メスくらいなもんで……
 もちろん、ペーパーワークも苦手で……いわゆる研究バカです」
そのあまりに正直な告白に、俺達三人は、そっと顔を見合わせる。

「ですから、みなさんに来ていただいて、とても助かります。
 各、専門分野は、おふたりに白紙委任しますので、よろしくお願いします。
 軍曹も、食べることしか楽しみがないこんな場所なので、美味しいものをたくさん作ってくださいね」

  「『 本分を尽くします 』」

俺達としては(真に不本意ながら)そう言うしかなかった。


その後、アンドレアヌフス中佐の案内で警備室に顔を出した俺は、そこの主任代理を勤める曹長に引き合わされた。
六十歳を過ぎた古参過ぎる下士官で、間近に迫った年金生活を心から楽しみにしている、好々爺のような人物だった。
その下に、若い兵士が五人。
まだ二十歳を過ぎたかどうかも定かではない(聞けばやっぱり実戦経験は一度もなかった)
まだ、にきびが残る連中だった。

「ところで前任者の引継ぎとかはないのかい?」
俺は曹長に訊ねた。
「引継ぎとかは無理ですわぁ」

 ー あはははは

と、曹長は陽気に笑った。
「なぜ、無理なんだね?」
「あれぇ? 少佐殿はご存知ないんですか?」
「殿はいらないよ。 で、何を知らないんだい?」
瞬間。 曹長は顔をしかめると、言いにくそうに答えた。

「前任者の大尉は事故で亡くなったんです。 後方主任と一緒に」


  ****


「圧力隔壁の事故だったらしい」
晩飯のハンバーグをほうばりながら、俺は言った。
「後方主任と一緒に通路を歩いていると、急に隔壁の与圧が抜けて、ふたりともあっと言う間に外に放り出されたらしい」
「…………」
「なにも言うことはないのか?」
ムライはパンをちぎると、無言でそれを口の中に押し込んだ。
「突然、与圧が抜けるのも変だが、なせそれが警備と後方主任が一緒の時なんだ。
 なぜ、そんなピンポイントなんだ?」
「……偶然」
ポツリと言う。

「面白味のない答えだ」
俺は白飯をかき込みながら、唸った。
「口にモノを入れてしゃべるなーと、教わらなかったのか? それに事件や事故に面白みなど、最初からない」
「へぇへぇ。実に優等生な答えだな」
「ならば貴様はなんだと言うのだ」
俺の嫌味にムライは、ジロリーっと、こちらを睨みながらに言った。
「それはもちろん……」
俺はたっぷりの情感を込めて、言い切った。

 「計画的な殺人だ」


  ****


深夜零時。
俺は部屋を抜け出した。
左官クラスになると、個室を与えられる。 こっそり抜け出すには好都合だ。

俺は基地内を警備室のコンピューターから取り出したマップを手に徘徊する。
夜の時間帯に合わせて、薄暗くされた基地内の照明に照らされ、俺はゆっくりと歩きまわる。
やっぱり。
俺は確認する。
この基地にはマップにない区画が存在する。
パッと見た目には分からないが、注意してマップと照合していくと、どうにも『ムダ』な空間があるのだ。
それもかなりな数の。
警備室のコンピューターにも載っていない空間。

「明日は地下も調べてみるか」

そう呟きつつ角を曲がった俺は、危くひとりの男とぶつかりそうになった。
「リオン軍曹?」

そこには真っ白なエプロンをつけ、岡持ちを提げたリオン軍曹が立っていた。
すんごい恐い顔で。

「よぉ、軍曹。 そんなに怒るなよ。 ぶつからなかっただろ?」
「少佐……こんな所でなにを………」
「俺か? 俺は深夜の散歩。 寝付けなくてねぇ。 軍曹こそ岡持ちなんか提げてどしたん?」
「私は命令で司令のところへ夜食を届けに行くところです」
「夜食………」
リオンの話しによると、ここでは日常的なことらしい。
要するに「夜食」とゆう名目の酒の肴であるそうだ。

「そんなら俺もこれから、夜食を頼もうかな?かな?」
「勘弁してくださいよ。 こんな面倒くさいコトは司令ひとりで十分だ」
そう言ってリオンは、ようやく顔を綻ばせると、手を振りながら去って行った。

  やれやれ、ご苦労様



  ****

  -Vesperrugo,fluas enondetoj……

もう帰って寝るか……
そう独り言ちる俺の耳に、不意に小さな謳声が響いてきた。

  -Gi estas kiel kanto,bela kanto de felico……

それはとても清んだ謳声で……
セイレーンに誘われる船乗りのように、俺の足は歌の聞こえてくる方へと、自然と動かされて行った。

 -Cu vi rimarkis birdojn,portanta afableco……

それはどうやらリクライゼイション・ルームから聞こえてくるようだ。

 -Super la maro flugas,ili flugas kun amo……

基地に働く人々のための精神安定のために、緑成す森や、青き海の映像を全天に映し出すその部屋。
今は夜の時間に合わせて、降るような星々が映し出されている。

 -Oranga cielo emocias mian spiriton……

そっと覗き込む。

 -Stelo de l'espero,stelo lumis eterne……

小さな女の子だ。
褐色の肌を持ち、紫がかったシルバー髪を持つ少女が、満天の星空(の映像)を見ながら、そっと謳っていた。
何故かその胸に、小さな猫の人形を抱きながら。


 -Lumis Eterne………


「綺麗な歌だね」
俺の声に少女は、驚いたように顔を上げ、こちらを見た。
そしてー

 ふわあん!

泣かれた。
いきなり泣かれたお?
何故?
優しく微笑んで声をかけたのに、何故だあっっ。

「そりゃ、こんな薄暗い照明の中で、スキンヘッドで厳つい顔の、目つきの悪い男から、
 いきなり声をかけられたら、誰でも泣くぞ。 私でも泣く」
「ムライ!?」
いつの間にか現れたムライが、ぼそりと言った。  失礼な!!
こんな紳士を捕まえて、なんたる暴言。

「ほら、お嬢ちゃん。 おぢさんは恐くないよぉ。 ほら、こんなに優しいよぉ。 にこぉっ」
俺は少女に顔を寄せ、にっこりと微笑む。 結果。

 びぃぃぃぃぃぃぃぃぃいっ!!

さらに号泣されました。 しくしくしく。



「お名前は?」
なんとかなだめすかし、ようやく泣き止んだ少女にムライが訊ねる。

「う…グス…… れ、レディに名前を聞くときは、自分の方から先に名乗るのよ」
おーおー。いっちょ前に言ってくれるじゃん? このガキ。

「これは失礼。お嬢さん。 私の名前は、ムライ・F・ローレンス。 あっちの恐い顔した男は、グエン・バン・ヒュー」
「初めて見る顔ね……」
「今日、ここに来たばかりだからな」
俺のムスっとした答えに、少女はビクリっーと、体を震わせると再びしゃくり上げ始めた。
ムライがスゴい顔で睨む。
いやいやいや。
なんか俺、すっごく悪い人みたいじゃん?

「大丈夫。この男は見かけによらず、いい奴だから」
見かけによらずは余計だろ!

「ホントに恐くない?」
「ああ。本当だ。 私が保証しよう」
ムライがそう言うと、少女は頷き答えた。

「私の名前は、イヴリン。 イヴリン・ドールトン」

なんですとっ!
俺は腰が抜けるくらい驚いた。

 イヴリン・ドールトン

あのイヴリン・ドールトンか!?
あのフラれた男への復讐から、船団を…ヤンを含む200万人以上もの将兵を恒星に突っ込ませて、
皆殺しにしようとした,あの、イヴリン・ドールトンなのか?
こんな少女……いや、幼女が?

 ーっかぁ。
刻の流れというものは、恐ろしいモンである。


「もう三日も会ってないの」
聞けば彼女の両親は、この基地に勤務する研究員だそうだ。
それなのに、もう三日も顔を合わせてしないらしい。
「それで、ここで唄っていたのかい?」
「うん。ひとりで居てもつまらないし、それにここには同じ歳のお友達もいないから……」
「そうか……よし。それなら今から私とコイツが、君のお友達だ」

 はっ?
ムライさん。 あなた、いったい何をコイているのでございますか?

「ホント? 本当にお友達になってくれるの?」
「ええ。 レディ。 これからも、よろしく」
そう言ってムライはドールトンと仲良く握手をする。
コイツもしかして、ロ〇コン(しらじらしい伏字だ)か?

「ほら、グエン。何をしている。お前を早く握手をせんか」
「命令すんな」
それでも俺は、ムライの言葉に、しぶしぶと右手を差し出す。
ドールトンは俺の手をしばらく凝視したあと-

 かぷっ

いきなり噛み付かれた!!

「ちょっ、な、なにすんのん!?」
「だって、グエンくんの右手。美味しそうだったから……」

こともなげに、しかも『くん』付きで言う、ドールトン。
うん。やっぱりこの子ってば、サイケデリィィィィック!!



  ****

「で、なにか分かったか?」
朝食のご飯に、生たまごを落としながら俺は訊ねた。  醤油、醤油っと。
「半日では、まだ何とも言えんな。 いろいろと端っこくらいは分かったが……」
ベーコンエッグを切り分けながら、ムライが答える。

「端っこ……たとえば?」
「この基地は、その規模に対して、エネルギーの消費量が異常に高い」
「ふむ」
「補給物資の一覧に、わざと消去した物品の痕跡がある。 どんな物品かまでは分からんが」
「なるホロ」
海苔を巻いて、ざくざく食べる。

「…………ベーコン。もっとカリカリに焼いて欲しいものだな」
「リオン軍曹にお願いしとこか」
「うむ。 ……あとバラン大佐は、あまり熱心ではない」
「熱心ではない?」
鮭の身をほぐしながら、俺は聞き返す。

「ああ。彼がこの基地に赴任して、かれこれ1年。 なんの実績も上げていない。 もちろん不利益も生じていないので、問題にはなっていないようだが……」
ムライがサラダのミニトマトを口に入れ、言葉を切る。
「だが?」
けれどその先に、さらに言いたい事があるのは、長い付き合いの俺には分かった。

「これはハイネセンを出るときに聞いた話だが……このまま、何の成果も見られない場合には
 この研究所は年内に閉鎖され、バラン大佐は予備役編入らしい」


「バラダギ様がどうしたの?」
「イヴリン?」

 かぷっ

「……あの、イヴリン・ドールトン。 なぜ、俺の肘に噛み付いてる?」
「だって。グエンくんの肘が美味しそうだったから。 特に左」
かぶりついた口のヨダレを拭いながら、ドールトンが答える。
んじゃ、右の立場はどないなんねん!

「いや、少佐。 問題はそこじゃないから」
当たり前のように。
俺の背後に取り付いたリオン軍曹(白いエプロン付き)が言った。
「お前ぇは、テレパシストかよ! ひとの心を勝手に読むんじゃねぇっっ」
俺の叫びにリオンは、肩をすくめ小さく笑った。



「で。バラダギ様ってなんだい?」
ムライが訊ねる。
「バラダギ様は、バラダギ様だよ」
何故か俺の膝の上にちょこんと乗ったドールトンが、中華粥を食べながら答える。

(ちなみにこのとき『かゆ…ウマ……』という、某ゲームから派生した ss小説の名台詞が、俺の頭の中でリフレインしていたことは、それは秘密です。 by人差し指を立てながら)


「バラン大佐はめったに姿を現さないの。 いっつもスピーカーから声が聞こえるだけ。
 姿も見せずに声だけで人を動かす。 まるで神様のようねって、ママが言ったの。
 だからみんなバラダギ様って呼ぶの」
 
どうやら基地司令のバラン大佐は、みんなからはバラダギ(漢字で書くと『婆羅陀魏』)様と呼ばれていうようだ。
俺達(リオン軍曹も、そこがまるで指定席かのように、自然と俺の隣に座っている。 仕事しろ!)は
初日のバラン大佐の尊大な、まるで神のような振る舞いを思い出し、クスクスと笑い合った。


「失礼します。 ムライ少佐。グエン少佐でありますか?」

 転機はいきなりやってくる。

ひとりの男が声をかけてきた。
階級章を見て、あわててリオンが立ち上がり、敬礼する。
男は尊大に返礼すると、言葉をつないだ。


「私は司令官付き士官、ヨブ・トリューニヒト中尉であります。
 おふたりのお世話を命ぜられました」


 ぐわんばらんどぼずぅぅぅん!

俺はひっくり返った。
朝食の残りをテーブルの上から吹き飛ばし。
膝の上のドールトンを空高く舞い上がらせながら。
俺はぶっ飛んだ。


  本当に腰が抜けた。



 
 ドヘェェェェッェエェェ! キタヨー! キタヨーコレ!
   コレ ドンナ死亡フラグ?  



              -つづく ……けたいなぁ







気分は第三次ソロモン海戦の戦艦「比叡」(鹿馬)

グエンの容姿(スキンヘッド等)は、>おもったこと様のご意見も受け、コミック版の方を使わせていただきました。
もちろん、その責任は、一陣の風にあります。 為念。

ドールトン嬢の容姿も、一陣の風の趣味(思惑)で、原作イラストとは髪の色が変っています。
なにとぞ、スルーしてください(伏)

 「 Lumis Eterne 」(エスペラント語)
すいません。すいません。 ごめんなさい。
この愚か者を、どうか、お許しください(土下座)

以上、今回の言い訳でした。



それと次回からタイトルを「銀トラ伝」に変えます。
変えるつもりです。 変えると思います(大鹿馬)

どうか変らぬご贔屓の程、よろしくお願いします。




[25391] 「 28 Times Later  中編」
Name: 一陣の風◆5241283a ID:8350b1a5
Date: 2013/09/20 15:30
俺はそのとき、憎悪の瞳に囲まれていた。

眼前には、俺がひっくり返した朝食の塩鮭定食の鮭を、頭に張り付かせた、ムライ・F・ローレンスが。
足元には、俺がひっくり返した朝食の漬物を必死に拾い集めている、リオン軍曹が。
側方には、俺がひっくり返した味噌汁で、その白いスラックスに染みを付けた、トリューニヒト中尉が。
そして背中にはー
 
 がぶっ

俺が腰を抜かしたせいで、パンツ(しましま)丸見せでスッ飛んでいったドールトン嬢が。
がっつりと頭にかぶりついたまま、みっしりと-張り付いていた。

皆、憎悪の瞳で、俺を見ていた。   ………しくしく



  第四話 【 28 Times Later 中編 】



「そうか、司令は中尉の叔父にあたるのか」
「叔父といっても遥かに遠い血縁で、自分も任官するまで名前くらいしか知りませんでした」
トリューニヒト中尉は、スラックスの染みをやたらと気にしながら答えた。
おかしい。 どうにもおかしい。

このヨブ・トリューニヒト。
まだまだ「ウブ」だった。

史実の……「銀河英雄伝説」の中で、ヤンのみならず、同盟そのものを喰い物とした陰惨で腹黒な怪物的政治家の姿はなく。
多少の尊大さはあるものの、普通の若手将校としての誠実さと、純粋さを持ち合わせた、
普通の青年だった。
しかも俺の記憶にあるトリューニヒトは、755年の生まれで、年上であるハズなのに、今、俺の前に座っている彼は、どうみても俺達より4・5歳、若い。
なんなんだコレは?

もしかして、歴史改変?


「ふーん。てっきり俺は貴様が父親の地位と権力を利用したのとばかり思っていたよ」
「おいおい、グエン。貴様……」
「いえ、グエン少佐の仰る通りです」
俺の無遠慮な、頭のネジ切れた発言に(もちろん、ワザとなのだお!)
苦言を呈そうとする生真面目なムライの言葉を、トリューニヒトが遮った。

「私は最前線を希望したんですが、どうやら父の圧力がかかったようです」
「ふむ」
「気が付けば叔父のいる、この惑星「ゴラス」で後方勤務。そして中尉昇進。
 なんの功績もなしに。
 最前線で命掛けで戦って、いまだに少尉な同期生が多数いるにもかかわらず……」
俺は思っていた。
 
 -なんとならんかな、コレ?

このヨブ・トリューニヒトという男が、このままの「素直な青年」で成長すれば、同盟はもうちょっとマシにならネ?
もしそれが可能であれば、ヤンもシャーウッドの森に逃げ込む必要はないかもしれない。
同盟もあんな無残な終焉を迎えることもないかもしれない。
まだまだ「if」の領域だが……

「私はここでの勤務が終われば、ハイネセンに帰還することが決まっています。
 そしてそのまま退役。 父の跡を継ぐことに……」
「政治家になるのかい」
「はい。ムライ少佐。 その通りです」
「将来が決まってるなんて、つまらないわね」
なぜか俺の膝の上に再び腰掛ながら、ドールトン嬢が言った。
俺のおごりの(つか、おごらされた)チョコパフェを食べながら。

「明日は何があるか分からない。 
 悲しい別れや惨めな失敗。 悲惨な死に出会うかもしれない。
 でもー
 新たな発見があるかもしれない。
 新しい出会いがあるかもしれない。 
 新たなる成果を得られるかもしれない。
 だからこそ、明日は面白い」

「なに言ってんの、この子」
「ママがいっつもそう言ってるの! だから未来は面白いんだって」
口のまわりにチョコクリームを貼り付けたまま、言い放つ。

「生意気な餓鬼だ」
「誰が生意気な餓鬼よぉ」
「お前だ、小娘! つかそのパフェ、俺のおごりなんだから、ちゃんと感謝しろ」
「あら。これはレディに恥をかかせたグエンくんの、謝罪の一部だと思ってたわ」
「一部って……お前、まだこの上、俺に何かさせようってのか!?」
「はあ? まさかこれだけで謝罪がすんだと思ってるんじゃないでしょうね?」
「てめっ、こら!」
「ムライさん。グエンくんが恐い」
媚媚な表情で、ドールトンがムライに助けを求めた。

「おいおい、グエン。こんな美少女を怯えさせてはいかんなぁ」

ちょっ。 おまっ。 なに頬を染めてんのん?
……分かった。 今日からお前は俺の中で、ロ〇コン・認定。

「ところで中尉」

 ーもう、アンタとはやってられんわぁ。 チャン・チャン。
  とばかり、俺は話題を変えた。

「この基地。 秘密の小部屋、一杯あるよねぃ……」
「またこの男は……単刀直入だな」
黙れ、ロリ〇ン。

「しょ,少佐はどうしてそれを……」
「俺達をあなどって欲しくはないなぁ」
俺はニヒルな笑みを浮かべる。

「グエンくん。顔、歪んでるわよ。 歯でも痛いの?」
黙れ、お子ちゃま。


「半日もあれば、それくらいのことは調べられる。 
 中尉。さあ、話してもらおうか。 この研究所の秘密を……」

半分はハッタリだった。
実は、なんの確証もなかった。
だが問い詰められたトリューニヒト中尉は、あからさまに動揺し、真っ赤になりながら汗をしたたらせ始めた。
うん、やっぱりコイツ、未だ「ウブ」だぞ。

「その質問には私から、お答えさせていただきましょう」
背後から聞こえてきた声に、トリューニヒトがあわてて立ち上がり、敬礼した。
振り返れば、相変わらずな、にこやか笑顔を浮かべた、アンドレアヌフス中佐の姿があった。


「おはようございます、みなさん」
俺達と爽やかに敬礼を交わすと、アンドレアヌフスはゆっくりと語りだした。

「もうすでにご存知のように、この研究所には秘密の場所があります」
「それは認めるんですか?」
「ええ。 別に特別、隠し立てすることでもありませんので」
「む……」

「いわゆる『 バレてしまっては、しょうがない。 わっはっはっ 』 って、ヤツです」
俺とムライは何のリアクションもできずに固まっていた。
対応に困ったのだ。

「確かに此処では今。 表には出せない秘密の研究を行なっています」
そんな俺達に構わず、アンドレアヌフスは言葉を繋げる。

「秘密なのは、もしこの情報が万が一にも帝国側に漏れてしまえば、それだけでこの基地は、
 破壊工作の標的になってしまうからです」
「そんなたいそうな……」
「いえ、グエン少佐。 それだけこの研究は、画期的なモノなのです」
一瞬、アンドレアヌフスの笑みが消えた。

「……具体的にはどんな研究を?」
「すいません。 それはまだ言えません」
再び笑みを張り付かながら言う。

「まだ言えない? ここまできて? 警備主任の私や、後方主任のムライにでもですか?」
「はい。 申し訳ありません」
ちっとも申し訳なくなさそうな顔で、アンドレアヌフスは答えた。

「ですが中佐」
「アンドレで良いですよ、ムライ少佐」
「いえ、中佐。 この基地は年内には閉鎖される予定なのでは?」

おいおい。
お前、俺よりタチ悪いなぁ……

そのムライの冷徹な言い方と質問に、アンドレアヌフスはまた一瞬、顔を歪める。

 おっ? もしかしてコイツ……

「はい。その通りです」
だがすぐ元の温厚な笑みを浮かべると、アンドレアヌフスは、ゆっくりと答えた。

「そのためにも、ぜひ、おふたりに協力していただきたいのです」


  
  ****

「どう思う?」
「情報不足」

朝食を終え、それぞれの部署に着くまでの間。
俺はムライに訊ねた。
返事は、まぁ、予想通りのそっけないものだったが。

「ああ。確かに。 いきなり無条件で協力してくれーと、言われてもなぁ……」
「私、あの人、嫌い」
何故か俺達の跡を、ちょこちょこと付いてくるドールトンが、ぽつりと言った。

「おーい、お子ちゃまが、また何か言ってるぞ」
「お子ちゃまじゃないわよ! ……だってあの人、顔は笑ってても目は笑ってないんだもの」
ドールトンは、なぜか俺の手を握ってくる。

「それにあの人、まぁくんに優しくない」
ぽつリと言った。

「まぁくん?」
誰それ? 今更、新キャラ?

「まぁくんは、私の大切なお人形よ。 
 ずっと前に、パパとママにプレゼントされた、私のとっても大切なお友達なの」
そういえば夕べ会ったとき、確かこいつ、変な猫のぬいぐるみ、抱えてたなぁ……

「アイツってば、まぁくんを蹴ったのよ! 自分で床に落としたくせに。 謝りもしないで!
 アイツってば、本当は笑顔なんか似合わない、とっても嫌な奴だわ!」
ムライを見る。
ムライは俺の顔を見返すと、無言で頷いた。

 やれやれ、こんなお子ちゃまと意見が合うなんてな…… 


あの後。
食堂で俺達と別れた後。
俺はトリューニヒトに何事かをつぶやく、アンドレアヌフスの姿を目の端に捉えていた。
そして、その言葉に、はっきりと動揺するトリューニヒトの姿も。
そして、もうひとり。
テーブルを片付けるふりをしつつ、こちらの話にじっと耳を傾ける、リオン軍曹の姿をも……


「とにかく、もう少し調べてみるか……じゃあまた昼に」
俺のセリフに、ムライは小さく頷くと何を言わずに歩み去った。
さて。 俺も、お仕事お仕事……うん?

「ミス・ドールトン」
「なに? グエンくん」
「……手を離せ」
警備室に着いたにも関わらず、俺の手を離そうとしないドールトン。

「ねえ、グエンくん」
「なんだ」
「に、睨まないでよぉ」
「睨んでなんかねぇよ! これが俺の地顔なの!」
失礼なっ。
これでも結構、傷付いてるんだよ?   しくしく。

「で、なんなんだよ」
「あのさ……」
もじもじと身をくねらせ、自分の爪先を見ながら言葉を続けるドールトン。
きっとムライなら「萌シュチュ」なんやろネ☆

「今夜もまた遊んでくれる?」
「はあ?」

ああ……これがもっと妙齢なお姉ちゃんだったら、誤解のしようもあるんだけどなぁ。

「も、もちろん、お仕事が終わってからでいいわ。 そしたらまた夕べみたいに遊んでくれる?」
夕べって、そんな遊んだっけ?
なんか歌聞いて、泣かれただけの気が……

「分かった、分かった」

 ー彼女に優しくしろよ

そう言う〇リコン後方主任の声が聞こえたような気がした。

「じゃあ、勤務が終わったらな」
「ほんと?」
「本当ぐわ!?」

 がぶっ

っと、ドールトンが、また俺の手を噛んだ。

「っふふんふぁ、ふぉんふぁ『フォファフふぉふぉーへん』……」
「何言ってるか、分かんねぇよぉ!」
「じゃあ、今夜『ゴラスの冒険』教えてあげる」
俺の抗議に、ようやく口を離しつつ、彼女が言い放つ。
……口から糸、引いてんぞ。

「『ゴラスの冒険』?」
「うん。とっても楽しいわよぉ。 んじゃ、グエンくん、またね!」
満面の笑顔で手を振りながら、走り去って行くドールトン。

その笑顔に、つい見とれてしまったのは、小部屋の秘密だ。
冒険ねぇ……

「アタック!」
俺はそうつぶやくと、親指を鳴らしていた。

 
 ****


結果的に、そのドールトンとの約束は、しっかりと果たされることになる。
残念ながら、想像していたものとは、まったく違う形でだが……



 -ズゴゴゴゴゴゴゴッゴオオォォォ


俺達がここ惑星ゴラスに着いて、ちょうど28時間後。
それは起こった。

「最深部での爆発を確認!」
「主電源ダウン。非常用電源に切り替えます」
「空気清浄機停止」
「温度調節装置、機能しません」
「大規模な火災発生の模様」
「隔壁、閉鎖不能」
「基地内与圧、低下していきます!」

 そしてー

 ヴァブラギャラブラアアアゥゲボヴぁぁぁぁ

死人の群れが動き出す……




キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーア!
キタアヨォ!
ヤバイヨォォォ!
イロンナ 意味デ ヤバイヨォォォォ!!
コリャ ドンナ死亡フラグ?


  
               -つづく 何処まで?








 待ちに待っていた時が来た!

PCの崩壊。 全データーの損失。
凹む心。 折れるやる気。
急激に暑くなる日々。
節電にうだる毎日。 とろける脳漿。
沸騰する緑色の脳細胞(カビとる、カビとる)
熱気に負け、まっ裸で徘徊するオレサマ(もちろん家中限定)
そんなオレサマに、うなる嫁の鉄拳!(痛)
手に入らぬ煙草(ちなみにゴールデン・バット)
上昇する血圧(200/100)

 そしてなりよりも、敬愛する声優さんの急逝……


多くの不幸が、無駄ではなかった証のために。
再び、SSの理想を掲げるために。
「銀トラ伝」成就のために。

 Arcadiaよ! 私は帰ってきたあああああああ!!




はい。すいません。 ごめんなさい。ごめんなさい。
調子に乗っておりました(土下座)

帰ってきました。 なんとか帰ってこれました。
できますればこれからも、生暖かい目のお見逃し、よろしくお願いします。


>抜刀隊さま
 「ゴラス冒険」パクらせていただきました(鹿馬)

>くろしおさま。 omega12さま。 Brendanさま。
 ムライのファーストネーム、改めました(でもやっぱり「あらあら・うふふ」大鹿馬)

>モモンガさま。
 ご指摘の件、一応、辻褄を合わせる方向で調整中。
 改定はまだですが、ちょっと思案中です(詳細は感想板にて)

>フッさま。
 ご指摘の件、調べました(詳細は感想板にて)
 おかげで面白いエピソード、拾えました。 感謝☆

のでー
モモンガさま&フッさま。
ご感想いただければ幸いです。


 それではみな様。 しばらくの間のお付き合い。
 ありがとうございました(礼)



 タイトル変えました(遅!)



[25391] 「 28 Times Later 後編  part-1」
Name: 一陣の風◆fc1b2615 ID:8350b1a5
Date: 2014/07/21 23:09
 AHAHAHAHAHAAAAAHAAAAA!!
 ぐえうえぅばばばああああ
 ああありえええったあああ

体に付いた赤い実を揺らしながら、バケモノどもが襲ってくる。

 ボッ。 バシっ。 ゴスゥっ。

俺はその群れを撃ち、吹き飛ばし、切り裂きながら進んだ。

 それにしても

な ん で
こんなことになった?
この話しは「銀河英雄伝説」なんだ。
「バイ〇ハザード」でも「サ〇レントヒル」でも「学園〇示録」でもねぇぞ!

それになぁ、ここでの「ゾンビモノ」はマズいんだ!!
……その…いろいろと………ね? しくしく



  第五話 【 28 Times Later 後編  】


「はみゅぅっ」
警備室に飛び込んでから気が付いた。
さっきまで食堂で喰っていたソーセージが、未だに口の中に残っていたことに。
あわてて咀嚼し、飲み込む。

「曹長、状況は?」
「ラボの最深部で爆発があったようです。」
「それで原因は?」
「さあ……」

 さあって……うん。やっぱり昼行灯か?

「ふたりばかり、確認に向かわせろ。 念の為に武器を携帯させてだ。
 モニターは?」
「ああ…ええと、一部は壊れちまってるようです」
「警備室。 グエン少佐。 何が起こった?」
スピーカーからバラダギ様……もとえ、バラン大佐の声が聞こえてくる。

「最深部で爆発を確認。 詳細は不明。 今、調査中です」
「安全なんだろうね」
「私もそれを知りたいと思っています」
まったくだ。 安全かどうか、俺が一番知りたいわ!

「……何か分かったら、すぐに連絡してくれ給え。 軍人の本分を尽くせ」
それきりスピーカーからは、何も聞こえなくなった。
軍人の本分……結局それか。
曹長といい、司令といい。 なんだかなぁ……

「モニター復旧しました」
『最深部に到達。 これからラボに向かいます』
ふたつの報告が同時に上がる。
さらに下に降りたふたりのヘルメットに装着されたCCDから、生の映像も送られてくる。

「気圧も下がっているようだ。火災警報も鳴っている。
 無理せず、安全第一で行け。ヤバいと思ったら、さっさと引き上げろ」
『りょ、了解!』
「少佐、2番にアンドレアヌフス中佐から電話です」
曹長が受話器を差し出しながら言う。  えい、くそっ。

「グエン少佐です」
「ああ、少佐。大変だ」
「はい。それを今、調査中です」
「違う、違うんだ、少佐。聞いてくれ」
切羽詰った声が、受話器の向こうから聞こえてくる。

「時間がないから良く聞いてくれ。少佐、これはテロだ」
「テロ……ですか?」
「そうだ。これは事故なんかじゃない。故意の破壊行為だ。 テロリズムなんだ」
「どういうことですか?」

「私は見たんだ」
「見た? 何をです」
「リオン軍曹だ。 彼が爆薬をしかけるのを」
「リオン軍曹が!?」
「ああ。彼が夜中。夜食をくばるふりをして、岡持ちの中から爆薬を取り出し仕掛けるのを」
「……………」
「それにこの件には、司令も関わっている」

「司令も?」
「ああ。 あの人はここの研究を帝国に売り渡そうとしているんだ」
「はい?」
「その証拠を私は握っている。 彼がフェザーン商人を介して、帝国と連絡を取っているんだ」
「まさか……」
「そして君とムライ少佐の前任者を事故に見せかけて殺したのも、バラン大佐だ」
「なんですとぉ?」

「あのふたりは、その事実に気が付いて、私に相談していたんだ。
 私達はもう少し証拠を集めてから、彼を糾弾するつもりでいた」
「それじゃあ、あの事故は……」
「ああ、そうだ。 彼だ。 バラン司令が自分の罪を隠すために、彼等ふたりを事故に見せかけて殺したんだ」

「少佐、脱出用の緊急ポッドがひとつ、作動します」
「なに? どういうことだ?」
「奴だ。司令だ!」
「中佐?」
「バラン大佐が逃げ出そうとしてるんだ! グエン少佐。 今すぐ彼とリオン軍曹を逮捕してくれ」

「中佐は今、何処です」

 -キュイキュイキュイ。 

なんだこの音。
俺はアンドレアヌフスの声の後ろから聞こえてくる音に、首を傾げた。

「私は今、最深部のラボの近くにいる。リオン軍曹の仕掛けた爆弾を探してみる」
「中佐。 今、私の部下がそちらに向かっています。彼等と合流して、避難してください」
「いや、ダメだ。時間がない。 少佐はみんなを退避さ」

 -ゴバアアアアアアアアッ

再び、腹に響く音が聞こえてくる。

「少佐ぁ! 再び爆発を確認!」

 ツーツーツー……

俺はしばらくの間、発信音しか言わなくなった受話器を見つめつつ、唖然としていた。
「少佐。下に降りた奴等が呼んでます」
『少佐! 少佐! 爆発です。また爆発です! 火です。火災です!』
下に降りた部下達の上げる金切り声で、俺は我に返った。

「今すぐ、もどってこい。上がってこい。そこから離れろ!」
『し、しかし……』
「ぐだぐだ抜かすな! 今すぐそこから逃げろっつってんだ!」
『りょ、了解』
俺はつい「地」で叫んでしまった。
でもそれでも遅かったんだ。

『うわ。なんだお前達』
悲鳴が聞こえてくる。

『なんだ。なんだよ。 く、来るなぁぁぁ』
「ひいっ」
曹長が短い悲鳴を上げる。
CCDの映像を見て、その理由が分かった。

彼等は囲まれていた。
死人の群れに囲まれていた。

ただの屍ではない。
体中に赤い何かを張り付かせて、ケタケタと奇声を上げながら、迫ってくる。
その顔は醜く崩れ、まるで瘤のようなモノが、顔一面に張り付いていた。

『 あああああ あ”っあ”っあ”っあ”っあ”あ”あ”アーーーーーーーー』
絶叫とともにCCDの映像が途切れる。

 -これは違う。
 
俺の頭の中が、ぐるぐるする。
 これは違う。
 これはゾンビじゃない。
 これはただのゾンビなんかじゃない。
 前世の記憶が頭の中を駆け巡る。

 これはもっと凶悪な、あの赤い実の……

「緊急ポッド、一機。射出を確認!」
「射出コード解除にはIDがいるハズだ。 誰のIDが使われたか確認しろ」
「りょ、了解。 使用されたIDは……IDは、バラン司令の物です!」
「くっ……」

「少佐、いったいなにが!?」
「どうした、グエン」
顔を真っ赤にしたトリューニヒト中尉と、いつでも沈着冷静なロリ〇ン少佐……もとえ
ムライ少佐がやって来た。 ちょうどいい。
俺は緊急用の全館一斉放送のカフを上げると、マイクに向かって叫んだ。

「オールハンド。全員聞け。 私は警備主任のグエン少佐だ。
 状況を説明する。
 たいした被害はないが、研究施設最深部において事故が発生した模様。
 『小規模な』火災も発生しているようだ。
 念のため、全員、コアブロックに退避するように。
 慌てる必要はない。 
 各自、落ち着いて、コアブロックの食堂まで、速やかに集合してくれ。 以上だ」
「そんなに状況は悪いのか」
ムライが静かに聞いてくる。
やっぱりコイツは良く分かっている。


「ああ。状況は最悪だ。 最深部で爆発発生。原因は不明。
 テロとの情報もある。
 それから大規模な火災も発生してるらしい。
 偵察に降ろした部下二人の生死が不明。
 正体不明の敵対的な何かの存在も確認」
「敵対的な何か?」
「今はそうとしか言えん」
俺には半ば、その正体は分かっちゃいたが……

「さらにバラン大佐ともアンドレアヌフス中佐とも連絡がとれない」
「そんな……」
トリューニヒトが絶句する。

「ならまた貴様が司令官代理だな」
ムライが事も無げに言い放つ。

「ハンモックナンバーは、お前の方が上だろ!」
「私は後方担当士官だからな。 兵科のお前に権限を移譲する」
「………ちっ」
そう言うと思った。

「了解。グエン少佐。指揮を取る。 
 ムライ少佐。生存者達を集めて名簿を取ってくれ。 
 それから総員退避の用意と、救難信号の発信を頼む」
「そこまで必要ですか?」
「必要でなくなることを私は希望するよ、曹長。 
 君はここに居て、全体のモニタリングを頼む。 それからトリューニヒト中尉」
「はい?」
「私について来い」
後事を二人に託すと、俺は部屋を飛び出した。



  ****

「随分と古い物ですね」
腰のホルダーにぶち込んだ銃を見て、トリューニヒトが目を丸くする。
俺は警備室を飛び出した後、いったん自室に戻り、ロッカーから私物を引っ張り出していた。

「ふっふっふ。コルト・パイソン357マグナム。6インチだ」
「火薬式ですか」
「ああ、レーザーのように無粋じゃない。 
 発砲後、火薬の匂いにむせる。そんな男の銃だ」
「……はぁ」
「感動薄いなぁ、君。あの伝説のスイーパー『街の狩人』が使ってた銃だよ? いや、もちろんレプリカだけどさぁ。特注で結構高かったんだよ?」
「そっちもですか?」
俺の手にした銃にも興味があるようだ。

「モスバーグ M500A。ショットガンのスタンダード。接近戦には、これが一番だ」
俺はポンプを引くと、初弾を送り込んだ。
「しかし、装甲服には無意味ですよ」
「ああそうだな。だが接近戦じゃとりあえず相手をぶっ飛ばすことがなによりだ。
 その隙にこっちは逃げる」
「…………」
「なんだよ。接近戦でのコンバット・シューティングじゃ、胸よりも腹を狙えって教えられたろ? そういうことだ」
「……はぁ」
「曹長、聞こえるか」
「はい、少佐」
やっぱり感動の薄いトリューニヒトをほったらかしにして、俺は無線で警備室の曹長に声をかけた。

「これから下層部に降りる。 モニターできてるか?」
「音声良好。CCD良好。通路のモニターもある程度使えます」
「よし、サブステーションに向かう。 そこから道の指示を頼む。 
 まずは非常階段から行く。 ロックを解除してくれ」
俺はトリューニヒトを伴って、ゆっくりと階段を降り始めた。



  ****

「たったこれだけなのか?」
ムライは絶句する。
「はい。とりあえず無事に集まったのはこれだけです」
部下の報告に、ムライは改めて食堂を見回した。
そこには40人程が集まっているだけだった。

惑星ゴラス生物兵器研究所。
職員、研究員、兵士。 合わせて300人以上居たはずなのに。

 はっ!
そしてムライは気付く。

「ドールトン。 イヴリン・ドールトンは、いるか!?」
しかしそのムライの問いかけは、むなしく食堂の壁に響いただけだった。


 ****

 AHAHAHAHAHAHHAAAAAHAHA!

 ーボッ!

奇妙な笑い声を上げ群がるバケモノどもに、至近距離から12番GAのスラックショットを叩き込む。
瞬時に醜く歪んだ顔を吹き飛ばされ、バケモノどもは崩れ落ちた。

「少佐! 少佐! 少佐!」
「離れるな中尉。俺のケツに付いて来い!」
パニックに陥った( まぁ仕方ない )トリューニヒトを引きずるようにして俺は、下層部のサブステーションに転がり込んだ。
地下研究煉。
そこは地下5階分ぶち抜きの、大きな空洞だった。
縦横無尽に鉄骨のキャット・ウォークが張り巡らされている。
サブステーションは。その最上部。
壁の縁に、突き出すように設置された部屋だった。


「あーーーーーーーー!」
 AHAHAHAHAAAAAAHAAAAHA!

隠れていたバケモノに、トリューニヒトが悲鳴を上げる。
俺はパイソンを引き抜くと、一発でそいつの頭部を撃ち抜いてやった。

「こんなの耐えられない。こんなこと耐えられない」
壁にへたり込みながら全身を震わせ、泣き叫ぶトリューニヒト。 
仕方ない。 仕方ないが……
「おい、中尉」

「ば、僕は箔付けのためにココにきたんだ。本当は軍歴に箔をつけるためにココにきただけなんだ。
 すぐ終わるハズだったのに。すぐハイネセンに帰れるハズだったのに。
 そしたら『激務により軍務遂行不可』として除隊するハズだったのに。
 父から、そう口添えしてもらえるハズだったのに。
 そうだ。 叔父は…バラン大佐はどうしたんだ。
 退役後の面倒みてやる見返りのハズだったのに……」
「お~い中尉さん。腹の中の泥が、だだ漏れになってますよぉぉ」
「いやだいやだ。僕はいやだぁ!」
「中尉!!」
 
 -バンっ!
泣き叫ぶトリューニヒトの頬が鳴った。 俺の平手打ちが炸裂したのだ。

 うう~ん。
後に稀代の怪物的政治家になるかもしれん奴を、平手で殴れるなんて。
ある意味、幸運? 転生者の特権?

「殴られた。僕は殴られた。父にだって殴られたことないのに!」

 -バキっ!!
つい反射的に、もう一発殴ってしまった。

「うう……少佐。助けてください。 僕は死にたくない……死にたくないんです」
「中尉、しっかりしろ。 軍人の本分を尽くせ」
俺はワザとバラン司令の声真似をしてやった。

「ううう…軍人の本分なんか知らないよぉ……だいたい本分って何だよぉ」
「中尉、よく聞け」
泣き言を続けるトリューニヒトを片手一本で引きずり起こすと、俺は噛み付かんばかりの距離に顔を寄せた。

「軍人の本分とはなにか。簡単だ。国を守る事だ。
 国とは何か。そこに住む人々のことだ。
 俺達軍人……いや政治家もだ。
 この国をよりよき方向に……そこに暮らす人々の安全と平和を守るために戦う。
 女の子達が笑い合いながら、そっと花を摘んでいられる。そんな世界を守る事。
 それこそが、俺達の本分だ」

「……グエン少佐」
「お前もいずれ政治家になるのであれば……この国を治める長となるのであれば。
 まず人の命を守ることを考えろ。人々の幸せを考えろ。
 それがお前の本分だ!」
「…………」
「名演説だな」
「ムライ?」
しまった。マイクのスイッチ。 入ったままだった。 ……赤面


「報告が二つある」
「良い方から頼む。ついでに悪い方は聞きたくない」
「聞いても聞かなくても状況は変らん。それにどちらも良い話ではない」
「……やれやれ。 ではどうぞ」
「まずは一つ目。リオン軍曹がその近くに居る」
「そいつだ! そいつのせいだ!」
「中尉?」
突然、トリューニヒトが叫びだす。 

「アイツは、リオン軍曹は帝国のスパイなんだ!」
「その話はどこで?」
「今朝です。今朝、アンドレアヌフス中佐が教えてくれたんです。
 リオン軍曹は帝国のスパイで、この基地の破壊の為に、やってきたんです」
「彼は違うよ」
「グエン少佐?」 
俺のあまりに穏やかな声に、トリューニヒトが鳩が豆喰って、ポン! な顔をする。

「今、説明はできなが、彼はスパイではない。それは私が保証する」
「ありがとうございます。少佐殿」
その声に振り向けば、戦斧を手に、全身を赤く染め上げたリオン・S・ケネディが、その精麗な顔を歪ませて、皮肉な笑みを浮かべて立っていた。

「殿はいらねぇよ。ようこそ『伍長』」
唖然とするトリューニヒトを尻目に、俺もニヒルに笑ってみせた。

「少佐。顔、歪んでますよ。歯痛ですか?」
黙れ、この女垂らし。


「で、ムライ。もう一つの話は?」
「イヴリン・ドールトンが行方不明だ」

 いち大事だった。


  ****

 AHAHAAAAAAAAAAAAAAHAAAHAAAAH!
 ガリガリガリガリガリガリガリガリ

不気味な笑い声と、こじ開けようと扉を引っかく音が、いつ終わる事無く響いていた。
イヴリン・ドールトンは、人形のまぁくんを抱きしめながら、ひとり小部屋の中で震えていた。

なにが起こったのか分からない。
轟音。 激しく揺れる床。 一斉に落ちた灯り。
すぐさま非常用電灯に切り替わったものの、その弱い光の中に映し出された異形の影。
なんとか自分の部屋に逃げ込むことはできた。
だが、それまでだった。

「パパ……ママ……グエンくん……恐いよう」
まぁを抱きしめながら呟く。
震えながら呟く。
机の下にもぐり込み、膝とまぁを抱えて震えながら呟く。
今のドールトンには、そんな事しかできなかった。

 ートゥットゥル~♪ トゥットゥル~♪

突然、甲高い音が室内に響きわたる。
ビクリっ! と体を震わせてから気が付いた。 電話が鳴っているのだ。

 そっか、電話すればよかったんだ。

そんな簡単なことにも気がつかなかった自分を腹立たしく思いながら、ドールトンは隠れていた机の下から這い出した。

「はい、ドールトンです」
「おいっ、ドールトン。無事か!?」
「グエンくん?」
その声が懐かしく思えるのは何故だろう。

「どうして私がココに居るって分かったの?」
「お前の手にはめてるブレスレットには、生体認識の機能がある。 それをたどって、ムライが調べてくれた」
「そうなの……」
左手を見る。 手首に巻いたブレスレット。
ここに来た時、ママが自らの手でつけてくれた、銀色に輝るブレスレット。

「今からそっちに行く。待っていろ」
「こない方がいいわよ。グエンくん」
違う。違う。違う。

「通路は壊れてるし」
そんな事、言いたいんじゃない。

「火事も起きてる」 
私は何を言ってるの?

「外には変なバケモノもいるし」
助けて。 グエンくん。 早く。

「私のためになんか、来ない方がいいわよ」
嫌だあ……

 「黙れっ、お子ちゃま!!」

「え?」
「ガキがくだらない遠慮なんかしてんじゃねえ。 お前の思惑なんか知ったことか!
 俺はそっちに行く。なにがあっても迎えに行く。おとなしく待っていやがれ!!」
「グエンくん……」
「それにだな」
「え?」
「俺はまだ『謝罪』の一部しか果たしてない。そうだろ?」
不意にグエンの笑顔が浮かぶ。
恐いけど。 不気味だけど。 なぜかホッとする、あの笑顔。

「よし。電話は一度切って、警備室にかけ直せ。ムライがいる。 じゃあな」
言うだけ言うと、グエンからの電話は切れた。
受話器を見つめるドールトン。

瞬間。 ドールトンの胸が熱くなる。 
安堵だけではない。
感謝だけでもない。 
なにか暖かなモノがドールトンの体の中を駆け巡る。

けれど。
まだ、その感情の意味を知らないドールトンは、ただ泣く事しかできなかった。






Essere Continuato Un parte-2( part-2につづく )










**********************************

 長げぇわあああああああああああ!!

すいません。すいません。
鹿馬的に、話しが長くなっています。 
昔から話をコンパクトにまとめるのが、非常に苦手で……
ぜんぜん1つの尺に収まりません(涙)

PART-2は、これ以上にダラダラと文章が続いてます。
みな様の勇気と希望をアテにして、読み続けていただければ幸いです。
どうかお見捨てなく、これからもご贔屓に(土下座)


ちなみにさらに「エピソード」編があります(マジかよ!)



[25391] 「 28 Times Later 後編 part-2」
Name: 一陣の風◆ba3c2cca ID:8350b1a5
Date: 2013/10/09 23:13
「少佐は戻ってください」
「何言ってんの? 軍曹」
ドールトン救出のため、部屋を出ようとする俺を、リオンが押しとどめた。


   第六話 【 28 Times Later 後編 part-2 】



「バラン司令もアンドレアヌフス中佐も失った今、あなたはこの基地の指揮官です。
 頭脳が銃を持って、戦うべきではありません」
「なにお! ……どこで見つけた?」
俺はリオンにつかみかかると、トリューニヒトに聞こえないように、小さく耳元で囁いた。

「この先の倉庫の中で……なぜ分かったんです」
「簡単だ。お前が過去形で話したからだ。 死因は?」
「恐らくサイオキシン系の中毒。 死後約六時間。 ……なるほどね。次からは気をつけます」
「だが断る!」
苦笑を浮かべるリオンを、俺は手荒く突き飛ばした。

「俺はすでに自分の判断ミスで二人の部下を失った。 これ以上、誰も失いたくない。
 それにあのお子ちゃまには、俺が必ず迎えに行くと約束した」
「それなら中尉。あなたは引き上げますか」
「だが断る」
「はっ?」
「中尉?」
「私も…私も行きます。本分を尽くします」
立ち上がったそ顔には、先程の頭を抱えて震えていた姿とはまったく違う、固い意思が現れていた。 
ぬう……覚醒フラグだったのか?


「ドールトンの居る部屋は、そこから反対方向の通路を入って、一階下に降りた所だ」
ムライが知らせてくる。
「了解。そっちの様子は?」
「現在の生存者、約50名。近場の所員達は曹長の指揮下で俺の部下達が捜索している」
「たったそれだけか……助かる。くれぐれも無理させないでくれ」
「……なあグエン。あれは…あの異形のモノはなんだ」
「詳しく説明している暇はないが……簡単に言えば植物だ」
「植物!? あれが植物?いったいどうゆう」
「時間がない。行くぞ!」
なおも問いかけてくるムライの言葉を無視して、俺をは駆け出した。

  ー AHAHAHAHAHAHAHFA
    ぐえうえぅばばばああああ
    ああありえええったあああ

体に付いた赤い実を揺らしながら、バケモノどもが襲ってくる。

俺はショットガンで吹き飛ばしながら。
トリューニヒトは、レーザーガンを乱射しながら。
リオンは戦斧を打ち振るいながら。
俺達は全力で進んだ。
やがて広場のように、少し開けて空間に出る。

「グエン。その目の前の扉がそうだ」
ムライの声がインカムから響く。 もう少しだ。 だがー

「ひひゅう……」
突然、トリューニヒトが立ち止まり息を呑む。
「どうした中尉」
訊ねる俺に、彼は震える手でそっと上を指し示した。

「!?」
その指先をたどって、今度は俺とリオンが息を呑む。
その指の先。視線の先にいるモノ……異形のさらに異様なモノ

最初に目に入ったのは「赤」
赤い花びら。「クリムゾン・ローズ(真紅の薔薇)」のような真っ赤な花びら。
その真ん中に不気味な明滅を繰り返す、赤いスフィア(球体) 赤い実。
その上にちょこんと乗った、ぼこぼこに腫れ上がった緑の顔。
赤暗く光る双眸。
腕が三本。花のまわりから生えている。
細長い足が二本。そのいずれにも鋭い爪が光っている。
それにあれは尻尾……?

 ー ジュルズジュルズルル……
まるで蔦が絡まってできたかのような、その緑の体から嫌な音を立てて樹液のような黄色い体液が滴り落ちる。
そんな巨大なバケモノが天井に張り付きながら、こちらを睨んでいた。

ぬう。
こいつがいわゆるラスボス? タイ〇ント? G変〇体か? いや、いっそビオ〇ンテ……
「あれはドールトン博士……」
「なにぃ」
トリューニヒトのつぶやきに、俺は思わず声を荒げてしまった。

「ほんのわずかな面影しか残ってませんが、あれは主任研究者の、ウィリアム・ドールトン博士です」
「なんてこった……」
「何があったか分かりませんが、完全にバケモノ化してますね……来ますよ」

 - グガアラバグララヴァヴァ!

リオンの言葉通り、ドールトン体は激しく一声吼えると、いきなりジャンプしてきた。
20メートル近くの距離を、いっきに飛んでくる。
地響きを上げて着地。
俺はすかさずモスバーグを連射する。 きかねぇ!
確実にドールトン体( めんどくさいから、以降「D」体ね )には、着弾してるのに全く効果がない。
D体は、その巨大な尾を振り回すとベンチや木々をなぎ倒す。
俺はトリューニヒトを覆いかぶさるように突き飛ばすと、かろうじてその攻撃を避けた。

「少佐。中尉。ここは私に任せて行ってください」
戦斧を振り回しながら、リオンが叫んだ。
「しかし軍曹」
「分かった。リオン。後は頼んだ」
「少佐?」
俺は尚も何かを言いたげなトリューニヒトの手を引っ張ると、そのまま扉に突進する。
走りこみながら『閉』スイッチを押し込んだ。
間一髪。追いかけてきたD体より先に扉が閉まった。

 ゴズっ
扉が歪む。きっとD体が勢いのまま扉にぶつかったのだろう。 クワバラクワバラ。

「軍曹を見殺しにするんですか」
トリューニヒトが喰ってかかってくる。
「大丈夫。彼なら大丈夫だ」
「なぜそんな事が言い切れるのです。あなたはいったいっ」
「リオンなら大丈夫と言ったろ? 逆に俺達がいるとかえって足手まといだ」
「…………」
納得いってないなぁ。 これも仕方ない。 
だって前世の記憶の知識で、彼は、こんな所で死にはしないのサ。  とは言えんもんね……

  ****

「ドールトン。無事か!?」
ほどなくして、俺達はドールトンの部屋に到着した。
まずは部屋の前にたむろするバケモノどもを掃射する。
完全に虚をつかれたバケモノどもは、あっという間に蹴散らかされた。

「ドールトン。俺だ。グエンだ。 オールクリア。 ここを開けてくれ」
何回かの呼びかけの後。 扉が開けられる。 最初は恐々。 小さく、ゆっくりと。

「遅い!」
「ぐぎゃあああ!」
脱兎の如く飛びついてきたドールトンが、いきなり俺の肩に噛みついた。

「もう、レディをいつまで待たせるの?」
「はいはい。ごめんごめん」
俺はそっとドールトンの髪をなでてやった。 もちろん、その涙には気付かぬふりで。
うんうん。なんだかんだ言っても女の子。 恐かったんだねぇ。

「で、少佐。これからどうするんです」
トリューニヒトが訊ねてくる。 
「先の通路は爆発と火災で塞がっています。来た道は扉がもう開かない」
「閉じ込められたの?」
ドールトンが不安な声を上げる。

「大丈夫」
俺はドールトンを床に降ろし、視線を同じにすると、にっこり微笑んだ。
「グエンくん、笑顔が恐い」
「ほっとけ! さぁ、お嬢ちゃん。 約束を果たしにきたよ」
「はぇ?」
「昨日約束したろ。今から『ゴラスの冒険』の始まりだ」


  ****


「グエンくん。その格好なに?」
「はあ?」
俺は自分の体を改める。

頭には、オリーブドラブのバンダナ。
左目には、黒いアイパッチ。
ハスにくわえた煙草。
そして全身ぴっちりの、黒いラバースーツ。

「ふっ……これが配管に入る時の正装なのだお」
「グエンくん。頭は大丈夫?」
「はっ? もちろん大丈夫さ。頭に怪我はない。ああ、それから」
「ん?」
「これから俺のことは『蛇』 ー と、呼んでくれ」
「蛇……」
ドールトンもトリューニヒトも、何故か生暖かい眼差しで俺を見、微笑んでいた。


「だめ。こっちも塞がってる」
「落ち着け、ドールトン。 遠回りでもいい。確実に進め」
配管の中を徘徊しながら、俺達は進んでいた。
ドールトンを先頭に、さして広くもないパイプの中を進んで行く。

『ゴラスの冒険』
それはつまりこうやって、配管やダクトを使い、正規の通路とは違う『道』で目的地へと向う -という遊びだった。
孤独だったドールトンには、格好のお遊びだったのだろう。
彼女はほとんどのルートを熟知していた。

「しょうがないわ……一度、メインラボに出て、それから別のダクトで上を目指しましょう」
「分かった。案内してくれ」
「うん。でもグエンくん」
「違う。蛇! だ」
「……はいはい。蛇さん」
「うむ。 なんだ」
「スカートの中、覗かないでよ」
「誰が覗くかあああああああああああ!」

俺とドールトンの会話に、トリューニヒトがクスクスと笑う。
ドールトンもトリューニヒトも、ようやく笑えた。
うん。ふたりとも力が抜けて、良い感じになった。

「さあ、着いたわよ。この下がメインラボ」
「ちょっと代わってくれ」
ドールトンの脇をなんとかすり抜け、俺は眼下の部屋を見下ろす。
そこだけは特別電源なのか、煌々と点いた灯りが、室内を真白に照らし出していた。

「大丈夫そうだな。まず、私が行く」
「蛇さん、気をつけてね」
「おうよ」
俺はワザと軽く返事をすると飛び降りた。
態勢を整えるとすぐにダンボールをかぶり、周りを警戒する。

「やっぱり、イタイ……」
どこかを怪我したのか、そんなドールトンの呟きが聞こえてくる。

 よし、クリア。

「安全確認。ドールトン、降りてこぎぃやああああっ!」

 ボスっゴバッ と。
飛び降りて来たドールトンが、ダンボールごと俺を踏み潰す。

「痛っったぁいーわぁぁ! ちょ、おまっ。なにすんのん?」
「だって床に落ちるより、軟らかそうだったから……」
「お前なあ!」
「じゃあ、私も」
「わっ。よせ、中尉! あああああっ。 ら、らめぇぇぇぇぇっぇえ!」


「ドールトン。次はどの配管だ」
「ええと…ちょうどこの部屋の反対側にある空調ダクトを通れば、メインフレームに出られるわ」
腰を摩りながら、涙目で問いかける俺に、ドールトンは何事もなかったかのように答える。

「よし、急ごう」
俺はドールトンを促すと、移動し始める。  

  がー

「なんだこれは……」 
トリューニヒトの足が止まった。

 「ママ……」
ドールトンのその一言が、俺を足をフリーズ(氷付け)にした。

  そこは一面の「アカイイロ」だった。

正面に大きな樹がある。
その樹はまるで、この部屋全体を包み込みかのように、その枝を何処までも張り巡らせていた。
そしてその枝になった、赤い実。
 赤い紅い。 
どこまでも純粋に赤く紅く輝く、無数の小さな実。

 AHAHAHAHAHAHAHHHH

その実はときおり、その体を震わせ、カン高い、不気味な笑い声を上げる。

 ゆさゆさゆさ -と
 ざわざわざわ -と

揺れながら、震えながら、不思議な笑い声をあげていた。

「ママ……」
もう一度、ドールトンが小さな声を上げた。
その巨樹の正面。
そのど真ん中に、白い仮面のような顔が俺達を睥睨するかのように、薄く目を開け、見下ろしていた。

「ママ…ママ……ママ!」
駆け出すドールトンを、俺はすんでの所で押し留めた。
「離して! 離して、グエンくん! ママっ。ママーーーァ!」
ドールトンは叫びながら、俺の手の中で力一杯、もがきまくる。

「中尉!」
「は、はい、少佐」
「間違いないか?」
「え?」
「あれは間違いなく、ドールトンの母親なのか!?」
「は、はい。あのバケモノと同じく、少し変わっていますが、間違いなくこの子の母親。
 アネット・ドールトン博士です」
「くっ……」
俺はその白い仮面を見上げる。
夫婦そろって、クリーチャーって、何だよ、それ……

「グエン。それは本物なのか…」
インカムからかすれた声が聞こえてくる。
「見えているのか」
「あ……ああ。CCDで。それは本物の映像なのか?」
戸惑ったように、ムライが訊ねてくる。
「間違いなく本物だ。CGでも、SRPでもない」
「……悪い夢を見ているようだ」
「夢なら良かったんだがな」


 【 アテンション・オール・ハンド。 アテンション・オール・ハンド 】

突然、館内に金属的な女性の声が響く。

 【 こちらは惑星ゴラス・ラボラトリーのマザー・コンピューターです。
   ウィルスの流失を確認しました。
   これより、レッドアラーム・コンディション・Lv1を発動。
   滅菌作業を段階的に開始します。
   当施設は30分後に完全滅菌。 消滅します。 
   全所員は、すみやかに退避してください。  繰り返します……】

 -バンッ
突然、部屋の灯りが切り替わった。
今までのLEDの白い無機質な灯りに代わり、薄暗いアーク灯のようなオレンジの、ねっとりとした灯りが部屋中に充満する。
無数のパトライトが回り出し、目を眩ませる。

「おい、ムライ!」
俺は思わず叫んでしまった。
「こちらでも聞こえた。 曹長、どうゆう事だ」
「わ、分かりません。勝手に起動してます。 勝手に動いてます」
「止められないのか?」
「止めるには、バラン大佐か、アンドレアヌフス中佐のIDカードが必要です」
「くぅ……」
「ムライ。今すぐこの基地から脱出しろ」
「グエン?」
「今すぐ、みんなを緊急ポッドに乗せて、この星から離れるんだ!」

「貴様はどうする」
「一基だけポットを残しておいてくれ。俺達はそれで脱出する」
「……了解した。 ポッドを一基残して、退避する」
「俺たちもすぐに行く。 頼んだぞ」
「分かった。おい、グエン」
「あん?」
「死ぬなよ」
俺は苦笑する。 
あの無骨な男が、どんな表情でこんなセリフを言ったのかと思うと、つい笑ってしまったのだ。

「ああ。もちろんだ。頼むぜ、相棒」
 大丈夫。リオンと同じサ。 俺はこんな所で死にはない。 死ぬハズがない。
 俺の墓標となるべきは、星空の大海原か、孫娘の膝の上と決めてるんだ。







Essere Continuato Un parte-3( part-3につづく )






*************************************************************

グ「なーんかもう、ぜんぜん『銀英伝」じゃないねい」
ム「まったくだ。 心躍る艦隊戦もなく。心震わせる人間ドラマもない」
グ「作者はこりわもー『夏の魔術』か『晴れた空から……』や、言うとる」
ム「田中芳樹ファンから、袋叩きにあうな。 その発言」
グ「でも本人は、もの凄く楽しんで書いてるそうだ」
ム「そう…なのか?」
グ「そのせいで、勢い余って、とうとうpart-3までイってしまったらしい」
ム「おいおいおい」
グ「だから今回はこんなトコで終わったらしい」
ム「愚かだな」
グ「まったくだ。 だからpart-2、と、3は、一挙公開らしい」
ム「ただ話しが長くなって、ひとつで公開する勇気がなかっただけだろ」
グ「キツイね、お前も。 まあその通りなんだけど」
ム「否定しなのか!」
グ「しようがしまいが、事実は変らん。 そんな訳で、この愚作を読んでくれた、みな様。
 物語は、paart-3に続きます」
ム「確かエピローグもあるのだな」
グ「その通り。 このしまりのない、だらだらと続く駄文を、みな様が読んでいただけたら、
  作者にとって、これほどの喜びはありません」
ム「どうやら本当に作者は『これほど書くのが楽しいと思った作品は久しぶり』だったみたいだな…」
グ「そんな訳で、まだまだ、グダグダな駄文が続きそうですが」
ム「作者に成り代わり、お願いしたい」

 
グ・ム「これに懲りず続けてのご贔屓、どうかよろしくお願いします」(礼!
 



[25391] 「 28  Times Later 後編 part-3」
Name: 一陣の風◆ba3c2cca ID:8350b1a5
Date: 2013/09/20 18:02
 【 アテンション・オールハンド。 本施設の完全滅菌まで、あと25分です。
   全職員は、すみやかに退避してください。 繰り返します…… 】


   第七話 【 28 Times Later 後編 part-3 】



「時間がない! 行くぞ!」
俺は空調ダクトに通じる、鉄階段を登りながら叫んだ。
トリューニヒトは慌てて走って来た。 
だが、ドールトンは俺の腕の中で、ボゥっと立ったまま、身じろぎ一つしない。

「ドールトン。 どうした行くぞ」
「……ママ」
じっと、その白き仮面を見つめている。
ええいくそっ。 俺がドールトンの腕をつかんで走り出そうとした、その時ー

 びしゃっびしゃっびしゃっ

嫌らしい音を立てて、赤い実から人が……人のようなモノが転がり落ちてきた。
緑色の肌。 ボコボコの瘤だらけの頭。 黒目だけの瞳。
 AHHAHAHAHAHAHAAA
甲高い、神経を参らせる声。
そしてなによりも……

その体に一瞬にして白い花が咲き、散る。
その後から、無数に実る赤い実。
体はおろか、背中にもみっしりと。 
中には顔半分が崩れ、そこから枝と赤い実が生えてるモノまでいた。

昔読んだSS小説を思い出す。
無人島に流れ着いた少女達が、生き残るためにその赤い実を食べ、次々とバケモノに変っていくとゆう
三文SS小説。
映画「マ〇ンゴ」をヒントに書かれたとゆう、B級ホラーSS小説。 愚作。
でもなぜか、俺の前世の記憶として残る、その小説。
その描写そのままの赤い実のバケモノ達が、今、俺の目の前に迫ってくる。


 【 アテンション・オールハンド。 本施設の消滅まで、あと20分です。
   メイン・ラボの段階的な滅菌作業を開始します。  繰り返します…… 】

 ー ゴバアアアアアッ!
突然の衝撃に、俺はひっくり返ってしまった。
ひっくり返ったまま、視線を走らせる俺の目に、次々に崩れていく構造物見えた。
くそっ。こいつが滅菌作業か。 たんなるYUKIHO(穴掘って埋まる)じゃねぇか!

 - ドゴバァ!
「少佐、上!」
あわてて起き上がる俺に、トリューニヒトが天井を指差しながら叫んだ。

 - ギシャアアアアアアアャアア
そこには天井を突き破り、樹液をしたたらせながら、俺達を見下ろすD体の姿が。
リオンはどうした? まさか?

 - ギシャアアアアアアアャアア
飛び降りてくる。
D体が俺とドールトンとの間に飛び降りてくる。
とっさに身を捻ってかわす。
だがその衝撃で、階段が粉砕され、俺とドールトンの間には絶望的な溝が穿かれてしまった。

「ドールトン、逃げろ!」
叫びながら飛び降りようとする俺を、トリューニヒトが羽交い絞めする。
「離せっ。 中尉。 離せ、ゴラァ!」
「いけません。 このままではあなたまで死んでしまう」
「構うかあ! ドールトンが、彼女が……」

D体がドールトンに迫る。
赤い実のバケモノどもも迫る。
けれどドールトンは、D体をただ見ているだけで……

「パパ……」
ドールトンが囁いた。
「パパ……なの?」

 ビクリッ
と、D体の動きが止まった。
止まったまま、じっとドールトンを……我が娘を凝視している。
見詰め合うドールトンとD体……いや、娘と父親。

 そっと。
娘がその手に触れる。
優しく、なでるように、D体の緑色のナイフのようにとがった爪に触れる。
ぽろぽろぽろと泣きながら、その手を握る。

「パパ……パパぁ」
「イ……イヴリン…………」
D体から声が漏れる。 軋むような声が漏れる。
「パパ。パパ。パパ……」
「に…逃げろぉ……イヴリン……」
「パパぁっ」
「…イヴリ……うあ”あ”あ”あ”」

 AHAHAHAHAHAHHAHA!
赤い実のバケモノどもが、ドールトンに襲い掛かる。

 - があああああああああ!
その全てをD体がなぎ倒した。
まるでドールトンを守るかのように。
まるで我が子を守る父親のように。
D体が、赤い実のバケモノどもを引き裂いていく。


 【 アテンション・オールハンド。 本施設の消滅まで、あと15分です。
   メイン・ラボ。及び、その周辺の段階的な滅菌作業を開始します 】

 - ゴバアッ!
「うわっ」
再び起こった振動が、俺とトリューニヒトの乗った階段を破壊する。
 しめた。
中途半端に崩れた分。 俺とドールトンの距離が縮まった。
けれどほんの少し足りない。 ほんの少し届かない。
トリューニヒトが足を支えてくれているのもかかわらず、まだほんの少し足りない。

「ドールトン。手を伸ばせ!」
不安定に揺れる階段に体を固定させ、
俺は屈んだまま、身動きひとつせずにうずくまるドールトンに叫んだ。
「さあ、俺の手をつかむんだ」
「ママ……パパ………」
だがドールトンは、うずくまったまま、何事かを呟くばかり。

「こらっ。ドールトン。このお子ちゃま! 聞こえないのか!? 手をつかめ!」
「パパとママがあんなに……私」
パトライトの赤いフラッシャーが点滅する中。 ドールトンが呟く。

「パパとママがあんなになって……誰もいない。  もう誰もいない。
 私を見てくれる人はもう、誰もいない。
 私…私はひとりぼっち。もう私は、明日からひとりぼっち……」
「ドールトン……」
「私はココにいる。ずっといる。 そしたら……そしたらきっと、さびしくない。
 パパとママと一緒にいれる。 ひとりじゃない。 きっと。 きっと、さびしくない……」
下を向き、人形を抱きしめながら呟く、ドールトン。

「まぁくんもいてくれる。私、さびしくない……さびしくなんて…ない」


「明日は何があるか分からない」
俺はゆっくりとドールトンに語りかけた。

「悲しい別れや惨めな失敗。 悲惨な死に出会うかもしれない」
「グエン……くん?」
ドールトンがゆっくりを視線を上げ、俺を見る

「-でも……」
俺はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「新たな発見があるかもしれない。
 新しい出会いがあるかもしれない。 
 新たなる成果を得られるかもしれない。  イヴリン……」
「え?」

「だからこそ、明日は面白い。 
 お前の母親が教えてくれた言葉だ。 そうだろ? そうだな、イヴリン?」
「グエン……くん」
「それを俺が、このグエン・バン・ヒューが教えてやる。 お前の明日を見せてやる」
ドールトンが立ち上がり、俺の差し出した手を見る。

「俺の手をつかめ! 一緒に明日を見よう!」
「グエンくん……」
ドールトンは俺を見る。 その瞳から、一筋の涙がこぼれる。
「さあ、来い! イヴリン」
俺はその名を呼んだ。

 「 イヴリン・ドールトン! 」
 
ドールトンは一気に駆け寄ると、俺の手を……


 -がぶっ。 ぎゃあああああああああああああ!

お約束通り。 力一杯、噛み付いた。    ……しくしく。


 
 【 アテンション・オールハンド。 本施設の消滅まで、あと10分です。
   メイン・ラボ。及び、その周辺の全面的な滅菌作業を開始します 】


出口に向って走る俺達に、なにかガラス状に、キラキラと輝くモノが降りかかってくる。 
これは……

「ゼッフル粒子です! 少佐っ。 ゼッフル粒子が蒔かれています」
引きつった声でトリューニヒトが叫ぶ。
俺だって焦った。
こんな狭い空間でゼッフル粒子が爆発すれば、そりゃもう、完全滅菌だよな。

「危ない!」
崩れた構造物から、小さな破片が無数に落ちてくる。
小さいとはいえ、当たれば大怪我確実だ。 けれどその全てを避ける事は不可能だ。

なんとかドールトンだけでも!
そう思って俺は彼女を抱きかかえるように上半身を倒す。 だがー
いつまでたっても、その衝撃はやってこない。 その代わり聞こえてきたものは。

 ピシっ。ピシっ。 と、何かを弾く音。

 KKEKEKEKEKEKEKEKEEEEEKKEke

その声に視線を上げると、あの赤い実の本体が……赤い実の無数に滴らせた植物体が、
その枝を触手のように震わせながら、破片を弾き、俺達を守っていた。

「ママ……」
ドールトンが囁く。
俺は見た。 確かに見た。
俺達を守ろうと触手をふるう赤い植物体の姿を。

 KEKEKEKEKEKEKEKKEEKEKEKKke

奇妙な声を上げながら。 奇声を発しながら。
その身を崩壊する構造物に削られ、緑色の血を流しながら。
それでも娘を守ろうとする植物体の……母の姿を。

その白い仮面のような顔に流れる涙を。
その無表情な顔の頬を伝う、幾多の涙を。
そしてー

「うわあ!」
またもトリューニヒトが悲鳴を上げる。   ガボッ とー
今度は天井の構造物が、まるごと1ブロック落ちてくる。
あんなもの避けようもない。
避けられたとしても、あんな物がココに落ちた途端に、その衝撃で蒔かれたゼッフル粒子が爆発するだろう。
いかに植物体いえども、あれは止められない。
 
 万事休す。      だがー

   まだ彼がいた。

 - グワギャヴァラヴァヴァアアア

D体が受け止めた。
その衝撃で足と手を粉砕されながら、D体が構造物を受け止めた。
「パパ!」 
思わずD体に駆け寄ってしまった俺の腕の中で、ドールトンが叫ぶ。
目の前の、その醜悪な顔に叫ぶ。

 - ギィシャウイヴヴヴヴン
もはや人語を話すこともできないのか、
その醜悪な顔をさらに歪ませて、D体が……いや、ウィリアム・ドールトンが呻く。

「パパ!」

 - イヴァヴヴガズズキロロロロウ
顔をゆっくりと振りつつ、愛でる様に我が娘を見る、ウィリアム。
その白目のない、赤黒い瞳が濡れていたのは、気のせいだったのか……


【 アテンション・オールハンド。 間もなくメインラボの完全滅菌を開始します。 30秒前 】

無機質な声が響き渡る。
俺は一目散に駆け出した。 振り返らず、駆け出した。
「早く! 少佐!」
一足先に扉にたどり着いたトリューニヒトが叫ぶ。

【 間もなくメインラボの完全滅菌を開始します。 10、9、8.7…… 】

「パパー! ママー!」
ドルートンが手を伸ばす。 
父と母に向って手を伸ばす。

 KEKEKEKEKEKEKKEKEKkkek……
 イヴァヴァアアアグラアァァァァァァァァアァァン……

植物体とD体が声を上げる。
破片に埋もれながら。
天井に押し潰されながら。
父と母が叫ぶ。

 その声はまるで………


 【 3.2.1。 インパクト 】

 ー 轟!

閉じた扉の向こうで、炎が吹き上がる音がする。
すべてを無にする音が響く。
扉に寄りかかりながら、俺は荒い息をついた。


  *****


 【 アテンション・オールハンド。 本施設の完全消滅まで、あと5分です。
   職員はすみやかに退避してください。 繰り返します…… 】

休んでいる暇はなかった。
俺達は必死になって階段を駆け上がり、通路を疾走する。
ドールトンを抱きかかえながら、必死に走る。
その間、爆発でも起こっているのか、小さな振動が絶えず俺達の足元を揺らし、
天井から灰を落とす。


 【 アテンション・オールハンド。 本施設の完全消滅まで、あと4分です。
   職員はすみやかに退避してください。 繰り返します…… 】

「少佐、だめです!」
トリューニヒトが絶望的な声を上げる。
「隔壁が開きません。 爆発の衝撃で歪んでいます」
見れば最後の隔壁が、歪み、はずれ、通路を覆い隠すかのように行く道をふさいでいた。

「くっ……」
「任せろ」
その言葉より早く、飛び込んで来た何かが、隔壁に痛烈な一撃を与える。

 - ガッッ
と、鈍い音と共に、隔壁はものの見事に吹き飛び、我々に道を開けた。

「遅いぞ!」
「これは失礼」
俺の叱責に、けれどリオンは戦斧を持ったまま、にっこりと微笑んだ。

どんな戦いをしてきたのか。
リオンのその戦闘服は細かな傷でボロボロだった。 
手に持つ戦斧も刃こぼれが無数に生じ、その柄も若干、歪んでいるような……
それにしても戦斧一本で、隔壁ひとつを吹き飛ばすなんて。
さすがコイツは……


 【 アテンション・オールハンド。 本施設の完全消滅まで、あと3分です。
   職員はすみやかに退避してください。 繰り返します…… 】

「走れぇ!」
俺達は脱兎のごとく、走りだした。


【 アテンション・オールハンド。 本施設の完全消滅まで、あと2分です。
   職員はすみやかに退避してください。 繰り返します…… 】

薄暗いアーク灯の光。
明滅するパトライト。
ときおり何故か点滅しだすストロボ群。
道を見失いそうになりながらも、なんとか俺達は救難ポッドの射出口にたどり着いた。

「遅いぞ!」
「これは失礼」
俺達を信じて、ちゃんと待っていてくれたムライの叱責に、俺はドールトンを抱えながら、にっこりと微笑み……
「グエン。貴様、顔が歪んでいるぞ。歯でもー」
「もー。ええっちゅーねん!!」
俺達は団子になってポッドの中に転がり込んだ。


【 アテンション・オールハンド。 本施設の完全消滅まで、あと1分です。
  職員はすみやかに退避してください。 
  本研究所。完全消滅まで、あと、59、58、57…… 】

 ーきゅいきゅいきゅい
と、音を立ててポッドの扉が閉まってゆく。

「座っている暇はない。みんな床に伏せろ!」
ムライが普段の奴からは想像できないほど、無茶な事を言う。
俺はドールトンを押し倒すと、その華奢な体を抱きしめた。

 
【30、29.28……】

 -コン と
軽い衝撃とともに、ポッドが床を離れる。
「噴かせぇ!」
「最大出力!」
「行け!行け!行け!」

【10、9、8.7……】
見る見る内に、研究所の建物が遠ざかって行く。 そしてー

【3.2.1. インパクト】

「うわあああああああああああっ」
衝撃で激しく揺れるポッドの中に、トリューニヒトの悲鳴が響く。
俺は見ていた。 惑星ゴラス生物研究所の最後を。 断末魔を。

光った! と思った次の瞬間。 あの赤い実よりもさらに赤い炎が巻き起こり、
それも一瞬に消え、残るのは、ただ拡散していく、黒い煙のみ。

こんな大騒ぎの顛末としては、まことにあっけない、静かで空虚なエンディングだった。


  *****


「艦長。ありがとうございました」
俺は輸送艦「ヴァガ・ロンガ」の艦長に感謝した。

「救助された全員になり代わり、お礼を申し上げます」
「いや、事前に少佐の要請があったからな。 そのおかげだ」
来る前。
どうも嫌な予感がしていた俺は、ムライと相談の上「ヴァガ・ロンガ」の艦長に対して、
なにか緊急の通報あれば、すぐさま引き返してきて欲しい。 と、要請していたのだ。

おかげで俺達は、先に脱出していた曹長や、所員達共々、それこそ
『足の濡れる暇もない』 ほどの早さで救助されていた。

「いえ。例え私の要請があったにせよ。 
それを信じ、なおかつ迅速に対応していただいた艦長の、ご決断があればこそです」
俺の謝辞に輸送艦「ヴァガ・ロンガ」艦長の、ラルフ・カールセン中佐は、照れたように微笑んだ。



 謳声に導かれる。

ドールトンを探して艦内をウロウロと彷徨うグエンの耳に、あの歌が響いてきた。
あの日。初めてドールトンに出会った夜。
同じように自分を彼女への元へと誘ってくれた、この曲。

 永久に輝く、希望の星への賛歌。

「何を見ているんだ」
グエンは最上層の展望ユニットで宇宙を眺めながら、ひとり静かに謳う、ドールトンを見つけた。

「ひとりで星を見ていたのか?」
「ひとりじゃないわ。 まぁくんと一緒」
そう言うとドールトンは、抱きしめていた猫のぬいぐるみをグエンに見せた。

 -まぁぁぁ
グロウラーでも入っているのか、そのぬいぐるみは変な声で鳴いた。

「なあ、ドールトン」
「あによぉ」
「もしかして『まあ』って鳴くから、まぁくんなのか?」
「そうよ。可愛いでしょ?」
「ふーん。 まあ不細工じゃあないな」
「何よそれ。素直に可愛いって言えばいいの」
「はいはい。可愛い可愛い。 大切なことなので二回言いました!」
「爆ぜろ!」
ドールトンが頬を膨らませ、むくれた。

「ごめん、ごめん。 まぁ、飲め」
そう言いつつ、手にしたカップの片方を差し出しす。

「アップルジュースだ。 ちなみに俺のおごりだ」
「ふん! こんなもんじゃ騙されないんだからね! ……でも、ありがと………」
ちびちびとカップをすする二人。

「……グエンくんのは何?」
「ん? 俺か? 俺のはただのコーヒーだよ。 ブラック」
「ちょっと飲ませてよ」
一瞬「間接キス」って単語が、グエンの脳裏に走る。 

 ブルブルブルっ。 何考えとんじゃ俺は! ムライか!

「おいおい。大丈夫か? 苦いぞ? 夜寝れないぞ?」
照れ隠しに説教じみた言い方になった。

「そんな子供じゃないわよ! ……にがっ」
「今、にがって言ったね? にがって言ったよね?」
「うっさい、バカ・グエン! ホント、デリカシーないわねえ!!
 そんなこっちゃ、いつまでたっても恋人のひとりも出来ないわよ!」
「うっせい! そんなことお前に心配してもらわんでいいわ!
 これでもハイネセンに戻れば、どっかん、どっかんのモテモテ・ウハウハなんだ!」

「……………」
「……………」
「……………」
「ごめんなさい。 嘘です。 しくしく……」

「ふんっ! 見栄なんか張るからよ! ……でも良かった」
「なんか言った?」
「なんでもないわ。 ねえ、ハイネセンには、あとどれ位で着くの?」
「んん? 28時間くらいかな。 なあ、ドールトン」
「はい?」
「ハイネセンに着いたら、お前はどうするんだ?」
「父の親戚が居るの。 だからたぶん、そこに引き取られるんだと思う」
「そうか……」

  しばしの沈黙。

「ねえ、グエンくん」
ドールトンが窓の外の星々を眺めながら、ポツリと言った。
「あの時、パパとママはなんて言ってたのかなぁ……」

 あの時ー
崩れゆくメイン・ラボの中で叫んでいた、植物体とD体。 母と父の叫び。

「私への怒りの声だったのかなぁ……」
喘ぐように言葉を紡ぐ。
「自分達を残して逃げて行く、私への怒りの声だったのかなぁ……」
「お前、やっぱりバカだろ」
「はぁっ。 ちょっとそれどうゆう……わふうううっ」

突然、グエンがドールトンの髪を、激しくなでる。
「はわわわわっ。 ちょっと、グエンくん。 何を……」
「あの時、あのふたりが何を言っていたか……」
グエンの声は、まるで軋むようだった。

「グエンくん?」
「あのふたりが最後の時、何を叫んでいたか。 そんなのは簡単だ」
「……………」

「その身を削られながら。
 その身を砕かれながら。
 それでも娘を助けようとした、あのふたり。
 それでもお前を守り続けた、父と母。
 そんなふたりが、お前に対して恨みの声を上げるハズがない。
 あれはなぁ、ドールトン……

 あれは『 さようなら 』 と言っていたんだ。
 二度と逢えない娘に『 さようなら 』 ーと言っていたんだ。 そしてー」

 グエンは絶対の真実のように言い切った。

「『生きろ』 ーと。
 これからは自分達の分まで『 生きろ 』 ーと、そう告げていたんだ」

「……………」
「ドールトン。泣いてもいいんだぞ」
「え?」
「ここにはお前と俺しかいない。 遠慮なく泣けばいい」
「はあ? いったい何を言っているの? 私は泣かないわよ。
 私は強いんだから泣いたり……ぐすっ。 
 泣いたりなんか……ひくっ……しないんだからぁ……ぅっぅぅぅ」
嗚咽が漏れる。

「……パパぁ、ママぁ。 ……ぅ、ぅぅぅぅうううあああああぁぁ」

「ああ。遠慮せずに泣け。 泣いてやれ。 それがあのふたりにできる精一杯の……」
「うううう…偉そうに……そ、そう言うグエンくんだって、泣いてるじゃない......」
「黙れ、お子ちゃま! 俺は泣いてなんかないぞ!
 俺は軍人なんだ。 
 指先ひとつで何万人もの兵士を死地に追い込む、非情で冷酷な指揮官なんだ!
 いちいちこんな事で泣いてられるか!  ……くぅぅぅ」
ふたりの嗚咽が狭い部屋に満ちてゆく。

 - まぁぁ と。

ドールトンが抱きしめた人形が、小さく鳴いた。





「ふたりとも頑固ですね」
「ああ。 頑固だなあ」
「まったく頑固なバッジェーオ(愚か者)達だ」

そんなふたりに、三人の仲間達が通路の陰で、そっと優しい「サイ(タメ息)」をついていた。








     Essere Continuato Un Epilogo( エピローグにつづく )





****************************************************************


『BIO HAZARD・DEGENRATION』 及び
拙作『 Un noce rosso 』 を、ご存知の方々(いや、こっちは大丈夫だろ。さすがに)

ー Tacere quinescit nescite loqui (タケト・クイネ・キスト・ロクイ )
    黙れぬ者は、語る資格がない (おひっ!)

そんな訳で、本作品。
一応エピローグ へと続きますが、こんだけテンプレ&ネタだらけであれば、
正直、いらなくね? とも思いますね(鹿馬)

まぁ、頑張って書きます。書かせていただきます。 がー
みな様の予想はほぼ、まんま当たってます(大鹿馬)

それとpart-2の最後にも書いたんですが、このクソ長い駄文。
ひとつに纏めた方が良いですかね?
纏めるとしたら、どの時点が区切ればいいですかね?
それても、このまま、こういう形で掲載していても良いですかね?

今更、文章を短く切る。 もしくは再編集する。 ーなんて芸当は、私はできませんので
文字数はこのままでって事で。
もちろん、そんな事。 こんな駄文にゃ関係ないから、このままでもいいんじゃね?
ってご意見もアリです。

それではお話しは、ネタ全開。テンプレで「声にならない」エピローグに続きます。
できればみな様。 変らぬご贔屓のほど、よろしくお願いします(伏)




 



[25391] 「 28  Times Later   エピローグ 」
Name: 一陣の風◆ba3c2cca ID:8350b1a5
Date: 2013/09/20 16:52
【 アテイション・プリーズ。 シュパーラ星系行き、1549便の登場手続きを開始します。
  ご利用のお客様は5番ゲートまでおこしください。 繰り返します……】

柔らかな女性の声が、ターミナルに響いた。

表示板が私の客船の示す。
もう28分で、私は宇宙(そら)に舞い上がる。


  第八話 【 28  Times Later   エピローグ 】


 ーぎゅむ

と、吸いかけの煙草をもみ消し、私は喫煙ルームから外に出た。
雑踏の喧騒が私を包み込む。
私はトランクを提げながら、少し足早に5番ゲートを目指す。

28時間だ。 
28時間も待ったのだ。
ハイネセンに着いてから、28時間も。
本当はすぐにでも移動するつもりだったのに。

だが航路安全上のトラブルで、シュパーラ星系行き航路が閉鎖されていたため、身動きが取れなかったのだ。
一時は何かの謀略かとも思ったが、幸い航路はすぐに再開され、席もなんの問題なく確保する事ができた。
さすがに「裏の住人達」に高い金を払って、新しい名前を手に入れたかいはあった。

これでシュパーラ星系に着けば、そこでジャムシード星域行きの船に乗り変え、
そこからは独立商人の船で直接フェザーンに渡り、帝国の領事館に駆け込むつもりだった。

 案ずるより生むがやすし。

私は必死になって、こぼれてくる笑みをこらえていた。
偉大なるなる研究。
それを認めない上層部。
それどころか、研究を危険視し葬り去ろうとした上層部。
バッジェーオ(愚か者)共め。

だが私は諦めなかった。 
こっそりと研究を続けた。
飲んだくれの司令を騙すなんて簡単だった。
それどころか、奴は栄養剤と偽って与え続けたサイオキシンには気付きもしなかった。
感づいた奴等もいた。
だが愚かな軍人達を操るなんて、これまた容易い事だった。
司令に疑いを向けるように誘導し、隙をみて事故に見せかけて抹殺。
上出来だ。
ふたりの死は「不幸な事故」で、一件落着。 誰も疑いもしなかった。

後はもう、私の思うがままだった。
研究の最終段階。 人体実験。 
成功した時は、どんなに嬉しかった事か!

目の前で変化を遂げる、ふたりの被験者。 ウィリアムとアネット。
ふたりとも、自らが開発に携わったウィルスの被験者となれた事を喜んでいただろう。
あっという間に醜悪なバケモノへと変化していく、ふたり。
その過程をつぶさに録画したファイルは、このトランクの中にしっかり納まっている。

そして最終段階。
私の持つもの以外の、全データーの消去。
隠蔽工作と証拠隠滅のための、研究所の破壊。
それを全てを、無能なアル中司令と、どこの馬の骨とも分からぬコックのせいにしての脱出。

どれもこれも上手くいった。

新聞報道にも、研究所で事故があり、数人の死傷者が出た -とゆう。
ちいさな囲み記事が出ただけ。
それも一度きりで。
ひっきりなしに前線からもたらされる帝国軍との戦闘に比べれば、後方のいち研究所の事故など
誰の目にも止まらぬ、些細な出来事に過ぎないのだ。

とうとう私は、湧き上がる笑いを収める事ができなくなってしまった。
満面の笑顔で。
軽く鼻歌など歌いながら、足早にゲートに近付く。
もう少し。 もう少しで、私は……

「ずいぶん楽しそうだな。アンドレ」

その声に。
その台詞に。
その言い方に。

私の笑みは張り付き、足が急停止する。
髪の毛の一本一本が総毛立ち、全身の毛穴から、どっと汗が噴出す。
正面。
搭乗カウンターと私の間をさえぎるように、その男は立っていた。

スキンヘッドの目つきの悪い男。 
どう見ても「アタマノ螺子ガユルンダ」ようにしか見えない男。
その男が凶相を浮かべ、私の目の前に立っていた。


「グエン少佐……」

私は立ち竦んだまま、擦れた声でその名を呼んだ。

「すいぶんとお久しぶりです。 
 是非とも、もう一度お会いしたくてねぇ……そこを動くなよっ。 俺が行くまで」
凶悪な顔をさらに歪ませて、グエン・バン・ヒューが近付いてくる。

 逃げねば!
意識の中でそう思うものの、足が動かない。

 -動け、動けよ! 私の足!
その叱咤がきいたのか、よろよろと縺れるように足が動く。
咄嗟に、右に逃げようとして……

「中佐殿。何処に行かれるんでありますか?」
向ける視線の先に、無表情でこちらを見返すひとりの男の顔があった。
「ト、トリューニヒト中尉……」

あわてて今度は左に逃げようとしてー
「グエンが動くなと言いませんでしたかな? 中佐殿」
トリューニヒト中尉の無表情より、さらに仏頂面な男が、こちらを悠然と見つめていた。
「ムライ少佐……」

「いけませんなぁ、アンドレアヌフス中佐」
視線を正面に戻せば、さらに近付いてくる、グエンの姿があった。

「これから色々と、旧交を暖めたいと思っていますのに……」
にやり -と、笑う。

私は咄嗟に上着の中に隠しておいた、銃を取り出した。

「う、動くな!」
銃を構え射線をグエンの顔に向ける。

「動くと撃つぞ! 本気だぞ。 お、お前だけじゃない。 まわりの連中も道連れだ!」
そんな私の声と共に振り回される銃を見て、周囲から悲鳴が上がる。
私を中心に大きな円ができる。

「本気だぞ。本気でここにいる連中も、みな殺しにするぞ!」
「レーザーガンとは、無粋ですなぁ」
だが奴は。 グエンはなんの躊躇もなしに、悠然と近付いて来る。

「来るな!
 来るなと言ってるんだ。 聞こえないのか!
私は銃を構え直す。

「そ、そうだ。今すぐシャトルを用意しろ。
 私のためにシャトルを用意するんだ。
 私が何処へでも自由に行けるように、シャトルを用意するんだ。
 さもないと……」
「さもないと、撃ちますか?」
グエンは静かに言った。

「でもその銃を撃つことはできませんよ」
「なにぃ?」

「安全装置がかかったままです」
「!?」
私は思わず銃を見てしまった。 とたんー

「がっ!?」
突然、背後から何かが私の首に巻きつき、締め付け始める。
 げしっ!
と、膝の裏を蹴られ、私はそのまま崩れ落ちた。

「動かないでください。副所長殿。 でないと……」
耳元で囁くような声が聞こえる。
必死に目を動かし、その正体を見極めようとする。
そこにはー

「でないと、首の骨が折れますよ」
にっこりと笑う、リオン軍曹の姿があった。



「ご苦労様、軍曹」
俺はアンドレアヌフスの手から銃をもぎ取ると、しっかりと安全装置をかけ、それをトリューニヒトに手渡した。
「そ…んな。安全装置は……」
「うん。ちゃんと外れてた」
俺は事も無げに言ってやった。

「く……だましたな」
「おいおい。最初にだましたのは、お前の方だろ」
「な、なぜ分かった……」
「あ?」
「なぜ私がここに居ると分かったんだ。
 いや、そもそも。
 なぜ私が生きていると分かったんだ」
「俺達を見くびらないでもたいたいですなぁ」
俺はニヤリと微笑んだ。

「ぐっ……グエン少佐、顔が歪んでいるが…歯でも痛いのかい?」
「じゃっかしいわ!! 
 なぜ、お前が生きていたか分かったかって? そんなモン簡単な推理だ」
「…どうゆう……ことだ」
「最初。 一基目の救命ポッドが射出された時、使用されたIDはバラン大佐のものだった」
「そ、そうだ。 これはずべてバラン司令が仕組んだことで、私は彼に利用されたんだ」

 最後まであがくのか……まぁそれはそれで尊敬に値するが……

「あの騒ぎの中。 リオン軍曹が最下層の倉庫の中で、バラン大佐の死体を見つけている。
 死因はサイオキシンの大量摂取による、ショック死だそうだ」
「…………」
「面白いのは、彼の推定死亡時刻は、あの騒ぎの起こる数時間も前だってことだ」
「そ、それは……」
「思うに。 バラン大佐はもう随分前からサイオキシンの中毒にかかっていたのではないのかな?
 だからこそ、全ての命令はスピーカーから成され、直接会う機会は最小限に留められていたのではないのかな?
 だからこそ、俺達の着任申告の時の会見は、あんなにも、あっさりしたものだったんではないのかな?
 それが証拠に、司令付きのトリューニヒト中尉ですら、ここ何ヶ月はバラン大佐と話す機会は稀だったそうだ」
トリューニヒトが頷く。

「あの日、お前はー」
俺は話し続ける。

「弱っていたバラン大佐に直接、濃度の高いサイオキシンを投与 -注射でもしたのか?
 してショック死させ。 死体を倉庫に隠し。
 彼のIDカードを奪って救難ポッドを作動させた。
 あらかじめ時限爆弾をセットし、最深部で爆発が起こるようにした上で。
 それから俺に電話をして、過去の事故の真相 -本当は、お前の仕業だろ? 
 を俺に告げ、真犯人はバラン大佐とリオン軍曹だと、思わせようとした」

「違う違う違う」
アンドレアヌフスは必死に言い募る。

「本当は…本当は、このリオン軍曹こそが真犯人なんだ。 
 第一、倉庫で彼がバラン大佐の死体を見つけたって話し自体、証拠がない。
 それにバラン大佐は、私が君に電話をする直前にも、スピーカー越しとはいえ、君と話しているじゃないか!
 つまりそれが、バラン大佐がまだその時点で生きていた、何よりの証拠だ。 
 それに私はその時、本当に地下最深部のラボに居たんだ!」
 
「語るに落ちましたね」
「……なに?」
「バラン大佐と私がスピーカー越しに話をしたって事を、
 何故、あの時、その場にいなかったあなたが知っているのですか?」
「……うっ」

「そんなスピーカーを使ったトリックなんざ、もう何百年も前から使われていますよ。
 それにリオン軍曹は、絶対に犯人ではありえない。
 そしてあなたは、決定的なミスをした」
「決定的なミス?」
「ええ。 あなたとの電話で話している時、どうしても気になることがありましてね」
「気になる……事?」
「あの研究所の救難ポッド。扉が動くとき、独特の音がするんですわ。
 ーキュイキュイキュイ ってね。
 あの時、あなたの電話の後ろにも、しっかり聞こえていましたよ」
「扉の……音」
「ええ。何故あの時。 
 最下層部のラボに居た、あなたからの電話のバックノイズに、
 救難ポッドの扉の作動音が聞こえていたんですかね。 
 それもその後、すぐに射出されたポッドの音が。
 焦ったんですか? ポッドの扉を開けるのは、電話を切った後の方が良かったですなぁ」

「い、いや、しかし。そんなのは状況証拠だろ?」
「はあ?」
「そんなのは全て、状況証拠だろ。 
 わ、私がこの騒ぎを起こした犯人だという直接的な証拠はどこにもないっ」
「証拠か……」

もう話すのには飽きた。
俺はゆっくりと愛銃、コルトパイソン・357マグナム・6in、を取り出す。

「その証拠は」
そのまま狙いをアンドレアヌフスの顔に。

 「お前が今、此処でこうして生きているって事が、その、なによりの証拠だろ!」

 ごっ。 と、銃口を額に押し付ける。
リオンがそっと、アンドレアヌフスから離れた。
 
「まっ、待ってくれ。聞いてくれ!」
涙とよだれを垂らしながら、アンドレアヌフスが叫ぶ。

「今回のウィルスのサンプルはここにある。いや、もうここにしかない」
視線がリオンが持つトランクに注がれる。

「分かるだろ。あの強靭な力を見た君達なら分かるだろ? あ、あれは素晴らしいモノだ。
 たった28時間だ。 
 ウィルスを人体に打ち込んでから、たった28時間であれだけの進化を遂げるんだ。
 人が最初の植物体に進化するまで、たった28時間。
 それからあれは、まわりの人間を取り込んで、次々に赤い実の生物を生み出すんだ」
熱狂したように喋り続ける。

「それにあの緑の寄生体。 あれは一定の確率で生まれる、最強の生物なんだ。
 動物でもあり、植物でもある。
 あれは植物体である母に対する、絶対のボディーガードなんだ。
 少々の傷でも死なない。すぐに再生する。 そんな強靭な肉体を持った生物。
 ありとあらゆる攻撃にもビクともしない。 あれは最強の生物兵器なんだ。
 なあ、少佐。 君にはこの意味が分かるだろ?」
媚びたように笑う。

「このウィルスが量産化された暁には、同盟の勝利は間違いない。
 帝国なんかは、すぐに滅ぼせる。
 ほんの少し。 奴等の都市の片隅に、ウィルスを蒔けばいいんだ。
 そうすれば、28時間後にはアレが大量発生。
 あっという間に惑星ごと滅ぼせる。  そう。 28ヵ月もあれば帝国を滅ぼせるんだ。
 どうだ簡単だろ? それにー」
最早「恍惚」とでもゆうような表情で言い切る。

 「このウィルスは同盟の……いや、人類にとっても貴重な財産なんだ!」

 がちりっ。 俺は無言で激鉄を引き上げた。

「ひいっ! 待て。 待ってくれつ。
 そ。そうだ。 金を払おう。 金で解決しよう。
 ムライ君も、中尉も、軍曹もそれでどうだ?
 こ、このウィルスを帝国……いや、フェザーンの独立商人に売れば、莫大な富が手に入るぞ。
 軍人みたいな安い給料で、死ぬかもしれない危険を冒すより、その何倍もの金が楽に手に入るんだ。
 悠々自適に暮らせるぞ。
 戦争なんか忘れて、AQUAのようなリゾート惑星でのんびり暮らせる。
 贅沢のし放題だ。 いいだろ?」

 「やれやれ」 とでも言うように、みなが肩をすくめる。 うん。良かった……

「わ、私はその報酬の半分。いや三分の一でいい。
 後は君達で分けてもらえればそれで……見逃して…今見逃してくれさえすれば、それだけの金が手に入るんだ。
 ど、どうだ。悪い話じゃないだろ?」
俺の引き金を握る手に力が入る。 

「撃たないで。撃たないで。 お願いだ。 殺さないで。頼む、頼むよ。
 分かった。 金は全部やる。 全部、君達に渡す。 
 だから殺さないで。 お願いだ。 殺さないでくれ。
 頼む。 死にたくない。死にたくない。私は死にたくない!」

 突然、俺の耳から音が消えた。

あたりに飛び交う怒号も悲鳴も喧騒も。
何事かを喚き続けるアンドレアヌフスの声すらも。
俺の耳には届かない。
俺の耳には聞こえてこない。

代わりに聞こえてきたもの。 それはー

 AHAHAHHAAAAHAHHHHAHHHAAA!  と。
無理矢理、醜いバケモノにされた所員達の声。
 
 あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”  と。
悲鳴を上げた、部下の声。

 KEKEKEKEKEKKEKKEEEEEKee  と。
娘を守ろうとした母の声。

 イヴァヴァアアアグラアァァァァアァァン  と。
我が子に語りかける父の声。

 そしてー

 パパ ママ……
ふたりに別れを告げたドールトンの声。


俺は今まで、これ程、人を憎んだ事はない。 殺すほど個人を憎んだ事はない。
確かに帝国軍は敵であり、俺が倒すべき相手だ。
だがそれとて、相手は軍であり、艦隊であり、艦だった。
それはあくまで対等な関係だった。

こちらが相手を殺そうとする。 相手もこちらを殺そうとする。
あくまで対等で平等な殺し合いだ。
その乗り組んでいる乗員、指揮官。
その誰か特定個人を殺そうと思って戦闘をしかけた事は、今まで一度としてない。
ましてや、無抵抗の人間をだ。  だがー

今ならできる。 今なら殺れる。
今すぐ、このクソッタレの頭を撃ち抜き。 その腐った脳漿をぶちまきたい。
俺は引き金を引こうとしてー

「およしなさい。少佐」
トリューニヒトがそっと、銃を持った俺の手を押さえる。
「おなたの輝かしい軍歴を、こんな奴を殺した事で汚すことはありません」

「中尉の言う通りだ」
ムライがそっと、俺の肩に手を置く。
「ここは私刑や私闘(リンチ)がまかり通る専制国家ではない。
 後は司法の手に委ねよう」

俺はトリューニヒトとムライを見た。
ふたりとも小さく、けれど力強く、頷いてくれた。

まだ泣き叫んでいるアンドレアヌフスの薄汚れた顔を見る。
最後に、その背後に立つリオンを見る。
リオンはほんの少し唇を端を持ち上げ、笑った。

 喧騒が戻ってくる。
 ドッ -と。
 喧騒が俺を包み込む。

俺はゆっくりと銃を降ろすとセイフティをかけ、しまい込んだ。
そのまま踵を返すと、足早に歩き始める。
俺は一刻も早く、その場を離れたかった。
未だに懇願し泣き叫ぶアンドレアヌフスの声を、俺はこれ以上、聞きたくなかった。


ドアを開け、外に出る。
そこは泣きたいほどの青い、蒼い「エルシエロ(空)」が、どこまでも広がっていた。




  *****


「いや。ご苦労だった」
空港での一件を警察とMPに任せ、統合作戦本部に戻った俺達はそのまま、シトレ中将に呼び出されていた。

「今回はみな、大活躍だったようだな」
黒い肌から白い歯がこぼれる。 なにか歯磨き粉のCMを見ているようだった。

「ふむ。 これが例のウィルスか……」
リオン軍曹がアンドレアヌフスから回収したトランクを、シトレの机の上に置いた。
「軍曹。ご苦労だった」
「はっ」
「結局……」
「んん?」
俺はわざとらしく小さなサイ(タメ息)をつくと、ふたりに言ってやった。

「結局、俺達は彼のためのスケープ・ゴートだったんですね」
「少佐……君が何を言っているか分からないんだが?」
くそっ。 このタヌキ親父め!

「俺とムライが惑星ゴラスに派遣された理由。
 それは彼が内部調査を、よりやりやすくするための隠れ蓑だったという訳です。
 そうだろ? 
 リオン・S・ケネディ軍曹。 いや……」
俺はたっぷりの情感を込めて言ってやった。

 「ワルター・フォン・シェーンコップ伍長?」

俺は「銀河英雄伝」史上、稀有な存在となり得た。
あのシェーンコップを、一瞬とはいえ、唖然とさせたのだ!

「どうして分かったのかな?」
ところがどっこい。 
シトレの方はなんの動揺も見せず、いつもと変らぬ微笑を浮かべたまま訊ねてきた。
流石、この石の狸!!

「我々を舐めてもらっては困りますなぁ……」
俺はここぞとばかり、ニヒルな笑みを浮かべる。
「んん? 少佐。 顔が歪んでいるぞ? 歯でも痛いのかね?」
「……ちょっ。 うぐっ……な、なんでもありません」
まさか上官相手に怒鳴ることもできず、俺は悶絶する。

隣に座る、ムライとトリューニヒトが笑いを噛み殺す。 
シェーンコップも、ようやく顔を綻ばせた。

「最初から違和感はありました」
まさか前世の記憶で、シェーンコップの顔を知っていたから -とは言えず、
俺は適当な話しをでっちあげた。

「ムライはともかく、俺には全然、場違いな研究所への移動。
 一緒になったのは、とてもコックには見えない、目つきの鋭いガチな下士官。
 そして握手した時に気が付いた。 手にできた戦斧ダコ。
 包丁なんぞ小さ過ぎて、かえって使いにくそうな、その無骨な太い指」
「…………」

「それから俺達は調べました。最近ちょっと猜疑心が強くて……」
「それは私と仕事をするようになってからって事かな……」
シトレが悠然と言った。 恐っ。

「と、ともかく我々は、あの手この手で探りはじめたのです」
俺は慌てて言葉を紡ぐ。

「彼の移動は、極秘扱いだったハズだが……」
「それはムライが説明してくれます」
俺は丸投げする。

「確かに人事上の書類では、リオン・S・ケネディ軍曹なる人物が、惑星ゴラスに転任するとなっていました」
ムライは淡々と言う。
「けれど人事ではなく経理の方。
 惑星ゴラスに転任する際の特別手当。 およびその間の任地手当。
 輸送艦『ヴァガ・ロンガ』に対する、ひとり分とはいえ 食料、食費及び空気の手当。
 それらの流れを追っていった結果、たどり着いた名前は……」
「ワルター・フォン・シェーンコップ伍長というわけか……ぬう……経理とはな……」
シトレが感嘆する。

「みな忘れがちですが、後方業務はある意味、作戦業務より機密に溢れているのです」
「うむ。よく分かった」
ムライの台詞に、シトレはまた、白い歯を見せて笑った。
「これからはそちらの機密事項に関しても、防諜を高めるように言っておこう。
 それで……」
シトレは意味ありげに、俺達を見た。

「それでどこかの誰かが、軍のホスト・コンピューターに勝手に侵入した件は、不問だ」
「ありがとうございます」

 はいはいはい。
俺達が機密を破った事を喋らなければ、ムライがハッキングした件はなかった事にしてくれる。
そうゆう事ですね。
だから俺とムライは、素直に頭を下げた。

「さて。 と、いう訳で。 
 みな、ご苦労だった。 次の任務まで、ゆっくり体を休めていてくれ給え」
シトレは言うだけ言うと、視線を手元の書類に移した。

それはもう帰ってもいいぞ -って事だった。
俺達は敬礼すると部屋を出……

「ああ、ムライ少佐。トリューニヒト中尉。それからシェーンコップ伍長」

ようとした瞬間、俺を除く三人が呼ばれた。
呼ばれた三人は、シトレの元に集まり、彼が何か一言言った途端、相好を崩した。

 -ん? なんやろ?



  *****


「どうだい、この後。みんなで飯でも喰いに行かないか?」
統合作戦本部ビルの長い階段を降りながら、俺は三人に声をかける。

「私もですか?」
「もちろんだ、伍長。 金の事なら心配すんな。 ムライがいる」
「何故、私だけに振る。 まぁ、喜んで奢らせてもらうが……」
「聞いたろ? 伍長。 
 この男は頭が固い、テッパンのMr.「秩序」だけど、恩は忘れない良い奴なんだ」
それをずっと覚えておいて欲しい。  ワルター・フォン・シェーンコップ中将。

「そうであれば、喜んでお供させていただきましょう。 でも……」
「うん?」
「グエン少佐はダメですよ」
「ええ? なにそれ?」
俺はマジ驚いた。

「だって少佐はお酒飲まれないのでしょ?」
トリューニヒトが、くすくすと笑いながら言う。
「え。いやだって……」
「今回は酒飲み限定だ。貴様は早く帰れ」
追い討ちをかけるようにムライが言う。

「いや、なにそれ? いったい、どうゆう……」
「おっ。ちょうど無人タクシーが来た。 伍長、すまないが停めておいてくれないか?」
「了解、中尉殿。喜んで」
「殿はいらないよ。 頼む。 伍長」
軽く敬礼をして、シェーンコップが駆け出して行く。 
なにその『喜んで』の三連発。 えええ? 君達そんな人だったの?

「ああ、それからグエン少佐」
少し涙目な俺に、トリューニヒト中尉が世間話のように話しかけてくる。
「自分は軍に残ることにしました」

 なんですと!?

「もちろん最終的には政治家を目指しますが、それまでの間、もう少し、グエン少佐の仰った
 軍人の……いえ『人としての本分』ってものを学ぼうかと思いまして……」
「……………」

 なにコレ?
 なにこのいきなりの歴史改変。

 いやだってトリューニヒトといえば、二年しか軍務についてなくて。
 それも本来なら一度もハイネセンを出た事がなくて。
 それから怪物的政治家に成長していくハズなのに?
 
 なんかむっちゃ、好い人になっていってるんですけど!?
 原作と変っていってるんですけど?

 これがもしてして、俺の転生理由?
 何か訳の分からないうちに、転生させられた理由?
 何か訳の分からないモノに操られている、俺の転生理由?


 はっ。
 もしかした時間軸が変った?
 α線? いや、γ線か? 
 タイムリープ? ジョン・タイター?
 いや、Dメールだな! 誰かがDメールを送ったんだな!?
 そうなれば衛星が落ちてくる? ツンデレ血マミレ死体?
 バナナ・バナナ・バナナ……俺は人質だからしょうがないなぁ……なのか!?


「そんな訳で、グエン少佐……」
錯乱する俺に、もうひとつ。 トリューニヒトがぶちかしてくる。

「ヨブ・トリューニヒト中尉。明日付けをもって、グエン・バン・ヒュー少佐の副官を命じられました。
 よろしくお願いします!」

 

はいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい?

 え? ちょっと待って。ちょっと待って。 
 トリューニヒトが俺の副官?
 中尉が俺の副官?

 少佐に中尉の副官? 
 
 ナニソレ キイタコトナイヨー?
 ツカナンデ、キミガ、オレノ、副官ナノ、カナ? カナ?
 ナニ・ナニ・ナニ
 トコ・トコ・トコ
 タレ・タレ・タレ
 ワレ・アオバ。 チガウ!

 ネェキミ、ドンナ汚イ手、使ッタノー? 

 キタヨー! マタ来タヨー!
 ガクブルガクブル
 
 ネェコレ。ドンナ死亡フラグ?





                   ーつづき 






                が





               















 トボトボトボ……
ただひとり( 結局あいつ等は、本当に三人で飲みに行きやがった……ガッデム! )
押し込められた無人タクシーから降りた俺は、とぼとぼと宿舎に向って歩いていた。

 くそっ。
 なんだよアイツラ。 酒飲めないくたって、一緒に飯喰うだけでもいいじゃん?
 なんでそんなに否飲者に冷たいの?
 酒飲めなきゃ、楽しく過ごせないって訳ないじゃん?
 酒飲めなきゃ、言いたい事も言えないって訳ないじゃん?
 ……くっ。 今夜は星が綺麗だなぁ。
 あれぇ? なんだか霞んで見えるよ。 明日は雨かな……しくしく。
 
  おや?

俺はちょっと立ち尽くす。
誰も居ない俺の家。
佐官になった時に支給された、小さいがれっきとした一軒屋。 そこに……
灯りがともっている?

俺は愛銃のコルトパイソン357マグナム・6in( クドイ )を引き抜くと、そっと中の様子を伺った。

誰かの気配がする。 台所付近? 金属の触れ合うような音もする。
ドアノブをそっと廻した。
鍵はかかっていない。 今朝出る時、俺はしっかり掛けて行った。
空き巣か?
で、あるならばー

「フリーズ!」
俺は叫びながら、前転しつつ、家の中に飛び込んだ。
 バッ!
態勢を整え、素早く銃を構える。     ふっ。 決まった!
が、俺の目に飛び込んできたのは……

 「あ。 お帰り、グエンくん」


 エプロン姿のイヴリン・ドールトンだった。


「…………」
「どうしたの? グエンくん。鳩が豆喰って、ポン! な顔して……」
 いやいやいや
「さあ、もう少しで晩御飯ができるわよ。 座って座って」
「……ドールトン?」
「なに? グエンくん。 あ、先にお風呂? それとも、一緒に寝……」
「ちゃうわあああああああああ! つか、なに恐いこと言おうとしてんねん!」
「あらあら、うふふ」
「『あらあら』禁止! 『うふふ』も禁止! って違う! あのさ……君、なに当たり前な顔してココにいるの?」
「え?」
「いやだからね、どうして君がココに居るのかなぁって? 確か親戚の家に行ったんじゃ……」
「合わないから、出てきちゃった」
「はへ?」

「向こうの親と合わないから、出てきちゃった。 えへっ」
ドールトンが可愛く小さな舌を出す。

「だってサぁ。
 朝は必ず6時に起きろ。 とか。
 ご飯を食べる前には、お祈りをしろ。 とか。
 お昼寝せずに勉強しなさい。  とか。
 危ないから、外で遊んじゃダメ。 とか。
 いい子にしていないと、おやつは無し。 とか。
 夜は9時には寝ろ。 とか。  いろいろ五月蝿いんですもの」
「ああ。それは確かに大変……じゃなくてぇ!」
俺は意識的に深呼吸、三回。

「落ち着け俺。落ち着け俺。
 よしまずは問題点を最初から整理していこう。 なあ、ドールトン」
「なに? グエンくん
「何故、君はココいる」
「だからそれはさっきも言ったように、親戚の叔父さんが五月蝿くて」

「いや、そうじゃない。 そうじゃなくて! 落ち着け俺。 大丈夫。
 俺、最強。 俺強い。 マジヤバ。 つか。パネェ。 俺パネェ!  ウス!
 な、なあ、ドールトン。 私が聞いているのは、何故、君が私の家にいるのかってコトで。
 それよりもまず、なぜ、私の家が分かったか? ってコトでぇ……」
「ムライさんが教えてくれたわよ?」
「なんですと?」

「私が家出したって電話したら、ムライさん。 すぐグエンくんのお家を教えてくれたわ。
 ムライさんもご近所さんですってね」
「うん、三軒先。 って違う! 問題はそこじゃない。 ちょっと待て。 落ち着け俺。
 深呼吸深呼吸。 ひーひーはーはーラマーズ法。 ……よし!
 とりあえず、話しを先に進めるんだ。 ゴー・アタック! ゴー・アタック・オンリー!」
「グエンくん。変。 あ、もとからか……」

「なんだとー!  ……くううっ。 が、我慢だ、俺。 頑張れ、俺。 負けるな、俺。
 ……そ、それでドールトン。 どうやって家に入った?」
「どうって……普通に玄関から。 ドアを開けて」
「……ドアには鍵がかかってなかったかな? かな?」
「ああ。 それならリオン軍曹さんが開けてくれたわよ」
「にゃんですとぉ!?」

「リオン軍曹さんが私をここまで送ってくれて。 それから鍵がかかってるって言ったら。
 なんか道具使って、すぐに鍵を開けてくてたわよ」
「あんのボケぇぇぇ!」
「ふふふ。 リオンさんって面白いのよぉ。 10年たったらデートしましょうって。
 私、モテモテ? モテモテ?」
おいコラ。 さすがは伊達男。 こんな幼女にまで……って、カリンに殺されるお!! 

「いや、しかし。 
 それじゃあ、向こうの親戚の人達が心配してるだろ。 
 それに家出しておいて、俺に家に勝手にいるなんて。
 いろいろと問題が……」
「それなら、トリューニヒト中尉さんが、全部済ませてくれたわ」
「トゥットゥル~♪  はひいいい?」

「トリューニヒト中尉さんが『 びんわんべんごし 』って人に相談して、全部、解決してくれたの。
 『ホー的には、なんの問題もない』んだって。
 私、トリューニヒト中尉さんの事、誤解してたわ。 
 向こうに居た時は、とっつきにくそうな、イバリーな人かと思ってたけど、こっちに帰って来てからは、
 すっごく私の事、気にしてくれて……好い人だったんだね」
「くそったれ歴史改変んんんん!」
「……グエンくん。本当に大丈夫? さっきから変だよ?」

 いや、つーかおまっ。

「あのなぁ、ドールトン……」
「グエンくん、顔が恐い」
「恐くて当たり前ダのクラッカー! 俺は怒ってるんだ!」
「…………古」

「くっ。 あのなぁ、ドールトン。 お前は今、自分が何をしてるか分かってるのか?」
俺は憤然と言ってやった。

「親戚の家から家出して。 勝手に人の家に入り込み。 勝手に同居を決めて。
 法的には問題ないとか言ってるが、当事者の俺には一言もなく、一方的に話しを進めて。
 勝手に決めて。 
 いいか? 
 ふたりきりの生活になるんだぞ?
 俺とふたりきりの生活になるんだぞ? 
 そこんとこ分かっている? ちゃんと分かって……」

 「グエンくんは私の事、嫌い?」

「はあ?」
ドールトンが俺を見る。
うるんだ瞳で俺を見る。

「グエンくんは、私の事、嫌いなの?」
「バッ……嫌いなわけないだろ」
あれ? なんか俺、顔赤くなってる?

「えへへ……ありがと。 それに……」
「うん?」
いや、何やってんの俺。 こんな幼女に。
俺はムライじゃないんだよ!?

「それにグエンくん。約束したじゃない」
「にょっ?」
間抜けた声が出た。

「約束?」
「うん。 あの時、私に約束したじゃない。 明日を見せてやるって……」
「あ……」
あの時。 ドールトンを振り向かせるために使った言葉……

「俺と一緒に、明日を見に行こう! って言ってくれたじゃない!」
「いや、そのあれは……」
「もしかしてあれは……あれは嘘だったの!?」
エプロンの裾で顔を覆いながら、ドールトンが叫ぶ。

 いや、それ反則でしょ?
 
「ドールトン。 ドールトン。 ドールトン!」
俺はつい、ヤンの真似をしてしてしまった。
完敗だった。

「分かった。分かった。 分かったから泣き止め」
「…ぐす。 許してくれるの?」
「許すも何も、もう実質的に、お前はココにいるんだろ? 居座るつもりなんだろ?」
「うん!」
「いや、そんなに力強く言われても……はぁぁぁぁ」
俺は大きく、サイ(タメ息)をつく。
魂が抜ける程の、大きな大きなサイをつく。

 くそっ。 だからあの三人組。 俺を早く帰らそうとしたんだな。 
 知ってて黙ってたんだな。 つかどんだけ協力的やねん!
 ひょっとして、シトレのタヌキ親父も一枚噛んでいたのかも。
 だとしたら、俺にはもう、逃げ場はないんだな。  
 ホロホロ…ホロホロリ……

「とりあえず、腹が減った。 何か喰わせてくれ」
「グエンくん?」
俺はがっくりと近くのソファに腰を降ろした。

「家の事は、ちゃんとやってもらうぞ。 決して遊ばせてはおかない」
「えっ。それじゃあ……」
「それから言いたいことは、お互い遠慮せずに言う合う」
無条件降伏の俺は、両手を上げながら言った。

「それが一緒に暮らすためのルールだ。 分かったか? うわっ!?」
「ありがとう、グエンくん!」

 - がばちょ! 
と、ばかりにドールトンが抱きついてくる。
力いっぱい、俺に抱きついてくる。 
紫がかった、銀色の髪が俺の視界いっぱいに広がった。

「私、なんでもやるよ」
ドールトンが、こぼれるような笑みで言う。
「パパとママが忙しかったから、私、なんでもひとりでやってた。
 だから、なんでもできるんだよ!」

パパとママか……
その言葉にどれだけの重みがあるのだろう。
その言葉にどれだけの想いがあるのだろう。
俺にコイツの両親の代わりが、この先どれだけ務まるのだろう。


「ねぇ、グエンくん」
そんな俺の想いとは裏腹に、ドールトンは屈託のない笑顔を浮かべている。

「なんだよ」
「あのさ……」
そして俺の手を取り、言いやがった。

 「責任とってネ!」  かぷっ

ぎぃぃぃやああああああああああああああああああああああああああああああああああ!


満天の星空に照らされた静かな住宅街に、俺の悲鳴が木霊した。






                 -つづく ホントか?







 「おい、ドールトン」
 「なに、グエンくん」
 「これが晩飯?」
 「うん」
 「ホットケーキ?」
 「うん、グエンくん嫌いだった?」
 「いや、嫌いじゃないけど……晩御飯がホットケーキ?」
 「うん。 だって私、これしか作れないから」
 「……………」
 「グエンくん?」
 「ご飯は明日から俺が作るわ………」
 「え? 本当?
  やった! これが新しい明日への第一歩なのね! 
  んと、食べたいのは、カレー。ハンバーグ。ケーキ。たこ焼き。
  それからそれから……」
 「夕陽が沈みぃ~流れぇるホロホロ…ホロホロリ……」






**************************************************************


 案ずるより生むが横山やすし。
 メガネ。 メガネ。 メガネ。
 師匠ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぉ!(大鹿馬


銀トラ伝・第5話「28 Times Later」編。 ようやく一巻の終わりです。
ぜんぜん「銀河英雄伝説」でもない、こんな長い長いお話しにお付き合いくださって、真にありがとうございました。
たぶん、次に書かせていただくお話しも、このようなグダグダなバカ話になりそうですが(作者の趣味により)
できましたら、これからも、変らぬご贔屓のほどを、よろしくお願いします。

 それでは、ありがとうございました。


一応、この世界。
ハイネセンに月はなく「アルテミスの首飾り」もまだない(完成してない?)設定です。
いえ、なんの伏線もありませんが……(土下座)



[25391] 「 The only Neat Thing to do 」  前編
Name: 一陣の風◆ba3c2cca ID:8350b1a5
Date: 2014/07/21 23:47
 【 一陣の風。春の、ひとりチャンピオン祭り。vol-4 】


 やっべ! とっくに終わっちまった!

それではしばらくの間、お付き合いください。



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「宇宙海賊ぅ?」
「ハデに行くぜ!」
「モーレツゥ~」


 第九話 「 The only Neat Thing to do 」 前編



 ー宇宙海賊

後年。
この名を聞いた、ヤン・ウェンリーは「懐かしい」と述懐したとされているが、それはこの時の俺も同じ思いだった。

「失礼。今、宇宙海賊と言われましたか?」
やっぱり俺と同じ思いだったらしいムライが、戸惑ったように聞き返す。

「そうだ。今回の君達の任務は、宇宙海賊の発見と撃滅にある」
シトレ中将 ー俺達の上官 は、ことさら重々しく告げた。
「今の時代に宇宙海賊だなんて、本当ですか?」

「これを見てくれ」
ムライの問いには直接答えず、シトレが後ろを指差す。
シトレの背後の壁が輝きだす。
「最近、単独航行中の商船が襲撃される事件が多発している」
パネルに映し出されたグラフを見ながら、シトレが解説する。
「特にエル・ファシル宙域での遭難が増加傾向にある」
「そこに何か理由が?」
「詳しい事は分からん。
 だが前線に近いせいで我々の警備が手薄になっているのは事実だ」
「そのせいで襲われる船が増えた」
「ふむ」
「それが宇宙海賊の仕業だと?」
「少なくとも報告では、そうなっているな」
「報告では……ですか」

 ヤバイ!
 ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!

俺の頭の中で警報音が鳴り響く。
コイツが…石の狸(シトレ)がこんな言い方をする時。
その背後には、それ以上の「何か」が隠れている。

「政治的な圧力ですか?」

 うわっ!
言っちゃったよ、言っちゃったよ。
 この人。
言わなくていい事、言っちゃったよーぉ。

「ムライ少佐。君が何を言っているか、分からんね」
案の定、シトレは白い歯をほころばせて、小さく笑った。
  恐っ!
「まぁ確かに軍に対して、航海の安全と平穏を願う船主達からの嘆願書は届いているようだが?」

 ー 瞳の青い猫でも連れていきやがれ!

俺は思わずツッコみを入れる。
もちろん、胸の中だけでネ。

「だが、そんな一般企業からの要請で、軽々しく物事を決定する統合本部ではあるまい」
目、笑ってないし。言葉の端々に毒を感じるし。
つまり、事実って事ですね。 やれやれ。

「それにだ……これは極秘情報なのだが……」
ホラ。まだあった。

「近々、エル・ファシルに対して、帝国軍の大規模な軍事作戦が行われるらしい」
フェザーンからの情報だな。
俺は原作知識を思い出す。 
奴等はそうやって相互に情報を流し、帝国と同盟を常に均衡させようとするのだ。

「そこで大規模な輸送船団が送られる事になった」
そんな俺の思考に気付くハズもなく、シトレは話を続ける。

「その輸送船団が今日から二週間後、出航する。
 それまでにこの宙域の安全を確保しなければならない」
「それなら、ちゃんとした艦隊を派遣すれば……」
「艦隊司令部によると、帝国軍の侵入に備えるのが精一杯との事だ」
「そんな無責任な……」

「グエン少佐に命じる。
 所定の戦力をもって、ただちにエル・ファシル星域に急行し、
 今から二週間以内に同宙域の脅威を排除し、
 もって輸送船団の安全なる航海を確保せよ」

『ぷいにゅ~』
と答える訳にもいかず、俺とムライは敬礼し拝命した。
そんな俺達にシトレは、やっぱりその褐色の顔から白い歯をこぼれさせ、微笑んだ。

 悪魔に見えた。


 ****

とりあえず、いろいろな事情を端折って一週間後。
俺は宇宙空母「サン・ミケーレ・アイランド」の艦長として、エル・ファシルにほど近い宙域を遊弋していた。

 いきなり墓地の島かよ!

「サン・ミケーレ・アイランド」は、搭載機数40機を誇る「リュウジョウ」級、宇宙空母の三番艦。
ちょうどワシントン級と、ホワンフー級の中間に位置する軽空母だ。
これが今回、俺に与えられた「所定の戦力」だった。
艦歴30年を超える彼女、ただ1隻が。


「少佐。こんな任務、さっさと終わらせて、ハイネセンに帰りましょう!」
朝食時。
副官のトリューニヒト中尉が、ぷりぷりと怒りながら俺に言った。

「どうかしたのかね。中尉」
律儀に目玉焼きを切り分けながらムライが訊ねる。
「私の部屋のシャワー。壊れてるんです。途中から水になったり出なくなったり。
 それにベッドのスプクリングが悪くて、寝返りを打つ度に嫌な音、立てるんです」
「うん。まぁ、築30年だからねえ……」
「それだけではありません!」
俺の曖昧な答えを無視して、トリューニヒトは叫ぶ。

 オヒオヒ。空気ヨメ。

「艦内はあちこち錆が浮いてるし、一部じゃ漏水してるし。
 トイレの便座は旧式だし。何故か髑髏マークの板張り廊下があるし……
 つか、そもそも。
 宇宙戦闘艦で漏水とか、板張り廊下ってなんなんですか!?」

ぜは~せは~ぁ、と。
息をつきながらトリューニヒトは一気に言った。

「何故、こんなオンボロ船が、まだ第一線で使われているんですか!」
「オンボロで悪かったですなぁ……」
俺の横で低い声が響いた。
俺の箸から味噌汁の具である大根の切れ端がポタリと落ちた。
 
 はああ。やれやれ。

「確かにこの船はオンボロかもしれませんが、その分。
 主砲から機関の螺子釘1本に至るまで。我々は、その全てを把握しております」
「トクナガ大尉……」
髪が、すっかり抜け落ちた頭をツルリと撫でながら、機関長が言った。

「古いって事は、それだけみんながこの船の事を熟知してるって事だからねぇ」
「サド軍医?」
朝っぱらから一升瓶とトラ猫を抱え込んだ軍医長が、その豊満な胸を揺らしながら笑った。

「我々はこの船の事なら、旋回時の癖や加速のラグまで、全て分かってます」
「シィマ中尉」
生真面目な言い方で、航海長が言う。

「船はオンボロ。乗組員もみな、ロートル揃いですが、まだまだどちらも十分、ご奉公できますぞ」
「ゴダイ中尉」
凄みのある笑みを浮かべながら砲雷長が告げる。

この四人に、副長のアキノ大尉。
整備技術長のナサダ中尉。
通信長のアイバラ少尉。
それと空戦隊を率いる大尉を含めた八人が、空母「サン・ミケーレ・アイランド」の主要幹部だった。
ちなみに、司令兼艦長が俺。ムライは主計長。
トリューニヒトは、もちろん俺の副官って立ち位置。

サド軍医長と空戦隊々長を除く六人は、全員、俺より年上で…とゆうより。
正直、俺の親とそう変わらぬ歳の、いわゆる「ベテランさん」ばかりだった。
つまり、それはー


「だからサァ、副官殿。ここはハイネセンの高級ホテルじゃないんだからぁ、多少の不備があっても、気にしない。気にしない」
そう言うとサド大尉は、赤い髪をなびかせ、ガハハハーと笑った。
この軍医長殿。
公式記録の年齢記載がファイル上から削除されているという、ありえない状況で……
いったい、どうやったんだか。つか、いいのかそれ?

 うん。黙ってれば結構、美人だと思うのになぁ……胸もでかいし。

「まぁまぁ、中尉。予算的な事もあるし、ある程度は我慢しなければ」
「そうそう。軍人たるもの、質素・倹約に努めなければな。我慢、我慢」」
俺の言葉尻を取って、また軍医長が大きな声で笑った。

 嗚呼。頭痛が痛い。


 ****

「まったく朝から酔っ払って、なんなんだ、あの女はっ」
艦橋に戻ってもまだ、トリューニヒトは文句を言っていた。

「船は廃艦寸前。乗組員は右を向いても左を見ても、みな老兵ばかり。
 こんな戦力で海賊退治をやれとは、シトレ提督はいったい何を考えているのでしょう」
「あらあら……」
「中尉。君は何故こんなボロ船と老兵が前線に出てると思う」
「司令?」

 ああもう、しょうがねぇなぁ……

「それはな、同盟がこの戦争に負けかけているからだ」
「グエン司令。何をおっしゃるんですか!」
俺の言葉にトリューニヒトが色をなす。

「一艦といえども、戦闘艦を率いる司令官が、そんな敗北主義者のような事をおっしゃるとは」
「だがな、中尉。残念だがそれは事実だ」
「ムライ少佐……」
「若い兵士達はみな、前線へ出る。それはしょうがない。けれどそれなら後方はどうだ。
 警備業務にしても輸送業務にしても、従事している兵。いや指揮官の年齢でさえ、徐々にその年齢は高くなっている。
 兵站は前線よりも重要であるハズなのに」
「つまり俺達は、ボロ船や老兵を使わなければ前線を支えられないー って事だ」
「それは……」

「それにな、中尉。これは政治の問題でもある」
「政治の?」
トリューニヒトの目が細まる。
近い将来。政治家に転身する予定のトリューニヒトとしては、聞き捨てならない言葉(フレーズ)なのだろう。
「どうゆう意味ですか?」

「多少の事だ」
「多少の事?」
「そうだ。軍事産業と政治家の『多少の事』が同盟を滅ぼす」
「利益を上げたい軍事企業が多少の性能の劣った兵器を納入する。
 利益を得たい政治家が多少の報酬を受け取り、多少の便宜を図る。
 その多少の便宜で多少の性能の劣った多数の兵器が納入される。
 その多少の兵器で多数の兵士が死ぬ。多少の事のせいで」
「……………」
「その穴を埋めるために。ここの連中は戦っている」
「老兵と。ボロ船と言われながらも戦っている」
「……………」

「なあ、トリューニヒト」
「はい・……」

「後方業務にこんなボロ船や老兵達が努めている理由。
 それは突き詰めていえば、そんな『多少の事』のせいだ。
 自分達の多少の利益を得るために、多数の兵士達の命を考えない、多少の企業のせいだ」
「そして、それを許す、多少の政治家のせいだ」
「シビリアン・コントロール。それは民主主義には絶対なものだ。
 だから。だからこそ……」
「だからこそ、貴様が政治家になった時に、その『多少の事』を忘れないでもらいたい」
「ムライ少佐。グエン少佐……」
「って、ことで許していただけませんか?」
俺は傍らに立つ人物に声をかけた。

「ほっほっほっ。ごめんなさい。気を使っていただいて」
穏やかな笑い声が響く。

「中尉さんもごめんなさいね。決して、そんなつもりはないのよ。
 ただ私達、年寄達が戦う理由を、多少でも分かってもらえたら、とっても幸いね。ほっほっほっ」
そう言ってアキノ副長は、優しく微笑んだ。


「失礼します」
「ザキ」
「がくっ」
「司令!?」
「ああ。いや、ごめん。大丈夫だ」
つい死んだふりをしてしまった。

「……これが索敵計画です」
冷ややかな眼差しで空戦隊々長が差し出すディスクを受け取って、トリューニヒトがコンピューターを起動させる。
俺の目の前に、立体的な映像が現れた。

「我々の現有戦力は40機。予備を入れても45機しかありません。
 そこで合理的な索敵を行うには……」
身をかがめる彼女の黒髪が俺の鼻先をくすぐる。


 ザキ・バシュタール大尉。
第8独立空戦隊を率いる、パイロット。
細身の体。長身。切れ長の瞳。薄い唇。
無重力空間でそれはどうよ? ーと、思う程の腰まで伸びた長い黒髪。

けれど、そんな彼女を何よりも印象付けるのは、その額の傷。
十文字に刻まれた、額の深い切創痕。

帝国からの亡命貴族の娘であったザキ大尉は、とある事件に巻き込まれ、スパイ容疑をかけられた事があったという。
 その時。
彼女は、自身の潔白と同盟への忠誠を示すために、自らその額にナイフで押し当て、十文字の傷を刻んだという。
俗に「バシュタールの悲劇」と呼ばれる、壮絶なエピソードの持ち主。

また、その凄まじい空戦機動から「宇宙が静止する刻」(彼女のスパルタニアン以外は、止まって見える)
とまで言われる操縦技術の持ち主。
そしてまた、ひと癖もふた癖もあるパイロット達を心酔させる、その「The Wounded Lion(傷だらけの獅子)」と称される、クールビューティーな顔立ち……

第4次イゼルローン攻略戦時に、パストーレ艦隊で無謀ともいえる突撃を共に敢行した戦友。
今回、配属先が空母と知れた時に、たまたま訓練中であった彼女の部隊を「今更、他の奴と戦えるか!」
と、ばかりに無理矢理、引き抜いてきたのだ。

「司令……」
そんな彼女が皆川純子ばりの声で呟いた。
「う、ああ?」
あわてて俺は戻ってくる。
「この計画で許可していただけますか?」
「うん。あ~その。えと……」

 いかんいかん。
ついその傷跡に見とれていたとは、口が裂けても言えねぇ。

「隊長さん。ここと、ここの索敵線。もう少し詰めないと、燃料に余裕がなくならない?
 もし万が一の事があった時に、心細くないかしら」
「ああ。確かに。ありがとうごさいます、グランマ。流石は伝説の大妖精ですね」
「あらあら」
「大妖精?」
「なんだ貴官は知らないのか?」
ザキが冷ややかな視線をトリューニヒトに向ける。

「この方は総撃墜数400機を誇り『全ての妖精(パイロット)達の母=グランマ』とも呼ばれる伝説的な女性なんだ」
「伝説の大妖精……」
「元、よ」
ほっほっほっー とアキノ副長は笑う。

「いずれ時間が空いた時に、是非とも搭乗員室においでください。
 皆、グランマのお話しを聞きたがっています」
「うふふ。こんなおばさんのお話しで良ければ喜んで」
「はい。ありがとうございます」

「よし。それじゃあ大尉。その修正案でもって索敵を実地してくれ」
「了解しました」
そう言うとザキ大尉は、見惚れるような敬礼をして去っていった。


「副長が伝説の大妖精……」
「ついでに言うとな、中尉」
惚けるトリューニヒトに、俺は言い足す 。

「この船の各科長は皆、その筋では名を知られた連中ばかりだ。
 それこそ『神様』扱いされる程の。
 けれど、出世より現場を選ぶ。そんな頑固で匠な連中ばかりなんだ」
「……………」
「だから迂闊な事、言ってると、後が怖いぜ?」
「!?」
トリューニヒトは震え始めた。

「でも何よりも恐いのは……」
俺は小さく独り言ちる。
そんな中に俺達のような「若造」を放り込んだ、シトレの思惑だったりするのだが……


 ****

「輸送船SY-3より入電! メイディ・メイディ・メイディ。
 ワレ正体不明ノ艦船ヨリ、攻撃ヲ受ケツツアリ! 位置ー」
通信長の声がスピーカーから響く。
「総員戦闘配置。空戦隊、出撃準備。航海長っ。該当宙域まで全速前進!
 機関長、出力一杯くれ! 通信長。エル・ファシルの司令部に状況を伝えよ」
俺は次々と命令を下しながら、艦長席に駆けつけた。

「司令。先行偵察と情報収集のために、待機中のスパルタニアンの緊急発進を進言します」
「副長の進言に感謝。飛行長、いけるか?」
「はい、艦長。 緊警隊の四機、即応します。技術長。願います」
「分かった。1分後に発艦シークエンス開始だ」
「こちら砲雷長。総員戦闘配置完了」
「艦橋、了解」
俺はそっと時計を見る。
総員戦闘配置を命じてから、3分半。 うん。やるじゃん。

「こちら機関部。出力120%。ただし全力発揮は30分だけです。
 それ以上は機関が爆発します」
「了解。スパルタニアンが発進すれば、すぐに原速に戻します」
「エル・ファシル司令部に通信完了」
「通信長。その後、SY-3からの連絡は?」
「メイディ以外の通信はありません」
くそ。敵戦力の通報くらいはあっても良いじゃないか……


「スクランブル。ホット・スクランブル! スパルタニアン緊急発進」
「シィン。ゲン。オーレン。ポリス。頼むぞ」
「『 アイ・ショーティー! 』」
軽い衝撃と共に、四つの光点が飛び出してゆく。

スパルタニアン、1コ小隊は通常3機編成だが、第8独立空戦隊はそれを4機で編成していた。
いわゆるロッテ?

「機関原速に戻せ」
「了解」
「やあ、艦長。状況はいかがですか?」
殺気立つ艦内の空気にも関わらず、サド軍医長がのんびりと現れた。

「軍医長。こんなトコで何、油売ってんですか」
「うん? ああ。もちろん医療科の準備ができてるよ~ 
 でもサ。それって駄目じゃん」
「は?」
「私が忙しいってコトは、この船にとって、あんまり良い事じゃないじゃん?」
「…………」
「だから私は極力、のんびり、ぶらぶらさせてもらうのサァ」

「ったくもう……」
 ーにゃはははは 
と、笑いながら、ふらふらと歩み去って行く彼女の背中に、トリューニヒトがやっぱり苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「まぁまぁ。中尉。そう怒るな」
「司令」
「彼女はこの艦のシビリアンだ。バカな事も言うが、俺達、兵学校出では思いつかんような鋭い事も言う。
 彼女を型にはめるな。はめればきっと、つまらん奴になる」
「…………」

「確かにその意見にも一理あるが、あの態度は関心せんな」
Mr.「秩序」が現れた。
「一度、貴様からちゃんと注意し給へ」
俺は、ダメージを受けた。
「俺、あのタイプに弱いんだよね」
俺は逃げ出した。
「その態度にも関心せんな」
だが回り込まれてしまった。
「部下の秩序を保つのも、上官の職務のひとつだと思うが?」
「……ごめんなさい」
GAME・OVER。それ以降、勇者の姿を見た者は誰もいなかった。しくしく。

「まあ。冗談はこれくらいにして」
冗談かよ! コイツ、マジ性格変わってきてネ?
「主計科。救護及びダメコン班の編成完了。現在、各ブロックで待機中」
「了解……ハァ」
俺はサイ(タメ息)を付くしかなかった。


 ***

「こちらブルーセクション・リーダー。当該宙域に到着」
「シィン少尉。状況送れ」
「輸送船SY-3を発見。動力停止。敵に囲まれています」
「敵戦力は?」
「……敵戦力、タナトス級巡航艦x1。カルディア級駆逐艦x2」
「タナトス級とカルディア級って……味方の船ではありませんか!?」
トリューニヒトが叫ぶ。

「味方が海賊船に? なぜ……」
「中尉。考えるのは後にし給え。輸送船を助けるのが先だ。だが……」
「ふむ。数が多いな。この船だけでは、ちとキツイか」
「あらあら。それでも……」
「ええ。副長。それでも、やらねばなりません」

「総員に告げる。間もなく会敵する。敵戦力は、巡航艦x1。駆逐艦x2だ」
低いどよめきが起こる。
誰もが激戦を予想しているのだ。

「確かに戦力的にはこちらが不利だ。
 だが、こちらには貴君等がいる。
 質はこちらの方が遥かに上だ。
 ベテラン諸氏の健闘に期待する」

「こちら機関部。いつでも全力発揮可能」
「こちら砲雷撃部。お任せあれ」
「通信部。ジャミング。いつでもいけます」
「航海部。どんな操艦でも命じてください」
全員の背が伸びたような気がした。

「医療班だよ~みんな私を頼らないでねぇ~」
最後のその軍医長の台詞に、副長が苦笑し、ムライとトリューニヒトが顔を歪ませる。
小さな笑い声が艦内に響いた。

 よし。やれる!

「ザキ大尉。空戦隊全機出撃。まずはこちらが先制する。
 巡航艦は任せて、そちらは警戒中の駆逐艦を頼む」
「アイ・アイ・サー。いくぞ、野郎ども!」
「イエス。ボス!」

 美しい航跡を残しながら、妖精達が宇宙(ソラ)を駆け抜けて行く。

「機関長。第一戦速。航海長。艦を巡航艦の真下に着けよ。
 通信長。ジャミング開始。砲雷長。まずはミサイルで先制する!」
「『 アイ・アイ・サー 』」

宇宙空母は亀のようなものだ。
腹はスパルタニアンの発艦のため、脆弱にできている。
逆にその分。正面と背中の防御は硬い。
だから俺は航海長に「下に潜れ」と命じたのだ。
つまりそれはー

「接近戦ですか?」
「ああ。こちらは一隻だしな。遠距離交戦では数が劣るこちらが不利だ。
 奇襲的な接近戦での速攻。それしかない」
「はぎゅぎゅぎゅ」
トリューニヒトが真っ赤な顔で、ハムスターのような息を呑む。
「やれやれ。お前と一緒だと、命がいくつあっても足りないな」
ムライが変わらぬ口調で言う。
「あらあら」
副長が、さも面白そうに微笑んだ。



「ところでドールトン嬢は今、どうしてるんだ」
はあ?
こんな時になんだ? このロ○コン少佐。
「ああ。スクールの友達ん家に泊まってる」
「施設じゃないのか?」
同盟軍では、出征する親を持つ子供の為に、無料で寝泊りできる宿舎が用意されていた。
けれど。

「なんかすごく仲の良いクラスメイトがいるんだと。
 んで、その親も軍人で、俺が任務中の時、ドールトンの面倒は、その人が全部て見てくれるらしい」
「そうなのか」
「なんかキャンプ気分で、その子と毎日、楽しく過ごしてるらしいぞ」
「うむ。それなら十全だ」
したり顔で頷く、ロリ○ン少佐。 困ったモンだ。
「なら貴様も元気で帰らないとな」
「は? お前、何言ってんの?」



「敵艦見ゆ!」
「オールウェポンズ・フリー!(全兵器使用許可)
 オープン・コンバット!(戦闘開始)
 オープン・ファイアー!(撃ち方始め) 
 オープン・アタック!!(やっちまえっ!)」 


 爆光が揺らめいた。




              「中編」につづく(ヤッパリネ✩


*作中の艦船に関する記述は「銀河英雄伝説フリバト!」を参考にさせていただきました。
*また「板張り廊下」ネタは、闇の皇子さまからパクりました。相変わらず、使い切れてはいませんが。 ありがとうございました(オヒ!



 ><><><><><><><><><><

アルカディアよ! 私は帰って……ごめんなさい(平伏
すいません。すいません。
やっぱりこれが一陣の風のクオリティ(限界ともゆふ)

しかもタイトルを読めば、その後の展開が丸っぽ先読みできる。
そんな稀有な作品です(鹿馬
あっ。でも野暮なことは言いっこなしですぜぇ。旦那様方(大鹿馬


どうかみな様。お見捨てなく、温い長い目で読み続けていただければ、これに勝る幸せはありません。
いわゆる私は、大きな薬罐のような人……(激鹿馬

それではこれからも変わらぬご贔屓の程、よろしくお願いします。


それから本作品はいわゆる「クロスモノ」ではありません。 決してありません。
そんなモジカラ。私にはありません。
ツッコみドコロは……宝庫?(弩阿呆



[25391] 「 The only Neat Thing to do 」  中編
Name: 一陣の風◆5241283a ID:8350b1a5
Date: 2014/07/21 23:52
 ーごるヴぁっ! 

と。宇宙(ソラ)に華が咲く。
爆炎という名の華が咲く。
その美しい華の中で。

 人が死ぬ。


 第十話「 The only Neat Thing to do  」 中編


「第一波ミサイル。直撃弾・5!」
「続けて第二波、第三波、連続発射!」
「空戦隊、戦闘開始」
「敵艦、回頭し始めます」
「バッジェーオ(愚か者)め! 航海長、全速力で真下に突っ込め!
 砲雷長。真下に付くまでミサイルで牽制せよ」
「『 アイ・アイ・サー 』」
「二時の方向に、所属不明のスパルタニアンx4」
「IFF(敵味方識別装置)に応答しないスパルタニアンは敵と認定する。撃墜せよ」
「了解」

「間もなく敵巡航艦の真下に入ります」
「航海長。敵艦の真下で絶対方位0度に転進。艦首を敵に向けよ。
 砲雷長は回頭終了後、軸線が固定次第、敵艦に対して主砲、斉射三連。
 発射のタイミングは、砲雷長に一任する」
「『 アイ・アイ・サー 』」


敵艦が回頭し始める。
そこへ第二波のミサイルが命中。再び炎が巻き上がる。 
艦内酸素に引火したものか、炎は収まらない。
さらに第三波が命中する。
敵艦は大きくよろめいた。
その隙に、サン・ミケーレ・アイランドは全速力で相手の腹の下に潜り込む。

「敵艦の真下に到着。絶対方位0度に転進。艦首回頭。
 機関長、急制動かけます。
 同時に艦首下部スラスター及び、艦尾上部スラスター、全力噴射!」
「了解っ。おもいっきり噴かせて構わんぞ!」
「感謝します!」

ーズゴゴゴゴッゴオゴッグ
と、サン・ミケーレ・アイランドが急転回し始める。


「ぐぅうううぇぇぇぇぇぇえええ」
トリューニヒトが内蔵が出てきそうな声を上げた。
宇宙では、めったにお目にかかれない不快で急激な「G」が体を抑えつける。

「目標軸線に乗った。主砲発射準備!
 電影クロスゲージ、明度二十! 対ショック、対閃光防御!」
正面を写すスクリーンに、炎を纏った敵艦が降りてくる。
「船体固定! ゴダイ!」
「撃てぇ!」
シィマ航海長の声に、なんの躊躇もなしに砲雷長が命じる。
光の矢が放たれた。

 ーごるヴぁっ!

敵艦の鼻面がそがれる。
正面の装甲を粉砕され、破片が飛び散り、大穴が開く。
その鼻面めがけて、さらに何発ものビームが叩きつけられ……

 宇宙に華が咲く。

「敵艦爆散!」
「やったあ!」
「喜ぶのはまだ早い! 空戦隊の状況は?」
スクリーンの端に、新たな火球が現れる。
ハッとして振り向けばー

「こちらザキ。駆逐艦一隻撃沈」
冷静な声が響く。 ほっ......

「もう一隻はどうした?」
「全速力で遁走中。離れます」
「追撃しますか?」
トリューニヒトが訊ねてくる。

「いや、このまま見逃す」
「司令?」
「心配するな中尉。このまま放っておくつもりはない。ザキ大尉。聞こえるか?」
「はい、司令」
「何機かで、遁走する敵艦の送り狼を頼む。敵の根拠地を知りたい」
「了解。バーミリオン小隊は私に続け。後の者は帰還し、次の出撃に備えよ。
 ウランデル。後を頼む」
「『 アイ・ショーティ 』」


 終わった。やれやれ……

誰もがそう思い、気を緩めたその瞬間。

「敵機直上! 急降下!!」
空母「赤城」 その見張り員ばりの絶叫が響き渡った。

 ーうごるヴぁっ!

轟音と共に、サン・ミケーレ・アイランドが激しく揺れた。

「うわああああああああ!」
トリューニヒトが悲鳴をあげてすっ飛んで行く。
俺は目の前のコンソールに手を付き、なんとか踏ん張った。
ムライも咄嗟に座席に手を付き、持ちこたえていた。

「ダメコンチーム出動! 損害状況の確認を急げっ」
叫ぶ俺の脳裏に、第4次イセルローン攻略戦の悪夢が蘇る。

吹き飛ばされ意識を失った司令官。
落下し、泡吹いて痙攣する参謀長。
総員の40%を失い、廃艦となった旗艦。
 
「こちら後部指揮所のアキノです。上部甲板に敵機が激突したようです。
 火災が発生しましたが、隔壁を閉鎖する事で鎮火しました。
 板張り廊下が何枚か吹き飛びましたが、なんとか大丈夫そうです」
こんな時でも「ほっほっほっ」と、笑い声が聞こえてきそうな穏やかな声で、副長が報告してくる。
その声に俺は落ち着きを取り戻す。
震えずに済んだ。

事故か、ミスか、あるいは故意か。
仲間を失い、追い詰められ、最後の一機となった敵のスパルタニアンが体当たりをかましてきたのだ。
くそっ。さっさと降伏すれば良いのに……

戦果=巡航艦x1 及び、駆逐艦x1撃沈。スパルタニアンx3撃墜。
損害=被弾x1。スパルタニアンx2小破。

 圧倒的!

と、誇ってもよい戦果だったが、どっこい。それどころじゃなかった。
艦内は大混乱に陥っていた。


 ****

「第三駆動バルブ作動不能。 第七補助モーター動きません」
「第4、第6、第11制御ノズル可動せず」
「上部ミサイル、13番から21番まで損傷」
「酸素循環器、機能低下。二酸化炭素濃度、上昇中」
「与圧、低下しつつあり」
「主砲回路に異常。発砲できません」
「機関スクラム!(緊急停止)」
「非常電源切り替え。灯りを失うな」
「はひっ」
「長距離通信アンテナ損傷。レーダー使用不能」
「ウランデル大尉。予備のスパルタニアンで哨戒隊を編成。周辺を警戒させろ」
「機関長。回路の112番から246番までバイパスさせます」
「分かった、技師長。こちらもバルブの三番から五番を閉鎖。残りで再スタートをかける」
「了解!」

たった一発。いや、たった一機。
被弾しただけで「老婆」はよろめく。
突入してきたスパルタニアンの影響は、思いのほか深刻だった。


「被弾による穴は塞ぎました。与圧も二酸化炭素濃度も正常にもどりつつあります」
顔と手を真っ黒にしたナサダ技師長が報告する。

「機関の再スタートも成功。動力、電力。共に回復しつつあります。。
 長距離通信アンテナも復旧。少しノイズは入りますが送受信は可能です」
「了解。ご苦労様でした」
「ただ・……」
「ただ?」
技師長が薄い眉毛をしかめながら言った。

「レーダーは未だ修理中。主砲の発射も可能ですが、数回が限度です。ミサイルも半数が使用不能。
 幸い艦載機区域には被害はありません。
 ですが、現状で本艦の戦闘能力は30%ダウンと判断されます」
「……………」
「また衝撃でフレームに異常な圧力がかかりました。
 その為『ねじれ』が生じています。
 最大戦速を出すと、船体を破損する可能性があります」
「破損…どの程度なのかな?」
俺の問い掛けに、ナサダが静かに答える。

「最悪の場合、分解するでしょう」
「……………」

「こちら医療班。手が足りないよ~。誰でもいから空いてる奴、今すぐ来てぇ」
サド軍医の深刻な内容の割には、のんびりとした声が響く。
「私が行こう」
ムライが声を上げる。
「戦闘配食は終わっている。空いた者を、先に医療班に参加している者達に合流させよう」
「すまん。頼む。後で俺も顔をだす」
ムライは敬礼すると出て行った。

「空戦隊のウランデル副長から入電。 ザキ機、帰還します」
アイバラ通信長が静かに告げる。


 ****

 ーあまり接近できなかったのですが

そう言うザキが示した写真データーには、敵基地の様子がはっきりと映し出されていた。

「敵の基地は小惑星を改造したものでした」
ザキが写真を見ながら解説する。
「さほど大きくはない岩の惑星に、簡単なドックと居住区が建造されています。
 現在、ブーバー中尉のバーミリオン小隊が監視を続行中です」

「あらあら」
「こいつぁ……」
「なんてこった」
「マジすか……」
みなが感嘆の声を上げる。

そこには予想以上のモノが映し出されていた。

「駆逐艦x4。巡航艦x2。うへぇ。戦艦まで1隻いやがる」
「他にスパルタニアン多数。サンパブロ級砲艦もいるぞ」
「これ、本当に宇宙海賊ですか?」
「ほっほっほっ。そのレベルを遥かに超えているわねぇ」

「うん? ちょっと、この部分を拡大してくれないか?」
俺は小惑星の隅。ほとんど写真の縁の部分を指差した。
「これは……」
最大まで拡大されたその部分。
そこには「大きな箱」が写っていた。

「これは輸送艦?」
「しかもこれは……」
「なぜ、こんな所に」
「どういうコトだ?」
「あらあらぁ」
その「大きな箱」の船腹には、色鮮やかな帝国軍の紋章が描かれていた。

「アイバラ通信長」
「はい。司令」
「ハイネセン。シトレ中将宛に秘話通信を開きたい。できるか?」
「アイ・スキッパー。ただ未だアンテナが不安定です。調整に一時間ください」
「分かった。準備が出来次第、呼んでくれ」
俺はそう言うと、みんなを見回した。

「諸君ご苦労だった。戦闘配置を解く。別命あるまで待機。
 それから、ザキ大尉」
「はい?」
「空戦隊は暫く間、交代で哨戒索敵と敵基地の監視を頼む。
 疲れているところ申し訳ないが、レーダーが復旧するまで、本艦の目と耳になってくれ」
「アイ・アイ・サー」

 ーぴしっ

うん。 やっぱり彼女の敬礼は格好良いわぁ~。


 ****

「で、お前は何しとんの?」
俺は顔を出した医務室で「ケムラーの眼差し」で言ってしまった。
そこにはベッドに腰掛け、サド軍医長を膝枕で眠らせている、ロリコ○少佐の姿があった。
しかもご丁寧な事に、ふたりの前には「団結・美少年」と書かれ、空になった一升瓶まで転がっていた。

「いや、実はこれは、その……」
おーおう。
珍しくコイツが動揺しとる。汗なんかかいてるお。
こりゃもう、攻めるしかないネ(はぁと)

「貴公は本艦の現状を分かっているのかな?」
「も、もちろんそれは……」
「このような切迫した状況にもかかわらず、許可なく飲酒し、その上、女性士官と不必要なまでに体に密着させているとは……
 貴公には同盟軍士官としてのモラルはないのか?」
「い、いや、グエン。聞いてくれ。これには訳が……」
「ムライ少佐。私は今、この艦をあずかる艦長だ。しかも空戦隊をも含む、この戦隊の司令官でもある。
 地位に対する敬意をはらい給え」
「……はい。司令」

 ぶひゃっひゃっひゃっひゃっ

良いぞ!良いぞぉ!

「鉄仮面」
普段はそう評される程の無愛想な男が、むっちゃ動揺しとる!
顔を真っ赤にして、大汗かきながら口をパクパクさせとる!
たまりまへんなぁ……

「さあ。主計長。釈明を要求する」
俺はここぞ! とばかりに責め立てる。

「なぜ、このような事態になったのか。
 なぜ、貴公がこのような艦内秩序を乱すような乱行に及んだのか。
 復唱もしくは赤字で釈明を要求する。
 納得できる説明を貰えなければ、私は指揮官権限において、貴官を解任、あるいは拘束し、
 営倉にぶち込み、石を抱かせ、逆さ釣りの上、水責めの後、竹刀でシバき倒し。
 お白州に引き出し、背中の桜吹雪を見せながら『おうおうおう。てめえら人間じゃねえ! 叩ぁ切ったる!』
 と、吠えながら、市中引き回しの上、磔、獄門申しつげぐぶわひゅっっ」

 ーガスッ 
突然、飛んできた湯呑が俺の顔面に衝突した。

「うっせい! 人が気持ち良く寝てんの邪魔すんな!」
紅い髪の毛を逆立て、その豊満な胸をたゆませながら、鬼のような形相で軍医長が叫んだ。

「あっ。す、すいません」
赤くなった鼻を押さえ、俺は思わず謝ってしまった。 
……あれれぇ?


「報告します」
ユキモリ看護士が言う。
ちなみに軍医長殿は、再びムライの膝枕で、スヤスヤと気持ち良さ気に夢の世界を漂っていた。

「重体2名。重傷16名。軽傷43名。
 重体の2名の内、ひとりは脳挫傷。意識不明。 
 もうひとりは内蔵損傷。こちらは先程、意識を取り戻しました。
 重傷者のほとんどは骨折。命に別状はありません。
 また、軽傷者はその後、全員、職務に復帰しました」

「重体2名はヘタをすれば死んでいた。軍医長が緊急手術を行なって助けたのだ」
ムライが膝の上のサドを見ながら言う。

「それはスゴい腕前だった。
 一度にふたりの手術を同時に行なったんだ。
 ひとりは頭蓋骨を開き、ひとりは内蔵に刺さった肋骨を取り出しながら……」
「いっぺんにふたりもか……」
「ああ。それも物凄いスピードで。神技とは、ああゆう事を言うのだろう……」
「ツギハキ顔の無免許医師なら、法外な料金を請求されそうだな」
「ん?」
「いや、なんでもない。ただの独り言……で、飲酒の件は?」

「これは私のせいだ」
目の前に転がる、一升瓶を見ながらムライは、バツの悪そうな顔で頭を掻く。

「お前の? どういう事だ?」
「人手が足りないので、手伝ってくれと言われてな。
 手術に立ち会ったのだが、その有様に逆上(のぼ)せてしまって……軍人失格と言われても仕方がないな」
自重の笑みを浮かべる。

 あ。やめて。
 
そんな話、俺も得意じゃない。
空いた頭蓋骨。薄桃色の脳。開けた胸部。
白い脂肪。艶にてかる肌。赤く染まったガーゼ。
生命維持装置の単調な音。時折響く金属音。切迫した声。
そしてなによりも、その匂い。
む せ る ような、あの匂い。

爪が、イガイガする。
思わず黒板に突き立て、あの音を響かせたがる爪を、俺はあわてて握り締めた。

「で。手術を終えた軍医長に、神経を鎮めるためにと薦められてな。つい……」
「まぁ、全ての軍人が血に強いってわけでもないわな。
 特別に許可する……サド軍医も?」
「ああ。一気にな」
「うわぁ……」

一升=約1・8リットル。 
ふたりでとはいえども、一気かよ。
もっとも。飲めない俺には、そんだけ飲んでも平然としているムライの方にも、びっくりだが……

「祝杯だ」
「はひ?」
「サドが言っていた。これは祝杯なのだと」
「……祝杯?」

「死にかけている人の命を助ける以上に、面白い事がこの世にあるか。
 死神を追い返す事ほど、楽しい事がこの世にあるか。
 だから祝おう。
 だから祝杯を掲げよう。 そう言ってな」

ムライの手が彼女の髪を、そっとなでる。
その波打つ紅い髪を、ムライが、そっとなぞる。
サド軍医は、相変わらずムライの膝にしがみついたまま、ふにゃふにゃと気持ち良さ気に無防備な寝顔を晒していた。


 リューク・キャンセラー

不意に俺の脳内に、そんな言葉が浮かび上がる。
あの資料に。
何故か年齢を抹消された、サド軍医の公式資料に。
その備考欄に誰かが ー恐らく揶揄を含んでー 殴り書きのように書かれた言葉。

 リューク・キャンセラー。「 死神返し 」

そう書かれた彼女の二つ名を。


「司令。ハイネセンへの秘話通信回路。接続完了しました」
通信長の声が響いた。




               「後編」につづく(ヤッパリナ)
    




 ><><><><><><><><

「 The only Neat Thing to do  」 中編をUPさせていただきます。
いやもう、なんかね……ツッコみ処多すぎて、ごめんなさい。
指差しながら笑っていただけたなら幸いです。
笑えない人。すいません。
なんせ賞味期限切れ、半額ならオ・ト・ク と、思う奴なので。
それでは次回。
「 The only Neat Thing to do  」「後編」
も、よろしくお願いします。

 明日。そんな先の事は分からない(弩阿呆



[25391] 「 The only Neat Thing to do 」  後編
Name: 一陣の風◆fc1b2615 ID:8350b1a5
Date: 2012/04/29 11:39
「抹殺せよ。彼等を抹殺せよ」
影が命じた。



 第11話「 The only Neat Thing to do 」 後編



俺が現状と先の戦闘の報告と、ザキがもたらした敵基地の偵察情報を、秘匿通信で送ってから数時間後。

 ー For Commander Eyes Only (指揮官のみ閲覧)

最初に、そう記された返信がやってきた。

「彼等を抹殺せよ」
スクリーンの中のシトレが言う。
背後のパネルの光が強く、シトレ中将のその姿はシルエットのように浮かび上がっていた。

「まもなくエル・ファシルから避難民を乗せた船団が出港する。
 乗員の大部分は女性と子供である」
「もう少し待てないのですか?」
つい、そう問いかけてしまう。
実際にこの映像は。もう何時間も前に送信されたものであるとは分かっていても。

「待つことはできない」
ところがシトレは、俺がそんな質問をするのを見越したように答えてくる。
「艦隊司令部によると、帝国軍の侵攻が切迫しており、住民達の避難は、一刻の猶予もないとのことだ」
「増援は……」
「そんなわけで増援も間に合わない」
「………………」

まるで普通に会話しているようだ。
全てはお見通しか。
やっぱりコイツは狸だ。
それも何千年も生きてるかのような、古狸だ。


「宇宙海賊を抹殺せよ」
背後のパネルの光が強すぎて、その表情までも見えなくなったシトレが、重々しく、かつ、断固たる口調でもって命令した。

「今日から三日以内に抹殺せよ。
 いかなる犠牲を払っても。 いかなる損失を被っても。
 君達の手で。君達だけの手で、彼等を抹殺せよ。 
 捕虜の必要は認めない。
 そしてー」

最早、完全なる影だけとなった「ナニモノカ」が言う。

「彼等を帝国軍という事実は公表せず、あくまで宇宙海賊として葬りされ。
 あくまで無名の略奪者として葬りされ。
 グエン司令に命令する。
 抹殺せよ。彼等を抹殺せよ」

そう言うと、スクリーンは暗転する。
後には低いノイズが残るのみ。

 てめえは、科○隊、パリ本部のアラン隊員か!?
 てめえはもう、人間らしい心、失っちまったのかよー!!

俺は絶叫する。もちろんー
胸の中だけでね。 ……しくしく。


「エラい事になりましたね」
腕を三角巾で吊るしたトリューニヒトが、部屋の灯りを点けながら言った。
吹き飛ばされた時に強打したらしい。
聞けば脱臼程度で、どうという事もない ーだ、そうだ。 へえ……


「本艦一隻であの戦力と……」
「抹殺どころか、瞬殺されそうだ」
「無茶言ってくれる」
「やれやれ……だなぁ」
「難しいですね」
「あらあら……」

みんなが呟く。
そう。
何故か「 指揮官のみ閲覧 」の通信だったのに、その全てを主要幹部の全員が見ていた。

まっ、ぶっちゃけ。俺が見せたんだけどね。
秘密も時と場合による。
どんな情報も、いつ、どこで、どのうように部下に伝えるかは、指揮官の自由裁量だ。

 信頼第一
でなければ、こんな若造に誰も従いてきちゃくれねぇ。
俺はそう思っていた。
そしてそれこそが今回、俺がこの船に配属された理由。
俺が、サン・ミケーレ・アイランドに艦長兼司令官として送り込まれた理由。
そう分かっていた。

そう気付くだろうと、シトレが考えていたことも。
だから奴は言ったんだ。あえて。

 ー帝国軍と公表するな と。

バレバレの口止めだった。 『 全員 』に対する。
はぁぁぁぁ…..


「諸君。聞いてくれ」
だから俺は右手を上げ、みんなの口を封じると、ことさら重々しく言った。

「作戦を説明する。 これが 『 The only Neat Thing to do 』 だ」


 ****


「現在、総員の40パーセントまで退艦終了です」

グランマが報告してくる。

「医療部。主計部は、全員退艦完了。
 戦闘。航海。機関部は最小限の人員を残して退艦しました。
 整備部及び工作科は、スパルタニアン発艦後に退艦予定です」
「了解です。では副長も退艦なさってください」
「あらあら。私も残りますわ」
「は?」
「この船とのお付き合いも長いですから。最後まで看取ってあげないと」
「いや、しかし……」
「我々も最後までお付き合いさせていただきますぞ」
「機関長?」
振り向けば、そこにはトクナガ機関長を始め、シィマ航海長。ゴダイ砲雷長。アイバラ通信長といった各科の長が立っていた。

「我々、全員。ギリギリまでこの船に……」
トクナガ大尉が喰いつくかのような瞳で言う。
恐いよぉぉぉ……しくしく。


「これが『 The only Neat Thing to do 』 ってわけですか」
トリューニヒトが憮然として訊ねてくる。
「ああ、そうだ」
俺も憮然として答える。

トリューニヒトもまた、俺の副官という理由で、退艦を拒んだひとりだった。
 
  うん。強くなったね。

「それとても、海賊共を全部、抹殺することなんてできませんよ?」
「ああ。もちろん、無理だな」
「そんな!? それを分かっていて……」
「そうだ。分かっているからこそ、この作戦だ」
続々と輸送船SYー3に移乗していく兵士達を見ながら、俺は答えた。

「本当にそこまでする必要があるんですか?」
「ああ。 本当にそこまでする必要があるんだ」
「..................」
「どうした。この船に愛着でもわいてきたのか?」
「いえ、私は特に。 ですが......」
「うん?」
「彼等の心情を考えると……」
そう言うとトリューニヒトは、忙しく走り回る副長達に視線を向けた。

これから少し先の話し。
イゼルローン要塞を占領したヤンは、捕虜にした帝国軍兵士から、要塞の「やり残し」た仕事をさせてもらいたいー と、要望された時に
「愛着」という言葉で、それを許可した。
で、その時のヤンの気持ちが俺には良く分かった。

人は誰でも大切なモノを手放したくはないのだ。
「未練」と言ってもいい。
それが本人以外には、どんなにつまらないモノであっても。
それが本人以外には、なんの価値のないモノであっても。
人には命よりも大切なモノ。 が、あるのだ。

そんな乗組員達に、苦渋と悲しみの眼差しを浮かべるトリューニヒトの肩を、俺は強く叩いてやった。


 本当にこの男は、大化けするやもしれぬ。


「それでは回収地点で待機している」
「みんなぁ。死んだら駄目だよぉ。せめて私が手術出来るくらいには、生きて帰って来てねぇ」
あえての無表情で敬礼するムライに寄り添いながら、紅い髪と胸を揺らしながら、サド軍医長があえて笑いながら手を振った。

 了解。 了解。

「前進。速度三分の一」
俺はSYー3の指揮をムライに委ねると、サン・ミゲーレ・アイランドを、ゆっくりと発進させた。



 ****

「敵基地監視中のクレッグ機から入電。敵艦隊が活性化。出港の前兆と認む」
「司令!」
トリューニヒトが叫ぶ。

「よし」
俺は大きく頷くと命令を下した。

「ザキ大尉。空戦隊、全機出撃。打ち合わせ通り頼む」
「了解。野郎ども。聞いた通りだ。 いくぞ! 私について来い!」
「アイ・ショーティ!」
再び、妖精達の軌跡が宇宙(ソラ)に刻まれる。

「ナサダ技術長。空戦隊発艦後。整備部及び工作科は全員退艦」
「アイ・アイ・サー」
「機関部。トクナガ機関長。推力一杯。 
 シィマ航海長。航路を敵基地に固定。全速前進。
 各設定の終了後、機関部と航海部も、全員退艦せよ」
「アイ・スキッパー」

ドタバター と。
乗組員達の駆け出す足音が響く。
良かった。みな素直に退艦してくれて。
実は俺はもっと、みんながゴネるかと思っていたんだ。

そう。
俺はこの船。サン・ミケーレ・アイランドで、敵基地に特攻をかますつもりだった。


「あれぇ? パネルがない……」
とまどったようなトリューニヒトの声が響く。
「どうした中尉」
「はぁ、司令……あそこ。航路表のパネルがなくなっています」
「んん?」
見れば、航路表を示すパネルの一枚がなくなっている。

「うお。こっちではレバーの片方がない。ああ。あっちではスイッチが根こそぎ……
おおうっ。そっちでは、椅子がない! なんじゃこりゃ?」
「あらあら。機関部ではバルブやトルグの一部がなくなっているらしいですわ。 あと、板張り廊下の板や、水漏れするシャワーの蛇口。
 食堂のお皿や調理小物。船室のライトスタンド。軋むベッドのスプリング。とか……」
「副長、それって……」
「いい歳をして、みんな子供みたいですね。おほほ……」
グランマは俺の問いかけに、まるで卒業式の日に去りゆく先輩の第2ボタンをねだる、女学生のような微笑みで答えた。


「敵基地視認。空戦隊突入開始!」
「よしっ。 どハデにいくぜぇっっ。 
 砲雷長。ミサイル全弾発射。以降、火器管制を艦長席にシフト。
 通信長。ジャミング開始。処置終了後。両部署とも退艦開始」

まるで「無限ミサイル」か「たまに缶ビール」のような、無数のミサイルが敵基地に着弾する。
そこへ空戦隊が通り魔的に襲いかかった。

大型艦船に致命傷こそないが、小型艦や輸送艦。艦載機が爆発し、炎を上げる。
敵は大混乱に陥り始めた。

いざ、出撃! と気負ったその瞬間。
突然飛んできた無数のミサイルと、多数のスパルタイニアンによる奇襲的な攻撃で惑わされた挙句。
旧式とはいえ、空母がたった一隻で、しかも全速力で突入してくるのだ。
驚くな。 と、いう方が無理だろう。


「敵駆逐艦。急速接近!」
今やレーダー手を兼ねるトリューニヒトが報告してくる。
俺は管制パネルを操作すると主砲を撃ち放つ。
命中!
撃沈!とまではいかないまでも、かなりの打撃を与えたようだ。
よろよろと進路を外れていく。

もう一隻。今度は巡航艦がスパルタニアンの攻撃で爆発する。
その爆発に何隻かの砲艦と敵のスパルタニアンが巻き込まれる。
よし。いける!


 だが何事も、草々、上手くはいかない。


「敵艦隊、本艦を包囲するかのように展開中」
「構うな。このまま突っ込め!」
「敵艦発砲! ミサイルきます!」

ビームを浴びたバリアーが、真白く発光する。
俺の放った迎撃ミサイルに阻まれ、敵のミサイルが爆発する。
だが、とても全部は防ぎきれない。

 ードスンッ。グワンッ。 バカァンッ。
と爆音が艦内に響き、船体が揺れる。
サン・ミゲーレ・アイランドが激しく被弾する。

「あらあら。艦長。これ以上被弾すると船体がもちませんよ」
まるで明日の天気の話しでもするかのように、グランマが話しかけてくる。
だが、そう言う彼女も処理装置を使って、忙しく補修を行なっていた。

「敵艦隊。包囲を解き、前方に集結中。阻止線を張るようです」

 ードカン!
ひときわ大きな衝撃が襲う。

「司令。エンジン付近に被弾。速力低下します」
「了解」
くそ。どうすりゃいいのサ。
俺はとりあえず出力を維持しようと、圧力を上げようとして……

「艦長。そういう場合がこうするんです」
スピーカーから落ち着いた声が聞こえてくる。
「むやみに圧力を上がるより、逆にココとココの圧力弁を閉じれば……」
「機関回復しました。速力もどります」

「トクナガ機関長。いったい何故そこに……」
「被弾箇所の応急修理、こちらでも実行中。グランマ。お見事ですなぁ」
「あらあら」
「ナサダ技術長?」
機関長と同じように、スピーカーから物静かな声が響いてくる。

「司令。左舷弾幕薄いです。なにやってるんですか?」
「ゴダイ砲雷長?」
俺の右に立った砲雷長が、標準を合せ直す。

「被弾により、進路スレてます。修正。修正っと」
「シィマ航海長?」
俺の左に立った航海長が、進路を正す。

「ジャミング。全方位から収束して前方敵艦隊に集中します」
背後からダイヤルを回す音がする。

「アイバラ通信長まで……みな、何故、退艦していない!?」
「なあに。みんな司令と同じですよ」
「はあ?」
「そうですね……きっと」
アキノ副長が、全員の気持ちを代表するかのように言った。

「きっとこれが『 The only Neat Thing to do ーたったひとつの冴えたやり方 』ですね。おほほ」

…………
…………なんてみんな、お人好しな。

黙り込む俺に、みんなが、柔らかな微笑みを浮かべてくれた。


「あの敵のスパルタニアンのパイロットも、そうだったのかもしれませんね」
トリューニヒトがポツリ言った。
「あいつもそれが『 たったひとつの冴えたやり方 』だと思ったのかもしれませんね」

「死ぬつもりはない」
俺はきっぱりと言い切った。 
そんなの認めん。 逆立ちしたって、そんなの認めん。
特攻、だと? 体当たり、だと? 自爆、だと?

確かに俺達だって、俺たちだってな。
いつ、アイツと同じ運命になるかも知れない! でもだ。

「そんなのは認めん。絶対に認めんっ。  私は、こんな所で死ぬつもりはない」
そうサ。
俺はこんな所では死なない。
まだ、死なない。
あの時。あの場所まで。
俺は死なない。 死ぬはずがない。 いやー
 
 死ねない。

でもそれは……
俺は、全員の顔を見回しなが言い切った。

「それは、みんなも同じだ。誰ひとりとして死ぬことは許可しない。 ザキ大尉!」
「スワアァァァーーーーーーーーーーーーァ!」

不用心に密集した敵艦隊に、ザキ率いるスパルタニアン達が歓声を上げながら突入して行く。
たちまち巡航艦の一隻が爆発した。
敵は密集していたために、その懐に飛び込んだスパルタニアンに対応しきれない。
次々と射弾を浴び、爆炎を吹き上げる。
焦った敵は、闇雲に発弾し始め、ついには同士討ちまでが発生していた。

打ち合わせ通り。
まず空戦隊を囮として突っ込ませ。次に本艦を囮にして、敵艦隊の行動の自由を奪い。最後にやっぱり空戦隊で敵を撃滅する。

それが今回、俺が立てた作戦(というよりは、一種の賭けだネ)だった。
うん。思いの他、うまくハマったようだ。

 ーどごるヴぁぁぁっ!

と、また敵艦が華を咲かせる。 大輪の華が咲く。

 いまだ!

「トクナガ大尉! 出力一杯。機関、臨界出力。安全弁解除。
 シィマ中尉! 船体倒立。背中を敵に向けよ。
 ゴダイ中尉! フレアー全弾発射。赤外線チェフもだ。光学照準を狂わせろ。
 アイバラ少尉! ジャミング最大出力でブチかませ! 機材が壊れたって構わん。 
 我々が脱出するための時間をかせぐ。
 みな。これが本当に最後だ!」
俺は万感の想いを込めて、命令した。

 「総員退艦!!」


 ****

俺達は駆けていた。
狭い板張り廊下を一団となって駆けていた。
途中で、トクナガ機関長やナサダ技師長達とも無事合流。
最後に一隻だけ残しておいた救命艇の格納庫まで、一目散に駆けていた。

 ードズズルンッ
「あら?」
被弾の揺れに足を取られ、副長が転倒した。
「大丈夫ですか?」
「どうやら足をグネったみたい。立てませんわ。 おほほほほ」
相変わらずのグランマ・スマイルで答える。

「失礼します」
「あらあら」
ウムを言わさず。俺はグランマを背負うと、そのまま走り出した。
「まぁまぁ、この年になって……恥ずかしいですわ」
何故か赤面するグランマに、俺は軽いデジャヴを感じていた。

 あの時は幼女だったなぁ……


「これは......」
不意に俺の足が止まってしまう。
「うわあ......」
トリューニヒトの足も止まる。

見回す通路のあちこちに、それはあった。

 バカヤロー!
 ご苦労さま
 お疲れさん
 最後まで手間かけさせやがって
 お世話さま
 キル・ミー・ベイビー
 先に行っててくれ
 スマイル・スマイル
 Take care of yourself.
 いい子だったぜ  
 風が鳴いていますね
 我が良き友よ  
 お姫さま
 相棒
 コンチクショー!
 すぐに追いつく
 あばよ
 アデュー 
 グッバイ 
 Buona notte       そしてー
  

   さようなら
  

通路いっぱいに。
天井といわず、壁といわず、床といわず。
そこかしこに、そんなメッセージが書き込まれていた。
乗組員達の。 老兵達の。
この船の「子供達」の。
それぞれに、それぞれの「想い」が書き込まれていた。

そして最後の扉の前に立つ。
脱出艇区画に向かう最後の扉。
みんなが必ず通る最後の扉。
その前に立ち尽くす。 
そこにはたった一言。 こう書かれていた。


 【 ここからが、すべての始まり 】


 ****

宇宙(ソラ)では華が咲き誇っていた。
いろいろな色の華が、あちらこちらで、まるで競うかのように咲き誇っていた。

それはミサイルの炸裂であったり。
それはビームの蒼い閃光であったり。
それはフレアやチェフの燃炎であったり。
それは断末魔の最後の叫びであったり。

 美しい。

そんな綺麗な華々の中を、俺達は必死になって飛び抜けていった。
一度ならず、我々を乗せた脱出艇に向かって接近してくる、敵のスパルタニアンや砲艦がいたが、
その都度、王冠を載せた盾に獅子と馬に、真紅の薔薇の紋章をあしらった、ザキ大尉のスパルタニアンが、それらを追い払ってくれた。


「時間です」
グランマが静かに言う。
瞬間、振り返った俺の体を、短くも鮮烈な光が突き抜けて行った。
それが空母「サン・ミケーレ・アイランド」が最後に宇宙(ソラ)に咲かせた、ひときわ大きな美しい華の姿だった。


 ****

救命艇、SYー3に無事着艦。
空戦隊も次々と帰還してくる。

 戦果
巡航艦x3、駆逐艦x4、輸送艦x1・撃沈確実。 戦艦x1・撃破。 砲艦及びスパルタニアン 撃墜破多数。
そして敵基地の破壊に成功。

 損害
スパルタニアンx5(ただしパイロットは全員救出。 内、重傷1名は緊急手術により、一命を取り留めた)
そして軽空母x1・損失。

 大戦果!
と、誇っても良い戦績であった。 がー

気が付けば、誰もが「ムーンライト・SYー3」の甲板に立ち、静かに宇宙を見つめていた。
離れてゆく、遥かなる宇宙の一片に、じっと目を凝らしてした。
そこには、なんの歓声も。 なんの祝福もなかった。

ある者は目に涙を浮かべ。
ある者はそっと、敬礼し。
ある者は何事かをつぶやきながら。

誰もが静かに、その美しい星の海を見つめていた。
ただ静かに、空母「サン・ミケーレ・アイランド」が消えた星の海を見つめていた。


その、あふれんばかりに輝く星の海を見つめながら老兵達は、みな。
まるで赤ん坊のように ーわあわあ と、声を上げて泣きたい気持ちだった。





            エピローグに、つづく(ゴメンナサイ)
 





 名優・青野武氏のご冥福を、心からお祈りします。



[25391] 「The only Neat Thing to do 」 エピローグ
Name: 一陣の風◆fc1b2615 ID:8350b1a5
Date: 2012/04/29 13:06
「やあ、諸君。ご苦労だった」
そう言うシトレは影ではなかった。


 第12話 「The only Neat Thing to do 」 エピローグ


「貴君等の働きによって、海賊共は一掃された。
 航路の安全も確保され、補給物資も滞りなく届けられ、避難民達の退避も無事、完了した。
 これで帝国軍の攻勢にも十分、備えられるだろう」
シトレは和かな笑顔のままで話す。

「いや、本当にご苦労だった。
 いずれ諸君等には、それ相応の褒賞を上申するつもりだ。
 それまでは、ゆっくりと休暇を楽しみ給え」
「古来より……」
「ん?」
俺は無表情なまま、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「木を隠すなら森の中。
 人を隠すなら都会の中。
手紙を隠すなら、ポストの中。 それからー」
「うむ?」
俺はシトレを睨みつけながら言った。

「臭いものには蓋。 とも言います」

「ふむ。グエン少佐。それが何か?」

 くっそう。くっそう。
俺はオバカな子のように、腹の中で毒づく。
いいだろう。トボけるなら最後まで言ってやるっ。

 「あれは本当に帝国軍だったのですか?」

瞬間、場が凍りついた。
誰もがしわぶきひとつ立てない。
けれど、シトレだけは全く動じてはいなかった。

「んん? それは君も見たのだろう? この写真を」
変わらぬ平静さで、シトレが言った。
その背後のパネルに、ザキ大尉が撮った敵基地の写真が浮かび上がる。

「確かにそこには帝国軍の輸送船が写っています」
ま、負けるモンか!

「これが何よりの証拠ではないのかね?」
「いえ、中将。 問題はそこではありません」
「それでは貴官は何が問題だと言うのかね。
 確かに、こんな同盟軍の領地内に、小なりとはいえ、帝国軍の基地を築かせてしまった事は、問題ではあるが……」

「大きな嘘を隠すためには、いくつもの小さな嘘を並べるのが一番有効です」
「…………」
「提督。あの後、敵基地には調査隊が入ったはずです。その報告書はどこですか」
シトレは黙って微笑み続ける。
俺はしゃべり続けるしかなかった。

「それも ー For Commander Eyes Only ですか?
  他言無用。
 つまりはそれが……それこそが証明なのですね」

「Q・E・D ー quod erat demonstrandum(証明終了) とでも言うつもりかね?」
「Q・E・I ー quod erat inveniendum(発見終了)と言うべきかもしれませんね」

「あの……提督。グエン少佐」
おずおず といった感じで、俺の横に座っているトリューニヒトが言った。
「おふたりは先程から、なんの話しをされているんですか?」
ちなみに彼の腕は、未だにギプスをはめられ、三角巾で吊るされたままだ。

「あの作戦の敵の話だ」
同じく俺の横に座っているムライが、いつもの無表情で言う。
「敵って……宇宙海賊。 いえ、帝国軍の事ですか?」
「なあ、トリューニヒト」
「はい」
「君は何故、あの敵が帝国軍と分かったんだ?」
「は? それは……」
トリューニヒトは目をしばばたせながら答えた。

「ザキ大尉の撮ってきた写真に、帝国軍の輸送船が写っていたからです」
「そうだ。 まさにその通り」
「え?」
「俺達があの岩だらけの小惑星を帝国軍の基地だと思ったのは、そのに帝国軍の紋章をつけた輸送船がいた。それだけなんだ」
「何をおっしゃっているのですか……」

「なあ、トリューニヒト。 あの写真には他に何が写っている?」
「何って……あとは。 あとは小惑星。 それと同盟軍の艦艇……って、まさか!?」
「その、まさか。サ」

「私達はたった一隻写った帝国軍の輸送船を見て、あの敵は同盟軍に偽装した帝国軍だと思い込んだ。 いや……」
ムライが絞り出すように言った。

「思い込もうとしたのだ。 なんの客観的な証拠もなく」
「いえ、し、しかしっ」
トリューニヒトが声を荒げる。

「そんなっ。そんなバカな話しが。友軍が。味方が海賊だなんてっ」
「そうだ。本来これは海賊狩りのはずだった」
「グエン少佐……」
「ところが蓋を開けてみれば、現れたのは味方の艦艇。
 それだけでも『 魔女の大釜(大混乱) 』だったのに、さらに発見したのは、とても海賊規模ではない、多数の艦載機や砲艦まで揃えた大艦隊。
 しかも全て同盟軍の正式艦艇。 そう……
 たった一隻の帝国軍の輸送艦を除いてはな」
「そんな……そんな……」

「心理的な要因かもしれない」
「ムライ少佐?」
「人は誰しも自分の友人が犯罪者であるとは思いたくない。ましてや生死を共にする戦友ともなれば尚更だ。
 だからこそ、我々は彼等を海賊……味方の成れの果て。 だとは思わなかった。 いや、思いたくなかったのだ」

「客観的に考えても」
ムライの言葉尻に乗っかって俺は言う。

「いくら帝国軍といえども、こんな同盟領の奥深くに、小とはいえ軍事基地を置くことはリスキー過ぎます。
 それこそ補給が続かない。
 しかも敵軍艦艇ばかりを使うとなると、手間も暇もかかる。
 それに乗組員の熟練度の問題もある」

「機関ひとつを取ってみても……」
背後から、ポツリと呟くような声が聞こえてくる。

「帝国軍と同盟軍の艦艇では規格が違います。そう簡単には使いこなせない」
「それは兵装にしても……」
「それは操舵にしても……」
「むろん通信機器にしても……」
「スパルタニアンの操縦にしても……」
彼・彼女達の声が響く。

「でもあの海賊達は、ちゃんと使いこなしていましたわ。うふふ」
最後に穏やかな笑い声が響いた。


「しかし証拠はない」
まるで悪あがきをするミステリィの犯人のように、シトレが言った。
そうくると思った。
俺は小さなデータ・ファイルチップを取り出す。

「ナサダ技師長が調べてくれました」
背後で頷く気配がした。

「サン・ミケーレ・アイランドに激突した、敵スパルタニアンの機体データーです」
「……………」
「機体は1から10まで、すべて同盟軍の正規品でした。
 帝国の物を改造したり、流用した物は、ひとつもありません」
「それは帝国がフェザーンを通じて、三角貿易で得た物の可能性もあるのでは?」
シトレが反論する。

「確かにその可能性を排除する事はできません。
 ですが、あれだけの規模の艦隊を維持するのには、莫大な金と手間がかかります。
 それなら最初から帝国軍の艦艇を使った方が安上がりで効率も良いです。
 それにー」
俺はもうひとつ。チップを取り出す。

「これはその体当たりしてきたパイロットの生体データーです。 
 サン・ミケーレ・アイランドの板張り廊下に肉片が張り付いていました」
「……ほう」
シトレが初めて笑みを引っ込めた。

「DNA検査の結果、パイロットの特定に成功しました」
「……………」
「認識番号、So-1415926535ch fuso/miyafuzi少尉。
 第24航空戦隊288航空隊、戦闘701飛行隊、第2中隊。第1小隊所属。
 彼女は所属部隊ごと、三ヶ月前に哨戒任務中、行方不明になっています」
「……………」
「それが初めから予定されたものなのか、それとも突発的な何かがあったのか。
 詳細は分かりません。
 分かりませんが、再び我々の前に現れた彼女は、友軍に弓撃つ存在になっていました」
「……………」
「それも最後には体当たりが……
 自爆攻撃が『 The only Neat Thing to do ーたったひとつの冴えたやり方 』だと思うほどの精神状態で。
 つまりはそれが……」


 「 軍曹 」

不意にシトレが傍らに控える人物を呼んだ。
「はい。提督」
「グエン少佐からデータチップを受け取ってくれ給え」
「……はっ」
ゆっくりと近づいて来る。
軍曹は俺の前に立つと、そっと手を差し伸べた。

「……………」
「……………」
俺と軍曹の視線が絡みつく。
視線をそらしたのは彼の方だった。
俺はその手の中に、チップをねじ込む。

「少佐……」
トリューニヒトが、何かを言いかけた。 だがー
「いいんだ、中尉」
俺はゆっくりと言う。

「彼に逆らったって、勝てる訳もない」
俺のその言葉に軍曹 ー シェーンコップは、顔を歪ませて笑った。


「このデータチップは確かに私が預かった」
シトレの顔に微笑みが戻る。
「これは軍が責任をもって、しっかりと管理させてもらおう」
俺の脳裏にあるイメージが浮かび上がる。

地下の奥深く。
大きな扉で厳重に守られた広い部屋。
そこに並べられた無数のキャビネット。 その灰色の壁が何処までも続く。
そのひとつに、黒い服の痩身の男が近づいて行く。
そしてキャビネットを開けると、手にしたチップを無操作に放り込み、閉める。
男はそのまま、振り返る事なく部屋を出てゆく。
灯りが消え、部屋は闇に沈む。
全ては闇に葬られる。



 「ところで」
シトレが、穏やかな声で言う。

「実は今度の人事移動で私は士官学校の校長に転任する事になった」
まるで、ついでのように彼は言う。
「誠に光栄な話しであるが、私ひとりでは明らかに力不足だ。そこで……」

 おひっ!おひっ!おひっ!

「諸君等にも手伝ってもらいたくてな。 転属願いを一緒に出しておいた」

 ……………

 …………ヽ(`Д´)ノ プギャーッ


「それはあからさまな口封じ……なるほど。ですから最初、グエン少佐はおっしゃったのですね。
 『 臭いものには蓋 』だと。 つまり提督は始めから、全てを知って……」

 こらっ!こらっ!こらっ!

「ううん? トリューニヒト中尉。君がいったい何を言っているのか、私にはさっぱり分からんね」
シトレが真っ白な歯を浮かべて、にっこりと微笑んだ。
だから恐いっちゅーの!

「それも目的のひとつだったという訳です」
だから俺はあえて声を上げた。

「んん?」
「提督はあのような状況に置かれた場合。私がどういう行動を取るか予想していた」
「……………」
「『アタマノ螺子ノユルンダ』私が、どのようにして敵を攻撃するか、予想していた」
「……………」
「だから提督は、あんな無茶な命令をくだされたのです。
 たった一艦で敵を抹殺せよと。 捕虜を取ることなく殲滅しろと。
 俺が特攻をかけることを予想して。
 サン・ミケーレ・アイランドを破壊する事を予想して」
シトレは微笑みでもってのみ答える。

「あらあら。それじゃあ、私達は………」
「ええ。その通りです。グランマ」
俺は自分の背後に目を向ける。 そこには短期間だったとはいえ、苦楽を共にした「戦友」達がいた。

「あなた方を『 サン・ミケーレ・アイランド 』という名の墓地から追い出す為の。
 匠と称されるあなた方を、一隻のオンボロ船から外に出させる為の。
 あなた方を、『愛着」という名の呪縛から解き放つ為の。
 その策略の一部として私は……」

「知っていましたわ」
「え?」
俺はグランマの顔を見る。 そこに座る、かつての部下の顔を見る。

「あなたが着任された時から。
 あなたがサン・ミケーレ・アイランドに一歩、足を踏み入れた時から。
 我々には何となく予感がありました」
「グランマ……」

「ああ。
 きっとこの人は、この船に引導を渡しに来たんだと。
 きっと私達を、あの世界から連れ戻しに来んだと。 
 きっと私達の『未練』を断ち切るために来たのだと……」
「……………」

「私達は話し合いました。 これからどうするか。
 いちから教育してやろうか。とか。
 専門的なお話しでケムにまこうか。とか。
 あるいはいっそ、いぢめて、前任者のようしてしまおうか。とか。
 それはもう、いろいろと。 うふふ」
「がくぶるっがくぶる」
「あらあら。でもあなた達は、とっても良い人達でしたから。 私達は運命に従おうと決めたんです」

「そう決めたは、グランマだ」
「我々はグランマに従ったに過ぎない」
「前任の、じゃがいも士官のように、中身もないくせに、階級だけをかさにきて、いばりちらす様な奴ならば。
 全員でカチコミかけて追い出してしまうつもりだった」
「それに後始末を頼める我々の教え子は、何処にでもいますから」
「貴公は、グランマに感謝すべきだ」
「あらあら」
「がくぶるっがくぶるっがくぶるっ」

「やはりグランマは……」
ザキが熱のこもった瞳でアキノ大尉を見る。
「我々の偉大なる母。 『グランド・マザー』なんですね」

「おっほっほっ。いやだわ、みんな。 買いかぶり過ぎですよ」
「いえ。だからこそだったのですね」
「グエン司令?」
「だからこそあなたは、あの言葉をハッチに書き込み、みんなを送り出したのですね。
 みんなの為に。新たなる一歩を踏む出す仲間達の為に。 その言霊として。
 
  【 ここからが、全ての始まり 】 

 なのだと」


「あらあら」
グランマは優しく微笑む。 静かに微笑む。
俺には何故か。
そんな微笑む彼女の横に、蒼い瞳の大きな白い猫を見た気がした。

 その蒼い瞳に映るこの先の世界を、俺も一緒に見てみたいものだ

室内に暖かな何かがあふれる。
誰もが小さな微笑みを浮かべる。

「嗚呼。まったくもって」
だから安心した俺は、つい言ってしまった。

「私はシトレ提督の、匠(たくみ)達を、あの船から追い出すための『 悪タクミ 』に、すっかりハメられた。
 って訳ですか。 あははははははぁ………アレェ?」

 再び、場が凍りつく。



 風が凪ぎましたね……しくしく


 ****

 「おー。お帰り。おふたりさん!」
夕闇迫る。ハイネセン。
そのオレンジの光を浴びながら、俺とムライが宿舎に帰って来ると。
そこには死神がいた。

「今度は士官学校勤務だって? あたしも今度は軍医局派遣なんだよ。
 確か士官学校と軍医局ってお隣さんだったよなぁ。 素晴らしき偶然だなぁ」
サド軍医は相変わらずの巨乳を揺らしながら言う。

「偶然じゃねぇよぉ……」
「ああん。司令官なんか言った?」
「なんも言ってねぇよぉ! つか俺。もう司令官じゃねぇしっ」
 
「軍医長。君は何故、デブリーフィングに出席していなかったのだ?」
Mr.「秩序」が咎めるように言った。
「作戦が終わった後は、全員が集まり、反省や戦訓を交えた話し合わなければならない規則だ」
「んだよぉ。堅いこと言うなよぉ。あたしゃ、あの雰囲気苦手なんだよぉ。
 真面目くさった顔で、ああでもない。こうでもない。って。小難しい顔しちゃってサ。
 無事に生きて帰ったって事を、もっと素直に喜べってぇのっ」
「軍医長。規則は規則だ」

「まぁまぁ、ムライちゃん。 んなこと言いっこなし。 つか、あたしももう、軍医長じゃねぇしっ」
不意にサドがムライの腕に抱きついた。

 おおっ!
サドのその豊満な胸が、ムライの腕に押し付けられる。 ぷにゅぷにゅ。ぷにゅぷにゅ。
ええなぁ~柔らかそー。 くそっ。正直、羨ましいぜっっ。

「な、なにをする!?」
おバカが叫ぶ。 こんな幸福な状況にもかかわらず、おバカが、おバカな台詞を叫ぶ。

「いいから、いいから。 さっ、行こ、行こ!」
「い、行くって何処へ……」
 
狼狽えるムライに向かって、サドは、その名さながらに責め立てる。

「お前の家に決まってるだろぉ……」
「な、な、な、な、なっ」
「もちろん、ふたりっきりで………」
耳元で囁くように言う。 チラリと見えたピンクの舌が、セクスィぃぃぃ……
ムライは、身動きひとつできずに硬直していた。

「私は聞いたぞぉ……」
大原さやかばりの甘ったるい声で、サドは囁き続ける。
「私はなぁ…知っているんだ……」
「し、知っているって….いったい、何を……」
「お前の家には酒がある」
「………は?」

「そうだ。お前の家には酒がある!」
サドは片手を高く空に掲げると、満面の笑顔で叫んだ。

「グエン司令から聞いたんだ。お前の家には最高級の酒がある!」
「はいい?」 
「年代物のワインから、なかなか手に入らない洋酒、日本酒にいたるまで。
 それも、とてもひとりでは飲みきれない程の量があると!
 だから行こう。一緒に飲もう! 今夜はふたりで飲み明かそう!」
そう言うとサドはムライの腕に抱きつきながら、引きずるように歩き出す。

「ツマミのチーズやピクルスは冷蔵庫の中に。オイルサーディンやコンビーフ。ソーセージとかの缶詰は、水屋の右から三番目に。
 あと、クラッカーや黒パンなんかは、パックして二番目に入ってるからぁ」
去りゆくふたりに手を振りながら、俺はにこやかに声をかける。

「グエン、貴様ぁ!」
「おー、ありがとう、司令官」
「いやちょっと待て! おいっ、サド。 待ってくれ!」
「ふへへぇ。 やっと名前で呼んでくれたなぁ、ムライちゃん」
「い、いや、違っ。 そうではなくて」
「おふたりさん。 ごゆっくりぃ~」
「あいよ~楽しんでくるぜぇい!」
「サド。 おい。 だから……」
「しっぽりと仲良くねぇ~ひひひひ」
「ぷいにゅ、ぷいにゅ~ん」
「ちょ。おまっ。グエンっ。おぼえてろーぉ!!」
まだ何事かを叫び続けるムライの腕に、やっぱりその豊満なバストを擦り付けながら、サド軍医が歩いて行く。
その紅い髪が黄昏に染まり、幸せそうに揺れていた。

 そしてー


 天使の唄が響く。
 燃える自然に輝き、オレンジのぷらねっと と化したハイネセンポリスに、天上の謳声が響く。

目をやれば。
天使が友達と手をつなぎ、楽しそうに謳いながらやって来る。

「グエンくん!?」
「お帰り。ドールトン。 ぐっぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
みなさまのご期待通り。
飛び込んで来たドールトンは、そのまま俺の腕に、しっかりと噛み付いた。 しくしく……


「もう。それを言うのはこっちだよ」
よだれを拭く俺に、ドールトンはそう悪態をついた。

「お疲れ様。 グエン君。 お帰りなさい」
紫がかった銀の髪が、さらりと揺れた。

「ただ今。 いい子にしてたかい?」
その満面の笑顔が嬉しくて、俺もつい、はしゃいでしまう。
「もちろん。 彼女と楽しく過ごしてたわ」
ドールトンはそう言って、一緒に帰ってきた女の子に目をやる。

「こんにちは。 ドールトンが、お世話になったね。 ありがとう」
俺の挨拶に、その女の子は少し照れたように微笑むと、こう言った。


「初めまして。グエンさん。 私は、フレデリカ・グリーンヒルです」









 来タヨォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーォ! コレッ
 ヤン夫人 来タヨォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーォ! 早イッ
 早スギルヨォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーォ! ツカッ

   ネェコレ ドンナ死亡フラグ!?



        つづく       と思われます




 ><><><><><><><><

「For Your Eyes Only」=「他言無用」は、Brendam様のご示唆からいただきました。 ありがとうございます。 詳細は感想版にて!

また。前任者=じゃがいも士官(分かってくれますよね? 鹿馬)ネタは、悠さまからパクリました。

合わせて、お礼申し上げます。



[25391] 「銀河マーチ」 前編
Name: 一陣の風◆ba3c2cca ID:8350b1a5
Date: 2013/02/25 19:14
  フレアが燃えてる。星が瞬く。
  みんな知らない、我らの世界だ。
  銀河を呼ぼう! 銀河をつかもう!
  銀河のマーチを、歌うんだ!


  第13話「銀河マーチ」 前編


 ーピピピピッ

叫び始めた目覚まし時計を止め、私は目を覚ました。
軍人たる長年の習慣で、必ず六時には目が覚めた。
隣で寝る彼女を起こさないように、そっと体を動かす。

 ーまったく
何度言っても改めない。
寝るのなら自分のベッドで行け! と、何度も言っているのに。

気が付けば彼女はいつも私のベッドにもぐり込んでくる。
もぐり込んで、そして私の腕に抱きついて眠るのだ。

正直。私も男だ。
万がいち。万がいちにもー
間違いがあれば、どうするのだろう。
間違いでもあれば、どうする気なのだろう。

幸い、今までそんな間違いが起こった事は、一度としてない。
そんな軽率な行動を起こした事は、一度としてない。

そんな責任を取らねければならないような事は、一度としてしていない。

確かに。
責任を取るのは簡単だ。
責任を取るのは当然だ。

だが、物事には順序が…秩序がある。

結婚も。婚約も。
いやそれどころか、正式には交際もしていないのに、男女がひとつのベッドに同衾して良いわけがない!

だが、彼女はそんな私の思惑に気づきもせず、安らかな寝顔を浮かべ、私の腕にしがみついている。
だが、私はそんな彼女の穏やかな寝顔を見ると、何も言えなくなる。

 私は……


「ぎゃあああああああああああああっ」

遠くで。
正確には三軒先で。
微かな悲鳴が聞こえてくる。
今朝も悲鳴が聞こえてくる。

あれは我が盟友……いや悪友の朝の挨拶だ。
毎朝、鶏の鳴き声代わりに響く、目覚まし代わりの声だ。

彼女もまたアイツのベッドの中にもぐり込んでいるのだろうか。
またアイツにしがみつきながら眠っているのだろか。
また今は亡き両親の事を夢に見て、泣いているのだろうか。

それをアイツは、優しく抱きとめているのだろうか。
変わらず、添い寝させているのだろうか。
優しく甘噛みさせているのだろうか。


「・・・・・・うん…うにゃ・・・・・・はふぅ……」
そんなアイツの声に導かれたかのように、彼女が目を覚ます。
ゆっくりと目を覚ます。
起き抜けの、そのトロンとした瞳に私が映る。

「おひゃよ~ぉ」

うにうにと。
私の腕に顔を擦り付けながら、彼女は言う。

「おはよう」
私もつい、そう言って彼女の髪をなでてしまう。
そのウエーブのかかった、綺麗な紅い髪をなぞってしまう。
先程の思惑が霧散していく。


「晴れてる?」
「・・・・・・ああ」
カーテンの隙間から明るい光が差し込んでくる。
光が暖かな温もりを運んでくる。
その朝日に告げるかのように、私は答えた。

「今日もいい天気だよ。サド」


 ****

  フレアが燃えてる。星が瞬く。
  みんな知らない、我らの世界だ。
  銀河を呼ぼう! 銀河をつかもう!
  銀河のマーチを、歌うんだ!!

「銀河マーチ」
軽快なリズムと耳に良い歌詞。
それは自由惑星同盟「第二の国歌」とまで称される程の慣れ親しまれた曲。

そんな曲を鼻歌で歌いながら、俺は街中をゆっくりと走る。
吐き出す息が白い霧となって消えていく。
寒風が吹き抜けていくが、体はほどよく温まっていた。
毎朝恒例、健康管理のためのジョギングだ。

うん。変われば変わるものだ。
前世の俺ときたら、ジョギングなんてもってのほか。
仕事以外で動き回るのが嫌で、休みの日など、一日中、家の中でネットをしたりゲームを見たりして、一歩も外に出なかったものだが……

「なんだ。ご機嫌だな」
俺の隣を走る盟友。いや悪友が言った。
ムライ・F・ローレンス。

こいつと一緒に三十分かけて家の周りの数ブロックを、ゆっくりと一周する。
それが俺の毎朝の日課だった。

「分かるか?」
「そんなニヤついた顔をしていれば、誰にだって分かる」
途中、同じように走っている上官や下級官に会うが、敬礼はしない。
この時間はただ互いに軽く会釈して通り過ぎるのが、暗黙のルールだった。

「で、なにがそんなに楽しいのだ?」
「それは、禁則事項です」
俺は人差し指を立てながら答えた。
そんな俺の笑顔に、ムライは何も言わずに黙り込んだ。
きっと、俺の笑顔が眩しかったからだろう。


「それじゃあ、また後でな」
「……ああ」
ムライの家の前で別れる。
離れ際。

「さっき、とても恐しいモノを見た!」
家の中に入るなり、そう叫んだムライの声が聞こえてきたが……
うん? 何かあったっけ?


 ****

  空よりでっかい。空より蒼い。
  飛んで行こうよ、我らの世界へ。
  銀河を呼ぼう! 銀河をつかもう!
  銀河のマーチを、歌うんだ!!

銀河マーチの二番を口ずさみながら、シャワー室を出る。
体を拭きながら(スキンヘッドは、こんな時、楽だ)リビングに戻ると、そこではホットケーキの焼ける、良い匂いが漂っていた。

「グエンくん。朝ごはん、もうすぐ出来るよぉ」
毎晩、俺のベッドにもぐり込み。
毎朝、俺の手を噛み。
毎回、俺の腹を踏む超えて行く少女。
イヴリン・ドールトンが白いエプロンを揺らしながらそう言った。

「ほら。さっさと着替えてきてください」
「早くしないと、せっかくの料理が冷めてしまいますよ」
大尉と少尉がそう言う。

「だからなんでお前等、毎朝ここにいるんだ!?」
俺の怒号に、トリューニヒト大尉と、シェーンコップ少尉は、きょとん顔でこちらを見返した。


 トリューニヒト大尉
俺の副官。
おかしいだろ!? おかし過ぎるだろ!?
なんで少佐の俺に、大尉の副官がつくんだ!?
誰がどう見たって、おかしいだろ!!
これは絶対、彼の父親。
現・国防委員長で同盟議会第一党の、自由愛国党・副党首。
エリファズ・トリューニヒトが手を回したのだ。
もうこの時代でも軍人と政治家の癒着! が。
いや、いつの時代でもそうなのか……

つか、トリューニヒトはそろそろ軍を辞めて政治家になってもらわないと。
まさかこのまま軍人のままで、俺やヤンと共に戦う戦友。 なんて事はないだろうなぁ。
ちょっとそんな世界も見てみたいが「死んだらどうするぅぅ!」
そこまでの歴史改変を「ナニカ」は望んじゃいないだろう。

俺を転生させた「ナニカ」
俺をこの世界に放り込んだ「ナニカ」
こんな正史にもない、誰の知らない世界を俺に体験させている「ナニカ」
「ナニカ」はいったい俺に何をさせたいんだ!?


 シェーンコップ少尉
ついこないだまでは伍長だったのに。
おかしいだろ!? おかし過ぎるだろ!?
なんだこの異例な昇進の早さは!
ああ、分かってる分かってる。
つまりはそれこそが、彼の今までの「功績」によるものだ。 って事はな。

知力。体力。時の運。
そのどれを取っても一級品。二つ名でも付きそうなエキスパートだ。
だが……

 コイツ。どんだけヤバい事、やってきたんだ?

異例な昇進。
それは異例な功績を上げた「見返り」
特別な任務。特別な報酬。
それは……うん、きっと。
きっと。知らない方が幸せな事って。
きっと。世の中には沢山あるよね?

俺はシトレとの付き合いで、それを学んでいた。
きっとネ。 しくしく。


「にゃほ~司令官。おはよ~ん!」
ノックもせずに波打つ赤髪の女が、ムライの腕にそのでかい胸をすりつけながら入ってきた。

「だから俺はもう司令官じゃねぇから!」
再び怒鳴る俺に、サドは満面の笑顔を浮かべた。

赤毛の胸のでかい女。
サド・L・パッカナーレ。
「リューク・キャンセラー(死神返し)」の異名を持つ外科医。
その神技と呼べる手術の腕で、今までに死にかけの患者を何人も救ってきた。
陽気な美人。
けれど大酒飲みで、昼間から酔っ払っている変人。

同じく大酒飲みだが、生真面目で何の面白みのない男。
俺の「蜘蛛の糸」
ムライ少佐の家に入り浸っている、やっぱり変人。


「あ、先生。お早うございます」
ドールトンがエプロン姿でフライパンを持ったまま、サドに挨拶した。
「あ~イヴちゃん、おはよう。今日も可愛いわねぇ。お姉さんが抱きしめてあげるぅ。きゅっうう」
「きゃあぁぁぁ?」

その凶暴な胸に抱きしめられて、ドールトンがジタバタともがく。
くっそ~マジうらやましいぜ……って、おいおい。

「おーい。そこの少女好きのお姉さん。いい加減、ウチの娘、離してくれません? つか、窒息しちゃうよ」
「あらあら」
「へにゃあ~~~~ぁ」
顔を真っ赤にしたドールトンが目を回す。
凶器だ! あの胸は凶器に違いない!


「お早うございます」
トリューニヒトとシェーンコップが、サドとムライに敬礼する。
「おはよう」
「うにゃ~。おはよう、おふたりさん!」
ムライはきっちりと。サドは軽く手を振りながら。
それぞれに返礼する。

そのまま食卓につくとー
「いただきます」
和やかな朝食が始まった。


「いやだから、おかしいだろ! なにオマエ等、ひとン家で当たり前に飯喰ってんだ!!」

「宿舎の食堂は不味いんでね」
シェーンコップが律儀にホットケーキを切り分けながら言う。

「ドールトン嬢に誘われたもので」
ホットケーキにたっぷりと蜂蜜をかけながら、トリューニヒトが答える。

「うむ。良い匂いだ」
したり顔でホットケーキの香りを嗅ぎながら、ムライが唸る。

「うまうま・まるまる」
訳の分からない事を言いながら、サドがホットケーキにかぶりつく。


「全然、答えになっとらぁーーーーーん!」

「うるさいなぁ、グエンくん」
やっぱり絶叫する俺に、ドールトンが呆れたように言った。
「毎日、毎朝。同じ事言って、あきないの?」
「いやちょっと待て。なにその俺が悪いながれぶぎゃああああ」
「ふるふぁい!」

 ーがぶりっ と。

俺の手に噛み付きながら、ドールトンが言った。

「ふぃーの! ぐふぉんふぁ、ふぁんんふぇふぁふぇふぁほーふぁ、おひふぃい」
「いいの。ご飯はみんなで食べたほうが美味しい。だと?」
「ふぁんふぉーふぃ」
「その通り。だと?
 いや。だからと言って、何故、俺ン家なんだ!?}
「ふぉんふぉ。ふぉふぉんふぇふぁい」
「ホント。大人気ない! だと?」
「ふん」
「うん。だとぉ。おこちゃまめ!」
「ぎゃびゅ!」
「ぶぎゃらあうらあああああっ」

「ホント。毎日、毎朝。楽しいわねぇ」
サドの台詞に今朝も俺の家に笑い声があふれる。

 俺以外の………しくしく。


 ***

  孤独じゃないんだ。君もいるんだ。
  未来があるんだ。我等の世界は。
  銀河を呼ぼう。 銀河をつかもう。
  銀河のマーチを歌うんだ……

すっかりヤサグレてしまった俺は、「銀河マーチ」の三番を小さく歌いながら居間に移動すると、テレビをつけた。

「それではビビヤ公園事件の続報です」
浮かび上がった美人のニュースキャスターが、すまし顔で昨日起きた乱闘事件を報じていた。

「この事件における負傷者は、重体1名。重傷6名。軽傷121名。逮捕者は8名に及んでいます」

これは昨日。首都ハイネセン・ポリスのビビヤ公園で行われていた、反政府団体(おもに早期和平と、保証の充実を求める戦没者遺族の団体だ)の集会に、武装集団が襲いかかったというものだ。

「この件に関して政治結社『銀の星』と名乗る団体から犯行声明が出されておりー」

「この『銀の星』ってのは、自由愛国党の下部組織なんだろ?」
「確かに昔は党の支援組織でしたが……」
俺はホットケーキにバターを塗りたくっている、トリューニヒトに声をかけた。

「今は無関係です」
「本当かい」
「見ての通りですから」
山盛りのホットケーキを乗せた皿を持ったまま、トリューニヒトが俺の横に立った。

「あまりに過激過ぎて、党でも制御できなくなってきたんです」

「それによりますとー」
テレビに中の彼女は無表情に話し続ける。

「『我々、銀の星は愛国者の集団である。
 我々は、いかなる反政府・反戦活動も許さない。 卑劣で劣悪たる帝国主義者と、その同調者どもを総括し、粛清し、もって同盟の確固たる勝利への礎とするため、我々は武装闘争をも辞さない』
 との声明を出しています」


「こっちじゃもっと過激だよぉ」
行儀悪く、指についた蜂蜜を舐めながら、サドがネットのフォログラフイを浮かべ上がらせた。
「ほら、これ」
そこにはひとりの男の映像ととも、銀の星の『信念』と記された文章が書かれていた。 曰くー

「我らは銀の星の誇りにかけて、帝国主義者を見つけ次第処分する! 
 帝国主義者に裁判など不要である!
 法廷は我等の戦うべき戦場にあるのだ!
 いたるところに、人民の手で法廷を創り出せ!
 銃を持て!
 銃が裁判権を持っているのだ!
 卑劣なる帝国主義者ども。
 軟弱たる平和主義者ども。
 愚昧なる反自由主義者ども。 
 その唾棄すべき者達を粉砕し、征伐し、今こそ正義を我が手にするのだ!
 同盟万歳! 我等、銀の星に勝利の栄光を!」

「こいつ阿呆なのか?」
俺は浮かび上がる男の顔を見ながら思わず呟いてしまった。

「バンデル・メタリノーム。『銀の星』主催。コワモテだねぇ」
「元・陸戦隊大尉。戦闘で負傷除隊後、自由愛国党に入党。武闘派として頭角を現す」
「シェーンコップ少尉。知ってるのかい?」
「昔、誘われましたよ」
「誘われた?」
「ええ。一緒にやらないか? ってね」
「それ、やばぁい。やばぁいよ、シェンちゃん……」

「彼等のやり方はともかく、心情は理解できます」

「……それは本気で言っているのかね。大尉」
トリューニヒトの台詞に、ムライが無表情で訊ねる。
でも俺には分かった。 あ。こいつ怒ってる。

「はい。少佐。少なくとも軟弱な和平主義者より、彼等の同盟を思う気持ちは高尚です」
「…………」
「少なくとも自分と意見が違うというだけで、他人を問答無用で。しかも徒党を組んで襲うような奴等が、人間的に高尚だとは、とても思えんがな」
黙り込むムライの代わりに、俺が言う。

「奴等のような人種の危険性は、目的が正当であるならば、どんな手段もまた正当化される。 と、妄信してしまう事だ」
「そんな事は……」


「また彼等はその声明文の中で『今後、我々は武闘化をさらに押し進め、反社会的な団体、企業を標的とした聖戦を先鋭化させていく』とも述べており、当局では警戒を強めています」

タイミングよく?
アナウンサーがそう告げた。

 沈黙。
ちょっと気まずい雰囲気が漂う。
非難するような瞳が俺に集中する。
あれぇ? 俺のせい? 俺が悪いのか?
ぼ、僕は悪くない!


「はいはいはい。そろそろ出ないと、みんな遅刻するよ」
ドールトンの声が響く。

「あ。ヤバい、ヤバい」
俺はあわてて残ったホットケーキを口に放り込むと立ち上がった。
つられたように、みんなも一斉に動き出す。
空気が元に戻った。 やれやれ。
俺は感謝を込めて、ドールトンの髪をなでようとしてー

 ぎゃぶりっ。

やっぱり噛み付かれました。 しくしく。
 

 ****

「おはようございます。グエン少佐」
玄関を出た俺達に、ふたりの女性が声をかけてくる。
「グランマ!」
ドールトンが片方の女性に駆け寄り、しがみついた。

「あらあら。イヴちゃん。お早う」
そんな彼女をグランマ こと、アキノ大尉は微笑みながら、優しく抱きしめてくれた。

グランマこと天椎 秋乃(あまつち あきの)大尉。
総撃墜数400機を越す撃墜王。
年齢のため、すでに第一線からは退いたものの、その卓越した空戦技量と、明晰なる頭脳からなされる空戦理論。
そして誰彼構わず(階級さえも無視して)優しく微笑みを浮かべ接するその人間性故に、すべてのパイロットから、「偉大なる母・グランド・マザー」と呼ばれ、慕われていた。

「ザキお姉ちゃんも、おはよう」
グランマに抱きついたまま、ドールトンがグランマの隣に立つ痩身の女性に手を振る。

「おはよう、ドールトン嬢。今日も元気だね」
「私の事はイヴリンでいいよぉ、ザキお姉ちゃん。
 うん。私は今日も元気、元気!」
そんな満面のドールトンの笑みに、ザキ大尉も照れたように微笑みを返す。

 ザキ・ヴァシュタール大尉
現役スパルタニアン・パイロット。
古くからの戦友。
痩身な美人。腰までかかる長い黒髪。
切れ長な目。引き締まった唇。
そしてなによりも凄みを増すのが、その額に刻まれた十字の傷。
「ヴァシュタールの悲劇」と呼ばれる、壮絶な傷跡。
そしてそれは彼女は意思と強さと気高さの現れ。
現在最高のエースパイロットのひとり。

ふたりとも俺と同じく教官として士官学校に赴任していた。
そんな二人が、ドールトンと一緒に笑っている。

 -不思議だ。

俺は思う。
彼女の……ドールトンの笑顔は伝染する。
彼女の笑顔を見た者は誰でも、同じように微笑を浮かべる。
同じように楽しげ微笑む。
きっと、それが彼女の……


「イヴリン!」
少女の声が響く。

「気をつけ!」
同時にトリューニヒトが声を上げた。
俺達は姿勢を正すと、そろって敬礼する。

「おはよう、諸君」
敬礼の先。
そこには俺達の上官であり、士官学校の教頭でもある、ドワイト・グリーンヒル大佐が、愛娘のフレデリカと共に立っていた。


「おはよう。フレデリカ」
ドールトンとフレデリカがハイ・タッチを交わす。

「ねえねえ。ニュー・フラーリ広場の近くに、新しいお店ができたの。放課後、行ってみない?」
「わあ、行きたい行きたい。ねぇ、グエン君。行ってもいい?」
「はいはい。あんまり遅くならないようにな」
「わひ。ありがと」
「それと……」
「にゅ?」
「知らない人に付いていかないように」
「はぁ?」
「お菓子あげるからって言われても、良いトコに連れてってあげるからって言われても、付いて行っちゃダメだそ」
「ぎゃぶり!」
「ふぎゃあああああああああああああああっ」

「毎日、毎朝。イヴちゃん家は楽しいね」
「…それならば、お前も、か…噛み付いても良いのだぞ」
愛娘の笑顔に、グリーンヒル大佐の親バカ発言が炸裂する。

 うーん。
この人が後に、クーデターの首謀者になってしまうのか……。
人生って不思議だなぁ、


「じゃあ、行ってきます」
ドールトンがフレデリカと仲良く手をつなぎながら元気に走り出す。 と、思ったら、急に引き返してくると、そのままトリューニヒトに近づき、何事かを耳打ちした。

「了解です、ミス・ドールトン。お気遣い、ありがとう」
「うん。こちらこそ、ありがとう。じゃ、またね」
そう言うとドールトンは、トリューニヒトにハグすると、その頬にキスをした。

 ーなっ!?
まさかそんな? お、お父さんは許しませんよ!

「じゃ、改めて行ってきまーす!」
フレデリカと手をつなぎ、再び走り出すドールトン。
彼女の長い銀の髪が、天使の羽のように朝日の中、踊っていた。

「大尉。ちょっと話があるんだけど」
「はい?」


 ****

  フレアが燃えてる。星が瞬く。
  みんな知らない、我らの世界だ。
  銀河を呼ぼう! 銀河をつかもう!
  銀河のマーチを、歌うんだ!!

結局、トリューニヒトはあの時、どんな会話がなされたか、口を割らなかった。
ただ、ニヤニヤと笑いながら首を振るばかり。
 いーモン。いーモン。
もしドールトンが将来、トリューニヒトと結婚したいって言ってきたらその時は、艦隊全力で抹殺してやる!

「グエン教官。ちょっと来給え」
その時の事を妄想しつつ、俺が教官室で鼻歌など歌っていると、教官首座の男が俺を呼びつけた。

「はい、中佐」
俺はそいつの前に素早く移動する。
彼の名はー
 アーサー・リンチ。

そうだ。のちに「エル・ファシルの英雄」ヤン・ウェンリーを生み出す原因となった男。
のちにラインハルトの甘言に乗って、同盟に反乱を起こさせる張本人。
最初に会った時、思わず首を締めようとした事は、日記の秘密だ。
史実じゃ、それなりに優秀な人物として書かれていたような気もするが、実際のリンチは、ハナから嫌な奴だった。

細かい事は、ねちねちと言うくせに、肝心の所は部下に丸投げ。
何かあっても責任は取らず、保身に走る。
そのくせ、功績は独り占め。
自己中な小心者。
何故こんな奴が将官にまで出世するのか。

今でもその口元に薄笑いを浮かべ、おもねるようリンチは言った。

「来年の入校予定者の件は聞いていると思うが」
「はい、中佐」
「私と話をする時は気をつけだ!」

 ーぴしっ と、俺は姿勢を正す。 ちっ……

「予備試験で常に首位の学生を知っているか」
「マルコム・ワイドボーンの事でしょうか」
「そうだ」

そうだ。
そうだ。
そうなのだ。

「来年度。彼が本校に入学した際。彼の指導教官は私が直接務める。よろしいか」
「はい。中佐」
「貴様のような『アタマノ螺子ガ緩ンダ』奴に、彼のような逸材は任せておけんからな」
「はい、中佐」
「うむ。伝える事はそれだけだ、さがってよし」
「失礼します」
俺は敬礼し、180度回頭すると、自席へと向かった。

同僚達が憐憫の眼差しで俺を見ている。
きっと、俺の顔がこわばっていたからだろう。
リンチの理不尽な物言いに怒りのあまり、俺の顔が引きつっているように映ったのだろう。

だが俺は、笑いをこらえるのに必死だったのだ。
これが。これこそが俺の最近の上機嫌の理由。
つい「銀河マーチ」を口ずさんでしまう理由。

だってさ。彼が来るのだ。
そうだ。彼がやって来るのだ。
やっと彼に会えるのだ。

ワイドボーンの同期生。
「銀河英雄伝説」同盟側の主役。
我等の憧れ。
「魔術師」「奇跡」の、ヤン・ウェンリーに!

これが笑わずにはいられよか。
リンチがワイドボーンの指導教官になる?
結構、結構。好きにやっとくれ。
その間に俺は、ヤンとジャン・ロベール・ラップに唾つける……もとへ。よしみを結んでおくぜっ。

  空よりでっかい。空より蒼い。
  飛んで行こうよ、我らの世界へ。
  銀河を呼ぼう! 銀河をつかもう!
  銀河のマーチを、歌うんだ!!

再び「銀河マーチ」を口ずさみながら自席に向かう俺に、同僚達の目は、怯えたように震えていた。


 ****

 ーキンコン・カンコ~ン♪

俗に「ウェストミンスターの鐘」と呼ばれるチヤイムの音が響き渡る。
まぁ、それに関しては諸説あるそうだが、今のフレデリカには、そんな事どうでもよかった。
大切なのは、今日はこれで授業が終わり、これから友達と一緒に買い物に行ける。 と、いう事だった。

「行こう!」
そう言って手を差し出してくる彼女。
「うん」
その手をつかむと、仲良く教室から駆け出す。

「こらっ。廊下を走るな」
そんな先生の声に「ごめんなさい」と答えながら早歩きになる。
けれど角を曲がり、先生の目が届かなくなると再び駆け出す。
「えっへっへっ~」 と笑い合いながら。

フレデリカは手を見る。
つないだ彼女の手を見る。
しなやかで、柔らかくて。暖かなその手。
イヴリン・ドールトンの手をしっかりと握り締める。

去年、学期途中で転校してきた彼女。
少し紫ががった銀色の髪。碧の瞳。褐色の肌。
いつも笑顔を絶やさない、その表情。
生きている ーって事を感じさせるその快活な行動力。
そして細やかな気配りができる、その優しい心。

そしてなによりも驚かされたのはその謳声。
初めて彼女の謳声を聞いた時は驚いた。

 セイレーン。
その歌声で船乗り達を魅了し、多くの船を遭難させたと言われる、大昔のお話しに出てくる怪物。
クラスメイトはおろか、音楽の先生までもが、そのセイレーンのような謳声に魅せられ、彼女が謳い終わった後も、しばらくは身動きひとつできなかった。

やがて聞こえてる拍手と歓声。
ふと気がつくと、学校はおろか、ご近所のお家や道行く人達も、こちらを見ながら拍手と歓声を上げていた。

「お店はあっち?」
そんな天上の謳声を持った彼女が、その可愛い唇から言葉を紡ぐ。

「うん。もう少しだよ」
フレデリカと、ドールトンはすぐに仲良くなった。
まるでナニカに操られたかのように、ふたりは出会い、親友になった。

「えっへっへぇ。楽しみ」
満面の笑顔を浮かべるドールトン。
親友のその笑みに、フレデリカも知らず知らず笑顔になる。 本当に彼女の笑顔は不思議だ。
誰もがその笑みに触れると、幸せな思いを抱く事ができた。


「ここよ」
「わあっ、可愛い」
そこは小さなアクセサリー・ショップだった。
店内に並べられているのは、手作りの小物をメインとした、リーズナブルでとても可愛らしい品物ばかりだった。

「ここはね、戦争で家族を亡くした人達が集まって作ったお店なんだって」
「そう…なんだ……」
ドールトンの顔が少し曇る。
「このお店は、お父さんが教えてくれたの。一度行ってごらんって」
けれど幼いフレデリカは、そんなドールトンの表情には気付かず、どこか誇らし気にそう言った。


「うあわ。フレデリカ見て。このヘアピン。あなたにきっと似合うわ」
そんな気配を振り払うかのように、ドールトンが元気な声を上げる。

「ねえねえ。こっちのリボンは、イヴリンの髪にきっとぴったりよ」
「っじゃ、このヘアピン。フレデリカにプレゼントするわ」
「じゃあ、このリボン。イヴリンにプレゼントするね」

 ーくすくす 
と、笑い合いながら、レジへと向かうふたり。
料金を支払い、互いに互いの品物を渡し合う。

「似合う?」
我慢しきれず、買ったばかりのヘアピンを付けるフレデリカ。
「うんうん。すごく似合うよ」
「えへへ。ありがとう。じゃあイヴリンも……きゃっ!?」

突然、奥から出てきた男がフレデリカを突き飛ばし、謝罪もせずに店の外へと走り去って行った。

「フレデリカ大丈夫?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
差し伸べられた手につかまりながら立ち上がったフレデリカが、ドールトンに感謝する。

「お嬢さん、大丈夫?」
店員の女性が声をかけてくれた。
「あ。はい。大丈夫です。ありがとうございます」
「こんな可愛い女の子を突き飛ばしておいて、謝りもしないなんて、失礼な男ね」
「いえ。あの本当に大丈夫ですから……イヴリン?」
なおも怒っている店員に礼を言って、その場を離れようとしたフレデリカは、親友が男が出て来た店の奥を、じっと凝視している事に気がついた

「今の男……」
「今の人がどうかしたの?」
「あいつ。どこかで見た顔だわ」
「知ってるの?」
「ううん。でも何処かで……笑ってた」
「え?」
「あいつ笑ってた。嫌な薄い笑い。アンドレアヌフスみたいな……」
「アンドレ……え?」
突然、ドールトンが店の奥へと駆け込んで行く。

「ちょ。イヴリン何処行くの」
あわてて後を追う、フレデリカ。
「お嬢さん達。そっちは入っちゃダメよ」
さっきの店員さんが追いかけて来る。

「イヴリン、どうしたの?」
バックヤードの中で、何かを探すように視線を彷徨わせるドールトン。
「イヴリンってば」
「お姉さん。ここに不自然なモノはない」
「え?」
そんなフレデリカに見向きもせず、ドールトンが店員に訊ねる。

「不自然なモノ?」
「例えばさっきまでなかった紙袋とか、ダンボールとか……」
「ええ? んと…ちょっと待ってね」
不審気に。けれどその店員は真剣に探してくれた。

「これは、なんだろう」
店員は一番奥の床の上に、無造作に置かれているカバンを示した。
「こんなカバン初めて見るわね…今朝にはなかったし……」
「待って!}
持ち上げようとする店員を止めて、ドールトンはゆっくりとチヤックを開ける。 そこにはー

 ー180・179・178……

規則正しく数字を減らしていく、毒々しい赤い輝きを放つタイマーが……

「お姉さん。みんなを外に出して!」
「え?」
「これば爆弾よ! 早くっ、早くみんなを外へ!」
「ば、爆弾!?」
「イヴリン?」
「……くっ。あいつ…銀の星の……今朝のテレビの……」
「爆弾って…本当なの?」
「急いで! お姉さん。フレデリカ。あなたも早く!!」
その剣幕に気圧されるように、フレデリカと店員はバックヤードから店の中へ。

「みなさん、すいません。緊急事態です。今すぐ店から出ていただけますか」
店員が店内の客に声をかける。
幸い、客はほんの三・四人。
みな、訝りながらも素直に店の外に出てくれた。

「お姉さん、ありがとう」
「いいから。さぁ、あなた達も早く」
三人そろって急いで店を出る。 けれどー

「あ。しまった」
そう言うと、ドールトンは身をひるがえした。
「お嬢さん!?」
「イヴリン、どうしたのっ」
「忘れ物っ」

「イヴリン!」
「だめ!」
追いかけようとするフレデリカを店員が羽交い絞めにする。

「いや。イヴリン!」
フレデリカは店の中に消えた親友に手を伸ばす。
その手の先でー

 爆発した。





        「中編」につづく


 <><><><>><><><>

♪ そーら行けぇ、キャプテン・ウル……なんでもない。

恥ずかしながら帰ってまいりました! 
「銀河マーチ」前編を、お届けします。
元タイトルは「パトリオット達の遊戯」でした。 相変わらず、ミエミエですね(鹿馬
実は本作。見切り発車です。
まだ全編書き終えていません(構想はちゃんと出来てるんだよ。ホントだよ(涙))
したがって、完結するのはいつになるやら…生温い目で見守っていただければ幸いです(ジャンピング土下座)

 それでは次回も、どうかご贔屓のほどを。 



[25391] 「銀河マーチ」 中編
Name: 一陣の風◆ba3c2cca ID:8350b1a5
Date: 2013/03/20 00:49

 ーピッピッピッ
  シュゴゥ・シュゴゥ・ショゴゥ
  ピッピッピッ
  シュゴゥ・シュゴゥ・ショゴゥ
  ピッピッピッ
  シュゴゥ・シュゴゥ・ショゴゥ……

心臓モニターと酸素吸入器が立てる無機質な音が、無機質なICU(Intensive Care Unit)=集中治療室の中に響く。

俺はなすすべもなく、ただその音を聞いていた。



  第14話「銀河マーチ」 中編



「頭蓋骨骨折。脊髄及び内蔵損傷。DBⅢ度の熱傷(やけど)が全身の40% GCS(Glasgow Coma Scale)3……」
医師が無味乾燥に告げる。

「あと右腕。両足が骨折。右目、右耳も損傷」
「……助かるのか」
俺は沢山のチューブにつながれ、包帯にまみれ、身動きひとつせずに横たわる少女。
イヴリン・ドールトンから目を外らせなかった。

「……分からない」
医師が…サドが無感情に言う。

「この歳でこれだけの傷を負った事例はそうない。
 けれど今までにもっと酷い傷を追って助かった子もいる」
「それは助かったというだけで…必ずしも五体満足ってワケじゃない。そうだろ」
「……ええ」
サドは淡々と言葉を紡ぐ。
「四肢損失。あるいは車椅子。最悪は植物化ね」
「おい、サドっ」
美しい外科医に寄り添うように立つ、ムライが声を荒げた。

「いや、いいんだムライ。サド。正直に言ってくれて、ありがとう」
「……礼を言われるような事はしていないわ。ともかく、ここ、二・三日が峠ね」


 こんなハズじゃない
 こんなハズはない
 こんなハズがあるわけない

不意に俺の胸に「何か」が渦巻く。

 ここで
 こんな所で
 こんな時間で

 ドールトンが死ぬハズがない!

「何か」はドス暗い渦となって、俺の中を駆け巡る。

 そうだ。ドールトンは今、死ぬハズがないんだっ。

彼女はこのまま大人になって。
軍人になって。士官になって。
男に騙されて。復讐しようとして。
船団を暴走させて。みんなを道連れにして。
恒星に突っ込もうとして。失敗して。
自らその命を断つ。

 そんな事させるか!!!

そんな事は俺がさせない。
何があっても!
どんな事があっても!
絶対に俺がそんな事はさせない!
彼女にも幸せになる権利があるんだ。だから。
だからー

「……頼む」
「グエン司令?」
「頼む、サド。ドールトンを助けてやってくれ。
 彼女はまだ死ぬには早すぎる。
 早すぎるんだ! こんな場面で死ぬなんて。
 こんな時間に死ぬなんて。
 そんなハズはない! そんなハズないんだ!
 サドっ。だから頼む。
 彼女を助けてくれ! 
 使えるのなら、代用できるのなら、俺の目で耳でも内蔵でも、なんだって使って構わない。だから…だから頼む!」
「再生医療も進歩しているわ。生きた人間から臓器を取り出す必要はないわよ。それに」
「それに?」

「あなたと彼女は血がつながっていない。あなたの臓器を使っても、拒絶反応が起きるだけだわ」

 ー他人なのよ
そう言っているのだ。

「おい。サド!」
ムライは本気で怒っていた。
けれどサドはー

「まあ、最善を尽くすわ……」
無表情にそう言うと、ゆっくりと病室を出て行った。
とまどったように、ムライがその後を追っていく。


俺は、視線を落とす。
視線を落とし、ベッドの上で包帯にぐるぐる巻きにされたドールトンを見る。

 スパゲッティ
医療関係者の間で交わされる隠語のひとつ。
何本ものチューブにつながれ、患者がまるでスパゲッティに絡まったように見える事から、そう呼ばれるらしい。
今のドールトンはまさに、そんな状態だった。

その細い小さな腕に何本も突き刺さったチューブ。
酸素マスク。
全身に巻かれた包帯。

綺麗だった銀色の髪はすべて刈り取られ、俺と同じスキンヘッドになってしまった彼女の小さな顔。
固く閉じられた左目。折れた鼻。もの言わぬ唇。
謳う事のない、乾きひび割れたその唇。

幾重にも巻かれた白い包帯。
紫色に醜く腫れ上がった顔や体や腕や足。
それを隠すかのように巻かれた幾重もの白い包帯。
ただ、白い。白いだけの包帯。

俺にはその白が。
褐色の彼女の肌に巻かれたその白が、赤より何倍もの凶悪な色に見えていた。


「そのまま。そのままで良い」
部屋に入って来た人影に、反射的に立ち上がろうとする俺を、シェーンコップと共に、愛娘とひとりの少女を連れて入ってきた、グリーンヒル大佐が止めた。

「グエン少佐。娘と彼女が、君に言いたい事があるそうだ」
「はい?」
「あの…私、グエンさんに謝りたくて……」
「ミス・グリーンヒル?」
「フレデリカでいいです。グエンさん。
 あの…あの時。爆発の時。イヴリンが怪我をしたのは、私のせいなんです……ごめんなさい」
「どういう…ことですか……」
「彼女は…イヴリンは、それを取りに戻ったの」

フレデリカはドールトンの左手にしっかりと握り締められている紙袋を指し示した。

「私があげたリボン。それには私がイヴリンにプレゼントしたリボンが入っていたの。イヴリンはそれを取りに戻って、爆発に巻き込まれたの。
 だから…だから、ごめんなさい」
絞り出すように言葉を紡ぐ、フレデリカ。

「イヴリンが…彼女が怪我をしたのは私のせいななんです。
 私が…私がそんなモノ、プレゼントしなかったらイヴリンは……」

「ありがとう」
「……え?」
フレデリカの涙声を、俺はそう言って遮った。

「ドールトンに素敵なプレゼントをしてくれて、ありがとう」
「グエンさん……」
「だからフレデリカくん、お願いする。
 彼女が元気になったら、またそのリボン。プレゼントしてやってくれないか」

俺は改めてドールトンの左手を見る。
紙袋をしっかりと握り締めている左手を見る。
だがその紙袋は黒く焼け焦げ、穴が空き、底が抜けていた。
ドールトンは紙袋の切れ端だけを握り締めているのだ。

「その時は私が責任をもって、同じリボンを用意します」
もうひとりの見知らぬ少女が言った。
「……あなたは?」
「失礼しました。私はあの店の店員です」
ロースクール生と思われる彼女は、歳に似合わずしっかりとした態度で言った。

「私は、ジェシカ。ジェシカ・エドワーズと申します。アルバイトとして、あのお店のお手伝をしていました」
俺はまじまじと彼女の顔を見てしまった。
こんな状況でなければきっと、腰を抜かし、椅子から転げ落ちていた事だろう。

この聡明そうな少女が、後のラップ夫人(実際は婚約までだったかな?) ヤンとの淡いロマンスを交わす女性。 スタジアムの悲劇……

「彼女のおかげで、けが人は出ませんでした」
彼女が言葉を紡ぐ。

「店は全壊しましたが、けが人は誰もでませんでした。彼女を除いては……ありがとう」
ジェシカはベッドの上に横たわるドールトンに頭を下げた。


「ミス・エドワーズの話によると、爆弾を最初に見つけたのは、ドールトン嬢だったそうです」
傍らに立つシェーンコップが、淡々と告げる。

「店から飛び出していった男を不審に思った彼女が、バックヤードを探してみると、そこで爆弾の入ったカバンを見つけたそうです」
「イヴリンはその時言ってました。その男の人。今朝見た顔だって。銀の星のって。それから……」
「ん?」
「その人は、薄笑いを浮かべていたって。まるでアンドレ…なんとかみたいだって」

俺とシェーンコップはそっと顔を見合わせた。
 アンドレアヌフス
そうか。彼女は。ドールトンは。
まだあの時の事を……


シェーンコップに付き添われて、グリーンヒル親子とジェシカ女史が帰って行く。
ひとりになった俺は携帯端末をそっと開いた。
そこにはまるでタチの悪い冗談のように「For Commander Eyes Only」と書かれたファイルがあった。

 ー シトレ校長からです。

そう言ってシェーンコップからそっと手渡されたファイル。
『読後、完全削除の事』
最後にそう書かれたファイル。

なんのつもりでコレを俺に手渡したのか。
石の狸のシトレめ……だが。
俺は感謝した。
俺のやるべき事を示唆したシトレに感謝した。

例えそれが、彼の手の上で踊らされていると分かっていても。
例えそれが、ナニカの手の上で踊らされていると分かっていても……



「グエン少佐。父です」
トリューニヒトがひとりの紳士を伴って現れた。

「初めまして。グエン・バン・ヒュー少佐。いつも息子がお世話になっています」
現・国防委員長。自由愛国党・副党首。
エリファズ・トリューニヒトは俺に慇懃に頭を下げた。

 ーお父上にお会いしたい と。
俺はトリューニヒトに頼んでいたのだ。

とまどう彼に俺は。 
 ー本件にお父上が関わっていない事は知っている。その上で、エリファズ議員と個人的に話があるのだ。と。
無理を承知で頼み込んだのだ。
トリューニヒトは道理を引っ込めてくれたらしい。 


「単刀直入にお聞きする。バンデル・メタリノームは何処にいますか」
ふたりっきりで話がしたいと、息子にまで席を外させて、俺とエリファズは向かい合った。

「これはいきなりですなぁ」
エリファズは人好きのする笑顔を浮かべながら答えた。
「ですが残念ながら、私は知らないのです。
 確かに私と彼とは昔、同志として活動していました。ですが、今はまったくの無関係です」
ニコニコと笑いながら言う。

「ならば調べていただきたい」
「ですから私は無関係だと……」
「銀の星が長年、あなたの私兵として行動していた事は分かっています」
「……なんですと?」
「確かに最近、彼等とは関係を絶たれたようですが、まだ、連絡手段はあるのでしょう?」

「少佐、いったい何をおっしゃっているのですかな。私は……」
「確かに今回の件は、あなたも知らない彼等の暴走だったようですが、彼等があなたとの関係を完全に絶ったわけではないのでしょう?」
「少佐。発言には気をつけた方がよろしいかと」
エリファズの笑顔が変化する。
微笑みながら、しかし目は笑っていなかった。

「彼等が私の私兵だったとか、彼等と私が今も関係を持っているとか。
 言いがかりもはなはだしい!
 なんならあなたを名誉毀損で訴えてもよろしいのですぞ!」

「これは、とある情報です」
けれど俺は臆する事なく、シトレからもたらされたファイルを示す。
「これには今も緊密にあなたと連絡を取り合う、バンデルとのメールや会話が記録されています」

「な…に……」
エリファズが初めて動揺する。
「さらにこれには、かつての銀の星に対する資金提供の流れも記されています。自由愛国党ではなく、あなた個人の口座からのね」
「これは軍が調べたのか…」
「情報の出処はお教えできません。けれど…もうお分かりでしょう」

「これは違法行為で得られた情報だ。なんの法的拘束力もない。こんなモノで私を脅そうとするなどー」
真っ赤になって怒り出すエリファズ。

「うるせぇえ!」
もうダメだった。
もう我慢できなかった。
俺は抑えきれぬ感情と共に立ち上がり、彼を怒鳴りつけた。

「てめえがこの事件にどう関わり合いになっているかなんざ知った事か! でめえの立場だとか政治生命だとかも知ったこっちゃねぇんだ!」
 
『アタマノ螺子ガ緩ンダ』男、そのままに。
俺は怒り、吠え立てた。

「俺が知りたいのは、ただひとつ。
 ただひとつの事だけなんだ!!」
エリファズが棒でもを飲んだような顔になる。
きっと彼も帝国貴族のように、相手を怒鳴る事はあっても、相手から怒鳴られる事はなかったのだろう。

「そ…それはいったい……」
度肝を抜かれたように、エリファズが呻く。

「バンデル・メタリノームの居場所を教えろ」

「だから私は・・・そ、それに、そんな事をすれば私や党にあらぬ疑いが……」
「彼女の姿を公開するぞ」
「なに?」
俺はベッドに横たわるドールトンを指し示す。

「チューブにつながれ。醜く歪み。ボロ切れのようになって横たわる彼女の姿を、このファイルと一緒に全世界…いや、全銀河に公開するぞ!
 そうなれば、貴様はおろか、自由愛国党もただじゃすまねぇ!」

「しょ、正気か、君は? 自分の娘をダシにして。
 しかもこんな強迫めいた事をして。君の将来は……」
「知るかそんな事!」
俺はエリファズの胸ぐらをつかみあげた。

「いいかよく聞け、このクソ野郎。彼女が死ねば俺はこの世界をぶっ潰す。未来を、ぶっ壊す。
 簡単だ。そんな事は簡単なんだ!」

俺は叫ぶ。

「殺すぞ。ヤンを殺すぞ。
 ヤンを殺して、この世界の未来を終わりにしてやるぞ!」

それは禁句。
この世界における絶対の禁句。
この世界…物語の根本を揺るがす、絶対の禁句。
転生者としては絶対に言ってはならない、究極の禁句。


「ヤンって誰だ……」
エリファズがとまどったように呟く。

「おい、聞こえるか! 聞こえているか、このクソったれ! 俺は本気だぞ。ヤンを殺して、本気でこの世界を。この物語を終わらせるぞ!」

だが俺は叫び続ける。
最早完全に俺の台詞はエリファズを通り越し、その背後ににいるナニカ。上から見下ろしているだろうナニカに対するものになっていた。

「ヤンを殺した後。ヤンがいなくなった後。
 この世界がどうなろうと知ったことか!
 この世界の未来がどうなろうと知ったことか!
 とっととラインハルトの軍門に下るか、トリューニヒトに喰いものにされるか。
 なんとでも好きにしやがれ!
 俺は本気だ。本気でヤンをぶち殺すぞ!
 そんな話が嫌なら……そんな未来を望んでいないのなら……
 彼女を返せ。
 ドールトンを…イヴリンを返してくれ!!」


後にその回想録で、今日この日の俺との会合を「アタマノ螺子ガ緩ンダ」男との会話。と、記す事になるエリファズはその中でー

『この時。私はまだヤン提督の名前も知らず、ラインハルト皇帝の名前も知らず。ましてや喰いものにするとは何の事だと、ただただ、とまどうだけであった。
 けれどそう言われた時。何故か私は彼の言葉に絶対に従わなければならない。という気がしたのです』

と、述べている。
俺の言葉はしっかりと届いたようだ。


 
 ****

「後でまた連絡する……」
毒気を抜かれたように。
そう言って病室から出て行くエリファズ。
すれ違う息子の何か言いたげな視線にも答えず、彼はそのまま出て行った。

「今のは自由愛国党の、エリファズ・トリューニヒト議員ですよね」
「君は誰だ」
入れ替わるように、またひとりの男が現れた。

「失礼しました。ヘラルド・ハイネセンの記者です」
「……トップ屋か」
「こりゃまた随分古い呼び方をなさいますね。ヨブ・トリューニヒト大尉」
男は笑いながら名刺を差し出した。

「で、彼がここに来たという事は、今回の件にはやはり、トリューニヒト議員が関係しているので?」
「ノーコメント」
「おや。という事は、息子さんは父親の関与を否定しないのですね?」
「ノーコメントだ」

「はいはい。ノーコメントですね。まぁいいでしょう。
 そうだ。コメントと言えば、さっき、今回の事件について、銀の星がコメントを出しましたよ」
黙り込むトリューニヒトに構わず、記者は続けた。

「それによると『本日、我々は正義を執行した。軟弱なる反戦主義者の巣窟を実力によって粉砕した。これからも銀の星は正義を執行する』だそうです」
「謝罪は……」
かすれた声でトリューニヒトが訊ねる。

「はい?」
「ドールトンには……怪我を負った彼女に対しての謝罪の言葉は?」
「ありません」
「クソ野郎……」
思わず口走るトリューニヒト。
だか記者は構わず、話を続ける。

「なるほど、怪我を負った少女の名前は、ドールトンと言うのですか。フルネームは?」
「君に教える義務はない!」
「ふむ。まぁ、それはこちらで調べますよ。なに、簡単な事ですから」
「貴様っ!」
「よせ、大尉」
「しかし少佐……」
俺はトリューニヒトを止めた。
でないと彼は本気で記者に殴りかかっていただろう。
ドールトンのために。

 ……素直に嬉しいよ。ありがとう。


「いいんだ、大尉。ところで、Mr.パトリック」
「はい?」
俺はワザと記者を名前で呼んだ。

「先に聞いておきたいんだが、君は今回の事件をどう捉えているのかな。ただのゴシップ的な興味本位か?」
「ええ。確かにその側面は否定しません。ですがー」
俺の言葉にパトリックは、ムっとしたように答えた。

「ですが、この事件は、それだけでは終わりません。いえ。終わらせられません。
 何故、銀の星はこんな事件を起こしたのか。何故、無差別テロとも言える、今回の事件を銀の星は引き起こしたのか。それにー」
パトリックは、トリューニヒトに視線を飛ばしながら言った。

「自由愛国党…いや、エリファズ・トリューニヒト議員の保護を外れた彼等は、何処から援助を受け、何処から、どんな指令で動いているのか。私の興味はそこにあります」
ああ…コイツは知っているのだ。

エリファズとバンデルとの関係を。
銀の星と、奴等の関係を。
ちゃんと調べた上で、彼はここに居るのだ。

「なによりもー」
次にパトリックはベッドの上のドールトンを見る。

「あんな、いたいげな少女を巻き込んでまで事件を起こした彼等の正義は何処にあるのか。そこまでして、彼等は何を主張したいのか。
 私はそれを知りたい。
 私はそれを調べたい。
 ……私にだって娘や息子はいますからね」

 三人の娘と、ひとりの息子がね。

「分かった」
俺はパトリックにひとつの情報を与える事にした。

「とある宗教団体を調べてみたまえ」
「宗教団体?」
「今はそれだけしか言えない。だがー」
「だが……なんです?」
「だが、その情報はいずれ、君のご子息が提督になった時にも、必ず役に立つだろう」

俺の予言めいたその台詞に、パトリック記者は、ポカンと口を開けた。


「もういいだろ」
まるでつまみ出されるように。
パトリックがトリューニヒトに連れ出されていく。
俺は改めて手元に残った彼の名刺を見た。
そこにはこう記されていた。

 『フリージャーナリスト
    パトリック・アッテンボロー』
 


 ーピッピッピッ
  シュゴゥ・シュゴゥ・ショゴゥ
  ピッピッピッ
  シュゴゥ・シュゴゥ・ショゴゥ
  ピッピッピッ
  シュゴゥ・シュゴゥ・ショゴゥ……

再び、無機質な部屋に、ひとりっきりになった俺の耳に。

 ーピッピッピッ
  シュゴゥ・シュゴゥ・ショゴゥ
  ピッピッピッ
  シュゴゥ・シュゴゥ・ショゴゥ
  ピッピッピッ
  シュゴゥ・シュゴゥ・ショゴゥ……


再び、無機質な音だけが響き渡る。
 
 ーピッピッピッ
  シュゴゥ・シュゴゥ・ショゴゥ
  ピッピッピッ
  シュゴゥ・シュゴゥ・ショゴゥ
  ピッピッピッ
  シュゴゥ・シュゴゥ・ショゴゥ……

再び俺はなすすべもなく、ただその音を聞いていた。


 ドールトンは、目を覚まさない。



  ****

街なみは、暗く黒く、どんよりと闇に沈んでいた。

サドはそんな街なみを見下ろしながら、ひとり屋上に佇んでいた。
白衣のポケットからスキットルを取り出すと、躊躇う事なく口にする。
度数の高い。熱い。焼けるよな液体が喉を通り過ぎていく。
けれどー

 サドの震えは止まらなかった。

ガクガク・ブルブルと体が震える。
転落と自殺防止の為に貼られたネットにつかまっていなければ、そのまま膝から崩れ落ちそうだ。

ドールトンの笑顔。
「先生」と呼んでくれた時の笑顔。
抱きしめた時の温もり。

 私はまた負けるのか。
 私はまた敗れるのか。
 私はまた失なってしまうのか。

夜空を見上げても、天気輪の柱は見えない。


 ー シャリ・シャリ・シャリ

背後から音が響く。

 ー シャリ・シャリ・シャリ

それはリンゴを噛じる音。

 ー シャリ・シャリ・シャリ

それはリンゴという、人の魂を死神が喰らう音。

 ー シャリ・シャリ・シャリ

いやらしい音を立てて、死神がリンゴを齧る。
彼女の。ドールトンの生命を喰らっていく。


『リューク・キャンセラー・死神返し』

 くそくらえっ!!!

私はそんなご大層なモンじゃない!
私はそんなエラい人間じゃないんだ!

耳を塞ぎ、何も聞きたくない。
目を閉じ、何も見たくない。
膝を抱え、子供のように泣きじゃくりたい。

だが泣いてはいけない。
泣くことは許されない。

それは死者に。
死んで逝った者たちに。
自分が助けられなかった患者達に対する冒涜だ。
だから医者は泣けない。泣いてはいけない。

 けれどー
私は弱い。
私はただの人間だ。
私はただの人の子だ。天使を夢見てはいけないんだ。
私は。
私は……


「サド」
不意に。暖かいモノが背中を包む。

「サド。私は医者ではない」
暖かな何かが、震える背中を優しく包み込んでくれる。

「だからお前の悲しみや苦しみを分かってやれない。
 泣けないお前に、どんな言葉をかけていいかも分からない。だからー」
背中から抱きしめながらムライが言う。

「だから今はこうして、お前を抱きしめてやる事しかできない。 すまない……」

 ぎゅっ と。
ムライのぬくもりが背中から伝わってくる。
彼の優しさがサドを包み込む。


不意にサドは気付く。
目の前にひとりの少年が佇んでいる事に。
野球帽をかぶった少年が、暗い夜空に浮かびながら、サドを見つめている事に。

「あなたは、あの時の……」 
サドのつぶやきに、その少年は、にっこりと微笑むと、そっと両手を差し伸べた。

「これは……」
そこにはまだ真新しいリンゴが。
まだ水々しい、真っ赤なリンゴが乗っていた。

「……そう…だね」
そのリンゴを受け取り、胸に抱きしめながらサドは呟く。

「私が諦めちゃ駄目だね。そうだよね」
少年は笑顔でサドを見ている。

「大丈夫。あの子を死なせはしない。死神になんか渡しはしない。絶対に」
少年は消えた。
闇に溶け込むように、ゆっくりと消えて行った。
微笑みながら。小さく手を振りながら。

「またね……」
「サド?」
優しい声が頭の上か聞こえてくる。
暖かな声が背中から聞こえてくる。

「ううん。少し昔の事を思い出しただけ……」
「サド。私は……」
「ありがとう」
「え?」
サドは後頭部をムライの胸に押し付ける。

「ありがとう。ムライちゃん……」
ゴロゴロゴロと。
サドは甘えるように己が頭をムライの胸に押し付けた。

 アカルサハ
 ホロビノ姿デアロウカ
 人モ家モ
 暗イウチハマダ
 滅亡セヌ

古い詩が蘇る。
見ればあの暗く澱んでいた街なみが輝き、ひとつひとつに命の息吹が感じられた。

 人は生きている


「ムライちゃんのおかげで元気が出た」
「サド……」
「でもね」
「うん?」
「もう少し。もう少しだけ。このままでいさせて……」

スリスリと波打つ紅い髪を押し付けてくるサド。
ムライはそんな彼女を、強く優しく抱きしめた。

 その頬を伝わる涙には気づかぬふりで。






                     「後編」につづく





 

 <><><><><><>

いや、マウスはアカンやろ! マウスは! 八九式じゃどうやったって…
よし! 嬢ちゃん達。こうなれば合体じゃ! ビビッ…いやいやいや。
その前に「笑い」を見つけて、戦いを終わらせなければ! ふんふふ~ん…♪

確定申告終了~地獄の春休み週間開始。 
で、脳内「荒れてるぜっ。止まんねぇーーーーーーーーーーーーーぇ!」 
な作者です(ジャンピング土下座)

テンプレです。ワンパターンです。敗れる作者です。
ごめんなさい。ごめんなさい。
なにとぞ、お許しください(スライディング土下座)

 それでは次回も、どうか御贔屓のほどを。


ちなみにー
「エピローグ」も(やっぱり)あります(スキップ・ボミング土下座)



[25391] 「銀河マーチ」 後編
Name: 一陣の風◆5241283a ID:e1de2eae
Date: 2013/09/06 00:10
 ーここは何処だろう

イヴリンは呟く。

 ー確かさっきまで、親友のフレデリカと一緒に新しくできたアクセサリーの店に居たはずなのに。

気が付けば此処にいた。
荒涼たる大地。
名も知れぬ背の高い草が、ぽつりぽつりと生えている。
そんな場所に、ドールトンはひとり立っていた。

 ー寂しい光景ね

その岩と砂でできた大地を生温い風が吹き抜けて行く。
その風にのり、微かなざわめきが彼女の耳に届く。
つられたように、ドールトンは歩き出した。
その音のする方向へ。
ひとり、ゆっくりと。

荒涼たる乾いた大地。
それは何処までも続いているかのようだった。



  第 15 話 「銀河マーチ」 後編



ロッカーから愛用のコルト・パイソン357 マグナム 6in を取り出し、フォルスターに突っ込む。
モスバーグM500A(二代目)は予備弾倉と一緒にバックの中に。

「懐かしい光景ですね」
彼はそう言った。


  ****

「お見舞いだ」

明けの明星が輝く頃。
再び病室を訪れたエリファズ・トリューニヒトは、人形の入った箱を俺に手渡した。

「一刻も早い彼女の回復を願っているよ」
俺は彼の目の前で、シトレからもらったファイルを消去する。
エリファズは小さく微笑むと、ゆっくりと部屋を出ていった。

 ーネオ・スキアヴォーニ河岸8492倉庫

嫌がらせのように。
人形のスカートの中に突っ込まれた紙片にはそう書かれていた。

俺はその情報をシトレに送ると学校に戻り、準備を整えた。


「で、君はなんのつもりなんだ」
 
 ー 懐かしい光景。
そう言った男。
ヨブ・トリューニヒトは防弾、防熱用のベストを羽織り、無粋なレーザーガンを持って立っていた。

「もちろん、少佐のお供ですよ。副官なんですから」
「今回の件。君には関係ない。ここで大人しく待っていたまえ」
「少佐が私と父との事を気にしているのなら、その配慮は無用です。父とは関係ありません。私の個人的な判断です」」
「…………」
「彼女は……ドールトン嬢はあの日、言ってくれたのです」
それはあの日。あの朝、 まだドールトンが元気良く走り回っていた、あの頃の話だ。

「ごめんなさい。と……」
「ごめんなさい?」
「ええ。少佐が…グエンくんがあんな事言ってごめんなさいと。でも本気で責めてる訳じゃないんだからね。と」

「…………」
「だけど、グエン君は本気で怒ってるんだよ。
 あなたの事が…ヨブさんの事が、本気で好きだから。と」
「…………」
「だから。
 だからこれからも毎朝、ここにホットケーキを食べに来てね。と」
「…………」
「そう言って彼女は私を優しくハグし、頬にキスをしてくました。そんな彼女を、奴は……奴等はっ」

 ー ブルブル と。

彼の肩が震える。
そこには軍人でも副官でも。ましてや怪物的な政治家などでもない、ひとりの人間としてトリューニヒトがいた。

「責任はもたないぞ」

 ー ありがとう
そう出かかった言葉を飲み込む。
そんな言葉は必要はない。
そんな言葉は意味がない。

「ええ。望むところです」
トリューニヒトは笑ってくれた。

「そんな訳で、ちょっくら行って来る」
俺は傍らに立つ、もうひとりの男に声をかけた。
「うむ。思い切りやってこい」
「お前さんらくない台詞だな。だが、さんきゅー。サドにもよろしくな」
俺の台詞に苦笑し頷く男。
ムライに軽く敬礼すると、俺はトリューニヒトと並んで、歩き出す。


「遅いですよ」
抜き身の戦斧を肩に抱き(いいのか、ソレ?) まるで「キ○ロのジョー」のように校門に寄りかかりながら、彼は言った。

「こりゃまた失礼。……だが君までなんのマネだい?」
「あなた方のようなひ弱な人達に、こんな荒事、任せてはおけませんからね」
俺の質問に、いたずらな微笑みを浮かべながら、彼は答えた。

「……貴様も、バッジェーオ(愚か者)だな」
「あなたの仲間ですからね」
うるむ視界の中で、シェーンコップはそう言ってくれた。

「では私達も、バッジェーオですね。うふふ」
「グランマ!?」
その穏やかな声に振り向けば、そこにはグランマと共に、ザキ大尉と十数人の男達が立っていた。

「……何なさってるんですか?」
つい言わずもがなな事を聞いてしまう。
「あらあら。もちろん私達もお供させていただきますわ」
やっぱり言わずもがなな答えが返ってくる。

「いや、しかし……」
「うふふふ。イヴリンちゃんは私の孫のようなものですからね。仇をとらないと」
「いや、仇って……ザキ大尉。君は止めなかったのか?」
「もちろん、止めました。けれど……」
「けれど?」
「私はグランマについて行くだけです」

 -不器用ですから

そんなセリフが聞こえてきそうだった。


「俺達も姉さんについて行きやす」
「グランマを独りにさせやしません」
「この命、お二人に預けやす!」
「お二人の仇は、俺達の仇です」
「そのタマ、ワシが獲ったるっ」
「ガンビア湾に沈めちゃる!」
「マウント・ロッコウはもう冷たいでぇ」
「イてもうたらぁ!」

ザキの後ろに並んだ男達が口々に叫ぶ。

「仁義なきか! 第一、お前達はパイロットだろう。陸戦隊員でもないのに、いったい何を考えてる!」
『アタマノ螺子ガ ユルンダ』彼等のセリフに思わずツッコみを入れてしまった。

「あらあら無駄ですよ」
微笑みながらグランマが言った。

「この子達はみんな、ザキちゃんの事が大好きなんですからね。どこまでも付いて来ますよ。うふふ」
「グランマ……」

 ーそりゃ軍閥化やん?

「それにね、グエンさん」
「はい?」
「彼等に好かれているのは、ザキちゃんだけじゃないんですよ」
「誰の事ですか?」
だがグランマは相変わらす微笑むばかり。
答えを求めるように、俺はトリューニヒトを見た。
だが奴はただ肩をすくめるだけ。

同じように、視線をシェーンコップに向ける。
だが彼もただ、口の端を歪ませるだけで……はっ! もしかして!

「お、お前等! ドールトンは……娘は絶対にやらんかんね!!」
俺のそのセリフに全員がズッこけた。
あれぇ……?


「ああ、もう行くぞ! これ以上、面倒くさい奴が増えたらたまらん!」
俺は宣言するように声を上げた。 けれどー

「待て! お前等、いったい何処へ行くつもりだ!」
いちばん面倒くさい奴が来た。



  ****

そこは大きな河だった。
今まで歩いて来た荒れた地と違って、そこには穏やかな美しい河と、何百と咲き乱れる綺麗なお花畑があった。
その河岸に、何十人もの人が集まり、一艘の船に乗り込もうとしていた。

「はあーい。間もなく船がでま~す。ご乗船の方はお急ぎくださぁーい」
船……というよりはもっと小さい。せいぜい20人も乗れば一杯になってしまうような小船の船首に立つ、おかっぱ頭の少女が声をあげた。

その声にぞろぞろと人が乗り込んでいく。
その誰も彼もが無言で下を向き、音もなく乗り込んで行く。
そんな不思議な光景を、ドールトンは驚いたように見つめていた。

「お嬢さんも乗りますか?」
船尾に立ち眼鏡をかけた、もうひとりの少女が、ドールトンに声をかけてきた。

「え? ええと? 乗る……のかな」
自分はこの船に乗るのだろうか。
乗って、この河を渡っていけば良いのだろうか。
このまま、先に進んでいけば良いのだろうか。

「ーかぁっ。この子はまだいいよ。先に行ってくれ」
逡巡するドールトンの前に現れた、また違う少女がそう言った。

「そう。じゃあ行くわね。良かった……」
眼鏡をかけた少女が、オールを手に答える。
「らじゃ。その子の事、やわっこく、よろしくね」
船首に立った、もうひとりの少女が言う。

「ああ。任せておいてくれ。……ゴンドラ出まーーす!」
残った少女がそう大きな声を上げた。
その言葉に押されるように、小舟は岸を離れ、対岸に向かって進みだす。
ゆっくりと、ゆっくりと。
静かに。穏やかに。 
船はふたりの少女の操舵で水を切って進んで行った。

「あの……」
船が見えなくなるまで無言で見送ったドールトンは、傍らに立つ、残った少女に声をかけようとして……思わず口をつぐんでしまった。

何故ならその少女の瞳は、とても悲しげに見えたから……

「さて、お嬢ちゃん。少しお話しをしましょうか」
少女はそう言うと、ドールトンの髪を優しくなででくれた。



  ****

「私の前では気をつけだ!」
いちばん面倒くさい奴。 アーサー・リンチはまず、そう言った。

「お前等いったい何を考えている! ああ、詳しい話はシトレ校長から聞いているぞ。
 だが何を考えているんだ! お前等は警務隊でも警察でもないだろ! お前等のやろうとしてる事は、ただの私念だ! たかが私念で、お前等は軍の行為を逸脱するのか!」

いっ気に言った。
私念か。
確かにその通りだ。これはたかが私念だ。
奴の……リンチの言ってる事は正論だ。まったく正しい。 だがー

「そうなれば責任問題に発展するぞ。お前等は、私……軍に迷惑をかけるのか!」
まるで心に響かなかった。

「アキノ大尉も大尉だ」
何故か矛先が、グランマに向かう。
「グエン少佐のような『アタマノ螺子ガユルンダ』奴ならいざ知らず、大尉まで、いったい何をやっているのか。どうかしている。
 上官として、年長者として、こいつ等を止めてもらわなければ困る。まったく情けない」

言いたい放題だ。
なんの事はない。
こいつはグランマなら何を言っても怒らないと知っているのだ。


 ー ぴきっ

なにかが弾ける音がする。
なにかの切れる音がする。
それはザキ大尉の音。そしてパイロット達の音。
上官を……いや、敬愛する人を貶められて鳴る、彼女と彼等の心の音。

「だいたいお前等は兵士だろ」
だが、そんな音に気付きもせず、得意気に「演説」を続けるリンチ。

「兵士は上官の命令で動けばいいのだ! ただ言われた通り。命令された通り。ただただ戦えば良いのだ。
 考えるな!
 お前等の考えなどいらん!
 ただ従え! ただ戦え!
 お前等に感情など不要だ!!」


 「しゃらくせぇ……」

 
それは地吹雪きのような声だった。

小さく、静かな声だった。
だがそれは、この場を凍りつかせるには十分な響きを持っていた。
誰も彼もが「フリーズ」の号令をかけられたかのように硬直し、指一本動かせなくなっていた。
唯一、かろうじて動きえたシェーンコップが、あわてて戦斧を握り締る。
それ程の殺気を帯びた声だった。
俺の穴という穴から、どっと、冷たく熱い汗が吹き出す。

 ーいったい誰が。

それは女性の声だった。
俺はただ一箇所動かせた目玉を使って、その声の主を探す。
ギョロギョロと。
目玉だけが独立した生物のように、俺の眼窟の中で動き回る。
今、この場にいる女性はふたりだけだ。
だがその内のひとり。ザキは驚いたように小さく口を開け、俺達と同じように硬直している。

 ーそうなると残るのは……

「確かにこれは私念です。あなたの言っている事は正しい……」
グランマだ!
グランマが無表情に。微動だにせず。
薄く目を開け。
まるで地の底から響いてくるかのような声で喋っているのだ。

「けれど私達は兵士である前に、まず人間です」
けれど、あくまで温厚に。
けれど、あくまで穏やかに。
グランマは話し続ける。

「兵士は己の良心に従って戦うことができます」
けれどその声は、ズシリ、ズシリと、俺達に響く。

「そして兵士は己の良心に従って戦いを止める事ができます」
ひとつひとつの言葉がまるで、スパルタニアンから放たれる銃弾のように、俺達の心に突き刺さる。

「あなたの言う、命令のみに従う兵士。良心を失った兵士。戦いを自分で止められなくなった兵士。
 そんな兵士に。そんな人間に。
 自分の大切なモノを……愛する者を奪われた人が、戦いを止めれますか?」
問われたリンチの顔色が、赤くなったり青くなったり黄色くなったり……嗚呼、まるで人が信号機のようだ。

「そこにあるのは、ただの殺し合い。相手の息の根を止めるまで。自分の心臓が止まるまで。
 傷つき。
 血を吐き。
 殺し合う。
 そんな終わりなき悲しいマラソンです」

これがグランマの。
撃墜数、四百を誇るエースパイロットの。
四百人以上の人間を殺した兵士の。

 心の声


「グランマ……」
ザキがかすれた声を上げる。
そこにあるのは、畏怖か、恐怖か、それとも……

「ですから私達は今から、自分達の良心に従って行動します。うふふ」
グランマが微笑む、

 -ほうっ と。
俺達の呪縛が解ける。
その微笑みに、ようやく俺達の呪縛が解けた。
誰もが身じろぎし、大きな「サイ(ため息)」をつく。

「だ、だが問題に…責任が……私の………」
リンチが震える声で、なおも言い募ろうとしたその時。

「ならば君も行けば良い」
ぶった切るかのように、シトレが言った。
「こ…校長……?」
そこにはいつの間にか俺達の背後に立ったシトレ校長が、恐い顔でこちらを睨んでいた。

「兵士に人間だの良心だのぬかす、ふざけた奴等に、現実の厳しさを君が自ら教育してやれ!」

 うわあ~
口ではそう言いながら、目が笑ってるよ、この人。
きっと今までどこかで、俺達の会話を笑いながら聞いていたに違いない。
俺はリンチを見やる。
かわいそうに、二階に上って、はしごを外されてしまったリンチを、そっと見やる。
嗚呼。また人間信号機。

 -シトレに嫌われるようなマネは絶対にすまい!

俺はそんなリンチを見ながら、心に固く決めるのであった……マル!



  ****

「ーかあっ。お嬢ちゃんはイヴリンっていうのか」
「うん。お姉さんは?」
「ウチの名前は、xxみ。よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
その時、ドールトンは確かに少女の名を聞いたはずなのに。
その後、彼女はどうしても、その名を思い出す事ができなかった。

「そっか。気がついたらここに居たのか」
「うん。お友達と一緒に買い物に来たハズなのに……私、どうしたのかなぁ」
「君はどうしたい?」
少女が耳元に輝る紅いピアスを揺らしながら訊ねてきた。

「え?」
「君はどうしたいんだい? このまま河を渡りたい? それとも元居た場所に帰りたい?」
「ええと、私は……」
「おや、誰か来たみたいだ」
戸惑うドールトンに、少女は優しく告げた。

「誰かって……えっ?」
少女が指差す方。
綺麗な花が咲き乱れる小高い丘。
その丘の上に、ふたつの人影が……あれは。

「パパ!? ママ!?」
そこでは、イヴリンの父と母。
ウィリアム・ドールトンと、アネット・ドールトンが、優しく微笑みながら立っていた。
思わず駆け寄るドールトンを、ふたりは優しく抱きしめてくれた。


 ー VFです!!



  ****

「アルファ・グルポ、位置に付きました」
「ブラヴォー・グルポ、準備よし」
「チャーリィ・グルポ、いつでも行けます」

そして ー
「リンチ・リーダー、スタンディング・バイ」

俺達の作戦は単純だった。
シィンとロキーが率いる2グループが正面から、クレッグが率いる1グループが裏側から突入。
敵がその対応に焦るスキに俺達本隊が二階の非常口から入り込み、バンデルを確保する。
名付けて「啄木鳥作戦」
単純なだけに成功する見込みの高い作戦だった。

「EO(光学式)および、RF(電波式)センサ作動。IRST(赤外線捜査追跡システム)に反応。一階正面に10人。裏口付近に4人の熱源を探知しました。うふふ」
上空三千メートルでホバリングするスパルタニアンから、グランマが報告してくる。

「あらあら。さらに二階の事務所に熱源 3。カージオイド(単一指向性MIC)にて音紋照合中……来ました。当該者をバンデル・メタリノームと断定」
「よし。作戦開始。Go!Go!Go!」
グランマの声に合わせて、俺は突入を指示する。

 -BANG!

と、窓や戸から放り込まれた、スタングレネードとスモークが炸裂する。

「全員、インフラット(赤外線)使用。悪いが相手はこちらが見えない。やっつけろ!」
スタングレネードで動きを止められ、スモークで何も見えなくなった相手に、にわか陸戦隊のパイロット達が突っ込んでいく。
大多数の敵はその場ですぐ引き倒され、拘束された。
何人かの敵が闇雲に銃を乱射するが、味方撃ちになり、より混乱を広げていた。

 その隙にー
非常階段から滑るかのように進入した俺達は、いっ気に廊下を駈け進んでいた。
「二人がそちらに向かっています」
グランマが教えてくれる。
俺達は廊下の角に身を潜めると、近づいてくるドタドタとした足音に身構えた。

「うわ!?」
角を曲がった途端。先頭の男は俺に足を引っ掛けられ転倒する。
「フリーズ!」
レーザーガンを構えたザキが叫びながら男を踏みつけ、その動きを止めた。

「ぎゃあ!」
咄嗟に銃を構えようとしたもうひとりの男を、シェーンコップが戦斧で薙ぎ倒す。
「安心しろ、峰打ちだ……また、つまらぬモノを切った」
何故かニヒルに言い放つ、シェーンコップ。
いやそれ「ザ・サード」の友人だから!

トリューニヒトがふたりを即座に拘束する。
見事なチームワーク!
俺達は完璧に、ひとつのチームとして機能していた。 これぞ絆の勝利か。
ちなみにこの時。
我等が愛すべき上司は、最後尾でただ腰を抜かしていた。


「チャーリー・グルポ。制圧完了。クリア」
「アルファ・グルポ、制圧完了。クリア」
「こちら、ブラボー・グルポ。銃を乱射してるバカがまだ、ふたり」
「グランマ?」
「はいはい。チャーリーさん達はそのまま前進したください。あと戸をふたつ開ければ彼等の背後に出れます。アルファさん達は左に展開してください。
 ブラボーさん達と合流して牽制。チャーリーさん達の援護を、お願いね」
『イエス、グランマ!』
男達の声が重なる。
それはハタで聞いていても、とても安心できる戦術指示だった。

「グランマ、バンデルの様子は?」
俺達は再び前進しながら訊ねた。
「……………」
返事がない。

「グランマ?」
「あらあら。おかしいわね。目標はまだ部屋の中です」
俺の再度の問いかけに、グランマは戸惑ったように答えた。

「動いてないんですか?」
「……ええ、ええ。小さく部屋の中を動き回ってはいますけど、どこかに逃げようとはしていないわね。あ、待ってください」
「どうしました」
「電波の発信を探知。部屋の中から発信されています」
「声を拾えますか」
「はい。ウルトラ・モード作動」
「音声をこちらにも送ってください」
「はあい」

 -ザッザッザッ…オレダ、バ…デ……ダッ

空電ノイズが混ざる中、奴の…バンデルの声が聞こえてくる。

 -アジトヲ…ラレタ。 ソウ…ワレワレワ…・・・ジダイノセンクシャ…にえ トナラン…ヒヒヒ…マカセテ…ケ タタ…イワ ツヅク…… 
  ケケケ……ミナゴロ…ダ ワレラ…ノ セイギトタイギ…タメ クククク……
  アハハハハ……ソウ スベテハ………ノ タメニィィィィヒヒヒヒヒヒヒィ!


「この部屋だ!」
俺は「事務所」と書かれた扉を蹴破るように室内に突入した。 そこにはー

 -ギィィィン

紅い眼を輝かせた、そいつがいた。

「パワードスーツ……だと」

 瞬間、目の前が爆発した。



 ****

「VF(心室細動)です!!」
ユキモリ看護士が叫ぶ。

 -ピィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーィ。

心拍モニターが平坦な音を上げる。

「CPA(心肺停止状態)!」
「緊急蘇生処置! 心臓マッサージ!」
叫びながらサドがなんのためらいもなく、ドールトンの上に馬乗りになると、その服をはだけ、幼い胸を露出させる。

「1.2.3.4.5………」
強く胸を押しながら数を数える。
「ユキモリ、AED(電気的除細動)の用意!」
「はい」
「気道確保! 人工呼吸!」
唇を重ね、サドはドールトンに空気を吹き込む。

「心拍、戻りません!」
「マッサージ続行! ムライちゃん、かわって!」
「お、おうっ」
ムライがドールトンの胸に手を当て、心臓マッサージを続ける。

「AED、準備よし!」
「衝撃いくわよ。ムライちゃん、離れて!」

 -ドン! と。

電撃がドールトンの体を跳ねさせる。

「ダメです!」
「もう一回いくわよ。衝撃に備えて!」

 -ドン!

再び、ドールトンの体が跳ねる。
「ダメです!」
ユキモリ看護士が悲鳴のように叫ぶ。

「心臓マッサージ再開! ユキモリ、パソプレッシン 40単位投与!」
「は、はい!」
「帰ってきて、イヴリン」
心臓マッサージを続けながら、サドが呟く。

「帰ってくるよの、イヴリン」
「パソプレッシン、投与しました!」

「さあ、帰ってきて、イヴリン」
1.2.3.4.5……

「みんな、あなたを待ってるの。みんなが、あなたを待ってるのよ」
1.2.3.4.5……

「死神なんかには渡さない。絶対に渡さない。あなたの林檎は食べさせない!」
1.2.3.4.5……

「さあ、グエン司令も待ってるわ。イヴリン。グエン司令が誰よりも、あなたを待ってる。だから…だから早く」
1.2.3.4.5………

「早くっ、早く、帰ってきなさい。 イヴリン。 イヴリン・ドールトン!!」
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10………



  戦いはまだ、続いていた。





   - つづく アイカワラズ ナガイ……ゴメンナサイ(涙)






 <><><><><><<><><>

いきなり襲うゲリラ豪雨。 突如巻き起こる竜巻。未だ続く熱波。
みな様、ご健勝でいらっしゃいますでしょうか?
ご無沙汰しております。 ようやく「後編」をUPさせていただきます
待っていてくれた、みな様(いない いない)
長らくお待たせしました!(だから 待ってない 待ってない)

「銀河マーチ」エピローグも、なるだけ早くUPさせていただきます(口だけ鹿馬)
どうかお見捨てなく、最後まで御贔屓のほど、よろしくお願いします。

 あ
ちなみに何度も言いますが、本作は決してクロスとかコラボとかではありません。
そう感じるならば、それはあなたの感性が優れているから……(大鹿馬)


追記1
『嘘から出た誠』 で。
PVが90000を超えました。

ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!
はひーはひーはひぃーーーーーーーぃぃぃぃぃ(涙目)

調子にのった、嘘つきピノキオの鼻な、SS界いちの無責任を自称する私は、次回UPを「潮」に、本板(その他)への移板を策謀しています。
どうか、お叱りください(スライディング土下座)


追記2 私信です
主催さま。
感想掲示板にて、師に対する私信を書かせていただきました。
お読みの上、また返事の一行でもいただれば幸いです(ジャンピング土下座)



[25391] 「銀河マーチ」 エピローグ
Name: 一陣の風◆fc1b2615 ID:e1de2eae
Date: 2013/10/18 22:31
風がそよぎ、花が咲き乱れ、蝶がてふてふと舞踊る。
柔らかな日差しがふりそそぎ、澄んだ空気が満ち溢れる。
まるで天国のような情景だった。
悲鳴が上がる。


 第 16 話 「銀河マーチ」 エピローグ


「パパ、ママ!」
イヴリンを、ウィリアムとアネットは抱きしめる。
無言で我が娘を抱きしめる。
優しく微笑みながら愛する我が娘を抱きしめる。

「どうする、お嬢さん」
あの紅いイヤリングの少女が訊ねる。
無表情に。感情のこもらぬ静かな声で、訊ねてくる。

「ここでこうして、大好きなご両親といつまでも過ごす? それとも元の場所に帰る? それとも……」
冷たい声で言い放った。

「ウチと一緒に船に乗って、河の向こうに行く?」

 ー KEKEKEKEKEKEKEKeeeeeeeee!
 ー ギッシャァァッァーーーーーーーーーア!

ウィリアムとアネットが変化した。
突然に。瞬きひとつする間に。
優しく微笑んでいたふたりが、醜く凶悪でおぞましい怪物に変化した。
イヴリンの悲鳴が上がる。


 ****

椅子が飛び、机が砕け、ボードが裂ける。
床が崩れ、天井が落ち、壁に大穴が開く。
もうもうとした埃が舞い上がり、息を詰まらせる。
まるで地獄のような情景だった。
悲鳴が上がる。

「なんであんなモンがあるんだ!」
俺はその、まるで「ロボット・ハ○ク」のような形状をしたパワードスーツを見て怒鳴った。
「あれはもう軍では使っていないタイプですね。旧式です。中古品でしょう」
もうもうたるダストの中で叫ぶ俺に、シェーンコップが憎たらしい程の冷静さで答える。

「旧式であろうが、中古であろうが、あのガトリングガンのパワーは半端ないぞ!」
俺達がバンデルの所へ踏み込んだ時。俺達を出迎えてくれたのは、一機のパワードスーツだった。
パワードスーツ自体は、そのコストの割りには戦力になりにくい……なにせ、一発のRPG(携帯式対戦車擲弾発射器)で行動不能になる。
機体は無事でも、その衝撃で中の人間が持たないからだ。故に運用が難しい。
さらに生産。運用。整備コストがバカ高い。 それなら戦車か装甲車をたくさん作った方がマシ。 って事で。
軍では第一線を引き下がって久しい。
だが、バンデルは何処かで中古ながらパワードスーツを手に入れ、稼働させているのだ。 

「いひゃひゃひゃひゃひゃああああ!」
外部スピーカーから、耳にさわる、甲高い奴の声が聞こえてくる。
「お前らみんな、皆殺しだぁ! きひゃひゃひゃひゃ!」

 - ブオォォォォォォォ! と。

手にしたガトリングガンが乱射される。
室内はまるで爆発したかのように、崩されていく。
部屋の隅で、ダンゴ虫のように縮こまったリンチが、子供のような悲鳴を上げる。

「くっそー! こんな事ならマジでRPGを持ってくるんだった」
「そんなモン、こんな室内で使ったら、バックブラストで俺達の方が危ない」
苛立たしく叫ぶ俺に、やっぱり冷静にシェーンコップが答える。

「んなこと言ってもなぁ、少尉さん。これじゃ身動きとれねぇぞ!」
再びガトリングガンが鳴り響き、壁が崩れる。
「弾切れを待つわけにもいかないし……」
「私がうって出ます!」
「おいおい、無茶言うな」
いくらシェーンコップでも銃弾より早くは走れない。
あれ? でもしかし、ここでも彼は死ぬハズはないのかな? かな?

「ザキ大尉。トリューニヒト大尉。聞こえますか?」
俺のそんな深慮に構わず、シェーンコップが二人に話しかける。
「聞こえてるわ」
「聞こえてるぞ、少尉」
それぞれ別の場所の身を隠している二人が、それぞれに答える。

「二人とも私の合図でスタングレネードを奴に向かって放ってください」
「おいおい。いくらスタン弾でも、パワードスーツにはきかないぞ」
「一瞬、気をそらせればいいんです。その隙に私が飛び出します」
「だからぁ、いくら君の戦斧が優れていても、アレにはきかないってばよ」
「分かっています」
「へ?」
俺の間の抜けた返事に、シェーンコップは凄みのある笑みを浮かべた。

「本命はあなたです」
「俺?」
「奴が私に気を取られている隙に、あなたのその銃で……」
シェーンコップは俺の手にする愛銃、コルト・パイソン357マグナム 6inを指差した。

「奴のモニターを。目を潰してください」
「できるのか?」
「マグナムなら貫通はできなくとも、ひび割れや機能不全を起こす事ができます」
「……分かった。任されよっ」
俺はパイソンを握り締める。

「いきますよ。3.2.1…Now!」



 ****

 ー KEKEKEKEKEKEKEKeeeeeeeee!
 ー ギッシャァァァァァッァーーーーーーア!
  
ふたりは……二匹の怪物は威嚇するように声を上げる。
「パパ…ママ……」
立ち尽くす我が娘に、二匹の怪物は吠え立てる。
身を震わせ、地響きを立てながら吠え立てる。

「パパぁ…ママぁ……」
そんな怪物に。醜悪な怪物達に。
イヴリンはゆっくりと近づいていく。
泣きながら、ゆっくりと近づいていく。

 ー KEKEKEKEKEKEKEKeeeeeeeee!
 ー ギッシャァァァァァッァーーーーーーア!

二匹は突きつける。
母であった怪物は、白く尖った針のような手を。
父であった怪物は、緑の刀のように硬い手を。
我が娘に突きつける。
拒絶するように。
突き放すように。
突きつける。

けれどイヴリンは、そんな二匹に近づいていく。
ゆっくりと。けれど、しっかりとした足取りで近づいていく。

 ー KEKEKEKEKEKEKEKeeeeeeeee!
 ー ギッシャァァァァァッァーーーーーーア!

二匹の怪物の手が、イヴリンのすぐ前に突き出される。
けれどイヴリンは臆する事なくその手に己が手を重ねた。

「ありがとう」

 ぽろぽろと。
泣きながら。涙をこぼしながら。
イヴリンは二匹の手を握る。
まるで針のように鋭利に尖った、白い母の手を。
まるでナイフのように鋭く硬い、緑の父の手を。

「パパ。ママ。 私を怒ってくれて、ありがとう」
ふたつの手に頬を擦り付け、愛おし気に呟く。

「私の事、怒ってくれて。 叱ってくれて、ありがとう……だから……だから、ごめんなさい」
しゃくりあげながら、イヴリンは言う。

「私、帰るから……ちゃんと帰るから。 あの場所へ。 あの時へ。 ちゃんと帰るから」

 そしてー

「ちゃんと生きるから」

 『 生きる 』
それはあの時。あの場所で。
ふたりがイヴリンに伝えた言霊。
大切な我が娘に最後に伝えた言霊。

「私、ちゃんと生きるよ。
 大切な人達が待ってるから。みんな心配して私を待っててくれるから。それから……」

イヴリンは満面の笑みを浮かべると、ふたりにきっぱりと言い切った。

「大好きな人待ってるから!」

気が付けば。父と母がいた。
ウィリアム・ドールトンとアネット・ドールトンがいた。
穏やかな表情を浮かべた、父と母がいた。
ふたりは優しくイヴリンを抱きしめる。
その髪をなで、その涙をぬぐいながら、優しく温かく抱きしめる。

「だけど…だけど今だけは……ほんの少しでいいから。 パパとママとこうしていさせて……」
泣きじゃくるイヴリンを、ウィリアムとアネットはー
父と母は優しく抱きしめた。



 ****

 - BAZoooooooooM! と。

スタン弾がパワードスーツの近くで炸裂する。
衝撃と大音響が、一瞬、奴をひるませた。

「おりゃ!」
とばかりにシェーンコップが戦斧を振りかざし飛び出す。
あわてて向き直ったパワードスーツが発砲する前に、シェーンコップは一撃を叩きつけた。
だがー

 - ぎゃいいぃぃぃぃぃん

鈍い音と共に戦斧は弾き返される。

「ひひゃははははぁ。ムダムダムダァァァァァァァ! 自由惑星同盟の技術力は、銀河いちぃぃぃぃぃい!」
バンデルが声高く叫ぶ。
「我が愛機の力が、お前と一緒だと思ったら大間違いだぞ! なめんじゃねぇぇええええ!」
あろうことか、バンデルはパワードスーツでシェーンコップにつかみかかろうとする。
あんなモノにつかまれたら、生身の体なんざ、簡単に引き裂かれてしまう。

「少佐、今です!」
「おお!」
その手をかわしながら、シェーンコップが叫んだ。
俺は踊りだすように飛び出ると、狙いを定め撃ち放った。

「おんどれぃ! イヴリンの仇じゃ!! 往生せいや!!!」
そう叫んでいたらしい。
本人はぜんぜん覚えてないけどなっ。
ともかく俺は、怨みと怒りと憎しみを込めて全弾、パワードスーツの顔面に叩き込んでやった。

「くわ!?」
バンデルが悲鳴を上げる。
全弾命中!
貫通こそしなかったものの、着弾の衝撃はモロ、奴の頭を揺さぶったハズだ。

「モニターがっ。目がっ。目がぁぁぁぁああ!」
思わず「バ○ス」と叫びそうな勢いで、バンデルはバルカン砲を乱射し始める。
正面モニターは見事にひび割れ、真っ白になっていた。

「ぐわああああああああ!」
それはもう、狙いもなにもない、ただ弾をバラまくだけの出鱈目な射撃だった。
「ひいいいい。くそっ。どこだ! どこだあああああ!」
引き金を引きっぱなしの連射。 弾がもつハズもない。
三分もたたないうちに、バルカン砲は沈黙した。

「くうう、く、来るな、来るなぁぁぁ!」
最早、冷静な判断もできないのか、ただその中にいれば安全なのに、奴は頭部のハッチを開放して顔をだす。

 - おいおい。戦車長の小銃弾による死傷率が高いのは、そうやって頻繁に顔出すからだよ。

「ふん!」
シェーンコップが必殺の一撃を叩き込む。 だがー
「きぇぇぇい!」
「なに!?」
その一撃をバンデルは人間離れした瞬発力で受け止めた。
いわゆる「真剣白刃取り」ってヤツだ。

「ふひ…ふは……ふはははははぁ。 残念だったなぁ、話し相手が居なくなって……」
「なに言ってんの、コイツ」
「今日のところは引いてやる。 だが今度会った時は…その時が、お前等の最後だ!」
言うだけ言うとバンデルは「ひひゃひゃひゃひゃっ」と笑いながら、戦斧ごとシェーンコップを放り出し、バーニアを吹かして飛び上がる。

「に、逃がすなバカモン! 何をやっている!!」
相手が逃げ出す段になって、ようやく勇気がわいたのか、リンチが立ち上がりながら叫んだ。
「さらばだ。背徳主義者ども! 星の裁きがいずれ貴様等に。 きひゃひゃひゃひゃあああ!」
「ま、待て!」
もちろん、そんなリンチの命令に従うハズもなく、バンデルのパワードスーツは飛び上がり、空の彼方に飛んで行……かなかった。

 - ゴズっ

飛び上がった途端。
バンデルのパワードスーツに、グランマの乗ったスパルタニアンが激突する。

「げぼおおおおおおおおっ」
バンデルが悲鳴を上げた。

何度も言うが、厚い装甲に守られたパワードスーツでは、着弾で中のパイロットが負傷する事はない。
けれど、その振動はモロに伝わる。
だから高速で激突したスパルタニアンの衝撃は、そのままダイレクトにバンデルに伝わったハスで……
うん。あれは相当に痛い。

「うふふ。まだまだ」
そのまま、スパルタニアンは縦に一回転。
ポーンと、パワードスーツを空高く放り投げる。 そしてー

「あらあら。トドメよ」
今度は横方向に360度の急転回。 狙いは正確。
落ちてきたパワードスーツをまるで、ゴールポストに蹴り込むように、地面に向かって弾き飛ばした。

「こんな重力下であの動き……スゴい」
ザキが感嘆するように呟いた。
同じくその機動を見ていた、第8空戦隊のパイロット達も震えながら頷いている。

 - ひゅるるるるるるぅぅぅぅぅ~ と。

パワードスーツが落ちてくる。
「ぎゃあああああああ!」
もう立て直す事もできないのか、バンデルの悲鳴と共にパワードスーツが落ちてくる。 そしてー

 - ドンがらがっしゃぁーーーーーーーーーん!

古典的な音を響かせながら、目の前のカンポ(広場)に墜落した。



 ****

「そろそろ時間だよ、お譲さん」
少女が声をかけてくる。
明るいブラウンのショートカットな髪。
どこか儚げで、けれど全てのモノを見透かすかのような、清んだ蒼色の瞳。
耳元の、その着ている服のラインと同じ色の、赤いスフィア(球体)なピアスを煌めかせながら、少女は言った。

「パパ……ママ……」
イヴリンはそっと体を離す。
もう一度、二人を強く抱きしめてから、ゆっくりと身を離す。

「もう行くね」
その目は赤く腫れ上がり、顔は鼻水で、ぐじゅぐじゃになりながらも、イヴリンはしっかりと言った。

「今度会えるのがいつかは分からないけど、それまでは、バイバイ」
小さく手を振る。
一生懸命に手を振る。
そんな我が子に、ウィリアムとアネットも満面の笑みで答える。

「あ、それからー」
イヴリンが、いたずらっ子のように言った。

「今度会う時はきっと、彼も一緒だから」

 - ギッシャァァァァァッァア!

その台詞に、再びウィリアムが怪物化した。
イヤイヤをするように、激しく吠え立てる。

 -ばこっ
そんな怪物を、アネットが張り倒す。 容赦なく。 手加減なく。 後ろ頭を力いっぱいひっぱたく。
しゅるしゅると、ウィリアムが元に戻る。しょうんぼりとうなだれる。
そんな優しい父と母の姿に、イヴリンは心の底から笑い転げた。

「いいお父さんとお母さんだね」
少女が言う。

「うん。ふたりとも、とっても大好きなパパとママなんだよ!」
向日葵のような笑顔で、泣きながらイヴリンは答えた。



 ****

「ふん、やったぞ! テロリストを捕まえたぞ!」
いち早く駆け寄ったリンチが、動かぬパワードスーツに片足を乗せ、ガッツポーズをしながら得意気に叫んだ。
バンデルは壊れたスーツの中で頭から血を流し、身じろぎもせずにうつむいている。

「この国家の反逆者め! 薄汚いテロリストめ! 私の正義の鉄槌の力、思い知ったか!」
「彼、なにを興奮してるのかしら」
「さあ、きっと全てを自分独りでやったんだと思ってるんじゃないかい」
ザキの問いかけに、俺は憮然と答えた。

「ほら貴様等、何をやっている。さっさとコイツを引きずり出して拘束しろ。 くっくっくっ。これで私は……」
満面の笑みを浮かべる。 やれやれ…… だが。

「薄汚い反逆者は貴様等だあ!!」
突然、パワードスーツから生身で飛び出してきたバンデルが、リンチを羽交い絞めにした。
「私は愛国者なのだ。それも自由惑星同盟にとどまらず、全銀河の愛国者なのだ!」
「あいつ……」
リンチの首を締め上げるバンデルを見て、トリューニヒトが息を飲んだ。

うわ~頭がざっくり割れてるよ。
うわ~右目なんて潰れてるし。
うわ~左手の指、三本しかないよ。
うわ~両足、変な方向に曲がってません?

「まるで痛みを感じてないわ……」
ザキが呟く。

「ひっひゃひゃひゃひゃっ。そうだ私は愛国者。正義なのだ。私は神の身使いなのだ!」
「だ、ダジゲテぐれぇーーーーぇ!」
「クスリ……だな」
流れ出る血で真っ赤になったバンデルの顔と、首を絞められ紫色になっていくリンチの顔を交互に見ながら、俺は言った。

「サイオキシン、ですか……」
トリューニヒトが何かを思い出すかのように囁いた。

 サイオキシン。
それは銀河英雄伝「紙」上、最強最悪の麻薬。
使用すれば至極の快楽。人間離れした力を得、痛みも悩み悲しみも、その全てを消し去る神の薬。
だが使用し続ければ、廃人確実。体も精神も蝕み、苦痛の内に悲劇的な死に至らしめる悪魔の薬。
自由惑星同盟でも、銀河帝国でも流通し、その被害者を広げていた。
そんなクスリをバンデルは自ら打ち、己が力を覚醒させていたのだ。

 - だからあの時。シェーンコップの戦斧を、白刃止めで受け止められたのか……

「きひひひひっ。そうだ、報道班員を呼べ! テレビを呼べ! 神の……星の御心を聞かせてやる!」
「頼むぅぅ。タジゲテぇぇぇ」
「この虚像に満ちた、薄汚い世界の真実を。愛国の名の元に肥え太る政治家達の真実を」
「ぐえぇぇぇぇ」
「そんな奴等と軍部の癒着。正義の名を借りた排斥。暴力。神は……あの星はそんな事は許さない」
「ぎぎぎぎっぎぎぃぃ」
「全てを話してやる。いひひひひひっ。この世界の秘密。真実。本当の愛国者。神。殉教者。御心」
「………ぶくぶくぶく」
「さあ早く、テレビカメラを連れて来い、すべてを教えてやる。すべてを語ってやる。ぎひひひひ。そうだ。
 すべては、あの星のため。
 すべては、母の星のため。
 すべては、我等のマン・ホームのためにいいいいいい!」 

 次の瞬間。
音もなく頭上から降ってきたシェーンコップが、一撃でバンデルの頭を粉砕した。



 ****

「じゃ、行こうか」
「あ、でも。私、何処に行けばいいか分からない……」
少女の声に、イヴリンは戸惑ったように答えた。

「大丈夫だよ」
「え?」
「ほら。もう分かってるだろ?」
そう言うと、少女はイヴリンの右手を指し示す。

「これは……」
イヴリンの右手が光っていた。 まるで光が包み込むように、イヴリンの右手が輝いていた。
「暖っかい」
イヴリンは感じた。 感じていた。
右手に宿る暖かな何かを。優しく包み込んでくれる、暖かな何かを。

「その右手の感じるままに歩いてごらん」
少女が言う。
「そしたらちゃんと帰れるから」
人好きのする、その笑顔で言う。

「うん、ありがとう。 あっ、そうだ」
イヴリンは左手を少女に向かって差し出した。

「これ、お友達用に買ったリボンなんだけど、よかったらもらって」
左手で握り締めていた小さな紙袋を差し出す。

「いいのかい?」
「うん。いろいろお世話になったお礼」
「そうか……じゃあ、喜んでもらっておくよ。ありがとう」
「えへへ、良かった。でも……」
「ん?」
「ありがとう。って言うのは、きっと私の方だね」
そう言うイヴリンの頭を、少女は優しくなででくれた。



  - Vesperrugo,fluas enondetoj……

 歌が流れる。
右手に導かれながら。ゆっくりと歩いていく。
イヴリンは謳う。
父と母に別れを告げるように。
少女に感謝を伝えるかのように。

 - Super la maro flugas,ili flugas kun amo……

たくさんの花が咲き誇る地に、イヴリンの奏でる歌が響いていく。
それはまるで本当の天使の謳声のようで。

 光が満ち溢れていく。
そんな彼女の謳声に、光が満ちあふれていく。
そんな彼女を、まばゆい光が包み込んでいく。

 - Oranga cielo emocias mian spiriton……

イヴリンはそっと振り向く。
そっと、父と母を振り返る。
ふたりは寄り添いながら。柔らかな笑みを浮かべながら。
愛しげに。幸せそうに。
いつまでも。いつまでもすっと。愛する我が娘に手を振っていた。

 - Stelo de l'espero,stelo lumis eterne……

やがてイヴリンは光の中に溶けていく。
光に包まれ溶けていく。
何事かをつぶやきながら。
父と母に。そして、少女に。
何事かをつぶやきながら、イヴリンは光の中に消えていった。

 - Lumis Eterne………



「おい。そこの女っ」
少女に前に、突然、ひとりの男が現れた。

「ここは何処だ。俺は何処に行けばいい」
尊大に言い放つ男に少女は答える。

「ーっかあ。そこの舟に乗りな。ウチがきっちり向こう岸まで送ってやるからサ」
そう言うと少女は、赤い林檎を音を立てて噛み砕いた。



 ****

目を覚ます。
瞳を開ける。
最初に映ったのは、無機質な白い見知らぬ天井だった。

 - あれ? 転生?

「ドールトン? 気が付いたのか、ドールトン? おい。サド! 気が付いたぞ! サド! おい! サドぉ!!」
バタバタと誰かが何処かに走って行く音が聞こえる。
「騒がしい奴だ……」
軋んだような声がする。

「……グエンくん?」
「まったく……何をあわててるんだか……」
声の方を見る。
そこにはやつれ果て、目を真っ赤にしたグエンがじっとこちらを見下ろしていた。

「いつものアイツらしくない……」
そう言うグエンの声は震えていた。

 ふと。
右手に暖かいものを感じる。
目をやれば、そこには自分の手をしっかりと握りしめている、グエンの無骨な手があった。

「あのね、グエンくん。 パパとママに会ったの……」
「そう……なのか?」
驚いたようにグエンが聞き返す。

「うん。なんだかとっても綺麗な場所で、パパとママに会ったの」
「……ふたりは何か言ってたかい」
「ごめんなさい。よく覚えてないや」
「そうか……」
「でも」
「ん?」
「でもとっても楽しかった。とっても嬉しかった」
「……うん」
「きっと、とっても素適な刻だったんだ」

「それでも……ウィリアムとアネットは、ちゃんとお前を帰してくれたんだな」
グエンはかすれた声で。
まるでふたりに感謝するかのように呟いた。

「違うよ、グエンくん」
「んん?」
「私は自分で決めたの。大切な人がいるからって。待っててくれる人がいるからって。
 大好きな人がいるからって。自分で決めて帰ってきたの」
ドールトンはそう言い切った。
言ってしまった。 けれどー

「大好きな人……よしっ。今度そいつを俺の前に連れてこい。お前をちゃんと幸せにできる奴かどうか、この俺が見定めてやる!」
返ってきたのは、そんな台詞だった。

「はあぁぁぁぁ」
「どうした、ドールトン。大きなサイ(ため息)なんかついて。どこか痛むのか!?」
「ホントに痛いわぁ……あのさ、グエンくん」
「な、なんだ?」

 「謳ってよ」

突然、言った。

「はいい!?」
「ねぇ、グエンくんの歌を聞かせて」
「バっ…何を言って。お前まだ意識がちゃんと戻ってないんじゃないのか?」
「もう、グエンくん。お願い」
「う、歌は苦手だ……」
「うそ。私知ってるよ。グエンくんがよく歌を口ずさんでるの。だから謳って」

「いやその……お前の前で歌うのは……恥ずかしい」

 - お前のような謳姫の前で

「ううん。そんな事ない。 私、グエンくんの歌、大好き。 グエンくんの声、大好き。だから、お願い」

 - そんなグエンくんが私……

「グエンくん…ねっ」
ドールトンが甘えるように言う。
グエンはしばらく困ったように押し黙っていた。 が。

「……フレアが燃えてる。星が瞬く……」
意を決したように低く歌いだす。

「グエンくん?」
「みんな知らない、我らの世界だ…銀河を呼ぼう。銀河をつかもう。銀河のマーチを歌うんだ」

「ちょっと、グエンくん」
「空よりでっかい。空より蒼い……」

「もうっ。どうしてこんな時に謳う歌が『銀河マーチ』なの?」
口を尖らせながら抗議する。

「飛んで行こうよ、我らの世界へ。銀河を呼ぼう。 銀河をつかもう。銀河のマーチを歌うんだ」
「もっとムードのある歌。謳ってよぉ」
そんなドールトンを無視してグエンは歌い続ける。

「孤独じゃないんだ。君もいるんだ」
「ほんとに、もうっ」

「明日があるんだ。お前の世界は…………」
突然、その声が途切れた。

「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……グエンくん?」

「………………………………」
「どうしたの、グエンくん?」
だがグエンは答えず、ドールトンの手を握ったまま下を向いている。

「グエンくん。手、痛いよ」
「………………………………」

そしてドールトンは気づく。
その震える肩に。
その低く漏れる嗚咽に。

「…………泣いてるの?」
「………………………………」



 「……バカね」


「銀河を呼ぼう……」
謳声が響く。

「銀河をつかもう……」
小さな嗚咽に混じって、謳声が殺風景な病室に響きわたっていく。

「銀河のマーチを歌うんだぁ」
小さく。けれど力強く。
嬉しげな。楽しげな。

 天使の謳声が響きわたる。



 ****

 三ヶ月後

「朝ご飯、できたよー!」
そして元気な声も響き渡る。

まるで何かの贖罪のように。
まるで誰かの謝罪のように。

ドールトンは驚異的な早さで回復した。

「うーん。臨床のモルモット・サンプルとして、もう少しこのままデーターを取れないかしら」
豊満な胸を持つ危ない医者が、危ない台詞を言い放つ。
もちろん俺が退院許可がおりる前に、ドールトンを強制的に連れ帰った事は、言うまでもない。

 そしてー
「いただきます」 
みんなの元気な声も響きわたる。

「やっぱり食堂より美味いなあ」
「お誘いに感謝です」
「良い匂いだ」
「うまうま・まるまる~」
「あらあら。本当に美味しいわ」
「ひゃぐひゃぐひゃぐ」

「何故に増えとるぅぅぅぅぅぅ~ぎゃぶり! ぶぎゃああああああああ!」
「本当に毎日、毎朝。ここは楽しいですねぇ」
悲鳴を上げる俺に記者は。 パトリック・アッテンボロー は、楽しげに笑った。 ヌッコロス!


「リンチ中佐は昇格の上、参謀本部付きになるそうですよ」
どこから情報を仕入れてくるのか、パトリックはいろんな事を知っていた。
「彼は今や、テロリスト集団を壊滅させた英雄ですからねい。当然でしょう」
そうだ。何故かあの時。
リンチがバンデルのパワードスーツに足をかけ、ガッツポーズをしている写真が新聞やTVで取り上げられ、リンチは反政府テロリスト集団「銀の星」を壊滅させたヒーローとして連日、報道されていた。
「彼は昇進確実。いずれ将官となって、何処かの方面軍の司令官にでもなるのでしょう」

 - きたな

俺はパトリックの話を聞きながら、心の底でそう呟いた。

なんの事はない。
無能なリンチを昇格させ、 エル・ファシルの司令官に着かせ、ヤンの出世の糸口を作る。
そんな歴史を作ったのは、他ならぬ俺だったのだ。
これがナニカが欲する『歴史』なのか。 ナニカが俺にやらせようとする『歴史』なのか。 やれやれ。

「『銀の星』は壊滅。けれど、その背景や金の流れは不明。
 噂される政治家との癒着も含めて。 こうなると首班のバンデルが死亡した事が悔やまれますねぇ。 ウラが取れない。 中尉はどう思われます?」
そんなパトリックの問いかけに、シェーンコップは口の端を歪ませたまま、何も答えなかった。

「それからトリューニヒト氏……ああ。お父上の方ですが。 彼は今期限りで議員を辞職するそうですね。
 それについて、ご子息であるヨブ退役大尉さんのご感想は? やはりお父上の跡をついで政界入りするのですか?」
「ノーコメント」
事件後、軍を辞する事を俺に告げたトリューニヒトが、パンケーキにバターを塗りながら答える。

「つまりは、政界入り……それも父親の地盤を継いで立候補するって事は否定なさらないのですね。 なるほど。
 ではその件について、同僚である、アキノ少佐や、ザキ少佐は、どうお考えですか?」

「あらあら……うふふ」
「ひゃぐひゃぐひゃぐ」
微笑みで返す、グランマ。
ひたすらパンケーキにかぶりついている、ザキ。

「今回の事件。一部には軍部の謀略説も流れていますが、それについて何かご意見はありますか、ムライ中佐」
「…………………」
「サド先生はどうですか?」
「うまうま・まるまる~」
ひたすら無言のムライ。
そんなムライの腕に寄りかかりながら、ひたすらゴロゴロする、サド。 

「これじゃあ、記事になりませんねぇ……やれやれ」
「記者さん!」

 - がっしゃん! と。
嘆くパトリックの前に、コーヒーの入ったカップを叩きつけるように置きながら、ドールトンが叫んだ。

「『夜討ち朝駆け』が記者さんの基本だそうだけど、これ以上、毎朝毎晩、五月蝿いこと聞きにきたら、コーヒー出さないわよ!」
プンスカとむくれながら、ドールトンは言う。
そんな彼女に、パトリックはニヤけた笑いを浮かべた。

「いやぁ、ドールトン譲は怒った顔も可愛いですねぇ。 ウチの娘の次に」
「Mr.パトリック……」
「中佐、顔が恐い」
「ほっとけ! ……で、例の宗教団体はどうだった?」
「ダメです」
俺の問い掛けに、パトリックはニヤけた笑みを引っ込めると、真剣な声で答えた。

「まだまだ情報が足りません。 何かを判断するには。 何かを断定するには、まだまだ資料が足りません」
「貴君のその態度には好感を覚えるよ」
「どうも」
けれどその言葉には、なんの感情もこもっていなかった。

「ですが……」
「うん?」
「私の個人的な感覚では……彼等は『クロ』ですね。灰色じゃない、確実な『まっクロ』」
「………………」
「まぁ、せっかく中佐からいただいたネタです。今後もしっかりと追わせてもらいますよ」
そう言うとパトリックは相好を崩し、美味そうに、ドールトンがいれたコーヒーを啜った。


「敬礼!」
「やあ、諸君。お早う」
俺達の敬礼に、グリーンヒル大佐が答える。 そしてー

「イヴリン!」
「フレデリカ!」
ハイ・タッチが交わされる。
それはあの日。あの朝。あの時と同じ光景だ。
少し違うのは、ドールトンの腰まであった髪が、ベリーショートになってしまった事くらい。
それでも陽の光を浴びて輝くドールトンの髪は、とても綺麗だった。

「あのさ、あのお店。再開したんだよ」
「えっ、ホント?」
「うん。ジェシカさんが教えてくれたの。ね、行こう!」
「グエンくん?」
「はいはい。行ってらっしゃい。彼女には私からも、よろしくと伝えておいてくれ」
「うん。ありがとう」
「でも」
「え?」
「知らない人について行ったり、知らないカバンに手を出したらダメだよ」
「ぎゃぶっ!」
「ふぎゃああああああああああああああああああああああ!」

「本当に毎日、毎朝。イヴちゃん家は楽しいね」
「……やっぱり、お前も、か…噛むか?」
手を差し出しながら、やっぱり親バカなグリーンヒル大佐が、親バカな発言を繰り返す。

 笑い声が響き渡った。

 日常が戻る。


 
 ****


「 フレアが燃えてる。星が瞬く。
 みんな知らない、我らの世界だ。
 銀河を呼ぼう! 銀河をつかもう!
 銀河のマーチを、歌うんだ!」

「失礼します」
俺が教官室で上機嫌に鼻歌なんぞ歌っていると、ひとりの少尉がやってきた。

「ムライ中佐の言いつけで、本年度の入学決定者のリストをお持ちしました」
今回の一件で、リンチが参謀本部付けに栄転した結果、俺が主任教官に任命されていた。
それにともない、俺は中佐に昇進。
他の、この事件に関わった連中も皆、一階級、昇進していた。

 - 口封じ? いやいや。

これは昇進のその時期に、たまたま、ちょうど重なっていただけさ。 きっとね。 ……がくがくぶるぶる。

「ご苦労。手間を取らせた」
「……いえ。それでは失礼します」
「ああ。ありがとう」
去りゆき際、彼のネームプレートがちらりと見えた。

 え? ミン……なんだって?

俺はしばらくの間、彼が出て行ったドアを、ガン見していた。


 え~と……
時を経て。
ようやく呪縛が解けた俺は、改めて届けられた入学決定者のリストをめくった。

 - ふむふむ。 おお、居た居た。 マルコム・ワイドボーン。
   相変わらず、トップ入学。 成績優秀ですこと。
   流石だねぇ~え。
   でもまあ、それよりも……… 


 パラ・パラ・パラ……………あれぇ?
 パラ・パラ・パラ……………おやぁ?
 パラ・パラ・パラ………………………
 パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ。
 パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ。
 パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ・パラ………

 うっそぉぉぉぉおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーお!?

俺の雄叫びが、学校中に木霊した。

ない・ない・ない!
彼の名前が!
ヤンの名前が!
ヤン・ウェンリーの名前が!

 どこにも……ない?



 来タヨォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーォ! コレッ
 来マシタヨォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーォ! コレッ
 コリャナンノマネ?
 フクシュウ? イヤガラセ? ソレトモ
 倍ガエシカァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーァ! オヒッ

  ネェコレ。 ドンナ死亡フラグ!? 



              つづく カシラン……



  <><><><><><>

「銀河マーチ エピローグ」をお届けします。
ホラね。
「王道」「テンプレ」で、なんの捻りもない、真正面な、安心のお話しでしょ?(鹿馬)

相変わらず、あれやこれやと詰め込みたがる悪い癖が抜けません。
もっと簡素で、読みやすいお話しが書けたらなぁ……(涙)
でも、まっ、いっか!(無責任・鹿馬)

そんな本作ですが、これからも長い目で御贔屓をいただければ幸福です。
それでは次回作も、よろしくお願いします。

 あ
調子にのって「その他」板に移転しました!(弩阿呆)

PS
2013 10/18 一箇所3回目の訂正。
あのホラ、原作でも第8巻、三回書き直したって言ってたし…(スキップボミング土下座)


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