前回、今回で終わる予定と言いました……ありゃ嘘だ。
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「はああああ!!」
「ふっ」
燃えるような紅い色の城の屋根の上で、銀と漆黒の刃が交わる。
ジンの顔からは表情が消えており、一方のクルーエルは笑みすら浮かべている。
「そらっ」
「ちっ……」
クルーエルは大鎌を振り回しながら、ナイフを投げてくる。
ジンはそのナイフを躱しながらクルーエルに斬りかかるが、クルーエルは後ろに飛ぶことでそれを避けた。
「“貫く閃光”」
「おおっと」
「……っ!!」
その追撃としてジンは数本のレーザーのような光をクルーエルにぶつける。
しかし、クルーエルは掻き消えるようにそこから消え、ジンの背後に現われた。
それを受けて、ジンは思いっきり前に跳ぶ。
すると、ジンの首があったところを黒い刃が音もなく通り過ぎて行った。
「クハハハハハ!!! この依り代は最高だ!!! 満ちてくる力、この上なく馴染む身体、そしてあふれ出る狂気!!! どれを取ってもこれ以上のものは見つかるまい!!!」
あまりの調子のよさに、クルーエルは思わずそう叫んだ。
ジンは両手を広げて天を仰ぐその様子を油断なく見つめる。
クルーエルはゆっくりとジンに眼を向ける。
「だが……修羅鬼と化した君の身体がどれくらいのものなのかも興味がある。どうかね、一つ我が依り代になってはくれないかな?」
「それで首を縦に振る奴がいると思うか? “激流の水柱”!!」
クルーエルの質問に、ジンは呆れ顔で答えてクルーエルの頭上に巨大な水の柱を落とす。
それに対し、クルーエルは黒い霧を楯のような形に変化させてそれを防ぐ。
「それは残念、振られてしまったか。……時に、我は好きなものを後にとっておくタイプでね」
「……何が言いたい?」
突如話題を変えたクルーエルに、ジンは身構えた。
それを見て、クルーエルは苦笑をもって答えた。
「まあそう急かすこともないだろう? さて、君は自我の崩壊した狂気と理性ある狂気、どちらが怖いと思うかな?」
「……何のことだ」
「ああ、君自身が狂気に染まっているから感じ取ることは出来ないかな? まあ、君の場合は我が大好きな理性ある狂気の側だな」
それを聞いて、ジンの表情は凍りついた。
そして、次の瞬間城全体が大きく揺れた。
「貴様……何を仕込んだ!?」
「戦場における最大の混乱とは、勝利を確信した瞬間に訪れるものだよ。……さあ、第二幕の幕開けだ」
クルーエルの声は、喧騒の中に溶けていった。
爆発が起きる少し前、ルーチェは吸血の茨にかかる敵兵が居なくなったのを確認して呪文を解いた。
ルネと共に担当していた廊下は、干からびた敵兵で埋め尽くされていた。
「……これで終わりなのです。突っ込んでくるだけだったのでだいぶ楽だったのですよ」
「結局僕は最初に少し働いただけだったしね。エレンの心配は杞憂だったんじゃないかな?」
2人はそう言いながら敵兵が残っていないかを確認する。
2人が担当していた区画を抜けると、そこには誰も残っていなかった。
「ん~!! 他には誰も来ないみたいなのです。さあ、後は配置に戻って待機するのですよ」
ルーチェはそういうと待機場所に戻ろうとする。
しかし、その一方でルネはしきりにライトブラウンの髪をいじっていた。
「ルネさん? どうかしたのですか?」
「おかしい……おかしいよ!! 敵は3万いるはずなのに一箇所に攻め込んでくるのがこれだけなんてありえない!!」
突如として、ルネは真っ青な顔でそう叫びだした。
ルーチェはそんなルネの肩を押さえて問いただすことにした。
「落ち着くのです!! 何がどうおかしいのですか!?」
「考えても見てよ、城中の曲がり角や分かれ道に兵を3人ずつ配置しても、4千人くらいなんだよ? それなのに、いくら密集してるとはいってもこの人数じゃ多くても300人程度しか居ない。幾らなんでもこれはおかしいよ!!」
「……街中で暴れているのが居るのではないのですか?」
「そんなのは希望的観測でしかない。僕が思うに、こいつらは囮で本隊は別のところから……っっ!?」
「きゃあああ!?」
2人が話していると、突如として城全体が大きく揺れた。
足をとられた2人はその場にしゃがみこむ。
「はわわわ……な、何なのです!?」
「分からない……でも、大変なことになっているのは確かだ!! 音は上からした、行くよルーチェ!!」
ルネはそう言うと駆け出した。
それを見て、ルーチェは慌てて後を追った。
「行くって、ここの守りはどうするのですか!?」
「大丈夫、本当に大事なところはレオやアーリアル様がいるさ!!」
「ああっ、待つのです!!」
2人は階段を駆け上って爆発音がしたところに向かう。
すると、そこには瓦礫の山があった。
空を見れば、そこには灰色の雲がかかった空に、沢山の飛龍が飛び交っていた。
その背中には、操縦士と魔導師がペアで乗っており、城に向けて高威力の魔法を次々に放っていた。
「……参ったなあ。僕の攻撃はあそこまで届かないよ? それに、」
ルネはそう言いながら指弾を階段の下に向けて撃つ。
「ウガアアアアアア!!!」
すると階段を上ってきた敵兵の1人に当たり、転がり落ちる。
その後ろからは、増援と見られる兵が次々と現われていた。
「……お客さんは大勢いるみたいだね」
ルネはそういうと、ルーチェの方を見た。
ルーチェは大きくため息をつく。
「……さっき魔力と体力を補充しておいて良かったのです。ルネさん、下は任せたのです」
「……うん。今度はさっきみたいに冗談は言ってられそうにもないね」
2人は、そう言うとお互いの敵をにらんだ。
闘技場前も、空からの敵の襲来に大混乱となっていた。
敵味方区別なく攻撃を落としていく龍騎兵に、なす術もなく逃げ惑うことになる。
国王軍の魔導師は防御するのが精一杯で、攻撃にまで手が回っていない。
「ああもう!! 防御は私達神官に任せて、アンタらは攻撃しなさいよ!!」
リサは防御結界を張りながら近づいてくる敵兵を大金槌で殴り倒す。
消費の激しい結界を広範囲に張りながらの格闘で、リサの額には大量の汗が浮かんでいる。
先程まで威勢よく戦っていた兵士達も、段々と疲れが溜まってきて動きが鈍くなっている。
ここに来て、物量の差が如実に表れ始めていた。
「退けぇ!! 狭い入り口で対処しろ!!」
この一帯を任された隊長の声で兵士達が闘技場の入り口まで撤退していく。
リサはその殿を務めながら撤退していく。
「っく、ジンが居ればこんな奴らに……!!」
リサはそう言いながら、自らの総大将が居るはずの城の屋根を見て、奥歯を噛みしめた。
「……オッサン、この部屋には何人入る?」
「……千人は入るであろうな」
玉座の間の真ん中で、国王とリカルドが背中合わせに立っている。
リカルドは辺りを見回した。
「なるほど、つまりワイ等は千人以上の敵さんに囲まれとるわけやな」
「……ああ。外に居るものを含めれば更に大人数になるであろう」
2人は周囲を油断なく見回しながら構える。
敵兵は、ジリジリと近寄ってくる。
先程まで2人がかかってくる者全てを薙ぎ倒していたため、敵も本能で警戒しているのだ。
「……流石にこれはしんどいで? オッサン、大丈夫かいな?」
「やるしかなかろう。フィーナにああ言った手前、余は生きて帰らねばならん」
国王がそういうと、リカルドは咥えた煙草を吐き捨て、紫煙を吐き出した。
「せやな。ワイ等は何が何でも生き残らなアカン。……オッサン、こっからちっとキッツイ薬も使うで?」
「良いだろう。リカルド殿も、余の攻撃に巻き込まれぬようにな」
2人はそう言い合うと、目の前の敵へ駆け出した。
巨大な爆発音を聞いて、レオはハルバードを振る手を止めた。
耳を傾けると、王宮区画から怒号と悲鳴が聞こえてきた。
「……にゃろう……やってくれるぜ……」
底冷えするような声でレオはそういうと、ハルバードを大きく振って敵をまとめて薙ぎ倒す。
「アーリアル!! ここは任せたぜ!!」
「なあっ!? 我を置いていくつもりか、レオ!?」
「仕方ねえだろ!! 話は後だ、頼んだぜ!!」
レオはそう言うと、王宮区画に向けて走って行った。
その姿を、アーリアルは敵の剣を受けながら見送る。
「くっ……レオが居ないとつまらないではないか……」
アーリアルはいじけたようにそういうと、レオから借りた銀の剣で敵の剣を払う。
そして、怯んだところに身の丈を超えるような太い光線を発して、敵をまとめて吹き飛ばした。
「ええい、どんどんかかって来い、雑魚共!! 貴様ら全員蹴散らして、早々にレオのところに行かせてもらう!!」
そういうと、眼に涙を溜めたアーリアルは八つ当たり気味に光線を乱射した。
王宮区画では、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。
非戦闘員を匿っていたその区画に、突然空から敵兵が大勢降下してきたのだ。
突然の敵の襲来に、避難した人間はパニックに陥った。
そして、理性を失った敵兵によって、次から次に殺されたり暴行を受けたりして行った。
「……うう~っ……」
そんな中、エルフィーナは自室に護衛の侍女と共に篭っていた。
エルフィーナは周囲から聞こえる悲鳴に口をつぐみ、腕を強くかき抱いていた。
その表情は悔しげで、何も出来ない自分を責めているようでもあった。
「……姫様、お隠れになってください」
外から聞こえてくる足音に、侍女が槍を構えてそう言う。
「……嫌」
しかし、エルフィーナはそれを拒絶した。
「姫様!!」
「絶対に嫌!! みんながあんなに酷い目に遭わされて、私だけ逃げるなんて絶対に嫌!!」
「しかし!!」
「私は誰がなんて言おうとここを動かない!!」
侍女とエルフィーナが言い合っている中、ドアが勢い良く蹴破られた。
すると、外から血走った眼の敵兵が次から次へと流れ込んできた。
「姫様、早くお逃げを!!」
「嫌!!」
言い合う間にも、敵は2人に目掛けて走り出す。
そんな中、上から大きな物音がした。
それと共に天井が崩れ、その下に居た敵兵を瓦礫が押しつぶす。
「でええええい!!」
「アアアアアア!!!」
次の瞬間、掛け声と共に何かが振り回され、断末魔を上げて敵が倒れた。
「あっぶね~、もう少しで間にあわねえとこだった……」
土煙が収まると、中からハルバードを持った銀髪の男が現れた。
その男、レオは若干冷や汗をかきながらそう呟いた。
「レオにーさま!!」
「よお、フィーナちゃん。無事でよかった。そこで待ってな、ここで暴れてる奴ら全員追っ払ってやっからよ」
レオはそう言って部屋を出ようとするも、エルフィーナはレオの手を取って引き止めた。
そして、力の限り叫んだ。
「待って!! 私も連れてって!!」
「姫様!?」
「はあ!?」
突然の一言に、レオと侍女は驚愕の声を上げた。
「……ちょっと待て。フィーナちゃん、外は危険だぜ? 俺だって守りきれねえかも知れんぞ?」
「それでも、すぐ近くで誰かが酷い目に遭っているのは耐えられないよ!!」
「でもなあァッ!?」
突如、レオの頬を一本の矢が掠めて飛んで行った。
「がっ……」
レオの後ろでは、新しく出てきた敵兵の額に矢が刺さっていた。
「……私だって、おとーさまの娘だよ? 私だって戦える!!」
そう話すエルフィーナの手には、いつの間にか弓が握られていた。
それはレオの眼をもってしても、素晴らしい早撃ちだった。
強い決意を秘めたエルフィーナの琥珀の瞳の前に、レオは頭を抱えてため息をついた。
「はぁ……あの親にしてこの子ありってか……そこの姉ちゃん、殿を頼めるか?」
「え、あ、はい!!」
レオに突然声をかけられた侍女は戸惑い気味にそう答えを返した。
それを聞くと、レオはエルフィーナに眼の高さをあわせた。
「フィーナちゃん、俺についてくると、多分何人もその手にかけることになるぜ?」
「……覚悟の上だよ」
「そっか……じゃあもう俺からは何も言わねえ。最低限自分の身は守ってくれよな?」
「……うん!!」
そう話すと、レオは壊れた扉の前に立った。
その後ろにはエルフィーナが立ち、最後尾を侍女が受け持つ。
「行くぜ……3,2,1……どりゃああああああ!!!」
レオが駆け出すと共に、後の2人も続いていく。
こうして、3人だけの奪還作戦が始まった。
「くっくっくっく……ははははははは!!!」
城の上の赤い屋根では、ジンが大笑いをしていた。
それを見て、クルーエルは不愉快そうに顔をしかめた。
「……何がおかしい?」
「いや……これを理性ある狂気って言うお前がおかしくてな……」
「……それの何がおかしい!?」
ジンの言葉に、クルーエルは怒鳴り声を上げる。
それに対して、ジンは冷笑で返した。
「なあに、言いたいことは単純だよ。お前、人間舐めすぎ」
「……何?」
聞き返すクルーエルに、ジンは歌うように話を続けた。
「お前は所詮人間で遊んでるだけだ。遊び半分じゃ、人間の上っ面しか見ることは出来んよ。正直、この程度のことなら狂っていない人間だってこなして見せるさ」
「な、何が言いたい!!」
「はっきり言ってやろう、お前は本物の狂気を知らない」
「……な、なにぃ……」
「そして一生理解できないだろう。生に齧り付き、なりふり構わず生きようとする人間の狂気と、その美しさをな。今から俺が教えてやるよ。お前の知らない、生きるためにあがく人間の狂気の片鱗をな」
度重なるジンの言葉に、クルーエルは激昂した。
「ぐっ……我を……我を愚弄するなアアアアアア!!!!」
「……来い!!」
再び、城の上空に刃がぶつかり合う高い音が響いた。
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今回で終わらせる予定だったものを、急遽受信した電波によって伸ばしました。
と言うのも、感想を見た瞬間頭の中にすごい勢いで沸いてきたイメージでして……おかげで泣く泣くお蔵入りにしたお姫様の弓を登場させることが出来ました。
それと、今回書いていないユウナ様の分は次回書きます。
それでは、ご意見ご感想お待ちしております。