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[25296] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】
Name: てんむす◆e4ae1c7c ID:c7c2cd74
Date: 2011/01/06 21:30
~まえがき&ご挨拶~

おはようございます、こんにちわ、こんばんわ、初めまして。

てんむすと申します。

この作品は、主役ライダーファイズの相棒バイクに現実世界の人間が乗り移ったら?という考えから書き始めました。

また原作では、ここぞという時に颯爽と現れファイズを助ける一方で、来ればなんとかなった場面で現れないことも多々あったこのメカに、原作知識を持つ一般人が乗り移ることで活躍シーンを増やしたい、というのも理由のひとつです。

なので、原作本編に比べてファイズとオートバジンによるコンビ戦闘が多くなると思われます。

もし、ここまでの文を読んで「本編のカッコいいバジンを汚すな!!」と思われた方がいらしたらプラウザの戻るからの退室をお勧めします。

それでも良し、という方のみ本文にお進みください。




序章。

暗い。

果てし無く暗い、月が出てない夜道よりも暗い。

というかもう黒い、3センチ先も全く見れない。

目が覚めたら、知らない世界に居た…なんていう展開はよくあるけどこれはちょっと酷いんじゃなかろうか。

しかも身体の感覚もないせいで自分が今どうなってるのかも分かないときた。

とりあえず自分が死んだわけではないのは時折聞こえる声のおかげで分かる、

まぁ、聞こえてても誰の声か確かめる術もないけどね、首は動かないしそもそも首の感覚も無い。

もうここに来て一体どんだけ時間がたったんだろ、起きてしばらくパニックになって出ない声で大騒ぎしたけど全く何も起きる様子はないし。

(…………)

とりあえず起きる前の事思い出してみる、たしか寝る前に平成ライダーで一番好きだったファイズ見ていたんだ、ちょうど最終回を。

(でもって、大好きな相棒バイクのオートバジンがオルフェノクの王様にぶっ壊されるシーン見て泣いたんだっけ…やべっ、思い出したら泣けてきた。泣けないけど)

真っ黒な空間の中、流せない涙を流して泣く俺。ちょっとかわいそうかも。

「やめてっ!もうヤダよこんなの!!」

はいっ?

突然、目の前一杯に広がっていた黒い世界にいきなり女の子の悲鳴が響きわたる。

その瞬間、真っ黒だった俺の視界が一気に開けた。

同時に無くなってたはずの身体の感覚も、いきなり腕と足と首を繋げられたみたいに生き返った。

(ちょっ!一体なんだよコレ!!)

突然戻った身体の感覚に驚く暇も無く、俺の視界にとんでもない光景が飛び込んでくる。

「なにっ!?ぐわぁあああ!!」

ギリシャ文字『Φ』を模した黄色い複眼、全身を包む黒スーツと銀色の装甲、そしてその上に張り巡らされた真紅のエネルギーライン。

平成ライダーの4番手。夢の守り手『仮面ライダーファイズ』が……ものっそい不恰好に宙を舞ってました。



[25296] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第一話 気がつけば
Name: てんむす◆e4ae1c7c ID:c7c2cd74
Date: 2011/01/07 16:16

「ぐあっ!!」

ガッシャーンと派手な音を立ててファイズが工事用の一輪車やらレッドコーンやらの山に突っ伏した。何?俺がやったの?

思わず硬い物を殴った感触が残る右手を見る。

(はっ?)

一瞬のフリーズ。

視界の中に捕らえた俺の右手は見慣れた肌色ではなくて、妙にメタリックな銀色に代わっていた。

(ちょっ!?)

慌てて全身を見回す、腹、背中、足、その他諸々を確認っ!!。

まずは胸……なんか銀色で真ん中にΦのマークがあります。

腹…どう考えても人が座るシートです。

足…完全装甲が施されて、踵にはスラスターがついてますね。

背中…大きなタイヤが着いてるよ!やったねたえちゃん!!

結論、どうみてもバジンくんです本当にありがとうございました。

うん、まぁ胸と腹の時点でほとんど気づいてましたけどね、よく見たらこの視界もなんか数字とかいろいろ書いてあるし。

さて、落ち着いたところで…さんはい。

(なんでじゃああああああああああああ!!)

訳が分からん!気がついたらバジンになってましたって一体どーゆうことなのコレ!?夢…いや夢じゃねーやさっき思いっきり殴ったし!!

ぶっちゃけもう完全に理解不能、そもそもなんでバジンがファイズ殴ってんの!?俺の記憶だとバジンはファイズをしっかりサポートする相棒でファイズを攻撃なんて一度も…っ!?

(あった…)

一度だけ、俺の記憶が正しければバジンは一度だけファイズに牙を剥いたことがある、それは……物語が始まってまだ十話もいってない頃。

確かレギュラー陣の一人 啓太郎がファイズギアを持ち出して、変身できずにオルフェノクにベルトを奪われて……。

その瞬間、俺の頭の中で一つの謎が解けた。

「うぉおおおおっ!!」

工事道具の山から起き上がったファイズが叫びながら組み付いてくる、その一瞬、俺の(バジンの)視界がはっきりとソレを捉えていた。

ファイズと組み合う俺(バジン)を見て、呆然としてる男……その名も乾 巧!!察するに目の前のファイズは…偽者だ!!

(おりゃああああっ!!)

上がらない気合の声を上げて、俺の、いやバジンの両拳が目の前のファイズの装甲を一発二発と殴りつける。

バシンバシンと火花を散らして吹っ飛びそうになるファイズを左手で捕まえ、前後を入れ替えて止めのアッパーを顎に打ち込むっ!

「ガァアアアアアッ!!」

悲鳴を上げてトンネル(今気づいた)の天井にぶち当たるファイズ。

その瞬間、許容量を超えたダメージにファイズギアがその腰から外れて地面に落ちる。

(受け取れたっくんっ!!)

俺はすぐさまソレを拾うと、すぐさま座り込んだままの本来の持ち主に投げ渡した。

…………思ってたほど動かしにくくないなこの身体。



[25296] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第二話 鋼の馬人
Name: てんむす◆e4ae1c7c ID:c7c2cd74
Date: 2011/01/07 16:27
乾 巧は困惑していた。

自分と同じ灰色の怪人に、それに対抗する為の武器であるベルトを奪われ、連れの二人と共に襲われている今の現状にではない。

金色のヘッドライトと、バイザーのような物が降りたヘルメットのような頭。

アスファルトで舗装された地面をしっかと踏みしめる足。

怪人が変身したファイズ(ベルトを奪った怪人が呼んでいた)を一方的に叩きのめしベルトを奪還した、銀と赤の二色で統一された鋼鉄の巨体を備えたロボット。

それが自分に向かって、取り返したベルトを投げた体制のままガッツポーズしているという…なんとも珍妙な光景にだ。

(おまけに…)

自分がベルトを受け取った瞬間から、このロボットがジィ~っという効果音が着きそうな程にこちらを凝視していることにもだ。

しかもこっちの視線に気がついたのか、急に自分が変身する際に行う高々と上げた右手を腰に下ろすという行為を延々と繰り返し始める始末。

巨体に似合ぬコミカルな動きに、思わず噴出しそうになった。

……しかし、そのポーズを何度も繰り返してやるのはやめて欲しい。

これまで無意識的にやっていたが、そんな風にやられるとこれまでやっていた自分がめちゃくちゃ恥ずかしい。というか本当にロボットなのかコイツは。

なんというかもうグダグダである、緊張感のかけらもあった物ではない。

「っ…くそぉ! こんな奴がいるなんて聞いてないぞ!!」

だが、長々とそのロボットを見ている暇は無かった。ロボットの攻撃で変身を解除された怪人が這いつくばっていた地面から立ち上がろうとしていた。

巧はすぐさま気を引き締めなおし、怪人を見据えたまま手早くベルトを腰に巻くと、バックルに収まっていたファイズフォンを取り外し変身コードを入力する。

『555――Standing By』

「変身っ!!」

『Complete』

高々とあげた右手を振り下ろし、バックルへファイズフォンを叩き込む。

電子音声が発せられると同時に、巧の身体をベルトから伸びたエネルギーライン『フォトンストリーム』が這い、その身体を銀色の装甲と強化金属繊維で編まれた強化スーツが包み込んだ。

真紅に輝く流体エネルギーが全身のラインを駆け回り、装着されたヘルメットの複眼に光が灯る。

時間にしてわずか1秒。巧はその身体を超金属の騎士『ファイズ』に変身させた。

カシャリ、身にまとったスーツの感触を確かめるように、ファイズは右手を一度だけスナップさせると「ベルトを返せ!」と飛び掛ってきた怪人に右ストレートで答える。

肥大化した顔のド真ん中に鉄拳を食らわされた怪人はたまらず後退するが、ファイズはそれを逃がさず距離を詰め連続でパンチと蹴りを叩き込んでいく。

苦し紛れに振るわれた怪人の拳を掻い潜って背後を取り、がら空きの背中に蹴りを放つと悲鳴を上げながら吹き飛んでいく。

そして飛ばしたその先には…ロボット。

どこぞの拳法家のように開いた左手を突き出し、拳を握りこんだ右手を振りかぶり、放つ。

「ギャアアアアアアアッ!!」

極めて素人臭い構えから打ち出された拳は怪人の腹を叩き、ホームランボールのようにその身体を打ち返す。

「うおっ!!」

自分が飛ばした以上の速さで返ってきた怪人に左の裏拳を打ち込み危うく衝突を避けると、開いた視界の奥でロボットがサムズアップしていた。

「危ねぇな!俺に当たるとこだったぞ!!」

危うく怪人と激突しそうになったファイズは小走り気味に近づくとサムズアップしたままのロボットの頭をはたく。

すると、ロボットは途端に慌てたように叩かれた頭に右手を置いて何度も頭を下げはじめた。

どことなく必死に上司に謝るバイトの店員を彷彿とさせるロボットの動きに、思わず巧はヘルメットの中で怒るのも忘れて笑い出しそうになった。

ガッシュンガッシュンと起動音を立てて必死に頭を下げ、挙句手まで合わして必死に謝るのを見ていると怒るこっちが馬鹿らしくなってくる。

「危ない!!」

「っ!?」

突然、切羽詰ったような啓太郎の声が響いた。

はっとして振り返ると、吹き飛ばした怪人が拳を振り上げ突っ込んできていた。

ヘルメット越しに映る視界にまっすぐ向かってくる灰色の拳。ロボットに気を取られていたファイズがよけるにはあまりにも気づくのが遅すぎた。

しかし。

「グガッ…!!」

ファイズの身体に衝撃は訪れなかった。

思わずつぶった目を開いた先には、無様にひっくり返った怪人の姿と。

「――――――!!」

バイザーを光らせ、甲高い電子音を鳴らして右腕を振り切ったロボットの姿があった。

「お前っ…!」

驚き、声を上げたファイズにゆっくりとその顔を向けたロボットは今度はサムズアップすることは無かった。

振り切った右手の形を変え、何も言わず地面に這いつくばった怪人を指差す。

ファイズは即座にその動作の意図を読み取ると右腰に取り付けられたポインターを掴んだ。

そのまま、ファイズフォンから抜き取ったミッションメモリーをポインターに差込む。

『Ready』

電子音声が鳴り、伸長したポインターを右足に取り付けると同時に、ファイズは腰の携帯を開きENTERキーを押す。

『Exceed Charge』

「ッ!?」

鳴り響いた電子音声に、倒れ伏していた怪人が慌てたように立ち上がるがもう遅い。

ベルトから出発した濃縮されたエネルギーが、ラインをたどり右足のポインターへと収束する。

背中を向けて必死に逃げ出そうとする怪人の背中を見据え、ファイズが飛んだ。

跳躍と同時にその身体を空中で一回転させ、そのままとび蹴りの体制に入っていく。

その瞬間、右足のポインターから真紅のエネルギーで作られた円錐型のポイント弾が放たれ、怪人の背中に命中しその身体を拘束する。

「ヤァアアアアアアアアアアッ!!」

気合の声と共に、その中へと飛び込んでいく。

ポイント弾と一体となり、巨大な槍とかしたファイズはそのまま怪人の背を貫いていく。

絶叫が木霊し、その身体にΦのマークを刻んだ怪人の身体を突き抜けたファイズが着地するのと、怪人が火を噴くのは同時だった。

自らの身体から吹き出た青い炎に焼かれ灰となって崩れ落ちた怪人に向かって、ファイズはゆっくりと振り返る。

怪人が残した灰を挟み、炎の熱で歪む視界の向こうで銀色のロボットがサムズアップして佇んでいた。

 * * *




(か、カッコ良かったァアアアアアアアアア!!!)

どうも、現在フェリーに乗せられてます。ヒーローと共演して大興奮中のオートバジンです。

いや、本名は違いますけどね、ちゃんと漢字使った名前の日本人ッス。

なんでか知らないけど目が覚めたら仮面ライダー555の相棒バイク『オートバジン』になってました。なにを言ってるか分からんと思いますが正直俺が一番訳分かってません、何で?

とりあえず結構な時間がたったけど、どうやらやっぱり夢じゃあ無いっぽいです。

こーいう時一眠りしたら一時的に自分の世界に帰れたり…って展開はラノベとかだと良くあったけどバイクの身体なんで眠気なんて全然きません、駄目だこりゃ。

まぁ要するに……現時点で元の世界と身体に戻るための方法がありません。脳内でポルナレフの三択が浮かんでます。現実は非常ですな。

え?なんでそんな落ち着いてるかって?そんなもんどうでも良くなるぐらいのもん見たからに決まってるじゃないッスかァアアアアアッハッハッハッハ!!!

生ファイズですよ生ファイズ!まさか画面の中の存在だと思ってたファイズのガチバトルが見れたんでごぜーますよ!!

しかも展開のおかげで共闘までできましたしね、怒られましたけど。

あぁ喋れないのがこんなに辛いとは……正直戦い終わった後、巧さんとか真理さんとかにこの興奮をぶつけたかったですよ畜生。

くそ、見てた当時はこのマシン絶対喋るだろコレ!とか思ってたのになんで喋ってくれなかったんだよバジンくん…ソフトークみたいな声でもいいからさぁ。

………………贅沢言ってても仕方ないですよね、もう諦めます喋るのは。

何はともあれ、これからバイクとして生きて(?)いく以上、今回みたいに巧さんの足引っ張らないようにしないとね。

その為には自分の身体のこととか良く知っとかないと。

ここまでで分かってるのは二つ。

1、バジンくんのカメラは二個。どうやら今の状態(ビークルモード)時はヘッドライトがメインモニターになるっぽいです。バトルモードの時使ってたカメラだと今は上しか見れません。天井なんて見ててもなぁ…。

2、正直これが一番不安だったけど、バトルとビークルの切り替えはモニター操作で簡単にできました。なるほど、劇中でバジンくんこんなことやってたのか。

丁度今は誰も来ないし(格納庫って呼べばいいのか?ここ)バジンくんの仕組みについて調べる時間ならたっぷりあります。

ここから東京まで大分かかるだろうし、じっくり調べますかね~。




~あとがき~

おはようございます、こんにちわ、こんばんわ。

今日からはじまるバイク生活、ここまで書いてようやく序章が終わった心境です。

この後は原作通り、オートバジンはタッ君の専用車として使われます。

正直、このバジン、タッ君は気に入ってくれるんでしょうか……。

原作でタッ君は何をどう感じてバジンを気に入ったのか語られていないので、タッ君視点のバトルシーンが凄まじく書きにくかったです。

このサイトで長編連載中の先人様のようにタッ君のその時の心境をしっかり書けるようになるにはまだまだ先が長そうです。



[25296] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第三話 守りたいモノ
Name: てんむす◆e4ae1c7c ID:c7c2cd74
Date: 2011/01/08 23:20

道を行き交う人と車、そしてビルの前に停められた俺…あぁこの状態めちゃくちゃ退屈だぁ。

どーも、オートバジンです。

長い船旅の末、とうとう東京に着きました。バジンくんの機能も色々調べましたとも、ええ。

いやぁ、この身体予想以上に多機能でした。まさかスマートブレインの人口衛星を使ってインターネットまで出来るとは。

そんでもってやって参りましたスマートブレイン本社ビル。現在レギュラー陣営三名が社長さんに会いに行ってます。

まぁ多分、追い返されると思いますけどねアポ無し突撃だし。

ん?俺?入れませんよバイクですもの、現在ビル前に停められてあんまり温かくない風を浴びてます。ぶっちゃけ暇、動画でも見てようか。

(あっ)

やっぱ動画見るの中止、すげぇ人見つけちゃいました。

巧さんとは違った大人しめのイケ面に、めちゃくちゃキレイな女の子……間違いない木場 勇治と長田 結花さんだ!!

けどどっちも暗い顔してるなぁ…ここに来たってことは死んでオルフェノクになっちまったのか…南無。

あ、やべっ、なんか見てるの気づかれたっぽい。木場さんこっちみて目見開いてる……良かった、暫くこっちみてたけどビルの中に行ってくれた。俺はただのバイクですよ。

……よく考えたらこの前に倒したオルフェノクも悪人だったけど元は人間だったんだよなぁ。…なんかそう考えたら気分が重くなってきた…今更ながら人殺したんだな俺。

身体はバイクになったけど中身は人間、そりゃショックだって受けますとも。

「ちょっと待ってよ巧!なんで急に怒るわけ!?」

「うるせぇな!お前らみたいないつまでもウジウジした奴らといるとこっちまで暗くなりそうなんだよ!!」

あ、巧さん達帰ってきた、やっぱ追い返されたか。おかえりなさい。

『ピロロロロロロロッ!!』

「うるせぇ!お前は変な音出すんじゃねぇ!!」

怒られた…おまけにまたひっぱたかれたし、酷ぇ。

真理さんと啓太郎が声かける暇もなく乗り込まれてアクセル吹かされました。

あ~二人が遠のいていく~、流れ的に例の喫茶店に行くのかな?

 * * * * *


「あの……木場さん?どうかしたんですか?」

「えっ?」

隣を歩く少女の呼ぶ声に、青年…木場 勇治は慌てて振り返った。

新しく生まれたオルフェノクの気配を追って、その先で出会った少女…長田 結花は不思議そうな顔で勇治を見つめていた。

「あ…いや、ちょっとさっき入り口で変なバイクを見てね、それを思い出してたんだ」

「変なバイク…ですか?」

「ああ、銀色のボディに所々赤いカラーリングがしてあるカッコ良さげな奴。最初はあんまり気にしてなかったんだけど近くを通った時、いきなりハンドルが動いてこっちを向いたんだ、まるで生きてるみたいに」

あれにはビックリしたよと語る勇治だが、結花は怪訝そうな表情を浮かべただけだった。

「そんな、バイクが生きてるわけないじゃないですか…きっと風で動いたんですよソレ」

「だから、そう見えただけだって。……まぁ実際のところそうなんだろうけどさ」

それだけ言って黙り込んだ結花と肩を並べて歩きながら、勇治はフッと笑った。

(だけど……)

顔にだけ普段どおりの表情を浮かべながら、勇治は考える。

ここに入る直前に、僅かに視界の中に入っていたバイクが動いた時、勇治はオルフェノクとなったことで強化された視覚で確かに見たのだ。

ぐるりとハンドルが動いてこちらを向いた瞬間、その中心のヘッドライトが一度だけ光ったのを。

自分がそれを見て足を止めた瞬間、慌てたように元に戻るのを。

その動きはまるで、こっそりと誰かを見ていた人間が突然相手に振り向かれて隠れる動きに似ていた。

(一体あれはなんだったんだろう)

自分に見られて元の状態にもどった後、そのバイクは全く動かなくなった。

ただのバイク……と片付けるにはあまりにも不自然だ。そもそも結花が言っていたようなバイクのハンドルを動かせるような強い風は吹いていなかった

ほんの一瞬の出来事だったが、勇治は何故かそのバイクのことが頭を離れなかった。

(まぁいい、まずは……)

「ハーイ!お待ちしてましたよ~♪」

(教えてもらわないとな…俺達に…何が起こったのか)

 * * * * *


「待てよ、なんだこれ?」

「盗んだ金を…返しに来たんだ」

『――――――』

オートバジンですよっ!

さてさて、やっぱりやって来ましたよ喫茶店。巧さんやっぱり原作通り一人だけ罪被ってったのね。

現在、俺ことオートバジンはとある喫茶店の前に停められております。

ここは巧さんが九州に行く前に務めてた店で、いま巧さんは店から盗んだお金を返しにきてます。

いや、実際は違うんだけどね、原作で影も形も出てこなかったけど当時の同僚に濡れ衣被せられただけです。

にしてもマスターさん良い人だな。巧さんに「俺はお前のこと信じてたぜ」とか言ってる。

え?なんで家の中の声が聞こえるかって?ふふん、これぞバジンくんの能力の一つでございますよ。

なんとこのバジンくん、モニター操作で集音率を上げることで屋内の会話も聞き取ることができるのです!!

というわけで現在、店内の会話は全部筒抜けというわけですよ。

あ、巧さん出てきた。明日は最後のコーヒー飲みに来いって言われたんスね?

『ピロロ「鳴らすなよ」………』

畜生、良いじゃないスか「おかえり」って言うぐらい。こっちゃ喋れないんだからちょっとぐらい勝手したってブツブツ。

「お~い巧、今の音何だ?」

「ッ!?」

あ、なんかマスター出てきた。あれ?巧さんが何で飛び跳ねてるんです?

あれ?原作でこんなシーンあったっけ。

「何だ何だぁ?巧、お前いつの間にこんなカッケーバイク買ったんだ?」

「貰いもんだ、自分のは人にやったよ……ってオイ!あんまり触るなよ!!」

うおっ、なんかマスターがベタベタ触ってきた!やめてやめて、俺はおっさんに触られても嬉しくなるような趣味じゃないッス!

「ん?これなんだ?」

あ。

『Battle Mode』

ガシャン、ウィーン。なんてこったい、まさか一般人にこの姿を晒そうことになるとはな!

って、言ってる場合じゃねぇ!!マスターよりによってなんてとこ触ってんですかアンタァ!!この人タンクの『Φ』ボタン押しやがった!それ俺の強制変形スイッチ!!

「ちょっ、マスター何してんだよ!!おいっ!戻れ!元に戻れって!!」

言われなくとも戻りますともぉおおおお!これもう完全原作通りじゃなくなってるよね!

マスターが驚いてる内に再変k「まぁまぁ、待てよ巧」!?

慌てて俺の『Φ』ボタンを押そうとする巧さんを押しとどめてマスターがまた近づいてくる。え?何?驚いてないの?

「スッゲーなぁオイ!ロボになるバイクなんて俺ァ初めて見たぞ!どこで売ってたんだこれ!?」

なんか大興奮してるぞこのおっさん。何?心はいつまでも少年なの? それと巧さんこっち睨まんでください。戻るから、ちゃんと戻りますから。でもそっちもこの人引き離してくれてもいいんじゃない?

「いや…だから、それは貰ったから俺にもよくわかんねぇんだよ、てかいい加減離れろって」

「なるほどなァ…ところでこいつ喋れたり空飛べたりすんのか?」

「いや俺の話聞いてるかマスター!?」

またペタペタ触ってきた、くすぐったいよマスター。あれ?なんか俺がマスターっていうとなんかこの人がご主人みたいじゃね?

あ、喋れないけど空なら飛べると思いますよ、こんな感じに。ボシュウウウウウ。

「お前も答えてんじゃねぇよ!いい加減いつまでもつっ立ってねぇで元に戻れ!!」

ちょっとだけ足のスラスター吹かして浮かんでみた、おぉ行けそう。っと思ってたら巧さんにはたかれた。酷ェ。

「おいおいちょっと待て!今こいつ俺の言葉聞いて飛ぼうとしてなかったか!?」

「してねぇ!してねぇったらしてねぇ!!もういい加減離れ…ってうおっ!?」

ドーンっと巧さんが「邪魔っ!」っとマスターに突き飛ばされた。ってうぉい、マスター顔が近いよモニターがあんたの顔で埋まってるよ。

「お前、俺が言ってることが分かるか?分かってたら頷いてみろ!!……うぉおお!頷いたよコイツ!すげぇ!!」

何この人おもしれぇ。要望通り頷いてあげたら子供みたいに飛び跳ね始めた。

………すいません調子乗りすぎました、巧さんめっちゃ睨んでる。めっちゃ怖いです。ぎゃあ今度は両サイドから顔を手で挟まれたァ!?

「な、お前これからも巧と一緒にいてやってくれねぇか?こいつ、無口だし人当たりも悪いけど根は良い奴なんだ」

「おいマスター、変なこと吹き込むなよ!」

「もっと早くこいつが戻って来りゃ良かったんだけどな…そーすりゃ無理やりにでもまた雇ってこいつのこと見てやれたんだけどな…俺はこの通り明日で店を畳んじまう、折角帰ってきたこいつを見ててやることはできねぇ、だから代わりにお前が!こいつと一緒にいてやってくれねぇか!?」

マスター…この人本気で巧さんを心配してるんだな、きっと今の言葉は嘘偽りない本心なんだ。

こんな機械の塊に頼まなきゃいけないぐらい切羽詰ってたなんて…。

原作で、マスターは今日を限りに巧さんに会うことはできなくなった。

戸田英一…スクウィッドオルフェノクの使途再生を受けて…。

あの日、マスターは巧さんが来るのをどれだけ楽しみにしてたんだろう。

喫茶店の最後の日、話したいことや聞きたいことがたくさんあったに決まってるのに、このまま明日を迎えたら……この人は殺される。

どれだけの付き合いなのか、俺は知らないけれど…こんなに巧さんのことを真剣に考えてる人が。

『――――――』

俺はマスターの手を解いて、一度だけ頷いた。

途端に真剣な顔からこれ以上ないぐらいの笑顔になる。

巧さんは渋い顔をしてるけど、マスターは子供みたいに喜んで何度も俺に礼を言ってきた。

これで安心して店を畳める、そう言って俺の大きな手を握ってくるマスターはとても嬉しそうだった。

でもね、マスター。

俺は…あなたも守りますよ。

明日、絶対あなたを死なせませんから。


 * * * * *


ブオオオオオンっと景気良くアクセルを吹かして、俺ことオートバジンを駆って巧さんが疾走する。

「おいっ」

はい、なんですか巧さん。

「お前、マスターに色々言われたからって変な気おこすんじゃねぇぞ、ヘタに同情されるなんてまっぴらごめんなんだからな」

言うと思ってましたよ……てかそんな感じの台詞言うのってこの時点でだっけ?

なんか話数的に、オルフェノク倒した次の話じゃなかった?

「おい!聞いてんのか、なんとか言えよ!!」

『ピロロ「うるせぇ!」………』

またはたかれた、なんで?

………ところで巧さん、ちょっとスピード出しすぎじゃないですか?

あれ?なんか後ろから来てない?ちょっと?巧さーん?


~あとがき~

おはようございます、こんにちわ、こんばんわ。

第三話完成しました。 今回はバトルはありません。

今回起きたのは555の裏の主人公『木場 勇治』との一瞬の邂逅と、史実から外れたマスターとバジンくんの話です。

原作において、マスターは僅か一話でオルフェノクに殺されてしまった為、どんな人物なのか分からず書くのが大変でした。

ぶっちゃけバジンくんがマスターに感化されるのが凄い無理やりな感じしてるのが否めませんが、私にはこんな風にするのが限界でした。

次話も是非ともよろしくお願いします。



[25296] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第四話 奮闘 (1)
Name: てんむす◆e4ae1c7c ID:c7c2cd74
Date: 2012/10/30 11:29
それが現れたのはあまりにも突然のことだった。

(誰か…)

静かな店内に響き渡るいくつもの悲鳴。

立ち上がった灰色の怪人が、それまで普段と変わらぬ日常の中にいた人々を非日常へと引きずりこみ、次々と手にかけていく。

(誰か……誰かこの人を止めてくれ!!)

恐怖に歪んだ顔に次々と黒いヘドロのようなものを貼り付けられ、周りの客達が倒れていく。

その光景を、木場 勇治は隣に座る結花の手を握ったまま呆然と見ていることしかできなかった。

「さぁ!お前達もやれ!やるんだ!!」

イカの触手を束ねたような頭をした怪人オルフェノクとなった男…戸田英一。

自分達にオルフェノクの力の使い方を教えた男が杖を片手に振り返り、叫ぶ。

彫像のような無機質なその顔…本来なら表情など読み取れないはずのその顔からは一切の迷いも感じられなかった。

同じオルフェノクである自分だからこそ分かったソレを、勇治は認めるわけにはいかなかった。

「イヤだ……」

しかし、同時に自分の中に彼を止めるという選択肢も無かった。

彼を止めるには、自分の中に秘められたオルフェノクの力を使うしかない。まだ生きた生身の人間がいる…この場所で。

出来ない、それだけは絶対に。あの醜い姿を人々の前に晒すことなど出来るわけが無い。

ゆえに、勇治に出来たのはただ泣き喚く子供のように叫び声を上げるだけだった。

「イヤだ…俺はイヤだぁああああああああああ!!」

ブォオオオオオオオオン―――。

その時だった。

「?」

突如、店内に聞こえた巨大なエンジン音。

それに反応して、戸田が…スクウィッドオルフェノクも動きを止める。

発生源は…店のすぐ前。ドア一枚を挟んだ空間から鼓膜を突き破らんばかりの轟音が響く。

そして直後、それはドアを突き破って現れた。

銀色のボディに赤いカラーリングが施されたモトクロスタイプの大型バイク。

黒い座席には何も乗せず、ただ身一つで現れた巨大な質量の塊。

前輪を持ち上げ、ドアの破片を蹴散らして現れたソレがスクウィッドオルフェノクの灰色の身体を跳ね飛ばした。

 * * * * *


「あ、終わった?じゃあ次は拭き掃除頼めるかな?」

『―――――』

どうも、オートバジンです。

あの後、案の定巧さんはスピード違反で白バイに停められて罰金と免停を食らっちまいました。

一文無しの巧さんは原作通り金を借りに、啓太郎と真理さんがいるクリーニング屋にいくことに。

そこで真理さんに出された条件でここで住み込みのバイトとして働くようになったそうで。

でもって俺は現在、バトルモードに変形してお店の窓拭きやってました。シュシュっとスプレーした後雑巾で拭けば、はい出来上がり。力入れすぎて二、三回ガラスが『ミシッ』っていったけど多分大丈夫です。

え?なんで俺も働いてるかって?巧さんに「俺だけ働くなんて不公平だ!ガソリン代出してやるんだからお前も働けっ!」って言われたからですよ。

仕方がないので俺もこうしてお店の開店準備を手伝い初めることになりました。あ、啓太郎、モップ貸してくださいな。

塗れた雑巾セットして、モップで店の床をスイスイ拭いていく。にしても啓太郎も真理さんもあんまし驚かなかったな。変形するバイクなんて見たんだからもー少し…ねぇ?

さて…巧さんと一緒にマスターの喫茶店から帰ってきてから、あっというまに一日が過ぎました。

そう、つまり今日…あの店が襲われるわけです。

免停くらってる巧さんは俺に乗ってあの店にいけない、多分真理さんのバイクで向かうことになると思う。

つまり、このままじゃあ俺があそこに行くことはできなくなる。人が乗ってないバイクが道を爆走してたらまた白バイでも出てきそうだし。

だから、昨日三人が寝静まった後、真理さんのバイクにちょっと細工をさせてもらった。

「あ、あれ?嘘っ、私のバイク、パンクしてるっ!」

「はぁ!?」

聞こえてきた聞こえてきた、そうです、そういうことです。昨日の晩の内に真理さんのバイクのタイヤをパンクさせておいたのだ!

こーすれば、必然的にバイクは俺一つ。配達用の車もまだガソリンが入ってないから使えないしな。これも昨日の内に確認済みだぜ。

「ごめん啓太郎!掃除中だけどちょっとこの子貸してくれないかな?私のバイク、パンクしちゃったみたいで…」

「え?どっか行くの?」

「うん、ちょっと巧が前にお世話になってた喫茶店に」

狙い通り、俺と啓太郎がいる店の中に真理さんが飛び込んできた。よしっ!これで予定通りことが運べるぞ!

「わかった、良いよ、でもあんまり遅くならないでね」

「うん!ありがと啓太郎!!」

流石は啓太郎、相変わらずの人の良さであっさり了承してくれた。後でしっかり手伝うよ!

「悪いんだけど、そーいう事だからちょっと乗せてくれるかな?」

顔の前で手を合わせる真理さんに、頷いて即答しながら貸してもらってた白い前掛けを外して外へ。

店の外に出たら、俺をみた巧さんがばつの悪そうな顔してたけど気にしてる場合じゃない。

俺はすぐさま胸の『Φ』ボタンを押してビークルモードに変形、巧さんにはおなじみになったピロロロで準備ができたことを知らせる。

ハンドルを握るのは真理さん、その後ろに巧さんが乗るのを確認して俺はエンジンをスタートさせた。

待っててくださいマスター…!今から俺が助けにいきます!!

 * * * * *


「………」

木場 勇治は結花を連れてとある喫茶店にいた。

ある人物に、自分達二人の選んだ答えを伝えるためだ。

『オルフェノクとして生き、人間を襲って仲間を増やしていく』

それがスマートブレインの一室で引き合わされた、自分達の教育係だという男…『戸田 英一』が自分達に指し示した道だった。

一時の激情に任せ、自分達がしてしまったソレを…戸田は平然とした顔で、あたりまえのように「やれ」と言ったのだ。

それからすぐに、勇治と結花は自分達の家へと帰された。ついこの間まで人間であった自分達に即断しろというのは酷だろうと戸田が判断したためだ。

あの男はあの男で…怪人『オルフェノク』の先輩として自分達のことを考えてくれたのだろう、一晩だけとはいえ考える時間をくれたのには感謝している。

しかし、勇治にはその道を選ぶことなどできなかった。

帰る家がないという結花を、スマートレディが自分にあてがってくれた高級マンションに連れて帰り、一晩話し合った結果、彼女もまた人を襲うのは嫌だと言ってくれた。

当然だ、何の罪も無い見ず知らずの人間の命を自分達の都合で消し去ってしまっていいはずがない。

勇治と結花は今日、はっきりとその意志を伝えるべく待ち合わせの場所に指定されたこの喫茶店へとやってきたのだ。

「よう、待たせて悪かったな」

それから暫くして、とうとう戸田が喫茶店へとやってきた。

昨日と変わらぬ服装のまま、テーブルを挟んで向かい側に座った戸田は落ち着いた面持ちで切り出す。

「一晩考えてどうだった、オルフェノクとして生きていく覚悟は決まったか?」

その言葉に、ビクリと隣に座った結花の身体が震えた。

安心させるように、その手をぎゅっと握ってやりながら。震える結花の変わりに勇治が答えた。

「……俺達には出来ません、仲間を増やすことになんの意味があるのかも分からないし…憎んでもいない人を、罪も無い見ず知らずの人を殺すなんて俺達は絶対に嫌です…!!」

「余計なことは考えるな、慣れちまえばどうということはない」

「俺達は嫌だと言って「昨日も言っただろう」!?」

最後は僅かに語気を荒げながら言った勇治に、戸田はわずかに表情を曇らせながら諭すように言葉を紡いだ。
 
「戦いなんだよ、これは。オルフェノクと人間の生き残りをかけたな」

「……ッ、どうしてそんなことが言えるんですか?恐ろしい力を手に入れたけど…俺達は人間と何も変わらないじゃないですか!」

「俺だって最初はそう思ってたこともあったさ、だがな…甘いんだよそんな考えは…」

言いながら、戸田はどこか遠い目をしていた。まるで昔を思い出すような仕草に、勇治は思い切って聞いてみようと僅かに身を乗り出した。

しかし、

「戸田…さん?」

勇治が切り出すより早く、戸田は何を思ったか突然席を立った。

「俺はお前達をオルフェノクとして教育しなければならない」

「え?」

瞬間、店の中の時間が止まった。

怪訝な表情を浮かべた勇治を、その両目で見据えたまま戸田はその顔に黒い文様を浮かべていた。

「俺が先にやる、その後は……お前達がやれ」



~あとがき~

こんばんわ、皆さん。

今回、一話でまとめるつもりだったのですが、長くなってしまいそうなので二つに分けることになりました。
残った後編は近日中にアップできるようにします。
物語としてはほとんど進んでいませんが、後編でこの話はしっかり終わらせますので次話もよろしくお願いします。



[25296] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第四話 奮闘 (2)
Name: てんむす◆e4ae1c7c ID:c7c2cd74
Date: 2012/10/30 11:29
『―――――』

座席に座った真理さんがアクセルを吹かし俺のスピードをどんどん上げていく。

モニターに映る視界の中を、猛スピードで駆け抜けていく町の景色を見ながら、俺はほんの少し焦ってた。

マスターを助けるために、必要な手は打った。

真理さんのバイクをパンクさせて、俺があの喫茶店にいけるように仕向けて今ここに至る。

だけど、一つだけ…俺にとっての最大の懸念事項があった。

それは、時間だ。 俺はこの世界を特撮ドラマとして見ただけだ。

そして俺がみてた仮面ライダー555という番組は、平成ライダー第一作目のクウガみたいにそのつど時間を表示することは無かった。

その先その先で起きる事はわかっても、それが起きる正確な時間ばかりは分からない。

俺がいけば…このオートバジンの身体を持ってる俺がいけばきっとマスター助けることができる。

だけど……もし手遅れになっていたら俺にはどうしようもない。

原作でも、巧さんが喫茶店につくのとマスターがやられるのはタッチの差で後者が早かった。

つまり、原作と同じように向かってたんじゃ絶対に間に合わない。

だから、俺は真理さんがやるよりも強くアクセルを吹かせる。

そうすると、真理さんは何度か首を傾げてくる。ヤバい…ちょっと怪しんでる…頼む!ブレーキをかけないでくれ!!

不自然に思われない程度にその度にちょっとだけスピードを緩めるけど、いつまで騙せるかは分からない。

(あっ)

だけど、その苦労もようやく終わりがきたみたいだった。視界の先にマスターの喫茶店が見えた。

真理さん達を落とさないようにゆっくりブレーキをかけて喫茶店の正面に停める。同時に集音率を上げて店の中の様子を確認!

<俺が――にやる、その後は―――達がやれ>

………ッ!!聞こえたっ!店の音楽で少しかき消されてたけど、間違いない!あの男の声だ!!

同時に上がる女性の悲鳴、それを発端に店の中に次々に悲鳴が上がっていく!

『ピロロロロロロッ!!!』

「うわっ!」

「キャッ!!」

音量最大で音を鳴らす。

俺から降りてヘルメットを脱いでた二人がその音に驚いて飛びのいた瞬間、俺は一気にアクセルを全開にした!

後輪がホイルスピンを起こし、止まっていた状態から一気に加速。前輪を稼動させてすぐさま向きを変え、入り口に向けて突っ込む。

木の板をぶち破る派手な音が鳴り、俺の身体が店内へと飛び込む。その先には杖を持ったスクウィッドオルフェノクがいた。

俺は飛び込んだ勢いのまま突っ込み、前輪をぶつけてそいつを吹き飛ばす!

『Battle Mode』

ぶつけた反動で身体が倒れる前に、バトルモードを起動。

周りの椅子やテーブルを蹴散らしながら変形し、店の床を踏みしめてカウンターを見る。

「マスター!」

「た、巧…っ」

良かった…間に合った!逃げ場のないカウンターの奥でマスターは尻餅をついたままぐったりしてた。

「う、ぐぅ…」

(っ!!)

ばっと戻した視線の先で、俺が吹き飛ばしたオルフェノクが動いていた。ふらつきながら手に持った杖をマスターに向けている。

(させるかぁあああああああ!!)

その杖が黒い塊を吐き出すよりも早く、俺の腕がオルフェノクを捕まえる。

頭を掴んで起き上がらせて、正面から押さえ込んで壁に押し付けて動きを止める。

俺にできたのはそこまでだった。後ろに巧さん達を庇ったまま店の中で戦ったら三人を巻き込むことになる。

少しだけ首を動かして巧さん達の方を見た。

マスターは完全に気を失ってるみたいで、巧さんと真理さんに一生懸命運ばれていた。くそっ、早くでてくれ!!

「に、逃がすかぁ!!」

壁に押し付けたオルフェノクが必死になって杖を巧さん達に向ける。偶然振り返った巧さんが気づくけど、マスターを連れてたんじゃ避けることなんて出来るわけが無い!

(こうなったら……!!すいませんマスター!!)

心の中でマスターに謝りながら、俺は押さえ込んだ状態からオルフェノクの身体を掴む。

そして踵のスラスターを吹かし、背中の後輪を床に向けて出力全開で起動!オルフェノクを掴んだまま、一気に天井に向かって飛ぶ!!上がれぇええええ!!

オルフェノクの身体をがっちり掴んで、バキバキバキィっと嫌な音を立てて天井を砕きながらあっという間に天井を突き破り空に上がる。

「ガァアアアアアアッ!!」

掴んだオルフェノクが悲鳴を上げる。俺はそのままオルフェノクを目の前の道路に投げ捨てた。

モニターに表示された高度は20メートル、その高さから放り出されたオルフェノクは受身も取れずに硬いアスファルトにその身体を打ちつけた。

よしっ!うまくいった!後は巧さん達がうまく逃げてくれれば……。

「きゃああああああああ!!」

突然、真理さんの悲鳴が上がった。

びっくりして下を見ると…最悪だ、店から出てきた巧さん達とオルフェノクが鉢合わせしてる!まだ外に出てなかったんだ!

俺はすぐさま、スラスターを切って巧さん達とオルフェノクの間に着地する。

200キロを超える体重を持つ俺の落下のエネルギーに耐え切れずに、アスファルトが砕ける音がしたけど構わずオルフェノクの腹にパンチを打ち込んで吹き飛ばす。

「おいっ!そいつ抑えとけ!……もしもし啓太郎か!?今すぐベルト持って来い!!」

倒れ込んだオルフェノクを避けて、マスターを支えながら巧さんと真理さんが必死に逃げていく。

「ぐ…逃がすか!待て!!」

それを見て、慌ててオルフェノクが立ち上がり走り出そうとする。まだ動けたのか。

だけど、それをそのまま通すわけにはいかない。マスターを支えてる巧さん達は原作みたいに走っては逃げられない、このまま通したら100%追いつかれる。

……了解です巧さん、抑えるどころかここでぶっ倒してやりますよ!

俺は構えながらオルフェノクの前に立ちふさがる、さぁどっからでもかかってきやがれ!!

殴りかかってくるオルフェノクの杖をガシンと左腕で受け止めて、そのまま右の拳を打ち込みすぐさま左拳も混ぜた連続打撃を食らわせてやると、オルフェノクは呻きながらあとずさった。

よおっし吹っ飛べ!止めの一撃に思いっきり振りかぶった右腕をぶっぱなす。

だけど流石に力に目覚めてから長いこのオルフェノクは咄嗟に俺の渾身の一発を後ろに飛んでかわす。

距離をつめて殴りかかるけど、すぐさま打ち出したパンチを身体を捻ってかわされる。くそ、こいつすばしっこいぞ!

右ストレート、左フック、肘打ちにショルダータックル、おまけに意表をついてスラスター吹かせて加速させた回し蹴りも使うけど、どれも空を切るばっかりで全然あたらない。あぁもう!

「フンッ!」

突然、もう一発打ち出した俺のパンチを避けながら、オルフェノクが杖の先から原作で見せた真っ黒い弾を撃ってくる。馬鹿が!機械の俺に使途再生が効くかよ!

サッと左腕をかざしてそれを防ぐ。だけどその攻撃はそれだけじゃ終わらなかった。

原作では犠牲者になったお客の顔に張り付いたソレは、俺の腕に当たった瞬間、馬鹿でかい音を立てて爆発した。

(グッ…!!)

伝わってきた衝撃がソルメタル装甲で覆われた身体を揺らして、巻き起こった爆煙で視界を塞がれる。

そのまま、こんどは足に胸に、次々と弾丸があたって爆発する。クソッ!原作にこんな技出なかったぞ!!

もうもうと湧き上がる煙を突き破って、杖を構えたオルフェノクの顔面をぶん殴る。油断してたのか今度は避けるそぶりも見せなかった。ざまーみろ。

「グオッ!!」

見たかパンチ力7t超えのこの威力、きりもみ回転しながらぶっ飛んだオルフェノクはそのままドシャッと倒れ込む。

「なんて硬さだ…傷一つ着かないとは、お前本当にただのバイクか?……いや、変形して戦ってる時点でただのバイクなわけが無いか」

起き上がったオルフェノクが頭を振りながら言ってくる。そりゃあ硬さに定評のあるバジンくんボディですからこれぐらいじゃあ効かないよ。まぁ俺のパンチ何発もくらって生きてるあんたも相当だと思うよ。知ってる?俺のパンチ、ファイズのグランインパクトより強いんだぜ?

流石に顔面を思いっきり殴られたのは堪えたのか、まだちょっとふらついてるけど相手はまだやる気っぽい。

「まぁ良い、お前がなんであれ俺はあの人間をやらないといけないんでな。それに……丁度ベルトの持ち主らしいしな、元の任務も同時にこなせそうだ」

あ、そういえばこいつ木場さん達の教育任される前はベルト強奪任されてたんだっけ…なるほど本編でのあのしつこさはそこから来てたのね。

だけどこっちだって行かせられないもんでね!悪いけどここで倒れてもら「ところでお前、気づかないか?」はい?

「随分一生懸命向かってくるが…大事なことを忘れてるぜ?俺が今いる方向…まずいんじゃないか?」

(?………あああああああっ!!!)

し、しぃまったぁああああああああ!いつの間にか俺とこいつの立ち居地が最初の時と逆になってる!!戦うのに集中しすぎて道塞げてねぇ!!

クソッタレ、ひょいひょい避けてたのはこいつが狙いだったのか!だが俺がこのまま行かせると思うなよ!!すぐさま、腕振りかぶって突進じゃあ!

「かかったな馬鹿が」

『―――――!!?』

ブッシュウウウウウ、突進する俺に向けられた杖の先から真っ黒い煙が噴出される。

一瞬でそれに包まれて、モニターの視界を真っ黒に塗りつぶされる。畜生、煙幕か!

おまけにそれに続けて胸のド真ん中…『Φボタン』に衝撃。

(っ!?し、しまった!!)

『Beecle Mode』

当たったのは多分さっきの爆弾。追い討ちで打たれたソレに『Φボタン』を押されて俺の身体がバイクに戻る。

『Battle Mode』

すぐに再変形して、煙幕を突っ切る。モニターの視界が一気に開けるけどそこにはもうアイツはいなくなっていた。

クソッ、逃げられた!!あたりを見回すけどどこにも見当たらない。だが待て、焦るな俺!

どこに向かったかは分かるぞ…!もし巧さんが原作どおりに逃げてたら近くの公園に逃げ込んでるはずだ!

動けないマスターがいる分、歩みは遅いだろうけど俺が時間稼いだから多分行けてるはず!!

俺が介入したせいで、この戦いは原作と大分離れた展開になってる。正直、違う場所に逃げてることも考えられるけど四の五の言ってる暇はない。

スラスターを吹かし、背中の後輪を回転させて飛び上がり、俺は一気に空に上がった。

すぐさま、スラスターと後輪の出力を全開にして空を進む。目指すは原作で巧さん達が逃げ込んだ公園だ!うぉおおおお、巧さん今行くぞー!!


 * * * * *

~園田 真理~


どうしよう、なんでこうなっちゃったんだろう…まさか巧を送った先でアイツ達に会っちゃうなんて…。

ほんと最悪…お父さんに会う為に旅を始めてからずっとこんなことばっかりだよ…。

巧と一緒に支えるマスターさんはグッタリして気を失ったまま、仕方ないよね…目の前であんな化け物が出てくるんだもの。

二人してマスターさんを支えて一生懸命逃げて、やっと近くの公園に逃げ込めた。大きな木が一杯生えたここなら暫く隠れられるよね…。

あの化け物を抑えるためにあの子…私が巧にあげたバイクが残ってくれたお陰でここまで逃げれた。けどもう駄目、疲れて一歩も歩けない。

巧もそれは一緒みたいで、さっきから私と同じようにハァハァ言ってる。やっぱり人一人をずっと支えてたから男でも疲れたみたい。

「この人…巧の知り合いなんだよね?お世話になってたって言う…」

「ああっ…」

やっぱり、前にお世話になってた人ってこの人だったんだ…。ってことは巧のこと色々知ってるのかな。

……そういえば、九州で会った時からそうだけど、巧って自分のことは全然話さないんだよね。正直、こんなこと話してる場合じゃないけど…少しだけ聞いて見ようかな。

「ねぇ巧「俺さ」…え?」

思い切って聞いてみようとしたら、いきなり巧が話し出した。……すごく、辛そうな顔で。

「怖かったんだ…この人と親しくなっていく自分が…」

だから店を辞めた、そう言って巧はこっちを向いた。…何?急にどうしちゃったの?

「俺…人と親しくなるのが怖いんだ、人に裏切られるのが怖いんじゃない…俺が人を裏切るのが怖いんだ」

話す巧はすごく辛そうで、今にも泣きそうな顔になってた。 

……九州で会った時から始めてみるその顔は、これ以上無いぐらいに辛そうに見える。

でも、わからない。人を裏切るのが怖いってどういうことなの?なんだか…自分のことを信じてないみたい。巧は自分のことが嫌いなの? 

「なんでそんな風に思うの?」

どうしても巧の考えが分からなくて、気がついたら口に出してた。

そしたら、巧は急に俯いて小さな声で言った。

「自信無いんだ、自分に…。だから、親しくなった人の期待とか、信頼を裏切るのが怖かった…」

自信が、無い?それが…巧があんまり人と関わろうとしない理由なの?

自信が無い、自分を信じられない、だから自分が人を裏切るかもしれないなんて思うの? 

「俺が店を辞めた時もそうだった。店から金が盗まれて、他の奴らが全員俺のことを犯人だって言ってる中、マスターだけが俺を疑わなかった…」

「俺を信じてくれてたマスターの気持ちは嬉しかった…けど、それと同時に思ったんだ。いつか自分がこのマスターの気持ちを裏切ってしまったらってな…。そう思ったら急に怖くなったんだ」

「だから逃げた。いつか自分が本当にマスターを裏切る前にここで罪を被って消えちまおう、そう思って店を辞めた」

話終えると、巧は俯いてた顔を上げた。

その顔には覇気が無くなってて、隠れてる木にもたれかかった巧はとっても弱弱しく見えた。

「巧…、そうか、そんな理由があったのか…」

「っ!?マ…マスター!?今の、聞いてたのか!?」

俯いた巧を見ながら一生懸命考えてたら、突然、座らせておいたマスターさんが喋った。

いつの間にか目を覚ましてたみたい。

「マスター……その、俺は「この馬鹿野郎が……」!?」

私に向かって言ってたことを全部聞かれて、焦ったように何か言おうとする巧をマスターの言葉が遮った。

よっこいしょっと疲れた様に声を上げて。もたれてた木から少しだけ体を起こす。

「出来ねぇよ、お前には。人を裏切ることなんてな」

「っ!?」

マスターの言った言葉に、巧はビクっと肩を震わせた。

「俺は知ってるぞ巧、お前がほんとは誰よりも優しいやつだってことを。いっつも人を近づけないようにしてる癖に、誰かが困ってる時には真っ先に助けにいくのはいつもお前だった。何時だったか…バイトが客に向かって熱いコーヒーをかけちまった時も、うろたえてるソイツを押しのけて一番遠くの席から走っていったのはお前だったよな、すぐ近くに別の奴もいたってのに」

「………」

「そんでもって…今だってそうだ。わざわざ気ぃ失ってた俺を連れてあの化け物から逃げてる。見捨てりゃもっと楽に逃げられただろうによ…何時だって俺がこう言えばお前は否定するけど、やっぱりお前は誰よりも人に優しくできる奴なんだよ……そんな優しいお前が、誰かを裏切ったりなんてするもんか」

「違う…俺は、そんなんじゃない!!」

巧は俯いて、小さく首を振ってマスターの言葉を否定する。

どうして?なんでそんなに自分を悪く言うの?そんなに自分が…信じられないの?

「違わねぇ…この世の中には上っ面ばかりいい顔して、いつかこいつを陥れてやろう、傷つけてやろうって奴がゴマンと居る。だけどお前は違う、人を裏切ることを…誰かを傷つけることを怖いと思えるお前なら誰かを裏切ったりなんてしない、どうしても信じられねぇってんならこの俺が保障してやる」

「………」

「お前は誰かを裏切ったりなんてしねぇよ巧、どんなに悪ぶっても…お前は誰よりも人に優しくできる奴だ。だから…」

そこまで言って、マスターは言葉を切った。

俯いたままの巧の頭に手を置いて、乱暴にグシャグシャと撫でて最後の言葉を言う。

「自分に自信が無いなんて言うな…」

「っ!!……っ、マスター…俺は…っ!!」

とうとう、巧の目から涙が落ちた。

マスターのその一言をきっかけに、たくさんの水滴が巧の目から落ちていく。

マスターはそんな巧を見て、ただ笑いながらその頭を撫でてた。

初めてみる巧の泣き顔。まるで今までずっと我慢してたみたいに、どんどん溢れる涙は止まることなく巧のほっぺたを伝っていく。

私は、そんな巧を見て何か言おうと思った。けど、何を言えばいいのか全然わからなかった。

「巧……っ!?」

バキリ。

結局、巧の名前を呼ぶことしか出来なかった私の遠くから、突然、木の枝が折れるような音が聞こえた。続けてズシンと大きな物が倒れる音。

嫌な予感がした。ゆっくりその音のした方向に振り向くと。

「………っ!!!」

離れた場所で、根元からへし折れた木の後ろからゆっくりとあの化け物が顔を出していた。

「嘘だろ…!? まさか…あいつやられたのか!?」

振り向いた私の後ろで泣いてた巧も、木の後ろから現れた化け物に気づいて驚いた声を上げる。

あいつ…私達を逃がすために一人残って戦ってた不思議なバイク。

ただのバイクとは思えない、人間みたいに動くあのバイクが…やられた?それって壊されちゃったっていうの…?化け物が変身したファイズまで倒したあの子が!?

現れた化け物は、まだ私達にきづいてないみたいだった。注意深くまわりを見渡して私達の姿を探してる。

どうしよう…このままじゃ見つかっちゃうよ…。

「真理、マスター連れて逃げろ」

「……え?」

突然、巧が私の後ろで立ち上がった。上着の袖で涙を拭いて私に言う。

「俺があいつを引き付ける、お前はマスター連れて早く啓太郎と落ち合ってベルト持って来い」

「待てよ巧…馬鹿な真似はよせ!あんなやつに勝ち目なんかあるわけないだろ!!」

マスターが、そのまま走りだそうとする巧の肩を掴んだ。必死な顔で巧を止めようとする。

だけど巧は、その手をそっと掴んで外した。

「マスター…さっき言ったことは確かにあんたの言うとおりかもしれない…だけど、やっぱりまだ…俺は自分に自信なんて持てないんだ…どんなに裏切るのを怖がっても、いつか本当に誰かを裏切ってしまうかもしれない」

「お前っ…「だけどっ」!?」

今度は巧がマスターの言葉を遮った。マスターの目をしっかりと見据える。

「今ここで動けば…少しは自分に自信を持てるかもしれないんだ…。俺は一度あんたと親しくなるのを怖がって、あの店から、あんたから逃げた…。だから…今度はもう逃げたくねぇ!!」

言って、ばっと私達に背中を向けて走り出そうとする。だけど、巧は足を止めて私の方に振り返る。

「……最後かもしれねぇから今のうちに謝っとく…。真理、親父さんの話、ちゃんと聞いてやれなくて悪かった」

「っ!?」

巧は今度こそあの化け物に向かって走りだした。

お父さんの話…あの会社を出るときにちょっとだけしたあの話…。巧はすぐに怒って最後まで聞いていかなかったけど、まさか気にしてたなんて…。

「うぁああああああああああああああっ!!!」

「巧っ!やめろっ!!戻って来い!!」

大声を上げて化け物に向かっていく巧を追いかけようとするマスターを私はなんとか踏ん張って止める。

今ここでこの人を行かせたら…巧が命懸けであの化け物に向かっていった意味がなくなっちゃう。今、私達がしなきゃいけないのは少しでも早く啓太郎と合流すること。

ベルトさえあれば、巧は戦える!私はマスターの手を引いて、一目散に公園を飛び出す。

「真理ちゃんっ!!」

「啓太郎っ!?」

ああ今日はなんてツイてるんだろう、飛び出したところには啓太郎が丁度乗ってきたバイクから降りたところだった。

「早く!ベルト頂戴!!あと、この人をお願い!!」

「っ!!」

投げ渡されたベルトを持って、来た道を走って戻る。よかった、ベルトの武器までしっかり取り付けてある…!啓太郎、今日のあんた最高よ!!

「巧ーーー!!」

私はすぐに化け物と組み合う巧を見つけた。

圧倒的な力の差で、何度も投げ飛ばされる巧に向かってベルトを掴んだ右手をおもいっきり振りかぶって、投げる。

つもった落ち葉だらけになりながら、立ち上がった巧はしっかりとそれを掴んだ。


 * * * * *

見・つ・け・たぁあああああああああっ!!

長かったぜ空の旅っ!本編だとすぐに視点移動したからきっと公園なんて近くにあると思ってたけどそんなことはなかったぜ!巧さーん!全然みつからなくて長いこと必死で飛び回ってたあなたのバジンが助けに来ましたよ!!

『555――Standing By』

「変身っ!!」

『Complete』

え、あれ?

ズッシーン、と地面の上に積もりに積もった落ち葉を巻き上げて着地すると同時に、巧さんがファイズに変身する。

そ、そんなぁ…ファイズギアが来なくてピンチのとこに颯爽と現れるはずだったのにぃ…。

あれ?なんか巧さんが慌てて俺の方に走ってくる。どーしたので?

「お、お前…無事だったのか!?」

え、えぇ~。無事だったのかって…巧さんちょっと会わない間にあなたの脳内で俺は死んでたんですか?現在進行形でお葬式状態だったの?

あれ?なんか声がちょっと鼻声気味になってるもしかして泣いてくれたんですか?

「っ…く、来んのが遅いんだよこの馬鹿っ!!」

と、思ってたら今度はまた頭叩かれた、なんだよもう。いい加減ちょっとぐらい扱い良くしてくれないと泣くぞ、泣けないけど。

『――――っ!!』

その時、モニターの端で微妙に捕らえる黒い影。あのイカ野郎が灰色の杖を巧さんに向けている!!させるかぁ!どこまでも思い通りにいくと思うなよ!!

気づくと同時に発射された黒い弾丸の前に、巧さんを押しのけて立ちはだかり、モニターの正面に捉える。

常人じゃ反応できそうにない速さで飛んでくる弾丸に、俺は右ストレートで迎え撃つ。

その瞬間、ぶつかり合った衝撃でドカンと爆発が起こるけど俺の身体にダメージは無い。流石バジンだ!機雷どころか何されてもなんともないぜ!!

晴れた煙の向こうに佇む、オルフェノクをモニターの中央に捉えながら我流臭たっぷりのファイティングポーズをとる。その横に巧さんが並んだ。

「マスターは逃がした、後はこいつをなんとかするだけだ!足引っ張んなよ!!」

ピロロロロー!了解ですよ巧さん!この俺がきたからにゃあこんな奴あっという間ですとも!!

「ハッ!!」

落ち葉を巻き上げながら、巧さんがオルフェノクに飛び掛った。

ジャンプしながら放ったパンチをその灰色の顔にぶちかまし、そのままよろめいたところに、左右のパンチを打ち込み。アッパーのように振り上げた右拳でボディーブローをかます!

「グハァ!!」

たまらずオルフェノクの身体が宙を舞う。飛んだ先に生えた木に身体をぶつけて地面に落ちた瞬間、今度は入れ替わりに俺がオルフェノクに向かっていく。

ズシンズシン、音を鳴らして走りスラスターを吹かして一気にジャンプ!そのままドロップキックの要領でオルフェノクに突っ込む!草加さんばりの両足蹴りをくらいやがれ!!

「ちぃ!!」

流石にこのオルフェノクもやられっぱなしじゃなかった。ドロップキックで突っ込む俺に気づくと同時に横に転がってこれを避ける。

対象の居なくなった地面に、俺はもの凄い勢いで突っ込む。だけど残念、俺のバトルフェイズはまだ終わっちゃいない。

すぐさま避けたオルフェノクに向き直って、オートバジンがもつ唯一の銃器を起動させる!そうっ、この左腕に装着した前輪丸ごとにガトリング砲を搭載したバジンが誇る最大火力!その名もバスターホイールだ!!

「グォオオオオオッ!?」

ガガガガガガッ!!高速回転する前輪の12門の銃口から秒間96発の速さで打ち出される弾丸が、その威力でオルフェノクの身体を躍らせる。見たかァ!これが俺のバスターホイールの力だ!!

俺が放つ弾丸に、更にいつの間にか起動した巧さんのフォンブラスターの連射も加わって、オルフェノクの身体が火花を上げる

その威力に耐え切れずに吹っ飛び、また派手に落ち葉を舞い上げて転がったオルフェノクは、立ち上がりながらその杖の先を俺と巧さんに向ける。

ブッシュウウウウウ、俺から逃げた時と同じイカ墨の煙幕だ。巧さんが驚いて声を上げるけど、一度食らった俺は怯まずスラスターを吹かせてその煙幕のド真ん中に突っ込み渾身の右ストレートをぶち込むッ!!

「ガァアアアアアアアアアッ!!!」

真っ黒な視界の中に確かな手応えと打撃音、そしてオルフェノクの悲鳴が響き渡る。

「うぉおおおおおっ!――ダァ!!」

煙幕を突き抜けると、オルフェノクは地面の上に這いつくばっていた。身体を起こしたところに今度は巧さんのとび蹴りが突き刺さり、ふっ飛ぶ。

「グゥ…くそっ!!」

オルフェノクは今度は起き上がりざまに、杖の先から地面にむかって弾丸を撃つ。

ドカン、とその足元に爆発が起こり、巻き上がった煙がその姿を覆い隠す。

俺と巧さんがそれを突き抜けて拳を振るけど手応えは無い。だけど、オルフェノクはすぐに見つかった。

巧さんがとっさに周りを見渡し、公園を飛び出していく野郎の姿を見つけたからだ。

「逃がすかっ!」

叫んで、巧さんは自分も同じように公園を飛び出して硬いアスファルトの上をオルフェノクを追って走っていく。ちょ、ちょっとぉ!ここにいる便利な乗り物は無視ですか!?

俺は即座にスラスターと後輪を吹かして、低空飛行。一生懸命走ってオルフェノクを追いかける巧さんの横を飛びながら『Φ』ボタンを押してビークルモードに変形して並走する。

「遅いっ!」 

酷ぇ。

俺が横に並ぶと同時に飛び乗った巧さんは、一気にアクセルを吹かして急加速。逃げるオルフェノクへと追いすがっていく。

負けじとオルフェノクが最後の抵抗とばかりに弾丸を撃ってくるけど、そんあ攻撃は意味を成さない。

次々飛んでくる弾丸を、右に左に俺を蛇行させて巧さんは一発も当たらずにかわしってみせた。

『Ready』

そのまま、更にスピードを上げながら、片手でミッションメモリーを差し込んだポインターを右足にセットして、俺の車体を叩きながら叫ぶ。

「おい!俺が飛んだらこのまま突っ込め!絶対にこけるなよっ!!」

言って、巧さんはハンドルから手を離して座席の上に立ち上がった。ってちょっとぉ!いきなり運転任せんでくださいよ!急にハンドル離されたからマジでこけるかとおもったよ!!

『Exceed Charge』

抗議のつもりで鳴らしたピロロロを了解って受け取られたのか、巧さんはファイズフォンのエンターキーを押して右足のポインターにエネルギーを充填!えぇいこうなったらやってやるよチクショー!あのイカ野郎おもいっきり撥ねてやんよ!!うぉおおおおっ!!

巧さんの運転から俺の自動操縦に切り変えて、さらに強くにアクセルを吹かせる!道の両サイドの景色が更に速さを増して後ろへと流れていく。

「ハッ!」

その瞬間、巧さんが座席から飛んだ。制限速度なんてとっくの昔に無視した超スピードでぶっ飛ばし、俺は逃げるオルフェノクの背中にぶつかる!!

悲鳴を上げてオルフェノクが吹っ飛び、空中に上がったその身体を先に飛んだ巧さんのポインターが拘束する。

「ヤァアアアアアアアッ!!!」

空中に拘束されたオルフェノクの真下をくぐり抜けた瞬間、真紅の槍と化した巧さんがオルフェノクの腹を貫いた。

「グゥアアアアアアアッ!!」

キィン、っと独特の甲高い音を鳴らして灰色の身体に『Φ』のマークが刻まれ、その身体を突き抜けた巧さんが俺の上に降りた瞬間、オルフェノクの身体から青い炎が噴出した。


 * * * * *



通り過ぎた背後で絶叫が上がると同時に急ブレーキを駆けて止まる。

「っ! 何っ!?」

停止と同時に振り返る、俺の方からじゃ見えなかったけど、多分…この反応を見るにいつも残る灰が無かったんだろう。

だけど…これで終わり。この後あいつは木場さん達の前で『オルフェノクの死』を教えて消滅する。

そして、それは…今回の戦いが、完全に終わったことを意味していた。

そう…俺はマスターを助けられたのだ。

だけど、その為に切り捨てたものも少なくない。

あの時間、客は巧さんだけじゃなかった。後のスネークオルフェノク…海堂 直也と、他数名。

マスターを助けるために、俺が無視したわかっていた犠牲。

マスターは助けられた…けど、素直に喜んでいいのかな…これ。

「おい」

そんなことを考えてたら、いきなり変身を解いた巧さんに呼びかけられた。なんですか?

ピロロロを鳴らして、応えるとペチッと叩かれたので止める。これ嫌いなんですか?巧さん。

「あーっと…その、なんだ…」

仕方なく黙った俺を見ながら、巧さんはどこか言いにくいみたいで中々言ってこない。

暫くしたらようやく決心がついたみたいに口を開いてソレを言う。

……この時、俺は正直マスターを無事助けられたこと以上に嬉しかったのを覚えている。

長い間を空けて、巧さんはそれを言ってくれた。

「……よくやった」


 * * * * *



「そら、約束のコーヒーだ」

「…あぁ」

どうも、オートバジンです。早いものであれからもう二週間が経ちました。

結局、店があんな状態ではコーヒーも糞もなかったので、結局、巧さんの最後のコーヒーは無かったことになった…と思っていたんですが、二週間たった今日、いきなり我らが菊池クリーニング店にマスターからの誘いの電話がかかってきた為、巧さんと一緒に来ることに。

…ちなみに、今日は何故か俺までご氏名だったので、なんだろうと思ってたらバトルモード状態で家の中に入れられました。おぉ、なんか店の中キレイになってる。俺がぶっ壊したドアと天井の穴も塞がってます。

「美味いか?」

「あぁ……変わんねぇな、この味」

原作じゃあ出来なかったやりとり、互いに話す巧さんとマスターはどっちもどこか懐かしそうな顔してます。

なんか…こういうの見せられると、助けられて良かったって思うなぁ。原作でも無事に会えてたらこんな風に喋ってたんだろうか。あっ、ちなみに巧さんコーヒーはたっぷりフーフーしてから飲んでます現在進行形で。

「店な…続けることにしたわ」

「そうか…なんかあったのか?この間に」

え?マジですかマスター。このご時世だから仕方ない…って原作だとなんか諦めムード入ってたのに。

「思い出しだしたんだよ、この店始めた理由を」

「理由?」

「あぁ、俺さ…昔から困ってたり、悩んでたりする奴がいるとほっとけなくてよ、そんな奴達元気にする為に色々頑張ったりしてたんだ。で、大人になってこの店開いたとき…俺はこう思ったんだ、自分が子供の時してたみたいに毎日に疲れた人達を元気にできる店にしようってな」

「ハハッ、随分おせっかいな理由だな」

巧さんの言葉に、笑いながらうるせぇっと返すマスター。

へぇ~、マスターが店を開いたのにはこんな理由があったのか。

ん?あれ?なんか正直、ここに俺いなくてもいんじゃね?

「まぁ、俺の昔話はどうでもいい、今日はお前達に言わなきゃいけねぇことがあったんだ」

「ん?」

はい?なんでかマスター。

急に、巧さんだけじゃなく俺も入れた話を始めるマスター。一体なんだろ。

「巧、そんでロボット。お前達今日からうちの店員な?」

へ?

「ハァ!?ちょ、ちょっと待てよマスター!なんで急にそんなことになるんだよ!!」

「やかましい黙れ、ちょっと前まで閉めるつもりでいたから前までいた店員全部辞めさせちまって手が足りねぇんだよ」

「いや、それなら募集すりゃいいだろうが!!」

「そんなすぐに集まるわけねぇだろ、馬鹿かお前は。……そーいや、どっかの誰かさんのバイクが壊したドアと天井の修理費がけっこうな額になったんだけどな~」

「それはコイツが勝手にやったことだろうが!コイツだけが働くのもまだしもなんで俺までここで働かなくちゃならないんだよ!!」

「お前こいつの持ち主だろ?だったら持ち物の尻拭いぐらいちゃんとやれよ」

ヤバイ、なんか巧さんがめっちゃ睨んできてる。怖ェ。

し、ししし仕方がないじゃないッスかァ!こっちだって結構必死だったんですよ!?しかも原作知識があてにならない状況だったしですねェ!!そもそm(以下略

「まぁそう言うわけだから「いや、何がそういうわけなんだよ!俺は嫌だからな!!」だぁもうめんどくせーな、おいロボ、お前もなんか言ってやれ」

そう言って、ちっさいメモ帳の1ページとボールペンを渡されました。

「言葉が通じるんだ、書けても不思議じゃねぇだろ。いっちょサラサラっと書いてみせてやれ」

は、はぁ…。

うわぁどうしよう…なんか巧さん「変なこと書いてみやがれ、その場でスクラップにしてやる」な目でこっち見てるよ…。

でもなぁ…正直、マスターがいかにも期待してますな顔してるから「嫌です」なんて書ける気がしないよ。

暫く、メモ帳とボールペンを持って棒立ちしてたけど、諦めてただ一言書くことにした。

サラサラサラっとペンを走らせて巧さんの肩にポンっと手を置き、その顔の前にメモ帳をかざす。

そこに書いたのは本当にただ一言。

『諦めましょう』

「ふざけんなぁああああああああああっ!!」

見せた瞬間、予想通り巧さんに叩かれました。ううっ…。

一瞬間を置いて、その内容を見たマスターは爆笑するし、俺に一体どうしろっていうんだよ畜生。

「まぁまぁ落ち着け巧、また俺が美味いコーヒーの入れ方を教えてやるからよ!この…『立花 藤兵衛』さんがな!ガッハッハッハッハ!」

笑うマスターと怒鳴りまくる巧さん、その間で困る俺。なにこのカオス状態。

なんか一人助けただけでもの凄い勢いで原作から離れた事が起きてるよ…。

やばいなぁ…こっから先、原作知識が通じるか不安になってきたぞ。

ん?ところで今聞いたマスターの名前って…。



~あとがき~

すいませんでしたァアアアアア!!

まずは謝罪をば。まさか近日中に書き上げますといった後編がこんなに時間がかかるとは…。

冬休みが終わって学校が始まったのと、マスターによる巧の説教が中々浮かばず予想以上に時間がかかってしまい、本当にすいませんでした。

この手のシーンは本当に難しいですね。正直、マスターのセリフにしっかり説得力を持たせることができたかもの凄く不安です。

最初は、これよりももっと説教臭い感じのセリフで書いていたのですが、書いてる自分が途中から何を言わせたいのか分からなくなったのと、巧の唯一の理解者であったらしいき人物なので巧を責めるような内容から肯定する内容に切り替えました。

今回の話で、巧くんはちょっと吹っ切れたんじゃないかなぁ…と思ったり思わなかったり、マスターとの会話でこの先少しでも変化を出せれば良いのですが…。

正直、今までで一番不安な回となってしまいました…。

巧くんの「自信が無い」発言の続きのセリフは、DVDを見直している時に思いつきました。

言った直後にオルフェノクが追いついた為言えませんでしたが、私にはその後になにか言おうとしているように見えたので、勝手に付け加えてしまいました。

あと、喫茶店にいた時の巧くんの過去話…。

そして、コメントでも言われてたバジンくんvsスクウィッドオルフェノクは戦闘経験と相性の差でバジンくんの負けとなりました。

ファイズと一緒に戦って始めて勝てましたが、やはりお世辞にも動きが早いとはいえないバジンくんには、原作でも瞬間移動(?)を駆使してファイズを一時翻弄したこの敵には相性が悪かったようです。


 追記 今月末から大事なテストの期間となる為、一時的に更新が止まることになります。
   なんとかそれまでに次話ぐらいは投稿できるよう頑張りますので、よろしくお願いします。



[25296] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第五話 夢の守り人 ~とあるスーパーロボットの回想~ (1)
Name: てんむす◆e4ae1c7c ID:c7c2cd74
Date: 2012/10/30 11:30
「あ、ちょっとこれ車に積んどいてくれるかな?」

言ってバトルモード状態の俺に、ビニールに入ったキレイに洗濯されたシャツやら何やらをドサッと渡してくる我らが店長 啓太郎。

はいはい、お任せあれ。コクッと頷いて家の前に止められた配達用のバンに積み込みます。うむ、一丁上がり。

「おいお前、ちょっと茶ァ注げ茶ァ」

ちゃちゃっと仕事を終えて、家に戻ると椅子に座った巧さんがコップを差し出して言ってきます。

イエッサー、熱いのと冷たいのどっちにしますかな?

「冷たいのに決まってんだろ、当たり前のこと聞いて『無駄使い』すんな」

はいはい分かってますよ~っと。冷蔵庫の冷たい麦茶をどうぞ。

どーも、オートバジンでございます。

あの後、結局クリーニング屋のバイトもしてるから空いた日にだけ来るように言われました。巧さんは納得してなかったけど。

え?何?そんなことよりなんで喋れないのにいきなりナチュラルに会話してるかって?フッフーンそれはですねぇ、ある特殊アイテムを貰ったからでございますよ。

ジャジャーン、『スケッチブック』に『12色ボールペン』でござい。これを使ってちょちょいと書けば、簡単に会話ができるのですよ。

しかもこれ、なんと巧さんから貰っちゃいました。

一体どんな経緯でそんなことが起こったのかというと…ちょいと時間を巻き戻して話さなきゃいけませんねぇ。

そう、これはマスターの店にいくまでの2週間の間に起きた、それぞれの夢とその守り人の始まり、そして俺が戦う理由を見つけられたお話。

それでは、はじまりはじまり。

「おいちょっと注ぎすぎだ。もういい溢れ…おわぁ!冷てぇ!!」

あ、やべ。


 * * * * *



カリカリ、ボキッ。カリカリカリ、ボキッ。カリカリカリカ(以下略。

真っ白な広告の裏側に一生懸命字を書いてた俺の握力に耐え切れず、握ってた鉛筆がボキッと折れる。ああくそぅこれで何本目だよ…。

現在、私オートバジンめは何とかして意思疎通の手段『筆談』を会得するため必死に字を書く練習をしている次第でごぜーます。

え?なんでそんな必死にやってるかって?

いやはや、なんてったってここ、仮面ライダー555の世界は平成の仮面ライダーシリーズにおいて初代昼ドラライダーとか言われてるとこでして…。

一人の男or女を巡る愛憎劇やら恐ろしい策略が巡らされるそれはそれは登場人物に優しくない世界なのでございます。

それによって起こるいくつもの悲劇を回避するには、知識持ちの俺がなんとかして会話能力をゲットする必要があると考えたのですよ。今日までは身振り手振りで頑張ってきたけど絶対限界くるだろうし。

俺一人でどこまでカバーできるかは分からないけど、分かってる犠牲は少しでも減らしたいと思うのは駄目でしょうか…。まぁそういう暗い理由もありますがいい加減俺だって喋りたいじゃない?

という色々と個人的な理由で一生懸命やってるわけですよ。あ、また折れた。

いやぁこのバジンくんの手、字を書くみたいな細かい動き自体は出来るんだけどいかんせん力が強すぎる!握った鉛筆がドンドン折れていきます。芯がじゃなくて本体が。

そんな俺に啓太郎が追加の鉛筆を買ってきてくれましたが…ごめん啓ちゃんもう無くなった。

まさかパンチ力だけじゃなく握力までトン単位でいっちまうこの腕の力が仇になろうとは…力の調節がここまで難しいなんて思わなかったよ…。

あ、そうこうしてたらレギュラーズが帰ってきました。お帰りなさいッス。

『ピロロロロー』

「あ、ただいま…うわぁ、こりゃまた派手に使ったねぇ」

お馴染みの音で挨拶すると啓太郎と真理さんは笑って返してくれた。啓太郎は俺が折った鉛筆の山を見て唸ってます、ごめんね。

あ、珍しく巧さんが叩いてこないぞ、返事もしてくれなかったけど。おーい巧さーんあなたのバイクが構ってくれないから寂しがってますよ~ピロロロロ~。

「うるせぇ!!」

と思ってたらついに怒鳴られた。畜生やっぱし『君が返事するまで鳴らすのを止めない!作戦』は無謀だったか。

仕方が無いのであっつい仕事場から帰ってきた三人に麦茶を注いでなんとか事なきを得ます。

「今日は無理しないでいいよ、休んでなよ」

「……お前昨日マスターに言われたから変な気ぃ使ってんじゃねぇだろうな?」

おっと、ここで原作会話がスタートしました。マスターが助かったからか、ちょいと内容が変わってます。何言われたんだろ。

「だって…ずっと悩んでたんでしょ?誰だって悩み事の一つや二つ抱えてて当たり前だもん。辛いことぐらい私にだってわかるから」

「別にそこまで深刻に考えてたりした訳じゃねぇ…変な気を回すな」

うーん、悩みっていうのは原作で言ってた人と親しくなるのが怖いうんぬんだったっけ…。うーむ、このあたりはマスターに言われたことが分からないからなんとも言えないなぁ…。

「ねぇ!?なんで素直になれないわけ?泣きたいなら泣けばいいし、怒りたければ怒ればいいじゃん!」

「人の気持ち勝手に決めんなっ!」

「……怖いんだもんねぇ~自分を出すのが。それで自分を信頼してくれる人の気持ちを裏切るのがさ。昨日はカッコよくもう逃げないとか言ってたけど…そんな臆病なんじゃ無理かもね~」

おおぅ、今のセリフ原作と結構変わったなぁ。信頼してくれる人の気持ちを裏切るのが怖いって…原作で言ってなかったよな巧さん。

「人のこと言えんのかぁ?お前だって」

「何よ!はっきり言ってよ!」

「お前の父ちゃんのことだよ、ほんとは会うのが怖いんだろ?ほんとの親父じゃないって言ってたけど、どっかで悲劇のヒロインぶってんだよ!」

うわぁ巧さんキッツイ、なんでそんなこと言っちゃうかなぁ…そんなこと言うからまた…。

「何よソレ!そーいうこと言うかな普通!!最低最悪!!」

「はっきり言えっつったのはお前だろ!」

「バカ!」

「バーカ!!」

「バカって言うなバカ!!」

「バカバカバカッ!バーカ!!」

あーあ始まったよもう…つーか悪口のボキャブラリ少ないなあんたら。今時子供でももっと悪意こもったこと言ってくるよ?

「バカバカバカバカ!」

「バカバカバカ!バーカ!バカバカ!!」

えぇいもう五月蝿い、いい加減にしないとバケツの水をぶっかけるという昔ながらの沈静法を使いますぞ?

「もう!いい加減にしなよ二人とも!!相手にバカって言ったらね!バカって言った方がバカなんだよ!!」

と、思ったらここで我らが店長 菊池 啓太郎が一喝して鎮めてくれます。ご苦労様。

一喝されたおバカさん二人はお互いに睨みあってました。

 
 * * * * *


「この人…本当に私達みたいになるんでしょうか…」

「………」

木場 勇治は自宅のマンションに結花と共にいた。

戸田によって喫茶店での大虐殺がおこされる中を、こっそりと逃げ出してきたのだ。

そして、勇治はその時やってきたモノについて考えていた。

罪も無い店の客達の悲鳴が轟く店内に、轟音と共にドアを突き破って現れた…赤と銀のバイク。

それはオルフェノクに変身した戸田を撥ね飛ばすと同時に信じられない変化を起こした。

散乱するテーブルや椅子を蹴散らしながら、ガシンガシンと駆動音を鳴らしながら、ソレは身長2mはあろうかというほどの人型のロボットへと変形し、起き上がろうとする戸田へと組みかかっていったのだ。

それは昔みた子供向けアニメに出てきたような正義のロボットを彷彿とさせた。

オルフェノクをその身体で押さえ込み、店のマスターと後から入ってきた若者二人を逃がし、自身はオルフェノクを抱えたまま天井を突き破って飛び出していくその姿は正しく勇治が子供の頃みた正義のロボットそのものだった。

店を抜け出し、おそらくそのロボットに倒されたであろう戸田が目の前で死ぬ様を見た時も、頭の隅からその光景が焼きついたように離れなかったのを覚えている。

「木場さん?」

「えっ!? あ、ああ…ごめん……多分、戸田さんが言ってたことが本当なら…」

唐突、結花の声で思考の海から戻される。振り向くと、結花が不機嫌そうな顔をしていた。

「……あのバイクのこと考えてたんですか?」

「ご、ごめん…まさか目の前でこの前みたバイクがロボットになって戦うなんて思っても見なかったから…妙に焼き付いちゃってね…」

「随分楽観視してるんですね木場さん…今の自分の事。私なんて…自分に何が起こったのか…これから何をすればいいのか分からなくて…ロボットになるバイクのことなんてとても…」

「…ごめん、だけどこれだけは言える、僕は戸田さんのようにはなれない…いや、ならない。仲間を増やすために人を襲うなんて…絶対にできない」

勇治はどこか責めるように言ってくる結花に言葉を濁すが、その意思だけはハッキリと答えた。

「…好きなんですか?人間のこと」

「もちろんだよ!俺達だって同じ人間だろう!?」

「でも!…戸田さんはもう人間じゃないって…!!」

「そんなことあるもんか!人間さ…俺達は人間だよ!!」

まるでそう考えるのがいけないことであるかのように言ってくる結花に、勇治は玄関に続く階段を駆け下りながら叫んだ。

そう自分達は人間だ、ただ死を経験し異形の怪物へと変身する力を得ただけで…野獣のように人の肉を求めることも無い、理性を持った人間なのだ。……そう思っていなければ、やっていられない。

「どこに行くんですか…?」

「スマートブレインに!まだ聞いてないことも、色々あるし…」

言って、ドアを開け廊下に出た。

……実際はそれだけが理由ではない。スマートブレイン、始めて見たあの場所でなら…もう一度会えると思ったからだ、あのバイクに。

会って、なぜ戦えるのかを問いたい。そうプログラムされているから、と考えればそれまでだが勇治にはどこかあのバイクからは独自の意識を持っているように感じたのだ。

根拠はない、だが…あれをただのバイクと片付けたくは無かった。


「おいっ!一体どこにいくんだよ!!」

「私は臆病者でもないし、悲劇のヒロインぶってもいないから! あ、ごめん、ちょっと乗せてってくれる?」

曇り空の下、文字書き用の鉛筆が無くなったから、仕方なく店先で掃き掃除してたらいきなり真理さんが飛び出してきた。

スマートブレインにいくんですね?いいッスよ。どーぞどーぞ。

コクっと頷いて、付けてた前掛けを外してキレイに畳む。腹の座席をカパッと開いてその中に前掛けを押し込んで『Φ』ボタンをポチっとな。

「お父さんに会ってくる、こうなったら社長室まで乗り込んでやるっ」

「無理すんな、どうやって中入るんだよ」

「知らないよそんなの!!…ってちょっと何!?」

「付き合ってやるよ。お前の父ちゃんには俺も聞きたいことあるしな」

変形した俺に乗り込んだ真理さんの後ろに、巧さんもどっかと座る。ちょっとちょっと、後ろからハンドル握ったら危ないですよ。

……なんか見ようによっては後ろから抱き付いてるみたいだなコレ、ポジション逆だったら絵になるんだけどこれじゃただのセクハラですよ巧さん。

「やめてよ免停のくせに!!痛っ!」

抗議する真理さんを無視して、巧さんは俺を発進させるのでした。

あ、やべ、箒しまってない…。


 * * * * *

「………」

長田 結花は落胆していた。

自分の仲間だ。そう言って自分をここに連れてきてくれた青年…木場 勇治が昨日自分達が居た喫茶店に乗り込んできたバイクのことばかり考えていることにだ。

自分も彼も、置かれている状況と自分達に何がおこっているのかも分かっていないのに、何故そんなことに思考を向けられるのか。それが結花には分からなかった。

(…頼りになる人だと、思ったんだけどな…)

一応、スマートブレインにまだ聞いていないことを聞きに良くなどと言っていたが…。

「うっ…ん?」

その時、ベッドに寝かせていた男が呻きながらゆっくりと身を起こした。

「っ、大丈夫…ですか?」

「? …あー。もしかして俺、誘拐とかされました?」

結花の質問に、どこか軽い雰囲気を漂わせるその男はおどけたように答えた。

「いえ、何も…憶えてないんですか?」

「ん…そういや…変な夢見たような…」

「違うんです…それは「ああっ!!」!?」

夢…というのは昨日、男に起きたあれのことだろう。そう当たりをつけて、結花が訂正しようとすると男は行き成り大声を上げて立ち上がった。

「今何時だ!!……ゲゲゲ!!やべぇ!マジやべぇ!!」

「えっ!?あ、ちょっと、ちょっと待ってください!!」

言って、シュバッと左手に付けた腕時計を見るや否や、素っ頓狂な声を上げて飛び起きると、そのまま家を飛び出していこうとする。

慌てて結花が止めようとすると、男は振り返り、それを手で制して言った。

「よく分からないがお嬢さん……また会いましょう。君は…薔薇より美しい…アディオース!!」

「ちょっ!?待ってくださいってば!!」

妙にキザったらしい言葉と共に、結花の頬をつまんだ男はそれだけ言って家を飛び出していった。

慌てて結花も家を飛び出しそれを追いかけるが、男の足は速く、なかなか追いつくことが出来ない。

おまけにオルフェノクになる前から特に運動などしていなかったことも足を引っ張って、すぐに息が上がってくる。

遠くにポツンと見えるだけになった男が、オルフェノクの視力でタクシーに乗ったことを確認し、なんとか追いつこうと足を動かす。

しかし、走るごとに募ってくる息苦しさに目を瞑った瞬間、ドンっと身体に衝撃が走ったかと思うと、そのまま勢いあまって転んでしまった。

「っ!!」

しかし、それで止まるわけにはいかない。すぐに立ち上がり、もうほとんど見えなくなってしまったタクシーを追って、なんとか追いつこうと再び結花は走っていく。

「ちょ、ちょっと!携帯落としましたよー!!」

…後ろから誰かの声が聞こえた気がした。


 * * * * *


「クソッ!!」

スマートブレインのロビーを後にし、勇治は一人毒づいた。

あの独特の喋り方の女…スマートレディに話を聞いてものらりくらりとはぐらかされ、埒が明かないと強引に社長室に乗り込むも、その先にあったのは気が狂いそうなほどの真っ白な空間。

踏み込み、その中を探し回ってもみたが、逆に自分が出口を見失いそうになった。

おまけに自分がここにきたもう一つの目的である、あのバイクも見つからず、勇治はイライラを募らせていた。

そんな勇治を、遠くから見る人影が二つ。

「見ろ、IDカードだ。あれがありゃ中に入れる。……丁度いい、あいつにしよう、弱そうだ」

「そうね……」

「……止めないんだなお前」

「止めて欲しいの?」

「いや…別に」

乾 巧と園田 真理は一人の青年を見据えていた。

まともにスマートブレインに入ろうとしても受付に突っ返される、となると裏の手を使うしか無い。

そこで目をつけたのが社員が持つIDカードだった。

そして、二人は一人の青年に目を付けた。大人しそうなその目に理知的な光を湛えた青年だ。

バタン、とドアを閉めて車を発進させた青年を追って、真理と巧は慌しく自分達が乗ってきたバイクに乗り込んだ。

「ちょっとスピード出すけど、安全運転でいくからブレーキは駆けないでね?」

乗り込んですぐに、真理は『Φ』のマークが書かれた銀色のタンクをポンと叩く。

まるで人間の家族にお願いするような真理の口振りに、バイクは『ピロロロロ』っと甲高い音を鳴らして返した。

冗談のようだがこのバイクは意思を持っている。そして自分の意思で動くことも出来る。

巧が普段運転しているときに、スピードを出しすぎていると自分でブレーキを作動させて減速することもあった(それに対抗してアクセルを無理やり吹かして爆走した結果、巧は免停になった)。

さらにはどういう原理か、変形して人型ロボットの形をとることも出来る。

最近では、家や店の中で自由に歩き回っては自分達の仕事の手伝いまでしている。

掃除、洗濯、ゴミ出し、食事時の食器出しに飲み物の準備、中でも一番驚いたのは、一度いつも準備する真理や啓太郎に代わって炊飯のための米とぎをやっていたことと、洗濯機を操作している時だった(洗剤を小脇に抱えて備え付けのスプーンでしっかり図って洗濯機に入れる姿は凄まじくシュールだった。見かけがカッコ良い分余計に)

正直いって、バイク…いやロボットとは思えないぐらいに人間臭い。まるで人間の魂が乗り移ってでもいるのではないかと疑いたくなるほどに。

巧は見ていなかったが、一度一緒にバラエティー番組を見ていたら腹を抱えて身体を震わせていたこともあって、まるで笑っているようだったというのは真理の談だ。

おまけに、このバイク、意思の疎通まで可能である。ほとんどこちらからの一方通行であるが、こちらの言葉を理解し、それに応じて行動することもできる(大抵、身振り手振りやらで一生懸命自分の意思を伝えようとすることもあるが、もどかしそうに頭を抱えてしまうことも多い)

そして、しっかりとした態度で頼めば理に適ったお願いなら大抵、二つ返事で了解してくれる。

今の真理のお願いにも、状況を察して了解してくれたようだった。少し強めにアクセルを吹かしてもブレーキを駆ける様子は無い。

やがて、どこかの高層マンションの駐車場に青年の車が止まった。

そこの入り口を、バイクを引きながらそろそろと下って青年の車に近づく。

「おいっ、ラッキーだぜ見ろよ…!」

「ああっ…!ラッキー♪」

二人が窓の外から車内を除くと、青年がつけていたIDカードがそのままダッシュボードの上に置かれていた。

「よーし、そうとくれば…!」

『Battle Mode』

「ちょっ!?」

ふいに、巧が引いていたバイクの『Φ』マークを押した。

途端に、ガシンガシンと音を鳴らしてバイクがその身体を人型ロボットへと変形させた。

「鍵壊してる間に人が来たらヤバイ、ちょっと強引だけどこいつの馬鹿力でドアごと外しちまおう」

「バカッ!そんなことにこの子が協力するわけないでしょ!?たまに本気にしちゃうことだってあるんだから、変なことやらせないでくれる!?」

「デケェ声出すなバカ!気づかれるだろ!?おいっ、こん中のIDがいるんだ!お前の力でドア壊すの手伝え!」

「だからやめてっていってるでしょバカッ!ごめんね、このバカの言うことなんて聞かなくていいから…」

「バカって言うなこのバカ!誰の為にやってると思ってんだ!?」

「何よ!バカをバカって言ってなにが悪いのよこのバカ!」

「何だとこのバカ!」

「バカ!」

「バカバカ!!」

「バカバカバ「何してんの!?」!?」

変形させたバイクが僅かに戸惑った後、ドアを掴もうとするのを必死に止めながら巧の頭をひっ叩く。

どなり返した巧に言い返し、困るバイクを挟んで言い争う二人に突然、第三者の声が割って入った。

「「「…………」」」

 * * * * *

「まったく困ったもんだ、昼間っから車泥棒とは」

「すいません…ほんとにごめんなさい…」

勇治は自分が住むマンションの管理人の部屋にいた。

車泥棒を捕まえた、そう言われてつれて来られた勇治は炬燵を挟んで男女の二人組に引き合わされた。

「どうします?警察に引き渡しますか!?」

「いえ、反省してくれてるようですし…それよりちょっと聞きたいことがあるんですけど…」

「えっ?」

軽く笑って、管理人の言葉をやんわりと断ると、勇治はずっと気になっていたことについて聞いて見ることにした。

「外にいるあの、その、ロボット?の持ち主ってあなた達ですか?」

そう、ロボットだ。今現在、この部屋の外で正座したままガックリと肩を落としているあのロボット。

間違いない、あの喫茶店で見たあのロボットだ、そう当たりをつけて勇治は目の前の少女に問うた。

「え…はい、そうですけど…何か?」

「……っ!!」

あっさりとそう答えた少女に、勇治は身を乗り出して詰め寄った。

「あの、もしかしてあのロボット…昨日喫茶店で化け物と戦ったりしませんでしたか?」

「え、あの…」

「アンタ…昨日喫茶店にいたのか?あの喫茶店に」

「ええ、もしそうなら、あのロボットと話をさせてくれませんか?僕は…どうしても聞きたいことがあるんです」

端から見たら変な人に見えるだろうな、と思いながら勇治は言葉に詰まった少女のかわりに話に入ってきた青年に言った。

「わりぃけど…あいつは喋れねぇよ。その代わり字ぃ書いて喋ろうとしてるけど…まだ上手くいってねぇ」

「そう…ですか…」

その青年は、どこか不機嫌そうな顔をしながら答えた。

勇治はそれを聞いて落胆したように肩を落とした。あてが外れた感じがした。もしかしたら言葉を発することが出来るかもしれない…と、僅かに期待をしていたのに。

「あ、でも…やれないことはないと思いますよ!!」

「えっ?」

そんな勇治の落ち込んだ表情を見て、今度は少女が声を上げた。

「あの、すいません管理人さん!紙とちっさい鉛筆ありませんか!?大人の男の人がぎりぎり持てるぐらいの小っさい奴!!」

 
 * * * * *


……どうしてこうなった?

現在、俺ことオートバジンのすぐ目の前に仮面ライダー555のもう一人の主人公 木場 勇治さんが立ってます。

原作と違って、真理さんのバイクを俺が壊したからこの車泥棒事件に俺が駆り出されるのは想定済みだったけど、まさかこんなことになるとはぁああああ!!

一緒に出てきた真理さんは鉛筆と紙持参してるし木場さんは木場さんで、なんかすんごい期待こもった目になってないかこれ!?

ど、どどどどどうする!?逃げ場がねええええええ!!!

「その、君なんだよね?昨日の喫茶店であの化け…物と戦ってくれたのは…」

へ!?ええはいそうです、ワタクシメガタタカイマシタデゴザイマスヨくぁwせdrftgyふじこlp;@

テンパりながらなんとか頷くと、木場さんはどことなく嬉しそうに笑った。

……今、あのオルフェノクのことを呼ぶ時ちょっと詰まったな。当然か…自分も同じ存在だしその呼び方は辛いよな。

「はい、これ使って」

真理さんが鉛筆と紙を差し出してくる。う、うーむどうしたもんかなぁこれ…。

コレはおれの根拠ゼロの予想だけど…多分、あのオルフェノク関連の話になると思うんだよなぁ…。

合ってたら木場さん話しにくいだろうし…仕方ない、ここはちょっと…。

【すいません、ちょっと二人っきりにしてもらえますか?】

木場さんの車のボンネットに紙を置いて、鉛筆でガリガリっと書いたそれを巧さんと真理さんに見せた。

すいません、わざわざ書きやすい短い鉛筆もってきてくださったのに…(長いと良く折れるのダ)。

「……わかった、終わったら帰ってきてね。ほらっ!行くよ巧!!」

「だぁ、分かったから押すなこのバカ!」

ちょっと考えたけど、真理さんは何も言わずに巧さん連れて管理人さんの部屋に戻っていった。良かったー、この歳で言うセリフじゃないけど良い子にしといて。

「悪いね、わざわざ気を使ってくれて。これで俺の方も心置きなく話しが出来る、ありがとう」

いえいえ、そんな…。顔の前で手を振って気にしないでください、と合図する。

そんな俺を見て、木場さんは一度フッと息を吐き、聞いてきた。

「もう分かってると思うけど…君があの化け物…と戦ったとき、俺もあの店にいたんだ。君が来てくれたお陰で助かった。正直、我が目を疑ったよ、まさかバイクが変形して戦うなんて夢にも思わなかった」

まぁ普通はそうですよね、巧さん達はもう見慣れた感じだけど。

「だけど、一つだけ聞きたいことがあるんだ」

頷く。なんですか?

「君は…どうしてあの…化け物と戦えるんだ?」

え、えー……どうしてって言われてましても…。

正直に答えると、前日にマスターと会ってあの人がどんな人か知って助けたいと思ったからだけど…ええいもう、なんて答えりゃいいんだ!?

出るとわかってた犠牲を無くしたかったとか言ったら絶対怪しまれるしなぁ…。

「僕は迷ってるんだ…自分が、何をするべきなのか」

【え?】

「信じられないかもしれないけど…僕は普通の人には無い特殊な力を持ってるんだ。その力を使えば…昨日、あの化け物を止められていたかもしれない」

特殊な力…それってオルフェノクに変身するための力だよな…。あぁそうか、俺もよく知らないと思われてるからはっきり言えないんだな。

「だけどあの化け物も特殊な力を持った人間だった!俺は、何をするべきなのか分からない、なんのためにこの力を使うべきなのか…何を思って戦えばいいのか!!」

「だけど君は…僕やあの化け物以上に人間とは違う『機械』という存在だ。そんな君がどうして当たり前のように戦えたのか…それを知りたい」

木場さん…。そうか、この人はこの段階だと人を守るために戦うっていう考えにはまだ至ってないのか。

いきなり手に入れたオルフェノクの力に戸惑って、その力を何に使えばいいのか分からない、だから俺に戦う理由を聞いてきたわけか。

これは…真面目に答えないとまずい…。

俺の戦う理由…か。

あの日、俺は何を考えて戦ったんだろう…。

巧さんのかつての雇い主であるマスターに出会って。その人柄を知って。この人には死んでほしくないって思った。

だけど、その結果は他の客の命を切り捨てて、マスター一人を救っただけだった。

…思い出して見れば、ほんとすげぇ差別だな俺。たくさんの命を切り捨てて自分が助けたいと思った一人を助けるなんて…。

あの日、マスターを除いて、何人の人が殺られたんだろう。

それぞれ一人一人に、家族とかやりたいこととか一杯あったはずなのに、俺は一人を優先して…。

(っ……ああもうっ!)

思考がどんどんマイナス方向に傾いていく。店の中に突撃する時に、かすかに聞こえてた客の悲鳴が今になって頭の中に響いてくる。

色んな物が頭の中をぐるぐる回って、思考が全然纏まらない。早く答えないといけないのに…くそっ!!

【そこに守りたい人がいるから…じゃ駄目ですか?】

結局、混乱する頭の中から捻り出せたのはそんな言葉だった。

すいません木場さん…俺にはこんなことぐらいしか浮かびませんでした…。

思えば、この身体になってから自分が何のために戦うのかを深く考えたことって全然無かったよな…。

原作の悲劇を回避したいとか、分かってる犠牲をなくしたいとか…そんな風なことは考えてたけど、なんていうか…そこまで真剣に考えて出した答えじゃないと思う。

この世界の外の人間…仮面ライダー555の視聴者としてじゃなく、この世界の一人としての俺の『戦う理由』

それが何なのか、結局、思いつくことはできなかったけど…とにかく今はこう答えた。少なくとも、昨日の戦いでは俺がそう思ってたのは事実だと思うから。

「…………聞かせてくれてありがとう」

木場さんは、暫く俺の書いた文字を見ていた。どれくらいそうしてたかは分からない。

だけど、やがてどこか納得した顔で何度も頷いた。

「君は…すごいな、人間でもないはずなのに…そんな風に考えられて。俺は…ずっと自分の力をどう使うべきか、どう使いたいのかを決められないでいた」

感心したような顔で、木場さんはそう言った。

違うんです木場さん…俺もまだ自分の戦う理由を見つけてなんていません。

だから、そんな顔で俺を見ないでください。俺は、そんな風に見られるようなことをしていません。

「だけど、君のおかげで自分の理由を見つけられそうだよ。まだ、はっきりと形にはできないけど…俺もがんばって探して見るよ」

そう言って、去っていく木場さんの顔はとても晴れやかだった。

俺が、曖昧な考えのまま書いた『理由』に何を思ったのかは分からない。

もしかしたら今ので、戦う理由が決まったんだろうか。原作の通りの『人間を守るために力を使う』という考えに。

この時点では、まだ固まっていなかった考え。それを…俺の曖昧な理由が加速させてしまったんだろうか。

……急に、ズキっと胸が痛んだ気がした。

ガシンガシンと歩いて管理人室にいる真理さん達を呼びに良く。

木場さんには、まだ何か言わなくちゃいけなかったのかもしれない。だけど、俺にはそのかける言葉が思い浮かばなかった。

振り返ると、もうその先に木場さんはいなかった。

「あれ?もう終わったの?あ、紙は見せなくていいから…って巧?」

「………用事は終わったんだろ?ならさっさと行くぞ」

管理人室から出てきた巧さんに『Φ』ボタンを押されてバイクに戻る。

乗りこんだ二人の重さを感じながら、俺は真理さんの操作に任せて発進した。

戦う理由…それをまだ俺は持ってない。だけど…俺も木場さんと同じように人間の心を持ってるんだから、きっと見つけられると思う…。

「ちょっと巧!さっきから何膨れてんの!?」

「………」

「ちょっと!聞いてんの!?」

だから今は……とりあえずこの人達を守っていこう。


 * * * * *


「……ねぇ、あれからずっと黙ってるけど、まだ怒ってんの?」

「なんの話?」

「意外と根に持つんだ、小さいなぁ~。自分のバイクに悪事働かせようとして怒られたのは自分の自業自得でしょ?あ~ぁ、やだやだ、何も分からず悪事の手伝いさせられそうになった人の気持ちなんて全然考えないんだから」

「あのさぁ…いい加減低次元な争いやめようよ…」

夜になった。うおぉ、今日の晩飯はすき焼きかぁ~元人間の身にこのいい感じに湯気を立てるゴポゴポ音をならすこの物体は堪えるなぁ…あーぁ物を食えないこの身が辛い。

あれから、木場さんのマンションから帰ってきた俺達は残ってた仕事のほとんどを片付けた啓太郎に迎えられました。

………帰ってくるまでの間にも色々考えて見たけど、やっぱり答えは纏まりませんでした。

でもきっと、いつか俺にだって戦う理由を見つけられる…と思ってます。

とりあえず今は、俺は飯を食えないので給仕を務めております。皆様お茶をどうぞってね。

「俺、思うんだけどさ、俺達クリーニング屋じゃない?でもただのクリーニング屋じゃ駄目だと思うんだよね」

「俺はクリーニング屋じゃ無い!」

「私だって美容師の卵だってこと忘れないでねっ!」

「いや、だからそういうことじゃ…」

ああ…啓太郎がまたろくに喋らせてもらえてない…いい奴なのにこの時期扱いすんごく悪いんだよなぁ。

真理さんも巧さんももう少し…ねぇ?いい奴だと思うのに、啓太郎。

「お前、さっき俺が人の気持ち考えねぇとか言ったけどなぁ!それはお前のほうだろうが!今だって俺が猫舌だって知ってる癖にすき焼きなんて作りやがって!!」

「はぁ!?私が言ったのはこの子の気持ちのことだっつーの!それに、別にすき焼きでも良いでしょ!?フーフーして食べれば良いんだしさ!!」

「フーフーしてる間に俺の分が無くなるんだよ!!」

「なにそれ?みみっちいなぁもう!あ、コラッ!わざわざ巧の分だけ余分によそわなくて良いの!」

食えない俺としては、巧さんの主張にちょっとだけ同意できるところがあったので、可愛そうだから余分によそってあげようとしたら怒った真理さんに止められた。

いやいや真理さん…自分がちょっとの量を時間かけて食ってる間に人にどんどん持っていかれるって、結構嫌だと思いますよ?ただでさえ取り合いになること必至な大ご馳走のすき焼きなんスから。

「アンタも!自分でやれば良いのに、よそうのから飲み物注いで貰うのまで全部この子にやらせてちょっとぐらい悪いとは思わないわけ!?」

「ああっ!?それはこいつが勝手にやってるだけだろうが!!」

「何よそれ!?アッタマ来た!こうなったら明日は湯豆腐にしてやる!ものすっごく熱い奴!!」

「勝手にしやがれ!俺は冷奴食う!絶対にな!!……熱っちぃ!?」

「ああもう何やってるのさ!!子供じゃないんだから…」

やれやれ…また喧嘩になってるし。毎度毎度、諌める啓太郎も大変ですなぁ…。

フーフーしないまま口に豆腐を放り込んで悶絶する巧さんを介抱する啓太郎に、俺は冷たいお茶の入ったコップを渡すのでした。


 * * * * *


「………」

木場 勇治はオルフェノクとなってからずっと沈みっぱなしだった気分が僅かに高揚しているのを感じていた。

原因は分かっている、あのロボットと話せたからだ。

スマートブレインで何一つ目的を果たせなかった勇治がアレに会えたのは全くの偶然だった。

あてが外れ、意気消沈していた勇治が駐車場の管理人に呼ばれて行った管理人室の前で、それは正座したまま落ち込んだようにガックリと肩を落としていた。

「……ははっ」

思い出されたその時の光景に、思わず笑ってしまった。

あの喫茶店で、自分達の前で見せ付けた雄姿とその時の情けない姿とのギャップがありすぎて、見た時は笑いを堪えるのが大変だった。

全く、どこの世界に車泥棒で捕まったあげく正座させられるロボットがいるというのか。昨日の雄姿はどこに行ったんだ。色々と台無しじゃないか。

僅か数秒間の、戦うバイクロボットの姿にどこか憧れるような気持ちを抱いていた勇治としては、自分の抱いていたイメージが崩れたような気がしたが、今となってはそんなことはどうでもいいことだった。

「そこに守りたい人がいるから…か…」

座った椅子の背もたれに身体を預けながら、勇治はあのバイクが言っていた言葉を口に出していた。

何故戦えるのか、その質問にロボットは僅かに考え込みながらもはっきりと答えてくれた。

自分ではバカらしいことだと思っていたが、あのロボットは自分の言葉を理解したのだ。

突き出された紙に書かれた文字を読んだ時、勇治は自分の中でなにかがドクンと脈打ったのを感じた。

そこに書かれていた内容に感銘を受けたのではない。

ロボットが。あくまで自身に刻み込まれたプログラムで動くはずの、本来思考能力も感情も持ち合わせていないはずのロボットが、はっきりと自分の戦う理由を述べたその光景に、勇治の心が動かされたのだ。

実のところ本当にロボットが自分の質問に答えてくれるとは思ってはいなかった。

喫茶店で戦うロボットの姿から意思のような物を感じた…という全く確証などない自分の感覚に僅かな期待を寄せていただけだったのだ。

しかし、ロボットは自分のほんの僅かな期待を現実の物にしてみせた。

明確な人間の心を持つ自分が、何をすべきか分からずにいるのに対し、あのロボットははっきりとした答えを述べてみせたのだ。

その事実に、勇治は心を持たないはずのロボットよりも自分が劣っているように感じた。

しかし、それ以上に勇治の心を占めたのは『負けていられない』という強い対抗心だった。

ただの心の無い『物』であるはずのロボットがはっきりとした理由を持っているのに、心を持つ自分が迷っていてどうする。

その意思が、暗い勇治の心に小さな火を灯したのだ。

心を持つ人間たる自分が、心持たぬはず一台のバイクに対抗心を燃やす。

なんともバカらしいことだと思う。しかし、そう考える自分は真剣だった。

あのロボットに出来て、自分に出来ないわけが無い…何故なら自分は人間なのだから。

まだ自身の内に明確な理由ができてはいない…だが。

「見つけてやるさ…絶対に、俺の理由を…」

背もたれに身体を預けたまま、勇治は天井を見上げながら呟いた。

「………」

………その階下で、勇治を見上げる結花が怪訝そうな表情を浮かべていた。

「ダァ!クソ!どうなってんだよ俺はァ!!」

その時、騒々しい声と共にドアが開け放たれた。

驚いて立ち上がった勇治が玄関に目をやると、そこには自分達が保護した男が立っていた。

「どうしたんだ?なにか…あったのかい?」

「だぁかぁら!変なんだって俺の身体がよ!急に鼻が犬みたいに利くようになったりよぉ!!あんた達何か知ってんじゃねぇのか!?大体、俺なんでこの部屋にいたんだよ!!」

「「!?」」

男の言葉に、勇治と結花が目を見開いた。

鼻が利くようになった…それは、自分達に起こった体の異変に似ていた。

勇治も結花も、オルフェノクの力に目覚める僅か前に感覚が増大するのを感じたのだ。

勇治と結花の場合ならば、はるか遠くにいる人間の声を聞き取る程の聴覚の増大や、視力の増大などだ。

そして、目の前の男はオルフェノクによって使途再生(オルフェノクが人間に行う仲間を増やす手段)を受けた。

そこから導き出される答え、それは当然…。

「君は、もうすぐオルフェノクになる」

「オルフェノクって…さっき俺が変身した化け物のことか?」

「俺達に言えるのは、それだけなんだ。とりあえず落ち着いて事実を受け止めて欲しい」

もう変身までしたのか。そう思いながら勇治は淡々とした口調で述べた。

自分の言葉に、男は呆然とした表情を浮かべる。自分の身におきた異変を受け入れられていないようだった。

無理もない、自分達だっていまだに戸惑っていたのだから。

「俺が…化け物?」

「でもっ!あなたは一人じゃない!私達も同じなんです!」

「嘘っ!?」

しゃがみこんだ男に結花が必死に声を掛けた。

それに驚いたように、男も顔を上げる。その顔には、どこか安堵したような表情が浮かんでいる。

だが、直後に男はとんでもないことを言い出した。

「よっしゃあ!それラッキー!丁度もうただの人間でいることには飽き飽きしてたんだ!!」

「え?」

「は?」

一瞬、何を言っているのか分からなかった。

今、なんと言ったんだこの男は。人間でいるのに飽きた…だって?

予想外の男の反応にフリーズする二人を放置して、飛び上がるように立ち上がった男は興奮したように胸の前で拳を握った。

「へへっ、こうなったら…!今まで俺をバカにしてた奴らをぶち殺してやるぜ!!」

「ハァ!?ちょ、ちょっと待て!!……ああもう!なんて単純な奴なんだ…」

呼び止める自分を無視して、男は家を飛び出していった

まさか、こんな風に自分の身に起きた異変をあっさりと許容してしまうとは思わなかった。

化け物になってしまったという事実に打ちひしがれるよりはいいが、これはこれでまずい気がする。

何より、人を殺すなどと言っている人間をこのまま行かせるわけには行かない。

勇治は、ため息を一つ吐くと、男を追いかけるのだった。


 * * * * *


「…………」

美味そうな晩飯の時間が終わりました。現在、男衆は夜の配達に出かけて我が家には俺と真理さんしかいません。

テーブルに残った食器やら鍋やらを片付けると、俺はソファに座った真理さんと一緒にテレビ観賞といきます。

あ、ちなみに俺は床です。体重200キロの俺が座るのは流石に無理あるし、何より背中のタイヤが邪魔。

『ピロロロロ』

「あ、終わったの?ありがとね、わざわざ片付けやってくれて。今日はお風呂掃除はしなくて良いよ、私が代わるから」

さすが真理さんお優しい。巧さんじゃこうはいかないな、絶対「おい、いつまで片付けてんだ。それ終わったら風呂のそうじもやっとけよ」とか言いそうだ。

迷わず頷く、いやはやすいませんね。後で洗い物の方はしっかりやりますからそっちはお願いします。

「………」

あ、あれ?真理さんなんでこっち見てんの?なんか妙にニヤニヤなさってますが…。

「もしかして…後で洗い物やろうとか思ってる?」

ゲッ、いきなり思ってたことを言い当てられてビクっと動く。な、なんでばれたんだ?

俺の反応を見て、図星を言い当てたと思ったのか(いや、実際そうなんだけど)真理さんはニヤニヤ笑ってこっち見てる。畜生、なんか恥ずかしいぞ。

「ほーんと、分かりやすいね君は」

わ、分かりやすい…ですか?俺的には特にそう思ったことはないんですけどねぇ…。それと俺はしっかり生きてますよ、だってガソリン減ってくると人間だった頃の腹が減る感覚がしますもん。

「いつもそうだけど…ほんとただのロボットとは思えないんだよね。言葉は分かるし色々と気も利くし、おまけに料理以外家事全般なんでも出来るし、実は生きてたりするんじゃない?」

いや生きてますから、こんななりしてますけど中身は人間ですよ。

そりゃまぁ…将来一人暮らしするならそれぐらい出来なきゃいけないと思ってたから普段から掃除とかその他諸々しっかりやってましたもん。

……それと料理の方だってしっかりやれますよ!でも流石にこの身体じゃできないんスよ!!パワーが強すぎて食材がぁ…。

で、でも筆談訓練のお陰で結構、力の加減にも馴れてきたんスよ!?最近じゃ啓太郎に「アイロン掛けやってみる?」とか言われてんスから!!

って、ちょっとぉ!なんですかその微笑ましい物を見るような目はぁ!み、見るな!俺をそんな目で見るなー!!

(あれ?)

俺が心の中で必至にシャウトしてたら、急に真理さんの表情が変わった。

「いきなりだけどさ…巧のことどう思う?」

はい?

「私さ、昨日、あいつの本音…みたいなの聞いたんだよね…。怖いんだって、人の期待とか信頼を裏切っちゃうのが。それに、自分に自信が無いんだって言ってた」

そうだったな確か、原作だと喋ってる途中でオルフェノクが来たせいでその後なにが言いたかったのか分からず終いだったけど、まさかそんな風に続くとは思わなかったよ。

人と親しくなるのが怖い、に続いて人を裏切るのが怖いって言葉が出てきた時、見てた当時はその意味がよくわからなかったんだよな。

「そしたらさ、巧の知り合いだったマスターがこう言ったんだよね。お前は誰よりも優しい奴だから人を裏切ったりなんてしないって。どんなに否定しててもお前は誰よりも優しい奴だって」

おぉう。マスター俺が見てないところでそんなこと言ってたのか。やっぱり、巧さんのことよく分かってたんだな。

あくまであの人のことは原作でしか知らない俺とは違って、巧さんのことをちゃんと理解してるマスターだからこそ言える台詞だな、それ。

「私さ、マスターのその言葉、信じて見ようかと思ったんだ…。だから、これまでみたいにつっかかっていくのは止めて、普通に接してみようと思ったんだ。だけど…実際はあれでしょ?相変わらず嫌な奴だし、かと思ったら急に変に気を使ったりして…正直、よくわかんないんだ。巧のこと」

『―――――』

違うんですよ真理さん、巧さんはマスターの言うとおり優しい人なんですよ…ただ上手くそれを言葉にだせないんです。

そりゃあ…普段から口は悪いし、ろくに洗車もしてくれないし、運転荒いし、なにかと叩いてくるし、自分の仕事こっちに押し付けてくるし、ピロロしても返事してくれなかったりするけど、中身は誰かのことを思いやれる良い人なんですよ…少なくとも原作では。

今は確かに嫌な奴に見えるかもしれません…でも、見捨ててあげないでください…。

ん?あれ?なんか俺今ここぞとばかりに愚痴こぼさなかった?

「……君に言ってても仕方ないか…ごめんね変なこと言って」

言って、黙って話を聞いてた俺の頭を撫でながら、真理さんはぎこちない笑みを浮かべた。

ああくそっ!今ここに紙と鉛筆があったら誤解とけるのに!全部使っちゃったよ畜生め!!

「でも、ありがとね聞いてくれて、ちょっと楽になった」

笑いながらそう言う真理さんは、言ってることとは裏腹にどっか悲しそうな顔をしてた。

喧嘩はするけど、優しいんだよなこの人は。端から見てたらすんごい仲が悪い相手のことでも理解しようとしてる。

巧さん……もう少し素直になってみても良いんじゃないかなぁ。

<ピーーーーーー!!>

『―――――っ!!』

その時、モニターの片隅にアラートと共に町の地図が現れた。

この町一体全部が表示されたソレはすぐさま拡大されて、ある一点に赤い光を灯す。

それは、起動したファイズギアにスーツが転送された印。その場所で巧さんが変身したことを表している。

これがオートバジンのもう一つの機能。人工衛星イーグルサットと連携することですぐさまファイズの変身を察知することができるのだ!

こうしちゃいられない、すぐに助けに行かないと!!

「キャッ!」

モニター内に響き渡るアラートに反射的に立ち上がった俺に驚いて、真理さんが悲鳴を上げた。

だけど、今はそれに構ってる暇は無い。俺はすぐに玄関へと向かう。

「ちょ、ちょっと!どこ行くの!?」

玄関に続くドアを開けようとしたら真理さんが俺の肩を掴んでくる。

あーしまった、真理さんからしたら俺がなんの前触れもなく飛び出していこうとしてるように見えてるじゃん。

慌てて俺は近くのゴミ箱から折れた鉛筆とグシャグシャになった紙を取り出す。

テーブルを下敷き代わりにして、乱暴に字を書いてそれを真理さんに渡す!

【戦ってきます】

「ええっ!?」

それを見た瞬間、真理さんがまた驚いて声を上げるけど、もう構ってる時間は無い。

ドアを跳ね飛ばすようにして開き、玄関を飛び出した俺はそのままの勢いでスラスターを吹かして夜の空に飛び立った。

(うおおおおおおっ!待ってろよ巧さぁあああああん!!)

イーグルサットの誘導にしたがって俺は全速力で空を駆けた。

 
 * * * * *


「っ…ああ、クソっ」

配達先の家の前で、洗濯物を届けに言った啓太郎を待ちながら、巧は苛立ったようにガツンと振り上げた右足で地面を踏みつけた。

夕食を終えてからずっとこの調子だ。胸の中でモヤモヤとした苛立ちが渦を巻いている。

「何が人のこと考えねぇだよ…クソッ」

あの生意気なチビ女、真理とした喧嘩を思い出すたびにイライラが募る。

「……」

いや、正確にはそれを買う自分にだ。

マスターに言われた言葉も、真理の気遣いも……嬉しくないわけではなかった。

だが、自分にはそれを素直に受け止めるということが出来ない。

久しぶりにあったマスターは、化け物に追われている中、自分を励ましてくれた。

一緒にいた真理も、マスターの言葉を聞いてそれまで決していい付き合いをしてこなかった自分に歩み寄ろうとしてくれた。

『ねぇ!?なんで素直になれないわけ?泣きたいなら泣けばいいし、怒りたければ怒ればいいじゃん!』

唐突に真理の言葉が頭をよぎる。

歩み寄ってきた真理の手を振り払った自分に向かって言われた言葉だ。

怒りながらも、それでも自分の為に言ってくれていることは、巧にも分かった。

だが――。

「それが出来りゃ苦労はしねぇんだよ…!」

ギリッと食い締めた歯が音を立てた。

真理の言うことを、巧はどうしてもできなかった。

マスターも真理も、啓太郎も、自分の本心を晒しても受け入れてくれるのかもしれない。

だが、もし受け入れられなかったら?拒絶されてしまったらどうする?

マスターに言われた自分を肯定してくれる数々の言葉。

それは確かに巧の心を僅かに揺らしたが…未だ巧は自分に自信を持てないでいた。

「………」

やはり駄目だ、と巧は思う。

自分にはマスターの言うようなことは出来ない。自分を信じることができない。

人を裏切ることへの恐怖が、自分の内側に近づかれることを拒んでしまう。

それに、なによりも自分は…人間としての自分はとっくの昔に―――。

「お待たせ!」

「っ!」

そこまで考えたところで、配達を終えた啓太郎が戻ってきた。

忘れていたい現実を思い出しそうになっていた思考を戻し、巧はその顔に不機嫌そうな表情を貼り付け配達車に向かっていく。

「たく、なんでこんな時間まで仕事しねぇといけないんだよ」

「仕方ないでしょ!急ぎのお客さんだっているんだからさぁ! あ、ところでさっきの話の続きなんだけど…」

聞いて、巧は耳を塞ぎたい衝動に駆られた。

さっきの話とは、クリーニング屋がどうのというあれだ。

正直な話、気が滅入る以外の何物でもない。自分はクリーニング屋になったつもりはないと言っているだろうに。

だが、聞いておかないとネチネチと恨み言を言われるのも目に見えている。

仕方なしに巧は啓太郎に目を向けた。

「なんだ」

「俺ただのクリーニング屋じゃ嫌なんだよね、ただ洋服とかを洗うだけじゃなくてさ、もっと色んなものをキレイにしたいっていうか…世界中を真っ白に洗って、みんなに幸せになってほしいっていうかさ」

「……お前今、自分がいいこと言ってると思ってんだろ」

「茶化さないでよ!」

呆れた、どうしてただの町のクリーニング屋の仕事から世界規模にレベルが飛ぶんだ。

だがこの青年が本気でそう言っているのだということは巧には分かる。九州で初めて会った時も、こうやって理想を語ってきたものだった。

正直、バカだと思う。大体にして現実は個人にできることなどほんの少しに限られている。

理想を遂げられる人間など早々居ないのだ。ましてやたかがクリーニング屋が世界を一体どうできるというのか。

「……」

ふと、配達車の助手席で、なんとなしに見た啓太郎の顔は真剣そのものだった。

そう、この青年はこういう奴なのだ。今時の人間ならこっ恥ずかしくて言えないことを、真剣そのものな顔で言ってのける。

そうやって理想や夢を語る時の啓太郎の目はいつもとてもまっすぐで、いつものフニャフニャした姿を忘れさせる物があった。

出来るとか出来ないとか、そんなことは二の次に、ただひたすらに理想を思い求めるこの青年のそんな所が、巧はほんの少しカッコよく見えた。

だから、ほんの少しだけ、気まぐれだがその理想を褒めてやろうと思った。

「いや…良い話、だと思うぜ」

「ほんと!?」

「……ちょっとな」

自分の言った言葉に、大喜びして笑顔を向けてくる啓太郎にそっぽを向きながら、巧はぼそっと呟いた。

「なぁ……俺も、いつかシャツの一枚位洗えるようになるかな?」

「え?」

巧の言葉に、啓太郎は一言疑問の声を上げて振り返ったまま動かなくなった。

以外だったのだろう、クリーニングになど全く関心がなかった自分がこんなことを言い出すなど。

別に何か考えがあって言ったわけではない。ただ…なんとなくだ。そう、なんとなく。

「できるよ!たっくんならきっと!!」

「…たっくん言うな」

そう言って、振り返った啓太郎の顔には満面の笑みが浮かんでいた。

それを横目で見ながら、巧は小さく笑った。

ふいに自分の胸の内に形容しがたい違和感が生まれた。

何故だろう、別に何か意味があって言ったわけでもないはずなのに。啓太郎の答えに満足していない自分がいる。

……もしかしたら自分は何か別の事を聞きたかったんじゃないだろうか。そんなことを考えながら、巧はだらりと座席に身体を預けた。

「くしっ!!」

「うおっ!?」

そう思っていた巧を乗せた配達車が、啓太郎がくしゃみをしたことで唐突に止まった。

「おいっ!なにやってんだよ!!」

「ご、ごめん……っ!!」

怒鳴る巧に謝りながら、啓太郎が鼻を押さえたまま固まった。

「た、たっくん!あれ!!」

「あぁ?一体なにが……あれは!!」

啓太郎が指さした先、そこには悲鳴をあげる中年の男と。

「ハハハハッ!!」

灰色の怪人がいた。

「くっ!!」

巧はすぐさま後部座席からファイズギアを取り出すと、車を飛び出し怪人に向かっていった。

「なんだぁ?お前は」

怪人はすぐに巧の姿に気づいたようだった。

巧はその問いに、すぐには答えず襲われていた男に目を向ける。

骨を折られたのか、首がおかしな方向に曲がったまま、男はぴくりとも動かない。すでに死んでいるのは明らかだった。

「アルバイトさ…クリーニング屋のな!!」

言って、ベルトを腰に巻く。しかし、その瞬間。

「おらぁ!!」

「っ!?」

ファイズフォンに変身コードを入力しようとした巧をラリアットの要領で振られた灰色の腕が襲った。

とっさに飛び込み前転のように転がってそれを避ける。

しかし、ふたたびコードを入力しようとしたところにタックルをもらってしまう。

「がっ!!」

衝撃でファイズフォンが手を離れ、巧はそのまま怪人に押されていく。

人間を遥かに超えた怪力に押され、体制を崩して倒れ込んだところに打ち込まれる蹴りをころがってかわす。

立ち上がって、何とかファイズフォンの元に走ろうとするがそれを遮る様に怪人が立ちはだかる。

「おらおらどうした!さっきの威勢はよぉ!!」

容赦なく打ち込まれる左右の拳。

変身時ならばそれをかわすなり止めるなりできただろうが、今の巧は生身の状態。

必死に身体を両腕で庇うが、何発目かの一撃がそのボディを捉える。

「ぐあっ!!」

強烈な威力に息がつまりそうになった。

普通の人間ならばその一撃で腹に風穴を開けているであろう一撃を受けた巧は、咄嗟に身を引くことで僅かにうめき声を上げる程度にダメージを抑えた。

だが、ガードした体制のまま吹っ飛ばされ、壁にぶつかる。

必死に身体を起こそうとしたところに、すぐさま距離を詰めてきた怪人の腕が伸び、巧を立ち上がらせ、そのまま、絞め殺そうとでもいうのか、背後から巧の首に両腕を回してくる。

その時、巧の目が地面に落ちているファイズフォンを捉えた。

「うぁああああっ!!」

「グッ!?」

渾身の力を込めた左の拳が怪人の顔を直撃する。

思わず反撃に拘束を解いた怪人の懐を飛び出し、巧は地面に落ちたファイズフォンを拾い上げた。

『555――Standing By』

「うわっ!!」

拾い上げると同時に、変身コードを入力。しかし、それが終わった瞬間、怪人の腕がふたたび巧を吹っ飛ばす。

しかし、それは逆に巧にとって好都合だった。

変身の為に残された最後のアクション。それを行う為に十分過ぎる程の距離が開いた。

「変身!!」

『Complete』

高く掲げたファイズフォンをバックルへと叩き込む。

電子音声が鳴り響き、巧の身体をエネルギーラインが這い、流体エネルギーが駆け回った。

それが放つ光に、夜の道が赤く照らされ、その身体を超金属のスーツが覆う。

複眼に黄色い光が灯り、巧はファイズへと変身した。

 
 * * * * *


『―――――!!』

うおおおおお!到着だぁ!お待たせしましたよ巧さん!!あなたの頼れるサポートメカ『バジンくん』が助けに来ましたよ!!

「よしっ!!」

ズシンっと着地した俺を見て、巧さんが頷く。あ、やべ、ちょっと嬉しいぞ今の。

ヒャッハーやったぜ、ようやく巧さんも俺を宛てにしてくれるようになったっぽいぜ!!さぁ来いオルフェノク!俺のパンチは一式しか無いぞ…ってあれ?

「うおお!?な、なんじゃこりゃあ!!」

か、か、か、海堂さぁあああああん!!

なんてこった、忘れてた!あの流れだと巧さんと海堂さんが遭遇するの覚えてたはずなのに!

まずい…まずいぞ!俺が加わった分攻撃力が跳ね上がっちまう!下手したら倒しちまうじゃねぇか!海堂さんの弱さは見てた俺が一番知ってるんだ!!

「おい!何やってんだ!!」

考えてたところに巧さんが怒鳴ってくる。

びっくりして見ると、もうすでに巧さんと海堂さんが殴り合ってた。

仕方が無いから俺もそこに加わる。巧さんが鋭い蹴りを打ち込んで距離が開いたところに入り込んでパンチ――じゃなくて掌底っぽいのを打ち込む!

「ぐおっ!」

おお、いい感じだ!あんまし効いてない!!きっと暫くしたら木場さんが助けに来るはずだ!それまで戦いを長引かせれば「ダァアアアア!!」巧さぁああああん!?

ガシーンっと俺を踏み台にして高く飛び上がった巧さんが踵落としを海堂さんに打ち込む。

海堂さんはとっさに腕でそれを受け止めようとするけど…流石は戦闘力の低さに定評のあるスネークオルフェノク、当然受けきれずに叩き伏せられる。

って語ってる場合じゃない!ちょっと強引だけど巧さんと海堂さんを引き離す!!

俺はスラスターを吹かして空に上がると、追撃を掛けようとする巧さんと起き上がる海堂さんの間に着地する。

バキッとアスファルトを砕きながら、打ち出した掌底で胸を打って海堂さんを後退させた。

「うおおっ!?」

次いで背中に衝撃。見なくてもわかる、追撃かけようとした巧さんが俺の背中に激突した。

「おい!行き成り前に出てくんな!危ねぇだろ!!」

マスクにぶつけたのか、鼻の辺りを押さえる巧さんにはたかれる。し、しかたないでしょお!?こっちは必死なんですから!!

「ウ…グ、くそっ!!調子にのんなよ木偶の坊が!!」

俺に突き飛ばされた海堂さんがゆっくりと起き上がった。そのまま俺に殴りかかってくる。ちょ、ちょおおおい!向かってこないでぇえええ!!

「チッ!」

それを見た巧さんが舌打ちしながら俺の前に出た。向かってくる海堂さんに向かって自分も突っ込んでいく。ちょ、やめてくださいってお二人とも!!

「ウァアアアアアアアアアアアッ!!!!」

「―――――ッ!?ぐぁああっ!!」

その時だった。

海堂さんに突っ込んでいこうとした巧さんが、身体から火花を散らして吹っ飛ばされた。

「………!!」

ソレが握っているのは灰色の魔剣。

その身を包んでるのは西洋の騎士のような灰色の鎧。

そしてその上にあるのは馬を模した頭。

「ウァアアアアアアアア!!」

仮面ライダー555裏の主人公。夢の守り人『木場 勇治』が変身するホースオルフェノクが俺に剣を振り上げていた。

 
 * * * * *

「止せー!!」

勇治は飛び出して行った男を追いかけて、裏路地にまでやってきていた。

そして、そこで目にしたのは、あの男が変身したであろうオルフェノクが、身体から赤い光を放つ異形の怪人と――。

「あ……」

自分が心動かされたロボットに袋叩きにされている光景だった。

(ま、待ってくれ…)

勇治は心の中でロボットに呼びかける。

(違う、違うんだ、そのオルフェノクは悪い奴じゃない!ただ自分が得た力の恐ろしさを知らないだけなんだ!!きっと話せば分かってくれる…だから!!)

(だから、俺の仲間を傷つけないでくれ!!)

しかし、その声無き呼びかけに何かが答えるはずもない。

怪人の蹴りがオルフェノクの腹に突き刺さり、ロボットの繰り出した腕がその身体を吹き飛ばす。

「や…やめろ…」

フェンス一枚を隔てた先で、自分の心を奮起させたロボットが戦っている。

きっとまた、自分の守りたい人の為に戦っているのだろう。その守りたい人というのがあの怪人なのだろうか。

しかし、彼らが戦っているのは…自分の仲間になってくれるかもしれない男だ。

助けなければ…!そう思い自分もオルフェノクへと変身しようとする。

しかし。

「くっ……!!」

変身してどうする?あの戦いの場に飛び込むのか?戦えというのか、あのロボットと。

「ガァアア!!」

「っ!!」

考える間にもオルフェノクは少しずつ弱らされていく。このままでは、いづれ殺されてしまう。

だが、あのロボットと戦うなど自分にはできない。

ガシャンとフェンスを掴んだまま、何も行動できずにいる勇治の頬を一筋の汗が伝った。

「グアァ!!」

その時、一際威力の乗ったロボットの一撃がオルフェノクを吹き飛ばした。

それに続いて、怪人がオルフェノクに止めを刺さんと飛び出していくのが見えた。

「―――――っ!!うぁああああああああああ!!!」

次の瞬間、勇治はその腕でフェンスを引きちぎっていた。

それをした時、その腕はすでに人の形をしていなかった。細い、決して筋肉が多いとはいえなかった腕は灰色の腕甲に包まれていた。

次いで、その変化は全身に及んでいく。

整った顔は角を生やした馬の顔に変わり、その全身が灰色の騎士鎧に変わっていく。

ホースオルフェノク。オリジナルのオルフェノクである勇治のもう一つの姿だ。

破り捨てたフェンスをくぐり、右手に魔剣を作り出し、駆ける。

馬の脚力を発揮した勇治は僅かな時間で怪人へと肉薄し、その身体を斬り付けた。

「ウァアアアアアアアアアアアッ!!!!」

「―――――ッ!?ぐぁああっ!!」

突然、横から加えられた強烈な一撃に耐え切れず、怪人が吹き飛ばされる。

次いで、振り返る。

その先には、ロボット。赤と銀の二色で彩られたソレは驚いたようにあとずさった。

それを見て、一瞬、勇治の動きが止まる。

しかし、そのままそこで立ちつくすようなことはしない。

「アァアアアアアアアアアア!!」

振り上げた剣をロボットに叩きつける。

とっさに上げた左腕でそれを防ぐロボットに、勇治は何度も剣を振った。

(……許してくれ!だけど…彼を死なせるわけにはいかないんだ!!)

自分が変身するまでの僅かな時間に起きていた攻防。

己の理由を行使し戦うロボットに勇治は剣を向けたくはなかった。

だが、現実は非常だった。戦わなければ…自分と同じ力に目覚めた仲間が殺される。それだけは…絶対に嫌だった。

だから勇治は剣を振る、その心の中で流せない涙を流しながら。

「おりゃあ!」

勇治の攻勢にに、男が加わった。

勇治の剣戟が途切れたところを狙って、ロボットの身体に何度もパンチを打ち込んでいく。

『―――――!!』

しかし、何度攻撃を打ち込んでもロボットの身体に傷を負わせることはできなかった。

打ち付ける剣からは硬い感触が伝わり、その刃が通っていないことを勇治にしらせる。

「くぁあああ!硬ってえ!!」

殴りつけていた男も同様だった。ロボットの身体を殴り続けていた拳を抑えてうずくまってしまった。

そして、そんな自分達の身体を、ロボットの腕が突いた。

「グッ!?」

「ガアッ!!」

ドスン、と胸を打ち抜くロボットの腕の威力に軽々とその身体を吹き飛ばされる。

転がった自分の横で、男がうめき声を上げた。

必死に腕で身体を支えて起き上がろうとするが、ロボットと怪人の猛攻のダメージからか、すぐに支えていた腕から力が抜け、倒れ伏す。

「クゥ…!!」

勇治は拳を構えるロボットに向かって、男を守るようにして立ちはだかった。

ここで自分が倒されれば、この男は間違いなくやられる。

何度となく打ち付けたことで、自分の剣がロボットに通らないことは良く分かっている。だが、退くわけにはいかない。

「ラァ!!」

「ッ!!」

ドガッと鈍い音がした、横面に衝撃が走り、たたらを踏んでよろめく。

(しまった…!!)

いつの間にか目の前のロボットにばかり集中してしまっていた。相手はロボットだけではなく、この怪人もいるのを忘れていた。

「~~~~ッ!!」

怪人は恐ろしく軽い身のこなしで、自分の身体に次々と打撃を打ち込んでくる。

その一撃一撃にはロボットのような圧倒的な威力は無いが、それでも着実にダメージを積まれていく。

負けじと振った魔剣を右に左に動いてかわし、大上段からの振り下ろしも後ろに飛んでかわされる。

信じられない程の身軽さだ、鈍重で避けることをほとんどしなかったロボットとは違い、その怪人は恐ろしい程の柔軟性と機動力を持っていた。

硬い鎧に身を包み、速さに特化している訳ではないホースオルフェノクには相性の悪い相手だ。しかし、だからといって負けるわけにはいかない。自分が倒されれば後ろの男の命が危ないのだ。

「ッ…ウォオオオオオオッ!!」

魔剣も振り上げ咆哮し、勇治は距離の離れた怪人に向かって突進を仕掛けた。

「ッ!?」

しかし、それは僅かに5歩を走った時点で強制的に止められる。

剣を振り上げ、無防備となった勇治の腹に何発もの光の矢が命中し、爆ぜた。怪人が取り出した拳銃のような物から放たれたものだった。

弾数にして12発。

明るく緋色に輝く光矢に撃たれ、勇治は突進をとめられ呻く。

「ぐ…くっ…!!」

腹部に集中した痛みに、勇治は思わず膝を突きそうになった。が、魔剣を杖代わりにすることでなんとか抑える。

強い、目の前の怪人はロボットに負けないほどの強さだった。助けにきたはずの自分がここまで追い込まれてしまうとは…。

『Ready』

『Exceed Charge』

「なっ!?」

突如、怪人から電子音声が聞こえた。

気づくと、怪人の右足になにか棒状の機械が取り付けられ、身体に張り巡らされた赤いラインを通って煌々と輝く光がそこに収束していく。

それを見た瞬間、勇治の背中を寒気が襲った。

アレは不味い。その怪人が何をするつもりなのかは分からないが、オルフェノクの強化された感覚がアレを食らってはならないと警告を鳴らした。

しかし、勇治には分からない、それを回避するために何をすればいいのか。

「ハッ!!」

掛け声と共に怪人が飛ぶ。そのまま空中で身体を回転させ伸ばした右足を勇治に向ける。

(蹴りか!?)

勇治は咄嗟にそう判断して、受け止めようと魔剣を構えようとする。

「ガッ――――」

だがしかし、それが適うことは無かった。

訪れたのは胸への衝撃。まるで硬い城門を砕く破城槌のような一撃が勇治の胸を打ちぬいた。

「何っ!?」

衝撃に吹き飛ぶ勇治の耳に切羽詰った怪人の声が響く。怪人の蹴りはまだ勇治を捉えてはいなかった。

必死に迎え撃とうとした勇治を吹き飛ばしたもの。それは――。

『―――――ッ!!』

赤と銀に彩られた鋼鉄のロボットだった。

勇治にはその光景がスローモーションで見えていた。

自分を殴りつけたロボットの背中に赤い円錐が現れる。

そして殴りつけた体制のまま、ロボットが動きを止める。まるでその円錐の力で拘束されているかのように見えた。

「退けぇええええええっ!!」

怪人が、悲鳴のような声を上げた。まるでこれから起こることを拒むかのように。

だが、怪人の攻撃は止まらない。まるで吸い込まれるかのように飛び蹴りの体制のままロボットを拘束する円錐へと飛び込んでいく。そして――。

『ッ!!!!!!!』

―――真紅の槍が、ロボットの背中を打った。



[25296] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第五話 夢の守り人 ~とあるスーパーロボットの回想~ (2)
Name: てんむす◆e4ae1c7c ID:c7c2cd74
Date: 2012/10/30 11:30
反作用という言葉がある。

分かりやすく説明すると、物を押した時に、押したときと同量の力が押した側にも返ってくるという現象だ。

身近な例としては、壁に向かって投げつけたボールが勢い良く跳ね返ってくるというものがある。

そして、その全く同じ現象が今まさに起こっていた。

巨大な真紅の槍が、銀色の巨体に炸裂音と共にぶつかる。

狙いを付けた標的に確実の死を与える回転槍に銀色の巨体が拮抗したのは僅か一瞬。

巻き上がった火花と、目も眩むほどの真紅の光に照らされながら、木場 勇治は呆然とその光景を見ていた。

「―――ッ!?う、うぁあああああ!!」

銀色の巨体にぶつかると同時に穂先が潰れた真紅の槍から叩き出される怪人と――。

『―――――』

その背中から盛大に火花を散らせて倒れ伏す、ロボットの姿を。

「ッ!!」

倒れ込んだロボットに、思わず駆け寄りそうになる。

だが、すぐに今の自分の姿を認識して、勇治は踏み出しかけた足を止めた。

ロボットにぶつかると同時に跳ね飛ばされた怪人は身体を強かに地面に打ち付け、立ち上がれないでいた。

逃げるなら今しかない。自分ならこの状態のロボットからなら逃げ切れるはずだ。

巨大なケンタウロスのような姿『疾走態』へと変身できる自分なら、後ろに庇う男を乗せて逃げおおせられる。今は逃げるには絶好の好期だった。

「しっかりするんだ!逃げるぞ!!」

そう考えた勇治の行動は速かった。変身したまま倒れている男を起き上がらせると、そのまま上に放り投げ、疾走態へと変化した。

ドスっと馬の身体の背中に男が落ちる音を聞いた後、勇治は猛然と夜の裏道を駆けた。

 * * * * *


「おいっ!しっかりしろ!!おいっ!!…クソッ…どっか壊れたのか!?」

うぐぐ……なんとか木場さんは逃げてくれたっぽいです。

逃げてくところを見てたら振り返られたのでちょっと手を振って見たらなんかスピードアップされました。ひでぇ。

そんな俺は現在、変身したまんまの巧さんに揺すられてます。オーケイ大丈夫ですぜ旦那。

いやはや、大変だった。俺のうっかりで巧さんと木場さんの最初の戦いに乱入しちゃったけど、なんとか両者怪我させることなく終了できた。

そのかわりこっちはクリムゾンスマッシュの直撃喰らいましたけどね!!

まぁ、ダメージは全然ありませんけど。衝撃でぶっ倒れちゃったけどカイザのゴルドスマッシュを跳ね返し、ジェットスライガーのミサイル全弾直撃にも耐えたバジンくんボディならこの程度どうということはない!!

……流石にアクセルフォームの多段バージョンやらブラスターフォームの必殺技を食らう勇気はありませんけどね。あれを絶えるには超合金Zでも持ってこないと無理だと思うんだぜ。

でもっていい加減倒れてるわけにも行かないので、起き上がるとしますかね。

『ピロロロロ』

「っ!!」

ウィーンと倒れたまま上半身だけ起き上がると、俺を揺すってた巧さんはホッした感じに項垂れました。が。

「おっまっえっなぁ!!」

バシーン。

(アッー!!)

いきなり怒り出した巧さんの平手で頭をぶっ叩かれました。すすすすいません!そうですよね!!そんなお前が無事で良かったぜなノリで終わらせてくれたりなんてしませんよね!!

ででででもですねぇ巧さん!?原作でのあなた方の因縁を知ってる身としてはここで敵対関係つくるのは嫌じゃない!?

つーか今、おもっきし火花出たんですけど!ちょっと待ってこれギャグで出る奴じゃないよ!?平成ライダーの剣で敵を斬った時に出る感じの奴だよコレッ!取れてない!?頭の両サイドについてるアンテナっぽい奴とれてない!?

「ふざけんな!いきなり飛び出してくるとか何考えてんだこのバカッ!!ぶっ壊れたらどうするつもりだったんだ!?変形するバイクの修理なんてどこも請け負ってくれねぇぞ!!」

いや、もうこのままあなたにぶっ壊されそうなんですけど!ちょっやめて!ストピングしないでぇえええええ!!

「ちょ、ちょっとぉ!何やってるのさタッ君!!」

荒ぶる巧さんのストンピング(一発あたり破壊力5t)の集中砲火に晒される俺を助けてくれたのはやっぱり我らが店長 啓太郎でした。うう…ひでぇよ巧さん。

啓太郎が後ろから飛びついて、ようやく蹴るのをやめてくれた巧さんはベルトからファイズフォンを外すと、エンターを押して変身を解いた。

「全くもう!助けに来てくれた相手にこんなことするなんて酷いよ!」

「こいつが危ねぇことするからだよ!飛び蹴りしかけたとこに飛び出してきたんだぞ!!痛っ…」

「うわぁ!ちょ、どうしたのタッ君!!怪我したの!?」

「触んな!大丈夫だよ多分!」

突然、つっかかる啓太郎に怒鳴り返した巧さんが、苦しそうに膝をついた。

ちょっと待て、なんかダメージでかくないか!?俺背中で跳ね返しただけですよ!木場さんみたく剣でぶった斬ったりしてないッスよ!?まさか、吹っ飛んだ時に変なところでも打ったのか!?

と思ったら心配そうに手を伸ばす啓太郎の手を振り払って、なんとか立ち上がる。だ、大丈夫だよな?

「ねぇ…ちょっと、ほんとに大丈夫なの!?」

「大丈夫だっつってんだろ!同じこと二度も言わせんな!!」

まだちょっとフラついてる巧さんを、啓太郎が倒れないように支える。まだ怒ってるのか、巧さんは心配そうにしてる啓太郎に怒鳴った。

「でも、強かったねさっきの奴…また襲ってきたら勝てるかな…」

「…さぁな」

「…そうだ!特訓とかしてみる?」

「はぁ!?」

「特訓だよ特訓!鍛えて強くなれば「そんな恥ずかしいことできるか!!…それと、今日のこと真理には言うなよ」

「へぇ~結構やさしい所あるんだ、そうだね、この子に必殺技当てちゃったなんて言ったら真理ちゃん心配するだろうしね」

「逆だ馬鹿、怒ってギャーギャー言われるのが面倒なんだよ」

よっこいしょっと立ち上がった俺の横で巧さんと啓太郎が騒いでる。あれ?なんか巧さん以外と余裕あるように見えてきた。

もう啓太郎に支えられなくても普通に立ってるし、回復早いなおい。

『Beecle Mode』

え。

そうこうしてたら急に巧さんにバイクにされた。あ、あのー巧さん?別に戻してもらわなくても結構ですよ?飛んで帰りますから。ぶっちゃけバイク状態ってほとんどブリッジしてるような感じだからあんまし好きじゃないし…。あれ?なんで跨ってるんです?

「まぁいい、疲れたから俺はもう帰るぞ」

「はぁ!?駄目だってちょっとぉ!まだ配達も残ってるんだよ!!」

「全部、お前一人で出来るだろ「駄目だって!」じゃあな!!」

ブォォォォン。景気よくアクセルを吹かせると、乗り込んだ巧さんは慌てて止めようとしてきた啓太郎にファイズギアを押し付けて俺を発進させた。

あのー巧さん?あなた原作だとこのまま車乗って帰ってませんでしたっけ?何?あの後まだ配達とかあったの?

てか、ちょっとこれ可愛そうじゃないですか!?啓太郎泣きますよこんなことしたら!

「タッ君の馬鹿ーー!!もう今月給料50パーぐらいカットしてやるから!!」

ほ、ほらぁ!啓太郎あんなこと言ってますよ!!給料半分も持ってかれて免停の時の借金返せるんですか?言っとくけど別で貰ってる俺の給料からは出しませんからね!!つーか免停ですよねあなた!!

ほら!今ならまだ許してくれますよ啓太郎も!大人しく引き返しましょうって!ねぇ!巧さーーーーん!!俺はもう白バイに追われるのは嫌だーー!!


 * * * * *


「おい、ほんとに大丈夫なのか?」

「大丈夫だっちゅーてんだろうが!いい加減ついてくんな!!」

勇治は呻く男に肩を貸しながら夜の道を歩いていた。

疾走態へと変化し、なんとかロボットと怪人から逃げおおせたが、その内人通りのありそうな道に近づいたところで、勇治は人の姿に戻らざるを得なかった。

弱った男が人の姿に戻れるかどうかと心配になったが、男の方は自分が疾走態で走っている間に元の姿に戻っていたようだった。

そんな男は、今現在自分の手を振り払って走りだそうとしている。

当然ながらそれを止めないわけにはいかない。勇治は最初の目的を忘れたわけではないのだ。

「とにかく俺の話を聞いてくれ!このままじゃ君は本当に…」

「だぁー!!うるせぇ!いい加減にしろよお前!!」

「グッ!?」

走り出そうとする男を勇治はその肩を掴んで止めようとする。

しかし男は、鬱陶しげに振り返ると勇治の腹に拳を打ち込み、その手を振り払った。

「クッ…」

「ちゅーかよぉ、こっちも色々忙しいんだっちゅーの!お前なんかに構ってる暇なんて無いっちゅーわけ、じゃあなこれに懲りたらもうついてくんなよ」

「ま、待って…グッ!」

腹を殴られた痛みに膝を突きながらも、勇治は男を追いかけようとするが、無防備だった腹に予想以上に重かった一撃を打ち込まれたせいで立ち上がることができなかった。

「くそっ!!」

結局、痛みが消えて立ち上がれるようになった頃には、男の姿はどこにも見えなくなっていた。


 * * * * *


『―――――』

はいどうも、オートバジンですよっと。

えー現在、巧さんの暴走で啓太郎を振り切った俺は何故か文房具店に止められてます。

で、当の巧さんはサイフもって店の中。正直、巧さんが家で鉛筆とか使ってた覚えないんだけど何か要り用なのかな?

…まさか俺が全滅させた鉛筆を補充しにいってくれたのか!? …な訳ないか…巧さんにとっちゃ俺の存在なんてそこまで気に掛けるもんじゃないもんね…泣いて無いぞ畜生。

そーだよなー、戦闘でもあんまし活躍してる感じしないし、ぶっちゃけ足引っ張ってそうだしな俺。最初は物珍しさで使ってくれてたみたいだけど最近は…ハァ…。

おまけに筆談の練習で大量に鉛筆使って片っ端から折ってるせいで「音が五月蝿い」とか言って昨日も叩かれたし…。

ううっ…改めて考えてたら、俺って結構嫌われてる気がしてきたぞ…。

「……またせたな」

とか思ってたら巧さんが帰ってきた。なんかビニール袋持ってるけど何買ったんだろ。

あれ?なんか巧さん乗らないで、こっち見てる。え?何?

「鳴らさねぇのか?」

あ、やべ、忘れてた。

『ピロロ「鳴らせとも言ってねぇ」………』

ううっ…。だからって叩かんでも…。

「おい、これっ」

慌てて鳴らした音をバシッと叩いて止めた巧さんは、俺に見えるようにビニール袋を突き出してきた。

「喋りたくなったら使え、その代わり壊すなよ」

え…ま、まさか…。

「……さっきは悪かった、ちょっといくらなんでも遣りすぎた」

まさか俺の予想的中したのか!?マジで!?これプレゼント!?ヤター!!

『ピロロロロロロロロロロッ!!!』

「うおっ!?だぁああああ!うるせぇ騒ぐな鬱陶しい!!あと車体も揺らすんじゃねぇ!!」

思わず、大音量で音を出してしまった。怒った巧さんにガシガシ叩かれるけど、そんなことは関係ねぇ!なんかすげぇ嬉しいぞこれっ!正直、啓太郎から巧さんより給料貰ってることより嬉しい!!

うぉおおお!やったぜ!何貰ったのか知らんけど巧さんから、あのファイズからプレゼント貰えるとは!!

「いい加減にしろ!静かにしねぇとこれ返してくるぞ!」

『―――――』

…。

……。

………。

スイマセンデシタ。ちょっと騒ぎすぎました、だからそれ持って店入って行かんでください。後生ですから。

「たくっ…」

跨りながら毒づいた巧さんにまたまたバシーンと一発やられた。ごめんなさいってば…。

くそぅ…冷静になって思い出したら、俺に見せてきた時なんか言ってたっぽいのに余計怒らせちまったよ…。

畜生、巧さんまた黙っちゃったし…気まずいなぁもう…。

「……行くか…」

なんとなく疲れた感じの巧さんは、一度だけため息をつくとプレゼントを座席に仕舞って、俺のエンジンを掛けた。

ブォォォォォンっと爆音が当たり一体に木霊し、巧さんがアクセルを吹かそうと右のハンドルを捻ろうとした時――。

「うわぁあああああああっ!!」

突然、夜の道に悲鳴が響き渡った。

「こっちか!!」

車体を反転させて、巧さんは近くの細道に向かって俺を走らせた。

アクセルを目一杯に吹かせて走ると、すぐにそれは見つかった。

アクセルを掛けて止まった俺たちの目の前で、若い男の人が見たこと無い一体のオルフェノクに締め上げられていた。

男の人は首を掴まれたまま持ち上げられて、もうその足は地面についてもいなかった。

やがて、男の人を掴むオルフェノクの逆の手が触手に代わる。まずい!!

「させるか!!」

オルフェノクの動きを感じ取ったのか、巧さんは再び俺のアクセルを吹かせるとそのままオルフェノクに向かって突進する。

急加速した俺は、一気にオルフェノクの灰色の身体を跳ね飛ばした。

間一髪、伸ばされた触手は男の人を貫くことはなかった。

「逃げろ!早く!!」

怪人の手から投げ出された男の人に、巧さんが叫ぶ。

男の人は怯えたまま、その言葉に何度も頷くと悲鳴をあげながら走っていった。

「お前ぇええええええっ!!」

「っ!!」

男の人が走り去った後、跳ね飛ばされた時に電柱にぶつかってグッタリしていたオルフェノクが立ち上がって怒鳴る。

どうやら、あの男の人を殺すのを邪魔されて怒ったらしい。そのまま叫びながら突っ込んでくる。

『Battle Mode』

だけど、巧さんは慌てない。急いで俺から飛び降りると同時に『Φ』ボタンを押して俺を変形させて迎え撃つ。

視点がぐるりと動き、バトルモードに変形した俺は突っ込んできたオルフェノク(見かけからして…ナメクジ?)の腹に拳を打ち込む。

「ウゴッ!?」

人で言う鳩尾に拳が突き刺さると、オルフェノクはゲロでも吐きそうな声を上げて、腹を押さえて後ずさった。

走る自分の勢いも加わってめちゃくちゃ痛かっただろうけど、こっちは容赦は出来ない。

巧さんはファイズギアを持ってないから、こいつは今は俺が一人で相手するしかない。啓太郎がここに来るまでにはまだ時間がかかるだろうし!

「おいっ!啓太郎…ああクソッ!あいつ電源切ってやがる!!」

げぇ!?クソッやっぱりさっき啓太郎一人に仕事押し付けたから怒られたんだよきっと!

クソッタレ!こうなったら俺一人でぶっ倒してやる!!大丈夫だ、パワーなら帝王のベルトのライダーより強いバジンくんなら一人でだって倒せるはずだ!!

「ウ、ウォオオオオオ!!」

痛みから立ち直ったのか、目の前のオルフェノクがちょっとビビリながら向かってくる。

助走で勢いをつけた拳を何発も打ち込んでくるけど、当然ソルメタルボディはその程度の威力じゃどうにもならない。

5発目、一旦距離を取って跳びながら放ってきた右ストレートを、俺は左手で掴んで止める。

掴みとった俺の右手を振り払おうと、オルフェノクが必死に暴れるけど放しちゃやらない。そのまま左手で掴んだ拳をミシミシと握り込む。

「グ、グアァアアアアア!!は、放せ!放せぇ!!」

自慢の握力で、握り潰さんばかりに握り込んでやると、オツフェノクは悲鳴を上げて空いた左手で俺の腹をガシガシ殴る。

俺は必死に暴れるオルフェノクの左手も受け止めると、両手を掴んだままジャイアントスイングの要領で大回転。

そのままの勢いでグルングルンと回転して、投げ飛ばす。

「ガハッ!!」

投げ飛ばしたオルフェノクは、受身も取れずに地面に転がってうめき声を上げた。

間髪いれずに、俺はオルフェノクに向かって駆け出す。このまま一気に連続パンチで仕留めてやる!!

「ウァアアアッ!!」

『―――――ッ!?』

次の瞬間、ジュワァっという音を立てて、俺の装甲に液体が掛かり煙を上げた。こいつは…酸か!?

ナメクジみたいな顔の口から吐きかけられた液体は、暫くジュウジュウ言ってたけどモニターには損傷データは表示されない。

つまり…この酸によるダメージはゼロ!普通の人間なら溶かされてただろうけど、どうやらソルメタル装甲には効かないらしい。

中盤だとカイザの剣を溶かすぐらいの強烈な酸を持った敵がいたけど、お前は違うみたいだなオルフェノクくん!!さぁ覚悟してもらおうか!!

「ギャアアアアアッ!!」

『―――――!!』

再び走り出そうとした俺の横を赤い光の矢が飛んでいく。

それらは狙いすましたかのようにオルフェノクの胸に命中し火花を上げた。

「いまだ!やれっ!!」

直後に聞こえる巧さんの声。どうやらフォンブラスターで援護してくれたらしい。ベルトは啓太郎に渡したけどそっちは持ってたのか。

だけど、これでオルフェノクの動きは止まった。俺は一気にオルフェノクに距離を詰めると、胸に受けた衝撃で仰向けに倒れ込んだオルフェノクに向かって拳を振り上げる。その時だった。

「ま、待ってくれっ!!」

オルフェノクが突然、声を上げた。

俺はその声に、振り下ろしかけた腕を止めた。…もしかして命乞いか?

だとしたら、悪いけど聞き入れてはやれないぞ。お前はさっき人を殺そうとしてたんだから。

「た、頼む!俺は…何も悪く無いんだ!!全部あいつが悪いんだ!!」

何?

「き、聞いてくれ…俺は、ちょっと前まで普通のサラリーマンだったんだ…だけど、さっきの男…俺の上司に自分のミスを押し付けられてクビにされちまったんだ!!」

「俺はアイツが許せなかった…あいつにクビにされたせいで、買ったばかりの家のローンも払えなくなって、女房にも捨てられちまった!!こんなの酷いと思わねぇかよ!!」

「頼む…見逃してくれ…この力であいつに復讐したら、その後は普通の人間として大人しく生きてくって約束する…だから、頼むよ!!なぁ!そこの兄ちゃんも!!」

オルフェノクは後ろにいる巧さんにまで必死に懇願する。

振り返ると、巧さんも複雑そうな顔をしてた。もしかして同情してるんだろうか。

でも、確かにコイツの境遇には同情が湧く。

思って見ればオルフェノクも人間も、見かけが違うだけで中身は同じなんだよな…。

巧さんと一緒に戦ってきた敵も、その犠牲者も、どちらもそれぞれの時間があったはずだ。家族や友達と楽しく暮らす日常が。

もちろんコイツだって同じだ。きっとさっきの男に汚名を着せられるまではそれなりに幸せな日常を送ってたんだと思う。

でも、だからといってこのまま人を殺させるわけにはいかない…復讐するにしたっていくらなんでも殺すなんてやりすぎだ…。せめて死ぬほど恐ろしい目にあわせるとか色々やりようはあるはずだ。

ああ、くそっ、なんとかこいつを説得できれば………そうだ!さっき巧さんからもらったプレゼントを使えば「かかったな!!」え?

『――――――ッ!?』

次の瞬間、座席にしまったプレゼントを取り出そうとしていた俺の身体に衝撃が走り、火花が舞った。

不意を撃たれて、踏ん張れなかった俺はそのまま仰向けに倒れ込む。

その上に、立ち上がったオルフェノクの武器…両手持ちの大斧が叩きつけられた。

「オラオラオラァ!どうした!さっきみたく殴ってみろよ!ええ!?おい!!」

え…ちょっと待て…何が起きてる?

連続して打たれる衝撃に身体と視界が揺れる。

な、なんでだ?さっきまであんなに必死に命乞いしてたのに…どうしてこんなことを?

「ハハハハッ!!馬鹿が!ぜーんぶ嘘なんだよ!簡単に騙されやがってこのポンコツロボットが!!」

俺の身体を踏みつけたまま、オルフェノクは高笑いしながら何度も何度も大斧を俺の身体に叩きつける。

モニターには今の状態がマズイことをしらせるアラートがひっきりなしに鳴っている。

う…そ?さっきまでのが全部?会社をクビになったことも、奥さんに逃げられたことも全部?

「ハハッ…やってみるもんだなぁ命乞いってのもよぉ!あいつぶっ殺したら普通に生きる?そんなことするわけねぇじゃねぇか!!あんなおっさん、会ったこともねぇっつーの!!」

ハ、ハハハ…そうかよ、そーいうことかよ…結局お前も…人の心を失った化け物だったってことか…。そして、俺はお前みたいな奴に情けを掛けそうになっていたと…そうかそうか。

「さぁてと…さっきはこの左手で俺の手握り潰そうとしてくれたっけなぁ……ちょいとお礼を…ッ!?」

だったら…。

「うぉおおおっ!?」

もう手加減はいらねぇよなぁああああああああ!!

思い切り振り下ろされたオルフェノクの大斧を、俺はガッシリと右手で受け止めた。

そのまま、右足でオルフェノクの腹を蹴飛ばし、一気に立ち上がる。

片足で俺の身体を踏んでいたオルフェノクは、体制を崩してそのまま地面に倒れ込む。

だけど、そのまま倒れているなんてことは許してやらない。

倒れこんだオルフェノクの首を掴んで立ち上がらせると、そのまま空中に持ち上げてやる。さっきこいつが男の人にしてたのと同じ事だ。

「く、くそぉ!放せ!放しやがれ!!―――ブハァ!?」

暴れるオルフェノクの顔面を思いっきり殴りつける。7t超えのパワーをフルに発揮して放ったパンチはオルフェノクの顔を変な方向に向けた。

だけど、まだだ、まだこいつは痛めつけてやらないといけない。

「ガ、ガハッ…や、やめろ…やめてくれぇ……」

うるさい、少し黙ってろ。

「ウゲァ!!」

腹に一発。

咳き込むオルフェノクの首をしっかりと掴み、俺は右手でオルフェノクの左腕を掴む。そして…。

「ガ、ギ…ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

渾身の力を込めて引きちぎった。

途端に、オルフェノクがやかましく絶叫を上げる。

ちぎれた左腕からは人間と違って血が出ることはなかった。良かった、これなら返り血とかで身体が汚れる心配も無い。

血とか着いてたら…真理さんや啓太郎が心配するだろうしな。

「ア、アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

左足。右腕。右足。

もぎ取る度に、オルフェノクは壊れた玩具みたいにガクガクと痙攣して、絶叫する。

胴体と首だけになっても、オルフェノクはまだ生きていた。どうやらこいつは生命力だけは高かったらしい。

まぁ、今はそれが逆に不幸かもしれないけどな。

さぁて…そろそろ。死ぬ準備はできたか?

「ア…アガ…も、もう止めてくれ…止め…」

胴体だけになっても、必死に身体をくねらせて逃げようとするオルフェノクの頭に足を乗せる。

途端にオルフェノクは、半狂乱になったかのように「助けてくれ」だの何だのと喚きだす。

今更、何を言ってるんだろうなこいつは。とっくに人間をやめたお前を俺が助けるわけないじゃないか。

人間でもオルフェノクでもなく…お前はただの化け物だろう?

「あ…」

グシャリ。

力を込めてその頭を踏み潰した瞬間、オルフェノクが小さく声を上げた。


 * * * * *


「あ…おかえりなさい木場さん……あの人は?」

「すまない…あの後すぐに追いついたんだけど…振り切られたよ…」

「そうですか…」

出迎えた結花に謝りながら、勇治はドサリと椅子に腰掛けた。

全身が鉛のように重い。まるでフルマラソンをやったような疲労が全身を包んでいた。

勇治はその疲れを吐き出すかのように、一度だけふぅっと長い息を吐く。

そんな勇治を心配したのか、結花がコップに水を入れて持って来てくれた。

「なにか…あったんですか?」

受け取って、すぐにそれを一気飲みした勇治に、心配そうに結花が尋ねた。

勇治は、空になったコップから口を離すと、何度か息を整えて返す。

「あのロボットと…戦った」

「えっ!?」

「正確にはロボットと…それの相棒か主人かは知らないけど…全身真っ黒で、ベルトをつけた怪人が一人…ね、そのコンビがあの男を襲っていたのを見て、助けに入ったんだ」

「だ、大丈夫だったんですか?ケガとかは…」

「ああ、なんとかあの男を連れて逃げられた…ただし、あの男にも逃げられてしまったけどね」

そこまで言って、そうですか…と言葉を切った結花にコップを渡しながら、勇治は続ける。

「とにかく、なんとかしてアイツを助けなきゃいけない、このままじゃアイツは心まで化け物になってしまう。もしそうなったら…またあのロボットが…今度は確実にあいつを倒しにやってくる」

「そんな……」

「それだけじゃない、あのロボットと一緒にいた怪人もだ。どっちも人間の味方だけど…もし、アイツが人を襲ったりしたら容赦なく向かってくるはずだから…」

「……ど、どうしたらいいんですか?」

結花は勇治の言葉に、不安そうな声を上げた。

勇治に教えられるロボットと怪人への恐怖からか、その表情は硬い。

「明日、スマートブレインに行ってあいつのことを聞きに行こう、オルフェノクになったばかりだった俺のところにあんなに早く来れたんだ、きっとなにか情報を持ってるはずだ」

「あ、あの…私も着いて行ってもいいですか?」

「もちろんさ、君だって仲間のことを知っておくべきだ」

勇治がそう言うと、結花はどこか必死な顔で勇治の手を握りながら言ってきた。

勇治の手を掴むその手は、握り締めてなお怯えたように震えていた。

「あ…怖がらせて済まない、大丈夫…俺たちが人間の心を失わない限り…あのロボットは俺たちの味方でもあるんだから」

勇治は、怯える結花の頭を撫でてやりながら、自分が話したロボットのことを考える。

実際に会って、話した自分だからわかる。

彼は自分の理由を持ちながら、人間を守るため戦っている。その彼が肩を並べていたあの怪人だってそうに違いない。

だから大丈夫。人の心を無くし完全な化け物とならない限り、彼らが自分達を襲ってくるはずがない。

そして、だからこそ、あの男を助けなければならないのだ。あの男が、完全なる化け物になる前に。

そう、決意を固めながら、勇治は反対の手でグッと拳を握った。
 

 * * * * *


かつてとある学校で海堂 直也という男について訊ねれば多くの人間がこう答えた。

変人、奇人、馬鹿、そして…天才。

だが、今その学校で彼について聞けば、全ての人間がこう答えるだろう。

落ちた人間…落伍者と。

住宅街から僅かに離れた小さなアパートの一室で、男…海堂 直也は荒れていた。

「復讐だ!!復讐してやる!!」

乱暴に振るった腕で、手近にある物を片っ端から投げつける。

狙いもつけず、滅茶苦茶な軌道を描いて飛んだそれらは、窓を割り、飾り気の無い壁紙が張られた壁に大きな穴を穿つ。

やがて投げる物が無くなると、直也は壁に立てかけられていた小さな姿見に顔を寄せ、ニヤリと笑った。

「俺はもう海堂 直也じゃない…人間を超えたんだ!ハハハッ!!」

楽しくて仕方が無いかのように、卓袱台を蹴飛ばして高笑いしながら、直也は部屋の隅に置かれたソレを見つけた。

「っ!!あぁああああああああ!!!」

叫びながら、両手で掴んだソレは茶色のクラシックギターだった。

振り上げ、絶叫と共にそれを叩きつけようとして――止めた。

「う…く…っ!!」

振り上げたまま固まった身体に必死に力を込めて、何度ソレを振り下ろそうとしても、腕は言うことを聞かなかった。

ほんの数ヶ月前、直也は確かに天才と呼ばれていた。

面白そう、そんな理由で入ったとある有名な音楽大学に入学し、演奏する姿がカッコよかったという理由で始めたクラシックギターで、直也は驚くほどの才能を見せ付けた。

自身を教える教諭からも、そして同輩や後輩…果ては先輩からも賞賛を受け、コンクールでもトップの成績を残した。

次々と自分に訪れる成功と、栄光の数々に酔いしれた直也は、やがてそのお遊び気分で始めたギターを本気で愛するようになっていた。これから先の人生をこれ一つで生きていこう、そう考える程に。

元々の奇怪な行動から、一部では変人呼ばわりされることもあったが、ほんの数ヶ月前まで、直也はそれまでの人生で最も輝いていた。

しかし、直也は落ちた。まるで翼をもがれた鳥のように、まっ逆さまに底辺の世界へと転落し、そして―――。

海堂 直也は呪いをうけた。自身が何よりも愛したモノに。

「なんで…」

気がつくと、直也は座り込んでいた。その手の中には、振り上げていたはずのクラシックギター。

俯き、目からは涙を流し、直也は泣いていた。

「なんでこうなっちまったんだよ…畜生…っ!!」

呪われた青年は、ただ一人静かに嗚咽を漏らす。

多くの人々に賞賛され、その手に持ったギター一つで美しい音色を奏でてきた天才の指は、もうかつてのようには動かない。

落ちた彼を見る人々の目は、もうあの時のように尊敬や期待に満ちた光を宿すことは無い。

……やがて、暗い部屋の中に、小さなギターの音色が響きだす。

その中には、落ちた青年の嗚咽が混じっていた。

 * * * * *

その日、菊池邸の朝は暗かった。

異変に気づいたのはほんの少し前。目覚ましの音で目が覚めた真理が、啓太郎と共に朝食の準備をしていた時だ。

いつものように啓太郎が手際よく簡単な料理を作り、真理が手早く食器やら飲み物やらを並べていた時、二人はふとそれに気づいた。

…何かが足りないと。

ズシズシという床を踏む重い足音がしない。

ウィーンという鈍い独特の駆動音がしない。

恒例となったピロロロロっという二人への朝の挨拶音が聞こえてこない。

普段なら二人と同じ時間に活動を始め、元気良く二人を手伝うバイクロボの姿が今日に限って見当たらなかったのだ。

二人が首を傾げながら家を出ると、一晩中そうしていたのか、ソレは朝の定位置となっている店の前にポツンと体育座りで座っていた。

もう一度説明するがロボットの朝は持ち主である巧よりも早い。

啓太郎や真理も基本的に早起きするが、それでも時には寝坊することもある。

しかし、このロボットはいままで一度たりとも活動を始める時間を遅らせたことはない。

常に二人と同じ時間に活動を始め、二人が寝坊しかけた時には起こしにくることもあった。

普通の人間であれば単なる寝坊として片付けられることだが、今回はこれまで一度も時間に遅れたことがないロボットである。

当然、二人がこのロボットに何かがあったのだと考えるのに時間はかからなかった。

「ねぇ…昨日、ほんとに何もなかったの?」

「………」

「ねぇ巧ってば!」

「うるせぇな、あったら言ってるってさっきも言っただろうが」

そして時間は今に至る。

啓太郎の作った朝食が並んだ食卓を囲んで、遅れて起きてきた巧を真理が問い詰めていた。

しかし、それに対する巧の返答はそっけない物だった。

相変わらずの仏頂面で、ボリボリとサラダを掻き込みながら、巧は真理を鬱陶しそうに睨む。

「じゃあこれは一体なんなのよ! あの子これ描いて飛び出していったんだからね!?」

埒が明かないとばかりに真理は、しわくちゃになった紙を巧の鼻先に突きつけた。

それはあのロボットが一生懸命に筆談の練習をしていた紙だった。

そこに大きく雑に書かれた【戦ってきます】の文字を見て、巧は顔をしかめる。

「…それも知らねぇ。俺と啓太郎が配達いってたら偶然居たから乗って帰ってきただけだ」

巧は突きつけられたソレから目をそらしながら苦し紛れにそう答えた。

内心で(あの馬鹿、余計なもん残しやがって…)と自分のバイクに向かって毒づきながら、巧は今現在、ソファーの前で座ったまま動かないバイクに目をやった。

自分はその時居なかったが、啓太郎と真理に呼びかけられて家の中に移ったロボットは、家に入ってからずっとあのままらしい。

両手で膝を抱えたまま、カックリと俯いたロボットはいつものように五月蝿い音を鳴らすことも無く、ただどんよりとした暗い雰囲気を纏って鎮座していた。

巧はそんなロボットの様子に、めんどくさそうにため息をつくと突きつけられたままの紙を退けて、真剣な顔で睨む真理に向き直った。

「大体なぁ、あいつに何かあったところでなんで一々お前に教えなくちゃいけないんだよ」

「だってあの子、ほとんどうちの家族みたいなもんじゃない!それに、元は私のとこにいたんだからそれぐらい聞く権利あるでしょ!?」

「あーあー分かった分かった、でも俺は何も知らないしあっても教えねぇ」

「はぁ!?なによそれ!!」

もうめんどくさい、それが巧が最後に出した結論だった。

実際のところ巧自身にもどうしてあのロボットがここまで落ち込んでいるのかなど検討がつかなかったのだ。

唯一思いつくとすれば昨日、啓太郎と別れた後にあった戦いだが、その時もロボットに何か変化があるようには思えなかった(先ほどから啓太郎が、何かいいたげな顔をしているが(よけいなことを言うな)という明確な意思を多分に含んだ鋭い視線を向けて牽制しておく。)

必死の命乞いを聞き入れたかのように、振り上げた拳を止めたロボットの隙をついて反撃にでたあの化け物は、結局起き上がったロボットの手で無残に息の根を止められた。

(…?)

ふいに、頭の奥にその時の命乞いする化け物の声が聞こえた気がした。

すぐに消えたそれに、巧はあの死んだ化け物について考える。

あの夜、中年の男を襲っていた化け物が、容赦なく襲い掛かるロボットに必死に命乞いをした時、巧は自分の中に妙な感情が湧くのを感じた。

それがなんなのかはっきりとはわからないが、確かに、胸の中に今まで感じたことの無い違和感のような物を感じたのだ。

思えば、真理と出会い初めてファイズとなってから、じっくりと化け物の言葉を聞いたのは初めてだった。

今まで戦ってきた化け物達は、どれも変貌するまでに僅かに人語を発するのみで、戦いが始まれば野獣のような唸り声や咆哮を上げるのみで、会話らしい会話などしたことがなかった。

しかし、昨夜の化け物は違っていた。あきらかに人の意思を持ち必死な声を上げていた。

(人の意思…か…)

思考の海に浮かんだその言葉を、巧は拾い上げるように心の中で呟いた。

あの化け物にもあったのだろうか。化け物と『なる』前の普通の人間としての日常が。

ロボットへの命乞いの内容は結果的に嘘だったが、もしかしたら友人や家族のような大切な物を持っていたかもしれない。

果たしてこれまで倒してきた化け物達はどうだったのか。

真理を、啓太郎を守るためとはいえ、変身し遠慮なくあの化け物達を倒してきた自分の行動は果たして正しかったのか。

「ちっ…」

そこまで考えて、巧は頭に浮かんだ疑問を振り払った。

やめだやめ、っと頭の中で呟きながら、巧はそれ以上深く考えるのはやめることにした。

ただでさえ『自分』のことだってよく分かっているわけではないのだ、毎度本気で殺しにかかってくる化け物のことを考えていたってしょうがない。

襲ってくるならただ倒すだけだ。そう結論づけて、巧はいまだ鬱陶しく怒鳴りつけてくる真理に向き直ったのだった。

……その時、何故か胸の奥が痛んだ気がした。


 * * * * *


「だぁーー!!もうめんどくさい!私もう今日は前から決めてた美容室に挨拶いってくるから!あの子を何とかして、三人で仲良く仕事するように!わかった!?」

「あ、そうか。今日から真理ちゃんも夢に向けて動き出「はいはいそうだったわね!!じゃ!私行ってくるから!!」……いってらっしゃい…」

『――――――』
 
向こうから言い争う皆の声が聞こえる。

すいません皆さん、ご迷惑おかけしてます…でもごめんなさい、まだ立ち直れそうにないです…。

…どうも、オートバジンです。

ああ、世界の壁の向こうのお父様お母様、ごめんなさいあなた方の子供は人を殺してしまいました。

いや、あんだけ派手に戦ってきて何を今更とか言わんでください……自分の手で直接トドメを刺したのは昨日が初めてだったんですよ…。

これまでは巧と一緒に戦ってはいたけど、いつもトドメは巧さん任せにしてたから分からなかったけど…巧さん、命を奪うってここまでキツいことなんですね…。

俺が初めて巧さんと一緒に戦うまでに、巧さんは一人で三体もオルフェノクを倒してきたけどいつも平気そうな顔してたっけ…。

こうしてみると、巧さんは凄いなほんと。実際はきっと辛い気持ちもあったはずなのに、それを表に出さないでいられるとか。

それに比べて俺は現在進行形で役立たず状態になってるよ畜生…。

……分かってたつもりだったんだけどなぁ。このファイズの世界は騙したり、裏切ったりを平気でやる悪意で染まった奴がたくさんいる恐ろしい世界だってことは。

やっぱりテレビで見るのと実際にやられるのとは違うってことか。あの時のオルフェノクが本性丸出しで反撃してきた時はもの凄く嫌な気持ちになったんだよな…。

自分の勝手な理由で人を襲って、相手を騙まし討ちするような最低な奴だったけど…やっぱり自分が殺したって思うと、しんどいなぁ…。

『――――――』

うう…でもいつまでもこうやってウジウジしてるわけにもいかないんだよな…。

DVD全巻、何周も見たから覚えてるんだよ…もうじき来るお客の頼みで二人が行った音楽学校で、またオルフェノクの被害が出る。

その時、パッパと動けないとすぐに巧さんを助けに行けないから…無理矢理にでも気合い入れないと…。

展開上、喫茶店のマスターの時みたいに犠牲者が出る前にあれをなんとかするのは無理だ。

それに、マスターの時だって俺が助けられたのはマスター一人。他のお客はオルフェノクがいるか分からなかったせいで助けられなかった。

だから、今回の敵は戦う前よりも犠牲者を増やさないために、絶対に逃がさないように確実に倒さなきゃいけない。

巧さん達が向かうはずの音楽大学に潜んだオルフェノク…オウルオルフェノクは原作だとファイズに倒されて無い。トドメの一撃をギリギリでかわして、学校の中に姿を眩ました。

狙い目はその時だ。必殺技をかわしたところを捕まえて人気の無いとこまで飛ばして俺が……た、倒す!それしかない!!

それをする為にはいつまでも悩んでるわけにはいかない!動け俺!!気合だ気合!!

バシーン。

(アッーー!!)

『頭部に衝撃あり。損傷ゼロ。危険度(小)』

「おわぁ!!何やってんだお前!!」

「ええっ!?何!?何やったの!?」

「いきなり両手で自分の顔ぶっ叩いたんだよ!!何考えてんだ!すげぇ音したぞ今!!」

うぐぐ…気合を入れようとしたらちょっと強めにやりすぎた…。モニターに一瞬ノイズが走ったよ。おまけにアラートとダメージの表示まで出ちゃった。し、しかぁし!ソルメタル装甲はこんなもんじゃ砕けないもんね!!

俺は一気に身体に力を入れて、床を踏みしめて立ち上が…。

「う、うわぁ!ロボットが倒れた!!」

「おいこらお前なにやってんだ!!早く起きろソファーが壊れる!!」

れなかった。ずっと座ってたせいでバランス崩して後ろのソファーに倒れ込む。ギャー!すいませんすいませんすいません!!

バジンボディの体重が200キロ以上あるのを忘れてた…。あーもう!めちゃくちゃ空回りしてるじゃんか!!

クソッ…こんな調子でちゃんと戦えんのかな俺…。


 * * * * *


「まぁ!勇治くんそんな危ない目にあってたんだ…可愛そう。それで今日は結花ちゃんが付き添いで来て上げたのね?えらいえらい!」

「俺は心配なんです、新しくオルフェノクになったあいつが」

手を伸ばして頭を撫でてくるスマートレディから慌てて身を引いた結花の前に出ながら、勇治はスマートレディに真剣な口調で言った。

この日、勇治と結花はスマートブレインを訪れていた。目的は自分達が起こしてしまった惨劇にまきこまれてオルフェノクとなったあの男の情報を得る為だ。

勇治は自分がオルフェノクの力に目覚めたばかりの頃、この企業が何の関係も持っていなかった自分の情報をすでに知っていたことを覚えていたのだ。

二年間も昏睡していた上に、オルフェノクとして目覚めたばかりの一般人の情報をあらかじめ知っていたこの企業ならば、あの男についても知っていても不思議ではない。そう思い、勇治はこうしてここにやってきたのだった。

そして、その予想は見事に的中した。

「名前は海堂 直也。直也くんの情報は『全て』この中に、入ってます」

相変わらずの怪しい笑みを浮かべたスマートレディは、一枚のメモリーカードを取り出すと、勇治の手を取ってその中に握らせた。

一見カードキーのようなそれは、勇治がこの女性から渡された情報端末『スマートパッド』に差し込むことでデータを閲覧することができるものだ。

勇治は自分のスマートパッドにそれを差し込むと、短い電子音と共に表示された内容に目を通した。

「海堂 直也。山手音楽学校でクラシックギターを専攻、在学中に数々のコンテストで入賞。若き天才として注目を集める」

「ギター?あの人が?」

勇治の横から覗き込んで、同じように画面を見つめていた結花が怪訝そうに呟いた。

どうやら自分がみた軽薄そうな態度とクラシックギターを弾いている姿が重ならないようだ。

「しかし、不慮の事故のためギタリスト生命を絶たれ、同大学を…中退?不慮の事故って…一体何が?」

後半に書かれた内容に眉を顰めながら、勇治がスマートレディを見ると、スマートレディは「さぁ?」っとばかりに肩をすくめた。

(不慮の事故……昨日一緒にいた時には特に身体に障害があるようには見えなかった…。ギタリスト生命を絶たれる…ギターを弾くのに必要不可欠なのは手…指だ。ということは原因は何かに負わされた手のケガあたりか?)

画面を凝視したまま、顎に手を置いて考える勇治にスマートレディは一度だけ微笑みかける。

結花がそれに気づいて目をやると、スマートレディは手招きして結花を呼んだ。

それを見た結花は、一度不安げに勇治を見るが真剣な表情で思考する勇治の邪魔をしては悪いと思い。大人しく手招きするスマートレディに歩み寄った。

「ねぇ?結花ちゃんはどう思ってるのかな?勇治くんはまだ人間であることを捨てられないみたいなんだけど」

不安そうな顔で渋々といった様子で歩いてきた結花に、スマートレディは怪しく微笑みかけて言った。

「ほら、勇治くん可愛いけど…おこちゃまじゃない?結花ちゃんが大人にしてくれたらお姉さんと~っても助かるんだけどな~」

「あ、あの…何を言ってるんですか?」

絡みつくようなスマートレディの視線に、寒気を覚えながら、結花は怪訝な表情を浮かべた。

そんな結花に、スマートレディは微笑みながら「分からない?」っと言いながら、そっと結花の耳に口を寄せて言った。

「知ってるわよ?あなたは人間を憎んでいる」

「っ!?」

「勇治くんや直也くんのように、私達の会社はあなたのこともよ~く知ってるの…辛かったでしょう?ずっと家でも学校でも酷い仕打ちを受けて…。その憎しみを、勇治くんにも分けてあげて?」

スマートレディのその言葉を聞いた瞬間、結花の脳裏にかつての記憶がフラッシュバックした。

出来の良い妹に対するそれとは真逆の対応をしてくる義父と義母、必死に貯めたバイト代を取り上げ友達と一緒に自分をいじめる義妹。

全身を押さえつけられ無理矢理脱がされた靴下と、ズタズタに切り刻まれた上履き。容赦なく投げつけられた無数のバスケットボール。

そして手に残る、人の体を破壊する不気味な感触。

「……っ!!違いますっ!私…私は「何を言うんですかっ!!」っ!?」

ほんの少しの言葉で滲み出した、忘れたかった少し前までの日常の記憶。そして殺戮の記憶。

それらを振り払うように、叫びながらスマートレディの言葉を否定しようとした結花の言葉を、怒気のこもった怒鳴り声が遮った。

「あら~、勇治くん聞いてたの?…キャッ!!」

「木場さんっ!!」

声の主は、怒りに顔を歪めさせスマートレディを睨みつける勇治だった。

その時、結花は救世主が現れた気がした。

自分を脅かそうとする者から自分を守ってくれる、絶対的な救いの手に、結花は迷わず飛びついた。

悪びれることなく明るい口調で勇治に笑いかけたスマートレディを突き飛ばし、勇治の胸に飛び込む。

そんな結花をしがみつかせたまま、勇治は背中に手を回して抱き返した結花をスマートレディから隠すように、自分の背中を向けて庇った。

「俺達は化け物じゃない!姿形は変わっても…俺達は人間なんです!!オルフェノクだから人を襲え?人間であることを捨てろ?そんな勝手な理屈を押し付けないでください!!」

「木場さん…っ」

聞いていたのだ、全部。スマートレディと自分の会話を勇治は。

木場と出会ってから、ずっと黙っていた自分の過去。その全てを聞かれていた事実に、結花は溢れ出る涙を堪えることができなかった。

「行こう結花さん…君は、こんなところにいるべきじゃない!!」

スマートレディを睨みつけながら、勇治は結花の手を引いて走り出す。

ここから出口まで辿り着くのはそう長くは無い。

だがこの時。結花にはその時間ですら長く感じた。

早くここから出たい。最悪な記憶を思い出させたあの女から逃げたい。

そう思う一心で、結花は必死に走りながら勇治の手をぎゅっと握った。もしこの手を離してしまえば、きっとここから出られなくなってしまうと思ったから。

「っ…!!」

なぜか後ろからあの女の声が聞こえてくる気がして、結花は一層力を込めて足を動かした。

走る先に下へと続くエレベーターが見えてくる。

出口までの距離は残り僅かだった。


 * * * * *


「クソッ違う、これじゃない」

ハンガーに掛けられた大量の洗濯物から手にとった一つを舌打ちしながら元に戻すと、巧は小さく悪態をついた。

真理が出かけた後、ロボットとの一騒動もなんとか治まり、ようやく今日の仕事が始まったのだが、その作業のめんどくささに、早速巧はうんざりしていた。

店を開けてすぐ、店に預けた洗濯物を取りに来た客がやってきた。啓太郎が対応し、巧は預かった洗濯物を取りに来たのだがいかんせん数が多い。

クリーニングを終えた洗濯物にはそれぞれ持ち主の名前が書かれた紙が張られているのだが、大量の洗濯物から一つを見つけるのは簡単なことではなかった。

ふいに、視界の隅におぼろげに映っていた一つが動いた。

視線だけを動かしてそれを辿ると、それはひとりでに動いたのではなかった。

『ピロロロ』

電子音と共に差し出されたそれを確かめると、巧はそれを持った銀色の腕を軽く叩く。

「サンキュ」

『ピロッ』

短い言葉で礼を言うと、銀色の腕…巧のバイクの腕が同じく短い返事で引っ込んだ。

吊るされた洗濯物を軽く押しのけてその先を見ると、プシュウウウっと音を立てるアイロンを握ったロボットが持ち場に戻っていくのが見えた。

ズシズシと重い足音を立てて作業台に戻ったロボットは、馴れた手つきで乾いた洗濯物にアイロンを掛けていく。

(…ほんと色々出来るなアイツ)

2mを超える大柄で鈍重そうな身体に反して、ロボットはこのクリーニング店でのほとんどの作業をこなすことができた。

おまけに今のように、他の従業員へのフォローまでこなすなど仕事面では非常に優秀だった。

啓太郎は最初は不安がって洗濯物には触らせていなかったが、いざやらせてみると中々の手際を見せた為に、啓太郎は手だけはしっかりと洗うことを念押しして、今では安心して作業を任せている。

おまけにその見かけを活かして、地元の子供達からも人気を集め、結果的にこの店にやってくる客を増やすという貢献ぶりだ。

……ただしこの一点だけは、仕事が増えると巧は歓迎していなかったりするのだが。

「…あ」

しばらくロボットの仕事ぶりを眺めていると、巧は作業台の隅に置かれたあるものを見つけた。

それは巧は昨晩、ロボットに買い与えたスケッチブックと12色入りボールペンだった。

ほとんど人と変わらない明確な意思を持っているのに喋れないのは不便だろうと思ったのと、昨日の詫びのつもりで買い与えたそれらをロボットは早速使い始めるようだった。

「え!?息子さんが家に帰ってこない!?」

ロボットのお陰で集め終わった洗濯物を運び出そうとした時、ふいに啓太郎の驚いた声が聞こえた。

嫌な予感がした。客相手にこんな返事をする時、決まって啓太郎は面倒事に首を突っ込むからだ。

「そーなのよぉ…大学の友達んとこ泊まり歩いてるらしいんだけどね…電話しても出てくれないし…あ~ぁ昔は素直で良い子だったのにねぇ」

「もっと詳しく聞かせてもらえませんか!?できれば俺、力になりますから!」

「ほんとに!?助かるわぁ~」

ほら来た。巧は聞こえないように小さく舌打ちすると、すぐさま動いた。

「いやぁ実はね?なんでも…「お待ちどう」!?」

引き取りに着ていた中年の女性の言葉を遮るように、カウンター上にバサリと音を立てて洗濯物を置く。

突然割って入ってきた巧に驚いて言葉を止めた女性に、巧は「さっさと帰れ」という意思を多分に含んだ視線を送る。

面倒ごとは持ち込まれる前に潰すに限る。ただでさえ面倒な仕事をやっているのだ。金ももらえない人助けなど真っ平ごめんだった。

「……はいはい、え~っと?」

あからさまに不機嫌になりながら、女性が受け取った洗濯物の入った袋の中身を確認している間に、巧は驚いていた啓太郎を捕まえると店の奥へと引っ張り込んだ。

ばたばたと騒々しい音を立てて啓太郎を奥の壁に押さえつけると、巧は暴れる啓太郎を問い詰めた。

二人の様子に驚いたロボットが顔を上げたが、今は無視する。

「どういうつもりだ、ここはクリーニング屋だぞ!?悩み相談室じゃないんだよ!!」

「何怒ってるのさ!言ったでしょ!?世界中の悩みとか不幸とか全部洗い流すようなクリーニング屋になるのが夢だって」

「くだらない」

「なんだよそれ!タッ君だって昨日は良い話だっていってくれたじゃない!!」

「話としてはな!実践してどうすんだよ!!」

巧の言葉に啓太郎はムキになって怒り出した。

言い返しながら巧はハァっとため息をついた。

巧は別に啓太郎の言っていることを否定しているつもりはない、実際聞いた分には良い話だとも思った。

実践してどうするとも言ったが、別に啓太郎本人がやるだけなら問題は無い。

だが実際は自分も真理も巻き込んでいるのだから質が悪い。おまけに本人は全く悪びれる様子も無いのだ。いい加減文句の一つも言いたくなる。

「……タッ君、俺に夢を諦めろっていうのかよ…」

「夢を諦めるとか、夢に向かってつっ走るとか、そういう言い方からして臭いんだよ!!ガキじゃあるまいし」

「なんだよそれぇ!!」

おまけにちょっと否定されるとすぐに拗ねる。そんなナヨナヨしたところも巧は気にいらなかった。

言い返してきた啓太郎に向かってもう一度口を開きかけた時、突然通路のドアが開き、さっきまで啓太郎が応対していた女性の顔が覗いた。

それを見た啓太郎が、あわてて女性に駆け寄る。

「おばちゃん!」

「啓太郎ちゃん…ほんっとにお願い!和彦のこと……ね!?」

客の女性は啓太郎の手を取って必死に頼み込む。

それまで言い争っていたからか、啓太郎は不安そうにに巧を見る。

が、女性は巧が早々に目を逸らしたのを見るや、すばやく標的を切り替えた。

靴を脱いで店の中に上がり込むと、今度はアイロン掛けをしていたロボットに向かった。

「ねぇロボちゃん…お願い、もうアタシじゃどーにもなんないのよぉ~」

泣き落としだ、と巧は心の中で呟いた。

あのロボットは基本的に誰にでも優しい。むしろ優しすぎるぐらいだ。

この店で一緒に働く内に、あのロボットのことは良く分かっている。アレもまた啓太郎と同じぐらいに困っている人間を放っておけないタイプだ。ということはだ。

今回もまた面倒な事になりそうだ。

そう思いながら、巧は啓太郎と一緒に女性の頼みに頷いたロボットを見ながら、また一つため息をつく。

早速啓太郎に言われて出かける準備を始めるロボットを見ながら、巧は心の中で一人呟いた。

(よし、あとでアイツ殴ろう)


 * * * * *


「グッ!!」

殴られた衝撃のまま、硬い地面に転がされる。

そのまま襟を掴んで起き上がらされ、取り囲んだ男達の一人に突き飛ばされる。

「おいおい!ちょっと痛ぇじゃねーのよ?」

「うるせぇ!辞めたくせに学校なんて来てんじゃねぇぞコラ!!」

「あ~?お前誰だっけぇ?アハハハッ」

「んだとぉ!?」

海堂 直也はかつての母校を訪れていた。

首からロープを通した赤いバケツを下げ、両手に持ったバチで太鼓のように叩きながら、ギターの音が聞こえた部屋に乗り込んで今に至る。

かつての同級生…自分よりも圧倒的に劣っていた男達がニヤニヤと笑いながら見下してくる。

だがそうやって笑ってられるのも今の内だ。と直也は心の中でその男達を嘲笑った。

(俺は人間を超えたんだからなぁ…今更何言われようがなんも感じねぇよ馬鹿共が。さぁて何時暴れるかな?)

ヘラヘラと笑みを浮かべる直也に意地の悪い笑みを見せながら、一人が直也に近づいた。

「なに考えてんだ?お前はもうここの生徒じゃねぇだろ?」

「昔から変な奴だったけどなぁ?それはお前が天才だったから許されたんだよ」

正面に立った男に続いて、後ろから肩を回してきた男が見下した口調で言う。

ハッ、と直也はその言葉も鼻で笑った。

だがその表情が僅かに怒気を帯びたのに気づくと、男は更に調子に乗り出した。

「ギターの弾けないお前は、ただのクズだな!!」

「っ!!」

言った瞬間、直也は一番近くにいた男の胸倉を掴んだ。

「テメェら昔はヘーコラしてた癖に…掌返しやがって…」

言って、直也はその顔に無理矢理笑顔を作り、なんでもないかのように振る舞った。

「まぁあれだ…そんなのも、今日で終わりだ。ちゅーかよ、いい音楽聞かせてやっぜ?」

「あ?」

怪訝そうな表情を浮かべる男達に、内心ほくそ笑みながら、直也は僅かに貯めをつくって吼えた。

「テメェらの悲鳴だァアアア!!!「やめなさい!!」…先生?」

突然怒鳴った直也の剣幕にたじろいだ男達を睨みながら、直也が内に秘めた力を解放しようとしたその時、割ってはいる声があった。

思わず振り返ると、そこにはかつて直也にギターを教えた恩師の姿があった。

「音楽に携わる人間が暴力を振るってはいけません!そんなことは常識でしょう!!」

その恩師は、男達と直也にツカツカと歩み寄ると厳しい口調で男達を退かせると、直也に向き直った。

「君も、気持ちは分からないわけはないが、さっきの行動はどうかな?」

「すいません…先生に迷惑かけるつもりは、なかったんです…」

その言葉に、直也は解放しようとした力と怒りを押さえ込んだ。

(流石に…この人の前じゃあ…な)

仮にも自分の才能を開花させてくれた恩師の前で、あの姿になるのは気が引けたのだ。

自分達の教師に睨まれ、直也は気まずそうに顔を伏せる男達に内心ざまー見ろと嘲笑いながらその場を後にするのだった。

「ここか…」

その頃、学校の敷地に足を踏み入れる人影があった。

「…本当に大丈夫かい?これは俺がやりたくてやろうとしてることだ。無理して付き合わなくても良い、辛いなら今からでも家に送るよ?」

「い、いえ…大丈夫です…気にしないでください!」

勇治と結花だった。

勇治はスマートパッドで得た情報通り、かつて海堂 直也が在籍していた音楽学校へとたどり着いていたのだ。その隣には、僅かに目を赤くした結花を連れて。

結花は、心配そうに尋ねてくる勇治の袖を掴み不安そうに見上げた。

「そばに…いてください…いさせてください…」

「……分かった」

この状態では一人にする方が帰って危なそうだ。結花の不安そうな顔を見て、勇治はそう考えると、結花を励ますように出来る限りの笑顔を作った。

勇治は結花をスマートブレインに連れて行ったことに責任を感じていた。

昨夜戦った自分を心配して一緒に行くと言ってくれた結花を、無理にでも置いてくれば良かったのだ。

そうすれば、彼女に辛い思いをさせずに済んだはずなのに。

勇治はスマートパッドの情報を読みながらも、ずっと結花から意識を逸らしていなかったのだ。

そして、スマートレディが結花に小声で話そうとした時、オルフェノクとなったことで使えるようになった聴覚の増大でその声を拾ったのだ。

その時、勇治はスマートレディから僅かに語られた結花の過去を知った。

家族からも学校の同級生からも辛い仕打ちを受けたこの少女は、自分と同じ…いや、それ以上に辛い目にあってきたのだ。

まだ高校生の少女がまわりから一切の愛情を向けられなかったのは一体どれだけ辛かっただろうか。

勇治も叔父と従兄に自分の存在を否定され、辛い目にあったが。自分は僅か二年前までは幸せな人生を歩んでいたのだ。

彼女に比べれば、自分の不幸など大したことはない。それ以上の生き地獄を彼女は味わってきたのだ。

こうして自分に頼ってくるのも、それまで頼るもののいなかったいままでの反動なのだろう。

勝手な推測だとは思う。だが、もし彼女がそう思っているなら、自分は出来る限りの優しさを向けよう。

そうしていれば、きっと人間の心を失うこともないと無いはずだ。

そう思って、勇治は袖を掴んだ結花の手を取った。

振り払われると思ったのか、結花は一度だけ「あっ…」と声を上げた。

そんな彼女に、勇治は微笑みながら掴まれていた手を差し出した。

「行こう一緒に、一緒に海堂を探そう」

「はいっ…!」

結花は安心したように微笑むと、嬉しそうに勇治の手を取った。

きゅっと強く握ってくる結花に笑い返しながら、勇治は校舎を目指し踏み出した。





[25296] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第五話 夢の守り人 ~とあるスーパーロボットの回想~ (3)
Name: てんむす◆e4ae1c7c ID:a51d0b51
Date: 2012/10/30 11:31
「ハァ…ハァ…ハァ…クソッ!!」

広い体育館の中央で、灰色の異形が膝を突いていた。

しきりに肩を上下させ、荒く息を吐くその異形には僅かな余裕も感じられない。

その異形は必死だった。必死に自らを脅かすものから逃げていた。

(何故だ…どうしてこうなった!?何故…アレと奴が手を組んでいる!?奴にとってもアレは敵の筈なのに!!)

脳裏に浮かぶのは二つの異形。

己の命を脅かしたモノと、己を脅かさんと迫る者。

灰色の異形は既に二つの脅威を打ち払うことを諦めていた。

勝てる訳が無い、片方ならばともかくアレには絶対に勝てない。

ゆえに逃げる。己を追う二つの脅威が己を見失うまで、ただひたすらに逃げるのみ。

すでに異形は、己の顔をその脅威に覚えられたことも、いかにして逃げ切るかを考える余裕すら無くなっていた。

「!?」

その時、低い音を発てて、体育館のドアが開けられた。

心臓が早鐘のように脈打つのを感じながら、異形はゆっくりと空けられたドアへと振り返る。

差し込む日差しで逆光となったそこから、二つの影はゆっくりと歩を進め体育館へと踏み込んだ。

同時にその後ろでゆっくりとドアが閉められる。

差し込んでいた光が遮られ、はっきりと見えたそこには――。

その手に剣を携えた灰色の異形と、銀色の巨人の姿があった。


 * * * * *


「ねぇ君!黒田和彦くんだよね?覚えてない?小さい頃よく遊びにきてくれたよね?」

振り返った学生に啓太郎が明るく話しかける。

それをめんどくさそうに眺めながら、巧はロボットの頭をはたいた手を擦っていた。

結局、学校の中にロボットを連れ込むわけにもいかず、今はクリーニング屋で大人しくアイロン掛けをやらせている。

どういう訳かしつこく着いてこようとしたロボットを二人掛かりで店に押し込んでいたからか、店を出ようとしていた時には高く浮かんでいた太陽も大分傾き、夕日となって弱く街を照らしていた。

「ねぇお母さん心配してたよ?家に帰ってこないしぜんぜん連絡がとれないって、ちょっと不味いんじゃないかな?」

「関係ないだろアンタ達には」

「そりゃそうだよなぁ」

「何さどっちの味方なの!?」

「コイツだってガキじゃないんだ、どう生きようがこいつの自由だろう」

実際はそう思っているわけではない。親が子供のことを心配するのはあたりまえだと思っている。

言いながら、巧はだらりと近くのベンチに座り込んだ。

ぶっちゃけた話どうでも良い。正直はやく終わらせて帰りたい。

この青年がこのまま家に帰ろうが帰らなかろうが、結局巧が得をするわけでもない。

いや、自分の時間を割かされている分、損はしているか。

結局のところ巧の内にあるのは「早く終わらせて帰りたい」と思いだけだった。

「何か事情があるんだったら聞かせてくれないかな?」

「父さんも母さんも、何もわかっちゃいねぇんだよ…俺どうしてもギターがやりたくてこの学校に入ったのに…いい加減にしろって、学校やめて家の仕事手伝えって言うんだ」

「で、でもでも、もっと良く話し合ってみたらどうかな?」

「無駄だよ、父さんも母さんも俺の夢なんてどうでもいいと思ってるんだ、俺本気なのに…」

(また夢か…!!)

知らず巧はまた、うんざりしたようにため息をついた。

ただでさえ啓太郎の夢に付き合わされてうんざりしているのに、また夢を持ち出されるとは。

正直言って夢という言葉を聞くだけで嫌な気持ちになってくる、親ではなく自分がいい加減にしろと言いたい。

(夢を持ってりゃ人に迷惑かけていいってか!?)

気づけば、力を込めて拳を握っていた。

そして、同時に自分が腹の底から苛ついていることを知った。

そして、啓太郎が呟いた次の言葉を聞いた瞬間、巧は立ち上がっていた。

「そうなんだ、夢か…なんか分かるっていうか…」

「全然わからんな!おい、お前家帰れ。いつまでもくだらない夢追いかけてるより、家の仕事手伝ったほうが全然良い。少しは母親の気持ち考えろよ」

半ばキレ気味に、巧は和彦に迫った。

別に母親の側についているわけではない、散々自分に迷惑をかけてくるこの夢の持ち主に文句を言ってやらなければ気が済まなかったのだ。

「なんだよ!言うことがめちゃくちゃじゃない!どっちの味方なのさ!!」

当然、そんなことを言えば啓太郎が飛びついてくる。

だが、巧はそんな啓太郎に向かって素早くこう切り返すのだった。

「お前こそどっちの味方なんだよ!!ええっ!?」

 
 * * * * * 


「おいっ!ヘタクソッ!!」

「っ!?」

ガサリっと植木を掻き分けて、直也は先ほどの男達の一人に声を掛けた。

あれから暫く、適当に校内をうろついて集団がバラけるのを待っていたのだ。

「なんだよお前…まだいたのか」

「知ってんだろ、俺は、しつこいん、だよ!」

わざとセリフを切れ切れに言いながら、直也はギターを爪弾く男ににじり寄る。

「あ、切れちゃった…」

その時、男の持つギターの一本の弦が切れ…そして小さな灰の粒が舞った。

しかし直也は気づかず、ニヤニヤと笑いながら次の言葉を紡ぐ。

「俺を馬鹿にしてくれたお礼に…お前ら全員!あの世にご招待だぁあああ!!」

言い終わった瞬間、直也は男に向き直り拳を振り上げた。

その瞬間。

「う…ぁあ…」

「!?」

たった今までギターを爪弾いていた男が、灰となって崩れ落ちた。

(ちょちょちょ、ちょっと待て!いくらなんでも何もしねぇで人を殺せたりはしねぇだろ俺っ!!)

突然の事態に驚き、硬直した直也の前で男の体が服だけを残して消え去っていく。

そこへ、二人が現れた。

「海堂!?」

「海堂さん!?」

「い゛っ!?」

突然名前を呼ばれ振り返ると、そこには自分を部屋に連れ込んだ男と少女がいた。

やばい、そう思うよりも早く、二人はそこにある物…灰を被った服を見つけてしまった。

「っ!!」

「下がって結花さん!!」

それを見た瞬間、少女が男の背中に隠れ、男がそれを庇うように前に出た。

警戒心をはっきりと現しながら、青年はその顔に黒い模様を発言させる。

直也が襲い掛かろうとすれば何時でも対抗できるようにか、少しずつ距離を詰めてくる青年の目は些細な動きも見逃すまいと、ジッと直也を見据えていた。

「海堂…これは君が「ち、違う!俺じゃない、俺はまだ何もしてない!!」…?」

青年の言葉に直也が慌てて弁解すると、勇治はその顔に浮かんだ警戒の色を僅かに薄れさせた。

自分自身もやるつもりだったとはいえ、無実の罪でどうこうされてはたまらない。

やがて直哉は落ち着いて勇治に向き直る。

「この学校にも居るんだよきっと…俺達と同じ、オルフェノクが」

「何だって…!?」

直也がそう言うと、青年は慌てて辺りを見渡す。

しかし、その場にいるのは直也を含め、青年達三人のみ。

どこかからか聞こえる楽器の音色だけがその場に響く中、一際強い風が持ち主を失った服に積もった灰を吹き散らしていった。

 
* * * * *


「い…よし出来た!何分?」

振り返り、後ろに控えるロボットに問いかける。

真理の後ろで時計を見ていたロボットは腹部の座席を開いて取り出したスケッチブックにサラサラとボールペンで書き込み、差し出した。

【40分です】

「ええ~!?」

そこに書かれた文字を見て、真理はガックリと肩を落とす。

溜まった疲れを吐き出すように、はぁ…と長いため息をつきながら、真理は机に置いた首だけのマネキンに向き直る。

ワインディングを20分以内にやり遂げろ。それが今日、真理が美容室の店長から出された課題だった。

店長の前では30分と答えはしたが実際のタイムはその二倍の40分。それが今の真理の実力だった。

話にならないわね、あの厳しそうな店長が見ればきっとこう言うだろう。

しかし、何時までも落ち込んでいる時間は無かった。明日の約束の時間まで、時間はあまり残されていないのだ。

なんとしてもタイムを縮め、必ず受かって夢を叶える。そう、沈んだ心に激を入れながら真理は再びマネキンに向き直る。

「よし!もう一回やるよ!時間計りよろしく!!」

ピロロロっと音を鳴らして了解の意を示したロボットが首を動かして時計を見たのを目だけを動かして見ると、真理は手早くマネキンに取り付けたロッドを外す。

頭についている物が全て無くなったのを確認すると、真理は真剣な表情で再び作業に入った。

「ただいま~」

そんな時、玄関を開ける音と男衆の声が聞こえた。

しかし真理は聞こえた声の方を見ることなく、気の無い声で「おかえり~」とだけ返す。

「何やってんだお前」

「ワインディング、要するにパーマを巻く練習してんの。一本のロッドを巻くのに20秒以内にしないといけないから私とその子の邪魔しないでね」

後ろから聞こえた不機嫌そうな声は恐らく巧だろう。そう当たりをつけて、真理はロッドを巻く手を止めることなくキッパリと告げた。

少し語尾がキツくなったが気にしている暇は無い、自分の夢が叶うか叶わないか、その全てが掛かっている明日の試験に必ず受かるため今日ばかりは巧や啓太郎に構っている訳にはいかない。

幸いこっちには素直で利口な万能ロボットがサポートについている。

何としても受かるために食事も抜いて練習したいから付き合ってくれと頼んだ自分に二つ返事で了承してくれたロボットと一緒なら時間が許す限り練習できる。

今日の残りの時間全てを注ぎ込めば、きっと浮かれる筈だ。そう信じて、真理はひたすら指を動かし続ける。

「もういいやめろ、飯にしろ飯に」

「は?」

その時、巧の口から吐き出された一言に、真理の指が止まった。

今、あの猫舌男は一体何と言った?

今までで最も大事な試験を控えた自分にこともあろうに時間のかかる飯を作れと言ったのか?

ミシリ…握り締めた拳の中で、ロッドが悲鳴をあげるように軋んだ。

「それ誰に言ってるわけ?」

「お前にだよ!」

「ふざけないでよ!今時夫婦でもそんな言い方しないよ、何考えてんの?」

「大体ウザいんだよ!!どいつもこいつも夢、夢、夢って!夢持ってりゃそんなに偉いのかよ!!」

ドスドスと大きな足音を鳴らして歩み寄った真理に、巧が怒鳴る。

突然、訳の分からないことを言い出した巧の言葉に肩を竦めながら真理はその脇に立つ啓太郎に視線を送った。

また始まったとばかりに顔をしかめていた啓太郎も、巧が言った言葉にはイラっと来たのか、珍しく語気を強めて巧に言った。

「あ、分かった、タッ君要するに拗ねてんだ。自分に夢が無いから」

「そうなの?ほんとレベル低いんだから…!大体、私達が夢を持ってるからってアンタには何の迷惑もかけてないでしょ!?」

隣でうんうんと頷く啓太郎に背中を押されるように、真理は黙り込む巧に畳み掛けるように一息で言い放った。

「啓太郎のくだらない夢に付き合って俺はクタクタだ!お前の夢のせいで腹も減ってる!俺はお前らの夢の被害者だ!!」

「なに滅茶苦茶言ってんの!?もっと大人になりなさいよ!!」

「ほんと馬ッ鹿みたい」

「最低」

「最低」

「「ね!」」

「…………!!!」

とうとう椅子を叩いて巧が立ち上がる。

しかし、怒鳴った瞬間、次々に言い放たれた言葉に、巧は歯軋りして黙り込んだ。

本当ならこんな風に言われっぱなしで終わりたくなど無い、しかし、元来のボキャブラリの少なさはこれ以上の巧の反論を許さない。

結果、啓太郎を伴って奥に引っ込んだ真理への憤りの矛先は…。

「おいっ!なんか食い物持ってこい!!早くしろっ!!」

『ピロッ!?』

突然始まった口喧嘩にうろたえていたロボットに向けられるのだった。


* * * * *


「まさか…君が通っていた大学にオルフェノクがいるなんて…」

「あーこっちだってびっくりだよ。畜生、俺の獲物を横取りしやがって…ちゅーかよぉ、あんま俺に干渉すんなや、俺は俺で好きにやってくからよ」

夜。昼間の大学で無残に殺された学生の死体を見つけた勇治と結花は、自分達のマンションへと直也を連れ戻していた。

無論、直也が声高に宣言した復讐を止めるためにだ。

「無意味な復讐ならやめたほうがいい、俺も前に憎しみから人を襲ったことがある……でも…」

何も満たされなかった。勇治は心の内でそう呟いた。

家族の財産と、今は亡き自分の恋人。それを奪った従兄弟の心臓を刺し貫いたその時から、勇治の胸の内には深い悲しみと後悔が残っている。

あの時の自分は、正しく今の自分が最もなりたくないと思っている物…完全な化け物そのものだった。

怒りに任せ人を手に掛けた罪を、自分と同じ苦しみをこの青年にまで味わわせたくはない。

「ハッ…んだよ、自分だってやってるんじゃねぇか…偉そうなこと言えた義理かよ!」

「違う!だからこそ分かるんだよ!オルフェノクの力に溺れたら俺達は本当のモンスターになってしまう!」

「いいねぇそれ!俺はモンスターだ…俺はモンスターだァ!!」

勇治は鬱陶しげに言い放つ直也を睨みつけ怒鳴った。

しかし、直也は勇治の言葉になど耳を貸すつもりはないようだった。

勇治の必死の言葉にも、ふざけた調子で笑い飛ばすばかり。

高笑いしながら部屋を飛び出していく直也にため息を吐きながら、勇治は頭を抱えるのだった。


 * * * * *


「ィヨッシャー!!今日も思いっきり暴れてやるぞ!!」

次の日も、直也はかつての母校で暴れていた。

人気の無い廊下を突っ走り、勢いに任せて前転し、にやりと笑ったその顔に黒い模様を浮かばせ、

「変・身!」

掛け声と同時に、身の毛もよだつような不気味な音を発て、その姿を灰色の怪人へと変える。

「へへへ…」

弁髪のように頭の後ろから垂れ下がった触手をいじりながら、直也はぐるりと辺りを見渡した。

自分と同じ化け物に、一人を殺されたとはいえまだまだ復讐の相手は十分残っている。

「ん?」

自分を馬鹿にしてきた連中の顔を思い浮かべながら、まずは誰から殺そうかと考えた時、不意にどこからか聞きなれた楽器の音色が流れてきた。

「あの音は…」

それはかつて自分が毎日のように奏でてきたギターの音色だった。

途中でつっかえること無く、淀み無く軽やかに奏でられる曲は直也も弾いた覚えのある曲だ。

途端に、胸の奥に妙な懐かしさが湧き出てるのを感じた。

吸い寄せられる様に来た道を戻り、近づくことに大きくなる音色を追って廊下を歩くと、やがて一つの部屋の前に辿り着いた。

いつの間にか元の姿へと戻った手でドアノブを掴むと、直也はゆっくりとそのドアを押し開けた。

開いた先は大量のピアノが並べられた部屋だった。

その並べられたピアノの下から引っ張り出した椅子の上に、一人の青年が座っていた。

短く切られた髪を茶色に染め、ラフな格好をした今時の青年。

そして、その手の中で一台のクラシックギターが直也を引き付けたこの音色を奏でていた。

「あ…海堂先輩ですよね!?」

ドアの開く音に反応したのか、真剣な表情で演奏していた青年はギターを弾く手を止めて振り返ると、途端にその顔が笑顔に変わった。

「お前…一年生か?」

「はい!俺、先輩に憧れてこの学校に入ったんです!先輩のようにギターが弾きたくて!」

「ふーん?」

直也が部屋に足を踏み入れると、青年は少し興奮した様子で立ち上がると聞いてもいないことをペラペラと喋った。

ただ、自分に憧れて、の部分にだけは思わず直也の顔に笑みが浮かんだ。

なかなか見込みのある奴じゃないか、そう思いながら直也はその青年に近づく。

まるで芸能人か何かと出くわしたかの様な、輝く瞳はかつてこの学校にいた自分を賞賛した人々と同じ目だった。

そんな青年の手を、直也は何気なしに掴むとしげしげと眺めた。

「あーあ…俺とおんなじ手だ」

それは比喩ではなく正しく本心から出た言葉だった。

ついさっきまで、淀み無く動いて軽やかな音色を奏でていたその手は、かつての直也の手そのものだった。

いくつものコンクールで入賞し、たくさんの人間から賞賛を集めた黄金の指が今まさに目の前にあった。

「……俺だって、あんな事故に会わなけりゃ…」

かつての自分と同じ手を見て、直也の脳裏に『あの日』の出来事が、映し出された。

坂道をバイクで下っていく自分。

ブレーキの故障で、道路の上に投げ出された自分。

そして……後続車に手を潰され、悲鳴を上げる自分の姿。

潰された手は…黄金の手はもうかつての輝きを放つことは無い。

そして、自分の目の前にはかつて失った黄金の指。

どんなに努力しても、どんなに時間をかけても取り戻せない栄光の指。

自分が何よりも愛した大切な……。

「せ、先輩?」

「お?」

戸惑ったような青年の言葉に意識を戻される。

気がついてみると、直也は青年の手に頬擦りしていた。

なるほど、道理で目の前の青年が戸惑うわけだと、直也は慌てた様子もなくそっと青年の手から顔を離した。

「…お前、弾いて見ろ」

「…!はい!!」

顔を離した直也がそう言うと、青年は元気な返事を返した。

気を取り直したように、椅子に腰掛けると、若干緊張した面持ちで抱えたギターを弾き始める。

ついさっきにも廊下で聞いた曲に聞き入るように、直也は腰掛けたピアノの上で、そっと目を閉じた。


 * * * * *


「…………」

この日、巧は酷く機嫌が悪かった。

それは昨日の夜から今の今まで、ずっと巧の中でくすぶったままでいた。

一日中啓太郎に付き合わされ、ようやく帰れたと思えば真理と啓太郎の勝手な理屈を聞かされ、苛立ちながら菓子を持ってこさせたロボットには転倒して封の開いたポテトチップを浴びせられるわ、と散々な目にあった。

そして朝になってみれば、真理は全く口を聞こうとしないし、啓太郎は何故か落ち込んでいるし、ロボットは二人に飲み物をしっかり注いでおいて自分の時だけコップを倒して中身を溢した。

そんなことが続けば、誰だって機嫌は悪くなる。気の短い巧ならば尚更のことだった。

ドジロボットに怒りの跳び蹴りを食らわせた右足に視線を落としながら、巧は今日もまた啓太郎に付き合わされて件の学校を訪れている。

めんどくさそうにため息を付きながら、車を降りようとすると、急に運転席から伸びてきた啓太郎の手が巧の腕を掴んだ。

「ごめん…昨日は少し、言い過ぎたかも…」

俯きながらそう言った啓太郎からは、昨日真理と一緒になって自分を責めた時の小馬鹿にした様子は微塵も伺えなかった。

結局、啓太郎という男の本質は『優しく、気弱』なのだ。

どうやら朝から落ち込んでいたのも、昨日のことを自分なりに反省したようだった。

しかし、現在不機嫌極まりない巧はそんな啓太郎に同情することはなかった。

昨日さんざん言いたい放題言って置いて、何を言ってるんだこの人助け馬鹿は。謝るぐらいなら最初から人を怒らせるな。

そんなことを考えながら、巧は啓太郎の手を鬱陶しそうに振り払った。

「………ああ、言いすぎだ」

「う…な、何よ!タッ君だって悪いと思ってるくせに!だから今日もこうして付き合ってくれてるんでしょ!?」

「ただの散歩だ」

嫌味っぽく言って車を降りると、啓太郎は慌てたように追い掛けてきた。

真理と同じく人の考えを勝手に決める奴だ、と思う。

こっちはただ、どうせ行かなければ鬱陶しく囀られると思ったから着いてきたのであって、出来ることならば家でゆっくりしていたかったというのに。

結果は、また後ろで鬱陶しくピーチク喚かれている訳であるが。

「ちょっと待ってよ!ねぇ、まだ怒ってんの?」

「怒ってねぇよ!!」

ああ、鬱陶しい、実に鬱陶しい。

相手をすれば相手にするほどやかましく喚かれるのは分かっているから、適当な返事で応答してみてもこの男はしつこく声を掛けてくる。

とうとう声を荒げて言い放ったが全く効果が無い。

いい加減怒鳴りつけてやろうか、そう思ったその時――。

「ぁぁぁぁぁ………」

「「!?」」

どこからか流れてきた、小さな悲鳴に二人の足が止まった。

「い、今なにか聞こえなかった!?」

慌てた啓太郎が巧に振り返る。

正確な方向ばかりは掴みかねているのか、啓太郎がしきりに首を振って辺りを見回す中、巧はその声の方向を見据えるとすぐさま声の場所へと走り出す。

「こっちだ!!」

慌てて追ってくる啓太郎を先導しながら、巧は人気の少ない校舎裏へと辿り着いた。

「!!」

駆け込んだ二人が見た先には、非常階段の下で倒れる男とそれを見下ろす灰色の怪人。

「ベルトだ!急げ!!」

即座に状況を把握した巧は呆然と立ち尽くした啓太郎を背中を押して逃がし、自分は怪人へと向かっていく。

啓太郎が車に積んできたベルトを持ってくるまではそう時間はかからない。

が、少なくとも暫くの時間は稼がなければならないかった。

本当なら二人揃って逃げてもよかったが、この怪人達が目の前の人間を見逃すはずが無い。どうせ追いつかれるのは目に見えていた。

「うぁああああっ!!」

突っ込んでいく自分に灰色の腕が振るわれるよりも速く、巧は怪人の懐に飛び込みその腰にしがみついた。

勢いにまかせて足を進めると、逃げずに立ち向かうとは予想していなかったのか、怪人は巧の突進を抑えきれず後退した。

しかし、すぐさまその強靭な足を踏ん張って勢いを殺すと、しがみついた巧を引き剥がし突き飛ばす。

「うおっ!!」

怪人からすれば軽く突いただけの行動も、生身の人間を軽く吹き飛ばす威力を発揮する。

宙を舞い、数メートル程吹き飛ばされた巧は硬いタイル張りの地面へと強かに身体を打ちつける。

身体を襲う強い痛みに耐えながら立ち上がろうとした時、ようやく啓太郎の声が聞こえた。

「タッ君!!」

投げ渡されたファイズギアを立ち上がりながら受け取ると、怪人へと向き直りながら腰に巻き、ベルトと一緒に渡されたファイズフォンに手早く変身コードを入力した。

『555――Standing By』

「変身!!」

『Complete』

高く掲げたファイズフォンをベルトへと叩き込み、巧は一瞬にしてファイズへの変身を終えた。

「ハッ!!」

「グッ!?」

襲い掛かってくる怪人の腹にすばやく拳を打ち込むと、怪人はうめき声を上げて後退した。

そのまま追撃しようとした自分を近づかせまいと振られた腕をかわし、さらに右の一発。

フラついた所に蹴りを打ち込むと、怪人はたまらず悲鳴をあげて吹き飛んだ。

ドサリと地面に落ちた怪人が立ち上がるよりも速く、ファイズは助走をつけた跳び蹴りで更なる追い討ちをかける。

「何!?」

しかし、空中から突き出した足は振るわれた腕…いや、鉤爪には弾かれることとなった。

怪人の目の前で地面へと叩きつけられたファイズは、すぐさま地面を転がって距離を取る。

立ち上がり怪人を見ると、その腕にはいつのまにか手甲のついた鉤爪が備わっていた。

「クッ!!」

その瞬間、互いの攻守が入れ替わった。

武器を装備し間合いを伸ばした怪人に、徒手空拳での格闘のみのファイズは途端に劣勢に追い込まれた。

振り回される鉤爪をかわし、隙をついて拳を打ち込むが、同時に振られたもう片方の鉤爪に胸の装甲を打たれる。

瞬間、打たれた装甲が火花を散らし、体制が崩れたところに更なる追い討ちがかかり、そのまま二撃三撃と連続で打ち込まれた斬撃がファイズの身体を吹き飛ばした。

「ぐあっ!クソッ!!」

地面を二転三転と転がったファイズは、苛立ったように声を上げる。

予想以上に怪人の鉤爪は厄介だった。大振りなソレはかわすことは簡単だが、一度当たれば体制を崩され一気に畳み掛けられる。

だが、ファイズにはソレと真っ向から打ち合える武器は無い。

フォンブラスターを使おうかとも思ったが、油断無く自身を見据える怪人がコードの入力を待ってくれる筈が無い。

しかし、その劣勢を打破するモノは唐突に現れた。

「グ…ガァアアアアアアアアアアア!?」

突如、上空から降り注いだ弾丸が怪人を襲った。

無数の弾丸に全身を撃たれ火花を上げる怪人から目を離し、ファイズはソレを見上げた。

『ピロロロロロロッ!!』

見上げた先には銀色の巨体。

空に浮かぶ太陽を背に、大盾を携えたロボットがその目を光らせてファイズを見下す無敵の巨人。
 
その巨体が地面へと降り立ったその時が、再びその場の攻守が入れ替わった瞬間だった。

「うぉおおおおおおおおっ!!」

立ち上がった怪人にファイズが飛び掛った。

まっすぐに放たれた右の拳は怪人の顔面を打ち抜き、怯ませる。

たたらを踏んだ怪人に、ファイズは追い討ちを掛けることなく後ろに飛んで距離を取った。

殴られた怪人は、逃がすまいと鉤爪を振り上げて追ってくる。

しかし、その攻撃はロボットによって遮られる。

振り下ろされた鉤爪を、左腕で受け止め、ロボットはカウンターの右パンチを打ち込んだ。

「ッ…!!」

打ち出された拳が腹を捉えた瞬間、怪人はうめくこともできずに校舎の壁へと叩きつけられた。

「グ…ガハッ!ガッ…!!」

ズルリと地面に這い蹲った怪人は、殴られた腹を押さえて激しく咳き込んだ。

強すぎる一撃は、怪人ですら立ち上がれない程の威力を持っていた。

ロボットは倒れたままの怪人に迫ると、首を掴んで無理矢理起こし、ファイズに向かって投げつける。

「ラァ!!」

投げつけられた怪人はファイズの手前で落下し、転がった。

足元にまでたどり着いた怪人の脇腹に、ファイズは容赦なく蹴りを打ち込む。

それまで防戦に徹していた戦いは、ロボットの乱入で一方的な戦いとなった。

怪人が必死に振り回す鉤爪はロボットがその身で受け止め、カウンターを打ち込む。

さらに距離が開いたところにファイズが飛び込み、その身軽さを活かした連続攻撃で追い込んでいく。

やがて、ロボットとファイズに怪人が挟まれる形となった時、ファイズが勝負に出た。

『Ready』

『Exceed Charge』

ファイズギアの左腰に収められるデジタルカメラにメモリーを差込み、右手に装着しファイズフォンのエンターキーを押す。

電子音声が流れ、ベルトを出発したフォトンブラッドが右拳へと収束。

やがて大量のエネルギーを注ぎ込まれたカメラが甲高い唸りを上げると同時に、ファイズが掛けた。

怪人との間に開いた数メートルの距離を駆け抜け、その胴へ打ち込まんと迫る。

しかし、その時、怪人もまた動いていた。

「フンッ!!」

掛け声を上げながら、力を込め、ガズマスクを模したようなその顔から黒煙を放つ。

それはみるみる内に、怪人の姿を覆い隠していく。

しかしファイズは止まらない、そのままの勢いで怪人を覆った煙へと突っ込み、エネルギーを込めた右拳を打ち出す。

「何っ!?」

しかし、打ち出した拳は標的を捉えることは無かった。

黒煙に紛れ跳躍した怪人の足が、ファイズの拳を叩き落していた。

更に、そのままファイズの拳を踏み台にして飛び上がる。

(逃がしたっ!!)

バック宙するように回転しながら怪人は後方へと跳んでいく。

だがしかし、それを捉える一つの影があった。

「ガァッ!!」

いつの間にか空へと舞い上がっていたロボットの豪腕が、ハエ叩きの如く怪人を叩き落していた。

逃げ出そうとした怪人を再び地面へと叩き付けると、ロボットは倒れ付す怪人へと迫った。

そして、立ち上がることもできずロボットを見上げる怪人へと、銀色の右腕が振り上げられ――。

『ッ!?』

止まった。



[25296] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第五話 夢の守り人 ~とあるスーパーロボットの回想~ (4)
Name: てんむす◆e4ae1c7c ID:409c4e42
Date: 2012/10/30 14:27
『――ッ!――ッ!!』

銀色の豪腕は振り上げたまま、その動きを止めていた。

それを操るロボットの意思に逆らうように小刻みに震えるその姿は、自分を見上げる怪人に止めを刺すことを拒んでいるようだった。

(クソッ!動け!!動けよ俺の身体!!ここでコイツを倒さないと…また誰かが殺されるかもしれないんだぞ!!なのに…なんでアイツの声が聞こえる!!)

オートバジンに宿る少年は必死に心の中で己の体に呼びかける。

しかし、その呼びかけに答えたのは悪を砕く鋼の腕ではなく、恐怖で染まった男の悲鳴だった。

<ま、待ってくれっ!!>

それは少年が、初めてその手にかけた男の声。

四肢を引きちぎられ、悲鳴を上げていた男の声。

その声が己の内に響くたびに、少年の手に怪人の四肢を引きちぎったおぞましい感覚が蘇る。

<た、頼む!俺は…何も悪く無いんだ!!全部あいつが悪いんだ!!>

(うるさい黙れ!俺の邪魔をするんじゃねぇ!!クソッ!頼むから動けよ俺の身体!!)

沈んだ心に無理やり喝を入れ、必死に塞いだ心の傷はここに至ってパックリとその口を開く。

己の手で初めて人を殺めたという事実に、少年の幼い心は容赦なく蝕ばまれ、封じ込めていた罪悪感が振り上げられた拳を止めていた。

「おい!何やってんだ!早くトドメを刺せ!!」

『ッ!!』

後ろから巧の怒鳴り声が聞こえる。

しかし、オートバジンの体がそれに答えることはない。

罪悪感に蝕まれ、自分自身でも分からぬ内に、戦意を喪失したオートバジンは振り上げていた腕を、その意思に反してだらりと下ろす。

「ガアッ!!」

『ッ!?』

その銀色のボディを、ガスマスクを模した顔を持つフクロウ型オルフェノク『オウルオルフェノク』の鉤爪が打った。

普段ならばまるで堪えること無い一撃に、その身体はあっさりと倒れこむ。

仰向けに倒れこんで上を向いた視界の中を、オルフェノクが奇声を上げて飛び去っていった。

「くそっ!!」

消え去った灰色の影を追うように、変身を解いた巧と啓太郎が視界の隅を走り抜ける。

(なんでだよ…どうして、こんな…)

仰向けに倒れたまま、オートバジンに宿る少年は自身の不甲斐無さに心の中で唇を噛んだ。

「駄目だ!これじゃ探しようがないよ!!」

「おい!お前、さっきなんでトドメを刺さなかった!?」

「ちょ、ちょっとタッ君!やめなってこの子を責めてもなんにもなんないでしょ!?」

追いついたオートバジンに、振り返った巧が掴みかかる。

しかし、もの言わぬロボットは、巧の問い答えること無くただ俯くだけだった。

「……もういい、お前もう家戻ってろ。ここにいたら目立つ」

そんなオートバジンの態度にイラだったように、巧はそう言うと啓太郎を連れ立って歩いていった。


 * * * * *


「……先輩?」

軽やかに奏でられる演奏が終わり、閉じた目をゆっくりと開く。

たった今、ギターを弾き終えた後輩に目をやると、緊張した面持ちで自分の評価を待っているのが伺えた。

「…まぁまぁだな、大分良くなったけど……ちゅーかさ!お前、曲の解釈が平凡なんだよ、もっと馬鹿になれ馬鹿に」

「? はぁ…」

言いながら伸ばした手でぐしゃぐしゃと髪をいじると、青年は苦笑いしながら返事を返した。

その素直な態度に気を良くしながら、ドアに向かおうとすると、慌てて青年が立ち上がった。

「あの、先輩!明日もまた教えてもらえないでしょうか、俺すこしでも先輩に近づきたいんです!」

「そうだろうそうだろう、わかるぞお前の気持ち、俺は天才だったからな!ま、気が向いたら教えてやっから」

「ありがとうございます!!」

青年の純粋な声に送られながら気分良く部屋を出る。

「……」

しかし、それも長続きはしなかった。

ドアを開け、廊下にでた直也を迎えたのは、あのおせっかいな男と一緒にいた女だった。

……一瞬で、久しぶりの喜びの感情が吹っ飛んだ気がした。

「お前…なんだよ、また木場のやつと一緒に来てんのか?俺を見張りに?」

直也が問いかけると、少女はこくりと頷いた。

「木場さんと二手に分かれて、探してたんです」

「んだよ…そんなに俺が暴走するのが心配なのか?」

「ええ、身体も心もモンスターになっちゃうからって…」

鬱陶しい奴達だ、と直也は内心毒づきながら盛大にため息を吐いた。

「それが余計なお世話だっちゅーんだよ!……安心しな、今日は何もせんから」

「え?」

「気が乗らん!!」

あてもなく歩き出した直也について歩く少女を怒鳴りつけながら、直也は一度だけ自分が出てきた部屋のドアを振り返った。


 * * * * *


「海堂…一体どこにいるんだ?」

多くの生徒が行き交う広場に、勇治の疲れた声が上がった。

校舎の中と外とで結花と二手に別れ探すことにしていたが、既に自分が担当した外側のほとんどに足を運んでも未だあの奇天烈な男は影も形も見えない。

見落とした可能性はまず無い、いくら人の多い学校内であっても海堂という男の存在は非常に目立つ。

そんな男が視界の隅にでも映れば、勇治はすぐに見つけ出して声を掛けていた筈だ。

「あ…」

そんな時だった。

一度結花と合流しよう、そう思い校舎へと振り返った勇治がこの場所に不釣合いな巨体とすれ違ったのは。

思わずその巨体へと振り返ると、そこには銀色のボディを揺らして歩くロボットの姿があった。

広場に屯ろする生徒の視線を一杯に集めながらズシンズシンと歩を進めるその後ろ姿は紛れも無く勇治を助け、そして勇治が戦ったあのロボットだった。

それを理解した瞬間、勇治の背中に冷たい物が走った。

(まさか…!!)

直也を探し始めてから既にかなりの時間が立っている。

たった二人でこの広い敷地内にいる大勢の生徒から一人を探し出そうというのだから、それは仕方がないことだと思っていた。

しかし、その探している人間が既に『消されている』としたらどうだろうか。

死んだオルフェノクは灰となって崩れ落ちる。

たとえどれだけ時間をかけて探そうが、その相手が既に消されていたならば見つけられる筈もない。

「……っ!!」

勇治の脳裏に、ロボットと、もう一人の戦士が直也を殴りつけていたあの夜の光景が浮かび上がる。

「待ってくれ!!」

瞬間、勇治はロボットの肩を掴んでいた。

間に合わなかった、そんな最悪な結末を認めたくはない。

下手を打てば自分から正体を明かすことになるかもしれない、それでも勇治はロボットに聞かなければならない。

一縷の望みを秘めて、勇治は驚いたように振り返ったロボットを見据え、言った。

「ここで…オルフェノクを見なかったかい?」

『――――――』

ロボットは振り返った体制のまま、何の反応もしなかった。

答えに窮しているのか?いや、それならば首を振るなり傾げるなり反応があってもいい筈だ。ならば何故、固まったままなのか。

(しまった…名前!)

ここで勇治が気づいた。自分が出した単語の意味が伝わっていないのだと。

オルフェノクという名前はスマートブレイン以下それに関わったオルフェノクとなった人々がつけた名前だ。

世間一般に広まっていない名前を出したところで、このロボットに通じる筈がない。

そう考えると、勇治は改めて問いかけることにした。

「その、前に店を襲ってきた灰色の…化け物のことだよ。僕と一部の人はこう呼んでるんだ」

そう言うと、ロボットは律義に二度頷いた。

化け物、そう呼ぶのに僅かに間が入ったことは許してほしい。

仮にも自分と同じ存在であるオルフェノクをそう呼ぶことは、自分もまた同じ化け物であると認めてしまうようで、思わず言葉を止めてしまったのだ。

「この学校に、その仲間がいるらしいんだ。僕はこの学校にいる友達にそれを伝えようと思って来たんだけど…何か知っていることがあったら教えてほしい…あ!」

僅かに嘘を混ぜながら、勇治はロボットに聞いた。

が、聞いた後になって勇治はロボットが喋れないことを思い出した。それが分かっているからこうして意思疎通に手間取っているというのに。

しかし、ここでロボットは予想外の物を取り出した。

勇治の目の前で、ロボットの腹(座席)が開き、ロボットはそれに隠されていた収納スペースに手を入れる。

そこから引き抜かれた手には、ボールペンが金具に挟まれたスケッチブックが握られていた。

予想外の行動に目を丸くしている勇治の前でロボットはそれにボールペンで何事が書き込むと、勇治の前に突き出した。

『場所を変えましょう、ここじゃ人目がありすぎます』

「あ…ああ、分かった」

どうやら自分の知らない内に、このロボットは会話の手段を獲得していたようだった。

背を向けて歩き出したロボットに、勇治は連れ添うように足を進めた。


 * * *


「ちゅうかなんで木場の奴は俺のことそんなに気にすんだ?好きなのかな?」

「木場さんも色々あったみたいだけど、やっぱり人間が好きなんだと思います。自分も人間でありたいし、私達にもそうであってほしいって」

結花は、学食のテーブルで直也と向かい合っていた。

鬱陶しがっていた直也をなんとかなだめ、なんとか落ち着いて話ができる場所まで連れて来ることが出来た。

人を殺す前になんとか止めたい、木場のその思いは結花も同じだ。

結花が死んだのは、ほんの数日前のことだ。階段からの転落死だった。

それからすぐ、結花はオルフェノクに覚醒した。

最初は自分が生きていることを喜んだ。しかし、結花の日常は彼女の喜びの時間を長くは与えてくれなかった。

義理の家族に通わせて貰っている学校では義妹を筆頭とした、同級生達から激しい暴行を受ける。お金を取り上げられることもあった。

家で共に過ごす家族からも虐げられ、家政婦のように扱われる。

家でも学校にも安らげる場所は無い、そんな生活に結花の心はとうとう限界を向かえた。

部活に行こうと向かった体育館、その真ん中に打ち捨てられていたズタズタに切り刻まれた上履き。

妹と部員達の仕業だった。

それを見た瞬間から、少し先の記憶が結花の頭から抜け落ちている。

気づいた時、結花は体育館に転がる無数の死体の中心に立っていた。

その惨状を作り出したのが自分であると、結花はすぐに理解した。記憶が無くなっているのに何故か?その問いに答えたのは結花の体だった。

灰色の怪物に変じた自分の姿、その手に残る殺戮の感触。耳に残る、肌を切り、肉を打ち、骨を砕く音、そして部員達の悲鳴。

木場のように、結花もまた過ちを犯した者の一人だった。

だから結花もまた、今まさに過ちを犯そうとしている目の前の男を止めたいと思っていた。

「…あんたは、人間が好きか?」

直也の一言に、結花の体がビクリと震えた。

「それは…」

好きだ、と言いたい。

だが、結花の中に根付いた人への恐怖がその言葉を言わせない。

「知ってるわよ?あなたは人間を憎んでいる」

スマートブレインにいたあの女性の言葉が聞こえた気がした。

そんなことは無い、自分は人を憎んでなどいない。

そう自分に言い聞かせても、耳に残ったその言葉は消えることなく結花に語りかけてくる。

それを認めてしまえば、自分を信じてくれた勇治を裏切ることになる。それだけは嫌だった。

「わかりません…海堂さんは?」

結局、結花の口から出たのはごまかしの言葉だった。

「俺は…嫌いだ」

「嘘」

「嘘!?なんで?」

「あなたはまだ、音楽を愛しているから。だから嘘」

それはすぐに分かった。

あの部屋の前で、青年にギターを教える直也の顔は、これから人を殺そうと考えている人間の顔ではなかった。

妙に高いテンションと奇天烈な言動のせいで、これまで直也という男が分からなかった。

だが、その時、結花は一切の悪意の無い純粋に音楽を楽しむ一人の人間の顔を見た。

その時分かったのだ、直也という男が勇治と同じように人を愛していることを。

だからこそ結花は直也の言葉をすぐに否定できた。

そんな結花の言葉に、直也は図星をつかれたように挙動不審になり、その顔からはさっきまで浮かべていた笑みが消えた。

「おい海堂!!お前一体なにをした!!」

そんな時だった、怒気を含んだ声が学食に響いたのは。

結花が振り返ると、三人組の男が二人の座ったテーブルを取り囲んでいた。

「ああ?なんのことだよ」

「とぼけるなよ!村山と日村が死んだんだ!!」

「お前もしかして自分がギター弾けなくなったの俺たちのせいだと思ってるんじゃないだろうな!?」

「ああ、思ってるさ」

「この…!!それじゃあやっぱりお前が「よさないか」っ!!」

直也の小馬鹿にした態度に、一人が掴みかかった瞬間、別の声が割って入った。

やってきたのは、白髪を生やした壮年の男性教諭だった。

男性が近づくと、三人組の一人はバツが悪そうに直也から離れた。

「今、警察から戻ったところだ。二人が死んだのは海堂君のせいではない、誰のせいでもないんだ。二人の死に事件性は無いと警察は見ている」

それだけ言うと、男性は授業を始めるぞと三人に呼びかける。

呼びかけられた三人は忌々しそうに海堂を睨むと、それに続いて学食を出て行った。


 * * *


勇治とロボットは人気の無い校舎裏に居た。

ロボットを珍しそうに見ていた学生達が野次馬根性を発揮してついてきたりすることがなかったのは幸運だった。

『それで、ここにいるオルフェノクについて何が聞きたいんです?』

ロボットはたどり着くと、すぐさま手に持ったスケッチブックにそう書き込んで勇治に見せた。

人より大きな、しかも機械の手で書かれた字にしては綺麗な字で書かれた文章に驚きながら、勇治はまず自分の右手を差し出した。

「その前に、この前言いそびれたから。…木場 勇治だ、よろしく」

ロボットは勇治の差し出した手を握り握手を交わすと、スケッチブックを開いて書き込んだ。

『SB555V オートバジンです。よろしく。』

「ああ、よろしく。さっきも聞いたけど、この学校でオルフェノクを見なかったかな?既に一人犠牲者が出ているんだ」

勇治が言うと、ロボットは首を振り再び書き込む。

『いいえ、二人です。今日あらたに一人が犠牲になりました。ガスマスクのような顔に鉤爪を持った奴です』

「なんだって…」

勇治は知らない内に新たに犠牲者が出ていたことに驚いた。

が、同時に安堵する。目の前のロボットは自分が一番欲しい情報をくれた。

直也が変身した姿はガスマスクなどつけていない、巨大な牙が生えたあの顔はどちらかというと蛇をイメージさせる。それに直也は武器を使っていない。

これで直也が人を殺していないことが分かった。

「ありがとう、姿を見たのは一匹だけかな?頭から牙を生やした…こう、蛇みたいなのはいなかった?」

その問いに、オートバジンは首を振る。

(良かった…)

その答えに、勇治の体から緊張が解けた。

オートバジンが直也の変身した姿をこの学校で見ていないということは、直也がまだ生きているということだ。

気が緩んで、思わず座り込みそうになったのを堪えて、勇治はオートバジンに向き直った。

具体的な特徴を述べたからには、何かもっともらしい答えを出さなければ怪しまれる。

「実は、ついこの前、友達がそのオルフェノクに襲われたんだ。そしたら今日、その友達から連絡があってね、学校の生徒が灰になって見つかったって」

それで今日、ここまで調べに来たんだ。

そういい終えると、オートバジンは納得したように頷いた。

それを見ると、勇治は最後に、この学校に潜んだオルフェノクについて再度訊ねた。

「ところで、最初に聞いたオルフェノクはどうなったのかな?」

『――――――』

その問いに、オートバジンは答えなかった。

「…どうか、した?」

そう言って、勇治は唐突に違和感を感じた。

オートバジンの纏う雰囲気が違う。

マンションで自分と話した時の明るい雰囲気、自分と、敵と戦っていた時の猛々しい雰囲気。

そのどちらとも違う物を、オートバジンが発している。

これは何というか…弱々しいと例えるのが一番しっくり来る雰囲気だ、と勇治は思った。

敵の攻撃をものともせず突き進み、吹き飛ばすこのロボットにはあまりに不似合いなソレがオートバジンを包み込んでいた。

「何かあったんだね?」

勇治がそう言うと、オートバジンは静かにペンを走らせた。

『俺は人を殺したんです…』

「なっ!?」

何かの間違いだろう、予想だにしない答えに勇治は驚きの声を上げた。

しかし、勇治が驚いている間にもオートバジンはスケッチブックにペンを走らせていく。

『一昨日の夜でした、俺は人を襲っているオルフェノクを見つけました。一緒にいた仲間が戦えない分、俺は一人でがんばりました』

『そいつは心の底まで腐りきった奴で、人殺しを楽しむ最低な男でした。俺、こいつだけは許せないって思って、初めて敵の命を奪いました』

『殺して初めて俺はその行為の恐ろしさを感じました。だけど、俺はこれからも戦わなくちゃいけないから、仕方が無かったって無理やり納得したんです』

『だけど、声が聞こえるんです!あいつが死ぬときに言ってた言葉が、殺さないでくれ、助けてくれって、それがずっと頭の中に響いてくるんです!!』

『今日、ここにいたオルフェノクと戦ってる時にそれがいきなり聞こえてきて、俺、動けなくなって、そのままそいつにも逃げられて』

そこまで書いて、オートバジンはペンを握る手を止めた。

新たにページをめくると、最後の一文を書き込んだ。

『殺してから初めて思い出したんです、オルフェノクは人間と同じ者だってことを、人間と変わらない者だってことを。だから、俺は人殺しなんです!!』

「っ!!」

その最後の一文を見せられて、勇治は目を見開いた。

「君は今まで、どれだけの間戦って来ていたんだ?」

『まだ、一月も経ってません。実際に戦ったのは5回もありません』

「っ、それまで、君は相手を殺してはいなかったのかい?」

『トドメは、仲間がやっていました』

その一言を読んで、勇治は全てを理解した。

彼は、オートバジンは自分と同じだということを。

同時に勇治の中で、オートバジンに重ねていた完全無欠なヒーローのイメージが音をたてて崩れ去った。

彼は、自分が思っていた無敵の存在ではなかった。

今、目の前にいるのは自分と同じ一時の激情にまかせて人を殺した己の罪の重さに苦しむ者だったのだ。

「………っ」

掛ける言葉が見つからなかった。

オートバジンは勇治と同じだった。

人の心の中の悪意に触れ、激情にまかせて命を奪い、その罪の重さに苦しんでいる。

いまもそれに苦しみ続けている勇治が掛けられる言葉など、何があろうか。

これが、同じオルフェノクとなった物であるならば、感情にまかせて人を殺してはいけない。

心までモンスターになってはいけないと教えたことだろう。

だが、それはあくまでもオルフェノク同士だから掛けられる言葉だった。

彼は、オートバジンはオルフェノクを狩る側の存在であり、自分は狩られる側。

立場の違いが、勇治に言葉を発せさせない。

心折れたヒーローに、勇治がかけられる言葉は無かった。

『すみません、俺、帰らないと…』

そう書き残して、オートバジンは勇治に背を向けて歩いていく。

その後姿に、勇治が始めてあった時の面影は無かった。

「オートバジン!!」

思わず声を上げて呼び止める。

しかし、オートバジンはその足を止めることはない。

呆然と立ち尽くす勇治を一人残し、人気の無い校舎裏を鈍い足音が遠のいていった。

「………」

出会ったのはほんの数日前。

彼のロボットの勇姿は、今も勇治の目に焼きついている。

銀色に輝く鋼の巨体が敵を討つ姿は、幼い頃にテレビで見た正義のロボットが戦う様にそっくりだった。

だが彼は今、命を奪った罪の重さに押しつぶされようとしている。

勇治が見たエピソードの中にこんな話があった。

自分の大切な人々を守るため正義のロボットを操り戦っていた青年は、ある日、敵として戦ってきた悪の軍勢の人間に出会う。

そして青年は、今まで戦ってきた敵が同じ人間だった事に苦悩した。自分が知らず人を殺めていた事実に打ちのめされた。

やがて青年は戦えなくなった。自分の罪の重さに押しつぶされ、戦うことを拒否した。

だが、青年は立ち上がった。多くの仲間に激励され、彼は己の罪と向き合い、それを背負い、逃げるのを止めた。

現代に生きる大人がこれを聞けば、使い古されたお約束の展開だ。と笑う者もいるかもしれない。

だが、勇治はそうは思わない。今、自分の罪に重さに苦しみ心折れかけた戦士がいる。

勇治は、去っていくロボットの背中に願う。

どうか立ち直って欲しいと。心折れ、潰れてしまわないで欲しいと。

だから、あのロボットを操る青年のように――。

「立ち上がってくれ…!オートバジン…!!」

そう、勇治は願った。


* * *


「…なんだ、これは?」

「見ればわかるでしょ、鍋焼きうどんよ。熱々のね、早く食べれば?」

帰ってきたそっけない答えに、噛み合わされた歯がギリッと音を立てた。

今更のことながら乾 巧は猫舌である。

今日もまた啓太郎のおせっかいに付き合い、疲れて帰宅した巧を出迎えたのはホカホカと湯気を立てる鍋焼きうどんだった。

そう、まさしくそれは…。

「お前分かってんのか!?鍋焼きうどんといえば…っ!猫舌の天敵なんだよ!!」

「文句があるなら食べなきゃいいじゃん」

いっくらフーフーしても全然冷めないんだぞ!と怒鳴る巧に一人うどんを啜る真理が鬱陶しげにぼやいた。

言い返した真理のイラついた態度を察したか、そんな真理に啓太郎が恐る恐るといった様子で問いかける。

「あのさ、なんか…機嫌悪い?」

「悪いわよ!今日美容室で大恥かいたんだから!巧のせいだからね!!」

「俺のぉ?俺が何をした?」

真理に劣らず不機嫌さを隠さず発露させた巧の返事に、真理が机を叩いて立ち上がった。

「昨日下らないこと言って練習の邪魔したじゃない、せっかくあの子も手伝ってくれてたのに!あなたのせいよ!!そうだよね啓太郎!!」

「え…それは…どうかな?」

睨む巧を逆に睨み返しながら、大声で畳み掛けると真理は後ろで立ち尽くす啓太郎に同意を求めて振り返った。

問い掛けられた啓太郎はその気迫に押されたか、うろたえながら言葉を濁す。

「……あっそう、もういい」

自分の味方をするとばかり思っていた啓太郎の否定的な言葉を聞いて、真理は自分の中の怒りが急激に冷めていくのを感じた。

反対に沸きあがってくるのは、同じ夢を持つものなら分かってくれると思っていた啓太郎への失望感、そして…それ以上に大きな怒りによって心の奥で身を潜めていた『悔しさ』ともう一つの感情。

「私もうこんなとこいられないから、さよなら!」

その三つを抱いた瞬間、溢れ出した物を見られるのを避けるように、真理は家を飛び出した。

後ろから追いかけてきた足音は啓太郎だろう。しかし、真理は振り返らなかった。

「真理ちゃん!そんなブチキレなくても!」

「ほっとけほっとけそんな女!」

家を出た真理を呼ぶ啓太郎にそう言い放って、巧は椅子を引いてテーブルに向き合うと湯気を立てる鍋焼きうどんに思いっきり息を吹きかけた。


 * * *


「……」

家を飛び出した真理は、夜の公園の小さなベンチで静かに涙を流していた。

「あなた、この仕事向いてないかもね」

そう言った店長の言葉が頭の中でリフレインしていた。

真剣に取り組んだ実技テスト。真理は隣で店長が見ている前で全力をもって取り組んだ。

しかし、結果は不合格。ワインディングの最中にロッドを落とし、崩れたリズムを取り戻そうとがんばった結果出来たのは店長に酷評された作りの雑な物だった。

悔しかった、そうして言われたあの言葉にそれまで美容師に憧れてきた自分を全否定された気持ちだった。

だが、それ以上に真理に涙を流させるのは、胸の奥から染み出してくるもう一つの思い、自分への情けなさだった。

真理は決して馬鹿な少女ではない。

ゆえに自分の中で分かっていたのだ。全ては自分の実力が足りなかったが為のことなのだと。

それなのに、巧に責任を押し付けて、好き放題言い放って怒っていた自分が情けない。

巧だって、好きでもないことに付き合わされてイラだっていたのだ、文句の一つぐらい出ても仕方が無い。

もう少し待って、せめてそう言って軽く流しておけばよかった。

そうすれば巧とお互いムキになってあそこまでの喧嘩になることは無かっただろうし、無駄な時間を使わずに済んでいただろう。

そして、集中力が乱れたまま練習を続けた結果がこの様だ。

「…おい」

そんな時だった。肩を震わせて泣きじゃくる真理に不機嫌そうな男の声がかかったのは。

頬を伝った涙も拭わずに振り返ると、ダルそうに佇む巧が見下ろしていた。

「やっぱり火傷したぞ、口ん中」

「ごめん…」

ずっと泣いていたせいで散々なことになっているであろう自分の顔を見られたくなくて、真理はすぐに巧から顔を逸らした。

その時、瞳から新たにこぼれだした雫が頬を伝うのを感じて、上着の袖でそっとそれを拭った。

「泣くな、帰るぞ」

相変わらずのぶっきらぼうな口調でそう言った巧は、もう怒ってはいないようだった。

「お前、なんでそんなに一生懸命なんだ?」

家に続く道を並んで歩いていると、巧が不意にそう言った。

「夢を持つとね、時々すっごく切なくて、時々すっごく熱くなるんだ。だからかな」

我ながら臭い台詞だと思った。

普段は絶対使わない言い回しで言ったその言葉に、けれど真理は少しも恥ずかしいとは思わなかった。

きっとこの臭さは啓太郎から移ったんだ、そう考えると自然と笑みが浮かんだ。

「よく分かんないけど…贅沢だよお前」

「ごめん、泣いてる暇があったらもっともっと頑張んないとね」

「ああ…そうだな。っ!?」

「どしたの?」

突然、巧がすばやい動きで背後へと振り返った。

つられて真理も振り返ったが、そこには道をぼんやりと照らす街灯が頼りない光を放っていただけだった。

「いや…別に…」

そう言って、少し緊張した面持ちで巧は少しだけ歩調を速めて歩き出した。

真理もそれに合わせ、横に並んで歩く。

そうして、ふとあることに気づく。

「ねぇ、ところであの子どこにいったの?テスト落ちちゃったこと、一応言っといた方が言いと思ってたんだけど」

「え?」

巧が再び立ち止まった。

ゆっくりと真理に向き直ると、怪訝そうな顔で言った。

「帰って…ないのか?」



~あとがき~

終わらないぃいいいい!!

約二ヶ月ぶりの更新です。続きを待っていてくれた方、本当に申し訳ありません。

またも中途半端なところで終わってしまいました。

恐るべしはファイズ8話。視点変更が大量、そしてシリアス展開。

登場人物がこの時どんなことを考えていたのかを無い頭を絞って必死に文にするのは非常に時間が掛かりました。

今回、木場さんのロボットアニメ見てた設定は原作には影も形もありません。

いくら金持ちの子供でも、小さい頃はこんなん見ててもおかしくない筈という私の勝手な推測で生み出した設定です。

原作準拠なこのSSですが、分類上は再構成に含まれると思いますので、多分セーフ…であって欲しいです。

長すぎたこの8話シリーズももうすぐ最後の戦いにたどり着きます、それまでどうかお待ちください!




[25296] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第五話 夢の守り人 ~とあるスーパーロボットの回想~ (5)
Name: てんむす◆e4ae1c7c ID:409c4e42
Date: 2012/10/30 14:27
『――――――』

空に浮かんだ太陽が眩しい。

だけどきっとこれを見るのは今日で最後だ。

きっとこの太陽が沈む頃には、俺は誰にも見つからない所に沈んでいると思うから。

俺は馬鹿だった。

ちょっと強い体があったからって、自分の手で誰かを救えたからって、調子に乗るんじゃなかった。

覚悟も無しに、戦ったりするんじゃなかった。

結局の所、俺はただヒーローに憧れてただけのガキに過ぎなかったんだ。

ああ空が綺麗だ…。

これがもうすぐ見れなくなるなんて嫌だな。だけど、そんなことを思う権利なんて、もう俺には無いんだ。

戦って殺した人達は、こんなことをしても生き返る訳じゃない。

でも、俺にはこうして償うことしかできないから…。

ごめんなさい巧さん、もう貴方と一緒に戦うことはできません。

ごめんなさい啓太郎、もう店は手伝えません。

ごめんなさい真理さん、もう貴女を守ることはできません。

ごめんなさい、俺が殺してしまった人達。

貴方達を殺したクソガキは、もうすぐ罪を償います。

でも、もう少しだけこの世界に、今いる世界に居させてください。

今日でこの町並みを、そこにいる人達を見るのは最後になるから。

この一日だけは、ここに居させてください。


 * * *


海堂 直也は天才だった。

素行も、人格も決して褒められた物ではない彼も、ただ一つギターの演奏にかけてだけは。

彼の演奏を聴いた者は誰もが、その腕前を賞賛した。

しかし、そんな彼の才能はある日、いともたやすく奪われた。

緩いカーブを伴ったキツめの坂道。

通りなれた通学路で、彼を乗せたバイクはコントロールを失って転倒し、直也をアスファルトの上に投げ出した。

だが、直也を襲った悲劇はそれで終わりではなかった。

投げ出され全身を打ち付けたことで起き上がることも出来ずに呻いていた直也の利き腕は、後ろから走ってきた車によって踏み潰された。

幸い、その手が原型を失うような事態にはならなかった。

しかし、それと引き換えに直也はその才を失った。

大きなダメージを受けた左手は、ギター演奏のように複雑な動きに耐えられなくなっていたのだ。

必死のリハビリで、演奏すれば以前のような美しい音色を奏でられるようにはなった。

だが、その指は一曲を奏でるだけの力を亡くしていたのだった。

そして、直也は学校を辞めた。

一つの曲を弾き切ることもできなくなった直也には、もうそこに居場所はなかったのだ。

ヤケクソになった直也はそれからの日々を胸の中の虚無感を誤魔化すように、派手な生活をするようになった。

その日の生活費を稼いでは、道行く人が眉を顰めるようなハイテンションで街中を歩き回り、気の向くままに遊びまわった。

そして直也は死んだ。

たまたま立ち寄った喫茶店で、突然席をたった隣の席の男の手によって、彼の人としての命はあっけなく燃え尽きた。

そんな彼が再び目覚めた時、既にその体は人間の物ではなくなっていた。

オルフェノク、死した人間がその身に眠っていた力に目覚め蘇った存在。

その超常の力を手にした直也の中で、ずっと眠っていた感情がふと蘇った。

それは『怒り』

自分から才能を奪った物と、それを失った自分を嘲笑った旧友達への憎悪の感情は、そこにあった虚無感を押しのけて噴出した。

直也は自分が才能を失ったのがただの事故ではないと知っていた。

事故に合った後、自分のバイクに細工がされていたことを突き止めていたのだ。

しかし、直也の復讐劇は最初の一歩から躓くことになる。

自分を拾ったのが、オルフェノクとしての力を拒む二人組みだったのは運が悪かったとしか言いようが無いだろう。

その二人による度々の説得と監視。

旧友に囲まれ、いざ事に及ぼうとすればかつての恩師の登場。

一人になった旧友を見つけ襲い掛かろうとしてみれば、その男は既に他のオルフェノクの手に掛かっている始末。

そんな立て続けに起こった数々のイベントは、直也の中の怒りの炎を少しずつ萎えさせ、それに押しのけられていた虚無感を僅かに呼び起こした。

それでも、復讐を果たそうとした直也の前にソレは現れた。

そこにあったのは原石だった。

誰もいない教室の中で楽しそうに一人ギターを演奏するその青年は、まだまだ荒削りながらも大きな才能を感じさせる、磨けばまだまだ輝ける余地を残した原石だった。

その姿は、正しくかつての直也そのものだった。

まだ一つの賞も取っていない、ただ気の向くままに音楽を奏でていた、原石だった自分の姿。

自分を先輩と呼び、尊敬のまなざしを向ける青年の練習にほんの気まぐれで付き合った直也の心は数ヶ月かぶりに満たされたのだった。

そして、今もまた直哉は少年の演奏に聞き入っていた。

淀みなく奏でられる美しい音色に、目を閉じて聞き入る。

あれから、練習を積んだのだろう、青年の演奏は昨日と比べ物にならない程に上達していた。

その音色は正しく。

(俺の…曲だ…)

自分と同じ指を持った青年の演奏は、その音色もまた直哉と同じ物だった。

数ヶ月ぶりに訪れたこの学校で、この場所でかつて多くの人間を唸らせた音色がここに蘇っていた。

やがて曲が止まっても、直也はその余韻に浸るように暫し目を閉じたままだった。

「先輩?」

演奏を終えた青年の声が掛かる。

そっと目を開けると、評価を待つ青年の顔が見えた。

僅かに緊張した面持ちでジッと直也を見つめるその青年に、直也は穏やかな笑み浮かべた。

「お前…指、大事にしろよ?お前の指は黄金の指だ」

そう言うと、青年ははにかんだ笑みを見せた。

何を馬鹿な、自分なんてまだまだだ。そう思っているのがよく分かる。

だがそれは間違いだと直也は思う。

この青年は新しい自分だ。これからも音楽の道を進んでいけばきっと自分以上にその腕前を多くの人の前で披露し、賞賛されるだろう。

だから、直也は本心からその言葉を言った。

自分には歩みきれなかったこの道を、このままずっと歩んで言って欲しいと思った。

隣で微笑むおせっかい女の存在も、この時ばかりは鬱陶しいとは思わなかった。

「先生!」

その時、教室に拍手の音が響いた。

その顔に満足気な笑みを浮かべて歩み寄ってきたのは、直也を止めた恩師だった。

「すばらしい!元々君には才能があると思っていたが…どうやら開花したようですね、昔の海堂くんに勝るとも劣らない!」

そう言われて、自分に嬉しそうな笑顔を向ける青年に、直也もまた満足気な笑みで返した。

かつて自分を教えてくれた恩師がこの青年を評価してくれたことは直也にも嬉しいことだった。

「君に足りないのはあと一つだけだ。それを達成すれば今の海堂くんと同じになれるでしょう」

そう言って微笑んだ恩師の言葉に、青年は嬉しくてたまらないといった様に輝かんばかりの笑顔を浮かべた。

その言葉に僅かに引っかかる物を感じながらも、直也はこの人ならばきっとこの青年を導いてくれると安心して頷く。

(今の海堂さんと…同じ?)

そんな中、ただ一人結花だけが訝しげな表情で微笑む初老の男を見ていた。


 * * *


乾 巧はかつて死を体感したことがある。

それはまだ幼かった頃、不慮の交通事故にあった時だった。

病院へと運ばれる救急車のストレッチャーの上で、朦朧とする意識が少しずつ闇に飲まれていく感覚。

その体から少しずつ感覚が消えていく中、巧の中で何かが一つ燃え尽きた。

シュウっという何かが焼け落ちる音が聞こえた気がした。

そして、巧の意識を闇が完全に覆い隠した。

自己の存在を認識できなくなったその時、巧の体は死を迎えた。

しかし、巧は目を覚ました。

意識を失って僅か数秒のことだった。

死んだはずの巧の蘇生は、救急隊員の懸命の蘇生措置によるものではない。

意識を取り戻した巧は、自分の体がそれまでと違う物になったことを理解した。

何故、と問われても巧ははっきりとした答えを返すことはできないだろう。

だが、目を覚ました巧は、気づいたのだ。

かつての自分という存在が極めて希薄なものとなっていた事に。

その身にあったのは、自分であって自分でなくなった体と、その中心にポッカリと穴が開いたように存在する虚無感だった。

そして、その日を境に巧は物事に強い感情を抱けなくなった。

人の形をしていながら、人とは違う曖昧な存在となった自分に自身が持てなくなったのもそれがきっかけだった。

乾 巧には夢が無い。

可能性に溢れた少年時代、その初めから18歳の今まで巧は何かに強く憧れることも、熱中することもなく毎日を過ごしてきた。

中学、高校とやりたいこともないまま過ごした巧は、希望に溢れた顔で自分の目標を語る同級生達とのズレを自覚していた。

しかし、自覚していても巧の心は何かに強く動かされること無く、波の無い水面の如く静まり続けた。

そんな巧は二人の人間と出会う。

菊池 啓太郎と園田 真理である。

その二人は自分に無い物を持っていた。

それは『夢』

若い二人は、情熱に満ちた目をして言った。

曰く、ずっと憧れていた美容師になるのだと。

曰く、世界中の悩みや不幸を全部洗い流すようなクリーニング屋なりたいのだと。

そんな二人に挟まれて、巧みが感じたのは強い劣等感だった。

夢とは将来への希望である。

学生時代、何気なしに開いた辞書に載っていた言葉だ。

その希望が、夢が無いことは、やがて巧の悩みになった。

誰もがもつ将来への希望、目標。それが無い自分はそんな人間よりも遥かに劣っている気がして、そう思うと一層不安が増した。

ゆえに、そんな夢を持った二人を巧は羨ましいと思った。

同時に妬みも覚えた巧は、何度か二人にキツく当たることもあった。

だが、そんな夢を持つ彼らは、それぞれ夢を持っているがための悩みを抱えていた。

ある青年は自分の夢を親に理解してもらえないことに。

自分と共に住む少女は、現場が求めるソレよりも遥かに劣った自分の実力に。

しかしそれでも尚努力し続ける彼らのことが、巧は理解できなかった。

そんな風に悩んでまで、苦しい思いをしてまでどうして一生懸命に夢を追いかけられるのか。

そう尋ねた巧に、少女はこう返した。

「夢を持つとね、時々すっごく切なくて、時々すっごく熱くなるんだ」

それに対する自分の返答の通り、言葉の意味は良く分からなかった。

しかし、そう言って微笑んだ少女を見て巧は思った。

夢を持っているからこそ、この少女はこうして笑っていられるのだと。

「………」

小さな美容室の中で、真剣な表情を浮かべて真理がマネキンの首にロッドを巻いている。

店の前の植木の陰からその様子を伺いながら、巧は僅かに微笑みを浮かべていた。

腰に巻かれた重さを確かめるように、上着の下に潜めたソレに触れながら。


 * * *



『―――――――』

そろそろ…死ぬか。

そう思って、俺は砂浜に座り込んでいた体を起こした。

目の前に見えるのは、少しずつ沈んでいく夕日を反射してオレンジ色にそまった海。

精密機械の塊なオートバジンの体を持った俺がここに飛び込めば、きっとすぐに死がやってくると思う。

木場さんと別れてから、長い間考えた。

戦って人を殺した自分は本当に正しかったのか。

答えはすぐに出た。正しい訳が無い。

だって、どんな理由があったとしても人を殺していい理由になるはずが無いんだから。

仮面ライダーの世界という戦うことが当たり前になったこの世界で戦う力を持ってるなら戦って当然だ。

俺の中にはこんな考えがあったんじゃないだろうか。

だから初めてこの世界に来た時も、当たり前のようにオルフェノクに殴りかかれたんだ。

戦うってことが、相手の命を奪う行為だって知ってた筈なのに。

オルフェノクという生き物がどういう存在なのか知ってた筈だったのに、俺は彼らを手にかけてしまった。

命を奪う覚悟も持たないで、だ。

だから、罪を償おう。自分の命でもって。

このまま海の底に沈んで、何もかも忘れるんだ。

そうすれば楽になる…もうこれ以上悩む必要なくなる。

異世界に転生し、別の物に憑依した主人公がこんな形で死んだらどうなるんだろう。

…まぁ考える必要は無いか、きっと何のイベントも無く地獄行きだ。

人を殺した俺には地獄に落ちるのがお似合いさ。

今から空を飛んで海の真ん中にでも落ちれば、誰かに引き上げられることも無いだろう。

背中の車輪が稼動して地面と平行になる。

そのまま最大出力で回転させようと思った時だった。

「こんなとこ居ると錆びるぞ」

どこかで聞いた声が掛かった。

背中の車輪を一時戻して振り返る。

「よう」

数日前に巧さんと一緒に会った時と同じ顔でタバコを吹かしながら笑ったその人は、俺が考えも無しに助けた喫茶店のマスターだった。

原作ではほんの少しの出番で殺されてしまった人。

俺は巧さんに連れられて、偶然この人と知り合った。

そして俺は真剣に巧さんを心配してくれたこの人を本来の運命から助けた。助けてしまった。

オルフェノクという変身能力を持った一人の人間の命と引き換えに。

「店がまだ開けないもんでな、暇つぶしに散歩してたんだ」

俺はそう言って笑うマスターの顔を見てられなかった。

この人は俺が犯した罪の結果だ。

「しかしお前、なんでまた海なんぞに居んだ?潮風は機械に良くねーんだぞ?」

この人という一つの命を助けるために、もう一つの命を奪ったことは間違いだったんだ。

……だけど、分かっていた犠牲を亡くそうとしたことは間違いなのか?

「なんだよ無視か?ちょっとぐらい反応しねーとおっさん泣くぞこの野郎め」

人を殺すことが正しい筈なんてない。

だけど、それはあの時店を襲っていたオルフェノクにも言えることだ。

だからって俺がアイツを殺したことが正当化されるわけじゃないのは分かってる。

「おい、お前俺の声聞こえてるか?」

なら…俺はあの時どうすればよかったんだ!?

それはやっちゃいけないことだと納得してマスターを見殺しにすればよかったのか!?

「おいロボッ!!お前さっきから本当にどうしたんだ!」

でも助けられる命を助けないことは、分かっていた犠牲を見て見ぬふりするのは罪じゃないのか!?

人を殺そうとしてる人間を止めずに放置するのが正しいっていうのか!?

分からない…もう全然わかんねぇよ畜生!!

「ロボッ!!」

『――――――ッ!!』

もう何度考えたか分からないその考えが頭の中でまたループしそうになった時、マスターの声が俺の意識を現実に呼び戻した。

振り返ると、イラついた様子のマスターが俺の肩を掴んでいた。

「さっきから変だぞお前、どうしたんだよ一体」

表情なんて無い俺の顔を覗き込んでくるマスター。

答えない俺を見るその顔は、怒ったようなそれから少しずつ怪訝な表情に変わっていく。

「何か…あったのか?」

『――――――』

「…あったんだな?」

俺はいつの間にかスケッチブックを取り出していた。


* * *


「何をなさっているんですか?」

駐輪所に止められたバイクと必死に格闘するその背中を冷ややかな目で見据えながら、結花は尋ねた。

慌てて振り返った男は、ぎこちない笑みを浮かべる。

「い、いやぁ…バイクの調子が悪くてね…」

「先生がバイクに乗るようには見えませんけど」

「…誰だ君は、うちの生徒じゃないようだが?」

振り返った男はほんの数分前に海堂とともに顔を合わせた初老の男性教諭だった。

海堂 直哉の恩師にして…彼から『黄金の指』を奪った男。

結花は、勇治と共に直哉から彼がその才能を無くした事故について聞かされていた。

そして、そんな彼に結花は同情した。

多くの人に賞賛される才能、自分には無いソレを持った直哉が一日にしてその才能を奪われた。

それまで自分を評価していた人間達が、その全てが離れていくその悔しさと悲しみは、ずっと生き地獄のような日々を生きてきた自分のソレよりもずっと酷い物だと思った。

物心ついた時から愛情ではなく悪意ばかりを向け続けられた結花とは違い、それまで多くの人に囲まれていた直哉がそれを失った時に感じた喪失感はどれほどの物だっただろうか。

そんな直哉から才能を奪った人間を結花は憎いと思った。

その憎むべき相手が、今目の前にいる。

「また教え子の才能を潰すつもりですか?先生なんでしょう?海堂さんのバイクに細工したのも」

問い掛けられた教諭が言葉に詰まった。

『君に足りないのはあと一つだけだ。それを達成すれば今の海堂くんと同じになれるでしょう』

教諭の発したその言葉がずっと結花の中で引っかかっていた。

今の海堂はもう以前のようにギターを奏でることはできない。そんな海堂と同じになれると発した教諭に湧いた僅かな疑念。

この男は、海堂が才能を無くしたあの事件に関わっているのではないか。

証拠は何も無い。

だからこそ、その後をつけ確かめようと思った。

そして。

「……っ!馬鹿な女だ!!」

犯人の正体は明かされた。

振りかぶられた灰色の腕を見据えた瞳が白く光る。

細く白いその足に力が篭もり、結花の体が舞い上がり一瞬にしてその体は屋上へと跳躍した。

目標を外れた拳が空を切り、忌々しげに結花を見上げる教諭が変貌したオルフェノクを睨みながら、結花は静かに踵を返す。

振り返ったその先で、怒りの表情を浮かべた木場 勇治に向かって結花はそっと頷いた。


 * * *


「罪を償う…か」

『――――――』

全てを話し終えるのには時間が掛かった。

俺がこの手で殺した男のことを。

それからずっと考えてきたこと、これから何をするかを。

巧さんから貰ったスケッチブックもかなり使ってしまった。

【ふざけた話ですよね、その時はなんの躊躇いもなく殺したくせに今になって後悔してるなんて】

「………」

マスターに話してる間もずっと考えてた。

自分のした事が正しいのか間違っているのか。

そしたら何時の間にかこんな考えに行き着いた。

こんなこと考えても、もう意味が無いんだって。

どんなに悩んで立って俺が人を殺したという事実は変わらないし、変えられないんだ。

だからもう、考えるのはやめよう。マスターと話し終えたらすぐにでも海に飛び込んでしまおう。

「俺はふざけてるとは思わないぞ」

一度、大きく煙を吐いたマスターは長い沈黙の後、そう呟いた。

「まともな頭した奴なら罪を犯せば悔やんで当然だし、そんな自分を恥じて当然だろ。逆に自分のしたことに反省も後悔もしない奴は人間のクズだ。そんな奴はきっと誰からも慕われも愛されもしない」

『――――――』

「罪を犯したなら自分がしたことと向き合い、悔やみ反省する、それのどこがふざけてるっていうんだ?」

マスターはそう言い終えると、短くなったタバコを海に投げ込んで消す。

まだ火のついたそれはシュッと軽い音を立てて、引いていく波に攫われていった。

「だが死ぬのは違うぞロボット、そんなもんは償いじゃない」

(え?)

俺と並んで砂の上に腰を下ろしたマスターは新しく取り出したタバコに火をつけながら言った。

そう言って俺を見るマスターは、始めてみる真剣な表情を浮かべている。

死ぬのが…償いじゃない?

なんでだ?俺も人も同じ命なのに…その命を奪った俺がそれ以外で罪を償えるっていうんですか?

「確かに犯した罪は償わなけりゃいけない。だがその為に死を選ぶのは卑怯な行為だ」

卑怯?

「償う為に死ぬ、聞こえはいいがそんな物は償いじゃない。それはただの逃げなんだよロボット。自分が背負った罪の重さから逃げることだ」

【そんなの綺麗ごとですよ、殺した罪は死んで償って当然です!人の人生を潰した奴が生きていて良いと思うんですか!?】

俺は反射的にスケッチブックにそう書き込んでいた。

俺だって進んで死にたい訳じゃない。自分なりに考えて悩んで、それでこの方法に行き着いたのにそれを逃げなんて言うだなんて…。それなら他にどうしろっていうんだ!?

他に償う方法があるならそれを選びたいさ…だけど、消えた命は帰ってこないんだ!

「だったらお前、死のうと考えた時こんな事思って無かったって自信持って言えるか?全部忘れたい、楽になりたいってよ」

『―――ッ!!』

俺はその言葉を覚えてた。

それは確かに俺が考えてた事だ。

だけど…違う、俺は自分が楽になりたくてこの方法を選んだんじゃない…俺は、罪を償いたくて!!

「思ってたみたいだな」

【違います!】

「なら何ですぐに言い返せなかった?」

『―――――ッ』

俺はマスターのその言葉に何も言い返すことは出来なかった。

罪を償いたい。それは俺の本心の筈なのに、俺はマスターに言われるまでその言葉を否定できなかった。

固まった俺をそのままに、マスターは言葉を続ける。

「お前は確かに罪を償おうと思ってるんだろうさ、だがそれ以上に罪の重さに苦しみたくないと思ってる。そして頭の奥じゃそれが分かってるからすぐに俺の言葉を否定できなかったんだよ」

その言葉を聞いた瞬間、俺は耳を塞ぎたくなった。

この先を聞いちゃいけない、聞きたくない。聞いたら俺は分かってしまう。自分の本心を、ここに来た本当の理由を…!!

「お前がしようとしたのは償いでも何でもない、ただ自分が背負った罪の重さから逃げようとしただけだ」

『―――――ッ!!!』

何かが音を立てて崩れた気がした。

いや、何かがじゃない…。これは俺が作り上げた、自分の本心を隠すための建前だ。

罪を償う。その為に死ぬ。そう思ってここに来た、だけどそれは、それだけが…俺の本心じゃない…。

俺は解放されたかったんだ、自分を苦しませる罪悪感から。

【でも、ならどうすればいいんですか!?死ぬのが逃げだっていうのなら、俺はどうやって償えばいいんです!?】

そうだ、それだけじゃない…俺は本当に償おうと思っていたんだ!

俺は確かに楽になりたいとは思ってた。だけど、この罪を償いたいって気持ちだってあるんだ。

だけど、死んじゃいけない…それは逃げだから。卑怯な行ないだから。ならどうやって償えばいい?どうすれば償える!?

俺は、そんな思いをぶつけるように、乱暴に書きなぐったスケッチブックを突き出した。

それを見て、マスターは二本目のタバコを捨てながら言った。

「その質問に答える前に聞きたいことがある」

『―――?』

「お前は何故戦った?あの時、ドアを突き破って俺を助けてくれたお前は、どんな結果を求めて戦ったんだ?」

(え?)

一瞬、思考がフリーズした。その質問の意図が理解できなかったからだ。

だけど、そう問い掛けるマスターは真剣な表情で俺の返答を待っているようだった。

俺が戦った理由…そんな物無い…俺はただ、自分が手に入れたオートバジンの力に浮かれてただけで…っ!?

いや、違う!俺はあの時そんなことを考えて戦いに行ったんじゃない!!

俺があの日戦ったのは…!!

【あなたを助けたかったからです!勝手な理屈であなたが殺されるのを止めたかった!!】

そうだ。俺はあの前日、この人がどんな人間かを知った。

きっかけは俺が考えなしに鳴らした音を聞いてマスターが店から出てくるという原作と外れた事態を起こしてしまった時だった。

そして話して、巧さんを心配するこの人を、こんな良い人を死なせたくないと思った。

だから戦った。こんな人が理不尽に命を奪われるなんておかしい、そう思ったから。

「……そう思って、俺を助けた事を後悔してるか?」

【そんな筈ありません!だって、あの時俺が動かなかったらマスターが殺されていたんですから!】

反射的にそう答えると、マスターは一度だけ大きく頷いた。

「ならもう一つ質問だ、お前の戦う理由はなんだった?今日この日まで何を願って戦ってきた?」

『――――ッ!!』

俺の戦う理由、この質問は…木場さんに聞かれたのと同じ…!!

あの時、木場さんのマンションでそれを聞かれた時、俺は答えを返した。

ろくに考えないで言ったあの答え。だけど、それは本当に適当に考えた答えだったのか?いや違う!

トンネルの中で目が覚めて戦ったあの時も。

マスターを助けるために戦ったあの時も、そして…俺が初めて敵を殺したあの時も。

俺が戦ったのはいつだってそうだった!

俺が戦う理由、それは…。

『そこに守りたい人がいるからです!目の前で命を奪われそうになっている人を守りたかった!!』

「ならそれが答えだ」

(え?)

「その願いを…お前の正義を貫き通せ、それがお前がやるべき贖罪だ」

(正義を…貫き通す?)

「お前は願った、目の前で奪われようとする命を守りたいってな。そしてその為に戦い、守った。敵の命を代償にしてだ」

呆然とする俺を見て、マスターは俺の肩を掴んで向き合い吼えた。

「だから戦えロボット!殺した人間の…あの化け物の命を背負って戦え!!お前の願いを、お前の正義を貫く為に!お前が戦うその場所に、そうしなけりゃ守れない命があるなら!!」

命を背負う…俺が戦うオルフェノクの命を。

そして守る、俺が守りたいと思った人達を。

それが…俺の償いなのか?

ああ…そうか、結局どっちかしかないんだ。

自分の願いの為に戦って敵を殺すのは罪だ。

だけど、戦わなけりゃ多くの人がオルフェノクの手で殺される。それが分かっていながら戦わないのも同じだ。

そして俺は、誰かが死ぬのが嫌だから、敵と戦う方を選んだ。

例えその本質を知ってるオルフェノクを殺してでも、脅かされる誰かを助けたい。そう思ったから戦ったんだ。

そうしなけりゃ、守れない命があるから。

「行くのか?」

立ち上がった俺を見上げて、マスターが言った。

俺は頷いて、最後の一言を書き込む。

【ありがとうございました】

その一言を見せ終わると、俺はマスターから離れる。

背中の車輪を駆動させ、踵のブースターの点火を準備する。

その時だった、マスターがもう一度口を開いたのは。

「ロボット!これから先戦い続けることはより多くの罪を背負うことになるだろう!もし、その重さに潰されそうになったらその度に思い出せ!!ここに一人!お前に感謝する人間がいるってことを!!」

そう言って、マスターは拳を握った右手で自分の胸を叩いた。

『――――――!!』

その言葉を聞き終えて、俺は空に向かって飛び立つ。

向かう場所は山手音楽病院。

俺が戦い、逃がしてしまったオルフェノクが巣食う場所。

多くの人が集まるその場所に脅威を残してしまった責任を取りに行く。

そして戦う、俺の願いを…正義を貫く為に!!

誰かを守ることが…戦うことが罪なら俺が背負ってやる!

俺はもう…自分の罪から逃げない!!


 * * *


長田 結花は、その手に使い古されたクラシックギターを持って部屋の階段を上っていた。

そのギターは直哉の部屋にあった物だ。

鍵のかかっていなかったその部屋から結花はそれを、持ち主の元へと連れて行く。

「あの…海堂さん、一つお願いしてもいいですか?」

「何を…?」

遠く、虚空を見つめる直哉は気だるげに答えた。

「ほんの少しでいいから、海堂さんのギターを聞いてみたい」

そう言って差し出したギターを直哉は見つめる。

その色を形を、記憶に刻み込むように隅から隅へと目を走らせると、おもむろにそれを掴んだ。

手近にあった本を積み、小さな台を作り左足を乗せ、左手を包むグローブを剥ぎ取り捨てる。

結花はそっと階段に腰掛けた。

今の直哉がどこまで演奏できるのかは分からない。

それでも、結花は聞いてみたかった。

かつて多くの人々から賞賛を浴びた天才の音色を。

やがて、始まるであろう演奏を、結花は目を閉じて待った。

視覚は必要ない、今この時は耳だけに意識を向けていようと思った。


 * * *


「………」

乾 巧は待っていた。

自分が元来た道を、軽い足取りで歩いてくる少女が通り過ぎるのを。

昨日の夜、巧は真理と一緒に家に帰る中、自分達をつける気配を感じ取っていた。

それは常人には感じ取ることのできない微かな感覚。

だがしかし、巧はそれを敏感に感じ取っていたのだ。

そして、それは少女をつけるもう一つの足音も例外ではない。

その前を歩く少女の足音が自分が身を隠す街路樹の影を通りすぎるのを見計らって、巧は静かにそれをつける足音の前に立ちはだかった。

「何者だお前!」

足音の主は、その灰色の体を揺らしながら言う。

その問いには答えず、巧は僅かに上着をずらして見せる。

緋色に輝く夕日の下、銀色のベルトが光を反射して輝いた。 

「!?」

それを見て灰色の怪人が、身構える。

殴りかかってきたその体に蹴りを打ち込みながら、巧はすばやく別の街路樹の陰に隠れた。

標的を見失った怪人が周囲に視線を走らせる中、巧は口を開いた。

「………」

放課後の学校。

小さな教室の真ん中の椅子に腰掛けながら、木場 勇治は待ち受けていた。

この学校に巣食う、真のモンスターを狩る為に。

この学校で起きる生徒の灰化事件、そして海堂 直哉の才能を奪った犯人にしてその恩師である男を倒す為に。

これ以上、悲劇を繰り返させない為に、勇治はここへやってきたのだ。

その胸中に渦巻くのは激しい怒り。

されど、その端整な顔には一切の感情は浮かんでいない。

勇治はその沸きあがる怒りを表に出すことなく、静かに心の奥底で滾らせる。

それを出すのは憎き相手と相対した後で良い。

勇治はその時が来るのをそっと目を閉じて待ち続けた。

そして、さしたる時間も経てずその時はやってきた。

「なんだ君は!?」

ドアを開けた初老の教諭は、椅子に座る勇治に声を掛けた。

その問いに答えず、勇治は問い掛けた。

「話は全部聞いている…何故海堂 直哉の夢を潰したんだ」

それを聞いた教諭の気配が急激に濃くなっていくのを、勇治は背中で感じる。

自分が犯した行為を知っている目の前の青年をいつでも仕留められるよう、僅かにその力を発現させているようだった。

「私より才能のある人間は最も重い罰を受けなければならない、分かるかね?そういう人間はただ手にかけるだけではつまらない。才能を潰して惨めに生きてもらわなければ」

教諭はさもそれが当然であるかのように冷淡に語った。

その態度からは僅かな罪の意識も感じる事はできなかった。

(こんな男に…彼は夢を奪われたのか…)

勇治の中でまだ僅かに残っていた、この男を殺すことへの躊躇いが消えた瞬間だった。

そして、二人の青年は言葉を紡ぐ。

「お前知ってるか?夢を持つとな…時々すっごく切なくなるが…時々すっごく熱くなる。らしいぜ」

「知っているかな?夢っていうのは呪いと同じなんだ。途中で挫折した者はずっと呪われたまま…らしい」

「俺には夢は無い…けどな、夢を守ることはできる」

『555――Standing By』

「変身っ!!」

『Complete』

「あなたの…罪は重い!!」

緋色に染まった光を浴びながら、二人の青年が姿を変えた。

一人は赤い光を放つ超金属の騎士へ。

一人は重鎧を纏った灰色の騎士へ。

二人の騎士は互いの敵へと向き直り構える。

そして…正史は僅かに形を変える。

怒る灰色の騎士の下へ、訪れるものがまた一人。

「!?」

その耳に届いたのはズシンという重い音。

巨躯を揺らし、ゆっくりと近づいてくる足音は、やがてドアを開け部屋の中へと足を踏み入れる。

夕日を反射して輝く銀色のボディ。

それを彩る赤いライン。

頭部に下りた黒いバイザーに光を灯した巨体の名を、勇治は知っている。

SB555Vオートバジンはゆっくりとその巨体を勇治に向ける。

その手に握られたスケッチブックに書かれた文字に、勇治は表情のない灰色の顔のかわりに心の中で微笑んだ。

【戦ってください、俺と一緒に!これ以上悲劇を繰り返させない為に!!】

その一文は勇治の願いが叶ったことを示していた。

罪悪感に打ちひしがれ、膝をついた無敵のヒーローは一夜を経てここに復活を果たしたのである。

そして同時に気づく、彼は知っているのだ。この姿の自分が…馬のオルフェノクが誰であるのかを。

それを分かっていて当然のように、自分との共闘を持ちかけているのだ彼は。

人とオルフェノク、種族の違いなど関係無い。善と悪を見極め悪を討とうとしているのだ。

そんな彼に勇治が返す答えは決まっていた。

「ああ…一緒に戦ってくれ!!」

「何っ!?」

勇治の声に、教諭が変貌したオウルオルフェノクが焦った声を上げる。

それを無視し、二つの巨体の目がオウルオルフェノクの灰色の体を捕らえた。

「クソッ!!」

銀に輝く鋼の騎馬と大鎧纏う灰色の騎士が並び立ち構える、それを見た瞬間オウルオルフェノクが部屋の窓を突き破り階下へと逃げ出していく。

それを追い、二人もまた飛び出す。

勇治が変じたホースオルフェノクはその頑強な体を生かして、硬い地面に降り立と同時に逃げ去る灰色の後姿を追って走る。

『Beecle Mode』

その隣を、バイクへと変形したオートバジンが並走し、ピロロロっと快音を鳴らす。

「乗せてくれるか!?」

『ピロッ!』

返事に鳴らされた快音を了承と受け取りホースオルフェノクは並走した状態から、オートバジンへ飛び乗る。

馬を得た騎士は、オウルオルフェノクが逃げ込んだ体育館に辿り着く。

渡り廊下で校舎と繋がったそこは、逃げ込んだ際ドアを開ける余裕も無かったのか一枚の窓ガラスが外側から割られていた。

『Battle Mode』

ホースオルフェノクを下ろし、元の姿へと戻ったオートバジンはぴったりと閉められた入り口へと向かっていく。

(一つ、俺はろくに覚悟も決めずに戦っていた)

重い足音を響かせながら、銀色の巨体が灰色の騎士を伴って歩く。

(二つ、そしてそれを自分が敵を殺すまで気づくことができなかった)

銀色のボディに宿る少年は、己の罪を数える。

罪を背負い、己の正義を貫く為に。自らが犯したその罪を、その心に刻み込む為に。

(三つ、俺は償いと偽って自分の罪から逃げようとした)

ゆえに少年は戦場に上る。

犯した罪を償う為に、一つの命を奪ったとしても守りたい者を守る為に。

(俺は俺の罪を数えたぞ…次はお前の番だクソジジイ!!)

銀と灰、二つの巨体が並び立ち目の前のドアに手を掛け開く。

「ウァアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

ドアを開け放つのと同時に、オウルオルフェノクが鉤爪を振り上げ飛び掛ってくる。

それに反応したのはオートバジンだった。

ホースオルフェノクが迎え撃とうと構えるより先に、体育館へと踏み込んだ銀色のボディがオウルオルフェノクに立ちはだかり。

(さぁ!!お前の罪を数えろっ!!)

灰色の顔面を銀色の拳が打ち抜いた。

「グガッ!!」

突き出されたレイピアが届くより早く、蹴り込んだ右足が怪人の腹を打ち抜く。

後ずさった異形を逃がすまいと距離を詰め、ファイズは連続でその顔面を殴打した。

うめき声を上げよろめく怪人を見据えながら、スナップした手首がカシャリと音を鳴らす。

武器を持たない左手で抑えた頭を振り、回復した怪人がレイピアを振り上げると同時に再びファイズが飛び掛る。

「ぐっ!」

三度目の接近は怪人の突き出したレイピアが、ファイズの胸甲『フルメタルラング』を打つのが先だった。

空中で攻撃を受ければ当然ふんばることも出来ず、ファイズはアスファルトの上を転がった。

回転する勢いを利用してしゃがんだ状態に立て直すと同時に、ファイズはバックルに収まったファイズフォンを抜き、画面に表示されるコードを入力する。

『106――Burst Mode』

ファイズドライバーの起動キー『ファイズフォン』は三桁のコードを入力することで各機能を発揮する。

555ならばファイズドライバーの起動。そして入力した106によって一度に散発の光弾を発射できる連発銃『フォンブラスター』となる。

「ぐあっ!!」

しかし、それを向けるより早くしゃがんだままのファイズの複眼をレイピアが打つ。

(しまった…!!)

体制を崩しながらも、追撃を加えようとする怪人の腹に三連射を撃ち込み退かせ立ち上がる。

「クソッ!そういやあの馬鹿どっか行ったんだったな…!!」

直撃を受けた頭を抑えながらファイズが唸る。

完全に油断、いや、安心していた。

東京に来て今日までずっと、ファイズは常に一人と一機で戦ってきた。

銀色のボディを持つ、意思をもった変形バイク。

初めて共に戦った時から、ロボットは絶妙なタイミングでファイズを援護してきた。

ファイズの攻撃で敵との距離が開けば追い討ちを掛け。

攻撃を受ければその間に割って入り身をもってファイズを守る。

そのロボットの不在が、ファイズに隙を生んだのだ。

当然ながらコードを入力する際には大きな隙が出来る。

ゆえに使う時は、敵が動きを止めているか誰かが敵の注意を引いている必要がある。

その役目を率先して引き受けてきたロボットの不在という状態で、ファイズはそれまでと同じように敵の前で入力を行おうとし、結果攻撃を受ける事になった。

「一体何処ほっつき歩いてんだアイツはァ!!」

フォンブラスターを連射しながらファイズが叫んだ。

『―――――!?』

「ガアアアッ!!」

何故か背中に薄ら寒いものを感じながら、ガスマスクのような顔面に掌打を打ち込む。

魔剣を手にし、よろめいたオウルオルフェノクに切りつけるホースオルフェノクを視界に収めながら。

オートバジンはモニターの隅に表示された地図に点る赤い信号を確認する。

ファイズが、自分の主が戦っている。

しかし、オートバジンは操作パネルを呼び出し地図を消した。

すぐにでも助けに行きたい。だがそれでは駄目なのだ。

自分のミスで残してしまったこの学校の脅威を倒し、責任を果たさねばならない。

何よりも、いまここで守りたい人が戦っているのだ。

ゆえにオートバジンは迷わずそれを消した。

「うおおおおおッ!!」

ホースオルフェノクに変じた勇治はこの姿で戦って初めて自分の心が高揚しているのを感じていた。

オートバジンが、自分に目標をくれたあのロボットが自分と肩を並べて戦っている。

ありえなかったはずの展開に勇治の中でずっと沈んでいた心が、オルフェノクとなって初めて喜びを感じている。

その感情に押された体は、まるで油を注されたかのように軽やかに動く。

跳躍し両手で魔剣を握り締め、大上段から斬りかかる。

「な、舐めるなっ!!」

オウルオルフェノクは両手に備えた鉤爪でそれを受けると、渾身の力を込めて跳ね飛ばす。

剣を握ったホースオルフェノクの体が再び宙を待った。

「くっ!!」

跳ね飛ばされたホースオルフェノクは、体制を整え着地に備える。

しかし、僅かに間をおいて足に伝わったのは、木で出来た体育館の床ではなく硬い小さな感触。

見下ろすと一対の銀色の手がレシーブの形を取り、ホースオルフェノクの両足を受け止めていた。

「オートバジンッ!」

『ピロロロロロッ!!』

ホースオルフェノクの声に答えるように、ホースオルフェノクを見上げる黒いバイザーに光が点った。

そしてホースオルフェノクは三度、空中へと駆け上がった。

オートバジンの銀色の腕がホースオルフェノクの体を打ち上げる。

その足がオートバジンの手を離れる瞬間、ホースオルフェノクはその抜群の脚力でもって天井高く跳躍したのである。

「オオオオオオオオオオオオオッ!!」

灰色の馬頭が吼えた。

天井に触れんばかりに飛び上がったホースオルフェノクは、眼下で自身を見上げるオウルオルフェノクへとその剣を振り下ろした。

「ギ…アァアアアアアアアアアアッ!!!」

防ごうと突き出された鉤爪を絶ち割り、灰色の魔剣がオウルオルフェノクを頭から股にかけてを一直線に斬り裂く。

その威力に成すすべも無く吹き飛びながら、灰色の外皮が盛大に火花を上げオウルオルフェノクが絶叫する。

着地したホースオルフェノクにオートバジンが歩み寄った。

「ガ…ガハッ…!!」

(か…勝てない…こんな化け物達に…勝てるわけがない!!)

倒れ付したオウルオルフェノクは荒い息を吐きながら、力の篭らない足を必死にふんばり立ち上がる。

戦う前にあった余裕はとうの昔に消えている。

剣を持つ馬のオルフェノクだけならばどうにかなったかもしれない。

だがしかし、銀色に輝く強固な体を持ったそのロボットの存在が、オウルオルフェノクに希望を失わせる。

殴りつけても、鉤爪で斬りかかっても応えないそのボディを貫く手段が無い。

進化した存在であるはずの自分から一瞬意識を奪う程のパワーを防ぐ術が無い。

勝てない。どうしても目の前の脅威を退けることができない。

(し、死なん…!死んでなるものか!!)

「ハァアアアアアアアアアアアッ!!!」

ゆえにオウルオルフェノクが取った行動は、逃亡だった。

ガスマスクを模したその顔から、黒煙を噴出し辺り一面を黒く染めていく。

全力を持って吹き出した煙は体育館全体を覆いつくし、あらゆるものの視界を奪う。

その空間の中で自分だけが、その影響を受けずに動く事ができる。

(ハハハハッ!そうだ、最初からこうしていれば良かったんだ!!この闇の中に溶け込んでしまえば、誰も私を捉えられん!!)

オウルオルフェノクは自らが破った窓へと走り出そうとする。

「ッ!!?」

だがその時、オウルオルフェノクを刺すような視線が捉えた。

馬鹿な…という言葉が漏れる。

捉えられている、この闇の中で。それを作り出した筈の自分が。

(ま、待て!なにをやっているんだ私は!!早く逃げなければ…あそこの窓から早く!!)

その意思とは無関係に、体がそれの方を向いていく。

背後から発せられる押しつぶされんばかりの殺気の元へ振り向き、そして。

「言った筈だ、あなたの罪は重いと」

闇の中に輝く、灰色の瞳と目が合った。

瞬間、風が吹き荒れた。

それは全てを吹き飛ばす大嵐のような圧倒的な力を含んだ風。

その力の前に、辺りを覆っていた闇が力なく吹き散らされ、体育館に張られた全ての窓が砕け散る。

「ば、馬鹿な…!!」

それを放つのは一振りの魔剣だった。

その身に秘められたオルフェノクエネルギーを注ぎ込まれた灰色の魔剣が青白い光を纏い輝き、強大な風を巻き起こしていた。

「海堂 直哉の才能と…多くの人達の命を奪った罪を!!今ここで…償えッ!!」

呆然と立ち尽くすオウルオルフェノクを見据え、ホースオルフェノクがそれを振り上げる。

オウルオルフェノクが現実に回帰するのと同時にそれは振り下ろされた。

刃から放たれた巨大な光の刃。

それは床に巨大な傷跡を残しながら疾走し。

「あ…う、うわぁあああああああああああああああッ!!!!」

オウルオルフェノクを飲み込んだ。

『Exceed Charge』

「うぉおおおおおおおおッ!!」

「アァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

拳に装着したファイズショットに、光り輝くエネルギーが収束する。

互いに咆哮し、怪人とファイズが激突する。

頭を狙って突き出されたレイピアを首に掠らせながら、ファイズのグランインパクトが怪人を吹き飛ばす。

だが、それだけで終わりではない。

10メートル近い距離を飛び、地面へと叩きつけられた怪人がもがくのを見ながら、ファイズはミッションメモリーをポインターへと取替えエンターキーを入力する。

『Ready』

『Exceed Charge』

しゃがみこむ様な体制から一気に走り出し、その足にフォトンブラッドが収束すると同時にファイズが飛ぶ。

空中でその身を一回させ、伸ばした両足から放たれたポインターが立ち上がった怪人の胸を捉えた。

「ヤァアアアアアアアアッ!!」

その瞬間、ファイズは真紅の槍と化して怪人を貫いた。

絶叫が上がり、その体を突き抜けたファイズが着地する。

甲高い音を立てて、φのマークを刻まれた怪人が、その後ろで灰となって崩れ落ちた。


 * * *


「……ここまでだ」

終わりは唐突に訪れた。

軽やかに動いていた指は、限界を向かえ細かに震えだす。

それに向かって僅かに微笑みながら、直哉は階段に座った結花に告げた。

「………」

振り返った結花は何も言わない。

直哉は、静かに立ち上がると、それを持ってベランダへと歩き出す。

その後ろに、静かに結花が寄り添った。

「俺、ようやくギターを捨てることができる。俺の変わりに弾いてくれる奴ができたから…」

そう行った直哉の表情は、とても晴れやかだった。

結局、自分は一曲を弾き終えることができなかった。

だがそれで良い、最後に演奏ができて良かった。

これでもう、自分は『コレ』に思い残す事は無い。

この女にも、少しは感謝してやっても良いかもな…。自然とそんな考えが頭に浮かんでいた。

母校で出会った、黄金の指をもった少年はきっとこれからも音楽の道を歩んでいく。

自分と同じ音楽を奏でながら。

そう考えると自然と、笑みが浮かんでいた。

それは、ベランダから投げ捨てたギターが砕け散るのを見ても、消える事はなかった。


 * * *


『――――――』

す、すげぇ威力だ…。

木場さんが放った一撃は、灰も残さずオウルオルフェノクを消し去った。

いやいや待て待て、なんだこれ。木場さんこんな必殺技持ってなかっただろ!原作の戦いって結構あっさり終わらなかったっけ!?

「………」

ぎゃああ、木場さんこっち向いた!まさか次は俺ですか!?

パニくる俺の予想とは正反対に、木場さんは変身を解いた。

「ありがとう、一緒に戦えて嬉しかったよ」

そう言って木場さんは、俺の前に立った。

「君はとっくに分かってたろうけど、見ての通り俺は化け物…オルフェノクだ。だけど人を襲うつもりはない」

俺は木場さんの言葉に頷いて返す。

分かってますよ木場さん、俺はあなたがそんなことする人じゃないってことは。

……少なくとも、今は。

「そしてそれは俺だけじゃない。この世界には人の心を持ったオルフェノクだっている。だから…オルフェノク全てを敵視しないで欲しい」

木場さんは真剣な顔で、そう言うと頭を下げた。

【俺はただオルフェノクだからって理由で戦ってるんじゃありません、理不尽に人の命を奪おうとする化け物から守りたい人を守るために戦ってるんです】

俺は、そう描いたスケッチブックを見せた。

木場さんは暫く、それを見てからこう言った。

「やっぱり君は…俺が知る正義のロボットだったんだね」

【そんな高尚な物じゃないです、俺はただ自分がしたいことをしてるだけですから】

「そうか…けど、人から見た君はきっと正義の味方に見えると思うよ」

そう言って木場さんは、笑顔を浮かべた。

やっぱりこの人は良い人だ。

だけど、こんなに優しい人も最後には人間の敵になってしまった。

守ろうとした人間に攻撃されて、そして仲間だった長田 結花さんを人間に殺されたと誤解してこの人は親友になった巧さんの敵になった。

この運命は一体どうなっていれば変わったんだろう。

長田 結花が死んでいなければ?いや、あの時点で人間を嫌いかけてた木場さんは、たとえ結花さんが死ななかったとしてもいづれは敵になってしまったんじゃないのか?

なら、どうする?何をすれば人間を嫌いにならないでいてくれるんだろうか。

【一つお願いがあります】

今の時期からこんなことを考えていても、何も出来ない。

でもせめて、何かしたい。そう思った時、俺の頭にある言葉が浮かんだ。

それは、俺が生まれるよりずっと前に、世界を守った戦士が残していった言葉だ。

これが果たして伝わるかどうかは分からないけど、きっと何もしないよりはいい筈だ。

俺は、それを書いた一枚をスケッチブックから切り取って木場さんに渡した。


 * * *



「………」

飛び立っていくオートバジンの噴射音が少しづつ遠のいていく。

勇治はそこに書かれた一文を何度も読み返していた。

それはロボットからの願いであり、忠告だった。

オートバジンは自分に可能性を見出してくれたのだ。

今の自分と、どこかにいるであろう自分と同じ考えを持ったオルフェノクに。

だからこそ、ここで自分を倒さなかったばかりか、共闘まで持ちかけてくれたのだろう。

だが、それは勇治に釘を刺す意味も含んでいた。

勇治が人の心を失えば、彼は自分とも戦うと宣言していったのだ。

だが、その考えは決して間違ってはいない。

彼がまもるべきはあくまでも人間なのだから。

ゆえに勇治は心に決めた。

自分を信じてくれた彼を裏切るような行為を絶対にしないと。

【優しさを失わないでください。たとえその気持ちが何百回裏切られても】

渡された紙にはそう記してあった。


 * * *


「………」

着陸して最初に見たのは、菊池邸の前で不機嫌な顔で俺を睨む巧さんの姿だった。

ひぃいい!!めちゃくちゃ怒ってらっしゃる!!

オウルオルフェノク一人に集中して助けに行けなかったからだ…!!

「おい」

ひぃっ。

「お前がいない間に、また戦ったぞ」

は、はい…。

「めちゃくちゃ疲れたぞ、一人で戦ったら」

うう……すみません巧さん援護できなくて。

で、でも俺にはオルフェノクを逃がした責任があったんです。

倒せた敵をあそこに残した責任を取りたかったんです…!

「だからもう勝手にどっか行くな」

(へ?)

それだけ言って、巧さんは家の中に入っていこうとして…止まった。

「おい」

『――――――?』

「名前教えろ、なんかあるんだろ?お前」

巧さんの言ってる事がわからなくて、一瞬フリーズする俺。

な、なんでこの流れで名前なんだ?

そう思ったけど、とりあえずスケッチブックにそれを書く。

【SB555V オートバジンです】

「なげぇよ、呼びづれぇだろこれ」

そんなこと仰られましても…。

「………バジン」

(はい?)

「オートバジンだと呼びにくいんだよ、略したっていいだろ」

(はぁ…)

バジン、ファンの間でずっと呼ばれてるオートバジンの呼び名だ。

だけど、なんでまた急に名前なんて呼ぼうと思ったんだ?

「お前がどこで何してたかは聞かねぇよ、けどな…」

ん?あれ?巧さんなんで急に手を振り上げてるんです?

ちょっと、なんかこれ叩かれるんじゃね?

「お前がいないと俺が食らう手数が増えるんだよ!!」

(アッーー!!)

振り下ろされた手が俺の頭をぶっ叩く。

衝撃でモニターがちょっと揺れた。ひいいいっ!!やっぱり怒ってらっしゃるうううっ!!

「いつもは呼んでもいないのに来る癖に、勝手にサボるなこの馬鹿!いいか、今度は名前呼んだらすぐに来い!!わかったな!?」

怒った巧さんはそう怒鳴って家の中に入っていく。

うう…俺の扱いは何時になったら良くなるんだ?

「バジン!何やってんだ早く来い!!」

はいはい、今行きますよ~。

長い長い一日は、巧さんの怒鳴り声で終わるのね…。

ああ…たまにぐらい優しくされたい。誰か俺に優しさをくれ!

たまにでいいから洗車とかしてくれる持ち主が欲しいよチクショー!!



~あとがき~

PVが40000超えた…だと!?(挨拶)

こんばんわ皆さん、てんむすです。

たくさんのアクセス本当にありがとうございます。

今回は久しぶりに、一月に二回更新できて嬉しいです。ようやくこの章を終わらすことができました。

中盤での主人公の覚醒シーンを書くのに4日近くかかりました。

人の言葉で、少しづつ心が動いていく様子をしっかり描けているかが非常に不安ですが…。

原作を見て、オルフェノクという種の実態を知っているがゆえに悩む主人公をどう復帰させるかが非常に難しかったです。

そして今回のバトル、100%突っ込まれると思うので先にこちらで言っておきます。

原作の木場さんはあんな技使いません。

作者が必殺技持たせたいが為に、作り出しました。ごめんなさい。

元ネタは原作でファイズを吹っ飛ばしたクロコダイルオルフェノクのチャージ斬りと某有名ゲームの真名開放。



[25296] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第六話 始まるベルト争奪戦(1)
Name: てんむす◆e4ae1c7c ID:409c4e42
Date: 2013/06/02 19:40
「ただいまー」

「お帰り! どうだった? 教習会」

「あぁ…よく眠れた。バジン、茶ぁ」

『ピロ~』

玄関のドアを開けながら、巧は出迎えた真理に締まりの無い声で答えた。

その声にのんびりとした返事を返しながら、バジンが冷蔵庫に向かっていく。

使い古されたソファにどっかと座ると、ムッとした顔の真理の叱責が飛んだ。

「あともう少しの我慢でしょ! ま、これに懲りて二度と免停なんかならないようにね」

相変わらず煩い奴だ、と巧は思う。黙っていれば見れた顔をしてるのに、絶対に口に出してはやらないが。

戻ってきたバジンから冷えた麦茶を受け取りながら、巧はこの説教がとっとと終わるのを待とうとした。

「だいたいアナタ、正義の味方なんだからバイクに乗って颯爽と現れるのが普通でしょ? 免停なんてなるもんじゃないって」

だが、次いで投げかけられた言葉に何となく違和感を感じて、それを口に出していた。

「……俺、正義の味方なのか?」

「違うの?」

言われて、巧は正義の味方になった自分をイメージしてみる。無数の手下を引き連れた悪人に「待てぃ!」と一喝し、高台の上でポーズを決めた自分がファイズに変身して名乗りを上げる。

うん、すごく・・・。

「…微妙な気がする」

言って、改めて巧は心の中で頷いた。

そりゃあまぁ、目の前でいきなりあの化け物が自分や啓太郎達を襲ってくれば例のベルトで戦ってやるし、人が襲われていれば助けてやろうとは思う。

だが、なんとなく自分は真理が言うような者とは違うような気がするのだ。ああいう飛びぬけて奇麗な存在と同じように語られると首を傾げざるを得ないというのが巧の本音だった

『まぁ正直、正義って顔じゃあありませんよね。すげー我儘だし勝手だし』

「殴るぞお前、仮にも持ち主に向かってなんて言い草だ」

『残念ながら、お持ちのバイクは忠誠度があまり高くないようです。忠誠度を上げる為に週一の洗車をオススメします』

「ねーよ」

横から馬鹿な事を言い出すロボットを軽くあしらいながら、巧は胸の中の違和感を麦茶と一緒に飲み込むことにした。考えても答えの出ない事は、忘れてしまうに限る。

「ねぇ! 決まったよ次の人助け!」

そんな時、興奮した様子の啓太郎が仕事場のドアを開けて顔を出した。

面倒な奴がまた面倒な事を持ってきたぞ。そう思いながら、空になったコップを、差し出されたバジンの手に渡し、巧は見えないように顔を顰めた。 

どうやら、この家に居る限り何も無い平穏な一日は望めないようだった。

「何? 空き巣を捕まえる?」

啓太郎が持ち込んできた話に、真理が無邪気に食い付いた。

おい馬鹿やめろ、と巧は心の中で毒づいた。そんな風な反応を返したら目の前のお人よしが余計に調子付くじゃないか。

このまま行くとまた一日、自分の時間を使われかねない。とりあえず一旦流れを止めようと切り込むことにした。

「お前また余計なことに首突っ込むつもりか?いい加減にしろよ」

「面白そうじゃんそれ!」

「でしょ!?」

「そういう問題か! 俺達は警察じゃないんだぞ!」

「何よ! 正義の味方なんでしょ?」

「だから微妙だって言っただろうが!」

必死に止めると、真理は不満そうな顔で睨みつけてくる。

孤立無援という言葉が頭の中に浮かんだ。どうやらこの二人の間では既に全員で空き巣退治に出動することが決定されているようだった。おまけに一度終わった話まで蒸し返してくる始末。

大概イラつきながら声を荒げると、ふいに真理の携帯が鳴った。

『ピロ』

傍に控えていたバジンがそれを渡すと、真理は二言三言返事を返す。

神妙な顔で話す真理の様子からして、どうやら相手は知り合いではなさそうだった。

「どうした?」

「お父さんの会社から…至急来てくれって」


 * * *
  

(暗いな…)

雰囲気が。と開いたノートパソコンの画面を見つめながら勇治は思った。

馴れた手付きで食事を作る結花や、ここにいる自分も特別口数が多いという訳ではないが、それはあくまで他所に比べて静かだというだけで暗いという訳ではないと思う。

ならば…と、パソコンの画面から視線を上げると、部屋の隅で机に突っ伏す男が一人。

名は海堂 直哉。つい最近、この部屋に加わった新たな住人だ。元は将来を嘱望されたギタリストだったか、不慮の事故でギターを弾けなくなったという過去を持つ。

そんな海堂に、ここに来た頃の随分と騒がしかった彼の姿は見る影も無い。

一緒にいた結花が言うには勇治が先日、彼からギタリストとしての道を奪った男と戦っている間に、この部屋で僅かな間その腕前を披露した後こうなったそうだ。

「あの…よかったら…」

食事にサンドイッチを作った結花が、勇治の前に皿を置きながら突っ伏したままの直哉に声を掛けた。

無視するかな、という勇治の予想に直哉はムクリと起き上がる。

だが次の瞬間、歩み寄った直哉が無造作に払った手がテーブルに置かれたサンドイッチの皿を叩き落した。

「何をするんだ」

「別に…?」

覇気の無い顔でそう言った直哉は、フラフラと元居た机に向かっていく。

その背中に、床に散らばった残骸を慌てて拾い上げながら結花がごめんなさいと声を上げた。

「何故君が謝る?」

「だって…好きじゃないのかなって…」

「ちゅーかそんなもん暢気に食ってる場合か!? これからどうすりゃいいんだよ、俺達はどうやって生きていけばいいんだよ!?」

「俺は人を守る。オルフェノクは人間を襲って仲間を増やしている。なら俺は人間として人を守っていこうと思う」

イラついた様子の直哉の言葉に勇治は即答で応じた。

それは、一切の曖昧さを含まぬ決意に満ちた言葉だった。

オルフェノクという異形の怪物ではなく、人を守る力を得た、木場 勇治という一人の人間として生きる。

オートバジンと共に戦ってから、勇治の中でその考えははっきりと形になっていた。

直哉の問いは、勇治にとって自分の意思をはっきりと述べる良い機会を与えられたような物だった。

「な、なんだよそれ!いきなり正義の味方かよふざけんな!俺は…どっちかというと人間を襲うほうに回りたいね!」

しっかりと自分を見据えてそう言った勇治の語気に圧されたか、直哉は僅かに言葉を詰まらせながらそう答えた。

そんな直哉に勇治は微笑んで返す。

「君には無理だよ、理由もなく人を襲うなんて」

君は俺達の仲間だ。そう告げると、直哉はムキになって答えた。

「だ、誰が決めたんだよそんなこと! ちゅーかお前はなんなんだ!? 俺たちの親分か!?」

「そんなつもりは無いさ、俺は俺の考えを言っただけだ。これから先どうしていくかは、君の意思で決めたらいい」

「……っ!!」

思ったままを勇治は答えた。直哉は直哉の行き方がある、戦うと決めた自分の意思を押し付けるつもりは勇治には無かった。

今はまだ、直哉は今までの日常と打って変わったこの状況に戸惑っているだけで、その内自分なりの生き方を見つける筈だと勇治は考えていた。

「と、とにかく!気に食わん!」

居た堪れなくなったのか、部屋を飛び出していく直哉を追おうとする結花に、勇治は優しく言った。

「大丈夫、きっと彼は帰ってくるから」


 * * *


「クソッタレがっ」

公園の一角で直哉は荒れていた。原因は分かりきっている、あの優男のせいだ。

どういうわけだか、昨日からの木場の様子がこれまでと違っている。何かに吹っ切れたような、そんな感じだ。

これから先、どう生きていくかを語った時のあの眼は正しく明確な目標を得た者のそれだった。

出会ったばかりの頃は、どこか悲嘆に満ちた雰囲気を放つ暗い奴という印象しかなかったというのに、今の奴から受ける印象はまるで正反対の物だった。

僅か一日の間に、木場を変える何があったのか、それは直哉には分からない。ただ一つ言えることがあった。

「気に食わねぇ…全部分かってるみてぇにしやがって…!!」

頭に浮かぶのは、自分が人を襲う側に回りたいと言ってのけた時の、自分を見る木場の眼だった。

 「君には無理だよ、理由もなく人を襲うなんて」

そう言った時の木場は、直哉を微塵も疑っていない、どころか信頼していると告げているような生温い眼で見据えていた。

まるで自分の全て見透かしたような口を利く今の木場が、直哉はとにかく気に食わなかった。

自分の夢を後輩に託し、最後の演奏を終えて直哉は確かに満足し、ようやくギターを捨てることができた。

だがその後が問題だった。自分が捨てたギターから開放されて、次に感じたのは虚無感だった。

満足に弾くことが出来なくなっても、直哉の中には常にギターの存在があった。縛られていたと言ってもいい。

そんな全ての行動の軸ともいうべき存在を失くして、直哉は次に何をすればいいのか分からなくなっていたのだった。

胸にぽっかりと穴が開いたような感覚に、まるで自分が何も出来ない能無しになったような気がして、それが直哉に焦りを生み、苛立たせていた。

「………」

そんな直哉のもとへ、またあのおせっかいな女が現れた。長田 結花とかいう奴だ。

「なんだよ…また木場の奴に頼まれたのかよ?」

「違います! あの…」

「…なんだよ?」

直哉が聞き返すと、結花は口をつぐんで黙り込んでしまった。

ウジウジしてめんどくさい女だ。話しかけておいて禄に言いたいことも言えない結花に、直哉のイライラが募る。

先を促そうと、直哉が声を荒げた。

「だから、なんだよ!?」

「ッ…! あの、私にできることがあったらなんでも言ってください!」

結花の口から出たのは、そんな直哉を心配する言葉だった。

だがそれは、直哉を余計にイラつかせる言葉にしかならなかった。

「なんもねぇよ! …ちゅーか鬱陶しいんだよお前!」

そう言い放って、直哉は結花が二の句を告げる前に公園を飛び出した。一人、自分の指針を決めた勇治に対して、女に心配される自分。

あんまりな差に、悔しさと情けなさが募った。


 * * *


『行かない方が良いと思いますけどねぇー』

「なんでだよ、ようやく来たチャンスじゃねぇか」

『だったら真理さんだけ呼べばいいじゃないですか! ファイズギアまで持って行く必要はない筈です!』

「ちゃんと持ってるか確認したいとかそんなんだろ。いいから行くぞ早く! ベルトと一緒に送られてきたんだからお前も来るんだよ!」

どうも、オートバジンです。現在、巧さんと取っ組み合いしてます。

いやはやとうとう来ました。来ちゃいましたよこの時が。鬼畜スマートブレインからのファイズのベルト返還要求の日!

本編ではすぐに帰ってきたとはいえ、今回はネタを知ってる俺がいます。わざわざ敵に武器を渡してやる気はありません。

・・・が、事情を知らないから巧さんも真理さんも普通に行く気満々です。仕方ないからなんとか説得しようとしてますが、全く聞き入れてもらえません。未来のことを話したとしても信じてもらえないだろうしどうすれば・・・。

ええい! こんな時にもっと回転の速い頭があればいいのに!!

巧さんに羽交い絞めにされながら、一生懸命考えていると真理さんが俺を見てきました。

「バジン、聞いて?」

『ピロ』

「バジンとベルトは突然、お父さんから送られてきたの。最初はカッコいいバイクが来て嬉しかったよ? でもどうしてこんなベルトと一緒に来たのかって考えたら何かのメッセージじゃないかなって思えてきたんだ。だって、あんな怪物と戦う道具を何の意味も無く私に送ってくるわけないもん」

真理さんの言うことは最もだ。いきなり訳の分からないものが送られてきたらそりゃ、その意味とか気になっちゃうのも分かりますが・・・でも、行ったらベルトが、何より社長はいない訳だし・・・。

「ね、お願い。私、お父さんにちゃんと聞きたいんだ。どうして自分じゃ使えない私にファイズのベルトを送ったのか・・・」

真理さんは、俺を真っ直ぐ見つめて真剣な顔でそう言った。

言い終わると同時に俺に集中する三人の視線に、俺は渋々頷くことしかできなかった。

だって、上手いこと説得できそうな台詞が出てこないんだもん! 俺、そんなに頭良くないんですもの!!

畜生! 運命には逆らえないのか!!

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

しまった。俺には真理さんと装着者を守るようインプットされています、とか言って適当に理由でっち上げてスマートブレインには近づかない方が良いとか言えば良かった。

なんだよもおおおっ!! いくらでも言い様あったじゃねぇか!! クソックソッ! 遅いよ俺! なんでもっと早く思いつかなかったんだ!? もうバイク形態で道走ってるよスケッチブック使えないよクソが!!

そんなこと考えてる間にスマートブレインに着きました・・・。今バトルモードに変形すればスケッチブックが使えますが今更こんなこと言ったところで信憑性なんぞ欠片もありません。あああ・・・俺の馬鹿。

「じゃあここで待っててね。大丈夫、きっと悪いことにはならないから」

『ピロロロロ・・・』

自己嫌悪中で、真理さんへの返事も力が篭りません。そんな俺を一撫でして真理さんは巧さんを連れてビルへと入っていきました。

あぁこれで、暫くベルトを盗られて巧さんの機嫌が悪くなるなぁ・・・。あ、でも俺は次にベルトを使う海堂さんと行動することになるから見なくて済むのかな?

でも海堂さんかぁ・・・あの人、本編何回見直しても何がしたいのかよく分からないんだよなぁ。とりあえず木場さんが襲われそうになったら妨害するとかでいいかなぁ。

いや、でも木場さん本編で普通に海堂さん撃退してたし、最終的にベルトは巧さんのところに戻るっちゃ戻るし、正直、俺が何かする必要ないよなぁ今回。

「おい、これか?」

「ああ、例のバイクだ。さっさと回収してしまおう」

ん? 待て待て!何を普通に一時的とはいえスマートブレイン側に付くの受け入れようとしてんだ俺は! パニクリすぎて思考がおかしくなってるじゃないか!

巧さんの機嫌が悪くなるとか関係ないじゃん、俺は菊池家の一員だぞ! 敵側に付くなんて言語道断、許されることじゃありません!

なんでこんな大事なことを忘れてたんだ俺は! この後は巧さん達が戻ってきたらすぐに帰る!敵側になんて死んでもつきません、よーしそうと決まれば!

『ピロロロロロッ!!(何を触っとんじゃコラァアアアアアアアッ!!)』

何時の間にか連れてこられていた、スマートブレイン社の搬入口で俺はバトルモードに変形して、俺を引いてきていた社員を突き飛ばした。

「うわぁ! な、なんだ!?」

「変形しただと!? おい、手を貸せこいつを抑えるんだ!! ぐわぁ!」

社員の声を聞いて、近くの作業員が集まってくる。俺は近づいてくるはしから突き飛ばして出口に向かいます。

ほんとなら全員叩きのめしてもいいんだけど、スマートブレインも全社員がオルフェノクって訳じゃない以上、手荒に攻撃するわけにいかない。

仕方が無いから、ドスドス押しのけながら進むわけだけど次々に掴みかかってくるので中々進めません、どうしたもんか。

「ええいッ! 変身しろっ! オルフェノクになってこいつを抑えるんだ!!」

社員の男がそう言った瞬間、俺を取り囲んでいた作業員全員がオルフェノクの姿になった。

・・・どうやら状況が好転したようです。 しゃあおらァ! 一般人じゃないなら全く怖くないぞ!! こいや! 携帯電話みたいに二つ折りにしてやるよ!!

相手は七人、だけどオートバジンにとっては物の数じゃありません、とっととこんなところおさらばだ!!


~あとがき~

ここまで読んでくださった新規の読者さん、もしくは以前からの読者さん。本日はこのSSを読んでいただき本当にありがとうございます。

前回からの更新から一年間、何の報告もなく投稿を休止してしまい本当にすいませんでした。リアルで立て込んでいた為、この一年はどうしても執筆に手を回すことができませんでした。

今年は、大分時間に余裕が出来たのでようやく更新を再開することができるようになりました。

今日の一日で書き上げたので、今回は以前より文が荒れているかもしれません。

時間はできましたが、相変わらずの不定期更新になりそうですが、少しでも早く勘を取り戻せるよう頑張っていきますのでどうか今後とも宜しくお願いします。






[25296] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第六話 始まるベルト争奪戦(2)
Name: てんむす◆e4ae1c7c ID:409c4e42
Date: 2013/08/25 22:23
「一体どうなってんだ?」

「知らないよ私だって!」

高級そうな椅子に腰掛けながら、二人は戸惑いの声を上げた。

巧と真理は、スマートブレインにつくなり正装に整えられ、応接間へ通された。

二人の身を包むのは、黒のタキシードに白のドレス、しかも真理に至っては真珠のネックレスまで与えられている。

巧も真理も、ろくに正装など来た経験は無かったが、少なくとも自分達が纏うそれが、日々のバイト代程度で手に入る物でないことは分かった。

門前払いを受けた前回とのあまりの差に、二人は部屋の真ん中で戸惑うしかない。

やがて、二人の視線の先で両開きのドアが開き、スーツ姿の男が現れた。

堂々とした足取りで歩みを進める男は、その端整な顔に自信に満ちた微笑みを浮かべている。

「あれがお前の?」と巧が小声で真理に囁くと、真理は呆然としながらそれを否定した。

「初めまして、新しく当社の社長になりました村上 峡児です」

男は二人に近づくと軽く頭を下げて名乗った。給仕の女性が引いた椅子に、おちついた動作で腰掛ける。

「本日は、わざわざ足をお運び頂きありがとうございます」

「いえ…あの、それで・・・」

「おっと」

早速話を切り出そうとした真理を、村上が遮った。

「どうかそう焦らずに、まずは私にあなた方を持て成させてください」

そう言って、村上はテーブルに置かれた小さなハンドベルを鳴らした。


 * * *


勢いをつけた強烈な飛び蹴りが炸裂した。

吹っ飛ばされたオルフェノクは悲鳴を上げながら、壁にぶつかった。

バジンは7人のオルフェノクをあしらい続けていた。

しかし、力強く腕や足を振るっているが、それに普段のような必殺の威力は込められていない。

その理由は、彼が戦うオルフェノク達の姿にあった。

「おい! しっかりしろ! 明日給料日だぞ!! 例の店のメニュー制覇すんだろ!?」

「奴を近づけるな! 全員でコイツ達を守るんだ! こい! 化け物め! お前の好きにはさせんぞ!!」

(いや化け物そっち!)

「うおおおおおっ!! 元空手部舐めんなっ!!」

7人のオルフェノクは最初こそバジンを捕獲しようと立ち向かってきていたが、一人が頭を打たれて気絶した瞬間、途端にその一人を守りに入った。

一人がぐったりとするオルフェノクに必死に声を掛け、残りの5人は満身創痍になりながらバジンへと喰らい着いていた。

圧倒的な力を前にしながらも、仲間を庇いながら戦う5人の闘志は、何度蹴散らされても消えることは無かった。

一方、やり辛いのはバジンの方である。

相手がオルフェノクになったと見て、勇んで戦闘を開始した筈が、仲間を庇うオルフェノクの姿に自然と振るう拳から力が抜ける。

恐らくはスマートブレインに所属こそしているものの、まだ怪物になりきれていないのだろう。相手の言動からはテレビ本編に映っていた怪人達にあった冷酷さは感じられない。

どうにみも自分のほうが悪役のような気がして、バジンとしては適当に吹き飛ばしてさっさとこの場を逃げ出したいのだが果敢に向かってくる5人がそれを許さなかった。

バジンを自由にさせておくのを恐れたか、必死に飛びついてその動きを妨害してくる。

おまけに一度に全員で掛かるのではなく、一人が押しのけられると同時にもう一人が突撃するという波状攻撃で責めてくる物だから思うように動けないのだ。

本気で殴って吹き飛ばせば、それを防ぐことも可能だが、それではうっかり相手を殺しかねない。

なにせオートバジンの本気のパンチはグランインパクトも真っ青な破壊力を誇る剛拳なのだから。

(ええい、もうめんどくさいっ!!)

金的を狙ってきた一人に頭突きで対抗しながら、ならばとバジンは後輪を吹かせて急加速で後退すると、バスターホイールで水平射撃を見舞った。

それ自体も凄まじい威力を誇るが、拳よりはマシだと考えて選んだ武器はどうやら十分な効果を発揮したようだった。

フォトンブラッドの直撃を受けたオルフェノクは「ぐわあああああー!!」と悲鳴を上げて倒れこんだ。

そして、その中の一人も青い炎を吹いていないのを確認し、バジンはスラスターと後輪を吹かしてその場を後にするのだった。


* * *


応接室には美しい音色が奏でられていた。落ち着いた色のドレスを着たピアニストの女性によって作られるそれは、応接室の雰囲気に合った上品な音だ。

特別広いというわけではないこの空間の中にあっても煩わしさを感じない程度に、音量も程よく調節されている。

耳に優しく響くその音色は、徐々に真理の緊張を解いていった。それでも、まだ表情は固いままであるが。

ただ一人、巧だけはマイペースを貫いていたが。横目でちらと見れば、給仕に配られたスープを真剣な面持ちで見据えている。

どうせ、それの熱さでも考えているのだろう。そんなことを考えていたところで、村上がようやく口を開いた。

「どうです? たまにはお姫様気分も良いでしょう。あなたは私が尊敬する前社長と縁の深い方だ。私なりに、もてなしの方法を考えましてね」

にこやかに話す村上に、真理もなんとか笑みを浮かべて返す。

村上は紳士的で愛想の良い男だった。社長という肩書きから、淡々とした話し方を想像していた真理としてはこれは非情に助かる。

そう、本当に話しやすそうな相手だ。ただ、隣でスープを冷まそうとやかましく吹いている男がいなければだが。

村上も当然気づいたようで、目だけを動かして巧を見ていた。場の雰囲気にそぐわない身内の行動に、思わず真理の笑みが引き攣る。

村上が給仕に命じて冷ましてやるように言っても、巧は断ってそれを続ける。おまけに何か気に食わなかったのか、スープに視線を落とす間際に一瞬だけ村上を睨む始末。

この馬鹿は何か勘違いしているんじゃなかろうか、と真理は頭を抱えたくなった。社長は気を使ったんじゃなく止めさせようとしたんだよ!と怒鳴りたくなる。

しかし、こんな馬鹿にいちいちつっこんでいる訳にも行かない。自分は大事なことを聞きにここに来たのだから。

「あの、それでお父さんは…」

「・・・ええ、実は暫く前から行方が分からなくなっているんです。それで、私が後任を務めることになったのですが…ああ、勿論お父様の行方は必ず我々が探し出します!」

「どういうことですか? 何かあったんですかお父さんに!?」

「貴女が心配することありませんよ、決して悪いようにはしませんから。まぁ、あの人のことだ、どこかへ気まぐれに旅に出ているだけかもしれませんしね」

ハハハ、と笑う村上とは反対に、真理の表情は暗い。人一人の行方が分からなくなっているというのに、村上の態度は暢気に感じられて僅かに憤りも湧いた。

しかし、真理はすぐに駄目だとその憤りを抑えた。きっと彼なりに自分を気遣ってくれたのだと思うことにする。

やがて、村上がもう一度真理に向き直り、真剣な面持ちで切り出す。

「それで、電話でも話した通り持ってきてくれましたか? 例の物」

真理は言われてすぐに、鞄からファイズギアのケースを取り出し、テーブルに置いた。

村上にとってこれこそが本題だったのだろう。それまでの柔和な笑みが消え、固い表情で二人を見る。

「我々に返却して頂けませんか? このファイズギアを」

え、と二人は思わず顔を見合わせた。

「貴方方がこのベルトを使ってオルフェノクと戦っていたのは知っています。そして、それは正に正しいベルトの使い方だ」

「オルフェノク?」

巧が聞く。

「貴方方が遭遇した灰色の異形の名です。普段は人間の姿をとり、隙をついて人を襲う」

「我々は、オルフェノクに対抗する為にこのベルトを開発したのです。お父様はオルフェノクから貴女を守る、言わばお守りとしてこれを貴女に送ったのでしょう」

村上は微笑みながら真理を見る。しかし、その表情はすぐにまた元に戻った。

村上は続ける。

「だが、我々ならもっと有効にこのベルトを使うことができる。もっと多くの人達を守るために。それにこれは貴女のお父様の持ち物ではない。我々スマートブレイン社の所有物なのです」

「どうです、返却してくれますか?」

有無を言わさぬ一言だった。言葉の上では頼む形を取っているが、そう言った村上からは「渡せ」と言わんばかりの圧力が放たれていた。

真剣な表情で、じっと見据えられた真理は戸惑いながらファイズギアに目を落とす。

「………」

本当に渡して良いのか? 巧は村上に視線を向けながら、心の中で呟いた。

このベルトは真理の父親への唯一の手がかりである。それを、こんなにあっさりと手放してしまって良いのだろうか。

渡した途端に、その後この会社には一切入れないように手を回されはしないだろうか。なにせ最初はどれだけこちらの事情を話しても門前払いだったのだ。十分あり得ることに思える。



「きっと、お父様も反対なさらないと思いますよ。多くの人を守るためなんですから」

「わかり、ました…」

そう考えると、ベルトを渡すことにはますます疑問を感じる。もしかすれば、真理と話すこともこの歓迎ぶり自体をカモフラージュにして、この社長は最初からこのベルトを回収する為だけに自分達を呼んだのでは無いか。

そこまで考えた時、気づくと真理が村上に向かってテーブルに置いたケースを押し出していた。

「お、おいっ!」

慌てた巧の手が、村上が伸ばした手と同時にケースを押さえる。

顔を上げると、巧を見る村上と向かい合う形になった。

「どうかしましたか?」

村上は真っ直ぐに巧を見据えていた。その言葉に、巧は何も言えなくなる。

その目は、どこか苛立ったように巧を威圧していた。一切の反論を許さない、鋭い眼光。そのプレッシャーは18歳の青年が耐えられる物ではなかった。

巧がケースを押さえる手から力を抜くと、村上は安心させるように言った。

「大丈夫信用してください。後のことは、我々に任せて」

 
 * * *


「駄目…だったね」

「ああ…」

行きで二人を応接室まで送り届けた女性社員に見送られ、真理と巧はスマートブレインを出口に向かって歩いていた。

これで、真理の父親の手がかりは無くなってしまった。この会社もどこまで自分達の要望に答えてくれるかもわからない。

最悪な結果だ。と、巧はため息をついた。

「どうするんだ? これから」

「どうもできないよ、任せろって言われちゃったし…」

「そうだな…」

二人の足取りは重い。どちらも表情は暗く、会話が続かない。

とりあえず適当な店にでも入って、それから考えよう。そう思い歩きながら、巧は帰りの足が無いことに気づく。ベルトが回収された以上、おそらく出口に止めた怪力バイクも回収されているだろう。

「タクシー拾うか、どっかで飯食おうぜ」

「ああ、うん」

巧の言葉に、真理は一瞬怪訝な顔になったが、すぐに察したのか小さく頷いた。

「……新しい人とも上手くやるよね、バジンなら」

「どうだろうな・・・」

やがて出口に着く、正面に止めてあったバイクは陰も形も無くなっていた。

それを見て、真理が呟いた。

「言う通りにして、来なければ良かったのかな?」

そういえば、バジンはここに来ることを必死になって止めていた。

もしかしたらこうなることを予想していたのだろうか? そんな考えが浮かぶが、巧はすぐに考えるをやめた。

もう会うことは無いのだ。今更考えを巡らせたところで意味は無い。

巧は真理を連れて、タクシー乗り場を探そうと足を踏み出した。

『ピロー』

「ハァ!?」

「バ、バジン!? え、な、何で!? え!?」

ところでたこ焼きを二船、袋に吊るした怪力ロボットに遭遇した。


* * *


どうも皆さん、てんむすです。

夏休み中は二、三話ぐらい進めるぞー!と思っていたのですが、見事にダラダラしすぎて終盤になってようやく一話と相成りました。申し訳ないです。

今回はバジンの戦闘以外、本編をそのまま文に起こしただけになってしまいました。

折角の二次創作なので、多少の描写は省いて見せるべきところをさっさと書いた方が良いのかもしれませんが、今回の社長との会談は省けませんでした。

本編をそのまま書いてるだけだと二次創作である意味が無いのではないかとも思えてきたりと、最近になって二次創作ってかなり難しいんだなーと今更ながら思い知らされた風に思います。

他の作者さん方は本編準拠で話を進める場合は、どこまで描写するか、どこを省くかをどんな風に決めてるんでしょう。

一応、ほんの数十秒しか移らない別の登場人物のシーンとかはカットしてるんですけどね。泥棒に入られた家の様子を見に行く啓太郎のソーンとか、というか啓太郎しか映らないシーン。別に啓太郎が嫌いな訳ではなく、テンポ良く進めようと思うと彼のシーンをカットするしか無いんですよね(汗



[25296] ベルト争奪戦(2)バジンくんボツ戦闘
Name: てんむす◆e4ae1c7c ID:409c4e42
Date: 2013/08/25 22:38

掠っただけで身体の一部を持っていかれそうな程の、強烈な飛び蹴りがオルフェノクの腹に突き刺さった。

回避も防御もできず、身体をくの字に曲げて弾丸のように吹き飛んだ灰色の身体は、壁へとめり込み大きな人型を残して灰に返った。

七人いた異形の数はすでに三人にまでその数を減らしていた。そして、たった今それが二人となった。

周囲一帯には無残な姿となった異形の屍が転がっていた。ある者は強力無比な一撃でもって胸の中心を貫かれ、またある者は倒れこんだ際に足を掴んで棍棒代わりに使われた為に、全身をあらぬ方向に曲げて青い炎を上げていた。

腰を中心にして二つに折り曲げられた者もいた。他の者達も、いづれもまともな人の形を失って打ち捨てられ、地獄のような光景を作り出していた。

「うわぁあああああっ!!」

残った二人の片方が、恐怖に悲鳴を上げた。いまだ戦意を失わずにいる一人を残して出口へ向けて走り出していく。

「お、おい!? 待て、お前逃げる気か!?」

「冗談じゃねぇ! こんなの契約の内に入ってねぇよ!! こんな化け物の相手してられ・・・ヒィイイ!! き、来たぁ!!」

自分の後ろを指差しながら必死に走る同胞の言葉に、そのオルフェノク慌てて目の前の脅威に振り返った。

「っ!!」

振り返った時、すでにその銀色のロボットは目の前に迫っていた。既にその距離はかわすには絶望的な程。

唯一の抵抗に、オルフェノクは間もなく襲い掛かるであろう衝撃に備えて目を瞑った。



しかし、オルフェノクに届いたのは死を呼ぶ衝撃ではなく、無機質な電子音だった。

同時に、閉じた視界の中に自分を通り過ぎて走り抜けていくロボットの足音が響く。

その音を追って後ろに振り向いたのと、同胞の悲鳴が上がるのは同時だった。

「ギャアアアアアアアアアッ!!」

断末魔の叫びを上げながら、同胞の身体が灰に返っていく。動きを止めた自分を無視して、ロボットは逃げようとした同胞を仕留めていた。

その手からは赤く輝く光の刃が伸びていた。否、正確にはそのロボットが持つグリップ状の物からだ。それから伸びる真紅の刃が同胞を背後から袈裟懸けに切り裂いたのだった。

そう理解した瞬間、ロボットが光の剣を逆手に持ち替えながら振り返る。呆然とする自分へと向けて剣を握った腕を振りかぶる。

次の瞬間、彼の身体は背後の壁へと叩きつけられていた。背中に伝わる衝撃に、オルフェノクは何が起こったのか分からずに、気の抜けた声を上げた。

不意に、腹のあたりに強烈な熱を感じる。まるで熱した鉄棒を差し込まれているような、身を焼かれる熱さに、オルフェノクは『壁に張り付いたまま』苦悶の声を上げて腹部を見下ろした。

「あ・・・?」

最初に映ったのは、黒いグリップから伸びる真紅の刃だった。自然と目線がその先へと移っていき、やがてそれが自分の腹を貫き、その身体が背後の壁に縫い留められているのを理解する。

「ああっ・・・がぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

理解した瞬間、内側から焼かれる痛みをはっきりと知覚した身体が、オルフェノクに絶叫を上げさせた。

張り付けになったまま、腹の激痛に悶える。動いたことで灼熱の光刃が、その傷口を掻き回し一層オルフェノクを苦しめた。

尋常ならざる苦しみから逃れようと、オルフェノクの手が必死に抜き出そうと腹を貫く刃を掴む。しかし、真紅に輝く光刃はその指さえも焼き潰し、溶断した。

悲鳴を上げるオルフェノクの前に、ロボットが立った。満身創痍のオルフェノクを無機質な目が捉え、突き立った光剣のグリップを掴む。

ついにその身体から青い炎まで噴き出したオルフェノクは、手首から先が溶け落ちた腕をロボットへと伸ばした。

消滅が始まり薄れ行く意識の中で、オルフェノクは怨嗟の言葉を吐きかけた。

「ば・・・化けも―」

その言葉が、いい終わる寸前で途絶えた。ロボットがオルフェノクの腹に突き刺さった光剣を、真上へと振り抜いたのだ。

腹から頭までを一直線に両断された灰色の身体は、支えを失って床に落ち、灰となった。

『―――――』

しん、と静まり返ったその場所を、ロボットは静かに後にした。



~あとがき~


実は元々はこうなる予定でした。

本投稿ではネタに走った展開でしたが、最初に書いた時はかなりシリアスになっていたのです。

コメントを下さった読者さん達に笑ってもらえた(らしき)7人組は無残に倒されてしまいます。

が、書き上げた後に、どうみても今のバジンがやる戦闘じゃないなと思い急遽変更して本投稿のように変更されました。

しかし、実は本投稿でも最初は描写を軽めにはしても結局この7人は倒す予定でした。
予定だったんですが、気がついたらこんなことに。いやはや笑ってもらえたようで何よりです。

本当は、こっちの方の戦闘は削除する予定だったのですが、自分としては上手く書けたと思うので投稿させていただきました。
あ、ちなみにバジンくんがファイズエッジを抜いているのはテレビ本編での初使用時にミッションメモリー無しでファイズが起動させていたからです(まだ設定がゆるかったからなだけですが)



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