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[25186] 絶望と勝利を、君に
Name: 1-◆2aeefb13 ID:9806fa44
Date: 2011/01/11 16:46

前書き

よくある転生ものです。
主人公は二人。
もう一人の登場は少し後になると思います。

グロテスクな表現なんかも結構出てくる予定なので、そういうのが苦手な方は注意!













「水…水!」

砂漠のように乾いた喉。
その喉の主張が、まるで言葉を放っているかのようだ。

――水が、欲しい。

この森に入ってかれこれ3日、水を口にしていない。
甘かった、水くらいすぐ手に入ると思っていた。
これも『前世』の感覚が残っているからか。
水も持たずにこの森に入った、愚かな3日前の自分を殺してやりたい。
植物を齧ったくらいじゃ喉は潤せない。
獣の血は飲み干そうとしてその生臭さに吐いた。
ちょっとした小川でいい、何なら水溜りでも構わない。
それなのに…雨すら降らないとは、この世界はとことん俺を嫌ってやがる。

そして彷徨い続けて…ようやく耳にしたこのせせらぎの音。
これがもし幻聴であったのなら、俺はもう小便でも血液でも口にするしかない。

身体をふらつかせながら何とか前に進む。
そんな俺の目に入ったのは――川、だった。

「……!!」

声さえ上げられない。
先ほどふらついていたのは何だったのか、急に気力を取り戻した身体はその力を振り絞って駆け出す。
倒れこむように川に顔をつける。
濁っちゃいるがそんなのは関係ない。
今の俺には天の川のようにも見える。

…あぁ、最高だ。






腹いっぱいになるまで水を飲んだ。
後で腹を下すかもしれない。
だがそれでもいい。
今はこの満足感に浸りたい…。

それにしても、水ごときでこんなに苦労する羽目になろうとは。
考えられねぇな。
それもこれもあいつら…いや、この国のせいだ!

あ?なんで俺がこんな状況になってるかって?
なんだあんたも物好きだな、俺の話を聞きたいってか。
それなら話してやるぜ、今の俺は最高に機嫌がいいんだ。







なんつーかな、俺は、生まれ変わったんだよ。
いわゆる転生ってやつだな。
交通事故で意識を失ったら、次に目を覚ますと赤ん坊ってパターンだ。
前世で俺がどういう人間だったか、ってのはつまらねー話だから割愛しておく。
赤ん坊の間の生活も同じく。
どうせ赤ん坊の仕事なんざ食って寝るだけだ。

で、生まれついたこの世界。
『この世界』って言えばわかるだろ、異世界転生ってやつだ。
しゃべってる言葉はどう聞いても日本語、なのに町並みは中世西洋。
おまけに『魔法』まで存在してやがる。
王道もいいところだろ?

で、そんな世界で俺が生まれたのは、その世界の中でも1,2を争う大国の、そのまた1,2を争う大貴族の家。
恵まれてるなんてもんじゃねーよな、どこの主人公だよって感じだ。
容姿にも才にも恵まれた。
前世を考えてみれば、この上ないスタートダッシュだ。

両親もできた人達でな。
母親は大貴族の夫人にもかかわらず優しくおおらかな人で俺を熱心に育ててくれた。
普通は乳母やらなんやらに任せるもんだと思うんだけどな。
親父もまぁ厳しい人間だったが、俺を嫌うわけでもなく、温かく見守ってくれた。

そんな恵まれた環境で育った俺は、よくある物語の主人公みたいな行動をとった。
魔法や武術の訓練を懸命にしたり。
前世の知識による領土発展策の提案をしたり。
ほとんど奴隷同然の平民の家臣達にも丁寧に接したり。
まぁそんな感じで順調だったんだ。
俺は自分で言うのもなんだが上昇志向の強い人間でな。
だから将来は国の重鎮、可能ならトップ…を目指して邁進していた。

え?なんでそんな奴が水が飲めずに死にそうになってたんだって?
まぁそれはこれから話すから、落ち着いて聞いてくれよ。








状況が激変した理由。
まぁ一言で言うとな。
――革命だよ。
革命が起きたんだ。
清教徒革命とか歴史で習ったろ?
あんなのを想像してもらえばいい。
この国――あぁ、国名はマヤトっていうんだが。
マヤトは王政をとってはいるんだが、内実は中世封建制度でな。
まぁそれは先に言った領主云々で想像できてたと思うが。
つまりは、貴族が各々の領地を治めて平民が農奴扱いっていうあれだ。
一応は王はいるんだが、どちらかというと貴族の代表みたいなもんだ。
まぁ細かい話は面倒だから省く。

とにかく、その扱いに不満をためていた平民達が蜂起したんだよ。
啓蒙思想や市民主義なんかの考えが広まったのも原因らしいが。
そんな思想広めた奴は絶対ぶっ殺す!
…あぁ、まぁそれは置いといて。

革命がどれだけ血なまぐさいものか知ってるか?
歴史上では無血革命なんて呼ばれてるものもあるけどよ、普通は違う。
夥しい血が流れる。
前世の歴史でも、革命の最大のショーは王の処刑だったろ?
つまりこの世界では――貴族が、その対象だ。

親父が良政を敷いていた?
お袋が優しい人だった?

そんなのは一切関係なかったね。
結局は「平民と貴族」そのひとくくりにされちまうわけだ。
人格も何も関係なく。
あれだけ親父達が手厚く扱ってた家臣たちも処刑に嬉々として参加していたからな。

親父は大勢の民衆の前で散々リンチ食らった後にギロチンで首を落とされた。
お袋はもっとひどい。
屋敷に乱入してきた暴徒達に散々レイプされた。
股座が裂けて血と精液を流しながら気を失っても、奴らはやめなかった。
あげく、最後にはその股座から槍を突き刺して殺した。
俺の目の前でな。
え、お前は何をしていた、助けなかったのかって?
いや、俺はただ震えていたよ。
怒りで、じゃねえよ?
恐怖で、だ。

ここで物語の主人公なら、その暴徒達からお袋を助けるとか、暴徒達を諭すとか。
あるいはそれができなくても、目の前の光景を刻み付けて復習の炎に身を焦がす、とかするんじゃないか?
でも俺はそんなんじゃなかった。
次は俺の番かと、ただ恐怖でおかしくなってただけだ。

結局、俺はまぁこうして生きているわけだけど。
なんで俺が生かされたのかはわからねえ。
まだ10歳の子供だからか。
それとも奴隷達にも優しくしてたのがここで効いたのか?
まぁ親父やお袋の扱いを見てれば後者はねえよな。
散々殺しといて、子供を殺すのは良心が痛むのかねぇ?

まぁ、とにかくなんとか生き残った俺。
だがそんな俺を拾ってくれるとこなんざねぇ。
親戚は皆殺されてるし、平民が貴族の子供なんか良いように扱うはずがねえ。
そんなわけで、俺は10歳ながら家なしになったわけだ。

まぁ、とはいえ俺は前世の記憶がある。
前世での30年と合わせて、精神年齢は40歳だ。
若干身体に精神も引き摺られて幼くなってるような気はするが、それにしたってただのガキじゃねぇ。
一人で生きるくらい、どうにでもなると思ってたんだ。







…で、冒頭に戻るわけだ。
まぁ甘かったわな。
このマヤトは現代日本じゃねぇんだ。
子供が一人で生き抜くのはかなり難しい。
群れから逸れた動物の子供の運命は?
死、のみだ。
人間様の知恵があっても、それはなかなか覆らない。

それに、前世でも今世でも、サバイバルなんてしたことがないからな。
これでまだそっち方面の知識でもありゃ野生児として生きていけただろうけどよ。
実際はこの有様だ。
水を手に入れるのにも苦労する始末。
魔法があるからまだ動物を狩ることができるだけマシだが。
この魔法だって万能じゃない。

この世界の魔法は、物語によく出てくる魔法のように使い勝手のいいものじゃない。
魔力は、自分の体内にしか存在しない。
つまりは熱量(cal)みたいなもんだ。
人間一人の魔力なんて限られてるし、増してや子供のそれなんて僅かもいいところだ。
身体が弱れば行使できる魔法もほとんどなくなる。
水や食事を生み出す魔法なんてあったら便利なんだけどな。
そんなにうまい話はないと。






さて、まぁとりあえず俺が陥った状況については理解してもらえたな?
次は、これからどうするかだ。
いや、まぁとりあえずなんとか生き延びなきゃ話にならねぇけどよ。
その先を決めておかなきゃな。
俺は、目標を決めなければ行動できない人間だ。
これは俺の持論だが、人間は弱っちい。
楽なほうに、簡単な方に、甘い方にすぐに流れる。
性善説より性悪説を信じるといったほうが話が早いか。
もしかしたら、ただ生きているだけでも自分を律することができる聖人みたいな奴もいるのかもしれねぇ。
でも少なくとも、前世と合わせてこの40年で見たことはないな。

だから、目標を決める。
最初にでかい目標、最終目標を決めて、そっから段々と小さな目標を決めていく。
いつだったか参加したセミナーで教わった成功者の思考法だな。
目標は、言い換えれば欲望だ。
人間は、欲の深い奴のほうが成功する。
欲のない奴は弱い。
他人を蹴落としてでも、成功したい――そういう嫌な奴のほうが成功するようにできてんだ、人間ってのは。






話がそれたな、とりあえず目標を決める。
革命が起こるまでは、国のトップになることが最終目標だったんだけどな。
国そのものが変わっちまったからねぇ。
親父やお袋を殺した連中と雁首並べて、ってのはどうにも気がすすまねぇ。
じゃあ逆にこの国をぶっ壊す?
壊す、ていうのも曖昧だよな。
なんかただのテロリストになりそうだし。
あぁ、ならようやくでき始めたらしい議会政治をぶっ壊すか?
そもそも俺は民主主義ってのが嫌いだ。
元日本人ではあるけどな。
民主主義ってのは、国民の平均の知能がそれなりってのが前提だ。
もしその前提が成り立っていても、結局行われる政治は「それなり」にしかならねぇ。
じゃあその前提すら成り立ってなかったら?
まぁ前世が良い例だわな。
どう考えても実現不可能な公約を掲げる馬鹿な政治家。
それを鵜呑みにして投票する更なる馬鹿ども。
そんな奴らのせいでひどい有様だった。
お前らが勝手に馬鹿やってるのは良いが、ほかの奴まで巻き込むなってのが心情だ。
だから、政治なんて一部の有能な奴に丸投げしちまえば良いのさ。
その方がよほどうまくいく。

うん、考えりゃ考えるほど俺は民主主義が嫌いだ。
親父とお袋も民主化が殺したようなもんだし。
よし、なら俺はこの国の政治をぶっ壊して、王政を復活させてやろう。
別に俺が王にならなくてもいい。
後世の歴史家に「民主政治を百年遅らせた大罪人」って呼ばれてやろう。

そうと決まれば、それをどう実行するかだな。
そのために必要な行動も考えていかなければ。
今はただの浮浪児だけどな。
必ず達成してやるぜ?
なぁに、人間、必ずやり遂げるという気概とそのための行動さえあれば、なんでもできるもんだ。









[25186] 1-1
Name: 1−◆2aeefb13 ID:2d9ca1a8
Date: 2011/01/28 02:30
マヤトの遥か東に位置する大国、ゴルモン帝国。
20カ国がひしめくこの"大陸"において、マヤトと肩を並べる国力を持つ唯一の存在である。
だが、その政治体制は、封建制を敷いていたマヤトとは大きく異なる。
その政治体制は、皇帝を頂点とする強力な中央集権政治。
ゴルモンは、皇帝が絶大な権力を持っており、全ての民はその下にあるという考えのため、貴族というものが存在しない。
無論、マヤトをも超える領地を皇帝のみで治めることはできないため、数多くの官僚達が権限を与えられ、皇帝の執政を補佐していた。

ゴルモンの官僚は実力主義で選出される。
皇帝は世襲であったが、官僚は例え親や親戚が官僚であったとしても子がその職に就けるとは限らない。
"政試"と呼ばれる試験に合格した者だけが、官僚の地位を得ることができるのだった。
隔年で開かれるこの政試には、毎回数万の受験者が殺到する。
その受験者のうち、合格者はわずか十人前後であったから、それがどれほど難関であるかは語らずとも明らかである。



その"政試"を突破した官僚の中でも、宮中において直接皇帝を補佐する"大官僚"と呼ばれる者が事実上のトップである。
現在、四人を数える大官僚のうちの一人、エルカサは、己の私室にて部下とともに草案をまとめていた。




「マヤトの革命、情報は確かなのだな?」

「はい。マヤトに潜入している密偵全てが同じ情報を送ってきています。民衆が蜂起し、国王や大貴族達が処刑されたことは確実でしょう」

「ならば急いでこの草案をまとめなくてはな。」

「…『マヤト侵攻』ですか?確かに、マヤトは今混乱してます。付け入るなら今でしょう。しかし…」

「わかっている。我がゴルモンも南部部族連合との戦いを終えたばかりで国力に余裕がないことはな」

「ではなぜ?」

「…これまで何度もお前に教育してきたことだ。マヤトと我がゴルモンの比較を簡単に述べてみよ」

「はい。我が国は、偉大なる皇帝陛下により、どの国よりも優れた政治と、進んだ科学を有しています。マヤトと比べてもそれは揺らぎません。しかし、国力で比べた場合、我が国はマヤトに勝るとも言い切れません。かの国は、資源に恵まれております。大した対策をとらずとも食料にも鉱物にも困らないほどに。」

「そうだ。だから我がゴルモンはマヤトの地をなんとしてでも得なければならない。いくら優れた政治を行おうと、飢饉は起こり、災害は避けられぬ。人口の増加に生産力が追いつかぬこともある。我が国は、資源の確保を最も優先しなければならない。ここまでは良いな?」

「はい。…そしてエルカサ様は、そのマヤトの地を得る機会が、まさに今この時であると判断されているということなのでしょうか?」

「…いや、実はそう断定しているわけでもないのだ」

「ではなぜ?」

「皇帝陛下は、先代と比べて戦を好まぬ。先日の南部部族連合との戦で辟易となされているだろう。だから、マヤトの政変に乗じて攻めようなどとは思わず、此れ幸いにと内政に集中される可能性が高い。」

「はい、私もそう思います。」

「うむ。だからこそ、我々大官僚が陛下に上申しなければならぬ。此度の機会は、始めから戦の選択肢を放棄してはならぬ。もし戦を仕掛けないにしても、その準備だけはしなければならない。…何故かは分かるか?」

「…マヤトに圧力をかけるのではないでしょうか?」

「その通りだ、ブルスよ。お前の成長を嬉しく思うぞ。政変が起きたばかりのマヤトを内政に集中させてはならない。政治が不満で民衆が蜂起したのだ、その不満を解消させずに新たな対象へと移らせてやれば、いずれまた爆発するであろう」

「はい。…ですがエルカサ様。私には、一つ気がかりなことがあるのです。」

「何だ?ブルスよ」

「皇帝陛下は戦に辟易されておられると。それならば、新たな戦を提案するエルカサ様に良い印象を持たれないのでは?」

「うむ…」



エルカサは言葉に詰まった。
ブルスの言う言葉が正鵠を射ていたからである。
唯でさえ、南部部族連合との戦争という上申を受け入れてもらったばかりなのだ。
それに勝利したとはいえ、一月も経たぬうちに再び戦の提案をすれば、自分が功に焦っているとも取られる可能性がある。
内政に強く外交に疎い皇帝や他の大官僚達は良い顔をしないだろう。

もし本当に戦を仕掛けるつもりはない、その準備をするだけだと説得しても無駄だと思われる。
ありもしない戦のために準備をするくらいなら、内政にその分を回せとの声が上がるに決まっている。
他のどの国よりも我が国が優れているとの自負が強い分、ゴルモンの官僚達は他国を対等の存在として見ない傾向がある。
これまでマヤトとの正面戦争の経験がなく、弱小国家ばかりを相手にしてきたこともその理由の一つであろう。




まず間違いなく、皇帝の機嫌は損ねる。
そしてそれは、官僚にとって致命的である。
ゴルモンでは、人事権は全て皇帝に委ねられているのだから。
皇帝の自分に対する評価が下がれば、今の地位から簡単に放逐されてしまう。
厳しい政試を乗り越え官僚となって二十年、ようやく得た今の地位だ。
それを失う危険性があれば、どうしても及び腰になる。
しかし…



「ブルスよ、お前の懸念は正しい。…しかし、今はマヤトを抑えなくてはならぬのだ。何故なら、かの国の民主革命は、我が国でも起こる危険性があるのだから」

「…まさか!皇帝陛下がお治めになられている我が国に限って、それは…」

「いや、あり得るのだ。もしマヤトで民が主導する政治が成功してしまえば…そして、その情報がゴルモンの民の耳に入れば…必ず、その動きは生じる筈だ。」



人間は卑しい。
他人の持っているものは自分も手に入れたいという欲望が働く。
今は皇帝が持っている執政権。
それを自分達が持てるとなればどう思うか。
これまではそんな考えすら浮かばなかっただろう。

しかし、今はマヤトがある。
実際に、民が治める大国が出来上がろうとしている。
もし、その国がうまくいってしまったら…




「そうなれば、いくら皇帝陛下が、そして我らがどんなに優れた政治をしようが関係がなくなる。つまり我々はなんとしてでもマヤトを、いや——」



——民主政治を、潰さねばならぬのだ。














***













あの後俺は、川沿いをひたすらに歩いた。
地図を持っていなかったから、自分がどこに向かっているのかすら分からなかったが。
水場付近には村か集落でもできるはず、と人里を探しまわった。
その答えはビンゴだったらしい。
その日のうちに、小さな集落へと辿り着いた。

その集落は狩人達のもので、常にこの森に籠って暮らしている部族らしい。
そのため、政局には疎く俺の顔も知らない。
好都合この上なかった。
顔さえ知られなければ、俺はただのガキにしか見られない。
今回の革命に巻き込まれて家族と逸れてしまったと説明して、居候させてもらうことにした。
まぁそれも2、3日の間だけの予定だがな。
俺はゴルモンに行かなきゃならねぇからな。

ん、なんでゴルモンにってか?
そうだな、俺のこれからの行動の指針の一部を教えておこうか。
もちろん全部じゃねぇよ。
全部教えたらつまらねぇだろうが。

…俺の最終目標、マヤトの民主主義の崩壊はどうやったら達成できると思う?
え?まさか!流石の俺でも議会を爆破とかしねーよ!
というか破壊するって言っても俺がしたいのは物理的な破壊じゃない。
政治的な破壊だ。
いくら議会をぶっ潰そうが、民衆が望んでいたらいくらでも復活しちまうじゃねぇか。
違う、俺はそういうことがしたいんじゃねぇ。
市民革命やら啓蒙思想やらに酔ってる連中に冷や水ぶっ掛けて目を醒まさせたいわけよ?

だから、俺の目標は言い換えれば民主化の意思自体を国民から無くすってこと。
そのための方策を考えてみてくれ。
要は、民衆による政治なんて頼りない、やっぱり王や貴族が必要だ!って思わせればいいんだ。
そう思わせられる一番の方法はなんだと思う?

俺が出した答えを発表する前にワンクッション入れよう。
そもそも王や貴族に権力が集中している状態と、民衆にある程度権力が分散している状態、そこで表面化しやすい差を考えるんだ。
まぁ色々あるわな。
でも俺はその中でも一番分かりやすいのが、即断性だと思うんだわ。
極端な例を挙げればほら、どこぞの将軍様がいる北なんちゃら国と日本を比べてみ?
あっちは将軍様とその側近の意向で政治的意思は統一されてるでしょ?
だから政策の実行も素早い。
でも日本は違うよな。
法律一つ通すのにも無茶苦茶手間がかかる。
まぁそうやって吟味した方が良い結果を招くことも多々あるんだけどな。
でも、何より即断性がモノを言う政策があるんだよ。
すぐに対処を決めて、意志を統一して、挙国一致の体制を作り上げる必要があるものが。

ここまで言ったら分かるよな?
そう、戦争だ。

俺はこの国に戦争を引き起こそうとすることにしたんだ。
戦争が起きれば国は混乱する。
議会政治じゃ王政・封建制時代よりも混乱は激しいだろう。
それに加え、俺自身の手で議会を邪魔する。
そして大苦戦している最中に、「やっぱり中央集権体制じゃなきゃ駄目だ!」という声を民衆に挙げさせる。
で、誰か祭り上げて王にして、王軍で相手を打ち破れば万々歳。
王様サイコー!民主化カッコワルイってなるわけだ。

まぁこう言えば簡単に聞こえるかもしれんが、実行するのは無茶苦茶難しいわな。

まず、戦争する相手がいない。
このマヤトは大国だ。
正面きって戦おうとする馬鹿などいないほどに。
そもそも革命なんて内戦みたいなもんだ。
もし国力が比肩する近隣諸国があれば、そんなことをしている余裕はないわな。
つまり、外を無視して中でごちゃごちゃやれるくらいマヤトの国力はずば抜けてるわけだ。
そんな大国相手に戦争しかける国をまず探さなきゃならない。

次に、戦争の加減だな。
これが一番難しい。
何せ、大苦戦しなきゃならないが、かと言って負けても駄目なんだからな。
負けたら国自体がなくなっちまうからな。
俺のやることはすべて無意味になる。
かといって楽勝しちまうと議会政治万歳になっちまう。
この調整はえらい難しいだろう。

最後に、王に相応しい人間がいるかどうかだな。
次の王はとびっきり優秀な奴じゃなきゃならない。
そうじゃなきゃ結局また革命が起きるだけだ。
誰も文句が言えないくらいの善政が敷ける人間を探さなきゃならない。
俺?俺は駄目だな。
能力的には問題ないだろうけど。
何せ前世の知識があるからな。
せいぜい中世くらいの発展具合のこの世界では神の知識にも等しいだろう。
でも、駄目だ。
俺は戦争を引き起こす張本人だからな。
そのまま権力の座についたら胡散くさすぎる。

都合のいい人間探すか育てるかしないとな。
…まぁそれは後でもいい。

とりあえず俺がすることの方針はわかってもらえたな?
んで、それがどうしてゴルモン行きに繋がるか。
もう分かってもらえたよな。
マヤトの戦争の相手、それがゴルモンだ。
俺は、ゴルモンに行ってマヤトに戦争を仕掛けるように動くわけだ。

そんなことできるわけない?
いや、それができるんだよ。
もしゴルモンがマヤトみたいな国だったら、俺みたいな没落貴族のガキが政局に関わることなんかできるはずがねぇ。
だけど、ゴルモンには、どんな得体の知れない人間でも政局に関わることができる制度があるんだよ。
"政試"っていう…まぁ昔の中国の科挙みたいな奴だな。
あれにさえ受かれば、なんとでもなる。
中国の科挙はなんだかんだでコネも重要だったみたいだが、ゴルモンの政試は違う。
平等さで言えば日本の国家公務員並み、いやそれ以上かもしれない。
とにかくいい成績さえとれば、例え元犯罪者であっても官僚の道へと進めるんだからな。

俺はそれに受かれば良い。
はっきり言って、受験すればまず受かるだろう。
伊達に転生してねぇよ、てな。

とにかく当面の方策はまずゴルモンで官僚になることだな。
んで力のある奴、大官僚の誰かあたりに取り入る。
実は、既に取り入る候補すら何人か考えてるんだけどな。



とにかく、さっさとゴルモンに向かおう。
もちろん地図はこの集落の誰かにきちんと貰っておく。
もう迷うのは御免だからな。



[25186] 1-2
Name: 1−◆2aeefb13 ID:5067f8eb
Date: 2011/01/28 02:30
結論から言おう。

…落ちたよ。
ちょっと甘く見ていた、というより政試の実情を知らな過ぎたな。
くそ、前世から試験の類で失敗した事はなかったんだけど。




政試、その詳しい内容を俺は深くは知らなかった。
まぁ、それは他の受験者も同様だ。
過去問の公開なんかもされないからな。
ただ受験者に公開されている情報はこんなもんだ。

・試験は五次試験まであり、それを1年間かけて行う。
・一次試験の内容は一般教養知識。
・二次試験の内容は各大官僚が作成。ちなみに今年は半分が内政、残りの半分が外交と戦に関する知識を問うものだった。

五次試験まであるなんて、と感じるかもしれんが、実際試験と呼べるのは二次試験まで、ということだ。
各地で開催される一次試験での合格率はだいたい10%前後。
これはまぁ国立大学のセンター足切りみたいなもんだな。
倍率は比べ物にならんけど。

首都で開かれる二次試験ともなると、ここで99%が振り落とされるということだ。
そして知識を問うのはここまで。
三次以降は面接やらなんやらで、知識を問うというよりは人物を見るというものらしい。
だから、二次試験までで落ちた人間は次回以降の試験も受けることが出来るんだけど、三次以降で落ちた人間は次からは受けることが出来ない。
中央官僚への道は断たれるわけだ。
その代わりに地方官やらなんやら、いい職を優先して斡旋してもらえるらしいが。

貴族として生まれた俺はかなり勉強もしたからな。
一般教養については問題なかった。
答案が返却されるような事はないが、ほぼ満点に近い結果だったはずだ。
当然一次試験はパス。

問題は二次試験だった。
戦争・外交部分は問題なかった。
特に外交は、ゴルモンのような大国が気にするような国なんてマヤトくらいだろうから、必然的にマヤト関連の問題は多かった。
そうなりゃ俺の独断場。
この国の人間じゃなかなか答えられないような深い答えを俺は出した筈だ。
だが内政問題はそうはいかなかった。
もう少し一般的な内容が出るかと思ったんだけど。
ゴルモンの内情を詳細に把握していなければ答えられないような問題があんなに出るとは…。





まぁそんなわけで俺は不合格だったわけだけど、悪い事ばかりではない。
二次試験の結果から、俺は優秀受験者の証がもらえた。
これを受けると、官僚の門下に弟子入りできたり、商人が優先的に金を貸してくれたりする。
二年の遅れは痛いが、挽回不可能な失敗でもない。

そして計画の練り直しをしていた俺に、実に都合のいい話が舞い込んできた。
大官僚の一人、エルカサから門徒への誘いだ。




これは後から知った話だが、政試制度が始まって以来、一発で合格した人間は皆無なのだという。
例え二次試験までで受かった人間でも、三次以降で必ず振り落とされる。
もちろんその試験内容の難しさも理由にあるのだが、これにはもう一つ絡繰りがある。

政試に合格する人間は、必ずいずれかの官僚の弟子なのだ。
現役の官僚に弟子入りする事で、その知識を磨き。
また三次試験以降の口利きを得ることが出来る。
それがなければ合格は不可能、というシステムだ。

なんでこんな面倒なことになっているのかというと、まぁ一言で言えば官僚同士の勢力争いだ。
官僚からしてみれば、自分の弟子を官僚にする事で政権内の自分の派閥を強化することが出来る。
なんの後ろ盾もない人間が官僚になって得をする現役官僚はいない。
ライバルにしかならないのだから。
だから有力官僚同士で手を回して、それぞれ自分の弟子が試験に受かるようにするのだ。

だから政試受験者からしてみれば、二次試験までというのは官僚に自分をアピールする場、みたいなもんだ。
そこでうまいこと有力な官僚からお誘いがかかれば、弟子入りができ、晴れて試験合格への道が開ける事になる。
類稀な才を示した受験者の中には、複数の官僚からお誘いが来て選り取りみどりな状況になる場合もあるらしい。
だが俺にきた誘いは一つだけ。

だからといって悲観する事はない。
なにせ、大官僚エルカサからお誘いが来たのだ。
皇帝を除いて国のトップといえる人間に近づける機会なんてまずない。
下手に合格するよりもよほど良い状況かもしれない。



でも、エルカサが実際どんな人間なのかということは俺の知識には全くない。
受験者の中でも異質であったであろう俺の答案にどうして興味を持ったのかも見当がつかない。
そのあたりが不安と言えば不安だが…

このまま独学で勉強して二年間過ごす事と比べれば、遥かに有意義な筈だ。
時間は惜しい。
時間が経てば経つ程マヤトの議会政治は安定し、付け入る隙が少なくなっていくだろうから。
それだけ俺の目標達成の難易度も上がって行ってしまう。

まずは、エルカサとの面談を受ける事だ。
もしどうしようもないほど最悪な人間だったら、その時はまた考えれば良い。
どんどん動いていこう。





















「エルカサ様。失礼ながら、私は反対です」


これは珍しい。
内心でエルカサは驚いていた。
彼の腹心であるブルスは、これまで疑問をぶつけてくることはあっても、ここまで自分の提案に否定する態度をとることはなかったからだ。
ただ理解もできる。
彼の懸念は。


「この人間を門徒とすることに、か?」

「はい。…この答案といい、この氏名といい、おそらくこの者は…」

「マヤトの貴族、であろうな」

「はい。間違いないでしょう。そしてこの氏名が偽りなければ、マヤトの大貴族、スギウェ家縁の者だと思われます」

「…既に確認している。本人であるかは定かではないが、この名前は領主カゲハル=スギウェの長男の名前だ」

「そこまで!…そこまで分かっておられるのなら、私の懸念も察しておられる筈…」

「スパイということはなかろう」

「何故ですか!?たかが子供、とはいえこれほどの知識を持った者です。もしマヤトの国に送り込まれた間諜ではなくとも、我が国に徒為す存在となる可能性は色濃くあります」



徒為す存在、とは随分と曖昧な言い方だ。
このように言われてしまえば、マヤトがスギウェ家の生き残りをスパイとして使う筈がない、といっても無意味であろう。
ブルスの懸念は、この国を利用してマヤトでの地位を取り戻そうと自発的に動く可能性も含まれていたから。
確かにその可能性はある。
だが、エルカサには確信があった。
この子供は、マヤトという国に対して、いや、その民衆に対して、強い負の感情を持っているという事に。
政試の答案が、そう主張している。


「お前はこの少年の答案を読んで、まだその可能性があると言うか?」

「…確かに、今のマヤトの政治体制に思うところはあるようですが。このゴルモンを第一として考えぬ輩をエルカサ様の一門に加えるとなると…」

「いずれ私の立場が弱くなる。そして、お前の出世の芽も摘まれてしまう、か?」

「…はい」


素直に認めるブルス。
エルカサは、野心を隠さぬブルスのこういった一面を好ましく思っていた。
欲無きものよりもよほど信用できる。


「これはな、賭けだ」

「…賭け、ですか?」

「この国の人間は、外交を、他国を舐めている。この私の腹心であるブルス、お前でさえも」

「……」

「他国の情勢は、対岸の火事ではない。隣家の火事なのだ。マヤトで生じた民主化という火は、間違いなく我が国にも飛び火する。それを防ぐためには、私は何でも使う。例えリスクがあったとしても」

「しかし、それなら…獅子身中の虫を抱え込むよりも、国力を上げ、マヤトを直接叩き潰した方が良いのでは?」

「それができるか、我が国に?」

「…エルカサ様は、『軍神』の噂を信じておられるのですか?」

「我が国の力を持ってしても容易には打ち倒せなかったであろうあの大貴族達。それを、ほとんど戦力とも思えぬ農奴達を率いて打ち倒したのだ、噂は大げさにしても、それを為すだけの力を持った存在が居るという事だ」

「しかし…」

「もし我が国が勝つとしても、消耗は避けられまい。自滅してもらうのが一番だ。この子供は、そのための鍵となる」




[25186] 1-3
Name: 1−◆2aeefb13 ID:5067f8eb
Date: 2011/01/28 02:30
「マヤトを打倒するためにはこの数年のうちが最善の機会です!」

「だからと言って戦争を挑めば勝てる保証はない。もし勝ったとしても大きな損失を負う。」

「しかし、マヤトは先の内戦で大きく疲弊しています。このゴルモンの国力ならば…」

「『軍神』の存在があってもかね?」

「それは…」


俺は、望まぬ舌戦を強いられていた。
ゴルモンの重臣、エルカサを相手に。

このおっさん、すげーわ。
正直言って、こんなにできる男は前世も含めて見た事がない。
大貴族だった親父よりも遥かに上だろう。

この世界に生まれついて以来、俺は会話で主導権を握られる事はなかった。
まぁ心理学が学問として成立してすらいないこの世界だ。
セミナーや本で学んだ程度の俺の知識でも充分に通用した。
その上、俺の相手は大抵相手は子供だと思って甘く見てるから。
相手の内心を読み取る事も、こちらの内心を隠す事も容易だった。

けど、このおっさん、エルカサは違う。
まず自分の内心を表に出さない。
少なくとも俺には全く読み取れない。
会話している間、視線は固定されてるし表情も変わらない。
ちょっとした仕草もなければ言葉の抑揚も変わらない。
淡々と会話を進めるその様子は、ロボットを相手にしているような錯覚に陥らせる程だ。
これでは俺の付け焼き刃な心理学の知識ではどうにもならない。
まぁ、そうまでして内心を隠したい相手だと思われている、というくらいだな、わかることは。

そう、それもまたこのおっさんのすげぇところだ。
俺は中身はともあれ、外見はただのガキだぜ?
そんな10歳の俺に対して、こうまで隙を見せないってのはどういうことだ?
身体は子供、頭脳は大人を地でいく俺ですらガキを相手にする時は気が緩むぞ。

それに多分、こっちの内心もある程度読み取られてる。
エスパーじゃないから考えている事が丸解りということはないだろうが…
単なる知識豊富なガキ、とは思われていないだろう。
その証拠が、この舌戦だ。
俺はそんなことをするつもりはなかった。
適当に有能さを示しながらも、子供らしい無邪気さを交えて対応するつもりだった。
完璧なゲストとして、エルカサを立てまくるつもりだった。
それがどうだ、こうやって自分の考えの一部を話してしまっている。
もちろん全部ではないし、重要な部分ははぐらかしたりしているが…


これが経験の差、なのか。
ゴルモンという大国を担う重臣の能力なのか。
もし俺が前世が、総理大臣や大統領だったら違ったのかもしれない。
だが俺は所詮、中小企業の社長だった。
そんな人間とは明らかに人間の格が違うわな。
こんな飛び抜けて優秀な、化け物みたいな人間もやっぱりいるんだな。


「……ふむ。君の考えは分かった。これで面談は終わりだ。隣の部屋で少々待っていてもらえるかね?」

「わかりました。失礼します。」


こりゃ俺の負けだわ。
まぁそれはしょうがない、今後の教訓にさせてもらおう。
問題はどこまで俺の考えを読み取られたか、だな。
エルカサの優秀さはこれでもかというくらい分かった。
もしこのおっさんに目をかけられれば、ゴルモンで成り上がるのは難しい事じゃないだろう。
だが逆に、警戒されてしまったら…
俺の計画はかなり難易度が上がってしまう。
それどころか、この後普通に殺されてもおかしくないくらいだ。

つくづく先程の面談に悔いが残るな。
つい熱くなってしまった。
俺を認めさせよう、という思いが強過ぎた。
最悪、門徒になることができなくても良かったんだ。
何も分からないガキを演じた方がマシだった。


コン、コンと扉をノックする音がした。
俺は内心に渦巻く後悔の濁流から身を起こし、切り替える。
そしていざという時のために、逃亡の手段を探る。

入ってきたのは、エルカサの部下、ブルスだった。


「待たせたな。…結果から言おう、ケンジ=スギウェ。君はエルカサ様の準門徒に認められた。」

「ありがとうございます。…それで、申し訳ございませんが、準門徒というのはどのようなものなのでしょうか?」

「これから説明する。本来、エルカサ様の門徒というのはエルカサ様の政務の補助をさせて頂きながら学んで行く者をいう。給金も出る。これに対し、準門徒というのは、政務の補助は認められないが週に一度開かれる勉強会に出席できる権利を持つ。政務の補助は認められない上、給金も出ない。だが勉強会にてしっかりと学べば、政試の合格も容易になるだろう。」

「…はい、ありがとうございます。」

「現在エルカサ様の門徒は3名、準門徒が7名。君を含めると8名になる。門徒はともかくとして、準門徒の人数は他の官僚に比べるとエルカサ様のそれは少ない。だからと言って合格しやすくなるわけではないが、それだけ困難な事だ。光栄に思うと良い。」

「はい、感謝致します。…できれば、エルカサ様のすぐお傍で学ばせて頂きたいのですが、今後、準門徒から門徒になることはできるのでしょうか。」

「可能だ。だが、君に関しては少々困難だ。というのも、既に君の知識は門徒と認められるに充分なものがある。その年齢でそこまでの知識とは驚くべきことだ。神童と呼んで差し支えない。だが逆に、その年齢があだとなる事もある。」

「…どういうことでしょうか?」

「君は余りに幼い。その上、家を失っている。そういう人間を門徒にする場合、普通は養子縁組を行うのが通例だ。だがわかるだろう。マヤトの元貴族である君をそうすることの困難さが。」

「はい…」

「本来なら、準門徒ですら難しい事なのだが。エルカサ様は、君の優秀さを大変買っておられる。その才を腐らせるのは惜しい、と。是非このゴルモンのためにその知を使って欲しいと。…それ故君は準門徒に認められた。そんな君だからこそ、門徒になることは難しい。」

「わかりました。準門徒として頂けるだけで、身に余るほどの厚遇であることを理解しました。エルカサ様のご好意を決して無駄にせぬよう、学び、励み、国の役に立って行きたいと思います。」

「…ふむ。あともう一つ、私から言わせてもらう。」

「はい。何でしょうか?」

「エルカサ様の顔に泥を塗るような真似は許さぬ。この国に背くような真似は決して許さぬ。もしその片鱗すら見せた暁には、私自ら叩き斬ってくれる。」

「……」



——言葉が、出なかった。
その余りの迫力に。
エルカサほどの重厚なオーラはない。
引きずり込まれて行くような話術があるわけではない。
だがその瞳には、決して揺るがぬ強い意志と、確かな実力に裏打ちされた自信が満ちていた。
そしてその瞳が語っていた。
これは脅しでもなんでもない。
確実に実行する事だ、と。

優秀だ、流石はエルカサの一番弟子。
だがその隠せぬ才気、自信。
そこは俺にも付け入ることが出来る、隙なのだ。


「わかりました。お兄様。」

「…?どういうことだ?」

「お兄様は、エルカサ様を師とする同門の、兄弟子です。ですから、お兄様と呼ばせて頂こうかと。」

「…ふむ、マヤトの人間らしい呼称だな。だがここはゴルモンだ。そのような呼称は通常、家族間でしか用いられない。」

「駄目でしょうか?…私は既に、家族を皆失っております。ですから…私は…例え兄弟子、という存在であっても、兄という存在ができるということにこれ以上ない喜びを感じております。それに、これまでの会話でブルス様が私よりも遥かに優秀で素晴らしい方だと感じました。それ故、敬意もこめて、兄と呼ばせて頂きたいのです。他の兄弟子の方々にこの呼称を用いることは控えます。ですからどうか、お許し下さい」



そう言って、頭を下げる。
これでブルスの表情は見れない。
だが戸惑っているだろうことは分かる。
それにこの懇願が認められるであろう事も。

この男は上昇志向の強い人間だ。
そういう人間は、概して下の人間には嫌われやすい。
先程見せた高圧的な態度もそれを物語っている。

そういう人間は、忠誠と信頼を見せる部下という存在に弱い。
ましてや、こいつは俺を危険視する程に優秀な人間と見ている。
そういう人間からこういった態度を見せられるとどう思うか。
不快な思いをすることはまずない。

さらに、こういった人間は子供に甘い事が多い。
口や態度でいくら鬱陶しがったり、冷たい事を言ったとしても。
自分に甘えてくる弱い者は基本的に振り払わない。
頭の角に疑う自分がいてもな。
切ることはできない、躊躇うんだ。

分かる。
分かるんだよ。
ブルス、あんたは前世の俺によーく似てるからな。
こうして別人になってなければ自覚できなかった部分だ。




「…わかった。ただし、公の場では控えるように」

「わかりました。感謝致します、お兄様。」


エルカサとの面談ではどうなることかと思ったが。
収穫はあった。
あのおっさんには隙はないが、別の部分に隙を見つけた。
一番弟子という名の隙。
このブルスという男を利用して、成り上がる。

まぁ、隙があるとはいえこの男も充分に優秀だ、気をつけなければならないが…



「以上で終わりだ。…ところでスギウェよ。落ち延びてきたお前だが、働く場所や住居のあてはあるのか?」

「いえ、今は持ち出してきた貴金属を売り払ったお金で、宿に泊まっております。これから探そうと思っています」

「準門徒とはいえ、それではエルカサ様の名に傷が付くな。住み込みで働ける場を私が紹介してやるから、そこに行くと良い」

「何から何まで、ありがとうございます。お兄様」



このお人好しなら大丈夫だろう。
こうやって厚遇されていれば俺も情がわくかもしれないが…
大丈夫だ。
俺は目的のためならば、どんな外道にもなれる。
だからそれまで。

存分に役に立ってくれ、お兄様。






[25186] 2-0
Name: 1−◆2aeefb13 ID:5067f8eb
Date: 2011/01/28 02:33
ブルス"お兄様"に紹介してもらったのは卸を営む商人だった。
俺はその家で生活しながら、仕事を手伝う事になった。
仕事の内容は主に荷運び。
力のいる仕事だが、魔法が使える俺にとってはうってつけの仕事だろう。

…そうだな、ちょっとここで魔法のことも説明しておこうか。
うん?必要ないって?
まぁ確かに前世では魔法を扱う物語なんかくさるほどあったしな。
あんたも良く知っている事だろうし、今更説明するまでもないかもしれない。

でもまぁ整理する意味でも説明させてくれ。
ちょっと特殊な部分もあるしな。




あんたがイメージする魔法はどんなものだ?
やっぱりこう派手な爆発を起こしたりとか、竜巻や雷を呼んだり、地震を起こしたりといった派手な攻撃魔法だろうか?
はっきり言って、この世界の魔法でそんなことはまず不可能だ。
その理由が、魔力。
魔力というものは今更説明しなくても良いよな?
簡単に言えば魔法を使うためのエネルギーだ。
で、この魔力なんだが…人間が持てる魔力っていうのは僅かでしかないんだわ。

ちょっと前に触れたが、魔力は自分の体内にしか存在しない。
実際体内のどんな物質を魔力として変換しているのかはわかっていないから、細かく言えば体内というのは間違っているかもしれないが、少なくとも大気中に存在するものではないという事だけは確かだ。
でも多分脂肪とかそのあたりが原料なんじゃないかと思うんだよ。
なんでかというと、魔法を使うと体力を消耗して腹が減るから。
つまりは身体を動かすためのエネルギーと魔法を使うためのエネルギーは被ってるんだ。

だからこの世界で大魔法使いと呼ばれる人間は皆共通している特徴がある。
何となく予想がつくかな?
そう、肥満体なんだよ。
筋肉でガッチリとした体型じゃなく、脂肪だらけのメタボ体型。
強い効果の魔法を使うためには多くのエネルギーがいる。
それだけ食べなきゃならないってことだ。
でも、いくら食べれば食べる程いいといっても、人間には限界がある。
ここから少し計算してみよう。





普通の成人男性なら、だいたい2〜3000kcalくらいが一日の摂取量だ。
今の俺の身体ならその半分くらい。
どんなに大食いの人間が頑張っても、10000kcalくらいが限界だろう。
で、この摂取したエネルギー全てを魔力に回すわけにはいかないから、摂取したエネルギーの半分も利用できれば御の字だ。

蓄えられる分もあるから正確な数字を出すのは難しいが、例えば5000kcalくらいを魔力に使えたとする。
その5000kcalというエネルギーで、何ができるかということを考えてみて欲しい。

1kcalというのは、だいたい1ℓの水を1度上昇させるくらいのエネルギーだ。
そう考えたら5000kcalというのは風呂の湯を丁度いい具合に沸かす程度だ。
そう言うとかなりしょぼく感じる。
実際、雷はだいたい20万kcalくらいのエネルギーだから、それと比べられるような大きな力じゃない。





まぁ、このままだと魔法は全く役に立たないように思われるかもしれないから補足しておこう。
最初に述べた力の補助に関する部分で考えてもらいたい。
5000kcalを熱ではなく力、仕事量に置き換えたら印象は変わる。
1kcalは約4.2kJ。
これは、420kgの物を1m持ち上げるくらいの仕事量になる。
5000kcalなら、その5000倍。
こう表現すると、結構なもんだろう?
まぁ、熱エネルギーは100%仕事に変換されるってことは有り得ないからかなり大ざっぱ過ぎる計算なんだが。





こう考えるとそれなりの力だろ?
雷や竜巻を起こしたりする事はできなくても、普通人が持てない荷物を持ち上げたりすることはできるわけだ。

さらに、魔法がその真価を発揮するのは、周囲に影響を与える時ではなく自分に対して使う時。
自分の動きを補助して、より強い力を発揮したり。
代謝を高めて病や怪我を治したり。
魔法技術に優れた人間であればテレパシーまがいなことをすることだってできる。

魔法というのはいくら優れた人間でも、そこまで大それた事はできないが、使えればかなり便利な力という認識が適切だろう。



もう一度言っておきたい。

魔法は決して万能な力なんかじゃない。

もし魔法で天変地異の如き力を発揮できるとしたら…もうそれは人外の領域だよ、完全に。



なぁ、あんたもそう思うよな?






——話がそれてしまったな。
まぁ、とにかく魔法が使える俺にとって、荷運びという仕事は問題なく行える仕事だ。
それに、肉体労働は稼ぐには比較的効率の良い仕事だ。
自由な時間もそれなりに確保できるに違いない。
俺にとって非常に都合の良いものだ。



俺にも運が向いてきたかもしれない、そんな思いと共に、俺のゴルモンでの生活は始まったんだ。
だからだろう、どこかで気が緩んでいたのは。
そのことを思いっきり後悔することになるのは、まだ先の話なんだが。



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