まえがき
久しぶりにウィザーズ・ブレインを読み返していたら無性にムシャクシャした。
で、気が付いたらこれを書いていた。反省はしていない。
聖夜にWBⅦは読むべきでなかった、とは思った。
カーテンを閉じ切り、照明を落とした室内。
作られた暗闇が周囲を満たしていた。だが、その部屋に何もないわけではなかった。
いや、何もないどころか多くの息遣いが溢れていた。
外では雪が降り積もり、吐く息も白くなっていたが
暖房も効いていない室内にも係わらずそこは集まった者たちの熱気で暑いくらいだった。
ここは大講堂。
叡知の城塞に設けられた建築物の中では小さい方ながら、
その建物全てをこの部屋で占拠する巨大講義室だ。当然ながら最大の収容員数を誇る。
その部屋では今まさに集会が始まろうとしていた。
カチ、という音と共にスポットライトが灯る。
教壇に立つ人影が照らし出された。
異様な風体だった。
全身真っ黒なマントに身を包み、裾は地面まで垂れ足の爪先だけがはみ出ている。
首から上は更に異常だ。
円錐の形をした布を首まですっぽり被り、顔を隠しているのだ。
目にあたるだろう位置には穴が空けられているが、
そこから覗くはずの眼は塗りつぶされたような暗闇で見通せない。
片手には燭台付のロウソクを持っていた。
異様な人物が一礼し、重々しく喋り始めた。
「……同志諸君。本日の集会に参加してくれたこと、まことに嬉しく思う。
今日、皆に配ったキャンドルは時節を鑑みて設営係りがこらした趣向だ。
これらに火を灯し、今日は明日という日の本来の意味に思いを馳せつつ、粛々と集会を行おう。
では点火」
シュボ。
音と共に一斉に火が燈り、会場に集まった人々が浮かび上がる。
全員が全員、前に立つ人間と同じような格好をしていた。
どう贔屓目に見ても黒ミサにしか見えなかった。
教壇に立つ男が続ける。
「さっそくだが、明日の聖戦に向け作戦目標の選定を始めていきたいと思う。
まずは……そうだな、『紳士』の動向の報告からとしよう」
「支部長、自分が」
支部長と呼ばれた男の声に反応し、比較的前の席に座っていた男が手を挙げる。
被った仮面の額のところに“3-2”と描かれていた。
「ふむ、コードネーム『3-2』か。
確か君は数年前から奴を監視していたな。
よし、頼む」
「了解、それでは皆さんご覧ください」
声と共に、空中に立体ディスプレイが浮かぶ。
そこにはパイプをふかした偉丈夫と二人の赤子が映っていた。
「『紳士』です。もはや説明するまでもない有名人であるため、プロフィールなどは割愛させていただきます。
今年一年の動向ですが、今年も去年と変わらず研究と双子の世話で女性にかまける時間はなかったようです。
監視している日頃の生活も前回と同じくこれと言った変化はありません。
新しくアプローチした女性はいないと判断していいかと。
ただ、一週間ほど前に上等のワインを購入したと報告がありました。
確認したところ、亡くなった夫人の好んだワインでしたので、今夜は雪を見ながら今は亡き夫人を偲ぶのではないでしょうか」
淡々と語られる言葉に合わせて次々とディスプレイに映る映像が変わる。
観衆はそれらに見上げ、時に周りと相談しながら報告を飲み下していく。
そして意見を言い合う。
「これは……もはや『紳士』は監視対象から外してもいいのではないか?」
「そうだな……。元々奴を監視対象にしたのは地位を利用して監督下の女性を手籠めにするとは
なんとうらやまけしからん、という理由だったはずだ」
「いまだ事あるごとに故人を偲ぶ姿を見ると、仲の良さを見せつけられているようで腹が立つが、
逆に言えばそれだけの相手を亡くしたということ。傷を負った相手に塩を擦り込むのは我々の本意ではないだろう」
「と、いうよりだ。我々の存在意義は古来から続く厳粛な聖日を犯す、不遜な輩に天誅を下すこと。
もはやアベックでない者に用はないはずだ」
口々に昇る意見に一々頷き、支部長は最後に決を採った。
「……では、今後『紳士』は要監視指定から外す、ということでよいか」
「「「「「「「「「「異議なし」」」」」」」」」」
「それでは、『紳士』の要監視指定を解除する。
第27監視班は証拠を隠滅したうえ撤収のこと。
……それでは、次。……『幼馴染』の動向を」
「自分の担当です。……上の映像が『幼馴染』の映像です。
両者揃って生物学研究科に所属し、常日頃から甘味喫茶顔負けの固有結界を作り出す当支部の最危険指定です。
今回の作戦ですが、対象がシティ・シュトゥットガルトに遠征するため、実行班は早めの……」
会議は粛々と進んでいく。
次々と監視対象が上げられ、プロフィール、最近の動向、明日の行動が報告され、
作戦の是非、その際の人数割り、時刻設定を観衆が、司会を務める支部長が、時には報告者自身が熱く議論し決まっていく。
そうやって、数時間にも及ぶ会議の末、聖戦の予定が決まっていった。
そして、数時間後……。
「……議論事項はこれで終わり、か」
前で議長役を務めていた支部長がさすがに疲れた様子で呟く。
会議に参加した者たちも、机に突っ伏したり頬杖をついたり、各々楽にして疲労感を受け流している。
まあ、数時間も熱のこもった議論をしていれば当然だろう。
支部長が皆が座る受講席を見渡しながら言う。
「……明日は早いものなら正午には作戦が開始される。
各自、一旦休みをとり、作戦に向け英気を養うこと。
……それで「支部長、しばしお待ちください」……副長?」
解散の合図を出そうとしたところで最後尾に座っていた男が立ち上がり声を上げた。
支部長は訝しそうに、そして苛立ちを隠せずに聞く。
「副長、どうしたね? 今日の会議は作戦対象の決定だけという話だったはずだが。
何か補足事項なら後日にしてほしいのだが」
「申し訳ありません。 ですが、どうしても作戦対象に加えてもらいたい人物がいるのです」
「ふむ……」
支部長は周りを見渡し、頷くと是と返した。
「簡潔に。 対象の説明も含め、20分で議論を終えたい」
「わかりました」
せかせかと副長と呼ばれる男が教壇まで出てくる。
慌ただしく、立体ディプレイを起動させた。
「まずは、標的の写真です。ご覧ください」
パッ、と映る映像にざわめきが走る。映った人物があまりに若く、そしてそれ以上に有名な人物だったからだ。
「ご覧のとおり、昨年度より最年少で准教授の地位に就いたアルフレッド・ウィッテンが私のあげる作戦対象です」
副長の説明は続く。
「彼が天涯孤独の身であることは彼の経歴も相まってここではよく知られた事実です。
ですが最近、具体的には約二ヶ月前から女性、しかも妙齢の方と同棲している可能性があります」
「同棲、だと……」「独身寮でか……」「なんという……」
「まて、あの天才児に彼女がいたなんて話、弟からは一度も聞いたことがないぞ!?」
「そういえば、お前の弟は准教授と友人だったな……。たしか、夏ぐらいまでは寮に遊びに来ていたのを覚えている……」
「恋人づきあいもそこそこに部屋に引き込んだというのか!」
文字通り、観衆の疲れた脳に衝撃が走った。
彼らは活気を取り戻し、副長の発表に耳を傾ける。
「これを見ていただきたい。
これはウィッテン宅の電力消費量を月毎に並べたグラフです。
上は2176年の寄宿舎の、下は今年2177年のグラフとなります。
ここの敷地内にある建物の備品は基本的に同じなため比較が可能です。
これを重ね合わせると、ここ、11、12月のグラフが一定の割合で増えているのがわかります。
4、5、6月部分も増えていますが、友人の来訪という説明ができます。
しかし、独身寮のカメラによれば、ここ三ヶ月は友人が訪ねて来たという事実はありません。
……一応、念のため、11、12月に限り、日毎のグラフをHPに載せてあります。ご確認を」
聴衆は皆一斉に自身の端末を操作し始めた。
件のグラフを解析し、唸る。
「これは……」「……たしかに、毎日の電力消費が去年より……」
ざわめきが収まらないうちに、副長は言葉を続けた。
「続けます。 次のデータです」
パッと変わる映像。
今度は表が現れた。ざっと見たところ、食料品らしい。
「ウィッテンが買った食料品の、最近二ヶ月とそれ以前との比較です。
照らし合わせるまでもなく、一目瞭然かと思います」
「……レトルトが一気に食材に入れ替わってるな」
「待て。それだけでは証拠が薄いはずだ。単に一念発起して料理を始めただけかも……」
「馬鹿が。 料理を始めたばかりの男が料理酒を買うか。
ほぼ間違いなく女の影だ」
「おい、みりんまであるぜ……」
副長は更に画面を変える。
今度は正しく止めと言ってよかった。
ウィッテンが焦った顔でナプキンを買う写真だった。
「最後に、最近ウィッテンが買ったものの中で目に着いたものをリストアップしました。
ベッド、洋服棚に、女性服、そして……いわずもがな、でしょう」
しん、と大講堂が静まり返る。
数十秒の静寂の後、支部長が声を上げた。
「誰か、副長の作戦提案に異議ある者は」
誰も答えない。……いや、一人手をあげた。
「作戦開始前に偵察を提案したい。
たしかに、今の奴は同棲疑惑が濃厚だが、ただの拉致監禁犯かもしれんのだ」
「なるほど。 もし、奴が女性を監禁しているだけなら通報すればよし、
独身寮に女性を連れ込んでイチャイチャする不届き者なら速やかなる死を。
そういうことだな」
「偵察は、そのまま第一の矢になってもいいのではないか?」
互いに頷きあい、作戦決行に決意を固める漢達。
急速に作戦が実体化する中で副長が声を上げた。
「偵察は俺にさせてほしい。
奴とは、ほんの一時期とはいえ机を並べた仲だ。……引導は自分で渡したいんだ」
支部長が大きく頷いた。
「その意気やよし!
これより、アルフレッド・ウィッテンを聖戦の作戦対象に選定、『同棲児童』と呼称する!
本会議は本件を入れて十八件の作戦の決行を受理するものとする!
それでは、これにて終了!」
21771224。
周囲への根回しを終え、副長がアルフレッド・ウィッテンの家に迫る。
細心の注意を払い、ドアに張り付いた。
≪こちら、アローワン。目標地点に到達した。今より偵察を開始する。≫
≪こちら、HQ。了承する。奴が敵かどうかの判断する重要な役割だ。なんとしてでも情報を得ろ。≫
≪こちら、アローワン。了解した。≫
副長―アローワン―は聴診器の形をした機材を取出し、ドアにあてた。
この機材はドアの向こうの声を拾ってくれるのだ。
声は信号に変えられ、HQがいる作戦本部にも送られている。
【……】【……】
何か言っているようだが聞こえない。
機材を弄り、周波数や音量を整える。
【……ってことで】
聞こえた。女性、しかも子供だ。……おそらくはウィッテンと同年齢。
全員が耳を大きくして固まった。
【……そう。おみあげ。 何が良い? クリスマスっぽい物用意してくるけど】
【ケーキ!】
……。仲がいい。
どうやら、監禁犯じゃないらしい。
なるほど、俺らの敵か。
≪こちらHQ。一度戻れアローワン。どうやらウィッテンはケーキを買いにいくらしい。
戻ってきたときに作戦を決行する。≫
≪こちらアローワン。了解した、すぐ戻る。≫
このときまで、このときまで第18作戦部隊はまだ冷静は思考を保っていた。
少なくとも、俯瞰的にドアの向こうの二人の関係を考察し、最もダメージを与えられるTPOを選ぶことはできた。
だが。
襲撃は後。
その指示を受け副長がドアから離れようとしたときにそれは聞こえた。
【甘いケーキにロウソク立てて、二人で一緒に食べるんです】
……。
二人で一緒にケーキ。
クリスマスケーキを二人で食べる。
ウィッテンのおみやげのケーキで、二人だけのクリスマス、か。
それはあれか。
その後気分が盛り上がって、ベッドインというわけですか。
よかったじゃないか、アルフレッド・ウィッテン。
彼女の方からOKサインがでたぞ。
「……ふざけるな」
そうだ、ふざけるなウィッテン。
史上最年少でフリードリッヒ・ガウス記念研究所に請われて所属アカデミーに入学し、
そのままフリードリッヒ・ガウス記念研究所に就職。
史上最高の物理学者にすら『天才』と認められる。
そんな、誰も追随できない才能を持ちながら、唯のマセガキのごとく彼女を持つだと?
ただの天才なら笑って遊びに誘おう。イケメンだけなら許してもよかった。
いや、二つともに持っていても、それだけなら友人だった。
自身の才の無さに絶望し、奴の才に妬みを覚えようと、天を恨みに思えばいいだけのこと。
いや、その圧倒的な才に阻まれ、数年後には我らの頼もしき同志になると思えば、
たとえ奴が天から二物を与えらたイケメンであろうと彼の全てを笑って許せた。
我らは、頼もしき戦士『しっとマスク』に集いし、しっと団である。
イケメンだろうと非リアは同志、ブサメンであろうとリア充には天誅を与えるのみ。
だが。
だが、これはなんだ。
史上最高の頭脳を持つイケメンが、ティーンで彼女をゲット。
あまつさえ独身寮に連れ込んで同棲、挙句の果てには聖夜に十四で童貞卒業だぁ!?
≪HQ。おれは今から奴に襲撃をかける。止めるなよ?≫
≪安心しろ。俺たちももうそっちに走り出している。≫
懐から取り出した白い仮面。
「しっとパワー、マキシム全開!」
ウィッテン宅のドアが開く。
「それじゃ……行ってきます」
「いってらっしゃーい!」
幸せそうな少女とウィッテン。
「しっとマスク、 見 ・ 算 !!」
けたたましい悲鳴がフリードリッヒ・ガウス研究所、独身寮に響き渡った。
これが最初だった。
後に人類の敵として世界から追われることになる少女と、彼女を守るため、世界を変えようと戦い続けた少年。
そして、彼らと身近に接し、共に日々を過ごし、笑いあった者たちの。
最初の出会いだった。
この物語は、本命チョコを削ってまで全員分の手作りチョコを配ってくれた大恩ある少女のために世界と戦った漢達の物語である。
【続かない。ネタだし。】