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[24716] とある最強はきっと超能力者(禁書目録 再構成 15禁)
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:2e92199b
Date: 2011/05/02 22:34
!!!【注意事項】!!!

この物語は15禁です。
読者の方々から多くの意見が寄せられました。寛容な意見もあったのですが、やはり抵抗を覚える方がいらっしゃるということなので描写を一部変更しました。これ以上の変更は予定しておりません。

投下は今後不定期です。
先日の騒動でモチベーションが下がりました。という言い訳は置いといて。
学校がキツいです。自分は基本リアル優先なので投下は今までのようなペースは無理です。申し訳ありません。



あらすじ(章区切り)

【妹達編】
(ったく……『最強』であるこの俺が何やってンだかなァ)

学園都市最強の能力者、一方通行は絶対能力者になるため、『実験』に身を投じていた。

「あ、あれ? 上条さんひょっとして地雷踏んじゃった?」

学園都市最弱レベルの能力者、上条当麻はいつも通り不幸な日々を送っていた。

ある日、出会うはずのなかった二つの平行線が、『妹達』を介して交わった。
最強と最弱が相対する時、二つの信念が激突する――


【追憶編】
学園都市最強の男は、護るべきものを手に入れた。

「ごめンなさいもォ二度としませン」
「……とか言いつつミサカの取り皿に伸びてる箸は何ですか?」

幸せな日常が綻ぶ時、学園都市を揺るがす惨事が巻き起こる。
暴虐と不条理の嵐の中、強者『達』は何を見て、何を掴むのか。

「ハッ、一方通行(アイツ)ばっかにいいカッコはさせねえよ」
「電撃使い最強の証、その目に刻みなさい!」
「ブチコロシ……か・く・て・い・ね」
「根性見せろや第一位ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

そして最強にすら世界は止められない。逆流に流され、幸福な日常は砕け散る。

「おいおいどうした第一位。未元物質(格下)相手にボロボロじゃねえか」
「魅せてやるよ垣根ェ! これが、本物のベクトルパンチ――こいつァちっとばっか響くぞッ!!」

別れが始まりならば、彼はきっと終焉を望むだろう。
この死は悪夢の始まりであり、地獄へ至る道の第一歩なのだ。




理想と現実が交錯する時、儚い虐殺劇の幕は開く――




[24716] 序章 始まりはここから
Name: 佐遊樹◆420e78e3 ID:5da2f8b6
Date: 2011/01/10 02:31
学園都市、夏--

それは、セミが鳴き始めた日のことだった。

「クソあちィ……」

 一人の少年が、ビニール袋を片手に下げながら歩く。炎天下のアスファルトを踏みしめて、額ににじむ汗を拭った。

「気まぐれで能力に縛りつけるンじゃなかったなァ……」

 肩につくかつかないかの白髪、それと合わさりより目立つ紅目。


 人は彼を、最強と呼んだ。


 世界は彼を、一方通行《アクセラレータ》と呼んだ。


「つゥかなンだよこの暑さはさァ」

 彼は近くの公園に立ち寄り、ビニール袋の中から缶コーヒーを取り出した。
 ベンチに腰掛け、カシュッ! という心地よく軽い音とともにプルタブを開き、一方通行は中身を口に流し込む。

「アイスコーヒーって、こンなにうめェもンだったか?」

 しみじみと呟き、一方通行は上空の太陽を親の仇のように睨み付けた。

「クソっ、熱気と太陽光のベクトルを操作……ダメだダメだ。なンか負けた気がする」

 頭をブンブンと降り、意識を切り替える。たまには能力に頼らず目的を果たしてみせよう。
 そう思い立ったのは十数分ほど前のこと。それが今ではご覧の(もっとも視覚的に見る事はできないだろうが)体たらくっぷりである。学園都市最強の名折れもはなはだしい。

「だァっ、やってらんねェ。さっさと帰ろう」

 近所のコンビニまで能力を使わず向かい、適当な雑誌を立ち読みし、いつも通り缶コーヒーを買い込む。
 それだけの行為を、凄まじいまでの熱気が邪魔してきた。
 普段なら温度調節も移動もお手の物な一方通行だが、能力が消えればただの体力不足で運動不足で根性不足な(外見以外)一般学生。どこぞのナンバーセブンが見れば迷わずすごパ辺りをかましてくるような光景だが、本人はけだるすぎて気にも留めない。

(けど、家に帰りゃ問題ねェはずだ。寄り道なンざしたらクリーッシュが溶けちまう。家に帰りゃァエアコンの元アイスとコーヒー飲み放題食い放題だ)

 公園で遊ぶ子供たちをなんとなく眺めながら、一方通行は中身のなくなった缶コーヒーを、少し離れたくずかごに投げ入れようとする。
 普段はベクトル操作の恩恵によって寸分違わす中へ吸い込まれるそれは、あえなく外れ地面に転がった。

「……チッ」

 思わず舌打ちをしながらスチール缶を拾いに立ち上がる。
 その時だった。公園で遊んでいた子供たちが、一斉に声を上げた。

「いいって! おねーちゃん、危ないよ!」

 あァン? と一方通行が視線を向けると、そこには木によじ登ろうとする一人の少女の姿があった。

「おィおィ……危なっかしいなァ、あいつ。4メートルぐらいあンじゃねェか?」
「だいじょーぶよ! このくらいへーきへーき!」

 一方通行が呟くと同時、少女も声を張り上げた。
 白いブラウスの上から茶色のサマーセーターを着た、小さな体が見える。プリーツスカートを揺らしながら、彼女は右腕を上に真っ直ぐ伸ばした。

 手の先には青色の風船。

 それの紐に細い指が届く寸前、唐突に空気が揺れた。

「…………え゛?」
(やべェっ!)

 突風に吹かれ、少女の体が木から離れた。
 地面へと落下していく彼女をめがけて、一方通行は即座に右足を踏み込んだ。地を蹴る際のベクトルを操作、より効果的かつ効率的な駆け出しに変更する。

(クソがっ! 全然足りねェ!)

 それでも彼は届かない。風は向かい風、勢いが少しではあるが殺されていく。
 いかに砲弾並みの速度とはいえ、突き詰めれば走っているだけである以上速度に限界はある。
 頬を過ぎる風が、一方通行を焦燥に焦がす。

(…………あン? 風、だと?)

 一方通行の足が止まった。
 即座に再演算を開始。操るベクトルは、風の向き――

 再び突風が吹いた。

 それは少女を優しく包み、まるでゆりかごのように形を取る。

「……あれ? 私、落ちてない?」

 固く目を閉じていた少女の体が、フワリと浮いた。
 落下速度が少しだけ減速し、少女は――次の瞬間には、多くの手に支えられていた。

(え? 何? 空力使い《エアロハンド》?)
(…………あァ、なるほどなァ)

 それらの手の主は、風船の持ち主たち。
 涙目になりながらも、幼い少年たちは必死の思いで彼女に手を伸ばしていた。

「あ、アンタたち……」
「だって、だって、おねーちゃん落ちたら痛いでしょ?」

 その言葉に、少女は黙り込む。
 自分が今、この少年達にどれほどの心配を掛けたのか。その重さが彼女にのしかかていた。

「まァ、そういうことだ、おねェさン」

 その時、一方通行の声が公園に響いた。
 少女も少年たちも彼に目を向け、怪訝な表情をする。

「アンタ、誰よ?」
「あン? 俺が誰かなンざ、どうでもイイことだろうがよォ」

 そう言って、一方通行は地を蹴った。能力の恩恵を受け、その体は地上4メートル近くにまで飛び上がる。

「んなっ……!?」
「ほゥらクソガキども。取ってやったぜェ」

 一瞬にして青い風船を手にし、一方通行が地上に舞い降りる。
 少年たちに風船を渡すと、少年たちははじけるような笑顔を浮かべた。

「ありがとう、おにーちゃん!」
「ハッ、感謝すンのは俺じゃなくてこの女だろうがァ」
「うん、ありがとう、おねーちゃん!」

 そう言って少年たちは走り去って行く。
 彼らの後ろ姿を見つめながら、少女は口を開いた。

「……一応聞くけど、あんたよね、風使って私を助けてくれたのは」
「あン? ま、そォだな」
「ありがとう。私は常盤台中学1年、御坂美琴」

 少女は誇らしげに胸を張った。

(ねェ胸を張るな)

 思わず内心で呟いた一方通行だったが、口に出さない分マシなのかもしれない。

「こう見えて大能力者――レベル4の電撃使い《エレクトロマスター》なのよ」

 そォですか、と興味なさ気に言い、一方通行は踵を返した。

「あ、ちょっとあんた名前は!? 能力は!?」
「ンなことどうでもいいだろォが」

 足が止まり、一方通行が顔だけ振り返る。



「人助けンのに、能力なンざいらねェだろ」



つっても、さっきのガキどもを見て気づいたことだがなァ。そう言って一方通行は去っていく。

「人を助けるのに、能力はいらない……」

 御坂美琴はそう呟く。公園には彼女しかいない。

『あァン!? アイス溶けてンじゃねェか!』

 立ち去った彼の絶叫が耳に届いた。
 なんだかサンタさんって実は親なんだと知らされた小学生のような気分になり、思わず嘆息しながら、美琴は頭上を見上げた。
 空は青い。雲など一つもない。

「……よし! やってやろうじゃないの!」





これは、序列第3位、『超電磁砲《レールガン》』が誕生する5日前のことであり。



絶対能力者進化計画が始まる二週間前のことだった。



[24716] 第一話 狙撃【妹達編】
Name: 佐遊樹◆420e78e3 ID:9d90e6eb
Date: 2011/02/14 13:50
 ミサカクローン10030号は、あるビルの屋上にいた。
 寝そべるような低姿勢でターゲットサイトを覗き込み、標的を待ち続ける。

(風向きが変わった……照準を左に2クリック移行)

 カチリ、と音がして、10030号の構えるあまりに巨大な銃器が、その操作に従って稼動した。

 全長184センチメートルにも及ぶそれの名称は、メタルイーターMX。

 対物ライフルである『バレットM82A1』に無理矢理連射機能を取り付けたそれは、まさに化け物と呼ぶにふさわしい。

(ビル風……三方向から風の渦。照準を1クリック右に修正)

 十字のターゲットサイトの向こう側には、コンビニから憮然とした表情で出てくる白髪の少年。

(標的を補足。ビル風の安定を待つ)

 そう小さく口の中で呟き、彼女は間もなく肉片と化すであろう少年を見た。
 缶コーヒーをはちきれんばかりに詰め込んだビニール袋をぶら下げ、少年はズボンのポケットからシンプルなデザインの携帯電話を取り出した。なれた手つきでボタンを操作。サイト越しに見える画面からして、インターネットにアクセスしているようだ。

(ターゲット『サイト』越しに『サイト』を確認……ププッ、とミサカは自分で自分の余りにハイクオリティなジョークに軽く噴きます)

 ヒュウ、と風が吹いた。今夜は風が強いが、天候とは一切関係の無い冷たい風が。

(どうせ男のことだから、18歳未満閲覧禁止のサイトでも見てるんでしょう、とミサカは当たりをつけながらサイト越しにサイトを確認……ププッ……します)

 なんかもう色々と残念な醜態を晒しながら、少女はスコープの倍率を調整、携帯電話の画面を拡大。

(どれどれ……?)

 拡大された画面には、何やらDVDのパッケージらしい画像とその紹介文。


『真正中○し! 女子○学生に迫る車内痴漢の魔の手!』


(やべーやべーマジやべー洒落になってねー)

 思わずキャラ崩壊しながら、ミサカは絶句した。
 パッケージに描かれたのは『某有名名門学園』をオマージュしたと思われる制服。完全にミサカが現在着用しているモデルと同一なのがよりミサカをドン引きさせた。
 ちなみに表紙を飾るのは肩まである茶髪の少女と長いツインテールを垂らした少女。怯える表情の二人を多数の手が掴み、一部は服の下をまさぐっている。

(これはひどい……)

 一方通行はボタンをパチパチと操作、画面に表示された指のアイコンを『購入』に動かしクリック。

(買ったぁぁぁぁぁぁ!! 買っちゃったぁぁぁぁぁぁぁ!!? ちょっ、ミサカはこんな変態を狙撃しなくてはならないのですか!? 銃が汚れますって!)

 続け様に表示された画面には、どれもこれも同じ制服を身に纏った少女が写っていた。多数の男に囲まれたり公園の片隅で陵辱されたりとロクな目に合っていないが。

(狙ってる! これ狙ってますって! ヤバイミサカ実験中に無理矢理そういうことされるんですか!?)

 恐怖と驚愕に頬をビキバキと引きつらせながら、ミサカは思わずたじろいだ。

(……ッ、ゴホンゴホン、落ち着きなさい、とミサカは深呼吸を繰り返します。どうせ単価18万の身、どうなろうと何の価値もないでしょう、とミサカは自分に言い聞かせます)

 それよりも、とミサカは続け、

(この狙撃は絶対に成功させなければなりません、よってミサカは対象の観察を続行します。)

 夜の暗さに紛れ、よく見えなかったが、服装もダメージジーンズにボーダーデザインのポロシャツという簡素なものだ。
 少年は携帯電話のボタンをいじくり回しながら、深夜の歩道を歩く。照準は少年の背中に付いて離れない。

(……………………)

 ミサカが呼吸を殺し、集中力が極限まで高まったその時。
 風と風がぶつかり合い、渦が一瞬だけ安定した。

(――――ファイア!!)

 鋼鉄破り《メタルイーター》が火を噴いた。時間にして2秒にも満たない間に、10030号は弾倉に込められた十二発の弾丸をフルオートで撃ち出す。
 それら全てが、まさに神業と呼んで差し支えないほどの精度で少年の背中に吸い込まれていく。


 はずだった。


 10030号はサイト越しに見た。瞬間的に肉と鮮血に変わるはずだった少年が、傷一つ負っていないことを。



 そして、計十二発の弾丸が真上に跳ね上げられたことを。



(狙撃が失敗……選択肢は――)

 10030号に残された手段は、逃走のみ。それも、体制を立て直すためのものではない。
 逃げることは単なる延命処置に過ぎないのだ。


 狙撃が失敗し、居場所が特定された時点で、彼女の死は確定してしまったのだから。





 一方通行は、辺りに爆撃音にも近い強烈な轟音が響いたのを感じた。というのは、一方通行自身は音を『真上に』反射しているので、周囲の人間の反応から推測するしかないからだ。

(あれは……確かデータベースにあったなァ。バレットを改造したっつゥトンデモ銃)

 狙撃地点とおぼしきビルの屋上を見れば、打ち捨てられたメタルイーターMXの姿が目に飛び込んできた。

(今回が初めてじゃねェか? 不意打ちとか遠距離狙撃とかは)

 ぼぅっと思考しつつ、一方通行は携帯電話を折りたたむ。健全な男子学生の秘密が詰まったそれは、何も言わずに持ち主を見上げていた。

(ま、なンにしても……)

 口元が歪む。彼を知る者であれば、ひどく驚いただろう。


 その、悲しみに彩られた表情を見て。


「さァ、実験開始といきますかァ」


 ザワッ!! と風が揺れ動いた。





今晩は風が強い。
命を懸けた、万に一つも勝ち目のない鬼ごっこが幕を開く。





――――――――――――――――――――――

なぜ続けたし俺。

構想

・一通vs上条まではプロットあるぜ
・そこから先は迷子だぜ
・もはや人生の迷子だぜ



[24716] 第二話 嵐の前
Name: 佐遊樹◆620b77a5 ID:2e92199b
Date: 2011/01/09 07:13
 翌日。
 きっとこれは何かの間違いだ、と思わず一方通行はうめいた。

「何をぼぅっとしているのですか、とミサカは前方に注意をうながします」
「へィへィそうですか」

 手に持った缶コーヒーを一口あおり、どこかへ旅立っている冷静な思考を呼び戻そうとするものの、どうやらもう天上界まで吹き飛んだらしい。
 突発的な偏頭痛に頭を抱えつつ、一方通行はゆっくりと隣に視線を向けた。

「どうかしたのですか? とミサカはあなたの心境を汲み取ろうと四苦八苦します」
「時のベクトルを変換……って、できるわけねェよなァ」

 意味の分からない言葉を吐き出しつつ、思わず頭上の青空を見上げる。
 学園都市には珍しく、周囲にビルの姿がない公園からは、昼の月が見えた。

「あー……ムカつくぐらい青いな。なァ?」
「なァ? ではなく、ミサカには10031号という立派な名前があります、とミサカは胸を張りつつ自慢します」
「ねェ胸を張るな」

 一方通行の辛辣な一言に、けれどミサカクローン10031号は表情を崩さない。

「まったく一方通行は女心が分かっていませんね、とミサカは鼻で笑いながら指摘します」
「ハッ、余計なお世話だ」
「そんなだから彼女ができないんですよ、とミサカは無表情で真実を告げます」
「ちょっと表に出ろ」

 彼女の発言に大人気なくキレる一方通行。しかし10031号はどこ吹く風とばかりに無視。
学園都市最強も形無しである。

「暇ですねー、とミサカは一方通行の頬をつねりながらボヤきます」
「触れンじゃねェ」

ミサカは一方通行の頬に手を伸ばすが、一方通行はベクトル反射でこれを拒否。

「むう、では何か暇つぶしをと、ミサカは読者のためダメ元で打開策を一方通行に要求します」
「何言ってンだかわからンな」

 ハン、と鼻で笑い飛ばす一方通行にミサカは無表情でジト目を送る。が一方通行は無視。

「……それでは『おままごと』をしましょう、とミサカはナイスアイデアを提案します」
「それをナイスアイデアだと本気で思ってンなら精神科が脳外科に行って頭ン中診てもらえ」

 反発する一方通行を放置し、ミサカはせっせとランチシートを地面に広げた。

「えー、マジですンのかよ」
「はい。あ、おかえりなさいアナタ、とミサカは早速一方通行の新妻を演じます」

 どこからともなく取り出した花柄のエプロン(ピンク、フリフリのフリル付き)を着用、ミサカはノリノリで正座した。
 ここまでされて引くのは流石に良心が痛むのか、一方通行はいかにもしぶしぶといった具合で靴を脱ぎ、シートに座り込んだ。

「あァ、ただいま」
「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも」
「ワ・タ・シ……とか言ったらコロス」
「ワ・タ・シ……とム・ス・メ? とミサカは男性にとって魅力的な提案をします」
「うォい!? 娘巻き込ンでンじゃねェ!」

 始まって早々に一方通行は要求を呑んだことを後悔した。
 早速ミサカワールドに取り込まれつつある一方通行を、ミサカは心なしかニヤリと笑いながら見やる。

「おビールとお芋の煮っ転がしがあります、とミサカは夕食の献立を伝えます」
「ラインナップはマトモだなァ」
「デザートは娘です」
「さっきから娘さン持ち出し過ぎだろォ! いくらなンでもそれは無理がねェか!?」
「ファザコンなんです、とミサカは母親として悲しむと同時に対抗心を燃やします」
「あーうン、もォツッコまねェ」
「もう短大を卒業するっていうのに」
「エライ重症だなァオイ!」
「卒業後は物理学の博士課程に進みます。美人でおしとやか、大和撫子男のロマンそのものなので週に三十四回求婚されます、とミサカは 裏設定を暴露します」
「そンな完璧超人娘に持ててお父さン鼻高々だが、回数が流石に多すぎだろ」
「断る時の文句は『ごめんなさい、私にはお父さんがいるの』」
「いつかぜってェ俺刺されンな……ハッ!」

 気づかぬ内にツッコミを入れていた自分。完全にミサカワールドに取り込まれ、一方通行は慌てふためいた。

「い、いや、今のはだな! 不可抗力というかなンというか」
「ご飯食べ終わったようですし、お風呂に入りましょう、とミサカは次の行動に移行します」
「無視かよ。あ、風呂はモチロン俺一人でな」
「困りました、もう娘が全裸で浴槽で待っているというのに、とミサカは片手を頬に当てて困っている様子を演じます」
「娘さンは湯女か」
「……つまり一方通行は湯女のような性的サービスを所望しているワケですか、とミサカは若干引きながら事実を要約します」
「ものすげェ勢いで事実がねじ曲げられてねェか!?」
「さあさあこちらへ」
「ちょっ、おま」
「あ、お父さん。どう? 実の娘に欲情した? とミサカは母親から娘へとキャラを素早く変更します」
「一人二役かよ!?」

 もう一方通行はワケが分からない。
 ミサカにお父さん大好きです食べていいですかオーラ全開で迫られ、我も忘れてテンパっていると、おもむろにミサカが口を開く。

「大丈夫です」
「何がだよ?」
「娘は、ちゃんと処女ですから」
「ああそンなら安心――――なワケあるかァァァァァァァァァァァァァ!!」

 ついに最強は吠えた。
 うがーっ! と雄叫びを上げ、一気にまくし立てる。

「さっきからンだよそりゃァ! 黙って従ってりゃいい気になりやがって……テメェ何がしたいンだよ!?」
「いえ、てっきり一方通行は処女以外受け付けない処女厨かと」
「ンなワケあるか! 大体娘の処女父親が奪うってシチュの時点でイヤだし犯罪くせェよ!」

 それに、と続け、



「オマエは、『実験』で俺に――――」



そこまでだった。
一方通行は突然歯噛みし、俯く。何か認めたくない現実から目を背けるように。

「……つゥかよ、お前何で俺について来るワケ?」

話題をそらすような、唐突な発言。しかしミサカは特に気にもせず応答する。

「ミサカがどう行動するかはミサカの自由です、とミサカは主張します」
「あァもうややこしいンだよ! ミサカミサカうるせェ!」
「お、可愛い猫発見、とミサカは報告しつつ捕獲に乗り出します」
「聞けよ」

一方通行になど目もくれず、ミサカ10031号は公園の片隅に置かれた段ボール箱へと駆け寄って行く。

「ったく……おィ、あンま先走ってンじゃねェ」

 やれやれ、と頭を振りつつ、一方通行はミサカ10031号の後を追って行った。
 表情には呆れの色が濃いが確かに彼は、


 薄く微笑んでいた。


「猫を発見しました、とミサカは懇切丁寧に報告します」
「おゥ、黒猫かァ。まだ小せェな」
「はい。目測で生後八ヶ月ほどかとミサカは予測します」
「ンなことわかンのかよ」
「嘘です、とミサカは正直に言います」
「…………」

 ピクピク、と一方通行の頬が引きつる。
 心なしか額に青筋を浮かべつつ、一方通行は自らもゆっくりと段ボール箱の前に腰を降ろした。

(ったく……『最強』であるこの俺が何やってンだかなァ)

 思わず嘆息しながら、一方通行は子猫を見やった。

「……おィ。なンか怯えてねェか?」
「恐らくアナタの悪人面が原い」
「そゥいえばベクトル変換で猫って殺せンのかなー?」

※殺せます。
 公園で一人のんびりとコーヒーを味わっていたところを妨害されよっぽど頭に来ているのか、平然とアブない発言をかます一方通行。

「猫を人質にとるとは卑怯です、とミサカは涙ながらに訴えかけます」
「ハッ、テメェごときの訴えが、この俺に通用すると思ってンじゃねェぞ……ってアクセラレータは威張って言ってみます」
「…………キモいです、とミサカは誠心誠意真心たっぷりに助言します」
「それ助言じゃないだろ」

 なんとなく言い放った冗談が彼を追いつめる。
  徐々に包囲網がせばまっていくような感覚に見舞われつつ、一方通行は手にしたスチール缶を片手で握りつぶした。無論能力でベクト ルを効率化しただけだが。

「というわけで飼育をミサカは希望します」
「あァン!? ふざけンじゃねェぞ! なンでこの俺が猫なンざ飼わなきゃいけねェンだ!?」
「まず猫がいます。可愛いです。捨てられています。拾うべきです。とミサカは頭の堅い人にもわかりやすいよう説明します」
「明らかに四段階目オカシィだろォが」

 破綻に破綻を重ねてさらに破綻した論理に、一方通行は思わず頭を抱える。
 なんとか話の方向性を逸らそうと、学園都市最強の能力者、つまり学園都市最高の優等生はその開発された脳みそを使って次なる会話の内 容を演算する。

「つゥか、こンな風力発電のプロペラの真下に子猫置き去りにするやつの気が知れねェな」
「つまり自分は違うと?」
「ン、そーゆーことになンのか?」
「ならばアナタはこの子を見捨てたりしませんね、とミサカは安堵の息をつきます」
「……………………」

 どうやら学園都市最高の脳みそは、対人能力は皆無らしい。
 己の無力さに歯噛みする最強をミサカ10031号が心なしかニヤニヤと笑みを浮かべつつ見つめる中、一人の少年がその場に足を踏 み込んだ。

「……ゴーグルなくなるとホントに見分けがつかねーな、つか隣の人誰よ」

 小さな呟きを、一方通行《アクセラレータ》と欠陥電気《レディオノイズ》は聞き逃さない。
 二人があまりに揃って首を巡らせこちらを見た時、何故だかその不幸な少年は背筋に言い知れぬ悪寒を感じたという。

 つまる所、少年の長年の経験からなる『不幸センサー』にこの状況が最大警戒音を発したわけで。



「あ、あれ? 上条さんひょっとして地雷踏んじゃった?」



 その不幸な少年こと上条当麻の言葉に二人は、



「あァ、最っ高に最っ低な地雷をなァ」
「えぇ、最高に最低な地雷を」



 悪魔のような声色で、無慈悲な死刑宣告を下した。



―――――――――――――――――――――――――

これからも不定期更新。

メインヒロインがついに決定!


その名は――


佐天涙子さン!!


すみません。ネタじゃなくてガチなんだぜ。



[24716] 第三話 たどり着く者
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:2e92199b
Date: 2011/01/09 07:14
「ふ、不幸だ……」
「ンなこと言ってる暇があったらこいつを剥がしてくンねェか?」
「みー」

 上条はオレンジから紫色に変わった空を見上げ、思わずため息をついた。
 隣をてくてくと歩く一方通行は、その頭にしがみついている黒猫を鬱陶しそうに引き剥がそうとしているが、黒猫はみーと鳴いてそれを拒否。

「で、なンだかンだでこのクソ猫の飼育を押し付けられて、お前はどゥすンだ?」
「そりゃまぁ、『猫の飼い方』みたいな本を買わざるを得ないですよ」
「ふゥン、けど本屋なンざあったかァ?」
「上条さんの記憶が正しけりゃ、この先に古本屋があるんだよ」
「なるほどねェ」

 たわいもない会話を交わす二人。
 もっとも、上条とは逆に真横の方向からは、チラチラと一方通行の頭の上にミサカ10031号の視線が向けられているのだが。

(ったく、磁場が出てるとか何とか言ってたけど、撫でたいのなら撫でりゃいいのになー)
(そンなにチラチラ見られっと、俺が悪いことしてるみてェな気分になってくるンだがなァ……)

 揃って嘆息する上条と一方通行。
 黒猫がみー、と鳴いたのをきっかけに、男二人は素早くアイコンタクトを開始。最強と最弱は手を組んだ。

「あーっ、そう言えばもうすぐ本屋だなぁーっ!」
「おォ、そゥみてェだなァ!」
「だったら先にどっちが着くか競争しようぜ!」
「いい考えだなァ、それェ!」
「……唐突なテンションの上がりようについて行けないのですが、とミサカは」
「けど猫が邪魔だなあ!」
「確かにそゥだなァ!」

 上条と一方通行はミサカの言うことを聞いていない。

「あっ、ちょうど良く連れの御坂妹が持ってくれそうだなあ!」
「待ってください、ミサカは何の意思表示も」
「おゥ、『私猫持ちたい触りたい撫で回したい』って表情だなァ!」
「ですからミサカは」
「よし猫は御坂妹に任せよう!」
「それが一番だなァ!」

 ミサカが何か言ったが、無視。ひたすらに無視。

「ですから、ミサカは体質的にその猫を怖がらせてしまうのです、とミサカは」
「ハッ、体質がなンだ。それを乗り越えてこそ友情は芽生えるンだろォが!」
「その通りだぜ! 食らえ、必殺猫爆弾!」

 みー、と声を上げる黒猫を無理矢理に引き剥がし、一方通行はその体をゆっくりと放り投げた。ちなみに上条は何もしていない。
 しかしミサカは動物愛好家の悲しい性(さが)か、反射的に手を伸ばしてしまう。正気に戻ったころにはもう遅く、二人の少年達は我先にと古本屋へ駆け出していた。

「……まったく、私が動物に触れても何の意味もないことは、アナタが一番知ってるでしょうに、とミサカはため息をつきます」

 そこまで言った時、彼女の懐が振動した。ミサカは黒猫を逃げないよう小脇に抱え込んで、右手で振動の原因を取り出した。それは簡素で安価な通信機器。
 通話スイッチを入れ、ミサカは口を開く。

「こちらナンバー10031です、とミサカは応答します。何の用でしょうか」
『こちらナンバー15609、とミサカは自らの検体番号を明かし、』

 通信機器のスピーカーから、ミサカにそっくりな――否、まったく同じ声が聞こえ、



『実験の開始時刻を伝達し、用件を伝えます』



 日常の終わりを告げ、地獄の始まりを宣告した。





「……悪いな、急にあんなことに付き合わせちまって」
「ンなこといいンだよ。視線がうざかっただけだ」

 古本屋の中、上条と一方通行は本棚の前で言葉を交わしていた。
 そうか、と上条は相槌を打ち、

「ところでお前って、御坂妹とどんな関係なんだ?」

 質問をぶつけた。
 一方通行は、一度視線を本棚に向け、『美味しい牛肉の調理法』という本を引っ張り出す。

「別に、テメェには関係ねェだろ」

 その言葉に、上条は改めて自分と目の前の少年が見知らぬ他人同士であることを思い出した。
 悪い、と一言謝り上条は『牛肉の美味しい調理法』の隣に合った『猫の飼い方』なる本に手を伸ばす。

(あんまり他言したくない関係なのか……?)

 突っ込むのは野暮だろう、と上条が思った時、ピリリリ、とシンプルな音が小さく響いた。

「ワリィ、俺だ」

 一方通行がジーンズのポケットから携帯電話を引き出せば、確かにそれは着信音を鳴らしながら小刻みに震えている。

「ちっと待っといてくれ」
「ああ」

 本棚と本棚の間を小走りに走り抜け、折りたたまれた携帯電話を開く彼を見て、上条はふと思う。

(そういや、俺アイツの名前知らねーな)

 一方通行は通話を終えたらしく、こちらに駆け寄って来る。

「ワリィな。用事ができた」
「ん、そっか」

 上条は口を開こうとして、

「それと、この本屋、奥にも動物の本コーナーがあるみてェだぜ」
「本当か? ありがとうな。でさ、」

 上条は再び口を開こうとして、

「あと、この時間帯はどうもアブねェらしいからな。さっさと帰っとけよ」
「お、おう」

 おかしい。上条は確かにそう感じた。
 目の前の少年は何か焦っている。先ほどまでのひょうひょうとした態度とは大違いだ。

「ンじゃあな」
「あ、あのさ!」

 上条はかろうじてのところで彼を呼び止めた。

「名前」
「あァン?」
「だから、名前だよ。また聞いてねえだろ」

 一方通行は少し逡巡し、


「……一方通行《アクセラレータ》だ」


 その名乗りに上条は頷いて、


「俺は上条当麻。今度会った時はよろしくな」


「……会うことなンてねェよ」

 一方通行はそう言い捨ると、店の出口へと歩いていく。
 と、上条は目当ての本を見つけたらしく、レジへと向かって行った。

(……アイツを実験に巻き込むワケにはいかねェな)

 一般人には侵入不可の世界。上条当麻という、他人のためにここまでできる男をまぶしそうに見ながらも、一方通行は実験のため店の外へ出ようと


 上条はレジを通り過ぎた。


「…………あァン?」

 壮絶に嫌な予感が一方通行の背筋に突き刺さる。
 いやァまさか学生服着た男子がこンな時間にはねェよなーとなぜか必死に否定しつつ、一方通行はそっと上条の後をつけた。
 それなりに広い店内の中、一方通行は見た。


 『18禁』と刻まれたのれんをくぐる上条の姿を。


(うおォォォォォォォい!? 嘘だろォォォォォォ!? いくらなンでもそりゃァねェよ!!)

 キャラとか道徳性とかプロットとかがガラガラと崩壊する音を聞きながら、一方通行は呆然と立ち尽くした。
 青少年が大人向けコーナーの前で立ち止まっているのは、一見すれば大人の階段を登りかけているような光景であるが一方通行はそんなこと気にしない。

「あー……上条ォ、いるか?」

 遠慮がちに声をかけてみる。
 途端に中からガタガタッ! と何かを取り落としたような音がした。

「いや、無理に返答しなくてもいいンだけどよォ」

 なぜかのれん越しの会話。
 一方通行はゴホンと咳払いをして、





「ナイスブルマ?」
「ナイスブルマ!」





 のれん越しに男と男は解り合った。
 問いかけに即答した上条に満足げに頷き、一方通行は自らものれんをぐぐって中へ入る。

「よっ。お前もコッチの世界の住民だったんだな」
「おゥ。お、月刊中○生あンだな。……二年前の3月号、だと……? おィおィオークションだと五桁いくプレミアモンだぞ……?」
「そっちか。てっきり月刊ロリータの方かと」
「…………」
「おいマジに悩むな」

 思春期にやっと入ったぐらいのあどけない少女(常盤台制服着用)が載った雑誌と、子供向け水着を着た、いたいけな幼女が表紙を飾る雑誌。
 どちらもそこはかとなく犯罪臭のする雑誌だが、それらを両手に抱えてしまうと一方通行が本物の変態にしか見えないから残念だ。

「中学生の方は過去三年間分、コイツ以外家にあるンだが……どォしよう、マジ欲しいィけど正直部屋にスペースがねェ」
「どこに置いてるんだ? やっぱベッドの下か?」
「ハッ、芸がねェな。俺は一人暮らしだから堂々と棚に置けるンだよ」
「なんというリア充」

 なんか優越感でも抱いているのか、誇らしげに胸を張る一方通行。
 彼の部屋の本棚一面に過去三年分のいかがわしい猥褻本が並んでいると想像するとなぜか泣きたくなってくるのは気のせいだ。
 それを羨ましそうに眺めながら、上条は同棲相手を頭に浮かべため息をついた。

「いいなぁ。ウチなんて年頃の女の子がいらっしゃるから迂闊に読めねえよ」
「妹さンか?」
「いや、居候」
「なンというリア充」

 リア充というよりは彼女のいない男の宿敵である。
 一方通行から煮詰めている最中のジャムがごときドロドロの殺意を浴びせられ、『鬼畜! 隣のお姉さんは僕の性奴隷』なる本を持って凍りつく上条。

「……ま、いいさ」

 そう言って、一方通行はのれんをぐぐって外の正常な世界へと帰還する。上条はのれん越しに声をかけた。

「もう帰るのか?」
「あァ、あばよ」
「ナイスブルマ?」
「ナイスブルマ!」

 最早ワケが分からない。
 異次元の言語じみたやり取りを終わり、一方通行は実験のため店を出ようとし。


「あ、これくださィ」
「はい。雑誌二点で千五百円です」


 結局買っていた。しかもどちらも。





 古本屋と隣の雑居ビルの間にある、薄汚れた裏路地。
 さらにその奥で、ミサカクローン10031と一方通行は相対していた。

「よォ。番号聞いてっから想像はしてたけど、お前が次なンざ信じられねェな」

 10031号は何も語らない。
 その手に構えるは最新鋭のアサルトライフル『F2000R』。積層プラスチックと衝撃吸収用特殊ゴムで構成された銃口が黙って一方通行を狙っていた。

「……猫は?」
「……店の前に置いてきました、とミサカは淡白に報告します」

 そうか、と一方通行は呟く。

「アイツ、あの上条ってやつに拾ってもらえるンじゃねェか?」
「彼の性格なら恐らくそうします、とミサカは自分の推測を口にします」

 会話が途切れた。
 ビルに囲まれ、四角く切り取られた空を見上げつつ、一方通行は嘆息する。

「……オマエさァ、なンで今日、俺に話しかけてきたわけ?」
「アナタに興味があったからです、とミサカは素直に告白します」
「俺に……興味ィ?」

 呆れたように一方通行は声を上げる。
 自分を殺す、絶対的な天敵に興味を持つなど正気の沙汰じゃない、と一方通行は呆れた表情で



「00001号のログを閲覧したのです、とミサカは己の行動を報告します」



 一方通行の呼吸が止まった。

「『彼女』が言ったように、アナタは本当に動物に好かれやすい体質のようですね、とミサカは今日あの黒猫の様子を見て感じたことを述べます」

 もう一方通行は彼女の言葉を聞いていない。その思考回路に去来するのはある一つの会話。



『この子猫、非常に愛くるしくなかなか甘え上手だと思いませんか?』
『……オマエ、気づいてっか? 今オマエ、笑ってンぞ』



「――――――――クソがッ!!」

 ドゴッ!! という轟音と同時、一方通行はアスファルトの路地を踏み潰した。
 変換された『向き《ベクトル》』は雑居ビルそのものを揺らし、その屋上に止まっていたカラス達を弾く。

「実験開始時刻です。被験者一方通行は待機、これより第一〇〇三一次実験を開始します、とミサカは宣言します」

 その言葉に、一方通行は一度だけ、一瞬だけ、砕けるほど奥歯を食いしばり、

「ンじゃ、始めるとしますかァ」

 次の瞬間にはいたって冷静な表情で。


「痛みを感じる前に、ソッコーで瞬殺してやンよ」


 そうして、その『実験』は始まった。
 ミサカクローン10031号は、素早くライフルの引き金を引く。
 いくら先ほどまで談笑していた相手とはいえ、躊躇する道理などない。気を抜けば瞬く間に抹殺されてしまうことなど分かりきっている。

「おィおィおィ、まさか最初っから最後までそのつまンねェオモチャに頼りっ放しってワケじゃあねェよなァ!?」

 それに対して、一方通行は回避はおろか防御する構えすら見せない。
 それもそのはず、彼の能力はそれ自体が最強の盾なのだから。

(――――ッ!? 今、何が!?)

 弾丸が一方通行に直撃する。フルオートで計六発の銃弾が射出され、人体の『弱点』を貫く。

 はずだった。

 銃弾が彼の肉体に触れた瞬間、軌道を大きく変えた。
 ちょうど地面と垂直に、『真上』に跳ね上げられたのだ。

「オラッ、考え事してるひまなンざねェぞ!!」
「くッ!?」

 一瞬だけ思考に浸ったミサカの隙を見逃さず、一方通行は獣のように飛び出した。

「そゥら、避けなきゃ死ンじまゥぜ!?」

 十メートルはあった距離を、一方通行はたったの一歩でゼロにした。
 その驚異的な脚力にミサカの目が見開かれると同時、ドン!! という鈍い音とともにミサカは背中からアスファルトの路地に押し倒される。

「あーァ、戦闘場所のチョイスをミスったなァ。せめてもうちっと広い場所なら、まだもったンじゃねェの?」

 ミサカに覆い被さるような姿勢で、一方通行はつまらなそうに声を上げた。
 今、彼はミサカに触れている。毛細血管や生体電流を片っ端から逆流させれば、瞬間的にミサカの体は弾け飛ぶだろう。

「…………」
「……? どうかしたのですか、とミサカは」
「オマエ、10031号だよな?」

 ミサカの言葉を遮り、一方通行はその右手を彼女の額に当てた。

「そうですが、とミサカは今更分かりきった事項を確認するアナタに首を傾げます」

 一方通行は何も語らない。
 ただ、小さく口を開き、



「…………すまねェ」



 ミサカの目が、ゆっくりと閉じていく。一方通行が脳波のベクトルを操作し、眠りにつかせているのだ。

「なぜ謝るのですか、と……ミサカは、……かく、に……んを」
「これぐらいしかできねェからだ」

 ミサカの意識が闇に墜ちる。安らかに眠っているかのような彼女を見て、一方通行は右手をそっとミサカの首に添え、



「許せ」



 ゴキッ!! と大きな音が、路地裏に響き渡った。






 上条当麻が古本屋を出て真っ先に見たものは、耳をペタンと垂らした黒猫の姿だった。

(あれ……? 御坂妹のヤツ、帰っちまったのか?)

 ひょいと猫を抱き上げ、上条は辺りを見渡す。
 視界に入るのは、古本屋のドア、古ぼけた雑居ビル、薄暗い路地裏、まるで薬莢のように見える鋼の塊、整備されてないアスファルト――――



 まるで薬莢のように見える鋼の塊?



(あれ……? 何だよ、あれは?)

 映画に出てくるようなソレに、上条はおそるおそる近づいた。
 上条は知らない。ソレは学園都市最強の能力者が真上へと弾き飛ばした弾丸であることを。

「みさ、か……?」

 何故そこで彼女の名前が出てきたのか、上条には分からない。
 何故か分からぬまま、足音を殺して上条は奥へ歩く。
 進めば進むほど、転がっている薬莢の数は増え、辺りには火薬のような匂いが充満していった。

「いるわけねーよな……?」

 まるで自分に言い聞かせているかのように、上条は呟く。
 そうだ、こんなところに御坂妹が居るワケがない。

(曲がり角……?)

 やがて上条は、一つの曲がり角にぶつかった。直角に曲がっており、曲がった先に何があるのかは見えない。
 薄暗い闇が辺りを覆い、さも上条を拒むかのように広がっていた。

「み、さか…………?」

 意を決して踏み込んだ上条は見た。路地に仰向けに倒れている一人の少女を。


 首が、人体として曲がるはずのない、曲がってはいけない方向に曲がった少女を。


 御坂妹は、死体となってそこに転がっていた。



――――――――――――――――――――――――ー


すみません。メインヒロインの件ではお騒がせしました。
実はまだプロローグすら終わっていないという罠。
妹達編(3巻内容)の後、追憶編(別名『おもひでぽろぽろ編』)を挟んでやっと本編突入。長ぇ。我ながらクソ長ぇ。

メインヒロインはまぁ佐天さンにしようかなーと。
い、いえ、別に皆さんの要望が多ければ変更を前向きに検討しようかとは思いますよ?

べ、別に日よってなんかないんだからね!

ヒロイン予定
・佐天さン
・ビリビリ
・麦のん(!?)



[24716] 第四話 白と白
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:c221eadf
Date: 2011/03/27 20:31
 久しぶりに人と会話した。

 一方通行はそんなことを考えながら、未だ喧騒の止まない大通りを歩いていた。
 珍しく能力を使わず、音を常人と同様に『聞き』ながら、彼は自宅を目指して進む。

 今はそんな気分だった。

『この子猫、非常に愛くるしくなかなか甘え上手だと思いませんか?』

 らしくない。
 一方通行は自分でもそう思った。

『……オマエ、気づいてっか? 今オマエ、笑ってンぞ』

 ピタリ、と一方通行の足が止まる。
 彼のポケットの中の携帯電話が小さく振動していた。着信相手は、実験を行っている研究所。

「……なンかようか?」
『次の実験時程が決まりました。そちらに送信します』

 それだけ言って、通話は一方的に切られた。
 ふと辺りを見渡せば、寮の門限なのか、学生の数は目に見えて減っている。

(……あン時は、良かった)

 みゃー、と猫の鳴き声がした。そちらを見れば、一匹の三毛猫が一方通行を見ている。



『どうやら……アナタは動物に好かれやすい体質のようですね。少し、羨ましいです』



 その言葉が脳裏をよぎったのが、何故だか一方通行には許せなかった。


「……ぶち殺すぞ!!」


 ダンッッ!! と大通りそのものを踏み潰す。変換されたベクトルが、舗装された道路を貫いた。コンクリートが真上に跳ね上げられ、同時に、振動で通行人が数センチほど飛び上がる。
 三毛猫はというと、フシャッ! と悲鳴を上げ路地の裏に逃げ込んだ。

(……これでいい)

 一般人の恐怖と好奇の視線を一身に受けながら、序列第一位は悠々と歩き出す。
 これでいい、と彼は自分に言った。
 これでいい。『最強』は常に恐れられ、怯えられ、避けられる。


 彼はそんな存在になりたかった。

 だが、最強というのは『実際に戦ってみて分かる』称号。

(これじゃあダメなンだ。全然ダメだ)

 だから彼は、『それ』になりたかった。



 戦うこと自体がバカバカしくなるような存在、『■■』に。



 一方通行は笑う。嘲りの笑みを浮かべる。
 決して他の者を嘲っているのではない。


 嘲っているのは自分自身なのだから。


「ねえねえそこの君。君だよ君」
「あァン?」

 ふと一方通行が顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。
 服装はまるでティーカップのような刺繍が施された修道服。しかし、シスターと呼ぶには、その腰まで伸びた銀髪が違和感を感じさせる。

「……ンだよ、似非シスター」
「むっ、その発言はイギリス清教に信仰を捧げた身としては看過できないかも」

 イギリス清教ォ? と一方通行の口から疑問の声が漏れた。

「ンだァそりゃ。イギリスはキリスト様の国じゃねェのか?」
「……わたしにはくわしいことはわかんないかななんておもっちゃったりするかも」
「おィ急に挙動不審になりやがってるが大丈夫かァ?」

 あっはっはなんでもないんだよー、と冷や汗をダラダラと流しながらごまかす少女。
 一方通行は首を傾げつつも、疑問を辺りに放り捨てて踵を返す。

「あ、ちょっと待って欲しいんだよ!」
「……あンだよ面倒くせェ。なンか用か?」
「この辺りで三毛猫を見なかった? スフィンクスっていう可愛い猫」

 三毛猫。一方通行には確信とも言える心当たりがあった。

「あァ、さっきあの路地裏に入ってったぞ」
「ホント!? ありがとう!」

 少女はパッと笑顔になると、すぐさま一方通行が指差した路地へと入っていった。
 なんとなく、本当になんとなく、一方通行の視線は彼女を追いかける。

『あーっ! スフィンクス、心配したんだよー?』
『みー』

 なぜか、一方通行には、路地にしゃがみこんで猫を抱き抱える彼女が、手の届かない遠い場所にいる存在に見えて、


『け……ど、おなかすいて、……限界……かも……』
『みゃー?』


 急に動きを止めたかと思えば、少女は薄汚いアスファルトに倒れ込んだ。

「…………は?」

 ポカンと口を開け、一方通行はその場に立ち尽くした。

(待て。待て待て待てェ。落ち着け俺。落ち着くンだ俺)

 足音を殺しつつ、そっと彼女に歩み寄る一方通行。

「おィ、何してンだァ?」
「……おなかすいた」

 欠食シスターなンざ聞いたことねェぞ!! と第一位の悲鳴が路地裏に響き渡った。









「ありがとう~! まさか生きているうちにこんないっぱいの食べ物に囲まれることができるなんて!」
「いいから黙って食うモン選べや似非シスター」
「似非シスターじゃなくて、インデックスだよ!」
「目次かオマエは」

 少女が倒れた路地から歩いて数分に位置するコンビニ。
 その中に、序列第一位と自称シスターの姿があった。

「てかどンだけ食うンだオマエ」
「とうまが全然帰って来ないから、飢えて死ぬかと思ったんだよ!」

 にっこり笑顔で菓子パンをカゴの中にポンポン放り込む自称シスター。
 すでに満タンに近いカゴの中を見て、一方通行は現代人ってこんなに糖分と脂質に飢えてんのかなあと半ば現実逃避しながら思考にふける。

(最近はレトルトやコンビニ弁当にしか頼ンねえヤツが増えたって話だが、これはちっとちげェ気がすンぞ……)

 突発的偏頭痛に頭を抱えながら、第一位は自分も自分でカゴが埋め尽くされるほど缶コーヒーを買っているのはご愛嬌。
 隣の芝生はよく見えるが、自分の家は把握しきれていない一方通行だった。



 コンビニから歩くこと数分、未だ黒く染まっていない空の元、一方通行はコーヒーをグビグビと飲んでいた。
 半ばヤケになりながら、彼はカフェインを摂取し続ける。
 原因は無論、腹ペコシスターである。

「おいふぃいっ! これおいふぃいよっ!」
「そンな大声出すンじゃねェ、うるセェンだよ」

 コンビニ限定のフライドチキンをほおばりながら、インデックスはふと一方通行を見やった。

「何してるの?」
「……あァ、テメェの猫に飯食わせてやってるだけだ」

 見てみれば、確かにおにぎりの米粒をスフィンクスに食べさせてやっている。みーと鳴きながら三毛猫はこれを享受。

「ふーん、外見とは違って君って結構優しい?」
「テメェ言外に俺の外見が悪人面って言ってやがンな!?」
「ヒィ!? た、確かに怖いとは思うけど、悪人面とまでは言ってないよ!?」

 うがーっ! と吠える一方通行と、それに怯えるインデックス。

「お、落ち着いて欲しいかも! このままじゃインデックスのお肉がお肉があばばばばばばば」
「……チッ」

 両肩を掴んで思いっきりインデックスを揺さぶってストレスを解消したのか、一方通行は息をついて缶コーヒーをぐびりと飲んだ。

「はぁ、はぁ……し、死ぬかと思ったんだよ」
「からあげクンうめェな」
「ああーっ! からあげクンがーっ!」

 元々一方通行が代金を支払っているのだが、インデックスの食物にかけるキチガイじみた独占欲には倫理など通用しない。
 がーっ! と怒りを露わにし、腹ペコシスターは一方通行の頭部に牙を立てようとした。

 そう、立てようとした。

「……あれ?」
「――――ッ!!」

 一方通行は慌ててベクトルの演算を改変、インデックスの歯にベクトルを分散させて返す。

(あッぶねェ! 危うく反射で歯ァ折っちまうトコだったぞ!?)
「おっかしーなー、何で君には噛みつけないの?」
「……あァ、そいつァ俺の能力だ」
「能力? どんな?」

 興味津々、といった具合で一方通行に顔を近づけるインデックス。
 ため息をついて、一方通行はそこらに落ちている小石を一つつまみ上げた。

「例えば、」
「?」

 一方通行は小石を人差し指でピンと弾いた。小石は数十センチ飛んだところで、重力に引かれ地面に落ちた。

「オマエもやってみろ」
「え? あ、うん」

 同じようにインデックスも石を拾って、指で弾き飛ばした。当然、それもすぐに落下する。

「これがどうかしたの?」
「今、俺とオマエは石を指で弾いたなァ。もっと言えば、石に力を加えて動かした」
「うん」
「つっても、あくまで力は分散しちまう。力の向きのことをベクトルっつうんだが、そいつァ四方八方に散るンだ」

 一方通行はそう言って、再び石を手にした。
 先ほどのように、ごく自然体で人差し指を当て、


「ンで、そのベクトルってヤツを操作すりゃァ、こうなる」


 ゴッ!! と何かが風を切る音がした。
 一方通行はベンチから立ち上がって、ゆっくりと歩き出す。慌ててインデックスも後を追い始めた。

「ベクトルを1度の狂いもなく一方向に合わせりゃァ、加えられる力は何十倍になる。俺がやったのは、そンだけのことだ」

 本人以外からすれば、何だそれはと叫びたくなるような、理不尽な能力である。
 二人がたどり着いた、公園に立てられた電信柱。そこには、先ほどまで一方通行が手にしていた小石がめり込んでいた。

「この能力を使えば、そこらの石っころが銃弾に早変わりィ、ってワケだ」

 ハッ、と一方通行は自嘲気味に笑う。
 どうせ隣の少女も、大方自分の正体に気づいただろう。

「わかったろ、俺がどこのどいつかさァ」


「ううん、何が何やらサッパリわかんない」


 思わず一方通行はインデックスの顔を凝視した。
 自称シスターは腹が立つほどすがすがしい笑顔で、口を開く。

「だってベクトルがどーたらこーたらの辺りからついていけてないし、それに」

 一呼吸。


「超能力っていうのがどんなものでも、君がとっても優しいってことは変わんないよ?」


 一方通行の目が見開かれた。

「さっき、見ず知らずの私にごはんくれたり、スフィンクスにごはんあげてくれたりしたもん。ねー、スフィンクス」
「みー」

 あはは、とシスターは笑った。一切の汚れのない笑顔で、一方通行に笑いかけた。
 彼は自分の手を見る。今までに一万人以上の命を奪った手。
 何故だか、自分の手がやけにくすんで見えた。

「……おィ、シスター」
「ん? なーに?」

 白髪をかきむしりながら、一方通行は言葉を吐き捨てた。

「オマエどこ行こうとしてたンだ? 送ってやる」



 彼女の目的地である子萌先生の自宅は、公園からそれほど離れてはいなかった。

「ここかァ?」
「うんっ」
「……話が確かなら、見た目小学生でェ、ランドセルがよく似合う教師じゃなかったかァ?」
「うんっ!」

 そこまで言って、一方通行は思わず天を仰いで呟く。

「生活感丸出しじゃねェか、つーかなンで屋根吹き飛ンでンだよ」

 彼の疑問はもっともである。
 外から見て真っ先に目につくのは、トタンで舗装された屋根だ。舗装されている範囲からして、何やら大型の破壊兵器でも使われたんじゃないかと一方通行は本気で思う。あながちハズレでもないが。

「ほら、早く行こうよ」
「……ン、いや、俺はいい」

 えー、とインデックスは文句を垂れる。しかし、一方通行はもうすぐ『実験』の時刻だ。

「悪ィな」
「……まぁ、しかたないかも」

 一方通行としては、元々知り合いでもなんでもない彼女にここまで付き合ったこと自体奇跡に近い。
 これ以上のことを彼に望むのは酷というものだ。

「ねえー、君、名前は?」
「……一方通行《アクセラレータ》」

 ブンブンと手を振るインデックスに背を向け、彼は歩き出す。

(…………クソがっ!!!)

 何でもいい、彼は目の前のものをひたすらに壊したかった。それほどに怒り狂っていた。

(何やってンですかァ俺は!? 今更人助けなンざしてェ、聖人君子気取りですかァ!!?)

 許せない。一方通行には許すことができない。

(どゥせ期待してたんだろォ!? 俺にも救いがあるかもしンねェって! あるワケねェだろ、こンなヤツにさァ!!)

 少しでも、彼女に希望を見いだした自分を許せない。いや、許さない。

(クソっ、クソっ、クソっ!! なンでアイツは、俺なンざにも笑いかけてくンだよ!?)

 チカチカと明滅する電灯の下を進んで、一方通行は『実験』の舞台となる工場地帯に足を踏み入れた。


 幻想殺しの少年は、未だ姿を現さない。











―――――――――――――――――



セロリ「女性キャラとのイチャつきまだァー?」
そげぶ「いやもうミサカと散々絡んでたろ」
冷蔵庫「絡み……だと……? やべぇ妄想が止まらねぇ……!」

「「すっこんでろ腐れメルヘン野郎がッ!!」」

冷蔵庫「俺ハブ!? 俺ハブなの!?」



[24716] 第五話 彼の覚悟と彼女の決意
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:9aaaf0ae
Date: 2011/01/09 07:23
 上条当麻は、鉄橋の上に佇んでいた。手には、二十枚近い枚数の狂気に彩られたレポート。
 相対する少女は、その紙束を凝視して凍りついている。
 御坂美琴は、頬の筋肉を引きつらせながら、閉口していた。
 やっとのことで彼女が出せた声は、ひどくうろたえ、震えている。

「あーあ、何でこんなことしちゃうのかなぁ?」
「……御坂」

 彼女は何でもないように、ごく自然体で口を開いた。
 それが、上条には耐えられない。
 上条はすべて知った。知ってしまった。真実を知りたくて尋ねた、常盤台中生徒寮の一室で。
 第一位『一方通行(アクセラレータ)』の絶対能力者進化実験も。
 それに使われる軍用クローン『妹達(シスターズ)』のことも。
 それが美琴の体細胞クローンだということも。

 だからこそ、目の前の少女が、あまりに重い荷物を背中に抱えた少女が。
 平気なふりをして笑顔を無理やり作るのが、上条には耐えられない。

「そのレポート持ってるってことは」
「御坂」

 もう何も言うな。上条は奥歯を噛み締め、そうつぶやいた。
 美琴は特に反応を返さず、そのまま言葉を続ける。

「アンタ私の部屋に勝手に上がり込んだ」
「御坂」
「ってことでしょ。ぬいぐるみの中まで探すなんて大した執念」

 上条は、もう限界だった。
 彼女と歩いた帰り道は、心地よかった。きっと記憶を失う前の自分もそう思っていたのだろう。だからこそ、同じ『上条当麻』だからこそ、分かる。
 記憶があってもなくても。

『上条当麻』は、目の前にある薄っぺらい笑顔など見たくもない。


「御坂っ!!」


 ビクン、と美琴の肩が大きく震えた。
 上条は血を吐くように言う。

「……一方通行と、会った」
「…………!」

 美琴の表情が驚愕に染まる。が、彼女は何でもないように無表情の仮面を上塗りした。

「……そう」
「あぁ、会ったさ。そして、話したよ」

 一拍空けて、上条は視線をアスファルトの地面に落とす。
 思えば、彼はきっと自分と別れてすぐに『実験』を行ったのだろう。あんな、『牛肉の美味しい調理法』なんて本を読んだ直後に。

 御坂妹を虐殺して。 
 御坂妹を抹殺して。

 人の命を、奪って。

 口が動く。まるでそこだけ別の生き物のように。


「あいつ、御坂妹と一緒にいた」


 今度こそ、美琴が貼り付けていた仮面は木っ端微塵に砕け散った。

「……な、んで? ウソ、でしょ?」
「ウソなんかついても、意味ねえよ。本当だ。仲良さそうに、会話してた」
「なんでよ、だって、だって、」
「あぁ、二人は殺し合う、……いや、一方通行が御坂妹を殺す、そうだろ?」

 上条は掲げるようにレポートを美琴へ突きつける。一瞬息をのんでから、美琴は頷いた。

「けど、俺にはそんな風には見えなかった。ごく普通の、仲の良い関係の男女にしか、見えなかった」

 何かをこらえるかのように、上条は唇を噛んだ。
 美琴もぐっと拳を握り締め、ゆっくりとうつむいた。

「御坂」
「……何よ」

 視線を上げ、美琴は見た。


 右手を、全ての異能を殺すその手を握り締めた、上条当麻の姿を。


「アンタ……」
「どこだ?」

 上条当麻は問う。

「教えてくれ。アイツは……一方通行はどこにいる?」

 美琴は、なんとなく分かった。目の前の男は、止める気だ。こんな後ろにどんな組織があるか分からない、何より学園都市最強の男がいる、この『実験』に歯向かう気だ。


 だからこそ。


「イヤよ」


 第三位『超電磁砲(レールガン)』は上条当麻の前に立ちふさがる。
 上条は驚いたように、思わず目を見開く。

「……お前、何言って」
「イ、ヤ、よ」

 彼は分からない。
 自分は目の前の少女の味方でいたかった。少女は苦しんでいて、それを救いたいと、願った。
 それなのに、差し出した手は振り払われた。

「あのさぁ、アンタ何様なの? 何勝手にほざいてんのかしら。助けてくれなんて、誰が言ったの?」
「御坂……お前、まさか『実験』の」
「協力者、なんかじゃないわよ」

 あっさりと美琴は言い捨てる。
 やけに疲れたような目で空を見上げ、彼女はつぶやく。



「ずっと思ってたんだけど……人を二万回殺す覚悟って、どんなものなんでしょうね?」



 上条は唇を少し開いた。けれど、声が出ない。言葉が見つからない。

「私思うの。あの人は私たちには想像もつかないぐらい悲壮な覚悟で『実験』に臨んでるって」

 喉に何かがつっかえている。呼吸すら、上条はうまくできない。
 けれど、と上条はなんとか舌を動かし。
 それでも、と上条は息を吸い込んで。



「間違ってる」



 そんなものは、認められない。

「二万人を踏み台にするなんて、たった一人のために人が二万人死ぬなんて……間違ってる」

 そう言い切り、上条は深く深く息を吸った。

「もしそんなことが許されるってなら、もし二万人がそのためだけに殺されるってなら――まずは、そのふざけた幻想をぶち殺す」



「ムダよ」



 彼が強いのは知っている。その右手なら、あの第一位の能力すら突破できるだろうと美琴は予測している。

 それでも上条当麻は一方通行には及ばない。

 もし勝てるなら、上条に何らかの協力者がいて、一方通行が油断に油断を重ねて、……美琴は自分で組み上げたシュミレーションに苦笑する。
 無理だと、そう結論づける他ない結果に、苦笑する。

「ムダよ。アンタごときじゃあの人の幻想は殺せない。むしろ殺されるのはアンタそのものだわ」
「それでも俺は、このまま何もせずいるなんてできない……!」

 そう言いながら、上条は拳を握った。

「覚悟が何だってんだ! 人を殺す覚悟がある奴は偉いのかよ!? アイツは、一方通行は……ただの人殺しだ!」

 上条の糾弾に、美琴の肩が少し震えた。短髪からバチリと雷撃が漏れる。

「アンタに、あの人の何が分かんのよ……」
「え?」

 無能力者の聞き返しが、超能力者の逆鱗に触れた。


「アンタはあの人の何を知ってるのよ、上条当麻ァァァ――――――――!!」


 雷じみた青白い火花が、上条へと襲いかかった。とっさに突き出した右手が異能の力を打ち消すが、美琴の激情はまだ収まらない。

「答えなさいよ!! 上条当麻ァ!! アンタは……アンタはァ……!」
「御坂、お前……」

 超音速的反応で電撃を打ち消しつつ、上条は、美琴をまっすぐに見据える。

「お前、なんでそこまで一方通行のこと……!」

 いくら鈍い上条でも、薄々気づき始めていた。
 美琴は、一旦電撃を打ち止め……少し赤くなりながら、言い放った。



「……そうよ。一目惚れよ!! 悪い!?」



 思わず、上条は言葉に詰まった。

「あの人は、赤の他人の私を救った。赤の他人の私に、大切なことを教えてくれた」
「だから好き、なのか?」

 美琴は小さく頷く。
 そうか、と上条は首肯した。
 きっと辛いだろう。好きな人の望みは、自分のクローンを殺して力を手に入れることで。自分は『妹達』を殺したくなくて。
 死なせたくないという感情と、恋愛感情の板ばさみになって。

(私だって死なせたくなんか、ない)
(けれど、御坂には一方通行の真意がわからない)

(だから私は何もできない)

(力で止めることは叶わない。超電磁砲(第三位)と一方通行(第一位)の絶対的な壁に阻まれて)
(説得することもできない。私にはあの人の心がわからないから)


(だから何もせずにいた)
(だから何もできずにいた)

(良心の呵責と)
(恋心の囁きに挟まれて)

 ああそうか、と上条は天を仰いだ。

「お前、一方通行と会ったことは?」
「……実験が始まる前に、何度か」

 理解した。上条は、美琴のためらいを理解した。

 なぜなら。


「――ハッ、まんまさっきの俺じゃねえか」


 きっと御坂美琴は、一方通行と過ごした時間が心地よかった。
 だからその時間を壊したくなかった。

「バッカ野郎が……」

 上条は苦い表情で吐き捨てる。

「このバカ野郎が!」
「!?」

 先ほどまでの自分と同じ理由だから、上条には美琴が許せない。

「バカだ! テメェは大バカだ!! なんで何もしねえんだ! ホントに一方通行が好きなら、ぶん殴ってでもレールガンかましてでも引っ張ってこいよ! 何もしねえから何もできねえって思い込むんだろ! 行動しろ! あいつと正面から向き合いたいなら、あいつの真意を知りたいなら、自分の足で踏み込めよ!」
「あ、ぁ…………」
「いいか、俺は踏み込んだぞ。自分の意思で、お前に踏み込んだ。俺(レベル0)にできて、テメェ(レベル5)にできねえはずがねえ!」

 上条はそこで一拍おき、言葉を、第三位に叩きつけた。



「あいつは俺が止める。そこからはお前に任せる、御坂美琴!!」



 いつか彼が言った言葉。

『人助けンのに、能力なンざいらねェだろ』

 まったくその通りだなと御坂は思う。この言葉を胸に自分は過ごしてきた。それが間違いでなかったことは、今、はっきりと分かった。


(だって、生きた証拠が、目の前にいるじゃない)


 超電磁砲の瞳に光が宿った。幻想殺しが殺したのは幻想ではなく、彼女を縛っていた鎖。

「……ったく、今までウジウジしてたのが馬鹿らしくなっちゃったわよ」
「……ああ、行こうぜ!」
「ええ。――さぁ、さっさと『実験』を止めて、美琴ちゃん説教フルコースと洒落こむわよッ!!」

 二人は歩き出す。もう迷いなど、なかった。

 














 午後八時、一方通行と御坂妹は、砂利の上を駆け巡っていた。

「チッ、ちょこまかと――うぜェンだよ!」
「…………」

 地面を蹴り、一方通行は御坂妹へと飛びかかる。触れただけで人を殺す手を振りかざした。
 しかし、御坂妹がとった行動は、

「あァン!? 逃げるだけかよォ!」

 バックステップでひたすらに距離を取りながら、彼女はこまめに電撃を放つ。
 本来なら一方通行に当たった瞬間『反射』されるものだが、彼の体に激突する寸前に電撃は弾けた。

「今夜は風がありませんね……」

 ならば、と御坂妹は続け、

「ミサカにも勝機があるかもしれません、とミサカは大胆不敵に宣言します」

 一方通行は思わず足を止めた。肩で息をしながら、まっすぐに御坂妹の目を見る。

(なンだ……イヤな予感しかしねェぞ? それに、さっきから息切れがハンパじゃねェ。なンかしかけてやがンな?)
 
 距離を取り続ける御坂妹、謎の息切れ、当たらない電撃。
 息切れ、当たらない電撃。

(はァン、なるほどォ。オゾンってワケかよ?)

 空気中の水蒸気は水素原子二つと酸素原子一つでできている。
 それに電撃をぶつけ電気分解を起こせばそれらは原子に分解され、酸素原子三つでオゾン分子となる。
 当然のことながら、酸素でない以上、呼吸には使えない。

 そして、オゾンは有毒だ。

「いいねェ! いいねいいねいいねェ!! オマエ最高だよ! ちゃンと俺の敵やってンじゃねェか!!」

 狂喜と驚喜と狂気に口を歪ませながら、一方通行はザッ!! と足元の砂利を踏みつけた。

「だ、け、ど!」
「!?」
「その作戦には欠点がひとォつ!」

 ニィ、と邪悪な笑みを浮かべた一方通行の足元で砂利が弾け飛んだ。弾丸の初速並みの速度で射出されたそれらが、御坂妹へと襲いかかる。
 ギョッとした表情の彼女の、額にかけた軍用ゴーグルを一粒の小石が穿った。
 続けざまに御坂妹の革靴にも砂利が直撃し、バランスを崩して彼女は地面に倒れこむ。

「俺が接近戦しか対応できねェっうのが前提だよな、その作戦はァ!!」

 御坂妹は仰向けに倒れながら、呆然と思考した。



 なぜ自分は生きている?



 もし一方通行が本気なら、自分はすでに死んでいる。

「あーァ、この俺の力を見くびって殺られるなンざ、残念でしたァ!!」

 もし一方通行が本気ならば、砂利を全て自分の体にぶつければ済むことだ。銃弾並みのスピードで飛来した小石は御坂妹の皮膚を貫き、瞬く間にその華奢な体を蜂の巣にしている。
 なぶるため?
 否、ならば少なくとも四肢のどれかは破壊し、こちらの行動を制限するはずだ。
 一方通行の思惑が読めない。

(なぜ……殺さないのですか)

 ヒュウ、と風が御坂妹の頬を撫でた。砂利の射出によって発生した風圧を、一方通行が操作しているのだ。

「風だって向き《ベクトル》がある以上、俺の能力の効果圏内なンだぜェ? 気づいたのは他人のおかげだが、便利なもンだよなァ、ベクトル操作ってのはァ」

 風が渦を巻く。小さな竜巻が六つできあがり、転がっている御坂妹の周囲を囲んだ。

「なぜ……」
「あーァ、つまンねェ。やっぱオマエら相手になンねェわ。ちっとでも期待しちまった俺がバカだった」

 御坂妹の体がフワリと浮く。
 すでに彼女に抵抗の意思はない。一方通行は顔をしかめた。

「ンだよ、何の抵抗もなしかァ? もうギブアップ、私を殺してくださいってかァ?」

 御坂妹は一瞬口をつぐみ、一方通行の赤い目を見て、

「疑問が二つあります、とミサカは質問の許可を求めます」
「……あァ?」



「なぜ、私を殺さなかったのですか?」



 ハァ? と一方通行は聞き返した。

「オマエ乱造されすぎて頭ン中まで劣化しちまったか? オマエ今の状況分かってンの?」
「はい。多数の小石による攻撃を受けたはずが、どういうわけかミサカの体には当たらず、未だ直接的損傷を受けていません、とミサカは自分の状況を事細かに報告します」

 焦点の合っていない瞳で、御坂妹は『最強』を見やった。
 口だけ開いて、何か言葉を探す一方通行を尻目に御坂妹はそしてと続け、





「なぜアナタは泣いているのですか、とミサカはもう一つの疑問を提示します」





 今度こそ、一方通行は言い返す言葉がなかった。

「……おィ、10032号」
「……何ですか?」


「すまねェ」


 一方通行の左手が御坂妹の首筋に触れる。後は大動脈をを筆頭に主な血管を流れる血液を全て逆流させれば、御坂妹は死に至る。


 たったそれだけのはずなのに、なぜか一方通行にはできない。


 結局彼は、『いつも通り』神経を操って眠らせるだけ。
 そっと、自分の不甲斐なさに右手を握り締めながら、一方通行は神経のベクトルを演算しようと





「ミ、サっ――――ミサカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」





 ザッ!! と誰かが砂利を蹴ってやって来た。
 一方通行が慌ててそちらを振り向いた瞬間、誰かの拳がその白い右頬に突き刺さる。
 破った。
 その誰かは、一方通行のベクトル反射の壁を一瞬にして破った。
 味わったことのない激痛に痛覚が悲鳴を上げる。宙を吹き飛びながら、一方通行はそいつを見た。

 そいつはそこにいた。

 闇夜を裂き、悪党からヒロインを守るように。

 己の拳一つで、敵を全て倒し、守りたいもの全てを守りきるとでも言うように。

 出来の悪い、幼児向けの典型的なヒーローのように。





 上条当麻が、いた。





 御坂妹を守るべく、右の拳を握り締め、そこにいた。







―――――――――――――――――――――――――――――



セロリ「ヒーローマジヒーロー」
ピカ子「ていうか私ものすごいカミングアウトの仕方ね」
冷蔵庫「ていうか風がプロローグの時点で使えるってww」

セロピカ「「帰れ腐れメルヘン冷蔵庫!!」」

冷蔵庫「またなの!? また俺ハブなの!?」



[24716] 第六話 咆哮と覚醒
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:9aaaf0ae
Date: 2011/01/09 17:03
 一方通行はゆっくりと立ち上がった。
 ヒリヒリとした痛みを訴える頬を右手で押さえつつ、ギロリと上条を睨みつける。

「オマエ……」
「……一方通行」

 上条当麻は口を開くと、静かに告げた。

「俺はお前を倒す」

 言うと同時、右の拳をゆっくりと上げ、一方通行へ突きつけた。
 それは、学園都市『最強』への挑戦状。ちっぽけな最弱があまりに強大な最強へ喧嘩を売っても、結果など見えている。

 それでも、少年は拳一つで立ち上がった。どんな敵にも臆さず、どんな相手にも屈さず。

 つまりそれは、一方通行の絶対能力者《レベル6》への進化を妨げるということ。

 一方通行はその赤い双眸で上条を見た。何物にも何者にも怯えない、不屈の闘志を、上条の瞳に見た。

「……ハッ、バカですかァオマエは」

 一方通行は言った。
 お前は普通の人間じゃないか。死んでも代わりなんていないじゃないか。

 だからどけ。

 上条は答えた。

「どかねぇ」

 死んでもここは退かない。
 上条はそう言った。

「……なンでだ」
「……コイツだって、御坂妹だって、普通の人間だ。生きてるんだ」

 それは、誰かがいつか言った言葉にひどく似ていた。
 迷うことなく言い切った上条を、何故か眩しそうに見て、一方通行は



『コイツだって生きてンだろォが!! なンだってそンなことも分かンねェンだよ!?』



「――――赤の他人がワケ知り顔してベラベラしゃべってンじゃねェェェェェェェェェェェェ!!!」



 ゴッ!! と一方通行の足元が爆発した。
 マシンガンに匹敵するスピードで射出された石の弾丸が、容赦なく上条に襲いかかる。

「…………ッッ!!」

 とっさに両腕をクロスしたものの、上条はまともに弾丸をくらい吹っ飛んだ。
 五メートルほど宙を舞い、上条の体は砂利の上に叩きつけられた。衝撃で肺から空気が叩き出され、一瞬視界がブラックアウトする。

「テ、メ、ェ、にッッ!!」

 ガッ! ガッ! と、一方通行は何度も地面を踏み潰す。その度砂利が射出され、上条の体を穿った。
 呼吸することすら許されず、何度も何度も何度も上条は想像を絶する痛みに襲われる。
 呼吸することすら許さずに、何度も何度も何度も一方通行は容赦なく大地を踏みつける。

「な、に、が、分、か、る、ン、だ、よ!!!」

 ガッ!! ガッ!! ガッ!!
 すでに上条は動いていない。何の抵抗もせず、ただただ砂利の雨に打たれている。情け容赦なしの攻撃に、御坂妹は絶句する。

「なンにも知らねェくせに!」

 再びの震脚。しかし、今度は砂利は射出されない。
 御坂妹が訝しげに首を傾げた瞬間、


「――オマエに何が分かるってンだ、三下」


 上条の周囲に溜まっていた砂利が、まるで生き物のように跳ね上がった。
 三六〇度から隙間なく襲い来る砂利の津波に、上条の姿はかき消えた。砂利が落ちる毎に何かが折れ、砕けるような音が響く。

「――――!? 止まりなさい、一方通行!」

 一方通行の攻撃が止む。声のした方を見れば、そこには一人の少女が立っていた。少女はゲームセンターのコインを右手に持ち、それを一方通行に向けている。

 少女の名は御坂美琴。学園都市序列第三位、『超電磁砲《レールガン》』の名で呼ばれる能力者だ。

「……あァ、第三位か」

 それだけ。たったそれだけ反応して、一方通行は再び上条へ向き直る。
 第三位という一般人からすれば圧倒的かつ絶対的なラベルネームも、『最強』の足を止めることは適わない。

 それもそのはず。元より美琴では一方通行には勝てない。それは『樹形図の設計者《ツリーダイアグラム》』による演算にしても、あらゆる可能性を踏まえた現実にしてもだ。

 それでも彼女は右手を突き出した。

 超電磁砲と一方通行が戦えば、一八五手で御坂美琴は惨殺される。
 その冷たい未来を見据えても、彼女はもう止まらない。


 そんな未来、この手で打ち砕いてやると言わんばかりに。


 磁力線レールを作ろうとし、少しだけ逡巡してから、美琴は一方通行に尋ねた。

「ずっと信じられなかった……アンタが実験の被験者だなんて」
「…………」
「本当に……本当にアンタが……?」
「……あァ、そうだぜェ。俺だよ。『妹達』をぶっ殺してるのはなァ」

 一方通行に去来するのは、胸の奥深くに埋もれた遠い日の記憶。



『俺――■く■るか――く■ら■ェ――■くて――■ンなま■めて■■る――『■■』に――』



 全ての感情を押し殺し、一方通行は笑う。何かをこらえるような表情の一方通行に気づいているのか、美琴は次の質問を口にする。

「アンタさぁ、私のこと覚えてる?」
「……何のことだァ?」
「ほら、公園でさあ、私が木から落ちそうになって」
「……俺が風使って助けたンだったかァ?」

 砂利まみれで傷まみれの上条を見ながら、一方通行は懐かしむように目を細める。

「……あの時は良かった」
「え?」

 美琴は自分の耳を疑った。
 今、一方通行は何と言った?



「――あの時は、良かったなァ」



 今ではもう届かない、遠い何かを見ているかのような一方通行に、美琴はかける言葉が見つからず






 ゴッ!!!!! と、周囲の四方八方に砂利が、コンクリートが、大地が飛び散った。






「――――――――!!?」

 一方通行の背筋に氷の刃が突き立った。アレは拙い。アレを相手取るのは無謀だ。生存本能が全身全霊をかけて絶叫した。
 先ほどまで会話していた美琴も、ソレを見て呆然としている。


 そこには幻想殺しの少年が立っていた。
 外見は変わらない。変わっていない。そのはずなのに。

 砂利の中に、金属片でも混じっていたのか、上条の右腕が肩口から手の甲の辺りまでぱっくりと裂けていた。

 そして、目には見えない、あまりに強大なナニカがそこにはいた。
 視覚でもなく聴覚でもなく、嗅覚でもなく触覚でもなく味覚でもない。
 生物が古来から引き継いできた、もっと根本的な感覚がソレの存在を訴える。

「おい」

 一方通行は思う。自分の能力は何か。熱量、運動量、電気量などを問わず、あらゆる力のベクトルを操る、唯一無二で絶対無敵の能力。

 の、はずだった。



 その能力が、ソレの前では見劣りした。霞んで見えた。



「テメェが誰で、何をしようとしているのか、俺には分からねえ」

 上条は、何てことはないようにソレへ話しかける。呼吸することを忘れてしまったかのように、美琴はその光景に見入った。

「けど、この力が、きっと必要だ……だから、少し、借りる」

 ソレがうねった。言いようのない悪寒がその場にいた上条以外の人間の全身に刺さる。
 一方通行は思わず身構えた。





 身構えて何になる?





 ソレの前では、『たかが』第一位ごとき取るに足らない。心の中で、誰かがそう呟く。

「……だからどうした」

 一方通行の言葉に、美琴はギョッとしたように彼を見た。一方通行は、拳を握り締め、一歩前へ。

「あ、アンタ正気!?」
「……知るか。もう自分でも気が確かどうかなンざ分かンねェ」

 けど、と一方通行は続け、



「俺は、負けらンねェンだ……!」



 繰り返し、自分に言い聞かせるように、



「俺はァ! こンなトコじゃ――――終われねェンだよォォォォォォォmtEooo63WnujooooLgr2ooooooj52agoooooo!!!!」



 バシュウウウウウウ!!!!! と一方通行の背中から、何かが引き裂かれたような音がした。
 美琴は見た。噴射とも言うべき、黒い翼を。

「……行くぞ、一方通行」
「……nuH来ynjA三下Wst」

 同時に踏み込み、互いに駆け出して。





その日、学園都市の地図は書き換えられることとなる。





 音が死に、光が死に、全てが殺された。

「…………」

 御坂美琴は、目の前で起こった現実を直視できない。
 もう砂利もレールもない。あるのは二人がぶつかり合った地点を中心とした直径五十メートル以上のクレーターだけだ。
 とっさに磁力で電車の車両を盾代わりにし、美琴と御坂妹はなんとか無事だが、事情を知らない者が見れば隕石でも落下したのかと勘違いするような光景だ。
 あまりに現実からかけ離れたそれ。自分が住む世界とは次元が違う。

「……アクセラ、レータ?」

 小さな呟きが、更地に静かに響き渡った。
 クレーターの中央には、二人の少年が倒れている。
 黒髪の少年は仰向けに、壊れた人形のように打ち捨てられ。
 白髪の少年はうつ伏せに、遊び飽きられた人形のように投げ捨てられ。
 そんな惨状に悲鳴を上げかけ、美琴は慌てて少年達の元へ走り出そうとする。

 その時、上条当麻の指がもぞりと動いた。

「…………!?」

 美琴にはどんな力がぶつかり合って、どんな原理でこんな現象が起こったのか分からない。
 けれども、彼らがボロボロなのは分かる。もう立ち上がれるのが不思議なぐらい、彼らは傷だらけだ。


 それでも上条当麻は立ち上がった。


 そして、一方通行の目も見開かれた。


「く、ッ……!」
「あ、アンタ……」

 無様に仰向けに転がりながら、一方通行は力なく笑った。

(ったく……『最強』であるこの俺が何やってンだかなァ)

 今まで、ただひたすらに『無■』を追い求めた。どれだけ愚かでも、どれだけ無様でも、ただ追い続けた。
 その名が欲しかったからでもある。それになりたかったからでもある。

 しかし、今の一方通行を突き動かしているのはそんな理由ではない。



『俺――強く■るか――くだらねェ――なくて――■ンなまとめて■える――『無■』に――』



 それは、今は失ってしまった大切な約束。
 それは、今は忘れてしまった大事な誓い。

(ちげェ……)

 しかし一方通行は、それを否定する。

(絶対にちげェ……)

 今まで殺してきたものに誓った言葉など知らない。こんな血濡れた手で求めた救いなど知らない。

(絶対に――あンな――)



『俺――強くなるから――くだらねェ――なくて――みンなまとめて救える――『無敵』に――』





(絶対に、あンな女(モノ)との約束のためなンかじゃねェ!!)





 その時、上条の口が、ゆっくりと開かれた。






―――――――――――――――――――――――――




セロリ「黒翼キタコレ」
ビーム「相も変わらず厨二病ね……」
冷蔵庫「一方通行の能力に一般受けは期待できねえ」(キリッ

セロビー「「ハイハイ消えうせてください脳内メルヘン君!」」

冷蔵庫「(´・ω・`)」



[24716] 第七話 終止符をその翼で
Name: 佐遊樹◆420e78e3 ID:9aaaf0ae
Date: 2011/01/10 02:40
「……立て、よ」

 上条当麻は、今にも崩れ落ちてしまいそうな体に鞭を打ち、咆哮を上げる。

「立てっつってんだろぉが一方通行ァァァァァァァァァ!!」

 ピクリと、一方通行の右手が動く。

「立てよ! 俺はお前が何を抱えてんのか知らねえ! お前が何を求めてんのかも知らねえ!  けど、それは二万人もの『妹達』を殺さなきゃいけないことなのか!? お前は、二万人の『妹達』を踏み台にしてそこにたどり着いて、笑えんのかよ!?」

 勝手なことを……
 一方通行は口の中でそうつぶやく。

「そんな犠牲の上に成り立つものなんて俺は認めねえ……絶対に認めねえ! だから立てよ! それがあり得るって、お前にはそれが必要だって、証明してみろよ!」

 勝手なことを言うな……
 一方通行は喉の奥でそう叫ぶ。

「本当ははつらいんじゃねえのかよ!? 苦しいんじゃねえのかよ!? もう殺したくないって、思ってるんじゃねえのかよ!? もう止めてくれって、そう思うならそう、お前を心配しているあいつに」






「好き勝手吠えンなよ、上条当麻ァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」






 握った拳に力が入る。
 朦朧とする意識の中、まともに能力を行使することもままならない。
 それでも彼は立つ。たった二文字、『最強』の二文字を背負い、立ち上がる。

 顔を上げるだけで意識が薄れ、
 片膝をつくだけで神経が焼き切れて、
 両足を踏ん張るだけで体中が悲鳴を上げる。

 それでも立つ。立ち上がる。彼は立ち上がらなければならない。それが彼の求めるところでなくとも、体は動く。義務だからだ。思考回路に叩き込まれた、脳髄に染み込んだ、心に刻み込まれた、一方通行の義務だからだ。
 肘が軋んだ。もうイヤだと。脚が呻いた。もう限界だと。心が叫んだ。まだやれると。
 砕けてしまいそうになる意思が、折れてしまいそうになる信念が、割れてしまいそうになる願望が全てをつなぎ、支え合う。
 終われない。一方通行はこんなところでは終われない。
 何度も願い、望んだ世界。求めた景色。今の自分を砕き、壊し、手に入れる新たな世界。果たすべき約束。果たさなければならない約束。

『俺、もっと強くなるから……! こンなくだらねェ――なくて……オマエ――みンなまとめて救える――『無■』になるからァ……! だからっ……!!』

 嗚呼、もう其処に在るのだ。誰かが心の中で囁いた。後一歩で、もう少し手を伸ばすだけで、其処に届くのだと。

『アナタと過ごした時間は、1ヶ月もありませんでしたね』
『それでも、■サ■は、あの時間は嫌いではありませんでしたよ』
『なぜなら、』


『ミサカはアナタのことが――――』





『そいつを殺せ! 殺せ! 殺すんだ! 一方通行ァァァァ!!』





「ァ、」

 夢が醒めた。思い出が弾けた。感情が決壊した。

「ァァァァァァァァァァァaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」

 一方通行を一方通行たらしめていた、何か決定的なものが砕け散った。もう最強を縛る鎖はない。血管の一本一本で煮えたぎる破壊衝動が、神経の一本一本をすりつぶしていく。もう止まらない。
 ゆらりと、一方通行は先ほどまでの悪戦苦闘がウソのように立ち上がる。ゆらり、ゆらりと、幽鬼か何かのように、彼は歩き出す。灼熱の殺意を背後に顕し、一足踏み込むごとに大地が陥没した。絶対的なまでの圧迫感。圧倒的なまでの存在感。
 気分が楽だった。体が軽い。
 一方通行はなんてことはないように、右手を突き出す。同時に、背中から再び一対の翼が宵闇のように噴き出した。さっきよりも格段に大きく、格段に深い。まともではない何かを宿し、翼はより大きくなる。夜の暗闇に溶け込むように、空を覆い尽くす。理性などない、善悪の区別などつかない。それでも分かる。目の前に佇む男は、上条当麻は、全力をもって排除すべき敵だと。
 超電磁砲が視界の片隅に映る。呆気に取られ、ぽかんと口を開けた表情。
 一方通行は思わず笑った。悪魔と見間違えてしまいそうな外見で、人間のように笑った。今なら理解(わか)る。ベクトルを操るとはどういうことなのか。今まで自分はどうやって『反射』していたのか。全ての流れをこの手に掴み取り。全ての現象を逆算し。全てを解析し、把握し、掌握する。その真理を知った。
 突き出した右手を中心とし、不可視の、得体の知れないベクトルが渦を巻いた。その場にいるだけで、体を内側から食い破られるような悪寒がする。

「あ、ぁ――――――――――――――――」

 御坂美琴は、序列第三位はそれを見て震えた。恐怖による震えではなく、武者震いでもなく。
 バヂィッッ!!!! と、まるでこの世全ての雷撃を凝縮したかのような音が轟いた。最上位の『電撃使い《エレクトロマスター》』の背中から電撃の濁流が迸る。見るだけで失明してしまいそうな輝きが、夜闇を抹殺した。

『殺せ! 殺せ! ただの人形なんだ! その手で殺せ! 躊躇うな! 早く殺せェェェェ!』
「iヤ、だ……」

 それを見て、一方通行はうわごとのように何かつぶやく。

『お前が殺さなければ、彼女たちがどうなるか知っているだろう! 殺せ! その手で殺してやれ! お前だけなんだ、彼女たちに何かできるのは!』
「そreでも、イヤ、d……」

 漆黒の翼が膨れ上がった。破裂する寸前の風船にも見えるそれに、上条は弾かれたように走り出す。

「イヤ、イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!!」
「一方通行ァ!!」

 つられるように電撃の放出も増してゆく。白銀の輝きと漆黒の宵闇。上条はその二つの間へと疾走した。
 勢いのままにジャンプし、黒い翼を右手で掴んだ。この翼を消せば、一方通行が元に戻ると予測して。だが。

(消えない……!? いや、消しきれないのか!?)

 驚愕と絶望に上条の脳髄が凍りつく。必殺の右手が、今までどんな異能も殺してきた上条当麻唯一の切り札が、通じない。
 黒い翼が脈動し、歪み、蛇のようにしなる。上条の体は地面に叩きつけられた。霞む視界を覆う黒翼、両端の距離五十メートル近く。月すら隠すそれが蠢く。その度夜空が捻られる。
 なんだ、これは。
 一方通行の能力は『ベクトルコントロール』……あのイカレたレポートにはそう書かれていた。

(まさか……!)

 上条の思考がスパークする。

「これが、絶対能力者(レベル6)……!?」
「クカカカカカ……イyaだっte、言ってンのniよォ」

 一方通行の発音が不自然によどんだ。雷撃を放つ美琴は目を虚ろにし、ただただ佇むのみ。御坂妹はといえば、あまりに常軌を逸脱した有り様に絶句していた。

「殺m2q36なンか……25ansたくなwjかt8な0jにィ525jgtjgtgpdwlag――――――――!!」

 漆黒の翼が上条を囲む。檻のように、三百六十度をぐるりと取り囲む真っ黒なカーテン。
 上条の喉から嫌な息が漏れた。極限まで追い詰められ、体中の皮膚からべったりとした汗が滲み出る。殺される。このままでは間違いなく、殺される。

「う、ぁああああああああああああああああ!!」

 目をつむり、上条は玉砕覚悟で駆け出した。一方通行めがけ右足で踏み切って、拳を振りかぶる。そして。


 ゴッ。と。固く握られた右手が、一方通行の顔面に突き刺さった。


「え?」

 一番驚いたのは上条だろう。がしかし、冷静に考えてみれば上条の行動は最良のものだった。漆黒の翼は一方通行の背中から噴出しており、上条を囲んでいるのだから。故に一方通行の正面を守るものは何もなかった。
 ゴロゴロと転がっていき、一方通行は仰向けに倒れた状態で静止する。
 立てない。
 御坂妹との戦闘で少し消耗し、先ほどの激突で大幅に削られた体力。それが今になって限界をむかえていた。

 それでも翼は動く。

 一対で五十メートル、つまり攻撃のリーチは二十五メートル。
 右手を避けたのは意識してか、片翼が上条のみぞおちを、もう一方が顎を突き上げていた。声を上げる間もなく上条の体が数十メートル吹き飛び、操車場のコンテナの残骸に激突する。

 それで全てが終わった。

 翼はかき消え、一方通行は深く息を吐いた。
 それだけだった。



 一方通行の意識が闇に堕ちる。

(あァ、こンなトコで終わンのかよ)

 なぜだかホッとしたような表情で、まぶたを下ろしていく。
 視界の隅で、サマーセーターとプリーツスカートが走ってきていた、ような気がした。








―――――――――――――――――――――――――





セロリ「え、この短時間で俺二回も覚醒? 体持つの?」
すごい「いやそれより上条の心配をしろよ。まぁ原作主人公がここでくたばっていたら根性が足りんが」
冷蔵庫「…………ふぅ」

セロい「「いきなり賢者タイムッッ!?」」

冷蔵庫(やったついに構ってもらえた……!)




[24716] 第八話 手を離した日
Name: 佐遊樹◆420e78e3 ID:b997989f
Date: 2011/01/21 02:59
 誰かの手を握っていた。
 誰かは手を握り返していた。

 誰かのぬくもりを感じていた。
 誰かにぬくもりを分け与えていた。

 誰かとつながっていた。
 誰かを愛していた。

 誰かが誰なのかすら覚えていないのに、彼はぬくもりをはっきりと思い出せる。まだその手に残っているように、温かさの残影を抱きしめている。



 手を離した日はもう遠い。追っても追いつけないほど、叫んでも届かないほどに。



 目を開ければ、視界を御坂美琴が覆い尽くしていた。

「……あァン?」

 なンでオマエが、横たわる一方通行はそう聞こうとして、思わず口を閉ざす。

 美琴は泣いていた。

 ポロポロと彼女の瞳から雫が落ちる。一粒一粒が、一方通行の顔を濡らす。美琴の肩越しに目へと飛び込んでくる月がやけにまぶしい。どうやら気を失ってからそんなに経っていないようだ。
 ぼうっと思考しながら、彼はおもむろに呟く。

「……こンな」

 あえぎあえぎ、酸素をかき集めてから、もう一度。



「……こンなトコまで、なンで来ちまったンだろォな?」



 一方通行はうめいた。こんな能力、いらない。もっと小さく、弱い能力でも良かったと。

「……良かった」

 そんな一方通行に、美琴は優しく微笑みかける。そっと視界に入る御坂妹も、どこか優しげな表情だった。

「……無事で、本当に良かった」

 一方通行は絶句する。

「ンだよ、そりゃァ」

 なぜ自分などを気遣う。言外に込められた、そんな思いを察し、美琴はそっと笑う。

「アンタはこのアタシに説教かましたのよ? 『人を救うのに能力はいらない』って」

 一方通行は思い出す。自分がまだ今より幾分かマシだったあのころ。

「言われてすぐは、能力使ったアンタが何言ってんだって思った。けど気づいた。アンタが言いたかったのは、能力のあるないに関わらず、他人に手を差し伸べる勇気」

 能力のある私にはよく分かんないけど、と美琴は続け、

「それでも、それがとっても大切なことは分かったから」

 美琴の言葉に、一方通行は息を呑んだ。
 そんな彼の顔を見て、美琴は小さく笑いかける。


「あの時は良かったなんて言わないでさ、もっと前を見なさいよ。そんなネガティブじゃ、第一位とか抜きに、私が『私はコイツに憧れてたんだ』って胸を張って宣言できないじゃない。今からでもやり直せるから……だから、あの時じゃなくて、この時を生きようよ」


 一方通行は虚空を見つめている。今までの自分を見つめ直している。
 きっと目の前の少女を失望させていたのだろう。
 きっと目の前の少女を絶望させていたのだろう。
 ふと笑いがこみ上げてきた。

「ぎゃは」

 今まで自分が積み上げてきたものが、一気に打ち壊されたような気がした。いや、何を積み上げていたのかすら、今となっては分からない。
 何を守ろうとしていたのかすら、分からない。

 全部、たった一人の少女に。第三位でもなく超電磁砲(レールガン)でもなく。たった一人の御坂美琴という少女によって、破壊されつくした。

「ぎゃ、ぎゃはははははははは」

 見失った。何かを。
 一方通行の視界から全てが消え去り、漆黒の帳が下りる。

「念のため、とミサカは確認事項を述べますが」

 嗤い続ける一方通行の顔を覗き込んで。御坂妹は告げる。


「ミサカ達は実験が凍結されても廃棄されることはありません……と、分かり切ったことをわざわざミサカは言ってみます、が」


 嗤い声が凍った。そして、爆発。

「ぎゃははははははははははははははははははは!! かきくかかくききこくきこけかかか――――!!!」

 破れて壊れて砕け散る。沸騰し灼熱し膨張する。凝固し冷却し縮小する。ひたすらに第一位はズタボロの笑顔を浮かべ続けた。

「かかか……く、ハッ……」

 嗤い疲れたのか、一方通行はふうと息をつき、



「俺の負けだ、欠陥電気(レディオノイズ)」



 ああそう。美琴は簡潔に返答した。
 ああそうですか。御坂妹は簡潔に返答した。

「一方通行(アクセラレータ)はオマエに敗北した。戦う気も、実験を続行する気も起きねェ」

 力ない敗北宣言に、沈黙が降りる。
 操車場の中心から、夜空に浮かぶ白い月に手を伸ばして一方通行は





「――――――――――――――――」





 その言葉は誰にも聞こえなかった。










 上条当麻が目を開けば、そこはいつもの病室だった。
 まだ見舞いの品や花瓶などがないことから、どうも運ばれて間もないらしい。麻酔のせいで体は動かず、仕方なしに目だけを動かして周囲を見てもあるのはベッドのそばのパイプ椅子に座っている御坂妹ぐらい

「はい!?」

 思わず奇妙な叫び声を上げてしまったが、上条は御坂妹がいることに驚いているわけではない。
 ただ単に、御坂妹が握り締めている上条の右手が、御坂妹の胸部のふくらみに触れるか触れないか程度に引き寄せられていただけだ。健全な男子学生としては妥当な反応である。
 黒翼の打撃を二度も食らって生きてるのは明らかに一方通行の無意識の手加減と主人公補正のおかげだが、その辺は皆さんのご都合主義魂でどうにかしてほしい。
 前書きにも書いたが、「上条さんマジパネェっす」なんていう人は原作を読み直せ。ホント不条理の塊だ。熱膨張って知ってるか? って言えば紅茶が武器に早変わりするんだ。なんというチート。

「あ、ああああああの、御坂サン!? 何をしてらっしゃるのでせうか!?」
「何を、と言われても……アナタの心拍数を生体電流によって計測していただけです、とミサカは事実のみを客観的に報告します。特に性的な意味は含みません」

 せっ!? と思わぬ言葉に上条は呼吸が止まりそうになったが、ふと思い直す。

(あれ? ってことは触れてる? 今現在上条さんの右手はオンナノコのムネに触れてるの?)

 ちきしょー麻酔のせいで何も感じないんですけどーっ! と上条は悲鳴を上げそうになるが、すぐさま思考を切り替え黙想。精神を統一し邪念を振り払う。

(色欲退散、色即是空、付和雷同。理性崩壊、学級崩壊、原子崩壊俺崩壊! ってダメだろこれ! むしろアレだわ!)

 セルフツッコミをかろうじて飲み込みつつ、なんかもう色々と開き直った上条はキリッと擬音をつけ表情を引き締めた。

(……ッ! 何ですか今の痛烈な危機感は、とミサカは自分の心理状態に疑問を抱きます)
(今この右手は触れてる今この右手は触れてる今この右手は触れてる! 信じろ自分の感覚を! 信じろ今の自分を! がんばれがんばれ俺ならできる! なんでそこで諦めんだよ!! もっと、もっと熱くなれよ! ずっと望んでたんだろ!? オンナノコと結ばれるハッピーエンドを! 主人公として美少女ハーレムを作り上げることを! Nice boat.を回避することを! だったらこんなとこで諦めてんじゃねえ! 手を伸ばせば物理的に届くんだ! いい加減に始めようぜ、上条当麻!!)

 もぞり、と。動くはずのない上条の右手が、人差し指だけ、小さく動いた。

(それでも、もし俺(テメェ)が動けず触れず感じれず、目の前の理想郷(アルカディア)を諦めるしかないってなら――まずはその幻想をぶち殺す!!)

 同時に原作主人公としての尊厳もぶち殺す羽目になるわけだが。
 死ぬ気で右手を動かそうとする上条の姿にどこか寒気を覚えながら、御坂妹は唇を小さく開く。

「……アナタは、一方通行のことをどう思いますか?」

 ピタリ、と、上条の動きが止まった。

「……話して思ったのは、どうも悪いやつじゃなさそうってことぐらいかな」
「……そうですか、とミサカは相槌を打ちます」

 会話が死んだ。
 上条はじっと天井を見上げるばかりで、御坂妹はそんな上条をじっと見ていた。

「……ミサカ00001号と一方通行の戦闘映像、並びに二人のプライベートな会話ログがあります」
「プライベート?」

 それって聞いたら個人情報保護何たらに引っかかるんじゃないかー? と首をひねる上条に御坂妹は、



「会話ログから察するに一方通行は――――――――」



 上条は目を見開いた。

「…………え? いや、ウソだろ?」
「真実です、とミサカは冷たく宣告します」

 無表情で言い切る御坂妹に、上条は呆然としながら口をポカンと開けた。続けざまに御坂妹は上条の瞳を覗き込み、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「アナタは、知りたいですか?」
「……何を?」
「一方通行の真意を、です、とミサカは最終確認を取ります」

 少しだけ黙り、上条は小さく頷いた。







 一方通行は、せっせと花瓶に飾られた花束の手入れをする美琴を見ていた。
 カエル顔の医者が置いていったそれらは、一方通行には眩しいカラフルな色。隣の部屋にいるツンツン頭の少年にも、すぐに届くだろう。差出人は不明だが大方どこぞの理事長だろうと一方通行はあたりをつける。まだ操車場を吹き飛ばしてから半日も経っていないのにすでに入院先が手配されているとは、学園都市は末恐ろしいなと思う。
 実験がどうなったのか、一方通行はまだ知らない。ひょっとしたらこれからも続くかもしれないし、もう凍結されるかもしれない。

 どの道一方通行には関係のないことだ。

(もォ、殺したくなんか……ねェな……)

 いつ道を踏み外したのか、一方通行ははっきりと覚えている。

(あの頃は、本当に)


『ほら一方通行、行けよ』
『雑魚は私たちに任せなさい』
『ったく、男ならもっとシャンとしなって』
『姫様を助けるのは勇者ってな。お前の根性、見せてやれ』


(本当に、すべてが上手くいっていたのに)


『……助けて、くださいッ……! 一方通行ァ……!』


(俺はなンでこんなトコまで来ちまったンだろォな、ミサカ)





『俺……もっと強くなるから……! こんな下らねェ『最強』なンかじゃなくて……オマエらみたいな奴らもみンなまとめて救えるような……『無敵』になるからァ……! だからッ……!』





「……なァ」
「何よ?」

 作業の手を止め、美琴は一方通行に振り返る。

「オマエ、やっぱ似てンなァ」
「……誰によ」
「00001号にだ」
「そりゃ似てるに決まってるじゃない」

 自分のクローンなんだから。そう自嘲するように言う美琴に、一方通行は、

「なァオマエ、聞きたいか?」
「……? 何をよ?」



「一万人の『妹達』を虐殺した、大悪党のくだらねェ懺悔」



 美琴は黙って考え、ベッドのそばのパイプ椅子に腰掛けた。

「聞くわ。……せめて言い訳ぐらいはしなさいよ? 悪党っていうからには」

 その言葉に頷き。一方通行は口を開く。語られるのは『最強』と『欠陥品』の物語。


 理想と現実が交錯する時、儚い虐殺劇の幕は開く――







―――――――――――――――――――――――――――



セロリ「これでやっと『妹達編』終了か……」
さてン「長かったですねー」
冷蔵庫「次回からは『追憶編』らしいな。なんでも佐天ちゃんが先行ゲスト出演とか」

セロン「「あっさりネタバレするなよっ!」」

冷蔵庫(なんかコツ掴めてきた)



[24716] 第九話 始動する闇【追憶編】
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:331a5f0c
Date: 2011/02/14 13:59
 真四角の白い部屋が、彼の世界だった。

「No.01。前へ」

 指示の声が飛ぶと同時、一人の少年が部屋の中央に歩み出た。
 部屋は左右前後の壁に床、天井までもが真っ白に染められており、まるで部屋一面に牛乳を塗りたくって放置したように見える。

 そして、中央に佇む少年も白かった。

「敵対存在、No.003用意! 実験内容、『視認不可速度に対する反射』!」

 号令と共に、少年の正面の壁にパキリとヒビが入った。ズズズ、と何かがせり出してくる音が響く。
 出てきたのは直径約二十センチはあろうかという巨大な砲塔。
 それの名称は『超電磁砲《レールガン》』――『樹形図の設計者《ツリーダイアグラム》』によって発現が予期される、電撃系統で最上級の能力を利用したものだ。原理は簡単で、磁力を用いた電磁レールを砲口付近に展開、音速の三倍で砲弾を撃ち出す。当然、人間の動体視力では捉えきれない。

「超電磁砲、発射用意!」

 一発で鋼鉄を貫き、人体を木っ端微塵にするようなそれが、無表情で少年に狙いを定めた。

「いけるか?」
「……問題ありませン。データはもォ演算済みです」

 少年はじっと砲口を見つめながら、答えた。

「超電磁砲発射五秒前――四」

 学園都市最良の頭脳が、学園都市最強の能力が、牙を剥く。

「――三――二――」

 白い少年の口元が歪む。顔を引き裂くように口を広げ、さあ来いとばかりに両手を広げた。

「一、発射!!」

 轟音が部屋を揺らし、閃光が少年の視界を塗りつぶした。







「――――ッッ!!」

 バッ! と一方通行はベッドから跳ね起きた。

「……っく」

 寝汗を拭い、一方通行は台所へと向かう。水道水をコップに汲むと、一気に飲み干した。すっかり水分を失っていた喉を、水が潤していく。

「く、は……」
 
 乱暴にコップを台所に叩きつける。

(なンだ、今の夢はァ……)

 天井を仰ぎ、ため息をこぼした。

(何歳の頃の実験だよ……? 今更夢に見るなンざ、バカらしい)

 理由は明白だった。

(あのガキのせいで……)

 二週間ほど前、一方通行は一人の少女を助けた。


 少女の名は御坂美琴、つい先日、序列第三位『超電磁砲《レールガン》』として認定されている。


 レベル5というのは、通常の能力者とは格が違う。言うなれば、楽器のようなものだ。そこらの楽器屋で売っているものは誰でも手軽に買えるが、どこぞの巨匠が作った高級品ともなれば値段の桁が大幅に違ってくる。
 そんな存在、しかも世界で七人しかいないレベル5が偶然出会ったのだ。たったそれだけの、珍しい『偶然』。

 それだけなのだけれど、なぜか胸騒ぎがする。

「…………あァン?」

 ふとテーブルの上を見ると、寝る前に置いていた携帯電話がランプをチカチカと光らせていた。
 手にとってみれば、どうやら何度か音声電話を着信していたらしい。

(あンだよ、またなンかの実験かァ?)

 着信相手は、





『岩橋短期大学・筋ジストロフィー研究センター』





 そう。
 全てはここから始まったのだ。
 学園都市最強にして最悪の能力者による、大虐殺劇は。








 学園都市、夏――
 それはセミが鳴き始めてから、ちょうど二週間たった頃のことだった。

「あ、スイマセン。初回版もう売り切れたんすよー」
「「バカなぁぁああああっ!!」」

 学園都市、第三学区。その片隅にある小さなゲームショップから、二人の男の悲鳴が響き渡った。

「俺の、俺のさくらがァ……!」
「ことりに会えないことりに会えないことりに会えない…………」

 発狂したかのようにうずくまり、哭き叫ぶ彼ら。これでも学園都市では名の知れた能力者である。


 さくらファンの方は、学園都市序列第一位、一方通行。本日は袖を捲り上げたYシャツを黒いシックなネクタイで締め、トラウザーパンツをはいてもう誰だか分からない見事な正装をしていた。


 もう一人は、序列第二位――垣根帝督である。スーツをかなり着くずしたそのファッションは、チンピラかホストにしか見えない。


「一方通行ァァァァァァァァァ!! テメェがあそこで劇場版ヤ○ト見てえとか言ってポスターに気取られたから遅れちまったじゃねえか!!」
「ンだとメルヘン野郎! そっちこそTSU○AYAでアリ○ッティ借りてくるとか言って二十分待たせたじゃねェか!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を尻目に、ショップの店員さんは携帯ゲーム機をピコピコと操作している。
 ピコピコピコピコ。
 カチカチカチカチ。
 セリフ送りセリフ送りセリフ送り。

「やっぱさくら可愛いっすね~」
「だろォ? ……ってテメェ何やってやがンだァ!?」
「問題ないっす。これと保存用で二本は俺がキープ済みっすから」
「「問題大ありだろォがァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」」

 一方通行と垣根帝督の正体を知っているのか知らないのか、余裕しゃくしゃくで見せつけるようにゲームをプレイする店員さん。
 二本あれば一方通行と垣根帝督は初回版にありつける。学園都市序列トップツーコンビは、一瞬で意思疎通。その能力を用いてソフトウェアの奪取を試みた。

「……さァ、虐殺ショーの始まりと行こォぜェ!」
「さぁ死ね! 人を殺している時だけ、生きていると実感できる!」
「アンチスキル呼びますよ?」
「「スイマセンでした」」

 音速でその場に土下座する二人。
 さすがにこんなことでお縄にはかかりたくないらしい。

(クソがァ……いつかハラワタをブチまけてやる)
(クソが……いつかブッ血KILLしてやる)

 ギリギリギリギリギリギリギリギリと歯噛みしながら、反抗の誓いを立てる二人。

「あざしたー」
「「……あざっしたァ」」

 言葉どころか体中から怨念に満ち溢れたどす黒いオーラを放出しつつ、一方通行と垣根帝督はゲームショップを後にした。





「ケッ、ついてねェな」
「ああ。在庫まで確認してもらったのにアリ○ッティがないとは」

 微妙にズレた会話をしつつ、休憩がてら寄った公園で一方通行と垣根はベンチに座り込んだ。夏は真っ盛り、黙って突っ立っているだけで汗がにじみ出る。
 ちなみに公園で遊んでいた少年達は一方通行を見て駆け寄ろうとしたが、隣の垣根の背中から生えた翼を見て逃げていった。
 垣根帝督の能力『未元物質(ダークマター)』。その能力にこの世の常識は通用しない。マナーとかモラル的な意味でも。

「ホレ、コーヒー。120円貸しな」
「おゥ、悪ィな」

 翼でパタパタと自分を扇ぎつつ、垣根は一方通行にスチール缶を手渡す。

「新発売、激甘ホットカフェオレ(砂糖飽和状態)だ」
「いるか! 季節感も俺への配慮も皆無じゃねェか!」

 ビュゥン!!と一方通行が投げ捨てた缶が音速の二倍近くの速度で飛んでいく。
 丁寧にキラーンなんて効果音をつけお空の星と化したカフェオレの缶を見やり、思わず冷や汗を垂らしながら、垣根は冗談だと告げた。

「本命はコッチだ」
「あァ?」



『新世界のブラック ちょっと一服 や ら な い か』



 ゴォゥ!!と大気を切り裂き、スチール缶が宇宙空間めがけて射出される。その速度は『超電磁砲』をも凌駕した。プロのサッカー選手張りのロングロングシュートをキメて見せた一方通行は、蹴りだした黄金の右足をはたくと、悪鬼のような表情で垣根に詰め寄る。

「すげえなオマエ。Jリーガーになれるんじゃねえか?」
「お誉めの言葉ありがとォ。そして殺す」
「落ち着け。クールダウン、クールダウン」
「分かった。落ち着く。そしてぶち殺す」
「ダメだこりゃ」

 殺気全開でジリジリと間合いを測る一方通行。
 ちくしょーノリでギャグなんてしなけりゃ良かったーっ! などと叫びたくなるのをこらえ、垣根は一応、計六枚の純白の翼をはためかせる。

「ハッ、まァたボコられたいみたいだなァ!」
「勝手に吠えてろ。あの時は時間切れだったが、今度こそ白黒つけてやるよ!」

 いざ第一位と第二位が激突する、という時に。



『放て! 心に刻んだ夢を~未来さえ置~き~去~り~にして』



 空気を読まず、垣根帝督の携帯電話の着信音が鳴り響いた。

「……聞いたことねェ曲だな」
「聞くな。世界観が崩壊する」

 しかしいい曲だ、と一方通行が頷く中、垣根はスマートフォンの画面にタッチ、通話を開始する。

「俺だ」
「誰だ? ひょっとして彼女さンか?」
「…………心理定規(メジャーハート)、いやあのですね今はちょっと野暮用でしていえバイトしてますよ? サボってなんかませんよ?」
「おィものスゲェ冷や汗出てンけど大丈夫かァ?」

 ダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラ!
 ものすごい勢いで汗がにじみ出る垣根。一方通行でさえもが思わず心配するほど、外見が地球上生命体からかけ離れていく。顔色は青を通り越して紫になり、その後も色々と超越したらしく真っ黒になっていた。

「いや家計がキツいのは分かってるって。ちゃんとバイトする。だからフィギュアと積みゲー燃やすの止めてください」
「……彼女さンってよりは鬼嫁か小姑だな」
「は? 頬にキス一回? それで許してくれるの?」
「どいつもこいつもリア充かよチクショゥ!」

 何で俺にはステキな出逢いがないンだァーっ! と絶叫する一方通行を尻目に、垣根は何やら話し込んだ後、背中の翼が霞んで見えるほどまぶしい笑顔で右手を空に突き出す。

「俺の時代キタ―――――――――――」
「そげぶ(その幻想をぶち殺す)ッ!!」
「ばこお(バカなこの俺が)っ!!」

 一方通行家一子相伝最終奥義、ベクトルキック。大気の流れや重力、作用反作用全てのベクトルを詰め込んだ右足が、翼越しに垣根の体へ突き刺さった。
 そのままゴロゴロと転がっていく垣根に背を向け、ポケットに手を突っ込んで一方通行は歩き出す。

「……絶望が、オマエのゴールだ」





「ならば、アナタのゴールはどこになるのでしょうね」





 一方通行の足が止まった。
 彼の正面に相対するのは、白いブラウスに薄手のサマーセーター、プリーツスカート。肩まである茶髪。焦点の合ってない無機質な瞳。

「オマエは……」
「はじめまして、第一位『一方通行』」

 それは言葉を喋った。
 それは片足を踏み出した。

(コイツ、この前と話し方が全然ちげェ……双子なのか?)
「私はシリアルナンバー00001、『妹達』の先行試作型に当たります」

 先行試作型。その言葉に一方通行は首を傾げる。

「スマン、何言ってンだかサッパリ――ッ!!」

 唐突に、脳内でスパークが弾け飛ぶ。学園都市第一位は、ある一つの可能性に突き当たった。

「まさか、テメェあのガキのクローンか!?」
「ご名答です。拍手を贈りましょう」

 パチパチと、人をバカにしたような単調なリズムで拍手が鳴る。

「じゃァ、昨日の電話は」
「ええ、『絶対能力者進化実験』は存在します」

 そこでそれは言葉を切り、


「今ならまだ間に合います。実験に……協力しますか?」


 沈黙が数拍。


 一方通行の顎が、小さく上下に振られた。



―――――――――――――――――――――


セロリ「なンか久しぶりだなァ」
ミサカ「最近受験で忙しかったですからね」
佐遊樹「なお、この作品で一方通行はこの『追憶編』で『ベクトル制御装置にAIM拡散力場の数値設定を入力』する作業は終えております。その辺はまあボチボチと」

セロミ「オマエ誰/アナタ誰ですか!?」

冷蔵庫「…………俺の、出番は?」
ピカ子「……本編で出たからいいじゃん」



[24716] 第十話 激昂する魂
Name: 佐遊樹◆a4780e76 ID:7b77f841
Date: 2011/02/27 01:52
 人を殺すのは嫌いだ。人が死ぬのも嫌だ。


 まず、クラスの男子の拳が飛んできた。
 反射した。


 次に、他の男子の拳が飛んできた。
 反射した。


 担任教師の拳が飛んできた。
 反射した。


 交番の巡査の警棒が叩きつけられた。
 反射した。


 巡査長の拳銃から銃弾が飛んできた。
 反射した。


 アンチスキルに囲まれ、取り押さえられそうになった。
 反射した。



 反射して、反射して、反射して反射して反射して反射して反射して反射して反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射反射






 何も飛んでこなくなった。





 世界を敵に回しても、世界は自分を打ち負かしてくれなくて。
 彼は降参した。散々攻撃を反射し、絶望を雨のように振り撒き、恐怖を人々の心奥深くに植えつけ。

 もうどうでもいいか、と彼は妥協した。

 だからかもしれない、と一方通行は思う。真っ白な部屋。どこまでも白い床、天井、四方の壁。

『ようこそ一方通行君。君は最強の第一位でありながら、あさましくも更なる力を求めここに来た』

 演説でもするかのように、研究員のものとおぼしき声が聞こえる。

「ンな御託はどォでもいいンだよ」

 けだるそうに白髪を掻きながら、彼は告げた。

「こちとら目当ての代物がなくてイラついてンだ。さっさと帰らせてくンねェ?」

 反抗気味な口調が、実験室に響く。

『そう言うな。この実験は君のためだけにあるものではない。学園都市の最終目標へ到達できるかもしれないんだよ、君は』

 最終目標ねェ、と一方通行は笑い飛ばす。

「それで? このチンケな研究施設と頭のイッちまってる研究員の皆さンで、何ができるンだァ?」
『スペースなど必要ない』

 それが合図だったのか、部屋の片隅に突如亀裂が入った。
 否、亀裂などではない。周囲の壁と全く同じ色にペイントされ、カモフラージュされた出入り口。そこから一人の少女が姿を現した。

「オマエ……」

 自分をここまで案内した、第三位『超電磁砲』に異様なほど似ている少女。


『紹介しよう、君の『絶対能力者進化実験』のサポートをする、シリアルナンバー00001。『超電磁砲』のクローン成功作第一号だ』

 一呼吸、



『君には、彼女を二万回殺してもらう』



「…………はァ?」

 最初に出たのは、呆れの声だった。

「イヤイヤイヤイヤ、はィ? 二万回ィ? オマエ自分が何言ってンのか分かってる?」

 二万回って7つのボール何回集めりゃいィンだよ、と茶化すように一方通行は笑った。

「アレか? オマエ異世界出身? オマエの世界じゃ死者○生とかで人が蘇ってンの?」

 さも可笑しそうな一方通行に、研究員はそっと話しかける。

『彼女はクローンなのだよ。いくらでも量産できる。単価は十八万、ボタン一つでいくらでも増やせる』

 ピクリと、一方通行の眉が跳ね上がった。
 今聞こえたのは何だ?

「……なンか戯れ言が聞こえた気がすっけど、気のせいだよなァ?」
『気のせいなんかじゃないさ。君が彼女を殺して、彼女はまた増やされ、君はまた彼女を殺す』
「……できるワケねェだろ、そンなこと」

 一方通行は人を殺したことがある。とても気持ちのいいものとは言えないものだ。


「人を殺すのは嫌いだ……人が死ぬのも嫌だ……」


 その言葉に、研究員は……笑った。

『人を殺すのは、嫌い? 人が死ぬのも、嫌? ……ククク、クハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 ならば話は早いと。
 喉が潰れるほどに笑いながら、研究員はそうつぶやいた。

『……クハハッ、ククク……いやぁ良かった良かった! 君がそうで良かったよ。ククッ……』
「……なンの話か、サッパリ見えてこねェンだけど?」

 バカにしたような笑い声に相当苛立っているのか、一方通行の声が威圧的になった。
 さすがにやりすぎたと思ったのか、研究員は咳払いを一つして、改まった様子で言葉を紡いだ。



『問題ない。『妹達』は人間じゃない。単なる人形だ。単価十八万円の、動く人形だ』



(何言ってンだコイツ)

 一方通行は呆れた。いたって客観的に呆れた。
 怒りが湧き上がってなどいない。自分は冷静だ。冷静に考えて、この『実験』はおかしい。
 気をつけて、慎重に発言しろと、理性は謡っていた。

 けれど、そんなこと、お構いなしに。
 一方通行の感情が、勝手に暴発した。

 ダンッ!! と、床が華奢な細い足に踏みつけられ、途端に四方八方へ砕け散った。
 研究施設の空気が一瞬にして凍りつく。学園都市最強の本気の殺気に場の空気が掌握される。

「テメェら、それ本気で言ってンのか……?」

 ヒッと、スピーカー越しにも研究員の狼狽が聞き取れた。





「コイツだって生きてンだろォが!! なンだってそンなことも分かンねェンだよ!?」




 激情のままに、一方通行の口からほとばしる言葉。

「さっきから黙って聞いてりゃァ調子こきやがって。オマエ誰にモノ言ってンのか理解できてねェみたいだな」

 殺気を隠そうともせず、彼はフンと鼻を鳴らした。
 もう何度か床を踏み砕き、壁まで大きなヒビが入ったところで一方通行は観察用のカメラを睨む。

「俺はこの実験を降りるぜェ」
『なっ――――』
「あばよ。今日中にダ・○ーポプラチナパック買いてェンだ」

 颯爽と実験室を後にする第一位。
 シリアルナンバー00001は、その背中をじっと見つめている。



 夏はまだ始まったばかりだった。



 外は雨だった。先ほどまでの暑さがウソのような曇天に、一方通行は舌打ちする。

(ンだよ、めざ○しテレビの言うとおり傘持ち歩いとけばよかったぜ)

 仕方ねェ、ていとクンにでも迎えに来てもらうかと一方通行が携帯電話を取り出した時、頭上に影が差した。



「お貸ししましょうか?」



 クローンとして作られ、人形と呼ばれた少女は、焦点の合っていない瞳で最強を見ていた。

「……いィのかよ?」
「その代わり、ミサカのためにあることをしてほしいのですが」

 受け取った傘を肩に預け、一方通行は少女の言葉を待つ。



「ミサカを買ってください」



「さて、耳鼻科にでも寄るかな」
「ちょっと待ってください、ダメならミサカを飼ってください」
「チッ、しょうがねェな……ってンなワケねェだろ! つかむしろアレだわ!」

 その発想はなかったぜと一方通行は冷や汗を垂らした。
 ミサカは不満そうに頬を膨らませ、口を開く。

「せっかく穴場のゲームショップを教えようとしたのに」
「………………………………メシはファミレスでいいな?」

 たっぷり悩んだ末に、とりあえず一食ぐらいはいいかと一方通行は決断。
 薄い赤色の傘を差し、少し狭いスペースに二人は入り込んだ。肩と肩が密着し、ちょっとドギマギする一方通行。

「ところでどこへ行くのですか? ジョイ○ルですか?」
「ンにゃ、デ○ーズだ」

 一方通行と欠陥電気は共に歩く。その先に何があるのかなど知らず、考えず。
 雨は少しずつ、強くなりだしていた。


―――――――――――――――――――――

追憶編予定
一方通行無双

垣根クン冷蔵庫化

ミサカと麦野がくっつく

気付いたらヒロインがフレ/ンダ

セロリ「おィィィィィィ!? なンか追憶編とンでもないことになってませンッ!?」

冷蔵庫「作者の頭に常識は通用しねえ」(キリッ

きぬは「カッコつけてる場合ですか? 超ソッコーで冷蔵庫になってますよ?」


セロ庫「「キミ誰?」」


きぬは「えっ」
セロリ「えっ」
冷蔵庫「えっ」



[24716] 第十一話 人間の証明
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:2e92199b
Date: 2011/03/01 10:35
 メルヘンでもわかるあらすじ

 俺こと一方通行はいけ好かねェメルヘン野郎と新発売のダ・○ーポのプラチナパックを買おうとしたンだが、メルヘンが俺の足を引っ張って失敗。直後ワケの分からンクローン少女に怪しい実験へ勧誘されたが、よくわからンが研究員の言葉にプツンとキて実験を拒否。すると俺が殺すはずだったクローン少女が俺に買われたいと言いだしやがり、心の広い一方通行様は親切にもその得体の知れない女をファミレスでご馳走してやることにしたのだった。あ、着いた。

「サーロインステーキくださァい」
「では私は」
「あとお子様ランチ一つ、ドリンクバー二つ」
「……お子様ランチ? それって一体どんな食べ物なんですか?」
(やべェ目がキラキラしてる)

 wktkwktkと言わんばかりの表情のミサカに頬をひきつらせながら、一方通行は窓際の二人用席に座った。ミサカも黙って向かいに着席する。

「荷物はあるかァ?」
「いえ、強いて言えばこの暗視ゴーグルのみです」
「うし、アクセラレートドランクバー大会の開幕だァ」
「……該当する大会がデータベースにないのですが」
「バーカ、オマエのデータベースはお子様ランチも載ってねェンだろ。語数が貧困にもほどがあらァ」
「なるほど……あ、それで、そのアクセラレートドランクバー大会なるものは一体何なのですか?」

 黙ってついて来い、とでも言うように一方通行は席を立つ。
 アイガモの親子のようにぴったりと列をなしながら、二人は席からそう遠くないドリンクバーへとやって来た。

「これは一体……?」
「こいつがドリンクバーってヤツだ」

 キラキラと輝く瞳で、ミサカは一方通行を見やった。あれだ、動物園に初めて来た小学生と同じ状態だ。

「超すみませーん。通してもらえちゃったりしますー」
「あ、すンませン」

 と、同じファミレスの客か、少し小柄な少女が一方通行とミサカの間に割り込んだ。配置を分かりやすく言えば、少女を中央に据えて、少女からして左に白いモヤシ、右にゴーグルかけたレイプ目少女と三人並んでドリンクバーに向かい合っている形だ。

(なんですか両サイド……超個性的で超カオスなんですけど)

 ビキバキと少女の頬がひきつりまくっているのを知ってか知らずか、ミサカは実験動物を観察するかのような無表情で少女の行動を見つめている。

(超やりづらいんですけど)
(うわ、これはひでェ……同情せざるを得ねェな。止めねェけど)
(ボタンを押しただけで飲み物が出るのですか。……なっ、何ですかこの毒々しい緑色の液体は!?)

 少女はメロンソーダに氷を数個ぶち込むと、気まずそうにそそくさと席へ戻っていった。
 するとすぐさまミサカがドリンクバーに飛びついた。興味深そうにぺたぺたと機械を触りまくるミサカ。

「緑色……出ませんね」
「テメェは一体何を期待してンだ」
「先ほどの方が出していた、緑色の体に悪そうな液体です」

 呆気にとられる一方通行に、ミサカはドリンクバーを弄る手を止めず答える。一方通行は呆れたと言わんばかりの表情で、すぐ傍のガラスコップを手に取った。それをドリンクバー下部の金具に押しつけ、適当にコーラのボタンを押す。

「!!?」
(なにこれ可愛ィ)

 ビクッと小動物チックに驚くミサカ。なんか楽しかったのか、一方通行はカチカチとコーラのボタンを小刻みに押し続ける。その度コーラが少しずつ漏れるように出て、ミサカの肩も跳ねる。

(…………うずうずうずうずうずうずうずうず)
「……やりてェか?」
「!!」

 あからさまなまでのリアクション。その反応にニヤリと笑って、一方通行はスッとミサカをドリンクバーの正面に押し出した。ビクビクと怯えつつ、ミサカはおそるおそるボタンに手を伸ばす。

「…………(スッ)」
「wktkwktk」
「…………(ピッ)」


 ドボドボドボ(コーラの中にセイロンティーが注がれる音)


「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?」
「出ましたっ! 出ましたよ一方通行!」

 人生初のドリンクバー体験がよほど嬉しかったのか、ピッピッとミサカはボタンを押しまくる。

 ドボドボドボ(ウーロン茶)

 ドボドボドボ(カルピス)

 ドボドボドボ(キリマンジャロブレンド)

 ドボドボドボ(カフェラテ)

「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ!」

 なンか違う! なンか間違ってるって! と一方通行は頭を抱え込んだ。
 テンションが振り切れたミサカは、照井君も真っ青なスピードで隣のドリンクバーまでコップを移し楽しそうに飲み物を混ぜていく。

「これがドリンクバー……初挑戦のミサカでも簡単にできましたね」
「あァ、うン、そォだね」

 コイツらに常識は通用しねェなどと呻く一方通行の肩に、ミサカの手がポンと置かれた。

「あァン?」
「はいどうぞ、ミサカ特製ドリンクバージュースです」

 にっこりと笑いながら、彼女は一方通行に謎の液体が入ったコップを手渡した。
 その満面の笑みに……一方通行の心臓が、一瞬跳ねる。

(……なンだよ今のは反則だろ無表情じゃねェじゃンさっきまでクールビューティー系だったヤツが急に微笑むのは反則だろォ)
「……どうかしたのですか? 瞳孔の拡大、呼吸の乱れ、脈拍の異常などが検出されていますが」

 きょとんとした表情で一方通行の顔を覗き込むミサカ。互いの顔の距離、約十センチ。

「近い近い近い近いィィィィィィィィィ!!」
「はい?」

 大慌てでミサカから距離をとり、一方通行は照れを隠すようにそっぽを向いた。

「あーだーもォ、いきなり笑うンじゃねェよ!」
「……わら、う……?」

 その言葉に、ミサカは首をひねり、自分の頬をさすった。

「……見間違いではありませんか? ミサカに感情を表情に出す機能はインストールされていないはずです」
「………………………………あのなァ」

 一方通行は大きく、大きくため息をついて、


「感情が表情に出るっつうのは、『人間』だったら当然だろォが」


 なンでそンなことも分からンのかねーと一方通行はぼやき、新たにコップをもう一つ取り出した。

「……ミサカは、人間では」
「あァ、単価十八万の動く人形ってヤツ?」

 注ぐジュースを悩みながら、何でもないことのように、一方通行は言い捨てる。



「じゃァ、人形ってのはそいつ特製ドリンクバージュースを作れンのかよ?」



 あ、とどこか間抜けな声が、ミサカの口から漏れた。

「安心しろォ、『買い主』としてテメェ特製ドリンクバージュースは俺が飲み干してやる。世界でただ一人、俺だけが、オマエが人間であることの証拠を飲み干してやるよォ」

 何を注ぐのか決めたのか、一方通行はガラスコップをドリンクバーにセットする。ボタンに手を伸ばそうとして、ふと彼は呆然としているミサカを見やった。

「この俺が、学園都市『最強』が保証する。テメェは人間だ」

 ボタンが押された。
 ドボドボと液体が注がれ、コップを満たす。

「……アナタという人は、まったく」

 殺されるはずだった相手は、自分を殺さず、挙げ句の果てには人形を人間扱いした。
 呆れるしかない、とミサカは思う。バカだ。この男は、バカだ。
 それでも、とミサカは思う。



(アナタにそう言われて、悪い気はしませんね……)



「ところで、アクセラレートドランクバー大会なるものはどうなったのですか?」
「あー、うン……勝者オマエでいいや」
「なんだか実感が全然湧かないのですが……」
「まァいいだろ。ホイ、メロンソーダ」
「あ、どうも――――――――!!?」
「……さっき言ってた緑色の液体ってのはコイツのことか」
「こ、これが、飲み物……!?」
「飲ンでみ、うめェから。さてさて、ミサカさン特製ドリンクバージュースってのはいかがなモンでしょうかね」
「…………(ゴクッ)」
「…………(ゴクッ)」
「……美味しい」
「……ju4ngo52oi8e」
「落ち着いてください、ここは地球圏です」



――――――――――――――――――――――

セロリ「そろそろその他板に移動しようと思うンだ」
きぬは「えっ」
ピカ子「えっ」

きぬは「ってそれはどうでもいいんですけど、私の名前超変えてくれません?」
ピカ子「えー、何かいい案ある?」
セロリ「じゃ超超超で仮決定」
超超超(仮)「なんですかその不毛すぎる名前。って何早速反映してるんですか!? (仮)とかいりませんって!」
ピカ子「あ、(仮)いらないの?」
セロリ「じゃ確定って事で」
超超超(本決定)「もうイヤァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

冷蔵庫「……カオスな空気だろ。うそみたいだろ。本当なんだぜ、その他板への移動」
すごい「マジでか!?」



[24716] 第十二話 買い主
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/03/09 21:54
「味覚神経からの電気信号のベクトルを変換……味覚神経からの電気信号のベクトルを変換……」
「お子様ランチお子様ランチお子様ランチお子様ランチ……」
(なんですか後ろの席、超五月蠅いですね)

 学園都市、とあるファミレス。
 廃人じみたオーラを身にまといながらブツブツと何やらつぶやいている、窓際席の二人。
 片や序列第三位のクローン一号、片や学園都市最強だとは誰が想像するだろう。

「あァァァァァァもう、味が落ちねェよォ! なンか粘ついてンですけどォ! これ本当に人間が作り出したモノか!? ゴルゴムあたりが作ったンじゃねェの!?」
「お待たせしました、サーロインステーキとお子様ランチになります」

 と、ウェイトレスさんが一人、サーロインステーキの鉄板とお子様ランチを抱えてやって来た。
 それらをテーブルに並べながら、まだ幼さが残るウェイトレスさんは慣れた様子で一方通行に話しかける。

「珍しいですね、一人じゃないんですか」
「ハン、悪いかよ?」
「いえ、別に」

 クスクスと笑いながら、彼女は一礼して去る。一方通行は憮然とした表情でお冷やをあおった。

「こ、これが……お子様ランチ……!?」
「おォ、旗は取っとけよ。記念になるしなァ」

 からかうような口調も咎めず、ミサカはチキンライスに突き立った旗をしげしげと眺める。

「男なら~誰かのために強くなれ~」

 一方、第一位は鼻歌混じりにサーロインステーキへナイフを入れた。
 ミディアムに焼かれた肉をほおばり、実に幸せそうな表情を浮かべる一方通行。

「……意外と可愛らしい表情をするのですね」
「あァン? 何? ケンカ売ってる?」

 額にビキバキと青筋を走らせながら、一方通行は片手でミサカの頭から暗視ゴーグルを奪い取る。

「あ……」
「ふゥン……あれか、電磁線と磁力線の流れを視覚的に観察するためのものか。まァ超電磁砲《オリジナル》とオマエ《クローン》じゃ能力の格が違うもンなァ」

 そこまで言って、一方通行はゴーグルをその手で握りつぶした。金属が砕け散り、破片が一方通行の膝に落ちた。

「テメェには、もォ必要ねェだろ」

 窓の外に顔を向け、学園都市最強はそう言う。
 言外に込められた意味に、ミサカは目を見開いた。



『オマエはもう戦わなくていいンだよ』



(……ミサカは、『実験』のため生かされている存在)

「こンなモンいつ使うってンだよ」

(単価十八万で、人形で、今目の前にいる第一位に殺される運命で)

『こンなモン使って戦うことなンかねェよ』

(なのに)



「テメェは俺が買ったンだ。買い主として安全は俺が確保してやる」
『オマエは俺が買ったンだ。買い主としてオマエは俺が守ってやる』



(そう言われて――――『嬉しい』と思ってしまう)

 ミサカはダメですね、ダメダメですとつぶやくミサカ。一方通行はさっさとサーロインステーキを胃袋に収めると、コーヒーを飲むためかドリンクバーへ再び向かう。

「……あ……がと……ざいます」

 背中に少しだけ届いた声を、彼は聞かなかったことにした。




「ここが、アナタの家ですか……」

 食事を済ませ、一方通行とミサカ(ゴーグル未装備)は「ゲーム屋行く前に家寄らせてくンねェ?」という一方通行の言葉により彼の家へ来ていた。

「これからここがミサカの家になるわけですね」
「オイ待てや」

 聞き捨てならない発言に音速で一方通行が噛みついた。

「ンなこと誰が言った」
「安全は確保してくれるのでしょう? あー外に放り出すなんて男として最悪ですねー」

 思わずファミレスでの言葉が脳内でリフレイン。


『テメェは俺が買ったンだ。買い主として安全は俺が確保してやる』


「おゥまいごっど」
(なんですかこの可愛いいきもの)

 頭を抱え込む一方通行。自分の首を真綿で締め、結果は、このザマである。

「入りたいのですが」
「…………」

 無言で一方通行はドアに右手を押しつける。ミサカは不思議そうに首を傾げた。

「鍵はないのですか?」
「あァ、鍵穴はダミーだ」

 ガチャンと音がし、ドアのロックが外れた。
 ちなみにこの家、ドアは特殊炭素繊維(カーボンファイバ)製で音速戦闘機が突っ込んで来ても傷一つつかない。壁は内部に特殊合金を埋め込んだハニカム構造となっており、本気で壊したいならメガ粒子砲やらプラズマカノン辺りを持ってくる必要がある。
 窓は最新鋭の強化積層プラスチックでできている。叩き割れないどころか銃弾すら通さない。

「ってなワケだ」
「全部地の文に押しつけましたね……まあ、この部屋が今すぐにでも要塞化できる代物だということは分かりました」
「要塞化するなら高熱レーザートラップと自動転移(テレポート)システムがあるぜェ」
「止めてください誇らしげにしないでくださいミサカ今ナチュラルにドン引きしてるんです」

 まさかこんなルパンでも入れるかどうか分からないキチガイじみた家だとは思わなかった。ミサカは頬をひきつらせながら、ドアノブを回してドアを引く。

「ちなみにこのドアは指紋と指の脂肪と、電気信号から生体パターンを読みとってンだそォだ。常盤台のシステムを流用してるらしいなァ」
「らしいって……アナタの家じゃないんですか?」
「うンにゃ、学園都市の試作品の実験みてェなもンだからな。とりま用途を教えてもらっただけなンだ」

 靴を脱ぎ捨ててドカドカと上がり込む一方通行。ミサカは慌てて靴を並べた。

「いつもこんなデタラメに生活しているのですか」
「その日暮らしっつうのも、慣れりゃァ楽しいモンだぜェ?」
「止めてください! ミサカをそちらに引きずりこまないでください!」

 予想だにしなかった恐怖におののくミサカ。
 第一位はいかにも面倒ですといった表情で部屋の奥に引っ込んだ。
 手持ち無沙汰になり、ミサカは視界を巡らせる。

(ガンツにゼットマンにキングダムにカイチュー……完全にヤンジャン派なんですね)

 本棚の上から下まで単行本。たまに愛蔵版。
 うわぁ根っからのバトル好きだなー最後以外とミサカが考察している中、なんだバキもあるじゃんとつぶやいた直後、ふと視線が止まった。というか凍りついた。



『月刊中○生 ~自宅に連れ込んだ家出美少女に生挿入&中○し~』



「イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 悲鳴が上がった。もう悲鳴にもほどがあるぐらいの悲鳴だった。悲鳴・オブ・ザ・イヤーだった。
 あまりに突飛な絶叫に家主が大慌てで飛んでくる。

「おィどォした!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「いきなり何をトチ狂ってンですゥ!?」
「オヤシロ様はいるんだっ!」
「何その唐突な覚醒レナ状態! 俺もォコイツと同居していける自信ないンですけどォ!」

 ぎゃあぎゃあと喧騒に包まれる部屋。
 手にした預金通帳をトラウザーパンツの尻ポケットに収め、一方通行はかつてない恐怖に見舞われるミサカの肩に触れた。

「おィちっと動くへぶし!」
「ミサカラァァァァァァッシュ!!!」
「レナパン!? レナパンなのか!?」

 残像すら置いてけぼりにして、一方通行の身体に無数の拳が叩き込まれる。
 久々に感じる『痛み』に痛覚が悲鳴を上げた。

 ギャグ補正。

 一方通行の反射の壁を破ったのはそれに尽きる。
 この世で学園都市最強の絶対防壁を破れるのは、全ての幻想を殺す右手と反射のメカニズムを逆手にとった某神拳と、ギャグ補正だったのだ。『一掃』とか知らない。だって時間軸違うし。

 閑話休題。

「はー、はー」
「やっと落ち着いたか……」

 あれから何十発か何百発ほどパンチを受け、なんとかミサカに触れた一方通行は脳内分泌物を操作し興奮を抑え込んだ。
 正直顔面が原形をとどめ切れていないほどボロッボロだが気にしない。どうせすぐ元に戻る。四コマ漫画的なノリで。

「はー、はー、ふー、ひっひっふー、ひっひっふー」
「オマエなンか出産でもすンの?」
「…………名前は、アナタが決めてくださいね……?」
「止めろよ、俺まだ童貞なンですけど。悲しくなるくらいピッカピカの童貞なンですけど」

 むしろここまでくると童帝じゃねェの? と笑う一方通行。

「では名前は私が……」
「いや話聞け」
「ならば『御坂アクセル』で」
「おィコラ待てや」
「DQNネームなんて目じゃないですよ」
「つゥか勝手に御坂姓名乗っていいのかよ」

 一方通行は気づいているのだろうか、自分が子供ができることが前提で話していることに。

「なンか他にねェのかよ?」
「では『レディオラレータ』と」
「頼むから人間っぽく」
「『ミサカラレータ』」
「もうちっと頑張って」
「……もう『御坂ノイズ』でいいです」
「随分投げやりなのに俺の要素がありませンねェ! つゥか子供の名前『雑音』にすンな!」

 猛然と反発する一方通行。
 ミサカは大げさに肩をすくめ、挑発するようにため息をついた。

「やれやれ、注文の多い旦那さんですねえ」
「オマエがテキトー過ぎンだろォが」
「ならば一方通行も考えてみてくださいよ」

 若干ニヤニヤと頬を緩め、ミサカは彼を見やる。一方通行はふむと考え込み、随分と真剣な表情だ。
 にやけるクローン。名前を考える学園都市最強。放置されたエロ本。
 ……シュール。果てしなくシュールだった。

「ミサカと一方通行で、『御坂通行(みさかみちゆき)』」
「はい?」

 と、突然我が意を得たりとばかりに一方通行が顔を上げる。

「俺の能力って、漢字表記すると『一方通行』らしいンだよな」
「『いっぽうつうこう』? それこそDQNネームじゃないですか」
「言うな。俺も正直名付け親は今すぐぶち殺してェ」

 それはおいといて、と丁寧に箱を横に動かすようなジェスチャーをして、一方通行は誇らしげな笑みを浮かべる。

「ンで、御坂と通行で『御坂通行』だ」
「……おぉっ、今までの中で一番まともっぽいですね」
「少なくとも『御坂ノイズ』よりはな」
「ですが、」

 あァ? と一方通行は面倒くさそうにミサカを見る。まさかまだ注文があるのか、と顔をひくつかせる一方通行に、ミサカは頬を赤く染めて。

「子供ができるのは……籍を入れてからということでお願いします……。あ、いえ、生殖行為……というか、性交は今すぐでもいいんですよ?」

 一方通行の表情が、凍りついた。

「……で、では、不束者ですが、これからよろしくお願いします」

 三つ指をついてお辞儀するミサカ。格式高さを感じさせる見事なお辞儀。

『性交は今すぐでもいいんですよ?』

 頭の中でエコー全開再生。リピートリピートリピート。この音声が延々ループする動画があれば三発はいけると一方通行は思う。何が三発とは言わないが。

(しかし性交? 何それどこの国の言葉? 俺知らねェな)

 頭の中で必死に言葉を探す一方通行。
 焦りっぷりがなんとも滑稽である。さすがは童帝。

「あァー、うン、その、まだ俺たち出会ったばっかりだしさ、だから、あれ、」
「……約束ですよ? いつか性交するって」

 言い方がいちいちエロいンですよォー! と一方通行の絶叫が防音性抜群の部屋に響いた。
 ミサカはその大げさなリアクションに呆れると、ため息を一つこぼす。

「ていうかぶっちゃっけ疲れました」
「でしょうねェ!」

 つか俺の方が疲れましたよォと一方通行はうめく。

「……もうこんな時刻です」
「あァ? まだ七時だろォが」
「夕飯の時刻です」

 キラキラと輝く瞳に見つめられ、一方通行はウッと言葉に詰まった。

「あー、ファミレスにでも行くか」
「そこはエプロン装備の家庭的一方通行を期待したのですが……」
「いや俺料理できねェし」
「なッ……!?」

 ミサカは驚愕に目を見開く。
 どうやら彼女にとって『一人暮らしのくせに自炊できない』というのはよほど気に入らないことらしい。

「お粥は?」
「無理でェーす」
「野菜炒めは?」
「80%が炭化するが可能」
「インスタントラーメンは?」
「ドンと来い」
「喝ッッ!!」

 いきなり作画がグラップラー風に変貌するミサカ。

(なッ……なンだよこの気迫はァ……! まるでッッ……いや、まさにこれは……王者の気迫ッッ……!)

 まあ一方通行もノリノリだったが。

「で、なンだってそンな怒ってンだよ」
「当たり前です! ご飯を自分で作った方が食費も浮きますしおいしいんです!」

 拳を握って熱弁を振るうミサカ。
 いかにも面倒くさそうに、一方通行は大阪編をパラパラとめくりながら聞き流した。チクショウぬらりひょんマジ鬼畜だなーと一方通行はマンガに夢中。

「聞きなさい一方通行」
「ひぎゃっ」

 ミサカは一方通行の両頬を掴み固定、正面から鼻面を突き合わせた。両者の距離約五センチメートル。

(ぐぼァ! ちょっ、近い近い近いィィィィ!! やべェって触れるつゥかなンか甘い香りがするンですけどォ!?)

 さすがは童帝である。
 超至近距離でクローン美少女に見つめられテンパる学園都市最強。いやはや実にシュールな光景だった。

「いいですか、一方通行。手料理の素晴らしさ、はい復唱」
「ェ、あ、はい。手料理の素晴らしさ」
「その一、栄養バランスを調整できる」
「栄養バランスを調整できる」
「その二、作るのが楽しい」
「作るのが楽し」
「その三、余り物の活用が簡単」
「余り物の活用が簡単……っていうかなンすかこの洗脳!? 新興宗教団体じみてンですけどォ!」

 俺が悪かったです勘弁してくださィと一方通行はジャパニーズ土下座。
 ミサカはフンと鼻を鳴らすと、しゃがみこんで一方通行に話しかけた。

「許します。ただし、今から買い物に付き合ってください」
「ン、了解……って」

 ホッとしながら一方通行は顔を上げ、そのまま硬直した。
 ミサカはしゃがみこんでいる。一方通行の目の前に、無防備にもプリーツスカートで。
 つまり、フリル付きな色んな意味でピンク色の楽園が彼の眼前に展開されているのであって。

(ぎゃひゅう!? ちっとコレはまずいヤバいエロいつゥかフリル付きかよGJイヤイヤイヤイヤ落ち着け落ち着け落ち着けおちつおちつおちつおちつおちつおちおちおちおちおちおちおおおおおおおおおおおおォォjtォォォォta85djtg4tォォ49ォォォc38vnqォォ05ォ!!!!!)

 もう黒翼出ますという勢いで混乱する一方通行。しかしじっくりじっとりガン見してる時点で誰でも怒ると思う。

「……………………(怒)」
「…………ハッ! いや違う! わざとじゃない! 俺は無実だばばばばばばばばばばばばばば」

 容赦ない電撃に一方通行の体がしびれた。どれくらい容赦ないかといえば、一方通行の細い体がビクンビクン! と跳ねるぐらいである。

「…………見ましたね?」
「ばばばばばばばばばばばばばばばば」
「…………何色でしたか?」
「ピンク!」
「……………………」
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」

 浜辺に打ち捨てられた魚がごとくのたうち回る一方通行。
 無表情でそれを眺めるミサカは追撃の手を緩めない。つか若干口元がつり上がってるのは気のせいでしょうかお姉さん。

「らめェっ! 目覚めちゃうゥゥ! 倒錯的なナニカに目覚めちゃうゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
「問題ありません。ミサカはありとあらゆるプレイに対応可能であるよう映像データ(エッチなビデオ)や器機マニュアル(エッチな道具の使い方)をインストールしています。恐らくアナタの性癖にも対応可能でしょう」

 ミサカのまさかの発言に、部屋の空気が静止する。
 ゑ? と一方通行は聞き返した。

「…………今のはナシでお願いします」
「……何が悲しくてビッチ痴女を助けたンだ俺……」
「なっ!? ミサカはビッチでも痴女でもありません!」
「ならテクニシャン処女」
「何ですかその革新的新ジャンル!? 明らかにアナタ発案者ですよね!?」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した二人。年頃の男女が2人っきりで猥談にいそしんでいるのは、見ていると何というかこう、その、複雑です。

「と、に、か、く! 今から買い物へ行きましょう!」
「あー、うン。とりまブラックカードを探してくる」
「ていっ」
「アウッ」

 ミサカのチョップが一方通行の脳天に炸裂した。一撃必殺レベルの攻撃、あれだ、ポケモンで言えば『じわれ』や『ぜったいれいど』辺りだ。
 頭を押さえて床を転がる一方通行。おかしいな、コイツって確か学園都市最強だったはず。威厳も形無しの第一位に冷たい視線を向けながら、ミサカは口を開いた。

「アナタはバカですか? バカなんですね。絶対バカだろ三段活用」
「いや意味分かンねェから。何、ブラックカードってそンなにマズいのか?」
「恐らくスーパーのパートのおばちゃんにかつてない衝撃が走ります」
「マジか」

 当然である。
 学園都市内で使用されるブラックカードは特別なロゴが刻まれたものだが、それを所持する者はごくごくわずか。統括理事会のや極秘実験の関係者などにしか配布されない。
 そして、超能力者(レベル5)にもこれは配られているのだ。
 ちなみに各々カードにデコレーションを施しているらしい。

 某第二位は真っ黒な表面に白い翼をもよおした未元物質を貼り付け。

 某第三位はゲコ太シールを貼ろうとしたもののルームシェア相手の決死の説得によって(しぶしぶながら)電撃のシールを接着。

 某第四位は裏面に所属組織『アイテム』と撮ったプリクラ。

 某第五位は表面に巨大なハートマーク。

 某第七位は何をどうしたのかブラックカードがレッドカードに成り果てている。

 我らが一方通行は何もしていない。ただ真っ黒なだけ。

 厨二病だったりレーベルをパクっていたり女子高生気取りだったり見て恥ずかしくなるようなデザインだったり意味不明だったり面白みがなかったりとバラバラだ。

「ンじゃ現金下ろすか。ちょうどさっきのファミレスで手持ち資金切れてたし」

 ズボンの尻ポケットから預金通帳を取り出す一方通行に、ミサカは怪訝な視線を向けた。

「意外と現金を持ち歩かないのですね」
「メシも服もカードだったからなァ」

 部屋の電気を消し、靴べらで足を革靴に押し込む。手荷物はない。ドアを開ければ、まだ蒸し暑い風が顔に吹き付けてくる。
 ミサカは目を細めた。

「あ…………」
「…………おォ、キレイだな」

 オレンジの太陽光が空をだいだい色に染め上げていた。
 ビル群をシルエットに変えながら、夕暮れの太陽が沈んでいく。

「……ありゃァきっと」
「??」

 一方通行はミサカに顔を向け、悪戯っぽく微笑む。



「明日もキレイだろォな」



 明日。
 その言葉が、ミサカにはイマイチしっくりこない。『実験』のため生み出された存在である、使い捨ての自分にはそんなものないと思っていた。

 だから、一方通行の言葉が素直に。



「…………嬉しい、です」



 彼女の頬の色は赤い。陽の光か、それ以外の何かなのかは一方通行には分からなかった。



――――――――――――――――――――――――

セロリ「おいオマエら誰だ」

ピカ子「美琴でーす」
ビーム「麦のんでーす」

冷蔵庫「区別くらいつけや読者(テメェ)らぁァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

セー子「「「イヤオマエは誰だよ」」」

冷蔵庫「えっ」

セロリ「まァこの件に関しちゃァ作者の責任だな。正直俺も口調区別できなかったし。つゥワケで一覧表を↓」

セロリ→第一位
冷蔵庫→メルヘン
すごい→ナンバーセブン
ピカ子→超電磁砲
ビーム→ヤンギレ
超超超→窒素

セロリ「こンなモンだろ。あとその他板移動オメー」
ピカビー「「オメー」」
冷蔵庫「え、何この軽いノリ」
超超超「すいません超部外者の方は進入禁止です」
冷蔵庫「俺部外者じゃないからね!? つか進入禁止ってなんだ一方通行ってかぁ!?」

すごい「オイ受検直前に結構サボってたのバレて作者親との関係最悪だぞ。更新してる余裕なんてあるのか」
さてン「……ヤケってことで」



[24716] 第十三話 垣根帝督はまったく懲りない
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/03/10 23:06
「ここが……スーパーマーケット」
「そんなついに来たぜ魔王城みたいなテンションで言われても」

 コンビニで現金を下ろし数分。ミサカのデータベースに叩き込まれていた地図を頼りに街を練り歩いて、二人は目当ての小さめなスーパーマーケットにたどり着いた。
 チェーン店などない、本当に知る人ぞ知る場所。

「しっかしオマエのデータベースって登録されてるもンが予測不能だな」
「まぁミサカもたまに意味が分からなくなります。なんでも製造者の趣味が反映されといるとか」
「ンじゃオマエの親は主婦ってワケか」
「男性なので『主夫』が正しいかと」

 二児の父だそうです、という補足説明を適当に聞き流して、一方通行は建造物を見上げた。

「……小せェな」
「大きければいいってものではありませんよ?」
「バーカ、大は小を兼ねるって言うだろ」

 スーパーの前で立ち止まる二人。過ぎ行く人々は微笑ましいのうとばかりにニヤニヤしている。

「ま、何にしても大事なのは中身だろ」
「珍しくマトモなことを」
「そういう意味じゃテクニシャン処女も需要あるかもなァ」
「ごめんなさいホント忘れて下さい」

 今にも土下座せんばかりの勢いで頭を下げるミサカ。
 完全に優位に立った一方通行は、しかしと開きっぱなしの入り口を見やる。

「しっかしなァ……これ自動のはずだろ。自動の意味全然ねェぞ」
「仕方ないですよ、知る人ぞ知る場所ですから」
「想像つかねェな。食品が傷ンでたらどうすンだ」

 ぐちぐちと言いながらも店内に足を踏み込む一方通行。きちんとカゴを保持しているあたり、どうもワクワクが止まらないようだ。

「……タイムセールはとっくの昔に終了していますよ」
「何だそれ」
「限られた量の食品が破格で売り出されているんです。貧乏学生の方々の戦争になります」

 ミサカの解説を聞きながら卵パックの安さに目を見開く一方通行は、その最後の1パックをかすめ取りカゴに放りこもうとする。

 が。

「あぁーっ!」

 甲高い悲鳴に思わずパックを取り落としそうになった。ミサカも目を丸くして声の持ち主を見やっている。
 なンですかなンなンですか新手のテロですかーっ!? と一方通行は音速でそちらを見た。
 そこには少女がいた。
 外見は小学校高学年ほど、長い黒髪の左側には白い花の髪飾り。特徴といえば、まあ……現在のミサカが思わず視線を自分のものに向けてしまうほどの胸部。
 小学生にしちゃあ育ち過ぎですぜお嬢さん。ミサカ姐さんの頬が引きつってんですが。

「初春が散々引き留めるから……卵が……」

 あ。とミサカはオチが読めた。
 一方通行も同じ結論に達したらしく、諦めたように天井を仰いでいる。

「う、ぅ……」

 可愛らしい瞳に涙を溜める幼女。

『うわぁ何あの人、女の子泣かせてるわー』
『やだロリコンかしら?』
『まったく根性が足りんぞ』
『ったく第一位の性癖に常識は通用しねえな』

(え、ちょっ、ま――何この状況!? 俺が悪いのか!? なンにもしてねェぞ俺!)
(こwれwはwひwどwいw)

 幼女に翻弄される一方通行と内心爆笑するミサカ。
『第一位vs幼女』なんて題名で動画をインターネットにアップロードした日には即日一万アクセス御礼、コメント欄は『ロリコンすぎてワロタww』で埋まりそうだ。

「えェーっと……あの、その」
「ったく見てらんねえな。よしよしお嬢さん。大丈夫だからねー」

 と、救いの手は思いがけないところから差し伸べられた。

「なっ、テメェ何でここに……!?」
「アナタは……未元物質(ダークマター)?」

 一方通行は驚愕に目を見開く。突然現れ、幼女を救ったのは学園都市序列第二位『未元物質』こと垣根帝督。
 また新たなロリコン参上か!? と場が沸き立つ中、垣根はシニカルな笑みを一方通行に向けた。

「ようロリコン。今日はよくも地平線の果てまでぶっ飛ばしてくれたな」
「っ、あれはテメェが悪ィだろ。つゥか絵面的にはそっちの方がロリコン「お兄ちゃん怖いーっ!」……は?」

 第一位と第二位の、空気が凍結してしまうかのようなやりとりの最中。幼女が、悲鳴を上げて垣根から逃げ出した。ついでに、一方通行の脚にしがみついた。
 双方、沈黙。
 一同、沈黙。

「あら垣根、こんな所にいたの。もうカレー買ったから早く帰り……一方通行? 隣は超電磁砲? ていうかそのしがみついてる女の子誰?」

 沈黙を破ったのは、少し離れた棚からヒョイと顔を出した少女。服装は上下ともに真っ赤なジャージだが、それでも顔立ち、立ち振る舞いからはどことなく上品さが感じられる。

「心理定規(メジャーハート)……いや一方通行がロリコンに墜ちたらしくてな」
「あらやだ、私の不倫相手候補がロリコンだったなんて」
「「オイどういうことだこの野郎」」
「落ち着けオマエらァ!」

 心理定規の落としていった爆弾が見事ミサカと垣根にヒット。即座に不倫相手(候補)の一方通行に二人は食ってかかった。

「テメェいつぞやの中学生だけじゃ飽きたらず心理定規にまでフラグ立てたのかコラァ!」
「何やってんですかマジ信じらんないんですけど何でミサカ以外にもフラグ立ててんのなんでカミジョー属性ゲットしてんのあれですかイッポー属性とか新たな病気完成ですかァァァァァァァ!」
「もう止めてェェ――――――――――――!!!」

 未元物質の翼が舞い欠陥電気の電撃が迸る。それらすべてをベクトル変換でそらし、周囲に被害が及ばないようにしながら最強は絶叫した。






「「ぜぇ、ぜぇ……」」
「やっと落ち着いたか……」

 修羅場突入から数分。事態はやっと沈静化していた。
 肩で息をする第二位本人と第三位のクローン。騒ぎの渦中である一方通行はワイシャツのシワを確認し、心理定規はにっこりと素敵なぐらい胡散臭い笑顔を振りまいている。

「オイ心理定規テメェのせいで俺がどンだけ被害を受けたと思ってやがります? とりま謝れ」
「ゴ・メ・ン☆」(キラッ
「うぜェェェェェェェェ!! いらねェよ『キラッ』とか! 普通に謝れよ!」

 憤慨して叫びまくる一方通行。心理定規はにっこりと笑うと、視線をミサカに留めた。

「で、どういう風の吹き回し? アナタと超電磁砲が行動を共にしてるなんて聞いたことがないわ」
「……そいつは超電磁砲じゃねェぞ」

 何? と心理定規の表情から遊びが消える。シリアスな空気を読んだのか、垣根も真剣な顔つきで口を開いた。

「つまりお前と超電磁砲の子供ってことだな」
「ベクトルパンチ!」
「ばこお(バカなこの俺が)っ!」
「オマエそれホント好きだな!」

 吹き飛ぶミスターメルヘン。
 と、それまで絶賛放置プレイの真っ最中だった幼女(ちなみにこの間約五分、ずっと一方通行の脚にしがみついたままである)が声を上げた。

「暴力はんたーい」
「……あ゛ァ?」

 唐突な正論に第一位の機嫌が傾く。

「暴力はんたーい」
「…………」

 ビキバキと頬をひきつらせる一方通行。
 うわぁあの幼女マジ勇者と周囲が褒め称える。

「お兄さん、暴力はいけないことなんですよ!」
「お、お嬢さん。ここはシリアスな場面なんだけど」
「ん、言い訳は良くない!」

 立ち上がった垣根さえも正論という名の暴力に沈黙する。
 学園都市トップツーが、完敗。その事実にミサカと心理定規は戦慄した。

「……卵あげるから黙れ」
「いいの!?」

 最終的に一方通行は物で釣ることにした。幼女の純粋な笑顔に一同和む。もう先ほどまでの乱闘がウソのように和む。

「ありがとうお兄さん」
「いやいや。これくらいどうってことねェよ」

 と一方通行は好青年を気取ってみるが。

「けどぼーりょくはダメだよ?」
「……うン」

 シュール。実にシュール。幼女に言いくるめられる第一位。内心『はァはァ、なンか新たな世界に目覚めちまいそうだぜチクショウッ……!』とか思っているに違いない。

(はァはァ、なンか新たな世界に目覚めちまいそうだぜチクショウッ……!)

 思ってた。

「涙子との約束だからね? 暴力はメッ」
「……はい」

 目がヤバい。学園都市最強の朱い双眸は単なる変質者の目に早変わりしている。歴代仮面ライダーもびっくりの高速変身だ。ZETとか相手にならない。アルファスは論外だが。

「なあ心理定規。俺早急にアイツのアドレスをケータイから削除する必要性をひしひしと感じてるんだけど」
「止めてあげなさいよ。交友関係最大の汚点扱いするのはいいけど着信拒否ができないわ」
「彼を勝手にストーカー扱いするのもいかがなものかと思いますが……」

 垣根と心理定規の会話にすかさずツッコミを入れるミサカ。
 確かに今の一方通行はただの変態だが、ミサカと二人だけだったあの時は立派なイケメンだったのだ。多分。

「あ、そォいえばミサカ。オマエ何買いに来たンだ?」
「……ああ、すっかり本来の目的を見失っていましたね」

 ポンと手を打つミサカに、一方通行はため息をもらした。

「ミサカは夕食のためお米と鍋の具材を購入しに来たのです」
「「……鍋……だと……!?」」
「ええ、チゲ鍋の予定ですが」

 目を見開く一方通行と垣根。
 またいつものが始まった、と心理定規は呆れた。

「鍋……鍋……! しかも夏にチゲ鍋か……!」
「イイねイイね最ッ高だねェ! よく分かってンじゃねェか!」

 なぜか超ハイテンションだった! ザキヤマと変わらないレベルだった!

「暑い時に熱くて辛いモノを食う! 冬にアイスを食いたくなるのと繋がる人間の本能的欲求が垣間見えるぜ!」
「季節感や気温湿度旬や太陽の南中高度など外的要因とあえて真逆の感性を貫き通す! その背徳感が俺たちのパトスを燃え上がらせるぜェ!」
「……何ですか何なんですか一体全体何だっていうんでせうか。第一位と第二位ってこんなにフレンドリーでいいんですか」
「私も最初は噴いたわ。今は慣れてどっちをキープするか悩んでるけど」

 何その女王様的爆弾発言!? とミサカは心理定規に戦慄する。
 しかし改めて二人を見れば、確かに一方通行と垣根帝督の学園都市トップツーはどちらも外見高ポイントである。
 一方通行は赤目美形。黒翼を追加すれば厨二病全開な外見だかなんだかんだでイケメンである。中身は置いといて。
 垣根帝督はホストを連想させる美形。よくよく考えてみればイケメンである。中身は置いといて。中身は置いといて!

(ひょっとして、ミサカは存外ハイレベルな集団に入っているのでしょうか……外見的にも能力的にも)

 驚愕の事実にポカンと口を開くミサカ。トップツーを見て怪しげな笑みを浮かべる心理定規。syuzo並みに熱くなる二人。カオスと化していく店内は誰にも止められないのだった。

 閑話休題。

「これでやっと終わりか……」
「そのようですね」

 一旦全員が落ち着いた後、スーパーを巡ること数十分。
 なぜか鍋にノリノリな垣根とおまけで付いてきた心理定規を連れた一行は大量のレジ袋を下げてスーパーの外に出ていた。
 ちなみに買い物中の光景は割愛する。なぜか焦燥感を覚えたミサカが必死に好感度稼ぎに走ったり心理定規がそんなミサカを鼻で笑いながら一方通行と熟年夫婦じみたやりとりをしたり垣根がハブられたり、と見て何が楽しいのかわからない光景だからだ。
 心理定規がさりげなく一方通行と腕を組んだ時はミサカ姐さんが劇画タッチになったが、気にするな。

「うし、会場はいつも通り俺んちでいいな」
「まぁ私の家でもあるけど」
「同居なんて不潔淫乱極まりないです」
「オマエ全国の同棲中男女に謝罪会見開いてこい。誠心誠意こめてな」

 ミサカの暴言に一方通行が軽くキレる。暗にミサカが『自分たちもいずれそうなるんですよー』と公言してることに気づいたらしい。

「移動はどうする? 翼乗るか?」
「いいや。今回はメルヘンタクシーはお休みだァ」

 ガッ! と一方通行は垣根の襟首を掴む。心理定規がすかさずミサカの両目を手で覆った。

「ちょっ、おま!?」
「代わりにィィィ! ベクトルタクシーのお通りでェェェェェェェェす!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――」

 ドップラー現象を人の肉声で聞いたのは、ミサカは初めてだった。
 どうも今日一日のストレスの今のですべて発散したらしく、清清しい表情で一方通行は垣根を飲み込んだ大空を見上げる。

「……教育に悪いわ」
「気にすンな、ていとくンに常識は通用しねェ」

 心理定規は可愛らしく頬を膨らませる。
 まぁ第一位によるあまりに横暴な行いを見て育った子供はきっとねじ切れる寸前までひねくれているだろう。それを阻止した心理定規は本日のMVPは確定である。
 仕方ない。彼は外見内面ともに凄まじく教育に向いてないのだ。

「いつもはこのパターンだと一方通行が私を抱きかかえて跳躍してるんだけど……今日はねぇ」
「……なんだか暗にお前邪魔者と言われている気がしないでもないのですが」

 バヂバヂと火花を散らす両者。
 一方通行は思わず冷や汗をたらした。

(やべェよマジやべェよ。変なオーラが見えるよなにこれこわい)

 尻込みする学園都市最強。
 いがみ合うミサカ姐さんと心理定規の姉御。
 星になったメルヘン。

「――カカッ。どォすりゃいいかなンざ分かり切ってンだろ」

 その言葉に、相対していた女傑たちが彼に振り向く。
 一方通行に突き刺さる視線という名のメガ粒子砲。反射だの第一位だのといった理屈を飛び越えて、二つのレーザービームはこう問いかけていた。

『『おいテメェどっちを運ぶんだコラ』』

 背筋が凍りそうになる。気を抜けば膝をついてしまいそうになる。そんな重圧の中、一方通行は決断を下した。



「三十六計逃げるに如かずッッ!!」
「「なにそれひどい!」」



 バチコーン! と勢いよくアスファルトを踏み砕き、一方通行は跳躍する。能力の特性上、飛翔こそできないがそれを補ってなお有り余る跳躍力。
 というわけで、一方通行、メタルスライムもびっくりな瞬間逃走。

「こ、コラー! せめてどっちかは運びなさいよ!」
「その通りです! そんなに誠君街道を突っ走りたいんですか!」
「「杉崎さんディスってんですかぁ!?」」

 二人の罵倒を反射しながら一方通行は空を駆ける。玄野クンも真っ青な必死っぷりで走る。
 ちなみにこの後、数多くある学園都市の『都市伝説』に『空を駆ける厨二病患者』なる話が追加されたのは、まあ、どうでもいい余談だ。



 取り残されたミサカと心理定規は、ポカンと空を見上げていた。

「……彼は、いつもこんなテンションなのですか?」
「いや、そんなことはないんだけどね……」

 心理定規はミサカを少し見やって、小さく笑った。

「……ちょっと、嫉妬しちゃうわ」
「え?」
「一方通行があんなにはしゃぐの、酒飲ませた時以外見たことないのよ」

 きっとアナタのおかげねという言葉に。
 ミサカは素直に驚いた。

「むしろミサカの方が笑顔をもらったようなものなのですが」
「あら、知らないの? 笑顔って不思議なものでね、一方的に送ったりもらったりできないの。必ずいつも互いに笑顔を分け合うのよ。一方通行な笑顔はあり得ないってワケね」

 饒舌な心理定規を見やり、ミサカは考えを巡らせた。

『コイツだって生きてンだろォが!! なンだってそンなことも分かンねェンだよ!?』

 あの時の言葉がリフレインする。

「私は精神感応系の能力者だから、なんとなく分かるの」

 彼は色んなものを自分に与えてくれた。それは住処であったり、食物であったり、新しい知識であったり、そして居場所であったりした。
 ついでに付け加えるとすれば、自分が自分であるという証明も、きっと。

 しかし、与えられてばかりというのはあまりに不公平だと、ミサカは思う。

「彼、今、すごく幸せなんじゃないかしら?」
「…………ええ、きっと」



(ならばミサカは、代わりにたくさんの、両手でも抱えきれないほどの笑顔と幸せをプレゼントしようと、決意します)



 二人は歩き出した。行き先は心理定規が案内する。存外遠い道だ。
 けれども足取りは軽い。

「ところで、先ほどから気になっているのですが、アナタはその、本気で彼のことを……?」
「……さあ、どうかしらね」
「むぅっ。はぐらかさないでちゃんと教えてください!」
「イイ女には秘密がつきものなのよ」

 まるで仲の良い親友であるように、二人は並んで道を行く。
 待っているのは、不器用な最強と不憫なメルヘンとチゲ鍋。
 ミサカは簡単に想像がついた。四人で鍋を囲み、騒ぎながらも笑い合う自分たちの姿。

(ミサカは、本当に……彼と出会えて良かっ)



 思考はそこで断ち切られた。



「きゃっ」
「あ……」

 考えにふけりすぎたミサカは、曲がり角で近づいてくる少女に気づかなかった。
 それが絶対にしてはいけないミスであることを知らず。

「すみません、ミサカの不注意、でし、た……」
「いたたた……ちょっとあんた、どこ見て歩いて、…………? ……………………!? ………………………………!!?」

 ミサカは倒れなかった。衝撃の受け流し方を学習(インストール)していたから。
 少女は倒れた。いくら『第三位』とはいえ衝撃の受け流し方は知らなかったから。

「あなたは……超電磁砲?」
「……お姉様(オリジナル)、なぜここに」
「ね、ねぇ、アナタなんで私とおんなじ姿なの……?」

 相対する超電磁砲と欠陥電気。心理定規は思わぬ事態に呆然としている。

 出会ってはならない二人が、出会ってしまった。



―――――――――――――――――――――――――――

冷蔵庫「新約テラカオスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
セロリ「ギャァァァァァァァァァ! 分かった! 分かったってだから胸ぐら掴むの止めれェェェェェェェェェェェ!!」

ビーム「窒素爆槍(ボンバーランス)? 正直タイプしづらいのよ」
さてン「ファイブオーバーとかドラゴンライダーとかなんですかそれどこの厨二病患者の頭の中のぞいてきたんですか? って感じでしたからねえ」
ピカ子「何あれ変身ヒーロー? あれで主役じゃないとかホント黙ってくれないかしら」

冷蔵庫「大体テメェ63ページの台詞は何だ!?」

<だが、自分には常識が通じない、というのは、実は何の自慢にもならないのではないか、と。

冷蔵庫「ぶっちゃけ100%俺のことだろコレ! ついにかまちーまで俺の扱い雑にしてきちゃったよ!」
セロリ「まァオマエがまともな扱い受けてるssなンて数えるほどだもンなァ」
冷蔵庫「このssは違うよね!? 俺の味方だよね!?」

全員「「「「……………………(サッ)」」」」

冷蔵庫「目ぇ逸らすなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

すごい「親との関係修復おめー」
セロリ「このタイミングで発表する必要皆無だろ、それ」



[24716] 第十四話 垣根帝督は本当に懲りない
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/03/11 02:34
「で、どォしてこうなった」
「私が聞きたいわよ……」

 垣根宅。チゲ鍋を囲んでいるのは五人だった。
 心理定規が美琴をムリヤリ引っ張ってきたのだ。
 レベル5が三人、さらに言えば学園都市の上位三名という事実にミサカはめまいがする。

「オマエは確か……ああ、あン時の木によじ登ってたガキか。肉いただき」
「ガキじゃなくて御坂美琴。第三位『超電磁砲』よ。豆腐もらうわね」
「む、ミサカが狙っていたものを……」

 改めて自己紹介をする二人。肉をほおばる一方通行と豆腐に息をかけて冷やす美琴。
 はっきり言おう。なぜか似合っている。
 なんだこれと垣根らが目をゴシゴシこする。一方通行と美琴の間に漂うのは確かな林家ペーパーの雰囲気。何だこいつら。

「へぇ、じゃあ君が一方通行が言ってた女の子か」
「かわいそうに、キレイにフラグ立てられちゃって……」
「フラグ? 何それ……旗?」

 心理定規の同情するかのような言葉に、豆腐をかじりながら美琴は首をひねった。いくら高い演算能力を有していても、それがイコール豊富な知識につながるわけではない。つかフラグのこういう意味を女子中学生が知ってたら怖い(作者の知り合いは知ってたけどな)。

「おい一方通行。もう具材がねぇぞ」
「しっかたねェだろォが。本来二人で食う予定だったンだ」

 じゃあ何か具になりそうな物を探してきますか、と男二人は立ち上がった。幸いにも垣根さん家の冷蔵庫は平均と比べ大きく、多彩な食材が入っている。
 先日一方通行がそのことについて『冷蔵庫すげくね? マジ万能じゃね?』と言うとなぜか垣根が照れた。冷蔵庫をほめると垣根が照れる。つまり冷蔵庫=垣nうわなにをするやめ

「……行っちゃったわね」
「……行っちゃいましたね」
「……まぁ、あの二人のことだからロクなもの持ってこないでしょうけど」
「大体なんであんなにテンション上がってたのよ」
「あの二人は鍋狂いだからね。料理は下手糞のくせに鍋の下準備とか具の準備とかは異常に上手いのよ」

 なんだかイヤな予感がするが、ミサカたちは胸の奥にそれをしまっておくことにした。
 ところでと心理定規は二人を見る。



「一方通行のどこが好きなの?」



『ぶふぉおっ』

 口から豆腐やらスープやらが噴き出た。破裂した水道管がごとく、派手に噴き出した。

「な、な、何言ってんのよアンタ」
「そそそそうですよ。なんでミミミサカたちがあんな白兎のことを」
「死ぬほど分かりやすいわね」

 目に見えて狼狽する二人。

「まあね、見てくれは悪くないし、強いし、根は優しいし……割と優良物件よ。そこで」

 ビシッと箸先でミサカと美琴を指し、彼女は聞いた。

「実際に惚れてしまった方々にインタビューして、魅力的な点を暴こうってワケ」
『だから惚れてないって!』

 猛抗議する姉妹をスルーして、心理定規はメモ帳とシャープペンシルを取り出す。
 臨時のインタビュアーと化した心理定規はニヤニヤと笑みを浮かべて、二人に迫った。

「それで、お二人さん。彼との出会いはいつ? どこ? どんな風だった?」
「えー……私は普通に、木に登ってたら落ちて、そしたら助けてもらって」
「ああ、その時にアイツ、風を操るって発想を得たらしいわね」

 後日一方通行は風で垣根を見事に吹き飛ばし、自慢げに新技を披露していた。実験台にされた第二位はたまったものではなかっただろうが。
 それはともかくとして、心理定規の補足に美琴は驚いたように声を上げた。

「ウソ、メチャクチャ正確に操ってたわよ!?」
「うん……向き(ベクトル)さえあれば、操作なんてアイツからすればお茶の子さいさいなのよね。それが風だろうと火だろうと水だろうと。究極的に言えば、海流を操作して津波ドッパーン……なんてのも、多分」

 それが、彼が最強べくして最強たる所以なのだ。
 第一位の創造を遙かに越える能力に姉妹は揃って閉口した。

「それで、アナタの方は? 一方通行とどんな風に出会ったの?」
「ミ、ミサカですか?」

 矛先が変わる。向けられたミサカはたじろいだ。美琴は『ざまぁww』とばかりに表情を歪めて見せた。
 あれ、おかしいな。なんでもう番外個体出てんだろ。出番まだまだ先なのに。

「え、えっと」

 思うのは、『実験』のことを彼女……本物の『超電磁砲』である御坂美琴に話して良いのかどうか。
 確かに『妹達』のDNAマップは美琴から提供されたものだ。しかし、美琴自身が実験に賛同して、二万人の死を許容して、それを提供したとは限らない。

(もしもそうだったとしたら)

 考えたくもない、そんなこと。
 目の前にいる自分のお姉様(オリジナル)は。自分のクローンが二万回殺されることを知って。それでもDNAマップを提供して。
 その二万体の内の一体と、笑顔で会話して。
 自分の手で牛を殺してぐちゃぐちゃの内臓を引きずり出して肉を挽いて切って刻んで焼いて、一から十まで行程を見ているのに美味しそうにステーキを食べるような。
 目の前の少女がそんな異常な人間だなんてミサカは思いたくない。

「ミサ、カは……」

 言葉に詰まったその時。

『テメッ、それチゲには合わねェだろ!』
『いいんだよもう闇鍋で! それっ、メルヘンシュート!』
『あァっ!』

 キッチンの方から、何か白いものが飛来した。三人ともそれを目で追う。
 それ……イチゴ大福は、チゲ鍋のど真ん中に放り込まれた。跳ねたスープがテーブルに飛び散る。

「「「…………………………ゑ?」」」
「ほらほら一方通行ァ! 腰抜け厨二病患者は新感覚鍋調理もできないんですかぁ!?」
「いやミサカ達からすれば新感覚過ぎて笑えませんよ」
「……言いたい放題言ってくれるじゃねェか」
「え、ちょっ、ま、一方通行その手に持った伊勢エビと東京○な奈と固形カレールーは一体」

 ボチャッ、と無慈悲な音。
 巨大なエビが頭をのぞかせ、東京ば○奈だったものがプカプカと浮かぶチゲカレー鍋はなんとも教育に悪いグロテスクっぷりを撒き散らした。よい 子は真似しないでね。

「「「いやぁぁああああっ!」」」
「ハッ、それがどうした! くらえ植物性ホイップクリーム!」
「なンの、味の素一瓶!」
「テメェそれ高かったんだぞ!? 塩酸!」
「オイ待て今のは反則だろ!」
「俺の鍋に常識は通用しねえ」(キリッ
「くっ……水酸化ナトリウム!」

 鍋の中で中和反応を起こす男二人。化学実験でもしているのか、いや化学実験でも赤黒い液体が沸騰している光景はなかなか見られないだろう。
 食材への冒涜もはなはだしい。今すぐ謝罪するべきではないだろうか、と女性陣が真剣に考えるほどに。

「青汁!」
「ラストエリクサー!」
「サファイアダイト!」
「鹿肉!」
「味噌!」
「フリスク!」
「オリハルコン!」
「ニュートロンジャマー!」
「「ドン○西!!」」

 凄まじい勢いで完成されていくお鍋。煮える音は『ぶくぶくっ』ではなく『ごぽっ、ごぽっ』とまるで魔女が煮込んでいるかのよう。というか神が与えし鉱物が混入した時点ですでに食材ではない。最後にいたっては人を丸々投入してる。しかも二人だ。『妹達』のクローン技術を転用したのだろうか。
 女子三人は部屋の隅っこで丸まり「ひぃぃいいいい」と情けない声を上げるだけ。
 鍋からもうもうとたちこめる煙に悪臭が混ざり始めた時、学園都市トップツーはやっと自分たちがしでかしたことに気がついた。

「……なァ、ていとクン」
「……何だよ一方通行」
「やばくね? これ」
「この鼻を刺す臭いは……腐卵臭?」
「まあ、えっと……じゃあスープを味見してみろ」
「え、俺? マジで?」

 一方通行は問答無用とばかりに垣根の肩を掴んだ。ベクトル操作により彼の体は指一ミリも動かなくなる。
 悪鬼というよりは追い詰められた悪ガキのような表情で一方通行は垣根に迫る。

「おまっ、待って! 俺まだ死にたくない!」
「ええィっ黙れ悪ノリの化身! 己の罪に沈ンで溺死しろ!」

 自分のことは棚に上げて勝手に断罪する一方通行。涙目で命乞いをする垣根を無視して彼はお玉を容赦なく鍋に突っ込み



 じゅっ ←お玉が溶ける音



「…………(ガタガタガタガタ!)」
「…………(ブルブルブルブル!)」

 トップツーの肩が恐怖のあまり猛烈に震えた。
 たっぷりと沈黙を挟んで震えを収めた一方通行は、どす黒く変色した鍋の中身を見てああと呟いた。

「お玉が砂糖でできてたンだな」
「すげえ! まさかそんな現実逃避の方法があるとは思わなかった!」
「ほらほらァ、ていとクン。さっさと食べないと冷めるぜェ?」
「まず思考を冷やせ! お前にはその手にした、見るも無惨なお玉(故)の姿が見えんのか!?」
「HAHAHA、何言ってるンだていとクン。こンなにも美味しそうなお鍋なのに食べないなンて……罰当たりだゾッ☆」
「あぁっ! 恐怖のあまり、ついにキャラが上書きされた! あんまり怖さとか感じそうにない、元気っ子に改造された!」

 上がる悲鳴。壊れる人格。
 学園都市頂上決戦にしては泥臭く、何より見苦しい争いから女性陣は目を顔ごと背ける。
 直後、能力とか抜きにして彼らは互いの頭を掴んだ。一方通行が能力を行使していないのは、単なる意地の張り合いだからか。
 相手を鍋の中に叩きつけようとして、一方通行と未元物質は思う。

((これが、地獄ってヤツか))

 じゅぼっ×2

『嗚呼ァァアアああAaAAaa嗚呼@**亜嗚呼亞唖阿吾娃阿aa娃阿ァξΞあべし※υΥ×▼“☆↑(怒)〆◇!!』

 とりあえず、美琴は買うべきお仏壇セット二つの費用を計算しておこうと思った。









 時は流れて一週間後。
 一方通行と垣根帝督は、同じ病室で寝込んでいた。
 二人して大人しく横になっている時点でありえないのだが、その辺は彼らも社会の荒波に揉まれまた一つ成長したということ――――

「……やっぱ納得いかねェぞ。なンで俺がこンな目に遭ってンだ」
「あぁ? 今更そんなこと蒸し返してどうすんだ。テメェにも非はあるだろ」
「いーや俺は悪くねェ! 明らかに原因はオマエだ」
「あんだと白モヤシ! テメェも後半はノリノリだったろうが!」
「言い訳してンじゃねェよアホ垣根! 出来うる限りエグい死に方で死ね!」
「ぐだぐだ言うなやカス一方通行! 首卸されてniceboatしてろ!」
「バ垣根!」
「クズラレータ!」
「「……………………」」
「……お互い傷つくなら黙ってればいいのに」

 ――――成長したということではないらしい。
 ベッド傍のパイプイスに座っていた美琴は呆れたように声を上げた。ちなみにその隣のパイプイスはミサカが座っていたものであり、彼女は今美琴とのジャンケンに負けて飲み物の買い出しに行っている。

「にしても学園都市最強クラスの二人が、食あたりと顔面の腫れ物で入院なんて……」
「笑えるだろ?」
「ううん、正直その顔は……笑えない」
「そんなにひどいのか!?」

 ちなみに今現在、彼らの顔には原因不明のできものが大量に吹き出ている。主治医であるカエル顔の医者も首を傾げていた。まさに正体不明(カウンターストップ)。

「戻りましたよ」
「おっ、ありがとなァ」

 と、病室のドアが横にずれて、ミサカが姿を現した。
 なんでも一方通行が入院している間に美琴と買い物イベントを経験したらしい。今の彼女は常盤台の制服ではなくブランドモノのデニムホットパンツに黒のタンクトップ、上から濃いめの青いマドラスシャツをボタン全開で着ている状態だ。
 思わず一方通行と垣根が顔を伏せたのは悪くない。
 健全な青少年には刺激が強すぎるんでせうよ姐さん。

「そういえばアンタ、買い物の途中でツンツン頭の男の子に押し倒されてたわね」
「あ、あれは事故です!」
「kn26da殺gt40m」
「落ち着け一方通行ここは地球だ」

 某主人公に壮絶な死亡フラグが立ったのは置いといて。

「そういえば(本日二度目)垣根、心理定規は? 姿が見えないけど」
「……ん、多分、『仕事』だ」

 その言葉に一方通行の表情筋がピクリと動いた。
 以前、深夜に一方通行と垣根と心理定規とで酒を飲んだ時、酔った垣根がふと漏らしたことがある。

 曰わく、垣根帝督と心理定規は相当危険な『仕事』に関わっていると。

 心理定規が止めたため詳しくは聞けていないが、『暗部』で活動しているとかなんとか言っていたなと一方通行は記憶を巡らせた。

「まあ、それはともかくとして。せっかく暇なんだし、この垣根帝督様が一つ昔話をしてやろう」
「……へェ。オマエが昔話か」

 垣根の方へ顔を向ける一方通行。他の二人も興味を持ったらしく、静かにしている。

「じゃ、早速始めるぜ。……『ももたろう』」
「うん、アンタの口から聞くとなんかシュールね」

「むかしむかし、あるところに、ドン小○とルー○柴が住んでいました」
「正直昔話の登場人物としてそのチョイスは明らかにミスでしょう」
「本人たちもビックリのミスマッチっぷりだな」

「ド○小西は山へ寺焼きに、ルー大○は川へトゥギャザーしに行きました」
「極悪人ね、○ン小西」
「まず○ー大柴の行動が理解不能なのですが」

「ルーが川へ行くと、なんと上流から大きな桃が、どんぶらこ、どんぶらこ、と流れてくるではありませんか」
「ついにルー大○をルーに略しやがったな」

「ルーは迷うことなく、桃に大砲を撃ち込みました」
「「「なにゆえっ!?」」」

まさかの超展開に、全員のツッコミがハモった!

「すると、なんということでしょう。桃がパックリと割れ、中から市○海老蔵が出てきたではないですか」
「桃から市川海老○って、シュール以前にホラーよ、それ」
「つか桃頑丈すぎンだろ」

「○川海老蔵はルーに言いました。
『おかげさまで幸せになれます。彼女は絶対に、僕が幸せにしますよ。オダギリさん』」
「まさかの未登場キャラですね。というか海老蔵に何をしてあげたんですか、オダギリさん」

「海老蔵は桃に乗って去りました」
「ももたろう終了のお知らせ」

「仕方がないので、ルーはドンを誘って鬼退治に行きました」
「その略しかたはコードネームみたいで怖いわよ」

「途中で金ピカギルや白い魔法少女、ガンタールヴを仲間に加え、彼らは旅を続けました」
「明らかに新メンバーが主戦力ですよね、そのパーティー」
「恐ろしいほど負ける気がしねェな」

「いよいよ彼らは鬼ヶ島に着きました。エヌマ・エリシュが唸り、スターライトブレイカーが貫き、デルフリンガーが煌めきました」
「鬼涙目ね」

「鬼ヶ島は衰退しました」
「よく衰退で済ンだな」
「間違いなく壊滅レベルの被害を被ったと思うのですが」

「ルーとドンは故郷に帰りました。鬼ヶ島から金品の類をすべて持ち去りました。発掘したレアメタルは売りさばきました」
「やってること強盗と変わんないわよね、それ」
「つか鬼ヶ島レアメタル発掘できるンだなオイ」

「こうして莫大な富と地位と名声を築き上げた彼らは、サーヴァント全員と時空管理局とブリミルを従え世界征服に乗り出しましたとさ」
「世界終了のお知らせですね」

「めでたしめでたし」
「「「めでたくねえよっ!!」」」

 脚色どころか魔改造を受けていた『ももたろう』に、全員が憤慨した。
 桃太郎出てないじゃんとかきびだんごのきの字もねえじゃんとか様々なツッコミを圧縮して、三人は花瓶を投げつける。
 満足感と達成感に浸っていた第二位の顔面に、それらは見事なコントロールで叩きつけられたとさ。

 めでたしめでたし。


「……めでたいか、これ……?」



―――――――――――――――――――――――


セロ庫「「扱いがひどすぎる」」
ビーム「はいはいワロスワロス」

ミサカ「そういえば『追憶編』で登場が確定したそうですね、世紀末帝王HAMADURAさん」
なんか「あん? あぁ、まあそうらしい――ってちょっと待て。俺の名前がオカシイ」
ミサカ「えっ、浜面仕上、略してなんかでしょう?」
なんか「あながち否定できないけどね! そりゃあどんな名前でもなんかには当てはまるけど、せめて固有名詞にしてくれよ! ちょっと主役と交渉してくるわ。つかクレームぶつけてくる」

ミサカ「……ベクトル変換で人ってあんなに高く投げ飛ばされるんですね」


ついムカッときてやった。別に反省も後悔もしてねェ。

後日、一方通行の供述より抜粋
罪状:殺人未遂(被害者の浜面ナントカは未だ意識不明)



[24716] 第十五話 心地よい場所
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/03/13 20:14

「「祝☆退院&成人向け雑誌三十冊発掘記念ッッ!!」」
「げるぶァっ!?」

 退院した一方通行を待っていたのは、ダブルミサカからの拳の洗礼だった。
 再びの『ギャグ補正』による反射突破攻撃を受け、一方通行はマンションの廊下に転がる。

「……いってェっ! おま、一体、」
「愛と嫉妬のビンタ!」
「へ? ――――ぶべらっ! ちょ……ビンタとバックドロップは違っ……!」

 寝転んだ一方通行の腰を抱え、美琴の追撃。痛烈なプロレス技により彼はしたたかに頭を打ちつけた。

「ンだァこの仕打ち!? やっとの思いで帰宅した家主に暴行とかオマエら鬼畜ですか!?」
「寵愛と躾のビンタ!」
「は? ――――ぶぶばびぶぶぶべびぶぶぶばぶぼっ! ォ、往復ビンタは確かにビンタではあるけれど……っ!」

 続いて一方通行に馬乗りになったミサカの往復ビンタ。音すらぶっちぎるスピードのそれに頭が右へ左へと揺れる揺れる。
 平手打ちの嵐が収まった後、最近能力を使う機会ねェなーと一方通行は虚ろな目でぼやいた。

「正直に答えてください。アナタは年下好きですね?」
「……はい」
「ロリもイケるのかしら? それとも妹系がお好み?」
「……年下であればどちらも」

 一方通行が部屋に上がって見たのは、床を埋め尽くす雑誌・DVD。『実の妹がご奉仕してア・ゲ・ル』とか『ぼくだけの幼妻』とか『四時間たっぷり年下とらぶいちゃ祭り』とか、もう思わず目を背けたくなるラインナップ。集めた本人が目を背けてるんだから間違いない。

「ここまでバリバリの年下好きは初めて見るわね」
「むしろ清々しいです、全部甘々系ですから」
「見ないでェ! 汚れちまった俺を見ないでェ!」

 どうも徹底的に捜索されたらしく、パソコンのモニター内部に内蔵させていた代物やポスターの裏に貼り付けていた一冊、さらに完全防水仕様にして風呂場の鏡の裏に滑り込ませていたものまで床にぶちまけられていた。

「でも、この……『麗しき双子 ~兄貴分の立場を利用して《ピー!》で《ズキューン!》なイタズラをしてたらあっちも乗り気になっちゃいました~』っていうのは……ちょっとだけ……」
「ええ、まあ……双子モノは少しだけ……ほんの少しだけ……興味ありますね」
「!? ヤメロ! そいつは女子学生の健全な精神的発育を著しく阻害ムゴッ!」
「ぎゃあぎゃあうっさいわね。少し黙ってなさい」

 馬乗りのままだったミサカから猿ぐつわを噛まされた上に手足を荷造り用の紐で縛られ、抵抗力を失う一方通行。
 無力感に打ちのめされる一方通行を打ち捨てて、姉妹はいかにもおそるおそるといった具合で一ページ目を開く。見開きのパノラマピンナップに赤面、ページをめくる度に朱が深くなっていく。

(く……)
「ちょっ……こんなことしていいの?」

 美琴の口から驚愕がこぼれ。

(うァ…………)
「これは……データ以上に過激、いえ……淫らですね……」

 ミサカも戸惑いを隠せない。
 そんな光景を見て、一方通行は、



(み……み、な、ぎっ、て、き、たァァァァァァァァァァァァァァ!!)



 興奮していた。……ダメだコイツ、早くなんとかしないと……

(年下の美少女が、俺の部屋で、赤面しながら、エロ本を読んでいる……うゥゥゥゥおォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!)

 もう手遅れかもしれない。いや、これは手遅れだ。

(縛られてなかったらムリヤリ読ませて『おィおィどォした第三位はこういうことは耐性ないンですかねェ?』とか『オマエ、テクニシャン処女ならこンくらい平気だろ? まさか純情なオンナノコみてェに見られないとかねェよなァ?』とかイロイロできたっていうのにィ! って、あれ!? ひょっとしてこの紐突破できたらできる!?)

 第一位の誇るスーパーコンピューター並みの頭脳が、稼働する。
 ベクトルを一点に集中させ紐を引きちぎり、猿ぐつわを噛み切った。視界の隅で動いた一方通行にダブルミサカが反応する。

「くっ! やっぱ突破された!?」
「さすが第一位ですね……」
「ククク……俺の能力に常識は通用しねェ」

 それ俺のセリフぅ! とどこぞのメルヘンの叫び声が聞こえた気がしたが、気のせいだ。

「そォィ!」
「「はぁ!?」」

 一方通行がフローリングの床を踏みつけた瞬間、エロ本が空気を切り裂き宙に躍り出た。
 計三十冊の成人向け雑誌がキレイにスタタタタン! と棚に詰め込まれる。サイズ・発行社別に分別されている辺りホントこの男の能力はどっかトんでる。確実に。

「……アンタ、実験とかしなくても十分化け物よ」
「絶対能力者(レベル6)なんて実在するかどうか怪しいですしね」

 あながち否定できない指摘に、一方通行は顔をしかめて反論しようと口を開いて、





「…………オイ。なンでオマエ、実験のこと知ってンだ」





 部屋の温度が絶対零度まで叩き落とされた。
 声に含まれた焦燥やある種の諦めにミサカは顔を伏せる。

「……チッ。めンどくせェことしやがって」

 嘘だ。
 いつかは話さなくてはならないことだと分かっていた。
 本来なら再開した時点で打ち明ければならないことだった。先延ばしにしていただけだ。
 一方通行には他人の気持ちが分からない。話をして、美琴がどんな反応をするかなど考えたくもない。

(ブチキレられンのか? 怖ェな)

 違う。

(気ィ使われンのか? それは、うぜェな)

 違う。



 ――――テメェが恐れてンのはそンなことじゃねェだろ。



(うるせェ)

 どこからともなく聞こえた声に一方通行は表情を苦くする。
 苛立ち紛れに髪を掻く。床に視線を落とす。
 図星だった。
 一方通行が恐れているのは怒りでも気遣いでもなく。



 ――――テメェは拒絶されンのが怖いだけなンだろ?



 あざ笑うような口調のそれに反論しようとして、けれどできなくて。
 当然だ。
 自分の心の声に言い返せるはずがない。
 一方通行は怖い。御坂美琴に拒絶されるのが。『自分一人のために二万人を殺していたかもしれない男』なんてレッテルを貼られるのが。

(『実験』は断った……なンざ、言い訳にしかならねェな)

 きっと一方通行は美琴や垣根らと過ごした時間が心地よかった。失いたくないと思えるほどに。
『第一位』としての一方通行は、確かに絶対能力者という言葉に魅力を感じた。
 けれど。
『一人の人間』としての一方通行は、その実験を受け入れられなかった。
 第一位は頂点にして孤高。
 一方通行は頂点でありながら孤高にあらず。

「俺は」

 一呼吸。

「俺は、『妹達』を殺したくない」

 そうはっきりと告げた。

「……そう」
「あ、えと、あの、カ、カレー作ったから食べませんか!」

 スカイドン張りに重くなった空気にミサカが一石を投じる。
 その心配りに二人は。

「「……甘口だろォな/でしょうね?」」
「……。…………、………………。………………中辛です」
「「バカなァァああああっ!」」

 やはり、一方通行にとってこの空気は心地よい。
 この場所にいることが心地よい。ドロドロで自分を飲み込もうとする闇ではなく、自分の穢れをすべて洗い流すような眩しい光の中。友人がいて、馬鹿騒ぎして、ミサカが隣にいて、彼女が笑いかけてきて。

(あァ、チクショウ。もう『第一位』は終わりだな)

 すごく葛藤した末に残酷な真実を告げたミサカ。なんとなく罪悪感にかられる彼女を見て、一方通行は微笑んだ。

(コイツが動く人形とか、見る目が無さすぎだっつゥの)

 美琴が髪からバチバチと電撃を散らしつつ詰め寄る。甘口に変えるよう要求しているようだ。
 一度煮込んだルーを変えるとか無理無理とミサカは悲鳴を上げる。そんな光景を見て一方通行は頬を緩めた。

 彼は、この場所が心地よかった。

 失いたくないと切に願うほどに。

 時間は過ぎてゆく。幸福も悲しみも平等に押し流しながら、次なる何かを引き連れて。






[24716] 第十六話 歩み寄る心
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/03/19 23:18
「何……だと……!?」
「…………コレ、絶対勝ったらダメなパターンでしたね」

 第二学区中央部にあるゲームセンターに、一方通行の呆然とした声が響いた。
 彼がミサカと来ていたのは、ぶっちゃけ気まぐれに過ぎない。時間が空いたからミサカに誘われて来てみただけだ。三日ほど前の、エロ本抗争の傷痕を癒しに来ただけだ。

「この俺が……負けた?」
「まあ、ステージクリアはできたから良かったですよ。うん」

 慰めの言葉もまともに聞かず、一方通行は『YOU LOSE』と表示された画面を凝視している。
 二人がやっていたのは協力プレイ可能なガンシューティングゲーム。付属の玩具銃を画面に向けて撃つだけで大迫力の銃撃戦が楽しめるという代物だ。
 実はこの手の筐体は学園都市内では絶滅寸前であり、(健全な青少年の育成に悪影響を与えるというこじつけに近い理由ではあるが)大部分が廃棄処分の虐殺にあっている。その中でなぜミサカがこの筐体の居場所を知っていたかといえば、例の研究員がインストールした意味不明なデータベースに記されていたからだ。

(やっぱその研究員ってヤツは一度とっちめる必要があるな)

 一方通行がそう思ったのはつい先ほど。しかし今の彼はそんなことキレイさっぱり忘れていた。
 このガンシューティングゲーム、協力プレイの場合は各プレイヤーの敵撃破数・命中率・残り体力などの面で順位がつくのだ。結果、すべてにおいて一方通行はミサカに敗北。まあ初心者と(なぜか、本当に理由は不明だが)ガンシューティングゲームの動作を『学習』していた玄人ではミサカに分があるに決まっている。
 しかし、この第一位にはそんな道理通じない。

「……次だ」
「………………はい」

 なんだかイヤな予感がするなーとは思いつつも、ミサカは玩具銃を構える。こういう時、手を抜くことは反則に値する。実に面倒くさい性格の一方通行のことだ、ミサカが手を抜いていたと知れば二十四時間ぶっ続けでガンシュー特訓耐久レースとか始めるに違いない。

 んで。

『YOU LOSE』
『YOU LOSE』
『ユー、ロス』
『オマエ、負け』
『いや負けだってば』
『いつまでやんの?』
『負け』
『まけ』
『負けェェェェ!』
『負けっつってんだろーが無視すんなやゴルァァァァァ!!』

 筐体がやる気をなくすほどの連コインに、ミサカは生まれて初めて偏頭痛というものを覚えた。
 一方通行はこの短時間の間に信じられないほど上達している。少なくとも学園都市の中でも五本の指に入るぐらいには。
 しかし、いかんせんミサカが強すぎた。もうオマエ誰の動作学習したんだよと問い詰めたいくらい上手すぎた。引き金を引いてから弾丸が画面内で発砲されるまでのタイムラグに敵が現れるのだ。つまり敵が現れる位置・タイミングすべてを記憶したパーフェクトシューティング。動画をアップロードすれば『チート乙』『戦うウルトラウーマン見つけますた』『ちょww今銃の残像がww』『マwジwかw』とかで埋まりそうなぐらいテクっていた。

「……………………あー」
「飲み物買ってくる。スポドリでいいなァ」

 返答を聞かず一方通行はゲームセンターの外に出た。何か言おうとして口を開いたミサカは、そのままため息をつく。

(いくらつぎ込んでるんですか……ていうかもう何回もシナリオクリアしちゃってますよ。クリア後の得点ランク上位七組くらいミサカ達ですよ)

 ちなみにチームネームは『ONE・noise』。そのままと言えばそのままだ。

「変なところで子供っぽいですね……まったく」

 呆れを隠すことなく、ミサカは玩具銃をセットする台座に背を預ける。現在は新たに(一方通行と)買った有名ミュージシャンのグラフィックTシャツと、気に入ったらしいデニムホットパンツという服装だった。

「お、可愛いコ発見~」

 どこからか聞こえた声に、ミサカは考え込んだ。

(一方通行は、ミサカのことを可愛いと思ってくれているのでしょうか)

 自分の心理状態に疑問を抱いたのは、つい昨日だ。
 お年頃の同居人に構うことなく成人向け雑誌を読みふけっていた一方通行に赤面しながら抗議した時、彼はこう言った。

『ンだよ。買い主に逆らってンじゃねェぞ雌猫。オマエなンざには欲情しねェっつうの』

 その言葉を聞いた瞬間……ミサカの中で何かが悲鳴を上げた。彼女はそれが一方通行の冗談であること、それから結局彼が雑誌を読むことを自粛していることに未だ気づいていないぐらい動揺している。

「ねえねえ君、ちょっとオレ達と遊んでいかない?」

 美琴が一方通行に特別な感情を抱いているのは、なんとなく分かる。それは心理定規のインタビューモドキの時もだし、普段のちょっとした仕草や視線の動きからもだ。

「ねえ、聞いてる? ……聞いてんのかオイ」

 じゃあ自分はどうなのか。
 そんなこと分からないとミサカは途方に暮れる。確かに一方通行の前で彼女は笑った。表情が豊かに彩られる。
 けれど、それだけなのだ。未だ自身では理解しきれていないブラックボックスとして、ミサカは『感情』から目を背け続ける。

「何無視してんだよ、チョーシこいてんのか? ……オイ! 何とか言えよ!」

 逃げかもしれない。
 けれど、分からないのだ。
 ミサカには感情が分からない。自分でも分からないものが自分の中にある、自分を動かしている。そのことが彼女をたまらなく不安にさせる。



「て、めっ――――ぶっ殺すゾるんぶぐぁっ!?」
「……イイねイイね、決まってンじゃンオマエ。典型的な不良キャラ貫いてンじゃン。最ッ高に……反吐が出るほど似合ってるぜ」



 ゲームセンターに激震が走った。それは文字通り『激震』だった。
 何がゲームセンターを震わせたかといえば、一方通行が床を踏み潰した衝撃だ。どうベクトルを変換すればそうなるのか、床は直径二メートルほどの円状にえぐれている。殴り飛ばされた不良は顔を押さえて逃げ出した。無理もない。拳で完全に鼻っ柱を叩き潰されたのだ。
 床を踏み砕いての超加速で飛来、即座に不良を撃破した一方通行は、未だボケッとした表情のミサカを見やる。

「……何呆けてやがる」
「あいたっ」

 軽いチョップが脳天に入る。頭を痛そうにさするミサカに対し、コイツこンな無防備でいいのかなァと一方通行はため息をついた。しばし考え込んだ後、彼は決める。ケータイ買おう。連絡用に買ってやろう。

(あれ? そういう俺は、持ってたっけ?)

 ……………………………………………………。

「明日、だな……」
「? どうかしたのですか?」
「ンにゃ、なンでもねェ」

 一方通行から手渡されたドリンクを見ながら、ミサカは首をひねる。まぁ彼女に精神感応系の能力は備わっていない。彼の意思を読み取るのは不可能だろう。ペットボトルに貼り付けられたラベルをミサカの視線がなぞる。
 そして次の瞬間、彼女の耳は真っ赤に染まっていた。
 原因は一方通行が買ってきた飲み物。

『アクションダイエット15(フィフティーン) ~運動して体脂肪を燃やせ!~』

 なんでも体脂肪の燃焼を助けてくれる成分を十五種類配合しているとか。
 ミサカは一度自分の下腹に目を向けた。怒りゲージ10分の3。

「こ、これはまた……大した試練ですね……」
「何やってンだ。さっさと運動すっゾ」

 ミサカの聴覚が敏感に『運動』というワードに反応する。

(なんですかあれですかさっさと運動して体脂肪燃やせってことですかーっ!)

 怒りゲージ10分の6。

「何グダグダしてンだコラ。飲むなら飲めや」

 その投げやりな発言に怒りゲージが10分の9まで膨れ上がる。
 顔の赤みが羞恥から激怒にシフトし始めたのに気づかず、一方通行はミサカの堪忍袋の緒を自ら切り捨てた。


「どうにかして16にいきてェンだろ。この俺が協力してやっから、もうチョイ頑張れや」


 16。

 それは一方通行にとってはシューティングゲームにおけるクリアグレードのこと。この機種での最高グレードだ。



 そして奇しくも、先日ミサカが気まぐれで(一方通行宅の万能体重計を使って)図った体脂肪率から1だけ引いた数でもある。



 見られてた? いや、機械の履歴?
 そんなことはどうでもいい。問題は、ミサカ自身は『まあこんなものか』と妥協した数値に、一方通行が『そこから下げるのなんて当たり前だろ』的なニュアンスの言葉をぶつけたことだ。



 怒りゲージ、10分の……15、20、ゲージ破損。測定不可。



「――――余計なお世話ですゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 投擲されたペットボトルのは一方通行の反射をいつも通り『ギャグ補正』で突破し、彼の顔面に突き刺さる。
 一方通行の華奢な体は、先ほどの不良がごとく吹っ飛ばされた。


 その後鬼神と化したミサカが学園都市はおろか全国規模でもトップクラスのスコアを叩き出したり、その際の鬼気迫る表情に一方通行がドン引きしたりしたのは、まさしく余談である。

「…………マジで誰の動きをインストールしたンだよ」
「ああ、例の研究員です」
「ソイツ、マジ何者!?」









 翌日、第七学区。
 一方通行とミサカは目を輝かせながらケータイショップの中にいた。

「すげェ、ケータイのカメラでこンなに綺麗な写真撮れるンだなァ」
「女子高生ですかアナタは」

 学園都市開発の商品は基本的に世紀末的というかマッド的というか完全に人が使うもんじゃねえだろコレっていう具合にぶっ飛んでいるが、このショップは割と良心的らしい。

「このケータイは……バイクと接続することによってライディングデュエル可能? なんですかそれ」
「漢のロマンだろJK」

 男なら一度は『ァアックゥセルッシンクロォォォォォォオオオオオオオオオオ!!』とか叫んでみたいのだ。まあ別に一方通行は『汝、無垢なる刃』の方でもイケる口であったりするが。
 ちなみに上条さんは『教えてやる……これが、モノを殺すっていうことだ』派だったりする。あのツンツン頭の場合、能力が能力なので洒落になっていない。

「このスマートフォンというのはどうでしょう」
「ん、タッチってのはあンまり好きじゃねェんだよな」

 むしろこのシンプルなやつの方が、と一方通行は一つの携帯電話を手に取った。機能、カメラ性能、国際性など取り立てて挙げる特徴もなく、かといって欠点があるわけでもない。なんとも無難な一品だ。まあ一つ挙げるとすればカラーバリエーションの豊富さか。ディープブルーとかスカイブルーとか青だけで何色あるんだ。新型PSPなんて相手にならない。

「……ブラックブラックって何? 板ガム?」
「カラー名でしょう。あ、ミサカはファイティングピンクがいいです」
「戦っている桃色って何だ。戦隊シリーズかよ」

 文句を言いながらも自然にお揃いのモデルを受け入れている。他人にここまで甘い第一位など前代未聞だ。かつての彼を知るものがこの光景を見れば泡を吹いて倒れるか他人だと信じ込むかのどちらかだ。
 そしてその前代未聞な第一位サマは、店員さんを呼びつけて携帯電話を二つ契約しようとしていた。が、正直思いつきで買おうとしただけなので料金コースとかまったく考えていなかった。ご利用は計画的にとかの言葉を知らないのだろうかこの男は。

「む、料金コースならシンプルAAコースにするべきです」
「あァ?」

 その時救いの天使が舞い降りた(誇張表現有)。
 ミサカはガイドブックを見るや否や即座に選ぶべきコースを叩き出す。

「ミサカのデータベースにそう記載されています。指定の相手との通話・メールが無料になりこの場合最も選択すべきコースです」
「オマエのデータベースってマジ便利だな」

 何はともあれ購入は無事に終了した。オマケにストラップを適当に買って二人はショップを出る。すぐさま箱を開封し中身を取り出した。
 アレだ、親にゲームを買ってもらったら帰りの車の中ですぐさまパッケージを開けて説明書を熟読したくなるのと同じだ。

「それにしても」

 明るいピンクのケータイを取り出して電源を入れつつ、ミサカは同じように真っ黒のケータイを手で弄んでいる一方通行に笑いかけける。

「ンだよ」
「いえ、お揃いですね」
「――――ッ。い、いや、まァ別にどうでもよくね?」

 言葉とは裏腹に顔を少し赤らめる一方通行。

「ふふっ。そうですね」
「何ですかァその私は全部見透かしてますよ的な余裕に満ち溢れた表情は。ちょっ、別にホントどうでもいいんだからな? 気にも留めてねェぞ?」
「ああはいそうですね。ミサカも気にしてないから大丈夫ですよ」

 なんだか無性に微笑ましいなーとミサカは思った。素直じゃない、というのはもはやステータスの代表例と化しつつある。正直実際にこんなものを見せられたらその希少価値が嫌でも分かるだろう。
 だがしかし。その素直じゃない少年はミサカの言葉をものすごく真正面から受け止めていた。

「…………ハ、ハハ……気にしてねェ、か。そうかそうか、ハハ……」
「??」

 どことなく燃え尽きた感がある一方通行。お揃いのケータイでもミサカは気にしてない。あーそうですかと頷きながらガックリとうなだれた。

「……なんだか元気がありませんね。どうかしたのですか?」
「……………………何でもありませン」

 連れだって学園都市の大通りを闊歩しながら、学園都市最強の覇気のない背中をミサカは不思議そうに見つめていた。


















『00001号は?』
『既に手は打ってある。間もなく回収する予定だ』
『フン、あの超能力者の所為で我々がこんな目に合わねばならんとは』
『奴の能力は確かに脅威だが、アレが介入する前に事態を終わらせればいい』
『その為の00001号か……理事会はどう動くだろうな?』
『出てくるとすれば『スクール』・『アイテム』辺りだろう。速やかに片付けるとすればこの2グループだ』
『では『妹達』の量産ラインは?』
『後はボタン一つで済む。所詮動く人形だ』
『そうか……ではそろそろ、動くべき時だな』


『全ては『絶対能力者』を生み出すために』


『往くぞ諸君。もうじき我々の世界が完成する』




 日常が壊れるのは呆気ない。だからこそ日常の価値をほとんどの人は失った後に気付く。



 それは学園都市最強の能力者とて、例外ではなかった。





[24716] 第十七話 ルール・メイキング
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/03/19 23:15
 複数の人間が集団で社会を維持し生活を営むには必ず規則が必要となる。
 一定の縛りを自分たちに課し、それに従って生活を送る。
 その決まりを守れなければ『異端』として区別され、軽蔑されるだけだ。犯罪者などがこれに当たる。
 何が言いたいかというと。

「こればっかりは譲れねェな」
「……こっちにだって意地があるんですよ、一方通行」

 同棲を始めて一週間。一方通行とミサカはうすうす気づいていた。
 規則のない生活……それも年頃の男女二人となると、どうしても問題が生じると。

「少しは譲歩しろや」
「イヤです」

 問題はこの一週間で多発していた。
 夜中になってふと気づいたら風呂が沸いていない。気づいたらどちらかが消えていてたまらなく不安になる。口げんかを無駄に引きずる。

「風呂掃除の比率は4:3でいいだろ!」
「いーえ、5:2が妥当です!」

 さあ皆さん御唱和下さい。
 お前らどこの新婚夫婦だよ!

「横暴だァ!」
「家計担当は私ですよ! 少しは楽をさせてください! 大体週に三回のペースなんですから大した負担じゃないでしょうに!」

 地の文のツッコミを無視し、疑似新婚夫婦はルール制作に没頭する。
 二人が並んで座るウッドテーブルの上には多少の筆記がなされたルーズリーフが置いてあり、どうも複数のルールをこれにまとめているらしい。

「ェー……分かった分かった。俺5でオマエ2でいいよ」
「さすが一方通行。話が分かりますね」
「そりゃァミサカさンが懇切丁寧に教えてくれましたからねェ」

 嫌みったらしく吐き捨てる一方通行に、ミサカは胡散臭い笑顔で返す。どうもこのクローン、一方通行の前だとフルオートで表情筋が活発に活動するらしい。

「うーんと、それじゃあ今までのルールをまとめると……」

①朝起きた時と夜寝る時はあいさつをすること
②朝食・昼食・夕食はそれぞれ当番制とし、当番の日は早めに調理を済ませておくこと
③風呂掃除は三日に一度行い、5:2の比率で交代すること
④外出する際は行き先、帰宅時間を互いに言うこと
⑤謝る時は素直に謝ること
⑥気持ちは言葉にして伝えること
⑦隠しごとはしないこと

 お前らはどこの親子だ。

「……なンか、マジで初歩的なことばっか書いてる気がすンぞ」
「……奇遇ですね。ミサカもそう思っていたところです」

 ようやく気づいたのか、表情を苦くする一方通行。

「もうちっと大人っぽいこと書いてみっか」
「はぁ」

 大人っぽいこと……何を想像したのか、というかナニを想像したのだろう。ミサカの顔が首筋まで赤くなった。

「?」
「い、いえっ! なんでもございませんですよ!?」
「オイ日本語破綻してンぞ」

 呆れる一方通行はルーズリーフを一瞥し、ふと理解した。

「なンかいいアイデアでも思いついたのかァ?」
「!?」

 実際それがどうなのかといえば、ミサカにとっては妙案でも一方通行にとっては微妙なラインである。とミサカは思う。それになにより、今思いついたそのルールは……口にするには、恥ずかしすぎるものだった。
 どんどん赤みが深まっていくミサカを一方通行は訝しげに見やる。ていうか顔を覗き込む。

「…………(じー)」
(止めてください見ないでください)
「……………………(じとー)」
(止めて見ないで止めて見ないで止めて見ないで)

 もうミサカは深紅だった。一方通行が人間ってこンなに赤くなれるンだと感動するぐらい真っ赤だった。

「わ、分かりました! 書きます書きます!」

 ヤケクソとばかりに声を張り上げるミサカ。異性耐性のなさはオリジナル譲りだろうか。
 シャーペン今から折りますと言わんばかりにペンを握り締め、ミサカはやや乱雑な文字でルーズリーフの空白部分に何かを書きなぐった。

「…………! …………!!」

 書き終え、彼女はタコになった。ゆでだこってかもはや太陽だった。『灼熱の欠陥電気』とか渾名がつきそうなくらい。

「どれど、れ……! …………!? ………………、……………………!!??」

 そしてまた白い最強も、隣でダウンしているクローン娘と同じカラーリングに染まりきった。
 二人とも油のさされていないブリキ人形みたいな動きで首をひねり、互いに視線を向け合う。

 ――――――――カァァァアアアアアアアアアアアッッッッ!!

 擬音をつけるとすればこんなカンジだ。
 一方通行もまた同様にダウン、イスに深くもたれかかる。

「こンな、こと……」

 ルーズリーフに書かれた、

「こんなこと……何ですか?」

 最後のルールは、



「……こんなこと、ルールにするまでもねェよ」





⑧ずっと一緒にいること





「……それも、そうですね」

 しばらくは顔もまともに見れないな、と二人は思った。




















『招待状は?』
『既に送った。00001号が来るかどうかだが』
『問題ない、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』による13回の演算の結果彼女は来訪する』
『実行は?』
『すぐにでも』
『武装は?』
『準備完了だ。これだけあれば警備員(アンチスキル)など蹴散らせる』
『ならば……』



『無能力者共を集結させろ。貴重な壁だ』



 日常が壊れるまでもう間もない。



[24716] 第十八話 待っていろ
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/03/21 00:33
 それから2日。顔を合わせた瞬間にお互い赤面するという過酷な生活を乗り越え、一方通行とミサカはどうにか今まで通りの関係を維持していた。
 まあ、それぞれの感情は置き去りにしてだったが。

(うあああああああああ! 何であんなこと考えちゃったんですかああああ!!)
(CoolCoolCooooooooooooooooool!! あの提案に深い意味はないないないない! そォ思え! ないンだ! 『買い主』だからずっと一緒にいるだけだ!)

 ……とまあ、かなり感情を押し殺した関係ではある。
 ちなみにこの内心シャウトの最中、表面上二人は何をしていたかというと。

「一方通行、なぜ私のお肉ばかりを取るのですか」
「ごめンなさいもォ二度としませン」
「……とか言いつつミサカの取り皿に伸びてる箸は何ですか?」
「あぎゃァっ! 待って肘を極めちゃダメだって!」

 見事と賞賛したいほど、完璧な仮面を上から貼りつけていた。どこからどう見ても普通に焼き肉を食べているカップルだった。まさかこの二人が内心で花も恥じらう乙女張りのウブな吐露をしているとはどちらも夢にも思うまい。

 閑話休題。

「そういえば一方通行。人間ドッグというものに興味はありますか?」
「……オマエってナニ? あれか、健康マニア?」
「そういうワケではありませんが……」

 夕食だった焼き肉の片付けをしながら、ミサカはソファーに寝転ぶ一方通行の背中に声をかけた。

「ミサカは興味があるので、明日外出します。なんでも無料キャンペーン中だそうです」
「うィ。で、どこ?」

 夕刊紙の一面を流し読み、多くの研究所から研究員が行方不明になっているという記事に目を留める一方通行。いかにも形だけな質問にムッとするミサカ。
 やや苛立ち気味に彼女は口を開く。


「岩橋短期大学です」


 ――ガバッ! と一方通行は身体を起こした。

「オイ、待て。オマエ、」
「ええ分かっています。分かっていますとも」

 ミサカは遮るように告げる。

「あそこはミサカが生まれた場所です。招待状を送ってきたのは、ミサカの面倒を見てくれていた研究員……」
「…………大丈夫なンだろうな」

 心の底から心配するような声色に、ミサカは苦笑する。

「何を心配しているのですか。行き先は言いましたよ」
「……そォか」

 それでも一方通行の表情は晴れない。

(……もう、ダメなんですね)

 そんな彼を見て、ミサカは思った。

(もう彼は第一位として致命的なものを失ってしまっている……だから、ミサカは)

 彼女は誓った。一方通行にたくさんの、両手でも抱えきれないほどの笑顔と幸せをプレゼントしようと。
 ならば。

(ミサカが、守ります)

 一方通行は不満げながらも新聞に視線を戻した。だからこそ気づかなかった。悲痛な決意に彩られたミサカの表情に。
 ミサカは何かを決意するように拳を握り、そっと顔を伏せた。



(アナタの居場所は、ミサカが。……守ります。絶対に)



 自分の宿命には自分でケリをつけると口の中で繰り返す。
 そんな様子に気づくことなく、一方通行は得体の知れない嫌な予感に浸されながら一日を終えた。






























 翌日。
 昼前とやや遅めの起床を果たした一方通行が見たのは、テーブルの上にある『行ってきます。夕飯までには帰ります。』と書かれたメモ。
 ブラブラと外出でもするかと動きやすい服装に着替える。用意されていた朝食を平らげた後、何の気もなしにつけたテレビに流れていたニュースが目に飛び込む。。どこのチャンネルもそれで持ちきりだった。





『こちらは現場の岩橋短期大学医学部前です! えー現在は『警備員(アンチスキル)』によって完全包囲がしかれていますが、依然として校舎の内部には武装をした犯人グループと人数不特定の人質が立てこもっており、緊迫した状況が続いています……繰り返しお伝えします……』





 それは岩橋短期大学医学部が謎の武装集団によって占拠された、というニュースで。

 ガチャンと、一方通行の手からテレビのリモコンが滑り落ちる。

「……………………は?」

 運命は脈動する。宿命は廻り続ける。
 幸せな日々の意味も知らず、ただ時間に押し流されいた。
 命の尊さも知らず、ただ他人に心を引き裂かれていた。
 愛の重さも知らず、ただ世界に踏み潰されていた。

 最強は、最強でなくなっていた。

 日が昇る。その光を浴びるすべての人々を平等に照らす。

「――――――――――――――――!!」

 ボゴォッ! と。一方通行は自分で自分の頬をその右手で殴りつけた。
 まるで自分の中に積もっていた幻想を殺すように。
 まるで自分の中に眠りこけていた猛獣を起こすように。

「……何を寝ぼけてたンだ、第一位。テメェの居場所はここじゃねェだろ」

 彼は知らない。大切な人はその居場所を守るために宿命の地へ赴いたことを。その想いを知らず彼は歯を食いしばった。自分を傷つけることを躊躇わず、もう一度自分を殴りつける。悔しさと惨めさが氾濫した。どんな重い蓋で閉じてもそれを押しのけて、負の感情が心の奥底から湧き上がり精神を満たし身体から溢れ出る。
 瞼をぎゅっと閉じる。暗闇に映るのはたった一人の少女。彼女は髪をかき上げ自分に笑いかける。パチリと瞳を見開いた。
 何をしているんだ、自分は。

「あァ、あァ、あァァァァァァァァァァァ!」

 のうのうと幸せに浸り、宿命から逃げていた自分。それを打ち壊すように彼は絶叫する。今すぐにでも自分をぶち殺してしまいたかった。幻想にすがりつき、現実を直視せず、ひたすら強者の運命から逃げ惑っていた自分を叩き潰してしまいたかった。

「ァァァ……、今、今すぐ……! 今すぐにあそこへ……!!」

 テレビの電源を殴るように消し一方通行は家を飛び出す。指紋認証からドアのロックまでの僅かな時間さえもがもどかしい。ガチャンと施錠の音。それを合図に思考が一気に簡略化され高速演算に最適化される。

(叩き潰されていたンだ。打ちのめされていたンだ。縛り付けられていたンだ)

 マンションの廊下を踏みつけて跳躍。ひらすら一路に目的地へ。
 早く、早く速く速く、速く疾(はや)く疾く疾く疾く疾く疾く! 速く彼女の下へ!
 身体が叫ぶ。

『ッ! たった今、犯人グループからテレビ電話がつなげられました! オイ、早く流せ!』

 木もビルも空もすべてが一色になる。超加速が風景を消し飛ばした。
 色彩を失った世界などには目も向けず、一方通行はひたすらにビルをつたい走る、走る走る迸(はし)る迸る迸る迸る迸る迸る!
 ココロが叫ぶ。

『……学園都市の諸君! 聞いているだろうか、我々の声を! 我々はこの都市である研究をしていたメンバーである! しかし、その研究は現在凍結下にある!』

 一方通行は思う。それは間違いなく自分の『実験』のことだと。
 ならば彼らは誰なのか――決まっている、あの呪われた『実験』の研究者だ。

(存在意義を見失っていた。何もかも忘れていた。自分が何者なのか、何物なのかさえも)

 ビルを踏み潰す度に剥がれ落ち。
 大地を蹴る度に打ち砕かれ。
 地球が軋む度に壊れゆく。
 自分を何重にもくるんでいたヴェールを、一枚一枚剥ぎ取り破り捨て散らしていく。中から現れるのは醜くちっぽけな『最強』の姿。

(俺は、俺は――――――――!)
『我々は請求する! 我々の研究中である『絶対能力者進化実験』の凍結解除を! さもなくば……』

 ――ズガンッ! 轟音とアスファルトの破片をそこら辺りに撒き捨てながら、一方通行は着地した。『警備員』の包囲網の中央に。

「……さもなくば、何だァ?」
『さもなくば――この少女を殺害する!』

 テレビ電話の画面に映ったのは、手足を荒縄で縛られた少女の姿。
 少女は、『超電磁砲』のクローン成功作第一号だった。少女は、この一ヶ月にも満たない時間で一方通行の心のほとんどを占めた少女だった。

『学園都市理事長よ、聞いているか! 貴様は少女一人の命と一つの実験、どちらをとる!』

 呆気にとられる警備員の間を通り抜け一方通行は悠々と歩く。まるで凱旋する英雄のように、まるで闊歩する王者のように。
 そこにあるのは敵意と殺意のみ。尊厳を撒き散らし存在を誇示し、歩を進める。

(きっと俺には、何かができたンじゃないかと思う。この腐った運命にだって、抗えたンだと思う。けれど――)

 実況中継をしているテレビ局のカメラに向かい、一方通行はリポーターのマイクを引ったくる。ポカンとするリポーターを捨て置き、一方通行は目の前にそびえ立つ病棟を睨みつけた。

「オイ糞(ファッキン)野郎ども、聞こえてるか?」
『……ま、さか。お前は』
「おォ、声で割れるモンだな。想像と合ってるか? 学園都市序列第一位、一方通行だ」

 ザワッ、とメディアがざわつく。
 一方通行は少し息を吸ってから。

「ミサカ。生きてるか?」
『…………何故、アナタが』

 憔悴した様子の彼女に一方通行は、

「ルール6。気持ちは言葉にして伝えること、だろ」
『……………………』

 ミサカは面食らったように口をポカンと開けた。

「ミサカ。テメェは取り返しのつかねェことをした。その首を引きちぎっても許されねェことだ」
『…………アクセ、ラ』

 何か言おうとするミサカを遮り、一方通行は堂々と宣言する。


「テメェはこの第一位を、殺しやがった」


『……気づいて、いたのですか』
「気づいたのはついさっきだけどなァ。俺は夢を見ていた。幸せな夢だった。そして、あっさり崩れちまう夢だった。そンな夢に浸っていた。侵されていた。『孤独で孤高な第一位』はぶち殺された……テメェの手で」

 歌うように一方通行は。
 審判を聞くようにミサカは。

「それでも俺は夢を見続けようと思う。こンな中途半端な立ち位置は叩き壊して、さっさと安心して夢を見れるベッドを買おうと思う」

 それはある意味では真理だった。現実を直視できないなら現実を捻じ曲げてしまえばいい。運命から逃げたいのなら運命を断ち切ってしまえばいい。
 一方通行にはそれができる。

『……は?』
「けどなァ。夢を見るにはオマエが必要なンだよ。オマエが居なきゃ、夢は夢のままで終わっちまう。オマエが居るから夢を現実にできる」
『あな、たは』

 それは現実と戦うための決意。それは運命に抗うための意思。ミサカが、大切な人が隣に居てくれるからこそ一方通行は力を振るうことができる。彼女を護るためにこそ彼は立ち上がる。
 一呼吸。


「何度でも言う。俺にはオマエが必要だ」


 一方通行は迷うことなく言い切った。
 彼は問う。オマエの気持ちはどうなんだと。

『ミサカ、は』
「気持ちは言葉にして伝えること……だろ?」
『ミサカは、ミサカは……!』




『ミサカは、アナタに助けて欲しい……! 助けて……!』




 その言葉があれば、最強は立ち上がれた。
 大切な少女が助けを求めている。自分の、他ならぬ一方通行の助けを。
 それだけで十分だった。

『……助けて、くださいッ……! 一方通行ァ……!』
「あァ、今すぐ――助ける」

 そして。

























「待っていろ」

























 戦いの狼煙はこれだけ。
 一方通行はマイクを放り捨て、病棟に身体を向け。

「学園都市最強の力。見せてやるよ」


【PM12:30】
 第一位『一方通行』、第二病棟に侵攻を開始。

 これは、『岩橋短期大学医学部占拠事件』における公表されぬ真実。

「おいおい……らしくねえな、一方通行。いつの間にテメェは白馬の王子サマになったんだ」
「あら、意外と似合ってるわよ? 何か大切なモノを守ろうとするっていうのは、どんな激情にも勝る絶対的な意思だもの」
「…………ハン。しばらくは様子見、だな」

 ある者は翼をはためかせ。

「……ったく。何よ、このモヤモヤしたカンジ。まるで……私が、本当に……」

 ある者は自らの心情に戸惑い。

「へー、何やら超大変なことになってますね」
「どうかしたの?」
「大学が占拠されたって」
「ふうん、そりゃまた……私たちにお鉢が回ってくるかもね」

 ある者は争いを予感し。

「……ここはどこだ」
「オイお前! 人質なら早くこっちに」
「すごいパーンチ!」
「へぶらっ!?」

 ある者はワケも分からず騒動の渦に巻き込まれる。

 世界の意思を理解しうる者はこの場にはいない。





(最強はきっと――孤独で孤高じゃなきゃいけない。けど、俺は)

 ゴォ!! と突然上空の大気が渦を巻いた。周囲のマスメディアやモニターを見る学生達が呆気にとられる中、一方通行はどこまでも底冷えした声で。


「悪いことは言わねェ――全力で横に飛び退け」


 リポーターらがその言葉通りに動いたのは、もはや動物的な本能に近かった。マイクやカメラを投げ捨てて横っ飛びに彼らがどいた瞬間、空気の鉄球がそこを通過した。その速度時速120キロメートル。人間を石ころのように吹き飛ばすそれは、人々の群れの隙間をくぐり抜けて病棟に殺到――第二病棟の正面玄関を丸々破砕した。


【PM12:31】
 第一位『一方通行』、第二病棟の正面玄関を突破。

 始まる。戦いが――守るべき者のための――聖戦ともいえる戦いが。







[24716] 第十九話 暴虐の嵐 (エロ・グロ注意)
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/03/23 18:40

【PM12:32】
 第一位『一方通行』、第二病棟の二階に侵攻。

「オラオラァ! 死にてェヤツからかかってこいッ!」

 飛んでくる銃弾を容赦なく弾き返し、最強は病棟の広い廊下を行進する。
 敵の武装は拳銃だけでなくアサルトライフルやサブマシンガンなどもあり、あちらこちらから照準をつけられている状態だ。
 それでも一方通行の歩を止めることはかなわない。

「無駄なンだよッ! そンなチャチなオモチャ!」

 突如発生した竜巻が男を宙に巻き上げ、壁に猛スピードで叩きつけた。恐らく肋骨は折れたであろうがそんな屍には目も向けず一路ミサカの下へ。
 一瞬銃撃が止む。すでに一方通行は感づいていたが、背後から特大の『獲物』が飛んできた。

 地対空ミサイル『スティンガー』。

 ヘリすら撃ち落とすそれを一方通行は――振り向きざまに右腕で払いのける。まるで友人を小突くように。
 が、腕が触れた瞬間スティンガーミサイルは運動の向き(ベクトル)を操られ横合いに吹き飛ばされた。男達が絶句するとともに、ミサイルが傍の病室に飛び込む。慌てて男達は障害物の影に滑り込む。
 数秒後、爆発。病棟そのものを揺らす爆炎と爆風が一方通行に襲いかかり。

 それらをまともに受け、男達は全員宙に舞った。

 理解できない。自分達は安全地帯にいたはず。混乱が頂点に達すると同時、身体が床に叩きつけられる。数人は上半身や身体の一部が千切れていた。数瞬遅れで身体を突き抜ける激痛。そこらに絶叫と悲鳴がこだまする。

「これだけか?」

 ミサイルによる衝撃をすべて他人へ流した一方通行は、未だかすり傷すら負っていないまま歩き出す。途中で一人、男の前に立ち止まった。

「テメェらは何だ?」
「う……ぁ、す。す。武装無能力者集団(スキルアウト)……だ」
「何人いる?」
「多数の学区からかき集めたから、せ、正確な人数は俺も、リーダーも把握できていな」
「じゃあ死ね」

 最期は痛みを感じる暇もなく一瞬。
 首から上を消失した男はぐったりと力なく横たわる。コロコロと頭が転がっていき、階段の下へ落ちていった。




【PM12:35】
 第一位『一方通行』、第二病棟を制圧。屋上をつたって第三病棟に侵攻。

 誰が予測できるのか。正面玄関――つまり一階を突破したという敵が上から襲ってくるなど。
 二人一組で行動していたスキルアウトのメンバーは、天井に穴が空いたことすら知らず真っ二つに引き裂かれた。脳漿が辺りに飛び散り、血液が床と襲撃者を紅く染める。
 天井を破壊したとは思えない華奢な手で一方通行は人間『だったもの』の腰から携帯用通信機を抜き取った。

『オイ、今の音は何だ!?』
「敵みてェだぜチキン野郎。ケツの穴には興味ねェからできれば女をよこしてくれや。ブスだったら勃つモンも勃たねェけどな」

 それだけ言って、一方通行は通信機を握り潰した。

「さてと。お出迎えは頼むぜ、名も無き死体クン」

 足元の無惨な死骸を足で転がして、彼はいびつな笑みを浮かべる。

(細工は流々。正面から叩き潰すだけじゃコイツらには足りねェ。俺が満足しねェ。なら――正面以外からも攻めりゃいいだけだ)
「……さァ、スクラップの時間だぜェ! クッソ野郎ドモがァあああッ!」



【PM12:38】
 第一位『一方通行』、第三病棟に潜伏。迎撃のためスキルアウト五名が出撃。

 彼らは特別な訓練を受けたわけではない。特別な才能を持っているわけでもない。故にその人間としての根底――つまり精神はひどくもろい。

「……行くぞ」

 アサルトライフル等各々の武器を構えつつ、五人の男達は階段を順番に上がっていく。常に三百六十度周囲に気を配り警戒を怠らない。
 しかし拍子抜けするほど簡単に彼らは病棟の中枢……一方通行が潜伏していると思われる地点、第三病棟三階にたどり着いた。罠も奇襲もなく一方通行が通すのか。
 否。彼はすでに攻撃を完了していた。

「オイ……前方の『アレ』は……なん、……だ?」

 先頭を進んでいた男の足が止まる。
 そこにあったのは、床に転がった





 指。





 奥には大きな赤黒い水たまりがあった。男達の身体が凍りつく。散らばっているのは銃弾やボディアーマーの残骸、そして。
 死体。
 人間だったそれは内臓を引きずり出された上、あちこちに医療用メスや注射器が突き立っていた。

「ぅ……ぁ、あ゛」

 捨てられた内臓にもご丁寧に無数の注射針が刺さっており、あまりに非現実的な光景となっている。どこか宗教めいたものすら感じさせる血の海がスキルアウトのメンバーの精神を蝕んでいく。

「み、るな。直視、するな」

 一人の号令で全員が目を背け始めた。すでに追い詰められた精神が注意力を散漫させる。
 故に、足元に張られた医療用テグスを彼らは見逃した。

「うわっ!?」

 右翼に展開していた男が、テグス引っ掛かって無様に転んだ。即座に全員のライフルの銃口がそちらに向けられ、引き金に指がかかった。
 そして――テグスが切れると同時、天井から『ナニカ』が落ちた。『ナニカ』には紐がつけられていて、バンジージャンプのように『ナニカ』は宙ぶらりんになる。

「――撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 誰かが叫んだ。それを皮きりにライフルが火を噴く。オーバーキルとしか言いようのない掃射に『ナニカ』は瞬く間に蜂の巣となった。
 そう、『ナニカ』……もう一人のスキルアウトの、真っ二つになっていた死骸が、容赦ない銃撃をまともに受けた。
 血が飛び散り地面に転がる男に降りかかる。原型を失った内臓やぐちゃぐちゃに潰れた眼球、どろどろの脳みそが他ならぬスキルアウトらの手によって床にしたたり落ちた。声にならない悲鳴が漏れ、仲間の身体を自分たちが銃でかき回したという事実に心が押し潰される。

「うぁあ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 すでに戦意は無きに等しい。
 カランと硬い音がして、ライフルが床に落ちた。




【PM12:40】
 第一位『一方通行』、第三病棟を突破し第五病棟に侵攻。

 虐殺。病棟の中の状態はその二文字に尽きた。
 存在を悟られる前に死角から視認不可速度での殺害を繰り返す。ファーストルック・ファーストアタック・ファーストキル。
 一撃で上半身を吹き飛ばし。
 一撃で脊髄を叩き折り。
 一撃で死体を積み上げる。
 現在一方通行は数十名のスキルアウトを同時に相手取っていた。とは言っても相手は彼の存在すら知らない。仲間が死んでいることすら知らない。屍はすべてその辺の病室に放り込まれている。一方通行が内部に侵入してどこにいるのかを相手に気づかせないまま最速でミサカにたどり着く。それが狙いだった。

(――――八つ目)

 今も本来は辺りに響くはずの音を能力であらぬ方向に飛ばし、隠密行動を容易いものにした。
 あとは標的を真後ろから狙い仕留めるだけだ。毛細血管から大動脈のベクトルを読み取り掌握、すべてを逆流させる。

(――――九つ目)

 身体が針を刺されたゴム風船のように弾け飛ぶ。残骸をそこらの病室に捨て置いて一方通行は第五病棟を陵辱する。天井を音もなく走り回り、首を折り身体を潰す。

(――――十! ノルマはクリア、後は風紀委員(ジャッジメント)にでも任せるか)

 まあ新人がスキルアウト達の『残骸』を見たら一生のトラウマになるかもしれないが、一方通行はそんな『些細なこと』気にかけない。

『オイ、応答しろ! クソ、一方通行は今どこにいるんだ!? 第三病棟か!? 第五病棟(そちら)にはいないのか!?』

 面白おかしくなってくるほどに錯乱する通信機からの声。
 一方通行はそれを放置して、すぐ傍の窓を開け放った。向こう側にあるのはこの岩橋短期大学医学部の中枢……第一病棟。



(ミサカを取り戻す。死んでも取り返す。この手で救い出す。この能力(チカラ)でミサカの敵を蹴散らす。どンな手を使ってでも護り抜く。絶対に……そのためなら……誰でも殺す。生きてる人だって……コロスッ!)




【PM12:45】
 第一位『一方通行』、第五病棟内のスキルアウトを攪乱。情報網の破壊を確認した後第一病棟――犯人グループが拠点としていると思われる病棟に侵攻。

 意外にも第一病棟内はがらんとしていた。一方通行は侵入した三階から一つ一つの病室を捜索する。

「……チッ。やっぱ『ソコ』に戦力を集中させてるってワケかよ」

 フロアの案内図を苛立ち紛れに殴り飛ばし、一方通行は忌々しげに呻いた。
 全十三階からなる第一病棟最上階――院長室。
 一方通行の見立てでは、この建物内で最も侵入が困難な地点だ。

(ハン、上等。時間もねェし『下ごしらえ』は手早く済ませるか)

 視線が床に転がりひしゃげた掲示板に向けられる。
 目指すのは非常用避難階段。


【PM12:50】
 第一位『一方通行』をロスト。











【PM12:55】
 第一位『一方通行』をロスト、捜索を継続中。

 院長室は騒然としていた。
 突然の一方通行のロスト。どこにいるのかは元より分かっていなかったが、ここにきて一方通行による攻撃すらもなくなっていた。

「こりゃあ……ちょっとやべえかもな」

 通信は全体の三割が途切れ、相手の位置は不明。
 浜面仕上はそんな状況に歯噛みした。

(クソッ。研究者面した連中に戦力寄越せって要請されて、仕方なしに10人引き連れて参加したらこのザマだ)

 幸いだったのは第七学区のスキルアウトはほとんど戦力を出していないことか。
 少なくとも第六学区や第十二学区、その他多くの学区が戦力を抽出している。今までにない規模の合同作戦だ。
 それが、たった一人の能力者によって引っ掻き回されている。

(第一位、ねえ)

 浜面は無意識の内に上着のポケットに手を突っ込む。肌を通して感じる冷たい拳銃の感触が、多少精神を落ち着かせた。

(とりあえずココまで来るとすればエレベーターか非常用避難階段しか経路はない。見張りが接触したらこのミサカってヤツに銃突きつけときゃ安全は確保できるだろ、多分)

 視線を床に落とす。そこには、衣服を剥かれ下着が露わになったミサカの姿があった。無機質な瞳が浜面を射抜くが、手足を縛られた上に猿ぐつわを噛まされているのだから何もできないだろう。能力を使用すれば容赦なく撃ち殺すと言い含めてある。

(にしても、見事なまでの連携のなさ。所詮は寄せ集めの混合部隊ってワケか)

 中にはミサカの下着姿に欲情する者もいた。高身長で唇にピアスを二つつけたその男は、今も粘り着くような視線をミサカの素肌に向けている。ミサカの太ももにはすでにその男が吐き出した白濁液がこびりついていた。『本番』こそ至っていないが、よく耐えられるな、と浜面は素直に感心した。まあ身動きできないからじっとしているだけかもしれないが。

「……なあ、いつまでこうしてるんだ」

 と、スキルアウトの一人が我慢しきれなくなったのか、研究者に詰め寄った。
 白衣を着込んだ男達は少し額を寄せ合い、ミサカに視線を向ける。

「学園都市側から未だなんの応答もない。確かに時間を持て余しているな……なら、仕方ない。時間潰しにヤッてしまって構わん」

 言葉の意味をミサカが把握するのに数秒。彼女の顔から血の気が消え失せた。

(オイオイ……どうなっても知らねーぞ?)
「い、いいんだな?」
「ああ。君は先ほどから我慢しきれなくなっているようだしね」

 真っ先にミサカに覆い被さったのは、やはりというか長身の男だった。肉欲に顔は醜く歪み、はいていたジーンズはすでに下ろされ平均を上回る大きさの逸物が露わになっていた。

「へへへ……こんな可愛いコとヤレるなんて、来て良かったぜ」
「オマエはさっきぶっかけたろうが。俺らはさっきからおっ勃ってんだよ」

 周囲のスキルアウトも思わず情欲をかき立てられる。
 中には勃起したそれをミサカの眼前に晒す者もいた。透明な液体が麗しい乙女の頬にこすりつけられる。拒絶を隠そうともせずミサカは目をつむって顔を背けた。

「えー何この薄っぺらい同人誌的展開」

 先ほどからなんとなく空気に乗り切れていない浜面は嘆息した。輪姦劇に加わっていないのは彼と研究者ぐらいだ。



 ――寒気がした。



 性欲に目がくらんだ男達や修羅場をぐぐったことのない研究者は気づかない。
 突然叩きつけられた痛烈な殺気に浜面の呼吸が凍る。



 ――――寒気がした。



 ミサカのショーツに手がかけられる。怯えた表情で何かを必死に叫ぶが、もう遅い。未発達の清純な処女の恥部が男達の目の前に










 寒気が、爆発的な怨磋に変貌した。










 浜面は気づいた。やっと、遅すぎるぐらいではあるが、気づいた。
 ヤツはこの時を待っていたのだ。
 全員が少女のカラダを求め。
 全員の注意が少女に注がれる。
 その瞬間。ミサカからすべて銃の照準が外れた。
 ヤツはこの時を待っていたのだ。
 浜面仕上の視線の先にいる……病棟の壁に張り付き、窓越しにこちらへ濁りきった視線を送っている一方通行は。

(や、べぇッ――――!!)

 反射的に顔を左腕で覆い右手で拳銃を構える。ガラスが粉々に砕け散る。ようやくそこで彼らは一方通行に気づいた。
 第一位は灼熱し冷え切り引き裂き押し広げ潰したような、そんな壮絶な笑みを浮かべた。





「シネ」





 シンプルな通告。浜面は耳を貸すことなく無茶苦茶に引き金を引く。
 いや。引いた『はずだった』。
 その拳銃にこめた弾丸の数は9。しかし銃声は3回だけ。
 浜面の拳銃は壁まで吹っ飛んでいた。舌打ちし、拾いに行こうとして、気づく。


 腕がない。


「…………は、あ?」

 頭が事実を拒否した。壁際に銃を握りしめたまま転がっているのは自分の腕などではない。自分の右腕が肩口から消失などしているわけがない。けれど。
 数拍遅れで、まるで堤防にせき止められていた洪水のように、決壊したダムのように。鮮血が噴き出る。床を紅く染める。そのまま尻餅をつき、白目を剥いて絶叫した。

「ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 他の男達も同じように腕が千切れ首がもげ足が引き裂かれ腹部をえぐられる。
 下半身を露出していた連中は特に容赦なく切り殺されている。刀でもできるかどうか分からないほどきれいな切断面から、ドロリとした内臓が溢れ出した。

「ひっ、ぁっ、うぁ」

 地獄だ。ここは正真正銘の、地獄だ。研究者達も身体をいくつにも切断され絶命している。

「し、死にたくない」

 あえいだ。もがいた。死にたくない、と。必死に叫んだ。
 千切れ飛んだ腕に駆け寄って拳銃を抜き取り、虐殺を続ける一方通行に背を向けた。そのまま緊急時用の脱出経路――本棚の裏にある隠し通路に飛び込む。

「いや、だ。死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくないッッ!」

 浜面は叫びながら滑り台型の避難経路を落ちてゆく。
 そんな『負け犬』になど一方通行は見向きもしない。


【PM12:59】
 第一位『一方通行』、院長室を襲撃。ミサカを救出と同時に犯人グループの幹部格を殲滅。なお、浜面仕上のみが片腕を失いながらも逃走。

「……はァ」

 漏れたのは安堵の息だった。
 一方通行は背中に負ったミサカ(シャツは切り裂かれていたので一方通行の上着を着せ、ホットパンツをはき直させた)に声をかける。

「ミサカ、もう少しで外だからなァ」

 現在スキルアウトは混乱の真っ只中にある。一方通行が拾い集めた通信機からすぐさま院長室に来るように指示したからだ。無論その辺で捕まえた死に損ないに無理やり言わせたわけだが。だが第一病棟のエレベーターは動かない。すでに一方通行が破壊している。よってスキルアウト達は非常用避難階段を使うだろう。
 しかし階段の最上階の出口もまた開かない。ドアノブを砕きドア自体を変形させてある。
 これが一方通行の『下ごしらえ』だ。先ほど内部情報を外の風紀委員(ジャッジメント)にリークした。後はわらわらと集まってくれたスキルアウトを一網打尽にするだけ。

「大丈夫だからなァ」

 元気づけるように言葉を紡ぐ。何必死になってんだと自分で小さく笑った。
 一方通行は下に飛び降りる予定だ。彼の能力をもってすれば十三階の高さなど階段を二段飛ばしに降りるのと大差ない。

「アクセ……ラ、レータ」
「喋ンな、キツかったろ」
「本当に……ミサカ、を……助けに来てくれたの……ですね」
「バーカ。ちゃンと言ったろォが。助けるって」

 窓を開け放つ。苛立ちが消え去るほどの快晴。

「ミサカは……人形なのに」
「あのな、次そンなこと言ったら潰すぞ?」

 ミサカの軽い身体を背負い直し、一方通行は少しためらってから告げた。


「オマエは俺の、家族なンだからよ」


「か…………ぞく」
「おォ」

 それを聞いて少女は目を閉じた。
 歌うように奏でるように響かせるように――笑った。


「なら。……ミサカは。アナタのかぞくになれてしあわせです」


 それだけ言って眠るように彼女は。





「ン。……俺も。……俺もし、し……幸せ、だ、うン。オマエと一緒に居れて――――オイ、ミサカ?」





 ミサカは答えない。

「ミサカ……?」
「…………」

 ミサカは反応しない。

「ミサカ…………?」
「  」
「ミ、サ…………」

 ミサカは微動だにしない。呼吸すら、していない。

「お、い。オイオイオイオイオイオイオイオイ。ウソだろ?」

 その問いにすら返答はなかった。

「み、さっ」

 慌ててミサカを背中から下ろす。抱きかかえるような姿勢にして、彼女を正面から見た。
 一方通行が着せた上着。が、紅く。赤く染まって。いた。

「――――――――――――――――ッ!!」

 浜面仕上の放った銃弾。三発放たれた内一発は院長室に飾られていた花瓶を割るにとどまり。


 残り二発は、ミサカの腹部と胸を貫いていた。



「ゥっ、あ、あ。あう。う、ァ」



【PM13:00】
 全風紀委員(ジャッジメント)並びに警備員(アンチスキル)、第一病棟に突入を開始。







[24716] 第二十話 舞い降りる強者達 (エロ・グロ注意)
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/04/16 23:57
【PM13:00】
 無能力者武装集団(スキルアウト)所属の浜面仕上、片腕を失いながらも第一位『一方通行』から逃走。

 化け物。浜面は自称第一位のあの男をそう評する。
 ものの三十分でスキルアウトの軍勢を突破し、人質を見事救出したその計略性と単独での戦闘能力。さしずめ『独人軍隊(ワンマンアーミー)』とでも呼ぶべきか。

「みんな、生きてるか」
「なんとか、な」

 第二病棟の一室に集合した、第七学区のスキルアウト。浜面の腕を止血しながら、一同はゆっくりと息を吐く。

「この通信機があって良かったぜ……」
「ああ、浜面さんの指示あってこその命だな」

 一方通行によって攪乱のための指示が出された後、第七学区から抽出されたスキルアウトは全員一度集合し、浜面からの通信を待っていたのだ。
 この立てこもりに参加する前から嫌な予感がしていた浜面は、自分の身内にのみ小型の通信機を渡していた。一方通行の襲撃を受けた後、浜面は脱出経路を抜けた地点に第七学区のスキルアウトを集結させた。そこで傷の治療を受け、現在に至る。

「浜面さん、これからどうします?」
「……ひとまずこれを聞くぞ」

 そう言って浜面が残った腕を使って取り出したのは、一つの小型スピーカーだった。


【PM13:00】
 第一位『一方通行』、人質となっていたミサカを救出。ミサカは意識不明。

 一方通行の能力は『ベクトルコントロール』……あらゆる向き(ベクトル)を支配下に置くことができるという強力なものだ。能力の効果から逃れられる例外はごくわずか。向きさえあればいいのだから。
 例えば血流でも、自由自在に操れるのだ。

「ミサカッ! 耐えろよ!」
「んっ……」

 腹部に空いた銃創に人差し指を突っ込みながら、一方通行は必死に叫ぶ。もう自分を飾っている余裕などない。スーパーコンピューター並みの演算能力をフルに活用し、人間一人の血流をすべて操作する。出血を防ぎ懸命の延命活動を行いながら、愛すべき家族の名を呼び続けた。

(クソッ! 何が最強だ! 何が万能だ! チクショウ!)

 家族。
 その二文字の重さに押し潰されそうになる。胸の奥から囁いてくる声が一方通行の脳髄を犯した。家族を死なせるのか。家族を救えないのか。
 するとどうだ。また別の声が頭に響く。待て。まだミサカとは出会って1ヶ月も経っていないじゃないか。そんな短期間で家族になどなれるものか。
 一方通行を責め、一方通行に諦めるよう諭す言葉達。血液を操りながら、彼は。

(知るかそンなこと)

 と。そんな理屈は関係ないと、一方通行は声を振り払った。

(家族になってるかどォかは『家族』自信が決めることだ、時間が経っていないから家族になってないなンざ言い訳だ)

 血流を操作し、その上維持。大動脈から毛細血管の一本一本までを手中に収め、掌握する。
 一方通行の能力をすべて費やしてまで、ミサカの死を回避。他のベクトルを操作するなど考えもせずひたすらに血の流れを安定させる。

「早くしろよクソッタレがァ……!」

 風紀委員らの到着までミサカを持ちこたえさせる。それが一方通行が自分に課した役割だ。あとは外に待機しているであろう医療班に任せる。

「生きろッ! 生きろ生きろ生きろ生きろ生きろッ! 生きてくれ! じゃなきゃ俺は……俺はァ……!」

 気づけば雨が降っていた。屋内だというのに雨はミサカの顔にポツリポツリと降る。何かの痛みを隠すように、誰かの悲しみを現すように。


 時は少し遡る。


【PM12:58】
 風紀委員(ジャッジメント)並びに警備員(アンチスキル)、匿名のリークを受信。内部への突入を試みる。

「情報によれば、敵は非常用避難階段に集合している。一階から追い詰めりゃ楽勝だろうけど……」
「内部の監視カメラを掌握しました。ただ、人質達が集められていると思われる地下一階はカメラがすべて破壊されていました」

 アンチスキル……黄泉川愛穂は、後ろからパソコンを抱えて走ってきた同僚の鉄装に振り向いた。

「中はどうなってる?」
「確かにスキルアウトは非常階段に密集しています。けどすべてというわけではないですね。各病棟に散らばっています」

 報告を聞き、黄泉川は眉をひそめる。

「各病棟に同時に突入する必要があるかもねえ……リークした野郎は、やっぱあの『自称』第一位?」
「恐らくは」

 自分第一位です、と名乗られておいそれと納得するわけがない。少なくとも黄泉川は信じきれていなかった。

「ジャッジメントの方はどうなってる? 合同作戦になれば楽なんだけど」
「向こうからコンタクトがありました。能力者を投入する準備があるそうです」
「よしきた。全アンチスキルに戦闘体勢を取らせる。60秒後に突入だ」

 慌てて鉄装が通信機に突入の旨を告げた。すぐさまアンチスキルがハイテク装備を構え突入の陣形を整える。一方ジャッジメントは、専属の転移能力者(テレポーター)を核に作戦を開始しようとしていた。
 が。

「――ちょっと待ちなさい!」

 凛とした声が辺りに響く。

 少し話題を変えよう。
 本来学園都市での自治活動に当たるのはジャッジメントかアンチスキルだ。故に自分だけの現実(パーソナルリアリティ)の強い……平たく言ってしまえば、自己主張の強い最高位の能力者は自治活動に当たらない。自己主張が強すぎて大抵の場合は集団同士による連携の必要な戦闘が行えない、もとより必要ないからだ。まあ単に学園都市の平和になど興味がないからかもしれないが。
 とにかく、最高位の能力者――超能力者(レベル5)が学園都市の平和のために働くなど前例がほとんどない。

 そしてその数少ない前例の一つがこの『岩橋短期大学医学部占拠事件』であった。
 よもや計五人ものレベル5が共闘するとは誰が予想できただろうか。

「ま、まさか……『超電磁砲(レールガン)』!?」
「えっとそれって、ウワサの第三位さんのことですの?」
「後ろ! 黒子さん後ろ!」

 頭に花を飾った、オマエそれ何宴会芸? とツッコミたくなる少女がテレポーターの少女の背後を指差す。
 テレポーターの少女、白井黒子が背後に振り向けばそこには一人の超能力者が佇んでいた。

「悪いけど……どいてくれないかしら? どうしても行かなきゃいけないのよ、私」

 彼女――御坂美琴は病棟を見上げながら言った。レベル5としてではなく最高位の電撃使いとしてでもなく、ただ一人の少女として。胸の鼓動が収まらない。何かとても長い距離を走ってきたんじゃないかと思うぐらいに。

(私は、『あの人』に大切なことを教わった。心理定規(メジャーハート)にヘンな質問された時に気づくべきだった。私は、きっと――)

 ブラウスのポケットからゲームセンターのコインを取り出す。
 狙いは第一病棟の玄関に敷かれたスキルアウト達のバリケード。

「あれを破壊するわ。どいて」
「え? あ、ちょっ、ま」

 黒子のとっさの制止を無視し、美琴は磁力線レールを展開、照準を定めた。

「――伏せろぉっ!」

 黄泉川の口から勝手に声が飛び出た。それはひょっとすると、本能の絶叫だったのかもしれない。その場にいた人間が一斉にしゃがみこむ。バリケードの向こうで様子をうかがっていたスキルアウトも慌てて飛び退いた。
 第三位は叫ぶ。





「電撃使い最強の証、その目に刻みなさい!」





 刹那、射出されたコインが世界を両断した。音速の三倍の速度で、自身が溶け出すのもかまわず、コインはバリケードへと直進する。空気を引きちぎり空間を引き裂き、オレンジ色の残映を残し迸る。テーブルや待合い用ベンチで組み上げられたバリケードは子供に蹴飛ばされた砂の城のように吹き飛んだ。
 御坂美琴本気の必殺技はまだ止まらず、内部の壁を穿ち病棟の半分ほどを貫いたところで溶けきった。
 衝撃波の嵐が辺りのアスファルトをえぐる。アスファルトの破片と衝撃の風圧がスキルアウト達を打ちのめした。

「……これが、『超電磁砲』」

 誰かがつぶやいた。
 美琴は軽く髪をかきあげ、足を踏み出す。唖然として動かないジャッジメントやアンチスキルを捨て置いて、さっさと彼女は病棟の内部に侵入を果たした。


【PM13:00】
 第三位『超電磁砲』、第一病棟玄関を突破。
 次いで風紀委員(ジャッジメント)並びに警備員(アンチスキル)、全病棟に突入を開始する。


 またも時は遡る。


【PM12:58】
 第二位『未元物質』率いる『スクール』、岩橋短期大学医学部に到着。

「アレが院長室? なんか一方通行が壁に張り付いてるけど」

 第一病棟から約0・8キロメートル地点。ある雑居ビルの屋上に、『スクール』の姿があった。
 双眼鏡で病棟を見つめる心理定規は、自分の約1メートルほど上に浮いている垣根帝督に話しかける。

「今回は私達以外は省いたけど、私は必要かしら?」
「……………………」

 垣根は何も語らない。そんな様子に心理定規は呆れる。

「にしても一方通行、相当キてるわね」
「…………あれは、ヤバい」

 え? と心理定規は聞き返した瞬間、院長室の窓が砕け散った。
 中へ飛び込んでいく一方通行を見て、垣根は翼をはためかせる。

「あれじゃあ、死ぬぞ」
「誰がよ」
「第三位のクローンがだ」

 そう叫んで、垣根は飛翔した。目指すは第一病棟。音に匹敵する速度で病棟との距離をつめる。

「――――ッ!?」

 だが、音速並みの速度であるにもかかわらず……垣根を精確に狙ったナニカが、純白の翼を撃ち抜いた。垣根が飛翔してからこの間二秒にもみたない時間であった。

「う、おあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 急なバランスの変動に体が揺れ、垣根は体勢を崩した。結果第一病棟ではなく隣の第三病棟に激突、そのまま壁を突貫していく。


【PM12:59】
 第二位『未元物質』、第一病棟への突入を試みるも妨害に遭い失敗。第三病棟へ誤って突入。


 墜落していく天使を見送りながら、第四位『原子崩し』――麦野沈利は息をもらす。
 発射したオレンジ色の光線は見事に標的の『未確認飛行物体』に直撃した。速度自体はかなりのものだったが、第四位の頭脳をもってすれば直進するそれに攻撃を加えるなどたやすい。『アイテム』に下された命令は岩橋短期大学医学部を占拠する武装グループの排除。移動には支給されたワゴン車と運転手が利用された。

「高位の能力者っぽかったけど、麦野にかかれば超イチコロですね」
「いや、今のはかなりヤバかったわ」

 とはいえ移動手段を失った上、堅い病棟の壁をその身をもってぶち抜いたのだ。無事で済むかどうかというよりも命があるかないかの話だ。
 麦野は仕事仲間に向き直ると、『アイテム』のリーダーの顔になった。

「とにかく内部に突入するわよ。滝壺はここで待機、絹旛とフレンダは第一病棟に行って」
「麦野はどうするのよ」

 第四位は黙って第三病棟を指差す。視線の先には謎の飛行物体が空けた大穴がある。

「あいつが敵であることを考慮して、私が第三病棟を制圧する」
「……麦野、『アレ』は多分」
「分かってるわよ」

 心配そうな滝壺の声色に麦野は神妙に返す。絹旛とフレンダはその意味を理解し、凍りついた。


「あれは、恐らく私と同格……超能力者(レベル5)よ」


 刹那。
 ガゴン!! と建物の残骸が大きく揺れた。コンクリートの山が吹き飛び、中心から三対の翼が姿を現す。


「――ナメた真似してくれるじゃんか格下ァァァァァァァァァァァァ!!」


 天を衝くように翼がうごめき、それらの主……第二位『未元物質』こと垣根は、鋭い視線を向けてくる麦野に目を合わせ中指を空へ突き上げた。
 その言動に、麦野の頭からブチリという生々しい音が響く。


「――やんのかゴラァァァァァァァァァ! テメェのブツを裂いて引きちぎってチェリー君のまま超絶テクでケツの穴で昇天させてやるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 乱暴すぎる言葉と同時に複数のビームが飛び病棟を穿つ。垣根はひょいと首を傾けるだけでそれをあっさりと回避し空中へ飛び上がった。
 が、背中に鈍い衝撃。死角からの攻撃に対しとっさに翼の盾を張ったが衝撃を殺しきれず、そのまま再び墜落した。

「チッ……どいつもこいつも邪魔ばっかしやがってぇ!」

 第二位を相手に実弾で攻撃した愚か者に垣根は振り向く。
 別の病棟の屋上にそいつはいた。黒いコートのせいで体格は分からないが、黒い長髪を一つに束ねた――恐らく、女。
 腕に抱えた対物ライフル『バレットM92A1』がゆっくりと垣根に狙いを定めた。彼女はうつぶせにはならず、腰だめにそれを構える。

 その表情は、恐怖でも戦慄でも絶望でもなく……まるで同情するように、悲しみに彩られていた。


「――余裕ぶっこいてんじゃねぞぉぉぉぉぉぉ!!」
「私を無視すんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


【PM13:00】
 第二位『未元物質』並びに第四位『原子崩し』、事態に介入を開始。
 なお、スキルアウト側に未確認の狙撃手(スナイパー)が出現。詳細は不明。


 もう一度、時は遡る。


【PM12:58】
 病棟内の人質達、第一病棟地下一階多目的ホールに集められる。


「もうたくさんだ! このままじゃマジで死んじまうぞ!」

 スキルアウトの一人が通信機を床に叩きつけた。それを見て他のスキルアウトは表情を曇らせ、人質達は目を閉じ歯を食いしばった。
 次の瞬間、ライフルが火を噴き人質の一人の頭に紅い花が咲く。悲鳴がいくつも響き渡った。

「クソッ! クソッ! オマエらなんざ死んじまえばいい!」
「オイオイ、頭に血ィ上りすぎだろ」

 突然の銃撃はとどまるところを知らず、次々と命を奪い去っていった。
 他のスキルアウトは暴走を止めようともせず静観する。どうも今発砲している男は、もとよりこのように非道な人格だったらしい。事実、人質を無差別に虐殺するのはこれが最初ではない。

「オイ、本部との通信が途切れたぜ」
「……浜面さんが心配だ。他の連中も集めるぞ」

 そんな中、第七学区から集められたスキルアウトがそそくさと部屋から出ていったことには誰も気づかなかった。

「ああクソ! ソイツ押さえとけ。今からヤる」

 男はライフルの銃身で目の前の少女を差す。反抗的な目で男をにらみ付ける彼女の顔にはいくつものアザが浮かんでおり、抵抗の激しさを物語っている。
 その指示に、別の男が少女に水をかけた。

「……! けほっ、けほっ」

 抗うすべもなく、水を飲んでしまい咳き込む少女。そんな彼女の様子に卑しい笑みを浮かべると、水をかけた男は少女の眼前に股間部を露出した。

「いやっ」
「うっせえな。さっさとしゃぶれよ」

 悲鳴が上がる。嫌悪感にその場の人間の胸に熱く黒い衝動が溜まる。

 だが、自分たちは何もできない。

 人々は叫んだ。不条理を叫んだ。
 人々は嘆いた。自らの運命を嘆いた。

 人々は求めた。救世主(ヒーロー)を求めた。

「姉ちゃんから、離れろっ!」

 その時、一人の少年が立ち上がり、スキルアウトの男に殴りかかっていく。男を拒絶していた少女は目を見開いた。
 少年の、実の弟の胸を、男が放った弾丸が容赦なく撃ち抜いたのだ。


「――――イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 誰かが己の無力さを呪った。
 誰が己の無力さを呪った?

 誰かが己の不甲斐なさを呪った。
 誰が己の不甲斐なさを呪った?

 誰かが希望に手を伸ばした。
 誰が希望に手を伸ばした?

 誰かが救世主になろうとした。
 誰が救世主になろうとした?


 救世主は誰だ?



 救世主とは何だ?



 極限状況の最中、彼は来た。
 幻想殺しの少年ではない。学園都市最強の少年でもない。
 ドパン、と奇妙な音。普段聞き慣れない音。

 当然だ。人間の半身が吹き飛ぶ音など聞いたことがないに決まっている。

「……あ?」
「もう、何も言えねえ……あんまりにもキレすぎて、何も考えらねえ……!!」

 白いハチマキ。握った拳。一世代前の古風な、しかし典型的な







 ヒーロー。







【PM12:59】
 第七位、第一病棟地下一階多目的ホールに侵入。同時にスキルアウトを二名殺害。


 削板軍覇はスキルアウトらに殺気を叩きつけた。体にドライアイスをぶちまけられたような寒気に陵辱劇が停止する。

「お前らだな、これをやったのは」

 突如現れ、男二人を文字通り瞬殺した削板は、震える指で山積みになった死体を差す。
 銃撃を受けた男性。尊厳を突き破られ舌を自ら噛み切った少女。そんな惨めな最期を遂げた彼らの遺体がそこには積み上げられていた。

「そうだ。オマエもヤリたいのか?」

 だったらくれてやる。といわんばかりに男は少女を削板に向けて蹴り飛ばした。

「けどまあ、死姦になっちまうけどなぁ!」

 削板が何かをする間もなく少女に引き金を引く。たかが青年の一人どうにでもなるとたかをくくっていた。
 否、見くびっていた。
 ライフルが真っ二つにへし折れた。弾など出る間もない。
 何が起きたのか理解する前に、いつの間にか目の前に移動していた削板が、ライフルを構える右腕を蹴り上げる。
 音速の二倍近くの速さのそれは、男の腕を根元から思いっきり引きちぎった。

「へ……?」
「この世で一番むごい死に方で殺してやる。案外痛いから気をつけろ」

 呆然とする男の頬に平手打ちを見舞う。脳天まで突き抜けるような痛みとともに男のアゴが外れた。大きく開かれた口に、削板はあろうことか自分の手を挿入していく。

「ん゛~~!?」
「悲惨だな。無惨だな。力を持たない弱者の立場に立った気持ちはどうだ?」

 喉頭蓋をぶち抜きそれは気道を貫通、大きく脈打つ心臓を鷲掴みにした。

「どうした? 鼓動が早くなったぞ。怯えているのか?」

 彼らは気づくべきだった。
 自分達が力持つ者――強者として弱者を踏み潰すのなら。
 自分達も同じく、さらなる強者に踏み潰される存在なのだと。
 ぶちゅり。
 熟れたトマトが踏まれるような音とともに、命を紡ぐポンプは潰された。削板が腕を抜くと、口から噴水のように鮮血が噴き出る。崩れ落ちる男の身体を削板は先ほど男が少女を蹴ったように蹴り飛ばした。ゴムボールのように吹き飛び、それは壁に激突し背骨ごとへし折れる。

「……生きて帰れると、思うな」

 どこまでも冷たい宣告に、スキルアウトらの顔から血の気が引いた。


【PM13:00】
 第七位、スキルアウトらに制裁を開始。


 宴が始まる。
 弱者は食われる。強者は砕かれる。ここには最強など存在しない。

 集え。

 護りたいものがあるなら牙を剥け。
 壊したいものがあるなら拳を握れ。
 超えたいものがあるなら剣を持て。

「……絶対に、死なせねェからな!」
「かかってきなさいよ、まとめて相手してやるわ! 私を止められると思うな!」
「踊れ格下ぁぁああああ! 俺の能力に常識は通じねえぞ!」
「ハハッ、いいねいいねいいね! 私もアンタも勃ちまくってるよぉぉぉぉぉ!」
「俺はお前らを許さない。一人残らずぶち殺す……!」

 力を振るうことを躊躇うな。不条理に挑め、打ち勝て。弱者を救済してみせろ。本物の強者がなんたるか教え込め。
 屈するな。諦めるな。割り切るな。
 いかなる規則も彼らを縛ることはかなわない。
 世界を切り開け。現実を引き裂け。幻想を打ち砕け。

 超能力者(レベル5)は叫ぶ。
 超能力者(レベル5)は貫く。
 超能力者(レベル5)は羽ばたく。
 超能力者(レベル5)は輝く。
 超能力者(レベル5)は戦う。

 地獄に舞い降りた彼らは救いの天使か、それとも――――





 世界は加速する。たどり着く先がどんな所であろうとも。







[24716] 第二十一話 集結する希望
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/04/03 20:34
【PM13:01】
 スキルアウト所属の浜面仕上、応急処置を完了。第一位『一方通行』を追撃するため出撃。

「浜面さん……」
「同情はするな。早く行くぞ」

 残った左手で拳銃を持ち、浜面は立ち上がった。上着の右袖は何も通っていないからか扇風機の送風に流されている。
 通信機越しに聞いた一方通行の言葉は、彼らの戦意を削ぐには十分なものだった。

「アイツに仲間が5人殺られた。このまま帰るんじゃリーダーに合わせる顔がねえよ」

 情けはかけない。
 その言葉を飲み込んで、浜面は仲間を引き連れ歩き出す。目指すは最上階院長室。


【PM13:03】
 第一位『一方通行』、移動を開始。

 ミサカの軽い身体を背負って、一方通行は院長室を後にした。
 しかしエレベーターは他ならぬ一方通行自身の手によって破壊されている。非常階段などスキルアウトがぎゅうぎゅうに押し込まれており、もってのほかだ。

「……ここしかねェか」

 本棚を蹴飛ばす。能力の恩恵がない以上平均的男子学生を下回る脚力だが、それでも空になった木製の棚は真横へスライドしてくれた。

「行くぞ……ッ!」

 その奥にあったのは急傾斜の滑り台。螺旋を描きながら下へと続くそれ。一方通行はミサカを負ぶったまま――あろうことか滑り台の上を走り出した!

(うォォォ! こりゃァ最ッ高だねェ! そこらのチキンレースよりスリル満点だァ!)

 ミサカの血流を操作しながらなので能力はあまり行使できていない。つまり一方通行はベクトルの補助程度のみの能力がかろうじて機能している状態だ。

(けどッ、演算に集中できねェ! さっさとゴールしやがれクソッタレがァァァ!!)

 一歩踏み込むごとにバランスを再調整。能力の補助が減退している状態としては奇跡的に、彼は爆走を続行する。いや、走るのではなく、感覚的には滑り落ちていると言った方が正しいだろうか。
 しかし彼の読みは意表をつくものだった。普通なら、この隠し通路を通った後、スキルアウトらは確かにすぐさま逃走をはかるだろう。よって隠し通路の行き着く先には誰もいない、あくまで普通なら。
 がさり。と。常識に反して、何かの物音を、疾走しながらも一方通行は聞き取った。

(――! 待て待て待て待てェ! ウソだろ、チクショウッ!?)

 音は一方通行の真下、つまり一方通行が向かう先から聞こえた。

「オイオイ、マジでいンのかよ!?」

 思わず情けない悲鳴が口から飛び出した。今更減速などできるはずもない。視界に先ほど片腕を吹き飛ばした男――浜面仕上が映りこむ。

「なっ! お前どうしてこっちに!?」
「ああああああああああああチクショウ撥ね飛べェェェェェェェェェ!」

 彼らはナイフをスパイクのように靴に縛り付けていた。恐らく滑り台を這い上がって、一方通行を背後から急襲する計画だったのだろう。正面衝突だと自分が吹き飛ばされると予測し、一方通行はスライディングするかのように片足を突き出した。
 床を這うほどの低姿勢でスキルアウトらの群れに吶喊、一人二人と下に叩き落としていく。落ちていったスキルアウトの男らは例外なく硬い床に体を打ちつけ、すぐに動かなくなった。

「ああクソクソクソ! なんだってテメェはぁぁあああああああ!!」

 飛び上がりかろうじて回避した浜面は、首だけで一方通行が突き進んでいった方へ振り向く。
 瞬間、一方通行はミサカへの生命維持活動を一時打ち切った。すべての演算を『攻撃』に回す。本来の『ベクトルコントロール』ならではの凶悪性が牙を剥いた。

「あぎゃはァ! その間抜け面はなンですかァおしゃぶり待ちですかァ!?」

 右手を滑り台の表面に叩きつける。それだけで滑り台が破砕され金属の塔は崩れ落ちた。ベクトルを螺旋の一点に集中させ全体のバランスを崩壊させたようだ。

「墜ちろォォォォォォォォォォォォ!」
「テメェェェェェェェェェェェェェ!」

 浜面は自らの真下に向けて銃を出鱈目に撃ちまくり、一方通行はさっさとミサカの血流を操作にし戻る。
 崩壊する螺旋状の金属板が障害となり銃弾は届かない。それは一方通行の簡易な演算でも、素人目にも確かなこと。


 の、はずだった。


(当たれ当たれ当たってくれ! このままやられっぱなしで終われるかよ! 無能力者(レベル0)だからって何もできないワケじゃねえって証明してくれ!)

 発砲数は5。拳銃から射出された鉛の塊が隠し通路を疾走する。

(頼む! 一発でいい! 一発だけでいいんだ! 当たれ当たれ! 死んでいったアイツらのためにも、当たれええええええええええええええええええええ!!)

 まるで浜面の執念が乗り移ったかのように、弾丸が一発だけ――金属板のバリケードをくぐり抜け突破した。
 奇跡的な弾道を描いたままそれは、ミサカの生命維持活動に専念している一方通行の右肩を貫通する。

「うぐっ……!? テ、メェェェェェ!?」

 すっかり自身の防護を怠っていた一方通行は空中でバランスを崩し転落していく。その際、演算が乱れたため血流の操作に誤りが発生。
 散々水を溜め込んだダムがそれを放流するように、ミサカの腹部から深紅の鮮血が噴き出した。通路はおろか一方通行の全身に彼女の血液が降りかかる。
 たまらず彼は家族の名を叫んだ。

「ミサカァァァァァァァァァァァァァァ!」

 第一位はそのまま堕ちていく。


【PM13:03】
 第一位『一方通行』、浜面仕上との戦闘の最中に被弾。また、人質だった少女の状態が悪化、現在瀕死。

 まだ自分は落下している。一方通行は刹那的に途切れた思考を復旧させた。我を忘れていたのは数瞬か数秒か。慌ててミサカの血流を掌握し直す。
 同時に平行して自分の肩からの出血も抑える。予想を超える負担に電気信号がひっきりなしに飛び交い思考回路が焼き切れそうになる。

(――――ッ!)

 地面は目前。一方通行は人智を超えた速度での決断を迫られた。
 ミサカへの血流操作を打ち切り着地に備えるか。
 自身へのそれを打ち切るか。

 答えが出るのには一瞬の必要もない。

 迷うことなく、一方通行は自分の体内の血流を操っていた頭脳を足に当てる。

「……ッ゛ッ!」

 肩の銃創から血が溢れ出す。

(知るか)

 血が流れすぎたのか、演算能力が低下する。

(知るかそンなこと)

 死ぬかもしれない。

(ミサカを死なせるよりマシだ)

 死ぬかもしれない。


「――いい加減しつけェンだよ『第一位』ィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!」


 一方通行は、孤高で孤独で独りよがりな自分を壊すように絶叫した。

(望ンでたンだろ!? この手で家族を救い出すことを! 願ってたンだろ!? この能力(チカラ)でコイツの敵を蹴散らすことを! 誓ったンだろ!? どンな手を使ってでもミサカを護り抜くことを! だったらこンなところで諦めてンじゃねェ、立ち止まってンじゃねェ!)

 出血が空中に赤いカーテンを描く。視界が隅の方から霞み始めた。

(コイツは、ミサカはまだ苦しンでンだよ! バカな研究者どものワガママ押しつけられて生まれて、人生も運命も狂わされて! 俺に殺されるために生み出されて! そンなのって、いくらなンでもねェだろ!? だったら俺が救うしかねェンだ。殺されるためだけにこの世に生を受けた存在なンざ認められるか! ンなモン有りはしねェ! コイツは人間だ。何が何でも人間だ。俺は、コイツを――――護りたいンだ!)

 一方通行はそれでも、歯を食いしばって痛みに耐える。ミサカが味わっている苦痛はこんなものではないと自分に何度も言い聞かせた。
 地面が迫る。ミサカを背中から胸に回し、ほとんどお姫様抱っこの格好になる。
 次の瞬間一方通行は演算式を完成させた。

(今だ!)

 両足が同時に床を踏みしめる。本来は真下に向かうのと、そして反作用として一方通行に跳ね返ってくるはずだった2つの力は、彼の能力によってどちらも九十度ねじ曲げられた。それぞれがきれいにピタリと重なり、一方通行の身体に加わる。
 ジェットエンジンで爆発的な加速を得るように、一方通行は隠し通路の最下層から横へ空いた出口に向かって吹っ飛ぶ。
 舌を噛んでしまいそうな勢いに怯みながらも、彼は必死に自分を鼓舞した。

(逃げろ逃げろ逃げろ! まずミサカの安全を確保するンだ! 敵を倒すのはそれからでいい! ああクソッ! 血が止まらねェ!)

 演算がまたしても乱れた。着地がうまくいかず無様に転がる。すでに右腕は彼自身の血で真っ赤に染まっていた。
 ヨロヨロと立ち上がり、自分の血流にも能力を回しながらミサカを背負い直した。もう第一位としてのプライドは捨てた。どんな代償を払ってでも大切な人を護る。
 今はただ、生き残る。そしてミサカとともに幸福な日常に帰還する。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 背後から轟音。今、螺旋が崩れ落ちたようだ。
 一方通行は振り向かない。あの高さから落下しただけでなく、頭上からは金属板が降り注いだのだ。無能力者が生き残れるわけがない。

(だっていうのによォ……)

 一方通行は絶句した。なぜアイツは生き延びている。背後から聞こえた声は、確かにあの男のものだった。

「ハァッ、クソッ、クソッ。テメェってヤツはよぉ。どこまでやってくれるんだ」

 打ちつけた脚をひきずりながら、浜面仕上は姿を現した。

「テメェ。なンで生きてやがる」
「答える義理はねえな」

 応答と同時に発砲。それを読んでいた一方通行は絞りカスのような体力をつぎ込んで横に飛び退いた。
 浜面が這い出てきた四角く黒い穴を見やりつつ、そこにあった大きめの机の下に滑り込む。痛みと出血が一方通行の演算能力をことごとく奪っていった。

「ハッハァ! なァるほどねェ! 自分の仲間踏み台にしてオマエだけ生き残ったワケかァ! カカカッ、仲間踏み潰してでも生き延びたかったンですねェ!」

 精神的に追い詰めるのが得策と判断し、一方通行はチラリと見た隠し通路の出口に積み上がった浜面の仲間達を声高に糾弾する。
 浜面が生き残れたのはひとえに彼らのおかげである。落下する浜面のクッションになり、上から降り注ぐ金属のプレートから彼を守ったのだ。

「ッ! 黙れクソ野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 再三の発砲が机を穿つ。激情に身を任せ引き金を引き続ける浜面に対し、一方通行は(出血こそあるが)冷静なまま、状況を打開する起死回生の策を練り始めた。

(ハァッ、ハァッ。落ち着け。落ち着くんだ)

 そして浜面もまた、自分を必死に抑えつけていた。

(確かに今の言葉はムカついた。最高にムカついた。けど事実だ。受け入れるんだ。俺はアイツらを犠牲にしちまった。俺が殺したようなモンだ)

 カスッ、と引き金が軽くなる。弾切れのようだ。
 慌てて次の弾倉を拳銃に挿入しながら、浜面は思考をフル回転させる。極限状況の中で生き残るため完全にリミッターが外れた。
 人間は普段の日常生活では脳を100%使うことはできていない。使う必要がないからだ。普段使われている部分は全体の30%ほどとも言われている。しかしごくまれに脳は普段未使用の箇所を活用する時がある。火事場の馬鹿力という言葉も、これを考えるとあながち的外れではない。
 そして今、浜面はまさにその『火事場の馬鹿力』状態にあった。

(今のは確実に俺の精神を揺さぶりにきた。心理的な攻撃だ)

 しかし、そうだとすると一つの疑問が湧く。

(そんなことして何になる?)

 彼が第一位だというのはにわかには信じがたいが、少なくとも高位の能力者であることは間違いない。
 ならば心理的攻撃などせずに直接能力で仕留めた方がいいに決まっている。先ほど院長室を襲撃した時の一方的な虐殺を見れば、そのことが容易なのは丸分かりだ。

(考えろ。考えろ。どうして直接潰しにこない? どうしてこんなまどろっこしい真似を?)

 震えていた手が、ブレていた銃口がピタリと止まった。

(まさか)

 浜面仕上は一つの可能性に思い当たった。


(まさかアイツは、今能力を使えない?)


 そんな馬鹿なと頭を振る。それでも一度湧いた疑念は連鎖的に次なる問いを投げかけてきた。

(だとすればなぜ? あの自称『第一位』の能力は分からないけど、強力なのは分かる。それが使えない。いや、使わないのかもしれない)

 じわりじわりといたぶり、なぶり、その末に命を奪う。そんな発想に背筋を冷たい汗が伝った。

(け、けど! もしそうならさっき隠し通路の中でどうして逃げた? 反撃も何もせず一方的に逃げ惑っていた。それはおかしいだろ。ならやっぱり能力が使えないのか?)

 照準を定めたままじりじりと距離を詰める。部屋には物音一つしない。

(何が原因だ? 俺らを強襲した時と今の状態とでの違い……)

 浜面の頭にひらめくものがあった。

(あの女の子か)

 そういえばあの少女が来ている上着は血みどろになっていた。
 仲間達の返り血かと思っていたが、実はあの少女自身の血なのではないか?

(ならあの男は、女の子を助けるために何かをしている。それが負担となって能力を使えていない。……今ならひょっとして、)



 勝てる?



 疑念が確信に変わったのには数瞬も必要なかった。

(勝てる。倒せる。仇を、討てるッ!)

 焦りや恐怖はすぐに消し飛んだ。
 懐から隠し玉の手榴弾を取り出す。自分は別の机へ飛び込みながら、ピンを外し、一方通行の潜む机へ向けて投げつけた。手榴弾は机を飛び越えて奥にたどり着くと。

 爆音が部屋を震わせた。






(あァ、チクショウ)

 無様に床に転がりながら、一方通行は呆然と思考する。
 本来はすでに浜面を倒し、最速でミサカを救助してもらっている予定だった。

(ミサカは……?)

 幸いにも、(無意識下に近いが)ミサカの血流は操作できている。
 しかし無情にも、手榴弾により炸裂した鉄片を反射したことで一方通行の演算能力はその分以外は皆無となっていた。
 とっさのことで防いだまでは良かったが、その数秒間に血が流れすぎたようだ。早急な輸血が必要な状態に陥っている。派手に吹き飛び、その階のロビーにミサカを抱き締めたまま転がされていた。

(手榴弾は反則だろォ)

 隠れている机を吹き飛ばし一瞬で片を付けるつもりだった。
 しかし能力を全力では使えないのを見抜かれ、先手を打たれたことで勝敗は決した。

「どうだ……! レベル5だって人間なんだ、倒せないワケがねえ……ッ!」

 拳銃を片手に、隻腕の浜面はそっと一方通行に向かって歩き出した。もう銃口は震えない。焦りも生まれない。
 体は、動く。
 動く!

「……ハァッ、こンなトコで終わりか」

 足音が近づいてくる。死が迫ってくる。
 チクショウ、と毒づいた。
 クソッタレ、と吐き捨てた。
 死にたくはない。けれどそれ以上に、ミサカを死なせたくない。

「……ごめンな」

 腕の中で目をつむったままのミサカは何も答えない。そっと髪をなでる。反応は、何も



「…………ん、っ」



 あった。
 それは奇跡だった。限りなく不可能に近かった現実。

「あ……一方通行……? どうして、」
「何も喋ンな」

 薄く開かれたまぶたを血に塗れた人差し指でなでて、一方通行は涙をのむ。
 死ぬ。自分もミサカも、死ぬ。
 イヤだ、死にたくない。……そう言おうとして、口を閉じた。それが浜面仕上が口にした言葉と瓜二つだったからだ。

(何もできねェのか)

 無力だった。
 ただ打ちのめされていた。
 ひたすらに自分が情けなかった。

(不可能なのか)

 力はあるのに使えない。
 本来救えるはずなのに救えない。
 人は酸素を取り込み二酸化炭素を吐き出す。リンゴを手放せば地に落ちる。水を熱すれば蒸発して水蒸気になる。
 そんな常識に則って一方通行はミサカを救えない。

(こンな、こンな終わり方なのかよ……ッ!)
「アクセラ、レータ……」

 ミサカが一方通行を見つめながら、言葉を紡ぐ。

「アナタとすごしたじかんは、いっかげつもありませんでしたね……」

 足音が迫る。来るな、今は来るなと一方通行は口の中で叫んだ。

「それでもミサカは、しあわせでしたよ。なぜなら」

 足音が止んだ。視界に浜面の顔と無機質な拳銃が映りこむ。照準が自分達に向けられる。引き金に指がかかった。
 頭に灼熱する空白が生まれた。理解できないモノを必死に抑えこみながら一方通行は耳をすます。
 聞こえた声は、ひどく弱々しく、儚い、今にも崩れ落ちてしまいそうな声で――





「ミサカは、アナタのことが――――」






























 大好きだからです。






























 正気を保っていられたのはそこまでだった。
 頭が沸騰する。思考回路が焼き付く。

(護らなければならない。俺が。護りたい。この手で。護りたい、護りたい護りたいマモりたいマモりたいマモりたいマモりたいマモりたいマモルマモルマモルマモル俺がマモル俺がマモルマモルマモルオレがオレがオレガオレガオレガオレガマモルマモルマモルマモルマモルマモルマモルマモルマモルマモルマモルマモマモマモマモマモマオレモマモマモマモルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!)

 世界の総(すべ)てが吹き飛んだ。考えをゼロに、思考を白紙に。
 既存のルールを全て捨て可能と不可能を再設定。目の前にある条件をリスト化し、その壁を取り払う。それにより新たな制御領域を取得する。自分だけの現実(パーソナルリアリティ)に数値を入力し、通信手段を確立。

 常識が非常識に、非常識が常識に変わった。

 人は酸素を取り込み二酸化炭素を吐き出す? リンゴを手放せば地に落ちる? 水を熱すれば蒸発して水蒸気になる? そんなつまらない常識に則った世界は不必要だ。
 人は二酸化炭素を取り込み酸素を吐き出す。リンゴを手放せば空に上がる。水を熱すれば凝結して氷になる。そんな世界を創ればいい。

 パキン、とナニカがひび割れた。

 既存のルールを圧倒し侵蝕し陵辱する。
 既存の世界を冒し侵し犯し、あらゆる不可能を可能に上書きする。

 バキン、とナニカが砕け散った。

 背中に違和感。羽ばたく裂ける煌めく貫く閃く――――ッッ!!!

「終わりだな」

 引き金にかけた指が動く。常識的に見れば最速の射撃。
 しかし今の一方通行からすればあまりに遅い射撃。

 バキリッ! とナニカに内側から食い破られた。


「楽勝だ、超能力者(レベル5)」


 銃声が四回。
 鋼の弾丸が空を裂いた。自身とミサカに向かって殺到するそれらを見据え、一方通行は意識を研ぎ澄まし――――





 そして銃弾は四発とも消滅した。





「…………は?」

 いや、消滅したわけではない。厳密に言えばそれぞれが『一方通行以外の誰か』によって迎撃されたのだ。



「たっく、第一位サマって私より強いはずだろ? 何でこんなにピンチなのさ」

 一発目――横から飛来したオレンジ色の光線に消し飛ばされた。



「その少女を守ろうとしたのか。うむ、素晴らしい心意気ではあるな」

 二発目――不可視の衝撃波によってあらぬ方へ弾かれた。



「ああもう。どうしてアンタは一人で突っ走るのよ」

 三発目――雷撃の槍の直撃を受け、消し炭になった。



「ハッ、突っ走った結果がコレか。ザマぁないな、オイ」

 四発目――突如現れた白い羽根に受け止められた。



「……な、ンで」

 一方通行は目を見開く。
 ズバァン!! と轟音がして天井が吹き飛んだ。



 次の瞬間、『誰か』が舞い降りた。


 ――学園都市序列第二位、垣根帝督。



 階段を下りて『誰か』がやって来た。


 ――学園都市序列第四位、麦野沈利。



 今度は、階段を『誰か』が上がってきた。


 ――学園都市序列第七位、削板軍覇。



 最後に『誰か』が別病棟との連絡通路を渡ってきた。


 ――学園都市序列第三位、御坂美琴。



 なんということか。本当に、なんということだろうか。
 学園都市の最高位の能力者は七人。その内五名が、この場に集結している。
 誰がこんなことを予測できる?



【PM13:06】
第一位『一方通行(アクセラレータ)』
第二位『未元物質(ダークマター)』
第三位『超電磁砲(レールガン)』
第四位『原子崩し(メルトダウナー)』
第七位『世界最高の原石』

以上の者が集結。





 時は少し遡る――致命的な何かを覆い隠すように。






[24716] 第二十二話 矛盾と崩壊の中で
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/04/14 20:02
【PM13:04】
第二位『未元物質』と第四位『原子崩し』と正体不明のスナイパー、戦闘を続行。


 垣根帝督は焦っていた。
 背中に顕現する未元物質の翼は輝きを失っていないが、幾分か質量が減っているようにも見受けられる。

(ああクッソ、何なんだよあの女はぁぁぁ!?)

 彼から見て真正面の位置に、肩で息をする麦野沈利が立っている。
 翼で薙ぎ払おうとした瞬間斜め後ろから鋼の弾丸が飛んできた。

「邪魔してんじゃねぇぇぇぇ!」

 すぐさま攻撃対象を変更。純白の翼が衝撃波を伴って銃弾を叩き落とし、そのまま発砲した者へと殺到する。『普通ならば』愚かな銃撃者はそのまま吹き飛ぶはずだ。
 しかし。

(『また』だッ! また避けられたッ、この俺が!)

 目視してから回避などバカバカしい。ならば銃撃者は垣根の行動を読んでいる、としか考えられない。
 もし半壊して瓦礫の散らばる病棟内であれば、障害の多さをフルに活用することで攻撃をしのげるかもしれない。しかしここは何の壁もない、病棟の屋上である。

「ライフル背負ってピョンピョン跳ねちゃってさあ! こっちをナメてんのかゴルァァァァァァァァァァ!!」

 麦野が吠えながら『原子崩し』の光線を放つ。しかし巨大なライフルを背負った漆黒のスナイパーにはかすりもしない。
 彼女はバッタを連想させるような複雑な跳躍を繰り返し繰り返し繰り返し、いつの間にか銃口を麦野に向けて引き金を三度引いていた。

「――――ッ!」

 神業の如き素早い所業に麦野は目を剥く。条件反射的に銃弾を能力で撃ち落とすが、スナイパーはもう垣根への攻撃に移っていた。
 学園都市序列第二位と第四位は戦慄する。対物ライフル一丁『ごとき』で超能力者(レベル5)を二人同時に相手取るスナイパーに。
 高速を越え神速。
 常識を越え非常識。
 可能すらも超え奇跡。

「ああああああああああああああああ!! テメェなんざ常識ごと押し潰してやるッッ!!」
「コロスコロスコロスコロスコロスゥゥゥゥゥッ!! ぶっ潰してやるッッ!!」

 学園都市のトップに君臨する者としてのプライドが軋む。奇しくもその瞬間、彼らの攻撃は同時に放たれた。
 未元物質の翼が全てを薙ぎ払い、原子崩しの光線が全てを貫き通す。瓦礫が舞い上がり砕け散り消滅した。衝撃で病棟そのものが大きく揺れる。
 数泊の沈黙が降り――それは場違いにもほどがある陽気なメロディーに打ち破られた。

『無限~大な~ゆ~めの後の~何もない世の中じゃあ~』
「……挑発行動ととっていいのかしら、アレは」
「違います。私も予想外です」

 そのスナイパーはこの時初めて喋った。
 平坦な言葉と無感動な表情。

「……業務連絡のようですね」
『あ゛あ?』

 きれいにハモってガンを飛ばすレベル5。しかしスナイパーは軽くそれを流すと、通話をさっさと始めてしまった。

「えー……なんか、毒気抜かれる対応ね」
「俺なんかより常識が通じてないぜ、あいつ」

 そういっている間に、もう彼女は通話を終えていた。

「事情が変わりました。私の最優先事項は」

 垣根らに顔を向けて言い放った言葉は。


 ――『未元物質』と『原子崩し』の援護――


「はい?」
「……どういうことなんだってばよ」

 意味を理解しかねます、と言った具合の表情の二人に、スナイパーは問いかけた。

「垣根帝督。貴方はなぜ此処にいるのですか?」
「…………」
「なんでって、アンタも私らと同じように上から命令されたんじゃ」
「いいえ。『スクール』に出撃要請は出ていません」
「え……」

 驚いたように麦野が垣根を見る。第二位は黙りこくったまま顔を一度下げ。
 そして上げた。息を小さく吸う。


「一方通行を助けるため。そのためだけに俺は来た」


 唖然。麦野は口をあんぐりと開けて呆けた。
 沈黙。スナイパーは 黙って垣根を見つめた。

「あんだよ……おかしいか?」
「い、いや……はあ? いや、は?」

 一通りうろたえた後、麦野はポカンとし――爆笑した。

「あははははははは!! ウソっ! あぎゃははあああああああああああ!! レベル5が、堕ちてるクセに、誰かを助けるためとか! ヤバッ、息、できなっ」
「うっせ。笑うな」
「……これはこれは。正直予測不能な応答でしたね」
「黙れ。愉快な死体にすんぞ」

 垣根は不機嫌そうに足を踏み鳴らす。気のせいか翼もしょげ気味だ。

「まあ、理由はどうあれ。貴方のサポートは私の任務です。ああそれと第二位。貴方には上の方から『転移妨害装置』の処理が要請されています」
「なんだそりゃ」
「詳しくは知りませんが、それのせいで風紀委員(ジャッジメント)の転移能力者(テレポーター)による転送が行えず、事態の収束に歯止めをかけているそうです」
「へえ。処理っつうことは回収してもいいんだな?」
「ええ恐らく良いでしょう。それで、一方通行についてですが…………」


 そしてスナイパーから垣根を麦野に一方通行の位置が知らされた。
 すぐさま上空に羽撃(はばた)く垣根を呆れ気味に見やり、脱力した麦野は地面を適当に破砕してコンクリートのベンチを作り上げると、そこに腰掛けた。スナイパーは咎めるような視線をぶつける。

「『アイテム』にも一方通行を救出するよう指令は下っているのですが」
「えー面倒くさーい」
「減給処分も厭わないそうですが」
「場所は第一病棟ね。さっさと捻り潰してくるわ」
「潰しちゃだめです。救出ですから」

 麦野が今夏のトレンドであるサマーカーディガンの限定色を狙っていることは把握済みだった。
 プライバシーだとか個人情報保護だとかなんてあってないようなものだ、学園都市の中では。

「アンタは?」
「私は『監視役』ですから」

 そう言ってスナイパーは麦野に背を向ける。

(……今なら殺れそう、ね)
「ああそれと」

 振り返ることもせず。彼女は。

「私の命には膨大な額のお金が動きます。というよりは私が死ぬことは『ここでは許されていない』のです――意味が分からないわけではありませんよね?」
「……アンタもあのいけすかない理事長サマの手下かよ」
「いいえ、手駒です。というよりは……捨て駒の方が正しいかもしれません」

 麦野はゆっくりと腰を上げた。頭の中はもう戦闘をするために切り替わっている。
 おふざけはなしだ。完璧しか目指すものはない。

「ったく、理由とか状況とかがどうだろうと……救ってやるわよ、第一位」


【PM13:05】
第二位『未元物質』ならびに第四位『原子崩し』、第一位『一方通行』を救出すべく出撃。





 ここで物語を戻そう。舞台は過去から現実へ。強者たちが集いし場面へ。





【PM13:06】
超能力者(レベル5)が集結。


「ひ、ぅ、あぁっ……!」

 言葉にしなくても分かる圧倒的な威圧感。いくら修羅場をくぐり抜けてきたといえど、超能力者(レベル5)五人に囲まれて正気を保っていられる人間がどれほどいるのか。

「で、コイツは何よ。第一位を追いつめたんでしょ。高位の能力者?」
「いや、コイツは無能力者だ。第七学区のスキルアウトの幹部クラスらしい」

 思考が回らない。この場を切り抜ける策が、ない。
 体から力が抜ける。思わず浜面はその場にへたり込んだ。

「それより、上か? 転移妨害装置っつうのは。悪いがウチの方で回収してもいいか?」
「いいけど……『スクール(そっち)』に技術者なんていたかしら?」
「俺だ」
「さすが第二位。なんでもありね」
「当然。俺には常識なんざ通用しねえからな」

 つまらなさそうに浜面を蹴飛ばし、垣根は翼をはためかせる。たったそれだけで強風が部屋を掻き回す。浜面は抵抗することなく風にあおられ、病棟の外へと弾き出された。
 天空を貫くように三対の白い剣が衝き上げられた。衝撃で天井に巨大な穴が空く。その上の天井も、さらにその上の天井もさらにその上の天井もさらにその上の天井もさらにその上の天井も。

「……一撃で、最上階まで」

 破壊の嵐の終着点は大空だった。真上に見える青い空を見て美琴は唖然とする。

「当然。なぜなら――」
「『未元物質(ダークマター)』に常識は通用しないから、でしょ?」

 もう慣れましたと言わんばかりに麦野はため息をつく。

「分かってるじゃねえか」
「散々聞いたからね」

 やけに疲れたような表情の麦野は、犬でも追い払うかのように手で垣根を払った。

「じゃ、俺は上がってくる。すぐに警備員(アンチスキル)が来るだろうから、その娘は大丈夫だぞ、一方通行」
「ァ……垣根……なンで」

 翼がはためく。
 そこに立つ男、『第二位』でもなく『未元物質』でもなく――『一方通行の親友である垣根帝督』は笑って言った。



「あんだよ。親友の助けに駆けつけるのがおかしいのか?」



 一方通行は息を呑んだ。

「言っとくが、俺はハッピーエンド以外認めねえぞ。お前とミサカちゃんはここまで来たんだ。もし障害があるっていうなら、そんなもの、俺が全て薙ぎ払ってやる」

 だからお前は前へ真っ直ぐ進め。そう言って垣根は飛翔した。
 音速にも迫る速度で彼は上昇しあっさりと最上階の院長室まで到達する。

「クローンだからだとか、第一位だからだとかって、そんな道理――俺には通用しねえ!」

 自身が空けた穴の中で滞空、翼が小さな羽根へとばらばらになる。それらは一つ一つが意思を持っているように散り、滑空し、部屋の隅にある文庫本サイズの機械へと殺到した。

 ここで『空間移動(テレポート)』について説明しよう。
 この能力は11次元ベクトルを介し3次元的空間を無視して物体を転移させる能力だ。能力に多様性はあるものの、一貫しているのは転移前の座標と転移後の座標を演算する必要があるということ。
 つまりは能力者……テレポーターに転移先または転移前の物質の座標を把握させなければ能力は行使できなくなる。
 そして垣根の目の前にあるこの機材は、特殊な電磁波を発することによりそれを可能とした。この電磁波は地球の磁場を狂わせ、絶対座標を測定付加にする。
 風紀委員や警備員の対応が遅れたのはこの機械のせいだ。

 ならば話は簡単である。
 その電磁波を遮断する物質でその機械を囲めばいい。

「ハイ完了っと」

 羽根が表面を覆い尽くすように張り付き、対転移能力者用のそれは効果をなくした。あっさりと終わった任務に垣根はつまらなさそうな表情だ。

「あーあー、こんだけかよオイ。不完全燃焼もいいとこだっつうの」

 ぶつくさ呟きながら機械を回収し、垣根は再び飛翔した。
 後は『表』の連中に任せるのみ。


【PM13:09】
風紀委員(ジャッジメント)の能力者による警備員(アンチスキル)らの転送が開始。
病棟内の制圧が加速。



 警備員(アンチスキル)はすぐに来た。
 瀕死のミサカを転移してきた救命班に預け一方通行は輸血パックを手に取った。

「ねえ、アンタは行かなくて良かったの?」
「……まだやることがある」

 美琴に対しそう答え、一方通行はパックのチューブを掴むと肩の銃創に差し込む。痛みを無視しパック内の血液を体内に送出し始めた。
 彼自身の能力によって血液はすぐさま体内を循環する。

「……何よそのセルフ救急医療」
「問題ない、これで十分だ」

 唖然とする一同を捨て置き、一方通行は多少血色の良くなったミサカを抱えた。同時に垣根が舞い戻る。

「行くか」
「あァ」

 窓に手をかける。最上階ではないとはいえ飛び降りれば即死は免れないレベルの高さだ。しかし一方通行は躊躇しない。

「――ッ! テメェら警備員(アンチスキル)か!?」
「ちげぇっつうの」

 廊下から足音が響いたかと思えば、スキルアウトの一人が飛び込んできた、錯乱しているのか手にしたサブマシンガンをロクに狙いもつけず乱射しようとし。

「さっさと行けよクズラレータ」

 垣根帝督が振るった純白の翼に弾き飛ばされた。

「…………」
「背中は俺が、いや。『俺達』が守る」
「レベル5四人で守るとか、守り厚すぎて笑えないわね」

 美琴の言葉を聞いて、垣根は違いないと笑う。

「ほら一方通行、行けよ」
「雑魚は私たちに任せなさい」

 第二位と第三位の言葉に麦野も続く。

「ったく、男ならもっとシャンとしなって」

 バン、と背中を叩かれた。顔をしかめる一方通行に麦野はケラケラと笑う。
 その後ろで難しい表情だった削板は一度目を閉じ静かに言った。

「言いたいことがある。だから死ぬな。死なせるな」

 そして瞳を開く。

「姫様を助けるのは勇者ってな。お前の根性、見せてやれ」

 一方通行は一拍おいて、頷いた。
 彼らに背を向ける。窓の下には多くの野次馬と警備員らがたかっていた。それらを一瞥し、最強は笑う。背後からは無数の足音。

「行けよクソ野郎」
「わーってるよバ垣根」

 一回だけ、チラリと振り向いた。美琴は何故か視線を逸らす。


「悪ィな。……背中、預ける」


 それだけ言って彼は消えた。窓の外へ身を投げ出した。血液は十分。能力も十二分に扱える。
 故に――学園都市最強の化け物にはパラシュートもクッションも必要ない。

 ただその能力に任せるのみ。


【PM13:10】
一方通行、離脱。


「あーあー、カッコつけちゃってさ。何? ヒーローでも気取ってんのかしら」

 愛する人を抱きしめたまま一方通行は離脱した。
 垣根は一方通行を見送ると、文句を垂れ流す美琴を見て。



「ったく……泣いてんじゃねえよ第三位」



「うっさい。泣いてない」

 悲しくなんてない。ミサカが羨ましいワケではない。そうに決まってる。胸の痛みを誤魔化すように美琴は自分に言い聞かせる。

「失恋なんてそんなもんよ」

 麦野の言葉に思わず美琴は唇を噛んだ。

 図星だった。

「――茶番はいい。来るぞ」

 壁にもたれかかっていた削板の声に全員が表情を変えた。
 美琴は学園都市の『暗部』を知らない表の世界の住人だ。ならば相手を殺さずに制圧しなければならない。つまり麦野はほとんど役立たずといってもいい。だから――

「じゃ、私は下の連中の相手をしてくるわ」
「任せた」

 放たれた『原子崩し』の光線が麦野の足元の床を貫いた。そのまま下の階に降り、彼女は本来の領分である虐殺を開始する。

「ブチコロシ……か・く・て・い・ね」

 面倒くさそうに銃弾と発砲した男の上半身を消し飛ばし、彼女は強者として悠々と歩き出す。

「ハッ、一方通行(アイツ)ばっかにいいカッコはさせねえよ」

 同様に垣根ら三人もドアの外に視線を向けた。手加減をしながら大多数の敵を迎撃するのは骨が折れるだろう、普通の高位能力者なら。
 だが。今ここにいるのは超能力者(レベル5)だ。

「んじゃ行くぜ、『超電磁砲』」
「アンタ、足引っ張らないでよね――今の私は、ちょっとイラついてるわよ?」
「それくらいでいいさ。早く行くぞ」

 三人は同時に足を踏み出す。ドアの外から殺到するスキルアウトの群れめがけ――


『俺/私達――超能力者(レベル5)に常識は通用しない!』


同時に叫び、攻撃を開始した。

【PM13:12】
第二位『未元物質』並びに第三位『超電磁砲』、そして第七位、戦闘を再開。
なお、第四位『原子崩し』が別行動を開始、別階にて戦闘を開始。





【PM13:12】
第一位『一方通行』、人質となっていた少女を連れ病棟を脱出。


 地上に降り立った彼を見て、誰もが息を呑んだ。
 腕に抱えた少女は真紅。胸から腹部にかけて鮮血で真っ赤に染まりきっている。
 そして彼自身もまた真紅。肩からの出血はすでに収まっているが、その銃創は内部で凄惨な光景が展開されているのを想像させた。

「任せる」
「え、あ。え?」

 すぐそこの適当な警備員(アンチスキル)にミサカを預けると、彼はすぐさま矢継ぎ早に言葉をかける。

「大動脈を銃弾が抉り取ってやがる。心臓から15.6mmの位置に傷はある、すぐに縫合しろ。胸部にも一発弾丸が当たったが肋骨のトコで止まってる。摘出してくれ」
「…………! 分かり、ました」
「頼む」

 それだけだった。
 ゴッ! と音を立ててアスファルトに亀裂が入る。次の瞬間にはもう一方通行の姿はない。
 凄まじい速度で跳躍し彼は第四病棟へと猛進した。ミサカの敵を蹴散らすために。

「よォ」

 廊下に降り立ち、こちらをあわてて振り向くスキルアウトらに声をかけた。
 恐怖にゆがむその顔を、絶望に引きつるその顔を直視し――――――――――――







 一方通行は確かに『嗤った』。







「『コレ』は生命線だ」

 そう彼が告げると同時、軽く手首を一振り。それだけでどうベクトルを操ったのか――廊下を分断するように亀裂が刻まれた。鋭い刃物で壁から壁まで切り裂いたかのようなそれに場の雰囲気が凝結する。
 炸裂してしまいそうになる激情を抑えて一方通行は面倒くさそうに『警告』した。

「今、オマエらはただの障害物だ。そこに突っ立ってりゃただの石ころとおンなじだ……俺は黙って進む。だが、『コレ』を越えた瞬間にオマエらは俺の排除対象に格上げになる。だから『コレ』は生命線だ……線を越えれば最後、そこから先は一方通行だ」

 線を越えれば命の保障はない――そう彼は暗に言っている。
 男たちは迷う。目の前の人間は先ほど警戒するように言われた人物と特徴が同じだ。白髪と赤目。ならば彼はこの病棟で凄惨な虐殺劇を繰り広げた本人ではないのか?
 疑念が確信に変わるのは早かった。
 手にしたアサルトライフルを床に落とし、ゆっくりと膝を屈する。頭の上で手を組んで降参の意思を示した。よかった、と思わず一方通行は内心安堵の息をつきながら彼らに背を向け。



 刹那、一方通行の足元が突如吹き飛んだ。



 彼自身には傷一つない。しかし周囲にいた男たちは炸裂した瓦礫をまともに浴び血しぶきを上げた。グレネードランチャーの直撃が廊下を木っ端微塵にする。

「……あぎゃは」

 ――コレを待っていた――
 目の前の男たちを蹂躙できる、『反撃』という大義名分を。そうすれば自分に言い訳を作れるから。自分の迷いに嘘をつけるから。
 背後から迫る足音を聞き、舌なめずりをする。こうなった以上は相手を叩いて自分にかかる火の粉を払わなければならないと、そう言い聞かせ。

 そこには一点の同情もなく、一片の迷いもない。
 ただ能力(チカラ)を使って圧倒的に捻り潰し叩き潰し踏み潰す。


 先ほどは人の命を奪わずに済むことに安堵したはずなのに。
 その前は敵を視認して嗤ったというのに。
 人が死ぬことも、人を殺すことも嫌いだったはずなのに。
 病棟内では何人もの人々を殺したのに。


 致命的な矛盾に気づくことなく彼は駆け出す。そして、敵に向かって爆発的に加速した。



[24716] 第二十三話 その手で掴んだもの、取り零したもの
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/05/03 00:10
 全ては終結した。
 敵は殲滅した。大切な人は護りきった。安心感に浸りながら、一方通行は掴んでいたスキルアウトの男の死体を投げ捨てた。舗装が剥げむき出しになっていたコンクリートにそれは激突し、嫌な音を響かせて崩れ落ちた。

「あぎゃは」

 笑う。嘲る。蹲る。
 顔を地面に押し付けて必死に笑った。

 涙が出た。

 泣き叫んだ。

「ぎゃははははははは!! あぎゃはッ、あぎゃはッ、あぎゃはぎゃははははははははははははははははははははははははは!! 殺した! 俺が殺したンだ! 俺がみンな殺したンだ!! この手でこの能力(チカラ)で殺した殺した殺したッ!」

 顔を上げて目の前の惨状を見る。
 崩れ落ちて廃墟と化した病院。あちこちに散らばる肉塊。空の薬莢。濃密な血の香り。

「ぎゃはッ、うぼっ、うァァァァァっっ……」

 胃袋の中身がまとめて口から飛び出す。服を汚さないよう慌てて四つん這いになるともう一度胃液が喉をせり上がってきた。それも地面にぶちまける。自分が虐殺した人々の血と胃液が混ざりマーブル模様を描く。

「あ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! ごめン、俺のせいだッ! 俺がアンタ達を殺したンだッ! 本当に――本当に、ごめンなさいッ!! 
ごめンなさい! ごめンなさい! ごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいごめンなさいッッ!!」

 ポロポロと涙を落としながら、散らばる死体に向かって何度も何度も土下座する。何度も何度も。
 彼は人を殺すのが嫌いだ。人が死ぬのも嫌いだ。なのに殺した。その手で何人も殺した。
 ミサカの障害だったから。
 ミサカの敵だったから。

(なら俺は、)

 なら自分は、その理由さえあれば人をいくらでも殺すのか?
 答えは無論NOだ。そんなことはしない。するわけがない。自分はいくら『第一位』とはいえ、一人の人間だ。そんなことするわけがない――というのに。

 自分は人を殺したじゃないか。激情に身を任せて殺してしまったじゃないか。

(……クソッタレ……)

 目の前の現実がその言い訳を真正面からぶち壊す。

「…………クソッタレ……」

 吐瀉物と涙と血が混ざり合う。
 彼が再び立ち上がるのには、しばしの時間を必要とするだろう。





 そしてそんな彼の様子を見つめる人影が二つ。





「ふぅん、あれが第一位?」
「ええ。随分と『脆い』ようですが」

 一方通行から約200メートルの距離。高層ビルの七階から半壊した病棟を見やる彼女たち。その片方は不満げに鼻を鳴らす。露出度が非常に高く、豊満な胸部はサラシで覆い隠しているだけという有様だ。

「期待外れね、この程度で潰れるなんて」
「いえいえ。元々『弱い』ようですから、よく戦闘が終わるまで耐えられたとほめるべきです」

 もう一方の女性は長い金髪を風にたなびかせている。何もせず佇むだけというのにどこか上品さが感じられるのは育ちの良さだろうか。露出度の高い方と比べ雰囲気が大人びている――いや、どこからどう見ても大人だ。
 優しい眼差しで蹲る彼の姿をに見つめる彼女は、少し息を吸って瞳を閉じた。

「あら? 趣味の悪いことをするわね」
「少しだけですよ。ほんの少し、『見て』きます」

 彼女は精神系の能力者らしい。

 ほんの好奇心だ。

 彼女が能力を行使したのは好奇心によるものだった。それがどれほど迂闊なことだったのか、すぐに思い知るのだが。 
 演算を開始。能力を一方通行に向け、彼の深層心理へと沈んでいこうと『心』の表層に触れ








































『何だ何だ何だナンダナンダナンダナンダコレハナンダコレハコレハコレハイッタイナンダ血血pae[shgi]血血血dm79dmio血血dm7t66i8hd87t9,cd95血赤赤dji8mout;ihckt78赤赤赤赤,d568t69u-ilp-:[o赤赤赤,f60o,y64eh朱朱rk997swj65朱朱k97ej967hjtf9k朱9e5mj朱ej9m5m60朱朱j9r7s9朱朱紅紅5m07950o9-5007y0t紅紅紅0t790re99紅9紅紅0,60紅紅r0r6紅9mr0紅8緋6mr0緋e60m9緋e750m緋e09eus35n緋9m緋f6y9m緋k緋緋omr6緋9緋fd緋9o緋md5緋96r609r87yjmhgdmnuylk9i緋緋緋uys6uwjftmti緋緋fmtuimt緋aehtgjh緋緋緋緋r6m9,odruityity緋957e7緋8緋n75緋n5r緋e58ne56緋イn8ヤ5嫌n9579n々5ei嫌.7々8,p嫌ipu々irdjh嫌rtnu々imいやnsuyi嫌uo々言ton合uionい綾nro殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺;pio殺殺殺殺殺殺殺殺ter殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺yed殺殺殺殺殺殺f殺殺cf殺殺殺殺0殺殺殺殺殺殺殺ciy殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺poi殺殺殺殺gliu殺殺殺殺殺殺lfiyl殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺xyt殺殺殺殺klfy殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺fli殺殺殺殺殺guil殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺lgiu殺殺殺殺殺殺殺殺xjuc殺殺殺殺殺殺殺殺殺utgk殺殺殺殺殺殺殺殺殺j
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aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!
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 濁流。
 まだほんの表層だというのに。

 その混ざり混ざり混濁し白熱し白濁し白狂し。

 この世すべての後悔、懺悔をかき集めて圧縮してばら撒いて膨張させたような。

 戦意に満ちて悪意に溢れて殺意に染まりきったような。

「あ……」

 くらりと女性が立ちくらむ。金髪が再び風に舞った。ペタリと座り込む彼女の傍に、もう一人の女性――結標淡希(むすじめあわき)は驚いて顔を近づけた。

「ちょ、ちょっと? 大丈夫?」
「あ、イヤっ……イヤ、イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤっ!!!」

 両の腕で自分を抱き締めるように縮こまる女性。結標はあたふたとするばかりで。
 ストン、と軽い音がして、黒い影が降り立った。

「……何をじゃれているのですか」

 声色に先ほどまで『未元物質』と『原子崩し』を相手取っていたときのような冷淡さはない。むしろ気遣うような、驚いているような言葉。

 例のスナイパーがそこにいた。

 彼女は少し眉を寄せて訝しげに金髪の女性を見やる。
 と、もう一つ足音。

「オイ、何遊んでやがる。もう俺たちの任務は完了しただろうが」

 男が一人。異色である――その煤まみれな白衣も、頭部に刻まれたタトゥーも、両腕に取り付けたマイクロマニュピレータも。

「潰すぞグズども。テメェらの命は俺の手のひらの中なんだよ。立場をわきまえろ」
「はいはい……まだ信じられないわ。暗部最高峰のスナイパーと一応超能力者候補の私と、更には本物の『超能力者(レベル5)』の命までこんな男が掌握してるなんて」



 ――木原数多はその言葉をけだるげに聞き流す。
 暗部組織『グループ』のリーダーである彼は、三人の手駒へと簡潔な指示を出した。



「行くぞ。そいつはオマエが担いでいけ」
「了解」

 指示を受けたスナイパーの黒いコートが風にはためく。中に見えるのは肌にぴったりとフィットしたスーツ。

 アンダーアーマーのように5ミリもない厚さのそれには、マイクロファイバーが毛細血管のように張り巡らされており、首につけられた黒いチョーカーから二本のコードが左右それぞれの耳に差し込まれていた。

 ――HsSSA-00『マリオネットウォリアー』――

 とある研究所に設置された大型演算サーバーと衛星を介して通信し、リアルタイムでサーバーに視覚・嗅覚・聴覚・触覚・味覚の五感の情報を伝え、常に最適な行動を『体に取らせる』システム。目標を撃破するため、対象に到達するため、その他もふくめあらゆるオーダーに答える『絶対に指示を遂行する人間を創り上げる』スーツだ。
 チョーカーは衛星との通信機器としての役割を果たしており、イヤホンは耳から脳へとダイレクトに電気信号を伝達している。

 後に開発されるHsSSV-01『ドラゴンライダー』にこのシステムは継承されることとなるが、今はまだ開発案のみ挙がっている状態である。

 それを身に着けているからこそ少女は超能力者(レベル5)を同時に二人も相手取れたのだ。

「い、いえ。結構です」
「あら、そう」

 結標に担がれかけた女性は慌てて遠慮した。
 先ほど発言に出ていたが、彼女はこの学園都市の中で7人しかいない超能力者の内一人である。





 能力名『心理掌握(メンタルアウト)』――彼女によってこの場にいる全マスコミや警備員(アンチスキル)・風紀委員(ジャッジメント)はスキルアウトらのおぞましい死体をきれいさっぱり忘れている。故に一方通行が殺人罪で裁かれることはない。
 このことを彼本人が知るのは、まだ先のことだ。





 事態の収拾には予想より時間はかからなかった。
 麦野は瓦礫の山に腰掛ける。だがそこは岩橋短期大学医学部の病棟ではない。

「で、第一位の野郎はどこ行ったんだよ」
「すぐに来るさ。場所は連絡済みだ」

 翼を消して、その場に捨て置かれていたドラム缶を垣根が蹴飛ばす。後ろには顔色の悪い美琴が地面に突き立った鉄骨にもたれかかっている。削板はその鉄骨の上に起用にも直立していた。

 ここは第十九学区の廃工場。
 誰も足を運ばないゴーストタウンの、更にその片隅に学園都市の頂点に君臨する強者たちは集まっていた。

「……アレを、本当に……アイツが……?」

 戦闘の最中、美琴が見たスキルアウト達の無惨な死体。
 美琴たちが侵入する以前から内部で戦闘を行っていたのは一方通行のみ。つまり――――

「ああ、アレは俺がやった」

 舞い下りた最強はあっさりとそう言い放った。

「遅ぇ」
「テメェ遅すぎ」
「悪ィ」

 不機嫌そうに垣根と麦野が一方通行をにらむ。
 敵を殲滅したばかりなのか、返り血に染まった第一位は軽くジャンプした。着地すると同時に血がすべて弾かれる。

「……ミサカちゃんは?」
「搬送された。一命は取り留めたみてェだ」

 意味もなく、足踏み。途端に遠く離れた廃車が空中に吹き飛ばされる。
 いいストレスの発散になる。
 そう一方通行は思った。

「ていうか大体さ、いつまでそこにいるのよアンタ」

 その場にある者たちが一方通行に駆け寄る中、削板だけが微動だにせずただ一方通行を見つめている。
 麦野の言葉に全員が彼に注目した。

「オイ、第一位」

 ストン、と軽い音とともに削板が地面に降り立つ。ちょうど一方通行と真正面から相対する。


「一発殴らせろ」


 時が止まる――削板と一方通行と除いて。

「……あァ。そォいうことか。…………いいぜ、来いよ。キツイ一発を頼むわ」
「言われなくても、全力でいく、――――ッ!」

 そこには何の異能もない。込められた激情のみが一方通行の顔面を打ち抜く。

「はぁっ!?」
「んなっ!?」
「えぇっ!?」

 残った三人はそれぞれ唖然としていた。ごろごろと砂利に体を受け付けながら華奢な体が転がっていく。
 削板は瞳に剣呑な、そして冷め切った光を宿し口を開く。




「――お前のせいで何人死んだ?」




 一方通行はその問いに答えられない。答えられるはずもなかった。




「犯人たちが殺された。人質たちが殺された。お前のせいで。お前がいたからぁぁぁぁぁっ!!」
「……俺、は」

 激昂する削板に、一方通行は何も言い返さない。

「お前は何の意思を持ってあの少女を助けた!? 他の人々を犠牲にしてでも、そこまでしてでも守りたかったのか!?」
「…………俺はァッ……!」

 呆然と事態を見守る垣根は、即答できない一方通行に思わず苛立った。
 何を当たり前のことを。一方通行にとってミサカは何にも変えがたい大切なものだ。

 その場にいた人間すべてを切り捨ててでも彼女を救うと、それぐらいの覚悟は当然伴って――――








「殺したくなンて、なかったッ……!」








 垣根は己の耳を疑った。

「……は、あ? 何今の。冗談にしちゃあ最悪だぞ」

 口元を引きつらせ、麦野は恐る恐る問う。何か信じられないものを見るように、一方通行を見やる。

「俺は殺したくて殺したわけじゃないッ! アイツらがミサカを奪うから!」
「…………ウソでしょ。それ、本気で言ってんの?」

 人が他者の命を奪うことは許されざる行為だ。人の未来を、可能性を、すべてを根こそぎ破壊し尽くす。
 そして一方通行はその行為を何度も何度も何度も何度も行った。

 なのに今の言葉は何だ?

「ふざけるなっ! お前が多くの人々を犠牲にしたことは、お前が多くの人々を殺したことは変わりないだろうが!! 俺は胸を張れるぞ。俺は悪を駆逐し、多くの人々を守り抜いた!! お前はどうだっ!?」

 激昂した削板に対し、同じく冷静さを欠いた一方通行も叫び返す。

「俺は殺したくて殺したわけじゃないっ! アイツらが悪い、アイツらがっ!」
「テメェ、言うに事欠いてそりゃあないだろ!? 何様だっつうの!」

 ついに麦野までもが声を上げた。それほどまでに今の一方通行は、見苦しく、情けない。

「言ってみろよ! テメェは人殺しだ! 虐殺者だ! けどあの女の子を守り抜いたって、胸張って言えよ!」
「違う! 俺は、俺はッ!」

 すでに一方通行は錯乱に近い状態だった。
 あと少しでも押されると崩れ落ちる。


「こんなのが第一位!? 冗談じゃない! 認めねえ、私は認めねえぞ、こんなヤツ!!」


 麦野は歯を食いしばる。奥歯がバキリと嫌な音を響かせる。
 そのまま一方通行に近づくと、首元を掴んで強引に立たせた。右腕を思いっきり振りかぶる。

 衝撃。

 渾身の平手打ちが右頬に突き刺さる。またもや無様に一方通行はその場に倒れこんだ。

「違う……俺は……違うンだ……」
「ガッカリだ。失望した。あーあ、こんなのが学園都市のトップ張ってんのかよ……私の方がまだマシだろ……少なくとも……私は、自分は人殺しだって、割り切ってるッ…………!」

 麦野は振り返りもせずに廃工場の外へと歩いていった。同じく削板も聞こえよがしにため息をついて飛び立った。何らかの能力が使われているのか、まるで飛翔するように彼の姿は空へと吸い込まれていく。

 残ったのは三人。

「……一方通行」

 かける声を見つけられない美琴を放置して。
 垣根はいつも通りの声色で。
 しょうがなさそうに、どうしようもなさそうに疲れた表情で。





「帰るぞ」





 一方通行は黙って頷いた。




[24716] 第二十四話 幻想(イマジン)――日常は脆く危ういものだとようやく知った
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/05/07 21:58

 ミサカが入院している病院は、そんなに大きいものではなかった。

 あの忌々しい事件から早一週間――もう世間はこの話題について騒いでいない。

 当然だ。ある超能力者にかかれば人々の洗脳など容易い。





「そこで潰れてろ」
「うっ……うぁ……」

 路地裏に男たちが転がっていた。否、転がっているというよりも打ち捨てられている。
 それらとは対照的に傷一つ負っていない少年は悠々と歩みを進める。

「オイ。オマエ、大丈夫か?」
「えっ、あ、はい」

 男たちが先ほどまで群がり、汚そうとしていた少女。未だ状況を理解し切れていない様子の彼女に、少年は気遣うような声をかけた。

「これからは気をつけろよ」
「はっ、はい……ありがとうございました!」

 ペコリと頭を下げる少女に軽く会釈し、少年は裏路地を出た。手にした花篭には色とりどりの花が飾られている。
 ここからミサカが入院している病院まではそう遠くない。

「……、……クソッタレが」

 爪が手のひらに食い込む。握り拳をより堅くしながら、一方通行は歯噛みした。
 義賊気取りが。
 思わず衝動に身を任せて何もかも壊してしまいたくなる。
 先日の事件より、一方通行はこうやって無償のヒーローごっこを続けていた。自己満足のためか真に正義に目覚めたのか、それは一方通行自身がよく知っている。

「…………。……このクソ野郎が」

 もう一度。彼は思いっきり歯を食いしばった。







 病室とはどうしてこんなにも一色に統一されているのだろうか。
 ミサカはぼうっと天井を見上げながら思考する。

 少しでも気を抜けば、病室は赤く染まるからだ。

 医者が言うには、脳の障害らしい。目に付くものすべてが血濡れになる。人々は血まみれに、壁は真っ赤に、床は血の海に。

 血、血、血。
 赤、赤、赤。

(あ……)

 病室のドアが開いた。出てきたのは赤髪赤目の少年。髪からは鮮血が滴り落ちる。

「よォ。調子は?」
「……快調ですよ。世界が真っ赤に見えるぐらいに」
「そりゃ絶不調の間違いだろ」

 ――違う。ミサカは一度目を閉じて息を吸った。
 そして吐く。瞳を開く。
 少年は赤髪ではない、白髪だ。

「花、ですか?」
「……ン。飾っとくぞ」
「似合ってませんよ。ププッ」
「気のせいか? オマエ今笑ったろ」
「気のせいです」
「そォかよ」
「そうです」

 一方通行はベッド脇の机に花篭を置くと、部屋を見回す。
 彼の視界に移る世界は純白。
 彼女の視界に移る世界は真紅。
 余りのギャップに、ミサカは油断すると頭の回路が焼き切れてしまいそうになる。正気を保てなくなる。

「もうすぐ退院できるみてェだな」
「おかげさまで」
「……目の方は?」
「相も変わらずですよ。真っ赤です」
「…………」
「言っておきますが」

 一方通行の視線が床に落ちたのを見て、ミサカは咄嗟に口を開いていた。

「この障害についてアナタが責任を感じる必要はまったくありません。これはミサカが不用意にあの病院へ行ってしまったからこそ負ったものなのです」

 そうやって一方通行を慰めるミサカは、とても眩しい――笑顔だった。





 泣きながらでも、それは確かに笑顔だった。





「どうにもなンねェのか?」
「僕も元の状態に戻そうとはしているんだけどね……精神のよほど深いところまで傷つけられてるね? ダイレクトに精神へ干渉できるアテならあるんだけどね。どうも『彼女』はキミを恐れているらしいよ?」
「オイオイ俺のせいかよ」

 ミサカの病室を出てすぐ、医者が待っていた。
 どこかで見たことのあるキャラクターに似た顔だ。

(少なくとも、外傷であれば何でも治せるっつー噂だったが)
「はン、大したことねェンだな、冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)」

 半ばヤケになりながら一方通行は廊下の手すりに拳を打ち据える。
 やけに乾いた音が響き、一拍の沈黙。


「――好きでこんなトコを低回してるわけじゃないんだよ、僕だって」


 空気が一瞬で激変した。

「倒置法まで使って、自分は悪くないってか?」
「違うね。僕は自分の腕に自信を持っている。死んでさえいなければあらゆる怪我を治療することができると自負している。だが彼女は違う……! 心が傷ついている。心が死んでいる! あそこまでいくともう僕ですらどうにもできない。頼みの綱の『心理掌握(メンタルアウト)』はキミを恐れて手を貸してくれない! 打つ手なしだ! これほど歯がゆいことは今まで一度もない!! 何もできないんだ、医者が! 怪我人に!! 何もだ、何もできない!!」

 思わず一方通行は呆気にとられた。
 普段あれだけ飄々としている彼がここまで感情を露にしている。それほどまでに、彼はミサカに何もできないことが悔しいのだろう。

「…………オマエ」
「……やれやれ。患者の関係者に逆上するなんて、僕も焼きが回ってきたようだね? まったくこれじゃあダメダメだね」

 カエル顔の医者は肩をすくめると、一方通行の横を通り病室から離れていく。


「……何もできなくてキツイのは、オマエだけじゃねェンだよッ……!!」


 もう一度、拳を手すりに叩きつける。痛みすら気にならない。

 一方通行は嗚咽をかみ殺し、涙を流した。





 日が傾く。空が茜色に染まり、家路に着く人々の背中を照らした。
 その中に一方通行も混ざっている。人々は彼の目立つ風貌を思わず見る――が、それだけだ。好奇心はすぐにしぼむ。

(心理掌握っつーのはトコトン化け物だな。記憶操作が完璧だ……なら、テレビ局とかのビデオテープやら映像データも全部削除されてるンだろォな)

 薄々一方通行は学園都市の底知れない暗い部分に気づき始めている。『暗部』なんてチャチな場所ではない、もっと薄暗くて深くて寒い場所。

「あーあァ。暇だなチクショウ」

 公園に寄る。
 ミサカと出会った場所。ただそれだけで泣きたくなってくる。

(もォ、戻れないンだな)

 あの眩しかった日常。
 本当に今更ではある。が、彼は――

 日常は脆く危ういものだとようやく知った。

 ぬるま湯に浸っていたミサカは、余りに数多くの死骸を目の当たりにし。そして何より自身が死の淵に立たされたことにより精神を壊した。
 以前の彼女なら。自らを実験動物と呼称するミサカならこうはならなかっただろう。
 だが多くの人々との関わり、触れ合いが彼女を弱くしたのだ。

(ン?)

 ベンチに座り、一方通行は辺りを見回す。
 以前見たことのある顔がそこにはあった。


「あ……あの時のお兄さん」
「……あン時のガキか」


 かつてスーパーマーケットで一方通行から卵セットをもぎ取った少女。

 佐天涙子がそこにいた。




[24716] 第二十五話 言葉(コトノハ)――その瞬間、破滅は確定した
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2011/05/23 22:00
 屋台のクレープというものは、自家製のクリームを使っていたりする。
 故に美味い。――もっとも甘いものが苦手な人間にとっては大して代わり映えしないが。

「これ毒だろ」
「いいえ、甘味です」

 二人そろってベンチに腰掛ける男女。傍から見ればカップルに見えなくもないが、少女は横の少年に比べて幼すぎる。

「はいはい……」
「もう……ちょっとは食材や、これを作ってくれたシェフへの感謝ってものを持ってくださいよ」
「いやコレ作ったのシェフじゃなくて、そこのクレープ屋のお兄さンだから」

 言いながらもクレープを舐め取り、そして味とは正反対に苦々しい表情を作る。

「それで、どうしたんですか、話って」
「あァ……」

 答えて、一方通行は言いよどんだ。
 言いたいことはある。尋ねたいことがある。けれど、それをこの少女にしてもいいのか。

 少しの間迷った。

 この時一方通行は衰弱していた。レベル5の面々から下された、『最強』にふさわしくないという評価。救いきれなかったミサカ。自身のせいで起きた多くの被害。
 心が病んでいた、とでも言うのか。
 助けが欲しかった。藁に縋る思いで、一方通行は恐る恐る口を開く。

「もしも……」
「?」
「もしも、守りたいものがあったとして」

 たどたどしく、縋るように。


「それを守りきれなかったら……傷つけてしまったら、どォする?」


 そう言って地に視線を落とす一方通行の灼眼は、捨てられた子犬のように弱くて。
 佐天は息を呑む。自分はもしや、とんでもない質問をされているのではないだろうか。それこそ、答えによっては彼の人生すら左右し兼ねないほどに。

「私、だったら……」

 考える。きっと自分の力不足で大切なものを傷つけてしまったらどうするか。

 この時、佐天が犯したミスは二つあった。


 一つは質問の深刻度に感づきながらも、それを疑問のままに置いてしまい、確定させなかったこと。


 もう一つは。

『失敗は成功の元』なんていう、くだらない、幻想とも言える言葉が脳裏を巡ったことだ。



「強くなります!」



 思わず一方通行は顔を上げた。佐天の両目をまじまじと見つめる。


「強くなればいいんですよ! もう何も傷つけさせないぐらい、全部両手に抱えて守りきれるぐらい、すっごく強くなったら大丈夫でしょ!!」


 見つめられているというのが多少の羞恥心を引き起こし、早口にまくし立てる。
 けれども意思は届いてしまった。


「ほら、『失敗は成功の元』って言うじゃないですか! これをバネに、もう二度と同じ過ちを繰り返さないようにすればいいんですよ!」


 一方通行は呆然とその言葉を鵜呑みにする。
 何か説教じみたことをしでかしてしまい、急に気恥ずかしくなった佐天はガバッと立ち上がると、「失礼しますっ!」と大声で叫び、脱兎のごとく走り去っていく。
 その後姿を見やりながら、一方通行は手元のクレープに視線を落とした。

「…………ハハッ」

 どうしてだ。
 どうしてそんな簡単なことに気づかなかった。

 彼女の言葉を一方通行は、真正面から受け止めてしまった。


 その瞬間、破滅は確定した。


 ポケットの中身が振動する。つい先日、彼女とともに購入した携帯電話。

「……なンだ」
『先日はどうも失礼した。実験の研究者達が暴走してしまったようでね』
「誰だオマエ」
『学園都市統括理事長、名前は……そうだな、アレイスターと呼んでくれればいい』
「アレイスター、ね」

 どうでも良さげに一方通行は会釈した、『目の前の男に向かって』。

「電話ってのは、離れた二人が会話するためのものじゃなかったか?」
「さあてね、道具なんてものは使う人によって大きくその用途を変える。私にとっては電話もインターネットも変わりない」

 男は『人間』だった。男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見えた。
 一方通行はどうでもよさそうに携帯を閉じる。

「何の用だ?」
「謝罪と、提案だ」
「謝罪なンざいらねェ。提案ってヤツを聞かせろ」
「話が早くて助かるよ……」

 しばしの沈黙。一方通行の催促するような視線に、アレイスターは口を開く。


「『絶対能力者進化実験』を、再び受けてみないか?」


 思考が停止した。

「……何、を」
「彼女は壊れてしまった。それは君自身も分かっていることだろう? 視覚障害なんてチャチなものではなく、もっと根底の部分が破壊されてしまった」

 一方通行には口が挟めない。なぜなら、アレイスターが言った事に自分も薄々気づいていたからだ。
 その様子に落胆した様子も満足したような表情も見せず、統括理事長は淡々と言葉を続ける。

「君は強くなる責務があり、機会がある。……例え今守りたい物を壊してしまったとしても、君は強くならなければならない。いや、強く在らなければならない」
「違う! 俺は、ミサカがいれば強くなくたって!」
「ならば今度こそ守りきれるのかい?」

 その質問に再び凍りつく。反論の余地など一切ない。
 否。
 本来ならばあるのだが――今の一方通行には、なかった。
 衰弱し、佐天の言葉によってゆさぶられた一方通行には、重すぎる言葉だった。

「守れないだろうな。私には断言できる。今の君はまだ弱い。『最強』にすら届いていない」
「―――――――――――――――――――――」
「強くなれ。私からはそれしか言えない。そのために君が何を為すべきかどうかは君自身が判断しろ」

 アレイスターの姿は、現れた時と同じように気づけば消えていた。

「……俺は」

 消え入るような声が空気に溶ける。

 決断が下されるのはもう間もなくだ。



――――――――――――――――――――――――――

はい皆さんお久しぶりです。スイマセン、更新が遅れて。

色々とやっちゃった感のある話でした。

追憶編もそろそろ佳境に入ってまいりました。シメはあの方とあの方のバトルです。

ちなみにミサカの根本が壊れた云々はまた次回。


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