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[24697] 【ネタ】ヴァナ・ディール浪漫紀行【FF11】
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2011/01/24 13:01
FF14が巷で(酷い方向に)話題ですがなんか無性にヴァナの話を書きたくなった。
書きたいところだけ書きたいように書くつもりなので不定期更新&ぽんぽこ話が飛ぶやも。

【本編】→現実からヴァナ・ディールに転移しちゃった一般人が冒険者として頑張る話。主人公は設定好き冒険者。

【番外編】→ゼロ魔とクロス。多分あんまり更新はしない。ネギまとクロスだとかリリカルななのはさんとクロスだとかネタだけはある。書かないけど。

本編で言及しますがゲームシステム的な部分は一部排除してます。
サポジョブとか、ベッドが入るかばんとか。
あとミッション関係はあんまり絡まないかなあ、私自身クリアしてないもの、覚えてないものも多いので。まあ、そのうちそのうち。



[24697] 00-前文
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2010/12/18 01:28


拝啓


かつて世界を共に駆け抜けた、


あるいはやがて出会う全ての仲間たちへ。





[24697] 01-誘うは異界のほむら
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2013/09/29 09:49




 ──伝説は、こうはじまる
   すべての起こりは「石」だったのだ、と。


 ゲームは、そんな語りから始まった。








 気づいたら見知らぬ場所にいるというのはなかなか出来る体験ではないし、っていうかぶっちゃけしたくもない体験だ。
 健全な男の子の夢としてある日突然超能力とかサイヤ人とかに目覚めないかなあなんて夢想していた時期は俺にもあったが二十代も半ばをまたげばそんなのは黒歴史だ。全うなオタクとして妄言と現実の区別はつけて生きてきた。
 しかしその現実として、俺は気づいたら人気の無い荒野に一人たたずむ羽目になっていた。最後の記憶は会社から帰って飯食って風呂かっくらって寝巻きでベッドに倒れこんだところだ。ああいやその前にネットを徘徊していたか。
 ともかく目が覚めたら外で、しかも荒れ野に着の身着のままというのは、ちょっと尋常な事態じゃない。着ていたのが長袖のTシャツに綿のパンツというそのまま外に行ける格好で助かったなんて考えられるのは、異常すぎてむしろ冷静になってしまっているからだ。

「いや、しかし……ホントにどこだここ」

 呟いても返事はない。
 携帯も手元に無いので誰かと連絡を取ることも出来ず、仮にあったとしても電波が通じてるのかどうかさえ怪しい。何せ見渡す限り枯れた大地と岩ばかり、ところどころに朽木がぽつんと立ち尽くしているのが唯一の景色の変化で、あとは遠目に山の連なりが、あるいはもう少し手前に切り立った岩壁見えるばかりだ。むしろ日本なのか、ここは。
 全く持って途方にくれることしか出来ない。誰か人をとっ捕まえて襟首引っつかんでここはどこだと聞き出したいものだが、辺りに人の姿は無い。移動しようにもどっちに行けばいいのか見当もつかないし何より……。

 足元を見て大きくため息ひとつ。

 寝ていたのだから仕方ないのだが、ハイパー裸足タイム中なのであった。



 どれほど歩いたのか分からない。
 足の裏が痛い。
 結局俺は悩んだ挙句、裸足のままに歩き始めることにした。当てはない。方角も分からない。だが突っ立っているよりはマシだろうかと思ったからだ。
 けどそれも早くも後悔しはじめている。

 道もない荒野は前後左右どこを向いても同じに見える景色が続き、自分が本当に先に進んでいるのかさえ怪しくなってくる。
 実際、一度巨大な岩山を迂回しようとして気づいたらぐるりと岩山の周りを回ってしまっていたこともあった。

 何度目になるか、両足を投げ出して岩の上に腰を落とす。
 足の痛みと進展を感じられない状況にたびたび休憩をいれ、それがまた余計に状況を遅々として進歩させないでいるようで苛立ちが募る。
 空腹を訴える腹が疲労に拍車をかける。

 ────俺はいったいどこにいるのだろうか。

 日が斜めに傾いてからは早かった。一気に黄昏を過ぎ、明かり1つない荒野に漆黒の夜が訪れる。
 石を枕にして眠るのは初めての経験だった。すべてが夢でありますように、でなければせめて何か進展がありますようにと祈りながら。


 夢ではなかったが、進展はあった。

 夜が明けてどれほどが歩いた頃、道にぶつかったのだ。
 最も道といってもコンクリートで整備されたようなものではなく、ただ大地に人が歩き続けた結果できた街道のようなものだがそれでもないよりマシだ。影の動きから考えるに南北に伸びる街道だが、道があるということはどちらに向かうにせよ人がいるところに繋がっているはず。そんなわけで俺は南に向かって街道を辿っている。

 が、しかしである。

 たとえ道があったとしても代わり映えのない景色にどこまで続くかも検討のつかない道行きというのは人を消耗させる。
 裸足のままというのも疲れに輪をかける。昨日はシャツの袖を千切って即席の靴にしようかとも考えたが、吹きすさぶ風の冷たさと夜の寒さに断念している。

「くそ、ホントに何なんだよ。北か? 俺も拉致被害者の一覧に入ったりしちゃうのか? 遊んでんじゃねえよ日本政府……」

 話す相手もいない、八つ当たりするものもない。わけのわからない状況にぶつくさと愚痴がこぼれ、自分でも心がすさんでいくのが感じ取れる。

 ただ1つ、脳裏を掠める妙な違和感……というよりも既視感というべきだろうか。
 何故か俺はこの代わり映えのない景色をどこかで見たことがあるような気がしてならないのだ。

「なんだったかなあ……グランドキャニオンか……? いや、あそこはもっと赤っぽいっていうか、この辺灰色って感じだし……いや勝手なイメージだけど」

 道を見つけて、愚痴を零せるだけの余裕が出てきたのだろうと自分を納得させながら、俺はまた歩き始めた。



 また、無言でただただ足を進めるだけの時間が続いている。
 道はある。けど終わりが見えない。周囲にも何の変化もない。獣の一匹も見当たらない。
 意識が磨耗する。ぼんやりと歩き続けて、気づいたら盛大に道を踏み外していて慌てて探しに戻ったりもした。
 休憩中にぷっつりと意識が途絶えることも度々あって、もう時間の感覚もない。意識している限りで夜を越えたのは1度だが、もしかしたら半日以上気を失っていたときもあったのかもしれない。
 何故か足を前に動かす体力だけは尽きないのが不気味だ。

 体が震える。
 寒さではない。恐怖だ。

 ────俺はどうなるんだろう。

 それとも、どうにもならないのか。このまま野垂れ死ぬしかないのか。
 世に理不尽な死は多々あれど、その中でもコイツは飛び切りに酷い。まるで拷問のようだ。道具のたった一つも使わずに、ひたすら俺の精神を削り取っていく恐ろしい拷問。

 けどちょっとだけ笑ってしまうこともある。
 丸一日、まあ多分だが、丸一日荒野に放り出されただけで俺はここまで追い詰められてしまうのだ。
 わけのわからない状況に、飯も水もなく、靴さえも履かせてもらえない。足の裏はもう見たくもない。体は埃にまみれ、にじむ汗が泥に変わる。
 たった1日だ。それだけの時間で浮浪者もかくやという姿だ。

 そして……無性に湧き上がる寂しさ。
 誰かと話したい。声をかけてもらいたい。せめて一目誰かの姿を見たい。ここに人間がいると確かめたい。

 俺は存外に寂しがり屋だったらしい。


 もう一度夜を越えて歩き始め、太陽が真上から差し始めた頃。

 不意に、荒野に初めての変化が訪れ俺は俯かせていた顔を上げた。

 はじめに聞こえたのは音だった。
 大地を鳴り響かせるかのような腹の底に響く途切れることのない重低音が、道の先から聞こえてきた。

 やがて進むにつれて音は大きくなり、鼓膜を、そして体全体を打ち振るわせる。その頃には音の正体も見え始めてきた。
 荒れ野にでんっと腰を下ろす巨大な鏡餅のような岩山を迂回すると、その先には切り立った崖と、その上からひと筋流れる白い線が見えた。いや違う、アレは滝だ。それも馬鹿にでかい!

 疲れも忘れて思わず駆け出す。

 滝まで50mほどはあろうかというところで、既に自分の呼吸音さえ意識しなければ聞こえないほどの轟音が響き渡っている。
 街道の先は大地が途切れ、差し渡し10mほどの深いクレバスのようになっており、滝壺はその底にある。

 知らず体が震える。今までに見たこともない雄大な景観だった。
 クレバスは底を流れる川が気の遠くなるような年月をかけて作り出したものだろう。滝の流れ落ちる岩壁のてっぺんから滝壺までゆうにビル10階分ほどはある。
 壮大で、遠大で、今までに見た何よりも力強く、なのにどうしてだろう。何故俺はこの滝の名前を知っているのだろうか。

 その今までに見たこともないはずの景色はしかし、これまで以上に強い既視感を植え付け、俺の脳裏に1つの"まさか"を生み出した。

「まさかそんな、出来の悪い二次創作じゃあるまいに……やっぱ夢……じゃ、ないよな……」

 体の疲れが逃避する気力も湧きあがらせない。
 そんな馬鹿なとそれを否定する材料をずっと探す。

 大地の裂け目には橋が架かっており、滝から続く流れと丁度交差している。裂け目はそのまま延びていき、滝のある反対側でまたそびえる岩壁の中に続いていく。
 丁度ここは渓谷になっているようで。
 それはやはり酷く見覚えのある光景で。

 ありえないと唱える俺の思いは、無慈悲に打ち砕かれるのであった。


 ぱきり。


 小石を踏み潰したような音に振り返り、

「うぉあぁ?!」

 思わずたたらを踏んで盛大にしりもちをついてしまう。
 いつの間にか背後に忍び寄っていたのは、亀だった。しかも直立歩行する亀の化け物だ、某ミュータントな忍者も真っ青だ。
 背の丈は俺とそう変わらないだろうに、そのずんぐりとした鈍重そうな体躯が何倍にも体を大きく見せる。その亀野郎は右手に長剣を、左手に盾をはめて俺をねめつけていた。

 まずい、襲われる。
 反射的にそう思った。こいつらは人間に容赦しない、なぜならこいつらは人間たちを憎んでいるからだ。

 亀の化け物が長剣を振り上げたのを見て、とっさに横に転がり生きながらえる。俺がつい一瞬前までいたところに刃が叩きつけられた。
 ぐげげ、と亀が喉を鳴らす。

 こいつ……嘲笑いやがった。

 カッと頭に血が上り、俺は脚を振り上げて後転の要領で体を起こした。火事場の馬鹿力とでも言えばいいのか、このところ運動不足だったはずの体は思いのほか良く動いてくれた。あるいは嗜む程度にかじっていた合気道のおかげか?
 だがそこから先につなげようがない。こっちは丸腰で、向こうはリーチのある長剣。よしんば懐に飛び込めたところで奴の体はあの堅牢な"鎧"が覆っている。素手で殴って痛い目見るのはこっちだ。
 じりじりと間合いを取ろうにも、向こうも離れた分だけ詰めてくる。一気に押し込んでこないのは……遊ばれているからか。

 どうする。むしろどうすればいい。逃げるか、いや逃げられるのか。
 やたらと体温が上がり粘っこい汗が背中に浮かぶ。頭の中を意味を成さない言葉が飛び交い、今の状況に集中できない。にもかかわらず目だけは相手に釘付けだ。

 パニックを起こしかけた頭が結論を出す前に、亀のほうが動いた────ッ。
 担い手の見た目に反してよく手入れされている長剣が振り上げられ、刃が陽光にきらめく。そしてそのまま俺の脳天めがけて振り下ろされ………………なかった。

「やぁ!! やぁ、やぁ!!」

 どこからともなくダッカダッカと荒い足音を立てて俺たちの間に割り込んできた巨大な黄色い鳥が、亀に向かって威嚇するように声を張りながらくちばしを振り下ろしている。

 ぐげぐぐ……。

 苛烈な鳥のくちばし攻撃に恐れをなした亀野郎は、恨めしげな視線を投げよこすとほうほうの体で逃げ出しはじめる。確かにあのくちばしでえぐられては堪ったものではないだろう。
 やがて亀野郎が岩陰の向こうに消えると、それを威嚇するようにクェッと啼いていた鳥もようやく大人しくなった。

「ふぅぅ……追い払ったかな。君、怪我はなかったかい?」

 そして鳥が俺のほうを見て話しかけて……いや、話しかけてきてるのはその背の鞍にまたがった小さな人影だ。あんまりに小さいものだから半分羽の中に埋もれてしまっている。
 羽の中から顔をのぞかせたのは、フードつきのローブを纏った小さな子供……いや、小人だった。

「それにしてもクゥダフがこんな街道まで出てくるとは、運がなかったというか。それとも君、アイツに何かしたのかい?」

 ああ、やっぱあれクゥダフだったのか。
 命が助かったという安堵にへたり込んだ俺は、なにを考えるよりもまず自分の考えがあたっていたことに納得してしまっているのであった。






     伝説は、こうはじまる。
     すべての起こりは「石」だったのだ、と。

     遠い遠いむかし、
     おおきな美しき生ける石は
     七色の輝きにて闇をはらい、

     世界を生命でみたし、
     偉大なる神々を生んだ。

     光に包まれた幸福な時代がつづき、
     やがて神々は眠りについた……。






     ────世界の名は、ヴァナ・ディール。








==

一人称書きやすい。

本作は逃げ男氏の『ゼンドリック漂流記』、検討中氏の『ログアウト』、黄金の鉄の塊氏の『Atlus-Endless Frontier-』に強い影響を受けているような気がします。



[24697] 02-ようこそヴァナ・ディールへ
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2013/09/29 09:44




 ファイナルファンタジーXI。
 有名RPGシリーズの第11作目が国内初のコンシューマ対応オンラインRPGとなったことでその話題を耳にしたことのある人は多いはずだ。2002年に正式サービスを開始した本作は現在追加ディスク4枚にダウンロード販売の追加シナリオと今なお広がりを見せ続けている。
 発売当初こそブロードバンドユニットやらなにやらでやたらと高かった敷居も、デフォルトでインターネット接続機能のあるXbox360版や日々スペックアップを続けるPC版の登場でだいぶ手を出しやすくなっている。
 先ごろ同社の大規模MMO第二段となるファイナルファンタジーXIVが発表されたものの、根強い人気が続いている。まあFF14が予想の遥か斜め下を行く出来栄えとの評判も無関係ではないだろうが……。

 かくいう俺も、もう足掛け8年このFF11の舞台となる世界、ヴァナ・ディールを駆け回ってきた冒険者の一人である……。





 街に着いたのは日が沈んでもう一度上ってからだった。
 まああの滝……臥竜の滝ドラッケンフォールを横目に大地の裂け目にかけられた橋を渡ったところで俺の足の裏も限界に達しており、無理くり騙し騙しでどうにかその先の歩哨小屋アウトポストに辿りついた所で動けなくなってしまったというのもあるのだが。
 結局俺たちは夜はそこで明かした。そう、俺たち2人は、だ。

 例の亀の化け物から助けてくれた小人──いや、どっちもより正確な表現を使おう。獣人クゥダフとタルタルだ──は、俺の姿を見るや、

 ────君は冒険者、には見えないね。旅人かな? それにしてもそんな格好でグスタベルグをうろつくなんて正気じゃない……やぁ! どうしたんだ、裸足じゃないか! 靴はどうしたんだい、失くしたのか、それとも君はそういうなにか信仰でもあるのかい? とにかくとにかくこの辺りも最近は危険だよ。君はこれからバストゥークに向かうのかい? それならちょうどいい、ボクも街に向かっているところなんだ。良かったら君の護衛を引き受けさせてくれないかな。そうと決まれば先を急ごう、歩哨小屋に立ち寄れば履き物も融通してくれるだろうさ。

 そんな感じで黄色い鳥(これも言わずもがなだろう、チョコボだ。ゲームをしない奴でも名前くらいは聞いたことあるだろう)をその場で降りて俺を街まで案内してくれた。

 タルタルって奴は文字通り小人のような小さな体に笹の葉のような尖った耳と子犬のような黒い鼻を持ち、生涯を子供のような姿で過ごす種族だ。
 メルと名乗った彼も例に漏れず俺の腰にも届かないような体躯で、なのに俺には今まで出会った誰よりも心強く思えた。

「さ、ついたよ。ようこそバストゥークへ、と言ってもボクはウィンダス国民だけどね」

 そう言ってメルは小さな両手をいっぱいに広げて俺を歓迎してくれた。

 山肌をくりぬいて作られたゲートの向こうは、とにかく広かった。
 切り出した石を組んで作られたバストゥークの街は周囲を山に囲まれた盆地に築き上げられているはずなのだが、そんな閉塞感を微塵も感じさせることはない。
 ゲートを潜った先は橋の様な通りが続いており、それぞれの看板を掲げた店舗が軒を連ねている。そしてその向こうに見える噴水広場と、さらにその向こうの巨大な建築物。多段構造の打ち上げられた船のような形をしたそれは、バストゥーク名物の大工房だろう。ぶっとい煙突から煙が絶えず立ち昇っている。
 大筋で俺が知っている通りの街並みだが、それがとにかく広い。ゲート前の広場はちょっとした公園ほどもあるし、武器・防具・雑貨屋の三軒並びと呼ばれたゲートから続く商店の並びにはもっとたくさんの店が並んでいる。通りを行きかうのは鎧やローブを纏った格好からして旅人や傭兵……ではない、この通りを賑わせているのは冒険者たちだ。
 ゲームでは省略されていた世界が現実になるにあたって拡張されたような、そんな印象を受けた。

 とにかくご飯にしようご飯に、というメルに連れられて街へと歩き出す。確かにアウトポストでは疲れがピークに達していてたどり着くなり意識を失ってしまったから、食事は朝にもらった干し肉を食べただけだ。腹が空腹を訴えている。
 三軒並び(三軒じゃなくなってるが)を抜け噴水広場(確か炎水の広場だったか)を通り、大工房の前を通り過ぎて港区へ。ここまで行くと俺にも行き先はなんとなく分かっていた。

 たどり着いた先は案の定『蒸気の羊亭』だった。看板女将のヒルダというNPCの営む酒場だ。

 店に入ると中は昼前という時間もあいまってか既にそこそこの人入りだった。中には既にジョッキを傾けているものの姿もある。
 2人で奥のテーブル席に腰掛けると、メルが給仕を呼び止めた。

「ボクはベークドポポトとソーセージ、あとメロンジュースにしようかな。君はどうする?」

 首を傾げて尋ねるメルについ金持ってないぞ、と言ったらおごりだよ、と微笑まれた。
 子供にたかっているようで気は引けるが空腹には耐えがたいし、メルも振る舞いを見るに子供という年齢でもないのだろう。見た目では判断がつかないし、声音も子供っぽいというかともすれば女の子っぽい高さだが、タルタルはそういうものだと思うし、どうも受ける印象が年上っぽい気がするのだ。ならばここは素直に甘えておくとしよう。

 注文は決めていた。蒸気の羊亭といえば、頼むものは決まっている。

「じゃあソーセージと……あとブンパニッケルはある?」

「はい、今朝ザルクヘイムのほうからライ麦が届いたので、焼き立てですよ」

 なるほど今のところバスはコンクエ1位か、などと考えてしまうがバス国民でないと買えないはずなのでその辺はフレーバーなのだろう。
 あと何か飲み物を、と思ってメニューを見せてもらう。
 メニューには酒類にジュースがいくつか載っているがコーヒーはなかった。昼間から酒を飲むのも食事と一緒に甘いものを飲むのも趣味ではないので、結局水で妥協する。

「ふぅん……」

 給仕が下がるとメルが妙な目で俺を見ていた。

「な、なに?」

「いや、なんでも。それより……一息ついたところで色々聞いてもいいかな? リックのこと、結局道中じゃはぐらかされっ放しだったからね」

 ヒューム(地球人と同じ姿の種族のこと)サイズの椅子とテーブルがゆえに、椅子の上にずっと背負っていたかばんを置いてさらにその上に座ったメルが、今度こそ逃がさないぞ、という口調で問いかけてくる。

 リックは俺のことだ。もちろん純粋日本人の俺の本名じゃあない。昨日アウトポストで眠気と戦いながら交わした自己紹介をどう聞き取ったのか、彼はずっと俺のことをリックと呼んでいるのだ。
 まあ違和感はない。なんせお袋はやめてくれというのにこの年まで俺をりっ君りっ君と呼んでいたし、そのせいで幼友達はみんなそう呼ぶ。更に言えばFF11での俺のキャラの愛称でもあった。

 閑話休題。

 バストゥークに来るまでの道すがら、メルの質問をかわし続けていたのはなにも答えられないと思ったからではない。むしろ俺自身が逃げ続けていたのだ。

「リックは、いったいどこから来たんだい?」

 その疑問から。

 まさか、と思い。
 そんな馬鹿な、と否定して。
 亀野郎やメルに出会ってそれでなお、俺は答えを出すのを避け続けていた。

 だがしかし。クゥダフ、グスタベルグ、バストゥーク、チョコボ、ここはタルタル、君はウィンダス。
 ここまで出揃えばもう覚悟を決めるしかない。

 俺はどうやらFF11の世界に迷い込んでしまった、ということらしい。おかしいのはこの状況か、俺の頭か。

 壮大などっきりを期待したがクゥダフもチョコボもメルもどう見てもCGなどではなかったし、バストゥークのゲートハウスには熊のような巨体のガルカがつめていた。尻尾ももちろんあった。
 あえて言うがFF11が感覚投入型のバーチャルゲームになったなんていう話は聞かないし、そもそもそんなSFな技術はまだない……と思う。少なくとも発表はされていない。
 ではすべて夢なのだということにしてしまいたかったが、その可能性は俺自身が最初に否定してしまった。
 どうするにしろ、そろそろ覚悟を決めないといけないだろう。

「その前に聞かせてくれないか? なんでメルはここまで俺に良くしてくれるんだ。言っちゃなんだが俺って相当怪しいと思うぞ」

 思えばクゥダフから助けられてからこちら、彼はずっと俺に好意的だ。
 わざわざ借りていたチョコボを放してアウトポストに案内してくれただけでなく余っていたブーツを融通してくれるように頼み込んでくれ、あまつさえこうしてバストゥークまで付き添ってくれて飯をおごってくれる。とてもじゃないが行きずりの男に対する施しにしては行き過ぎている。
 困っている人を助けるのは冒険者の義務だなんて嘯いていたが、それなら街で放り出したって構わなかったはずだ。

 そう言ったら、メルは笑った。

「君から匂いがしたんだ」

「におい?」

「そう、何か面白そうなことがありそうな匂い、冒険の匂いと言ってもいい。そしてボクは冒険者だ。好奇心のない冒険者なんて死んでるようなものだ」

 そんなことをのたまうメルは、ちびっこい癖になんだかやたらとかっこよかった。
 不覚にもその表情に見入っていると、いたずらっぽく笑って付け足した。
 
「それに、あの時君はまるで帰る家をなくした子犬みたいな顔をしていたよ。荒野に放り出していくのはあんまりに寝覚めが悪かったからね」

 と。





「はい、ベークドポポトとマトンのロースト、それに自慢のソーセージが二皿です。黒パンはどちらかしら?」

 料理を運んできたのは店主のヒルダだった。看板女将の名は伊達ではなく、30代は過ぎているであろうに若々しく、おっとりと優しい顔をした女性だ。
 確か亡夫の遺したこの店を女手1つで切り盛りしているという設定だったはずだがなるほど、昼間から鉱夫や技師と見えるおっさんどもが入り浸っているのも頷ける。

 テーブルに並べられた食事に手をつけながら、俺はぽつぽつと口を開いた。

「まず、恩を仇で返すようで悪いんだけどな……全部話せるわけじゃない、というか俺自身理解できてないことだらけなんだ」

 前置きするとメルはふむ、と先を促した。

「そうだな……とりあえずまず、俺は自分がどこから来たのか分からない」

「記憶喪失、というわけじゃなさそうだね」

「ああ、自分がどこにいてどんな暮らしをしていたのかとかは分かってる。けど気づいたらあの荒野にいたんだ。右も左も分からないまま歩いてたらクゥダフに襲われて……」

「ボクがそこを助けたと……」

「ちなみに最後の記憶じゃ俺は自分の部屋のベッドに潜り込んで寝るところだったはずなんだけどな」

 それで裸足だったのかい。メルは納得したように1つ頷く。

「間の記憶はすっぽり抜け落ちてる。本当に寝て起きたらあそこにいたんだ……信じられないかもしれないけど」

「そうだね……とても荒唐無稽な話だけれど、嘘には突飛過ぎる。少なくとも君の認識している限りではそれが真実なんだろう」

「そういってくれると助かる」

「じゃあ次、君はどこに住んでいたの?」

 来た。一番聞かれると面倒な質問だ。
 別の世界から来た、と言ってしまうのは簡単だ。ヴァナ・ディールでもいくつか異世界は観測されているし、信じてもらうことは難しくないだろう。
 しかしそれらはいずれもヴァナ・ディールと密接に関係する異世界であり、ここがゲームの世界でそれを遊んでいた現実世界から来たと言っても信じられないどころかまず理解が及ばないだろう。

 どう答えるべきだろうか。
 出来れば嘘はつきたくないが、真実は説明するに出来ない。

「…………遠いところだ。帰り道も分からないくらい」

 結局こんなあいまいな言葉で逃げざるを得ない。

「そこは、聞かれたくないところ?」

「まぁ……そういうことにしておいてくれ」

「そういうなら。つまるとこ君は、正真正銘の迷子だったわけだ」

 いや、深く突っ込まないでいてくれるのはありがたいのだがそのまとめ方はいかがなものか。そんでもって否定できない辺りが悔しい。
 行くも帰るも分からないとなれば、それは確かに迷子といって差し支えないだろう。

「他にも聞きたいことはあるけど……ひとまず君、これからどうするつもりだい?」

「……どうしたもんかな。帰る手立てを探したいところだけど、当てもなければ金もないんだ。頼れる相手もいないし」

 はぁ、とため息1つ。
 ここまで絶望的だと嘆くも喚くも通り越してただただ途方にくれるしかない。これなら外国で身包みはがされたほうがまだマシだろうに。
 場所が異世界では駆け込む先も泣きつく相手もいやしない。

 いや、1つだけ。
 ここがヴァナ・ディールであるなら、元の世界に戻る方法を模索するのにうってつけの身分がある。
 これが別のゲームの世界だったりしたら目も当てられなかっただろうが、ここでなら1つ、俺の持つヴァナの知識がある程度役に立つだろうし、情報を集めるのにも独自のネットワークが使える職業。

 けれどどうしてか、二の足を踏んでしまう。その道を取れば、俺が本当にこの異世界に染まってしまうような気がして。
 踏ん切りが、つかない。言い出す最後の一歩を躊躇ってしまう。

 しかしその一歩は、背中を押される形で踏み越えることになった。

「冒険者になる、なんていうのはどうだい?」

 冒険者。
 依頼さえあれば子供のお使いから傭兵家業、未開の土地の探索に果ては世界の危機をも救うどっちかというと荒事が得意な何でも屋。
 その生活形態は一定ではなく、自らの手を商品に、各々が求める"冒険"を報酬に日々を暮らしている。あらゆる国や民族、組織に囚われることなく好奇心や欲望を原動力に世界を駆け回る風来坊たち。
 アルタナ四国と呼ばれるヴァナ・ディール中西部に位置する四カ国では国際的にその活動が認められており、いずれかの国に所属することで様々な優遇を受けることが出来る。

 もっとぶっちゃけてしまえばMMOとしてのFF11におけるプレイヤーキャラクターたちの総称であり、一番馴染みのあるポジションといえる。
 どうすれば登録できるのか分からないが、確かに半ば行き当たりばったりとはいえそのくらいの行動方針があったほうがこの先……何もせずにただ絶望しているだけということにはならないような気はする。

「市民登録や身分を証明するものがない場合先任冒険者の紹介が必要になるけど、そこはボクが紹介者になるしさ。まあウィンダスの所属だから時間はかかるかもしれないけど、どうだい?」

 冒険者紹介システムか、なんて胸中で苦笑する。
 まあ国の金で部屋を提供したりしているのだ、どこの馬の骨とも知れない相手をほいほい冒険者にするわけにもいかないだろう。全国民に戸籍や住人登録がある世界ではないだろうから半分形式的なものとはいえ、なければないで色々面倒なのだそうだ。

 メルは身を乗り出して俺に道を示してくれる。けど、な。

「俺は戦う術を何も知らないんだ」

 俺には剣を振って戦う腕っ節もなければ、魔法を使うための術も知らない。そんなんで冒険者になる、なんて口で言ってもどうにかなるものではないだろう。

「誰かに師事するにしてもツテもないし金もない。1人で街を飛び出したってまた荒野で野垂れ死ぬだけだろ? せっかく助けてもらった命でそんな賭けはできないさ」

 そうだ。
 この命はメルに救ってもらったものなんだ。思いつきでリスクの高いギャンブルをするわけにはいかない。それはメルに対してもあまりに申し訳ない。

 だからやっぱり前途は暗い。一寸先は闇だ。
 がっくりとテーブルに突っ伏していると、つんつんとフォークで頭をつつかれた。いてぇ。

「なにするだ」

「あのねえ……なんでそこで真っ先にボクに頼るって選択肢を思いつかないかなあ」

「え、いやそりゃ悪いだろういくらなんでも」

「悪いことなんてないさ、そもそも言い出したのはボクだ。君が一人前になるまで世話するくらいの責任は負うさ」

「いやけどな、さっきも言ったけどほんとに文無しなんだ。ここの飯代だって返せやしないんだぞ……あ、いやもちろん出来るだけ早く稼いで返すつもりではあるけど。それに一人前になるまでって、どれだけかかるんだよ。お前バストゥークに何か用事があるんじゃないのか?」

「ないよ。商隊の護衛から帰ってきたところだから時間はたっぷりある。にしても君は本当に律儀というか、むしろ頑固だ。融通が利かないといってもいい」

「むか」

 なんでそんな呆れた調子で首をふられにゃならんのか。
 まあ俺としてはここでの好意を受け取るほかないのも確かなのだが、これ以上は本当にメルの負担になるばっかりだ。それはあんまりに忍びない。

 が、それはそれとしてここまで言われて黙ってちゃ故郷の母ちゃんに面目が立たない。

「お前はお人よしだな、馬鹿みたいにお人よし。あとちょっとおせっかい。誰かにいい人カモって言われたことないか?」

「言ってくれるなあ」

 ううん、とメルがうつむいて首をひねると、フードを被ったままなものだから布の塊がごそごそ動いているようにしか見えない。というか食うときくらいフード脱いだらどうなのか。
 にしても彼は妙に俺にご執心のようだが、俺のなにがそこまでコイツを惹きつけるのかさっぱりだ。匂いがどうとか言ってたが……袖口を嗅いでもわからない。当たり前か。

 やがて顔を上げるとぽんとひとつ手を打った。何か思いついたらしい。

「こういうのはどうだろう。これは取引だ」

「取引ぃ?」

「そう、さっきも言ったけど君からは何か面白そうな冒険の匂いがする。だから君の面倒はボクがみる、その見返りに君はボクに"冒険"を提供してくれ」

 悪くない話だろう?
 そういってメルは1つウィンクした。

 なにコイツ、なんでこんなにカッコいいわけ。惚れるっつーか俺コイツに掘られてもいいわ。とか思ったのは墓まで持っていく秘密である。

 あとで出来た仲間にいわれたことなのだが、このとき彼が俺をカモにして詐欺にかけようとしているとか、そういう可能性を俺は一切考えていなかった。思いつかなかったとも言う。
 思えばこのときからもう、俺もメルも互いにすっかり入れ込んでいたのだろう。
 正直に言って、俺はこのやたらと男前なタルタルと別れずに済むことを心の奥底でこっそりと喜んでいたのだから。


 結局俺は、その場で冒険者になることを決意したのであった。



[24697] 03-待ち人来たらず
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2013/09/29 09:44



 蒸気の羊亭を後にしたその足で向かった冒険者登録は、なんかやたらと待たされた。で、待ち時間の割りに手続き自体はそう時間はかからず、終わってみたら認印の発行に一両日程度かかるとか言われた。くっそう、お役所仕事め。
 まあやはり俺自身の身分証明がなく、保証人になってくれたメルが他国の所属だったことが発行までの時間を長くしているらしいが。

 ところで認印って何かと思ったらシグネットのことだった。ゲームじゃかけてもらうと敵を倒したときにポイントが入ったりちょっとしたボーナスのもらえる魔法程度の認識だったのだが、メルに見せてもらったそれは乳白色の宝石をあしらったネックレスのようなものだった。
 シグネット自体はヴァナ・ディールを構成する重要な要素であるクリスタルの欠片で出来ており、魔法の認印として内部に名前や所属国などなどの情報が書き込まれているらしい。本人確認も可能で、他人が使っても活性化しないので国際的な身分証明にもなり、入出国をはじめ競売やモグハウスなど各種施設の利用には必須のようだ。
 また一定期間ごとの更新が必要で、更新の際には活動の証明としてクリスタルを提出しなければならないとのこと。無届で連続して更新をサボると登録抹消されることもあるそうだ。加えてクリスタルは余剰があれば納入することで戦績点に換えることが可能で、それを使って官給品の装備などと交換が出来るという寸法だ。これはコンクェスト政策にも直結しているので積極的に活用するようにと登録のときに言われた。

 ここで言うクリスタルはただの水晶ではない。世界を構成する最も根源的な八属性の力をこめた結晶は、合成や飛空艇の動力にも使われる重要な資源なのだ。
 生き物が死ぬと時折その体から零れ落ちることがあり、つまり冒険者には獣人や危険なモンスターとの戦闘を奨励しているということだ。あと個人レベルの譲渡はともかく、クリスタルの売買は国営のショップ以外禁止だそうだ。これもまたゲームにはなかった決まりである。普通に競売で売ってたのになあ。

 コンクェストについては……別の機会にしよう。

 さてここまで聞いて思ったのだが。
 どうもこの世界は俺の知っているFF11の世界そのままというわけではないようだ。まあアレはゲームの世界なので当然といえば当然だろう。全体的にゲームの世界を現実にマッシュアップしているような印象が強い。街や荒野の広さも然りで、ゲーム中には出てこない村や集落もありそうだ。
 冒険者として活動するにはゲームの知識だけでは戸惑うことも多そうだが、そこはありがたいことにメルという頼れる先輩がいる。この出会いには感謝してもしきれないだろう。
 ついでに言えばメルは割と説明好きのきらいがあるらしく、シグネットについても事細かに教えてくれた。そういう意味でも彼とは気が合いそうだ。何せ俺はただの冒険者にあらず、根っからの卓ゲ者で設定好きなのだ。

 さておき。

 手続きは大工房……正確にはその屋上で行った。屋上はちょっとしたグラウンドほども広さがあり、大統領官邸をはじめとする各種国家機関にお役所が集まった最重要機関でもある。
 建物内部には鍛治ギルドに火薬研究所、そしてシリーズのおなじみキャラ、シドの研究室を初めとする各種工房が集まっている。
 バストゥークは技術に秀でたヒュームと力に秀でたガルカによって築かれた技術大国だ。アルタナ四ヶ国において常に最新の技術を発信し続けるバストゥークの開発力の高さは、工房内に設置された巨大な水車や昇降機、鍛治ギルドの炉にも垣間見ることが出来るだろう。
 一方でいまだ年若いこの国には建国当初から何かと影が付きまとっていたりもするのだが……今は蛇足だろう。

 見学させてもらった鍛治ギルドの炉や実際に乗った昇降機は感動モノだった。生粋のバス国民だった俺は何度となく利用した施設だが、モニタの向こうに見るのと自分で乗るのとでは大違いだ。
 さすがに用もないのにシドやプレジデントに会うことこそ出来なかったが……ただ大統領官邸の門番してたのは、あれ多分ナジだ。やっぱり門番だったかと何気に一番感激してしまった気がする。おかげで変な目で見られた。




 そんなこんなで大工房を後にし、軽く街を案内してもらうと、時刻は既に夕方になっていた。
 夕食にと工房にある職人食堂で購入したソーセージロールを食べ歩きしながら、俺たちはバストゥーク居住区へ向かっている。駆け足気味に冒険者登録まで済ませてしまったがぶっちゃけそろそろ疲れがピークに達している。ただ精神的な疲労というべきか、はしゃぎ疲れたというべきか……体はまだなんとなく動けそうな気がするから不思議なものだ。
 ともかく身の回りのもろもろはゆっくり揃えればいいだろうということになり今日の寝床に足を運んでいる次第だ。

 寝床……つまりモグハウスである。大都市の一角にこしらえられたこのワンルームマンションは、なんと冒険者に無償で貸与されており、それだけでも各国が冒険者支援にどれほど心血を注いでいるのかうかがい知れるだろう。ちなみに所属国以外で借りるとレンタルハウスと名前が変わる。
 バストゥークのそれの見た目は総石造りの2階建て安アパートといったところか、それが5棟は並んでいる。ゲームじゃ市街地のゲートから部屋に直結だったからこうして外から見るのはなんか新鮮だ。
 ちなみにこれまたFFシリーズおなじみの獣人、モーグリたちがハウスキーピングを勤めているのが名前の由来……なのだが、メタ視点から見ると実はFF7の中にあったミニゲームが元ネタではないかと言われていたり。

「全部で200室ってところか?」

 もぐりと最後の一口を押し込んで咀嚼する。
 目算なので多少前後するだろうが、大体そんなものだろう。

「そのくらいだったかなあ。ウィンダスやジュノも同じくらいだったし、サンドリアもそう変わらないんじゃないかな」

 総じて1000人分ということか。1つのサーバに3000人以上が登録していた感覚からするとちょい少ない気もするが……現実に1人1室となるとこんなものだろうか。考えてみたら最初からバストゥークに住んでたらモグハウスは要らないだろうし、レンタルハウスだって常に契約してるわけじゃない。

「しかし、よくまあ土地が確保できたもんだな」

 実際面積だけ見れば結構な広さの土地を占拠している。居住区の一角が丸々モグハウスになっていると言って過言ではない。
 これだけの土地、徴用したりすれば住民の反発も相当なものだろうし、新たな地区を開拓するにしてもバストゥークは周囲を山に囲まれた盆地だ。そう簡単に出来ることではあるまい。
 じゃあどうやって用意したのか……。

「水晶大戦さ」

 ぽつりと、傍らを歩くメルが小さく呟いた。

「え?」

「これだけの用地を確保できた背景には、20年前の大戦が絡んでるんだ」

 平坦な声は囁くような、ともすれば聞き逃してしまいそうなか細さだったが、それで合点がいった。


 20年前。
 FF11のストーリーの根幹を成す重大な出来事があった。

 それが水晶大戦、あるいはクリスタル戦争と呼ばれる大戦争だ。

 その戦争はヴァナ・ディール中西部にある2つの大陸、俺たちが今いるクォン大陸とその隣のミンダルシア大陸では世界全土を巻き込む大規模なものだった。
 創世神話において女神アルタナに生み出されたとされる人間、つまり地球人と変わらぬ姿のヒューム、メルたち小さな民のタルタル、笹の葉のような耳が特徴的な長身痩躯のエルヴァーン、猫のような耳と尻尾を持つミスラ、熊と見まごう体格のガルカの5種族と、男神プロマシアに生み出されたとされる獣人たちが総力を挙げて激突したのである。

 人間と獣人との関係は決して良好とは言えないながらも、それまでは細々とした交流がないわけではなかった。だがあるものの登場が両者の関係を決定的なものにしてしまう。
 『闇の王』とそれに率いられた『闇の血族』の出現である。歴史に突如として姿を現した闇の勢力は、力と恐怖によって瞬く間に獣人たちを支配し、『獣人血盟軍』の旗を掲げ人間たちの殲滅を謳った。
 緒戦、各個に独立して対抗していた人類は苦戦を強いられ各地で敗退が続いていた。このままでは敗北は必至と見た国々はついに協力してこれに当たることを決意、バストゥーク、サンドリア、ウィンダス、そしてジュノの4ヶ国からなるアルタナ連合が結成された。この音頭をとったのがジュノ大公カムラナートである。
 その後戦況は一変、アルタナ連合は攻勢に転じ、ついにクォン大陸の北限の地ザルカバードにて闇の王を封印。かろうじて終結を見たのである。

 水晶大戦では多くの被害が出た。各国はいずれもその首都まで獣人たちの侵攻を許してしまったことさえある。
 そして……終戦から20年たった今なお、その傷跡は埋まらない。獣人たちとの戦いも終わってはいない。

 つまり、モグハウスの建設はその傷跡をどうにか埋めようと……あるいは覆い隠そうとあがいていることの証でもあるのかもしれない。

「そもそも冒険者って、戦後復興のために立ち上がった市民兵が始まりでもあるんだ。彼らのために建てた仮宿舎が、モグハウスの原型なのさ」

 俯き加減で話すメルの顔はフードの陰に隠れてしまってうかがえない。彼自身、20年前の大戦に何か思うところがあるのだろうか。
 気にはなる、だがかけてやれる言葉もない。俺の言葉なんて望んでいるとも思えない。

「なるほどなあ……色々詳しいなあ、メル先生は」

 だからわざとらしく明るく話を逸らすしかなかったが、幸いにも彼もそれに付き合って笑いながら答えてくれた。

「先生はやめてよ。せめて先輩がいいね」

「はい、じゃあメル先輩質問。ここ冒険者じゃなくても借りられるの?」

「残念ながら冒険者専用。けど借主に同伴する分には問題ないから、今日はボクのところで我慢してよ」

「我慢だなんて滅相もない」

 屋根があるところで寝られるだけでも万々歳である。いつまでも転がり込んでるのも悪いし、受けた恩はさっさと返したいので早いうちに認印が届くのを期待するばかりだ。

 西の空に傾いた太陽がバストゥークを取り囲む山並みの向こうに沈み、夕焼けの空に夜闇が忍び寄る。立ち並ぶ家々の窓に段々と灯りが点り、煙突からは煙が、窓からは夕餉の香りが漂ってくる。
 住宅街からは子供たちの遊ぶ姿が消え、家路を急ぐ人々が忙しなく通り過ぎる。
 一方でモグハウスを出る冒険者たちの姿も。彼らはこれから外食なのだろう、酒場が本格的に運転を始め、街は夜の活気に賑わい始めるわけだ。

 ふと、そんな人の流れが集まる先があることに気づいた。
 丁度モグハウスと住宅街の中ほどに、一際大きな建物がある。意匠は宮殿かあるいは劇場か何かのようにも見えるが、ちと住宅街には似つかわしくない。

「なあ、あれって何だ?」

「ああアレ? 公衆浴場だよ、って言ってわかるかい?」

「こうしゅうよくじょう……って風呂か! おお、風呂あるのか……」

 風呂があるなら是非入りたい。今の俺は一昼夜荒野をさまよってすっかり埃だらけだ、風呂好きの日本人としてはさっぱりしたいと思っていたところだ。

「バストゥークも面白いこと考えるよ、ウィンダスじゃみんなではいるでっかい浴槽なんてとてもじゃないけど思いつかない。そもそも桶にお湯を張って中に入ること自体稀だよ」

 なんて言いながらメルはうんうんと感心した様子で頷いている。サンドリアの冒険者も最初は驚いてたよ、なんて。

 その辺りはお国柄というものか。
 バストゥークは鉄鉱や工業によって成り立つ国だ。文字通り汗水たらし、泥と油にまみれる鉱夫や技師の疲れを癒す施設が強く求められていたのだろう。
 それに周囲に森や草原などの豊かな自然があり、それに裏づけされた綺麗な河川が豊富な二国と比べるとバストゥークの環境は割と苛酷だ。乾いた土と岩ばかりの荒野に取り囲まれ、流れる河川は工業排水によってお世辞にも綺麗とはいえない。市内を流れる川が黒灰河ブラックアッシュリバーなんて呼ばれているほどだ。
 住人たちが共同で使える大浴場が設置されるのも自然な成り行きに思える。

 で、気になるのは……。

「有料……か?」

「ぷ、くっくく……」

 何故笑われたし。

「だ、だって、そんな物欲しそうな顔するんだもの……くくく。あそこも国営だから、そんな高いもんじゃないよ、はい」

 くすくすと笑いをこらえながら、メルはポーチからいくらかギル硬貨を取り出して俺に寄越す。なんか、子供にお小遣いをもらっているような気分になるなこれ。
 畜生こいつもいつまで笑ってやがる!

「メルは行かないのかよ」

「ごめんごめん、そんな不機嫌な顔しないでくれよ。ボクはほら、荷物があるから先にモグハウスに置いてくるよ。出たところで待ち合わせしよう」

 そういえばメルはずっと大きな背負いかばんを身につけていた。酒場では尻に敷いていたが、多分それがゴブリンのかばんなのだろう。
 出たところでっていうか俺が中で待ってればいい気がするのだが、とりあえずメルとはその場で別れて俺は公衆浴場へ向かった。

 浴場の受付をしていたのはモーグリだった。

「ここの管理もモーグリなのか……」

「クポ? お客さん初めてクポ、それならいくつか決まりがあるからよく聞くクポ」

 小銭を渡すとモーグリはタオルを二枚寄越し、クポクポいいながら説明を始める。
 明らかに航空力学を無視した小さな羽根でぷかぷかホバリングしており、いちいちくるくる回ったりするものだからどうも要領を得なかったが、ようは中に入って服を脱いだらまずタオルで汚れを落としてから湯に入れ、荷物は目の届くところに置くこと、盗難にあってもモーグリは責任を取れない云々。
 非常に残念ながらコーヒー牛乳はなかった。あとフルーツオレも売ってない。いつか持ち込んでやろう。

 中の広さはかなりのものだ。25m四方はある建物の中は、その面積のほとんどを床を掘り下げた形の浴槽が占めている。熱気がこもらないようにか天井はなく夜空が見えていて、どちらかというと高い壁に囲まれた露天風呂のような感じだ。何か魔法の力でも働いているのか肌寒さは感じないのは徹底している。混浴ではないため壁で仕切られた隣にもう一個同じ設備があるわけだ。
 受付から直で風呂場なのには少し戸惑ったが周りの客に習って俺もその場で服を脱ぎ、専用に別の湯が用意されている洗い場で汗と泥を落とす。それだけでもだいぶさっぱりした。
 浴槽には20人ほどの男たちが浸かっていたが、みんな端のほうに寄っている。荷物からあまりはなれないためと、その辺りは内に向かって階段状になっていたからだ。そこが腰掛けるのに丁度よく、なるほどこれならタルタルも利用できる。
 けど今のところタルタルの客は1人しかいない。メルではなく。その他にはエルヴァーンが2人いたが、あとは全員ヒュームとガルカだ。バス国民以外にはやはりなじみがないということだろうか。

 そして気づいたのだが、ヒュームとガルカが浴槽の真ん中あたりで綺麗に左右に別れている。
 バストゥークに住む両種族の間には深い確執があるという設定だったが……なるほど、どうやら事実らしい。

 ため息をつきながら俺も浴槽に入る。場所はヒュームとガルカの丁度中ほど、一番深いところで下腹あたりまでの湯の中で腰を下ろし、肩までじっくりと浸かる。

 あぁぁ……至福のとき。生き返るとはまさにこのことよの。

 口から魂が出て行きそうなほど深く息を吐く。
 ぐぐっと背伸びをして肩や背筋をほぐしながら空を見上げると、見えたのは満面の星空だった。青く輝く月の回りにちらちらと星々が瞬いている。
 今日は水曜日だろうか。ヴァナの1週間は8日だ。火、土、水、風、氷、雷、光、闇の曜日が日ごとにめぐり、月もそれに合わせて色を変える。曜日と属性は無関係ではない。火曜日(ひようび、だ。水や土も同じく訓読みをする)には火の属性の力が高まり、例えばファイアの威力が増したりする。月の色によって世界の属性が高まるのか、高まった属性によって月の色が変わるのかまではわからないが。
 余談だがヴァナ・ディールで使われる天晶暦は1ヶ月30日、12ヶ月で1年のシンプルなもの。対して月齢が84日周期で巡るため太陰暦ではないということになる。

 そんなことをつらつらと思い出しながら星空を眺め続ける。北の天頂に一際黄色く輝く星、あれがオーディン座のスレイプニルかなあ、なんて考えながら。

 やはりここはファンタジーな世界だ。
 街を照らす角灯の明りはやわらかく穏やかで、大都市といわれるバストゥークが灯すそれでさえ星空をかき消すにはいたっていない。
 日本じゃ、少なくとも東京じゃ見られなかった空だ。今更のように自分が異世界にきているのだと実感させられる。


 ────異世界、か……。


 口の中で転がした言葉の現実味のなさに我がことながらどう反応するべきか迷ってしまう。
 グスタベルグの荒野を彷徨っていたときには理不尽さを愚痴に零しながら心を不安と絶望に支配されていた。それがメルに助けられて、ここがヴァナ・ディールだと分かってからはどうだろう。俺は妙にはしゃいでいた気がする。メルの言葉に乗せられたとはいえ、あっさりと冒険者登録なんてしてしまうほどに。

 多分……不安を誤魔化しているのだ。メルに助けられてもう大丈夫だと、ここはあんなにも愛したヴァナ・ディールなのだと自分に言い聞かせて。

 そのメルもメルだ。勢いづいて彼の世話になりっぱなしだが、荒野で拾った男を自腹切って世話をすると断言するなんて、あんまりにお人よしが過ぎるだろう。
 かといって、俺は彼が差し伸べてくれる手を払うことは出来ない。今の俺にとってメルだけが唯一のよりどころなのだ。彼から離れてしまえば、俺はまた1人になってしまう。

 メルがいなかったらと想像して、熱い湯に浸かってるにもかかわらずぶるりと震える。

 荒野に独りぼっちだった時間に感じた孤独……ただの二晩にもかかわらず、あの孤独はまるで鑢をかけるかのように俺をじりじりとすり減らしていった。
 アウトポストに案内してもらったその夜、俺の足にケアルの魔法をかけて部屋を出て行こうとしたメルに、思わずすがり付いて「行かないでくれ」なんて言ってしまうほどに。多分、あの時俺は泣いていた気がする。メルはそんな情けない俺を笑いもしなかった。小さな手に優しくなだめられながら、俺は泥のように眠った。

 思い出すだに赤面ものだが、それほどにあの時はくたくただったのだ。
 あの孤独をまた味わうことだけは、ごめんだ。

 だがメルのことを何も知らないというのも事実だ。
 メルは冒険者で、フードのついたローブ──鮮やかな白地に胴部や裾、袖に青をあしらった意匠はおそらくリネンクロークあたりか──と腰に差していた短杖ワンドから察するに多分、白魔道士。ケアルつかってたし。
 チョコボに乗っていた様子や言動から察するにそれなりに経験をつんでいるのだろうとは思える。

 が、分かるのはその程度でそれもほとんど推測。そしてそれは向こうにしてみても同じはずだ。
 にも関らずなぜこんなに親切なのか理解できない。どう考えてもちょっとおかしい。それが冒険者というものなのか、それとも。

「なにか、知ってるのか。俺になにが起きたのか……?」

 やめろ。彼が俺を裏切るはずがない。

 だってもしそんなことになってしまったら。

 俺は……──。




 じゃぶんと隣に誰かが入ってきて、我に返る。
 隣にいたのはガルカの男……というかガルカには男しかいないが……だった。
 皆一様に巨体を誇る彼らの例に漏れず、その男も俺より頭1つ2つ背が高く、何より広い肩幅と鍛え抜かれた隆々とした肉体が更に彼を大きく見せる。
 その岩のような体にはいくつも傷をこさえており、中でも獅子の鬣のような剛毛にぐるりと縁取られた顔の中央、額から鼻筋を通って右のほおまで走る傷が印象的だ。
 戦士、だろうか。だとしたらかなりの歴戦のつわものといった風情だ。

 むっつりと湯に浸かるガルカにじろりと睨まれ、慌てて目を逸らした。


 ええと、なに考えてたんだっけ。そうそう、冒険者になんかなるって決めちゃったけど大丈夫なのかってことだ。
 そもそもこの世界、最初はFF11の……つまりゲームの世界に迷い込んでしまったのかと思ったけどそれもちょっと怪しい気がしてきた。
 大工房でも思ったことだが、この世界は全体的に現実とマッシュアップされているイメージがある。

 言い換えれば、だ。

 このヴァナ・ディールは酷く現実的なのだ。
 それを最も強く感じたのは、登録手続きのあと競売所を案内してもらったときのことだ。

 FF11の市場はこの競売で成り立っていた。
 プレイヤー個人個人が露天のように物を売るバザーとは違い、競売はアイテムの売買を指定の窓口で一括して行っている。競りの方式はやや特殊で、売り手が設定した価格以上の金額で入札すれば即落札となる。価格の目安は落札履歴で一覧できるという仕組みだ。
 譲渡不可の属性を持つ一部のアイテムを除き、武器、防具、アクセサリー、薬品、素材、料理、果てはペットの餌と、ありとあらゆる品がこの競売に出回っていた。物を売ろうと思えばまずこの競売に流すのが基本で、つまりFF11の経済は冒険者たちがまわしていた。

 当然だろう。
 FF11はMMOだ。世界の主役はあくまで冒険者……プレイヤーキャラクターたちであり、街の住民たちはみなNPC、システムの一部に過ぎない。


 だが案内された競売所は俺の知っているものとは全く違った。いやむしろより本来の意味での競売がそこでは行われていたのだ。


 建物の中は30人ほどが収容できる部屋がいくつか並んでおり、その中で武器や防具などのカテゴリごとに競りが行われている。今日行われた競りは5件で、俺たちが行ったときには既にすべて終了していた。
 競りの会場のほかには鑑定所もあり、専門の資格を持った鑑定士が勤めている。競りにかけられるのはその鑑定所で10万ギル以上の値がついたものに限られているという。
 更にメルが言うには、競売に出回るのはおおよそ30万ギル以上のもの。それ以下のものは競りで値段を吊り上げるより商店などに売ってしまったほうが早いからだそうだ。

 驚いたのは、競りには冒険者以外も多々参加しているという話だ。
 例えば武器や防具ならそれを扱う商人や商店店主が、あるいは珍しい品物であれば金持ちの好事家が。

 俺はメルに聞いてみた。武器も防具も薬も、冒険者が冒険者同士で取引をする大規模な市場はないのか? と。
 それに対する返事がこうだった。

「なに言ってるの、そんなものがあったら世界の経済が破綻しちゃうよ」

 それでわかった。
 この世界において冒険者は時代の立役者かもしれないが、決して世界の主役ではないのだ、と。
 街を歩く人々は、鉱夫も主婦も商人も旅人も子供も大人も老人も、決してシステム的なNPCなどではない。生きた人間だ。
 冒険者は経済活動に参加こそすれ、その全てを担っているのではない。むしろ世界的に見れはほんの一部に過ぎない。

 そういう酷く"現実的な"世界なのだ、俺が今いるこのヴァナ・ディールは。

 そんな現実的な世界で冒険者は、今日もどこかで命を落としている。
 敵に倒されたら戦闘不能になって、いくらかのペナルティだけでホームポイントに戻ってこれるなんてことはありえない。

 冒険者になるということは、死と隣り合わせになることなのだと、やっと気づいた。
 そう考えるとメルは酷い奴かもしれない。そんな冒険者になるように勧めるだなんて。

 けど、辞めるつもりもなかった。
 メルと離れたくないというのもあるが、元の世界に帰る手立てを探すにはほかに方法がないと思ったからだ。
 もっと言えば全く当てがないわけでもない。ヴァナ・ディールで異世界の存在が観測されていることは前にも述べたが、実は1人いるのだ。異世界への扉を開いちゃうような人が。
 だがぺーぺーのままでその人に話を聞いてもらえるかどうかわからないし、それにメルに頼り続けるのもいやだ。
 せめて自力でその人のところにたどり着ける程度の実力は身につけたい。そう思い始めていた。

「どうなるかな……」

 ぶっちゃけ俺、貧弱一般人だし……。

 呟きながらぼんやりと星空を眺め続けていた。
 とりあえず、メルの部屋に行ったら闇の王とかがどうなってるのか確認しないとな。そんなことを思いながら。










 ゆすゆす。

「おい」

 ゆすゆすゆす。万力みたいな手で肩を揺さぶられている。ゆすゆす。

「起きろ」

 ふぁい、起きます起きます。すみません仕事中に転寝して。昨日新人引き連れて俺式ヴァナ・ディール観光案内なんてやったのがいけなかったんですすみません部長。
 しかしそのせいか妙な夢を見た。俺がヴァナ・ディールの世界に迷い込んでしまうなんて愉快な奴だ。
 助けてくれたタルタルのメルとその後どんな冒険をするのか、もうちょっと続きが見たかったななんて思いながら目を開けたら。

 部長がヤクザ面の熊になっていた。

「ぅどぉうわぁ!?」

「やかましい」

 岩石みたいな手で小突かれて頭がぐわんぐわんする。

 待て待て、どこだここは。アンタ誰よ!?
 混乱して辺りを見回す。そこはでっかい浴槽の中だった。頭上にはお星様が煌いている。


 ────あ、あー、夢じゃなかったか。残念なような安心したような。


 さっきまでと変わらずそこはバストゥーク居住区の公衆浴場だ。どうやら転寝してしまっていたらしい。

「のぼせるぞ」

 それを隣に座っていたスカーフェイスのガルカさんが親切に起こしてくれたようだ。

「あ、いやどうも、ご親切に」

「構わん」

 そういってガルカはざばぁと浴槽をあがりのっしのっしと出て行った。

 むう、渋い。そしてクール。
 腹の底に響くいい声だったぜ……ってなんかこっち来てから男にばっかり見入りすぎじゃないだろうか。やだ、そっちのケはないわよ俺!!
 とか馬鹿なことを考えながら1人で身悶えてみたのだが、周りの客に変な目で見られるだけだった。ハッテン場ではないようで安心である。

 しかし。
 再度当たりに視線を巡らせるもののメルの姿は見当たらない。というより全体的に客の姿も少なくなってきていた。
 さっきまで1人だけいたタルタルの姿もない。

 やっべ、どれくらい寝てたんだ?

 メルは先に上がってしまったのだろうか、だとしたら待たせていることだろう。
 慌てて浴槽を出て体を拭き、ちょっと躊躇ったが着替えもないので同じ服を着て外に飛び出した。




 果たしてメルはご立腹でお待ちかねであった。

「遅いよ、なにしてたのさ! 全く、湯冷めしちゃうところだったじゃないか」

「悪い悪い、うっかり風呂ん中で寝ちまってさ。つか起こしてくれりゃよかったのに」

 外で待っていたメルは、先ほどまで着ていたのと同じ形だが褐色がかった綿で織られたコットンチュニックを着ている。もちろんフードもすっぽりだ。多分寝巻きなんだろうけど……クローク系好きだなあ。

 ぷりぷりと頬を膨らませて、まータルタルって卑怯ね! って感じの可愛らしさで起こっていたのだが、俺が寝ていたと聞くやふぅん、と目を細めた。
 何かしらその猫のような顔は。ミスラかお前は。

「寝てたんだ、それは悪かったね。大丈夫? のぼせて頭痛くなったりしてない? ほら、体冷やすからちゃんと乾かして?」

「てめ、ここぞとばかりに子ども扱いするなよ!」

「おや、そういうこと言うのかい? 誰だったかなあ、歩哨小屋でボクにすがり付いて泣きながら、」

「おおおあぁあだぁ! 言うな馬鹿! 悪かったよこの通り!!」

「素直でよろしい」

 なんかもう既に頭が上がらなくなってる俺。
 むしろ現在進行形でメルからの借りは雪ダルマ式に増えているわけで……へ、返済できるのかなあ。

 先行きに不安を感じながらモグハウスへ向かっている最中。それは起きた。



「きゃぁ!?」



 悲鳴!?

 通りの角から聞こえた女性の悲鳴に思わず体が硬直する。

「な、なんだ!?」

「行くよ!!」

 足元から飛び出した小さな影に我に返り、慌ててその後ろを追う。

 現場はモグハウスの立ち並ぶ一角だった。既に何事かと冒険者たちが集まりだしている。好奇心旺盛なことだ。
 メルのあとについて駆け込んだ俺の目に飛び込んできたのは、2人の人影が決闘のように対峙している姿だった。

「ちょっと、落ち着いて! 私は何もしないわ!」

 相手をなだめようとしているのは、先ほど悲鳴を上げたと見られる女性で、冒険者らしくハーネスと呼ばれる軽装鎧を纏っている。
 上背が俺と並ぶか超えるかと見える長身痩躯で、つんと尖ったエルフ耳が頭の横に張り出している。エルヴァーンの女性だ。

「…………」

 対するのはヒュームの少女だ。軽装鎧の女よりも幾分背が低く、まだあどけなさの残る表情をしている。夜風にふわりと揺れる青い髪が印象的だ。
 だがブラウスにスカートという学生風の姿には、右手に握っているものがあまりに不釣合いだった。
 おそらく先ほどエルヴァーンの女性に悲鳴を上げさせたのはそれだろう、物騒な大ぶりのナイフだ。

「ね、大丈夫だから、それを返してちょうだい?」

「近寄らないで」

 女性が落ち着かせようとするものの、少女のほうは取り付く島もない。牽制するようにナイフを突き出して、女性を睨みつけている。
 しかしその表情に浮かんでいるのは……焦り、いや困惑?

 そうしている間にも段々と人が集まり、2人はすっかり野次馬に囲まれている。
 少女が瞳に宿す光は剣呑で、ともすればその場にいる全員を敵に回しかねない勢いだ。

 一触即発の状態がどれほど続いたか。

 じり、と動いたのは女性でも少女でもなかった。野次馬の中の1人が、少女を取り押さえようと後ろから忍び寄る。
 もうあと一歩で手が届くかという距離で、しかし動いたのは少女のほうが早かった。

「あッ!」

 叫んだのは誰だったか。
 ナイフをふるって後ろから近づいていた冒険者を振り払った少女は、その場を逃げ出そうとナイフを構えて野次馬のほうへ……。

「危ない!!」

 まっすぐ。

 こちらに突っ込んできた。


 少女と目が合った、気がした。
 深く、昏く、敵意をむき出しにした蒼い瞳。一瞬、その瞳が揺らいで見えた。









「え?」

 ……何した、俺?

 ほうけた声を出したのは俺だ。
 記憶に空白が、自分の体がどう動いたのか思い出せない。
 
 気づいたら少女は地面に引き倒され、俺はその細い腕を掴み、手からナイフをもぎ取っていた。

「…………ッ!!」

「どぁ!?」

 呆然とした隙に少女の足が跳ね上がり俺の鳩尾をえぐる。
 激痛にしりもちをついた俺を尻目に、少女は猫のように飛び起きてそのまま夜の住宅街に走り去ってしまった。

「いっつつつ……」

 腹をさする。体重の乗っていない蹴りだったからそれほど後には引かないだろうが。

「大丈夫? ごめんね、まさかあんなに勘のいい娘だとは思わなかったわ」

「リック、怪我はない?」

 助け起こしてくれたのはメルと、先ほど後ろから忍び寄ろうとしたヒュームの女だ。
 シーフの彼女は気配を絶つ術には自身があったそうだが、あの少女は思った以上に鋭かったようだ。

「俺は大丈夫だ。それよりあの娘は……?」

「逃げられちゃった。けど私ちょっと探してみるわ、このあたりは庭みたいなものだし」

 俺が無事と見るとシーフの女は「んじゃね」と言い残してその場を後にした。
 それを騒ぎの終わりと見て取ったのか、野次馬たちも三々五々に散らばっていく。

 一方メルは、騒動の中心にいたエルヴァーンのほうに話を聞いている。

「じゃあ本当に突然?」

「ええ、なんだか迷子みたいだったし、鉱山区のほうに迷い込みそうだったから声をかけたのよ。そしたら私の顔を見るなり血相を変えて……突然で私も油断したのね、ナイフを取られちゃって」

「なんだろう、それはずいぶんと妙な話だね」

 意識の外でそんな会話を聞きながら、俺は手に残ったナイフを見つめた。

 あの一瞬。
 俺の体は、完全に俺の制御を離れて動いていた。

 いったい何なんだったんだ……?




 無骨なナイフは、答えを教えてくれたりはしなかった。





==


ヴァナディール編の1を加筆修正しました。
リックがグスタベルグに現れたあと彼は2日ほど荒野をさ迷っています。


>ゼンドリック漂流記ということは全ジョブ盛りの……!?

イヤソレハナイ。




[24697] 04-そして、めぐりあう
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2010/12/30 21:46




「天晶暦886年……獣人勢力の活性化が目立つも闇の王の影はいまだ見えず、冒険者の時代は今始まったばかり、か」

 床に座り込んで読んでいた新聞をばさりとたたんで、なにを見るわけでもなく天井に視線を向ける。
 シンプルな部屋だ。広さは12畳ほどで、床には絨毯が敷いてある。その他にはちょっとした作業台と、後はタンスとベッドがあるばかり。暖炉の火が赤々と揺れているレンタルハウスの一室である。

 メルの借りていたレンタルハウスにはヴァナ・ディールトリビューンと題された新聞のバックナンバーが完備されていた。
 現実世界──便宜的な言い回しだ──ではゲーム内で発行されている新聞という設定で刊行されていたが、やはりこの世界でも違わず存在した。世界情勢を知るにはもってこいである。

 トリビューンを読む限り今はまだ辺境航路もコロロカの洞門も開いていない。むしろコンシュタットやラテーヌにやっと出張チョコボレンタル所が設置されたなんて記事が掲載されているほどだ。
 つまりほぼFF11サービス開始当初の情勢と見て相違ないだろう。
 三国ミッションに始まりジラートミッション、プロマシアミッション、アトルガンミッション、そしてアルタナミッション。そのどれを匂わせる記事も書かれていない。いつかは起こるのであろうが、MMO内の時間経過などないに等しい。ストーリー的には884年で時間が止まってるようなものだった以上、いつか起こりうる以上の推測は無意味だ。ゲーム内時間としての天晶暦は、正式サービス開始の時点で895年であったことからも分かるとおりあくまでタイムカウンター的なものでしかない。
 それにあまりミッション方面に首を突っ込む気はないし、冒険者は俺だけじゃない。俺の第一目標は元の世界に関する手がかりなわけで、世界の危機はこの世界に根付く冒険者に任せるとしたものだろう。頑張れ名も知らぬ主人公たち。
 っていうかプロマシアミッションとかマジモンの神様とのガチンコ勝負だ、なにそれ怖い。プリッシュには会ってみたいが。

 それはともかく、ひとまず最優先事項としてはウィンダスのアノ人にコンタクトを取ることであろうか。
 誰あろう"連邦の黒い悪魔"と名高いシャントット女史のことだ。

 ぶっちゃけヴァナ・ディール最強と目されるうちの1人で、聞いた話になるが少し前に追加されたシナリオでは自力で異世界への扉を開いたとかいう。FFシリーズオールスターのディシディアはおろかFF14にさえ出没していると言われるお方だ。相談相手としてはこれ以上ないだろう……と思いたい。
 ウィンダスへ到達するだけなら大して難しい話ではないが問題はシャントット博士が話を聞いてくれるかどうかだ。なんか下手に接触すると呪われそうな気がしてならない。いやむしろ呪われるくらいならまだマシだ。ブチ切れられたら人生終わるのは確定的に明らかである。
 なので慌てて会いに行くより、最低限こちらに興味を持ってくれる程度に冒険者として名声をあげておくのがいいのではないか、という心算だ。

 さてそう上手くいくかどうかなのだが……。

「に、してもな……どうにも気持ちが悪い」

 シャツ越しに自分の腹に触れてみる。割れている。
 胸板をつついてみる。肉厚だ。
 力瘤を作ってみる。固い。


 明らかにゲームが趣味の貧弱サラリーマンの体ではない。


 先ほど完全に俺の意思を無視して条件反射で動いた肉体は、風呂では気づかなかったのだが意識して触れてみるとやたらと鍛えられて引き締まっていた。
 いや間違いなく俺の体だ。盲腸の手術痕や膝にある小さなほくろは、見慣れたもの。しかしどうしてか、まるで歴戦の戦士のような体つきに変貌してしまっているのだ。

 そして、剣を振るための知識と記憶。盾の効率的な使い方。
 あたかも厳しい修行の果てに備わったかのような戦いの記憶が体に刻み込まれている。
 剣の他にも斧、弓あたりは何とか使えそうだ。黒魔法や盗みの技、果ては踊りの記憶も多少あるものの、この辺は実践に足るものではない。

 異常はそれだけではない。

 そもそもここは異世界、日本はおろか地球ですらないのだ。ヴァナ・ディールの共通語は日本語でも英語でもない。
 にもかかわらず、俺は新聞を読めた。メルと会話が通じていた。
 読み書きできるなんてレベルではなく、ほぼ日本語と同列にヴァナ共通語の知識が脳内に刷り込まれていたのだ。ヴァナ共通語が第一言語になっていることに気づいたときには愕然とした。
 なんでこんなこと、酒場でメニューを読めた時点で気づかなかったのか。冒険者登録で書類を書いたときに気づかなかったのか。それほどまでに違和感がなかった。

 一応、想像できる理由がないわけでもない。
 それは俺の使っていたFF11のキャラクター。
 前衛ジョブを中心に育てていたデータが肉体に反映されているのであれば、俺のこの体も覚えのない知識も道理は通る……が、納得はいかない。
 仮にキャラデータが反映されているにしても若干腑に落ちない部分がいくつか残る。習得しているはずなのに使えないジョブとか。

「だぁ! もうわけ分からん!!」

 ついさっきここはゲームのFF11とは無関係の独立した異世界ではないかと思い始めたばかりだというのに、俺の体にはゲームのデータが中途半端に反映されている。
 理不尽に理不尽が重なってもう意味不明だ。考えるだけ無駄な気がしてきた。

 ともかく今は剣で戦う知識と記憶が一番深く備わっているとだけ覚えておけばいいか。

「どうしたんだいリック、そんな大声出して」

「っと、お帰りメル。まあ、ちょっと考え事をな」

 タルタルにはだいぶ大きな扉を押し開けて、部屋の借り主が戻ってきた。
 モグハウスについたところでメルはなにやらモグ金庫から荷物を取ってくるといって部屋を出ていたのだ。

 モグ金庫といっても、物理的にでかい倉庫がモグハウス棟に併設されていて、メルの契約しているモーグリは今そっちで金庫番をさせているらしい。部屋においておくと気が散るからだそうだ。まあ、確かに。何の用もないのにずーっとぷかぷかういてるしなあいつら。
 あとモグハウスを借りない……つまりバストゥークにもともと住んでた冒険者も金庫だけ借りることができるらしい。
 というのもモグ金庫はモーグリ独自の転移魔法で他国からでも荷物を引き出せると言う非常に便利な機能があるからだ。これも冒険者支援の一環で、国家間の冒険者の行き来を活発にしている一因だろう。
 ちなみに手紙や荷物の配送にもモーグリを使うことが多いそうだ。でかい荷物は無理らしいが。そういえばFF9にモーグリの郵便屋ってあったなあ。

 で、戻ってきたメルはなにやらうんとこよいしょと両手で剣を抱えていた。刃渡りが自身の身長ほどもありそうなものだ。

「うぉっと、またいきなりなにを持ち出してきたんだ」

 慌てて駆け寄って受け取ってやると、ずっしりと鋼鉄の重みが手にかかる。模造刀ではない、真剣の重みだ。刀身には鞘ではなく布が巻きつけてある。

「ずっと仕舞いこんだままだったんだけど、ちょっと持ってもらえるかな。その、両手剣」

「両手剣……」

 触ってみた感じ肉厚な刃に長めの柄は確かに両手剣ぽいが……刃渡りが60センチそこそこでは長剣というにもいささか心もとないわけで。
 ひょいと片手で持ててしまう。

「両手剣」

「…………悪かったねタルタルサイズで」

「あー、なんというか、これメルが使ってたのか? てっきりメルは白魔道士かと思ってたんだけど」

「ボクは白魔道士だよ。その剣は……まあ昔ちょっとね。それよりボクのほうこそ君は戦士の心得があると踏んでいたけれど、剣は使えるかい?」

「なんとかなる、と思うけど」

 確証はないが振れない気もしない。俺の体にナイトの記憶が宿っているのであれば片手剣はお手の物だ。

「ちょっと振っていいか?」

「いいけど、周り気をつけてね」

 メルに了解を取って巻きつけてあった布を取り払う。下から出てきたのは鋼の刃だ。刃幅は指4本分ほどで黒金色に輝いている……が、その輝きは鈍い。刀身は曇って多少の錆が浮いている。ずっと仕舞いこまれていたというのは本当だろう。
 柄に巻いてあるのは革か。合成のレシピによく動物のなめし革を要求されたのはこれだろうか。

「やっぱりずっと放りっぱなしだったからだいぶ曇っちゃってるね」

「柄がちょっと細いけど布でも巻きつけて何とか……」

 軽く振ってみる。ひゅんと風を切る音。無意識に体が構えを取る。
 やっぱり、体が剣の振り方を知っている。

「うんうん、見込みどおり。さまになってるよ、リック」

「そうか? けど分かるもんなのか、俺が剣士かどうかなんて」

「足運びとか筋肉のつき方とか見ればなんとなくね。それにさっきの立ち回りも」

 そういえば自分の記憶にはないのだが、俺はあの青い髪の少女のナイフを寸でで見切っていたらしい。ホントに自覚ないのだが。

「実際どうなの? リックは実戦経験とか」

「……いや、ない。なんというか知識はあるというか、ずっと素振りだけでレベル上がっちまったような」

「なにそれ。とりあえずは明日、その剣でリックの実力を見てみようか。それから剣と鎧を買いに行こう」

「え、この剣じゃダメなのか? 錆も落とせばまだ使えると思うんだけど」

「だめだめ、こういうのは体に見合ったものを使うべきだよ。間に合わせでやってると痛い目見るんだから」

 実戦経験をつんでるであろうメルが言うならそれは多分真実だ。ゲームじゃないんだから、タルタルの鎧をガルカが着ることや、数年放っておいた生ものが腐らないことはありえない。
 そして結局メルからの借りが雪ダルマ式に増えるという寸法である。剣や鎧ってどれくらいの金額になるんだ……っていうかそんなにひょいと買ってあげるとか言えるあたりメルは実はめちゃくちゃ高名な冒険者だったりするのだろうか。

 そうと決まれば早く寝よう。と促すメルにしたがって天井からつるしてあるランプの火を吹き消す。煌々と燃える暖炉の火だけがちらちらと瞬いている。こっちは放っておいてもモーグリが消しに来てくれる。
 メルはその体には多少広すぎるベッドに、俺は毛布を借りて絨毯の上に寝転がった。本当は逆にしようと言っていたのだが、俺はこの方がいいといって押し切った。この上メルからベッドまで奪っては申し訳がなさ過ぎる。

 けどなんというかこれは……外国にホームステイしているような気分だ。外国どころじゃないが。

「そういえばさ、メル」

「ん、なに?」

 寝転がったまま聞くと、メルもベッドの中から答えた。

「メルって冒険者になって長いのか……?」

「5年くらい、かな……こういう生活を始めたのは。冒険者って職業として認められたのはつい最近だけど」

 そういえば世界的に冒険者が公認になったのは天晶暦884年だから……つい2年前のことになるのか。

「じゃあ今世界は冒険者ブームってわけだ」

「ぶーむ? まあ、流行の仕事にはなってるね……どれほど残るか知らない……ふぁ、けど」

 メルの声がむにゃむにゃぽわぽわとしてくる。今ベッドに入ったばかりだというのに、寝つきのいいことだ。
 半分寝ぼけた声でメルはぼそっと呟いた。

「リック」

「なんだよ」

「いっしょに冒険……しようね……」

 それきり、静かな細い寝息が聞こえてきて、返事をしたかしないか、俺もすぐにまぶたを閉じた。








 ぎょろり。
 硬いうろこの隙間からのぞく無機質な瞳に剣呑な光が宿り始める。発達した後ろ足2本で立つロックリザードは、目に力を溜めるかのように体を震わせた。

「石化の邪眼だ、気をつけて!」

 背後から聞こえたメルの声に慌てて目をそらす。視界の端でロックリザードの目が光を放ったように見えたがどうにか体に影響はない。
 しかし敵はまるで最初からそれを狙っていたかのように体当たりを仕掛けてきやがった。

 ────この、トカゲ野郎の癖にッ!

 慌ててひきつけた盾に重い衝撃が走る。
 腕どころか体全身がしびれそうだが、ありがたいことにチートっぽい下駄を履かされた俺の体はそのくらいでは崩れたりしなかったし、メルのかけたプロテスが衝撃から身を守ってくれる。

 体当たりを受け止めた盾でそのままロックリザードの体を押さえ込み、右手の剣を叩きつける。

 ゥゥグルルル!

 重量で叩き斬ることに重きを置いた肉厚の刃が大トカゲの足を引き裂き、憎々しげなうめき声を上げさせる。
 トカゲは俺から距離を取ろうとするが、今の傷のせいで足に力が入っていない。チャンス!

「おら!!」

 思い切りトカゲの頭を盾で殴りつける。
 今度こそ体勢が、

 崩れた!

 その瞬間を狙って下から掬い上げるように剣を振るう。
 狙い違わず刃は大トカゲの首筋、体と頭の鱗のちょうど継ぎ目を深々と切り裂いた。

 ォォォオォン……。

 それが断末魔の悲鳴だった。トカゲの短い前足では傷を押さえることも出来ず、がくりと足を踏み外して地面に倒れこみ……そのまま幾度か痙攣して、トカゲはついに動きを止めた。
 で、ついでに俺もそのままへたり込んだ。

「ふぅぅぅ……」

 大きく息を吐き出す。無意識に息を止めていたような気がして、大きく何度も深呼吸。
 心臓が早鐘のように脈打っている。体温が跳ね上がって背中に汗が吹き出る。

 肉体的な疲労はない、ダメージも大して負っていない。

 だが生まれてはじめての"戦闘行為"が精神に大きく負担をかける。手にかかる剣と盾の重み、肉を切り裂く感触、あふれ出る血の匂い。
 なにより……自分の実力が分からないというストレス。
 理屈では大丈夫だと思っていても、実際剣を振るうのは怖い。体より心が疲れた。

「お疲れ様、リック」

 もしものときに備えて後方で見守っていたメルが水袋を差し入れてくれる。ありがたい。ありがいが……このタルタル、結構スパルタだった。
 朝食後、居住区の広場で剣の素振りをしてみたところ、案の定馬鹿みたいに体が良く動いた。するとメルは言いました。「思ったよりいけそうだね、外出てみようか」と。
 んでもって俺たちはバストゥーク港の門から出て街道を外れて歩くこと2時間ほど、北グスタベルグの荒野でトカゲ狩りにいそしんでいるわけである。俺たちって言うか主に俺だが。ちなみに盾はクゥダフが使っているもので、これもメルが倉庫の肥やしにしていたものだ。服も当座のしのぎということで、普段着にも使える厚手の生地に綿をキルティングした綿鎧を古着屋で調達した。

 これで倒したトカゲは5匹だか6匹。ペースは、多分早い。

「にしても本当に実戦は初めてなのかい? とてもそうは思えない、ここら辺のクゥダフくらいなら余裕で相手に出来るんじゃないかい?」

「勘弁してくれ、正真正銘素人なんだ。それに動物相手と獣人じゃ勝手が違うだろう」

 動物は本能に任せて攻撃してくるだけだが、獣人は違う。やつらはしっかりとした知性を、文化を持ち、1人1人がれっきとした戦士なのだ。
 にわか仕込みの駆け出し冒険者には荷が重い。

「うーん、まあ確かに……。それにリックの動き、剣筋も見切りもいいのに時々変に動きがずれたり遅れたりしていたね」

 メルの指摘には思い当たる節があった。
 何のことはない、昨日と同じだ。俺の意思を無視して体が勝手に動きやがるのだ。
 目は敵の動きを捉えている、体もすばやく反応する。認識だけがそれに追いつかない。染み付いた記憶、身に覚えのない経験によって反応する肉体が、一瞬とはいえ意識的な制御を離れてしまうのだ。
 無意識の反応を考慮に入れた上で動けるのならば問題ないのだが、そうではないがために自分の行動が把握できなくなる。結果対応が遅れるわけだ。
 まるで自分の体ではないような気分だ。今の俺には高すぎるスペックに振り回されている。これは克服するためには何とか肉体を慣らしていく必要があるだろう。

 けど。

「くく……」

「? 何笑ってるのさ、リック」

「いや、なんでも」

 けど、少しだけ楽しい。
 ついこの間までただのサラリーマンとして退屈な日常を送っていた俺が、剣と盾を構えて荒野のモンスターを狩っている。
 あまりに現実離れしていて、そんなことありえないと思いながら、だが常に心のどこかで夢描いていたことが実現してしまったような気がして心が躍る。

 そんな場合じゃないってのは理解してるんだけど、な。

「さてと、とりあえず捌いちゃおうか」

「あ、俺にもやらせてくれっていうか、やり方教えてくれよ」

「いいよ、覚えておいたほうがいいだろうしね」

 荒野に巣食う生き物たちも、もはやシステムに管理された敵ではない。倒せば死体は残るし、捌かなければ素材になることもない。クリスタルだけはホントにぽろりと零れ落ちるのが不思議ではあるが。
 鱗の薄い腹からナイフを滑らせて皮をはぎ、錬金術の素材になる尻尾も切り落とす。手に入れた品物はギルドや合成を生業にする冒険者に売ることになる。
 肉は硬くて食えたものではないのでそのまま大地に転がしておく。こうしておけばまた別の生き物の糧になるわけだ。
 解体はちょっと腰が引けるが、やらないわけにはいかない。こっちの都合で命を奪ってるわけで……命を奪う、改めて考えると重い言葉だ。ここはゲームじゃあない。

 メルがかばん(ゴブリン謹製のあれだ。見た目よりたくさん入るが、さすがにベッドは無理だった)に戦利品をつめているのをぼうっと見つめていると、視界の端に人影が映った。

「ん?」

 この街道からも離れた荒野で人を見かけるのは珍しいなとそちらに視線を向けると、そこにいたのは人では……正確にはヒュームではなかった。

 若い女が1人、なにやらきょろきょろと周囲に顔をめぐらしながら歩いている。
 彼女は黒地に銀の意匠が美しいダブレットと呼ばれる軽装の服を身に纏っている。頭には羽飾りのついたベレー帽を乗せ、矢筒と弓を背負っている。どうやら狩人のようだ。

 しかし何より俺の目を引いたのは、その後ろ腰からひょろりと伸びてゆらゆらと揺れる尻尾だった。
 彼女はミスラなのだ。

 ミスラは総じて華奢でしなやかな女性の肉体に、猫のような耳と尻尾を持つ種族で、バストゥーク近辺ではあまり見かけることはない。大半がタルタルと一緒にミンダルシア大陸の南端、ウィンダス連邦に住んでいる。
 男もいないわけではないのだが極端に数が少ない上に、南方のオルジリア大陸にあるミスラの本国からあまり出てこないため、中の国での男女差は非常に極端で人によってはミスラは女しかいないと思い込んでいるほどだ。実際プレイアブルキャラクターとしては女性しか選択できなかった。

「何か探し物かな?」

 2人でその姿を眺めていると、ぴくんとミスラの尻尾が揺れて、彼女は俺たちのほうに振り返った。どうやら見ていたのを気づかれたらしい。

 ぴんと背を伸ばして機敏に歩く姿は颯爽としていて、見ていて気持ちが良い。が、こちらに近づいてくる顔はあまり爽やかなものではなかった。端正な造りの顔には不機嫌そうなしわがくっきりと刻まれている。
 ミスラは俺たちの傍に立つと、それほど大きくはない胸を張ってこう言い放った。

「さっきからじろじろ見ていたけど、そんなにミスラが珍しいかしら」

 なんだか面倒なのにつかまった気がする。というのが正直な第一印象だった。

「あー、悪い。バストゥークじゃあんまり見なかったからな、気に障ったなら謝る」

「まあ……別にそれはいいわ。慣れているし……そんなことよりあなたたち」

 自分から振っておいてそんなことときたか。

「冒険者、よね。バストゥークの人かしら?」

 座り込んでいる俺と小さなメルに視線を合わせようと、腰をかがめてずいと身を乗り出してくる。
 きょろきょろとした大きな目、動物っぽい黒い鼻、血色よく薄桃に染まった頬、つるりとした唇に彩られた小さな口。美人と称して偽りない顔立ちだが、そのつりあがった眦のせいで酷く愛想がない。

 しかしどう答えたものだろう。冒険者は冒険者だが俺はまだシグネットを受け取っていないし、バストゥークの住人とも言いがたい。メルはバストゥークを拠点にしていると言っていたがウィンダスの所属だ。

「まだ俺は認印をもらってないから正式には違うけどな」

「なんだ、あんた駆け出し? じゃあ聞くだけ無駄ね……」

 ぶつぶつと1人で結論付ける狩人ミスラの言い草は失礼極まりない。身なりを見れば分かるだろうに。
 女の言葉に眉をひそめたのはメルも同じだった。

「ずいぶんな口ぶりだね。人にものを尋ねる前にまず名乗ったらどうだい?」

「ふん……いいわ、あたしはジジ。ジジ・ヅェミーよ」

「そうかい。ボクはメル、それに彼はリックだ。それで君は、何を聞こうと思ったんだい?」

「なんでもないわよ、どうせ知りっこないでしょう」

 つっけんどんな言い草には刺があるというより、どっちかというと強く諦めを含んだ響きに聞こえた。しかしそういわれると気になるのが人の性というものだ。

「聞かせろよ、気になるだろう」

「しつこいわね、いいって言ってるでしょう」

「君はさっきから何か探していたようだったけれど、そのことかな? それにここで分からなければ他をあたるしかないんだ、可能性は捨てるものじゃないと思わないかい」

 捲くし立てるメルに気圧されたか、ジジは言葉に詰まり、やがて深くため息をつきながら首を横に振った。さっきとはまた違う諦観の様子だ。

「分かった、言うわよ。あなたたち、グスタベルグの荒野のどこかに古い石碑があるのは知っている?」

「石碑?」

「ええ、荒野の南部と北部に1つずつあるそうよ。南の方では既に見つけたんだけれど、北のものがどうしても見つからないのよ。もう3日は探してまわっているのに」

 観念して話しだしたジジの表情には、確かに疲れの色が浮かんでいる。3日もこの荒野をか……その心中は察して余りある。俺もつい先日まで似たようなものだったわけだし。

 しかし石碑、石碑か。俺の想像が正しければその石碑ってのはたぶん……。

「もしかしてそれ、グィンハム・アイアンハートの遺した石碑のことか」

「あんた、知ってるの?」

 ジジは目を剥いて食い入るように俺を見つめている。知ってるも何も、設定好きの冒険者にとっちゃ常識みたいなものだ。

 グィンハムは元船乗りであり、50代にして転身して以来ほぼ独力でこのクォン大陸の地図を書き上げたヴァナの伊能忠敬と名高い冒険家だ。彼自身は志半ばで倒れるも娘のエニッドがその意志を継ぎ、お隣ミンダルシア大陸の地図を完成させた。ちなみにエニッドは公式に確認されている2人のハーフエルヴァーンの1人でもある。
 今現在大陸で利用されている地図は、そのほとんどがアイアンハート親娘の作ったものを基にしており、その功績はサンドリアのオルデール卿と並び今日まで称えられている。

 彼らの足跡は世界中に石碑として残されており、かくいう俺も一時夢中になって石碑めぐりをした1人だ。彼女の探す石碑も、そのうちの1つだろう。

「教えてちょうだい、その石碑ってどこにあるの!?」

「待て待て、教えるって」

 よほど諦めかけていたのか、ジジはものすごい勢いで食いついてきた。俺の胸倉に掴みかからん勢いだ、と言うよりもほとんど俺の上にのしかかってきている。
 不用意に近づいてきた顔に思わずどぎまぎとしてしまう。くそ。

「少し落ち着きなよ。そんな格好じゃ話せるものも話せないよ」

「え、あ、やだ!」

 自分から乗りかかってきたくせに、彼女は自分の格好に気づくとすごい勢いで飛びのいた。やだ、とは失敬な。
 やれやれとため息をつき、身体の埃を払いながら下ろしていた腰を上げた。そうして立ち上がってみると、ジジは頭が俺よりも丸一個分は低い位置にある小柄な少女だった。ミスラというのはやはり華奢な身体をしている。
 鋭く睨みつけるような視線で俺の顔を見上げていた。

「それで……どこにあるの?」

 無愛想と言うか、ずいぶん険の強い女だと思ったが……かすかに頬が赤くなっている。なんだ照れ隠しか、と俺は1人納得しながら、俺の知っていることを話してやることにした。

「臥竜の滝は知ってるか? この北グスタベルグにある大きな滝なんだが」

「ええ、コンシュタットからこちらに来るときに見たわ。あたし、あんな立派な滝を見るのは初めてだった」

「その滝壺に下りると、滝の裏に小さな洞窟が隠れてるんだ。石碑はそこにある」

 あくまでゲームの知識が正しければ、だが。保証はしかねるので聞いた話だけどな、と付け加えておく。
 俺の言葉を聞いたジジの反応は、いかにもうさんくさげなものだった。

「滝の裏の洞窟? あんた、あたしがこの辺りのことに詳しくないと思って適当なこと言っていない?」

「疑うなら好きにしてくれ。ただもし嘘をつくならもう少しそれっぽい嘘にするけどな」

 ジジは腕を組むと深く考え込んでしまう。時折俺のほうをちらちらと見ながらなにやらぶつぶつと呟いているが、小声なので内容までは聞き取れない。
 やがて顔を上げると、しぶしぶと言った様子で頷いた。

「いいわ、どうせ他に当てもないし、信じるわ。それで滝壺に下りるにはどうすればいいの?」

「直接は下りられない。滝壺に行こうと思うとダングルフの涸れ谷を経由しないといけないんだ……よな、メル?」

 実は別に下りる道があったりすると恥ずかしいのでメルに振ると、彼は突然のパスに若干面食らいながらも頷いてくれた。

「あ、うん、そうだね、ボクもちょっと前に滝の水を汲んできてくれって言われたことがあるから、そこは間違いないよ。リックの言う洞窟も見たと思う……ただその中までは入ったことはないけれど」

「なによそれ、すごく面倒ね。それにダングルフの涸れ谷ってどこにあるのよ」

「北西にあるダングルフ火山の麓の渓谷のことだよ。すごく入り組んでて、地図がないとまず迷う場所なんだけれど」

「地図? そんなの持ってないわ!」

 どうしよう、とジジの視線が俯いてしまう。尻尾もてろりと垂れ下がり、折角入手した情報に湧き上がっていた気持ちはすっかり萎えてしまったようだ。強気につりあがっていた眉がハの字を描き、意外に表情が豊かなんだなと俺は全く関係のない感想を抱いた。

 にしても、目の前で参ってる様を見せ付けられて放っておくと言うのも忍びない。
 横目でメルの様子を伺うと、メルも俺のことを見ていた。

「なあ、悪いんだけどさ、メル」

 最後まで言い切るより先に、メルは深々とため息をついて苦笑を浮かべた。

「そう言い出すんじゃないかと思っていたよ、リック。まあさっきの様子なら、君を涸れ谷に連れて行っても問題ないだろうし」

 それからメルは、何のことかと首をかしげるジジに向かって笑いながら言った。

「良かったらボクらが案内するよ。地図はボクが持っているし、涸れ谷に1人で向かうのはそれなりに危険だからね」

 ジジはいくらか渋る様子を見せていたが、結局は他に頼れる相手もいないからと向こうから折れた。
 内心で俺はそれを喜んでいた。俺自身が臥竜の滝の滝つぼに、そしてアイアンハートの石碑に心惹かれ始めていたからだ。


 こうして、俺たちの最初の冒険の行き先が決まったわけである。






[24697] 05-グスタベルグ観光案内
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2013/09/29 09:44




 ダングルフの涸れ谷。
 グスタベルグの荒野の北西、ダングルフ火山の麓の渓谷であることはメルの言ったとおりであるが、地域柄そこは大陸でも有数の温泉地帯であり、アリの巣のように入り組んだ迷路のような谷間には所々で温泉や間欠泉が湧いている。
 荒野に比べ水場は多いもののどれも硫黄を多く含んでおり、生態系はまさに涸れている。この辺で暮らしていると言えばトカゲか、巨大なヒル、そしてワーム。ウサギの巣もたまに。陸ガニも見かけるがこの辺は外から迷い込んできたのではないだろうか。
 年中通して硫黄の匂いと蒸気が満たしている渓谷はお世辞にも見通しがいいとは言えず、いや、そんなことより重要なのは……。

「クソあちぃ……」

「本当に、何でこんなに蒸すのよ……」

「ボクは匂いのほうが気になるよ、服がくさくなりそうだ」

 こんな湿度の高いところに厚手の服で来たら死ねる、ってことだ。
 臭いはひどいわ服は湿気と汗でえらいこっちゃになるわで早くも俺たちのモチベーションはだだ下がりである。これがもう少し涼しい土地ならともかくグスタベルグ地方は割と南方だ。陽射しもあいまって、メルなんか蒸し団子になってしまわないか心配だ。
 っていうか南方の出のミスラが暑がるのはいかがなものか。

「あたしはサンドリアで暮らしてたのよ、こんな暑さ、ずっと無縁だったわ」

「そうなのか? そりゃ珍しいな」

「母様はカザムの出身だけどね……もう、あまり話しかけないで。ただでさえ蒸し暑くて集中しにくいのに、獣の気配が分からなくなるわ」

「悪いな。大人しくしてるよ」

 グスタベルグでジジと出会った俺たちは、一度バストゥークに引き返してそれから改めてダングルフの涸れ谷に出発した。涸れ谷自体はそう離れているわけではないが、中を抜けて臥竜の滝の滝壺に向かおうとすればそれなりに時間がかかる。野営をする準備くらいは必要というわけだ。
 俺自身も色々揃えてもらった。肩紐タイプのかばんは見た目より多くのものが入るが、流石にベッドは入らない。冒険者御用達の品で、中にはたたんだ毛布や火打石、食料に水袋などが入っている。

 そして武器と防具なのだが……これはトカゲ狩りをしていたときの格好のままだ。
 自分で言い出したことだ。メルはバスに戻った時点で装備を整えようとしてくれたのだが、出来ればもう少し体の調子を確認したいからといって断ったのだ。嘘ではない。まだ俺の体がどれほどのポテンシャルを持っているのか、俺自身がいまひとつ把握し切れていない。ただもうひとつの理由は、いい加減メルに世話になりっぱなしなのも気が咎めるからだ。メルだってそう潤沢な資産を持つわけではないだろう。
 なんて正直に言うとメルには逆効果な気がするので黙っている。そのうちトカゲやミミズでこっそり稼いで自分で買おうと密かに決めていた。

 さて涸れ谷に入ってどれほど時間がたったか、今のところはモンスターに遭遇することもなく順調に奥に進んでいる。
 ジジが狩人だったおかげだ。メルをナビゲーターに先頭を進むジジは、持ち前の鋭敏な感覚を活かしてレーダー役を担っている。ポイントポイントでジジの警告があるものだから、曲がり角でモンスターと運命的な出会いを果たすこともない。
 最もこの辺にはそれほど危険な生き物は潜んでいないはずだが。厄介なのはトカゲくらいだが、あれもこちらから手を出さない限りは大人しいものだ。優秀なレンジャーのおかげでうっかり進路を遮ったりと妙な刺激を与えてしまうようなこともなく済んでいる。

 けどこれはエリアを問わずどこもそうだったのだが、ゲームじゃ忙しなくマップ中うろついていたゴブリンの姿が見られない。というより獣人自体を最初に襲われたクゥダフ以来見かけていない。
 気になってメルに聞いてみたのだが、どうも街道付近やらで獣人を見かけることはそんなにそんなにないらしい。水晶大戦からこちら、向こうもアルタナの民を警戒しているし、こちらから獣人拠点に近寄らない限り人の目に付くところに出没するのはごく稀だ。ただ最近はまた獣人たちが勢力を盛り返してきていて、狙って旅人や商隊を襲うことがあるとも言うが。

 ただし注意しなければいけないのがゴブリンだ。

 ゴブリンもやはり獣人なのだが、他の獣人たちと違い固有の勢力を持たず、人間獣人を問わず広く商いをする商魂たくましい一族だ。
 だがそれがゆえに『街道でゴブリンと出会ってしまい剣でもって撃退したら実はそいつは商人で、あとでゴブリン自身と取引先の人間にまで文句を言われた』なんてトラブルも時たま起こるらしい。
 逆にそうやって言葉巧みに冒険者をだまし、罠にかけて身包みをはいでいく盗賊ゴブリンもいるものだから性質が悪い。遭遇即敵対がほとんどのパターンのほかの獣人ではありえない話だ。
 獣人たちの中では、荒野で出会ったら最も気をつけない相手なのである。いろんな意味で。


「待って」

 と、先頭を歩いていたジジが手で俺たちを制する。何か見つけたらしい。
 ジジは荷物をその場に下ろすと、弓を片手に腰を下ろして這うように地面の様子を観察しはじめた。目を凝らし、指で触れ、鼻を利かせる様はまさしくレンジャーのそれだ。けどぴくぴく動いてる尻尾が超気になる。つかんだら張り倒されるだろうなあ。

「戦いの跡がある」

 姿勢を低くしたまま、呟くようにジジが言った。
 言われて地面を見てみると確かに血のようなしみが見える。

「いつごろの?」

「そんなに古いものじゃないわ。多分……半日も経ってない」

 邪魔をしないように静かに問いかけるメルに、ジジはいっそう地面に顔を近づけて足跡を"読む"。

「足跡がいくつも……1つは人間だ、ヒューム。あたしたちと同じほうから来て……立ち止まった。相手は何かしら、足跡は3つ、ううん4つ。待ち伏せされたようね」

「それから?」

「戦った……でも引き返した跡も進んだ跡もない。倒れてもいないから、きっと手傷を負わされて魔法で逃げたんだと思うわ」

 つぶさに語られる不穏な出来事に、思わず手が剣の柄に伸びる。鞘がないのでむき出しでベルトに括り付けてあるが、今はかえって取り外しやすいのがありがたく感じる。
 いつ何がきてもいいように絶えず前後に気を配る。心の中では出来れば来るなと思いながら。

 ん?

 今何か、朽木に刺さっていたような。

「2人とも」

 そっと声をかけてそちらを指差す。岩壁から突き出すようにして生えた朽木に刺さっていたのは、一本の矢だった。ジジがそれを引き抜いて検分する。
 矢羽は縮れいかにも粗末に見えるが、鏃は意外にもきれいなものだ。ただシャフトの部分が極端に短い。おそらく弓ではなくクロスボウで使うボルトではないだろうか。

 矢をためつすがめつ見ていたジジの言葉がその考えを裏付ける。

「アルタナの民のじゃないわね……やっぱりゴブリンだわ」

 ついさっき連中について考えていた矢先にこれだ。それもジジの読みを信じる限り一番たちの悪いゴブリンの盗賊団の線が濃厚な始末。
 出会ってしまえば戦闘は避けられないだろう。少なくともこの辺りにはもう気配がしないそうなのが幸いだが……。

「撃退は考えないほうがよさそうだね。向こうの方が多いし、戦士が1人じゃ支えきれないだろう」

 メルの言葉に同意する。
 遭遇してもどうにかやり過ごすなり逃げるなりを模索するべきだろう。今の構成じゃ危険が目に見えているというか、俺もゴブリン相手にどこまでやれるかまだなんともいえない。

 関係ないが、個人的にフィックとかリーダヴォクスとか、あの辺の話を知ってるとどうもゴブリンって相手にしにくいんだよなあ。あと別の意味でプロフブリクス。あいつは無意味に哀れすぎる。
 まあ背景を知ってしまうと戦いにくい相手というのは何もゴブリンに限った話ではないのだが。サハギンとか特にそうだ。
 『修道士ジョゼの巡歴』は冒険者なら一読の価値アリ……なのだが、こっちのトリビューンでは連載していなかった。まあ、水晶大戦のことを考えると仕方がないのかもしれない。ヴァナ・ディールに暮らす人々があれを忌憚なく読めるようになるにはもう少し時間が必要だろう。


 なんにしろこのまま立ち止まっているわけにも行かず、俺たちは警戒を強めながら歩を進めていく。
 ゴブリンとの遭遇の可能性に緊張しながら歩いているうち、いつの間にか暑さを忘れていることに気づいた。いや、そうじゃない。徐々に日が翳り始めているのだ。不快指数こそ下がらないまでも、照りつける日光の分だけ真昼間よりもいくらか涼しくなってきていた。

 ゆっくりと日が傾き始めた頃、俺たちはこの日の目的地に到着した。
 それはまるで岩壁の中をそのままくりぬき、削りだしていったかのような明らかに人の手で創られた古い建物だ。10年ほど前に発見され、古グスタベルグ文明の遺産として同文明の存在の証明にもなったものだ。
 もともと1日で涸れ谷を抜けるのは難しいと踏んでいたため、地図を頼りにここを目指していたというわけである。
 建物とはいっても実際はただ反対側に通じているトンネルなのだが、比較的高所に作られたそこは涸れ谷の蒸気も届かず、岩の中なので気温は低い。水気を気にすることもなく、前も後ろも見通しがいいので警戒もしやすいなどなど、一泊の宿には丁度いい塩梅である。
 早速俺たちは、日が落ちきる前にと野営の準備を始める。

 まるでキャンプに来たみたいだ。
 薪を集めながら、俺は年甲斐もなく出会ったばかりの2人と過ごす夜に胸を高鳴らせていた。





 ぱちぱちと焚き火のはぜる音を聞きながら、揺れる炎に体を温める。
 昼間はあんなに蒸し暑いと思っていても夜になるとだいぶ気温が落ちてくるものだ。俺はほう、と息を吐いてカップに温まったお茶を啜った。

「ふうん、確かになかなか美味しいわね」

「だろ。バストゥークじゃ多分一番だろうぜ」

 夕飯は蒸気の羊亭で買い込んだソーセージだ。女将さんに頼み込んで焼く前のものをパンと一緒に包んでもらったのだ。日数がかかるわけではないので、まずそうな保存食よりその場で調理して食べられるものを選ぶことにした。焚き火で焙って、一緒につけてもらった調味料をまぶしてパンと一緒に食う。絶品だ。
 もぐもぐと口いっぱいにほお張っているジジはいかにも幸せそうで、ついついそれを眺めてしまう。考えてみると出会って以来初めて見る仏頂面以外の表情だ。それを引き出したのがこのソーセージなのは、彼女が割と単純なのか、蒸気の羊亭のヒルダさんが偉大なのか。

「なによ、またじろじろ見て」

 と思っていたら、俺の視線に気づいてまたいつもの無愛想な顔に戻ってしまった。

「怒るなって。美味そうに食うんだなと思っただけだよ」

「ふん。不味そうに食べたら作った人にも、頂いている命にも失礼だもの。あんたには分からないかもしれないけどね」

「そんなことないぞ? 俺の国には食前に料理人と食事に感謝の意を表す言葉があるしな」

 ミスラの生活観や考え方に深く根付くアニミズムやシャーマニズムは、日本人の思想にある神道系の考え方とは通ずるものがある。土地を大切にする習慣や、精霊信仰は決して日本人と相容れないものではないだろう。
 『いただきます』と『ごちそうさま』はヴァナ・ディールになかった言葉だ。ジジにそれを教えてやると、「ヒュームにも命へ感謝することを知っている人がいるのね」としきりに感心していた。

「リックの国か。ボクももっと聞いてみたいな」

 なにやらもごもごとした声に隣を見ると、メルが。
 メルが頑張って、ソーセージパンにかぶりついていた。

「……ぶふっ」

「んぐ、んむ……何で笑ったの、今」

 ヒュームだけじゃなくてガルカもよく利用する蒸気の羊亭の料理は、メルの小さな口には大きすぎる。なのに目いっぱいに口をあけてかぶりついている姿は、あんまりに必死で可愛らしい。
 しかもすぐ口の中が一杯になってしまって、頬まで膨らませている姿はほとんど小動物だ。男の彼にそんなことを言ったらぶっとばされそうだが。ヘキサストライクで。

「な、なんでもない。ホントに」

「リック……」

 いかん、このままだとメルが敵に回る。
 ここはさっさと話をそらさせてもらうとしよう。

「いやあ、にしてもさっきのジジはすごかったな」

「今度はなによ。お世辞言っても何も出ないわよ」

「お世辞じゃないって。あんなほんのちょっとの痕跡からいろんなことを読み取れるんだ、尊敬するって」

 これは本当に素直な感想だ。あの場に残っていた争いの跡、とジジは言うけれど、俺なんて言われてみてもどれが何の跡だかさっぱり分からなかった。
 それをああもすらすらと当時の状況を推測してみせたのには全く舌を巻いた。
 だがそのおかげで俺たちは危険を知ることが出来るし、警戒できる。彼女ら狩人や、あるいはシーフのような存在は危険な地での冒険には欠かせないだろう。

 手放しに褒めると、ジジはとたんに仏頂面になってしまったが、やっぱりこれは照れているのだろう。あんまり褒められることに慣れていないのかもしれない。

「あれくらい狩人なら誰だって出来るわ……」

 そんなことはないと思うのだが……アレが初歩レベルなら狩人の道というのはなかなかに厳しそうだ。そういえば俺のキャラは狩人の習得はしていたはずなのだが、弓の記憶はあってもジジのようにトレーサーの真似事が出来るような知識や記憶はない。これも謎だ。
 ウィンダスに行けば習得できるだろうか。覚えていて損はなさそうだが。

「そういえばジジはサンドリア出身って言ってたな。サンドリア出身のミスラって珍しいんじゃないか?」

「ああ、それはちょっと思ったね。ボクも前にサンドリアにいたことがあるけど、やっぱりあそこはエルヴァーンの国だから」

「昔からよく言われてたわ。あの国じゃミスラはよそ者だもの、街にいるよりも母様と森で狩りをしている時間のほうが長かったわ」

「狩りはお袋さんに?」

「ええ、母様は凄腕の狩人よ。さっきの足跡だったらきっとヒュームが男か女かも分かるし、その人の体格まで言い当ててたでしょうね」

 なるほど、確かにあの森なら狩りの練習にはもってこいか。
 胸を張って話す姿は本当に誇らしげで、ジジがいかに母親を尊敬しているのかがありありとうかがい知れた。

 なんでもジジの母親はクリスタル戦争当時、王蛇アナコンダ傭兵団の部隊長として幾つもの戦線を潜り抜けたバリバリの元軍人だったとか。

「って王蛇傭兵団っつったらペリィ・ヴァシャイ族長の元部下ってことじゃねえか!」

「あたしはよく知らないけれど、母様はいつもその人の部下だったことを誇りに思っていたわ」

「そりゃそうだろうな」

 王蛇傭兵団といえばクリスタル戦争の折、闇の王の宣戦布告に対して対応の遅れていたウィンダスの窮状を憂いて義憤から立ち上がったミスラたちの傭兵部隊のひとつだ……というよりも元来の臆病な性格が災いして手をこまねいていたタルタルたちに痺れを切らしたといったほうが正しいか。もともとウィンダスはタルタルの国であったが、当時既に多くのミスラが入植しており、既に他人事ではなくなっていたのだろう。まあこの入植に関しても色々面白い逸話があるのだがそれは置いておくとして。
 参戦していた数ある傭兵団が統廃合され4つの軍団からなるミスラ傭兵団(傭兵と言っても実質的にはウィンダスの主戦力に近い常備軍だ)として再編された今現在においても、王蛇傭兵団はその軍団の1つとして名を残している。方や団長を務めていたペリィ・ヴァシャイは、大戦の最中さる事情によって視力を失い一線こそ退いたものの、大戦を経て名実共にウィンダスの一員として認められたミスラたちの族長として彼女らの指導者の座を務めているとなればその勇名は推して知るべしである。
 そんなペリィ団長の下で部隊をまかされていたとなれば、さぞ腕の立つ勇士だったことだろう。

 ところが大戦終結後、なにを思ったかジジの母親は、ウィンダスの支援に派遣されていたサンドリアの王立騎士団が帰国する際それにくっついて大陸を渡ってきてしまったのだという。
 どんな動機があったかは知らないが、なんともバイタリティに溢れている御仁だ。

「じゃあやっぱり冒険者になったのもお母さんの影響なのかい?」

「どうかしら……自分ではあんまり似てないと思っているけれど。あたしは逆にウィンダスにいきたいと思ってるのよ」

 メルの問いに首をひねりながら答えるジジには、どうやら冒険者としての明確なビジョンがあるようだ。

「母様の話してたペリィ族長に挨拶するの。そしたらまたお金をためて、今度はカザムに行く」

 確かペリィ族長はカザムの出だったか。ジジの母親ももともとはカザムに住んでいたようなことをチラッと聞いた覚えもある。
 しかしジジの見据える先はもっともっと南だった。

「そしていつか、南のオルジリア大陸へ渡るわ」

「なるほどなぁ、ガ・ナボ大王国か……」

 オルジリア大陸は、ついぞ実装されなかった南方の大陸で、そこにはミスラの本国があるとかなんとか。正式名称が発表される前はミスラン大国とか適当な呼ばれ方をされていたガ・ナボ大王国である。
 つまり彼女の冒険は、自分の……いや、

「ミスラのルーツを巡る旅か……なかなかカッコいいじゃねえか」

「別に、そんなにたいしたことじゃない。それよりあんた、ずいぶんと物知りなのね。おかげで、その……助かったけれど」

 帽子で顔半分隠しながら、ジジはぼそぼそとつぶやいた。

「実を言うと、本当に参ってたのよ。セルビナで有り金が尽きちゃって、けどそうしたらセルビナの町長がグィンハム・アイアンハートの石碑を写し取ってきたら報酬をくれるって言ってくれて」

 言いながらポーチから取り出したのは乾かないように油紙に包まれた粘土だ。
 なるほど、まあ明らかにアイアンハート翁に興味なさそうな冒険者が石碑を巡るとなればやはりセルビナのクエスト『ある冒険者の足跡』か。
 ゲームでもやはりセルビナの町長が依頼するこのクエストは、コンプリートすれば割といい金額のギルに加えてあるダンジョンの地図がもらえるのだが、1回写してはセルビナに戻らなければならないことや今回の北グスタベルグのように一部到達が難しいポイントがあること、それに2つの大陸全土にわたり全17箇所に及ぶ石碑を巡る煩わしさが加わり低レベルでのクリアはなかなか面倒なつくりになっている。
 ただアイアンハート親娘のエピソードを知った上で挑戦するとまた違った趣があり、俺自身もそうだったが高レベルになってからコンプリートしにいった冒険者も少なくないのではないだろうか。

 町長からの依頼を受けてバルクルム、コンシュタット、グスタベルグと南下してきたのはいいものの、北グスタベルグの石碑を発見することが出来ず、俺たちと出会ったときは既に3日以上荒野をさ迷った後だったらしい。

「誰かに聞かなかったのかよ」

「何人かには聞いたけれど、今思うと若い冒険者ばかりだった。あんたみたいに学のあるやつはいなかったわ。おかげで身動きが取れなかったもの」

 依頼を投げ出すような冒険者にはなりたくないしね、とちょっとばかり俺には耳の痛いことを言ってジジは笑う。

「だからさ、感謝してるの。リックも、メルも」

 ありがとうね。
 焚き火のはぜる音に隠れるようにして言ったジジの声は、吹き抜ける風に乗って確かに俺たちの耳に届いていた。







 涸れ谷の夜は暗い。
 人が住まわず、文明の灯火のない街の外はどこもそうだが、ここは特にほとんど人も通らない局地だ。トンネルの入り口に立って外を眺めても、月明かりにぼんやりと渓谷の影が浮かぶばかり。
 夜の暗さを知ったのは、始めてこの世界に来たその晩だ。真っ暗で、目がなれてやっと手元が見えるほどの闇の中に一人投げ出されたその孤独を、まだ覚えている。俺の知っている夜とは何もかも違った。眠らない街の明かりがたとえ部屋の中にいても感じられた夜とは何もかも。ただ星と月だけが照らす闇の中で、俺はまるで世界が死んでしまったような錯覚を抱いた。

 けど、気づいた。

 荒野の夜は暗く静かで。しかし決して死んでなどいない。
 吹きぬける風の音、遠くで水の動く音、寝静まった動物たちの吐息、夜を舞うものたちの羽ばたき……そして自分の鼓動。
 たとえそこに文明の灯りがなかろうと世界は生きている。決して沈黙はしない。

 気づいたら、少し孤独感が薄れた。
 んにゃ、これは逆だな。孤独を感じていないから、それに気づく余裕が出来ただけだ。俺は俺が思っていたよりさびしがりのようだから。
 俺に見張りを任せてトンネルの中で寝ている2人の仲間の存在が、酷く暖かい。世界だどうのとか言ってみても結局誰かと一緒にいないと寂しいのは事実なのだ。

 ジジに仲間だなんて言ったら怒られそうな気もするけれど。
 だが冒険者の出会いは一期一会だ。その時々の巡りあいに感謝しながら、共に囲んだ炎の揺らめきを仲間たちとの思い出にする……なんて言うには駆け出しすぎでかっこつけすぎだな。封印しておこう。

「低レベルで一緒にクエストこなしてフレ登録……なんか懐かしいな、こういうの」

「ふれとうろく、ってなんだい?」

 突然聞こえた声に、俺は肩を跳ね上げさせて振り向いた。

「メ、メルか。起こしちまったか?」

「ううん、そろそろ交代かなと思ったら君が外にいるのが見えたからね。どうしたんだい?」

 キャンプを張っているのはトンネルに入ってすぐのところで、俺はそこから一歩外に出て明かりのない夜景を眺めていた。
 まあ、やんごとなき事情で外に出て戻ってくるところだったというのが正しい。

「なんでもない。お月様に挨拶してただけだ」

「詩人だねえ。でも体を冷やさない程度にね」

 なんていいながらもメルは俺の隣に並んで同じように空を見上げている。

 何を言うでもなく。

 何をするでもなく。

 2人でぼうっと月を眺めた。紫の月を。
 やにわに吹いた風がメルの被っているフードを揺らし、それが契機だったように小さな彼はぽつりと口を開いた。

「リックはさ」

「ん?」

「何でも知ってるよね」

「いきなりなんだよ……別にちょっと勉強すれば分かることだろ?」

 まあその熱意を勉強に向けろとか仕事に向けろとかは散々言われてきたことだが。

「そうかな? そうかもしれないね……けど不思議だ、じゃあリックはどこでそれを勉強したの?」

「え……あ、そりゃあ……」

「君はどうしてグスタベルグにいたのかも、帰る道さえも分からない。なのにバストゥークのことも、ウィンダスのことにも詳しい。はじめて入ったはずのお店のお勧めメニューまで知ってるくらいに」

 しまった。

 それはあの蒸気の羊亭でメニューも見ずにソーセージを頼んだことではなく。
 自分のこの世界での立場も忘れて、何を得意げにぺらぺらと知識をひけらかしていたのか。行きも帰りも分からない男が身の丈に合わない知識を持っていたら、不審に思って当然だ。

 何を言えばいい、なんて答えればいい?
 メルの目を見ることが出来ない。疑惑を孕んだ視線で見られることが怖い。

「…………ぁ」

 口を開いても意味のない喘ぎがこぼれるばかり。
 腹の底に重いものがたまっていく。

 罪悪感か、あるいは。

「…………ふふ」

 だがメルはその沈黙をどう受け取ったのか、不意にくすくすと笑い出した。

「物知りなリック。けど君は嘘で誤魔化すってことを知らないらしい。これは1つ発見かな」

「あ、いや、その……」

「いいんだよ、今のはボクが悪かった。君から話してくれるまで聞かないって決めてたのにね」

「その……悪い。けどメルを騙したりするつもりはないんだ、本当に」

「分かってる。ボクはそんなこと疑ったりしてないよ。ただ君はひょっとして、」

 さぁっと涼やかな風が吹き抜けて。
 言葉尻は夜闇の中に紛れ込んでしまった。

 風でまくれそうになったフードをおさえるように顔を俯かせながら、メルは俺と夜空に背を向けた。

「さ、戻ろう。明日も歩くし、もう寝たほうがいい」

「ん、ああ……」

 彼が何を言おうとしていたのかを聞くでもなく、俺は小さな背中について焚き火の傍に戻った。能天気に寝息を立てているジジの姿に、少しだけ心が軽くなる。
 メルの顔は、終始見えずじまいだった。


 このとき彼が言いかけた言葉の続きを聞くのは、これからだいぶ経ってからのことだった。







[24697] 06-ある冒険者の足跡
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2010/12/30 21:46



 翌朝は陽が昇りきる前の涼しい時間にトンネルを抜けた。
 のだが、トンネルの掘られていた高台を降りるとまたすぐにむわっとした熱気が押し寄せてくる。朝もやに見えたものは昨日と変わらずに立ち込め続ける蒸気だった。
 これがまた昼に近づけばどんどん蒸し風呂状態になるかと思うとすでに憂鬱満載である。風が吹いてくれれば割と改善されそうなものなんだが、入り組んだ場所柄ゆえか緩々としたそよ風が吹くばかりでそれも熱されてしまうため余計に暑い。

「サウナだよサウナ、畜生、何が悲しくて綿の入った服着てサウナはいらにゃいかんのか」

「何ぶつぶつ言ってるの」

 なんて愚痴を零していたところで暑いものが暑くなくなるわけではない。
 結局、じとじとと肌に浮かぶ汗をなるたけ気にしないようにしながらさして代わり映えのない景色が続く涸れ谷を歩き続ける。

 やがて陽が天頂から照らしつけるころ、しかしうだるような蒸し暑さが徐々に引いてきていることに気づいた。
 もうすぐ涸れ谷を抜けるのだ、とすぐに思い至った。もうどれほども歩かないうちに川にぶつかり、あとはそれを逆流していけば目的地に到着だ。

 何事も起こらず。

 何のハプニングもなく。

 妙に静かだな、と思った。

 何かいやな予感がするとも。
 もう目的地までいくらもないというのに、神経質になっているのだろうか。

 ……神経質になる理由が分からない。ただ滝壺まで行って帰ってくるだけの、お使いみたいなものだ。なのに俺は何をぴりぴりしているのだろうか。

 いや、1つだけ理由はある。
 前日に見た戦闘の痕跡だ。あのあと結局ゴブリンには一度も遭遇しなかった。というか、まだ俺はゴブリンの実物を見たことがないのだが。
 ヴァナ・ディールのゴブリンは、その名前から想像するような小鬼の姿とはかけ離れている。端的に言い表せばずんぐりとした二足歩行の子犬だ。顔を覆う革や鉄のマスクをしていて、素顔は誰も知らない。
 前述の通り獣人たちの中でもアルタナの民に対して柔軟に接するほか、ともすれば人間に匹敵するほどの技術を有している。人間が彼らを雇うほどだ、手先の器用さでは群を抜いている。敵に回すとそれがまた厄介なのだが。

 とはいっても今のところは見えない敵どころかいるかも分からない相手だ。無意味におびえる必要はないだろう。
 さも今思いついたようにジジに声をかけたのは、気を紛らわせたかったからかもしれない。

「なあ、そういえばジジは石碑を写したらどうするんだ。すぐセルビナに引き返すのか?」

「え? そう、ね。どうしようかしら……」

 俺はてっきり彼女が即答するものと思っていたが、何か思うところがあるのか彼女はしきりに考え込んでいる。
 考えているうちにジジはなんとなく表情を曇らせ始めた。なんだ?

「…………ねえ、あのさ、あんたたちはどうするの?」

 む、そう来たか。

「どうするも何もなあ。とりあえず装備を整えたい……というかその前に冒険者登録の受領がいつになるかだよな」

 考えてみれば俺は今正確には冒険者じゃないんだった。野良冒険者とでも言うべきか。

「ってそういえば街離れちゃって平気だったのか?」

「ああ、ボクのところに手形が届くはずだから、あとでそれをもって受付に行けば大丈夫だよ」

 1ヶ月や2ヵ月も帰らないわけじゃないからね、とのメルの返答に胸をなでおろす。
 いやぁ、アイアンハートの石碑に興奮してすっかり忘れていた。

「そういえばまだ登録も済んでないって言ってたわよね。あたし、あんたがてっきり熟練の冒険者なのかと思い始めてたわ」

「んー、まあ、頭でっかちなのさ。お前のほうがぜんぜん先輩だと思うぜ」

 野宿だってしたことがなかった俺なのだ。昔行ったキャンプは、あれは数えちゃダメだろう。
 ところがメルまでジジに同意する。

「ボクも、時々リックは熟練の冒険者なんじゃないかと思うときがあるよ。本当はバストゥークもサンドリアも、ウィンダスやジュノにも行ったことがあるんじゃないかい?」

 昨夜のこともあってか、いたずらっぽい目で問いかけてくるが……どう答えたもんだか。

 確かに見方を変えれば俺はジジより、メルよりもずっと先達の冒険者ということになるのかもしれない。サービス開始からはじめて、もうずっと冒険者を続けてきた。
 アルタナ四国に、辺境、かつて滅んだといわれている国、南方の大陸にだって足を伸ばし、やがては過去の大戦にさえ関ることになった。けどそれは全てゲームの中の話だ。俺自身の体験ではない。
 まあそれに俺以上の冒険者……というか一級廃人はごまんといるし。俺はまだまだクリアしていないミッションもクエストもたくさんあるのだ。例えばプロマシアの呪縛はついにエンディングを見ることはなかったし。

「そうだな、それなりにいろんなことに詳しいとは思う。好きで色々勉強したからな、どの国のことも、獣人たちのことも。でも全部知識だけなんだ、メルやジジに比べたらぜんぜん身が伴ってないんだよ」

 今までよりももう少し踏み込んで答えた。これくらいは、言ってもいいだろう。
 ジジはまだ納得いかないように首をひねっていたが、対照的にメルは興味深そうな顔をしていた。そういえば俺の持ってる知識のことを言及するのははじめてか。でもここら辺ではっきりさせておいたほうがいいだろう、俺の持ってる知識はこの世界で生きるのに多分それなりに役に立つ。
 けど、いつか全部話すときが来るとしても……どんな形で話すべきなんだかなあ。

「でもそう……それじゃあ、2人はしばらくバストゥークを離れるつもりはないのね」

「んー、どうなんだメル?」

「ボクはリックと一緒にいるよ?」

 いやそういうことではなく。

「これからどうするのかってことなら、リックに冒険者生活に慣れてもらうつもりでいたんだけど……でも思ったより余裕綽々って感じだね」

「でもないけどなあ、硬い地面で寝るのはなかなか」

「寝れるだけ上等だよ。まあでもそうだね、リックの装備さえ整っちゃえばボクとしてはあんまりバストゥークにこだわる理由はないよ」

 というのは、暗に俺にどこか行きたいところはある? と聞いているのだろうか。それならばまあ、一応考えはある。

「あー……そうだな、実を言うと俺もちょっとウィンダスにいきたいと思ってたんだ。行ってちょっと会いたい人がいてな」

 以前から考えていた通りだがそれが一番無難な道だろう。元の世界に帰るために。
 ならボクもそれに付き合うよ、メルはそう言って俺に笑いかけた。何から何まで付き合わせてしまって面目ない限りだ。

 ジジは俺たちの話を聞きながらいかにも興味なさげにふぅん、と鼻を鳴らしていた。

「あんたもウィンダスに行くつもりなのね」

「今日明日にってことはないけどな。装備も整えなきゃいけないし、旅費もまかなわないと」

「リックの実力に会うものをそろえようと思ったらそれなりに値は張りそうだね。流石にボクの懐にも限界はあるし」

 全部出しちゃったら逆にリックはその鎧を着てくれなさそうだ、なんて嘯くメルだが実にありえる話だ。メルの全財産かけた鎧とか渡されても着るに着れない。

「あんたたちってどういう関係なの……?」

「どういう……て言われると困るが……」

 今の俺の状況はなんと表せばいいのだろうか。行きも帰りも分からず荒野でさまよってるところをメルに助けられて、飯と宿まで提供してもらっている。
 ……拾われた犬か、俺は。
 今更のように気づいたあんまりな現状に愕然としていると、ジジが怪訝な顔でこちらを見ていた。流石にこれはいえない。

「色々あって俺も文無しでな……メルの世話になってるんだ」

 正直それで冒険者になって返済しよう、と言うとあんまり褒められたものではないが、俺の立場で出来そうな仕事は他に思い浮かばない。それに全うな職について地に足つけてこの世界で生活しようと言うわけじゃない。登録前には迷いがあったが、結局俺が取れる選択肢は他にはなかっただろう。

「あんたってそんな博打で失敗するようにも見えないけれど……」

「まあ訳ありなんだ、聞かないでくれ」

 今はこれでごまかすのが精一杯だ。メルにもまだ正直に全て話せているわけじゃないことを、ジジに話せるわけもなかった。

「とにかく俺たちはしばらくバストゥークにいると思うよ」

 そう締めくくると、ジジはまたしばらく考え込んでから、

「あたしは、涸れ谷から戻ってから考えることにするわ」

 とだけ言って、会話を切り上げた。







「ところでリック、誰に会いにウィンダスに行きたいんだい?」

「シャントット博士」

「シャ……ッ!?」

 やっぱりウィンダス民には有名らしい。なんで? というメルの視線には内緒、と答えておいた。








 歩き続けるうち、両側に聳え立つ崖は徐々に高くなり、その幅を狭めていき、俺たちの先に続くのは3人並んで歩けるかどうかという程度の細い谷間の道になってしまう。もう涸れ谷も離れてきたので、立ち込める蒸気で蒸し暑いというようなこともない。
 そこまで来ると耳が変化を捉えた。
 吹きぬける風の音に混じってノイズのような絶え間ない音が耳に届いてくる。

「聞こえたか?」

「うん、水の音だね。もうすぐ川にぶつかるんだ。そうしたらそれにそって遡っていけばすぐのはずだよ」

 両手で広げた地図に顔を落としながらメルが答えた。

 荒野をさ迷っていたあのとき見たとおり、北グスタベルグをかち割ったように走る大地の裂け目の底に川が流れているのだが、その両端には細い足場がある。そこを通って滝壺までいくわけである。
 ただこの川、滝の圧倒的な美しさに忘れそうになるのだが実はあんまり綺麗じゃなかったりする。近くに鉱山があった影響か水に何らかの鉱物が溶け込んでるらしく、それがグスタベルグを荒野にしている一因でもあるのだ。魚も釣れないことはないのだが、あまりいいものが釣れるわけでもなく人気は低い。
 ヤバイ魚ならいる。プギルと呼ばれる陸の上を泳ぐ妙な魚が生息しており、コイツがアクティブ……つまりこちらを見かけると即襲ってくるのだ。涸れ谷を抜けても一本道に陣取るプギルが邪魔するせいで、滝壺に行くのを無意味に面倒にしているわけである。
 とはいえ俺たちのレベルなら問題ない、とは思うのだが。そもそもレベルって概念があるわけでもなければメニューでステータスを確認したりパーティメンバーのHPやMPが見れるわけでもないので、こういう場面でゲームの知識がどれほど意味があるのか分からないが。

 先頭のジジにもうすぐだぜ、と声をかけようとして。

 やめた。

 横からのぞいたジジの顔は心なしか強張り、せわしなく黒い鼻をひくひくと鳴らしている。尻尾がぱたぱたと左右に振れ、ジジの苛立ちを表している。

「おい、どうした」

「……いやな感じがするわ。なんか臭う、でも鼻がバカになっててよくわからないのよ。涸れ谷の臭いのせいだわ、服に臭いがしみちゃってる」

 歯がゆそうにジジが吐いた言葉に、俺はハッとして来た道を振り返った。

 神経質になる理由。

 ここまで何事もなかった。
 なさすぎた。

 戦闘がなかったのはいいが、ここに来るまで"何もいなかった"のはどう考えてもおかしいに決まってるじゃないか……!

「メル、デオードを」

「え、なに?」

「いいから早く!」

 いきなりのことに面食らったメルだったがかける対象を間違ったりはしなかった、さすがだ。
 魔法の光がジジの体を包み込み、ジジ自身の発していた硫黄の不快なにおいを消し去っていく。俺にはどれほど変わったものかわからないが、ジジにはそれで十分だったようだ。

 ジジはすんすんと鼻を鳴らしながら何かを探すようにきょろきょろとあたりを見回している。
 その視線が谷間の道の両側にそり立つ崖の岩壁に向くと、警戒しながら近寄っていく。一応俺もその後ろについていく。

「ここ、なんだかきな臭い……岩の間に何かある。これはなに……?」

 一緒に覗き込んだ俺にも、最初それがなんだかよくわからなかった。

 黒い……一見して黒い球体だ。鉄か何かで出来ているらしいそれは、手に取ったジジの様子からしてかなりずっしりと重い。
 球体の一端からは麻縄のようなものが飛び出していて、その紐に火花が走って……。

 ああ、くそ、そういうことかよ……!

「捨てろジジ!!」

「え、きゃぁ!?」

 強引にジジの手からそれを奪い取り、遠くに放り投げる。けどそれだけじゃだめだ、岩の陰にはまだいくつも同じものが挟まっていた!
 ジジを抱えて岩陰から思い切り飛びのく。近くにいたメルもまとめて押し倒すようにして、体でかばう。

 大地が揺れたのはその直後だった。

 思いのほか音はくぐもっており、どごん、と今まで感じたことのない衝撃が体を襲う。
 雷が落ちたときに似ているかもしれないが、それでもそれをこんなに近くで感じたことはなかった。

 俺の肩越しに背後を見たジジとメルが呆然とつぶやいた。

「今の何……?」

「爆弾……か……」

 起き上がって振り向くと、もうもうと土煙が立っている。
 徐々にそれが晴れてくると、そこに広がっていたはずの光景はずいぶんと様変わりしていた。爆弾によって吹き飛ばされた岩がもともと大して幅のなかった谷間の細い道をすっかり塞いでしまっていたのだ。

 よくもまあ石の欠片が振ってくる程度の被害で済んだものだ。いや、あるいはもともとその程度の威力しかなかったのだろうか。
 狙いが俺たちだったのか、道を塞ぐことだったのか分からないがともかく……。

「2人とも、何か来るよ……ッ!」

 !?

 ジジの張り詰めた声に振り向く。俺たちの来た道が涸れ谷に向かって伸びており、その道の先から。

 ────どす、どす、どす、どす。

 重い足音が近寄ってくる。
 いやな汗がにじむ手のひらをぐいっと拭って剣を構える。尻込みしてはいられない。たとえ何が出てきても、盾役は俺しかいないのだ。

 ぬっ、と。

 岩壁の向こうから姿を現したのは、3人ともよく見慣れたトカゲの褐色の鱗だった。
 だが。

 ────で、かい……ッ!?

 その体躯が今まで相手にしてきたトカゲとは比較にならない。
 これまでトカゲといえばどれだけ大きくても俺の腹まで届くかどうかの身の丈しかなかった。それが今乾いた地面を踏みしめながら迫ってくるのは、ゆうにその二回りは大きい!
 ぶっとい足は一歩踏み出すごとにだんっと鈍い音を響かせ、ごつごつとした硬い頭部はまるで大岩のようだ。トカゲはトカゲなので高原の雄羊族ほどのでかさがあるわけじゃないが、それでも普通の羊並みのトカゲが来たらびびるに決まってる。

(いや、普通の羊もそんなにでかくねえよ!)

 だいぶヴァナの常識に毒されたよくわからない悪態をつきながらぐっと腰を落として衝撃に備える。野郎、なんだか知らんがこちらに向かって全力で突撃してきやがるッ。

間欠泉トカゲガイザーリザードだ、気をつけて!!」

 メルの声とどちらが早かったのか、大トカゲの頭が盾に激突した。

 重……ッ!!

 腰を入れて受け止めたというのにまるで車に撥ね飛ばされたかのような衝撃が体を突き抜ける。どうにかこらえたものの、

 ぶおん。

「ぐぉっ……!?」

 不意を打たれた横殴りの衝撃に体がバランスを崩し、尻餅をついてしまう。
 尾で強かに打ちつけられた、とわかったのは後でのことだ。とんでもない強さにくらくらと頭が揺れていた。

 がら空きになった俺に再び突進しようとしたトカゲはしかし、その足元に打ち込まれた矢にたたらを踏んだ。

「リック、大丈夫!?」

 駆け寄ってきたメルが抱え起こしてくれる。バカ、狩人が前に出てくるなよ。

「《プロテアII》!!」

 メルの放った守護の光が俺たちの体を包み込む。いくらかはこれで衝撃をやわらげてくれるだろう。
 しかし、NM……悪名高い怪物ノートリアスモンスターかよ。辺りが静かだったのはそのせいか?

 NM。他のMMOじゃネームドモンスターとか言われるそいつらはいわゆるレアモンスターだ。大抵周囲のモンスターよりも強力な代わりに、ほかでは手に入らないアイテムをドロップしたりするほか、クエストの討伐対象になっていたりする。
 ガイザーリザードもその例に漏れず、このエリアじゃ最高レベルの強さを誇っている。涸れ谷内の間欠泉が噴出したときにランダムで出現するというやや特殊なポップ条件が名前の由来だろう。

 とここまでがゲーム知識だ。
 ゲーム的な言い方をすればメルやジジの装備から類推するレベルだと若干きついが、俺のレベルが考えている通りなら苦もなく倒せる相手のはずだ。
 だがそうは問屋がおろしてくれなさそうな気配である。正直今の一撃でさえ腕がじんじんとしびれてうまく力が入らなくなっている。下手な受け方をすれば骨を折られていたかもしれない。人間はHPが1になっても平気で動けるわけじゃないのだ。

「俺が引き付ける。ジジ、回り込んで仕留めろ。メルは援護を」

 それぞれの得物を考えれば改めて言うことでもないが、あえて口に出して確認する。俺とメルはともかく、ジジと組んで戦うのは初めてなのだ。

「了解」

「わかった!」

 背中で2人の返事を聞いて、振り返らずにうなずく。
 大トカゲは警戒しているのか踏み込んでこようとはしない。剣を握りなおし目に力をこめて睨みつける。気で負けたら持っていかれる。

 さて、仕切りなおしだトカゲ野郎。

 たたっ、と意識していなければ聞き逃しそうな軽い音を立てて、最初に動いたのはジジだった。
 それを視線で追おうとした大トカゲにわざと大上段で剣を振りかぶる。

「どこ見てやがる!!」

 がつんと振り下ろした剣はしかし、相手の硬い鱗に阻まれて決定打にはなりえない。
 けどそれでトカゲの目がこっちを睨んだ。そうだ、それでいい。

 殴りつけてくるような大トカゲの頭突きを盾で受け止めながらこちらも剣を振るうが、鱗はなかなか刃を通そうとしない。さすが鎧にも使われるだけのことはあるな……ッ。
 一方でジジの放つ矢が巧みに鱗の隙間をついてトカゲの体に突き刺さる。
 流れるような動作で矢を番え放つと即座にその場を離れ、俺と大トカゲを中心に円を描くように目まぐるしく立ち位置を変える。そのたびにトカゲは煩わしげにジジを探そうと視線をさまよわせるが、そこにすかさず剣を振るえばトカゲも俺に集中せざるを得ない。

「《パライズ》!」

 メルの呪文が完成し、大トカゲの体に纏わりついた痺れの光が繰り出そうとしていた突進を阻害する。
 だがトカゲの視線は俺から離れない、放しはしない。それにしても、

「いい加減、タフすぎるんだよ!」

 叫びながら斬りつけるがこの野郎、ふらつきもしやがらねえ。体に刺さる矢は5本6本とどんどん増えていくのに、まだまだ体力は有り余ってるといわんばかりだ。

 その大トカゲが一歩引いて体勢を低くしたのを見て、すわ突進かと俺は衝撃に備えた。
 だが。

 ────ゴオァッ!!

 んなぁ!?

 俺に迫ってきたのはトカゲの巨大な頭部ではなく、見るからに体に悪そうな色をしたトカゲの吐息だった。
 思わず盾で防ごうとするがそんなもので防げるわけもない。

「ぅぐえほっ!? ごほ、ごほ……ッ!!」

「リック!!」

 喉が焼ける……!!
 ブレイクブレスが、肺に入り込んだ毒の息が体を内側から焼き尽くそうとする。

(しまった、TP技……ッ!!)

 完全にヴァナの生き物を侮っていた、PCたちに必殺技が設定されているように、モンスターたちもそれぞれ種族ごとに強力な特殊技を持っていたのだ。なまじ前に邪視を食らわずに済んだことで油断していたのかもしれない。
 俺の育てていたキャラのレベルじゃあこのあたりの敵から食らうスリップダメージなんて痛くも痒くもないからと、ほとんど自然に治るまで放置していたのがちょっと申し訳ない気持ちになる。彼らは毒やら病気やら食らうたびにこんな気持ちの悪い思いをしていたのか。

 はじめて体験する毒の苦しみに浮かんだ涙で視界がにじむ。
 前後左右が分からない。体を内側から犯されるあまりの気色悪さに胃の中のものが逆流してくる。
 いたくて、きもちわりい。

 膝から力が抜ける、足がすべる。
 ぐるりと視界が反転しそうになり。

 その端っこに、小さな白い影が見えて、俺は血がにじむほど唇をかみ締めて踏みとどまった。

 痛みに体が崩れ落ちそうになるのをどうにかこらえる。倒れこみたいほどの苦痛を抑え込めたのは奇跡というべきか根性というべきか、これが元の世界にいたままの俺の体だったらとっくに撃沈していた。
 いや、たとえこの体だったとしても。
 俺の後ろにメルが、ジジがいなかったとしたら。

 毒に動きの鈍った俺を無視した大トカゲが、魔法を放ったメルに憎々しい視線を向けてそちらに足を踏み出した。

 行かせるかよ!!

 俺はそのどてっぱらに、半分つんのめるようにして剣を突き出した。体当たりするような攻撃は、避けられることも、後の防御も考えないむちゃくちゃなものだったが、それが功を奏した。
 完全に俺から意識を逸らしていた大トカゲはそれに対応できず、幅広の剣は深々とその体を突き破り、俺と大トカゲはもつれるようにして倒れこんだ。

 ────ギュァアァアアァ……!!

 こいつ、それでもまだ暴れてもがきやがる。

「ジジ!!」

 俺の声にすばやく駆け寄ったジジが、暴れる大トカゲの頭を踏みつけてぎりぎりと引き絞った弓の弦から手を離した。

 ドスン。

 重い音がして、トカゲは大きく痙攣してそのまま動かなくなった。
 まだ尻尾がびくびくと動いているものの、大トカゲ自身はもう息絶えていた。それを確認して恐る恐る顔を上げる。

 うわ、おっかねえ……。

 ジジの放った矢はトカゲの眼球を貫き、その頭部を大地に縫い付けていた。これではひとたまりもあるまい……。

「リック、大丈夫?」

「あ、ああ……ぇほ! げほ、ぐっ!」

 忘れてた、まだ毒は直ってないんだった。
 すぐにメルが駆け寄ってきてポイゾナとケアルを唱えてくれる。あぁ、ぜんぜん楽になった。

「助かった。はじめて食らった、毒ってものすごい怖いんだな」

「むしろはじめての毒であそこまで踏ん張れるんだからすごいよ。こっちこそ守ってくれてありがとうね、リック」

 にっこりとメルに微笑まれて俺は、ぶっきらぼうに「おう」とだけ返事をして立ち上がった。
 タルタルはほんとにずるい種族だ。なんで男に微笑みかけられて照れなきゃいかんのか。

「そんな体で突進するなんて、なんて無茶なの」

 手を差し伸べてくれるジジの顔には呆れの色がありありと浮かんでいる。

「はは……けどこっちこそ助かった。ありがとな」

 よっこいせ、と。
 立ち上がって見下ろすトカゲの体は、地に横たわっているというのに本当に巨大だ。そしてまだ尻尾が生きてやがる。トカゲの尻尾の生命力の高さが異常なのは地球でもヴァナでも同じか。

「にしてもガイザーリザードが何でこんなところに……もうすぐ北グスタに入るところだっていうのに」

「それは、多分だけど……」

 次の異変が起きたのはそのときだった。

 剣を引き抜きながらぼやいた俺の言葉に答えようとしたメルの体に、白い光が纏わりついてきたのだ。

 これは……魔法の光か!?

「メル、おいメル大丈夫か!?」

「……~~~~ッ!」

 メルは喉元を押さえて口をパクパクと動かしている。
 まさか息が出来ない? いや、喋れないのか!

(サイレス、呪文封じか!? けど……)

 誰に、なんて無意味な疑問だ。呪文をかけた奴なんてわかりきっている、そいつらは……。

「武器、捨テロ。荷物置く」

 俺たちの後ろから姿を現した。
 やっと本命のお出まし、というわけだ。

(ゴブリン……ッ)

 ジジが咄嗟に弓矢を構えようとするが、矢を番えたところで動きを止めざるを得なかった。
 ゴブリンのクロスボウが既に俺たちに狙いをつけていたからだ。

 全部で3匹いた。
 1匹は黒い鉄のマスクに鎧姿で手には斧を持っている。あとの2匹は革のマスクをかぶり、背中には大量に荷物を詰め込んだかばんを背負っていた。
 鉄マスクのゴブリンが先頭に立ち、革マスクの2匹はその後ろに。1匹はクロスボウを構え、魔法を唱えたと思しきもう1匹は切れ味の悪そうなナイフを握っている。

 全く、すっかり油断していたとしか言いようがない。
 敵の気配を読むことに長けた狩人がいるからと俺は安心しきっていた。だがそのご自慢の鼻が、利きすぎるが故にこの土地にしみこんだ独特のにおいで狂わされているとは。
 そうでなかったら、あるいは俺がもう少し警戒していれば話は違ったかもしれないのに。

 きゅっ、と服の裾を掴まれる。ジジが弱々しい顔で俺の後ろに隠れている。仕方がない、狩人の防御力は紙同然だ。むしろ果敢にも俺の隣に立ってゴブリンを睨みつけてるメルがちょっとおかしい。かくいう俺の装甲も今はジジ以下なのだが。
 逃げるにも後ろは岩で塞がれている。通れないことはないだろうが乗り越える隙に後ろから襲われるだろう。メルの静寂が解けない限り魔法も使えない……いやダメだ、魔法を使えるようになったとしてもメルは白魔道士、決定的に状況を覆すような魔法はないし、エスケプの魔法は使えない。

 どうする?

 考えろ、どうにか切り抜ける方法はないか。
 このまま戦闘を仕掛けるのはかなり分の悪い賭けだ。まずメルの呪文が封じられているのが痛手だし、俺もさっきの大トカゲとの戦闘の疲れがまだ抜けていない。多分ガイザーリザードを連れてきたのはこいつらだ。俺たちを消耗させて、あわよくば倒されてくれればいいという魂胆だったのだろう。
 ではいっそのこと大人しく従ったほうが、と囁く声がするがそれをかき消す。もし殺して荷物を奪うつもりならとっくにそうしているだろうから交渉の余地はあるかもしれないが、あいにくたいした手持ちはない。向こうが気に食わなければアウトだ。

「リック……」

 ジジのか細い声が聞こえる。ちらっと見るとどうするの? と目で問いかけられている。
 何だって俺に聞くんだ、メルのほうが先輩だろうに……いやまあ、今メルは口が聞けないから仕方ないのかもしれないけど。と思ったらメルもやっぱり俺を見ていた。
 おおい、俺に状況の判断を一任するってか、ちと荷が重いぞ。っていうかなんかこの間からこんなシチュエーションばっかりだな。

 ただ……。
 実は単に2人にのせられてるのかもしれないぞ、俺。毒だのなんだので疲れてるって言うのに。
 そんな目で見られるとムクムクと負けん気が沸いてくるのだ。こんなゴブリンどもに好きにさせるようで、俺は2人の仲間でいられるか? と。

 手は、ないではない。

 問題は今まで全く試していないからぶっつけで出来るのかどうかというのと、上手いことタイミングを合わせられるかということ……。

「捨テル、早く。捨てないの、撃つゾ!!」

 ゴブリンたちも段々業を煮やし始めている。

 仕方ない。物は試しだ。
 失敗したら……そのときはそのときだ。

「ジジ、弓は捨てるなよ」

「え…………えぇ」

 相手に悟られないようにそっと声をかけ、メルに俺の後ろに下がるように合図する。
 剣をゴブリンたちの前に投げ捨てる。下手な動きは出来ない、クロスボウを構えたゴブリンが常に狙いをつけている。だが逆に言えば、今俺たちを牽制しているのはそいつだけだ。斧もナイフも、すぐには届かない。
 それからゆっくりとかばんを下ろす……振りをして、何気ない仕草で口元を隠す。



 詠唱は、ほんの一瞬。その使い方は体が覚えていた。




 皮膚の下で、肉の中で、骨よりももっと深い部分にたゆたう魔力を意識的に動かしていく。氣のように溜め込むことはしない、体内を循環させ全身にいきわたらせるように流動させる。



 その流れに元素が、精霊が反応するのを今まで持っていなかったはずの感覚が捉える。

 忘れずに、心の中で付け加えた。


(女神アルタナよ、その恩寵に深く感謝いたします……俺はアンタの愛した人の欠片じゃあないかもしれないけれど)


 右手を、クロスボウを構えたゴブリンに向かって突き出した。

「《フラッシュ》!!」

「!?」

 突如として炸裂した目を焼きつぶすかのような光にゴブリンは泡を食ってクロスボウの引き金を引くも、ボルトは明後日の方向に飛んでいった。
 俺はそれを見届けることなく、甲冑のゴブリンに向かってかばんを投げつける。

 2匹の視界を塞いだその一瞬を見逃すわけにはいかない。フラッシュの魔法もかばんも、相手の目を奪えるのは一瞬だけだ。

 低い姿勢で駆け出し……取った!
 指先が投げた剣の柄に触れ、逃さずそれを握った。

「ギィッ!?」

 頭の上で風を切り裂く音がして、ナイフのゴブリンが悲鳴を上げた。動き出していた元素が霧散していく。

 それを意識の端で確認しながら俺は、剣を甲冑ゴブリンに向かって…………。





「形勢逆転だ! これ以上痛い目見たくなかったら大人しく消えろ!」




 その喉元に突きつけた。

「ぐ、グゥ……」

 悔しげな唸り声が聞こえる。
 後ろではジジが弓を構えているはずだ。下手な動きをすればすぐに射抜くぞ、と睨みを利かせながら。

「引き下がらないなら女神の威光がお前たちを焼き尽くすぞ!」

「………………ッ」

 それでもゴブリンはなかなか引き下がろうとしない。
 振り上げないまでもその斧を手放そうとはしないし、まだ隙をうかがっているような様子さえ見せる。

 こいつ……強情な奴……。

 ガイザーリザードまでけしかけた手前引き下がれないのも分かるが、出来ればさっさとお暇して欲しい。でないと……。

「……っくぁ!」

 後ろでメルの声が聞こえた。静寂が解けたのだろう。
 だが奇妙なことにそのまま間髪いれずにメルは呪文を唱え始めたのだ。

「《バニシュ》!」

 なんだ? と思っている間に、メルの放った光がゴブリンたちの後方の岩陰に走り、炸裂した。
 悲鳴が聞こえた。

 その向こうから姿を現したのは、クロスボウを持ったもう一匹のゴブリンだった。

 あー……。
 そういや昨日の話ではゴブリンは4匹いるって言ってたっけか……。いかん、完全に頭から抜け落ちていた。

 と、とにかく。

「これで伏兵も使い切っただろ。さあ、どうする」

 にらみ合いが続く。
 甲冑ゴブリンはまだ諦める気配を見せない。斧を握る手に力がこもるのが分かる。やるつもりか……?






「デリクノクス、もう無理だ、やめヨウ。諦めヨウ」

 ところがその均衡を破ったのは、なんとも意外な相手だった。





 なんと甲冑ゴブリンを説得しようとしだしたのは、ナイフを持っていた革マスクのゴブリンだった。肩に刺さった矢はジジの射掛けたものだろう。
 まさかゴブリンがゴブリンを説得するとは……。
 それを聞いた甲冑ゴブリンはというと、今まで俺たちに対する敵意しか見せなかったのが今の革マスクの言葉に一瞬凍りつくと、ぷるぷると震えだした。

 あー……これ怒ってるな。かなりぷっつん来てるのがわかるわ。

「ウルサイ! 黙れ、弱虫ダーダニクス!」

 案の定甲冑ゴブリンは革マスクに向かって怒鳴り始めた。もう俺たちがいるのもお構いなしだ。
 そっからはもうゴブリン語らしき言葉でまくし立て始めたので何を言っているのか分からないが、まあなんか、馬鹿とか、臆病者とか、そんなことを言い募っているのだろう。

 クロスボウを持っていた2匹のゴブリンもあきれた様子でどこかに立ち去ってしまった。おおい、お前ら仲間じゃなかったのか。

「どうすんだこれ……」

「なんか妙なことになっちゃったね」

「あたしゴブリンが喧嘩してるのなんて初めて見たわ……」

 すっかり毒気を抜かれた俺たちも全く目に入っていない様子で、甲冑ゴブリンは革マスクのゴブリンの襟首を引っつかんで責め立てている。なんというか力関係が明白と言うか。

 しかしまー、なんつーか。
 ……まあ皆までは言わないでおこう。

 やがて言うだけ言って満足したのか、甲冑ゴブリンはようやく2匹の仲間がいなくなってることに気づいたらしい。そろそろ放してやれよ、なんかもう涙目になってるぞそいつ。

「~~~~~ッ!!」

「いってぇ!?」

「ギャンッ!?」

 で、あん畜生、八つ当たり気味に俺と革マスクに蹴りを入れて走って逃げ出していった。革マスクのほうも転がるようにそのあとを追っていく。
 しばらくしてその姿が見えなくなって、俺たち3人はふかーくため息をついた。

 なんか変なことになってはいたが、ともかくゴブリンたちを撃退できたことで一気に疲労が押し寄せてきた。いや、疲れたのは別の理由かもしれないけど。

 けど……。
 なんとなしに手のひらに目を落とす。

 やっぱり使えちまったな、魔法。
 本当は最初から、というよりモグハウスで剣を振ったときから気づいていた。強力な魔法の知識が、使い方の記憶が体に刻まれていることを。
 それでも使わなかったのは……怖かったからなのだろう。

 魔法を使えてしまうそのことが、まるで俺が根っからこの世界の人間になってしまうことのような気がして。
 今までの、現代日本で平穏に暮らしていた俺が壊れてしまいそうな気がして。

 情けないと言わば言え。こんな異常な事態になっても俺はまだ"普通の自分"にしがみついていたかったのだ。
 けど、3人揃って窮地に立ったとき、俺は自然とその選択肢を選んでいた。
 理由はひとつしかない。



 それは半分は言い訳なのかもしれないけれど。ただ、踏ん切りをつけるタイミングを待っていただけなのかもしれないけれど。



「それにしてもあんた! 魔法が使えるならなんてそうと言わないのよ!!」

 人が感傷に浸っているというのに、襲ってきたのはジジの怒鳴り声だった。もう少し自分のうちにこもらせて欲しかったのだが。
 ジジは俺の肩を小突きながら小言を垂れるように捲くし立てる。

「知ってるわよ。さっきの魔法、修行を積んだナイトが体得できるものだわ。あんた、サンドリアの騎士だったの?」

「ボクも聞きたいね。どうして今まで黙ってたのさ。それにさっき女神の威光が、って言ってたけど、もしかしてホーリーの魔法まで使えるのかい?」

「悪ぃ。ちと色々あってさ、魔法が使えるかどうか不安だったんだ。それとサンドリア騎士じゃあないし、ホーリーはハッタリだ」

 使える知識として刷り込まれていたのはもうちょい低いレベルの魔法までだ。
 それがこの世界でどれほどの実力に匹敵するかは分からないが……少なくともどんな雑魚が相手でも気を抜けば死ぬということだけは確かだ。ここはゲームの世界じゃないのだから。

「で、何で話してくれなかったんだい? 仲間の実力を正確に把握しておくのも大事なんだけれど」

「同感ね、人にばかり自分のことを話させておいて。てっきりあんたはただの戦士だと思っていたわ」

「う、わ、悪かったって。歩きながら話すからさ、とにかく行こうぜ。もう目的地は目の前だろ」

 2人をなだめながら岩でふさがった道を乗り越える。


 俺の後ろには仲間がいる。
 メルたちを護るために、魔法を使わない理由はなかった。

 仲間を護りたくて護るんじゃない、護ってしまうものがナイト……だったっけか?

 笑い半分で聞いていた言葉が真実味を持って迫ってくる。いやあれは改変だったかもしれないけど。
 ともかく俺はナイトだからな。
 8割がた思考を投げ出したようなものだったが、今の俺にはそれで十分だった。魔法を使えるその意味を深く考えないでいいその言葉で。

 さーて、2人にどう説明したものだかなあ……。





 谷間を抜けて川をさかのぼり、臥竜の滝の滝つぼにたどり着くまでそう時間はかからなかった。
 この滝を訪れたのはこれで二度目になるわけだが、その威容は前回と変わることなく、むしろ間近で見るだけ圧倒されんばかりの迫力をそなえていた。
 水しぶきがひんやりと空気を冷やし、これほどまでに轟音を浴びているにもかかわらずいっそ静謐な雰囲気さえ帯びているように感じられる。切り立った崖の上から差し込む日光がきらきらと乱反射し、小さな虹が浮かんでいる。
 乾いて、枯れて、荒んだグスタベルグの大地にあって、ここだけはこんなにも色鮮やかだ。

 ジジもメルも、そして俺も、目の前にそびえる自然の持つ圧倒的なまでの力強さに、ただただ呆然と眺めることしか出来なかった。

 すごいね、と誰かが呟いた。

 すごいな、と俺は答えた。

 その滝の裏側にぽっかりと口をあけた小さな洞窟の奥に、俺たちの目指すグィンハム・アイアンハートの足跡はあった。
 古びた石碑は土ぼこりに汚れ、しかし不思議と文字がかすれるようなこともなく泰然とした姿でたたずんでいる。

 刻まれている言葉を挙げ連ねることはしない。もしも気になるというのなら、是非自分の足で確かめて欲しいと思う。
 ただそれはもう飽きるほど読み返した言葉であったというのに、何故か生まれてはじめてそれを目にしたかのような鮮烈な衝撃を俺の心に植えつけた。

 そっと指で石碑に触れたとき、俺は壮年の冒険者が高い丘の上に立って眼下に広がる世界を、いやそのもっと向こうに待ち受ける広い世界を挑むかのように見据える姿を幻視した。

「君は本当に不思議だね、リック。何もかもを知っているような口ぶりなのに、見るもの全てが目に新しいという。やっぱり君といると、今までにない冒険に出会えそうだ」

 メルの言葉がいやに印象に残っている。
 頬ひと筋の涙が伝っていた。



 後日バストゥークに帰った俺のもとに、冒険者登録が受理されたという知らせが届いた。
 さしずめ最初の称号は『物知りリッケルト』かな、と言ってメルとジジは笑っていた。















 後の世。

 クリスタル戦争終結後より始まったとされる新世紀を、冒険の時代と人々は呼んだ。
 この頃世界を動かしていたのは、あらゆる国家、種族、組織、思想に囚われることのない、時が時であれば無頼漢とすら呼ばれたであろう冒険者たちだったからだ。
 彼らが何を求めてその道を選んだのかを一概に語ることは出来ない。
 ただ1つ共通していたのは、みな一様にまだ見ぬ何かを求めていたということだ。そのために彼らは全ての垣根を越えて、世界を駆け回った。

 同時に、この時期は英雄の時代でもある。
 数知れぬ混乱が、災厄が、大いなる謎が世界に降りかかり、多くの冒険者たちがそれに挑んだ。あるものは多大な功績を残し、あるものは儚くも散っていった。

 冒険者リッケルトもまた、この時代を語る際に人々の口に上る数多の英雄の一人である。







==

クロスのことについて触れたとたん超反応が返ってきて噴いた。
予想以上に残して欲しい、という意見が多かったため一考。とりあえずの結論としまして、ヴァナ編を本編としハルケギニア編は番外編として残すことにします。
本編中でのクロス要素は感想の中で頂いた「キャラだけ登場する」を採用しようと思います。っていうかそれで逃がしてください。

さて、あとミッションについて。
触れないかなーと思っていたのですがかなりのネタばれ含みます、いまさらですが。
「ミッションなぞるのはやめて欲しい」とコメントを下さった方には申し訳ないのですが、多分大々的に絡むことになるかと。どれとは言いませんが。
ただそのままゲームのイベントをなぞるのはぶっちゃけ私も面倒なのでやらないと思いますが……。出来るだけオリジナルに話を進めたいと思います……ってかだいぶ先の話なのでそもそもそこまで連載続くかどうk(ry。


>ルビタグの使い方が間違ってる。

え、マジすか。私のほうだと普通に表示されてるんだけどな……。
今回指摘していただいたとおりのタグにしてみましたが、直ってます?


あと04を修正しました。
モグハウスの設定をFF11従来のものに近づけました。なんか他国から荷物引き出せないって設定特に意味ないよな、と気づいたので……。


明日ちょっとおまけを書く予定。ゴブリンって可愛いよね。







[24697] 06.5-Goblin Footprint
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2010/12/30 21:47

 デリクノクスは憤慨していた。
 二度も立て続けに襲撃に失敗したこともそうだし、足を引っ張ったのが相棒のダーダニクスであったことが殊更に怒りを増長させた。

 もともとデリクノクスは傭兵になるつもりでいたのだが、子供のゴブリンが戦場に出たところで役に立たないのは分かりきっていたことであり、そこは我慢を重ねていた。
 しかしいざ戦えるようになった途端アルタナの民との戦争が終結してしまい、ゴブリン傭兵たちの働き口が一気に減ってしまったのだ。

 それもこれも臆病なダーダニクスを説得するのに無意味に時間を食ってしまったからだと今でも思っている。

 一緒に傭兵になろうなんて約束するんじゃなかった!

 ダーダニクスとは子供の頃からのなじみだったが、彼はことあるごとにデリクノクスの足を引っ張った。
 ようやくオークに雇い入れられて出た初めての戦場ではいきなり敵の矢を食らったダーダニクスの介抱をしているうちに戦線から取り残され、何とか雇い主を探そうと赴いた北の地ではドラゴンに追い回され、臍を噛む思いで盗賊に身をやつした矢先にこれである。
 自分たちに情けをかけたあのアルタナの民も憎々しいが、それ以上に腹が立つのがいつの間にかいなくなっていた狩人2人だ。
 なけなしの金で雇ったと言うのに、臆病風に吹かれてさっさと逃げ出しやがって。デリクノクスはそう思っているが、ともかくこれで晴れて文無しと言うわけである。

 グスタベルグの荒野をとぼとぼと歩きながら、デリクノクスはどうしたものかと途方にくれた。

 知り合いは皆何かで身を立てている。繕い物だったり、肉屋だったり、中には釣り師や賭博で生活しているものもいる。
 けどそういうのは向いていない、デリクノクスは不器用なのだ。商売も多分無理だろう。昔から喧嘩っ早かったデリクノクスにはやはり傭兵とか、用心棒とかそういうほうが向いているのだ。

 しかし今オークもクゥダフもなかなかゴブリンを雇ってはくれない。いや、雇ってはいるのだが傭兵家業は縄張りがきつく、数少ない需要はほとんど古参のゴブリンたちが独占している。

 最近はなんだかどこもこそこそとしていてあまりいい感じがしないし。
 本当に食い詰めたら、それこそアルタナの民とでも取引するべきなのだろうか。

 デリクノクスはあまり連中が好きではない。ダーダニクスはそうでもないようだが。

 そういえば涸れ谷で雇った狩人の1人は、どこだかの洞門でワイバーン狩りをするのだとか言っていた。いっそ自分たちもそれについて……。
 いやだめだ、アイツは腕は立ったがどうも気に食わない相手だったし、金を持ち逃げするような奴と一緒に働きたくはない。それにどうせダーダニクスがワイバーンに追い回されるのがオチだ……。


 ────ぐるるるぅ……。


 唸り声が聞こえて顔を上げると、行く手を一匹のトカゲが遮っていた。
 それを見てまたデリクノクスに怒りがこみ上げてくる。涸れ谷でけしかけたあのトカゲがもっと上手くやれば少しは金が手に入ったかもしれないのに!

「ナニ、見てル! あっち行ク、消エロ!」

 斧を振り上げて威嚇するが、あろうことかトカゲは逃げるどころかデリクノクスのほうに向かってきて……、

「ギャンッ」

 邪魔だとばかりにデリクノクスを突き飛ばしてそのまま歩み去っていく。デリクノクスはぺたんと尻餅をついて、呆然とその後姿を見送った。

 なぜだか。

 酷く惨めな気持ちになる。
 何で自分ばっかりこんなに上手くいかないのだろう。何をしてもどこにいっても失敗ばかり。何度も何度もぐずでのろまなダーダニクスに足を引っ張られてほとほといやになる。

 不貞腐れて、斧を投げ捨てようとして、

「デリクノクス」

 いつの間にかダーダニクスが追いついてきていたことにやっと気づいた。

「なんダ、のろま」

「デリクノクスがはやすぎる。ダーダはいつも置いていかれそうになる」

 そう言いながらダーダニクスはデリクノクスの隣に腰を下ろした。
 どれほど時間がたっていたのだろう、気がついたら陽が斜めに差していた。2人で並んで眺める先には、茜色の夕日が遠くグスタベルグの山脈の上で揺れている。

「またシッパイしたね」

「お前のせいダ」

「うん、ごめんねェ」

 これもいつものパターンだ。
 さすがにここまで来るとデリクノクスもいい加減気づく。ダーダニクスは戦いに向いてないのだ。
 いっつもデリクノクスが連れ出して、いっつもダーダニクスはそれについていけなくて、そして2人で失敗する。

 もう無理なのだろうか。

 限界なのかもしれない。

 これ以上2人で一緒にいても、2人で転んでおしまいになってしまうのではないだろうか。
 明確にそう思ったわけではないし、そこまで考えられるほどデリクノクスは賢くなかったけれど、なんとなくそんな気持ちを抱き始めていた。

「……ドウスル?」

 けどそれを口には出さなかった。
 デリクノクスは、ダーダニクスと別れて1人で活動している自分がどうしても想像できなかったのだ。

 ダーダニクスは器用で頭もいい。
 腕っ節はさっぱりだけれど、アルタナの民相手に商売でもすれば一財産築くことも出来るかもしれない。こうして2人しかいないのに共通語を話しているのもダーダニクスの発案だ。言葉は喋れば喋るほど上手くなると言っていた。いつまでたってもダーダニクスのほうが流暢で、デリクノクスが覚えたのは罵詈雑言ばかりだが。
 それに魔法だって、最近覚えたばかりなのにもう色々な呪文を覚えてしまった。

 魔法といえば。
 ふとダーダニクスを見ると、アルタナの民にやられた矢傷がまだ残っている。矢は抜いたようだが、傷口はまだ手当もしていないままだ。

「馬鹿、怪我、治ス。早くシロ」

「デリクノクスが先に行クからだよ」

 そう言いながらダーダニクスは呪文を唱え始めた。
 蒼い光がダーダニクスを包むと、傷はきれいさっぱり消えてしまう。ほら、魔法だってこんなに上手だ。

 また惨めな気持ちがぶり返してくる。
 今まで感じたことはなかった。斧を振り回すのは自分の生きがいみたいなもので、それしか出来ないことをこんなにもどかしいと思うなんて。

 なまじ高い柔軟性と多様性を持つゴブリンに生まれついたばかりにデリクノクスが理想と現実の差に心を砕いていると、ダーダニクスが突然妙なことを言い出した。

「でも、初めてダね」

「……?」

「デリクノクスがどうする、って聞くの」

 そう言われてみれば、そうかもしれない。
 いつも次の行動を決めるのはデリクノクスで、ダーダニクスはそれについてくるばかりだった。

 いや、怖かったのかもしれない。
 自分が聞いて、ダーダニクスが自分とは別の道を選ぶのではないかと思うと、怖くて聞けなかったのかもしれない。
 でもそれを無意識に口にしてしまったのは……もうこれ以上ダーダニクスと一緒にはいられないという思いの表れだったのだろうか……?

「ドウ、したい」

 恐る恐る聞いてみる。
 ダーダニクスの答えは、デリクノクスのまったく予想していないものだった。

「ダーダはねェ、冒険者になっテみタイ」

「ボーケェンシャイ?」

 それはなんだ、と聞くと。

 アルタナの民の間で流行っている職業だそうだ。
 何でもどんな相手からでも仕事を取り付けて、いろんな危険な場所に行ったり、危険な生き物と戦ったりするらしい。
 傭兵みたいなものかと思ったら、買い物をしてきたり珍しい草花や鉱石をとってきたりもするのだとか。

「分かラナイ。ボケンシャ、したい、何でだ」

「だって、面白そウ。遠くの国や、見たこトない場所にもいクンだって」

「のろまのダーダニクス、無理、決まッテル」

「そうかナァ」

 ダーダニクスは首を傾げて言った。

「ダーダは戦い、苦手。でもデリクノクスとなら、何だって出来る」



 それは。
 かつてデリクノクスがダーダニクスに言った言葉だった。

 だからずっと、どんなに足を引っ張られても、どんなに上手くいかないことがあっても。
 デリクノクスにはダーダニクスと別れるという選択肢がなかったのだ。

 2人でなら何だってできる、そういった自分を、そう言わせたダーダニクスを、ずっと信じていたから。



「仕方ナイ、のろまなダーダニクスだけジャ何も出来ナイ」

「そうだネェ」

 ぴょんと地面を蹴って立ち上がる。
 さっきまで重くてうるさくて煩わしいばかりだった斧と甲冑のがちゃがちゃなる音が、不思議と心地よかった。

 ダーダニクスも続いて立ち上がって、尋ねた。

「まずは、どこに行こうか?」

 答えは決まっている。

「ドコでもいい。デリクとダーダ、ドコでもなんでも出来る」

 そういって"彼女"はニッと笑った。
 ダーダニクスも、こっくりと頷く。





 当てもなく、けど確かな絆を胸に秘めたゴブリンの足跡が2つ、グスタベルグの荒野にどこまでも続いていった。






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ゴブリンの命名法則:末尾に法則があり、-ixは美男、-oxは美女を示すらしい。ただしゴブリン基準。

なんとなくあとで使えそうなキャラは無意味に掘り下げておくの図。




[24697] 07-をかしき祖国
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2013/09/29 09:43



 やっとの思いで俺は自分ひとりの部屋を手に入れた。っていうのに。

「何でお前は俺の部屋に入り浸ってるかな」

「いいじゃないか、どうせ寝るだけの部屋だろう? それにモグハウスのほうが色々と話しやすいしね」

 シグネットを受け取ってようやく自分のモグハウスを借りられるようになったと言うのに、今度はメルが俺の部屋に押しかけてくるようになってしまった。もちろん迷惑と言うわけではないのだが、メルの気安さは長年の友人のようで妙に落ち着かない。いや逆か、寝起きにいきなり部屋にいるような間合いに違和感がないのが落ち着かないと言うべきか。

 臥竜の滝を訪れてから数日。
 バストゥークに帰り着いた俺を待っていたのは冒険者登録受領の報せだった。大工房までシグネットを受け取りに行き、これまた面倒な登録作業を済ませて晴れて冒険者の一員となれたわけだ。今のところは駆け出しのぺーぺーだが、これで国の公認ミッションを受けることも出来る。こうしてモグハウスも利用できるし、便利尽くしだ。その分納税の義務も生まれてくるので、頑張って仕事しないとこの部屋も追い出されてしまうわけだが。
 ありがたいことにゲームとは違って自国のモグハウスにも備え付けの家具が設置されていた。ベッドを購入しなくても固い床で寝る必要はないのは非常にうれしい。ついでにコーディネイトも自由だが、しばらくは無縁の話だな。

「今、何時だ?」

 メルの買ってきてくれた朝食を口に運びながら尋ねる。今日のメニューはベークドポポト……ふかしいもである。ほくほくとしたじゃがいもにセルビナバターがからんで実に美味い。

「ちょっと前に10時の鐘がなってたから……半時くらいは過ぎたかな」

「う、そりゃ寝すぎたな」

「君は登録が済んでから頑張りすぎだよ。今日くらいはゆっくり休んだら?」

 確かにシグネットを受け取ってからこちら、ちょっとはしゃぎすぎていたのかもしれない。

 冒険者登録が完了した俺は、さっそく仕事を探してバストゥーク内を走り回っていた。
 といっても、今は本当にひよっこ冒険者のこと、引き受けたのは子供のお使いのような依頼がほとんどだ。やれ火打石を持ってきてくれ、茸や玉ねぎを届けてくれだの。まあもちろんその辺のおばさんから突然頼み込まれるようなことはなかった、依頼主は大体商店主たちだ、彼らは冒険者の使い方を熟知しているらしい。今のところ一番お世話になっているのは、蒸気の羊亭のヒルダさんだったりする。あの人は意外とそそっかしいところがあるようで、時たま買出しを頼まれることがあった。
 そんな感じで日々の食い扶持を稼ぎながら、2日前には北グスタベルグの歩哨小屋に物資を届けてほしいという仕事を引き受けた。これも立派な国のミッション……と言っても初心者冒険者の実力試しのようなものなのだろうが。そこで俺とメルは、小遣い稼ぎにトカゲや大ミミズを狩りながら丸一日かけて歩哨小屋まで行き、昨日帰ってきた次第である。

 装備も少しだが整い始めている。最近身につけているのはトカゲの革で出来たスケイルメイルだ。涸れ谷で倒した間欠泉トカゲの革も入っているので、スチームスケイルというべきだろう。
 しかしメルに言わせればこれでもまだ貧相なものだそうな。人々は冒険者の実力を、その身に纏っている装備から推し量ろうとする。武人であればその人の体の動きから力量を察することも出来るかもしれないが、大半の人間はそうではないのだ。だから彼は俺の実力に見合った装備をしきりに揃えたがっている。
 俺としてももう少し上位の装備を着たいとは思うのだが、金属鎧にしようと思うと突然値段が跳ね上がる。なのでまだ結局剣と盾はメルにもらったものを騙し騙し使いながら、資金繰りに躍起になっているところだ。この世界での金策はゲーム以上に厳しいが、それも生活費があるので当然か。

 それはそれとして。

「休みと言われるともう一眠りしたくなるな……」

「じゃあボクここで合成しててもいいかな。裁縫でもはじめてみようかなって思うんだけど」

「いや流石にそこで作業始められると気が散って仕方ない」

 何故だかは知らないが彼の中に部屋を出て行くという選択肢はないらしい。思ったよりも図々しい奴である。
 そうなるとこのまま部屋でごろごろしているのももったいない。モグハウスに娯楽は皆無に等しいし、暇をつぶせる物も読み終わったトリビューンくらいしかない。本はもってのほかだ、まだまだ製本技術や量産体制の整っていないヴァナ・ディールでは本は高級品なのだ。
 インドア人間ではあるがただ寝ているくらいなら散歩にでも行くたちなので、ならでかけようかと思い立つ。

「そうだな……考えてみればまだバストゥークの街を回ってもいないか。よし、今日は何も依頼は受け付けないで、のんびり観光でもするかな」

「いいね、賛成。でもボクもそれほど詳しく案内できるとは思わないよ?」

 それならそれで探険のようで面白い。それに大体の地理であれば、この数日で大体頭に入っているし、問題はないだろう。

 バストゥークの街は大雑把に商業区、鉱山区、そして港区に分類されているのはゲームの通りだ。クラウツ橋や炎水の広場、競売に大工房と大体の施設の位置も俺の知ってるまま。
 ただしその規模がどれもこれもゲームのウン倍はある、というのもよく思い知ったことだ。ゲーム中じゃ店が3軒しかなかったクラウツ橋もそれこそジュノの大橋のような有様になっている。バストゥークでこれなのだからジュノはどうなっていることやら。更に加えてゲーム中じゃ実装されてなかった居住区にも色々と施設がある。ほとんどは邸宅だが昨日も行った公衆浴場なんかは見所の1つだろう。

 改めて考えてみると、知っている街だと思ってきちんと見ていなかったものも多い。町人の依頼であちこち足を伸ばしたので方向感覚こそ出来ているが、じっくりと街の様子を見て回ったことはない。

「そうと決まったら早速行くとするか」

「じゃあボク先に行って準備しているから、着替えたら来てね」

「あいよ」

 ちょこちょこと部屋を出るメルを見送って、俺は残ったポポトイモを口に放り込んだ。



 今日は仕事を請けるつもりもないということで、寝巻きにしていたシャツやパンツを脱いで古着屋で購入したチュニックを着ていくことにした。ブルーとベージュの、シンプルながら胸元を締めるストリングスやアウターベルトが洒落た、ヒュームが好んで着る一般的なデザインだ。

 部屋を出ると、モグハウスの周囲はやはり冒険者たちが賑わいを見せている。冒険者のための施設なので当然と言えば当然だが、それにしても人気が多い。だがその大半はあまり場慣れしていなさそうな若い連中だ。男も女も、憧れだけで冒険者になった新米、そんな印象を受ける。
 彼らがどんな思いでこの道を志したのかは分からないが、まだグスタベルグを出ることさえおぼつかなさそうなこの中の果たして何人が大成し、後世に名を残すような英雄になれるのだろうか。それとももしかしたら、どこかにいるのだろうか。俺と同じようにこの世界に迷い込んでしまい、他に手もなく冒険者にならざるを得なかった奴が。
 そう思うとつい行き交う冒険者たちの顔をじろじろと眺めてしまう。目に入るのはほとんどがヒューム、あるいはいくらか減ってガルカの姿がある。エルヴァーンやミスラは10人に1人いるかどうか、タルタルは……意識して探さないと視界に入らないな。

 ふとその中に思いがけず見た顔を見つける。あいつ、まだこっちにいたのか。

「あ、あんた」

「よう。まだバストゥークにいたんだな、ジジ」

 この間一緒に滝つぼまで行ったジジが、こちらに気づいて近寄ってくる。
 ジジとは涸れ谷から戻って以来だ。てっきりもうセルビナに引き返したものだと思っていたのだが。

「あたしがどこにいようが勝手でしょう。それともバストゥークにいられると都合が悪いの?」

「本当に愛想がないよな。お前ウィンダス目指してただろう、とっくに出発したものだと思ってたんだよ」

「そ、それは……バストゥークは初めてだもの、少し街の中を見ていこうかと思ったのよ。でもダメね、慣れないところで案内もなしじゃ何がなんだかさっぱり」

 どうやら結局観光もはかどらず、無為に数日ぶらぶらして過ごしていたらしい。しかし彼女はもう1つ計画性を持ったほうがいい気がするのだが……もしかすると母親と揃って行き当たりばったりな性格なのだろうか。もっと慎重なタイプだと思っていたのだが。

「けどじゃあ丁度いいな」

「丁度いいって?」

「俺も今日は観光だ。多分ジジよりは慣れた街だし、何なら一緒に行くか?」

 そう持ちかけてやると、彼女は何故か返答に詰まる。なんだろう、もう街を出るところだったとかだろうか。
 だがジジの返事は全く俺の予想外のものだった。

「それは、その、メルも一緒なの?」

「え? そりゃ一緒だけど」

 俺の返事を聞いて、今度はほっとした様子を見せている。メルのことが苦手なのかとも思ったが、そんな感じではなさそうだ。

「もしかして、そんなに胸をなでおろすほど俺と2人はいやか」

「べっ……別にそんなことはないわ。ただ……」

「ただ?」

「なんでもないわよ! それで、そのメルはどうしたのよ?」

 露骨に話を逸らされるが、あえて突っ込んで噛み付かれても面白くないので、とりあえずは気にしないでおくことにする。
 しかしメルはどうしたのだろうか。モグハウス棟の入り口で待ち合わせていたはずなのだが、彼はなかなか姿を現さない。

 結局メルが来たのは、それから10分ほどしてからだった。
 なにやら羊皮紙を広げて読みながらこちらに歩いてくる。読み入っているのか俺たちの姿にも気づいていないようだ。

「メル! 遅かったじゃないか」

 声をかけるとそれでやっと気づいたようで、羊皮紙を懐に仕舞いながらころころと転がるようにして駆け寄ってくる。

「ごめんごめん、遅れちゃった。やあ、久しぶりだねジジ、まだこっちにいたんだね」

「えぇいたわ。全く、2人して同じこという」

 ジジは心外だと腹を立てているようだが、彼女は目的を前に足踏みするような人間には見えないし、俺たちが意外に思うのも自然なはずだ。
 口に出すとまたむくれそうなので黙っているに限るが。

「はは……今日はジジも一緒に行くってよ。それよりさっきのは、手紙か何かか?」

「まあそんなところ。それより早速行こうよ、今日はどこから周るんだい?」

 居住区はバストゥーク渓谷の東半分ほどを占めている。そこから北に港区、西に商業区、南に鉱山区と面しているつくりだ。構造さえ把握していればどこに抜けることも可能だ。
 いくらか話し合って、俺たちはまず港区に足を向けることにした。

 最初に、港区と居住区を繋ぐ巨大な絡繰仕掛けの橋を見に行こうと言う結論に達したからである。



「跳ね橋が上がるぞーーー!!!」



 居住区を出てすぐに聞こえた声に、思わず波止場に向けて走り出してしまった俺は絶対悪くない。早速お目にかかれるとは、これは幸先がいいかもしれない。

 波止場の縁のギリギリまで駆け寄ると、丁度居住区への道と対岸のベリゲン広場の間を繋ぐ大きな橋が中央から真っ二つに割れるところだった。2つに別れた橋はそのまま門を開くように起き上がり、気がつくと橋の入り口には巨大な壁がそびえている。
 その下を巨大な船が通過していく。大きい。全長は50mほどか、俺の知っている貨客船のサイズとしては小さなほうだが、ブルーの船体に施されたシルバーの装飾が船全体の印象を強く引き立たせる。その美麗さは俺の知るどの船より見事だ。そして船体から突き出て回転している六つの翼……ただの船ではない、飛空艇だ! 港区からバストア海へと流れ出るダルハ川を、飛空艇が今まさに飛び立っていこうとしていた。

 ゲームじゃ広い船室がぽつんと1つあるだけだった飛空艇だが、そもそもは冒険者ではなく荷物と、そして富裕層を乗せて運ぶ豪華客船だったはずだ。あの様子だとそれなりの数の船室や、あるいは食堂などもありそうだ。航行時間はどうなのだろう、ゲーム中じゃヴァナ時間で片道2時間と新幹線並みの早さだったが、実際はもう少しかかるのではないだろうか。ヴァナ・ディールは想像以上に広い。

「すごい……橋が割れている。見て、飛空艇が橋の門を潜っていくわ!」

 同じように駆け寄ってきたジジが感極まった声を上げる。
 内心は俺も同じだ。これは本当に、なんというか……すごい。

 いかにも重そうな船体は橋の門を潜り外洋へ抜けると、プロペラが回転を早め、ゆっくりとその身体を水面から引き上げ始める。離水を始めたのだ。船が浮かぶ。知識として知ってはいてもその様子はとてつもなく異様で、たとえようもないほど力強いものだった。
 そこからはもうあっという間だ。見る間に宙に浮かび上がった船体はそのまま大きく旋回していき、東の空へとその姿を消していく。
 気づいたら、跳ね橋がゆっくりと降り始め、もうもとの一本橋に戻るところだった。

「はー…………ありゃとんでもないな。船を空に浮かべようとか、シドの奴、ホントはバカだったんじゃねえか」

「さらっととんでもないことを言うなよ君は」

 もう飛空艇は見慣れたものだったのか、のんびりとした様子でやってきたメルが呆れた顔で言った。これは失言。

 俺の世界じゃ船を飛ばすよりも、最初から飛ぶための機体を作ったほうが早かったのだ。空飛ぶ船なんて……まさにファンタジーだ。

「メルは乗れるのか? 飛空艇」

「まさか。乗船料はたいしたことないけどね、パスが馬鹿に高いんだ。乗れるのは冒険者なんかよりもっとずっと裕福な人たちさ」

 確かに、冒険者は言い換えれば定収入がないのと同じだ。ゲームじゃ何百万、何億と溜め込んでる奴らもいたが実際にそうはいくまい。それに俺たちはモグハウスで家賃がかからないとはいえ日々の食事やもろもろ、駆け出しは日々の生活でいっぱいいっぱいなのだ。
 ある程度ストーリーを進めればパスをもらえるなんてこともない。いつしか代替手段の充実によって見向きもされなくなっていった飛空艇は、みなの憧れのままであり続けるわけだ。

「そういえば、飛空艇ってバストゥークで開発されたのよね。あたしあまり詳しくないのだけど、どうやったらあんな風に飛べるのよ……」

「大部分の動力になってるのはクリスタル機関だろうなあ。揚力はプロペラで得てるって話だけど、いくら特殊な設計でもあのサイズじゃ航空力学的にありえん。多分風のクリスタルあたりの力を応用してるんじゃないか?」

 詳しいところは分からんが、と付け加えておく。
 ファンタジーの世界に航空力学なんて言葉を持ち出すのは無粋かもしれないが、この世界が現実になってしまった以上そうでも考えないと自分の頭の中でつじつまが合わせられない。もしかするとヴァナと地球じゃ物理法則が異なるという可能性もあるかもしれないが……そこまで考えるだけ無駄だろう。

「そもそも飛空艇は大戦当時、連合軍の秘密兵器として開発されていたんだ。ジュノ大公カムラナートが古代文明の遺産から復活させたっていうクリスタル機関と、バストゥークのシドの設計によってな。試作された一番艇は現行のものよりさらに大柄で、倍以上のプロペラに大砲まで積んでたって話だ」

 結局大戦の早期終結により戦闘艇として開発されていた一番艇は日の目を見ることなく、飛空旅行社の設立と民間型の開発によりジュノ-バストゥーク間に最初の定期便が就航した10年前、初めて飛空艇は歴史の表舞台に姿を現したというわけである。
 ちなみにだが、先日ダングルフの涸れ谷で軒を借りた遺跡が発見され、古グスタベルグ文明の存在が立証されたのも確かこの頃である。

「ウィンダスに飛空艇が来るようになったのは……あ……うん、その少しあとだったかな。そのときはやっぱり大変な騒ぎになってたよ」

「あたしもサンドリアに来たときにはものめずらしくてしょっちゅう見に行ったわ。バストゥークの人はずいぶんおかしなことを考え付くものだと思ったっけ」

 ご挨拶なことだが、俺も同じことを考えていたので文句は言えないな。

 まあ考え付いたのはバストゥークの人間というよりも、シドだろう。
 実際バストゥークがヴァナの技術大国として知られている一端は、もともと鉄工業で成功したという面もあるが、今日の躍進にはやはり天才技師シドの活躍が大きい。
 クォン・ミンダルシア両大陸間を結ぶ定期船に、それまで利用されていた帆船に取って代わる『機船』を開発したシドは、それらの功績によってバストゥーク大工房の工房長に就任。現在では大統領にも直接意見できるほどの国の最重要人物として知られている。

 まあシド=天才技術者というのはFFシリーズのプレイヤーにはもはやおなじみの設定だろう。
 IでこそGBA版に名前が登場するにとどまっているものの、それを含めればナンバリングタイトルには皆勤というチョコボに並ぶシリーズの名脇役だ。またその大半の作品で飛空艇に関与していることから、シド=飛空艇の認識も強いはずだ。

 ヴァナ・ディールのシドはやはり技術者肌で豪放磊落なオヤジというシリーズで馴染み深いイメージのキャラクターをしている。ミッションによってライターが違うため話によって別人に見えるということもあったが、さすがにここじゃそんなこともあるまい。
 ただ……気になるのはあれだ、格好だ。やっぱり裸エプロンなんだろうか。

 なんてまだ見ぬ著名なキャラに思いを馳せていると、ジジがポツリと呟いた。

「いつかあたしも乗れるかな……」

 いつか、か。いつか乗れる日が来るのだろうか。
 考えてみるとカザムへの定期便もやはり飛空艇だった。飛空艇そのものの敷居が高いとすると……ジジには辛い道かもしれない。
 ただ確か昔読んだヴァナ・ディールトリビューンには、ウィンダスの港町マウラからカザムへ渡る男の話もあった。なら道はひとつではないはずだ。ウィンダスについたらそれを探すのを手伝ってやるのもいいだろう。

 さてバストゥーク北門から入ってすぐのところにあるベリゲン広場は、跳ね橋や飛空艇の発着を見られる絶好のポイントとして観光客にも人気だ。
 広場の中心にある噴水は大戦後に作られ、四方から囲むように配置されたモニュメントがアルタナ四国の協調を表している……らしい。この辺は設定資料集の受け売りだ。最も四国間の関係が徐々に大戦前のようにぎこちなくなりつつある今としてはむなしいと思うべきか、こうあれかしと思うべきかは複雑なところだが。

 そんなことを話しながら跳ね橋を渡るとベリゲン広場が妙に騒がしい。

 何かと思ったら、バレリアーノ一座が訪れて芸を披露しているらしかった。広場には露天が軒を連ね、その間を子供たちが楽しげに駆け回っている。ちょっとしたお祭りのような様相だ。
 昨日はそれらしい様子がなかったのに気づいたらこれだ。彼らのフットワークはすさまじい。

 バレリアーノ一座は団長のバレリアーノ率いる人気の旅芸人の一座だ。吟遊詩人の奏でる音楽に合わせてジャグリングや火吹きや、何故かパントマイムを披露している。俺の知ってる限りじゃただ突っ立っているだけだったバレリアーノも、陽気に笛を吹き奏で精力的に観客を集めている。
 人気はともかくとして規模は小さいものだが、もともとは楽団や踊り子をも抱える一大サーカスだったらしい。ところがこの十年ほどの間に起きた火災で天幕を焼かれ、団員も解散。再結成したのが現在のバレリアーノ一座ということだ。

 メルによるとやはりゲーム通りコンクェストで優勢に立っている国内をめぐっているらしい。上位国のほうが物流も人の行き来も盛んだからだろう。実際広場の盛り上がりはたいしたものだ。

「コンクェストか……」

「どうしたの?」

「いや、これも奇抜な政策を思いついたもんだよな、とな」

 コンクェスト政策は天晶暦883年、カムラナートが提唱し、翌884年に各国首脳が中立都市セルビナに集まった『セルビナ協定』にて承認された言わば疑似戦争政策とでも言うべきものだ。
 中立国としてその裁定にあたるジュノ大公国を除いたバストゥーク共和国、サンドリア王国、そしてウィンダス連邦によって行われるこの領土リージョン争いは、各国の戦力同士の避けるため冒険者たちがその中核を担っている。冒険者奨励の意味も持つこの政策では、当該地域の支配権をその治安維持に最も貢献した国に一定期間与えるとされている。早い話が獣人や危険な魔物を相手に、どの国の人間が一番活躍したかによってポイントが与えられるということだ。
 その集計に使われるのが冒険者登録のときにも出てきたクリスタルだ。モンスターや獣人の体から零れ落ちるこの石を納入することでその国のポイントとするわけである。これによって冒険者の活動も活発になり、国同士の大々的な衝突も避けられるわけだ。
 一定期間ごとに更新されるリージョン支配権や各国の順位は国内の情勢に直結する。ある地域を他国に取られると、その地域からの物流が大きく制限されるからだ。ゲームじゃリアル1週間で順位ががらりと変わっていたりしたが、こちらではもっと長いスパンで集計しているようだ。他にも細々とした規定はあるのだろうがその辺は俺たちにとっては余禄か。

 とまあ実にゲーム的なルールだが、これがまかり通ってるから俺たち冒険者がどの国でも大手を振って歩けるようなものなのであまり深くは突っ込むまい。政策の中では領土争いの駒として振舞っておくのが無難なところだ。
 強いて言うなら、クリスタル戦争後の疲弊した国力で獣人のみならず他国まで相手にしなければならない状況を回避するためには、この色々と問題のありそうな政策もお互い飲まざるを得なかったと言うところだろう。

 実のところこの政策のことなど知らずに冒険者になりたがる奴も多いようだが、ジジはよく勉強しているらしくコンクェストの概要はしっかりと覚えていた。

「けど本当にうまくいくのかしら、戦争をせずに皆で獣人をやっつけようなんて……大戦の頃とはもう違うのに」

「確かに、耳障りのいいところを抜き出すとな。効率よくクリスタルを収集しようとか色々思惑はあるんだろうけど……」

「実際この政策で街道や村々の治安が回復したって面はあるからね。正規軍も時々遠征軍や討伐隊を組んでるみたいだし」

 その辺でガス抜きをして国内勢力の安定も図っているわけだ。

「ま、冒険者は自分が頑張れば国が有利になるくらいに思っておけばいい。と俺は考えてるけどな」

 つまりこのコンクェスト政策、冒険者が『軍規に縛られない兵士』とされる所以だ。
 しかしこうしてみると、ヴァナ・ディールの冒険者は国々にとって割と複雑な立ち位置にいるものだ。同じ冒険者でもフォーセリアとかのがもう少し気楽な気がする。

「あんたってお気楽ね。でもそうね、政策に縛られてる冒険者なんていないわね」

「そういうことだ。お、串焼き売ってるぜ」

 難しいことを考えるのを放り出して屋台に飛びつくと、メルには笑いながら、ジジには呆れられながら「子供っぽい」なんていわれてしまった。祭りの雰囲気に当てられれば男はみんなこんなものだ。今からあますず祭りが楽しみである。

 屋台で売っていた串焼きには、肉やにんにく、たまねぎを豪快に焙ってソースとカラシをまぶしたワイルドな一品で、いかにもな大味だったがちょっとした祭りのような喧騒の中で食べるには乙な一品だ。惜しむらくはラム肉だったのでミスラ風山の幸串焼きではないと言うことか。焼いてるのガルカだったし。
 串焼きにかじりつきながら山串全盛期に思いを馳せる。あの頃は馬鹿みたいに高い値段の串焼きを買っては前衛みんなで食べていたものだ。その後にスシブームなんかあったのも今ではもう懐かしい思い出である。

「んぐ、んむ……どうしてこうガルカやヒュームの作るものって大きいんだろう、食べにくいったらないよ」

「ああこらメル、串焼きを縦にくわえるやつがあるか。横にして食うんだよ、横に」

「こう? でもやっぱり……上手く噛み切れない……」

「がぶっといけがぶっと。ったく口の周りべたべたじゃないか」

 口元についたソースを指で拭ってやると、子ども扱いしないでくれるかな、と抗議された。
 いやメルは確かに年上っぽい気はするんだが、やっぱりなりがタルタルなのでどうしてもそういう姿を見ると小さな子供を相手にしているような気になってしまう。

「ま、だったら大きくなるこったな」

「タルタルに無茶を言うね君も」

 ぺろりと指についたソースを舐めとる。んー、やっぱちょっと辛口。

「あんた……時々信じられないようなことするわよね……」

「何だやぶからぼうに」

「…………別に、なんでもないわよ」

 そんな軽口を叩きあいながら、俺たちはベリゲン広場を抜けていった。





 バレリアーノ一座の出し物を楽しみながらベリゲン広場を西に抜け、ダルハ川に沿うようにして続く港通りを進むと、右手に倉庫が立ち並んでいるのが見える。
 この倉庫、港湾区にあることからも分かるとおり海運や空運に頼った商人たちが利用しているものと思われるが、倉庫街=犯罪組織というイメージはヴァナ・ディールでも通用するらしく、そのうちの1つをちょっとヤバイ組織が利用している。
 天晶堂と銘打たれたその組織は、ヴァナ・ディール全土を舞台にかなり後ろ暗い品々の取引を主眼に置いたちょっと特殊な商業組織だ。彼らはジュノに本部を置き、遠く南のエルシモ島に巣食う海賊たちとも取引をしながら希少価値の高い品々を売買している。店舗を表通りにおかず、さらには完全会員制を取ってることからも、売りさばかれる商品のきな臭さは鼻を突かんばかりだ。実際ご禁制の品もかなり取り扱っている。
 ゲームではメインシナリオの進行と共に割とお世話になることもあり、プレイヤーには印象深い。またとある事情から頭目であるアルドについて思い入れのある人も多いのではないだろうか……まあびんjげふんげふん。

 とりあえず今のところ天晶堂に用はない……いや、いずれはコネクションを作ることも考えておいたほうがいいかもしれないが。天晶堂のネットワークは馬鹿にしたものではない。が、とにかく今は下手に接触するべきではないだろう。いきなり亜鉛鉱を持っていくわけにもいくまいし、そのうちどうにか紹介状を手に入れたいところだ。

 倉庫街を横目にさらに西へ進むと、ヴァナ・ディールに来てからすっかり行きつけになった蒸気の羊亭が通りの突き当たりに見えてくる。
 ここの看板女将のヒルダさんには既にちょくちょくお世話になっている。腹具合的な意味で。
 しかしヒルダさん、一体今いくつなんだろうか。おっとりと優しい雰囲気の女性だったが、どう見ても30代も前半にしか見えなかった。確か旦那さんが亡くなったのが大戦中に鉱山で起きた落盤事故だったはずだが……もしみたままの年齢だとしたら10代で既に結婚していたことに。

(ってそうか、中世程度のイメージならそのくらいで結婚するのが普通なのかも)

 ちょっとしたカルチャーギャップだ。亡き夫の遺した店を女手1つで切り盛りする若き美人女将……うーむ、すさまじい破壊力だ。
 そういえば工房長のシドやその助手もよく店を訪れるらしいが、それがヒルダさん目当てだという噂は下種の勘ぐりだ。もともとこの店を開いた旦那さんはシドの後輩であり、先述の落盤事故の原因となった新型火薬を開発したのが……つまりそういうことだ。

 余談だが『蒸気の羊』という屋号は、ヒルダさんの亡き夫が『ソーセージの美味い店』を捩ってつけたものだとか。なるほどこの店のソーセージは絶品なのだが、バストゥークに来てからソーセージばかり食べているのでさすがに少し飽きてきたのが正直なところ。バストゥークってほかに何か美味いものあっただろうか、石のスープ以外で。
 もう昼過ぎだがさっきの串焼きでそれなりに腹は膨れてるし、今日は別の店を開拓してみようか、と3人で結論付けて俺たちは商業区へと足を伸ばす。



 商業区へはダルハ川上流のライ麦橋を渡っていくことになる。開門のために軽量化を求められ木で作られていた跳ね橋とは違い、どっしりとした石造りの大きな橋だ。
 ライ麦橋を渡りきると、市外のどこからでもよく見える巨大な煙突の突き出た建物が目の前に迫ってくる。大工房だ。バストゥークの技術の粋が集まってると言っても過言ではないこの建物は、外から見ると白い石造りの蒸気船を思わせるシルエットをしている。外に突き出ている煙突がそれを助長しているのだが、あれは内部にある鍛治ギルドの炉に繋がっている。以前にも見た通りの巨大な炉だ。
 大工房に関しては、ジジも俺がシグネットを受け取りに来るのに付き合って散々中を見て周っていたので今回はスルー。大工房の前を通り過ぎて炎水の広場へと入る。

 炎水の広場はこちらもやはり噴水広場で、バストゥークの市場のほぼ中央に位置している。
 西には先日訪れた競売所、北には大工房、南には先にも挙げたメインアーケードともいえるクラウツ橋が、東には彫金ギルドや宝石店などの各種店舗や、比較的裕福な市民の暮らす黄金通りが伸びている。ここは商業区のみならずバストゥークのど真ん中だと言っても過言ではないだろう。
 中央の大きな噴水は建国の祖・マイヤーをたたえたもので、「昼はみなの喉潤す水を、夜はみなを指し示す灯火を持って」というマイヤーの演説になぞらえ、夜には自動的に火が点る仕掛けが施されている。
 ただ追加ディスク・アルタナの神兵で訪れられるようになった20年前のこの広場では、噴水の場所に大きな見張り塔が建っていた。戦時中ゆえに一時的に撤去されていたのかも分からないが、ここが今日の噴水広場になったのは割と最近のことだろう

「大きな噴水ね……」

 ものめずらしげにジジが噴水の中を覗き込んだりしている。こうやって喜ばれるのはこれを作ったバストゥークの技師にとってもうれしいことだろう。
 サンドリアにも噴水はあったはずだが、技術大国として仕掛けのこだわりでは引けをとるまい。

「でもベリゲン広場の噴水よりこっちのほうが大きいかしら」

「向こうは四国の調和を、こっちはバストゥークの誇りを象徴してるからな……自国贔屓なのはどこも同じだろ」

 20年前の大戦は歴史上初めてヴァナ・ディールの四国が、アルタナの5種族すべてが互いに手をとった瞬間だと言われている。
 しかし喉もと過ぎれば何とやらと言うべきか、結局20年の時を経て四国の関係は大戦以前に逆戻りしつつある。アルタナ同盟も結局誰にとっても苦肉の策でしかなかったのか、外敵が現れない限り人は団結できないのか。それでも大戦を経て俺たち冒険者が生まれたことは、多分無駄ではない。

 俺たち、って言っていいものかな。俺は完璧に外様だ。
 ただまあ……。

「こっちはいい景色ね、商業区が一望できる」

 気づくとジジが、今度は広場の端に駆け寄り、塀に身を乗り出してバストゥークの町並みに目を躍らせていた。
 炎水の広場は高台に位置しており、一段低い場所にあるクラウツ橋や黄金通りを見渡すことができるのだ。大工房の屋上のほうが眺めはいいだろうが、あそこは塀が高くてとても下を見下ろせるような場所はなかった。もともと砦として作られたために設置されている砲台からであれば、それこそ街中を視界に入れることができたであろうが、さすがにゲームとは違う。ほいほいとそんな場所に入れてもらえるわけがない。

「ああ……いい眺めだな」

 俺も並んで眼下に広がる街並みに目をやる。見下ろす視界に広がる景色の印象は白い。石でできた通りと一体化するような建物に、スレート葺きの丸っこい屋根が並んでいる。
 黄金通りにもクラウツ橋にも人並みが絶えない。傾向としては黄金通りにはこの街の住民と、彼らが利用する生活に密接した商店が。クラウツ橋には旅人や冒険者と彼らに向けた品々を扱う店……例えば武器屋だったり……が並んでいるように見受けられる。

 いずれにしろ。
 そこに行きかう人々を見ながら改めて思う。


 この街は生きている。


 ゲームでも街を歩く人々はいた。
 でもそれはどれも冒険者たちばかり。街に暮らす人々は全てプログラムで管理されたNPCたちだった。それを張りぼてと言うつもりはないが、やはりこうして息づく街とは違う、バーチャルなものだったのだと強く実感させられる。
 噴水の水の音、石畳を鳴らす靴の音、足の下を流れる黒灰河ブラックアッシュリバーのせせらぎ、そしてゲームでは決して聞こえることのなかった人々の喧騒。

 楽しげな囁きが、子供たちの笑い声が、女性たちの噂話が、男たちの張り上げる声が。
 ポリゴンとテクスチャで構成されていた世界にはなかった住人たちの息遣いが。

 喩えようもなく、この街の生を実感させる。
 それがなんだかとてもとても喜ばしい。

 俺は全く、どこまで能天気なんだろう。

 異世界にきてしまったというのに、しかもゲームの中にしかなかったはずの世界にいるというのに。



 かつて一緒にいた仲間は見当たらない。みんなログインしなくなったり引退してしまったりした。それがどうしても寂しくて。
 もしかしてだからだろうか? 俺がこっちに来てしまったのは。



 酷く今更のように実感する。
 こんなにも俺は、この世界ヴァナ・ディールを愛していたのだなぁと。

「いーぃ眺めだなあ……」

「そんなにいいものが見えるのかい?」

 足元のメルが不思議そうに首をかしげた。

「見えるぜ。生きてる街が、本物の街がある」

「なに、それ? 街に本物や偽者があるみたいに」

 ジジも首をかしげる。まあわかるわけはないか。
 そう1人で結論付けたが、しかしメルは何故か俺の言葉に深く思い入ったように答えた。かすかに俯き、フードに隠れた表情はうかがえない。

「そうか……それはすばらしいね。どれ、ボクにも見せてくれないかな?」

 顔を上げたメルはいつものように笑っていた。そうか、タルタルの身長じゃ塀の向こうが見えないか。
 仕方ないので、よいせと抱え上げて塀の上に乗せてやると、メルはそのままちょこんと腰を下ろす。

「うん、これはいい景色だね。みんな生きている、平和な街の顔だ」

 満足げに頷きながら、俺たちと一緒に町を見渡す。ジジはそんな俺たちに不思議そうにしながらも、また景色に視線を戻した。

 空は青く抜け、頂点を過ぎた太陽が西に僅かに傾いている。
 いい天気で、いい景色で、いい眺めだった。



 だがその景色の中に見えた人影に、そんな感慨は俺の中からすっぱり抜け落ちてしまった。



 行き交う人々の間をすり抜けるようにして歩く細い人影は、こちらに背を向けて黄金通りを進んでいる。
 あいつは……見間違えか? いやだがあの髪の色はよく覚えている。

「悪い、ちょっとここで待っててくれ」

「え!?」

「ちょっと、リック!?」

「すぐ戻る!!」

 2人の声を背中に聞きながら俺は駆け出した。
 広場の階段を一段飛ばしで駆け下りて、危うくぶつかりそうになった人におざなりに頭を下げながら走る。人通りは多いというほどでもないが、小柄な影を見失わないように追いかけるのはなかなか難しい。

 だがあの緩やかな青い髪、ちらりと見えた眼鏡。

 間違いない。着ているものはだいぶ変わって、俺と同じようなチュニックを着ているが、先日居住区でひと騒動起こしたあのヒュームの少女だ。
 彼女は黄金通りを抜けると、ガルカ橋を渡って鉱山区へと入っていく。俺もそれに続いた。


 鉱山区に見られるのはかつての栄華の名残だ。
 その昔はバストゥークで最も人の集まっていた区画だったが、都市の発展が進むにつれてここに住むのは労働階級のガルカたちばかりになってしまった。ヒュームとガルカの確執、バストゥークの影を表す貧民街だ。
 石と泥の匂いに満ちた鉱山区に、商業区や港区ほどの煌びやかさはない。まあバストゥーク全体がもともと質実剛健な街づくりをしてはいるが、ともかく。ただ活気はあった。寂れていて、笑顔も笑い声も少ないが、ここにもまた街の息遣いがある。
 それについては鉱山区内にツェールン鉱山が拓かれたことによって、また開発の手が入ろうとしていることも少なからず関係しているのだろう。最近ではチョコボ厩舎が出来たのもこの鉱山区だ。徐々に冒険者の利用も増えることだろう。

 しかしそんな鉱夫たちの街を小さな女の子が闊歩しているというのはいかにも不似合いだ。時折ちらちらと少女に、そして俺にガルカの視線が飛ぶ。果たして彼女はどこに向かおうとしているのか。
 少女はそのまま人気の少ない鉱石通り……ガルカたちの居住区へと足を踏み入れた。角を曲がったところで一瞬その姿が視界から消える。

 逃がすか……!

 俺はやっとの思いでその少女に追いつこうと足を速め、





 ────ぶぉぅ!!


「ぉわぁ!?」

 あわや耳元を掠めた巨大な拳に咄嗟に後ろに跳んだ。




「貴様、彼女に何の用だ」





 角の先にいたのは、青い髪の少女を庇うようにして立ついかついガルカだった。






==

ガルカってどうしてこうおいしいんだろう。


>FF11は分からないけど面白いです。

・予想外に『FF11やったことないけど』『ブロントさんしか知らないけど』という声をいただいてびっくりデス。
 ただ私自身出来るだけエンドユーザーだけでなく、やったことない人にもヴァナを知ってもらいたいと思っているのでそういう声はうれしい限りです。これからも頑張る。


>ホーリーはネタ魔法。

・私もロンフォールでウサギいじめるのにしか使ったことがない。


>リア充自爆しろ!

・彼らはリア獣ですけどぬ。HAHAHAHAHA!


>オティヌス持ちか。身包み剥ぐんだ!

・彼らのレベルだと返り討ちになるだけな気も。


>プロマシアの呪縛は通用するのかなあ。

・まさかもうそこに目をつける人がいるとは。これはそのうち取り扱う予定は未定です。


>ルイズのドヤ顔が浮かんだ私は大丈夫か?

・大丈夫だ、問題ない。


>勢いでFF11はじめてしまいました。

・ちょ、おま、こういっちゃ何ですが考え直したほうが……い、いや、ここは私が駆けつけるべきところか!? よし、サーバを教えてくださりやがりなさい!



追記:作者の名前は是非『カニ』とお読みください。



[24697] 08-護衛の報酬~バストゥーク編
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2013/09/09 13:32




 もともとはバストゥーク唯一の繁華街であった鉱山区の市街地は、目抜き通りこそその面影を持っているものの、ゲームで見たような一本道の大通りではなかった。
 国をわかせたゴールドラッシュの名残は、半地下の下層と張り出しでできた上層という二層構造や、おそらくはろくな計画性もなく増改築を繰り返された結果であろうやたらと入り組んだ細い路地など随所に見受けられるが、今となってはそのどれもが迷路じみた猥雑さを織り成しているばかりだ。
 酷いところはもう半分スラムと化しているのだろう。メインストリートの鉱石通りは埃っぽくもまだ綺麗なほうだ。裏通りにはもう何が住んでいるやら。

 そんな通りの1つをひょいと無造作に曲がった少女を追って路地に入った途端、出迎えてくれたのはガルカの岩石のような鉄拳だったというわけだ。
 参ったな、これは。

「……ずっと尾けていたな」

 ガルカの声はは決して大きなものでも荒げられたものでもないが、その響きはずっしりと腹に重い。額から目の間を走る傷が特徴的な大男だ。
 出会いがしらの一撃の割には理知的な印象を受けるが、おそらく最初の一撃もただの威嚇だったのだろう。いや、本気だったとは考えたくない。全身板金鎧に身を包んだガルカの鉄拳をまともに食らってたら俺の顔面なんかつぶれたトマトだ。

「知った顔か?」

 ガルカは背に庇った少女に問いかけているが、少女は無言で首を振る。くそ、刺し殺しそうになった相手の顔くらい覚えておけっての。
 疑惑を深めた視線が俺に向く。
 せめても冷静な話し合いにもっていこうと口を開き、

「待て、ちょっと待ってくれ。別に尾行していたわけじゃない、俺はただ……」

 はたと気づく。

 年端も行かない少女のあとを追いかけ、相手が人気のない路地に入ったと見るや声をかけに行く男……つまり俺。
 いかん、無意味に怪しい。時が時なら確実に職質ものだ。
 そこまではまだいいとしよう。良くはないがもうこの状況に陥ってしまった以上そこはどうしようもない。

 しかし俺が彼女を追いかけていたのは……。

「ただ………?」

「その子に用があって……」

 用、というのか。
 半ば反射的に飛び出してきてしまったようなものなのだが。俺は彼女が何者かなんて知らないし、知らないからこそ追いかけてきたのだが、こうして問い詰められてしまうとなんと返したものか答えに窮する。

「その用、とやらが」

「え?」

「往来で胸を張って言えるものならば、聞こう」


 ────先日彼女にナイフでぶっ刺されそうになったので一言物言いに来ました。


 ………………ないな。
 俺が向こうでもそれはない、新手の詐欺か人攫いに違いないと確信できる。しかし下手なごまかしが通用する雰囲気でもない。頭から説明するしかないか?
 そもそも、ちょっとビビッてテンパっていたが考えてみればこっちには何もやましいところはないんだ。だったら全部話しちまったほうが早いだろう。

 …………いや、もしこのガルカが彼女の仲間だったら、こっちもちょっとヤバイ奴なんじゃ……。

「………………」

「ちょ、落ち着け、こっちこそ往来で刃傷沙汰は二度とごめんだ!」

 考えてる傍からこれだ!

 俺が話しあぐねいているのをどうとったか、ガルカは背負っていた大斧にそっと手を伸ばした。とてもじゃないが俺には使えそうもない、タルタルくらいなら押しつぶせるんじゃないかってサイズだ。
 こっちは丸腰なのだ、あんなもの抜かれたら堪ったものじゃない。ええい、ままよ!

「そいつがこの間居住区でひと悶着起こしてたんだよ! その場に居合わせて俺も危うく怪我するところだったんだ、だから気になって追いかけてきただけだ!」

「なに……?」

「…………」

 ガルカの顔つきが変わった。疑いの色は変わらないが、どちらかと言えば怪訝な表情をして少女を振り返っている。どうやら知らなかったようだ。
 少女のほうはあまり表情を変えていないが、何かを思い出すようにじっと俺の顔を見つめていた。

 何とか穏便に話を出来そうな方向に流れが変わり、ほっと胸をなでおろす。

「別に謝罪しろとかそういうわけじゃない。けどあの場から姿を消してそれきりだったから、な」

「…………事実か?」

「……」

 こくり、と少女が頷く。
 それを見てガルカがうめくように呟いた。

「……聞いていないぞ」

「…………それは、」

「ちょっと、何してるのよ!?」

 少女が何か口に仕掛けたとき、鉱石通りに新たな闖入者の声が響いた。どうやらジジが追いついたらしいが、そこにメルがいたかどうかはこのときは確認できなかった。



 何が悪かったのかと言えば。
 おそらく全員が悪かったのだろう。この状況を作った俺も、突然響いた新たな声に咄嗟に斧に手をかけてしまったガルカも、それを見て早とちりしたジジも、そもそもの発端になった少女も。



「リック、下がって!」

「あ、おい、待て!!」

 ばねの様に飛び出た彼女を止める暇もなかった。
 牽制するつもりだったのか、応戦するつもりだったのか、いずれにしろ無謀にも眼前に躍り出てきたジジに、ガルカは斧を抜かなかった。代わりにその丸太のような腕を横なぎに振るってジジを追っ払おうとしたのだ。
 ジジの体が丸太の直撃を受けて吹き飛ぶ…………そんな光景はありえなかった。

 トン、と。

 軽い音を立ててジジの体が視界から消える。
 跳んでいた。ガルカの腕を蹴り上げ、彼女はその大柄な男の肩の上で天地を逆にして宙を舞っている。軽やかに、軽やかに。飛ぶ鳥に挑む猫の跳躍のごとく。ふわりと彼女のトレードマークのベレー帽が宙に漂い、しかしそれが地に着くよりもジジがトンボを切って着地するほうが早かった。

 けど彼女は気づいていない。目まぐるしく変わっていく状況に驚いたのか、その後ろにいた青髪の少女が、腰に佩いた剣を握っていたことに。

「よせ、ジジ!!」


 ジジもまた、腰の短剣を引き抜こうとし。
 少女がジジに向かって剣を振るおうとし。




 ジジを、そして少女を止めたのは俺の声ではなかった。




 平手を打ったような、それよりももっと乾いた甲高い音が、立て続けに薄汚れた通りに響き渡る。

「きゃっ!?」

「ぬう……ッ?」

「………ッ」

 三者三様の反応を返しながら動きを止め、そして俺を含め、全員があたりの様相の変化に目を疑った。
 花びらが舞い上がっている。
 ひらひらちらちらと、赤や薄桃の花弁が全員の視界を埋め尽くしている。俺はそれに良く似たエフェクトを見たことがあった。

「な、なにこれ……?」

「桜花爛漫……花火か? でも誰が……」

 また別の声が聞こえてきたのはそのときだ。喧騒から一歩離れていたはずの鉱石通りが、妙に騒がしくなってきたものだ。

「こらぁアンタたち!! なーに天下の往来で大立ち回り演じてるの!!」

 声は、上から聞こえてきた。
 見上げると、上層の通りにヒュームの女が立っていた。見事な仁王立ちだがそれが妙に似合っている。小脇には何故かメルが抱えられていた。
 空いている手で弄んでいた花火を懐に仕舞うと、女は「よっ」と簡単に手すりを乗り越えて俺たちの丁度真ん中に飛び降りる。こちらもまたジジに引けを取らぬ身軽さだ。付き合わされたメルは青い顔をしているが。

「久しぶりね、お兄さんも」

「ああ、あん時の……」

 降りてきた顔を良く見れば、それはあの夜の居住区で銀髪の少女を取り押さえようとしていたシーフの女だった。
 彼女は脇に抱えていたメルを下ろすと、ガルカと少女に向き直った。

「で、何してたのあんたたち。弁解は?」

「いや、俺は……」

「するの?」

「…………しない」

 弱いなガルカ……というか強いなこの女。させてやれよ弁解、と思うが俺もここに口を挟む勇気はなかった。
 ぬぐ、と苦虫を噛んだような表情のガルカに対して、少女のほうは無表情なまま、なのだがどこか不満そうにしている気配がする。

「私は何もしていない」

「同罪よ、というかそもそも全部発端はアンタでしょうが!」

 完全に説教に入ってしまった女に、ガルカも少女もたじたじになっている。
 置いてけぼりにされる形になったジジがこちらに寄ってきた。ゴブリンのときといい、こんなのばっかりだな。

「ねえ、どうなってるの?」

 答えたのはメルだった。こっちは完璧に呆れ顔になっている。

「リックもジジも人を置いてどんどん行っちゃうからだよまったく。ボクがたまたま彼女を見かけてなかったらどうなってたか」

「おかげで助かったって言うべきか、どっちかと言うとジジが一番突っ走ってくれたおかげで話がややこしくなるところだったんだがな」

「あ、あたしは…………悪かったわよ。てっきりあんたがあの戦斧で真っ二つにされるところかと思ったんだから」

 それもまた愉快な想像である。
 ただおそらくあのガルカは最初から斧を使うつもりはなかったのだろう。何か過敏になっていたようではあったが、見たところ彼は終始理性的だった。

「それで、あの子はなんなの? あんたが追いかけていたの、あの青い髪の娘でしょう?」

「涸れ谷に向かう前のことになるけどな」

 
バストゥークに到着したその日のことを思い出しながらジジに事のあらましを説明する。公衆浴場からの帰り道で起きていた騒動、エルヴァーンの女と対峙していた少女、取り押さえようとしたシーフの手を逃れて俺のほうへ向かってきた瞬間。そして……そのとき初めて気づいた肉体の異変については、胸のうちに収めておいた。
 話しながら思い返すに、どうもバストゥークの街に着いてからこちら落ち着きという言葉と無縁になってきている気がする。なんて言い出したらヴァナ・ディールに来てしまった時点でもう平穏とはすっかり疎遠なのだが。

「それはまたずいぶん、あんたも奇妙な縁に恵まれてるものね」

「全く同意するがお前が言えたことか」

 どういう意味よ、と睨みつけてくるジジにはあえて答えず、俺はいまだにお小言を続けているシーフのほうに声をかけた。後ろでなにやら文句を言っているが、それよりも気になることがあるのだ。

「お取り込み中悪いんだけどな」

「おっとと、どうしたのよお兄さん?」

 振り返った女は多分俺と同い年くらい。ダークブラウンのショートヘアを後ろで軽く結っており、どちらかと言えば幼い、快活な印象を与える。その一方で腰に手を当てて胸を張った毅然とした立ち姿も様になっており、頼れる姐さんという言葉が脳裏をよぎった。

「出来れば事情を説明してくれ。言い方は悪いがこっちは危うく刺し殺されるところだったんだ、あんたが、ええと?」

「ユーディットよ。ユーディで良いわ、お兄さん」

「なら俺もリックでいいよ、そっちにお兄さんなんて呼ばれるほど歳は離れてないだろう。で、ユーディが彼女を追いかけて行ったあと、何があったんだ?」

「何があった、って言われるというほどのこともないんだけど……」

「分かった、聞き方が悪かった。彼女一体何者だ? この間の大騒ぎは結局なんだったんだ?」

 問いかけなおすと、ユーディは言いよどむように口の中で言葉を転がす。その視線が少女のほうに向く。話すべきか話さざるべきか、そんな様子だ。少女はただ無言で視線を返すばかり。
 言える範囲でいいぞ、と念を押すと、ユーディはひとつ頷いて話し始めた。

「私がこの子を捕まえたのは見ての通りだけど……あのことは全部、そう、誤解だったのよ」

「誤解?」

「そうそう」

 ユーディの話によると、だ。
 問題のヒュームの少女、タバサというらしいが、彼女はあの時著しい記憶の混乱状態にあったらしい。というのも彼女は、何者かによって心と記憶を乱す強力な呪いをかけられており、ここがどこだかも何故あそこにいたのかも、それどころか自分のことさえもあやふやな状態だったらしい。そこに突然声をかけられて動転してしまった、と。
 ユーディたちに保護された今では、かろうじて自分の名前と、どこかの特務機関に属していたらしいと言うことまでは思い出したものの、それ以外のことは何から何まで一切合財分からないそうだ。仕方なしに今はユーディたちの世話になりつつ、冒険者として身を立てていこうとしているところだとか。

「と、いうわけなのよ」

「なるほどな、納得したよ…………で、どこから嘘だ?」

「半分くらいかなー」

 やっぱり分かる? なんて舌を出している。ぬけぬけとよくもまあ。
 いちいち少女のほうを見やりながら悩んで悩んで話す様子を見れば、どんなアホだって感づくというものだ。

 じとっとねめつけていると、半分は本当よ、とユーディは悪びれもせずに笑った。

「タバサがあの時暴れたのは混乱していたからっていうのは本当。今は私たちが面倒みてるっていうのもね」

「ユーディット」

 ぺらぺらと話す口をガルカが止めようとするが、逆にユーディがそれを制する。

「今は右も左もわからない子だけどね、そこにつけこもうとするなら……」

 そこで言葉を区切った彼女は、口元にこそ笑顔を浮かべているものの、瞳に映しているのは決して穏便な光ではなかった。



「痛い目見るわよ。氷で指を切りたくはないでしょ?」



 それは、ユーディが黙っていないと言う意味だったのか、あるいは少女を比喩したものだったのか。
 どちらにしろ、どうしてこう怖い女ばかりなのか。

「穏やかじゃないな。安心しろとはいえないけど、そんなつもりはないさ。あとさっきの話は本当だってことにしておくよ」

「そうしてくれるとありがたいわ」

 一通り話をつけて、ユーディは少女たちのほうに戻っていく。俺もメルたちのほうに戻りながら、やれやれと内心肩をすくめた。
 ちょっとばかり普通じゃない境遇にいるのは自分だけかと思っていたが、世の中には想像以上に色々な人がいるようだ。タバサと呼ばれていたあの少女に何があったのかは分からない。だが、それなりに面倒な身の上であることは確かなようだ。俺も人のことは言えないが。
 ともかく、完全に納得ずくというわけにもいかなかったが、これであの夜の話は終わった……というよりも俺のあずかり知らぬところでひとまずの決着はついていたのだろう。ならもうこれ以上無理にかかわることもない。

「悪かったな、引っ張りまわしちまって」

 改めて2人に頭を下げる。
 まだしもメルはあの場にいたからある程度事情を飲み込めていただろうものの、ジジはまったくわけもわからずに走り回らされたようなものだ。事態をかき回してくれたことは別にして、その点はすまないと思っている。

「それは別に良いわよ。けど次……からは突然走り出すのはやめてちょうだい」

「心がけるよ」

「ボクとしては置いていかれるのが勘弁してほしい限りだな。君たちに追いつくのは本当に大変なんだから」

「次からは俺が抱えていくことにするよ」

 荷物扱いでなければね、とメルは笑った。









 いつの間にか6人にまで増えていた俺たちは、なんとなく一緒に通りを抜け、そのままなんとなく一緒に居住区に向けて歩いていた。
 ジジとユーディ、メルが3人でなにやら話し込み、その後ろにタバサが無言で続いている。俺はガルカのおっさんと一緒に、一番後ろからその様子を眺めていた。
 ガルカは物静かな男だった。むっつりと黙り込んでいる姿はいかにも恐ろしいが、不思議と威圧されるような気配を感じることはない。ただ静かで、大岩を思わせる雰囲気だ。

「お前とは、前に会ったな」

「え?」

 その大岩が突然口を開いて、一瞬自分が話しかけられているのだと分からなかった。
 ガルカはタバサとユーディの後姿に目を向けたままで、聞き間違いかと思ったが、ちらりとその瞳が俺のほうを向いたのでどうやらそうではないらしい。
 思わずしげしげと横顔を見つめてしまう。ええと、前に会った?

 大柄で、熊のような顔を縁取る毛がたてがみのように立派で、額に走る傷が特徴的な……。

「もしかして、風呂で俺を起こしてくれた人か?」

 そうだ、丁度例の騒ぎがあった直前に、公衆浴場で転寝していた俺をゆすり起こしてくれたガルカ。この人だったのか。
 彼は頷きもしなかったが、否定もしないのでおそらくは間違っていないはずだ。参った、全く気づいてなかったな。

「俺は、レオンハートだ」

 危うく噴出しそうになったのをどうにかこらえる。俺の不審な様子に気づいたのか、じろりとした視線が飛んでくるのを、なんでもないと笑って誤魔化した。別に名前を笑うつもりはなかったんだ、本当に。
 だって、その顔でその名前はあんまりにはまりすぎだ、往年のFFシリーズファンなら誰だってわかるだろう。
 残念なことにこの世界にガンブレードはないけれど。

 それはともかく、レオンハートと言うのはガルカ名ではないな。

 バストゥークのガルカには名を2つ持つものがままいる。本名とも言えるガルカ名は他の民には発音しづらいらしく、ヒュームがあとから勝手に名をつけるのだと言う。両者の歪んだ関係がここにも現れている。
 当然あとからつけられた名を忌避するものは多い。しかし彼は、レオンハートはいやいや名乗っているようには見えないし、レオンハートという響きは……決して蔑称としてつけられた名ではないのだろう。
 それはかすかに誇らしげに名乗った彼の様子からも一目瞭然だった。

「いい名前だな」

「ああ」

 今度はすぐに頷いた。

「リッケルトだ。リックで良い」

 お返しに名乗り返すと、レオンハートはもう一度頷いて「覚えた」と低く呟いた。

「先ほどはすまなかったな」

「いや、俺も迂闊だったよ。あんた、あの子の面倒を見るように言われてたんだろう? 俺みたいなのが近づけば敏感にもなるさ」

 なんとなくだが。
 彼は多分小さな子供の面倒でも見るようなつもりでいたんだろう。ところが彼女はふらふらと1人で鉱山区の人気のないところを歩き、後ろからは見知らぬ男。過敏な反応も頷けようというものだ。
 ただレオンハートの心情は別として、これは俺の見立てだが彼女はそう過保護にするほど子供でもない気がする。なりは小さいが、あの居住区での立ち回りや俺を貫こうとしたときのためらいのないまなざし、どうも見た目とは不相応にそれなりの場数を踏んでいるように思える。

「わたしも、謝る」

 いつの間にこちらに寄ってきていたのか、少女が俺を見ていた。
 やはりその瞳は、透き通った感情の薄い色をしている。

「それこそもういいって。誤解ってのは分かったし、俺もなんともなかったんだ。それよりあの時思い切り投げちまったけど、そっちこそ怪我しなかったか?」

「……背中を打った」

「う……その、悪い」

「いい」

 そのまま彼女は何も言わずに歩き続ける。レオンハート以上に寡黙な娘だ。

「…………」

「………………」

「……………………」

 右をタバサ、左をレオンハートに挟まれ俺はただただ無言で足を運ぶ。何を話しているのか知らないが、前のほうで談笑しているジジたちとはえらい落差である。
 と言っても別に俺は喋ってないといられないわけでもないし、気まずい雰囲気と言うわけでもない。単に話題がないのだ、お互いに。レオンハートも、少女も、話す必要を感じなければ話さない、そういう性格なのだろう。多分……会話を拒絶されているわけではない、と思いたい。
 お互い冒険者という程度にしか接点のない俺たちは、どちらもそれをきっかけに会話を盛り上げるような性質ではなかったということだ。

 しかし意外にも先に沈黙を破ったのは少女のほうだった。

「タバサ」

「え?」

「私は、タバサ」

「ああ、名前か。俺はリッケルト」

 コクリと頷く少女、タバサ。その反応は奇しくもレオンハートとそっくりだ。

「お前も……タバサも冒険者になったんだって?」

「そう」

「そのなりからすると……」

 身にまとっているのは誰でも着用できるチュニックなので参考にならないが、腰には剣を佩いている。しかし戦士を生業にするには彼女は力不足と言わざるを得ないし、ユーディに倣ってシーフとするには得物が大ぶりすぎる。
 だとしたら。

「赤魔道士か?」

「……」

 タバサがかすかに目を見開いてこちらを見た。ふむ、正解か。
 レオンハートもこちらを見ている。そう注目されると面映いものがあるが。

「よく分かったな」

「そんな大したこっちゃない、タバサからは少し魔力も感じるしな。けど昨日今日魔法を覚えたって印象でもないから……そのどこだかの特務機関での経験か?」

 今度こそ、彼も大きく目を剥いた。そんなにおかしなことを言っただろうか?

「ひゃー、すごいねリック。あなたって魔法の心得もあったのね」

 前を歩いていた3人もいつの間にか歩みを止め、俺たちの話を聞いていたらしい。ユーディが感嘆の声を上げて俺をしげしげと眺めた。

「お前も赤魔道士……いや、体のつくりが違うな。ナイトか?」

「ああ、まあな」

「へぇ、只者じゃないとは思ってたけど……ねえレオンハート、彼になら任せてもいいんじゃないかしら?」

「む、いや、しかしだな……」

 何の話だ?

「今メルたちと話してたんだけど……リック、あなたこの間発布された任務ミッションのこと知ってる?」

「ミッション? いや、俺は聞いてないけど」

 ミッションといえば国から正式に依頼される仕事のことだ。町の人々から受ける依頼クエストよりも確かな報酬が約束され、また国内での名声を高める一番の近道だとされている。その分重要なミッションは信頼のある人間にしか任されることはなく、今回俺のところに報せが来ていないのも俺が駆け出しだったからだろう。コンクェストやアウトポストへの物資輸送などで貢献して、初めて国の信頼を得るわけだ。

「内容はまだ公表されていないわ。でもいま国内にいる有力な冒険者には軒並み声がかかってるらしいの」

「実はさ、ボクのところにもウィンダス領事館から呼び出しがかかったんだ」

「何だって?」

 メルが懐から取り出したのは一枚の羊皮紙だ。確かそれは、モグハウスを出るときにメルが読んでいたものだった気がする。
 しかしバストゥーク国内の有力冒険者にミッションが出されたのと同時に、ウィンダスの冒険者にも声がかかる? それもメルの話では1人2人ではないようだ。

「サンドリアからは?」

「あたしもまだ駆け出しだもの。でも噂じゃやっぱりサンドリアの冒険者にも何かしら呼び出しがあったって話よ」

「重要なのはこの任務、発布したのが工務省……それも鋼鉄銃士隊なのよ」

 鋼鉄銃士隊、工務省街道護衛局下に設置されたバストゥーク共和軍団のいち部隊だ。
 彼らの主要な任務は通商ルートの確保と護衛とされているが、その実態は対獣人戦のエキスパートだ。クゥダフ対策に主に駆り出される鋼鉄銃士隊は、みな共和軍団から引き抜かれたエリートで構成されており、隊員にはその名に恥じぬ鋼鉄製の最新装備が支給されている。その任務内容から実戦経験も豊富であり、戦闘能力は共和軍団内においても郡を抜いて高い。

 だが彼らが関わるミッション自体はそう珍しいものでもないはずだ。冒険者が台頭してきている現在では、国の正規軍が彼らの力を借りることもままある。正規兵たちのプライド問題は別にして、だ。
 問題はそこに他国まで関わってくるということだ。クゥダフを相手にするだけであればウィンダスやサンドリアが興味を示すのはおかしい。

 いや待てよ。工務省の管轄下にあるものに1つ、他国が食いついてきそうなものがある。

「まさか……」


 ────コロロカの洞門。


「ええ、皆同じ結論に達したわ」

 鉱山区内から通じるツェールン鉱山の一角には、数百年に亘り閉ざされ続けていた門がある。その先に広がる巨大な地底トンネルこそ、コロロカの洞門だ。
 天然の海底洞窟であるこのコロロカの洞門は、ザフムルグ海の下を潜り、クォン大陸南西に位置するゼプウェル島へと繋がっている。大半を砂漠に覆われたこの島は周囲を断崖と岩礁に囲まれ、船や飛空艇での渡航は困難なため、コロロカの洞門が大陸と繋がる唯一の道となっている。そしてそのことがアルタナの民にとって救いとなっていた。

 ゼプウェル島はかつてガルカたちが暮らしていた島であった。だが今現在彼らに取って代わりゼプウェル島を支配しているのは獣人アンティカたちだ。ガルカはその昔、アンティカに島を追われ多数の犠牲を出しながらコロロカの洞門を通り、グスタベルグの地へを逃げ落ちたのだ。そこでヒュームと協力してバストゥーク峡谷に町を築きあげた。コロロカの洞門はそのときから閉ざされ続けている。アンティカがあまりにも恐るべき敵であったから。

 アンティカはそのすべてが生まれながらにして兵士であり、極限まで突き詰めた全体主義を持つ彼らは驚異的な軍事社会を形成している、アリのような獣人だ。彼らは誕生する前から既に役職や階級を定められ、生後数ヶ月で成体となった後は集団における歯車として機能し続けることになる。その死後までも。彼らに個は存在しない。個が形成する総体こそがアンティカそのものであり、全体が単一の意志によって統率されているのだ。
 20年前の大戦時においては、先述のように本土との連絡路がごく限られていたことが影響し、アンティカたちは稚拙な海上輸送によってごく少数の部隊が上陸するにとどまっていたものの、もし彼らの全軍が大陸に到達していれば大戦の結末は一変していたであろうというのが各国共通の見解である。

 コロロカの洞門がいつか冒険者たちに向けて開かれること自体は知っていたが、まさかこんな早くにその名前を聞くことになるとは思ってもいなかった。

「開くのか? コロロカの洞門が?」

「それはなんとも言えないけど、開くにしてもすぐにってことはないでしょうね。多分この先何度も調査隊が組まれることになると思うわ、今回はその始まりに過ぎないでしょうね」

「けれど、何だってこの時期に? 最近はどこも獣人たちが活発になっているっていうのに」

「この時期だから、だろう」

 腕を組んで鼻を鳴らすジジの疑問に答えたのは、レオンハートだった。



「闇の王の復活が噂されている今だからこそ、どの国もアンティカたちの動向を確かめたいのだろう」



 ────闇の王の復活。



 その言葉に。
 俺たちの間に、重い沈黙が横たわった。








[24697] 09-ひとりでできる?
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2017/11/03 05:47


 ジジがバストゥークを発ったのはその翌日のことだった。

「少しお金も出来たし、これ以上セルビナの町長さんを待たせるのも悪いもの」

 朝方に俺たちの部屋を訪れたジジは、すっかり旅支度を整えた格好でそう言った。荷物の中にはもちろん、俺たちと写しに行った碑文の刻まれた粘土が入っている。
 商業区の門の前、俺たちは一時の仲間だった彼女を見送りに来ている。チョコボに乗れないジジはここから徒歩でセルビナを目指すことになるわけだ。セルビナから船に乗り、また歩いて……ウィンダスまでは早ければ5日ほどの道のりになるだろう。

「本当はメルも来れればよかったんだけどな」

「仕方ないじゃない、あんたが送り出したんでしょう」

「そうなんだけどな……今日出るならそう言ってくれりゃいいのに」

 この場にメルはいない。彼は昨日話題に上がったミッションに……おそらくはコロロカの洞門の調査隊に参加するためにまだ夜も明けきらないうちにモグハウスを出たからだ。
 昨日の時点ではメルに参加の意志はなかったのだが、その理由が「リックが行けないから」だったために俺が半分押し出す形で参加させたのだ。メル自身少なからずコロロカの洞門に興味を持っているようだったし、俺もいつまでも彼に付きっ切りでいてもらうわけにも行かない。ここらでしばらく1人で活動するのはいい経験になるはずだ、言わずもがな俺にとって。
 これがメル1人でとなると逆に俺が心配になってしまうところだが、そもそもこの話を持ち出してきたユーディとレオンハートの2人がバストゥーク民としてながら参加すると言うことなのでそのあたりの心配は無用だろう。どちらかというとこの2人に心配性なメルを押し付けたというのが正しいかもしれない。その代わりに俺も押し付けられてしまったものがあるわけだが……。

 しかしジジがバストゥークを離れてしまうというのに見送りにも来れないというのは、少しタイミングが悪かったと言わざるを得ないだろう。

「全く、見送りなんて必要ないって言ってるでしょう」

「だからって一時は仲間だったのにはいさようならって訳にはいかないだろう」

「大げさ。それに……あんたも、ウィンダスを目指すのよね?」

「まあ、身の回りの支度ができたらになるけどな」

 それからジジは、歯切れ悪く口の中でもごもごと何かを呟いてから、やがてまっすぐこちらを見据えて言い放った。


「だったら、また会うこともあるわ。あたしたちは冒険者なんだから」


 確かに。
 そうなったらそれは、実に冒険者らしい巡りあわせというべきだろう。俺たち冒険者の道は、決して一本ではないがしかし、必ずどこかで交じり合っているものだから。

「ただし、ウィンダスでのんびり待ってるつもりはないわよ」

「言ってろよ、すぐ追いついてやるからな」

 突き出した拳を打ち合わせたのを合図にして、ジジは踵を返して歩き出した。その背中になんと声をかけようかと思ったが……ここで言うことなんて1つしかないだろう。

「またなジジ、よい旅を!」

 俺の声に、無愛想なミスラは尻尾を振って答え、バストゥークの門を駆け出していった。







「さて、と」

 ジジを見送り、クラウツ橋を戻りながら俺はこれからどうしたものだろうかと頭をひねった。
 ミッションに向かったメルたちは短くとも3日は帰ってこないはずだ。その間は1人で資金稼ぎなりなんなりしなければならない。

 いや……。

 正確には1人ではないか。
 朝からずっと、ジジを見送るときも無言で傍にいた"押し付けられた荷物"に目をやる。

「…………」

 青銀の髪のヒューム、タバサ。

 何故彼女がここにいるのかと言えば、つまりユーディの言っていた任せたいものというのがタバサのことだったわけである。
 もともとコンビを組んで活動していたユーディとレオンハートは、やはりこのミッションにも2人で参加するつもりだったが、しかしここに来てタバサという面倒を見なければならない相手が出来てしまった。レオンハートはガルカとして、ユーディはバストゥークに住む者として、何より2人とも冒険者としてこのミッションに参加しない道理はなかったが、しかしいくら本人が問題ないと主張していても、タバサを1人にすることも、かといって一緒に連れて行くことも出来ない。
 そこでユーディが目をつけたのが俺と言うわけだ。こっちとしては1人でどうにかやりくりしようと考えていた矢先のことだし、俺自身も冒険者としては駆け出しだからと断ったのだが、気づいたらユーディのよく回る口に押し切られていた。「リックになら任せられる気がするのよね」と我が物顔でのたまう彼女は、単にお荷物を押し付けたかったのではないかと邪推してしまう。
 本当のところはこっそりジジを当てにしていたのだが、それもご破算になってしまった。これからの数日間、俺はこの無口な少女と2人でやっていかないとならないということだ。

「どうするかなぁ」

「…………」

 ちら、と視線を向けてもタバサは無言で歩みを進めるばかり。閉じた貝だってもう少しくらい口を開くだろうに、彼女の口数の少なさはサイレスでもかけられてるのではないかと思わんばかりだ。レオンハートも寡黙な男だったが、お互いに前衛職ということもあってか会話に困る相手ではなかった。対してタバサの沈黙は、昨夜は気づかなかったがどことなく人を拒む気配を持っている。

「……酒場でも行くか」

 ため息混じりに呟いた行き先は、もちろん昼日中から酒を煽ろうという意味ではない。

 酒場には街に住むもの、旅人、そして冒険者、あらゆる人々が集い、そして酒の肴に雑談や噂話を交わしていく。同時に街の人間にとっては冒険者を捕まえるのに最も適した場所でもあり、冒険者からしてみれば「仕事と情報が欲しければ酒場に行け」と言われるほどのいわば情報の駅になっているわけだ。加えて蒸気の羊亭では店の仕事の一環として仕事の斡旋も行っている。まあ斡旋と言っても小銭程度の手数料で店に依頼の案内を張り、仕事を探す冒険者にそれを紹介している程度だが、それでもあるとなしとでは双方にとって利便性が段違いであり、非常にありがたいことに変わりはない。
 つまるところ仕事を捜しに行こうといっているのだが……仕事を捜しに酒場に行く、現代人の感覚からするとかなりアレな言霊だ。

 しかしタバサはといえば、俺の言葉を聞いているのかいないのか、相も変わらずに無言を貫いている。

「聞いてるか? それとも他に行きたいところでもあるのか」

「…………」

 分かった。俺わかった、これは無視されてるんだな。
 そっちがそういうつもりなら好きにしろ、と言ってもいいのだが、俺としても任された仕事を放り出すのは気が引けるし、それに彼女は……どこか異邦人の気配がする。この土地に慣れていない、というタバサを1人では行かせられないだろう。

「何が気に食わないか知らないけどな、シカトするなら俺はこのままお前に付きまとうぞ」

「…………」

 小さな背中に声をかけると、タバサはやっとこちらを振り向いた。

「…………必要ない」

「うん?」

「子守は必要ない」

 そう言うタバサの目は、よく見るとどことなく怒っているような、いやどちらかというと不満げな色が見え隠れしている。

 ああ、そうか。
 俺は得心して胸中で頷いた。

 あけすけにお荷物扱いで置いていかれ、子ども扱いで保護者をあてがわれては誰だって不機嫌にもなろうと言うものだ。というかそれを一番露骨に表情に出していたのは俺かもしれない、失敗だ。

 タバサはそれだけを言い捨てるとまた俺に背を向けてすたすたと歩き始める。心地足早になっているが、そこはコンパスの差だ、すぐに追いついた。

「ちょっと待った、悪かったよ。俺も1人じゃ心細いんだ、一緒に行ってくれないか?」

「…………」

「お前だってこの辺りには不慣れだろう? ならパーティ組んでいこうぜ」

「…………パーティ?」

「ああ、えーと、仲間かな。俺たちは2人だから相棒でもいい」

 もともと徒党を意味するパーティは、MMOにあらずともRPGをプレイすれば一度は耳にする言葉だ。おおよそ3~6人の集いを1単位として数えるこの言葉は、ヴァナ・ディールでは冒険者が徒党を組む際の最小構成単位として通用されている。人数的に指揮や連携に難のない6人までというのが一般的で、この上に複数パーティが集まって構築するアライアンスと言う言葉もある。
 冒険者の間に広く浸透しているこのパーティスタイルだが、起源を辿ればクリスタル戦争当時に存在したとある特殊部隊の行動様式に端を発している。そう、あの多国籍教導部隊、ハイドラ戦隊のことだ。

「まだ赤魔道士になったばかりなんだろう? 赤魔道士がいくら多彩だって言っても、まだ1人で行動するのは難しいぜ」

 レベルが上がるにつれて多様なスキルを使いこなせるようになる赤魔道士は高レベルNMにソロで挑めるほどの能力を有するとはいえ、初期の頃はちょっと魔法が使える戦士程度の扱いだ。彼女がどれほどの実力を持っているのか分からないが、1人で何でもこなせるほどの行動バリエーションはまだないだろう、赤魔道士が本領を発揮するのはリフレシュを覚えてからだろうし。

 それに俺のほうにもタバサと組んでおきたい理由がある、というか今思いついた。
 まだ俺は黒魔法を見たことがないのだ。いかなゲームの知識を持っているとはいえ、その効果のほどや詠唱の速度などはやはり自分の目で確かめておきたい。単一で戦況を覆せるほどの能力を持つものはそう多くないとはいえ、味方につけるにしろ敵にまわすにしろ魔法は重要なファクターなのだ。今後魔道士とパーティを組むときの練習と言ってもいい。

「俺はタバサの疑問や質問には答えられるだけ答えるし、もし危険が、戦いが必要なら俺が壁役になる。その代わり俺はお前さんから黒魔法の知識を得たい、どうだ?」

「知識はそれほどない。使えるだけ」

「問題ない、どれくらいまで使える?」

「六大元素の精霊魔法はサンダー以外。ケアルはIIまで」

「強化魔法は?」

「インビジやスニーク、それに代筆屋で扱っていたものは全て使える。それ以外は魔法書がない」

 ヴァナ・ディールで魔法と言えば魔法のスクロールを使って覚えるものだ。スクロールは店で購入するなり、敵が落とすのを回収するなりして手に入れることになる。それぞれの魔法にはそれぞれのスクロールがあり、それを入手するのが魔道士の最初の課題ともいえるだろう。後半になると段々これが大きな壁になるのだがそれは置いておくとして。
 ちなみに代筆屋というのは、商業区に店を構えるいわゆる魔法屋だ。タルタルのソロロが経営する店だが、実は治安維持上の決まりでバストゥークでは大っぴらに店を構えて魔法を売ることはできない。そこで客の要望を承って代筆をするという形で法の隙間をくぐって営んでいるわけである。バストゥークにある唯一の魔法屋だが、精霊I系や強化I系は大体ここで揃うのでこの街で魔道士を始めた人は一度は世話になったことがあるはずだ。

 話を聞く限りタバサは25レベルくらいか。エン系やバ系、それにスパイクはこの辺りじゃ手に入らないだろう。逆にインビジやスニークを持っているのは強みだ、おそらくユーディたちが持っていたものだろうが、これがあればだいぶ活動範囲が増える。

 ん? 待て、この辺りじゃ手に入らない?

「なあ、それもしかしてこの数日で一気に覚えたのか?」

 まさかと思って聞くと、タバサは無言で頷く。

 俺はてっきり以前属していた特務機関がどうのこうのと言っていたのでそっちでも赤魔道士をやっていたのかと思っていたが、聞いてみるとそちらでは全く別の魔法を使っており、それは今は使えなくなっているという。
 参った。つまり彼女はたった数日で25レベルまで上げた、いや、最初から25レベル近い素養を持っており、20以上ある魔法を一気に覚えてしまったということか。何よりタバサは自分に、赤魔道士に使える魔法やその効果をほぼ把握しきっている。ユーディもレオンハートも魔道士ではなかったから、他に誰か師がいたのかあるいは独学かはわからないが、すさまじい才能と集中力だ。もしかしたらタバサは天才的な魔道士なのかもしれない。

「……なに?」

 驚嘆半分呆れ半分で思わず呆然としていると、怪訝そうな顔でタバサが見上げてくる。ううむ、見かけで人は判断できないな。

「いや、それだけ使えればそれなりに出来ることの幅は増えるな。タバサはこれからどうしたいんだ?」

「…………お金がいる」

「資金稼ぎか……同じだな、俺も懐事情が苦しい。けどこう言っちゃなんだけど、ユーディたちに融通してもらえないのか?」

「頼りきりには出来ない」

 まあそれはそうか。俺も似たようなものだ、いつまでもメルに頼りきりというわけにはいかない。今はそれで良いとしても、いずれは1人で活動しなければならないかもしれないのだ。ならば今のうちから資金を調達しておく必要はある。

「それに俺はまず装備を整えないとならないしな」

「そう」

 どうやらその辺も彼女は同じらしい。冒険者としてやっていくなら、着の身着のままで荒野に出るのは自殺行為だ。

「なんにしろ仕事を探さないとどうにもだな。とりあえず酒場にでも……」

 行くか、といいかけたところで不意にタバサが俺のほうに向き直った。

 何だ?
 タバサはじっとあの色のない目でこちらを見つめている。

「聞きたいことがある」

「ん?」

「"闇の王"、」

 だがタバサの言葉を最後まで聞き取ることは出来なかった。

「ねえ、お兄さんたち」

 横から突然声をかけてきたのは、子供だった。
 いや、子供、と言っていいのかどうか分からない。その小さな人影は、ずんぐりとしており、顔は小熊のようだ。太い尻尾が生えている。小さなガルカだった。
 子供だと言い切れないのは、彼らガルカは非常に長寿だからだ。200年近くを生きることもある彼らは成長が遅く、20歳を超えても子供と見分けがつかないことがある。

 ただそれでもガルカの中では子供とされているのだ、ここは子供と言ってしまっていいだろう。

「お兄さんたちは、冒険者?」

 ガルカは俺たちの傍まで寄ると、顔を覗き込むようにしながら首をかしげた。

「そうだけど……なんだ?」

「お兄さんたちは仕事が欲しくて、ついでに武器や鎧が欲しいんだよね?」

 少年はいかにも訳知り顔で俺たちの顔を覗き込んでいる。

「立ち聞きか、あんまり良い趣味じゃないな」

「聞こえちゃったんだよ、ごめんね。でもそれなら丁度良い話があるんだけど、どうかな」

 どうかなと言われてもな。
 タバサのほうを見ると、突然現れたガルカに少しばかり警戒している様子だ。もしかすると意外と人見知りをするほうなのかもしれないが。

「丁度良い話ってのはなんだ?」

「知り合いが人手を探してるんだ。手伝ってくれたら、鎧をあげられるかもしれないよ」

 鎧を、ねえ。
 願ってもない話ではあるが、いかんせん唐突すぎる上に話が曖昧でまだ頷く気にはなれない。

「もうちょい具体的に話してくれないか。そんなんじゃはいともいいえとも言えないぞ」

「ああそうだね、ごめんごめん。その人は鍛冶職人なんだけれど、人手を探してるんだ。もし引き受けてくれるなら、その人に鎧を融通してもらえるように話してあげてもいいよ?」

 それはまたあつらえたような話だ。

「信用できるのか? その、そいつの腕前は」

「うーん、それは自分で確かめてもらうのがいいと思うんだけど……じゃあちょっと着いてきてくれる? 会ってみれば、たぶんその保証もできるから」

 そう言ってくるりと背を向けたガルカはそのまますたすたと歩き始めた。こちらを振り返りもしないのは、来るか来ないかは好きにしろということか、それともついてくると確信しているのか。

 どうする、とタバサに顔を向ける。
 彼女はじっと離れていく後姿を見つめていたが、ややあって無言でそのあとを追いかけ始めた。なら俺もそれに付き合うとしよう。

 ガルカは慣れた様子ですたすたと商業区を抜けていく。クラウツ橋を抜け、炎水の広場を突っ切る。人いきれの中で子供の背中を追いかけるのは意外と面倒で、時折見失いそうになったものの、何度も通った道なので行き先は大体分かってきた。

「大工房に行くのか?」

「そうだよ、鍛冶ギルドの人だから」

 この少年にどんなコネがあるのかは知らないが、それなら依頼人の身元はしっかりしているということか。

 大工房に入りまっすぐに一番奥へ行くと、巨大な炉が煌々と熱い火を灯している。バストゥークの誇る先進技術の一つであり、鍛冶ギルドの本部でもある。余談だがサンドリアにももう1つ鍛冶ギルドがあり、両者は互いをライバル視しているそうだ。
 工房の中ではあちこちから鉄を鍛える音が響いてくる。炉から溢れる炎と、飛び散る火花、そして鎚を振るう男たちの熱気で内部はとにかく暑い。ゆれる炎が壁を赤く照らしているのも、体感温度を上げる理由のひとつだろう。

 少年は男たちの間を迷うことなく進み、木のテーブルに図面を広げているエプロン姿の頭の禿げ上がったガルカの元に歩いていった。

 ってちょっと待て、あれってもしかして……。

「こんにちはゲンプさん」

「うん? 何だ坊主か、どうしたんだ」

 やっぱりゲンプか!
 彼は鍛冶ギルドのギルドマスターであり、かつては傭兵として大戦に参加しながら鍛冶職人として軍需工場を監督していたという来歴を持つ男だ。甲冑への造詣が深く様々な新型鎧を考案し、実際にゲーム中にも彼が製作した防具が優良装備として市場に出回っていた。また優秀な冶金技術を持つクゥダフの鎧に興味を示し、それを冒険者に持ってこさせるほどに技術開発には余念がない。江戸っ子気質で豪快な、いかにも頑固な職人肌といった性格だったと思う。

「ゲンプさん、腕の立つ人を探していたでしょう? このお兄さんたちにお願いしたらどうかな」

「なに、このヒュームの小僧たちにか?」

 俺はもう30も遠くないんだが……ガルカからしてみれば30が40でも小僧同然か。
 ゲンプは俺たちの前にずいと歩み出ると、品定めするような無遠慮な視線をぶつけてくる。でかい。ガルカの図体に加えて、腕を組んでむっつりと黙り込んで相対しているゲンプの姿は一際大きく見える。頭から足の先までこうもじろじろと見られると落ち着かないが、ここはうろたえた様子を見せるべきではないだろう。出来るだけ毅然とした態度でその視線を受け止める。
 俺とタバサの間を行き来していた鋭い視線は、やがて俺のほうに定められた。

 不意に、その大きな拳で胸を小突かれた。突き飛ばされるほどではなかったが、危うくよろけそうになるのをどうにかこらえる。
 そんな俺の様子を見ながらゲンプはふぅむ、と1つ頷いた。視線が首から提げているシグネットに向く。

「冒険者か。そっちのお嬢ちゃんはともかく、お前はそれなりに鍛えているようだな」

「タバサは魔道士だよ。そこは勘弁してやってくれ」

 ナイトと赤魔道士と言うことを差し引いても、成人男性と少女じゃ体のつくりに差がありすぎる。とはいえ俺の身体もゲンプやレオンハートらガルカと比べればもやしみたいなものだし、訓練の末に手に入れた肉体じゃないのでまだ微妙な違和感が残っているのだが。
 俺の内心を知る由もないゲンプは満足げに何度も頷いている。

「なりは貧相だが全くの駆け出しというわけでもなさそうだ。坊主の知り合いか?」

「たまたま、ね」

 答える少年はしれっとしたものだ。つい今しがた道端で捕まえてきたくせによく言う。

「いいだろう。小僧、名前は?」

「リッケルトだ、リックで良い」

「ようしリック坊主、こっちだ」

 小僧が坊主にシフトチェンジしたのはある程度認められたと考えていいのだろうか、ゲンプは1つ奥の部屋へ俺たちを案内する。
 見上げるほどの広い背中について部屋に入ると、そこはテーブルの周りに金槌やら鍛冶台、中には裁縫道具などが所狭し置かれた工作室のようなところだった。テーブルには図面のようなものや、鎧の一部だろうか、細かな鉄板のような部品が雑然と広げられている。

 その中に唯一、ひと目でそれと分かる形にまで組み上げられた鎧が、テーブルの中央に鎮座していた。

 白銀の板金を張り合わせて作られた鎧は、よく見ると要所以外には堅いなめし革が用いられており、着用者の動きを阻害しない機能的な、それでいて見た目にも鮮やかな洗練されたデザインになっている。ハーフプレートアーマーとでもいうべきかも知れないが、俺はその鎧の見目に覚えがあった。

「試作のアイゼンプラッテアーマーだ。板金には鉄や青銅、革は大羊とダルメルのものを重ねてあわせてある」

「全身板金鎧よりもだいぶ軽いだろうな……けどそれだけじゃないだろう」

 金属部分も革の部分も、一様に部屋の明かりを照らし返して輝いている。鉄や革だけではあの輝きを出すことは出来ない。確か合成にはもう1つ必要なものがあったはずだ。
 するとそれまで黙って話を聞いていたタバサが一歩近寄り、そっと鎧の表面を彩るレリーフに指を這わせた。

「これは、銀?」

「目ざといじゃねえか。そいつはただの飾りじゃあない、わざわざ魔道士にデザインさせたもんだ。身につけた者を守る呪いさ」

「なるほどこれは……」

 アイゼンプラッテアーマーは低レベル向けの白銀の鎧だ。29レベル装備にして30後半装備にも並ぶ防御力のみならず、AGIやVITを上昇させる優良装備であることに加え、合成素材や必要なスキルが多岐に渡ることから同レベル帯ではやや高額で取引されていた代物である。とはいえ抜きん出てレアな素材を使うわけでもなく、多少資金に余裕があれば容易に揃えられるお手軽さもあいまって装備可能な前衛はこれを好んで着用しているものが多かった。
 この鎧の人気の理由に、もう1つ上のレベルの装備として共和軍の官給品である鎖帷子が出回っていたことも背景として挙げられている。こちらもまた優秀な防御力に能力値ブーストを兼ね備えており、さらに装備可能ジョブが広かったことから前衛は軒並み鎖帷子という時代が続いていた。そこに他いくつかの装備とあわせて登場したのがこのアイゼンプラッテアーマーである。鎧としての堅固さを持ちながらも優美な意匠は見目にも鮮やかで、ヴァナ・ディールのファッション事情に一石を投じ、さらにはバストゥークは防具の国であると言うイメージを確固たるものにした立役者ともいえるだろう。

 追加ディスクも増え、世界も広がり、レベルキャップの解放と共に様々な装備が実装された現在においては、多くのプレイヤーにとってこの鎧もただの通過点に過ぎない。しかし今の俺にとっては、あるのかも分からぬアーティファクトよりも価値があるものに思えてならなかった。

 白銀の鎧はヴァナ・ディールの歴史に深く刻まれている。
 しかし、今ここにあるこの鎧は、まだ何の傷も持たぬ生まれたばかりの存在なのだ。いずれ量産され広く市場に出回るとしても、それはまだ起こっていない、起こるかも不確かな未来のことだ。この鎧の歴史はまだ始まっていないのだから。

 更に言えば。
 設定上とはいえアイゼンプラッテ・アーマーを開発したゲンプ手ずから作り出されたひと揃えを目の前にしているのだ、これはもしかしなくてもとんでもなく幸運なことだろう。

「共和軍歩兵向けの設計から始まったものだ、サイズはヒュームにあわせてある。うむ、お前の体格なら丁度無理なく着れるはずだ」

「しかしいいのか? 共和軍の最新の鎧っていったら機密扱いでもおかしくなさそうだけど」

「問題ない。大戦の終結で軍向けの生産は潰れちまったし、今は半分俺の趣味でやってるようなものだ。完成品はギルドを通じて広く売り出すつもりでいる」

 なるほど、それを今この時期にと言うことは、冒険者特需に乗っかればそれなりの収入は見込めるという魂胆もあってのことだろう。豪胆なようだがこの地位にいるだけの計算高さもあるらしい。

「それでどうかなゲンプさん。このお兄さん、丁度良い鎧がなくて困ってるんだって。もし良かったら仕事の見返りにその鎧を融通してもらえないかな」

「なに、コイツをか?」

 ガルカの少年の提案にゲンプは渋い顔を見せる。それはそうだろう、何をするにしてもアイゼンプラッテ一式というのは割高すぎる。
 案の定ゲンプは重々しく首を振った。

「悪いがそいつは出来ない相談だな」

「そりゃそうだ、いくら何でも割に合わないだろう。何か別の、」

「そうじゃねえよ、こいつはまだ未完成品だ。最後にひと手間加えてやって完成するんだ。報酬に欲しいってんなら、その完成品をくれてやる」

 なんだって?
 思わず耳を疑ってしまう。

「丁度良い鎧がないとか言っていたな。今は何を着ている?」

「え、ああ、間欠泉トカゲの皮を使った鱗鎧を……」

「ほう、ダングルフの間欠泉トカゲか。悪くはないが確かにお前さんには見合わないな。いや、この鎧でも実力に追いつかないかもしれないな」

 確かにゲームの数字で見ればこの鎧は俺の装備できる最高のものより20は位が下がるが、それは俺の正当な評価ではない。高い身体能力と魔法を持っていても、実戦経験はまったくの素人なのだから。

「その鎧が見合わないなんて、そんなことはない。むしろ俺のほうが着るに値するか不安なくらいだ」

「なら、それをお前さんが自分で確かめてくればいい。最も、俺の仕事をきっちりこなしてこれたらの話だがな」

 本当にいいのだろうか。
 どんな仕事をすることになるのか分からないが、なんだか話が上手いこと行き過ぎているような気がする。

 にわかに不安になって俺たちをここまで案内してきた少年に目をやると、にっこりと笑って頷かれた。
 タバサのほうを見やる。彼女は何も言わず、じっと俺の顔を見つめていた。

 腹を決めるべきか。
 それに報酬が高くてしり込みするなんていうのは、ちょっと情けなさすぎるというものだ。

「よし、なら具体的に何をすればいいか教えてくれ。それだけ立派な報酬なんだ、どんな難題を突きつけるつもりだ?」

 そう言うとゲンプは、また満足げに大きく頷いた。





/*/

遅くなりました。
脳内で展開を悩むシーンって、書き始めてみると以外に進んだりして困る。
ところでシーン転換が多くてぶつ切りな印象だったりしないかが最近の悩み。




もしかして:モンハンやりすぎた。










[24697] 10-ミスリルに賭けた男たち
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2013/09/29 09:43



 こつん。

 うっかりと蹴ってしまった小石が石壁にぶつかる音は、思いのほか大きく坑道の中に響き渡った。あるいはそれは俺たち自身の立てる物音が全くしないがために余計にそう感じたのかもしれない。
 肝を冷やしながら周囲の気配をうかがうが、重くどんくさい足音が聞こえてくる様子はない。ほう、と吐いた安堵の吐息は、やはり何の音も立てることなくむき出しの岩壁に吸い込まれていった。

 ふと視線を感じ、隣を見る。
 青い瞳が物言わず俺の不注意を咎めていた。

 すまん、と手刀で謝意を表すと、その瞳はふいと俺からはずれ、やはり何も言わぬまま先を歩いていった。

 相変わらず、ジジ以上に愛想のない奴だ。今のは俺が悪いにしても。

 揺れる青髪を見ながら、俺は内心で1人ごちた。口に出したところで大声でも出さない限り音として発せられることはないが、それでもやはり気は引ける。いつ魔法が解けてしまうとも分からないのでなおのことだ。
 音消しスニークの魔法は俺たちの発するありとあらゆる音を消してくれる。足音、布ずれ、呼吸、それに鱗鎧の金属音も。敵の目を、いや耳を欺くこの魔法はしかし、効果時間が一定でないという欠点がある。切れそうになれば分かるとはいえ、音という音に神経質になってしまうのは仕方のないことだろう。

 まだ自分の音が消えていることを確認しながら、前を歩く少女の後姿に目を向ける。
 肩口で切りそろえられた青い髪、白い肌、そして細いフレームの眼鏡。魔法をかけたのは、目の前にいる少女……あの夜俺を刺し殺しかけ、つい先日再会したタバサだ。

 タバサは、こうして並んでみると俺より頭1つ分ほど背が低い。男女の対格差を差し引いても、だいぶ小柄なほうだ。加えてまだあどけない顔立ちを見るに、まず齢20を数えることはないだろう。
 ほっそりとしたシルエットはいかにも華奢で、腰に差した幅広の剣が不釣合いだ。もっと細身の刺突剣に丸小盾、それに赤魔道士のアーティファクトをあてがえばきっとよく似合うことだろう。

 そんな感慨にふけりながら歩を進めていると、正面と右手に分かれた分かれ道に差し掛かった。
 俺は足を止め、タバサに視線を向ける。その意味を理解して、彼女はかばんから古い羊皮紙を取り出した。この薄暗い、手に提げた角灯の灯りだけが揺れる坑道の内部を記した地図だ。15年以上前の、と注釈がつくが。

(右)

 地図を確認したタバサが指先で道を示すのを確認して、俺は頷く。
 それからそっと曲がり角を覗き込み。


「……ッ!!」


 慌てて頭を引っ込め、自分と、それからタバサの身体を壁の暗がりに押し付けた。

 のそり。

 曲がり角から丸いごつごつした亀そっくりの頭が現れる。それからずんぐりとした身体、太い手足。頭の高さは俺とそれほど変わらないが、猫背気味の背筋に纏った甲羅のような鎧がその肉体を一際大きく感じさせる。
 腰に剣を差した亀の化物は、丸い頭を捻り左右を見渡す。その視線が俺たちの上を通過する。ぎゅっと捕まれる感触。見ると、タバサが体を押さえる俺の腕をきつく握り締めている。大丈夫だ、と声に出してやることが出来ないのがもどかしい。いや、もしかすると声が出ても言ってやることはできなかったかもしれない。俺の喉は緊張ですっかり張り付いてしまっていたのだから。

 奴がこっちに気づくことは無い、はずだ。目の弱い奴らは音で獲物を察知する。だからスニークをかけてじっとしていれば見つからない。
 そうと頭で分かっていても、鼓動が高く脈打つのを止められない。音がないだけ、忙しなく早鐘を打つ心臓を強く感じる気がした。俺と、そしてタバサの2つ分の鼓動を。

 あるいは向こうも何か気配のようなものを感じているのか、しきりに首を捻っている。
 頼むからここで魔法が切れるなんて勘弁してくれよ、と女神に祈りながら、俺はじっと息を殺す。

 やがて興味をなくしたのか、そいつは視線をめぐらすのをやめると、俺たちのすぐ脇を通り過ぎながら坑道の暗がりの中へと進んでいった。

 やれやれ、心臓に悪いな、全く。
 ようやく全身から力が抜け、俺は深くため息をついたが、吐いた息はやはり何の音を立てることもなかった。

 それにしても。

 こいつらをこうして間近で見るのはあの時以来だ。のしのしと歩み去っていく甲羅を見ながらそんなことを思った。
 忘れもしない、メルと出会ったあの日に俺を襲ってきた亀の化物。

 バストゥークの仇敵、獣人クゥダフ。

 ここはそう、奴らクゥダフの根城なのだ。








「パルブロ鉱山?」

「ああ、鉱山からいくらでもいい、ミスリルをとって帰って来るんだ」

 白銀の板金鎧をこつこつと叩きながらゲンプはそう言った。
 場所は分かるか? と尋ねられるが、わからないはずがない。パルブロ鉱山といえばバストゥーク民なら誰もが一度は訪れたことのある場所のはずだ。

 グスタベルグを北に丸1日ほど歩いた先にあるその鉱山は、かつてはバストゥークの主要な財源であった。潤沢な鉱脈から発掘される様々な鉱物はバストゥークに大いなる発展をもたらしたが、中でも重要だったのが豊富に採掘された霊銀ミスリルだ。
 もともとトールキンの創造したエルフ語において「灰色の輝き」を意味するミスリルは、ヴァナ・ディールにおいては鉄や銀以上、金や黒鉄以下の中堅的な位置づけになっている。強酸にも腐食しない耐食性の高さが特徴であり、また銀でもあることから聖別された武器にも用いられるなどその汎用性の高さが特徴的である。
 ことバストゥークにおいては、パルブロの発掘が始まった664年以来のミスリル景気で国の基盤を築いたといっても過言ではないだろう。

 しかし15年ほど前、クリスタル戦争で疲弊した隙を突いてきたクゥダフの猛攻に晒され、いまやあそこは化物亀たちの住処と化してしまっている。バストゥークも奪還に躍起になっているが、度重なる討伐も功を奏してるとは言いがたいようだ。高い冶金技術で知られるクゥダフのことだ、鉱山をさらに掘り返して迷宮化しているのだろう。

 にしてもだ。
 パルブロ鉱山は拠点国の目と鼻の先、つまりそうレベルの高いダンジョンではない。俺のレベルなら裸で歩いても問題ない程度の敵しかいなかったはずだ。

「それだけでいいのか?」

「ほぉ……それだけで、とは大きく出たな」

「いや、これだけの鎧が対価なんだ、もっと面倒な仕事を押し付けられる覚悟はしてたんだが……けど、この鎧にミスリルを使うのか?」

 この鎧のレシピにミスリルは含まれていなかったはずだが。

「この紋様はな、今はただの銀で描いているが、魔道士が言うにはミスリル銀を使うのが一番いいらしい」

 ゲンプはその太い指で鎧に刻まれたレリーフをなぞりながら、ぼやくように言った。

「こいつは共和軍に卸すために設計したもんだが、上から採算が合わないってんでミスリルは使うなといわれた。確かにミスリルを銀にしたところでそう性能に差はでねえ……けどな、俺はこの自分で鍛えた最初のひと揃えだけは、完全な状態にしてやりたいのさ」

「なるほど、職人のこだわりってわけだ……に、しても」

 アイゼンプラッテアーマーにそんな逸話があったとは。
 HQ品になったとしても素材の内容は変わらないわけだから、もしこの鎧が完成すれば正真正銘の一品モノになるのではないだろうか。

 そのうえミスリルとはまた。
 かつての第二次ミスリルラッシュを思い出して思わず苦笑を浮かべてしまう。

 示し合わせたように皆で揃って鉱山に駆け込んでいた日々。その後のバストゥーク一強時代の下地となったミスリルマラソンは、今はもう遠い思い出だ。
 あの頃のバストゥークはまさににわか景気に沸いていた。揃いも揃って裸で街と鉱山を往復する姿は、傍目にはどれほど滑稽に映っていたのだろうか。あの頃はまさか、俺たちのそんな行いが公式の年表にまで残ることになるなんて思いもしていなかった。

 そういえばこちらのヴァナ・ディールでもつい最近『大統領の宣誓』があったとトリビューンに書かれていた。もしかすると、もうすぐこちらでも第二次ミスリルラッシュが起こるのかもしれないなんて、そんな益体もないことを考える。

 1人感慨にふけっていると、小さく裾を引かれているのに気づいた。

「ん?」

 見るとタバサが首をかしげながらこちらを見つめている。

「……私は?」

 ああ、そうか。
 今の話だと俺1人で鉱山に行って帰ってくればいいという話になってしまう。タバサが来る分には問題ないだろうが、彼女にも何か報酬が出なければ着いてこさせるだけ無駄足になってしまう。

 そんなタバサの様子に、ゲンプが大口を開けて笑う。

「心配するなお嬢ちゃん、お前さんにも報酬は用意するとも。剣か、それとも鎧がいいか? 金のほうがよければ、そう言ってくれ」

「なら、剣を」

「よしよし、それならこっちに来い。お前さんの身体にあったものをこしらえなきゃならん」

 そのまま2人は工房の奥で、採寸をしたりあれこれと剣を握ったり振ったりしている。ああやって自分の身体にあわせた剣を探すのだろう。正直言うと俺もそろそろ新しい剣が欲しい所なのだが、流石に鎧に加えて剣まで強請るわけにはいかないだろう。
 さてそうなるとこっちはすっかり手持ち無沙汰になってしまった。
 机の上においてある篭手を手にとってためつすがめつ眺めてみる。カチャカチャと金属部品を鳴らす篭手はいかにも丈夫そうだが、持ってみると思いのほかに軽い。ゲンプが自信作だと言うだけのことはあるようだ。そういえば兜は見当たらないが、まあ兜はどうしても視界に制限が入る。冒険者としては無理して被ることもないだろう。

 部屋の中には他にも作りかけの剣やら鎧やらが散乱している。どうにも雑然とした部屋のようにしか見えないが、刀剣鎧に心くすぐられる男の子からするとここは宝の山にも等しい。
 あまり勝手に触ったり弄ったりするのもよくないと思いつつも、つい好奇心が勝ってあれこれと物色してしまう。長剣に短剣、斧、槍、なんともバリエーション豊富だ。いつぞや行った鎌倉の武器屋にも心躍ったが、ここにあるのはどれも本物だ。そう思うと自然とテンションが上がってしまうのは仕方ないはずだ。

「良かったね、お兄さん」

 探検気分で部屋の中を眺め回していると、ガルカの少年が声をかけてきた。
 そうだ、彼が俺たちをここにつれてきてくれたのだ。

「ああ、そうだな。お前のおかげだよ」

「僕は僕のするべきことをしただけだよ。選択したのはお兄さんたちだ。これから上手くいくかどうかは分からないけれど、どんなことが起こるにしろ全くの損にはならないと思うよ」

「そうあれかしと思うね」

 よく口の回る子供だ。彼が実際に何歳なのかは分からないが。

「しかし一応聞いておきたいんだが、今でもミスリルは採掘できるのか? パルブロ山に鉱山が拓かれたのはもう200年も前のことだろう?」

「どうだろう。あまりパルブロ鉱山に行った人の話は聞かないね」

 ふむ、バストゥーク出身者にとってパルブロ鉱山は登竜門のような場所だったが、こちらではそうでもないのか。あるいはパルブロにもいけないほど冒険者のレベルが総じて低いのだろうか。
 もしもそうであるなら、メルやジジ達は冒険者の中でもかなりの腕利きということになるのだろうか。

「パルブロ鉱山なんてちっとも問題じゃあないって顔だね。お兄さん、獣人と戦ったことはある?」

「ええっと、一度だけな」

 言われてみれば、獣人と戦ったのはあの涸れ谷の一件だけだ。
 だがあの時もそれほど難しいことはなかったし、流石にパルブロのクゥダフに遅れを取るつもりはない。なら悩みの種は本当にミスリルが採れるのかどうかというところだ。

「クゥダフが鉱山を掘り返していない保証はないし、鉱脈が涸れてたら流石にどうしようもない」

「そこをどうにかするのが冒険者というものじゃないかな」

 そう言われてしまうと全く返す言葉がない。
 精々手ぶらで帰る羽目にならないよう努力することにしよう。

「そうだお兄さん、これをあげるよ」

「うん?」

 ガルカの少年が差し出してきたのは、乳白色のクリスタルをあしらった首飾りのようなものだった。シグネットにも多少似てはいるが、これはもっと荒削りの石を使っている。
 小ぶりの割にずっしりと重たい石の中にはきらきらと無数の輝きが舞っているように見え、しかし灯りに透かしてみても中に何があるのか見通すことは出来なかった。

 何故だろうか?
 この石を見ていると、不思議と懐かしい気持ちになってくる。奥底に渦巻く光の中に吸い込まれていくような、あるいは自分がこの石の中に帰っていくべきであるかのような錯覚を受ける。

「これは……?」

「お守りだよ。きっと何の役にも立たないけれど、最後に必要になるものは全てそこに入っているから」

「それって、」

 どういう意味だ、と尋ねる直前、タバサたちが戻ってきた。
 どうやら向こうは話がついたようだ。

「決まったのか?」

 尋ねると、タバサは無言で頷いた。
 その手にはなにも握られていないが、どうやら鉱山から戻ってくるまでに物を見繕っておくということで決着したらしい。

 これでタバサの報酬も決まった。パルブロ鉱山に侵入するのにスニークを使える彼女が一緒にいるなら実に心強い。ゲームと違ってレベル差があるからと言って敵は見逃してはくれないだろうから、面倒な戦闘を避けられるなら大幅に時間短縮も出来るだろう。

「それは?」

 首をかしげるタバサの視線の先には、俺の手の中で光る首飾りがあった。

「ああ、そいつにもらったんだけど、」

 おや? と俺も首をかしげる。
 先ほどまでそこにいたはずのガルカの少年の姿が、いつの間にかどこにもない。

「坊主なら今帰ったぜ。僕の用事はもう済んだからって言ってな」

 ゲンプに尋ねるとそう言われた。
 ったく、俺たちに声をかけてきたときからそうだったが、ずいぶんとマイペースな子供だ。
 礼を言っても言い切れないくらいなのだが、どうしてかすっかり振り回されたような気がしてならないのはあいつの個性とでも言うべきなのだろうか。

 それから工房を出てあのガルカのチビを探してみたのだが、結局見つかることはなかった。
 まあ縁があるならまた会うこともあるだろう。

 こうして俺とタバサは、パルブロ鉱山へと挑むことになったのである。








 クゥダフたちの耳を魔法で誤魔化しながら侵入した鉱山の中は、兎にも角にも暗く、まだしも陽の光が差し込んでいた入り口から奥へ進むともはや自分の手の先さえ認めることが出来なくなってしまった。
 聴覚の発達しているクゥダフたちに灯りは無用の長物のようで、鉱山内に設置されているランプには一切火が灯されていない。
 かといって煌々と松明を燃やせばいくら連中の目が弱いといってもすぐに見つかってしまうだろうし、姿隠しインビジをかけてしまうと明かりはまったく意味を成さない。松明の発する光も魔法が隠してしまうからだ。
 結局俺たちはシャッターで量を絞った角灯のおぼつかない光を頼りに、半ば手探りで鉱山の中を進んでいる次第である。

 お世辞にも探索ははかどっているとは言いがたかった。
 俺たちがつるはしを下げて目指す古い採掘場所は、鉱山の奥のほうにある。しかしそこにたどり着くための道は、あっちで崩れ落ちこっちでふさがれ、時に全く地図に載っていない道に迷い込みかけたこともあった。
 20年前の落盤事故と、その後長期に亘ってクゥダフに占拠され続けた鉱山は、すっかり地図とは様変わりしてしまっていたのだ。タバサが念入りに地図を確認し修正してくれなければ、俺たちはとっくにこの目も利かぬ山の中で道に迷っていたことだろう。

 もうどれほど暗い岩穴の中を折れて曲がって上って下りたことだろう。この鉱山もやはり俺の知っている鉱山とは段違いに広い。200年掘り続けられた鉱山は、一朝一夕で攻略する事のかなわない迷宮と化しているのだ。
 鉱山内部は複雑な多層構造になっており、探せばどこかに運搬で使われていた昇降機なんかも見つかるはずだ。それを使って下りた先にはおそらく川が流れている。あの仕掛けが使えると帰り道が大分楽になるのだが……そんなものを探している余裕はあるだろうか。

 また1つ角を曲がると、その先は緩やかに下り坂になっている。重たい足音。正面からのそのそとクゥダフが歩いてくる。俺たちは脇に避け、そのでかい図体が通り過ぎていくのを待つ。

 間近で見るクゥダフも、心をくたびれさせる。
 狩人のいない俺たちはよくよく彼らとほんの鼻差ですれ違うことがあった。その度に息を殺してじっとこらえるのだが、よく見ると彼らはワニガメのような凶悪な顔つきをしており、その太い腕は人の骨など簡単にへし折りそうな怪力を湛えていそうだ。
 同じ獣人とはいえ、子犬のようにころころとしていたゴブリンとは似つかない野蛮な姿だ。こちらを見つけられぬとはいえ、接近して楽しい相手ではない。
 しかしこの容姿で獣人たちの中では比較的高い水準の技術を持ち、人間の技術にも深い興味と理解を示しているというのが不思議なところだ。あの手はそれほど器用には見えないが、彼らの纏う鎧が人間から仕入れたという冶金技術の証左であるのだから、人を、もとい獣人も見かけで判断してはならないということだろう。かつてエルヴァーンと同盟を結んでいたことや、アイアンハートの地図作りに協力していたという逸話もある。
 最もこのパルブロ山においては、俺たちは互いを認めれば一も二もなく戦わざるを得ないだろうが。

 これで4,5匹目だろうか。
 ここがそっくり連中の住処になってると思うとそう多くはないが、岩壁に渡されている梁や時折放置されている荷車や採掘道具、それに地図の上でもここはまだ旧来の鉱山区域だ。多分連中はもっと奥に穴を掘り広げてそちらに引っ込んでいるのだろう。

 そんなことをつらつら考えながらタバサと2人、じっとこらえ続ける。
 さっさとすり抜けて行ってしまえばいいのかもしれないが、坑道の通路というのはそれほど広くない。万一にでもぶつかるかもしれないと思うとあまり気の急いた行いはしたくなかった。
 だが。

(……?)

 くい、とタバサが俺の腕を引く。
 もう慣れっこになったが、これは彼女の意思表示だ。こうやって俺の腕を引いて、その青い瞳をじっと向けて何かを伝えたがる。
 けどこのタイミングで一体なにを……、


(…………ッ)


 とくん。

 胸の奥のほうで小さく鼓動が聞こえたのは丁度そのときだ。
 そう、鼓動が"聞こえた"のだ。

 まずい。
 それはスニークの魔法が切れる前兆だった。かけた後はかけっぱなしで効果を発揮する魔法は、その時々で効果の長さがまちまちだ。
 しかしその中でも、不意に効果が切れると非常に面倒なことになる隠密魔法にはこうして「前兆」が設定されているのだ。

 けどそれがよりにもよってこんなときに来るなんて……ッ。

 突然のことに生ぬるい汗が背中に浮かぶ。
 さっさとどっか行っちまえ。目の前のクゥダフにそう念じるが、相手はこちらの切実な願いなどお構いなしにのんびりと坂を上っている。

 段々と胸中に響く鼓動が早くなってきた。
 クゥダフはまだ通り過ぎようとしない。
 鼓動が早まる。

 このままでは確実に魔法のほうが先に途切れる。そうなったら俺たちが足音を立てまいが関係ない、聴覚で獲物を感知する連中は相手の吐息やかすかな布ずれだって聞きつけるのだ。

 もう強引にでも駆け抜けるか?

 俺がその覚悟を決めかけたとき、タバサが不意に屈み込んで転がっていた小石を拾い上げた。
 何をするつもりなのか、正直それを気にかけてる余裕はなかった。何かしているな、と視界の端で捉えただけだ。

 また1つ鼓動が脈打つ。


「…………ッ!」


 タバサが握った小石を放り投げた。
 彼女の手を離れた小石は、緩やかに弧を描いて俺たちがやってきた通路の奥へと消えていく。


 ────グゥ……?


 小石の落ちる音は、緊張のせいか聞こえてくる鼓動のせいか、俺の耳にはかすかにも届かなかったが、クゥダフの鋭敏な聴覚は間違いなくそれを聞きつけたらしい。
 クゥダフは顔を上げると、ぐるぐると何事かを唸りながら足早に小石の飛んでいったほうへ向かう。
 その図体が前を通り過ぎたのを見計らって、俺はタバサの手を取って一目散に奥へと駆け出した。

 曲がりくねりながら100mは走って突き当たった角を曲がれば、もうクゥダフの気配を感じることはない。気づかれずに済んだらしい。
 緊張から解放されると、疲労は一気に膝に来た。この程度で身体が音をあげるわけではないが、慣れない鎧での全力疾走と心労が耐えがたく、俺は壁に背を預けて座り込んだ。

「はぁ、はぁ……」

 肩で息をしながら自分の呼吸音が聞こえることに気づいた。
 既に魔法は解けていた。間一髪だったようだ。

 タバサも僅かに息を荒げている。俺のようにへたり込みはしなかったが。

「助かった。ありがとうな、タバサ」

「………………」

 礼を述べると彼女はまた無言で頷く。もうこの対応にも慣れっこだ。

 怪我はないか、と尋ねる。横に振られる首。
 だがよく見るとタバサはしきりに手首をさすっている。さっき俺が掴んだところだ。

「悪い、思いっきり掴んじまったよな。痛むか?」

「…………」

「いいから見せてみろって」

 角灯のシャッターを開け、多少強引に彼女の手を取って明かりに照らす。
 ほっそりとした手首には赤い跡が残っている。触診してみると、タバサの表情が僅かに歪んだのは見逃さなかった。もしかすると挫いてしまったのかもしれない。

「俺も悪かったけどさ、こういうのは隠さないでくれ。特に手首なんて、自分だけじゃない、仲間の命にも関わることだ」

「…………」

 しかし、細い手首だ。
 ケアルを唱えながらその頼りなさに内心愕然とする。優秀な魔道士とはいえ、やはり女性は女性、少女は少女か。

 やがて癒しの蒼い光がタバサの手にしみこんで消えていく。

「どうだ、違和感はないか?」

「ケアルなら」

 唐突にタバサが口を開いた。

「自分でも唱えられる」

「あのな、ここまでずっとお前のスニークに頼ってきたんだ、これぐらいさせろ。それにお前の魔力が切れるとこっちも困るんだ」

「…………」

 タバサはまだ不満そうな顔をしていたが、それ以上文句をつけることもしなかった。
 なんだろうか、彼女はなにか人に頼ることに対してコンプレックスでも抱いているのだろうか。しかし正直なところ、それで冒険者を続けるのは辛いだろうに。

 呼吸も落ち着いたところで、俺は改めて周囲の様子を伺った。
 幸い近くにクゥダフはいないようだ。それにもう鉱山に入って大分時間が経っているように思う。こうも暗いと時間の感覚までおかしくなりそうだが、生憎懐中時計を買うほどの財的余裕はなかった。

 場所を確かめようとタバサに地図を広げてもらい、おやと目を丸くする。目的の場所はすぐ目と鼻の先だった。先ほどのがラストスパートになったらしい。
 そのまままっすぐに進み突き当りを右に折れれば、そこが目指していた古い採掘場跡だった。当時の時点では最新の開拓ルートだったはずなので、ミスリルが取れる可能性が一番高いと思われる場所である。足元にはレールが敷いてあり、突き当りには土砂運搬用のトロッコが放置されたままになっていた。

「ここだな、と」

 俺は荷物を降ろし、掘り返された跡のあるどん詰まりの岩壁に手を当ててみる。
 ごつごつとした岩の壁は堅牢で、なるほど採掘につるはしが使われるのも道理だ。これをスコップも用意はしてあるがそちらで掘るのは無理があるだろう。
 問題もミスリルだが、岩壁の表面をさすっただけではさすがに判断がつかない。角灯の灯りをかざしてみても、そこに光るものは見つけられなかった。

 なんにしろこのままミスリルを探そうとしたって埒は明かない。俺は荷物を降ろし、持参したつるはしを両手で構えた。

「タバサ、頼む」

 肩越しに声をかけると、青い髪がかすかに縦に揺れたのが見え、澄んだ声の詠唱が聞こえてきた。先ほどと同じスニークの魔法だ。白い光が俺の身体を包むと、俺からは一切の音が遮断される。
 ちょっとしたことで効果が破れてしまう姿隠しインビジと違い、スニークは意外に大きな行動をとっても魔法が解けてしまうことはない。これでつるはしで壁を叩いてもその音を敵に聞きつけられる心配は無用ということだ。もともとが音を消すことを念頭に置いた魔法なので、多少の衝撃には強いのかもしれない。

 便利なものだ。
 冷静に考えるとスニークとインビジは非常に危険な魔法な気もするのだが、これを見抜ける魔法や道具は存在しているのだろうか? 乱用されれば覗きに窃盗暗殺なんでもござれになってしまう。ゲームでは敵から身を隠す以外の使い道はなかったが、現実ではとんでもない魔法だ。後でその辺調べておいたほうがいいかもしれない。

 そんなことをとつとつと考えながらつるはしを振り上げる。
 右手は柄の根元深くを軽く握り、左手は小指を支点に柄頭を握りこむようにして頭上に構える。右手は添えるだけ。重力に任せて振り下ろし、石壁につるはしをたたきつけた。
 堅い。痺れが手に走り、危うくつるはしを取り落としそうになるところを、手から軽く力を抜いて反動を逃がす。ぼろぼろとつぶてが壁から剥がれ落ちた。

 これは……結構な重労働の予感がする。鎧を着たまま作業するのはなかなか辛いかもしれない。それともこれも鎧の試験のうちなのだろうか。

 零れ落ちたつぶてを手にとって見る。
 それはやはりただの石ころにしか見えない。

 だが。

(…………当たり)

 ミスリルは霊銀と呼ばれるほど魔力との親和性が高い。そこで石ころを細かく砕いて砂利状にし、少し魔力を流し込んでみると、砂利の中にほんのひと粒ふた粒だがほのかに白く光を発する粒が見つけられた。
 小指の先ほどもない小さな粒だが、間違いない、これがミスリルだろう。
 鉱石と違い純度が低く加工に用いることは出来ないだろうが、それでもこれでまだこの辺りからミスリルが採掘できそうなアタリはついた。

 確かな手ごたえを感じ、俺はまた一心につるはしを振るい始めた。







 採掘を始めてからどれほど経っただろうか。
 繰り返し切れ掛かったスニークをかけなおしてもらいながらの作業は思うように進まず、掘った土砂の中からもミスリルの鉱石らしきものは未だに見つかっていない。
 先ほどと同じく砂利の中にいくらかの砂粒を見つけることは出来るものの、それも絶対量があまりに少ない。トロッコ一台を土砂で満たし、精製機にかけてやっと一握りになるかどうかという量だ。

 掘り返した土砂をスコップでトロッコに積んだところでまたスニークが切れた。それを合図にして、俺はどっしりと通路に座り込んだ。

「はぁ……はぁ……思ったより、はかどらないな……」

「………………」

 タバサも隣に来て腰を下ろし、じっと膝を抱えて目を瞑る。
 先ほどかけてもらったスニークでもう彼女の魔力が打ち止めになりかけていたので、ここで一度休憩を挟むことにしたのだ。

 全く、ラピュタの親方が筋肉でシャツを敗れるのも納得できようというものだ。予想以上の重労働にすっかり息が上がってしまった。要求されるのが普段使ってるのとは違う筋肉だからだろうか、ヴァナ・ディールに来て体力にはそれなりに余裕が出来たと思ったのだが。

 それにしてももうどれほどこの暗い鉱山の中で時間をすごしたのだろう。まだ数時間程度か、もう半日以上経っているのか……道中でもそうだったが、やはり光がないと時間の経過が全く実感できない。
 ただ人間には体内時計、あるいは腹時計と言うのもあるもので。

 ぐぅ。

 ほら、鳴った。
 横目でタバサを見るとそ知らぬふりをして瞑想を続けているが、その頬がかすかに赤くなっているのが淡い角灯の灯りに照らされて見て取れた。
 それをあえて指摘してやるのも無粋と言うものなので、黙ってかばんから食事を取り出すことにする。今日は塩漬けにした羊の肉の燻製と黒パンで、お世辞にも豪勢とはいえないが日持ちを第一に考えると必然的にこうなった。
 今が何時か分からないが、とりあえず昼飯ということにしてそれを差し出すと、タバサは無言で受け取った。これは照れているだけだろう、ということにしておく。精神衛生のために。

 肉をパンに挟んで噛り付くと、なかなかの塩辛さだ。スパイスも利いてて単調な辛さではないが、これは結構のどが渇く。

 未だになれない革の水筒に四苦八苦しながら水を飲み、そういえば鉱山の中で2人並んでパンをかじるシチュエーション、やっぱりラピュタだな、とこっそり苦笑した。

「1つ、聞きたい」

 あいまいな記憶を探っていると、タバサが唐突に口を開いた。彼女の赤い瞳はじっと黒パンに向けられたまま。
 そういえば、彼女の知りたいことには可能な限り応えるって約束だ。

「なんだ?」

「闇の王、というのは?」

 予想外の質問に、一瞬パンを口に運ぶ手が止まった。

 闇の王だって?
 まさか、ヴァナ・ディールに住んでいて闇の王を知らない?
 いや、そうか、彼女は。

「色々覚えてない、だったな……どこから説明したものかな」

 20年前の水晶戦争については? と尋ねると、タバサは大よそは聞いている、とうなずいた。

「有史以来人間と獣人が最も総力を挙げて衝突した戦争」

「ああ、その認識で間違っていない。ただ水晶戦争は、その規模の大きさや戦災の悲惨さが目立つけど、実のところ約1年という短期間で決着がついているんだ」

「なぜ?」

「アルタナ連合っていう最大規模の戦時協定のこともあるが……大きくはやっぱり、獣人血盟軍が血や義ではなく、恐怖で結ばれていたってところだろうな」

 結託して侵攻を開始した獣人たちではあったが、彼らは強力な個の力によって統率されていた面が大きい。
 そしてその力というのが。

「北の地に突如として現れた"闇の王"と、彼率いるデーモンたちだ」

 デーモンは、一応は獣人として扱われているものの、元々ヴァナ・ディールに生息していた生き物ではないとされている。
 コウモリのような翼、物理的損傷を吸収してしまう漆黒の外郭、さらには魔法を使いこなす高い知性を持ち、その異様が地獄に住まうと言われるデーモンに酷似しているためにそう呼ばれるものの、彼ら自身は"闇の血族"を自称しており、その生態は未だ謎に包まれている。
 大戦直前に突如として姿を現し、各地の獣人たちを圧倒的な力を持って支配していった謎の存在。

 そしてそれを率いていたのが、闇の王だ。

「もっぱらには闇の血族は闇の王が地獄で契約を交わして連れて来たなんて言われてるけどな。本当のところは……謎のままだ」

 とまれアルタナ連合軍発足を機に攻勢に転じた人間側は、ザルカバード会戦において辛くも勝利を収め、その余生を駆って闇の王の居城ズヴァール城を陥落。
 最後まで抵抗を続けたオーク帝国も敗走し、晴れて大戦は終結と相成った次第である。

「なら、闇の王はそのときに滅ぼされた?」

「ん、いや……」

 滅びては、いない。

「封印されたんだ。倒しきれなかった、ってことなんだろうな。闇の王は未だズヴァール城で眠りについてるって話だ」

 そう、だからこそ人々は囁きあうのだ。
 獣人たちが活動を活発化させ始め、姿を消していたはずのデーモンが再び北の地で目撃され始めた近年。

 闇の王が復活するのではないか、と。

「ありうる?」

 それは闇の王が復活することはありうるのか、という意味だろうか。

「さあな。ただ、封印は相当厳重らしい」

「そう。ならもう1つ」

「うん?」



「闇の王の正体は?」



 なぜ、彼女はそれを俺に聞こうと思ったのだろうか。
 確かに俺は闇の王の正体を知っている。彼がどういう経緯で生まれ、なぜデーモンたちを率いて闇の王になったのか、全て知っている。
 しかしそれはまだ明らかになっていない、なるべきではないことだ。

 闇の王は闇の王。それがヴァナ・ディールの人々のごく普通の認識のはず。
 タバサがその正体なんて気にするのは、彼女が記憶を失っているからなのだろうか?

 いずれにしろ、俺にはこう答えるほかない。

「知らん。それこそ、そんなことは闇の王にでも聞くしかないだろう」

 そう言ってやると、それきりタバサは何も言わず、もそもそとパンをほお張り始めた。







「何故水晶大戦と呼ばれている?」

 と思ったら一口飲み込んで次の質問が出てきた。
 俺にも食わせてくれ。

「ええ? 何だよ今度は……」

「約束」

 思ったより図々しいと言うべきか強かというべきか。

「分かった分かった。クリスタルってあるだろう、生き物の体から採れるやつだ。最初は、そのクリスタルを巡る獣人の資源戦争だと思われてたんだよ。けれど861年の闇の王の宣誓があって……」

「なら……」

 次々に質問をしてくるタバサは、ちっとも俺に食べる暇を与えてくれず、休憩時間はずるずると延びていった。
 ずいぶんと馴れ馴れしい感じにはなったが、それも含めてあまり不快ではなかった。

 好奇心に任せて矢継ぎ早に口を開くタバサは、小さな子供のように可愛らしかったからだ。






==

遅筆で申し訳ない限り。








[24697] 11-憎悪
Name: 為◆3d94af8c ID:015ba534
Date: 2013/09/29 09:42


 暗闇の中でもうどれほどつるはしを振るっただろうか。
 明かりの届かない深い穴倉の中で長時間を過ごしてみて、人間の感覚はこんなにも日光に依存しているのかと実感する。すでに今が朝なのか夜なのかもよく分からなくなっていた。
 そりゃあ以前は一日中部屋にこもってゲームをプレイし続けたこともあるが、それでも外の明かりを感じない時間はなかった。
 やはり俺たちは穴の底で生きるのには向かないようだ。

 そして体の疲労以上に、心が疲れてきている。
 いまだにミスリルの鉱石がただのひとつも見つかっていない事実に。

「くそ、ホントに枯れちまってるんじゃないのか……?」

 スニークが切れ、小休止をはさんだタイミングで思わずぼやきがもれる。

「…………」

 タバサは何も答えない。だがその表情に、少なからず疲労の色が浮かんで見えた。
 彼女も肉体労働こそ俺に任せきりなものの、何度もスニークをかけては瞑想して魔力を回復させている。精神的な消耗は俺以上のはずだ。

 まったく考えが甘かった。

 確かにゲームの中では、パルブロ鉱山からミスリルを採掘してくる程度、裸一貫つるはしだけ持っていけばいいようなお手軽な仕事だった。
 そう、それがゲームの中なら。
 この世界ヴァナ・ディールがゲームの世界ではないとあれほど思い知っていたはずなのに、ほいほい採掘なんて引き受けた結果がこれである。

 クゥダフがすでに鉱山を掘り返してしまったのか、それ以前から枯れていたのか、あるいはそもそも俺の掘っている場所が悪いのか。

 意味のない問答を心のうちにしまいながら、筋肉のこわばった腕を揉み解そうとして、しかしそれすら億劫になって俺はその場に腰を落とした。
 今は無造作に立てかけてあるつるはしは、すでにバーベルよりも重く感じられる。
 これまで感じていなかったはずの鎧の重量とあわせて、肩はここいら岩肌のようにがちがちにこわばっていた。

 水をかけたようにびしょ濡れの下着が肌に張り付き、不快感がいっそう増す。

「きっつ……」

 今までは。

 何をするにも、どこまで足を伸ばすにも、自分がヴァナ・ディールで冒険しているという事実がどんな疲れをも上回っていた。
 ダングルフの蒸し暑さも、獣との戦いも、その体を捌いて皮や肉を手に入れるなんていう慣れない仕事も、全て好奇心と冒険心で乗り越えられた。

 しかし、この闇の中で、敵の気配に神経を尖らせながら終わりの見えない重労働を長時間続けるという行為は、そんな俺のやる気を加速度的に削っていく。

 ちょっとばかり調子に乗っていたのかもしれない。
 ヴァナ・ディールのことなら今この世界の誰より詳しい気になって、すっかり伸びきっていた鼻を思い切りへし折られている気分だ。

 一方で納得している心もある。こんな仕事やりたがる冒険者はそうそう居やしないだろうな、と。
 この仕事、やり遂げられればアイゼン一式くらい胸を張って受け取れる。

 だが……。

「…………そろそろ」

「ん?」

「諦めることも考えるべき」

 タバサの言葉は、俺の脳裏にちらついていた言葉そのものだった。

 パルブロ鉱山に侵入してからの正確な時間の経過はわからないが、体感的にはもう半日程度は穴を掘り続けているはずだ。
 これ以上採掘を続けるのは、体力的にも物理的にも厳しいものがある。
 食料も水も、それほど量は用意していないし、この場所でキャンプを張る気にもなれない。見張りを立てることを考えると、2人では落ち着いて体を休めることは望むべくもない。

 ゲンプから引き受けたこの仕事、放り出すにしろ一度戻って再挑戦するにしろ、そろそろ潮時だろう。
 いずれを選んでも、今回の冒険は失敗に終わる。その決心をする時期が近づいてきていた。

「くそ……」

 正直言って、悔しい。情けなくもある。
 ゲンプの前であれほどえらそうな口を利いておいて、その顛末がこれだ。素材収集なんて冒険の片手間にやる仕事と侮っていたと言わざるを得ない。

 せめて仲間を募って人手を増やすか、あるいはもっとこの鉱山に詳しい人間を案内につけるなりしていれば、話は違っていたかもしれないのに。
 今ならああすればこうすればと出てくる案も、出発前の俺には微塵も浮かんでこなかった。

 笑える話だ。
 舐めてかかって仕事を失敗するなんて、駆け出し冒険者のいいお手本じゃないか。
 つまり、俺は結局その程度の冒険者でしかなかったというわけだ。


 ────引き上げよう。


 自嘲しながら、そう決めた。

 もう少し、もう一度スニークをかけた分だけでも続ければ、そんな考えも脳裏をよぎったが、その下手な博打に賭け金を出すのは俺だけではないのだ。

「……そうだな、今回はここらで切り上げよう」

 澄んだ瞳をじっとこちらに向け、終始黙って俺に従ってくれていたタバサに、申し訳なさが膨れ上がる。

「悪い、俺の見込みの甘さで無駄足踏ませちまって」

 彼女はただ静かに首を横に振った。

「……もう一度挑めばいいだけ」

 ……どうやら、タバサもなかなか負けず嫌いらしい。

 思わず笑みが漏れる。
 依頼を失敗に終わらせるつもりはないらしい彼女の言葉に、俺の沈みかけていた闘志も首をもたげてきた。
 冒険者たるもの、1度や2度の失敗でくじけてはいられない。何度敗北したって笑って次に備える、それが俺たち冒険者だったじゃないか。

「そうだな、次こそミスリルを見つけてやる」

 拳を握り締めた俺の言葉に、タバサは、やはり静かに頷くだけだった。



 ずし、と低く響く足音と、岩を転がしたようなうなり声が聞こえてきたのはそのときだった。

「……ッ!?」

 俺たちのいる袋小路の出口に、ずんぐりとしたシルエットが姿を現した。
 右手に長剣、左手に盾を携えたクゥダフの戦士だ。

 まずい。
 休憩を取っていた俺たちにはいま、スニークの魔法はかかっていない。逆に今から呪文を唱えれば、その声を聞きつけられる可能性が高い。

 だが幸いなことに、通路の入り口できょろきょろとあたりを見回しているクゥダフは、どうやら俺たちの存在にはまだ気づいていないようだ。
 この距離ならばこちらが大人しくしていればそのままやり過ごせるかもしれない。

 万が一に備えて右手を剣の柄にかけながら、左手でタバサにじっとしているように合図する。
 視界の隅では、タバサも剣に手をかけていた。

(このまま立ち去るまで待とう)

 口の動きだけで伝えたが、タバサはきちんとそれを読み取ってくれたらしく、ひとつ頷いてじっと息を潜め続ける。

 クゥダフは何かを探しているのか、それとも巡回の途中なのか、しきりに視線をあちらこちらに動かしている。
 ずん、と一歩こちらに踏み出してくる。
 鼓動がひとつ高鳴る。早鐘を打つ心臓の音を聞きつけられやしないかと、いやな汗が背中を伝う。

 しつこく通路の中を見回しているクゥダフは、しかしその低い視力では俺たちを見つけられないでいる。どうにか音も届いていない。
 やがて、そいつは興味を失ったのか、ふいと首をもと来た道へと向けた。重苦しい動きで振り返り、亀の甲羅のような鎧の背をこちらに向けた。

 まだ安堵の息を吐くのは早いが、それでもどうにか騒ぎは回避することが出来そうだ。
 自然、肩から力が抜ける。



 無造作に壁に立てかけられていたつるはしが床に倒れたのは、その次の瞬間だった。



 バランスを崩したのが何の拍子だったのかは分からない。
 ただその鉄が石を叩く甲高い音は、壁に天井にと跳ね返り、鉱山全体に響いたのではと思えるほどに大きく反響した。

 ぶわりと、背中に尋常ではない量の冷や汗が浮かぶ。あれほど汗だくになったというのに、どこにこれほどの水分があったのか。

 ────ぐぐぅ……?

 立ち去りかけたクゥダフが、ぎょろりと光の灯らない瞳を通路に向けた。
 先ほどのように忙しなく顔を動かす様子は見られない。じぃっとこちらを見つめている、いや、耳を澄ませている。

 頬を伝って落ちた汗が一滴、顎の先から地面へと垂れた。
 それは何の音も立てず、地面に吸い込まれていった。そのはずなのに。




 ────ぐげげげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!



「援護しろタバサ!!」

 背後に向け叫び、剣を抜き放ちながら駆け出す。
 一歩目を踏み出したのは俺とクゥダフのどちらが早かったか。だがあの図体で押し込まれては厄介だ、特に後ろに魔道士を庇いながらでは。

 足の速さでは俺に軍配が上がった。クゥダフの戦士がこちらに詰め寄りきるより早く、俺は剣を上段に振りかぶり、刃を叩きつけた。
 だがその一撃は、クゥダフの掲げた盾によって防がれた。代わりに返ってくるのは横薙ぎの刃。

「……ッ!!」

 避けた、というよりも首をすくめたら剣がその上を通り抜けたような感じだ。

 やばい。
 率直にそう思った。

 何しろダングルフの涸れ谷での一件を別にすれば、獣人と……剣を持った相手との戦いはこれが初めてだ。
 明確な殺意を持って振るわれた刃に、俺の心は一瞬竦みあがった。

 クゥダフはその一瞬を見逃さなかった。

 こちらの動きが止まった刹那に、大きく一歩二歩と踏み込みながら、立て続けに長剣を振るう。
 防戦に追い込まれると、余計にその刃が恐ろしく感じられ、俺はひたすらに避け続けるしかなかった。

 クゥダフの振るう剣は思いもよらぬほど鋭い。剣筋も、そして磨き上げられたその刃も。
 体を捻って刃をかわす度に空気を引き裂く音がする。切っ先を剣で受け流す度に、白く火花が散った。

 鈍重な亀のような姿をしていても、こいつはいっぱしの武人だ。高い冶金技術によって鍛えられた剣も断じてなまくらではない。
 一方で俺は、剣も盾もメルのおさがり。心は冒険に舞い上がっていたずぶの素人。



 くそったれ、クゥダフがちょっとしたトラウマになってきやがった。
 どうもヴァナ・ディールに来てからというもの、こいつらにはろくな目にあわされていない。



 だがここで挫けるなど、もってのほかだ。



「《プロテス》」

 白い光が俺の体を包み込んだ。タバサの放った魔法が、凶刃から俺の身を守ってくれる。

 そうだ、もう分かっていたはずだ。
 後ろに護るものがいる限り、ナイトは決して倒れてはならない……!!

「舐めんなカメ野郎……!!」

 袈裟懸けに振るわれた刃を盾で弾き、負けじと剣を振るう。
 がむしゃらに繰り出した一撃はクゥダフの鎧に阻まれたが、それでもそのままよろめかせる程度の威力は籠もっていたようだ。

「あの時驚かしてくれた恩は忘れてねえぞ……!」

 かなり八つ当たりが入っていることは自覚していたが、それで俺の闘志はどうにか持ち返した。採掘の疲れと恐怖に痺れていた右手に、力が戻ってくる。
 先ほどのように一方的に攻め込まれることを許さず、覚えている限りの技をもって刃を繰り出す。
 だがクゥダフもさるもので、俺の攻撃の隙を縫っては果敢に攻め返してくる。

 お互いに決め手にかける剣戟の応酬が続く。
 今はまだ拮抗している。しかし長時間の重労働に削られた俺の体力は、おそらくクゥダフより長く保つことはない。

 せめて採掘に精を出す前なら……。

 いや……問題ない。
 浮かびかけた弱音はすぐに振り払われた。

 鋼の打ち合わされる音の合間、囁くような詠唱が背後から聞こえてくる。

 俺は守りの盾だ、攻めの刃は後ろにいる。
 もう幾ばくもなくタバサの呪文がクゥダフに襲い掛かるだろう。その判断を誤る少女ではないと、不思議な確信があった。
 それまで耐え抜けばこちらの勝ちだ。とどめの一撃に備えて闘気を練り上げながら、その瞬間を待つ。

 大上段で振るわれたクゥダフの刃を、盾を掲げて受け止める。

 重い……けど耐えられない重さじゃない……!

 両足に力を込め、力任せに押し込もうとする刃をどうにか堪える。
 もうすぐだ、もうすぐ決着がつく。


 ────…………!! ぐぎぃ……! ぐげ、ぐぎぃ、ぐぎぃぃぃぃぃ!!


 ……なんだ?
 突然クゥダフの様子が変わった。
 暗闇に慣れ、わずかにしか光を映さない目を大きく見開き、つばを撒き散らしながら何かを喚いている。

「うぉっ!?」

 そして剣を引いたかと思った刹那、始まったのは力任せの猛攻……先ほどまでとまったく剣筋が違う!
 まるで怒りに任せたかのような苛烈な攻撃に、俺はまたしても防戦を強いられる。

 一撃一撃を盾で受け止めるたびに走る衝撃が、急速に腕を痺れさせる。
 そしてまるで、盾で受け止めるごとにその力が増しているような……。

(頼む、急いでくれ……!)

 だが、悪いことは重なるものだった。
 猛攻を続けるクゥダフの向こう、袋小路の入り口。目の前に迫る姿と同じ、丸みを帯びた亀のシルエット。片手には杖を握っている。

 冗談じゃない、いつの間に……!!

「まずいタバサ、もう1匹来てる!! 魔道士だ!!」

 思わずそう叫んだのは、間違いなく失策だった。

 詠唱に集中していたタバサは、突然の言葉に状況を確かめようと顔を上げ、そして呪文の詠唱を中断してしまった。
 当然ながら魔法の呪文というものは、途中から唱えなおすというわけにはいかない。

 タイムリミットは引き伸ばされた。そして目の前の戦士の猛攻は、いまだ留まるところを知らない。何がこいつをここまで駆り立てているのか……。

 どうする? どちらを先に仕留める?
 逡巡するが、俺がこいつを釘付けに……いや、こいつに釘付けにされてる以上、戦力を分散させるのは悪手だ。

「戦士から潰すぞ!!」

「…………!」

 タバサが再び詠唱を始める。
 だがそのときにはすでに、後から来たクゥダフの魔道士が詠唱を始めていた。戦士クゥダフの肩越しに、魔力が渦巻くのを感じる。

 タバサがどれほど素早く詠唱ファスト・キャスト出来るか分からないが、このタイムラグはあまりに大きい……!

 戦士の剣戟をいなし続ける俺の周りに、魔力の光がきらめき始める。

 タバサの唱えたもの……ではない!

 輝きは吸い込まれるように地面に落ちる。 
 一瞬の後。

「ぐぅッ……!?」

 ぼごり、と音を立て俺を襲ったのは、足元や周囲の壁の中から飛来した無数の拳大の石ころ。つぶてストーンの呪文か……ッ!
 四方から飛び出た石つぶては、腕に胴にと容赦なく突き刺さる。

「が……はッ…………!!」

 肺の奥から無理やりに空気が押し出される。
 まるで何人もの相手に囲まれて袋叩きにされている気分だ。魔法と鎧に守られていてなお、耐え難い痛みが体中をえぐっていく。

 間髪入れず襲いくる魔法の暴力を避けようと体を捻り、

「う、わ……!!」

 俺は脚をもつれさせ、盛大に尻餅をついた。

「ちぃ……ッ」

 慌てて起き上がろうとして、気配を感じた。
 這いつくばった俺の前に立つ大きな影。いっぺんの慈悲も無く剣を振りかざすクゥダフの戦士。

 目が逢った。

 何の色も灯さない瞳を見上げる。


 いや……違う、そこには確かに感情の色がある。ある1色に塗りつぶされた瞳を見上げ、俺の中でかちりと何かがはまった。


 振り上げられたその刃、体を覆う背甲。
 俺とヤツの腕にはまっているもの。

(そういうことかよ……)

 クゥダフの戦士を駆り立てていた感情……その"憎しみ"の意味に気づき、俺は臍を噛む思いでただ振り下ろされようとする刃を見つめた。

「《エアロ》!!」

 ────げぐッ! げぇっげげぐげぇぇぇ……ッ!!

 見えざる刃がクゥダフの肉体を引き裂いていく。ひゅんひゅんと音を立てながら渦巻く魔法の風は、無防備に晒されていたクゥダフの喉や動脈を、無慈悲に切り裂いた。
 憎悪に我を忘れ、執拗に俺の命を狙っていたクゥダフは、風の刃から身を守ることもままならないまま体中をズタズタにされ、断末魔の悲鳴を上げて崩れ落ちた。あるいはそれは、呪いの言葉だったのかもしれないが。

 戦士の絶命を見届けた瞬間、とっさに体が動いたのは我ながら上出来だったと思う。

 剣は取り落としていない。闘気はまだ体の中に渦巻いている。
 前衛が倒れたことに狼狽しているクゥダフの魔道士に駆け寄りながら、滾る闘気を練り上げ、剣へと流し込む。刃が赤熱する。

 苦し紛れに杖で殴ろうとした魔道士を、あらん限りの力を込めて盾で打ち付け、バランスを崩したところに剣を振りぬく。
 振りかざした剣で袈裟懸けに斬りつける瞬間、あふれ出た闘気が炎となって刀身から噴出し、クゥダフを手ひどく切り裂き焼き焦がした。

 紅蓮剣レッドロータス……!!

 決着は一瞬。
 魔道士はその一撃で、苦悶のうなりを上げて息絶えた。

「………………っは! はぁッ、はぁッ……!」

 剣を振りぬいた姿勢のまま、無意識に止めていた息を大きく吐き出した。
 いつから止めていたのか自分でも分からないが、ずいぶん久しぶりに呼吸をした気がする。
 肩を喘がせるほどに、すっかり息が上がってしまっている。

 疲労よりは、緊張で、だろう。

 芯から相手の死を願う強烈な憎悪、そんなものに曝されたのは言うまでもなく初めての経験だ。
 あのにごった瞳にありありと浮かんでいた憎しみの炎は、息絶えるその最期の瞬間まで決して衰えることは無かった。
 魔法の風に切り裂かれながらなおも俺に向けられていた憎悪の念は、しばらく忘れられそうにない。

 確かに人間……バストゥークの民はクゥダフたちの強い恨みを買っている。その要因こそ今俺たちがいるこの場所にある。
 もともと、ここパルブロ鉱山はバストゥークのものだったが、15年ほど前にクゥダフに奪われ……その事件はこう呼ばれている。"パルブロの復讐"と。

 なぜ"復讐"なのかって?

 それは、さらにさかのぼって元を正せば、パルブロ鉱山はクゥダフたちの聖地だったからだ。
 だが、そこにミスリルの鉱脈を見出した当時のバストゥーク人が、先住民たるクゥダフたちを、文字通りただの1匹も残さず殲滅し、奪い取った。
 その日のことを彼らは"赤き炎と血の日"と呼んでいるそうだ。

 だからクゥダフはバストゥークの民を強く憎んでいる……けれど。

 物言わぬ屍となったクゥダフの戦士を見つめる。
 大きく見開かれた瞳に、背筋が粟立つ。いまだにその瞳には俺への怨念が浮かんでいる気がした。

 そう、このクゥダフが抱いていたのは"人間への"恨みではない。"俺への"憎しみだ。

「……様子が変わった」

 近くに寄ってきたタバサが、やはりクゥダフの屍を見下ろしながら言った。
 彼女にも豹変した戦士の様子が見えていたのだろう。

「多分、こいつのせいだろうな」

 左腕に握っていた盾を、亡骸のそばに放り投げる。
 メルに譲ってもらった甲羅の盾を。

「あ」

 タバサも気づいたようだ。
 この盾はメルがクゥダフから入手し、それを譲り受けたもの……そんなものをつけてパルブロ鉱山をうろつくなど、クゥダフたちの神経を逆撫でする行為に他ならなかったわけだ。
 きっとあの戦士の目に映る俺の姿は『過去の虐殺に飽き足らず、仲間を殺し、その装備を身につけ、聖地を荒らして回る怨敵』というところだろう。

 そりゃあブチ切れるというものだ。もしそんな奴がいたら俺だって冷静でいられる自信は無い。

 まったく、ここに来るまでそんなことにも気づかないとは、間の抜けた話だ。

「いろいろ勉強になるよ、今回の冒険は……」

 声色から疲労は隠せないが、本当に学ぶことは多かった。
 敵も無機質なNPCではないのだ。そうそうあるわけではないが、もう獣人由来の装備はあまり使いたくないな……。

「ふう……ともかく、早いところここを離れよう。今の騒ぎを聞きつけられたら……」

 言うが早いか、来た道の向こうからどすどすと響くいくつもの足音が、こちらに向かって近づいてきていた。

「言わんこっちゃない……行こうタバサ……タバサ!?」

 振り返ってみると、傍らに居たはずのタバサの姿が見当たらなかった。
 と思ったら、何を思ったのか彼女は、先ほどまで戦闘を繰り広げていた袋小路に屈みこんで、何かを拾い上げていた。
 暗がりで何を手にしていたのかは分からないが、今それを言及している暇は無かった。

「急げ、逃げるぞ!!」

 角灯の薄明かりを頼りに、手に持った何かをためつすがめつ見ているタバサはなかなか立ち上がろうとしない。
 迫る足音はひとつやふたつではない、とてもじゃないが2人で対処できる数じゃないってのに。

 くそ、こんなときにマイペースさを発揮しなくてもいいだろうに!

 仕方なしに、タバサに駆け寄りその腕をつかむ。
 はっとこちらを見上げる彼女だが、それで言いたいことは察してくれたのか、さして抵抗することなく立ち上がった。最初からそうしてくれ。




 袋小路を抜け出し、そこからはひたすら鉱山の中を逃げ回る羽目になった。
 暗闇の迷路で終わりの見えない鬼ごっこだ。出口へ向かう道は最初にクゥダフたちに塞がれてしまったため、奥へ奥へと向かわなければならなくなったのも痛い。

 背後から迫る足音から逃げながら、時折曲がり角などで不意にすれ違うクゥダフをやり過ごし、休む間もなく必死で走り続ける。
 ごつごつした地面に足を取られそうになった回数はもう覚えていない。曲がった先の道が格子戸で閉ざされていて肝を冷やしたりもした。
 自分たちがどこを走り回っているのかなど、とうの昔に見失ってしまった。

 これは、本格的にまずいかもしれない。
 どうもさっきから、逃げ回るにつれてどんどんと足音が増えている気がする。まさか生身でパルブロ伝統の亀トレインを体験することになるとは。
 色んな意味で怖すぎて後ろを振り返りたくもない。

 つないだ手に感じる少女の存在だけが、どうにか俺にこの逃亡劇を続ける気力を与えてくれる。こいつだけでも無事に逃がさなければと。
 だがアリの巣状に広がる鉱山は、どちらを向いても同じような岩肌が続くばかりで、出口はおろか、自分たちが先ほどと同じ場所を走っていないという保証さえ得られない。
 ただとにかく、なるべく敵の気配がしないほうを選んで進むしかない。

 ああくそ、また分かれ道だ。
 立ち止まり、感覚を研ぎ澄ませて気配を探る。

 しかし一度立ち止まってしまったせいで、両足にどっと疲れがたまる。膝が痛む。はぁはぁとうるさい音は、自分の吐息だ。

「く、そ……どっちだ……」

「音」

「はぁ……はぁ……なに……?」

「水音、右手から」

 水……?
 川でも流れているのだろうか、この鉱山の奥底で。

 だが川に出たところでどこに繋がってるかわからないようじゃ何の助けにも……。

「いや、待て……そうだ、繋がってる」

 それが俺の知っている通りの川なら、それは間違いなくこの窮地を脱する唯一の突破口になる。
 パルブロ鉱山の奥に流れる川は、その下流がバストゥーク国内に拓かれたツェールン鉱山まで続いているからだ。

 けれどそれは、あくまでゲームの知識だ。もしも違うものだったら……あるいはたとえ繋がってたとしても、船が無かったら?

 様々な可能性が浮かんでは消える。
 背後に迫る鈍重な足音たちは、選択肢を吟味する時間を与えてはくれない。

 川に出て逃げられるかどうかは、賭けだ。だがこのまま鉱山の中を逃げ続けるのは、もっと分の悪い賭けだ。

「リック」

 タバサの眼鏡越し、青い瞳がじっと俺を見つめていた。

「決めて」

 そのひと言に押され、俺たちの命運を賭ける道を選んだ。

「川に向かうぞ、上手くいけばここから抜け出せるかもしれない」

 頷くタバサの了承を確認して、再び走り出す。



 道を曲がると、開け放たれたままの格子戸がひとつあった。
 そして扉をくぐった先には、木を組んで作られた桟橋と、その向こうに横たわる黒い流れ。
 さあさあと緩やかに流れる川は、確かに存在した。

 果たしてそこに船は……あった。

 桟橋にロープでつながれたいかだが、流れに揺られながら俺たちを待っていてくれた。

「タバサ、ロープを!」

 駆け出すタバサを見送り、視線を背後に移す。
 走り抜けてきた暗闇の向こうから、どすどすと重たいいくつもの足音が迫ってきている。

 蝶番のさび付いた、重たい格子戸を閉める。少しでも時間を稼がないと。
 だがかんぬきが無い。咄嗟に自分の体で扉を押さえた。

 直後。

 ずんっ!

「ぐぉ……ッ!!」

 一体どれほどのクゥダフが押し寄せてきているのか、吹き飛ばされそうなほどの衝撃が背中に叩きつけられた。
 格子戸がもう少し軽かったら、たちまち吹き飛ばされていたかもしれない。

 必死に両足を踏ん張り、戸を開けさせまいと押さえつける。
 がりがりと背中を引っかかれる感触がした。格子戸の隙間からクゥダフどもが腕を伸ばして来ている。 
 げぇげぇと不愉快な声がすぐ真後ろから聞こえてくる。

 タバサは、まだか……!?

 見れば、彼女は剣でロープを切り落とし、いかだに乗り込んだところだった。
 その視線が俺を見る。だがまだダメだ。

「出せ! 今行っても追いつかれる!」

 その言葉に彼女の瞳が一瞬揺れたように見えた。

 迷いはごくわずかだった。
 タバサは即座に桟橋の脚を蹴り、いかだを川の流れに乗せた。
 緩やかな速度で徐々に下流へと進み始める。

 まだだ、まだ距離が近い……。

 クゥダフどもが体当たりをし始めた。だんだんと扉が押し開けられる。とがった爪を持つ腕が、扉の隙間にねじ込まれた。

 川の中ほどまで流れたいかだの上で、タバサが振り返る。
 来て、と唇が動いたように見えた。

「くぉ、の……!!」

 腰に佩いていた剣を引き抜き、扉をこじ開けようとする腕に叩きつける。
 ぐげぇ、と甲高い悲鳴がひとつ聞こえ、挟まっていた腕がぼとりと落ちた。

 いまだ……!

 あらん限りの、そして最後の力を振り絞って格子戸を押し戻す。火事場の馬鹿力というやつか、開きかけていた扉が一瞬、閉じた。
 その瞬間を見逃すわけには行かない。
 咄嗟の判断で俺は、手にしていた剣をかんぬきの代わりに扉のフックに差し込んだ。

 駆け出す。

 いかだは順調に川を流れていく。
 桟橋との距離が開いていく。

 間に合え。

 それほど長い距離ではないはずなのに、100mも200mも遠くに感じられた。
 腐りかけた木の板を踏み越える。

 桟橋が終わる。
 タバサが手を伸ばし、こちらに差し出しているのが見えた。



 踏み切った瞬間は覚えていない。
 気づけば俺の体は黒い水の上にあり。



「うおぁッ」

 いかだの上を転がり、危うく反対側から川に落ちるところだった。

 に、逃げ切った……?

 いかだは俺が飛び乗っても沈む様子はなく、いっそのんびりさえ感じる速度で桟橋を離れ、下流に向かっていく。

「…………無事?」

 声は仰向けになった俺の胸の上から聞こえた。
 俺を受け止めようとしたタバサは、そのまま俺と転がってしまったようだ。
 潰さずに済んで本当に幸いだ。

「無事だよ、おかげさまで」

 疲労困憊だが、肉体は無事だ。

「あちこち痛むけどな」

「そう」

 クールな娘だ、それだけ言うと胸の上から退き、俺の手を取って上体を起こしてくれた。

 背後で、べきん、と何かがへし折れる音。
 視線をやると、桟橋には扉を破ったクゥダフたちが殺到している。川を下っていく俺たちに向け、悔しげなうめき声を高々と上げていた。

 どうやら、間違いなく逃げ延びたらしい。
 俺たちはその光景を、見えなくなるまでじっと見つめ続けた。






 水路には明かりが灯っておらず、やがて真っ暗な中で水流の音だけが聞こえるようになった。
 タバサが腰に下げていた角灯に火を灯し、ようやくいかだの上の様子が見て取れるだけの明るさが訪れる。

 このまま下流に向かえば、ツェールン鉱山へたどり着くはずだ。どれほど時間がかかるか分からないが、行きよりも短い時間で帰れることは間違いない。

「まったく、とんだ冒険になっちまったな……」

 かばんから取り出したパンをかじりながら1人ごちる。

 獣人という奴の生の姿を目の前にしたこと、剣と剣の戦いや、黒魔法をこの身をもって体験できたこと。
 そして冒険という奴はどんなに簡単に思えても、侮ってかかってはいけないことなど、学んだことは確かにいろいろある。

 だが実質的な収入は今のところゼロだ。
 いや、旅費や、メルから譲り受けた剣と盾を両方とも失ってしまったことを換算すれば立派な赤字である。
 このまま帰ってまた新しい装備を調達しようと思ったら、俺の懐は相当にお寒いことになるだろう。
 もちろんゲンプの鎧も手に入らず仕舞いだ。

「やれやれ……いちから出直しだな」

 分かっていても落胆は禁じえない。
 心が折れそうだ、である。

 っていうか考えてみると、パルブロで採掘できるミスリルってあくまで砂金であって、鉱石は出るんだっけか? もうはっきり言ってその辺はうろ覚えだ。
 いかん、パルブロの鉱脈が枯れているとしたら本気でゲンプの依頼を解決するのが難しくなる。
 ギルドや店売りで入手する目処が立たないから俺に頼んできたわけで、ここがダメだとなると他で入手するのは相当厳しい。
 グスゲン鉱山はすでに枯れていることが名言されているし、あとはムバルポロスくらいか……?

 どっちにしろ現状でそこまで足を運ぶのは難しいという事実に頭を抱えていると、タバサがなにやらごそごそとかばんをあさり始めた。

「これ」

「……? なんだこれ」

 タバサが差し出してきたのは拳大の、なんというか、どう見ても石ころだった。
 おそらくあの袋小路で拾っていたものだろうが、これが一体どうしたというのか。

 彼女の意図がまったくつかめないまま、差し出された石ころを受け取る。

 どこから見てもそれは、何の変哲もないただの石ころ……じゃ、ない?

「お、おい、まさか……」

 まさか。
 そんな馬鹿なという疑いと、もしかしてという期待を込め、その石ころにわずかな魔力を流し込む。

 "それ"を覆う表面の土を透かして見える、かすかな白銀の輝き。



 ミスリル。
 元々は『灰色の輝き』を意味する魔銀の鉱石が、今手の内にあった。



「タバサ、お前これ、なんで……」

「クゥダフの魔法で飛び出てきたもの。ひとつだけ輝いていた」

 なんてこった。
 あのときクゥダフの魔道士が放ったストーンの魔法、それに操られ俺に突っ込んできた石つぶてのひとつが、まさに俺たちが捜し求めていたミスリルだったって言うのか。

 そんな偶然があるのか、あっていいのか。

 あるいは信心深い者なら、これこそアルタナの導きとでも言うのだろうか。今なら俺もうっかりそれを信じてしまいそうだ。

「あ、あは、はははは……あははははははははは!!」

「………………」

 もう心中をどう表していいかも分からず、俺は無性に可笑しくなってしまい、ただただ笑いながらタバサの手を取ってぶんぶんとシェイクハンドを繰り返した。
 タバサは終始無表情で、しかしどこか満足げな面持ちで、ただされるがままにしているのであった。








「おかえり、メル」

「ただいまリック。やぁ、ずいぶん立派な格好になったね」

 後日、コロロカから戻ったメルを迎えた俺は、白銀の鎧に身を包み、たいそう自慢げな顔をしていたそうだ。



===


               白===
                   赤====
 ただいまー>為=== ナ===
                  シ===
             戦===



・すみません帰ってきました。ヴァナでまた冒険したくなったので。

・新生エオルゼアやりたいけど出来ないとかは無関係です。

・結局南極本編中にタバサが復活しました。シルヴィアごめん。
 ・言い訳にしかなりませんが、もともとゼロ魔のクロスも現実転移も両方書きたいと思って始めたことだったのを思い出したので、その路線に戻します。
 ・リックにとってはタバサらはあくまで冒険者仲間であり、ゼロ魔側の事情に踏み込む予定はなし。
 ・番外編ではタバサやルイズのヴァナでの冒険を書く……予定かも、しれない。

・ゲンプの依頼内容を変更しました。パルブロ鉱山内ではスチームスケイルを着ています。

・新生エオルゼアやりてぇなー!!!





[24697] 12-ブリジッドのファッションチェック
Name: 為◆3d94af8c ID:052b6a41
Date: 2013/09/29 09:42


 パルブロ鉱山から戻って数日、ある晴れた日のこと。

「ああ、いたいた、探したぜ」

 鉱山区のゲートを出てしばらく、南グスタベルグにある段々に岩を重ねたような小山の上で、尋ね人たちは焚き火を囲んでいらっしゃった。

「リッケルトか」

「・・・・・・」

 棒きれで火を掻きながら、獅子のようなスカーフェイスをこちらに向けるガルカ、レオンハート。
 その向かいのタバサは、ちらりと俺を一瞥したが、すぐに焚き火に視線を戻してしまった。まったくもって無愛想だこと、もう慣れたが。

 岩のような体躯のガルカと、ヒュームの中でも小柄な少女が2人で焚き火を挟んでいる画は、不釣り合いなようでいてどことなく和みがある光景だ。
 大男と小動物というか、トトロを思わせるというか。
 どっちも寡黙で何を考えてるのかさっぱりだが。

 この組み合わせの妙にわびさびを感じていると、そのトトロのほうが焚き火を見たまま口を開いた。

「新調したようだな」

「え? あぁ・・・・・・」

 こちらも相変わらず言葉少ななレオンハートが言ったのは、白銀の鎧・・・・・・ではなく、つい先ほど手に入れた新しい剣と盾のことだろう。
 鎧の方は彼らが戻ってきた日に見せてるし。

 鍛冶ギルドのマスターであるゲンプの依頼は、鎧の他に名声という思わぬ、そして願ってもない見返りをもたらした。
 ゲンプの信頼を受け、しかもたった2人でパルブロ鉱山に侵入し、帰還したというのは、俺の思っていた以上に俺に箔をつけてくれたようだ。

 多少名を知られるようになると、今までよりもいくらか割のいい仕事(と言ってもまだお使いや素材集めだが)がもらえるようになった。
 そこでこの数日はこつこつと細かな依頼をこなし、その報酬でようやく新たな装備を購入した次第だ。なお、ゲンプの伝手でいくらか割引してもらってるのは秘密。

 今俺の腰にあるのは、片手半剣、いわゆるバスタードソード。背負ってるのは堅いマホガニー材と鉄板を合わせたラウンドシールドだ。
 本当ならナイトらしくカイトシールドが欲しかったのだが、どうもバストゥークではバックラー系のスモールシールドが主流のようで、唯一見つかったラージシールドといえるのがこの丸盾だった。まあ丸盾も好きだし、これもそこそこ良いものなので、しばらくはこのままで問題はないだろう。どうしても欲しくなったら、それこそサンドリアにでも足を伸ばすしかない。

「ともあれ自分で装備も整えられたし、やっと胸張って冒険者を名乗れるよ」

「そうか」

 そういえば、借りてた剣をなくしてしまったことについては、メルは何も言わなかった。
 いや・・・・・・君の身を守って失われたなら本望だよ、ただそう言って笑っていた。
 今思うとその表情はどこか寂しげで、メルにとって、あの剣は何か意味のあるものだったのではないかと思えてならないのだ。

 彼への借りがもうどれほどになるかも解らないが、いずれきちんと返済できるまでは、一人前とは言えないかもしれない。
 返せるものなのか、どう返せばいいかのも解らないのだが・・・・・・。

 さておき。

「そういうそっちは・・・・・・」

 こんなところで火を起こして何をしてるのか・・・・・・と思ったが、タバサの目線の先にあるモノを見て、疑問はすぐに氷解した。

 串に刺して炙られているのは、腸詰めだった。使われてるのはおそらく羊の肉だろう。

「それ、ガルカンソーセージってやつか」

「ああ」

「・・・・・・」

 ガルカンソーセージは、その名の通りガルカに伝統的に伝わる、大羊の肉を用いたソーセージだ。
 ゲーム中では他の肉料理同様、VITや攻撃力を上げるがINTが下がる、典型的な前衛用のブーストアイテムだった。
 効果も特筆するところはないが、その入手法が独特なのだ。それがグスタベルグにある特定の焚き火に肉をトレードして待つという面白いもので、他の料理と違い合成スキルはいらないものの、焼き上がるまでリアル1時間待たされる、手間はかからないが時間のかかる一品なのである。
 その名前と調理法から、何かのイベントで集まっては皆でちょっとしたバーベキューをするなど、一部のユーザーに人気があったのを覚えている。

「グスタベルグにいるって聞いて何してるのかと思ったけど、ソーセージ焼いてたとは」

「タバサがな」

「あぁ・・・・・・なるほど」

 確かにこの娘は、見た目に似合わぬ大食漢だ。どこかでガルカンソーセージのことを聞きつけ、レオンハートにねだったのだろう。

「・・・・・・なに?」

「いやなんでも」

 納得してたら睨まれた。怖い怖い。

 しかし、ただ炙ってるだけだというのに、あたりには香ばしい匂いがこれでもかと漂っている。
 いかん、見てたら腹が減ってきた。時間もちょうど昼時だし、昼食もまだだったし。
 今日はヒルダさんのところにでも行って、ソーセージで一杯やってしまおうか・・・・・・?

「・・・・・・もう焼き上がる」

「ん?」

「食っていけ」

「え、いや・・・・・・俺、そんなに物欲しそうにしてた?」

「ああ」

 ううむ、これは恥ずかしい。そんなに表情にでる方じゃないと思ってたのだが。
 が、腹が減ってるのは事実だし、せっかくご馳走してくれるということなので、ここはお言葉に甘えるとしよう。

 レオンハートとタバサの間に腰を下ろし、焼きたてのガルカンソーセージを受け取る。軽く焦げ色の付いた皮の中から程良く肉汁が滴り、ますます食欲がそそられる。
 軽く吐息で熱を冷まして、そのまま一口いただく。

「ん! こりゃ美味い!」

 正直、大味なただの腸詰めを予想していたのだが、どうやらバジルのような香草を入れてるようだ。これが肉の臭みを消しており、なかなかどうして深みのある味わいになっている。レモンをかけるとさらに良いかもしれない。
 材料は羊の肉だけだと思いこんでいたので、これは良い意味で想像を裏切られた。

 タバサも小さな口でソーセージ黙々と頬張っている。
 一見すると無言無表情のままだが、よく見ると目が輝いている。食事に関してはこっそりと表情豊かになることに気づいたのは、パルブロ潜りでの密かな収穫だ。

 などと思っている間にタバサは2本目のソーセージに手を伸ばしていた。はやっ!

 負けじと俺も残りのソーセージにかぶりつく。
 やはり美味い、のだがちょっと気づいたことがある。

「でもこの味、ヒルダさんとこのソーセージにちょっと似てるような」

「逆だ。彼女の亡夫にソーセージの作り方を教えたのは、ガルカだ」

 なんと。
 ガルカに蒸気の羊亭と、バストゥーク名物には奇妙な符号の一致があると思っていたが、そんな背景があったとは。
 ゲーム中じゃ語られない出来事をこうして知ると、ますます掘り下げてみたくなる。久しぶりに設定好きの血が騒ぎ始めたぞ。

「なあ、この焚き火ってゴブリンのキャンプ跡だよな。なんでそんなところで焼いてるんだ?」

 そう、前述の通りガルカンソーセージは焚き火に肉を入れることで出来上がるのだが、その焚き火というのは、ゴブリンが野営している場所に他ならない。なんでそんなところで、と常々疑問だったのだ。
 さらに言えば、冒険者の行うクリスタル合成ではガルカンソーセージが作れないことにも何か意味があるのかどうか。

 レオンハートは、意外なほど饒舌にその理由を教えてくれた。

「ゴブリンは火を焚くとき、奴らしか知らない、独特の香りのする木を好んで使う。その香りが、味に深みを与える。最大の秘訣だ」

 ははぁ、ゴブリンの香木、ね。
 なるほど言われてみると、肉の匂いに混じって、かすかに嗅ぎ慣れない匂いが漂っている。これが煙に乗って、ソーセージを包み込んでいるわけだ。
 蒸気の羊亭のソーセージにはなかった味の深みの秘密はここにあったらしい。

 ディープ・パープルの名曲を口ずさみながらソーセージに舌鼓を打っていた俺は、何気なく景色に振り向いた。
 遠目に、切り落としたような断崖の向こうのバストア海が見える。吹き上げる潮風に、目を細めた。

 ろくに植物も育たない、鉱物資源ばかり豊富なこの荒れた大地は、俺にとって心に深く根付いたもう一つの故郷だ。
 俺の冒険はこの地で始まり、何度となくここから旅立ち、そして帰ってきた。
 まさかこうしてこの目でその地を見回す日が来ることになろうとは。夢に見たことはあっても、夢にも思ってはいなかった。
 あの日、右も左も解らず1人でさまよっていたときには恐怖の対象でしかなかったというのに、今では岩壁ばかりが目に付く単調な風景さえ、この上なく愛おしく思える。

 このソーセージと乾いた景色を肴に一杯やれば、さぞ美味いことだろう。今度は酒を用意することにしよう。今決めた。

 じっと海風に目を凝らしていると、レオンハートもそれに倣っていた。
 タバサも食事の手を止め、同じように海を眺めている。

 この海の向こうに、あのころ夢中で駆け回った、まだ見ぬ冒険の舞台があるんだな・・・・・・。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・たかりに来たのか?」

 ・・・・・・あ。

「あぁっ! 完全に忘れてた!」

 そうだった、わざわざこんな所まで来たのは、ソーセージを食うためでも感慨に耽るためでもなかった。

「そうそう、タバサを探しに来たんだよ俺は」

「・・・・・・?」

「ユーディが呼んでたぜ。昼過ぎにベリゲン広場に来てくれってさ」

「・・・・・・そう」

 返ってきた反応はそれだけで、タバサは再びソーセージの攻略に取りかかった。




 頼まれていた言伝を終え、のんびりソーセージを味わった俺たちは、ぶらぶらとバストゥークへ戻った。
 ユーディットとの待ち合わせ場所に向かうタバサとは商業区で別れ、俺はレオンハートと2人でクラウツ橋へと足を伸ばしている。摩耗した武器を研ぎに出していたというレオンハートに付き合うことにしたのだ。
 ぶっちゃけ俺はもう用事があるわけでもないのだが、剣や鎧は眺めてるだけでも楽しい。武器屋などを冷やかすのは、俺の密かな楽しみになっていた。

「珍しいな」

「ん、なに?」

 主婦や職人、冒険者で賑わう通りをゆったりとした足取りで進んでいると、独り言のようにレオンハートが口を開いた。視線だけは俺を向いていたので、俺に向かっていったのだろう。

「1人だろう、今日は」

「ああ、メルのことか・・・・・・アイツなら寝てる。ウィンダスに送る報告書でだいぶ根詰めてたからな」

 曰くコロロカミッションの思わぬ敵、とのこと。

 当たり前だが、国の公布するミッションに参加した場合、必ず報告義務が発生する。他国で行われたものについても、領事館を通す以外は同じだ。
 束縛を嫌う冒険者相手のこと、大抵の場合は口頭で大雑把に済ますようだが、今回に関しては書面での提出を求められたらしい。それだけコロロカの洞門への注目度が高いということだ。
 ウィンダスから参加した人間が少なかったことや、メルが全体を俯瞰しやすい魔道士であったことも、面倒な書類仕事の一因かもしれない。レオンハートらは特にそういうのは書いてないようだし。

 メルは「こういうのは苦手なんだ」と嘆きながら羊皮紙と格闘していたが、あれはどっちかというと、生真面目に書きすぎるタイプだろう。ずっと俺のモグハウスで書いてやがったので、それくらいお見通しだ、うん。

 ところで、目の前のガルカも今回の調査隊には参加したんだよな、そういえば。

「なあ、どうだったんだ? コロロカは」

 ふと浮かんだ素朴な疑問は、素直に口をついて出た。

「聞いていないのか」

「メルに? そりゃ大筋は聞いたよ」

 永きに亘り閉ざされ続けた海底洞窟の調査は、やはり一筋縄ではいかなかったようだ。

 数百年前に閉じた洞窟の地図があるはずもなく、内部の資料がいっさい存在しない状態から調査はスタート。探索はその経路を探りながら行うほかなく、なかなか思うように歩みを進めることはできずにいた。さらに、洞窟内に棲息する無数のモンスターが調査隊の行く手を阻み、その掃討にも人手と時間を割かなければならなかった。

 極めつけは、一体どこから入り込んだのか、洞窟内を闊歩する巨人ギガース族だ。凶暴な彼らの前に不用意に踊り出せば、瞬く間に壊滅的な被害を被っていたことだろう。
 戦力的には倒せない相手ではなかったが、数で押せば相当な騒ぎになる。他になにがいるか解らない状況で、それはあまりに危険な賭けだった。

 結局ギガースとの交戦は避け、それ以上の探索継続は断念。第一次コロロカ調査ミッションは幕を閉じた。
 というのがおおよその成り行きらしい。

「けど聞きたいのはそういうことじゃなくてさ」

 メルは言っていた。
 暗くじめじめとした洞窟内は、水捌けも足場も悪く、お世辞にも快適とは言えない。けれど、そこに立ち並ぶ珊瑚や、海草のような植物、奇妙な形の岩石が作り出す光景は、まるで海の中にいるかのようで、とても美しかった、と。
 次は絶対にリックも一緒に行くんだからね、とも言っていたことは黙っておくが。

 けどそれは、あくまでウィンダスから来たタルタルから見た景色だ。

「ガルカの目にはどう映っていたのか・・・・・・よければ教えてくれないか」

 ガルカたちはその昔、故郷であるゼプウェル島を獣人アンティカに追われた。
 コロロカの洞門を抜ける際に、彼らは相当数の被害を出し、命からがらグスタベルグの地に落ち延びたそうだ。

 彼らから見たコロロカの景色は、どうだったのだろうか。

「・・・・・・そうだな」

 レオンハートは、珍しく言葉を探すように、ぽつぽつと話し始める。

「遠い、そう思った」

「遠い?」

「同胞の屍を踏みしめて進む道だ・・・・・・行きも帰りも、ひどく遠い」

 ガルカに寿命という概念はない。
 彼らはヒュームの倍以上の時を過ごし、時期が来るとどこへともなく旅立ち、まっさらな記憶と肉体に"転生"する。
 もしかするとレオンハート自身、かつてコロロカの洞門を抜けたガルカの1人だったのかもしれない。彼の言葉は、そう思わせるほどの苦悩に満ちていた。

「だが」

 レオンハートは顔を上げた。

「ユーディットが言っていた。この美しい珊瑚は我々の墓標にはもったいない、と」

 そう思えばその景色も、案外悪いものではなくなった。
 彼は、話をそう締めくくる。

「珊瑚の墓か、確かにガルカには繊細すぎるな」

「ガルカは繊細だ」

 2人で声を出して笑った。
 コロロカの話は、それで切り上げになった。




「ちょっと、そこの2人!」

 なんだ?

 武器屋での用事を終え、剣だの斧だの、端から聞いたら物騒極まりない雑談に興じながら歩く俺たちを突然に呼び止めたのは、背後から聞こえた少女の声だ。
 振り返ると10歳か12歳ごろの気の強そうな女の子が、俺たちを値踏みするように見回している。

「白銀の鎧を着た黒い髪のヒューム、あなたが"物知りな"リッケルトかしら?」

 その称号、付けたのはメルだが、いつの間に見ず知らずの少女に呼ばれるほど広まっていたのだろうか。確かに少しは名を覚えられるようになったとはいえ。

「そっちのガルカは"鉱石通りの"レオンね。確かに腕は立ちそうだけれど・・・・・・」

 どうやらレオンハートのことも知っているようで、単にこの子が事情通なのかもしれない。

「はぁ、てんでダメね。どうして冒険者ってこうセンスがないのかしら・・・・・・まずは脚よ、サブリガを履いたら少しはマシになるのに」

 で、初対面にしてひどい言われようなのだが、俺はこれを聞いて思わず顔がにやけそうになるのを我慢するのに必死だった。
 この少女が誰だか解ってしまった。未来のファッションリーダーに名前を知られてるとはなんて光栄なのか。

「なんでみんなもっとお洒落に気を配らないのかしら、この間見かけたミスラも・・・・・・」

「それで、何の用なんだい、ブリジッド」

 声をかけると、少女・・・・・・ブリジッドは、驚いた表情をこちらに向けた。

「まだ名前を言ってないのに・・・・・・私を知ってたの? 本当に物知りなのね、あなた!」

 知っているとも。何を隠そう、俺も駆け出しの頃に彼女の洗礼を受け、あわやサブリメンへの道に脚を踏み入れかけた冒険者の1人だ。

 その類い希なるセンスで、駆け出し冒険者にファッションのなんたるかを説き、右も左も解らない彼らにサブリガの刷り込みをかけるブリジッドは、ヴァナ・ディールでも指折りのネタ・・・・・・訂正、ファッションリーダーである。
 一度バストゥークを訪れたことのある冒険者で、ブリジッドのファッションチェックを受けていない人間の方が少ないのではないだろうか。
 なにせ、その筋では『サブリガの女神』とまで崇められる少女だ。彼女を知らない冒険者はモグリと言ってしまってもいいだろう。
 まあサブリガがどんな装備かは・・・・・・あえて言及しないでおこう。

「いいわ、認めてあげる。あなたたち、私の依頼を受けるつもりはない?」

「依頼?」

 レオンハートと顔を見合わせる。
 てっきり装備にダメ出しされて、サブリガに着替えさせられるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

「私の友達が困ってるの。あなたたち冒険者でしょう? 力を貸してちょうだい!」

「なにがあった」

 低く唸るようなレオンハートの声。
 しかし物怖じしない子だ。俺がブリジッドと同じ年頃だったら泣いてる自信がある。

「昨日、友達のヴァラっていうミスラの子と散歩してたとき、変な男にぶつかられたのよ」

 その名前には聞き覚えがあった。
 ヴァラ・モルコットといえば、クエストの見返りにバストゥークの抜け道を教えてくれる子ミスラだ。各国に似たようなキャラがおり、彼女らのクエストは地味ながら、解決してるとしてないでは移動の利便性が段違いなのだ。
 この2人が友達だったとは。確かにヴァラも、"ピュアレディ"を自称し冒険者にセンスを求める子だ、気が合うのかもしれない。

「それで?」

「そのときヴァラとその男が、かばんを落としてしまったの。男は慌てて拾って行ったけれど、あとで中身を確認したら、残っていたのはヴァラのかばんじゃなかったのよ」

「そいつが取り違えたってことか」

「ええ、きっとそう。それで、一緒にヴァラのかばんを探してくれないかしら・・・・・・あの子、自分のだいじなものをみんなかばんに入れて持ち歩いていたから」

 ヴァラのことを思ってか、断られるかもという不安からか、話すうちにブリジッドの表情は曇っていく。
 いくら勝ち気でも、ハイレベルなファッションセンスの持ち主でも、やはりまだ幼い少女であることは変わらないようだ。

 だがなるほど、話は分かった。

「どうする、レオンハート?」

「構わん、今日は大した予定もない」

「決まりだな」

 この子たちは、あの頃の俺たちにいろんな冒険や楽しみを提供してくれた、ヴァナ・ディールを形作る大切な存在だ。時には無理難題や、難解な仕事を言い渡されもしたが、ひいこら言いながら仲間と共に攻略に挑んだ時間は、今ではかけがえのない思い出になっている。
 ブリジッドがそのNPCたちの代表のようにここにいる、というのは俺の勝手な思い込みが過ぎるだろう。
 それでも、彼女らに少しでも恩を返すことができるなら、その程度の仕事はおやすいごようだ。

 最も、そうでなくても、小さな女の子の依頼を無碍に断って、どうして胸を張って冒険者を名乗れるよう?

「受けるぜ、その仕事。ヴァラって子のだいじなもの、必ず見つけだそう」

 そう答えると、俯き気味だったブリジッドの表情がパッと輝き、花のような笑顔が浮かんだ。

「あなたたち、きっと名高い冒険者になれるわ! サブリガを履けばもっとね!」



===

 PC環境がないため、スマホでの執筆、投稿テスト。



[24697] 13-センスを磨くのにゃ
Name: 為◆3d94af8c ID:4be3cc01
Date: 2013/09/29 09:42

 待ち合わせ場所は、居住区の一角にある小さな広場だった。
 民家の石壁に囲まれた広場の中心には、蓋のされた古井戸がある。上下水道の完備されたバストゥークにおいて本来の役目を終えたその井戸は、今では主に子供たちの遊び場になっているようだ。
 案内役のブリジッドが、周囲を見回しながら声を張り上げた。

「ヴァラ、来たわよ? ヴァラ!」

 返事はない。
 見る限り広場には誰もおらず、井戸の裏に回ってみても、やはり誰かが隠れているようなことはなかった。

 静かなものだ。
 表通りにはちらほら人の姿もあったが、比較的小さな道の中程にあるこの場所は、白い壁と石畳に囲まれどこか周囲から切り離されているような印象を受ける。喧噪が遠い。
 奥様方は夕食の支度、子供たちはその手伝いか、どこかで遊び回っているのか。いずれ通りは、家々から漂ってくる夕餉の香りで満たされることだろう。その辺りは地球もヴァナ・ディールも変わらないな。

「変ね、もう時間なのに」

「ここで約束してたのか?」

「えぇ、冒険者を連れてくるからって言ったのだけれど」

「それなら・・・・・・とりあえず待つしかないだろ」

 バストゥークには大きな時計もない。したがって、外では懐中時計でも持っていないと、大工房が定刻ごとに鳴らす鐘の音くらいでしか時間を確認できないわけだ。懐サイズの時計というのはなかなか高価なものだし、少しくらい時間にルーズでも目くじらたてることはないだろう。っていうか子供相手だし。
 だからそんなにぷりぷりしないであげなさいなブリジッドくん。

「もうっ、あの子ってば、どこほっつき歩いてるのよ」

「まあまあ」

 ちなみに俺も時計なんか持ってないので、このところは太陽の位置で大雑把に時間を計るようになってしまっていたりする。人間適応するものである。

 さてしかし、ここでぼんやりしているだけというのも確かに退屈だ。
 ちらりと視線を向けると、レオンハートは壁に背を預け、腕組みをして目をつむっている。サイレスモードだなこれは。となると話し相手になりそうなのは1人しかいない。

「なあ」

「え?」

「ヴァラって子がかばんに入れていただいじなものって何だったんだ?」

「なによ、急に」

「いやまあ、仕事を円滑に進めるために聞いておこうかな、と」

「そう、ね。確かになにを探せばいいか知らないといけないわよね・・・・・・あの子のかばん、花でいっぱいなのよ。バストゥークじゃあまり花は咲いてないのに、いつもどこから見つけてくるんだか」

 きっと道行く人にねだってるんだろうなあ、とかつて彼女に花を捧げた1人として、その真実はそっと胸に仕舞っておく。

 ブリジッドの言うとおり、バストゥークは荒れ野の中、山に囲まれた盆地に築かれた石造りの都市だ。なかなかその辺に咲いてる花を摘むという機会も少ないのだろう。
 そんな環境で花を集めようと思ったら、店で買うか、誰かに頼むしかないわけだ。

 きれいな花を集めるのが得意なのよ、とブリジッドはどこか得意げに続ける。

「でもなんだか最近はお眼鏡にかなう花が見つからないって、あちこち駆け回ってたわ。おかげでこの辺の道には誰より詳しくなっちゃって、かくれんぼとかすると大変よ!」

 ああ、ゲームじゃモグハウスの前に突っ立ってる印象しかないのだが、そうやって裏道抜け道を網羅してたのか。
やはり子供というのは、遊びの中で知識を蓄えていくものらしい。
 そして関係ないのだがもうひとつ、この未来のファッションリーダーも普通に子供らしく遊んでるんだなと、こっそり安堵してしまったりしたのは内緒である。

「仲良しなんだな」

「そうね。他にも友達はいるけど、あの子とはなんだか話が合うの」

「サブリガとか?」

「それさえ分かってくれたら完璧なのよねえ」

 大きなため息を吐いているが、親友にえらく高いハードルを設けたもんである。

「でも昨日は、自分のかばんが無くなったって気付いてから、ずっと落ち込んでたわ・・・・・・私がなにを言っても耳に入ってなかったみたいで」

「・・・・・・心配だな」

「気まぐれなミスラのことだもの、きっとすぐに元気になるとは思うけれど」

 それが本心でないことは、ハの字にゆがんだ眉と、俺たちがここにいる理由を考えればすぐに分かった。意地っ張りな子だ。
 それに大切にしていたものをなくしたショックというのは、結構引きずるものだ。俺も経験があるからな、色々と。

 くしゃりと頭を撫でてやると、なにするのよ、とでも言いたげな目をこちらに向けた。

「安心しろって、失せ物探しも俺たちの立派な仕事だ。依頼主をがっかりさせやしないよ」

「だから別に心配はしていないけれど・・・・・・でもそうね、ヴァラは感激屋だから、かばんが見つかったらきっと跳んで喜ぶわね。そうなったら、報酬は期待していいわよ?」

「そりゃあますます気合い入れてかからないとな」

 少女の挑戦的な笑みに、不敵に笑って返す。レオンハートも、俺たちを見守るようにかすかに微笑んでいた。

 が、しかしだ。
 当のヴァラが来ないと話が進められないのである。問題のかばんも今はヴァラが持ってるということだし。

 ・・・・・・もうどれくらい経ってる?
 時計がないので正確にはわからないが、もう10分ほど待っているだろうか。未だ広場に人の来る気配はない。
 まだ待ち時間自体は許容範囲なのだが、もしかしてヴァラに約束が伝わってない可能性もあるのではないだろうか。ブリジッドの言葉も耳に入らないほど落胆していたとも言っていた。

「冒険者を連れてくるって言ったとき、あの子泣きついてきたくらいだからそれはないと思うけれど・・・・・・」

「どこかで寄り道してるのか、それとも・・・・・・」

 なにか来られない理由が出来たのか・・・・・・?

 いや、悪い方に考えるのはまだ早計だろう。今まさにこちらに向かってる可能性もある。約束の時間になってから家を出るとか、そういう子供もたまにいる。

「こういう時にリンクパールがあれば便利そうなのに・・・・・・」

「ああ、確かにそうだな・・・・・・」

 リンクパールは、リンクシェルという魔法の貝が産み出す不思議な真珠のことだ。
 同じリンクシェルから産み出されたパールはお互いに魔法の力で繋がっており、遠く離れていても会話を交わすことが可能だ。ゲーム内では、同じリンクシェルに属しているプレイヤーが専用のチャットでいつでも会話でき、FF11におけるいわゆるプレイヤーギルド的な存在であった。
 少々高価なアイテムなのだが、ひとつの貝から無限にパールを産み出すことが出来るため、仲間内でお金を出し合ってリンクシェルを購入することも多々あったものだ。

 そういえば今のところ俺も持ってないし、メルや、レオンハート達が使ってる様子もないんだよな・・・・・・。

「なんて、無い物ねだりしても始まらないか。もう少しだけ待ってみよう」

「まったく、なにやってるのよあの子は・・・・・・!」

 早く来た方がいいぞ、ヴァラ。君の親友は気が長い方じゃないからな。



 それからゆうに30分は経過しただろうか。

「・・・・・・遅いな」

 さすがに何かあったのではないかと心配になってくる頃合いだ。
 先程からブリジッドも、落ち着きなく古井戸の周りをぐるぐると歩き回っている。

「どうしたっていうのよ、いつもこんなに遅刻することなんてなかったのに・・・・・・」

 怒りを通り過ぎて不安が募っているようだ。なんだかんだ親友を気にかけている優しい少女だ、頭の中は良くない想像でいっぱいになっているようだ。

 そろそろ動く頃合いかもしれない。これ以上ここで待ちぼうけしているのも不毛だし、探しに行くにしろ誰か1人残っていれば入れ違いになる心配もない。

「探しに行ってみるか。ヴァラの家ってどこだ?」

「私も行くわ、家の場所も分かるし! あの子昼寝でもしてたら叩き起こしてあげるんだから!」

「ホントに叩くなよ? じゃあレオン、悪いんだけどここで・・・・・・ん?」

 ぱたぱたと小さな足音。広場に面する小道から聞こえてきている。音の軽さからして、子供の・・・・・・1人分だ。

「来たかな?」

「ちょっと、遅いわよヴァ・・・・・・ラ?」

 広場に姿を見せた少女は、しかし待ちかねたミスラの娘ではなかった。ブリジッドと同い年くらいに見えるヒュームの女の子だ。

「あ、いたいた、ブリジッドちゃーん」

「なんだ、あなただったの・・・・・・どうしたの、何か用?」

「なんだ、ってひどいよう」

 ぷうと頬を膨らませ、はいはいごめんなさいと宥められているその子は、どうやらブリジッドの友達のようだ。
 どうもブリジッドよりも幼く感じる・・・・・・というより、こうして並べてみると、ブリジッドの方がこの年頃にしてはだいぶ大人びているんだなと気が付いた。

「それで、私を探してたんじゃないの?」

「あ、そうそう、ヴァラちゃんからね、伝言があるよ」

「ヴァラから!?」

 どうやらこの子、俺たちを待ちぼうけさせている張本人からのメッセンジャーのようだ。ということは、少なくともなにか不慮の事故にあって待ち合わせに来れないなどという最悪のパターンではないようで、密かに胸をなで下ろす。

 ではどうしたのだろうか・・・・・・それを知る少女は、ヴァラの名を聞いた瞬間に思い切り詰め寄ってきたブリジッドの剣幕にあぅあぅと気圧されていた。あかんこれ。

「ブリジッド、それじゃあその子も話せないだろう」

「ッ・・・・・・ごめんなさい、つい。それで、ヴァラはどうしたの? もうずっとあの子を待ってるのよ」

「う、うん・・・・・・ええっとね、かばんのことはもう大丈夫だから、もう心配しないでって」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・って言ってた」

「はぁ!?」
 
確かにそう叫び出したくなる気持ちも分かる。心配して手を尽くしてやろうという相手の仕打ちがこれでは怒鳴りたくもなろうというものだ。
 けどその子は言われたことをただ伝えただけで、なにも悪くはないんだぞー。

「さんざん心配かけて、人を待たせておいて、そのあげくがこれってどういうことなのよ!?」

「あぅあぅあぅあぅあー」

 がっくんがっくんがっくん。

 揺さぶられるたびに少女の頭がいい感じにシェイクされている。これ以上はいろんな意味で危険そうだ。

「その辺にしておけって」

「でも!」

「でもじゃない。それで、ヴァラはほかに何か言ってなかったか?」

 暴れるブリジッドをがっちりホールドしたまま少女に訊ねる。どうにか目を回していた状態から復活した少女は、唇に手を当て可愛らしく首を傾げた。

「んっと・・・・・・なんだかごきげんな様子で、植木鉢を買いにいくにゃ、って言ってたよ?」

「植木鉢・・・・・・?」

「ちょっと! いい加減放しなさいよ!」

「おっと、悪い」

「まったくもう」

 俺の手から解放され、ファッションリーダーらしく服装を整えたブリジッドは、幾分落ち着きを取り戻した様子で少女に向き直った。咳払いをひとつ。

「と、とにかくご苦労様、あなたはもう帰っていいわよ」

「えー、一緒にあそばないの?」

「これからやらなきゃいけないことが出来たのよ」

「そっかー、じゃあばいばーい」

 手を振り去っていく少女。
 ブリジッドは俺たちを振り返り、憤懣やるかたないと言わんばかりの勢いで言い放った。

「さあ、行くわよ!」

「ってどこに」

「鉱山区、ボイツさんの何でも屋よ!」

 バストゥークで植木鉢を買おうとするなら、確かにそこに行くしかない。
 やれやれ、仕方がない。鉱山区はブリジッド1人で行かせるには心許ない場所だし、同じく1人で向かったらしいヴァラも心配だ。なにより乗りかかった船である、ここで投げ出すのも寝覚めが悪い。ヴァラに一体どういう心境の変化があったのかも知りたいところだ。

 とっつかまえてやる、と剣呑に息巻くブリジッドに付き従い、俺たちは鉱山区へと足を向けることになった。




 結局、ヴァラ・モルコットの尻尾を掴むことは出来なかった。




「ヴァラってば、いったいなに考えてるのよ!」

 どんっ、とグラスをテーブルに叩きつけ、小さなファッションリーダーは荒く息巻いた。勢い余って中身がはねるが、それを気にした様子もない。相当に出来上がってるなこりゃ。
 言っておくが、顔が赤くなっているのも、テンションが上がりきってるのも、単に彼女が怒り心頭だからであって、断じて酔いが回ってるわけではない。グラスから溢れた緑の液体はメロンジュースだ。

「まあ落ち着けって。きっとただの気まぐれだろ」

「だったらなおさら納得行かないわ! 昨日はあんなに騒いでたのに!」

「騒ぐな」

「ぅぐ・・・・・・」

 レオンハートのひと睨みで、ブリジッドはしゅんと大人しくなる。が、その表情にはありありと不満が浮かんでいるので、どうやらまだ爆発したりないようだ。
 いつの間にやら集まっていた周囲の客の視線に、愛想笑いで頭を下げるのは当然のように俺の役である。

 俺たちが、というよりブリジッドがくだを巻いているここは、バストゥークが誇る名店・蒸気の羊亭である。何かにつけてはここで食事をとっているので、店員のメロアさん、ソウヤーさんともすっかり顔なじみだ。
 時は既に夕刻、店内は仕事上がりの技師や鉱夫たちで盛況だ。俺たちのような冒険者の姿もちらほら。
 ここ以外にもいくつか酒場はあるし、俺も行ってみたのだが、やはりここがバストゥークでは一番の店だと確信している。人気の理由の一端(というかかなりの割合)を担うヒルダさんは出掛けているようだが、彼女の作るソーセージは今日も今日とて好評のようだ。俺もあとでメルに買って帰ってやろう。ガルカンソーセージと食べ比べだ。

「ソーセージはどうでもいいのっ」

「ご馳走になってる人間の台詞じゃないなあ」

 ブリジッドのグラスが握られてない方の手には、フォークに刺さったソーセージ。メロンジュースとあわせしめて1,130ギル。むろん俺のおごり。正直高い。
 この世界、ものによるが総じてジュース系はやたら高価だ。ゲームにはなかったが、麦酒エールとか酒類の方が断然安かったりで、子供にはおいそれと手の出せない代物だ。
 人の金だと思って迷いなく贅沢品を頼むあたり、将来有望な娘である。

「じゃあ何か用事が出来たのかも。そんなに怒ってやるなって、な?」

「もうっ、どうしようどうしようって泣きついて来たのは向こうなのにっ」

 ぷりぷりと憤りながら、勢いよくソーセージにかじりつくブリジッドさん。さっきのひと睨みが効いたのか声は抑え目だが、今しばらく彼女の不機嫌ゲージが下がる気配はなさそうで、俺とレオンハートはどうしたものかとその食べっぷりを見守ることしかできない。

 ────あの後。

 鉱山区の雑貨屋で、ヴァラは確かに植木鉢を購入していた。
 だが、店を出たあとのヴァラの足取りはようとして知れなかった。道行く人に尋ねても、居住区に向かってたやら商業区で見たやら証言は曖昧で役に立たない。ヴァラはあちこちの抜け道を網羅してるので、思いもよらないところから出たりいなくなったり神出鬼没なのだと、ブリジッドのありがたい情報によって、捜索は順調に難航している次第である。

 ひとつ気になるのは、どうやら俺たち以外にもヴァラを探してるやつがいるらしいということだ。聞き込みをした人の内の何人かが、俺たちが訊ねる以前にも、ヒュームの男に訊かれたと言っていた。
 もしかすると、かばんを取り違えた男が、自分の鞄ではないことに気付いたのかもしれない。だがそれでは、ヴァラがドタキャンしたのはかばんを取り戻したからではないということになる。どういうことだろうか。

 ともかく、それからヴァラの行方は判らないまま、もういい時間だし腹も減ったので、ひとまず食事をとろうという運びになったのである。

「というか、ブリジッドはそろそろ家に帰った方がいいんじゃないか」

 夜中というわけではないが、もう日も落ちている。初対面の子供を連れて酒場にいていい時間じゃない。そろそろ周囲の目も気になってくるのだが。

「平気よ、もともと今日はヴァラの家に泊まる予定だったもの、ママにもそう言ってあるわ」

「あ、そうですか・・・・・・」

 抜け目ないというか、この場合たまたまなんだろうけど、ちゃっかりその状況を利用している要領のよさには感服する。するが、状況の根本的解決にはまったく寄与してくれないのである。

「もう、今日はヴァラを見つけるまで帰らないわよ!」

「いやいやいや」

 なにを言ってるのこの子。
 そんなことしてたらホントに衛兵に捕まっちゃいます俺ら。

 かといってこの子や、ヴァラのことを放り出して帰る気にもなれず、さてどうしたものかと頭を抱える。

 おそらくこの子をこのまま帰しても、きっと1人でヴァラを探しに行ってしまうだろう。大人としてそれはちょっといただけないところだ。そもそも帰れと言って大人しく帰るとも思えない。
 さりとてこれ以上ブリジッドを連れ回すのもよろしくない。

「・・・・・・レオン、どうする?」

 考えあぐねいてレオンハートに振ってみる。
 寡黙なガルカは、ぐいとジョッキをあおった。こっちは正真正銘エールだ。

「・・・・・・帰っているのではないか」

「あ、そうか」

 なんというか、うっかりしていた。
 向こうも小さな女の子なのだ。いい加減腹も空かせて家に帰っててもいい時間だ。

「そうだな、もう一回ヴァラの家に行ってみようか」

「・・・・・・いいわ、今度こそとっちめてあげるんだから」

「おおい、友達だろうが」

 物騒なことを言っているが、たぶん心配していた分の反動なのだろう。きっと。

 ひとまず店を出ようと、残っていた食事を片付け席を立つ。

「そういえば、今ヴァラが持ってるかばんの中身ってなんだったんだ?」

「さあ、開けてないわ。あの子、自分のかばんには名前を縫いつけてあったから」

「ふうん・・・・・・」

 さて外に出ようかというところで、店の戸口が向こう側から開かれた。

「あら、ごめんなさい・・・・・・まあリッケルトさんっ、いらしてたんですね」

「ヒルダさん、どうもごちそうさまです」

 店に入ってきたのは、女主人のヒルダさんだった。
 買い出しから戻ったところだろうか。手にはいっぱいに荷物を抱えている。

「持ちますよ」

「そんな、悪いですよ」

「気にしないでください、美味しいソーセージのお礼ですって」

「そうですか・・・・・・? なんだかリッケルトさんにはいつもお世話になっちゃって」

 恥ずかしげに微笑むヒルダさんは、やっぱり若々しくて美人だ。某工房長らが入れ込むのも頷ける。

 しかしお世話になってるのはどっちだろう。
 確かに、1人で店を切り盛りする忙しい彼女からは、ちょくちょく買い出しやら出前やらの仕事をを請け負っている。なにげに冒険者何でも屋リッケルトの上得意さんだ。
 けど、俺もその見返りに食事をご馳走になったり、お小遣い程度ながら報酬をもらってもいる。稼ぎというほどではないが、こっちも何かと助かっていたのも事実だったり。持ちつ持たれつではあるのだか、こういう暮らしをしていると駆け出し冒険者ってホントにただの便利屋だなあとしみじみ思ったりする。

「ところで今日は・・・・・・レオンハートさんに、ブリジッドちゃん? 珍しい組み合わせですね。メルさんは?」

「はは・・・・・・メルの奴、ちょっとダウンしてて」

「こんばんは、ヒルダさん!」

 元気に挨拶するブリジッドに、対照的に静かに会釈するレオンハート。間に挟まれている俺だが、やっぱりメルとはセットだと思われているらしい。
 実際この間のパルブロ潜りまでは四六時中一緒だったので、否定できない・・・・・・まあする必要もないのだが、最近はリッケルトさん1人でも結構がんばってるんですよー?

「でもブリジッドちゃん、こんな時間までお外にいたらダメよ? リッケルトさん達も、小さな女の子を連れ回してるのは感心しませんよ」

 ほうら言われてしまった。一部も言い訳する余地がないので、素直にすみませんと頭を下げるほかない。
 そうでないものも若干1名いたが。

「平気よヒルダさん、今この2人の雇い主は私なんだから!」

「まあ・・・・・・そうなの?」

「そう、だからなにも問題ないわ!」

 まったく根拠のない自信に満ち溢れるブリジッドに、俺もヒルダさんも苦笑を浮かべて顔を見合わせる。
 子供には子供の理屈があるとは言うが、ここまで自信満々に言い切られてしまうといっそ清々しい。子供特有と言うより、ブリジッド生来の気質も大きいんだろうけど、この子はホント、将来大物になること間違いないな。

「でもね、ヴァラちゃんもそうだけど、あんまり女の子が夜遊びするのは、」

「ちょ、ちょっと待った、今ヴァラって?」

「あの子を見たの!?」

「え、えぇ・・・・・・」

 急に気色ばんで問いつめる俺たちにヒルダさんは大いにたじろいでいるが、こちらとしても今の言葉は聞き捨てならない。
 ヴァラちゃんも、とはどういうことか。もしかして彼女は、まだその辺をうろちょろしているのか?

「ヒルダさん、俺たちもヴァラを探してるんです。いつ、どこで見たんです?」

「ついさっき、お店に戻る途中よ? なんだか慌てた様子で、声をかけても気付かずに行ってしまったわ」

 どういうことだろうか。昨日は落ち込んでいたのに、今日は上機嫌で植木鉢を買い付け、さっきは慌てていた? ずいぶんと忙しいことだが、この短期間でヴァラに何らかの変化があったのは間違いなさそうだ。

「それに、ヴァラちゃんのことを聞かれたのはこれで2度目ですよ」

「2度目?」

「ええ、やっぱり夕方頃、男の人にね。小さなミスラの子供を知らないかって」

 やはりヴァラを探してるのは俺たちだけではないようだ。どうやら向こうもまだ彼女を見つけられてないらしいが。

「それで、ヴァラがどこに向かったかは?」

「たぶん居住区だと思うけれど・・・・・・そうそう、あの子これを落としていったんですよ」

「これ・・・・・・って、花、ですか」

 彼女が取り出したのは、一輪の花だった。
 12イルム・・・・・・約30cmくらいのところで手折られた茎の先は、頭を垂れるように緩く弧を描いており、その先端に口を広げた釣り鐘のような花が咲いている。花弁は淡く赤い。

 あいにく草花には疎いのだが・・・・・・なぜだろう、俺はこのフォルムにどこか見覚えがある気がしてならない。

 そういえば、クエストで要求される"ヴァラのセンスを唸らせるプレゼント"もアマリリス、赤い花だ。とすればこれも彼女の見初めただいじなもののひとつだろうか。

 花、ヴァラの好む赤い花、植木鉢・・・・・・何か一致する符号が、どうにも繋がりそうで繋がらない。足りないピースは何だ?

「もしよければあとで返してあげてほしいのだけど・・・・・・あら?」

「失礼する」

 ガルカのでかい手が、ぬっと横から入ってきて花を摘みあげる。
 きょとんとするヒルダさんを気にもとめず、レオンハートはしげしげと花を観察している。ガルカと花、今度は天空のなんとかのロボットを思い出すというか。

 そんな感想を抱いた俺をよそに、ためつすがめつ花を見ていたレオンハートは、やがてなにがしかの結論に至ったのか、その瞳を僅かに見張らせた。驚きの表情、だろうか。

「これは」

「何か解ったのか?」

「夢幻花だ」

「むげんばな?」

 ブリジッドが訝しげに首をひねる。ヒルダさんも同じように首を傾げている。そういうちょっと子供っぽい仕草が似合っているのがまた可愛らしい人だ。

 しかし、残念ながら俺の意識は、花を見たときから感じていた既視感の正体の方に釘付けになっていて、美人女主人の萌え仕草を堪能することは出来なかった。

「そうか、思い出した。花粉が人に幻を見せるっていう花。どこかで見たと思ったんだ」

「極地でしか育たない貴重な花だ。サンドリア王国では定期的に冒険者に採取させてると聞くが」

 そう、夢幻花はサンドリア王国のストーリーミッション後半で必要になるキーアイテムだ。
 同国のデスティン国王は、亡き妻ローテの遺言に従い、この花を常に城の庭園に咲かせており、その入手に冒険者を使っている。
 そして夢幻花には、サンドリアにまつわる隠された重大な力があるのだが、もちろんそれは単なるいち冒険者には知るよしもないことなので黙っておく。

 しかし俺の記憶が確かなら、夢幻花が入手出来るのはアルテパ砂漠の西部。つまりゼプウェル島、コロロカの洞門の向こう側だ。海底トンネルが開通していない今この時期にここにあるはずもない。
 いや、デスティン国王は洞門開通以前からローテ王妃の遺言を守り続けていたわけだし、あるいは別の入手場所があるのかもしれないが。
 だがいずれにせよ、ヴァラが持っていたというのがあまりに場違いなことには変わりない。

 小さなミスラと夢幻花、このふたつをつなぐ最後の鎖は?

「夢幻花なんて、そこらで買えるものじゃないよな」

「希少性の高さから、バストゥークでは取引を禁じられている」

「マジか、そんなもんどうやって・・・・・・」

 何かがカチリとはまった。

 ヴァラが持っていたのは、普通の店じゃ絶対に売らないような貴重な花だ。そう、普通の店じゃ・・・・・・では普通じゃない店なら、どうだ?

 俺は知っている。
 そういったご禁制の品や表には出せない商品も取り扱う、ヴァナ・ディールでも指折りの密売組織を。

「・・・・・・ブリジッド、ヴァラにぶつかってかばんを落とした男の特徴、覚えてるか?」

「え? うーん、顔は解らないけれど、格好は覚えてるわ。胴着に鉄板を合わせたような、センスのない赤い鎧よ!」

「そうそう、私にヴァラちゃんのことを聞いてきたのも・・・・・・あ、リッケルトさん!?」

 ヒルダさんの言葉を最後まで聞く前に、俺は店を飛び出していた。
 もしも俺の想像通りのことが起きてるなら、状況は相当にやばい。一刻も早くヴァラの身柄を保護しなければならない。

 店の外はすでに暗い。
 港を照らす街灯に灯が点り、家々の窓からも明かりが漏れている。
 店に入ろうとした客とぶつかりそうになりながら、俺は不安と直感に任せ、がむしゃらに石畳の上を駆け抜ける。

 がしゃがしゃと鎧を鳴らして走る俺の足音に、重たい足音が混じった。

「ヴァラを追ってるのは俺たちだけじゃない、そうだな?」

 追いついてきたレオンハートが確認するように訪ね、俺はそれに頷きを返す。

「たぶんその相手は・・・・・・」

 ブラックマーケットに多大な影響力を持つ闇の大手商会。
ジュノに本部を置き、ヴァナ・ディール各地にその食指を伸ばす巨大な犯罪組織。

 ────天晶堂。


===

 やはりスマホからの投稿は厳しいですね。
 推敲がうまく出来てません。誤字脱字等は日曜にまとめて修正します、すみません。

 ところで、エオルゼアで週末冒険者始めてしまいました。
 ユニコーン鯖でRickeltという名前でやってます。リックです。こちらも次は日曜にログイン予定。
 ただ、鯖移転サービスが始まったら友人のいる鯖に移動するつもりですが・・・・・・。

 そしてエオルゼアにも為がいる【カニ】【天】【国】【やったー!!】。


※ヴァナ・ディールの寸尺はヤード・ポンド法に対応していると思われる。イルム=インチ、ヤルム=ヤード、マルム=マイル、ポンズ=ポンド。




[24697] 14-買い取りなら天晶堂
Name: 為◆3d94af8c ID:6d6f4632
Date: 2016/05/28 20:43


 とっぷりと陽も落ち、濃紺の天蓋に碧い月の輝く夜のバストゥーク。
 バストア海から漂う潮の香りに鼻をくすぐられながら、俺は暗い建物の陰に息を潜めて身を隠していた。冷たい石壁の感触が鎧越しに伝わってくる。
 四方は見る限り似たような、石造りの平屋に囲まれている。窓は小さく、入り口は大きな開き戸と、小さな勝手口がそれぞれ建物に備え付けられている。

 港区の倉庫街。
 ほとんどの倉庫から明かりが失われている中、かすかに窓から明かりが漏れている倉庫の向かいで、俺は陰に潜みながらその倉庫を睨みつけていた。
 唯一人の気配を感じさせるその倉庫に、今のところ動きはない。
 どの倉庫からも作業員が引き上げ、戸口を閉め切って明かりを落としてる中、いまだ煌々と火を灯しているのが一見奇妙ではある。だがこの倉庫はむしろ夜の方が忙しいのだと、レオンハートから聞き及んでいる。

「つまりそこが天晶堂の倉庫ってことだ」

 倉庫から目を離さないまま、一人呟く。返答はなく、囁きは潮風に浚われていった。

 今俺が見張っている倉庫こそ、天晶堂の所有するそれであり、同商会のバストゥーク支店でもある。

 天晶堂は、ヴァナ・ディール全土にネットワークを持つ特殊な商業組織だ。
 表通りに店舗を持たず、一般的にその存在を知る人間も少ない裏の組織である。だが彼らの眼鏡にかない幸運にも会員となれた人間は、天晶堂の持つ幅広い通商ルートからあらゆる商品の売買を行うことが可能だ。
 それこそどんな希少価値の高い品も、市場には決して出回らない禁制品の類も。
 冒険者たるプレイヤーからすると、ストーリー上でお世話になるちょっと変わった商業組合程度の認識が強いだろうが、その実態は海賊や盗賊とも平然と取引を行う危険な犯罪組織なのだ。ついでにゲーム中、冒険者に犯罪行為の片棒を担がせるようなクエストも出してくるので、なかなか食えない連中だ。
 冒険者として活動する上でコネを作れれば心強いが……敵に回せば非常に恐ろしい相手になるだろうことは想像に難くない。

 もしも俺の想像が正しければ、今回の一件には彼らが関わっている。少なくとも、彼らの取り扱う商品が。
 ヴァラの安否が心配だ。もし既に天晶堂の手に落ちていたら。それともすべて俺の考え過ぎならどれほど良いか。
 
 いや、今はそれを考えても埒があかない。とにかく報告を待って……。

「ん、来たか」

 意識を目当ての建物へ戻すと、ちょうどその陰から小さな人影がそそくさとこちらに向かってくるところだった。

「どうだった、メル?」

 通りを渡ってこちらの建物の陰に転がり込んできたのは、タルタルの魔道士、すっかり俺の相棒として認識されているメルだ。
 モグハウスで寝こけていたのだが、いささか切迫してきた事態に、申し訳ないと思いながらも叩き起こさせてもらった。俺もレオンハートも隠密行動には向いていなかったし、ユーディットもタバサもどこにいるか分からなかったのだ。許してもらいたい。

「そのヴァラって子が捕まってる様子はないね。商品の花がないだとか、1人行方をくらませてる仲間がいるとかそんな話をしていたよ」

 俺はメルの報告に眉を顰めた。
 話を聞くに、今のところヴァラの存在が彼らに露見している様子はない。だがヴァラを追っていた人間がいる以上、誰かしらは彼女が花を持っていると考えている奴がいるはずだ。
 それに、いなくなった仲間……もしかすると、かばんを取り違えた張本人はそれを仲間に報告してないのではないだろうか。

 だとすると、あまりいい状況ではないかもしれない。
 自らの失態を隠蔽したいと考えているのであれば、そいつがヴァラを捕えたときになにをしでかすかわからない。

 脳裏にいやな結末がちらつき、頭を振ってそれを払う。

「それにしても、君もよくよく妙なことに関わってるね。本当なのかい、天晶堂の品物をその子が持ってるっていうのは」

「たぶんそこは間違いない。どうしてそうなったかは想像でしかないけど」

 あくまで俺の予想だが、つまり事の次第はこうだ。

 ヴァラとぶつかってかばんを取り違えたという男。状況から考えて、そいつは天晶堂の構成員の1人だったのだろう。取引の前だったのか後だったのかは判らないが、とにかくそいつはうっかりと商品の入ったかばんをヴァラのものと間違えてしまった。
 それに気付いたヴァラはたいそう落ち込み、見かねたブリジッドが俺たちにかばんを取り戻すように依頼する。ここまではいい。

 状況がややこしくなった要因は、その商品というのが夢幻花だったことにある。
 だいじなものをそっくり無くしてしまったヴァラは、何かの拍子にかばんの中身を見てしまい、そして驚喜したことだろう。かばんには、真っ赤な花が入っていた。それもヴァラの好みにばっちり当てはまる"センスある"一品が。
 これを新しいだいじなものにしよう、彼女はそう考えたのだろう。一片の悪意もない子供らしい無邪気さで、それが犯罪組織の売り物だとも知らずに。

 そして今、ヴァラは追われている。かばんを間違えたことに気付いた男、あるいはもしかしたら、天晶堂の構成員たちに。

「そのヴァラって子が行きそうなところとかは判らないのかい?」

「そっちはレオンがあたってる」

 今のところ、ヴァラは依然として行方知れずだ。彼女の家にも行ってみたが、まだ帰宅してはいなかった。
 事態を知らない母親もいたく心配しており、俺たちはこちらからも正式に彼女を見つけてほしいと依頼を受けるに至っている。

 そこで俺たちは二手に分かれ、捜索をすることになった。俺は天晶堂を、レオンハートは母親から聞き出したヴァラの行きそうな場所を探す手はずなのだが……どうやらこちらは空振りに終わりそうだ。

「色々と気になることはあるけれど、当座の方針はあるのかな、リック?」

「最優先はヴァラの身の安全の確保だ、これは揺るがない。ヴァラのかばんに関しては、悪いけど二の次」

「天晶堂の件は?」

 問題はそこだ。

「返せるなら花を返して終わり、にしたいところだけどな」

 正直それも難しいという気はしている。

 まずヴァラが持っていると思われる花の状態がわからない。夢幻花には非常に枯れやすいという設定があったはずで、生花をそのまま商品にしてるとも考えにくいが、もしモノが悪くなっていれば返品では済まない。

 それに相手は立派な犯罪組織だ。
 彼らにも面子というものがあるだろう。
 それに子供とはいえ、非合法な取引の一端に触れてしまった相手だ。はい返します、ごめんなさい、で何のお咎めもなしに見逃してくれというのも、いささか都合が良すぎる。俺たち冒険者が関わってしまえばなおのこと、である。

「ただはっきり言っておくと、ヴァラの安全さえ保証出来れば、俺は天晶堂の商売を邪魔するつもりも、彼らとことを構えるつもりもない」

「闇取引については見なかったことにするってこと?」

「そうしたい……メルがよければ」

 ひとつには戦力的な理由がある。
 向こうは組織、こちらは個人だ。万が一敵対する羽目になれば、明るい結末が待っている公算は低い。
 よしんば戦闘を切り抜けたとしても、その先ずっと見えない敵に追われることになるかもしれない、なんてのはお断りだ。そもそも俺の対処できる"戦闘"になるとも限らないのだ。

 それに、犯罪に加担するつもりはないが、もし接触するのであれば天晶堂とは友好的な関係を築いておきたい。
 今後俺の身の振り方がどうなるのかにもよるが、少なくとも冒険者を続けていく上で、天晶堂の持つネットワークを利用できるならそれは大きなアドバンテージになることは間違いない。
 彼らと敵対したところで、今の俺にはなんらメリットがないのだ。

 そんなわけで、ここで正義感も露わに、当局に通報するべきだ! とか言われると閉口せざるを得ないのだが……幸いメルはその辺りの機微には聡い。

「それが賢明だろうね。天晶堂、ボクも噂は聞いたことがあったけど、あまり下手に関わりたくはない相手だよ」

「巻き込んで悪いと思ってる」

「リック? ボクは巻き込まれたんじゃないよ、自分の意志で関わってるんだ。君の仲間として」

「そう言ってもらえるとありがたいよ……」

 そうこう話している間にも倉庫の方を見張ってはいたが……なにかしらの動きがある気配はない。
 静かなものだ。向こうの倉庫の中にも人はいるはずだが、厚い壁に阻まれて中の音も気配も漏れ伝わってはこない。

 出てくる者もなし、入っていく者もなし。
 これ以上ここを張り込んでいても、ヴァラに関わる動きは起きそうにない。

 そうと見切りをつけ、身を潜めていた物陰をそっと離れた。
 だいぶ時間が経っている。これ以上無駄には出来ない。

「よし、移動しよう。レオンと合流して、」

「見つけたわよ!」

 静寂を貫く少女の高い声に、弾かれるように顔を上げた。
 まさかと思うが今のは。

「ブリジッド!?」

 息を切らしながら物陰に駆け込んで来た少女は、紛れもなくブリジッドだ。ほつれた亜麻色の髪が数本、頬に貼り付いている。よほど急いできたのだろう。
 てっきりヒルダさんのところにいると思っていたのに、なんだってこんなところに。

「何してるんだよっ、危ないだろ1人で」

「そんなことどうでもいいのよ!」

「そんなことってお前な……」

 ただでさえ陽も落ちてから子供を連れ回して、ヒルダさんにお小言いただいたばかりだというのに。
 しかもここらは、街の中でも灯りが少なく、建ち並ぶ大きな倉庫のせいで月明かりさえも途切れがちな薄暗い地区だ。すぐ目の前には正真正銘ヤバい連中の拠点もある抜かりなさ。
 そんなところを女の子1人でうろついて、何かあったらどうするつもりだ。ヴァラに続いてブリジッドまで行方不明などということになったら目も当てられない。

 というお説教をする間もなく、ブリジッドは急ききって口を開いた。

「だから、見つけたのよ!」

「見つけた、ってもしかしてヴァラのことか?」

 だがブリジッドは首を横に振る。
 ってことは、見つかったのは……。

「赤い鎧の男がいたの、私も顔を見たけど、間違いなくぶつかってきた男よ。今レオンハートがあとをつけてるわ」

「本当か!? 場所は?」

「鉱山区、早く来て!」

 事態が大きく動き出す予感に駆られるまま、俺たちは少女の案内に従って駆けだした。
 頼むから無事でいてくれよ、ヴァラ。





 以前来たときと相も変わらず、鉱山区の路地は狭く薄暗く、入り組んでいる。
 迷いなくひょいひょいと建物の間を駆け抜けるブリジッドについて回っているが、正直俺にはもう自分がどこを通っているのかさっぱりだ。時折、道というよりは壁の隙間のような場所を通るものだから、そのたびに鎧を着た体をねじ込むのに難儀する。
 加えて灯りに乏しい今の時間、半地下になったこの辺りの道には、月明かりさえ満足に届かない。多少目が慣れたとはいえ、俺にはブリジッドの小さな背を見失わないようにするので精一杯だ。

「ホントにこっちでいいんだよな、ブリジッド!?」

「ヴァラに教えてもらった抜け道よ、間違いないわ。もうすぐ鉱石通りに出るはず」

 確かにヴァラ情報なら道は繋がってるかもしれないが、子供が通ること前提の道ばっかりってのは、ちょっと盲点だったな畜生!

「ええい、落ちるなよ、メル!」

「大丈夫、しっかり掴まってるから!」

 首に回された小さな手に、きゅっと、絞まらない程度に力が籠もるのを感じる。
 どうしようもなくコンパスの小さいメルは、ヒュームである俺や、子供とはいえこの辺りを熟知しているブリジッドに自力で走って追い付いてくるのは、はっきり言って無理だ。そこで致し方なく、彼は俺の背中でくっつき虫になってもらっている。
 にしても軽い。タルタルとはいえ、こうも羽根ほどの重さも感じられないと、もっと食って大きくなれと言いたくなってしまう……なんて、無関係な方に脱線した思考を呼び戻すように、メルが前方を指差しながら耳元で叫んだ。

「リック、前!」

「おぉっ!?」

 息の詰まるような暗く狭苦しい路地の先は、今いる小路より多少は開けた、鉱石通りへとぶつかっている。ブリジッドの案内は正しかったようだ。
 その壁と壁の間、辛うじて道を照らす月光の中に見えたのは、鎧姿のヒュームの男が駆け抜ける瞬間。そしてそれを追う、大きなガルカの姿が目に飛び込んできた。

 大斧を背負った姿は間違いない、レオンハートだ!

 路地を飛び出し、男を追うレオンハートに併走する。

「どうなってるんだ、レオン!?」

「感づかれた」

「何やってるのよ、おばか!」

 レオンハートの頭をひとつはたいたブリジッドは、なんと器用なことに、路地を抜けるなりぴょんとガルカの背に飛びつき、メルと同じようにその大きな肩にしがみついている。

「すまん」

 素直に謝るレオンハートは、どことなく叱られた犬のようでなんだか可笑しかったが、残念ながら今それを笑っている余裕はない。全力で走りながらも息切れしない肉体には感謝だが、一瞬でも気を抜けばすぐに男を見失いそうだ。

 月明かりに辛うじて赤と判る鎧の男は、時折俺たちを振り返っては目に見えて焦った様子で逃げ続けている。

「あいつで間違いないんだな?」

「そうよ、あのセンスのない鎧、見間違えないわ!」

 辛辣なブリジッドの言葉は、しかしファッションに一家言ある彼女ならばこそ見誤ることはないだろう。

 道ばたの木箱や廃材を散らしながら逃げる男。
 それを踏み越え、あるいは踏みつぶしながら追う俺とレオンハート、と背中の2人。

「話を聞きたいだけだぜ……だから待ちやがれっての!」

 それを聞き入れるはずもなく、やがて男は一件の建物に逃げ込んだ。

 この界隈には人の住んでいない空き家が比較的多い。ガルカの多い鉱山区でそうというと、転生の旅に出たのか、それとも鉱山事故で帰らぬ人となることが多いのか、真偽は分からないが、とにかくここらには住民のいない家屋が散見される。
 男の逃げ込んだ先はやはりそういった廃屋のひとつのようで、戸口を塞いでいた板材が木戸の前に放ってある。おそらく引き剥がして不法侵入したのだろう。中からはランプと思しき灯りが漏れている。

 俺とレオンハートは、戸口の両脇で一度足を止めた。背負っていた2人を下ろして中の様子を窺う。
 人の気配は、少ない。中には先ほど逃げ込んだ男と、その男が怒鳴りつけている誰かがいる。友好的な様子ではない。

 レオンハートと顔を見合わせ、ひとつ頷きあう。
 タイミングを合わせて、戸を蹴り破って廃屋の中に踊り込んだ。

「な、なんなんだよ手前ら! 人を追い回しやがって!」

 室内に飛び込むと、突然の追走と襲撃に泡を食った様子の男が喚き散らした。赤い鎧は確かに天晶堂の一員のものだ。
 その傍らに、縄で手を縛られたミスラの少女が座り込んでいる。少女は突如現れた俺たちに身を堅くしていたが、一緒に入ってきたブリジッドの姿を見るや、黒目がちの目に涙を浮かべた。

「ヴァラ!」

「ブリジッドちゃん、助けてぇ!」

 間違いない、あの子がヴァラ・モルコットだ。だがようやくの思いで見つけた探し人の姿に喜ぶ暇はなかった。
 男はあろうことか、ヴァラの体を抱え上げると、その首筋に腰から引き抜いた短剣を押し当てた。ひっ、とかすれた悲鳴が上がる。あの野郎、小さな女の子になんてことを。

「おい、その子を放せ!」

「うるせぇ、手前ら何者だ、俺に何の用だ!?」

 男はひどく混乱した様子で喚き立てている。前振りのない強襲に混乱しているのか、あるいは彼自身、ずっと警戒して神経を削っていたのかもしれない。組織の追っ手というやつに。

「落ち着け、あんたに用はない。俺たちが探してたのはその女の子だ」

「んだとぉ……?」

 男の顔が怪訝なものに変わり、じろりとねめつけられた視線にヴァラが怯える。すると男は、なにか得心がいったような、口の端をひきつらせた笑みを浮かべた。

「そういうことか、目当ては種だな?」

「はっ?」

「どこから嗅ぎつけたか知らねえが、そうはいくもんか。こいつをブルゲール商会に届けなけりゃ、俺の首がなくなっちまう!」

「おいおい……」

 混乱を通り越して完全に錯乱しちまってやがる。やっぱり商品を紛失したこと、天晶堂に報告をせず、1人で片を付けようとしていたのだろう。そこに俺たちが現れてしまったせいで、緊張が爆発してしまったのか。

「そんなものどうだっていいのよ! いいからヴァラを放しなさいよこのうすらトンカチ!」

「よせブリジッド」

「黙れガキ! そこのチビも余計な真似するんじゃねえぞ!」

 くそ、意外と目端の利く奴だ。男の恫喝を受け、俺の陰で魔法を唱える準備をしていたメルが姿を晒す。こうなったらどうにか男を宥めるか、そうでなければ取り押さえるしかないが、せめてヴァラの安全を確保した上で動きたい。
 馬鹿正直に全員が姿を見せる意味はなかったじゃないかと気づくが、まさに後悔先に立たず。今となっては後の祭りだ。
 それにしても。

「聞けよ、俺たちは本当にあんたにも、その種とやらにも用はないんだ。その子さえ無事に戻るなら、あとはあんたの好きにすればいい」

「その手には乗らねえぞ! このガキが種を隠してるのは分かってるんだ!」

 あ、こいつ。
 どうも追い詰められすぎじゃないかと思ったら、まだヴァラからモノを取り戻してないのか。ヴァラを捕まえたのはいいが、種──おそらく無限花のだろう──の在処が分からず手をこまねいていたということだろうか。
 ヴァラもヴァラでさっさと返してくれてりゃ、と思わなくもないが、今彼女が無事なのも種を握っていたからかもしれないと思うと、怪我の功名か、幸か不幸か微妙なところだ。

 しかしどうする。
 交渉の糸口を掴もうにも、男がこっちの話を聞いてくれるつもりにならなければどうしようもない。向こうは完全にこっちを敵だと思い込んでいる。そこが解消できなければ。

「そこをどけよ! このガキがどうなってもいいのか!」

「ひっ!」

「おいよせ!」

 男の短刀をヴァラの首筋に押しつけられる。

 言ってることが滅茶苦茶だ。ヴァラに何かあれば困るのは向こうも同じだというのに。だがもうひとつ間違えれば何をしでかすかわからない。

「いい加減にしろ、ザムエル」

 対処を考えあぐねいていたところで声をあげたのは、油断なく男の挙動に目を光らせていたレオンハートだった。

 ザムエルと呼ばれた男は、今レオンハートに気付いたように目を瞬かせ、その存在を認めるといかにも憎々しげな表情を露わにした。

「また、手前かよ、レオンハート……!」

「おい、知り合いか?」

「ユーディットのな」

 どういう繋がりだか知らないが、それはもしかするとこの状況を打開する光明になるかもしれない。それを肯定するように、ザムエルはレオンハートの登場にたじろいでいる。

 ここはレオンハートに任せてみよう。ひとつ目配せを交わし、俺は半歩後ろに引く。
 入れ替わるようにして前に出たレオンハートが、腹の底に響く低い声で話し出した。

「早まるな、ザムエル。すぐ頭に血が昇り過ぎると言われなかったか」

「うるせえ、何だって手前が」

「我々が用件があるのはその少女だけだ。種とやらも、その子が持っているなら返そう」

「ぐ……」

 同じことを言っているはずなのに、俺の時とは打って変わってザムエルは明らかに怯んでいる。顔見知りらしいというのもあるだろうが、声に籠もる圧力が違うというか、静かな語り口なのに相手に響かせる力がある。

 ザムエルは俯き、かすかに震えている。短剣はヴァラの首筋から離れ、それを握っていた腕はだらんと脱力している。

 これはいける、か……?

「その子を渡せ」

 相手が戦意を失ったと見て、レオンハートはもう一歩前に出る。ザムエルは反応を返さない。もう一歩前へ。

 ザムエルが動いた。予想外の方向に。

「ぬっ!?」

「にゃわぁっ!?」

 甲高い悲鳴を上げながら、ザムエルに投げ出されたヴァラの小さな体が宙を舞う。
 そちらはレオンハートが受け止めて大事には至らないが、こちらはそれどころではなかった。

「どけぇぇぇぇ!!」

 腰だめに短剣を構えたザムエルが、倉庫の入り口に向け……つまりその前に立つ俺に向かって突っ込んでくる。

「ぐぉ……ッ!?」

 一瞬ヴァラの方に気を取られたのがまずかった。咄嗟に動いた体は一拍遅く、いつかのように相手を投げ飛ばそうとする前に、俺とザムエルの体は完全に密着していた。
 体重の乗った重たい衝撃が腹に響く。

「リック!?」

「が……ッッ!!」

 俺がザムエルの体を押し退けるのと、岩のような拳が振るわれたのは同時だった。
 レオンハートの強烈な一撃を顔面に受け、ザムエルの体はきりもみしながら吹き飛び、廃屋の壁に激突して崩れ落ちた。気を失ったのか、そのままぴくりとも動く気配はない。

「同じ過ちを繰り返すな、愚か者め……」

 小さなつぶやきがレオンハートから漏れるのを聞きながら、俺もまた壁に背を預けてへたり込んだ。膝に力が入らない。情けないことにすっかり腰が抜けてしまった。

「リック、傷は!?」

「し、しっかりしなさいよ! 死んじゃダメよ!!」

 へたり込んだ俺の姿に、泡を食った様子でメルとブリジッドが駆け寄ってくる。
 わき腹を押さえる手に、冷たい感触。正直死んだ、と一瞬思ったのだが。

「は、はは」

「どうしたのリック、早く手当しないと!」

「慌てるな」

「けどあんなに深く……!」

 縛られていたヴァラを解放してやりながら落ち着いた態度を崩さないレオンハートに、珍しく声を荒げたメルが噛みつく。
 あんなに深く刺された。確かにさっきの場面を見ていたならそう思うだろう。っていうか俺もそう思ったし。

「冒険者たるもの、いかなる時でも備えるべし、だな……鎧着てて助かったぜ」

「え?」

 恐る恐る手をどけると、その下からまっさらな銀色の板金が姿を見せる。

「流石はゲンプ謹製、傷ひとつ付いてない」

「あ……も、もう、驚かせないでよリックってば!!」

「いやすまん、俺も一瞬やられたと思っちまって。とにかく無傷だよ」

「ひ、人騒がせねまったく!」

 切り傷ひとつ追ってないと分かったとたんに怒られる俺。安堵の裏返しなんだろうが、もうちょっと素直に表現してほしいところだ。

「本当に肝が冷えたよ、リック。多少の傷なら癒せるとはいえ……無事でよかった」

 こっちは少し心配性な気もするが。心底安心した表情を浮かべるメルのフードを被った頭に軽く手を置く。メルは心底安心しきった様子で、その手に頭を委ねてきた。

「おう。まあ俺も自力でケアルくらい出来るし、そんな慌てなくても」

「ん……安易に魔法に頼らないの、回復魔法だって万能じゃないんだよ。そうでなくも、怪我しないに越したことはないよ」

「分かってる、俺だって痛いのはイヤだよ」

 さて、ひとまず状況は落ち着いたが、片付けなければならない案件がまだ残っている。
 視線をメルから転じると、解放されたヴァラが、ブリジッドに泣きついている。ザムエルに拘束され、張りつめていた緊張の糸がようやく解けたのだろう。

「全くもう、素直に約束を守ってればこんな事にはならなかったんだからね?」

「う、ひぐぅぅ、だってぇ……」

「だってじゃないわよ……本当に、無事でよかった」

「ボク、怖かったよぉ……!」

 そういえばこの子、ボクっ娘だったなあなどと益体のないことを考えながら、堅く抱き合う2人の少女を眺める。
 ヴァラはもちろんのこと、口では強気なことを言っているブリジッドの目にも、隠しきれない涙が浮かんでおり、2人を繋ぐ思いの強さが窺われた。ブリジッドも芯は心優しい少女だ。内心ヴァラの安否を思って気が気ではなかっただろう。

 そんな美少女が抱擁しあう姿は、いつまでも水を差さずに眺めていたいものだが、生憎そうも言っていられない事情がある。

「ブリジッド、邪魔するようで悪いんだが」

「ッ! そ、そうね」

 俺の声に慌てて体を離すブリジッド。涙を誤魔化すように目許を擦っている。赤くなって余計目立つぞ、と思うが、それを指摘されるのも恥ずかしいだろうからそっとしておく。
 そして、まだぐずっているヴァラに向き直る。どうにか膝に力を入れて立ち上がり、彼女の前にしゃがみ込んで視線を合わせる。

「ふ、ぅぐ……」

「大変だったな、もう大丈夫だよ」

 宥めるように、メルにしたように軽く頭を撫でてやる。警戒されるかとも思ったが、ヴァラはくすぐったそうにそれを受け入れた。

「えっと、お兄さんたちは?」

「冒険者さ。ブリジッドと、君のお母さんにも君を捜すように依頼されてる」

「ぅにゃ……ママ、怒ってる?」

「まさか、すごく心配してたよ」

 それを聞き、ヴァラは安心したように息をついた。
 だが続く俺の言葉に、彼女の表情が固まる。

「ただな、家に帰る前に、返さないといけないものがあるよな?」

「にぅ……それは……」

「心当たりあるだろ? 昨日拾った花の種、か?」

 にぅにぅ、とヴァラは気まずげにもじもじしている。些か可哀想だとは思うが、こればかりはきっちり清算しておかなければ、後が恐ろしい。

「まだ持ってるんだろう、ヴァラ。出してくれないか?」

「で、でも、あれはボクの宝物に……集めた宝物、なくなっちゃったし……」

「わがまま言わないで、あんたそれのせいで散々な目にあったんじゃない!」

「でもぉ……」

 なかなか強情な子だ。その種のせいで厄介なことに巻き込まれているというのに、まだこだわっている。
 いや、もしかしたらまだなんでこんなことになっているのか理解できていないだけかもしれないが。

 ため息が一つ漏れ、思わず苦笑が浮かぶ。
 こうなったら、こっちも物で釣らせてもらおう。もしくは等価交換、正当な取引だ。

「それじゃあこうしよう、ヴァラ。君がその花の種を俺に渡してくれたら、俺も君に花をあげよう」

「お花を?」

「ああ、君の宝物になること間違いなしの、とっておきのやつだ」

「ほんとうに?」

「保証するよ」

 ちょっとばかりずるい話だが、こっちはこの娘の好みを把握している。
 FF11がまだゲームだった頃とは全く違う展開を繰り広げながら、結局このクエストの解決に必要なのが、小さなピュアレディを唸らせるセンスある一品になるとは。なんとも因果な巡り合わせだ。
 それにまさか、こんな形でゲーム知識が役立つとは思ってもみなかった。

 ともかく、ヴァラもどうにかそれで納得してくれたようで、渋々とだが、着ているチューブトップ型ワンピースの(真っ平らな)胸元をまさぐって、そこから小さな布袋を取り出した。
 どこに隠すも何も、ずっと身に着けていたわけだ。ザムエルもとんだ灯台下暗しというか、ついぞそれを隠し通して見せたヴァラの強かなことというか。

 受け取った袋の中身を確認する。指の先ほどの大きさの種が一握。潰れたり割れたりしている様子もない。
 どうやら商品は無事なようだ。ほっと安堵の息を吐いた。

「やれやれ、これでどうにか一件落着、」

「で済むと思ったのか?」

 唐突に響いた、俺のものでも、レオンハートのものでも、ましてや廃屋の隅でのびているザムエルのものでもない声。
 ぎくりとして振り返ると、廃屋の戸口に見慣れないヒュームの男が腕組みしながら仁王立ちしている。その男の後ろからも、ガルカやタルタルを含む数人の男が現れ、俺たちを取り囲むように立ち並んだ。

 何事か、突然のことに一瞬混乱しかけたが、男たちが揃って身に纏っている、ザムエルのそれと同じ意匠の赤い鎧を見て、自分たちが置かれた状況を理解した。

 天晶堂。
 なぜここに。

「感謝するぜ、冒険者さんたちよ。若いのと商品がそっくり消えちまってどうしたもんかと思ってたが、なかなか首尾よく見つけ出してくれたじゃないか」

「尾けてたのか」

「自分が誰かを追いかけるときは、自分も追われてないか気を付けるんだな。物知りナイトさんよ」

 最初に声をかけてきた男は、にやにやといやらしい笑みを浮かべながら嘯いた。俺のことも知っているのか。いったいいつから目をつけられてた?

「タリブ……天晶堂の顔役だ」

「あいつが」

 レオンハートがささやく。
 覚えのある名前だった。確かバストゥークにおいて、天晶堂に絡むいくつかのクエストに登場するNPCだ。
 どうやら彼は、あの倉庫の取りまとめ役の地位にあるようだ。そんな奴が出てくるとは、いよいよ笑えない。

 張り詰めた空気に、ヴァラとブリジッドが震えながら身を寄せ合っている。
 2人を守るように俺と、メル、そしてレオンハートが男らと睨み合うが、風向きはよくない。俺たちを取り囲む男たちは、すでに武器を抜いて臨戦態勢に入っているのに対し、こちらは柄に手をかけてすらいない。数も向こうのほうが上、ついでに姿を見せていない仲間がいないとも限らない。

「フライパンから飛び出して」

「火の中、だね」

 俺の言葉をメルが継いだ。

「何をぶつぶつ言ってやがる。それより大人しく種を渡したほうが身のためだぜ」

 手のひらに収まっている種に目を向ける。
 別に俺自身これになんら未練があるわけではないし、もともとどうにか穏便に引き渡せないかと思っていたものだ。
 しかしこの状況で素直に渡したところで、果たして俺たちは無事でいられるだろうか?

「どうした、早くよこしな」

「リック」

 メルとレオンハートの目がこちらを向いている。わかっている、これを盾にして切り抜けるとか、そんなことができる状況じゃない。
 となれば、考えるよりも大人しく従ったほうが身のためだ。

 種の詰まった小袋をタリブに投げてよこす。

「ほら、言っておくが中身をくすねたりしちゃいないぜ」

「どうかな、確かめろ」

 袋を受け取ったタリブは、それをそのまま脇にいた別の男に渡し、中身を改めさせる。
 その間も、周囲を取り巻く男たちは決して俺たちから目を離すことはない。

 大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。今なにを考えるべきか吟味する。この瞬間を突破する方法ではだめだ。状況を根本的に打開しなければならない。

「どうやら異常はないな。ザムエルも首の皮一枚ってところだ」

「そいつは何よりだ、俺も安心した。それで? 俺たちの処遇についても考えるべきだと思うぜ」

「……ほう?」

 場の主導権は向こうにある。
 だがこちらにもカードがないわけではない。

「ひとつ、この場で俺たちを始末するってのは、骨の折れる仕事になる」

 これは事実。少なくとも事実にしてやる。
 数の不利は大きいが、腕に覚えのある武装した冒険者が3人だ。ただみすみすとやられてやるつもりはこれっぽっちもない。

「……それで?」

「ふたつ、首尾よく俺たちを始末したとしても、あんたらは今後バストゥークじゃ相当仕事がしにくくなる。この場にいない仲間がそうする」

 これは半分ハッタリ。恐らくユーディットは黙っていない……だろうと思いたい。

「どうだ、お互い妥協案を探るってのは。こっちはあんたらの損になることはしない。子供らだってそうだ、仮になにか言いふらしても子供の戯言で済むだろう?」

「口は達者だが、あまり調子に乗らない方がいいぜ。それを決めるのは俺たちだ」

 そう返され口をつぐむが、タリブの表情にはどこか面白がっている気配が見える。

 どう転ぶだろうか。
 周りの男たちは無言で推移を見守っている。指示1つでいつでも俺たちに刃を突き立てられる構えのまま。
 最悪の展開になったらどう動くか。とにかく俺とレオンハートで攻撃を引き付け続けるしかない。どうにか隙を縫ってメルとヴァラとブリジッドを逃がす。出来る気はしないが、そうなったらやるしかない。

 脂汗がにじむ。
 気迫で負けないようタリブを睨みつける。舐められたら終わる。

 その根競べは、いつでも魔法を詠唱できるようこっそりと口の中を湿らせたところで終わりを迎えた。
 不意にタリブが部下たちに手振りで指示を出した。

 俺はとっさに剣を抜きそうになったが、部下たちに出された指示は攻撃ではなかった。男たちは得物を引くと、気絶したままのザムエルを抱えて廃屋から出て行く。

 どういうつもりかと、視線で問うた。

「物知り何某なんて言うからどんな頭でっかちかと思ったが、なかなか胎が据わってるようじゃねえか」

「見逃してくれる、と思っていいのか」

「ただで、というわけにはいかないな」

「つまり?」

「ひとつ俺たちのために働いてもらう。その仕事を全うできたら、ガキども含めこちらからは手を出さないと約束しよう。だが」

 ドスの利いた声音と鋭い視線が刺さった。

「もし下手な真似をすれば、もう眠れる夜は来ないと思え。クォン大陸にいようが、ミンダルシア大陸にいようがな。詳しくは明日、モグハウスに届けさせる」

 そう言い残し、タリブも夜道へと姿を消した。
 廃屋には俺たち5人だけが取り残された。

 メルとレオンハートと顔を見合わせる。ブリジッドとヴァラは、抱き合ったまま腰を抜かしてへたり込んでいた。

「……助かった、のか?」

「……ひとまずはな」

「解決したとは言い切れないけどね」

 それから3人で、大きな大きなため息を一つ。
 そうして、この長い一日の騒動は、ひとまずの決着を見たのだった。





 ブリジッドとヴァラをそれぞれの家に送り届け、心配をかけたままだったヒルダさんに(細部は省いて)説明をし、ようやく俺たちは帰途についた。
 レオンハートとは途中で別れ、メルとふたり、のんびりと居住区へ向かって歩いていく。

 タリブの言う仕事とやらが何かはまだ分からないが、ともかくこんな形で天晶堂に関わり、無傷で終えられたというのは大層なことだろう。
 思い出すだけでどっと疲れが押し寄せてきた。

「今日はえらい目にあったぜ、まったく……」

「こっちのセリフだよ。さっきも言ったけど、君は本当に騒動に縁があるね」

「冒険者としちゃありがたい話だな」

 荒事こそ飯の種、改めて因果な商売である。
 最も、今回ばかりは実入りはないに等しいが。

「それにしても、だよ。どうして君はそうやって依頼を受けて、まずボクを呼んでくれないのかな」

 見上げてくるメルの表情は大変不満げだ。タルタルなので可愛らしいばかりだが。

 というか、拗ねてるのかこれは?

「そりゃ悪かったけど、最初はこんなことになるなんて思わなかったんだって。メルは寝てたし」

「真面目な話だよ、リック。今回はまだいいよ、でももしこれがもっと退っ引きならない状況で、しかもボクが助けに行けないようなところにいたらどうするつもりだったんだい」

「いや、それは……」

 前回もそうだ、とメルは言う。
 確かにパルブロでの話をしたときも、彼はずいぶん不服そうにしていた。そのときはそっちもコロロカの洞門で冒険してきただろうに、と思ったのだが。
 今思えば、あれは俺がだいぶ強引に送り出したのだ。もしかして、そのこと自体が不満だったのか……?

 怒っているのか、そう思ったが、どうやら違うらしい。
 メル、何だってお前、そんな今にも泣き出しそうな目をしてるんだよ。

「ねえ、リック。もし君が本当に追い詰められて、どうしようもなく助けが必要なそんなときに、側にいて、君を助けてあげることが出来ないなんて……ボク、そんなのはいやだ。いやだよ……」

 ぎくりとした。
 それは、いつものどこか飄々としたメルの口から出たとは思えないほど、低く、憂いを含んだ声だった。
 俺の手を強く握りしめ、すがりつくように見つめてくる姿は、まるで親に見捨てられそうな子供のようだ。

 何故なのだろう。どうしてメルは、そんなにも"俺と一緒にいること"に拘るのだろうか。どうして俺は、彼にこんなにも弱々しい表情をさせてしまっているのだろうか。

 判らないことは山ほどある。だけど今はひとまず置いておこう。こんな泣きそうな顔の"相棒"を問い詰めるのも気が引ける。

「ああ、ホントに俺が悪かった、すまんメル。だからそんな顔するなよ……こっちが困っちまう」

「ごめんなさいリック、ボクがわがままなのはわかってるんだ」

 ぐしぐしと目をこすりながらかすれた声で言うメルは、なんていうか、タルタルということをふまえても本当に子供だ。
 まったく、目許が赤くなっちまってる。

「謝るなよバカ。俺たちは相棒だ、だろ?」

「あいぼう……相棒、かあ。うん、そうだね。ボクたちは相棒だよ、リック!」

 その響きに満足げな表情を浮かべるメル。泣いた子がなんとやらだ、いつも大人びてるくせに急に子供っぽくなるこの相棒が、実はいまだにちょっと掴みづらい。
 いや、もしかしたら単に、メルは俺が思っているほど大人ではないだけなのかもしれない。そう感じさせる危なっかしさが、最近少しずつ見えてきた。

 だとすれば俺とメルは、相棒としてそれなりに対等なのかもしれない。ただ助けられっぱなしの関係ではないのであれば、それは結構うれしいことだ。

「仕方のない相棒だぜ、これは俺が面倒を見てやらないとダメかな?」

「露骨に子ども扱いし始めたね。言っておくけどボクと君、それほど歳は変わらないと思うよ」

「マジで? 気になってたんだけど今いくつなんだ?」

「26歳」

「年上!?」

 ぎゃいぎゃいと騒ぎながら、家へ帰る。家々の灯りが俺たちを迎えてくれた。





 そして翌日、俺たちはバストゥークを発った。












 ※あとがき

 3年ぶり……だと……?






[24697] 番外編-01
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2010/12/17 00:00



 何度と無く失敗した。
 幾度と無く失敗を繰り返し、繰り返した果てについぞ今まで成功の二文字は彼女の前に現れはしなかった。
 そして今も。

 陣を敷いた草原に爆音と土煙が舞う。また失敗だ、ルイズの心は落胆できるほど上を向いてはいない。
 春の使い魔召喚試験においてかつてこれほどまでに失敗し続けた生徒はいないだろう。元より失敗するような魔法ではないのだ。

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラ・ド・ラ・ヴァリエール。周囲の生徒から『ゼロのルイズ』と罵られる彼女は、その名の通り今まで魔法を成功させたことがない。
 故にゼロ、成功率ゼロのルイズ。
 貴族にとって、メイジにとってこの上ない侮辱であり、しかしルイズはプライドの高い少女であった。いずれ名高いメイジとなって彼らを見返してやると常日頃から心に決めていた。

 しかしその機会も、今失われようとしている。
 使い魔召喚はメイジにとって通過儀礼のひとつだ。魔法学院での進級をかけた試験であると同時に、呼び出された使い魔からメイジ自身の資質を測るバロメータでもある。
 だがそう、あくまで通過儀礼のはずだったのだ。ルイズはここであっと皆を驚かせるような使い魔を召喚してやろうと密かに思っていたし、今までいくつかの不測の事態を除いて──例えば緊張で当日になって体調を崩すだとか──召喚に失敗して落第するような生徒はいなかった。
 それだけに失敗を重ねるルイズの心中には絶望だけが広がり、そして監督官を努める教師のコルベールの胸中にもルイズを不憫に思う気持ちが重なっていった。

「ミス・ヴァリエール。今日はこのくらいにしておきましょう」

 ルイズ1人を落第させるのはあまりに哀れだし、こう言っては何だがここで落第生を出すのはコルベール自身の、ひいては学園の沽券にも関る。
 学院長に相談して後日彼女に再召喚の機会を与えようと思っての進言だった。この召喚場もまだ数日は使えるはずだ。

 しかし疲れと悔しさに打ちひしがれていたルイズにとって、それはまるで最後通牒のように聞こえた。

「待ってください! 私はまだ出来ます、お願いします……もう一度だけやらせてください!!」

「いい加減にしろよゼロのルイズ! そう言ってもう何度目だよ!!」

 待たされることに焦れてきたのだろう、先に召喚を終えた生徒が明らかな罵声をぶつけてくる。
 コルベールはそれをひと睨みで黙らせると、唇を強く噛んで耐えるルイズに努めて優しく声をかけた。

「ではもう一度だけです、それで本日はいったん終了しましょう。大丈夫です、私の生徒から落第生を出させたりはしませんよ」

「はい!!」

 いくらかは勇気付けられたか、あるいはまだチャンスを与えてもらえることに希望を抱いたのだろう。瞳に活力を取り戻したルイズは、今一度召喚のための魔法陣に向かってタクトのような杖を振りかざした。



 そんなルイズたちから10歩ほど離れたところに集まった生徒たちの中で、唯一他の生徒とは違う目でその様子を見守るものがいた。
 赤い髪の少女──キュルケは、杖を掲げるルイズの姿をじっと見つめながらため息をついた。

「全く、よくやるわよあの子も」

 キュルケの隣には、対照的に蒼い髪を持もち眼鏡をかけた小柄な少女がいたが、彼女の返答を期待していたわけではなかった。半分独り言だ。

 キュルケともう1人の少女……タバサは、今年の2年の中では"アタリ"とされる2人だった。その2人がともにトリステインの人間でないというのは、学院にとって憤懣やるかたないかもしれないが、それはともかく。
 共にこの歳でメイジの第3階位であるトライアングルの実力を持ち、片やキュルケは火竜山脈もサラマンダーを、片やタバサに至っては幼いとはいえ風竜を召喚したほどた。

 そんなキュルケであるが、実力において天と地ほども評価に差があるルイズとは浅からぬ縁があった。
 なにせ実家の領地が国境をはさんで隣接していることに加え、かねてより……まあともかく、主にルイズからしてみればとかく気に食わない女の筆頭がこのキュルケであった。
 逆にキュルケからしてみればルイズは良いおもちゃである。
 何かにつけてちょっかいをかけてみれば、他の生徒に対しては我慢を覚えることでもキュルケに関してはことのほかよく噛み付いてくる。そのこらえ性の無い猫のような挙動が嗜虐心をいたくそそるのだ、と本人は思っている。

「ここで落第なんてことになったら、ヴァリエールの家もそれまでね。まあ姉のほうは優秀って聞くけれど」

 そもそも魔法がまともに成功しないのに学院に入れたのも、相当に実家であるヴァリエール公爵家の横車があってのことだろう。しかしここで落第しようものならいい加減かばうことも難しいはず。ともすれば退学にもなりかねない。

 ヴァリエールがいなくなれば……それは少し、惜しい。彼女のいない学院は今よりいくらかつまらなくなってしまうだろう。
 そう思いながらもう一度ため息をつき、キュルケは僅かに驚いた。
 タバサと目が合った。ルイズにさしたる興味も無い彼女は、本に没頭していると思っていたのに。

 読書狂いで無口な親友がぼそっとつぶやいた。

「心配?」

 その意味を一瞬図りかね、理解してからぷっと思わず噴出してしまった。

「やぁね、そんなんじゃないわ。ただヴァリエールにここでいなくなられたら良いおもちゃがなくなるってだけよ」

 それだけなんだから。
 そう言ってルイズに視線を戻す……というよりもこちらを見つめる透き通った瞳から視線を逸らせたキュルケに、タバサは何も言わなかった。

 言ってもどうせ本人は認めないだろうし──ルイズを見つめる目が、出来が悪いけれど憎めない妹を見つめるようだったなんて。

 それでもしばらくキュルケを見つめていたタバサだが、やがて興味をなくしたように本に目を向け……ようと思ったところで、本日最大の爆音が響き渡った。
 煩わしげにそちらに目を向けたタバサは、かすかに目を細めた。



 爆風に煽られながら、ルイズは今度こそ地面に膝をついた。
 彼女の魔法は常に"爆発"する。結局、この日与えられた最後のチャンスさえ棒に振ってしまったのだろう、そう思うともう立っている気力すらわかなかった。

「ミス・ヴァリエール」

 コルベールが声をかけてくるが、それに応える言葉も考え付かず、ルイズはただうつむくばかりだった。
 その肩にコルベールの手がかかる。
 ようやくのろのろと顔を上げてみると、コルベールはこちらを見ていなかった。

「?」

 コルベールの顔に浮かぶのは驚愕の二文字だ。目を丸く見開いてルイズの起こした土煙の中を見つめている。
 何事かとそちらを見て、彼女もまた驚きに包まれた。

 土煙が徐々に晴れる。
 そこには、鏡のようなものが浮いていた。

 ルイズは一瞬まさかと肝を冷やした。まさかアレが自分の使い魔か、と。
 しかしその鏡は、どう見てもただの鏡ではない。
 鏡面は水面のように波打っているし、そも自分たちの姿が映っていない。かといってその向こうの草原が覗けるわけでもなく……鏡に映し出されているのは荒野であり、高原であり、砂漠であり、深い森であり……刻一刻とその姿を変えている。
 遠見の鏡というマジックアイテムに似ていなくも無いが、こんな奇妙なものは見たことがない。

「ミ、ミスタ・コルベール……あれは一体……?」

「おそらく、ですが……召喚のゲート、ではないかと……」

 召喚のゲート? ルイズは思わぬ答えに首をかしげた。
 確かに鏡がどこか遠くの土地と繋がっているような印象を受けるが、しかしゲートがこのような形で姿を現すことなどあるのだろうか?
 そもそもゲートが開いているのに使い魔が現れないのはどういうことなのか。
 次々と映し出すものを変える鏡は、まるで……。

「探してる、の……?」

 まるでルイズが呼び出すはずであった使い魔の姿を必死で探しているように見える。
 そう思った瞬間、ルイズは弾かれたように立ち上がり、鏡に駆け寄っていた。

「あ、待ちなさいミス・ヴァリエール!」

 コルベールの静止も聞かず鏡に取り付くと、映し出される光景に必死で目を凝らす。

 ────どこ、どこにいるの……? お願い、姿を見せて……ッ!

 もしかしたらこのどこかに自分の使い魔が見えるのかもしれない。そう思えばいても立ってもいられない。
 なおも鏡は次々と映し出すものを変える。砂浜、風車の回る丘、湖のほとり、暗い洞窟の中、奇妙な形の塔、雪と氷の大地、荘厳な城、巨大な樹、石造りの街……。
 それはルイズの知るどんな土地とも違う世界だった。
 ひとつひとつはさして違和感のある景色ではない、だが目まぐるしく変わる景色を見続けるうちに直感する。ここに映し出されているのは、酷く遠いどこかだと。

 しかし次の瞬間、まるで蝋燭の火を吹き消したように、すべての映像が途絶えた。

「そんな!」

 まさか、諦めてしまったのか?
 だが何も映っていないかと思われた鏡に、誰か……そう、誰か人の姿が映ったかと思った瞬間、ルイズの体に突風が襲い掛かった。

「え、きゃあ!?」

 あたかも鏡がその周りにあるものすべてを飲み込もうとするように、風を吸い込んでいく。
 思わず鏡面に手を突いたルイズはぎょっとした。右手が、鏡の向こうに消えている……!
 左手を鏡のふちにかけてどうにかこらえる。少しでも気を抜けば全身丸ごと飲み込まれてしまいそうだ。

「だ、誰か……ッ!」

 期せず呼んだ"誰か"が自分を羽交い絞めにするのを感じルイズは振り向いた。
 ルイズの体に抱きつくようにして支えているのは、寮の隣の部屋に暮らすいけ好かない同級生だった。

「何やってるのよ、ヴァリエール!!」

「な、あ、アンタの助けなんか要らないわよツェルプストー!!」

 反射的にキュルケの腕から逃れようともがいてしまうが、そんな場合じゃないでしょ! と叱責され暴れるのをやめる。
 確かに、今は差し伸べられた助けに文句を言っていられる場合じゃない。

「油断してるとこっちまで吸い込まれそうだわ……腕は抜けないの?」

「できればとっくにやってるわよ!」

 それどころか腕はじりじりと飲み込まれていき、先ほどはひじまでだったのが既に二の腕まで見えなくなっている。
 ぐっ、ともう1人誰かがルイズの体を抱きとめる。
 見れば蒼い髪の少女がいた。名前までは分からないが、キュルケとよく一緒にいたのを覚えている。

「タバサ!? あなたは危ないから、」

「手伝う」

 3人で思い切り力をこめて引くものの、それでも鏡はルイズの腕を解放しようとはしない。それどころか風はさらに強く吹き込み、いまや肩までが鏡の中に飲み込まれようとしていた。
 そして。

「あ」

「ちょっと、何、どうしたのよヴァリエール!?」

「何か掴んだ……」

「ちょ、何かって何よ!?」

 鏡の中で踏ん張りどころを探してもがいていた腕が、その向こうにある何かをつかんだ。
 と思ったその瞬間、ルイズの腕が今までになく強く引かれ、そして3人は悲鳴を上げるまもなく鏡の向こうへと姿を消した。







 一体何が起こったというのだ。
 頭髪の薄くなった教師コルベールは、今目の前で起こった事態に頭の回転が追いついていなかった。
 ルイズが召喚を行ったらゲートと思しき鏡が現れ、当の本人を含めて3人もの生徒がその中に飲み込まれてしまった。コルベール自身も吸い込まれないように必死だった、鏡から5歩は離れていたというのにだ。
 周囲では生徒や使い魔たちが落ち着きなく騒いでいる。無理もない、あまりにも事態が異常すぎる。
 彼女ら飲み込んだ鏡は既に消えてしまっている。あとに残されているのは3人が落として行った杖だけだ。
 もはや状況はコルベール1人でどうにかできる域を超えている。すぐにでも学院長なりに指示を仰ぐ必要があるだろう。

「皆さん落ち着いてください! とにかく冷静に、今は教室に戻り、」

 しかし、予想だにしない事態はさらに続けて起こった。

 魔法陣の上に魔力が集まり始めたのだ。
 それはすぐさま大きなうねりとなり、光を放ち始める。
 空間がゆがみ、景色が揺らぎ、いっそうまばゆく輝くとコルベールはもう目を開けていることも出来ない。

「な、何が……ッ!?」

 光が晴れたとき、そこにいたのは……。



「や……った……成功、した……やっと戻ってこれたのよ!」

「くぅぅう……長かったわ……よーやく帰ってこれたのね……!」

「…………」



 きゃっきゃと喜びをあらわにする、たった今消えたと思った3人の少女だった。

「な、ミ、ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ……無事でしたか!?」

 ルイズたちは声をかけられると、それでようやくこちらに気づいたとばかりに振り返り、何故か僅かに戸惑ったような表情をしながら満面の笑みを向けた。


「あ、え、ええと……そう、コルベール先生! お騒がせしました、召喚と契約の儀はこの通り成功させましたわ」


 そういって笑うルイズの腕の中には、蒼く輝く見たこともない幻獣がおさまっていた。










 その夜。

 ルイズは寮の自室の窓から外を……漆黒の夜空に浮かぶ2つの月を眺めながら、ほうとため息をついた。
 ようやく、この部屋にも帰ってくることが出来た。自分たちの住むべきところに戻ってきたのだという実感が遅まきながらにやってきたのだ。

 あれからは慌しかった。
 しきりにこちらを心配するコルベールをどうにかなだめ、それから異常が無いか調べるためにと医務室に連れて行かれ、最後には学院長室に呼び出されることになった。

 ────自分の召喚魔法はまだ誰も見たことが無いほど遠くの土地と繋がった上、魔法が不具合を起こし飲み込まれてしまった。しかしそこでエメラルド色の幻獣と出会い、契約を交わしこの地に戻ってこれた。

 教師たちにはそう説明した。
 もちろん嘘ではない、だが話していないことも……いや、話していないことのほうが多い。
 学院長オールド・オスマンも、コルベールもしきりに首をひねっていたが、しかし自分たちの話以上に証拠が無いためそれ以上追究はしなかった。
 しかしコルベールの明らかにこちらを警戒した目には肝を冷やした。
 自分たちに何らかの違和感を感じたのだろうか、おそらく偽者や、あるいは操られていることを想定したらしく、念入りにディテクト・マジックをかけていた。
 けれど何も見つかるはずが無い。当然だ、自分は正真正銘本物のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールなのだから。

「カーバンクルも、つき合わせてしまってごめんなさい。ここはあなたの見守る世界ではないのに」

 膝の上にちょこんと丸くなった幻獣を、ミトンをはめた手で優しくなでる。体長は小型の犬ほどで両腕で抱きかかえることができる。全体のシルエットはリスにも似ているが、ウサギのように長い耳と3つ股に分かれた尻尾が特徴的だ。足は短いが、太くしっかりとしている。
 そして極め付けに、額に輝くルビー。
 それが、ルイズが自分の使い魔ということにしてつれてきた幻獣……いや、神獣カーバンクルであった。
 気持ちよさげに目を細めていたカーバンクルは、ルイズの言葉を聞くと体を起こし気にするな、というように首を振った。

「うん、ありがとう」

 そして満足げな表情をすると、また丸くなる。

 ルイズの部屋の扉がノックされたのは丁度そんなときだった。
 返事をする間もなくノブをひねって入ってきたのは、キュルケとタバサの2人だ。

「はぁいルイズ。全くやっと終わったわ、あれこれ聞かれて大変だったんだから」

「ちょっと、誰も入っていいって言ってないわよ」

 ルイズの抗議もどこ吹く風でキュルケは勝手知ったる様子でベッドに勢いよく腰掛ける。その動作は優雅ながらどこか乱暴で、貴族のお嬢様としてはいかがなものかというところだ。
 タバサも同じようにベッドに腰掛けた。そこにはつい先ほどまでは無かったはずのルイズに対する気安さがうかがい知れる。

「いいじゃない、どうせいつもあなたの部屋が溜まり場だったんだし」

「今までと同じ」

 全く勝手なものだ、ルイズはカーバンクルと目を合わせて諦めたようにため息をついた。
 しかし、悪い気はしない。
 こうして3人で集まると、まだあの世界にいるような気がしてくるのだ。今にして思えば、まるでひと時の夢のように駆け抜けたあの冒険に満ち溢れた世界に。

「夢じゃないわよ」

 はっとして振り返ると、キュルケはどこから取り出したのか、親指の先ほどもある大ぶりな真珠を加工したピアスを手にしている。その隣でタバサも同じように。
 ルイズは慌てて自分のかばんを──鏡の向こうから密かに持ち込んだ背負いかばんをごそごそとまさぐり、自分も同じ物を取り出す。

 それは証。
 自分たちと、そして今ここにはいない仲間たちとの絆の形。

「そうね……夢じゃない、わよね」

 そうして3人は今一度思いを馳せる。
 危険と、スリルと、そして冒険の世界、ヴァナ・ディールへ。




 コルベールの懸念はある意味で当たっている。
 ルイズたちは昼間鏡に飲み込まれ姿を消したときのそのままでは決して無かった。なにせ彼女たちの体感時間にして実に8年以上の時を別の世界で過ごしていたのだから。






[24697] 番外編-02
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2010/12/17 00:00

 むにゃむにゃと胡乱に目を覚ましたルイズが感じたのは、妙に暖かくてやわらかい圧迫感だった。
 なにか、と思って目を開けるとそこには丸くてやわらかいものが2つ。
 触ってみる。手のひらから多少こぼれるがむにゅむにゅと素敵なさわり心地。以前いたずらに捕まえたリーチ(丸くてぷにぷにした生き物。ヒルらしいがルイズには信じがたかった)をもうすこしやわらかくした感じだ。
 丸いものの頂には表面を包む布の下にちょこんと他とさわり心地の違うふくらみがある。そこを触ると、もぞもぞと丸いものが震えた。

「ぅん……あ、ん……」

 鼻にかかったような女の声がする。
 頂をつつくと聞こえてくる声は艶のある割に可愛らしく、もう少し聞いてみたいのと直接触ってみたいので手は布の切れ目を探し……。

「…………なにしてるの?」

「うひゃぃ!?」

 後ろからかけられた声に飛び起きる。
 何事かと首をめぐらすと、声をかけてきたのはタバサだった。ネグリジェ姿でベッドに身を起こしている。自分を挟んでタバサの反対側にいるのはキュルケだ、やはり寝巻き姿で幸せそうな寝顔を浮かべている。少し頬が赤いが。

 な、なんでこいつらと一緒に寝てるの?

 混乱気味の頭から記憶を呼び起こす。
 昨晩はやっとのことで魔法学院に帰還したあとルイズの部屋に集まって……それからそうだ、もういい時間だからと3人で湯浴みに行った。寝巻きに着替えてまた部屋で雑談に興じて……そのまま3人で寝てしまったのか。

 いやまてしかしそれより問題なのは私は寝起き何をもみしだいていたのか。
 いまだ夢の世界にいるキュルケを恐る恐る盗み見る。その体に実ったたわわにゆれる2つの……。

 考えるな考えるな思い出すな私!
 ぶんぶん頭と手を振ってけしからん感触を記憶から追い出す。

「目、覚めた?」

 ずっとその様子を見ていたタバサの表情には相変わらず何も浮かんでいないように見えるが、しかし間違いなく呆れられているなと確信できる程度には頭も冴えてきた。

「え、えぇ、大丈夫……今何時?」

「おそらく6時を回ったところ」

「う、またずいぶん早く目が覚めちゃったわね」

 ベッドから乗り出して窓の外を見れば、まだ太陽も昇りきっていない空は群青に染まっている。
 授業の時間までは……確かまだ1時間以上あったはずだ。ここにいた頃はもっと遅くまで寝ていたように記憶している。
 とはいえ"向こう"にいた頃は早寝早起きも習慣のようなものになっていたわけだから、今朝は相当に気が緩んでいたということなのだろう。キュルケに至ってはなおも爆睡中だ。

 憎たらしい顔で眠っているこの女を蹴りだすかどうするか悩んでいると、ベッドを抜け出したタバサがごそごそと着替えを始めていた。
 何故ここで着替えると思わなくもないが、装備一式はかばんに詰めてこの部屋に持ち込んでいるのでわざわざ自分の部屋に戻るのが面倒なのだろう。ここで洋服ではなく装備と考えてしまう辺り、ルイズの思考はすっかり貴族のそれではなくなっている。
 手早く身支度を整えたタバサの身を包むのは綿鎧だった。鎧というといかつい印象を与えるがこれは布製の生地に綿を詰め込んだものなので私服としても通用し、ことに前あわせを体の右側に寄せ金具で留める左右非対称のデザインや大きなカラーを持つガンビスンは洒落た一品としても知られている。
 何かと青を好むタバサは、蒼く染め上げられたアクトンと呼ばれるガンビスンをよく街着や運動着として着用していた。

「どうするの、タバサ?」

「体を動かす」

 そう言ったタバサの手に握られているのは二振りの曲刀。素振りでもしにいくのだろう。

「なら私も行くわ。ちょっと顔をゆすぎたいもの」

 タバサについていったのはまだ手に残る感触を洗い流したかったからではない、決して。






 2人で並んで外に出ると、まだ陽の差しきらない学院の庭は肌寒く、ルイズは思わず羽織ってきたマントの前をあわせた。
 清涼な空気が眠気を洗い流していく。人々が起き出すほんの一瞬前。夜と朝の狭間にある薄暗がりの澄んだ空気は、向こうの世界で覚えた素敵なものの1つだ。

 井戸のあるほうへ歩みを進めながら、ルイズは久しぶりに袖を通した制服に目をやった。
 ちょっと前まで着慣れていたはずのそれは、妙に落ち着かない気分にさせる。
 ブラウスとスカート、それにマントを羽織っただけの服装は妙にすーすーとして心もとない。それもこれも向こうでは厚手のダブレットやローブばかり着ていたからなのだろうが、当初は逆にそれが落ち着かないと思っていた気がする。人間の適応力と慣れというものは恐ろしい。

 益体も無いことを考えながら井戸の洗い場に先客がいた。
 黒のドレスに白いエプロンとヘッドドレスの出で立ちはこの学院に使えるメイドのものだ。大きな洗濯籠に山と詰まれた洗物をせっせと消化している。
 袖まくりをした腕が洗濯板の上を上下するたび、肩口で切りそろえた黒髪がさらさらとゆれる。
 その腕は色白でほっそりとしているが、その実しなやかな筋肉が育っているなとルイズは見て取った。よく似た筋肉のつき方をするものを見たことがある。あれは確か……。

 なんとなく熱心な仕事ぶりを見つめていたが、メイドのほうがそれに気づいて顔を上げた。ルイズ達の姿を認めるとはじかれたように立ち上がって深く腰を折った。

「お、おはようございます、申し訳ありません! 私、夢中になっていて気がつかなくて……」

「あ、う、うん、いいわよ別に。熱心にやってるわねと思ってみてただけだから」

「もったいないお言葉、ありがとうございます」

 いたく畏まられむしろルイズのほうがしどろもどろとしてしまう。
 そういえば貴族と平民の関係はこうだったと思い直す。ヴァリエール公爵家としての誇りを忘れたつもりはなかったが、貴族も平民も無い異世界の思考がすっかり染み付いていたようだ。メイドに傅かれるのも久しぶりだ。

「と、とりあえずお邪魔でなければ顔を洗ってもいいかしら」

「あ、はい、すぐに片付けますので!」

「そのままでいいから! あなたはあなたの仕事を続けてちょうだい」

「はぁ……」

 どこか納得のいかない表情で仕事に戻るメイドに見えないように、はぁとこっそりため息をついた。
 何だってこんな朝から押し問答しなければならないのか。やっと元の暮らしに戻れたはずなのに落ち着かないことばかりだ。

 うなだれるルイズを尻目に、タバサは「じゃあ」と一言だけ残してその場を離れる。鍛錬のためだろう。
 その背中に「後でね」と声をかけ、ルイズも井戸に向かった。
 水をくみ上げ(これもメイドがやろうとしたので必死に押しとどめた)手をつけるとひんやりと刺すように冷たい。それを我慢して顔をすすぎ、メイドが手渡してきたタオル(こちらは素直に受け取った)で拭うと、すうっと頭の芯が冴えたように感じる。

「ふぅ……さっぱりした」

 頬をなでる風もいっそう涼やかだ。
 いくらかその感触に身をゆだねていると、ふと下から見上げてくる視線に気づいた。

「どうかしたの?」

「あ、い、いえそのすみません……!」

「あのねえ……別に怒ってないわ。私の顔に何かついてた?」

「えっと、その……」

「ん?」

「ミス・ヴァリエール……ですよね?」

「え?」

 おずおずと切り出しにくそうに尋ねられ、思わずぽかんと口を開けてしまった。
 果たして自分はこのメイドと面識があっただろうか? いや、あったかもしれないが正直覚えていない。向こうだっていくら仕える相手とはいえ学院の生徒全員を覚えてるわけでもあるまいに、名指しされるような覚えは……。

 ────ああいや、1つあったわね……。

 ルイズは魔法学院の中でもひときわ悪目立ちしているのだった。本人もすっかり忘れていたが。
 自分たちにとって使い魔召喚の儀式から今日までは8年の時が経っているが、他の人々にしてみれば昨日の今日だ。メイドたちの間にも"ゼロ"の二つ名は浸透していたということだろう。
 手を止めたメイドは腰を下ろしたままながら顔色を伺うようにしている。

「そうだけど、なに?」

「ええと……お体はなんともありませんか? 昨日その、噂で聞いたんです、ミス・ヴァリエールやミス・ツェルプストーが使い魔召喚のゲートに飲み込まれたって」

「ああそのこと。この通りぴんぴんしてるけれど……それとも他に何かもっと噂になっていたかしら?」

「い、いえ、そんなことは!」

 簡単に引っかかってわたわたと手を振るメイドの姿に、思わず噴出さないようにこらえるのは一苦労だった。

「だから怒らないってば。ねえ、教えて? どんな噂になっているの?」

「それは……でも……」

 貴族に自分たちの悪口を言えと言われてはいと言える平民は少ないだろう。そういう意味でこの反応は至って普通、というよりもルイズのほうがやたらと鷹揚なのだ。
 「私もキュルケもタバサも怒らないし、誰が話してたかも追求しないわ。杖に誓って」という言葉に押されて出たメイドの答えに、ルイズは今度こそ耐え切れなかった。

「…………ミス・ヴァリエールたちはその、召喚のゲートの向こうで魔物に取って代わられたんじゃないか、って口さがない人たちは言ってます」

「ぷっ、やだなにそれ……くくっ……笑わせないでよもうっ」

 なるほど、得体の知れないゲートに消えたと思ったらけろっとして戻ってくれば、そんな風にも見えるかもしれない。
 しかし魔物に取り付かれたときたか。自分たちもそんなような依頼を請け負ったことがあったが、何せ長年異世界で暮らしていたのだ、発言には気をつけないと異端にたぶらかされたくらいには疑われるかもしれない。
 実のところルイズにこそ当てはまらないものの、魔に取り付かれているといって差し支えのない人物はいるのだ。それが妙におかしかった。

 ってここでこんなに笑ってたら余計怪しいわね。ほら、メイドが怪訝そうな顔をしてる。

「あの、ミス・ヴァリエール?」

「くすくす……ご、ごめんね、でも安心して。私たちは魔物に取って代わられてもいなければ悪魔にも取り付かれてないわ。でも……ねえ、あなた名前は?」

「え、あの、シエスタといいます」

「そう、教えてくれてありがとシエスタ。これ以上変な噂が立たないように気をつけるわ」

「は、はぁ……」

 気づけばそろそろ朝食の時間が近い。
 狐につままれたような顔をしているシエスタをおいて、ルイズは一度寮に引き返した。






「ああぁぁぁぁ……お腹が重たい、あとでもたれそう……」

「太った……絶対太ったわ……」

「…………」

 朝日も昇りきった頃、教室に向かうルイズ達は青い顔でお腹を抱えながら教室に向かっていた。

 というのもこれまた失念していたのだが、学院生徒たちが利用する食堂で出される食事は、揃いも揃って無意味に豪奢でとにかく量が多いのだ。ほとんどの生徒は自分の食べたい分だけ手をつけて大半を残していくところを、長年の冒険生活で食べれるときに食べるべしの精神が染み付いていたルイズらはうっかりそれをすべて平らげてしまった次第だ。
 朝から鳥のグリルが出てくるメニューもたまったものではないが、なんだかんだで食べきってしまう自分たちというのも大概ショックだった。
 そんなわけでルイズらは絶望的な面持ちで教室への道のりを歩んでいるわけである。唯一タバサだけが平然としていた。

「誰かハラヘニャーかけてくれないかしら……」

「やめなさいよ、アンタ一度はらピーゴロで酷い目にあったの忘れたの?」

 キュルケの言葉に思い出したくない記憶を掘り返されたルイズはさらに顔をゆがませる。
 あの時はつい食べ過ぎたパイを消化してもらおうとして……いや、ダメだ、これ以上はとてもではないが。

「それにしても……」

 つぶやきつつ、キュルケはしきりに制服の襟や裾を気にしている。

「久しぶりに着るとなんだか生地が薄くて落ち着かないわね、制服」

「考えることは同じねぇ……」

 上等な生地ながらひらひらと頼りないブラウスは、肉体を保護することに重きを置いた向こうの服とは比べ物にならないほど心もとない。
 向こうにもこの手の服が無かったわけではないが幾度となく死線を潜る生活の中ではそんなものに袖を通す余裕は無かった。

「まあ、お気に入りの装備は持ってこれたからいいわ。こんなときは自分が戦士やナイトでなくて良かったと思うわぁ」

「なによそれ、服のために魔道士になったわけ?」

「鎧だったらかばんにつめるのも一苦労って話よ」

 ゴブリンのかばんは見た目の大きさに比べて内容量は驚くほど多いが、それでも何でも入るというわけではない。
 当然のことながらかばんよりも大きなものは入れようがないし、無限の容量があるわけでもない。向こうにいる仲間にもよく状況に合わせたさまざまな装備を持ち歩くのに仕舞い方に四苦八苦しているものがいた。
 当のルイズたちもこちらに帰ってくる際に何を持っていくかでだいぶ悩んだものだ。結局消耗品の類はほとんど入れず、いくつかのローブや装束、装飾品を持ち込むにとどめた。

 ちなみにルイズは今もその中から数点の装備を身につけている。
 両手にはめたミトンに、その下にはリングを1つ。背には杖を一本。先端に拳ほどもある宝珠をあしらったデザインの杖はキュルケの背負うそれとおそろいだが、ルイズのものは宝珠が白に、キュルケのものは赤に輝いている。
 これらはすべてルイズの足元をちょこちょこと歩いている霊獣カーバンクルを喚び出しつづけるためのモノだ。
 その本体を異界に置く彼ら召喚獣は、分身を限界させておくだけでも使役者の魔力を消耗させていくのだ。強い魔法の力を持った装備でそれを抑えることによって、やっとカーバンクルは他の使い魔と同じように振舞うことが出来ていた。

「そういえばアンタたちの使い魔はどうだったの? ええと、サラマンダーに風竜だっけ?」

 カーバンクルを見て思い出したことだったが、自分たちが帰ってこれたのは2人の使い魔の存在あってのことなので気にはしていたのだ。
 こちらも主に付き従うように歩いていた尾に火をともす大柄なトカゲが、キュルケの使い魔のサラマンダーである。名はフレイムといったか。

「この子は平気よ、私のことを忘れている様子もないしちゃんとラインも繋がってる。今更だけど間違いなくもとの時間に戻ってこれているってことね」

「タバサのほうは?」

 綿鎧から制服に着替えた青い髪の少女の使い魔は幼くも竜だ。その巨体ゆえに屋内には入れられず、今は主の命を待ちながらどこか外で気ままに過ごしているだろう。

「問題ない。ただ……」

「ただ?」

「私は私でも、さっきまでの私ではない……そう言っていた」

「そう……」

 それは間違っていない。いくつかの意味で。
 タバサの使い魔シルフィードは風竜、いや人語や魔法を操る風韻竜だという話は聞いていたが、やはりそういった感覚には鋭いのだろうか。
 使い魔が主の不利益になるようなことを吹聴するとも考えられないが、既に妙な噂が立ち始めていることも事実だ。気をつけてしかるべきだろう。朝方シエスタに聞いた話は、伝えたほうがいいか。

「私たちが魔物と入れ替わったとか悪魔に取り付かれたとか、その手の噂が出回ってるみたいよ」

「まぁ早晩そうなるとは思っていたけれど……ね」

 がらり、と。

 教室にたどり着いたキュルケが戸を開けると、中にいた生徒たちの視線が一斉にこちらを向き、逸らされた。
 既に昨日あった出来事は学院中に広まっているのだ、食堂でもちらちらと盗み見るような視線やひそひそと囁きあう気配を感じていた。それを誤魔化すように食事に没頭していた部分は否定できない。
 教室に漂う空気もそれと同じものだった。

 探るような、異質なものを見るような視線は慣れがたいが、こちらと目が合えば慌ててそっぽを向くような連中の目など、獣人たちの憎悪に満ちた目に比べれば何のこともない。
 割り切ってしまえば態度はむしろ堂々としたもので、3人は颯爽と通路を抜けて最前列の席に並んで腰掛けた。後ろに座るのはなんだか逃げたようで癪だからだ。うっかり隣の席になってしまった少女がルイズが座ったとたんにびくりとすくみあがったもので、にっこり微笑みかけてやればぷるぷると震えだした。失敬な。

「全くもう、失礼しちゃうわ」

 ちょこんと机の上に乗っかったカーバンクルを撫でながら口を尖らせる。まるでデーモンに睨まれたかのような反応だ。

「大差ないんじゃないかしら。きっと彼女は子供にこう言い聞かせるわ、悪さをしたらルイズがやってきて失敗魔法で吹き飛ばすぞって」

「なーんですって……?」

「日ごろの行い」

「タバサまでっ」

 他愛も無い話をしているうちに教師が入ってきて教壇に立った。
 二つ名に"赤土"を冠するシュヴルーズという名の中年女性は土属性を専属にする教師であり、そのふくよかな体躯は確かに豊穣といった言葉を連想させる。最も本人に農耕の知識は無いだろうが。

「みなさん、春の使い魔召喚は大成功のようですね。このシュヴルーズ、こうして新学期に様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」

 教壇に立つシュヴルーズはそう言うと一度言葉を切り、室内を一巡。その視線がすっとルイズの元で止まった。

「ミス・ヴァリエールも素敵な使い魔を召喚したようですね」

 探された。直感的にルイズはそう感じたが、おそらく間違いではない。
 つまり教員たちの間でも自分たちはある程度マークされているということなのだろう。考えていなかったわけではないが、こうまで露骨だと辟易せざるを得ない。
 というかそういうのはもう少し隠すべきじゃないかしら。シュヴルーズは声音こそ平静を保っているが今の一言が完全にぼろである。

 内心がっくりと項垂れながらも顔には笑みを貼り付けて答えた。

「はい、おかげさまで」

「その子が貴女の使い魔ね? なんだかとても不思議な……子犬、いえ、大きなリスかしら……?」

「カーバンクル、と申します。今年の使い魔ではタバサの風竜にも引けをとらないと自負しておりますわ」

 気取った口ぶりにキュルケが小さく噴出すが黙殺。カーバンクルはシュヴルーズに向かって首をかしげている。愛想のいいことだ。

「まぁ、可愛らしい」

「へ、どうせその辺から連れてきた子犬に仮装させてるんだろう。それとも盗んできたのか? "ゼロ"のルイズにそんなものが召喚できるはずが無い!」

 野次を飛ばしたのは少し後ろのほうに座る太った少年だった。
 この空気の中でそんな口をきけるというのは、彼も案外図太い大物なのか飛びぬけて空気が読めないのか……多分後者だ。常からルイズをゼロと嘲ってきた彼にはその成功や周囲の注目が気に食わないのだろう。
 シュヴルーズも少年をいさめようとしているが上っ面で聞き流しているのが丸分かりだ。

 野次を聞いて分かりやすく腹を立てていたのはカーバンクルだった。険しい表情でクルルルル、と唸っている。
 自分が……あるいは主が侮辱されたからか。
 霊獣は決して召喚士の従僕ではないが、互いに誠意を抱き強い信頼関係で結ばれている。少年の言葉はどちらにとっても気分のいいものではない。

 カーバンクル、と小さく声をかけると、エメラルド色の獣は心得たとばかりに少年のほうへ駆け寄っていく。人懐こい子犬のように。
 そしてぴょんとその太った体に痛くない程度に爪を立ててしがみついた。

「うわ、な、何だよこいつ……」

「ずいぶん懐かれたみたいね、ええと……マルリンコルリン……?」

「マリコルヌだ!!」

「そうそう、マリコルヌ。でも気をつけてね、カーバンクルの爪には毒があるから」

「んなっ!?」

 さらりと言った言葉にマリコルヌがさっと顔を青くし慌ててカーバンクルを振り払おうとするが、カーバンクルのほうも心得たものでちょこちょこと背中のほうに駆け上ってその腕をかわしている。

「は、離れろこいつ! ぁ痛! いま爪、爪立てたぞ!!」

「あははっ……もういいわよカーバンクル。安心してちょうだい、私が指示しなければ毒を出したりしないわ」

「何てことするんだ、全く!!」

 主の一声にさっと身を引いてまたルイズの机の上に戻るカーバンクル。
 シュヴルーズはそのまるで長年連れ添った相方同士のような以心伝心ぶりにしきりに感心している。

「とても賢い子ですね。でもダメですよ、お友達を驚かすようなことをしては」

「気をつけますわ」

 内心誰のせいだと思いながら腰を下ろすと、一連の様子を笑いながら見ていたキュルケがひじでつついてきた。

「自重するんじゃなかったかしら?」

「う……い、いいのよこのくらい。ああいう手合いは少しくらい怖い目見たほうが……」

「余計な噂が立つ」

「うぐっ……す、すみませんでした。っていうかそう思うなら止めなさいよ!」

「ミス・ヴァリエールも。もう授業を始めますよ」

 そんなこんなでようやく授業が始まった。
 この時間は教師がシュヴルーズであることからも分かるとおり土の系統、錬金の講義になる。

「まずはおさらいです。魔法とは4つの系統からなるものであり……」

 『火』『水』『風』『土』の四大属性がこれにあたる。また伝説に謡われる『虚無』を足して五系統とする場合もあるが、基本的には四系統魔法、あるいは単に系統魔法と言って間違いがない。
 これらは通常独立しており、下位の呪文と系統に依らないコモンスペルを除けばメイジ自身の系統に沿った呪文しか使うことが出来ない。ただし下からドット、ライン、トライアングル、スクウェアとメイジの階位をあげることによって複数の属性を足した呪文を唱えることも可能となる。
 属性自体の強弱関係は立証されておらず、系統の異なる同位の呪文の優劣は術者自身の力量によるというのが一般的な見解……ではあるが、メイジは皆自らの系統が最も優れてると信じて疑わない。

 シュヴルーズもまた土系統に対する賛美を交えながら講義を進めた。
 万物の組成を司る土系統は、農耕、製鉄、建築土木と様々な分野で広く活躍している。講義の主題となる錬金の呪文もまた然り、これは形状のみならず物質の組成そのものを変換して別の物質へと変換してしまうという反則的な呪文だ。合成職人が聞いたら卒倒すること請け合いである。

 久しぶりの授業を新鮮な思いで聞きながらつい、比べてしまう。

「四大系統、懐かしい言葉ね。私は火の系統に特化していたから"微熱"だったかしら」

「アンタのは色ボケからついた名前でしょうに。タバサは"雪風"だったっけ?」

「そう」

「そしてルイズは"ゼロ"よ」

「うるさい」

 向こうでは属性は8つあった。火、水、風、土、雷、氷、そして光と闇だ。
 属性に関しては4が5でも結局は分類の問題なのでたいした違いは無いだろうが、重要なのはハルケギニアのメイジは自らの属性の魔法しか操れないという点だ。これは向こうとの大きな違いだった。
 そもそも向こうにおいては八属性というのは魔法の分類ではなく世界を構築する最も根源的な要素とされていた。魔道士たちはそれぞれの属性を司る精霊から力を引き出すことによって魔法を行使する。天候や曜日に左右されるほど魔法は自然界と密接に関っていたのだ。
 変わってハルケギニアのメイジは自らの魔力のみで魔法を行使するゆえに、自身の系統に関しては応用が利く割に他の系統が不得手になり、総じて視野が狭くなってしまうのだろう。

 これは魔法のみならずメイジ全体の意識にも直結する。
 魔法とは始祖ブリミルから賜った恩寵。それが常識だ。
 だから今あるもの以上に開拓しようとはしないし、4つの系統から外れるものはすべて先住魔法として異端の烙印を押す。

 6千年、人々が停滞し続けるだけのことはあるというわけだ。

 つらつらとそんなことを考えているうちに、シュヴルーズは教壇に置いた石ころに錬金の呪文をかけて真鍮に作り変えていた。

「杖を落としてきちゃったばかりに系統魔法は使えなかったし……向こうで杖をもらってからは使ってる暇なんか無かったし、まだ系統魔法使えるかしら」

「私は別にどっちでもいいわ。使えなくても"ゼロ"のままなだけだもの」

「なに拗ねてるのよ。あなたも腕利きの白魔道士なんだから錬金くらい……あぁッ!」

「ちょ、な、なによキュルケ?」

「失敗したわ、オリハルコン……いえせめてアダマン鉱を持ち込んで複製すればぼろ儲けできたんじゃ……ッ」

「ばッ、アンタねえ。大体オリハルコンもアダマンチウムもこっちじゃ流通ルートないでしょうが」

「そんなのウチでいくらでも開拓できるわよ!」

 のたまうキュルケの実家はゲルマニアでも有数の豪商だ。確かにやってやれないことはないだろう。
 しかしそもそもハルケギニアでは価格や品質安定のためにもメイジが練成した金属類は大手の取引ルートにはほとんど乗らないのだ。ついでにルイズら3人には高位の土系統のメイジもおらず、実行しようとするとまずそこから探さなければならなくなる。
 そんな危ない橋を渡るのは真っ平ごめんだ。

 で、加えて言うならば今は授業の真っ最中なのである。

「こら2人とも! 今は授業中ですよ、私語は慎みなさい!」

「は、はい! すみません!」

「おしゃべりしている余裕があるなら……そうですね、ミス・ヴァリエール。こちらに来て錬金の実演をして御覧なさい」

 瞬間、教室中が凍りついた。
 恐る恐る手を挙げたのはモンモランシーとかいう縦にロールした髪型が特徴的な少女だ。

「あ、あの、やめておいたほうが……危険ですから」

「危険?」

 恐怖におののく生徒たちと、いまひとつ分かっていないシュヴルーズを尻目にルイズは「やります!」と意気込んで立ち上がった。

「ちょっとルイズ、アポロスタッフでやるつもり? そんな装備で大丈夫なの?」

「大丈夫よ、問題ない」

 キリッとした顔で力強く受け答えるが、これはどう考えても……。

「確信犯」

「分かっててやってるわね、全く……」

 そそくさと机の下に避難するキュルケとタバサ。ついでにカーバンクルも引っ張り込んでおいた。
 やめろ止めろと口々に騒ぐ生徒たちはしかし力ずくの手段に出る勇気もなく。



「錬金!!」



 例に漏れず石ころは教壇ごと盛大に吹き飛んだ。
 生徒たちは「やはりゼロのルイズはゼロのルイズだった」と結論付けた。







==

習得ジョブ

○ルイズ:白魔道士、召喚士

○キュルケ:黒魔道士、学者

○タバサ:赤魔道士、青魔道士




[24697] 番外編-03
Name: 為◆3d94af8c ID:015ba534
Date: 2013/09/09 13:35




 ────ここはどこ? トリステイン、ゲルマニア、ガリア、アルビオン、ロマリア……それとも東方?


 夜の街を駆け抜けながら、前後に左右に忙しなく視線を向ける。
 白い石造りの街並み、隙なく舗装された街路、遠くに見える巨大な煙突……どれもまったく見たことのない景色だ。果たしてここはどこだ?

 タバサはいたく混乱していた。

 召喚のゲートに飲み込まれそうになったルイズ・フランソワーズを手助けしようとし、自分も飲み込まれた。そこまでは理解できている。
 最初はどこかの大都市にでも転移したのかと思い、起伏のない胸をなでおろした。周囲にキュルケらは見当たらなかったが、ここが人の住む土地ならば探す手段も帰る手段もどうにでもなる。人里離れた秘境でないだけましというものだし、いざとなれば契約のラインを通じて自分の竜を呼べばいい。

 そう、思っていたのに。

 自分を呼び止めたあの女は。
 麦穂のようにすらりと伸びた上背に、褐色の肌。そしてあの忌まわしい葉のような耳!

(エルフ…………ッ)

 よりによって自分はエルフの領土に転移させられてしまったのだろうか。

 エルフはハルケギニアの住人たちの天敵であり、恐怖の対象でもある。貴族をも凌駕する先住魔法をもって精霊の力を自在に行使する彼らは、始祖ブリミルの聖地を人間から奪った滅ぼすべき異端者だ。
 そしてタバサにとっては、母を奪った憎き相手である。

 エルフたちはハルケギニアの東方、サハラの砂漠地帯に住んでいるはずだ。ならここはサハラ……いや、とてもそうは思えない。

 奇妙なこともいくつかある。
 あのエルフの女は何故かしきりに自分を説得しようとしていたし、自分たちを取り囲み、取り押さえようとしていたのはどう見ても同じ人間だった。
 分からない。エルフと人間は相容れない存在のはずだ。それがこうして同じ町で暮らしているなんて話は聞いたことがなかった。


 ────ここは、一体どこ?


 どれだけ走ったか分からないが、そろそろ息が上がってきた。戦闘能力には自身があるが、体力は人並みもあるかどうかという程度なのだ。魔法に頼ってきたメイジの弱点でもある。

 肩で息を整えながら、油断なくあたりに視線をめぐらせる。
 追っ手の気配はしないが、あの時後ろから近づいてきていた女は気配を絶つ術を知っていた。気を抜くことはできない。

 どこをどう走ったか覚えていないが、気づくと周囲は住宅地から離れた、薄暗い倉庫街のような場所になっていた。大きく息を吸い込むと風に乗って潮の香りが漂ってくる。港が近いのだろうか。
 空には夜の帳が下りている。暗い群青の夜天には星が瞬き、月が一際明るく輝いている。

「…………え?」

 今何かとてつもなく重大なものを見過ごしたような気がして、タバサが再び空に視線を巡らせようとしたが、ごとりと響いた低い音が肩を跳ね上げさせた。

 重たいものを運ぶような音がすぐ傍の倉庫から聞こえ、扉が開き中から明かりが漏れ出そうとしている。
 誰かが何かを運搬しようとしているのか、しかしもう既に陽も落ち込んだこんな時間に荷物を運ぼうというのは、如何わしい想像を働かせるに十分な要素だった。
 倉庫の中から密やかな男たちの声が聞こえてくる。

 隠れなければ、咄嗟にそう思ったタバサの身体はしかし、自らの意思とはまったく無関係に動いていた。

「ッ!?」

 何者かに口をふさがれ、そのまま物陰に引きずり込まれてしまう。口を覆う手はすっぽりとタバサの頭を包んでしまいそうなほど大きく、腕はタバサの腰周りよりも太いだろう。
 自分を捕らえたものの姿を見ようと身体をよじったタバサは愕然とした。

 そこにいたのは、オーク鬼を思わせるかのような巨漢だったのだ。

 人間じゃない。すぐに直感した。

 力自慢の傭兵なんて目じゃないほどに盛り上がった岩のような筋肉に、いかつい熊のような顔立ち。形は人に見えなくもないが、大きく傷の走った鼻筋が明らかに人間のそれとは違う。動物のような鼻をしている。
 しかし獣だとは思わなかった。
 大男の目には、オーク鬼にはない知性の光が宿っていたからだ。

 暴れても無駄だと悟り、タバサは抵抗をやめた。手に食らいついたとしても、この分厚そうな皮膚を噛み切れる自信はない。
 すると男は「声を立てるな」と低く囁いた。異国の言葉のようだったが、何故か理解することが出来た。

「おい、今誰かいなかったか?」

「まさか、見られたか?」

 倉庫から出てきた男たちの声がする。やはり真っ当な品を運んでいるわけではないらしい。
 タバサを抑えていた大男も息を潜めるようにしてその様子を伺っており、どうやら彼らの仲間ではないらしいと見て取れた。

 こちらの気配を感じたのか、男のうちの1人が近づいてくる。

 見つかるか?

 これ以上状況がややこしくなるのはごめん被りたいが、体を拘束されていては逃げることも出来ない。
 いや、もしもこの両者が友好関係にないのであれば、発見された隙をついて逃げられるかもしれない。そっと両足に力を溜め、息を殺して気配をうかがう。チャンスは一瞬、あるかないかだ。

 いよいよ男がタバサたちが身を隠す物陰に近づいてくる。

 不意に。

「ここにいろ」

 そう言い残して後ろにいた大きな気配が動いた。大男はそのままのっそのっそと熊が歩くように重く物陰を歩み出る。その後姿には尻尾が生えていた。

 大男が姿を現した途端、荷物を運んでいた男は一瞬うろたえた様子を見せ、しかし相手の顔を見止めると憮然とした表情を見せ始めた。

「あんた、鉱石通りの」

「忙しそうだな、ザムエルといったか」

「よく覚えてやがる。忙しそうだ思うなら手を煩わせないでくれないか。こっちは商売なんだ、邪魔しないでくれよ」

「たまたま通りかかっただけだ。安心しろ、俺は何も見ていない」

「ならいいけどな……」

 それからまた何か一言二言と言葉を交わすと、男は踵を返した。どうやら彼らは何か違法な品を密輸しようとしており、大男がそれを見て見ぬふりをするということのようだった。天晶堂がどうとか聞こえたが、タバサには意味の分からない言葉だった。
 去り際、男はちらりと後ろを振り返った。

「なあ、姐さんはどうしてる」

「息災だ。気になるのであれば顔を出したらどうだ」

「……ふん」

 今度こそその場を離れると、男は仲間たちとともに荷物を運び出していき、倉庫街にはまた静けさが戻る。

 逃げ出すべきだろうか。タバサは逡巡する。
 あの大男が何をするつもりなのかとつい足を止めて様子を伺っていたが、今なら拘束もされていないし逃げることは出来る。
 しかしこの土地勘の利かない場所で杖も武器もなく、また面倒なところに迷い込むかもしれないという懸念がタバサの足を鈍らせた。

 結局タバサが逃げ出すよりも、大男が声をかけてくるほうが早かった。

「出て来い」

 聞こえてきた低い声は決して大きくはなく、しかしタバサの腹の底まで震わせる。
 タバサはまた幾分迷ってから、意を決して男のほうへと足を踏み出した。

「…………」

 どんな脅しにも屈指はしない。まるでそんな意志を篭めたかのような鋭いまなざしで大男を睨みつける。

「…………」

 互いに、無言で。
 しかし大男の視線は、ただタバサの姿を確かめるような、事務的で酷くそっけないものだった。野獣のような姿と静かな目線がにわかには結び付けがたく、珍しくタバサは見つめられているだけにも関わらず少しばかりうろたえてしまった。

 どちらも退かず歩み寄らず、にらみ合いか、あるいは見詰め合うだけの時間が静かに流れる。
 どこか遠くで大きな歯車の回るような音がする。人々の声が、そして水音。

 先に口を開いたのは大男だった。

「小柄で眼鏡をかけた、青い髪のヒュームの娘……お前のことか」

「ッ!?」

「身構えるな。危害は加えない」

 そうと言われてはいと頷けるはずもない。タバサはこれまで何度となく探され追われ、そして理不尽としか言えぬ扱いを受けてきた。次第に痛みにも悲しみにも心が凍てつくほどに。
 まして相手は亜人の大男だ。そんな人物が、見も知らぬ土地に迷い込んだ自分を探している、しかもここにはエルフまで生息している。

「…………何故?」

「知らん。探せと言われただけだ」

「誰に」

「私よ」

 第3の声は、背後から聞こえてきた。

「……ッ!?」

 いつの間に。
 咄嗟に振り返ったタバサの後ろに立っていたのは、つい先ほど彼女を後ろから押さえ込もうとしていた人間の女だった。

 油断した……!

 この女が気配を絶つ術に長けていることは知っていたのに、目の前の大男に気を取られ後ろを警戒していなかった。
 まさかしつこく自分を追ってきており、この大男の仲間だったとは露ほどにも考えなかった。

 じりと足を擦らせ、身構える。はっきり言って、無手でこの状況を切り抜けられるとは思っていなかった。同時に、ただで好きにされるつもりも無かった。

「よしよし、ちゃんと捕まえてくれたわね、レオン」

「良いものか、事情を説明しろ」

「するわよ、先にその子の事情を聞いた後でね」

 そんなタバサの内心を知ってか知らずか、2人はタバサの頭越しにのんきな会話を始めている。

 獲物を前にして余裕の態度?
 だが自分を挟む2人からは、こちらに対する害意は……少なくとも表面上は感じない。

 女のほうが、タバサに顔を向けた。
 両手を腰にあて、やれやれといった表情。なぜかそれが妙に似合っている。

「そんなに怖がらなくていいわ。別に貴女を取って食おうってわけじゃない」

「…………」

「信用できないって顔ね」

 できるはずがなかった。
 今まで、信じられるものなど何一つとしてなかった。ただ1人の親友と、母親以外は。

「貴女、さっきの大立ち回り、やりたくてやったわけじゃないでしょう? ちょっと見ていたけど、貴女はひどく何かに怯えていた。違う?」

 違う……ことはない。
 確かにタバサは怯えていた。見知らぬ土地、見知らぬ人々、そしてエルフに。ここ何年も感じなかった気持ちだ。

「私は何があったのか聞きたいだけ。で、もしよければ助けてあげたい。私たちはね、冒険者なの。頼りになるわよ?」

 また、聞きなれない単語が出てきた。
 そしてその言葉の意味が分からないタバサには、なぜこの女が、見知らぬ自分を助けたいなどと言っているのかも理解できなかった。

 理解できない以上、警戒を解くわけにはいかない。

 そんなタバサの様子に何を思ったのか、女は突然その場に腰を下ろした。
 なんのつもりか。
 訝るタバサを尻目に、女はレオンと呼ばれた大男に目線で合図を送る。大男は、何か諦めたような表情で、やはりその場に腰を下ろした。

「立ち話もなんだものね、座って聞かせてもらうわ。あ、貴女はそのままでいいわよ、何も言いたくなければこのまま立ち去ってくれても構わない」

 自分たちは危害を加えるつもりはない、その意思表示のつもりだろうか。飄々とした様子で女は言った。

 ひとまず構えを解く。
 だが彼女たちを信用できたわけではない。この得体の知れない場所で、得体の知れない人間に助けを求めてもいいものか、判断がつかない。

 この場を離れよう。

 そう思い、きびすを返そうとしたタバサに、女が声をかけてきた。

「いいのね? 貴女は今、助けを必要としてるわけじゃない、それか他に頼れる相手がいる。そう判断して平気なのね?」

 足が止まる。

 助けは……必要だ。そして頼れる相手もいない。
 脳裏に親友と、この事態の原因になった相手の顔が思い浮かぶが、その2人もいまや行方知れずだ。

 この異郷で、自分はただ1人。
 魔法を使うことすら出来ずに放り出されている。

「助けを求めるのは、恥ではない」

 タバサの様子に何を思ったのか、大男が静かな声で言った。

 ゆっくり、振り返った。
 この2人が信用できたわけではない。だが、今自分が置かれている状況を正しく認識することも必要だ。

 まずは、情報が。

「……なら、教えて。ここは、一体どこ?」

「よしよし、お姉さん素直な子は好きよ。でもそれに答える前に、まずは名乗らせて。私はユーディット、こっちのでかいのはレオンよ」

「レオンハート、だ」

 意気込んで質問したというのに返ってきた返事がこれで、タバサはすっかり肩透かしを食らった形だ。
 ユーディットと名乗った女、そしてレオンハートと名乗った男の視線がこちらに集まる。

 どうやら答えなければ先に進まなさそうだ。

 諦めて、タバサは名乗った。
 本名ではないその名を。

「タバサ」

「それがあなたの名前ね? よろしく、タバサ」

「…………」

「ああ、そうね、ここがどこかだったわね。どう答えればいいかしら、ここは港区の倉庫街。もっと広く言えば、バストゥークの街の中よ」

 それはタバサの望んでいた答えではなかったが、心のどこかで予想していた答えだった。
 まったく聞いたことのない土地の名前。だが一縷の望みをかけ、重ねてたずねた。

「ここはどこの国になる? トリステイン、ゲルマニア、ロマリア……?」

 ガリアは、候補から外した。ガリアの国内にバストゥークという場所も、エルフや亜人が共存している場所もない。

 ユーディットはタバサの言葉に怪訝そうな顔をした。
 今のいずれの国も知らないという、そういう顔だ。

「ここはバストゥーク国の首府よ? 待って、逆に聞いてもいいかしら、貴女いったいどこからどうやってここに来たの?」

 自分と彼女たちの間で、大きく何かがずれていることをタバサは確信した。

 バストゥークなどという国は、タバサの知る限りハルケギニアの西方一帯にはどこにも存在していない。
 それはつまり、大陸の東方か……あるいはもっと遠いどこかに、自分は転移してしまったということになる。

 絶望が、腹の底に重く圧し掛かった。

 タバサたちハルケギニアのメイジには、遠方に瞬間移動する術はない。
 使い魔召喚の儀式は、限られた条件下で執行される特別な魔法なのだ。しかもそれで人間が転移するなど、前代未聞である。

 互いの存在を知らない土地で、どうやって元居た場所に帰るのか。自分が呼び出した風竜がここに来れるという保証も、これでなくなった。

「わたし……私、は……」

 わずかに、目の前が揺らいだような感覚に襲われ、気づくとタバサはユーディットの腕に抱えられていた。
 どうやら立ちくらみを起こし、倒れそうになったところを抱きとめられたらしい。

「ちょっと、大丈夫?」

「……私、は……トリステインから、魔法の事故で……」

「うん、あとでゆっくり聞くからね。貴女いま疲れてるのよ、少し落ち着ける場所に移動しましょう」

 疲れている……確かにそうかもしれない。

 だってそう、見上げた星空に浮かぶ月が、ひとつしかないだなんて。

 先ほど感じた違和感の正体を知るに至り、タバサは、ゆっくりと目を閉じた。








 次に目が覚めたとき、タバサはユーディットの部屋のベッドに寝かされていた。
 レオンハートの姿はない。

 暖炉の前で湯を沸かしていたユーディットは、タバサが起きたことに気づくと、ベッドのそばにやってきた。
 その後ろでは、羽根の生えた白い小動物が忙しなく飛び回っていたが、あまり気にしないことにした。

 タバサは気づくと、差し出された紅茶を飲みながら、しゃべれるだけの自分のことをしゃべっていた。

 自分はトリステインという国にある魔法学院から召喚魔法の失敗でやってきてしまったこと、その国はハルケギニアと呼ばれる地に存在すること。
 そして一緒に飛ばされた友人がいるはずだが、どこにいるか皆目見当もつかないこと。

 ひとしきりタバサの話を聞いたあと、ユーディットはなぜか自信たっぷりに自分の胸をひとつ叩いた。

「任せてタバサ。さっきも言ったけれど、私たちは冒険者よ。あなたのお友達も、あなたが自分のいた国に帰る術も、必ず見つけてあげるわ」

 それがなんなのか、何かの身分らしいが、やはりその意味は分からない。
 だがなぜかこのとき、タバサには彼女たちを頼ってもいいのではないか、そんな気持ちが芽生え始めていた。

 冒険者、その言葉の響きが、タバサにはどうしてか頼もしく聞こえたのだ。


 タバサが、自分がどれほど幸運な出会いに恵まれたのか、それを理解するのは、もう少し時間が経ってからのことである。





[24697] キャラ覚書
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2013/09/11 06:49


 キャラ入れ替えとか色々あったので、覚書程度のキャラ紹介。
 今後もちょこちょこ増えていく予定。




○リック:ヒューム:ナイト
 ・主人公
 ・正確にはリッケルト
 ・FF11プレイヤーだったけど気づいたらヴァナ・ディールにいたよ!
 ・リアルではリーマンタイプ


○メル:タルタル:白魔道士
 ・世話好きタルタル
 ・ウィンダス出身
 ・リックの飼い主兼相棒
 ・タルタルらしく帽子やフード好き


○ジジ・ヅェミー:ミスラ:狩人
 ・つんつんミスラ
 ・サンドリア出身
 ・いつかオルジリア大陸に行きたい
 ・割と駆け出し冒険者


○ダナ・ヅェミー:ミスラ
 ・ジジの妹
 ・出番待ち中


○ユーディット:ヒューム:シーフ
 ・姉御系シーフ
 ・バストゥーク出身
 ・港通りのユーディと言えば彼女のこと
 ・タバサの飼い主


○レオンハート:ガルカ:戦士
 ・寡黙な戦士
 ・額に傷があるが某ガーデンのSeeDとは関係ない、多分
 ・ユーディの嫁
 ・鉱石通りのレオンと言えば彼のこと


○タバサ:ヒューム:赤魔道士
 ・無口系赤魔道士
 ・ゼロ魔クロスキャラだが、リックにはヴァナの人間だと思われている
 ・リックの相棒その2


○デリクノクス:ゴブリン:戦士
 ・ツンデレゴブリン
 ・ぶきっちょ


○ダーダニクス:ゴブリン:白魔道士
 ・おっとりゴブリン
 ・デリクノクスの嫁



 多すぎ。




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