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[24600] イスズ・ナカジマの物語
Name: 龍咲◆108ecc9e ID:f80f7023
Date: 2012/06/02 16:48
興味を持ってくださってありがとうございます。

この作品は以前にチラシ裏にプロットのみで投稿した物を元にしています。

SSでないものは規約違反との指摘を受け、思考錯誤の末なんとか1話を書きあげることができたためプロットを消して1から出直しすることにしました。

まだまだ未熟なので描写が足りなくて状況がわからないなどのご指摘がありましたらなるべく直していきたいと思います。

完結させることを目標にしていきます。

お楽しみいただければ幸いです。



一応タイトルからわかるようにオリジナル主人公モノであり、ゲンヤとクイントの実子です。

前世の記憶を継承していますが、転生物ではなくアインハルトと同じように記憶のみの継承となっています。こっちは先祖からじゃなくて別世界の他人からですけど。

それではイスズ・ナカジマの物語、始まります。



[24600] 生誕
Name: 龍咲◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2012/03/05 00:50
「おぎゃあっおぎゃあっ」

新暦65年4月。
とある管理外世界で後のエースオブエースと呼ばれる少女と、その親友の執務官となる少女が始めての邂逅をしているころ、第1管理世界の首都クラナガンにある聖王教会系列の病院で産声が響き渡る。

「っ!生まれたか!」

「「やったー!」」

そわそわと病院中を歩きまわっていた時空管理局の捜査官、ゲンヤ・ナカジマはたった今産声の聞こえた分娩室に足を向ける。

一緒に歩きまわっていたせいで少々疲れ気味だった少女達も先ほどまでの疲れなどなかったかのように追いかける。
髪型は違うがよく似通った面差しの少女たちで、髪が長い方がギンガでショートカットにしている方がスバルと言う。ゲンヤの娘たちである。

そうして数分の後、分娩室の扉が開かれ中に通される3人。

その中には、ゲンヤの妻にしてギンガ・スバルの母である、時空管理局の首都防衛隊副隊長(現在産休中)のクイント・ナカジマが出産の疲れを見せない満面の笑みを浮かべながら、小さな赤子を抱えていた。

「見て!元気な男の子よ!」

それが、"イスズ"と名付けられるナカジマ家長男の生まれた日の事だった。






いきなり場面は飛んで、出産から6ヵ月たったころクイントは原隊復帰を果たしていた。

首都防衛隊の隊長であるゼスト・グランガイツは「最低でも1歳になるまでは休んだ方が良いのでは」と言ったが、聞き入れはしなかった。

「副隊長が二人も育児休暇だと隊がまわらないでしょ?」

「むぅ…」

結果的にはこの発言で復帰は認められることになる。

クイントと同じくゼスト隊の副隊長の職を預かっていたメガーヌ・アルピーノが育児休暇に入ったためである。

産休ではなく、育児休暇である。

実はメガーヌ、妊娠していたことを親友であるクイントを含め、隊の全員に隠していた。大きくなったお腹も変身魔法の要領で普通に見えるようにしていたのだった。

つわりもなく、食事の志向も特に変化がなかったためまったく気づかれなかったが、さすがに隊舎の廊下で産気づけば誰でも気づく。

クイントが息子の定期検診に訪れた病院に、変身魔法が解けてお腹が大きくなった己の親友が、慌てた様子の同僚たちの手によって運び込まれる姿を見たときは、思わず抱いていた息子を取り落とすくらい驚いたものだった。
なお、取り落とされたその息子は、姉のダイビングキャッチにより床に激突するのは回避された。もっとも病院に響き渡るくらいに泣きまくったが。
これ以降、母に抱きあげられるのを嫌がるようになり、ダイビングキャッチをした姉、ギンガがイスズの抱っこ担当になったと言う話は蛇足である。

無事に出産を終えたメガーヌは相手については頑として口を割らなかった。長い付き合いで親友の気質は知っているクイントは聞き出すことは早々にあきらめた。なんとなく予想がついていたからという理由もある。
メガーヌの想い人は知っていたし、その相手が意外と酒に弱く、飲みすぎると記憶を失うことがあることも知っている。多分その辺りをうまく利用したのだろう。
話したくないのなら聞かないと、これ以降二人の間でその話題が出ることはなくなった。



早々に育児休暇を切り上げ、原隊復帰を果たしたクイント。ということは生後6ヵ月のイスズは誰が世話をするのかという話になる。
夫のゲンヤも局員としての仕事があり、ギンガは初等部、スバルは幼等部に通っているため日中の世話はできない。

最初は休暇を切り上げることに難色を示していたゲンヤにこう言い放っていた。

「大丈夫!メガーヌに頼んだから」

ルーテシアと名付けた娘のため、現在育児休暇に入ったメガーヌ・アルピーノがイスズの世話も引き受けることになっていた。

イスズもまだ授乳期であったため、ルーテシアとともにメガーヌの母乳ですくすくと育っていくこととなる。

平日は学校が終わったギンガとスバルがアルピーノ宅に向かい、ゲンヤかクイントが迎えに来るまで赤ちゃんたちの世話をしながら一緒に過ごしており、ナカジマ家とアルピーノ家は二人三脚で育児を行っていた。

イスズにとって育ての母とも言えるメガーヌ。ハイハイができるようになった頃、親がよくやる「おいでおいで」で事件(というほど深刻ではないが)は起きた。
イスズから少し離れた場所で、右と左に別れてメガーヌとクイントがおいでおいでと声をかける。
イスズが向かった先はメガーヌの下だった。これにはさすがにクイントもショックを隠しきれず、1週間の休暇を取得してイスズの育児に集中して愛情を注いだ。
それから数日後、再度おいでおいでをした時は今度はクイントの方へ向かう。

そうなると面白くなくなるのはメガーヌの方である。休暇を終え、クイントが仕事に励んでいる間に今度はメガーヌがイスズを懐柔しようとする。
そうして行われた休日のおいでおいで。今度はイスズも決めかねるようで、右を見ては左を見て、左を見ては右を見て、そうしてしまいには一歩も動けず泣きだしてしまった。

「もう!おかあさんもメガーヌさんもイスズであそばないで!」

と、その姿にギンガが一喝。

「イスズー、こわくないからこっちにおいで~」

最終的にはギンガの隣で手招きするスバルのもとへ、泣きながら向かって行ったイスズだった。
スバルとギンガに抱きしめられてようやく泣きやみ、良い年した大人2人はシュンとなってしまう。

これが原因で、ギンガの手によって「おいでおいで禁止条例」が敢行されることとなった。

そんな生活はメガーヌが首都防衛隊に復帰する1年後まで続き、それ以降の日中は局の託児所に預けられるようになる。



イスズの顔立ちは、幼いながらも母によく似ている。髪の色はダークブルーとなっていて、こちらは父のルーツである日本人の黒髪を思わせる。
人見知りはせず、好奇心が旺盛で、特にクイントやメガーヌが魔法の訓練を行っているときはその様子をじっと見つめていることから、魔法に対して関心が高いのだろうと大人たちは思った。

そんなイスズには他の子に比べて少しばかり特徴的な行動をするところがある。

とにかくよく泣くのだ。

ただ、普通の赤子が泣く理由とは少し違っているようだった。普通の赤子と同じようにお腹がすいたときやおむつが汚れたとき以外に、特に理由もないようなのに突然泣き出すことが多かった。
姉や親たちは、心臓の鼓動を聴かせると比較的早く泣きやむため、そういう時は抱きしめてあやすようにしていた。ギンガとスバルはこの役目を取り合って喧嘩することが多かったが、見かねたクイントから「イスズをあやす券」が発行されてからは、クイントもしくはメガーヌに券を渡してからの承認制になりケンカは減った。
ちなみにこの券はお手伝いをすることによって貰えるため、姉妹の家事スキルはこの頃から上昇していくことになる。喧嘩も収めてお手伝いもさせるクイントの案に感心するゲンヤだった。

とにかく何故こんなにも泣くのかと色々調べてはみたが原因はよくわからず、結局はこの子は特別臆病なんじゃないかと結論付けた。



実はそれはイスズの持っている記憶が関係していた。

イスズには前世の記憶が継承されていた。こことは違う、とある世界で生きた一人の男の記憶だ。

男の名前は神陰泉と言った。
一言でいえばやんちゃな性格で、なにか事件が起きると自ら首を突っ込み、弱きを助け、強きを挫いてきた。彼の通ってきた小中の教師達の頭を悩ます存在だったという。なお、高校には通わず、その代わりに3年間剣術修行を行っていた。

彼の育った家系は、古くから続いてきた剣術家の家系で彼も若くしてその流派の師範代の実力を持っていた。
流派の名前は永全不動八門一派 神陰一刀流 大太刀一刀術と言う。
大太刀のリーチとその重量による破壊力を保ちながらも、それでいてスキや死に体を作らず、決して終わらない"不死の連撃"を目指す剣術だ。
その域に至れば免許皆伝となり、不死の象徴である鳳凰を模した紋を身につけることを許されるが、結局彼は跳びたてない鳳雛のまま最期を迎えることとなった。

享年は19歳。ボディーガードの仕事を行っている際に、テロに巻き込まれて致命傷を負ってしまう。
護衛対象は守りぬいたが、自分の命は守ることはできなかった。

彼の最期を看取ったのは、同じくボディーガードをしていた少し年上の小太刀二刀を扱う青年だった。ただ、テロの混乱のさなか青年の扱っていた小太刀は折れて使い物にならなくなっていた。
彼はその青年に自身の剣を預けたところで力尽きる。
テロ事件は彼から剣を譲り受けた青年の奮闘により、首謀者が捕らえられ彼以外の犠牲者が出ることなく収束する。

そんな記憶を、まだ自我のはっきりしない赤子が受け継いでいるのだから、それは不安定にもなる。
神陰泉の人格を引き継いで生まれてくれば不安定になることもなかったのかもしれないが、あいにく受け継いだのは記憶だけだった。

ふとした瞬間に、知らない場所で笑ったり泣いたり怒ったりして暮らしていた光景が頭に浮かんでくる。それが怖くてイスズは泣いていた。
そういう時は、姉や母や父、そしてメガーヌやルーテシアに触れることで不安を薄めていった。"今"を感じると怖くなくなるのだ。
局の託児所に預けられるようになってからは、日中そばにいるルーテシアに触れることが多くなった。託児所には他にも一緒に預けられている子供はいたが、大抵はルーテシアと一緒に居た。理由は多分、その中でルーテシアが一番かわいい女の子だったからではないかと思われる。

そうして日々が続いていくと、ルーテシアの方も"イスズがそばに居ること"が常態に感じるようになり、逆にルーテシアの方がイスズを離さなくなった。
ルーテシアはイスズ以上に好奇心が旺盛で、いろんなことに興味を持った。アリの行列を見つければどこまでもたどり続け、積み木を手にすれば積み木とは思えない見事な家を形作り、職員の人が落としたデバイスを見つけたら細部にわたるまでいじりまわしていた。
とにかく、手を握ったり服の裾を握ったりしてどんな時でもイスズを連れていった。イスズが泣いていようがぐずっていようが嫌がろうがお構いなしに。なお、ナカジマ家のアルバムには、好奇心にキラキラした目をして正面しか見ていないルーテシアに、背中の服の裾をつかまれながら引きずられていく泣き顔のイスズの写真がベストショットとして保存されている。ゲンヤには嫌がっているようにしか見えないのだが、女性陣に言わせると仲睦まじいらしい。まあ結局のところなんだかんだ言ってルーテシアのそばに居るのだから仲は良いのだった。

そんなわけで、よく泣きはするものの優しい家族に恵まれた幸せな日々の中でイスズは成長していった。
新暦67年の初雪が降りだす頃に事件が起きるまでは。



[24600] いってきますとおかえりの約束
Name: 龍咲◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2012/03/21 12:15
ある朝、いつもの時間にクイントが出掛ける時、いつも以上に真剣な雰囲気を帯びていることをイスズは感じ取った。

「おかーさん、いっちゃやーあぁ!」

「イスズ!わがまま言っちゃダメ!」

「そうだよ。お母さん困ってるよー」

事件の捜査で数日家を空ける、と話した時にはぐずることが今までも何度かあったが、このときはギンガやスバルがなだめようとしてもクイントの服の裾をなかなか離そうとしなかった。クイントは先ほどから玄関先で靴を履いたまま動けないでいる。

「よいしょっと。イスズ、お母さんが行っちゃうのが怖い?」

そのまま出掛けるのは無理と悟ったクイントはイスズを抱き上げて、目線を合わせて話すことにした。

「ぐすっ…うん。おかーさんこわいところいくんでしょ?」

「っ!……ふふ。イスズはそういうのわかっちゃうのね」

「クイント、お前ぇ…」

ゲンヤも長年の局員としての生活で、クイントがこれから危険なところに踏み込む覚悟を固めていることに気付いた。

「心配しないで。イスズもあなたも」

子供たちの騒ぎを聞いて玄関先に出てきていたゲンヤに目を向ける。
視線の先でゲンヤは僅かに不満げな表情を浮かべていた。

「イスズもまだ小せぇんだし、危険な任務は控えてほしいのが本音なんだがなぁ」

クイントの胸に抱かれたままのイスズの頭を撫でながら本音を漏らす。
己の妻の性格を知っているため、たとえ無駄なことはわかってはいるもののそれでも言わずにはおれないゲンヤ。

「でも、これは私がやらなくちゃいけないの」

そう言ってゲンヤから目をそらし隣に立っていたギンガとスバルを見つめる。

「はあ…。そういうことかい」

視線の先に気づいて、これは本当に何を言ったところでクイントは絶対に聞きいれはしないと理解する。
捜査上の守秘義務があるので夫婦と言えど別部隊に所属するクイントの追っている事件の事は詳しくは知らない。それでも随分前から戦闘機人に関する事件を追っていることは知っている。その過程で救い出したのは他ならぬ娘たちだ。

戦闘機人とは、生まれる前から機械との適合を高めるように調整された生物兵器のことだ。そして知らぬ間に採取されたクイントのDNA情報を元に戦闘機人として生み出されたのがギンガとスバルだ。

数年前に乗り込んだとある研究施設で育てられていた二人を保護して、自分たちの娘として迎え入れた。
戦闘機人事件とクイントは切っても切れないほど深い関係がある。それを危険だからと他の誰かに任せることなどクイントにはできない。

「お母さん、悪い奴を捕まえて見せる。だからね、安心して"いってらっしゃい"って言ってほしいの」

その決意はイスズにも感じ取れた。イスズ自身はまだそんな思いは抱えたことがなくとも、イスズの前世の彼は知っている。戦いを前にした強い決意のことを。
だからイスズは母を引き止めるのを諦めた。いや、諦めたのではなくこれだけの心の強さなら何があっても大丈夫だと安心したのだ。
今の今までしっかりとクイントをつかんでいた小さな手が緩む。

「じゃあ"いってらっしゃい"するからやくそくして。おかーさん」

「なーに?」

そっとイスズを降ろして、そのまま膝をついてイスズと同じ目線で向き合うクイント。

「ぜったい"ただいま"するって」

「約束するわ。そうしたらイスズも、ギンガも、スバルも、笑顔で"おかえり"って言ってね?」

「「「うん!」」」

「当然あなたもね?」

イスズだけでなくその後ろに居た家族達に微笑みかけるクイント。その微笑みにゲンヤは「やっぱうちのかみさんには勝てねえや」と惚れ直すばかりだった。

「しょうがねぇなあ。わかったよ。行って来い!」

「ええ!」

そうして立ちあがり、玄関の扉に手をかけながら子供たちを見つめる。

「「「いってらっしゃい!」」」

「いってきます!」

家族に見送られて扉を開いて強くを踏み出すクイント。
違法な犯罪者を捕まえて、必ず家族のもとへ帰ってくる。その決意を胸に。






「いーすーずー!あーそーぶー!!」

「いたいいたい!」

管理局内のとある託児所。お昼寝もおやつも終わり、早ければギンガがスバルを伴って迎えに来る時間である。
納得して送り出したものの、やっぱり数日家を空けると聞かされていたので、いつかえってくるんだろう、さみしいなー、と上の空だったイスズ。

おもちゃ…、もとい友達がそんな様子では面白くないルーテシアは積み木を持ってイスズの頬にぐりぐりと押しつける。まだ平面部分を押し当てている辺りましな方である。本当に機嫌が悪いと三角積み木の尖端を押し当ててくるのだから。

「いたいよー、るーてしあー」

既に涙目のイスズ。そんな様子を意に介さず、ようやく自分の方を向いたことに満足するルーテシア。

「あそぼ。きょうはつみきでおしろをつくるの」

「あさもつくったよー?」

ルーテシアの背後、イスズの視線の先に積み木で作られたお城が見える。託児所にある積み木の8割以上を使って作られた超大作であった。なにやら"えっけんのま"の豪華さが足りないから改装したいらしい。積み木に豪華さも何もないと思うが、なんだかんだと言って結局は手伝い始めるイスズだった。。

積み木で遊んでいる二人のもとへ、慌てた様子の保育士が駆け寄る。

「ルーテシアちゃんここにいた!あのねルーテシアちゃん、地上本部の人が…って言ってもわからないよね。とにかく、ママのお仕事関係の人が迎えに来てるの」

「う?」

意味がよく理解できなかったルーテシアは小首をかしげる。

「どーして?るーてしあはきょうはすずといっしょだよー」

翻訳すると「どうして?ルーテシアはお母さんが忙しいから今日は僕と一緒にナカジマ家で預かることになってるはずだよ」と言っている。すずとはイスズの一人称である。
長年保育士を務めてきた女性はイスズの言いたいことをちゃんと理解したうえで首を振る。

「機密保持っていう秘密にしなくちゃいけない事があるから詳しくは聞けないんだけど、ルーテシアちゃんの安全のためにも保護しなくちゃいけないんだって」

「でも」

「失礼します」

それでも納得ができなくてイスズが声を上げようとした時、一人の女性が割って入った。

「ムーブ曹長、すいませんお待たせしまして」

「いえ。ですが、こちらも火急の用件ですので。あなたがルーテシア・アルピーノさんですか?」

「うん」

地上本部の茶色の制服に身を包んだ理知的な女性がルーテシアの前に屈む。

「あなたのお母さんのために私と付いてきていただきます。よろしいですね?」

「まま?うん、いくー」

「だめー!」

ルーテシアを抱き上げようとしたムーブと名乗った局員に対して、横から両手を突き出して体当たりをするイスズ。
とはいえ僅か2歳半の子供の体当たりなどで動じたりはせず、イスズの手は彼女の脇腹を押すだけに留まった。

「…?、っしらないひとについていっちゃ、めーなの!」

触れた彼女の感触に一瞬の違和感を感じたが、すぐに気付いていつも家族から教えられていることを口にするイスズ。

「大丈夫よイスズくん。この人は局員さんだからね」

イスズやルーテシアが預けられている託児所は地上本部にほど近い位置にある管理局の付属施設だ。大人は局員のIDカードなどの身分証明書がなければ入ることはできず、ギンガやスバルもここを訪れる際は身分証を呈示している。
本来の保護者以外が迎えに来た場合はIDの確認を義務付けられており、保育士はムーブ曹長のIDを確認済みである。保護者以外の人間が迎えに来ることは頻度は少ないものの珍しくなく、理由としてその保護者が事件で重傷を負った、緊急出動などで迎えに行くことができなくなった、などがある。

「でもでも」

イスズの視線の先、保育士の向こう側でルーテシアが女性局員に抱きあげられる。
その様子を見て目に涙を浮かべ始めるイスズ。
まずい、と保育士は額に汗を浮かべる。イスズが一度泣き出してしまうと、なかなか宥めるのは大変なのだ。特にそばにルーテシアがいない場合はその大変さは増す。

「―――。すいません、緊急事態のためこのまま失礼します。その子の事お願いしますね」

「えぇっ!?」

ムーブ曹長は念話で何か連絡を受けたらしく、そのまま託児所の出口へと向かう。保育士としてはイスズを宥めるまではルーテシアを連れていくのは待ってほしかった。

「ばいば~い、いすず~」

抱かれたまま手を振って別れを告げるルーテシア。普段遊ぶ時はどこに行くにもイスズを連れて行こうとするが、いざそれぞれの家に帰るときは意外にすんなりさよならと言える物わかりのいい娘であった。
そのまま託児所の扉が閉まる。

「うわあぁあぁぁぁん!」

イスズ、決壊。

「あああ泣かない泣かない。寂しくない寂しくないよー。もう少ししたらお姉ちゃん達が迎えに来るからね~?」

この泣き声は、たまった有給を減らすため後半休を取得して迎えに来たゲンヤが、ギンガとスバルを伴って到着してから、さらに十数分後まで託児所に響き渡っていた。






「他の奴がルーテシアを迎えに来た?」

「え、ええ。地上本部所属のムーブ曹長という方が来ました。機密保持で詳細は説明できないけどお母さんの携わる事件に関係して、安全のためにルーテシアちゃんを保護をするって話で。こちらに来る時すれ違いませんでしたか?」

「いや、見てねえが」

イスズがようやく泣きやみ、泣き疲れて眠った頃にルーテシアが居ないことに気付いたゲンヤが保育士に尋ねていた。
本当なら今日はナカジマ家でルーテシアを預かる予定だったからだ。

「うちのかみさんも同じ部隊だが、俺のところにはそんな連絡入ってやしないんだが…」

不審に思って首をかしげていると、非番の時も持っている隊の通信機器に緊急通信が入る。
ギンガ達を一旦託児所にいるように言って、外に出て通信に出る。

「どうした。緊急通信なんておだやかじゃねえな」

「よかった!繋がった!ナカジマ一尉大変です!首都防衛隊のゼスト隊が壊滅しました!」

モニターの先で、慌てた様子の若い男性局員が告げる。

「なんだと!どういうことだ!!」

「詳しいことはこちらでもまだ掴めていません。ただゼスト隊に所属する局員が何人も遺体で収容されているとのことです!」

男性局員、ラッド・カルタスは報告をしながらも自身の言っていることが信じられないでいた。
首都防衛隊第一部隊、通称ゼスト隊は地上本部の最後の砦と呼ばれる最精鋭部隊のはずだった。
隊長のゼストは古代ベルカ式のS+ランクの騎士であり地上屈指のストライカーとして名高く、副隊長であるクイントとメガーヌは共に陸戦AAランクの魔導師であり、入局前の魔法戦技競技会では優勝を競い合うほどの腕前だった。所属する隊員もランクはそれなりでも粒ぞろいのベテラン局員ばかりで、壊滅などもっともあり得ない部隊のはずなのだ。
ゼストに憧れて局員を目指したものも少なくはない。他ならぬラッド自身もそうだった。
魔力が低かったため武装隊への所属は叶わなかったが、それでも彼と共に地上の平和を守っていきたいと、非武装の捜査官として入局果たしたのがこの春の事だ。

「クイントは、クイントは無事なのか!?」

必死の剣幕で妻の安否を尋ねるゲンヤ。脳裏に子供たちの顔と、出掛けるときのクイントの顔が浮かんでくる。
"ただいま"と言って帰ってくると約束したのは今朝の事だ。あいつは約束を破るような奴じゃないと必死で自分に言い聞かせる。

「今のところは見つかっていないとしか…」

「くそっ、なんでこんなことに…。今から隊に戻る!カルタス、お前は情報の収集を続けておけ!」

「はい!」

通信を切り、沈痛な表情を浮かべるゲンヤ。

「あの、ナカジマ一尉」

そこに保育士の女性がおずおずと声をかける。
ゲンヤは接近に全く気が付いていなかったようで、ごまかすように硬いながらも笑顔で答える。

「お、おう。子供たちがどうかしたか」

「いえ、すいません。立ち聞きしてしまいまして…」

「あ、ああ、そうかい」

申し訳なさそうな保育士の言葉に、どう答えたらいいかわからず曖昧な言葉を返すゲンヤ。先ほどから思考はまとまらず、頭の中は何故、どうしてがぐるぐる回るばかりだった。

「あの、お子さん達の事はお任せください。夜間保育の届け出もこちらでやっておきます。ですからナカジマ一尉は隊に戻られてください」

管理局に所属する保護者が仕事で帰ることができない場合、児童以下の子供を預かる施設が地上本部には存在している。
帰ることができないというのには殉職も含まれることがある。そういうことがあると知っていてなお、保育士の女性は強い口調でゲンヤに告げる。

「そして、奥さんが無事だったと確かめてきてください。あの人が子供達をおいていなくなるはずがありません!」

普段託児所にはクイントが迎えに来ることが多く、この保育士もクイントのことはよく知っている。家族を愛し、ミッド地上を愛し、強く美しい憧れのあの人がいなくなるはずはないと強く信じている言葉だった。

「あ、ああすまねえ。そうだな、アイツならきっと大丈夫だ。子供たちの事は頼んでいいか?」

「はい!」

「よろしく頼む!」

保育士の強い口調に励まされ、調子を取り戻したゲンヤ。子供たちの事を任せた後、全速力で隊舎に向かって走り出した。



………翌日、ゲンヤはギンガ達を保育施設から家に連れもどったあと、沈痛な表情を浮かべて、クイントが行方不明であることを子供たちに伝えることしかできなかった。










---あとがき---

赤ちゃんルーテシアの性格は、vivid2巻でロッジの上で高笑いしてた姿を参考にしています。
原作者的にこれが元の性格らしいので、赤ちゃん時代はこんな感じだったんじゃないかと。



[24600] イスズの決意
Name: 龍咲◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2012/03/19 23:54
ミッドチルダの郊外に位置する森で、大きな爆発が発生。
その通報を受け、現場に急行した近くの陸士部隊が見たのは、爆発で無残にも破壊された元研究施設と思われる建物だった。
中に突入した彼らを待っていたのは、激しい戦闘の痕跡と、破壊された戦闘機械、そして事切れたゼスト隊の隊員達だった。

死亡が確認されたのはゼスト隊に所属する27名中24名。残りは行方不明であり、その人物は隊長のゼスト・グランガイツと副隊長のクイント・ナカジマ、同メガーヌ・アルピーノの3名である。

初期調査の時点で爆発は内部からのものであると判明し、ここにいた違法研究者が証拠隠滅のために爆破して逃走したものだと断定された。
跡形もなく破壊されており、何のための研究施設だったのかはまったくわからなくなっていた。

さらにその後の調査でクイント・ナカジマ所有デバイスであるリボルバーナックルが発見される。そこには破壊された施設で行われていた違法な研究の証拠となるデータが入っていた。
だが、その研究内容は戦闘機人とはまったく関わりのないものであり、ゲンヤ・ナカジマは改ざんされているのではないかと主張した。
そもそも装着型のアームドデバイスであるリボルバーナックルが見つかったことからして解せない。杖型などと違って、取り落とすことなど通常ありえないものだからだ。

しかし、ゲンヤの主張は聞き入れられず、地上本部のエース部隊の壊滅という深刻な事態ということで事件の調査は最高評議会の直属の部隊が行うこととなった。



「くそっ!」

ゼスト隊壊滅事件から2ヶ月が過ぎた頃、夜遅くのナカジマ家で一人頭を抱えるゲンヤの姿があった。
子供たちの手前平静を装ってはいるが、夜にひとりで飲むお酒の量はここのところ増えるばかりだった。

ゲンヤの所属する部隊が捜査をすることは許されず、最高評議会預かりの案件ということで捜査状況を窺うこともできなくなった。
あそこでいったい何が起こったのか、クイント達はどこにいるのか、そもそも無事なのか。わからないことは山ほどあり、不安は後から後から出てくる。
そしてあの日からルーテシアも行方不明となっていることも判明していた。ムーブ曹長という人物は確かに地上本部に存在していたが、当日は休暇で別の地区にいてそもそもクラナガンにはいなかったのだ。
地上本部に所属する管理局員は、休日にクラナガンを離れる場合は外出申請を出していなければならない。ムーブ曹長はその申請を出していたし、その申請があれば託児所のID確認時にエラーがでる仕組みであった。
しかし、実際のところはムーブ曹長を名乗る何者かがルーテシアの迎えに訪れたその瞬間だけ、局員情報が『緊急出動』に置き換わり、その数分後には『休暇』に戻っていたのだった。
犯行に及んだ何物かは、技術的にほぼ不可能なはずのID偽装を行い、まったく痕跡を残さず地上本部内部のサーバに記録されている局員情報を改竄したということになる。
それが一体どれほどあり得ないことなのか、この事実を知った局員たちは揃って顔を青く染めた。すぐにセキュリティの強化は行われたが、どこを突かれたのかまったくわからなかった。
この件もゼスト隊壊滅と関係ありと判断され、最高評議会預かりとなったためこちらの情報もゲンヤには入ってこなくなった。

「一体何が起こってるってんだ、クイント…」

事件に関するデータが抜き取られ、捜査資料としての価値がなくなったため家族に返却されたリボルバーナックルを見つめながら一人つぶやくゲンヤ。
事件の事を思うと同時に、子供たちの事を思う。

スバルは夜1人で眠れなくなり、いつもギンガに抱きついて眠るようになった。ギンガもスバルの手前気丈に振る舞っているものの、一人の時に泣いているのをゲンヤは見ていた。

そして最も変化が顕著なのはイスズだ。
逆にイスズは泣かなくなってしまった。泣きそうになっている姿を見たことはある。しかし涙をこぼすことはせず、何かを必死で受け入れているように見えた。
ここ2か月の間に赤ちゃん言葉から卒業し、舌足らずではあるが理路整然と話せるようになった。優秀な魔導師の卵は無意識にマルチタスクを用いて、普通の子供の何倍もの速さで内面が成長していくこともあると聞くが、それにしたってイスズの成長は異常だと感じるゲンヤ。それはまるであらかじめ知っていたはずの事を思い出しているかのようにも見えた。

そしてそのゲンヤの見たとおり、イスズは思い出していた。いや、正確には思い出すことを受け入れた言うべきか。
今までは、知らないはずの出来事が頭に浮かんでは、泣きわめいて自分の中から追い出していた。しかし、母の危機に瀕してイスズは己が成長することを望んだ。
イスズにとっての大切な"今"である母クイント、親友のルーテシア、そしてもう一人の母であるメガーヌを取り戻す為に、前世と言う名の過去を受け入れていったのだった。

前世の彼は、学校に通っていた頃の成績は必ずしも良いものではなかった。しかし知恵は働く方であり、そういう意味でいうならそれなりに頭がよく、今回の事件に関することでも母達が生きている可能性があることを導き出した。

「おとーさん…」

「イスズ?」

本来なら眠っているはずの時間にリビングの扉を開いて顔を出すイスズ。

「どうした?眠れないのか」

「ううん。おとーさんにききたいこととはなしたいことがあって」

しっかりしゃべろうとするものの、舌が回らないのかどうしても舌足らずな言葉になってしまう。

「あ、ああ。言ってみな」

「あのね、このおかーさんのでばいすってしゅうりされてるの?」

卓上に置いてあったリボルバーナックルを指して尋ねる。
いくらか破損している部分も見受けられるが、原形はしっかりと留めており、整備の必要はありそうだがすぐに使用することができる程度の損傷に見える。
このままの状態だったとしたら"手から偶然外れる"ことなどあり得ない。それも両手揃ってというならなおさらだ。



「いや、見つかった時のままのはずだ」

「そう…」

答えを聞いて考え込むイスズ。とても二歳半の子供には見えないその姿をゲンヤはつぶさに見守るしかない。

「…それでなかにはいっていたでーたはかいざんされてたんだよね?」

「!? お前、どこでそれを!」

「おさけによったおとーさんのくちから」

「そ、そうかい。まあそれは俺の予想でしかないがな」

こんな子供がどこぞの秘密裏のルートから情報を仕入れたのかと疑ってしまったが、答えは身近すぎるところにあったようだ。これからは少し酒量を控えるべきかもしれない。
ゲンヤが人知れず反省しているそばでイスズは考えを巡らせて言った。

「やっぱりそうだ。おかーさんたちはいきてるかのうせいがたかい」

「どうしてそう思う」

「おかーさんのでばいすはそうちゃくがた。だからもしも、もしも…」

ここでイスズの目に僅かに涙が浮かぶ。しかしこぼすことなく堪える。

「…しんでいたとしたら、わざわざでばいすをはずしたりしないでそのままにするはず。でばいすだけのこってたってことは、おかーさんはつれさられたとしかかんがえられない」

「確かに…」

ゲンヤとしてもそれを考えないでもなかった。伊達に捜査官を続けているわけではない。
これ見よがしに残されたデバイスに、改ざんされたデータ。これに管理局のシステムにクラッキングを仕掛けてルーテシアを誘拐をやすやすとやり遂げたその技術力。
まるで「これ以上こちらに踏み込むな。私たちはいつでもお前達を追い詰めることができる」と脅しをかけているようにも感じる。
だが、連れ去る理由がわからない。力を誇示するだけなら倒すだけでいいはずだ。自分達を捕まえに来た管理局員を連れ去る理由とはなんだ?今回の事件でゼスト隊が壊滅したところを見ると、奴らは相当な実力を持った組織であることはわかる。しかしだからと言って敵対している高ランクの騎士や魔導師を手中にしては内側から食い破られる可能性が出てきてしまう。だから一旦連れ去っただけでその先で…ということも頭に浮かんでしまうゲンヤ。
イスズはこのことについての予想がある程度たっていた。

「それと、おかーさんは"せんとうきじん"のじけんをおっていたんだよね?これもおとーさんがもらしたんだけど」

「あ、ああ」

守秘義務とか機密事項もお酒の前には形無しである。

「ごかんからさっするに、きかいとひとをくみあわせたせんとうにとっかしたへいしのことだよね?たかいじつりょくをもってたかーさんたちは、そのそたいとかさんぷるにされるかのうせいがたかい」

「なっ!?」

データが改ざんされていたことにばかり目がいって、ゼスト隊がそもそも調査していた事件のことを失念していたことに気付く。
イスズの言う通りなら確かに生きている可能性は高くなる。しかしそれは時間をおけば何らかの処置を施される可能性が高くなるということでもある。ならばこそ、はやく見つけなければと思うと同時に、何故こんなに小さな息子がそんなことに思い至れるのかと怪訝に思う。
当のイスズは口をもごもごと動かして、舌足らずにしかしゃべれない自分にイラついているようであった。

「それにるーてしあのこともきになる。あのときすずにはめもくれずにるーてしあだけをつれていった。たぶんだけどめがーぬかーさんにはなにかとくべつなそようがあって、そのことをしったやつらがそのむすめであるるーてしあにも、そのそようがあるとおもってつれていったんじゃないかな」

ゲンヤとしてはもう息をのむしかできなかった。

仮にイスズの意見が正しいとして、イスズがターゲットにされなかったということはクイントには素養がないということになる。それではクイントを連れ去る理由が弱くなり、同時にクイントの生存確率も下がってしまう。だが、最悪の可能性なんて考えるだけ無駄だ。そんな信じたくもない可能性の事なんか考慮にいれず、イスズは全員生きているものとして行動することにしている。

「だからね、おとーさん。すずをかんりきょくに入れてほしい。どんなことでもてつだうからいそいでおかーさんたちをみつけよう?」

「むぅ…」

一気にたたみ掛けるように語ったイスズの顔を見つめるゲンヤ。イスズの推測については希望的観測ではあるものの納得できるところもあった。だが、それ以上に気にかかることがある。

「イスズ、お前いったいどうしちまったんだ。その推測は否定しねえ。確かにその可能性はある。だがな、なんでそんなことが考え付く?お前は2歳の子供のはずだ。………なあお前は誰なんだ?」

イスズが一瞬息をのむ。しかしイスズとしてもここまで話した以上、もう普通の子供でいるつもりはなかった。だから最初から聞かれたら答えようと思っていたのだ。
一度深呼吸をして、ゲンヤの目をまっすぐ見つめる。


「あのね、すずにはね、ぜんせのきおくがあるの。そのひとのきおくがおしえてくれた」


隠すことも、ごまかすこともせず、正直に告げるイスズ。
イスズの前世、神陰泉。彼の家系は歴史の長い家系で裏の世界とも関わりがあり、陰謀や違法な研究に触れたことがある。もちろん行う側ではなく防ぐ側ではあるが。

「!!……………なるほどな。そういうことならわからないでもない。そうか、前世の記憶か…」

「え?」

しばらく言葉を失いはしたものの、意外とあっさり信じたゲンヤにイスズは逆に驚く。前世の記憶など、あまりに荒唐無稽であり信じてもらえない可能性もあると思っていたのだ。

「しんじるの?」

「なんだ、嘘なのか?」

「ううん、でもかんたんにしんじてもらえないとおもってた」

「昔少し調べたことがあってな」

そういってゲンヤは記憶の継承や転生の事について話し始めた。子供の頃に興味を持って一通りの事を調べたことがあったらしい。
旧暦時代の権力者の間では自身の記憶を転写したクローンを作りだすことはよくあった。現代でも、非合法であり、必ずしもうまくいくわけではないものの、そういう技術の存在は確認されている。
それと同時に、外部的要因で植えつけられるのとは違い、生まれつき前世の記憶を持っている者や、先祖の記憶を継承している者もかなり珍しくはあるが存在する。原理は全く解明されていないがレアスキルのようなものだと解釈されている。

それを聞いて、今度はイスズが自身の前世の事を説明し始める。
魔法のない世界で、脈々と受け継がれてきた剣術を頼りに生きた神陰泉という男の一生を語る。
子供の頃の武勇伝を。修行時代の冒険譚を。そして護衛中の最期の時を。
記憶を引き継いで生まれてきて、受け入れることが怖くて泣いていたこと。
母達の危機を前に、全てを受け入れて前に進む決意をしたことを打ち明ける。

受け継いだのは記憶のみで、人格は引き継いではいない。それでも、それはある意味ではイスズという存在を前世の記憶で塗りつぶすという行為でもある。
そのことにゲンヤは一抹の寂しさを感じてしまう。自分の大切な息子が、実は知らない誰かの記憶を持って、知らないところで心を成長させてしまった。
イスズ自身もそのことは気づいている。だからこそ無意識的に一人称を"すず"のまま変えず、自分はイスズなんだと言い聞かせている。

「話はわかった。確かにお前が受け継いだ記憶を持ってるやつは実戦経験もあるし、少しは頭も切れるってことは理解した」

「それじゃあ」

「だが管理局に入るには早すぎる。それにお前はその力を持っているわけじゃない。知っているだけだ」

管理世界、特にミッドチルダは有能な子供の早期就業が盛んだ。しかしいくらなんでも2歳は前例がない。管理局での最年少入局は7歳とされている。それにしたって即戦力になったわけではない。
イスズの場合は剣術の技術は知っていてもそれを行使する身体はないし、頭が切れるといってもこの程度はいくらでもいる。第一、親として子供を危険なところに行かせたいとは思わない。

「でも…」

「でもじゃねえ。仮に管理局に入局するのを許すとしても、どんなに妥協しても10歳からだ。それも正規の訓練校を卒業することが条件だ。その泉ってやつが生きた世界は管理外世界だったんだろう?この世界とは常識がかなり違う部分もある。まずは一から勉強することだ」

「…わかった。すず、べんきょうする。それでぜったいおかーさんたちをたすける!」

ゲンヤに向かって強く宣言するイスズ。その言葉を渋い表情で受け止めるゲンヤ。本当なら止めたいが、この様子ではクイント達の安否が判明するまで決して止まることはないだろう。
その予想は違わず、ゲンヤの望みに反して、この日からイスズは年齢不相応な勉強をするようになっていった。



[24600] ナカジマ家
Name: 龍咲◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2012/03/25 18:31
イスズが前世の記憶を持っていることをゲンヤに打ち明けてから数ヶ月が過ぎ、3歳の誕生日を迎えた。
イスズは初等部の教科書レベルの一般常識を身につけた後から、実戦的な戦う力を求めるようになった。相手はSランクの騎士が率いる部隊を壊滅させるほどの実力者なのだから、それを追うためには強くなることは必須だと思ったからだ。

イスズが最初に手をつけたのは前世の記憶の剣術だった。魔法文明のない管理外世界の技術とはいっても、戦闘技術としては洗練されており、何より記憶に焼き付いているので師が必要ないからだ。しかしこちらは早々に諦めざるをえなかった。

前世にて習得していた神陰一刀流は、子供のころから真剣を用いて稽古を行う。重さも長さもある本物の大太刀を使用していた。
実家の中には広い道場があり、その中で小さなころから親に教わりながら剣を振っていたのだ。

今生では事情が違う。ミッドチルダでは魔力で生成する光剣ならまだしも、真剣は多くの手続きや許可を得なければ所持することを許されない。許可が得られるケースは管理局に武装局員として登録していることや、それなりに長い歴史を持つ剣術流派の有段者、もしくはその門下生などに限られる。例外はいくらか存在するが、すくなくとも今のイスズでは真剣を手にすることもできなかった。
できることと言えばその辺に落ちている木の枝を剣の代わりにすることくらいだが、3歳の弟が木の枝を振り回していたら姉として何をするかは言うまでもない。

「こらイスズ!危ないから木の枝振り回すのやめなさい!」

「それすずのけん、かえしてー」

「ダメ!」

稽古しようにも終始こんな顛末になるため諦めた。それでも姉の目を盗んで素振りや型打ちは続けたが、剣術に重きを置くことはなくなった。



代わりに熱心に学ぶようになったのは魔法だ。ゲンヤは魔力資質を持っていないためギンガが師となる。

潜在的魔力量は平均より少し多めといったレベルで、イスズは母からウイングロードと言う先天魔法を受けて継いでいた。
ウイングロードとは魔力によって空間に自由に足場を形成する魔法。レアスキル認定はされていないものの自分だけでなく誰でも足場とすることが可能であり空中で陸戦を行える貴重な魔法だ。

クイントは先天魔法を活かしたシューティングアーツという移動にローラーブーツを用いた打撃・蹴撃による徒手格闘技術を習得していた。ギンガも母に習い、シューティングアーツのトレーニングを積んでいた。そのためギンガにとってイスズに魔法を教えるということはシューティングアーツを教えることと同義だった。



ナカジマ家の庭先でここ最近日課となったギンガの魔法教室が始まった。まだまだ初期段階のためイスズはギンガとは違ってデバイスは装着していない。ギンガはクイントにプレゼントされたグラブ型のトレーニング用簡易デバイスとクイント自作のローラーブーツ(子供用)を装着している。

「イスズ、この前教えた通りにやってみて?」

「うん。……ウイングロード!」

イスズの足元に、ダークブルーのベルカ式の魔法陣が浮かびあがる。そして数メートル離れたギンガまで、山なりの道を生成することに成功する。

「うん合格。生成スピードも前より早くなった」

「よし!」

「じゃあこれを維持したままあと4本同時展開!」

「わかった。…………ウイングロード!」

先ほどよりも時間をかけてイスズの足元からギンガの元まで4本のウイングロードが生成される。1本目と重ならないようにそれぞれ迂回するように生成されており、必然的に1本目よりわずかに長くなる。

「うーん、やっぱり複数生成すると時間がかかるし道幅もまちまちになるみたいね」

「くっ」

イスズは苦しそうに瞳を閉じて維持に集中している。

「それに維持にリソースを割き過ぎてる。その辺りはまだまだ最適化できるはずよ。何があっても5本ともあと10分維持!」

「う、うん」

額に汗を浮かべながら声を絞り出すイスズ。その様子を見るギンガはひとり考え込む。

「ウイングロードの最大距離、同時展開本数はまだまだ。それは始めたばかりだし当然なんだけど…」

ちらっとイスズの顔を伺う。その表情は苦しそうではあるものの真剣そのもので、鬼気迫るものを感じる。

「やっぱりお母さんがいなくなったのが原因なのかな。こんなに小さいのに魔法を教えてほしいなんて」

上達も早く、ギンガがひと月かけて習得したことをイスズは1週間で習得していった。ギンガがクイントに魔法を教わり始めたのが7歳からだったことを考えるとその習得スピードは異常であるともとれる。ただギンガの場合はのんびり遊びながらの側面もあったため、イスズと同じように母を想って真剣にやればそのくらいで習得できたかもという思いがあり、ギンガの目にはそれほど異常には映らなかった。日に日に子供らしくなくなっていくイスズの言動や行動がギンガの目を曇らせていた。

「優秀なのは確か。それに…」

助走距離をとるため少し離れた場所に移動して、ギンガは左の拳と脚部に魔力を込めて一瞬でトップスピードを叩きだし、

「キャリバーショット!!」

ダダッ!

「くっ」

イスズのウイングロードに攻撃を放つ。
一瞬制御が乱れて焦りの表情は浮かべたものの、ギンガの"何があっても"の指示通り持ちこたえる。

「やっぱり硬い…」

イスズのウイングロードは破壊されることなくそこに存在していた。
ウイングロードは本来であればシールド魔法の強度の半分くらいの強度しか持たない。そもそも足場としての役割以外にはあまり使用しないため、魔力消費量は防御系魔法と比べて少なくなる。
先ほどの攻撃はトレーニング用デバイスだったといっても戦闘機人であるギンガの全力の一撃であり、仮にギンガのウイングロードなら破壊されていたくらいの威力はあった。

「イスズの魔法は総じて強度が高い。でもその代わりに…」

「きゅぅ~」

先ほどのギンガの攻撃が影響したのか、10分を待たずイスズがギブアップ。展開されていたウイングロードが消滅する。
力尽きて膝をつきそうになるイスズをギンガが優しく抱きとめる。

「よいしょっと。維持時間が短くて、魔力の消費量も多いみたい。未熟だからロスが大きいってだけじゃないみたいだしお父さんに頼んで資質検査を受けさせてもらった方がいいかも」

資質検査とは魔力の特性や相性のいい魔法系統を調べるための検査だ。魔力を持った子供は大抵この検査を受け、その後の進路の指針にする。

「はぁ、はぁ、…もういっかい」

ギンガから離れて一人で立とうとするものの足がガクガクと震えてうまく立つことができない。魔力を使用しすぎたことによる疲れだった。

「だーめ。無理しすぎは禁物よ。休憩はしっかりとること。お昼ご飯の後にもう一回練習しましょ?」

「わ、わかった」

力を抜いてギンガに身を預けるイスズ。クイントが行方不明なる前であればこのくらいのスキンシップはよくあったが、最近ではこういった場面でしか触れ合いがなくなっている。
ギンガはそのことが少し寂しく思う。

こんな風にギンガとイスズは毎日魔法の訓練を重ねていった。



ギンガは自分自身が魔導師を目指していることと、イスズに教えるためということもあり、日々熱心に魔法の勉強をするようになった。忙しい父に代わって家事の大半もギンガが行っている。スバルやイスズも手伝いはするが、基本的にギンガが担っていて最近では遊ぶことがなくなった。
母親代わりを務めて、妹と弟に寂しい思いをさせないようにという思いからだ。しかしそれは逆にギンガの子供らしさを失わせていった。

イスズもイスズで一分一秒が惜しいかのように勉強に勤しみ、ギンガの魔法トレーニング以外にも隠れて剣を振ったりと、こちらも遊ぶことがなくなり、泣き顔も見せないが笑顔を見せることもなくなった。

ここで取り残される形となったのはスバルだった。クイントがいなくなったことによる家庭の変化、ギンガとイスズの変化についていけず、一人になることが多くなっていった。
遊びに誘っても忙しいからと断られ、かといって傷つけるのも傷つくのも嫌いなスバルは一緒に魔法のトレーニングにまざることもできなくて姉弟内で孤立していった。

「どうして…」

スバルとしては自分を取り巻く世界の全てががらりと変わってしまったように感じてしまう。

『母がいた頃の家族』に戻ってほしいスバルは、たびたびギンガに、今までは二人一緒にやっていたちょっぴり叱られるようないたずらをしようともちかけたり、勉強しているイスズに「遊ぼうよ!」と強引に誘ったりするようになった。
ギンガは「家族力を合わせないといけないのにわがままばかり…」、イスズは「はやくおかーさんをみつけるためのちからがほしいのにじゃまばかり…」とスバルを疎んじるようになる。

そうなるとますますスバルの求める家族とは離れていってしまう。

そしてゲンヤが仕事で帰りが遅くなっていたある日、とうとうスバルは耐えきれなくなって感情を爆発させてしまう。



「ねえイスズ、前みたいに遊ぼうよ」

「ごめん、いまいそがしいからあとにして」

スバルの方には目を向けず、表紙に魔法理論と書かれた参考書のページをめくるイスズ。

「いいから遊ぼうよー」

その姿にかまわずイスズの肩をゆする。

「うぅ、すうねえじゃましないで」

「こらスバル!イスズの邪魔しちゃだめでしょ!」

夕食の準備を中断してスバルを叱りつけるギンガ。
その声にびくっと肩をすくめてうつむくスバル。

「なんで大人しくしてることができないのスバル」

エプロンで手を拭きながらスバルを叱るためにダイニングへ移動してきたギンガ。
一瞬だけ顔をあげてギンガを見るスバル。すぐにうつむいて拳を握り身体を震わせながら涙声で呟く。

「違う…」

「え?」

勢いよく顔を上げ、涙を浮かべた瞳をギンガとイスズに向けて腕を大きく振りながら叫ぶ。

「違うもん!こんなのあたしの家族なんかじゃないもん!こんなのギン姉じゃない!イスズじゃないもん!」

「あ、スバル!」

そう言い放って、スバルはそのまま玄関から勢いよく飛び出していった。



「スバル…」

「すうねえ…」

スバルの言葉に少なからずショックを受ける二人。しばらく動くこともできず、固まったままだった。特に前世の記憶を受け入れて変わってしまった自覚のあるイスズのショックは一入だった。だからこそ深く原因を考える。

「ぎんねえ」

「…どうしたのイスズ」

「すうねえね、さいきんすずをあそびにさそうときはかならず"まえみたいに"っていってたきがする」

「…私の時もそうだった気がするわ」

最近の事を思い返すとスバルは事あるごとに"前みたいに"と言っていたことに気づく。母が行方不明になってからは家族の間にはどこか暗い空気が漂い、スバルはそれを必死に明るくしようとしていたことに気づく。まるでクイントがいた頃みたいに。

参考書をおいて立ちあがるイスズとエプロンを外すギンガ。

「謝ろう。スバルに」

ギンガが差し出した手をイスズが握る。

「うん。ごめんなさい、する」

そうときまれば善は急げと玄関から飛び出す二人。



外はもう日が暮れて、辺りは街頭に照らされてはいるものの薄暗い夜の世界だった。

「スバルーー!!」

「すうーねえーーー!!」

家の周囲を探してみたものの、なかなかスバルの姿は見つからなかった。

「てわけしてさがそうよ、ぎんねえ」

「え、でも…」

突然の提案の内容に戸惑うギンガ。こんな小さい弟をひとりにしてもいいのかと一瞬躊躇する。

「すずならだいじょうぶ。それよりはやくすうねえをみつけないと」

「…そうね。わかった。私はあっちを探してくるからイスズはそっちをお願いできる?」

「うん!」

イスズの強い言葉に納得してしまったギンガはイスズの手を離して別の方向に駆け出していった。



「すうーねえーーー!!」

ギンガと別れてからさらに数分、あいかわらずスバルは見つからないでいた。

「どこいったんだろ…」

さんざん歩きまわって足も痛くなってきた。ギンガには大丈夫と言ったが、暗い夜道に心細くなり始めていた。

ブロロロロロー

「わっ」

突然現れた車のライトに驚いて一歩後ずさる。偶然そこは短い坂になっていた。

「とっとっと、わあああ!」

ズベシャ

バランスを崩して転がり落ちるイスズ。

「あいたたた…。あいだ!」

すぐに立ち上がろうとするものの、足をねん挫してしまったようで痛みで立ちあがることができなくなってしまう。

「どうしよう…」

人通りの少ない薄暗い道に、痛みで身動きが取れない自分の状況に気づく。もしここで冷静ならギンガに習った念話をつかって助けを呼ぶという選択肢も取れたが、ずっと感じていた心細さの所為か軽いパニックに陥ってしまい、なにもできなくなってしまうイスズ。
母が行方不明になって以来始めて涙を零して嗚咽を漏らす。



数分後、あてどもなくトボトボ歩いていたスバルが偶然通りかかる。

「ぐす、うえぇ、ぐす…」

聞き覚えのある声に顔をあげて周囲を見回す。そして子供の人影を見つける。

「…イス、ズ?」

膝を抱えてうずくまっている少年が顔を上げる。やはり弟だった。でもその顔は母が行方不明になって以降は一度も見たことがなく、その前は毎日のように見ていた泣き顔だった。

「うぇ、ふえぇっく」

イスズは姉と目があった瞬間、これまで必死に噛み殺してきた泣き声を漏らしてしまう。

「イスズ、泣いてる…の?」

「うぇ、ひっく、すうねえが、うぇっく、いなく、なるから」

「あ、あはは」

目の前の弟と同じように頬をぬらしながら、それでも心底うれしいことを見つけたかのように笑うスバル。

「なに、わらってるんだよぉ、ひっく、ずず」

止めたくてもどうしても嗚咽を止めることができないイスズ。前世の記憶を引き継ぎ、精一杯大人になろうとしてきたつもりの自分が、この程度で涙がぽろぽろ零れ落ちることが情けなくて仕方がなかった。

「だって、やっぱりイスズはイスズだったんだって」

一歩一歩ゆっくりと近づいていく。

「どういう、ことだよぉ、ひっく」

「泣き虫のまんまだもん」

そう言って優しく弟を抱きしめるスバル。それはいつも泣いてる弟をあやす為にしていたこと。

「うるさいっ、ふえぇぇぇ」

懐かしい抱擁をうけ、いよいよ堤防が決壊してしまう。ここ数ヶ月の必死に大人になろうとしていた気持ちを忘れたくなるような温かさを感じた。やっぱり前世の記憶があろうとも、"弟"であることは変えられないんだと、姉に甘えたい気持ちがずっと心のくすぶっていたことに気づく。そうなるともう涙をこらえることなどできなかった。

「うわああぁぁぁん」

「おーよしよし、泣いていーよ」

スバルの胸に顔をうずめて、堪えることなく泣きだすイスズ。
結局泣きやむのには十数分かかることになる。





「もう泣きやんだ?」

「ないてたことによろんでたくせに」

思いっきり泣いてしまった手前、目を合わせることができず照れ隠しにぶー垂れて見せるイスズ。
いまだにスバルに抱かれたままなのは御愛嬌。

「だってイスズはイスズだってわかったから。泣き虫で甘えんぼ。変わってないもん」

イスズの頭を撫でる。気がつけばかなり髪が長くなっていた。男の子ならもうちょっと短く切った方がいいのかな?などと場違いなことを考えるくらいに落ち着いてきたスバル。

「………ぎんねえだってぎんねえのままだよ」

ギンガは家事も魔法の勉強も真剣にやるようになった。でも家族思いで優しいところは変わってなんかいない。自分の勉強より、幼いイスズに適したメニューを考えることに時間を割くし、家族の健康の考えて栄養バランスを気にした食事を作るようになった。

「そう、なのかな?」

「こころによゆうがなかっただけだよ。すずも、ぎんねえも、おとーさんだって、みんなつよがってるだけ。それでまわりがみえなくなってたんだとおもう」

「…うん」

やっぱりイスズは頭良くなったなーとは思いつつも、根本のところは変わってないことに既に気づたのでショックは受けない。

「だからね、すうねえごめんなさい。またあそんでくれる?」

「もちろん!」

満面の笑みで答えるスバル。イスズもそれにつられて笑う。

「さ、帰ろう?きっとギン姉もお父さんも心配してる」

「うん」

そう言ってイスズから一旦体を離して背中を向け、足をねん挫しているイスズを背負う。

「よいしょっと」

「おもくない?」

「だいじょーぶ。お姉ちゃんにまかせなさい」

しっかりとした足取りで家に向かって歩き出すスバル。ほほえましい姉弟の姿がそこにはあった。



ナカジマ家が見える距離に来た時にギンガが駆け寄ってくる。その目は泣きはらしたことが一目でわかるほど真っ赤だった。
少し前に念話で無事を伝えていたので、玄関前にはもう帰宅していたゲンヤの姿も見える。

「スバル!イスズ!」

その勢いのまま二人を抱きしめる。

「ごめんね、ごめんね」

先ほどまで止まっていた涙を再び零し始めたギンガ。それにつられてスバルとイスズもまた目に涙を浮かべる。

「ギンねぇ~」

「ふ、ふぇ」

ナカジマ三姉弟が泣き声の大合唱を始めそうになったところで、見かねたゲンヤが声をかけて子供たちの涙を押しとどめる。

「ひとまず無事でよかった。とりあえず家へ入れ。イスズの足の手当てもしねぇとな」

「あ、うん。ぐす、ほらスバル、イスズをお家に」

「わかった」

まだ若干涙声ではあったが、平静を取り戻し家へと向かう。



「これでよしと。痛みはねぇか?」

「うん」

包帯の巻かれた足を軽く動かして答えるイスズ。

軽くうなずき、ゲンヤは救急箱を閉じつつギンガとスバルに向き直る。

「さて、と。お前達に言っておかないといけないことがある」

叱られると思ったのか、びくっとして顔を伏せるギンガ。イスズの怪我の原因は一人で行動させてしまった自分の所為だという自覚があるからだ。

「ギンガ、わかってるとは思うがイスズをひとりにしちまったのは褒められた判断じゃねぇな」

「はい…」

「でもそれはすずがひとりでいいっていったから」

そもそも提案したのは自分だから姉には責がないとイスズが口を出す。

「そうだとしてもだ。それでいいと思ったギンガの判断が間違ってたことに変わりはねぇ。今回は捻挫程度で済んだが、次もそうとは限らんからな」

「はい…」

そのまま俯いて落ち込んでいるギンガの頭に、ゲンヤが優しく右手を置く。
叱られている最中なのに撫でられたことに困惑して顔を上げるギンガ。その目を見てゲンヤは優しく諭し始める。

「あのなギンガ。スバルたちの母親の代わりになろうとする、それ自体はやめろたぁ言わねえ。まあそんな決意をさせちまった俺が親として情けないとは思うがな。だがな、お前自身がまだ子供だってことまで捨てなくていいんだ。ギンガは俺にとっちゃあまだまだ手のかかる娘で、甘えたいときにゃあ甘えてほしいし、反抗したいときは反抗してくれりゃあいい。その時はちゃんと甘やかしてやるし叱ってやる。聞き分けのいい娘ってのも悪かねぇが、それでお前が我慢してるんだとしたら俺としちゃあんまり嬉しくねえな」

「お父さん…」

再びギンガの目が潤む。今度は自責の念や心配からくるものではなく、父の大きな手のひらの温もりと自分の事を想ってくれる言葉が心に染みたからだ。

「スバル、寂しい思いをさせて悪かった。なんだかんだで俺も余裕をなくしていたみてぇだ。お前がひとりになってることに気づいてやれなかったなんてな」

今度は左手でスバルの頭を撫でる。

「ううん。わがまま言ってごめんなさい」

「いいんだよ。一番家族が見えてたお前が"違う"って言うなら、俺たちがお互いの事をちゃんと見れていなかったってことだ。スバルはスバルの目線でいてくれりゃあいい。手伝えるところは手伝って、無理してると思ったら止めてやってくれ」

「うん!」

笑顔でうなずくスバルに頷き返すゲンヤ。そして最後にイスズと向き合う。

「イスズ。急に口が達者になったり勉強を始めたりした所為で俺たちの目が曇っちまったが、今日の事でよくわかった。お前はどんなに背伸びをしても結局はまだまだ子供だってことを忘れるんじゃねぇ。クイントを探す為にいろいろ頑張るのはいい。だがな、今を犠牲にしていくことをあいつは望んだりしないぞ。前にもすこし言ったと思うが、お前が持っているの記憶だけで実際に経験したわけじゃないんだ。だからお前は勉強ばかりじゃなくていろんな経験を積んでいけ。子供らしく遊ぶことも経験だ。イスズ自身が見て、触れて、感じたことがお前の力になるんだ。それがどんな些細なことでも、関係ないようなことでもな。それでしっかりと地に足付けて大きくなれ」

「うん…」

イスズは今回の事で前世の記憶に振り回されていた自分自身の事を自覚する。
他人の人生の記憶を引き継いだことで大人になったつもりになっていた。前世の彼自身が成人を迎えてすらいないというのに。

でも今日、スバルの胸で泣いて、ゲンヤに諭され、ようやく自分と彼が全然別の人間であるということに気づく。
神陰泉は家族にすがって泣くような人ではなかった。自発的に勉強などしないし、事あるごとにサボろうとするような不真面目な性格だった。だからこそ高校に通わず、親に修行の旅に送り出されたのだ。そもそも学力的に受からなかったという理由もあるが。
情に厚く、他人に優しく詰めが甘い。悪戯好きで悪知恵はやたらと働く悪ガキ。そんな印象だ。
泣き虫で甘えんぼ、勉強・訓練漬けでも平気な自分とは大違いだった。

前世の記憶を受け入れてから実はずっと不安だった。いつか自分が消えてしまって、彼になってしまうんじゃないかと思っていた。
でもそんなことはなかった。

自分はイスズ。

ゲンヤとクイントの子供で、ギンガとスバルの弟だった。

記憶を受け入れて変わった部分は確かにある。でもイスズとしての根っこの部分は決して変わってなどいなかった。
そのことが無性に嬉しくて、そしてまた涙がこぼれる。満面の笑みで。

「おとーさん」

「なんだ」

優しく答えるゲンヤ

「ぎんねえ、すうねえ」

「ぐす、なあに」

「どーしたの」

ギンガは涙を拭きながら、スバルは笑顔で答える。

「すず、いっぱいべんきょうする。でもいっぱいあそぶ。おてつだいもする。いっぱいいっぱいがんばる。だから、だからね」

「おう」

「いっぱいわがままいっていい?…いっぱいあまえていい?」

「「もちろん!」」

そのままイスズに抱きつく姉二人。そして三人を包むように抱きかかえるゲンヤ。

そうして、クイントが行方不明になってからちぐはぐだったナカジマ家が、ようやく家族の姿を取り戻したのだった。







ギンガはその後も母代りを務めようと妹弟の世話や家事を引き受けているが、時々はゲンヤに対して甘えたりわがままを言うようになった。わがままの筆頭は陸士訓練校に入る許可を貰うことだったことはゲンヤとしては誤算だったかもしれない。

スバルは姉の手伝いをよくするようになり、イスズと一緒に勉強するようになった。いつの間にか自分より難しいことを勉強しているイスズに「あたしより頭良くならないでっ」と駄々っ子パンチする姿が多くみられるようになったのは良かったのか悪かったのか。

イスズはギンガやスバルと遊ぶ時間が増え、勉強や魔法の練習の時間はいくらか減っていた。それでも難易度はどんどん上がっていき、着実に実力を高めていったのだった。



[24600] 臨海空港
Name: 龍咲◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2012/04/04 13:13
新暦71年4月。
ナカジマ家が家族の姿を取り戻した日から3年が経ち、イスズも6歳となった。

髪は長くのばし、クイントと同じく左右の肩にかかる一房を残し、それ以外は後頭部で一つにまとめたポニーテールにしている。髪を留めるリボンも母の物を使っていて、ダークブルーである髪色と幼いことを除けばクイントの生き移しだった。
補足しておくが、イスズはれっきとした男の子である。
ゲンヤは「男なら髪は短くしろ」と何度か言ったが、そのたびに「いーやーだっ!」と我を通してきた。最近では諦めたのかもう言わなくなっていた。

今日に至るまでほぼ毎日トレーニングを積んでおり、さすがに師であるギンガには敵わないものの同年代とは比べ物にならない実力を持つようになっていた。

イスズの魔法のスタイルはやはりシューティングアーツを中心にしていた。防御が固いことや身体強化魔法の適性が高かったため、ギンガと同じ路線で鍛えていけるとわかったからだ。

他の適性に関してはその後の資質検査で分かったのだが、飛行魔法に対してあまり適性がなく、射撃系、特に魔力弾などが術者本人から一定距離離れた場合の遠隔操作に対してはかなり適性が低いというものだった。ウイングロードのように地続きで繋がっているものに関してはその限りではないのだが。
誘導操作をしない直射系ならまだいくらかマシではあるが、師であるギンガがあまり射撃形の魔法を修めていなかったことでイスズも基礎の魔力弾程度の簡単なものしか習得していない。

また、イスズは母や姉にはない資質を持っていた。それは魔力集束技能だ。それも無意識に発動する形のものである。
魔力を集束させる技能。それは主に砲撃魔導師や、ごく一部の騎士が斬撃や打撃を行うときに、周囲の魔力を集めて高密度に圧縮して威力を高める時に使用する制御の難しい高等技術だ。

通常の集束魔法と言えば周囲から魔力を集める形だが、イスズは周囲からではなく自分の魔力をより多く消費する形になっている。
それも無意識に行ってしまうため、ただの魔力弾でも結構な威力を発揮する。

だがそれは良いことばかりではない。まず第一に無意識に行ってしまうので、どんな魔法でも魔力の消費が激しくなることだ。
そして高等技術と言われているとおり、集束された魔力は制御が難しく、身体やリンカーコアへの影響も大きくなる。
とくにイスズのようなまだ体ができていないような子供が、身体強化魔法で魔力集束などを行ってしまったら身体への負担はシャレにならない。
その分身体能力は確かに向上するが、身体がしっかり出来上がるまではなるべく使わないようにとギンガやゲンヤに厳命されている。

そのため、現在イスズが魔法を使う際にはわざわざ"集束解除"という術式を入れ込んでいる。これにより強度も威力も人並みになったが、魔力消費量を抑えることができるようになった。毎度毎度普通は使わないような集束解除術式を入れねばならないため、副次効果として魔法術式の制御能力が向上していった。
ちなみに集束解除などというニッチな術式は調べられる範囲では見つからなかったため、ギンガとイスズが二人で開発したオリジナル魔法だ。



「スバルー!イスズー!そろそろ出るわよー!」

「「はーい!」」

玄関で待つギンガのもとに手荷物をもった二人がドタバタと駆け寄る。

今日はこれから父の仕事場に向かう予定だ。

スバルが通う学校の宿題である「親のお仕事」がテーマの作文を書くためと、ゲンヤの仕事が終わった後に家族で外食をするためだ。

バスやリニアレールを乗り継いで今日の父の仕事場である臨海空港に向かう。

「準備はいい?」

「うん」

「じゃあ行きましょう」

「れっつごー!」

元気いっぱいにスバルが玄関から飛び出す。その後ろをギンガと手をつないだイスズが追いかけていく。
これから行くのは初めての場所。スバルもイスズもテンションがすでにMAXだった。

「ほらギン姉、のんびりしてないで急ごう!スゥ姉に置いてかれるよ!」

「はいはい。まったく、家を出る直前までのんびりしてたのはどっちだったかしら」

イスズに引きずられて駆け足になるギンガ。口では仕方ないなーと言いつつもとても楽しそうな頬笑みを浮かべていた。

その様子を近所の人たちは「相変わらず仲が良い姉弟ね」とほほえましく見守っていた。
ギンガは陸士訓練校に通っているが、全寮制の短期校とは違って三年制の訓練校に自宅から通っているため、この光景は平日の夕食の買い物の際や休日によく目にしていた。
なお、ギンガは最初は短期校の方を希望していたが、ゲンヤの説得とイスズの「お姉ちゃん、すずをおいていくの?」という言葉を涙目の上目づかいで言われたために思い留まった。イスズの手に目薬が握られていたことにゲンヤは気づいていたが、「どこからこんな小技覚えてくるんだか…」と呆れつつも黙っていたのは秘密だ。

「あ、おばさん、行ってきまーす」

「はい、行ってらっしゃい。気をつけてね」

「はーい!」

近所で仲良しと評判のナカジマ三姉弟は、この日も元気に走って行った。



「まだ時間がかかるんですか?」

『はい、こちらも少しバタバタしてまして。見学はもう少し待っていてください』

臨海空港に到着し、父の所属する部隊に連絡を取ったところ、今は少々忙しいようで見学者に割く時間が取れないとのことだった。
対応を行っていたのはゲンヤの部下になって久しいラッド・カルタス。通信モニター越しに申し訳なさそうな表情を浮かべている。

「いえ、約束の時間より早く着いてしまったこちらの方が悪いんです。気にしないでください」

『そう言ってもらえると助かります。待っている間空港の中を散策してはいかがですか?こちらの準備が整ったら連絡しますので』

「そうですね、そうさせてもらいます。聞いた?スバル、イス…ズ?あれ?いない…」

ついさっきまで自分の後ろで通信の様子を眺めていたと思っていたが、いつの間にか二人ともいなくなっていることに気づく。

『どうかされました?』

「まったく、あの子たちは…。勝手に散策に出たみたいです。すぐに連れ戻しますんで見学ができるようになったら連絡ください」

『大丈夫なんですか?』

「いつものことです。まったく、最近はイスズも悪戯っ子になっちゃって困ってますよ。昔は聞き分けがよかったのに」

『あはは、お姉ちゃんは大変ですね』

「ええ、本当ですよ。それじゃ探してきますね」

『はい』

通信を切ってギンガは歩き出す。
一見愚痴っぽく言っているように見えたが、それでも楽しそうだった。



「お子さんたちはそんな感じでしたよ」

仕事がひと段落ついた様子のゲンヤを見つけて、カルタスは苦笑交じりに報告をしていた。

「またか。昔は聞き分けがよかったってのに」

お茶を一口すすって言葉を濁す。

「ギンガちゃんも同じこと言ってましたよ。悪戯っ子になったとも」

「一応笑って許せるレベルの悪戯ばかりだがな。まあアレだ、かまってほしいんだよイスズは。特にギンガにな。最近は陸士訓練校が忙しくてイスズが相手をしてもらえない時間が増えたみたいだから寂しいんだろう。それまではお互いべったりくっついてたからな。スバルが嫉妬するくらいに」

だからスバルがわがままを言ってギンガにかまってもらおうとする時もある。そしてスバルばかりをかまえばイスズが拗ねる。
ナカジマ家のお姉ちゃんは家事に勉強に育児(?)に大忙しだった。

「なるほど。悪戯しつつ甘えてるわけですね」

「ギンガもそういうことは理解してる節があるからあまり叱らないで甘やかすし、ここはそろそろ俺がしっかり叱ってやらんとな」

「そこはやっぱりお父さんの役目なんですね」

「ま、親父はいつも嫌われ役ってこった」

最後に冗談交じりに言って雑談を切り上げる。
迷子の子供を見つけて説教をするという予定ができたのだ。面倒な仕事はさっさと終わらせるに限る。



「ふーむ。空港というより、でっかいデパートみたいな感じだな」

イスズは壁に描かれた空港内の地図を見ながらひとりごちる。
スバルとは別行動をとっているためひとりだった。ギンガの目を盗んでそっと離れるときは一緒だったが、途中から興味がある場所にそれぞれ足を向けていった。
ちなみにイスズがもっている簡易デバイスの通信機能は切ってある。ONにしたら簡単にギンガに見つかってしまうためだ。
イスズはこの広いフィールドでのギンガとの鬼ごっこをどうやって楽しもうか期待に胸を膨らませていた。

「この身長だと地図の上の方が見えない…」

自分が行きたい場所で、なおかつギンガもすぐに気付いてくれる場所を探す為に地図でめぼしい場所を探していたが、地図が大きいために6歳児であるイスズには少々見づらかった。

「もうちょっと下がろう」

そのまま後退していった。

ドン!

「わっ」
「むっ」

後ろを確認していなかったため、たまたまそこを歩いていた人と結構な勢いでぶつかってしまった。

(ん?)

何か違和感を感じたが、すぐに体制を立て直してぶつかった人に向き直る。

「すいません。周りを確認してませんでした。怪我とかありませんか?」

振り返った先には見た目ギンガと同じくらいの年頃で、腰まである銀色の髪を首と共に左右に振っている少女がいた。

「いや、不注意だったのはこちらも同じことだ。気にするな」

見た目は子供なのに空港の警備員の服装で、正規のネームタグも着けているようだった。一瞬「コスプレ?」と頭に浮かんだのは秘密。
だが、それよりも目を引くのは鮮やかな金の左目と、右目を覆う眼帯だった。

「急いでいるので失礼する」

「あ、はい」

颯爽と歩き去る姿を見送る。人ごみの中に消えていく小さな背中を見ながら先ほど感じた違和感が何なのか考え、その身に電流が走ったかのごとくハッとした表情を浮かべる。

姉と同じ感触がしたのだ。戦闘機人である姉と同じ感触が。

ギンガとスバルが母のクローンであり、そして戦闘機人であることは少し前に本人達から聞かされていた。もしかしたら拒絶されるんじゃないかとスバルはビクビクしていたが、スバルの態度に「そんな程度の事をスズが気にすると思ったの!」と逆に怒らせることになったのは今では笑い話となっている。

普通の人なら気付かないような些細な違いだったが、イスズの前世である神陰泉の数少ない特技の中に整体というものがあった。
神陰一刀流の剣術は高い身体能力が求められる。肉体のポテンシャルを最高に保つために筋肉や骨格を整える技術は必須だったのだ。
その経験があったからこそ気づける些細な感触の違いが先ほどぶつかった彼女にはあった。

そう、思い出してみればルーテシアをさらったあの正体不明の女性も同じ感触があったのだ。あの時も身の内に眠る前世の記憶が違和感を発していた。
そして、母が行方不明になる前に追っていた事件は戦闘機人に関係する事件。

ここまで気づいてしまったら、もう彼女の後を追いかけるという選択肢以外は思い浮かばなかった。



彼女が目立つ風体であることが幸いし、人ごみの中でも見失わず追い続けることができた。

やがて関係者以外立ち入り禁止区域に足を踏み入れたが、イスズも躊躇することなく飛び込んだ。本来の警備システムが働いていたらイスズが侵入することはできなかっただろうが、実は彼女が侵入するために空港の警備システムにハッキングが行われており、その隙間を偶然突くことで幸か不幸か追いかけることができたのだった。

そうしてたどり着いたのは貨物室。交通の拠点、空港ともなればありとあらゆるものが集まるのも必然と言える。

密輸品が集まるのもまた必然だった。



眼帯の少女が一つのコンテナの前で足を止める。胸ポケットから取り出した端末でロックを外してコンテナ内に入っていき、しばらくして何かのケースを持ってコンテナから出てきた。

イスズは、何を取り出したのかを見るために別のコンテナの陰から顔をのぞかせようとする。
その時、不注意にも物音を立ててしまう。

「誰だ!」

(しまった)

慌てて身を隠すが後の祭り。

「そこにいるのは分かっている!大人しく出てこい!」

イスズが隠れたコンテナに向かって眼帯の少女は声を張り上げる。イスズはその声に焦りながら思考を巡らす。

(彼女が戦闘機人だって思いこんじゃったけど、間違ってたらどうしよう。確かに一介の警備員が貨物室に来て何かを取り出すのは不審な行為だけど、絶対偽者だって言いきれるほどじゃない。ミッドチルダの就業年齢的に珍しくはあるけどあり得ないことじゃないし、見た目通りの年齢とも限らない。耳とか尻尾を隠してるだけで誰かの使い魔って可能性もあるし…。ああそうだ、使い魔の人間体は普通の人間と違って、元の生物の名残を残すらしいし、さっき感じた違和感もそれに起因するのかもしれない。うわー、どうしようどうしようどうしよう)

「出てこないならこちらから行くぞ」

(ええい、ままよ!)

陰から飛び出すイスズ。

「キミはさっきの…。こんなところへ何の用だ。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」

子供相手と言うことで若干警戒の度合いが低くなった。それに警備員としての体裁も崩れていない。やはり勘違いではないのかと思ってしまうイスズであったが、それでも自分の勘を信じることにした。

「お母さんを…知りませんか?」

「なんだ、迷子か。それなら迷子センターに行けばいいものを…。まあいい、どこではぐれたんだ」

小さく息を吸い込み、決意の眼差しで少女をまっすぐ見つめる。そして聞き逃すことなどないようにハッキリと言葉を発する。

「4年前のゼスト隊壊滅事件から行方不明」

「!?」

その言葉を受けて、明らかな動揺が見て取れた。その反応を見てイスズは自分の勘が正しかったことを確信する。

「お母さん達が追っていたのは戦闘機人に関する事件…。さっきあなたとぶつかったときに感触に違和感がありました。…お姉さんは戦闘機人ですよね?」

「…だとしたら?」

眼帯の少女は動揺から立ち直り、戦闘者としての空気を出し始めていた。ケースを足元に置いて、体制を低くする。いつでも動けるように。

「知ってることを教えてもらう!」

瞬時にセットアップしてローラーブーツで駆け出すイスズ。迎え撃つ眼帯の少女は真っ向から立ち向かう。

「おおおおおぉぉぉぉ!」

右腕に込めた魔力を彼女に叩きつけようとする。この場面において集束解除の術式などは使っていない。ギンガからお下がりの練習用簡易デバイスとはいえ、大の大人を軽く昏倒させることができるくらいの威力がこもった拳だった。

「はっ!」

「がはっ」

瞬時に脱いだ警備員の制服が目隠しとなったため拳を避けられ、さらに懐に入られてひじ打ちをまともにくらって崩れ落ちるイスズ。その脇で、体にフィットしたスーツを隠すように、どこからともなく取り出したコートを羽織る少女。

「筋はいい。だが正直すぎる」

戦うために作られた彼女には通じなかった。ましてや隙をつくこともせずに真正面から突撃してしまったのだ。やっと見つけた手掛かりに気が逸ってしまった所為とはいえ、失策だった。

倒れ伏したイスズの首に手刀を入れ、意識を刈りとる。バリアジャケットも解除されてしまう。

「………ここで眠っていれば直に誰かに見つかるだろう」

ほんの少しの間自分が気絶させた少年の顔を眺めていた眼帯の少女がそうつぶやいて背を向ける。
見られたのは多少不味いが、発見者の口を封じるような命令は下されていないため、これ以上危害を加えるつもりはない。自身の隠し玉を見せたわけでもないため、このまま放置することに決めて、ケースを拾って足早に歩き出す。

あっさりと対処したが、彼女は自分の関わった事件の被害者家族と出会うのは初めての事で、内心では少しばかり動揺していた。
だからイスズが意識を取り戻したのにも気付けなかったのかもしれない。

「げほっ、逃が、さない」

意識は取り戻したものの、ダメージが尾を引いて立ち上がることができない。気付けばかなり離れたところを歩いている。そこでイスズが選択したのは不慣れな直射砲だった。
出来る限り魔力を集束させ、強引に狙いをつけて撃ち放つ。

「なっ!?」

しかし痛みに霞む視界で放った直射砲は、狙いが逸れて彼女が持っていたケースを貫いた。

それは誰も想像しない結末を引き出してしまった。

「くっ、シェルコート!」

ケースの中に収められていたのはレリックと言う名の魔力結晶。ただの魔力弾であればレリックを傷つけることなどできなかっただろうが、曲がりなりにも集束砲、それも手加減なしの全力だった事が災いした。

まず始めに砕けたレリックから大きな魔力爆発が発生する。眼帯の少女はこの時点で、コートから発せられたフィールドで身を守る事に成功する。

「がっ!」

魔力爆発はイスズがいる距離までは及ばなかったが、付随して発生した風に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。なんとか再展開が間に合ったバリアジャケットによってダメージは最小限に抑えられたものの、姉のお下がりのローラーブーツは壊れ、再び意識が朦朧とするほどの衝撃を受けるイスズ。

ここまでならまだ被害は貨物室のみで納まっていただろう。しかし、貨物室に魔力反応燃料が存在したことが災いした。
魔法世界では基本的にクリーンなエネルギーである魔力を用いて動力とするが、魔力だけでは動力が足りない大きな工場では魔力に反応して強いエネルギーを発する魔力反応燃料を使用している。
貨物室にはその魔力反応燃料があった。通常の個人レベルの魔力には反応しないが、レリックが爆発したことにより発生した魔力は個人レベルの範疇を超えており、魔力反応燃料は正しくその存在意義を全うした。


ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!


それはあたかも巨竜の咆哮のような爆音を轟かせ、先ほどの魔力爆発が線香花火だったかのような大爆発を巻き起こした。その炎はまたたく間に空港を覆い、やがて未曾有の大災害へと発展していくことになる。



「く、なんということだ」

原形は既になく、火の海と化した貨物室で煤けた身体を払いながら、身体を起こす戦闘機人の少女。爆発の直前で、自身の能力で床に穴をあけてもぐりこみ、そして全エネルギーを防御に注ぎ込み、なんとか耐えきっていた。
だが、負ったダメージは軽いものではなく、四肢の機能が大幅に低下していた。エネルギーも急激に消耗していた。

「戦闘効率が35%低下している…。シェルコートにも負荷がかかりすぎたか。これは一度調整せねばまともに使用できんな」

一通りのチェックを行い、状況は芳しくないものの基本的な行動には問題がないことまで確認した。

「しかし、任務は失敗。まさかレリックが破壊されるとは…。っ!そうだ、あの少年は!?」

レリックを破壊した、自身の関わった事件の被害者家族である少年の事を思い出す。炎の海の中で、最後に少年が叩きつけられたはずの壁に視線を向ける。

「あれは……!?くそっ!」

思わず少年に向かって駆け出す。視線を向けた先に確かに少年はいた。熱から身を守るフィールド魔法が張られているので少なくとも意識はあり、生きてはいるのだろう。



しかし、少年の右腕があると思しき場所には爆風によって吹き飛ばされたコンテナによって押し潰されていた。



「いや、何をしているのだ私は…」

先ほどいた位置から少年の所まで中ほどの位置で足を止める。今さら駆け寄って何をしようと言うのだと自身を省みる。不審者である自身を追ってきた所為とはいえ、この惨事を招いたのは少年自身だ。
拳を向けられたので迎え撃っただけの事。過去に関わった事件の被害者家族であっても、自分には関係がない。ましてやレリックの回収任務は失敗してしまったのだ。早々に帰るべきだろうと自分に言い聞かせる。

「……私が去る時にオープンチャンネルで救助要請は送っておく。運が良ければ助かるだろう」

これが自身にできる最大限の情けだと割り切って、少年に背を向ける。






(行か、せて…たまる、か)

必死に睨みつけて呟くイスズ。だが、喉からは擦れた音しか出てこなかった。

既に身体のダメージも魔力の消費も尋常ではない。爆発から身を守るために展開した防御魔法は目の前の少女のシェルコートと同等、もしくはそれ以上の防御力を発揮していた。
魔力の消費も激しく、自身が一歩も動けなくなる代わりに、一切の攻撃を防ぐ全方位防御魔法だ。イスズの魔力特性の集束を活かし、一部の隙もないほどに魔力バリアを集束させた絶対防御。それがイスズのオリジナル防御魔法"硬殻卵"だ。

だがまだ未完成だったこの魔法では、己の身を守ることは叶わなかった。

コンテナに潰された右腕を見るイスズ。正直、もう痛みすら感じていない。だが、このまま張り付けられたままでは動くことはできない。それではやっと見つけた母の手掛かりを逃がしてしまう。

追いかけて問い詰めたい。母は無事なのかと、ルーテシアはどこにいるのかと。
"ゼスト隊"という言葉に強い反応を示していたのは間違いない。だから絶対知っているはずなんだ。でもこの身はここから動けない。仮に動けたとしても利き腕である右は使い物にならず、ローラーブーツもない状態ではシューティングアーツは扱えない。

(どうにかしなくちゃ、どうにか、戦う手段を…)

焦る、焦る。そうしている間にも一歩一歩遠ざかっていく戦闘機人の少女唯一の手がり

そうして思いついた手段は後先のことなど一切考慮に入れない尋常ならざる手段だった。



「!?」

周囲の魔力が後方の、少年がいた場所に集まっていく事に気づく。レリックの爆発で巻き散らかされた高濃度の魔力が一点に集束していくのがわかる。その力の膨大さへの恐怖からか、すぐに振り返ることができなかった。

「何が起こっている!?」

だが状況に変化が起こっているのに棒立ちをしているわけにはいかないと意を決して振り返る。


視線の先にはダークブルーの大太刀があった。


少年の左手に握られた、少年の身長とは不相応な長さの刀だった。周囲の魔力を集め、あの刀一本を形作っていた。純魔力だけで構成されているはずなのに、質量を感じるほどに集束されているのがわかる。

「動けぬその身で剣など握ってどうするつもりだ!」

動揺を隠すように、声を張り上げて詰問する。刀一本に込められた魔力の大きさに圧倒されてしまった自分を必死で否定する。右腕が潰されたあの状態では動けない、だから大丈夫だと。

「もちろんあなたと戦うために。……右腕の所為で動けないというのなら、」

―切り捨ててしまえばいい―

左手で握った刀で、二の腕の中ほどから切り裂く。

「―!?」

そして周囲の炎で熱を持ったコンテナに押しつけて、傷口を焼きふさぐ。

「アアアアァァァァァァッ!!!!!」

「お、お前は」

自身の行いとはいえ、尋常ならざる激痛に絶叫を漏らす少年。だが瞳はまっすぐ固定されていた。視線の先の眼帯の少女はもう動揺を隠すことなどできていなかった。

「オオオオオォォォォォ!!!」

そして今度は自身の体に魔力を集束させていく。集束魔力による身体強化。身体能力は飛躍的に向上するが、まだ6歳の幼い体には負担にしかならない強化を行って行く。もう自身の肉体へのダメージなど考慮に入れていなかった。

「お前は一体…」

何をしている、何故そんなことができる、何故そこまでする。そんな思いが言葉にならずに周囲に溶けていく。


「………母さんを、取り戻す為に」

その一言に全ての意思を込めて呟く。


数瞬の空白。その言葉から伝わる意思の重さを、今度は動揺することなく、気圧されることなく受け止める。

「そう、か」

そして構える。事ここに至って、眼帯の少女は始めてその少年の瞳を真正面から見つめた。
これだけの強い思いを前にして、子供だとか、被害者だとか、けが人だとか、そんなものはもう関係がなかった。


「ならば、戦闘機人チンク、全力を持って受けて立とう」

それが武人としての礼儀だ、という思いと共に。


「永全不動八門一派 神陰一刀流 大太刀一刀術 …イスズ・ナカジマ 参るっ!!」

その言葉と同時に、身体強化により高められた脚力で凄まじい速さで距離を詰めてくるイスズ。
そう、イスズがとった手段とは前世の神陰泉の技術を使うというものだった。本格的な鍛錬は行ってはこなかったが、それでもほぼ毎日剣は振り続けてきた。
魔法により強化された肉体と、剣を扱う感覚をその身に刻んだ研鑽、そして前世の記憶を組み合わせることにより、ここに時代も世界も超えた、隻腕の神陰流剣士が生まれていた。本来両手で扱うべき大太刀だが、魔法で強化した握力で何とか成り立たせている。

「させるか!」

近寄らせてなるものかと、周囲に手投げナイフ-スティンガー-を展開し、イスズに向かって射出する。

チンクのIS、ランブルデトネイター。それは自身が触れた金属を任意のタイミングで爆発させる特殊技能だ。
イスズが剣で受けても、紙一重で避けても、爆発させることによりダメージを負わせることができる。イスズの動きを見極め爆発させるタイミングを計る。しかし、

「っ速い!?」

地面と身体がほぼ平行になるくらいに地面すれすれの体勢でさらに加速する事により、スティンガーを避けて爆発のタイミングをとらせないようにするイスズ。

神陰流走法、燕飛。地面すれすれを飛ぶ燕のごとく走る走法であり、体勢が低すぎるため相手が攻撃をし辛くなる。

イスズは、チンクが魔力反応燃料の爆発から逃れるために床に穴をあけた時に、手投げナイフが爆発している様子を見ていたのだ。初見ならば避けることもできなかっただろうが、イスズはチンクの行動を決して見逃していなかった。

想像以上の速度にチンクの次投は間に合わず、イスズの攻撃可能な間合いまで侵入を許す。

「神陰流、昇・旋刃翼!」

低姿勢のまま放てる奥義、昇・旋刃翼。高速で体を横回転させ、低い位置から始まり、斬撃の位置を段々上昇させる技だ。

「くっ」

足首を狙われた一撃目は跳躍することによって避ける。

「シェルコート!」

膝を狙われた二撃目はシェルコートを展開してなんとか逸らす。その間に何とか着地する。爆発の影響でフルスペックでの防御は期待できないものの、身を守るという最低限の機能は保っていた。

「スティンガー!」

腰を狙われた三撃目はバックステップでかわしつつ、スティンガーを投げ放つ。このままでは四撃目は避けられないと判断し、それが来る前に自身への多少のダメージは覚悟して二人の間でスティンガーを爆発させる。

「やったか?、っ上か!」

「おおおおぉぉぉ!!」

爆発の直撃はなんとかかわし、しかも爆風によって大きく跳躍したイスズが左腕に握った大太刀を大きく振りかぶって落下してくる。

大嘴オオハシ!」

「――!」

落下の速度を乗せた上段からの大振りの一閃。着地と共に剣を握った拳ごと床に叩きつける。

しかしチンクは足を半歩引いて半身になってこれを避ける。技後硬直を突く為の紙一重の回避だった。だが、

「なっ!?くあっ!」

振り下ろされた刀が上嘴だというのなら、巻き上がった床の破片や粉じんが下嘴となってチンクに襲いかかる。

そもそも神陰流に技後硬直など存在しない。
通常、刀を振り下ろして、それが相手に避けられた場合、相手の攻撃に対して無防備な状態となる。その状態で攻撃を受ければ負けてしまう、死に体と言える状態だ。
だが神陰流には死に体はない。基本的にどんな技も二段構え。たとえどのような体勢からでも技を放てる不死の連撃。それが新陰流の理念である。

さらに

逆嘴サカハシ!」

今度は振り下ろされた状態から撃つことができる奥義。思い切り振り上げた刀の峰が、破片や粉じんで体勢を乱されたチンクを狙う。

「っ!っっ!!」

振り上げた刀、そして間を置かずに再び振り下ろされた斬撃をなんとかかわすも、体制は崩されていた。

アシユビ!」

「ぐぅっ」

それでもなおかわそうとするが、切っ先だけとはいえチンクの脇腹に始めて刃による傷を残す。始まりは一閃、そして間をおかずに返す刀でくの字に切り裂く斬撃で、負った傷は鳥の足跡の様だった。

先の斬撃により次の回避はほぼ不可能。それでいてなお次の技を繰り出そうとするイスズの姿が目に映る。

チンク自身も、これまでかと瞳を閉じる。

だが、全力を賭しての戦いの中で両者ともに認識の外にあった周囲の炎が二人に牙をむく。


ドオオオオオオオン!!!


最初の爆発ほどではないとはいえ、それでも十分大きな爆発が二人を吹き飛ばす。



「――げほっ、ごほっ、うぐ!、はぁはぁ、どう…なったんだ?」

ごく短い間ではあるが、失っていた意識を取り戻し、先ほど切られた脇腹を押えてなんとか起き上がるチンク。シェルコートの防御はなんとか間に合ったため、ダメージは緩和できていたが、代わりにシェルコートの機能は完全に停止していた。

そしてすぐそばに倒れているイスズを見つける。

「ぁ、ぁぐ、っぅううう!」

そこには全身の痛みに、指一本を動かすこともできず呻くことしかできない姿があった。

イスズも爆発自体は防ぐことができていた。いや、それは防ごうと思って防げたわけではない。集束魔法によって形成した大太刀が限界を迎え、その際に解放された魔力がちょうど爆発から身を守る壁となっていたのだった。

同時に身体強化も解除される。イスズにとっては爆発のダメージよりもこちらの方がより問題だった。

無理な身体強化は、筋肉、骨格、内蔵、そして神経に至るまで、ありとあらゆる部分に深刻のダメージを残していた。医療に精通していないチンクが見ても、もうこれは助からないと判断出来てしまうほどに。

「かあ、さん、おかあさ…ん。はぁ、はぁ」

「何故…ここまでして」

イスズの現状に、一度は戦闘前に振り払ったはずの疑問に襲われるチンク。

「かあさんに、あぐぅっ!、会いたい、から…」

「お前が死んでしまっては元も子もないだろう!」

イスズの言葉に思わず声を張り上げてしまう。

「あぁ、そうだね、…どうしよう」

ただお母さんに会いたいという想いだけがあって後先のことなどなにも考えていなかったと吐露する。イスズの目に涙が浮かんでくる。痛みからではない。ただ、もうどうすればいいのか分からず、迷子の子供のように嗚咽を漏らす。

「うっ、うっ、ぐす」

「………この場所ももう持たない。私は帰らせてもらう」

そうして、余命幾許もないイスズを残して立ち去ろうとするチンク。もうイスズに追う力はない。
周囲の炎に焼かれるの先か、身体強化の代償で心臓が止まるのが先か、そのどちらかでしかなかった。










「気をしっかり持て!意識を手放すな!!」

スカリエッティラボの通路で、イスズに肩を貸しながら歩くチンクの姿があった。

チンクはイスズをラボに連れ帰っていた。
イスズから負わされた傷があるとはいえ、本来ならあらかじめ用意された脱出ルートを通るべきであったが、ラボに設置されている緊急用の転送装置を使って帰還していた。
痕跡が残ってしまうため緊急時以外に使用されることはない装置だが、それを使用したチンク。そうしなければ間に合わないと思ったからだ。

「お前の母の元まであと少しだ!」

「かあ、さん…」

残り少ない命と言うのなら、せめて一目だけでも母の姿を見せてやらなければ、という想いからだった。

チンク自身の傷も軽いものではない。だが、そんなことよりもイスズの方が大事であるかのように一歩一歩、生体サンプルが置かれている区画に近づいていく。



そうして、イスズの意識を繋ぎとめるために絶えず声をかけ続け、クイントの眠る生体ポットの前までたどり着く。

「ほら、見ろ。お前の母は生きている。眠ったままだが、確かに生きている」

霞む視界で、それでもクイントの顔をしっかりと見つめるイスズ。

「おかあさん…。よかった、生きてた。よかった…」

「そうだ、生きていたんだ。お前が無理をせずともいずれ解放されていたかもしれないのにっ」

命を擲ったイスズの対して怒りがこみ上げてくる。

「そう、かもしれない…。そうだね…、すずはばかだね…」

「っ、おい!?」

力を失った身体を必死で支えるチンク。

「でも、さいごにお母さんの無事な姿を見れてよかった…。ありがとうチンクお姉ちゃん●●●●●●●●―――」

「しっかりしろ!っイスズ●●●!」

そうして意識を失って行くイスズ。満足そうな頬笑みを浮かべて。



しかし最後に聞こえてきたのは「あらあらあらチンクちゃん、無断でいったい何してるんですか~?」という嘲りに満ちた声だった。






---あとがき---

イスズに訪れた人生最大の危機。………完全に自爆です。
始めて戦闘描写を書きました。うまく伝わっていると良いですけど…。

あとお知らせです。
すいません、週一更新を目指していましたが、ネットが繋がらない場所に引っ越すことになりました。
ですので次の更新はちょっと遅くなりそうです。



[24600] デュアルレリックウェポン
Name: 龍咲◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2012/04/29 12:43
「ん…」

眠りから解放され、ゆっくりと瞼を開く。それでも意識はまだ目覚めていないのか、しばらくの間ぼうっと正面を見つめ続けていた。
最低限の明かりだけの薄暗い室内。部屋の隅や壁を覆っているのは何かよくわからないコードやパイプ。
簡易ベッドに何かのコンソール。そのコンソールにつながっている生体ポットにイスズはいた。

「…えっ!?」

ようやく意識がハッキリとして、自分の状況に気付く。
イスズは生体ポットの中でゆらゆらと浮かんでいた。ポット内は水のようなものに満たされているが、息ができなくても苦しくは感じない。服は身体にフィットしたラバースーツのようなものを着せられていて、下はスパッツのような形になっていた。
あたりを見回しながら意識を失う前に感じていた断続的な身体の痛みが感じなくっていることにも気付く。

「身体強化魔法の反作用が消えてる?それに…」

自ら切り捨てたはずの右腕が存在していた。

グーとパーを繰り返したり指を一本一本曲げたり伸ばしたりで感触を確認する。
義手などではなく見た目は生身で、感覚もしっかりとあった。ちゃんと思い通りに動き、以前より鋭敏になった気さえする。

「どうなってるの?」

もう一度辺りを見回す。再度確認してみると、今の自分の状況が意識を失う直前に見ていた光景と重なることに気付く。
そう、クイントと同じように生体ポットに入っているのだ。
そうして大事なことを思い出す。

「っ!そうだ母さん!母さんはどこ!?」

自分が収められている生体ポットに薄暗い部屋の感じ。ここは意識を失う直前にいた場所と同じ場所に間違いない。今いる部屋には他の生体ポットはないが、同じ施設内に母さんはいるはずだ。母さんを助け出さないと!とイスズはポットから出る手段を探し始める。

しかし、蹴ろうが殴ろうが頭突きをしようが一向にヒビも入らない。何より身体を包む水の所為で全力が揮えていない。しかし外に音が漏れていないのか誰かが訪れる様子もない。

「なりふりかまっていられない。こうなったら魔法を使って思いっきり壊してやる」

そう言って瞳を閉じて右拳を強く握る。足元にダークブルーのベルカ式魔法陣が描かれ、イスズの右腕にいくつもの光の帯が生まれる。それぞれ"硬化"、"重撃"、"加速"、"集束"などの意味を持ったそれが幾重にも浮かび上がる。

「ナックルブレイカー!!」

ドゴァガシャァァァン!!バシャーーーー!

イスズの魔力資質である集束技能を活かした重撃の一撃。超高速で振りぬかれた右腕は生体ポットの側面を砕き、イスズの身を包んでいた水も流れ出す。

「よし……なんかすごく威力があった気がする。ナックルも着けてない素手なのに…」

ポットから出ながら傷一つない右手を見つめる。水から出たことで気付いたが、腕が以前より重たくなっている気がする。いや、腕だけではない。四肢も身体も僅かどころではなく重くなっている。

「うーん、どうなってるんだろうこれ?…それにしてもこの服はちょっと恥ずかしいな」

頭をひねってみても答えは出ない。仕方ないのでそれは保留にしてバリアジャケットを構成する。デバイスがないため構成が若干甘いがぴったりフィットのスーツでいるよりはましだった。
下は白地のロングパンツに足首から膝まで覆っている青いレッグアーマー、上は白地のアンダーウェアに青い胸当て。羽織っているのがゲンヤが着ていた甚平を模したジャケットになっている点を除けばギンガのリカラーのバリアジャケットだ。

「よしっと。さて、母さんはどこだ?」

部屋から出て駆け足で移動する。身体の感じが変わっているせいか時々バランスを崩してしまうが、脚力が強くなっているのか随分早く走ることができるうえ、全然息が切れない。

ここまで来るとイスズもなんとなく身体の変化の理由に予想がついた。見た目以上の膂力と体重、そして少々の事では息切れもしない体力には身近なところで心当たりがあった。姉二人の身体とよく似ているのだ。
足を止めないまま左手で右腕を触ってみる。二の腕、肘、腕、手の平、指。今度は右手で左腕を触り、それが済んだら今度は全身を触ってみる。

「血管でも神経でもないコードみたいな感触、筋肉も骨も感じが全然違う。体重なんかは明らかに重くなってる。これってやっぱり…」

「あら~、ご自分で気付かれましたぁ?」

「誰!?」

背後から聞こえた声に振り返りながら瞬時に構えをとる。身体を調べながらでも周囲の警戒は怠っていなかったのに、まるで突然姿を現したかのように彼女はいた。
身体にフィットしたラバースーツに白衣を羽織り、左右で適当に束ねられた髪にメガネをした女性だった。首元にはローマ数字で4と書かれている。チンクにも同じ場所に5と記述されていたのを思い出す。ラバースーツの形状からして彼女も戦闘機人の可能性が高いと一瞬で予測をつける。

「あなたの身体を直してあげたクアットロで~す。勝手に逃げ出しては困りますよぉ?まだイスズちゃんの身体は調整が終わってないんですから。と言ってもぉ、どう調整するのが正しいのか自体もわかってないんですけどねぇ?」

「っ戦闘機人の制作者か!?スズの身体を機人に変えたのはお前なんだな!?」

自身で気付いた通り、イスズの身体には機人化の処置が施されていた。左腕と両足は一部筋肉や骨に機械と融合した人工の物と置き換えられ、右腕に関しては別人の腕を移植されていた。
鼓動や肺活量にも違和感を感じるので心臓や肺もいじられているのは間違いない。

「私が手掛けたのはあなたが初めてですから堂々と"制作者"と名乗れないかもしれませんけど、そういう認識でだいたい間違いないです~。ところで、イスズちゃんはこれから何をするつもりなんですか?」

「決まってる。母さんを探して連れ帰る」

そう言って足元にベルカ式の魔法陣を浮かび上がらせる。デバイスの補助がないので術の展開が遅いこともあるが、クアットロは焦りの色を全く見せない。むしろ興味深そうに観察しているといった感じだ。不審に思いつつも右腕に先ほど生体ポットを破壊した魔法と同じ魔法を纏った。
踏み出そうとしたところでクアットロがふっと笑みをもらし呟く。

「IS シルバーカーテン解除」

「っ!?」

その言葉と共にイスズの目の前にカプセル型のロボット、ガジェットドローンが現れる。いや、姿が隠されていただけで初めから存在していたのだ。目の前だけではない、イスズの周囲を完全に囲むようにそれらはいた。
イスズが圧倒されている間にガジェットドローンからフィールド魔法が発せられる。

「な、魔法が!?」

アンチマギリンクフィールド、通称AMF。魔力結合を解除するフィールド魔法で、難易度としては高度な部類に入る。この魔法への対策は、物理事象で迎え撃つ、魔力結合を解除する力以上の高出力で対抗するなど、他にもある程度手段はあるがこの時点ではイスズの魔法はなすすべもなく雲散霧消となってしまった。

「ダメですよぉ。あなたは私の大切な最高傑作モルモットなんですからぁ勝手にここを立ち去ることは許しません。勝手な行動をするとぉ、あなたの大切なお母様が二度と覚めない眠りにつかもしれませんよぉ?」

「ど、どういうことだよっ!」

魔法をかき消された困惑も捨てきれないまま、ガジェットドローンの向こう側で得意げに見下してくるクアットロに向かって精一杯の虚勢を張る。しかし母の身柄を引き合いに出された影響は色濃く、動揺は隠し切れていない。

「要するに人質です。あなたの勝手な行動は、即あなたのお母様の命につながることをよ~く理解してくださいねぇ?それにさっきも言いましたけど、あなたの身体は調整が必要なんです。無理せずに私の言うことを聞いた方があなたにとっても、お母様にとってもいいですよぉ?」

「くっ…」

今この状況でこれ以上の抵抗は不可能なのは明白で、そこで無理に逆らっても母に危険が及ぶという八方ふさがりであると突きつけられ、イスズは悔しさに歯をかみしめながら拳を下げる。

「は~い、わかってくれたみたいでうれしいです~。さ、こちらについていらっしゃ~い」

クアットロが踵を返し歩き出す。イスズを囲っていたガジェットは道を開いたため、イスズは黙って後を追う。数体はそのままイスズに付いていき、牽制のため継続してAMFを発生させていた。



「さ、ジャケットを解除してこの中に入ってください」

クアットロに連れられた部屋で再び生体ポットに入るように促される。先ほどとは違う部屋のようだが、設備はほぼ同じだった。
ポットが開かれ、片足を踏み入れた時点でその部屋に第三者が現れた。

「クアットロ、急に姿を消したので探し――っイスズ!目が覚めたのか!?」

「あらチンクちゃん、来ちゃったんですか~」

「チンク?」

そのままの格好で部屋の入口の方へ振り返る。そこには驚きと共に確かな喜びを含んだ表情のチンクが立っていた。
対してイスズは複雑な表情を浮かべる。
臨海空港で刃を交えた敵であったはずなのだが、死に瀕した自分を母の元まで連れて行ってくれた恩人でもある。正直どういった態度をとればいいのか判断がつかない。
そんなイスズの内心をよそにチンクは驚きをなくした、つまり喜びのみの表情を浮かべイスズに駆け寄る。

「身体の調子はどうだ?痛むところや違和感のあるところはないか?気分は悪くないか?」

「え、あ、いや、すこぶる好調だけど…」

身体のいたるところをさすられつつ矢継ぎ早に聞いてくるチンクにたじたじになるイスズ。おもわずクアットロに助けを求める視線を向ける。

「うふふ、チンクちゃん、イスズちゃんが困ってるみたいですからその辺で~。目覚めたてのイスズちゃんからしたらその行動は意味不明ですよ」

「…む、まだ話してなかったのか」

「ええ」

「えっと、何の話?」

身体に触れるのは止めたが、イスズのそばから離れようとしないチンク。それはイスズの知らないところに理由があるようだった。

「とりあえずポットの中にお入りなさい。説明はそこでしますから。ほら、チンクちゃんも離れて離れて」

「う、うむ」

クアットロに促されてチンクはしぶしぶイスズから離れる。イスズは生体ポットの中に入り、やがて中は調整のための特殊な水で満たされる。目覚めたときもそうだったが、特殊な水から直接酸素を取り込めるようで問題なく息ができていた。
クアットロは水が満たされたのを確認し、手元のコンソールを操作していく。

「……αコアは正常稼働。βコアは最低限の機能を残してスリープ状態ですけど機体システムに問題なし。重心の調整をする必要がありますけどそれ以外に目立った不具合は今のところないですわね~」

中空にいくつものモニターを表示させつつイスズの状態を把握していくクアットロ。

「拒絶反応やエネルギー暴走の心配は?」

「さっき一度魔法を使ったみたいですけど異常は出てないみたいです~。どうやら安定したみたいです」

「えーと…どういうこと」

状況がつかめず首を傾げるしかないイスズ。クアットロが表示したモニター上のパラメータを見て漸く安心したらしいチンクがイスズの顔を見て説明を始める。

「お前の身体には戦闘機人化の処置が施されている」

「それは、うん、気付いてる」

「機人化、ようするに肉体と機械の融合を行う場合、通常は生まれる前から調整を行う。そうでなければ拒絶反応などの問題が起こりうまく適合できないからだ」

「生まれる前って…」

その言葉にイスズが驚く。生まれる前から調整しなければならない機人化の処置。
それをイスズは受けたという。しかしイスズは母のお腹から産まれた機人化の調整など何も行われていないはずの子供だった。
ならば何故今無事なんだという疑問が浮かぶ。
その表情を見て、クアットロがモニターにとある記録を表示させる。

「魔力エネルギーの暴走で重篤状態になること8回。拒絶反応に起因する心停止7回。重要臓器の移植が計4回。内、適合率が低かったため2回が心臓の入れ替え。大きなところではそんなところですね~。あ、一番最初の機人化の手術中に3回ほど心停止してましたから2ケタ突破です~」

そんな風に、さらっと死にかけていた事実をさらすクアットロ。面白がってすらいるようだった。

「…………えっと、よく生きてたね…」

「本当にな」

あまりの内容にどこか他人事のように答えるしかないイスズ。表情もどこか虚ろだ。
チンクはイスズが危険な状態に陥るたびに一喜一憂し続けて今日までおよそ半年。その間生死の狭間を行ったり来たりしている様をずっと見続けてきたのだ。ようやく目を覚ましたイスズに対して必要以上に心配してしまうのも仕方がないというものだった。すっかり情が移ってしまっていたようだ。

「とりあえずイスズちゃんに行った処置の説明をしていきますね~」

イスズの様子を露ほども気にせずクアットロは自慢げに語りだす。



イスズが、眠るクイントの前で傷と失血で気を失うと同時にその場所に訪れたクアットロ。チンクの無断行動を咎めるために足を運んだのだが、当のチンクが血まみれの子供を抱いて取り乱し、あまつさえ「この子を助けられないか!?」と懇願してくる始末。
今は何を言っても無駄と悟り、片足どころか身体の半分以上を棺桶に突っ込んでいるとしか思えない状態の子供に目を向ける。
はっきり言ってしまえば助けるのは気が進まなかった。この子の母親を生体サンプルとして連れ去ったこちらのことを恨んでいる可能性があるからだ。
しかし、この場に来るまでの数分の間に見たこの少年とチンクの戦闘ログを思い返す。たった6歳の子供が戦闘機人を圧倒していたのだ。チンクだって稼働歴は短くなく、戦闘経験だって豊富だ。AMFの影響下であったとはいえ、4年前の時点でSランク騎士を打ち倒すほどの実力を持っていたはずだ。だというのに、この少年は最終的には火災に邪魔されて引き分け気味だったものの、チンクに傷を負わせるという成果を残している。いや、あの爆発がなければ集束魔力の刀が崩壊する前にチンクに止めをさせていたかもしれない。
それを考えるとこの少年は研究材料としてとても興味深い。さすがにここまでの状態だと厳しいかもしれないが出来るだけの手は尽くしてみようと思いなおした。

そこからの行動は迅速で急ぎ処置室に運び込んだが、その時点で既に心停止をしてしまっていた。まずは死にかけの身体を起こさなければならなかったためレリックとリンカーコアを融合させ、コアから発生する強力な魔力でなんとか生命活動を取り戻させることに成功した。出力は安定しなかったのだが、そもそもレリック適性がそれほど高くないというのに、リンカーコアとの融合が成功しただけでも僥倖だった。

次に処置を行ったのは最も損傷が激しかった臓器、心臓だ。なんとか鼓動は取り戻したものの、次の瞬間にも止まりそうな弱い鼓動でしかなかった。イスズの集束身体強化魔法は筋肉や神経だけではなく、心臓にも行われていた影響だった。
その損傷具合に、心臓に治療を施すのは諦める。イスズを一旦人工心肺装置につなげて、心臓とそれと同じく損傷していた肺を切除して、とある別の戦闘機人の予備の臓器を移植する。予備、と言うと若干語弊があるかもしれない。
ナンバーズ同士のフィードバックや、より機能を高めるための調整を行う際、戦闘機人本体に対して処置を行う前に一旦クローン培養した四肢や臓器にその処置を施し、それが有効かを見ている。イスズに移植されたのはその中の一つだった。移植自体はうまくいったのだが、ここで問題点に気づくクアットロ。

移植された臓器を正常に機能させるためには戦闘機人の動力エネルギーが必要なのだ。

管理局は研究しきれていない為気付いていないが、実はレリックには二つの系統がある。リンカーコアと融合させることで機能する魔力上昇や強化を行うタイプ。こちらはα型と呼称している。それとは別に、正しく起動させれば単独で魔力とは別系統のエネルギーを発するβ型と呼称されるものがある。
戦闘機人に用いられているのはβ型のレリックで、ベルカの戦乱期にもともとリンカーコアを持っていない人間を戦力にするために開発されたエネルギーコア装置だ。
α型は元々リンカーコアを有する魔導師、騎士を強化するために開発された補助装置である。

イスズには既にα型のレリックを使用している。しかし心臓を正常に動かす為にはβ型のレリックを使用する必要がある。しかし二種のレリックを同時に使用して、正常に機能した例は存在していない。

悩んだのはほんの数秒。死なれるのは惜しいが、ダメで元々なのだ。このまま放っておけばこの子は死ぬしかない。それならばやるだけやってみようとβ型のレリックもイスズに埋め込んだ。肉体とクローニング心臓の相性は血縁●●の関係ですぐに拒絶反応がでることはなかったが、β型レリックと肉体が適合できなかったり、肉体とβ型レリックがなんとか均衡が取れてもα型レリックと適合不良を起こして、使用するレリックを変えること数度。肉体的の限界が近づき、もうだめかと思った最後の最後で奇跡的にαコア、βコア共になんとか安定して機能させることに成功する。
そしてそこから脳、左腕、両足に対して処置を施していく。血管、骨、筋肉、神経。損傷していたものはほとんど戦闘機人用の人工物に置き換えた。処置が終わってから、一度四肢を切り落として代わりの四肢を移植した方が早かったのではないかと気付くも、まあやっちゃったものは仕方がないと最後の右腕に取り掛かる。
こちらも心臓と同じく予備の右腕を移植する。イスズの体のサイズと一致する唯一の腕は、クアットロの趣味で様々な実験的機能が搭載されているものだったが、かまわず移植した。

そうして一通りの処置が終了する。身体のほぼ半分以上が機人でレリックが2つも埋め込まれた兵器が完成したのだった。もちろん本日目覚めるまでの半年の間に、数々の不具合が発生し、再手術を繰り返してきた。



「…………えっと、ホントありがとうございます…。ご苦労をかけまして…」

クアットロ達が犯罪組織の戦闘機人であるとか、先ほど母の事を人質として使われた件を忘れたわけではないが、それでも思わず敬語で礼を言ってしまった。話を聞く限りでもかなり大変だったことは疑いようがない。
生体ポット中でぷかぷか浮きながらではあるものの、手足をそろえて頭を下げていた。

「まあ、後半はこちらも半分意地のようなものだったんですけどねぇ」

対するクアットロも苦笑で返す。二種のレリックを同時に保有するという極めて珍しい実験体だという理由はあるものの、それでも結果的に真面目に人命救助をしてしまった自らの行動を、後悔しているわけではないが、柄ではないと思う。

「それ以外に自分の身体が機人化されたことについて我らに何かないか?」

先ほどまでクアットロによる説明を傍らで聞いているだけだったチンクが、やや硬い表情でイスズに尋ねる。
問われたイスズはチンクがどんな答えを期待しているのかわからず首をひねる。

「う~~ん…?あー、治療費はいくら?とか」

「いや、そうではなく…」

何やら力が抜けたのか、チンクはかくんと肩を落とす。傍らのクアットロは声を押し殺して笑っていた。まさかそんな俗っぽい質問が来るとは思っていなかった。

「???」

「いや、だから勝手にお前の身体を弄った我らに怒りや恨みの感情は抱いていないかと尋ねているんだ」

直接弄ったのはクアットロのみだが、チンクはクアットロにイスズを救ってほしいと頼んだという事実があるため、イスズの身体が機人化してしまったことについて責任を感じている。

「あーー……。そういった負の気持ちは抱いてないかな?逆に恩を感じるくらいで」

何故?と言う表情を浮かべるチンクに対してイスズは自分の感じたことをそのまま伝える事にする。

とりあえず自分の身体がどうなっているのかという事実については素直に受け入れていた。もう既に処置を受けた後だから受け入れる・受け入れないとかそういう段階ではないというのもあるが、そうしなければ確実に死んでいたのは自分でもわかっているのだ。それだけの負荷を身体にかけていたことは自分が一番知っている。それに敬愛するギンガと、それほど敬ってはいないが家族として愛してはいるスバルだって戦闘機人なのだ。自分の身体がそうなったところで、「わー、お姉ちゃんと同じだー」という感想がでてくるくらいだ。たしかに"親が産んでくれたこの体に傷をつけてしまった"という思いはなくはないものの、"親より先に死ぬ"以上に親不幸なことなど存在しないだろうと思う。
といった感じにチンクに対してイスズは語った。

「いや、しかしだな…」

「まあまあチンクちゃん、イスズちゃん本人がいいって言ってるんだからそれでいいじゃないですかぁ。さて、重心調整もサンプリングも一通り終わりましたから出てきていいですよ~」

なおも気にするチンクの気勢をそいで、クアットロはコンソールを操作しイスズを生体ポットから出るように促す。同時にチンクに対して念話で伝える。

(恩を感じてるって言うんだから、わざわざ私達に反感を抱けって言うことないじゃないですか~。レリック二つを埋め込んで正常に稼働する貴重な実験体であるイスズちゃんをここから自由にするわけにはいかないんですよ?嫌われないに越したことはありませんよぉ)

(…そう、だな。感情的になっていたようだ)

二人の内緒話には気付かず、生体ポットから出てきて左手を胸に当てて鼓動を確認しつつ右腕をぐるぐる回しながら、ふと思い出したように問いかける。

「ところで、心臓とか右腕はとある戦闘機人の予備?を移植したって話だけど、血縁がどうとか言ってなかった?それってどういうこと?」

話の中で気になっていた事について質問をする。移植された腕は一体誰のものか、血縁とはどういうことか。

「ああ、それはこの子のことですよ~」

そう言ってクアットロは中空にモニターを表示させる。その中には先ほどまでのイスズと同じように生体ポットの中で眠る赤毛の少女の姿が映っていた。クアットロやチンクが着ているラバースーツと同じものを着て首には9を意味する文字が印されていた。

「これは―、スゥ姉に似てる…?」

「ナンバーズ9番、ノーヴェ。お前の母親の遺伝子情報を元にしたクローン培養の戦闘機人だ」

「遺伝子上は一応親子関係なので拒絶反応はでませんでした~。まだ調整中なんで目覚めていませんけど、生まれたのはイスズちゃんよりも早いはずですよ」

4年前のゼスト隊壊滅事件の際にクイントは連れ去られていたが、ノーヴェの誕生はそれには関係していない。その数年前からクイントの遺伝子情報は手に入れていた。スカリエッティとは別系統の技術で作られたギンガとスバルの存在を知ったスカリエッティが、同じ遺伝子を元にして生み出したのがノーヴェだ。誕生はイスズよりも早く、スバルよりも遅い。

「……お姉ちゃんってことになるのかな」

「叔母って見方もありますけどぉ?」

「………お姉ちゃんってことで」

「まあ呼び方はお好きにどうぞ」






「ま、今日はこんなところでしょう。明日からは色々実験に付き合ってもらいますよ~。それではチンクちゃん、後の事はお願いしますね~」

「了解した」

「え、ちょっと」

それから数十分が経過し現状の説明は終わった。
レリックと言うロストロギアを体内に2つ埋め込むことに唯一成功した貴重な実験体であるということも、母の身柄を盾にされているためここから逃げ出すことは許されないということも理解した。納得はしていないが。

クアットロは少なくとも今日はもう受け答えはするつもりはないらしく、振り向くことなく部屋を去っていった。
イスズとしてはまだまだ聞きたいことはあった。たとえば自分は半年間眠っていたらしいが、あの貨物室での火災はその後どうなったのかとか、父や姉達はどうしているのかとか。

「お前の部屋を用意する。ついてこい」

「あ、うん。チンク、聞きたいことがあるんだけど…」

チンクは案内のためにイスズに付いてくるように促して歩き出した。部屋を出てクアットロが言った方向とは別に歩き始める。
どうやら自分の世話係らしいチンクにその辺りの事を尋ねてみる。

「そうか、お前は眠っていたので知らなかったのだな」

「うん。できれば教えてほしいんだけど」

振り返らずに歩きながら答えるチンク。イスズは付いていきながらその背に問いかける。

「そうだな…。あそこで起こった火災は貨物室だけに納まらなかった。被害は臨海空港全体まで及んだ」

「え――」

あの貨物室での爆発は疑いようもなくイスズが原因で起こったものだ。それで自分が傷つくのはまだいい。それは自業自得なのだから。しかしあの爆発の影響で起こった火災は空港全体に及んだという。人がひしめく交通の拠点、その全体に。
一体どれほどの被害が出たのか想像がつかない。そしてあの場にはギンガも、スバルもいたはずなのだ。最悪の可能性に絶句することしかできなかった。
振り返らずとも声の調子でイスズの心情を察したチンクが慌てて次の言葉を紡ぐ。

「大丈夫だ、落ち着け。あの事故ではたまたま現場にいた優秀な高位魔導師が迅速に救助活動を行ったおかげで人的被害は本当に最小限にすんだんだ」

「………それでも人的被害はあったんだよね」

「…当時の空港の客の中には重傷者も確かに出たが、一番長いものでも全治半年だった。今頃は完治しているはずだ」

事故当時の要救助者に関してはそれで間違いない。後遺症が残るほどの重傷を負った災害特別救助隊の隊員がいたことは話題には出さなかった。

「……死者は?」

「公的には一人だ」

チンクの言葉を聞いた途端イスズはくしゃりと表情をゆがめる。自分が原因で起こしてしまった災害で人が死んでしまった。そのことが受け止めきれず目に涙を浮かべてしまう。
そこでチンクはようやく振り返る。そてして右手の人差し指をイスズに向ける。
「お前が殺した」とでも言うつもりなのだろうかと思ってしまったイスズだが、次にチンクが告げた言葉は予想外のものだった。


「死者はお前だよ」


「………え?」

ぽかんと呆けた表情を浮かべるイスズ。
その顔をみて、「仕方ないな」といった風にため息をつくチンク。

「空港にいたはずの人間の中で、お前だけは当日のうちに見つからなかった。そして事故後の調査中に出火元にほど近い場所でお前の右腕のみが見つかった。爆発の爆風でバラバラに吹き飛ばされているもの多く、辺りはひどく焼け焦げていて、貨物の中にも原形を保っていない物も多かった。さて、その状況を第三者がどう想像するか考えてみろ」

「えっと……」

爆風でバラバラで焼け焦げて原形を保っていない…。ボソボソとチンクから聞かされた言葉を繰り返す。

「爆発で右腕だけがふっとんで身体は燃え尽きた、とか?」

「荒唐無稽ではあるが現場の捜査官もそう判断したらしいな」

「えーと、つまり…」

「イスズがここで生きている以上、現実には死者は0と言うことだ」

「よ、よかった~~」

緊張から解放されて気が抜けたのかイスズは廊下にへたり込む。いや、本当は重傷者がいる時点で良くはないのだが、取り返しがつかないことだけは起きていなかったことは良かったと言えるかもしれない。

「大丈夫か?」

イスズに手を差し伸べるチンク。恥ずかしげに苦笑してチンクの手を握り返して立ち上がる。

「あ、でもそれだとギン姉達が…」

本当のところ自分は死んでいない。しかし現状それを伝える術はなく、公的な記録では死亡となっているらしい。父や姉達がどれほどショックを受けているのか想像もできない。

「確かに公的にはお前は死んだことになっているが、お前の家族は死亡届は出していない。現実を受け入れられないだけなのか、それとも何らかの確信があるのかはわからないがな」

そう言っておきながら、チンクは現実を受け入れていない線はおそらくないのではと言う思いがある。それは逆に、イスズの父であり、そして優秀な捜査官でもあるゲンヤならば、イスズの存命に思い当たる可能性があるということだ。
チンクはイスズを急ぎラボにつれていくために緊急用の転送装置を使用したが、あれはどんな場所からでもラボに跳ぶことができるが、痕跡が残ってしまうという欠点がある。そこに気がついたのではないかと思う。

「…早く帰って無事な姿を見せたいな」

「悪いが自由に行動させるわけにはいかないのでな。辛いとは思うが従ってもらうぞ」

そう言って再び歩き出すチンク。

「ん…」

自分の立場は理解しているものの、そう簡単に割り切ることはできずトボトボとした歩きになってしまう。
足音でその気配を感じ取ったチンクは、仕方ないなこの子はと言った風に振り返って呟いた。

「お前の母の様子でも見ていくか」

「あ……、うん!!」

とたんに足取り軽くなるイスズを見て「全く現金なものだ」と慈愛の成分を含んだ苦笑を浮かべるチンクであった。
















---あとがき---

書きなおし三度。難産だった…。
クアットロって結構動かすのが難しい。
チンクは意外と楽なんですけど、なんかすっげー優しいお姉ちゃんになっていく…。
次回はなるべく早く更新したいところ。

更新遅くなったのはこれと全く関係ない別の短編を書いてたのが原因でもあるんですけどねー。
何やってんだ私は…。
一応XXX版に置いときました。駄文ですけど興味があればどうぞ~。



[24600] 臨海空港 - ギンガサイド -
Name: 龍咲◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2012/05/23 15:18
「イスズぅぅぅぅーーーーーーーー!!!スバルぅぅぅぅーーーーーーーーーー!!」

燃え盛る建物の中を、駆けながら必死で呼びかけ続けるギンガの姿があった。
貨物室から燃え広がった炎はまたたく間に臨海空港全土を包んでいった。その中を避難することなく妹と弟を探す為に駆けずり回っていた。
道中に逃げ遅れた人がいたときには、動ける人には自分の通ってきた安全な道を教え、動けない人にはバリアを張って救助を行っている魔導師に座標を報告していった。その度に「あなたもそこで動かないように」と再三にわたって注意をされたが、イスズ達を誰かに任せて自分だけ逃げることなんてできないと、そのまま捜索を続けていた。
しかし、災害現場という特殊な環境下に、まだ現場を知らない陸士訓練生であるギンガは自分の想像以上に消耗していった。そもそもイスズ達の事が心配で心乱れている状態では魔法の出力も全く安定しなかった。そんな風に必要以上に魔力を消費しているギンガはそろそろ自分に限界が訪れていることは気付き始めた。
それでもイスズ達を見つけるまでは止まれない。あの子たちが自分にかまってほしくて迷子になったりいたずらをするのをギンガは知っている。炎に怯えて泣いているかもしれない、逃げる途中に怪我をして動けないかもしれない。だから、見つけてあげなくちゃいけない。助けてあげなくちゃいけない。少々の危険は気にしない。自分はきっとこんな時のためにこの機械と融合した身体で生まれてきたんだ。そんな思いを抱えて必死に駆け回るギンガ。

ピシピシ――

「えっ?」

だが、ギンガに限界が訪れるより先に建物に限界が訪れた。

「っ!!?キャアァァァーーーーーーー!!」

炎に熱せられて脆くなっていた回廊がガラガラと崩れていき、ギンガはその崩落に巻き込まれていく。吹き抜けになっていた場所で瓦礫と共に空中に投げだされる。焦りからウイングロードを生成することもできず、恐怖で目を閉じたままただ落下していくことしかできなかった。
それを救ったのは金色の閃光だった。落下してくる瓦礫を避け、ギンガをお姫様だっこで抱きとめる。
衝撃が思ったよりも小さかったことに疑問を持ってそっと瞳を開くと、そこには頭の左右で二つに括った美しい金の髪をたなびかせた凛々しい顔の女性がいた。

「大丈夫?」

「は、はい」

気圧されるレベルのすごい美人だった。彼女の名前はフェイト・T・ハラオウン。偶然事故現場近くに居合わせたため救助活動に加わっている時空管理局の執務官だった。
ギンガを抱えたまま出口に向かって飛行を続けていく。

「私はフェイト・T・ハラオウン。このあたりの要救助者のポイントを教えてくれてたのは君かな?」

「あ、はい、そうです」

ギンガの持っていた端末を借りて、「君の名前は?」「ギンガ・ナカジマ陸士候補生です」「じゃあ未来の同僚さんだね」というやり取りの間に彼女が遭遇したポイントとフェイトが確認したポイントの照らし合わせをしていく。

「うん、この人たちは全員無事に外に転送したよ。君で最後だ」

「最後、ですか?他に誰かいませんでしたか」

「うん。この区画には他に反応はないよ」

「……あの、救助された人の中にイスズ・ナカジマ、スバル・ナカジマという名前の人はいませんでしたか?」

不安そうに問いかけるギンガ。彼女が局員の指示に従わずに歩きまわっていたのは、個人的に探している人がいるからだと報告を受けている。

「確認するよ」

飛行スピードを落とすことなく救助者リストを確認していく。何名かの局員が救助活動にあたっているが、その全員がデバイスの情報リンクを行っており、各員が持っている最新の情報を共有している。
その時ちょうど最新情報の更新が行われた。

「いた。スバル・ナカジマ。ついさっき救助されたみたいだよ。怪我も大したことないみたい」

最新欄に【スバル・ナカジマ。11歳女性。軽傷】と表示されていた。

「スバル!よかった」

妹の無事に笑顔を浮かべる。しかしそれは一瞬で陰り、再び不安な感情が表情を埋めていく。

「イスズ、イスズはいないんですか!?」

「………まだ見つかっていないみたいだ」

「―っ!」

リストの全てに目を通し終え、硬い表情で答えるフェイト。
ギンガは俯き唇を噛みしめる。そこに表示された状況を見る限り、空港内の避難や救助はほぼ終了しかけていることがわかる。その中でもイスズが見つかっていないという現状に、最悪の可能性が頭によぎる。

「…降ろしてください」

「え?」

「降ろしてください!私イスズを探しに行きます!!」

そう言ってフェイトの手から逃れようと手足を振って暴れ出す。
ギンガの顔色は蒼白で、瞳には涙が浮かんでいた。

「駄目だよ」

「っ、バインド!?」

フェイトは沈痛な表情を浮かべつつも、ギンガの手足の動きをライトニングバインドで冷静に封じる。

「放して!放してぇぇぇ!!イスズを見つけないと!イスズ!イスズぅぅぅぅ!!!」

魔力を消費しすぎていたせいでバインドブレイクすらできないギンガ。それでも力任せにバインドを破ろうとする。だが曲がりなりにもSランク魔導師であるフェイトのバインドを破ることなどできなかった。

「駄目…、駄目だよ。訓練生ならわかるよね?この状況で君みたいに魔力が尽きかけて、自分の身も守れないような子を自由になんてできないって」

フェイトはギンガに対してどれだけ残酷なこと言っているかはわかっている。だがそれでもここでギンガを離してしまったら、この子は我が身を省みず炎の中に飛び込んでしまうことは目に見えている。心を鬼にしてギンガを拘束するしかなかった。

「でも、でもぉっ!!あの子は私を待ってるんです!!あの子は私にかまってほしくてわざと迷子になってるんです!!!だから私が見つけてあげないといけないんです!!!見つけて、抱きしめて、叱ってあげないといけないんですよぉっ!!!」

半狂乱になって髪を振り乱す。顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「ごめんね…」

バチッ!

「あぅっ!?」

フェイトはこれ以上は危険と判断して、ギンガにスタンの魔法をかけて気絶させる。暴れる子を抱えるフェイト自身の身も危険だが、それ以上にギンガの心の方が危険と判断してのことだった。
この子が次に目覚めるときにはイスズ少年が見つかっていることを願うしかなかった。









「八神一尉!第2区画のA棟、B棟の避難と救助が完了しました!」

「了解!広域魔法で消火活動に取り掛かります!ここの指揮はナカジマ三佐に移譲をお願いします!」

「了解しました!」

「リイン、ユニゾンしてサポートお願い!」

「はいです!」

「「ユニゾン、イン!」」

刻一刻と状況が推移していく火災現場となった臨海空港。時間を追うごとに火の勢いはどんどん大きくなっていく。最も火の勢いが強い第2区画の建物は今にも崩れそうで、もしも崩壊すればいまだ救助活動を行っている別の区画に被害を与える可能性が高い。
別区画の救助はほかの魔導師が行っている。ならば自分はこの建物の崩落を食い止めなければ、と黒い翼を羽ばたかせて空へ向かうのは八神はやて一等陸尉。本局所属の特別捜査官であり、本来は地上の火災現場は管轄外だが、たまたま非番で近くに居たこともあり、ユニゾンデバイスであるリインフォース・ツヴァイと共に救助活動に加わっていた。その中で一番地位が高かったうえ指揮官資格も持っていたので急造の救助隊の指揮をとっていた。先ほどようやく地上部隊のナカジマ三佐が全体の指揮を掌握したため、救助・消火活動に集中できるようになった。
全体が見える位置に付き、現場を見下ろす。炎の激しさからおそらくここが出火元だろうと推測する。

『はやてちゃん、広域走査魔法で生存者がいないか、もう一度確認するです』

「急がず慌てず迅速に見逃しがないように入念に、やな」

『はいです!』

消火対象の建物に広域スキャンを行っていく。一度確認を終えているとはいえ万が一ということもある。消火前にもう一度全体を確認していく。
走査対象は生命反応だけではない。建物内の各柱の強度や崩落具合、魔力濃度や転送魔法の痕跡などさまざまなデータがスキャン結果として表示される。はやてが消火に使用するのは広範囲氷結魔法であるアーテム・デス・アイセス。力任せに凍らせればいいわけではなく、建物の脆くなっている場所を考慮して凍らせる順番や出力を調整しなければならないのだ。
それと平行して救助を行った魔導師から報告されていた要救助者発見ポイントや転送位置などの記録と照らし合わせていく。

「ん?」

『どうかしたですか?』

「いや、救助記録にない転送反応の痕跡があってな。うーんと、ここは貨物室?救助活動開始の段階の走査魔法でも人が居た記録はないんやけど…」

『転送魔法が使える一般の方はいるですよ?転送予測時間を見ると火災直後みたいですし、自力で避難したんじゃないですか?』

管理局に就職しない人の中にもそれなりに魔法を習得している人は珍しくない。転送魔法ともなると、仮に習得していても使用にはさまざま制限があるためあまり実用性はないが、それでもまったくいないわけではない。その可能性があるのでリインは大して気にしていなかったが、はやてはどうしても気になって詳細なスキャン結果を表示させた。

「それはそうなんやけど、この痕跡から見るにけっこう遠くに飛んだっぽいんよ。ほらこの検出された空間歪曲の数値見てみ?」

『うーん、確かにただ建物外に避難するにしては大きすぎるですね』

少し考え込むそぶりを見せるはやて。
―出火元と思しき地点
――記録にない長距離の転送反応
―――救助開始の段階にはすでに人が居なかった貨物室
しかしすぐ頭を切り替える。

「データの検証はあとからにしとこか。まずは消火を最優先や」

『はいです!』

その後は消火活動に注力した八神はやて。
いくつかの区画の消火を行った段階で本来の地上部隊が登場し、ようやく火災事故は収束に向かっていったのだった。








事故現場にほど近い位置にある病院。事故から1日が過ぎて前日の混雑はある程度収束し、平常通りの雰囲気を取り戻し始めていた。
その一室でうなされながら眠るギンガ。魔力の消耗と心労の所為で、大きな怪我はないものの事故から1日経過した今もまだ目覚めていない。
部屋には妹のスバルと、特別な身体である二人の担当であるマリエル・アテンザ本局技術官がギンガを見守っていた。スバルとギンガの身体はいろいろな機密にも関わることもあり、治療担当としてマリエルが呼ばれていた。
スバルは不安そうな顔でギンガの汗を拭いていた。

「イスズッ!!!」

「うわわ!?」

目を見開いた途端、自分に掛けられていた布団を吹き飛ばして起き上がるギンガ。ギンガが起きるのを傍らで待っていたスバルは、その突然の行動に驚いて椅子から転げ落ちる。

「ギンガ、大丈夫?」

「え?あれ?マリーさん?」

キョトンとした顔できょろきょろとあたりを見渡すギンガ。見たところ病院の一室、それも個室のようだ。

「あいたたた……」

スバルがギンガの寝ているベットの縁に手をかけて椅子に座り直す。

「スバル…?ここは…病院?」

前後の記憶がはっきりしなくて何故自分がこんなところにいるのかわからなかった。
だが段々と思い出していく。臨海空港に訪れていたこと、火災に巻き込まれたこと、そしてイスズがまだ見つかっていないことも。

「っ!イスズ!イスズは!?」

「それは…」

「うう…」

マリエルは苦い表情で目をそらし、スバルは目に涙を浮かべる。その様子を見て、状況は好転していないことを悟る。

「――探しに行きます!」

「待って!」

ベッドを跳び下りて駆け出そうとするギンガの肩を掴んで止めるマリエル。

「放してください!イスズを探してあげないといけないんです!あの子は私を待ってるんです!」

「違う、違うの!イスズくんはもう見つかってるの!!」

「……え?」

「見つかった」というマリエルの顔は悲痛に満ちていた。スバルは涙をぽろぽろ流しながらギンガの手をぎゅっと握る。それはとても良い知らせには思えなかった。



「ギンガが眠っている間に火も収まって、今は出火原因の調査の段階に入ってるの…」

マリエルの言葉を顔を伏せたまま聞くギンガ。マリエルの「イスズは見つかっている」という言葉の意味が咀嚼しきれず、促されるがままにベッドに腰掛けていた。スバルは既にこの先の話を知っているのか、ギンガの肩に顔をうずめて嗚咽を必死に耐えているようだった。
話の続きを聞くのが怖い。出来ることならば耳を塞いでいたい。でもイスズのことを知りたい。二つの思いに挟まれてギンガは身動きが取れなくなっていた。結果としてマリエルの話を大人しく聞くしかできなかった。

「最初に調査を行ったのは出火元と思われる貨物室。そこでね、5歳前後の子供の腕が発見されたの…」

目元に涙がたまり始め、後半の言葉は段々と涙声が混じり始めていた。

「う…で?」

「――っ」

『うで』?『うで』ってなんだろう?
ギンガは言葉の意味が理解できなくなっていた。いや、心が必死に理解することを拒んでいた。
声を上げずにぼろぼろと涙をこぼすスバルの頭を優しくなでるギンガ。スバルが何故泣いているのかわからない。わからない。わかっちゃいけない。わかりたくない!聞きたくない!!

「その周辺はかなり高温で燃焼したみたいでそれ以外の身体の部位は発見できなかったの。見つかった右腕自体もかなり損傷していたみたいだし…」

「――ァ、ァァ」

ダメ!ダメぇ!!これ以上はいやだ!

「事故当時空港にいたとされる人物の中で唯一行方不明になっている人の年代と一致してるの。そして今朝DNA鑑定で―」

「いやぁっ!それ以上言わないでぇぇぇ!!」

「―イスズくんのものだって特定されたの」


「ぁ、ぁあ、ぁあっ、ぅぁああああアアアアアああああああああアアアアアアアああぁぁぁぁああああァァあああああああァァァァァ!!!!!」


それは病院中に響く絶叫だった。嘆き、悲しみ、絶望、ありとあらゆる哀しみの感情がギンガの中で爆発していた。
何故見つけてあげられなかったのだろう?何故目を離してしまったのだろう?何故空港に来てしまったのだろう?何故もっとかまってあげられなかったのだろう?後悔の渦がギンガに襲いかかる。

それからギンガは丸一日泣きはらした。初めのうちはスバルも一緒に泣いていたが、ギンガの尋常ではない悲しみ方に圧倒され、逆にギンガが心配になって泣くに泣けなくなくなっていた。だがギンガはその次の日も泣いて過ごし、次の一日は泣き疲れて眠り、その次の日は再び泣いて過ごした。翌朝になると涙も枯れて、マリエルやスバルの呼びかけにも答えなくなり、心を閉ざしてしまった。
姉としてイスズを想う気持ちが強すぎたため、その責任感に押しつぶされてしまっていた。

憔悴したギンガにどうすることもできなくなってしまったマリエルとスバル。病院の個室のベッドの上で膝を抱えるギンガを見ていることしかできなかった。
そこによれよれになった陸士服を来たゲンヤが訪れる。実はゲンヤは事故が起きてから一度もスバル達を見舞っていなかった。スバルは涙目になって「何度も呼んだのにどうしてきてくれなかったの!?」と抗議し、マリエルも視線に濃い避難の色を含ませていた。
二人の抗議に「悪い…」とだけ返し、急ぎギンガに向き合う。

「ギンガ、おいギンガ!こっちを見ろ」

「………」

ゲンヤの呼びかけにも反応せず、膝に顔をうずめたままのギンガ。

「こりゃあ、聞いてた以上に重症だな…」

「三佐が放っておくからですよ!一体今まで何をしていたんですか!?」

頭をかきむしるゲンヤに詰め寄るマリエル。ゲンヤが管理局の左官であり、しかも火災発生初期から事故現場にいたこともあって、ずっと調査にかかりきりであったことは所属が違うとはいえ同じ管理局員であるマリエルにも予想がつく。しかしだからと言って娘がここまで落ち込むまで顔を出さないというのは納得がいかなかった。

「悪い、どうしても調べなきゃならないことがあってな」

「ギンガ以上に大切なことが―」

「とにかく聞いてくれ」

熱くなりかけていたマリエルを留める。そしてもう一度ギンガと向き合って真剣な表情で語りかける。

「ギンガ、よく聞くんだ。……イスズは生きている可能性がある」

「「え?」」

「―――――――っ…」

マリエルとスバルは驚きの声を上げ、ギンガは僅かな空白を空けて僅かに反応した。

「正直に言えばこれは憶測の域をでてねぇ。だがそれでもイスズが生きている可能性はゼロじゃねぇんだ」

「お父さん、どういうこと?だって見つかった腕はイスズのものだったんだよね?」

まだ十分な反応が返せないギンガの代わりにスバルが父に尋ねる。スバル自身も受け入れたくない現実を思い出して声が震えている。

「ああ。見つかったのは確かにイスズの腕だった。それは間違いない。だが、肝心の身体はどこに行った?いくら激しく燃えたからって人間の身体はそんな簡単に燃え尽きたりしねぇ。だから瓦礫をかき分けて探したさ。だがイスズは見つからなかった。血痕や破損したローラーブーツが見つかってもイスズだけはいくら探しても見つけられなかった」

「…どこかへ逃げのびてるってことですか?でも腕をなくした子供が救助された記録なんてありませんでしたよ?」

それだけで希望に縋るには弱い。生きていればいいと望んでいるが、下手な希望は余計にギンガを苦しめるだけにしか思えないマリエルはその可能性を否定する。

「わかってる。まだ理由はあるんだ。俺たちの部隊が臨海空港に出向いた本来の仕事は別件で見つかった禁制品の密輸ルートの捜索だったんだ。交通の拠点である空港は密輸入の拠点になることがある。何の変哲もない普通の取引に見せかけて裏でヤバイ物をまわしてるケースはままあるんだ。木を隠すなら森の中ってな。
そして今回の火災が空港全体にまで及んだ原因とも言える魔力反応燃料の爆発。これがおかしい。あれは個人レベルの魔力で反応するような代物じゃねぇ。大企業が持ってる巨大な魔力炉と合わせて始めてエネルギーになるようなもんだ。そして貨物室には巨大な魔力炉に相当するような魔力を持つ物はひとつもなかったんだ。少なくとも記録上はな。だが実際に爆発は起こった。ということはそこには何かがあったんだ。強大な魔力を持った何かが。たとえば高圧縮された魔力結晶だとかな。記録に残っていない以上おそらくは密輸品と言う形で、な」

「まさか…レリック!?」

「マリエル技官、心当たりがあるかい」

「最近次元世界で頻繁に裏取引されているロストロギアです。密輸のほかにも所有していた好事家が強奪されたり、祀られていた遺跡からなくなっていたり、話題に事欠かないロストロギアです。私の所属する本局の技術チームが検査を行っていますが何に使用するものか解明できていません。ですがかなりの魔力を含んでいることは判明しています」

「地上でもそれが裏で取引されている事件が何件かあってな。証拠はないがレリック、もしくはそれに類する魔力反応燃料に反応しえるほどのナニかがあったのは間違いない」

火災の原因はそれである程度説明はつくのかもしれない。だが、それがイスズの生存につながるのか結びつけることができなかったスバルはゲンヤに疑問を含んだ視線で問う。

「品物があるってことは、それを回収する奴がいるってことだ。イスズ以外に行方不明者がいない以上、最初から記録に残らないように行動していた密輸犯がいるはずだ。だから俺は怪しい奴がいないか調べて回った。空港の監視カメラの記録映像とか、貨物室に近い区画にいた人たちの聴取をとったりな。そこから怪しい人物がいることがわかった。
 銀髪で眼帯をした小柄の女性警備員だ。目立つ風体の彼女は人の"記憶"には残っていた。だが"記録"には一切残っていなかったんだ。まるで最初からいなかったかのようにな。記録映像には改竄の形跡は見られなかった。ただ、俺たちの技術では改竄の形跡を見つけることができなかっただけかもしれねぇ」

言葉にはしなかったがゲンヤには"改竄の形跡が見えないのに改竄されていた"事象に覚えがある。4年前、ルーテシアが誘拐された時も同じようなことがあった。本当にただの勘ではあるが、今回の件と関わりがある気がしてならない。電子攪乱をそれだけの精度で行える組織が複数あるとは考えなくないという願望もそこには含まれる。

「それから不自然なことはもう一つある。そもそも何故イスズは貨物室なんかにいたんだ?最近はいたずらをするようにはなったがそれでも限度は知っている奴だ。それが何故関係者以外立入禁止である貨物室に行ったんだ?」

「―ィスズは…」

「っ!?ギン姉!」

「…イスズなら理由もなくそんなところに行かない。……私が探せないところには絶対行ったりしない」

ギンガが顔を伏せたまま囁いた。少しかすれてはいるものの、その声には確かな感情の色が含まれていた。

「そうだ。だから何か理由があったんだ。その理由はわからないがイスズが彼女の後を追って行ったのは間違いない。何人かがそれを証言している。たどり着いた場所が貨物室かどうかまではわからなかったがな」

その証言は、ゲンヤがギンガ達を見舞う暇を惜しんで調べて回った結果だった。管理局員だからと言って事故の前後に誰がどこにいたかといった情報を知ることができるわけではない。だからここ数日寝る間も惜しんで、数百人にも及ぶ事故の被害者のひとりひとりに自分の足で聞いて回ったのだ。

「イスズが追って行った彼女は、イスズと同じく消息不明。そもそも記録に残っていないから行方不明者として名は連ねてはいないが、同じ場所にいたと思しき二人が共に忽然と姿を消しているんだ。
 あの火災が密輸の隠れ蓑のためだったのか、もしくはイスズの介入によって何らかのトラブルが発生したのかはわからないが、とにかくそれを境に姿を消している。 そしてイスズがいたはずの貨物室では転送魔法の痕跡があったんだ」

「転送魔法ですか?」

「そうだ。転送魔法だ。イスズはそんな高度な魔法は使えなかったよな?」

ゲンヤの問いかけに頷く動作を見せるギンガ。イスズの魔法の先生でもあるギンガはイスズが覚えている魔法は全て知っている。
イスズが使っていた練習用デバイスは記録された魔法を全て保護者に知らせる機能があり、たとえイスズが隠れて登録してもギンガは必ず知ることができる。以前にオプティックハイドというものすごくリソースの重い魔法を無断で入れていた事があり、問い詰めると全力で逃走したため、ギンガは教育的指導オハナシをしたことがある。何故そんな魔法を入れていたかは男子の夢を推して知るべし。

「イスズくんがいた場所で、イスズくんが使えない魔法の痕跡…。一緒に誰かいたのは間違いないですね。ほぼ間違いなくその"記録にない"人だと思いますけど」

憶測の域を出ていない。しかし希望を捨てるには無視しきれない状況証拠がそろっている。
『イスズが記録にない何者かを追っていた』こと、『貨物室でイスズではない誰かが転送魔法を使用した』こと、『イスズの身体がみつかっていない』こと。
まだわからないことも多く、身体に関しては本当に燃え尽きたという可能性もまったくないわけではない。だがそれでも、ここから見えてくるある可能性がある。

「イスズが、その人に連れ去られた可能性がある…」

「そうだ」

ゆっくりと顔をあげてゲンヤを見上げるギンガ。蒼白だった顔に、ゆっくりと赤みがさしていく。

「イスズが、生きてる可能性が、ある…」

「そうだ」

ギンガの目に涙が浮かんでくる。だがそれは昨日までのそれとは違う感情で生まれたものだった。
本来は弟が連れ去られていたなんて言われても不安にしかならない。でも今はどうか連れ去っていて欲しいと強く願う。

ゲンヤ自身、イスズが生きていると確信はできていない。だが、確かに可能性はある。だから可能性が消えないうちはイスズの死を受け入れるつもりはない。事件の公式記録には死者とされてしまったが、ゲンヤはイスズの死亡届を出すつもりはない。

「だから俺はイスズのことを探す。イスズを連れ去ったと思しき何者かについて調査をしていくつもりだ。ただ、公的には死亡扱いになってるんで、局員として隊を率いて捜査はできなくなる。そうなると個人で捜査するしかなくなるわけだが…」

ここでちらりとギンガを見るゲンヤ。

「やる気のある優秀な助手がいてくれると助かるんだがな」

「っ!やるっ!私が手伝う!来年には訓練校も卒業するから局員になって手伝う!」

少し前までの憔悴などなかったかのように声を張り上げるギンガ。その様子にゲンヤは満足そうな笑みを浮かべる。

「じゃあこんなところで塞ぎこんでる場合じゃないな」

「……うん!」

ゲンヤの手を取りベッドから降りて立ち上がるギンガ。ずっと蹲っていた所為で少しよろめいてしまったが、ゲンヤの腕につかまってバランスをとる。

「ぎんねぇぇぇぇ~~~」

立ち直ったギンガの様子に、スバルが感極まって泣きながらギンガに抱きつく。
最初にイスズが死んだと聞かされた時、ギンガと同じくらい悲しかったが、それを知って取り乱したギンガを見て、「あたしがしっかりしないと」と張っていた緊張の糸が、切れてしまった。

「ごめんねスバル。心配掛けて」

「俺も放っておいてすまなかった」

そう言って二人でスバルを抱きしめる。マリエルは目端に浮かんだ涙を拭きながらその様子を微笑んで見つめていた。

「うぅぅぅ~~うぇぇぇぇ~~~ぇ…………」

「ん?」

ゲンヤの服に顔をうずめて泣いていたスバルが急に泣きやむ。

「………お父さん」

「どうした?」

「くさい…」

事故が起きてから、今日ここに来るまでゲンヤは寝る間も惜しんで捜索や聞き取り調査をし続けてきた。寝る間も惜しんで、風呂に入る暇も惜しんで……。

「ホントだ、お父さんすごく汗臭い!」

ギンガも嗅いでみてその臭いに気付く。ゲンヤの視界の端で、目元にハンカチを当てて微笑んだまま、すすすす~と距離をとっていくマリエルの姿が映った。

「あー、その、忙しくて…な?」

「よく見たら服もよれよれじゃない!こんな恰好で外を歩いてたの!?」

「あはは…勘弁してくれ」

もうそこにはいつものやり取りをする親娘の姿があった。



イスズの生存を信じて、前を向いて進んでいく。

ゲンヤは翌年、陸士108部隊の隊長に抜擢され、陸士訓練校を卒業したギンガが捜査官として採用される。
スバルは数日間に及ぶ激論の末、普通校から陸士訓練校に入学することをゲンヤに許される。

ギンガは魔導師としての実力も捜査官としての能力も着々と上げていきつつ、イスズの件だけでなくゲンヤが独自に行っていたクイントの事件の捜査にも協力していくようになる。

スバルは陸士訓練校にて後に無二の親友となるティアナ・ランスターと出会う。
初めのうちはただのルームメイトだと言い切られ取り付く島もなかったが、徐々に打ち解けていく。オフの日にむりやりティアナと出掛け、ギンガと引き合わせる。そこでティアナはスバルの母や弟のことを知る。
その後、時々お母さんもしくはイスズは死んでいるかも…と不安定になるスバルを励ます役目を負わされることになる。
スバルがそうなる度に「きっと生きてる」と言わされ続けたため、最初は生存に懐疑的だったティアナも「あれ?もしかしたら生きてるのかも?」と思い込まされていくのであった。










---あとがき---

臨海空港のギンガサイドの話をお送りしました。
原作の三人娘のうち二人が登場。描写はありませんが、原作みたいな感じでスバルは救出されています。

次回はイスズの方に視点が戻ります。
スカリエッティ組は書きにくいから時間かかるかもしれません。



余談ですが、前に記事を削除した所為か、一番最後の話でも「次を表示する」のリンクが表示されるんですよね…。



[24600] 再会した幼馴染
Name: 龍咲◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2012/05/19 03:56
「お前は母親によく似ているな」

クイントの眠る生体ポットの前まで訪れてすぐ、イスズの顔と見比べてチンクは言った。
髪色と大きさ以外は瓜二つのイスズは、似ていると言われたことが嬉しいのか微笑んで「そう?」と返していた。

「チンクの…。ううん、なんでもない」

チンクの方はどうかと聞こうとしたが、チンク達戦闘機人が生まれる前から調整されるということを思い出して口を紡ぐイスズ。生まれる前から、ということはチンク達は普通に胎内から産まれたわけではない。おそらく母と呼べる存在はいないのだと予想できる。
イスズの"口が滑った"と言わんばかりの顔を見て苦笑を浮かべるチンク。自身の生まれに思うところがないではないが、戦うために生み出されたこの身だ。

「私はクローン培養らしいから、おそらくオリジナルとは似た容姿をしているのだろう。もっとも遺伝子データだけしか残ってないからどこの誰でどんな容姿をしていたのかまったくわからないがな」

だから気遣われることなどない、となんでもない風に語るチンク。
その言葉を受けて複雑な表情を浮かべるイスズ。しかしふと思いついたように表情を明るくさせる。

「そうだ!チンクもうちの子になればいいんだよ!そうすればスズの母さんがチンクの母さんになるよ」

「いや、私は戦闘機人だぞ?」

「母さんはそんなこと気にしないよ。それを言うならギン姉やスゥ姉だってそうだよ。うーん、家族になるならチンク姉って呼んだ方がいいかな?」

「待て待て、って聞いてるのか?」

イスズの中でどんどん話が進んでいっているようだった。チンクの言葉も聞かず一人で勝手に盛り上がっている。
本当なら目覚めぬ母の前でこんなことを言っている場合ではない。しかし、イスズにできることはなく、下手なことをすれば母の命が危ないと脅されてもいる。
自分をごまかすようにテンションを上げるしかないのだ。この孤独な敵地のど真ん中で、自分を見捨てず救ってくれたチンクを唯一の"味方"だと認識しておかなければイスズの心が持たない。
イスズの内心の詳細な機微まではわからなかったチンクだが、「やれやれ、好きにすればいい」と拒絶をすることはなかった。その所為でこれ以降イスズはチンクのことをチンク姉と呼ぶようになる。



「ところでさ、母さんと同じ部隊だったメガーヌさんやゼスト隊長は母さんと同じようにこの施設で眠ってるの?それと、同時期に誘拐されたルーテシアについて知ってることはない?」

クイントを見上げたままチンクに問いかける。イスズにとってもう一人の母親であるメガーヌと、兄妹のように育ったルーテシアのことを忘れたことはない。クイントがここにいると言うのならば、彼女たちもここにいるはずだと考えるのは不思議なことはない。

「……騎士ゼストとルーテシアお嬢様は今は別の世界に探索に出られている。もう少しすれば戻ってくるはずだ。メガーヌという名に覚えはないが、お前の母親と共に連れてきた女性であれば別の区画で眠っている」

特に隠し立てすることなく事実を伝えるチンク。僅かに表情に陰りが浮かんだのはゼストの名が出たからか。ゼスト隊の隊員の多くを葬り、ゼスト自身も打ち倒したチンク。そのことを後悔しているわけではないが、楽しい記憶でもない。

「やっぱりここにいたんだ」

チンクの様子には気付かず、静かに歓喜の声を上げるイスズ。
イスズにとってメガーヌとルーテシアは大切な家族だ。おぼろげながらメガーヌに抱かれて育ったことだって覚えている。もう一人の母親として慕っていた。ルーテシアのことも覚えている。というか、ルーテシアと一緒にいた所為で忘れられないトラウマめいた事件もあったのだ。好奇心旺盛な彼女に振り回されていたことも懐かしい思い出だ。
二人が無事だと知って嬉しくないはずがなかった。しかし、もう一人についてイスズは気にかかることがあった。

「でもあの管理局に尽くしてきた武人のゼスト隊長が、なんでこの犯罪組織…っであってるのかな…に与してるの?」

「……さあな。だが彼には彼の思惑があるのだろう。機会があれば本人に聞いてみるといい。彼らが戻ったらお前にも知らせる」

「ん、お願い」

「さて、明日からお前はクアットロの実験に付き合うことになっている。そろそろ休んだ方がいい」

そう言って先ほどまでの話題を断ち切って、イスズを部屋まで案内しようとするチンク。現状で知りたいことはこれ以上思いつかなかったイスズは素直に従ってチンクについていく。クイントの方を何度も振り返りながら、ではあったが。






イスズが目覚めてより数週間。クアットロの実験に付き合うのにも慣れてきた頃だった。
イスズは"デュアルレリックウェポン"と呼ばれる存在で、タイプの違う二つのレリックを同時に搭載されている。といっても通常では片方がスリープ状態になっている。魔導師強化のα型が機能しているときはβ型はスリープ状態。逆に戦闘機人モードを発動した時はα型コアがスリープ状態に入る。同時に起動した場合、互いに混じり合わないエネルギーが暴走して術者であるイスズを傷つけてしまうからだ。
しかし同時に起動させた場合のエネルギー自体はかなりのもので出力はSランクに相当する見込みだ。クアットロはこのエネルギーを自在に扱えるようにイスズを調整するのが目標としている。今のところはまだ同時起動の段階ではなく、各コアの出力制御の段階だ。

「機人モードと魔導師モードの切り替えはスムーズに移行できるようになりましたねぇ~」

「そりゃあんだけ無茶ぶりされたらね…」

「いや~、面白かったよ~」

ご機嫌なクアットロの横で、げんなりとした表情のイスズが答える。そして何故かいる笑顔のセイン。
イスズに課せられた最初の試練は瞬時にコアの切り替えをできるようにすることだった。最終的には同時に起動させるのが目標だが、各コアの制御ができる下地がないとそこに至ることはできない。そのための訓練だった。
二つのレリックを搭載して今なお生きているイスズの存在は貴重であるため、なるべく段階を踏んでしっかりと調整していくつもりのクアットロだった。

内容は右手をあげたら機人モード、左手を上げたら魔導師モードに切り替えると言うものだった。相手はクアットロだけではない。ラボにいる者たちの紹介ということで、今稼働しているナンバーズのウーノ、トーレ、チンク、セイン、ディエチ、そしてラボの長たるジェイル・スカリエッティと対面したときにも、クアットロから話がいっていたようで、皆話の途中で何の脈絡もなく片手を上げてくるのだ。セインなど面白がって右手を上げるふりして左手を上げたり、手を挙げるふりして足を上げたりとやりたい放題だった。あまつさえ無駄にISを使って床や壁からにゅっと手だけを出して去っていったりと、ペナルティの電撃をくらわないようにするためには涙ぐましい努力と反射神経が必要だった。終いにはガジェットドローンのアームまでも判定に含まれ、試験運用の見学をした時などは大変な目にあった。その様子がよほど面白かったのか最近ではイスズの実験の見学をすることが多いセインだった。

「さ~て、次はどちらのモードでも同じくらいの出力で使えるようになってもらわないといけないんですけどぉ~」

「…今度は何すんのさ」

「面白い事するならあたしも混ぜてー」

次はどんなことをさせられるのか若干腰が引け気味のイスズ。モード切り替えの訓練はもうしなくていいという話だが、ここまでの数日の所為で、誰かの手が上がるたびに反応するようになってしまった。この条件反射は一生残るんじゃないかと頭を悩ませる。

「一番いいのはやっぱり戦闘訓練ですわねぇ」

「ほっ」

「なーんだ。普通じゃん」

今度はまともな訓練っぽいのでほっとするイスズ。何より半年間も寝っぱなしだったこともあり随分体がなまっている。身体のほとんどを機人化されているので身体能力はむしろ上がってはいるが、感覚はまだつかめていない。そろそろ全力で身体を動かしてみたいと思っていたところだった。

「固有武装…魔導師にとってはデバイスだったかしら。形状はどうしますぅ?チンクちゃんを圧倒したのは剣だったって話ですけど、剣型の物を作りましょうか~?」

「え、あ、いや~、剣とか刀はちょっと…」

クアットロの提案に言葉を濁すイスズ。刀を持つという事に若干の忌避感が生まれていた。
チンクと戦った時の自分は本当に"イスズ・ナカジマだったのか"という懸念があるのだ。魔力で作り出した刀を握った瞬間に神陰泉が刀と共に過ごしてきた日々の記憶が強く流入してきたのだ。もちろん記憶自体は前からあった。それでも刀を振るう実感を伴った濃い記憶が蘇ったのは初めてのことだった。それがあったからこそ、神陰流の奥義を放つことができ、チンクを追い詰めることが出来たのは事実だ。だが、それでも思うところはある。
この身はイスズ。イスズ・ナカジマ。前世の神陰泉の記憶を持っているという事実はあるが、それでもイスズはイスズなのだ。記憶に振り回されていては、神陰泉と同じ振る舞いをしていては、イスズとしてこの世に生まれた意味がなくなってしまう。
だから神陰泉の記憶を強く蘇らせる刀を持つことに慎重にならざるを得なかった。

「欲しいのはウイングロードを走るための足装備と右腕用のナックル…かな。刀を扱うにはまだ身体が小さいし、あの時は火事場の馬鹿力が働いただけで本来は剣を扱うつもりじゃないし…」

「ふぅん?まあ確かに火事場ではありましたけどぉ…」

イスズの言い訳は納得のいくものではなかったが、一応頷くクアットロ。イスズの身体を調整しているのはクアットロであり、イスズならばどのような戦闘手段を選んだとしても高水準の技術を習得できるだけの身体機能を持っていることを知っているのも他ならぬクアットロなのだ。本人が別の手段を選びたいと言うのならば否やはなかった。
イスズとしては、忌避感があるとは言っても本音を言うならやはり刀を、神陰流の剣術を揮いたいという思いはある。しかし基本的に精密機械である"デバイス"では、たとえ比較的丈夫だと言われているアームドデバイスであったとしても神陰流の剣術に耐えうるような強度がないため、神陰流を全力で揮えないのだ。魔法全盛のこの世界では、日本クラスの刀匠の存在など望めない。
できるとすれば、空港火災の際にイスズが作り出した超集束魔力刀か、日本の神陰一刀流の剣士用につくられた特別製の大太刀をデバイスに改造するくらいしか手段がない。
そのため、剣についてはひとまず諦めて、今まで姉に教わってきたシューティングアーツを元に戦闘手段を模索していくつもりだ。

「それなら走行用のローラーブーツと攻撃用のナックル、でいいかしら?」

「あ、ちょっと待って。ローラーブーツなんだけど、ローラーが前後だけじゃなくて全方位に回るようにできない?シューティングアーツだと常につま先を前に向けてなくちゃいけないから、姿勢に制限があってやりにくくてさ」

「…じゃあなんで今までそれでやってたの?」

「……ギン姉が教えてくれてたから」

セインのジト目での問いかけに目をそらして答えるイスズ。
シューティングアーツについては、最初からそれしか知らなければ足の向きに違和感を感じることなどなく適応できていたのだろう。しかしイスズには前世の剣を扱っていた記憶がある。剣術だけに限らず、武術にとって下半身というのは重要な部分だ。姿勢や、体重移動の重要性は、腕力そのものよりも技の威力に直結してくる。
シューティングアーツは魔法ありきの格闘技術であり、純粋な体術とは言うことができない。そのため純粋な体術を知る神陰泉の記憶がどうしても違和感を発してしまうのだ。
それになにより姿勢制御は神陰一刀流にとって重要な位置を占める。神陰流は決して終わらない"不死の連撃"を目指す剣術。それはどのような体勢からでも剣撃を放てるほどのバランス感覚が必須となる。そのため、神陰一刀流にとって姿勢制御そのものが奥義なのだ。だからこそ足の向きが制限された状態では本領を発揮することなどできない。
決してシューティングアーツが弱いというわけではない。前世の記憶の所為でイスズにはうまく扱うには難しいというだけだ。

「まぁその辺りを考慮して作ってみますわ~。では今日はここまで」

本日の実験は一通り区切りがついていたので、開いていたモニターを閉じて去っていくクアットロ。魔導師モードでも機人モードでも使え、先天魔法であるウイングロードにも対応しなければならず、簡単に作れるようなものではないはずだが、事もなげに言うクアットロの背中を見送るイスズとセイン。

「さて…、どうしよう」

ラボから出る自由は与えられていないが、裏を返せば外に出なければ結構自由に動き回ることは許されている。クイントの所に行ったり、メガーヌの所に行ったり、戦闘訓練をするトーレの様子を眺めたり、チンクと話したり、ディエチと並んでぼーっとしたり、セインに弄られたり。その時の気分で結構自由に暇を潰していた。

「なんならあたしと組み手でもしてみる?次から戦闘訓練らしいから身体動かしておくのもいいかもよ?」

「…ん?そういえばセインって戦闘できるの?ディープダイバーだっけ?あれ見た感じだと秘密裏に潜入するのには向いてるけど、ガチでぶつかりあうようなスキルじゃないよね?」

セインのインヒューレントスキルはディープダイバー。無機物を透過して移動することができるというかなり珍しい能力で、物質の中ではさながら水の中のように泳いで移動している。自分と同じくらいの質量であれば、物や人を抱えた状態でも使用することが可能なスキルだ。

「ま、ISはね。でも仮にも"戦闘"機人なんだからそれなりに強いつもりだよ?武器とか使えないわけじゃないけど、基本は徒手格闘が主体かな。余計な荷物持って潜るのめんどくさいし」

「へー」

二人でそんな取り留めのない話をしていると、チンクが部屋を訪れた。

「イスズ、ここにいたか」

「チンク姉?」

やってきたチンクに二人同時に顔を向ける。

「騎士ゼストとルーテシアお嬢様が戻られた。会いに行くか?」

「っ!行く」

「ではついてこい」

「ああ、ルーお嬢様と幼馴染って言ってたっけ。じゃ、組み手はまた今度だねー」

チンクの案内に従っていくイスズを手をひらひらと振って見送るセイン。
セインはこれまでの数日でイスズの事情は一通り聞き及んでいる。特に用事もないし、再会の邪魔しちゃ悪いからとついて行くことはしなかった。ゼストの事がちょっと苦手というのもあるが。



「もしかしてメガーヌさんのところ?」

チンクの向かう先がメガーヌ達、α型のレリックと適性があるとされる人々の生体ポットが並ぶ部屋であることに気付く。余談だがクイントのいる区画には、先天魔法やレアスキルを保有している人々が集められている。

「ああ、お嬢様はこちらに戻られた時はまず始めにあの女性のもとに足を運ばれている」

「やっぱりお母さんが恋しいのかな」

「そういう印象はなかったな。そもそもここに来る以前のことをお嬢様は覚えておられないようだ」

「え、スズのことも?」

「少なくともお嬢様の口からお前のことを聞いたことはないな」

「…なんか納得いかない」

ルーテシアが誘拐されたのは2歳頃。年齢的に覚えていなくても別に不思議なことではない。しかしイスズの方はその頃のルーテシアに振り回されて色々とひどい目にあっているので、忘れる方が難しかった。

「本人に確認してみればいい。では私はここで」

紫の髪の少女の後姿が見えたところでチンクは踵を返す。久しぶりの再会でイスズには積もる話もあるだろうと、邪魔をしないようにとの配慮だった。

「ありがと。チンク姉」

一言礼を言って、少女に向き直る。そばにゼストの姿はなく、少女が一人でメガーヌのことを見上げていた。その背後にゆっくりと近づいて行く。

「ルーテシア」

ほんの少し震えた声で呼びかける。イスズの声に振り返った少女は、間違いなくルーテシア・アルピーノであった。
4年前のあの日まで、共に育ってきた兄妹のような幼馴染。大切な家族であり友達でもある。その再会に胸に込み上げてくるものがある。
彼女や母達がいなくなってから、イスズの人生は大きく変わった。一番の変化は前世の記憶を受け入れたことだ。そして歳に不相応な行動をとるようになったせいで同年代の親しい友達があまり作れなかった。そんなイスズにとって、ルーテシアは特別な存在だ。
クイントを探す為に勉強や魔法の訓練にとりくんでいたとはいえ、同年代の友達と遊びたいという気持ちがなかったわけではないのだ。父や姉達は優しくしてくれた。だが、友達がいない寂しさは家族だけでは埋めることができない。
そんなとき、"もしもルーテシアがいたら"とよく考えていたのだ。例え幻想の中でもルーテシアはイスズにとって心の支えともいえる存在になっていた。
しかし、ルーテシアが放ったのは無情な一言だった。

「……誰?」

「っ」

振り返った時の、感情が読み取れないような表情のままで答えたルーテシア。直前にチンクにその可能性を聞かされていたとはいえ、その言葉に耐えがたいショックを受けるイスズ。しかし、最後に会ったのは4年前の2歳の頃のことだ。もしかしたら成長したせいでわからないだけかもしれないという希望にすがる。

「イスズだよ。イスズ・ナカジマ。ほら一緒によく遊んだよね?」

「…………おぼえてない」

「―っ、そ、そう」

やはり覚えていなかった。ショックを隠し切れず立ち尽くすイスズ。
その様子に興味をなくしたのかルーテシアはイスズの前から去っていこうとする。

「あ、待って」

発作的に追い掛けるイスズ。ルーテシアはイスズの言葉など聞こえていないかのように歩み進めていく。すぐに追いつきはしたが、何と声をかければいいかわからず顔を伺いながら隣を歩くことしかできなかった。
イスズがちらちらと伺うルーテシアの表情からは何の感情も読み取れない。昔は些細なことにも目を輝かせ、ころころと表情を変えていたのに。その過去が偽りだったかのように、今は虚無しか感じることができない。幼き日の活発なルーテシアを知るイスズだからこそその衝撃は計り知れない。一体今までどのような生活を送ってきたのだろうかと思いを巡らす。
イスズはルーテシアが人造魔導師の実験体としてレリックウェポンとして改造されたのは聞き及んでいる。それにより、幼いながらもSランクに相当する魔力を扱うことができ、もともと素養があった召喚という希少技能を加味すればかなりの実力を有すようになった。そのことを自慢げに語ったスカリエッティに殴りかかろうとしたが、それは傍らに控えていたトーレに止められた。それ以降イスズが自分の意思でスカリエッティに近づこうとしたことはない。ルーテシアのことを"作品"と語るスカリエッティのことが好きになれる気がしなかったのだ。
ただ、だからといって道具のように見られていたというわけではなく、貴重な実験体ということで丁重な扱いは受けていたらしい。ナンバーズ達はルーテシアのことをお嬢様と呼んで敬意を払っている。

とにかく今のルーテシアの人格がどうやって形成されたかはわからない。昔のような関係にはすぐには戻ることはできないだろう。しかし戻ることができないというなら新たな関係を作ればいいだけのことだ。調整や実験のためにこれからしばらくはこちらに留まると聞いているので、その間はなるべく話しかけて仲良くなっていこうとイスズは決意した。

そんなイスズの思いも露知らず、ルーテシアはどんどん歩み進めていく。どこに行くのだろうと視線の先をみると、そこには通路の壁を背に立っている壮年の男性の姿があった。

「……ゼスト隊長?」

思わず母が呼んでいた呼び名を呟くイスズ。記憶にある姿から比べると、僅かにやつれていて顔色も悪い。だがそれでもゼスト・グランガイツに間違いはなかった。

「お前は…」

イスズの声に気付き、そちらに顔を向けるゼスト。戻ってきたルーテシアを迎えるだけのつもりだったが、視線がイスズの姿を捉えたその時、驚愕の表情を浮かべ、続いて怒りと悲しみの入り混じった複雑な表情を浮かべた。
ゼストはここに戻ってくるまでイスズのことを聞かされていなかった。そのため今目の前にいる少年がイスズ本人なのか、それとも秘密裏に培養されていたクイントのクローンなのか判断がつかない。しかし、どちらであったとしてもイスズ少年の母を危険な任務に連れ出して命の危機に追い込んだ事実は変わらず、そして今を持って生体サンプルとして眠ったまま捕らえられているという状況に変わりはない。
自分に対する怒りと後悔が頭を巡り、唇をかみしめて言葉にならない様子のゼストを見上げるルーテシア。ルーテシアから見ると、イスズの存在がゼストを苦しめたかのように見えてしまい、無言でイスズのことを睨む。
ルーテシアの視線に少しひるみながらも、イスズの方からゼストに話しかける。

「えっと…お久しぶりですゼスト隊長。イスズ・ナカジマです。覚えてますか?」

「…覚えている。お前が何故ここにいる?」

口ぶりからどうやら本人であるらしいと判断したゼストは感じていた疑問をイスズにぶつける。ルーテシアが誘拐されたのはメガーヌにレリック適性があったため、その娘であるルーテシアにも適性があると予想されたためにさらわれたという理由があった。しかしクイントには適性がなく、先天技能であるウイングロードの遺伝子サンプルはすでに保有していた。今さらイスズをさらってくる必要性などないはずだった。その質問に対してイスズはバツの悪い顔をして答えた。

「虎穴に入らずんば虎児を得ず、って無茶してたら虎穴からでられなくなっちゃいまして」

冗談めかして語るしかないイスズ。
この場にいるのは自業自得。むしろ死ななかっただけ幸運だった、とイスズは臨海空港でチンクと出会ったところからここに至るまでの経緯をゼストに語った。

「………すまない」

「なんで隊長が謝るんですか」

大の大人が年端もいかない子供に頭を下げる光景にイスズは恐縮する。

「俺はナカジマを、お前の母親を無事に帰してやることができなかった」

イスズ自身は今回の件は、引き際を間違えた自己責任だと思っている。
だが、それは母を求めての暴走だったとゼストは読み取り、イスズがそうなってしまう遠因を作ったのは自分だという自覚があった。だからこその謝罪だった。

「それは…、そうですね…。そのことに関してはやっぱり恨んでないとは言い切れないです」

クイントが姿を消したことで、ナカジマ家は一時期バラバラになっていたことがある。絆は取り戻すことはできた。それでもあの頃の寂しさや苦しみはなかったことにはならない。
それにクイントやメガーヌの事だけではない。二人はまだ生きているだけ希望はある。しかし、他の隊員達はあのときに全員命を落としている。イスズは母に連れられてゼスト隊の面々と何度か引き合わされたこともある。優しくしてもらったり遊んでもらったりした記憶があるのだ。そんな彼らを守れなかったゼストに対して隔意を抱いていないと言えば嘘になる。

「教えてください隊長。どうして管理局に戻らずここにいるんですか?」

「それは…」

今度はイスズの方から疑問に思っていたことをぶつける。
スカリエッティはどう見ても違法な科学者にしか見えないし、ナンバーズ達が行っている"任務"にはあまりまっとうな感じはしない。ここは管理局の法を犯している集団であることは間違いない。それなのに何故首都防衛隊の隊長を務めたような男が、ここに留まっているのか。イスズにはそれがわからなかった。イスズと同じようにクイント達を盾に取られているのだろうかとも思ったが、それ以外にも何かあるような気がした。

ゼストは言い淀み、迷う。こんな子供に世界の闇を教えるのには抵抗があった。

確かにスカリエッティは世の常識から照らし合わせると"悪人"だろう。ナンバーズたちについては必ずしもそうだと言うつもりはないが、少なくともこのラボは悪の秘密結社の様相を呈している。
しかし、実はスカリエッティは管理局の最高評議会によって生み出された人造の天才という現実がある。表立ってはできないような研究を極秘に支援して行わせ、その成果を地上の平和に活かすために生み出された存在なのだ。
ゼストはそのことをレリックを埋め込まれ、兵器として目を覚ましたその時に最高評議会により知らされた。ゼストの部隊が必死に追いかけていた戦闘機人についても「戦闘機人技術は地上の平和を守るためにレジアス主導で秘密裏に開発していた技術だ」と聞かされた。

ゼストの目的は、友であるレジアスの目指す未来が本当に正しいのか見極めることだ。そのために最高評議会の直属の部下という扱いを受け入れて、レジアスの選んだ道である戦闘機人やスカリエッティの動向を監視するためにゼスト自身の意思でこの場にいる。

しかし、そのことを伝えるにはイスズは幼すぎる。
時空管理局は次元世界の平和を守る方の守護者だ。イスズの父、ゲンヤは現在も管理局に務めている。その組織のトップが平和のためという免罪符を掲げて違法科学者を支援しているという現実は、価値観を翻すような衝撃を受けるはずだ。ゼスト自身にとっても受け入れがたい現実だった。幼いイスズには尚更だろう。だから真実は語れない。
ゼストにできたのは、嘘のない範囲でぼやかして答えることだけだった。

「同じ理想を追いかけていたはずの友が向かう先を見極めるためだ。誤った道を進んでいるのなら私は奴の前に敵として立ちはだかって止めねばならん」

「そう、ですか…」

イスズとしてはその回答は要領を得ない。しかしゼストの瞳には決意の光を浮かんでいることが感じられ、嘘を言っている雰囲気ではなかったこともあり、それ以上の追及はできなかった。そしてルーテシアの頭に手をおいて「それにこの子の身の安全を守らなければならないからな」と締めくくられる。

何も言えなくなったイスズの様子をじっと見つめるルーテシア。やがて興味を失ったのか、ゼストのコートを引いてここから去ろうと促す。

「イスズ、我らはしばらくこちらにいる。空いているときにルーテシアの相手をしてやってくれ」

「あ、はい」

最後にそう言ってルーテシアに促されるままに、二人は通路の先に姿を消した。最後にルーテシアがちらっと振り返ったのが印象的だった。



「ゼスト隊長も何か抱えてるみたいだったな…。でもこれ以上は答えてくれそうにないか…。ひとまずルーテシアとの関係修復を目指していくしかないかな」

イスズだけになった通路で一人つぶやく。
明日からは積極的に話しかけていこうと決意して、今日の所は割り当てられた自室に戻っていくイスズだった。



















---あとがき---

イスズの幼馴染、ルーテシアの登場回でした。でも今回のメインはルーテシアじゃなくてゼストさんだったかも。
ルーテシアは誘拐前のことは忘れてしまい、イスズのことも覚えていません。
これから先、戦技習得の話を挟んで、イスズはルーテシア一行に仲間入りする予定ですから、その中で自然と親しくなっていけるでしょう。

チンクが迎えに来る前のイスズとクアットロのやり取りの時、最初はセインいなかったんですけど途中からなんか勝手にわりこんできました。
クアットロは相変わらず動かしにくいですけど、セインは勝手に出てくるくらい動かしやすいです。
クアットロは口調が難しい…。



[24600] イスズの固有武装/デバイス
Name: 龍咲◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2012/06/02 17:20
「クリーンヒット一発…か」

「はぁ、はぁ、や、やっと…一矢を報いた…」

ラボ内の戦闘訓練フィールドの床でぜいぜいと息を上げて大の字で寝転ぶイスズと、先ほどの一戦で重い一撃を喰らわされた脇腹を擦りながらトーレが飛行を解いて下りてきた。

「イスズちゃんの仕上がりはどうですかぁ、トーレ姉様ぁ?」

「ある程度形にはなったか。まだ粗削りな部分はあるが、それなりに使い物にはなるだろう」

「ですってイスズちゃん。初めてトーレ姉様が褒めてくれましたよ~」

クアットロの言葉に右腕だけ掲げてサムズアップをするイスズ。しかしすぐ力尽きたのか再び腕を下ろし、汗だくで呼吸を整えようとしていた。もともと体にフィットしていたラバースーツが、さらに肌に張り付き余計に気持ち悪い。
今日の模擬戦で、初めて一撃入れることはできはしたが、勝負そのものは負けている。純粋な戦闘型として最も長い稼働率を誇るトーレが、少々重い一撃をくらった程度でひるみはしなかった。

「とはいえ、結局ぼろ負けしてるのは変わりないよね」

「でも健闘した」

セインはいつものごとくからかいを含んだ声で笑い、ディエチは静かに今日のイスズを称えていた。

「ほら、汗を拭け」

「はぁ、はぁ、んっと、ありがと、チンク姉」

倒れたままのイスズを見かねてタオルを差し出すチンク。ようやく息が整ったのか上体を起こしてそれを受け取るイスズ。軽く拭いて、ふと見上げると無言で差し出されたチンクの右手があった。それを左手でとって立ち上がったが、既に用をなしたはずのチンクの手を離そうとしないイスズ。視線で「どうした?」と問うもそっぽを向いて答えないイスズに、「やれやれ」とでもいうように首をふりながら、そのまま皆が集まっているところへ向かう。クアットロが映し出した模擬戦中の映像データを元に本日の振り返りを行うためだ。



イスズがこのラボで目覚めてより半年。臨海空港火災からだと1年が経ち、イスズは7歳になっていた。
その間にイスズの調整も滞りなく進み、クアットロから与えられた専用装備もようやく使いこなせるようになってきた頃だった。
両足に装備された高速駆動の自在走行ブーツ-ソニックウイング-と、両腕に装備された重厚なグローブと手甲-メテオナックル-がイスズのために作られた固有武装/デバイスだ。イスズ自身はナックルについては右腕だけを希望していたが、バランスを考慮して両腕の装備をクアットロが作成した。

ソニックウイングは少し底が厚いブーツと足首から膝まで覆う銀色のアーマーで構成されている。両足の甲の部分にはイスズの髪と同じ色であるダークブルーのコアクリスタルがはめ込まれて、艶めきのある光を放っている。
見た目には足の甲のクリスタルと、アーマー部分に施された左右で対になった羽の意匠が目につくだけのシークレットブーツにも見えるが、足の裏、底の部分には親指大の球体が無数に埋め込まれている。
ローラーでは前後にしか動かすことができないが、球体であるがゆえに前後左右自在に向きを変えることができる。また任意に球体から形状を変更することができるので、スパイクとしてブレーキにも使用することもできる。これでつま先がどの方向を向いていても進行方向を自由に設定できるようになり、スパイクをうまく使えば瞬時に方向転換することも可能だ。

両腕に装備されているメテオナックルは、指本来の動きを阻害することのない柔軟かつ頑強なナックル部分と、手の甲から肘先までを銀色の手甲が覆い、プロテクターと言うにはいささか大きな肘当てが装着されている。
最大の特徴はその肘当て、正確にはデバイス名の由来である隕石メテオの名を冠したインパクト増強ユニットだ。
魔力、もしくは機人モードのエネルギーをそのメテオに集束・圧縮して、肘から拳部分へ勢いよく叩きつけると同時に解放することで絶大な威力を発揮する。
インパクトと同時の場合は拳打の威力を相乗させ、まるで天空から墜落してきた隕石のような破壊力を発揮する。また僅かにずらす場合は相手の外装を無視して衝撃を浸透させることができ、内部破壊を狙うことが可能となる。
エネルギーを込めて拳を振りぬけば、そこから小さいながらも集束砲を放つことが可能で、他にもいくつかの利用法がある。

オーダーメイドの高性能装備にイスズはとても喜んだ。とは言っても初めからちゃんと使えたというわけではない。
ソニックウイングの速度に対応できずにウィングロードからふっとんだり、メテオのインパクトをうまく拳打と合わせることができなかったりした。
中でも一番深刻だったのはソニックウイングのスピードに対応できないというものだった。スペック上は直線限定ではあるが、トーレの最高速に近い速度を発揮できる設計になっている。しかし直線ならまだなんとか体勢は保てるものの、旋回行動ともなると曲がり切れずスピードに振り回されてウイングロードから足を踏み外してしまう。ただ曲がることすらできない状態では実戦使用することなど望むべくもなかった。
重心を落としてバランスを取ろうとしても、子どもゆえにそもそもの体重が軽いためどうにもならなかった。試験走行のたびに軽快にふっとんでいく姿に、チンクははらはらと見守り、セインは腹を抱えて笑っていた。クアットロはデータを取る傍ら、イスズの失敗映像集を編集したりして、イスズの心の傷を地味にえぐっていた。

これを解決するための手段は"翼"を作るというものだった。ベルカの飛行魔法の一種にスレイプニールという背中に羽を出現させる魔法があるが、それとは別物だ。魔力もしくは機人のエネルギーを元に物理干渉を行える翼を作り、翼の向きでダウンフォースを発生させてスピードに振り回されないようにしたり、翼を振り回してバランスをとれるようにするというものだった。イスズの前世、神陰泉がテレビ番組の中で見たスポーツカーの仕組みや、高速で走るチーターがスピードを維持しつつ尻尾でバランスをとっていたことなどを参考にしている。
翼の大本になっているのは魔力の物理干渉可能化技術だ。これを使うことで空気抵抗や物理的な質量を得ることができる。初歩的な魔法で言えばプロテクションやシールドがそれに当たる。これらの魔法は、魔力を通さないだけでなく物体を受け止める物理的な膜や壁を作っている。イスズがクイントから受け継いだウイングロードは、物理干渉可能化技術の洗練された一つの到達点とも言える。いわばイスズにとっては馴染みの深い使い慣れた魔法に、手を加えて翼を作ったのだった。
翼の根本、発生点は左右の腰の横辺りに設定している。根本から伸びた翼はイスズの意思やデバイスが操作している。元がウイングロードであるため、必要に応じて長さは自由自在で不要な時は小さくして折りたたんでいる。形状はウイングロードのように平坦ではなく、鳥の翼を模している。そちらの方が操作する時にイメージしやすいためだ。

初めのうちは翼があってもなかなか思い通りには動けなかったが、運用テストを重ねていくうちにデータが蓄積され、イスズのマニュアル制御からデバイスのオート制御に切り替えて運用できるようになった。
翼のおかげで高速走行もしやすくなり、ソニックウイングのスピードと、メテオナックルでの拳撃を合わせた戦技を形にしようと訓練するようになった。だがイスズの戦技探求はここでは終わらなかった。
翼を広げての高速走行の様子を見ていたセインがぼそっと「あの速度で翼に当たったら痛いだろーなー」と呟いたのだ。事実イスズが作り出した翼はAAランク程度の砲撃魔法であれば、真正面から受け止めることは無理でも、逸らすことができる程度の強度を持つ。レリックから供給されるエネルギーが豊富なため、以前のようにガス欠を気にして集束解除の術式を使用する必要がないためだ。イスズの持つ集束技能は魔力だけでなく機人のエネルギーに対しても有効であり、翼の強度は魔導師モードでも機人モードでも同じだ。それだけの強度の物が高速でぶつけられたら相手は確かにひとたまりもない。

セインの言葉を受けて、翼で攻撃ができないかと早速試してみた。体を回転させて振り回したり、マニュアル操作でまるで大きな刀のごとく振り下ろしてみたりした。しかし、そもそも翼は何のための魔法であったか。『高速走行を制御するための魔法』をそれ以外の目的で使用すれば、本来の目的はどうなるのか?それは訓練スペースの凹んだ壁と、イスズの頭にできた大きなたんこぶ、そして地面をだんだんと叩きながら笑うセインの姿を見れば結果は言わずともわかるだろう。
まあともかく、失敗はしたものの、翼を攻撃に使用するというのは案外有用な手段ではある。魔力を込めさえすれば翼のサイズ、長さは自由自在。イスズの集束技能のおかげで強度があるため盾としても用いることができる。翼の形状を刃のように鋭くすれば斬撃を振るうこともできる。
一度思いついてしまったら、どうにかそれを実現したくなってしまうイスズだった。思考錯誤の末、たどり着いたのは"翼を増やす"という方法だった。姿勢制御用の翼はそのままに、新たに攻撃用の翼を一対肩甲骨の辺りから生成することにしたのだ。いや、姿勢制御用の翼はそのままというわけにはいかなかった。何しろ攻撃用の翼はその用途上、縦横無尽に動かすことになる。そのバランスをとるために、姿勢制御翼は大型化せざるを得なかった。

この時点で区別するために姿勢制御用の翼を"風翼"、攻撃用の翼を"刃翼"と名付ける。刃翼の形状は、鳥の羽を模した風翼とは異なり、蝙蝠の羽を模した形状になっている。スピードを出した時に、なるべく風の抵抗を受けないように薄くするという目的と、"刃翼"の名が冠する通り、鋭い刃の形がイメージしやすいという理由があったからだ。

刃翼の操作は風翼のようにデバイス任せというわけにはいかないため、自分でその扱いを覚えていくしかない。そのため、刃翼の操作練習込みで、対人戦闘の訓練を行うようになった。
これにはまずチンクが協力した。クアットロは後方支援で、セインは純粋な戦闘型ではないし、ディエチは砲撃手なので近距離戦は門外漢。今稼働中のナンバーズの中で戦闘訓練の相手となり得るのはチンクとトーレだけだった。本来ならソニックウイングの速度とウイングロードを使った疑似的な空戦能力を鍛えるために、トーレとの模擬戦をクアットロは予定していたが、「武装や魔法に振り回されるような軟弱物と刃を交える暇はない」と断られたため、仕方なくチンクが代わりを務めた。

代わりといっても相手を務めるチンクの強さは折り紙つきで、特に室内戦では真価を発揮する。投げナイフのスティンガーとISランブルデトネイターによる爆破を武器に、敵から距離を取った戦いをするのがチンクのスタイルだ。仮に近づかれたとしても、固有武装のシェルコートの防御力に相手が手間取っているうちにISによる爆破を仕掛けたり、仮に攻撃が成功しなくとも虚を突くことで再び距離を取ることはできる。スティンガー単体の爆破でも生半可な防御では防げないほどの威力を誇るが、爆発に指向性を持たせてエネルギーを集束させることで、より強力な破壊力・高威力を発揮させることができる。単純な攻撃力で見れば、トーレ以上の力を持っていることになる。
そんなチンクとの模擬戦は、イスズにとって貴重な経験値を与えてくれるものだった。
イスズは新装備・新魔法により、刃翼を用いた近・中距離と、メテオナックルでのインファイトという二つの戦闘距離を獲得している。チンクに挑むうえで刃翼でスティンガーを防いだり牽制につかって、隙を突いて懐に入り、メテオナックルで防御ごと貫くのを基本戦術とした。言うだけなら簡単だが、歴戦の戦闘機人であるチンクは甘くはなかった。
まずそもそもスティンガーの攻撃を防げない。単発なら刃翼や風翼で身を包むことで耐えることは可能だ。だが、体勢を崩されて足を止められたが最後、一気にスティンガーに周囲を埋め尽くされ、飽和爆破をくらってノックダウンされてしまう。そうならない為には避けるしかない。しかし、ただの投げナイフならば射線から外れさえすればいいが、チンクはISを使って爆破させることができるため、完全に回避しようと思うのなら爆発しても影響がないように射線から大きく距離を取らなけれならない。だが、スティンガーの数も一本ではない。手から投げ放つのだけでも片手で一度に三~四本投擲することは可能なうえ、周囲に召喚し、そのまま射出することも可能なのだ。ただ避けると言っても簡単な話ではない。
まともに戦えるようにするためには様々なことが要求される。投げ放つ前の見切り、爆破のタイミングをずらすためのフェイントや、大きく避けるための高速移動。爆発しても影響がない距離でスティンガーを弾き落とすために刃翼の精密・高速操作、またはある程度のダメージを覚悟して飛び込む決断力などを、チンクとの模擬戦で学んでいった。チンクの手加減が多分にあるとはいえ、僅か二月ほどで懐に潜り込めるまでに成長したのだった。

その成長に少し興味を持ったのか、それからしばらくしてトーレもイスズの戦闘訓練を見学するようになった。チンクとの模擬戦を重ねたことで自信をつけたイスズが、トーレに挑んだのもすぐのことだった。
結果は返り討ち。世の中そんなに甘くはなかった。

トーレとまともに戦えるようになるためには、まずは速さが必要だった。
ただ速く動くだけならできる。しかし、動けることと、その速さの中で戦えることはまた別なのだ。さらにイスズにはウイングロードという、わざわざ敵に進行方向を知らせてしまう魔法がある。いくら速く動けても、向かう先がばれてしまえばトーレであればいくらでも対処ができる。
ただイスズも漫然と敗北を受け入れたりはしなかった。ソニックウイングの速度に慣れるためにひたすらに高速走行訓練を重ねたり、また虚のウイングロードを複数生成し進行方向を読めないようにしたり、そうやって生成したウイングロードをトーレの進路を制限するような工夫も見せるようになった。ある程度速度になれてからは、姿勢そのものは前方に駆け出そうとしているように見せて、ソニックウイングのローラーや風翼の姿勢制御を巧みに扱い、姿勢から読める方向からは全然別の方向に移動したり、あえてウイングロードから外れるように跳躍し、読みにくい三次元的な機動をとれるようにもなっていった。。
トーレを惑わすにはまだまだ稚拙ではあったが、それでも無駄な努力とはならなかった。刹那の交差でトーレが刻むインパルスブレードの剣閃を、より精密さに磨きをかけた刃翼で防いだり、刃翼をかいくぐって懐に入ってきた攻撃をメテオナックルで、いなし、受け止め、時にはカウンターを放とうとするまでに成長し、戦闘持続時間は少しずつではあるが確実に伸びていった。



そして今日。今までは軽くかする程度だった攻撃が初めてトーレに届いた。クアットロが見せる模擬戦の映像を見ながら、イスズは未だに感じる右腕の確かな手ごたえを反芻していた。
自分はは確実に強くなっている。勝てるまでにはより訓練を重ねなければならないが、それはまだまだ伸び白があると言うこともである。自分の選んだこのスタイル・魔法を信じて高みを目指すのだとイスズは強く決心した。

「でもいつまでもチンク姉と手をつないでるような甘えんぼじゃ、先は長いんじゃないかな?」

漏れ出る笑いを抑えながら、セインが指摘した。
その言葉にトーレ、クアットロ、ディエチの視線が、固く結ばれたイスズの左手とチンクの右手に注がれた。

「軟弱な…」

「まだまだお子ちゃまですわね」

「まあそう言ってやるな」

「うぅ…」

トーレはため息とともに首を振り、クアットロは口角を上げて生温かい視線を送る。チンクは優しげな苦笑を浮かべてフォローに回る。縮こまるイスズだが、それでも離そうとしないあたりは逆に肝が据わっていると言うべきか。

「あたしともつなぐ?」

その声とともにイスズの右手の近くに差し出されたディエチの手を、数瞬悩んだ後握った。

「あたしもあたしも~」

「わわっ!?」

最初にからかったのは自分のくせして喜々としてそれに便乗するセイン。両の手は塞がれてしまったので、背後から胸に手をまわしてぎゅっと抱きついた。イスズ、モテモテである。

「あらあら~」

「なんだこの光景は…」

クアットロはより口角をつりあげ、トーレは頭痛に苛まれた。
チンクとディエチは慈愛のこもった視線をイスズに向け、当のイスズは背中に当たる感触が恥ずかしいのか顔を真っ赤に染め、その反応にいたずら心が刺激されたのか「うりうり~」と抱きつく力を強めるセイン。
この光景を見て、誰が彼女達を兵器として作られた戦闘機人だなどと思うであろうか。甘えた根性を抱けないように、もっと厳しくするべきだろうかと物騒なことを思うトーレであった。











ある日の一幕 その一
ナンバーズ10番、ディエチの場合。

イスズが目覚めてから約1カ月後。改良された固有武装の試射を行うために、ラボ内の専用訓練施設に向かうディエチの姿があった。
ディエチのISヘヴィバレルは、自身のエネルギーを貫通力に特化した弾丸や、拡散弾や徹甲弾、誘導弾などの弾丸、またはエネルギー砲撃に変換し、撃ちだす技能だ。単純な攻撃力のみであればナンバーズ内では最強を誇る。ただ、その威力ゆえにおいそれと試し打ちすることはできない。かといって撃たなければ腕は鈍る。実際には弾を発射しない仮想訓練場もあるにはあるが、仮想と現実はやはり微妙な違いがある。機械的な調整は常に完璧ではあるが、どうしても最後は人としての感覚が必要となってくる。そのため数週間に一度、地下施設内に特設された専用試射場で訓練を行うのだ。

その道すがら、暇そうに歩いている男の子の背中が目に入った。

「あれは…確かクアットロが連れてた子…。名前は…イスズだったかな」

ディエチがイスズの姿を見たのはこれが数度目。最初の顔合わせ以降すれ違うことは幾度かあったが会話を交わしたことはない。チンクやクアットロ、最近ではセインとの話の中でもよく名前が出ることもあって、少しばかり興味がわいていた。いつもであればクアットロとの訓練や調整が終わるとゼストやルーテシアの所に赴くはずだが、どうやら今日は暇をしているようだった。

「こんにちは。イスズ」

少しだけ早足になって近づき、背後から声をかける。イスズからしてみれば聞き覚えのない声だったのだろう。すこし慌てた感じに振り返り、同時にディエチの担いでいるものに気付いて目を丸くする。

「わわっ!?え、っとディエチ…だっけ?そのでっかいの何!?」

名前を覚えていてくれたことに、見た目にはわからないほどにほんの僅かではあるが表情をゆるめ、自身が持っているイスズを驚かせたものへと視線を向ける。

「これは私の固有武装、狙撃砲・イノーメスカノン。これから試し打ちするんだけど、見学する?」

挨拶だけのつもりだったが、自然とそんな言葉が口から出た。せっかくの機会だし直接話してみるのもいいかもしれない、となんとなく思ってのことだった。

「ホント!?見学する!」

ディエチの言葉に、興味を持って誘いを受けるイスズ。イスズは格闘型のスタイルであるため射撃系のスキルはあまり習得していない。直接体を動かす方が性に合っているというのが一番の理由だが、かといって射撃魔法に憧れがないではないのだ。派手にぶっ放すその光景はある種の爽快感を得られる。それを見学していいというのなら是非見たいと思うのは当然のことだった。
かくしてディエチはイスズを連れだって、地下施設であるスカリエッティラボのさらに深い場所まで下りていく。撃つ時の高エネルギー反応を管理局などに捉えられないようにするためには必要なことだった。

訓練場内の狙撃ポイントでイノーメスカノンのスタンバイを行うディエチ。実戦での運用ではクアットロとともに行動することが多いが、ディエチ一人でも観測手、狙撃手両方の役割を担うことはできる。それに今回はイノーメスカノンの発射テストだ。ただ打つだけなので観測手は必要ない。
イスズはその光景を少しはなれた場所で見学していた。やがて準備が整ったのか軽くイスズに目を向けた後ISを発動するディエチ。

「まずは…AAランク」

その言葉とともにトリガーを引く。イノーメスカノンの銃口から、イスズの身体くらいは簡単にのみこんでしまうくらいの太さの光線が解き放たれ、訓練場を一瞬だけまぶしい光が照らした。
イスズはその光景に知らず息をのんだ。砲撃というものは家にいた頃にテレビを通して何度か見たことがある。しかし、これほどのエネルギーを内包した物を見たのは生まれて初めてのことだった。イスズが圧倒されているうちに再チャージが行われていた。

「次はAAAランク」

そして再び放たれた光線は先ほどの物よりも、輝きも太さも速さも増していた。まだ上があるのかと驚くイスズ。それでもまだディエチにとってはウォーミングアップだった。

「S+ランク」

一足飛びにさらに威力を増した砲撃が放たれ、反動でディエチは僅かに後方へずり下がる。
とりあえずはこんなものかな、とイスズの方に振り向き、向けられる視線に気付く。

イスズの瞳は満天の星もかくやというようにキラキラと輝いて、惜しみない尊敬のまなざしをディエチに向けていた。

(……この子、ちょっと可愛いかも)

現状の最高威力砲撃でも問題なく撃てることが確認できたので、本来ならこれ以上のテストは必要ないのだが、イスズの期待のこもった純粋な眼差しを受けて、拡散砲や連射なども披露してしまったディエチだった。

…後日、せっかく改良した新装備を一日で使いつぶしたことをクアットロに責められるディエチの姿があったとかなかったとか。















---あとがき---

スカ組に捕らえられているイスズに与えられた装備や、開発した魔法、戦技の説明回でした。
この辺の話を普通に書くとやたらと長ったらしく話数を消化してしまうので、こんな感じになりました。

刃翼のイメージは、『ネギま』の魔法世界編に出てきたカゲタロウの影や『はじめてのあく』のジローのマントとかに近い感じです。
メテオナックルのギミックについては最近だと『戦姫絶唱シンフォギア』の響の腕についてた腕部ユニットが近いかな?あっちは使う前にその腕部ユニットを引いてましたが、こちらは引いてある状態がデフォルトって感じで、イスズの意思により拳部分に叩きつけられてエネルギーを撃ちだします。拳版パイルバンカーかな?

ほぼ説明文だけで構成されてたので、これじゃちょっと体裁が悪いと思い、最後にちょっとほのぼの話を追加。
StrikerSの開始までしばらくかかると思われるので、本筋からは外れたこういう話をなるべくちょくちょく挟んでいきたいと思います。



[24600] イスズの初めてのおつかい(?)
Name: 龍咲◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2012/06/16 22:00
「おおおぉぉぉぉ!!!」

「はあぁぁぁぁぁ!!!」

トーレのインパルスブレードとイスズの刃翼が鍔迫り合いをして火花を散らす。
インパルスブレードを抑えたことでトーレの腕はふさがっているが、イスズの腕は刃翼とは無関係に動かせため大きく振りかぶる。しかし、振りぬいた拳は空を切る。
一旦後ろに下がって拳打を避け、そのまま瞬時にイスズの背後に回るトーレ。その勢いを乗せて回し蹴りを放つ。

「はぁ!」

「くっ」

刃翼を戻すのが間に合って、受け止めることにギリギリ成功する。しかし勢いまで殺すことはできずそのまま吹き飛ばされる。

「なんの!」

だが体勢を立て直して、飛ばされた勢いをそのまま初速に変えて予め発生させていたウイングロードに乗る。

「走れ!ソニックウイング!」

そのまま一気にスピードを上げて、追撃を狙っていたトーレから距離を取る。

「逃げているだけでは私に勝てんぞ!」

追わずに空中に留まりながらイスズに向けて声を荒げるトーレ。

「逃げてない!体勢を立て直しただけ!」

その言葉が事実であることを示すように、イスズは大きく弧を描いてトーレの方に向きを変える。背中の2対の翼はためかせながら、距離を取っている間にエネルギーを貯めていた左腕を大きく振りかぶる。

「散雀-チリスズメ-!」

そのトリガーワードとともに振りぬかれた左拳から、雀の形をした金色のエネルギーが無数に撃ち放たれた。
イスズの遠距離攻撃手段の一つである散雀。一つ一つでは威力は高くないものの、避けることが難しい散弾となってトーレに襲いかかる。一羽一羽にイスズのエネルギー集束特性が発揮されており、無視はできない威力を秘めている。
放った位置が遠く十分な回避距離があったため、避けること自体は可能だが、大きく旋回して避けることを余儀なくされたトーレ。

「飛鷲-トビワシ-!」

その位置に来ることがわかっていたかのように、今度は右拳から鷲の形をしたエネルギーが撃ち放たれた。
もうひとつの遠距離攻撃手段、飛鷲。散雀は散弾による面攻撃、飛鷲は一点集中の高威力砲だ。イスズに遠隔操作の才能はなく、撃ち放ったまままっすぐ飛んでいくことしかできないが、その分弾速は速い。

「甘いっ!」

しかしトーレは無駄のない動作で、飛鷲をインパルスブレードで弾いて直撃を防ぐ。避けられるスピードではなく、受け止めるには危険な威力を秘めた一撃を、難なくいなす。戦闘機人という強い肉体に頼るだけでなく、長い修練の結果に得た武人としての技量だ。

「はあああああああ!!!!」

「むっ!?」

だがイスズにとってそれも想定内。ソニックウイングのトップスピードで、瞬時に飛鷲の対処に気を取られていたトーレに接近し、刃翼でインパルスブレードを封じ、全力で右腕を振りかぶる。

「槌鷲-ツイワシ-!!」

「ぅぐっ!」

肘に装着されていたメテオユニットが、拳と同時にトーレの脇腹に叩きつけられ、集束されていたエネルギーを解放する。回避行動をとっていたおかげで直撃そのものは免れたが、それでも生半可な威力ではない。少なくとも前回より明らかに威力が上昇している。
現時点でのイスズの持つ最大威力の攻撃は、歴戦の戦闘機人の表情をゆがませるには十分な威力を持っていた。

だが、

「っ、そこだぁ!!」

「っぐ!? かは―――――」

大技が決まって僅かに気が緩んだその瞬間、トーレの膝蹴りがイスズの顎を直撃。イスズはそのまま意識を刈りとられ、通算70戦目にあたるトーレとの模擬戦は、今までと同じ結果で幕を下ろした。



「きゅう~~~」

「~♪」

模擬戦終了後、未だに目をまわしているイスズの頭を自分の膝の上に乗せて、ディエチは何やらご満悦だった。

「日に日に動きに鋭さが増しているな」

「だが詰めが甘いのはいつまでたっても直らん」

模擬戦時の映像を見ながら呟くチンクにトーレが苦言を呈する。
近頃はトーレをして「これは」と思う攻め手も多くなってきたが、有効打を一撃決めた瞬間に気を緩める癖は治らず、未だトーレを相手に勝ち星を上げることはできていない。

「ですけど強くなっていっているのは事実ですわ~。エネルギーの運用効率も上がって、出力操作や精密操作もうまくなっていってますし~。そろそろ模擬戦だけでなく実戦も経験させてあげたいところですわねぇ」

「実戦?イスズを外に出してなんか任務でもやらせるの?」

ディエチの傍らでイスズの様子を眺めていたセインが心配そうな顔で尋ねる。強くなったといってもそれは決められた範囲、ルールの中での強さだ。実戦の場で持っている力が100%全て発揮できる場面は驚くほど少ない。

「だいじょ~ぶ。ルーテシアお嬢様のレリック探索に同行してもらおうと思ってるだけですからぁ。騎士ゼストもいらっしゃいますし、大抵のことは大丈夫ですわ~」

「ふむ、騎士ゼストが同行するのであれば問題はないか」

「チンク姉が問題ないって言うならいいんじゃないかな」

おそらくナンバーズの中で一番ゼストの実力を知っているであろうチンクが認めたことで、ディエチも一応の賛同の意を示す。
当のイスズは、ディエチの膝の上で髪を撫でられながら寝息を立て始めていた。

「わ~、寝顔かわいい」

「はぁ…、本当に大丈夫なのか?」

だらしない寝顔を浮かべているイスズを横目で見ながら、トーレがため息をつく。イスズの周りは今日も賑やかだった。



「というわけで、イスズちゃんの初めてのおつかい~」

「えっ?え?」

方針決定から数日後。
イスズには何の通達もなしに全ての準備が整えられていた。いつも通りの魔力やエネルギー運用の座学や戦闘訓練を行うものと思っていたイスズはひたすら疑問符を浮かべていた。
背後には見送りなのかクアットロ以外にもトーレ、チンク、セイン、ディエチが並んでいて、目の前には旅支度を整えたゼストとルーテシア。そしてイスズの必要装備の一式が既に用意されていた。状況がのみこめないうちに、野営用のキャンプ道具や数週間分の保存食が収められたリュックをイスズは背負わされる。

「どういうこと?」

傍らで額に手を当てて呆れているチンクに不安そうな顔で尋ねるイスズ。

「クアットロ…。イスズに話していなかったのか…」

「だってぇ、薄暗い地下基地生活ですから時にはこんなサプライズも必要かしら~と思って」

「まったく…」

クアットロはどうやらイスズの困った顔を見るのが随分気に入ったようで、時折こうやってイスズで遊ぶことが多くなってきた。今もイスズの顔を見て悦に浸っている。セインも同じようにニヤニヤしている。
近頃はセインのイスズいじりにも手を焼いているので、悩みの種が増えてチンクは頭が痛い。視界の端ではルーテシアとイスズが「いや?」「え?いやじゃないけど、おつかいってなにするの?」とやり取りをしているのが映る。

「はぁ、ちゃんと説明してやれクアットロ」

大きなため息をひとつ吐いてクアットロに話すように促すチンク。

「はぁ~い。簡単に言うとルーテシアお嬢様と同行してレリック探索をしてもらいたいんです~。最近イスズちゃんの成長が著しいので、模擬戦ばかりではなく一度外で腕試しをしてほしいというのがその理由です~」

「腕試しって…何かと戦うの?」

首をかしげるイスズ。戦うこと自体には特に抵抗はない。臨海空港でチンクと戦った時以外に実戦経験はないが、これまでの訓練で自分の力が高まっているのは感じていて、大抵の相手にはひるまず挑める自信があった。

「…今までレリックのあった遺跡には、防衛用のゴーレムとかが居たときもあった」

イスズの疑問に答えたのはルーテシアだった。態度が若干そっけなくはあるが、ここまでの数ヶ月の間に会話が成立する程度の関係を築くことに成功していた。少なくともルーテシアはイスズに対して壁を作ることはなくなっていた。

「要するに、そういうのをばっさばっさと倒してレリックを回収してきて欲しいんです~」

簡潔にまとめるクアットロ。今回ウーノが見つけ出してきた遺跡にはそういった防衛機構が存在するとの情報があったので、ほぼ確実に戦闘行動は行われるとの想定だった。ゼストやルーテシアの召喚虫であるガリューがいれば戦力としては十分ではあるが、イスズのテストも込みで同行させることにしたのだ。

「へ~。……あれ?それって盗掘じゃ?」

初めは納得しかけていたイスズだが、途中で大事なことに気付く。
たしかロストロギアの発掘作業には色々申請とか許可が必要だとどこかで聞いた覚えがある。

「あら、私たちが密輸品の取引をしたり、管理局の一部隊を壊滅させたり、世間一般では『悪』と称させる分類にいるということをお忘れですか?」

クアットロが「何を当たり前のこと」といった風に返す。

「…忘れたわけじゃないけど。でもみんなそんなに悪い人じゃないし…」

このラボで暮らしていく中で、イスズは共に生活する彼女たちに対して、最初の頃のような隔意を抱くことは少なくなった。
最初の出会いこそアレだが、命の恩人であり、日々自身を気遣ってくれるチンクのことは姉と呼んで慕っている。これはイスズは自覚していないが家族に会えない代償行為の面もある。だがチンクはそれを受け入れて、ちゃんと姉としてイスズのことを労わっている。
ディエチは言葉少ないながらも何かとそばにいてかまいたがり、気が付いたら隣にいて頭を撫でてくれる優しいお姉さんという印象だ。
セインに対しては、いたずらを仕掛けてくるときはちょっとキライだけど、それ以外の時は明るくて面白いので一番気軽に付き合えている。
トーレは最初近寄りがたかったが、戦闘訓練で稽古をつけてもらえるようになった辺りから一人の武人として尊敬している。
ウーノとは話す機会は少ないためよくわからないが、一定の敬意を払って接してくれていることは感じられたため悪感情は持っていない。
ただ、クアットロに対してはいくらか燻っているものがある。直接的な命の恩人であり、身体の調整や固有武装/デバイスの作成をしてくれたりと親身に接してくれてはいる。それでも母の身柄を盾に脅しをかけられたことはイスズにとって忘れられない記憶だ。嫌ってはいない、決して嫌ってはいない。だが、どうにもクアットロに対するもやもやとした感情は晴れることはなかった。

「良い悪いなんて関係ない。我々はただクライアントの依頼を実行しているだけだ」

イスズの言葉に対して、トーレが平然として答える。

「クライアント?」

「イスズちゃんが気にすることではありません」

イスズの疑問を切り捨てるクアットロ。これについては皆答える気はなようで、イスズと目を合わせない。

「………」

しばらく誰も言葉を発しない時が流れた後、気を取り直すかのようにクアットロが口を開く。

「さ、外出するにあたっていろいろと説明があります」

「…うん。ってあれ?そう言えばここの出口ってどこにあるの?」

クアットロの仕切り直しを仕方なく受け入れたイスズだが、ふと大事なことを思い出す。
イスズはここにきてから一度も外に出たことはなかった。そのため出入り口がどこにあるのか知らないのだ。普段の生活空間と、母のいる区画、そして戦闘訓練や学習を行っている区画以外は通れないようになっているので、出入り口以外にも、このスカリエッティの潜むラボが、どの世界のどこにあるのかさえイスズは知らされていなかった。

「それは教えることはできません~。ここへの出入りは全てルーお嬢様の転送魔法で行ってくださ~い。つまり、ルーお嬢様とはぐれるとこちらへ戻ってこれなくなります~。言っておきますが、そのまま逃亡しようとしないように~」

「…わかってるよ」

言外にクイントのことを含んでイスズに釘をさすクアットロ。これがあるからイスズはクアットロに対して複雑な感情を抱いているのだ。

「続いて、イスズちゃんが着ているそのラバースーツについてです~。今までは私たちが来ているものと同じだったんですが、今着ているのはイスズちゃん専用の特製品で~す。それの防御性能のテストも兼ねてますので自前のバリアジャケットの展開は決してしないでくださいね~?」

「特製品?どのあたりが?」

今朝無理やり着替えさせられたスーツを見るイスズ。上半身は身体にぴったりとフィットしたラバースーツと、半袖のジャケット。下はハーフパンツといって見た目だった。見た目は以前の物と特に変わりはないのでよくわからなかった。

「私たちのスーツはβ型レリックのエネルギーを元に性能を発揮していますが、イスズちゃんにはα型レリックの魔導師モードがありますでしょう?そちらにも対応できるように調整してあります~」

「へー」

「あ、でも外ではあまり魔導師モードを使うのは控えてくださいねぇ?魔力光やバリアジャケットでイスズちゃんだってばれないように隠すのが主な目的なんで」

「へ?」

そう。ハッキリ言ってしまえばスーツの性能テストよりもそっちの方が重要だった。
イスズにはまだ話していないが、イスズの父、ゲンヤ・ナカジマはイスズの生存を信じて調査を続けている。クアットロにとってイスズは己の最高傑作であり、まだまだ手放したくはない実験材料なのだ。生きていることが露見して、本格的に捜査をされるのは出来ることなら避けたいのが本音だ。

「イスズちゃんも犯罪者として手配されるのは嫌でしょう?」

「まあそうだけど…」

本当の理由は説明しない。イスズの帰郷の念を刺激するようなことは極力伝えないようにしている。

「で、顔についてはこれをかぶって隠してください」

そう言って何処からともなく取り出されたのは、ラバースーツと同じ紺色を主体としたフェイスマスクだった。イスズの技を参考にして、鳥の意匠が刻まれていたりと、微妙に凝ったデザインをしている。

「なにこれ?」

「これはイスズちゃん専用のフェイスマスクです。とりあえずかぶってみてくださいな」

そう言ってイスズの頭にかぶせるクアットロ。装着された瞬間、イスズの長い髪はマスク内に収納される。
ゴーグル部分の透過率はほぼゼロなため、外から見るとまったく表情がうかがえない。イスズの線が細いことや、子供であることも相まって傍から見ると男の子か女の子であるかすら判断がつかなくなった。

「……あ、普通に見える」

装着してみると、そこにマスクなどないかのように普通に見ることが出来た。
高速での近接戦闘を行うイスズにとって視界というのはとても重要だ。視界が狭くなることを懸念していたがそんな心配もないようだった。

「暗視モードやエネルギー探知モードなどいろいろ機能がありますから、探索の際には役立つはずですよ~。それともう一つ。イスズちゃんの一人称って何でしたっけ?」

「一人称?『僕』だけど…ってあれ?」

イスズの一人称は『スズ』。自分の名前を短縮しているのだが、それでは姿をいくら誤魔化しても意味をなさない。一人称は一朝一夕で直るようなものではないのでフェイスマスクに一つ仕掛けを施したのだ。『スズ』と言ったら『僕』と自動的に変換するように。

「あと右耳の方にあるボタンを押してみてくださ~い」

「これ?…わわっ!?」

押した瞬間、一瞬でイヤーカフスに変化した。解放されたイスズの髪がフワリとたなびく。

「必要がない時はそっちに切り替えておいてください。もう一度押すと切り替わりますから、人前に出るときにはちゃんとフェイスマスクをしてくださいね~」

「ん~、わかった」

何度かフェイスマスクとイヤーカフスの切り替えをしてみるイスズ。髪の毛が収納されたり解放されたりする感触がなにやら気に入ったようだった。

「以上、説明はこんなところです~。何か質問は?」

「なんで僕だけこんな重装備なの?」

至れり尽くせりではあるものの、正直過保護すぎるような装備に、イスズは少し不満げだった。

「ゼストと私は認識阻害の魔法が使えるから」

「あ、そうなの…」

暗に技術不足と言われたようで若干へこむイスズ。

一通りの説明を終えたクアットロは最後にもう一度荷物を確認し、出発しても構わないとルーテシアに向けて頷く。

「それじゃあ行ってくる」

そう言って転送魔法の術式を発動させるルーテシア。これまで瞑目していたゼストと共にその魔法陣の中に入るイスズ。

「頑張って」

「いってらっしゃーい!」

「気をつけてな」

「頑張ってくださ~い」

「無様はさらすなよ」

ナンバーズ達が口々に見送りの言葉を贈る。

「うん!行ってきまーす!」

大きく手を振るイスズ。その姿はやがて転送光の光の中に消えていった。
ゼスト、ルーテシア、イスズ、3人の旅が始まる。













ある日の一幕 その二
ナンバーズ1番、ウーノの場合。

「あら」

「む」

日課のようにクイントの様子を見に来ていたイスズと、クイントを含む生体サンプルの保存状態の確認ために訪れたウーノが鉢合わせになる。

「こちらでの生活は慣れましたか?」

「……まあそれなりに」

クアットロに連れられて顔を合わせをしてから数ヶ月が経っているが、ウーノとイスズが会うのはこれが二回目だ。
ウーノは基本的にスカリエッティとともにいる。イスズは、母を攫いルーテシアを"作品"と語るスカリエッティのことを徹底的に避けてきた。結果的にウーノと会うこともなかったのだ。
スカリエッティに対する不信感をウーノに対しても抱いているイスズは、これ以上話すことはないというようにウーノの横を通って足早に立ち去ろうとする。
しかし、それを遮るように歩み寄るウーノ。

「少しお話でもしませんか?」

「…なんですか?」

「そうですね…。あなたの家族の近況に興味はありませんか?」

「!!」

ウーノの主は仕事はスカリエッティの秘書として最高評議会の者たちと言葉を交わすことがある。その時彼らから、デュアルレリックウェポンという貴重な実験体である少年が万が一にも逃げ出したりしないように、なるべく親しく接するようにとの命を受けたため、ウーノなりに考えてイスズの最も興味があるであろう話題を出した。

「…元気にしてる?」

その考えは間違っていなかったようで、イスズの興味を引き出すことが出来た。

「ええ、3人とも御健勝です」

イスズのこちらでの行動、毎日クイントのもとを訪れること、チンクのことを姉といって甘えた様子を見せることから、家族に対しての思いが強いことは予想が出来た。そのことを考慮してイスズのご機嫌取りの方法を考えたときに、家族のことを教えることが一番効果があるのではないかと思えた。

そのため管理局内でスパイとして暗躍している妹に情報収集を依頼した。イスズが知らないであろう事故後から現在に至るまでの詳細な生活の様子が1週間もしないうちにウーノの元に届けられた。「こんなつまんない仕事振らないで」というメモとともに。
己のISを活かして、聖王教会や時空管理局などの重要組織にもぐりこんで情報収集や重要物品の奪取、時には暗殺までもこなすナンバーズ2番、ドゥーエ。彼女には彼女なりの仕事に対するプライドがあるようで、父親が管理局員ではあるとはいえ一般家庭の情報を調べるのは、場末の興信所の探偵にでもなり下がったかのようで苦痛だったらしい。かといって彼女以外に依頼はできない。自分達でも利用できる裏の情報屋に依頼するという方法もあるにはあるが、一人の少年のご機嫌取りのためだけにするようなことではない。とは言ってもそうそう頻繁に必要になる情報ではない。だいたい半年ごとにまとめて調べるくらいでちょうどいいだろうし、身内に甘いドゥーエの事だ。自分の教え子たるクアットロ辺りが頼めばまた調べてくれるだろう。
そんな感じに手に入れたナカジマ家の情報をイスズに話すウーノ。

「お父様は来年度から設立される新部隊の部隊長を務めることが決まったようで、通常業務のほかに次の部隊の立ち上げ作業に追われて、忙しい日々を過ごしていらっしゃるようですね」

「そっかぁ、お父さんがついに部隊長かー」

尊敬する父の出世に喜ぶイスズ。

「上のお姉様であるギンガさんは陸士訓練校で現在首席の成績を修めています。正式決定ではありませんが、お父様の部隊に配属される予定のようです」

「首席!?ギン姉はやっぱりすごい!」

イスズにとって大好きな姉であり、尊敬すべき師匠であるギンガの話を聞きイスズは目を輝かせて喜ぶ。事故前の成績は5位くらいだったとイスズは記憶している。そこから成績を上げたということはギンガは元気でやっているということの証明だ。

「そしてもう一人のお姉様、スバルさんですが、彼女は来年度に管理局の陸士訓練校に入校するため、魔法について猛勉強を行っているところです」

「…え?スゥ姉が局員を目指してるの?どういう心境の変化があったの?」

イスズが知るスバルは、己の中に眠る戦闘機人としての能力に忌避感を抱き、その力を使うことがないように一般人として生きることを望んでいたはずだった。

「きっかけは臨海空港事故の時に、彼女を救助した魔導師に憧れたからだそうです。『ただ泣いて助けを求めることしかできなかった自分でいるのが悔しくて、いつかあの人たちのように誰かを救えるようになりたい』というのが面接の練習の際に話していたことらしいです」

なお、この話は酒の席でゲンヤが同僚に話していたのを盗み聞きしたらしい。ゲンヤは危険な仕事を目指す娘に不安を覚えると同時に、立派になった事にも喜び、複雑な表情をしていたそうだ。

「事故が原因…か」

あの事故を引き起こしたの自分だと言う自覚があるイスズ。平穏を望んでいたはずのスバルに危険な道を進ませてしまったことに落ち込む。

「きっかけがどうあれ、決めたのは彼女自身です。あなたが気にする必要はありません。それに、彼女を助けた人物が魅力的すぎたのも原因の一つです」

イスズの様子を見てフォローを入れるウーノ。中空にピアノの鍵盤のようなキーボードを表示させ、軽く操作を行う。

「え、誰?」

「こちらを」

ウーノに見せられたディスプレイには管理局の広報紙が表示されていた。見出しには派手に修飾された『本局のエースオブエース!高町なのは』の文字と笑顔の少女の写真が掲載されていた。

「……こんな人が颯爽と現れて助けてくれたんだったら、そりゃ憧れもするよね」

「救出のために壁抜きの砲撃を撃ったり、スバルさんに倒れかかった石像を真っ二つにしたりと、やたらとインパクトがあることをしたらしいですから、印象に残ったんでしょう。後者は高町なのはではなく、同行していた御兄弟がされたそうですが」

「そうなんだ」

一通り話を聞いて満足した様子のイスズ。ウーノに対する不信感も薄れた様で、最初の頃の硬い感じはなくなったように感じる。

「数ヶ月か半年周期でまたお伝えします。では今日の所はこれで」

「あ、はい。ありがとうございました!」

最後はウーノに笑顔を向けて去っていったイスズ。その様子を見送って、ドゥーエから送られてきた情報を見返すウーノ。

「あなたの生存を信じて個人的な捜査を続けている、という話は逆に脱走の意思を高めることになりそうですから、これについては伏せておきましょう」

そうつぶやいて踵を返す。彼女にはまだまだやらなければならない仕事が沢山あるのだった。













---あとがき---

次回、遺跡でのレリック探索。
ロストロギアのある遺跡ということで、とある原作キャラと遭遇する予定です。

しかし、ディエチがどんどんブラコンになっていってる気がするな…。



[24600] レリック探索と実戦
Name: 龍咲◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2012/08/05 22:25
ルーテシアによる世界間転移魔法を幾度か繰り返し、ゼスト・イスズ・ルーテシアの一行はとある高台に舞い降りた。久しぶりの外の空気にイスズは両手を広げて自然の空気を満喫する。せっかくの外ということでフェイスマスクは現在待機モードになっている。

第27管理世界、チゼータ。
星の形状は小さな球状の主星の左右から、横に楕円形の球体を半分にしたような形状の重力発生装置が生えている。国土は真ん中の小さな主星のみで、大変狭いことで有名である。
管理世界とは名付けられているものの、常駐する局員は存在しない。国土が狭いが良き王の目が国の隅々まで行きわたり、この世界で今まで大きな争い事が発生したことがないためだ。
あえて歴史上から挙げるとすれば、ベルカ戦乱期に避難してきた一団と小さな小競り合いを行ったくらいであろうか。現在では立派な聖王教会が建てられていることからわかるように、チゼータの者も、ベルカ出身の者も関係なく良い関係を作れている。

今回の目的は、その戦乱期に避難してきた一団が所有していたと言われるレリックだ。
チゼータにもともと存在した洞窟を掘り進み、最深部にレリックを安置する神殿を作ったらしいのだ。ベルカの民が、原住民との争いが長期化する可能性を考慮して、一番重要なものを最も地上から遠い攻められる心配の薄い場所に隠したのだと予想される。
だが、チゼータの国民から意外とあっさり受け入れられたため、地下深い場所まで礼拝に行くのが面倒になり、なおかつチゼータの王が友好の証として立派な教会を建ててくれたこともあって、年月と共にいつしかレリックを安置した洞窟のことは忘れ去られるようになってしまった。

このほど当時の資料が発見され、ロストロギアの探索のため本局から遺跡発掘チームが編成されるという情報をウーノが仕入れてきた。放っておけば管理局がレリックを回収してしまう可能性が高いため、なるべく早めに回収する必要がある。

「で、あそこが地下神殿につながる洞窟の入口らしいけど……あれってやっぱり局の調査団だよね?」

「…そのようだな」

イスズが指差す先には大きな洞窟の入り口と、十数人の人間の姿が見えた。そこをベースキャンプにしているのかいくつかのテントが建てられているのも確認できる。

「戦闘魔導師の数は多くなさそうだけど、あそこ突っ切って入るの?」

勝てる自信はあるものの、表立って局員と争いになるのは出来ることなら遠慮したいイスズはルーテシアに伺いをたてる。

レリック探索の方針はルーテシアの一存で決定する。母を救うために最もレリックを必要としているのルーテシアであり、ゼストやイスズはその護衛だ。
イスズの言葉をうけて、ルーテシアがグローブ型のブーストデバイス、アスクレピオスを点滅させ、事前にウーノから渡されていた簡易マップを表示させる。

「…別の入口がある」

ルーテシアが示した通り、現在管理局と思われる一団が集まっている部分以外にもいくつかの入口があることがわかる。それには内部の構造も記されているが、崩落などで現在は構造が変わっている可能性もあるらしい。

「ではあの連中がいない入口に向かおう」

ゼストの言葉にルーテシアとイスズが頷き、一団に見つからないようにそっと高台を後にした。



「ここなら問題ないだろう」

ゼストが指し示したのは、最初に見た局員が構えていた入口と比べると随分小さな横穴だった。おそらくは正規の入口ではなく、緊急時の脱出場所として作られたものだろう。

「それじゃ早速中へ―」

「待て。先頭は俺が務める。それとルーテシア、ガリューを召喚んでもらえるか」

イスズの肩を掴んで止め、ルーテシアに指示をするゼスト。レリック探索の方針決定を行うのはルーテシアだが、実際に探索を行うときに指揮を執るのはゼストの役目だった。曲がりなりにも元管理局地上本部の首都防衛部隊の隊長だ。イスズもルーテシアも素直に言うことを聞く。

「おいで、ガリュー」

アスクレピオスを掲げて、ルーテシアの足元に召喚魔法陣が描かれて輝きだす。
そこから黒い繭のようなものが現れ、そして繭を突き破って黒い人影が姿を現す。

「えっと、召喚虫のガリューだっけ?始めまして、イスズです」

――コクン

これまでのルーテシアとの会話の中でガリューの存在は聞き及んでいたイスズだったが、顔合わせは初めてだったためあいさつを交わす。ガリューは言葉を発することはできないため、頭を軽く下げて紳士然とした丁寧な返礼をするガリュー。
召喚"虫"とのことだが、大きさは人間サイズで二足歩行をする無骨な格好をしており、見方によっては黒い鎧を着た人間に見えなくもない。

準備が整ったため一行はゼストを先頭に、イスズ、ルーテシア、ガリューの順に遺跡内部に足を踏み入れていく。内部の通路はそれなりの広さがあるが、刃翼、風翼は展開しているとやはり邪魔になるため、体に巻きつけるようにたたんでいる。風翼は腰のまわりを覆っているのでスカートか腰巻のように見え、刃翼はケープを羽織っているように見える。初見ではこれが翼だとはわからないだろう。
遺跡内部は照明装置などはないため、ルーテシアが作った光を発するスフィアで道を照らしながら進んでいく。

「………」

「………」

「………………はぁ…」

内部に入ってから一刻ほど経過しただろうか。事前にウーノから提供されたマップがあるためそれほど迷うことなく歩み進めていく一行。中には道が崩れていたため回り道をしなければならない個所もあったが、概ね問題なく進めていた。イスズ達が選んだ入口が緊急脱出用のものだったこともあり、道はそれほど複雑ではなかった。管理局の一団が構えていた入口側からだと、居住区画などもあったらしいが、こちらにはそういったものは見受けられなかった。
探索自体は順調だった。ただ

(無言の空間がつらい!)

ゼストもルーテシアも言葉が多い方ではない。それにこの遺跡内に入り込んでいるのはイスズ達だけではないため、こちらが発した物音がもとで局の遺跡探索員と遭遇したくないということもある。それはわかるのだが、もうちょっと緊張を紛らわせるぐらいの会話くらいあってもいいじゃないかなーと思うイスズだった。ナンバーズ達と過ごす日々がいつも騒がしいせいでそう感じてしまう。

まあ、そうも言ってられない事態が訪れた。

「気をつけろ、防衛のゴーレムに見つかったようだ」

「了解っと。フェイスマスク、オン。こういうのがいるってことはいよいよ最深部が近いってことだよね」

「ん…」

「―――」

イスズはイヤーカフスに触れてフェイスマスクを装着。ルーテシアはアスクレピオスを胸元に持ってきて小さくうなずき、ガリューはルーテシアを守るように一歩足を踏み出した。
トンネル状の道の先に、少し開けた広間が見える。ルーテシアが光源となる魔力球を投げ込むと広間の様子が見渡せた。
綺麗に並べられた石畳と、壁と天井も板か何かが打ちつけられて小奇麗に整えられた少し小さめな講堂くらいの広さの空間だ。そこに大人を二回りほど大きくしたサイズのゴーレムが十数体顔をこちらに向けて緩慢な動作で足を動かしているのが見えた。武器を持っているもの、鎧のようなものを纏っているものもいる。

『ォォォォォォ……』

「えっと、エネミースキャン機能実行。……出た。推定だけど、物理強度Aランク、魔力耐性Bランク。物理破壊力Aランクで魔法的な攻撃手段はおそらくなし」

イスズのフェイスマスクの機能の一つであるエネミースキャン機能を使用して敵ゴーレムの分析を行う。
イスズは攻撃系以外の魔法は習得していない。デュアルレリックウェポンとして純粋な"武力"のみを高めていきたいというクアットロの育成方針というのもあるが、そもそもイスズはその辺りの才能を全く持ち合わせていなかった。
その分、魔力集束特性という珍しい特性を持っていたり身体強化系統の才能には長けているなどバランスは取れているが、攻撃面では射撃魔法に向いていない為、イスズが到達するべき戦闘手段は基本的に"近づいて殴る"という実にシンプルなものに終始することになる。

「倒せるか?」

ゼストがイスズに問う。自信がないというのであれば自分ひとりだけで倒すつもりだ。

「いけます!」

軽く胸を叩いて自信ありげな表情を浮かべるイスズ。マスクに遮られてゼストからは表情は見えなかったが、イスズから感じる闘志は強く感じられた。

「…ではいくぞ!」

「はいっ!」

飛び出してゴーレムに一直線に向かっていく二人。
ルーテシアはそのまま後方に控えて、いつでも攻撃できるように魔力で形成した紫紺のダガーを中空に召喚して待機させ、ガリューはルーテシアを守るように周囲の警戒を行っている。

「キャリバーショット!!」

まず自分の力がどれだけ通じるのか、様子見の意味を込めてイスズはシューティングアーツの基礎中の基礎の技をゴーレムに叩きこむ。ソニックウイングの加速を乗せた蹴撃と、拳打のコンビネーションが綺麗にきまる。

普段トーレと行っている模擬戦ではシューティングアーツの技を使うことは少ない。現在のイスズのバトルスタイルの根幹を支えるのはソニックウイングとメテオナックルという固有武装と、刃翼と風翼の二対の翼であり、それを用いた戦い方はシューティングアーツとは別の物だとイスズは認識していて、ウイングアーツなんて名前はどうかなーとイスズ自身は思っている。
そのため、イスズが使用する"槌鷲"などの技には古代ベルカ語を設定して明確に区別するようにしている。イスズが古代ベルカ語を詳しく知っているわけではないが、シューティングアーツと区別する意味でトリガーワードだけ古代ベルカ語を設定しているのだ。

「うん、十分通じる!」

イスズの攻撃で右腕を破壊されたゴーレムがバランスを崩して倒れる。その横で拳の手応えに酔いしれて、周りを見てないイスズの後ろから別のゴーレムが迫っていた。

「…トーデス・ドルヒ」

「へ?うわわっああああ!?」

ルーテシアが放った紫紺の魔力で編まれたダガーがゴーレムの足元を破壊し、バランスを崩したおかげで振り下ろしたゴーレムの拳がイスズにあたることはなかった。…鼻先はかすったが。

「よそ見しない」

「はい…。すいません…」

叱られた。倒れているゴーレムはイスズが凹んでいるうちにガリューが始末した。

気を取り直して構えを取るイスズ。

「今までチンク姉とかトーレとの模擬戦だとずっと1対1だったからなぁ」

チンクによりスカリエッティのラボに連れられる前、ギンガに教えられていた頃も相対していたのはギンガ一人のみで対複数戦は何気に初めてのことだった。

「今度は相手が複数いることをちゃんと意識して…っと、展開!」

たたんでいた刃翼を展開して、機人モードのエネルギーをたぎらせる。あまり広い空間ではないので姿勢制御が必要なほどのスピードを出せない為、風翼はたたんだままだ。

「それじゃ、もう一回突撃!」

ソニックウイングのローラーボールを前方にいるゴーレムに向けて回転させて一気に接近するイスズ。

「はああぁぁぁぁ!」

両拳にエネルギーを集めて環状のテンプレートを浮かべるとともに、刃翼にエネルギーを加えて強度を上げて形状を少し大きめに再構成する。

イスズと相対するゴーレムの数は3体。そのうちの斧を持った個体はイスズが来るタイミングに合わせて振り降ろそうとして、その隣にいる槍をもっている個体もいつでも突き出せるように構えを取っていた。

『グォォォォォォ!』

「せいっ!」

上段から振り降ろされた斧と左側面から突き出された槍を、まず右足を前に体を半身にして斧の軌道から避け、今度は真正面から来る形となった槍に対しても半身にして避ける。斧持ちの個体に背を向ける形になったが、そこからさらに半回転、つまり最初の姿勢から考えると体を一回転させてうまく避け、その勢いを右拳に乗せて斧持ち個体の胴体に叩きこむ。同時に肘のメテオユニットが拳部分にスライドし、エネルギーが解放され爆発的な威力を発揮する。

「槌鷲-ツイワシ-―」

斧持ちゴーレムが崩れ落ちると同時に、槍持ちゴーレムも肩口から対角線上の腰までひかれた一本の線にそって体が滑り落ちる。ゴーレムの攻撃を避ける際に、遠心力を乗せた刃翼の斬撃で綺麗に切り裂いていたのだった。

『グォォォォォォ!!』

後ろに控えていた3体目のゴーレムが、武器を持たない代わりの巨大な拳をイスズに向かって振り降ろす。最初の加速の勢いを失わないうちに今度は左拳を相手の拳にぶつけるイスズ。同時にメテオユニットが炸裂する。

「連-レン-!!」

槌鷲・連。槌鷲のバリエーションの一つで、右拳だけでなく左拳も続けて叩きこむ連撃だ。威力のみを追求するなら右拳一本に集中する方が威力は高いが、曲がりなりにも槌鷲の名を冠するだけのことはあり、利き腕ではない左拳から放たれた一撃でも相手ゴーレムの腕を破壊するだけの威力は持っていた。

『ォォォォ……ォォ…』

それでも倒れず、破壊されていない方の腕でイスズを叩きつぶさんと振りかぶる。今度はイスズもそれを見逃すことなく、右足にエネルギーを集束させる。

「雉子矢-キギスヤ-!」

素早く懐に潜り込んで拳を躱し、ソニックウイングによる加速と魔力のこもった鋭い前蹴りをゴーレムの腹部にめり込ませる。

「だりゃぁぁぁぁ!!!!」

そしてその姿勢を保ったままソニックウイングを加速させ、ゴーレムを壁際まで押しつける。腹部に押しつけたままの右足は、ソニックウイングの裏にあるローラーボールの一つ一つを乱回転させてギャリギャリと削っていく。

『ガ…ゴ…』

ゴーレムは壁に押し付けられたまま、イスズから与えられる乱回転から来る超振動にガクガクと震え、やがて瞳の色が消える。

「んーと……。よっしゃ!」

よくトーレに詰めが甘いと叱られることを思い出し、本当に機能停止したかしっかり確認してガッツポーズをとる。周囲にゴーレムがいないことも確認済みだ。だが、そこでまたミスをしているのもイスズだった。

「チーム行動の時に単騎であまり離れるな。戻ってこい」

口調はそれほどきついものではないが、やんわりと叱られたイスズだった。
ここで行うべきだったのは、前衛のゼスト、後衛のルーテシアの存在を意思して多対多の行動することだ。しかしイスズがおこなっていたのは一対多。
気付けばゼスト達とイスズの位置はゴーレムがいた広い部屋の端と端。これだけ離れていたらいざというときのフォローができない。
そう、いざというときのフォローができないのだ。

「ん?」

ゼスト達のもとへ戻ろうとした瞬間、異音を感じて振り返る。半分壁にめり込んだゴーレムに動く様子はない。首をかしげるイスズだが、変化はすぐ訪れた。

―ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

「えぇっ!?」

壁に稲妻のような亀裂が一瞬にして出来、同時に崩落が始まる。よく見ればイスズが蹴り込んだゴーレムのいる壁から蜘蛛の巣状にヒビが広がっているのが見えた。

「やっぱり僕が原因!?」

言ってる間にゼスト達とイスズを隔てるように天井が落ちる。イスズは崩落に巻き込まれないように素早く別の通路に飛び込んだ。



――

―――

「お、おさまった…?」

しばらくして揺れや音がなくなった事に気付いて先ほどまでいた広間の方を見る。フェイスマスクの暗視モードを起動させて光源がなくても周囲が見えるように設定した。

「あちゃー…」

そこは完全に崩落しており、とても通れるような様子ではなかった。

『イスズ、無事?』

『あ、ルーテシア?うん。こっちは怪我してないよ。そっちは?』

瓦礫で塞がれた元広間を見ながら途方に暮れているとルーテシアから念話が送られてきた。完全にふさがってしまっているようで声は届かない為だろう。

『怪我はしてない』

『だが避難のために飛び込んだ道の選択を誤ったようだ。お前と合流するとなると、大きく回り道をしなければならない』

ゼストが補足するように現在の状況を伝える。それと同時にルーテシアから現在地のデータと、遺跡内部のマップが同時に送られてくる。イスズはそれをフェイスマスクに表示させて位置確認をする。

『ホントだ、結構遠い…。あ、そうだ!ルーテシアの召喚魔法でスズを呼び出せない?』

閃いた!というように言葉を弾ませる。ちなみにフェイスマスクによる一人称補正は言葉を発した時が対象であり、念話まではカバーが出来ない。

『難しい。こういう遺跡は転送・転移魔法で侵入されないようにジャミングがかけられてる。………座標がずれて壁に埋まってもいいならするけど?』

『遠慮しときます…』

ルーテシアが微妙に不機嫌な御様子。崩落の原因は明らかにイスズなので仕方がないとも言える。

『マップを見る限りスズは真っ直ぐ最深部に行けるみたいだから、先に行ってレリックを回収してくるよ』

イスズがいる位置からは回り道をする必要なく最深部にたどり着ける。逆に言えばイスズのいる位置からは、部屋が崩落してしまった以上最深部に行く道しか残されていなかった。ルーテシア達に合流するためには一度そこに行って別の道から戻るしかない。

『一人では危険だが、位置的にはそれも仕方なかろう。……俺たちもなるべく急ぐ。くれぐれも軽率な行動はとらないようにな』

『気をつけて』

『了解』

念話を終えて、瓦礫を見つめていた状態から振り返り、奥に続く道を歩み進めていく。

ゴーレムたちが待機していた広間が最後の関門だったのか、そこから先は特に障害となるようなものはなく、最深部の神殿にたどり着く。
神殿の名の通り、それなりに装飾が施されていて、天井も高く結構広い空間だった。少なくともスカリエッティのラボで模擬戦を行っていた部屋よりも広そうだった。

「ここが最深部か…。えっと、レリックは…」

レリックの発するエネルギー反応をサーチして場所を探す。ほどなく聖王を模したとみられる石像の胸元に納められているのを発見する。

「じゃあさっさと回収してルーテシア達にごうりゅ…う?」

その時、イスズが通ってきた通路とは別の所から光が近づいてきたことに気付く。ルーテシア達にしては早すぎるし、来るはずの通路とも違う。
正面入り口にいた局の調査員かもしれないと、イスズは見つからないように翼をたたんで石像の陰に隠れる。レリックはそのままだ。

「ふぅ…ここが神殿か。途中で崩落が起きてみんなとはぐれるし、結構時間がかかったなぁ」

現れたのはハニーブロンドの髪を後ろでまとめた、15~6歳くらいの青年だった。
薄く緑がかった白地の前掛けに、濃い緑で紋様が書かれているどこかの民族衣装風のバリアジャケットを纏っている。線は細く、光源として掌から翡翠の魔力球を浮かべているので魔導師ではあるようだが、とても戦闘者のようには見えない。

(局の調査員に追随していたただの研究者かな?あの人以外の反応はないし、本当にはぐれてるみたい。これならレリックを持ってダッシュで逃げても大丈夫かも)

希望的観測をして逃げる通路のチェックをするイスズ。だが、世の中そんなに甘くはなかったようだ。

「さて…と」

掌の魔力球を天井に放り投げ、神殿全体を照らす光を発する。そして続けてミッドチルダ式の円形の魔法陣を浮かべるハニーブロンドの青年。

「封時・捕縛結界!」

「!?」

一瞬にして神殿全体を包むように結界が張られる。突然の事態にイスズは動揺して僅かに物音を立ててしまう。
その音を耳にして青年はイスズが隠れる石像に視線を向ける。

「そこに隠れているのはわかってるよ。君だね?僕たち以外のエネルギー反応は。遺跡探索の許可は僕たち以外には出ていなかったはずだから、ちょっと顔を見せて事情を聞かせてくれないかな?」

口調も表情も優しげだが、言ってることとやってることはイスズにとっては最悪だった。

(わわっ!どうしよう!?なんか念話も通じないし!)

見た目が弱そうだと思って油断していた。いつの間にか閉じ込められてしまっている。
クアットロ作の便利マスクで解析したところ、結界の強度は単独で発生させたとは思えないほどの強度を有しており、生半可な攻撃では破れないことがわかる。
結界破壊ということであれば集束技法を用いた一撃で破ることは可能だろうが、相手がこちらのチャージを許すとも思えない。集束魔法は目立つのだ。気付かれないなんてことはあり得ない。
優男風の見た目に反して何気に凄腕の魔導師のようだった。

(こうなったら一撃離脱を狙う!)

まず彼を攻撃して隙を作り、その間に結界を破壊して逃走する。作戦と言うには拙いが、それ以外に方法がないとイスズは石像の陰から飛び出す。

「子供?」

その容姿に今度は青年の方が驚く。盗掘目的で遺跡の無断侵入をするものと遭遇することは多いが、幼い子供がいるのは随分珍しい。逆に顔を隠して盗掘する輩をよく見るため、フェイスマスクにはそれほど珍しさは感じてはいないようだった。
青年が驚いている間にもイスズのソニックウイングの加速は止まらない。

「はあぁぁ!」

「おっと」

あまり速いとは言えないような動きではあるものの、無駄のない動作でイスズの拳を避けて空中に浮かぶ。

「いきなり攻撃するなんてひどいなぁ。チェーンバインド」

「え、ちょ、多!?」

青年が手をかざし、一瞬で中空に4つのミッドチルダ型魔法陣を浮かべ、そこからさらに各4本のチェーンバインドがイスズに向かって伸びる。

「刃翼、風翼展開!」

バックステップで距離をとりながら、次々と襲いかかる鎖をなんとか躱していくイスズ。体捌きだけで避けられないため、体に巻いていた翼を展開させ、刃翼では切り裂き、風翼ははたき落としてなんとか16本全てを躱すことができた。その分青年との距離は開けてしまったが。

「見たことのない戦い方だね…」

16本全てを別々の複雑な機動で操りつつも、同時にイスズの操る翼を観察していた青年。
とても鋭いなどとは言えない柔和な目をしているが、そこに宿る光は『本物』だということが感じられた。

「何この人。本当に結構ヤバイ?」

距離が離れたため、お互いの様子を窺う。イスズとしてはまずい事にレリックのある石像の前の空中に青年がいる形となってしまった。

「とりあえずは自己紹介から始めようかな。僕の名前はユーノ・スクライア。無限書庫の司書長をやっています。今回は考古学者とこの遺跡と内部にあるというロストロギアの調査に来ました。君の名前を教えてくれるかな?」

微笑を浮かべたまま優しげな口調でイスズに向かって語りかける青年、ユーノ。
このままでは少々不味い。レリックを回収するためには彼を追い越さねばならないが、近づくとバインドが襲ってくる。かといって諦めるわけにもいかない。
ルーテシアの機嫌を直すためにレリックの回収はしておきたい。とにかく隙をついて飛び込むしかない。

「名前…。うーん、とりあえずイズミとでも名乗っとこうかな」

そのため思いついた方法は、ユーノの話に乗ったふりをして反撃のチャンスを探ることだった。

「とりあえず…ね。偽名かな?」

「…本名だと思って名乗っていた記憶はあるよ」

嘘ではない。前世の名前だというだけだ。
その言葉を受けてユーノは少しだけ表情を曇らせる。イスズの言葉から何かしら事情を想像して、そしてその想像はあまり気持ちのいいものではなかったようだ。

「……それで、イズミくんはなんでこの遺跡に入ったのかな?」

「ちょっと探検に。気が付いたらここにたどり着いただけで悪気はないよ」

これは少し嘘。目的はレリックの回収。マスクに阻まれているためユーノからはうかがえないが、イスズの視線はユーノと石像が抱えるレリックを行ったり来たりしている。

「それじゃあ、君のその力はなんなのかな?それ、魔力じゃないよね」

「―っ」

どうやらこのまま話を続けても不味いらしいことを悟るイスズ。イスズの刃翼が帯びる機人エネルギーに目ざとく気付いたようだ。それ自体はばれて困るようなものではないが、学者らしく観察眼は鋭い。

クアットロには正体がばれてはいけないと言われているし、様子見や隙を伺うことは諦めて仕掛けることにした。隙がないというなら作ればいいだけだ。

「散雀-チリスズメ-!」

「!」

左拳を振りぬいて、無数の雀の形状をしたエネルギー弾を放つ。
散弾となってユーノに飛んでいく雀の群れに隠れてウイングロードで追随するイスズ。風翼本来の役割である姿勢制御が必要なほどの速度を出していく。

「シュートバレット!と、プロテクション!」

イスズの放った雀たちに翡翠の魔力弾がぶつかる。数も威力もイスズの方が上であるためものともしないと思われたが、撃ったポイントがよく、軌道を逸らして雀同士をぶつけて勢いを減衰させている。そしてユーノに届いた雀はプロテクションにより弾かれる。

「そしてチェーンバインド!」

守るだけでなくチェーンバインドも放ってイスズを捕らえようとする。魔法陣も5つに増えていた。

「魔法の多重起動が半端ない…。あなたのマルチタスクどうなってんの!?」

ユーノの周囲に形成したウイングロードの道を走りながら、次々に襲いかかるバインドを飛んだり跳ねたり無数に発生させたウイングロードにランダムに飛び移ったり切ったり叩き落としたりしてなんとか避ける。
戦闘魔導師、特に空戦を行う射撃型の魔導師は高度なマルチタスクが求められる。飛行魔法の姿勢制御はもちろん、撃った誘導弾の軌道を操作したりいろいろとやらなければならないことが多い。
一度に多くの魔法を発動できるということはそれだけ並行して処理できる件数が多いということだ。それでもユーノは少々異常といってもいいかもしれない。

散雀の進路を計算して威力が弱まるポイントを正確に導き出して、そのポイントを外すことなく正確に打ち抜き、プロテクションに関しても必要以上に魔力を込めることなく、最小の魔力で身を守り、それとほぼ同時にチェーンバインドを複数生成してそれを一本一本個別に操る。
イスズとしてもトーレとの高速戦闘の際には姿勢制御、行動予測計算、攻撃魔法の形成など並行して行っているが、それでも彼の処理能力は常軌を逸していると印象を抱いてしまう。

「やだなぁ、精々200とか300だよ」

「そもそも桁がおかしいわっ!!」

イスズなんてその二十分の一に届くかどうかといったところだ。
無限書庫の司書長。その肩書がもつ意味をイスズはもっと知っておくべきだったのかもしれない。

言ってる間もチェーンバインドの猛攻は続いている。幸い強度自体はそれほどあるわけではないようで、刃翼でも易々と切ることができるが、なにぶん数が多い。風翼は姿勢制御にまわしているので撃ち落とす手が足りず段々と追い詰められていく。

「しまっ―!?」

「捕まえた」

足に一本絡まる。すぐに刃翼で切り捨てたが、一瞬の隙を見逃してくれるほど相手は甘くない。一気に二重三重にバインドが襲いかかり、イスズはなすすべなくチェーンバインドに巻かれていく。

「……これはちょっとひどくない?」

僅か十数秒後、チェーンバインドによって簀巻きにされたイスズの姿があった。鳥を模したデザインのマスクのみを残して首から下は翡翠の鎖でぐるぐる巻きだ。

「確かに…何か趣味の悪いオブジェみたいだ」

「作ったのあなたデスヨ?」

これにはさすがにイスズも額に青筋を浮かべる。無論マスクがあるのでユーノには見えないが。

「かなりの速度で動いてたはずなのにこんな簡単に捕まるなんて…」

結局数分ももたなかった。

「友達に速く飛べる子がいるからね。それに『道』がある以上やっぱりある程度進路は予想できるからね」

簡単に言っているが、それでも通常の魔導師であればそれは簡単なことではない。
ユーノほどのマルチタスクが行えるのならば行動予測に思考を割くことが出来るが、真正面からぶつかりあっている状態では普通はそうもいかない。証拠にトーレとはこれでそれなりに戦えている。

「やっぱりか…。じゃあ"アレ"を使った方がいいかも」

「ん?」

最後の方は小声だったせいでユーノには聞こえていなかった。

「とにかく、もう抵抗はしないで事情を聞かせてもらえないかな?」

そういってゆっくりとイスズのもとに近づくユーノ。

「すいませんが、そういうわけにもいかないので…」

「え?ぅぐ!?」

ユーノがイスズの前に立った瞬間、バインドに縛られていたはずの右腕が解放され、ユーノの腹部を狙う。ユーノはギリギリ反応して左腕で受け止めたが、そのまま吹き飛ばされる。

「っ~~~、結構バインドの強度には自身があったんだけどね…」

途中で姿勢を制御して止まり、壁に叩きつけられるようなことはなかったが、右腕で左腕を押さえて苦しげな表情を浮かべるユーノ。もしかしたら骨が折れているのかもしれない。それなりのダメージは与えることに成功したようだ。

「バインドの強度はそれなりでしたよ。ただ、普通の魔法なら結合を解除できるんです」

そう言って全身に巻かれていたバインドを振り払って右腕をさする。
この右腕は元々は、イスズの母親であるクイントの遺伝子情報を元にしたナンバーズ9番、ノーヴェの予備の腕だった。ただ、クアットロによって色々実験的に機能が詰め込まれていた特別製の腕だ。
その機能の一つに『AMF発生装置』というものがある。ただ範囲は半径1メートル程度。精々がイスズの周辺に効果がある程度だ。出力もそれほどないので例えば速度のある直射弾は結合解除が間に合わないし、高出力の砲撃にはほぼ意味をなさない。使えるのは今回のようにバインドに縛られた時くらいかもしれない。

「AMFか、はぁ、はぁ。でも対策のやりようはあるよ…」

「あなたほどの人ならそうでしょうね」

イスズはさっきまでの攻防でユーノがそれなりに修羅場を経験していることがわかった。AMFでバインドを解除できるのも一回きりだろうというのは予想できる。

「だから、今度はこれでいきます!ウイングフィールド!」

イスズを中心に金のエネルギー粒子が全方位にばらまかれる。

「プロテクション!……あれ?」

何の魔法かわからなかったためプロテクションを張ったが、それが攻撃魔法ではないことにユーノはすぐに気付いた。
魔力結合がおこなえないわけでもないし、毒と言うわけでもない。ただエネルギーを散布しただけのようにも見えるが、この場面でそんな無駄なことをするわけがない。周囲を警戒しつつイスズに視線を向ける。

「じゃあ、行きますユーノさん!」

両の拳を強く握って構え、二対の翼を強くはためかせる。
全力で挑むべき相手の名をしっかりと身に刻む。こちらの名が名乗れないのが口惜しい。

「はは、あんまり来てほしくはないなぁ」

イスズの接近に備えて魔法陣を六つ形成する。最近はデスクワークが多いといっても、怪我ひとつでマルチタスクが鈍るほどやわな鍛え方はしていないユーノ。全力を持って迎え撃つ。

「GO!」

イスズがソニックウイングを全力で稼働させて飛び出す。何もない空間●●●●●●を走り出す。

「なるほど。そういうことか」

いや、よく見るとイスズが走るその瞬間だけ、ソニックウイングの底にウイングロードが形成されているようだった。

「一瞬でばれましたか…」

わかってはいたものの、ちょっと凹むイスズ。
ウイングフィールド。周囲の空間に、ウイングロードを形成する魔法の一部を散布するという魔法だ。仮にそれを『凹』とする。
走るときにはソニックウイングの靴底からウイングロードを形成するもう片方の魔法を発する。これが仮に『凸』であったとして、『凹』『凸』がかみ合ったその瞬間だけそれはウイングロードとして形をなし、その上を走ることができるようになるのだ。
利点としては事前にウイングロードを発生させる必要がなくなるため先読みがしにくい事。どこでも走ることができるようになること。

「欠点は魔力が飛ばされるような広い空間、たとえば外だとあまり使えないってこと。でもここは僕が結界で空間を閉じてしまってるからその心配もないか…」

「御明察!」

その間にも一気に距離を詰めるイスズ。利点はもう一つ。『凹』の魔法が周囲を満たしている間は自由自在に移動できるため、普段のようにウイングロードの作成に意識を割かなくてもいいということだ。

「はああぁぁぁ!!!」

細かく無軌道に動き回ってバインドを避けて進行方向をころころと変えながら、それでも少しずつユーノに近づいて行くイスズ。
軌道は全く読めず、何より速い。姿勢制御を腰の部分の翼で行っているのはわかるが、それを差し引いても驚異的なバランス感覚だった。このままではいずれイスズはユーノに届き、攻撃をくわえられて結界を強制解除させられてしまうだろう。

「でも…、僕だって守ってばかりじゃないよ!」

決意のこもった視線をイスズに向ける。
曲がりなりにも管理局員として登録されている身だ。それに盗掘は考古学者として許すことは出来ない。なにより幼い子供がこんなことをしなければならない理由を突き止めなければならない。

「翡翠の百鎖!避ける隙間も捕らえて固めろ!封鎖の監獄! ブラストアレスタァァァーーーーチェェェェーーーーーーン!!!」

ユーノの周囲に浮かぶミッドチルダ式の魔法陣は十を数え、一つの魔法陣から十本の鎖がイスズに襲いかかる。

「迎え撃つ!」

イスズの背中から新たに十対の刃翼が形成される。普通に戦闘行う場合は、精密に制御するために一対しか生成しないが、ただ形成するだけならこの数でも問題ない。しかし制御できないというならユーノの放つ百の鎖には通じない。
だがこれは下準備にすぎない。

「旋孔雀-センクジャク-!!!」

合計十一対となる刃翼を孔雀の羽根のように大きく広げ、高速で横回転するイスズ。迫りくる翡翠の鎖を体ごと回転する刃が次々と切り裂いていく。

「ああぁぁぁぁぁ!!!!」

「はああぁぁぁぁ!!!!」

ユーノの鎖も負けてはいない。一本一本の鎖に魔力を込められており、刃翼の刃を欠けさせるだけの強度を持たせている。

翡翠の鎖が全て断ち切られるのが先か、金の刃翼が全て欠けるのが先か。

やがてその結末は訪れる。

「せいやぁ!!」

「がはぁ!」

イスズがユーノの腹部に拳を叩き込む。刃翼の多くは形を成しておらず、ギリギリの勝利だった。

「ぅ…」

意識を失ったユーノをゆっくりと地面に横たえる。術者がいなくなったため、結界が解除されていく。

「はああ…、強かった…」

このまま床にへたり込みたいところだが、レリックの回収をしなければならないの思い出して自分に活を入れる。
そして石像のもとへ歩みを進める。。

「ようやく、レリック回収っと」

石像からレリックを取り上げるイスズ。

―――――ォォォォォゴゴゴゴゴゴ………

「………あれ、もしかして」

先ほどまで壁だった部分が開き、そこから次から次へとゴーレムが湧き出てくる。

『ォォォォォォ…』

『『ォォォォォォ!』』

『『『ォォォォォォ!!』』』

「……宝物をとったらトラップ発動っていうお約束?」

ジリジリと後ずさりをしながら誰にともなく問いかけてみるイスズ。

『『『『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!』』』』』

神殿内部の空気がゴーレムの咆哮でビリビリと震える。

「うわーーーん!!せんりゃくてきてったーーーい!!」

正直この数は一人で相手をするのは無理だ。イスズのソニックウイングのを起動させて全力で逃げる。
と、思ったらUターンをして戻ってくる。

「ユーノさん回収!!置いて行くわけにもいかないし!」

素早く肩に担ぎあげてもう一度出口を目指す。やっぱり最後の最後まで詰めが甘いイスズだった。



――

―――

「ここならばもう大丈夫だろう」

「ぜぇ、はぁ、ふぅ…」

あれから一刻後、途中で合流したゼスト達と協力して、追いすがってくるゴーレムたちを退けながらイスズはどうにかこうにか遺跡から脱出することに成功していた。

「つ、疲れた…」

ユーノを近くの木に寄りかからせる。イスズの攻撃がよほど聞いたのか未だ意識を失ったままだった。基本的には司書であり学者であるユーノには体の半分以上が戦闘機人と化したイスズの一撃はかなり重いものだったようだ。

「左腕も含めて大した怪我ではない。時期に目を覚ますだろう。さあ、彼が目覚める前に俺たちはここから去ろう」

「りょ、りょうかい…」

イスズはもうへろへろだった。
そんなイスズに近づくのはルーテシア。胸にはイスズが回収してきたレリックが抱えられている。しかしレリックのナンバリングは11ではなく、これはそのうちスカリエッティの元に送られる。

「イスズ」

「ルーテシア?はぁ、はぁ、色々ごめん」

今回の探索の失態を謝るイスズ。今回は本当に足を引っ張ってばかりだったと反省する。

「ううん。御苦労さま」

「え、あ、ありがとう」

意外な慰労の言葉にちょっと感激するイスズ。しかし、

「でもこれからは勝手な行動しないで」

「あ、はい…」

上げて落とされたイスズはさらに落ち込むのであった。









ある日の一幕 その三
ナンバーズ6番、セインの場合。


訓練も洗浄も終わってあとは就寝時間を待つだけの暇な時間、セインは特に目的もなくラボ内を散歩していた。
その時、イスズに割り当てられている部屋からひゅん、ひゅん、と風を切るような音が聞こえてくる。部屋とはいっても、勉強用と思しき机と、シングルベッドが置かれているだけの簡素な一室だ。イスズだけでなく、ナンバーズ達に割り振られている部屋も似たようなものだった。

「何の音?」

聞きなれない音に興味を持って、イスズの様子をうかがうことにする。扉を開く音で気付かれてしまうのでISを使って腕を壁にもぐりこませ、カメラアイで室内を映す。同時に壁に耳をつけ、音も探る。

『いち、に、さん、し、に、に、さん、し…』

カメラアイの視線の先で、棒を手に舞い踊るイスズの姿があった。

「えっと…、剣舞?」

セインが思わずつぶやいた言葉に、壁越しではあったもののイスズが気づく。

『あ、セインまた覗き?』

イスズは振るっていた棒を下げて、壁を突き抜けて存在する目のついた人差し指というある種ホラーな物体に向かって声をかける。まぁ、目とは言っても機械的なカメラアイだから受けるインパクトは薄いが、これが生身の目だったらまごうことなきホラーだろう。

「あはは、覗きっていうかまあちょっと耳慣れない音が聞こえてきたからさ」

「ちゃんと扉があるんだからそっちから入ってよ…」

セインはそのままISを用いて壁を突き抜けてイスズの部屋に入る。よくあることなのでイスズの注意もどこか御座なりだ。セインはイスズの小言を無視してベッドの上に座って胡坐をかく。その様子に小さく溜息を吐くイスズ。
一応イスズの部屋の扉には鍵がつけられているが、そんなこともお構いなしにセインは侵入してくるので最近は鍵をかけてもいない。

「でさ、それ何?」

イスズの持っている棒を指さして、単刀直入にセインが訪ねる。
セインは何事にも回りくどいことはせず、ストレートに行動する。障害物を突き抜けて移動できるISを持ってるからそんな単純思考になったのか、そういう人間だからこそそんなISを発現したのかはわからない。イスズは後者が怪しいと踏んでいる。

「何って、……棒?多分ガジェットドローンの余りパーツか何かだと思うけど。クアットロが持ってっていいって言うから貰ったものだよ」

そういってセインに差し出す。受け取ったセインは「あぁ、確かに材質はこんな感じだよね」と適当に触った後イスズに返す。

「でも聞きたいのはそこじゃなくて、これで何してたのかってこと。イスズは刃翼以外だと基本格闘系だよね?なんで今更剣の練習なんてしてるのさ?」

腑に落ちないといった顔でセインは尋ねる。

「うーん、強いて言うなら剣の扱いを忘れないようにって感じかな。特にこれといった理由なんてなくて、ただの日課だからって面もあるけど」

人差し指を顎にあて、小さく首を傾げながら答えるイスズ。
特に目的はなく、寝る前のわずかな時間に手ごろな棒があったから、という面白味もない理由から始まった習慣だから言葉にはしにくい。一応原因を追究すれば一生を剣と共に過ごした前世の記憶に突き当たるが、ナンバーズたちには何となくその辺りの事情を明かす気にはなれなかった。
これまでの暮らしの中で彼女たちに対する隔意は薄れているが、イスズにとってそれなりに重い事実だからこそ、そう易々と人に伝えたくはないのだ。次に秘密を明かすとすればギン姉だと決めているからというのが理由でもある。

「それだけにしてはなかなか堂に入った動きだったけどなー。あ、そういえばチンク姉を圧倒したときは剣を使ってたって話じゃん。なんで最初からクアットロに剣型の武装を作ってもらうように言わなかったのさ?」

ふと以前に聞いた話を思い出してイスズに疑問をぶつける。
ずいぶん以前のことだが、チンクに怪我を負わせたという話を聞いたときはずいぶん驚いたものだった。チンクは単純な戦闘力だけでなく、長い稼働時間からくる経験を活かした巧みな戦闘技術を持っている。そんなナンバーズ内で1,2を争う実力者をイスズは過去に剣を用いて圧倒したことがあるというのだ。何故それを使わないのかと思うのは至極当然の疑問だった。

「あー、それはね…。うーん、口で説明するより実際に見てもらったほうが早いかな?」

そう言ってイスズは部屋の中央に移動して魔法を発動させる。
行うのは身体強化。あの時のような自滅するほどの強化は必要ない。移植された戦闘機人の右腕と、強化改造された全身。半機人化されたイスズの体はそれそのものでも前世の神陰泉の肉体を上回る。ただ体格は子供なので、その辺りを補うための強化を行う必要があった。

「何すんのさ?」

「チンク姉と戦った時の剣技をちょっとね。一個奥義を撃つだけでわかると思うから」

セインの問いに軽く答えて、剣に精神を集中させていくイスズ。先ほどまでただの棒だったものが、物質強化の魔力に覆われて一振りの刀のように外見が変わっていく。ウイングロードや刃翼の形成と同じく、魔力の物理干渉技術の応用だ。

ごくり、と自然にセインの喉が鳴る。
イスズから感じる身体強化の魔力はそれほど大きなものではないが、刀が帯びる魔力は濃く、イスズの集束特性が強く反映されている。それ以上に、目には見えないなにか、おそらく気迫と呼ばれるものが高まっているのも感じられた。

イスズは自ら変化させた刀をゆっくりと下げていき、下段に構える。
そうして一呼吸ののち、傍らで見ていたセインは高まった気迫が頂点に達したことを感じ取った。それと寸分遅れることなくイスズの刀が振るわれる。

「逆嘴-サカハシ-!」

―――ボキッガンッゴンッ!
直後に盛大な三音がイスズの部屋に響いた。

「っ~~~~~~~~~~~~~!!!!!」

「えっと………ダイジョブ?」

逆嘴は振り上げ、振り降ろしを瞬時に行う奥義だが、その動作に刀が耐えきれず『ボキッ』で折れ、『ガンッ』で天井にぶつかり、『ゴンッ』でイスズの頭を直撃した。
神陰流の奥義は基本的に"強力な連撃"で構成されている。これを撃つためには肉体にもそうだが、何より刀に負荷がかかる。そのため並の刀では奥義に耐えきれず折れてしまうのだ。

いつもは茶化すセインも、慰め役を務めるチンクやディエチがいない状況ではフォローに回るくらいの気遣いはする。というか、物凄く痛そうだった。

「~~~っ、と、とにかく、生半可な武器じゃ技一つ撃てないの!だから剣は使わないの!」

涙目で、しかも八つ当たり気味だ。

「あ~、はいはいわかったから。痛かったねー、よしよし」

内心「折れるのがわかってたなら避ければいいのに」とか思いつつも、同時に「涙目のイスズ見れてラッキー」と頭に浮かぶ。
正直面白ければ何でもいいセインだった。











---あとがき---

なんでVSユーノでこんなにガチバトルしてるんだとセルフ突っ込み中。
でも結構ノリノリで書いてました。

イスズが使用している魔法について
槌鷲などの漢字の技名が古代ベルカ語であるとしましたが、これはシグナムが使用する『紫電一閃』やVividのアインハルトの『覇王拳』など漢字の技名が存在するので、イスズが使用する漢字の技も古代ベルカ語ということにしました。別に紫電一閃とかが古代ベルカ語って原作で明記があるわけではないんですけど、この作品ではそういうことにさせてください。
日本語って説明するわけにはいかないんで。

あとイスズの右腕について
なんか急に出てきた設定だと感じるかもしれませんが、最初の移植の段階で"クアットロの趣味で様々な実験的機能が搭載されているもの"という記述の通り最初から搭載されていたものです。ただ、ここまでの話の中にそれをにおわせるような話を挟んでおくべきだったかなとも思ってます。時間があればこれ以前の話をちょっと修正するかもしれません。

ユーノの創作魔法ブラストアレスターチェーンについて
"ブラスト"はなのはのブラスターシステムからわかるように、意味合いとしては"強化"として使っています。要するに強化されたアレスターチェーンってことです。
GODの時間軸から数年経ってますんで、数年経ってれば、強化されることもあるでしょう。


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