第一話
自律型移動都市<レギオス>
何時の頃からか、汚染物質と呼ばれる有毒物質が降り注ぎ生き物が姿を消し赤く乾燥した荒れ果てた大地。
既に失われた技術で生み出された人間が生存する事の許された唯一の人工の世界、無数の足で移動する自意識を持つ都市であるレギオス。
生命の存在を許さない汚染物質に満ちた世界で尚生存し都市と人類を襲う汚染獣と呼ばれる化け物。ほとんどの自律型移動都市は基本的に汚染獣を避けるために移動し、それ故に放浪バスと呼ばれる多足の長距離移動車両という細い糸だけが都市間の連絡を担っていた。
その移動都市の中で例外的に人類の天敵ともいえる汚染獣を求めるかの様に移動する狂った移動都市とも言われる槍穀都市グレンダン。
その外縁部に茶色の髪、藍色の瞳をしたどこか気弱な雰囲気の少年と金色の髪と澄み切った意志の強い青い瞳の少女が立って居た。
一年前
グレンダンには天剣授受者と呼ばれる至高の武芸者が居る。
天剣授受者とはグレンダンの秘奥の12本の天剣を与えられる武芸者の頂点に立つ栄誉ある称号で十二名だけに限られていた、そしてグレンダンの歴史上稀な天剣が十二名揃っている今現在では、新たな天剣授受者になるには試合で指名した天剣授受者を倒さなければならない。
そしてここグレンダン闘技場に一人の少年が地に倒れている拳士を見下ろしていた。
「何故、剣を使わないっ!」
そう、少年は剣士で在りながら拳で己の倍近い年齢の拳士を打ち倒したのであった。それが先日にこの試合の裏取引に合意したと勝手に思い込んだ敗者のプライドを傷付けた。その裏切り行為と思い込んだ不当な怒りを爆発さた拳士は本来ならば秘密にするはずの告発を行なう為に闘技場で叫んだ。
「天剣授受者が闇の賭け試合を行なって許されるのかっ!! そのような卑劣な武芸者が何故ここに立っている」
「貧乏が悪い、金を稼ぐのに効率が良いから行なっただけだ」
武芸者の誇りとは無関係な返答に「何だと……」と思わず絶句する拳士。そして始めから裏取引が成立していなかった事も理解した。
少年。天剣授受者レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフが身も蓋もない返答を表情も変えずに返し拳士ガハルド・バレーンの告発を切って捨てた。
あえて素手で倒して実力差を見せつけ相手の心を折ろうとしたのに、逆効果となり怒りを増幅させたガハルドを見て計画が失敗したと悟った。そのうえで次の対応を必死に考えていたのに何も思いつかない為に内心は動揺していたのである。しかし、周囲にはふてぶてしくも無表情にいると見られるのがレイフォンという少年である。
武芸者。それは剄と呼ばれる生命エネルギーを人が腰に発生した新たな器官、剄脈から発生させ、資源の乏しいこの自律都市で人類の天敵である汚染獣と刀剣や弓、又は格闘術で戦う人たちである。
そして、その剄を人々は天から恩寵と呼び武芸者はそれ故に高潔である事を期待していた。
そんな中でグレンダンの武芸者の頂点に立つ一二人の天剣の一人が金目当てに闇の賭け試合という自らを汚す行為を行なったという事実が白日の下に曝された事はグレンダン市民に衝撃を持って迎えられた。
常に汚染獣と戦い勝利をする、グレンダンではあったがその為に都市としては貧しく又過去には食糧プラントの事故により大規模な食糧危機も発生し、孤児であるレイフォンの居た孤児院を始め都市全域で深刻な飢餓状態となったのは全住民の記憶にも生々しかった。
その上に養父であり、サイハーデン流刀争術の師であり孤児院の園長でもあるデルク・サイハーデンは院の経営や金策が下手で食糧危機後も生活が困窮していた。その解決手段としてレイフォンは安易な道を選んだ結果が闇試合の参加でありそれはごく自然な行動でもあったりする。
天剣授受者として都市の守護者としての使命よりも院の仲間たち、更にそれよりも一人の少女の笑顔を優先するある意味純真な少年の当然の選択であり結末はこの様に望まない形で終了してしまったのである。
闇試合の告発の後、王宮は秘かに情報を操作し批判の矛先をレイフォンから闇試合を行なった裏社会へと変えたがそれでも天剣というシンボルが闇試合に参加したという事実は大きかったのである。
それでも今回の事件の結果、闇試合と共に孤児の存在に改めて意識が向けられ、汚染獣との戦いの結果多数生みだされた孤児たちへの王宮の予算が増額される様に見直されることになった。
デルクもこれまでの経営を反省し、孤児院の責任者としての立場を残しているが経営を他の専門家に任せる事にして、かつての孤児院出身で食糧危機の経験から食糧プラントの経営を始めた才媛でもあるロミナに委ねることにした。その結果は、
「何これ? ドンブリ勘定も良いとこじゃない。居たころは気が付かなかったけれど良く破綻しなかったわね。それに、補助金の申請や税控除も手抜きだし会計士は何やっていたのよ」
過去十年分の時効前の再申請による補助と控除だけで経営が持ち直し建物の補修まで行なえたのには流石にデルクも驚いていた。
彼女は経営のノウハウや租税計算、各種申請書類の読み方などをリーリンに仕込んでもいた。
更に疑念を抱いた彼女は内偵を行ない、長年依頼していた会計士が実は他の都市の犯罪者が偽装して潜り込んでいた疑いが浮かび上がった。
そこで彼女は警察へ訴えると、経済に疎い武芸者を中心に様々な詐欺行為を行なっていて更にその上にレイフォンに闇試合を持ちかけていた事が捜査の結果明らかになった。
治安組織だけではなく、この事実を知った都市の全住民の追跡によって何とか生きている状態でこの詐欺師は逮捕された。そして即決裁判で強制都市外退去処分となった。早い話が生身で都市の外への散歩と言う名の死刑判決であった。
市民はレイフォンも詐欺師の被害者であったと同情する機運が盛り上がっていた。それでも、王宮はレイフォン自身の為にも武芸者以外の部分の成長を促す方が良いと1年の猶予の後に学園都市への6年間の留学という処分を都市全域へ発表されて、意外と重い処分と市民は受け止めていた。
この事件でレイフォンも思い知らされた。例えグレンダンと言えども武術の腕だけでは生きていけないと。
それでも都市の補助の増額といったレイフォンも安心して都市を出れる状況になった上での判決にレイフォンも納得し、又戻ってくるのも皆が認めたのはグレンダンの天剣授受者として再びレイフォンが受け入れられた証である。
事件の当事者と影で煽った人物以外は急速にレイフォンの行為は風化していったのは情報操作の勝利と言えた。
一般人にとっては事件はこの様に解決したがグレンダンの武芸者。特にレイフォンと同年代の若い世代は違った、これを機会と捉えて6年後には自らが天剣授受者になるものと更なる鍛錬を始めていたのだ。彼らは今回の事件でも闇試合の参加には、年寄りや一般人とは違いさほど問題視せずに、闇試合についても公式試合以外にもある鍛錬の場と認識している者すらいた。
それでも、レイフォンは己の行為を今までは恥じてはいたが後悔はしていなかった。
元々事件が発覚した時に養父とサイハーデン流刀争術に迷惑がかからないようするためでもあり、闇試合に参加するのにけじめを付ける為に己が学んだサイハーデンの技を封じ武器を刀から剣に替えていた。そのような不利になっても命にかかわる汚染獣の戦いを実践し続けても納得していたし生き伸び続けてもいた。
そう、何よりもその笑顔を守ろうと思っていた同じ日に引き取られたリーリン・マーフェスがレイフォンの代わりに彼の心の傷を思い泣いた姿を見て。
そして、学園都市への留学の為に10歳に満たずに汚染獣との戦いに没頭し勉学が疎かになっていた自分を共に受験すると言って勉強を見てくれたリーリンが最強の汚染獣、老生体の一騎打ちよりも恐ろしい鬼になった姿に震え上がった時に。
初めて己の行為の罪を自覚してしまった。
はたしてリーリンの泣き顔に心を痛めたのか、剄技をひと目見て再現出来る武芸の天才といえども問題集を脳の右から左へと抜け出ていく学習能力の無しとリーリンの鬼教官への恐れのどちらが大きいかは判らなかったけれども、まあどちらかと言えば後者だけれど言わぬが花でしょう。
そして一年後、無事合格し王宮で女王に謁見し出立の挨拶に向かったレイフォン。
「ツェルニとは随分と遠い所に決まったわね。6年後には無事に戻ってくるのよ」
「他の近場の学園都市は全て落ちてしまって……」
「可愛い幼なじみにあそこまで勉強を見てもらってそんな結果とはだらしないわね。
せっかく一緒に行ってくれるんだから、ちゃんと彼女を守るんだよ」
女王の言葉は受験に疲れ切ったレイフォンに容赦は無かったが、既に罪人では無い証拠の言葉であり周囲に徹底させる儀式でもあった。
又女王が受験勉強中のレイフォンとリーリンに接触しておりその時の醜態を見ていての言葉でもあり、からかいという名の女王の娯楽というハタ迷惑な面もあった。
そんな女王の言葉に顔を赤くするレイフォンはとても天剣授受者と呼ばれる武芸者の頂点でも、闇試合に参加した裏のある人物には見えず年齢よりも幼い純情な少年にしか思えなかった。その後はそのまま穏やかに謁見は終了したのである。
そうして、二人は女王と市民達から許されたといっても最も許してほしい孤児院の皆からは未だにわだかまりが解けずにいる状態で時が過ぎていた。
それが、現在旅立ちの時を迎え放浪バスの停留所へは見送りに誰もいないまま二人だけでバスの出発準備を待ち受けていた姿となって表れていた。
「リーリン、レイフォン」
その時、二人を呼び掛ける声がして振り返ると初老の男性、養父であるデルク・サイハーデンが立っておりその背後には孤児院の幼い弟妹たちが泣きそうな顔で並んでいた。
「「皆……」」
その姿を確認した二人は驚きと嬉しさに声が出なかった。
デルクはそんな二人に園長として頼りになれず、レイフォンの苦悩を気づけずに刀を棄てたのを増長と捉えた己の不甲斐無さを謝り、木箱を取りだした。
金糸、銀糸に飾られた布に覆われた木箱、その木箱にはサイハーデンの紋章が刻まられていた。それをデルクはレイフォンの眼前に差し出し……
「養父さん、それは」
「そうだ、サイハーデン流刀争術の免許皆伝の証で本来は5年前に渡すべきものであった物だ。あの時は私のわがままで渡すのを躊躇っているうちにお前は刀を棄て剣に替えた。そして、その真意を見抜けずに封をしてしまった愚かな私を許してくれ。そのうえで改めて受け取ってほしい」
それでもまだ躊躇って箱へ手を伸ばさないレイフォンに更に説得と悔悟の言葉を続けるデルク。
「サイハーデン流刀争術は戦場の闘技であり刀技なのだよレイフォン。道場で師として高潔さを追求して本質を忘れたが、サイハーデンは戦場で戦い勝利するのではなく生き残るのが本質の流派だ。それならばレイフォンの生き方も肯定出来るし許せる事なのだ。
それに陛下からヴォルフシュテインを剥奪されなかったが、流石に天剣を都市外に持ち出せない上に学園都市は武芸者も成長途上の未熟者ばかり。その中でもし汚染獣が襲ってきた時に本来の刀技を使えない剣だけでお前はリーリンを守れるのか?」
デルクの最後の台詞が決め手となりレイフォンが受け取る決心をするが、やはりこの男はリーリン第一主義者で説得するのはリーリンをダシにするのが一番であるということが良く判るシーンだった。
若干感動的というのには躊躇われるが、それでもレイフォンと孤児院の皆との和解と交流が始まり弟妹達が二人に近付き声をかけ出そうとした時に突然リーリンの胸を鷲掴みにする人物が背後より現れ再び時が凍結した。
「リーちゃん、いきなり消えてこんな生活能力ゼロの男と駆け落ちなんて許さないわ」
「か・駆け落ちって単に留学ですっ!! 変な事を言わないで下さい。それにシノーラ先輩には先日出会ったときに出発を告げたでしょう」
「リーリン…… 僕が生活能力ゼロという事を否定しないんだ」
何気に落ち込むレイフォンや反応出来ない子供たちを他所に二人の美女・美少女の会話が続いていた。
シノーラ先輩・彼女はリーリンがレイフォンに受験勉強を教えていた時に図書館で偶然に知り合った高等研究院の学生でレイフォンだけではなくリーリンにも勉強を教えた優秀な女性であった。その性格はイタズラ好きでリーリンの胸がもっと大好きとという迷惑な物であったがそれでも憎めずに何故かリーリンも姉の様に甘えられる雰囲気を持って今もこうしてじゃれ合っていた。
そして、園の弟妹達は駆け落ちという言葉に反応して再起動を果たしてレイフォンを再び責める様な眼で見ていただけではなく積極的に問い質し始めた。「逃げるのか」「二人だけの世界に行くのか」といった追及にレイフォンは冷や汗を流しながらも必ず帰る事を約束させられていた。
この様なごたごたが最後にあり旅立ちの時にある別れの悲しみが薄れた中で二人は放浪バスに乗り込んでいったのである。
都市部外縁から二人を乗せたバスを見送る人影があった。
「おい、本当に挨拶をしないでこんな所で見るだけで良かったのか。一応はあのガキの先生様何だろ」
「608秒前にも同じことを言っていたが、俺はあいつの先生でもないし、わざわざ戻ってくるのに改めて会う必要も感じない。
それにお前の方が関係が深いのではないか」
「赤ん坊の事で色々とあるのよ。あいつはガキだから自分の事には判らない癖に、他所の男女の事に文句を言っているだけだ」
最初に声を掛けた見上げる様な巨体の男性が単純な力なら天剣最強であり最凶と呼ばれるルイメイ・ガーラント・メックリング、煙草をくわえ、不機嫌な顔をしたまま返答を行なった男性が女王を除くと天剣最強と目されるリンテンス・サーヴォレイド・ハーデン。
基本他人に無関心な天剣達にしては二人も陰からとはいえ見送るのは異例の事であった。本人が思っているよりはレイフォンは友好関係を築いていたのだろうか?
王宮の尖塔の頂上のグレンダンの旗の下に何時の間に停留所から移動したのかシノーラが立っており、レイフォンとリーリンの乗った放浪バスを常人では目視する事が不可能な距離になっても何時までも見送っていた。
彼女はシノーラとは仮の名であり本来の名はアルシェイラ・アルモニス。このグレンダンで最強の武芸者でもある女王がその正体であった。
レイフォンは知っており、デルクも薄々と気付いていたが女王がこの様に出歩いているのは政治的に不都合な為に秘密にされていた。
「12本の天剣が揃い、いよいよ時が満ちたかと思ったけれどどうやらあの天剣は私の天剣では無い様ね。そして彼女はこの都市から離れたけれど運命は手放してくれるかしら。
出来たら私の手で全てを終わらせて彼女は平穏に過ごして欲しいけれど、レイフォンは果たして守れるかしらね」
朝日の中、旅立つバスを何時までも見ている女王の言葉の意味は? そして、新たな生活を目指す二人の前途は? 全ては一年前のあの日から大きく変わっていった、これからどのような運命が待ち受けているのかは誰も判らない。
あとがきと云う名の言い訳
感想は書いてもSSは始めてのくろしおです。
初めての文章を最後まで読んでいただき有難うございます。不慣れな為に誤字、文法がおかしい等といった指摘、展開に無理が有り過ぎ等の指導をお待ちしています。
最初はホルスマスターのアルハイム兄妹の性格と関係にしてみようとしたが、女王が強すぎ天剣を奪っても逃げきれる姿が浮かばないからら諦めました。
その結果じゅっ様の優しい世界同様に留学だけで永久追放は免れています。
その為にアルハイム程でなくても、原作よりは少しリーリンを優先させる魔改造レイフォンを目指して見ます。
レギオス本編は読んでも、レジェンド、聖戦は参考程度で設定に違いが出るかも知れませんがもしそうなら教えて下さい。
聖戦のディックの移動の時系列が理解しにくいから一部矛盾するかもしれません。