前書き
本作品はR指定とさせて頂きます。
はじめからいきなりある程度凄惨な内容ですので、そういった描写が苦手な方はすぐにバックして下さい。
それ以外の方は、拙作を楽しんで頂ければ、と思います。
内容としては戦国時代の日本に似た異世界の話となります。
執筆経験が少ないため、至らない所も多いとは思いますが、暖かく応援して下さると嬉しいです。
感想もお待ちしております。
それではよろしくお願い致します。
夏の強い日差しもすっかりと陰り、辺りには闇の帳が降りている。
人々は眠りにつき、夜行性の虫の鳴き声以外の音は聞こえない。
そんな静寂に似付かわしくない喧騒が、そこでは繰り広げられていた。
数人の男女――姿格好から見れば、旅芸人の一座であろう――が立ち尽くし。
その周りには帯剣した男達が取り囲んでいた。
見るからに人相の悪い彼らは、おそらく夜盗の類であった。
「その積み荷を渡してもらおうか」
「これは、私達の商売道具です。これがなければ私達は生きていけません!金銭と食糧はお分けしますから、どうかそれで見逃して頂けないでしょうか…」
「駄目だ。全て置いて行け。それ以外に貴様達が助かる道はない」
取りつく島もない夜盗に必死に交渉を持ちかけながら、座長は激しい後悔に胸を焼いていた。
いくら路銀が心許ないとはいえ、やはり護衛は雇っておくべきだったと。
夜盗は数で言えば五人であり、こちらの人数と同じ。
しかし皆が帯剣しており、ほぼ丸腰である自分達で打ち破ることも、逃げ切ることも難しいだろう。
各国が争うこの戦乱の世において、浪人や武士崩れが夜盗と化すのは珍しくない。
そのような者から身を守るには、腕の立つ用心棒が必要だった。
「これ以上拒むなら全員叩き斬る。…ん?いい女もいるじゃねえか。まだガキみてぇだしそいつは助けてやろう」
そう言って好色そうに笑う。
下品な視線のその先には、一座の中で最も若い蘭花という少女がいた。
蘭花は視線に含まれた意味を察知して、体を震わせる。
夜盗に囚われた女の末路など二つとない。
「それだけは…!わかりました…積み荷を全てお渡しします。」
芸で使う楽器や道具、絡繰を渡してしまえば明日の生活すら不安と化すが、彼女を渡すわけにもいかない。
苦渋の判断をした座長であったが、夜盗はそれを一笑に伏した。
「…気が変わった。荷物と、その女も置いていけ」
「な!?先程は積み荷を渡せば見逃すと…」
「さっきまではな。貴様達がさっさと承知しないから気が変わったんだよ。ここで死ぬか、積み荷と女を渡して生き延びるか選べ」
ここで少女を、仲間を売れというのか。
幼いとはいえ、一緒に芸を、旅を続けてきた彼女を。
そんな畜生にも劣る判断を自分に求めるというのか。
ある意味それは、死よりも屈辱的なことである。
そんな道を選ぶのであれば、この身を盾に少女だけでも逃がす。
振り返って仲間を見れば、皆が同じ心中と知れた。
達観した表情で、頷いている。
ならばもう迷うまい。
「生憎だが、彼女は渡せない」
「そうか。なら全員あの世行きにして…」
「待って!」
刀を抜こうとした夜盗と、身を構えた座長の間に躍り出てくる影があった。
蘭花である。
「私はあなた達について行きます!だからみんなを殺さないで!」
「蘭花!」
「私が行ったら助かるなら、絶対そのほうがいい!」
「蘭花、駄目だ。そいつらについて行ったら、何をされるかわかっているのか!?」
「…うん。それでも、みんなが死ぬのは絶対に嫌。生きてさえいれば、大丈夫。」
恐怖を押し隠せず、震えながら言う。
そして今度は、夜盗へと声をかける。
「私はついていきます。だから皆を助けてください」「くく…物分かりのいい嬢ちゃんだ」
「駄目だ、蘭花!」
夜盗は蘭花の手を引く。
止めようとする座長から遠ざけ、背後の部下へと彼女を預ける。
「さて…あとは積み荷だが…」
「くっ…蘭花を離せ!」
「どうやらお嬢ちゃんの気持ちをこいつらは分かっていないらしい。納得していない奴を帰すと面倒になるからな。おい、お前等。殺れ!」
蘭花を捕まえている一人と、先程から話している夜盗の頭と思われる者以外の三人が刀を抜く。
その様子に、蘭花は青ざめながら声を挙げる。
「そんな!話が違う!」
「俺達も捕まりたくはないからな。まぁ、これは頭の悪いお仲間のせいだ」
「やめてえぇぇ!!」
*
むせ返るような血の匂いが辺りに立ち込める。
塗料を一面にぶちまけたかのような赤色に、臓器が混じって落ちている。
抵抗も虚しく、一座は数分と経たぬうちに惨殺された。
その凄惨な光景に少女は立っていることができず、崩れ落ちて慟哭と嘔吐を繰り返していた。
「さて、すぐに戻るぞ」
「頭ぁ、ここで一発やらせて下さいよ。人斬りの興奮でおっ勃っちまって、おさまらねぇ」
「俺もだ、頭、いいだろう?」
「…まぁここは大きな街道からも、宿場からも離れているからな。わかった。さっさと済ませろよ」
「やった!さすが頭、話が分かる」
「舌を噛まないように布を口に詰めておけ。せっかく手に入れた物を死なせては勿体ない」
「へいへい」
大切な仲間が惨殺されるという、先程の地獄。
今度はそれとは別の形の地獄がやってくることを少女は理解した。
逃げようにも、抗おうにも膝に力が入らず、立ち上がることすらできない。
ばたつかせようとした手足も押さえ込まれ、口に布が突っ込まれる。
息苦しさと恐怖で涙が止まらない。
「くく…早く済ませろって言われてるしな。いきなりいれさせてもらうぜ。痛いだろうが我慢しな」
「うー!うー!」
「はは、なんて言ってるかわからねぇよ。まぁそのうち慣れる。快感を教え込むのは帰ってからにするぜ」
男達の笑い声と少女の叫びを聞きながら、夜盗の頭は周囲を眺めていた。
今の時刻にこの場所に通りがかる人間がいるとも思えないが、警戒をしておくに越したことはない。
万全を期すなら女を部下に抱かせている時間などないが、それくらい認めてやらねば不満が生じる。
ある程度は部下の行動を容認してやらねば、荒らくれ者の頭などできないのだ。
部下達がたちかわり少女を犯し終え、その頃には少女の叫びも止み、ただ啜り泣く声だけが聞こえていた。
やっと終わったか、と頭が部下達に声をかけようとしたその時。
一人の男がゆらりと姿を現した。
「何者だ!?」
慌てて刀を構える頭。
警戒していたにも関わらず、ここまで接近してくるまで男の存在に気付かなかった。
目を瞑れば次の瞬間には消えてしまいそうなその存在感は、幽鬼のようでもあった。
明らかに只者ではない。
だが、この場を見られた以上生きて返すわけにもいかない。
部下達も男の存在にようやく気付き、刀を手に取る。
幽鬼のような男は、表情を変えずに問うた。
「島原北斎、という男を知っているか?」
「はっ…?」
「島原北斎という男について聞いている。貴様等のような、夜盗の一味を率いている人間だ」
淡々と男が発するその言葉に、夜盗たちは眉をひそめた。
このような状況でそんなことを聞かれる意味がわからなかった。
狂人かもしれぬ、そう頭は考えた。
しかし狂人とはいえ侮れない雰囲気を持っている上、帯剣している。
多くの修羅場を潜ってきた彼の経験が、危険な匂いを嗅ぎ分けていた。
「おい、お前ら。一斉にかかるぞ」
「…へい、かしら」
じりじりと男との間合いを詰める。
それを見ても尚、男は無表情のまま。
「それで、知っているのか知らないのか」
「知らねえよ、あの世で閻魔にでも聞いてきな!」
そう言い放ち五人が男を取り囲む。
そこではじめて幽鬼がその表情を崩す。
口角を吊り上げ、目元を緩める。
――微笑。
「それならば、生かしておく必要もあるまい」
「なんだと!?…お前等、いくぞ!」
一斉に飛び掛かる夜盗たち。
男は刀に手をかける。
だがそれは無駄となる、と夜盗たちは嘲笑う。
なぜなら自分達は既に刀を抜き放ち、かつ多人数で斬りかかっている。
それに対してこれから刀を抜いて、構え、振るうという動作が間に合う筈もない。
危険を感じたのは、気のせいだったのかもしれぬ、と頭の脳裏によぎった。
だから彼らは信じることができなかった。
あれから数瞬の後の今、五人全てが血の池に倒れ伏していることを。
胴から首が離れ、既にこと切れている四人に対し、夜盗の頭は袈裟切りにされたものの、まだ息があった。
しかし死すのも時間の問題だ。
薄れいく思考を必死に留めながら、先程の光景を思い浮かべる。
「ば…抜刀術…か…?」
男が行ったのは抜刀術。
鞘から刀を抜く動作と斬る動作を同時に行う技術だ。
それくらいは夜盗とはいえ彼も知っているし、使うこともできる。
だが、今男が見せたそれは、異次元のそれだ。
刀を構える動作を省いたとはいえ、一瞬で五人を斬るとはどのような速さが必要か。
それは最早神速といっても足りぬほどの域。
「バケモノ…め…」
そうして彼の意識は暗転した。
二度と覚めぬ眠りへと。
蘭花は、震えていた。
下半身から流れる血と精液もそのままに。
あれほどの地獄を見たのに、まだ恐怖の感情は自分を縛るのか。
男が近づいてくる。
憎き夜盗たちを一瞬で斬り殺した剣鬼が。
男は蘭花の前で立ち止まった。
…自分も殺されるのか。
それとも、夜盗たちが自分にしたように、凌辱するのだろうか。
しかし男はそのどちらも行わなかった。
ただ無表情のまま、一着の外套を彼女の肩にかけた。
その瞬間、蘭花は泣き崩れた。
「どうして…」
自分を殺さないのか。
「どうして…」
仲間は夜盗に殺されてしまったのか。
「どうして…」
自分は犯されたのか。
「どうして…」
…もっと早く、来てくれなかったのか。
「どうして…」
漂う死臭と静寂の中、剣鬼の前で少女はただひたすらに涙を流し続けていた。