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[24415] 【習作】何故こうなる(ネギま!転生クロスTOL)
Name: セネセネ◆268e9fc6 ID:cf151792
Date: 2010/12/05 17:03
 最初は乗り気だった。望みの力を一つだけ与えられると言うから、思ったがままに言ってみたのだ。
 これで無双出来る。美少女助けてハーレムを作る。そんな阿呆丸出しな煩悩を引っ提げて、いざ転生。
 残念な事に、転生先は与えられた力が無用な一般的な世界。魔物も悪の組織も、宇宙からの侵略者も存在しない平和な世界だった。
 赤子からやり直しの転生生活は、出来ない事だらけで鬱憤は溜まるし、前世での生活と遜色無いので詰まらない。何より、目的が変わり始めている。
 もしかしなくても、前よりは平穏な生活を送っているのではないだろうか。そう思い始めてからは、与えられた力を無駄な所で発揮してまで厄介事から逃げた。
 見るからに柄が悪い連中が集っていれば、気付かれないように気配を消して迅速にパッシングスルー。通り抜けると同時に全力で逃走を開始。
 力の使い方が、当初の目的とは全く真逆に。しかし本人は、それにすら気付いていないかったりする。
 そして、小学校の中学年へとなった頃。商店街で彼は、それまでの生活を覆す出来事に巻き込まれた。

「止めてぇなっ!!放して下さい!!」

 彼が転生した先は大阪に住む一般家庭だったので、そう関西弁は珍しい物でもなかった。しかし、それが悲鳴だったから彼は思わず顔を向けてしまう。
 向けた視線の先、そこでは彼と同い年程の少女が柄の悪い男に腕を掴まれており。その少女に、運悪くも彼は見覚えが有った。
 同い年程も何も、彼のクラスメイト、しかも席が隣同士の少女だったのである。これは、見過ごしたら外道になるのではないだろうか。
 厄介事は御免被る。しかし、外道にはなりたくない。では如何したら良いものやらと、野次馬に紛れて彼は考え込んだ。
 相手は小学生、柄が悪いとは言っても男は無茶をしないだろう。そう思っていたのが悪かったのかもしれない。次の瞬間、男が見せた行動に彼は反応し遅れてしまった。
 少女が抵抗するのに逆上した男は側に転がっていたガラス瓶を拾い上げ、身を捩り逃げ出そうとする少女の背中へと降り下ろす。
 男の降り下ろしたガラス瓶が完全な物だったら、まだ良かったのだが。しかしガラス瓶は底が割れており、鋭利な凶器へと成り変わっていた。それは少女の衣服を切り裂き、下に隠されていた白い肌をも裂いた。
 彼の脈が、大きく跳ねる。

―悲鳴も上げられない程の苦痛に満ちた少女の顔―
 自分は、何を見ている。
―何故、少女の顔は苦痛に満ちている―
 背中を切り裂かれたから。
―少女が背中を切り裂かれたのは何故―
 自分が何もしなかったから。

 出来るのに、彼は男を止めなかった。それを実行出来るだけの力を持っていたのに。平穏を求めていたくせに、自ら平穏を見捨ててしまったのだ。
 彼の平穏には当然、学校での生活も含まれている。今彼の視線の先で地面に力無く倒れている少女との会話も、毎日の様に交わしていた。
 故に、彼の目の前で、彼の平穏の一部が壊れたも同然。少女と言う一部を欠いた平穏は、果たして平穏と言って遜色無いのだろうか。
 いいや、大違いである。
 その時は正常な判断なんて出来ていなかったに違いない。もう一度少女へとガラス瓶を降り下ろそうとする男と、男が為そうとする事に気付いて目を固く瞑る少女との間に身を滑り込ませていた。
 次の瞬間、少女の背中が裂かれた時と同様に血が宙を舞った。

「――ッ!!」

「…………えっ?」

 痛みと同時に食い縛った奥歯が軋りを上げ、熱が背中を駆け抜ける。その際に彼が漏らした僅かな悲鳴を耳にし、未だ痛みが訪れない事を不思議に思った少女は、ゆっくりと固く瞑っていた目を開いた。
 何故か辺り一帯が静寂に包まれたが、逸早く我に返った青年達が男を取り押さえ、誰かが通報して漸く着いた警官に男は敢えなく逮捕された。
 良くやった、と周りの大人達が彼を褒める。しかし、その肝心の彼は沈みきった表情を変えない。むしろ、より酷いものへと変わっていっている様な気もする。
 結局、彼は少女へと降り下ろされた二度目のガラス瓶を防いだに過ぎない。少女の背には一度目の、彼が何もしなかった証である傷が残っているのだ。
 そうだとは知らずに褒める大人達の言葉は、先に受けたガラス瓶よりも鋭い刃となって彼を襲う。

「君、ちょっと良いかな?」

 男を連行した警官とは別の警官が彼に話し掛け、病院へ行こうと促した。彼の血が舞ったのを見た瞬間に気を失っていたのだろう、既に少女は病院へと搬送されているらしい。

(……平穏て何だよ。俺が安全地帯にいる事か?)

 前世でだって乗った事の無いパトカーの中、普段の彼だったのならはしゃいでいたただろうが、生憎と今の彼は考え事に没頭していた。
 彼の背中の傷は決して浅くはない。それなのに涙すら浮かばせない彼を見ていて、布を使って彼の傷を押さえている警官は、その状況を見て気味悪い子供だと思う。
 それから数分とせずに彼は少女が搬送された近くの病院に連れていかれ、傷の縫合を受けた。診断結果は、成長すれば傷痕も薄くはなるだろうが、消える事は一生無いらしい。様無い事だ。
 聞けば、少女の傷痕も同じ診断結果らしく。彼を余計に責め立てた。
 廊下の長椅子に身を任せた彼が呆けていると、警官が来て彼を少女の元へと案内をする。目が覚めて事情を聞いた少女が、彼にお礼を言いたいそうだ。
 部屋に着くと警官は立ち止まり、彼の背中を押して一人で中に入らせた。気を利かせたつもりなのだろう、爽やかな笑顔を浮かべている。
 気まずい表情で彼が部屋に入ると、ベッドの上で横になっていた少女が此方を向き、表情を輝かせて笑った。眩しいくらいに、それはもう無邪気な笑顔を浮かべて。

「ありがとなぁ、助けてくれて」

「…………助けれてないだろ。最初、俺は動けなかった…………だから――」

「そんな事無いで!ウチ、恐かった!殺されるんやないかって、――凄い恐かったんよ?」

 お前の背中には傷が有る。そう続けようとして、少女に言葉を遮られた。

「けど…」

「――けども何も聞かん!どういたしまして以外は聞こえへん!!」

 そう言って少女は耳を塞ぎ、目も固く瞑ってしまった。これは、如何やら少女が折れる事は無いだろう。
 溜息を吐いた彼は無理矢理に少女の手を退かし、その言葉を苦々しげな表情で口にする。
 気分的には、自分で自分の傷を抉っている様な感覚だ。

「…………どういたしまして」

「――うん!ありがとなっ!」

 これが彼、繰時 瀬音流〈くりじ せねる〉と。少女、和泉 亜子が、より深く付き合う事になった切欠だったと言えよう。

 そして数年が経ち、二人は小学校を卒業した。
 件の事件以来に瀬音流以外の男性が苦手となってしまった亜子は、親の意向も有って日本最大の学園都市〔麻帆良学園〕の女子中等部へと入学する事が決定し。何故か瀬音流も一緒に麻帆良学園に行く事が決定されていた。
 可笑しい。確か、瀬音流の進路は近くの市立校に上がる事が決まっていた筈なのだが。
 親の事が解らなくなってきた今日、この頃である。

「あ、あんな?向こうに着いたら、一緒に、ごごご、ごはっ、ごは――!!」

「落ち着いて喋れ。舌噛んじまうぞ」

「――ぁいたッ!!ほんまに噛んでもぅた…」

「ほれ見ろ。見せてみろよ………あぁーあ、ちょっと腫れてら。少し黙っとけ」

 ちょっと仲の良い二人だったりする。



[24415] 第一話 中武研
Name: セネセネ◆268e9fc6 ID:9b1f4cb6
Date: 2010/12/03 20:33
 2001年、春。桜舞う季節に彼等は、その真新しい制服へと袖を通した。

「……って、俺が麻帆良に来た意味、有るのか?」

 実際問題、全くもって意味は無い。
 瀬音流が麻帆良に来たのも、亜子を心配した彼女の両親に相談されて、彼の両親が是非も無く話を進めてしまったからに過ぎない。まあ、意味も無ければ、何かしら問題が有る訳でもないから被害らしい被害も無いのだが。
 で、結局の所、今回の彼の呟きが何を意味しての事かと言うとだ。亜子が通うのは麻帆良本校女子中等部で、瀬音流は麻帆良本校男子中等部なのである。一緒に来た意味、本当に有るのだろうか。
 はっきり言ってしまおう、意味は無い。
 亜子が通う麻帆良本校女子中等部に男は居ない。居たとしても、それは教師なのだから恐れる必要はないのだ。
 さて、そうなるとだ。

「……あれっ?マジで俺、何の為にこんな所まで来たのさ?」

 本当に、何の為に来たのだろうか。それを知る日は、多分来ない。


―第一話 中武研―


 自分が麻帆良学園に居る事に、瀬音流が疑問を覚えてから凡そ三ヶ月。七月も後半へと差し掛かって、学生は夏休みを迎えようとしていた。
 教室では友人同士が、何処に行こうなどと話し合って笑っている。そんな中、瀬音流だけは誰と話す事も無く教室を後にした。
 なんと彼を除いた全員は初等部から一緒らしく、そんな中に放り込まれた瀬音流は居た堪れないでいたのだ。
 そこそこに話はするまでも、それも連絡事項程度。友人は皆無。麻帆良学園に居る事が既に、彼にとっては苦痛にすらなり始めている。
 それでも音を上げないのは偏に、亜子が居るからと言うだけの事に過ぎない。むしろ、それだけで意味すらも必要は無い。
 件の事件以来から仲が狭まった亜子を、今更放って置く事も出来なかったし。此方に来てからは、そこまで仲が良い友人が居ないのも加わり、週末に一度だけ亜子と会うのが楽しみにすらなってきている。
 だからか、最近では大阪に帰りたいと思うのも少なくなってきている。少なくなっているだけで、たまには帰りたいと思う訳だが。それくらいは良いと思う。

「――っと。たまには顔出さないと、退部にされちまうな」

 入部以来は殆ど顔を出していないが、これでも瀬音流は〔中国武術研究会〕、通称〔中武研〕に所属をしている。昨日、その中武研の先輩に呼び出され、今日は顔出さなければ退部させると勧告を受けてしまったのだ。
 これだから体育会系は、と思う事常々。しかし、部活くらいはせなあかんと亜子から言われているので、やむを得ず今日は顔を出すつもりである。

 まあ、これが本当に運命の選択肢だったのかもしれないが。

 中武研が集まる広場に行ってみれば、死屍累々と積み重なる男達。
 如何やら来る場所を間違えたらしい。瀬音流は即座に踵を返し、来た道を戻ろうと一歩を踏み出そうとした。
 しかし、踏み出そうとした方の足を掴まれてしまい、一歩を踏み出す事が出来い。ゆっくりと首だけで振り返り見下ろしてみれば、中武研部長が頭から血を垂れ流しながら彼の足首を頑として放すまいとしている。
 迷惑だ、早く医者に行け。

「顔は出したんだから、帰っても良いっすよね?いえ、答えは聞いてないんで、その手を放せこら早くしろッ!!」

 こんな光景を生み出す人物を瀬音流は一人しか知らないし、その人物に見付かれば無論、彼も死屍累々の山頂に並べられ兼ねない。怪我も何も無視して、瀬音流は中武研部長の手を蹴り付けて脱出を試みる。
 が、しかし時は既に遅し。死屍累々と積み重なる男達の山の向こうから、ひょっこりと一人の少女が顔を出し、ぱっと表情を眩しいくらいに輝かせた。
 その時の中武研部長の顔はと言ったらもう、してやったりと言わんばかりににこやかだったとだけ伝えておこう。

「アイヤーっ!まだ居たアルか?掛かって来るヨロシッ!」

「三十六計逃げるが勝ち――って、このおっさん手を放さねぇッ!?」

「来ないアルか?ならばッ、此方から行くネッ!」

 茶褐色の肌にチャイナ服を纏った少女が地を蹴り、瀬音流との間に有った間合いを一瞬にして詰め、肘鉄の鋭い一撃を踏み込むと同時に放つ。
 本能的危機回避能力とでも言うべきだろうか、背筋に寒気が走るなり瀬音流は力任せに足を振り上げた。中武研部長が掴んで手を離さない方の足を、である。
 如何なったか。簡単である。
 瀬音流が足を振り上げる勢いで引っ張り上げられ浮かび上がった中武研部長の脇腹に少女の放った肘鉄が突き刺さり、足を振り上げつつ背中から倒れて受け身を取った瀬音流の上を飛び越え、中武研部長は車に撥ねられたが如く吹き飛んで行く。
 彼に幸あれ。むしろ頑張って生き延びろ。

「……あっぶねー。死ぬ所だったわ」

「やるアルネ。避けた上に、足枷まで無くすとは。益々手合わせしたいアルヨ」

 御免被る願いである。
 吹き飛んで行く中武研部長を見送った瀬音流は後転倒立の延び上がる勢いで跳ね退き、身体をウズウズとさせて今にも飛び掛かって来そうな少女と相対する。
 先にも言った様に、茶褐色の肌にチャイナ服を纒っており、小麦色なセミロングの髪を頭の両側だけゴムを使って纏めている。その容姿は類い稀なる程に整っており、文字通りに美少女だ。
 残念と言えば、四肢を含めた“全て”がスマートである事くらいであろう。

「――むッ。何か失礼な事を考えてないアルか?」

「頭ん中まで嗅ぎ取るんじゃねぇよっ。獣か、テメェはッ」

「武人は皆獣。爪を持ち、牙を持ち、常に研ぎ澄ませているヨ。なれば、――それで獲物を狩るのも道理ッ!!」

 再び間合いを詰めて拳を突き出す少女。しかし、半身になって踏み込む瀬音流は胸元に掠らせつつも少女が突き出す拳を紙一重で躱し、少女が拳を突き出した側から背後へと回り込む。
 拳を突き出す場合、突き出した側の視界は狭まり、そちらを抜かれると見失い易い。その為、常に継ぎの手が存在している。
 拳を突き出す身体の捻りが生み出す回転は逆の腕で強烈な肘鉄へと流れを繋ぎ、少女の背後へと回り込んだ瀬音流の脇腹を襲う。しかし、瀬音流は半身になった勢いと、少女の脇を抜く為に踏み込んだ勢いを乗せ、腰元で溜めていた拳に寄って少女の肘鉄を迎え撃つ。

「――ッ!!」

 少女の顔に貼り付くのは驚愕の色、そして歓喜の色。
 悉くが一撃で沈められていた中武研の中で唯一人、二撃目すらも防ぐ相手との出会いである。武に生き、強者との闘争を求む彼女にとって、今程に嬉しい事は無い。
 これから繰り広げられるであろう闘争を思い、口元を吊り上げても可笑しくはないのだ。だが、それは少女だけに言える事。
 よって。

「――三十六計逃げるが勝ちッ!!」

 瀬音流には当て填まらない事である。彼は脱兎の如く逃げ出し、呆気に取られている少女は、その背中が見えなくなるまで見送ってしまった。
 何故、如何して。これから始まるのは、血肉沸き躍る熱い闘争なのに。何故に、敵に背を向けて逃げ出す。
 少女の頭の中は疑問に満ち溢れ、気付いた時には、側に臥していた部員の襟首を掴んで引き摺り起こして聞いていた。
 血肉沸き躍る筈だった闘争から逃げ出し、自身に背を見送らせた少年が誰なのかを。

「――まっ、まほ……ら、ほんこう…………だん……しちゅ…………うとう……ぶ………………いちねん」

「――麻帆良本校男子中等部一年……」

 同い年。そう思うだけで少女の闘争本能は勢いを増し、部員を掴み上げていた手に力が籠る。

「――ぐぁ……ッ!?」


「――名は……ッ!名は、何と言うネッ!?答えるヨロシ!!」

「がッ――ぐぁぎ……ッ!!くっ、くりじッ――」

 少女の手に襟首を締め上げられ、部員は今にも白眼を剥きそうになりながらも言い切った。

「――せねる……ッ!!――――げほッごほッ、ぅおええええぇぇッ……!!」

 部員が言い切ると同時に少女は襟首を掴んでいたを開いて解放し、部員が息咳蒸せるのもお構い無く、小さく口の中で反芻する。
 未だ高まり止まぬ闘争本能を叩き付ける為に。忘れぬ為に、その相手の名を自身の記憶に刻む為に。

「――クリジ、セネル……!!」

 本当に、運命の選択肢だったらしい。

「ワタシがッ、この古 菲が――お前を倒すネ!」



[24415] 第二話 終わりは近い
Name: セネセネ◆b5becff5 ID:b9a8cd2c
Date: 2010/12/03 20:31
「クーフェ?うん、ウチと同じクラスやで」

「最近な、ちょくちょく喧嘩売られるんだわ。買わないで棚に戻してるけど」

 七月も中旬、週に一度の瀬音流が亜子と会う日。二人は学園内でも知られた甘味処、つまりはスイーツを食べに来ていた。勿論、財布の口を開くのは瀬音流の方である。

「手ぇ出したら駄目やで?」

「勝てる訳がない。第一、あの細っこい身体で、何で大の男を次々と吹き飛ばす力が有るんだ?」

 話の内容はそう、先日に瀬音流が出会った少女、古 菲についての事である。なんと彼女、亜子のクラスメイトなのだ。
 麻帆良本校女子中等部という事は知っていたが、まさか、こんな近くに繋がりが有ったとは。瀬音流も露と知らずにいたので、亜子から情報が彼方に流れないかと冷汗ものである。

「あっ、もうこないな時間なってもうたんかぁ。ウチ、帰って夕飯の支度せな」

「送ってくか?」

「平気、平気。ウチかて、何時までもか弱い女の子やないんよ?」

「おぉ、怖っ。何か有ったら電話しろよ、直ぐに行くから」

「ありがとな。ほな、ウチ行くわ」

 席を立って入り口の方へと行く亜子に手を振り、彼女の姿が見えなくなった瀬音流は窓の外を眺めながら氷が融けて無くなった水を飲み干した。


―第二話 終わりは近い―


 キッチンに立って包丁を握っていた亜子は先程まで瀬音流と交わしてた会話を思い出し、リビングでテレビを見ている友人には聞こえない様に小さく笑った。
 昔から彼は何かしらに巻き込まれていた。初めは何だっただろうか。そう、あの事件が始まりだったと思う。商店街で知らない男に絡まれ、ガラス瓶で背中を殴り付けられた事件だ。
 あの事件で瀬音流に庇われて以来、他の男性に近付く事が恐くなった亜子は彼の側に居る事が多くなった。
 何と言うか、他の男性と違って彼は側に居ると安心出来るのだ。庇われたのが一番の要因だとは思うが、亜子は別の理由も考えている。

「好き……とはちゃうもんな。セネルと居っても、全然上がったりせぇへんし」

 小学校の頃は、自分が瀬音流の事が好きなんだと思ってた。しかし、何か違うと思い始めたのは麻帆良に来てから。

「きっと、放っておけへんのやろな」

 放っておけばコンビニ弁当ばかり食べるし、部屋は散らかしたままで片付けたりしない。まるで、手間の掛かる大きな弟の様だ。
 だからきっと、放っておけないのだろう。
 そんな事を亜子が思っている一方で、彼女が思っている側から、帰り道にコンビニへと立ち寄った瀬音流は、新発売とシールの貼られたコンビニ弁当へと手を伸ばしていた。

「塩タン弁当……ねぇ。気になるな」

「ああ、それは食べる直前に熱々に温めるのがベストだよ」

「あ?ああ、ども、今晩はッス。教授も今日は?」

 新発売のコンビニ弁当を買うべきか如何か考えていた所、そんな瀬音流に後ろから聞き慣れた声が掛けられた。
 振り向いた先に居たのは、瀬音流が麻帆良に来てからというもののコンビニ弁当を買う際に良く顔を合わせる、眼鏡を掛けた優男風の男性。邪魔にならない程度に短く切り揃えられた髪に、黙視出来る程度に伸びた無精髭、これで教師だと言うのだから驚きである。
 何故か名前を教えてくれないので瀬音流は仕方無く明石教授と呼んでいるが、きっと恥ずかしい名前なのに違いない。でなければ教えてくれる筈である。

「いやぁ、僕は卵と豆腐を買いにね。娘が鍋をやるなんて言い始めたものだから……今日は、コンビニ弁当は残念ながら諦めるよ」

「そっすか。大変すね、教授も。俺も鍋食いたいけど、一人で食うには手間が掛かり過ぎなんすよねぇ……」

 亜子に作ってもらうのも御門違いな気もするし、作ってもらっても一緒に食べたりせずに彼女は帰ってしまうので、一人で鍋を突っつくのは何やら虚しい物が有る。

「そうだ!良かったら君も一緒に如何だい?」

 今思い付いたとばかりに誘う明石教授の言葉に、思わず頷きかけて瀬音流は思い止まる。聞いた話では、奥さんを事故で亡くして以来、明石教授の家庭は娘と二人きりの父子家庭だった筈なのだ。そんな親子水入らずの所に、彼が邪魔をしても良いのだろうか。
 不思議に思った事が瀬音流の顔に表れていたのか、苦笑混じりに明石教授は尚も誘う。

「僕から誘ってるんだ、君が気にする必要なんて無いよ」

 ここまで言わせておいて断るとなると、むしろそちらの方が失礼な気もする。なので、瀬音流は余計な言葉を口にせず邪魔させてもらう事とした。
 それが結果として良かったのかは分からない。しかし、そのお陰で彼が美味しい鍋を箸で突っつけているのは確かな事だ。
 亜子に負けず劣らず明石教授の娘は料理が上手で、鍋の中身は目に見えて減っていった。最終的には煮汁すら無くなり、その味は男二人の満足げな表情が物語っている。

「どうだい、家の娘の手料理は?何時、嫁に出しても恥ずかしくはないよ」

「――ゴチになりましたっ。ここ一月はコンビニ弁当だったんで、胃が驚いてるッス」

「それはうら――」

「お父さん……?」

「――やましい事だ。僕もコンビニ弁当は好きだからね」

 背後で娘が怒りを露にしているにも拘わらず言い切る明石教授に、瀬音流は口元を引き攣らせて苦笑いするしかない。その直後に響いた鈍い音は、明石教授の頭に娘の手で盆が振り下ろされた結果だ。
 それでいて頭から血を流しつつも表情を崩さないのだから、親馬鹿の烙印は既に押されているに違いないだろう。
 仲が良い親子だ事で。そんな風に瀬音流が思った所で、明石教授の携帯が着信音を鳴り響かせる。

「僕は用事が出来て出掛けるから、何時も通り鍵を掛けたら郵便受けに入れといてくれ。セネル君、悪いんだけど裕奈を寮まで送ってくれないかな?」

 着信表示を見ただけで出掛けると言うことは、それなりに前から決まっていた事なのだろう。それじゃあ、とだけ言って明石教授は部屋を出て行ってしまった。
 残されたのは瀬音流と、明石教授の娘、明石 裕奈の二人切り。会ったばかりの二人を残すとは、これ如何に。

「洗い物に時間掛かるし、帰っちゃっても良いよっ?」

「ぃんや、待つよ。あんだけ美味いモン食わせてもらったんだ、でなけりゃ教授に悪い」

「そう?ほにゃらば、ちょこっとだけ待っててね〜っ」

 裕奈と言う少女は元気だ。瀬音流と同じくらいに食べていた筈なのに、今は後片付けを手早く進めている。
 そんな彼女は間違いなく美少女で、料理も美味く、教授の身内贔屓が入っても中々に勉強が出来る。亜子以外にも完璧少女が居たんだなどと思わせる程だ。
 セミロングの黒髪はサイドで纏められ、裕奈が鼻唄混じりに身体を揺する度に尻尾の如く跳ね回っており。夏に合わせてなのか、やや露出が多い服は余りに似合い過ぎていて。見てくれは、同年代の少女とは思えない。
 決して、老けていると言っている訳ではないので悪しからず。

「あれっ?お父さんてばッ、洗剤の買い置き頼んでおいたのにぃー」

「……一人言が、まんま主婦じゃねぇかよ。っつぅか、他人事とは思えねえ」

 裕奈が溢したのと全く同じ事を亜子に言われた例が有る瀬音流としては、何か買い忘れが無いか不安になって思い出す切っ掛けとなって暇潰しになった。
 後日、娘に怒られちゃったよ、と教授に聞かされたが笑えなかった。
 洗い終わった食器は、しっかりと水気を拭き取られてから食器棚に収められ。帰り支度を終えた裕奈は薄手の上着を羽織って玄関へと向かう。
 そこに待っているのは靴を履き終えた瀬音流で、その手には玄関を締める為の鍵が握られていた。

「待たせてごめんねっ」

「そんなに待ってねえしっ、美味い飯食わせた礼だと思えよ」

「ぅんにゃ、それでも待たせちゃったのには変わらないっしょ?」

 玄関先で腰を下ろし、裕奈は手早くシューズに足を突っ込んで紐を縛り始めて立ち上がり。履いた靴の爪先で床を叩いて、しっかりと奥まで靴が履けたのを確かめた裕奈は顔を上げて笑った。
 頬を掻いて応えた瀬音流は裕奈に鍵を手渡し、そのまま外へと出てしまう。頬が赤いのは、きっと掻いたからだ。他に理由は無い、筈である。
 瀬音流の後を追って外へと出た裕奈は慣れた手付きで鍵を締め、それを郵便受けへと入れた。

「ボディーガード、よろしくっ!」

「……そんなに強くねえけどなぁ」

「――送り狼にはならないようにね?」

「――んなッ!?なるわけねぇだろうがッ!!」

「きゃーっ!」

 からかいだと分かっていても怒鳴った瀬音流から逃げ出し、裕奈は軽快な足取りで寮へと向かう。その背中を追って、僅かに遅れながら瀬音流が駆け出す。
 この時、まだ瀬音流は分かっていなかった。平穏無事に暮らしたいと思っていながら、それからは既に遠く離れた日常に片足を突っ込みかけている事に。


「して、彼の様子は如何かね?」

「全く覚えてはいないようです。……それにしても、まだ信じられませんよ。あの日、本当に彼が侵入者達を?」

「刀子君、桜咲君、両名が目の当たりにしておる。見間違いでは済まされまい」

 とある一室で交わされる会話。一方の人物は、この麻帆良学園の最高責任者たる長、近衛 近右衛門。後頭部が異様に長く、その頭髪の無い頭部とは違って眉毛や顎髭が異様に長い。
 その近右衛門と話しているのは、用事が出来たと言って出掛けた筈の明石教授だった。
 二人が醸し出す雰囲気は重く、それだけ会話の内容が重大な事であると理解させられる。

「両親は一般人、こちら側に接触した経歴も無し。――頭が痛くなるわい……」

「ですが、彼は本当に一般人でしかありません。この三ヶ月間、偶然を装って彼に近付き話を聞いていましたが、逆に葛葉先生や桜咲君を疑うような事しか聞き出せませんでしたから」

「しかしのぅ……。仕方有るまい、試して見るか」

「…………僕としては彼を放っておいてあげたいですが――」

「既にガンドルフィーニ君達を抑えられなくなっている。……時間が残されておらんのだよ」

 近右衛門は心苦しそうに言い切った後、自らの手に持った、万を越える麻帆良学園の全生徒名簿から抜き出されてきた一枚に目を落とした。
 学歴、籍、両親、そして能力。そのどれを取っても極々平凡な若者としか言い様がない。
 しかし、不安要素でしかないなら、解決はしなくてはならないだろう。既に動き出している者達を納得させる為にも、それも火急に。

 部屋の窓から月を見上げながら近右衛門が机に置いた、写真が貼り付けられた詳細。そこに書かれていたのは、繰時 瀬音流。
 平穏無事を好む、麻帆良本校男子中等部一年生の名前だった。

 平穏無事の終わりは、もう直ぐそこだ。



[24415] 第三話 俺は平穏無事に暮ら――えっ、無理?
Name: セネセネ◆268e9fc6 ID:1a5b8d70
Date: 2010/12/04 20:48
「――ハァッ、ハァッ……クッ!!」

 さて、如何して、こんな意味不明な目に遭わなくてはならないのだろうか。彼は、ただ単に友人である少女を寮まで送っただけに過ぎないのに。
 天罰を受けるような事をしでかした覚えはない。なら、これは運が無かったから、何時もの如く巻き込まれただけなのだろうか。
 多分、いや、確実にそうだろう。
 大阪に居た頃も、何時も訳が分からない内に巻き込まれて、そして何時の間にか騒動の中心になってしまっていたのだ。今更、自分が巻き込まれて易い事を彼は否定したりしない。
 けど、しかし、でも、だけど、それでも、これは無い。何を如何したら。

「――待ちぃやッ、ゴラァッ!!」

「――逃がさぬッ!!」

「――女から逃げるなんて、初やねぇ」

 何やら重たそうな棍棒を振り回す鬼やら、ただ鉄を押し潰して鍛えただけそうな剣で足払いしてくる烏人間やら、狐の面を着けて逃げ道へと苦無を的確に投げてくるくの一なんぞに追われなくてはならないのだろうか。
 最早、これ程に運が無かったのか。いや、それは問題にはならない。既に慣れてしまっている事なのだから、今更悩んでも意味は感じられないだろう。
 そんな事よりも、問題は。今、瀬音流の後を追いかけ回すアレは、本物なのだろうか。と言うか、もしアレが本物だと言うなら、今、行われているのは本当の命懸けな鬼ごっこ。捕まったら即人生が終わりだ。
 逃げに逃げて、更に逃げて、それでも後ろのアレは撒く事が出来ない。覚悟を決めて、立ち向かうしかないのだろうか。
 いや、しかし関係は持ちたくない。今戦えば、何だか後で又会ってしまいそうな気がしてならないのだ。狐の面をしたくの一は兎も角、他とは金輪際会いたくなんてない。
 なら、瀬音流が取れる行動なんて決まっているではないか。

「逃げると見せかけて……幻竜――ッ!!」

「おっ!ヤル気になったんか!?」

 土煙を上げて滑る程の急制動で止まり、追い掛けてくる鬼達へと幻影を残して迫った瀬音流は。

「――パッシングスルーッ!!んな訳有るか、呆けぇッ!!」

「…………何いいいいぃぃぃッ!?」

 まるで鬼の巨体を通過したかの如く擦り抜け、瀬音流がヤル気になったと勘違いを起こして構え余りに余りな言動に呆けた鬼達を置き去りに、彼は来た道をなぞるように逃走を再開する。
 憤慨する鬼達。彼らは再び瀬音流を追い掛け、その速度は先程よりも数段速い。しかし、瀬音流との差は一向に狭まらないし広がらない。
 雨が降った後、空に架かる虹を追い掛けている様な気分だ。


―第三話 俺は平穏無事に暮ら――えっ、無理?―


 頭が痛くなる。目頭を押さえたのは、はて何度目だろうか。
 その出来事を遠目に確認していた女性、否、少女は狙撃用ライフルを下ろして両の目頭を摘まんでいた。
 闇夜に溶け込む様な浅黒い肌に、揉み上げを紐で結った長い髪、そして年の割には高過ぎる身長。どれを取っても、醸し出す雰囲気を加えて誰もが彼女を女性と扱うが、彼女は歴とした少女、麻帆良本校女子中等部一年生、ピチピチの十三歳。
 決して、銃口を向けられて脅されているから言っている訳ではない。彼女は何処から如何に見ても十三歳なのだから。
 何度も言うが、十三歳の彼女が今、この時間帯に入るのは普通ではない。では何故、こうして彼女は狙撃用ライフルなんて持ち出して居るのか。
 実は十三歳な彼女、裏と呼ばれる社会では知れたスナイパーなのだ。いや、十三歳な彼女、実は裏と呼ばれる社会では知れたスナイパーなのだ。

「……帰って良いだろうか?」

「何を言っている、駄目に決まっているだろ?」

「いや、しかしだな……」

 アレを見ていたらと少女は、隣で腰元に携えた野太刀の柄に手を添えながら同じ光景を目にしているだろう少女に言った。
 確かに、如何して、あの様な情けない光景を監視しなくてはならないのか。傍らで再び両の目頭を押さえている情報の言葉に同意しながら、セミロングの黒髪をサイドで纏め上げた、雪の様に色白な肌の少女は嘆息する。
 見た限り、鬼に追い掛けられる、彼女達とは同年代だと思われる少年の動きは素人その物であり。時偶、彼女達を以てしても驚愕させられる動きも見せるが、到底は驚異とも思えない。
 本当に、何故に自分達が、と二人の考えが同調した時。鬼達から逃げ回っていた少年の動きが、逃げから踏み込みへと変化を見せた。

「――なッ!?」

「へぇ……、中々に面白いな」

 目視では追えない速度で鬼の懐に踏み込んだと思えば、まるで鬼の身体を無視した様に少年の身体は通り抜け、そのまま彼は走り去ってしまった。
 その後を遅れて追い掛け出す鬼達を見て、何のコントをやっているのやらと苦笑いを漏らしてしまう。

「さて、私達は監視だけが仕事なのか?」

「……行こう。そろそろ可哀想だ」

「…………だな」

 再び狙撃用ライフルのスコープを通して見た少年の顔は、情けなかった。
 二人の少女が遠目にリアル鬼ごっこを傍観していた頃、瀬音流は如何に逃げるかを何度もシミュレートし、半ば自棄糞になって市街地へと向けて駆けていた。
 やってられない。完全に身を隠している筈なのに、何処に隠れようと、彼方から見えているのではないかと疑う程に、あっさりと簡単に見付けられてしまう。
 人目の有る所まで行ければと思って行動してきた瀬音流だが、はたと思い出した様に頭を振って思い直す。あんな奴等が街中に現れたら、一体どれだけのパニックに陥るやら。
 麻帆良ならば簡単に受け入れてしまいそうだが、被害が出た場合を考えると、奴等を市街地へ入れるのは非常に不味い。だが、撒かないままでは帰る事も許されない。色々な意味で覚悟を決めないと、そろそろ精神的に追い詰められてしまいそうだ。
 瀬音流は拳を握り締め、隠れていた藪から飛び出し鬼達へと向かって駆け。胸が地面と水平になるほど低姿勢に、今までとは見違える程の速度で迫る。

「又逃げる気ぃやな?そうは――」

「鬼に追い掛けられりゃッ、逃げるに決まってんだ――ろうが!!――迫撃掌ッ!」

 また瀬音流が逃げ出すと思って油断していた鬼を右の拳で殴り付け、そのまま強引に拳の軌道を横から縦へと変換。鬼の巨体を地面と叩き付けた。
 拳を振り抜いた勢いのままに、横から斬り掛かってくる烏人間の剣の腹を殴り付けて弾き、その剣を持つ手に逆の拳でアッパーカット気味な一撃をお見舞いして剣を奪ったら、鬼に与えたのと同じ一撃で地面に這い蹲らせる。

「――クッ!!近距離戦がお得意なよ――」

「――魔神拳・双牙ッ!!」

 狐の面をしたくの一は瀬音流の動きを制限する為に距離を取ろうとするが、それは意味をなさなかった。それぞれ左右の拳を振り抜いて、彼は二つの拳圧を飛ばして対応して見せたのだ。

「――なッ!?くはぁッ!!」

 まさかの行動に、狐の面を着けたくの一は咄嗟に腕を交差して受け止め、そのまま吹き飛ばされる。

「――こなくそぉッ!!」

「――疾ッ!!」

 放ったらかしにされていた鬼と烏人間が左右から挟み込む様に、それぞれ棍棒と剣を上下段に振るう。
 完全に反応し遅れた瀬音流は地面を蹴って跳び上がり、棍棒を受け止め自ら吹き飛ばされて間合いから離れ。並木に背中から叩き付けられて、その勢いを失う。

「――ッ!?」

 着地と同時に迫り来る無数の苦無を瀬音流は横へ転がって躱し、勢いのままに立ち上がって駆け出した。作戦なんて無い。ただ、彼がすべきは目の前に立ち塞がる敵を全て殴り飛ばして退けるだけ。
 躱し切れなかっのだろう苦無で斬れたらしい頬からは血が、頬を撫でる風に攫われ、大小様々な滴となって宙を舞う。
 深く踏み込むと同時に振るわれた剣と数合だけ拳を合わせ、その悉くを打ち払い。地面を打ち砕く程の一撃である棍棒を頭上から降り下ろされれば、宙舞う木葉の如く身軽に飛び退いて躱し。好き有らばと投げられる苦無は全て打ち落とし、偶に拾っては武器として拝借する。
 が、しかし所詮は一般人でしかない瀬音流。彼の身体は次第に傷を増やしていく。
 打ち払い切れない一閃が首筋を走り、打ち砕かれた地面は天然の弾丸となって襲い掛かり、打ち落とし損ねた苦無が腕や足に突き刺さる。
 血に塗れた制服は、その元の色を既に失い、破れて一部は無くなっている。
 呼吸が乱れ、腕は上がらなくなり始め、脚も震えて身体を支えられなくなりつつある。このままいけば、殺されてしまうだろう。
 平穏無事を願って生きてきたのに、こんな理不尽で訳も分からない事に巻き込まれ、誰に看取られる事も無く。

(死ぬ?――誰が?俺が。何で?――どんな理由で?知るか)

 奥歯を噛み締める。
 そう、何時だって、そうだったではないか。訳も分からない事に巻き込まれ、死にそうになった事だって幾度も有った。
 だから、今回も。

「――死 ん で……たまるかああああぁぁぁッ!!」

 白い野獣が、咆哮した。




あと…………がき?

 色々な人に指摘されながらも頑張ろうと思った。
 しかし、ヒロインが誰になるのか自分でも分からない。



[24415] 第四話 夜中の鬼ごっこは時間を気にしながら
Name: セネセネ◆268e9fc6 ID:5e547f56
Date: 2010/12/07 21:05
―アアァアァァアアアアァァァアアアァアァッツ!!―

「――ッ!!何だッ、アレは……!?」

 スナイパーは驚愕する。常人とは異なる彼女の眼を以てしても追う事が許されない動きに、少女、龍宮 真名は眼を見開く。


―第四話 夜中の鬼ごっこは時間を気にしながら―


「あ――ったまにきたあああぁッ!!何ッで、何時も、何時も、こんな目に遭わなきゃならねぇんだっつぅのおぉッ!?」

 瀬音流が夜空に向けて吼えた直後、彼の姿が消えた。いや、実際には消えた訳ではないのだが、何も知らない者からすれば消えた様にしか見えないのだ。
 今の瀬音流は、時間という枷から解き放たれた、彼がクライマックスモードと呼ぶ状態に突入していた。
 クライマックスモード、これは正しく正常な時間から抜け出し、彼以外の存在は、その全てが一切の行動を停止して見える。スポーツなどで集中力が高まった状態、所謂ゾーン、それを更に超えた状態と言えるだろう。
 そんな世界で自由に動き回れる瀬音流の行った事はと言えば、鬼達を退ける為に拳を振るうという、生存本能による戦闘行為。その一撃、一撃に容赦は無い。

「――幻竜拳ッ!!迫撃掌ッ!!爆撃掌ッ!!」

 幻影を残す速度で接近する勢いのまま拳を撃ち放ち、接触と同時に横から縦へと軌道を変化させる一撃。そして、踏み込みと、腰、肩、腕の回転、肘を伸ばすなどの要素が最大限に発揮された入魂の一撃。
 それら全てを鬼へと一息で叩き込んだ後、瀬音流の牙は烏人間へと向けられる。

「――鷹爪脚ッ!!連牙弾ッ!!魔神拳ッ!!魔神拳・双牙ッ!!魔神拳・竜牙ッ!!」

 跳び上がり何度も烏人間の肩を踏み付け、着地と同時に素早い蹴りを数発。一つ、二つ、三つと拳圧を撃ち放ち、溜め込んだ力を拳に乗せて、爆撃掌で本来は水平に放たれる軌道を下から上へと変えて拳圧を放つ。
 瀬音流の魔神拳は、一撃がコンクリートに穴を穿つだけの威力が有る。そんなモノをしつこく放つのは多分、迫り来る剣が、それだけ彼に恐怖を与えていたからだと思われ。確実に、八つ当たりだと言える。
 そして、瀬音流は狐の面をしたくノ一の背後へと回り込み、クライマックスモードが終わりを告げる。

「――グッ、ギゴッ、ガゲェッ!?」

「――なッ、ガッ、オゴゴガグゥッ!?」

 クライマックスモード中、瀬音流以外の存在は全て動かない。これは、つまり時間が停止しているに等しい訳で。その時間停止が無くなったとなれば、クライマックスモード中に行われた瀬音流の攻撃は、全てが同時に行われた事になり。クライマックスモードが終わる時、それら全てが同時に着弾したようになるのだ。
 その結果は、様々な攻撃を組み合わせて放つよりも効果が大きい。しかし、このクライマックスモードがまた使い勝手が悪いこと。何せ、瀬音流の意思で発動した例が未だに無いのだ。
 クライマックスモードを意識的に使えたなら、瀬音流は爪術を覚える必要は無かった。爪術に頼って相手を怯ませ、筋肉痛になる事を顧みない全力疾走などしなくて済んだのだ。
 大阪に住んでいた頃が懐かしい。
 一度に受けた衝撃の強さに、鬼と烏人間は同時に地面へと倒れ込み。それを見た狐の面をしたくノ一は悲鳴を上げる。

「なッ、何が起こったんや!?」

 時すら止まる刹那の世界から解放された瀬音流の耳が拾ったのは、狐の面をしたくノ一が溢した驚愕の声。やはり、瀬音流の動きは一切見えていなかったらしい。
 背後に居る事を勘付かれる前に、最後の一撃とばかりに振り下ろした拳で、瀬音流は狐の面をしたくノ一の後頭部を殴り付け。呻き声を上げて地面に倒れると、そのまま狐の面をしたくノ一は動かなくなった。
 これで、追い掛けてきていたのは全て倒した。漫画の世界の達人のように気配を消したり出来るような奴が居ない限りは、もう安心だ。
 安堵の溜息を吐いた瀬音流は辺りを見回した後、鬼達が目を覚ましては困るので、その場から早々に逃げ出して寮へと向かう。
 そんな彼が居た場所に、二つの影が木の上から飛び降りる。
 一つの影はスナイパー、真名の物。その彼女は、既に豆とすら言える程に遠ざかった瀬音流の背を見続け、振り返らずに相方の少女、桜咲 刹那へと言葉を掛けた。

「どう思う?」

 それに対して、言葉を掛けられた少女、刹那は鬼達が目を覚ます前に、懐から符を取り出して使い召還しながら返す。

「最後の一撃は完全な素人の物だった……が、その前のアレは一体……?」

「さあね。私の魔眼でも、彼の姿を見失った」

 やれやれと肩を竦めて溜息を吐いた真名は、振り返って辺りの被害を見回し、更に溜息を吐いた。
 酷い有り様だ。土は抉れ、木々は斬り倒され、そこら中に苦無が散乱している。一般人が見たなら、一体何が有ったんだと騒ぎになるだろう。もしかしたら、ニュースでも流されるかもしれない。
 隠蔽をする役目の人間は涙目になって徹夜だ。

「…………やはり、彼は危険だ」

 真名を置いて、その場を離れた刹那の呟きは、真名の耳には届きはしなかった。
 一方、その頃。瀬音流は駅前のファミレスで机に突っ伏していた。
 腹が減ったとか、そう言う理由ならまだ分かる。しかし、今回の理由は余りに情けないものだ。
 至極簡潔に答えるなら、終電を逃した。鬼達との鬼ごっこに時間を取られ過ぎて、息咳切らして駆ける彼の目の前で終電は出発してしまったのである。
 これに瀬音流は涙目。泣く泣く最寄りのファミレスへと足を運び、始発の電車が動き出すまで、そこで小腹でも満たして暇を潰す事にした。
 店に入って、ウェイターに案内される時、ボロボロな姿を見た人達から視線が集まったが、些細な事である。
 コップに注いできたミルクコーラを一口飲み、再び瀬音流は机に突っ伏す。その姿は、何処か疲れ切っていて、壮年のサラリーマンの様だ。

「やってらんねー……」

 まったく、本当に、そうである。大阪でも言う回数は少なくはなかったが、ここ最近は、それを遥かに上回るペースで言っている気がする。
 戦闘狂のチャイニーズ女子中学生に追い掛けられ、夏休みも近いのに友人も居ないのでクラスでは浮き、鬼に追い掛け回され、終電を逃してファミレスで夜を明かす。七月に入ってから、本当に運が無い。
 その時、またミルクコーラを一口飲んだ瀬音流が机に突っ伏そうすると、彼の対面に人が座った。
 可笑しい。こんな夜更けの時間帯である、人が居るわけでもないし、他にも座る席は幾らだって空いている筈だ。
 訝しんで顔を上げて、自分の対面に座った人物を見てみれば。そこには、揉み上げを紐で結った長い黒髪の、長身な浅黒い肌の少女が座っているではないか。
 少女は席に腰を下ろすなりウェイターを呼び、餡蜜を頼んだ。甘党なのだろう。
 なんと言うか、この少女、雰囲気が普通ではない。気配が感じられるとか、そんな特殊な能力を持っていない瀬音流でも分かるくらいに、その少女は浮いていた。
 瀬音流は机に突っ伏すのを止め、身体を起こして背凭れに身を任す。
 瀬音流と少女の間に言葉が交わされる事は無く、沈黙が無駄に続き、やがてウェイターが盆を片手にやって来た。

「餡蜜になります」

 瀬音流と少女、二人の目の前へと同時に餡蜜が置かれた瞬間、互いの視線が絡み合った。
 伝票を一枚だけ置いた後、その場からウェイターは足早に離れて行き。瀬音流と少女は、籠へ入れてテーブルの脇に備え付けられたスプーンへと手を伸ばす。
 未だに言葉は交わされない。そう思われた時、瀬音流が餡蜜を口に運ぶ手を止める。口の中の餡蜜を嚥下した少女が、彼にしか聞こえない程の静かな声で語り掛けてきたのである。

「――鬼ごっこは楽しかったかい?」

 それは、先程まで瀬音流が置かれていた状況を知らなくては出てこないような一言で。瀬音流の眉間に皺が寄り、少女を見る視線が僅かに険しくなった。
 手に力が込められ、瀬音流の持つスプーンは少々ばかり変形しており。それを見た少女は、クスクスと小さく笑う。

「……俺に何の用だ?」

 平常心を保つ為に、餡蜜を口へと運ぶ作業を再開しながら瀬音流は少女へと言葉を返す。それに少女は手を止め、口元を吊り上げてから再び手を動かす。

「率直に聞く。君は、どうして麻帆良学園に来たんだい?」

 少女がした質問に、瀬音流は思考を停止した。





あとがき…………に、なってたらいいなぁ

瀬音流を不幸キャラにしてみようと思った。反省はしてるけど、後悔はしてないと思う。



[24415] 第五話 少年の巻き込まれ体質は酷いらしい
Name: セネセネ◆268e9fc6 ID:ceb23f13
Date: 2010/12/10 23:11
「率直に聞く。君は、どうして麻帆良学園に来たんだい?」

 少女がした質問に、瀬音流は思考を停止した。


―第五話 少年の巻き込まれ体質は酷いらしい―

「……最初は、来るつもりなんて無かった。けど、男が苦手な幼馴染みが麻帆良に移る事になって、そいつの付き添いみたいなんで来るしかなかったんだ」

 言い終えてみると、中々に理不尽な理由だと瀬音流は自分でも思う。しかし、亜子の両親や自分の両親に言われ、しかも既に手続きまで済ませられていた為に拒否なんて仕様が無かった。
 餡蜜を一口だけ口に放り込んで不貞腐れた顔をし始めた瀬音流を見て、少女は面白そうに笑った。実際、瀬音流の不貞腐れる姿は子供っぽくて、思わず笑ってしまうのも頷けるのだ。
 笑われて、より一層と不機嫌になる瀬音流へと少女は謝罪の言葉を述べ。少しは気分が晴れたのか、彼が餡蜜を食べる速度は幾分か速かった。
 あと少しという所まで瀬音流が餡蜜を食べた頃、伝票を片手に、少女はレジへ行こうと腰を上げ。そのまま少女が脇を通ろうとした所で、瀬音流は彼女の腕を掴んで止めた。
 まさか驕ってくれる訳でもなし、伝票を持って行かれると面倒なのだ。さっさと食べ終わらせて、一緒に会計を済ませてしまった方が楽なのである。そう思って瀬音流は少女を引き留めたのだが、少女は何を勘違いしたのか、今度は瀬音流の隣へと腰を下ろして彼の横顔を眺め始めた。
 何を考えているのやらと思うと同時に、餡蜜を食べている姿を見られて少し恥ずかしい。ミルクコーラで口の中に有る餡蜜を胃に流し込み、最後の一口を口へと運ぶ。
 最後の一口を食べようとして手を止めた瞬間、手元のスプーンが先を失った。いや、正確には、隣に居た少女が首を伸ばして餡蜜を頬張ってしまったのである。
 瀬音流の顳〔こめかみ〕に青筋が立ち、彼の口元は引き攣った。最後の一口が横取りされたのだから、当たり前だ。

「ふむ……やはり、最後の一口という物は美味しいな」

「言う事は……それだけか、テメェ……ッ」

「私の頼みを聞いてくれるなら、後で幾らでも美味しい物を食べさせてやる。どうだ、聞いてみるかい?」

 コンビニ弁当の毎日に、仕送りの少なさに節約を余儀無くさせられる悲しい学生身分。美味しい物を幾らでもと聞かされ、断る理由なんて瀬音流は持ち合わせてなどいなかった。
 何やら怪しく口元を吊り上げて笑みを作った少女は、その後、龍宮 真名と名乗る。
 一方、とある部屋で椅子に座していた近右衛門は少女と向き合っていた。

「君は、彼は危険と判断すると言うのじゃな?」

「はッ。動きは確かに素人でしたが、未知の何かが有る限り、放っておく訳にはいかないかと思います」

 報告書に視線を滑らせた近右衛門の質問に、答えた少女は顔を上げて真っ直ぐに近右衛門を見る。
 その少女は、瀬音流が鬼に追い掛けられている光景を、真名と共に見て居た桜咲 刹那だった。
 明石教授からの報告を聞く限りでは、瀬音流を敵と判断する事が近右衛門には出来ない。しかし、真面目な刹那の報告を無視する事も出来なかった。
 その堅い考え方に、近右衛門は彼女の真面目らしさを感じとるが、同時に、もう少し年相応な考え方を持って欲しいと思うのも度々で。溜息を吐いてしまうのは何時もの事だ。
 報告書を机の上に置いて暫く、考えに考えた近右衛門は一つの決心をする。
 明石教授と刹那の判断、双方に沿った対応するにはどうしたものか。その答えを思い付いた近右衛門は、面白そうだと密かに笑う。
 近右衛門から新たに告げられた任務の内容を聞いた刹那が悲鳴を上げた頃、真名は寮の自室に戻って愛用の銃達を整備していた。
 今日は中々に面白い物を見れたと、一人の少年を思い出しながら彼女は満足げな笑みを浮かべている。
 自分と同じく餡蜜を食べた少年なのだが、これがまた色々と面白い。鬼達に追い掛けられている姿を真名は刹那と共に傍観していたのだが、逃げ続けていたと思えば果敢に戦い、吼えたと思えば姿を消して次の瞬間には全てを終わらせていた。
 真名の眼は魔眼であり、そうそう何かを見逃したり見失ったりはしない。その彼女を以てしても少年の姿は消えたように見えなかったのだ。
 驚きだった。だから、少年がファミレスに居るのを見付け、わざとらしく彼の座る席に相席をして興味を引いた。もしかしたら、聞き出す事が出来ないかと思いながら。
 直ぐにウェイターを呼んで餡蜜を頼んだ時、少年が同じ餡蜜を頼んでいた事を知って思わず彼の顔を見てしまった。少年も真名の顔を見ていたが、そこに笑いは無かった。
 普段、その背格好から、餡蜜を食べる時は意外と見られる事が多かったので少し嬉しい。
 やがて真名の方から話し掛け、それに彼は答えた。どうして麻帆良に来たのかも、麻帆良に来て何が起きたかも。不貞腐れた顔をしながらも、それを語る彼は何処か楽しげで、年相応だった。
 餡蜜を食べ終えた真名は、楽しませてもらったお礼として少年の分も会計を済ませようとして席を立った。しかし、彼の脇を通ろうとした所で腕を掴まれてしまい、仕方無く彼の隣に座った。
 何となく、少年は自分の分を支払おうとしているのだと思った。何も言わずに席を立ったから、もしかしたら互いに勘違いをしているかもしれないが、それならば真名は一言、驕ると言ってしまえば済む。
 それをしなかったのは、思い出したからだ。もともと彼女が少年に聞こうとしていた、彼の不思議な力についてを。
 どうしたら聞き出せるかを思考した時、少年が最後の一口を眺めているのを見て、それを真名は咄嗟に横から首を伸ばし、少年の持つスプーンを口に頬張った。
 ふつふつと怒りを露にし始めた少年だったが、上手く意識を自分に向けられたと、この時の真名は満足していた。しかし、やはり奪うのは如何かと思う。

『ふむ……やはり、最後の一口という物は美味しいな』

『言う事は……それだけか、テメェ……ッ』

『私の頼みを聞いてくれるなら、後で幾らでも美味しい物を食べさせてやる。どうだ、聞いてみるかい?』

 懐的には怪しいが、何とかして少年の力を知りたい。そして、それが、もしも有用な物だったとしたなら、強引にでも彼を仕事仲間に引き入れたい。  真名の相方である刹那は頭が堅くて、学園関係の仕事以外は余り付き合いが良いと言えたものでない。だから、鬼を相手に戦える少年を仲間にしたいのだ。
 そうすれば、高額な仕事を引き受けても、使用する弾数は少年を援護する物だけとなって、かなりの倹約になる。

『…………内容にもよるが……まぁ、良いか』

『そうか、そうか。話が早くて助かるよ。それじゃあ……先程の鬼達と戦った時、最後に君は――何をした?』

 瞬間、空気が凍り付く。刹那、少年が身を引く。瞬く間、二人の距離が少し離れた。
 まさか、構える程の重大な何かだったのだろうか。そう真名が思った時、少年は真っ直ぐに伸ばした人差し指を彼女へと向ける。
 訳が分からず、頭に疑問を浮かべた真名は小首を傾げるのだった。

『――そう言えばッ……!!見てたんなら助けろよなッ、マジで怖かったんだぞ!?』

 ポカンと開いた口が塞がらない。まさか、そんな事を言う為だけに一連の動作を見せただなんて。
 真名は思わず苦笑をしてしまい、それが少年を逆撫でしてしまったらしく。直ぐに謝り、助けに入らなかったのではなく、入れなかったのだという事を伝えた。
 実際、あの時は助けに入ろうとしたのだが、介入する直前に少年の手で全てが終わってしまった為、真名達が手を出せなかったのは仕方無い事なのだと思う。

『……ったく。終わった事を何時までも愚痴っても意味ねえし、もう文句は言わねえよ。それで……俺が何をしたか、だったっけか?』

『ああ。私には、消えたようにしか見えなかった。そして、瞬きした後には鬼達が倒れていた……。興味を引かれるよ』

『あぁ……、何て言えば良いんだろな?上手くは言えねえが、俺以外の全てが止まって見える様になる事が、たまぁーに有るんだわ。で、それが丁度、あの時に』

 真名の興味を引いていた事の実体は、少年自身でも理解出来ていない事だったらしく、結局は分からないままになってしまったが。彼を仕事仲間にという思いは、より強くなった。
 そこで、駄目で元々、真名は少年に話を持ち掛けてみる事にしたのだった。

「ふふっ……。明日の仕事が楽しみだ、待ち切れないな」

 分解して隅々まで点検したデザートイーグルを組み立て直し、それを撫で、少年の回答を思い出しながら真名は微笑む。

『まぁ、何だ。驕ってくれるってなら、手伝わなくはねえよ。連絡先、教えておいた方が良いか?あっ、言っとくけどな、痛いのと怖いのと危険なのは断るからなッ!』

 少年に取っては如何なのかは知らないが、明日の仕事は、“真名に取っては”痛くもないし、怖くもなく、危険だなんて微塵とも思わない。
 さてさて、少年は、一体どの様な表情を見せることやら。


―とある一室―

「ふむ……。必要書類は、こんな所かのう?」

「そうですね。では、こちらは僕の方から回しておきます」

「うむ。さて、葛葉先生。済まんのじゃが、君から彼に伝えてくれんかな。確か、君は彼のクラスの授業を受け持っておったじゃろう?」

「……はい、承知しました」

 決断してから直ぐ様に取り掛かった書類を明石教授へと任せた後、帯刀して横に控えていた女性へと近右衛門は確認を取る。
 それに対して女性は、やや不満げに、しかし是非無き事に頷くしか無かった。
 女性が退室して漸く一息吐くと、既に冷めてしまった茶を啜り、近右衛門は窓の外を眺め。面白くなるだろう先を予想し、口元を吊り上げる。

「如何なるか楽しみじゃて」



[24415] 第六話 君、この話を断れば、野宿をする事になるんじゃが
Name: セネセネ◆268e9fc6 ID:07afbc3e
Date: 2010/12/23 21:58
「……繰時君。貴方の事は忘れないわ」

「ちょッ、顔逸らしながら言わないでくれません!?俺、何かしたんすかッ?しちゃったんすか!?」


―第六話 君、この話を断れば、野宿をする事になるんじゃが―


『皆も知っての通り、前々から中等部の共学化が考えられていたのだけれど。学園長が直々に繰時君を、そのテストケースにと指名されました。明日以降、彼の顔は見れなくなりますので忘れないようにね』

 さらっと刀子に言われた事を思い出しながら、電車から降りた瀬音流は駅前の自販機で抹茶コーラを買い、近くのベンチに腰を下ろして缶のプルタブを起こした。
 まさか、こんな事になるとは思っていなかった。いや、そもそも考える筈が無いではないか。
 麻帆良本校男子中等部に編入した時は、確かに落ち込んだ。男ばかりの、むさ苦しい教室に閉じ込められるのだと嘆き。女子と一緒に昼飯を食べたいとも思った。
 だが、それが叶うとも、叶って欲しいとも思った事は一度だって無い。何時だって、誰だって、こんな筈ではというのが当たり前だからだ。大阪に居た頃が、その良い例だろう。
 平穏無事に過ごしたいと思うのに、やたらと、時代遅れな不良に絡まれる亜子を助けようとして、数十に渡る不良共を相手に無制限の鬼ごっこ。捕まっていたならば私刑は免れられなかっただろう。
 平穏無事に過ごしたいと思うのに、下手な暴力団の密売現場を目撃してしまった亜子を助ける為に、刀やら拳銃、短刀を持った十数人を相手にガチンコバトル。捕まっていたならば、解体されてドラムに入れられてコンクリート詰めされて大阪港で沈されていただろう。
 平穏無事に過ごしたいと思うのに、キャンプに行った山で、迷子になってしまった亜子を探して入った森の中で熊やら蜂を相手に駆け回って自分が遭難に。一週間のサバイバルを経て、捜索隊により衰弱していた所を救助。亜子は瀬音流と入れ替わりで戻って来ていたらしい。
 平穏無事に過ごしたいと思うのに、何故かしら巻き込まれる。だから、今回も何かに巻き込まれるのだろうと瀬音流は思っている。
 残念ながら、巻き込まれるのではなく、既に巻き込まれているのだが。

「あれッ?俺が巻き込まれる時って、何時も亜子が原因なんじゃね……?」

 抹茶コーラを飲み終えて空き缶を傍らのゴミ箱に捨てようとして、大阪に居た頃の事を思い出していた彼は、はたと気付いた。
 碌な目に合わない時は、何時も原因に亜子が居たような。そう思って、ベンチに座ったままの瀬音流は頭を抱え込んで呻いた。
 そもそもの始まりは、あの事件だ。あの事件以来、平穏無事を過ごす為には自分の周りも気に掛けた方が良いのかも知れない、そう思い始めてしまったのだったと思う。
 亜子が間も無く騒ぎを起こしていたから、何時の間にか彼女を守るのが当たり前になっていたが。彼女を守るのではなく、自分の周りを守ると決心したのだ。
 忘れていた。

「……や、まさかアイツが、あんなに事件に巻き込まれやすいとは知らなかったんだから、仕方が無いよな、うん」

 取り敢えず、適当に理由を付けて自分の中で完結させて納得。馬鹿らしい。

「…………あの、繰時 瀬音流さんでよろしいでしょうか?」

 目を瞑ったまま腕を組んで繰り返し頷いていた瀬音流に、聞き覚えの無い声が掛けられた。
 声色から想像するに、相手は女の子。目を開けてみれば、やはり目の前には瀬音流と同年代の少女が居た。制服からして、迎えに来ると刀子から伝えられていた、麻帆良本校女子中等部の学生だろう。
 サイドポニーテールに纏め上げられたセミロングの黒髪に、雪の様に白い肌、鋭いと形容されそうな目付きをした少女は、表情を貼り付けている様に無表情だ。
 名前を呼ばれたからには黙っていては可笑しいだろう。瀬音流は立ち上がり、頷く事で少女へと返事を返した。

「案内、よろしく頼むわッ」

「……こちらへ」

 ベンチから重い腰を上げた瀬音流は、先を歩く少女の後を追って歩き出し、彼女の隣に並んだ。
 そこで、思い出した様に彼は少女に聞く。

「なぁ、アンタの名前は?」

「…………桜咲 刹那です」

 変わらず無表情で言い放った少女、刹那の返事に、何の不満も無さそうに瀬音流は返すのだった。
 その頃、麻帆良本校女子中等部1−A組の教室では。

「ニュース、ニュース!共学化に向けてのテストケースに、私達1−Aが選ばれたみたいっ!」

「えっ、嘘ッ!?じゃあ、じゃあ、男子が来るの?」

「強い奴だたら良いアルな」

「うむ。しからば、拙者も手合わせ願いたいものでござるな」

「どんな人が来るんやろなぁー?」

「ふんッ。どうせアッタマ悪い奴よ」

「いや、いやぁ。明日菜ぁ、そんな人だったらテストケースに選ばれないんじゃなぁーい?」

(冗談じゃねーぞ!!ただでさえ変人共の集まりだっつーのに、男までとか……!!)

 年頃の少女達は思い思いに騒ぎ、根も葉も無い憶測を飛び交わせていた。


 案内役の少女、刹那に連れられて瀬音流は麻帆良本校女子中等部校舎に存在する学園長室へと通され。人外としか思えない老人と相対して、今回の詳しい事情を聞かされていた。
 以前から進められていた中等部の共学化に向けて、教師陣にテストケースとして適格な生徒が居ないかを会議で聴取していたらしく。そこで、一人の教師が瀬音流の名前を上げたのだそうだ。
 はて、そんな事に瀬音流の名前を上げる程の仲である教師など居ただろうか。
 いや、一人いる。編入当初に出会い、コンビニ弁当好きの仲間であり、昨夜には夕飯にまで誘ってきた人物が居るではないか。
 まさかと思った瀬音流が聞いてみれば、案の定、会議で瀬音流の名前を上げたのは、明石教授、その人らしい。思わず溜息を溢した。

「納得はいかねぇけど、理解はしたッス」

「うむ。で、じゃな。男子寮から女子りょ――」

「流石に、それは許容範囲外ッスが?」

 まぁ、百歩譲って共学化の為にテストケースとなるのは了解しよう。だが、しかし女子寮に移り住むのだけは阻止しなくてはならない。
 ただでさえクラスに男が一人だというのに、寮でまで肩身の狭い思いをしなくてはならないだなんて。そんな生活に、瀬音流は我慢出来る筈が無いではないか。
 だから、例え失礼であったとしても学園長に最後まで言わせてはならないのだ。

「じゃが、しかし時間が――」

「何時もより早く出れば――」

「やっ、ちょッ――」

「だから、女子寮になんて入る必要は――」

「でも、もう君の退寮手続きは済んでしまっておるんじゃが……」

 何がなんでも言わせない。そんなつもりで瀬音流が学園長の言葉を遮って返していたら、この老人、とんでもない爆弾発言をしてくれた。
 思わず思考が固まる。目の前の老人の言葉が意味する事を吟味して、開いた口を閉じる事が出来ない。
 いや、いや、いや。流石に、いくら学園長とはいえども、男子学生を女子寮に住ませるだなんて横暴を突き通せる道理は無い。有ってはならない。
 きっと、何かの間違いに違いないだろう。そんな事を思っていた瞬間が、有った。


 退寮手続きが終わっているなんて言われた後に、真面に話なんて聞いていられる筈が無かろう。
 以降の話は瀬音流の耳には届かず、話は彼を無視して進んでいった。結果、数日中に荷物を纏めて女子寮へと移り住まなくてはならない状況へと追いやられてしまった。
 学園長室を出た瀬音流は後ろ手に扉を閉め、そのまま寄り掛かって座り込んでしまった。勿論、ただ座り込むだなんて状況ではない。頭を抱え込んで、弱まった今の精神を体全体で表している。
 もう、やだ。

「……教室に案内しますので、付いて来て下さい」

 参っている時に行き成り声を掛けられて思わず顔を上げて見れば、そこには刹那が居た。既に昼近いというのに、ずっと彼女は待ち続けていたのだろうか。
 だとしたら、何か悪い事をしたような気分に駆られる。後でジュースの一本でも驕ってやろうと思いながら、産まれたての小鹿の如く震える足で瀬音流は立ち上がり。

「……私は貴方の補助を学園長から仰せつかっていますので、困った時には――」

 膝から崩れ落ちて、地面に突っ伏した。
 もはや口にするまでもない。瀬音流が学園長から話を聞いている間、刹那は部屋の外にいたのだ。あの場で頼まれた訳ではなく、前以て頼まれていたという事。
 とどのつまり。


「……最初っから、断らせるつもりなんざ無かったっつぅ訳かよ……!」

 瀬音流が立ち上がるのを待ちもしない刹那の背を追う為に、彼は立ち上がって駆け出した。



[24415] 第七話 女の子って実は、怖いものだったんだ
Name: セネセネ◆268e9fc6 ID:07afbc3e
Date: 2010/12/23 22:11
 何とか瀬音流を納得させて女子寮に移り住ませる事に成功した近右衛門だったが、自分でも強引だったと思いながら彼は溜息を溢したいのを押さえて書類を引き出しから取り出す。
 本当は、しっかりとした合意の下に退寮をさせるつもりだったのだが。あまりに言葉を遮るものだから、つい出任せを言ってしまったのだ。
 実は、それ程に今の瀬音流は立場が悪い。
 三ヶ月前、麻帆良への侵入者と偶然にも顔を合わせてしまって排除されかけた彼は、何と、自力で侵入者を退けて逃げ切ってしまった。しかも、都合悪くも、それを見たのが警戒心溢れる桜咲 刹那と、葛葉 刀子の二人だったのである。
 一応、一般生徒だろう瀬音流は記憶を操作して忘れさせるに留められたが。それだけならば、まだ良かった。二人は他の魔法教師や魔法生徒が居る前で報告をしてしまったのだ。
 当然、警戒心溢れるのは二人だけではない。暗示の可能性を示唆され、おかげで瀬音流はスパイ容疑まで懸けられてしまったのである。
 監視を付けるべきだと声が多数に渡って上がっている為、それを却下する訳にもいかず、既に本人と面識を持っていた明石教授に監視の任は任されていた。
 であるのに、明石教授の定期的報告で警戒自体は薄れつつあったのだが、今回の事で刹那の警戒心は以前を遥かに超えて高まってしまった。頭が堅い彼女の事である、暴走し兼ねないと判断した近右衛門は一つの判断を下した。
 刹那自身に瀬音流を監視させて、少しでも彼の人柄を知らせて警戒心が薄まるように仕向けたのである。
 幸いにも、共学化に向けたテストケースの枠として除外していたクラスが“都合良く”も一つだけ有り、しかも刹那が在籍していた。
 無論、刹那は反対した。そのクラスには彼女が敬愛する少女が居るのだから、それが当たり前の反応だろう。
 しかし、近右衛門は彼女の反対を聞き入れない。
 刹那のクラスには、彼女を筆頭に実力者が勢揃いしている。何より、あのクラスの担任が担任だ。それで問題が起ころうか。
 いや、確かに今回の報告で受けた不明点は警戒すべきだが。

「明石教授が集めた資料がのぅ……」

 曰く、一人の少女を助ける為に数十の不良を相手に逃げ回った。
 曰く、一人の少女を助ける為に暴力団を相手にガチンコバトルをした。
 曰く、一人の少女が山で迷子になったと勘違いして探そうとし、自分が遭難して死にかけた。

 何と言うか、嘘の情報を流すにしても内容が余りに余りなもの過ぎて、報告された当初は近右衛門自身が戸惑ったくらいである。
 それに、それら全ての理由に上げられる一人の少女が彼の目を引いた。

「……まあ、儂の判断では――ただのお人好しだと思うのじゃがな」

 そう判断し、楽しそうに笑い声を漏らして近右衛門は書類に手を付け始めるのであった。

―第七話 女の子って実は、怖いものだったんだ―


 無言で先を歩く刹那の後を追って歩いていた瀬音流の心境は、はっきりと言って気不味かった。何かした覚えは無いのだが、何故か妙に警戒されている節が有り、何とも話し掛け辛い雰囲気を醸し出しているのである。
 何でこんなにも精神を磨り減らさなくてはならないのか分からなかったのだが、兎に角一言。

「何故こうなる……」

 見渡すばかりに美少女達が溢れる教室の教壇に立ち、心底疲れた顔で呟く。
 まあ、美少女溢れるクラスなのは嬉しい。だが、しかしだ。チラホラと見える見覚え有る顔に問題が有る。

「逃がさないアルヨ!」

「……ふむ」

「ありゃりゃ、偶然だねぇ」

「せっ、瀬音流!?」

 菲に真名、裕奈に亜子が居るのは、若干一名を除いて小さな問題でしかない。むしろ今、いの一番に上げなくてはならない大きな問題はと言ったら。

「今日は顔見せだけになるけれど、君の席は最後尾で良いかな?」

 まさかクラス担任が、あのタカミチ・T・高畑だなんて。
 一応、中武研に所属している身である瀬音流も彼の噂を聞いた事くらいは有る。何でも、中武研の猛者達を相手に笑いながら騒動を鎮圧するらしい。
 そんな相手がクラス担任だなんて、戦々恐々となるのが当たり前だ。と言うか、既に逃げ腰となっている瀬音流はタカミチから数歩離れた場所に立って、何時でも即座に逃げ出せる準備をしている。

「……ぅいッス」

「それじゃあ、この後、繰時君は寮を移る準備をしないといけないから。質問したいのはわかるけれど、また後日にね、朝倉君」

「はぁーい……」

 興味津々と注がれる視線から瀬音流は顔を思わず逸らした。

「……じゃあ俺は、これで」

「うん。桜咲君、よろしく頼むよ」

「はい」

 この場から一刻も早く離れたい瀬音流は、いそいそと教室から足早に逃げ出し。タカミチに一礼をして刹那は、その後を追う。
 直ぐに刹那は瀬音流に追い付き、彼を監視する様に背後へと張り付いたのだが、視線が痛い。
 本当に、彼女に何かしただろうか。
 ただでさえ悩みが尽きないのに新たな問題が上がり、首を傾げる瀬音流であった。

「ふむ……予想通り、刹那は彼を過剰に警戒しているか」

 窓から見える、校舎から離れて行く二人の、そんな姿を見ながら真名は面白そうに笑っていた。


 結局、駅までの見送りだと思っていた刹那は、途中で別れもせずに瀬音流の部屋まで付いて来てしまった。一体何時まで、彼女から発せられる視線を我慢し続けなくてはならないのだろうか。そろそろ胃が痛い。
 瀬音流の後に部屋へと入った刹那が扉を締め、瀬音流が靴を脱いで部屋へと上がろうとした時、玄関の鍵を締める冷たい音が辺りに響き渡った。
 鍵を締める必要なんて有るだろうか。いや、その必要は無い。普通、訪問者が玄関の鍵を締めたりはしないのだ。なら何故、刹那は玄関の鍵を締めたのだろうか。
 振り返って彼女に聞こうとした瞬間、瀬音流の首筋に冷たくて硬い鋭利な何かが、そっと押し付けられた。この感覚には、以前にも感じだ覚えが有る。あれは確か、大阪で暴力団を相手にガチンコバトルをした時に、短刀を首筋に当てられた感覚と同じだ。
 何故、こんな死亡フラグが立った。何時、立った。
 そして刹那は瀬音流の首にに押し付けている物を握り締めている手に力を込めて、ゆっくりと口を開き感情の無い平淡な口調で瀬音流へと問い掛ける。

「貴様が何者か、答えてもらおうか」

 微妙に違うが、昨日も誰かさんから同じような事を聞かれた覚えが有る。きっと、最近の流行りか何かに違いない。しかし今、首に押し付けれている物は流行ってはいけないだろう。
 生唾を飲み込んだ瀬音流は、瞬き一つ行うのにも躊躇しながら、震える言葉で以て返した。

「えっと……龍宮に聞いてくれると、話が早いんだが……。昨日、彼奴にも同じような事聞かれたし。同じクラスだから、知り合いだろ?」

 その瀬音流の答えに刹那は口を開かず暫くの間、黙って考え込んだ。そして、ポケットから携帯電話を取り出し、手早く内容を打ち込んで話題の人物へとメールを送信する。
 程無くして返信が有り、そのメールの内容を見た刹那は眉根を顰める。何せ、そこには聞いていない事が書かれていたのだ、少しは訝しんで当たり前であろう。
 刹那は瀬音流の首筋へと押し付けていた物を、ゆっくりと下ろし。瀬音流は安堵から溜息を溢した。

「今夜、龍宮を交えて、ゆっくりと話を聞く。それまでに可笑しな動きを見せてみろ……、その首……身体と泣き別れる事になるからな」

「…………やだ、何、この子。すっごく怖いんですけど」

 刹那の言動が日常では全く聞かない物騒な物だったので、瀬音流は思わず内心を口から溢してしまった。背後で刃物を抜くような音がして、彼は慌てて前転しながら身を捩って刹那の方へと向き直る。
 そこには身の丈程の長さの、恐らくは野太刀だろうか、それを鋭い眼差しで構える刹那の姿が有り。瀬音流は頬を引き攣らせ、背中を冷汗が伝ったのを感じた。
 本当に首と身体が泣き別れるかもしれない。そう思う同時に、瀬音流は土下座をして額を床に擦り付け誠心誠意謝った。これで許してもらえなければ、本当に殺される。
 そんな瀬音流の姿を余りにも馬鹿馬鹿しいと思った刹那は野太刀を、ゆっくりと鞘へと収めてカモフラージュの為に竹刀袋で包み。呆れを多分に含んだ溜息を溢し、靴を脱いで部屋へと上がり込んだ。

「手伝ってやるから、さっさと片付けを始めろ」

 瀬音流の横を通り過ぎる際の刹那が彼へと掛けた言葉に、執行猶予を与えられたかのような表情を彼はするのだった。


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