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[24329] 【ネタ・オリ主・HOTD】ぞんびものはじめました
Name: ちーたー◆df67df43 ID:84a555e7
Date: 2010/11/15 02:03

ぞんびものはじめました。
オリ主が原作主人公達と交わったり交わらなかったりするお話です。
原作に忠実に言えば“ゾンビ”ではなく“奴ら”なのですが、タイトルが『やつらものはじめました』だと違和感が拭えないために断腸の思いで断念したという裏設定があります。



[24329] 第一話『一日目 私立藤美学園付近』
Name: ちーたー◆df67df43 ID:84a555e7
Date: 2010/11/15 02:05
一日目 日中 日本国床主市 私立藤美学園付近

 さて、突然ではあるが、日本国内において殺傷能力のある射撃武器は、一般人としてはどれくらい入手できるかご存知だろうか。
 銃で武装した警察があり、いわゆる軍隊である自衛隊が存在する以上、国内には多数の銃器が存在している。
 しかし、それらは販売どころか厳重に管理され、あるいは武装した人々が保有しているわけで、入手対象とはならない。

 それでは、暴力組織が持っている違法な武器はどうだろうか?
 前述の通り、武装した人々が保有しているわけで、容易には入手できない。
 厳重な法規制が敷かれたこの国で違法に保有しているわけなのだから、ただ金を持っていれば購入できるというわけではないのだ。
 では、猟友会、つまり法で定められた免許と規制の中で銃器を保有している民間人相手ではどうだろうか?
 後先を考えない暴力行為を働くか、あるいは定められた手順を用いて合法的に購入すれば、確かに入手は不可能ではない。
 しかしながら、誰が持っているのかは見ただけではわからないし、購入に当たってはそれなりの時間とお金が必要だ。
 今直ぐ銃火器が必要だという差し迫った危機が発生したと仮定した場合、これも解決策にはならない。

 それでは、今直ぐにそれなりの殺傷能力を持った武器が手に入らなければ死んでしまうという場合、どうしたらいいのだろうか?
 ここで役に立つのが、武器ではあるが比較的規制のゆるいものである。
 例えばボウガンやスリングショットといった品は、拳銃に比べればかなり入手難易度が下がる。



「左に一人、右に一人」

 そんなわけで、俺は"大崩壊”前に購入したボウガンを使用している。
 使用方法はそれなりに難易度が高いが、銃器の入手自体の難易度に比べれば些細なものだ。
 それに、発射にあたって銃とは比べものにならないほど発射音が小さいこともありがたい。
 奴らを相手にするにあたっては、これほど嬉しいことはない。
 
「距離150、風は弱い、まずは左から」

 矢の数には限りがある。
 冷静に狙いをつけ、あらゆる要素を考慮して矢を放つ。
 発射音が小さいとは言え、それなりに肝を冷やしてくれる音を立てて矢が放たれる。
 目標の頭部に矢が突き刺さり、着弾の衝撃でそいつは地面に倒れる。
 もう動かない。
 しかし敵はまだいるわけで、装填を行う。

「続いて右、距離100から130くらい。風量変わらず」

 引き金を絞る。
 放たれた矢はほぼ理想的な道筋を描いて目標の頭部に突き刺さり、元女子高生らしいそのゾンビを停止させた。

「右よし、左よし、さて、今回は成功したいな」

 再装填を行ないつつ、腰に下げた特殊警棒を確かめる。
 わざわざ持ってきたのだし今回も役立って欲しいところだが、近接武器が役に立つのは緊急時だけなんだよな。

「お、おい!助けてくれ!」

 後ろからかけられた声にため息が漏れる。
 現時点では奴らが音に敏感に反応することは常識にはなっていないが、どちらにせよこのような場所で大声を出していいはずがない。

「お静かに」

 僅かに振り返り、辛うじて届くかどうかという声量で依頼する。
 ここが下手な戦場よりもよほど危険なことを考えれば、この動作だけでも感謝してほしい。
 だが、極度のストレスで殺気立っている彼はよほど腹に据えかねたらしい。

「静かに!?静かにってこんな時に何を」「お巡りさん、うしろだ!」

 ボウガンの射出音が最大の音源だった路地は急に騒がしくなった。
 喚き立てている男性、見たところ警察官らしいが、とにかく彼の後ろから同僚だったらしい別の男の姿が見える。
 だったらしいと過去形だったのには理由がある。
 両手を前に突き出し、明らかに生きている人間の顔色ではないそれは、口を大開きにして彼に噛み付いた。
 せっかく警告の叫びをあげてやったというのに無反応ということは、彼は今起きている状況を少しも飲み込めないまま負傷した同僚と逃げてきたのだろう。
 警察官の元同僚は、不運な彼の肩に思いっきり噛み付いていた。
 制服が裂け、皮膚が噛みちぎられ、肉が露出する。
 つまり目の前の警察官は助からないことが確定した。
 背後の安全を確認し、ボウガンを構える。
 まずは目の前の、抵抗してくるかもしれない負傷者の処理からだ。

「痛ぇ!いだ痛いいだいいだい!!!やめろはなせぇ!」

 全力で痛みを訴えつつ振り回される頭を狙うというのは難しい作業である。
 それにしても、痛いのは分かるが、君は早く逃げろと一言いってくれてもいいだろうに。
 俺はため息を付きつつ、まだ人間である警察官に矢を打ち込んだ。
 至近距離で狙いを付けていたこともあり、放たれた矢は狙い通り警察官の頭部に深く突き刺さった。
 
「許してください、とは言わないよ」

 信じられないといった表情でこちらを見つつ、ゆっくりと全身が弛緩していく。
 それはそうだろう。
 奴らに襲われている真っ最中に、一切の迷いも無しに襲われている側を攻撃したのだ。
 この地獄の戦場に慣れていなければ、確かに万人が驚くだろう。
 抵抗をやめた同僚に相変わらず噛み付いている警察官に近寄り、腰から抜いた警棒で頭部を狙う。
 手加減をしても自分が後で困るだけであるから、全力で振り下ろし、頭蓋骨が砕ける感触を確認する。
 動きを止めたことを確認し、周囲を見回しつつボウガンを再装填する。

「前方異状なし、後方も異常なし。
 それじゃあ、失礼しますよ」

 前後の安全を確認し、俺は警察官たちの装備を確認する。
 日本的表現では撃ちまくったらしく、二人合わせて残弾三発。
 あとは特殊警棒と手錠だ。
 無線機は何事か喚いているが、現状ではいくら助けを求めても誰も来てくれない。
 警察は爆発的に増殖する奴らの正体すら知らず、無計画に軽装の部隊を送り出しているだけだ。
 対処方針が変わるのは本日夜半ごろ、全てが手遅れになってからである。

「それにしても、警察官が高校生に助けてくれはないよな」

 苦笑しつつ、懐から取り出したナイフで拳銃の吊紐を切る。
 これが自動小銃であれば脱落防止にストラップをつけたいところだ。
 しかしながら、拳銃は咄嗟の取り回しが必要な場面が発生しやすいし、万が一の場合には誰かに素早く手渡す必要性も考えられる。
 何度か落としたり取り回しがきかなかったりと不便な思いをしたが、結局のところ紐で縛ることにより取り回しに不便が出る方が恐ろしいと結論したわけだ。

「早いところ、ポイントアルファに行かないとな」

 殉職した警察官二名の警察手帳を預かり、俺は以前発見した重要ポイントその一へと足を進めた。
 手帳マニアというわけではない。
 組織的な活動を維持できている警察官に出会えた時に、足元の彼らは安らかに眠った事を伝えたいだけなのだ。
 ちなみに、足早に向かったせいで矢を回収し忘れたことを思い出したのは、目的地についてからだった。



[24329] 第二話『一日目 日本国床主市 私的呼称“ポイントアルファ”』
Name: ちーたー◆df67df43 ID:84a555e7
Date: 2010/11/17 01:12
一日目 日中 日本国床主市 私的呼称“ポイントアルファ”

 ポイントアルファとは、闇の組織や世界を守る正義の味方と合流する場所ではない。
 比較的安全に生存のための物資を入手することができる場所を、個人的にそう呼んでいるのだ。
 物資とは武器弾薬であり、衣服であり、食料であり、医薬品だったりする。
 大崩壊の後の世界では、そういった品々は例え目の前にあったとしても入手困難な場合がある。
 時間が経過するにつれて奴らがいない場所は減っていき、そして物資を求めて行動する人々が増えていくからだ。
 凶暴化した人間は奴らに比べるとかなり恐ろしい。
 明確な害意を持ち、大抵のものは武装し、そして動きが素早い。
 そういった次第のため、安全に物資を入手できる場所を記憶していることは重要なのだ。
 ちなみに、俺の私的呼称地点は18箇所まであるぜ。
 記憶を辿るともっとあるんだろうが、残念なことに俺の低スペック脳みそではこれが限界だ。
 そんな下らない事を思いつつ、俺はようやく動き出した元警察官の頭部に警棒を振り下ろした。
 
「これで十発追加か」

 銃弾と共に警察手帳を回収する。
 俺の自宅から余裕で徒歩圏、周囲が比較的安全で、覚えやすい場所。
 それがこの、死亡した二人の巡査である。
 事態がここまで進行する前に事故に遭遇したらしく、銃も抜かずに倒れている。
 状況を見る限り、逃げ惑う一般車にでも轢かれたのだろう。
 
「これは、私が責任をもってお届けしますね」

 最後に警察手帳を受け取り、俺は目の前に立っている登山用品店の裏口へ足を進めた。
 この店の前でウロウロしていると、同じことを考えた生存者といつ遭遇してもおかしくない。
 ちなみに、この非常時にこういった店舗へ行こうとする人間は、極めて近い目的を持っている可能性が高い。
 つまり、俺が必要なものを欲しがる恐れがある。
 単独行動は非常に危険なのだが、トラブルを起こす可能性がある人物と行動を共にすることはできない。
 素早く裏に回り、古臭いドアの前に立つ。
 狭い路地であるが念の為に周囲の安全を確認し、幾度と無く繰り返した手順で解錠を試みる。
 
「・・・ビンゴッ」

 映画でありがちなハッカーのモノマネをしつつ、ドアを静かに開ける。
 この薄暗い店内に人や奴らがいた事は一度もないが、警戒して損はない。
 隣家のマウンテンバイクから勝手に拝借してきたフラッシュライトを点灯する。
 今のところは無人。
 もう一度だけ路地の安全を確認してから屋内へ侵入し、ドアを施錠する。
 完全にただの店舗であるここは、地下室や二階、住居スペースが無いために比較的安心して探索が行える。
 ドアの施錠をもう一度目視確認し、店内へと足をすすめる。
 最初に確認すべきはトイレである。
 侵入経路がドアと窓しかなく、そのいずれも施錠できるトイレは、次の手を考えているのであれば咄嗟の避難所として非常に有効である。
 万が一に備えるため、誰かが身を潜めていないかの確認、生理的欲求の解消のため。
 これを全て行うためにも俺は小さなトイレの中を確認し、使用した。
 
「使える時間は長くて三十分だな」

 独り言を呟きつつ荷物をまとめていく。
 コンパス、双眼鏡、十徳ナイフ、予備の防水ライト二つとヘッドランプに予備の電池。
 飲料水、食料、コンロ、調理器具、非常食、手斧、レインウェア、夏季登山用手袋。
 そしてこれらを持ち運べるだけの容量を持ったザックと、腰につけるウエストバックを身につければ、武装登山者の出来上がりだ。
 最後にザックの周囲をガムテープでコーティングし、引っ掴み対策を施す。
 非常にみすぼらしい外見ではあるが、これをする事によるメリットはかなりのものだ。
 基本的に、間合いと物音に気をつけて移動すれば、奴らは恐ろしい存在ではない。
 だが、運悪く奴らの手の届く範囲に接近し、掴まれてしまえばそこまでだ。
 人体の限界に迫る勢いのその腕力は、頑張った程度ではどうしようもない。
 振りほどこうと必死になっている間に仲間たちは離れていき、気がついた時には取り囲まれている。
 ガムテープで紐やベルト、あるいは弛みを掴みづらくすることにより、俺の安全性は高まるのだ。
 ただでさえ生存確率が低い現状では、例え0.1%であっても生き残れる確立を高めなければおしまいなのだ。

「こんなもんかな」

 荒らされ尽くした店内を見回しつつ、俺は満足気に呟いた。
 散らかってはいるが、次に来なければならなくなった場合を考え、物資は種類ごとにまとまって置いてある。
 また、入室した瞬間に室内の様子が掴めるよう、視線を遮るようなレイアウトは全て除去した。
 過去の経験から考えれば、この行動は意味がある。

 思えば、遠くへ来たものだ。
 神様を名乗るクソ野郎に「残念!君は一生死にたくても死ねないよm9(^Д^)プギャー」とか言われてこの世界に落とされて1592日。
 死んでも死んでも巻き戻され、狂いたくても狂えない。
 絶望すら許されない地獄の中で、俺はここに立っている。
 今が正確には何周目かわからないが、そろそろ生存時間の新記録を打ち立てたい。
 前回は「神様お助け下さい」とか言っている米兵の言葉に激昂して撃って射殺されたが、あの様な失態は繰り返さないぞ。


「駄目だ、ここも鍵がかかっていやがる」

 唐突に声が聞こえたとき、物音を立てなかった事を褒めてほしい。
 ここへは何度もやってきたが、こんな事は初めてなのだ。

「鍵がなんだ。こんなもの蹴破っちまえよ」

 先ほど言った三十分とは、経験則に基づく確かな計算のはずだったのだ。

「だけどよ、蹴って音で奴らがきちまったらマズいんじゃないか?」

 そうだ、その認識で合っているぞ。
 諦めてどこか別の場所へいくんだ。

「ビビってるんじゃねぇよ!やらないなら俺がやるからどけよ!」

 よしなさいって。
 悪いことは言わないからどこか別の場所に行きなさい。
 それが無理なら静かにしなさい。

「わかったよ」

 俺の無言の要望は聞き入られるわけもなく、ドアは大きな音を立てて揺れだした。
 どうやら蹴破ろうとしているらしい。

「早くしろよ!」「無理言うなよ!」

 ドアの外からは賑やかなやりとりが聞こえる。
 やめてくれ、健康な人間を殺すのは手間がかかるんだ。
 拳銃を抜き、ドアへ向けて構える。
 乱暴な言葉づかい、中へ向けて呼びかけようとしない行動。
 まず間違い無く彼らは暴徒だ。
 遠慮をしてはいけない。
 圧倒的な暴力を見せつけ、抵抗しようという気力を奪った上で一瞬で殺害しなければ危険だ。



[24329] 第三話『一日目 登山用品店 たのしい八甲田山』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2012/03/25 15:55
一日目 日中 日本国床主市 私的呼称“ポイントアルファ”付近 登山用品店『たのしい八甲田山』

「もう少しだ!もう少しで!」

 この異常事態でよくもまあこんなに騒げるものだ。
 ドアを蹴破ろうとする轟音の中、俺は感心しつつも拳銃を構えていた。
 聞こえてくる声からして人数は二人。
 どちらも成人男性と思われる。
 武装の有無は不明だが、俺のように銃やボウガンで武装している人間はそうそういないだろう。
 今の段階であれば暴徒化した警察官や自衛官はまだいないはずだし、暴力団関係者であれば自分たちの安全を確保することに精一杯の段階だ。
 そんな事を考えているうちにドアは蹴破られ、金属バットと木刀を持った二人組が店内へと入ってくる。
 うん、ある程度のリーチがある、それなりに強度も期待できる打撃武器。
 武器の選択は悪くないな。

「二人とも動くな!武器を捨てろ!」

 突然店内から発せられた言葉に二人は動きを止める。
 それはそうだろう。
 もし店内に誰かがいれば、常識的に考えて黙ってドアを蹴破らせようとはしないはずだ。
 そうでなくても血がこびりついたどう見ても本物に見える拳銃を持った男に声をかけられば、普通は驚いて動きを止めるだろう。
 まあそれはともかくとして、この二人は運がいい。
 俺はこの状況下でも冷静さを保てており、無駄弾を撃とうとは思っていない。
 彼らが満足な恐怖を味わう余裕もなく、できるだけ少ない労力で、可及的速やかに即死させようとしている。

「おい!お前誰だよ!」

 手前にいた男がこちらへ近寄ろうとする。
 頭に狙いを付け、発砲。
 命中率が低いことで知られるニューナンブであっても、この至近距離で落ち着いて撃てばさすがに外れない。
 放たれた弾丸は男の頭部を破壊し、そのまま貫通して後頭部から飛び出す。

「や、やめろ!殺さないで!!」

 薄情なことに、相方は即座に悲鳴を上げて逃げ出そうとした。
 この異常な状況でそこまで体が動くとは大したものだが、逃がすわけにはいかない。
 最初に思いついたかどうかはわからないが、とにかく略奪先に登山用品店を思いつくような奴は生きていては困る。
 ドアへと向かっていく背中に向けて発砲。
 先程に比べて随分と大きな目標を選んだだけあり、移動目標相手にもかかわらず命中した。
 背中を拳銃弾で蹴り飛ばされた男は、そのまま床へと逃走先を変更した。
 痛みと衝撃のあまり悲鳴もあげられないらしい。

「いでぇぇぇ、いでぇよぉぉ」

 背中から肺に突き抜けたらしく、男は口から血を吐き出しながら呻いている。
 まったく、どうしてこうも無駄に動くんだ。
 お陰で銃弾を一発無駄に使ってしまったじゃないか。
 それにうるさい。
 奴らが聞きつけたら面倒な事になるだろうが。

「指示に従わないそっちが悪いんだぞ」

 特殊警棒を取り出しつつ男に近寄る。
 苦しげに身動ぎをしているところから、こちらの様子を伺っているわけではないことがよく分かる。
 振り上げ、振り下ろす。
 室内は再び静かになった。
 ドアだった場所から外の様子を伺うが、動くものはいない。
 結果として大騒ぎしてしまったが、銃弾二発の損失で済んだことは喜ぶべきことなんだろうな。
 出来る限り手早く死体を改めて現金と金属バットを回収すると、俺は店を後にした。
 警察官の死体から銃弾を回収しつつ、次の目標へ急がなくてはならない。
 今までの経験では安全だったはずなのだが、今経験したばかりのイレギュラーが気になる。
 改めて室内を確認すると、静かに裏口から退出し、侵入がわかるようにドアの下と地面を繋ぐようにして細く切ったガムテープを貼り付ける。
 さあ、次は車だ。



一日目 夕刻 日本国床主市内 ガソリンスタンド『ENEOSO入光四井五菱コスモス石油 床主営業所』

「ガソリン満タン、軽油もジェリ缶三つ分満タン、ドリンクとおやつ満タン。
 その他物資も問題なし」

 ガソリンスタンドを後にしつつ、持ち物を指呼確認する。
 ちなみに言うまでもない事かもしれないが、現在運転している軽自動車は盗難車両だ。
 ついでに言うと、俺は運転免許を持っていない。
 まあ、何回も生きていると運転技術を身につけてしまうような事もあるということだ。

「待ってくれ!俺も乗せてくれ!!」

 略奪したらしい食料が入っているダンボールを抱えた男がこちらへ声をかけてくる。
 荷物は魅力的なのだが、後ろに迫っている奴らに気がつかない程度の注意力しか無いのでは減点対象だ。
 無視して通過するまでもなく、彼は背後から噛み付かれて絶叫を上げることとなった。
 バックヤードまで荒らしてありったけ積み込んだわけだが、お話にならないくらいに何もかもが不足している。
 この事態がどれだけ継続するかは不明だが、ある程度の備蓄を行った三回目と十一回目の時は餓死したからな。
 もっともっと、かき集めなければならない。
 餓死しても奴らの仲間入りをするのかは不明だが、などと下らない事を考えつつも路上の様子に注意を配る。
 もはやこの近辺で逃げようとする人間はいない。
 奴らに食われるか、ありもしない安全な場所を求めて遠くへ避難するか、自宅に引き篭っている。
 この状況は悪化すれども収まることなどありはしないのだが、籠城という判断を笑うことはできない。
 実際、俺も最終的には安全な籠城場所を確保するつもりだからな。

「おっと危ない」

 ヨロヨロと路上に歩み出てきた奴らを避ける。
 ひょっとしたら負傷者だったかもしれないが、まあどうでもいい。
 出来ることならばこのまま全速で市街地を脱出したいところだが、それはできない。
 現時点では、床主市内の主要幹線道路は全て避難民と機動隊と奴らで大変混雑しており、人ごみが苦手な俺としては立ち寄りたくない。
 であるならば今日の最終目的地まで一気に行ってしまいたいところだが、もう少しだけ寄っていく必要がある。

「ええと、あったあった」

 正確な時間は揺らぎがあるためになんとも言えないが、この辺りは三日以内に大規模な火災で灰になってしまう。
 そのため、出来る限りの物資を回収しておきたい。
 幸いなことに自動車はあるので、余程の重量物でない限りは遠慮する必要はない。
 最初に行くべきなのは、コンビニエンスストアだ。
 街の中にいくらでもあるこの種の店舗は、優秀な補給拠点として使うことが出来る。
 まあ、飲食物については早々に略奪の対象とされてしまうが、今日と明日の段階では、日本人の特長が最大限に発揮されるお陰で略奪は少ない。
 今日一件の店を襲撃したことによる収穫は、明後日では一日掛けても入手できない量になるのだ。
 
「右よし、左よし」

 車を止め、周囲の安全確認を行う。
 破られたらしい入り口。
 店内には血の跡が生々しく残されている。
 この店は事件の初期段階で襲撃されたらしく、店員や客は救急隊員によって運び出されたようだ。
 警察による現場検証は行われたようだが、その最中にそれどころではなくなり全員が撤退。
 結果として、見張りの巡査二名だけを残して放置されていた。
 まるで見てきたような言い方だが、実際に何度かの周回でここが襲撃されるところを確認しているのだから間違いない。
 とにかく、残された二人もこの状況下で生き残れたわけがなく、自律行動が不可能なレベルまで食い散らかされて道端に転がっている。
 そのような危険な場所であれば、当然ながら奴らも大量にいるはずなのだが、今は状況が違う。
 大声を出して引きつけてくれる親切な人々がここから遠ざかるようにして移動していったため、一時的に無人の状態となっているのだ。

「お借りしますね」

 素早く車から降りると、巡査たちの拳銃を始めとした装備品を素早く回収する。
 手帳や財布も回収し、店内を確認。
 動くものが無いことを確かめると、車に戻る。
 小刻みに切り返しをしつつ、入り口近くで後部のハッチドアを開ける。
 行動は目的を明確に定めた上で、スピーディかつ正確に実行しなければならない。
 隙間から店内に滑りこみ、飲料、缶詰など保存食、電池、懐中電灯、その他雑貨類を優先的に運びこむ。
 軽自動車とはいえ、後部座席を倒せばそれなりの搭載能力はある。
 続けてガスコンロ、ガスボンベ、冷蔵室にある飲料のストックなどを繰り返し運び出し、助手席までを荷物で溢れさせた。
 これだけやっても一部を運び出せただけだが、今日のところはこれだけあれば十分だ。
 今後は収穫が減り、危険性ばかりが高まっていくわけだが、それでも物資が入手できなくなるわけではない。

「まだ」

 独り言を漏らしつつ、三十分程度走らせた所で車を止める。
 過去の何度かの失敗で、俺はひとつの教訓を得ていた。
 それは、理由は未だにわからないが、この街から逃げ出そうとすると必ず死んでしまうというものだ。
 救助ヘリに乗ればパイロットが発症して墜落するし、船で逃げ出せば必ず感染者が紛れ込んでいて地獄になる。
 陸路は車だろうがバイクだろうが、それどころか徒歩であっても、とにかく手段に関係なく必ず立ち往生して死んでしまう。
 結論として、生存を諦めるか持久戦に持ち込むしか方法がないのだ。
 そういうわけなので、籠城のための場所の確保と準備にどれだけの時間をつぎ込めるかが最近の目標だ。

「失礼しますよ」

 守衛の成れの果てらしい制服を着た奴の頭部に金属バットの重い一撃を喰らわせる。
 頑丈な樹脂製のヘルメットが砕け散り、そこに収められていた何かが叩き潰される。
 
「うん、いつ見てもいい場所だ」

 現在位置は市街地の中心部から外れた場所にある倉庫だ。
 この辺りは倉庫の立ち並ぶ地域であり、驚くほどに人通りが少ない。
 それでどうして守衛が感染しているのかは不明だが、まあそれはさておき安全地帯なのだ。
 ゲートを動かし、車を敷地内に入れると素早く戻す。
 この近辺で奴らを見たことは数えるほどしか無いが、油断して不意を打たれるよりは警戒しすぎて時間を浪費する方がましだ。
 まあ、何事も程度問題ではあるのだが、力の入れ具合を人に言われなければ調整出来ないほど子供ではない。
 音よりも早さに考慮してシャッターを開ける。
 車を素早く内部へ入れ、エンジンを切る。
 この素敵な物件を見つけるまでに三十七回ほど籠城に失敗している。
 これは極限状態における不和からくる内部抗争や、無秩序な避難民受け入れによる公的な避難所の崩壊を除いた数だ。
 説明の必要はないかもしれないが、安全な籠城場所というのはとても厳しい条件をクリアしなければならない。

「ドアロック良し、窓の施錠良し」

 まず第一に、籠城場所は外壁も含めて強固な構造でなければならない。
 木造など論外であり、トタンや軽合金もダメだ。
 内部への進入路は最低限のドア、最低限の窓のみとし、余計な開口部分は少ないほどにいい。
 ドアは出来れば人員用が一つ、非常口が一つ程度で、車ごと搬入できそうなシャッターが付いていると嬉しい。
 表の駐車場に止めてある車というのは、驚くほど多くの危険に晒される。
 車の下は安全か?生存者に奪われる可能性は?夜の間に破壊されてしまう恐れはないか?あるいは緊急脱出の際にそこまで辿りつけるか?
 治安が維持されているという前提があって、初めて屋外駐車場は利用できるのだ。
 第二に、物資を保管したいので、それなりの広さは必須だ。
 人間一人が生きていくのに必要な物資の数というのは驚くほどに多い。
 だが、仮に集められたとしても、それらが居住空間でひしめき合っているのは宜しくない。
 視界を遮るようなことがあれば侵入者を即座に発見できないし、火災発生時には消火する間もなく炎に巻かれてしまう。

「一階トイレ良し」
 
 指呼確認は一見すると間抜けに見えるが、うっかりを無くすにはこれが一番である。
 いずれライフラインが死ぬにしても、とりあえずトイレと水道は欠かせない。
 調理場については、まあいい。
 有ればありがたいが、料理に凝っていられるような余裕はない。

「武器の準備良し」

 拳銃にきちんと弾が込められていることを確認し、二階部分へと足を進める。
 籠城場所として大切な要素として、第三には最低でも二階建てである事が望ましい。
 寝るのであれば、安全な二階だ。
 奴らは階段がない限りは上階には上がってこない。
 侵入者が発生したとしても、二階にいれば対処する時間的余裕ができる。

「二階事務所良し、二階非常口、施錠良し」

 非常口を開けて非常階段の踊り場に出る。
 頑丈な鉄骨製のそれは、一階部分までを柵で覆われており、さらに外へ出るための扉は内部からのみ開くタイプとなっている。 
 この踊り場からはどんなに手を伸ばしても採光用の窓には届かず、つまりこの物件は改めて確認しても安全というわけだ。

「ええと、今日はあと銃を回収しておかないとまずいな」

 時計を見るとまだ日没までには時間的余裕がある。
 日没後の移動は、例え乗用車があったとしても危険だ。
 俺の拙い人生経験によると、市街地の夜間行軍は完全武装の陸軍歩兵小隊と一緒でも危険過ぎる。
 最低でも機甲部隊と航空支援の常時待機がないと不安だ。
 贅沢を言えば砲爆撃で徹底的に叩いた後に外壁で隔離し、年単位でゆっくりと安全確保をしてもらいたい。
 それはそれとして、危険物を保管しているわけでもないのに今時コンクリート造りの倉庫とはありがたい話だ。
 ブツブツと独り言を楽しみつつ、車から荷物を降ろす。
 整理整頓は夜のお楽しみとして、とりあえず全部出してしまおう。

 この物件は何もかもが理想的だ。
 まず、立地条件。
 倉庫街に近く、人口密度は大変に低い。
 つまり奴らの数はとても少ない。
 海にも近いため、自衛隊が上陸してくれば直ぐに見つけてもらえるはずだ。
 内陸から来れば最後に発見されることになるだろうが、それは許容すべきリスクとして無視するしかない。
 それに、市街地の方は奴らも多いし、火災が燃焼すれば助からない。
 籠城場所で生存者たちと接触する可能性も高く、そうなれば助けるか殺すかの二者択一を迫られることも増える。
 来るかどうかもわからない救助に早い段階で会えるというメリットと、それ以外のデメリットを天秤にかけるまでもなく、市街地は却下だ。
 ちなみに、この倉庫を試して三回ほどだが、今のところは火災や攻撃的な避難民にあったことはない。
 ひょっとすると長期間の籠城を続けるうちには遭遇するかもしれないが、ダメだったら次の周回で別の場所を探せばいい。

 次に、籠城場所としては満点に近い構造をしている。
 建設重機でも持ちださなければ突破不可能な頑丈な外壁。
 必要最低限の数を満たし、防犯上の観点からいずれもが強固に作られている開口部。
 それはつまり、内部の生活音が表に漏れづらいという利点も実現している。
 そして大原則。
 広く、視界の確保が容易で、管理が困難な構造ではないこと。
 倉庫なのだから内部が広いのは当たり前であり、物の積み方を間違えなければ広い視界を確保できる。
 そして管理については、する必要がないに等しいほど部屋がない。
 この物件は、倉庫スペース、人間では入れない高さにある小窓しかないトイレ、二階に設けられた事務所で構成されている。
 ここに寝袋を敷けば、ほら!完璧な物件じゃないか!
 まあ、そうやって自画自賛したところで、快適には程遠いということは理解している。
 だが、時間は呆れるほどたくさんあるんだ。
 適当な民家を襲撃して寝具を確保し、娯楽を入手し、貴重な資材をかき集め、娯楽や食料を定期的に確保し続ければ優雅な一人暮らしを継続できることだろう。
 


一日目 夕刻 日本国床主市内 中富ビルヂング1F 銃砲店『テキサスタワー』

「日没までは、あと二時間程度。
 うん、今回も行けるな」

 荷下ろしを終え、俺は車を再び走らせていた。
 目標は銃砲店だ。
 拳銃、予備弾薬、ボウガン、ナイフ、金属バットなど、俺は既に民間人としては過剰すぎるほどに重武装だ。
 だが、武器はあればあるほど良い。
 特に、面倒な同居人を受け入れる気が全くない現状としては、なおのこと武器は豊富にあったほうがいいのだ。

「路上良し、路地裏も、うん、良し」

 周囲の安全確認をしつこく行い、俺はビルの裏へと通じる路地にリアハッチを向けて停車した。
 武器の状態を再確認し、素早く下車。
 うん、気持ちいいぐらいに周囲は静かだ。
 万能ツールの一つであるバールを掴み、裏口のドアに突き立てる。

「これが、私の、全力ぅ、全開ぃーと!」

 全身の筋肉を使ってドアをこじ開ける。
 五回目以降の経験から、この店の攻略方法は把握済みだ。
 近くの変圧器に銃弾を撃ちこんでこの辺りは停電させてあるし、ビルの玄関先から伸ばしてきた植木用のホースで水をかけて警備装置は破壊してある。
 銃砲店とは、日本で唯一の合法的に銃を購入することのできる店舗である。
 売っているものは狩猟や競技用のものに限られるが、金属バットやバールを振り回すよりは遥かに簡単に奴らを始末することができる。
 そして、ここの店主はどういうわけだか法律で許可されている以上の弾薬を抱え込んでいる。
 
「おじゃましてます」

 腕から血を流しつつこちらに向けて口を大きく開いた店主に向けて発砲する。
 至近距離であることから一撃で脳を破壊し、店主は動かなくなる。
 彼はこの店に逃げ込む前に噛まれたらしく、おまけによほど恐ろしい思いをしたらしい。
 店内を見れば銃のショーケースが解錠されており、さらに弾薬庫が開け放たれている。
 恐怖に震えながら頑丈に作られている自らの店舗へ逃げこみ、武装をしている最中に発症したのだろう。
 お陰さまで俺は随分と楽ができる。

「すまないけど、成仏してくださいよ」

 店主の頭部が破壊されていることを確認してから拳銃を再装填する。
 続いて彼の傍らに落ちている機能美に溢れた散弾銃を持ち上げる。
 “いつも”と同じく、ベネリM3スーパー90と呼ばれる彼女は銃弾を装填され、ストラップも取り付けられている。
 奴らに対して、散弾銃は装弾数の問題を除けば非常に有用な武器である。
 そりゃまあ、突撃銃や半自動小銃に比べれば不利な点は多いが、そんな基本的性能についての文句を言ってもしょうがない。
 それらを扱えるところまで生き延びられたのは十八回ぐらいしか無いし、そのいずれもが数時間以内に死ぬハメにあっている。
 であるならば、腰の拳銃の次に長い時間を共に過ごしているコイツを持っている方が安心出来るというものだ。

「新武器入手後は戦闘イベントってのは伝統だよな」

 ベネリちゃんを手に取るなり賑やかな音を立て始めたドアを見つつ彼女を肩から下げ、同じく装填されていたライフルを手に取る。
 豊和M1500と呼ばれる素敵なライフルである。
 ちなみに、家具でバリケードを作ってやり過ごすという案は却下だ。
 理由はわからないが、食料を持ち込んで一週間近く籠城をしても、結局奴らは去って行かなかった。
 あの時には保存食の不足でその程度の時間でダウンしてしまったが、一向に改善されなかった状況から推測するに、それが一ヶ月になっても変わらなかっただろう。
 この世界はどういうわけだか変にゲーム的なところがあるので困るんだよな。

「五分は持たないか」

 回想している間に状況は変化し続けていた。
 裏口へと続く店舗側ドアの蝶番は今にも外れそうになっているし、向こうから聞こえるうめき声は増えつつある。
 このような状況では、先手必勝しかない。
 奴らの一体ぐらいは仕留められるであろうドアの中心に狙いをつけ、素早くボルトを引きつつ五発連続で発射する。
 こいつは30口径マグナム弾仕様の素敵な一品であり、頑丈には作られているものの防弾仕様ではないドアを一発で撃ちぬいてくれた。
 あとに続く四発たちも、残らず突き抜けてドアの向こうへ飛び出していく。

「ああ、仲間がほしい」

 贅沢を言えば三日目以降に港で会える除隊直後の空挺隊員である本田さんか、八日目以降にここで合流できる猟師の飯沼さんがほしい。
 それが無理ならば明日以降に合流できるはぐれ機動隊員三名(名前は忘れた)でもいいぞ。
 とはいえ、本田さんと合流すると避難民を片端から救出しなければならないし、飯沼さんはほぼ毎回といっていい頻度で持病の心臓発作で亡くなってしまう。
 はぐれ機動隊員無能系三人組は、避難民相手には絶大な安心感を醸しだしてくれるのだが、奴ら相手の激闘では控えめに言っても役に立たなかった。
 拳銃の腕は大したものなのだが、ライフル射撃はお粗末なものだし、取り囲まれれば自慢のプロテクターは重荷でしかない。
 おまけに彼らも警察官として恥ずかしくない職務意識で避難民を救助しようとするものだから、こちらとしては失うものしか無くて困る。
 腹を空かせた善良な紳士淑女に囲まれても、こちらとしてはデメリットしかないのだ。
 うん、前言撤回だ。
 やはり自立した男は一人で何でもできないとな。

「そうら、プレゼントだ」

 装填を終え、発砲を再開する。
 本来であれば膨大な量を誇る奴ら相手に殲滅戦を行うのは愚の骨頂なのだが、状況が撤退を許してくれない。
 頑丈な作りの、侵入可能な部位を意図的に限定している銃砲店には、シャッターを開けるなり絶命確実の正面玄関か、危険になってしまった裏口しかないのだ。

「やったか?」

 改めて一弾倉分を叩きこむと、俺はお約束を実行した。
 案の定ドアの向こうからは奴らの呻き声が再び聞こえてくる。
 映画のお約束。
 死亡フラグとは油断や緊張の弛緩を具体化したものである。
 フラグを立てるということは、つまり積極的な自殺にほかならない。
 さんざん学ぶ機会に恵まれたお陰で、俺は臆病なほどに慎重さを忘れることができない。

「残念だったねぇ、ホント残念だ」

 下らないことを考えている間に装填を終えていた俺は、ドアの向こうに見えた人影に遠慮無く発砲した。
 お約束其の二。
 必要な場合には攻撃は徹底的に行うこと。
 無駄遣いとは対局に位置する考えという前提でだが、出し惜しみをしてはならない。
 ただし、弾倉は常に満タンにし、残弾数を把握しておくこと。
 銃は強力な武器だが、弾が装填されていなければ繊細な打撃武器でしかない。
 残弾数と手持ちの残り弾薬は常に把握しておかなければ、弾薬を大量に抱えながら弾切れで討ち死にか、撃ち過ぎて銃器の山を抱えての無駄死にが待っている。

「さて、行きますか」

 再び下らない事を考えている間にも発砲は続いており、ついでに言うと再装填も終わっている。
 ドアの向こうも静かになったし、そろそろ安全な隠れ家に移動するとしよう。



[24329] 第四話『一日目 大東亜重工業 第八資材倉庫』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2012/03/25 15:55
一日目 夜 日本国床主市郊外 『大東亜重工業 第八資材倉庫』

「おーおー、やってるなぁ」

 もう何度目になるのか。
 数えきれないほど見た床主大橋攻防戦の様子は、ここからでも手に取るようにわかる。
 十分な光量を確保できるように打ち上げ続けられる照明弾の輝き。
 アレが途絶えた時が、渡河の合図だ。
 守るべき市民を放り出して撤退する警官隊。
 危険から逃れようと全力疾走する市民たち。
 それを追う奴ら。
 その光景はまさに地獄絵図という言葉がふさわしい。
 まあ、その程度の地獄など、この先に比べれば可愛いものだが。
 なんにせよ、あそこで死んでいく人々には申し訳ないが、ありがたいことである。
 橋の封鎖解除は、俺にとって行動範囲の拡大を意味する。
 ついでに言えば、橋の内側が安全になることも意味していた。
 声を掛け合いながら撤退していく警官隊。
 悲鳴を上げる市民。
 それは全てが自律行動式の囮として奴らを引きつけてくれる。
 攻防戦で奏でられている銃声や怒号、罵声や悲鳴もそうだ。
 非常にありがたいことに、彼らはどうすれば危険から逃れられ、何をすれば危険に晒されるかを知らない。
 

「距離目測で400かな、あー、500、なんでもいいや」

 実にやる気のない言葉と共に発砲する。
 まだ生きているライフラインのお陰で街灯に映し出された路上は、俺の射撃練習場と化していた。
 元警察官らしい奴の頭部に一撃。
 ライフル弾らしい破壊力を存分に発揮し、one shot one killだ。
 未だに目測が苦手なのは恥ずかしい事だが、当たったからいいだろう。
 拳銃はホルスターの中だったので、アイツは後で回収に行ってみよう。
 
「あと三匹でボーナスのビールだ。
 よしよしよし、頑張るぞ」

 内心で言い訳をしておくと、別に奴らをたくさん倒せば、神様からご褒美をもらえるわけじゃないぞ。
 今の俺は、古風な言い方をすれば魂に染み付いた習慣を取り戻すために、実弾演習をしている。
 そのモチベーション維持のために、動機付けとして自主的なご褒美システムを採用しているだけだ。

「よーし次。
 変異しかけの人間。
 女性、速度は遅い、距離600かな」

 銃声の聞こえる方に助けを求めてきたのだろう。
 スーツが乱暴に破られており、実に見事なプロポーションを見せてくれている。
 だが、肩の負傷は奴らによるものだ。
 前に助けて、お礼をシテもらっている最中に喰われたことがあるから間違いない。
 もったいないが、即死させてやれるうちにやってやるのが人間的な優しさというものだ。
 ああ、オレってなんテ優しいんだろうな。

「Ok,one shot one kill」

 おっと、海兵仕込みの流暢なアメリカ英語が出てしまった。
 さすがは俺だ。
 精神的にはともかく、肉体的には初体験だというのに、最低限の疲労で長時間の拠点防衛をこなしている。
 いや、まあ、肩の痛みは限界だし、足も不調を訴えてはいる。
 だが、自画自賛が許されるほどの見事な狙撃だったのだ。
 それくらいは許してほしいな。

「しかしまあ次から次へとどこから沸いてくるんだ」

 苛立ちと共に再装填。
 その間に接近を許してはしまうが、どうせここへは入ってこれない。
 慌てず、急いで、正確に。
 戦いの基本だ。

「ひい、ふう、みい、と。
 おいおい、一体どれだけ集まってきているんだよ」
 
 どうやら今回はいつもと異なるというのが売りのようだ。
 確かに拠点を手に入れたとなれば襲撃イベントはお約束であるが、それにしたってこれはやりすぎだろう。
 ダース単位で銃本体も持ち込んでいるので損耗はそれほど怖くないが、弾薬には数に限りがある。
 お一人さま一発までという原則を守りつつ使ったとしても、これじゃあ長期間の籠城が難しくなってしまうじゃないか。
 目立つのは嫌だが、コンテナ大作戦と物資回収はどちらもやったほうがいいな。
 大型車両の運転はいまだに慣れないが、まあ、今回がダメでも次回に反映できれば良しとしよう。
 戦闘はそれから十数分ほど続いた。
 途中でライフルを取り替える必要もあったが、なんとか撃退には成功している。
 まあ、阻止しきれずに押し寄せられたとしても内部への侵入は物理的に不可能なんだがな。
 俺は足元のビールに手を伸ばした。
 成果物を眺めながら、一日目を無事に終えたという勝利の美酒を味わおうじゃないか。

「おい!」

 いきなり掛けられた声は、俺を驚かせるのに十分な距離からだった。
 ビールを捨て、ライフルをひっつかみ、開け放しだった非常扉から室内へと飛び込む。
 腰から拳銃を抜き放ち、狙撃銃に許されるだけの衝撃でライフルを床に置く。
 後ろ上下左右再び前。
 慌ただしく視線を向けるが、室内は無事だ。
 何かがいる様子はない。
 まったく、俺としたことが幻聴を聞いてしまったようだ。
 いや、あるいは野良犬の鳴き声か何かの物音を人の声と誤認したのかもしれない。
 いやはや、どれだけ経験を積んでも、頂点には至らないということだな。

「おい!ねえ!ちょっと!聞こえてるんでしょ!」

 そうそう、これもきっと何かの気のせいだ。
 これはあくまでも仮説だが、精神的には耐えられていたのだが、まだ極限状態に慣れていない俺の脳が異常な挙動を示しているのかもしれない。
 考えてみれば当たり前だ。
 今の俺は、歴戦の軍人が戦場で死んだと思ったら平和な日本人男子高校生に憑依していたような状態だ。
 おまけに、身体を慣らす前にいきなり最前線送り。
 頭で理解できていても、身体が付いてきてくれるわけがない。
 きっと、今の俺の脳内は、脳内物質のバーゲンセール状態なんだろうな。
 処理しきれない脳が限界を超え、俺に不平不満を訴えているに違いない。
 やれやれ、今日は浴びるように酒を飲んで寝てしまったほうがいいな。
 
「ちょっとー!逃げないで!早く中に入れて!聞こえてるんでしょ!」

 拳銃の残弾を確認する。
 一発も使っていないので、当たり前だが六発。
 うん、銃弾は勿体無いので、ここはナイフで仕留めるとしよう。
 どうせ、至近距離から不意を打てば抵抗などされるはずもない。

「はいはい、落ち着いて。
 今から下に降りて非常口を開けますよ、はい、ちょっとだけ扉から離れて下さい。お静かにね」

 生きている人間を殺すのに、躊躇を感じるようなお年頃でもない。
 悪いが、俺のために死んでくれ。



二日目 早朝 日本国床主市郊外 『大東亜重工業 第八資材倉庫』

「あら、起きたみたいね?」

 起きるなり聞き覚えの無い人の声。
 これで驚かない奴がいたら会ってみたい。
 素早く腰に手を伸ばす。
 おいおい、手が動かせないじゃないか。

「誰だっ、あれ?」

 脳内のイメージでは素早く飛び起き、距離を取りつつ足首付近に隠し持っているナイフに手を伸ばす俺だった。
 だが、実際には動こうとした所で全身を縛るワイヤーに動きを封じられ、芋虫のようにクネクネとのたうつのが限界だ。
 
「はいはい、動かない。
 悪いけど拳銃は預からせてもらったからね」

 そうですね、俺の方を向いている銃口には、随分と馴染みがありますものね。
 いやはや、こういう展開は初めてだな。
 諦めて目を閉じる。
 考えてみたら、いくら経験を積んだところで俺は運動不足の男子高校生だ。
 弾丸の浪費を恐れてナイフファイトなんて考えるんじゃなかった。

「それで、名前は?」

 次の周回では、銃に頼って生きていくことにしよう。
 やれやれ、できれば痛くしないで仕留めて欲しいところだが、もはや何でもいい。
 それにしても、この倉庫は安全だと思っていたんだが、そうでもないようだな。
 反省点としては、盛大に撃ちまくってしまったことだろう。

「別に取って喰おうって言う訳じゃ、ごめんなさい、今の状況だと冗談には聞こえないわね。
 それで、もう一度聞くけど名前は?」

 次回では射撃訓練にしても、もっと違う場所でやるべきだな。
 それと、リスク計算を著しく誤ってしまった。
 今後のための反省点として覚えておくとして、銃声はまだか?
 できれば嬲り殺しは勘弁してもらいたいところだが。
 まあ、それもしょうがないだろう。
 死ぬ瞬間まで考えるとして、次回はどうしようか。

「名前を聞いてるのよ!」

 怒号と同時に頬に衝撃。
 目を開けると、すぐそばに女性の顔があった。
 女性に手を上げるのはどうかとおもうが、女性が手を上げるってのはいいのだろうか。

「これから殺す相手の名前を聞いてどうするんです?」

 あれだろうか、奴らではなく人間を殺したという実感を噛み締めたいのだろうか。
 そうだとすれば、随分と歪んだ趣味だな。
 まったく、世界が滅茶苦茶になってしまったお陰でこういうサイコさんが自己表現に励むようになってしまって困る。
 それにしても、どうして目の前の女性は驚いたような顔をしているのだろう。
 ああ、あれか。
 俺が恐怖に怯えて命乞いをするのではなく、冷静に返してきたので驚いたのだろう。
 これは困った。
 一発で楽に殺してもらえるように、もう少ししたら惨めな命乞いをするべきかもしれない。

「何があったのかは聞かないけど、貴方に危害は加えないわ。
 約束する。
 だから、名前を聞かせてもらえないかしら?」

 殺さない、ではなく、危害を加えない、ときたな。
 一般人はそのような言い回しはあまりしない。
 そうなると、自衛官か何かか。
 普通ならば自衛官や警察官との合流は嬉しいのだが、この世界だと死亡フラグだから困る。
 自衛隊や警官隊との合流ならばまだ何とかなるが、彼らと合流できるようになるまでにはまだまだ時間がかかる。
 
「別に泥棒だってことで捕まえようって言うわけじゃないわ。
 もう、法律がどうとか言っている場合じゃないからね
 とりあえず、お話をするための第一歩として、名前を教えてくれないかしら」

 ここまで会話を試みてくるということは、少なくとも正常な部分は残っているのだろう。
 あるいは不安すぎて人間的な行いをしないと落ち着かないのかもしれないが、どっちでもいい。
 
「太郎です」

 突然の回答に、彼女は再び驚いたようだ。
 人が素直に名前を教えたというのに失礼な話だ。

「まさか、苗字が山田だなんて言わないわよね」

 はて、この人とどこかで会った事はなかったはずなのだが。
 ああ、そういうことか。

「文句ならば私の両親に言って下さい。
 まったく、山田家の人間に太郎と名付けることは法律で禁止するべきです」

 よほど面白かったのだろう。
 彼女は愉快そうに笑った。
 個人的には全く笑い事じゃないんだけどな。
 
「ごめんなさいね。
 笑い事じゃないんでしょうけど、なんだかおかしくて。
 それで、次の質問をしてもいいかしら?」

 これが非常時であれば大いに怒るところだが、まあ、今日はどうせ暇だ。
 周囲を取り囲まれているわけでもないし、多少の会話ぐらいは大丈夫だろう。

「何なりとどうぞ。
 どうせ明日まで暇ですし」

 だが、明日は忙しい。
 資材を回収し、窓やドアの前に緩衝地帯を作らなければならない。
 できれば道路をコンテナで遮断するところまで行きたいが、それは彼女がどの程度有能かによるな。
 いや、それ以前に開放してもらえるのだろうか?
 明日という日はとても重要だ。
 人々が動き出す前に、あの閃光が走る前に、出来る限りのことをしておかなければならない。

「これだけの武器をどこから?
 鉄砲マニアにしては尋常ではない数よね?」

 まあ、当然の質問だろう。
 一人で扱うにしては明らかに多すぎる数だ。

「使っていれば消耗しますからね。
 あればあるほど困りません。
 整備だ何だで延命できたとしても、結局のところダメになりますからね」

 俺の言葉に、彼女は表情を変えた。
 言外の意味に気がついたのだろう。
 
「ちょっと待って、銃を使って、しかも長期間を一人で戦おうっていうわけ?
 その前に避難所や救援との合流をすればいいじゃない」

 周回していない人を馬鹿にするつもりはないが、避難所に救援とは、事態を楽観視しすぎている。
 人が多く集まる避難所など危険極まりないし、事件発生からこれだけ時間が経過したのに救援が来ていないということは、ここへ直ぐに到着することができない事態になっているということだ。
 つまり、明日以降も生き延びたいのであれば、そのような他力本願の考え方は捨てなければならない。
 
「失礼ですが、避難所に行きたければ私を開放してから好きに行って下さい。
 後ろから撃つような真似はしませんよ。
 ただ、一つだけ警告させて頂きますと、これを通常の自然災害程度に捉えていらっしゃるのであれば、避難所に行くことはお勧めできませんよ」

 これは災害ではない。
 戦争でもないが、ある意味では戦争よりも酷い。
 今回の事態は、何が原因かがわからない。
 つまり、どうすれば危険から逃れられるかを知る方法がない。
 水道水を飲まなければいいのか、特定の食品を避ければいいのか。
 はたまた、ある時期に決まった種類の治療を受けた人々が原因なのか、全く法則性が見えない。
 わかっているのは、奴らに噛み付かれた人間が、時間差で発症するということだ。
 奴らと、奴らに傷つけられた人々を排除でき、内部がある程度制御できている避難所があれば俺も顔を出していいが、そんな場所があるはずもない。
 
「そりゃあまあ、どう見ても普通の事態ではないのはさすがにわかるわ。
 未だに偵察すら見かけないってことは、被害がこの地域だけに限定されているわけでもないってこともわかる。
 でも、だからと言って、それが一人で行動する事とどう繋がるのかしら?」

 この人は一体何を言っているのだろう。
 ああ、そういうことか。
 避難所の崩壊や救援は来ないという事態を経験していないのだから、無理もない。
 いつまでも現状のままという事はありえないと思い込んでいるのだ。
 今日は誰も来てくれないかもしれないが、明日や明後日にはきっと県外から救援に来るに違いないという根拠のない希望に縋りたいのだろう。

「いつ来るか、そもそも来るかも分からない救援を頼りに、安全を自分自身で保証できない場所に身を置く事はできません。
 例えば広域避難所に行くとして、そこの安全は誰が保証してくれると言うんですか?
 確かに、私のように武装した人がいるかも知れない、警官隊が周囲を取り囲んでくれるかもしれない。
 あるいは、ひょっとしたら、避難所に入るにあたっては完璧に近い検疫体制を敷いているのかもしれない。
 実は既に自衛隊と連絡がついていて、今この瞬間にもその避難所に向けて普通科連隊が救助に向かっている最中かもしれない」

 自分で言っていて思わず表情が緩みそうになる。
 かもしれない、かもしれない、かもしれない。
 全てはそうあって欲しいという願望でしかない。

「奴らが押し寄せてきたとして、それからずっと身を守れるような要塞があると思いますか?
 日本警察が長期間の戦闘を行えるだけの十分な弾薬を持っているわけがありませんよね?
 もし持っていたとしても、非常時にそれを分け与えてくれると思いますか?
 あるいは、状況が絶望的になる前に各自で避難するように言ってくれると思います?
 武装した人々がいたとしても、彼らはいざという時に躊躇なく元近所の人と戦うことが出来るでしょうか?」

 人の希望を打ち砕くようなことは言いたくないのだが、彼女が博愛精神や希望的観測に従って別の場所に行ってしまうのは困る。
 もっと直接的な表現をすると、ここまで内部を見られた以上、崩壊することがわかりきっている避難所に送り込むことはできない。
 これから状況は悪化する一方なのだから、そうなってから他の人間まで連れて逃げこまれたりすれば、俺の生存可能時間が大きく減少してしまう。

「発生原因も感染経路も不明な病気なのかもわからない状況で、そもそも患者と呼んでいいかも分からない人たちを完全に排除できているという保証は?
 まだ普通に立って話せる人でも危険であれば中に入れないと誰が何の基準で定められます?
 大切な恋人が、何にも代えがたい家族が負傷していたとして、隠さず厳密な基準に従って全員を切り捨てていけると思いますか?
 あるいは、それを徹底しようとした所で、反発は起こらないでしょうか?」

 俺は悪い意味で日本人を信じている。
 絶対に誰かが自分や自分の大切な人だけは大丈夫と根拠のない判断を下すだろう。
 権力の横暴に立ち向かう自由の闘士も確実に騒ぎ立てる。
 そして警察官たちはもっと状況が悪化するまでは絶対に厳密な基準を徹底できない。

「目に見える範囲では航空偵察どころか報道のヘリコプターすら確認できない状況で、他所の地域から救援なんてくるでしょうか?
 何日持久すればいいんでしょう?明日まで?来週まで?来月まで?
 今はまだ、助けあいの精神でいけばいいでしょう。
 奪いあえば足りないが分けあえば余るでしたっけ?日本の防災対策は大したものですから、それで数日は大丈夫なはずです。
 でも食料が尽きてきたら?どこから食料を集め、誰が基準を作り、どうやって公正に分配するんです?
 隣の家族への配給が貴方より多かった時、空腹と怒りを我慢できますか?
 貴方が我慢できても、誰もが我慢できると思います?」

 被害妄想に近い事を言っているのは自覚している。
 だが、数えきれないほどの経験に基づく事実だ。
 この地獄の中で、少しでも人間と接していたいと思っていた時期は当然あった。
 だが、それは必ず失敗する。
 逃げる途中で見捨てられる。
 囮にされる。
 仲間を見捨ててまで食料を回収してきても、もっと必要だと要求される。
 あるいは、奴らがついてきたと責められる。
 それを全て乗り越えた所で、精神的な満足感以外には何も得ることができない。
 回収した物資は何もしないで座り込んでいる連中のために消費され、難易度が上昇していく中、もっと多い量を、もっと短い間隔で求められる。
 見捨てれば冷酷と罵られ、失敗すれば無能と誹られ、不足すれば責められる。
 ああいう非効率的な事はもう二度とやりたくない。

「まあ、言いたいことはわかったわ。
 何かよほど酷い目にあってきたようだけど、それでこれからどうしたいの?
 鉄砲の山を抱えてここで一人アラモ砦をしたいわけ?」

 また随分と古風な例えを出してきたものだ。
 だが、言っていることは正しい。

「近いですけど、もっと規模の小さなものですよ。
 道路を封鎖し、侵入経路を限定し、可能な限り物資をかき集める。
 ここは物流の上流に位置する拠点が多く、道を塞ぐのに十分な頑丈な資材が沢山あります」

 余りにも自分本意すぎるプランに、彼女は表情を引き攣らせている。
 つまり俺は、自分だけで物資を独占し、ごく狭い範囲で安全を確保し、自分だけが助かろうとしていると宣言したわけだ。
 まあ、時間の問題であって助からないんだがな。

「そこまで考えているなら、他の人だって助けられるんじゃないの?」

 ごもっともな意見だが、それはありえない。
 ここはゾンビ映画の中でも、生物災害を扱ったゲームの中でも、ホラー小説の中でもない。
 明らかな法律違反を早期の段階で受け入れられるのは、まともではない人間だけだ。
 そんな連中を受け入れるぐらいならば、凶悪なサバイバリストとして孤高を保っていたほうがよほど安全だ。
 ああ、ここが合衆国ならば頼れる連中がたくさんいるんだがな。

「助けられるとして、助けてどうするっていうんです?」

 この人の身分は知らないが、只の男子高校生に何を期待しているっていうんだ。
 俺の正体からすれば確かに人々を救うために尽力すべき人間なのかもしれないが、それを理解してくれるような奴はいないだろう。
 それに、俺はもう面倒事を抱え込むつもりはない。
 天は自ら助くる者を助く、というわけだ。
 まあ、偉大なる天国の覗き屋を気取るようなつもりはないがな。



[24329] 第五話『二日目 朝 日本国床主市郊外 第二運河橋』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2012/04/10 00:30
二日目 朝 日本国床主市郊外 『第二運河橋』

「ハイ、オーライ!オーライ!オーライ!はーいストップ!」

 とてもこの非常時とは思えない声量で誘導する声が響く。
 ディーゼルエンジンの咆哮が上がり、重い金属を地面に下ろす轟音が周囲に広がる。

「後方!三人よ!」

 警告の叫び。
 振り向きざまに照準、発砲、命中。
 うん、寝不足のワリに射撃の精度は落ちていないな。次、はい次。
 よしよし、我ながら悪くない腕だ。
 無事に生き延びたら自衛隊に入って掃討部隊に入るのもいいな。

「安全確保!次急いで!」

 コンテナを下ろしたばかりのフォークリフトは慌てて後退し、次の障害物を運ぶために走り去っていく。
 それを見送りつつ、俺はライフルの再装填を行った。
 まさか俺が気絶している間に日付が変わっていたとは予想外であったが、長々と話し込んだことはプラスになっている。
 俺の知っている彼が今回の周回では変化したのかどうかは知らないが、この度めでたく仲間に加わってくれた彼女の名前は本田いづみという。
 東部方面後方支援隊に所属しており、各種車両の扱いと需品の管理に長けているそうだが、趣味が銃剣道と空手だというから恐れ入る。
 そんな相手なのだから、俺が為す術もなく一瞬で鎮圧されてしまうわけだ。
 第1空挺団に所属していた彼とは随分と毛並みが違うが、重機やコンテナが溢れるこの場所で出会える人材としてはこれほど嬉しいものも少ないだろう。
 そういうわけで、懇切丁寧な説得を三時間ほど行った結果、彼女は俺に協力してくれることになった。
 まあ、簡単に言うと相手が極限状態にあることを利用して選択を極端に誘導したわけなのだが、それでも本人の合意は取ってある。

「人間が二人になるだけでこんなに作業が楽になるなんてな。
 おっと、団体さんのご来場だ」

 運河を渡る橋の向こうに複数の人影が現れる。
 これだけ大騒ぎをしていれば、奴らの一体や二体は現れてもおかしくないが、もっと現れても不思議ではない。
 この倉庫地帯のすぐ向こうには住宅地が広がっているが、今のあそこに残っているのは奴らぐらいのものだ。
 もっと活動的な連中はとうの昔に床主大橋を越えて避難している。
 つまり、この辺りで一番賑やかなのは俺達だけなのだ。

「んーこりゃあライフルじゃ勿体無いな」

 判断は素早くなければならない。
 だが、昨日のような醜態を繰り返すほど俺の頭は悪くない。
 ライフルを肩に戻し、足元においてあった散弾銃を手に取ると、奴らに向けて駆け足で接近する。
 一見すると自殺行為にも見えるが、そうではない。
 俺は極めて冷静だし、手に持っているのは散弾銃だし、奴らとの間合いは必要以上には狭めていない。
 一発、二発、お、元警察官発見。
 三発。
 もう既に腐り始めているのだろうか。
 00バック弾ではないというのに、一発あたり二体を仕留めるという強力な破壊力を発揮してくれた。

「ちょっと!早く下がって!」

 背後からは警告の叫びが聞こえる。
 コンテナを振りかざしたフォークリフトがこちらへ迫ってくる。
 よしよし、その運転技術には全く問題が見当たらない。
 もう少し長生きしてくれれば、バリケード構築は問題なく行えるだろう。

「そのまま!そのまま!」

 奴らとの距離を確認しつつ誘導を再開する。
 一発、二発、装填、三発。
 誘導しつつ装填を完了させ、振り返りつつ発砲。
 距離を詰めてきていた奴らを射殺する。
 もう一発、親子連れを制圧。最後の一発。
 別の警察官を射殺。
 付近に脅威なし。

「おまたせしました!はい!そこでストップ!下ろしてください!」

 俺の戦闘を見守りつつも運転は止めていなかったようだ。
 うん、彼女はいい自衛官になれるな。
 コンテナが下ろされ、橋は完全に封鎖された。

「大丈夫なの!コンテナ持ちあげたほうがいい!?」

 向こう側から大声で呼びかけられる。
 馬鹿にしないでもらいたい。

「運河脇のフェンスを登りますからお気遣いなく!
 それよりも周辺警戒を怠らないで下さい!」

 俺はまだ人間なんだ。
 手で掴めて足をかけられるフェンスなんぞ、障害物としては物の数に入らない。
 まずは改めて安全を確認し、先程射殺したばかりの死体へと駆け寄る。
 頭部を完全に破壊してあるので安全は確実だ。

「よしよし、無抵抗を貫いたんだな」

 最初に確認するのは当然だが警察官の死体だ。
 拳銃は腰のホルスターに収められている。
 素早くそれを取り出し、残弾を確認。
 一発も使用した形跡はない。
 少し考え、ベルトを取り外す。
 考えてみれば、ホルスターの予備もあったほうがいいに決まっている。
 無線機を取り外し、警棒や手錠、そして忘れてはならない警察手帳も回収する。
 それらをまとめて背中のザックに収納し、次の警察官へと向かう。
 こちらは一発だけ警告射撃でもしたようだ。
 だが、比較的綺麗な拳銃と、残弾は回収できる。
 先程と同じく装備一式を回収。
 武器はあればあるほどありがたい。
 銃弾一発でも、警棒一本でも、あれば俺の生存確率向上に役立つし、もし仲間としていい人間が見つかれば、そいつの武器として活用することも出来る。

「最後は、おやおや」

 親子連れに向き直った俺は、思わず声を漏らした。
 戦っている最中にはそこまで意識が回らなかったが、父親も娘さんも、避難時にかき集めてきたのか背中のリュックサックがパンパンに膨れている。
 幸いなことに、銃弾はそこには当たらなかったようだ。
 死体から引き剥がし、中身を改める。
 家族のアルバム、預金通帳、印鑑、現金、なんだよ、ろくなモノがないじゃナイカ。

「シケてやがる、ん?」

 どうやら、さすがにそんなものだけ持って逃げるつもりはなかったようだ。
 リュックサックの下の方には、詰め込まれたらしい飲料水や保存食、缶詰などが入っていた。
 スナック菓子が混ざっているのは子供対策なのだろう。
 実にありがたい。
 お陰で今後の食生活はもう少し彩り豊かになるだろう。

「ちょっと!大丈夫なの!?」

 物色に時間をかけすぎてしまったようだ。
 直ぐに銃を肩にかけ直し、橋の付け根から護岸へと足をすすめる。
 フェンスに手をかけ、体重移動を利用しつつ一気に乗り越える。
 着地、ライフルを構えて周辺警戒。

「見事な動きね」

 彼女はフォークリフトに座ったまま褒めてくれた。
 既に次のコンテナを載せている。

「まあ、こんな世の中ですし、戦えないよりは戦えたほうがいいですよね」

 苦笑しつつ車体の後ろへと乗り込む。
 しっかりと突起部を掴み、屋根を叩く。
 それを合図にフォークリフトは次の橋を封鎖するために走りだした。
 


二日目 昼 日本国床主市郊外 『第一運河橋』 コンテナの上

「これはまた、酷いものね」

 橋の半分を封鎖していたコンテナの隣に突撃し、たった今封鎖は完了できた。
 加速を付けて突っ込んだおかげで随分と巻き込んでしまったが、まあ事故だ。
 あとで警察が来ることがあったら現場検証でもしてもらおう。
 まだ周囲に何体か奴らがいるが、よしよし、こちらを向いてくれたな。
 落ち着いて、しっかり狙って引き金を絞ると、はい、排除完了。

「他に見えますか?」

 散弾銃を再装填しつつ尋ねる。
 恐らくはもういないはずだが、念のために確認を行う。
 確認は大切だ。
 
「周囲に異常なし。
 向こう側には団体さんがいるけど、別にいいわよね?」

 よし、安全確保完了。
 コンテナの向こう側にいる集団も怖いといえば怖いが、奴らはこの重量のあるコンテナをどうこうすることはできない。
 逆に、人間がこのバリケードに気がついたとしても、狭い橋の上に密集した奴ら相手に突撃しようとは思わないはずだ。

「じゃあ、早いところここから離れましょう。
 奴らの呻き声をBGMに語らいというのはあまり愉快なものではないですし」

 念には念を入れ、俺は散弾銃をいつでも発砲できるように持ちつつ歩き出した。
 この第一運河橋は、この埋立地に籠城を決意した人々が封鎖を行うために集まっていた。
 俺と同じようにコンテナで蓋をすることを誰かが思いつき、当時の全員がそれに賛成。
 鉄パイプや角材を武器に防衛戦闘を行いつつ、橋の半分を塞ぐことには成功していた。
 だが、その賑やかさに心引かれた連中が背後からも襲いかかり、作業員は全滅。
 決死の防戦を繰り広げる生存者たちも一人、また一人と倒れ、結局封鎖は中途半端な所で終わってしまった。
 それなりに体力も技量もある人々が、コンテナを二つばかり運ぶことにも失敗した最大の理由は、俺が思うには銃火器の不足があると思う。
 まるで見てきたかのようなコメントだが、もちろん何度も見ている。
 それどころか参加したことすらあるのだから間違いない。
 ならば銃火器を回収したら最初にここに来いという話なんだが、そうするとどんなに急いでも間に合わないようにできているのだ。

「それで、次はどうするの?」

 100mごとに停止と周辺警戒を行いつつ進んでいると、運転席から質問が投げかけられた。
 まあ、それも当然だろう。
 橋を塞いだことにより、この埋立地は安全地帯になった。
 敢えて騒音に配慮せずに作業を行ったことで、少なくとも路上をフラフラしているような奴は全ておびき寄せて始末することに成功できているだろう。
 完全に制圧したというわけでは勿論ないだろうが、安全性が少しでも高まることには大きな意味がある。

「日没までに倉庫へ戻り、視界がある程度確保できる限界まで時間をかけて倉庫周辺にもバリケードを構築します。
 誰かを助けるにしても、まずは自分の足元を固めてからでなければ、良くて共倒れが限界ですからね。
 それが終わったら交代で朝まで休憩。
 もう少し人数が増えるまでは不眠番はできないので、これは仕方のない事とご理解下さい」

 誰かを助けるにしても、まずは足場を固めてから。
 救助活動の鉄則だ。
 バックアップ体制を確立し、安全地帯への経路を確保し、今回のようなケースでは長期的な防衛体制も整える。
 それだけやっても恐らく俺は一週間も生き延びられないというのは泣きたくなってくるものだが、まあそれはいい。
 彼女には言っていないが、今回は救助活動的なものは一切行わないのだからな。
 あくまでも経験則で恐縮だが、保護している生存者が一人増えるごとに、俺の生存率は急減少していく傾向が見られる。
 自分の怠慢やミス以外の理由によるトラブルが増加し、単純計算で物資の減りも早くなる。
 組織的な支援を受けていない以上、一人の人間が助けることの出来る人数は、自分自身が限界だ。
 今の段階でそれを分かってくれるとは思わないが、出来れば彼女にもそのうちそれを理解してもらいたいところだな。

「どれだけ時間をかけるつもりかわからないけど、それから救助に行ったとしたら、助けられない人が増えてしまうんじゃないの?」

 ごもっともな意見に聞こえるが、仮に俺が一刻も早く他の人々を助けに行きたいつもりだったとしても、その意見には頷けない。

「安全に救出活動を指揮できる本部、避難民を収容できる施設、万が一のバリケード突破に備えた複数の区画隔離。
 そしてそこに蓄えられた豊富な物資。
 一人でも多く救うつもりであれば、このいずれも欠かすことができません。
 自衛隊や警察による救出活動がこの時間になっても開始されていない以上、私たちはたった二人で可能な限り多くを、出来るだけ長期間養うつもりで動かないといけない。
 そうは思いませんか?」

 誰かを助けだしたとしても、助けた人を送り届ける安全地帯はここしかないのだ。
 俺が死んだ後の世界で彼女がどれだけ頑張れるかは未知数だが、俺が一秒でも長く生き延びられる環境は普通の人間にとってはもっと安全なはずだ。
 あとは俺のように狂わない正常極まりない頑強な精神を保つことが出来れば、哀れなことに一回しかない彼女の人生も長く続かせられるかもしれない。
 まァ、俺ガ生きているうちに狂っちまったら楽にしてやるけどな。
 
「はいストップ。前に二人。
 後方警戒任せます」

 相手が黙り込んでいるのを良いことに考え事を楽しんでいると、願わくば本日最後にしてほしい標的が前方に現れた。
 作業員の格好、一人は腕を抑えているということはまだ人間か?

「助けてくれ!後ろのやつはもうダメだ!頼む!」

 お願いしなくても直ぐに済ませてやるさ。
 まずは動きが機敏な手前の方からだ。

「ちょっと!どこ狙っているの!」

 運転台から抗議の声が挙げられ、突き出された手が散弾銃を空へと押し上げる。
 驚きから思わず引き金を絞ってしまい、無駄弾一発。
 そういや、この人の前で生きた人間を処分するのはこれが初めてだったな。
 そんな間抜けなことを思いつつ、俺は空を見上げた。
 禍々しさを感じる閃光。
 ああ、そういえばそんな時間だったな。


二日目 夕刻 日本国床主市郊外 『大東亜重工業 第八資材倉庫』

「もういいんじゃないですか?」

 苦しげな呻き声を漏らす要救助者を前にして、俺は出来る限り優しげな声でそう言った。
 貴重な弾丸を一発無駄にしてまで助けた彼は、一度目の死を迎えようとしている。
 随分と頑張っているが、先程吐血したことも考えると、あと数分が限度だろう。

「まだわからないじゃない!」

 俺はできるだけスマートに、かつ穏便に物事を済ます事を目標に生きている。
 そうでなければ、俺が簡単に死んでしまうからだ。
 だが、彼女は物事を出来るだけ面倒にすることを生きがいにしているらしい。
 どう見ても助からない彼を助けようと、今も貴重な水とタオルを無駄に汚染させ、さらに危険を犯して看病のようなことをしようとしている。
 ああもう、どうしてこうも俺を苛立たせようとするんだ。
 
「ここに来るまで、一体何を見てきたんですか?
 奴らに噛まれた人は助からない。
 これはもう、揺るぎない事実でしょう?」

 彼女とて、彼が助からないという事実は頭のどこかで理解しているはずなのだ。
 そうでなければ、彼に手枷足かせをつける事に同意したはずがない。
 だが、それでも明らかにまだ人間である者を楽にしてやることだけは受け入れなれないようだ。

「ここには水も食べ物もありますが、医薬品のたぐいは余裕がありません。
 どうあっても助からない人に無駄に使うよりも、もっと有効活用したほうがいいに決まっているじゃないですか」

 俺の言葉を無視するように、彼女は射線に割り込んだまま看病らしいことを続ける。
 口から垂れる汚染された血液を拭い、水を飲ませようとし、顔から滴り落ちようとする脂汗を拭きとる。
 ああもったいない。
 確かに近くに倉庫は沢山あるが、だからといって無駄遣いしていいわけじゃないんだぞ。
 それに、すべてが終わった後でこの倉庫の中を除染するのにどれだけ無駄に水を使うと思っているんだ。
 いっその事、このまま二人共始末してしまったほうが楽なのでは。
 そんな危険な事を思いつつ、散弾銃の狙いをつけてしまう。

「もう、いいわ」

 それを察知したのだろうか。
 彼女は唐突に看病を止め、立ち上がる。
 俺としたことが、露骨に殺意を出してしまったのだろうか。
 一応、狙いをつけるにあたって一切の物音は立てなかったはずなのだが。

「なんですって?」

 尋ねつつ、ゆっくりと距離を開ける。
 いきなり飛びかかってこられたら、散弾銃とはいえ狙いを外してしまうかもしれないからな。

「彼、死んだわ」

 ああ、そういうことか。
 びっくりして損をした。

「そうですか、じゃあ離れて下さい」

 散弾銃を下ろし、角材を手に取る。
 結局のところ名前すら満足に聞き出せなかった彼は、ロープで柱に固定されている。
 いきなり蘇生というか変異というか、そのようになっても、こちらに飛びかかることはできない。
 そうなのであれば、無駄に銃弾を消耗し、さらに跳弾の危険や飛び散った体組織の除染に手間をかける射殺よりも、撲殺のほうがスマートだ。
 彼女は無言のまま、俺の要請に従ってくれた。
 うんうん、人間素直が一番だ。

「恨まないで、下さいね!」

 渾身の力を込め、項垂れたお陰で晒されている後頭部に強烈な一撃を加える。
 明らかに頭蓋骨が陥没した感触を覚えるが、もう一度。
 頭皮がめり込み、何かが湧き出るがもう一撃。
 まあ、こんなところで十分だろう。

「成仏してくれるといいんですか、どうしました?」

 危険性を未然に除去できた喜びを隠しつつ振り返ると、彼女は悲壮な笑みを浮かべてこちらを眺めていた。
 ああ、この表情はよろしくないな。
 発作的な自殺を起こすか、あるいは極度の暴力性を発揮する前兆だ。

「けっきょく、だれもたすけられなんかしないんだわ」

 おっと、思っていたよりも症状は深刻だ。
 医学的な用語は詳しく知らないが、彼女は今、現実を徹底的に拒否するか、脳内物質に全てを委ねる一歩手前にある。

「でんきだって、もうつかないし、だめなのよ、みんな、みんなしぬんだわ」

 彼を救助する寸前に見た閃光。
 あれは二日目名物のEMP発生の原因となった輝きだ。
 合衆国が日本上空に打ち込むわけがないから、恐らくはロシアか中国、大穴で北朝鮮といったところだろう。
 なんにせよ、迷惑なことをしてくれたものだ。
 お陰で車両は使えなくなるし、電気も使えなくなった。
 確認したわけではないが、影響範囲内では今晩は地獄だろう。

「そんなわけがあるか!」

 見ず知らずの人々のどうでもいい最後はさておき、こういう時の対処方法を、俺はこれしか知らない。
 角材を投げ捨てつつ足早に近寄り、どこか呆けた様子のその顔面に強烈な平手打ちを決める。
 彼女は俺よりも随分と強い。
 何かを強要する時には、精神的な衝撃から立ち直る暇を与えてはならない。

「あの人が貴方にどれだけ感謝しているかわからないのかよ!
 確かに彼は助からないと俺は言った!それは間違いなく真実だ!
 だけど!そのお陰で彼は、最後の最後まで人間としての尊厳を持って"死ねた"じゃないか!
 この地獄で、死にたくても死ねない悪夢の世界で、最後まで人間として看病され、最後に人間として死ねたのは貴方のお陰だろ!」

 よしよし、それなりに威力のある平手打ちと、普段の俺からは想像できない言動でうまいこと強力な衝撃を与えられたようだな。
 ここで満足せず、相手に精神的な衝撃から立ち直る暇を与えてはならない。

「何が誰も助けられないだよ!貴方は今、一人救ったばかりだろ!
 これだけ騒いでも安全な陣地を構築し終えて、明日から次が始まるんじゃないか!
 そうだろ!?アンタだってわかっていたから俺みたいな糞餓鬼に従ってくれたんじゃないか!!」

 精神的な衝撃は随分なものだったらしい。
 未だに唖然とこちらを見ている。

「全部これからだよ!何言ってるんだよ!こんな安全な場所を確保すれば、放っておいても生存者がやってくる!
 それに、明日の作業が一段落したら俺達から助けに行けばいいじゃないか!
 この広い避難所なら、100人だって1000人だって収容できる!
 感染者が発生したって隔離もできるし逃げ惑うことも出来る!
 広い道路にはヘリだって降りられるし、海自が来てくれれば岸壁までを確保して、艦船からの支援だって受けられる!
 警官隊や陸自が合流すればそれこそ難攻不落の要塞だ!
 全部これからじゃないですか!止めてくださいよ、諦める材料が全部なくなろうとしているのに、そんなの止めてくださいよ」

 表情を見られないように下を向く。
 まぁ、一言も嘘は言っていない。
 奴らになる前に楽にしてやることはある意味では確かに"助けて"いるし、明日の作業が一段落したら生存者救助も吝かではない。
 一つの埋立地を隔離しているのだから、100人でも1000人でも収容可能だろう。
 コンテナ車や大型トラックが行き来できる道路は電線を落とせば確かにヘリポートになるし、洋上に脱出した自衛艦隊が来てくれれば、臨時の軍港にもなるだろう。
 道路を物理的に封鎖している以上、警官隊や陸上自衛隊が来てくれれば、ここは今以上に強固な要塞になってくれる。
 確かに全部これからだ。
 ここを俺がどれだけ生きられるかを試す試験場として、俺の生存期間をどれだけ伸ばせるか試すのはこれからなのだ。
 諦めル材料などドこにも存在しなイじゃないかぁ。
 
「ごめん」

 その言葉は唐突だった。
 全てが計画通りと内心でほくそ笑む俺を、彼女は突然抱きしめてきた。
 それは、愛する恋人に対するようなものであり、大切な息子を慰めるようなものでもあった。

「今晩だけ、今晩だけだから、こうさせて」

 血と汗に塗れ、それでも消せない彼女の体臭を感じる。
 それは決して、不快なものではなかった。
 身長差のおかげで、顔に当てられる胸部で息が詰まる。
 だが、そこから伝わる温もりと、確かな心臓の鼓動が、俺の言葉を封じた。

「明日からは、もっとちゃんとやる。
 大丈夫。
 今日はもうダメだけど、明日からは大丈夫だから、今日だけはお願い」

 頭に廻された腕に力が入る。
 さらに顔を押し当てられ、彼女の体臭が強まる。
 泣いているのだろう、頭皮に明らかに汗ではない湿気が交じった。
 だが、そこに不快さはない。
 確かに生きた人間がそばにいるという実感があるだけだ。

「ごめんね、本当なら、私が貴方を守ってあげなきゃいけないのに、ごめんね」

 繰り返される謝罪の言葉は、俺だけに向けられているわけではないはずだ。
 名前も知らない、守ることの出来なかった男性。
 今日一日で、彼女は何人の元人間を殺したのだろうか。
 ひょっとしたら今この瞬間、決死の覚悟で脱出してきた人々が、コンテナの向こうで死んでしまったかもしれない。
 大型トラックで市街地へ救出に向かえば、何人を助けられただろう?
 彼女の原隊の同僚たちは、彼女の家族は、友人は、今どこで何をしているのか?
 無事を確認しに行かないということで、助けに行かないということで、ここが安全だと知らしめない事で、一体、彼女は何人の人々を間接的に殺してしまっているのだろうか?
 それを、彼女は理解してしまったのだろう。
 助けられるはずもない人を助けようと無駄を尽くしている時に、本当は理解したはずなのだ。
 眼の前の男性にしていることは、自己満足の罪滅ぼしに過ぎないと。
 そして、救命行為を現実逃避と自己満足のための手段として用いているという自分の内心に住まう汚らわしさに気づいてしまったのだ。

「すいません、僕は、酷いことを言ってしまいましたね」

 その言葉が彼女の中の何かを崩してしまったのだろう。
 意図すれば無視できていた彼女の嗚咽は、堪えきれないものとなり、明らかな号泣となった。
 俺が手を回し、彼女の背中を摩ってやった事は、仕方の無いことではあったが、その先を促す要素も持っていた。
 心の中が限界だった彼女は、女性自衛官としての心も、年上の女性としての余裕も、全てが崩れ去ってしまったようだ。
 俺という生きた人間の仲間を決して離さないようにその腕に力を込め、何か謝罪の言葉のようなものを漏らしつつ顔を擦りつけてくる。
 できることといえば、同じように力を込めて抱きしめ、できるだけ優しく背中を摩ることだけのはずだった。
 だが、心が折れる寸前の彼女には、それだけでは全く不足していた。
 俺の頭を抑えていた腕が、強引に俺の身体へと向けられる。
 衣服は邪魔なだけだった。
 彼女にとって、今大切なことは、生きている人間と触れ合い、自分も確かに生きているという実感を感じることだけだ。
 法律など知ったことではないはずだ。
 俺の意思も、知ったことではないだろう。
 極度の混乱、極度の恐怖、極度の喪失感。
 そういったものが、模範的な自衛官であったらしい彼女の全てを破壊しようと攻め立てている。
 それらから自我というか弱い何かを守るためには、感情に全てを委ね、その奔流に身を委ねるしかなかったのだろう。
 俺の衣服はそれなりの防御力を持っているが、人間相手に無防備にはぎ取られるのであれば全く頼りないばかりだ。
 明日からどうするかは考えていないのだろう、彼女は肌が傷つくのも構わずに乱雑に自分の衣服をはだけると、荒々しく俺に襲いかかった。
 頭部を破壊された死体、うず高く積み上げられた物資、コンクリートの上に毛布を広げただけの粗末な床、そして蝋燭の頼りない明かり。
 全くロマンチックさの欠片もない風景ではあったが、まあ、とにかく俺と彼女は男と女の関係になった。
 願わくば、これが彼女の精神安定に寄与してくれるといいのだが。



[24329] 第六話『三日目 早朝 日本国床主市郊外 大東亜重工業 第八資材倉庫』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2012/04/18 01:22
三日目 早朝 日本国床主市郊外 『大東亜重工業 第八資材倉庫』

「さてさて、どうしたものですかね」

 目を覚ました俺は、決して離さないように俺を抱きしめつつ眠っている本田を眺めつつ、起こさないように小声でぼやいた。
 既に日が昇り始めており、二階の窓からはうっすらと明かりが差し込み始めている。

「んん、あさ、なの?」

 俺としたことが、気をつけていたのに起こしてしまったらしい。

「ああ、すいません、起こしてしまいましたね」

 普通ならば相当に甘い状況なのだが、俺も彼女も、そういう気持ちは持っていないだろう。
 ああ、ひょっとすると彼女のほうは少しあるかもしれないがな。

「えっと、ごめんなさいね?」

 昨夜はアレほど盛大に体力を消耗したというのに、最初こそ寝ぼけた様子だったが、彼女は意識を覚醒させている。
 流石は自衛官ということなのだろう。
 素早く起き上がり、何も身に纏っていないことを思い出したのか慌てて脱ぎ捨てた服を探している。
 随分と精神の再構築が進んでいるようだ。
 やはり説得ではなく寝ておいて正解だったな。

「ちょっと見回りをしてきます。
 大丈夫だと思いますが、死体には近づかないで下さいね」
 
 返事を待たずに服を手に取り、二階へと上がっていく。
 ああ、ボタンが幾つか取れてしまっている。
 直すの面倒だが、念のためでソーイングセットも回収しておいてよかった。

「おー、今日もいい天気だな」

 本日は快晴、雲量は1から2といったところか。
 ちらほらと地上から空へと伸びる筋が見えるということは、事故車の炎上や失火が複数件発生し始めているということだ。
 床主市の行政組織はもう完全に崩壊したということだろう。
 まあ、車両も無線も使えないのであれば、警察も自衛隊も自分を守ることしかできない。
 消防に至ってはポンプが使えないのであれば、人力に頼った破壊消防しかできない。
 空自の基地であればあるいはEMP対策を施した消防車を持っているかもしれないが、それを基地の外へ安全に送り届けることは不可能だろう。

「本日の予定も回収と陣地構築。
 頑張るとしますかね」

 もう何度繰り返したか忘れた朝の一人朝礼。
 確認は大切だ。

「それと救助活動、でしょ」

 ああ、そういえばそういう設定だったな。
 最低でも一回ぐらいは救助活動のふりをした物資回収に行ってやるか。
 必要な物だけ回収したら、あとはバンバン撃っていれば直ぐに奴らが押し寄せて撤退となるだろう。

「もちろんですよ。
 でも、やはり朝礼というやつは大事なんですね。
 当たり前のことであっても、こうして口に出すことでしっかりと目的を再確認できますから」

 俺の言葉に彼女は表情を引き締めた。
 俺たちは山奥の別荘に旅行に来たカップルなどではない。
 地獄から一時的に逃れられただけの生存者なのだ。

「確かにそうね。
 それで、具体的には今日は何をするのかしら?」

 朝食もまだなんだが、まあ、せっかく仕事をする気になってくれているのだし、話を進めてしまおうか。

「まずは昨日の彼を表に出し、そのあとで清掃。
 昼までにはそれらを終わらせ、物資の回収に出ます。
 今日行くのは近くにある通販の物流センターと、造船所です」

 ここからも見える巨大な倉庫を指さす。
 造船所は更にその先なのでここからは見えないが、物流センターは目に入る。

「まだ集め足らないの?
 今ある分だけでも結構あると思うんだけど?」

 彼女としてはできるだけ多くの人を助けたいのだろう。
 その気持ちはわからんでもないが、だからといって食料をかき集めることを怠ってはならない。
 カロリーだの栄養素だのという面倒な事は抜きにして言うと、日本人は一日に三度の食事を摂る。
 今はそんな事を言ってられない非常時なので食事を二回にしたとして、それでも一日に二食分の食料が必要だ。
 それ以上に切り詰めると、生存のために必要な食料捜索やバリケード構築すらできなくなってしまう。
 とにかく、最低限に減らしたとしても、一人あたり一週間で14回分の食料を消費する。
 二人ならば28回、五人ならば70回分の食料が必要だ。
 例えば俺達が原作メンバーと合流したとすると、9人×2回でなんと一日に18回分、一週間では驚きの126回分の食料が必要になる。
 ここに飲料水を加え、トイレ用の排水は川から組み上げておき、と、ただ生きているだけでもこんなに必要なのだ。
 停電していることから冷蔵庫などは使用できないし、レトルトカレーやシチューをカセットコンロを用いて作り置きしたとしても、気休めにしかならないだろう。
 さらにここに、体力を維持するために必要な栄養素やカロリーの計算が加わり、精神面から考えて少量なりとも嗜好品も加える必要がある。
 まだまだあるぞ、衣服、医薬品、食器やコップ、女性がいるから生理用品、洗濯用の水、生活環境を拡張するための作業だって忘れてはいけない。

「全然足りませんよ。
 ああ、一年や十年という意味ではなく、一週間やそこらという視点での話ですよ」

 その言葉に彼女は脳内で試算を始めたのだろう。
 ほどなく納得の表情を浮かべる。

「確かに、助けてから食料を探しに行くというのは正しい行動とはいえないわね。
 それで、造船所というのは何?沖合の空港まで逃げるとかそういうこと?」

 二日目までであれば、それは選択肢の一つとしては成り立つ。
 停電から自衛隊の救助までの時間を何とか生き残ることが出来れば、しばらくは楽しい船旅と洒落込める。
 しかも、豪勢なことに護衛艦隊のエスコート付きだ。
 
「お忘れですか?EMPで船も全滅です。
 それに、船が出せたとしても、搭載無線機も航路のビーコンも死んでいる状態では大航海時代と変わりません。
 多分GPSも受信機どころか衛星本体がやられているでしょうから、ちょっと潮に流されるだけで遭難確実ですよ」

 船旅というのはとても危険なものだ。
 専門の教育を受けた熟練の船乗りが、整備の行き届いた最新の大型貨物船に乗り込み、水上レーダーに加えてGPSや無線標識による支援を受けても遭難することがありえるのだ。
 これは大げさにすぎるとしても、EMPを喰らった後で整備をしたわけでもない船舶で出航することは避けたい。

「非常食やその他役に立ちそうなものを回収するためですよ」

 何も言われないことを良いことに、適当に会話を切り上げる。
 時間は有限だ。
 自分以外の誰カト会話を楽しんでいるような時間は無い。


三日目 床主市倉庫地区 アブラカタブラドットコム床主物流センター

「いやー警報機が死んでくれたお陰で仕事が楽に進みますね!」

 正面玄関を叩き割って堂々と侵入した俺達は、この地域最大の物流センターを歩き回っていた。
 台車には既に載せきれないほどの便利な品々が積み上げられており、それはさらに増加する一方だった。

「ほら、見てくださいよ。
 どこぞのマニアが戦闘糧食を箱単位で買い込んだようですよ?
 お陰で私達の仕事が楽になる。発注者に会ったらお礼を言わないといけないですね」

 あとで見つけやすいように、ダンボールを通路の真ん中に置く。
 床主市だけではなく、ここから近県に配送されていく様々な商品が集められているだけあり、この場所には何でもあった。
 昨日までは無人警備の各種システムが生きているおかげで侵入不可能だったが、EMPがそれを全て解決してくれている。
 防犯カメラは死んでいるので顔を晒しても問題ないし、動体センサーやウィンドウセンサーも動いていないので、気兼ねなく廊下を歩けるし、侵入にあたっては正面玄関を遠慮無くぶち破れた。

「保存食のたぐいはこれでいいとして、次は水ですかね。
 ああ、これって緊急避難ってことで逃げ切れますよね?」

 浮かない表情を浮かべて後ろを付いてくる本田さんに尋ねておく。
 もちろん緊急避難は成り立たないのだが、これだけの状況だ。
 恐らく減刑ぐらいは狙えるかもしれないが、いや、難しいかな。

「私は警務隊じゃないから刑法はよく知らないけど、難しいと思うわよ」

 そうでしょうね。
 昨夜に比べると別人といっていいほど随分と落ち着いてくれたようだ。
 もう少し実務的な話題に移っても大丈夫かな。

「今日のところは見つけられた範囲の食べ物と水だけで満足しておきましょう。
 これだけの広さです、多少の略奪者が現れたとしても全部持ち出すことなど不可能です。
 とりあえず回収作業はここまでにして、荷物を運び出してもらっていいですか?」

 荷物が山と積まれた台車を見やり、彼女はとても嫌そうな顔をした。
 
「一応聞いておくけど、貴方は何をするの?」

 それに答えず俺はここで発見した手斧を取り出す。

「誰かがここを見つけても入ろうと思えない仕掛けを少々。
 とても質の悪いイタズラなので、女性にお任せするのは気が引けまして」

 おっと、この言葉は禁句だったのかな。
 とても面白くなさそうな表情に変わってしまった。

「参考までに、何をしたいのか聞いてもいいかしら?
 貴方を馬鹿にしているわけじゃないけど、自衛官を務めるからには、それなりに色々なことができるのよ」

 面倒くさい人だな。
 こういうところは減点になってしまうな。
 一回寝るくらいで精神の均衡を取り戻せるというのは大きなメリットなんだが。

「ああ、それじゃあちょっと見ていてもらいましょう。
 付いてきて下さい」

 俺は内心を悟られないように笑みを浮かべると、一台だけカートを押しつつ彼女をこの施設の入り口へと連れて行った。
 そこには、逃げ遅れたのか職務に忠実だったのかは不明だが、とにかく部署を守って殉職したらしい警備員の成れの果てがある。
 本当にどうでもいいことだが、この地域は作業員や警備員が非常に多い。
 大抵は工具や警棒を持っているので、細々とした武器の回収には事欠かない。
 とにかく入り口に到着した俺は、警備員の死体の近くにカートを蹴り倒すと、彼に手斧を振り下ろした。

「何をしているの?」

 傍から見れば狂っテイるようにしか見えなイだろう。
 俺ハ正常だ。
 狂イタくても狂えないんだからな。

「まあ見ていてくださいよ」

 相変わらず笑みを浮かべつつ、俺は蹴り倒したお陰で積荷が散乱してしまっているカートから、塗装用の刷毛を取り出した。
 切り刻んだ死体から流れ出る血液をタップリと含ませ、壁をキャンバスにしてお絵かきを始める。

「危険、奴らをたくさん閉じ込めた。近寄るな?」

 俺の作業を黙ってみていた彼女が呟いたのが聞こえる。
 うむ、きちんと他の人も読み取れるようにできたようだ。
 不思議そうな声である理由はよく分かる。
 これだけの規模の施設であれば、それなりの人数が働いているはずである。
 内部への侵入にあたって、確認は念入りに行なっていた。
 警備装置は全部死んでいるので防犯モニターは使えなかったが、タイムカードの打刻を確認したことである程度の確認はとれている。
 誰か判断能力に優れている人物がいたのだろう。
 この施設は事件発生の早い段階で臨時休業となり、従業員たちは全員が帰宅していた。
 つまり、ここには恐らく誰もいないのだ。

「これを見て、入口前に転がる商品を見て、それでも試しに入ってみようという人はいないでしょうね」

 俺の言葉に彼女は散乱した積荷を改めて見る。
 この台車だけは自分でやりますと俺が引き受けたそれには、とても色々なものを載せていた。
 カーナビ、液晶テレビ、ホームシアターシステム、デスクトップパソコン。
 恐らく売価で言えば総額で100万円ぐらいにはなるかもしれないそれらは、平たく言えば燃えないごみでしかない。
 この倉庫の事を思い出してやってきた人々は、この正面玄関に心奪われる事だろう。
 禍々しい血文字で描かれた警告、腹の足しにもならない機械の残骸。
 それを見た後で、もしかしたら無いかもしれない食料を求めて、奴らがたくさん閉じ込められているかもしれない倉庫に入れる人は何人いるだろうか。
 何も知らずに俺がここにきたとしたら、絶対に入ろうとは思わない。
 ここには食べ物が無いかもしれない、奴らがたくさんいるかもしれない、ここまでして物資を独占しようとする危険な人間がいるかもしれない。
 これだけ危険な『かもしれない』が満ち溢れているのだ。
 封鎖されているこの区画まで辿りつけた人であれば、絶対に入ろうとは思わないだろう。
 まあ、車が使えない以上、略奪されても放火さえしなければ別に多少持っていかれても困らないんだがな。
 
「適当な間隔でこの建物のできる限りの場所に塗りつけておこうと思います。
 まあ、ここはあまりにも巨大ですから、本当に一部だけになりますけどね」

 耳なし芳一じゃあるまいし、思いつく限り全部の場所に文字をびっしりと書くなどという事はできない。
 作業時間は限られているからな。

「運搬を一人でお願いするのはその間だけですよ。
 さすがにこんな気の滅入る仕事をいつまでもしていたくはないですからね。
 ああ、それで、交代します?」

 彼女は心の中が実にわかりやすい人物だ。
 何なら荷物を全部倉庫まで運んでおいてもいいわと言ってくれた。
 うん、説明を省いてしまったのは失敗だったな。
 俺としたことが、大崩壊後のニンゲンを無意識に信用しテシまうトは、やハり昨日の今日で疲れていタんだろう。

「それではよろしくお願いします。
 ああ、内部はある程度は確認しましたけど、警戒は怠らないでくださいよ」

 笑顔のまま別れ、施設の周囲に警告文を書き込んでいく。
 まあ、結論としては十一箇所ほどに血文字を書き込むことが出来た。
 刷毛が乾くたびに何度も往復するのが面倒になったので、途中で死体を手頃なサイズに解体するのには面倒だったが。
 奴らを潰す時にはもっと簡単にできるのに、どうしテニンゲンってのは解体シヅらいんだろうナ。


三日目 夕刻 日本国床主市郊外 『友鶴造船株式会社床主造船所』

「非常食はわかるけど、こんなの何に使うの?」

 造船所に侵入した俺達は、在庫を大量に運び出していた。
 ああ、車が使いたい。

「ヘリコプターや車両を見かけた時、大声で叫んでも無駄です。
 でも、信号弾や発煙筒を使えば随分と変わるじゃないですか」

 俺の言葉に彼女は素直に感心してくれたらしい。
 まあ、極限状態を何度も何度も何度も何度も何度も経験すれば、救助ヘリに見つけてもらえないことも、その対策を知っている人物と行動を共にすることもある。
 別に俺の頭の回転が速いというわけではない。

「なんかの映画で見た受け売りなんですけどね。
 でも、要救助者を探している時に照明弾が上がれば何事かと見に来るでしょうし、発煙筒が焚かれていればそこに誰かがいたと思うでしょう。
 大した手間ではないし、使って見る価値はありますよ、きっと」

 価値があるどころではない、これらの品は救助隊と合流するためのいわばキーアイテムだ。
 絶対に回収しておく必要がある。

「救援なんて、あるのかしら」

 帰ってきた答えは、驚くほどに平坦な声音で、暗いものだった。
 日が沈み始めたせいなのだろうか、彼女のメンタルは再び不安定なものになりつつあるらしい。

「どんなに悲観的に考えても、偵察の一つぐらいは来ると思いますよ。
 今回の事態はあまりにも素早く進んでしまったので、自衛隊や警察が完全に消耗し切る前に、行動を決断でき人間が弾薬を握っているはずです。
 自衛隊はなんだかんだといっても軍隊ですから、ある程度の戦力の洋上脱出ぐらいはしているでしょうし、護衛艦であればEMP防御くらいは施しているはず。
 警察には機動隊もSATもあるわけですし、どこかに立てこもって反撃の機会を窺うぐらいはするはずです。
 悲観的な思考は今のような状況では大切なものですが、意図的に希望を捨てるのは好ましくないと自分は思いますよ」

 そう、時間が経てば、救援らしいものが来ないわけではないのだ。
 断片的な情報を集めると、この災厄は世界規模で同時多発的に発生しているそうだが、それでも完全に全世界の軍隊が全滅するわけではない。
 銃社会アメリカは全面核戦争を今でも覚悟している国家だ。
 彼らは絶対に滅ぶことなく、ある程度の戦力は維持できているだろう。
 対抗のロシアもそうだ。
 彼らには広い国土と強大な軍隊がある。
 経済危機と内部の腐敗によって酷いことにはなっているだろうが、それでも世界で上位の軍隊だ。
 お隣中国もそうだろう、韓国も、ひょっとしたら北朝鮮もそれなりに国家を維持できるかもしれない。
 欧州だってそうだというか、人類はとてもしぶとい生き物だ。
 他の地域に目を向けてみても、そうそう容易く滅んだりはしないだろう。

「でも、私達が生きている間に来るなんていう保証はないでしょ?」

 ああもう、面倒くさいな。
 確かに彼女の言うとおりで、他国軍はもとより自衛隊や警官隊だって、今日明日は自分たちを維持するので精一杯だろう。
 他所の地域に救援に来るなどというのはだいぶ先になるはずだ。
 その時まで、俺達が生存できているという保証はどこにもない。

「だから、こうして生きていられる時間を伸ばしているんじゃないですか?
 今すぐ諦めても、私達だけで一ヶ月は生き延びられます。
 保存食ながらも種類が豊富な食事を好き嫌いしながら楽しみ、お菓子やジュースを味わい、浴びるほどの酒を毎日飲んで、窒息するほどタバコを吸いまくって一ヶ月。
 ご希望とあれば、睡眠不足で衰弱死出来るほど大量の本を仕入れることも可能です。
 住んでいる場所は無反動砲でも持ち出さない限りは突破可能なコンクリートの要塞。
 警戒を怠らないのであれば、どんなに気を抜いても大丈夫な天国ですよ、ここは」

 ダラダラと喋りながら台車を押す。
 明日辺りから車を何とかできないか部品を探してみるかな。
 ひょっとしたら、一台ぐらいは動かせる車があるかもしれない。

「随分と楽観的なのね。
 出会った時からそんなのだったかしら?」

 やけに突っかかってくるな。
 この場で泣きわめいて、おれはもうおしまいだーとか叫んであげたほうがよかっただろうか。

「だって、こんな素敵な女性と一緒に頑張れるんですよ。
 死ぬ気でがんばろうという意欲ぐらい湧いてもおかしくはないでしょう?」

 気障っぽいことを言ってみたが、どうやら外したようだ。
 彼女は目を丸くして無言でこちらを見ている。
 やれやれ、人がせっかく気を使ってみればこれだ。
 次に面倒な事を言い出したら即座に射殺しよう。
 これだカラニンゲンは嫌なんダ。


三日目 深夜 日本国床主市郊外 『大東亜重工業 第八資材倉庫』

「起きて!」

 夜中に突然の呼集とは困ったものだ。
 俺は寝入る直前まで体力を消耗させられており、今も疲れが抜けていないというのに。

「奴らですか?」

 腰の拳銃に手をやり、それが確かにあることを確認する。
 続いて枕元の散弾銃とライフル。
 うん、予備弾薬も含めて確かにそこにある。

「ライフル持って、上に来て!急いで!」

 どういうわけだ?
 何か余計なことでも仕出かしやがったのだろうか?
 内心では今すぐ殺すかどうかを悩みつつ、誘導されるがままに二階へと駆け上がる。

「こっち!外よ!」

 おいおい、非常口が開けっ放しじゃないか。
 この女、何を考えたのかドアをきちんと閉めずにいたらしい。
 開けたら閉める、基本だろうが。
 奴らが入ってきたら、こいつを殺したぐらいじゃ収まりがつかない話になるんだぞ。

「ドアはきちんと、おお」

 飛び出した彼女に続いて踊り場に飛び出した俺は、驚くべき光景を目にした。
 川の対岸、そこにある建物の一階が燃えている。
 大火災というほどではないが、このまま放っておけば良くないことになるだろう。
 そこに、奴らがいた。
 暗いのでよくわからないが、少なくとも数十体はいるのではなかろうか。
 炎をものともせずに建物へと押し寄せている。

「またすごい光景ですが、これが何か?」

 周囲全てが燃え盛る市街地から何度も逃げ出そうとしていた俺からすれば、火災などというものは対して目新しいものではない。
 川というか運河を挟んでおよそ200mはあるだろうか。
 あの辺りの建物が全部燃えたとしても心配はいらないだろう。
 奴らもたくさんいるが、別に百体やそこら集まったとしても、あのクソ重いコンテナをどうこうすることはできないだろう。

「どうせここまではこれませんよ。
 まあ、念のため収まるまでは見ておくとしても、そこまで気にすることはないでしょう」

 心配をして損をしたな。
 まあいい、警戒を怠らないのは大切だ。
 例え体力を消耗する結果になったとしても、油断して死ぬよりは余程ましだ。

「よく見て!二階!向かって左の窓!」

 なんだようるさいな。
 俺の内心の呟きに答えるようにして、聞き慣れた銃声が耳に届く。
 少なくとも三丁、恐らく拳銃。
 身を伏せ、ライフルを構えつつ状況を確認する。
 なるほど、燃えている建物の二階に銃火が見える。

「生存者ってわけですね」

 どういうわけだか立ったままの本田に尋ねる。
 こちらを狙っていないとは限らないのに、随分と呑気なものだ。

「あれは間違いなく生存者よ!直ぐに助けに行かないと!」

 今にも階下へ向けて突撃しそうな彼女の腕を掴む。
 一人で勝手に死んでくれるのはありがたいが、この場所がわかるような真似をされては困る。

「落ち着いて、もっとしっかりと状況を確認しましょう」

 その間に死んでくれるとありがたいのだが。
 この状況下に百人の人間を送り込めば、きっと全員が俺の意見に同意してくれるはずだ。
 俺は間違いナク正常ナ考えをシていルし、つまり絶対に狂っテなんかイナいぞ。

「何言ってるの!ああもう!貴方はそうしていなさい!」

 何を血迷ったか彼女は傍らにおいてある散弾銃を掴むと、俺の手を振りほどいて非常階段を駆け下り始めた。
 おいおい、いくらこの辺りは掃除してあるとはいえ、何も考えずに飛び出す奴があるか。
 俺が呆れている間に彼女は下の非常扉を開け、暗い道路へと消えていった。
 さて、どうするか。
 このまま見捨てるもよし、ついていって英雄的行動を取るもよし。
 だが、見捨てるにしても、彼女が復讐に戻ってこないように、きちんと最後を見届けるか、引導を渡してやらなければ危険か。

「まったく、こんな夜中に動こうとするなんて、俺もドこか狂っちマッたのかネ」

 自分の正気を疑うという冗談を楽しみつつ、俺は予備の散弾銃を取りに戻ってから階下へと駆け下りていった。
 非常扉を開けてストッパーをつけると、念の為にガムテープで開閉の有無をわかるように簡単に縛り付け、彼女の後を追うために駆け出す。

「誰か!誰か!誰か!」

 突然現れた人影に散弾銃を向ける、誰何には当然だが応答は無い。
 上半身を狙い発砲、月明かりと対岸の火災ぐらいしか光源はないが、明らかに頭部を吹き飛ばしたことを確認できる。

「あーもう、まだ排除完了できないか」

 まさかとは思うが、俺が見落としている別の場所から入ってきたりはしてないだろうな。
 銃声に心惹かれたのか路上に人影らしいものがいくつか見える。

「人間なら俺の方に向けて走れ!それ以外は全部発砲するぞ!」

 応答はなし、全部奴らか適切な行動が取れないほどに怯えきった人間だ。
 つまり、全部やっつけてしまっても問題はないだろう。
 手短な二体に向けて発砲。
 暗いとはいえこの距離で散弾を外すようであれば俺も引退だ。
 何から引退するかはわからないが、一時的に確保できた前方の空間に退避しつつ再装填。
 左右と後方の安全を素早く確認し、再び前進を再開。
 コンテナまでは直ぐだ。
 
「そこの人!こっちよ!コンテナのところ!
 援護するからフェンスを乗り越えて!」

 余計なことをしてくれる。
 彼らか彼女たちかは知らないが、拳銃で武装している連中が真っ当な生存者である保証がどこにあるというのだ。
 銃火器で武装した暴徒を殺すのは大変なんだぞ。
 内心で怒りに燃えつつも、俺はコンテナまで到達する。

「登りますよ!」

 声をかけつつ立てかけたままの梯子を駆け上がり、登り切るなり梯子を引き上げる。
 コンテナの上に彼女以外の人影はなし。

「勝手に動くな!あの連中が正常な人間だと何故わかる!」

 こちらに向けて笑顔を向けてきた彼女を怒鳴りつける。
 万が一にでも連中が正常な人間であると困るため、今この場で射殺する訳にはいかない。

「そうは言っても来てくれたのね!ありがとう!」

 この女、恐怖か絶望で気が狂ってしまったんじゃないだろうな。
 何をどう考えればこんな危険な行動が取れるんだ。
 糞、狂ったんであれば一人で静かに首を吊ってくれよ。

「話はあと!まずは安全確保!」

 心の中で罵りつつ、コンテナに近い奴らに散弾を喰らわせる。
 上から撃っただけあり、散弾は固まっていた二体の上半身を破壊する。
 次、次、よし、再装填だ。

「弾は持ってきてくれた!?私はもう残りがないの!」

 ああもう、予備弾薬も持たずに散弾銃片手に駆け出すとか止めてくれよ。

「背中のザック!全部散弾です!」

 怒鳴るなり彼女は俺の背中に手を伸ばす。
 できるだけ動かないようにしつつ狙いを付け、装填したばかりの銃弾を発射。
 こんな調子で撃ちまくったらあっという間に弾切れだぞ畜生。

「撃つわよ!」

 糞が!こんな至近距離で外しやがった!
 もう勘弁してくれよ!俺も我慢の限界だぞ!

「ああもう!どうしてこっちに来てくれないの!?」

 それ自体はとても喜ばしいことだというのに、彼女は怒りを隠せない声で苛立たしげに喚く。
 確かに、これだけ盛大に撃ちまくっているのにどうしたことだろう。
 俺たちも危機に瀕した生存者だと思われているのだろうか。
 まあいい、こういう使い方は想定外だが、一応奥の手は持ってきた。
 腰のポーチに手を伸ばし、筒状の物を取り出す。
 そのまま空に向け、底部の紐を引く。
 炸裂音、飛翔音、そして閃光。
 さすがは救難用照明弾だ、きっと遭難中に打ち上げたとしても同じように安心感を与えてくれただろう。
 M257のように100万カンデラとかいう狂った明かりはだせないが、この近隣一体の人間がこの光源を目にしただろう。
 気がつけば銃声は収まっており、微かにだが怒鳴り声のようなものが聞こえる。
 足元も綺麗になったことだし、次はライフルの出番かな。

「こうなれば助けますよ。
 周辺警戒は任せました」

 警戒も忘れて空を見上げる彼女に一言告げると、俺はライフルを構えた。
 スコープの向こうに見えてきた生存者たちは、警察官の格好をしているように見えた。
 やれやれ、あの連中、この時間まで生き延びていられたのか。
 俺は微かに笑みを浮かべると引き金を絞った。
 今までに出会った助けるに値する人物は、恐らくだが全部記憶している。
 その記憶が確かならば、彼らは有能な仲間として役に立ってくれるはずだ。


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