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[24276] 美しい母親たち (感想欄にてアンケート実施中)
Name: nene◆a25d624c ID:4e0df055
Date: 2010/12/05 03:20
「この子を私は育ててみせる! 貴様が私を捨てたこと未来永劫後悔するほどの逸材に育ててみせる! 」




 そう母親になった一人の吸血鬼は宣言し、それを見事に実現して見せた。この物語は本当にただそれだけの話だ。極めて単純な話。一人の女性が深い愛情を持って子供を育て、その子供が巣立っていく話だ。




 始まりは失恋と裏切り。





 ある吸血鬼がとても強い魔法使いに恋をした。一方通行な片思い。二人は長い紛争で荒廃した大地を旅し続けた。寄り添う恋人というよりも仲の良い悪友という表現が適切で、彼らの周りには徐々に仲間が増えてきた。どことなく、彼らは魅力的だったが故に。



 旅の途中に吸血鬼には息子ができた。身籠ることが本来できないはずの彼女に血の繋がった息子ができたのだ。その事実に彼女は歓喜した。



 涙を流し、生まれたばかりの息子を青空に向かって抱き上げ、ただ、喜びの涙を流した。



 それを魔法使いやその仲間は非常に冷めた目で見つめていた。何故なら、吸血鬼の息子は恐ろしい力を持って生まれてしまったからだ。何事にも動じず、大胆に、豪快に、優秀から世界最高の魔法使いになった青年ですら、嫌悪するような力を。



 その魔法使いは大概のことは気にしない器の大きさを持っていたが、それでも吸血鬼の息子の力を嫌悪した。何故なら、その力は彼が止めたいと願っている戦争を永続させる。それは彼が愛した王族の女性の死を意味する。戦争を永続させる効果のある力。そんなな能力を生まれ持った子供はどう生きればいいのだろう。


「ナギ! この子の父親になれ! 私と共にこの子の親に成れ! 一人の女としてお前を愛している! 」

 
 その時の吸血鬼の姿は美しいの一言に尽きるものだった。二十代半ばの外観を保ち、金色の絹の様な髪を腰まで流した姿は。誰もが息を飲むようなそんな光景だった。だが、その誘いを魔法使いは断った。


「ワリィ、俺はもう決めた女がいるんだよ」
「私を選んではくれないのか? 」
「無理だ。俺は姫さんを選ぶ。だから、そのガキをどうにかする」
「奪うというのか!? 私からこの子を!」


 淡白な拒絶。そして、魔法使いは吸血鬼の子供の能力を奪うと宣言した。方法は極めて単純。力の核となっている左目を潰すこと。眼球という人体の主要器官を潰す。


「ふざけるな! 血に狂ったか! 」
「赤ん坊の目を抉るなんて、やりたいわけねえだろうが! 」


 魔法使いとて友人の息子の身体の一部を奪うなどという行為をしたいはずがなかった。だが、その力を排除しなければ彼が愛する女性を救えないという事実がある以上、彼躊躇しない。するわけにはいかない。


 ここで吸血鬼は一つの取引を持ち出した。それは魔法使いが驚愕のあまり杖を落とし、仲間の数人が涙を流すほど壮絶な賭けであり、世界中にこれほどの愛を捧げることができる母親がどこにいるだろうかと思わざるを得ない内容。



 魔法使いは吸血鬼を選ばなかった。彼には他に愛する女性がいたが故に



 吸血鬼は息子を愛した。故に犠牲を払った。残酷な犠牲を。尊い犠牲を。



 まだ言葉を知らない無垢な赤ん坊はただ、母親の腕の中で安らかに眠っていた。




 母親によく似たブロンドの髪が風に揺れ、両目は閉ざされたままだった。



 最終的にお姫様を魔法使いが救い、結ばれた。後に行方不明となるが、彼は幸せで裕福な家庭を築いた。そんな絵に描いた様なハッピーエンド。吸血鬼は魔法使いに殺され、歴史から抹消された。



 少なくとも表向きは。




Will (意志)



 この子が強い意志を持てる子供でありますように。そんな願いを込めて吸血鬼は息子を



ウィル・A・K・マクダウェル


そう名付けた。


これはそんなマクダウェル家の優しくて、歪で、数奇な物語だ。



 無常で、吐いては捨てるほど人が生まれ、死ぬこの世界の中で、人間関係とは脆く、安く、薄い。それは覆しのない事実。だから、ごく稀に人が見せる愛情劇が尊く思える。



 人は生涯に一人しか愛せない。



 自分と後一人だけ。それ以外を選んで、切り捨てる。その結果が生み出した。一つの物語



[24276] 第一話  幼馴染
Name: nene◆a25d624c ID:4e0df055
Date: 2010/11/16 02:12




ウィル・A・K・マクダウェルの人柄を一言で表すなら『不可思議』である。





 基本的に礼儀正しく、温厚な人物であり、素行も良いのだが、時折誰も予想しないような突飛な行動をし、周囲を騒がす。また、団体行動中にいつの間にか居なくなっていたりする。

 外見もそれなりに目立つ。高校一年生でありながら180cm近い長身であり、耳の下まで伸ばしたブロンドの髪と蒼色の目、がっしりとした肩幅、リンクスを連想させる顔立ちと整った平均的なヨーロッパ男性の風貌をしている。日本国内にいればそれなりに際立つ外見だが、彼の幼馴染がその存在感を打ち消していた。



その幼馴染の名を『フェイト・アーウェルンクス』という。



 全体的に白いというのがフェイト・アーウェルンクスを表現するのに適切だ。だが、その心情は混沌としている。カオスという表現が的確に思える。無表情、知的、万能型、美形と女性に好かれる要素の全てを持ち合わせていると言っても過言ではない。


「フェイトさん。私と付き合ってください! 」
「申し訳ないけど僕にはもう心に決めた人がいるんだ」


 告白された場合、彼は必ずこのように辞退する。丁重に頭を下げて断る。無下にせず、手紙による場合一通ごとにきちんと返信を書く。


「フェイトさんの好きな人って誰なんですか? 」
「とても立派な女性で、僕が誰よりも尊敬している人」
「この学校の人ですか? 」
「違うよ」


 毎回同じやりとりに辟易しながらもウィルは無言で親友の背後に回り込んだ。そして、手にしていた椅子を振り被り、振り下ろした。しかし、その攻撃は余裕でかわされてしまう。戯れで双方同意の上なので特に誰も指摘しない。だた、あきれた視線を向けるだけだ。


「なあ、フェイト。頼むから諦めてくれ。親友として心からお願いする。さっきの子も十分可愛かったじゃないか。新しい恋を見つけてくれ。マジで!」
「無理だね」
「これで100回目ぐらいだろうけどさ、諦めろ!俺はお前をお義父さんと呼ぶことは無い!」
「別にお義父さんと呼んでほしいわけじゃない」
「じゃあ、諦めてくれ頼むから!」




 フェイト・アーウェルンクスが好きな女性の名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという。





「僕は初めて恋愛感情を知った。それを捨てることはできないよ」
「別に捨てなくていいから対象を変えて」
「君の妹さんは笑って許してくれたよ」
「冗談だと思ってるんだよ」
「僕は極めて真剣だよ」
「ああ、知ってる。だから、必死に説得してるんだよ」


 つまり、フェイト・アーウェルンクスは高校生でありながら熟女が好きなのであり、しかも、その意中の相手は幼馴染の母親である。


 決して違法というわけではないが、倫理的に問題があると事実は否定できない。


 フェイト・アーウェルンクスのこの常識外の思考がウィルの存在感を酷く薄くしている原因である。しかし、それでも二人は仲の良い親友である。知り合った当初能面の様に無表情だったフェイトがごく普通に微笑むことができるようになったのはウィルのお蔭であり、二人の間には強い絆がある。



 だが、それと自分の母親を恋愛対象とすることを許すかは話は別である。



 苦虫を潰したような顔でウィルは頭をガシガシと掻き、幼馴染と向き合った。毎回のことであり、慣れつつあるもののどうにかしないといけないことである。


「今まで告白してきた人の何が悪かった?」
「何も悪くない。皆それぞれいい人たちだったと思う」
「じゃあ、受け入れてあげろよ」
「中途半端な気持ちだと相手側に失礼だからね」
「母さんに関しては本気」
「何度も言ったよ本気だと」
「うちの妹じゃダメか?」
「彼女が魅力的な女性であることは認めるけど、僕が求める人じゃないよ」


 ウィルには四歳年下の刹那・A・K・マクダウェルという妹がおり、過去に一度雑誌のモデルに抜擢されたほどの美少女なのだが、残念ながらフェイトの恋愛対象とはならなかった。面識はあり、悪い関係ではないのだが所詮兄の友人止まりとなってしまった。


「母さん以外に誰かいない? 」
「いないね」


 そう断言する親友に姿にウィルはガックリと肩を落とした。その姿をクラスメート達は憐みの視線で見つめていた。このように、ウィル・A・K・マクダウェルは苦労人である。極端に運が悪いと言っても過言ではないだろう。しかし、彼には深い愛情を持って単身で育ててくれた母親が常に支えとなってくれている。


 子が親にできる親孝行の一つとして自分なりの幸せを見つけ、親がそれを見ることが挙げられる。


  故にウィル・A・K・マクダウェルは自分が幸せになることで産んでくれた母に恩を返したいと常々思い、そのために積極的に行動している。これはウィル・A・K・マクダウェルが幸せを追及する物語でもある。





 この物語のプロローグはここで一旦中断される。




慈愛深き母親は子供たちの成長を見送り、子供たちは己の幸せを試行錯誤しながら探して行く、その過程と結果の紐解きの始まり。




 そして、自分の母親に惚れている幼馴染にウィル・A・K・マクダウェルが振り回される話の始まりである。



[24276] 第二話 母の日常
Name: nene◆a25d624c ID:4e0df055
Date: 2010/11/27 20:32
 




 儚げなのに脆く見えない。





 その車いすの女性を表現するとそのような矛盾した結果になる。ごく一般的な鉄製の車いすに座っているその姿は白バラのように薄く、陶磁器のように簡単に壊せそうに見える。事実、その白い肌は常人よりも遥かに白く、時折、コホッコホッと苦しそうに咳をする姿を見れば彼女が病を抱えているのは一目瞭然だった。


年は三十代後半といったところだろう。立っていれば腰辺りまで届くであろう金髪は月光でも切り取ったのではないかと思うほどの艶を持ち、凛とした佇まいと抜群のプロポーションを誇るその姿は若い頃モデルだったのではないかと想像を掻き立てさせる。


しかし、そんな肉体美を若干損なうのが常時両目を覆っている白い包帯だった。外から確認することはできないが、そこにあった眼球はもうない。


エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは両目を失っている。両目だけでなく、誰もが吸血鬼の特性として連想する『不老不死』も失った。息子を救うために自分が持っていた大半のモノを対価に差し出した。故に能力のほぼ全てと身体機能の一部を失った。人間よりも早く肉体が劣化し、老いるようになった。若づくりであるため三十代後半程度にしか見えないが、中身はもうかなり限界に近づいていた。


吸血鬼でも人間でもない。ただ、人間よりも脆弱な生物とエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルはなった。たが、それは確固たる彼女の意思に基づくものだった。


自分が得たものと比較すればこんな対価は安すぎると微笑むことができる程度に。


息子に生きて欲しくて両目を差し出した。


足りなかったから、魔力を差し出した。


それでも足りなくて、不老性を差し出した。


まだ足りなくて、魂を削って息子に与えた。


そして、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは一児の母になった。


『力』を失った代わりに本当の家族と『残したい物』を手に入れた。


後に娘ができた。息子と違い、血は繋がっていないが紛れもなく自分の娘だと胸を張って言える。何も生み出せないはずの自分がこの世界に残せる確かなモノが二つもできた。それが何よりも幸せだとエヴァンジェリンは感じていた。



仮に自分の命が後数年で尽きるとしても。



車いすに腰を下ろしたままエヴァンジェリンは優雅にティーカップの中身を飲んでいた。視力を失ったが訓練により日常生活の一般的な行動は自力で行えるようになる人がいるように、彼女もまた訓練を通じて徐々に新たな生活に順応する術を身に着けつつあった。


子を守る母親は強い。今の彼女にこれ程適した表現もそうあるまいと、彼女の体面に座っている男性は眼鏡の奥で目を細めた。無精ひげと丸メガネとスーツがダンディズムを掻き立てる中年の男性だった。その口に火のついたタバコが咥えられていれば実に絵になる光景だっただろう。


「で、人の顔をジロジロと眺める時間は終わったのか、タカミチ? 」
「分かるのかい? 」
「なんとなくそんな気がした。子供たちの場合どんな表情をしているかまで分かる」
「へえ」


 タカミチと呼ばれた男性は微笑ましそうに頷いた。例え直接見ることは叶わなくとも彼女の心はいつだって子供たちのことを思い描いているのだろうと。


「率直に言うぞ。私はもうそろそろ限界だ。長くて3年だ」


 先ほどまでの和やかなお茶会の雰囲気は消え去り、瞬時に空気が重いものと変わった。しかし、エヴァンジェリンの口元は相変わらず儚げな微笑を保ったままだった。そして、テーブルに置かれていた複数の封筒を相手に差し出した。


「タカミチ。私に何かあったらコレを子供たちに」
「ああ、わかったよ」


 乾く喉を潤すためにカップの中身を飲み干そうと手を伸ばしたが指先が震え、掴むことができなかった。何故、彼女はこんなに落ち着いていられるのだろうと。疑問に思うよりも、どうして抵抗せずに緩やかな死を受け入れてしまうのかという憤りが先だった。


「怖くないのかい? 」


 故にこう問うた。気が付けば口が動いていた。


「怖いに決まってる。まだ、刹那の結婚式だって見てないんだぞ」


 自分の娘の花嫁姿でも想像したのか口元の笑みが深まった。


「姑の真似事もしてみたいし、孫も抱いてみたいし、まあ、挙げたらキリが無いな」


 楽しそうに両腕を広げ、指を折りながら数える。自分の子供と何がしたいか。


「だったら、どうして延命処置を受けない! 」
「落ち着けタカミチ」
「落ち着きたいよ! ああ、僕だっていつもみたいに冷静になりたいさ。でも、なんでだい? どうしていつも君なんだい? どうして、いつも、いつも、君が犠牲になる!? なんで!?」

 普段の冷静な表情はすっかり影を潜め、感情のままにテーブルを叩き、怒鳴る相手方に苦笑しつつ、エヴァンジェリンは両手を前に差し出し、手探りで頭部を探し出すと、まるで子供あやす様にポンポンとタカミチの頭を叩いた。


「もう延命処置は受けた。その結果が後3年程度らしい」


 あっさりとそう告げた。まるで今日の献立の内容でも話すかのように。


「まあ、ウィルと刹那がなんとかしてくれるらしいがな」
「はい?」


 唐突に余命を告げた後に何でもなかったかのように、エヴァンジェリンは子供たちの名を口にした。心底嬉しそうに。


「ウィルがな、小さい頃から医者になって私の目を直すのが夢だと言ってるのは前に話したな? あと、刹那の夢は小学校の先生か看護婦だ」
「ああ、聞いたよ20回ぐらい」
「だから、大丈夫だ。私ができる限り長生きすればあの子たちが何とかしくれる」
「そうかい」


 そこには恐れもなく、ただ待っているという感覚の響きで、空気は再び温かみを取り戻した。


「魔法なんて使えなくても、子育てくらいできるものさ。そうだろうタカミチ?」
「その通りだよ」
「さて、そろそろ子供たちが帰ってくるからな。御開きだ」
「わかった。また来るよ。それとコレを」


 分厚い茶色い封筒だけを残してタカミチは部屋を後にした。ああ、彼女は本当にきれいになったなという小さな呟きが彼の口から零れ落ちた。


「お帰り」
「ただいま。母さん」


 足音だけで息子の帰宅を察したエヴァンジェリンはいつものように手招きをするとウィルは大人しくそれに従い、彼女の横で頭を下げた。手探りで息子の顔に触れ、その形を確かめる。それから、安堵したように車いすを起用に動かし、室内に戻っていった。


 双方とも、そして、数時間後に帰宅する刹那も、この日常が長くないことを察していた。



[24276] 第三話 約束
Name: nene◆a25d624c ID:4e0df055
Date: 2010/12/04 03:00




淵の辺りまで水が入ったコップに赤い絵の具を一滴垂らす。





まるで、霧が徐々に広がる様に水の中で赤い糸がユラユラと伸び、コップの中で広がる。




やがて、赤は徐々に薄くなり、水の中に溶けて消える。




蜃気楼の様に広がるその様がウィルは好きだった。




「また、それ? 物好きやなぁ」
「小さい頃、母さんが絵の描き方を教えてくれた時からの気に入ってて、何かコレを見ると落ち着いて描ける」


折り畳みの式の椅子に腰かけたウィルの前には鮮やかな色で飾られたスケッチブックが置かれていた。特に何かを参考に描いたわけではない。思いのままに気に入った色を画用紙にばらまいた様な絵だった。画才があるか否かと聞かれれば大抵の人は無いと答える様な作品だった。


「不器用やな」
「よく言われる」
「でも、うちはウィルはんの絵嫌いやないで、モネみたいで良い感じや」
「どうも」


ウィルの横には、「和」ということが良く似合う女性が寄り添っていた。薄紫の布地に紫陽花が柄として描かれた着物を着ており、真直ぐに下ろされた長い黒髪、丸井レンズの眼鏡が太陽光を反射し白く光っている。名を『天ヶ崎千草』という。


「ほんま、ありがとうな。いつも」
「別に」


 ウィルの表情は無い、ただ、絵の具がゆっくりと溶けたコップの中身を見つめていた。ガラスのカップの反対側には青々と茂る緑の森と水面が濃い緑色に染まった湖が映っていた。


「うちら知り合って何年や?」
「十年と四か月」
「覚えとるん?」
「まあ」


 キンッとウィルの指にはじかれたコップが澄んだ音を立てた。彼の内面を表す様に水面が波立った。


「千草姉さんと初めて会ったのもここだよね?」


 また、絵の具で赤く染まった筆の先端をコップに入れると再度赤が回り出した。これから起こる出来事を暗示するようにカラカラと


「もしも、母さんや刹那が誰かに殺されるようなことがあったら、絶対に犯人を見つけて復讐すると思うだっけ? 最初に俺が言ったの?」
「うちの気持ちを分かってくれたのはウィルはんだけや」
「許せないのは普通のこと」
「せや」
「そうだよね」

 千草という女性は両親を幼い頃失っている。自分のすぐ目の前で、戦渦に巻き込まれて彼女の両親は娘を庇って死亡した。その後、生き延びた千草は関西にある某組織に拾われ、幼年期をその一員として過ごし、偶然にマクダウェル家と出会った。


「誰もうちの話を解ってくれへんかった」


 復讐を誓った彼女を周囲の大人たちはなんとか止めようとし、人殺しはいけないことだと教師は教えを説いた。ご両親のために幸せになりなさいとも言った。だが、目の前で両親を殺害された幼い子供にソレがどれほどひどい言葉だったか。


 復讐はいけないことだと言う。ならば、この痛みは、怒りは、憎悪はどこに向かえと?


 悶々とした気持ちを抱えたまま千草は孤独な日々を過ごしていた。ブクブクと感情が泡立つ音が聞こえるほど、ただ、人を殺し、物を壊す手段を身に着けていく、そして、想いは積もり続ける。


 そんな、ある日、ウィル・A・K・マクダウェルという不可解な存在に出遭った。


「お姉ちゃんはどうして泣いているの?」
「泣いてへん。どこ見とるんや」
「後ろ向いたら元気になれるよ、お姉ちゃん」
「誰もおらへんやん? 何かあるん?」


 頭のおかしい小学生だと思った。外人のくせに日本語がペラペラな変人だというのが千草の抱いた第一印象だった。


「本当に?」
「誰もおらへん。頭可笑しいんとちゃう? 」


 無言で奇妙な少年が指を指したその先に千草は確かに亡くなったはずの両親の姿を見た。そんなことがあり得るはずがないことを千草は理解していた。しかし、そんな彼女の常識を覆す様に、彼女の両親はソコに居た。


 その瞬間を、長いようで短い時間だったと千草は記憶している。


「もしも、僕だったら泣いたままだと思う、千草お姉ちゃんは強いね」
「なんや、復讐はダメやなんて言うんかい? 」


 周りの大人と同じ説教を繰り返すのかという千草の問いに対して、ウィルは首を傾げた。


「僕だったら絶対に許さない。仕返しする。それは凄く普通のことだと思う」
「え?」
「だって、家族は大事だよ。僕はお母さんが大好きだし、妹も好きだよ。もし、酷いことされたら許さないと思う」


 もちろん。それはまだ社会や現実を知らない幼い子供から発された言葉だった。だが、素朴で純粋な疑問であったが故に、千草の心に響いた。



 天ヶ崎千草とウィル・A・K・マクダウェルはこうして知り合った。



 そして、かなりのエヴァンジェリンの体調悪化に伴い、マクダウェル家の面々が地方に引っ越した後も二人は良き友人であり、年の離れた姉と弟のような関係だった。


「あのさ、千草姉さん」
「何や?」


 相変わらず筆を弄りながら、何でもないことの様にウィルは言った。


「俺と結婚してくれない? 俺と結婚を前提に付き合ってほしい」


 二人きり、湖に面した森の中での告白というのは確かに場所的には雰囲気に適しているだろうが、突然このような言葉を聞かされたら驚くのが普通だろう。そして、千草もその例外ではなく、目を真ん丸くしていた。


「本気?」
「こんなこと普通は冗談で言わない」
「これから、人を殺す女と結婚するん?」
「したいと思ってるけど、変?」
「有り得へんやろ」
「そうかな?」
「せや」
「じゃあ、俺が世界最初でいいや」
「お、親御さんが許さへんって!」
「ちゃんと、そのうち話すから。刹那が怖いけど」
「ほ、ホンマにうちでええの?」


コップの中の絵の具が混ざって消える。感情などその程度と言わんばかりに。



「もちろん。俺さ。小さい頃からずっと千草姉さんのことが好きだったんだよ」


 フワリと洗濯物が風で揺られた時の様に、千草の着物が靡いた。唐突に抱き着いたウィルはバランスを崩しそうになりながらも、椅子を支え切った。


「尚更や。うち一人だけ皺くちゃになるのは嫌や」


 悲しそうに、本当に悲しそうにウィルは目を伏せた。カラリとコップの中で底に当たった筆が音を立て、静寂があたりを支配した。


「千草姉さんは、『吸血鬼』になることの意味を解ってないよ」
「せやろうな」
「たまに人間が美味しそうに見える。解る? クラスメートが食料に見える。すぐに回復するから一般人の前では絶対に怪我ができない。アレルギーで誤魔化してるけどニンニク系が一切ダメ。一番嫌なのは、時々、大好きなヒトの血が吸いたくなる」
「うちも美味しそうに見えるん?」
「千草姉さんと木乃香ちゃんは特に美味しそう」


強い女性や異能を持つ女性の血液ほど美味しい。それが吸血鬼には本能的に分かってしまう。故に夜に共に行動するのは危険、愚行以外の何物でもない。本当に食べたくなるのだ。物理的に。


「だから、俺は千草姉さんに人間でいてほしいよ」


 千草は復讐を捨てることをできなかった。おそらく、人間としては正常な感情なのだろう。彼女はある鬼神を復活させることを考えたが、それはウィルに無駄だと諭された。そんな大きなものが迫ってくるのを見れば誰だって逃げる。それに一般人を巻き込む可能性もある。


「うちは吸血鬼になりたい。力がいるんや。お願いや。ほんまにうちのこと好きなら噛んで。飲みたいんやろ? 飲んでえな」


 両親を殺害した相手だけはウィルの『能力』で把握していた。居る場所も分かった。名前も分かった。問題は相手が恐ろしく強いことだった。そして、ウィルの指摘どおり、小山ほどの大きさもある鬼神が接近してきたら逃げるだろうし、逃げるだけの実力を兼ね備えている人物が仇だった。計画は初めから破たん、仮に強制実行したとしても、徒労に終わるのが目に見えていた。


故に、千草は力を求め、吸血鬼になることを望んだ。


「赤ちゃん産めなくなるんだよ。それでも?」
「それでもや」
「俺たちが結婚して、子供が出来て落ち着いてからでもよくない?」
「無理や。それは絶対無理や。エヴァンジェリンさん見とって分かるやろ。子供産んだ後に人殺しなんてできへん」


ウィルは何度も母から子供が産めない体で悩み苦しんだことを聞かされていた。幼い頃から知っていた女性に同じ苦しみを味わってほしいとは思わない。その反面、天ヶ崎千草という女性が復讐を捨てることができず、実行しなければ精神的に破綻してしまうことも理解していた。それほどまでに彼女の憎悪は深かった。


「ウィルはんは何歳くらいまで生きるん? 」
「あと400年は最低でも生きられるらしい。ハーフだから不老じゃなくて一定年齢に達すると成長が止まって、寿命を迎えるまでそのまま」
「だから、うちも吸血鬼にならんと旦那さんを一人で置いて先に逝ってしまうやろ?」
「別に御婆ちゃんになっても気にしないけど」
「うちが嫌やねん」


天ヶ崎千草はウィル・A・K・マクダウェルを慕っている。依存していると言っても過言ではない。端的に言えば、ウィルは不器用だ。鈍いわけではない。頭は決して悪くない。だが、不器用だ。性格的に。手先は器用なのだが。


「不器用で、意味不明で、家族思いで、優しい。そんなとこが大好きや。プロポーズ。ほんま嬉しい。せやから、全部終わったらちゃんと返事させて欲しいわ」


本当に嬉しそうに天ヶ崎千草は微笑んだ。


「復讐を捨てることはできない?」
「ウィルはんの頼みでも無理や。これだけは譲れへん」
「だろうね。同じだしね」

ウィルはため息をついた。ウィルにも殺意を抱いている存在がいる。自分と母親を捨てた父親。どんな理由があったのか、母親はまだ語ってくれない。もし、万が一見つけることがあれば、その時、自分は感情を抑えられるだろうかとウィルは問うた。


「後悔してもしらないよ」


千草の唇がゆっくりとウィルのソレに重なった。


「ウィルはんが幸せにしてくれるやろ?」


 ウィルの唇から覗く犬歯が肌色の皮膚を食い破った。紅い滴を飲み干しながら、ウィルは静かに目を閉じた千草の血を啜った。


「おやすみ。また、二年後にね」


 吸血鬼はただ静かに愛しい人の血を啜り続けた。そして、棺に彼女の体を収め、湖に沈めた。濁った緑色の水面にいつの何か出ていた月が万華鏡のように揺らめいていた。


「さーて、始めますか」


 この日よりちょうど二年後に新たな真祖がこの世に生を受けることとなる。



[24276] 第四話 独白
Name: nene◆a25d624c ID:4e0df055
Date: 2010/12/05 03:16
拝啓、ウィル・A・K・マクダウェル様


長年君と過ごし、君を通じて僕は世界を知ることができた。本当に感謝している。この手紙に僕が君に話していなかったことをいくつか記したいと思う。そして、君にずっと言いたかったことをここに書き記す。



『僕を熟女好きと呼んでいるけど、婚約者の年齢を考えれば、君自身のことじゃないか?』 



 このことを以前から指摘しようと思っていたのだけど中々機会が無かった。僕以外の人からも指摘があったのだが、君は一度自分自身を見直す必要があると思う。君自身の嗜好と僕が毎回告白され、断った後に様々な手段でクラスメート達と行った「制裁」の正当性について、今一度考え直してほしい。


特に君の言動が原因で僕の従者五名のうち三名が世間一般的に『ヤンデレ』と呼ばれる状態に陥ってしまい、残り二名は僕が45歳以上の女性が相手でなければ恋愛感情を抱くことができない特殊な性癖な持ち主であると完全に信じ込んでしまっている件については君の責任を追及したい。戦闘時よりも身近な日常に危機感を抱かずにはいられなくなってしまった。


 この件に関しては君を恨んでいると言っても過言ではない。


 だが、それ以外の全てに関しては感謝している。僕に感情を表現する方法を教えてくれたこと、遊ぶことの重要性を教えてくれたこと、家族との接し方を教えてくれたこと、共に切磋琢磨し技を磨いたこと、僕に日常の大切さを教えてくれたこと、恋愛をするということを教えてくれたこと、僕が君から得た物は他にも数えきれない。


 心より、ありがとう。君がくれたこの心から僕は本当に感謝している。あの件以外は


 僕は君の親友で、パートナーとして長年隣に立てたことを誇りに思っている。それと同時に僕ほど君の横にいてはいけない存在であることを自覚している。君も十分に把握していることだが、通常、吸血鬼は子を宿すことができない。だが、君という例外がいる。



 エヴァンジェリンさんが妊娠できるようになったのは『命(ミコト)』という人物の行動による。君があの『能力』を生まれ持つに至り、君を救うためにエヴァンジェリンさんが全てを失ったのは僕が原因だ。僕が『命』を育てた。



 以前話したように僕は過去に相当数の戦災孤児を保護してきた。『命』はその一人だ。僕が彼女を育て、この世界に解き放った。解き放ってしまった。僕を造った存在ですら畏怖するような化物を僕はこの世に送り出してしまった。


 天才というのが優れた技術や業績、芸術を生み出す存在と定義するのならば、『命』は天才ではない。彼女が生み出した技術は尽くこの世の理から外れた内容であり、災いを振りまくものだった。よって、僕は彼女を『異才』と呼んでいる。既存の常識や方式とは異なるモノを産出すものという意味を込めて。君も彼女と話せばわかると思う、感じると思う。


 次元が違うと


 僕ですら到底理解できないような技術を次々と創造する彼女は次第に手に負えなくなってしまった。この時に僕が、いや、僕らが何等か手段を持って彼女を止めていればと何度後悔したか分からない。でも、僕は彼女を切り捨てることができなかった。あまりにも優秀で、筆舌し難いその能力に誰もが魅了されていた。一番魅了されていたのは間違いなく僕だった。彼女が僕を裏切るその日まで僕は彼女の危険性を十分に認識していなかった。


 結局、僕は彼女について何一つ分かることはなかった。理解できなかった。


 ただ、彼女の技術力は僕の創造を超え、不老不死の吸血鬼に身籠らせるという奇跡まで起こしてしまった。もちろん、無償や善意じゃない。真祖の肉体が『能力』の完成に必要不可欠な条件だったから『命』はエヴァンジェリンさんに子を宿す、機会を与えた。結果として君は先天的にあの『能力』を持って生まれた。


 僕がエヴァンジェリンさんの健康を奪い、君たちの不幸を造った原因だ。


 僕がマクダウェル家の敵を作った。僕が君の母親から光を、視力を奪った。


 あの混乱の中、僕は『命』を逃した。僕は彼女がマクダウェル家の人々に接触を再び図ると予測して、直接エヴァンジェリンさんと交渉した。具体的にどういう過程で『命』と知り合い、君を身籠ったのか、あの『能力』について事前に知っていたのか、そして、何故そこまで自分を犠牲にできるのか全部聞いた。


 全てを知った僕はこの世で動き始めたから初めて、頭を地べたに擦り付けて謝罪した。僕が生み出してしまったモノが純粋に恐ろしかった。僕が初めて抱いた圧倒的な感情は恐怖だった。


「ありがとう。私が親になる機会をくれて」


 僕は君に先天的に恐ろしい兵器を産み付ける原因を作り、彼女の身体機能の大半を奪った。それにも拘わらず、彼女は僕に礼を述べた。母親になることができたのは僕がいたからだと。


 この時に僕は彼女に恋心を抱いたのだと思う。


 僕の表現力ではその時の光景をうまく描写できないだろう。ただ、カーテンから漏れる木漏れ日に照らされ、眠ったままの君をそっと胸に抱くエヴァンジェリンさんの姿が、どんな聖母子像よりも僕には綺麗に見えた。


 君は覚えていないと思う。けど、僕は君が物心のつく前から君の傍にいた。君が僕の名前を知るより早く君のことを知り、一度だけ抱かせてもらったことがある。僕は長い間駆動しているが、赤子を抱いたのはその時が最初だった。僕は『命』を捕獲するため、魔法世界に対する牽制として、4年後、正式に京都からこの地に引っ越してきたマクダウェル家の護衛となった。


「何故、そこまでウィルを愛せるのですか?」
「私がこの子の母親だから」
「僕には分からない」
「そのうち分かるさ」
「なら、護衛として傍で学ばせてほしい」
「なら、ウィルの護衛を頼もう」


 君と同じように成長することで君の護衛がし易くなると判断した僕は肉体年齢を君と同レベルに下げ、君に合わせて上昇させてきた。これは『命』の残した技術の一つだ。


 刹那さんにはチャチャゼロが護衛として付き、君には僕が、エヴァンジェリンさんには僕の部下が交代制で護衛として付いていた。このことは君も気が付いていたと思う。


 君と友人として接するようになったのはいつだったか正直記憶していない。ただ、自分と同等の能力を持った人と切磋琢磨することで見出せる発見の尊さを僕は君から学んだのだと思っている。


 改めて、ありがとう。


エヴァンジェリンさんの許しは得られたものの、僕は『命』を逃してしまった僕自身を今も許せずにいる。だから、あの『能力』を君が背負うことになった一因が僕にあることを君には知っておいてほしい。そのうえで、君のこれからの行動を決めて欲しい。


これが僕の願いだ。


また、いつか会える日を願って、フェイト・アーウェルンクス



「くだらないね」


 自分がたった今書き終えた手紙を前にフェイトは自嘲気味に吐き捨てた。この手紙を読んだとしても、本当に表面的な情報しか伝わらない。だが、いつかエヴァンジェリンが話すであろう事項を勝手に触れるわけにはいかなかった。



「願わくば、マクダウェル家に幸多からんことを」



 白のつぶやきは虚空に消えた。



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