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[24222] Muv-Luv×VF-X2 SHOOT&SHOUT
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2012/11/30 14:01
はじめまして。type.wと申します

まずはじめに、この作品はPCゲームmuv-luvと初代プレステのマクロスゲームVF-X2のクロス作品となります。

これを書くに至ったきっかけは、muv-luvとマクロスをクロスさせた作品が見当たらなかった事でしょう。

まあ、マクロスと言えば歌ですし、最終的に歌でBETAをどうにかされたらmuvluv世界の住人はたまったもんじゃないでしょう。

実際どうにかできちゃいそうな人も存在しますし。
特に、バサラとかバサラとか、あとバサラとか。

そこでVF-Xレイヴンズですよ。
なにぶん古いゲームですので知らない方も居られると思いますが、この作品、マクロスには珍しく歌の要素が殆んどありません。(考えようによっては、音楽という意味ではあるといえばあるのですが)

とにかくこのゲーム、私的にはマクロスの中では一番好きな作品です。
劇中の台詞回しとかメチャクチャカッコいいですしね。

まあ、あの雰囲気を何処まで再現できるか、不安といえば不安ですが……。

さておき気になった方は、拙作ではありますが、読んでやって下さい。



PS
この拙作はmuv-luvはオルタ後、VFX-2はビンディランスルートの作中ではあり得なかった、ギリアム生存バージョンとなっております。
批判の声もあるかとは思いますが、ご容赦ねがいます。




PS2
作者は踏めば潰れちまう卵野郎です。
お読みになる際は、足元に充分ご注意ください。







[24222] プロローグ
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2010/12/25 16:47
プロローグ


意識が覚醒した時に白銀武には一つの確信があった。

――ここは違うと。
この世界は鑑純夏が白銀武の幸せだけを願い、創りあげたはずの……『あの世界』からはじき出された白銀武が還るべき筈だった……自分にとって都合の良い世界とは違う世界なのだと。

確認の為、薄目を開き左右を確認してみるが、居るべき筈の冥夜が居ない。

「……ほらな」

わざと声に出して自嘲気味に嗤う。

「夕呼先生、貴女の仮説は外れたみたいです」

そもそも、本当にここが鑑純夏の望んだ世界なら、武が『あの世界』の記憶を持ち込める筈が無い。あの平和な『元の世界』で武が幸せに過ごす為にはそんなものは邪魔なだけだ。

そう、武は全て憶えている。

BETAや戦術機。恩師や仲間たちの死。00unitとなった幼馴染。トライアルから始まり、熾烈を極めた桜花作戦までの激戦の数々。
そして、悔いを残したまま去らなければならなかった、『あの世界』での別れ。

つぶさに思い返し、こぼれそうになった涙を堪えて、ふと気付く。

「じゃあ、この世界は何なんだ?」

桜花作戦の後、シャトルの中で社霞は言った。因果導体ではなくなったシロガネタケルの、『あの世界』での戦いは終わった、と。
ならばこの世界は、武の死によって閉ざされた、あの世界ではないはずだ。

「まずは確認だな」

言わなくてもいいようなことをいちいち口にするのは、心が不安を訴えているからだと自覚する。
半身を起こし、不安を振り払うように頭を振ると、まずは周囲を見わたしてみる。

「オレの部屋……だよな」

ずいぶんと久しい気もするが、長年過ごした自宅の自室である。見間違えようはずもない。

あとはこの世界が、『元の世界』に近い並行世界であるのか、それとも『あの世界』即ちBETAの存在する世界か――或いは全く未知の世界であるのかを確認しなければならない。
尤も、最後の可能性については確認のしようもないのだが。

「ええい、ままよっ」

武は覚悟を決めて立ち上がると、最も簡単で、かつ確実な方法を選んだ。窓を開け放ったのである。
そこに武が見たものは、大破した撃震の残骸に押し潰される様にして倒壊した幼馴染の生家だった。

「……はは」

武は乾いた笑みを浮かべると、脱力してその場に座り込んでしまった。ある程度覚悟していたとはいえ、これはさすがに堪えた。
確かに武は『あの世界』での最後の時に、ここに残りたいと……残って戦い続けて散っていったみんなの事を誇らしく語り継ぎたいと願った。だが、これは違う。武が願ったのは『あの世界で』戦い続けることであって、似た様な世界で最初からやり直すことを望んだわけではないのだ。

確かに思うことはある。自分がもう少し強ければ皆の死は覆せたのではないか、と。しかし、それを願ってしまえば未来を信じて、その瞬間に命を燃やし尽くした仲間たちに対する最大の侮辱に他ならない。自分はもう、あの青臭くて独りよがりのガキではないのだ。

「まてよ……最初から? 最初っていつになるんだ?」

既に因果導体ではなくなった武は、『あの世界』でのループの縛りは無い筈だ。

「……だとすれば今日が2001年の10月22日ってのも怪しいもんだ」

どうせ誰も聞いていないと開き直って、独り言を続ける武。

「……駄目だな、判断材料が少なすぎる」

しばらく考え込んでいた武だったが、直に匙を投げた。
もともと考えるのは得意ではない上に、現時点では判断材料など皆無に等しい。
それでも自分なりの答えを導き出そうとしたのは、武の成長の顕れである。

「さて、どうするか……っつっても会いにいくしかないよなあ」

自身の身に起こった奇怪な現象を、まがりなりにも解析してくれる人物など武の知り得る限り、後にも先にも一人しか居ない。

香月夕呼、その人である。

彼女に会う以上は武も覚悟を決めねばならない。この世界で戦うにしろ、どうするにしろ、ただで何かをしてくれるような人ではないのだから。幸い手持ちのカードは少なくない。必ずや彼女の興味を引く事だろう。
尤も、信用されるまではそれなりに大変ではあるのだが……。

「よしっ」

自身の頬を両手で挟みこむ様に叩くと、パシンと小気味のいい音がした。
それで武の覚悟は決まった。

懐かしい白陵柊の制服に袖を通すと、ゲームガイをポケットにしまいこむ。

「ま、念の為な」

これを使って遊ぶことはもう無いだろうが、自分の存在の証明には使えるだろう。

その後、武はおそらく二度と帰らないであろう自宅を見て廻った。純夏と競い合った柱の傷も、今はただ懐かしい。
そして玄関で靴を履くと、目を閉じてもう会うことも出来なくなった両親を思い浮かべ、

「白銀武、行って参ります」

そう言って敬礼をしてみせた。
これより赴くのはおそらく死地である。例えこの言葉が届かなくても、せめて想いだけはこの場所に残しておきたかった。

最後にもう一度だけ「行ってきます」といつものように呟くと、ドアノブに手をかけ、振り返らずにドアを開け放ち、この世界での最初の一歩を踏み出した。



――さて。

どれだけ覚悟を決めようが、どれだけ格好をつけようが儘ならないのが人生である。道端の石に躓いて転んでしまい気合を削がれることも珍しくない。

今、この瞬間の武が正にソレである。

武にとってソレは空からやって来た。



戦術機のものではない甲高い給気音とも排気音とも判らない音を耳にした武は、思わず身構えて辺りを見回すが、それらしい物は見当たらない。

「なんだ?」

ふと影が射したかと思うと、それは轟音と突風を引き連れて上空から地上に――武の目の前に舞い降りた。

突風に曝されながらも武は確かに見た。戦闘機のフォルムをしたそれが地上すれすれでエンジンブロックであろう足のような――今はもう完全に鳥のような逆足の形をしている――部位を前方に振り出し急制動をかけ、想像よりも静かに舞い降りたのを。

「な、なんだ! 戦闘機が空からってありえねえだろっ。しかも変形って!」

アメリカや南半球ならいざ知らず、この日本でBETAにレーザー属種がいる限り制空権は完全に奴らのもののはずである。それともこの世界にはBETAは居らず、自分にとって、完全に未知の世界なのかもしれない。

そんな事を武が考えていると、キャノピーと思われる部位が開き、中から黒尽くめの男がヘルメットを脱ぎながらその姿を現した。

若い……二十代半ばぐらいだろう、短く刈り揃えられた金髪の、男の武から見ても精悍な顔立ちの色男の姿がそこにあった。

「あなたは何者ですか? どうしてこんな処に……あ、日本語わかりますか?」

武は内心の動揺を悟られないように、努めて冷静に、かつ事務的な質問を投げかけた。

男は武に視線を向けると、ほんの少しだけ驚いた様な顔を見せると質問には流暢な日本語でこう答えた。

「それは俺も同じ事を訊きたいな、少年。……OK、まずは自己紹介からはじめようか? オレの名はエイジス・フォッカー。新統合軍のバルキリー乗りだ」




これがこの世界の行く末を握る、キーパーソン同士のファーストコンタクトである事を、今はその当人達でさえも知る術はなかった。








はじめてのあとがき

短いながらもプロローグを投稿します。
基本的にはmuv-luv世界の物語になるので、まずは主人公である武を出さなきゃ話にならんだろうと思い、こういう形になりました。

レイヴンズサイドのお話も、武を絡めつつ追々作中で語っていきたいと思います。













[24222] 第一話 Fly Away?
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2010/12/25 16:47
 第一話 Fly Away?



エイジス・フォッカーと名乗る男の言葉に、武の疑問は加速した。

「――え? 新統合軍……って何ですか?」

「ふむ、やはり知らない……か。正確には、新地球統合軍と言って、俺はそこで特務部隊の隊長を務めている。階級は大尉だ。それよりも少年、俺は名乗ったぜ。次は君の番じゃないか?」

武としては、自己紹介自体、同意した憶えもないが、名乗られた以上応えない訳にもいかない。ましてや相手は未知の軍とは言え、大尉階級の人間である。

「は、自分は国連太平洋方面第十一軍A-01部隊所属、白銀武少尉……いえ、元少尉であります」

何もそこまで馬鹿正直に答える必要も無かったのだが、反射的に敬礼をもって応じてしまったのは、長年軍に所属していた人間の性であると言える。

「国連軍? 君は軍属なのか?」

エイジスは武の言葉に何処か戸惑った様ではあったが、一応答礼で応えた。

「……元、であります。今はただの民間人です。それに――」

武は続く言葉を飲み込んだ。
自分がここに居るということは、この世界の白銀武は既に死んでしまっているか、或いは元から存在していない可能性が高い。ならば武の身元を証明出来るもの等何も無い。ましてや異世界から来た、などという荒唐無稽な話を、香月夕呼以外の誰が信じるというのか? 頭がおかしいと思われるのがオチだ。

そう思うからこそ、武は言葉を飲み込み、それ故に、武の言葉を紡ぐように発されたエイジスの言葉に声を無くす。

「それに――自分は異世界の人間なので、戸籍もありません――か?」
「――なっ!?」

今まで感情を押し殺し、なるべく冷静に接してきた武だったが、その一言で全てが無に帰した。
ただ、意外な事に言ったエイジス本人さえも目を丸くしているのはどういう事なのだろうか?

「マジかよ、ったく映画じゃあるまいし」

そう毒づくエイジスに、武は恐る恐る声をかける。

「あの……フォッカー大尉?」

「エイジスで構わない。俺も武と呼ばせてもらうが、いいか?」

武のエイジスに対する第一印象は、軍人然とした人間、だったのだが思ったよりも気さくな人物なのかもしれない。そんなことを提案してきた。

「え? あ、はい」

「なんだ。随分気の抜けた返事だな……まあ、いい。それより武はどこにいくつもりだったんだ? 当てがあるのか?」

武は少し迷ったが正直に話すことにした。お互いの事などまだ何も知らないに等しいが、このエイジス・フォッカーという男は信用出来る気がしたのだ。何の根拠も無いが、自分が信じ続ける限りは、この男は決して自分を裏切らない。
そう思わせる何かが、彼にはあった。

「国連横浜基地の、香月副指令を訪ねるつもりでした。察しがついている様なので正直に言いますが、自分は世界間の移動をしています。一応以前の世界で、その現象については解決したはずなのですが、自分が元居た世界には還れずにこの世界に来てしまいました。そこで以前の世界でも世話になった香月夕呼博士を頼ろうと考えました。博士は多世界解釈の第一人者ですから」

「博士? その人は学者なのか?」

「ええ。一応大佐相当の権限も持ちますが、基本的には学者肌の人間で、多方面の分野において天才的な手腕を発揮する横浜の魔女。もしくは女狐とも呼ばれる油断のならない人ですが」

「成る程ねぇ」

武の説明を聞き終えたエイジスは、腕を組みしばらく何やら考えていたが、なにかを決意したようで武に語りかけてきた。

「武、その予定順延出来ないか?」

「どういうことでしょうか?」

「お前が嘘を吐いていないようだからこちらもぶっちゃけるが、どうやら俺達も世界間を移動しちまった――らしい」

「やっぱり、そうなんですか?」

確信こそ持てなかったが、薄々勘付いていたことだ。

「やっぱりっていうのはどういう事だ」

「大尉は先程、空を飛んで来られましたよね? オレの知るこの世界、正確にはこの世界によく似た世界ですが、そこでは空は人類にとって既に禁忌でした」

「……何故?」

「その世界は、BETAと呼ばれる地球外起源生命による侵略を受けていました。そのBETAが持つ高出力、超精密のレーザーによって人類が有する航空兵力は、尽く無力化されてしまいました。その世界では子供でも知っている様な常識です。
まだ確証こそありませんが、この世界にBETAが存在すると仮定した場合、空を飛ぼうとする人間は余程の命知らずか――」

「――事情を知らない人間のみ、か」

そう呟くエイジスの声には、先程までは感じられなかった怒気が滲みでていた。

後々の話になるが、武はこの時のエイジスの怒りの意味を、嫌と言うほど知る事となる。

「それはともかくとして、どうだろう武、とりあえず俺と一緒に来てもらえないか?」

「何処へでしょうか?」

先程の怒気を隠すように、笑顔で話しかけるエイジスに、武も気付かないふりをして訊きかえす。

「俺たちの艦。マザーレイヴンに、だ」

エイジスの話によると、彼、いや、彼らは母艦もろとも部隊ごと、この世界に転移してしまったらしい。
フォールド航行中の事故だろうとの事だが、武にはフォールド航行というのが何なのか分からない為、とりあえず訊いてみた。

「超空間航法。つまり早い話がワープだな」

武は一瞬我が耳を疑った。

「つまり、その母艦というのは?」

「宇宙船だな」

何でもない事のように反された。

その辺りの世界観の差異についての情報交換を行いつつ、この世界について詳しい話が訊きたい、というのがエイジスの提案である。その上で一緒に横浜に行くという線で、話しは一先ず落ち着いた。

「オレが何のお役に立てるか分かりませんけど」

「情報だけでも助かるさ。何しろ俺たちはこの世界じゃ右も左も分からないからな。――と、ちょっと待ってくれ。通信が入った」

『こちらキャットコー。フォッカー大尉、なにか見つかりましたか?』

「ああ、エイミ。民間人の少年を一人確保した。ギリアムはそこに居るかい?」

通信の音声は武の耳にも届いた。恐らくエイジスが意図的に、武にも聞こえるようにしているのだろう。

『おう、エイジス。そのポイントに民間人だって? どういうことなんだ?」

「ただの民間人じゃないぜ。情報通の民間人さ。詳しくは帰ってから話すが、それよりどうやら悪い予感が当っちまったみたいだぜ」

『……全くSFじゃあるまいし』

「同感だ」

(宇宙船とかワープとかを当たり前みたいに言ってる人達に言われたくねぇなぁ)

と、武は思ったが、ツッコミを入れる勇気は流石になかった。

「とにかく今から連れて帰る。歓迎の準備でもして待っててくれ」

『ああ、盛大に迎えるとしよう。気をつけて帰れよ』

「アイ・サー司令官殿」

そこで通信は途切れ、エイジスが武に向き直る。

「それじゃあ、行きますか。武、乗ってくれ」

「いいですけど、それ二人乗れるんですか」

パッと見た感じ、手狭なコックピットに二人乗れるようには見えなかった。

「基本一人乗りだが、緊急用の補助シートがある。ちょっと狭いがしばらく我慢してくれ。ったく、この俺がこいつに野郎を乗せる日が来ようとはねぇ」

「何か言いました? 大尉」

「いや、別に」

エイジスのぼやきはエンジン音に掻き消され、武の耳には届かなかった。

武がエイジスの手を借りて、補助シートにその身を納めたとき、ふと気付く。

(まさか飛んだりしないよな。さっきあれだけ危険だって言っておいたし)

それでも一抹の不安を拭い去れず、恐る恐る訊いてみた。

「あの、エイジス大尉。……飛びませんよね。この形態でもホバーリングで移動出来るみたいだし」

だが、返ってきた答えは武の期待を大きく裏切るものだった。

「ん? 飛ぶぞ」

言ったそばからキャノピーが閉じて、独特の浮遊感が武を襲う。

「ちょっとおおぉぉぉぉっっ!」

「大丈夫だろ。来る時も撃たれなかったし」

言いながら右手の操縦桿を縦に起こすと、脚部をかたどっていたエンジンブロックが定位置に戻りファイター形態に変形した。

「さあ、行くぜ」

その宣言と共に、今度は左手のスロットルレバーを奥に押し込む。
武は戦闘機の操縦などした事は無いが、その動作の意味は分かる。素人目に見ても、スロットル全開である。

武の身体をかつて経験したことのない加速Gが襲う。


「いいいぃぃぃやああぁあぁぁーっ!!」

思わず嬌声をあげてしまった武を誰が責められようか?



その日、レーザーに撃たれるかもしれない恐怖の中で……。




白銀武は、生まれて初めて音速の壁を突破した。





 あとがき

マザーレイヴンのコールってキャットコーであってるのかなあ?

どなたか、正確な情報を知ってる方がいたら教えて下さい。

あと、武が音速の壁を突破した件についてですが、桜花作戦の軌道降下で体験してね? と、つっこまれる方も居るとは思いますが、スルーの方向でお願いします。
VFに比べれば、凄乃皇四型はロイヤルサルーンの様な安心感もありますしね。












[24222] 第二話 追憶の欠片 
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2010/12/29 07:29
 

「武は以外とタフなんだな」

「……そりゃどーも、です」

武は今、マザーレイヴンの格納庫で四つん這いで力尽き、無様を曝していた。

ならば何故、この状況を見て尚も、エイジスが武をタフだと評したのかといえば、絶対に吐くか、気を失うかをすると思っていたらしい。ご丁寧にも、事前にエチケット袋まで渡されていたのだから、間違いなく確信犯だろう。

戯れにと、かなりのアクロバティック飛行を披露してみせてくれたのだが、武が消耗している理由はそれだけが原因ではない。と言うか主に、いつレーザー属種に撃たれていつ蒸発してしまうか分からない状況による、心身失調による消耗の方が激しかった。

実際、飛行時間は三十分にも満たなかったのだが、武にしてみれば、まるで数万光年の旅をさせられたに等しい。

「あー、すまん。はしゃぎ過ぎた。……立てるか?」

「ええ……なんとか……」

(畜生! やっぱりワザとかっ!!)

言ってやりたかったが、それをするには、今しばらくの時間が必要だった。

「でも、スリリングだったろ?」

「……うっせー」

この時ばかりは階級も歳の差も関係なかったらしい。



 第二話 追憶の欠片 



エイジスに連れられて武が辿り着いたのは、この艦のブリッジと思しき場所だった。

「ようこそ、マザーレイヴンへ。俺がこの艦と部隊を預かる責任者のギリアム・アングレート中佐だ。我々は君を歓迎する」

まず、武を迎えたのは顔に傷を持つ、一目で軍人であると知れる大柄な男が、右手を差し出しながら歩み寄った。
反射的に敬礼するところだったが、差し出された手をを無視するのは礼に失すると思い止まり、その手を握り返した。

「白銀武です。よろしくお願いします」

うむ、と頷くとエイジスに視線を送る。

「ちょっと遅かったんじゃないか。どこで道草食ってたんだ?」

「なあに、武の奴がどうしても俺の格好いいところを見てみたいって言うんでね。ちょっとサービスしてきたのさ」

「そうか」

「嘘吐けぇっ!」

しゃあしゃあとそんなことをのたまうエイジスと、その言葉をうっかり信じそうになるギリアムに、とうとう武のツッコミが炸裂した。
先程のやりとりで、二人の心の距離は、随分と縮まったのかもしれない。

「大丈夫よ、白銀武君。武君、でいいかしら? 誰も隊長の言うことなんて信じちゃいないから。どうせエイジスが調子に乗って馬鹿やったんでしょ。私はスージー・ニュートレット、ヨロシクね、武君」

声のかけられた方に目を向けると、エイジスとお揃いのパイロットスーツに身を包んだ、くせのある赤毛をショートに纏めた、モデルでも通用するかと思われる綺麗なお姉さんがそこにいた。
武としては、「こちらこそ」と返すのが精一杯で目も合わせられそうにない。

「そんなにカワイイ反応すると噛まれるわよ。なにせ彼女じゃじゃ馬だから。ブリジット・スパークよ。よろしく」

「アンタね……」

挨拶もそこそこに、スージーとじゃれ合いはじめたのは、黒髪ショートのこれまた綺麗なお姉さん風の女性だった。
しかし彼女、誰かに似ている気がする。容姿ではなく、なんというか雰囲気が、人をからかうのを至上とする、武のよく知る”あの”中尉殿にそっくりなのだ。
彼女は要注意、と心のメモにそっと書き綴った。

「災難でしたね、白銀君。私はエイミ・クロックスです。宜しくお願いしますね」

申し訳なさ気に声をかけてきたのは、薄緑の髪を背中まで伸ばした、これまた綺麗な女性である。ただあの二人よりは若干幼く見えるが、どこか大人びた印象を受ける。

「よろしくお願いします、えーと、ク、クロックスさん?」

「はい」

一瞬、名前で呼んで良いものかと迷ったが、それを許さないオーラが彼女から滲み出ていた。人当たりはよさそうなのに、ガードは固いのかもしれない。
その「はい」の裏で「良く出来ました」と言われた気がした。

「あまり気にしないでくださいね。いつものことですから」

今度は武と同年代の、茶色の髪を肩の辺りで切り揃えた、可愛らしい少女がニコニコと話しかけてきた。

「いつもの事と言うのは? えーと……」

「クララ・キャレットです。クララって呼んで下さい。その質問のこたえはですね……全部です!」

そう言って笑う彼女のノリは学生に近く、とても軍人には見えなかった。

(つーか、ギリアム中佐以外、軍人に見えねえ……)

正直、ルックスで面子を揃えました、と言われたら信じてしまいそうだ。
ヴァルキリーズで、美人には慣れたつもりの武だったが、外国人だと一味違うのかもしれない。

「自己紹介はその辺でいいだろう」

ギリアムが声をかけると、その場の雰囲気が明らかに変わった。
直前まで軍人には見えなかった皆の顔が、今はもう軍人にしか見えない。

(……凄ぇ)

武とて、軍人の端くれである。これがどういうことか、直に理解した。
つまり、この部隊はギリアム・アングレートという一人の男によって、完全に統率された、一つの生き物だということを。
そればかりか、部外者であるはずの武でさえ、その中に組み込まれてしまった。
あの、ヴァルキリーズでさえこうはいくまい。

(ん? 全員? いくらなんでも、少なすぎじゃないのか?)

発言しづらい空気ではあったが、武は気になった事を訊ねることにした。

「あの、これで全員なんですか?」

「そんな訳あるか。乗組員合わせればかなりの数になるが、いちいち紹介してたら日が暮れちまう。エイミ、ブリジット、クララが戦域管制、パイロットに俺とスージーと、あともう一人居るんだが……おい、ギリアム。そういえばあの野郎、姿が見えないがどうしたんだ?」

「お前が出た後、直に偵察だと飛び出して行ったよ。大方、初めての地球にはしゃいでいるんじゃないか?」

「!? エイジス大尉」

「チッ、拙いな。ここは想像以上にやばいかも知れないってのに。ブリジット、直にあんにゃろうを呼び戻してくれ」

はしやいで飛び回っていた男の台詞とは思えない。――が、今は言っている場合ではない。

『こちらキャットコー。椎野中尉――」

すぐさま応じたブリジットを横目にギリアムが武に問いかける。

「どういうことだ?」

「はい、実は――」

エイジスに聞かせた、この世界の現状を簡単にではあるが、皆にも聞こえるように話す。
説明の最中、どうやら無事だった様子の椎野と呼ばれた男が、モニターに姿を現した。

「どうしたのさ、ブリジット先輩。そんなに慌てて」

「先輩っていうなっ! じゃなく、中尉、この空域は危険です。BETAと呼ばれる地球外起源種が――」

「もしかしてこれのことっスか?」

モニターが切り替わり武にとっては馴染み深い、それ以外の人間にとっては完全に未知の異形の姿がそこにあった。

「BE――TAっ!」

「こいつが? 間違いないのか?」

エイジスの問いかけに、首を縦に振る事で肯定する。

「恭平、今すぐ還ってこい」

「言われなくてもその最中ですよ。十分程度でそちらに戻れるかと」

「キャットコー了解。中尉、気をつけて」

「? ラジャー」

ふう、と息を吐いてから、エイジスが武に語りかけた。

「どうやら、お前に頼らなきゃならなくなったみたいだな。あの野郎が帰ってからでいい、お前の事情を聞かせてくれ」

「はい」

と、力なく答える武だったが、別にそれ程落ち込んでいたわけではない。覚悟は既に決まっていたし、ここにいる面々に比べればショックは少なかったと言える。

――迷っていたのだ

一度は語り継ぐことをあきらめた、仲間たちの生き様を。

――不安なのだ。

何の関係もない、この人達に受け入れてもらえる話なのか、と。

だが、本当は誰かに聞いて欲しかった。
自分の仲間たちは、こんなにもその命を輝かせて散って逝ったのだと。

衛士の流儀に則って、誇らしく胸を張って。

だから――

その顔をあげたとき、迷いや不安の色は消えていた。




「皆さん聞いてください。オレの『あの世界』での戦いの、その全てを」








 あとがき

トーマの奴は死に申した。

トーマのファンの方(いるのか?)まことに申し訳ありません。
トーマをなんとか出そうと思い、彼のいい所を捜してみたのですが、死に様くらいしか思いつかず、彼には退場願いました。

代わりにオリキャラを入れることにしましたが、これは作者が小隊編成を組ませたかったが為の我が儘にすぎません。

吉と出るか凶と出るかは未知数です。

それでも、お付き合い下さる方は、今後ともよろしくお願いします。






































[24222] 第三話 時の川の中で
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/05/27 16:00
白銀武が語る体験談。それは正に、御伽噺である。

そう、それは――

――とてもちいさな

――とてもおおきな

あいとゆうきのおとぎばなし。



第三話 時の川の中で


語るべきことを、全て語り終えた時、武は漸く、自身の顔が涙に濡れていることに気がついた。

「……あれ?」

話している最中は笑顔を保てていたのだが、語り終えたことで、気が緩んでしまったのだ。

「……なんだよ、くそ、止まらねえ」

袖口で涙を拭い続けていると「どうぞ」と、エイミからハンカチが差し出された。
武が礼を言い、それを受け取ろうとした時、何か硬くて大きな物が背中に叩きつけられた。

「馬鹿野郎! そんな顔をする奴があるか。貴様は衛士なのだろうが! だったら笑え。胸を張れ」

振り返るとギリアムの姿がそこにあった。どうやら背中を叩いたのは、彼の大きな掌らしい。

「それが衛士の流儀なのだろう?」

そう言って笑うギリアムの男臭い笑みに、武もつられる様に笑った。

「そうでした。やっぱりオレはまだまだみたいです」

「そうだな、だが今はそれでいい。自分の弱さを認めるのも強さの一つだ。そうやって少しずつ強くなっていけ。それに、戦友の事を語っている時の貴様は、なかなかいい顔をしていたぞ」

武が落ち着いたのを見て、エイジスから声がかかる。

「さて、次は俺達の番だな」

しかし、その言葉に武が待ったをかけた。

「あの……皆さん信じてくれるんですか? 自分で言うのも何ですが、かなり荒唐無稽な話ですよね?」

「信じるも何もねえ……」

「不思議な体験しちゃってるのはお互い様だし」

「がんばりましたね、武くん」

スージー、ブリジット、クララが口々にそう言い、エイミは優しく微笑み、その隣にいる椎野恭平も武と目が合うとただ黙って頷いた。

「ありがとうございます。あの、もう一つ気になっている事があるんですが……どうしてあの時、エイジス大尉はオレの前にいきなり現れたんですか? いくらなんでもタイミングが良過ぎます。まるであそこにオレ……て言うか何かあるのが分かっている様な口ぶりでしたし」

「分かってたんだよ。あれ? 言わなかったか?」

「聞いてません」

それは武と出会った時に最初に問われた事であり、エイジスとしてもはぐらかすつもりはなかった。ただ単に忘れていたのだ。

「私達がフォールド航行のトラブルでここに来てしまったことは聞きましたか?」

「はい」

説明を始めたのはエイミだった。他の面子も、ここは彼女に任せた方が良いと判断したのか、誰も口をはさまない。

「フォールド航行を行うと、その場所には痕跡が残ります。『波』の様なものだと考えて下さい。私達がこの場所にフォールドアウトした時も、当然その痕跡が現れたのですが、ほぼ同時刻に、微弱ではありましたが同様の反応を時空変動レーダーが捉えました。それがあのポイントだったと言う訳です。そこで急遽、エイジス大尉が調査に向かわれたのですが、その場所には貴方がいた、というのが事の顛末です。まさか、人がいるとは考えが及びませんでしたが」

彼女の説明は淀みが無く、非常に分かり易かった。

「え? じゃあ、オレもそのフォールドで、この世界に来たってことですか?」

「ごめんなさい。それは分かりません。生身で人間が単体でフォールドした、なんて話は聞いたことがありませんし」

説明のつかない現象に、どこか申し訳無さそうにそんなことを言う彼女は、恐らく責任感が強いのだろう。

「気にしないでください」

結局、この手の訳の分からない現象に説明をつけられる人間など、武の知り得る限り、香月夕呼をおいて他にないのだ。

「しかし、地球のよりにもよってこの場所とは、なんの因縁なのかねぇ」

「そう言えば、ここって何処なんです? 海の上ってのは分かるんですが」

誰に向けたわけでもなかろうエイジスの呟きに、武が反応する。

「ここは、小笠原諸島沖、南アタリア島近海になる。よし、この場所の因縁も含めて俺達の世界のことを教えてやるよ」

そう言って息巻いたのはエイジスだったが、結局説明を始めたのはエイミ・クロックスだった。

武の中で、彼女の存在が『説明お姉さん』になった瞬間である。



  ◇ ◇ ◇



まず、武が驚かされたのが、彼等はAD2051年の世界から五十年も時を遡ってこの世界へ来たということだ。武自身、時間逆行の経験があるが、精々二~三年で五十年ともなると、流石に未知である。
そして、歴史的差異では、1999年に巨大な宇宙戦艦が地球――今、武の目にしている南アタリア島へ墜落。島の半分を吹き飛ばしたそうだ。
この艦が、文明の進んだ異性人の艦であることが知れると、それを奪い合い、戦乱の時代へ突入した。

人類を二分しての『統合戦争』

そしてその傷痕も癒えぬ間にに始まった、巨大異星人『ゼントラーディー』との間で巻き起こった『第一次星間戦争』
尚、この戦争で、地球上の生命体の99%が死滅。地球も壊滅的被害を負ったという。
しかし、何よりも武を驚かせたのが、戦争を終結に導いた理由である。

「……歌、ですか?」

「はい、歌です」

『文化』を知らないゼントラーディーの一部が、一人の少女の歌に感化され地球側と同盟を結び、共闘することで、敵、基幹艦隊を撃退したのだという。

「まだあるぞ」

「……」

その数十年後の2045年。人類は銀河に広く移民を始めていた。そして人類は再び、宇宙的脅威と遭遇する。
人類を壊滅の危機に追いやった、戦闘種族ゼントラーディーでさえも恐れた『プロトデビルン』と呼ばれる、謎の宇宙生命体である。
この戦争でも、両種族を和平に導いたのは、一介のロックバンドの――

「……また、歌ですか?」

「はい」

武はもう、何と言っていいのかわからず、崩れ落ちそうになる自分の膝を奮い立たせるのが精一杯だった。
そんな武の肩を優しく叩く者がいた。クララ・キャレットである。

「武くん。こんな時は、デカルチャーって言うのが良いと思うよ」

「……そうか。ありがとう、クララ」

武は大きく息を吸い込むと、声の限りに叫ぶ。

「デカルチャァァーーーー!!」

「言わせてどうする」

と、恭平がつっこむ。

「ホントに言うとは思わなかったんですよう」


 ◇ ◇ ◇



「落ち着いたか?」

「ええ、なんとか。ねえ、大尉。あれも歌で何とかなりませんかねえ」

武は何処か虚ろな目で、いまもスクリーンの片隅に映り続けるBETAの静止画像を指差した。

「どうかしら? 君の話だと生命体と言うより土木機械みたいなものなんでしょ?……なんなら、歌ってみれば?」

「……遠慮しときます」

応えたスージーの言葉に、武は力無く項垂れた。

「それよりもこれからのことだ。武、お前は横浜に行くんだったよな?」

「え? あ、はい」

先程からギリアムと何やらこそこそと話していたエイジスが、武に向き直り声をかけてきた。

「まあ、俺達もついていくつもりだが、それよりも武、メシは食ったか?」

突然の話題の転換について行けず、間抜けな声をあげてしまう。

「はあ? いえ、朝から何も食べてませんが」

「それはいけない。軍人は身体が資本だ。まずはメシにしよう。食堂へ行くぞ。そこで、まだ話してない、俺達の部隊のこととか、俺達の活躍をたっぷり聞かせてやろう」

わざとらしいくらいの棒読み台詞での提案であったが、言われてみれば腹が減っているのも事実ではあったし、むしろありがたくのることにした。

「はあ、ではご馳走になります」

瞬間、武の右腕が何者かにガッチリとロックされた。

「そうか、ここは一応軍艦だからな。たいしたもてなしは出来んが、たっぷりと食っていってくれ」

ギリアム・アングレート司令官、その人だった。
武がギリアムを確認して「え?」と声を上げる間に、左腕も同様にロック。

「では行こうか。ここのメシはまあ、たいして美味くはないが、今日は特別だ。天然物でも出してもらうとしよう」

台詞は棒読みのままの、エイジス・フォッカー部隊長である。

レイヴンズの元エースと現エースにロックされては、流石のイスミ・ヴァルキリーズの天才衛士にして、突撃前衛長を努めた白銀武をもってしても為す術はなく。

「なっ、ちょっ……なんなんですか、アンタら!」

「「いいから、いいから」」


引き摺られる様に、連れ去られるのみであった。



 ◇ ◇ ◇



さて、残された面々はというと――

「なんなの、アレ?」

「さあ?」

「なんなんでしょう?」

ブリジット、スージー、クララは、訳が分からず、疑問を素直に言葉にした。

「随分とアイツのこと、気に入ったみたいだね、隊長と指令は」

それは、三人の問いかけの答えではなく、独り言のような恭平の呟きだった。

椎野恭平は戦死した冬麻瞬と、一線を退いたギリアム・アングレートの補充要員として、バンローズ機関から送られてきたレイヴンズの新人パイロットで、名前から分かるように、日本人の血が流れる男である。

見た目も日本人そのもので、黒目の黒髪。身長や体格も成人男性としては平均的で、顔立ちも整ってはいるが、見る人が見ればまあ二枚目? 程度であり、唯一、特徴が在るとすれば、その無造作に伸ばされた前髪で、エイミ・クロックスあたりからは、常々切れ、と催促されている。

一言で言えば”普通に見える男”だった。

因みに初対面時に白銀武は「良かった、普通だ」と、かなり失礼な事を考えていたのは、ここだけの話である。

それはさておき――

「クロックスはどう思う?」

「在り得ると思います」

主文のない問いかけにも、如才なく答える彼女は、本当に優秀である。
だが、訳が分からずに、話にとり残された三人が、当然の様に牙をむく。

「ちょっと、二人だけで分かり合ってんじゃないわよ」

「そうよ、答えないなら統合軍の掲示板に二人はデキてるって書き込むわよ」

「それだけじゃ甘いです。二人の間には既に子供が出来ていて、結婚は秒読み段階だ、と追記すべきです」

スージー、ブリジット、クララの順に詰め寄るが、エイミの対応も手馴れたものである。

「それは困ります」

「クロックス!?」

仮に、気があろうが無かろうが、男にとってはこの手の即答は、地味に傷つくものなのだ。

「まあ、冗談はさておき、指令とフォッカー大尉が、白銀君をレイヴンズに入れようとする可能性について話していました」

「そーゆーことですよー」

態度に微塵の揺らぎも無いエイミに対し、恭平は少しやさぐれていた。

「あー、そゆこと? まあ、ありっちゃありかもね」

「ですねぇ。あの二人が好みそうなかんじです。叩けば伸びる、みたいな?」

「それ以前に彼、周りが放っておかないでしょうね、あの子。モテそうだもの。男にも、女にも」

スージー、クララ、ブリジットの順で口々に感想を洩らすが問題はそこではない。

「問題はさ、司令と隊長が既にこの世界で戦う気満々てことなんだけど」

「「「あ」」」

つまりは、そういうことだ。

白銀武は自分たちが何を言ったところで、この世界に於いて自分の戦いを始めるだろう。それは先程聞いた武の話から、容易に想像する事が出来た。

その武に付き合うと言うことは、否応なしにこの世界の戦いに巻き込まれるということだ。

「ま、俺は構わないんだけどね。皆その辺どう思うのかなって」

本来であれば、ギリアムかエイジス、一歩譲ってスージーが問いかけねばならないような事を、恭平が皆に問いかける。それ自体に大した意味は無い。まだ、そうと決まった訳でもないのだから。

それでも恭平が問わずにはいられなかったのは、皆の覚悟の程を、知りたかったが為に過ぎない。だが、返って来た答えは、自分が所詮新参者だと思わせるだけであった。

「私も構わないわよ。エイジスがそう決めたのなら、私はそれに従うだけね」

スージーが澄ました顔でそう言えば、

「大尉、自分だけ格好つけないでくださいます? 私だってそれでいいわ」

ブリジットが、対抗するように、その言葉に続く。

「私も構いません。今まであの二人に従って、間違ったことなんて一度もありませんから」

クララの心底あの二人を信じている瞳の輝きが、妙に眩しく見えた。

(ちぇっ)

聞くんじゃなかったという思いが、恭平の胸中ををよぎる。
それは、嫉妬にも似た感情だった。
それが果たして信じる者に向けられたものなのか、信じられる者に向けられた者に向けらたものなのかは、自分でも判断がつかなかった。

ただ、もっと早くこの部隊にきていれば、という思いが心に渦巻いていた。

「私もそれで良いと思います。帰還の為の道標も恐らく白銀君が握っていることでしょう。しかし――」

「しかし?」

言いよどむエイミを、同じ言葉を口にすることで先を促す。

「何故お二人は白銀君をVFのパイロットにしようとするのでしょう? 聞けば自分では謙遜していましたが、戦術機の衛士として彼は恐らく一流でしょう? ならば何故ゼロからやり直させる必要があるのか? と、思いまして……」

「ああ、なんだ、そんなことか。あの二人はね、白銀に死んで欲しくないだけなんだと思う。なんだかんだ言っても優しいからね、あの人達は。聞けば戦術機と言う兵器は俺たちの基準からみれば、恐ろしく脆弱だ。『死の八分』なんて言葉があるくらいにね。だからこれは賭けの類になると思うけど、白銀のセンスを信じて、バルキリー乗りの伊呂波をゼロからだろうが叩き込んで救って欲しいんだと思う。信じる戦友と、そして自分自身を」

恭平の言葉に一同が、一様に言葉を失くす――が。

「はあ。椎野中尉は時々妙に鋭いこと言いますよね。……普段はアレですけど」

「アレってなんだ? クララ」

「ま、アレとソレは紙一重って昔から言うし、アンタらしくて良いかもね?」

「それ、褒めてんスか? スージー大尉。つか、絶対馬鹿にしてますよね?」

「あなたも普段からそんな感じなら、さぞかしモテるでしょうに。残念よね……」

「ブリジット先輩まで! なんで残念な子扱いされなきゃならないんスか?」

「……ハァ……」

「クロォーーックスッ!」

そんな感じで恭平がちょっと良いこと言ったくらいでは、この女性陣を黙らせることなど、到底出来はしないのだった。



 ◇ ◇ ◇



しばらくじゃれ合っていると、ギリアムとエイジスが武を伴って帰ってきた。

「なんだ? 随分と賑やかだな……ってなんで恭平は半泣きなんだ?」

「ああ、隊長。なんか俺、謂れのない言葉の暴力に曝されてんスけど、あの女共になんかガツンと言ってやって貰えませんかね?」

「程々にな」

「畜生、アンタに言ったのが間違いだったよ」

エイジス・フォッカー。彼は基本的に女性の味方だった。

ところで武の様子が行く前と、現在とでは随分と変わっていた。主に服装が。
白陵柊の白い学生服を脱ぎ捨て、統合軍の制服。しかも、黒を基調としたレイヴンズ仕様の物に変わっていたのだ。

つまり、そういう事である。

「本日、1300を以って第727独立戦隊VF-Xレイヴンズに配属されました、白銀武少尉であります。以後、宜しくお願いします?」

「なんで、疑問系なの? お前」

「いや、もう、オレにも何がなんだか……」



こうして白銀武はこの世界に於いての、新たな戦いの為の一歩を踏み出した。







 あとがき

今更何を、と、思われるかもしれませんが、私は三人称の文章を書くのがとても苦手です。ちゃんと書けているのかとても不安になります。
なので、後書きや感想の返信等は、のびのび書けてとても安心するtype.wです。

さて、武もレイヴンズ入りして、ようやく物語を動かす事が出来そうです。

武の階級についてですが、私は武に少尉以上の能力があるとは思っていません。
戦闘能力だけが、階級の全てではありませんし、軍という組織において、階級はそれ程軽いものとは思えませんでしたので、このSSでは少尉でいかせてもらいます。

あと、今回の話でエイミがやたら前へでるな、と感じたあなたは実にするどい。
この作品の裏テーマの一つにエイミにもっとスッポトライトを、というのがあります。
これは単に私の「なんでエイミだけデートイベントねえんだよ?」という感情からくるもので、他意はありません。
因みに私はレイヴンズではスージー、muv-luvでは月詠中尉が断然好きです。
あれ? 俺って凛々しいお姉さんが好きなのか?

長々と失礼しました。

さて、次回はいよいよ横浜です。

ps

第二話の前編表記はとり除くことにします。
せっかく副題つけてんだから、それを変えればいいだけじゃね? という事に、遅まきながら気がつきました。
ホント、なにやってんだ? 俺……。











[24222] 第四話 シンセカイ
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/01/28 16:50

その日、香月夕呼の執務室の端末に、一通のメールが届いた。
その内容はこうである。

『本日、貴女の知らない隣の世界の遠い未来より、ワタリガラスが、福音を告げる貴女の守護天使を連れて、そちらに伺います。歓待の準備をしてお待ち下さい。

―新地球統合軍第727独立戦隊VF-Xレイヴンズ一同より―』

実にふざけた内容である。と、言うよりまず意味が分からない。
本来であれば一笑に付す所だが、自分のこの端末のアドレスを知っている者など限られている。セキュリティーも完璧で、まず悪戯ではありえない。
ならば、某かの妨害工作に対する警告ととるべきだろうか? その線が一番現実的であったが、冒頭の一節に興味を惹かれた。

―隣の世界の遠い未来―それこそ他の者が見れば笑い飛ばす所だが、香月夕呼は違った。

(ありえない話じゃない……か)

とにかく、歓待せよとの事だ。それなりの準備をしなければなるまい。おもむろに受話器を取り上げると内線を繋ぐ。

「ああ、ピアティフ? 悪いんだけど、伊隅達を実弾装備で滑走路付近に待機させて頂戴。え? 違う違う。一応念の為に……ね。……そう、よろしく」

何故自分の事を知り、此処に来るのかは分からないが、とにかく準備は整えた。

あとは何が来るのかを、ただ期待して待てば良いだけである。



第四話 シンセカイ


呆れた事にそれは空からやって来た。

前進翼を持つ戦闘機に手足を生やした同型の機体が二機と、見たことも無い戦術機の様な人型の機体が一機。

その周りをA-01の不知火が銃口を向けたまま、ぐるりと包囲していた。いずれも非武装の様だが油断は出来ない。
するとその内の人型をした一機が、実に人間臭い動作で両手を挙げた。
思わず身構える伊隅達だったが、その後の展開は予想外のものだった。

『おいおい、随分手厚い歓迎だな』

『だから言ったんです。あんな怪しい文章を送り付けて、こんな物を乗り付けられればこうなるに決まってるって』

『ハァ……。隊長と司令は映画の見すぎ。どんな対応を期待してたんだか……』

『クロックス。なんで止めなかったんだ』

『私のせいですか? あなただってノリノリで文面を考えていたじゃないですか。それにそもそも本当にメールが送れるとは思っていませんでした』

外部スピーカーを通して聞こえるその声は、いずれも若い男女のもので、まるで、伊隅達のこと等見えていないかのように、口論を始めたのだ。

余裕があるのか、肝が据わっているのか、それともただの馬鹿なのか。
いずれにせよ、伊隅はすっかり毒気が抜かれてしまった。

『伊隅、もういいわ』

一部始終を司令室で見ているであろう、香月夕呼から通信が入った。

「は、本当によろしいので?」

『ええ。彼ら、あたしの大事なお客様よ。丁重にご案内してさしあげて。来賓室でで待つわ』

「了解しました」

いまだに口論を続けている彼等に対し、銃口を下ろしつつ恐る恐るといったようすで話しかける。

「あの。そろそろよろしいですか?」

『お、もういいのかい?』

「は、副司令がお会いになるそうです。ご案内しますので、私について来てください」

『了解した。皆、聞いていたな? 予定通り、俺と武とエイミが行く。スージーと恭平はここで待機だ。機体を無防備にする訳にはいかないからな』

どうやら、人型に乗っているのが部隊長らしいと伊隅があたりをつけた時、それは起こった。目の前の人型が一瞬にしてその姿を変え、残る二機と同様の形に変形したのだ。

「なっ――!!」

伊隅が言葉を失くし呆然としていると、すでに大地に降り立った男女三名がこちらを見上げていた。

「すまないがそろそろ降りてきてくれ。案内役も無しに、勝手に動くわけにもいかないからな」

「……え? あ、はい。速瀬、聞いていたな? 私はこれから彼らを連れて副司令の元へ向かう。彼らも二名ほどここに残るらしい。貴様等も残り、話し相手になって差し上げろ」

『り、了解……』

勿論、言葉通りの意味ではなく、体のいい見張りである。
部下に指示を終え、ハッチを開き管制ユニットを出て、地上へと降り立つと、金髪の優男が伊隅と向かい合った。

「エイジス・フォッカー大尉だ。よろしく頼む」

「伊隅みちる大尉です。こちらこそ、よろしく」

敬礼に答礼を返し、自己紹介を済ますと、同階級と知り伊隅はほんの少しだけ肩の力を抜いた。

「では着いて来て下さい。副司令がお待ちです」


 ◇ ◇ ◇


軽いボディーチェックの後、武達は伊隅に連れられて来賓室に辿り着いた。武自身、横浜基地はそれなりに長いがここに来るのは初めてだった。

「香月副司令、お客様をお連れしました」

インターフォン越しに香月夕呼に語りかける彼女の姿を眺めながら武は考える。
もしも再び彼女に会うことがあれば、自分は泣いてしまうかもしれないと思っていたのだ。そうならなかったのは、ひとえにレイヴンズの皆に話し、受け入れて貰えたからだろう。人に話すと言うのは案外馬鹿に出来ないもので、あれがなかったら、きっと自分は目の前の彼女と、自身の知る佐渡島と共に消えた”伊隅みちる”を混同し泣き崩れていただろう。

「どうした武。入らないのか?」

「あ、はい」

どうやら、物思いに耽りすぎたらしい。慌ててエイジスの後を追う。

そこには武の知る者と寸分違わぬ、国連軍の制服の上に白衣を纏った香月夕呼の姿があった。

自動扉が閉まるのを待って、まずはエイジスが切り出した。

「まずは初めまして香月夕呼博士。自分は新地球統合軍所属第727独立戦隊VF-Xレイヴンズの部隊長を務めています、エイジス・フォッカー大尉であります。艦を離れられずこの場に来れないギリアム・アングレート司令に代わり、ご挨拶申し上げます」

「エイミ・クロックス中尉です。宜しくお願いします」

「白銀武少尉であります」

武は香月夕呼が堅苦しいのを好まないのを知りつつも、取りあえず流れに乗る。

「皆さん、国連軍横浜基地へようこそ。私が当基地の副司令を努める香月夕呼です。以後お見知りおきを。それと、そう堅くならなくて結構ですわ、フォッカー大尉。私は正式な軍人ではありませんし、何より堅苦しいのは苦手ですので」

「そうですか。ではここからはお互い肩の力を抜いて喋る、といのはどうです?」

「そうね、そうしましょ」

エイジスと夕呼はお互い顔を見合わせると、ニヤリと笑い会う。

「先ずは話をする前に二~三、訊きたい事があるのだけれどいいかしら」

「なんなりと」

まず、口火を切ったのは夕呼である。

「これを送りつけてきたのは、あなたたちで間違いないわね」

夕呼が差し出したプリントアウトされた用紙を覗き込むと、成る程、自分たちが送りつけた文面と一字一句違わぬものがそこにあった。

「ええ、間違いなく」

「じゃあ次に、あなた達が乗ってきたあの機体、ステルス機ね?」

「分かりますか?」

「それは、分かるわよ。何しろ帝国のレーダー網を掻い潜って、ウチの基地のレーダーも目視で確認するまで影さえ捉えることが出来なかったんだから」

それは武も初耳である。あの形状でステルスが装備されているなど思いもよらなかった。

「我が軍のあのタイプの可変戦闘機には常備されているもので、とりわけあの機体、VF-19Aエクスカリバーに装備されているものは群を抜いて優秀です」

「……そう。じゃあ最後に……」

夕呼はそう言って一拍間を置くと、武に視線を向けた。

「……あなた、シロガネタケル?……」

来るべき質問が来た、と思った。恐らく夕呼は隣室に社霞を待機させこちらを伺っていることだろう。だとすれば、嘘や下手な誤魔化しは無意味である。

尤も、武にはそんなことをするつもりは、更々ないのだが。

「その質問に答える前に、こちらからも質問、いいでしょうか?」

「なにかしら?」

「今日は何年の何月何日ですか?」

質問の意図は夕呼には分からなかったが、その程度の質問なら答えることなどお安い御用である。

「今日は2001年の7月7日よ」

瞬間、武の頭を鈍器で殴られた様な衝撃が襲った。

自分はどうやら本当にあの因果の螺旋から抜け出せたらしい。

それは良い。しかし、7月7日が彼にとって因縁浅からぬ数字であることも、また確かだった。

その数字に意味など無いのかもしれない。しかし――

7月7日それは……

彼の半身とも言える、幼馴染の誕生日だった。


 ◇ ◇ ◇


退室を命じられた伊隅みちるは、若干拍子抜けした。
てっきりそのまま夕呼の護衛を命じられると思っていたからである。
とは言え命令は命令である。みちるは後ろ髪引かれる思いで、来賓室をあとにした。

あの三人はそんなに信用出来る人物なのだろうか? などと考えながら、通路を重い足取りで歩く。
無理もあるまい。仮にあの三人がどこぞの刺客で、香月夕呼が暗殺でもされれば今、自分たちが関わっている、人類の存亡をかけたオルタネイティヴ第四計画は、たちまち頓挫を余儀なくされるのだ。

痛む頭を押さえながら、原隊と合流すべくみちるが足を向けた先に待っていたものは想像を絶する光景だった。


「だーかーらーあんたたちが何者で、その機体は何なのか教えなさいっていってんのよ」

「機密につき答えられません」

「水月~、もうやめなよ。椎野中尉も困ってるよ」

「ん? 涼宮、別に困ってないぞ。こんなのウチの女共の口撃に比べたら可愛いもんだ」

「ゴメンね、水月。ウチの恭平はちょっとアレなのよね。その内ちゃんと教えるから勘弁してね」

「あ、いえ、ニュートレット大尉。私はその……」

「だから、スージーでいいってば。それよりあんまりアレの相手をしてると……感染るわよ」

「……ホラな」

「お前なんか相手にしていられるか。文句があるならかかってきな」

「む~な~か~た~」

「と、椎野中尉が言っておられました」

「え、俺?」

「潰す」

「美冴さん……」

なんか想像以上に馴染んでいた。

確かに話し相手になれと言い残したのは自分である。その言葉を額面通りに受け取ったのは、果たして彼らか? それとも自分の部下か?
せめて前者であって欲しいと、みちるは願う。

その光景を見ながら、ああ。きっと、香月夕呼はほっといても問題ないな、と漠然と感じた。



それよりもこれ、どう収集つけようか?






 あとがき

今回の話は難産でした。更に短いです。どうも、type.wです。

それというのも、プロット(まあ、そんなに大層な物じゃありませんが)に問題がありました。そこには一言こう書かれていました。

女狐と交渉。

……

ば、馬っ鹿じゃねぇの? そんなん今更確認せんでもわかっとるわい。

ということで、一から話を練らねばならず、書いては消し、書いては消しを繰り返し、こういう形になりました。

なんとか今年中に横浜まで辿り着きましたがいかがだったでしょうか。
次回もまた、

女狐との交渉。

です。





[24222] 第五話 炎に身を焦がして
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/01/02 13:24

「確かにオレはシロガネタケルで間違いありません。しかし、この世界の白銀武でもありません。ここまで言えば、勘の良いあなたのことです。オレが何者なのか察しがつくんじゃないですか? 香月夕呼……先生」

「そう……つまりあなたは――」

「ええ、鑑純夏によって導かれた因果導体……だった男の成れの果てです」



第五話 炎に身を焦がして


「成れの果て? どういうことかしら?」

白銀武が死したこの世界において、目の前の男が本物のシロガネタケルだというのなら、それは多重世界の集合体である因果導体以外にありえないはずである。

「まあ、それは追々話します。オレの話はちょっと長くなりそうなので、まずは彼等の話を聞いてあげてください。ただ、オレはあなたのことをよく知っています。だから先生と呼ぶことを許してください」

「先生? あたしは生徒なんて持った覚えはないけど。まあ、いいわ」

気になることは多々あったが、目の前の新地球統合軍という、在り得ない肩書きを持つ男達の存在を、夕呼としても無視するわけにもいかないのも確かである。
話さないと言っている訳ではない。後々、たっぷり話を聞かせて貰えばいいだけだ。

「では、フォッカー大尉。まずはあなた達の話から聞かせて貰えるかしら?」

夕呼は改めてエイジスに向き直ると、話を促した。

「エイジスで結構ですよ、香月博士。先程の武の言葉ではありませんが、察しの良いあなたのことです、手紙の文面、我々の乗ってきた機体から博士が推測されたように、我々はこの世界、この時代の人間ではありません」

「と、言うと?」

「ここからは、私がご説明します」

武曰く『説明お姉さん』こと、エイミ・クロックスが一歩前に進み出た。

そして淀みなく語られる彼女の説明は、一度聞いた武からしてみても、まるで音声録音を再生しているかのようであり、一言一句違わないのでは? と、思わせるほど正確無比であった。

唯一違ったのは、武の様に途中で余計な茶々を入れなかったことだが、夕呼の瞳から徐々にその光が失われていくのを、武は見逃さなかった。

これはあの魔法の言葉を、今度は自分が教えるべきか? と考えたところで、夕呼が大きく息を吐き、虚空を見上げた。そして、こめかみを揉み解し、再びエイミと向き合った時にはその瞳にいつもの光が戻っていた。

「大変興味深いお話でしたわ。クロックス中尉」

(凄え! 持ち直した! 凄えよ夕呼先生……アンタやっぱり凄えよ!)

武が脆弱過ぎるのか、夕呼が強靭過ぎるのかは分からないが、ともかく夕呼は自分で自身を取り戻した。

「その上でお聞きします。まず、あたしのことを知ったのはそこの白銀からで、あなた方が私に求めるものは、元の世界に還るための方策と、この世界に於いての身の安全の保証、という認識でいいかしら?」

一を聞いて十を知る、と言うほど大げさでは無いが、香月夕呼の頭の回転と柔軟さはどこの世界でも同じらしい。

「概ね間違ってはおりませんが、安全を保障していただく必要はありません。我々に必要なのは身柄の拠り所です」

「どういう事?」

「俺達はここに闘いにきた、と言うことさ。香月副司令殿」

エイミの言葉を引き継ぎ、エイジス・フォッカーが不敵に笑った。


 ◇ ◇ ◇


「あなた達が闘う理由が分からないのだけれど?」

まさか戦闘狂ということはあるまい。目の前の男の瞳にはしっかりと、理性の光が伺えた。

「では伺いますが、我々の帰還の方策を明日までに見つけてくれ、と言われてそれができますか?」

「成る程、無理ね。だからここで戦力になると? あなたはさっき、艦と言っていたけど乗組員の数は?」

「空母ですので、どう少なく見積もっても千名はくだらないかと」

「それこそ無理な話ね。大きな作戦やBETAの侵攻だってそれ程あるわけではないし、いつ見つかるかも分からない方策を探る間、戦力になる”かも”しれない連中をただ遊ばせておく余裕は現在の人類にはない、ってそこの白銀から聞かなかった?」

始まった、と武は思った。
この交渉能力こそが、香月夕呼をして横浜の女狐と言わしめる所以である。
だが、今回ばかりは恐らく空振りに終わるだろう。

「もちろん聞いていますよ。あなたがなんのメリットも無しには動いてくれないであろうこともね。つまり、あなたのメリットになるようなものをこちらが差し出せばいいのでしょう?」

「あら、いったい何を見せてくれるのかしら?」

何故ならば――。

「我々の持つ先進技術。そのほぼ全てをあなたに提供する用意がある……と言ったらどうします?」

こちらには出し惜しみをするつもりがないのだから。

「……例えば?」

夕呼は顔色こそ変えなかったものの、雰囲気が変わった。今まで完全に上から見ていたのに対し、エイジスの言葉以降、同等の立ち位地で聞く姿勢をとったのだ。

「無論、今は渡せない技術というのもありますが、代表的な所でまず、重力制御、熱核エンジン、フォールド技術なんていかがです?」

まさに大盤振る舞いといっていいだろう。

「随分気前がいいのね。それで、もしあたしが断ったらどうするのかしら?」

「そんときゃ、尻尾巻いて地球から逃げ出すだけです。もとの世界には還れなくなりますが、地球よりマシでしょう。幸い二十光年もフォールドすれば、移民可能な惑星もあることですし、そこに新しい楽園でも造るとしますよ」

「あたしが技術だけ受け取って、還る方策を探さない可能性もない、とは考えない?」

「それはないでしょう。あなたは研究者だ。異世界間の移動なんて面白いテーマがあって、相応の技術を手に入れれば、挑んでみたくなって当然ではないですか? 研究だけして技術を渡さない、というのもありえない。俺達はこの世界から見ればただの異物だ。あなたにしてみれば、とっとと出てけってのが本音でしょう?」

夕呼は一度忌々しげに武に視線を向けると、大きく息を吐いた。

「まったく、やりにくいったらないわね。欲のない人間相手に交渉なんてやってられないわよ。いいでしょう、あなた方は、あたしの責任に於いて部隊ごと当横浜基地で預からせてもらうわ」

ついに夕呼が折れた。
それはそうだろう。彼等を受け入れたほうが、夕呼にとってはメリットが大きい。逆に突っ撥ねた場合なにも得られる物が無いのだ。
ただ、少しでも優位な位置に立ちたかったに過ぎない。

「さすが香月博士。聞いてた通りいい女だ」

「アラ、ありがと。で、戦力と言っても実際どのくらいのものなの。それが分からないといまいち使いづらいんだけど」

「実働部隊で可変戦闘機のパイロットが三名、見習いが一名といったところですね」

「ハア? そんなんで一体何が出来るわけ?」

どうやら武もしっかりカウントされているようだ。
まあ、武としても別に納得していないわけではないので、それはいいのだが、香月夕呼はお気に召さなかったようである。

「母艦を含め全戦力をもってすれば、アメリカ程度なら焦土に変えてみせますが? まあ、やりませんがね」

「……」

(笑えねー。全然笑えねー)

何故なら、エイジスが本気で言ってることを武は知っているからだ。
そして、それがまんざら不可能でないことも。

「そんなわけで先程、技術を提供すると言いましたが、それを使うのはオルタネイティヴ第四計画内だけに留めて貰いたい。我々が有する技術は危険な物も多い。これは機密の管理を徹底できるあなたにだからお渡しするのだ、という事をお忘れなく」

エイジスが念を押すが、夕呼にしてみれば言われるまでもないことである。
そんな面白い技術を世界中にばらまけば、BETAなどそっちのけで研究、開発競争が始まってしまうだろう。

「分かってるわよ。それより、オルタネイティヴ計画のことまで知ってるなんてね。それも白銀?」

「ええ、今の我々は或いは現在の香月博士よりその計画について詳しいかもしれませんよ?」

その言葉は流石に聞き捨てならなかった。
すぐさま武に詰め寄ると、その首元を締め上げた。

「ちょっと、どういうことよ! アンタさっき成れの果てがどうとか言ってたわね。言いなさい! 今すぐ言いなさい」

「ちょっ……くるしっ……先生、ギブギブ。言います、言いますから」

慌てて何度も夕呼の腕をタップする武が開放されたのは、今まさに落ちる寸前だった。

「し、死ぬかとおもった……」

「せめて喋ってから死になさい」

「無茶苦茶だよこの人! まあいいです、その前に霞も呼んで下さい。どうせその辺に潜ませてるんでしょ。あいつも無関係じゃありませんから」




さあ、ここからだ。

どうせ一度は地獄に堕ちても、と覚悟したこの身だ。

もう一度その業火に焼かれようとも、恐いものなどなにもない。






 あとがき

明けましておめでとうございます。type.wです。

今回は前回に比べても、更に短いです。こんなに短いのプロローグ以来じゃなかろうか?
そのせいか、、つめこみすぎて逆に薄っぺらくなってしまった感じは否めません。
どうも政戦略が絡むと、己の未熟さを露呈してしまい恥じ入るばかりです。

ところで話は変りますが、元日に実家に顔を覘かせると妹夫婦も遊びにきており、
早速甥っ子にお年玉を催促されました。慌てて手持ちの紙幣をお年玉袋に入れ渡してやると、甥っ子は露骨に舌打ちをして「ありがとう、おじさん」と言ってくれました。
彼はしがない会社員でしかない俺に、一体何を期待したのでしょう? 全くカワイイ奴です。

椎野恭平、満五歳。どうか健やかに育って欲しいものです。
もうお分かりの様に、オリキャラの名前は彼から頂きました。


色々と考えた結果、この話からmuv-luv板へ移ることを決意しました。
今までチラ裏でお付き合いして下さった皆様に心よりの感謝を。
また、板が変わっても変らずにお付き合いくださる方は、これからもよろしくお願いします。
いきなり移るのもどうかと思いましたので、今日の昼過ぎぐらいまではそのままチラ裏に残します。

冬休みも残すところあと三日。このような更新スピードを保てるのもそれまでです。あと、一話ぐらいはいけるでしょうか?

それでは、また次回にお会いしましょう。









[24222] 第六話 幾億分の一の幸せ
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/01/07 01:04

社霞の到着を待って、白銀武は漸く語り出した。

「どこから話したものか悩みますが、結論から言ってしまいましょう。オレはオルタネイティヴ4がオリジナルハイヴのコア“あ号標的”を撃破した世界から転移してきました」

まるで軽いジャブのように放たれた武の言葉はしかし、香月夕呼の急所を的確に捉えた。
再び詰め寄ろうとする夕呼を、武は手を挙げてそれを制した。

「先生の言いたいことは分かります。その辺もちゃんとお話しますので、どうか落ち着いて下さい」

夕呼からすれば、落ち着けなど無理な話である。
本来であれば、銃を突きつけてでも喋らせるところだが、生憎銃など持っていないし、仮に持っていたところでエイジス・フォッカーがそれを許さないだろう。

甚だ不本意ではあるが、話の主導権は完全に白銀武に握られていた。



第六話 幾億分の一の幸せ


「先生が聞きたいのは00unitは完成していたかってことでしょう?」

こちらのことなどお見通しだと言わんばかりの武の言葉に、夕呼の苛立ちは加速する。
夕呼は黙って頷くと、視線だけで先を促した。

「これも結論から言いましょう。確かに00unitは完成しました。そこで質問なのですが、先生は今半導体150億個分の並列処理装置を掌サイズにする段階で躓いている……合ってますか?」

00unit完成の言葉に心が浮き足立ちかける。
しかし自分しか知らない筈の現在オルタネイティヴ4が抱える問題点を指摘され、恐らく隠しても無意味だと悟り、正直に話すことにした。

「! ……そうね、その通りだわ。でもそれが何? その世界で完成したというのなら、あたしにとっても時間の問題のはずよ」

「無理ですね。このまま事態が進めば、あと半年を待たずしてオルタネイティブ4は失敗とみなされ、すぐさまオルタネイティヴ5へ移行して地球は終るでしょう。何故オレがこんなことを知ってるか? と言えば“前の世界”で何度もループして同じ結末を経験したからです。先生が00unitの完成に漕ぎ着けたのはオレの協力を得た最後のループただ一度きりです」

夕呼は激昂しかける心をどうにか落ち着けて、横目で社霞に視線を送る。
霞は目を伏せ、ただ黙って首を小さく左右に振った。
つまり嘘は言っていない。少なくとも本人に、嘘を吐いているつもりは無いということだ。
その結果に夕呼は大きく息を吐いた。

「そう悲観することもありませんよ。結局理論と数式を完成させたのも、夕呼先生自身なんですから。これ、どういうことか解ります?」

その言葉を香月夕呼は挑戦と受け取った。
いつまでもこんなガキに、舐められたままではいられないのだ。

「フン、そういうこと。つまり多重世界の集合体であるあなたの中に、理論と数式の完成に辿り着いたあたしも居たわけね。そこでその世界に於いて、存在が希薄なあなたを“確立の霧”の状態に戻すことで理論と数式の回収を行わせたのね」

「さすがです先生。まったくもってその通りですよ。でもそうなるとこの世界では問題がありまして……オレは“あの世界”ですでに因果導体ではなくなった筈なんですが、理論の回収って出来るもんなんでしょうか」

夕呼の答えに武が素直に賞賛の言葉を送る。
しかし、夕呼にしてみれば武の話から情報が揃い過ぎていて、答えを導き出すのはそう難しいことではなかった。
ただ彼の言葉の中に、聞き捨てならないものがあった。

「白銀、あなた自分が因果導体ではなくなったことを証明できる?」

「確たる証拠はありませんが一応は。“あの世界”でオレを因果導体としていた“原因”である“鑑純夏”の消失によって“結果”であったオレは“あの世界”から弾き出されましたから。これは“あの世界”の夕呼先生の話を踏まえた上でのことなので間違いないと思います」

「成る程ね」

そういうことなら確かに白銀武はもう、因果導体ではないのだろう。
では、現在の彼は一体何なのだろうか?

「あの、先生。結局今のオレってどういう状態なんでしょう?」

今まさに考えていることを尋ねてくる白銀を視線で制し、顎に手を添えて目を瞑ると思考の海に埋没した。
しばらくして目を開けた時には、某かの答えを得たのか、フッと息を吐き武に問いかけた。

「白銀、あなた自分が“元居た世界”の記憶はどれくらい残ってる?」

「……え?……あれ? なんだコレ? 思い出せないんですけど、これってどういうことなんですか?」

“あの世界”でも関わりのあった人物の記憶は残っているのだが、それ以外……例えばクラスメイトやご近所さんは、顔や名前も思い出せなかった。

「仮説でよければ話すけど、聞く?」

「お願いします」

「あなたの言う“あの世界”から“シロガネタケル”が弾き出された時、その何割か、おそらく半分程度は、本来還るべき世界に還ったはずよ。その時に不要だと取りこぼされたのが今のあなただとあたしは考えるわ。恐らくあなたに“元居た世界”の記憶が無いように、還ったシロガネタケルには“あの世界”の記憶は殆ど残っていないはずよ。まったく、成れの果てとは言いえて妙だったわね。そして、ここから先は仮説ですらなく只の推論になるのだけれど……」

「聞かせてください」

残酷とも言える現実を淡々と告げる夕呼だが、武にとっては今更である。
今にして思えば、こういう時こそ夕呼は今のような態度をとっていた気がする。
まるで自分を恨めとばかりに。

優しい人なのだ、本当は。
だからこそ、全ての業罪を独りで背負い込もうとする。
損な性格だと、武は思う。

「好きじゃないのよねえ、憶測で物を言うの。まあ聞きたいって言うなら話すけど。白銀、“あの世界”のあたしに人の意志の力の話はきいたことない?」

「はい、世界の在り方は人の意志が大きく影響する、という話を聞いたことがあります」

武にしてみれば、つい先程の話だ。忘れよう筈が無い。

「そう、そして世界に意志を投影する力は誰もが持つものではない。あなたを因果導体にすることで“鑑純夏”の資質の高さは証明されたけど、仮にもし、あなた自身の資質が“鑑純夏”に比するか、或いは凌駕するとしたら? あなたが無意識の内にでも戦いを求めていたのだとしたら、似たようなこの世界にあなたが現れてもそれ程不思議じゃないと思うけど? 尤も、それには某かの外的要因が必要になってくるのだけれど」

「その外的要因と言うのは、我々のフォールド事故のことでしょうか?」

それまで聞き役に徹していたエイミ・クロックスである。

「それは、判らないわ。言ったでしょ、ただの推論だって。まあ、これを幸せととるか、不幸ととるかは白銀次第だけど」

「オレは……」

武は考える。

確かに取りこぼされたという意味では、今の自分は不幸なのだろう。
だが、果たして本当にそうか? 武自身やり直しなど望んでいなかったが、また、あの戦友達と肩を並べて戦えるのであれば、それは願っても無いことである。

「オレは幸せですよ。こうして別人とは言え、先生や霞とも会えましたし。なによりこんなオレを仲間だと言って受け入れてくれる人達もいます」

そこにいる面々を一人一人見渡し陰りのない笑顔で告げた。

「だからオレは幸せです」


例えそこに、戦いの記憶しか残らなかったとしても。


 ◇ ◇ ◇


結局、理論の回収については、世界間の移動がエイジス達の要求と一致する為に、また後日改めて話しあう運びとなった。

すると、それまで会話の輪から離れていた社霞が武に歩み寄り、その袖口をグイグイと引っ張り始めた。

「どうした、霞」

「……行きます」

「何処に?」

武がそう問うと、霞は目に見えてその表情を曇らせ、相変わらずいかなる理屈をもって動いているのか分からないが、その兎の耳を模した髪飾りが力無く垂れ下がった。

「……約束、しました。真っ先に会いに行くって」

「――あ!」

そこで思い出した。
確かに武はあの“あ号標的”のまえに危機に陥った時、もう一度やり直しがあるなら、真っ先に純夏に会いに行くことを約束したのだ。
霞は恐らく、リーディングでその事を読み取ったのだろう。

武がそう思い至ると、それを肯定するかの様に霞の髪飾りが大きく跳ね、袖口を引っ張るその手に力が漲った。

「まいったな、まだ話は終ってないし……先生?」

まさか霞を振り払う訳にもいかず、夕呼に丸投げした。

「まあいいわ。訊きたいことはまだあるけど、今日はもう遅いし続きはまた今度にしましょ」

「それで、いつ我々は横浜に入れますか?」

「そうですね、明日の昼過ぎには横浜に入れるように、関係各所に根回しをしておきましょう」

「そのときは香月博士も是非一度、我々の艦にいらしてください。歓迎しますよ」

「考えておくわ」

意外にも夕呼はあっさりと切り上げた。
武としても、まだ話しておかなければならないことは、山ほど在ったのだが、すでにエイジスと夕呼は話を締めにかかっていた。

「それで、白銀。あんたこれからどうするの?」

「え? あ、はい。これから一度、純夏に顔を見せに行きたいんですけど……もしかして駄目ですか?」

「馬っ鹿ねえ、まあ鑑の方は好きになさい。これからあなたはレイヴンズに残るのか、それとも横浜に来るのかってことよ。こっちに来るなら大尉待遇でA-01に迎えてもいいけど?」

この言葉には武もさすがに驚いた。
なにしろ“あの世界”では初対面時に信用を勝ち取ることが出来ず、必ず訓練兵からのスタートだったのだから。

まあ、あの時と比べれば、武の持つ情報の量も質も桁違いではあるのだが。

「身に余る光栄ですが、遠慮しておきます。オレはレイヴンズと行きます。オレはまだそんな器じゃありませんし、彼等と行くことでしか学べない事を学びたいと思っていますので。でも、オレの力が必要な時はいつでも言って下さい。これはエイジス大尉や、ギリアム司令とも話し合って、既に許可は頂いています」

「……そ、エイジス大尉もそれでいいかしら?」

「構いませんよ。まあ、こちらもアイツを鍛え上げねばなりませんので、こちらの時間の許す限りであれば、精々扱き使ってやって下さい」

何か聞き捨てならない事を聞いた気がするが、恐らく考えたら負けであろう。

ふと気がつくと、袖口に感じていた抵抗がおさまっていた。
気になって横に顔を向けると、霞が肩で息を吐きながら蹲っていた。

「わ、悪い霞。大丈夫かー?」

「……ハア、ハア……つ、疲れました……」


相変わらずの体力の無さだった。


 ◇ ◇ ◇


エレベーター前でエイジス達と別れた武は、シリンダールームで“鑑純夏”と向き合っていた。
本当はエイジス達も同行を許可されたのだが、恐らく気を使って遠慮したのだろう。

(来るのが遅れちまってゴメンな、純夏)

シリンダーに額を押し付けるようにして、胸の中で語りかける。

(オレはお前の望んだ“白銀武”じゃないし、お前もオレの愛した“鑑純夏”じゃあない。でも、オレはお前にもう一度会えて嬉しいよ。……オレはまた、お前を殺す片棒を担いじまうかもしれない。その時は許してくれとは言わないけどさ、嘘でも良いから一度だけでもオレに微笑みかけて欲しい……駄目か?)

そこまで思うと、武はシリンダーから身を離した。

「じゃあな、純夏。また来るよ」

そう締めくくると、扉付近で待機していた霞の元へ歩み寄る。

「霞も来りゃ良かったのに。ああ、もう霞って呼んじまってるけどいいかな?」

「……構いません。あなたは私を知っていますから」

「そうだけどさ、こういうのは最初が肝心なんだよ。もう自己紹介はさっき済ませちまったけど、オレは白銀武だ。改めて宜しくな」

そう言って霞の手を取ると、強引に握手を交わした。

「思い出、一杯作ろうな」

霞の望みを知る武は、笑顔でそう言った。

「……思い出、知りません。……私にも出来ますか?」

「ああ、出来るさ。そうだ、海にも一緒に行こう。純夏と三人でな」

「……海、見たこと無いです。見てみたいです」

武は「ああ」と言いながら霞の頭を優しく撫でた。

「おっ、そうだ。ニンジンも食べられる様になろうな?」

「……」

そう提案すると霞の表情は、見る間に悲しみの様なものを浮かべ、当然のようにそのウサ耳もシオシオと力を無くしていった。

そこまで嫌か? と思わなくも無いが、とりあえずエールを送る。

「まあ、追々頑張ろう」

「……はい」

とりあえず、言質はとった。

武は満足気に頷くと、「またな」と告げて扉を開いた。

「白銀さん……またね」

扉をくぐりかけた武の足が止まる。
まさかこの時点で、その言葉が霞の口から聞けるとは思わなかったのだ。
恐らくは武の記憶から読み取ったのだろうが、そんなことはどうでもよかった。

武は嬉しくなって、笑顔で霞に向き直り、

「ああ、またな」

と言ってシリンダールームを後にした。


 ◇ ◇ ◇


エイジス達と合流した武は、滑走路に向かう途中、遠目に見える居並ぶA-01の不知火を眺め、小さな違和感を感じた。
数が合わないのだ。だが、すぐにその理由を察した。

この時期ヴァルキリーズは、207Bはおろか207Aも任官していないのだ。

不知火の数は全部で七機。残る三機に武の知らない先任の衛士が乗っているのだろう。

そんなことを考えながら武達が滑走路に辿り着くと、そこにはなんとも感慨深い顔ぶれが揃っていた。


何かを悔いるように虚空を見上げる伊隅みちる。

まるで何かをやり遂げたような得意げな顔の宗像美冴。

それを嗜めるように詰め寄っている風間祷子。

何故かその周りで妙にオタオタしている涼宮遙。

そして、椎野恭平をネック・ハンギング・ツリーで締め上げている我等が突撃前衛長、速瀬水月の姿がそこにはあった。

「――って! うおぉぉぉーーい! なにコレ? なにこの状況! 一体なにがあったんですか? 伊隅大尉!」

「し、白銀少尉か? い、いや、私は止めたんだぞ、本当だぞ。だが、ニュートレット大尉が、もうおさまらないから放っておけと……」

慌ててみちるに詰め寄る武に、いまだに武をどう扱えばいいのか分からないみちるは、どもりながらも答えてくれた。

「スージー大尉?」

「始めは一方的に水月が突っかかって、それを恭平がのらりくらりとかわしてたのよ。そこに美冴が水月を煽りだしてね、そんな遣り取りを何回か繰り返してたら水月が完全にキレちゃったの。激昂した水月を止めるのはもう不可能だと判断した私は言ってあげたのよ。やっちまいな……てね。面白いでしょ?」

面白いかと問われれば、確かに面白いのだが、ちょっと面白いではすまない状況になりつつあるのもまた確かである。

(だって、椎野中尉の顔、土気色になっているしね)

「いるしね、じゃねえよ!」

丁度その時、完全におちた恭平がポイっと棄てられ、水月の「よっしゃ」という勝鬨がこだました。

「相変わらず弱っちいな、アイツ」

「椎野中尉、何故か喧嘩はからっきしですからね」

「え? 見るべきところはそこですか?」

微妙にポイントのずれたエイジスとエイミの感想に、武の突込みが重ねられた。


その状況を眺めつつ武は、ああ、これがこれからの自分の日常になるのだな、と、絶対に当るであろう予感を胸に感じていた。


 ◇ ◇ ◇


そのころ、香月夕呼は今日の出来事を思い返していた。

まずはレイヴンズ。

彼等から得た物は、まずは上々と言えるだろう。
彼らの持つ先進技術がどれ程の物かは未知数ではあるが、額面通りの物なら必ず役に立つだろう。

しかし彼等、情報に対する認識、と言うかガードが甘いような気がする。
統一政権下による一局主導体制の弊害なのか、とにかく政敵が少ないのだろう。

未来の技術を盛込んだ空母などでこの横浜に乗り込めば、まず帝国が黙ってはいない。その情報が世界中に散らばるのも時間の問題だろう。

確かに香月夕呼は、約束は守る。彼等から得た物は決して外部に洩らさない。
しかし、彼等自身がそれを守りきれるかどうかまでは、夕呼の知ったことではないのだ。

むしろ夕呼としては、世界各国が彼らと接触を取ろうとしたときに、そのパイプ役となって、より多くの利益をえることも不可能ではない。

つまり下手さえ打たなければ、夕呼にとってはどう転んでも損は無いのである。


次に、白銀武。

彼は危険である。
正確には彼の持つ情報が、である。

恐らく今日話さなかったことの中にも、夕呼も知り得ない、或いは世界中を震撼させ得る情報も、彼の手には握られているかもしれないのだ。

知らなかった事とは言え、レイヴンズに彼を取られたのは夕呼にとっては痛恨の一事と言えた。
出来れば手元に置いておきたかった。
レイヴンズの何が、白銀の琴線に触れたのかは知らないが、彼はレイヴンズを随分信頼しているようだ。
大尉待遇という餌をぶら下げたが、見向きもしなかった。

とは言え、彼はこちらに協力的である。
上手く使えば、必ずや自分の追い風となってくれるだろう。


「どうやら忙しくなりそうね」


香月夕呼は独り極東の片隅で、世界が動き出す音を聞いた。






 あとがき

一話あたりの文章量が一定しません。どうもtype.wです。

何だか今回はいっぱい文字を打ち込んだような気がします。気のせいでしょうか?

しかしまさか、前置きとも言えるこの段階で、プロローグ含めて七話もかかるとは思ってもみませんでした。
あえて章分けはしていませんが、ここまでが第一章と考えて貰えばよろしいかと。


「俺達の戦いはこれからだ!」


って感じです。


PS

ここから更新速度がガクッと落ちると思いますが、別に打ち切りではありません。








[24222] 第七話 賽は投げられた
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/01/11 16:23

――空を飛んでみたくはないか?

そう武に尋ねたのは、エイジスとギリアム果たしてどちらだったのか?
残念ながら武は、目の前の“合成”の二文字がつかない鯖味噌定食に夢中になりすぎて、思い至ることが出来なかった。

「……空、ですか?」

考えてもみたことも無い、と言えば嘘になる。

男だったら誰でも一度は夢に見るのではないだろうか?

例えば武も幼い頃ヒーローに憧れた。
大空を自由に飛びまわり、弱い物を助ける正義のヒーローだ。

しばらく時間が経つと、それがフィクションの世界の作り物だと気付き、もう少しだけ現実的な夢を見る様になる。大金持ちだの、総理大臣だのが現実的な夢かどうかはともかく、その夢の中に飛行機のパイロットというのも確かにあった。

更に時間が過ぎ、夢見る子供の時間が終ると、そんな思いも徐々に薄れていった。
否、薄れたわけではない。諦めたのだ。それを為すためには、並々ならぬ努力が必要だと知り、容易にその夢を手放したのだ。

思い返せば、武は夢の為への努力というものをしたことが無い。
惰性で生きていた“元の世界”に居た頃はおろか、“あの世界”において戦術機の衛士になったのも、必要に迫られたところが大きい。

そんな武にこの男達は問うのだ。夢を叶えてみないか?……と。

「お前が望むなら、俺達が貴様に翼を与えてやろう」

そう言われた時、武の心臓が大きく跳ねた。
諦めていた夢が首を擡げ、胸の奥に小さな火が灯るのを否定出来ない自分がいる。

確かに戦術機でも跳ぶことはできる。しかし、エイジスの操るVFの機動をその身で体感した今となっては、比較するのも馬鹿らしいほどに別物だ。

しかも彼らの機体はただの戦闘機というだけではなく、高機動戦闘に優れたガウォーク形態や、近接戦闘に特化したバトロイド形態への三段変形も可能だと言う。
決して戦術機に見劣りしないどころか、今しがた聞かされた彼らの持つオーバーテクノロジーを考えれば、遙に凌駕するだろう。戦う力としても申し分ない。

更に彼らは、武の戦いが終るまで……つまり、地球上から全てのハイヴを駆逐するまで武に付き合うつもりがあるらしい。

「オレに出来るでしょうか?」

気が付けば、武はそんな言葉を口にしていた。
そこに否定的な意味合いはなく、むしろ願望のような物が織り交ざり、声の震えを抑えることが出来なかった。

「心配はいらん。幸い貴様は戦術機という機動兵器の扱いに長けている。あとは俺達が基礎からみっちりバルキリー乗りの真髄を貴様に叩き込んでやる。……どうだ、やってみるか?」

ギリアムの言葉に武は反射的に「はい」と答えていた。
正直、ヴァルキリーズの仲間達に未練が無い訳ではない。
だがこの時ばかりは、己の欲求が勝った。
なにも考えていなかったと言ってもいい。いや、考えられなかったのだ。

我に返った時には、武はレイヴンズの一員となっていた。

後悔はしていない。武は病を患ってしまっただけなのだ。エイジス曰く『空を飛びたい病』である。

とにかくこの瞬間から、武は空ばかりを見上げるようになる。

蒼く果てない大空に、その想いを馳せて。



第七話 賽は投げられた


明けて翌日。

今まさに横浜に入ろうかというマザーレイヴンを出迎えたのは、黒山の人だかり……らしい。
らしいというのは、それを確認したのが椎野恭平ただ一人だからである。
武などから見ればまだ陸地は遠く、漸く横浜港が形として見えてきた程度である。

「あの、バルキリー乗りって皆そんなに目が良いんですか?」

「ンな訳ないでしょ、恭平は特別よ。なにしろ恭平の静止視力は軽く7.0とか超えるらしいからね。パイロットに必要なのは動体視力よ。尤も恭平はそっちもハンパじゃないけどね」

武の疑問を否定してくれたのはスージーである。肯定されていたら、早速夢潰えるところだった。

「さすがに顔までは確認出来ないけどね。でも軍事関係者が多いみたいだ。お揃いの制服を着てるのが二種類……国連軍と帝国軍ってやつかな? それと白銀、あの黒白赤青黄とカラフルなのは、なにレンジャーの方々だ?」

「……いや、なにレンジャーて。気持ちは分からなくもないですけど……って斯衛軍?! しかも蒼までいるのかよ!」

事情の分からないレイヴンズの面々に、武が軽くではあるが斯衛について説明する。とはいえ武にしたところで面識のある人間が斯衛にいたというだけで、その実情までを詳細に語れるほど詳しいわけではない。あくまで一般常識の範囲でしか語れないが、それでも蒼というのは、将軍家に連なる五摂家の人間にしかその身に纏う事を許されない、特別な色だということは知っていた。

「そりゃまた、えらく注目されてるみたいだねえ」

「注目というより警戒といった感じだな。香月博士が俺達のことをどう説明したのかは分からんが、あえてそのまま言ったのだとしたら、余程の能天気でもなけりゃ警戒ぐらいはするだろうさ」

「映像、出ます」

呑気ともとれるエイジスの呟きに、ギリアムが応じる。そして武に確認させるためだろう、クララが望遠で捉えた映像をモニターに映し出す。

「うあ。ホントに蒼までいるし。それにあの赤を着た妙にガタイのいいオッサンは、もしかして紅蓮大将じゃないのか?」

武も会ったことはおろか見たことすらないが、音に聞こえた極東最強と謳われる衛士の噂は耳にしたことがある。もし自分の予想が当っているとしたら、成る程、随分警戒されているのだろう。その後ろに見える各色取り揃えた武御雷や、帝国本土防衛軍のものであろう漆黒の不知火がその事実を雄弁に物語っていた。

(てことは、沙霧大尉もいるかもしれないな。下手すりゃ榊首相……委員長の親父さんまでいるんじゃないか? ったく、どれだけオールスターで出迎えりゃ気が済むんだよ?)

無論ではあるが、香月夕呼や、蒼穹の不知火こそ見えないが彼女の護衛の為か、伊隅みちるや速瀬水月の姿も確認できた。

「ある程度は覚悟していたが、まさかこれ程とはね」

「ああ、こんな時、バンローズの奴が居れば、と思わずにはいられんな」

エイジスとギリアムのぼやきに、聞き慣れない名前が出て来たが、恐らくその手の交渉事に強い人物なのだろう。武としても、そんなに頼もしい人物が居るのなら、是非今すぐ目の前に現れて欲しい……。

これからのことを考えると、そう思わずにはいられなかった。


 ◇ ◇ ◇


一方、レイヴンズを出迎えた香月夕呼も困惑していた。

一応、話には聞いていたが、兎に角大きい。五百メートルは優に超えるだろう。
夕呼自身、彼等の言う事を話半分に聞いていた感は否めない。何しろあれで中型クラスであり、大型の物となると千メートルを超えると言うのだから無理もない。

あの規模の空母を造れ、と言われれば現在人類の持つ技術でも不可能ではないだろう。

しかし、彼等の話を信じるのならば、あれは浮くのだ。そして飛ぶのだ。
あまつさえ、大気圏すら自力で突破して、数千光年と旅をするのだ。

ふざけるなと……ふざけるなと言ってやりたかった。

流石に居並ぶ帝国の高官達に自分が仲介した手前、顔色こそ変える訳にはいかなかったが、その言葉を呑み込むのに並々ならぬ努力を要した。

彼等が手にしたと言う異星人の先進技術とやらを、BETAの持つG元素程度にしか考えなかった昨日の自分を張り倒してやりたい。

彼等の持つ先進技術は、それを手にしたからといって人類が五十年やそこらで辿り着ける領域ではない。
それ自体が数百、或いは数千年先のオーバーテクノロジーでなければ、ここまでの急速な進歩はありえない。

夕呼は、彼等の価値を上方修正するとともに、改めて自分が手に入れた物の値打ちに戦慄し、そして歓喜した。


 ◇ ◇ ◇


さて、いよいよ合流を果たしたレイヴンズと夕呼ではあったが、余計なおまけというのは言い過ぎだが、兎に角予想外の人々もマザーレイヴンに招待する運びとなった。

先ずは当然、香月夕呼本人と伊隅みちる、速瀬水月の横浜組の三名。
尚、基地司令と副指令が同時に基地を空けることが出来なかったのだろう。ラダビノット司令は、夕呼に全権を託し基地でお留守番らしい。

そして帝国からは、内閣総理大臣である榊是親。斯衛から斑鳩を名乗る蒼を纏った大佐階級の男と、赤の紅蓮大将が出向くこととなった。紅蓮は恐らく斑鳩と榊の護衛も兼ねての随伴だろう。

やや大事になりすぎた感は否めないが、帝国からしてみれば国土の半分をBETAに荒らされた現状で、これ以上余計な揉め事をその身に抱え込みたくはなかろうが、夕呼の説明をどう受け取ったのか、一応話を聞く姿勢をみせた。

立ち話もどうか? ということで、小規模ながらもこの人数であれば充分と言える会議室に皆を通すことになった。

因みにレイヴンズからは司令であるギリアムは勿論として、部隊長のエイジス、双方の関係者とも言える武、恐らくは説明役としてであろうエイミの計四名の参加となる。

全員が各々の席に落ち着いたところで、まず口火を切ったのはギリアムである。

「さて、まずは皆様初めまして。私が当艦並びに部隊の責任者を務めるギリアム・アングレート中佐であります。何分戦場しか知らない粗忽物ではありますが、以後お見知りおきを」

ギリアムは、自分でも似合わないことをしていると自覚しつつも、なるべく丁寧な口上で挨拶を述べた。――これだから一線を退くのは嫌だったのだ――と、胸中でぼやきつつではあったが……。

「帝国の方々におかれましては、香月博士からどのような話がなされたかは存じませんが、まず我々には侵略等の帝国を脅かす意思は無いと、ここに宣言いたしましょう。これにつきましては、後々正式な条約を交わしても構いません。無論、帝国側が我々を独立した一つの集団であると認めて頂けるのでしたら、の話になりますが?」

「我々が香月博士から聞いたのは、あなた方が異世界のしかも未来からの異邦人であることと、独自に香月博士と接触をとり交渉の末に、その身柄を横浜基地が引き受けたことくらいで詳細は聞き及んではおりません。俄かには信じられない話でもありますし、それ故、我らはあなた方を警戒している。出来れば我々にも詳しい事情をお聞かせ願いたいものです。条約云々についてはそれからの話でしょう」

ギリアムの意見に真っ向対峙したのは、総理大臣の榊是親だった。
それを受けて三度エイミ・クロックスが口を開く。

しかし彼女、こんなことがある度に駆り出されるのだろうか?
それを思うと少し気の毒に感じてしまう武ではあったが、当の本人に微塵も気にした様子がないのだから、それはそれで良いのかもしれない。

相も変らずのエイミの流れるような状況説明に、静寂がその場を支配しかけたその時、言葉を発したのは摂家の代表としてこの会合に参加した斑鳩だった。

「其の方らの言葉を仮に信じたとして、まず分からぬのは何故そなた達は戦いたがる? そして何故、この極東を戦場に選んだのか? 聞かせてもらうまで納得は出来かねる」

斑鳩の一つ目の質問は武も薄々感じていたことだった。恐らくは香月夕呼も同様であろう。いくらなんでも無償にも等しい状況で、命を賭けるなど馬鹿馬鹿しいとは思わないのだろうか?

その問いに応じたのはエイジスだった。

「まずは一つ目の質問。戦士であるならば戦うのが本懐である。まして異世界とは言え地球の危機に、同じ故郷を祖とする同胞の為に武器を取る、というのでは納得出来ませんか?」

「それだけでは解せぬな。そなた達が命を賭けるには少々説得力に欠けまいか?」

「ならば本音を言いましょう。人類から空を奪ったBETAという存在が少々腹に据えかねましてね、是非ともその報いを受けてもらおうと思ったまでです。まあ、これは衛士であるあなた方には分かり辛いでしょうが、俺達飛行機乗りにとって、その罪は万死に値する。そういうことです」

エイジスの痛快とも取れるその答えに、腕を組み、瞑目したまま話を聞いていた紅蓮醍三郎が、ガハハと爆笑で応じた。他の面々は、一様に目を丸くしていた。

「……くっくっ、まさかその様な理由が本音とはな。いや、気に入ったぞ。誰にでも譲れない物はあろう。ワシはそなた等の言い分を信じよう。して、二つ目の答えがまだであったな。聞かせてはくれまいか?」

どうやら紅蓮は聞きしに勝る豪放磊落な人らしい。ひとしきり笑い飛ばした紅蓮がエイジスに向ける眼差しは、まるで古い戦友でも見つめるようであった。対してどこか拗ねたような口調で応じるエイジスは、いつもより子供っぽく見え、武には二人がまるで歳の離れた親子のようにも見えた。

「ったく、これだから言いたくなかったんだ。まあ、二つ目の答えはそれほど笑えませんよ。……オルタネイティブ計画」

その一言でその場の空気が一変した。

「ここではその第四計画が香月博士主導の下、進められているそうですがそれはいいでしょう。諜報による情報収集は戦争に於いて最も大切な物の一つでしょう。しかし、第五計画……あれはいただけない。なにも移民についていちゃもんをつける訳ではありません。俺達の世界では当たり前に行われていることでもありますし。だが、一部の人間が地球を棄て、残された人間だけで後先を考えない汚染兵器による勝ち目のない最終決戦など、同じ地球人類として認める訳にはいきません」

「……君達はどこでその情報を得たのかね? まさか香月博士が自ら話したわけでもあるまい」

榊首相の疑問は当然である。
エイジスは知りすぎていた。極秘計画であるはずのオルタネイティヴ計画の詳細をここまで知っているとなると、異世界人ということも怪しんでいるのかもしれない。
問われたエイジスも、疑念を抱かれた夕呼も、申し合わせたように軽く肩をすくめて、武に視線を送るだけである。

当然、その場の視線が武一人に集中することになる。

(ハア……やっぱりそういう流れになるよなあ)

いっそのことエイミにお任せしたいところだが、こればっかりは武しか詳細を知るものがおらず、自分で話すしかなかった。

「その件に関しては自分が話します。自分の名は白銀武。今でこそ統合軍所属のレイヴンズの仕官ですが、かつては国連軍所属の衛士でした。まだ明かせない情報もありますが、まずは聞いて下さい」

そして武は語る。

オルタネイティブ5が辿る経緯とその結末。
オルタネイティヴ4が辿る経緯とその結末。
自身がループの中で経験した、悲劇と希望。

00unit関連、特に情報漏洩に関してはぼかさねばならなかったが、それは後ほど夕呼と相談しなければなるまい。

「まったく、次から次へと驚くべきことよ」

「今の話が真実であるならば……ですがな」

「ですが真実であれば無視するわけにもまいりますまい。しかし、まさかBETAが戦術とは……」

斑鳩、紅蓮、榊の三人は特に武の提示した、BETAの行動規範の真実に衝撃を受けたようであった。

「あなた、そんな大事なこと今まで黙っていたわけ?」

「昨日は夕呼先生が、さっさときりあげたんでしょうが。オレに言われても困ります」


 ◇ ◇ ◇


結局、この日はこれでお開きとなった。

帝国側がレイヴンズのことや、武の情報を早急に一度議会にかけてみるらしい。
レイヴンズの処遇に関しては、暫定的にではあるが帝国の監視下の元、横浜への駐留が許可された。

「今日のこの出会いに感謝を」

そう言って去っていく斑鳩の姿が、その容姿や立ち居振る舞いが、冥夜を連想させ武の脳裏にこびりついた。

「さて、あなたまだ何か隠していることがあるでしょう?」

帝国の人間が去り、邪魔者は消えたとばかりに夕呼が武に問いただす。

「ありますよ。今ここで言うわけにはいきませんけどね」

みちると水月に視線を送りながら答えると、夕呼はそれだけで00unit関連だと察したようだ。

「成る程ね」

「ところでその情報を代価に、先生に是非造って貰いたい物があるんですけど。まあ、今日の情報だけでも充分だとは思うんですが、もしお釣りが来るならその時は貸しってことで」

「大きく出たわね。一応聞いてあげるわ」

ギブ&テイクは夕呼の好むやり方である。
結果を残している以上、聞く価値はあるだろう。

「戦術機のOSで、名をXM-3と言います。衛士の死傷率を半分以下にするだろうと言われた代物で、オルタネイティブ4の副産物なので夕呼先生の手札としても使えるはずですし、“前の世界”でコンバットプルーフも証明済みです。決して損はさせませんよ」

「ふーん、それ程の物なら造ってみる価値はありそうね。いいわ、やってあげる」

以前聞いた通り、夕呼はあまり戦術機には興味がないのだろう。この話に食いついたのは、むしろ随伴したまま今まで黙って聞いていた、現役衛士の二人だった。

「ほ、本当なのか、前線での死傷率が半分以下というのは?」

「それってどういう物なの? 教えなさい! いえ、教えてください?」

みちるは冷静に事の真偽を問いかけてきたが、水月の方は余程興奮しているのか、武に対して敬語な上に疑問系だった。

因みに武は“あの世界”での二人の散り際について語っていない。
そもそも、この二人には関係のない話であるし、それをこの世界で再現させるつもりもない。
つくづくレイヴンズの皆に話しておいて良かったと思う。
でなければ、こんなに落ち着いた気持ちで、彼女達と向き合えなかった筈だ。

「それは出来上がってのお楽しみってことで。どうせA-01には、いの一番でまわってきますよ。ですよね、先生」

「そうなるでしょうね。ああ、丁度良いから207Aにも与えてみようかしら? サンプルは多い方が良いものね」


この時はそれなりにやる気を見せていた夕呼だったが、直後にレイヴンズにAVFのスペックデータを提示され、声にならない悲鳴をあげた。


その為、夕呼のやる気が30%程ダウンして、武が夕呼のやる気呼び起こす為に並々ならぬ労力を要したのは、また別の話である。







 あとがき

つくづく政略の話は自分には向きません。どうも、type.wです。

所詮、県内の三流高校を、ごく普通の成績で卒業した私程度の知識では、この辺が限界のようです。その母校も今では廃校となり、私には還る場所すらありません。

もっとスカッとする話が書きたいです。……模擬戦でもやらせようかなあ。

ところで皆さんはアラスカ組についてどうお考えでしょうか?
突然何を? と思われるかもしれませんが、マクロス世界のアラスカと言えば、確かマクロスシティのある場所です。
……まあ、私の記憶違いの可能性も否めませんが、もし、真実であるのならレイヴンズの誰かを派遣させるのも吝かではありません。

尤も私は、TEの知識に関しては、この掲示板のSSで描かれている程度の物しかないので、改めて市販の小説でも読んで勉強しなおさねばなりませんが……。

まあ、まだ先の話です。

でも、不知火弐型が欲しいんだよなあ。












 



[24222] 第八話 無知の涙
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/01/23 09:37


二00一年七月十一日。

レイヴンズが横浜入りして既に三日。帝国側からなんらかの正式な回答が送られてきてもおかしくない頃合いではあったが、依然何の音沙汰も無いままであった。
余程議会が紛糾しているのか、或いは現状維持をきめこむつもりなのかの判断は出来なかったが、レイヴンズ側としては既に出来ることは無く、ただ待つのみであった。

とは言え、レイヴンズの面々もただ暇を持て余していた訳ではない。
武は夕呼と共にXM3を形にせねばならず、ギリアムは武の教導の準備に余念がなかった。エイジス達も武の可変戦闘機に纏わる座学や耐G訓練の傍ら、戦術機の習熟に励んだ。

エイジスに「戦術機に触れてみたい」と言われた時、夕呼は面食らったものである。何しろ可変戦闘機などと言うオーバーテクノロジーの塊である兵器を運用する彼等が、技術レベルで数段劣るであろう戦術機に興味を示すとは思ってもみなかったのだ。

しかし理由を聞いて納得した。
何も彼らは興味本位で言い出した訳ではなく、一言で言ってしまえば白銀武の為である。

何しろXM3というOSは、その手に触れて慣れればいいだけの代物ではない。30%増しの即応性はともかくキャンセルやコンボ、先行入力といった新機軸が盛込まれているため、武による直接の教導が必要不可欠なのである。

“前の世界”で武の機動に直接触れた207Bと、物だけ与えられたヴァルキリーズとでは挙動制御にかなりの格差があり、武の動きについて来れない事もしばしばあった。

この先武は、一日も早く可変戦闘機の習熟に励まねばならず、いちいち教導へ赴く時間は無いのである。その為エイジス達がその教導役を買って出たのだ。

「それは構わないけど、そんなに早く戦術機の操作をマスター出来るものなの?」

「なあに、操縦桿が二つにフットペダルも二つならどんな機体も操ってみせますよ」

そう言われた時夕呼は「舐めるな」と思ったものだが、彼らは言葉通りたった一日で戦術機の特性を掴み、動作応用課程の全てを終らせてしまった。
これは夕呼自身あとで知った話だが、彼らは普段の言動からは想像もつかないが厳選されたエリートパイロットであり、彼等の中で一度でも天才と呼ばれなかったパイロットはいないのである。

それ故、彼らは教導のみならず、XM3の開発にも参加し、又プログラミングに於いてはエイミを始めとするマザーレイヴンのオペレーター陣も参加することとなり、XM3は予定を大幅にに繰り上げて完成することになった。その速度たるや、今日中にもA-01並びに207Aの機体にXM3を搭載出来る程で、レイヴンズがパイロットだけではなく、それぞれの分野で一流であることを窺わせた。


……尤もその代償として、高価な戦術機シミュレーターが二台ほどスクラップと化してしまったことは、夕呼にとっても手痛い誤算ではあったが……。



第八話 無知の涙


二00一年七月十二日。

いよいよ今日からギリアムによる武の教導と、エイジス達によるA-01並びに207A分隊のXM3の教導が開始される運びとなった。

今はその前に挨拶をと、夕呼の執務室に向かう途中である。
横浜基地の廊下を闊歩するのは武にエイジス、恭平の男性陣三人であり、女性陣はといえば化粧直し――早い話がトイレである。

「しかし、横浜基地は美人が多いな。香月博士を始めヴァルキリーズも美人揃いだったし、今日から始まる教導も実に楽しみだな」

「隊長はそればっかりっスね」

「あー、でも皆一癖ある人たちですから気をつけた方がいいですよ」

エイジスの言葉に恭平と武がそれぞれの反応を示す。

「フッ武よ、ご忠告は痛み入るが、そういう女性を乗りこなすことこそ男の本懐だとは思わないか? おっと、その前にイリーナとランチの約束をしていたっけな」

「イリーナってピアティフ中尉のことですか? そんな、いつの間に! しかも既にファーストネームで呼んでるし!」

「……まあ、隊長だしな」

エイジスの驚きの手の早さに驚嘆の声をあげる武だったが、恭平は慣れているのか、呟きと溜息を同時に吐き出した。

「まあ、しばらくご無沙汰だったが、俺の“エンジェルエース”も、そろそろ飛び立ちたがっている頃合いだしな」

「なんで下半身自慢の男は愚息に名前をつけたがるのか理解出来ませんが、“エンジェルエース”の噂は俺も聞いたことぐらいありますよ。なんでも敵より先に女を墜とすとか。つか、あんたホントにデネブベースでなにやってたんスか?」

「恭平よ、モテないからって僻みはみっともないぞ。なあ、武」

「ノーコメントで」

「喧嘩売ってんスか? と、言いたいところですが“エンジェルエース”も地に墜ちましたね」

「なんだと?」

いつの間にか議論が白熱し、足を止めて話し込んでしまった武達だったが、恭平の言葉はエイジスにとって聞き捨てならないものだった。どういうことかと問い詰めようとしたエイジスだったが、恭平はエイジスと向き合う形で右手を掲げることでそれを制し、そのまま親指と人差し指でL字を模りそれを向けながらこう言った。

「隊長、チェック6」

「何っ!」

エイジスが振り返るとそこには、スージー、ブリジット、クララが笑顔で佇んでいた。

「クッ、不覚」

「相変わらずで嬉しいわ、エイジス」

「その辺の話、是非私達にも聞かせて欲しいわね……そう、“ランチ”でもとりながら……ね」

「もちろんイリーナ中尉も交えて、ですね。さあ、そうと決まれば挨拶なんてちゃっちゃと終らせてしまいましょう」

言いながら三人は笑顔のままでエイジスの身体をがっちりホールドすると、廊下の奥へと姿を消した。何事かを喚きながら引き摺られて行くエイジスを見送りながら武は思う。

(あれ、なにこのデジャヴ?)

武がエイジスの姿と過去の自分を重ねていると、同様に取り残された恭平から声がかかる。

「怖っ、白銀も気をつけろよー」

「ハ……ハハ」

「しっかしなんで女ってのはあんな時に笑えるのかな? 怖いっつーの」

「知りたいですか?」

武の乾いた笑みと、恭平の独り言のような呟きに第三の声が加わった。
無論、あの騒ぎに参加していなかったエイミ・クロックスその人のものである。
しかも先のエイジスと同様に背後をとられていた。バルキリー乗りにあるまじき失態といえる。

「……居たんスか? クロックスさん」

「どうやらあなたのその良く見える目は節穴のようですね。最初から居ましたよ。それよりも私は、知りたいですかと訊きました」

「いえ、俺には必要ないかと……なあ、白銀?」

「オレに振らないで下さい」

武がここ何日かレイヴンズの人間関係を把握しようと観察を続けた結果、分かったことが幾つかある。その内の一つにこの二人の関係は微妙である、というのが挙げられる。
普段は人当たりの良いエイミだが、別に嫌っているという訳でもなさそうなのに、恭平に接する時だけは途端に風当たりが強くなる様に感じるのだ。

兎に角、こういう時の二人には関わらない方が良いと、武の本能が告げていた。なにしろ迂闊に触れると誤爆の危険もあり得るのだ。

「じ、じゃあオレはお先に失礼します。あとはお二人でごゆっくり」

「なっ! 白銀、俺を見捨てるつもりか?」

「いいえ、白銀少尉も聞いておいた方が良いと思いますよ。今後の為にもじっくりと。そうですね、ランチでもとりながらなんていかがですか?」

どうやら今回は誤爆を免れなかったようである。

武はそれこそ今後の為にも、他のレイヴンズの面々からこの二人への関わり方を学んでおこうと心に決めた。


 ◇ ◇ ◇


夕呼の執務室に着くと、挨拶もそこそこに今後の割り振りが決められた。

エイジスとスージーがヴァルキリーズ。CP将校である涼宮遙のサポートにブリジットとクララが付くこととなった。
この人員の割り振りにはエイジスの意志は反映されず、つまり“エンジェルエース”は羽ばたく機会を失ったのだ。

残る207A分隊には当然、恭平とエイミにその任が与えられることとなった。

「ところで先生、00UNITの情報漏洩問題、解決策は見つかりましたか?」

「あんたねえ、そんなに簡単にどうにかなる訳ないでしょう。それより先ずは理論の回収の方が先決でしょ。それも済んでないのにあれこれ考えるなんて時間の無駄遣いよ」

それは数日前に武から齎された情報で、00UNITの欠点と言うべきものだった。
00UNITはBETAの情報を得ると同時に、反応炉を介して敵に情報を与えてしまう諸刃の剣でもあるのだ。とは言え00UNITの完成の目処すら立たない現在の状況で、それを論ずるのは早計というものだろう。

「あー、そっちもどうしましょう?」

「あなたが数式の一部でも覚えていれば、それを足掛かりになんとかなったかもしれないけどね。現状ではあなたの言う発想の転換はあたしには難しいわね。やっぱりあなたを“元の世界”に送り込む方針で進めるしかないわね」

それについては仕方のないことだと思う。武は結局、数式を目にする機会に恵まれなかった。
クーデターやトライアル等の波乱のあと、“元の世界”に逃げ帰り、そこで己が因果導体であるという真実を知り、いざ覚悟を決めて戻ってみれば、いつの間にか00UNITは完成していたのだ。

「その件についてですが、先ずはこれを調べてみては貰えませんか?」

そう言いながら、エイジスが夕呼に差し出したものは青紫色の水晶の様な物だった。

「これは?」

「超空間共振結晶体――我々はこれをフォールドクォーツと名付けました。武の世界間の移動や、我々の帰還の為の道標になればと思い持参しました」

「……いいのかしら、貴重なものではなくて?」

「無論、我々の世界でも稀にしか見つからず、ごく一部を除いてその存在すら知られることもない希少な鉱石ですが、それを惜しんで前へ進めないようでは本末転倒と言えるでしょう」

いささか眉唾物ではあるが、彼の言葉を信じるならば、この結晶は多次元に干渉する力を秘めているらしい。現状なんの方針もなしに手探りで物事を進めるよりは、先ずはこれを調べるのも良いかもしれないと、夕呼は判断した。

「わかったわ。これはあたしが預からせて貰います。もし何らかの方策が見つかった時は――」

「ええ、俺達も出来得る限りの協力は惜しみません」

話が一先ず落ち着いたところで、夕呼が武に向き直る。

「ところで白銀、あなた207Bの娘達はどうするつもり? 干渉するの? それとも放っておくの?」

これは武の話から、彼があの娘達に特別の感傷を抱いていると感じたからこその質問だった。

「それ、ギリアム司令からも言われました。後々後悔するぐらいなら会っておいたほうが良いと。ただ、半端に関わるくらいならやめておけとも言われましたけどね」

どうやらあの御仁は顔に似合わず、細やかな心配りが出来る男らしい。それについては夕呼も同感である。あとになってうじうじされるよりは、サッパリとけじめをつけておいた方が武の為でもある。

「で、どうするの? もしも関わるのなら彼女達の教官にしてあげてもいいけど」

「あれ? 随分と気前がいいですね。とりあえず会ってみようとは思います。顔を合わせ辛いのは確かですけど、後悔だけはしたくありませんから。それと、教官職については考えさせて下さい。オレ自身、時間がつくれるかわかりませんし、なにより神宮司軍曹の邪魔はしたくありませんので」

「気にすることないと思うけどね。まりもも207Aとの掛け持ちだから忙しいみたいだし」

「そういうことならこちらの手隙の時間にお邪魔しますよ。まずは今日、椎野中尉達が207Aの教導を神宮司軍曹とやってる間に挨拶ぐらいは済ませておきます」

「そう、ならまりもの方にはあたしから伝えておくわ」


その後、エイジスにとっては針の筵のような、そして武と恭平にとっては苦行のような昼食の時間を終え、それぞれの持ち場へと散って行った。


尚、余談ではあるがレイヴンズの面々が、横浜基地の合成食の味にケチをつけたことは一度も無く、むしろ合成食をよくぞここまでと京塚曹長の腕前に関心しきりだったという。


この件も含めて、徐々に横浜基地の雰囲気に馴染みつつあるレイヴンズであった。


 ◇ ◇ ◇


スージー・ニュートレットには独自に己が定めた法とも言うべき論理が存在する。

その内の一つに“宇宙で一番重い物は命である”というのがある。

スージー達は数日ぶりにヴァルキリーズの面々と再会していた。

武の話によれば、彼女たちは未来を紡ぐ為に戦場に於いてその若い命を散らせていったと言う。
戦場で命が軽んじられるのが戦の常とはいえ、自分が関わる以上、彼女達を同じ目には合わせたくないと思うのは、傲慢以外の何者でもないとスージー自身気付いてはいたが、心に秘める分には誰からも咎められる謂れは無い。後は自分の信条を貫くのみである。

「久しぶり……って言う程でもないけど元気そうでなによりだわ」

「は、フォッカー大尉もニュートレット大尉もご壮健そうで嬉しく思います」

フランクに話しかけたスージーに対し、みちるは以前に会った時よりも堅苦しい言動でそれに応じた。

「相変わらずみたいね、みちるは。お堅いってよく言われない?」

「性分ですので。それにお二人はこれから新OSの教導をして下さるのですから同階級とはいえ、上官のつもりで接したく思います」

「それでも君の美しさは少しも変らない。どう? この後暇なら一緒におちゃっ……!?」

会話に割り込んだエイジスではあったが、その言葉を最後まで言い終えることは出来なかった。
何故ならば、ブリジットの膝蹴りが尻に炸裂し、両足の甲をスージーとクララに踏み抜かれたからだ。

「気にしないでいいわよ、みちる。いつものレクリエーションだから」

「は、はあ。私には一応心に決めた人が居ますので、お誘いは嬉しくはありますが、そういうのはちょっと……」

「あら、それはお安くないわね。聞いた? エイジス。振られちゃったみたいだけど、どうする?」

その言葉には「すこしは懲りろ」という意味合いが含まれているのは言うまでもない。

「……グ……ぬう……と、兎に角、お互い初顔もいることだし改めて自己紹介といこうか。俺はエイジス・フォッカー大尉だ。右手に居るのはスージー・ニュートレット大尉、左手に居るのがクララ・キャレット少尉。そして後ろに控えているのがブリジット・スパーク中尉だ。今後とも宜しく頼む」

なんとか悶絶状態から回復したエイジスが取り繕う様に自己紹介を進めるが、女性陣の配置を見れば一目瞭然、完全に包囲されていた。もう、馬鹿な真似は出来ないようだ。

「では、こちらも――」

そう前置き、涼宮遙、速瀬水月、宗像美冴、風間祷子の順に紹介していく。
初顔合わせとなる三人を後回しにしたのは、みちるなりの演出だろう。

「そしてこちらが初顔合わせとなる、鳴海孝之中尉、平慎二中尉、逢坂桜子少尉の三名です。鳴海と平は涼宮と速瀬の同期、逢坂は風間の同期となります」

「鳴海孝之中尉であります。宜しくお願いします」

「平慎二中尉であります。宜しくお願いします」

「あ、逢坂桜子少尉です。宜しくお願いします」

「……ほう」

彼等の敬礼に答礼を返しながら、エイジスの瞳が怪しく光るのをスージーは見逃さなかった。

その目が言っている。

――男が居るのならば容赦はしない――と。


結局その日のエイジスの教導は苛烈を極めることとなる。
まるで今日この日のそれまでの鬱憤を晴らすかの様な、ギリアムもかくやと言うほどの鬼教官ぶりだった。

それを見てスージーも、レイヴンズに入隊して以来なりを潜めていた、自分の中の“じゃじゃ馬”を引っ張り出すことにした。

みちる達にとってはとんだとばっちりだろうが、厳しく技術を叩き込んでおいても、お互い損なこと等なにもないのだから。


 ◇ ◇ ◇


その頃、207A訓練分隊の教導に訪れていた恭平達はといえば、なぜかこっそりと物陰から神宮司まりもと共に207Aの少女達の様子を伺っていた。

「ねえねえ、今日から来る新しい教官てどんな人かな?」

「んー、なんか最近見慣れない制服を着た人たちが居たじゃない? あの人たちの誰かって聞いたけど。私は出来ればあのかっこいい金髪のお兄さんがいいな~」

「わ、私はあの綺麗なお姉さんがいいかな。あっ、でもホントは茜ちゃんが教えてくれるのが一番なんだけんど……」

「アハハ、まあ黒髪の人もそう顔は悪くなかったよ。……イマイチぱっとしないけどね」

「ちょっと皆、失礼なこと言わないの。せっかく教えに来てくれるんだから誰だって良いじゃない、顔は関係ないんだし。それと多恵っ、私は教官じゃないんだからね」


少女達の忌憚のない意見を聞きながら、恭平は涙を堪えるので精一杯だった。

「……みんなごめんなあ、俺で。神宮司軍曹、俺はこの教導はパッと終らせてとっとと自分の居場所へ帰ろうと思います。その時は後のこと、よろしくお願いします」

「ま、まあそう仰らずに。あの子達には私の方から厳しく言って聞かせますので、中尉もそう気を落とされず頑張って下さい」

「ありがとう、軍曹は優しいなあ……」

恭平自身ですら失敗に終るだろうと思っていたこの教導はしかし、意外な事に好評のまま進むこととなる。
この日より207A分隊と、ついでにと同じ教導を受けた神宮司まりもの伸び代は凄まじく、後にまで語り草となったほどで世の中何が起こるか分からないものである。

しかし、この結果を最初から最後まで信じて疑わない者が居た。

それがあのエイミ・クロックスだというのだから、本当に世の中なにが起きるかわからないものだ。


 ◇ ◇ ◇


同時刻、武はグラウンドに足を運んでいた。

今の時間であれば、207B分隊はここで汗を流しているはずだと夕呼から聞かされたのだ。

この狂った世界では、彼女達との出会いはいつもここだった。だから丁度いいと武は思う。

さて彼女達を探そうかと武が一歩足を踏み出したとき、真後ろから声が掛けられた。

「もし、そこのお方」

その凛として透き通るような声を聞いたとき、武は思った。

(ああ、やっぱりお前か冥夜。いつだってお前はこっちの都合なんてお構いなしなんだな)

今武が207Bのメンバーで一番顔を合わせ辛いのが、御剣冥夜だった。何しろ愛の告白を受けた直後に、武がその手で彼女の命を奪ったのだ。荷電粒子砲の引き金を引いた感触は、今尚、武の指に生々しく残っていた。

そもそも、一番顔を合わせたくない時に顔を見せるのが御剣冥夜であり、一番助けが欲しい時に助けてくれるのもまた御剣冥夜だった。

その昔“元の世界”で冥夜が言っていた絶対運命というのも、あながち間違ってないのかもしれない。

「ん、オレの事か?」

武は努めて冷静に振り返った。

「ここは危険……で……す……」

武の顔を見た瞬間、冥夜の表情が驚愕に彩られた。

「そなた、もしかしてタケル……か? タケルであろう?」

「――え? 冥夜……お前どうして……」

言ってから武は自分の迂闊さを呪った。
この世界で、武と冥夜は初対面のはずだ。武が冥夜の名を知っているはずがないのだ。

しかし、だとすると冥夜の反応も相当におかしい。
冥夜は何故、武の顔と名前を知っているのか?

「また私の名を呼んでくれるのだな。もう、会えぬのかと……死んでしまったのかと思っていたぞ。会いたかった……タケル……タケル……タケルーー」

その瞳に涙を湛えながら飛び込んでくる冥夜を、武はその胸で受け止めた。

今はただこの特異な現状に思考が追いつかず、自分の胸で泣きじゃくる冥夜のことを抱きしめてやることさえ出来ずにいた。


 ◇ ◇ ◇


一方、夕呼の執務室では事態は急変を告げていた。

先ずは帝国からレイヴンズに対して回答が送られてきた。

曰く、――彼等の力が見てみたい、と。

これは帝国にしてみれば当然と言えば当然の反応で、国連軍基地とはいえ自国の領土に戦力として置く以上、彼等の力の底は知っておきたいだろう。
手始めにと、可変戦闘機と戦術機による模擬戦を提案してきた。

勝負は三日後、舞台はここ横浜基地、相手は帝国本土防衛軍第1戦術機機甲連隊である。
いきなり、随分高いハードルを用意したものだと夕呼は思う。

尤も、以前に見たAVFとやらの性能が額面通りならば、帝国軍の挑戦は自傷行為に他ならず、斯衛軍が誇る武御雷を出してこなかっただけ、賢明な判断と言えた。

精々帝国は恥をかけばいい。そして自分の受けた驚きを、その身で味わい尽くせばいいのだ。


そして然程間を置かずして入った連絡は、風雲急を告げると言っても差し障りが無かった。

ここが自分の支配する巣であるとはいえ、国連直轄の基地である以上いつかはあることだとは覚悟していたが、これ程素早いリアクションが来るとは思わなかった。


国連事務次官、珠瀬玄丞斎。突然の来訪である。







 あとがき

二週間と間を置いていないはずですが、随分と久しぶりな気がします。

どうも、type.wです。

今回のあとがきはちょっと長くなるかもしれません。

あ、戯言に興味の無い方は遠慮なくスルーして下さい。

先ずはTEの小説購入しました。理由は察して下さい。

と、言うかですね、感想板の白熱ぶりを見ると、とてもじゃありませんが今更後には引けない感じです。
以前のあとがきでも書いたことがありますが、私の書くプロットは非常にザックリとした物なので、幸い話を差し込むスペースには事欠きません。

ざっとではありますが読みました。うん、普通に面白い。これならいけると思いました。
因みに私はラトロワ中佐がお気に入りです……ってこの人死んじゃうのかよ!?
まるでVF-X2統合軍ルートのスージー並の突然死だよ。

くそっ、させるかよ。

次にトライアングラー要員、ヘタレ王こと鳴海孝之推参です。
私は男女の多角関係が大好物なので、武を筆頭にこれからも増えると思います。
え、慎二? 彼に関しては正直口調も覚えていないので、たまに突っ込みを入れる程度のモブキャラだと思って下さい。
口調と言えば築地多恵のデタラメな方言は、私にとって鬼門です。
彼女には極力喋らせたくありませんが、残念ながら彼女に無口キャラという設定は、何処を探してもみつかりませんでした。畜生。

次にヴァルキリーズ最後の一人は色々と考えた結果、結局オリキャラでいくことにしました。
ホント色々考えたんですよ? 七瀬凛とかね。
しかし残念なことに、私はサプリメントをプレイしたことが無いので、七瀬凛なるキャラクターは先述の慎二以上に分かりません。分からない以上は書けません。
私の書くオリキャラは、アレな性格になりがちなので極力控えたかったのですが、この際そうも言っていられません。
彼女には精々画面の隅っこで馬鹿をやってもらいましょう。

長々と失礼しました。


最後に、今後も更新ペースはこの程度で落ち着くと思います。長い目で見守ってくだされば幸いです。


PS

小隊長専用装備でアーマード不知火弐型とか……どうよ?







[24222] 第九話 追憶をこえるスピードで
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/01/29 14:20


一体どれ程の時間、そうしていただろうか?

胸元ですすり泣く冥夜にどう声をかけていいかも分からずに、武はただ、冥夜が落ち着くのを待った。

しかしやはりと言おうか、状況がそれを許さなかった。

「御剣、訓練中よ。一体なに……を……?」

「はわわっ! み、御剣さんが、お、お、男の人とっ!?」

「抱き合っちゃってるねえ。あ、もしかして恋人かな? 冥夜さんも意外と隅に置けないよね」

「御剣、やるね」

横合いから複数の声がかかるが、顔を見なくても誰が何を言っているのか理解できる。顔を向けるとそこに居たのは当然、残りの207Bのメンバー、榊千鶴、珠瀬壬姫、鎧衣美琴、彩峰慧の四名だった。

もとより彼女達に会いに来たのだからそれ自体は問題無い。
しかし、冥夜を胸に張り付かせたままの現在の状況は、あまり体裁のいいものではない。

冥夜もそれに気が付いたのか、慌てて身を翻す。

「そ、そなた達いつの間に?」

取り繕うように声を荒げる冥夜だが、いっそ叫びだしたいのは武も同様だった。ただ、先程聞いた冥夜が言った言葉の衝撃からいまだに回復しておらず、単にその余裕すら無かっただけなのだ。

「いつの間にって、あなたがなかなか戻らないから様子を見に来たんじゃない」

「そーですよー。いくら神宮司軍曹が居ないからって、一応訓練中ですよー」

「む、すまぬ。迷惑をかけた」

「もしかして……御剣、泣いてた?」

「ええっ! 意外だよ、冥夜さんが泣くなんて。ところでその人だれ?」

「なっ泣いてなど……おらん。この者はだな――」

しばらく彼女達の遣り取りを懐かしむ様に見守り続けた武だったが、いよいよ冥夜が自分を皆に紹介しようとしたところで、彼女の肩に手を置きそれを制した。

「オレはしばらく神宮司軍曹と共に皆の教導をすることとなった元国連軍衛士、白銀武少尉だ。今後とも宜しく頼む」



第九話 追憶をこえるスピードで



姿勢を正し簡潔に自己紹介を済ますと、207Bの訓練兵たちは皆一様に劇的な反応を見せた。

ただ一人、御剣冥夜という例外を除いて……。

「し、失礼しました。少尉殿!」

申し合わせたように、どもるところまで声を合わせ敬礼をもって応える千鶴、慧、壬姫、美琴の四人に対し、冥夜のみせた反応は、また違った意味で劇的だった。

「ほ、本当か? 本当なのだな、タケル」

喜色を浮かべ詰め寄る冥夜に対し、武はあえて厳しい言葉をかけた。

「そこは“本当でありますか、白銀少尉殿?”と言うべきだ、御剣訓練兵」

「……あ」

「なんてな」

武の言葉に目に見えて落ち込む冥夜に対し、片目を瞑っておどけてみせた。

「プライベートの時間ならそれでもいいんだけどな。ただ、いまは訓練中だ。けじめだけはキッチリつけてくれるんなら、オレのことはどう呼んでくれてもかまわないよ。因みにオレはお前らのことを好きなように呼ばせてもらうぞ。上官に対する態度も、訓練中以外は必要ない。他の皆もわかったか? 同い年だし遠慮はいらないぞ」

武の軍人らしからぬ発言にどこか戸惑った様子の訓練兵たちだったが、いち早く混乱から回復したのは臨機応変を信条とする彩峰慧だった。

「今は訓練中でありますか? 少尉殿?」

「んー、せっかくの自己紹介の時間だし、特別にプライベートとする」

「了解、私は彩峰慧。よろしく、白銀」

「ちょっと、彩峰!」

あっさりと武の方針に従った彩峰に対し、榊千鶴が食って掛かろうとするが、今、空気を読めてないのが自分だけだと気付くのにそれほど時間はかからなかった。

「じゃあボクはタケルの事はタケルって呼ぶことにするね。ボクは鎧衣美琴だよ。タケルもボクのことは美琴って呼んでね」

「わ、私は珠瀬壬姫です。よろしくお願いします、白銀さん」

「おう、よろしくな、彩峰、美琴。珠瀬はより親しみやすく、たまと呼ばせてもらおう」

「たまですか? なんかネコみたいですねえ」

「可愛いと思うけどな。たまもオレのことは美琴みたいに名前で呼んでもいいんだぞ」

「じ、じゃあ、た、たけるさんで」

「鎧衣! 珠瀬まで!」

顔を真っ赤に染めて照れる壬姫に、うんうんと頷きながら彼女の頭を撫でる武を見ながら千鶴は思う。

(い、いくらなんでも馴染むの早すぎない?)

しかし状況は千鶴を更に置いてきぼりにする。

「フフ、全くそなたは相変わらず意地が悪い。私は今更自己紹介の必要はあるまい。そなたと共に過ごせること、嬉しく思う。これから宜しく頼むぞ、タケル」

「おう。こちらこそ宜しくな、冥夜」

とうとう最後の望みの綱であった冥夜までもが陥落した。
否、そもそも彼女が一番始めに武を名前で呼んだがために、こういう流れになったのだ。数に入れるほうが間違っている。

「さて、残るは委員長だけなわけだが……」

「委員長!? 委員長ってなんですか!?」

あまりにも呼ばれ慣れない呼び方に、千鶴が驚愕の声をあげる。

「榊はオレの学生時代の委員長にソックリなんだ。だから委員長。駄目か? まあ、駄目って言われてもそう呼ぶんだけどな」

わざわざ以前の呼び方に拘る自分を甘いと思わなくも無い武だったが、結局顔を合わせてみれば、この面子との付き合い方を変えること等出来はしないことに気が付いたのだ。

「ハア……分かりました。好きに呼んで下さって結構です。ですが、こちらからの呼び方はしばらく考えさせて下さい。宜しくお願いします、白銀“少尉殿”」

殊更少尉殿を強調する千鶴に、相変わらずの堅物ぶりを見た。
しかし千鶴は堅くはあってもそれ程物分りの悪い人間ではない。追々染まるだろう。

「ああ、こちらこそよろしく、委員長。それじゃあ訓練を再開する前に就任の挨拶も兼ねて一言。……みんな、守りたい物ちゃんとあるか? もしあるのなら考えてみて欲しい。それは自分一人で守れる物なのか、それを守る為にはどうすればいいのか。もし自分一人で答えが出ないなら誰かに頼ったていいさ。オレや神宮司軍曹も、いつだって相談に乗ってやる。けど、その前に周りを一度見直して欲しい。お前達には頼りになる仲間がいるはずだ。仲間を信頼できない奴は結局何も守れはしない。これは昔衛士だったオレが戦場で得た、生きた教訓だ。覚えておいて損は無いぜ。――ちょっと偉そうな言い方になっちまったな。今はまだ分からないかもしれない。けど、お前達ならいつか必ず分かる日が来るとオレは信じている。以上だ
それじゃあ訓練を再開してくれ」

武の言葉にそれぞれ思うところがあるのか、何事か考えるそぶりを見せたが武が締めくくると敬礼をしてから冥夜を除き、各々散っていった。

「どうした、冥夜? 皆、行っちまったぞ」

「私もすぐに訓練に戻る故、今しばらくは許すが良い。しかし、まさかそなたが国連軍で衛士になっていたとは思いもしなかったぞ」

「――え?」

武は心のどこかで、今の冥夜は“あの世界”の冥夜がなんらかの理由で自分と同じ様に、この世界へと飛ばされてきたものだと思い始めていたのだ。しかし、その言葉でその予想は覆された。

いっそ冥夜自身に問い詰めたくはあったが、この世界の白銀武との関係がはっきりしない以上、迂闊な言動は避けるべきだと判断した。

「もう行け、冥夜。皆待ってるぞ。今度ゆっくり時間をとるから……」

とにかく今は考える時間が欲しい。

「む、つれないな。しかし、最後に一つだけ聞かせて欲しい」

「なんだ?」

「純夏は元気か?」


 ◇ ◇ ◇


結局、冥夜の問いかけには言葉を曖昧にお茶を濁すしかなかった。

現在、ただの訓練兵でしかない彼女に、オルタネイティヴ第4計画の中核と言える鑑純夏の情報など、伝えられるものなどなにもなかった。

(オレのことだけじゃなく、純夏のことまで知っている、か……)

恐らくこの世界の白銀武と御剣冥夜は顔見知りである。それはいい。いや、よくはないがとりあえず置いておく。

だが、一般家庭の小市民である白銀武と、五摂家の一角たる煌武院家の双子の片割れであり、煌武院悠陽の影武者として御剣家で育てられたであろう冥夜との間に、なんの接点も見出せなかった。

(ああ、この世界は本当にオレの知っているどの世界とも違うんだな)

違いなど探せばもっと見つかるかもしれない。

武が最も恐れるのが、自分の持つ未来情報が何の役にも立たなくなることだ。
それに頼り切るつもりは更々ないが、なんらかの指針にはなるはずだった。
そしてそれは、早くも崩れ去ろうとしていた。

しばらく助言などを適度に与えつつ、冥夜たちの訓練風景を眺めていた武の前に、珍しくも社霞が現れたのだ。

「珍しいな、霞が外に出てくるなんて。どうした?」

「……香月博士に白銀さんを連れてくるよう言われました」

「先生が?」

現状に不安を感じていた武は、その言葉に嫌な予感を覚えた。

「先生、一体なんだって?」

「国連事務次官が来ているそうです」

「国連事務次官? ああ、なんだたまパパか……ってたまパパ! しかも来るじゃなくて来てる? それやべえよ」

彼の来訪は、ある凶悪なイベントの引き金になり兼ねないのだ。

つまりHSSTの落下。

しかし遡れば彼の来訪は壬姫の手紙が鍵となっていたはずだが今回は何故――そこまで考えてその理由に思い当たった。

レイヴンズである。

場合によっては、BETA、G弾に次ぐ脅威となりかねない彼等の動向を伺うために、事務次官自らがこの横浜に足を運んだのだろう。

「……はい。ですので白銀さんはレイヴンズの皆さんと合流して、至急、博士の執務室に来るようにとのことです」

霞の話では既に彼等の訓練も終っているらしい。夏の日の長さの為に失念していたが、時刻は十六時を回っていた。

「わかった。すぐに行くから霞は先に戻ってくれ」



 ◇ ◇ ◇



その頃、レイヴンズの面々はといえば、教導を終えPXで寛いでいた。

エイジス達がA-01に行った教導は、短い時間ながらも集中力を要するもので、シミュレーターとはいえ訓練が終る頃には全員足腰も立たない状況だった。

実際人間が最大限集中出来る時間は、三十分程度だと言われている。それを休憩もとらずに三時間ぶっ通しで行ったのだ。

これには流石のヴァルキリーズも口にこそ出さなかったが根を上げた。むしろケロッとしているエイジス達の方がどうかしている。

これ以上はかえって効率が悪くなると判断したエイジスは、早々に切り上げることにした。今はヴァルキリーズのみで、デブリーフィングを行っている最中であろう。

一方恭平が207Aに行った教導は、非常にまったりとしたものだった。

ただしこちらは実機を使って行われたのだが、恭平自身は衛士強化装備に着替えてすらいない。何故ならば整備主任である中島雷蔵に「おめえらに使わせる戦術機はねえ」と、釘を刺されていたからである。やはり習熟段階で、シミュレーターを二台もスクラップにしたのが響いたようである。

しかも恭平は新OSのことなどなにも伝えずに、彼女達を吹雪に搭乗させたのだ。

当然、ほぼ全員が初動で転けた。30%の即応性増しは伊達ではないのだ。
唯一、築地多恵だけが「はわわ~」等と奇声を発しながら持ちこたえた。意外な才能の発露であった。

その後、一度全員吹雪から降ろし、新OSの特性を解説した上で、指揮車両にてエイジス達の機動制御映像や操作ログを見せてやった。勿論これには彼女達から非難の声もあがったが、対した恭平の反論は暴言とも言えるものだった。

曰く「自転車だって一度転んだ方が早く乗れるようになるだろ? 誰だって痛いのは嫌だからな」だそうだ。

兎に角後は推進剤が切れるまで、飛んだり跳ねたりを繰り返させただけである。

207Aの少女達はAー01と違い、今すぐ即戦力として期待されていない分のんびりいくことにしたのだ。

このやり方は、エイジスも特に異存はなく、そのままやらせることにした。


「ときに隊長はパンチラとパンモロならどちらがより好みですか?」

「いきなり何を言い出すんだ、この馬鹿は?」

唐突に恭平が行った話題の転換に、どこか呆れたように言葉を投げ返す。

「因みに俺はパンチラ派です。あの見えそうで見えないところから不意に訪れる楽園のエロチシズムに、より魅力を感じます」

「つまり、ムッツリスケベってことですね?」

「まあね」

「……認めちゃうんだ」

「だから一体何の話なんだ?」

恭平とクララの埒も明きそうにない遣り取りに、エイジスの声もついつい荒くなる。

「いえね、隊長はご存知ないかもしれませんが、訓練兵の衛士強化装備ってなんかもう透け透けなんスよ」

「なん……だと……本当なのか、エイミ?」

話を振られたエイミは気乗りしないながらも、真実を語る。

「事実です。なんでも神宮司軍曹の話によれば、前線ではシャワーやトイレなど男女の区別が無い為、今のうちに羞恥心を麻痺させておく為だとか」

「嘘臭え! それ絶対開発者の趣味入ってるだろ?」

「ですよねー」

「正規兵の強化装備も相当アレなのに、彼女達は訓練中ずっと恭平に視姦されるのね。可愛そうに……」

「ブリジット先輩、それは断固としてNOです。もうなんか見てるこっちが気恥ずかしくなっちゃって俺、直視出来ないんスよ。……チラリ派ですし」

そんな割とどうでもいい話をしていると、白銀武が息せき切らせて飛び込んできた。

「ああ白銀、お前は訓練兵の衛士強化装備についてどう思う?」

「へ? ああ、あれですか。オレも始めは面食らいましたけど、そのうち慣れますよ」

「何? お前さてはモロ見え派だな? 俺はちょっと慣れそうにないぞ」

「――って、そうじゃなくて、大変なんですよ!」

武が掻い摘んで事情を説明すると、どこか弛緩していた彼等の表情が一変した。

「たく、何処の馬鹿がそんな物騒なものを?」

エイジスが吐き棄てるように呟く。

「オレが体験した世界では、オルタネイティヴ5派の妨害工作って話でしたけど、詳しくは分かりません。とにかく急ぎましょう」


事態は一刻の猶予も無いのかもしれないのだから。


 ◇ ◇ ◇


執務室に到着するなり開口一番夕呼は言った。

「遅い!」

「す、すいません」

反射的に謝ってしまったのは武だけだったが、夕呼の様子から察するに、既に相当切羽詰っているのかもしれない。

「で、どうなんです? 来ますかね?」

「確実に来るわね。既にエドワーズをHSSTが飛び立ったそうよ」

「1200mmOTHキャノンは?」

「あなたの話を聞いていたから一応用意はさせたけど、狙撃手がいないわ」

「あ!」

あの時は壬姫が奇跡的に打ち落とすことに成功したが、今回は頼みの壬姫も戦術機に触れた事すらなく、あがり症も克服しておらず、そんな彼女に頼るのはリスクが高いどころの騒ぎではなかった。

「俺がやりましょうか?」

「あなたが……?」

唐突に立候補した恭平に夕呼は訝しげな視線を送ると、

「オッズの高そうな賭けになりそうね」

と斬って棄てた。

「畜生、もう頼まれたってやってやらねー」

「香月博士の印象はともかく、恭平の狙撃の腕は俺が保障しますよ。しかし、外れたらそれで終わりなんてリスクは始めから背負うべきではないでしょう」

夕呼のあんまりな台詞に捨て鉢になる恭平を、エイジスがフォローする。

「ではどうすると? そりゃあ、あなた達がアレで迎撃してくれるのなら話は早いけど、ここ最近は乗ってきてないわよね? あなた達が戻るにしても時間が無いないわ」

夕呼の言うアレとはVF-19Aのことだろう。何故か未だにレーザー属種の標的になったことは一度も無い。しかし、確かに最近は乗ってきていないのも事実だ。足代わりに使うには大仰すぎるし大人数を運べないからだ。なにより、帝国をあまり刺激したくないというのが一番の理由だが。

「俺たちが戻る必要はありません。居るでしょう、もう一人あれを飛ばせる人間が。ところで、事務次官殿は?」

「さっきまではピアティフに基地内を案内させてたけど、今は恐らく指令室ね」

「それは丁度いい。俺たちも行きましょうか、指令室に。マザーレイヴンに連絡をとりに」


 ◇ ◇ ◇


指令室のドアを潜ると、皺一つ無い紺色のスーツを完璧に着こなした初老の男性が、右手を差し出しながらエイジスに語りかけてきた。

「ほう、君達がレイヴンズの諸君かね? 噂はかねがね聞いているよ。なんでも異世界からの来訪者とか」

「国連事務次官殿ですね。その噂がどのようなものかは存じ上げませんが、正式な挨拶はまた後ほど。今は一刻を争いますので」

エイジスはその手を握り返すと、挨拶もそこそこに通信を開いた。

因みに横浜基地の指令室には、最近フォールド通信システムなるものが増設された。
これは空間を入れ替えての通信システムの為、地球上であるならば距離に関係なくタイムラグ無しで連絡を取り合えるという優れもので、傍受の心配も必要ないという。
尤もフォールド断層なるものを超えてしまうと、数日から数十日というタイムラグが発生するらしいが、マザーレイヴンとしか連絡が取れない現状では、何の意味も無いリスクだった。

「よう、退屈そうだなギリアム」

『ああ、退屈すぎて死にそうだ。武の奴はどうしてる? こっちは訓練の準備を万事整えて、手ぐすね引いて待ってるってのに』

「そいつは武にとってはご愁傷様だな。こっちもいろいろトラブっててね。ところで一つ頼まれちゃくれないか? 何、簡単な七面鳥撃ちさ」

『ほう、俺を顎で使うとは随分と偉くなったもんだな、え? チェリーのエース』

「チェリーはもうよしてくれ。目標は追って指示を出す。今すぐ飛んで欲しい」

『フン、いいだろう。俺も地球に来てからこっち、飛びたくて飛びたくてウズウズしてたんだ。夕焼けの中の七面鳥撃ちってのも乙なもんだ』

「よろしく頼む」

そこで通信を切ると、エイジスが夕呼達に向き直った。

「もう安心ですよ。万が一にもギリアムが仕損じることはありえません」

「本当かね? あの方は司令官なのだろう?」

「何を言ってるんです? あの人は俺が去年入隊するまで現役バリバリでレイヴンズのエースだった男ですよ。ご心配には及びません」

どこか訝しむような事務次官の言葉に、エイジスが確信をもって断言した。

暫らく待つとモニターが、マザーレイヴンを監視する為に横浜港に設置された、定点カメラの映像に切り替わる。すると一機の国連ブルーにも似た、蒼穹色のVF-19Aがいままさに飛び立たんとしていた。

「ギリアム、目標はこの横浜基地をめがけて突っ込んで来る、HSSTと呼ばれる不届きな再突入型駆逐艦だ。地上の被害を最小限に留める為にも、電離層を突破する前に木っ端微塵にして欲しい。目標の衛星からのデータをそちらへ転送する」

『了解だ。しかしそうなると、土産にローストターキーは持ってかえれんぞ?』

「なに、遠慮は要らない。容赦なくやってくれ」

『ラジャー』

そう言い残し、ギリアムの操るVFー19Aはマザーレイヴンを飛び立つと、あっという間に大空の彼方へと消えていった。

『目標を捕捉した。これより迎撃に移る』

「速っ!」

「まあ、空力限界まで一分とかからないし、高度30,000Mを超えればマッハ20とかでるからな、アレ」

『ターゲットロック、あばよ』


 ◇ ◇ ◇


こうしてドタバタした割には、思いのほかあっさりとHSST落下事件は方がついた。

横浜基地に降り立ったギリアムは、行きがけの駄賃とばかりに武を拘束してマザーレイヴンへと帰って行った。

それを見送ったエイジスは武の今後を思い、胸元で十字を切った。

その後夕呼の執務室に顔を出すと、国連事務次官珠瀬玄丞斎も同席しており、ついでとばかりに、三日後の帝国軍との模擬戦の話を持ちかけられた。

「しかしVFと戦術機では、あまりにも戦場が違いすぎると思うのですが……?」

「だけどあの機体はそれ以上に戦場を選ばないでしょ。今回は向こうから言い出した話でもあるし、遠慮しないでやっちゃったら? ああ、ついでにXM3のお披露目もその日にやることにしたから、あの子たちのこともヨロシクね」

夕呼としてはXM3は手札としてもう少し後で切りたかったが、帝国に対しては、この機を逃すと商品価値が激減してしまう恐れがあるのだ。

VFとXM3を比べられたら、誰だってVFの方を選ぶだろう。
故に模擬戦はXM3搭載機を先に戦わせ、少しでもインパクトを与えておきたかった。

尤もコスト面で考えれば、現行の戦術機に搭載コンピューターを載せ換え、OSを書き換えればいいだけのXM3の方が、断然お得ではあるのだ。

あのVF-19A一機のコストで、一体何機の戦術機が作れることか?
夕呼は、軽く試算しただけでも眩暈がした。

それを聞いた玄丞斎はどうしてもそれを見届けたいらしく、その日までの逗留をきめた。

国連事務次官ともなれば、暇な身ではなかろうに。酔狂な事だとエイジスは思う。


結局この日は、その後のタイムスケジュールを確認するに止まりお開きとなった。

エイジスは今後の我が身の多忙さを思いつつ、一つ大きな溜息を吐いた。


 ◇ ◇ ◇


その夜、御剣冥夜の自室にて、月詠真那は己の敬愛する主と向き合っていた。

主に対し気がかりなことを進言する為である。

「何度申せばお分かり下さるのですか、冥夜様? 今日冥夜様の前に現れた白銀武は真っ赤な偽物でございます。残念ながら冥夜様が想いを寄せた武様は、BETA横浜侵攻の折に既に亡くなられているのです」

「そなたこそくどいぞ、月詠。それとも何か? 私が武と他の何者かを見間違えるとでも思っているのか。そのようなこと断じて在り得ぬ」

「しかし――!」

「もう良い、これ以上は聞きたくない。下がるが良いぞ」

「冥夜様っ!」

「下がれと申した」

「……は、では今日のところはこれにて。おやすみなさいませ、冥夜様」

主にここまで頑なに拒まれては、いかに真那が忠臣であろうとも大人しく引き下がるよりほかなかった。否、忠臣であるが故にだろうか?

部屋の外へ出ると、神代、巴、戎の三名が首を揃えて真那を迎えた。

「真那様……冥夜さまは?」

代表して問いかける神代に対し、真那は首を横に振った。

「駄目だ、何度申し上げても頑として聞き入れては下さらなかった」

「そうですか……」

「分かっているな? 我々は何があろうと冥夜様をお守りするだけだ。あの偽者が何が目的で冥夜様に近づいたか分からぬ以上、少しでもおかしな素振りを見せたらその時は……」

「は、心得ております」

真那が言いよどんだ言葉の先は、皆まで言わずとも三人には伝わった。

一体その名を騙る事がどれほど罪深いことか? いずれあの偽者には思い知らせてやらねば真那の気はすみそうも無かった。


――その命を代価として。






 あとがき

何をそんなに生き急いでるのさ、俺?

今回は速めの更新となりました。どうも、type.wです。

次回はいよいよ模擬戦を書こうと思ってるのですが、気持ちが逸ったのかもしれません。かと言って戦闘シーンが得意という訳ではありませんので、悪しからず。

今回は次回帝国軍が相手をするチートマシン、VF-19のことを少し語ろうと思います。とはいえ、機体性能などは今更なので、武装のほうに注目して見ましょう。

ミサイル類も今更なのでカット。問題はあのガンポッドですよ。

色々な処で言われているのですが、VF-1の時代で初速が5980m/secで、単位面積の破壊力が核爆発以上とか。

流石に製作者側もやりすぎたと思ったのか、プラスの時代で4000m/sec。更にクロニクルによれば2000m/secまで落ちています(但し弾頭に自己推進装置付)。

ですがここはあえてこのSSでは初期の設定でいこうと思います。
何故ならよりチートの方が楽しそうだからですが、どうでしょう?
ただ、そんな物から放たれるのが例えペイント弾だとしても、戦術機は無事で居られるのでしょうか? そこが問題です。

因みにすっかりサブウェポン扱いの頭部レーザー砲、及び両腰の半固定レーザーですが、1.5MWだかGWだか(詳しくは忘れました)の出力で、大気圏内での射程は50km程だそうです。

ホントかよ、これ?


P.S

今回は眠い目を擦りながら書いたので、誤字、脱字等が目立つかもしれません。
もし見つかりましたら感想板にてご一報お願いします。









[24222] 第十話 サーカス
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/02/04 16:38



「0714、0720。ブリーフィングを始めます」

マザーレイヴンのブリーフィングルーム内に於いて、エイミがその始まりを宣言した。

「さて、既に聞いているとは思うが、本日は帝国軍との合同演習を行う。相手は帝都第1防衛師団・第1戦術機甲連隊から一個中隊が横浜に送られてくるらしい。乗機はType94不知火だ」

「中隊? まさか師団ごと来るとは思っちゃいなかったが、もしかして俺たち侮られているのか?」

「まさかな。あちらさんにしてみればそれこそ“舐めるな”と言ったところだろう。なにしろこちらは、たった三機で相手をしようと言うのだからな」

ギリアムとエイジスの遣り取りを、どこか疲れた面持ちで武は聞いていた。
連日のギリアムによる教導が、確実に武の身体を疲労で蝕んでいるのだ。

武とて衛士の端くれである。並の鍛え方などしていないつもりだった。ただ、ギリアムの錬成がそれを上回っただけなのだ。

神宮司まりもや伊隅みちる等、厳しさには定評のある彼女達の訓練も、ギリアムのそれには遠く及ばない。エイジスに「覚悟だけはしておけ」と言われてはいたのだが、その言葉の意味を、武は漸く思い知った。

「おい、聞いているのか? 卵野郎」

そしてこれである。

あの日以来、ギリアムは武を名前で呼ばなくなった。
ギリアムが武を呼ぶときは主に「貴様」、「チェリー」、「卵野郎」のいずれかで、一人前には程遠いということへの暗喩であった。

シミュレータとはいえ、初めてVFのコクピットに触れたときの感動などは、武にとっては既に忘却の彼方である。

「は、聞いております」

「だったら疲れた顔なんぞ見せるな。……ふん、まあいい。とにかくこの結果如何によって、今後の帝国の我々に対する態度も大きく変ってくるだろう。演習とはいえ気を抜くなよ?」

「つまり思いっきりたたんじまえってことですか?」

「そうだ、任務のつもりで事に当たれ。作戦名は『Peter Pan』だ」

恭平の質問に、ギリアムが念を押すように応じる。たかが模擬戦に作戦とは少し大仰に感じなくもないが、恐らくそれがここの流儀なのだろう。

「差し詰め私達はネバーランドに迷い込んだウェンディってところかしら?」

「そんなところだ。部隊コードもそれでいくから覚えておけ」

ギリアムとスージーの遣り取りに、武はどこか違和感を覚え、そして直にそれに思い当たる。上官同士の会話に口を挿んでいいものか迷ったものの、武は思い切って訊いてみることにした。

「あの……部隊コード変るんですか? レイヴンズ、ですよね?」

「ああ、武にはまだ言ってなかったか。俺たちに特定の部隊コードは存在しない。作戦名に応じた部隊コードをその都度設ける」

武の質問にはエイジスが応じてくれた。しかし、理由がわからない。

「なんでそんな回りくどいことを?」

「それはな……」

「それは?」

エイジスはもったいぶるように、一拍間を置いてからこう告げた。


「趣味だ」


この時は自分をからかうための冗談だと思っていた武ではあったが、まさか本当にギリアムとエイジスの趣味による物だと、後日改めて知ることとなる。



第十話 サーカス



午前中に前哨戦として行われたA-01と帝国軍の一戦は、白熱したものではあったが、結果だけみればA-01の圧勝と言えるだろう。

中隊同士の対決とはいえ、現在A-01は七機しか存在せず、事実上二個小隊にも満たないのだ。帝国側は数を合わせることを提案してきたのだが、香月夕呼はそれを一蹴した。

これに対し帝国軍衛士がどのように感じたか、武は想像することしか出来なかったが、まず間違いなく心中穏やかではいられなかったことだろう。

兎に角そんな険悪なムードの中行われた一戦は、先ず口火を切ったのはお互いの突撃前衛であり、その時点で勝負は決したと言ってもよかった。

A-01の突撃前衛三機に対し、帝国軍は四機。
数の上では勝っていた帝国軍ではあったが、三次元機動を巧みに操るA-01の突撃前衛の前にはなす術も無く、たった一機を中破にもちこむのが精一杯で、後衛陣に援護をさせる暇も与えなかった。

これには武も驚かされたが、もちろん理由がある。

レイヴンズによる教導である。

彼らは先ず、自分達の機動を散々と体験させてから、武による挙動制御映像と操作ログを公開した。結果、A-01の面々は「あ、これならできるかも?」と、思い込み、事実、武の動きをほぼマスターしてしまったらしい。

これは先んじて椎野恭平が207Aに行ったやりかたで、しきりに感心したエイジスがA-01にも試したところ、その効果は劇的だったと言う。

“前の世界”で、誰にも真似出来ない変態機動と言われ続けた武の挙動制御技術を、たった三日でここまで再現出来るようにさせるとは、武としても思いもよらなかった。

それはともかく、この時点で7対8。数の上でのハンデは、ほぼ無くなったといえる。あとは乱戦である。しかし、劣化コピーであるとはいえ帝国軍が相手をしたのは七人の武ともいうべき存在で、最終的に時間切れ一杯まで生き残れたのはたったの二機。対してA-01の方は、さすがに無傷とはいかなかったものの、二機を失ったに過ぎず、どちらが勝ったのかは明白だった。

これを観戦していた帝国首脳陣も、XM3の性能とA-01の技量に感嘆の声をあげた。これは香月夕呼としても、取りあえずは大成功といえるだろう。

因みに武は横浜基地に特別に設営された会議室において、夕呼やブリジットと肩を並べて帝国首脳陣の接待を命じられた。また特別に『ティンク』なる部隊コードが与えられたが、これは流石に洒落が過ぎるだろう。

この結果を受けて最初に発言したのは、帝国首脳陣の中でも一際異彩放つ風貌を持つ男だった。

「正直驚きました、香月博士。A-01部隊の腕前もさることながら、あの機体に搭載されたOS……XM3と言いましたかな? かなり即応性が上がっている様に見受けますがいかがですかな?」

「これは巌谷中佐。流石に伝説のテストパイロットの目は誤魔化せませんわね。即応性だけでも30%は増している計算です」

帝国技術廠・第一開発局副部長、巌谷榮二中佐。
かつて帝国斯衛軍に正式採用された、撃震の強化改修型である瑞鶴のテストパイロットであり、それをもって米国自慢のF15-Cを打ち破ったという伝説は武も一度ならず耳にしたことがあり、帝国に住まう衛士ならば知らぬ者は居ない程、有名な男である。

彼の発言を受けて夕呼が先行入力やキャンセル、コンボといったXM3の新機軸を説明していく。

「ほう、それは彼等からの技術提供で?」

「いいえ。これは私が独自に開発したもので、研究中の並列コンピューターを戦術機に応用した物です。時期が時期だけに中佐がそう思われるのも仕方がありませんが、私にとっては研究の合間の暇つぶしのような物ですわ」

これは夕呼得意のハッタリではあったが、それ自体は武の提案である。
武がレイヴンズに所属している今、自分が発案したとなればややこしい話になるからである。

「私の言葉を嘘と取るか真実と取るかは皆さんにお任せしますが、それは彼等の持つ力を見届けてからにしてもらいたいものですわ」

因みに夕呼の言う皆さんとは、斯衛軍から斑鳩、紅蓮の両名。国連からは珠瀬事務次官。帝国サイドから榊首相、巌谷中佐の両名である。
斑鳩、紅蓮、榊の三名は、以前の武の話を聞いていたので真実を知っていたが、この場に於いては何も言わなかった。

「わかりました。まずは彼等の力を見ることにしましょう。しかし、彼等は何故三本勝負をもちかけたのですか?」

そう、レイヴンズは帝国の挑戦を受ける条件として、何故か三本勝負を持ちかけたのだ。

「さあ? 私には分かりかねますが……スパーク中尉?」

夕呼自身聞いていないことだったので、身内であるブリジットに話を振る。

「私も詳しくは聞いていませんが、恐らく三段変形を一つずつみせるつもりではないかと? ただ、予想の斜め上を行く人達ですので、明言は避けたいと思います」

次いで夕呼は武に視線を送ってくるが、武は肩をすくめて首を横に振ることで応えた。武とて聞かされていないし、むしろこっちのほうが知りたいぐらいなのた。



 ◇ ◇ ◇



帝国軍衛士がしばしの休息を終え、いよいよレイヴンズとの一戦が始まろうとしていた。

『キャトコー、コマンドコードチェック。VF-Xウェンディ、OK?』

通信機越しに聞こえてきたのは、エイミ・クロックスの声だった。
どうやら彼女、今日は本来の職務に戻っているらしい。たまにはこんな日があってもいいと武は思う。

『OK。VF-Xウェンディ1、レディ』
『2、レディ』
『3、レディ』

『OK。VF-Xウェンディ、ミッション【Peter Pan】スタートです』

どうやら彼等は、戦闘機形態で演習場に突入するらしい。
既に帝国軍の配置は整っている。あとはレイヴンズが戦域に突入するだけなのだが……。

『いいか? 一本目は予定通り速攻で片付ける。ぶちかませ』

『ラジャー』

エイジスの言葉を受け、三機のVF-19Aが三方向へ散り、それぞれ別の角度から低空飛行で戦域へ突入。ほぼ同時にマイクロミサイルを全弾発射。一機あたり二十四発、都合七十二発ものミサイル群が極超音速で帝国軍の不知火に迫る。

出鱈目な誘導性を持ったそれは、廃ビル等の障害物を掻い潜りながら、単純計算で不知火一機につき六発ものミサイルが狙い違わず命中した。

勿論直撃させてしまうと模擬弾とはいえ危険なので、直前で炸裂する仕様になってはいるが、結果、漆黒のはずの烈士の不知火を真っ赤に染め上げた。

『なぁにぃぃぃーーー!』

訳も分からないまま大破判定を受けた帝国軍衛士から悲鳴が上がる。

「ちょっと待てぇぇい!」

ほぼ同時に武と一緒に観戦していた、誰かが非難めいた声を上げる。

(大人気ねえ……あそこまでやるか?)

武自身そう思わなくもないオーバーキルっぷりだったが、まあ航空兵器と地上兵器との戦いなんてこんな物である。

事実BETA大戦初期の人類も、航空兵力を用いて戦局を優位に進めていた時期があったのだから。


兎に角一本目はレイヴンズによる瞬殺劇によって幕を閉じた。


 ◇ ◇ ◇


AVF――Adovanced Variable Fighterと銘打たれたそれは、単機もしくは少数による編成で反応弾を用いずに敵中枢を制圧、もしくは破壊出来る機体を作れ、という非常識とも言える軍の要求仕様に新星インダストリーとゼネラルギャラクシーの両社がそれぞれ出した答えがVFー19とVF-22の二機種である。

マシンマキシマム構想で開発が進められた両機は、人間の限界能力をはるかに凌駕する機体となった。進化したアビオニクスによって制御するには至ったが、結果として乗り手を選ぶ“じゃじゃ馬”となってしまった。
特にVF-19はそれがより顕著に現れていて、最後の有人可変戦闘機とまで呼ばれるまでになり、現在に至ることとなる。


模擬戦の合間にブリジットによって彼等の乗機、VF-19の説明が行われた。
エイミ同様、説明上手ではあったが与える印象はまるで違い、エイミが講壇で教鞭を執る講師に例えるならば、ブリジットはまるで観光地のガイドの様であった。

「――また若干性能を落とし一般兵向けにリファインされたたC型、F型、S型も存在しますが我々レイヴンズでは運用していません。A型は先行量産機ではありますが、試作機であるYF-19の正当な血統であり、その能力は勝るとも劣らないものとなっております」

「つまり、それを手足のように操る彼等は……?」

「はい、何れも劣らぬ化け物揃いです」

身内にしてはあんまりなブリジットの言い草ではあったが、帝国の面々は事此処に至り、自分達の見積もりが甘かった事を痛感した。


 ◇ ◇ ◇


今度はバトロイド形態で、帝国軍の不知火と向き合う形で開始された二本目は、ある意味一本目より滅茶苦茶と言えた。

『VF-Xウェンディ各機、オールウェポンズフリー』

『ラジャー』

全武器使用自由――かつて聞き慣れた言葉ではあったが、巌谷榮二の耳にはこの上なく不吉な物に聞こえた。

そして、その予感が外れることは無かった。

まず、帝国軍の放つ弾丸が当たらない。
レイヴンズの操るVF-19Aは、先のA-01を上回る三次元機動――元々宇宙や大空を主戦場とする彼らに上も下も無いのだろう――によってまるで曲芸のように次々とかわしている。

制圧支援の放つ多目的自律誘導弾などは、レーザー機銃とガンポッドを巧みに使い分け、一つ残らず迎撃された。また稀に直撃弾があっても、左腕に装備されたシールドに展開されたピンポイントバリアによって、中空に波紋の様な物を残し掻き消された。

ならばと近接戦闘を挑んだ機体は、振り下ろした模擬刀をピンポイントバリアパンチでへし折られ、その勢いのまま機体を掠めて背後の廃ビルに突き刺さったその拳が巻き起こした倒壊に巻き込まれ、無力化の憂き目を辿った。

こうして一機、また一機と撃破されていく帝国の烈士達を見ながら榮二は思う。

(せめて大隊……いや連隊で対応させるべきだったか?)

それで結果がどう変るかは未知数だったが、ここまでの無様を晒すことは無かった筈と信じたい。

『う、うわあぁぁぁーーーっ!』

とうとう最後の一機となった不知火が、エイジスの駆るVF-19Aに我武者羅に突貫して行く。恐らく恐慌状態に陥っているのだろうが無理も無い。

エイジスは慌てず、無慈悲とも言える冷静さで迎撃。その時点で全てが終った。

『状況終了です。お疲れ様でした』

『さて、いよいよ三戦目な訳だが――』

「……もういい。香月副司令、やめさせてやって下さい」

これ以上は、帝国軍衛士の心に深いトラウマを残すことになりかねない。既に手遅れかもしれないが……。

エイジスにその旨を通達すると、特に異存は無い様だ。

『しかし三戦目は三段変形を活用した鬼ごっこを考えていたのですが、残念です』

まさか最後に用意されていたのがそのような遊戯であったとは……成る程、予想の斜め上を行く。

どうやら彼等は任務であっても、遊び心を忘れないらしい。


彼らと会い、直接話をするのがますます楽しみになる榮二であった。


 ◇ ◇ ◇


「まずは、彼等が戻る前に香月博士にお聞きしたいのは、あのXM3と呼ばれるOS、帝国軍並びに斯衛軍に提供する準備がある……と考えてよろしいのですかな?」

「勿論ですわ。帝国には今後の為にも戦力を増強して頂かねばなりませんので」

代表して発言した榊首相の言葉に応じた夕呼の台詞は、暗に裏がありますと言っているようなものだったが、この場に集った面子にとっては今更だろう。

逆に何の裏もありません等と言われた日には、その時こそ夕呼の正気を疑うだろう。

「では次は私から。彼等レイヴンズは我々にその技術を一部でも提供して下さるとお考えでしょうか?」

「さあ? 私の方からは技術の漏洩を彼等に禁じられていますので、何も洩らすことは出来ません。ただ今回の様に窓口になって差し上げることぐらいしか出来ませんので悪しからず」

レイヴンズに興味津々といった様子の榮二の質問に応える夕呼を横目に、武は「成る程、そう来たか」と感心した。

これを期に夕呼は、レイヴンズと帝国の両者を相手取り、双方に恩を売りつけるつもりなのだろう。自分には何の実害も無く利益を得ようとするそのやり方は、実に夕呼らしいと武は思う。

「我々も彼等に対し誠意を見せろ、という事であろうか?」

「やり方はお任せしますが、いかに我々に好意的とは言っても彼等とて聖人君子ではないでしょう。より誠意を見せられた方が話は上手く運ぶと考えますが?」

今度は斑鳩の質疑に対応する夕呼であったがしかし、彼女、よくもまあ自分やブリジットが居る前で、この様なことが言える物だと感心する。
まあ、聞かれて困ることを洩らさないあたり、それも彼女らしいと言えば彼女らしいが。

「あい分かった」


そこまで話したところでインターフォンのブザーが鳴った。

一度マザーレイヴンに帰還したエイジス達が、ギリアム、エイミ、クララを伴って馳せ参じたらしい。


さあ、帝国との交渉第二ラウンドの始まりである。







 あとがき

さて皆さん、週刊SHOOT&SHOUTですがいかがでしたか? どうも、type.wです。
因みに週刊は嘘です。type.wは意味の無い嘘をよく吐くので気をつけて下さい。

今回はいよいよ模擬戦となりましたが、ちょっと淡白になり過ぎた感は否めません。完全にサブタイトルに対し名前負けしています。板野サーカスを期待された方には、この場を借りて謝罪します。申し訳ありませんでした。


――って言うか、あんなもん文章で表現できるかっ!


……すみません、取り乱してしまいました。


さて皆さん。三角関係はお好きですか? 私は大好きです。

では、ハーレム展開は? 私も読む分には大好きです。

ああ、また長くなりそうな前振りだよ……と感じたあなた。



正解です。



よって、今回もスルー推奨でお願いします。

何故今回、突然こんな事を言い出したのかと申せば、このSSではハーレム展開は無いと断言する為です。

もし、それを期待されている方が居たならば、申し訳ありません。

と言いますのも、私はハーレム展開の着地地点が分かりません。つまり、ゴール、もしくはエンディングが書けないということです。

私はこの手の物語は恋愛模様に決着を付けてこそ、初めてエンディングが迎えられると考えております。むしろ、そこに至るまでのすったもんだが書きたかったりします。

遡ってみればこのmuv-luv板限定ではありますが、一体何人の作家様がこの展開に挑戦して筆を折られたことか……。勿論、私生活の方が忙しくなり、止む無く筆を置かれた作家様も居られるとは思いますが、それほどまでにハーレム展開の決着は難しいと言わざるを得ません。

勿論、今尚この展開に挑戦している作家様には大いに期待します。私も嫌いではありませんので、むしろもっとやれといった心境です。きっと私などには及びも着かない華麗な着地を決めて下さると信じています。

長くなりましたが、このSSに於いては、武、エイジス、恭平、ギリアム(ギリアム?)の恋愛模様には必ず何らかの決着がつくとお考え頂ければ、と思います。


え? 孝之はどうするかって?


無理じゃないかなあ……だって、孝之ですよ?


それでも尚、お付き合い下さる方は今後とも宜しくお願いします。


それでは今回はこれにて。また次回お会いしましょう。 















[24222] 第十一話 心に棘を、心に花を
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/02/11 02:20



第十一話 心に棘を、心に花を



無人の廊下を恭平とエイミが行く。


一度、横浜基地の特設会議室に集った筈の彼等が何故こんな所にいるかと言えば、早い話が追い出されたからである。

「流石にちょっと冗談が過ぎたか?」

「当たり前です。冗談を言うにしてもTPOという物を少しは弁えて下さい」

恭平の言った冗談というのは、帝国首脳陣に模擬戦の感想を求められた時のもので、その折に交わされたやり取りは以下のような物である。



「このような結果に終わりましたが此度の模擬戦、貴官らがどの様に感じたか率直な意見が聞きたい」

「フフ、まさか奥の手である三位一体究極合体を披露する前に終ってしまうとは思いもよりませんでした」

「な、なんと!」

「この上合体だとっ!」

「いけね。信じちまった」

「嘘かっ! この野郎」

「いやいや、いくらなんでも流石に合体は無いでしょう。ねえ、先生?」

「……当たり前でしょ」

「何ですか、今の間は? まさか先生……?」

「うっさいわね」

「恭平」

「は? なんスか? 隊長」

「出てけ」



どの発言が誰の物であったかは割愛するが、恭平に退室を言い渡した際のエイジスはとてもいい笑顔だった。それはもう震えが来るほどに。

こうして接見からわずか五分足らずで、椎野恭平は席を追われることとなった。

「概ね狙い通りだけどね」

「やっぱりわざとでしたか」

いかに恭平と言えど、発言があまりにも突飛すぎた。あれでは追い出してくれと言っている様なものである。

「顔、覚えられたくなかったんだよ。それにしても流石は隊長。部下の心を汲んでくれるいい上官だね」

「単に邪魔だっただけでは? まあ、私はとんだとばっちりですが……」

「まあいいじゃないか」

勿論、エイミは特に何かをした訳ではなく、恭平のお目付け役を命じられたのだ。何しろこの男の手綱を御することの出来る人間は限られている。まさかギリアムやエイジスがついて行く訳にもいかず、かと言って他の者には荷が重く、下手をすれば助長させる結果にもなりかねない。

しかしこの男、反省の色がまるで見えない。

「自重しろと言っているんです」

「いや、俺がいいって言ったのはさクロックス、お前地球に来てから働きすぎだ。いい機会だからゆっくりすればってことだよ」

「それは他の皆も同じですし、あなたも同様でしょう?」

「皆は適当に息を抜いてるよ。俺にしたところで教官って言っても殆どただ見てるだけだし。休める時にも休んでないのはお前だけだ。まあ、いい機会だしせっかくだからPXにでも寄ってのんびりお茶でも飲んでいこう」

原因はともかく結果として時間が空いてしまったのも確かではあったし、その気遣い自体は心地よいものだったので、エイミはその言葉を快く受け入れることにした。

「それはお誘いですか? いいでしょう、受けて立ちます」

「なんか違う……まあいいけど。ん?」

そこまで話した時、二人の歩く先に何者かが佇んでいることに気が付いた。

それは斯衛の赤い軍服を纏った綺麗な女性だった。その容姿と凛々しい立ち姿は同姓であるエイミの目から見ても惚れ惚れする程である。ただし敵意、或いは殺意と言い換えてもいいそれをその身に纏っていなければの話である。

「椎野中尉?」

「何故俺に聞く?」

「少しはご自分の言動を省みてはいかがですか?」

「いや、多分これは――」

エイミ自身、見知らぬ女性に敵意を向けられる覚えは無かったので、恭平に尋ねてみる。何しろこの男、本人も無自覚の内に敵を作っている可能性があるのだ。

「地球統合軍の士官の方とお見受けする。貴官らに少々尋ねたいことがあるのだが、時間、宜しいか?」

半ば放置する形で会話を進めていた二人に、女性の方から声がかけられた。

「突然そのようなことを言われましても対応に困るのですが。先ずは名乗られてみては如何でしょうか?」

「これは申し遅れました。私は帝国斯衛軍第19独立警護小隊所属、月詠真那中尉と申します。以後、お見知りおきを」

対応自体は丁寧なものだったが、真那の発する敵意は少しも衰えることはなかった。

「もしかして白銀関連か?」

恭平がそう問いかけた瞬間、今まで鉄面皮を装っていた真那の片眉が跳ね上がり、その身を覆う怒気が膨れ上がった。

「やっぱりね。それで訊きたい事ってのはアイツのこと? だとしたら機密に抵触しない範囲でしか話せないけど、それでも良いのであればお付き合いしましょう」

恭平は真那の怒気を柳に風とばかりにサラリと受け流す。まさか、生粋のバルキリー乗りであり戦士である彼が、エイミでも気付くような相手の敵意に気付かないはずも無かろうに、この図太さは一体何なのだろう? 更に言うのなら、彼が時折見せる勘の良さ――ある種の鋭さは一体何なのだろうかとエイミは思う。

何故ならば、以前白銀武に聞いた回想に、月詠真那の名など一切出てこなかったのだから……。

「それで構いません」

「うん、じゃあ行こうか」

「は? あの、どちらへ?」

「PX。ちょうど俺たちもお茶でも飲もうかって話をしていたところだったし、立ち話もなんだから一緒にどうですか?」

そして空気を読まず、自分のペースに持ち込むその手管には、ある種の頼もしさすら感じるのだが……。

「ナンパですか? 椎野中尉」

「ちょっ、何言ってんのクロックス? 話聞いてたか? 隊長じゃあるまいし」

「それもそうですね。あなたにそんな度胸は無いでしょうしね」

「無いけどっ! 無いけどお前ね、後で覚えとけよ」

「おやまあ、何を見せてくれるのか実に楽しみです」

「ぐ……クッ、畜生」

二人の漫才じみた遣り取りに、痺れを切らした真那が口を挿む。

「……そろそろ宜しいか? PXと言わず何処へなりとも付き合おう。故にそのようなことで言い争わなくても良いのでは……?」

「そのような……」

「……こと、ですか?」

「むっ、す、すまない 出すぎた事を申しました……ではなくっ、時間も勿体無いのでそろそろ移動しようか、と言っているのです!」

一瞬とはいえ、あの月詠真那をたじろがせたと白銀武あたりが聞けば、一体どのような感想を洩らすだろうか? 

「それもそうですね」

「だな」

意外とあっさりとした二人の応対に、真那は完全に毒気を抜かれた。

白銀憎しの一心で、関係者であろうこの二人に相対してきたが、よくよく考えてみれば、白銀武と地球統合軍を名乗る輩の関係も未だ不透明なままである。

あの偽者を許すつもりは更々無いが、この二人にまで同様の態度で接する必要は無かったと、真那は心中で自省した。

「では、行きましょうか」


 ◇ ◇ ◇


20時を過ぎた頃、漸くエイジス達がPXに姿を現した。

「お、隊長お疲れ様です。会談の方はいかがでしたか?」

エイジスは声をかけてきた恭平を横目で見ると、どうやら既に食事まで済ませて待っていたようである。実にいいご身分だと思わざるを得ない。

「ああ。とりあえずお前に切腹の沙汰が言い渡されたよ」

「嘘だろっ!」

「嘘だよ馬鹿野郎。多少拗れたが概ね順調に纏まった。お前の笑えないジョークが無ければもう少し早く終ったかもな」

恭平に対し軽く意趣返しを済ますと、エイジス達は各々に食事を持って席に着いた。

「いや、あれはですねえ……」

「わかってるよ、だから望み通り退席させてやっただろうが。ったく、お前のお偉いさんアレルギーも、ここまでくると本物の病気だぜ。だったら始めから来なけりゃ良かったんだ」

「成る程、その発想は無かったです」

「それはともかく、どの様に話が纏まったかお聞かせ下さい」

「ああ、さっきは順調と言ったが少々厄介事を抱え込んじまったかもしれない」

エイミの質問にエイジスはそう前置きしてから話し始めた。

先ず第一に、マザーレイヴンの帝国領海内の渡航の自由が認められた。
条件としては、帝国の有事の際にその戦力となることだが、これは強制ではなく、レイヴンズは独立戦隊として、その裁量を如何なく発揮することを期待されている。

「随分甘いですね」

「まあな、だがここからが本題とも言える」

第二に帝国からの武器、弾薬の提供である。これもまた随分甘い話の様に聞こえるが、実はそうではない。

「それってこちらから武器、弾薬をサンプルとして提出しろってことっスよね。受け取った後はじっくり研究ってわけですか。セコイ真似しますね、帝国も。それで、受けたんですか?」

「いや、これは珠瀬事務次官が待ったをかけた。現在帝国は技術はともかく資源の多くを輸入に頼っているのが現状だ。世界に先んじてそんな真似をしたら、各国が帝国に対して輸出に制限を掛けかねんらしい。これは国連の決議待ちだな」

「まあ、弾薬程度ならマザーレイヴンでも造れますが、資源が無いと流石に無理ですね。いっそ、一度宇宙に出て資源の回収も視野にいれるべきかもしれませんね。他には?」

「ああ」

第三に戦術機関連の技術の提供である。
熱核エンジンにエネルギー変換装甲。数え上げればきりが無いほど転用できる技術は多岐に渡る。帝国としてはどうしても押さえておきたいところだろう。

「でもそれって、さっきの弾薬の話と何処が違うんですか?」

「先ず前程が違う。俺たちは香月博士に技術の提供を約束したが、横浜基地にはそれを形にする施設が無い。それを成す為には、どうしても帝国の協力が必要だとおしきられたよ」

「なんだか詭弁っぽいっスね」

「全くな。誰が言い始めたのかは知らんが、女狐とは良く言ったもんだと思うよ」

ここまで黙って話を聞いていた白銀武が大きく項垂れた。何も彼が気に病むことは
無いのだが、紹介した手前、肩身が狭いのかもしれない。

「こちらは巌谷中佐が国防省で議題にかけてみるらしい。これもその結果待ちだな。そこで合意が得られれば、ウチからも技術陣を派遣しなけりゃならん」

「うわ、お役所仕事ばっかりだ」

「まあな、しかし大変なのは巌谷中佐だろう。彼は最近も国産戦術機関連で一度揉めたらしいからな。帝国には横浜にアレルギー反応を示す人間も多いらしい。おしきるには相当苦労するだろうよ」

エイジスはこの先の榮二の気苦労を思い、大きな溜息をついた。

「でもまあ、いきなりバルキリーを造ろうって訳でもないでしょうし、上手くいくんじゃないですか。仮に造ったところで、パイロットが居ませんが」

「それだ」

「はあ? なにがです?」

「だから厄介ごとってやつだよ」

最後に帝国がレイヴンズに提示してきたのが、人材の交流である。
交流と言っても一方的なもので、パイロット候補として五人の訓練兵を差し出してきたのである。

「訓練兵って誰のことです?」

「惚けるな。もう大体察しがついているだろう。207Bの少女達だ」

元々帝国が国連に人質も同然に預けていたのが彼女達である。このまま任官もさせられず燻らせておくよりは、将来を見据えてレイヴンズに預ける方に、より多くのメリットを感じたのかもしれない。

「そこまでして私達になんのメリットがあるんですか?」

「無い……とも言い切れない。何しろ俺達は、武を含めてもまだパイロットが四人しか居ない。機体は余ってるってのにな。恐らく対BETA戦は手数の勝負になる。パイロットは一人でも多いに越した事はないさ」

「しかし、香月博士がよく許可したもんですね。彼女にとっても有用な人材でしょう、207Bは?」

「だから女狐なんだよ。あの人は」

夕呼は国連横浜からの出向という形でならという条件で、許可を出したのである。
これには一見何の意味もないように思えるが、あの香月夕呼が意味の無い真似などするはずもない。

彼女は白銀武の未練を利用した。

つまり彼女は白銀武に対して枷を嵌めたのである。武に枷を嵌めることは、現状レイヴンズに枷を嵌めることと同義である。

突っ撥ねても良かったのだが、ギリアムはこれを受け入れた。
元より裏切るつもりも無かったし、戦う相手に変わりはないからだ。

「まあそれも彼女達が総戦技演習に受かればの話さ。無能な人材なら俺達も必要ないからな」

「でもその演習って確か十一月でしたよね? それじゃ遅すぎやしませんか?」

「当然早まったさ。来月には行われるらしい」

「受かるんですか?」

「武に訊け」

その場に居る全員が、視線だけで武に問いかける。

「び、微力を尽くします」

武の力の無い返事でお開きとなりかけたのだが、エイミが待ったをかけた。

「白銀少尉、あなたに伝言を承っています。『今夜二十一時に横浜基地の屋上で待つ』だそうです」

「誰からですか?」

エイミの言葉に武が首をかしげる。

「帝国斯衛軍の月詠真那中尉です。あなたのことを色々訊かれたのですが、のらりくらりとかわしておきました。……椎野中尉が、ですが」

「んげっ」

今回は国連のデータベースの改ざんを行っていないので、月詠関連のイベントは発生しないと高を括っていたのだが、冥夜の言動を鑑みるに真那の目からみれば、自分は今まで以上に不審人物に映っていることだろう。

(まあいい)

いずれは通らなければならない道ではあるし、彼女には訊いて置かなければならないこともある。場合によっては全てを打ち明けねばならなくなるが、その時彼女がどの様な行為に訴えるかは、真那自身に任せるしかない。

そこまで考えて武は覚悟を決めた。しかし――。

「――って、二十一時!? あと五分くらいしかないじゃないですか!」

「ごめんなさい。話は覚えていたのですが、時間のことを失念していました」

「ああっ、もうっ」

「待て、白銀」

慌てて駆け出そうとした武を、今度は恭平が呼び止めた。

「なんですか、手短にお願いします」

「なんだか彼女、ただ事じゃ済まない雰囲気だったぞ。だから……死ぬなよ」

「それはあなたのせいでもあるのでは?」

エイミの言葉に聞き捨てならないものが含まれていたが、気にしている場合でもない。

何しろ遅れてしまえばその可能性は飛躍的に高まるのだから。

「善処しますよ」

そう言い残し、武は真那の待つであろう屋上へと駆け出した。


 ◇ ◇ ◇


同時刻、帝国軍朝霧駐屯地にて、ペイント弾で真っ赤に染め上げられた不知火を、沙霧尚哉は忸怩たる思いで見上げていた。

そこには烈士の象徴たる面影は、どこにも残っていなかった。

「なんと無様な。三戦も行って一勝もあげられないとは……。それでも貴官らは誇り高き帝国の烈士であるつもりか? やはり、私が赴くべきだったか……」

「あなたの実力は誰もが認めるところですがね……沙霧大尉、あなたでもアレに勝つのは無理ですよ」

尚哉の呟きに応えたのは中尉階級の男で、今日横浜に赴いた中隊の突撃前衛長を務める男だと記憶していた。

「なんだと、貴様! 同じ人間が操れるものならば、一矢も報いれんなどあるはずもなかろう」

尚哉は勢いに任せてその中尉の胸倉を掴む。

「あんたはアレを見てないからそんなことが言えるんです。アレは……化け物だ」

「クッ……」

自分の身体を抱え込むようにその身を震わせる中尉を情けないと思わなくも無かったが、確かに見てもいない自分が彼に当たるのは筋違いだと気付き、その手を離す。

「そもそも一戦目の新OSを積んだ不知火もどうかしていたんだ。榊首相や巌谷中佐も同行していたし、もしかしたら横浜産の技術を帝国に導入するための、交渉を行ったのかもしれませんがね」

「なんとっ、それは殿下の御意志にあらせられるか?」

「さあ。小官ごときには判りかねる事です」

「むう」

もしもこのまま現政権が、政威大将軍たる煌武院悠陽殿下をないがしろにし続けるつもりなら、自分が立つことも仕方なしと考えていた尚哉ではあったが、時期を誤る訳にはいかない。

現政権が、殿下に権限を返上するならそれで良し。

しかしこのまま傀儡政権を続けるつもりであるならば、いかなる艱難辛苦の道であろうとも、その時こそ自分が――。


沙霧尚哉は決意も新たに独り、見上げた夜空に誓いを立てた。








 あとがき

微妙にTEフラグが立ったかもしれません。どうも、type.wです。
クーデターフラグは更に微妙ですけどね。

さて、毎回長々と書くのもどうかと思うので、今回は手短にいきます。

前回交渉第二ラウンドとか書きましたが、書いているうちにこりゃアカンと思い全削除。エイジスによるプレイバック方式に急遽差し替えましたがいかがなもんでしょう。

え? 今回はこれだけかって?

これだけです。私もそう毎回言いたい事があるわけじゃありませんって。

それではまた次回、お会いしましょう。今日はこれにて。











[24222] 第十二話 うつろいゆく季節に触れる
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/02/17 19:01


屋上への扉を前に、白銀武は躊躇いを隠せなかった。


肌に感じる空気はまるでそのものが刃物と化した様に武の全身に突き刺さり、痛みすら感じる程である。先程から耳鳴りが酷く、鼻の奥が熱い。口の中は錆びた鉄の味で一杯である。

扉の隙間から見え隠れしている青白い炎の様なものは、流石に幻覚だと信じたかった。

ここまで五感に訴える殺気を感じるのは武も初めての経験であり、それだけに真那の怒りの程がよく知れた。

成る程、恭平の言うようにどうやらただ事では済みそうにない。

いっそこのまま踵を返し、尻尾を巻いて逃げ出してしまいたくはあったが、今後も冥夜と関わらなくてはならなくなった以上、避けては通れない道でもある。

更に言うならば、武は真那に告げておかなければならないこともある。例えそれが現在の彼女になんら関係の無い話であったとしてもだ。

自分自身の罪と向き合うために――結果が断罪の刃であったとしても……。

武が覚悟を決め扉を開け放った瞬間――

――時計の針が丁度二十一時を指した。



第十二話 うつろいゆく季節に触れる



真那は武の顔をその目で確認した瞬間ハッと息を呑んだ。

この男は自身も知る白銀武にあまりにも似すぎていた。最後に会ったのは、もう随分昔の話になるが、あの白銀武が成長すればこのようになるのでは? と錯覚させるほどに、目の前の男は白銀武に似すぎていた。

これでは己の主君が白銀武の幻影を、この男に重ねてしまうのも無理は無いと真那は思う。

だがそれだけに、今この場でこの者の正体暴いておかねばならないと再認識する。

「先ずは逃げずに来たことだけは褒めておこう。ところで貴様、一人だけか?」

「は、自分一人であります、斯衛中尉殿。それがなにか?」

「いやなに。あのふざけた道化がのこのこ付いて来たなら引導を渡してやるつもりだっただけだ。気にするな」

そう言うと、真那から発されていた殺気が大分緩み、呼吸が楽になった。

そういえば真那が怒っている理由が恭平にもあると、エイミが言っていた様な気がする。

(って言うかあの人は一体なにをしたんだっ!? 人の一大事の前に!)

これはギリアムから聞いた話なのだが、恭平はその異名を“魔法使いの弟子”と言うらしく、その由来は“皆殺しの魔法使い”と呼ばれるゼントラーディー人を師と仰いだことから付いた二つ名らしいのだが、その性質は全く異なり、恭平はどちらかと言うとVFの操縦も私生活もトリックスターに近いらしい。しかし何もこのタイミングで真那相手にその本領を発揮しなくてもよさそうなものだ。おかげで武は寿命の縮まる思いをさせられたのだから、生きて帰れたら文句の一つも言ってやろうと心に誓う。

「では本題に移ろうか。馴れ合うつもりはないので自己紹介の必要はあるまい。単刀直入に訊こう。貴様は何者だ?」

真那は言葉通り要点だけを武に投げかけた。

「その前にお願いが一つと質問が一つあるのですが、聞いていただけますか」

武の言葉に真那の目が細められるが、

「許可しよう。ただ、つまらぬ命乞いの類なら聞くつもりは無い」

その言葉を条件付で受け入れた。

「それで構いません。先ずは斯衛中尉殿のことは、月詠中尉と呼ばせて貰えませんか? “以前”からそう呼ばせて貰っていたもので斯衛中尉殿では違和感があるんですよ」

その言葉で真那はこの男が偽者であるという確信を強めた。何故ならば、真那の知る白銀武は自分に対し、その様な呼び方をしたことがないからだ。しかし今は、この偽者の正体と目的を暴くことが先決である。

「貴様に名を呼ばれるなど考えるだけで不愉快ではあるが、まあいい。それで貴様の口が滑らかになるのであれば、今だけは許そう。で、質問とは何だ?」

「ありがとうございます。それで質問なんですけど、月詠中尉はオルタネイティヴ第4計画のことを何処までご存知ですか?」

「日本が招致した、香月博士主導の下行われている人類存続をかけた一大プロジェクトであるということぐらいしか聞かされてはいないがそれがどうした?」

「いえ、それを知っておかないと、オレ自身どこまで話していいのか分からなかったもので。何分機密に深く関わる話になりますので」

しかし、まいった。真那の持つ情報ではなにも知らないに等しく、武自身が充分に注意して喋る必要がでてきた。

「ではまず月詠中尉が一番知りたがっているオレの正体から明かしましょう。恐らく月詠中尉はオレを白銀武ではない、と疑っておいででしょうがそれは半分正解です」

「半分……とはどういうことだ?」

武の言葉に真那が訝しげな表情を見せるが構わずに続ける。

「ここから先の話は信じられないことの連続になると思うのですが、嘘だけは言いませんし、なにもいきなり信じろとも言いません。ただ、口を挿まずに最後まで黙ってきいていただけますか?」

「しかし貴様が嘘を吐かないという保証がどこにある?」

「正直その判断は月詠中尉自身にしていただくしかありません。なにかに誓ってもいいのですが、今の中尉ではそれすらも疑われることでしょう」

「確かにな……いいだろう、話せ」

いまだ武の何かを信じたわけでもあるまいが、一応聞く姿勢をみせてくれた真那に武は心の中で感謝した。

「先程言った半分と言うのはオレが“この世界”の白銀武では無いという意味です。つまりオレは別世界の白銀武というわけなのですが、その辺の事情を香月博士の多世界理論――因果律量子論を交えながらお話します」

そう前置いてから武は己の身に起こった転移現象の全てを語り始める。

勿論、機密――特に00unit関連に関しては最大限気をつける必要があったのだが……。



 ◇ ◇ ◇



何も知らない貧弱な坊やだった自分が何度も辿った最初の転移とループ。

救世主気取りだった“あの世界”での最後のループ。

そして武の話はいよいよ佳境を迎えようとしていた。所々で真那は疑念の眼差しを武に向けてきたが、最初の約束通り口を挿むことは一切なかった。

ここから先の話は武がいくら覚悟を決めてきたとは言え、真那に伝えるのははつらいものがあった。何しろ武にしてみれば、ほんの一週間前の出来事であり、武があの世界に残した鑑純夏の最期と並ぶ最大の後悔と未練だった。

「――そしてオレは……この手で冥夜ごと、あ号標的を撃ちました……」

そしてこれこそが、今回真那に最も聞いて欲しい自身の罪でもあった。何故なら“あの世界”において、真那に冥夜の最期を伝えることが出来なかったからである。

この世界の真那には関係の無い話ではあったが、冥夜を想い自分に殺意すら向けるこの真那ならば今の話になにかしら思うところはあるだろう。

その結果、やはり危険だと判断し、冥夜を自分から遠ざけようとするかもしれない。或いは最悪亡き者にされる可能性も考えたが、それが真那の出した決断であるならば、武は甘んじて受け入れようと思う。

それは真那から冥夜を託されたと言ってもいい、武の出した結論であった。

「一つ確認するが、貴様の言う“あの世界”とやらの冥夜様は満足して逝かれたのだな?」

「――え? いえ、オレには……分かりません」

「いや、きっと満足されていたに違いない。何しろ望み通り愛する者の手で逝けたのだからな。しかしどの様な世界でどの様な出会いをしても、冥夜様が想いを寄せる相手は変わらんのだな……」

そう言って微笑む真那の態度に武は違和感を覚える。これではまるで、武の言葉を疑ってすらいない様に思えたからだ。

「あの、月詠中尉はオレの話を信じてくれるんですか?」

「なんだ、思い詰めた顔をして。大方、今の話を聞いた私が貴様に刃を向けるとでも考えていたのだろう?」

「うっ……」

図星を指され一歩引いた武を見て、真那はこれみよがしに大きな溜息を吐いた。

「貴様はもう一度自分の周りをよく見てみることだ。今の貴様の告白など及びもつかんほど信じられない話を持ち込んだ連中がいるだろうに。あれに比べたら、まだ自分のよく知る人間が隣の世界からやってきました、と言われた方が得心がいく」

無論、真那の言うあれとはレイヴンズのことであろう。

「た、確かに……って、そうだ! やっぱり月詠中尉もオレ……ていうかこの世界の白銀武のことを知ってるんですね?」

あまりにもあっさりしすぎて聞き逃すところだったが、真那の言葉に武が反応を示す。

「無論だ。何しろ武様は冥夜様の幼馴染であり想い人だからな」

「お、幼馴染!? 想い人!? つーか武様ぁ!?」

衝撃の真実であり、またどこかで聞いたような話でもあった。

「まあ、幼馴染と言ってもそうそう頻繁に会えたわけではないのだが、最初に出会ったのは確か……」

「十三、四年前、オレ達が四、五歳くらいの時じゃないですか?」

「よくわかったな。いや、流石にわかるか。確か先程聞いた貴様の話でも――」

「ええ。オレが元居た世界でも似たような出来事がありました。ただ、オレの場合は一度会ったきり、この年になるまで再会は叶いませんでしたけどね。けどこの世界と元の世界じゃ、お互いを取り巻く環境が全く違う筈です。冥夜もオレだけじゃなく純夏のことまで知っていたし、その辺の詳しい事情を出来れば詳しく聞かせて貰えませんか?」

今日、真那の呼び出しに応じたのは、この話を問い質す為でもあったのだ。

「ふむ、今度はこちらの番というわけか? まあいい。貴様に冥夜様を害する意志は無いようであるし聞かせてやろう」

「お願いします」



 ◇ ◇ ◇



真那の話によると、やはりというかこの世界でも元の世界と似たようなことがあったらしい。ただ、幼すぎて当時の記憶が曖昧な武と違い、真那の記憶はより鮮明だった。

武と出逢ったのは、御剣家当主が仕事の都合上横浜を訪れた時の事であり、冥夜と真那もそれに随伴していたらしい。

いかに冥夜が聡明であるとはいえ、子供にとって大人の仕事など退屈以外の何者でもない。それでなくても冥夜は、常日頃から半ば幽閉に近い形で監視されていたのだ。相当に鬱憤も溜まっていたのだろう。冥夜は隙を見計らって抜け出したらしい。

どうやって大人達の監視の目を逃れたのかは分からないが、冥夜の聡明さが大人達の意図とは別の形で発揮されたともいえる。

とは言え所詮は子供である。当然迷った。

途方に暮れ、今にも泣き出しそうな時に出逢ったのが――

「オレ――って言うか、この世界の白銀武……ですか?」

「武様だけではない。純夏様も一緒に居られたそうだ」

純夏に様付けは流石に違和感を拭えなかったが、武は黙って先を促した。

落ち込む冥夜を二人は自宅へと誘ったらしい。冥夜の帰るべき場所も大人達に頼ればなんとかなると考えたのかもしれない。事実なんとかなったのだが、迎えが来る間、三人は親睦を深めた。

折りしもその日は純夏の誕生日であり、両家総出に冥夜を加えて誕生日を祝ったらしい。

(ああ、それでか……)

武は何故自分が七月七日にこの世界に来てしまったのかを理解した。

どうやらこの世界の純夏にとって、運命の分岐点はこの日に集約されるらしい。だとしたら、この後の展開も凡そではあるが想像がつく。

「迎えに着いた時私は驚いた。普段、感情を押し殺しておられた冥夜様が年相応の子供の様に笑っておられたのだから。無理も無い。冥夜様には同年代の友人など居られなかったし、ましてその友人の誕生日を祝うなど初めてであったのだからな。その後、帰りたくないと駄々を捏ねる冥夜様を見かねた影行殿の取り計らいで一泊だけ許可された」

「親父の? どういうことですか?」

武の父親にそれ程の発言力があるとは思えない。

「なんだ、知らんのか? 白銀家と言えば紅蓮、御剣、月詠家と並ぶ赤の名家だぞ」

「嘘ぉっ!」

「嘘とはなんだ、嘘とは。貴様は自分の姓の希少さに違和感を感じたことは無いか? それにはそれなりの理由があるものだ。尤も、影行殿は跡取りでなかったこともあり斯衛にはならなかったようだがな。市井として生きる道を選ばれたのも好んだ相手と結婚する為だと言うから、変わり者ではあったらしいが……」

ああ、その理由はあの父親らしいと、なんとなく理解出来た。あの父親は奔放過ぎる。少なくとも一人息子をほったらかして世界旅行に出掛ける程度には。

もう一つ納得出来たことがある。前の因果世界に於いて、何故自分の名前が城内省のデータベースに登録されていたかである。城内省は市役所ではない。一市井の名前などが登録されているはずもないのだ。だがもしこの世界と同様であるのならば、その理由も頷けようというものだ。

「兎に角その日から両家の交流が始まった。だが冥夜様はその立場が微妙であることに変りは無い。白銀家へ赴くことが出来たのは年に一度きりだ。それが七月七日と定められた。その度に私もお供をさせて貰ったものだ」

「あの~、その時もしかして結婚の約束とかしちゃったんでしょうか?」

「ん? ああ、そちらの世界ではそういう約束を交わしたのだったな。だが、こちらの世界では少々違う。いや、違うと言うかあれは宣戦布告だな。純夏様に対しててだがな」

ここまで言われればいかに武が鈍かろうと、その答えに辿り着く。

「それってもしかして……」

「そうだ。お二人はどちらが武様のお嫁さんになるかで競い合われていた」

「ああっ、やっぱり! しかしまいったな。そこまでこの世界の白銀武と冥夜が親しいとなると今後の距離のとり方が分からなくなってきた。かといって訓練兵に機密の一端を洩らすわけにはいかないし……」

武が一人髪を掻き毟りながら頭を悩ませていると、意外な形で真那から声がかけられた。

「武様、そのことにつきまして、この私に一つ提案がございます。恥知らずなことと思われるでしょうが今までの数々の無礼な態度、どうかその寛大な心にて水に流していただき、私の言葉に耳をお傾け下さるようお願い申し上げます」

「へ? え? 武様って? いきなりどうしちゃったんですか、月詠中尉?」

何を思ったか真那は片膝を地に着き、深々と頭を下げ臣下の礼をとったのだ。
この態度の急変には、武もただただ戸惑うばかりである。

「どうか何卒……」

「ちょっ、やめてください月詠中尉! 聞きます、聞きますから頭を上げてください」

武の言葉にようやく顔を上げた真那の瞳にいつもの覇気は無く、その奥に宿った物が深い悲哀の色であることが見て取れた。

「それでは申し上げます。どうか武様には、このままこの世界の“白銀武”ご演じ下さるようお願い申し上げます」

「え? でもそれって……」

そこには武を偽者呼ばわりして、蛇蝎のごとく嫌っていた真那の姿はどこにも見当たらなかった。

「今、冥夜様は武様に再会出来た事で大変喜ばれておいでです。この世界の武様がもう還らぬと知った時の冥夜様の哀しみ様……あのように塞ぎ込む冥夜様の姿は私はもう見たくありません」

「でもまずくないですか? ばれますって、絶対。オレこの世界の白銀武の知識、なにも無いんですよ?」

「私がフォローして差し上げます。そしてそれまでに冥夜様の心を武様が奪ってしまえば問題ありません」

なんか凄い事を言われた気がした。

「う~ん。でもなあ、冥夜の奴、勘も鋭いし……」

「流石は武様。冥夜様のことを良く分かっておいでです」

「いやいや、やっぱり拙いですって。ばれた時の反動とか多分その時の比じゃありませんよ」

「ここまで申し上げても駄目でございますか?」

「え? 何がですか? そこまで説得力のある理由は聞いた覚えがないんですけど?」

「どうやら私も最期の手段に訴えるしかないようですね?」

「早っ、もうですか?」

その言葉と同時に真那の目がスッと細められ、その懐に手が差し入れられた。

武は思わず身構えるが、取り出されたものは想像していたような物騒な物ではなく、年季の入ったパスケースだった。

「これをご覧下さい」

そして真那の手から数枚の写真が武に手渡される。果たしてそこに写っていたものは、武の想像を遙に絶していた。

「げえっ!」

まず一枚目。幼い武が子犬に追い回されて泣いていた。
こんな情けない姿を晒した覚えは無いが、物的証拠が残っている以上、この世界では起こったことなのだろう。だが、これはまだいい。

問題は次の写真。これは色々まずかった。
幾何学的な世界地図の描かれている干された布団をバックに、幼い武が号泣していた。ここまでなら幼い頃のことだ、寝小便くらい垂れるだろ? で済むのだが、この幼い武の後ろ姿のパジャマの染みからから察するに、なんだか人には言えないような物まで洩らしてしまっているっぽい。これは流石に人には見せたくない。

最期の一枚に至っては、真那の意図すら掴めない。
幼い頃の武が風呂場で小学校の高学年の年頃の真那だと思われる少女に、頭を洗ってもらいながら泣いていた。恐らくシャンプーでも目に入ったのだろうが、問題はそこではない。問題は二人とも全裸であるということだ。確実に児童ポルノ法に抵触するであろう発禁物の一枚であった。

しかしなんだろうか? この親戚が一堂に会した時に良く体験する「武ちゃんにもこんな時があったねえ」的な、本人にとっては忘れたい恥部でしかない思い出話を、延々暴かれ続けられるような感覚は?

「て言うかなんでこんなもの後生大事に肌身離さず持ってるんですかっ?」

「この頃の武様は大変可愛らしゅうございました」

「答えになってねえ!? 言いたいことはそれだけですか? そ、それでこれをどうすると?」

少し強気に出てみるが、動揺の色は隠せない。

「これをレイヴンズの皆さんにお配りする、と言ったら?」

武はその光景を想像してみる。

遠慮の無いあの人達のことである。これは武本人じゃないと主張したところで、いっそ清々しいほど笑ってくれることだろう。
唯一エイミだけは同情してくれるかもしれないが、そんな時の憐憫ならいっそ笑ってくれたほうがマシと言うものだ。

「グッ……くっ! し、しかしいいんですか? この写真、月詠中尉も全裸で写っちゃてますけど。つーかこれ撮ったのどこのどいつだよ。犯罪の臭いがプンプンするんですけど?」

「影行殿でございます」

「だと思ったよっ! 畜生っ!」

「あと武様。この月詠真那、冥夜様の為なら肉を切らせて骨を断つ所存にございます」

やっていることは脅迫以外の何物でもなかったが、言っていることはやたらと格好良かった。

その真那の心意気? についに武が折れた。屈したとも言う。

「では武様。先ずは私のことはプライベートでは『真那さん』とお呼び下さい。こちらの武様はそう呼んで下さっていましたので」

「はあ、分かりましたよ真那さん」

「ああっ、あの頃の感覚が呼び起こされるようです」

なんだか真那が相当おかしかった。「可愛らしゅうございました」の辺りから声色まで違う。と言うかもうキャラが全然違う。芸達者な人だと感心するほどだ。

あの厳格な月詠中尉はどこへ行ってしまったのだろうか?

「でもほんとにばれたらどうするんです?」

武の質問に真那は満面の笑みでこう答えた。

「その時は二人で腹を切って詫びましょう」

「嫌ですよっ! それっ!?」

去り際に武はふと思いついた疑問を真那にぶつけてみた。

「あっ、神代少尉たちの呼び方に指定はありますか?」

「三バカで充分です」

「さいですか……」



 ◇ ◇ ◇



武がPXに戻ってみると『遅い! 帰る!』と、殴り書きされた置手紙が残されていて、レイヴンズの面々の姿はどこにもみつからなかった。

薄情だと思わなくも無かったが、時計を見ると時刻はすでに0時を回っていた。これでは置き去りにされるのも止むを得ない。

真那との邂逅で性も根も使い果たした武は、もうこのまま部屋に帰って寝てしまおうと思い立った時、ふと気付いた。

「寝る部屋がねえ……」

以前と違いレイヴンズに所属している武は、横浜基地に特定の部屋を持たなかった。

XM3の開発中は泊り込みになることもあったので、空き部屋を使わせてもらうこともあったのだが、それを使うには夕呼の許可が必要だった。

この時間にのこのこ夕呼の元へ赴き、もし眠っていようものなら勢いだけで解剖されかねない。真那との遣り取りで気力の全てを使い果たしていた武は、この上もう一戦夕呼と繰り広げる勇気は残されていなかった。

もういい。幸い今は夏である。ここで寝たところで風邪は引くまい。

そう結論づけテーブルに突っ伏すと、あっと言う間に深い眠りへと誘われた。



 ◇ ◇ ◇



時計を少し戻して二十三時。

実は武のことは一時間と待たずにマザーレイヴンに帰還していたエイジス達は今、ブリーフィングルームでとある記録映像をギリアムに見せられていた。

「ギリアム、これ何日目の映像だって?」

「昨日の物だから二日目だな」

「信じられない。もう結構様になってるじゃない」

「化け物っスか? アイツは」

パイロット達が口々に感想を洩らしている映像は、武のシミュレーターの映像である。乗機はVF-11Bサンダーボルトである。いかに旧式とはいえ可変戦闘機に触れたことも無い新人に扱わせるには破格と言える機体である。

「隊長はこのことに気付いて白銀をレイヴンズに引っ張り込んだんですか?」

「まさかな。ただ初めて会ったときに俺の機体に乗っけて、少し遊んだときに耐G能力の高い奴だな、とは思っちゃいたがね」

「あー、あんた遊びでも手を抜かないからね」

「まあな」

「褒めてないわよ」

「まあともかく、教え子の能力が高いのは喜ばしいことだ。見ろ、もう三段変形を使いこなし始めている」

ギリアムの言葉でモニターに目を戻すと、ガウォーク形態を上手く利用して武がまた仮想敵機のリガードを撃破したところだった。

「何機目?」

「三機目ですね。だから天才かっての、アイツは」

「ファイターの使い方がまだぎこちないのはしょうがないのかもな。あいつの経歴を踏まえると。鬼教官殿も教え甲斐があるんじゃないの? それとも怒鳴り甲斐か?」

「ふん。お前のときと違ってあいつは上官に従順だからな。それにどうも俺が厳しく当たる理由に薄々感付いてる節がある。よっぽど良い教官に恵まれたと見える。怒鳴りがいは無いさ」

そう言いつつもギリアムは、武の才能と成長を誰よりも喜ばしく思う。

モニターを見ると武が四機目の目標を捕らえたところで、後ろから狙い撃たれて大破判定を受けていた。


「まだまだ卵野郎さ」


鍛え甲斐のあるルーキーの登場に、ギリアムは憎まれ口を叩きつつもこぼれる笑みを抑える事が出来なかった。








 あとがき

やってしまいました、すみません。どうも、type.wです。

なんか色々弄ってたら、未完成の文章をあげてしまい慌てて削除。
しかし、あげてしまった事実は覆せず、更新を期待して覗かれてしまった方々にはお詫びのしようもありませんが、そういう訳にもいきません。

この場を借りて、五体投地でお詫びします。

真に申し訳ありませんでした。

今回は色々書こうと思っていたのですが、それではあまりにも反省の色が見えません。

今回書く予定だったネタは、次回更新時に持越しです。

尤も駄文には違いないので、期待されている方は居ないとは思うのですが、一応こう記しておきます。

本当にご迷惑をお掛けしました。それでは今日はこれにて。









[24222] 第十三話 情熱のプライド
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/02/28 21:32



翌朝、月詠真那は主君である御剣冥夜の部屋を訪れていた。

時刻は午前五時。起床ラッパにはまだ早い時間ではあったが、この時間に主の下に朝一番に顔を見せ、目覚めの挨拶を交わすことはお互いの暗黙の了解となっていた。

本来であれば起こして差し上げたいところではあったが、そこは規則正しい生活を旨とする冥夜のこと、一度たりとも真那に起こされる様な不覚をとったことは一度もないのだが……。

「おはようございます、冥夜様」

「うん、おはよう月詠。今日も良い朝だな」

いつも通りの朝の挨拶を交わしたところで、冥夜が昨日までとは異なる真那の変化を感じ取った。

先日の白銀武との再会以来、顔を合わせる度に武に注意するよう促していた真那の姿はそこにはなく、冥夜が横浜に送られて以来見せることの無くなった優しい微笑みすら湛えている。

「む、どうしたのだ月詠? 今朝は随分機嫌が良い様だが……」

「流石は冥夜様、お分かりになりますか?」

「そなたとの付き合いも長い、それくらいは分かる。して、なにがあったのだ?」

「は、実は――」

冥夜の質問に真那は嬉々として語りだした。

昨夜武と“二人きり”で会い、これまでの経緯を聞き、全てが自分の誤解であったことを理解したのだと言う。

「――あの武様が生きていたと分かれば、さすがにこの私も喜びを隠しきれません」

「そ、そうか……それは何よりだが……しかし……」

自分が態度を軟化させたことを素直に喜ぶと思われた冥夜だがしかし、真那の予想に反してその表情を曇らせた。

「……ズルい」

「は?」

「ズルいではないか月詠。私ですら再会してからゆっくりと話をしたことなど無いと言うのに、ま、ましてや二人きりなどと……」

(ああ……)

そう捲し立て、幼子のように唇を尖らせて拗ねる冥夜を見て真那は拳をグッと握り締めた。

(いける……いけますよ武様)

敬愛する主君を騙すことは真那とて心が痛む。しかし、それ以上に冥夜の喜ぶ顔は真那にとっての宝であった。

「そういうことでしたら冥夜様、ここに来る途中PXにて武様をお見かけしました。よく眠っておられたので声はかけずに参りましたが、点呼まではまだ時間もあります故、今から行けば短いながらも二人きりの逢瀬も叶うのではないでしょうか」

「ま、まことか? しかし何故そのような所で……?」

「理由は存じ上げませんが冥夜様が起こして差し上げるのも一興かと」

「そ、それもそうだな。そうと決まればこうしてはおれん」

言うや否や手早く身支度を整えると、ドアを開け放ち冥夜は駆け出して行った。

「冥夜様、ご武運を……」

そう呟き真那は主君の必勝を願う。
何に勝てばいいのかは些か不明ではあったが、この時の真那の言葉はあながち的外れな物ではなかったのだ。

だがしかし、月詠真那はまだ知らない。


この横浜基地には武を起こすことに使命感を燃やし、この機会を虎視眈々と窺っていた存在が居ることに。



第十三話 情熱のプライド



「だからそう拗ねるなって冥夜。霞も悪気があってやったわけじゃないんだしさ」

「す、拗ねてなどおらん」

結局冥夜は、一足違いで武を起こすことは叶わなかった。
意図せずに勝利をもぎ取った社霞は、己の仕事は終ったとばかりに「またね」の一言を残し去って行った。

今は点呼を終え207Bの面々と朝食を取っている最中である。

「御剣、あなた子供みたいよ」

「なっ!」

千鶴の言葉に心外だとばかりの表情を見せる冥夜ではあったが、傍から見れば今の冥夜の態度は拗ねた子供以外の何者でもなかった。

「でも意外ですねー、御剣さんにこんな一面があったなんて」

「タケルが絡むと冥夜さん別人みたいになるよね」

「でもそろそろ慣れた。問題ない」

「そなた達まで……」

当初は冥夜の態度の変化に面食らった千鶴達ではあったが、ここまで露骨だと最早呆れを通り越して微笑ましくすらある。

「でさ、結局タケルと冥夜さんてどういう関係なの? いい加減教えてよ~」

「ん? そうだな、一言で言えば幼馴染だな」

ことあるごとに訊かれていた美琴の質問に武は簡潔に答える。

「なーんだ。もったいぶった割には意外に在り来りだね」

「まあ私にとってはそれだけではないのだがな。今は良しとしよう。して、タケル。先程言っていた重要な話とはなんだ?」

「ああ、みんな箸を休めて聞いてくれ」

武は表情を真剣なものに改めると、厳かに語りだす。

「実は皆の総戦技演習が来月に早められた。まだ正式な日取りは決まってないが追って神宮司軍曹から通達があると思う」

「――! そんなっ、急過ぎます少尉!」

皆の気持ちを考えれば気の毒には思うし、千鶴の言葉も尤もだとも思う。武とて聞かされる立場であったなら、文句の一つも言いたくなることだろう。しかし、一度決定されたことを覆すのは容易なことではない。軍とはそういう所なのだ。

「なんだ、委員長は自信が無いのか? オレはお前達は既に合格出来るだけの能力があると思ってるんだけどな。これをチャンスだと思えないようなら軍人なんてやめちまえ」

「なっ――!」

今までどこか軍人としては甘い態度で接してきた武の突然の厳しい言葉に、皆が一様に言葉を失くす。

「……まあ、いきなりこんなことを言われれば戸惑うのもわかる。何故、と思う気持ちも理解できる。けどな、ここは軍隊なんだ。命令が下った以上はやるしかないんだよ。それがどんな不条理な命令であったとしてもな」

武の言葉に慧が露骨に顔をしかめた。

「不服か、彩峰? だったらやっぱりお前は甘いんだよ。命令に対して思考を停止してただ従うことが最良だとはオレも思わないよ。ただ承服出来ないからと言って闇雲に逆らうだけってのは能無しのすることだ」

「……っ!」

言いたいことは山ほど在るのだろうが、慧は言葉を呑み込んだ。武が今、軍人として接していることに気付いているのだろう。

「お前らがなんで前回の総戦技演習に落ちたのかは知ってる。そしてそれが改善されていないこともな。そんなことはお前たちの方が一番分かってることだろう。お前達に一番足りない物はお互いに対する理解だ。もう一度よく話し合って欲しい。人間はその気になれば異星人とだって分かり合えるんだから……それに比べれば簡単だろ?」

「それはBETAのこと……じゃありませんよね?」

「違う。違うけど今は言えない。お前達が総戦技演習に受かったら教えてやるよ」

壬姫の質問には言葉を濁すしかなかったが、もし総戦技演習に受かったら、配属先も含めて改めて教えてやればいい。

尤もその役目は武ではなく、エイミになる可能性が高いのだが……。

「まあそんな訳だから今日からは厳しくいかせて貰うぞ。オレもお前達と肩を並べて戦いたいからな」

未だに承服出来ない部分もあるだろうが、武の言葉で訓練兵達の顔色が変った。

「そうか、では期待には応えねばなるまい。確かに我々の問題点は明らかだ。今一度皆と話し合ってみよう。榊もそれで良いな?」

「ええ、いい加減白銀少尉と呼ぶ自分に違和感を感じてきたところだったし、任官すれば思う存分好きなように呼ぶことが出来るわ。不本意だけど彩峰もいいわね」

「もち。これ以上白銀に大きな顔をされるのは堪らない。ホントは嫌だけど榊の言う事も聞いてあげる」

「んがっ、お前らね……」

口々に好き勝手なことを言うが、やる気は充分伝わってきた。

「よし、じゃあ早速――」

改めて気合を入れ直そうとしたところで、意外な人物から水を差された。


「そんな武くんに残念なお知らせです」


レイヴンズの最年少戦域管制官、クララ・キャレットその人である。



 ◇ ◇ ◇



「ほう、卵野郎が随分と一丁前の口を叩くじゃないか」

クララと共に顔を現したのはレイヴンズの司令官ギリアム・アングレート中佐であり、ここ横浜基地においてはまずお目にかかったことの無い人物である。

「し、司令! おはようございます。しかしギリアム司令が何故ここに?」

慌てて姿勢を正し敬礼する武を見て、訓練兵達もそれに倣う。

「ふん、エイジスの野郎いつの間にか俺より偉くなったとみえる。ただの雑用……使いっ走りさ。まあ、一度横浜基地をじっくり見てみたかったこともあるが、香月博士への挨拶に、A-01部隊と207Aと貴様への伝言とやることは山ほどあるがな」

一応、武には答礼で応えるギリアムだったが、訓練兵達には目もくれていない様子だった。

「オレに……何でしょうか?」

「白銀少尉は本日0900にマザーレイヴンのブリーフィングルームに出頭して下さい。これは部隊長であるエイジス・フォッカー大尉の正式な要請でありギリアム司令も既に受諾しておりますのでお忘れ無きようお願いします」

似合わないほど堅苦しい態度でクララが応じる。

「随分いきなりだな。クララは何か聞いてる?」

いきなり司令官であるギリアムに尋ねるのは憚られたので取り合えずクララに訊いてみる。

「武くんが悪いと思うよ」

「はあ? 何で?」

クララの言葉は正しく武にとっては責任転嫁であり、謂れの無い言いがかりでもあった。

「貴様が火を点けちまったのさ……奴らのバルキリー乗りのプライドにな。まあこれ以上は言わぬが花だろう。ちょっとしたサプライズもある。あとは行ってのお楽しみだ」

ギリアムの言葉は意味深ではあったが、今しがた冥夜達に命令の意味を諭したばかりである。ここで自分がごねる訳にはいかなかった。

「は、白銀少尉は本日0900までにマザーレイヴンのブリーフィングルームに出頭します――と、いうわけで悪いなお前達。あとは神宮司軍曹とギリアム司令にお任せするんで頑張ってくれ」

武の言葉はギリアムの失笑を買った。

「ハンッ、何故俺が卵以下の連中の面倒を見なければならんのだ。まあ神宮司軍曹には一度会っておきたかったので顔ぐらいは見せるかも知れんがそれだけだ。今のこいつ等には顔を覚える価値も無い。精々励めよとしか言い様が無いな」

ギリアムの高級士官の言葉とは言え、あんまりな言い草に207Bの訓練兵達の顔色が変った。
元々負けん気の強い彼女達のことである。「今に意地でも顔と名前を覚えさせてやる」という気概に満ち溢れていた。

これを狙って言ったのだとすれば流石である。鬼教官の面目躍如といったところか?

「じゃあな、チェリー。確かに伝えたぞ。遅れるなよ?」

言いながらギリアムは車のキーであろう物を放ってよこす。

「は」

立ち去るギリアムとクララの背に武が再び敬礼をもって見送るが、ギリアムは振り返らずに片手を挙げるのみである。

それを見た武が思うことはただ一つ……

(し、渋い……)

武は改めて自分の上官兼教官に憧憬の念を禁じえなかった。



 ◇ ◇ ◇



ギリアムが先ず訪れたのは当然夕呼の執務室である。

礼儀的には基地司令であるラダビノットを優先させるべきではあったが、この基地の事実上の支配者である夕呼に重きを置いたギリアムの判断は決して間違いではない。

「ギ、ギリアム司令?」

「お早うございます、香月博士」

ドアを潜り姿を見せたギリアムに夕呼は目を丸くした。

無理も無い。何しろ今まで一度として夕呼の執務室を訪れたことなど無い御仁である。更に本人には自覚が無いようだが、今や彼は何所へ行ってもVIP待遇されてもおかしくない人物である。こんな所に護衛も連れずホイホイ出歩いていいような身分ではない。一応クララを伴っているが明らかに力不足である。

「今日は突然如何されたのですか? 言っておきますが先日お預かりした水晶体の解析は済んでおりませんが?」

「なに、今日はそのような些事のことを伺いにきたのではありません。ほんのご挨拶ですよ。尤も部下共に雑用を言い渡されましてね、この後の予定はそれなりに多忙ではあるのですが……」

自分達の命運がかかる研究を些事と言い放ち、部下の言葉を重要視する。

豪胆にして繊細。それが始めて会った当初からギリアムに対し夕呼が抱いていた感想だった。

そして幾多もの戦場を渡り歩いたのであろうその風貌と立ち居振る舞い。それはまさしく夕呼の理想とする大人の男の佇まいであった。

こればかりはいかに有能であろうとも白銀武はおろか、あのエイジス・フォッカーですら及ぶところではない。

この男になら……夕呼は常日頃から感じていた懸念を打ち明けてみることにした。

「突然ですがギリアム司令はこの横浜の空気をどうお感じになりましたか? 率直な意見をお聞かせ下さい」

「まだその全てを見たわけではないのですが……言っても宜しいので?」

「お願いします」

ギリアムは腕を組み瞑目する。それは求められた感想に迷っているのではなく、それを言い表す言葉を探しているのだと感じられた。

「温いですな」

結局ギリアムの口から出た言葉は簡潔なものだった。
そしてそれこそが夕呼の求めていた答えでもあった。

「やはり?」

「ええ、とても最前線とは思えません」

夕呼はギリアムの満足のいく答えに口の端を笑みの形に歪める。

「いずれこの件についてはギリアム司令にご相談することがあるかもしれませんが宜しいですか?」

「フフ、いいでしょう。その時は緩みきったこの基地の兵士達に、精々冷や水を浴びせてやりましょう」

そう快諾し笑うギリアムの男臭い笑みに、夕呼の思うところは只一つであり、奇しくもそれは先程武が抱いた物と同様であった。

(渋い……)

不覚にも夕呼は自分の顔が熱くなるのを御することが出来ず、それをただ黙って見守っていたクララ・キャレットの苦笑いが印象的だった。



 ◇ ◇ ◇



マザーレイヴンのブリーフィングルームに赴いた武を待ち受けていたのは、予想に違わずレイヴンズのパイロット勢であった。

「今日のお前の訓練は俺達が相手をすることになった訳だが、何か言いたいことはあるか?」

「じゃあ遠慮なく。いきなりどうしたんですか? まさかギリアム司令の訓練でもまだ物足りないとか?」

エイジスの言葉に自分の率直な感想をぶつけてみるが、その在り得ない想像にその身を震わせた。

「そんなんじゃないってば。ただねえ、あの程度で調子に乗られても困るんで、今の内に釘を刺しとこうって訳」

「……はあ……?」

スージーの回答はますます武を困惑させた。何しろ武にはギリアムに怒鳴られた記憶しかなく、調子に乗るも何もないのだ。

「スージー大尉はね、お前のことを誉めてるんだよ。とてもそうは聞こえないだろうけどね。ただ、調子に乗られても困るってのは俺も同感。ここらで一つ壁にぶつかってもらおうと思う」

恭平の言葉には相変わらず不穏なものが含まれていた。どうしてこの人は人を不安にさせることしか出来ないのだろう?

「まあこれ以上あれこれ言うのも武を不安がらせるだけだろう。とりあえず武には今日からもうワンステップ上に登ってもらおうってわけさ。とりあえずやる気を出してもらうとしますか。武、パイロットスーツに着替えてついて来い

相変わらずエイジス達の意図するところは掴めない武ではあったが、その言葉に従いブリーフィングルームを後にした。



 ◇ ◇ ◇



エイジス達に従い向かった先はマザーレイヴンの格納庫だった。

その巨大な扉には翼を大きく広げ、炎を纏ったワタリガラス――つまりレイヴンズの部隊章が扉のサイズに見合う大きさで描かれていた。

武が圧倒されていると、エイジスが扉脇のスイッチを操作している。すると轟音を響かせながら、ゆっくりと扉が左右に開いていった。

「これは……」

武は思わず言葉を失う。

そこに居並ぶのは武が教本や映像でしか見たことのないような、名だたる可変戦闘機の名機が揃い踏みしていたのだ。

第一次星間戦争で活躍したというVF-1バルキリーを始め、武が今訓練で使用しているVF-11サンダーボルトは勿論、水中での活動も視野に入れたVA-3インベイダー、特殊作戦機のステルス機VF-17ナイトメア、そしてもう一つのAVF、VF-22シュトゥルムフォーゲルⅡまでもがそこには存在した。

「す、凄え。あ、あの奥に見えるでかい機体ってまさか……」

「ほう、目聡いな。そうだVB-6、通称ケーニッヒモンスターだ」

この巨体ですら音速を超えて飛ぶというのだから驚きである。ましてその攻撃力たるや武の常識をはるかに超え、最早筆舌に尽くし難いものだった。

「さて、俺達との訓練を終えた後にではあるが、後日武には正式な入隊試験も兼ねた実戦シミュレーションを受けてもらう訳だが、それに晴れて合格することが出来れば当然実機が与えられる」

「――え?」

武の心臓が大きく跳ねる。これ程緊張したのはいつ以来だろうか? 吹雪の搬入を前にしてさえこれほど体が強張った覚えは無い。

「色々考えた結果、お前に与える機体はこれに決まった」

歩きながらもエイジスの解説は続き、武の鼓動は早まるばかりである。

「何しろ俺達ですら乗ったことの無い最新鋭機だ。……尤もAVFと比べると性能は落ちるが武装は豊富だ」

そしてついにエイジスがその機体の前で立ち止まる。

「これがお前の当面の愛機になるであろう、VF-171ナイトメアプラスだ。――どうだ? やる気になっただろう?」


武はその純白に染め上げられた機体を前に、エイジスの言葉が自分の耳に届いているのか自覚も無いまま、ただ黙って頷くよりほか無かった。








 あとがき

お久しぶりです。どうも、type.wです。
なるべく週刊ペースを保ちたかったのですが、夜勤の週に休日出勤が重なると、こういうことになります。

さて、いよいよ武の乗機も決定しました。異論はあるかもしれませんが変更はいたしません。

さてさて、前回書きそびれたネタと言うのは他でもありません。恐らく皆さんも疑問に感じていると思われる戦術機の重量についてです。
それが知りたくてメカ本を買ったものの、明記されておりませんでした。

畜生、金返せ。まあ充分に楽しめたので元は取りましたけどね。

因みに戦闘機に準拠するならば重いといわれるF-14の空虚重量でおよそ18t。人型兵器なら、かのガンダムで43t。可変戦闘機に至ってはその殆どが軒並み10tを下回るので参考にすらなりません。

皆さんはどう思われますか?


それはさておき、次回も“ギリアム司令男一匹横浜ぶらり旅(一人じゃないけどな)編と、エイジス達による武へのしごき……もとい、訓練編となります。


それではまた次回お会いしましょう。それでは今日はこれにて。





[24222] 第十四話 ROM TECH SPEEDER
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/03/14 14:33



横浜基地の地下19階。香月夕呼の執務室に於いて、ギリアム・アングレートとクララ・キャレットは、夕呼が手ずから淹れたコーヒーを啜りながら談笑を交わしていた。

本来であれば、挨拶だけ交わしてお暇するつもりだったのだが、夕呼が何故かこれを引き止めたのだ。せめてコーヒーぐらいは自分が……とクララが申し出たのだが、やんわりと、しかし頑なに固辞された。

「それではギリアム司令は本来であれば大佐階級にあるということですか?」

「はい。マザーレイヴンは空母ですので大佐階級が適切なのです。しかし先の動乱において前任のウィルバー・ガーランド大佐が戦死した折、私は一介の少佐に過ぎませんでした。
適当な後任人事が決まらずに、なし崩し的に私を昇進させてその後任に当てたのでしょうが、まさか戦死でもないのに二階級特進させるわけにはいかなかったのでしょう。内々的には決定されていたことではありますが、その辞令と補充人員を受け取りに行く途上で今回のフォールド事故に巻き込まれた、というのが事の顛末です」

成る程、と頷きながら夕呼はコーヒーを一口啜り言葉を続けた。

「ならば大佐を名乗ってもよろしいのでは?」

「ハッハッ、軍服も階級章も中佐のまま大佐を名乗ったところで滑稽なだけでしょう。第一、先の動乱の功労者であるエイジスの奴が勲章一つ貰っていないのに、私だけ昇進したというのも気が引けるというものです」

そう言って笑うギリアムだが、それは紛れも無い本心である。

そもそも、彼等レイヴンズは統合軍から見れば立派な反逆者である。
特にその切っ掛けとなったギリアムとエイジスは軍法会議にかけられ、なんらかの処罰が与えられてもおかしくなかったのだ。
ラクテンス(地球主導中央集権派)の所業が明るみとなり処罰自体は免れたが、本来であれば勲章の授与はもとより昇進など持っての他だろう。

「しかし何故そのような危険を冒してまでビンディランス(独立自治派)……でしたか? に加担されたのですか?」

夕呼の質問は尤もである。
現場に固執し、出世の道を踏み外した様に思えるギリアムだが、その経歴だけを見れば、まだまだ充分エリートで通用する。それはエイジス・フォッカーにしたところでそれは同様であろう。

対するギリアムの答えは単純明快だった。

「フフッ、決まっています。自由なる翼を得る為……ですよ」

本来であれば夕呼のような現実主義者にとって、その様なロマンチシズムは敬遠し唾棄されて然るべきものであったが、妙に説得力のある発言だった。と言うより、彼がそれ以外の道を選ぶ姿が想像出来なかったのだ。

「では、私がその翼をもぎ取るような事があれば、反抗も辞さない……ということでしょうか?」

夕呼の発言は、言わば自身を踏み絵にした様なものである。
その回答如何によっては、彼等の離反も視野に入れなければならなくなる。

「我々は白銀武という人間を信じました。それは白銀武が信じる香月夕呼を信じることと同義です。例え貴女が一時的に我々の意に反する行動を取ったとしても、白銀武が貴女を信じ続ける限り、我々……いや、少なくとも私は貴女を信じ続けるでしょうな」

「ギリアム司令が信じたら皆信じちゃいますよ?」

「ククッ、だといいがな」

ギリアムとクララの遣り取りを見ては、流石の夕呼も諸手を挙げるしかなかった。
ここまで部下の信頼を、恐らくは自然体で勝ち取っている男を見るのは初めてのことだった。

軍という組織の構造上、階級が上がるに従い自分を偽り、或いは騙してでも部下に命令を下さなければならない時がある。それは夕呼にしても同様である。

しかしこの男は自分を偽る事無く信頼を勝ち取る、言わばカリスマと言うべき物があった。

自分にそれが無いとは思わないが、彼の持つそれとは別種、別次元の物だろう。

「フゥ……分かりました。私も女狐、魔女等と蔑まれる身ではありますが、あなた方……いえ、貴方に関しては常に真摯に事に当たると約束しましょう。尤も貴方が私の言葉を信じて戴けるかは、また別の話になりますが……」

そこまで言って夕呼は、ハッと息を呑む。

「か、勘違いしないで戴きたいのですが、その方が私にとっても利になると判断したからです」

頬を染め躍起になる夕呼を見てギリアムは首を傾げる。

「? 先程貴女を信じると申し上げたばかりですが?」

「そ、そうでしたわね……」

「あはは……」

状況をまるで分かっていないギリアムの代わりに、クララはただ笑うしかなかったという。




第十四話 ROM TECH SPEEDER




VF-171ナイトメアプラス――最新鋭機でありながら今現在レイヴンズが最も持て余している機体でもあった。
その数、実に36機。一個飛行大隊が組める数が配備されていた。

AVFを主戦力とするレイヴンズにこれだけの数のVF-171が配備されたのには、勿論それなりの理由があった。

先ず第一に、AVFを扱える人員の不足である。
現在レイヴンズの主力はVF-19Aエクスカリバーであるが、C型、F型、S型ならばいざ知らず、A型を扱える人員となると、各部隊のエースパイロットクラスを引き抜かねばならず、それでは統合軍全体としては戦力の低下を招きかねないのだ。

第二に、偏にレイヴンズの力を新統合政府が恐れたことに由来する。
もとよりAVFの性能を恐れた統合政府は、移民政府に対しその配備を遅らせるという本末転倒な政策を打ち出したのだが、それを集中運用するレイヴンズの戦力低下を狙っての事である。

現に先の動乱においてギリアムとエイジスが、たったの二機のVF-19Aでマクロスシティの制空権を確保するという離れ業をやってのけたばかりであるから、それも仕方ないことと言えよう。

とは言え、補充人員の前に機体を先に送ってよこす等、笑い話にもならないのだが……。

それは兎も角、可変戦闘機のど素人である白銀武にいきなりAVFを扱わせる訳にはいかなかったレイヴンズの先任達にとっては、VF-171はありがたかった。
VF-17を一般兵向けにデチューンした機体ではあるが、整備性、操縦性は向上しているし、大気圏内の運動性も名機VF-11に劣る物ではない。

何より火力と言う一点に関しては、スーパーパックの装備を加味せずとも、AVFを上回ると言うのも魅力的である。寧ろハイヴ内戦闘を除けば、対BETA戦に関してはこちらの方が良いのでは? と思わせる程の高性能機であるし、AVFの練習機としても申し分ない機体だった。

「もう面倒臭いから機種転換訓練も一緒にやっちまおう」

「うえぇーー!」

ポイッとVF-171のマニュアルを、エイジスから投げ渡された武は思わず悲鳴を上げた。それもそのはずで、VFも戦術機と同様に操縦系はHOTASを採用しているのだが、使用火気が増えるということは当然使用ボタンも増え、操縦系も複雑化するということである。戦術機からVFに乗り換えた時に一番戸惑ったのがこれで、武は未だにVF-11の操縦系統も把握してはいないのだ。

「泣き言を抜かすな。俺達もお前に付き合って今回はVF-171を使うんだから条件は同じだろ?」

「いやいや、そもそも下地が違うでしょうにっ!」

「今回は二人一組の模擬戦で先ずは俺がお前と組む訳だが、しっかりついて来いよ」

「うわあ、微塵も聞いてねえ!」

かくして始まったシミュレーション訓練ではあるが、武の一戦目が散々であったことは、最早語るまでもないことである。



 ◇ ◇ ◇



夕呼の執務室を後にしたギリアム達が次に向かったのは、当然正規兵の部隊であるA-01の下である。専用のブリーフィングルームに既に集合していると夕呼から聞かされたのでクララに案内される形で足を向けることとなった。

ギリアムの姿を確認したみちるの対応は迅速なもので、ギリアムを満足させるには充分だった。

「敬礼!」

みちるの号令の下、ギリアムの姿を初見の者の方が多い中にあってすかさず号令に応じる様は、流石に訓練兵とは一味違う。気持ちよく答礼で応じることが出来た。

「お早うございます、伊隅大尉。今日はギリアム司令を連れてきちゃいました」

「お早う、クララ少尉。しかし今日は突然何故?」

「フッ、そう堅くなるな。まずは先日の合同演習はご苦労だったな。この結果にはエイジスもご満悦の様子だったぞ」

「は、ありがとうございます」

既に夕呼から労いの言葉を賜っていたが、やはり直接教導を受けた人間の感想は感動も一入だった。ただ惜しむらくは、やはり本人から直接言葉を貰いたかったと思うのは贅沢が過ぎるだろうか?

「気持ちは分かるがそんな顔をするな。今日は先日の結果も踏まえてエイジス達から伝言を預かってきている」

ギリアムの言葉にみちるのみならず、A-01の面々が居住まいを正し聞く姿勢を見せる。

ギリアムはもったいぶった訳でもなかろうが、一拍置いてから厳かに告げた。

「おめでとう。諸君らは晴れてこの度の教導の全てを終了する運びとなった。正式な挨拶は改めて本人達に直接させるが、まずは俺から労いの言葉を伝えたいと思う」

「――え? いや、しかし……」

ギリアムの言葉にその場が一様に困惑の様相を呈した。

「不満か? しかしな、戦術機という兵器に関して言えば、我々は門外漢も同然だ。今回はたまたまXM3という特殊なOSがあったからこそ、その教官役を買って出たがそれも突き詰めればこちらの都合によるものだ。後は各々で腕を磨け。それでももし我々に感謝する気持ちがあるというのなら――」

そこで一呼吸置いて一同を見渡す。

「――生き延びろ。これは我々の総意だと思え。俺からは以上だ。言いたいことがあるのならば、後日改めてエイジス達に伝えるといい」

ギリアムの言葉にみちるは一瞬その身を震わせた。
初めて会ったその時から、彼は軍人として尊敬できる人物だと直感していた。これは速瀬水月とも見解が一致したことでもある。その男からここまで言われたのだ。期待に応えないわけにはいくまい。

「は、フォッカー大尉達には改めて御礼を申し上げますが、ありがとうございました」

みちるが最敬礼をもって感謝の言葉を伝えると、部下達もそれに応じる形でみちるに続く。

「よせよせ、何もしていないのに礼など言われてはムズ痒くて仕方がないわ」

手をふりつつそっぽを向きながらギリアムが応じる。余程照れくさかったのか、彼は突然話題を転じた。

「そういえば風間というのは誰だ?」

「は、私であります」

唐突に名を呼ばれ、若干緊張した面持ちで風間祷子が一歩前へ進み出た。

「ふむ、貴様か? スージーから話は聞いている。なんでも貴様の目標は音楽という文化を後世に残すことだとか?」

「は、その通りであります」

いきなり個人を名指しで指名して、一体何を言出だすのかと祷子本人のみならず、周りの隊員も身構えて言葉を待つ。

「安心しろ、その手の文化は人類が滅亡の危機に瀕しても無くならないものだ。人の心に輝きがある限りはな。どうだ? 貴様の心に輝きはあるか?」

ギリアムの問いかけは軍人としてのものではなく、祷子個人に問いかけているものだと感じられた。だから祷子も個人としての回答を述べた。

「はい、そうありたいと願っています」

「そうか……貴様はヴァイオリンを弾くのだったな? 今度ゆっくり聞かせてくれ」

そう言い残し、立ち去ろうとする背中に満面の笑顔で祷子は応えた。

「はい、喜んで」

ギリアム達が去ったブリーフィングルームで緊張が解かれる中、祷子が小声でポツリと呟いた。

「……素敵な方……」

それを聞き逃さなかったのは、一番近くに居た宗像美冴である。

「ちょっ……祷子? お前……ええっ!?」

今まで浮いた話一つ洩らさなかった相棒の突然の爆弾発言に、美冴は目を丸くした。

「美冴さん、何か?」

「えっ? いや……何でもない……何でもないぞ」



後に宗像美冴は語る――

「あの時の祷子に迂闊な事を口走れば、己の身が危うかった」

――と。



 ◇ ◇ ◇



ほぼ同時刻、武の特訓の名を借りたイジメは二戦目を迎えていた。

今度の相方はスージー・ニュートレット大尉であるが、彼女は早々に不満を洩らした。

「よく考えたらさあ、これ、私が一番損な役回りじゃない?」

「言っている意味がよく分かりませんが?」

先程自分を瞬殺した人間の言葉とは思えなかった。

「だってねえ、レイヴンズのエースと、元ビンディランスのエースを同時に相手取るわけでしょ。とてもじゃないけどアンタを守りきる自信が無いわね」

ビンディランスの名前自体は武も聞いたことはあったが、エイジスが語る自身の武勇伝には、組織の構成や規模は明かされず、自身が加担したことで勝利に導いたことのみを強調されたものだったので、そんなことを言われても今一ピンとこなかった。

「あの……エイジス大尉が凄腕ってことはなんとなく分かるんですが、あの椎野中尉もですか?」

「普段の言動に騙されてんじゃないわよ。アレはね、立派な化け物よ。何しろマリアフォキナ・バンローズに見出されて磨かれ、ティモシー・ダルダントンに更に研ぎ澄まされたんだから……っと、お喋りはここまでね、来るわよ!」

固有名詞など出されても、それを知らない武には伝わり辛かったが、とにかく余裕の無いことだけは窺えた。

「私はエイジスの足止めをするからアンタは恭平を相手に一秒でも粘りなさい」

「もっとマシなアドバイスは無いんですか?」

「悪いけどこれが精一杯よ!」

レーダーを見れば恭平の機体が武機の真正面から猛スピードで肉迫しているようだ。

「馬鹿にしてっ!」

武はすかさずマルチロックをかけるとミサイルの発射ボタンを押し込んだ。

「馬鹿っ! まだ早い!」

「え?」

恭平の駆るVF-171は尋常ならざる機動でミサイルの嵐を掻い潜ると、突撃のスピードそのままに武の機体と交錯。すれ違い様にレーザーガンポッドの雨を降らせて行った。

その正確無比な射撃は一発違わず武のVF-171に吸い込まれた。

結局二戦目も落とされた相手が変っただけで、武は殆ど何も出来ずに秒殺された。

――エース。

その言葉の重みが徐々に分かり始めた武ではあったが、同時に疑問に思う。

果たして自分はあの高みまで登ることができるのか? ――と。

(成る程、確かに壁だな)

前の世界での宗像美冴の言葉を思い出す。

壁とは自身の眼前に聳え、越えさすまいとする物。
同時に外敵から自身を守ってくれる物だ。

しかし武はその位置に甘んじる訳にはいかなかった。
何故なら武にも守りたい物、守るべき物があるからだ。

恐らくエイジス達は、今武が目指すべき道を示してくれている。
例えそれが一朝一夕には敵わないとしても、示された道があるなら登るだけだ。

(やってやるよ)

武は決意も新たに、改めてエース達に挑むのだった。



 ◇ ◇ ◇



最期にギリアムが訪れたのは207A訓練分隊の待つ第一演習場だった。
どうやら恭平は実機訓練をメインに据えているようである。なんとも整備兵泣かせな男だった。

「小隊整列! ギリアム・アングレート中佐に対し、敬礼!」

初対面ではあったが、神宮司まりも軍曹にはギリアムが来ることは伝えられていたようである。姿を確認すると同時にまりもの号令に訓練兵達が応じる。

「楽にしていいぞ。今日はこちらの都合で恭平の奴は来れないので、奴の伝言を伝えに来ただけだ。それでは本日の貴様らの訓練内容を伝える。クララ、頼む」

「ええ~私が言うんですか~」

いかにも馬鹿馬鹿しいと言った面持ちでクララが不満を洩らす。

「ううっ、じゃあ発表します。本日皆さんの訓練は――自習です!」

半ばヤケクソで叫ぶようなクララの訓練内容に対し、207Aの少女達の反応は意外なものだった。

「了解!」

「ええっ! 納得するの!?」

混乱を予想していたクララにとって、即座に声を揃えて了解した彼女達の反応は、予想外にも程があった。しかし、それを見ただけで日頃の恭平のスタンスが窺えるというものだ。

「神宮司軍曹……彼女達、大丈夫なんですか?」

クララが言い辛そうにまりもに問いかける。

「はあ……これをご覧下さい」

そう言いながら、まりもが一冊のバインダーを差し出した。

「? これは?」

「あの子達の訓練状況を数値化し、更にグラフにしたものです」

クララがバインダーを開くと、ギリアムも興味深げに覗いてきた。

「ほう」

確認すると恭平が教導を行い始めた日からの伸び代が異常なほど際立っていた。

「はあ……椎野中尉は一体どんな魔法を使ったんですかねえ?」

「彼……椎野中尉は基本的に見ているだけなんです。勿論間違ったことをすればすかさず修正させますが、訓練後に一人一人に今後の課題をアドバイスをするだけで、次の日からあの子達の動きが見違えたようになるんです。なんだか私、本職の教官としての自信が無くなりそうで……」

クララの素朴な疑問に応じるまりもであったが、言葉を重ねる度に目に見えて萎れていった。

「そんなことでは困るな、軍曹。恭平の奴はただ上っ面だけの数字を伸ばしているにすぎん。そんなことはアイツもとっくに自覚しているだろうよ。自分では彼女達を本当の意味での衛士に育て上げることは出来ない、とな」

「うーん、本人が自覚してるかは微妙ですけど、じゃあなんで椎野中尉は彼女達をほったらかしにするんですか?」

クララの言葉はまりもの疑問そのものだった。いや、本当は気付いている。自惚れることが許されるなら、それは――

「神宮司軍曹、貴様が居るからだ。貴様がいるからこそ恭平は彼女達の良い所を伸ばす事に専念している。奴らヒヨッコ以下の卵共の心を磨き鍛え上げるのが貴様の仕事だろう」

自分を否定しないギリアムの言葉に、まりもはその身を震わせた。気を抜けば涙が零れそうだった。

「は、あ、ありがとうございます。ご期待に応えるべく精進いたします」

ギリアムはまりもから目を逸らし、彼女の目尻に浮かぶものは気付かないないフリをしておどけて見せた。

「まあ、自分で言っておいてなんだが、恭平に自覚があるというのは言い過ぎたか?」

「ですよねー」

声を上げて笑う二人の気遣いに、まりもは心の中で感謝した。

「軍曹、同じ教官職にあるもの同士、いずれゆっくり話がしたいものだな。どうだ、今度一杯付き合わんか?」

白銀武を見ればわかる。彼女は本当に良い教官なのだろう。勿論、この世界の彼女に武のことなど聞けようはずも無いが、それを抜きにしても彼女の教え子に対する思い等には大いに興味があった。探さずとも共感出来る部分はたくさんあるはずだ。

「ふふ、喜んで」

その遣り取りを横目に見ながら、クララは頭を抱えたくなった。

(ちょっと、これどうしよう。下心が無い分、ある意味エイジスより性質が悪いよ……)

マザーレイヴンに帰ったら女性陣を集めて、今回ギリアムの立てたフラグの数々について、徹底的に討論せねばなるまいと、心に誓うクララであった。



 ◇ ◇ ◇



「ふえっくしっ!」

「エイジス大尉風邪ですか?」

「野暮なこと訊くなよ武。良い男には噂が絶えないものさ」

「馬鹿なこと言ってないで、準備はいい?」

エイジスの戯言をスージーが軽くいなす。これもそろそろ見慣れた光景である。

続け様に行われる三戦目。今度は恭平とのペアである。

「こっちはいつでもいいぜ。そっちはどうだ、恭平?」

「準備って言われましてもねえ……レイヴンズきっての名コンビに、お荷物抱えてどう立ち向かえばいいものやら……?」

恭平の物言いにカチンとこないわけではなかったが、反論の材料が見つからず、結局武は口を紡ぐしかなかった。

「なんだ、始める前から泣き言か? ビンディランスの元エースってのはそんなもんか? バンローズが泣くぞ」

武は通信機越しに何かが切れる音を聞いたような気がした。

「……上等だよ、エイジス・フォッカー。今までの借り、ビンディランス時代の分も含めて今この場でまとめて返してやらあっ!」

「え? 誰これ?」

武が始めて目にする恭平の一面の発現であった。

「あちゃぁ、恭平の奴変なスイッチ入っちゃたみたい。悪いけど武は私とサシで勝負ね」

「ちょっとぉ! これ、オレの為の訓練ですよね? さっきからオレ殆ど何もしてないんですけど?」

「文句があるならアレ、止めて御覧なさい」

言われて見てみれば、エイジスと恭平の戦いは既に始まっていた。

激しくお互いの位置を変えながら交錯する二機のVF-171。とても自分と同じ機体を扱っているとは思えないほど苛烈なドッグファイトである。

アレに割って入る? 不可能である。迂闊に近寄れば、また瞬殺されるのがオチであろう。

「うへえ」

「分かった? 分かったならこっちもそろそろ始めるわよ」

まあ、こっちはこっちで瞬殺されそうではあるのだが……。

「とほほ……よろしくおねがいします」

「そう悲観することもないわよ。どうせこのあと何戦もするんだから」

「嘘ぉっ! これで終わりじゃないんですか?」

「あのねえ、まだ始まって一時間も経ってないでしょうが。そんな温い訓練エイジスが発案するわけないでしょ。アイツはギリアム司令の直系なんだから」

「さ、参考までにあと何戦ぐらいなんでしょうか……?」

武の質問にスージーは、モニター越しににっこり笑ってこう答えた。

「アンタがぶっ倒れるまでよ。じゃあ、いくわよ!」

「ギャーース!」


――結局この日の訓練は総計で二十七戦行われた。

最初の内は即撃墜されてばかりの武ではあったが、徐々にVF-171の機体特性を掴んでくると、なんとか数分間は持ちこたえることが出来るようになった。

更に終盤の数戦は肉迫とは行かないまでも、なんとか追随出来るようにはなっていたのである。

しかし各ペアが丁度九周したところで武がついにダウンした。
武はシミュレーションルームの床に横たわったまま、しばらく身動き一つ出来そうに無かった。

「お疲れさん武。ああ、敬礼はいらないぞ。しばらくそのまま休んでろ」

「お、お疲れ様でした~」

エイジスの言葉は今の武には実にありがたかった。何しろ手を挙げることすら億劫なのだ。

同じ数の模擬戦を繰り返したにも関わらず、平然と立ち去るエイジス達の背中を見送りながら武は思う。

(目指す背中はまだこんなにも遠い……でもきっと……)

武が力の無い手で拳を握り締めていると、不意にエイジスが振り返った。

「ああ、言い忘れてたがしばらくこの訓練続けるからな。しっかり身体は休めておけよ」

「げえっ!」

エイジスの置き土産のような一言に、先程までの決意も失われそうな気がした武であった。



 ◇ ◇ ◇



シミュレーションルームのドアが閉まった瞬間、スージーの身体がグラリとよろけた。

「おっと」

咄嗟にエイジスが抱きかかえる。

「堪えたか?」

「流石にちょっとね」

「最後の三戦は結構追い縋ってきましたからね、アイツ」

エイジスと恭平に両肩を貸してもらう形で、廊下を引き摺られるように歩きながら、スージーは言葉を続ける。

「もう、情け無いったら……ところでアンタ達は何でそんなにピンピンしてるワケ?」

平然と歩く男二人を見て、スージーがぼやく。

「勿論疲れているさ。だが女性の前で格好悪い姿を曝す訳にはいかないだろ?」

「今回は隊長に同意です。意地ってもんがあるんですよ、男の子にはね」

「へえ、アンタがそんなこと言うなんて意外ね」

「まあ今回は白銀に先に男の子の意地を見せられちゃいましたからね。特別です」

「そういうことにしといてあげるわ」

スージーはさも可笑しそうにクスクスと笑う。

恭平はどうにも居心地が悪くなり、話題の転換を試みた。

「でも今回のことでハッキリしました。白銀の才能は天からの贈り物(ギフト)系の物じゃありませんね。アイツ間違いなく遣り込み派だ」

「なにそれ、つまり積み重ねの天才ってこと?」

「努力の天才とも言いますね。ああいうタイプは怖いですよ。何しろ自分で定めない限り成長に限界が無い」

「結構なことじゃないか。ならば俺達のすることはただ一つ。越えられない壁であり続けることだ。アイツが目標を失わないようにな」

エイジスの言葉にスージーは肩を竦めたい衝動に駆られたが、両肩を抱えられた状態では、それも儘ならなかった。

「で? 武がお望み通りの成長をみせたら“アレ”本当にやるつもり?」

「俺とギリアムはそのつもりだ。反対か?」

「いいえ。いいんじゃない。“アレ”ぐらいこなしてもらわないとこの先厳しいしね」

「まあな」


過去の自分と現在の白銀武を重ね合わせ、エイジス・フォッカーは不敵に微笑んだ。








 あとがき

皆さんご無事ですか? どうも、type.wは元気です。

今回の投稿までに時間がかかったのにはワケがあります。

実は先週丸々一話書き上げましたが、あまりのやり過ぎっぷりに泣く泣くボツにしました。

今回ギリアムが横浜である意味大暴れしたのですが、ボツにした話はこんなもんじゃありません。あと二つ三つフラグを立て、最終的には霞にお父さん等と呼ばれ、慕われる始末。

このままじゃこの先立ち行かなくなる自分の未来像が容易に想像でき、お蔵入りとあいなりました。

え? そっちも読んでみたいですって? 

嫌ですよ。だって恥ずかしいじゃありませんか。

まあ削除はしていませんので、いつの日かNG集のような形でお届けすることがあるかもしれません。……完結後にね。

さて次回はたけるちゃんがあのミッションに挑みます。

ヒントは「無人機に後れを取るようなら即刻除隊だ」とか「クソッタレ、横浜はエースじゃなくチェリーをよこしやがった」とかギリアムが言うかもしれません。

ゲームをやったことがある人は、これだけでピンとくるのでしょうが、やったこと無い人は、なんのこっちゃ分かりませんね。

次回ギガント・ララバイみたいな感じで。

……答え言っちゃったよ。

それでは次回更新時にまたお会いしましょう。では、今日はこれにて。







[24222] 第十五話 GIGANT LULLABY ~once again to try~
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/03/25 07:55


――死力を尽くして任務にあたれ。

――生ある限り最善を尽くせ。

――決して犬死するな。


それはかつて武が所属していたヴァルキリーズの隊則であり、今尚、武の心に刻み込まれている、魂の誓いでもあった。



第十五話 GIGANT LULLABY ~once again to try~



「0720、1025ブリーフィングを始めます」

例によってエイミ・クロックスが淡々とした口調でブリーフィングの始まりを告げた。

「今回の訓練……いや、任務の説明を行う。今回の任務はVFを使用した敵の中枢都市に対する奇襲攻撃だ。攻撃目標の都市は、マクロスシティ」

ギリアムの口から任務内容が説明される中、武が驚きの声を上げる。

「マクロスって、あのマクロスですか?」

「そうだ」

話には聞いてたことはあるものの、シミュレーターとはいえ初めて目の当たりにするかもしれないマクロスの姿を想像して武の心は高揚した。

「訓練ついでにマクロスシティを守る無人防衛システムのパターン学習につきあう……というのが本来の目的だが今回は関係ない。我々の任務は都市への奇襲攻撃。そして貴様の腕前がどれ程の物になったかを試させてもらう」

「入隊試験も兼ねるって……そう言う事ですか?」

「そうだ。シミュレーター相手に後れを取るようなら即刻除隊にして横浜に送り返してやる。覚悟しておけ」

今までの言動から鑑みるに、ギリアムの言葉に嘘や冗談はあるまい。
ここでミスをすれば自分は大きな戦う力を失うのだ。

「まあそう堅くなるなよ武。この試験は俺も受けたことがあるが、無人機なんざ楽勝だろ? ガツンとぶちかましてやりゃあいいんだよ」

「……は、はあ」

浮かない顔をみせる武にエイジスがすかさず声を掛けるが、今一フォローにはならなかった。
何故ならエイジスはレイヴンズに配属された時には、既にエースの名を恣にしていたのだ。現在の武とは地力が違う。

とは言え肩を落してばかりもいられない。ここまで来たらやるしかないのだ。

「シミュレーター準備完了しました。参加するパイロットはシミュレーションルームに移動して下さい」

武が覚悟を決めるのを待っていたかの様なタイミングで、エイミから声がかかる。

「行くぞ、チェリー」

「了解――ってあれ? ギリアム司令も参加されるんですか?」

既にパイロットスーツを身に纏ったギリアムの姿を目の当たりにしていたので、今更ではあったが訊いてみた。

「当然だ。今回は貴様の訓練の総仕上げだろうが。俺がやらんでどうする?」

鬼教官としては譲れない所なのだろう。当然の様に言い切った。

「そうですか……ところで椎野中尉の姿が見えませんが、どうしたんですか?」

彼とて今日まで武の特訓につきあったのだ。この場に居て然るべきだろう。
武の当然とも言える疑問に答えたのはスージーだった。

「恭平? ああ、あいつなら――」



 ◇ ◇ ◇



「別に仲間外れってワケじゃないんだ」

顔を見せるなりそんなことをのたまう椎野恭平の姿に、神宮司まりもと207A訓練分隊の少女達は呆気にとられた。

それを一歩退いた位置で見ていたブリジット・スパークは、大きな溜息を漏らしながら口を開いた。

「はいはい、いきなりそんなこと言われても皆を戸惑わせるだけでしょうに。そういえば初めましてになるかしら? 私はブリジット・スパーク中尉よ。よろしくね」

そう挨拶するも、彼女達の困惑が収まる様子は無い。何事かと注意して窺ってみると、彼女達の視線は自分達を通り越し、その背後に集中しているようだ。

「これが気になるかしら?」

振り返りながらソレを見上げながらブリジットが言う。
そこにはガウォーク形態で佇む一機の可変戦闘機の姿があった。

「そう言えば皆は見るのは初めてか? こいつはVF-19Aエクスカリバー。俺の愛機だ。今までは見てるだけで悪かったね。今日は司令から許可が下りたんで、こいつで皆の相手をしようと思う」

207Aの少女達がキョトンとする中、まりもが「ひっ」と息を飲んだ。
成る程、どうやら訓練兵にはあの帝国軍との一戦は伝わってないようだが、まりもは直接見たか、或いは記録映像で確認済みらしい。

「ち、中尉! この娘達にまだそれは早過ぎると愚考します!」

上官の決定に異を唱える等、生粋の軍人であるまりもらしからぬ行為であったが、それだけに自分の教え子を大事にしていることが窺えた。確かにあの模擬戦後の帝国軍の衛士達の様子……あれは見られたものではなかった。後日行われたデブリーフィングで、レイヴンズのパイロット一同も流石にやりすぎたと反省したものである。

「大丈夫ですよ、軍曹。今日はあれほど無茶はしません。それにこいつらはそれほど柔ではありませんって。なあ?」

そう言われ視線を向けられた訓練兵達は、二人の遣り取りから何かとんでもない事が起きるのだろうな、と予想しつつも強気な態度で頷いてみせた。

「それはそれとして、質問よろしいでしょうか?」

「いいよ」

挙手をしながら一歩前に進み出た柏木晴子に、恭平が軽い調子で応える。

「仲間外れって何のことですか?」

「ウグッ……」

恭平は言葉を詰まらせる。自分が言い出した事ではあったが、まさか突っ込まれるとは思いもよらなかったのだ。

「ああそれはね、今日うちのルーキーが卒業検定みたいなことをするんだけど、ギリアム司令が張り切っちゃってね、恭平があぶれちゃったのよ。何しろ小隊単位の訓練だからね」

あっさりと暴露したのは勿論ブリジットである。

「え? それってつまり……」

「ミソッカスってことよ」

「ち、違うって言ってるのに何で肯定するんスか?」

ブリジットの台詞に恭平が慌てて抗議の声を上げる。

「あら、何処が?」

「……いや、それは……はっ!?」

何やら視線を感じ取り、恐る恐る振り返った恭平が見たものは、深い憐憫に満ちた訓練兵達の眼差しだった。

「変なこと聞いてしまってすみませんでした……」

「ちょっ……!?」

言いながら晴子が目を伏せる。しかし、その目が笑っている事に恭平は気付かない。

「き、気を落とさないで下さい。その分私達相手に頑張ればいいじゃないですか?」

「椎野中尉可愛そう……」

「ちがっ……」

茜がなんとか励まそうとするが、続く多恵の一言で台無しであった。

「ちょっと、多恵っ!」

「はう! ンだども……」

朝倉と高原に視線を向けると、二人とも慌てて目を逸らした。

そしてトドメである。

「椎野中尉、その内きっと良いことありますよ。だってこんなに頑張っているんですから……」

優しくその手を恭平の肩に乗せ、聖母のような慈愛に満ちた眼差しを向ける、神宮司まりもその人だった。

「――違わいっ!!」

その手を振り払うように恭平が突然駆け出した。

「あ~らら。行っちゃった」

「だ、大丈夫なんですか?」

「平気平気、あいつこんなの慣れっこだから」

本気で心配するまりもをよそに、ブリジットが軽い調子で応える。

「それにしても今日も暑くなりそうね……」

恨めしそうに大空を見上げながら呟くブリジットの声は、誰にも聞き留められることはなかった。



 ◇ ◇ ◇



「フォールドアウト、αチェックイン」

『2レディ、いやあ懐かしいねぇ』

『3レディ、あら、私は初めてだけど』

どこか厳めしいギリアムの言葉とは違い、エイジスとスージーの台詞はどこか軽い。対して武はやはり緊張しているのか、肩に力が入りすぎていた。

『ふ、4スタンバイ』

武の言葉を聞いてギリアムは噴き出すのを堪えるのに労力を割かねばならなくなった。何故ならその台詞は、かつてエイジスが吐いた台詞と一言一句違わなかったからだ。ならば自分も調子を合わせるだけである。

「スタンバイだと? 何を寝惚けていやがる、急げ新入り!」

『おいおい、ギリアム……勘弁してくれ』

かつての自分と重ね合わせたのか、エイジスが非難じみた声を上げるが、ギリアムはそれを聞いてついに堪えきれず笑みを漏らした。

「クックッ、懐かしいじゃないか、え? エイジスよ」

『……いや、マジで勘弁してくれ。赤面しちまう……』

『あら、何の話?』

「これが終ったらたっぷり聞かせてやるさ。おいチェリー野郎、いつまでもたもたしてやがる。急げ!」

『4レディ』

ここでかつてのエイジスならば二言三言、自信過剰とも取れる反論があったものだが、流石はあの神宮司軍曹に鍛えられただけのことはある。素直なものである。

それを残念に思わなくもなかったが、悪いことではない。

「ようし、ついて来い新入り」

『ラジャー』



 ◇ ◇ ◇



(軌道降下作戦なんて桜花作戦以来だな……)

それほど昔の事ではないが、どこか懐かしむ様に武は胸中で独りごちた。

(やっぱり綺麗だよな……地球は……)

シミュレーターの映像とはいえ、地球はやはり美しかった。そして改めて思う。これが自分が……いや、自分達が守るべきものだ、と。

そして大気圏を抜けるといよいよマクロスの全容が見えてきた。

『α2、エネミータリホー』

『3、エネミータリホー』

「あれが……マクロス?」

初めて目にするマクロスは、まさに圧巻の一言だった。
その巨躯は当然として、第一次星間戦争を最後まで戦い抜いたという、いわゆるオーラの様な物がシミュレーター越しにも伝わってきた。

「α4、エネミータリホー」

『ファーストセキュリティーエリア、チャージ。ミッションスタートカウントダウン。10、9、8――』

エイミがカウントを取る間、武は目を閉じ、気持ちを落ち着かせ、更に高める。

ギリアムが何かを言っていた様だが、この時ばかりは耳から排除した。

『――2,1,0。ミッションスタートです』

『来たぞ、無人機だと思って油断するな!』

「了解」

再び目を開いた時には、武の精神は正に研ぎ澄まされた一振りの刀の様であった。



 ◇ ◇ ◇



涼宮茜の気概は今や最高潮と言っていい。

ここまで到達するために、朝倉、築地の二機を失ったが、とうとう追い詰めることに成功した。

やはり、この演習場では自分達に分があると確信する。

何故なら自分と高原が追う椎野恭平の駆るVFー19Aの向かう先は、行き止まりだからである。

『02より01、気をつけなよ茜。あの人ぜえったいとんでもないことするはずだから』

晴子から警戒を促すよう通信が入るがもう遅い。後はもうトリガーを引くだけなのだ。

「01、フォックス3」

『03、フォックス3』

茜と高原がほぼ同時に引き金を引く。

するとどうだろう? 追い詰めたはずの恭平の機体が一瞬にしてガウォークと呼ばれるまるで鳥の様な形態に変形すると、ビルの壁面を垂直に上って行くではないか。

『嘘っ!?』

目標を一瞬見失った高原が、短い悲鳴を上げる。

「くうっ! 02バックアップ!」

言いながら恭平の機体を追い、引き金を絞る。しかし恭平の駆るVF-19Aは、ビルの壁面をまるでフィギュアスケーターの様にクルクルと回転しながら一発の被弾も許さない。

『ゴメン、無理』

「ちょっ……!」

『キャアァァーー!』

『03、致命的損傷、大破』

そして、いつ撃たれたのかも分からないまま、03高原の機体が赤く染まる。

「高原っ!」

一瞬とは言え目を逸らしたのが運の尽きである。恭平はその隙を見逃さない。

再びバトロイド形態に戻ると、ビルの壁面を蹴って茜の吹雪に迫る。

「くっ――!」

――長刀? 短刀? 駄目だ。とても間に合いそうに無い。
その迷いですら命取りであった。VF-19Aの拳がコツンと茜の駆る吹雪の官制ユニットのある胸部に触れた。

『01、致命的損傷、大破』

「なっ! 神宮司軍曹、私はまだやられていません!」

茜の抗議も当然で、01の吹雪のコンディションは依然オールグリーンのままである。しかし――

『馬鹿者! 椎野中尉がもしもその気で拳を叩きつけていたら貴様はミンチより酷い状況になっていたのがわからんのか?』

「うっ……」

茜は悔しさで唇を噛み締める。結局自分達はいいようにあしらわれ、挙句の果てに手加減までされたのだ。

『そう気を落とすな、涼宮。彼には帝国の猛者達も手も足も出なかったのだからな。これもいい機会だ、精々揉んで貰え」

「は、はい。椎野中尉、もう一回……もう一回お願いします!」

『ああ、いいよ』

網膜投影に映し出された恭平の顔は、どことなく嬉しそうであった。



『あのー、まだ私が残ってるんですが……?』


そして晴子の呟きは、誰の耳にも届かなかったという……。



 ◇ ◇ ◇



ドローンを数機落したところで武が呟いた。

「んー、イマイチ張り合いがないな」

それもそのはずで、武の腕前はこの数日間の特訓で格段に上がっていた。最早ドローンごときでどうこうなる物ではない。
これも偏に付き合ってくれたエイジス達のおかげなのだが、その軽口を聞き逃さなかった者がいた。

「この程度で喜ぶな!」

当然といえば当然の、鬼教官ギリアム・アングレートその人である。

「なっ――!」

「このノロマのチェリー野郎が! 何モタモタやってやがる。お遊戯じゃねえんだ、喋ってる暇があったらもっと敵を減らせ!」

「ラ、ラジャー」

「どうも素直過ぎて張り合いがないな……」

ギリアムの呟きを武は聞き逃したが、エイジスは聞き逃さなかった。

「いやもうホント勘弁してくれギリアム。俺が悪かった、この通り……」

エイジスは器用にも操縦しながら頭を下げた。それはそれで一級品のアクロバットと言える。何しろ今は戦闘中なのだ。

「フン、嫌だね」

「おいおい……」

『敵主力部隊接近。VF-11、VF-171を含む部隊です』

エイミの通信にレーダーを見ればいつの間にかドローンの部隊は一掃されていた。

「ヒュウ、武もやるもんだ」

「私も居る事をお忘れなく」

スージーが茶々を入れるがどうやらお喋りが過ぎたらしい。ギリアムとエイジスはすっかり敵に囲まれていた。

「司令、隊長、援護します」

ギリアムの背後に迫っていたVF-171を、直上からレーザーガンポッドの掃射で打ち落とす。そのままのスピードで通り過ぎるとスロットルを絞り急減速。ガウォーク形態に変形すると、くるりと反転。今度はエイジスに迫りつつあったVF-11を、その火線の餌食にした。

「フン、感謝して貰おうなんて思うなよ。援護する余裕があるなら自分の心配をしろ」

悪態をつくギリアムではあったが、武のここまでの働きはまずまずと言えた。
実を言えば今回ギリアム、エイジス、スージーの三名はVF-19Aを駆っての参加である。囲まれたところでいつでも振り切れたのだ。それをしなかったのは、武の動きを見るためである。

ここでギリアムは一つの決断を下す。

「エイジス、スージー、卵野郎にばかりデカイ顔されるのも癪に障る。俺達もいくぞ」

「OK」

「3、ラジャー」

エイジス、スージー両名は、ギリアムの言葉の裏にある真意を正しく読み取った。
これはなにも武の負担を減らそうと言うものではなく、一刻も早くラスボスとご対面させようという魂胆だ。そしてその後のフォローは一切しないつもりである。

それぞれに散った三機のVF-19Aが敵機を瞬く間に蹂躙する様を見て武が「あいかわらず凄えなあ」等と呑気な感想を抱けたのもここまでである。



 ◇ ◇ ◇



数分の後には味方の機影以外は確認できなかった。

「え? これで終わりですか?」

「……」

武の質問には誰も答えない。

「え? ……え?」

戸惑う武をよそに、突然マクロスが鎮座する湖面から水飛沫と共に一機の射出ポッドの様な物が飛び出す。そして更にそのポッドをパージすると、中から一機の赤い戦闘機が飛び出した。

『ゴーストが射出されました。各機、迎撃体制』

「出たぞ、あれが大ボス様だ。いままでの様にはいかんぞ!」

「ゴースト? あの赤い機体ってまさか――!?」

武の脳裏を最悪の可能性がよぎる。

X9ゴースト――以前ギリアムの座学で聞いた、完全自律自己進化型のAIを搭載した、闇に葬り去られた最凶最悪のゴースト……正にそれに瓜二つであった。

「心配しなさんなって。あれはAIF-9Bゴースト。外見はまんまX9だけどな」

「とは言え従来のQシリーズゴーストとは一線を画す。精々気を付ける事だ」

「ま、それでも頑張れば何とかなるから、気張りなさい」

エイジス、ギリアム、スージーの順に激励と受け取れなくも無い言葉を掛けてくるが、武は首を傾げる。

「あの……皆さんは手伝ってくれないん……ですか?」

何となく聞かなくとも、どんな答えが返ってくるか想像できたが聞かずにはいられなかった。

「何を言っていやがる。それでは貴様の訓練にならんだろうが」

ギリアムの答えは想像の範疇だったが、武はあえて毒づいた。

「やっぱりか、畜生!」

「子守がして欲しいならいつでも言ってくれ。俺達が落してさしあげましょう」

「その時は不合格だけどね」

エイジスとスージーの物言いに、さすがの武もカチンときた。

「ああっもう、やればいいんでしょう、やれば!」

「そゆこと。じゃあ頑張ってね~」

スージーの言葉を最後に、遠ざかって行く三機のVF-19Aを眺めながら武は操縦桿を握り直す。

そして吼えた。

「やってやらあっ!!」

ゴーストの赤い機影を視界に納め、咆哮に呼応せよとばかりにスロットルを最大に開き、エンジンに火を入れた。







 あとがき

まさかの前後編。勿論想定外です。どうも、type.wです。

今回の更新も遅れてしまいましたが、これは停電を必要以上に恐れた為です。

だって怖いじゃないですか? 停電。実際一回書いてる最中にきましたからね。

ええ、心が折れましたとも。

とは言えこの度の震災の被災者の皆様の心の痛みに比べれば、どれ程の物でもありません。むしろ比べる方がおこがましいという物でしょう。

そして前回はあえて書きませんでしたが、今回の震災の被害に遭われた皆様に心よりのお悔やみを申しあげます。

なんだかしんみりしちゃいましたね。しかしこんなご時勢だからこそ、明るい話が書きたいと思います。

それではまた、次回更新時にお会いしましょう。今日はこれにて。



[24222] 第十六話 GIGANT LULLABY~Art of sky~
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/04/18 02:00


訓練の合間の小休止。

椎野恭平は、ガウォーク形態で愛機VF-19のキャノピーを開け放ちヘルメットを脱ぎ捨て、素顔を外気に晒す。するとこの季節特有のジメッとした纏わり着く様な熱気に不快指数が一気に跳ね上がり、思わず顔を顰めて舌を打つ。

常に空調の整えられている移民船育ちの恭平にとって、惑星上の季節の変化――とりわけ日本の高温多湿な夏の空気は、未だに慣れないものの一つである。

「暑ぃ……」

こちらの都合などお構い無しに熱波を垂れ流し続ける太陽の輝く大空を理由もなく眺めていると、ブリジット・スパークから通信が入る。

『心配?』

「は? なんのことっスか」

『武少尉のことよ』

「ああ……」

物思いに耽っていた自分を見ての質問なのだろうが的外れである。この時恭平は白銀武のことなど微塵も考えておらず、思うことといえば休憩を利用して作戦会議を開いている207Aの少女達が、次はどのように自分を楽しませてくれるかの一点につきた。

「気にはなりますけどね、それほど心配はしていませんよ」

『あら、どうして?』

恭平の答えが余程意外だったのか、ブリジットは虚を衝かれたような面持ちで尋ねてきた。

「だってあいつ……」

もったいぶるように一拍置いてから恭平はこう答えた。

「ファンタジーですから」

ファンタジスタやファンタスティックではなく、ファンタジーという言葉は白銀武を一言で言い表すに相応しいと言えた。

『……ナルホドね』

普段なら微妙と言わざるを得ない恭平の受け答えに妙に納得してしまい、ブリジットは虚空を見上げて溜息を吐いた。




第十六話 GIGANT lULLABY~Art of sky~



「やってやらあ!」

そう意気込んではみたものの、武は戸惑いを隠しきれなかった。

(くっそ、追いつけねえ)

武がいかにスロットルを開こうが、旋回の度に目の前からフッと消え去るようなゴーストの軌道に追従することもままならない。機体性能云々の問題ではなく、耐Gに限界のある人間という足枷から解き放たれたゴーストの動きに、武は悪い夢でも見ているような思いに駆られた。

『馬鹿が、速力で勝る相手に速力だけで対抗してどうする?』

「そんなっ……ことっ……言われてもっ」

旋回を行うたびに身体を襲うGに耐えつつ、何とかギリアムの罵倒に言葉を返す。

『読むんだよ、相手の動きを』

『さもなきゃ誘導するんだな。俺なんかこの訓練やったときはVF-1だったぜ。それに比べりゃ楽なもんだろ?』

(バケモノめ……)

ギリアムとエイジスの言いたいことは頭では理解出来た武ではあったが、それを行うには圧倒的にVFでの経験値が足りなかった。

『考えるな。感じろってやつね』

「……」

スージーの言葉はそれこそ雲を掴むような話である。

そうこうしているうちに、今まで逃げに徹していたゴーストが突然攻勢に転じた。

「――!」

急降下から鋭い切り返しでループを描くと武の駆るVF-171の真上からレーザー機銃の雨を降らす。

「クッ……」

操縦桿を忙しなく動かし機体をロールさせ何とかかわし切るが、続けてコックピットに警報音が鳴り響く。

(ロックされた!?)

考える間も無く無数のマイクロミサイルが迫る。反射的にチャフフレアを撒きミサイル自体はやり過ごすも、気付いた時には完全に背後を取られていた。

『お前が誘導されてどうする?』

「くっそ――」

レーザー機銃で応戦しながら激しく加減速を繰り返し、VF-171とゴーストが仮想現実の大空に幾重もの螺旋を描き続ける。一見すると一進一退の攻防に見えるが、武の背後を取られる時間が徐々に増えてきた。無機質な殺意に晒される内に、苛立ちが武の集中力を奪っていく。

そしてその心の隙を衝くかのようにゴーストから放たれたミサイルに、武の反応が一瞬遅れた。

「! しまっ――」

何とかチャフフレアが間に合い直撃は避けたものの、至近距離の爆発の衝撃で、武の身体はコックピット内で激しく揺さぶられ、一瞬意識が飛びかける。結果として本来失速速度域など存在しないはずのVF-171はコントロールを失い、重力に従い墜ちていく。

(駄目……か……?)

刹那の瞬間武が見たものは、まるでスローモーションの様にこちらに迫り来るゴーストの姿だった。

意識を手放しかけたその時、誰かの声が聞こえた気がした。

――死力を尽くして任務にあたれ!

自分は死力を尽くしただろうか?

(ふざけるな! オレはまだ一発だってアイツに食らわせちゃあいない!)

別の誰かが言う。

――生ある限り最善を尽くせ!

自分は最善を尽くしただろうか?

(ふざけるな! オレはまだ生きてるだろうが!)

また別の誰かが言う。

――決して犬死するな!

これはシミュレーションだ。命を奪われることは無い。しかし、ここで諦めて墜とされてしまえば、バルキリーパイロットとしての自分は死んだも同然である。それは犬死ではないのか?

(ふざけるな! オレはコイツで皆を守るんだよ!)

――ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。何度も頭の中で繰り返す内に、武の中で何かが弾けた。

「……ざけんじゃ……ねえーーー!」



 ◇ ◇ ◇



「おいおい、アイツはどこのヒーローだよ……?」

どこか呆れた様なエイジスの呟きは尤もであろう。
何しろ直前まで迫った死神の魔の手から、咆哮一閃に逃れたかと思えば今は攻勢に転じている。防戦一方に追い詰められていた先程までとは、明らかに別人のようであった。

この数日間に行ってきた訓練中も、時折武はこのように自身の限界を超える挙動を見せることがあった。しかしそれは一瞬のことで、つまりこの訓練は武のその力を恒常的に引き出すことが目的だったのだが、こうもハマるとは思いもよらなかった。

武の中でどのような葛藤があったのかはエイジスには窺い知ることは出来ないが、感情の昂りで限界能力を引き上げるとは、それこそどこの主人公様かと愚痴りたくもなると言うものだ。

とは言えここまで来れば、エイジスに出来ることは何も無い。後は結果を見届けるだけである。



 ◇ ◇ ◇



武の精神は嘗て無い程研ぎ澄まされていた。
エンジンブロックの脚部を振り出し制御を取り戻す。すかさずスロットルを開き、操縦桿を激しく動かし続けると、武の駆るVF-171はまるで風に舞う木の葉の様にゴーストの攻撃をかわしきる。

そして改めてみるゴーストの姿が武の癇に障った。
そうプログラムされていると言うだけで、人間を容易く殺そうとするその在り方を認めるわけにはいかない。何故ならそれは武が最も忌むべきBETAそのものなのだから。

「やってみろ、オレを殺せるものなら殺してみやがれ!」

再び吼えると素早く視線を動かし、ロックオンすると同時にミサイルを斉射。身を捩るようにループでかわそうとするゴーストの動きも、今の武には織り込み済みである。

「そいつは囮なんだよ!」

ゴーストが回避行動に入るよりも早くガウォークを駆使して射線を確保すると、容赦なくレーザーガンポッドの引き金を弾く。狙い通りにゴーストにソレが吸い込まれるように直撃した。どうやら致命弾は避けられたようだが、しかしこれを機にゴーストの動きは精彩を欠いた。

「人間を――」

すかさず機首を翻しフルスロットル。最高速の出なくなったゴースト等、追いつくのは容易い。下方から回り込むように追い縋りマルチロックをかけるとVF-171に搭載されたミサイルを全弾発射。

「――舐めるな!」

ゴーストはそれをかわすことは叶わず、武の眼前で木っ端微塵に吹き飛んだ。

「ハア……ハア……っ、ざまあ見ろ……」

無茶な挙動を繰り返した為、息も絶え絶えではあったが悪くない気分に浸っていると、エイジス達から通信が入る。

『ヒュウ。やるじゃないか、武』

『オメデト。これで正式にレイヴンズの仲間入りってわけね』

「はは、ありがとうございます」

『だが調子に乗るなよチェリー。貴様などはまだまだ卵野郎なのだからな。……だが、よくやった。αコンプリートミッション、ファイナルワンナイン』

『ステア、ワンフォーゼロ』

全てが終った事を確認すると、武は深く息を吐きシートにその身を沈みこませた。



 ◇ ◇ ◇



「早速乗ってみるか?」

そうギリアムに訊ねられた武は一も二も無く快諾し、転がり込むように格納庫に駆け込んだ武を待ち受けていたものは、またしても想像を絶する光景だった。

「ゆ、夕呼先生? どうしてここに?」

そこには恭平を伴い仁王立ちで佇む香月夕呼の姿があった。

「白銀、あんたの機体新品なんでしょう? シートのビニールあたしに破かせなさい」

「まさかとは思いますけど、それだけの為にここに来たんですか?」

「悪い?」

「え? いやまあ別にいいですけど」

一体どこからそのことを聞きつけたのか? いや、考えるまでもない。恭平に口を割らせたのだろう。

その遣り取りを黙って聞いていた恭平が、珍しくも溜息を吐きつつこんな事を言い出した。

「なんなら三十六機全部のビニールを破きますか?」

「いいのっ!?」

恭平の言葉に夕呼は、未だ嘗て無い程にその目を輝かせる。

「構いませんよ。ウチの人間にはそんなことに情熱を捧げる者は居ませんし」

今にも「イヤッホゥ」と叫び出さんばかりの様子で夕呼は機体に縋り付き、嬉々としてシートのビニールを破き始めた。

「それより白銀。これから飛ぶんだろう? 付き合うよ」

夕呼の姿を横目で眺めつつ、そんなことを言い出す恭平の顔色はどことなく青ざめていた。

「はあ、実機は初めてですし一人では心細いのでそれは願っても無いのですが……どうしたんです? 顔色悪いですよ」

武の質問に恭平は視線を逸らしつつ、こう呟いた

「いや……だってブリジット先輩、置いてきちゃったし……」

「うわあ……それは……」

武にはあまり関係無いこととはいえ、考えるだけでも後が恐い。

「そ、それではお願いします」

いざ行こうとしたところで、別の声が待ったをかける。

「ちょっと待て。俺達を置いて行く気か?」

「せっかくあれほど訓練に付き合った私達を置いて行くなんて、ちょーっと薄情じゃない?」

名乗りをあげたのは無論エイジスとスージーの両大尉に他ならない。

「そんなことはありませんよ。お付き合い頂けるのなら是非お願いします」

これからはこの面子でやっていくのだ。少しでも多くの時間を共有したいと思うのは当然のことだろう。

「ところで香月博士は一体何故ここにいてあんなことをしているんだ?」

エイジスの質問に武は気勢を削がれ、深い溜息を吐いた。

「……趣味です。深くは突っ込まないで下さい」



 ◇ ◇ ◇



初めて自分の力で飛び出した大空に武は言葉を失った。
空を飛ぶこと自体は初めてではない。総戦技演習のときのヘリコプターや、桜花作戦時の凄乃皇四型、更にはエイジスの機体に便乗しての経験はあったが、やはり自分の力で大空を自由に舞うと言うのは感動も一入だった。

「綺麗だ……」

澄み渡った青空も、その空の色を映し出した大海原も、何もかもが新鮮で美しく見えた。

「ねえ、エイジス大尉……」

「あん、なんだ?」

「どうして人は空を飛ぼうとするんですかね?」

「あら、随分とおセンチな質問ね」

茶化す様なスージーの言葉も今の武には気にならなかった。

「まあいいじゃないですか。ここは隊長がどう答えるかに期待しましょう。そこに空があるからだ、なんてのはやめて下さいよ」

「馬鹿野郎。武、そんなに深く考えることはないんだ。飛びたいから飛ぶ。それでいいじゃないか」

「ははっ、成る程」

単純明快ではあったが、真理とも言えた。しかし、だからこそこの大空を再び人類の手に取り戻したいと願う。少しでも多くの人が、今自分の味わっている感動を共有出来るようにする為に。

「さて、真っ直ぐ飛ぶだけでは芸が無いな。武よ、好きに飛んでみろよ」

「いいんですか?」

エイジスの言葉に武は目を輝かせる。武自身は気付いていないが、その瞳の輝きは先程の夕呼を彷彿とさせ、恭平の苦笑を誘った。


それからしばらく、武は思う様、気の済むまで大空に雄大なアートを描き続けた。






 あとがき

皆さん待ちましたか? 私は超待ちました。どうも、type.wです。

「今回は短ぇなあ」とお思いでしょうが、どうかご容赦を。そもそも一話に纏める予定でしたからね。

風邪と虫歯と骨折、おまけに十二指腸潰瘍。
何の事かとお思いでしょうが、これらはこの二週間の間に私に襲い掛かった疾患の全てです。

始まりは仕事の都合上、体内時計が狂ったことがケチのつき始めでした。
なんだか胃が重いなあ、等と思いついたのも束の間、ハンバーガー等を齧っていると奥歯に妙な違和感。放置していた虫歯が欠けたっつーか、割れた? みたいな。

ウソだろ? なんて思っている内に喉に痛みが……ええ、風邪ですとも。
さ、流石に洒落にならんと思うも、ゲホゲホと咳き込んでいるとビシッと左脇腹に痛みが走りました。不審に思い病院でレントゲンを撮ってもらうと、なんと肋骨に皹がはいっていると言うじゃありませんか。

咳の拍子に骨折とは、キャシャリンか俺は? 皆さん笑って下さっていいですよ。

さて、もう一つ残っていますね? そう、十二指腸潰瘍です。
同日、せっかく有給を使ってまで病院に来たのだからと、風邪を診てもらうために内科へ赴くと、アラ不思議。諸症状を聞いたお医者様の眉間に皺が寄り始め「念のため精密検査を受けましょう」等と言い出す始末。冷たい汗が背中を濡らしましたとも。

後日改めて精密検査を受けると十二指腸潰瘍であることが判明しました。
成る程、胃が重い原因はこれかー。あっはっは……。

やってらんねえ。

以上が更新が遅れに遅れた言い訳です。許してくださいますか?

さて、今回で武を含むレイヴンズの戦いの準備が整ったといっていいでしょう。
ここまでを第二章として、閑話を二、三話挿んで新章突入です。

TE編か理論回収編のどちらから進めるかは、決めかねています。
どちらも同じ時間軸の物語なので、どっちからでも良いと言えば、どっちからでもいいのですが、皆さんはどちらを先に見たいですか?

両方! というのは却下です。私如きの技量ではそんな小器用なことは、とても出来そうにありません。

まあ二、三話書き上げる内に皆さんの反応を窺いつつ決めたいと思います。

とりあえず今日のところはこれにて。また次回更新時にお会いしましょう。


P.S

咳で骨折は大変珍しいと思われるでしょうが、医者の話では結構よくあることだそうです。皆様もお気をつけ下さい。



[24222] 第十七話 スパイラルエイジ
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/04/26 02:21



明けて七月二十一日。白銀武は横浜基地正門前の桜並木を訪れていた。
今日までの出来事をかつての恩師や戦友達に報告をする為である。

見上げた桜の木には、本来この季節に宿している筈の葉は一枚も無く、真夏だというのにどこか寒々しい。本当に花を咲かせたのか疑問に思える。

歩を進めその内の最も思い入れの深い桜の木の前で歩みを止める。
寄り添うように立つあの墓標代わりの鉄骨は当然見当たらないが、武がこの場所を間違える筈もなかった。

武は目を閉じ、桜花作戦以降の出来事を心の中だけで語る。
そして先日の模擬戦の最中に聞いたあの声……あれは確かに『あの世界』のこの地で眠る戦友達の声だった。つまり武は自分一人であの試練を乗り越えられたとは思えずに、どうしてもお礼を言っておきたかったのだ。

「ありがとうございました」

目を開き敬礼しつつ、その言葉だけはしっかりと声に出した。
勿論返事などは期待していなかったが、その時一片の桜の花びらが武の眼前にゆっくりと舞い降りる。手を伸ばすと、誘い込まれるように武の掌に収まった。

そしてそれを愛しむ様に優しく握り締める。

手を開けば恐らくそこには何も無いだろう。自分は幻想を見ただけなのだから。だが、心に残る物は確かにある。

そして今はそれだけで充分だった。

「また来ます、今度は皆で。本物の桜の舞う季節に」

そう呟き踵を返して歩き出すと、もう振り返ることはなかった。




第十七話 スパイラルエイジ




「もういいのか?」

そう言って武を出迎えたのは椎野恭平である。武としては一緒に来てもらっても一向に構わなかったのだが、恭平の方が野暮は出来ないと言い付き合うことを拒んだのだ。

「はい、お待たせしました」

「そっか」

恭平は多くを訊いて来ない。
性格的に隠し事が苦手で顔に出やすいわりに、胸に秘める物が多い武にとっては普段からお節介なぐらい世話を焼きたがるエイジスよりも、恭平のこういう淡白な所が時折ありがたく、今も正にそのときだった。

「んじゃ行こうか」

「そうですね」

司令官であるギリアム・アングレートから今日この日の突然の休暇を言い渡されたのは、昨日、武が大空をひとしきり楽しんだ直後のことである。

しかし提案自体は香月夕呼からのもので、この世界の通貨を持たないレイヴンズの為に彼女のポケットマネーから幾許かの紙幣が手渡された。給金というにはやや物足りなかったが、今日一日を楽しむには充分過ぎる額が、レイヴンズ各員に行き渡ることとなった。

あの香月夕呼が善意のみでこのようなことを言い出すとは到底思えなかった武は、その日の内に夕呼に問い詰めたところ、彼女は割りとあっさり口を割った。

武自身が巻き込まれるのは想像の範疇だったので特に何も言う事はなかったのだが、どうやら今回はもう一人巻き込まれるようである。

「でも本当に良かったんですか? オレなんかに付き合って」

「別に構わないよ。隊長はスージー大尉とデートだし、クロックス達は女同士でショッピングを楽しむみたいだし、どっちも俺が着いて行っても邪魔なだけだろ。それにどうせ暇だったし、誘ったのお前だろ?」

若干の心苦しさから、一応訊ねてみた武ではあったが、返って来た答えはどこか投げ遣りなものだった。この男、自分が誘わなければマザーレイヴンから一歩も出なかったんじゃなかろうかと思わせるほどだ。

談笑を交わしつつギリアムから借り受けた車の止めてある場所まで戻る途中、遠くから自分達を呼ぶ声が聞こえた。

「おーい。椎野ー、白銀ー」

(来たか……)

彼女たちこそ、今回のミッションを完遂するために香月夕呼から放たれた刺客である。

「速瀬……と宗像? どうした? そんなカワイイ服を着てるとまるで女の子みたいだぞ」

私服姿で現れた速瀬水月と宗像美冴を見て、出会い頭にそんなことを言う恭平を、武は少しだけ尊敬した。

「あ、あんたね、いきなりそれ? もう少しなにかあってもいいんじゃない?」

「そんなこと言われてもな。俺、隊長じゃないし」

確かにエイジスならば、歯の浮くような台詞の一つでも言ったかもしれない。

「ところで、そう言う椎野中尉こそどうされたのです? イメチェンですか?」

「放っといてくれ」

美冴の言葉も最もだろう。なにしろ恭平のトレードマークとも言えた、あのうざったい程伸ばされた前髪がばっさり切り落とされているのだから。

「これはですね、昨日ブリジット中尉が自分を置いて行った罰と称して切りました。これ以上は勘弁してくれと半泣きで頼む椎野中尉の姿は実に滑稽でしたよ」

「白銀、お前っ……!」

あっさりと暴露した武の言葉はやはり二人の爆笑を誘った。

「で、でもそっちの方がずっといいわよ。正直、見違えたし」

「まだ少し長い気もしますが、椎野中尉は案外ハンサムだったのですね……プッ、クックッ」

ひとしきり笑った後、意外にも素直に称賛する水月と、明らかに心にも無いことを言っている美冴を、恭平は半眼で睨みつける。

「でも何故かクロックス中尉には不評だったんですよね」

「だな。普段からまるでお母さんのように切れ切れと煩かった割には、切った直後から何故か不機嫌だった。なんなんだろうね?」

「……あんた達本気で言ってんの?」

そろって首を傾げる二人を見かねて水月が口を挿む。

「なにが?」

「どういうことです?」

恭平と武のすっとぼけた態度に水月は大きな溜息を吐いた。

「ハア……もういいわ。それよりあんた達、今から帝都に行くんでしょう? 私達も休暇なのよ。一緒に乗せてって」

「別にいいけど、なんで帝都に行く事知ってんの? 決めたの今日だよ」

「香月副司令に伺いました。白銀少尉が早朝挨拶に来たので今から行けば便乗させてもらえる、と」

「ふーん。ま、いいけどね」

美冴の言葉に拭いきれない不信感を覚えつつも、恭平は快諾してみせた。



 ◇ ◇ ◇



帝都に向かう車内に会話が途切れることは無かった。
しかし恭平の疑念はますます膨れ上がっていた。

(おかしい……)

まず乗り込んだ人員の配置がおかしかった。
運転席に恭平、助手席に美冴。後部座席は恭平の真後ろに水月、その隣に武である。恭平はまるで包囲でもされているかの様な錯覚に囚われた。

しかし恭平の疑念などお構い無しに水月は喋り続ける。

「――でね、その時あいつ何て言ったと思う?」

物思いに耽っていたとは言え、水月の話を聞いていなかった訳ではない。
話はどうやら先日の帝国軍との模擬戦にまで遡っているらしく、その時鳴海孝之に水月はこう提案したらしい。

曰く「活躍したらご褒美にキスをしてあげる」――と。
そして今はその時孝之が言った答えを求められているようである。

「さあ? 『罰ゲームだろ、それ?』とかじゃねえの?」

投げ遣りに答えた恭平の答えにすかさず反応したのは美冴である。

「惜しい! ですが、ほぼ正解です。正確には『ハア? それどんな罰ゲームだよ?』です」

「ほ、ほんとですか、それ?」

恐らく自分でもそこまで言わないであろう孝之の朴念仁ぶりに、流石の武も驚きの声を上げる。

「当ててんじゃないわよっ!」

「とんだ言いがかり?! つか首を絞めるなっ! 運転中! 運転中だから!」

「おっと」

逆ギレ気味に恭平の首を絞める水月と、反射的にハンドルから手を放してしまう恭平。そして、その一連の流れを読みきっていたかのように代わりにハンドルを握る美冴の姿がそこにはあった。

「ま、まあまあ速瀬中尉。ところで涼宮中尉たちは今日はどうしてるんです?」

「ああ、遙は今日は休暇じゃないわよ。今日休んでるのは私と宗像、風間と逢坂ね」

ひとしきり暴れて多少溜飲をさげたのか、武の話題の転換に水月はあっさりのってきた。

「へえ、風間と逢坂も来ればよかったのに。誘わなかったのか?」

「多分誘っても来なかったでしょうね。二人とも趣味が忙しいみたいだし」

「趣味?」

「祷子はヴァイオリン、逢坂はチャネリングです。特に祷子はあの日以来、熱心に練習を――」

「ちょっと待ったーーーっ!」

一連の会話の流れにどうしても聞き捨てならないものがあり、武が待ったをかける。

「どうした白銀? 突然大声を上げて」

「どうもこうもないですよ! えーと、チャネリング?」

「ああ、チャネリングだ」

自分の聞き間違いだと信じて美冴に尋ねるも、返って来た答えは無情なものだった。

「おかしくないですか、それ?」

「そうだな。人の趣味にケチをつけたくはないが、真っ昼間からすることじゃないな」

「時間の問題じゃねえ!」

恭平の本気のボケに武の渾身のツッコミが炸裂した。


ヴァルキリーズの未知の隊員逢坂桜子。

どうやら彼女も例外なく、一癖ある様だと武は確信した。



 ◇ ◇ ◇



程なくして帝都に到着した恭平達は、適当な所に車を止めて今は徒歩で散策していた。

帝都に不案内な恭平と武は、水月と美冴に導かれるように歩いているのだが、ここでの配置もやはりおかしかった。

つかず離れずの両隣。右手に水月、左手に美冴、そして一歩離れるように後ろに武である。両手に花と言えば聞こえはいいが、そんな色っぽい空気は微塵も無く、連行される容疑者さながらである。

「おい、お前ら一体何を企んでいる?」

「あらー、なんのことかしらー?」

ついに疑念を抑えきれず誰にとも無く訊ねてみるも、返って来たのは空惚けた水月の答えだった。

「流石と誉めて差し上げたいところですが、気付くのが少し遅かったようですよ。ホラ、目的地はすぐそこです」

美冴の言葉に前方を確認するが、特に変わった様子は無い。強いて言うなら斯衛の赤服が佇んでいるだけである。

「いや待て、斯衛だと?」

早まるな、まだそうと決まった訳ではない。そう自分に言い聞かせようとするが、こちらに気付いた様子の斯衛の赤服が歩み寄ってくるではないか。

恭平はすかさず踵を返そうとするが、それより早く両脇の二人にガッチリとロックされてしまう。

「ちょっ、お前ら……」

「あんた今逃げようとしたでしょ?」

「そんなことないよ。ちょっと急用を思い出しただけだって。決して悪い予感がするとかそんなんじゃないんだ」

そうこうしている内に、斯衛の赤服はもう目前まで迫っていた。

「ご苦労だったな、国連軍。ここからは私が引き受けよう。私は斯衛軍第16大隊所属の月詠真耶大尉だ。貴様が白銀武少尉だな」

そう言って真耶は懐から取り出した写真と武の顔を見比べると大きく頷いた。

「はい、大尉殿。真那さん……いえ、月詠中尉から話は伺っております。今日は宜しくお願いします」

「ちょっと待て白銀。お前まさか……」

恭平が目を向けると、武はバツが悪そうに目を逸らした。

「そして貴様が――」

こちらの話など聞いていないかの様に、写真と恭平の顔を見比べる。しかし、

「誰だ?」

写真と本人のイメージが結びつかなかったようである。

「椎野っス。てかそこまで違わんでしょうに。で、斯衛の大尉殿が一体何の用ですか?」

「用があるのは私ではない」

「じゃあ誰なんスか?」

「煌武院悠陽将軍殿下だ」

恭平は悪い予感が当たったことを知る。何故自分がそんな偉い人に会わなくてはならないのか?

(やってられるか)

瞬間、両脇の二人を振りほどき、弾かれた様に駆け出した恭平に、不覚にも武を始め水月も美冴も反応出来なかった。

この時の恭平の走りは正に世界を狙える逃げ足だった。

もはや誰にも追いつくことは敵わないと皆が諦めかけたその時――

「逃がすかボケッ!」

赤い稲妻が武達の眼前を過る。

この高速の追跡劇を見て武は、昔テレビで見たインパラとチーターの追いかけっこをふと思い出した。

常であればインパラ、いや、恭平にも勝ち目があったのかもしれない。しかしこの時の真耶は飢えたチーターそのものだった。おまけに飢えた子供……もとい敬愛する主君、煌武院悠陽殿下を待たせているのだ。それはその走りも神がかろうというものだ。

ほどなくして恭平を見事に捕らえ、文字通り首根っこひっ捕まえて真耶が戻ってきた。

「なんなんスか? なんなんスかもう……」

「黙れ! いきなり逃げ出すとは何事かっ。全く、話に聞いていた通りの男だな」

「誰から聞いたんスか? そんなこと」

「貴様の上官、ギリアム・アングレート中佐からご報告戴いている」

「みんなグルかっ? グルなのか?」

「さあな、そこまでは知らんよ」

「……ちょっと放してもらえます? もう逃げないんで。ちょっと確認したいことがあるんですよ」

真耶が手を放すと恭平は胸ポケットから携帯端末を取り出すと、慣れた手つきで短縮ダイヤルをプッシュ。

因みにこれは携帯電話ではなく、それを模した小型のフォールド通信機である。マザーレイヴンの技術部会心の一作で、フォールドクォーツを使用している為、無くしたり壊したりすると大変怒られる。不測の事態に陥った時にも連絡がつけられる様にと、レイヴンズ各員に配られている。

「ああクロックス? 俺、椎野だけどいま何してる? ……何? 皆でお茶してるだと? マジかよ? そっちはホントにただの休暇なのか? 隊長達もか? ……わからんだと……そりゃそうか……いやさあなんか俺、斯衛に拉致られそうなんだけど、お前なんか聞いてる? ……ン~そっか、ならいいや。俺はまた皆で俺を嵌めたのかと思っちまったよ。……なんだとクロックス、俺を侮るなよ。それは既に試した。すぐに捕まったけどなっ! ……なに? ケーキが美味しくない? ……知らんよ……ああ、もう覚悟を決めたよ。今回俺は将軍殿下に奢らせてみせる、ポケットマネーでなっ! …………し、失礼なことを言うな! 俺はいつだって正気だ! じゃあそんなわけで土産には期待しててくれ。またな」

会話を終え真耶に向き直りつつ恭平が口を開く。

「じゃあ行きましょうか。もう自棄です。何処へなりとも着いていきますよ」

「……私はたった今、貴様を連れて行きたくなくなったよ。今の内に斬っておいた方が良いのでは? とすら思う」

武も真耶の言葉に全面的に同意する。明らかに人選ミスである。うんうんと頷いていると、恭平の目がいつの間にかこちらに向いていた。

「白銀、お前は後で覚えておけよ」

「……うへえ」

後がそれなりに恐いが目的の第一段階はクリアした。

しかし武は思う。

本当にこの人連れて行って大丈夫なのか? と。







 あとがき

エイジスの皆勤賞が途切れました。どうも、type.wです。

まあその内、武も途切れますけどね。

ところでこのSSには毎回サブタイトルがついていますが、それ自体に大した意味はありません。

皆さんはあのSSのあの話が読みたい。だけど何話だったか思い出せない。そんな経験はありませんか? 私はあります。でもそんな時サブタイトルがあると、割りとすぐに思い出せたりしますよね。

つまりその為です。どうです? この心配り。

どうでもいいですか、そうですか。

さて、前回はあまりにも投げ遣りな二択だった為、もう少しだけ情報を出しましょうか。

回収編は武を中心とした萌えがあり、TE編はエイジスを中心とした燃えがあります。因みにカップルブレイクの予定はありません。

今のところ回収編が3対0でリードです。
成る程、皆さん萌えが見たいのですね。分かりました。

とりあえず今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。では今日はこれにて。
 



[24222] 第十八話 せめて未来だけは
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/05/05 19:57


帝都城というのは日本人にとっては特別な場所である。

否、場所が特別なのではない。そこに住まう人間こそが特別なのだ。

本来であれば皇帝陛下が背負うべき神聖不可侵という重責さえもその身に担う日本帝国国事全権代行、現政威大将軍、煌武院悠陽の居城であるからこそ特別なのだ。少なくとも白銀武はそう考えている。

そのような場所に自分が赴くことになろうとは夢にも思わなかった武ではあるが、将軍殿下直々のご指名とあれば、断るなどという選択肢はあろうはずもなかった。

ところでもう一人の指名者、椎野恭平はと言えば、現在は傍から見ても放心状態で、月詠真耶に手を引かれながら幽鬼のような足取りで帝都城の廊下を歩いている。

武は恭平がこの様な状態に陥ってしまった原因となる遣り取りを思い返してみる。


「ところで大尉、何で俺なんスか? 自分で言うのもなんですが、俺こういうの向いてないと思うんですよ。将軍殿下に謁見ともなればギリアム司令が妥当でしょうし、一歩譲ってもエイジス隊長あたりでしょう。なんで俺?」

「聞きたいか?」

「是非」

「それは貴様が日本人だからだ」

「……」

「日本人だからだ」

「………………………………え? それだけ? 嘘だろ!?」


余程大事なことなのか同じ事を二度繰り返した真耶と、必要以上に間を持たせて違う答えを待った恭平。だが幾ら待とうが恭平を満足させるような答えが返ってくる様子はなかった。

武自身「そりゃねえだろ」と思わなくもなかったが、以降、恭平は沈黙したまま現在に至り、それはそれで好都合といえた。何しろこの男、口を開けばロクなことを言わないの実証済みで、真耶もそれを理解しているのか恭平の正気を取り戻させることはなかった。しかし――

「――俺、日本人ってわけじゃねえし!」

「「チッ!」」

不意に意識を取り戻した恭平に、武と真耶の舌打ちが重なる。

「あれ? ここどこ?」

「帝都城だ」

「速瀬と宗像は?」

「とっくに別れましたよ」

「俺も帰りたいんですけど」

「もう遅い」


政威大将軍・煌武院悠陽殿下の待つ部屋はもう目の前である。



第十八話 せめて未来だけは



この帝都城において将軍殿下に謁見するからには斯衛の兵が居並ぶ中、息苦しいまでの緊張感に襲われながらの会合になると考えていた武であっただけに、今自分が置かれている現状には戸惑いを隠せなかった。

「どうしました、白銀。浮かない顔をしていますね」

「いえ、ちょっと驚いていると言いますか……」

何故、自分は殿下と差し向かいでお茶など飲んでいるのだろか。それが武が今抱いている率直な感想である。

無論、差し向かいと言っても二人きりと言う訳ではなく、悠陽の後ろには紅蓮と真耶が控えているし、武の隣には当然恭平が同じソファーに腰を下ろしている。

「そなたの言いたいことも分かります。つまりこう言いたいのでありましょう。私とは余人を交えずに会ってみたかった、と」

「ブッフゥー! ち、違っ……」

「白銀、お前ね」

丁度お茶を口に含んだタイミングで完全に不意を衝かれた武は思わず吹き出してしまったのだが、当然悠陽に向かって粗相をするわけにはいかず、恭平の顔に向かって噴射したのだが、当然吹きかけられた当人からは抗議の声が上がる。

「フフ、冗談です」

「はっはっ、殿下、お戯れが過ぎますぞ」

「お楽しみのところ申し訳無いんですけどね」

笑い合う悠陽と紅蓮に恭平が水を差す。

「俺がここに呼び出されたわけ、俺なりに考えてみたんだけど確認してみていいですか?」

「どうぞ」

恭平の問いかけに悠陽が頷きながら促した。

「まず今日この日まで殿下が我々レイヴンズの士官に会った事が無いと言うのが色々拙かったんでしょう。内閣総理大臣が既に会っている以上、周囲の目もあるでしょうし、殿下にも面子というものがあるでしょうから」

「……続けて下さい」

「そう言った意味では会うだけなら別に誰でも良かったんでしょう。でも殿下自ら軽々しくマザーレイヴンに赴くわけにもいかない。それこそ周囲の目を気にしないわけにはいかないでしょうからね。……雁字搦めっスね」

「……」

最早悠陽は何も言わなかったが、恭平が言葉を重ねる度にその場の空気が重くなる。それこそが恭平の言葉が真実であることを無言のうちにに語っていた。

「そこで急遽俺達を帝都城に呼び出すことにしたのでしょうが、ここで活きてくるのが月詠大尉が言っていた『日本人だから』ってやつで、見るからに外国人のギリアム司令やエイジス大尉を呼び出しては周囲の目……いや、もう取り繕うのはやめましょう。国砕主義者でも居て付け入る隙を与えたくなかったのでしょう。兎に角、彼らの目を気にしないわけにはいかなかった。そこで目を付けられたのが名前も見た目も日本人の俺ってわけですね。まあ、出自が輪を掛けて特別な白銀を呼び出したのには別の理由があるんでしょうが……ま、こんなところでいかがです?」

恭平がそこまで語り終えると沈黙がその場を支配した。武自身恭平がそこまで考えていたとは思い及ばず言葉も無かった。そもそも武は恭平がこれほど思慮深い人間だとは思っていなかったのだから無理も無い話ではある。しかしその沈黙を打破したのは悠陽だった。

「見事ですね、椎野。どうやら私達はそなたのことを侮っていたようです」

「いえいえ、考える時間は山ほどありましたからね。で? 俺もう帰っていいですか?」

「いいえ、私はそなたの話も聞きたいのです。今日一日のご辛抱を」

途中、恭平の言葉に真耶がその形の良い眉を吊り上げたが、悠陽がやんわりと恭平を引き止めることで事無きを得た。武としては生きた心地がしなかったが……。

「も……ねえ。つーか俺今日帰れないんスか?」

「どうかご容赦を」

「じゃあ先ずは白銀の話ですね。俺は黙ってますんで、さあどうぞ。あ、ケーキのおかわり貰えます?」

そう言うと恭平は手ずからティーポットから自らのカップに茶を注ぐ。
その言動に紅蓮と真耶が顔を顰めたが素直にケーキのおかわりを用意する辺り、恭平を一応客人と認めているのかもしれない。

「俺の話……ですか?」

「いいえ白銀。そなたの話は既に紅蓮達から伺っております。その話を踏まえた上でそなたには私の話を聞いて戴きたいのです」

「え? 殿下の話を……ですか? オレなんかでよければいくらでも」

この展開は予想外であったが、自分で話をするよりは気楽であるといえた。

「そなたに感謝を」

馴染み深い言葉を前置きにして悠陽は語り始める。

「夢を見るのです」



 ◇ ◇ ◇



悠陽の語る夢の話に武はその身を凍らせた。
何故ならその夢の内容とは『あの世界』での武の体験そのものだったのだから。

「――そして眩いばかりの閃光に包まれる中、冥夜は何事かを呟くのですが私にはどうしてもそれを聞き取ることが出来ずに、見ていることしか出来ない我が身を呪い、ただ哀しくて目を覚ますのです……。どうでしょう白銀? 私の見る夢はそなたが体験した世界の出来事に相違ありませんか?」

武はどう答えたものかと一瞬頭を悩ませたが、結局正直に答えることにした。多少の食い違いがあれば気のせいで済ますことも出来たのだが、夢という形とは言えここまで完璧に自身の体験を追体験されたのでは、誤魔化しきることは不可能である。

「殿下の仰る通り、オレが見てきた世界の出来事に間違いありません。そこで質問なのですが、殿下はいつ頃からその夢を見るようになったのでしょうか?」

「正確な日付は覚えておりませんが、今月に入ってからだと記憶しています」

「……成る程」

恐らく自分とレイヴンズがこの世界に来た日付けと重なることだろう。
なにが原因かまでは分からないが、00unit候補者達の資質が別の世界の因果を無意識の内に引き寄せるものだとしたら、高い資質を秘めていた冥夜の双子の姉である悠陽にもその資質があると考えるのが妥当だろう。それがなんらかの原因でその才能が極端に開花したのかもしれない。

これは横浜に帰還後に、夕呼に相談してみるべきだろう。尤も彼女のことである。全てを悠陽から打ち明けられた上で、武を派遣した可能性も否定は出来ない。

「ならば白銀。そなたの知る世界とこの世界が別の物であると認識した上で、私には一つ憂うことがあるのです」

「……クーデター……ですね?」

「……はい……」

二人の会話に今まで黙って聞き役に徹していた紅蓮が声を荒げた。

「白銀よ、そのような大事なこと、どうしてあの時語らなかった?」

「……申し訳ありません、紅蓮閣下。正直、あの事件に関してはオレ自身未だに心の整理がついていないのです。当初はその余裕も無く仕方が無かった事だと無理やり自分を納得させたのですが、考えれば考えるほど納得していない自分に気付かされまして……無論このことは夕呼先生……いえ、香月博士にも言っていません。あの人に話せばこれ幸いにと状況を利用することでしょうから……それにあの事件は不確定すぎます。何しろ数あるループの中でもクーデターが起きたのは、最後のループただ一度きりですので」

「フム、しかしな白銀よ、貴様一人で考えあぐねていたところで如何にもなるまい。これは国家の一大事である。出来れば聞いておきたいところであったな」

「それは……いえ、その通りです。申し訳ありませんでした」

自分一人の力ではどうにも出来ないことがあると散々思い知ったはずの武ではあったが、自分が上手く立ち回ればどうにかなるのではないかと希望的観測の元に動こうとしていた感は否めない。それを今再び紅蓮によって諭されたのだ。武に反論の余地はなかった。

「紅蓮、お説教はそのぐらいで良いでしょう。それよりもこれからのことです」

「これは老婆心が過ぎましたかな? どうも歳を取ると説教臭くなっていけませんわい」

そう言って「がはは」と笑い飛ばしてくれた紅蓮に、武は心の中で感謝した。

「その件について、俺からも一ついいですか?」

それは今まで興味が無い風を装っていた恭平の発言だった。

「申してみて下さい。今は藁にも縋る思いですゆえ」

「ちょっ、藁にもって……まあいいや。別に大したことじゃありませんよ。俺達はクーデターの話は白銀から聞いていましたが、結論から言わせてもらえばクーデターを事前に防ぐことは不可能でしょう」

「何故だ? 首謀者がはっきりしているのだから、殿下が彼等の声に耳を傾ければ未然に防げるのではないか?」

食って掛かったのは未だに恭平のことを快く思っていないであろう真耶である。まあ、恭平の出会ってからの言動を鑑みれば無理からぬことではあるのだが。

「これは事件のあらましを白銀から聞いた印象なんですけどね。かの大国の影が見え隠れしているのは皆さんもお気付きでしょうけど事件の首謀者、えーとなんてったっけ?」

「沙霧大尉ですか?」

「そう、その沙霧にしたところで踊らされているだけでしょうし、むしろ全てを承知した上で自ら踊っていた感じがするんですよ。本来のシナリオを自分好みに書き換えつつね。そういった意味では、かの大国は完全に思惑を外されたわけですが、そこに至るまでの道筋もどうもきな臭い」

「どういうことでしょう?」

先を促したのは悠陽であったが、今やこの場にいる全員が恭平の言葉から耳を背けられずにいた。

「つまりですね、この国の未来の為にあえて沙霧大尉を焚きつけた人間がいるのではないか、ということですよ。恐らくその人物、或いは勢力かもしれませんが、最早クーデター自体は未然に防げないことを悟ったのでしょう。ならばそれを最大限に利用してこの国の膿を一掃することを考えたんじゃないでしょうか?」

そこまで聞いて、武の脳裏に一人の人物が浮かび上がった。その人物であれば事件を『戦略研究会』とやらが発足される以前から察知することも容易いであろうし、その言動からそのぐらいの事は涼しい顔でやってのけそうでもあった。

帝国情報省外務二課課長、鎧衣左近その人である。

「いや……そんな……まさかそこまでは……」

「なんだ、白銀には心当たりがあるのか? まあそれは追々問い詰めるとして、兎に角それほどの人物、もしくは勢力でも真相に辿り着くにはさぞかし時間が掛かったことでしょう。元政府認定テロリストの立場から言わせて貰えば、あの規模の動乱を起こすには、準備期間に少なくとも二年から三年はかかったんじゃないですかね? 逆算してみるに沙霧大尉に声がかかったのはこの一年未満の間でしょう。となれば、ここで沙霧大尉を説得して事件を未然に防いだとしても、また別の時期、別の誰かによって事が起こるのは明白です。その時は本当にただの乱痴気騒ぎでしょうね。だからこそ、その誰かさんはコントロールし易い沙霧大尉を選んだんでしょう」

恭平の言葉に、武は最早かける言葉も無かった。自分の予想が正しかったとするならば、恭平の予想は真実味がありすぎた。恐らくあの夕呼ですらも、恭平の言う誰かさんの尻馬に乗ったにすぎないのだろう。

(つーかこの人、よくもオレの話だけでここまで思いつくよな……)

「……フム、では椎野よ、貴様はどうすれば良いのだと考える?」

武が物思いに耽っていると、紅蓮から恭平に質問が投げかけられた。

「ン~、一番手っ取り早いのは売国奴と呼ばれるような勢力と、かの大国の間諜の一掃でしょうが、これは無理でしょう。そもそもこれが出来るのなら、誰かさんもこんな回りくどい事をしないでしょうしね。だからこそ俺は未然に防ぐのは無理だと言ったわけですが」

「他には?」

「第二に、ここはもう思い切って沙霧大尉に事を起こして貰う事ですね。そうすれば一連の流れを知っている以上、白銀の知る世界よりもよっぽど上手く事が運びますよ。でも知ってますか? うちの部隊の発足理由。ハッキリ言ってテロだの暴動だのが起きた日には容赦はしませんよ……多分」

「却下だ。他には無いのか?」

恭平のアイディアを斬って棄てたのは、勿論真耶である。

「もう、そんなに言うなら月詠大尉も少しは考えて下さいよ……。言っておきますけど何の犠牲も払わずに、全てを円満に解決する魔法みたいな方法は思いつきませんからね」

「構いません。何か妙案があるなら言ってみて下さい。もしそなたの案を採用したとして、何らかの犠牲が出るのであればその時はこの煌武院悠陽、政威大将軍の名に掛けて全ての罪業を背負う覚悟はあるつもりです」

なんというかいつの間にか恭平がまるで軍師のような立場になっているが、果たしてこれでいいのだろうかと武は思う。何しろ今日横浜を発つまでは、このような展開は微塵たりとも予想していなかった。彼自身の招聘理由の考察から現在に至るまでに分かったことは、自分は今まで恭平の上っ面しか見ていなかったということだ。つまり分かったような気になっていただけなのだ。

白状するならば、正直、恭平のことを、場を引っかき回すだけの厄介者とすら思っていたかもしれない。二週間程度の付き合いで、彼の全てを知ったつもりになっていた己を恥じた。早い話が見直したのである。

「まあ殿下がそこまで仰るのなら案がないこともないのですが、面倒臭いっスよ?」

そう前置いて語られた恭平のアイディアは面倒臭いどころの話ではない。上手くいけば万事丸く収まるが、一手下手を打てば戦争も起こりかねない。

流石にこの場での即決は出来ずに保留となったが、根回しだけはしておこうということで、この話題は締めくくられた。



 ◇ ◇ ◇



その後、話題は恭平の世界の話へと移っていた。

以前、エイミに聞かされた話は歴史や戦争のことばかりだったのだが、恭平の語る話題は、主に文化の違いについてだった為、武も退屈しないで済んだし、悠陽や真耶も興味を惹かれている様子だった。

「滅びに瀕しても尚その様に明るい未来が待っているのであれば、私達も膝を屈するわけにはいけませんね」

そう言って微笑む悠陽の笑顔が武の脳裏にこびりついた。

楽しい時間が過ぎ去るのは早い物で、気付けば夕飯の時間を迎えようとしていた。

既に一泊することは決定済みだったのだが、まさか帝都城内に宿泊することになろうとは、夢にも思わなかった。てっきり近場のホテルにでも滞在するつもりでいたのだから、この申し出は武にとっても意外と言わざるを得ない。なんでも真耶の話では、

「それでは椎野が逃げるだろう」

とのことで、図星だったのか恭平は渋い顔をしていた。この期に及んで未だに逃げ出そうと考える、恭平の心根に武は心底敬服した。

夕餉の食卓を彩ったのは山海の天然物の食材で、自分達が今、VIP待遇であることを窺わせた。このご時勢にいかに将軍殿下であろうとも、否、悠陽の性格を考慮すれば、日頃からこのような贅沢をしているわけではあるまい。

このことについては、武は勿論、恭平も素直に礼の言葉を口にした。

「良いのです。そなた達は客人であるのですから、招いた私が持て成すのは当然のことなのです」

その言葉で、武は悠陽の気持ちを遠慮無く受け取ることにした。

「ところで明日の予定なのですが――」

用意された食事を片付け、一息ついたところで悠陽が話題を振ってきた。

「明日は市ヶ谷へ赴いてもらいます。無論、私も同行しますが」

「市ヶ谷……ですか?」

武は地名こそ知ってはいたが、そこに何があるのかまでは把握していなかった。

「市ヶ谷……ってことは、技術廠ですね」

「聡いですね、椎野。その通りです」

本当に今日は恭平には驚かされっぱなしである。まさかこの世界に於いて自分の知らないことまで熟知していようとは思わなかった。それを口にすると、

「お前が不勉強なだけだ」

と返され、武はぐうの音も出なかった。

「フフ、兎に角そこで巌谷中佐が待っています。私は詳しくは聞き及んでいないのですが、なんでも戦術機関連の技術のことで相談したいこといがあるとか」

「どうも俺はそっちが本命っぽいな。ところで巌谷中佐って誰だっけ?」

「椎野中尉も顔ぐらいは見たでしょう? あの顔に傷を残したお人です」

伝説のテストパイロット等と言ったところで伝わり辛いと考え、武は容姿を思い出させることにした。

「ああ、あの『嘘かこの野郎!』って俺を怒鳴った人か……。嫌だなあ、俺のこと忘れていてくれてるといいんだけどなあ……」

「それは無理です」

あの後に聞いた恭平の話では、顔を憶えられない内に退席するための嘘だったらしいのだが、逆効果にも程がある。あれでは憶えておけと言っているようなものだ。

「貴様はあっちこっちで何をやっているのだ?」

悠陽の傍らに控えていた真耶のぼやきにも似た一言で、楽しい夕食はお開きとなった。

因みに答えるものは誰も居なかったと言う。



 ◇ ◇ ◇



その夜、自分にあてがわれた寝室で早々に休むようにと真耶から言い渡された武ではあったが、なかなか寝付かれず帝都城内を散策していた。

一歩部屋の外へ踏み出せば、護衛の名を借りた監視の目があると考えていたのだが、そのようなものは一切無く、武を拍子抜けさせた。

考えにくいことではあったが、余程信頼されているのか、或いは元からこういうものなのか、いずれにせよ勝手に出歩いている武のほうが不安になるほどだ。

(まあこんなことしてるオレが言う事じゃないよな)

胸中で呟きつつしばらく気の向くままに歩を進めると、帝都が一望出来るテラスのような場所に辿り着いた。

「へえ、こんな場所があるんだ……」

思わず声に出して呟くと、背後から予想し得ない声がかかった。

「白銀?」

「で、殿下?」

薄手の寝巻きにショールを羽織った煌武院悠陽殿下の登場である。

「眠れないのですか?」

「ええまあ、そうなんですけどね……って、いやいや、殿下の方こそ護衛も連れずにこんなところに来たら拙いでしょう。月詠大尉はどうしたんです?」

武の尤もな質問に悠陽は可愛らしく小首を傾げて見せた。

「はて? そう言えば姿が見当たりませんね。いつもならば私が寝付くまでは室外で控えているのですが……」

豪胆というか、器がでかいというか、呑気というか、兎に角、武は悠陽の余裕の態度に開いた口が塞がらなかった。

「少し話をしませんか……?」

悠陽の言葉で武は開き直ることにした。

「殿下の仰せのままに」

「怒りますよ、白銀。私はそなたや椎野の飾らない態度がとても気に入っているのです」

そう言って頬を膨らませる悠陽の姿は、歳相応の少女に見えた。

「ははっ、冗談ですよ殿下。それにオレは元々礼儀をあまり知らないので、取り繕ったところであまり長続きしません」

「まあ、そなたは意地悪ですね」

「よく言われます」

言いながら二人で顔を見合わせて笑い合う。

不思議な感覚だった。武が悠陽と接触したのは、あのクーデター騒ぎの中での一度きりである。その為かお互い余裕が無く、常に剣呑とした空気に包まれていたと記憶している。いかに今の悠陽が夢で『あの世界』の情報を得ようとも、これは再会ではない。しかし彼女と笑い会える日が来たことを、素直に喜ばしくも思えた。

「『あの世界』でのクーデターの折り……私はそなたが傍にいてくれたことにとても安心感を抱いていた様に感じられました」

言葉が断定的でないのは、やはり自分の実体験ではないからなのだろう。

「まさか。あの時は自分に自信が持てずに一番ぐらついていた時期です。オレは殿下を安心させるような事は何一つ出来ませんでした。むしろ殿下の言葉にこそオレは救われました。お礼を言いたいのはこっちの方です」

当時の自分を思い返しながらの言葉だった為、上手く笑えたか自信がなかった。きっと悠陽の目には自分はさぞ滑稽な姿に映っていることだろう。

「謙遜するでない。それに私がそう感じたのだからそれで良いではありませんか」

「そう……ですね。では、お言葉ありがたく頂戴しておきます」

「よしなに……それに、ほら――」

そこで言葉を区切ると、悠陽は武の肩に自分の頭を預けてきた。

「ちょっ、殿下!?」

「とても安心出来ます」

これは流石に拙いのでは、と思いつつも将軍殿下にそう言われては振りほどくわけにはいかない。否、武には振りほどく度胸など最初から持ち合わせていないのである。

「もしも……もしもですよ? 私が窮地に陥ったら、そなたは私を助けてくれますか?」

そのような問いかけなど意味は無い。何故ならその答えは武にとって考えるまでもないことなのだから。

「勿論ですよ。困ったことがあったらいつでも言って下さい。文字通り飛んで駆けつけますよ」

「そそそれとですね、そなたにお願いがあるのですが、笑わずに聞いていただけますか?」

悠陽の狼狽ぶりを見ると、先程の質問はあくまで前振り。恐らくこちらが本命なのだろう。

「どうぞ。決して笑いませんので仰ってみて下さい」

「……では」

深呼吸で息を整えてから言葉を紡ぐ。

「わ、私とお友達になっては戴けませんか?」

正面から向き直る形でそう言われた武は、悠陽のあまりの必死な様子に思わず吹き出しそうになる。しかし、約束したからには笑うわけにはいかない。

「あれえ、恐れ多いことではありますが、オレとしてはとっくに友達のつもりだったんですが、駄目でしたか?」

武は肩を竦めておどけてみせる。

「い、いいえ。決してそのようなことはありません!」

悠陽は頭が取れるのでは? と心配になるほど首を大きく何度も振って、武の問いかけを否定した。

「殿下、友達というのは作ろうとして作るものではなく……いや、そういうのもありかな? とにかくいつの間にかそうなっているものなんですよ。だからオレと殿下はもう友達です」

そう言って笑う武の微笑みは、本人は意識してさえいないが女性のハートを蕩けさせるには充分で、それは時の政威大将軍、煌武院悠陽とて例外ではなかったという。



この時悠陽は、「そ、そなたに感謝を」と言いながら武の胸に頭を預けるのが精一杯で、後日改めて今夜のことを思い返し「やはり友達は失敗だったのでは?」と、この時今一歩踏み込めなかった自分を大層悔やみ、夜毎枕を涙で濡らすことになるのであるが、それはまた別の話である。



 ◇ ◇ ◇



武と悠陽が束の間の逢瀬? を楽しむ中、それを物陰から見守る一人の男が居る。

言わずと知れた、椎野恭平その人である。彼は今日の出来事をかなり根に持っていた。

「くっくっくっ……ガードが甘いよ白銀。俺を嵌めた報いを受けるがいいさ」

小声で囁きながら、携帯端末のオプション機能の一つであるカメラモードを使い、白銀武のスキャンダラスな絵面を激写しまくっていた。勿論シャッター音などはせず、フラッシュを焚かずとも暗闇でも真昼の様に映し出せる親切設計。一歩使い方を誤れば、犯罪者確定物の一品である。

「ほう、それでその写真を一体誰に見せるつもりだ?」

「知れたことを。無論、横浜在住の斯衛中尉の真那さんよ。これを見せた時、彼女がどういう反応をするか、想像しただけで笑いが止まり、ま……せん……よ?」

その時初めて自分以外の声に気付いた恭平が振り返った先に見たものは、表情をたたえない能面の様な面持ちのまま佇む、月詠真耶の姿だった。

「い、いたんスか? 真耶さん……」

「貴様に名を呼んで良いとは言った覚えがないがそれはまあいい。割と最初からいたぞ。尤も、貴様はパパラッチに夢中で気付かなかったようだがな。全く……少しは見直したと思った途端にこれか? 呆れて物が言えんわ」

恭平は昼間の追いかけっこが既にトラウマで、指先一つ動かすこともままならない。

「で? 今撮ったものは直に見れるのか? 見れるようなら私が検分してやろう」

「はは~」

最早多くを語らず、恭平は携帯端末を真耶に差し出した。

「む、使い方が分からん。教えてくれ」

「えっとですね、画像を見るにはこの辺のパネルをタッチして下さい」

「便利な物だな……ほう、よく撮れているじゃないか」

「あーもう煮るなり焼くなり好きにして下さい」

恭平は早々に白旗を揚げた。正直生殺しが一番辛い。

「一つ確認するが、これを見せるのは真那だけなのだな」

「まあそのつもりですけど? 他の誰かに見せてもあんまり面白くなさそうだし」

ゴシップ誌に売り込もうなどという下衆な考えは恭平には毛頭無く、あるのはただ白銀武への報復行為と、本人が見て面白いか否かだけである。

しばらく睨むように恭平の瞳を見つめていた真耶だったが、不意に口元を笑みの形に歪めた。

「面白そうだ。いいだろう、許す。やれ」

そんなことを言い出す真耶に、恭平は豆鉄砲でも食らったようにただ呆然となる。

「い、いいんですか?」

「それを見せると真那は怒るか困るのだろう。面白いじゃないか? むしろ存分にやれ」

「……月詠大尉。俺はアンタのことを少し誤解していたみたいだ。許して欲しい」

恭平は真耶の物分りの良さに、ただの堅物だと思っていた自分を恥じた。俯いたまま顔も上げられそうにない。

「馬鹿者、泣く奴があるか。それに誤解はお互い様だ。ただし、その画像が外へ流出した場合は分かっているな? 貴様の命、無いものと思えよ」

「イエス・マム!」



神の御業か悪魔の悪戯か?

今夜この場で奇妙な同盟が結ばれた。

これを期に白銀武と月詠真那は、ことあるごとにこの二人にちょっかいを掛けられることになるのだが、それもまた別のお話である。







 あとがき

G.Wが終っちまうよう。どうも、type.wです。

今回は長いかな? そうでもないのかな? 書いてると良く分からなくなります。

とりあえずもう一回だけ(多分)閑話にお付き合い下さい。

それにしても武の恋愛原子核はマジハンパねえっスわ。私みたいなのが書いてもご覧の有様です。

言い訳をさせて貰えばこんなはずじゃありませんでした。なんでこうなっちまったのかなあ? ま、いっか。

例のアンケートもどきは、今のところ回収編が3票、TE編が2票という下手をすると同数で並び、結局自分で決めざるを得なくなるか、同時進行も視野にいれなければならなくなるという、作者にとっては悪夢のような可能性も否定しきれなくなってきました。

まあ、あと一話ありますよ。追々……追々ね。


ではまた次回お会いしましょう。それでは今日はこれにて。 



[24222] 第十九話 血と汗と涙の裏側のハッピー
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/05/10 08:14


帝都城から技術廠へと向かう車中から眺める景観は、どこか味気ない様に感じられた。人影はまばらですれ違う車もそう多くはない。

時刻は七時四十分。
『元の世界』の記憶を殆ど失った武ではあったが、ラッシュアワーと呼ばれるこの時間の首都圏で、これ程閑散とした風景を拝むことになろうとは夢にも思わなかった。

「どうしました白銀? うかない顔をしていますね」

「……いえ、殿下。少し『元の世界』のことを考えていただけです。今更ですがやっぱり随分違うんだなって」

「そうでしたか」

何気ない言葉を交し合う二人ではあるが、武には車に乗り込んだ時から疑問に感じていることがあった。

それは自分と悠陽の距離があまりにも近すぎはしないか? ということである。

二人の座る後部座席は、流石に将軍殿下が足代わりに使う車だけあって、恐らくは大の大人が三人座ってもまだ余裕があるように見受けられる。にもかかわらず、悠陽はそれがさも当然であるかのように武に寄り添い腰を落ち着けているのである。

それを武が悠陽に対しどう指摘したものかと頭を悩ませていると、助手席から恭平の呻き声が聞こえてきた。

「……うう~。真耶さん、窓開けてもいいスか?」

「たわけ、いいわけあるか。此度の殿下の技術廠への訪問は御忍びであると説明しただろう。なんのための窓ガラスのスモークシールドだと思っているのだ? そもそもどうしてそんなに無様なことになってるんだお前は」

「あなたがそれを言いますか? だって真耶さん、俺を朝まで寝かせてくれなかったじゃないですか」

「まあっ」

運転席と助手席で言い争う様に言葉を交わす真耶と恭平であるが、その中に聞き捨てならないものが含まれており、悠陽が頬を朱に染め驚きの声を上げる。

「なっ! 恭、貴様、紛らわしい言い方をするな! いや待て……さてはワザとか? ワザとなんだな!? 大体あの程度の酒でその体たらくとは情けない」

「いやいや真耶さん。あの程度って三升っスよ? そもそも俺、普段からあまり酒飲まないんスよ」

武は二人の遣り取りに、昨日まで感じなかった違和感を感じる。

(真耶さん? 恭? なにこれ……どーなってんの? つーか不気味!)

恭平が真耶のことをどう思っていたかは定かではないが、少なくとも真耶は恭平のことを快く思っていないはずである。確証はないが、昨日まではそうだったはずだ。それがこの変りようはどうだ? 真耶の口調こそは変わっていなかったが、昨日まで感じられた棘が無くなっているようにも思う。

「椎野、辛いようでしたらシートを寝かせて休んでいても良いのですよ? 幸いそなたの後ろには誰もおりません故」

悠陽の言葉に恭平がこちらにチラリと視線を向け、ウンザリといった面持ちで溜息を吐いた。

「……やめておきましょう。そんなことしたら間近で変な気をあてられて、もっと具合が悪くなりそうだし」

「賢明だな。それにもう、すぐに着く。我慢しろ」

「はーい」

いかなる理由があるにせよ、二人の仲が改善されたのならばそれは悪いことではない。


この時はそう考えた武であったが、どうしてもっと深く考えなかったのか? と、この時の自分を悔やむことになるのだが、それはもう少し先の話となる。



第十九話 血と汗と涙の裏側のハッピー



帝国国防省・戦術機技術開発研究所のとある一室。
帝国陸軍技術廠・第壱開発局副部長、巌谷栄二は自身の執務室において、ある資料映像を何度も繰り返し飽きることなく見続けていた。

その映像とは正に先日行われた帝国軍とレイヴンズとの模擬戦のものであり、栄二が目を離せずにいるのは、レイヴンズの乗機であるVF-19Aである。

何度見ても栄二の思うところはただ「素晴しい」の一言に尽きたが、しかし彼等はこの時、その力の底を見せたであろうか? 恐らく否である。ならばその力の全てを知りたいと思うことは当然であり、出来得ることならその技術を自分達も手にしたいと思うことは自然の成り行きといえた。

関係各所の説得に時間がかかり、またあの女狐に借りを作ることになってしまったが、この国の……この星の未来を考えれば些細なことである。

兎に角、今日という日を迎えられたのは喜ばしいことであり、あとは彼らからどれ程の物が引き出せるかは、栄二の手腕にかかっている。

思考の海に没入していた栄二だが、内線を示す電話の鳴る音で我に返った。おもむろに受話器を取り耳に当てると、予想通り待ちわびた客の来訪を告げるものだった。

「……わかった、来賓室にお通ししてくれ。私も直に行く。ああそれとキンキンに冷えた麦茶を四つと塩水を一杯用意しろ。……訊くな、私にもそれなりの事情があるのだ」

何しろ今日ここにレイヴンズを代表して来るのはあの男らしい。ならば本来VIP待遇されて然るべきであろうとも、せめてこのぐらいの意趣返しは許されるだろう。

巌谷栄二は白銀武の予想通り椎野恭平のことを覚えており、しかもあの時のことを未だに根に持っていたという。



 ◇ ◇ ◇



「ふう、生き返った。ごちそうさまです。あ、出来ればおかわり貰えます?」

「……あ、ああ……」

「無駄です、巌谷中佐。この男にその手の皮肉は通用しません」

かくして面会を果たした一行と栄二は、通り一遍の挨拶を済ますと各人が席に着いたところで注文通りの飲み物が運ばれてきた。恭平は目の前に置かれた塩水を、何も言わずに一息で飲み干すと礼の言葉を口にして、あまつさえおかわりを要求してきた。これには完全に思惑を外された栄二が呆然としていると、すかさず真耶からフォローが入る。

真耶はこの短期間で早くも恭平の性質を掴んでいるようだ。武は真耶の洞察力に素直に感心した。尤も酒の席では本音も漏れやすい為、可能であったのかもしれない。

栄二は「ゴホン」と咳払いをしてから居住いを正すと、早々に本題を切り出した。

「今日、貴官にわざわざ足を運んでもらったのは他でもない。単刀直入に訊こう。あのVF-19という機体、我が帝国で量産は可能だと思うかね」

「無理でしょうね。仮に出来たとしても意味が無い」

まるで栄二の質問があらかじめ分かっていたかのように恭平は即座に斬って棄てた。

「何故でしょう? やはり技術的な問題ですか?」

「それもないとは言いませんが、一番のネックになるのがコストでしょう」

悠陽の質問に恭平はどこか言い辛そうに苦笑を浮かべながら答える。

「VF-1バルキリーの時代で、当時陸軍が開発したデストロイドと呼ばれる陸戦兵器がVF-1一機のコストで二十機は造れたって話です。これがAVFともなると、第三世代機のベストセラーVF-11サンダーボルトがVF-19一機のコストで三機から五機は造れます。更にVF-22ともなると論外で、これ一機でVF-19が三機は造れるでしょう。戦術機一機のコストがどの程度のものかは分かりませんが、VF-1より安くつくとは思えません」

「……むう」

唸る栄二を尻目に恭平は更に言葉を続ける。

「そもそも時期主力として開発されたはずのVF-19が、俺達の世界でも今一普及しなかったのも、高コストが原因の一つであることは否めません。なのにVFのノウハウが何も無いこの世界で一から研究、開発を進めてよしんば成功したとして、量産体制を整えるまでに下手すりゃ国が傾きますよ?」

「もういい……よくわかった」

栄二が白旗を揚げるが恭平はまだ言い足りないようで、

「大体いきなりVF-19ってのがハードル高すぎるんですよ。いいですか? ――」

「椎野、その辺で勘弁して下さい。どうやら私達が軽率だったようです」

と、悠陽に止められるまで喋り続けた。

それにしても昨日から武は恭平に驚かされっぱなしである。無口な印象こそもたなかったが、これほど饒舌な人間とも思っていなかったのだ。

「それで? そなたは先程言っていましたね。出来たとしても意味が無い、と。それはどういう意味なのでしょう?」

「ああ、それは簡単ですよ。パイロットがいないんです。適正さえあればその後の訓練で衛士になれる戦術機とは違い、VFのパイロットというのは本来狭き門なんですよ。そうですね……百人志願したとして、晴れてVFのパイロットになれるのは良くて十人程度でしょう。そこから更にAVFのパイロットになれるエースクラスの人間はそこから一人出るか出ないかです。ああ、白銀は特別です。こいつは俺達の目から見ても化け物ですから」

「ちょっ、化け物て……」

「なので帝国からお預かりする予定の『彼女たち』もパイロットになれるかどうかまでは保障出来ませんよ?」

武の言葉をサラッとスルーして恭平はそう締め括った。

「成る程な。ならば貴官らの協力を得られたとして我々はまず如何すべきだと考える?」

栄二はどうやら妥協案を示す方向へ切り替えたようである。

「そうですね……一番手っ取り早いのが戦術機を我々の持つオーバーテクノロジーを用いて改良することですが実はこれ、既にマザーレイヴンの技術者やエンジニアがやり始めちゃってるんですよねえ」

「なんとっ! それは一体どのような?」

レイヴンズの仕事の速さに栄二が驚きの声を上げるが、それは武とて同様である。何しろ聞いていない。

「具体的にはF-4J撃震にVF-11の熱核エンジンを積んでみました。ただマッチングが上手くいかなかったので主機ではなく副機のほうですが。装甲は手作業なので時間がかかりましたがエネルギー変換装甲に換えてみました。何しろ戦術機はBETAの攻撃を何一つまともに防げてませんからね。でもそれだと出力が足りないので、スーパーパックと呼ばれる宇宙戦装備を改造して装備させました」

「それは上手くいったのかね?」

もはや辛抱堪らんと鼻息を荒くする栄二は生粋のメカマニアなのだろう。

「どうでしょう? 俺は自分が乗るのは嫌だなって思ったのでテストはまだしていませんし。何しろ図面引いたの俺だし。あ、因みに技術部が図面を引いたのはTYPE94不知火の方です」

「俺をおちょくってんのかこの野郎! ……いや、まあいい。それで不知火の方はどうなのだ?」

恭平の人を食った様な言動に栄二は血圧を上げるが、すぐさま平静を取り戻す。恐らく興味が勝ったのだろう。

「それこそわかりませんよ。なにせ香月博士に実機をおねだりしたら、余剰機はないと袖にされましたからね」

そこまで聞いた栄二は深い溜息を吐くと同時に言葉を紡いだ。

「未だ形になっていないのならそれはそれで都合が良い。ところで椎野中尉、君は『XFJ計画』というのを聞いたことがあるかね?」

「はあ、確か『プロミネンス計画』の一環で帝国からは『不知火弐型』と『電磁投射砲』が持ち込まれて、アラスカのユーコン基地でそのテストが行われていると聞き及んでいますが、それがなにか?」

だからなんでこの人は自分の知らないことまで一々知っているのかと問い質したくなる武だが、自分の不勉強を突っ込まれるだけなのは諒解済みなので何も言わない。

「知っているなら話は早い。その『不知火弐型』を貴官らの技術を用いて君達色に染めてみてはくれんかね?」



 ◇ ◇ ◇



夕陽も地平線の彼方に沈む頃、武と恭平はマザーレイヴンへと帰還を果たした。

「ただいま戻りました」

「ふむ、意外と早かったな。それで、帝都はどうだった?」

マザーレイヴンのブリッジにはいつものメンバーが欠けることなく揃っていたが、恭平の帰還の挨拶に逸早く反応したのは、やはり責任者のギリアム・アングレート司令官だった。

「おかげ様で堪能させてもらいましたよ。ええ、ホントに……」

「まあそう言うな。ああでもせんと貴様は帝都になぞいかんだろう?」

「当然です」

恭平の皮肉にもさして動じることも無く受け流すギリアムは、やはり手馴れているのだろう。

「で? どうだったんだ、首尾の方は……おいおい、そんなに睨むなよ。俺も知らなかったんだって。いや、マジで」

エイジスの軽い物言いがお気に召さなかったのか、恭平が睨みつけるがこちらも動じる気配は無い。その何気ない遣り取りに何故か懐かしいものを感じ、武はようやく還ってきたことを実感した。

「なにも指示がなかったので、なにをどうすりゃ正解だったのかは分かりませんが、とりあえず将軍殿下の方は問題ないと思います」

「そういやお前、殿下に奢らせるとかなんとかエイミに言ってたらしいが、それはやっぱり思い止まったのか?」

「いやあ、それがですね、隊長は知ってますか? 将軍殿下ともなると財布なんかは持ち歩かないそうですよ」

恭平の言葉にその場にいる誰もが「ホッ」と胸を撫で下ろすのが武には見て取れたので更に続くであろう恭平の台詞を思うと胸が痛い。

「なので帝都城御用達のお店でお土産を買ってもらいました。勿論、将軍殿下のツケで」

一同唖然となる中、すかさず反応したのは女性陣である。

「アンタ馬鹿じゃないの?」

「こ、国際問題に発展するとか考えなかったんですか?」

「アレだアレだと思ってたけど、まさかここまでとはね……」

スージー、クララ、ブリジットの順で攻め立てるが、恭平は余裕の態度を崩さない。

「なんてことを……あれほど馬鹿な真似はやめてと言ったじゃないですか」

止めとばかりにエイミが悲嘆に暮れた顔で非難する。しかし――

「おやおや~、そんなことを言っていいのかな? 君達は常日頃からこう言っていたな? 『甘味は正義』だと。もしお土産の中身が天然調味料をふんだんに使った一流洋菓子店のケーキだとしたら? もしそれが食堂の冷蔵庫に眠っているとしたら? さあ、どうする!?」

「でかした恭平!」

「私はずっとやるときはやる人だと思っていました!」

「ホントにね、今度なにかごちそうするわ」

現金な物でスージー、クララ、ブリジットは、すかさず掌を返し恭平を褒めちぎると、食堂へ向かって駆け出した。

「フッ、ちょろいものよ。おや、クロックスさんは行かないんですか? あれほど帝都の茶店のケーキがお気に召さない様子だったというのに?」

恭平の言葉にしばらく声も無く俯いたまま唇を噛み締めていたエイミだったが、不意に顔を上げ涙目でこう言い放った。

「覚えてろっ!」

そこにいたのは武の知らないエイミだった。甘味は女性を変える。そんなことを知り、また一つ大人の階段を登った武であった。

それはともかくエイミも去ったブリッジの静寂を破ったのはエイジスだった。

「全く素直じゃないねえ、お前。あそこで君の為に……とか言っときゃイチコロだったってのに」

「隊長が何を言いたいのかは理解できませんが、それじゃあ面白くないじゃないですか?」

「……まあいい。それで、技術廠の方はどうなったんだ?」

この話題を引っ張っても面白くないと感じたのか、エイジスは議題を切り替えた。

「それなんですけどね、隊長、俺とアラスカに行きませんか?」

「断る。なにが悲しくて男と二人で旅行せにゃならんのだ」

「おい貴様ら。俺に断りも無く話を進めるな」

二人で話を進めようとしていたエイジスと恭平にギリアムから非難の声が上がるが、恭平の話を要約するとつまりこうである。

巌谷中佐から『XFJ計画』への参加を要請されたので勝手に承諾してきたが、一人では心許ないのでエイジスも一緒に着いて来て欲しい、と。

「ったく。またお前は勝手にそんなことを決めやがって……」

「今回に限って言えば、俺に非難される謂れは無いと思いますが?」

「しかしそれが香月博士の承認を得ているならば、応えないわけにはいくまいよ。それが当初の約束でもあるからな」

結局、ギリアムの言葉が決め手となり、レイヴンズの『XFJ計画』参加が決定的となった。

「とは言え隊長、そう悪いことばかりじゃありませんよ。アラスカにだって美人はいるかもしれませんし、今回は口煩い人も着いて来ないわけですし」

「よし行こう、すぐ行こう。出発はいつだ? 明日か?」

武が尊敬したエイジスはここには居ない。

今回の休暇はレイヴンズの面々の、今までとは異なる一面を見せ続けられた武であった。



 ◇ ◇ ◇



香月夕呼は考える。

レイヴンズがこの世界に現れて二週間以上が経過した。にも関わらず米国の動きがあまりにも大人し過ぎた。

国益に聡いかの国であれば、レイヴンズが現れた翌日には接触を図ってきそうなものである。それが未だに何の音沙汰も無しとはどういうことだろうか? 大人しくしていてくれる分には在り難いのだが、ここまでくると不気味ですらある。

そういった意味では先程白銀武から報告にあった、アラスカ行きの話は渡りに船といえた。彼らであれば、頼まれなくてもその辺りの事情を詳しく調べてくれそうである。とはいえ、手抜かりがあっては堪らないので、それとなく伝えてみる心算ではあるのだが。

理論回収の目処が立った今、XG-70の回収は最優先事項である。

「……社、今回はあなたにも頑張ってもらうことになるけどいいかしら?」

差し向かいで座る社霞に訊ねてみる。

「……はい、構いません」

霞の答えは夕呼の予想通りであった。夕呼は満足気に一つ頷くと言わずにはいられない言葉をもらした。

「それとね、社」

「……はい」

「あなた、口の周りクリームでべったりよ」

それは先程武によって差し入れられたケーキによって齎されたものだった。

霞は例によってウサ耳をぴこんとレーダーの様に立たせると、次の瞬間にはそれがシオシオと元気を失くす。

「……あが~」

悲嘆に暮れた霞の声だけが、薄暗い夕呼の執務室に響き渡った。







 あとがき

おおっ、武までも空気の様だ。どうも、type.wです。

それも仕方のないことです。今回の三話に渡る閑話自体が、恭平の為にあったと言っても過言ではありません。

なんと言いますか、これまでちまちまと恭平の情報を小出しにして来た訳ですが流石に限界を感じ、ここらで一丁、彼のことをより読者の皆様に知っていただこうとした次第でございます。受け入れられたかは別問題ではありますが……。

さて、ついでですので彼の作中では語られない、設定秘話などを語ろうと思います。丁度感想板にもタイムリーな質問がありましたしね。

興味の無い方は、例によってスルーの方向で。

実は彼、このSSを書く以前に企画したVF-X2のストーリーをビンディランス視点で描いた物語の主人公だったりします。

気を抜くと彼が主人公面しているのはその為です。

名前意外の設定は、その時のものを流用しています。

いずれその物語も番外編として書く日もくるでしょう。……いえ、書く日がくるかもしれません!

……これ何のネタだったかなあ? まあいいや。

とりあえず彼がピンの話も出てくるので、今の内に慣れといて下さいってことです。

さて、次回からはいよいよ新章です。未だにどちらを書くかは決めていません。どっちでもいいんですよ、ほんとに。

最後の情報になりますが、回収編のエピソードヒロインは霞になります。TE編は秘密です。

それではまた次回お会いしましょう。では、今日はこれにて。



[24222] 第二十話 運命の車輪
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/05/22 11:00



時間を少し撒き戻し、七月二十二日の夕刻。
マザーレイヴンに帰還する直前に立ち寄った横浜基地の冥夜の自室にて、白銀武と御剣冥夜は対面を果たしていた。香月夕呼に報告に行く直前の話である。

因みにこの時椎野恭平は「今はまだ会っても面白くない。プリントアウト出来てないからね」と、武にとっては謎の言葉を残し、一足先に夕呼の元へと向かった。

武としては重要度の高い方を優先させたのだが、冥夜の様子がどうもおかしい。そっぽを向き、あからさまに不機嫌な様子を隠そうともしない。武の話を聞いているのかも怪しいものだ。

「おーい冥夜、聞いてるか?」

「聞いておる。任務で帝都に行ってきたのであろう? それがどうした?」

このように不機嫌な冥夜は『この世界』で出会って以来初めてである。故に対処法が分からずに戸惑っているのだが、そもそも原因が分からないのだから対応出来るはずもない。なので知っているであろう人に聞いてみる事にした。

「真那さん、冥夜の奴どうしたんです?」

「は、察するに冥夜様は拗ねて見せておられるのではないかと」

「なっ、月詠!」

「なにしろ武様は先日のアングレート中佐の来訪以来、横浜基地に顔をお見せになられませんでしたから。武様にも分かるように一言で申しますと『寂しかった』ということです」

「……そんなに噛み砕いて言わなくてもわかりますよ?」

正しく武の本質を理解した上での真那の発言は流石であるとも言えたが、いかに武といえど、そこまで言われずとも理解出来た。一体彼女の中で、自分はどれだけの朴念仁なのかを考えて武が肩を落とす。

「でもまあ、そういうことなら安心しろ。オレの特訓は一昨日終ったし、これからはお前達の方にみっちり専念できると思う」

「え、ええい、そそ、それで大事な話とはなんなのだ、タケル?」

一方、秘めたる乙女心を信頼する家臣にあっさり暴露された冥夜は、半ばヤケクソ気味に武に問い詰める。とは言えどういう経緯があるにせよ、帝都から帰還するなり真っ先に自分に会いに来てくれたことは喜ばしいことであり、どこか何かを期待するような口調になってしまった感は否めない。

「ああ、お前に渡さなきゃならない物があるんだ。ある人にこれをお前に渡してくれって頼まれてね」

そう言いながら武が差し出してきた物を目にした時、冥夜の中で時間が凍った。

「――っ! そ……れは……」

それは手作りと思しき小さな人形だった。

「会った……のか?」

「ああ、会った」

二人とも誰にとは言わない。その人形を見れば言わずとも知れたことなのだから。

「何か言っておられたか……訊いてもよいか……?」

「その人はこう言っていたよ。離れていても心は常にお前と共にあるってさ」

「そう……か」

武から人形を受け取った冥夜は、愛しむ様にそれを胸に抱き、俯いたままその身を震わせた。

「そなたに……感謝を」

冥夜にはその一言を武に告げるのが精一杯だった。それ以外の言葉を口にしようものなら、違う物まで零れてしまいそうだった。

「武様……」

真那も一言そう呟き、武と目が合うと深々と頭を下げるのみであった。
これ以上ここに留まっても自分は邪魔になると判断した武は、早々に立ち去る事にした。

「じゃあまた明日な、冥夜。訓練、遅れるなよ」

「……うん」

冥夜の返事を背中で聞いて、廊下へと続く扉を閉めた。



第二十話 運命の車輪



一夜明けて七月二十三日。
横浜基地の第一演習場にA-01の面々が顔を揃えていた。加えてレイヴンズから、エイジス・フォッカー、スージー・ニュートレット、クララ・キャレットの姿もあった。

この日も空は快晴で、時間の経過と比例するように上がっていく湿度と気温に、集った面々を辟易とさせた。しかし体温・湿度の調節が出来る衛士強化装備を纏ったA-01はまだましで、エイジスとスージーは黒を基調としたレイヴンズ仕様の統合軍の軍服を早々に脱ぎ捨て、普段は恋焦がれる空を恨めしそうに睨むばかりだ。

さて、なぜこの面子がこの場に集ったのかといえば、一つの実験を執り行う為である。その実験の対象が伊隅みちるの向けた視線の先にあった。

それはパッと見た感じでは第一世代戦術機の名機F-4J撃震なのだが、細部にわたって改修を施したあとが見て取れる。

とりわけ一際目に付くのが、本来可動兵装担架のあるべき場所に備え付けられた、大型のブースターのような物だった。大型といっても本来であれば12m級のVFに使用されるものらしいので、18mに迫ろうかという戦術機に比べれば、然程の大きさを感じさせなかった。

今はあの改修を施した人間の到着を全員が首を揃えて待っているのだが、ただ待つだけでは暇なので、みちるは今感じている疑問を素直に口にした。

「フォッカー大尉、あのブースターパックにはどういった意味があるのでしょう?」

みちるの質問にこちらに向き直ったエイジスの顔には普段は見ないサングラスが掛けられており、それがまた憎い位に様になっていた。自分が同じ物をかけたところでこうはなるまい。

「ああ、あれはな、本来宇宙の真空中でのVFの活動時間を延ばす為の拡張パックだ。推進剤の増糟は勿論、武装の強化、機動力の上昇などを目的としたものだ。エンジンそのものを大幅に強化したAVFにはあれ程大型の物は必要ないが、しかしなんだってまた大気圏外用のスーパーパックなんだ? 大気圏内用の物だってあるだろうに……」

質問自体には丁寧に答えてくれたエイジスだったが、後半は愚痴の様なものが混じっていた。

「だからそれを問い詰める為にあの馬鹿を待ってるんでしょ? 全く、さっさと来てくれないかしら? このままじゃこんがり丸焼きになりそうだわ」

「まあまあスージー大尉。今エイミがすぐに連れて来ますよ。――あ、噂をすればですね。来たみたいです」

クララの言葉に一同が彼女の視線の先に目を向けると、一台の指揮車両が猛スピードで迫ってきた。速度を殺さぬままエイジス達の目前まで迫り、車輪を滑らせながら停車すると、中から転がるようにエイミ・クロックスが飛び出してきた。

「お待たせしました。ただ今下手人を連行してきました。ですが今度はなにをやらかしたのですか?」

到着するなりこれである。この発言にはエイジスを始め全員が一歩退いた。彼女の中では余程『殿下に奢らせた』発言が心労となっているのかもしれない。

「いや下手人て……まだそうと決まったわけじゃあないんだがな」

「もう……なんなんスか……? 俺、これからやっと二日ぶりに寝るところだったんですけど?」

その時、椎野恭平が気だるげな足取りで指揮車両から姿を現した。何故か左手にセロリ、右手にパックの牛乳を持っている。時刻は午前十時を回っていたが、もしかしたら朝食のつもりなのかもしれない。

「て言うか、あんたなんでそんなに寝てないの?」

燦々と照りつける太陽に顔を顰めながらセロリを齧る恭平に、スージーが質問を投げかける。

「あ~、一昨日は帝都で傍若無人な斯衛の大尉に酒を付き合わされまして……」

「あんた酒なんて飲めたっけ? まあいいけど……じゃあ昨日は?」

「昨日は『XFJ計画』の事をどこで聞きつけたのか、技術部の連中が俺の部屋に殺到しまして、不知火弐型のことを根掘り葉掘り訊かれました。更には改修に必要となるであろうパーツを揃える為に必要な書類を一晩がかりで用意させられましてね……全く、あのメカマニア共ときたら……今頃ギリアム司令も関連書類の処理でてんてこ舞いでしょうね」

「ああそれで……司令は副官が欲しいなんてぼやいてたんですね。でもなんで椎野中尉がその書類を用意するんですか?」

「は? なんでってどういうことさ、クララ?」

途中で口を挿んだクララの言葉の意味が分からずに恭平が首を傾げる。

「えっとですね、それってエイジス大尉の仕事じゃないかなって思いまして……だってエイジス大尉も行くんですよね? アラスカ」

クララの発言に恭平は「ハッ」と息を飲む。今の今まで気付かなかったが、言われてみればその通りである。どうやら寝不足で頭が廻らなかったようだ。

「……え、えいじす・ふぉっかぁぁぁ~~~」

ぎりぎりと歯を軋ませながらエイジスに怨嗟の視線を送る。

「まあ気にするな。これが終ったら好きなだけ寝るがいいさ。その前にアレについて説明してもらおうか」

エイジスは恭平の視線など1ミリグラムも気にした様子も感じさせず、しれっとした態度で撃震の改修機を指差した。

「畜生覚えてろよ。で、アレって……あれえ? 撃震28号じゃないっスか。なんでここに?」

「げ、撃震28号!? なにソレっ!」

それは今までレイヴンズのコント染みた遣り取りを面白そうに見守っていた速瀬水月の驚愕に満ちた声だった。

「おお、速瀬じゃないか。よくもまあ俺の前にのこのこと顔を出せたもんだな? つか、ホントになんでアレがここにあんの?」

微妙に先日の一件を根に持っていた様子の恭平だったが、興味の方が勝ったらしい。そんな恭平の言葉に反応したのは、水月ではなくエイジスだった。

「香月博士経由でこちらに情報が伝わってきてな。取りあえずテストしてみろとのことなんで持ってはきたが、アレの責任者はお前だそうじゃないか。言いたいことは色々あるが、取りあえず一言。お前のネーミングセンスは最悪だ」

「え? テストすんの、アレ? ウソだろ」

そういえば思い出されるのは、昨日横浜基地に寄った折、香月夕呼に『XFJ計画』への参加を報告するついでに、アレのことをうっかり口を滑らせてしまったのだ。あの時夕呼の瞳に宿った怪しい輝きが、これの前兆であったことに今更気付く。

「あんた設計とか開発とか出来たっけ? それならそれで少し見直すけど?」

「やだなあスージー大尉。俺パイロットっスよ。そんなの“まともに”出来るわけないじゃないですか。ハイスクールでちょっと齧った程度ですよ」

「うん、椎野中尉のそういう正直な所、私嫌いじゃありませんよ。じゃあなんでまたやってみようなんて思いついたんですか?」

「いい質問だ、クララ。実は撃震の改修案を技術部に依頼しようとしたところ、彼等は既にTYPE-94不知火の改修案に取り掛かっていてね。相手にしてくれなかったんだ。だったらもう自分でやるしかないと思ってね。暇を見つけては整備班と一緒に造り上げたのがあの『撃震28号』って訳だ」

「だからなんでそこで『だったら自分で……』なんて話になるかなあ?」

「そこはほら、DIY精神がむくむくと湧き上がってきたとしか言い様がないんだが……」

「DIY? Do it yourselfってやつ? あんたね、日曜大工で本棚作るんじゃないんだから自重しなさいよ」

「無理です、スージー大尉。それは図らずも先日の一件で証明されました」

「……言うじゃないか? クロックス」

「恐れ入ります」

「褒めてないよ?」

一連の流れを受けて、それまで黙って聞いていたエイジスが、みちるに向き直りつつ口を開く。

「聞いていたな、伊隅? テスト中止」

「……り、了解……」

『待ちなさい伊隅。テストは継続よ』

その時外部スピーカーを通して、香月夕呼の声が高らかに響き渡った。



 ◇ ◇ ◇



「いらしていたのですか副司令。というか今どちらに?」

『指揮車両の中よ。だって外暑いでしょ? あたし汗かくの嫌だもの』

恐らく指揮車両の中はガンガンに冷房が効いていることだろう。そんな場所から厚顔不遜な態度――それ自体はいつものことだが――で傍若無人な発言――これもいつものことである――をのたまう夕呼に、彼女の片腕を自負するみちるも、暑さも相まってほんの少しだけイラッとした。

「ところでテスト継続とはどういうことでしょう。椎野中尉の話は副司令もお聞きになったはず。お言葉ですが正気とは思えません」

『わかってないわね伊隅。何故、椎野が撃震の改修になんか手をつけたと思う?』

「そ、それはさっきも聞いたとおり……」

『それはただの経緯でしかないわ。あたしが訊いているのはそこに思い至ったきっかけよ』

恭平自身「はて? それはなんだろう?」心中で首を傾げていると、夕呼が言葉を続ける。

『伊隅、今世界中で一番普及している戦術機はなにかしら?』

「そ、それは……F-4です……」

『そう、彼はね、この世界の人類の戦力の底上げの為にはF-4の強化は欠かせないと考えたはずよ。その慧眼には感服させられたわ。そして、人に馬鹿だの無謀だの言われようとも自分の意志を貫き通し、ついには形になるところまで扱ぎ付けた彼の熱意と開拓精神には敬意すら表するわね』

成る程、自分はそういう心算であれを造り上げたのか……と、夕呼の言葉にしきりに感心している恭平の頭は、寝不足の為か完全に思考停止状態である。

そもそも恭平が撃震の改修に手を染めたきっかけは「なんとかこのでっかい無骨なデストロイドを活躍させたい」であって、間違っても夕呼の言う様な立派なお題目を掲げていた訳ではない。しかし、この三日でとった睡眠がたったの二十三分の彼の頭で現在考えられる事が「なんとなくそんな気がしてきた」であったところで、一体誰に責められようか?

『あたしだったら彼の熱意を無駄にするようなことは出来ないわね。そんなわけでテスト開始』

「し、しかし部下の命に関わることなのですが?」

『甘えた事言ってんじゃないわよ。あなたもA-01に名を連ねる者ならわかるでしょう? それに命がけのテストなんて世界中どこでもやってることよ』

「……了解しました」

結局、渋々ではあるが、みちるは了承せざるを得なかった。そもそも口でこの女狐に勝とうというのが間違いだ。

その遣り取りをレイヴンズの面々が口を挿まないのは、自分達の立場を弁えているからだ。自分達は所詮ただのゲストなのだから。

「聞いていたな、鳴海。済まんが精々気をつけろとしか言えん。とりあえず死ぬな」

『任せてくださいよ、伊隅大尉。俺はこいつであの女から突撃前衛長の座を奪い取ってみせる!』

ヘッドセット越しに威勢のいい声がきこえてくるが、しかし――

「何度も言うようだが貴様は突撃前衛には向いていないぞ? このテストが成功したところで配置替えはないと思えよ」

みちるはあっさりと斬って棄てた。

『畜生、そこは嘘でもいいから「考えておく」ぐらいは言って欲しかった!』

「済まん、じゃあ考えておこう。嘘だけどな」

「もういいっス……」

「代わりといっちゃあ何だけど、もし成功したら私がご褒美に――」

『速瀬、その罰ゲームネタはもういい』

「じ、じゃあ私が――」

『涼宮も勘弁してくれ……』

冗談の可能性も捨てきれないとはいえ、速瀬水月と涼宮遙という二人の美女に言い寄られ、一体あの男は何が不満なのか……等とエイジスが頭を悩ませていると、水月がキレた。

「じゃあもうグダグダいってないでとっとと始めなさいよ! 骨は拾ってあげるから」

「水月~、そんなに酷い事にはならないと思うよ? ね、椎野中尉?」

「いきなり爆発はしない。多分」

「た、孝之く~~ん」

『ええい、ままよ! 鳴海孝之いきまーーす!』

孝之の掛け声と共にそれは起こった。

撃震28号と銘打たれたそれが、地面に向かってダイブしたのだ。

いや、より正確に言うとスーパーパックの恩恵で一度は宙に浮かび上がった撃震28号ではあったが、やや遅れる形で点火した跳躍ユニットのせいか、空中でその巨体がクルリと前方宙返りのように廻ったのだ。恐らくこの時点で搭乗者である鳴海孝之は完全に制御を失ったのだろう。

あとはもうその勢いのまま、地面を二転三転と転げまわった。しばらく転がり続けていた撃震28号ではあったが、ようやく孝之が操縦の全てを放棄したのだろう。轟音を立てて仰向けに倒れたままピクリとも動かなくなった。

しかしエネルギー変換装甲は辛くも機能したようで、ボディーに傷らしい傷が見られなかったのは、流石のオーバーテクノロジーであるといえた。尤も各関節部分は衝撃に耐え切れなかったようで、それぞれが明後日の方を向いていた。

この結果を受けて心中穏やかではいられなかったのは、ヴァルキリーズもレイヴンズも同様であった。

「げ、撃震28号ーーーー!」

「やかましい! こんなものどうするつもりだったんだ、お前は!?」

見当違いに嘆く恭平をエイジスが一喝する。

「観賞用に決まってるじゃないですか! そもそも撃震もスーパーパックも廃棄寸前のジャンクをコツコツとレストアしたもんなんですから」

「あー、だから大気圏外用なのね?」

「そうですよ。だから自分で乗るのは嫌だってあれほど香月博士にも言ったんですけどね」

「ちょっと待て。その……なんだ、香月副司令はそのことをご存知だったのか?」

レイヴンズの遣り取りにみちるが割って入った。

「当然でしょう。撃震の実機を手に入れられるコネなんて、俺達は当時はあの人しか持ってませんでしたからね」

恭平の告白にみちるは頭を抱えたくなった。それでは先刻の大層な演説はなんだったというのか。

真相を確かめるべく、恐る恐るといった様子でみちるが指揮車両の方を窺うと、それは小刻みに揺れていた。どうやら周到に通信を切っているようだが、夕呼との付き合いがそれなりに長いみちるには分かってしまった。あれは笑い転げているのだ、と。

みちるは遣りきれない思いで深い溜息を吐き、視線を撃震28号へと戻すと、そこでも事件は起きていた。

「テメエ、椎野! 何てもんに乗せやがる!」

「そんなこと言われても困るんだが……」

孝之の言葉は言いがかり以外の何物でもない。そもそも恭平は止めこそしなかったが、どちらかといえばこのテストには初めから否定的なスタンスを見せていた。それを一転させたのは香月夕呼の口先の魔術に他ならないし、なにより志願したのは孝之自身である。

なんとか管制ユニットから這いずる様に出てきた孝之に、同期の三人が心配そうに駆け寄った。

「それより孝之、あんた怪我とか無いの?」

「いや速瀬、見れば分かるだろう? あいつ頭から血ぃ出てるし。だくだく出てるし」

「そういえばそうね。でも慎二、あいつ元気そうなんだけど?」

「はう~……」

「うわー! 涼宮が血を見て倒れたー!」

「孝之! あんた取りあえず血を拭きなさい」

「一体何を言って……うおっ! なんじゃこりゃあ!?」

「それより医務室だろう。衛生兵ー! 衛生兵を呼べー!」

「何? 医務室? 衛生兵だと? 俺は行かんぞ……死んでも行かん!」

「しかし孝之、その出血量はただごとじゃないぞ。下手をすれば死ぬぞ?」

「死んでも行かんと言った! 慎二よ、お前は……お前だけは知っているはずだ。あそこは横浜基地のパンデモニウムだということを……」

「ああ……知ってはいるがしかし、俺を残して死ぬな、心友よ! 止むを得まい。宗像! 風間!」

「全く手のかかる。その歳になって医者が恐いなどと言わないで下さい」

「大きな子供のようですね、鳴海中尉は」

「な! 後生だ、離せっ、離してくれ宗像! 風間! 慎二、キッサマーー!?」

「孝之よ。せめて心安らかにな」

「なれるかーー! この裏切り者ーーー!」

うん。今日も伊隅ヴァルキリーズはいつも通りである。

そのことに安心していいのかは甚だ疑問ではあったが、欠員が出なかったことがなによりの救いといえた。

「ところであれ、なんで28号なんですか?」

この場に残った逢坂桜子が恭平に今更どうでもいい……本当にどうでもいい事を訊いていた。

「ああ、1号から27号までは失敗作という設定なんだ」

恭平の答えもどうでもいい内容だった。

「成る程っ。それならこの結果ににも納得ですね!」

「失敬だな、君は。でも、今日の出来事で俺は心に決めたよ。アラスカには技術部が用意するものを持っていこう……ってね」

「当たり前だ、馬鹿野郎」


その遣り取りを聞いて、みちるのこの日何度目かの溜息と、今日初めてのエイミ・クロックスの溜息が重なった。



 ◇ ◇ ◇



一方その頃、白銀武はといえば、前日の冥夜との約束通り207B小隊の訓練に、教官として参加していた。

その日はラペリング訓練が予定されていたらしく、特に異存のなかった武は予定通りスケジュールを進めることにした。

しかし始まってしばらく眺めていると、ある違和感を覚えた。

あの彩峰慧にも勝るとも劣らない身体能力を持つ鎧衣美琴が遅れ始めたのだ。

そこで武は『前の世界』で起こったといわれる美琴の転落事故を思い出した。

(おいおいまさか……)

武が脳裏に最悪の事態を思い浮かべていると、唐突にそれは起こった。予想通り美琴が足を滑らせ転落したのだ。

「ちいっ!」

予め予想が出来ていた為、武の初動は素早かった。落下予測地点まで一息で駆けつけると、美琴の身体を危なげなく受け止めることが出来た。

「あれ……ボク……?」

「落ちたんだよ。全く、なんかおかしいなと思って見てたから助かったぜ」

美琴の顔を覗き込むとどこかボンヤリしていた。やはり熱でもあるのかもしれない。

「鎧衣、大丈夫!?」

武が美琴の様子を窺っていると、榊千鶴を始めとした207Bの面々が訓練を止めて心配そうに駆け寄ってきた。

「オレが受け止めたから怪我は無いと思う。どうだ、どこか痛い処ないか?」

「あ、うん、平気……だと思います」

「バーカ。もう訓練は中止だ。敬語なんて使わなくていい」

「……うん、ありがとね、タケル」

「いいって。それよりお前顔色悪いぞ。熱でもあるんじゃないか? どれどれ……」

「……え? わっ、わあ~~!?」

両手が塞がっているために、武は額と額をくっつけることで美琴の熱の有無を確かめる。

「なあっ!」

驚愕の声を上げたのは冥夜一人だったが、残りの面子にしたところで気持ちは同じだろう。何しろ見ようによっては濃厚なラブシーンに見えなくも無い。

「やっぱり熱っぽいな。このまま医務室へ連れてってやるから、今日の訓練、お前はもう休め……っておい、熱が上がってきてるんじゃないか? 顔まで真っ赤だぞ」

「きゅう~~……」

そしてそのまま美琴は意識を失った。

「おい美琴! しっかりしろ……だめだ、完全に気を失ってる。馬鹿野郎、こんなになるまで無茶しやがって……」

「う、うわあー。もしかしてたけるさんって……」

「言わなくていいわよ珠瀬。そんなの皆薄々気付いていたことじゃない」

「青い青い。若造ですよ」

「? 兎に角オレはこのまま美琴を医務室へ運ぶ。皆には悪いけど残りの時間はランニングでもしててくれ」

そのまま武が美琴を所謂お姫様抱っこで抱えたまま立ち上がると、驚愕から完全停止していた冥夜が再び起動した。

「な、ならん、ならんぞタケル! その抱え方はそなたにはまだ早いっ!」

「お前が何を言いたいのかさっぱり分からん。委員長、あとは頼んだぞ」

「正直この状況を任されても困るんだけれどね。一応了解しました、少尉殿」

千鶴も武の居ない数日間で、他の面子に毒されつつある様だ。いい傾向である。

それはともかく千鶴の了承を得た武は、もう脇目も振らず走り去っていった。

「……御剣、あなた苦労するわよ」

「言ってくれるな榊。武は昔からああなのだ。誰にでも、その……や、優しいのだ」

「はいはい、ご馳走様。でも、そういうのってなんか……」

「どうした榊?」

「な、なんでもないわ」

「惚れた?」

「彩峰! どうしてそうなるのよ」

「別に。なんとなく?」

「はうあうあ~、皆さーん訓練はまだ終ってませんよー。とにかく走りましょう」

なんとかこの場は事無きを得たが、これ以降、ついこの間とは別の意味で、207Bの少女達はぎこちなくなっていく事を武はまだ知らない。

これはレイヴンズとヴァルキリーズが、撃震の改修機のテストを盛大に失敗している裏側で、恋愛原子核はフラグの設立に余念がなかったという、そういうお話である。



 ◇ ◇ ◇



その日の訓練を全て終え、PXでエイジスたちと合流すると、何故か全員憔悴しきった様子だった。理由はわからないが訊くなというオーラを醸し出していたので、気にはなったが武は訊くのをやめた。

気だるそうに口を開いたエイジスが言うには、今日自分はマザーレイヴンには帰らなくていいらしい。なんでも香月夕呼から呼び出しがかかったらしい。

元より協力を惜しむつもりはなかったので、とりあえず話を聞くために夕呼の執務室へと足を運んだ。

「失礼します」

「来たわね」

一声かけてから扉をくぐると、珍しく夕呼は上機嫌で武を迎えた。

「あれ、なんか先生機嫌がいいですね。昨日に比べると顔色もいいですよ」

「まあねー、行き詰ってた研究も光明が見えたし、昼間は溜まったストレスを発散できたしねー」

夕呼は嘗て無い程のハイテンションだった。エイジス達が疲れきっていたことと何か関係があるのだろうか? あるのだろうな。武はそう結論付けた。

「研究ってもしかしてオレの世界間の移動のことですか?」

「はい正解。今は取りあえず面倒な説明は省くけど、白銀、あなたにはその前段階としてやってもらうことがあるわ」

夕呼の言葉に思わず息を飲む。とはいえ覚悟ならとっくに決まっている。どんな難題を突きつけられようとも、自分に出来る事であればやり遂げてみせる。

「言ってください先生。オレは何をすればいいんですか?」

「そんなに力まなくてもいいわよ。それほど難しいことじゃないし、あなたは多分経験済みだからもっと気楽にやりなさい」

「はあ、で、結局オレは何をすればいいんですか?」

「思いつかない?」

「全く」

「しょうがないわねえ」

言いながら夕呼は受話器を取り上げると内線を繋ぐ。

「社、こっちにいらっしゃい」

その言葉を聞いたとき武の脳裏に一つの予感が過ぎり、肩がビクンと跳ね上がる。

『社霞』『経験済み』そして『世界間の移動』これだけのキーワードが揃えば思い当たることは一つしかない。

「ま、まさか先生……」

「どうやら思い至ったようね」

「失礼します」

丁度その時扉が開き、社霞が姿を現した。

「そう、今日から数日間、あなたと社は片時も離れずに過ごしてもらうことになるわ。勿論、部屋も用意させたわ」

「うわーーーん。やっぱりそれかーーー!」


いかに覚悟を決めようが、こればっかりは慣れそうもない武であった。







 あとがき

祝、二十話突破! どうも、type.wです。

実は二十話というのは私にとって一つの目標でした。プロローグを含めれば二十一話ですが、そこはもう潔くカウントしません。

感想数とかPV数で祝えよって声もあるかとは思いますが、でもあれって作者一人の力じゃどうにもならないんですよねえ。あ、ちなみにこれらの目標は、おかげ様でとっくの昔に超えています。志が低すぎて皆さんにドン引かれること請け合いなので、その数字を晒すことは致しません。

しかし二十話ともなれば、当初の予定では物語の中盤あたりに差し掛かっていたはずなのですが、儘ならないものですね。

さて今回の話ですが、前回までの後日談と新章の序ってところです。長くなりすぎても私の体力がアレなので、今回カットした話は次回に持越しです。

でもこれじゃあ、どっちの話が始まったのかも分かりませんね。まっいっか。

折角目標を達成したことですし、次回以降のあとがきでは、なにか新しい試みに挑戦してみるのもいいかもしれません。

例えばVF-X2を知らない読者の為のレイヴンズ講座、とかね。やるかどうかは分かりませんけどね……。

長々と失礼しました。

それではまた次回お会いしましょう。では今日はこれにて。



[24222] 第二十一話 to me,to you.
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/06/05 09:41

第二十一話 to me,to you.



白銀武が突きつけられた現実に打ちひしがれているその頃、兵舎の廊下にて約束された邂逅が果たされようとしていた。

椎野恭平が廊下の角から顔を覗かせると、斯衛の白を三人引き連れた月詠真那がこちらに向かって歩を進めている。

恭平は一度顔を引っ込めると、胸に手を当て心を落ち着ける為に大きく息を吐く。何しろこれからしようとしている行為は、一歩間違えれば自分の命すら危うい諸刃の剣にもなり得るのだ。

(マリア……ティモシー……俺に力を貸してくれ)

この場に居ないかつての師達に助力を願う。しかし、ティモシー・ダルダントンは故人である為、もしかしたら草葉の陰から見守ってくれているかもしれないが、マリアフォキナ・バンローズは健在であるし、もしこの場に居たところで間違っても彼の力にはならないだろう。むしろ「好きに生きろ」と言い放ち、突き放すであろうことは想像に難くない。

それでも恭平は持ち前のポジティブシンキングで彼らから勇気を“貰ったことにして”意を決して自然を装いつつ廊下の角から躍り出る。

「これはこれは月詠中尉。お久しぶりですね」

恭平は友好的に話しかけるがしかし、

「失せろ。貴様と話すことなど何も無い」

真那は以前のことを根に持っているのか、冷たくあしらうだけである。背後の白を纏った三人も真那の敵意を感じ取ったのか、その視線はどこか冷ややかな物だった。

「まあそう仰らずに。俺から帝都土産があるのですが、受け取っては貰えませんかね?」

「要らん。興味も無い」

視線も合わさず恭平の脇を通り過ぎようとする真那に対し、芝居がかった仕草で落胆の溜息を吐く。

「そうですか……それは残念です。白銀の乱れた女性関係を赤裸々に暴く会心の一枚だったのですが、月詠中尉が要らないのであれば、そうですね……これは香月博士にでもお渡ししましょう」

恭平の言葉に真那の歩みがピタリと止まる。

「待て。今何と言った」

(フィッシュ!)

思いの他あっさりと釣れた。無論、香月博士云々はハッタリではある。しかし、恭平自身言っている最中に「あれ? それも面白いんじゃね?」などと思ったりもしたが、真耶との約束もある手前、やはりそれは却下である。本来の目的が果たされるのが一番であるし、なによりそんなことをすれば自分の命が危うい。

「おや、興味がお有りで?」

「白々しい、貴様の事だ。私の反応を見て愉しもうという魂胆なのだろうが、いいだろう……乗ってやる」

「滅相も無い。“俺は”そっちには興味はありませんよ。それではご照覧下さい」

恭平はおもむろにポケットから写真を取り出すと、真那に差し出す。

それを目にした瞬間、今まで興味が無い風を装っていた真那の表情がビシリと固まった。

恭平はその期を逃さず、更にポケットからデジカメを取り出すとすかさずシャッターを切る。

「いい表情、頂きました」

「な! 貴様、興味が無いと言っていたのはやはり嘘か!」

恭平の前言を翻す様な言動に、真那が眦を吊り上げる。

「いえ、嘘ではありませんよ。これを欲しているのは別の人間です。俺としては月詠中尉の今後の行動に期待するだけです」

「それは誰の事だ!?」

「あなたの従姉妹の月詠真耶さんです。それではごきげんよう」

そういい残し、恭平は余裕の足取りで廊下の角に姿を消した。

「あ、あの女ぁ……い、いかん! 神代、巴、戎、追え! 追ってカメラを取り上げろ!」

あの写真が真耶の手に渡った時の未来予想図が容易に想像することができ、真那は慌てて部下に命令を下す。

「は、心得ました! 行くよ、ふたりとも!」

「おう!」

「おまかせ下さい~」

真那の言葉にすかさず反応した三人が、弾かれた様に駆け出した。少々不安が残るが、あの三人も斯衛の白を纏う事を許された猛者である。この場は任せてもいいだろう。程なくして追いついたのか、言い争う声が聞こえてきた。

「おい貴様。そのカメラをこちらによこせ!」

「月詠中尉本人ならいざ知らず、斯衛の白ごときが笑わせる。欲しければ力尽くで奪ってみるがいい!」

「言ったなー。いくよ! ふたりとも!」

「おう」

「スーパー無現鬼道流~~~」

「あちょ~~」

「ほわちゃ~~」

「大雪山おろ~~~……」

三人が声を揃えて技を放とうとしたであろうまさにその時、渇いた銃声が続けて三発打ち鳴らされた。

「うっきゃーーー!」

「その程度の技でこの俺からこいつを奪おうなど笑止千万。この椎野恭平、喧嘩は全く自信がないが、射撃はめっぽう得意と噂の男!」

恭平の勝鬨の声が聞こえるのとほぼ同時に、三人がバタバタと尻尾を巻いて逃げ帰ってきた。余程恐かったのか目には涙すら浮かべていた。

「真那さまー、あいついきなりぶっ放しやがりました~」

「あー恐かった~。耳の横、チュイーンって通り過ぎました! チュイーンって!」

「あの人の引鉄は軽すぎます~」

斯衛にあるまじきあまりの醜態に、真那の堪忍袋の緒が切れた。

「つっかえねえなあ、おい! この給料泥棒どもが! テメエらも斯衛の端くれなら刺し違えてでも目的を果たせっていつも言ってんだろうが! 分かってんのか、あ゛あ゛っ! 終いにゃ似合いの靴履かせて帝都の海に沈めるぞコラァ!」

「わーん。真那さま恐い~~」

今から恭平を真那本人が追ったところで間に合うまい。ではこの憤懣やるかたない怒りをどう静めればいいのか? この3バカに当り散らしたところで発散出来ないのは、今までの経験上容易に想像がつく。

そんなことを考えていた丁度その時――

「あれ、月詠中尉。こんなところでどうしたんですか?」

横浜一間の悪い男、白銀武が社霞を伴って姿を現した。



 ◇ ◇ ◇



何故武がこの場にのこのこと姿を現したのかと言えば、勿論偶然ではない。

夕呼に対して言いたいことは山ほどあったが、何を言ったところで言い負かされることは目に見えていたし、下手に反論すればいいようにからかわれることも理解していたので、早々に快諾して今まさに暫らくの間霞との共同生活を余儀なくされる、あてがわれた部屋へと向かっている最中だったのだ。

その途中で銃声などが聞こえれば、気になって立ち寄ったとしても何の不思議も無い。しかしそこに斯衛の四人が顔を揃えているとは思いもよらなかった。

「一体何があったんですか、中尉?」

「白銀少尉か。いや、なんでもない、気にするな。ちょっとしたレクリエーションだ」

二人とも霞という部外者がいるからか、硬い口調での会話となる。

「銃声とか聞こえたんですけど?」

「気にするなと言ったはずだが? しかし丁度良いところに現れたな。少々話があるのだが、少し時間を貰えまいか?」

「はあ、べつにいいですけど……」

「感謝する。そういうわけだ、お前達は先に部屋に戻っていろ。ああ、私が戻るまで正座して待て。誤魔化せるなどとは思っていまいな?」

「はい~、わかりました~」

「でも助かった~」

「危うく殺されるところでした~」

真那の言葉に素直に従う白の三名。しかしなんだろう? この三人、武もよく知る3バカの臭いがプンプンする。

それは兎も角、真那の言葉が言外に人払いを願っていると感じ取った武は霞にも同様の言葉を告げる。

「悪いな、霞。オレは月詠中尉と少し話があるんだ。先に部屋に戻っててくれ」

「……分かりました」

予想通り霞は素直に応じてくれた。が、しかし――

「白銀さん」

「おう、なんだ?」

「ぐっどらっく」

一体誰に教わったのか、霞は無表情のまま抑揚のない口調でそう言うと、右手の親指を立てて見せた。

「ちょっ……なにそれ! どういう意味!?」

他の誰かの言葉ならいざ知らず、リーディング能力を持つ霞の言葉である。気にするなと言う方が無理な話ではあったが、霞は武の言及に一度だけ悲しげに目を伏せると、無言のまま立ち去ってしまった。

「ああ……行っちまった。なにあれ? めっちゃ気になるんですけど」

霞の態度に武はそこはかとなく不吉な臭いを感じ取る。

「さて、武様……先ずはそこにお座り下さい」

武と真那以外誰も居なくなった廊下に、真那の声が厳かに響く。

「は? ここ廊下なんですけど?」

最もな武の質問に、真那が頬を引き攣らせながら叫ぶ。

「座れ! 白銀ェ!」

「はいぃっ!」

突然沸点に達した真那の癇癪に、武は反射的にリノリウム張りの床にダイブする様に訳も分からないまま正座の姿勢をとってしまう。

「よろしい。いいですか、武様……あなたは一度世界を救った正に英雄。英雄色を好むとも申しますし、この月詠真那、多少の色恋沙汰の乱れには目を瞑る所存にございました。しかし……しかしこれは幾らなんでも度が過ぎるのではありませんか?」

「あ、あのう、一体何の話でしょうか?」

訳が分からず意図せずに上目遣いで真那を見上げる。

「くっ……! そんな顔をされても駄目なものは駄目でございます。これを見ても尚しらばっくれることが出来ますか?」

武の(真那視点での)あまりの愛くるしい表情に一瞬怒気を挫かれそうになった真那ではあったが、武の眼前に先程恭平から譲り受けた確たる証拠を突きつける。

それを目にした武の態度は劇的であった。

「ギョギョーーっ!」

そこには武と政威大将軍たる煌武院悠陽が仲睦まじく寄り添う姿が映し出されていた。その時の武自身にはそのような意図は微塵も無かったのだが、第三者的にこれを見た場合、武本人から見ても恋人同士のそれである。それ故、上手い言い訳の言葉が思いつかない。

「いいですか、武様。これは不敬罪に問われたところでおかしくはないのです。それに……その、相手がこのお方というのは冥夜様に対してあまりにも不実ではないかと」

(誤解だ!)

武は声を大にして叫びたかったが、武本人にもこの写真のどこに誤解の要素があるかが見て取れない。

「そもそも武様が昔から知らず知らずの内に女性を惹きつけてしまうことは、私も重々承知しています。しかしながら言わせていただけるのであれば――」

真那の説教は止まる事を知らず、まだまだ続きそうな様相を呈してきた。もう誰でもいいから助けてくれと武が願ったその時、廊下の角から椎野恭平がひょっこり顔を覗かせた。

普段の武であれば、この一連の事象を引き起こした犯人が誰であるか等、瞬時に判断出来たであろうが、この時の武はすっかりテンパっていたため、よりにもよって恭平(真犯人)に助けを求めてしまった。

視線のみで武のSOSを正しく受信した恭平は「やれやれ、仕方の無い奴め」と声には出さず口元を形作ると、一度顔を引っ込めどこから持ち出したのかスケッチブックを取り出すとそこになにやら書き込んでいた。

そこにこの窮地を脱するキーワードが隠されていると確信した武は、それを食い入るように凝視した。

果たしてそこにはこんな一言が記されていた。







――ここでボケて――







「できるかアホーー!」

「白銀ェ!」

思わず声を上げてしまった武に、当然の様に真那が牙を剥く。

しかし、幸か不幸か、この時武の懐から何やら勇ましい電子音が鳴り響いた。

この音に瞬時に反応したのは以外にも恭平だった。

「マザーレイヴンからのエマージェンシー・コール!? 出ろ、白銀!」

「あ、は、はい」

有無を言わさぬ恭平の剣幕に、武は素直に従ってしまう。

『キャット・コー。白銀少尉? 緊急事態(スクランブル)。佐渡ヶ島のBETAに南下の兆しが見えます。至急、マザーレイヴンに帰還願います』

「――な!」

あまりの突然の凶報に、武の身体は強張り、それ以上声も出ない。自分の知る未来情報など今や役に立たない事は百も承知の筈だったが、思惑を外されれば容易く崩れ去ってしまう自分の未熟な精神力に反吐が出る。

身動き一つ取れなくなった武の代わりに反応したのは恭平であった。

「貸せ! こちら恭平、キャット・コー。どうした、なにがあった?」

『椎野中尉? あなた自分の携帯端末はどうしたの? コールをしたら知らない女の人が出たんですけど?』

「ぎゃぽっ! ク、クロックス? い、いや……あれは、その……あげた」

『ハア? あげたって誰にですか? 一応あれも機密の塊だということをあなたは理解していますか?』

「し、しょうがないだろ! これから彼女とは密に連絡を取り合う必要があると判断してのことだ! 見逃せよ」

『密に……ですか? いいでしょう、それは追々問い詰めるとして緊急事態です。佐渡ヶ島のBETAに本土上陸の兆しあり。ギリアム司令はレイヴンズに出動の必要ありと判断しました。椎野、白銀両名は至急マザーレイヴンに帰還して下さい」

「BETAが!? ちっ、聞いてた通りつくづくこっちの思惑の外にいるな! 月詠中尉! 佐渡ヶ島のBETAの間引きが最新で行われたのは何時だ?」

恭平の鬼気迫る様子に、真那は先程までの禍根も忘れて真那は素直に答えてしまう。

「あ、ああ。五月の中頃だと記憶している」

「だよな、くそっ、早過ぎるだろ! クロックス、俺のVF-19Aをファストパック装備で準備を急がせろ!」

『既にやらせています』

「さっすが! 出来る女は違うね! おい、白銀。いつまで呆けている。お前確かVF-171を足代わりに使っていたな?」

「……あ、はい。ギリアム司令が今は一秒でも多く飛んでおけと……非武装ですけどね……」

恭平の怒声にようやく武が我を取り戻す。

「御託はいいんだよ。大至急戻るぞ。クロックス、VF-171をフル装備で一台追加!」

『それも既に終っています。あとはあなた達の到着を待つだけです』

「……お前、出来すぎじゃね?」

『煽てても何も出ませんよ?』

「OK、直に戻る。白銀、行くぞ」

「は、はい!」

「待て」

駆け出す二人を真那が呼び止める。

「何だ? 手短に頼む」

恭平の普段はあまり見せる事の無いぶっきらぼうな態度にも、真那は真摯な姿勢で頭を下げた。

「この国を……どうか宜しくお願いします」

武と恭平はまるで申し合わせたように、真那の言葉に親指を立てることで応えた。



 ◇ ◇ ◇



横浜基地の滑走路に速やかに到着した二人ではあったが、そこでも一悶着起きていた。

「でもどうするんです? VF-171は完全に単座ですよ?」

「四の五の言ってる場合かよ!? これで文句無いだろ」

恭平はそう言うと、キャノピーを跨る様な形――所謂箱乗りのように――で着座した。

「急げよ。それでいて宝物でも扱うように丁寧にな」

「無茶なことを。精々振り落とされないようにして下さいよ」

「オッケー、行け!」

「アイアイ・サー」

武の駆るVF-171ナイトメア・プラスが戦場を求めて今、横浜基地を飛び立った。



 ◇ ◇ ◇



武たちがマザーレイヴンに到着するやいなや、待ち受けていたのは部隊長であるエイジス・フォッカーの怒号だった。

「ったく、遅すぎる!」

「すいません」

「面目無い」

これには二人とも素直に頭を下げた。

「で? 武はともかくなんでお前は横浜基地に残ったんだ?」

「いや、残ったっつーか、置いて行かれたっつーか、仮眠室で爆睡してたらいきなり夜でした」

「……まあ、そういうこともある」

『撃震28号事件』があった為、心身共に疲れきっていたエイジス達は、恭平のことなどすっかり忘れてマザーレイヴンに帰還したわけだが、そんなことは億尾にも感じさせずにそんなことをのたまう。

「で? 帝国軍の配置はどんな按配ですか?」

「第12師団と第14師団が展開中。でもいきなりだったからね。間に合うかどうかは……まあ、微妙ね」

恭平の質問に答えたのは実働部隊の紅一点、スージーである。

「俺達なら間に合うと?」

「まあ、間に合うかも知れんが、正直俺達の現在の戦力では物量ってやつが一番厄介だ。一転突破を図ってくれるならまだましだが、恐らくそうはなるまいよ。その辺は帝国軍の奮戦に期待だな。俺達は帝国軍の穴埋めを頑張るとしますか」

いかに優れた兵器を有していようとも、多勢に少数であたるのが困難であることには変りはない。そもそもVFという機動兵器は攻勢に回った時は無類の強さを発揮するが、守勢、それも地上戦に転じるとその力を発揮しきれない。BETAに対しVFの機動力がどこまで有効なのかも未知数なのだ。

「敵の規模は?」

「最終的には旅団規模って話ね」

「旅団……およそ五千ですか? ホント、纏まって来てくれりゃあ楽なんスけどね」

事実そうなれば帝国軍は堪ったものではなかろうが、レイヴンズにとってはそのほうが楽なこともまた確かだ。なにしろBETAは碌な装甲も持ち合わせてはいないし、VFにはそれを纏めて打ち抜ける兵器がある。

「BETAの目的地は当然……」

「ああ、お前の記憶が確かなら、間違いなく横浜基地だ」

武の言葉を引き継ぐように、エイジスが告げる。そこには武の言葉を疑う様子など微塵も感じられなかった。

「とにかくここでぐだぐだ言っていても始まらない。俺達も出るぞ。各員、独立戦隊の意味を履き違える事の無い様、臨機応変な対応に期待する。武は俺と組め。スージーは恭平とだ」

「ラジャー」

スージーと恭平が声を揃えて不敵に笑う。武は笑う気分にはなれなかったが、今はそんな彼らを頼もしく思う。いつか自分もこんな時、笑える日がくるのだろうか?

「隊長、一つ忘れちゃいませんか? ミッションコードは? 司令と隊長のことです。もう決まってるんでしょ?」

恭平の質問を受けて、エイジス・フォッカーも不敵に微笑んだ。

「ミッションコードは『Beauty and the Beast』だ。何が美女で何が野獣かは言わなくても分かるな?」

「美女と野獣……ですか? 相変わらず好きですねえ。OK、じゃあそれで行くとしますか」



未だにこのノリについて行けていない武としては、乗り遅れないようにするだけで精一杯だったという。







 あとがき

二十話を超えたというのにBETAが兵士級一匹出ていないことに愕然としたtype.wです。

だからという訳ではありませんが、次回いよいよ初のBETA戦です。

レイヴンズ無双が始まるよーって感じですかね?

さて、前回ぶち上げたレイヴンズ講座ですが、やらないことに決めました。

いえね? やってもいいんですが、試しにノートに書きたいことを箇条書きしてみたところ、書きたい事がありすぎてとてもあとがきなんかにゃ収まりきれねーことに気付きました。

やるとしたら記事一個丸まる使ってということになるかと思いますが、皆さんもそんなの嫌でしょ?

何か別の企画を検討中です。まあ、無理にやることもないんですけどね。

さあ次回は久々の戦闘シーンです。うう……不安じゃのう……。

それでは次回更新時にお会いしましょう。それでは今日はこれにて。  



[24222] 第二十二話 Style&Soul
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/07/05 21:49

時間を少し戻したマザーレイヴンのメインブリッジ――そこでレイヴンズの女性陣が談笑に花を咲かせていた。

同性のみで構成されたグループでの話題となれば趣味と流行、或いは異性の話となるのは男も女も変らない。余程居心地が悪かったのか、司令官であるギリアム・アングレートの姿は見えない。恐らくどこかでエイジス・フォッカーと男の友情を深めているに違いない。

本日の議題は横浜での大騒動の発端となった、椎野恭平その人のことであるようだ。

「だけどあいつはどうしてああも馬鹿なのかしら?」

「椎野中尉ですか? 仕方ありませんよ、だって椎野中尉ですし」

「……ごめんなさい」

責める様な口調のブリジット・スパークと、どこか達観している様なクララ・キャレットの言葉に、まるで自分の監督不行き届きだとばかりに頭を下げるエイミ・クロックスであった。

「ところでさあ、前々から訊こうと思ってたんだけど、あなたと恭平ってなんなの?」

「なんなの……とは、また随分と漠然とした質問ですね、スージー?」

「いえね、ちょっと前に武に訊かれたのよ。あなたと恭平との距離のとり方を教えてください……てね。言われるまで私もすっかり忘れてたけど、あいつがこの部隊に配属された時から、あなただけ初対面にしちゃあ随分親しげだな、とは思っていたのよ。まあ、ギリアム司令とエイジスがアイツと顔見知りってのは分かるんだけど、あなたがアイツを知ってる理由がちょっと分からないのよね」

スージー・ニュートレットの疑問の言葉は、その場に居る人間の総意だったようで、視線がエイミに集中する。

「言ってませんでしたか? 私と彼はハイスクール時代の同級生です」

「……それだけ?」

「はい。それだけです。ただ彼も昔からああだった訳ではありません。出会った頃はもっと攻撃的……と言うか尖っていましたね」

ブリジットの疑問の言葉にも、あくまで淡々と受け流すエイミ。

「ふーん。でもあれ? 意外と普通だ」

「普通ですよ。一体何を期待していたの、クララ?」

「何って……もうちょっとこう……色っぽいというか艶っぽい恋話的なものを期待してたんだけど」

「成る程」

そういう話なら理解できる。堅いと思われがちだがエイミとて年頃の女性である。他人の恋愛話に興味もあるし、人並みに恋をしたいと思う事もあれば、エイジスに口説かれればときめいたりもする。まあ、ときめくだけで決定打にはならないのが彼女なのだが……。

「私と椎野君との間にそういう話が全く無かったと言えば嘘になりますね。話せば長くなるのですが、最終的に私は振られたのでしょう」

ある意味衝撃の告白に周囲が俄かに色めき立つ。

「はあ? 振られたの? エイミが? 振ったんじゃなくて?」

「嘘でしょう? 何考えてんの、あの盆暗」

その展開は予想していなかったのか、目を丸くして驚くクララとスージー。

「まあまあ、若いうちですもの。そういうこともあるでしょ。で、今はどうなの? 未練とかはないのかしら」

「さあ、どうでしょう。自分でもわかりません」

そして周囲を宥めつつ、ちゃっかりと自分の聞きたいことを訊いてくるブリジットの言葉に、隙あらばからかってやろうという空気を敏感に感じ取ったエイミは、やはりなんら動じることなく受け流す。

煮え切らないエイミの態度に、ブリジットが更に言葉を続けようとした丁度その時、警報音と共にメインモニターに見慣れないコードが映し出された。

「コード991……これって確かBETAの……」

クララの呟きに逸早く我に返ったエイミがパネルを操作するとモニターが周辺マップに切り替わり、更に佐渡ヶ島に絞ってみると成る程、その南端にBETAが集結しつつある様子が窺えた。それを確認したエイミの行動は素早かった。

「スージーはギリアム司令とフォッカー隊長に連絡を。ブリジットは帝国軍に防衛網の構築を打診して下さい。クララはモニターから目を離さず観測を続けて」

その場にいる全ての人間に指示を与えつつ、自分自身はポケットから携帯端末を取り出し、ディスプレイを確認せずに慣れた手つきで短縮ダイアルをプッシュすると通話状態になった瞬間声を荒げた。

「椎野中尉!」

『む、誰だ』

その瞬間――エイミ・クロックスの時間が凍った。

身動き一つとれないまま、エイミは冷静さを取り戻そうと思考を重ねた。

(えーと、私は今確かに椎野君の端末に連絡をいれました……よね。ならば何故知らない女の人が出るのでしょう? 分かりません……分かりませんが取りあえず……)

「申し訳ありません。間違えてしまったようです」

そう告げて通話を切った。

(OK、落ち着いて。落ち着くのよ、エイミ・クロックス。慌てるから間違い電話なんてしてしまうの。慌てず、騒がず、冷静に)

そう自分に言い聞かせ、今度は一つ一つの動作を確認するように、ゆっくりと恭平の端末に連絡を入れる。

「もしもし、椎野中尉……ですか?」

『ん? またか』

「……」

今度は間違え様も無い。自分は確かに恭平の端末へコールしたのだ。だとすればこれは、如何なる経緯があったのかは知らないが、恭平の周りに女性の臭いが漂い始めたということに他ならない。エイミが二の句が告げずにいると、意外な事に向こうから声がかかった。

『そう……あなた、エイミ・クロックスね?』

どこか勇ましかった第一声とは違い、非常に女性らしい口調と声色だった。

「――! な、名乗った覚えはありませんがどうしてそれが分かるのですか?」

『恭の字……いえ、椎野中尉からあなたのことはよく窺っております。それはもう妬けてしまうほどに。それでもしや、と思ったのですが、どうやら私の勘も棄てた物ではないようね。一応、覚えておくと良いでしょう。私の名前は月詠真耶。帝国斯衛軍の大尉です。あなたとは一度ゆっくり話がしたいと思っていました。しかしどうやら今日はお忙しいようなので、話の続きは後日にでも改めてゆっくりと致しましょう。それでは――』

月詠真耶と名乗る女性は一方的に話を進めると、これまた一方的に通話を打ち切った。

微動だにしないエイミを尻目に、全てを察したかのような口調でブリジットがこう告げた。

「アラスカでも変なフラグ立てなきゃいいけどね、アイツ」

その言葉にエイミの肩がビクンと揺れる。

その時間の悪い事にギリアムとエイジスが姿を現した。

「BETAに動きがあったって?」

「状況を詳しく説明しろ」

二人の姿を確認したエイミは、幽鬼のような足取りでギリアムに近づくと顔も上げずにこう言った。

「司令、作戦終了後にお話……いえ、お願いがあるのですが聞いて頂けますか?」


白銀武と椎野恭平がマザーレイヴンに帰還する二十分ほど前の話である。



第二十二話 Style&Soul



エイジス・フォッカー率いるレイヴンズが現場に辿り着いた時、そこは既に戦場だった。いかに音より速く駆けつけようとも最初から新潟近郊に待機していた帝国軍には及ばなかったらしい。

「ちっ、もう始まってやがる」

まだ少し戦場までは距離があったが、支援砲撃を迎撃するレーザー光が見て取れた。

「待ってくれ隊長、なんかおかしい。支援砲撃の数が少なすぎる。もしかして帝国軍の連中、足の遅い戦車部隊や砲撃部隊を置き去りにして戦術機甲部隊だけで突撃したんじゃね?」

そのことに最初に気付いたのは部隊の目を務める恭平だった。彼の優れた視力は夜間であろうとも微かな異変も見逃さない。

「ありえる話ですよ。それだけ彼等はこの国を守ろうと必死なんです」

「わかる話なんだけどさ、それで包囲網を構築できなくなってりゃ世話無いわよ。で、私達はどうするの、エイジス?」

武の言葉にスージーが納得しながらも、どこか呆れた様子でエイジスに問いかける。

「まあ足りない支援砲撃を俺達が爆撃でカバーってのがセオリーなんだが……おい恭平、試しに二、三発撃ってみろ」

「うっ、嫌な予感。隊長、もしかして俺と同じ事考えつきましたか?」

「かもな。各機、恭平の機体から極力離れろ」

「なんだかよく分からないけどビューティー2ラジャー」

「ふ、4ラジャー」

未だによく分かっていないスージーと武の機体が離れたことを確認しつつ、手近なBETAに適当にロックを掛けると「とほほ」と呟いてからミサイルを発射した。

次の瞬間、幾重ものレーザーが獲物を打ち落とさんと魔の手をのばした。

「そらきた!」

恭平の機体にはレーザーは照射されなかったが、念の為に回避運動をとる。

「やっぱりね。隊長、予想通り遠距離、もしくは高高度からの爆撃はレーザー属種が居る限り無意味っスね」

「となると、あまりやりたくはないが近接戦か。よし、予定通り隊を二つに分けるぞ。一方が前面に展開して帝国軍のフォローをしつつ、前衛の突撃級を殲滅。もう一方が後方に回り込んで重光線級と要塞級に陽動をしかけつつこれを殲滅する。この際、支援砲撃には充分気をつけろ。流れ弾に当たって死んでも二階級特進は無しだ。事故死だからな」

そう言って不敵に笑うエイジスの言葉に応えたのはスージーだった。

「で、どっちがどっちを受け持つのかしら? 私はどっちでもいいけど」

この言葉に反応したのは今まで口数の少なかった武であった。

「オレが……オレは陽動を志願します。オレにやらせて下さい」

モニター越しに視線で訴えかける武をエイジスは真っ向から受け止めた。そこに気概以外のものを見て取れなかったエイジスは、安心して次の命令を下した。

「OK。俺達が陽動だ。遅れるなよ、武」

「任せてください。元突撃前衛長の力と対BETA戦の陽動のお手本を見せてあげますよ」

「言うようになったじゃないか、卵野郎。行くぞ!」

「了解!」



 ◇ ◇ ◇



エイジスと武を見送ったスージーと恭平はと言えば、戦場の凡そ3km手前にバトロイド形態で地上に降り立っていた。この距離がガンポッドの有効射程距離だからである。

「さて、お仕事お仕事」

「でもどうします? あまりこういうことは言いたくないですが、帝国軍が邪魔でこちらの武装が使えません」

「それもそうね。下手すると巻き込んじゃうものね。取りあえず呼びかけてみようかしら?」

そう言うとスージーは通信をオープンにして帝国軍将兵に呼びかける。

「一旦退きなさい帝国軍。この戦場は我々レイヴンズが預かるわ」

しかし返って来たのは罵声とも嘲笑とも取れる言葉だった。

『ふざけるな! ここで我々が退いてなんとする!』

『たったの二機で何が出来る! そちらこそ引っ込んでいろ!』

『我々は命に代えてもこの国を守らねばならんのだ!』

「命に代えても……ですって……?」

「あ、いけね」

帝国軍衛士の言葉も分からないでもない。何しろこちらが寡兵であることは疑いようの無い事実である。しかし、最後の言葉は頂けない。あれは確実にスージーの地雷を踏んだことを恭平は確信した。

「ふっざけんじゃないわよ! いいこと、一度しか言わないから耳の穴かっぽじってよく聞きなさい。宇宙で一番重いものは人の命よ。その中にはね、自分の命もちゃんと含まれているのよ。それを大事にしない奴に守れる物などなにもないわ」

(ほらね)

スージーの言葉は軍人としては失格の部類に入るだろう。命の遣り取りをする軍人が人命尊重など笑い話にしかならない。しかし、彼女の言葉はこうも心を揺さぶるのは何故だろう。恐らくそれは、彼女自身が自分の言葉を信じて疑わないからだろう。なにしろ恭平自身も『あの戦争』で彼女の言葉に心を揺さぶられ、敵に手心を加えてしまった経験があるのだ。だから今回もきっとスージーの言葉は届くと信じた。

暫らく待つと恐らく部隊の指揮官らしい壮年の男性衛士の姿が、スージーと恭平の駆るVF-19のシアターコクピットのディスプレイに映し出された。

『……一つ訊こう』

「なにかしら?」

『貴官らならばあの数のBETAを相手取って殲滅できるのか?』

「それは無理ね。だからこそあなた達の力も必要なの。でもあなた達の補給の時間と支援部隊の到着ぐらいの時間は稼いでみせるわ。だからお願い……信じて」

暫らくお互いに目を逸らさずに見詰め合う。そして先に折れたのは恭平の予想通り帝国軍の指揮官だった。

『全部隊に通達! 我々は現フォーメーションを維持しつつ後退を開始する!』

『しかし隊長!』

『黙れ! 異論は許さん。私は彼女を信じた。よってこの防衛線が突破された時は、私を責めるがいい。いかなる処罰も受け入れよう』

帝国軍指揮官は胸を張ってそう宣言した。

「あら、いい男ね。名前を聞いておこうかしら? 私は新地球統合軍第727独立戦隊VF-Xレイヴンズ所属、スージー・ニュートレット大尉よ。ヨロシクね」

『ふむ、私は帝国陸軍第12師団戦術機甲部隊の連隊長を務める松木誠一大佐だ。では頼んだぞ』

相手の方が随分と階級が上のようだが、そんなことを気にするじゃじゃ馬ではない。正式な場でなら取り繕う事もあるが、戦場であるなら尚の事だ。

「了解。聞いてたわね恭平。期待には応えなきゃね。FASTパックのミサイルはここで使い切りなさい」

「んな無茶な。400発以上あるんですよ。どんだけ張り切ってるんスか?」

どうやらスージーは信じて貰えた事で、テンションがMAXまで上がっているらしい。

「つべこべ言わない。いくわよ!」

「ラ、ラジャー」

言葉と同時に二機のVF-19ガウォーク形態をとると、弾かれた様にBETAに向かって突撃する。ある程度の距離を進んだところで、二機が申し合わせたように左右に分かれた。と、同時にスージー、恭平の両名ともBETAの前衛を務める突撃級に素早く視線を走らせると直にディスプレイがロックマーカーで一杯になった。

「いっけえぇぇぇー!」

「テンション高えなあ、もう」

ほぼ同時に二人のVF-19から発射されたマイクロミサイルの群れが、横一直線に大輪の花を咲かせる。それは撤退中の帝国軍衛士からも見て取れたのだが、思わずといった様子で歓声が上がった。

『う、うおおおおお! 凄え』

『なんだよアレ! インチキ臭え!』

『隊長、俺達も急ぎましょう! このままじゃ、あいつらにいいとこ全部持っていかれてしまいます』

(それみたことか)

松木誠一大佐は自分の目に狂いが無かったことに満足し、一人胸中でほくそ笑んだ。



 ◇ ◇ ◇



一方、エイジスと武はと言えば、こちらは邪魔する物がいなかった為、独壇場だったと言っていい。

「久しぶりに聞いたな……スージー節」

「あれは正直痺れましたよ。なんというか、格好良かったです」

二人とも会話に興じているが、お互い手を休めることはない。
この戦闘で、重光線級にはガンポッド。光線級を含む小型種にはレーザー機銃。要塞級や要撃級にはミサイルという戦闘スタイルを確立しつつあった。

それにしても激しく動き回る武のVF-171を見ながらエイジスは思う。武はバトロイド形態の地上戦に限って言えば、自分を含めたレイヴンズの中でも抜きん出ているのではないか、と。勿論、三段変形を駆使すれば、未だに上を行かれるつもりはないが、ことバトロイド形態のみの地上戦に限って言えば、武は部隊内最強と言っても良かった。

「まあ負けるつもりはないがね」

「なんの話です?」

「こっちの話さ。それにしてもよくもまあうじゃうじゃと寄って来るよな」

「そうですね。でも海上艦隊を攻撃していた光線級の注意も引けましたし、陽動としては成功なんじゃないですか?」

武とエイジスのVF-171とVF-19が、背中合わせでにじり寄る要撃級の群れを容赦無く肉片に変えていく。既に動くレーザー属種と要塞級の姿は見えなかった。

「それはそうなんだがねっと」

隙を見て飛び掛ってきた戦車級を、ピンポイントバリアをシールドの先端に集中してまとめてなぎ払う。

エイジスの胸中には一つの懸念材料が渦巻いていた。
BETAが自分達に寄って来るのはいい。有人機であること、VF-19の制御を司る高性能AI、ARIELがこの戦域で最も優秀なコンピューターであることが疑いない以上、最優先で狙われるのは仕方のないことだろう。しかし、バトロイド形態で地上戦に転じた途端、レーザー属種にまで狙われ始めたのはどういうことなのか?

それならば奴らの第一目標が空間飛翔体である以上、ファイター形態の時にだって狙われなければおかしくはないだろうか?

「ま、おかげで助かっちゃいるがね。……っと、こっちはそろそろ残弾がヤバイな。武、そっちはどうだ?」

「オレもあらかた撃ち尽くしました」

「そうか。ビューティー1、キャット・コー。戦域の様子はどうだ?」

『第14師団に続き、第21師団も増援に駆けつけました。殲滅は時間の問題かと思われます』

エイジスの質問に答えたのは、マザーレイヴンのメインオペレーターであるエイミではなくクララだったが、レイヴンズではそう珍しいことではない。

「なら俺達の役目もここまでだな。帰るぞ、武」

戦の趨勢が決まった以上、危険を冒してまで戦場に留まる必要は無い。まだまだやれることはあるだろうが、なにより、あまりやりすぎてしまえば帝国軍の面子を潰してしまうだろう。ここは早々に立ち去るのが吉であるとエイジスは考えた。

そう言って飛び立つエイジスのVF-19を追う様に地上を離れた武のVF-171だったが、武自身は承服できずに待ったをかけた。

「待ってくださいエイジス大尉。オレはBETA殲滅が確認できるまで、ここに残ろうと思います」

「何故だ?」

「それは……」

言いよどむ武を見てエイジスは思い出した。それを怠ったばかりに武は恩師を失っていることに――。

「ったく、まあいいさ。しかし残弾が無い以上、見ている事しかできないぞ?」

「それで構いません。ありがとうございます」

「そういうことならお任せあれ!」

武がエイジスの心遣いに礼を述べていると、意気揚々といった様子の恭平の声が響き渡る。

武はその妙にテンションの高い恭平の様子に、そこはかとない不安を覚えるのだった。



 ◇ ◇ ◇



マザーレイヴンのブリッジでブリジットとクララが残務処理を行っていると、扉の向こうから複数人の罵りあう様な声が聞こえてきた。

「サイテー、あんたサイテーだよ。あそこで止めておけば感謝されて終りだったのに、最後のアレでなにもかも台無しだよ」

「なんだと白銀。お前が我が侭言うから俺が一肌脱いでやったっていうのに、その言い草はなんだ。ねえ、隊長?」

「いや、あれはやり過ぎだろう。明らかに」

「ネーミングセンスも良くなかったのかもね。帝国軍からも非難轟々だったしね」

扉越しに聞こえてくる不穏な会話にブリジット、クララ両名共、瞳を伏せて深い溜息を吐いた。

「椎野中尉がまたなにかやらかしたんでしょうか?」

「みたいね。エイミが居なくて良かったわね。その内胃に穴が開くんじゃない? あの娘」

お互いが視線を合わせて頷きあったところで扉が開いた。

「おかえりなさい、ご無事で何よりです。何事もありませんでしたか?」

そう言って何も知らないかのように笑顔で皆を迎えるクララを見て、ブリジットは思う。

(この娘もいい性格してるわね……)

「ああ、特に問題はなかったな。初のBETA戦にしちゃあ上々だ」

抜け抜けとそんなことをのたまうエイジスに武のツッコミが炸裂した。

「いやいやいや、問題大有りでしょう。なんなんです、最後のアレ? オレ聞いてませんよ」

「え~っと。一体何をしたんですか? 椎野中尉」

「なんでいきなりピンポイントで俺に訊くかなあ、クララは……? 別に大したことはしてないよ。実は――」

恭平の説明を一言で纏めるとしたらこうなる。

「はあっ? BETAに体当たりをかました~~!?」

「まあ、より正確に言うと違うんだけどね。凡そそんな感じ」

彼等の乗機はVF-19Aには違いないのだが、より厳密に分類分けをするならば、その正式名称をVFA-19Aと言い、通称はアサルトカリバーと言う。エンジンが違うとか、レーザー機銃が増えたとかVF-19Aとの違いは様々だが、その最大の特徴はファイター形態でもピンポイントバリアを張れるということだろう。尚、この機体は特殊任務部隊にのみ配備され、統合軍全体を見渡しても、その総数は六十機ほどである。

「要撃級なんかは超低空飛行で高速飛行モードのピンポイントバリアアタックで轢き殺してやったんだけど、その他の小型種なんかはソニックブームでバラバラになってたよ」

「まあ確かにメチャクチャですけど、それのどこが拙かったんですか?」

可愛らしく小首を傾げるクララの質問に答えたのはスージーだった。

「問題はその後よ。エネルギーが無くなるまで蹂躙した後にこの馬鹿はこう言ったのよ。『OTM忍法、火の鳥。ニンニン』ってね。オープン回線で駄々漏れだったからね。帝国軍が騒ぎ出してもう大変だったわ。やれ『そんなん出来るなら最初からやれ!』だとか『ニンニン……だと。日本を無礼るな!』とかね」

「うわあ……」

クララが呆れて声も出せないでいると、恭平が、

「全く、遊び心を解さない連中でしたねえ」

と言えば、

「あんたが言うなぁぁぁーー!!」

と武の渾身のツッコミが再度炸裂した。

「まあ済んだ事を今更言っても始まらない。ところでギリアムとエイミはどうした? 姿が見えないが……」

それまでの話の流れを全く意に介さずに、エイジスがブリジットに問いかける。その姿を見た武は、この部隊で円滑にやっていく為に必要な最重要スキルはこのスルー能力だと確信した。

「ギリアム司令は引き続きアラスカ関連の書類作業。エイミはその手伝いよ」

「へえ~、あの人も結構マメだねえ。顔だけ見ると『オレ、モジ、シラナイ』って感じなのに意外と文化人なんだよな」

ブリジットの言葉を受けて恭平が冗談を言うが誰も笑わない。そればかりか、皆一様に目を逸らし、あまつさえ一歩退くのが見えた。この時点で恭平にも何が起こっているのか薄々感付くことができたが、誰も「椎野ー、後ろ後ろ」と言ってくれないことが悲しかった。

「意外と文化人で悪かったな」

ギリアムはそう告げると、恭平の頭を鷲掴みにして力の限り締め上げた。

「いたたたた! 痛い! マジ痛いって! つーか、手ぇでけえ! 握力強え! あんたフリッツ・フォン・エリックかっての! ごめんなさい、許してーー! ゆーるーしーてー!」

「フン!」

情けない声をあげる恭平をポイッと捨て去ると、ギリアムは重々しく口を開いた。

「皆ご苦労だったな。どうやら戦果は上々だったようでなによりだ」

「まあ少し気になることもあったがね。後で報告書に纏めて提出するよ」

「そうしてくれ。出来れば明日以降がいいな。今日はもうこれ以上書類作業は御免被る」

「ははっ、了解」

ギリアムとエイジスの遣り取りを床に身体を這い蹲らせたまま、恭平が口を挿む。

「しかし司令、なんだってそんなに急いで書類をまとめる必要があるんです? まるで時間が無いみたいですよ?」

「だから時間がないんだよ。貴様らのアラスカ行き――正確にはカムチャッキー行きの日取りが決まった。八月三日だ」

「は? カムチャッキー? 俺聞いてないスよ?」

「だから今伝えている。何でも弐型の実戦テストをそこで行うらしい。それまでにウチでも用意しなきゃならんものが山ほど在る。技術部にそれらのテストをしろとせがまれているんでな。これがその一覧だ、貴様とエイジスは目を通しておけ。エイミ、渡してやれ」

それまでギリアムの後ろに控えていたエイミが、エイジスと恭平に歩み寄りそれぞれにファイルを渡していく。

「なになに、AK/VF-M9アサルトナイフ? あー、まあこれはあると便利かもな」

エイジスが今日の対BETA戦を振り返り、そう言葉にした。

「こっちはSSS-9Bドラグノフ・アンチ・マテリアル・スナイパーライフルだって? いやいや、VFにスナイパーライフルはいらんでしょう」

続いて目を通した項目に恭平が不満の声を上げる。どう考えても足を止めて狙撃するスナイパーライフルは必要ないように思うからだ。

「ほう、エクステンドギア、通称EXギアね。噂にきいちゃあいたが、もう採用されるのか」

エイジスの言葉をバックにして恭平が最後の項目に目を通し、驚きの声を上げた。

「うわっ! うわわー! こ、こいつは洒落にならんスよ?」

なんだなんだと続いてエイジスも慌ててページを捲る。それを目にした途端エイジスは右手で目を覆い天を仰いだ。

「クソっ……今回はやけにメーカーの人間が乗り込んでると思ったら、そういうことかよ。ギリアム、こいつは確かに洒落にならんぜ……」

「仕方あるまい、ご指名だ。俺は頑張ってくれとしか言えんよ」

二人を仰天させた最後の項目。そこにはこう書かれていた。


YF-24EMD。テストパイロット――エイジス・フォッカー。







 あとがき

いやー、遅れた遅れた。どうもtype.wです。

え? そのわりに今回も戦闘シーンが淡白過ぎる、ですって?
いいえ、今回はいいんです。今回は次回以降に伏線を散りばめる回であって魅せ場ではないのです。

――と、いう言い訳を考え付きましたが、いかがなもんでしょう?

しかしどうです? TE編が読みたくなってきたでしょう?

――と、読者を誘導してみたりしましたが、いかがなもんでしょう?

まあいいや。次回以降を乞うご期待ってことで、どうスか?

それでは次回更新時にまたお会いしましょう。では今日はこれにて。



[24222] 第二十三話 SHAPE UP!
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/07/09 10:27

作戦終了後の深夜――日付けも変ろうかという時間に、椎野恭平はブリジット・スパークの個室に呼び出されていた。

「よく来たわね。とりあえずその辺に座りなさい……ってコラコラ、くつろぐんじゃないの」

「なんなんスか? もう……」

不満の声を上げながらも、心持ち居住いを正して次の言葉を待つ。普段は礼儀作法には寛容なブリジットが自分に対してここまで言うからには、これから始まるのが接待などではなく尋問の類であろうことを薄々ではあるが感付くことができた。因みにこれが誘惑である可能性については、最初から考慮すらしていない。

ブリジットはベッドに腰掛けながら足を組み恭平に問いかける。

「あんたがアラスカ……いえ、カムチャッキーだったかしら? に行く前に訊いておきたいことがあるんだけど、アンタ、昔エイミを振ったって本当?」

「は? なんスか、それ。全く身に覚えが無いんですけど。むしろ、振られた覚えならあるんですけどね」

「……待ちなさい。確かにそっちの方がしっくりくるけど確認するわ。あんたがあの娘に振られたのね?」

「うわあ、なんかすげー失礼なこと言われた気がする。でも本当ですよ、つか、一体誰から聞いたんですか? そんなデマ」

恭平の言葉は無視してブリジットは口元に指を当て思案する。どうやら恭平に嘘をついている様子は無い。そもそもこの男、性質の悪い冗談はよく口にするが、基本的にあまり嘘は吐かない。では、エイミが嘘を吐いているのかと言えばそれも考え難い。二人の証言から、なにやら遠大なる勘違い系のすれ違いの匂いを敏感に感じ取ったブリジットは、このことは自分の心の中に秘め、口外しない事とした。何故ならその方が今後の展開が面白そうだからである。

「じゃあ次の質問――」

「あれ、俺の質問の答えは?」

「お黙り。いいから答えなさい。あんた帝都で何してきたの?」

「いや、何って以前話した通りですけど?」

確かにブリジットも恭平が帝都でどんな話を執り付けてきたかは聞き及んでいる。しかし知りたいのはそこではない。

「あんたが、何処で、誰と、何をしていたのかを詳しく教えなさい」

「え~」

「え~、じゃない。こっちは実務レベルで支障を来すかもしれないのよ」

「意味が分かりません」

「いいから吐け!」

ブリジットの剣幕に圧される形で、恭平は渋々語り出した。一連の流れは以前に聞いたままだったが、ただ一点、ブリジットが聞かされていない話があった。月詠真耶との酒宴である。

「成る程、それね……。で、あんたはその時月詠大尉に自分の携帯を渡した、と。まあ、それについては散々司令に怒られたみたいだから私はとやかく言うつもりはないけど、でもね……その大尉さん、恐らくエイミに売ったわよ」

「…………はい?」

何を、とは敢えて聞かない。先のエマージェンシーの折、二人の間でなんらかの遣り取りがあったことは恭平も知っていた。しかし、それがそのように険悪なものであるなど、想像すらしていなかった。と、言うより――

「……ま、真耶さんの嘘吐きーー! 悪いようにはしないって言うから相談したのにーー!」

突然叫び出した恭平の言葉に、ブリジットは素早く反応した。

「待ちなさい。あなた何を相談したの?」

「え? ああ、実はですね……その昔、俺、クロックスの奴に酷い事をしてしまいまして……裏切りと言ってもいいかもしれません。そのことでアイツに恨まれていやしないだろうか? というようなことを酒の勢いに任せてつらつらと」

「ふーん。なるほど……ね」

ブリジット自身おかしいとは思っていた。月詠真耶なる人物がどのような人間であるかは知らないが、たった一日の逢瀬で恭平に惚れたとは考え難い。無論、一目惚れという可能性も捨て切れないが、この男に限っては誰に会わせた所で第一印象は最悪となるであろうことは想像に難くない。では何故月詠真耶は、エイミに対して挑発的――これはあくまで想像だが――な態度を取ったのだろうか。

ブリジットは再び思考の海へと埋没すると、やがて一つの答えに辿り着いた。

(――成る程、面白いわね)

これは一度自分も真耶と連絡を取ってみるべきかもしれない。幸い恭平の端末の番号は登録済みである。そこに掛ければ彼女に繋がるはずだ。

「あの~ブリジット先輩? そんな魔女みたいな顔で笑ってないで、なにか分かったのなら俺にも教えてくれませんかね?」

「恭平」

「なんスか?」

「こんな時間に女性の部屋を訪れるものじゃないわよ。いろいろ誤解されたらお互い困るでしょう?」

「……出でけってことスか? 自分勝手にも程があらあ」

こうして一体ブリジットが何を訊きたかったのか、その意図すら掴めぬまま恭平は部屋を追われることとなった。今一納得はしていなかったが、ここで文句を言ってブリジットの不況を買うほど馬鹿ではない。大人しく退散を決め込もうとしたその時――

「おや、椎野中尉。ブリジットの部屋で一体何を?」

背後から掛けられた声には聞き覚えがありすぎた。

「ク、クロックス……さん? 就寝時間は過ぎてますよ?」

椎野恭平の長い一日は、まだ終らない。



第二十二話 SHAPE UP!



七月二十四日。早朝、午前六時。
横浜基地のとある一室の中心で、白銀武は地に伏すように頭を垂れていた。非の打ち所の無い土下座である。
そしてそれを睥睨するかのようにベッドに腰掛け見下ろしているのは、少し涙目の社霞である。

何故こんなことになっているのかといえば、昨夜、武が横浜基地に帰らなかったからなのだが、武自身レイヴンズの早朝ミーティングでエイジスにそのことを指摘されるまで、自分が横浜基地で特殊任務中だということをすっかり忘れていたのだ。

慌てて横浜基地に飛んで帰ったのだが、あてがわれた部屋のドアを開けると、霞が起きたままの姿でうささんを抱えオロオロと右往左往している真っ最中だった。

流石にいたたまれなくなった武が声をかけ現在に至るのだが、まさに朝帰りがバレた駄目亭主の様相だった。

「……というわけで、そろそろ許してくれませんか? 霞さん」

「……もうしませんか?」

「クスン」と鼻を鳴らし責めるような目――武視点でだが――で武を見つめてくる。それもそのはずで武は昨日言ったのだ。直に戻る、と。

「しないしない。約束する」

「なら……いいです。許します」

「おお! 流石は霞。器がでかい」

「ハハー」と今一度武が頭を下げたところで第三の声がかかった。

「なかなか面白い絵面だな、白銀」

武が声の聞こえた方に慌てて顔を向けると、椎野恭平が独り佇んでいた。しかも恭平の手には何故かデジカメが携えられている。

「椎野中尉、何故ここに! ていうかもしかして今の撮ったの!? いやいや待てよ、昨日のあの写真ももしかしてアンタの仕業か!」

「何を今更……? 俺以外に誰が居るって言うのさ? あ、霞くん、これサンキューな」

全く悪びれない態度で霞に何やら渡している。よく見れば、それは一冊のスケッチブックだった。

「それ、霞のだったのかよ……」

霞が中身を確認するようにパラパラとページを捲り、そしてそのページで指が止まる。そこには当然の様にこう書かれていた。

――ここでボケて……と。

霞はそれを数秒見つめた後、心底困ったといった視線を武に向けてきた。

「いや、それ霞には難易度高いから。つーかわざわざ律儀に従おうとしなくていいし。それよりなんで椎野中尉がここに? いや、マジで」

「阿呆。お前の忘れ物を届けに来てやったっていうのになんだその言い草は。お前、もしかして俺に含む所でもあるのか?」

「当たり前でしょう。昨日の数々の出来事、オレは忘れていませんよ。で、なんなんです、忘れ物って?」

武の言葉には「それ置いて早よ帰れ」というニュアンスが多分に含まれていたのだが、そんな物を意に介する恭平ではない。

「ああ、これだ」

そう言って恭平が取り出したのは、霞の背丈程はあろうかというスーツケースの様なものだった。

「なんなんです、コレ?」

「お前のEXギアだ。中にマニュアルも入ってる。ノルマは一ヶ月。それまでに習熟しろ。これは命令だ」

「え? でもそれって確か試作品でこれからテストするんですよね? なんでオレが?」

「いや、EXギア自体は完成してるよ。俺達がテストするのは、これを含めたコクピットシステムの方でね。まあそっちも凡そ完成しているって話だし、制式に採用されれば俺達の部隊でも運用されることになる。ま、今の内に慣れとけってことだ」

「でもそれって一ヶ月やそこらでなんとかなるものなんですか?」

「いやまあ大体一ヶ月から三ヶ月はかかろうかって話だが、お前なんてまだマシだ。俺なんてその話を聞いて、メーカーの人間に十日でやってやるって豪語しちまったからな」

「それは自業自得なのでは……?」

そこまで話したところで一段落着いたと感じたのか、霞が恭平に歩み寄り袖口を引っ張った。

「おっと、そうだったな。霞くん、これが約束の報酬だ」

そう言うと恭平は、懐からファンシーな絵柄が描かれた小袋を取り出し霞に差し出した。

「何です、それ?」

「俺が糖分補給用にへそくりしていた飴玉だよ。昨日、霞くんにスケッチブックを借り受ける条件として約束していたものだ。前金として一個渡したんだがいたく気に入って貰えたようだね」

それを聞いた武の反応は素早かった。霞に目線をあわせて向き合うと、諭すような口調でこう告げた。

「いいか、霞。知らない人に物を貰ってもホイホイ言う事を聞いてはいけません」

「ちょっと白銀、人を変質者みたいに言うなよ。それに霞くんと俺はまんざら知らない仲じゃないぞ」

「え? そうなのか、霞?」

恭平の言葉だけではどうにも信用が出来ずに、改めて霞に向き直り訊ねてみる。

「はい……香月博士の執務室で何度かお会いしました」

「いつの間に……」

武が絶句していると、当の本人から声が上がった。

「おっといけね、こうしちゃ居られない。その香月博士に用があるんだった。白銀、お前も来るだろ?」

「え? あ、はい。昨日の件も含めて報告しておかないと」

そう言って立ち上がり、霞を連れていざ向かおうとしたところで恭平から待ったがかかった。

「おいおい白銀、お前EXギア舐めてるだろう? 今からやるんだよ、習熟訓練」



 ◇ ◇ ◇



軽い挨拶の後に渡された、昨夜のBETA上陸事件のレイヴンズによる報告書に目を通した香月夕呼は、深い溜息と共に言葉を吐き出した。

「とりあえずご苦労様……と言っておこうかしら。まあ報告書を見る限りあまりご苦労な感じは見受けられなかったけど。それよりもあなた達がアラスカに持ち込む物の方が問題よ。なんなのよ、この『YF-24EMD』って。あたし、聞いてないわよ?」

「無理もありませんよ。何しろ俺達ですら昨日初めて知りましたからね」

夕呼の溜息に呼応するように、恭平も溜息を吐きつつ言葉を紡いだ。

「それにこのスペック表……例のAVFでさえ常識を疑った物だけど、こんなオーバースペックな機体を造ってあなた達は一体何と戦うつもり?」

あの香月夕呼が常識などと言うからには、ただ事ではないことが武にも伺えた。

「まあメーカー側が提出するスペック表なんて、見得と矜持に彩られた物なので、それ程考慮するには値しませんが、言いたいことは分かります。ここから先は軍機が絡む話になるのですが、この世界には関係の無い話ですし、まあいいでしょう」

そう前置きしてから、恭平は語り始めた。


エボリューション計画――2040年初頭。次世代の可変戦闘機の開発を目指し、新星インダストリー、ゼネラル・ギャラクシー、そしてLAIの三社が合同で立ち上げた一大プロジェクトである。

しかし、AVFでさえもてあまし気味だった当時の風潮と、新機軸であるISC――重力慣性制御機構の小型化と実用化の目処が立たず、2046年に開発チームは解散されることとなる。

状況が一変したのは2048年末。第117調査船団が謎の異星系生命体の襲撃を受け、壊滅の憂き目を辿った。これを受けた新統合政府はエボリューション計画チームを再召集。在り得ないほどの要求仕様を突きつけた。

一説によればそれは、フォールドブースター無しでの無制限フォールド航行能力、エンジン推力はVF-19の二倍以上、瞬間最大加速100G以上とそれを相殺するISCの完全版ともいえる重力慣性制御デバイスの搭載、ファイター形態での常時エネルギー転換装甲Ⅱの稼動。さらにはマクロスキャノン級の重量子ビームを無制限に連射可能、というものだったらしい。

「――ね、目茶苦茶でしょ?」

「……呆れるわね。で、それらは完成したのかしら?」

「まさか。んで去年、2050年の話ですが、LAIが画期的な新技術を持ち込んで問題だったISCを完成させて、軍の要求仕様には大分劣りますが『YF-24EMD』の完成とあいなったわけです」

恭平はおどけた様な口調でそう締め括った。

「……で? それは白銀が面白い格好をしていることと関係があるのかしら?」

二人の視線が武へと向けられるが、そこでは武と霞が差し向かいで折り紙に興じていた。

「うがー、出来ねえ! 何だよコレ? 思い通りに動かねえ!」

「白銀さん、不器用です」

「ムキー!」

武の無様な姿を眺めつつ、恭平が再び口を開く。

「あれはEXギアと言って、戦術機で言えば衛士強化装備と強化外骨格を一緒くたにした言わば携帯できるコクピットで、『YF-24EMD』のコクピットシステムに採用されているのですが、見ての通り習熟にはかなりの時間を要します」

「それにしれもあなた、よくそんなことまで知ってるわね。先程の話を聞く限り、末端のパイロット……それも中尉階級の人間が知り得るレベルの話じゃないわよ」

「ああ、これはウチのボス……と言ってもギリアム司令のことじゃありませんよ? 兎に角その人が情報通で、俺はたまたまその人の傍に居ることが多かったってだけの話です。それより香月博士、先程の話なんですが受け入れて貰えませんかね? 俺としても今日手ぶらで帰ったら死ぬっつーか、殺されるっつーか……」

それはこの部屋に着くなり、恭平が挨拶のついでとばかりに夕呼に切り出したことだった。

「オルタネイティヴ2の資料とギリアム司令の副官……だったかしら? どっちも即答出来かねるのだけれど、一応理由を聞こうかしら」

夕呼は腕を組み、思案するような面持ちで恭平にそう告げた。

「実はですね――」

恭平の話を要約するとこうだ。

昨夜の戦闘中、BETAの動き……特にレーザー属種に不可解な点があった為、BETAのことをよりよく知るために、BETAの捕獲、研究を行ったオルタネイティヴ2の資料をマザーレイヴンの専門家に見せたいらしい。この際捕獲サンプル等があるとよりベターである。

次に副官の件だが、これも昨夜突然にエイミ・クロックス中尉のアラスカ行きが決まったそうだ。その理由までは分からないらしいが、兎に角彼女が居なくなるとマザーレイヴンの仕事の能率が大幅に落ち込むらしい。

成る程、これは分かる話である。夕呼自身、エイミとは何度か会った事があるが、あの通常の三倍は常時働く彼女のことだ。ギリアム・アングレートが今まで副官を持たなかったのも彼女の存在に寄る処が大きいのだろう。夕呼とてイリーナ・ピアティフが居なかったら、どんな手を使っても彼女を引き抜いていたに違いない。

しかし、だったら行かすなという話になるのだが、あのギリアム・アングレートのことだ。生半可な理由で決断したことではあるまい。

夕呼は「ふう」と軽く息を吐くと短時間で考えを纏め上げた。

「オルタネイティヴ2の資料に関してはそういう理由があるなのらいいでしょう。今日中に用意させるわ。どうせ今更役に立たない物だしね。副官に関しては、クロックス中尉の不在の間という期間限定でならこちらから一人用意しましょう。ただし条件があるわ」

「その条件とは?」

傍らで話を聞いていた武の生唾を飲み込む音が聞こえた。

「別にそれ程難しい事じゃないわ。椎野、あなたは207Aを今月中に任官までもっていきなさい」

「あと一週間ないんですけど?」

「あなたのおかげであの娘達の任官は早めるつもりだったのよ。それをもう少しだけ早めてってお願いしてるだけじゃない。伊隅にもせっつかれてるしね」

夕呼は得意げに鼻を鳴らすと今度は武に向き直った。

「そして白銀、アンタは八月上旬までに207Bを総戦技演習合格レベルに引き上げなさい。まりもが居なくても大丈夫なように、ね」

「てことはまさか……」

武が震える声で夕呼に問いかける。

「当然でしょう? あたしの手駒で完全に信頼がおけて、裏切る心配をしなくていい人物。さらに何処へ出しても恥ずかしくない軍人なんてまりもしかいないわ」

こうして本人の与り知らぬところで、神宮司まりものレイヴンズへの期間限定の出向が決まっていた。



 ◇ ◇ ◇



「ところで椎野、意外に博識なあなたに訊きたい事があるのだけれど……」

「は? なんすか?」

「OTM関連で『やってみたらこうなった』みたいな物はどのぐらいあるのかしら?」

「へ? いやまあ殆どがそんな感じじゃないですかね? バルキリーの熱核エンジンやピンポイントバリアもそうですけど、俺達にもイマイチ分からない事が多いんですよね、OTMって」

「……そう……そうよね……」

「あ、もしかしてやっちゃいましたね、香月博士? 『やってみたらこうなった』ってやつ」

「うっさいわね!」



一連の会話を聞いて、これから自分が行うであろう世界転移実験に、一抹の不安を拭いきれない武であった。







 あとがき

四億℃って何℃でしたっけ? どうもtype.wです。

きっとこの夏の最高気温さ、などと考える俺は相当やられてます。いろんな物に。

因みにコレ、YF-24以降に採用されたFF-3000系と呼ばれる所謂熱核エンジンステージⅡの反応炉内の温度だそうです。OTMマジパネェ感じです。

それにしても話がなかなか進まないなあ。一体何話書くつもりなんだろう、俺?

前回に引き続き今回も伏線を張る回です。その為ちょっと短いかもしれません。それも終ったので次回以降はもう少しテンポアップしようと思います。

それでは次回にまたお会いしましょう。では今日はこれにて。



[24222] 第二十四話 心の行方
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/07/21 18:27
第二十四話 心の行方




七月二十八日。昼食後に白銀武は一人、横浜基地の屋上に訪れていた。
生憎とこの日の空模様は曇天で、まるで今の武の心情をそのまま映し出しているかの様だった。

武の心が晴れない理由はただ一つ。椎野恭平の事である。

香月夕呼から互いに難題を押し付けられたあの日、一度は教導へと向かった恭平であったが、すぐさま武の下へと顔を出し「帰る」と言い残してそのまま去っていった。そしてそれ以降今日に至るまで、一度も横浜基地に顔を見せる事は無かった。

この世界に来て以来、一度も顔を合わせる機会には未だにめぐまれていないが、207Aの少女達――特に涼宮茜と柏木晴子は『前の世界』で共に肩を並べて戦った戦友であったし、武の知らない他の三人も伊隅ヴァルキリーズの名に恥じない戦いを見せ、そして散っていったのだろう。

そんな彼女たちを恭平は無責任にも放置しているのだ。

帝都の一件以来、少しは彼の事を見直しつつあった武ではあったが、先の戦闘以降の彼の言動は少々目に余るように思う。自分がからかわれるのはまだいいが、それを差し引いても悪ふざけが過ぎるのではなかろうか、と。

そんなことを思い返し、武が苛立ちを募らせていると、屋上の扉が開け放たれ一人の少女――御剣冥夜が姿を現した。

「やはりここだったか、タケル」

「冥夜? どうしてここが……?」

「社から聞いた。なにかあるとタケルは空に近い場所に登りたがる……とな」

「そっか」

武自身、自分にそんな習性があるとは気付いていなかったが、これはなにも武に限った話ではない。VFのパイロットというのは個人差はあれど、いつだって空に近付きたがるものなのだ。そういった意味では、武も一人前のVFパイロットになりつつあるのだろう。そして、社霞がそのことに気付いたということは、互いを強く認識し合うという夕呼の目論みもまた成功していると言えるだろう。

「で、何があった?」

「何……って何が?」

冥夜の唐突な質問に、思わず質問で返してしまう。

「惚けるでない。そなたが何かに苛立っていることは皆気付いている。そして自分達に何か落ち度があったのではないかと不安に駆られている。そなたは教官としての立場もあるし、今や私達の精神的な支えでもある。故にそのような態度を見せるべきではないと進言しに参ったのだ。……尤も、本当に私達に落ち度があったと言うなら話は別だが」

冥夜の言葉に、武は頭を抱えたい衝動に駆られた。この大事な時期に、自分が彼女達を不安がらせてどうするのだ、と。

「済まない冥夜。そんなつもりはなかったんだ。ただ……」

武は言うか言うまいか一瞬の躊躇いを見せたが、結局言ってみることにした。『前の世界』でも彼女はここ一番という時に、武に的確な助言をしてくれたものだ。

「冥夜、オレの悩みを聞いてくれるか? ちょっと愚痴っぽくなっちまうかもしれないけどな」

武の言葉を聞いた冥夜の反応は素早かった。

「な、なんなりと言ってみるがよいぞ。必ずやそなたの力になってみせよう」

武と向き合う形で居住いを正し、ズイっと詰め寄る彼女を見て、少々力の入れ所を間違えている気がしなくも無かったが、微笑ましさも手伝って苦笑しつつではあったが武はゆっくり口を開いた。



 ◇ ◇ ◇



武の話を最後まで聞いた冥夜は、瞑目したまま腕を組みしばらく考え込んでいたが、やがて自分なりの答えを見つけ出したのか、ゆっくりと目を開き武の瞳を見つめながらこう切り出した。

「一つ訊ねるがそなたはその御仁のことが嫌いなのか?」

「え? いや……どうだろう。考えたことなかったけど、ただ好きにはなれない……と思う」

武自身、恭平という人間を量りかねていたので、断定は出来ずにいた。

「ふむ、性格の不一致というのはあろうからな。そなたも榊と彩峰という良い……いや、良くはないが例えがあるからこれは分かり易かろう? だが、涼宮達の一件は話が別だ。そなたの話ではその中尉殿は一定以上の成果を上げていた。それが突然、無責任ともとれる態度を見せたのには何か訳があるのではなかろうか? そなたはそれを尋ねてみたのか?」

「あ……」

忙しさに感けて肝心な部分を訊き忘れていたことに今更気付く。武が呆然としていると、そこに第三の声が割って入った。

「なかなか良い事を言うじゃないか、訓練兵」

エイジス・フォッカーその人である。

「エ、エイジス大尉。何故ここに?」

慌てて敬礼をする武を見て冥夜もそれに倣う。

「なに、伊隅達にちょっとしたアンケートを取りに来たついでにお前の顔を見ておこうと思っただけさ。お邪魔だったかな?」

「そんなことはありませんけど、アンケートってなんです?」

「どうもウチの技術部と現場の衛士とでは戦術機の改善点について、微妙に意見が食い違ってる気がしてな。改めて現場の衛士の意見を聞いておこうと思ってね。ま、今更だがね」

武とエイジスの遣り取りを聞いていた冥夜が、どこか言い辛そうに口を開く。

「あの、お邪魔のようでしたら自分は席を外しますが?」

「その必要はないさ。俺の方こそお邪魔だったようだ。それより訓練兵、名はなんという?」

「は、御剣冥夜訓練兵であります」

「そうか、良い名だ。覚えておこう」

エイジスの言葉に冥夜は何も言えずに俯いてしまう。それは自分の名前が忌み名であることを理解した上での反射的な行動だった。しかし――

「そんな顔をするな。君が自分の名にどんな想いを抱いているのか俺は知らん。だが、俺は君の名を良い名前だと感じた。それでいいはずだ」

武はエイジスに冥夜の名前の由来など語って聞かせたことはない。にも拘らず、エイジスは言うのだ。恥じ入る事は無い、胸を張れ、と。これには冥夜のみならず事情を知っている武の心も震わせた。そして、エイジスの意志を正しく受け取った冥夜は最敬礼をもってその想いに応えた。

「は、ありがとうございます!」

「ああ。じゃあ、お邪魔虫は退散するとしますかね。それと武、恭平に訊きたい事があるならエイミに連絡を取ってみろ。多分、一緒に居る筈だ。何しろアイツは今、携帯端末を持ってないからな」

「はい、ありがとうございます」

「それからな、先日の戦闘のアレは大目にみてやれ。はしゃいでいるのさ。それは少なからず俺やスージーにも当てはまることだ」

「はしゃぐって……どういうことです。戦場ですよ? 人が死ぬかもしれないんですよ?」

聞き捨てならない言葉に、武は思わずといった様子でエイジスに食って掛かる。

「だからさ。その戦場で……人を……殺さなくてもいいからだ」

振り返らずに告げられたその言葉の重みに、武は続ける言葉を失った。



 ◇ ◇ ◇



エイジスが去った後の屋上で、しばし呆然と立ち尽くした武と冥夜だったが、先に動きを取り戻したのは冥夜だった。

「……で、どうするのだ? 差し出がましいとは思うが、もし誤解があるのなら早めに解いておいた方がいいと思う」

「ああ……そうだな。ありがとな、冥夜」

「れ、礼には及ばん。私がそなたの為に何かを出来たのなら、むしろそれは本望だ」

その想いこそありがたいと感じた武ではあったが、これ以上は水掛け論になると思い、無言で携帯端末を取り出すと、不慣れな手つきながらエイミの短縮ダイアルを呼び出しコールボタンを押し込んだ。

『白銀少尉ですか?』

「はい、えーと、その辺に椎野中尉はいますか?」

『椎野中尉にご用でしたか……しかし今、椎野中尉はよく眠っているので起こすのは少々気が引けるのですが……』

「寝て――! 寝てるん……ですか?」

これには武も絶句するよりほかなかった。

『あ、待ってください。目を覚ましたようですが……代わりますか?』

「……お願いします」

その声がどこか怒気を孕んでしまったのは仕方のないことだとしても、エイミにそれが伝わってしまったかどうかだけが気がかりだった。

『……白銀か……何か用か?』

「訊きたい事が二、三あるんですがいいですか?」

『手短に頼む。俺ぁもう眠くて眠くて』

恭平の物言いが癇に障り、ますます苛立ちを募らせる武であったが、ここでキレては元も子もないと思い直し言葉を続ける。

「先日、夕呼先生に頼まれた涼宮達の件、どうするんです。ほったらかしですか?」

『……言うな。俺は多分失敗した。だから神宮司軍曹に一任した。それだけだ』

「な! 失敗ってどういうことです」

『だから訊くなっての。これでもかなり落ち込んでるんだ。傷口に塩を塗りこむ様な真似はよせ』

これ以上この件に関しては、いくら質問したところで武が望む答えは返ってこないと感じ、別の質問をすることにした。それは以前から彼に一度訊いてみたいことでもあった。

「椎野中尉、あなたがこの世界で戦う理由はなんですか? それを教えて下さい」

しかし、返って来た答えは武の予想を大きく裏切るものだった。

『……何て答えて欲しい? お前が満足するなら俺はその通りに答えようと思う』

「馬鹿に……してるんですか……?」

最早、武は憤りを隠そうともしなかった。

『違うよ。……なあ白銀、俺はね。戦う理由なんて人に打ち明けるものじゃなくて胸に秘めるものだと思ってる。じゃないと誓った想いも口に出した途端に軽くなっちまう気がする。勿論、お前にも言い分があるだろうし、それを否定するつもりはないよ。ただ、そういう考えもあるんだってことは忘れないで欲しい』

「……わかりました。訊きたかったことはそれだけです。それでは、また」

そう言って通話を一方的に打ち切ると、すかさず冥夜が武に詰め寄った。

「どうであった?」

「あーもう、ますます分からなくなっちまった。……なあ、冥夜。他人と他人とが分かり合うのって難しいよなぁ?」

頭を掻き毟りながら、武は冥夜に問いかける。

「……ああ、そう……だな。本当にそうだ」



結局、武と恭平は蟠りも解けぬまま、一度も顔を合わせることも無く八月三日を迎えることとなった。それはつまりお互いに心に多かれ少なかれのしこりを残したまま暫らく会えないことを意味するのだが、それが吉と出るか凶と出るかはまだ誰にも分からないことであった。



 ◇ ◇ ◇



八月三日。澄み渡る青空を切り裂くように、二機の可変戦闘機が大空を駆け抜ける。

一機は蒼穹の蒼より尚青い機体、エイジスフォッカーの駆るVF-22SシュトゥルムフォーゲルⅡであり、もう一機はレイヴンズ仕様のカラーリングが施された椎野恭平の駆るVF-19Aである。

今日この日、二機のVFが目指す先はといえば、カムチャッカ半島東岸部に位置するペドロパブロフスク・カムチャッキー基地である。

日本からそう遠くないこともあってか、両機ともそれほどスピードは出していない。それでも音速を超えているあたり、両機の性能とパイロットの性格が窺える。

「しかし隊長、なんだってまた今回に限ってVF-22Sを持ち出したんです?」

「仕方が無いだろう。YF-24は調整にあと三日はかかると言うんだからな。だったら急がせるなってんだ」

「その話は俺も聞いてますよ。そうじゃなくて、別にVF-19でも良かったんじゃないかってことです」

「そんなもん、見せびらかす為に決まってるだろう?」

エイジスは時折、このような児戯を見せることがある。それが彼の魅力の一つと言えない事もないのだが……。

「それよりどうだ、恭平。このまま真っ直ぐ飛ぶのも芸が無い。ここは一丁カムチャッキーまで競争といこうじゃないか」

エイジスの遊び心は止まらない。もしかしたら久しぶりのお出かけに浮かれているのかもしれない。

「嫌ですよ。どうせまたなんか賭けようってんでしょう? なんかちょっと空の色も変わってきたし気分じゃありません」

「勿論、今日から晩飯三日分でどうだ?」

「話、聞いてます? だから嫌だって……」

「……ほう、自信が無いのか。え? 『魔法使い』」

このエイジスの安っぽい挑発に、

「上等だよ、エイジス・フォッカー……。プロジェクト・スーパーノヴァの屈辱を思い出させてやらあ!」

「そうこなっくっちゃな」

恭平は乗った。が、しかし――

「やめて下さいね、お二人とも。私も乗っている事をお忘れなく」

自分の存在を主張するエイミ・クロックスの声が、恭平のVF-19Aの補助シートから投げかけられた。

「「……はい」」

マザーレイヴンの影の司令官とも実しやかに囁かれる彼女の声に、二人の大きなやんちゃ坊主の勢いは、みるみるとそのなりを潜めていった。



 ◇ ◇ ◇



接岸魔間近のミトロファン・モスカレンコの甲板上で、ユウヤ・ブリッジスとアルゴス小隊の面々が戦場の空気に触れ、感慨に耽りながら会話を交わしている時にそれは起こった。

帰還中であろう戦術機部隊の内の後続の六機。見るからに危なっかしい挙動で黒煙を上げながら噴射跳躍を繰り返していたのだが、その内の一機が噴射上昇中に姿勢を保てずにバランスを崩したのだ。

ヴァレリオが思わずといった様子で声を上げようとしたその時、それは天空から飛来した。

今正に僚機に接触しようかというその瞬間、青色の戦闘機が割って入り、一度鳥型のような形態をとり急制動。然る後、すぐさま人型の形態にその姿を変えると、体制の崩れた戦術機を受け止た。更にもう一機。今度は蒼穹色の機体が先程の機体と同じプロセスを辿り、逆側から支えるように戦術機の腕を抱え込む。そしてその体制を維持したまま滑走路の方へと姿を消した。

正に一瞬の出来事だった。

「……な、なんだよ、アレ……」

アルゴス小隊の面々が絶句する中、タリサ・マナンダルが淡い期待を込めてユウヤに問いかける。無理もあるまい。このご時世に空軍を有しているのは米国だけである。あれが戦闘機から派生した兵器であるなら、もしかしたら米国人であるユウヤならば或いは……そう考えてしまったのだ。

「オ、オレが知るかよ!」

誰かに問いかけたいのはユウヤとて同じなのだ。


こうして、『XFJ計画』の新たなるステージの幕は、波乱のままに開かれたのであった。



 ◇ ◇ ◇



同日、日本時間で正午を少し回った頃、一機のF-4J撃震がマザーレイヴンの甲板に着艦をはたしていた。

戦術機がこの甲板に降り立つなど初めてのことであり、ある意味では歴史的な快挙であるともいえた。

「ヒュウ、噴射跳躍からのダイレクトランディングで誤差二十cm。お見事。やるわね、彼女」

思わず、といった様子でスージー・ニュートレットが感嘆の声を上げる。

「スージー大尉。期間限定とはいえ、彼女は私達の上官となる方ですよ。言動には充分気を付けて下さいね」

「はいはい、分かってますって。だからそうピリピリしないことね、クララも」

スージーとクララの声をバックに、着艦したばかりの撃震に通信を開くのは、ブリジット・スパークである。

「マザーレイヴンへようこそ。我々はあなたを歓迎します。神宮司まりも少佐」



 ◇ ◇ ◇



二重構造の下部甲板に降り立った神宮司まりもを出迎えたのは、レイヴンズの司令官、ギリアム・アングレート中佐その人だった。

「よく来たな、神宮司少佐。短い間になるかとは思うが、よろしく頼む」

「は、司令直々のお出迎え、感激の極みであります。職務にあたっては粉骨砕身の覚悟で望む所存であります」

この時、まりもの心情は予期せぬ再会に胸躍らせていたのだが、そのようなことは億尾にも出さなかった彼女は軍人の鑑といえるだろう。夕呼の突発的な我が侭も時には役に立つものだ。

「そう堅くなるな。貴様がここに来たということは、訓練兵のことは問題ないのだな?」

「は、207Aの少女達は先日、八月一日をもちまして無事任官することが出来ました。これも偏に椎野中尉の助力があったからこそのことです。そして、207B訓練分隊に関しては、白銀少尉に任せておけば問題無いと判断しました。……正直に申し上げれば、少し寂しい気もしますが……」

「フフ、巣立つ雛鳥を見送る親鳥の心境とはそういったものだろう。俺も何人もの雛鳥を見送ってきた立場だ。気持ちは良く分かるつもりだ」

「……ギリアム司令……」

相も変わらずのギリアムの懐の広さに、思わずその胸に寄り添いたくなる衝動をグッとこらえ、平静を装う。

「エイジスやエイミが抜けた穴は確かに大きい。しかし貴様ならばその穴を埋めて余りあると信じる。お客様扱いは無しだ。精々扱き使ってやるから覚悟しておけ!」

「は!」

最上の敬礼でもってギリアムの言葉に応えたまりもだったが、彼女は見てしまった。

格納庫の柱の影から覗く巨人の影を……。

まりもは何度も目を擦り、その幻覚を消そうとするが、どうも上手くいかない。

「ん?」

ギリアムがまりもの仕草に気付き、振り返ると慌てたように巨人が柱の影に身を隠すがもう遅い。その姿はハッキリとギリアムに捉えられた後だった。

「コラァッ! 貴様っ、今日はお客人が来るからマイクローン化しておけと申し伝えておいただろうが!」

「ヘヘっ、すいやせん司令。小人の客人とあっては驚かしたくてつい……。それにしても何とも美しいご婦人で。たまりませんなあ」

「いいからとっとと処置してこんか、馬鹿者!」

自分の数倍はあろうかという巨人を叱り付ける人間……なんともシュールな光景である。それを見つめるまりもの瞳は輝き失っていた。理解出来ない現実を直視するとこうなるといういい見本である。

「すまんな、神宮司少佐。文明に感化されたゼントランはいたずら好きが多くて困る」

ああ……ギリアムが自分を気遣ってくれている。

それ自体は大変喜ばしいことだ。

だがしかし……



――そういう問題ではないのだ。







 あとがき

心のすれ違いが男女間だけの問題などと誰が言いました? どうもtype.wです。

そんなわけで今回から武と恭平にすれ違って貰いました。

これはマクロスにおけるお約束の、ディスコミュニケーションによる相互理解がなんちゃらかんちゃらと、マブラヴオルタにおいて夕呼先生が言っていた人類の相克がなんちゃらかんちゃらを、より身近に、よりミクロな視点で武に体感させる為です。

これを書く為に恭平のことを読者の皆様に理解して貰うべく、ここ数話彼を前面に押し出した訳ですが、えらい遠回りをした感は否めません。

まあ、武と対立させるだけならトーマの方が簡単だったんですけどね。中の人的にも美味しいし(武=保志、トーマ=石田、みたいな?)。でも、トーマは死を迎えるその瞬間まで、自分の考えを改めなかった天邪鬼ですから、結局出しても死ぬしかないんですよねえ。

尤も、今回で恭平にも死亡フラグが立っちまった気がするけどな!

これを乗り越えた時こそ、武は本物の英雄になれる気がします。

願わくばこの二人が、イサムとガルドの様な関係は無理でも、マクロス7終盤のバサラとガムリンの様な関係になることを祈ります。

なんか中途半端な感じはしますが、また次回お会いできることを祈って。

今日はこれにて。



[24222] 第二十五話 記憶の中
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:7527ba69
Date: 2012/01/03 08:05
社霞は夢を見る。

しかしそれはここ数日に限っての話であり、元来霞は夢自体をあまり見ない。
夢の内容も目が覚めれば忘れてしまう様なおぼろげな物で、見ている間もまるで霞がかかった様にその全貌を窺い知ることは出来なかった。

だがここ最近見る夢は事情が違った。鮮明にその内容を知り得ることが出来たのだ。

内容は決まって同じ。他愛のない日常の風景である。だが、それだけに霞にとっては衝撃的だった。

何故ならそんな日常は霞は知らない。
朝目が覚めたら学校へ行き授業を受け、それが終われば明日に備えて眠りに就く。ただそれだけの繰り返し……言ってしまえばそれだけなのだが、そんな日常の中でドタバタとハプニングが巻き起こり、それはまるで喜劇を見ているようでもあった。

そしてその輪の中には見知った顔が何人もいる。
香月夕呼に神宮司まりも。それに207B訓練小隊の面々。更にはまだ見ぬ鑑純夏の姿があり、そして極めつけは霞自身がその輪の中に加わっているのだ。

その現実離れした風景は、賑やかでありとても暖かく、とても幸せで、現実にはそれを得られぬと知りながらもついつい手を伸ばしてしまう。



だからこそ社霞は目が覚めた時、決まってその頬を涙で濡らすのだ。





第二十五話 記憶の中





「ちょっと……これで何日目?」

「二日……いえ、三日目になりますかね」

日時は八月四日の午前七時。場所は香月夕呼の執務室である。
いつもの様に香月夕呼へ朝の挨拶に訪れた白銀武の傍らには社霞が控えているのだが、ここ数日霞の態度に変化が見られた。

泣き腫らしたのであろう赤い瞳と、拭っても拭っても零れ落ちる涙を、今尚その左手で拭い続けている。空いている筈の右手の方は、武の軍服の裾をギュッと握りしめて離さない。三日目ともなれば、そろそろ見慣れた光景である。

「白銀~、あなたまさか本当に社に手を出したんじゃないんでしょうね?」

「誓って言いますが事実無根です。オレにもなにがなんだかさっぱり……」

武の言葉に嘘偽りなど微塵もないが、夕呼の言いたいことも解かる。しばらく待てば霞は泣き止んでくれるのだが、武の顔を見ると再び泣き出してしまうのだ。初日にはそれが顕著に現れ、一日中泣いていた程なのだ。夕呼でなくとも武を疑いたくなると言うものだろう。現に207B訓練小隊の皆の目はどこか冷ややかだった。武自身、身に覚えはないのだが、知らぬ間に霞を傷つけてしまったのではないかと心配になる。しかし当の霞はその口を堅く閉ざし理由を言おうとはしなかった。

「白銀をからかうのも面白かったけどそろそろ我慢の限界ね。社、なにがあったのか話しなさい。或いはとても重要なことよ」

夕呼の言葉には武にとっては聞き捨てならない物が含まれていたが、それを言い出すのも今更である。夕呼とて、なにも酔狂で武と霞を同居させているわけではない。武が因果導体でなくなった今、その意図までは知り得ることは出来なかったが、なんらかの成果を求めていることは確かである。

しばらくは押し黙ったまま俯いていた霞であったが、ようやく顔を上げ、いつもよりさらにか細い声で話し始めた。

「……夢を……見ます……」

そして霞の口から語られた夢の内容に、武は郷愁を呼び起こされた。
それは今では遠い昔……そしてごく最近まで自分の身近にあったはずの日常風景だった。

霞が全てを語り終わるのを待って、夕呼がおもむろに口を開いた。

「どうなの、白銀?」

「確かに霞の夢の内容は、オレの居た『元の世界』に酷似しています。ただオレも記憶が曖昧なんで上手く説明出来ないんですけど、オレの知る世界とは微妙に異なる印象ですね。何より『元の世界』には霞は居ませんでしたし……」

「成程ね。あなたは夢は見た?」

「いえ、見ていません」

「社、一つ確認するけれどその夢に白銀は居たかしら?」

「……はい」

それだけを確認すると、夕呼は腕を組み思考の海へと没頭してしまった。こうなると周囲の人間に出来ることはなく、彼女がなにがしかの答えを導き出すのをただ待つのみである。下手に茶々を入れようものなら、何を言われるか分かったものではないのだから。

「そうね、確証はなかったけれど予想していたことだわ」

「どういうことですか?」

ようやく口を開いた夕呼に、発言が許されるのだと知った武がすかさず声を上げる。

「結論から言うとね、あなたと分かれた『元の世界』へと還ったあなたとの繋がりは完全に断たれてはいなかったということよ」

「つまりオレは因果導体のまま……ということですか?」

「それはどうかしら。もしそうだとしたらあなたが分かれてしまう理由が無いわね。そしてあなただけが『あの世界』に留まる可能性もゼロではなかったかもしれないわ。けれどそうではない。つまりあなたの現状は『鑑純夏』が再構築した『元の世界』にいるはずの『白銀武』とか細いパイプで繋がってはいるけれど、因果情報のやり取りを行うべきアンテナが壊れてしまっているのだとあたしは考えるわ。尤も、今の段階では仮説に過ぎないけど」

「だからオレは確立の霧となって向こうの世界の様子を知ることは出来ないって訳ですか。それなら霞の夢ってなんなんです?」

「さっきも言ったけどパイプ自体は繋がっているのよ。でもそれは糸しかない糸電話みたいなものでお互いの情報を受け取ることは出来ない。けれど情報自体は常にやり取りを行おうとする。そこに割り込むような形で社が無意識のうちに情報を読み取ってしまったのではないかしら?」

「なんだか先生にしては歯切れが悪いですね」

「言ったでしょ、仮説だって。でもこれで少しだけ光が見えてきたわ。あたしはその方向で実験の準備に取り掛かるわ。あとはそうね……白銀、207Bの総戦技演習を一週間後に行うわ。あなたはその為の準備を始めなさい」

早急すぎではないかと思わなくも無かったが、夕呼の言いたいことも理解できる。実験が始まれば恐らく武はそちらに掛かりきりとなるだろう。そうなれば訓練兵の教導などに時間を割いている暇は無くなるはずだ。しかし事の合否に関わらず、総戦技演習さえ終わらせてしまえば武の身体は丸々空くことになる。もし仮に合格したとすれば、そこから先はレイヴンズの誇る鬼教官の出番のはずだ。落ちたとしても、彼女たちの希望の芽を摘むことにはなるが、武はそれはそれで構わないと考えていた。無論、やるからには合格できる方向で全力を傾けるつもりではいるのだが。

「フフン、そういう割り切り方は嫌いじゃないわ。でも意外ね。あなたはもっと愚図るかと思っていたわ」

不敵に笑う夕呼の様子に、思わず武の顔に苦笑が浮かぶ。

「先生……もういい加減オレの覚悟を試すようなやり方はやめて下さいよ」

「それは失礼」

「でもあいつら驚くだろうなあ。さて……どう言ったものか……」

「それはあなたがどうにかなさい。覚悟、決まってるんでしょ?」

結局夕呼は自分の態度を改めるつもりはないらしい。その彼女らしい様子に、武の苦笑の色は濃くなるばかりだ。

と、そこへ話が纏まるのを待っていたかのようなタイミングでインターフォンの音が鳴り響いた。



 ◆ ◆ ◆



夕呼の応答を待って姿を現したのはレイヴンズが誇る紅一点。スージー・ニュートレット大尉その人だった。

「あら、珍しいわね。あなたがここを訪れるなんて」

武が素早く立ち上がり敬礼をしている横で、夕呼がフランクに挨拶などを交している。

「そうでしたっけ? ……まあそうかもしれません。あまり立ち寄る用事もありませんでしたから」

それに対してスージーは、武に答礼を返しつつ、堅苦しくならない程度の敬語を用いて夕呼に応えていた。

「それで、要件はなにかしら」

「これです、定例の報告書。司令の命令でこれをお届けにあがりました」

夕呼が椅子を軋ませながら腰掛けると、スージーは小脇に抱えていたファイルを夕呼へと差し出してきた。
それは約束されていた夕呼に提供される情報の一部だった。ギリアムはこうして情報を少しづつ小出しにしてくるのだが、このやり方は夕呼も嫌いではないし、有り難くもあった。なにしろ未知の情報が多すぎる。いかに夕呼が天才とはいえ、一気に公開でもされた日には息切れは必至である。

「まりもは元気?」

「フフ、元気ですよ。初めは目を白黒させていましたが、今は大分落ち着いたようです」

「そう」

軽く言葉を交わしながらそれを受け取り、先ずは最初のページに目を通し……そしてそのまま静かに閉じた。さらにはそのファイルを机の引き出しに仕舞い込むと、鍵をかけ自分以外は誰の目にもつかないように処置を施す。

その一連の夕呼の動きを訝しんだ武が、慌てた様子で声をかける。

「せ、先生、一体何が書かれていたんですか?」

「あなたは知らなくてもいいことよ。need to know……あなたも軍人の端くれならこの言葉の意味は分かるでしょ?」

「……すいません。失言でした」

しかし、それを目にした瞬間、夕呼は表情を無くし、額に脂汗を掻き始めたのだ。気にならない方がどうかしている。さらにはその様子を見ていたスージーの苦笑の意味も測り兼ねる。恐らくスージーはその内容を知っているのだろう。

「とにかくお渡ししましたので私はこれで失礼します」

「スージー大尉はこれからどうするんですか?」

「うーん、折角来たんだし、みちる達の様子でも見にいこうかしら」

長居をするつもりはなさそうなスージーに武が声をかけると、エイジス達が旅立ち暇を持て余しているのか、なんとも呑気な答えが返ってきた。

「そうしてあげて下さい。きっと喜びますよ?」

「だといいけど」

そう言い残し立ち去ろうとするスージーに続くようにして武も腰を上げる。当然の様に霞もそれに続く。何故ならその右手は武の軍服の裾を掴んだままなのだから。

「待って下さいスージー大尉。途中まで一緒に行きましょう」

「別にいいわよ。あんたと顔を合わすのも久しぶりだし、お互い積もる話もあるでしょ」

「それじゃあ先生、失礼します」

最後に霞が一礼してドアを潜るのを見届けると、周囲を窺い、改めて誰もいなくなったことを確認したところでようやく夕呼は先程ファイルを仕舞い込んだ引き出しへと視線を落とした。

とはいえ今は駄目だ。とてもではないが心の準備が出来そうにない。では何時ならいいかと問われれば首を傾げざるを得ないのだが、あれはそう……もっと何もかもを許せるような寛容な気持ちになった時にこそ目を通すべきだ。

それは一見したところで何かの論文のようだと知ることが出来た。
夕呼自身、己の提唱する因果律量子論が他人から見れば荒唐無稽なものであることを自覚していたが、これはその遥か斜め上を行っているのだ。新しいと言えば新し過ぎるし、科学者の端くれとしては興味も湧くが、受け入れられるかどうかは別問題なのだ。

そのページにはこう記されていたのだ。



――『歌エネルギーの検証結果とその考察』



それは希代の天才科学者、Dr千葉の手による渾身の論文であった。


「歌エネルギーって……何なの……?」


改めて宇宙の広さを思い知らされた香月夕呼であった。



 ◆ ◆ ◆



A-01部隊専用の格納庫のキャットウォークの上から、居並ぶ蒼穹のtype94不知火を見つめながらスージー・ニュートレットは考える。改めて考えてみればこれは物凄い代物なのではないだろうか……と。

必要に迫られていたとは言え、二足歩行の人型兵器という発想自体もまず凄いが、それを実現してみせたこの世界の人類に敬意を贈りたくなってくる。

スージーの居た世界では人型兵器など珍しくも無いが、それはOTMと言う下駄を履いてこそ実現可能だったのだ。それを独力でここまで辿り着いた人間の底力というのは凄まじいものだ。これもギリアムが常々口にする“人の心の輝き”が為し得るのだろうか?

そんなことを考えているとA-01の面々が格納庫に集まって来た。見慣れない顔もちらほらと見えたが、あれが噂の新人達なのだろう。

スージーの姿に最初に気付いたのは、やはり部隊長を務める伊隅みちるだった。スージーが微笑みながら軽く手を振ると、みちるは杓子定規に敬礼で応えてきた。相変わらず堅い。みちるの様子を見た彼女の部下たちが揃ってスージーに敬礼をしたところで改めて答礼を返す。いかにも統率のとれたその様は、A-01の兵士としての練度と伊隅みちるの人望を窺わせ、スージーにはそれが眩しく見えた。

スージー・ニュートレットは階級こそ大尉を名乗っているが、実を言えば中隊長資格は剥奪されている。因みに椎野恭平も中尉ではあるが、こちらも小隊長資格は絶賛剥奪中である。

それはともかく、それ自体は自分自身がスタンドプレーを繰り返し、上官に嚙み付いた結果なのだから受け入れてはいるし、納得もしているのだが、こと部下の育成を考えると、自分は恐らくろくでもない上官だったに違いない。

特にスージーの心に暗い影を落とすのは、自分と同時期にレイヴンズへと配属された冬麻瞬のことである。これはエイジス・フォッカーにも当てはまる事なのだが、彼を正しく導けなかったことは、二人にとっては痛恨の一事であり、スージーの心に刺さった抜けない棘でもある。

だからこそ、人としては烏滸がましいとは知りつつも、白銀武を正しく導いてやりたいと願う。

白銀武と言えば、ここに来る途中に色々な事を話したのだが、どうやら椎野恭平の事を快く思っていないらしい。その理由は推して知るべしと言うか、考えるまでも無いのだが、スージーとしてははどちらかが一方的に悪いとは思ってはいない。精々ぶつかり合えばいいのだ。殴り合いにまで発展して拳で分かり合うのも悪くはないが、スージーには殴り合う二人の姿を想像することができなかった。イメージ出来たのは、一方的に武に殴られ続ける恭平の姿だけである。

また武にはEXギアの習熟具合を尋ねてみたのだが、始めこそ手こずったものの、エイジスから習熟マニュアルを渡されてからは見違えるように順調だと言っていた。しかしそのマニュアルが、恭平とエイミが寝る間を惜しんで作ったものだと知ったら武はどんな顔を見せるのだろう。今から楽しみでならない。

気が付くとA-01部隊は全機搭乗を終えており、格納庫内はけたたましい駆動音で満たされていた。どうやら長考し過ぎたらしい。こうなっては訓練に参加するでもない自分がここに居る意味はない。

「さーって。それじゃあ未来の卵野郎候補達でも冷やかしにいきますか」

最早言うまでもないことだが、今現在スージー・ニュートレットはレイヴンズでは唯一の例外的な暇人である。



一方その頃、マザーレイヴンのブリッジはと言えば、

「ちょっと、あの娘今までどうやってこの仕事量をこなしていたのよ!」

「お肌の張り艶も失われてませんでしたし、寝る間を惜しんでって訳でもなさそうですね……」

ブリジット・スパークとクララキャレットが揃って悲鳴を上げていた。それでいてその手元が休まず動き続けている様子は、彼女たちが無能でない何よりの証拠であるのだが、それにしても手が足りないのだ。

頼みの助っ人神宮司まりもは、マニュアルを片手にコンソールへ突っ伏し、頭から白煙を上げていた。彼女が戦力になるには今しばらくの時間が必要なようである。

「エイミーー! 早く帰ってきてーーーー!」

クララの叫びが遠いカムチャッカの地まで届けばいい……。

心からそう思わずにはいられないギリアムであった。



 ◆ ◆ ◆



夜の帳の降りた帝都城。
時刻は午後八時を回ったところであり、眠るにはまだ早く、誰もが一息つく時間。それは現政威大将軍、煌武院悠陽にとっても同様の時間ということである。

今日一日の執務を終え、食事をとり、風呂に入り今日の疲れを癒し、後は寝るのを待つばかり……そんな時間である。

自室で寛いでいた悠陽であったが、耳を澄ますと部屋の外に控えているであろう月詠真耶の声が微かに聞こえてきた。

「……いえ、ですから何度も言うようにそのようなことは決して……はい、その通りです。…………それはご想像にお任せします。それでは私も暇ではありませんので失礼します。……ふう、やれやれ」

それは誰かとの会話のようであったが、声は真耶のものしか聞こえなかった。
だとすれば考えられることはただ一つ。真耶はあの日椎野恭平より渡されたあの多機能な通信機で、何者かと会話をしていたということに他ならない。

悠陽はタイミングを見計らって襖を開くと真耶に声をかけた。

「楽しそうですね、真耶さん。相手は椎野でしょうか?」

真耶は悠陽の声に一瞬だけ身体を震わすと、振り返り恭しく首を垂れた。

「こ、これは殿下。気付くのが遅れ失礼を致しました」

「良いのです。それより椎野ではないとすると相手はどなたでしょう」

「は、それが最近夜な夜なレイヴンズの女性仕官からかかって来まして、辟易としているところです」

「まあ、それは大変ですね。それにしても真耶さんはいいですね。いつでも友人とお話しすることが出来るのですから」

悠陽は微笑みながら真耶に語りかける。
しかしその微笑みが黒い。普段は臣民を明るく照らす筈のその微笑みが、今だけは真っ黒だった。そして「いいですね。いいですね」と傷の入ったレコードの様に繰り返すばかりである。その様子に真耶は戦慄を覚える。

しかしまあ言いたいことはすぐに察しがついた。悠陽は自分も友人と――極めて限定的に言えば、白銀武と話がしたいと訴えているのだ。自分からそう言いださないのは、政威大将軍としてのプライドか、はたまた悩ましい乙女の照れ隠しなのかまでは真耶には判別が出来なかったが、ならばここは真耶の方から言い出してやるのが正しい忠臣のあり方だろう。

「恐れながら殿下、もしよろしければこちらをお使いください。これには白銀少尉の番号も登録されております故、ボタン一つで彼の者と会話することが叶いましょう」

「良いのですか!?」

パッと輝く悠陽の顔。やはり主君の笑顔とはかくあるべきである。

悠陽はおずおずとそれを受け取ると、真耶に使用方法のレクチャーを受けつつ遂に武の短縮ダイヤルを押し込んだ。通信が開かれるまでのわずかの間にも悠陽の心臓は、まるで早鐘の様に高鳴っていた。

しかししばらくすると悠陽の笑顔は目に見えて萎れ、遂にはがっくりと膝を床に付き突っ伏してしまった。そして一言、

「……やはり縁が無いのでしょうか……」

などと蚊の鳴く様な声で呟いている。

一体何事かと真耶が悠陽の手より携帯端末をそっと取り上げ、耳をそばだててみるが何も聞こえない。不審に思った真耶は一度通話を切り、改めてリダイヤルをプッシュした。すると聞こえてきたのは信じがたいものだった。

『現在この番号は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていない為、お繋ぎすることが出来ません。ピーッという発信音の後にメッセージをどうぞ』

(あ、あほかっ! この端末で電波の届かない場所など数光年先しかあり得んわ! おのれ白銀……電源を切ったか、或いはうっかりのバッテリー切れか……もし後者だった場合どうしてくれようか)

しかし不幸なことに武の事情は正に後者だったとか。

この時、武が悪寒と共にくしゃみをしかかどうかは本人しかあずかり知らぬ事である。

「で、殿下。またの機会がございます。日を改めれば良いだけです」

「そ、そうですね。またの機会を待ちましょう」



この日は何とか宥めすかすことに成功した真耶だったが、翌日、煌武院悠陽殿下は朝からどこか不機嫌で、執務に多大に差し障ったとか。

それを一日中宥め続けた真耶の心労は並々ならぬものがあり、この日一日で、真耶の中の白銀武株は大暴落であったという。







 あとがき

……どうもtype.wです。
お久しぶり過ぎて皆様に合わせる顔がありません。……元々顔、見れませんけど。

まあ言い訳としては、パソコンが壊れたとか、その中に入っていたこの物語のプロットが見れなくなったとか、ついでにマブラヴシリーズが一切出来なくなったとか多岐にわたります。しかし一番厄介だったのが、パソコンを買い替えてディスプレイに向かっても、まるでイップスにかかったスポーツ選手のように、文章が全く書けなくなっていたことでした。

それはまあチラ裏にてワンクッション習作を書き始めたことによって何とか克服することが出来ました。因みにその習作はみつめてナイトの二次創作で、現在はその他板にありますので気が向いたら読んでみて下さい。

掛け持ちでの掲載となりますので、今まで以上に不定期になるかとは思いますが、それでも読み続けて下さると言う方は、本年もよろしくお願いします。

P.S
壊れる前のパソコンで最後にやったゲームはマブラヴEXだったのですが、冥夜の声が妙に甲高くて可愛かったです。こんな声だったっけ? X-box版てその辺どうなんだろ? 



[24222] 第二十六話 壊れていくこの世界で
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:7527ba69
Date: 2012/02/09 02:29



エイジス・フォッカーと椎野恭平の雰囲気が変わった――と、感じるのは気のせいではない。
エイミ・クロックスはそう考えていた。そして、それは自分も例外ではない――とも。





 第二十六話 壊れていくこの世界で







二〇〇一年八月五日――国連北極海方面第6軍、ペトロパブロフスク・カムチャッキー基地に到着して既に二日が経過した。

二人の変化の原因は明白である。
このカムチャッカ半島に漂う戦場の空気が二人をそうさせるのだ。
同じ国連軍基地でも張りつめた緊張感に横浜基地とは雲泥の差があり、最前線の基地の在り方としてはこちらが正しいのだ。そして恐らくこれが香月夕呼が求めている空気であり、彼女の懸念材料なのだろう。

エイジスに関しては問題ないとして、気にかかるのは恭平のことである。めっきりと口数が減り、溜息の数が日を追うごとに増え続けている。与えられた仕事を黙々とこなす彼の姿は、まるで何かを忘れたがっているかの様である。

エイジスに言わせればビンディランス時代の恭平に近いそうなのだが、エイミから見た場合、学生時代の彼の姿により近い。当時からこういうことは度々あったのだが、要するに恭平は現在、落ち込んでいるのだ。
原因は訓練兵の育成の失敗と、白銀武との些細な諍いに起因しているのだと思われる。その都度に分かりやすい形で落ち込んでくれれば周囲としても対応のしようがあったのだが、恭平の場合、そのことを度々思い返しては徐々に落ち込む。はっきり言って面倒くさい。

恭平は素行に問題があるので「このままでもいいかな」と思わないでもなかったが、このまま際限なく落ち込まれるのは、面倒くさいを通り越して正直ウザい。しかし最前線である以上、状況の予測が立てにくく、一瞬の判断ミスが命取りにもなりかねない為、このままというわけにもいかない。それに放置し過ぎるというのも些か不憫に思えてきた。

そういうわけで一刻も早く立ち直らせるために一声かけようと恭平の部屋を訪ねてみたものの、どうやら留守らしく反応が無い。念のためエイジスの部屋も訪ねてみたのだが、こちらも同様だった。

時刻は午前六時。ミーティングまでは二時間ほど余裕がある。PXも覗いてみたがこちらにも姿は無い。とはいえ余所様の基地で出来ることなど限られている。ここまで確認して姿が見えないとなると、VFパイロットのやる事など限られている。空を見上げるか、愛機に寄り添うかの二つに一つだ。

エイミが格納庫へ足を運ぶと、予想に違わず二人の姿はそこにあった。あったのだが……

「ほれ、あと三周」

「天才……アンタこの手の嫌がらせ考えさせたら天才的だよ!」

「そうか? こんなん誰でも思いつくだろ。正式採用されたら定着すると思うぞ。この罰ゲーム」

「俺は考えもしませんでしたよ!」

次代のVFコクピットシステム・EXギアをその身に纏った椎野恭平が、重い足取りで息も絶え絶えに歩き回り、エイジス・フォッカーが仁王立ちで悠々とそれを眺めているという予想外の場面に出くわした。

「おはようございます、フォッカー大尉」

「ん? ああ、おはようエイミ」

エイミが声をかけるとエイジスが振り返る。続けて率直な疑問をぶつけてみることにした。

「ところでこれは一体なにを?」

「見ての通り、EXギアの無動力走り。走れてないけどな」

「それは……」

当然だと思う。EXギアの全備重量は70㎏を超えるのだ。その上、パワーエクステンダーの電源が入っていないとなると、いかに最新鋭の技術の粋を結集して作られた逸品だとしても古代の甲冑となんら変わらない。

しばらくその様子を眺めていると、初めてエイミの姿に気が付いた恭平と視線が交錯した。

「おはようございます、椎野中尉」

「この状況で普通に挨拶とか、凄いねお前。とりあえずオハヨウ」

他に何と言えばよかったと言うのだろうか。

「コラコラ、足を止めるんじゃない。あとたった五周だろう?」

「増えてる!? 増えてますから!」

「んなこたあわかってるよ。計七周、これが何の数字か分かるか?」

「いえ、さっぱり」

どうやらエイミが到着するまでに、既に二周は走って(?)いるらしい。

「お前が昨日、上の空で俺の言葉をシカトした回数だ」

「個人的な意趣返しかよ!?」

「まあ、それだけってわけでもないんだけどな」

エイジスが言葉尻にエイミに目配せしてくる。
ああ、なるほど。エイミはそれだけで理解した。エイジスは落ち込む恭平を宥め賺したりせず、多少強引にでも立ち直らせようとしているのだ、と。恭平の目に生気が戻っているところを見ると、どうやら効果はあったようだ。

「まあそういうわけだ。こっちはまだしばらく時間がかかる。エイミは気にせずゆっくりと朝食でも食べてくるといい」

「いえ、でしたら大尉の方こそ。こちらは私が監視していますので」

「駄目。キミは恭平に甘いトコあるからな」

そんなことはない、とは言い切れないのが痛い。

「ではお言葉に甘えて」

「薄情者ーー!」

恭平の絶叫に「失礼な」とは思いつつも、思考は既に朝食のメニューへとシフトしていた為返す言葉もなかったのだが、その必要もないかと思い直し踵を返す。

とはいえ、ここの食事は美味とは程遠い為、贅沢な話だとは理解しつつも栄養補給以上の価値観を見い出せない。
着任初日の食事の折に恭平が「おばちゃんすげー」とボソリと漏らし、遠い目を日本の方角へと向けていた事を思い出した。それについてはエイミも全面的に同意する。

横浜の鉄人シェフの異名を持つ京塚志津江曹長。
早くも彼女の味付けが恋しくなった今日この頃である。



 ◆ ◆ ◆



ペトロパブロフスク・カムチャッキー基地、司令部ビルの地下二階。第3ブリーフィングルームにて、ユウヤ・ブリッジスはアルゴス試験小隊の面々に加え、米国側の技術顧問フランク・ハイネマンらと共にミーティングの始まりを待っていた。『開発』の部分に重きを置いたミーティングである為か、ここまでホスト役を務めてきたソ連軍のイェジー・サンダーク中尉の姿は見られなかった。

今日のミーティングには、初日の顔合わせ以来となるレイヴンズの面々も参加するとあってか一同に緊張が見て取れたが、それはユウヤとて例外ではない。

彼らの話はアラスカを出立する以前から、『XFJ計画』における日本側の開発主任である篁唯依から聞いていたのだが俄かには信じられず、彼女も冗談を言うのだな、と妙な所に関心したものだ。これが例えばヴァレリオ・ジアコーザあたりから聞かされた話であったのなら、ユウヤは遠慮なく笑い飛ばしていたことだろう。

曰く――彼らはおよそ五十年後の未来から来た未来人であり、別の歴史を辿った世界からの異世界人である。
曰く――演習の名目で行われた模擬戦で、彼らの操るたった三機の機動兵器が、中隊規模の戦術機部隊を二度にわたり無傷で殲滅してみせた。
曰く――佐渡島から日本本土へ上陸した旅団規模のBETA群を、彼らは小隊であるにも関わらずに短時間とはいえ足止めをしてみせた。
曰く――極めつけに彼らは空を飛ぶ。

この話を聞かされた時、ユウヤは何処でツッコめば一番笑いが取れるのかと本気で考えたものだ。尤も、語っている唯衣自身に戸惑いが見られた為、さすがに自重したのだが。

とにかく彼らは実在し、ユウヤ達アルゴス試験小隊と、このカムチャッキー基地で合流を果たした。初日は軽い挨拶と自己紹介程度だったので、詳しい話はこれから聞かされるのだろう。

しばらく待つと部隊長であるイブラヒム・ドーゥル中尉を先頭に、続いて唯衣、そしてレイヴンズの面々が入室してくる。

「敬礼!」

イブラヒムの号令に揃って敬礼。最上位であるエイジスの答礼を待って腕を下ろす。着席が許可されてから腰を下ろした。

「楽にして聞いてくれ。既に聞いているとは思うが、我々がここに来た目的は『XFJ計画』に参入する為だ。さしあったっては不知火弐型をこちらの技術をもって改良する為ということになる。まだ完成していない物を改良とはお笑い草だとは思うが、弐型のコンセプト――つまりはTYPE94不知火の機動力の上昇と継戦能力の底上げを図る為のものだが、実質別物になると考えた方が楽かもしれない」

エイジスが口にしたことは、確かに既にある程度は聞いていた。しかし、彼らの技術力というものに未知の部分が多すぎて、想像することも難しいというのがユウヤの本音である。判断材料は、彼らが持ち込んだ可変戦闘機――決して戦術機が戦闘機に変形するのではないらしい――しかないのだが、いざ目の当たりにしてみたところで、あれがどの程度の技術で造られているのか皆目見当もつかないのだ。

「質問、宜しいでしょうか?」

「どうぞ」

真っ先に手を上げたのは技術顧問のハイネマンである。こういう時、軍属で無いというのは羨ましい。興味本位で図々しくなれるからだ。

「具体的にはどのように? 我々の技術力の及ばない改良という認識で間違いはありませんか?」

「まあ俺も実機を見た訳ではないので偉そうなことは言えませんが、報告書を見る限りでは主にメインエンジン、装甲、OSに手を加えたようです。資料を用意してあるので詳しくはそちらで確認して下さい。尤も、明かせる範囲でしか書かれていませんので、お役に立つかどうかは分かりませんがね」

エイジスの言葉を待って、レイヴンズの女性仕官エイミ・クロックスの手によってユウヤ達にも資料が配られた。ざっと目を通しただけで、ユウヤは軽く眩暈を覚えた。

(なんだよ核反応エンジンて……。エネルギー転換装甲だと。主機の余剰エネルギーを装甲にまわす? そんなことが可能なのかよ。これじゃあOSの即応性が30%増しってのが可愛く見えるぜ……)

不意に唯依と目が合ったのだがその目が言っていた。気持ちは分かる、と。

「まあ明日には実機が届くから、詳しい説明はその時に技術部より行われると思う。今日皆に集まってもらったのは他でもない。この新型の首席開発衛士を決めなければならないからだ。でだ、昨日イブラヒム中尉と篁中尉を交えて協議した結果――」

エイジスの言葉にユウヤは思わず身を固くする。件の新型とやらに興味が無い訳ではなかったが、ようやく弐型との一体感に手応えを感じ始めた矢先である。出来ればあれは自分の手で完成させたかった。

「タリサ・マナンダル少尉――貴様に任せる。力尽くで構わん。ねじ伏せろ」

「えぇえええーーーーっ!!」

突然の指名にタリサが素っ頓狂な悲鳴を上げた。その可能性ぐらいは考慮したのだろうが、恐らく除外したのだろう。

「一応説明しておくが、まずブリッジス少尉は使えない。既に弐型の首席開発衛士であるということもあるが、なにより彼が何故その任務に就いたのかを考えれば理由は言わずもがなだろう」

「しかしそれならドーゥル中尉が乗るべきでは?」

「なンだよ、ビビってんのか? チョビ」

「うっさいよVG! 黙ってな!」

タリサの弱気とも取れる発言にヴァレリオが茶々を入れるが、タリサは取りつく島もないといった様子だ。しかしそれを見ていた当のイブラヒムが怒声を張り上げる。

「貴様ら、無駄口を叩くな! ……フォッカー大尉、部下が失礼をしました」

「いや、構わない。気持ちも分からんでもないしな」

イブラヒムの謝罪に、エイジスは肩を竦めて苦笑するに止めたようだ。随分と懐は広いようである。

「マナンダル少尉。これはイブラヒム中尉の強い推薦があってのことだ。とは言えここで行われるのは実戦テストも兼ねる。習熟期間を考えれば危険極まりない。貴様に限った話ではないがこの件に関しては拒否権が与えられるが……どうする?」

「拒否権があるんですか?」

質問を返したのは今まで静観していたステラ・ブレーメルである。こういった場で彼女が積極的に発言するのは珍しい。

「ああ。割り込んだのはこちらだからな。無理は言えんさ」

「その場合はどうなるのですか?」

「アラスカへ帰ってから改めて……ということになるな。欲を言えば実戦データは欲しいがね」

エイジスの答えを噛み締める様に黙考したあとで、ステラが改めて口を開く。

「どうするの、タリサ? 貴女が辞退すると言うのなら私が志願してもいいのだけれど」

「うっ……ア、アタシは――」

そしてタリサは決断を下した。



 ◆ ◆ ◆



「あああああ……アタシは何で引受けちゃったんだろ……」

昼食にはやや遅い時間。カムチャッキー基地のPXの一席にて、タリサが人目も憚らず頭を抱えていた。イブラヒムと唯依は、エイジス達と細かい打ち合わせがあるようで同席していないが、それ以外のアルゴス試験小隊の面々は揃っている。

「いやあ、愛だろ。あ・い。旦那の推薦とあっちゃ断れねェよな」

「な、ななな、ちがっ――」

ヴァレリオの発言に顔を真っ赤に染めるタリサの様子を、ああ、そうだったのかとユウヤはどこか上の空に眺めていた。

「浮かない顔ね。どうしたの?」

見かねたのだろう。ステラがユウヤに声をかけてきた。どうやらまた彼女に気を使わせてしまったらしい。それでなくとも、初陣を控えたユウヤを小隊の面々は気を使ってくれているのだから面目がない。

「いや、例の新型の事を少しな……」

「あら、やっぱり乗りたかった?」

「そんなんじゃねえよ」

ステラの言葉を即座に否定したユウヤではあるが、全く興味が無いと言えば嘘になる。しかし、今の自分にとっては弐型の完成が全てであり最優先事項であることに疑いはない。とはいえ気になることはある。

「フォッカー大尉が言ってただろ。新型の開発期間は長くても三カ月だって。そんなの出来るのかよ?」

「まあ普通に考えたらまず無理だわな」

口を挿んだのはヴィンセント・ローウェル軍曹である。ユウヤとは付き合いも長く、気心の知れた仲である。

「でも特に目新しい技術を使う訳でもないって話だし、出来ると思ってやるんだから出来るんじゃねーの?」

「目新しくないってお前な……それはあの人達の基準で、だろ」

あれが新しくないと言うなら、この先の戦術機開発に未来は無い。尤も、資料に目を通した今もユウヤとしては半信半疑なのだが。

「そんなことよりステラ。お前さんのF-15E、新OSの概念実証機になったんだろ?」

「ええ、まあ。でも概念実証というのは大袈裟ね。既に実戦証明済みらしいし、横浜基地では全戦術機の換装作業が進められているという話よ」

「詳しいな、ステラ」

ヴィンセントの質問をステラはサラリと受け流す。その態度に違和感を感じたユウヤは、真相を確かめるべく言葉を重ねた。

「私は昨日の内に聞いていたもの。もう換装も終わっているはずよ」

「そのことで皆さんにお知らせがあります」

そこに新たな声が加わった。声の方へと首を巡らせると、そこにはエイミ・クロックス中尉が昼食のトレイを手にして佇んでいた。

「ご一緒してもいいですか?」

「「どーぞ、どーぞ」」

エイミの言葉にいち早く反応したのは、ヴァレリオとヴィンセントである。両者とも自分の隣の席の椅子を引いて待ち構えている。エイミは二人の顔を見比べると、迷う事無く「ありがとうございます」と礼を述べてからヴィンセントの隣の席に腰を下ろした。

(すげえ! あの一瞬でより危険度の少ない方を選んだ!)

ユウヤは胸中で感嘆の声を上げた。偶然かもしれないが、隣でステラが「大したものね」と小声で囁いているところを見ると、どうやら間違いなさそうだ。

「お一人ですか? 中尉」

「いえ、そういう訳ではないのですが……」

ステラの質問に気まずそうに眼を逸らしたエイミの視線を追いかけると、油の切れた発条式のロボットの様な足取りで、椎野恭平がこちらに向かって来るのが見えた。

「あのう……ミーティングの時から思ってたんですけど、椎野中尉はなんだってあんなヘンな動きなんですか? 昨日までは普通でしたよね」

「さあ? 恐らく気分なのでしょう。きっと」

タリサの言葉はここに居る全員が思っていたことだろう。しかし、いくらなんでもエイミの言い分は冗談だという事は分かるのだが、

「待て待てクロックス。悪質なデマを流すんじゃない」

皆の座る席まであと少しという所で、恭平が抗議の声を上げた。その足取りは相変わらずぎくしゃくとしたもので、何と言うか、ようやく二足歩行をすることを覚えた赤ん坊を見守る心境で、応援したくなってくる。

ようやく席に辿り着いた恭平は席の並びを見比べた。現在、壁際の並びが恭平から見て手前からから、エイミ、ヴィンセント、ユウヤ、ステラの順である。対して通路側が手前からタリサ、ヴァレリオとなっている。因みに角ではないので好きな席を選べるが、恭平は迷わずタリサの隣へと腰を落ち着けた。恐らくバランスを考えたもので、他意は無いと思われる。もしくは一番近かったからだろう。

そして食事を前にした恭平が一言。

「駄目だ。食欲が無い……昨日までとは別の意味でな」

「駄目です。きちんと食べないと力が出ませんよ」

「だからいつもいつも……お前は俺のお母さんかっての」

愚痴りながらも食事を摂り始めた恭平を横目に、タリサが先ほどのエイミの言葉の意味を改めて問いかけた。

「それでクロックス中尉、お知らせってなんですか?」

その質問にエイミは、咀嚼していたものを飲み下してから、おもむろに口を開いた。

「そうでした。皆さんには午後から新OS、XM3を体感していただきます」

エイミの話によると、この実験でユウヤ達の高評価を得るようであれば、残りの機体にも順次、実装されるらしい。ユウヤとしては、弐型で掴み始めた一体感を損なうのではと、多少の不安を覚えたが、新OSは操作性の向上を目的として開発されたらしく、その心配はないと言う。実装の時期に関しては個人の意思を尊重するとまで言ってきた。その話を鑑みるにこれは新OSの実験などではなく、単純に衛士の生存率の向上と、新OSのアピールが目的であることが窺えた。

その話が一段落つくと、話は当然の様に新型へと移ったのだが、その中でポロリとタリサが口を滑らせた。その新型なら紅の姉妹にも勝てるのか、と。

「紅の姉妹? 何か赤いのか?」

「いや、別に赤いわけじゃないんですけどね……」

紅の姉妹を知らない恭平に、ヴァレリオが説明役を買って出た。ソ連側の開発衛士であること。凄腕の女性衛士であること。二人一組で複座型の戦術機を操ることなどを噛み砕いて説明していく。

「スカーレットツイン、ね。なんだ……赤くないのか……。なんか赤けりゃ速くて強いと相場が決まってるんだがなあ」

「なんなんスか、そりゃあ」

「妄言です。気にしなくて結構ですよ」

「いやあ、クロックス。そうとも言い切れないぞ。マリアを見てみろよ。VF-1であんなに速くて強い。それに半ば伝説となりつつあるエース夫妻の片割れもかなり赤いって話だし」

「うっ……それはそうなのですが……」

どうやらレイヴンズの二人は赤くて強いのを知っているようだが、話が逸れ始めたようなので軌道修正しようと口を開きかけるが、ユウヤよりヴィンセントの方が一足早かった。

「写真ありますよ。見ますか?」

「興味あるな」

ニヤニヤと口元を綻ばせながらヴィンセントが取り出した写真には、ユウヤも心当たりがあった。それはアラスカの整備士達の間で高値で裏取引されているという。

「ちょっと待て、ヴィンセント! それは――」

「なんだよユウヤ。しょうがねえだろ。アイツらが映ってる写真なんてこれしかないんだから。ちょっと一緒に篁中尉が映ってるだけじゃん」

制止を試みたユウヤの手をすり抜けて、写真は恭平の手へと渡った。それを見た恭平は一言。

「なんてマニアックな……」

確かにユウヤもそう思う。何しろ噂の紅の姉妹は、その身にスクール水着を纏っているのだから。ヴァレリオとタリサはニヤニヤと。ステラですら苦笑いを隠しきれていない。

「て言うか、なんで名前がひらがなで書かれているんだ? それが一層マニアックに拍車をかけているんだが……」

恥ずかしながら、それはユウヤの手によるものだった。日本語で、というリクエストだったのでそうしたのだが、よくよく考えれば二人は日本人ではないのだから、カタカナのほうが自然なのだ。今にして思えばこの勘違いは死ぬほど恥ずかしい。これではまるで自分の趣味のようだ。

「私にも見せて下さい」

「断る」

エイミの要望を、恭平は一言で斬って捨てた。

「良かったら焼き増しますよ」

「有り難い話だがやめておこう。うるさ型の風紀委員に見つかったらただでは済みそうにないし」

どうやら恭平には日本人特有の堅さはないようだ。尤もユウヤは既に、恭平が日本人でないことをエイジスから聞かされてはいるのだが、そうでなければ未だ拭いきれない不快感を恭平にぶつけていたかもしれない。

「――っと、話を戻そうか。機体の優劣で腕の差ってのはなかなか埋まらないもんだが、マナンダルが新型を手足の様に扱えるようになれば、衛士として一段高みに上ったってことだ。一矢報いる日もそう遠くないだろ。ああ、そうそう。マナンダルは午後の新OS訓練には参加しなくていい」

「へ? な、なんでですか? 普通に考えたらアタシが一番――」

唐突な恭平の発言に、タリサが不満とも取れる声を上げた。

「言いたいことは大体分かるんだけど今は秘密。て言うか機密?」

「いえ……私に訊かれましても……」

恭平が視線を向けた先にはステラの姿。そりゃあ話を振られても、ステラでは答えようがないだろう。というより、エイミ以外に話を振られても困ると言うものだ。いずれにせよ、新型にはまだまだ隠し玉があることだけは理解出来た。

「とにかくマナンダルは俺の機体に乗ってもらう。つっても補助シートの方だけど」



 ◆ ◆ ◆



集合場所である滑走路へと足を運んだタリサを待ち受けていたのは、仲間たちの温かい微笑みと眼差しだった。まあ一部で大爆笑する姿――ヴァレリオのことだが――も見られたが。いつもよりちんちくりんに見えるという事だろう。

現在、タリサがその身に纏っているのはいつもの衛士強化装備ではない。それよりも更にフィット感を増したパイロットスーツだった。要するに身体のラインもよりくっきりと浮かび上がるということだ。これはEXギア着用を前提として開発されたもので、セミオーダーの正式採用型とは違い、新素材を使っている為ある程度サイズに融通がきく。

「中尉~、これ恥ずかしいんですけど。強化装備じゃダメなんですかあ?」

「……俺はキミ達の恥じらいの基準がよく分からんよ。俺に言わせりゃ強化装備の方がよっぽど恥ずかしいと思うんだ」

「うう~、せめて中尉達が着ている宇宙服みたいのがいいんですけど」

「いや、これセミオーダーだし、近い体型のがあれば用意も出来たんだけど、マナンダルに合うサイズはちょっと……。それにそれ、まだどこも採用してない最新型。しかも高価。やったね、マナンダル」

恭平が懸命に励ますのだが、おかしなことにタリサの表情は一向に晴れない。
そもそも今日タリサが行う訓練は、新型の高機動を少しでも体感してもらう為である。
予想される新型の機動力は、恐らく米軍の最新鋭機、F-22ラプターの全開にXM3を搭載してもまだ足りない。そこでVF-19に同乗してもらうことで、その一端を味わってもらおうとしたのだ。

しかしその為にネックになったのが衛士強化装備だ。これは蓄積データがなければ自慢の耐G性能もあまり役に立たない。しかも可変戦闘機にリンクできない為、どれ程効果があるのか分からないのだ。もっともこのスーツもEXギア使用が前提で造られている為、タリサには悪いがこちらの実験的な意味合いも含まれている。

落ち込まれたままで訓練に突入しても、良い結果が得られるとは思えず、恭平はエイジスに一つの提案を持ちかけた。

「成程、いいだろう。精々いい眺めをみせてやるといい」

「さすが隊長、話が早い」

「こっちは適当に初めている。キリのいいところで戻って来いよ」

「了解」

エイジスの言うこっちとは、ユウヤ達がXM3に慣れてきたところで始める、エイジスの駆るVF-22との追いかけっこである。機動の習熟には、恐らくこれが一番手っ取り早い。それが終わったら恭平のVF-19とエイジスのVF-22で同じ事をする。高機動に慣れるのもこれが一番の近道だろう。

「じゃあそろそろ行くか」

タリサに手を貸し、着座したのを確認してキャノピーを閉じる。システムオールグリーン。ディスプレイに踊るReadyの文字。スロットルを開く。徐々に加速する機体が浮かび上がったところでスロットル全開。充分な加速を得てから操縦桿を手前に引く。VF-19はみるみる加速度と上昇角度を上げていく。

「グッ……!」

加速Gに耐えかねたタリサがくぐもった悲鳴を上げたが、構わず上昇し続ける。

どのくらいの時間が経過したのか分からなかったが、ふと気が付くとタリサの身体を締め付けていたGが感じられなくなった。

「マナンダル、もういいぞ」

恭平の言葉に、自分が目を閉じていたことにタリサはようやく気が付いた。
タリサが目を開くとそこは地上ではなかった。いや、空を飛んだのだからそれは当たり前なのだがそういう意味ではない。そこは紛れもなく宇宙であった。

「――って、えぇえええーーーー!!」

「うわっ、ビックリした」

ビックリしたのはタリサの方だ。ちょっと目を閉じたと思ったら、いつの間にか宇宙だったのだ。驚かない方がどうかしてる。

「ちょっ――、ここ、うちゅ……え? ど、どうやって?」

「どうやってって、飛んで」

恭平は事も無げに言ってのけるが、タリサには未だに信じられない。地球から戦闘機というものが絶えて久しいが、あれは決して宇宙にまで飛び出せるものではなかったはずだ。未だに空軍を持つ、米軍の最新鋭機でも不可能であろうことは子供だって知っている。

「あ……う……」

タリサが二の句を告げずにいると、不意に恭平は機首を反転させた。

「これが見せたかったわけなんだけど……見えるか?」

訊かれるのを待つまでもなく、タリサの瞳に飛び込んできたのは、淡い光を放つヴェールに包まれた地球の姿だった。それはまるで手を伸ばせば触れられそうであり、現にタリサは我知らずの内に手を差し出していた。

「綺麗だ……」

「まあ……ね」

「中尉はなんでこれをアタシに……?」

見せたかったのかと、背中越しに問いかける。

「俺が知ってる元衛士がね、同じように外から地球を見て改めて守らなきゃって思ったらしい。これを見たらキミも同じように考えるんじゃないかと思ってさ。どうだ? ちっとはやる気出ただろう」

「ああ。感謝するよ、中尉」

「俺たちのご先祖様……って程昔でもないけど、これを守りきることが出来なかったんだってさ」

「え……?」

不意に話題を変えた恭平の話によると彼らの世界では、異星人との交戦のおりに、地球は一時焦土と化したらしい。結果、地球という惑星そのものは残すことが出来たが、地上の99%の生命体が死滅したという話だ。

「どっちがマシとか言うつもりはないけど、守れるものなら守った方がいいに決まってるよな」

「そうですね」

確かに比べて計れるものでもないのだろうが、言葉の後半には全面的に同意できる。いや、守りたいと強く思う。今までもその気持ちは確かにあったのだが、恭平が知るという元衛士の様に、思いを再確認することができた。上手く乗せられたのかもしれないが、それがどうした。

「なあ中尉。これ小隊の他の奴らにも見せられないかな? アイツら絶対喜んでヤル気出すと思うんだけど」

「えー。隊長に頭下げるのとか超嫌なんですけどー。でも……まあいいか。一応頼んでみるよ」

一応、当初の目論見通り、タリサを元気付ける事も出来た。
これをあと五、六回繰り返すだけで……

(五、六回か……さすがにメンドいな。隊長にも飛んでもらおう)

とにかく繰り返すだけで小隊の士気が上がると言うなら安いものだ。

そんなことを考えながら、皆の待つ母なる地球へと流星の如く降下を始めた。







 あとがき

どうもtype.wです。そんなわけで正式にTE編スタートです。
正直に言えば書くのが怖かった。というかまだ怖いです。でも頑張ります。上手く纏められればいいんですが……。
次回は横浜にするかカムチャッキーを書くかは決めかねています。もしカムチャッキーだったら、VF-24と新型のお披露目になるかと。

ところで話は変わりますが、最近ようやく劇場版マクロスFを見ました。元々シェリル派の私にとっては彼女の活躍に一喜一憂したものですが、ランカの『オープンランカ』にクラッときたことは内緒です。

しかし完結編と銘うたれただけあって、恋物語にも決着がついたのですが、かつてこれ程ハッキリと自分の気持ちをヒロインに伝えたマクロスシリーズの主人公(TV版アルトも含む)が居ただろうか? 「君には歌があるじゃないか」とか言ってお茶を濁した誰かさんとは大違いで清々しかったです。

更新ペースをもうちょっとあげたいなあ、と思ったところで今日はこれにて。



[24222] 第二十七話 ざわめく時へと
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:7527ba69
Date: 2012/02/27 08:20



2001年八月六日――エイジス・フォッカーの目覚めは快適の一言に尽きた。
それもそのはずで、今日は待ち侘びたYF-24が搬入されるの日なのだから。
ついでに言えば、例の不知火弐型の改造機も搬入されるのだが、そちらは今日からエイジスの手を離れ、椎野恭平が統合軍側の責任者となることは既に決定済みである。
つまりエイジス自身は、思う存分YF-24のテストに力を注ぐことが出来るようになるのだ。

バルキリー乗りならば誰よりも速く、そして誰よりも高く飛びたいと思うのは当然のことであり、それはエイジスとて例外では無い。更に誰よりも早くその領域に触れることが出来るとなれば、心が躍らない方がどうかしている。

尤も、惑星エデンのニューエドワーズ基地では、スーパーノヴァ計画にも参加した名物テストパイロットが既に初フライトを済ませていると思われるので前人未到と言うわけにはいかないが、それでも逸る気持ちは抑えられずにいる。我ながら子供っぽいと思わないでもないのだが、性分なのだから仕方がない。

布団を肌蹴て半身を起こすと、朝の冷気が肌に突き刺さり、強制的に覚醒を促してくる。完全に身を起こし、凝り固まった体の節々を解していると、ノックの音と共にエイミ・クロックスの声が聞こえてきた。

「おはようございますフォッカー大尉。起きていますか?」

「ああ、おはようエイミ。起きてるよ」

彼女がわざわざ起こしに来るということは、少し寝坊をしてしまったのかもしれない。昨日の夜は興奮でなかなか寝付けなかったので、それも仕方がないだろう。

しばらく待つと、「失礼します」と律儀に声がかかってからドアが開かれる。
姿を現したのはエイミと、何故かその身にEXギアを纏った椎野恭平だった。しかし二人とも硬直したまま動こうとせず、エイミに至っては、その視線が上へ下へと忙しなく動き、冷静な彼女にしては珍しく狼狽している様子が窺えた。不審に思ったエイジスが、エイミの視線を追うように自身の体を見下ろしてみると、鍛え抜かれた半裸の上半身。ここまでは問題ない。しかし、その身を包んでいるのが眩しいぐらいに真っ白なブリーフ一枚というのは頂けない。エイジス自身は見られたところでどうということはないのだが、それを目撃したのがエイミであることが問題なのだ。

「……失礼しました……」

エイミはそう呟くと、スライドするように扉の影へと姿を隠し、遠ざかる足音だけを残して去って行った。





第二十七話 ざわめく時へと





「しまったな。迂闊だった」

「ですねえ。まあ、照れてるだけでヘソを曲げた訳でもないし、今日一日、口をきいてもらえないぐらいで済むでしょ」

ペトロパブロフクス・カムチャッキー基地の軍港で、搬入作業を見つめながら呟いたエイジスのぼやきを恭平はサラリと受け流した。

「それじゃ困るんだよ」

エイミには今日からエイジスのサポートに付いて貰わねばならず、コミュニケーション不全では問題が残るのだ。
あれからエイミは朝食時にも二人とは同席せず、いつのまに親睦を深めたのか、篁唯依と談笑を交えながら食事を摂っていた。気質が似ているのか、二人は気が合うように見える。

それよりも問題――というより驚かされたのが、機体の搬送にマザーレイヴンが使われたことだ。セキュリティーを考えれば確かにこれが一番安全なのだろうが、おかげでカムチャッキーの軍港は、ちょっとしたお祭り騒ぎの様相を呈していた。遠巻きにではあるが、人波が十重二十重とこちらの様子を窺っているのだ。
同行したアルゴス試験小隊の面々も、呆然と事の成り行きを見守るだけである。

甲板上で警護にあたっているのは、海底からの奇襲に備えてか、スージー・ニュートレットが操っているのであろうVA-3インベーダーの姿が確認できる。並び立つのはF-4J撃震であり、こちらは神宮司まりものものだろう。

それを眺めつつエイジスはしばし、どうしたらエイミの機嫌を直すことが出来るのかを恭平に相談していたのだが、「そんな方法があるのなら俺の方が知りたいですよ」と結論付けられ、この手の揉め事にこの男が役に立たない事を再確認しただけに終わった。

搬入作業も終わりに差し掛かった頃、技師の一人がエイジスと恭平に進捗状況を記した報告書を手渡してきた。エイジスにはYF-24のものを、恭平には不知火弐型の改造機のものを、である。

その内容は、横浜で目を通したものと大して変わらず、既にシミュレーター訓練も終えているエイジスにとっては特に目新しいものではなかった。しかし、恭平のものは違ったらしく、ページを捲るたびにその顔色を変えてゆき、終いにはとうとう叫びだした。

「ちょっ……な、なに本気出してんスかーーーー!!」

その絶叫に、それまでただ傍観するしかなかったアルゴス小隊の面々も何事かと集まってきた。

「な、何事ですか?」

やはり気になるのだろう。当事者であるタリサ・マナンダルが真っ先に質問を投げかけた。

「……あ、ああ。マナンダルか……ちょっとな。とにかくストライカーパックとアーマードパックは持って帰って下さい。それかアラスカに搬送するとか。いくらなんでもそんなにいっぺんに実戦テストなんて出来るわきゃないでしょーが! それでなくても俺ぁいっぱいいっぱいっスよ」

タリサへの受け答えもそこそこに、担当技師と口論を始めた恭平を尻目に、エイジスは問題の報告書へと目を通してみた。

(……なるほど……本気だな……)

確かに恭平の言う通り、この短い滞在期間では各種パック装備のテストなどはやっている暇は無いだろう。では、それさえなければ問題ないかといえばさにあらず。むしろ問題は制御系の中枢にあった。

(サポートAIに〈ARIEL〉かよ……。やりすぎだぜ)

エイジス達も、サポートAIにはVF-11以前に採用されていた〈ANGIRAS〉ぐらいは使うだろうと予想していた。その為、昨日のXM3の体験訓練にはタリサを参加させなかったのだ。そもそも〈ARIEL〉は、新星インダストリーが今尚ブラックボックスとして、情報の公開を控えているほどの機密なのだ。それを惜しげもなく使うとは気前がいいにも程がある。尤も、ブラックボックス自体は解除されたわけではないだろう。いかに新星の技師も乗り込んでいるとはいえ、それは不可能だ。

それ以前に香月夕呼が開発した高機能並列コンピュータをもってしてもAIが〈ARIEL〉では負荷がかかり過ぎる。しかし報告書を見る限り、神宮司まりもの手によってシミュレーターテストは問題なく終了されている。ということは、メインコンピューターにも手を加えた可能性が高い。

とにかく技術部はメイン制御システムをこう名付けた。

XM3-ARIEL――と。

恭平に口添えする形でどうにか担当技師を引き下がらせると、今度はギリアム・アングレートがうんざりとした面持ちでエイミを従えこちらに歩み寄ってきた。エイジスとしては、いつも通り「よう、ギリアム」といきたいところだったが、部隊外の人間が多数居ることを踏まえて、格式張った敬礼で出迎えた。イブラヒム・ドゥール以下、アルゴス小隊の面々もそれに倣ってくれたので、エイジスの細やかな気配りも無駄ではなかったようだ。

「どうした。浮かない顔だな、ギリアム」

とはいえ、普段の喋り方までも変えるつもりはない。

「ああ。一応、基地司令に挨拶でも、と思ったんだが「不要」と釘を刺されたよ。これ以上基地司令の心労を増やしてくれるな、とな」

「へえ。誰がだい?」

ギリアムの肩書と人相を見て、そこまで強気に出れる人間というのに俄然興味が湧いた。

「……なんと言ったか……。確か、ジャール大隊のフィカーツィア・ラトロワ中佐と名乗っていたな」

「ああ、なるほど」

それならば納得である。
エイジスがカムチャッキーに赴任した初日、緊急的に人命救助をしたのだが、その際、他の人間が遠巻きにエイジス達を見守り続ける中、ラトロワだけが悠然と歩み寄り、同胞を救ってくれた謝辞だけを述べると、颯爽と歩み去って行ったのだ。あの女傑ならば物怖じなどはしないだろう。

「それよりそっちは変わりはないか?」

「ああ、それなんだが……」

エイジスの軽い問いかけに、ギリアムは珍しく口籠った。

「実は先日……と言っても昨日のことなんだが、香月博士が武を使って一回目の転移実験を行ったそうだ」

「なんだと」

「とはいえ、本番ではなく実験の為の実験といったところだ。この実験自体は失敗だったらしいが、しかし結果が驚くべきものだったのさ」

「どういうことだ?」

勿体つけるようなギリアムの言い回しに、エイジスが結論を急かす。

「武は転移先で『マリアフォキナ・バンローズ』を名乗る人物に会ったそうだ」

「なっ……まさか!?」

「ブゥーーーーッ!!」

ギリアムの言葉にエイジスがショックを隠せずにいると、その背後では一息入れていた恭平が、盛大にミネラルウォーターを吹き溢していた。

「武が俺達の無事をバンローズに伝えたそうだが、何しろ武はバンローズの顔を知らん。本物かどうかの確証は無い」

「ゲッ……ゲホッ……し、白銀は他に何か言ってませんでしたか?」

むせ返っていた恭平が、どうにかといった様子でギリアムに問いかける。

「ああ。そう言えば武がお前宛てに伝言を言付かったそうだ。『テレーズよりごく潰しへ。無事でいろ』だとよ。事実の証明になるそうだが……意味が分かるか?」

それを聞いた恭平は、なんとも表現しがたい表情で、「うわあ、本物だぁ……」とだけ、消え入るような声で呟いた。

「おい。どういうことだ?」

エイジスが問いかけると、恭平はさも言いたくなさ気に重い口を開いた。

「隊長達も薄々は気付いていたでしょう? 『バンローズ』が偽名だって。マリアの本名はですね、『テレーズ・マリアフォキナ・フォミュラ・ジーナス』といいます。ご想像の通り、マクロス7船団のジーナス艦長のご息女です」

「なっ!」

「げえっ!」

「うそっ!」

恭平の衝撃の告白に、ギリアム、エイジス、エイミが悲鳴のような声を上げて絶句する。

「伝言の意味はですね、『迎えに行くからそれまで死ぬな』ってところじゃないかと。それにしてもマリア、ようやく本名晒す気になったのか。『ビンンディランス』も解散したし、隠す意味もあまりありませんからねえ……って、おーい。聞いてます?」

なんとなく……なんとなくそんな気はしていた。
しかし、よくよく考えれば、VF-1で最新型のAVFを相手取って互角に戦えるパイロットなど、あの天才一族以外には他にないのもまた事実である。

ジーナスショックから抜けられない統合軍の人間たちは身動きすらとれず、アルゴス小隊の面々は訳もわからぬまま、その様子を声もかけられずにただ見守り続けるだけであった。



 ◆ ◆ ◆



荷物の積み下ろしが終わると、マザーレイヴンはとっとと日本に帰って行ってしまった。まるで自分たちの仕事は終わったと言わんばかりの迅速な撤収であった。

しかし残された人間はそうはいかない。むしろここからが本番である。
早速ミーティングが開かれ、今日より参入したマザーレイヴンに同乗していた各社の技術者たちが、入れ代わり立ち代わりで新型機の説明をしたのだが、正直な話、恥ずかしいことではあるが唯依にはあまりよく理解できなかった。これは盛んに質問をしていたフランク・ハイネマンも同様だったらしく、食い下がっては首を捻りながら着席をするという光景が繰り返された。

ミーティング後にエイジスが、

「安心しろ、篁。俺だって表面的なことしか分からないよ。あいつらだって偉ぶって説明しちゃいるが、根本的な原理なんて説明出来やしないのさ」

と、言ってくれたおかげで、自性癖は何とか顔を出さずに済んだ。
しかし反面、それでいいのか? とも思う。極論を言えば、彼らは訳の分からないものを訳の分からないまま使い続けていることになる。

「五十万年周期で栄えたオーバーテクノロジーを、たかだか五十年足らずで全て理解しようなんて土台無理な話だとは思わないか?」

とも言っていた。話を聞けば、彼らとて無償で今の技術力を身に着けた訳ではないと言う。戦争の犠牲は別としても、その実験段階においては失敗の繰り返しであり、その都度、多くの犠牲を出した上で成り立っているのだ。その点では、唯依たちが住んでいる世界となんら変わることはない。彼らはただ、身の丈に余るものを拾ってしまっただけなのだ。

「拾った物を無闇に使うな。冥王星まで吹っ飛ぶぞ――てね」

エイジスはそんな笑えないジョークを言い残し、自分の持ち場へと去って行った。

そしてその日の午後――早速不知火弐型の改造機のテストが行われる運びとなった。
唯依としては性急過ぎると思わないでもなかったが、時間が限られている上に現地の部隊との兼ね合いもある。何しろ彼らの貴重な訓練の時間と場所を、自分たちが占有してしまっているのだ。向こうから持ちかけられた話ではあるが、末端の兵士たちにとっては面白くはないだろう。しかし時間は待ってはくれない。常に動き続ける。いつ実戦テストが行われるか分からない現状では、開発衛士の慣熟訓練は急務といえるのだ。

新型機の方へと目を向ける。姿形は確かに不知火弐型に酷似していた。ご丁寧にカラーリングまで現状の弐型のそれと同一である。しかし中身が全くの別物であることを唯依は既に聞かされている。

違いを上げればきりがないが、それでもあえて表面的な差異を上げるとするならば、まず頭部センサーマストが旋回式の小口径レーザー砲塔になっている。左腕部には先日目にした可変戦闘機の様に、やや小型の追加装甲が取り付けられていた。これにはナイフシースーや追加弾倉も収められているという。何より弐型と差別化が図られているのが、跳躍ユニットと、脚部の形状だろう。主機を変えたのだから跳躍ユニットの形状も変わって然るべきではあるが、脚部については膝部分より下が肥大化し、まるでその部分だけズボンを履いているかの様である。

管制ユニット付近に目を向けると、既に着座を済ませている衛士強化装備姿のタリサとEXギアと呼ばれる強化外骨格をその身に纏った恭平が何事かを話し合っていた。恐らく細かい打ち合わせだろう。思考を中断し、ヘッドセットから漏れ出す声に耳を傾けてみる。

『なあ中尉。フォッカー大尉はしゃいでたな』

『ああ。はしゃいでたな。何しろテイクオフの瞬間、「イヤッホーーーーゥ!」とか叫んでたしな』

言っていた。確かに言っていた。しかし何の話をしているのか?

『ところで中尉。なんで朝からそれ着てるんだ。ちょっと変だよ』

『ああ、これはな。根性悪の部隊長殿のおかげで今日は俺、こいつのサポートなしでは歩くことも儘ならないほど筋肉痛』

『アハハ。それで昨日錆びてたんだな』

『笑うなよ。そして錆びてた言うな』

タリサの口調は随分と馴れ馴れしい。これは恭平一人に限った話ではないが、レイヴンズのメンバーは周囲に溶け込むのが早い。真似をしようとは思わないが、見習うべき点はあるように思う。

「しっかしあの二人、何の話をしてるんスかねえ。篁中尉?」

「知らん。私に訊くな」

隣で同じように様子を窺っていたヴァレリオ・ジアコーザが、今まさに思っていた事を尋ねてきたが、そんなことは唯依の方こそ知りたいのだ。

因みにタリサを除くアルゴス小隊の面々には、自由待機が命じられているのでどこで何をしていても構わないのだが、ユウヤ・ブリッジスとステラ・ブレーメルの姿はこの場にはなかった。ヴァレリオの話によると、ステラは新型の可変戦闘機を見学に行ったらしいが、ユウヤに関しては分からないと言う。

『さて、お喋りはこの辺にしてそろそろ始めようか』

『何かアドバイスとか無いんですか?』

ようやく始まるらしい。もしかしたら恭平は、タリサの緊張を解していたのかもしれない。細やかな心遣いと言えよう。

『つってもな、俺もこいつ事はよく知らないんだよ。ただ、こいつに搭載されたサポートAIのことは良く知ってる。これが良く出来た代物でなあ。舐められたら終わりだぞ』

『どういうこと?』

『こいつは極めて人間に近い思考ロジックを組み込まれているんだ。だから直感的にパイロット……いや、衛士の判断を“疑う”ことだってあるってことだ』

『なっまいき~~』

『でもまあ操作系に割り込んでくることはない。だが誤った判断をした場合は的確なサポートをしながら常に疑われる。舐められるってそういうことさ。ついでに言えば、衛士の限界値を常に探ろうとしているな』

『上っ等じゃん』

先程のミーティングで聞いた技師たちの説明は、専門家の悪癖なのか非常に回りくどく、いまいち理解し辛い部分があったのだが、かみ砕いた恭平の説明はストレートで分かり易かった。唯依としてもこれは非常に助かった。

『最後に一言。もしかしたら“スピードの向こう側”とかが見えちゃうかもしれないけど、怖くないように思えてもそっちには行くなよ。死ぬぞ』

『……それはもう昨日見た気がするけど……脅かさないで下さいよ……』

(あれ? 細やかな心遣い……は?)

瞬間、唯依は唐突に理解した。
恭平は喋りたい事を喋っていただけなのだ、と。

『じゃあ行って来い、マナンダル。行け! 不知火Mark-Ⅱ(トゥ)!』

「ギャアー! ダッセー!!」

タリサとヴァレリオの悲鳴が完全なユニゾンをみせる中、EXギアのバーニアを噴かせながら、悠々と宙を舞っていた恭平が唯依の眼前に降り立った。

「あの……椎野中尉。申し上げ難いのですが、勝手に名前を付けられるのはちょっと……。そういうのは開発局の方で決定しますので」

「分かってるってばよ、篁。でも仮名は必要だと思うんだ。いつまでも『新型』とか『例のアレ』とかじゃ味気ないだろ?」

ふと、巌谷栄二とエイミ・クロックスの助言を唯依は思い出した。
この男が戯言を言い出した時は、一切耳を貸す必要は無い……と。

「……ではMark-Ⅱ、と……」

「まあ発音は人それぞれだよね」

まだ二人の様に、達観して割り切ることは出来そうにもない唯依であった。



 ◆ ◆ ◆



その日の夜――椎野恭平は一人、人気のなくなった食堂で今日のレポートを纏めていた。
何もこんな場所ではなく、自分の部屋でやれば良さそうなものだが、この手の作業を閉塞された空間で黙々と行うのは、気分が滅入ってしまいそうだった。

上手く忘れてはいるが、一昨日までは自分は確かに落ち込んでいたのだ。そのことを思い出したくなかったのかもしれない。

改めて今日一日を振り返ると、タリサは上出来の部類に入る仕事をしたと思う。
慣れない未知の機体でありながら、開発衛士に選ばれるだけはあって高い順応力を見せた。尤も、彼女の持ち味である限界ギリギリの機動制御は見られなかったが、初日からそれを望むのは酷というものだろう。

そのタリサはといえば、高機動のGに相当やられたらしく、食事もそこそこに部屋に帰って休んでしまった。

昨日の訓練が無駄だとは思わないが、所詮は付け焼刃に過ぎなかったということだろう。この辺は一考の価値がありとレポートに記す。

試験の最中、エイジスが恭平にちょっと付き合え(空にだ)と言ってきたのだが、ふざけるなと言い返してやった。浮かれるのは分からなくもないが、少しはこちらの事も考えて欲しいものだ。
とはいえ、恭平もYF-24の性能は気にかかるところだ。
こちらの仕事が一段落着いたら、模擬戦をしてみるのも悪くない。

作業の手を休め物思いに耽っていると、微かに食堂に人の気配を感じた。
振り返ると、食堂の入り口に十代半ばと思しきソ連軍のフライトジャケットを纏った少女の姿が確認できた。
時刻は間もなく消灯時間に差し迫っていたが、少女は気にした様子もなく歩み寄ると、恭平の向かいに立ち、見下ろすような形でこちらを覗き込んでいる。

改めて観察すると、栗色のショートヘアーに蒼い瞳。顔立ちは年相応に幼くはあったが、美しくもあった。将来が楽しみともいえる。胸元に目を移すと、ウィングマークと大尉を示す階級章が目に入った。

恭平は素早く立ち上がると、

「失礼しました大尉殿。自分は新統合軍、第727独立戦隊レイヴンズの椎野恭平中尉であります」

そう告げながら敬礼して見せた。尤も心の中では舌を出しての事だったが、それを億尾にも見せず、規律正しい軍人を演じて見せる腹芸ぐらいは心得ている。
何しろ彼女の目を見た瞬間、恭平が思ったことは、

(――この女、気に入らねえ)

であったのだから、普段は誰にも見せることのない、その態度も仕方がなかったといえる。理屈ではない。直感的にそう感じたのだ。

「私はソビエト連邦陸軍、第211戦術機甲部隊ジャール大隊のナスターシャ・イヴァノワ大尉だ。よろしく頼む、中尉」

(よろしく……だと?)

言いながら答礼を返してきた少女の態度を訝しむ。

「それで、なにか自分に御用でありますか。大尉殿?」

今度は皮肉の成分を隠しきれなかった事を自覚した。

「そう邪険にするな。貴官に訊きたいことがあるだけだ。時間はとらせない」

ナスターシャと名乗った少女は、自らが向かいの席に腰を下ろすことで、恭平にも着席を促した。
恭平が腰を下ろしたのを確認すると、しばしの沈黙が流れる。俯き、どこか言い辛そうにしていたナスターシャであったが、意を決したように顔をあげると、おもむろに口を開いた。

「その……空を飛ぶ……というのはどんな気持ちだ?」

「は?」

あまりにも予想外の質問に、思わず素で間抜けな声を上げてしまった。
何か皮肉げな言葉でも返してやろうかとも考えたが、こと空に関しての質問となれば、自分自身の矜持にかけて適当な事を言う訳にはいかなかった。

「そうだな……鳥になったような感じ? いや……違うな……」

「鳥か……。私は見たことがない」

そういえば、恭平もカムチャッキーに来てから――否、この世界に来てから野鳥の姿を見たことが無い。ユーラシアは恐らくどこもそうなのだろう。BETAに侵略されるということは、つまりそういうことなのだ。

「一言でいえば自由だな。あそこにはそれがある」

「そうか……自由か。いい響きだな。私は……いや、なんでもない。聞きたかったのはそれだけだ。邪魔をしたな、中尉」

「あ……いや……」

ナスターシャは、それだけを告げると椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、こちらに顔を向けることもなく早足で歩み去って行った。

恭平はその短い邂逅で、少女の心の柔らかい部分に触れてしまった様な気がしたが、苛立ちは収まらずいや増すばかりであった。その起因となった少女の瞳を思い返し、ようやくその原因に思い当たった。気付いてしまったと言い換えてもいい。

あの少女――ナスターシャの瞳は一つも未来を見ていない。
戦う理由を問えば、人類の為、祖国の為、戦友の為とさぞかしご立派な答えが返ってくるのだろう。そしてそれは何一つ偽りのない真実でもあるのだろう。しかし彼女はその先にあるものが見えていない。見ようともしていないのだ。

「くそったれ……」

そしてそれはまるで――



 ◆ ◆ ◆



「はあ? 紅の姉妹と揉めた、だあ?」

ほぼ同時刻――ユウヤ・ブリッジスはエイジスの私室を訪れていた。

「あ……いや、正確には彼女たちを助けようとして現地の兵士と揉めちまったんですけど……」

これも偏にエイジスに相談したいことがあったからに他ならない。
常であれば、ユウヤは他人を頼らない。今までもそうして生きてきたし、一人で生き抜き、腕一本でのし上がっていく自信もあった。しかしここ最近、仲間に頼るのも悪くはないのではと思い始めていた。

とは言えこの問題は同僚には頼れない。
人生経験--―殊更に戦場での経験が物を言うような気がした。年月の問題ではない。密度の問題なのだ。そしてユウヤが知り得る限り、それがずば抜けて高いのが恐らくはこの男であろう。

「ま、俺はそういうのは嫌いじゃないがね」

そう言って、エイジスは口の端を歪めた。

「それで結局、ラトロワ中佐が仲裁に入って事なきを得たんですけど、その時に言われたんです。分を弁えろって。どういう意味でしょう?」

「どうもこうもそういう意味だろうさ」

エイジスの答えは明瞭であったが、答えにはなっていなかった。

「分からないってことは、お前がまだまだ卵野郎だということだ」

「なっ――あんたも俺を馬鹿にするのか?」

望まない答えが返ってきたことに、ユウヤは頭に血を上らせかけた。しかし――

「違う、そうじゃない。なあユウヤ……お前は何者だ? 何の為にここにいる? 常に考えろ。決して思考を止めるな。遠回りに思えるかもしれないが、答えは自分で導き出せ。安易な答えを他人に求めるな。その為に費やした時間は決して無駄にはならないはずだ」

微笑すら湛えながら諭すようなエイジスの口調に、ユウヤは平静さを取り戻す。

「大尉もそうやって?」

「勿論。だが忘れるなよ。自分で出した答えには、常に責任がついて回るってことを、な」

分かったような、分からないような……。自分は今、言葉巧みに煙に巻かれているのではないかという疑念が脳裏を過る。しかし答えは得られなかったが、エイジスの言いたいことは理解できた。

「ユウヤ」

「なんですか?」

「小さく纏まるなよ」

そして、この言葉もまた、ユウヤに重く圧し掛かるのだった。







 あとがき
どうもtype.wです。エイジスがついに脱ぎました。
これは別にギャグでやったわけではなく、ゲーム中でも彼はとにかく脱ぐのです。その数ざっと三回。つまり彼はサービスシーンから恋愛、友情、戦闘となんでもこなせる万能型の主人公ということですよ。割とどうでもいいことですけどね。

そういえば前回で武の皆勤賞が途切れましたね。今回は名前だけは出ましたが、次回に転移実験の実験の様子を書こうか、後で纏めて横浜編を書こうか決めかねてます。

なんか毎回同じようなこと言ってるな、と読者にばれないうちに今日はこれにて。

P.S
感想版で一話が長くなったと言った直後に今回は短いかもしれません。



[24222] 第二十八話 見えない物を見ようとする誤解 全て誤解だ
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:0347b918
Date: 2012/11/30 14:00



後になって振り返ってみれば、それは壮大な茶番だったのだろう。
誰かが何かを得ようと策動し、そして誰もが何かを失った。そんな茶番劇である。
エイジス・フォッカーに限って言えば、失ったものなど何も無い。
そんなエイジスの掌からもこぼれ落ちるものは確かにあった。
通信機から漏れ聞こえる少女の嗚咽。それが誰のものであるかはエイジスには分からない。しかしそれもこぼれ落ちたものの名残なのだろう。

この茶番の幕引きを誰が行うのかはエイジスには分からない。だが、せめてケジメだけはこの手で付けようとと思う。
正面に目を向けると、戦闘行動を停止して跪いたソ連製戦術機Su-37UBの姿が確認できた。エイジスはゆっくりとガトリングガンポッドの銃口をSu-37UBに向けると、照準を定めて呟いた。

「バイバイ、スリーピードワーフ……」



第二十八話 見えない物を見ようとする誤解 全て誤解だ



AD2040年代後半から2051年初頭まで続いた争乱をどう呼ぶかは人によって様々ではあるが、気の早い歴史家たちの間では大きく分けて二つの呼び方が定着しつつあった。

『第二次星間戦争』或いは『第二次統合戦争」と――

戦っていた人間からすれば、呼び方などはどうでもいい話ではあるが、より近い方を選べと問われれば大多数の人間が後者を選ぶのではないだろうか。理由としてはまず地球人類を二分した争いであったこと。そして、明確に勝敗が分かれた争いであったことが挙げられる。

その争乱の中で人々が失ったものは大きい。それは勝者の側であっても変わらない。
しかし、得るものはあった筈であるし、また無くては話にならない。では何を得られたかと言えば、まだ分からない。全ては生き残った人間の手にかかっているのだ。

かつてエイジス・フォッカーは言った。
戦いは終わってはいない。始まったのだ――と。

その通りだろう。
確かに地球圏を中心として、一局主導体制を主張していた地球統合軍の『ラクテンス』と呼ばれる主義者たちを一掃し、自由を手に入れたかのようにに見える。だが裏を返せば、新たな混乱と争乱の火種を生み出してしまったかもしれないのだ。

だからこそ勝者は戦い続ける義務がある。それを許さない為に。
手にしたものが本当の意味で形を成すその日まで――生きて、生き抜いて戦い続け、そして証明しなければならない。

あの戦いが決して無駄ではなかったということを。

その矢先に起ったのが今回の転移事故である。

有り体に言えば――
椎野恭平は焦れているのだ。



二〇〇一年八月六日。
この日、ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地は、空前の勝利に酔いしれていた。
それもそのはずで、たった一機の戦術機が日本帝国から持ち込まれた新型試作兵器を用いてキルスコア三千オーバーという多大な戦果を挙げ、損害軽微のままBETAの進撃を防いだのだから。
無論、現地部隊や他の試験小隊の尽力があってこその戦果ではあるが、BETAの進撃があるたびに戦々恐々としていた最前線の兵士たちからしてみれば、英雄を祭り上げ、祝福し、馬鹿騒ぎの一つもしたくなるのだろう。今頃食堂では祝いの宴の真っ最中である。

そんな喧噪とは無縁の場所――兵舎の屋上で椎野恭平は一人、夜空を見上げていた。
残念なことに、星空はお世辞にも綺麗とは言い難かった。昼間の戦闘の影響からか、地上の光が少ないにも関わらず、まるで薄い靄がかかったようにぼやけて見える。

それでも手を伸ばしてしまったのは、そこに思いを残してきたからだろう。恭平は大きく息を吐くと伸ばした手を降ろし、直上を見上げるようさらに顔を空へ向けた。

その瞬間――

「――!!」

顎先に鈍い衝撃。
声にならない悲鳴を上げて、後方に倒れ込んだ恭平の眼前にゴロリと横たわったもの。それは、

(コンバットブーツ……だと?)

そう、コンバットブーツである。多くの軍で正式採用されている装備の一つであり、大体は爪先や靴裏に鉄板が内蔵されていたりする。こんなものが顎先に当たればとても痛い。それはもう涙が出るほど痛い。

恭平は屋上の――いわゆるペントハウスの縁に腰かけていたのだから、攻撃した人間は下からこれを投げつけたのだろうが、こんなに重たいものをフェンスに囲まれた屋上に地上から投げつけ、あまつさえピンポイントで恭平に命中させることは不可能である。出来る者が居たと仮定するならば、それはもう人間業ではない。ならば下手人はすぐ近くに居るはずなのだ。
誰が何の目的があってこの様なごっつい物をぶつけてきたのかは知らないが、一言文句を言ってやらなければ気が収まりそうにない。ガバリと身を起こし(少しふらついたが)眼下に目を向けると、そこにはソ連軍のBDUの上にフライトジャケットをその身に纏った小柄な少女が、肩を怒らせてこちらを睨み付けていた。

「馬鹿者!」

「へう!?」

まさかこちらが口を開く前に怒鳴りつけられるとは夢にも思わず、間の抜けた声を上げてしまう。

「呼ばれたら返事くらいしたらどうだ?」

少女の言葉に自分が声を掛けられていたことを知る。どうやら随分と呆けていたらしい。この距離まで他人の接近に気付かないとは迂闊にも程がある。
改めて少女に目を向けると、その姿には見覚えがあった。記憶を辿るとその名前にもすぐに思い当った。記憶違いでないのであれば、ナスターシャ・イヴァノワと名乗ったはずで階級は大尉である。恭平とは以前、食堂で他愛のない会話を交わした程度の間柄だ。

「すみませんね。考え事をしていたもので気付きませんでした。それにしても……」

恭平は傍らに転がっているブーツを拾い上げると、見せつけるように掌で弄びながら言葉を続けた。

「こんなものぶつけたら『痛いだろうなー』とか『可哀そうかなー』とか思わなかったんですか?」

「少しは。だが他に思いつかなかった。許せ」

言葉と同時にナスターシャがこちらに手を差し出してきた。恐らく『靴を返せ』という意思表示だと思われる。それを感じ取った恭平は、何度か手の中の靴とナスターシャの顔を見比べ、

「ふーん」

と呟き、靴を背後にぽいっと投げ捨てた。

「あっ、貴様!」

「装備の管理はご自分でやるのがよろしいかと愚考します。大尉殿」

これは別にナスターシャの態度が癇に障ったとか、靴をぶつけられた腹いせというわけではなく(全くないと言えば嘘になるが)、強いて言うならなんとなくそうしたかったからそうしてみただけなのだ。

ナスターシャはしばらく顔を赤くして「うーっ」と唸っていたが、恭平の態度が改まることがないと見て取ると、身体のバネを総動員させて跳躍してペントハウスの縁に手をかける。そして全身の筋力を駆使してよじ登り始めた。

恭平は依然ペントハウスの縁に腰かけたまま、その様子を見て「おおっ」と感嘆の声を上げて拍手を送った。

「いいか貴様。逃げるなよ。絶対逃げるなよ」

「うーん。早く逃げろという前振りに聞こえてきますけど?」

「逃げるなと言ったら逃げるな! いや、もう動くな! 命令だ」

命令とあっては仕方がない。が、恭平に逃げるつもりなどもとよりない。そのつもりがあるなら、もっと遠くに放り投げてダッシュで逃げればいいだけの事なのだから。
動くなという命令なので目線ひとつ動かしてはいないが、既に登り切ったナスターシャが背後で靴を履いているのが気配で伝わってきた。
しばらく待つと背中に重い衝撃。蹴られたのだと気が付いたのは二発目をもらった後の事である。

「落ちろ! 落ちてしまえ!」

そこからはもうストンピングの嵐――というよりヤクザキックの絨毯爆撃といった感じであった。これはもうひたすら耐えるのが吉である。恭平の勘がそう告げていた。

「まあこのぐらいで勘弁してやる」

「えー。ちょっと割に合わないというか……」

ひとしきり蹴って溜飲を下げたのか、ナスターシャは蹴るのをやめてくれた。本当に蹴り落とされなかったところを見ると、彼女も本気だったのではなかったのだろう。

「何を言う。馬鹿にされてこの程度で済ます上官はそうはいないぞ。感謝しろ」

息を弾ませながらそう告げると、ナスターシャはごく自然な様子で恭平の隣に腰を下ろした。隣と言っても二人の距離は一メートル弱といったところで、お互いが手を伸ばしでもしない限りは触れ合うこともない。こちらのパーソナルスペースを侵害しない距離の取り方に、恭平は少しだけ好感を覚えた。もっとも、ナスターシャの方が自分のスペースに入れたくなかっただけかもしれないが、これが二人の心の距離であることを思えば不思議なことは何もない。

「……で? なにか用があって話しかけたんじゃないんですか?」

「いや。取り立ててなにも。ただこんな所で何をしているのかが気になっただけだが」

「うあ……それ絶対あんなごっついブーツをぶつけてまで聞き出すことじゃないっスよね? つーか、大尉の方こそこんな所でなにやってんですか? パーティーの真っ最中でしょう」

「別に……私は余所者の戦果で盛り上がる気にはなれない。消灯までは時間があるからなんとなく、な」

この基地の、或いはこの国の人間が余所者を嫌う傾向があることは、恭平も感づいてはいた。だがナスターシャは積極的ともいえるほど自分には話しかけてくる。そこに毛嫌いをする様子は見られない。そのことに若干の違和感を感じた恭平は質問を変えてみることにした。

「ブリッジスの奴になんか思うところでもあるんですか?」

「……」

その問いに対するに答えが返ってくることはなかった。それはまあいいだろう。答えがないということは言いたくないということなのだろうから。恭平としても無理やり聞き出したい訳でもなければ興味もない。

しばらく両者とも無言で夜空を眺めていたのだが、夏とはいえカムチャッカの夜は冷える。夜風の冷たさに負けて恭平がクシャミをすると、ナスターシャの顔がこちらを向いた。

「ん? 風邪か? 自己管理は徹底しろ。貴様も戦士なのだろう」

「いや。風邪とかじゃなくって、普通に寒くないっスか?」

「はあ? この程度で寒いとか馬鹿かお前は。どれだけ軟弱なんだ?」

「……すみませんねえ。こう見えて温室育ちなもんで」

冬ともなれば極寒であるシベリア育ちのナスターシャと、人生の半分を過ごしやすいよう温度調整のされた移民船団育ちの自分を比べられても困る。寒いものは寒いのだ。

「ところで話は変わるが……」

今のやり取りにナスターシャは会話の取っ掛かりを得たのか、そう前置きしてから本題を切り出した。

「お前は私を嫌っていたんじゃないのか? 以前会った時には確かに悪意を感じたんだが今日はそれがない。何故だ?」

「ああ……気付いてたんですか」

確かにあの時ナスターシャに対して邪険な態度をとった恭平ではあるが、その裏に潜ませた悪意をも感じ取っていたとは恐れ入る。

「まあな。これでも大隊長の副官で中隊長でもある。他人の気持ちには敏感にもなる」

元々隠すつもりもなかったが、知られていたというなら話は早い。

「確かにあの時、大尉の目を見た瞬間にカチンときたことは否定のしようもありませんよ。ただなあ……知っちまったから。そしたら自分の中で納得がいったというか……」

それはこのソビエト連邦という国が、今現在行っている兵士の育成方法のことである。
子供たちを生後間もない段階で親元から引き離し、民族ごとに選り分けて軍の教育施設に収容し、そこで戦闘訓練等の教育を施す。そして同時に同一民族であるという戦友に、疑似的な家族愛を刷り込ませるというものである。

「同情か?」

「まさか。ただちょっと俺に似てるかなって」

「どういうことだ?」

「孤児なんだよ、俺は」

いつからそうだったのかも覚えていない。気が付いた時には一人で生きていた。
そこで偶々出会ったティモシー・ダルダントンに拾われたのだ。それからは彼の背中だけを追いかけて、必死に生きてきた。その中で彼と彼の仲間たちに家族に近い親愛を向けるようになった。ナスターシャ達との違いは、受動的であったか能動的であったかに過ぎない。そういう意味では自分は運が良かったといえる。

つまりなんのことはない。ただの同類嫌悪だったのだ。
彼女の見ていると、かつての自分を鏡写しに見せられているようでいたたまれなくなる。しかもこれは偶々最初に会ったのがナスターシャであったというだけで、他の少年兵に出会っていても同様の感情を抱いたに違いない。ならばこの感情を彼女にぶつけること自体が筋違いだと気付いただけのことである。

「その方は今どうされているんだ?」

「死んだ。戦争でね」

「あ…………すまない。ごめん……なさい」

「いいよ。気にしてない」

筋違いに謝られても困る。実際、気にしていないし、彼の散り様には納得もしている。何より気にしていたら、エイジスの下で同じ部隊で戦うことなど出来るはずもないのだ。なぜならティモシーを手にかけた張本人こそ、エイジス・フォッカーその人に他ならないのだから。

今にして思えば、ティモシーという男はやはりどこか変わっていたように思う。
ゼントラーディー人であるにも関わらず(いや、だからこそだろうか)地球の文化を誰よりもこよなく愛し、恭平に語ることと言えば、やれあの音楽は素晴らしいだの、あの舞台は見事だっただのとそんなことばかりであった。文化に感化されるにも程があるだろうと苦言を呈したことも一度や二度ではない。自分よりも地球人らしいとさえ思えたほどだ。

そして彼はあまりにも優しすぎたのだ。
その優しさの為に、苦汁を強いられている移民たちの解放の為に矢面に立って誰よりも苛烈に戦い、そしてその命を散らしたのだ。そしてそんな彼の下で生きられたことを誇りにも思う。

全ての話を聞き終えたナスターシャがおもむろに立ち上がると、それにつられたように恭平もそれに倣った。そして向き合う形で視線を絡ませる。思えば彼女の目をしっかりと見たのはこれが初めてではないだろうか。

「今日は貴様と話せて良かった。胸のつかえが一つとれたような気がする」

そう言ってナスターシャは右手を差し出してきた。握手を求めているのだと分かったが、まさかそうくるとは予想していなかった恭平は苦笑しながらもその手を握り返した。

「ありゃ、もしかして気にしてたんですか?」

「それはそうだろう。私だって訳も分からず嫌われたと知れば、それがたとえ初対面の人間であっても落ち込むことはある」

「だったら一つだけ言わせてもらいますけどね。あまりこっちからこっちは敵だの味方だのって線は引かない方がいいですよ。少なくとも自分からは。一応、経験からの忠告です」

「難しいな。だが覚えておこう」

恭平の言葉に困ったように眉を顰めたナスターシャではあったが、一応首肯してくれたので良しとする。

「それでは……えーっと……む、そういえばまだ名前を聞いていなかったな」

「いや、言ったよ? ちゃんと言ったよ? 初対面の時、自己紹介したじゃないですか」

「……覚えていないな。すまないがもう一度頼む」

ナスターシャは気まずそうに視線を逸らすと、拝むような形でシュタッと右手を挙げそんなことを言ってくる。道理で『お前』とか『貴様』としか呼ばれないはずだ。覚えていないのだから。軽くヘコみつつも、馬鹿馬鹿しくはあったがもう一度名乗る。

「成程。キョーヘーイ・シーノだな」

「惜しい。キョーヘーイじゃなくて『きょ・う・へ・い』です。プリーズ・ワンス・モア」

「キョゥHEY?」

「残念。遠ざかった。呼びにくいならもうシーノでいいっス。どうせファーストネームで呼び合うことなんてないでしょ」

「む、難しいな。東洋系の名前の発音は」

ナスターシャはまだ諦めきれないのか、口の中でもごもごと恭平の名前を繰り返している。
正直なところ、呼ばれ方などに拘りはないが、さすがに『お前の生き様を一言で表すとこうだろ?』みたいな呼ばれ方は御免こうむる。特に『HEY』の部分がいただけない。そのハジケっぷりが痛い。

「やり直しを要求する!」

「え? じゃあどうぞ」

「くっ……今すぐは無理だ。だが見ていろ。次だ……次に会う時までには必ずお前の名を呼べるようになってみせる」

何もそこまでムキになることはないと思わなくもない。だいたい、お互い戦場に身を置く立場なのだから、次に会うことがあるなどという保証はどこにもないのだ。だがしかし、こんな些細な約束であっても彼女の生きる糧になるというのなら喜んで約束しよう。

「なら期待してますよ。“イヴァノワ”大尉」

恭平が一度で自分の名前を呼んだのが気に入らないのか、ナスターシャは顔を主に染めて不満気に唇を尖らせる。

「……タ、タタ……ター……」

「た?」

(なんだろう? アタック北○の拳の挑戦でも始まったのか?)

恭平が思案しているとナスターシャは「もういい」と言い残し、軽やかな身のこなしでペントハウスを飛び下りると、そのままの勢いでドアの向こうへと姿を消した。

最後はなんだかよく分からなかったが、今日のナスターシャとの偶然の邂逅は恭平にとっても無意味なものではなかった。先程彼女は胸のつかえがとれたと言っていたが、それは恭平にとっても同様のことが言えた。ナスターシャと話しているうちに、先程まで感じていた焦燥感のようなものは、不思議と消え去っていた。

「死ぬなよ、大尉」

そう声に出して呟いてみるが、恐らく彼女は戦場で死ぬのだろう。
祖国の為に、戦友の為に、戦って戦って燃え尽きるまで戦って、その若い命を戦場に散らすことになるのだろう。

恭平の目から客観的にみると、ソビエト連邦という国はもう無いように思える。
あるのはその名残であるロシア共産党という名の組織だけだ。
だが組織があるのなら一応、国としては最低限の体は為していると言えなくもない。しかし、人心を失った今の体制が長く続くとは思えない。例えBETAを首尾よく地球上から駆逐出来たとしても、ソ連の崩壊は止められないような気がするのだ。

それでも彼女たちは戦うのだろう。
祖国の為に――
戦友の為に――
もうその生き方を否定はしない。大切なことを思い出したから。

独り夜風に晒されていることに空しさを感じ始めた恭平が、そろそろ部屋に戻ろうかと視線を眼下に向けると、一人の少年がこちらを睨み付けるように見上げていた。
恐らくナスターシャと同年代。服装も彼女とお揃いのところを見ると、同じ部隊に所属する少年兵なのかもしれない。まだ幼さが残る顔立ちで精一杯虚勢を張ってこちらを睨み付けるその様は、なんとなく微笑ましくすら思えてしまう。貫禄が絶対的に足りていないのだ。普段からギリアムやエイジス、マリアフォキナ・バンローズといった何も語らずとも威厳に満ちた人間を相手にしていると、少年が例え視線に殺意を込めたとしても物足りないだろう。

「何か用か? 少年」

問いかけてみるも、返ってくるのは沈黙のみ。だが、それも長くは続かなかった。

「……負けねえ」

囁くような声で放たれた少年の言葉は、風邪に流され恭平の耳には届かない。

「あん? よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」

「アンタにゃ負けねえって言ったんだよ。覚えとけ!」

そう吐き捨てると少年は、脱兎のごとく走り去ってしまった。
覚えるも何も、少年は名乗ってすらいないのだから、記憶に留めるのは難しい。
しかしそんなことよりも大変なことが起こり始めている気がする。今の少年も無関係であると考えるのは早計だ。いや、むしろこの一件に関しては、重要人物であると恭平の直感が告げていた。

「……ヤバい……いまいちよく分からないけど今のはヤバい気がする」

なんとなくではあるが……


たった今、自分は青春に巻き込まれてしまったような、そんな漠然とした不安に襲われたのだ。



◆ ◆ ◆



そして陰鬱な気持ちを引きずったまま、自室に戻った恭平を待ち構えていたのは我が物顔で寛ぎ、あまつさえロックでアルコールを煽っているエイジス・フォッカーと、どこかすまなそうなぎこちない笑顔でこちらの顔色を窺うエイミ・クロックスの両名であった。


ホントにもう勘弁してください。





あとがき

皆さんお久しぶりのtype.wです。久しぶりすぎて一体何を書けばいいのか戸惑います。
今回、タイトルコールの前に「おや?」と思われる文章が書かれていますが、これはこのカムチャツキ―編がここを目指していますよーという指標の様なものなので、今は気になさらずとも結構ですよ。

さて、今回の話、実を言えば当初予定していた物の四分の一程度の物です。
本来でであればこの四倍。パート分けすると恭平・エイジス・エイジス(もしくはユウヤ)・恭平と四つのイベントを一話に纏めようとしていたのですが、時間の都合で泣く泣く冒頭の恭平パートのみをお届けした次第であります。だって今月中に最新話を投稿するって感想板でぶちまけちまったしね。つまり書けてないのだ。

そんなわけで短めだけど勘弁してください。

尚、前回の感想返しは明日にでも書こうと思っています。それでは今日はこれにて。



[24222] 第二十九話 人生ゲーム
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:0347b918
Date: 2012/12/13 15:57


「遅かったな」

そう言いながら、エイジス・フォッカーは扉の方へと視線を向ける。

その視線の先には、何故か憔悴しきった様子の椎野恭平が、訝しげな眼差しでこちらを見つめ返していた。



第二十九話 人生ゲーム



「何の用ですか? 俺、今日はもう疲れたんで眠りたいんですけど。割とマジで」

「なにが『疲れた』だ。お前、今日はなにもしちゃいないだろう」

「それを言うなら隊長だって大したことしてませんよね?」

恭平の言葉を認めるのは癪ではあったが、確かに今日の電磁投射砲の試射実験に於いて、エイジスは上空から様子を窺っていただけである。対して恭平はといえば、不知火・弐型の改造機の様子を司令部からモニターしていただけなのだ。

「ま、そいつはお互い様だからな。痛み分けってことにしておこう」

「それもそうっスね。虚しいし……。で、ホントになんの用なんですか?」

エイジスは恭平の質問に頷きで応えてからおもむろに口を開いた。

「まずはお前に知らせておくことが一つ。それとよくよく考えてみればお前と腹を割って話したことは一度もなかったからな。お互い明日から暇だろ? いい機会なんで親睦でも深めておこうと思ってな」

「隊長が? 俺と?」

酒瓶を掲げて見せたエイジスに対し、恭平は何とも言い難いような表情を浮かべて見せた。それはまるであり得ないものを見た、とでも言いたげなものだった。

「クロックス、隊長が変だ」

「言いたいことは分かります」

二人とも随分な言い草である。
だがエイジスとて二人の言い分は十分理解できる。大方エンジェルエースともあろう者が、こんな夜更けに男の部屋を訪ねるとは何事か? と言ったところだろう。

「失礼な。俺だって仕事に打ち込んでる時に女を口説いたりはしないさ」

「嘘つけ。隊長は作戦中にだって女を口説くってクララが言ってたぞ」

既に情報は漏洩していたらしい。口止めしていた訳でもないのでクララを責めるわけにもいかず、言い逃れしようにも、エイミ・クロックスというその場に居合わせた証人が居るのでそれも儘ならない。

「ブレーメルあたりを誘ってみればいいじゃないですか?」

言いながら恭平はベッドに腰を下ろした。続いてエイミもタイミングを見計らっていたかのようにその隣に腰を落ち着けた。たった一つしかない椅子をエイジスが占拠しているのだからその行動に不自然なところは見当たらない。しかし――

(また微妙な距離を……)

二人の距離は丁度人一人分の間隔が空いている。まあいきなりエイジスの見ている前で寄り添われても、困惑するより先に腹立たしくなること請け合いであるので、それは良しとする。

「ステラか……まあ確かに彼女は魅力的ではあるな」

口では恭平の質問に答えながらも、頭では全く別の事を考える。

(少し揺さぶってみるか……)

「だがああいうタイプは案外お前みたいな男の方が墜とし易いかもしれないぜ。どうだ? 狙って見ちゃ」

言葉を紡ぎながら、空いているグラスに持参した洋酒を注ぎ、二人に手渡した。酒の苦手な恭平は、当然のように顔を顰めた。かたやエイミも礼儀として受け取ったという様子で、好き好んで飲む方ではないのだろう。勿論、それを飲む飲まないは個人の自由なので、エイジスも強要するつもりはない。ただ、ここが酒宴の席であるということを認識させるだけで充分なのだ。

「やめときます。隊長の口車に乗って、のこのこと大恥を搔きに行くつもりはありません」

「やってみなくちゃ分からんと思うがね」

エイジスの言葉にも、恭平の受け答えにおかしなところは見られない。いつも通りの通常運転。呆れるほどの性欲の無さを発揮している。エイミの方も同様で、まるで予めそう答えるのが分かっていたかのような平静ぶりである。

あまりの手応えの無さに拍子抜けしたエイジスは、少し切り口を変えてみることにした。

「ところでパーティーを途中で抜け出したにしては、やけに帰りが遅かったな。何処で何をしていたんだ。女か?」

「もう、なんなんですかさっきから? 空を見ながら考え事をしてただけですよ。でもまあ微妙に当たらずとも遠からず……みたいな感じです」

「ほう……興味あるな。それで?」

何かにつけて正直なところは、恭平の数少ない美点である。嘘ではあるまい。
そうなってくると俄然興味が湧いてくるのが人情というものである。最早、様子を窺うことも忘れ、話の先を促した。

「興味と言われてもねえ……。がっかりしますよ、きっと。何しろ相手は子供ですからね。他愛のない言葉を交わしただけですし」

「ああ成程、そういうことか。現地の年少の兵士と偶発的に接触した訳か。とはいえ、彼女たちだって思春期には十分差し掛かっているだろう。ロマンスの一つも生まれたところで不思議はないと思うぞ」

「ないない。つーかアンタ守備範囲広すぎだ。どんだけだよ、まったく……」

「お前が狭すぎなんだよ。それこそどんだけだと言いたいね、俺は。それに言わせてもらえば女の成長は早いぞ。心も体もな。男なんぞよりよっぽど早く大人になる。状況が許せばどんな時でも恋ができるのが女ってもんだ」

「分かる話ですけどね。でもそれとこれとは別じゃね? 俺のケースにはあてはまりませんよ」

「そんなこと分からないだろう? ったく……お前はこの手の話では諦めが早すぎる」

「……そうでもないんですけどね……」

途中、口論のようになってしまったが、エイジスの投げかけた言葉に、恭平のボルテージが目に見えて下がっていくのが分かった。それを見たエイジスも自分が思いのほか熱くなっていたことに気付き、一度大きく息を吐き、落ち着きを取り戻す。

「とにかく……」

言いかけて再び顔を上げた時――エイジスはそれに気付いてしまった。
やや前のめりの姿勢で口論をしていた恭平はまだそれに気付いていない。
隣に座るエイミの変化に――である。
視線は虚ろ気に中空を彷徨い、頬はほんのりと桜色に色付き色気すら感じるほどだ。なによりその身体が波間に揺蕩う海藻のように、前後左右に揺れていた。
最早疑う余地はない。
エイミ・クロックスは酔っぱらっているのだ。

「しいのくんはロリコンだったんですか!?」

唐突に――本当に唐突に、それまで静観を決め込んでいたエイミが声を上げた。

「言うに事欠いて何を言い出しやがる!」

「だまれ」

「……はい。……ってあれ? お前もしかして……酔ってる……のか?」

「よってなんかいません」

「酔っぱらいは皆そう言うよね。ほんと……」

「よっぱらいはきらいれす」

「……俺もだよ」

恭平が非難がましい目でエイジスを見つめてくる。が、そんな目で見られても困るというものだ。これは自己責任の範囲内のことなのだから。よくよく見れば、エイジスが念の為にと用意していた予備のボトルが半ばまで減っている。普段から酒を飲みなれていないエイミがそれを一人で空けたのだとしたら、それは酔いもするだろう。

この時、エイジスが思ったことは、恐らくは恭平とは真逆であった。即ち、

(こりゃ面白い)

である。

「きらい? わたしのこときらいといいましたか?」

「そうは言ってねえ! つーか、やっぱり酔っぱらってる自覚はあるんだな?」

「よってません」

「うわ、めんどくせえ」

嫌な絡まれ方である。エイジスは素直にそう思った。
もしここで恭平がエイミを黙らせるために唇を奪い、押し倒すようなことがあれば、明日から勇者と称えてやろうと思う。まあ、そんなことにはならないと確信しているが。

「れはききましょう。わたしのことすきれすか? きらいれすか?」

(直球だな)

普段では考えられないような積極性を見せるエイミに感心すると同時に、恭平の答えの方も気にかかる。

「そんなもん好きに決まってる」

(こりゃまた臆面もなく……)

言い切りやがった、と感心する。
その言葉をエイミがどう捉えたかは分からないが、しばらく恭平の顔を見つめていたかと思えば、

「……フフ。……ンフフフフ……」

と笑い出し、

「おやすみらさ~い」

と言って倒れ込み、寝息を立てて眠りについた。

「言わせるだけ言わせて眠っちまうとか最悪だろ……」

「まあそう言うな。良かったじゃないか、余計な嫌疑が晴れて」

「アンタが言うか?」

悪態をつく恭平を宥め賺そうとしたエイジスの言葉は、どうやら恭平にはお気に召さなかったようだ。

「因みに……」

そう前置きして、たっぷりと間を持たせてから、手の中のグラスを弄びつつ、エイジスは恭平に問いかけた。

「今の言葉は本気か?」

「本気ですよ。むしろそうじゃなかった時とかありませんけど?」

「言い切ったな。にしちゃあ普段煮え切らないのはどういうことだ? 少なくともお互い意識し合っているように見えるんだが」

「俺の方は一度失敗してますからね。慎重にもなりますよ」

そういえば、横浜を発つ前にブリジットから聞かされたことがある。
恭平とエイミは、お互いに振った振られたの関係だとか。
そこに誤解でもあるのではないだろうか?

「誤解もなにもありゃしませんて。はっきり言われましたからね。『好きだけじゃ足りない』って。なにが足りないのかなんて未だに分かりませんけど」

あくまで感覚的にではあるが、エイミの言いたかったことが分かるような気がした。
この男には決定的な何かが足りないような気がするのだ。それは男としてではなく、人間として大事な何かであるのだろう。これはビンディランスで共に戦っていた時には気付かなかったことであり、ともすれば見落としてしまうほどに些細なことのようにも感じるのだ。

「じゃあお前がエイミを振ったって話は?」

「それ、本気で分かんないんスけど。なんなんでしょうね?」

そんなことを訊かれても知るわけがない。エイジスはエスパーではないのだ。

「本人に訊け」

「う……なんか忘れてる大事な過去の事とか、意識しないで勘違いさせたとか、そういうのが出てきそうで怖いんですけど」

「アホウ。そこをはっきりさせなきゃ前に進まないだろ」

「そりゃそうですけど……」

依然として煮え切らないままではあったが、当事者のうち、片方の気持ちがはっきりしただけでも収穫はあったといえる。胸のつかえが取れた様な気分である。尤も恭平にとっては胸に刺さった棘がより深まっただけかもしれないし、エイミに至っては、今日の事を覚えているかも怪しいものだが、後は当人たちの問題である。これ以上の口出しは烏滸がましいというものだろう。

「さて、俺はそろそろ戻るとするか」

「ちょーっと待ったー!」

立ち上がり、自室に戻ろうとしたエイジスを、恭平が鬼の形相で呼び止めた。

「うるさい」

「……スミマセン……」

更にその声を眠っているエイミが窘め、それに対して恭平が頭を下げるという光景は、最早微笑ましいを通り越して滑稽ですらある。

「なんなんだ一体」

「いやいや、この酔っ払いを置いて行く気ですか? 連れて帰って下さいよ」

率直にそれでいいのか、と思う。
それなりにエイジスを信用しての発言ではあるのだろうが、口を吐いたのは別の言葉であった。

「断る。自分でなんとかしろ。このまま寝かせてやるもよし。部屋に送り届けてやるもよし。なんなら襲っちまってもよしだ。責任は負いかねるがね」

「うおぉぉぉい!」

恭平の悲鳴にも似た嬌声をBGMにして、エイジスは颯爽とドアを潜り抜けた。

「おっと、言い忘れるところだった」

エイジスは大事なことを伝え損ねていたことを思い出し、顔だけを覗かせて恭平に告げた。

「不知火・弐型の改造機の正式名称が決まった」

「はあ? また随分急な話ですね」

「お前がろくでもない仮名とかつけたからじゃないか? それがどうもこれを機に帝国はXFJ計画とは切り離して考えていくのかもな」

「どういうことです?」

本来、弐型の改造案は、不知火をベースに弐型の改良コンセプトで、統合軍独自の技術を持って計画されたものである。元々不知火の改造案だけは、この世界に着いた当初から進められていたのだ。帝国はそれに乗っただけに過ぎない。
しかし、いざ組み上がってみれば、不知火の面影を残しているのは外見だけであり、中身はまるで別物へと生まれ変わっていたという事実が、ここ数日のテストで発覚したのだ。
やってみたらこうなった、というのはOTM関連の技術開発においてそう珍しい事ではないが、今回は帝国もそれに巻き込まれる形となった。
だったらもう不知火の名を冠する必要なしとばかりに、急遽、名称を改める運びとなったらしい。決して投げ遣りになった訳ではないと信じたい。
そして日本帝国の戦術機の名称は、気象関連を取り入れる習わしがあるらしいので、これもそうなのだろう。

「で、結局なんて言うんですか?」

「次世代戦術機TYPE-01『征嵐』だ」




 ◆ ◆ ◆



同日――
横浜港に停泊中のマザーレイヴンでも、ちょっとした催しが執り行われていた。
それはかなり遅めの神宮司まりもの歓迎会であり、数日遅れのバースデーパーティーでもあった。
歓迎会の方は、まずはまりもを環境に馴染ませることが先決であった為、本日執り行われる運びとなった。
そして誕生パーティーであるが、当年二十〇歳。そろそろ自分の歳を忘れたいお年頃である神宮司まりもにとっては、有難迷惑以外の何物でもないのではなかろうか。
しかしどこでその事を聞きつけたのか、ブリジット・スパークの発案によって同時開催となったのである。


――そして悲劇は起こった。


丁度当直任務があり、乾杯にしか顔を出せなかったスージー・ニューとレットが、その事実を知ったのは翌朝の事である。




2001年8月14日

早朝、スージーが眠気を押し殺し欠伸を噛みしめていると、昨夜の主役であったまりもがマザーレイヴンのメインブリッジに顔を覗かせた。

「おはようスージー大尉。当直ご苦労様~」

余程遅くまで宴が続き完全に覚醒していないのか、どこか間延びした挨拶となった。
着任当初はそうでもなかったのだが、元来の彼女の気質なのか、それとも場に染まっただけなのかは分からないが、まりもは常に穏やかである。無理に堅苦しく接せられるよりも、スージーとしてはこちらの方が好ましい。

「おはようございます、少佐。その様子だと随分盛り上がったみたいですね」

「それがよく覚えてないのよね~。飲みすぎたかしら? あ、ごめんなさいね。一人に仕事を押し付けてしまって」

「フフ、いいんですよ。主賓が楽しまれたのならそれが一番です」

お互いに微笑みを交わしたところでブリジットとクララも顔を見せた。

「ちょっとアンタら、遅いわよ」

「ゴメン……勘弁して……」

「ススス、スミマセン。あ、お早うございます、神宮司少佐。スージー大尉も」

軽い冗談のつもりで放ったスージーの苦情に、ブリジットは沈痛な面持ちで俯き、クララは過剰なまでに頭を下げ、思い出したように挨拶を付け加えた。

何かがおかしい。いつもとあまりにも違う二人の様子に、スージーは不信感を顕にする。

「なんかあった?」

「お願い。訊かないで……」

「お酒は嫌……お酒は嫌……お酒はもういやー!」

二人の反応から推察するに、どうやらお酒絡みで嫌なことが起こったらしいことは分かった。

「……神宮司少佐?」

「ちょっ――!」

この二人からこれ以上の情報は得られないと判断したスージーは、もう一人の参加者であるまりもから事情を聞き出そうとした。本人は覚えてないと言っていたが、なんとか断片ぐらいは聞き出せるかもと考えたのだ。しかしそれより速く、ブリジットに羽交い絞めにも似た形で口を塞がれ、クララに押し込められるように艦橋の隅へと連れて行かれた。日頃から鍛錬しているスージーにとっては、文官である二人を振りほどく事など容易ではあったが、それぞれの形相に鬼気迫るものを感じ取り、とりあえずはおとなしく従った。

「ちょっと、なんなのよ」

「お願いだから馬鹿な真似はやめて頂戴。いいこと? 神宮司少佐に昨日の事を思い出させては絶・対、駄目だからね!」

「昨夜の事は思い出したくもありませんが、会場跡に足を運んでみて下さい。そこに昨夜の傷跡が“転がって”ますから……」

不審極まりない二人の態度から、捨て置けない程の事態が起こったことだけは窺い知れた。しかもどうやらそれには神宮司まりもが絡んでいるらしかった。

(いいわ。確かめてやろうじゃない……)

スージーは胸中でそう意気込むと、兵どもが夢の跡へとその足を向けて歩き出した。

何かに怯えるかのようなブリジット、クララの両名と、訳が分からないといった様子のまりもを残して。



マザーレイヴンには遊興施設が備えられている。
昨夜の会場がまさにそれである。
惑星上の船旅とは比較にならない程の長旅を強いられることもあるアストロノーツには、この様にガス抜きをするための施設は必須である。長い時で年単位も惑星上に降りられないこともある為、ある程度ストレスを溜め込まないようにする必要があるのだ。何しろ士気に関わってくる。
そこにはビリヤード台やカラオケの他にも、簡易的なバーも備わっている為、昨夜の様な宴の席にはうってつけである。

スージーが足早にその場へと歩を進めていると、微かに何者かの歌声らしきものが漏れ聞こえてきた。はて、昨日の参加者は他に居ただろうか、と考えるよりも先に身体は扉を開け放っていた。そこに居たのは果たして――

「あら、スージー大尉? ということはもう朝なの? とりあえずオハヨウ」

「……オハヨウゴザイマス……香月博士。いらしていたんですね……」

香月夕呼その人だった。

「だあって、まりもの二十ピー歳の誕生日を祝う宴があるって言うじゃない? これに出席しない手はないわ。親友として」

「はあ……そういうものですか」

親友としてどうしたかったのだろうか? 明言を避けたあたり、素直に祝うといった雰囲気ではない。

「今の歌は香月博士ですか? なかなかお上手でしたよ」

「そう? アリガト」

これは別にご機嫌伺いのお世辞ではない。下手をすると、カラオケを趣味としている自分よりも上手いかもしれない。現に採点機は三千近い数値をマークしている。この装置は少し特殊なもので、プロの歌手でも三千を超えれば高得点の部類に入る。夕呼がこちらの世界の歌をいつ覚えたのかは、以前、スージー自身が息抜きになればと、携帯用のミュージックプレイヤーを貸し与えたことがあるのでそれで覚えたのだろう。

スージーが夕呼に向かい一歩踏み出したその時、何かに躓きバランスを崩す。
その“何か”を目にした瞬間、スージーは悲鳴を上げそうになるのを堪えるので精一杯だった。
何故ならその“何か”とは、まごうことなく人間の腕だったのだから。

「あら、白銀? まだそんなところに転がってたの? 起きなさい、そろそろ帰るわよ」

「た、武っ!? ちょっと、アンタこんな所で何してんの?」

なるほど。クララが言っていた転がっているものとはコレのことか。
考えるまでもなく香月夕呼は要人である。そんな人物が、のこのこと独りでこのような場所まで出向いてくる訳がない。ボディーガードの存在は必須といえる。今回はたまたま――なのかは分からないが、武が選ばれたということだろう。

「……う……うう、スージー大尉……?」

どうやら目を覚ましたようだが、武は見るからにボロボロであった。
衛士として鍛え上げられ、ギリアムによって更なる高みへと昇った武は、言うまでもなく屈強な兵士である。スージーとて一対一の無手での対決であれば危うい程だ。その武をこうまで一方的に打ち負かしたのは一体何者なのか?

まあ、大体想像はついているのだが……。

しかし、何故こうも歯型やらキスマークが、身体の至る所についているのかが謎である。

「ス、スージー大尉……オレ……オレやりましたよ。なんとか貞操だけは守り切りました!」

「え? そこ熱っぽく語るところ?」

涙目で訴えかけてくる武には悪いが、共感は出来そうにない。

「でもギリアム司令が来てくださらなかったら実際の話やばかったわよね~」

「うわあっ! 思い出させないで下さいよ、先生!」

狂犬伝説はここ、異世界の艦上についに降臨したのだ。

「これ……神宮司少佐が?」

「はい正解」

武を助け起こしつつ話を聞いてみると、神宮司まりもという女性は、酒が入りすぎると大虎を通り越して狂犬と化すらしい。
二人がこの場に着いた時には既に手遅れであり、武を見つけるや否やたちまち襲いかかってきたらしい。
武もよく戦ったらしいが、やはり師にはあと一歩力及ばず、あわや貞操の危機というところで様子を見に顔を出したギリアム・アングレートに救われたのだとか。
しかし敵もさるもので、その後はまるで怪獣大戦争のようであったと夕呼は語る。

ようやくブリジットとクララの怯え様に納得がいった。
力無き者は、暴力が支配する地に於いては常に略取されるのが世の常である。
あの二人は暴虐の嵐の中、身を寄せ合って震えていたに違いないのだ。

(泣けるわね……)

今後一切あの二人の前では、昨夜の事を話題に上げないと心に誓う。

「ところでこのカラオケの採点装置おかしくないかしら? だって最大六桁よ。ウン十万よ。なのに何度歌っても数千止まりってどういうこと?」

「ああ、それは気にしない方がいいですよ。その領域に到達できるのは、銀河中を探し回っても一人しか居ませんから」

因みにこの採点機の単位は点ではなくチバソングスである。

密かに自分のサウンドエナジーが計られていると知ったら、香月夕呼はどんな顔を見せてくれるのだろうか。興味は尽きない。

何はともあれ、先程の言葉に嘘は微塵もない。
この機械を最大値まで酷使できる人類などは、あらゆる意味で銀河にたった一人のデカルチャーなのだから。



 ◆ ◆ ◆



二〇〇一年八月十九日。
ソ連軍ц―04前線補給基地を拠点として、上陸後二度目の戦闘試験が行われようとしていた。
各試験小隊はそれぞれが所定の配置につき、後は戦闘開始を待つばかりである。
アルゴス小隊に限って言えば、出立の際に多少のいざこざがあったものの、今は問題なく――とは言い難いが、全機出撃し配置を完了していた。

この地に出向いたレイヴンズの隊員は、椎野恭平ただ一人である。
エイジスとエイミはペドロパブロフスクス・カムチャツキ―基地での待機となっている。何か異常事態でも起きれば、すぐさま駆けつける手筈にはなっているが、少し距離があるのが気にかかる。
エイジスのカムチャツキ―待機はいわば保険の様なもので、切らないに越したことはないカードでもあった。

しかしこの戦闘試験、どうにも胡散臭い。
それは恭平が言い出すまでもなく、篁唯依、イブラヒム・ドーゥル両名も感じ取ってはいるようであったが、何の手立ても打てないまま、今を迎えてしまった。

「イブラヒム中尉……」

恭平はイブラヒムの傍らまで近づくと、耳元で囁くように呼びかけた。

「椎野中尉、何か?」

「やはり俺は自分の機体で待機します。いや、場合によってはもう出た方がいいかも知れません」

「何故か?」

「おかしいんですよ。戦闘想定地域は遥か先の筈なのに、ここも既に戦場だ」

こんな曖昧で直感的な物言いで納得させられるとは思わないが、そうとしか言いようがない。
イブラヒムは恭平の言葉を噛みしめるように「フム」と一つ頷くと、

「了解した。君は君の為すべきことをしたまえ」

「助かります」

そう礼を告げると、恭平は脇目も振らずに駆け出した。
嫌な予感がするのだ。それはこの瞬間に始まったことではなく、この地に着いた時から感じていたもので、ちりちりと燻り続け、今にも暴発してしまいそうな、そんな予感である。

恭平のパイロットスーツは衛士の控え室にはない為、自室にまで走らなければならない。
司令部のある地下十二階から駆け上がるその途中。恭平の眼前に差し込む影が一つ。
見上げるとそこには見知らぬ将校が佇んでいた。それだけであれば無視を決め込み、その脇を通り過ぎればよかったのだが、その将校の手には拳銃が握られており、更に最悪なことにその銃口指し示す先は、恭平の胸元へと延びていた。

恭平がなんらかの動きを見せる前に、滑稽なほど軽い破裂音。次いで胸元に衝撃。
続いて捉えた感覚は浮遊感である。
ああ、自分は落ちているんだな、と見当違いなことを考えながら――


――恭平の意識は闇に閉ざされた。





あとがき

どうもtype.wです。本来であれば、前回はここまで書ききる予定でした。
よくよく考えれば、いかに無謀だったかが分かります。だって100KB余裕で超えるしね。一話あたりでそんなに書いたことありませんし。しかも一部予定を変更してお送りしました。
だって仕方ないんですよ。どうしても武が書きたかったんだから。
この物語の主人公は、あくまでも武ちゃんであることを再認識できました。

さて、恭平が撃たれましたね。そこで問題。
彼を生き残らせるためにtype.wはどんな方法を考えているでしょう?

1、影慶先輩が助けてくれた。押忍、ごっつあんです。
2、実は恭平は八千馬力のサイボーグなのでノーダメージ。カーミィ……エンピツタテ。(そこはブレラって言っとけよ)
3、現実は甘くない。そのまま死亡。
4、どれでもない。

これは特にアンケートというわけではないので、お答え頂いても作品に反映される訳ではありません。それでも「あえて」とか「せっかくだから!」とか思った人は感想に添えてお答え頂いても構いません。

そろそろかなり寒くなってまいりました。今年も残りわずかですので、皆さんもどうか風邪などをめされませんようお気をつけください。
それでは今日はこれにて。



[24222] 第三十話 この愚かな罪に
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:0347b918
Date: 2013/01/08 23:51



銃口から立ち上る硝煙を見つめながら我に返る。
耳鳴りがするほどの静寂の中、聞こえてくるのは荒い吐息のみ。
それが自分の発している音だと気が付いた時、初めてその男は正しく現状を把握した。
階下に目を向けると仰向けに倒れた男が一人。その胸元から、じわじわと赤黒い染みが広がっている。
それはまさしくその男が、たった今まで生きていたという証でもあった。
微動だにせず、呼吸をしている様子も窺えない。
“それ”が屍であると確信した瞬間、手の中の銃が急に重みを増した気がした。
当たり前のことではあるが、屍は何も語らない。恨み言ひとつ漏らさない。
しかし屍であるはずの“それ”は、こう言っている。

――満足か?

その言葉が、知りもしない男の声で幻聴として聞こえ始めた時――

男は笑い始めた足を奮い立たせ、逃げるようにその場から背を向けて駆け出した。



 第三十話 この愚かな罪に



迎撃開始から約三十分。
ユウヤ・ブリッジスの視界から、活動していたBETAの姿は一掃されていた。

『殲、滅!』

その立役者であるタリサ・マナンダルが、高らかに勝鬨を上げた。

『あの娘、言動がだんだん椎野中尉に似てきたわね』

「……まあな」

オープンチャンネルで通信を開き、ユウヤの視界に割り込んできたのは、共に随伴任務を命じられたステラ・ブレーメルである。ユウヤ自身もステラの言葉に否やはない。ユウヤの知るあの男であれば、もっと凄いことを言いそうだし、やりそうだ。果たしてそれが良いことであるかどうかはさておき。

しかしまあ、それも仕方がないない。
なにしろタリサは不知火・弐型改(Mk-Ⅱ)改め『征嵐』での試験訓練の間、四六時中、一緒に居たと言っても過言ではないのだから。良くも悪くも影響は受けるだろう。

彼――椎野恭平を観察しているうちに、一時は鳴りを潜めていたユウヤの悪癖が再発した。
TACネームである。
因みにユウヤが恭平に付けたTACネームは、このご時世に些か不謹慎ではあるが『EBE(イーバ)』、即ち宇宙人である。『UMA』でもよかったのだが、日本色が強いのでやめた。

何故ならば、言葉は通じているのに言っている意味が分からないことがある。
人類との共通点は姿形のみで、中身は別物ではないかと感じることがある。
エイジス・フォッカーには、相性が悪いので悩むだけ無駄と言われた。
嫌いという訳ではないが、付き合い辛い。
ユウヤにとって恭平は、理解不能な未知の生き物だった。

だがまあ、これはあくまで余談である。

『どうだ! 見たかユウヤ』

戦闘の興奮が醒めないのか、得意満面のタリサがなぜかユウヤを名指しで呼びかけてきた。その様子は、主人に褒められることを期待する子犬を連想させた。

「まあこの辺がチョビだよなあ」

『うおぉぉーいっ! ユウヤ、テメエ!』

『怒らないのタリサ。ユウヤは良くやったって褒めてるのよ』

『嘘つけぇ!』

口ではああ言ったが、素直に褒めることが出来なかっただけで、ステラの言ったことは的を射ている。そのぐらい、今日のタリサと『征嵐』の組み合わせは凄まじかった。二機連携を組むヴァレリオ・ジアコーザの駆るF-15・ACTVですら、ついて行くのに四苦八苦しているように見えた。
それはユウヤの嫉妬心を喚起するには充分であり、もしあれを自分に与えられていたらと考えずにはいられない。


TYPE-01征嵐をユウヤの目から見て評するのなら、月並みではあるが強いの一言に尽きた。

まず注目すべきは、跳躍ユニットを従来のジェットとロケットのハイブリッドエンジンから、熱核タービンエンジンへと換装したことだろう。このことによる最大の恩恵は、稼働時間が地上限定ではあるがほぼ無限となった。。不知火・弐型が当初掲げていた目標の稼働時間の30%増しが馬鹿馬鹿しく思えてくる。
構想段階では、可変戦闘機同様脚部に収納されることも考えられていたらしいのだが、戦術機には可変戦闘機のように出力を後部にのみ集中させる必要性がない為、この形は見送られた。
最高速度は意図的に抑えられ、不知火・弐型とそう変わらないが、加速度が格段に増した。それはつまり機体各部に取り付けられた各種スラスターの恩恵もあって、局地戦の機動力が爆発的に上がったということだ。
しかしこれは衛士の体力的な負担も増したということでもある。今は搭載されたメインコンピューターが、搭乗衛士の限界ギリギリの所で制御してくれてはいるものの、本来の性能を発揮するためには、管制ユニットと衛士強化装備の改善は必須であり、今後の課題として依然残されたままである。

次に武装に目を向けてみると、基本的には従来の戦術機と大差はない。
主兵装は国際基準の36㎜チェーンガンと120㎜滑空袍が一体となった87式突撃袍であるし、近接戦闘用に帝国製戦術機の標準装備である74式近接戦闘長刀と、65式近接戦闘短刀が採用された。短刀については、「帝国斯衛軍が00式近接戦闘短刀を提供してくれれば……」と恭平が愚痴をこぼしていたので、そのうち改善される可能性はある。
話がここで終われば、攻撃面では既存の戦術機と大差なしで締めくくれるのだが、征嵐にはレーザー砲塔がまるで当たり前だと言わんばかりに装備されている。具体的に言えば、頭部に小口径二門。腰部に中口径二門。肥大した脚部に小口径二門といった念の入れようである。しかもこれらは熱核エンジンが生み出す余剰エネルギーを利用しているため、基本的には弾切れの心配がなく射程も長い。突撃級の甲殻も容易に貫通していた。もうこれだけで戦えと言いたい。

そして熱核エンジンの余剰エネルギーは、装甲にまで及ぶ。
今日はタリサがBETAの攻撃を受けなかったため限界値は定かではないが、36㎜程度では豆鉄砲も同然だとか。加えて対レーザーコーティングも、戦術機のそれよりは限界値は高いが、保証は出来ないとのことなので過信するべきではない。

逆に、見送られた兵装もある。
ピンポイントバリアとアクティブステルスである。
前者はエネルギー不足と機密の関係上のことなので仕方がないが、彼らも自らが持つ技術を全て曝け出すつもりはないとも見ることが出来る。そして後者は対BETA戦に於いて必要なしと判断された。
米軍の誇る第三世代機F-22ラプターのテストパイロットを務めたこともあるユウヤの目から見ても、対人類を想定したステルス能力は不要と感じていたので、その判断は懸命と言えた。とは言え、カウンターステルスは万全とのことなので、ある意味矛盾を抱えた機体でもある。

他にもFCSやCNIシステムの強化等、細かい所の良い部分を言い出したらキリがないが、勿論デメリットも存在する。
コストとそれに伴う生産性はその最たるものだろう。
それについては彼らの協力を得る事と、こちらの世界の技術の発展が必須ではあるが、それは今ユウヤが考えても仕方のない事だろう。

何故なら人類がそれまで存続している保障など、何処にもないのだから。


『今日ぐらいは得意になるのもいいけどタリサ、あなたはしゃぎ過ぎよ』

『う、うるさいなあ、ステラは。あんたはあたしのお母さんかっての……』

その言いようは益々恭平の影響を受けていることを裏付けるのだが……。
これで二人は一度も色っぽい雰囲気になったことがないのだから、それはある意味、恭平の人徳と言えるのかもしれない。

「そうだな。無駄な動きが多すぎた。そんなことじゃ椎野中尉に怒られ……はしねえか。笑われ……もしねえよな。ったく、読めねえな。あの人のリアクションだけは」

かといって手放しに喜ぶこともなさそうなので、本気で読めない。
それはともかく、タリサがはしゃぐのも無理はないだろう。なにしろ先日の99式電磁投射砲の実戦試射の際は、自己防衛以外の戦闘はする必要なし、とおあずけを食らっていたのだから。
恭平の真意がどこにあるのかは分からないが、おかげで征嵐の実質的デビュー戦が華々しいものになったのだから、なにも悪い事ばかりではあるまい。或いはそれが狙いだったのかもしれないと考えるのは穿ち過ぎだろうか。

『無駄を省いて効率よくやってたらもっと早く終わってたんじゃないかしら? イーダル小隊は十七分で予定されていたテストを終えたそうよ』

『んげっ、マジかよ……? よし分かった。もう一回やる!』

『あなたどこまで毒されてるの?』

タリサの戯言はともかく、ユウヤもその報告を受けた時は驚き、そして改めて自分の目指す高みを再確認した。
因みに、エイジスにしろ恭平にしろ自分以上のエースであることは本能で理解しているが、彼らを目指そうとは思わない。翼を持つ者を追い求めても、蝋で作った翼など、たちまち太陽に溶かされて地に墜ちるだけということを知っているからだ。
だがもし……もしも自分にも本物の翼が与えられたなら、その時は改めて追ってみたいという夢も捨てきれない。

『もう一回とか冗談でも勘弁してくれ。俺はもういっぱいいっぱいだ』

ヴァレリオ・ジアコーザの弱音というものを、ユウヤは初めて聞いた気がした。

『あの滅茶苦茶な機動によく着いて行ったと思うけど?』

『んにゃ。以前のACTVだったら無理だったわ。まったくXM3様々だぜ』

「……ああ、そんなのもあったっけな」

弐型に実装しているにも関わらず、ユウヤ自身すっかり忘れていた。
それ程までに征嵐のインパクトは強すぎた。縦横無尽の活躍とはこのことだろう。
その証拠に戦闘開始直後まで、ユウヤを揶揄する言葉で囀っていたソ連軍の少年兵たちも、皆一様に口を閉ざしていた。まあいつ再開されるとも限らないので、余計なことは言わないのが吉だろう。

『作戦行動中に私語とはな。やはり後方の国連軍は随分と温いと見える』

ユウヤがそう考えた矢先に通信に割り込んだのは、名前は忘れたが確か大尉階級でコールナンバーはジャール2。大隊の副官を務める少女だった。
少女の言葉に便乗して、またしてもこちらを非難する声が上がり始めるが、少女が「止めろ」と一言咎めると、喧噪の波はぴたりと収まった。

「い、今更あんたらがそれを言うのかよ」

『そうだな、すまん。さっきの言葉は忘れてくれ』

少女の言動から自分に何か言いたいことがあるのでは、と感じ取ったユウヤは、こちらから水を向けてやることにした。

「オレに何か話でも?」

『き、貴様に話などない! ……あ、いや……』

訊き方が悪かったとも思えないのだが、ユウヤの言葉に少女は何故か反発し、口籠ってしまう。

『……やっぱり難しいな、シーノ。自分たちが引いた線を超えるのも……取り払うのも……』

(なんだってんだ……いったい?)

囁くような少女の声は、誰の耳にも届かなかった。
それでもユウヤが辛抱強く待ち続けると、やがて少女は意を決したように顔を上げた。
この間、アルゴス小隊の仲間たちも、ジャール大隊の少年たちも声を発さなかったのは、ある意味独特の緊張感に呑まれていたのかもしれない。

『ユウヤ・ブリッジス少尉。貴様に話がある』

「何の?」とは聞かない。言いたいことがあるのなら言えばいい。
どうせ他の小隊の試験は継続中で、ユウヤ達は別命が降りるまで待機しなければならないのだ。時間はたっぷりとある。

ユウヤは真っ直ぐにこちらを見つめる少女の瞳を真っ向から受け止めると、やがて重々しく頷いた。



 ◆ ◆ ◆



篁唯依がイブラヒム・ドーゥルに促され、99式電磁投射砲の下へと向かう途中、最初に気が付いた異変は匂いだった。
微かに香る鉄錆の匂いが、血の赤色を連想させる。
それでも訝しながら歩を進めると、自分の想像が間違ってはいなかったことを実感させる光景に出くわした。
階段の踊り場で目にしたそれは、まるで芸術家を気取った子供が、赤い絵の具で思うがままに筆を走らせたらこうなったとでも言いたげな、凄惨極まりない殺人現場のようである。とりわけ性質が悪いのが、壁面に残された鮮血の手形と階上へと続いている足跡で、ホラー映画の世界に紛れ込んでしまったのではと錯覚させられる。

しばらく呆然と、この光景が意味するであろう出来事を想像して足を竦ませていた唯依ではあったが、司令部を出る際にかけられたイブラヒムの言葉を思い出した。

「椎野中尉のことも心配だ」

イブラヒムの言葉も尤もで、確かに恭平は普段の言動こそアレではあるが、与えられた任務は勤勉にこなしていた。特に時間には正確で、彼が指定された集合の時間に遅刻するようなことも、慌てて駆け込むような場面も唯依は見たことがなかった。
その恭平が、司令部を飛び出して一時間近くも音信不通というのはいかにもおかしい。

(まさか!)

慌てて駆け出した唯依が、そのまさかに出くわすまでに大して時間はかからなかった。
階段を二階ほど駆け上がった唯依が目にしたものは、壁に身を預け、覚束ない足取りながらも、懸命に歩を進めようとする椎野恭平の姿だった。

「椎野中尉!」

思わず声を上げ呼びかけてしまったが、それがまずかった。
唯依の声に反応して振り返ろうとしたのだろう。途端にバランスを崩し、階下へと落ちるように倒れ込む。咄嗟の判断で駆け出した唯依は何とか受け止めることに成功したものの、脱力した成人男性は重く一緒に倒れてしまいそうになるが、ここは意地でも倒れるわけにはいかない。負荷のかかった足腰を懸命に叱咤して、なんとか体勢を立て直した。

「篁か……どうした?」

「それはこちらの台詞です! 一体何が……」

問いかけながら恭平の様子を窺う。確かに唯依にもたれ掛り苦悶の表情を浮かべているが、顔色は悪くない。少なくとも、あれだけの出血をしている人間の顔色ではなかった。

「撃たれた。それもいきなり。んで、ちょっとだけマジで死んでたかもしんない。身体がパニクってて思うように動けない。以上」

「勝手に自己完結しないで下さい!」

恭平の言葉は嘘ではなく、確かに胸元に穿たれたような痕がみえる。それも比較的致命的な部位に、だ。さらに言えば、その傷痕から滲み出た出血量も致命的であるように思われるのだが。

「こいつが無かったら死んでいたな」

そう言って恭平は胸のポケットからメモ帳らしき物を取り出し掲げて見せた。しかしそれは当然のように……

「貫通しているように見えますが?」

「そういうこともある」

「真面目に答えてください!」

「一度言ってみたかったんだよ、この台詞」

「ああ……もうっ……!」

この時初めて、唯依は恭平の手綱を握れるエイジスとエイミの事を、心の底から尊敬した。自分には何年かかっても無理だ。きっと手が出てしまう。

結局その後、唯依の剣幕に気圧されたわけでもなさそうな恭平が、続きは歩きながら話そうと提案したことで落ち着いた。
その際、唯依がまともに歩けそうもない恭平に肩を貸すことになったのだが、一度は激しく拒否された。普段は気を張っているが、唯依とて年頃の女である。意識していない相手とはいえ男性にそんな態度をとられれば、そこそこ落ち込む。

「で、その血は偽物という訳ですか?」

「いや、本物の血だよ」

「ああ……輸血用の……」

唯依なりに考えて出した結論がそれである。今や希少となった他の動物の血液よりも、よっぽど容易く手に入る。前線基地であれば、医療用の血液のストックは欠かせないのだから。

「なに言ってんだ? そんな貴重なもの使えるわけないだろ。前線基地なら尚更だ」

「では一体……?」

こうなると本当に分からない。他に方法など無いように思えるのだが……。

「言ったろ、本物だって。正真正銘、俺の血だよ。日頃からこつこつ抜いて作った血糊だから、考えようによっては俺が出血したと言えなくもないな」

呆れて物も言えない。どうしてそんな回りくどくて手のかかるやり方を選ぶのだろうか。

「まあおかげで上手く騙し通せた。一時的とはいえ心停止は計算外だったけど、それも上手く作用したんだろう。尤も俺なら念のためにもう一発頭にぶち込むけどな。相手が暗殺の素人で助かった。後遺症とかちょっと心配だけど、まあ大丈夫だろ」

何気ない話の流れの中に、聞き逃せない言葉が含まれていたが、唯依はそれをあえて無視することにした。訊き返してしまえば、きっとこの手を離さなければならなくなる。だから話題を変えるために別の質問をすることにした。

「他に怪我はありませんか? それと相手の顔は見ましたか?」

「怪我の方はまだちょっと分からないな。もう少し回復すれば自己診断も出来そうだけど。相手の顔は、はっきり見たし覚えてもいるけど多分意味がない」

「何故です? この基地の人間ならば照会すればきっと――」

「まだ生きていれば、な」

唯依の背中に冷たいものが走った。
その言葉にではない。迷いもなくそこに辿り着く恭平の思考にだ。
言いたいことは分かる。秘密を保守する為にはそれを知る者は、少なければ少ない方がいい。話を聞く限り、鉄砲玉のような扱いの協力者など真っ先に消されても不思議ではない。

「もういいよ篁。あとは一人で歩けそうだ。ありがとな」

唯依の迷いを察したかのようなタイミングで、恭平がそんなことを言い出した。

「……お断りします。あなたの言うことは信用できませんから」

「ちぇっ……」

考えてみれば今更なことなのだ。
彼らは人間同士の諍い、策謀や裏切りなどと常に戦い続けてきたのだから。
むしろ一寸先すら見えない現状では、頼りにすべき存在だろう。

「ところで試験の方はどうなってる?」

「え? ああ、はい。既にアルゴス小隊の試験は終了しました」

「ふ~ん」

わざわざ自分から話題を転換してきた割には気のない返事である。まあ、らしいと言えば彼らしいのだが。

「心配だったか?」

「それは……まあ少しは」

とりとめのない会話の流れだったからだろう。
この次に言い放った恭平のど真ん中、剛速球のストレートを、

「惚れた男の事だもんな。心配にもなるか……」

「……はい」

唯依は為す術もなく見送った。

言葉の意味を、脳が正しく受け取ったとき、顔中に血液が集中するのを実感した。
錆びついた発条ののように、ギシギシと音を立てそうなぎこちなさで顔を向けた先に唯依が見たものは、どこにも気負った様子のない、恭平の惚けた顔があるだけだった。

「! な、なな、何を――!」

「隊長が言い出したんだけどな、君とブリッジスのこと。俺は正直半信半疑だったんだけど……」

なるほど、そういうことかと理解する。このいかにも鈍そうな男が単独でそこに辿り着く訳がない。
なら大丈夫。まだ間に合う。ここで惚ければ、恭平一人なら勘違いで押し通せるはずだ。

「でも大丈夫。たった今確信に変わったから」

「ちっとも大丈夫じゃありませんよぅ……。もうこの人嫌ぁ……」



 ◆ ◆ ◆



司令部棟の前で電磁投射砲の下へと向かう唯依を見送る頃には、恭平の体力は大分回復していた。

しかし逆に身体が忘れていた痛みを思い出し、各部が悲鳴を上げ始める。
まずは左腕。落下の際に咄嗟に頭を庇い、どこかに打ち付けたらしい。
じくじくと痛むが、動かせない程ではない。

(打撲……だと思う)

次に左脇腹。こちらも落下の際に、階段の段差にでも打ち付けたようだ。
呼吸するたび引き攣った様に痛みが走るが、そのことは頭の隅に追いやって、希望的な自己診断を続ける。

(打ち身……だといいなあ)

最後に左胸。弾丸を撃ち込まれた箇所である。
EXギアの防弾性の高いアンダーウェアを着込んでいた為、弾丸が身体を貫くことがなかったとはいえ、そこそこ深刻なダメージを残した。

(もう折れてなければなんでもいいや……)

自己診断を終えた恭平が、宿舎の方へと歩み始めた時、ポケットにしまっていた携帯端末が振動を繰り返す。
実を言えば、唯依と行動を共にしていた時から体感できっちり五分おきに、何者かが恭平に応答を求めていた。とはいえ、こんなにも計ったようにコールを繰り返す人間は、恭平の知り得る限りでは、たった一人しかいないのだが。

「はい、も――」

『何をしていたんですか!』

電話口の相手の剣幕は、挨拶すら最後まで言わせてもらえない程、険しいものだった。
その一言に、言いたいことの全てを乗せたと言わんばかりである。

「すまん。寝坊した」

『……まあいいです。それで、状況は?』

こういう時に持つべきものは、付き合いの長い友人であることを実感する。少ない言葉で凡そを理解してくれるのは有難い。

「特に変化なし。相変わらず最低だ」

『でも最悪ではないのでしょう? ならこちらは最悪を想定して行動を開始します』

「了解。で、隊長は?」

『今朝になって届いた例の物の準備を進めています』

「マジかよ? 本当に使うつもりなのか?」

『フォッカー大尉が必要だと思って取り寄せたのなら使う場面は必ずあるのでしょう』

エイミの言う通り、エイジスの野生の勘は侮れない。まあ自分が使う訳でもない。文句を言うのは筋違いだろう。

「OK。で、ミッションコードは?」

『ス、“Snow white”です』

「は? それもうやっただろ。いや、俺は参加してないけどさ。なに、隊長の中でリバイバルブームでも始まったのか?」

『知りませんよ。私に訊かないでください。でもそれいただきです。ミッションコードは“Snow white revival”。コマンドコードはスリーピーで』

「いただきですってお前ね。まあいいや、とにかくラジャー」

通話を終え、しばし呆然と立ち竦む。珍しいことを体験してしまった。
激レアではなかろうか? お茶目なエイミ・クロックスというのは……。

恭平が再び歩を進めようとした時、それは起こった。
微かな振動を足元に感じるのとほぼ同時に、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。

「ちょっ、嘘だろ」

ある程度予想はしていたが展開が早すぎる。
その予想を裏付けるように、スピーカーから垂れ流された情報は、簡潔に言ってしまえばこうだ。

――コード991発生。

即ちベータの襲撃を告げるものだった。

「すまんクロックス。たった今最悪になっちまった」

恭平は痛む身体を引きずるように、形振り構わず駆け出した。



 ◆ ◆ ◆



自室に戻った恭平が感じたのは、一先ずの安堵であった。
部屋に荒らされた形跡はなく、こちらとしては有難いのだが、パイロットの暗殺まで図ったにしてはお粗末な結果であるといえる。知らないのだから無理もないが、これでは片手落ちもいいところだ。
確かにパイロットがいなければ、VF-19は動かない。しかしBETAが目前まで迫ったこの状況では、動かす人間がいなければ接収するどころの騒ぎではないのだ。
結論から言えば、現状VF-19を動かせるのは恭平ただ一人なのだから。
それは新しく組み替えたコックピットシステムによるものなのだが、今は置いておく。
或いはこうも考えられる。功を焦った何者かが、この事態に便乗しただけなのではないか――と。
しかし考えても仕方のないことではある。今はとにかく時間が惜しい。

今まで使用していたパイロットスーツは使えない。いや、全く使えないわけではないのだが、現状を打破する為の切り札となりえるEXギアに対応していない為使えない。

恭平はベッドの下からEXギアの収まったトランクケースを引きずり出すと、手早く着替えを終え、EXギアをその身に纏う。その際も怪我を負った箇所が痛んだが、徹底的に忘れることにした。

全ての準備を終えると、ドアを抜け、そのままの勢いで窓の外へと飛び出した。
すぐさまEXギアのバーニアスラスターを開き、建造物の合間を縫うように、VF-19が停留してあるはずの滑走路に向けて滑空する。

程なくして滑走路に辿り着きVF-19の無事な姿を確認すると、すぐには近づかずに手ごろな建物の屋上へと着地した。
何故ならVF-19の周りに護衛と思しき兵士が四名張り付き、更にはコクピットの中で悪戦苦闘している兵士の姿を確認したからだ。このまま強襲してもなんとかなりそうではあったが、それはあくまで最後の手段だ。最善手を試してからでも遅くはない。

技術者たちは、間に合わせの改造だと言っていたが、果たしてうまく機能するだろうか?

飛行機を模した掌を、VF-19に向かって差し伸べる。
するとヘルメットのバイザーに,コネクトマニューバーモードが起動したことを知らせる文字が映し出された。

「へえ、うまくいったな」

続いて全システムを立ち上げ、かざした掌を少しだけ上へと上げる。同時にその動きに呼応したVF-19が、垂直に宙へと浮かび上がる。
今頃コクピットの中に座る人間は、さぞかし驚いていることだろう。

更に掌の翼を模していた小指と親指を下方向に降ろすと、VF-19の脚部だけがガウォークの形へと変形する。そしてそのままゆっくりと空に掲げるように上げ、手元に引き寄せるような動作を施すと、ようやく愛機が目の前に滑空姿勢のまま飛来した。

コクピットに座っていた人間とバイザー越しに視線が絡む。

「よう。また会ったな」

それはまさしく恭平を撃った人物その人だったのだが、恭平はまるで旧友にでも話しかけるような気さくさで声をかける。
その名前も所属も知らない士官は、気の毒にもまるで亡霊でも見たようにこちらを見つめ、顔を青褪めさせていた。

「どうやってキャノピーを開けたのかは知らないが、この世界の技術水準は割と高いし、それほど意外なことでもないか……」

士官は恭平に何事かを訴えているようだったが、生憎と意思の疎通は為し得ない。翻訳機をオンにすればいいだけの話ではあったが、恭平はあえてそれをしない。

「けど悪いな。そいつはイニシャライズされたデータがないと動かせないんだ。俺の専用機と言った方が分かり易いか?」

抑揚のない声色で淡々と事実を告げる恭平に、士官の方は相も変わらず通じない言葉で喚き続ける。

「さて……さっきはよくも、とか汚い手で俺のジュークに触るな、とか言いたいことはいろいろあるんだが……」

コミュニケーションのとれない相手に業を煮やしたのか、とうとう士官は身を乗り出してヒステリックに叫びだした。

「ごめんな」

恭平が手にした銃を士官に向かって掲げると、ようやくその男は意味の通じる言葉を漏らす。それは嗚咽にも似た悲鳴だったが、恭平はそれを聞かなかったことにした。

「さっきからあんたが何を言ってるのか分からないんだ」

その男の眉間に狙いを定めると、躊躇なく引き金を引き絞る。

銃声と共に男は弾かれたように身体をのけぞらせ、そしてそのまま地球の重力に従い、地上へと墜ちて行く。

恭平はその様を、冷めた視線でただ見送っていた。






 あとがき 
明けましておめでとうございます。どうもtype.wです。

最近、意図的に地の文を増やす努力をしているのですが、これがもう疲れるのなんの。でもこう感じているのは私だけで、じつは以前とそう変わっていないような気もします。そこんとこどうなんでしょう?

いきなりですが、今回はちょっとパーソナルカラーについて語りたいと思います。。
VFパイロットにあって衛士に無いもの。それがパーソナルカラーです。
斯衛は近いものがありますが、特定の個人を示すものではありませんし。

さて、ゲームを体験された方はご存知だとは思いますが、レイヴンズの面々にもパーソナルカラーは存在します。
エイジスは黄色。ギリアムは橙。スージーはピンク。トーマは緑といった感じです。
ここで問題になるのは、レイヴンズに引きずり込まれた武ちゃんです。
様々なSSでは、白だったり銀だったりすることが多いようですが、ここは一発マクロスの伝統に乗っ取って、主人公らしく赤でいきたいと考えているのですが、皆さん的にはどうでしょう? しっくりきませんかね。
ん、恭平? あいつは灰色っぽいしそれでいいんじゃね?

ところで三月に発売されるマクロス30には、VF-30クロノスが登場するとか。今から楽しみでなりません。

久々にあとがきが長くなってしまいましたが、今日はこれにて。今年もよろしくお願いします。


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