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[24164] それは幻想の物語 外伝 語られなかった幻想の物語 東方
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2011/09/21 22:13





皆様、どうもどうも

私、この物語の作者、荒井スミスと申します。

この物語は、それは幻想の物語の外伝にあたる物語です。

ですので、まず本編からお読みになることをお勧めします。

もちろん、こちらから読んでもらっても私は一向に構いませんが・・・ね?



それでは注意へと移らせてもらいます。



この物語は、東方Projectの二次創作小説・・・なのはもうご存知ですね。

それを知ってるから此処に来たのでしょうから。

この物語はカオスな電波その他もろもろで構成されております。

ここまで読めばそんなことは分かりきってるでしょうが、念の為の忠告でございます。

独自の解釈なども・・・よござんすね?

そして、どのような感想も心からお待ちしています。

酷評でもいいからね?本当だからね?むしろその方が嬉し(ry



それでは始めましょうッ!

ようこそ荒井スミス劇場へッ!

題名は語られなかった幻想の物語ッ!

皆様お楽しみくださいそしてッ!

――――――ゆっくりしていってね?







[24164] プロローグ 初めまして。それとも久しぶりかな?
Name: 荒井スミス◆47844231 ID:bbc241b3
Date: 2011/04/17 21:51






お楽しみ下さい………それでは。

さてさてさてさて………お待たせいたしました。今丁度、他の方への挨拶が終わりましてね。
挨拶というのは実に大事なものでございます。ええ、ええ本当に。
人間関係の始まりはまず挨拶から。まあ、基本中の基本ですな。
おはようこんにちはこんばんは。そして………さようなら。他にも挨拶は色々ありますなぁ。
では、ではでは。私も皆様に挨拶をしましょうそうしましょう。
そしてこの私が皆様にする挨拶は決まってこれでございます。










初めまして。それとも、久しぶりかな?――――――皆様。










私の………ゴホンッ!いかんいかん、私の事など、皆様に説明する価値もありませんな。
少なくともそう、こんな外伝のプロローグにするにはそれはあまりに早過ぎる。
知りたいヒトも知りたくないヒトもいる事ですしね。

とりあえず!一期一会のこの出会いに感謝しようではありませんか。
何故なら、あー………私と皆様がこうしてまた会えるとは限りませんので、ね。
次に会う前に、私か皆様のどちらかが不慮の事故に遭ってしまう。………なぁんて事は十分にありますので、はい。
ですので、皆様もどんな出会いであれそれを大事にして頂きたい。
大事にせぬならご用心。因果応報と言います。きっと災いとなりましょう。
しかもそれはどんな形で出て来るか分かりません。ああ恐いオソロシイ。用心用心。

さぁてさて、この外伝では本編では語られなかった話。あるいはそう、語る必要も無い話の集まりでございます。
時系列はほぼバラバラ。内容もそう、バラつきがあります。
まあそういうものなんだなと思っていただければはい、こちらとしてもええ、ええありがたいです。
一種の………楽屋裏の話、とでも言いましょうか?まあそう理解していただければよろしいのかと。
こんな話でも、皆様のお暇を潰せればこれ以上の喜びはございません。
まあ………ちょっとした御捻りなんぞくれますのならば更に嬉しゅうございますが………ね?

ふむ………あまり話が長過ぎてもいけませんな。そろそろ〆に入りたいと思います。

これから語られ綴られるのは幻想の物語のその外伝。
喜劇もあれば悲劇もありましょう。三文芝居にもなれば感動の舞台にもなる………かもしれません。
一流に三流、様々なヒトが織り成す出会いと別れ。それを見て、共に楽しもうではありませんか。
ええそれは実に実に………彼等にとっては迷惑極まりない話でしょうなぁ!ハハハハハハハハハハハハハハッ!

おっと、もう次の方達がお見えになったようですな。
では今から私はその方達に挨拶に行きます。これより先はどうぞ、皆様の目で見て、そして考えてお進み下さい。
皆様とまたこうして出会えるのを私………まあ、そこそこに楽しみにしております。

お楽しみ下さい………それでは。










――――――物語は動き出す。

――――――それは幻想の物語。












[24164] 第一話 ゆっくりこわい
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/11/09 17:55






ダン・ヴァルドー。

古き時代から生きてきた最強の魔法使いの一人。

彼は今、非常に困惑していた。

いつものように魔理沙と霊夢に会いに博霊神社を尋ねた時・・・それはいた。

目の前に奇妙な生物・・・物体?

とにかく、そういうものが彼の目の前に存在しているのは事実だった。

今までこんなものは見たことも、ましてや聞いたこともなかった。

彼の八百年の年月の中で初め知った存在だった。

それはダンをジッと見る。

ただただ・・・・・・・・・ジッとだ。

ダンの方もその物体をジッと見る。

物凄く不思議そうな表情で。

そしてついに、その存在はダンに語りかけてきた。




















「「ゆっくりしていってね!!!」」

「・・・・・・なんだ、これは?」





















博霊神社の縁側で、巫女さん一人と魔法使い二人が茶を啜ってゆっくりする。

目の前のゆっくり達を見ながらだ。



「つまり・・・これはゆっくりというのか?」

「そうだぜ!」

「そうよ」

「そーなの・・・いや、言うまい」



うっかり知り合いの口癖を言いそうになったダンだった。



「それで?これは一体何なのだ?・・・・・・ショゴスの新種か何かか?」



ダンはそう言って二匹のゆっくりを指差す。

二匹のゆっくりはゆっくり霊夢とゆっくり魔理沙。

二匹ともゆっくりと昼寝をしている。



「饅頭よ」

「饅頭だぜ」

「・・・饅頭?これは・・・食べ物なのか?」

「一応中身は餡子があるわよ?」

「で?どうしてお前達にどことなく似ているのだ」

「「さあ?」」

「・・・・・・・・・ふむ」



ダンは首を傾げながらも、ゆっくり魔理沙の方を持ち上げる。

まだふてぶてしく寝ている。



「どうだダン爺?可愛い「いや」だ・・・そうか」



セリフを途中でバッサリと切られた魔理沙はしょぼくれる。

そんな魔理沙を無視して、ダンはしげしげとゆっくり魔理沙を見つめる。



「一体何で出来ているのだ?・・・金属なのか粘土なのか」

「いや、どっちでもないだろ」



ゆっくりを伸ばしたり縮めたりしながら言うダンに魔理沙はそんな突っ込みを入れる。



「・・・・・・・・・確認してみるか」

「確認?一体何をするんだ」




















ダンはおもむろに――――――ゆっくりを真っ二つに引き千切った。




















「「「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」」」



神社中に悲鳴が上がる。

一人は霊夢、一人は魔理沙。

そして残りは、それを目撃してしまったゆっくり霊夢のものだった。

そんな者達を無視して、ダンはまず分かった事を口にする。



「漉し餡か」

「ダン爺ィィィィィィィッ!?なにやってんだぜぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」



魔理沙はダンの服の首元を掴み激しく揺さぶる。



「いや、気になってな」

「だからって、ちょ、真っ二つって・・・真っ二つってなんだよッ!?
 しかもどうして私の方なんだよッ!?なんで私だったんだよッ!?」

「さあ?」

「さあってなにさあってッ!?」

「運が悪かったと諦めろ」



ダンの両手にはそれぞれ左右に分かれたゆっくり魔理沙の亡骸があった。

幸か不幸か、ゆっくり魔理沙は寝たままの表情だった。

そんな惨劇を見た霊夢は無意識の内に、震えるゆっくり霊夢を抱き締める。

もしかしたら今度はこの子(自分?)が真っ二つにされるのではないかと、そう恐れて。



「しかし本当に饅頭だとはな。驚いた」

「バカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!
 ダン爺のバカァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」



魔理沙は罵倒しながらダンをポカポカ叩く。



「一体何をそんなに怒ってるんだ?」

「自分の顔が真っ二つにされたんだぞッ!怒って当然だッ!」

「ただ似ているだけだろ?・・・・・・さて」



ダンは半分になったゆっくりの片方を見る。



「嫌な予感が・・・・・・ダン爺、今度はな」




















ダンはおもむろに――――――ゆっくりの半分を食べ始めた。




















「「「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」」」



また神社中に悲鳴が上がる。

それを無視してダンは黙々と食べていく。

真っ二つになった顔の半分を食べているその光景はあまりに恐ろし過ぎる光景だった。

全てを食べ終わって、ダンは結論する。



「饅頭だ」

「だから言っただろッ!」

「・・・不味い」

「知るかそんなことッ!」

「食べるか?」

「いらんわぁぁぁぁッ!」



それを聞いてダンは困った表情で残りを見る。

これをどう処分しようか思案する。

そしてあることを思い出す。



「よし・・・来い、フィリップ」

「「・・・フィリップ?」」



二人は何事かと首を傾げる。

そんな二人の目の前に、いきなりあるものが現れる。




















「――――――テケリ・リ」



そんな独特の鳴き声と共に。




















「「・・・・・・なぁにこれ?」」

「ショゴス。かつて古のものどもが使役した種族だ。これで中々役に立つ」



そう紹介されたショゴス、フィリップを二人は観察する。

スライムの中に目玉のような核が一つだけあるその姿は、とても役に立つとは思えなかった。



「「・・・・・・これが?」」

「テケリ・リッ!」



目の前のフィリップと呼ばれたショゴスは親指を立てたような形の触手を出して返事をする。

何気にノリがいいようである。



「それで?こいつになにやらせるんだよ?」

「なに、見ていろ。――――――おい、フィリップ」

「テケリ・リ?」

「それ、飯だ」



そう言ってダンは残りをフィリップに投げてよこした。

投げられたゆっくりの残りはフィリップの体にポチャンと入る。



「「エエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!?」」



それを見て二人は絶叫する。



「どうだフィリップ?美味いか?」

「テケリ・リッ!テケリ・リッ!」

「ほう?そうかそうか。お前は気に入ったか」



どうやらゆっくりはフィリップには好評の味だったようだ。

半透明の体の中で、ゆっくりと残りがぐずりぐずりと消化されていく。

そのあまりに恐ろしい光景に、二人と一匹は思わずお互い抱き締めあっていた。

そして、その全てが消化されて無くなった。



「テケリ・リッ!テケリ・リッ!」

「なんだと?やれやれ、仕方ない奴め・・・・・・よっと」



ダンは震える二人と一匹に近付き――――――ゆっくり霊夢を引っ張り出す。



「ギャァァァァァァァァァッ!ギャァァァァァァァァァッ!」



ゆっくりは命の危険を感じて力の限り叫ぶ。

まるでそれは地面から引き抜かれたマンドラゴラのような叫びだった。

二人は最初呆気に取られていたが、その叫びを聞いてすぐにゆっくり霊夢を助け出そうとする。

だが――――――それは一足遅かった。



「それ、おかわりだ」



そう言ってダンはゆっくり霊夢をフィリップに向かい投げた。



「ギャァァァァァァァァァッ!ギャァァァァァァァァァッ!ギャァァァ「テケリ・リッ!」



フィリップの体にゆっくり霊夢がポチャンと納まる。



「ぎゃぼぼぼぼぼばあばばばばばばばばばばッ!ごばばばぼぼべぼえばぼばべべばッ!」



フィリップの体の中でゆっくり霊夢が暴れに暴れ、溺れながらも悲鳴を上げる。

だがその度にゆっくり霊夢の体は少しずつ消化されて崩壊していく。

その痛みで更にゆっくり霊夢は悲鳴を上げて叫び続ける。



「がばびゃばびゃあばばばばばばッ!ごぼばッ!ばぼッ!ごぼッ!ぼっばぁぁぁぁがぁぁぁッ!」



それはまるで、早く殺してくれと懇願する叫びのようだった。

その恐怖の光景を霊夢と魔理沙はその場にぺたんと座り込み、ガタガタ震えながら見るしかなかった。



「がぼッ!ごぼッ!が・・・・・・ぼッ・・・ぼ・・・べ・・・ぶ・・・・・・・・・」



次第に悲鳴を上げなくなっていったゆっくり霊夢。

いや、上げなくなったのではない――――――上げられなくなったのだ。

声を出す器官が消化されてしまったがためにだ。

そしてなにより恐ろしいのは――――――フィリップの中でまだゆっくりは生きていたという事だ。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



悲鳴にならない悲鳴を上げ続けるゆっくり霊夢。

その輪郭もやがてゆっくりと崩れていき――――――そして。

綺麗に消え去ってしまった。



「うっぷ・・・・・・げぇ・・・」

「霊夢ッ!しっかりしろッ!」



その場で吐き気に襲われる霊夢を、魔理沙は背中をさすり励ますが、それはなんの役にもならなかった。

当然だろう。

目の前で自分に似たゆっくりがあんな事になったのだ。

これでは真っ二つになった方がまだ救いがあった。



「テケリ・リッ!テケリ・リッ!」

「はっはっはっ!そうかそうか。満足したようだな」



そんな二人を他所に、ダンとフィリップは暢気に楽しそうに会話?を弾ませる。



「しかし・・・これで分かった事が、一つある」

「・・・・・・・・・なんなんだよ、ダン爺?」



魔理沙はダンを恐ろしげに見ながら尋ねた。




















「ゆっくりとは――――――ショゴスの食物なのだな」

「そんなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」




















その後、霊夢はしばらくの間饅頭を見ただけで悲鳴を上げるようになった。

あの時のゆっくり霊夢と、同じような叫び声で。

そして最後には頭を抱えてブツブツと呟くのだった。

まんじゅうこわい・・・まんじゅうこわいと。





































「まったく・・・今日は散々な一日だったぜ」



魔理沙は家に帰ってからドッと疲れが出てきた。

あのような惨劇を見てしまえば当然といえば当然だったが。

寝室に行ってパジャマに着替え、ベッドに入って休もうとした――――――その時だった。



―――――――――ガチャン。



「ッ!?なんだぜッ!?」



その音を聞いてベッドから飛び起きる魔理沙。

あんな惨劇を見てしまった為、小さな物音一つで過敏に反応してしまう。

魔理沙は音の方へと目を向ける。

闇の中で――――――何かが動いているッ!

魔理沙はすぐさま部屋の明かりを付ける。

そして――――――そこにいたのは。




















「ゆっくりするがよい」



ダンに似た――――――ゆっくりだった。




















「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!・・・・・・ハッ!?・・・ゆ・・・め・・・?」



叫びと共に起きた魔理沙は、ベッドの中に自身がいることに気付く。

それを知って魔理沙は安堵した。

あれは夢だったのだと。



「・・・・・・いや、待てよ?」



そもそも――――――どこからが夢なのだ?

ダン爺のゆっくりを見た時から?

それともあの惨劇が?

魔理沙には――――――分からなかった。

それを判断出来るのは、今これを見ているそこの貴方――――――そして。





















「――――――テケリ・リ」



貴方の後ろにいる――――――ショゴスだけだろう。





































まんじゅうこわいてのはこういう話なのかな?・・・え?違う?

んなこtぁ知ってるよ。

あ、そうそう。

遅れましたが、この話には残酷な表現が含まれています。

私・・・思ったんです。

SSで残酷な表現がありますって、よく前書きに書いてはありますよね?

でも私にとってそのほとんどは残酷でもなんでもない、ただのお遊びがほとんどです。

ちっとも残酷じゃないんですよ・・・・・・ぬる過ぎる。

これだって一応私なりに残酷にしてみましたが・・・どうだかねぇ・・・

あんまり恐くなかったかな?

じゃあ何が恐いのかって?・・・・・・そうですねぇ。

私は今は・・・・・・熱い御茶が恐いねぇ。



[24164] 第二話 荒ぶる魔界神、燃え上がる破壊獣
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/11/09 23:03






魔界。

魑魅魍魎渦巻く闇の世界。

そんな三千世界すら霞む程の数ある魔界の一つで、ある事件が起こった。

ある日、一人の魔法使いが一つの魔界に攻め込んだ。

暴力によってではなく、自らの鍛え上げた業でその者は攻め込んだのだ。

魔界に住む者の大半は魔力を奪われ、動くことすら適わなかった。

それでも彼に戦いを挑む者達はいた。

その者達は魔界でも屈指の実力者達だった。

誰もが魔法使いの死を予想した。

だが、結果は違った。

逆に挑んだ者達が返り討ちに遭ったのだ。

圧倒的だった。

皆、なす術すらなくバタバタと倒れていった。

出来たのは少しばかり、かの魔法使いを消耗させただけ。

それだけだった。

その者は真っ直ぐ進んだ。

この世界の創造主、魔界神の下へと。

その者の名はダン・ヴァルドー。

最強と呼ばれる外道の魔法使いの一人だった。





































ダンはただただ歩き続けた。

この世界でもっとも強い力を発する場所いや、者の所へ。

そのものと会うのが、今回の彼の目的だった。

生命創造という業を、世界の創造という規格外の力を手にせんが為に。

そして彼はとうとう辿り着いた。

魔界神の下に。




















「ようこそ我が魔界へ。私は神綺。この世界の創造主よ。歓迎するわ――――――薄汚い俗物」




















魔界神、神綺。

この世界の創造主にして支配者である神。

彼女は天空に座し、君臨し、ダンを見下ろし、そして見下す。

その表情が語るのは怒り。

それだけだった。

純粋な憤怒は覇気となって魔界を揺らす。

その力はまさに超越者のものだった。



「ダン・ヴァルドー。ただの魔法使いだ」



魔法使いはそんな神綺を見上げる。

彼は地に佇み、冷笑し、神綺を見上げ、そして見下す。

その表情が語るのは挑発。

それだけだった。

傲岸不遜にその場に居座る彼は、神綺の覇気を受け流し構える。

その様はまさに侵略者のものだった。



「そう、その魔法使いを名乗る塵が一体何の用があって私の魔界を攻めたのかしら?
 あまつさえ、私の可愛い子達へのあの仕打ち――――――覚悟は出来ているだろうな?」

「可愛い子達?・・・ああ、あの木偶のことか」

「――――――なんだと?」



神綺の顔から怒りの表情が消える。

消えたその怒りは覇気となり、また世界が震撼する。

表情が無くなった神綺の顔にはゾッとするものが存在していた。

普段の彼女を知る者が見たら皆こう言うだろう。

神綺とは思えないほどに、冷た過ぎる顔だと。

そんな彼女の顔を見てもダンはまったく動じなかった。

ダンは神綺の問いに答える。



「言葉通りの意味だ。木偶、そのままの意味だよ。
 私に挑んで来たが、なんのことはない。弱かったよ。まったく、話にならなかったな」

「訂正しろ。私の子供達を侮辱することは――――――許さん」

「子供・・・か。なら教育が悪かったのかな?なるほど、それは哀れだ。悲し過ぎてあくびが出る」

「訂正しろと言っている――――――無残な最後がお望みかしら?」

「そうだな、訂正させてもらう。――――――お前に創られたのは実に哀れだ。
 創造物には創造した者の実力が現れるからな。奴等が弱いのはお前の所為だ――――――魔界神」

「・・・・・・・・・くぅ」



ダン言葉を発する度に、神綺は苛立ちを募らせる。

挑発なのは分かっている。

分かっているが・・・腹を立てずにはいられなかった。

自身の子供達を侮辱されたのだ、当然だろう。

だがダンの次の言葉は、神綺のその怒りを一瞬忘れさせた。



「だが――――――それでもお前はあの者達に愛されているのだな」

「・・・・・・なに、を?」



予想外の言葉に神綺の思考は若干混乱する。

だが、次の言葉でその混乱は治まる。



「私に敗れた者達はなんと言ったと思う?「神綺様には手を出さないでくれ」そう嘆願してきたのだよ」

「ッ!?・・・・・・なんですって?」



怒りという思考へと。



「みっともなく涙を流し懇願した者もいた。
 情けなく這い蹲ってもまだ邪魔をしようとした者もいた。
 皆、お前のことを大事に想っていたぞ?お前を傷付ける訳にはいかないと皆必死だったよ」

「みん、な」




その言葉を聞いて神綺は、皆がどれだけ自分を想っていてくれたのか分かる。

自分の為に、頑張って戦ったのがよく分かる。

此処は彼女の創った魔界だ。

ある程度なら、全体を把握出来る。

だから、ダンの言葉が真実であることも分かったのだ。



「ああ、そうだ。感動的だったよ。思わず涙が出たよ。退屈過ぎてあくびが出たついでにな」

「・・・貴様ぁ」



だからこそ神綺は怒る。

自分の為に戦った子達を侮辱するこの魔法使い。

この目の前の下種が許せなかった、許せるはずがなかった。

そんな神綺に、ダンは最後の挑発を始める。



「そうそう、最後に立ちはだかったのは確か・・・夢子、とかいったか?」

「夢子ちゃんになにをッ!?」



神綺は夢子の名前を聞いて動揺する。

ダンにはその動揺から、夢子が神綺のお気に入りである事を察する。



「うん?お前のお気に入りだったか?あの者は面白かったよ。
 今までの奴等のやったことを全てやってな。それで最後にあいつはなんと言ったと思う?
 あいつはこう言ったんだよ。「私を好きにしてくれていいから神綺様には、お母さんには手を出さないで」だと。
 だから、ああしてやったよ。動けなくして、私がお前の所へ行く様を見せ付けてやった。
 何度も何度も叫んだよ。「止めてくれ、行かないでくれ」と叫び続けたよ。――――――笑いを堪えるのが大変だったな」



火薬庫に火が投げ入れられた。



「キサマァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」



神綺が叫ぶと同時に三対六枚の黒き羽が現れる。

我慢の限界、堪忍袋は弾け飛び、魔界全土が怒りに震える。

その怒りの震えは、神綺の怒りそのものを表していた。




















「ただでは殺さんッ!絶望をッ!貴様の魂を絶望で染め上げてやるッ!」

「来るがいい魔界の神よ。我が魔道の業で、貴様を降してくれるわッ!」




















天空が輝く。

次の瞬間、ダンに向かい雷の雨が降り注ぐ。



「鋼よッ!」



ダンのその掛け声と共に、鋼の柱が大地から無数に現れる。

雷の雨は標的をダンから鋼の柱に変えて柱を穿つ。

雷はダンに当たることなく、全て鋼の柱に命中してしまう。



「大地よッ!喰らえッ!」



神綺の言霊に従い、ダンの足元がパックリと割れる。

ダンはすぐさま飛行し回避。

ダンはその穴を見る。

その穴には、牙があった。

無数の牙が脈動して動いていた。

まるでそれは不気味な生物の口内そのものだった。



「逃がすなッ!」



神綺の命令を受けて、その大地の怪物がその口を伸ばしてくる。

ダンは急上昇してまた回避する。

そして自分を喰らおうと追って来た怪物を見る。

目の前には、大地から生えた胴の長い虫のような怪物がいた。



「さあ、喰らうがいい――――――お前達ッ!」



その言葉を受け、大地から無数の怪物が生まれ、辺りを埋め尽くす。

醜悪でおぞましい光景がそこにはあった。



「ふん、美的センスを疑うな」

「そんなの気にしなくていいわ。――――――体が散り散りバラバラに噛み砕かれるんだからねッ!」



神の号令により、大地の怪物達はその醜いアギトを広げて魔法使いを喰らわんと進撃する。



「ふん、くだらん」



ダンは手にした魔杖を振りかざす。



「暗き穴よ黒き穴よ。その深遠に我が敵を飲み込め」



ダンの周囲に暗黒の穴が多数出現する。

するとその穴は自身の周りの怪物達を飲み込み始める。

怪物達は土で出来たその体をみるみるうちにその穴に削り喰らわれていった。



「ならば、逆に喰らってしまえッ!」



神綺の命令を受けた怪物達がその穴を喰らう。

だが、飲み込んだその瞬間、怪物はその身の内側から喰らわれ消滅した。

気が付けば、怪物の全てがその黒い穴に飲み込まれ消滅していた。

ダンは穴を消して神綺を挑発する。



「どうした?これで終わりか?」

「まぁだよッ!まだ、これからよッ!」



神綺は腕を振り上げる。

すると、天にあるものが生まれた。

海が、生まれたのだ。



「飲み込めッ!押し潰せッ!殺し尽くせッ!」



その言葉を受けて天に生まれし海が濁流となってダンに襲い掛かる。

ダンはすぐさま詠唱を詠う。



「万物の罪を焼きし地獄の業火よッ!我が眼前の脅威を焼き尽くせッ!―――ゲヘナ―――」



ダンのその言葉によって大地にあるものが創られた。

火の海が、創られたのだ。

二つの海がぶつかり合う。

天の海は地獄の業火を飲み込んだ。

火の海は大海の荒波を焼き尽くす。

そしするうちに二つの海は対消滅した。



「終わりだッ!」

「なんだとッ!?」



ダンは神綺のその声を聞き振り向く。

すると目の前には軽く万を超える光の光弾、光線が迫っていた。



「ぬうッ!ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」



光に飲み込まれ、ダンは姿を消した。



「・・・・・・残念だったわね。確かにその力は認めるわ。でも駄目よ。
 唯人が私に、この魔界神である神綺に勝てるはずがないのよ。
 身の程を知りなさい。――――――屑が」



神綺はそう言い捨ててその場を去ろうとする。

夢子達がどうなったのかすぐに確認をしなければならなかった。

生きているのは分かる。

だがどのような状態でかは分からなかった。

皆の下に行こうとした――――――その時だった。



「・・・・・・ふふふふふふ、ふはははははははは」



哄笑が――――――響き渡る。



「ッ!?まさかッ!」



神綺はその声を聞き急ぎ振り返る。

そこには、愉悦をありったけ顔に浮かび上がらせた魔法使いが不敵に笑っていた。



「ふははははははッ!ハハハハハハハッ!ハァァァハハハハハハハハッ!――――――素晴しいぞッ!」

「ッ!?」



ダンのその圧倒的に狂気的な気迫に、神綺は思わず身震いする。

そんな魔界神に魔法使いは更に彼女を称える言葉を送る。

狂気の笑顔を、満面に浮かべて。



「少し訂正をさせてもらおう魔界神よ。お前のその力は実に素晴しいッ!ああ、最高だよッ!
 まさにその力は神そのものだッ!それも相当なものだッ!
 今まで私が相手をしてきた神の中でも、最高クラスの力を持っているよッ!」



ダンの狂気が神綺に襲い掛かる。

神綺はその狂気に背筋をゾッとさせ堪らずに自身の腕で体を抱き締める。

恐ろしかったのだ。

目の前のこの男が。

あまりにも不気味な眼光を発するこの男が、怖くて堪らなかった。



「ああ、そうだ。だからこそ私は――――――お前を倒したいッ!
 私の業でッ!力でッ!全てでッ!全力をもって倒し、お前を超えたいッ!
 そしてお前の力を、我が物としてくれるわッ!」



魔法使いから恐ろしい魔力の圧力が解き放たれる。

それはまさに嵐そのものだった。




















「さあ行くぞ神綺ッ!宣言しよう。私はお前を打倒し、超えてみせるとッ!」

「――――――フザケルナァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」




















神綺は先ほどと同じように光弾の軍勢を進軍させる。

違うのはその量だった。

先ほど万だったその量は億を超え、兆を超えていた。

ダンは右手で空中に五芒星を描き、そして唱える。



「―――エルダーサイン―――」



中心に燃える柱をもった五芒星の魔方陣が神綺の光の軍勢を防ぎ、そして消滅させる。

エルダーサイン。

外なる神々とその眷属に対抗する為の守護の印。

神綺の光軍はこれによって防がれたのだ。



「先の攻撃はそれで防いだのかッ!?」

「その通りだッ!そして、次はお前が防ぐ番だッ!」



ダンは魔杖に自らの猛り狂ったの魔力を注ぐ。

すると魔杖から巨大な黒き魔力の刃が現れ構築される。

その全長は――――――推定一キロメートルを超えていた。



「何なの?それは一体――――――何なのよッ!?そんなものがどうしてッ!?」

「これが歩み続けた私の力だ。――――――受け取れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」



ダンは掲げた黒き刃の塔を、神綺に向かい振り下ろす。

神綺は全ての力を魔方陣の防御に回し展開し、その刃を受け止める。



「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

「クゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥアアアアアアアアアアアッ!!!!」



二人は自らの全てをぶつけた。

負けてなるかという意地と意地のぶつけ合い。

神綺はこんな奴に倒されてなるかという想いを。

ダンはこいつを倒し超えてみせるという想いを。

自らの全身全霊を、自らの全存在をぶつけた。

神綺は苦しんだ。

この男がここまで出来るとは思わなかった。

神綺はそう思いダンを見て――――――驚愕する。

全身から血が滲み出ていたのだ。

魔力の行使に体を酷使しているのは明白だった。

だがそれ以上に驚いたのは――――――彼が笑っていたことだ。

体がそこまでボロボロに傷付いているのに何故笑うのか、神綺には分からなかった。

だがそれは、ダンのその狂気的な笑みから伝わってきた。

あと少しだッ!

あと少しだあと少しだあと少しだあと少しだあと少しだあと少しだあと少しだッ!

あと少しでこいつを倒すことが出来るッ!

もう少しだッ!

もう少しでもう少しでもう少しでもう少しでもう少しでもう少しでもう少しでッ!

もう少しでこいつを超えることが出来るッ!

必ず、必ずお前を打倒してみせるッ!

お前を超えてみせるぞッ!



「神綺ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!」

「く・・・来るなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」



神綺はその狂気を浴びて、堪らず刃を受け流す。

受け流された刃が魔界の大地に突き刺さる。

爆発と共に、大地が砕けていく。

目に見える先までの大地全てが隆起して砕け、混沌とした光景を造りだす。

その光景に、神綺は唖然とするしかなかった。



「あれが・・・あんなものが私に、振り下ろされようとしていたの?」



もしこれを自身の身に受けたら。

そう考えただけで神綺の体が恐怖を支配する。

もし受け流さなかったら自分がこうなっていた。

そう思っただけで全身が震えた。

次の瞬間、神綺はハッとする。



「あいつはッ!?」



そう思い神綺はダンの姿を探す。



「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

「ッ!」



神綺はその声の方を急ぎ見る。



「我は破壊獣ッ!全てを砕く権化也ッ!我が魂よ燃え上がれッ!
 燃やせ燃やせ燃やせ燃やせ燃やせ燃やせッ!全てを燃やせッ!」



ダンは自らの体に炎を纏っていた。

それもただの炎ではない。

見たことも聞いたこともない、名状し難い白い炎だった。



「我が歩む世界を、汝妨害すること適わずッ!
 迷うことなく、虚無へと還るがいいッ!」



異界の業火が、全てを燃やす。



「紅蓮昇華ッ!フォーマルハウト・ストライクッ!」



白き炎の弾丸と化し、ダンは神綺に突撃する。



「こ、来ないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」



神綺は咄嗟に障壁を何千、何万、何億と展開する。

ダンは最初の障壁に接近すると、蹴りを突き出しそのまま障壁をぶち破り、突き進む。



「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」



障壁はなんの意味もなさずに次々と突破されていく。

何千もの壁を破って突き進む。

何万もの守りを砕いて向かってくる。

何億もの盾を焼き尽くして飛翔してくる。



「ありえない・・・こんなッ!こんなことがあって――――――たまるかぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」



神綺がそう叫ぶと同時に最後の障壁が破壊され、ダンがあらん限りに叫ぶ。



















「私の・・・・・・勝ちだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」



魔界が――――――燃える。






















「という感じで負けたのよ~」

「何で生きてるのよお母さんッ!?」



ダンとの最初の戦いをそうあっけらかんと話す母に、思わずアリスは突っ込みを入れる。

かつて行われた二人の戦いを神綺から聞いたアリスは突っ込まずにはいられなかったのだ。




「いや、目的である私を殺したら本末転倒じゃない?」

「手加減一切無しだったように聞こえましたが?」

「いえね?「あれくらいで死ぬようだったら用は無い」とか言ったのよ」

「は、はあ」



相手も相手だ。

そこまでやって、よくそんなことが言えたものだ。

下手をしたらそれまでの苦労が台無しであるはずなのに。



「それに彼も相当ボロボロだったのよね。私と大差無かったわ」

「そこまでしますか?」

「したのよね~」



そんな風に昔を懐かしく語る魔界神であったとさ。

めでたしめでたし。



















何処かで一人の魔法使いが盛大なクシャミをしたのは――――――言うまでもない。






































最後で台無しにしてやってぜッ!メルツェェェェェェェェルッ!

どうも荒井スミスです。

戦ってる時の爺さんの様子。

きっとオリジナル笑顔(ガン×ソードの方)で駆け抜けて行ったんですよ。

書いてる時はデモベのEvilShineを聞いて書いてたんだ。

ぶっちゃっけ、フォーマルハウト・ストライクは、アトランティス・ストライクの魔改造なんだ。

クトゥグアの加護を受けたライダーキックみたいなものなんだ。

そしてこれは当たり前の事ですが。

ぶっちゃけダンは今の方が強いです。

神綺様も更に強くなってます。

そして夢子さんは更に強いです。

お母さんより強いです。お母さんを今度はちゃんと守りたいが為に頑張りました。

この世界の夢子さんはお母さん思いです。お母さん大好きです。

それでは!



[24164] 第三話 楽園の小さな巫女さん 呼んじゃ駄目?
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/11/13 07:39







博麗 霊羽。

博麗 神社の巫女、博麗 霊那の娘でありダン・ヴァルドーの娘でもある。

血の繋がらない、という言葉が最後に入るが、この三人にとって、それはあって無いようなものだ。

本人達はそれをまったく気にしていない。

そしてその霊羽であるが、今は母と二人で境内の掃除をしていた。



「霊羽?その竹箒大き過ぎない?」

「・・・・・・・・・・・・ん?」



小さい霊羽は自分の身の丈よりも大きな箒をもってフラフラしている。

そんな霊羽を霊那は心配そうに見る。



「大きい・・・けど」

「けど?」

「母様の・・・・・・手伝いしたいから」

「・・・・・・ありがとう霊羽」



霊那は屈んで霊羽の頭をよしよしと撫でる。



「・・・・・・・・・・・・ん」



霊羽も霊那に気持ち良さそうに撫でられる。

母親の手伝いが出来る事がとても嬉しかった。

そして二人が掃除を始めようとしたその時だった。



「はぁ~い?こんにちは~」



そんな声と共にスキマを開いて現れたのは八雲 紫。

自称永遠の十七歳の痛い子である。

“自称”永遠の十七歳の痛い子である。

大事なところを、強調しました。

霊羽は紫の姿を見るとサッと霊那の影に隠れる。

そして後ろからチラッと覗き込むようにして紫を見る。



「・・・・・・ちょっと傷付くわ。私そんなに恐いかしら?」



紫が霊羽と出会ってから二ヶ月。

会う時は何時もこんな感じだった。

そんな二人を見て霊那は笑いながらそれを否定する。



「ああ、違うのよ紫。霊羽はちょっと恥ずかしがり屋なだけなのよ。ねー?」

「・・・・・・・・・・・・」



そう言われて、霊羽は霊羽の体に抱き付いて顔を埋める。



「えっと・・・どうしたの?」

「恥ずかしいと、この子こうやって顔を隠すのよ。本当に甘えん坊ねー霊羽は」



そんな事を言いながら霊那も霊羽をギュッと抱き締める。

そんな二人を見て紫は。



(・・・・・・・・・可愛い)



なんて事を考えていた。



「私にも、甘えてくれないかしら?」

「ううん・・・ちょっと難しいかなぁ・・・ねぇ霊羽?」

「???」

「紫にも私みたいに甘えてあげられない?」

「・・・・・・・・・ん」



霊羽は以外にもあっさりと頷く。



「あら?意外とすんなりね。それじゃほら、行ってあげて」

「・・・・・・・・・ん」



霊那のその言葉に、霊羽はまたそう言って頷く。

紫はそれを聞いて嬉しそうに顔を輝かせる。



「ほらほら、霊羽ちゃん。こっちにいらっしゃい?」



紫はそう言って自分の膝元をポンポンと叩く。

霊羽はそんな紫をジーッと見る。

ジーッと見る。

ジーーーーーーー・・・・・・・・・ッと見ている。

その姿はまさに臆病な小動物そのものであった。



(か、可愛いッ!ああ、早く来てくれないかしら?)



そんな事を考えてニヤケ顔になる紫。

少しして霊羽は、不意にトコトコと駆け出し――――――紫にボフッと抱き付いた。



「か、可愛いッ!可愛いわッ!可愛いじゃないのッ!」

「・・・・・・むー」



あまりに可愛過ぎるその仕草に霊羽を抱き締める紫。

霊羽はちょっと苦しいのか、そんな可愛らしい呻き声を出す。



「ほらほら!私の名前言ってみて?」

「・・・・・・・・・?」



そう言われて、霊羽は霊那の方を見る。

呼んでいいのかどうかを眼で尋ねてきたのだ。



「いいわよ霊羽。名前を呼んであげて」

「・・・・・・・・・・・・ん」



霊羽はそんな霊那の言葉に頷き、紫の顔を見る。

紫はこの時、どんな風に霊羽が呼んでくれるか楽しみだった。

そのまま紫だろうか?それとも紫お姉ちゃん?

いやもしかしたら紫母様とか言ってくれるかもしれない。

そんな事を考えて思いっきり破顔する紫は、妖怪の賢者の威厳なんてものはこれっぽっちも存在しなかった。

そして霊羽は、そんな紫にこう呼んだ。




















「紫――――――お婆ちゃん?」




















――――――ピシッ!と、紫の中の何かに皹が入った。

紫の額に汗が流れる。

霊那は腹を抱えて笑いを堪える。

霊羽はそんな二人を不思議そうにキョトンと見つめる。



「れ、霊羽ちゃん?どうしてお婆ちゃんなのかな~?どうしてお姉ちゃんじゃないのかな~?」

「・・・・・・・・・・・・嫌?」

「えっとその・・・理由はなにかな~って思って」



紫は焦っていた。

もしこれがそこいらの無礼者だったら即刻スキマ送りにして亡き者にする。

だがさすがにこんな小さな子にそんな事をするほど紫も愚かではない。

だがお婆ちゃんは不味い。

そんな風に呼ばれるたと他の者に知られたらどうなることか。

特にこの子の父親に知られるのは不味い。

またからかわれる材料にされてしまう。

それは不味い、非常に不味い、物凄く不味い不味過ぎる。

なんとかこの呼び方を変えなければッ!



「そのね霊羽ちゃん?私はその、お婆ちゃんって呼ばれるのはちょっとなーって思うのよ」

「・・・・・・・・・どうして?だって・・・母様の母様でしょ?」

「・・・・・・・・・・・・へ?」



この子は今なんと仰いましたか?

霊羽のそんな爆弾発言に紫は目をパチクリさせてポカンとする。



「母様言ってた。紫は私のもう一人のお母さんだって」

「・・・・・・・・・だからお婆ちゃん?」

「・・・・・・・・・・・・ん」



紫の問いに霊羽は小さく頷く。



「・・・・・・・・・そう」



それを聞いて、紫はそっと霊羽は抱き締める。

霊那はそんな紫に話しかける。



「・・・ねぇ、私はね紫。自分には母親は三人いると思ってるの。
 一人は私を生んでくれたお母さん。一人は私を救ってくれた先代。そしてもう一人が、私を育ててくれた紫・・・貴女なの。
 私はね、紫の事本当のお母さんだと思ってるのよ」



自分を大事に育ててくれた紫。

そんな彼女は、霊那にとっては最早親も同然の存在だった。

そんな霊那の言葉が嬉しくて、紫は礼を言う。



「・・・・・・・・・ありがとう、霊那」

「いえいえ♪」

「はぁ・・・だったら・・・しょうがないかしらね」

「・・・・・・・・・お婆ちゃんでいいの?」



紫のその言葉に霊羽はお婆ちゃんと呼んでいいのか確認する。



「もちろんよ。貴女は私の大事な娘の、その大事な娘なんですから」

「・・・・・・・・・・・・うん」



紫は笑ってそれを承諾し、霊羽はそれを聞いて頷く。

どことなく嬉しそうに。

そして霊羽は、もう一度紫の名前を呼ぶ。



「・・・・・・・・・紫お婆ちゃん」

「ふふ・・・なぁに、霊羽?」

「一緒に掃除しよう?」

「・・・・・・ええ、いいわよ」



その後、三人は仲良く掃除をしていたと、見守っていた玄爺は後に語った。

完全に自分が空気になっていた事は置いといて、である。






































そして後日、紫がお婆ちゃんと呼ばれているのがダンに知られたが、彼は紫がそう呼ばれる理由を知って、あまりからかいはしなかった。

知った時は笑いに笑ったが。

博麗神社の小さな巫女さん見習い、博麗 霊羽。

この時の彼女はまだ三歳であった。





































そんなこんなで今回の主人公は娘さんの方でした。

どうだったかな?よかったかな?

BBAではありません。お婆ちゃんです。BBAなんて呼んだら駄目ですよ?

きっとずっと言われ続けて、胃を痛めているはずですから。

小さい巫女さんの話はまた続く・・・かもしれない。

それでは!



[24164] 第四話 時の流れは残酷なわけで
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/11/14 20:05







博麗神社でのんびり過ごすのは霊夢と紫の二人だった。



「暇ねー・・・」

「そうねー・・・」

「ねぇ紫?」

「なに霊夢?」

「なんか面白い事ない?」

「え?なにそれ恐い」

「・・・・・・ないの?」

「・・・・・・ないのよ」

「「・・・・・・はぁ」」



暇だ退屈だ面白くない。

平和なのは良い事なのだろうが、刺激が無いのはいけない。

退屈は人を殺すとは誰が言っただろうか。

死因が暇死にとか、退屈死とかで賢者と巫女が死ぬなんて笑い話にもならない。



「でもほら、あれじゃない?」

「なに霊夢?」

「こうやって暇だ退屈だって言ってれば、なにか起こるんじゃない?」

「あー・・・それもそうね。でもそれって、極限まで退屈にならないと起こらないわよ?」

「そうなのよねー・・・世の中不便に出来てるわ」

「まあ、そんなもんよ」

「そうねーそんなもんねー」

「だからこんなこと言ってればすぐになんか起こるわよ」

「私の勘だと・・・そろそろなんか起こるのよね」

「早く起きないかしらねー」

「ねー」



やる気の欠片も無い二人だった。

――――――さすがにだらけ過ぎでは?

そんな時、やっとその何かが来た。



「・・・・・・あれは」

「魔理沙ね」



こちらに飛んでくるのは皆様ご存知霧雨 魔理沙。

魔理沙が二人の前に降りる。

さて、なにか面白い事を持って来たのかと思った二人。

だが、そこにいたのは魔理沙だけではなかった。

魔理沙の後ろから小さい人影が出てくる。



「ありがとう!お姉ちゃん!」

「え?ああー・・・うん、その・・・どういたしまして」


そこにいたのは、小さな子供だった。

その子は魔理沙に礼を言って、魔理沙はそれに答える。

だがどういう訳だかどうも歯切れが悪い。



「ちょっと魔理沙?その子誰よ?人攫いでもしたの?」

「あら?でもこの子随分可愛くてよ霊夢?私なんかすぐに攫っちゃいたいくらいよ」

「・・・・・・あんたねぇ」



霊夢はそんな紫に呆れつつもその子供を見る。

肩まで伸びたサラサラとした黒髪。

クリクリとした小さな目でこちらを不思議そうに見る表情。

小さな天使とでも呼べばいいのだろうか。

確かに紫の言う通りの可愛らしい女の子がそこにいた。



「で?どうして攫ったのよ?まあ、理由は・・・分からなくもないけど」

「ちょ、待てよッ!私は攫ってなんかいないぜッ!」

「誘拐犯はみんなそういうのよ。ねぇ紫?」

「さぁ?私にはなんの事やら?」

「神隠しの主犯がなにをとぼけて・・・はぁ、それで?その子は一体何処の誰なのよ」

「いやその・・・・・・まあ、あれだ。自己紹介させた方がいいかな?」



魔理沙の困った表情を見た子供が心配して魔理沙に話しかける。



「どうしたのお姉ちゃん?」

「いやなに・・・ほら、この二人に自己紹介してやんなだぜ」

「うん、分かった」



その子は可愛らしい明るい笑顔で頷いて、霊夢と紫の二人の前に行く。

そしてその子は――――――自身の名前を言った。




















「初めまして!僕の名前は――――――ダン・ヴァルドーって言います!」




















その瞬間――――――時が止まった。

もちろんその場にはメイド長はいなかった。

二人の思考が止まって、一分程経った時、やっと時が動き出した。



「「エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!」」



二人の叫びと共に。



「ちょっと魔理沙ッ!悪質な冗談も大概にしなさいよッ!」

「そうよッ!この子があんな残虐非道、傍若無人、悪魔の権化のような爺さんな訳ないでしょうがッ!」



二人は目の前の子を指差して魔理沙に激しくそんな言葉を浴びせる。



「いやその・・・あれだ。信じられないのは・・・よく分かる。
 分かるんだが・・・・・・これは・・・事実なんだ」



魔理沙はそんな乾いた笑みを浮かべながら話し始めた

一体どうして、何故こんな事になったのかを。





































それはダンが魔理沙の家に来ていた時の事だった。

ダンは魔理沙と共にある魔法薬を作っていた。

ダンにとってはどうでもいい代物だったのだが、魔理沙がどうしても作ってみたいと言ったので仕方なくそれに付き合った。

そして薬は無事に完成はしたのだが、問題はその後に起きた。

魔理沙が誤ってうっかりその完成した薬を持ったままずっこけたのだ。

そしてその薬がダンにドバァっと掛かってしまい。



「そして現在に至ると・・・そういう訳なのね?」

「聞くまでもないけど・・・なんの薬を作ったの?」

「いや・・・若返りの薬だぜ」

「はぁ・・・まったくなんてもん作ってんのよ」



霊夢はそう言って溜め息を吐く。

ちなみに件の人物はというと。



「ほらダンくぅん?あ~ん」

「あ~ん」



紫の膝の上で紫にお菓子を食べさせられていた。

若返った所為なのか、大人だった時の記憶は無かった。

もっとも、あったらあったで大変な事になるだろうが。



「どうダン君?美味しい?」

「美味しいよ!でもお母さんの作ってくれたお菓子の方が美味しいかな?」

「ふふふ、あらそう」

「もっと美味しいのはお父さんの作ったパンだよ!」

「あらあらまあまあ、そうなの・・・ふふふふ」



紫はこれ以上無いくらいの幸せそうな顔でデレデレと笑っていた。



((うわぁ・・・・・・))



と二人が思わず引くくらい。

ちなみにどうして霊夢と紫の二人がダンを女の子と見間違えたかというと、なんのことはない。

その容姿もあったのだろうが、女の子の服装をしていたのだ。

これはどうしてかというと、魔理沙のお古を着ていたからだ。

服のサイズが合わなかった為にこうなったという訳だ。



「なんか・・・複雑な気分だぜ」

「なにがよ?」

「いやだって、あれは私のお古なんだぜ?それなのに、なんか私よりも似合ってるような気がするんだぜ」

「まあ・・・似合ってるのは同意するわ」

「それを着てるのが・・・男の・・・あのダン爺なんだぜ?それを思うと・・・」

「ああー・・・それは・・・同情するわ」



哀愁漂う魔理沙の背中を、霊夢は優しくさすって同情する。

もし自分が逆の立場だったら・・・そう思うと同情せずにはいられなかった。



「あ、ちなみにあの服どうやって着せたの?まさか・・・無理やり?」

「なわけねぇだろッ!あの服持ってきて渡しただけなんだぜッ!」



霊夢の発言に噛み付く魔理沙。

そんな魔理沙に霊夢は続けて言う。



「じゃあ男の子?なのにどうやって女の子の服着れたのよ?」

「いや、なんか「お母さんによく着させられた」とかなんとか」

「・・・・・・どんな母親だったのかしら?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・さあ?」



それは深く考えない方がいいだろう。

二人はそう結論する。



「ちなみに・・・・・・・・・着替えを見「見てねぇよッ!」・・・あっそう」



霊夢は信じられないといった様子で魔理沙をジト目で見つめる。



「なんだよその目はようッ!本当だからなッ!本当に見てないからなッ!」

「もう・・・分かったわよ。そこまでムキにならなくてもいいじゃないの」

「・・・・・・・・・ごめん」

「それより・・・あれどうするのよ?」



そう言って霊夢はダンと紫を指差す。

紫はダンを抱き締めて離さなかった。

思いっきり頬ずりして幸せいっぱいといった表情の紫。

下手をすれば、このまま食べてしまいそうな勢いだった・・・・・・いろんな意味で。



「ほら紫、そろそろ離しなさいよ」

「やッ!」



紫はそう言って子供のように拒否する。



「やッ!ってあんたねぇ・・・」

「だって、こんなに可愛いのよッ!愛らしいのよッ!離せる訳ないじゃないッ!」

「可愛い・・・ねぇ」

「愛らしいって・・・ううん」



それは二人も同意する・・・同意するが・・・完全には同意出来なかった。

何故なら二人とも、大人の状態のダンを知っているのだから。

二人はぼんやりと大人だった時のダンを思い出す。



少女回想中・・・



――――――やれやれ、お前はまた暇そうだな霊夢?どれ、一つ稽古でも・・・

――――――魔理沙、まだまだ魔力の練りが甘い。精神を集中しろ。

――――――ハッハッハッハッ!あの時の幽香がまた傑作でなぁ。

――――――紫よ・・・・・・歳を考えたらどうだ?



回想終了。



「今のこれが・・・あれになるのね」

「あれが・・・今のこれだったんだとは・・・」



二人は思った。

時の流れは、あまりに残酷過ぎると。

二人がそう思ったその時だった。



「あら、こんな所で一体何をしているのかしら?」



そう言って唐突に現れたのは――――――風見 幽香だった。



「・・・・・・ちょっと幽香?なんで此処にいるのよ?」

「あの爺さんが今日私の所に来るはずだったんだけど、来なかったのよ。
 それで最近よく此処に来るって聞いたから、もしやと思って来たのよ。
 それで?あいつは何処なの?隠すと為にならないわよ?まあ、その時は神社全部壊せばいいんだけどね」



幽香はそう言って辺りを見回す。

そして、ありえないものを見る。



「ああ、可愛いッ!可愛いわぁッ!もう離したくないわぁッ!」

「・・・・・・・・・は?」



小さな子供に満面の笑みで頬ずりをする八雲 紫だった。

それを見てしまった幽香は頭の中を真っ白にせずにはいられなかった。



「・・・・・・ってちょっとあんたッ!なにしてんのよッ!?」

「・・・・・・へ?あら、幽香じゃない」

「なにその「え、なに?これからお出かけなの?」みたいなノリは!?私は何をしてるのかって言ってるのよッ!」

「いや、見たままだけれど」

「だーかーらー・・・・・・って、誰よその子?」



幽香はやっと紫が抱き付いている子供に興味を示す。

紫は簡潔に、ただ真実を述べる。



「ダンよ」

「あらそうダンなの・・・・・・・・・ってエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!」



思いっきり口を開いて叫ぶ幽香。

それはカリスマなんて欠片も無い姿だった。



「・・・まあ、ああなるわよね」

「・・・ああなるよな」



自分達もああだったのかと思うと頭痛がする二人だった。



「なに?ふざけてるの?からかってるの?私を怒らせたいの?」

「いや、マジなんだって。ちょっと説明するとだな」



少女説明中・・・



「という訳なんだぜ」

「・・・・・・じゃあなに?あれは本当にあのダン・ヴァルドーなの?あの魔法使いの」

「・・・・・・だぜ」

「・・・・・・あれが?あの可愛らしい生き物が?」



幽香はそう言ってダンに近付く。



「ねぇ・・・そこの貴方」

「なぁにお姉ちゃん?」



紫に抱かれていたダンは首を傾げて幽香を見る。

それを見て、聞いた幽香はその言葉に驚愕する。



「お姉ちゃんッ!?あのダンがッ!?私をッ!?お姉ちゃんと呼んだかッ!・・・・・・お姉ちゃん」



幽香はもう一度先の言葉を思い出す。



(お姉ちゃん・・・お姉ちゃん・・・お姉ちゃん・・・お姉ちゃん・・・)



その結論は?



「・・・・・・・・・・・・いい」



とだけ呟いた。

――――――ってあんたもかぁぁぁぁぁッ!?



「ちょっと紫、その子貸しなさいな」

「嫌よそんなの。なに?あんたそういう趣味だったの?」

「現在進行でそんなことしてるあんたに言われたくないわよ。なに?やる気?」

「いいじゃないのやってやろうじゃないの。あんたなんかスキマツアーに送ってやるわよ。片道だけどね」

「上等じゃない。灰すら残さずに消してあげようかしら」



一瞬即発。

今にも暴走しそうな原子炉、いやそれすら生温い空気が漂っていた。

そんな時、二人の服をグッと引っ張る者がいた。

ダンである。

ダンは今にも喧嘩しそうな二人に向かって言った。



「お姉ちゃん達、喧嘩は駄目だよ?」



心配そうな表情でダンは二人に言った。

そんなダンの言葉を聞いた二人は、ジーーーっとダンを見て・・・そして。



「ああ、なんて良い子なのこの子ッ!」

「ああもう可愛いじゃないの畜生ッ!」



そんな事を言いながらダンに抱き付いた。



「く、苦しい・・・」

「ああ、ごめんなさい。・・・ほら幽香、離れなさいよ」

「嫌よ。あんた散々くっついてたんでしょ?だったら変わりなさいよ」

「私だって嫌よ・・・・・・あ、そうだ」

「なによ?」

「このままくっついとくのはどう?」

「あら、それいいわね。それじゃこの「いや、離してやれよ二人ともッ!」・・・チッ」

「クッ・・・・・・口惜しいけど、しょうがない」



二人は魔理沙に言われてやっとダンを放した。



「まったく・・・ダン爺、大丈夫か?」

「大丈夫だよ、魔理沙お姉ちゃん」

「・・・・・・あんたは抱き付かないのね」

「いやぁ、家で散々やったからって何言わせんだぜおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいッ!」

「はぁ・・・やったんだあんた」



霊夢はそれを知って魔理沙からちょっと引く。



「霊夢おま、そんな事されたらマジで傷付くぞッ!ほらダン爺ッ!なんか言ってくれよッ!」



魔理沙はそう言ってダンに助け舟を求める。



「えっとね、魔理沙お姉ちゃんね、凄いんだよッ!僕を箒に乗せてくれてね。ピュ―って飛んでくれたんだよッ!」

「あらそう、よかったわね」



話は上手い具合に逸れてくれた。

魔理沙はこの時ダンに心の中で深く感謝した。



「うん!僕ね、僕ね。魔法使いになりたいんだ!」

「へぇ・・・そうなの」

「えっとね、この前ね、僕の所でのお祭りでね、魔法使いのおじさんが来たんだ。
 そのおじさんの魔法がね、とっても凄かったんだ!」

「それって・・・ダン爺が子供の頃見たっていう最初の魔法か?」



それを聞いた紫がその話に興味を持ち、その事をダンに質問する。



「へぇ・・・・・・そうなの。ねぇダン君、それどんな魔法だったの?」

「えっとね、太陽がね、百個くらいお空にバッと出来たんだよ!凄かったよ!」

「・・・・・・太陽が百個ねぇ」

「それ・・・凄くねぇか?いや、本当だったとしたらだけど」



それを聞いた幽香は半信半疑で、魔理沙はその言葉に純粋に驚いていた。



「本当だよ!本当に見たんだよ!」

「ああ、そうだな。ダン爺は嘘吐いてないよな」



紫と幽香はダンのその言葉を聞いて神妙な顔になる。



「・・・・・・ねぇ紫?この話どう思う?」

「もしそんな事が出来れば相当な化け物いえ、そんな言葉すら生温いわね。でもそんな魔法使いなんて知らないし」

「あれじゃない?それっぽく見せた光球をたくさん作って見せたとかそんなんじゃないの?」

「まあ、お祭りに使うんならそんなものでしょうね」



純粋な子供には、その小さな輝きが眩しく輝いたのだろう。

二人は今のダンを見てそう思った。

その思い出を話すダンの顔は、とても輝いて見えた。

きっと大事な思い出なのだろう。

それを知る事が出来た二人の古い友人は、なんだか得をしたような気分になる。



「僕ね、あんなことが出来るような魔法使いになりたいんだ。僕・・・なれるかなぁ?」



そんな小さなダンを見て、魔理沙は屈んでダンの頭を撫でる。



「・・・大丈夫。お前なら、凄い魔法使いになれるからさ」



魔理沙は知っている。

この子が大きくなったら、自分が憧れるような偉大な魔法使いになれる事を。

魔理沙は考える。

昔の自分も、こんな感じだったのかと。

魔理沙は思う。

あの時ダンが私の頭を撫でた時の気持ちは、こんな感じだったのだろうかと。



「・・・・・・・・・うん!僕、頑張るね!」

「ああ、頑張れよ!」



そう言ってダンと魔理沙はお互い笑いあった。

これでめでたしめでたしな空気になっていたその時、霊夢が肝心な事を告げる。



「・・・・・・で?一体どうやって戻すの?」

「「「・・・・・・・・・あ」」」



皆、その事をまったく今まで考えていなかった。



「いや、忘れてたの?大事な事じゃないの?」

「そ、そうだったんだぜ。それを忘れてたんだぜ」

「え~このままでいいんじゃないの?」

「いやそれ普通に駄目でしょ」



幽香のボケなのかマジなのか分からない発言に突っ込む霊夢。

そんな中、いきなり紫が手を上げる。



「はいッ!私が育てるわッ!」

「紫ィィィィィィィィィッ!?お前何言ってんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」

「そうよッ!この子は私が責任持って育てるわッ!」

「お前もぉぉぉぉッ!?何言ってんだよ幽香ァァァァァァァァァァァァァァッ!?」



二人に突っ込みを入れた魔理沙は思った。

この二人、なんか目がマジっぽいと。



「いや、そもそも戻す方法なんてあるの?」

「あ、それは大丈夫。そういえばこれ、時間が経つと元に戻るんだった。忘れてたぜ」



霊夢のその質問で魔理沙はそれを思い出し安心する。

これで自分が危惧する事態にはならないはずだと安堵する。



「え~これ戻るの~?戻っちゃうの~?」

「残念だけど・・・しょうがないか。このままじゃあいつ・・・この子?まあ戦えないのは事実だし」



それを聞いた二人は本気で残念そうな顔で渋々諦める。

どうやらマジだったらしい。

――――――おお、恐い恐い。



「大体なんで時間が経ったら戻れるようになんのよ」

「いや、なんかお試し版みたいな感じの薬だったらしいんだぜ」

「で?何時元に戻るのよ?この子・・・っていうかダン、もう寝ちゃってるけど」



何時の間にか座布団を枕にスヤスヤ寝ているダン。

実に幸せそうな寝顔だった。



「あ、だったらそろそろだ。元に戻る前には眠くなるとか言ってたから」

「あっそう。だったらいいじゃない。これでめでたく万事解決ね」



霊夢がそう言った時、紫の中である疑問が生まれる。



「ねぇ・・・ちょっといいかしら?」

「何よ紫?まだなんかあんの?」

「どんな風に戻るの?ダンの服って置いてきたままなんでしょ?」

「「「・・・・・・・・・あ」」」



紫の発言でまたしても世界の時が止まった・・・ような気がした。

やがてその場の時は動き出し、幽香が思ったままの事を言う。



「じゃあ何?この服装のまま元に戻るの?」

「・・・・・・やめなさいよッ!ちょっと想像しちゃったじゃないのッ!」



ゾッとする紫に霊夢が突っ込みをまた入れる。



「いや、服のサイズが合わないじゃない」

「え?だったら・・・全裸とか?服を裂いて大きくなって」

「爺さんの全裸見たって誰も得しないわよッ!」



それはそうだろうとこの場にいる全員が思った。

そんな中、魔理沙が時間が来た事を告げる。



「あーそろそろ時間なんだが・・・」

「ちょっと!まだ心の準備がッ!」



紫が慌てて言ったその時、ダンの体からボンッと煙が出る。



「ちょっと!なにこのベタな戻り方は!」

「いや、知らねーよ」



煙が段々と晴れてきた。

皆、青い顔をしながら中央を見る。

そして――――――そこにいたのは。



「ぬぅ・・・・・・一体何が?」



普通に何時もの通りの格好のダンがいただけだった。



「「「「・・・・・・・・・え?」」」」



予想の斜め上をいった目の前の出来事に、四人は安心したような、だが何故か納得がいかないといった表情になる。



「此処は・・・・・・博麗神社か?一体どうして私はこんな所に?」



魔理沙は思った。

これは、非常に不味いと。

もし本当の事を話したら一体どうなることやら。

そう思った時、魔理沙の口から言葉の弾幕が展開された。



「え?あ、ああそれはあれだぜ?私がうっかりこけてダン爺の後頭部を思いっきりぶっ叩いて気絶してそんで
 慌てて此処に運んでそんで紫と霊夢がいてなんだかんだで幽香もやって来てそんでダン爺を看病しながら
 そんなこんなで現在に至ったりする訳で今丁度ダン爺が起きてこうなったって話なんだぜこれが今日起こった出来事なんだと
 私は思いますですはいそれで具合は大丈夫かダン爺体の方はなんともないか?いやないなないんだよな
 記憶とかも特に無いよなそうだよな無いと言ってくれというか言って下さい!」

「???いや、まあ確かに覚えていないが」



魔理沙の止まらないマシンガントークな説明に思わず引きながらも答えるダン。



「・・・・・・そうかーよかったなー大事に至らなくて。な、みんなッ!」

「そ、そうねッ!その通りねッ!」

「いや、あんたを見た時は思わずときめ・・・じゃない慌てたもんよッ!」

「・・・・・・・・・必死ね、あんた達」



魔理沙の言葉に賛同する紫と幽香を見て呆れる霊夢。

真相を知っている者にしてみれば滑稽な姿だった。



「あ、ねえダン?一つ聞いてもいいかしら?」

「なんだ霊夢?」

「ダンのその服って何か細工してあるの?」

「確かにこれには様々な魔術が付与してあるが・・・それがどうした?」

「えっと・・・そうね。自分に何かあった場合、例えば全身がバラバラの状態になって、元の状態に戻る。
 この時服ってどうなるの?」

「そうだな・・・私が再生すると同時に再生する。
 そしていざという時、別の服装だったらすぐに着替えられるように服が転移して着替えられる事も出来る。
 だがその場合は着ていた服が無くなるがな」

「あっそう。無くなったんだって魔理沙」

「ああー・・・お古だから別にいいぜ」

「なんの事だ?」

「いや、なんでもないんだぜ」

「・・・・・・そうか。しかし、ううむ」

「どうしたのよダン?」



頭を捻るダンに霊夢が一体何事を悩んでるのか霊夢は尋ねる。



「いや、記憶は無いのだが、楽しかったような、暖かかったような、そんな何かを感じたような気がしてな」



ダンのその発言に、三人はビクリと反応する。



「・・・・・・・・・ああー、なんか良い夢でも見たんじゃないの?」



そんな三人にまた呆れつつも霊夢がそう言ってなんとかフォローする。



「夢・・・夢か。そういえば、前にも一度こんな事があったような」

「・・・・・・・・・どういう事?」

「前にも今回のような若返りの薬を作った時だった。
 あの時は確か霊那が試しに作ってみせてと言ってな。その時も記憶が曖昧だった・・・ような気がする。
 霊那は妙に満足そうな顔だったし、霊羽も霊羽で何故か楽しそうだった。
 そういえば魅魔もいたな。あいつは恍惚とした表情で寝ていて・・・訳が分からなかった。
 玄の奴に聞いても「亀には分かりません」と気の毒そうな顔で私を見るだけだった・・・あれは、どういう事だったのだろうか?」

((((前にもあったんかい!?))))



ダンの説明を聞いた全員が心の中で突っ込みを入れた。



(つーか魅魔様一体何を・・・・・・いや、考えるのはよそう)



魔理沙はそう考えて師匠のナニカシタ過去を忘れる事にした。



それからの一日は、みんなダンに妙に優しかった。

ダンはそれがあまりに気味が悪くなって、幻想郷が滅ぶのではないかとか、アザトースの目覚めの前触れかと本気で心配したそうな。

真相は闇の中・・・・・・の方がいいでしょう。

そういう事実もあるってことです。





































ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ・・・・・・何処へ行こうというのかね?(話の流れ的な意味で)

いやぁ・・・時の流れは恐ろしいですね。

今回は激滅ビフォーアフターでしたよ。

いや、アフタービフォーか。

なんか、今はゴツかったけど昔は天使だった・・・みたいな話をよく見かけてね。

これ出そうかどうか迷ったけど・・・・・・出しちゃったぜ!ごめんねだぜ!

それでは!



[24164] 第五話 朝食万歳
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/11/22 22:12






朝の博麗神社から、トントンと軽快な音が聞こえる。



「ふんふふんふん♪ふんふふんふん♪」



そしてそれと同時に鼻歌も聞こえてくる。

歌っているのは博麗 霊那。

彼女は今、朝食を作っている真っ最中だった。

トントンと包丁は軽快に音を奏で、鍋はコトコトと歌っている。



「あ~さご~はんあさごはん♪きょ~おはなにかな?なんだろな~♪」



そんな感じで歌いつつ、彼女は切り終わった葱を鍋へと入れる。

軽くお玉で鍋の中身を混ぜてからそのままお玉ですくって味見をする。



「・・・・・・・・・うん、完璧♪さてと」



霊那は出来上がった味噌汁をそれぞれのお椀に入れる。

出来上がったばかりの味噌汁からは、食欲がそそられる匂いと白い湯気がフワッと立ち込める。

そして釜から炊き立ての白米をまた別のお椀に入れキラキラと輝く。

鮎の塩焼きも上手に焼けた。

焼き立ての香ばしい香りが鼻をくすぐり、これまた食欲を沸き立たせる。

それを確認した後、彼女は愛娘を呼んだ。



「霊羽ー?いるー?」



そんな霊那の声を聞いて、霊羽が台所へトコトコ入ってくる。



「・・・・・・・・・・・・出来た?」

「出来たわよ、朝ご飯。さ、持っていくの手伝って」

「・・・・・・・・・・・・ん」



霊羽は頷いて母が用意した朝食を受け取ろうとする。



「あ、ちょっと待って」

「・・・・・・・・・・・・?」

「これを忘れてたわこれを」



霊那はそう言って台所から卵を持ってくる。

そしてその卵をサッと割って中身を味噌汁に入れる。



「良い卵が手に入ったから、今日の味噌汁には卵がはいりま~す」

「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・」



霊羽はそれを見て嬉しそうに顔を輝かせる。



「それじゃ、お父さんの所に持っていこうか?」

「・・・・・・・・・・・・ん♪」



二人は仲良くそろって料理を居間へと運んでいった。






































「「「いただきます」」」



そんな三人の揃った声から朝食が始まった。



「ほう?今日は鮎の塩焼きか。どれ」



ダンは軽く鮎の身をほぐしてさっそく一口食べる。

すると程よい塩気と鮎の旨味がパッと口の中に広がる。

そして炊き立ての白米を口にすれば、白米の甘味が引き立ち、舌を楽しませる。



「・・・・・・・・・美味い」



ダンはそれしか言えなかった。

いや、この素晴しい朝食に他の言葉がいるだろうか?

そう考えてダンは顔をほころばせる。



「今日のお味噌汁も良い出来なのよ?」

「そうなのか?・・・・・・ほう?今日は卵が入ってるな」



味噌汁の熱さで程よく固まった卵を軽く崩してさっそく味を見る。

卵の甘さと味噌汁の塩気が程よく調和している。

その味を口の中で楽しんだ後に喉に通して腹に落とす。

すると体の中から暖かくなり、どこか落ち着かせる気分にさせられる。



「どうあなた?」

「今日も美味い」



言葉は短いが、ダンの思いは十分霊那に伝わった。



「そう、よかった♪霊羽も美味しい?」

「・・・・・・・・・・・・♪」



母の焼いてくれた鮎の塩焼きを食べながら、霊羽は笑顔でコクコクと頷く。

霊羽のそんな笑顔を見て、霊那もつられて笑顔になる。

料理の種類は三品と少ないが、それは素晴しい朝食だった。



「こんな朝食を食べさせてくれるなんて、良い嫁を貰えてよかったわねダン」

「・・・・・・そうだな。またお前が摘み食いに来なければ最高なのだがな、紫」



何時の間にかまた現れた紫に、ダンは苦笑を浮かべ皮肉で迎え入れる。



「もう、そんな事言わないのダン。紫も食べる?一応用意はしてあるけど。ほら」

「あらありがとう。準備がいいのね」

「霊羽がお婆ちゃんと一緒に食べたいって言ってたもんね~♪」



霊那はそう言って霊羽の頭を撫でる。



「もう、可愛い事を言ってくれるわね~。ウリウリ」

「むー」



紫は霊羽の頬を手で挟んでウリウリと動かす。

実に微笑ましい光景だった。



「食べるならちゃんと座れ」

「はいはい。父親が板についてきたわねダン」

「まあな」



紫は用意された席に着くと、霊羽をチョイチョイと手招きする。



「一緒に食べましょ霊羽。ほらほら、お婆ちゃんの膝に座って座って」



霊羽は紫の言葉にコクリと頷くとチョコンと紫の膝の上に座る。



「はーい、アーン」



紫は箸で取った鮎の白身を霊羽の口元へと運ぶ。


「アー」

「はい」

「ン・・・・・・・・・」



パクリと食べる霊羽。

その表情は実に幸せそうだ。

食べ終えた霊羽は、お返しに今度は自分から紫に同じようにして箸を紫の方へと持っていく。



「アー・・・・・・・・・・ン」

「はい、アーン」



紫は差し出されたそれを幸せそうにパクつく。

そのお味は?



(・・・・・・・・・ああ、幸せ)



幸せそうな笑みを浮かべる紫を見れば、それがどれほど美味いかは言うまでもないだろう。

そんな二人を見て霊那は。



「はい、あなたアーン」



つい真似したくなった。



「・・・・・・・・・・・・」



ダンは無言で口を空ける。

さすがにアーンなんて言えなかったようだ。

霊那はそれに苦笑しつつも、ダンの口にご飯を入れる。



「どうあなた?」

「美味い・・・美味いが・・・恥ずかしいな」



恥ずかしそうにそう答えるダンを紫は指差す。



「ほらほら霊羽ちゃん?お父さん恥ずかしがってるわよ?可愛いわね~」

「止めろ紫。あまり言うならこちらにも考えがあるぞ?」

「あらあら?どうするつもりかしら?」



紫はニヤけ顔でダンが何をするつもりなのか尋ねる。



「霊那はお前の娘も同然、霊羽はお前の孫と言ってもいいだろう」

「ええ、そうね」

「だったら、私がお前をお義母さんと呼んでもいいかね?」

「・・・・・・・・・・・・え?」



この老人は今なんと仰いましたか?

紫は目を点にして頭を真っ白にする。

確かにダンは自分よりも年下だ。

だが見た目は完全にあちらの方が上。

そんな老人にお義母さんと呼ばれるのは。



(私がもっと年を取ってるように見えるじゃないのッ!)



霊羽はまだいい。

お婆ちゃんと言われても微笑ましいものになる。

だがダンは駄目だ、不味過ぎる。

第三者が聞いたらなんと言われることやら。



「あまりからかうようなら、私はお前のことをずっとそう呼ぶぞ?それでもいいのかな?」

「勘弁してください。それだけは」

「ならばいい」



口ではどうしても勝てないと紫は心の中で泣いて悔しがる。

そんなやり取りを見ていた霊那は腹を抱えて笑うしかなかった。

そんな幸せな空気な中、一人いや、一匹悲壮感を漂わせる者がいた。



「あの、ご主人様?私のご飯は?」



またもや空気となっていた玄爺だった。



「・・・・・・・・・・・・・・・あ」

「忘れてたんですね?そうですね?」

「あ、あははははははは。き、気にしなーい気に「しますよ」・・・・・・ごめん」



さすがに誤魔化すのは駄目だった。

玄爺の周りの空気がズゥンと重くなる。



「いーんですよいーんですよ。どうせ私は空気亀ですよ。地味な存在ですよ」

「も、もう玄爺ったら落ち込まないでよ」

「ごめんなさい。私今の今まで全然気が付かなかったわ」

「私もだ・・・・・・すまん、玄」

「紫・・・ダン・・・言って良い事と悪い事があるわよ」

「「霊那に言われたくない」」

「・・・・・・・・・はい」



そんな中、ションボリとする母と亀を見て、霊羽が動く。

ご飯に味噌汁をかけ、それを玄爺の前に置く。



「あの・・・・・・これは?」

「・・・・・・・・・かめまんま」

「いや、これはねこま「かめまんま」・・・・・・・・・そうですか」



霊羽がそう言うのなら、それでもういいだろう。

それに折角自分の為に霊羽が用意してくれたのだ。

それにケチを付ける訳にはいかないだろう。

そう考えた玄爺はさっそく食べることにした。



「いただきます」



そう言って玄爺はねこまんまもとい、かめまんまを食べる。

箸を持って。

そのお味は?



「・・・・・・・・・美味しいです」



玄爺はその味を噛み締める。

少ししょっぱいのか、涙が出てきた。



「あれ?玄爺卵生むの?」

「生みませんよッ!私オスですよッ!」

「もう、冗談よ冗談。ほらほら、みんな食べましょう?何時までも片付かないわ」



霊那のそんな言葉で、みんなそれぞれご飯を食べ進める。

博霊神社の朝食はこんな感じで進んでいった。





































「しまったッ!出遅れたかッ!」



その後、寝坊した悪霊が遅れてやって来たそうな。





































11月22日が良い夫婦な日。

それに気付いて急いで書いたのがこれです。

気が付けば夫婦じゃなくて家族になってるけど・・・気にしなーい気にしなーい。

しかし玄爺の空気っぷりは凄いな。

感想でも一度も玄爺について誰も言わなかったのがその証拠だ。

それでは!



[24164] 第六話 新月異変
Name: 荒井スミス◆47844231 ID:d86d6c57
Date: 2010/12/24 19:48






時間はもう遅く、夜の闇が冷たい夜風と共に辺りを包んでいた。

そんな中、ダンは自分の家へと帰っている最中だった。

ダンは博霊神社から魔法の森へと帰る中、今日の事を思い返す。

魔理沙に簡単な、片付けに役立つ魔法を教え、それを神社で実践しようとした。

そうしたら案の定失敗し、神社は大惨事。

巫女の怒りを買った魔理沙はそのまま残り、魔法無しで片付けをする破目になった。



「・・・まだ制御が苦手な所があるか。そこが課題だな」



そんな事を思いながら家路に着く中、ダンは自分に近付いて来る気配を感じた。

その気配が近付くにつれ、周囲から小さな気配達が消え、辺りが段々と暗くなってきた。



「これは・・・まさか」



ダンが呟いたその時、鈴を転がすような声が彼の耳に届いた。




















「――――――貴方は食べてもいい人類?」

「――――――いや、喰えない魔法使いさ」




















目の前に現れた腕を広げて十字の形になり、空を飛ぶ妖怪の少女ルーミアにダンはそう切り返した。

ルーミアはダンに気付くと笑顔を見せてフヨフヨと飛んで近付く目の前に着地した。



「あ、ダンなのかー」

「なんだ?また腹でも空かしたか?」



答えなぞ分かりきってはいたが、それでもダンは確認する。



「そーなの。だから食べていい?」

「煮ても焼いても喰えないぞ?それに肉も硬い」



笑顔で答えるルーミアに、ダンはやれやれと困り気味で返事をする。



「そのまま食べるから大丈夫よ。歯応えがあった方が健康にも良いし。
 それに喰えないなんて言うけど、貴方とても美味しいじゃない」

「・・・・・・今朝焼いたパンがあるから、それを食べろ」

「わはー」



ダンが取り出した焼きそばパンを受け取り、ルーミアは幸せそうにそれを頬張る。

もぐもぐとパンを食べるルーミアを見て、ダンは溜め息を吐いて一安心する。



「やれやれ、なんとか食われずに済んだか」

「あぐ・・・あぐ・・・んぐ・・・これも美味しいけど、やっぱりダンの方が美味しいな」



食べ終わったルーミアはそんな感想を漏らした。

そんな感想を聞かされたダンは堪ったものじゃないとばかりに苦笑するしかなかった。



「勘弁しろ。お前には昔散々食われただろうが」

「そうだっけ?」

「三百年程前だ。忘れたとは言わさんぞ?」

「食べたら思い出すから食べさせて」

「パンのおかわりでも食ってろ」

「わはー」



ダンはもう一つルーミアに焼きそばパンを渡し、ルーミアもこれまた嬉しそうに受け取り食べ始めた。

本日二つ目の焼きそばパンを、満足そうに食べるルーミア。

それを見て、ダンは苦笑するしかなかった。

こんな奴に三度も殺されたなどと、今のルーミアを見てそう思わずにはいられなかった。

そう、あの新月異変を引き起こした最悪の怪物が目の前の少女だったなどと、当事者である自分にすら信じられなかったのだ。




















――――――それは突然の出来事だった。

――――――幻想郷から、太陽が消えた。

――――――太陽は闇に喰われてその姿を消し、幻想郷の全てが闇に包まれた。

――――――このまま放置しておけば、幻想郷は闇の中へと消えて消滅するだろう。

――――――それは、今から三百年程前に起きた異変。

――――――幻想郷の存亡が懸かった異変の一つ。

――――――その異変の名は、後にこう呼ばれ続ける事になる。

――――――新月異変と。




















「ぐ、ガァァァァァァァァァァッ!」



辺りに魔法使いの断末魔が響き渡る。

それもそうだろう。

大魔法使いダン・ヴァルドーは、その左半身を食い千切られたのだから。



「ダンッ!」



それを見た博麗 霊那は大声を上げて夫の名を叫ぶ。

ダンの体が崩れ落ちようとしたその瞬間、黒き光が弾けて、喰われる前のダンの姿がそこにいた。



「・・・・・・くぅ、これで三度目か。化け物が」



蘇生魔法による復活はこれで三度目だ。

そう、ダンはこの戦闘で既に三度死んでいるのだ。



「ダン、大丈夫?無理してない?」

「してるさ。しなければならないだろう?だがここまで苦戦するとはな・・・くぅ」



すぐにダンに駆け寄り心配する霊那にそう言ったダンは、天を見上げる。

そこには新月を背にして二人を見下ろす、今回の異変の元凶が君臨していた。



「美味しい・・・凄く美味しいわ貴方。こんなに食べられたのにまだ力が・・・いえ違うわね。
 追い詰められれば追い詰められる程に、力が増していく。その度に凄く・・・凄く美味しくなってくるわ」



そこには、美しき闇が存在していた。

流れるように輝く金色の長髪。

深紅の血を思い出させるように瞬く赤い瞳。

纏う雰囲気と反して艶めかしく光る白磁の肌と、豊満かつしなやかな肢体を包み込む闇のドレス。

その姿は見た者全てを魅了し、そして滅ぼす魔性の化身そのものだった。

万物を創造した神ですら彼女を創造する事は不可能ではないかと、そう思わせる美しさがそこに存在していた。

その存在が、血で朱に染めた唇で、心を、魂の全てを奪うかのような音色の声で、二人に話しかける。



「とても美味しい、とても楽しい・・・私は今、きっと幸せなのね。だってこんなにも心が躍るのだから。
 ねぇ?もっと食べてもいいかしら?全部食べたらどれだけ美味しくなるか、味わいたいの」

「断る」

「そうよッ!なに人の旦那に色目使ってるのよッ!」

「・・・そういう問題ではないだろうに」



こんな状況でも変わらない妻に、夫は呆れると同時に安堵する。

戦いが始まってから既に三十分以上が経過していた。

三人の周囲は地獄と化して荒れに荒れていた。

天が轟き、地が裂け、辺りは焦土となり崩れていった。

焼けた大地の焦げ付いた不快な臭いが辺り一面に蹂躙して広がる。

そこは今、三人の命以外は存在していない死の世界だった。

ダンと霊那の二人の疲労もピークに差し掛かってきた。

ダンが攻撃を担当し、霊那が能力を使用して防御を担当した。

だが敵の猛攻は激しく、霊那の力で治められなかった攻撃が何度もダンに向かい傷付け、そして殺されたのだ。

今は全力での戦闘はもう十分続けられるかどうかといったところ。

二人もこれほどまでに消耗するとは予想だにせず、嫌な汗が流れる。

紫達は被害を最小限に抑える為に、この異変に混乱し暴れる他の妖怪の鎮圧に向かったり、

この戦場の戦いが広がらないように周囲に結界を張り維持している為にこの戦闘に参加する事は不可能。

状況はダンと霊那に不利なものになっていた。

そんな二人に疲労の色すら見せない闇の化身は、ただ自然に、そして優雅にまた話しかける。



「だったら私に夫婦仲良く食べられる?貴女も、とても美味しそうだもの。
 それにその人と愛し合ってる・・・一緒に食べたらどれだけ美味しいのかしら?ああ、食べてみたい」



微かに手に付いた血を舐め取り、幸せそうに闇は二人に告げる。

本当にそれが幸せな事だと、心の底から思っているのだろう。

そこにいるのはまさに魔性の怪物美貌の悪魔。

神代の時代から存在する魔物であった。

だがそんな怪物を目の前にしても魔法使いと巫女は決して怯む事なく対峙する。



「それも」「お断りよッ!」



魔法使いと巫女が空を飛び、そして同時に攻撃を仕掛ける。



「腐敗せよッ!その魂と共にッ!」



―――不浄なる霧の国―――



「神獣符・青竜ッ!我が眼前の魔を払い清めたまえッ!」



―――霊符「夢想封印 流」―――



闇の具現の周囲に土気色の霧が立ち込め、腐敗させ犯さんが為に標的に向かう。

彼女はそれから逃れようとしたが、こちらに向かう霧の速さが増していく。



「流れが速くなった?へぇ・・・でも、またこうすればいいか」



彼女の周りに漂う闇が彼女自身に集まり、一つの球体と化す。

その球体の周りを霧が覆うが、霧は闇に触れた途端に飲み込まれていった。

それを見たダンは忌々しいとばかりに顔を歪め呟く。



「やはり、そうなるか・・・」

「あなた、あれって一体?」



先ほどからずっと、こちらの攻撃はあの闇に飲み込まれていった。

ダンの魔法も、霊那の封印術もだ。

接近戦を仕掛けようともしたが、その度に体が飲み込まれ食われた。

だから二人はこれまで遠・中距離からの攻撃を仕掛け続けてきたのだ。



「・・・恐らくだが、あの闇が私の霧を食らったのだろう。
 触れただけで絶命し、死体となってなおも叫び続ける程の腐敗の苦しみを与える私の霧をな」

「それ悪役の業でしょうに・・・」



物騒な魔法ばかり使うダンに呆れる霊那。

闇の球体が解除され、彼女の姿が戻る。



「もうなにあれ?全然美味しくなかったわ。気分が悪いわ気分が」



がっかりした表情を浮かべ不満を漏らす彼女。

ダンのあの霧を闇で飲み込みそれを喰らったのだ。

彼女が纏い操る闇は、まさに彼女の口そのものの機能を持っていたのだ。



「あれをそう評価するお前に言われたくないがな」



彼女の不満を聞いてダンはそう言い返すが、ジットリと冷や汗を流していた。

霊那と組んでここまで苦戦するのは初めての事だった。

一度組めば龍すら打倒出来るとまで言われた自分達がだ。

それは霊那も同じ思いであり、普段は見られない緊張した表情を浮かべる。

そんな二人を見て愉快そうに、闇の化身は話しかけてきた。



「ふふ・・・ねぇ二人とも、私が恐い?闇が恐い?」

「それは・・・」

「闇を恐がらぬ者などいない。だがだからこそ人は闇に立ち向かう事が出来る」



少しの座興とでもいうのか、彼女は二人の反応を見て楽しんでいた。



「そう・・・そうね、確かにそうね。じゃあ何で闇が恐いか分かる?それはね・・・分からないから。
 闇の先は見えないから、闇の中に何がいるか分からないから。だから人は闇を恐れるのよ。
 闇への恐怖は未知への恐怖とよく似てるのよ。分かる二人とも?」

「まあな・・・」

「なんとなく・・・ね」



闇の化身のその言葉は、言われてそうかと納得出来るものがあった。

何があるか分からないから、何がそこにいるか分からないから、だから恐い。

そこには自分の知らない恐怖の存在があるのではと、考えられずにはいられない。

それが闇の恐怖というならなるほど、理解出来るものがある。



「でもね、闇の中にいる者だって、恐いものがあるの。それはね・・・自分を知られてしまうという事よ」

「・・・何故それを恐れるのだ?」

「光は全てを照らしてくれるわ。暖かく、そして無慈悲にね。
 無慈悲に、自分のさらけ出したくないところまで。それが恐いのよ。貴方なら分かるんじゃない魔法使いさん?
 だって貴方は闇の住人なんだものね」

「・・・そうだな」



霊那に知られればきっと自分を恐れてしまうであろう過去を、ダンは数多く持っていた。

それを知られるのはとても恐い。

だから彼女の言葉を、ダンは理解する事が出来た。



「闇は全てを包み込んでくれる。黙って、全てを受け入れてくれるわ。そう、この世界以上にね。
 闇は全てを受け入れる。どんなものでも、優しく受け入れてくれるわ。
 その優しさは母親が子供に与える優しさそのものと言ってもいいわ。闇とはそういう性質もあるのだから」



そう語る彼女は微笑んでいた。

まるで我が子の為に子守唄を歌う慈母の如く、彼女は微笑んでいた。



「全ての幻想は、全ての存在は闇へと帰り、そして私と一つに・・・どう?素晴しいとは思わない?」

「生憎、そんな願望は無いよ。私には叶えたい夢があるのでね。それを成すまでは死ねんよ。
 それに母親におんぶに抱っこするような歳でもないのでな。その申し出は断らせてもらおう」

「私もよ。この手で孫を抱くまでは死ねませんよーだ」



そう言って挑発する二人を、彼女は楽しそうに笑って見詰める。

先ほどの母のような微笑みではなく、無垢な子供の楽しそうな笑顔で。



「そーなのかー・・・まあしょうがないか。誰だって死にたくないもんね。
 でも私だって目的を止めるつもりはないわよ?私だって、やりたい事があるんだもん」



そう言うと同時に、彼女の手に闇が収縮し一振りの大剣が具現化する。

それと同時に彼女の顔が真剣な目付きに変わり、キッと二人を鋭い眼光で睨み付ける。



「止める訳にはいかない。新しい幻想の世界を生み出す為にも、新たな幻想が生きる事が出来る世界を、創造する為にもね」

「それが貴様の目的か。大層なものだな」



ダンの魔杖も黒き魔力を収縮させて、暗黒の長剣を生み出す。



「霊那、五獣結界を頼めるか?それも飛び切りのものをな。一つ、試してみたい事がある。
 それまでの時間稼ぎは私がしよう」

「いいわ、任せてあなた。最高の結界を生み出してみせるわ」



ダンが何をするのかは分からなかったが、ダンを信頼する霊那はただ言われた事を成すだけ。

そう、ただ自分に出来る事をするだけだ。



「時間は?」

「四十秒ッ!」

「分かったッ!」



叫ぶと同時にダンは転移する。

そして闇の化身の頭上に現れ黒き刃を振り下ろす。

化身もそれに即座に反応して自らの闇の刃でそれを受け止める。

瞬間、黒き魔力と闇の力がぶつかり弾ける。



「アハッ!凄い凄いホント凄いッ!よくそんなに力が出るわねッ!火事場のなんとかってやつ?」

「それだけの馬鹿力を持ってよく言えるなッ!」



再度転移してダンはまた斬り掛かるが、彼女は恐るべき速度で反応してこれを防ぐ。

その気になれば闇を展開してまたダンを喰らう事も出来たのだろうが、彼女はそれをしない。

楽しんでいるのだ、この魔法使いとの戯れを。

剣と剣がひたすらにぶつかり合い、二人はそれをただ繰り返す。

十、二十、三十とぶつかり合い黒き光が瞬き、百、二百、三百と斬り合い闇の影が舞う。

怪物と怪物のぶつかり合いが、そこに存在していた。



「凄いわねぇ。見た目がそんななのにそこまで動けるなんて」

「それはこちらも同じだ。そんな見た目でその剣をそこまで振るえるとはな」



斬り合いながら、打ち合いながら、二人は会話する。

ダンは汗を流し、彼女は楽しそうにしながら。

どちらが不利でどちらが有利な状況なのかを物語るように。

ダンと切り結ぶ中、彼女は霊那の方をチラ見る。



「あっちの巫女も何かするみたいだけど・・・どうしようかしらねー」

「手を出される訳にはいかんなッ!」

「そんな事言わないでよーもう。ちゃんと相手してあげてるじゃない」

(霊那まだか?そろそろこちらが押され始めた。頼む・・・急いでくれッ!)



初めはこちらが攻めていたが、段々と攻守が変更されてきた。

ダンが転移と同時に斬り掛かるのではなく、彼女がダンが転移して現れた瞬間に斬り掛かるようになっていったのだ。

一方霊那はダンが時間を稼いでいる間に、自身の力を極限まで高めていた。

最高の一撃を放つ為に限界まで高め、そして自らを追い詰めて限界以上に高める。

霊那が右手に持つ五枚の霊符にその力が注ぎ込まれ、眩しく輝く。

次の瞬間、霊那の目がカッと見開かれる。



「―――青竜―――朱雀―――白虎―――玄武―――黄竜―――」



霊那の告げたそれぞれの霊符が極限まで輝き光を放つ。



「五行の力をもって我、幻想を封ぜんッ!」



彼女の手から五行神獣符が放たれ、闇の化身の周囲を取り囲む。

ダンはその瞬間また転移してその場からすぐさま離れた。

その瞬間に五行神獣符が幻想の境界を生み出し、そして宣言される。



―――万象「五獣結界」―――



全ての符が眩しく輝き、幻想の結界は生まれ化身を取り囲み、捕らえる。

彼女は自分の周りを囲む結界を見て、それに冷笑し再度闇の球体を纏う。



「無駄よ。こんなものまた私の闇で・・・え、嘘ッ!?」



闇の化身が予想外の事態に驚きの声を上げる。

闇の球体を、最強の攻撃と防御を兼ね備えた彼女の闇が、霊那の生み出した五獣結界を飲み込めなかったのだ。

彼女は急ぎ闇を拡大して飲み込もうとするが、結界の中から出る事敵わずに弾かれるだけであった。



「私のこの五獣結界、そう簡単に破れるような代物なんかじゃないわよッ!」



博麗 霊那の最高最強の結界奥義であるこの万象「五獣結界」は、一度発動すればどのような存在も捕らえる幻想の結界だ。

彼女の生涯全てを懸けて生み出された彼女だけの幻想。

いかに闇の化身たる彼女でも、これから逃れる術を持っていなかった。



「クッ・・・でも、私を滅するまでの力は無いようじゃない。
 それにこの結界も長くは持たない。ただ捕まえるだけでは私は「その心配はいらん」この声・・・まさかッ!?」



自分の頭上から聞こえた声の方を急ぎ見る。

そこには先ほどまで自分に斬り掛かり攻撃をしてきた魔法使いがいた。



「攻撃は私の担当だ。そしてその結界はこの私の魔法を行使する為の時間稼ぎという訳だ」

「その時間を稼ぐ為に、貴方は今まで時間稼ぎをしていたのッ!?」

「まあ、そういう事だ」

「あなたッ!そこまで時間はもたないわよッ!」

「妻がああ言ってるのでな。悪いが・・・説明は省かせてもらうぞッ!」



魔杖を振り上げ、魔法使いの詠唱が始まる。



「混沌の海にたゆたいし世界に君臨せし異界の魔王達よッ!我が名はダン・ヴァルドーッ!
 我が名に我が呼び掛けに応え、我が眼前の敵を滅ぼしたまえッ!」



詠唱が始まると共に、ダンの後ろの空間が裂けていく。

その空間の裂け目の奥にうごめく存在がいる。

圧倒的な何かが、その空間の奥に存在していたのだ。



「赤眼の魔王よッ!闇を撒くものよッ!蒼穹の王よッ!白霧よッ!その大いなる力を示したまえッ!」



その詠唱を唱えた瞬間に、空間からその圧倒的な何かが飛び出す。

その瞬間に、周囲の世界が一変した。

彼女は目の前に現れたその存在達を見て、そして驚愕する。



「なによこれ・・・一体なんなのよこれはッ!?」



闇の化身は目の前の世界を見て叫ばずにはいられなかった。

七つの赤眼が自身を見詰める。

五つの闇が広がっていく。

光を失ったはずの空が蒼穹へと変わっていく。

そして周囲に濃い白い霧が立ち込めていく。

彼女にはそれがなんなのか分からなかった。

だが分かる事もあった。

これは全て闇だ、自身が今まで見た事も聞いた事も無い闇だ。

自分とは全く別の闇の化身達だと、彼女自身の闇の本能が告げる。

彼女が今見ている世界は彼女が知らない四つの異質な闇によって構成された、暗黒の世界だった。



「闇を打ち払うは光。だがそれが全てではない。より強大な闇で飲み込む事もまた真理よ」

「闇で・・・闇を滅ぼす気かッ!?」

「――――――然り」



大魔導師ダン・ヴァルドーは不敵にして邪悪な笑みを浮かべる。

それはまさに勝利を手にした者の笑みだった。



「うっわぁ・・・どっちが悪役だか分からないわねぇ」



霊那はそんな夫の見事な悪人面に、呆れを通り越して歓心さえした。

一方闇の化身たる彼女は、目の前の存在に恐怖していた。

自分の知らない未知の闇に、彼女は恐怖したのだ。



「貴様の力は強い。まさにこの魔王達に匹敵するほどにな。それが此処に四体。貴様に勝ち目は――――――無い」

「私が・・・負ける?滅びる?・・・ありえない・・・あって――――――タマルカァァァァァァッ!!!!」



叫びと共に彼女は力の全てを解放し、全てを飲み込まんと猛り狂う。

その理不尽なまでの力により、五獣結界に皹が入る。



「くぅ・・・そろそろ、限界みたい」



霊那は既に霊力が尽きかけていた。

五獣結界は本来の力を発揮出来なくなり、そして――――――



「ガァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!」



破壊され、その闇に飲み込まれた。



「だが――――――もう遅い」



ダンが魔杖を振り下ろし、死を宣言する。



「滅ぼし、混沌へと還したまえ――――――魔族の王達よッ!」



―――「四界の魔王」―――



七つの赤眼から閃光が放たれる。

五つの闇が武器となり進撃する。

蒼穹の空が落ちて押し潰そうと襲い掛かる。

白い霧が飲み込もうとその濃度を濃くする。

異界の魔王の闇が、闇の化身たる彼女を飲み込む。



「嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌嫌嫌・・・イヤァァァァァァァァァッッッ!!!!」



それが、闇に飲まれた闇の化身の叫びであった。





































闇の化身である彼女が倒されたと同時に、幻想郷の空に太陽が再びその姿を現した。

暖かな日差しが降り注ぎ、優しく照らし出す。

三人が戦った戦場もまた同様にその光が降り注ぐ。

そんな中、霊那はすぐさまダンの下に飛んで駆け付け、今にも倒れそうな夫を支えていた。



「まったくあんな無茶して・・・大丈夫なのあなた?」

「あの闇の化身に匹敵する魔王の力を、四体も借りたのだ。さすがに・・・堪えるな」

「それ、失敗したら幻想郷がやばかったんじゃないの?」

「失敗したらな。だが成功した。その自信もあったしな」



自信満々に笑うダンを見て、霊那は苦笑するしかなかった。

この人の妻をやるのは、死ぬほど苦労するものだと、そう思った。



「どれ・・・行くか」

「行くって・・・しばらく休んだ方がいいわよあなた?」

「そうも言ってられん。まだ・・・片付いてないのでな」

「片付いてないって・・・一体・・・?」



おぼつかない足取りで歩いていくダンの後を心配そうにして着いていく霊那。

全てが終わったはずなのに、何故まだダンの顔が恐いままなのかが、霊那には分からなかった。

だが、それはすぐに分かった。



「ヒック・・・えぐ・・・うう、うぁぁぁぁぁ・・・」



歩みを止めたダンの先にいた――――――泣いてる少女を見つけて。



「この子まさか・・・」

「最後のあの瞬間、こいつは自身の全ての闇を防御に回して防ぎおった。
 その所為かどうかは分からんが、力の全てを使い切ってこんな姿になったのだろう」



あの魔王達の攻撃の嵐の中、彼女は自身の闇の衣の密度を極限まで上げて辛くも生き延びる事が出来た。

だがその結果、力を失い小さな少女の姿へと変化してしまったのだ。

今の彼女に、先ほどのような圧倒的な力も威厳もそこには無かった。

ドレスの残骸のボロ布を纏っただけの、泣いているだけの少女の姿しかそこには無かったのだ。



「ダン・・・この子をどうする気なの?」



霊那は嫌な予感がした。

ダンの、夫の顔が、知識を貪欲に探求する魔法使いのそれに歪んでいたから。

そして彼女のその予感は残念な事に見事的中していた。



「力を失ったとはいえ、その根幹が無くなった訳ではない。これほどの強者なら、我が魔杖の贄となるに相応しい。
 さあ、久々の強敵だ。思う存分喰らうがいい――――――グレイヴヤード」



ダンが魔杖グレイヴヤードを地面に突き立てると、黒金の魔杖はその姿を歪め始める。

そして次の瞬間に魔杖に口が生まれ牙が生え、眼前の獲物を喰らわんと腕を生やしてその腕を伸ばす。

それを見た少女は怯えて逃げようとする。

だが体に力が入らず、その場から逃げる事が出来なかった。



「いやぁ・・・来ないでぇ・・・いやぁ、いやぁ・・・」



涙を流して力無く、叫びにすらならぬ叫びを上げて少女は怯え震える。

そして少女を捕らえようとした魔杖の腕は――――――



「えい」



巫女によって打ち払われた。

魔杖はゲギャァと気持ち悪い悲鳴を上げて倒れ、元の杖の形状に戻った。



「何をする・・・霊那?」



訳が分からないといった顔のダンに、霊那は呆れ半分怒り半分で睨み付ける。



「いや、いい加減悪役するのは止めなさいよねあなた?ものすっごく恐いわよ?」

「そういう問題ではない。何故、その者を助けるのだ?」

「だって、もう終わったじゃない。もうこの異変を起こしたあの妖怪は、消えちゃったのよ」

「まさかとは思うが・・・子供の姿をしているから殺せない、などと言うつもりではないだろうな?」

「・・・・・・駄目、かな?」



懇願するような悲しそうな目付きで、霊那はダンを見る。

それを見たダンは、溜め息を吐いてこう言うしかなかった。



「・・・好きにしろ」



ダンはそう言うしかなかった。

霊那にこんな顔で頼まれれば、自分はそう言うしかなかった。

なんだかんだで惚れた相手の頼みだ、聞かない訳にはいかなかった。



「ありがとう・・・あなた」



霊那はダンに礼を言うと、その少女に近付いていった。



「ヒッ・・・!」

「大丈夫・・・恐がらなくていいのよ?」



怯える少女に霊那はそう言って近付き、そっと優しく抱き締めた。



「え・・・?」



抱き締められた方の少女は訳が分からなかった。

どうして先ほどまで殺し合いを相手を助けて、抱き締めるのかが、理解出来なかった。



「どうして?どうして私を助けるなんて・・・」

「いやね?今の貴女の姿が、私の娘と同い年くらいに見えちゃって・・・それでなんだかほおっておけなくなってね」

「それだけ?それだけなの?」

「そうそう、それだけそれだけ。だからもう気にしなーい気にしなーい。ね?」

「・・・・・・うん」



笑って答える霊那を見て安心した少女は、小さく頷き返事をする。

霊那の笑顔を見て、もう大丈夫なのだと安堵した彼女に霊那は語る。



「それに、此処は幻想郷だもの。幻想郷は全てを受け入れるわ。貴女が言った闇と同じようにね。
 だから安心して、此処にいていいのよ?」

「・・・・・・そーなのかー」

「そーなのよー・・・ふふふふ」



霊那は笑って少女を抱き締める。

愛娘である霊羽と同じように、彼女は優しく抱き締める。



「やれやれ・・・お前には敵わんな、霊那」

「うー・・・」



二人を見て呆れるダンを、少女が何か言いたそうにして睨み付ける。



「あれ?どうしたの?」

「・・・・・・あの人恐い」

「・・・・・・アッハッハッハッハッハッ!そうねー恐いねーこのお爺ちゃん。
 でもね、面白いところもあるのよ?例えば・・・こぉんな感じでッ!」



霊那はダンの方に近付くと、いきなりダンの頬を掴んで引っ張ったり縮めたりして顔を歪ませ始めた。



「ハッハッハッーどうだッ!こんな事とかもされちゃうんだぞー?」

「・・・やへふぁいふぁへいは」

「いーやでーすよーだ。ほらほら見なさいこの間抜け面をッ!」

「おー・・・」



霊那が作るダンの百面相を興味深く眺める少女。

それを見た霊那は安心した顔になり、そしてもう一度近付いていく。



「ねぇ?よかったら私の所に来ない?霊羽の、あ、私の娘なんだけどね?その子の友達になってくれないかな?
 あの子と貴女だったら、きっと仲良くなれると思うのよ」

「まあ・・・霊羽の能力が能力だしな。闇の化身であるこの者との相性も悪くないだろう」

「でしょでしょ?だからどうかな?私達の所に来てくれないかな?」

「・・・いいの?ホントにいいの?ホントのホントに?」

「ホントによ。ホントのホントに・・・ね」

「・・・・・・ありがとう」



笑顔で答えた霊那に、彼女もまた笑顔で答えて返事をした。



「そうだ。ねぇ、貴女名前は?そういえば全然聞いてなかったわね?」

「名前?・・・あれ?なんだっけ?リュ・・・ル?ルー・・・あれ?あれ?」



自分の名前を言おうとした時、彼女は言葉が詰まる。

それを見た霊那は何事かと心配して彼女に尋ねてきた。



「どうしたの?まさか忘れちゃったとか?」

「ううん違う。生まれて初めて名前を言うから、なんていうか・・・なんだろ?」

「いやなんだろって言われても・・・ただ名前を言えばいいわよ」

「うん・・・分かった」



霊那の言葉に少女は小さく頷き、そして、自分の名前を告げた。



「――――――ルーミア。私の名前はルーミアだよ、うん」

「ルーミア・・・良い名前ね」



霊那は少女の、ルーミアの名前を聞いてただ思った事を口にした。

それを聞いたルーミアは嬉しそうに顔を輝かせる。



「本当かー?」

「本当よーうりうりうり」

「わはー」



霊那がルーミアの頬に自分の頬を当ててうりうりし始めた。

されているルーミアも、なんだか楽しそうである。

そして霊那はルーミアを見て、彼女に告げた。



















「今日から貴女も幻想郷の一員よルーミア。ようこそ、幻想郷へ」



こうして幻想郷の暢気な巫女さんは、笑顔で新しい住民を迎え入れたのであった。

















「もう随分昔の事だな・・・懐かしいかぎりだ」

「そーなのかー」



ルーミアと昔語りをしていたダンは、話の最後にそんな感想を漏らした。



「その頭の護符も、まだ付けているのだな」

「まあね・・・」



ルーミアの頭にある、赤いリボンの形の御札が揺れる。

これは霊那がルーミアの為に造った特別の品だった。

霊那がこの御札をルーミアに渡す時に、彼女は御札についての説明をした。



「いいルーミア?これは貴女の力を封じる為の御札よ?あ、触っちゃ駄目よ?ビリッとするから。
 これを付けていれば、誰も貴女があの異変を起こした人だなんて思わないから。
 まあ、そんなの気にする人はいないと思うけど、念の為にね。
 それと、これを付けてたら力も回復しやすくなるのよ。
 今はまだ力が戻ってないけど、いざとなったらエイッ!って感じで外してね。
 そして・・・そしてね?その時はたぶん、私がもういないと思うの。
 だから、だからその時は、貴女にこの幻想郷を守ってほしいの。お願いね、ルーミア」



自分がいなくなった時の幻想郷を守ってほしい。

ルーミアの頭の御札には、霊那のそんな想いも込められていたのだ。



「力も元に戻っただろうに・・・あの異変を覚えている者なぞ、数えるほど。
 真実を知る者ももう、私とお前くらいなものだ。もう元の姿に戻ってもいいのではないか?」

「んー・・・もうずっとこの姿のまま過ごしてきたから、このままでもいいかなって思うんだ。
 あ、霊那の頼みはもちろん果たすつもりだけどね?でも私が本気を出すような異変も無かったし。
 それでずっとこのまんまなんだよね」

「まあ、そうならないのが幸いではあるな」

「そうそう」



ダンの言葉に頷くルーミアは、本日五個目の焼きそばパンを手に取り口にしてぺロリとたいらげた。



「ごちそうさまー美味しかったよ」

「ああ待て、口にソースが少し付いてるぞ?」

「むー」



ダンはハンカチを取り出してルーミアの口元を拭き取る。

かつてこの二人が命のやり取りをしたのだと、この光景を見て誰が信じようか?

当の本人達ですら、もう疑わしいとさえ思っているのだから、きっといないだろう。



「よし、これでいいぞ」

「ありがとうダン」



気が付けば時間は既に真夜中、逢魔が時。

辺りは冷たい月明かりの光に照らされ、伸びる影はその色を更に濃くしていた。

ダンは思った以上に話が長引いた事に気付き、話を切り上げる事にした。



「さて・・・そろそろ帰るとするか」

「もう行くのか?」



若干寂しそうな顔でダンを見るルーミアを、ダンはポンと軽く一撫でして言う。



「なに、会おうと思えば、すぐに会えるさ。私にも、霊那にも霊羽にもな」

「うん・・・そうだね。それじゃあねダン」



ルーミアはそう言ってフヨフヨと空を飛んでその場から離れる。

ダンもそのまま家路に着こうとしたその時、ルーミアが呼び止める。

――――――そう、懐かしい声でだ。



「ねぇ・・・ダン」



ダンはその声にハッとして振り向く。

そこには月明かりに照らされた、在りし日の闇の化身だった頃のルーミアの姿があった。

そんなルーミアを見て、ダンはただ驚くしかなかった。



「ルーミア・・・お前」

「ふふ・・・貴方の驚く顔、久々に見れたわね。嬉しいわ」



驚くダンを見て愉快そうに笑うルーミアは軽く手を振り、別れを告げた。




















「今日は本当に楽しかったわ。今度はまた、別の話をしましょう?
 それじゃあ――――――バイバイ、ダン」




















ルーミアはそう言うとすぐに闇を纏って、その場から消えてしまった。

最後に見たその顔は、幸せそうに笑う美しい笑顔だった。



「・・・やれやれ、一瞬だが、見蕩れてしまったな。霊那がなんと言うか・・・まあいい」



あの美しい笑顔を見れたのだ。

そう、妻に少し恨まれるくらいなら安いものだと思える程に、彼女のその笑顔は美しかった。



「今夜は・・・良い夢が見られるだろうな」



そう言う魔法使いの顔にも、幸せそうに笑う笑顔があった。

それは二人にしか分からない、昔の幸せを懐かしむ笑顔だった。





































さて、今回の話はどうだったでしょうか?

これが設定の中で語られた新月異変の全てでした。

ちなみにもう分かってる人は分かってるとは思いますが、ダンが最後に使ったあの業。

あれは部下Sさんと部下Dさんとその他二名が出張して出てきてくれた訳ではなく、その力を貸しただけですのではい。

クリスマスの更新?あ、それこれでいいかな?

ほら、聖者は十字架に磔られましたって感じで。

それでは!



[24164] 第七話 人里で出会いし物語
Name: 荒井スミス◆47844231 ID:d86d6c57
Date: 2011/01/03 21:37






――――――幻想郷で人々が活気付く人里には、様々な人物達が住んでいる。

――――――個性的な妖怪はもちろん、個性的な人間もおり様々な出会いを繰り返し、そして小さな物語を生み出していく。

――――――今回はそんな小さな物語の集まりの、ちょっとしたお話である。




















人々が賑わう昼日中の幻想郷の人里。
やいのがやがやと騒ぐ人里の住人達は今日もまたその生を謳歌し、ただ懸命にやるべき事をやって過ごす。
活気に満ちたこの光景の一つから、物語は始まる。



ダン・ヴァルドーは今、人里のある店におり、その店の主人と話をしていた。
ダンにとっては昔からの馴染みのある店の一つであり、店に主人の事もよく知っていた。
今話している内容は、最近の若い者達への愚痴であった。
といっても主人が一方的に話しているだけであり、ダンはそれを聞いて適度に相槌を打っているといった感じであった。


「つう訳なんだよ旦那。まったく、最近の若い奴にはマシな奴がいないぜ」

「まあ、私から見ればお前も若い奴なんだがな」

「ん…いやそうだけどよ……」

「まあいい。若い者をそう言うのが、年寄りの楽しみだしな」

「おいおいおい、俺はまだまだ若いぜ旦那?少なくともあんたよりかは」

「私だってそうさ。まだまだ若い。少なくとも幻想郷の大妖怪達よりかはな」


そう言う老人に、壮年の店の主人は苦笑を浮かべるしかなかった。
この年老いた魔法使いには、口で何を言っても言い負かされる。
妖怪の賢者でさえ泣いて逃げ出す相手に、自分のような若造では相手にすらならないだろうと溜め息を吐くしかなかった。


「そして忘れてはいけない事だがな、お前もそう言われた事があるだろう?」

「そりゃ…まあな…」

「無論それはこの私も同じだ。だから私は「最近の若い奴はどう思いますか?」なんて質問をされたらこう言う事にしている。
 私も昔は、最近の若い奴は駄目だと言われたものだ。今の若者と同じように……とな?」

「へぇ……そりゃまた中々良い無難な答えだな」

「だがそれでも、やはりつい言ってしまうものだな」


二人は声を揃えて、その言葉を言った。「最近の若い奴はだらしない」と。


「はははは……なるほど、確かにこれはある意味」

「悪くない楽しみ……だろう?」

「ああ……そう……だな」


主人は少し遠くを見るようにして、呟く。
それはまるで、自分に何かを言い聞かせるかのように、小さく呟いた。


「それでな……お前の娘の事で少し話がある」

「……え?あいつの?」

「そうだ。お前の娘の――――――霧雨 魔理沙についてな」


ダンはこの店、霧雨道具店の店主であり、そして霧雨 魔理沙の父親に今日来た理由の本題へと入っていった。


「……あいつに、会ったのか?」

「ああ、今は私が一応の師だ。今日はそれを伝えに来たのだ。言っておいた方が良いと思ってな」

「………そいつはどうも」

「元気だったぞ」

「………そうですか」


店主はダンの報告に安堵半分と後悔半分の声で力無く返事をする。
それを聞いてダンは、この店主がなんだかんだで勘当した娘の事を心配している事を察する。


「容姿はお前の妻に似ているな。お前の似なくて良かった」

「ははは!そりゃ違いねぇ!」

「だが男勝りなあの性格は……お前に似たな」

「………そう…そうですね。だからまぁ、喧嘩よくしたもんですよ」


魔理沙が魔法を学びたいと父親に言って喧嘩して、もう何年かの年月が過ぎた。
家業を継がないで何を言ってるんだと父親が怒り、あんたに分かってもらえなくてもいいと魔理沙が怒鳴り返し。
それがドンドン悪化して、ついには勘当してしまったのだ。


「まあ、言ってしまえばよくある話ですよ旦那。俺だって若い時分には親父に似たような事言って、喧嘩したもんだぜ。
 こんな家業なんて継ぐもんかよって、言って殴り合いの喧嘩がしょっちゅうでしたよ。
 でもそういうのを何度かしていて、やっとこの仕事が大事なもんだって自覚出来たんだ。
 親父の言葉でね?「俺をどうこう言いてぇなら、まずこの仕事で俺より良い仕事をしてから言いやがれッ!」なんて言われてよ。
 それでムカついて必死に仕事をしている内に……気付けたって感じだったな」

「そういう親子のぶつかり合いは大事なものだが……息子ではなく娘だとな……」

「さすがにねぇ……でも、俺はそれをやっちまってね。しかも間違って……」


あまりに頭に血が上って、一発だけつい平手で強く、自分は娘の頬を叩いた。
だがそれが不味かった。タイミングも含めて何もかもが。
魔理沙はそれで一人勢い良く家から出て行ってしまったのだ。


「俺はただ……この仕事を継いでほしかっただけだったんだけどな……上手くいかなくてこのザマ。
 あいつの、魔理沙の幸せを思ってただけだったのにな……どうしてこうなっちまったかな……」

「自分の考えが、想いが上手く伝わらない事は嫌になってしまうくらいにある。
 私の場合はたまたま上手くいっただけなのだと、お前達を見ていてそう思うよ」

「旦那、それはどういう意味ですか?」

「私もな、魔理沙と同じように父親に魔法を学びたいと言った事がある。
 そうしたら親父は「だったらその魔法で上手いパンでも作ってくれッ!」と言われてな」

「え?旦那の実家ってパン屋だったんですか?」


意外な事実を知って驚く店主を見て、ダンは面白そうに笑って話を続ける。


「ああ、そうだ。それでまあなんとかやっていって……魔法を学んだ。だが家業のパン屋も修行したよ。
 どちらも大変だったが、周りの応援もあって、なんとかなったな。
 そうしている内に私にも妻が出来て子供が生まれて、男でな?親子三代で仕事をしたものだ」

「そうですか……そいつは羨ましい」

「自分に出来た仕事を息子に教えて、一人前になった時に家業を継がせた。
 本格的に魔法を学び始めたのは、それからだったな。
 言ってしまえば私は、自分のやりたい事の為に息子に家業を押してつけたようなものだった。
 それなのに息子に感謝されて……上手くいき過ぎて恐いくらいだ」


思えば自分と魔理沙はそういうところが似ていて、違っていた。
家族に支えられて家業を継いで、そして夢を追いかけられた自分。
その逆の家族と離れて、そして夢を追いかけた魔理沙。
これは良い悪いの問題ではなく、ただ自分と彼女との似ていて違った部分というだけの話だ。
自分が逆の立場だったら、今自分はこうしていられたのだろうかと、ダンは頭の思考の一つを使いぼんやりと考える。

そんな話を聞いていた主人はダンに一つ尋ねたい事があった。


「あのよ……ダン爺さん」

「………なんだ小僧?」


昔の言い方で呼ばれたダンは、同じように昔の呼び方で尋ね返した。
主人は、魔理沙の父親は真剣な眼差しで尋ねた。


「あいつは、魔理沙はよ……凄い魔法使いになれるのか?」


その眼差しはどこまでも真っ直ぐで、娘に対しての想いを十二分に語っていた。
愛する娘を想う父親の、不器用だが、いや不器用だからこそ真っ直ぐな父親の想いがそこにはあった。
ダンはその目を見て思う。
あの性格は間違い無く父親譲りなのだなと、歓心した。
ならば自分はその想いに答えなければならないだろう。そう、同じように真っ直ぐに。


「なれるさ。いやしてみせよう。この私の名に懸けてな」

「……ありがとう、ダン爺さん」


その言葉を聞いて安心した彼は、ダンに向かい頭を下げて礼を言う。


「なに、気にするな。あいつの魔法の才能は私以上のものだ。そう難しい事ではない。あいつならきっと、私以上の魔法使いになれるさ」

「そうか…そうか…うん…そりゃ、よかったぜ」

「お前と、お前の妻が生きている間にその姿が見られるように、頑張ってみるさ」

「ははは、そりゃ楽しみだな」


立派になったあいつを、生きてる間に見れるとこの大魔法使いは言った。
ならばもう安心だと、彼は満足そうな笑みを浮かべる。


「では、私はそろそろ行くとしようか」

「わざわざありがとうな、ダン爺さん」

「今度来る時は……魔理沙を引っ張って来るさ」

「えッ!?いや、そんな事はしなくても」

「お前達だけの為ではない。お前の妻も心配していただろうが。だから無理矢理にでも連れて来よう。
 なに嫌とは言わせんよ。ああ、決してな」

「………あんたが言うと洒落に聞こえんぜ」

「お前が心配しているのと同じで、あいつもそれとなく心配しているはずだ。あいつはお前と似ているからな。
 その時はは悪口も言うだろうが、まあ仕方が無いと思え。大体親に面と向かって礼を言えるような子供なぞ、そうはいないからな。
 お前とて今では父親には感謝しているだろうが、面と向かっては言えなかっただろう?だからまぁ、勘弁してやれ」

「いつもいつも…すまないな」

「好きでやっているだけだ………では」


ダンはそう言い残して店から出て行った。
店主はダンの足音が聞こえなくなるまで、ずっと頭を下げていた。




















ダンが人里を歩いている時、目の前に三人の知り合いがこちらに向かって歩いて来ていた。
八雲 紫とその式神である八雲 藍。そしてその式神の式神である橙であった。


「珍しいな?紫、お前が起きて人里に来るなど」

「藍がどうしてもって言うから、まあ仕方なくね」

「あ、橙が紫様と一緒に買い物がしたいと言ったので」

「ハイッ!言いましたッ!」


ダンの質問に紫が答え、次に藍が、次の次に橙が続いて返事をした。
紫は仕方なくとは言ったが、嬉しそうにしているのは明らかだった。
満更でもなさそうに笑って答えるのを見れば、誰でもそう判断しただろう。


「そうか……良い判断だな橙よ。こいつは暇さえあれば寝ているような奴だ。
 ボケ防止の為にも外に連れ出すのは、ふむ、実に良い。これからもそうすようにな」

「ありがとうございますダンしゃまッ!」

「貴方は一々嫌味を言わなければ気が済まないの?それと橙もそんなに嬉しそうに返事をしないの。……ちょっと傷付くじゃないの」


冗談ではなく本当に傷付く。
ダンのような歪んだ奴からではなく、橙のような純粋な子に言われるのは、結構堪えるものがある。
胸に地味にグサリと来るものがあるのだ。


「す、済みません紫しゃま」

「うんうん、ちゃんと謝れたな。偉いぞ橙」


そう言ってシュンと耳を垂れてうな垂れる橙をにこやかに笑って頭を撫でる藍。
まったくもって親子そのものだと思うダンは、釣られて少し笑う。


「親子だな……お前の式は、さぞ立派になるだろうな」

「ありがとうございますダン様。あ、そうだ。ダン様?またお願いしたいものがあるのですがよろしいですか?」

「なんだ?言ってみろ?」

「最近どうも疲れが溜まってですね……特に腰の辺りがどうも。家事をしているとくるものがあるんですよね。
 何か良い物はないでしょうか?」

「ふむ…だったら後で私の家に来るが良い。疲労の緩和に効く道具でも用意しておこう」

「ありがとうございます。あ、その時に煮物持っていきますね。美味しいのが出来たんですよ」

「そうか、楽しみにしておこう」


そんな暢気に楽しそうに会話をしているダンと藍を見て、紫は妙なものを感じた。
この前の亡霊異変の時、藍はダンに相当痛めつけられ酷い目にあった。
なのに異変の後は軽く謝罪をした程度で、その後はもういつものように会話をしていた。
あの時は気にもしなかったが、今それを気付いた紫はやっとそれがおかしい事に気付いたのだ。


「ねぇ藍?貴女前の異変の時にダンに酷い目に遭わされたのに、ちょっと謝られただけで許したじゃない?
 これはさすがにおかしいと思うんだけど、そこんとこどうなのよ?」

「……え?あ、ああ…あれですか。はいはい……まあ、もう言ってもいいですかね?」

「いいのではないか?もう隠す必要もあるまい」


紫の質問に困った藍は、ダンに何かを話してもいいかを尋ねて、ダンももういいだろうと了承する。
この二人は何かを隠している。
それはもう重要ではないが、前は重要だった事のように聞こえる会話のやり取りだった。


「い、一体何を話すのかしら藍?」

「いやほら、私ダン様の魔法で苦しんだじゃないですか?」

「え、ええそれが?」

「実はな、あれにはお前に一つ隠していた事があってな……」

「わ、私に隠していた事?それって一体……?」


紫のその問いに、二人は声を揃えて答えた。










「実はあれ――――――痛いふりをしていただけなんです」

「実はだな――――――痛がってる演技をしてもらったのだよ」










それを聞かされた紫は、最初何を言われたのか理解出来なかった。
だが一秒二秒と時間が経つにつれて、言われた内容が頭の中に染み込んでいく。
そして――――――


「エエエエエエエエエエエエエエッ!?それってつまり、藍が私を騙していたっていうのッ!?」


たっぷり十秒使って、彼女は言われた内容の全てをやっち理解したのであった。


「まあ、そういう事だな」

「そういう事ですね」

「ちょ、なにあっさりとそんな事を言ってるのよッ!?それ、ちょ、ええ?
 な、なんでそんな事をしたのよッ!それって、私を裏切って騙してたって事でしょッ!」

「藍は狐だから、化かされたというのが正しいだろうな」

「そんな事はどうでもいいのよッ!ちょっと藍ッ!どういう事か説明してちょうだいなッ!」

「ええっとですね……つまりこういう事なんです」


藍の説明は、以下のようなものであった。
ダンが起こす異変の大詰めの時に、紫の妨害があるはずだ。藍にはその終盤の時に後退してほしいというものであった。
結界で苦しんだとかは丸っきりの嘘でそんな効果は全く無かったのである。
藍はただ痛がっているふりをして、さもそういう効果があるかのようにして紫をまんまと騙して化かしたのであった。


「いやあれは素晴しい演技だった。舌を巻いて感心したな。さすがは九尾といったところか?」

「いやぁ照れますね~あはははは」


ダンに褒められ照れて笑う藍を見て、紫は額に青筋を立てて怒る。


「あはははは……じゃないでしょうがッ!じゃあ貴女はダンの目的を知ってたって訳なのッ!?」

「いえ、迷惑にならないようにはするとしか教えられませんでした。まあそれならいいかなと思いまして」

「いいかなって……そもそもどうして私を裏切るような真似をしたのよッ!」

「いや……鬱憤が溜まってたので……」

「………え?」


攻守好転して、ジト目でこちらを睨み見る藍に紫は少し後ずさる。
どうやら身に覚えがかなりあるらしく、額には青筋の変わりに冷や汗が流れていた。


「普段は家でゴロゴロして結界の管理やらなにやらはほとんど私に任せっきり。
 私は本来ならメインではなくサブの仕事をする担当だったはずでしたよね?」

「いや、優秀だったからメインの仕事も」

「ええそうですね。それを聞いた時は嬉しかったですが、今では違います。正直嫌になってきました。
 メインの管理もサブの管理もさせられて、それなのに主人はゴロゴロと寝ている。腹が立ちましたね」

「え、ええと、ええと……」

「家事も全部私に任せて自分は食べて寝て遊んで、時々なんかやってるぽくして誤魔化してますけどそんな事はなし。
 なんですかあれは?私黒幕してまーすみたいなあの空気は?そんなんで誤魔化せると思ってるんですか?」

「そ、そんなつもりは」


藍の溜まりに溜まった鬱憤が次から次へと口から出てくる出てくる。
その勢いにタジタジになり、紫は何も言えなくなりどうすればいいのか困ってしまう。
いきなり溜まった愚痴と不満をぶちまけられ、さしもの賢者も何も言えなかった。
なにしろ全部事実なのだ。自業自得、因果応報とはこの事だった。


「ですけどね……それだけならまだ我慢出来ましたよ。私も紫様には、未熟だった頃は迷惑をかけてばかりでした。
 色々とお世話もしてもらい感謝もしています。それは本当ですよ?………でもですねぇ」

「でも……なに?」

「橙との…橙との触れ合いの時間が無くなってきてるんですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

「ヒィィッ!?」


血の涙を流して自分に迫り絶叫する藍の迫力に、紫は悲鳴を上げる。


「私はね…私はね…もう少し橙とあれやこれやとしたいんですよッ!一緒にいたいんですよッ!
 それなのに時間は仕事の所為で足りないし、やっと時間が出来たと思ったら紫様、いきなり仕事頼むじゃないですか。
 正直ね、殺してやろうかって思いましたよ。こっちだって我慢の限界ってもんがあるんですよ。
 え?これ以上仕事を頼んだらこっちも考えありますよ?辞めてやりますよ紫様の式神なんて。
 橙と一緒に出て行かせてもらいますからね?ええ?」

「や、辞めるって……ちょっとダンッ!貴方もさっきから何黙って」


ダンに助け舟を求めた紫はダンの方を見る。そしてそこには――――――


「どうだおもしろいだろう?だがこう見えてフィリップは中々に役に立つのだ。私もこいつには何度も助けられてな」

「へぇ、このプルプルしたのってそんなに凄いんですか?」

「テケリ・リッ!」


ゼリー状の生物を珍しそうに指で突付く橙と、その生物について説明するダンの姿があった。


「ってなにしてんのよあんたぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「いや、暇潰しに」

「暇潰しって…それ結構危ないものでしょうが!発狂するわよ!」

「フィリップは優秀だ。そんなヘマはせん」

「テケリ・リ~」

「なにが優秀よ!なにがヘマよ!なにが長い付き合いなのにそんな酷い事言うなよ。
 こっちだってなぁ、そんな事言われたらなぁ、ちょっとは傷付くんだぞ?危ないとか発狂とか、地味の堪えるんだよ。
 ただちょっとこの子と戯れてただけじゃねぇかよ。そんなにカリカリすんなよな?
 大物は大物らしくドドンと構えてろよ、家の旦那みてぇによぉ…紫ちゃん?よ!
 こっちは真剣に話してるってのに、なにそっちはふざけてんのよ!」


何気にショゴスの言葉を理解してしまっている紫さん。
賢者としての知識故か、それとも正気を削られ狂気に侵食されてかは定かではないが、どちらにしても凄い事だろう。


「とりあえずそれを戻しなさいよ!」

「だそうだ。戻ってくれフィリップ」

「テケリ・リ」


ダンの言葉に従い、フィリップは姿をフッと消してその場から去っていった。


「で、紫の式神を辞めるのか藍?」

「なに話を進めてるのよ!あんたは!」

「待遇が改善されないなら……それもやむなしかと」

「藍もなにしてるのよ!私抜きで!」

「紫の式神を辞めるのなら、どうだろう?いっそ私の使い魔にでもなってみるか?
 お前ほどに優秀な従者ならいつでも歓迎しよう。待遇の方も紫以上のものを提供しよう」

「ちょっと、なに家の式神を引き抜こうとしているのよ!」


なんだか話の流れが不味いものになってきている。
そう思った紫はこの流れを断ち切ろうとする。が、事はそう上手くいくはずもなく、話はドンドン進んでいく。


「私の方が上手く使う事が出来るぞ?式もお前のそれより数段上のものを組み込む事が出来るしな」

「な、なんですって……?」

「与えられた命令を実行出来なければ真の力を発揮出来ないなど、私から言わせれば愚の骨頂。
 だが私なら、何時如何なる時でも十全以上の力を発揮する事が出来る魔術構成の式を組む事が出来る。
 藍ならきっと素晴しい我が従者となってくれるだろう」


ダンの言っている事は嘘でもはったりでもなく、紛れも無い事実だと紫には分かる。
紫が藍に施した式は、並みの術者では基礎すら組み上げる事すら不可能な程に高度な技術が使われている。
紫自身も最高のものだと自負する代物だ。自身の知識と技術の粋を結集して生み出した最高の式。
だがこの魔術師は自身の知らない、知る事すら困難な、あるいは知りたくもない知識と技術を確かにその身に修めている。
だからこそ自分には思い付かないような発想をダンは持っているのだ。
紫はそれを知っている。だからこそ焦る。このままでは藍がダンの所へ引き抜かれてしまう。
なんとしてでもそれは阻止しなければならない。


「ら、藍?まさかとは思うけどそうしようかななんて思ってないんでしょうね?」

「そりゃもちろん。今より待遇は良くなるし、それにダン様の実力も私はよく知ってますから。
 魔術の知識やらなにやらは紫様以上で、純粋な実力でも匹敵。状況次第では手玉に取れるほど。
 しかも力も今以上に強くなる「いや、正しくは力の行使の自由度が大幅に上がるだが」それでも十分過ぎますよ。
 だったらどっちの従者になるかは……分かりますよね?」

「でも、あいつの使い魔になるって事は……そうよ!あの気持ち悪いスライムが同僚って事になるのよ!
 貴女はそれでいいの藍!?あのスライ「ショゴスだ」どっちでもいいわよ!とにかくあれと同じ扱いになるのよ!」

「あれって……フィリップさんに失礼ですよ紫様。あの人、私や紫様よりも歳は上じゃないですか」

「あんなのを年長者として扱えるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


紫はそんな事をすれば、何かが終わってしまうような気がしたのだ。
あの物体を年長者として扱うなんて、自分は死んでもごめんであった。


「とにかく、このままの待遇なら私は辞めさせてもらいますから」

「どうする紫?私としてはこのまま辞めてもらって、私の所へ来てもらってほしいのだがなぁ」


不満そうな顔の藍に、不敵な笑みを浮かべるダンを見て、紫はもう、折れるしかなかった。


「分かったわよぉ……仕事の負担も減らすし、家事とかも自分で出来るところは自分でするわよぉ……ぐすん」


涙を呑んで藍の要求を、紫は受け入れるしかなかった。


「だそうだ。よかったな藍。これで礼の方はいいかな?」

「はい。ありがとうございましたダン様」


ダンの発言と礼を言う藍を見て、紫はあれ?と思い、何かがおかしい事に気付く。


「えっと……これまたどういう事?」

「私が藍に協力してもらう変わりに、藍からは自分の待遇の改善に協力してほしいと言われてな」

「それって……つまり……」

「また一芝居打たせてもらった」

「ええぇ………またぁ………」


紫は疲れ果てたようにその場に力無くへたりこんでしな垂れる。
もう、叫ぶことすら億劫になった。これはなんだ?もう良いところなんて、微塵も無いではないか。
紫は、真っ白に、燃え尽きたのであった。


「ほらほら紫様。こんな所で燃え尽きてたら人が通るのの邪魔になりますから行きましょう」

「………従者が!私の式神が!私に全然優しくないわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「あ、待ってください二人とも!」


藍はへたりこむ主人をズリズリと引き摺り、紫は優しい対応をしてくれない自分の式神に絶望し、橙はそんな二人を慌てて追いかけた。
そんな三人を見送った後、魔術師はポツリと呟いた。


「なんだかんだ言っても、良い家族だよ、お前達は」




















三人と出会って後、人里の老舗の団子屋で、ダンは一服して休んでいた。
この店はダンが幻想郷に来てからずっと続いていた店で、ダンもそんな店に少し愛着を持っていた。
それにこの店の歴代の主人達は自分と縁もあったし、この三百年何気なしにずっと通っていたという、そんな店だった。


「あいよ旦那、みたらし団子三つね。あ、値段は一本サービスしとくから」

「いつもすまんな主人よ」

「創業以来ずっとご贔屓にしてくださってる常連さんですからね。ま、これからもよしなにって事で」

「ああ、分かっているさ」


主人は店の中に引っ込み、また団子の準備をし始めた。ダンはみたらし団子を一本取って口に運び、噛み締める。
砂糖醤油の程よい甘さが口に広がり、懐かしいホッとする味がした。


「この味も、変わらんなぁ………ん?あれは………」


ダンは人通りの方から、この人里では珍しいトレンチコートを纏った小さな背の男が来るのに気が付いた。
彼もまた、ダンにとっては古い友人であり、おかしな話になるが親友とすら呼べる男でもあった。
ダンが手を振ると男もそれに気が付き、ダンの方を見る。


「おい、ウォルターじゃないか?久しぶりだな」

「ダンか?ああ、久しぶりだな」


男は、ウォルターは不機嫌そうな顔を驚かせて返事をした。


「こっちに来い。どうだ?一つ食べていかんか?」

「まぁ……あんたがそう言うならな……」


ウォルターは渋々だがその申し出を受けてダンの隣の席に座った。


「あいよらっしゃいって、ジョセフお前か。珍しいな、あんたが来るなんて」

「俺もそう思うが、断る訳にもいかなかったからな」

「待っててくれよ、もうすぐ出来たての奴が来るから。それまで自慢の茶でも飲んでってくれ」

「助かる」


ウォルターがそう答えると、主人はさっそく湯飲みに緑茶を注ぎウォルターに渡した。
ウォルターはただ一言「ありがとう」と言って、その緑茶を飲み、一息吐いた。


「お前の方はどうだウォルター?服屋の調子は相変わらずか?」

「食うには困らんくらいにはな」


ウォルターは人里で小さな服屋を営んでいて、服の評判はすこぶるよかった。
人里の女性達はウォルターの服を気に入ってはいた。だが本人としてはあまりそれを喜んではいなかった。
なにしろウォルター本人は大の女性嫌いだったからである。
だが食べていく為には仕事をするしかなく、本人は嫌々ながらも仕事を続けた。
そんなにその仕事が嫌なのにどうして評判はいいのかと言えば、ウォルターは仕事に妥協というものを許さない正確だったからだ。
だから服の評判はよかったのだ。そう、服の評判は。
その服の評判と反して、このウォルターという男自身の評判はよくなかった。
ウォルターの普段の行動と、もう一つの仕事所為で、総合的な評価としてはやや悪い方であった。
出来ればあまり関わりたくないというのが、人里でのウォルターの評価だった。


「それで?“道具”の方の調子はどうだ?」

「相変わらず良い仕事だ。どんなに乱暴に扱ってもビクともしない。だが一応は診ておいてくれると助かる」

「分かった。では暇な時は博麗神社にでも来てくれ。今はよくそこにいるからな」

「ふん、あの鈍ら巫女のいる所か。先代とは違ってあの小娘は仕事をしないな。俺の知ってる博麗とは違い過ぎる」

「そう言うな。今は私も紫もあいつの修行には付き合ってるからな。少しは仕事もするようにはなるだろうさ」

「あんたはいい。だがあの売女ではな。仕事を怠けるのはあいつの所為もある」

「紫を売女呼ばわり出来る者など、お前くらいのものだろうなぁ」


まあ、怠け癖は紫の所為というのはダンも同意はするしかなく、苦笑を浮かべるしかなかった。

そんな中、ダンはこちらに近付いて来る者の気配を感じてそちらの方を見る。
近付いて来た二人の人物は上白沢 慧音と藤原 妹紅の二人であった。
二人はダンを見て驚き、ウォルターの方を見て渋い顔をした。


「慧音と妹紅か。この店に用か?」

「あ、ああ…久々に二人で食べに来ようとこうして来たんだが……」

「まさかジョセフ、あんたがいるとはね……一体此処でなにしてんのさ?」


ダンの問いに慧音は困惑気味に答え、妹紅はウォルターを忌々しそうに睨み付ける。
一方ウォルターの方も二人を嫌悪の眼差しで睨み付けて、これまた忌々しそうに二人に暴言を吐く。


「ダンに頼まれて此処にいる。分かったかレズビアンどもが」


ウォルターの発言に、妹紅は静かに激怒する。


「てめぇ……焼き殺されたいか、このチビ親父?」

「上等だ……貴様の骨全て折り続けてやる、殺してくれと叫び続けるほどにな」


妹紅はその手に炎を出し、ウォルターも懐からワイヤーガンを取り出す。
一瞬即発の空気が漂う中、慧音が二人を止める。


「止めないか二人とも!人里での戦闘は禁止してあるだろうが!」

「でも!……分かったよ、慧音がそう言うなら」

「………ふん」


慧音の言葉を聞いて妹紅は火を消し、ウォルターもワイヤーガンを戻した。


「妹紅、お前が怒ってくれるのはその、嬉しいがな、こういう事はしないでくれ」

「だけどこいつは」

「ああ、確かにジョセフの発言も悪いが……ジョセフがこういう奴なのは分かってるだろ?」

「………ああ」


妹紅は再度ウォルターを忌々しそうに睨み見る。そしてウォルターも同様にして睨み返す。
妹紅とウォルターの仲は最悪であった。
ウォルターは同性愛者を嫌悪しており、彼の目には二人はそういう関係に見えたのだ。
だから二人を嫌悪して見ており、妹紅も慧音を侮辱するウォルターを同様に嫌悪していた。
ウォルターが人里の者達から悪く見られるのも、この慧音に対する発言が大きかった。
慧音はこの人里の守護者を長年続け、更にこの里の寺子屋の教師として里の者達を教育に大きく貢献していた。
今の人里のほとんどの者達が慧音の教え子であり、恩師であった。
だからその恩師に対して暴言を吐くウォルターは良い目で見られなかった。


「ジョセフもだ。そんな発言ばかりしていては孤立してしてしまう。
 私はお前がそうなるのは、辛いんだ。敵を作るような発言ばかりしていては」

「悪いがな慧音、これが俺だ。今更変える気も無い。ああ、絶対にな」

「まったくお前って奴は……」


会っては毎回同じような事を言うのだが、彼はいつもこれだった。
慧音もウォルターに対してはあまり良い感情は持ってはいなかったが、嫌悪するまでの感情は無かった。
確かにウォルターは自分達に対してはこのような暴言を何度も繰り返したてきた。
だが慧音は知っていたのだ。ウォルターは自身が信じる正義の為に戦っている事を。
そして人里の、特に子供達を命懸けで助けた事も知っている。それも何度も、何度もだ。

ウォルターの人里での評判は悪い。
だがウォルターが人里を守る為に戦っていたのを、皆は誰もが知っていたのだ。
ウォルターはいうなれば汚れ役を進んで引き受けていたのだ。誰もやりたくない、だが誰かがやらねばならない仕事を。
慧音はそんなウォルターがこれ以上人々から離れるのは不味いと思ったのだ。
人里を守り、子供達を守り、皆を守るウォルターが恐怖の対象として見られるのが、我慢出来なかったのだ。


「お前は口は悪いが、根は良い奴だ。私はそれを知っている。それは里のみんなも同じだし、妹紅だってそうだ。
 もう少しだけ歩み寄ると言う事をしてはもらえないだろうか?」

「………ふん」


ウォルターは面倒臭そうに鼻を鳴らす。
ウォルター自身は大の女嫌いで、かつ同性愛者が、というより性的なもの全てを嫌悪していた。
だがウォルターも分かってはいたのだ。この二人がどれだけ里の為に働いているのかを。
特に慧音は女性である事とかを除けば尊敬してもいいとさえ思っていた。
長年この里の為に戦ってきた彼女は、人里の者達から尊敬され、更に恩師として慕われていた。
妹紅の事も、文字通り自分の身を挺して人々を守ってきたのを知っているし、何度も見てきた。
だから本来なら、ウォルターはこの二人とは仲良くとはいかないまでも、悪くするのは不味いというのは分かってはいたのだ。
だがどうしても駄目なのだ。頭では納得はしようとはしているのだが、心の方はどうしてもこの二人を否定するのだ。


「では聞くがな、お前達はそういう関係ではないと、そう言えるんだな?」


ウォルターは度々二人にこの質問をしてきた。
そしてその結果は――――――


「だ、だ、だ、だから!そんなふ、ふしだらな関係ではないと言っているだろうが!」

「そ、そうよ!私と慧音は別にそういうんじゃ………」


これである。
毎回毎回この質問をする度に、二人は顔を赤くして否定する。
だがウォルターには分かる。これがまさしく真っ赤な嘘であると。
彼は声の調子で相手が嘘を吐いてるかどうかを分かる事が出来る。
だがそんな事が出来なくても二人が嘘を吐いてるのは誰でも分かる事だった。
ウォルターは自分でも何故だか分からないが、こんな風にあからさまな嘘を吐く二人に――――――イライラした。
どうしてかは自分でも説明出来ないのだが、やはりこの二人を見てるとどうにもイライラするのだ。
それがこの二人と上手くやっていけない最大の理由だった。

ウォルターがイライラし、二人がデレデレし、ダンがやれやれと呆れる中、店の主人が団子を持ってやって来た。


「あいよお待ち!ってあれ?慧音先生に妹紅さんじゃないか?二人も食いに来たのか?」

「あ、ああ。二人分頼めるか?」

「はいはい、いつものだろ?すぐに持ってくるよ」


そう言って主人は店の中に戻って、すぐに人数分の三色団子を用意してきた。


「さてと…それじゃ私も少し休憩しますかね」

「いいのか主人?休んでも?」

「いいでしょうよ、ダンの旦那。それに私もこの面子で話したい事もありますしね」

「この面子?……ああ、そうか」


ダンは今この店にいる者達を見て、ある事に気付く。
此処に今いるのは、この人里の者達から守護者と呼ばれる存在達であったのだ。
守護者としては一番の古株の上白沢 慧音。
そして大体同じ時期にこの幻想郷に来た藤原 妹紅とダン・ヴァルドー。
団子屋の店主として、そして同時に何故か守護者としても活躍してきたこの店の歴代の主人達。
そして十数年前にこの幻想郷にやってきた外来人であるウォルター・ジョセフ・コバックス。
今此処にいるのは、そんな長年人里を守ってきた猛者達なのであった。


「偶然とはいえこうまで揃うと、運命的なものを感じるな」

「ああ、そうだな……」


ダンの問いに、慧音はしみじみと頷いた。


「正直に言うとな、今私は凄く助かってるよ。昔はこの里を一人で守らなければならないなんて事もあってな。
 その時はもういっぱいいっぱいで……なぁ。でも、今は違う」


そう言って慧音は皆を見渡し、続けて言う。


「今はお前達がいる。此処にいる者達以外にも、この里を守ってくれる者達がいる。
 それだけで私はどれだけ救われたか……そう、本当に助かったよ」


昔のような無茶を、今はしないで済む事が出来る。それがここまで助かるとは、昔の自分には想像すら出来ない事だった。


「皆の御蔭で、私は寺子屋で子供達に教鞭を執る事が出来るんだ。その事は、本当に感謝している」

「……ありがとう慧音。そう言ってくれると、私も嬉しいよ」

「私が主に戦ったのは霊那と霊羽がいた時くらいだ。そこまで感謝されるようなものではない」

「私はまぁ、商売するお客様を守ってるってだけですからね」

「俺は自分のやるべき事をやっているだけだ。俺は最後に残った惨めな希望をまだ抱き続けている、残りカスってだけだ」


そう言って四人はそれぞれ答える。考えや想いはそれぞれだが、皆は自分の意思でこの里を守ってきた。
それでも慧音は皆に心から感謝し、本当にありがたいと思っていたのだ。

そんな中、ウォルターがある話題を持ち出してきた。


「それにしても、最近の外来人は酷い奴が多いな」

「どういう事だウォルター?」


ダンの質問に、ウォルターは不愉快そうにして答える。


「何故かは分からんが、妙な力を持っている奴等が増えてきたような気がする。
 奴等その力を使って好き放題しようとしているのがほとんどだった。胸糞悪い糞餓鬼みたいな奴等だ」

「ああ、それ私も何人か会ったよ。何故か知らないけど、私の事知ってたり、慧音の事とか知ってたりしてさ。
 なんだか気味が悪いんだよねぇ。しかもその中の何人かは私に襲い掛かろうとしてさ。
 変な力は使うんだけど、まあこれが弱過ぎて話しにならないんだよ。灰すら残らず燃えたね」

「俺もそうだな。首をへし折って始末した」


最近外来人が増えてきて、その中に変わった力を使うような者達も増えてきた。
ただ何故かは分からないが、そういう人物達は言動がおかしかったり、やけにこの世界に詳しい者もいた。
もちろん真面目な者もいる事はいたが、最近は逆の場合が多くなってきたような気がするのだ。

妹紅の場合は自分に襲い掛かり、自分を犯そうなんて馬鹿な行動をしてきた者もいた。
その結果は言うまでもなく、全員が同じように灰すら残らず葬った。

ウォルターの場合はこの世界の説明をした時に妙にテンションを上げ、東方だの転生だのと意味不明の言葉を吐いていた。
そして気になってこちらが少し質問をしたら、何故か嘘を吐いてその場から去っていこうとした。
嫌な予感がしたウォルターはその後を着けていったら、その者は通り掛かった妖精に襲い掛かろうとしたのだ。
すぐさまウォルターはこれを処理して、後始末を低級な妖怪達に任せてその場を去った。
それ以来似た雰囲気を持った奴は容赦無く、即座に潰すようにしている。

それを聞いた慧音は頭を抱えて二人に注意する。


「お前達、変な所で気が合うな…いや、それよりもそういうのでもちゃんと保護をしないとだな」

「奴等からは、昔俺が相手をしてきた悪党どもと同じ、腐ったドブの臭いがしてきた。
 いや、それ以下の糞みたいな吐き気を感じる。そんな奴を保護?笑わせるな。奴等は始末するに限る。
 奴等の頭の中にあるのは、どうせ自分が気持ち良ければいいというエゴだけだ。
 女を見てはレイプせずにはいられない強姦魔ども。そんな奴等は殺すに限る。昔も今もだ」

「それは同感だね。なんだか凄く不愉快なのよ。まるで私達を人として見てないような嫌な感じがする。
 最近の外来人全員がそうだって訳じゃないけど、そういうのが増えてきてるのは確かだよ。
 まぁ、そんな奴等はすぐに死んでくれるみたいだからいいんだけどね」

「大方、外の世界でいらない奴とでも判断されて送られてきたのだろう。
 奴等の価値など、良いとこ妖怪の餌が関の山だ。俺ならそんなものは死んでも食いたくないがな」

「まぁまぁお二人さん、そんな辛気臭い話はもう止めとこう。折角の上手い私の団子が不味くなっちゃいけないからね」


主人の言葉を聞いて、二人はそれもそうだなと思い、この話題はここまでにして止めて、別の話題をする事にした。


「人里の守護者も、増えてきたわよねぇ」

「そうだな。しかも実力のある者が増えた」

「だからこそ私も安心して里の守護を任せる事が出来るというものだ」


茶を啜り団子を食べながら、皆は話を進める。今此処にはいない他の守護者達についてだ。


「実力者だと他に誰がいたっけ?私は真っ先に里長を思い付くんだけど」


里長は槍の名手であり、その実力の凄さもあるが気風の良い性格で里の者達から慕われていた。
妹紅もよく里長に宴会の席に呼ばれたりして、長の御蔭で里の者達との間にあった気まずい空気をよく吹き飛ばしてくれたのもだった。


「若手ならあの鍛冶屋の息子はどうだ?俺は中々だと思うがな」

「そうだが、あいつは達観してるのか子供なのか分からないところがあるからな。
 私は穴掘りのラセンを薦めるな。あいつの御蔭で里の井戸は安心だしな」


鍛冶屋の息子は、慧音の教え子一人であった者で、里の若い者達からは兄貴とよばれ慕われていた。
鉄を操る程度の能力を持ち、その力で戦闘では手製のチャクラムで戦ったり、普段の鍛冶の仕事で役に立てたりしている。

穴掘りのラセンは螺旋を生み出す程度の能力で井戸を掘り当てたり、採掘の仕事をして生計を立てていた。
性格は頼れるオヤジというような感じであり、里の者達からも慕われていた。


「伊丹はどうですか?戦闘はともかく、サポートは役に立つじゃないですか?」

「伊丹ぃ?あいつは普段が抜けてるじゃないの。女房には尻に敷かれてるし、子供の太助には無視されがちだし。
 あ、古株なら飯屋の厳六爺さんとかどうかな?厳六爺さんの忍術にはよく助けられたし、サバイバルの技術も豊富だし」


厳六爺さんは忍者の子孫の生き残りらしく、力のある妖怪相手でも十分に渡り合えるだけの実力を持っていた。
好々爺な性格と料理の腕前から、里の者達の評判も良く、店はいつも賑わいを見せていた。

伊丹はそんな爺さんの弟子で、戦闘の才能はからきしだが幻術の才能はあるらしく、それで戦闘ではサポートによく回っていた。
出来の悪い慧音の教え子でもあり、一児の父親になった今でも抜けたところは相変わらずであった。


「それに厳六さんとこの飯は美味いですからねぇ。いつも商売繁盛で大忙しだそうで」

「そうか……今度寄ってみるか」


ダンは自分がいない間に、人里の守護者達も新しく加わったりしたのを聞いたりしながら、また時代の流れを感じていた。


「あ、そういえば旦那が起こした異変なんですがね」

「ああ、あれか……皆には迷惑を掛けたな」

「まあ被害らしい被害は幽霊が多くなって、幻想郷全体が寒くなったくらいだったから良かったが、
 そうでなければ最低一本は折っていたぞダン?で、あの異変がどうしたんだ主人?」

「ほら、是非曲直庁の死神の三船さんですよ。閻魔様からの命令で散らばった幽霊達を集めてたでしょう先生」

「そういえばそうだったな……小町ももう少し、三船さんの十分の一でも働く意欲があれば、閻魔様も苦労しないで済むだろうに。
 私はその小町の方が先輩だというのが信じられないくらいだよ」

「三船か……確か先代の巫女が生きていた頃はよく博麗神社に来ていたが、今はどうなんだ?」


三船の事はダンも知っており、この前閻魔の所に行った時に久しぶりに会った。
その前は仕事の合間に博麗神社でよく入り浸り、過ごしていたように記憶しているが、最近はどうなのかを主人に尋ねてみる。


「なんだかちょっと墓参りして、すぐに帰ってるらしいですよ。霊夢ちゃん、あの人嫌ってるみたいですしね」

「そうなのか?珍しいな。あの霊夢が誰かを嫌うなど。何か理由でもあるのか?」


ダンが知る限り、三船は真面目で誠実な性格で、誰かに嫌われるような性格ではないはずだ。
それに霊夢も自分が知る限りは他人に興味を示さない事はあっても、嫌うというような意思を示すのは珍しいといえた。


「こればっかりは当人達の問題ですからね……そこは分からないんですよ。
 でも相当嫌ってるようなんですよね……昔はそんな事はなかったと思うんですが」

「尋ねるのは…止めておいた方がいいだろうな」

「ええ、そうですね………」


自分がいない間に、幻想郷でも色々あったようだ。
そんな事を考えている時に、ダンに走って近付いてくる者がいた。


「おお!ダン爺じゃないか!ダン爺もこの店に来るのか?」

「いらっしゃい魔理沙ちゃん。ダンの旦那は創業以来の常連さんなんだよ」

「へぇ、そりゃ知らなかった。あ、慧音に妹紅もいるじゃないか。それと…げ、コバックスのオヤジもいるのかよ」


ウォルターを見て嫌な顔をする魔理沙を見て、慧音は魔理沙に注意をする。


「こら魔理沙、ジョセフに対して失礼だろうが。ジョセフはお前の命の恩人でもあるんだぞ」

「そうだけど……苦手なもんは苦手なんだよ。それにそんな事言われても、私はまだ赤ん坊だったから覚えてないし」

「ほう?そうなのかウォルター?」


ダンの問いに、ウォルターは少し困った表情で答える。


「昔の事だ。そんな事で一々礼を言われてもこちらも迷惑だ」

「お前らしい言い分だな。だが感謝するぞ。お前の御蔭で私は魔理沙に会えたのだからな。
 今こいつは一応だが私の弟子でな。鍛えている最中なのだ」

「見所があるのか?」

「少なくとも、私と同程度の実力は持つはずだ」

「へっへーん!そういう訳だぜコバックスのオヤジさんよ」

「ふん、精々悪党になって俺に殺されないようにする事だな」


ダンに褒められて胸を張る魔理沙に、ウォルターは注意をするが、ダンはそんな友を見て喜んでいるように見えた。


「あ、親父さん。私にも団子適当にくれよ。支払いは出世払いで」

「生意気を言うな魔理沙。此処は私が奢ってやる」


それを聞いた魔理沙はニヤリと笑い、そして言う。


「だそうだぜみんな。好きなだけ頼もうぜ!」

「……なに?」


魔理沙のその発言を聞いて、ダンは渋い顔をする。
だが慧音はそれを聞いて不味いと思い、魔理沙に注意をする。


「いや、それはさすがに不味いだろう?」

「いいじゃないの慧音。奢ってくれるって言ってるんだしね。いいわよねダン?」

「…好きにしろ」

「ほら、本人もこう言ってる事だし」

「すまないなダン。埋め合わせはいつかするからな?」

「期待せずに待っているよ」


苦笑を浮かべるダンの肩にポンと手を置かれる。
振り返るとそこには友であるウォルターの哀れみの視線があった。


「苦労する事になるだろうな、ダン」

「これくらい、なんて事はないさ」

「そうか。では俺もありがたくご馳走になるぞ」

「ああそうしろそうしろ」


もうどうでもいいとばかりに肩をすくめるダンに、団子屋の主人はにこやかに告げる。


「皆様の分の割引とかはしないので、そこはよろしくお願いしますね」

「はぁ…分かってるよ。そういうところは相変わらずだな」

「ククククク……まあ、商売ですからねぇ」


その後、皆はそれぞれ注文をして団子を食べたりして談笑していた。
普段はみないような店の面子を見て、人里の者達は物珍しく思い歩みを少し止めて振り返る者が後を絶たなかったそうな。




















ああ、後書きかぁ……

今回は文章の構成を大幅に変えてみましたが、どうだったでしょうか?
行間が多かったのでそれをまた変えて、今回は思いっきり内容を詰めてみました。
でもまさかここまで量が増えるとはなぁ………私も驚いたよ。

最初は魔理沙の父親に挨拶に行く話ですね。これから娘さん鍛えますよ~って挨拶に行きました。
魔理沙の性格は親父さん譲り…という感じにしましたはい。

次はまさかの真実発覚でしたね。藍様が実は主人を騙していたという事。
そしてフィリップが紫さんよりも年上だという事………これはどうでもいいか。

そして最後は人里の守護者達が集まっての談笑でした。
勘の良い人は分かると思いますが、ウォルターさんはウォッチメンのロールシャッハさんですね。
ただロールシャッハさんではありません。ウォルター・ジョセフ・コバックスという、ロールシャッハになれなかった男です。
だもんで精神的な強さはロールシャッハよりも弱いです。
ですがあくまでロールシャッハと比べればですので、精神的には十分超人の域に達しています。
今の彼は少しでもロールシャッハであろうと頑張るウォルターって感じですかね。
ちなみに外の世界ではイカも暴れてないし、世界中の都市で爆発も起こってませんので、あしからず。
で、なんで出したかというと………やりたかっただけという、あれこのメモはなんだ?

BeHinD yOU .┓┏.



[24164] 第八話 ある守護者の日誌 四度目の雪
Name: 荒井スミス◆47844231 ID:bbc241b3
Date: 2011/03/14 17:01






日誌 ウォルター・ジョセフ・コバックス記 19××年 12月10日。

今朝から雪が降っている。俺が此処に来てから四度目の雪だ。もう夕暮れだというのにまだ振っている。
頼りのトレンチコートに身を包み体を震わせ、俺は雪の上を踏み締めて歩いていく。
ニューヨークの冬も厳しかったが、日本でもそれは変わらないようだ。

そしてそれは屑にも言える事だった。ああいう奴等は何処だって中身は同じだ。皮の下に反吐が出るものを飼っている。
だがどれだけ取り繕おうとしても無駄な事だ。腐った臭いというものは隠しようが無いのだから。
なら俺のする事が何処であっても同じになっても、なんの不思議も無い。
そいつ等を綺麗に処理してやる。それが俺に課せられた使命だと、そう思う事にしよう。

今日の昼頃だった。人里の大手の道屋、霧雨店の一人娘が攫われた。
ようやく一歳になったばかりの赤子だ。名前は――――――魔理沙というらしい。
要求の手紙はすぐに届いた。身代金として財産の半分を渡せ。実にありきたりな内容だった。
犯行を企てたのは外来人のグループのようだ。俺もその外来人である為、どうにも嫌な気分になる。
だが外来人という存在がどうしようもない存在なのは、認めなければいけないのかもしれない。
かく言う俺も、そういう存在なのには違いないのだから。

そして俺は今、指定された場所に指定された時間に間に合うように向かっていた。一つのトランクケースを携えてだ。
勿論俺は奴等の思い通りにさせるつもりなど欠片ほども持ち合わせてはいない。
そして俺はあの夫婦に約束した。必ず連れ戻すと。そうだ、あの六歳の少女と同じ結末にはもう決してならない。
それに俺に嫌な事を思い出させてくれた礼もしなければならない。










俺がするのは後始末だ。そう――――――既に終わったこの事件を完璧に終わらせる為に、俺は歩いていく。










奴等が指定したのは人里の中でも廃れた場所にある廃屋だった。
ニューヨークのスラム街を思い出させる懐かしい嫌な空気が漂う場所。
昔疫病が流行ったこの人里の一角は、今では悪党どもの根城のような場所になっていた。
中身が同じなら住み着く場所も同じ。ゴキブリと同じ、いやそれ以下のゴミだ。
近々やっと此処の整備が行われるらしい。なら俺は一足先に害虫駆除をする事にしよう。


「………あそこか」


小さな火が一つだけ灯って明るくなっている場所があった。だがそこに集まっていたのは蛾ではなく醜い悪党どもだった。
奴等の数は――――――残り十三人。全員の姿が見えないのは隠れているという事だろう。
その一人が俺に気付き、下卑た笑みを浮かばせてこちらに近寄って来た。


「よう、あんたが運び屋か?そのトランクの中に金が入ってるのか?」

「その前にする事があるんじゃないか?」


俺の質問に男がおかしそうに答える。


「ああ、赤ん坊の事だろ?安心しなって、ちゃんとブツを確認したら帰してやるからよ」

「帰す気なぞ無いくせによく言う。適当に殺してそれを教えず、毟り取るだけ取ってやろうという算段だろうに。
 少なくとも取引に応じないのは子供を連れて来てない事でよく分かる。それに、隠れている奴がいる事でもな」


俺がそう答えると男は更に下卑た笑みを浮かべておかしそうに笑う。


「ああー………なんだ、あんた分かってたのか。それじゃあ、あんたがこの先どうなるかも分かるよな?」


男の声を合図に隠れていた奴等も姿を現してくる。一………三………隠れていたのは四人だった。
これで残り十三人が全員姿を現したという事だ。


「お前達の顔を見た俺の口封じ、か。考える事は大体似通うものだなお前達は」

「この人数を相手にビビらないのは大したもんだな。いや、恐過ぎて震える事も出来ないってか?」

「あれ?兄貴、こいつもしかして………」


悪党の一人が俺を見てなにかに気付いたらしい。怯えた様子で俺を指差してくる。


「ああ、やっぱりそうだ!こいつ確かウォルターとかいう外来人ですぜ!」

「なんだと?三年前の他の外来人達が起こしたあの事件をたった一人で鎮圧したっていうあいつか!?」

「間違いねぇ!あの時俺は見たんだ!こ、こいつが俺達の仲間の一人を惨たらしく殺したのを!」

「ハンッ、そうか、貴様あの時の一人か。どうやら上手く逃げた奴もいたようだな。この中にも何人かそういう奴がいるらしいな?」


俺が周りをひと睨みすると何人かは震えた様子で俺を見る。その何人かがあの時の暴徒のようだ。


「なるほどな………あんたの事は聞いてるぜ?暴れてた奴の一人を惨い殺し方をして、それを残りの奴に見せ付けて黙らせたらしいな」

「優しい対応だろ?他の奴は生かして捕まえてやったんだからな。全員とはいかなかったようだが」

「なるほどねぇ………つまりお前があの惨殺コバックスか。それで?俺達をどうしようってんだ?ええ?」

「生きて監獄にぶち込まれるか此処でぶち殺されるか選べ」


俺がそう言うと目の前の男は声を上げて笑いに笑った。そして俺を馬鹿を見るような目になる。


「おいおいおい、赤ん坊がどうなってもいいってのかあんた?此処で俺達を殺したとしてもな、
 赤ん坊を見張っている奴等が雲隠れしてそれで終わりなんだぜ?そこ分かってんのかよ?
 お前は俺達を殺せないんだよッ!そもそもこの人数を相手に勝てんのかッ!?」


そいつが威勢良く言うとさっきまで震えていた奴等も安心したのか、俺に嘲笑を浴びせ始める。
聞いてるだけで実に胸糞悪くなる声だ。言うべき事をさっさと言って終わらせよう。


「つまり投降する気は無いんだな?」

「自分が有利なのにそんな事する馬鹿が何処にいるってんだよ!馬鹿かお前!?
 つうかこの状況で生き残れるとかそんな事考えてるんじゃないだろうな!?ああッ!?」


悪党どもが懐からナイフやら短刀やらを出してきた。そうし俺の周りを囲んでいく。
俺は最後の警告をする。


「最後だ。悔い改めて投降する気は無いんだな?」

「だから無いっつってんだろうがよッ!」


………よし、もうこれで十分だろう。機会は与えてやった。もう情けは必要無いだろう。


「そうか、だったらお前達残り十三人を始末する事にしよう」

「はぁ?何言ってんだ?俺達は全員で「十六人、赤ん坊の見張りを含めてな」………ちょっと待て、なんでそれを知ってんだ?」


此処にいない者の人数を俺が知っている事に驚いている男。他の者達もそれに気付いたのだろう。落ち着き無くざわつき始める。


「俺は映画やコミックのヒーローじゃないんだ。ただ一人のこのことこんな所に来たと本気で思っていたのか?
 赤子の危険を無視して戦うような愚か者だと本気で思っていたのか?だとしたら馬鹿はお前達だ」


あれからどれくらい時間が経ったか腕の時計で確認して、俺は奴等に真実を教えてやった。










「――――――三十五分前に既に救出している」










俺の言葉に悪党どもは心底驚いた表情を浮かべる。間抜け面とはまさにこれだな。


「ば、馬鹿な事言ってんじゃねぇ!そんな、そんな事あるわけが」

「太った奴と筋肉質な奴。あと一人は眼鏡だったな」


この言葉で俺が言った事が真実だと分かったようだ。奴等は皆黙り、俺を怯えた目で見る。


「………そいつ等はどうなった?」

「仲良く豚箱に入っているよ。………体を失ってな」


それを聞いて悲鳴を上げる者が何人かいた。自分達が同じ運命を辿るのをやっと理解出来たとみえる。


「大体、なんで赤ん坊の居場所が分かったッ!」

「俺は此処に来たばかりの頃はこのスラムにいてな。大体の場所がどんな所かは分かる。
 後はいつもとおかしい雰囲気を探せばそれだけで事足りる。元々そう広い場所じゃないんだ。探すのに苦労はしなかった。
 今頃子供は両親の腕の中だろうな」

「クゥ………身代金はもう無理か。だがなッ!此処ではいそうですねと殺されてたまるかッ!
 いくらあんたが強かろうがな、此処にいる奴全員を相手に出来るわけがねぇッ!
 それによ、いざとなりゃ逃げちまえばいいッ!バラバラに逃げりゃあんた一人じゃ全員は捕まえられないだろうさッ!」


その言葉に触発されてか、悪党ども全員が俺にしみったれた殺気を放ってくる。
確かにこいつ等全員を相手にするのは難しいものがある。バラバラに逃げられれば全員を捕まえる事はまず不可能だろう。
だが――――――実に滑稽だ。


「お前達は滑稽だ。俺の言った事を正しく理解してないようだな。
 俺を笑わせたいのか?残念だがお前達のような三流では無理だな。お前達はコメディアンにはなれんよ」

「抜かせッ!たった一人で何が出来るッ!」

「俺が言った事をようく思い出せ。俺は先ほどなんと言った?」


そうだ、俺は言ったぞ。ただ一人のこのことこんな所に来たと本気で思っていたのか、とな。


「ッ!?ギャァァァァァァァッ!」


始まりの合図はそんな悪党の悲鳴からだった。全員が一斉にその悲鳴の方へと視線を向ける。
そこには切断された右腕の断面を必死になって押さえて泣き叫ぶ一人の悪党の姿があり、
今までそこにいるはずのなかった、黒マントとチューリップハットを纏った男がいた。
悪党どもは一斉に叫んだ。お前は一体誰だと。男は煩わしそうに溜め息を吐く。


「はぁ………そんなもの決まってるでしょう?彼の仲間の一人ですよ」

「俺のうでぇ………と、取れちまったぁ………い、痛くねぇッ!痛くねぇよぉッ!
 嫌だぁこんなのぉ、腕、腕取れて痛くねえって」


腕が取れた男は自分の落ちた腕を拾い、涙や小便を垂れ流しながら必死になって腕を付けようとしている。
そんな男を嫌悪の表情で見下す黒マントの男。黒沢は侮蔑の言葉を吐く。


「貴方達がしようとした事の報いですよ。因果応報って奴ですね。
 そして、もちろんこんなもので済ませるつもりはありませんよ?
 そう――――――少しずつ刻んでいってたっぷりと後悔させてやるからな」


黒沢の見えるのではないかというくらいの殺気に晒された奴等はガタガタと振るえ泡を吹いている。
そんな時、悪党の一人が叫ぶ。


「お、お前等逃げるぞッ!こんなの相手にしてられるかッ!」


その言葉に賛成と言わんばかりに全員がその場から逃げようとする。
だが誰一人として逃げようとはしなかった。正確には、動く事は出来なかったと言った方がいいだろう。


「か、体が動かねぇッ!?」

「ど、どうなってやがるんだッ!?」

「なんでだッ!なんでなんだようッ!?」


全員が同じような事を口走る中、ぼんやりとした影が突如浮かび上がり、そして段々とその輪郭を現していった。
そしてそこに現れたのは、日本で言うところの忍者の姿をした一人の老人だった。


「ふふふふふふ………どうだ?この赤目の厳六の忍法・影縛りの味は?まともに動く事も叶わんだろうて」


不敵な笑みと赤い眼光を放ちながら、厳六はそう悪党どもに言い放つ。
地面を見れば奴等の影には忍者の道具、クナイが刺さっていた。


「さてと、後は煮るも焼くも自由だな。お前等は骨が無いし、楽に済むだろうて」

「ありがとうございます厳六さん。これで斬る手間が省けます」

「ああそうだな。潰すのが楽なのは嬉しい限りだ。うるさいのはしょうがないだろうがな」


さて始めるか。そう思った時に悪党の一人が駆け出した。


「やったッ!こ、こんな所にいられるかッ!」


そう言い捨てて、そいつは一目散に逃げていった。


「うん?術の掛け方が緩かったかな?ふふふふ」


術を掛けた本人は至って落ち着いており、逃げる様を楽しそうに見てさえいた。
まったく意地の悪いクソジジイだ。逃げる事が出来ないのを知っててワザと逃がしたな?

そう思った時だった。オレンジの光の紐が逃げる悪党に巻き付き捕らえ、元いた場所へと引き摺り戻した。
その光の紐、鞭の先には看守服に咥えタバコという出で立ちの男がいた。


「厳六ッ!てめ、このクソジジイがッ!お前こいつをワザと逃がしやがっただろうがッ!」

「はははは、そう言うなホワイト。折角お前さんにも見せ場を作ってやろうというワシの老婆心をそう怒ってくれるな」

「んなもんいるかよ面倒くせぇ。俺はな、こいつ等をしょっ引いて監獄にぶち込めればそれでいいんだよ」


そう言うとホワイトは悪党どもに向かい、面倒臭そうに自分が誰かを悪党どもに伝える。


「よぉしお前等よく聞け。俺は是非曲直庁所属の白糸 義人ってもんだ。こいつ等はホワイトなんて言うがな。
 普段はお前等みたいな屑どもを監獄にぶち込んで痛めつけるのが俺の仕事だが、
 今回はお前さん達を豚箱にぶち込むのが、この俺の仕事って事だ。分かったか?」


まったく、ホワイトの奴も現金な奴だ。
本来あいつは地獄の刑務所の看守を勤めているが、犯罪者を取り締まる人手が足りない為に来ている。
地獄の方は人手不足なのか、ホワイトのような人間も勤めている事があるらしい。

今回此処に来たのは俺達の行いに目を瞑る代わりに、自分の点数稼ぎもさせろ。つまりそういう事だ。
まあ、そんなのはただの名目に過ぎないのだろうがな。
自分の子供と同い年の子供が攫われたのを助けるのだと息巻いていたのはどこのどいつだったか。
この中で一番のお人好しはお前だろうに。


「あ、あんた警察かッ!?」

「あん?まあ今はそんなもんだな」

「だったら頼むッ!自首するッ!だから、だから助けてくれッ!」

「ほう?そうかいそうかい。でもだなぁ………」


意地の悪い笑みを浮かべて、ホワイトは自慢の霊子鞭を悪党どもに振るいに振るう。
当たった場所は衣服は破け肉を裂いて血が飛び散り、中には骨まで見える者さえいた。
さすがは刑務所一の鞭の使い手を自称するだけはある。奴等は悲鳴を上げて泣きに泣いている。
地面を転がりもがきたくても動けない今の状況では、それも叶わなかった。


「ふははははは!残念だったなぁ!お前達があの時ウォルターの提案を受け入れてりゃこうはならなかったのにな。
 いいか?俺はお前達を出すとこに出せればそれでいいのよ。生きてようが死んでようがな。
 いやむしろ死んでもらって方が連れて行きやすいか。楽させてもらって、感謝するぜ?」


お人好しではあるが、その情がこいつ等のような屑に向けられる事はまず無い。
屑は徹底的に痛めつけるというその信条には同意するがな。


「どうせ監獄に入ったらこいつの鞭を味わう事になるんだ。今の内に慣れておくんだな」

「そうそう、このチビ親父の言う通りだ。生身の内にジックリと俺の鞭の味を覚えさせてやるからな?覚悟しとけ」

「誰がチビだ、この後退予備軍が」

「なんだとウォルターッ!?俺はまだフサフサだってーのッ!?不吉な事言うんじゃねぇ!」


ふん、どうせいつかは散る運命だろうに。最近髪を気にしているのは知っているんだからな?
まあいいさ。さて、最後に伝える事を言うか。


「お前達はやってはいけない事をした。この世界、幻想郷は全てを受け入れるがな、その住人全員がそうだとは限らん。
 受け入れたものが害を成すものならば、それを駆逐する存在もまたいる。そう、この俺のようにな。
 生まれ変わっても覚えておけ。この世界には受け入れたものを否定する残酷さもあるのだという事を。
 それじゃあ――――――始めるとするか」


俺の言葉を聞いて悪党達は全員顔を恐怖に引き攣らせて泣き喚いた。


「生きている内に精々喚くがいい。お前達はやってはいけない事をしたのだからな」

「安心するがいい。後悔する時間はたっぷりあるからな」

「そういうこった。うちのボスの言葉を借りるなら、それが今お前達が出来る善行って奴だ」


黒沢、厳六、ホワイトの三人がそれぞれの方法で悪党達に制裁を加え始めた。
そして俺は初めに会った男の前へと進んでいく。


「やめて、やめてくれッ!もうこんな事はしないからッ!神に、神に誓うッ!
 だから助けてくれッ!助け、助けてくれぇぇぇぇぇぇ!お願いだぁぁぁぁぁぁぁぁ!
 あ、ああ………来るな、来るなぁぁぁぁぁッ!来るな来るな来るなクルナァァァァァァァァ!
 助けてくれ助けてくれタスケテクレェェェェェェェェッ!!!!」


目の前のこいつ等は屑同然だ。殺す事に躊躇いなぞ俺は一切無い。
こいつ等が全員消えれば、この幻想郷もまたすっきりするだろう。
俺が近付く度に男は震えを大きくし叫びを大きくし、何度も何度も俺に向かい懇願し叫ぶ。助けてくれ。
俺は答える。










「――――――嫌なこった」










気が付けば辺りは暗くなってきた。今俺達の目の前には十三人分の人間だった者達の体が散らばっている。
もう誰が誰だか判別するのは限りなく困難だろう。もうすぐ夜だ。妖怪達が血の臭いを嗅ぎ付けてやってくる。
こういう死体の処理の時はありがたいと感じるが、俺達にまで牙を向けるのが困りものだ。
さっさと引き上げた方がいいか。俺は持ってきたトランクを開ける。
すると奴等の体からぼんやりと青白く光る魂が抜き出てきて、トランクの中へと収まった。
このトランクは言わば罪人の魂を運ぶ輸送車という事だ。実に便利なものだ。


「あーあ………こいつはちーとばかしやり過ぎたか?」

「ふん、だがこれで馬鹿の事をしようとする者は少しは減るだろう」

「減るだけでいなくならないのが、実に残念ですがね………」

「その時はまたワシ等が出張ればいいだけの事よ。まあ、慧音なんかはいい顔をせんだろうがな」


それでいい。こんな事は俺達のような人間がやればいい事だ。
決して彼女等にさせていい事ではないだろう。そう、汚れ役は俺達がすべき役目だ。


「さってと、お仕事も終わった事だし、帰りましょったら帰りましょ!
 ああーさぶいさぶい!あ、おい爺さん。帰りにあんたの店で飲んでいっていいか?」

「分かったよホワイト。こんな日は熱燗に限るな」

「ああ、では私もそうしますかね。ウォルター、貴方はどうします?」

「俺か………そうだな、後で行こう。その前に寄る所があるからな」

「寄る所だと?おいおいウォルター、一体何処に行こうってんだ?」

「霧雨道具店だ。全て終わった事を伝えに行く」


そう、これでこの事件は終わった。俺には彼等にその事を伝える義務がある。


「そうかい………そんじゃ俺達は先に行ってるぞー」

「それでは、待ってますよウォルター」

「では、行くとするかな」


そうして三人は先に帰って行った。俺はもう一度辺りを見回す。
積もった白い雪に大量の赤い血が撒き散らされ染み込んでいく。
それはよく見れば何かを思い浮かばせる。そんな模様が目の前に広がっていた。
それは俺には紅白のきれいなちょうちょに見えた。だが他の者にはこの模様、一体何に見えるのだろうか?


「………行くとするか」


そうして俺もその場から去る事にした。もう此処には用は無い。
来るとすればまた掃除の時だろう。










スラムから俺はまっすぐ霧雨道具店を目指し、目的地に辿り着く。
そしてそこの入り口で待っていたのは――――――この世界の守護者でもある、博麗の巫女であった。


「………その様子だと無事終わったようですね、ウォルター」

「今まで待っていたのか?この雪の中を?」

「今出てきた所です。そろそろ来る頃だと思ってましたので。
 それに魔理沙を助けたのは私ではなく貴方だという事も、ちゃんと伝えねばいけませんしね」


子供の救出の時、この少女も俺達に着いて来た。当然と言えば当然かもしれない。彼女はこの世界を守る存在なのだから。
そして救出した時、彼女には赤子を先に帰す役目を任せた。後始末は俺達に任せろと言って。

ふと俺は、あの紅白のきれいなちょうちょと目の前の少女が重なって見えた気がした。
恐らく、目の前のこの少女なら一人でもあの場面を作る事が出来ただろう。それくらいの事が出来るだけの力も度胸もある。
もしあの場に彼女がいたら、俺はあの模様が紅白のちょうちょではなく、紅白の巫女に見えたかもしれない。
白い雪を悪党の赤い血で染める、博麗の巫女という紅白のきれいなちょうちょ、か。


「………最高のジョークかもしれんな」

「なにか?」

「いや………なんでもない」


俺は女が嫌いだ。苦手ではなく嫌いだ。だがこの少女は別だった。
自分の使命を、この世界を守るという使命を命を懸けて全うするこの少女には、素直に感心するものがあった。
それに何処か自分と同じものをこの少女から感じるのだ。だからだろう。俺はこの少女を気に入っていた。
以前の俺が見れば、これはきっと驚くような変化だろう。俺が気に入る女がいるなんてのは、この俺だって驚いた事だしな。


「それでは、中に入りましょうか」

「ああ、そうしよう」


店の扉を開けてそこで待っていたのは、二人の若い夫婦と、母親の腕の中にいる赤子だった。


「ああコバックスさんッ!よく来てくれたなッ!」

「本当に、本当にありがとうございますッ!………ありがとう、ございます」


父親は俺を喜んで迎え入れ、母親は涙を流し何度も頭を下げてきた。
………嫌われるのは慣れてるが、こういうのはどうにも慣れん。


「貴方の御蔭で私達はこの子を………魔理沙をもう一度抱き締める事が出来ました。
 貴方には何度感謝しても………本当にありがとう」

「奥さん。そう何度も頭を下げられるとこちらも困る。助けたのは俺だけではない」

「でも巫女様から貴方の御蔭で助ける事が出来たと聞かされました。だから………だから………」

「………余計な事を」

「ですが真実です。そして伝えるべき事だと思い、伝えました。
 貴方がどう言おうとも、私はこれを言わねばなりません。これはどうあっても妥協しませんからね?」


………ふん、頑固者が。


「なあコバックスさん、よかったら魔理沙を抱いてくれないか?」

「………なんだと?」

「あんたに助けてもらったんだ。なんていうかこう………上手くは言えないけど、そうすべきだと俺は思うんだよ。
 だから、な?頼むよ」

「私からもお願いします。どうかこの子を抱いてやってください」

「いやしかし………」

「ここは諦めて下さいウォルター。私もそうすべきだと思いますよ?」

「お前までか霊、お、おいッ!」


いきなり母親に赤子を渡された。どうすればいいのか分からなかった。
俺は不器用に子供を抱き締めるしかなかった。こんな事は初めてなのだから、しょうがないと言えばしょうがないのだが………

そんな時、俺は魔理沙と目が合った。どうやらまだ起きていたようだ。


「あーだー………ぶー?」

「………………」


こちらを不思議そうに見つめてくる。俺はそれを黙って見つめ返す他に術が無かった。
二人の夫婦とあいつは、そんな俺を見てクスクスと笑い出した。実に居心地が悪かった。
だが次の瞬間だった。魔理沙はそんな俺を見て――――――明るく笑ったのだ。


「あー!まーうー!あーい!」


元気一杯にこちらに手を伸ばし、俺の顔を触ってくる。
その時俺は思った。救う事が出来たと。今度は救う事が出来たと――――――喜んだ。
この腕の中の小さな命を救えた事が、今の俺にはなによりも誇らしい事に思えた。

後になって博麗の巫女から聞いた話だが、この時の俺は泣いてるようにも見え、笑ってるようにも見える、そんな顔だったらしい。










日誌 ウォルター・ジョセフ・コバックス記 19××年 12月10日。

今朝から雪が降っている。俺が此処に来てから四度目の雪だ。夜になっても雪はまだ振っている。
だが今日分かった事もある。それは、この世界の冬は、ニューヨークの冬に比べてほんの少し暖かいという事だ。
そう、小さな子供一人分の暖かさを、俺は感じる事が出来たのだ。
これはきっと、ロールシャッハには決して出来ない事かもしれない。俺が目指した存在には出来ない事かもしれない。
その事が俺には、なによりも誇らしいと思えた。




















後書きか………これ書くと終わったって感じるんだよな………

今回の主役はウォルターさんを初めとした人里の守護者達の一部でした。
全員ではありません。まだ何人かいます。………ああ、登場予定のキャラがどんどん増えていく。
今回出た守護者達ですが、ウォルターさん同様元のネタみたいなのはあります。
ちょいちょい弄ってオリジナルみたいにするのが、私のキャラの作り方の一つなんで。

後は先代の巫女様がちょい出てきたくらいですかね。彼女の話もいずれ書きます。本編で。

今回は一人称で書いてみましたが、慣れないと大変だ。相手の心情を詳しく書けないのがきつかったかな。
それでは!



[24164] 第九話 まりちゃんへ
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:a8ac40c1
Date: 2011/09/21 22:13






良く晴れた青い、青い空。雲は風に乗って形を変え、そして消えて。
そんないつも通りの空の下の、博霊神社。
博霊 霊夢と霧雨 魔理沙の二人の少女は縁側で並んで座り、お茶を飲んでいた。
魔理沙が暇だと言い、霊夢がそうねと答える。
それが時には逆にもなり、他愛の無い話をして少し盛り上がり、また暇だと言う。
それは二人が特にやる事もなくなっている時の、何時もの通りの光景だった。
けれど、今日は少しだけ、それが違った。
二人だけの何時もの光景が、今日は違ったものになっていた。











「で、パチュリーったら「魔理沙だけずるいわ!今度は私も行くからね!」って悔しがってさ」

「むきゅむきゅ唸ったんでしょ。それはこの前も聞いたわよ」

「………そっか」

「………そうよ」

「そうそう!ダン爺の所に髑髏の形をした魔導書があってさ」

「お前にはまだ早いって言われたんでしょ。それは昨日言ったわよ」

「………………そっか」

「………………そうよ」



沈黙。その後はまた揃って溜め息。そんな繰り返しが約二時間は続いたろうか。
さすがの二人も飽き飽きして、もう何十回目になるであろう溜め息を吐く。


「暇だなって、今日は何回言ったんだろうなぁ………」

「千回は言ってるとは思うわねぇ」


何かあってほしいと思う時に限って、何も無いのが悲しい現実。刺激的な事は早々起こりはしない。
だがそれは幻想郷にはあまり当てはまらない。こんな世界だ。極限に暇になれば大抵何かが起きるものだ。
例えそれが本人達が望むような何かでなく、望んでいないものであっても、何かが起きる時は起きるものだったのだ。

最初にそれに気付いたのは霊夢だった。誰かが神社に入り、自分達の方へ来ているのを感じ取ったのは。
霊夢はこれで少なくとも今の状態から解放されるのを内心喜んだがのだが、誰が来たのかを知った途端にそんな気持ちは吹き飛んでしまった。


「ふん。ダンから最近は修行もするようになったと聞いたが、どうやら違ったらしいな。
 相変わらずのサボりようだ。暇ならせめて境内の掃除なりしたらどうだ。葉が散っていたぞ。
 それと魔理沙。やはり此処だったか」


そんな辛辣な言葉を口にしながら二人の前に現れたのは、くたびれたトレンチコートを着た人里の守護者の一人。
ウォルター・ジョセフ・コバックスだった。


「………暇だったけど、あんたに会うくらいだったら暇の方が良かったわね」

「げげッ!コバックスのオヤジじゃねーかッ!」


ウォルターを見た霊夢は面倒臭そうな顔で、魔理沙は驚き半分怖さ半分な顔になる。
魔理沙がそんな表情になるのは子供の頃から悪戯を見つかって怒られたり、その度に関節を外されたり(ウォルターにとっては手加減なのだが)した為だ。
その為、ウォルターがどうしても苦手でしょうがないのだ。しかしそう思っているのは魔理沙だけではない。
魔理沙とほぼ同年代の人里の者は、皆同じように彼の事を恐れているのだ。
人里では子供が悪さをしたり言う事を聞かなかったら「コバックスさんに外して貰うよ」と言えば恐がって震え、大抵は言う事を聞く。
この言葉は近年の人里では「慧音先生に頭突きしてもらうよ」に匹敵する程の脅し文句になっている。
いや、美人に頭突きをされるのと不細工なオッサンに関節を外されるのを比べれば、明らかに前者の方がはるかにマシだろう。
ともかく。魔理沙にとって彼は命の恩人かもしれないが、そんな事もあり、会えば体がすくまずにはいられない程に苦手なのだ。

一方霊夢がそんな表情になるのは魔理沙とは違った理由がある。
容赦無い言葉や嫌味も理由ではあるが、このウォルターは事有る毎に自分と先代を比べたりするのだ。
やれ「あいつは真面目だったのに」とか。やれ「あいつがいなくなったからサボるようになったのか」とか。
顔を合わせればほとんどがそれだ。しかも無下に追い出す事も出来ない。月に一回とはいえ、わざわざ神社に来て賽銭を入れる貴重奇特な人間なのだ。
来るのは決まった日なので、何時もはもうすぐ来るなと思った時に神社から離れていたのだが、どういう訳か今日はその日ではない。
その為に勘が狂ってウォルターに出会ってしまったのだ。そんな霊夢は面倒臭そうにウォルターに話しかける。


「なに?とうとうボケ始めたのかしたら?今日は違ったはずだけど爺さん」

「その口の悪さ。誰に似たんだかな。先代のあいつも呆れてるだろうな」

「少なくともそれあんたにだけは言われたくわないわね。だったら今日は何の用なのよ?」


内心舌打ちしつつ何をしに来たのか尋ねる霊夢。
用事を済ませてとっとと帰ってほしいというのが本音だ。
そして言われた方のウォルターはといえば、不意に魔理沙を見て、


「今日はそこの魔理沙に用があっただけだ。最近は入り浸りだと聞いてな」


と、それだけ答えた。これを聞いた魔理沙は思わず体をビクリと震わせる。


「な、なな、なんだよッ!私はまだ何もしてないんだぜッ!」

「まだ?ふむ………今日は仕置に来たわけじゃない。まあ何かしたら………また外すがな」

「ひ、ひぃぃぃぃぃッ!そ、それじゃあ私に何の用なんだよッ!?」

「お前に渡す物があったから、わざわざ届けに来たんだ」

「………渡す物?」

「ああ、手紙だ。――――――お前の母親からな」


それを聞いた魔理沙は怯えの表情を無くし、純粋に驚いた顔になる。
勘当されてから父親とは会っていないが、母とは手紙などでやり取りをしている。
だが手紙の受け渡しはいつもは香霖堂でやっていた。こうしてウォルターから渡されるのは、初めての事だった。
ウォルターはコートのポケットから預かった手紙の封筒を魔理沙に手渡した。
手紙は、確かに母の物だった。母がよく使う種類の封筒に、見慣れた文字が書かれていた。


「確かに渡したぞ」

「あ、うん………どうも」


ウォルターは手紙を手渡すとすぐに、何処かへと行こうとする。
魔理沙同様に驚いていた霊夢だったが、別の場所へ行こうとするウォルターに話しかける。


「やっぱ行くんだ」

「………………ふん」


ウォルターは一瞥しただけで、そのまま進んで行った。
一方魔理沙はと言えば、手渡された封筒をジッと、眺めて見ていた。
霊夢は、封筒を開けずにただジッと見ている魔理沙に声をかける。


「おばさんからの手紙でしょ。読まないの?」

「よ、読むさ。………読む、けどさ」

「………席、外そうか?」


言いよどむ魔理沙を見て、霊夢はそう言って気を利かせるが、魔理沙は首を横に振って大丈夫だと黙って答える。
母親からのこの手紙を読む時。魔理沙は色々と覚悟してから読まねばならない。
軽く深呼吸をして、言葉を漏らす。


「………いや、一緒に読もう」

「いいの?」

「母さん。きっと霊夢の事も書いてるだろうからさ。だったら一緒に見た方がいいじゃないか。
 それに、霊夢だってやっぱ気になるだろ?」

「………ありがとう」

「じゃあ、読むぞ」


意を決して、魔理沙は封筒から手紙を取り出す。
霊夢は魔理沙の近くに寄って、手紙を一緒に読み始める。
その手紙の始まりは、以下の文章から始まった。


『まりちゃんお元気でしょうか。風邪などはひいてはいませんか。
 まりちゃんは体の丈夫な子ですが、遠く離れたお母さんはそれでも心配になります。
 ちゃんとご飯は三食食べてくださいね。たまに来る霖之助さんから話を聞きますがちょっと心配です。
 本当だったらお母さんが作りに行ってあげたいのですが、魔法の森はお母さんには少し危ないのでこちらから行ってあげる事も出来ません。
 ジョセフさんに頼めば連れて行って貰えるかもしれませんが、お母さんはお父さんの事もあるのでやはり行くに行けません。
 貴女が家出した件もありますが、やはりお母さんがお父さんをほっとけないというのが一番の理由です』


「ううー、香霖ったら一体何話したんだぜ………」

「おばさん。相変わらずみたいね。ねぇまりちゃん?」

「まりちゃん言うな!」

「ほらほら続き続き」

「分かったよもう。ええとぉ………」


『この間の事です。お父さんは貴女の事を本当は心配してる癖に、私が心配すると気を悪くしてすねちゃいました。
 お母さんがまりちゃんに盗られたみたいで、それで焼き餅を焼いてるんです。
 お父さんのそういう所は子供の頃から変わっていません。お母さんはずっと一緒だったのでよく分かります。
 そういう所は本当に、まりちゃんとそっくりです。
 その所為でお父さんと喧嘩してまりちゃんは家出してしまいましたが、お母さんは悲しくはありません。
 むしろ、ああやっぱり親子なのだなと少し嬉しく思っています』


「あんたと似てるって、おじさん」

「へん!そんな事あるもんかい!」

「………まあ、私としてはさり気なーく惚気ているような事を言ってるように見えるんだけど?」

「母さん、そういうトコ全然変わんないよなぁ」


『お父さんの事は心配しないでください。
 お店の方は順調ですし、困った時には組合の人達が助けてくれます。
 そう言えばこの前、堂島鍛冶の軍二さんが来て、息子もいい歳だし連れ合いが出来ても良い頃だと、そんな話をしました。
 「友達の伊丹君はもう結婚して子供が居るのに。あいつは何時になったら女房を貰うんだ」云々。そんな風に愚痴を言っていました』


「ハハハッ!そういや兄ちゃんも、もういい歳だよな」

「魔理沙」

「うん?なんだよ?」

「続き読んだら笑えなくなるわよ」

「うん?何言って………」


『お母さんは話をしてて、まりちゃんもいつかそうなるのかなと、ふとそんな事を考えました』


「………………母さん」

「赤くなるな赤くなるな。………ぷぷ」

「わ、笑うなよぉう!」

「はいはい分かりました分かりました。さ、続き続き」

「ううー………」


『お母さんはまりちゃんが立派な魔法使いになるのも見てみたいですが、やはりまりちゃんの花嫁姿が見たい気持ちもあります。
 お母さんの時は白無垢でしたが、まりちゃんはウェディングドレスも似合うと思います』


「ううー………ああー………」

(………うん、魔理沙がどう思ってるかすっごい分かるわ)


『白無垢だったらお母さんのをあげます。ウェディングドレスだったら、きっとジョセフさんが喜んで作ってくれるでしょうね。
 ジョセフさんは言葉こそ悪いですが、貴女の事を心配してくれていますよ。
 この手紙も無理を言ってお願いしたのですが、快く引き受けてくれました。神社に行くついでにと、そう言って』


「本当かぁ?コバックスのオヤジが喜んでドレス作る姿なんて………想像も出来ん」

「出来たら恐ろしいわよ。きっとトラウマものでしょうね」

「だよなー………うん?」


『もっとも、本当はそれ以上に心配している子が居て、その子の為に作ってあげたいと思っているようですが』


「………誰だ?分かるか、霊夢?」

「あの爺さんがあんた以外にそんな心配してる奴なんて知らないわよ?」

「私も心当たり無いなぁ………誰だろう?」


『結婚式の時、まりちゃんの隣にいるのは誰なのでしょうか。
 まだまだ先の事だとは思いますが、お母さんはそれを楽しみにしています。
 でも一番の候補はあの人でしょうか。まりちゃんは何時も一緒でしたからね。
 もしその時が来たらお母さんやお父さん。それに魅魔さんやジョセフさんやダンさん。
 沢山の人を呼んで貴女の門出を祝ってほしいと、そう思います』


「………恥ずかしさで、人間は死ぬ可能性がある事を私は今知った」

「まあ………同情はするわよ?」

「うるさ………ん?」


『れいちゃんとは仲良くしていますか。喧嘩はやはりよくするのでしょうね。
 でもちゃんと仲直りするのを忘れないでください。まりちゃんはれいちゃんの大事な友達ですから。
 まりちゃんとれいちゃんが小さかった頃は、二人はよく遊びましたね。きっと今でもそうなのでしょう。
 れいちゃんにはまた何時でもご飯食べに来て良いよと伝えておいて下さい。その時は美味しいご飯を作って待っていますから』


「………だそうだぜ、れいちゃん?」

「………れいちゃん言うなぁ」


『れいちゃんはまりちゃんと同じで少し付き合いが不器用なトコがあります。
 小さかったれいちゃんは、最初まりちゃん以外の子とはあまり遊びませんでしたね。
 あの子もその事はとても心配して、何度か私と相談したりもしました』


「うう………うううー………」

「まあ………同情するぜ?うん。冷やかしや冗談抜きで」

「おばさんったら………あ」


『もっともれいちゃんのそういうトコは、あの子に似ているんでしょうね。
 れいちゃんの周りにはいつも誰かが居るみたいですが、先代の巫女だったあの子が亡くなってやはり寂しいんじゃないかと、お母さんは心配してしまいます。
 いつも修行をサボって怒られていたれいちゃんですが、それでもあの子の事が大好きだったのをお母さんは知っていますから。
 あの子もそうです。よく私の所に来て、もう少し器用になれたら母親らしく出来たのにと、愚痴をこぼしていました。
 お母さんはそれを見る度に、そして今ではそれを思い出す度にこう思います。
 どっちのれいちゃんも不器用で、お互いを大事に想ってた母娘なんだなと』


「だってさ。どうなんだ霊夢?」

「………おばさんには敵わないわ」

「うん、それで十分だぜ」


『そして最後になりますが、お母さんは元気です。
 ただやはり、まりちゃんの居ない家は寂しく感じます。
 まりちゃんが出て行って長くなりましたが、その寂しさは今でも、どうしても変わる事はありません。
 まりちゃんが出て行ったのは悲しくはないけれど、それでも寂しいと感じてしまう。
 きっと悲しいと思う事と寂しいと思う事は必ず同じという事ではないのでしょうね。
 まりちゃんがいつでも帰れるようにと、まりちゃんのお部屋を掃除していたら、不意にそんな事を思ってしまいました』


「母さん………」


『それではまりちゃん。体を大事にして、魔法の勉強をして、ダンさんの言う事をよく聞いて、
 今は何処かに居るであろう魅魔さんを安心させるようにして下さい。
                                          まりちゃんのお母さんより』


手紙を読み終わった二人は、それぞれ思っている事は別々だが、似たような表情になっていた。
共に、大事な何かを懐かしむような、そんな表情だった。
違っていたのは魔理沙がうっすらと涙を滲ませているのに対し、霊夢は儚い微笑を浮かべていた事だった。


「………ぐす」

「おばさん、あんたの事心配してんのね」

「………ああ」

「あんたの事、今でも大事に想ってんのね」

「………ああ」

「………私の事も、心配、してくれてるのよね」

「………ああ、当たり前だろそんなの。私の母さんなんだから」


魔理沙は浮かべた涙を拭いて、もう一度手紙を見る。
どうにも母の手紙を見ると自分は気恥ずかしくなったり、懐かしくなったりしてしまう。
母の事を想い郷愁の念が強くなり、帰りたくなってしまう気持ちが生まれてしまう。


「おばさんの料理かぁ………なんだか久しぶりに食べたくなったなぁ」

「私は………食べたら泣くな。絶対泣く。確実に泣く。間違い無く泣く」


まだ今は帰るべきではない。少なくとも、今はまだ。まだ、踏ん切りがつかない。
会いたいという気持ちはあった。自分の母親なのだから当然だ。
帰りたいという気持ちもあった。自分の家なのだから当然だ。
だが今はまだ、帰れないという気持ちがあった。

そんな魔理沙の気持ちを察してか、霊夢が口を開く。


「魔理沙。あんたまだ帰る気は無いの?」

「………………………」

「帰る家があって、待っててくれてる人が居て。それでも帰らないなんて我が儘じゃないの?」

「………ッ!言ってくれるじゃないか。ああ我が儘だろうさ。自分勝手だろうさ。
 それの何が悪い?何が悪いってんだ?自分のやりたい事をやって何が悪いってんだよッ!」


語気が荒くなる。自分が内心気にしている事を指摘されたから。
両親を心配させている事は分かっている。我が儘を言っているのも分かる。
だが、言われたくなかった。特に霊夢からは、言われたくなかった。

霊夢は俯き、それを聞いていた。魔理沙にそれを言えばこうなる事は分かってはいた。
それでも言いたかったのだ。自分がこの魔法使いに思っていた事を言うには、まずそれから言うしかなかったから。
やっと、面と向かって言う事が出来る。


「………悪くなんてないわよ。ただ………ただ私は………」

「なんだよ?」


何かを、その先を言い辛そうにする霊夢に怪訝な表情で見詰める魔理沙。
霊夢は魔理沙の方ではなく、空を見ながら、その先を言った。


「………羨ましいって思ったのよ。私にはもう、そんな人居ないから」


そう言った霊夢の表情は、魔理沙から見て恥ずかしそうに見えた。
だが同時に――――――とても寂しそうにも見えた。


「………霊夢」

「ま、もう慣れたけどね。それに私も好きに出来るしね。
 師匠が居たらガミガミと修行だなんだって何時も怒って、たまったもんじゃなかったし。
 口煩いし容赦無いし。ほんと散々だったわ」


霊夢は口ではそんな事を言ってるが、穏やかに笑っていた。
ちょっとだけ強がっているようにも見えたが、それでも彼女は穏やかに笑っていた。
魔理沙は霊夢のそんな顔を見て少しだけ、ほんの少しだけ心配し、だがそれ以上に、その笑顔を見て安心し、つられて笑う。


「へへ………そういやそうだったな。お前いっつも怒られて、その度に逃げてたな」

「ほんとよほんと。こっちも逃げるの必至だったわよ。………でも」

「うん?」

「不思議よね。あの時はあんなに嫌だったのに、こうして懐かしく思えるなんて」

「………なあ、霊夢は「寂しくはないわね」………うん、そっか」

「周りはいつもうるさいし。面倒な奴が多いし。それをなんとかしなくちゃだし。
 ………あんた達の所為で、寂しいなんて思う暇も無いわね」

「そこはあんた達の御蔭で、だろ?」

「ふふ………自惚れるんじゃないわよバーカ」

「あーなんだよそれーヒッデェなー」


お互い笑いあう。昔と変わらず、お互いに笑いあう。
思えばお互い長い付き合いだ。言いたい事を言い合える仲で、でもお互い言いたい事を言えない、そんな関係。
気心の知れた、大事な友達だった。


「………そんな人居ないなんて寂しい事言うなよな。私や、みんながいるじゃないか。それに、お前にはまだ」

「………うん?なによ?」

「………いや、うん。それだけだ」


これ以上言うのは止めておこうと魔理沙は思った。
霊夢の機嫌が悪くなるのはいただけないし、何よりも当人達の問題だからなと、そう思ったからだ。


「そう………あれ?」

「うん?どうした?」

「手紙。まだ続きが………」


『追伸。
 まりちゃん。手紙を届けてくれたウォルターさんにはお礼は言えましたか。
 れいちゃん。これからもまりちゃんと仲良くしてあげて下さい』


「………だってさ。お礼。爺さんにちゃんと言いなさいよね」

「へーいへい。母さんの頼みじゃな」

「ほら、噂をすれば」


霊夢の言葉につられて、目を向ける。
相変わらずの無愛想な表情まま、ウォルターがこちらに来る。帰る事を伝えに来たのだろう。
霊夢が先に声をかける。


「もう終わったの爺さん?」

「ああ。じゃあな」


それだけ言って、そのままウォルターは帰ろうとした。


「あ、おいコバックスのオヤジ」

「………?なんだ?」

「その、手紙さ、届けてくれて………ありがとう」


魔理沙のその言葉に、ウォルターは若干の驚きを表情に浮かべる。


「まあ………頼まれたからな」

「手紙はさ、また香霖のトコに出しとくからって」

「分かった。伝えておこう」


頷き答えたウォルターは、今度こそそのまま帰ろうと二人に背を向けた。
そんな背中に向かって、霊夢が言う。


「爺さん。今度はちゃんといつも通り来なさいよ」


ウォルターはその言葉を聞いて、その歩みを止めた。だが、振り返る事はなかった。
そんなウォルターに霊夢は続けて言う。


「その時はさ、お茶でも用意して待っててあげるから」

「………………ああ」


それだけ。ただそれだけを答えて、ウォルターはその場から去って行った。
たったそれだけの言葉だったが、それを聞いた霊夢は少しだけ見えた気がした。
背中の向こう側の顔の、ウォルターのほんの少しだけ微笑んだ顔が。


「そんじゃ、私もそろそろ帰るとするぜ。手紙。書かなきゃだしな」

「私も。気晴らしに掃除でもするわ」


二人は縁側から立ち上がり、それぞれ背伸びして歩き出す。
そんな時、魔理沙が霊夢の顔を見てくすりと笑い出す。


「ははは、どうしたんだよ霊夢?何にやけてんだよ?」

「え?私にやけてた?」

「にやけてたにやけてた。妙に嬉しそうな顔してさ」


それを聞いた霊夢は、やれやれと肩をすくめて、その顔のまま言った。










「あんたと同じで――――――つられて笑ったのよ」










後書きを書けるって事はよぉ、話が書き終わったって事だよなぁ!?

どうも。パソコンを買い替えて色々遅れてしまった荒井スミスです。
もう覚えてる人もいないのではないでしょうか?なんて心配してもいます。
新しいパソコンも買って心機一転。これから頑張って書きたいと思います。
そこそこにね。

魔理沙のお母さんからの手紙。それが今回の話ですね。リハビリには良い運動になるかなと思い書きました。
なんでそんな手紙書こうなんて思ったかと言うと、硫黄島からの手紙の栗林中将が愛娘に手紙を書いてるの見て思いつきました。
栗林中将の絵手紙をネットで調べたりもしました。中将、なかなか味のある絵を書いていました。
あれくらい私にも絵心があればなぁ………なんて思いもしましたね。
そしたら私の書いてるキャラを絵にしてあげられるのに。
………ゆっくりならなんとか………いや、無理だな。
関係無いけどいきなりだけど、ロールシャッハのゆっくりの中身は納豆がいいんじゃないかな。
臭い的な意味で。
それでは!



[24164] 第十話 幻想郷の小さな巫女さん 来たよ
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:a8ac40c1
Date: 2011/12/09 22:25





昔の事を彼女はあまり覚えていない。父と母に出会う前は、暗い所に居た事は覚えている。
大勢の人間が自分に頭を下げていた事もなんとなく覚えていたが、その誰も自分に話し掛けてはくれなかった。
しかし彼女は別に寂しいとは思わなかった。何故なら友達のシューちゃんが一緒だったからだ。
彼女はそのシューちゃんと話をした。口ではなく魂で。人間の言語ではなく友達の言語で、話をした。
だから彼女は決して寂しくはなかった。

ある日の事だった。ガチャガチャと硬い音を立てて、見た事も無い者達が彼女の下にやって来た。
その者達は自分に頭を下げていた者達を次々と殺していった。容赦無く、殺していった。
だが彼女はそれを気には留めなかった。幼心に「死んじゃったのか」と、思うだけだった。
まだ三歳だった彼女ではあったが、死がどんなものかは友達に教えられて、なんとなくではあったが理解していた。

そして、彼等を殺した者達の中で一番偉そうな者がガチャガチャと硬い音を立てて彼女に近付いて来た。
顔は分からない。白い鉄仮面を被って隠していたから。だが偉そうな人なのは分かる。これもなんとなくではあったが。
その偉そうな白い鉄仮面は、彼女を少しの間兜の奥から視線を投げ掛けてまじまじと見た後に、呟く。


「これが邪神を降臨させる為にこの者達が用意した巫女か。……成る程、厄介な代物を用意したものだ」

「おい、そっちはどうだドラフ……ああ、見つかったようだな」


偉そうな者の後から来たのは、黒紫の服装を着た――――――皮肉めいた笑みを浮かべた男だった。


「うむ、この者で間違いあるまい。だが問題はこれをどうするかだ」

「うん?これほどの逸材、利用しない手は無いと思うがな」

「ふん、我が魔導に外なる神の力は不要よ。私はただこの者達が邪神を利用するのを防いだまでの事。
 ……邪魔なのだよ。この世を真に統べるは、大帝陛下唯御一人よ」

「ではどうする?」

「捨て置けば、他の者達に利用されるは明らか。始末するべきだろう」

「そりゃ勿体無い。そんな事をするくらいならこれ、私に譲ってはくれんかな?」

「断る。お前などに預ければどの様な悪事に使われるか知れたものではない。
 そうか……貴様、最初からそれが目的で此処を教えたのだな?
 我等を利用しこの者を、外なる神の巫女を手に入れる腹積もりだったか」

「日乃本の諺にな、豚に真珠というのがあるだろ?
 こんな奴等に良い様にされるくらいなら、いっそ私が有効活用した方がマシ……と、思ってね」

「お前に利用されるくらいなら始末した方が世の為だと思うがな」

「そうか?だが……うーん……だがなぁ……」


目の前の二人は何やら言い争っている。喧嘩しているのだろうか?
彼女の短い人生の中で、こんなに目の前で喋られたのは初めての事だった。
それなのにその会話を喧嘩と思えたのは、彼女の友達の恩恵だろう。
初めて見る喧嘩らしき会話。それが喧嘩かどうか、彼女は尋ねてみる事にした。


「………………けんか?」


彼女が発したその短い言葉に、二人は軽く驚き、視線を向ける。


「まさか、まだ人の言葉を喋れるとはな」

「ああ、意識などもう無いと思ってたんだがな」

「………………けんか?」


久しぶりに口から発した人間の言語。
ちゃんと意味が伝わったかどうか、返事をしてくれないと分からない。
彼女の問いに答えたのは、黒紫の皮肉男だった。


「あ、いや、オジサン達は別に喧嘩している訳じゃないよお嬢ちゃん」

「おい、答える必要は」

「まあそう言うなよ。折角喋ってくれたのだぞ?」

「………………ちがう?」

「ああ、違う違う。なんでもないよ」

「………………けんかはね、めーよ?」

「まぁ……確かにそうなんだけどねぇ……」


皮肉男はなにやら困った表情で、白い鉄仮面の男の方を見る。


「なあ……これ殺せるか?」

「いや、しかし」

「良い子じゃないか。私達が喧嘩してると思って心配してくれてるんだぞ?」

「だがだからと言ってだな……」

「力その物に善悪は無い。違うかな?」

「……それは、そうだが」

「では私が責任を以って預か「それは駄目だ」……駄目かぁ」


残念そうにうな垂れる皮肉男を見て、白い鉄仮面の男は溜め息を吐く。
そんな二人を見て、彼女は不思議そうに小さな首を傾げて「変な人達だな」と思う。
だがそれ以上に―――彼女自身にも分からないが―――何か、新鮮な感じがした。
そう思った時に「それは初めて人間らしい人間を見たからだよ」と、シューちゃんがその様な意味の言葉を頭の中で優しく囁いた。


「……ッ!?おい、この娘今」

「……ああ、交信したな」


彼女が友人に話し掛けられた瞬間、冷静ではあったが、二人はさっき以上の驚きの声を上げた。


「なあ、これはあくまでも私の勘なんだが……この子を殺すのは、何か不味い気がする。
 もしかすれば、外なる神の怒りに触れるやもしれんぞ?」

「馬鹿なッ!これは本来神の器を産み出す為だけに生きている生贄の巫女に過ぎんのだぞッ!?
 そもそもだ、外なる神に怒るなどと……その様な人間性がある訳が」

「確かめた事は無いだろう?いや、私にも分からんのだがな。
 分からんのだが……いや分からないからこそ、下手な事はしない方がいい。
 まああれだ。正に触らぬ神に祟り無しとも言う奴だよ君。やはり、始末しないでおいた方がいい」

「では……どうするつもりだ?」

「この子を預けても安心出来る者に預けるのが……うん、得策だろうな」

「居るのか……そんな者が?」

「それは……ん……いや、待て。居た。一人居たぞ。
 ああ、そうだ。あの者に預ければ取り敢えずは安心だ」


皮肉男は名案を思い付いたとばかりに、皮肉めいた微笑を浮かべる。


「今の幻想郷の、博麗の巫女に預けようと思う。いやこれが中々に面白い者でね。
 私も博麗の巫女とは長い間戦ってきたが……あれとはどうも、戦い辛くてね」

「ハクレイ……だと?ふん……奴の名は今でも、思い出すだけでも忌々しい。
 あいつに比べれば、外なる神の方が断然マシというものだ」

「いやいや、さすがにあれよりはしっかりしているよ。少々……暢気ではあるがな。
 少なくとも、この私が預かるよりは安心出来る事は保障するぞ、大導師殿?」


皮肉男の言葉を聞いて、白い鉄仮面の男は考え込む仕草を見せて黙り込む。
数秒して、鉄仮面が口を開いた。


「――――――契約しろ。必ずこの者を博麗の巫女に預けるとな」

「了承した。その契約――――――この幻想卿の名に懸けて果たそう」


皮肉男――――――幻想卿は、彼女の前で目線を合わせる様に屈み、そして言った。










「ちょっといいかな?君に……会わせたい人が居るんだがね」










気が付けば彼女は、幻想卿と呼ばれた男に連れられて、外へ出ていた。
初めて出た外の世界は何もかもが眩しく見えて、新鮮だった。
外の空気はちょっと冷たくて、ちょっとだけ痛かった。
外の光はちょっと眩しくて、空気と同じ様に、ちょっとだけ痛かった。
だけど……何故だろうか?やっと……生まれて来る事が出来た。
そんな感覚が彼の心には芽生えていた。それに――――――


「さあ、もうすぐ到着だ」


こうして手を繋がれるのも、初めての事だった。
ゴツゴツしてて、硬くて、よく見れば所々荒れていて。
だがほんのちょっとだけ暖かい、そんな大きな手だった。

その手に引っ張られて、彼女は男に着いて来た。
逆らうでも抵抗するでもなく、ただ黙って着いて来た。
何か話し掛けられても、ただ黙って頷いて、着いて来た。
そして気が付けば、何やら大きくて赤い、四角い感じの物が目の前にあった。


「さあ着いたぞ。此処が、幻想郷の博麗神社だ。
 そして、この赤いのが鳥居という物だ。まあ、門みたいなものだな」

「門………………ヨっちゃん?」

「ヨっちゃ……?それは、まさかヨグ………………いや、似てるが違うよ」


鳥居はヨっちゃんとは似てるが違うらしい。どう違うのかは分からないが。


「もう少ししたら、此処に女の人が来る。後はその人がなんとかしてくれるから、安心しなさい」

「………………どうして?」

「ん?」

「つれて………………きたの?」


どうしてこの人が自分を此処まで連れて来たのか、彼女には分からなかった。
聞いても分からない様が気がしたが、取り敢えず気になったので、だから一応聞いてみた。


「どうして連れて来た、か。一言で言うなら……面白そうだから、だね」


そう言って男は石段に腰掛けて、彼女の横に座る。
彼女もちょっと疲れたので、石段にちょこんと並んで座った。


「………………おもしろそう?」

「君を此処に連れて来たら、何か面白くなりそうだった。
 ふむ……まあ、それだけだね。それ以外は……あー……これと言って無いな。
 私は面白ければそれでいいのだよ。善であれ悪であれ何であれね」


やはり聞いても、よく分からなかった。
そもそも、おもしろいという事がどういう事なのか、彼女にはそれが理解出来なかった。


「おもしろいって………………なぁに?」

「そうだなぁ……それはね」


男は石段に座ったまま、そこから見える風景を、この世界を、眩しそうに見て、答えた。


「この世界に居るみんなと会えば、すぐにでも理解出来るさ。
 ああ、それはオジサンが保障しよう。きっとみんなが、それを教えてくれる。
 だから――――――私に尋ねる必要は無いのだよ」


男はそう答えて立ち上がり、彼女を置いて石段を下りて行く。


「…………………いっちゃうの?」

「ああ、そうだよ。オジサンはまた別の所に行くよ。
 なにしろずっと居たら、こわぁいこわぁいスキマババアがやって来て食べられちゃうからね」


意地悪そうな笑みを楽しそうに浮かべて、男は彼女を背にして石段を下りて行く。


「また………………あえる?」

「また来るさ。私は幻想卿だからね。必ずまた来るさ。だから運が良ければ、また会えるかもしれないね」


男は背中を向けたまた、彼女に向けて腕を振って、石段をまた下りて行く。


「その時まで、さようならお嬢さん。次に会う時は――――――良い名前を貰っておいてくれ」


石段を一つずつ下りて、段々と小さくなる男の姿を、彼女はずっと見続けた。
そして小さくなる男の背中に向かい、彼女は別れの言葉を告げた。


「バイバイ………オジサン………バイバイ」


その言葉と共に、小さかった男の背中は見えなくなった。
そして見えなくなったと同時に――――――










「不吉な気配が背中にビビッと来たから出て来たんだけど……あーもうサッムッ!
 ってあれれ?お嬢ちゃんどうしたの?こんな所で座っちゃって。風邪、引くわよ?」










彼女の背中に、明るく暖かい、女の声が届いた。
振り返って見るとそこには赤と白の服装の、聞こえた声以上に明るく暖かい笑顔の、女の人が居た。


「今日は冷えるわねー本当。息だってほら、白いし。
 手も冷たくなっちゃってさ……こーんな感じでッ!」

「ひゃんッ!」


いきなりその女性は、冷たくなったその両手で彼女の頬を挟み込む。
突然触れられて、彼女は三年の生涯の中で心底驚き、今まで出した事も無い変な叫び声を出してしまう。


「ほーれほれほれ、冷たいかー?冷たいかー?へへへッ、冷たいでしょー?」

「もー……むー……ぶー……」

「うーりうりうり……あー……あったかいなぁ」


女性の手は確かに冷たかった。だが、何故だろう?
確かにその手は冷たいはずなのに、それなのにとても、暖かかった。
この人に触れられると、なんだか胸の奥がぽかぽかとあったかくなる。
嬉しそうに笑うその顔を見ると、もっとあったかくなる。
その暖かさは、友達と話していた時のそれと似ていて。だがそれ以上に暖かく、心地良かった。


「あ、そうそうッ!お嬢ちゃん何処から来たの?
 お父さんとお母さんは?きっと心配してるわよ?」


もっとしてほしかったのに、その女性は止めてそんな事を尋ねてきた。
父も母も、どんな意味かは知っているが、理解は出来なかった。
理解出来なかったから、彼女は首をふるふると横に振った。
すると女性は心配そうな顔になる。


「もしかして……居ないの?困ったなぁ……人里に預けるべきかなぁこれ?」


頭を抱えて困るその顔。コロコロと変わるその表情がおかしくて、面白くて――――――理解した。
ああ、面白いっていうのは、こういう事なんだな、と。
確かにあのオジサンの言う通りだった。面白いという事がどういう事か、この人はすぐにそれを教えてくれた。
それがなんだかとってもうれしくて、彼女は気が付いたら、その女性に抱き着いていた。


「あ……ふふ……もう、どうしちゃったのかな?」


女性は抱き着かれた時に僅かに驚いたが、その後は笑って、彼女の頭を撫でた。
その感触が堪らなく暖かくて、気持ち良くて、心地良くて。
もっとしてほしいと顔を擦り付けて甘えて、その温もりを一心に求めた。


「そんなに甘えちゃって……しょうがないなぁ……もう」


抱き着き甘える彼女を、女性はぎゅっと、抱き締め返した。
優しく、柔らかく包み込んでくれる、ぽかぽかとしたこの温もり。
胸の中にいっぱい、いっぱい入り込んで満たしてくれる、この優しい匂い。
体全体に聞こえてくる、力強くて暖かい、この心臓の鼓動。
そして見上げれば、すぐ目の前には愛しそうに自分を見てくれる、とても綺麗な笑顔があった。
その瞬間、彼女は今まで人生の中で最高の幸福感に満たされていた。
そして理解した。自分はこの人の事が、大好きなのだと。


「やっと……やっと来てくれた……来て、くれたんだね」


涙声で聞こえたその声は、決して悲しんでのものでないと分かる。
この人は、今の自分と同じくらいに幸せなんだ。
自分を抱き締めてくれて、こんなにも喜んでいるんだ。
それが嬉しくて、堪らなく嬉しくて、もっと力を込めて抱き締める。
やっと来る事が出来た。此処に来る事が出来た。
この場所が自分の居場所なのだと、彼女はその魂で理解した。


「ねえ?此処はちょっと寒いから、向こうに行こっか?
 それでね――――――これからも私と一緒に、居てくれるかな?」


その言葉がとても嬉しくて、彼女は小さく、だがはっきりと頷き、そして――――――笑った。
それが、彼女が生まれて初めて見せた笑顔だった。










この日、博麗神社の巫女である博麗 霊那の下に、娘がやって来た。
幻想郷の小さな巫女さん――――――博麗 霊羽が生まれた日であった。










僕と契約して、後書きを書いてよ!

さみーね最近。風邪引いてない?スミスは元気だよ。
そろそろ炬燵、出してもいいかなって思ってる。だって寒いもん。

霊羽ちゃんが居たのは、クトゥルー系の邪神を祀った宗教団体で、
ほっとけば世界とか滅ぼしかねない本当に危ない人達なんですよ。
いや、三歳の女の子を崇めてる時点でもう十分危ないんですけどね。
それを主人公(予定)の一人と黒幕(過去形)の方達がそれぞれの目的の為に潰した。
んーつまり、悪役が別の悪役と組んで結果的に一つの悪を滅ぼしたってって感じかな?
そんでその後に、本編の方に出てた魔法使いの爺さんの嫁さんに拾われたと、そういう事なんよ。

で、本編の話になるけどもさ。色々とキャラクターを考えて用意しているんですよね私。
そしたらまあ、とんでもねぇのが次々と出て来るわ出て来るわ。
気が付いたら某宇宙恐竜を一撃で倒せるキャラクターとか、そんな化け物クラスのキャラが出来たりしまして。
そんな人達にどう面白く立ち回ってもらうかは、まあその時になってのお楽しみ。
取り敢えず、キャラクターは良い出来なのよ。それをどう面白くするかは、私の腕次第。
読んで面白くなかったら、それはキャラクターの所為ではなく私の実力不足という事です。
じゃあ、本編の方をぼちぼち頑張りますな。
それでは。



[24164] 第十一話 楽園の小さな巫女さん ぎゅーって
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:a8ac40c1
Date: 2012/01/27 22:48





彼女が博麗神社に来て一年。身長も8㎝伸びました。
すくすくと幸せに、無事健やかに育っています。
そんな彼女は今現在――――――


「………………んー」


布団に押し潰されて動けなくなっていた。
何でこうなったのか。どうしてこうなったのかそうなってしまったのか。
そこを説明せねばなるまい。

その日は良い天気だった。実に清々しい空。ほんわかとした日の光。ふんわりとした風が気持ち良く吹いていた。
そう、今日は寝るには良い日だったのだ。
そんな日に縁側でぽかぽかと眠れたら幸せだなーと思った霊羽は、大きな座布団を持ってきて、そこで丸まって寝ようと思い至ったのだ。
大きな座布団を出そうと押し入れを開けたら、目的の座布団は押し入れの上の段に、雑な感じで布団の下敷きになっていた。
座布団を出したいなーと思う霊羽は座布団の端掴もうと、ぴょんぴょんと飛んで掴もうとした。
やっとの思いで掴んだが、座布団は出て来る事はなかった。理由は霊羽が軽過ぎたからだ。
宙ぶらりんの状態の霊羽は足をぱたぱたと動かして座布団を出そうとする。
足をぱたぱたと動かす度に座布団はず、ずるりと音を立てて出て来る。
これならいける。そう思った霊羽は頑張って足を動かす。
ぱたぱた、ずるり。ぱたぱたずるり。ぱたぱたずるぅり。ぱたずるり。霊羽は頑張って足を動かした。
そしてえいと足を動かしたその時。ずるぅりぽんっと、座布団が出て来た。
出て来た拍子に、それまで座布団にしがみ付いていた霊羽はこてんとお尻から落ちた。
目的の座布団を手に入れた霊羽は満足そうな顔をして座布団をぎゅうっと抱き締めた。
その時だった。座布団を出した拍子に、上にあった布団も一緒にずしゃーっと、霊羽の上に落ちてきた。


「………………きゅー」


そして、現在に至るという事である。
ちなみに今神社には霊羽以外誰も居ない。
母の霊那は巫女の仕事で人里へ。
父のダンは友人の魔術師に会いにブリテンという場所へ出かけていた。
ついでに言うと玄爺は玄武の沢で休みに行っている。


「………………んーんー」


霊羽は今、布団から顔と両手がちょっと出ているだけという状態だった。
竹箒より重い物は持てない今の霊羽の力では布団を抜け出すのは無理のようだ。
腕をぱたぱたと忙しなく動かしているが、出る事は出来なかった。










――――――そして五分後。










「………くー………すー………」


寝ている。それも気持ち良さそうにぐっすりと、愛らしい寝息を立てて眠っている。
元々眠かったうえに座布団を出そうと頑張ったのだ。疲れて寝てしまったのだろう。
今では座布団を枕にして気持ち良く寝入っていた。
そんな時だった。霊羽の方にふよふよと誰かが近付く者が居た。
暇潰しにやって来た亡霊の魔法使い。魅魔であった。


「お邪魔するよぉ………って誰も居ないのかい?やれやれ困ったもん………おんやぁ?」


魅魔はすぐに霊羽を布団に埋もれた霊羽を見つけた。
奇怪な光景に驚きつつ呆れつつ、魅魔は霊羽に近付く。


「なんだってこんな事になってんだい?ったくもう。霊羽大丈………あららら寝てるよこの子」


近付いてちょんちょんとその頬を触るが、起きる気配は一向に無い。


「神経図太いというか暢気というか。母親に似たかねぇ。やれやれ」

「………んー………いあ、いあ………しゅーちゃん、くすぐったい」

「どんな夢見てんだろねこの子は」


幸せそうにむずがる霊羽を見て、魅魔は取り敢えず布団から霊羽を救出する事にした。
布団をどけた瞬間に、霊羽は肌寒そうに体を動かしてやっと目を覚ました。


「………………さむい」

「そんな恰好で眠るんじゃないよもう。霊那やダンはどうしたんだい?あと亀」


まだ眠いのか、霊羽は瞼をごしごしと両手でこすり、小さくあくびをする。


「くぁ……ん……母様、人里。父様はえっと……ぶりてん?の、えっと……うえーるず?ってとこに行ってる」

「霊那はともかく、ダンはまたえらい遠いとこに行ったもんだねぇ」

「で、玄爺は「あーもういいよ」………そう?」

「ほら、こっちにおいで」


縁側に座る魅魔は、自分の膝の辺りをぽんぽんと叩いて霊羽を招く。
瞼をこすりながら近付く霊羽を、魅魔は脇の辺りを両手で掴んで持ち上げ、自分の膝の上に座らせた。


「んー……相変わらずあんたはちっちゃいね霊羽」

「………そんな事ないもん、伸びたもん」


ぷくっと頬を膨らませて不満を言う霊羽。
そんな愛らしい姿に、魅魔は笑ってその頬を突いた。


「あーごめんごめん、ごめんってば。確かに伸びたもんねー霊羽は」


膝の上の霊羽を抱き締める魅魔は、ふと思う。
自分が死んでからもう、数百年も経った。
もし、死なずに生きていたら……自分にもこの子みたいな――――――


「………いやいや、もう過ぎた事さね」

「………どうしたのみぃちゃん?」

「いや……なんでもないよ。なーんでもないよッ!」


霊羽の頬に自分の頬をぐりぐりとくっつけ、魅魔はなんでもないと笑って答える。


(どうにも霊羽を抱っこしてると、こんな事ばっかり考えちゃうね。
 なんというか……母性……ってのかね?それをくすぐられる様なこの感じが、またなんとも)


どうにも慣れない感情ではあったが、決して悪い気はしなかった。
胸の中が暖かくなるこの気持ちは、なんとも幸せな心地にさせてくれる。
だからだろう。魅魔は霊羽を抱き締めるのが好きだった。

そして霊羽の方もまた、魅魔に抱っこされるのは好きだった。
亡霊である魅魔の体は冷たいが、心地良い涼しさを感じられた。
それに抱き締められてから少し経つと暖かさも感じられる様になる。
その冷たい感触が暖かく変わる感じが、霊羽は大好きだった。


「あー……ところで霊羽?そのみぃちゃんって呼び方は止めてほしいんだけど」

「やー」

「あっそう……やーなのね」

「やーなの………うん、やー……♪」


小さい手で嬉しそうに、魅魔の服を掴む霊羽。
魅魔はしょうがないかと諦めて、霊羽をまた抱き締める。










――――――この小さな巫女さんは、最近では色々と有名になっていた。

――――――曰く「抱っこするとなんだか幸せな気持ちになる」とか。

――――――曰く「思わず攫ってしまいたくなる程に可愛い」とか。

――――――曰く「自分の娘にしたいくらいに愛らしい」とか。

――――――そんな感じで、楽園の小さな巫女さんは有名になっていた。

――――――さて、他の場合はどうなのかというと………………










「ああんもうッ!霊羽ちゃんたら相変わらず可愛いわぁ!ねー幽香ちゃん♪」

「次は私ッ!わーたーしーでーすー!」

「………あんたらねぇ」


風見 幽香は額に片手を当てて呆れていた。
霊那の願いで少しの間、霊羽を自分が住む夢幻館に預かる事になった。
そして連れて帰って来た時に、館の門番であるエリーと、一緒に住んでる吸血鬼のくるみが出迎えたのだ。

今はエリーが霊羽を幸せそうに抱き締めている。
そしてその二人の周りを、くるみがぱたぱたと羽を動かし飛んでいるという状況になっていた。


「もう、しょうがないわねぇ……はい」

「わぁ、ありがとですよ!……えへへへへへぇ」


ほいっと手渡された霊羽を、くるみは嬉しそうに抱き寄せる。


「はぁ……霊羽ちゃんはあったかいですねぇ。抱っこしてるとこう、日だまりみたいにぽかぽかしてきます」

「ほんとにそうよねぇ。毎日居て貰いたいくらいだわぁ」

「そしたら私、お姉ちゃんになれますねッ!霊羽ちゃんのお姉ちゃんかぁ……えへへ……」


霊羽を抱き締めるくるみは、自分がお姉ちゃんと呼ばれる事を想像して幸せな気分に浸る。


「……いや、あんた達?少しの間預かるだけなんだからね?
 攫って来た訳じゃないんだからね?そこ分かってるわよね?」

「………………攫っちゃってもいいんじゃないかなぁ?」

「………………ですねぇ」


なにやら物騒な事を口走る二人に、幽香はまたも呆れる。
が、幽香も二人の気持ちが分からないでもない。
幽香自身も「出来る事ならウチの子にしたい」なんて事をよく考えているのだ。


「ねえねえ霊羽ちゃん?私やくるみちゃんや幽香ちゃんの事……好き?」

「………えっちゃんもくぅちゃんも、ゆうちゃんも好きだよ?」

「ほらほらッ!霊羽ちゃんもこう言ってる事だし。ね?ね?」

「ねー幽香ちゃん?いいでしょう?いいでしょう?私達ちゃんと面倒見ますからぁ」


瞳を潤ませて懇願するエリーと、霊羽を差し出してお願いするくるみ。
そしてあまり今の状況をよく理解していない霊羽は、こてんと小首を傾げて幽香を見詰める。
エリーやくるみの言葉を聞いて、更には霊羽のこんな表情を見せられた幽香。
いけないとは思いつつも「このまま此処に置いておこうか?」なんて事を考え始め……


(……はっ!?いけないいけない)


自分の娘として引き取って可愛がる所まで想像した幽香は、我に帰る。


「駄目よ二人とも?霊羽はあくまでほんの数日預かるだけなんだから」


くるみから霊羽を取り上げて抱っこする幽香は、そう二人に注意する。
だが二人は目に見えて不満そうな視線を幽香に向ける。


「「えー………でもぉ………」」

「言いたい事はよーく……分かるわよ?でも私達が攫ったらこの子を狙ってる他の奴等も黙っちゃいないわよ?」


あいつらが攫ったのなら自分達も。だったら自分達も。それなら自分達も攫うと、次々とこの夢幻館に来るだろう。
そんな事になったら「どーぞどーぞ」と差し出す訳にもいかない。
その時は一大決戦になる事は間違い無いだろう。


「………霊羽ちゃんと一緒になれるなら、どんな奴が来ても追い返してみせるわッ!」

「私もですッ!霊羽ちゃんを誰にも渡しませんよッ!」


そう闘志を燃やすエリーとくるみを見て、「ああ、これ本気で言ってるんだな」と幽香は理解する。
その気持ちは理解しているし、幽香も出来るならそうしたいとは思う。
二人の気持ちを理解しつつも、幽香はぼそりと二人に呟く。


「……あの父親と母親が来ても、同じ事言える?」

「「うッ!?……そ、それは……」」


霊羽の父親と母親の事を言われて、二人の湧き上がる闘志は瞬く間に消し去る。
母親の霊那だけなら、まだいい。穏便に済むだろう。だが父親は駄目だ。ダンは駄目だ。
下手に攫おうものなら彼の“実験材料”にされて死より恐ろしい結末が待っている事だろう。
それがどんなものかは二人は知らないが、それでもロクな目に遭わないだろう事は理解出来た。


「少なくとも、数日は一緒に居るんだからそれで我慢なさい。
 はいはいッ!分かったならごはんの用意しましょう」

「はーい………はぁ………しょうがないなぁ」

「霊羽ちゃん、先に用意してるからね?」


霊羽を抱いたまま、すごすごと館に戻る二人を幽香は見送った。


「まったくあの二人ったら……ごめんなさいね霊羽、騒がしくしちゃって?」

「んーん、いいよ?……ねえ、ゆちゃん」

「なーに霊羽?」

「明日ね、えっとね……見に行こう?お花畑。ゆうちゃんの」

「……ふふ、ええそうね」


優しく笑う幽香は、自分の額を霊羽の額にこつんと当てる。


「見に行きましょうね。綺麗な花たっくさん、見せてあげるから」

「………うん」


幽香の言葉を聞いて、霊羽は嬉しそうに笑い返す。
幽香の所に来る度に、霊羽は色んな場所の花を見に行く事になった。
季節によって見る花は違ったし、同じ花でも違う見方や楽しみ方がある事を幽香は教えてくれた。
それに、幽香に抱き締められた時に感じる幽かな香りが、霊羽は好きだった。
幽香と一緒に色んな花を見て、その香りを知った霊羽だったが、霊羽はこの花の香りが大好きだった。
抱き締めてくれる幽香の胸に顔を埋めて、霊羽は深呼吸する。
自分の胸の中に入ってくる、花の香り。その香りで胸が満たされると、とても幸せな気持ちになる。
そんな幸せな気持ちにさせてくれる、風見 幽香という花の香りが、霊羽は大好きだった。


「ゆうちゃんの匂いね、私ね………大好き」

「ふふ、ありがとう。私も貴女の匂い好きよ霊羽。思わず、食べたちゃいたいくらいにね」


冗談で言った言葉ではあったが、その血と肉はさぞかし美味であろう事を、幽香は本能的に理解していた。
頭の中の片隅で「食べてしまいたい」という本能が、ざわざわと囁くのだ。
そして仮に彼女の全てを喰らったとしても、恐らく幽香はそれを悲しむ事はしない、いや出来ないだろう。
もしそうなったら、霊羽を食べた時の多幸感に心は支配され続け、罪悪感なぞ感じる事も無いだろう。
だからこそ、幽香はそれをしたくなかった。満たされ続ける幸福があっては、自分の目指した存在が離れてしまうと、そう感じたから。
それが出来ないからこそ、幽香は本能の声を無視したのだ。


(もっとも、そんな事したらこの子の事を抱き締められなくなっちゃうってのが、一番の理由なんだけどね)


幽香は霊羽の耳元で、そっと囁く。


「ねえ霊羽?私と霊羽……どっちの匂いが好き?」

「んん?……っとぉ……母様」

「そっか……うん、そうよね」


すぐに答えた霊羽の言葉を聞いて、幽香は少し寂しく返事をする。
そして想像する。もしも、もしも霊那よりも先に自分が出会っていたのなら――――――


(私の方が好きって………言ってくれたのかな?)


そう考える幽香に、エリーとくるみが声を掛けてきた。


「幽香ちゃーんッ!どうしたの?早く早くッ!」

「一緒に用意してくださいよーうッ!」

「はいはい、今行く今行くッ!ほら、行きましょう霊羽?」

「………ん」


霊羽を抱っこしたまま、幽香は自分の家へと帰って行った。










「あーもう紫様ッ!やっぱり此処に居たんですかッ!?」


博麗神社の境内で、八雲 藍は主人である八雲 紫を見付けた。
今日は幻想郷の結界のメンテナンスを共に行う予定であった。
にもかかわらず、紫は約束の時間になっても来なかった。
気になってもしやと思って此処に来てみれば案の定――――――


「あ、見つかっちゃった」

「見つかっちゃったねー」


藍を見て暢気にそんな事を言う、霊羽を抱き締めた紫の姿があった。
霊羽も一緒に藍を見て、紫と同じ事を口にした。

神出鬼没が売り文句の紫ではあったが、此処最近は神社に行けば大抵居る場合が多い。
理由は当然の事ながら霊羽だった。霊羽が可愛くて可愛くてしょうがなく、度々姿を現す様になったのだ。
そして会う度に、こうして抱き上げて一緒に居る様になった。


「紫様?今日は結界の整備を一緒にするって話でしたよね?
 約束の時間になっても来ないから来てみれば………」

「いやちょ~……っと会ってす、ぐ、に、戻ろうと思ったのよ?
 思ったんだけど、その……ええっと……ねえ?」

「………………」


藍の目が据わっていた。
九尾狐の迫力が込められたその視線は、その主と言えども恐怖を感じた。
だがこれくらいだったら紫もまだ耐えられる恐さだった。
取り敢えず、笑ってお茶を濁す事にした。


「い、いやぁ!時が経つのは早いものよねぇ!あ、あはははは……はは、は……」

「はぁー……まったく、紫様は……」


溜め息を吐いて、頭をがっくりと下げる藍。
そんな紫に藍は頭を下げたまま――――――見上げる様にして、紫を睨み付ける。


「それじゃあすぐに行ってくださいね――――――ユカリサマ?」


紫はそんな藍の視線を受けて凍り付く。
紫が知る中で一番怖い藍の表情が、この顔だったのだ。
自分の式である筈なのに、この顔だけはどうにも恐くて堪らなくなる。


「は、はい………分かりました………えっと……霊羽?
 おばあちゃんちょぉぉ……っと、お仕事行って来るからね?
 良い子にしてお留守番しててねー」


紫は抱き上げていた霊羽を降ろすと、目に見えて落ち込み元気を失う。


「うう……折角一緒になれたと思ったのに……」

「いや、昨日も来てたじゃないですか」

「十二時間も離れてたのよッ!?」

「紫様?最近少し……その、なんですか?孫馬鹿……になってません?」

「霊羽が相手だったら孫馬鹿にもなるわよッ!当然じゃないッ!」


胸を張って言い切る主に、藍は呆れるのを通り越して、だが結局呆れるしかなかった。


「……ん?紫様、霊羽は今日は留守番なんですか?」

「んー……そうだけどー?」

「……そうですか」


藍は一人賽銭箱の前に座る霊羽をジッと見詰める。
足をふらふらとさせて、空を見上げるだけの霊羽は、不意に藍が自分を見詰めている事に気付く。
目が合った藍は、霊羽が一人留守番をする事を考えると妙に落ち着かない気分になる。


「あの、紫様?」

「んー……なーにー?」

「私此処に残りますから、今日の整備は一人でお願いします」

「ちょッ!?一緒にやるって言ったのは貴女じゃないのよ!」


藍のまさかの提案に、紫は不満の声を漏らす。
主一人だけ働かせて、自分は此処に残るのが不満だったのだ。
しかし藍は整然とした態度で反論する。


「今日のは紫様でないと調整出来ない所がありますから。別に今回は私が一緒でなくても大丈夫な筈ですよね?」

「そ、そりゃそうだけど……」

「じゃあお願いします。私は、霊羽と一緒に居ますから」

「アーッ!一人だけずるいじゃないのッ!それだったら私も」


藍はこれだけではまだ足りないかと呆れて溜め息を吐く。
あと一押しすれば諦めるとは思うのだが、もう一度あの顔をするのは気分的に正直疲れる。
他に何か無いものかと思案して、とっておきの殺し文句があった事を思い当りそれを口にした。


「………紫様がおばあちゃんって呼ばれて喜んでる事、今度あいつが帰ってきた時に言いましょうか?」

「うッ!?そ……それは……」

「最近あいつに押され気味になってますからねー紫様。
 この事を知ったらあいつ「またからかうネタが増えたぜ、ありがとよ藍姉ちゃん」って言うでしょうね」

「ぐ……ぐぬぬぬ……」


藍の言葉に反論出来ず、紫は歯噛みするしかなかった。


「こ、これ以上あの糞餓鬼に主導権を握られる訳には……」

「はいはい、それが嫌なら早く仕事に行って下さいな。私も霊那が帰って来たらすぐ行きますから」

「くぅ……ッ!仕方ない……レイハァ!おばあちゃんすぐ帰って来るからねぇ!
 待っててねー!待っててねー!じゃあねー!行って来るからねー!」


まるで今生の別れであるかの様に涙を流して手を振る紫。
そんな紫に霊羽は「いってらっしゃ~い」と手を降り返して答える。
足元にスキマを開いて、名残惜しむ様に手を振りながら、紫はゆっくりとスキマへと消えて行った。


「まったく大げさな……ん?」


藍は自分の服の裾が引っ張られるのを感じて、そちらに目を向ける。
そこには何時の間にか側にやって来た霊羽が、ジッと自分を見詰めていた。
藍はしゃがんで、霊羽に話し掛ける。


「じゃあ……霊那が帰って来るまで、私と一緒に居ようか?」

「………ん」

「それじゃあ……何をしようか?」

「んー……おんぶ」

「いいよ。はい、おいで」


藍がそう言うと、霊羽は「んしょんしょ」と言いながら背中に登る。
肩に手を伸ばし、小さな腕を伸ばして背負われる。


「霊羽は抱っことかおんぶとか、好きなのか?」

「ん……好き。あとね、肩車。父様がね、してくれるの。
 背がね、高くなるからね、遠くが見えるからね、好き」

「そうか」

「らんちゃんもね、好き。おんぶしてくれるとね……尻尾当たって、あったかいから」

「そうか?まあ自慢の尻尾だからな。ああでも……こうしてると思い出すな」


最後の方は小さな声でぼそりと、呟く。
気が付けば、空は夕焼けに染まり、赤く澄んでいた。


「昔もな、こうして霊羽みたいにおんぶした事があるんだ」

「……そーなの?」

「私が式に成りたての頃で、まだ小さくてな。その時に世話した子が居てな。
 なんだか弟が出来たみたいで……うん、嬉しかったのを覚えているよ。
 その時もこんな風に、あいつを背負っていた事があったっけって……そんな事を、思い出した」

「ふーん」

「昔はあんなに可愛かったのに、今じゃ見る影も無いけどな。
 いやでも……そうでもない、かな?手の掛かる所は、そんなに変わらないしな」


どんなに大きくなっても、自分は弟分の事が可愛いらしい。
昔の事を懐かしそうに語る藍であったが、それを聞かされた霊羽は、ただあくびを出すだけだった。


「くぁ……んん……」

「……おっと、もう眠くなったか?」

「んん……ん」


藍の背中と包み込むような尻尾の暖かさに抱き締められ、心地良い揺れに身を任せ。
まるで揺り籠の中に居る様な気持ちに霊羽はさせられて、段々と眠気が増してきたのだ。
うとうとと頭を揺らす霊羽を背中に感じて、藍は優しく声を掛ける。


「眠ってもいいぞ?お前の母さんが来るまでちゃんと、私が居るから」


その言葉を聞いて安心してしまったのか、霊羽はすやすやと寝息を立て始めた。


「……なんだろうなぁ、うん。やっぱり……いいな、こういうの」


こうして小さな子供を背負っていると、ちょっとした母親気分を味わう事が出来る。
そう思うとなんだか気恥ずかしい感じもするが、それでも悪い気分にはならない。
出来ればもう少し、この時間が長く続きます様にと、そんな事まで考えてしまう。


「これじゃあ紫様の事、強く言えないな」


今頃あの主はこの子に早く会いたいが為に急いで仕事をしている事だろう。
仕事が雑になってないか心配にもなるが、その時はその時。またしっかりと働いてもらおう。


「母親、かぁ……昔は私も……」


紫様に抱き締めたりしてもらってたっけと、また昔を懐かしむ。


「そして……いつかは私も……」


自分にとって大事な者が現れて、この背中に背負う事になるのだろうかと、そんな事を思案する。
その時は目一杯の愛情を注いで、可愛がろうと、藍はそんな事を考えていた。










霊羽は父親のダンが好きだった。
出会った当初、母親である霊那と同じ様に霊羽はダンにも懐いた。
優しい顔の霊那と違い、はっきり言ってダンは御世辞にも優しいとは言えない顔立ちをしていた。
会った瞬間に「こいつ絶対人を殺した事がある」と確信出来る様な、そんな顔立ちのダン。
しかしそれでも霊羽はダンを恐がる事無く懐いた。
というのも、ダンから感じる何かがが霊羽にとって実に馴染み深いものだったからだ。
それは霊羽が生まれてからの友達である、シューちゃんから感じる感覚とよく似ていた。
だから、霊羽はダンを恐がる事無く懐いたのだ。


「どうだ霊羽?」

「ん……たかーい」


ダンに肩車をされた霊羽は、満足そうに笑って答える。
霊羽はダンに肩車をして貰うのが大好きだった。背の小さい霊羽は、見上げるばかりの景色しか見られない。
だがダンに肩車をしてもらうと、自分も大きくなったみたいで楽しかった。
特にダンは190を超える身長の為、肩車をしてもらうとみんなの顔が下に見えるのが嬉しくて、ちょっと得意気な表情になる。

肩車をするダンと霊羽。
その姿は親子というよりも孫と祖父という方がしっくりとくるだろう。
見た目は六十過ぎの爺さんと四歳児なのだから、当然と言えば当然だろうが。
ダンもそれは自覚していたのか、霊羽に父様と言われるのはどうにもむず痒い感じがした。
しかしお爺ちゃんと呼ばれるのを妻の霊那はよしとせず、ダンの事も父と呼ぶ様に霊羽に言い聞かせていた。
今でも慣れはしないが、かといって悪い気もしなかった。
前妻との間に一人息子が居たダンは「娘を持つ父親というのも悪くないか」と、最近になってそんな事を度々考える様にもなった。
そして「こんな事を考えられる自分はきっと幸せなのだろう」と、そんな事も考えた。


「霊那ももうすぐ帰って来るだろう。もう少し待っていよう」


人里で用があった霊那を、留守番をしていた二人は迎えに来ていた。
人里の出入り口の門の前で、夕日の中で二人は霊那を待っていた。
夕焼け空の中で鳴いている鴉を見付けて、霊羽は指差す。


「あ……父様、ふみちゃん。ふみちゃんが鳴いたよ?」

「ん?……私は今日は会ってないから、泣かせていないぞ?」

「んー……あれ」


ダンのズレた答えに、霊羽は空を飛ぶ鴉を指差す。
それを見てダンは「ああ、そういう事か」と納得した。
ちなみに、霊羽の言うふみちゃんとは鴉天狗の射命丸 文の事である。
だからダンは最初、霊羽が文の事を言っているのかと一瞬勘違いしたのだ。
何故霊羽が文の事を“ふみちゃん”と言うのかというと、
前にダンが文の上司を連れて来た時に、その上司が文の事を“お文”と呼んだ事が原因だった。
以来、霊羽は文の事を「ふみちゃんふみちゃん」と呼んで、現在に至るという事である。
文本人にとってそれは上司や友人にからかられる時に言われる呼び名であり、
本当だったらあまり言われたくない呼び名ではあったが、小さな霊羽に強く言う事も出来ず、
その呼び名で呼ばれる事を「仕方なし」と諦めたのであった。という話があったそうな。


「ああ、確かに鳴いてるな」

「ふみちゃんが……んー……はたちゃんと一緒に鳴いてるね」

「腹を空かせて泣いてるのだろうな。最近仕事が上手くいっていないと嘆いていたからな」

「大変だねー……勝爺に怒られてたもんね……あ」


霊羽のお腹から、くきゅるぅという愛らしい音が響く。
そろそろ夕飯時になろうという時間だった。


「むぅ……おなかすいたー」

「今日は帰ったら、私が特製のクロケットをこさえてやるからな」

「父様のクロケット、私好き。毎日でもいい」

「今日もクロケット、明日もクロケット……まあ、簡単に出来るし、中身も変えればいいが、
 さすがに年がら年中クロケットという訳にもいかないだろう」

「パンに挟んだら、美味しいかな?」

「――――――なに?」


霊羽の何気ないその言葉はダンにとって青天、いや、夕天の霹靂だった。
本格的に魔法を学ぶ前の若い頃は、家業のパン屋で美味いパンを作る為に没頭した事もあった。
昔ほどではないが、その気持ちは魔法使いとなった今でも残っていた。
霊羽の言葉は、そんな彼の創作意欲を何時の間にか湧き上がらせていたのだ。


「その発想は………無かったな。クロケットパン、か……今日はそれをしてみるか」


魔導の深淵に身を置き研鑽する大魔法使いは、今晩の夕食の作り方を真剣に思案していた。
どんなパンを使用するか?クロケットの中身は何が良いか?
そしてどの様に組み合わせれば美味い逸品に仕上がるのかを、思考を並列させ、高速で働かせ仮想する。
自身の能力を有効活用?させて、ダン・ヴァルドーは思案に没頭した。

そんな事を真剣に考える大魔法使いの頭の上で、霊羽は嬉しそうに足をパタつかせる。
きっと美味しい物が今日は食べられるだろうなと、そんな事を考えながら。

パンを焼いてる時のダンが、霊羽は好きだった。
抱き締められると、ダンからは焼き立てのパンの匂いを感じた。
肩車をしている今でも、父からそんな美味しい匂いが感じ取る事が出来た。
魔法使いの父も好きだが、それと同じ位に、パン屋の父親も大好きだった。
大きくなった、一緒に作ったパンを食べてみたいなと、そんな事も考えた。
そんな日が来る事を涎を垂らしながら夢見る霊羽に、声を掛ける者が居た。


「ええなに二人共?私の事迎えに来てくれたの?
 もぉうッ!それだったらもっと早く仕事切り上げて来たのにぃ!」


二人を見掛けて駆け寄って来たのは、今代の博麗の巫女。
霊羽の母親でありダンの妻でもある、博麗 霊那であった。


「ほらほら二人共ッ!早く帰ってごはんに……って、あれれ?」


話し掛けても返事の無い二人に、霊那は違和感を感じる。
気になって更に近付いた霊那は――――――


「………………ぷ、く………だぁっはっはっはっはっはっ!!!!」


破顔し、大声を上げて大爆笑していた。
彼女が見たものそれは――――――肩車をしている娘の口から落ちて来る涎に気付きもせず何かを思案する夫の姿だった。
そんなあまりな光景を見て、笑うなと言う方が無理だった。

馬鹿笑いする霊那の声やっと気付いた二人は、訳も分からずに一緒になって首を傾げる。
それがまたおかしくて、霊那は腹を抱えて苦しそうに笑いに笑う。


「ヒィッ!ヒィッヒヒヒヒ……あー駄目腹筋壊れる……くく、く……あはははははッ!」

「……どうしたのだ霊那?」

「だって……くく……ダン頭……頭が……よ、涎で……くくく……」

「ん?………あ」


ダンが自分の頭を触ってみると、なんか、ちょっと湿っている事に気付いた。


「や、やっと気付いたのそれ?い、今更?……ひ、ひひひひ……」

「いや、今晩の夕食をどう作るか考えてたら、つい」

「夕食で、ついッ!?アーッハッハッハッ!そりゃいいわッ!」


夫の言葉に涙を流し、霊那は更に声を上げて笑う。
しかしやっと治まったのか、涙を拭いて一息入れる。


「いやぁ、中々に面白いものを見せてもらったわぁ」

「そこまで笑う様なものでもなかろうに」

「ごめんごめん、気にしなーい気にしなーい。ね?」


霊那は背伸びをして、自分の白衣の袖で夫の頭と子供の口元にあった涎を拭き取る。


「んんー」

「ほーら動かない……はい、綺麗になったなった。
 しかしまぁ随分と考え込んでいたもんねぇあなた?
 こりゃあ、今日のごはんは期待していいかな?ん?ん?」


したり顔で近寄る霊那に、ダンは気まずそうに若干赤くなった顔を背ける。


「いや、まだ考えは纏まらんが……まあ、美味い物は出来ると思うぞ?」

「そーっかそっか、そりゃ楽しみだなぁ……えへへ」


今晩の夕食がどんなものになるのか、期待に胸を膨らませる霊那。
夫がこれだけ悩んで考えたものなのだからさぞかし凄いものになるだろうと、そんな事を考える。


「あ、そうだ。ほら、霊羽。こっちいらっしゃい」


霊那は夫の肩に座った娘をひょいと持ち上げて、自分の腕の中で抱き締める。


「あー……これこれ。疲れもこれで一気に吹き飛ぶってものよねぇ」


優しく抱き締めてくれる母の腕の中で、霊羽は至福の一時を過ごす。
この全てを包み込んでくれる様な母の温もりが、霊羽は大好きだった。
幸せな気持ちにさせてくれる暖かな母の匂いが、霊羽は大好きだった。
この温もりと匂いを感じさせてくれる母の事が、霊羽は大好きだった。
大好きで、大好きで、大好きで――――――世界で一番、愛していた。


「ねー霊羽?」

「なーにー?」

「霊羽は、大きくなって好きな人が出来て……その人と一緒になって。
 そしたらね、私の代わりにたっくさん、子供を産んでね。
 私ね、一緒になって育ててあげるから。霊羽の子供」

「おいおい、まだ先の話だろうに」

「先でもいーの!ねー霊羽ー?」

「ねー」


笑って尋ねる母に、娘は笑って答える。


「それじゃあ帰りましょっか。ね、あなた?」

「ああ、そうだな。帰ると……しようか」


夫はそう言って自分の腕を妻の肩に置いて、抱き寄せる。
父と母に挟まれる様な形で抱き締められる娘は、嬉しそうに小さく笑う。


「父様と母様……あったかい」


夕焼けに照らされて一つになった三人の影は、ゆっくりと自分達の家へと帰って行った。










――――――彼女がこの幻想郷に来て、一年が過ぎた。

――――――彼女はこの様に、色々な人に愛されながら、すくすくと育っていった。

――――――後年の話になるが、彼女は母との約束をちゃんと果たした。

――――――産んだ子供の数は十三人。孫の数は七十二人。曾孫に至っては三百六十人という途方もない人数になった。

――――――後に幻想郷の母の一人に数えられる事になるこの小さな巫女さんの話は、また別の機会に語る事になるだろう。










やっぱり後書きは、百人乗っても、だぁいじょうぶッ!

先日、弟が三百万はする車をローンで買いました。びっくりしました。四駆だそうです。ホンダの。
兄としては、弟の懐が心配でなりません。三百万なんて凄い大金ですからね。
まあ、それくらいすぐに稼げると、私は信じてますがね。入れる事なら、私も入りたかったなー……本田技研。
では本文について。

なんか、あったかい感じの話が書きたかったんだ。そしたらこれが来ました。
魅魔様に始まり、幽香、藍、そして、ダンと霊那と、そんな感じで続きました。
抱っこされたりおんぶされたり肩車されたり、霊羽はそんな感じでみんなに愛されてます。
みんなに触れあった時に感じた霊羽の感想は、まああくまで私の予想でしかないんですが、
あんな感じかなーと思って書きました。けっこう、良い感じに仕上がったとは思うのですが、どうだったでしょうか?

この話書いてて、私思いましたね。なんか……子供居たら、いいなって。
もう子供の一人くらいいてもおかしくない歳になりましたからねー私も。
昔成人式のバスの中で、同い年の人が離婚とか子供とか言ってたのを聞いて空恐ろしくなったのを覚えています。

あ、ALWAYS三丁目の夕日'64見たよ。泣いた泣いた。
特に茶川さんの所なんか……うん、泣いたね。涙ぼろぼろだったね。
アニメのへうげものも、終わっちゃったなぁ………私寂しい。私、あれ数寄だったから。
何時か二期が来ればいいなと、そんな事を願ってる。下手な大河ドラマよりも面白いかったもの。
………あれでなにか二次書いてみたいなと思う私は、やはり異端なのだろうか?
それではッ!



[24164] 第十二話 結局、みんな好きなんだよ
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:a8ac40c1
Date: 2012/04/09 22:47





博麗神社の巫女である博麗 霊那は、今日も今日とてほがらかに、ニコニコ笑って過ごしていた。
縁側で、ぽかぽかとした日差しの中で飲むこの御茶の、なんと美味い事か。


「さすがは宇治の御茶ねぇ……体に染み入るわぁ……」


などと口で言っているものの、霊那は御茶の良し悪しは大して分からない。
美味い不味いくらいは分かるが、霊那はそれで良いと思っている。
というかそこまで拘らないし、興味も無いし、だからこそ気にもしない。
美味い御茶ならば美味い御茶なりの飲み方楽しみ方がある。
不味い御茶だって、飲み方次第では美味く感じる事だって出来る。


「好きな人と一緒だったりとかねぇ……やぁんッ!私ってば何言ってんだか、アハハハハハッ!」


一人で顔を赤くして恥ずかしがる霊那は、一人ノリツッコミならぬ一人ノロケツッコミをかます。
こんな一人ノロケツッコミを、霊那はよく行う。そう、霊那は今丁度一人だった。

夫のダンは妖怪の山に住む大天狗の鞍馬親子に会いに行っていた。
当初は妖怪の山の技術のみに興味があったダンではあったが、何度も通う内に何時の間やら鞍馬親子と意気投合し、
今ではただ酒を飲みに行くだけを理由に行く事もあった。
封鎖的な妖怪の山に何時の間に、どうやって行ったのかと霊那は思う所もあったが、
ダンが楽しければそれで良しと思い、特に気にする事は無かった。
ちなみに、ダンが妖怪の山に行っている事を紫は知らない。
知ればダン程の危険人物が山に行けば大変な事になると考え、邪魔をされるかもしれない。
というのがダンが紫に教えない理由なのだが、霊那はそうは思わない。
きっとその事でまた何か悪戯でもしようと考えてるに違いない。霊那にはそんな確信があった。
その確信は見事的中し、その悪戯が遂行されたのはそれから数百年経ってから実行された。


「勝仁先生は面白いし、篤郎さんは良い人だし、男の人同士で盛り上がる話もあるだろうし。
 だから、まぁあ?会いたくなるのも分かるけど……でもなぁ……ハァ……」


もう少し一緒に居たいなと、霊那は溜め息を吐く。
もっとも周囲の者からは「二人とも何時も一緒に居るな」と常日頃からに言われているのだが。

娘の霊羽はといえば、今は一人父親の部屋で大人しく本を読んでいる。
神社にあるダンの部屋には、正に様々な書物が所蔵されている。
様々な国の言葉で書かれた書物は霊那にはサッパリ読めない。
それは霊羽とて同じなのだが、霊羽曰く「文字の形が面白い」らしく、霊羽はそれを楽しんでいるのだ。
だから本を読むというよりも文字を見て楽しむ、というのが正しい。


「まあ、挿絵のある本もあるし……楽しみ方はそれぞれだしねぇ」


一人の時はそうやって楽しみ、ダンが一緒の時は父親の膝の上で本を読み楽しんでいた。
大柄なダンの膝の上にちょこんと座る霊羽は実に愛らしかった。
それを見て羨ましく思った紫は「私がご本読んだげよっか?」と誘ったが霊羽は「んーん」と言ってこれを拒否。
本を読む時はダンの膝の上の方が落ち着くらしい。
それを聞いて残念がる紫に、ダンは勝ち誇った笑みを浮かべて「残念だったなお婆ちゃん」と一言。
挑発を受けた紫はすぐにもダンに喧嘩を仕掛けようとしたが、霊羽の「喧嘩はめーよ、お婆ちゃん」と言われ、
「お婆ちゃんだけど、お婆ちゃんじゃないもんッ!」と悔しそうに泣いて逃げて行った。


「あの時の紫の顔ったら、面白かったわねぇ……あー……」


見上げれば見える、青い空。
そんな空に向かって、霊那はある種の決まり文句を口にする。


「もう……暇だなぁー……」


暇だなぁと口にすれば、暇でなくなる。幻想郷はそんな所だ。
霊那はそれを知っていたからこそ、そんな言葉を口にしたのだ。
そしてその効果は――――――


「母様?ねーねーかあさまー?」


バチシッ!と見事発揮した。


「あら霊羽?どしたのかなぁ?ん?」


愛娘の霊羽の声を聞いて嬉しそうに振り返る霊那は、霊羽のその手に何かあるのを確認する。
パッと見て、それは紙の束に見えた。


「それなぁに霊羽?」

「父様のね、部屋にあったの?これね、なぁに?」


霊羽が寄越した紙の束を、霊羽はどれどれと受け取って、その瞬間に――――――


「――――――ヘェアッ!?」


暇だなぁなんて事を口にした事を、後悔する事になった。










「れっいっはちゃ~ん♪待ってぇててねぇ~♪すっぐ行っくわぁ……っと着いたっと♪」


なんて浮かれポンチな歌を歌いながらやって来たのは八雲 紫。
神社に着いた紫はさっそく境内で鞠を突いて遊んでいた霊羽を見付けた。
霊羽を見付けた紫はデレデレとした笑顔になり、猫撫で声を出して霊羽に話し掛ける。


「霊羽ちゃぁ~ん♪ほらぁお婆ちゃん来たわよぉ~♪」

「あ、お婆ちゃん」


霊羽も紫を見付けると、とてとてと駆け寄って抱き着く。


「あ、霊羽?ダンと霊那は?」

「父様はね、お出かけして「いよぉっし居ないかッ!」帰るのは遅くなるって「またよぉしッ!」言ってた」


ダンが居ないと分かると、紫は嬉しそうにガッツポーズを決める。
少なくとも今はあの魔術師の皮肉を聞かなくて済むと、喜んだのだ。


「それじゃあ霊那は?お母さんはどうしたの?」

「母様はね、えっとね、ズゥンってしてる」

「……ズゥン?」

「ん、ズゥン」


ズゥンとは一体どういう意味だろうかと紫は訝しむ。
霊羽はそんな紫の手を引っ張って母の下へ連れて行こうとする。


「んー……来て」

「あーはいはい、行きましょうか行きましょうか」


霊羽に連れられて紫が向かった先には――――――


「ああ――――――もう、死んでしまいたい」


ズゥンと落ち込んで縁側で寝ている霊那の姿があった。


「えええぇぇぇぇぇぇええええええッ!?」


あの博麗の巫女の中でも一番に暢気な博麗 霊那が、落ち込んで、死にたい等と口にしている。
そのあまりの光景に、紫は目口を開き素っ頓狂な声を出して驚くしかなかった。


「これは、え?なに?なんなのこれ?これなんなの?
 なんなのこれなにちょっとあの……えええぇぇぇぇぇぇええええええッ!?」


死んだ魚の様な目をして宙を見る霊那の姿。
変な夢でも見ているのかと、自らの頬を抓り瞼を擦ってもう一度見てみるが、


「ああ――――――空とか、飛んでみたいなぁ……」

「えええぇぇぇぇぇぇええええええッ!?」


夢ではなかった。幻でもなかった。もっととんでもない現実が、目の前に存在していた。


「……ってちょっと霊那ッ!?貴女どうしたのよッ!?何があったのよッ!?
 というか貴女空とか普通に飛べるじゃないのッ!だから、えっと……何があったのよッ!?」


ズゥンと寝ている霊那を起こして、紫は問い詰める。


「一体何があったのッ!?何かの異変ッ!?それともまたファンタムが何かしたっていうのッ!?」

「あ……ゆ、かり?」


紫に強く呼びかけられて、霊那はやっと紫の存在を認識した。


「そうよ私よ!一体、何があったのよッ!」

「紫……う……えっぐ……うぐ……ゆかりぃぃぃぃッ!!!」


紫を見付けた途端に、霊那は子供の様に泣き出して紫に抱き着く。
一体どうした事かと、紫は驚くしかなかった。


「れ、霊那?あの、ね?泣いてばかりじゃ、その、分からないわよ?」

「えぐ……ひっぐ……うぇ……あ、あれ……」


抱き着いたままの霊那は、自分がこうなった原因を指差す。
紫は指差された方へと目をやると、何やら紙の束が床に置かれている。
それが何なのか手にした瞬間紫は――――――少し、顔を赤くした。


「え、えっとぉ……これってぇ……そのぉ……あれ、よねぇ?」


紫が気まずそうな感じで手にした紙の束の正体。
それは――――――春画であった。現代風に言うのであれば、エロ本であった。










「……で?結局なんで私達が呼ばれたのかしら?」

「うん、私もそれ聞きたいんだけど?」


呆れた口調でそう言うのは魅魔、幽香の二人だった。


「いや、泣きっぱなしのこの子をこう……ねぇ?
 あれよあれ。んー……慰める?あやす?落ち着かせる?
 出来そうになかったから……はい、だから呼びました」

「ひっぐ……ひぐ……えぐ……うう……ぐす……」

「母様、お腹すいたの?お腹痛いの?んん……泣かないで」


魅魔と幽香の前には、気まずそうに説明する紫。
目の周りを赤く腫らしてまだ泣いている良い大人で一児の母で子持ちの人妻の霊那。
そしてそんな母の頭を撫でて慰める霊羽の姿があった。
あまりに珍しいその光景に、二人は呆れる以外の事が出来なかった。
取り敢えずどうにかしようと、最初に幽香が口を開いた。


「つまり、こういう事?霊羽がダンの部屋からあの春画を持って来た。
 という事はそれはダンの物で、霊那はそれがショックだったと、そういう事?」

「まあ、ね。そういう事に……なるのかしら……ねぇ?」


返答に困る紫。霊那がこの状態で話もままならず、霊羽の拙い証言と現場と物証を見ての判断なので自信は無い。
だが、そう的を外している様にも思えない。たぶん、これが正解だと紫は思うのだ。
魅魔もまた気まずそうに口を開く。


「あの、さぁ……その、まあショックだったのは、分かるよ?でもほらッ!別に泣く程の事じゃないじゃないかッ!
 まあね、私も驚きはしたよ?ハハハハッ!いやぁまさかあのダンもこういうの見るんだねぇ。
 意外と言えば、まあ意外だけどさ。ほら、あいつだってその……男なわけだし?
 こういうの興味あるのだっておかしくないしさ。まあ……その、だからさ、そんな気にしなくてもいいじゃないか。
 ほらいつもみたいに気にしなーい気にしなーいってさ……ね、ねえ?」

「ああもうッ!いつまでもぐずぐずぐずぐずとべそかいてッ!
 あいつが許せないんだったら気が済むまで殴ればそれでいいじゃないのよッ!」


いつまでもぐずぐず泣いている霊那に嫌気がさしたのか。
幽香は苛立たしい物言いで言い放ち、霊那に詰め寄る。
しかし霊那の方は、そんな幽香に首を横に振る。


「ぐすん……別に、怒ってるとか……そういうんじゃ……えっぐ、ないもん」

「ああんもう……ッ!だったらなんなのッ!?」

「そのええっと……あの……その……」


霊那がその理由を言おうとするのを、三人は雁首揃えて聞き入る。
そして、そんな三人に向かって霊那は――――――


「ええっとぉ……あー……そのねぇ……んーとぉ……なんだっけ?」

「「「………ハァッ!?」」」


待って聞いた答えが「なんだっけ?」と聞かされて、三人は反射的にそう返した。


「ちょっと霊那ッ!貴女私に散々泣きついて驚かせて、なんだっけとはなによなんだっけとはッ!」

「……あんたには今まで散々調子狂わされてきたけど……もう限界よッ!
 表ぇ出ろォッ!博麗 霊那ァッ!今日という今日は今までの鬱憤をぉッ!」

「あー待て待てッ!待ちな待ちなって幽香待ちなってッ!ほらほら、まだ上手く整理出来てないだけかもだしさぁッ!」


今にも暴れ出そうとする幽香を必死に抑える魅魔。
紫はそんな二人を横目に、霊那に質問を続ける。


「霊那。さすがになんだっけだけじゃあ納得出来ないから、出来る限りちゃんと話してちょうだいな」

「……うん、分かった」


母親に諭される娘の様に霊那は頷き、たどたどしくも説明を始める。


「最初はね、その、驚いたのよ。ただ単純に。それだけだった。
 だってまさかあの人がああいうの持ってるなんて……思わなかったし。
 でもあの人だって男だし、こういうの持ってたっておかしくないって思ったけど、
 けど……でもなんか、そのがっかりしたというか……寂しかったというか……
 それで段々気落ちしちゃって……こうなっちゃったかなーと……そう思います」


申し訳なさそうに話す霊那の言葉を聞いて、三人はぼんやりとだが理解出来た。
要約すれば、旦那が春画持っていてそれで自分に見向きしない様になるのではと、そんな事を考えたらしい。
それを聞いた幽香は、呆れ果てて溜め息を吐いた。


「くっだらないわねぇ。そんな事でこんな大事にするなんて」

「くだらないとはなによぉ。私にとってはくだらなく……ないわよぉ」


そう言うと霊那は体育座りをして、また落ち込みだした。


「あの人さ……女の人への興味って、ほとんど無いの様に思うのよ。
 あったとしても研究対象としての興味で……女として見てないっていうかさ」

「いやそうかもしれないけど……無いなら無いでもいいじゃないの霊那。
 浮気するとか、そういう訳じゃないんでしょ?だったら特には」

「でも紫……私あの人の妻なのよ?それなのに女として見られないのは……嫌だもん」

「だから……これを持ってて何が悲しいやらなんだらだってよのッ!はっきりしなさいッ!」


苛立たしくまた怒鳴る幽香に、霊那は気まずそうに答える。


「だって……だってそれ持ってるって事は、女の人の興味もあるって事で。
 だったらもしかしたら浮気とかするかもしれないかなぁ……なんて」

「いやいやいや、さすがにそれは飛び過ぎだと思うんだけどねぇ」

「でも、だって……女の人に興味あるなら……浮気、するかもしれないじゃない。
 幻想郷はさ、みんなみたいな綺麗な人や可愛い人いっぱい居るし……そうなる事ありそうだし」

「んー……いくら興味があっても、あのダンだよ?
 あんな爺さんに寄って来る奴なんて、酔ってる奴か。酔ってからかう奴くらいなもんじゃ」

「そんな事無いもんッ!あの人カッコいいもんッ!渋くて頼り甲斐があって、包容力があって、カッコいいんだもんッ!」


霊那は強く反論するが、それを聞いた三人は同意しかねるしかなかった。
渋いと言われれば渋いかもしれないが、はっきり言って渋過ぎる。
頼り甲斐はあるかもしれないが、頼った後が恐いので頼りたくない。
包容力があると言われても、あり過ぎてなんだか潰されそうな気さえした。
なによりも見た目が六十過ぎの年寄りだ。男として見るのは、どうにも無理があった。
霊那はカッコいいとは言うが、三人はどうしても思ってしまう。
霊那の男性の趣味は、ちょっと以上におかしいと。
だがそう考える三人に、霊那は悲しい事実を告げる。


「大体爺さん爺さんって三人共言うけど――――――みんなの方がダンより年上じゃないのッ!」

「グハァッ!」

「ンンンンンン……クゥッ!」

「グゥッ……ツァッ!」


霊那の言い放った言葉は、三人の心に見事ぐさりと致命傷を与えた。
見た目ジジイのダンよりも年上。そのどうしようもない事実はあまりにきついものだった。
三人の外見は見目麗しい美女である。が、その事実を突き付けられるとつい思ってしまうのだ。
若い振りして若作りしているのだ、と。
三人共人間ではないのだから気にしなければいいだけなのだが、女性の性かどうしても歳の事は気にしてしまう。
特に老人のダンより年上と回りの者に思われると、実際の年齢よりも上に見られる事がある。
実際ダンはそれを利用してからかう事が多く、それによって泣かされる事もしばしばあった。
その所為もあってか、最近では「ダンより年上」と言われると脊髄反射的に精神的苦痛を感じる様になってしまったのだ。


――――――実に哀れである。

「ぬ……ぐぅ……まあそれは、それとして……うう……話を進めましょう」

「そうしましょ……うっく……その方が良いわ……私達の為にも」

「はは……そ、そうだよ……そうして、ほしい……えっほ、げぇっほ……ごほ……ッ!」

――――――効果は抜群の様である。


瀕死の重傷からなんとか立ち直ろうとする三人は、取り敢えず今回の騒動の原因に目を向ける。
すなわち、春画である。


「ごほん……しかしあのダンも、まさかこういうのに興味があるとはねぇ」

「ま、まあ?何度も言ってるけど、生物学上は男だし?不思議でもないけどね」

「しかしその……あれだね……随分と描写がその……過激と言うか、なんと言うか……」


魅魔が気恥ずかしそうに、春画の一枚を見る。
魅魔の言う通りに、その春画の絵の内容は少々以上に過激なものだった。
それを魅魔が言うと、他の三人も改めて春画を見る。


「あいつ……こういうのが趣味なのかしら?」


などと紫は顔を赤くしながらそれを手に取り、


「これなんてほら……うわ、ちょっと……うわぁ……」


幽香も同様に顔を赤くしながらも、目が離せず見続け、


「れ、霊羽?見ちゃ駄目?もう見ちゃ駄目だからね?」


霊那も改めて見る春画を娘にはまだ早いと手で両目を隠しながらも、興味津々で見てしまう。
そんな普段とは違う四人を不思議に思いつつも、霊羽は母に話し掛ける。


「ねー……ねー……母様?」

「霊羽駄目よ。見ちゃ駄目……あの人こういうのが好きなのかな……」

「かーさまー……ねー……」

「貴女にはまだ早い……え、ちょっとこれ……うわぁ……そ、そんな所をそうするの?」

「この絵、父様と母様がやってるのとどう違うの?」

「どう違うってこっちの方が……うわ、これしたら激し……ん?………………はい?」


何やら娘がとんでもない事を口にした様な気がして、霊那の全身が固まる。
それは他の三人も同様であり、硬直して動けなくなっていた。
そんな固まった大人達に、純真無垢な霊羽は更に質問する。


「あの絵って、父様と母様がやってるのと何が「ワーッ!ワーッ!ワーッ!ワーッ!」


娘のとんでもない発言を、母は自ら喚いて聞こえなくする。
その目は恥ずかしさのあまりに真っ赤に上気し、涙目になっていた。
それを聞いてしまった三人も気まずくなり、それぞれがそれぞれ別々の所に目を泳がせる。


「れ……れい、は?あの……えっと、お母さんとお父さんのその……あー……見たの?」

「んー………………ん」


母の質問に、娘はこくんと頷く。
娘に夫との情事を見られた挙句に、それを友人三人にまで聞かされた霊那。
真っ赤な顔が更に赤く茹で上がり、恥ずかしさのあまりに気絶してしまいそうになった。
いや、気絶出来たらその方がどれだけ幸せかとさえ霊那は思ったものだ。
そんな霊那に、三人は気まずそうに声を掛ける。


「その……ほら夫婦なんだし、別におかしくないわよ」

「そ、そうそうおかしくないおかしくない。恥ずかしい事じゃないわよ。……うん」

「う、うんうん……うん。仲が良いのは、良い事じゃないか。はは、ははははは……はは」


紫は扇子を広げ顔を隠しながらそう言って慰めて、
幽香は頬を赤く染めて気恥ずかしそうに頷いて、
魅魔は引き攣った硬い笑みを浮かべて乾いた笑い声を上げるしかなかった。


「そ……そーよねー!べ、べぇつにぃ?恥ずかしがる様な事じゃないしぃ?
 恥ずかしい事でも、ないしぃ?気にしなくなっていいわよねぇ?……いーもんねーッ!」


顔から湯気が上がる程にまでなっている霊那だったが、無理矢理に開き直ろうと声を張り上げる。
そんな彼女に合わせて空気を換えようと、三人もそうだそうだと声を上げる。


「だ、大体よッ!霊羽が来てから回数は減ったかもだけど、ダンとはまだ……やる事はやってるんだし。
 だから……だ、大丈夫よッ!夫婦仲が冷えた訳でもないしッ!気にする事なんて無いのよッ!」

「へ……へぇ……そう、なのかい?ちなみにあー、大体どれくらいの頻度で?」

「え?ええっとねぇ大体「およそだが、最近はまあ大体三日に一度くらいだな」あ、そうそうそれくら……い?」


自分が答えようとした事に先に答えた野太く響く声。
それが聞こえた時に四人はまた硬直し、その声の主の方へとゆっくりと、ぎぎぎぎと音を立てながら視線を向ける。
その視線の先に居たのは勿論――――――


「しかしだ。酒の席でもないのにこういう話をするなら、もう少し声を落として貰いたい。
 お前達はもう、良い大人なのだからな――――――そうだろ?」


大人四人に憐れみの視線を投げ掛ける霊那の夫である、魔術師ダン・ヴァルドーその人であった。
そんなダンを見て、四人は一瞬静まり返った後で――――――


「「「「ギャァァァァァッ!出たァァァァァァァァァァッ!!!!」」」」


声を揃えて大声で叫んだ。


「……みっともないぞ、四人とも」

「父様、お帰りなさい」

「ああ、帰ったぞ霊羽。うん?その手に持っているのはなんだ?」


とててと駆け寄って来た霊羽の手に持っていた春画を、ダンは受け取る。
それを見た霊那は思わず声を上げる。


「あッ!そ、それはッ!?」

「これは……ああ、土産の春画か。これが、どうかしたのか?」

「母様達にね、これなぁにってね、聞いたの」

「……そういう事か」


霊羽の言葉を聞いて、ある程度の事態を察したダンは呆れた様に溜め息を吐く。
紫はその溜め息を聞いて、何か言われる前にこちらから言わねば不味いと、口を開く。


「ダンッ!これ貴方のよねそうよねッ!だって霊羽が貴方の部屋から持って来たっていってたもんッ!」

「もんって、お前……」

「霊那っていう子が居ながら、貴方何考えてるのよッ!さあ、さあ説明して貰いましょうかッ!」

「説明というとその春画……大和極楽の事か?それを私が持っている理由か。
 いや、この前ウェールズに寄った時にな、魔術師仲間のロジャーに頼まれたのだ。
 日本の春画を是非持って来てほしいと。あいつは、こういうのが好きでな……とまぁ、そういう理由で持ってる」


ダンの古くからの友人であり魔術師仲間のロジャー・ベーコン。
彼から「お願いします!どうか見せて下さい!というか下さい!私と貴方の仲じゃないですかぁッ!」と、
ただでさえ恐ろしい顔つきに加え、物凄く必死に頼みこまれた時の迫力に押されて、ダンはつい了承してしまったのだ。
そしてそれを酒の席で、妖怪の山に滞在中だった藤原某なる半人半霊の侍に話した所、
それならこれをと彼から貰ったのが、この騒動の原因である春画、大和極楽という事になる。


「ほ、本当なんでしょうねそれ?嘘とかじゃないのかしら?」


妖怪の山の事は伏せたままだが、嘘は吐いていないのでダンは頷く。


「まあ私も男だし、興味はあるが……私には霊那が居るからな。そういうのに頼る必要は無い」

「い……いやだあなたってばッ!そんな事みんなの前に言わないでよ、もうッ!」

「……というより、今後は少し控えたい。霊羽の教育にも影響するだろうしな。
 なにより……あれだ。この老体だときついものがあるからな」

「だったらほらッ!やる事やる時だけ若返ればいいじゃない?」

「……前にそれでお前の方が着いて来「も、もういい!分かったから!分かったからあれは言わないでッ!」……分かった」


二人のどうにもあれな会話を聞いている三人は、なんでこんな所に居るんだろうとか、
こいつらなに人前でいちゃついてんだとか、私らの事忘れてんのかとか、
そういう事を考えながら、最後に独り身の寂しさを感じてしまうのであった。
そんな三人に気付いたのか、ダンはしたり顔を浮かべて話し掛けた。


「友人の土産だが……まあ、欲しいならやるぞ?――――――独り身は、寂しいものな」

「「「………………お前なんか、大嫌いだぁぁぁぁぁぁッ!!!!」」」


そう言い捨てて、三人は泣きながら神社から出て行った。


「もうあなたったら、またみんなの事虐めるんだから」

「強い者虐めは面白いからな。というよりもだ……今回の原因はお前にも責任があるんじゃないか?」

「あははははは……まあ、気にしなーい気にしなーい。ね?」


妻の笑いに、夫はもう何も言うまいと口を閉ざした。
その時に、自分のローブの裾を娘が引っ張る事に気付いたダンは、どうしたのかと目を向ける。
そして視線が合った時に、霊羽はダンに質問する。


「父様……あれ、なんなの?」

「あー……それは、だな……」


純粋な好奇心の眼差しを向けられたダンは、愛娘の質問にこう答えた。










「もう少し大きくなったら、説明してやるさ………………お婆ちゃんが」


老魔術師が答えたのはそんな無難に始まり、他者が困る様な迷惑な答えだった。










後書き!そういうのもあるのか。

お前何考えてんだッ!?という声が聞こえてきそうです。
それに私はこう答えましょう。

「んー………知らん」

という訳にもいかんでしょうから、答えますね(笑)。
まあね、あれだよ。エロ本出してなんか一騒動起こしたかっただけなんだよ。
それだけだね。それだけそれだけ。
女性がエロ本見てどうするのか。実際はどうなんでしょうね?
まあきっと、男と大して変わらないでしょうがね。

ちなみに、ロジャー・ベーコンは実在の人物です。
が、この話に出て来たのはイギリスのウェールズに生息する変な生き物のロジャー・ベーコン。
シャドウハーツという純正統派超大作RPGに出て来るキャラです。
笑いあり涙あり感動あり笑いありの面白い作品なので、是非調べてみて下さい。
きっと、君も気に入ると思うよ?
それでは!


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