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[24115] 無刃のイェーガー 悩める少年少女と企むその他大勢【短編】
Name: 神門◆ad0ac597 ID:d02e8550
Date: 2010/11/07 23:12
どうもはじめまして。D×Dも読んでくださった方はお久しぶりです。

今回は自分の大好きなシリーズ「無刃のイェーガー」完結記念! ということで自己補完もかねた短編を一つ書こうと思いまして。
……需要ありますかね?

D×Dの続きを心待ちにしていた方はすいません。なかなか時間が取れなくて……

※注意事項

・文体は原作を特に意識しておらず、ほぼ我流です。

・登場人物(特にディナやツェルギオ)のキャラが壊れ気味かもしれません。

・ていうかディナのデレっぷりがおかしいことになってます。

・一部オリキャラ(ディナの両親とか)やオリ設定も出てきます。

・作者のメンタルがチュートリアルの雑魚並みなので、批判はマイルドにお願いします。いやマジで。

――
以上の注意を踏まえて、「ディナとエリヤのラブラブが読めれば他になにもいらん!」という同士の方はどうぞお楽しみ頂けると幸いです。



[24115] 悩める少女(1)
Name: 神門◆ad0ac597 ID:d02e8550
Date: 2010/11/07 23:26
 ディナ――ディナエリーン・プリス・ヒュンゲンバウムは悩んでいた。非常に悩んでいた。

 それこそアンジェリッカ・ルーベンジーベンがやってきたときや、〈工廠【プラント】〉事件の際に仲間とも友とも違う「ただひとりの人」へ伝えるべき言葉を考え抜いていたとき以上に悩んでいた。

 そしてその悩みは、ディナにとって愛や恋という言葉ではくくれない「ただひとりの人」――エリヤ・シュミッテンラウドに関わることだった。

 と言っても、別にエリヤと喧嘩をしたとかエリヤが浮気をしていたとか、そういった類の悩みではない。むしろ二人の仲は順風満帆そのもので、気持ちを打ち明ける以前と変わらない信頼と、他の誰にも替えられない確かな想いを胸に満ち足りた日々を送っている。

 しかし、その満ち足りた日々こそが問題だった。


 
 戮機猟士【スローター・イェーガー】の卵である学猟生も、負傷による引退や肉体全盛期の短さなどの関係で一般教養の授業を受ける。

 今日も大戦【シビル・ウォー】に関する歴史や、エストワルト議国の南部で発見された新種戮機【スローター】の構造についての講釈が行われている。特に後者はディナ自身がエリヤと共に倒した、前例のない未知の戮機についてだったので自然と聞き入っていた。

 未知の戮機は長い前肢を攻撃ではなく移動に用い、変則的な動きから後肢の隠し刃で襲ってきた。前肢に気を取られれば後肢の隠し刃にやられ、後肢に気を取られればリーチの長い前肢にやられるという厄介な相手だったが、エリヤが即座にその特性を見抜いたことにより苦もなく倒すことができた。

 そう、エリヤの武器は装甲を砕く大剣でも、精神の力で標的を撃破する意刃術でもない。戮機の構造と特性を精密に見抜く分析力、ただ戮機のことをもっと知りたいという情熱で培ってきた知識と観察眼こそがエリヤの武器だ。

 エリヤが敵の特性や弱点を見抜く目と頭脳となり、ディナが敵を打ち砕く刃となる。

 そうして二人は数々の危機を乗り越えてきたのだ。


「つまりこの〈コング〉と命名された新種は頭を廃して感覚器を胴体に埋め込んだことにより、構造の簡略化と同時に感覚器への防御を厚くしたものと推測され――」
 

 壮年の教師の話に耳を傾けつつ、ディナはチラリと視線を横へ向ける。

 そこには、すっかり自分の隣にいるのが当たり前になったエリヤの顔があった。

 本来ディナの席は前の方だったのだが、先週に行われた席替えの際にくじでエリヤの隣になった生徒に、「すまないが、エリヤの隣に座りたいから席を交換してもらえないか?」と頼んで今の席を勝ち取ったのである。

 エリヤの顔立ちはよく言えば柔和、有り体に評してしまえば気弱そうで、実力はあるが正確に難のあるグレンゼル曰く軟弱だ。

 しかしディナは知っている。エリヤのはにかんだ笑顔の温かさを、戮機を分析するときに見せる鋭い眼差しを。

 今もエリヤは真剣な表情を浮かべて、教師の語る解説を聞いている。おそらく自分が現場でスケッチした分析と照らし合わせ、推察を確かな事実へと昇華させているのだ。

 情報の正確さが時として前線で戦う仲間の生死に関わるのだから、黒板に描かれた解体図を見る目も鋭く研ぎ澄まされている。


 ――まずい。


 ここ最近ですっかり慣れ親しんでしまっている衝動が、胸の奥から湧き上がってくる。

 エリヤのように深く考え分析することが得意でないとはいえ、ディナは決して猪突猛進なタイプではない。戦闘では素早い判断力が求められるし、エリヤから受け取った欠片とも言うべき分析力で〈モンスターⅡ〉の特性を見抜いたこともある。

 しかし〈工廠〉の一件以来、これ以上気持ちが動かないことなら率直に決めてすぐ行動に移すと決めていた。

 だからこのときもディナなりに考え抜き、この衝動を抑え切れないと判断した彼女は授業が終了して教師が退室すると同時に動いた。


「あ、ディナ。その、今日のお昼なんだけど――」


 大きめの包みを取り出しつつこちらを向いたエリヤの口に、自分の唇を重ねる。

 熱く柔らかい感触に、甘く胸が満たされていく。逃げられたりしないよう、エリヤの頬に手を添えて固定した。それだけで華奢なエリヤは微動だにできなくなる。

 真昼間から展開されたチョコレートケーキにシロップをぶちまけ砂糖をまぶしたがごとき甘ったるい空間に対し、周囲の目は実に冷ややかだった。

 最早呆れ果てて騒ぐ気にもならないと言わんばかりの表情で、全員一致で「またか」と脳内でぼやくに留める。ディナの人目も憚らない情熱的なスキンシップは、日常の一部と呼べてしまうほどに頻発しているのだ。

 永遠とも思える――現実でも一分近い時間が終わり、名残惜しそうに互いの唇が離れ吐息が混じり合う。


「わ、わたしはこれからフィオレッテに用事があるんだ。すまないが、先に中庭の方へ行って置いてくれ」


 最近、ディナはエリヤと昼食を共にするようになった。料理の得意なエリヤが、ディナの分も作ってきてくれているのだ。体が資本であるディナに合わせてボリュームがあるだけでなく、栄養バランスも考えられているお弁当だ。

 最初はエリヤの負担が増えると遠慮したのだが、代わりに材料の買い物に付き合ってくれればいいからと半ば押し切られ、なにより「ディナに僕の作った料理を食べて欲しいから」というエリヤの好意に甘えることにした。おかげで、それまで以上に体がよりしなやかに、強くなっているのを実感している。

 大盛り無料の食堂があるため昼は人気が少なくなる中庭で一緒に過ごすのは学舎での貴重な時間だったが、大切な友であるフィオレッテとの約束を破るわけにもいかない。

 それにこのままだと、周囲からの視線に刺し殺されそうな気分だった。



「オーオー今日もお熱いこって」「ねえねえ、今の舌入ってたんじゃないかな?」「いや、あの二人じゃそれはまだなんじゃない?」「ちくしょう、見せつけやがって……!」「つーかディナエリーンさんデレ過ぎじゃね?」「まあ、恋をすれば人は変わるって言うし」「ディナァ……」「ツェルギオさん、もういいじゃないですかあんな女」「とりあえずこれで涙拭いてくださいよ」「よくも私のお姉様をぉぉぉぉ」「ちょ、アンタそういう趣味?」「あーあ、私ひそかにエリヤ君狙ってたんだけどなー」「え、そうなの!?」



 体に火がつきそうな羞恥と囁き声から逃げるように、ディナは放心状態のエリヤに背を向けて教室を早足で飛び出した。







 ディナの大切な友であるフィオレッテ・ヴェルヘンタールは、第十七学舎の学生自治会長である。生まれつき片脚が不自由で義足と杖を必要とする彼女は一般科の生徒として行政や建築を学び、〈工廠〉の一件以来は現政権内でも有力者とのパイプから発言力を持つほどの実力者だ。

 質のいい調度品が揃った執務室の椅子に腰掛け、カップを片手に微笑むのがよく絵になるフィオレッテも、真っ赤な顔で入ってきたディナの相談には苦笑を隠せなかった。


「えーと、つまり……エリヤ君が好き過ぎて時と場所を選べずに過剰なスキンシップをしてしまうのだけどどうしよう、ということでよろしいのかしら?」
「まあ、そんなところだ……」


 とてもフィオレッテと目を合わせられず、ディナは顔を俯かせたまま首を縦に振る。

 他人に相談するようなことではないと思うものの、自分一人ではどうしても解決策を見い出せず、友であるフィオレッテにアドバイスとは言わないまでも会話を通してなにか糸口が掴めないかと相談を持ちかけたのだ。エリヤへの特別な想いに気づいたのも、元々はフィオレッテとの会話がきっかけだった。


「まあわたくしも、『あのバカップルどもの目に毒な桃色空間をどうにかしてくれ!』などの苦情を多数受けていたのでどうしたものかと思ってはいたのですけど」


 その言葉を聞いて、ディナはますます顔を濃い朱へと染めていく。

 我ながらは公衆の面前でしたないという自覚はあった。エリヤも自分も饒舌な方ではないし、生徒との交流に関しても積極的とは言い難い。

 互いの性分を考えればもっと学生らしい健全な付き合いが望ましいとは思うし、別に四六時中ベタベタしているわけではないのだ。エリヤとアンジェリッカが知士にしかわからないような議論を交わしていても以前のように嫉妬することはないし、自分だってツェルギオと大切な友として親しく言葉を交わしている。互いの家に通って夕食を共にすることはあっても、それ以上なにかあるわけでもない。
 しかしどうしても、時折湧き上がる衝動を抑えられなかった。


「それにしても…………そんなにエリヤ君としたいんですの? キス」


 悪戯っぽく微笑むフィオレッテに、結わえた赤毛と見分けがつかないほどに顔を赤くしたディナは俯いたままもう一度コクリと頷く。

 エリヤに触れたい。

 エリヤを抱きしめたい。

 エリヤにキスをしたい。

〈工廠〉の破壊に成功したときの口づけでタガが外れてしまったかのように、強く強くエリヤを求めてしまうことがあった。

 反射的にエリヤへと伸ばしてしまいそうになる手を押さえ、時と場合を考えて自制し、それでも一日に一度は我慢できずに唇を重ねてしまう。人気のない場所まで我慢できたこともあれば、今日のように公衆の面前でもお構いなしにしてしまうこともある。

 相手に依存し過ぎるのはお互いのためにならないとわかっていても、胸を焦がすこの想いを律する術をディナは知らなかった。




 ディナも変わったものだと、フィオレッテは新しく手に入ったお茶を飲みつつ声には出さずに呟いた。

 友として仲間以上の絆を持つ自分でさえ、今目の前にいるのがそれなりに長い付き合いをしているディナとはちょっと信じられないほどの変わりようだった。

 恋愛に対して否定的ではないが、自治会長という肩書と片脚のハンデもあってフィオレッテに言い寄るような男子はいない。対等に接せられる男子といえばツェルギオぐらいだろうが、彼はディナにご執心である。


 それにしても……かわいい。


 どこまでも己の定めた道を突き進む真っ直ぐさと強さがディナの長所で、言ってしまえば女らしさに欠ける部分があった。しかしエリヤにどうしようもなく恋焦がれているディナのなんと乙女なことか。


「それで、わたしはどうしたらいいと思う?」


 潤んだ瞳での上目遣いがどれほど破壊力があるのか、彼女は自覚していないに違いない。別にそっちの気があるわけでもないフィオレッテでもお持ち帰りしたくなるような可愛さである。

 そんな顔はエリヤ君の前だけにして欲しいですわね……と思いつつ数少ない友人――いや、親友のためにしばし考えてはみたが、


「…………別にどうする必要もないのではないですか?」


 という結論に至った。

 仲がいいなら結構なことだ。特にどうにかしなければならない問題でもない気がする。


「い、いやしかしだな」
「確かに学生自治会長としては、次世代の猟士を育成する学舎内での不健全な交友は好ましくありません。ですがディナもエリヤ君もそれで成績を落としているわけではないですし、私個人としては二人を祝福したい気持ちの方が強いですしね」


 確かにイチャつくなら余所でやれという生徒の気持ちもわからなくはないし、あまり恋愛にかまけて学猟生としての本分をおろそかにされても困る。しかし別に実害があるわけでもないし、ディナの戮機撃破の成績は下がるどころか鰻上りである。

 ディナは確かに変わったが、ディナエリーン・プリス・ヒュンゲンバウムという人間の本質は何一つ変わっていない。

 一日に一度はキスしないと我慢できないぐらい恋する乙女なのに、相変わらず生真面目で不器用な、彼女が振るう剣そのままに強く真っ直ぐなまま。

 それはディナがディナであるがままに、エリヤを愛しているからなのだろう。

 恋についてはよくわからないが、とてもいい傾向だとフィオレッテは思った。


「そ、その気持ちは嬉しいんだが……わたしも彼も、あまり周りからとやかく騒がれるのは好きじゃない。だからどうにか自制したいんだが……」
「でも、人気のない場所に移動するまで我慢できないほどしたいんでしょう? エリヤ君も嫌がってる訳ではないようですし」
「う……まあ、それはそうなんだが……」


 これが機械なら熱暴走で爆発しかねないくらいに熱を放ち始めているディナの顔を見て、フィオレッテはクスクスと笑みを零す。

 実際のところ、高潔だがそれ故に生徒と馴染みにくい彼女が心配でもあったのだ。愚直なまでの真っ直ぐさは、一度折れてしまえば自分の力だけでは立ち上がれない。

 しかしエリヤという同じ価値観を共有できるかけがえのない相手と巡り合い、ディナの強さには真っ直ぐさだけではなくしなやかさも生まれた。たとえ大きな壁にぶつかって折れることがあったとしても、彼が傍にいて支えてくれるに違いない。

 こうして相談事に乗ってあげることはできても、戦場でフィオレッテがディナのためにできることはとても限られている。

 だからフィオレッテは、自分の苦言や周囲の蔑みにも耐えて己の道を突き進んでいたエリヤに感謝している。


「本当にディナは、エリヤ君のことが好きなのですね」
「それは違うぞ。フィオレッテ」


 からかい混じりに呟いた言葉を、何故かディナは真顔になって否定した。

 予想外の返答に戸惑っていると、ディナは真剣な表情のまま続ける。


「好きというならわたしはフィオレッテのことも好きだし、ツェルギオも今では大切な友だと思っている。祖国と家族を愛しているし、第十七学舎の皆も大切な仲間だ。だがエリヤは……わたしのエリヤへの気持ちは、そういったものとは根本的に違う。だからわたしは彼に対して、好きとも愛してるとも言わない。エリヤ・シュミッテンラウドはわたしにとって、ただひとりの人だ」


 ただひとりの人。


 そう聞いて、フィオレッテはなんてディナらしい言葉なんだろうと思った。

 それは不器用な彼女なりに考え抜き、余分な飾りを極限まで削ぎ落とした宝石。

 愛だの恋だのというありきたりなものでは到底表現できない、ディナエリーン・プリス・ヒュンゲンバウムがエリヤ・シュミッテンラウドに対する全てを込めて綴った言葉だ。


「本当に……あなたらしい告白ね、ディナ」


 エリヤもその一見淡白にも聞こえる言葉の意味を理解し、そこに込められた想いの重みを噛み締めたことだろう。


「だけど……エリヤ君はそれでよかったのかしら?」



 しかし、理解することと納得することはまた別問題である。



「ん? それはどういう意味だ」


 思わず口をついて出た言葉に、ディナは眉を顰めて訊き返す。

 フィオレッテは自分の――というより一般的な意見を述べただけのつもりだったが、一気に血の気が引いていくディナの顔を見てすぐに後悔した。



[24115] 悩める少年(1)
Name: 神門◆ad0ac597 ID:d02e8550
Date: 2010/11/10 22:29
 エリヤ・シュミッテンラウドは悩んでいた。

 戮機の特性と弱点を解き明かす頭脳をフル回転し、知恵熱で何度も倒れながらも悩み続けていた。

 その悩みとはエリヤにとって「たったひとりの人」――ディナエリーン・プリス・ヒュンゲンバウムに関わることだった。

 別にディナと喧嘩したわけでもなければ、ディナに浮気の疑いがあるわけでも断じてない。ツェルギオと親しげに話すディナを見て嫉妬するのは自分が未熟なだけだ。

 そしてこれはこれで重大な悩みなのだが、時と場所を選ぶことなく行われるディナのエリヤには刺激の強いスキンシップのことでもない。


 それは南方での新型調査を終えて第十七学舎に戻って来るよりもずっと前――〈工廠【プラント】〉内でディナと交わしたやり取りまでさかのぼる。

 エリヤはディナに好きだと告白し、それにディナ好きとも愛しているとも言わず、自分にとってエリヤはただひとりの人だと答えた。
 その言葉にエリヤもディナはたったひとりの人だと返したわけだが、後々になって考えると不誠実だったのではないかと思えてきたのだ。

 ただひとりの人――それは生真面目で不器用なディナが考えに考えて導き出した言葉だ。ありふれた言葉に頼らず、胸に抱く想いを納得のいく形で伝えるために余分を削り取った宝石だ。

 そんなディナの言葉に、そのまま同じ言葉を返すのはなにか違う気がする。
 自分も考えに考え抜いた自分だけの言葉で、ディナに伝えるべきだと思った。
 ツェルギオに詩集を借りるなどしてそれらしい言葉を探すこと一月、そもそも自分の言葉でなければ意味がないと気づいてからまた一月。二か月かけてようやく自分の想いを納得できる形にした頃には、第十六学舎での一時的な転籍も終わってハルクラインに戻って来ていた。

 後はディナへとその言葉を伝えるだけ、なのだが。


「はあ……」


 第十七学舎に戻ってから一週間経とうとしているが、未だに伝えられないままでいる。
 理由としては改まって告白し直すのもなんだか気まずく、なかなか言い出せなかったためだ。ただでさえエリヤは人と話すのが得意な方ではない。それらしいきっかけでもないととてもじゃないが伝えられそうにない。

 それにもう一つの理由として、ディナの刺激の強いスキンシップもあった。
 嫌ではないしむしろこうして好意を形で示してくれるのは嬉しくてたまらないのだが、やはりどうしても周囲の目が気になるし恥ずかしくて告白どころではない。

 なにか、いいきっかけでも作れればいいんだけど……

 いくら戮機の特性を見抜き分析するエリヤの頭脳でも、恋愛に関する駆け引きなどまったく出来ないし女性を喜ばせる知識もない。

 というわけで昼も予定が空いたことなので、エリヤはそっち方面でも知識が豊富そうな友人――ツェルギオに相談をもちかけることにした。


「なるほど、つまりディナの告白に誠実な答えを返すためのきっかけが欲しいというわけだね。確かに彼女とより良い関係を築くためには、遠回しな表現などしないで誠実に気持ちを伝えるのが一番だろうね。待っているだけではなにも変わらないということは、僕もよく知っているよ」


 エリヤの相談に応じるツェルギオは爽やかな笑顔を浮かべているが、よく見ると眉が微妙に引き攣っている。恋敵に自分が想いを寄せる相手との恋愛相談を持ちかけられたのだから無理もないが。

〈工廠〉でディナとエリヤのキスを目の当たりにし、失意の底に崩れ落ちてから一週間と経たないうちにツェルギオは復活を遂げた。
 そしてそれ以来、ディナに対し今までにない積極的なアピールを行っているのだが、相手にされていないどころかそもそも直球的なアピールすらその真意に気づいてもらえていない。
 今回に関してはツェルギオの言葉足らずというより、今のディナにはエリヤしか見えていないと言った方がいいだろう。なんせ「ただひとりの人」である。ディナとエリヤを繋ぐ絆の重みはツェルギオの想像を遥かに上回っている。

 しかしエリヤも悪気があって、相談相手にツェルギオを選んだわけではない。
 ツェルギオがディナにアプローチをかけている際にはエリヤもディナの隣にいたのだが、改めて自分の想いを伝える言葉を考えるのに夢中で気づいていなかっただけなのだ。

 HAHAHAHAと若干棒読みがちな笑い声を上げるツェルギオだったが、不意に真顔になってなにか思案するように顎に手を当てる。


「いや、待てよ。ふむ…………よし、それがいい!」
「な、なにかいいアイディアがあるのっ?」


 エリヤとしては藁にもすがる思いでツェルギオに尋ねる。するとツェルギオはどこか芝居がかった仕草で前髪を掻き上げつつ言う。


「君もバルフェンバルク――ディナの故郷の話は憶えているだろう?」
「ああ、ヴェルドベルク市に行く途中でした話?」


 ツェルギオの父にしてエストワルト議国の大臣であるグレオゴール・テオ・メルクタウルに呼び出され、ヴェルドベルクに向かう馬車の中でのことだ。卒業してから帰省するときにでも一度遊びに来て欲しいとディナに誘われたのだが、まだ卒業には大分時間がある。


「ディナの話では、旧市庁舎に併設された塔から見下ろす夕景が素晴らしいそうじゃないか。夕焼けをバックに二人向かい合い、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめて愛の告白……これ以上ないシチュエーションだと思わないかい? なあに、ディナのご両親に挨拶するという名目なら君も自然に申し出られるだろう?」
「ご……ご両親に挨拶って……」


 それはいわゆる「娘さんを僕にください!」というヤツではないだろうか?

 恥ずかしさで顔が火照るのと同時に、「お前のような軟弱者に娘はやらん!」と叫ぶ筋骨隆々なディナの父親を想像して背筋が強張る。
 しかしツェルギオの言う通り、ディナにきちんと自分の気持ちを伝えるにはこれ以上ないきっかけに思えた。

 戮機と料理以外の知識には割と乏しいエリヤでは、付き合って二カ月で両親に挨拶するのが早いかどうかは判断できない。だがディナも言っていたではないか、これ以上気持ちが動かないことならすぐに行動するべきだと。


「まあ、さすがに君にはまだハードルが高いかも知れないね。そこでどうだろう、僕は父上の伝手でディナの御父上とも面識があってね。〈工廠〉について意見をお借りしたいという名目で君たちに同行しようと――」
「ありがとう、ツェルギオ! 僕ちょっと行ってくる!」
「あ、ちょ、エリヤ君!? 僕の話はまだ」


 ツェルギオの話もそれ以上耳に入らず、エリヤはディナを探して教室を飛び出した。







「……で、ツェルギオさん、今度はなにを企んでいるんですか?」
「っていうか、もう諦めた方がいいと思いますよ。そもそもあんな女、ツェルギオさんには釣り合いませんって」

 ツェルギオとエリヤが話してる間中、ずっと口を閉ざしていた二人がそう言った。
 どちらかと言えばエリヤとディナの仲を生温かく見守っているジーグに対し、グレンゼルはずっと見下していたエリヤに対する反感とかつてディナにタコ殴りにされた恨みから口をついて出る言葉は刺々しい。


「僕は〈工廠〉の一件で学んだんだよ。たとえ結ばれるのが当然の二人でも、相手が自分を好きになってくれることをただ期待して待つのでは意味がない。僕自身が行動しなくては。だからエリヤ君に一歩先んじられてしまった」
「いや、先んじられたもなにも、もうゲームセットだと思うんですけど」

 ジーグの突っ込みも意に介することなく、ツェルギオは熱弁を続ける。

「確かに今まで恋や愛を知らなかったディナにそれを教えたのは、他ならぬエリヤ君だ。それは認めよう。だけどそれは本当に恋だろうか? 今の彼女は、言わば恋に恋しているだけなのではないか? いやきっとそうに違いない! ならば一度ディナの曇った目を覚まさせてやった上で、改めて彼女にとっての一番を決めさせてやるべきだ! もちろんそれでもディナがエリヤ君を選ぶ可能性はあるだろう。でも僕だってずっと彼女を想い隣に立つに相応しい存在であろうとして研鑚を積んできたんだ。知士としても恋敵としてもライバルであるエリヤ君とは、フェアな条件で勝負がしたいんだ!」
「要するに、同じスタート地点から勝負すれば勝てると?」
「ま、俺もなんであいつがエリヤなんかを選んだのか訳わかんねーけどな。あんな暗くてブツブツ気持ち悪いヤツのどこがいーんだか」


 ちなみにグレンゼルと違って、ツェルギオにエリヤを貶める意図は全くない。
 ただ一度冷静になって改めて考えれば、ディナはきっと自分を選んでくれるに違いないという自信からである。

 ディナとエリヤの関係を知ってから、ツェルギオは以前にも増して努力を重ねた。自分の主張を貫くだけでなく、もっときちんとディナの価値観や考え方も理解しようと努めた。そしてディナと同じ価値観を共有するエリヤにも負けないと自負できるだけの自信を身につけるに至ったのだ。


「しかしそれにはまず、ディナには一度冷静になって自分の状況を見直してもらうべきだと思うんだよ。もちろん彼女が冷静になるのをただ待っているだけでは駄目だ。自分が望む結果を得るにはこちからから動かないとね」
「つまり、バルフェンバルクでエリヤに醜態を晒させてディナエリーンの目を覚まさせようと?」


 ツェルギオはディナが人目も憚らずに行うエリヤへの熱烈なスキンシップを、恋に恋してしまっているが故だと考えた。

 生まれて初めての感情に流され、熱に浮かされたような恋をしているに過ぎないと。
 ならば冷静になって自分とエリヤを比べれば、ディナは僕を選んでくれる――そういう算段なのだ。


「醜態を晒させるという言い方はやめたまえ。ただ、僕が用意する程度の試練を乗り越えられないようでは、ディナの隣に立つには相応しくないと言わざるを得ないがね」


 さも正論のように語っているしその意見も理解できなくはないが、要するに嫉妬して二人の仲を裂こうとする姑息な企みなのである。
 話を聞いていた周囲から冷たい視線が突き刺さるものの、ツェルギオは小揺るぎもしない。
 ジーグとグレンゼルは基本的にツェルギオのイエスマンであり、特にジーグは面白いもの見たさで参加する気満々だった。


「だけどどうする気なんです? エリヤ、ツェルギオさんの話も最後まで聞かずに行っちゃいましたけど」
「いや、むしろあれでよかったかもしれない。二人に気づかれないよう、僕たちもバルフェンバルクに向かうとしよう。デートプランなどでエリヤ君はもう一度僕に相談しにくるだろうから、そのときにそれとなく日にちも聞きだして置くよ」

 エリヤが去っていった教室の入り口を見つめるツェルギオの顔には、相変わらず爽やかな笑みが浮かんでいる。

 しかし最近、その笑みに黒いオーラを感じているのは教室の生徒たちだけではないだろう。



――

 同士いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!(うるさい)

 いやあ、まさか無刃のイェーガーがここまでマイナーとは思わず、通りすがりさんの感想がなければ完全に心が折れているところでしたよ(笑)

 このままだと主に自分のメンタル的な問題で完結まで行けない可能性があるんで、通りすがりさん以外にも本作を知っている方は恥ずかしがらずにどんどん感想を書き込んでください! すると自分のパワーが五割増しするので!

 通りすがりさん、未熟な自分ですが見捨てずに今後も応援して頂けるとマジ幸いです。



[24115] 悩める少年(2)
Name: 神門◆ad0ac597 ID:d02e8550
Date: 2010/11/15 10:17
「こ、今度の休みにディナの両親に挨拶しに行きたいんだけどいいかな!?」


 執務室を出るなり、走り回ったのか息が荒く顔を真っ赤にしたエリヤにそう言われ、ディナの蒼白になっていた顔の熱は一気に最大値まで上昇した。
 通りかかった生徒からも黄色い歓声が上がり、傍らのフィオレッテにも「あらあら」と口元に手を当てつつ微笑まれる始末。


「ご、ごめん……急にこんなこと言いだしても、困るよね」
「あ、いや、別に困ってなどいない。むしろ嬉しいんだが……つまり、その、なんだ。け、結婚を前提とした付き合いとして、いうことか?」
「へっ!?」
「す、すまない。さすがに話を急ぎ過ぎたな。忘れてくれ」
「う、ううん。その……ディナさえよければ……ち、違う。僕はディナとその、そういう関係になりたい、んだけど……」
「…………っ」
「ご、ごめん! まだ付き合い始めて、二ヶ月くらいしか経ってないのに……で、でも、これ以上気持ちが動かないなら、すぐに行動するべきかな、って」
「そう、だな。それはわたしが決めたことだった。率直に決めてすぐに行動に移すと。それなら、私にも言わせて欲しい。エリヤ、わたしと」
「ま、待って! えっと……こういうのは男の方から言うもの……だからとかそういうのは関係なくて、その、僕から言いたいんだけど……」
「わたしだって。…………な、なら、二人一緒に言うというのは、どうだ?」
「そ、そうだね。それがいいね」
「じゃ、じゃあ言うぞ。エリヤ……」
「ディナ……」
「わたしと……」
「僕と……」


「あのぅ、お邪魔して悪いのですけど、そういうのは二人きりの場所でやっていただけません?」


 という思い出すだけで顔面から火炎放射を噴き出せるやり取りから数日後。丁度ハルクライン市の復興記念日と大戦の終戦記念日が重なっての連休を利用して、エリヤとディナはバルフェンバルクへと赴いた。
 戮機【スローター】と人類による熾烈な戦い――大戦【シビル・ウォー】の戦場とならなかったため、バルフェンベルクにはさまざまな様式の建物が立ち並んでいる。かつて人間が大陸中に広がって繁栄し、多種多様な文明を築いた時代の名残でもある。
 馬車で向かう道中、二人は全くの無言だった。
 なにせ目的が目的だ。頭の中であれこれ考え込んでしまい、お互いに会話するどころではなかったのである。




「おお、帰ったか娘よ! 全くお前というヤツはまめに帰って来いとあれ程言っただろうに!」
「学猟生は猟士【イェーガー】の卵として、日々復興のために戮機と戦っているのです。そう頻繁に休みを取る訳にはいきません。父上もわかっていらっしゃるでしょう?」
「それはそうだが、愛する娘に会いたい親心も汲んでくれ! まあお前が大丈夫なのは百も承知だが、それでも子の心配をするのが親というものだからな」
「いえ、そのお気持ちはとても嬉しいです。今度からは、もう少し手紙もまめに送ることにします」
「よしよし、いい娘だなあディナは!」


 豪快に笑いながら愛娘の頭を撫でるディナの父――ヴァリウス・プリス・ヒュンゲンバウムの若々しさにエリヤは驚かされた。

 少し歳の離れた兄と紹介されても納得してしまうほどで、とてもツェルギオの父、グレオゴールと同期とは思えない。
 日に焼けた浅黒い身体は余分を極限まで削ぎ落とした、細くしなやかな筋肉に包まれている。野性的な顔立ちながらも、裏表のない明るい笑顔はどこか子供っぽさを感じさせる。

 ヒュンゲンバウム家もメルクタウル家同様、政治にも大きな発言力を持つ名門貴族である。しかしヴァリウスは政治の表舞台に出ることはほとんどなく、猟士だけでなく学問や建築など、様々な面で未来を担う若手の育成に尽力している。
 猟士として戦っていた頃はディナと同じく一般的ではない大剣を振るい、その戦いぶりから「豪風」の異名で畏怖されていたと言われている熟練の剣士だ。
 引退し妻子を持った今でもなお、その実力が衰えていないであろうことは見るだけでエリヤにはわかった。


「あなた。ディナのお友達が困っているでしょう。その辺にして置きなさい」
「いや、しかしだなウェンディ。約一年振りにもなる父と娘の再会だぞ?」
「確かに家族の触れ合いも大切ですけど、せっかくディナが連れてきたお客さんを待たせるわけにもいかないわよ」


 そう言ってヴァリウスを窘めるのは彼の妻――つまりディナの母であるウェンディ・プリス・ヒュンゲンバウムである。こちらも今年で十八になる子を産んだ母とは思えない若々しさだった。
 少しウェーブのかかった赤毛はルビーのように輝き、柔らかな笑みを浮かべる顔は無駄なく整っている。
 政治に疎い夫に代わってバルフェンバルクの行政に関わる彼女は、その聡明さと知略に長けた頭脳で有名だ。一方で思いやりを忘れないよき領主にして、よき妻でありよく母でもある。

 なるほど確かにディナの両親だと、エリヤは思わず納得してしまう。
 剣の素質と真っ直ぐな心を父から、美貌と飾らない優しさを母からディナは受け継いでいるのだろう。


「そうです。父上、母上。紹介します」


 頭を撫で続けるヴァリウスの手から離れて、ディナがエリヤの隣に立つ。その頬には淡い朱が差していて、少し強張った顔からは緊張が窺える。
 思わず、エリヤはディナの手を軽く掴んでいた。
 それにディナは軽くを目を見開くが、すぐに笑みを浮かべてエリヤの手を握り返す。
 そして照れと恥じらいの混じった、しかし誇らしげにはっきりとした口調で言う。


「彼はエリヤ・シュミッテンラウド。わたしの、ただひとりの人です」


 ぷつりと室内から音が途絶え、沈黙が舞い降りる。普通の人ならその紹介のされかたに一瞬戸惑うだろうが、ディナの両親は娘の言葉の意味するところを正確に理解していた。
 ヴァリウスは目と口をまん丸に開き、わかりやす過ぎるほどに驚愕を露にする。
対してウェンディは、まるで最初から知っていたかのように微笑みを崩さなかった。


「は、はじめまして。エリヤ・シュミッテンラウドです」


 ぺこりと頭を下げるが、続く言葉が出ずにエリヤは焦る。
「娘さんを僕にください!」などというありきたりな言葉を使う選択肢は最初から却下していた。あくまで自分の言葉として言うべき言葉を用意していたのに、どうしても切り出せない。


「えっと、その……」
「あなたのことは娘の手紙からも聞いていますよ。ひとふりの剣すら持たずに戦う知士で、ディナの大切な友。この子、最近は手紙であなたのことばかり書いていたのよ。戮機研究の第一人者として、高官の間でも評判になっているわよ」
「いえ……僕は元々、戮機のことをもっと知りたくて……ただそれだけのために学猟生になったんです。誰かの役に立つとか、国に貢献するなんてまるで考えていなくて。でも……」


 その逡巡を見透かしたようにウェンディが合いの手を入れてくれたおかげで、エリヤはつかえながらも喋り出せた。後は馬車の中でずっと繰り返し考えていた言葉が口をついて出てくる。

「でも今はそれだけじゃなくて……ディナのために……もちろん、他の猟士にも役立ってくれれば嬉しいですけど…………僕はディナの力になりたいんです。既存の機体の弱点だけじゃなくて、〈工廠〉の新型開発の法則とか、地方ごとに出没する戮機の傾向とか……そうやって戮機のことを研究していけば、戮機を狩る危険はぐっと減らせる。僕の知識と判断がディナの助けになれるなら、それはすごく嬉しいんです」

 来年に卒業を控えていても、戮機の研究で国に貢献するという意識はあまりない。
 部屋に書き溜められた百枚以上のスケッチもほとんど趣味で、なんらかの評価や見返りを求めたわけではなかったし、それは今も変わらない。
 しかし同時に、エリヤはディナと一緒に戮機と戦い続けるという道を選んだ。そしてこの頭脳と観察眼が自分の武器なら、戮機を研究し解き明かすことがディナと一緒に戦うということなのだ。

「僕はただ趣味で戮機を研究してて……周りの人は皆馬鹿にしたけど、ディナが僕のことを認めてくれて、友と呼んでくれて、一緒に戦ってくれて……だから今の僕があるんです。ディナがいてくれたから……僕は……」

 緊張と恥じらいで舌が上手く動いてくれず、少しでも気を抜くとそのまま黙り込んでしまいそうになる。
 しかし言葉を止めることはない。両足に力を込め、真っ直ぐに前を向く。
 この気持ちは、この想いは、誰にも恥ずべきことではないのだから。

「僕は……これからもずっとディナの傍にいたい。ディナが僕の力になってくれるように、僕もディナの力になりたい。楽しいときもつらいときも、笑うときも泣くときもずっと一緒にいたい。ディナと、ふたりで一緒に生きていきたいんです」



……………………あれ?


 そう言い切ってから部屋を包み込む静寂に、エリヤはなんだか物凄く早まったような気がしてきた。なんというか、ディナに伝えるべき言葉を伝える前にとんでもないことを口走ったような、踏むべき順序を二、三段飛ばしてしまったような。


「く……くくっ、ハハハハハハハハハ!」


 気まずい空気の静寂を破ったのは、ヴァリウスの豪快な笑い声だった。腹の底まで響き渡るような声量に、足が竦みそうになる。


「正直に白状すると少し頼りない印象があったんだが、なかなか肝の据わった少年じゃないか! それにいい目をしている。剣を持たずに戦う猟士と言われて最初はいまいちピンと来なかったが、なるほど。戦い方は違えど、君も立派な猟士なんだろう。その目を見ればわかる」
「そうね。正直、あの娘の将来には心配していたところもあったのだけれど、あなたがいるなら大丈夫でしょうね。なんたって、あのディナが選んだ人なんだもの」

 ヴァリウスに力強く肩を叩かれ、ウェンディに優しく手を握られ、状況がよくわからないエリヤは目を白黒させる。
 よくわからないが、ディナの両親に気に入ってもらえたようでホッと息をついた。
 隣に立つディナを見ると、赤毛と見分けがつかないほどに赤面して俯いている。しかし覆う手の下に隠されたその表情は、確かに笑顔を浮かべている。
 よくよく考えると告白し直す前にプロポーズをしてしまったような形だが、少なくとも後悔はなかった。
 しかしいくらなにものにも替えられない特別な絆で結ばれ、それが誇りこそすれ恥じるようなことではないとわかっていても、エリヤもディナも年頃の男女である。



「…………」
「…………」
「……………………と、とりあえず、屋敷でも案内しよう」
「う、うん……」


 そのため「後は若いふたりで」と送り出されても、まともに目を合わせることもできなかった。







「……なあ、ウェンディ」
「なんですか、あなた」
「我が子というのは……気づかぬうちに大きくなっているものだなぁ」
「なんですかいきなり。見た目若いのに中身だけ老けちゃったみたいに」
「あのディナが男を連れてくるなんてな……しかも結婚を前提としたお付き合いとは。やっぱり今の若者は進んでいるということか」
「まあ、そうかもしれませんね。わたしも少し驚きましたけど、彼なら任せられると思いますけどね」
「それはわたしだって同じさ。あの少年……エリヤ君なら、ディナを任せられる。上手く言えんが、きっとディナの言う通り、あの子にとって唯一の人なんだと思うんだ」
「あなたの直感は外れたためしがないものね。それにしても……恋人でもなければ好きな人でも大切な人でもない、ただひとりの人。さすがは私の娘ということかしらね。自分の納得できる形にできなければ気が済まないところは」
「そこが君に似て可愛いんじゃないか。それにあのふたり……どこか昔の私達を思い出さないかい?」
「あら、そうかしら。昔のあなたは臆病な上泣き虫なくせに意地っ張りで、半泣きしながら暴れ回る姿から豪快に泣く暴風で『豪風』だなんて呼ばれて……自分の選んだ道を貫く強い意志を持ったエリヤ君とは大違いみたいだけど?」
「ぐぅ……っ。そりゃ、あの頃のわたしは頼りなかったかもしれんが……」
「でも……頼りないように見えて凄く頼りになる彼を想い信頼するあの娘の気持ちは、あなたを想うわたしの気持ちと一緒なのかもしれない。……そんな不安そうな顔をしないでちょうだい。そのみっともない泣き顔も含めて、わたしはあなたを愛しているんだから」


――

はい、登場しちゃいました。ディナのご両親。
作者の妄想100%の完全なオリキャラです、本当にありがとうございます(笑

いやあ、読者の皆さんの温かい感想のおかげで、まだまだ生きていけそうです。
しかしなにが難しいって、ディナが原作で「好きとは言わない。愛してるとも言わない」とか言っちゃってるせいで好意を表す分がやりにくいこと……

実はこのディナの言葉にちょっとしたひっかかりを感じたのが、本作を書き始めたきっかけだったりします。それについては次回で。

では、今後も応援して頂けると嬉しいです。



[24115] 悩める少女(2)
Name: 神門◆ad0ac597 ID:d02e8550
Date: 2010/11/21 09:37
「はあ……」


 自室のベッドにうつ伏せで転がり、ディナは熱の帯びた吐息を漏らす。
 窓の外を見ればとうの昔に日が沈み、綺麗な円を描いた月が夜空に輝いている。

 以前話していた夕景の素晴らしい塔へさっそく連れて行こうと思っていたのに、エリヤの衝撃的な発言のおかげで今日は屋敷の案内ぐらいしかできなかった。
 それでも、エリヤにはとても充実した時間を過ごせてもらえたと思う。
 屋敷のお抱えコックの話には興味深々といった様子で耳を傾けていたし、書庫ではそこに保管されている戮機【スローター】の資料を全て読み尽くす勢いだった。どちらもエリヤの良い糧となったことに違いない。

 エリヤが新しい知識を目の当たりにし、それをより深く理解しようとするときの瞳の輝きはどんな宝石よりも魅力的だった。その横顔を眺めるだけで、今日一日がとても満ち足りたものに感じられる。


「エリヤ……」


 体を横にして、壁に手で触れる。
 エリヤは隣の部屋で休んでいるはずだった。両親がなにやら意味ありげな笑みを浮かべて「ごゆっくり~」と言っていたのが気になるが、自分の隣にしてくれたのは素直に嬉しい。


「エリヤ」


 その名前を呟くだけで、胸を甘く痺れるような痛みで締めつけられるのがわかった。
 壁一枚を隔てたすぐ先に、家族にさえも替えられないただひとりの人がいる。
 確かにそのつもりで両親に紹介したとはいえ、エリヤの爆弾発言には驚かされたし、同時に嬉しくもあった。
 エリヤは真剣に考えた上で、これから先ずっと自分と一緒に生きていくことを選んでくれたのだから。

 卒業後の進路として、グレオゴール大臣から新しく設立する戮機の研究機関への誘いをエリヤは受けていた。かつてグレオゴールがガリシア王国への牽制として企てた戮機の兵力化ではなく、もっと長期的に見据えて戮機への対策を研究するための機関である。
 完全稼働状態の戮機を捕獲できれば研究は飛躍的に進むものの、現時点ではあまりに危険が多い。
 今はまずエリヤが現場で収集する情報と、アンジェリッカが考案した測量と統計による分析法で戮機を研究し理解するための土台を作っていくことが必要事項だ。

 だからエリヤは研究機関への誘いに対し、まだ特定の場所に留まって研究するには早いとして断った。各地の現場に赴き、より戮機への知識と理解を深めることに専念するつもりだとエリヤはディナに語った。


『前にも言ったけど……情報は武器と同じで、正確で役に立つものでないといけないんだ。すぐに折れちゃうような剣は武器として使えないのと同じで……情報に誤りがあったらそれを利用する人に危険を及ぼすことになる。でも、僕たちが戮機について理解してることはあまりに少ないんだ。戮機の中身の構造について記録された本はたくさんあるけど、深く分析して追求された物はあまりない。僕だって戮機のスケッチをたくさん描いてきたけど……それでも僕が理解できているのはほんの一握りのことだろうし、これからも想像もつかないような新型がたくさん出てくると思う。だから僕は他人から見聞きした情報を集める前に、まず自分の目でもっと戮機のことを知らなくちゃいけないと思うんだ。その……ディナの力になるためにも』


 消え入るような最後の呟きも、ディナの耳にはしっかりと届いていた。あのときの胸の高鳴りはよく覚えている。

 卒業後、エリヤはエストワルト議国に限らずガリシニアを始めとした周辺諸国を回って各国の戮機を現場で見てこようと考えている。既に〈工廠〉事件で共に戦ったガリシニアの侯爵令嬢メルノー・ド・ヴァール・ジュヌビエーヴと手紙のやり取りを通して、ガリシニアへの訪問手続きの準備を整えているそうだ。
 そしてエリヤが周辺諸国を回る際には、ディナも共に同行することとなっている。
 エリヤが誰よりも信頼する猟士――彼を守り共に戦う剣として。
 それがディナにはなにより誇らしく、同時に不謹慎ではあるが卒業後もエリヤと共にいれることが嬉しかった。

 エリヤはディナにとって、大切な友や家族にも替えられない「ただひとりの人」なのだ。この先も同じ時間と道を共有できるというのはとても幸福なことである。

 しかし……、と不意にディナの笑みに影が差す。
 思い出すのは、フィオレッテが「あくまで一般論ですが」と前置きした上で口にした言葉だ。




『エリヤ君は多分、あなたに好きだと、愛しているとも言って欲しいと思いますわよ?』
『し、しかしわたしは』
『あなたにとってその想いが愛や恋という言葉には到底収まらないものだったからこそ、そのようなありきたりな言葉を使わず、自分の納得のいく形としてその言葉を選んだのは理解しています。でも、「好き」や「愛している」という言葉だって立派な告白だとわたしは思いますわ。ありきたりということは使い古されてるということ。使い古されているということはそれだけの価値と重みがあるということ。だからこそ人は誰かを愛したとき、その使い古されたありきたりな言葉に、収まり切らない万感の想いを込めるんじゃないかしら? それは決してあなたが考え抜いて選んだ言葉に、必ずしも劣るということはないはずでしょう?』
『それは……』
『別に責めているわけではないの。ただ恋愛に限らず誰かと絆を結ぶときに気をつけなくてはいけないのは、自分の考えや価値観を相手に押しつけ過ぎないこと。あなたはわたしの大事な友達だけど、わたしの価値観とあなたの価値観は、むしろ相反するものよ。持っている力も考え方もまるで違うのだから当然よね。あなたとエリヤ君は同じ価値観を共有している部分もあるでしょうけど、全部がそうというわけではないでしょう? あなたと意見や考えが食い違うこともあるはず。エリヤ君との絆を大事にしたいなら、彼の考え方にもちゃんと耳を傾けてあげなさい』




 責められたわけではない、むしろ穏やかに励ますようなフィオレッテの言葉は、ディナの胸に深く鋭く突き刺さっていた。

 ディナは剣を。エリヤは戮機の知識を。名誉や功績のためではなく、ただ自分の意志で臨んで一つの道を貫いてきた二人は、価値観や考え方を共有できる部分が多い。
 しかし決して全てがそうではないことも、ディナは理解していた。
〈工廠〉の中で、エリヤの君が好きだという告白にディナはそういう気持ちで君を見たことはないと答えた。
 そして君はわたしにとってただひとりの人だと、考え抜いた言葉で想いを告げ、エリヤも同じ言葉で応えてくれた。
 それは光栄で、嬉しくて、誇らしいことだった。
 しかしそれは、同時にエリヤに自分の考えや価値観を押しつけてはいなかっただろうか?

 君が好きだ――それはありきたりな言葉かもしれないが、そこに込められたエリヤの想いが自分のエリヤに対する想いに劣るとは思わない。ありきたりな言葉で想いを伝えたからといって、エリヤがディナを想う気持ちが軽んじられる理由にはならない。

 一緒の時間を過ごすとき、エリヤは口ごもってから慌てて言い直すということが何度かあった。そして言い直した後、決まって出る言葉が「たったひとりの人」なら最初に言おうとしていた言葉は大体想像できる。
 たったひとりの人――その言葉を聞く度に胸が熱くなるが、それは自分の考えを押しつけて言わせてしまっている部分もあるのかもしれない。
 別にディナは、好きや愛しているという言葉を否定するつもりは全くなかった。
 ただ自分がエリヤへの想いを形にするとき、その言葉では納得できなかっただけなのだ。


「難しいな……」


 なにせこの十七年間、剣を振るって戮機と戦うことしか考えずに生きてきたのだ。
 功績や能力ではなく一人の個人として尊敬する友と出会うことはあっても、友情や愛情の枠を超えた特別な人と巡り合うことなど想像したことだってなかった。
 だからその想いが成就した後もどう立ち回ればいいのかもわからず、知らず知らずのうちに自分の気持ちをただ一方的に押しつけてしまっていたのかもしれない。考え抜いた末に決断した行動が、必ずしも正解とは限らないのだ。

 エリヤは自分の想いをいつだって優しく受け止めてくれた。だが自分は彼の想いをきちんと受け止められていただろうか。
 深く考えるのは性に合わないし苦手だ。それが戦い以外のこととなれば尚更。
 でも、このことばかりはよくよく考えなければいけない。

 自分の想いをどう形にしてエリヤに伝えていくべきか。

 エリヤの想いを、自分はどう受け止めていくべきか。

 この何者にも替えられないただひとつの絆を、万が一にも失わないために。

――

はい、区切りの関係もあって今回はちょっと短めです。

まあ要するに、三巻のラストを読んでひっかかったのは

「好きとか愛してるって言ったっていいんじゃないか。人間だもの」

ということなんですよね。
ディナにそんなつもりは皆無だとわかっていても、好きだと言ったエリヤの告白を軽んじたように聞き取れてしまったんで。
ついでに言うと、それで「たったひとりの人」と言い直したエリヤにも「それはちょっと不誠実じゃね?」という感じでひっかかったんで。

もちろん「ただひとりの人」という言葉はこの上なくディナらしくていいと思います。
でも、好きとか愛してるって言葉も口にしていいと思うんですよね。
まあ感動(?)のクライマックスまで構想自体は出来上がってるんで、最後までお付き合い頂けると嬉しいです。



[24115] 企むその他大勢(1)
Name: 神門◆ad0ac597 ID:d02e8550
Date: 2010/12/08 09:02
バルフェンバルクの街に、観光名所と呼べるようなものは特にない。

猟士【イェーガー】の活躍によって再興した都市は、より多くの住人を引き込む目的もあって様々な観光名所や特産品を設ける。

しかし大戦【シビル・ウォー】で戦場とならなかったバルフェンバルクはほとんど当時の状態を保っており、また商業都市として人の行き来も盛んなため特にその必要がなかったからだ。

しかしそんな街でも、待ち合わせにうってつけな場所ぐらいは存在する。

様々な店が密集した広い十字路の中心にある噴水――そこでエリヤはディナと待ち合わせをしていた。

なんのだと言えば、デートの待ち合わせである。

ディナとディナの両親と朝食を共にしたとき、ディナがバルフェンバルクの街を案内してくれることになったのだが、ディナの両親に「デートは待ち合わせをするのが基本だ」と半ば強引に勧められてエリヤが先にこの噴水でディナを待つこととなったのだ。

デート自体はハルクラインでも何度かしているのだが、放課後や互いの部屋に通うことが多かったため、実は外で待ち合わせをするというのは初めてである。

幸い屋敷からこの噴水まではほぼ一本道だったので迷わずに済んだのだが、やけにディナが来るのが襲い。もうかれこれ一時間は過ぎようとしている。


「エリヤ!」


なにかあったんじゃないかと心配になってきたところで、背中から声をかけられる。

振り向いたエリヤは、そこに立つ少女の姿を見て固まってしまった。


「遅れてすまない。母上がなかなか解放してくれなくてな……」


ディナの私服姿を見るのは、これが初めてではない。

ヴェルドベルクの街でもディナは女の子らしい服装をしていたが、今のディナは白地のワンピースに身を包んでいた。

彼女の高潔な内面を表すような純白は、結びを解いて後ろに流している赤毛によく映えている。他の同年代に比べて手入れが行き届いていなかったにも関わらず眩しく輝いているその赤髪は、今日は一段と艶やかに見えた。


「え、エリヤ? わたしの、その、この格好……変ではないかな?」

「そ、そんなこと全然ない! む、むしろ凄く似合ってて……その、綺麗、だよ」

「あ、ありがとう。エリヤにそう言ってもらえると、その、わたしも準備した甲斐があった」


ブンブンと勢いよく首を振って答えたエリヤの言葉に、恥じらうように俯いていたディナの頬が淡いピンクに染まる。

とても大剣を振るって戮機【スローター】と戦う猟士とは思えない、ひとりの女の子としてディナはそこにいた。

会話が途切れ、気まずくなっていく空気にエリヤはチラチラと視線をディナと噴水の間で行き来させながら口を開く。


「えっと、その……それに着替えてて、時間がかかったの?」

「母上が妙に張り切ってしまってな……一度風呂に入れられて、髪も普段使わないような高級品の石鹸で洗われたんだ」


バルフェンバルク産で他国にも高く売れている商品の一つに石鹸がある。

石鹸の製法と技術そのものは他国にも存在するが、香料を含んだ高級品を製造できるのは今のところバルフェンバルクだけである。


「ほら、香りもいつもと違うだろう?」


そう言ってディナは髪の一房を掴んでエリヤの前に突き出す。

少し躊躇いつつ顔を近づけてみると、薔薇の芳醇な香りがした。

いい香りには違いないのだが、なんだか今一つ物足りないものを感じる。


「確かにいい香りだけど……僕は、いつものディナの匂いが好きかな」


思わずそんなことを口に出してしまい、慌てて口を押さえたが時既に遅く。


「そ、そうか……それなら、次からは香料のない石鹸を使うことにする」


横から覗いても真っ赤になっているのがわかるディナの顔に、エリヤもつられて頬が熱くなるのを感じる。

ますます気まずくなったのを取り繕うように、今度はディナが口を開いた。


「ほ、本当に母上が凄い張り切りようでな。危うくドレスを着せられるところだったんだぞ」

「それは、それで見てみたかったけど」


ディナのドレス姿を想像して、慌ててエリヤはディナから視線を逸らす。そうしないと、変な想像をして緩み切っている顔を見られてしまいそうだったからだ。


「わたしにはどうも、ああいった服は少し窮屈でな。もちろん、その…………式を上げるときはドレスを着るつもりだが。こ、婚姻の証でもあるわけだしな」

「へ?」

「な、なんでもない! そ、そろそろ行かないと日が暮れてしまうからな! 行くぞ!」


ディナに手を掴まれ、そのままズルズルと引きずられるように歩きだす。

毎日剣を振るっているにも関わらず、その手は柔らかくて温かかった。

こういうときは男がエスコートするものなのだろうが、ここはディナの故郷なのだから自然と彼女が引っ張っていく形になる。




いつかベルグリーに――自分の故郷に行ったときは、僕がディナをエスコートしないとね。

そして父さんと母さんに……ディナを紹介するんだ。

僕の、たったひとりの――だって。


未来に想いを馳せて、エリヤの胸は高鳴る。

ディナの消え入るような最後の言葉も、エリヤの耳にはしっかり届いていた。

式、ドレス、そして婚姻。以上の言葉から連想するものなど一つしかない。

そのときは、自分がヒュンゲンバウム家に婿入りすることになるのだろうか?

ディナに家督を継ぐつもりがなければ、ベルグリーののどかな場所で一緒に暮らすのもいいかもしれない。

そんなことを考えるのは早過ぎるだろうが、ディナが自分と一生を共にするつもりでいてくれたことが嬉しい。

だから尚更――


「ちゃんと……伝えないと」

「ん? なにか言ったか?」

「ううん。なんでもない。それで、まずはどこに行くの?」

「父上の知人に戮機の解説書を執筆した方がいてな。父上の紹介で会わせてもらえることになっている。向こうも是非エリヤと話がしたいと言っていてな……」


夕方まではまだまだ時間がある。

二か月もかけて考え抜いた、ディナへと送る自分の言葉。

一言一句間違えることのないように、エリヤは頭の中でそれを何度も復唱した。









互いの手をしっかりと握り合って、寄り添うように歩くエリヤとディナ。

そんな見ていて微笑ましくなるような二人の姿を、物陰から見つめる三つの影。

まあもったいぶる必要もなく、ツェルギオにグレンゼルとジーグの三人である。


「やれやれ。どうにか間に合ったようだね」

「いやー、右も左もわかんなくて一時はどうなるかと思いましたね」

「つーかなんだよあの格好。ワンピースとかそんなの着る柄かよあの女」

「なにを言ってるんだいグレンゼル。見たまえ恥じらうディナのあの可憐な姿を! 清楚な白のワンピースによって、彼女に隠された魅力が引き出されているじゃないか! そう、まるで花開いたばかりの蕾のように! まあ、僕はディナの隠された魅力なんてとうにお見通しだったけどね!」

「ツェルギオさん、徹夜のテンションで叫ぶのはやめときましょうよ」


そう、この三人は徹夜で馬を走らせ、今朝ようやくバルフェンバルクに着いたばかりだった。

デートについてエリヤが相談に来るものとばかり思っていたツェルギオは、連休に入ってから既に二人が馬車で発った後だとフィオレッテに聞き、慌ててグレンゼルとジーグを叩き起こして馬を借りたのである。

ちなみにエリヤがツェルギオに相談しなかったのは、そういうのは自分で考えないと意味がないと思ったのと、そもそも場所がディナの故郷なので彼女に任せる他なかったためである。

一晩ぶっ続けで馬を走らせたので三人とも痛む腰を押さえ、ツェルギオのイエスマンであるグレンゼルも今ばかりは刺々しい言葉をツェルギオにぶつける。


「けどツェルギオさん、こっからどうするっていうんですか? そもそもこの二ヶ月間アプローチを続けてガン無視されてるっていうのに、どうやってあの年中イチャついてるような二人の仲を引き裂くんです?」

「別に僕は、最初からディナとエリヤ君の仲を引き裂くつもりはないよ。ただ、ディナはエリヤ君への想いが強過ぎて、彼に少し幻想を抱いている節があるからね。確かに戮機に関する知識と観察眼は僕も一歩後れを取っていることを認めざるを得ない。しかしエリヤ君も決して長所ばかりじゃない。人間誰しも欠点の一つや二つは抱えているものだからね。だからディナにはエリヤ君のいいところも悪いところも理解した上で判断してもらわないと」

「まあ言いたいことはなんとなくわかりますけど……具体的にどうするんです?」

「もちろん考えているよ。まずは――」


ジーグの問いに、ツェルギオは得意げな笑みを浮かべて作戦の説明を始める。

……三人が隠れているのとは別の物陰からディナとエリヤを見つめる、二つの人影には気づかないまま。










「ごめん。つい話に夢中になっちゃって……」

「わたしは全然構わない。それよりどうだった? 有意義な話が聞けたか?」

「それはもう! ヒートヴァイパーの放熱構造にあんな解釈があるなんて思いもしなかった。やっぱり僕一人の見解だけじゃなくて、色んな人からの視点や意見を統合する必要が……」


饒舌に語るエリヤの瞳に宿る輝きに見惚れながら、ディナは熱の入った講釈に耳を傾ける。二人の手は、いつの間にか互いの指を絡めるようにして繋がっていた。

父の知人とエリヤを合わせたのは大正解だった。エリヤは普段の気弱さが嘘のような勢いで父の知人と熱い議論を交わし合い、戮機への新しい見方や解釈を知ることができたようだ。

それがエリヤにとってとても有益なものであったのは、この興奮醒めやらぬといった様子から見ても明らかだろう。父の知人もよければまた話を聞かせてくれと笑って送り出してくれた。

……去り際に「式には私も呼んでくれたまえよ」とからかわれたのはご愛嬌だ。


「でもごめん……すっかり話し込んじゃって。退屈だったでしょ?」

「気にすることはない。このぐらい時間はかかるだろうと計算済みだったからな」


エリヤと父の知人の話が終わった頃にはもう太陽が真上に差しかかっていたが、ディナには予定通りだった。エリヤが一度話題にのめり込むと話が長くなるのはよく知っている。


「それに退屈などではなかった。なにかに熱中し集中しているときのエリヤの横顔は、何時間見ていても飽きない。むしろ、その……ずっと見ていたいというか、だな……す、すまん。おかしなことを言った」

「そ、そんなことないよ。それなら僕だって、その…………ディナのことはずっと見ていたいと思うし」


二人揃って赤面してしまい、目も合わせられずに歩く。

そうなると繋いだ手の温かさを意識して、ますます顔の温度が上昇してしまう。

しかし照れや気恥ずかしさはあるが、それは心地良い熱だった。

ちっぽけな意地や自尊心がトロトロに溶かされて、自分の全てをエリヤに委ねたくなる。

いや、もう既に全てを委ねているのだろう。

体も、心も、命さえも。

エリヤにならなんの躊躇いもなく預けられる。

大切な友であるフィオレッテやツェルギオにも、こんな気持ちになることはない。

相手を一人の個人として尊敬し、自分も相手にとってそうありたいという気持ち。

余人とは一線を画す友に対する気持ちと、エリヤに対するこの想いは似て非なるものだ。

自分の全てを捧げたい、代わりにエリヤの全てが欲しい。

そんなある種傲慢とも言えるほどの強い欲求が時としてディナを突き動かす。

それが結果として日常的に公衆の面前で口づけを交わすなどというあまりに恥ずかしいこととなっているわけだ。

あのディナが変わったものだと人によく言われるが、本当はなにも変わっていない。

ただ知っただけだ。

尊敬も憧れも超えた、胸を焦がす甘く温かな想いを、

ただ見つけただけだ。

友という枠にすら収められない、他のなににも替えられない唯一の存在を。

ただ出会えただけだ。

エリタ・シュミッテンラウドという、ただひとりの人に。


「それで昼食なんだが、あいにくハルクラインにある店とあまり変わりがなくてな……どこか隠れた名店でもあればよかったんだが」

「別に気にしなくていいよ。第十六学舎の方でもディナには珍しいお店とか探してもらってたし……同じ料理でも場所によって微妙に味付けが変わってるってこともあるし。それに僕は……ディナと一緒に食べれるだけでも十分嬉しいから」


はにかむエリヤの笑顔に、胸の奥が優しく包まれるような心地を覚える。

しかしそれは同時に、真綿で締めつけるような痛みを伴っていた。

フィオレッテの言葉で気づいてしまった不安。

己の考えと価値観から行動し、変わり者と呼ばれることもあった二人はなにものにも替えられない特別な絆で結ばれた。

だがその特別な絆だって、他の多くの男女が結び合う絆と同じ脆さを抱えている。

些細な心のすれ違いで砕けてしまう脆さを。


「エリヤ」

「ん? なに?」


エリヤの想いを疑っているわけではない。

自分の想いに自信がないわけでもない。

ただ胸を苛むのは、この想いの伝え方がエリヤにとって負担になっているのではないかという不安。

それをエリヤの口から否定して欲しい一心で、ディナは言葉を紡ごうとする。


「エリヤ。わたしは……」

「おぅおぅそこのクソガキ! 随分キレーな姉ちゃん連れてるじゃねーかよ!」

「ねーかよ! このヤロー!」

妙なダミ声に遮られ、眉を顰めて振り返るとそこには怪し過ぎる二人組がいた。

――

約二週間ぶりの更新。待っていてくださった方は本当にすいませんでした。

しかし改めて読み返すと、原作レイプと言われても否定できないほどの糖度の高さ……はい、そうですケーキにハチミツとシロップをぶちまけたがごとき甘々が大好物なんです。

なんとかクライマックスまでは書けたんですが、仕事のこととかで色々忙しくなってきましてて、最後まで書き切れるかも怪しい状況でして……
な、なんとか最後までやっていきたいと思うので、どうか見捨てないでくださいorz


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