<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[24100] 幸せ兎は 何みて眠る (現代ファンタジー/ヴァンパイアハントもの)
Name: 仙波山のタヌキ◆70270a35 ID:6cc5807f
Date: 2010/11/12 18:57




 ―前書き―


このSSは舞台が現代であり、ヴァンパイアとそれを狩る人間の戦いと交流を主軸にしたファンタジーです。
できれば人間同士の対立も上手く書ければいいなと思います。

初めてSSを書くので、展開は全ての基本である王道を心がけて書いていきます。
丁寧に仕上げられるよう心がけます。

最後に一つ。
冒頭部分である「序」にはセリフがありませんので、先に本文を読まれることをオススメします。


では、拙いものではありますが読んでいただければ幸いです。楽しんでいただければ嬉しすぎてトンじゃいます。




○2010.11.07 投稿開始







[24100]
Name: 仙波山のタヌキ◆70270a35 ID:6cc5807f
Date: 2010/11/12 18:58




 人類の歴史は闘争の歴史である。
 まだ記憶に新しい湾岸戦争。世界を二つに分けて争った二度に渡る世界大戦。ヨーロッパ中を巻き込んだナポレオン戦争。古代までさかのぼるとアレクサンドロスの大遠征やギリシアとペルシア間の大戦争など、その数は限りなく枚挙に暇が無い。

 しかし、人類の闘争とは、なにも人と人との戦いだけではない。
 人類が他の種を押しのけて、生態系の頂点へ上りつめることに使った闘争の時間と数は、先に挙げた争いの比ではないのだ。



 太古の時代、他より少しばかり賢い猿の集団が山から野に下った。
 その猿達は、道具を使うこと覚え、火を熾し、身体能力では適わなかった他の動物に対抗できる力を模索し続ける。そして、少しずつ時間を掛けて自分達の勢力圏を広げ、幾多のグループを作っていった。

 つたないながらも続けられた彼らの創造行為は、一つの文化的行為と呼べるものとなり、彼らが手にする武器はますます強力なものになっていく。
 彼らは戦いに戦いを重ねて、ついに時と状況さえ良い条件を揃えれば、彼らはどんな動物にでも対抗できる力を持つに至った。

 彼ら人類は確信した。もはや、自分達に敵はいないのだと。自分達がこの地上で最も強い種であると。
 そして安堵する。もはや、自らの命を削ってまで力を磨かなくてよいことを。無意味に怯えて暮らす必要がないことを。

 ところが、その思いは、ある時を境に一変する。

 ソレらはどこからか現れた。
 その生物群は、これまで人類が経験したことの無い強大な力を備えており、その力で彼らを殺し、壊し、打ちのめした。
 この圧倒的なまでの暴力に比べて、これまで人類が磨いてきた力はなんと頼りないものなのだろう。

 人類のあるグループは、絶望に打ちひしがれて生きることを諦めた。死体の山ができた。
 人類のあるグループは、自分達が適わないことを悟り、敵方へ恭順の意を示して従属を申し出た。死体の山ができた。
 人類のあるグループは、生存を諦めず、生き残る術を磨き、新たな武器を作り、磨いた牙で抵抗した。死体の山ができた。

 しかし、生き残ることを模索し続けた最後のグループだけは、全滅の憂き目に会う前に、少数が逃げのびることに成功する。

 彼らは数を増やし、先の経験を生かした武力を形成し、再度殺されてもまた逃げのびて数を増やし、さらなる牙を磨く。
 賽の河原で石を積み上げる童子とそれを崩す鬼のように、一見、不毛なこのサイクルは延々と続けられた。

 その膨大な時間と試行錯誤の回数によって、少しずつだが確実に人類はソレに対抗できる力を手にし始める。
 そのことを危険視したソレらは、さらに苛烈な攻勢に出るものの、状況の変化はあまり見られなかった。

 原因はソレらが種として増えにくいことにあった。
 ソレらの数は、人類とソレが邂逅した当時と大差なかった。その結果、かなり減少したとはいえ、もともと数に勝る人類に対して、ソレらはついぞ効果的な駆逐を実現できなかったのだ。

 数は強大な暴力である。
 この事実に人類が気付くことには、それほど時間が掛からなかった。その後の人類の方針は単純明快である。

 “産めよ増やせよ、牙を研げ。我が子らに安息と繁栄の祝福を”

 このスローガンを元に人類はソレとの闘争史上、初めて攻勢に出た。
 さすがに、種として桁違いの力をもつソレ相手に良い成果はなかなか出なかったが、次第に事態は人類にとって好転し始める。

 才溢れる勇士達の到来が、偉大な賢者の出現が、奇跡の救世主の誕生が、人類の攻勢に拍車をかける。
 そしてなによりも、人類の数が増えることに繋がる時間の恩恵は、彼らの強い味方となった。

 ソレらは恐怖した。自分達一人に対して馬鹿みたいな数を当てて攻めてくる畜生どもと、畜生に討たれていく同胞達を目の当たりにして。
 ソレらは恥じた。少し前まで、他の動物と同様の畜生扱いしていた人類に対して、背を向けて逃げねばならないことを。
 ソレらは口惜しんだ。すでに大手を振って闊歩できる地上はなく、自分達が闇に生きるしかないことを。

 最後まで正面きって抵抗する一部を除いて、ソレらの多くは趨勢の変化を感じとって闇へと潜っていく。
 しばらくして、地上に残って抵抗していた最後のソレが倒れた時、ようやく人類は再び繁栄の日々を取り戻した。
 それは、人類の全ての者が夢見た世界だった。

 だが、人類は驕らないし忘れない。
 陽の当たらない闇の世界には、いまだ自分達より遥かに格上の生物が存在することを、彼らは決して忘れはしない。
 しかるに、改めて決意する。

 “我らの安息はいまだ成らず。闘争はいまだ終わらず。闇夜の蠢きを狩り尽くすまで”

 これは、「お前達を殲滅する」という一言に集約された当時の人々の決意表明であり、内外へ向けられたメッセージでもあった。
 このメッセージを受け継いだ者達は、敵を求めて戦いの場を世界の闇へと移す。
 そして、いつしか彼らとソレの姿は歴史の表舞台から消えていった。

 現代、彼らの闘争が時代の影に隠れて久しい。今となっては、ソレとの戦いの歴史は、単なるお伽話や眉唾の民俗誌でしかない。
 しかしながら、水面下では現在もなお、その闘争は日々続いているのだ。



 くり返す。人類の歴史は闘争の歴史である。
 しかし、それが真に意味するものは人と人の争いにあらず。人とは隔絶した力を持つ種族との闘争を意味する。
 その種族の名はヴァンパイア。
 そして、メッセージの継承者を、ヴァンパイア・ハンターと呼ぶ。







[24100] 起1-1 六甲アイランドの戦果
Name: 仙波山のタヌキ◆70270a35 ID:6cc5807f
Date: 2010/11/12 19:38




 2010年12月 兵庫県神戸市 六甲アイランド




 時間帯は宵の口をとうに過ぎ去り、あと時針が一周もすれば日付が変わるだろう頃合。
 波止場に押し寄せる寒風は、人々の熱気と賑やかさを容赦なく吹き飛ばし、夜の港は昼間の喧騒をまったく感じさせない。
 静かな夜の港湾風景は幻想的だ。ぽっかりと何も無いかのように広がる内海の暗色の空間と、各種警戒灯の明滅や港に寄り付く船舶の明かり、港湾施設による照明という無機質な光源の対比は、まるで黒のビロード生地に載せられた宝石の如き美麗なきらめきがある。
 それら人の気配を感じさせない静かな華やかさが、ムーディな夜を演出し、デートスポットの常連となる一番の理由だろう。
 しかし、そのはずの港湾施設の一画で現在、血と鉄による狂騒的な修羅場が展開されていた。


 <――中央地区警戒待機中の掃討班全隊へ通達。先ほど強襲班による突入が終了。この際、現場から敵性体が逃亡した模様。数は5体。種別は幼年体1、成年体4。既に南部地区の掃討班と接敵の報告あり。中央地区担当の掃討班全隊は、敵の浸透に備えて警戒を厳とせよ。くり返す――>


 暗色の戦闘服に身を包んだ5人のヘッドセットから、指揮所の通信が届く。想定通りの事態ではあったが、予想よりも多少多い敵の数に壮年の男の顔が引き締まったものになる。


 「聞いたかお前ら。油断するなよ。たぶん討ち漏らしがくるぞ」


 小隊の隊長である壮年男性から檄が飛び、彼の部下達がうなずくが、その中の一人の様子が不安そうだ。不安は経験不足によるものだった。
 この場にいる隊員は一人の壮年の隊長を除き、三人は二十歳前後の相貌だが、残る一人はまだ中学生か高校生のような幼さだ。
 この最も年若く不安げな様子の小柄な少年は、ごく最近に部隊編入した新規加入の隊員であり、これが最初の実戦となる。


 「おいおいシリル。何そんなムショのアイドルみたいな顔してんだよ。俺のこと誘ってんのか?」
 「アロンソ君って、やっぱりゲイだったんですね。じゃあ、私との相手もお願いしようかな」
 「お前らホリすぎ! この場でたった一人の女の私の立つ瀬がないでしょ」


 不安そうなシリル少年に気を遣って、3人の先輩隊員達がやいのやいのと騒がしく盛り立てた。そのおかげで少しはシリルの顔に表情が出るが、やはり今ひとつかんばしいものではない。
 それを見かねた隊長が、小柄なシリルの肩を叩いた。


 「なあ、シリル。誰しも初めは不安なんだ。それは仕方ない。あそこでお前のケツを狙ってるアロンソも、初めはそうだったんだ」


 指を差されたラテン系のアロンソが照れて後ろ頭を掻く。その顔は戦闘前による興奮で少し紅潮していたが、物腰は慣れたものだった。
 アロンソの様子を眺めるシリルを見ながら、隊長は続ける。


 「でも、だからこそお前のこれまでの訓練を思い出せ。訓練の日々はどんなものだった? どれだけの成果を出した? 思い出したなら胸を張れ。今お前がこの場にいる以上、歯を食いしばってきた訓練の積み重ねは、十分な成果を出せたってことなんだ。それは俺が保障してやる。だから、これからのことも訓練通りにやれば間違いない。敵を見つけたら狙って撃つ。簡単だろ? お前の射撃の正確さには、俺もこの連中も信頼しているんだ」


 サムズアップするアロンソも含めて、シリルを見守る先輩隊員達の表情はにこやかだ。皆、シリルの訓練で身につけた射撃能力に信頼をしている。それはすなわち、この隊長の言葉も正しいことなのだ、とシリルは勇気が沸いてくるような思いがした。
 それは自信が無くて冷え切った彼の心中に、確かな熱さを感じさせるものだった。
 シリルの目に力が入ったのを確認した隊長は満足した。彼は安心させるような笑顔を作って、シリルの小さな頭を軽く押さえる。


 「じゃあ、いっちょやるか」
 「はいっ、隊長!」


 元気のいい返事のシリルはカラ元気だろうが何だろうが、とりあえずは大丈夫そうだ、と判断した隊長は会話の最中も警戒していた周囲の状況をざっと確認する。


 彼ら掃討班中央地区第二小隊の担当地点は、中央地区の最南端。
 船から積み降ろしたコンテナの一時置き場であるコンテナ・ヤードが彼らの前方にあり、コンテナの中身を税関手続きのために仕分けするコンテナ・フレイト・ステーションが彼らの後ろにある。
 いわば、二種類の施設の境界線である道路上で彼らは警戒していた。
 道路上で活動しているのは彼ら以外にもあり、東西に横断する道路の西部地点と東部地点をそれぞれ担当している、中第一・中第三小隊の姿が隊長の目に映る。シリル達、中第二小隊は道路の中央部が担当だ。


 道路上で警戒している小隊の役割は二種類ある。
 一つは静的な性格の役割であり、警戒線による接敵報告である。具体的には、南部地区を越えて中央地区へと移動する敵を威力監視し、指揮所に報告するという役割だ。
 もう一つが、他の担当区画から応援があれば駆けつけて、索敵・掃討活動に参加するという動的な役割である。
 現在、索敵活動中の南部地区のコンテナ・ヤードから時折、発砲音が聞こえるが、中央地区と南部地区を二分する道路上に、いまだ敵の姿は無い。
 これはお隣さんである中第一・中第三小隊の活動が、静かなままという様子からも分かることだった。


 海から吹き付ける風の音がうるさく鳴っていた隊長の耳に、近場からの発砲音が届けられる。
 道路の東部地点で警戒中の中第三小隊が、接敵したようだ。
 にわかに彼らの活動が活発になるが、すぐに沈静化する。敵はさっさと警戒線を突破して、中央地区へと侵入を果たしたようだった。


 「とうとうお出ましか」


 自然にシリル達、中第二小隊の皆の顔が引き締まる。
 どちらかといえば、シリルは顔が強張った感じでは合ったが、それでも以前のように不安そうな様子はあまり無い。
 その部下達の様子に満足した隊長に、指揮所からの通信が届けられた。


 <本部より中央地区第二小隊小隊長へ通達。南部地区第四小隊から救援要請あり。中第二小隊は南部地区北西区画へ至急移動後、南第四小隊と合流せよ>
 「中第二小隊、了解。ただちに現場へ急行する」


 指揮所との通信内容は応答中の隊長だけでなく、中第二小隊の隊員達にも聞こえている。
 助けを求めた南第四小隊に知り合いがいたのだろうか、アロンソの握られたこぶしに力が込められた。それを見ていた仲間の一人が彼の肩を叩いて労わってやると、アロンソの目の険が少し和らいだものとなる。
 仲間を思い遣る光景は美しいものだ。一部始終を見ていたシリルは、思わず顔がほころんだ。
 通信を終えた隊長の雰囲気は一変し、一本の日本刀のように鋭く冴え渡ったものとなっていた。完全な臨戦状態だ。


 「皆、聞いたとおりだ。これより南第四小隊の救援に向かう。移動隊形は俺を中心にツーマンセル。アロンソ、お前はシリルと組め」
 「了解です。よし、シリル。じっくり面倒見てやるからな」


 いやらしく笑うアロンソに、シリルは思わず顔を引きつらせる。もっとまともなバディが欲しかった。
 しかし、そんな不平など言えるはずもなく、彼を含めた隊員達の了解の声と共に中第二小隊は移動を始める。


 本来の実戦部隊の編成単位は、四人で一小隊を編成するのだが、彼らは誰とも組まない隊長を含めて五人である。
 これは彼らが実戦作戦に参加しているとはいえ、いまだ訓練生でしかないからだ。よって、隊長が中心となって部下達をいつでもフォローできる状態をつくり、本来の隊形を訓練生は体験する。
 つまり、この場の隊長の役割は教官であり、彼の部下達は実戦経験を目的とした訓練に挑む訓練生である。
 これは訓練期間が最大6年。訓練中死亡率及び、現場再復帰不能率30%という過酷極まる訓練の最終段階だった。


 訓練生である小隊隊員の左肩には“Fetus”という文字と共に、半分に割れた卵殻から突き出た十字架マークのワッペンが付いている。“Fetus”は胎児という言葉であり、この言葉と半分だけ残った卵殻が共に意味するのは、彼らが半人前であることを示す。
 これに対して、実戦訓練より前の段階である訓練所内の訓練生は“Embryo”の文字とまっさらな卵のマークが入った制服が支給される。“Embryo”は胚。人の形すらとっていない胚の状態は「未熟者は、安全なゆりかごでお勉強しなさい」という意味の表れだ。


 この“Embryo”の段階で、基礎的な反復と応用を利かせた訓練を15才まで行う。この段階を経て、彼らは“Fetus”となって実戦訓練へと出ることになる。
 そして実戦訓練が終わり、晴れて実戦部隊へと編入された後、そこで十分な経験を積んだ者の中で資質のある者、もしくは希望者が教官となる。そして、その者達が“Fetus”の訓練生で編成された小隊を率いる。
 中第二小隊の隊長もその一人であり、彼は教官として訓練生である部下達に死と隣り合わせの指導をしている。これと同様なのが、今作戦に参加している全ての小隊の隊長と隊員である。


 つまり現在、六甲アイランドの南東部で行われている修羅場は、死の恐れと肉の痛みをもって経験を積む、大規模な実戦訓練の真っ最中なのであった。







[24100] 起1-2
Name: 仙波山のタヌキ◆70270a35 ID:6cc5807f
Date: 2010/11/12 20:07




 南部地区北西区画へと着いたシリル達は、同区画の中央付近にいるらしい南第四小隊と合流するために、同区画の東側から進入した。
 さすがに戦闘の先端を開いた南部地区の空気は戦場のそれが漂っており、これは同地区の比較的端っこである当該区画でも同様であった。
 肺に入る空気には潮の香りと共にかすかな硝煙臭が混じり、よく見れば少ないがコンテナや地面に弾痕が見受けられる。


 「おいおい、南第四の奴ら、どこ見て撃ってんだ?」


 アロンソが銃の筒先でコンテナに残った弾痕を指す。その弾痕は定まっておらず、3m以上の高さのものもあれば1m以下のものもあって位置がバラバラだった。比較的多いものは、地面を含む高さ1m未満の弾痕だろうか。


 「たしかに滅茶苦茶に撃ってるように見えますね」


 シリルも不思議そうな顔を返すが、後ろの先輩隊員達も同様で口々に似たようなことを言っていた。ただ一人、隊長だけは難しい顔をしている。
 この場は通路の両側に積載されたコンテナで視界が悪く、移動できる横幅も狭い。固定位置で待ち伏せするならともかく、出会いがしらの会敵戦闘をするには、あまりよくない環境だった。


 「お前ら遠足じゃないんだ、黙って進め。それと互いの間隔を狭める。以降は5m間隔で行く。何があっても見逃すんじゃないぞ」


 隊長のカンに何か引っかかるものがあったのだろう。それまで10m間隔で広がっていた隊員達のフォロー距離が近づいた。
 この場では空間が開けていないので、むしろ短機関銃の方が取り回しは楽だったのだが、無いものねだりをしても仕方が無い。
 屋内戦闘を想定した強襲班は取り回しの良い短機関銃だが、そもそも屋外の外回り組に対して、短い銃身の代わりに威力を犠牲にした短機関銃を支給しても、危険度が上がるだけで意味が無いのだ。
 もちろん、今回のように屋外でも狭い場所での戦闘はあるが、戦闘地域全体で見るとコンテナ・ヤード以外の開けた場所は多々あるので、この場は長い銃身が邪魔な突撃銃でやり過ごすほかない。


 より仲間の体温が近く感じられるようになった間隔距離で、中第二小隊の移動が続けられる。
 その小隊全員の耳に南第四小隊のいる方向から銃声が聞こえた。銃声と共に上げられる喊声と獣のような咆哮は、しばらく続き、警戒移動中のシリル達の危機感を否が応でも煽る。


 「近いな・・・・・・」


 いよいよ銃声が大きくなり、戦場の気配が間近に迫って来たことにシリルの表情は硬いものになった。その彼の小さな尻に嫌な感触が感じられた。ごつごつした男の手の嫌な感触だ。


 「ひいぃっ」


 シリルは自分へ悪ふざけをしただろう相棒のアロンソに、いよいよ我慢の限界が近づいていることを自覚した。ただでさえ、本物の戦場が眼前で大口を開けて待っている現状に、多大なストレスを感じているからだ。
 ぎりぎり一杯にストレスを溜め込まれた容器に、アロンソが悪ふざけの投石をしたせいで、出来た小波が容器の淵に当たって少し飛び散った。
 思わずシリルは発砲の魅力に抗えなくなって、銃口が相棒であるアロンソの方へと向く。これは作戦中の不慮な事故なので許される、と彼は本気で思ってしまった。


 「おわっ、あっぶね! 軽い冗談だろうが。アガる相棒をリラックスさせようとする心優しい先輩の配慮だろー?」


 機先を制してかわいい新入りの銃身を押さえたアロンソは、ゆるい笑顔で反省の欠片もない。たしかに気配りは嬉しいがもう少しやり方を選んで欲しい、というシリルの心情は恨みがましい表情となったが、その顔を向けられたアロンソは涼しい顔だ。
 そのままアロンソは定位置であるシリルの斜め後方へと戻って行った。


 「おふざけはそこまでにしとけ。来るぞ」


 すぐさま隊長の指示が飛び、隊員が二人ずつ道の両側へ移動し、コンテナを背に射撃体勢をとる。すると、T字路になって曲がった先の見えない方向から、何かが走ってくる音が聞こえた。


 しゃがみ姿勢をとっているシリルは不安そうに相棒を見上げる。その視線に気付いたアロンソは、軽く笑顔でうなずいてくれた。非常時でも、いつもの笑顔。それは時として周りに良い影響を与える。
 いつもはアロンソの笑顔に不満を思うことも多々あるが、今この時のシリルは彼の笑顔に安心感を覚えた。それと同時に相棒へ尊敬の念も覚える。
 普段通りに振舞うことの大切さ。そして、その行動が与える影響の自覚。何より常に己を律する強い胆力がなければ、どんな時でも笑顔でいることなどできはしない。
 目からうろこが数枚落ちたシリルは、今こそアロンソのことを―――。


 「お前の処女は俺のものだからな」


 ウインクをするアロンソにシリルのこめかみがヒクつく。彼が思ったことは「この馬鹿が自分の前にいたら、まず後ろ弾だな」であった。
 もはやシリルの相棒に対する敬意は地に落ちて現在、地下を掘削中だ。でも、ずいぶんと心に余裕ができたことだけには、アロンソへ感謝したかった。


 T字路に銃の筒先を揃えた小隊全員は、敵に対する待ち伏せを敢行する。
 皆と同じくT字路を注視するシリルの目に、黒い影が砲弾のように目の端から端へと高速で通り過ぎて行った。直後に衝撃音。
 音の発生源に目を向けると、人間大の人型が頑丈なはずのスチール製のコンテナ壁を、大きくたわませて埋没している光景があった。


 人型は、一般人より二回り大きく2m以上ある。ちゃんと人間と同じ位置に手足があり、顔には目鼻が付いている。
 しかし、その肌は青ざめていて青白いというよりも、表皮に浮いた静脈のような青さがソレの肌を覆っていた。口腔は大きく裂けて、まるで犬科の動物のようだ。皮膚は硬質化しているようで、人型のラインはシャープである。
 その皮膚に覆われた筋骨は、どういう発達を遂げたのだろう。人間と同じように二足歩行するだろうソレの内に潜む筋肉の隆起は、ボディビルダーを遥かに超えた猛獣のような荒々しく猛々しい力強さがあった。


 遠目でも人目で分かる。アレは人間では無い。人外の化け物である、と。
 すなわち、人類の敵である、と。
 信じられない表情で固まるシリルの目と人型の目が、その時、確かに合った。


 「UGYYYYYYYYYYYYYYYYYY! ! ! ! ! !」


 狭いとはいえ室内と比べて、はるかに広いコンテナに挟まれた通路を獣のような絶叫が轟き渡った。あきらかに人間の声量を超越したそれは、やはり獣や人外の領域だ。
 びりびりと鼓膜が震える。いや、鼓膜だけじゃなく、素肌を晒している頬や唇といった顔全体が、銃把を握る手が、敵に向けている身体全てに振動が伝わる強烈な野獣の咆哮だった。


 日常では信じられない光景を目の当たりにしたシリルは、魂が抜かれたように動けなかった。空白状態の思考を制御することができず、身体の意思疎通が上手くいかない。
 化け物が上げた殺意の宣言によって、彼はもはや訓練で教えられた事も忘れて、ただただ呆然としているだけの案山子の役割しか果たせなかった。


 「―――撃て」


 そんな案山子でも隊長の命令に従って自然と指が動き、銃のトリガーを引く動作ができた。

 “訓練の積み重ねは十分な成果を出せる”
 “訓練通りにやればいい”

 これらは不安でたまらなかったシリルに隊長が教えてくれた言葉だった。その時は隊長が実戦を控えた自分に対して、元気付けてくれるためのカンフル剤をくれたのだろう、としか思っていなかった。
 しかし初めて、この言葉の意味を実感したシリルは、今度こそ意識して銃の照準をより正確なものへと変えて、確固たる意思で引き金を絞る。“訓練通りに”だ。
 腰だめに構え持った彼の銃からは、勇ましい戦いの序曲が奏でられた。







[24100] 起1-3
Name: 仙波山のタヌキ◆70270a35 ID:194e6418
Date: 2010/11/12 20:07



 中第二小隊の隊員達は構えた突撃銃で、銃に付属されているスコープを併用しながら一斉に撃っている。
 彼らが持っている突撃銃はステアーACRという。
 これは一般的な銃器の弾倉が引き金の前に配置されているのに対して、弾倉が引き金の後方に付属された一見変わった形状をした銃である。しかし、変わっているのはこれだけではない。
 この銃は通常の弾薬とは違い、専用のフレシェット弾という小指くらいの長さがある小型の矢を銃弾として飛ばす、かなり変り種の特殊銃器だ。


 現在敵対している化け物には、銀製品や聖水や杭といったものが良く効く。特に普遍的に効くのは、有名なゴルゴダ刑場の磔のエピソードに登場する十字架や聖釘を模したものだ。
 彼らの目の前にいる敵は、まるでブラム・ストーカーに出てくる吸血鬼のような弱点を持った相手である。
 理由としては諸説紛々ではあるが、かの世界宗教の救世主による奇跡の御業を挙げる説など、眉唾物ばかりで確証の高い説は見当たらない。


 あいにくと、真相を現場の人間が確かめる事などできないが、たしかに化け物には吸血鬼伝説で挙げられる弱点と相似の弱みを持っており、彼ら現場の実働部隊に用意される装備には、それらの弱点を前提とした武器・弾薬が多い。
 その一つの例が、シリル達の使用している突撃銃とフレシェット弾だ。
 これらの事実をして、「相手が吸血鬼伝説に出てくるヴァンパイアだ」と決め付けるのは乱暴にすぎるかもしれないが、実際に化け物と対峙する人間にとっては、どうでもいい話である。

 “目の前の化け物には吸血鬼と同じような弱点があり、その弱みを突くことで相手に抗し切れる”

 この一言さえあれば自分達の手元にある武器が、どのようなルーツを元にしたものだろうが関係なく、現場の兵士は今日も安心して戦うことができるのだ。


 そして今、銃口から次々と発射されているフレシェット弾は矢状の弾体を持つ。
 形状が杭のような形である聖釘に近い方が、相手によりダメージを与えられることから、この特殊銃弾が採用された。
 素材は全て純銀であると望ましいのだが、弾体の強度と何より予算の都合上、無理な相談だった。よって、矢の芯鉄に鋼を使ってその周りを銀で覆うという銀メッキの矢が現在、化け物へ向けて吐き出されている銃弾の正体だ。


 「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA! ! !」


 小隊の全員分から放たれた銃弾は、化け物を目指して群がっていった。これにたまらないのは化け物の方だった。
 貫通力のある矢状の弾頭は、ソレの強靭な皮膚や筋肉に次々とめり込み、切り裂き、体内に突き進んでいく凶悪なシロモノだ。
 化け物は痛みを身体で表現するかのように、その場で転げまわる。その拍子にコンテナにぶつかったが、頑丈なコンテナの方が悲鳴を上げるかのような重い音が響いた。この化け物の身体は、人と比べて肉厚で重いのだ。


 「頭だ! 頭を狙え!」


 耳が痛いくらいに溢れ返った発砲音の中、隊長の怒鳴り声が飛んだ。ひたすら敵そのもの、身体全体を狙って撃つことしか頭に無かったシリルは、我に返って化け物の頭部に照準し直す。
 彼の頭で思い出されるのは化け物の急所だった。ソレは頭部か心臓を大部分破壊すれば死に至る、という訓練所の講義で聞いていたことを、これまで忘れていたシリルは恥じ入る思いで狙い撃つ。
 頭部を集中的に狙われ始めた化け物は、たまらず丸太のように太い腕部で頭を隠し、なりふり構わずシリル達の方へ突進してきた。


 「やっべぇ! 来るぞ」


 さすがにシリルの後ろにいたアロンソが焦り出す。その銃撃は心情を表して、狙いが甘いものになってしまう。仲間の足並みも浮き立って、場は騒然となった。
 それもそのはずで、50mほど向こうにいた化け物があっという間に、その距離を半分に縮めてしまったからだ。
 驚異的な速度で中第二小隊へと向かって来たソレに対して、シリルは先輩達を遥かに超えた速さで焦りの高台を登っていた。当然射線は定まらず、すでにまともな射撃というよりは乱射に近い。


 「あわ、あわわわわぁぁ・・・・・・」
 「なんてタフなやつなのっ?」
 「クソったれ! 本当に効いてんのかよ」


 相手が人間なら、とっくの昔に蜂の巣になって倒れているほどの弾量をぶちこんでいるのに、化け物は倒れない。
 実は一発も当たっていないんじゃないのか、なんてありえないことまでシリルは考えてしまう。弾が当たっている気がしない。
 仲間達は疑問を言葉にして、迫り来る敵を口々に罵っている。そんなことをしてもどうにもならないが、せざるをえない心境が勝手に口から漏れ出ているのだ。
 時、既に窮地である。


 「静まれ! お前ら、落ち着け!」


 戒める隊長の声にさえ、明らかな焦りの色が見える。だから静まるはずはないし、落ち着くはずもない。焦りが焦りを呼んで、ただでさえバラついた銃の照準がさらに悪化する。
 先輩達もそうなのだからシリルは焦りの頂点だ。もはや行き着くところまで行った。彼は今、自分が何をしているのかも分からないほどの混乱状態だった。


 すでにシリルの頭は空白だ。しかし、いつからか、おそろしいほど自分の思考がクリアーになっていることに気が付いた。彼は焦りすぎて駆け上がった混乱のピークを、ついに越えたのだ。
 頂上でアホほど脳内麻薬を仕込んだなら、登り終えた山は下るのみ。
 空白の境地は一種の悟りといえる澄み切った心的操作で、問題の対処に取り組み始める。そして、出した答えは―――。


 「足だ!」「足を狙え!」


 心ならずも隊長と一緒に叫んだシリルは、化け物の足元に射線を移す。彼は隊長から褒めてもらった自身の射撃能力を遺憾なく発揮して、ソレの脚部へ精密射撃を集中させた。


 実に簡単なことだった。まともにガチンコで殴りあうことなど、しなくていいのだ。
 相手は恐ろしい速度で突進してくる。コンテナをへこませていた化け物の重量をかんがみて、ソレのタックルは致命的となるだろう。
 なら、機動力を殺いでやればいい。上手くいったら、地面に転がった大きな的など頑丈なだけで怖くない。後は、遠間から死ぬまで撃ち続けるだけだ。相手は飛び道具を持っていないのだから。


 正解を導いた。
 化け物は銃撃を受けた脚部に力が入らなくなったのか、足をもつれさせ、予想進路より少しズレた場所目掛けて飛び込んだ。


 「きゃあっ」


 少し逸れたとはいえ突進のスピードは驚異的だ。化け物のタックルをまともに受けなかったものの、進行方向にいた女性隊員は避け損なって吹き飛ばされた。
 女性とはいえ、セラミックプレート入りのボディアーマーと各種装備をつけた武装隊員だから、結構な重量になるはずだ。けれども、そんなことなど嘘みたいに5m以上、彼女の身体は宙を舞った。


 「大丈夫ですかっ?」


 すぐさま、彼女のバディである先輩隊員が介抱するために向かう。しかし残った者は、眼前の脅威から目を逸らさずに対応するのみだ。
 化け物は誰もいないコンテナ壁に頭から突っ込んだ後、力なく立ち上がろうとしているが上手くいかない。ソレの脚部は集中した射撃によってズタズタだった。


 シリル達は隊長の指示の下、近づきすぎた敵との距離を取り直してから、再度攻撃を始めることが決まった。彼らはケガを負った女性隊員をかばうような隊形へと移行する。
 シリルがチラリと見たところ、女性隊員は意識を失っている様子だ。流血は見られないが、骨や内臓は大丈夫だろうか心配になるが、今はとりあえず放置するしかない。
 その時、化け物がやってきたT字路の方向から、シリル達と同じ格好をした武装隊員が二人現れた。


 「救援に来てくれた中第二小隊か?」
 「俺達は南第四小隊だ」


 化け物がT字路の先から走って来たのは、おそらく彼らの追い込みから逃げて来たからだろう。二人の隊員達は化け物に警戒しながらシリル達の方へと駆けて来た。
 人間が増えて焦ったのだろうか、化け物は使い物にならなくなった足を引きずり、シリル達とは反対側の南第四の二人へと進み始める。
 片手でコンテナを支えに歩み、身体を晒したその姿は無謀としかいいようがない。これを二つと三つの銃口が迎え撃つ。


 「終局だな」


 シリルの隣にいるアロンソの呟き通りとなった。
 足をやられた化け物に逃げることはできない。化け物の腕の届く距離に隊員達はいない。
 もはや化け物に抵抗できることは何もなく、ワンサイドゲーム的な弾雨にさらされたソレはとうとう沈黙した。







[24100] 記1-4
Name: 仙波山のタヌキ◆70270a35 ID:cf7b52ab
Date: 2010/11/12 19:46




 戦いは終わった。もう、一つの銃声も聞こえない。
 けれども、シリルの耳にはいまだに発砲の連続音が木霊しており、いまだに自分達が戦闘しているかのような錯覚に彼の心は囚われていた。
 さすがに引き金から指は外されているが、その指は震え、足は自重の支えを担うには頼りなく、銃を構えるというより銃にしがみついた状態で、シリルは化け物の方へ突撃銃を向けたまま固まっていた。
 目は開かれているが、果たして彼の脳へ眼前の場景は届いているのだろうか。


 「終わったんだ、シリル」


 誰かに叩かれた肩のショックでシリルは身体を一瞬、震わせる。気付けば呼吸を絞ったままの自分に気がついた。


 「もう終わったんだ。力を抜け」


 労わるようにシリルの肩に置いた手で、隊長は彼の身体を揺すった。ようやく、シリルの瞳に正気の光が見え始める。
 すると目に見えて彼の身体からは、張りすぎていた気力が抜け落ち、四肢が弛緩していった。その様は、まるで終劇と共に役割を終えて地に伏すマリオネットのようだ。


 「化け物は・・・・・・」
 「ああ、仕留めた。あれを見ろ」


 隊長が指差したものは化け物だった。いや、化け物だったモノ、というべきか。
 シリルの見たものは黒い残骸だった。最後に化け物を仕留めた地点には、人型の黒く崩れた残骸が落ちていた。
 まだ、先ほどまでの化け物の面影は所々、残っているが、残った部分も急速にミイラ化した後、黒く濁った物体へと変貌してゆく。
 どういう化学現象が起こっているのかは、シリルには分からなかったが、「一連の不可解な成れの果ては、これが人外の化け物だから」と思うと妙に納得した。


 「シリル、お前のおかげだ」
 「何がですか?」


 笑顔の隊長に褒められてもシリルには見当が付かない。ようやく、はっきりとしてきたばかりの思考では、戸惑いしか生まれなかった。
 自分が何を為したのか分かっていない。そんな頼りなくもかわいい部下に対して隊長は、ほほえましくなって目元をゆるませる。


 「お前が化け物の足を狙って撃ったから、俺の部下達、お前の仲間は死なずに済んだ。よくぞあの時、的確な判断が出せたな。よくやったぞ、シリル」


 追い詰められた化け物が突進してきた時、実戦経験を積んだアロンソら先輩隊員ですら皆、浮き足立った。誰もまともな対応なんてできていなかった。
 その訓練生の中で、唯一冷静に対処できたのは誰でもない、新入りのシリルだ。そして、彼は皆にご自慢の射撃の腕前を見せた。
 これは隊長からすれば瞠目すべきことだった。


 通常、新人隊員なんてものは隊にとってのお荷物でしかない。
 「初めての戦場ではパニックになって同士討ちさえしなければ、及第を与えてもいい」という程度の評価と期待しか、新人には持たれていない。
 そんな新人のシリルが誰よりも先んじて、もしかすれば長年戦場で飯を食ってきた隊長である自分と同じか、それ以上の早さで状況を正確に把握した。そして、落ち着いた精密射撃。これを驚かずにして何とすればいいのか。


 (今は褒めてやることしかできない・・・・・・が、この作戦が終われば、ひとつ泡風呂にでも連れて行ってやるか)


 隊長は不精髭の生えた顎をさすりながら、行きつけの嬢のことに思いを馳せていたが、その間、シリルには隊長の褒め言葉で背筋がかゆくてたまらなかった。
 シリルからすれば、自分が小隊の誰よりも焦っていただろう自覚があるからだ。
 今回はたまたま上手くいったが、次回も同じ働きができるとは、とてもじゃないが思えなかった。
 シリルは自信なさげに隊長を見るが、彼の目は宙をさまよい、その顔はだらしなくゆるんでいる。一体何を考えているのだろうか、と思ったが、自分が考えても詮無いことだと判断し、シリルは戦闘現場の確認へ向かうことにした。


 化け物が最後に果てた地点や、ソレが女性隊員との接触後に突っ込んだ地点などをシリルは順々に見て歩く。
 現場は多数の弾痕と、むせ返りそうな硝煙のニオイで一杯だった。まさにここは戦場そのものだと自覚させられる。
 化け物の血痕は見当たらない。うっすらとした黒いシミが残るばかりだ。
 やはり蒸発したのだろうか、とシリルは死体がミイラ化していく光景を思い出す。あれは何度思い出しても奇妙な光景だった。
 彼は気絶した女性隊員が気になって、彼女の下に訪れる。彼女は身体と密着していたボディアーマーを外されて、横たえられていた。


 「先輩、容態はどうですか?」
 「・・・・・・シリル君ですか。彼女はまだ目を覚ましませんが、呼吸が苦しそうでしたから、もしかしたら肋骨をやってしまったかもしれません」


 シリルの方に振り返った女性隊員のバディである先輩隊員は、痛ましそうな顔だった。しかし、身体を押さえる重石がなくなったおかげか、彼女の息は細いが安定したものになったようだ。
 先輩に断って外されたボディアーマーを検分すると、防弾繊維の中に仕込まれた強化セラミックの板にヒビが入っていることが分かった。
 化け物の突進にカスっただけで、この威力。まともに当たれば今頃この女性は・・・・・・、と思うと顔が青くなる思いだ。


 「何かボクにできることは、ありますか?」


 シリルの混じり気のない気遣いは彼らしいものだった。場所を問わず、純粋に他人を思いやれることはシリルの良いところだ。
 これには先輩隊員も思わず笑みがこぼれて、少し沈んだ気持ちが持ち直した。


 「ありがとうございます。でも、ここで出来ることはもうありません。シリル君も皆さんと同じように、今、あなたが必要なことをなさってください」


 シリルの気遣いは嬉しい。けれども、「新人にこれ以上、心配させるわけにはいかない」という先任の意地が沸き起こり、先輩隊員はかわいい後輩を笑顔で送り出した。
 シリルは後ろ髪を引かれる思いがあるものの、彼の言葉に従って、次は最初に接敵したT字路の方へと足を向けることにする。


 移動する彼はアロンソの横を通り過ぎていく。アロンソは南第四小隊の人間に知り合いの無事を確かめていたのだが、その会話がシリルの耳に聞こえてきた。
 どうやら無事だったようで、アロンソの声に陽気さが戻っていた。見ていなくとも彼の嬉しそうな様子が目に浮かぶようで、シリルもなんだか同じ気持ちになって口角が上がってしまう。


 「一時は危なかったけどさぁ、俺達が来るほどでもなかった感じだよなー。やっぱり、あんたらが弱らせてくれてたワケ?」
 「ああ、それはな―――」


 アロンソが南第四の二人とまだ話していたが、もう既に彼らと距離が開いたシリルの耳には、会話が聞こえづらいものとなっていた。
 夜の海風というのは強いものだ。遮蔽物に囲まれたコンテナ・ヤードの一角にも、その余波が及んでいる。この分だと周囲に満ちている硝煙臭が洗い流されるのは、思いのほか早そうだ。


 「うわぁ、やっぱり最初のこれはすごい衝撃だったんだ」


 目的地のT字路に着いたシリルは、思わず感嘆の息がもれた。視線の先のコンテナ壁は完全にひしゃげていて、コンテナ内部の床が外部に晒されている。T字路の向こうから走ってきた化け物の体当たりは、予想通りにすさまじいものだったようだ。
 あの時、T字路へ向けていたシリルの視界の中を、化け物は横断したにもかかわらず、彼には何かが横切った程度のことしか分からなかった。
 人間の視界は180°近い。彼が注視していたせいで視界は狭まっていたとしても、なお、ほとんど目で捉えることができなかったほどの速度。その驚異的な事実の結果が、このコンテナの惨状だ。
 あの時の盛大な衝突音を思い出すだけでも、然もありなん、と納得できる。


 「ん? 何だあれ」


 コンテナの検分を始めたシリルに、金属物以外のものが目に入った。茶色の小さく丸まった柔らかそうな何かだ。
 似たようなアズキ色に塗装されたコンテナの外壁と同化していて、気付かなかったそれは、頭を抱えて小刻みに震えている子供だった。


 「き、君! 無事なのかい?」


 思わず駆け寄ったシリルに対して、驚いた子供は顔を上げて彼の方を仰ぎ見る。その目は怯えきった小動物のような目をしていた。


 「ほーら、怖くない怖くない。もう大丈夫だよ」


 さすがに手に持った銃を背へ隠して、シリルは安心させるような笑顔を作る。自然、物腰も柔らかだ。
 子供は低学年の小学生くらいだった。髪は西洋人によくある濃いブラウンで、肌は少し褐色だ。アロンソと同じスペイン人なのだろうか。
 コンテナの壁と同系色の茶色のせいで、発見が遅れた子供の服をよく見ると、腕や足の裾がボロボロになっている。
 発見場所も併せて考えると、もしかしたら、この子は先の化け物にさらわれていたのでは、とシリルは思い至った。


 「もう安心していいよ。悪い人は、お兄さんがやっつけてあげたから」


 笑顔で力こぶを作っておどけるも、いまだに彼、いや彼女は怖がってうずくまったままだ。不安そうな目でシリルを見つめている。
 いたいけな子供をなんて目にあわせたんだ、とシリルは憤慨するものの、彼女の不安を拭う方法が思いつかない。
 そんな怯えた目で見ないでくれ、と内心沈む半面、なんとかして少女の笑顔を取り戻してやりたくなった。
 ただでさえ、かわいらしい子供だ。笑顔はもっと素敵なものになるだろう。


 「ほーら、お菓子があるよ。おいしいチョコだよ。色もたくさんあって楽しいよ」


 シリルはポーチから、非常食の米国産マーブルチョコを出してみた。古典的な子供を釣るための方法だ。
 効果はあまり期待していなかったが、少しだけ進展した。
 少女はお菓子に興味を示したのか、今の彼女の顔は不安というより怪訝そうだ。
 少しの成果でも偉大な成功。
 嬉しくなったシリルは少し離れた少女へチョコの袋を放ってやる。不用意に近づきすぎて警戒させないためだ。
 けれども、彼女は手元のチョコを拾おうとしない。訝しげな顔で彼の方を見たままだった。


 (何がいけないのだろうか?)


 ふと、思いついたのはヘルメットだった。これは耳もあわせて頭部全体を覆うため、人の顔の輪郭を大きく変えてしまう。
 昼間ならともかく見通しの悪い夜間で、しかも経験の少ない小さな子供から見れば、今の自分は人間とは思えないシルエットに見えるに違いない。そう、まるで先ほど斃した化け物のように。
 このように判断したシリルは、アゴひもを外してヘルメットを脱いだ。


 「ほら、これでどうだい?」


 改めて彼女に笑いかけてやると、ようやく少女は立ち上がり、足場の悪い地面を確かめながらシリルの方へゆっくりと歩いて来た。
 彼の前に着いた少女がシリルの顔を見上げる。
 その顔に彩られていたものは、ヒマワリが咲いたような満面の笑み。それは彼が想像したどんな笑顔よりも愛らしいものだった。
 シリルの胸中に歓喜の嵐が吹き荒れる。


 待ちわびたものが手に入った彼は嬉しくて嬉しくて仕方なくて、両手に持ったヘルメットで額を何度も叩いてしまう。
 さすがに理解不能な光景に、少女は小首を傾げていた。


 「おーい、平気か?」


 少し心配した声色のアロンソが、シリルの方へ小走りで向かって来た。
 遠くから見れば、いきなり戦闘区域で新入りがヘルメットを外したと思えば、それで頭を叩き始める。「ついに壊れたか?」と思われても仕方がない状況だ。


 そんなことを露も知らないシリルは何が平気なのか不思議に思ったが、とにかく保護した少女を見せたくて、アロンソに彼女が見えるよう彼は一歩横にずれて振り返った。
 少女の笑顔の前には螺旋階段のような性格のアロンソでも、さぞ顔をほころばせることだろう。


 「シリル! 後ろ――」






感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.051030874252319