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[22826] ただしまほうはしりからでる(完結)(ゼロ魔 魔法陣グルグルクロス)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2013/10/26 22:50
 見知らぬ床だわ……

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは思った。
 どうして自分が、床に直接うつぶせになって倒れているのかわからない。しかも、起き上がろうと思っても、ぴくりとも体が動かない。幸い口や鼻はちゃんと動いているようだが、現状を把握するには、あまり役にたっていなかった。
 ただ理解できるのは、狭い視界にうつる真っ白ですべすべした床部分が、変に生暖かいということだけ。
 辺りには、人の気配もなく、それどころか他の生きるものの気配すらない。風が吹く音もなく、ただひたすらの静寂だけがあった。あまりの気味悪さに、なんとかして、せめて首を動かそうと努力するが、やはり動かない。ならば小指の先だけでもと、全ての意識を集中するが、自分の体だというのに、まったくいうことを聞いてくれなかった。

「やだ、こんなの……ふっ……ち、ちいねえさまぁ」
 ルイズが、恐怖と寂しさで愛する姉の名を呼びながら涙をこぼした時、えらくお気楽な男性の声が聞こえた。しかも、今の今まで無音だった世界に、演劇の登場音楽よろしく「ぽっぽこぽこぽこ かっぽんぽーん」としか聞こえようのない異音が響き渡る。

「いやーめんごめんごー待たせたねー。ちょっとさー色々あってさー、もめてたんだよ今後の処理? ってやつー?」

 お気楽なうえにムカつくしゃべりというものがあることを、ルイズは知った。今ここに乗馬用鞭があり、動くことができたなら、飛び起きてふりかぶって容赦なくビシバシといくものを、ああ口惜しい。姿すら見えないのが、さらに腹が立つ。

「あれー? 君って、こうやって床にへばりついてるのが趣味? うん、いいよいいよー、とっても変態な趣味だね!」
「趣味じゃないわ! 動けないのよっ!!」
「あ、そうか、そういえば君死んでたんだよねーだからうまく体動かないんだよねーちょっと待っててねー」

 死んでたって……?
 なんですとッ?!

 怪しい男のぶっ飛んだセリフで、ルイズは一気にこうなったいきさつというものを思い出してしまった。
 そう、あれは王都の大通りでのできごとだった。休日、学院にいるのも気詰まりだったルイズは、おいしい甘味でも食べに行こうかと出かけて……一人ってさびしいのねと、心の中でしょんぼりしながら……ああ、これはあんまり関係ないけど、いや、あるのかしら? まあとにかく、てくてく道を歩いている時、乗合馬車が暴走してくるのに気づいた。
 ついでに、その目の前で、逃げ遅れた子供がいることにも気づいてしまった。
 理屈も何もない、思わず飛び出してしまったのだ。
 そして、当然その後のことは記憶にない。

「そんな……わたし……死んじゃったの?」
「うん、見事に死んでた。馬に踏み潰されて車輪に巻き込まれて、そりゃあもうぐっちょぐっちょのげっちょげ……」
「聞きたくないっ! 聞きたくないっ!」
 耳をふさごうとして、ルイズは本当に自分の耳をふさぐことができたことに驚いた。
 あら、手が動くわ、である。その両手を床について、上体を起こすと、さっきからムカつくことばかりだった相手の姿をやっと見ることができた。まず、上から下まで眺めて、次に下から上まで眺める。

「えーと、熊?」
「ちがうよー、ぼくは、くまたいよう!」
「あ、ああ、そ、そうなの」
 床だけでなくどこまでも真っ白な世界の中、視界の中心入った相手は、一言でいうならば子供向けに優しく可愛らしく戯画化した熊の顔を持ち(追加の付属品なのか周りを小さな三角が縁取っている)、わらを束ねたような衣服とも言えないものを身に巻きつけるようにつけていた。格好だけなら最底辺の乞食にも近いかもしれないが、その上にのっているものが異様だ。

 ここでルイズはやばいことに気づいた。自分は死んだ、これはいい、いや、よくないけれど認めるしかない、ならば死んだ人間が行くところはどこだ? ヴァルハラ? どちらにしろ、そこにいるのは……いやいやいや、異端審問どころの騒ぎじゃないですよ、自分の脳みそさん、アレが一瞬でもブリミル様の写し身? とか考えてしまった自分が危険、危険が危ない。

「実はその事故なんだけど、手違いなんだよねー」
「手違い?」
「そう、君は本当は死ぬわけじゃなかった。死ぬはずだったのはあの子供だったんだよ。まあ他にも色々手違いとかーあったわけなんだけどー。でも、こっちが悪いんだからこれから君を生き返らせてあげることになって……」
「ちょ、ちょっと待って!」
 もう一度生き返ることができると聞いてルイズの心は喜びの浮き立った。それはそうである、まだまだやり残したことがたくさんあるし、特に家族を、ちいねえさまを泣かせることは絶対に本意ではない。しかし、もう一つ気づいてしまったこともあった。
「もしかして、私が生き返ったら、あの子は死んでしまうんじゃないの?」
 くまたいようは言った、本来なら、あの子が死ぬはずだったと。ルイズにとっては名も知らぬ平民の子供ではあったが、自分が一度助けた命を、その自分自身が再び見捨てることになるということに気づいて青ざめた。
「そのへんのことも色々あってさー、ブリちゃんも助けたってぇなって言うし、勝手にこの世界に来ちゃったぼくも悪いし、君に素敵ぱわーをあげて、子供助けてチャラってことでね!」
 くまたいようは、器用に片目を閉じた。
 年端もいかない子供を犠牲にして生きかえるのは、いくらなんでもルイズの考える立派な貴族らしくない、ほっと胸をなでおろす。ついでにブリちゃんという恐ろしい発言は無視することに決める。今はそれよりも気になることがあった。

「素敵ぱわーって、何なのよ」
「うん、君は魔法が使いたいんだよねー」
「そうよ」
「全ての系統魔法のスクウェアレベルの才能をプレゼントだよー」

 なんですとッ?!

「嘘、嘘よ、絶対に嘘、嘘しかありえない。この世の中に、そんな美味しい話が転がってるわけないじゃない? 目を覚ますのよ、ルイズ・フランソワーズ。これは夢、夢なの、私の切ない思いが見せた青春の幻っ! ちいねえさま、また一つ儚い夢が消えるわ」
「ここは、この世じゃないよー」
「た、確かにそうね」
 思わず納得してしまったルイズ。かなりいい感じで彼女もまた何かに毒されつつあった。
「ということは、風も、水も、火も、土も、使いたい放題?! ツェルプストーなんてメじゃない? 学院長よりも何気に上? もう誰にもバカにされたりしない? ゼロならぬインフィニティのルイズ? それどころかあいつら全部下僕? いやん、何ソレすごく素敵。うふ、うふ、うふふ、くくくく」
 流れ出てはいけない何かを盛大にだだ漏れにしながら、虚空を眺めてルイズは笑った。ええそうよ、努力は報われるのよ素晴らしいわ世界と未来と私は超バラ色。世界中が自分をスタンディングオベーション。おめでとうおめでとう、なんかしらんがとりあえずおめでとう。

「ただし魔法は尻から出るよー」

 ルイズの、喝采される自分の夢思考が停止した。

「は?」

「尻と外界を隔てるものは少なければ少ない方がいいからねー」

 つまり、強力な魔法を使いたければ半ケツになれ、と。

「ルーンを尻文字すれば、さらにパワーアップ!」

 そして、それを振れと。

「あとねー完璧にするんだったら、尻で杖を挟まなきゃ!」

「……っ」

「嬉しくて何も言えないんだねーわかるよーわかるよー」
「違うわ、おんどれえぇえええぇええ!」

 ルイズ・フランソワーズは貴族である。清楚で可憐な乙女である。そんな慎ましやかなレディにあるまじきことだが、もう我慢の限界だった彼女は、おもいっきり右拳を、くまたいようの顔面中央に叩き込んだ。

 その後何事もなかったかのようにくまたいようは復活を果たし、ルイズはまあこんなもんね、と、少しだけやさぐれた。
 殴った直後に、もしかしたらこれで機嫌をそこねてしまって素敵ぱわーをくれなくなるかも! それどころか生き返る話もナシになったらどうしよう! と盛大に焦ったのがバカみたいである。
「そんなに嫌なら、手から出せる魔法もあるけどー」
「杖じゃないのね、いいわ、それでも。先住魔法みたいだけど」
「でも、効果は一つだけだよー」
「考慮するから、ちょっと試させてくれる?」
 いつの間にか異世界の神っぽい生き物に、タメ口だなあと、ルイズは思ったが反省する気はまったくなかった。

「はい。右手を突き出して」
「こう?」
「バーニングフィンガーアタックって言うんだよー」
「格好いいじゃない! バーニングフィンガーァアァアタァアアック」
 ルイズの力の入れように比例するように、右手の平から、しびしびと青白い電撃のようなものが飛んでいった。格好いい。
「これって、どんな魔法なの? ライトニングみたいなものかし……」

「肩こりが楽になるよー」
「……」

 現実は非情である。

「ほ、他にはないの?」
 がっくりと肩を落としてルイズは尋ねた。確かに格好いい、格好いいが、肩こり緩和では、父様へのおねだりくらいしか役に立たない。
「ごめんねー、ないんだよー。でも、そんなに嫌なんだー。だったら素敵ぱわーなしで生き返らせてあげるからねー」
「ちょ、ちょっと待って!」
 魔法は欲しい、魔法は使いたい。スクウェアレベルの魔法を使いこなして、今まで馬鹿にしてきた奴らを見返してやりたい。もしかしたら遍在使って一人水魔法オクタゴンとかもできるかもしれない、そうしたらちいねえさまの病気だって治るかもしれない。利点はたくさんあった。
 しかし、その利点を全て台無しにする条件、そう、魔法は、お尻から、出る。考えてもみて欲しい、例えばブレイドの呪文を唱えるとしよう、臀部に杖を挟んでブレイド、バカである。はっきり言わなくても、スペシャルな宴会芸くらいしか用途がない。

 うう……花も恥らう乙女が、魔法を行使するたびにお尻を……なんて……

「たっ、耐えられない」

 死ねるッ、死ねるわッ! 魔法を使っているところを、あいつやあいつやあれやらこれやらに見られたら、速攻で死ねるッ。ルイズ即座に終了のお知らせ。人間として、貴族として、何よりも乙女として、大切なものが減るっ、減っちゃう!
「もう時間がないから早く決めようねー」
「待ちなさいよっ!」
 そうよ、人前で見せなきゃいいのよ。
 何回転もしたルイズの思考は、変なところに落ち着きつつあった。
 どんなに恥ずかしい格好だろうと、見る者がいなければ恥じゃないわよ、ルイズ・フランソワーズ。あなた、たかだかお尻……くらいで、こんな機会をフイにするつもりなの? スクウェアよ? スクウェアなのよ?
 誰もいない所で、一人黙々とお尻を振る自分の情けない図というのは、頭から閉め出しておく。

「素敵ぱわー、ヨロ」

 ふらつくルイズの差し出した手を、くまたいようはがっちりと握り返してきた。

つづく?



[22826] ただしまほうはしりからでる2
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/07 21:52
「ちびルイズ! いつまで寝ているの?!」

 どうして使用人ではなく、エレオノール姉さまが直接私を起こしにくるのだろう? ぼんやりとした頭でルイズは考えた。そもそも、ここは学院の自室ではなかったのだろうか、いつの間にヴァリエールの館に帰ってきたのだろう。思い出せない。
 その間にも、ヴァリエール家の長姉は、さくさくと部屋に入り、カーテンを開けた。

「素晴らしい、くまたいよう日和ね!」

 ちょっと、待て。

 寝台から転がり落ちるようにルイズは起きだして、エレオノールの腕の下をかいくぐり窓の外を見る。見知った感じのあり得ない物体が、爽やかすぎる笑顔を浮かべ、空中に浮かんでいた。青空が目にしみる。
「やあ、ぼくは、くまたいよう。ただし、魔法は尻から出るよ!」
「やめてえぇええぇええぇええ!」

 自分の叫び声で目を覚ましたルイズは、夢オチだとわかって心の底から安堵した。今いるのは紛れもない魔法学院の自分の部屋だ。だらだらと流れる汗を、お行儀悪く袖口でぬぐって、息をつく。
「夢……よね」
「どうしたのですか、ルイズ、急に大声を出して」
 いつの間にか、母が立っていた。
「え? どうして母様が急にこんな所に? ドア開いたかしら? って、ここは魔法学院だし……?」
 とまどうルイズの前に、カリーヌは真面目な顔をしたまま近づいた。
「いいですかルイズ、よくお聞きなさい」
「は、はい」

「魔法は尻から出ます」

「ザけんなごるぁああぁああああ!」

 二番底の夢オチというものがあることを、淑女であり乙女であるルイズ・フランソワーズは初めて知った。

 本当に目が覚めても、しばらくルイズは挙動不審だった。カーテンを開け、窓の外をうかがい、枕をひっくり返して念入りに叩いてみる。スリッパのつま先を踏み、クロゼットの扉を裏表じっくりと見た。
 最後に、放置しっぱなしだった、使い魔用の敷き藁を杖の先でつついてみて、なんの変哲もない魔法学院の彼女の部屋だということを、確認し、安心してみた。

 あの後、くまたいようなる異世界の神(おそらく)から、素敵ぱわー(ちなみにその伝授方法は、尻と尻をぶつけあうというものだった。死にたい)を手に入れたルイズは、医療院の一室で意識を取り戻した。奇跡的にかすり傷だけですんだようだが、長い間意識が戻らなかったらしく、彼女が気づいた時は、次姉を除き、家族が全員集合していて、涙を流して喜んでいた。
 こんなにもあからさまに愛情を表現されることは、ここのところずっとなく、代わる代わる抱擁されたルイズは面映いような恥ずかしいような気持ちで、それらを受け止めた。
 学院からもオールド・オスマンとミスタ・コルベール、その他幾人かの教師、何故か不思議なことにツェルプストーが見舞いに来てくれたらしい。
 他のクラスメイトは……当たり前といえば当たり前だが、来なかった。わかってはいたことだが、さすがに少しショックである。

 あと、意識不明だったことで、大幅に授業に遅れてしまったルイズは、使い魔召還の儀式も当然しておらず、今現在進級は保留という状態だった。父も母も、療養のために、一度領地に帰ることを提案してきたが、ルイズはそれをつっぱねた。
 彼女の手に入れた素敵ぱわー、それを試さないでどうするというのか。そんな本心を押し隠し、殊勝にどうしても勉強が続けたいと言えば、あっさりと両親は折れた。

 そして今、自室でもくもくと背筋と腹筋練習をするルイズである。柔軟性を保つために、腰をぐるぐる回したりしてみる。腰も細くなって一石二鳥である。どれもこれも、他人に見られたら非常にアレな感じだが、そのあたりは細心の注意を払っていた。

 尻を突き出しての「ロック」、完璧である。
 ああ、自分の尻が恐ろしい!

 初めて魔法を使った時は、何か大切な物がなくなったような気がしたが、変に前向きなルイズに隙はなかった。くまたいよう嘘つかない。びば、くまたいよう、びばびば、くまたいよう。

 ……そんなわけがない。

 生来の生真面目さゆえに、日課として腰の鍛錬をこなしたルイズは、床に両手をついた。いわゆる落ち込みポーズというやつである。
「うっ……うう、ブリミル様、今日も私の大切な何かが減ってしまいました……」
 平民の子供を、命をかけて救ったという情報が勝手に独り歩きをしていて、厨房を中心とする学院勤めの平民達には「我らが聖女」とまで言われているらしい。
 一瞬、「我らが尻女」と聞こえて焦ったことは秘密だ。
 とにかく、在宅療養の延長ということで得た休みも今日が最後、今日中に使い魔を召還しなければならない。
 授業で召還しない言い訳は既に考えてある。「明日の使い魔召還の儀式の練習を一人でしていたら、つい召還してしまいました」、よろしい、隙がない、隙がないわよ、ルイズ・フランソワーズ。
 皆の前でサモンサーヴァントなどできるわけがない。ミスタ・コルベールが信じる信じないは別として、苦悩の末、思いついたにしては中々の言い訳だと思う。
 場所も決めている、とりあえず学院近くの森の中だ。魔法が発動する場所はどうあれ、今のルイズは全ての系統において実力はスクウェア、おそらく竜やそれに匹敵するような神聖で立派な使い魔が召還されるに違いない。だからこそ、部屋でするわけにはいかなかった。
 しかし、このまま森の中で召還することもリスクはある。
 クラスメイトの使い魔がいる可能性、大。気に入って毎日連れ歩いている生徒も多いようだが、そんな情報を全て信じきるほどルイズはお気楽ではなかった。
 使い魔は、主の目となり耳となる生き物だ……使い魔の見るものを主も見て、聞くものを主も聞く。

「抹殺……? カッター・トルネードで抹殺?」

 乙女の秘密を守るため。淑女の生活を守るため。とりあえず死んでもらおう、そうしよう。
 ルイズは立ち上がり、杖を取った。これは自分のためでもある、使い魔が、使い魔さえいれば、主はそんなに魔法使わなくていいんじゃないかなあ? という淡い思い。タバサの風竜のように、悔しいがツェルプストーの火トカゲのように立派な使い魔がいれば!
 ルイズは両頬を叩いて気合をいれた。

 外は気持ちよく晴れて、絶好の散歩日和だった。ルイズとても使い魔召還という目的さえなければ、思う存分最後の休日を満喫したいところである。
「ここもだめ」
 開けた場所に出るたびに、彼女は呟いた。
 どうにも、落ち着かないのである。誰も見ていないはずなのに、何度も何度も確認してしまう。鳥が飛び立てば、すわマリコルヌの使い魔かとあせり、もしや地面の下にギーシュの使い魔がいるのではないかといぶかしむ。一度茂みを払って何もいないとわかっても、ついつい二度三度同じことをしてしまう。
 誰かが木の陰で見ているのではないか、上空で鳥の瞳を使っているのではないか、馬鹿馬鹿しい被害妄想だとはルイズ自身も思うのだが、どうにも止めることができなかった。
 ならば、木の陰でこっそり召還するべきか? しかし、初めての召還をそんな犯罪者のようにコソコソと隠れてやりたくない。
 聖女の威光だろうか、快く持たしてくれたピクニックバスケットの中の昼食を食べながら、ルイズはため息をついた。本当は午前中に召還をすまして、午後は使い魔との交流に時間をさきたかったのだが。このままでは、ぐだぐだと自分に言い訳しながら時間だけが過ぎ去ってしまう。

 それはだめだ。
 ぐいっと果汁を一口。

「や、やるのよ、ルイズ・フランソワーズ。敗北主義は私の主義ではないはずよ」
 外歩きするからという建前ではいてきたズボンに、手をかける。ちょっと、ちょっとだけよ、ちょっとだけ、ずらすくらいなら……
「くぅっ」
 手と肩がぶるぶると震えた。
「無理ッ! やっぱり無理ッ! すべからく無理ッ! 絶対無理ッ!」
 こわばった手を外して、近くの木に走りより、とりあえず何発かぶちかましてみる。
「普通にしましょう、普通に、ね」
 尻を突き出すのが「普通」というのもどうかと思うが、ルイズは杖を握り締めて精神統一し、サモン・サーヴァントの呪文を唱え始めた。今こそ連日の練習成果を見せるとき! 複雑なルーンも尻文字で空中に描ける。がんばった私。傍から見たらどうしようもなく宴会芸尻振りダンスだが、その辺りはもちろん考えないでおく。

「さあ来なさい、私の神聖で強くて美しい使い魔!」
 振り返ると銀色の円盤が浮かんでいた。それが意外に小さかったことに少し落胆しながらも、ルイズは待った。ひたすら待った。
 しばらくして、うんともすんともいわない召還ゲートの前、やっぱり失敗した? という不安にルイズが囚われ始めた時、にゅいっと銀色の表面を揺らして、使い魔候補が姿を見せる。

 小さい。
 片手でつかめるほどの顔。
 三角の耳。
 ヒゲ。

「……猫?」

 にゅにゅにゅっと、前足が出る。どこを見ているのかわからない、やる気なさそうな顔、てれんとたれた右足左足。ドラゴンを期待していたルイズは、がっかりした。メイジの実力を見るならば、使い魔を見よ、というのが定番であるが、こんな、あからさまにやる気なさそうなブサイク猫を見た人はどう思うのだろう。
「でも、あのオールド・オスマンもネズミだし……まあ、かさばらないのはいいかもしれないわね、エサ代も少なくてすむし」
 モートソグニルを追い回して、どつき倒すというのも楽しいかもしれない。期待はずれのあまり、黒い思考になりながら、ルイズは猫が全身を現すのを待った。

「……」
 出てこない。
 上半身を出したまま、ブサ猫は、ぼーっとしていた。
「あんたやる気あるの? まったくもう、私はご主人様なのよ? 初めからご主人様の手を煩わすなんて、ダメな使い魔ね。感謝しなさい」
 業を煮やしたルイズは、猫の両前足を握って、引っ張った。

 にゅる

 伸びた。

「ひうぁっ!」

 驚愕のあまり、乙女らしくない叫びをあげて掴んでいた手を離し、その場にしりもちをつく。衝撃で猫の上半身は、たれーんと下に垂れ下がり、風に吹かれてぶーらぶら。その長さ、およそ50サント。
 どこをどう見ても猫という生き物の範疇から外れています。ありがとうございます。
 ごく、と、ルイズは生唾を飲んだ。引っ張るべきか、引っ張らないべきか。引っ張って引っ張って、最後に「はずれ」とかついていたら私もう生きていけない。
「もう! どうにでもなりなさいよっ!!」
 作り物のようにでれんと垂れたままのブサイク猫をひっつかみ、ぐいぐいと引っ張る。抵抗らしい抵抗がまったくないのが、逆に不気味だ。

 伸びるー伸びるーブサ猫ー 溢れる血涙もそのままに。

 3メイルほど引っ張った所で、猫の尻が見えた。まさかこの後尻尾が4メイルほどあるんじゃないでしょうね?! 思わず最悪の予想をしてしまったルイズだが、尻尾は切り株状態で3サントほどしかなかった。そんな、生き物として激しく間違っている猫というにもおこがましい猫を見つめて、ルイズは微笑んだ。達観した笑いだった。
 そのまま猫を結んでまとめて、鏡の向こうに放り込む。

 必殺技、「私は何も見なかった。」発動。

「さ、もう時間がないわ。サモン・サーヴァント頑張らなくっちゃ!」
 しかし、これは恐るべき惨劇の幕開けであった。

 2回目。
「使い魔こーい!」

 にゅ

 14回目。
「だから神聖で美しい使い魔こいって言ってるでしょーっ!」

 にゅ

 38回目。
「使い魔……わたしの素敵な使い魔……」

 にゅ

 61回目。
「ブリミル様、わたしは心を入れ替えました。毎日毎晩毎食とにかくたくさんお祈りをします。だからマトモな使い魔下さい。本当、切実に。いっそネズミでもいいです。いえいえ、ネズミがいいです。ネズミにしてください、ネズミネズミ」

 にゅ

 85回目。
「出て来い責任者ああぁああぁああ!

 にゅ

「つかい……ま……」

 にゅ

 99回目にして、ルイズは地面に倒れ付した。その頭上で、何を考えているのかまったくわからない顔をしたブサ猫が、ぶーらぶーらと揺れている。

 現実は非情である。

 ひとしきり虚ろな目で笑ってから、あきらめて、コントラクト・サーヴァントをしようと、ゲートから引っ張り出した猫と言えなくもない生き物に口付けしようとしたとき、初めて相手に動きがあった。

 んなぁー

 表情の読めない猫の口から、長い長い鳴き声が響き渡り、それきりルイズの意識は途切れてしまった。否、途切れたというのは正しくないかもしれない、ただ、何もかもやる気がなくなってしまったのだ。
 コントラクト・サーヴァント? いい、いい、そんなものどーでもいい。明日の授業? あー、そんなことよりここでぐーたらしてる方がいいじゃない。土の上? 汚れる? 気にしなーい。

 長い胴体と長い声を持つ猫にまぶれるように、ルイズはその場に長い間転がっていた。具体的には、まだ中空からすごし過ぎただけだった太陽が、夕日にかわるくらいまで。

つづく



[22826] ただしまほうはしりからでる3
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/10 21:16

 ずるっ
 ぺたり

 ずるっ
 ぺたり

 ずるっ
 ぺたり

 ルイズは学院の廊下を歩いていた。
 ちなみに最初の「ずるっ」が、使い魔を引きずる音、次の「ぺたり」が、朝っぱらからやる気というものを根こそぎ奪われたルイズ自身の足音である。音だけを聞くと、どこの恐怖演劇かという感じであった。
 ブサ猫を小脇に抱えて廊下を無駄に掃除しながら、ルイズは、もしかして今、全学院生徒可哀想競技会なるものが存在したならば、自分はぶっちぎりの一位よね、などと考えていた。

 昨日、やっと正気に返ったのは日が暮れる寸前だった。これが使い魔の能力? しかしなんていう微妙な能力、私にぴったりねーうふふあはは……ンなわけねぇだろ!! と、暴走しそうになるノリツッコミ思考をとりあえず置いておいて、コントラクト・サーヴァントをしようとする。

 できなかった。

 何度口付けしても、ルーンは刻まれない。周りはどんどん暗くなってくる、これ以上ここにいると、学院から捜索隊が派遣されてしまいそうだった。目の幅で涙を流しつつ、ああでもないこうでもないと散々苦悩して、とうとうルイズはあきらめた。
 色々なことをあきらめて、透明な笑みを保ったまま、猫の顔を己の尻にくっつけた。
 これがもし、召還されたのが人間でしかも男だったりしたら、わたし、修道院に入る……一生、外なんか出ない……
 幸いなことに、ルイズの愛らしくも適度に鍛えられた尻を顔面に押し付けられた猫は、さしたる意見もない顔のままで、コントラクト・サーヴァントを受け入れた。

 現実は非情を通り越して無情である。

 だくだくと血涙を流しながら、学院に帰ると門限寸前で、本調子ではない(ということになっている)ルイズのために、今しも捜索隊が組織されてしまうところだった。しかも、隠すこともできない、引きずって帰ったために土ぼこりまみれになっていた使い魔ブサ猫を見て、みんなドン引き。

「長い」
「長いな……」
「とりあえず、長いな……」
「ああ……ありえない感じに、長いぞ」
「すごく……長いです」
 ちいねえさま、人体って不思議、涙って意外にかれないものなのね。可哀想なものを見る目の集中砲火を浴びて、ルイズの心はガリガリと削れた。最後に残ったプライドをかき集めて、なんとかミスタ・コルベールとオールド・オスマンに、思わず使い魔召還してしまいました、の報告をして、自室に帰った時点で完全に心が折れた。
 思わず猫を、ぶん投げてしまったが、ぼたりと床に落ちて、そのままだった。ルイズもそのまま着替えもせずに眠ってしまった。

 まあ、そんなこんなで、今日は久しぶりに授業である。
 一晩ぐっすり眠って、少しだけ建設的方向へ思考を振ることができたルイズは、学院の使用人に、猫入れ袋を作らせることにした。頭だけだして全身つっこんで、背負えば、ほら、あんまり(当社比)変じゃない。
 そんな、「我らが聖女」の依頼を、満面の笑みで快諾したのは、珍しい髪の色をしたメイドだった。名前は、確かシエスタとかいっただろうか。
 本当なら部屋に放置しておきたいところだが、使い魔をつれてくるように、といわれている。

「何か変な音がすると思ったら……ヴァリエール?」
 部屋から出てきたルイズの因縁のライバルも、ブサ猫にドン引きしていた。キュルケのその顔を見られただけで、少し鬱屈が晴れる。相手も痛いが自分も痛い攻撃だというのは、熟知していたが。
「それ、あなたの使い魔?」
「そうよ、ほらルーンもあるわ……って、召還した時は左前足にあったんだけど……えーと、起きたときは右前足で、水で洗った時は額に……今は、どこかしら」
「ちょ、ちょっと待って。それって、ルーンが移動するってこと? いいの? そんなので?」
「大丈夫よ、問題ないわ」
 別の所が、大問題だらけよ。
 思わずキュルケの傍らにいるサラマンダーを、猫を振り回してドつきたい衝動にかられてしまった。
「そ、そう……私の使い魔はもう知っているわよね、さ、フレイム、ご挨拶しなさい」
「ヒッポロ系、ニャポーンよ」
「……、……、……悪いけど、もう一度お願い」
「ヒッポロ系、ニャポーン」
「私が言うのも何だけど、ヴァリエール、あなた疲れてるのよ」
「何言ってるのよ、夏はウザくて、冬は生暖かい、暖暖房完備の優れモノの使い魔よ」
「それ夏は役にたってない……っ」
「ほら」
 ルイズは、ニャポーンをキュルケの首に巻いてやった。
「やっ、これ本当にぬいぐるみじゃなくてナマモノ? 変に生暖かいわよヴァリエール! ちょっ、なんかすごく気持ち悪いんだけどっ!」
 首巻にされたはいいが、外すために触るのも気味が悪いらしく、焦りまくるキュルケを見て、ルイズの溜飲がかなり下がった。風でも土でも火でも水でもない、もちろん伝説の虚無でもない、ヒッポロ系。適当に思いついたにしては、どうでもいい感じにどうでもよかった。
 人はそれをヤケというが、まあそれもどうでもいい。
「さ、それくらいにしましょうか、ニャポーン、食堂に行くわよ」
 鳥肌をたてているキュルケをその場に置き去りにし、ルイズは再び、ずるっぺたりと歩き始めた。

 結論からいこう、ニャポーンは何でも食べる。
 比ゆではなく、本当に何でも食べる。
 ただし、口の前まで持っていってやったら、である。お前どんだけ、やる気がないのかというほど、動かない使い魔は、ルイズが自分の食事に専念しているその隙に、むっしむっしと置いてあった目の前のスプーンを食べてしまった。気づくのがもう少し遅ければ、隣にあったフォークも食べられていたことだろう。
 それを見てしまったルイズの反応は、顕著だった。

「ぶぐはっ」

 スープ類を口にしていなかったのは、まさに不幸中の幸い。そうでなかったら、瞬時に淑女終了宣言である。
 ブサ猫から視線を外し、ルイズは息を吐いて吸って吐いて吸ってを三回繰り返した。そして、震えるフォークの上に、肉の切り身をのせて、ゆっくりと使い魔の口に持っていく。
 むっしむっしと食べた。
 普通の食物も大丈夫らしい。
 安心して、それから焦った。それでなくても変態な使い魔の変態食事を、誰かに見られてしまったとか?
 あわてて、周りを見るが、ちょうどよくルイズの体で影になっていたせいなのか、ちらちらとこちらを伺っている者は多かったが、「ああ! 学院の什器が大変なことに!」 に、気づいた者はいないようだった。

 悪食にもほどがある。

 しかし、もしも口の前に何もなかったら、この使い魔はどうするのだろう……なんだか何も食べないような気がする……そしてそのままやせ細り……ルイズは怖い考えになりそうだったのでやめた。
 思わず食欲がなくなってしまったので、そのまま立ち上がり、ニャポーンを脇に抱え直す。実は見かけほど重くはない、ただひたすらかさばるだけなのだ。
 ずるっぺたりをしながらゆっくりと食堂を横断していく。とんでもない数の視線を浴びたが、無視することには慣れている。
 逆に、誰も「ゼロのルイズ」とか言い出さないのが不思議だった。今までの経験からして「ゼロのルイズがとうとう、とち狂って、ぬいぐるみを使い魔だと言い張っている」くらい言われると思ったのだが。

 入り口付近で、男子生徒が数人立ち話をしていた。
 中の一人のイカれた杖のデザインに、ルイズは見覚えがあった。確かグラモン元帥の四男だか三男だかの、ギーシュとかいう生徒だ。本人はモテ男を気取っているが、ルイズの評価では残念な部類に速攻で入っている。近くを通れば、聞くでもなく耳に入ってしまう内容は、誰が本命だとか、可愛い下級生だとか、ありがちなアレであった。

 くだらない。

 心の中で一刀のもとに切り捨てて、横を通り過ぎていく。
 と、何のきっかけをとらえてしまったものか、ギーシュが振り向いた。

「うわっ!!」

 背後にずるずるが続くブサ猫に驚いて体勢を崩し、そのまま猫の体につまづいて、派手にずっこけた。
 同時にカシャンというすんだ音が響き、なかなかに上質な香りが一気に広がった。
「おい、これ、まさか」
「そうだ、これモンモランシーの香水じゃないのか?」
「どうしてギーシュが、モンモランシーの香水なんか持ってるんだよ」
「そうか、お前の本命ってやっぱり……」
「いや、そのっ」
 その間、ニャポーンはギーシュの下敷きになったままだった。ちなみに、痛くはなさそうである。引っ張っても抜けないので、ルイズは話題終了するのを待った。
「ひどいっ! ギーシュ様……やっぱりミス・モンモランシと……」
「違うんだ、ケティ! これは……!」
「何が違うというの? ギーシュ?」
「モ、モンモランシー、だからその、あの」
 痴話げんかは、自称色男が両頬をひっぱたかれて終了。ギーシュの友人達も、バカだな、しょうがないな、自業自得ってやつ? などなど言っている。誰もフォローしようとしない。当たり前だが。
「そろそろどいてくれる? わたしの使い魔下敷きにしてるんだけど」
「……っだ!」
「は?」
「決闘だと言ったんだ!」
「ニャポーンと?」
 ルイズは、相変わらず下敷きにされたままだが、無表情な使い魔を、てれんてれんとギーシュの前で振って見せた。面白いほどに赤かった顔が、どす黒くなる。
「そんなわけないだろう! 君とだ! 使い魔の罪はその主の罪。この不気味な使い魔がこんなところにいなければ、僕はつまづいたりしなかったんだよ! つまづかなければこけることもなく、香水瓶も割らなかった! すなわちっ! 二人のレディを傷つけることもなかった!」
「何よ、その言いがかりは! そもそもあんたが、二股してたのがよくないんじゃないの!」
 頭に血が上った相手に、正論は通じない。売り言葉に買い言葉で、いつの間にか放課後ヴェストリ広場で決闘ということになってしまった。
 ルイズ的に、顔に出さないまま、うっわしまった、と思わないでもなかったが、使い魔の存在が強気を後押ししてくれた。
 ニャポーンのたった一つの特殊能力、長い声で鳴いて相手のやる気を根こそぎ奪う。これさえ決まれば、あとは歩いていって、ギーシュの杖を奪い取れば勝ちである。
 コントラクト・サーヴァントがなされた今、ルイズ自身にはやる気のない声は効果がでないことはわかっていた。

 ふっ、計画通りっ!

 ニヤリ笑いをするルイズの顔が、次の瞬間凍りついた。ギーシュが立ち上がり、歩き去った後、押しつぶされていたニャポーンの体の一部が、ぺったんこになってひらひらと風に舞っていた……

「中身ドコ……」

 まだまだ謎の多い使い魔。
 だがその謎が解けることは永遠にないだろう、根拠はないが、ルイズはそう思った。

つづく



多分どうでもいいおまけ。

 ガリア王宮のプチ・トロワである。
 厳重に人払いをされた王女の居室に、二人の王族がいた。今現在のガリア王、ジョゼフと、その娘イザベラである。無能王と無能王の娘、とりあわせとしては、そこはかとなく不穏だった。時間は夜。魔法の明かりが、室内を静かに照らしている。
「イザベラ、わかっているな」
 秀でた額の美しい王女は、一度だけ目を見開き、唇をかんで俯いた。
「もう……やめましょう父上」
「何を言う、私はお前の才能に期待しているのだ」
「こんな……こんなっ!」
「やるのだ、イザベラ!」
 ほぼ条件反射で、父王から強く言われた彼女は、右手を差し出した。

「バーニングフィンガァァアァアタァック!」

 しびしびしびしび

「おー、効くぞイザベラ。いつもながらお前のその魔法は最高だな。どうした、何故落涙しながら椅子の背もたれを叩いている」

 ク ソ オ ヤ ジ シ ネ。

 いまだかつてなく、心の内をどす黒いもので染め上げながら、イザベラは呟いた。もしかしたら「しりからでる」を選択した方がよかったのかもしれない、しかしその勇気が自分にはなかった。その結果だ、受け入れる……べきなのだろう。
 先住魔法にしては間抜けすぎ、ある意味役に立ちすぎる魔法。見せびらかすために使ったら、予想外に賞賛を受けまくってしまい、ついつい調子にのった結果がコレ。

「あとで私のミューズにもしてやってくれ」
「嫌です」

 青髪の乙女にとっても、現実は非情であった。



[22826] ただしまほうはしりからでる4
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/12 21:59
 一万歩ゆずって、香水瓶を割ってしまう原因になってしまったことに対しては、少しは悪かったかな、とは思う。小遣いの範囲なら、弁償しないこともない、とも考える。
 しかし、その後の展開は絶対関係なかった。どこをどう見ても、ギーシュの八つ当たりだ、言いがかりだ。
 ルイズは、右手に杖、左手にニャポーンを握って立った。時は来たれり。

 いつもならば人気のないヴェストリの広場は、いまや見物客たる生徒達でいっぱいだった。本来ならば、規則で決闘は禁じられているので、誰かが教師に言いつけたならば、あっけなく両者処分されてしまうのだが、この「決闘」を、面白い出し物と考える生徒達ばかりなのか、教師が駆け込んでくる様子はない。
 それどころか、商魂たくましく果汁を売る水メイジの生徒、機を見るに聡い賭けをする生徒までいる。自分への賭け倍率はどれくらいなのだろう? ふと考えてから、きっと高いのだろうとルイズは思った。しかし、そんな屈辱も今日までだ。

 勝算は、ある。

 相手がドットだろうとラインだろうと、はたまたスクウェアだろうと、使い魔の鳴き声を聞いてしまったが最後、単なる丸太になりさがる。昨日、今日と悲惨な思いしかしなかったが、もしかしたらある意味この使い魔は大当たりなのかもしれない。
 ミスタ・コルベールも言っていたではないか、これは珍しいルーンですね、書き写させてください、と。

「はっ、逃げずに来たようだね、ゼロのルイズ」
「逃げる必要性を認めないわ、二股のギーシュ」
「……君は本当に人を怒らせるのが上手だな」
「悪かったわね、正直者で。ああ、気に入らないのならば言いかえてもよくってよ、フラれ男のギーシュ。それとも、お漏らしみたいなギーシュ? 香水の染みはズボンからとれたのかしら?」
「……」
 もはや無言になってしまった彼は、真っ青になり真っ赤になり、ぶるぶると震えていた。そもそも口で女の子に勝とうというのが間違っている。
「……僕はメイジだ、だからもちろん魔法で戦うよ、かまわないだろうね、ゼロのルイズ」
 嫌みったらしくゼロ部分に、やけに力をいれてギーシュは言った。
「もちろん、わたしもメイジよ、魔法で戦うわ。そして使い魔は主人と一心同体、一緒に戦ってもかまわないわよね?」
「元はといえばそいつが原因だ、かまわないよ。僕のヴェルダンデは戦闘向きじゃないから出さないけどね!」

 よろしい。
 ギーシュの使い魔はジャイアントモールだと聞いた。そいつに落とし穴でも掘られたら困るが、その気がないのならば問題ない。
 決闘開始を告げる役にされてしまったマリコルヌが、二人の中間地点に杖を振り上げて、立った。

「えーと……はじめ」

 ルイズは、ギーシュが呪文を詠唱してワルキューレなる青銅のゴーレムを1体作り出すのを横目で見ながら、ニャポーンの首を掴んで胸の前で振った。

「さ、鳴くのよ」
 返事がない。
 ゴーレムが2体になった。
 ギーシュは、本気だ。

「鳴きなさいってば!」
 反応がない。
 ゴーレムが3体になった。
 ギーシュは、かなり本気だ。

「ちょっとおぉおぉぉ、お前やる気あんのぉぉぉおお!」
 すぴー
 目をあけて寝ていた。
 ゴーレムは4体になった。
 ギーシュは、恐ろしく本気だ。

 地響きをたてて、ゴーレムが迫ってくる。計画外の事態にルイズはパニックになった。
 振り回そうが引っ張ろうが、ニャポーンは起きない。お腹の一部分は、相変わらずぺったんこだ。これって、お尻の穴からストローを差し込んで、ぷーってしたら膨らまないかしら……って、そんなこと考えてる場合じゃないのよ、ルイズっ!
 どうする? どうする? どうしよう。

 その、時。

 閃光とともに、誰かがゴーレムとルイズの間に飛び込んできた。

「我らが聖女! 無粋な真似をお許しくださいっ! あのメイジは未だ小物、聖女様のお力を発揮するには及びません! そう、今こそ私の真の力を見せる時ッ!」

 ルイズを庇うようにゴーレムの前に立ちはだかるその少女は、トリステインでは珍しい黒髪を、急に吹き始めた風になびかせていた。なんか知らないが、太陽が必要以上に輝いている。それっぽい音楽は幻聴だろうか。

「シ エ ス タ?」

 呆然とする観客と二人の前で、学院のメイドは微笑んで、空高く飛び上がる。

「秘技・カッコいいポーズ!」

 くるくると意味もなく七色の光をまとって回転後、ビシィッと、凛々しく彼方を指差したまま、ありえない感じに空中に静止。
 確かにカッコいい。すごくカッコいい。およそ、カッコいいポーズといわれて、つい想像してしまうようなカッコよさが目の前に展開。
 だから、全員が見ていた。見ていたどころか見つめていた。
 目がそらせない。
「さあ、聖女様、私が抑えているうちに、あの不埒なメイジを成敗してくださいませ!」
「いや……その、ね?」
 もちろんルイズ自身も例外ではない、メイドから目が離せない。動けない。

「無理」

「えええええええっ!」

 カッコいいポーズを、広場の真ん中でカッコよくキめたまま、黒髪メイドは叫んだ。
 そして、集まった全員が常ならぬメイド鑑賞会をしていたが、眠りの鐘が使用されたらしく、全てがうやむやのまま眠ってしまうことになってしまった。


 気がついてすぐ目に入ったのは、床に額をこすりつけているあのシエスタというメイドだった。ここにもし某平民の少年が居たのならば、それは土下座だと言っただろう。
「聖女様! ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません! ここはこの腹かっさばいてお詫びをーっ!」
「やめてーっ!」
 どこからともなくナイフを取り出して、服をたくしあげ、腹部に突き刺そうとするメイドを、手近にあった使い魔を振り回してぶつけて止める。その騒ぎを聞きつけたものか、扉の向こうが急にうるさくなって、ミスタ・コルベールが姿を現した。とんでもないことに、その後ろにはオールド・オスマンまで居る。
 シエスタが、何事もなかったかのように、さっと立ち上がって場所をあけた。
 医務室だった。
 眠りの鐘を使用されて、どれほど寝こけていたのか疲れがたまっていたのか、かなり時間がたっているようである。カーテンの外が暗い。他の生徒達は、皆すぐに気がついたのだろう。
「気がつきましたか、ミス・ヴァリエール、心配しましたよ」
「オールド・オスマン、ミスタ・コルベール。勝手に決闘などをして、本当に申し訳ありませんでした」
 とりあえず決闘をしたことを謝罪する。これに関しては、大事にならなかったこともあり、ギーシュともども追加のレポート3つと次の虚無の曜日の自室謹慎で片がついた。
「これからが本題なのだがね」
「わたしの、秘技のことでございますね」
「ああ。ミス・ヴァリエールが目覚めてから、全てを話すと君は言っただろう」
 いつの間にそんな展開に。
「さっきのポーズのこと?」
「はい、全てといいましても、大したことはお話できないのですけれど……ずっと以前に村にやってきた不思議なご老人に教えていただきました」
「ちょ、ちょっと待って。そうすると、あなたの出身村では皆、アレをするの?」
「いいえ、私だけしか「てきせい」がなかったようで、私一人しかできないのです」
 ルイズは、心の底からよかった! と、思ってしまった。一つの村の住人が全部アレをやっているところなど、想像するだけでカッコいい怖すぎる。
 すぐに村を出て行ったというその老人は、別に耳がとがっていたわけでもなく、魔法自体が、先住魔法にしては微妙、生活の役に立つのかという点においてもやっぱり微妙という代物で、ずっとシエスタ自身忘れていたも同然だったという。

「なるほどのう……」
 医務室に入って、初めてオールド・オスマンが言葉を口にした。
「アカデミーに伝えるにしても、微妙ですね」
「そうじゃのう。研究しようにも、見てしまった全員が動きを止めてしまっては意味がないじゃろ」
「ではこの件は不問ということでよろしいですか?」
「それでいいじゃろ、眠りの鐘に準ずるマジックアイテムが発動してしまった、とでも言っておけばよろしい」
「ありがとうございます」
 シエスタは、深く頭を下げた。

 病み上がりだから様子を見るということで、一晩またも医務室のお世話になることになってしまったルイズを残して、教師二人は出て行ってしまった。
 メイドの仕事があるシエスタも一緒に出て行くと思ったのだが、当然といった顔で、傍らに立っている。
 今日はさんざんだった、まさかニャポーンが、目を開けたままキモく寝こけているなんて。この、目の前のメイドがいなかったら、危なかった。守るべき平民に助けられるなんて情けないとルイズは思ったが、事実を認められないほど狭量でもない。
 そうよ、私は平民に助けられたんじゃないわ、あの技に助けられたのよ。そうよそうよ。それに対して礼をするのよ。だから大丈夫、問題なし。

「……シエスタ、だったかしら、あの、さっきの事だけど、礼を言……」
「聖……女っ様がっ! 私の名前を覚えてくださったぁあぁぁぁっぁああ!」

 ズダアァアァァアアンと、音をたてて、黒髪メイドは床に倒れた。

「五体投地いらない! 五体投地いらないからっ!!」

 感極まって、すすり泣いているシエスタ。かなり思い込み激しいタイプらしい。
「私の村には言い伝えがあるんです。そのもの、長き胴の猫を抱いて、ヴェストリの広場に降り立つべし……」
「何そのピンポイントッ!」
「今作りました」

 やりとげた表情だ。

「今作ったんかいッ!」
「お気に召しませんでしたか聖女様! ああもう、この罪は万死に値しますっ! シエスタ今この場で腹かっさばいてお詫びをーっ!」
「だから、やめてーっ!!」


 後日、黒髪メイド謹製の猫袋が完成した。金糸銀糸で縁取られ、祖父から伝わったという意匠を真っ赤に、でかでかと真ん中にすえたそれは、とてもとても目立っていた。不必要に目立っていた。
 思わずルイズが、もっと地味なのがよかったのに……と口にしたら、またしても、腹かっさばいて……と、やり始めたのであわててとめた(セップクという由緒正しい謝罪の方法だという。ロバ・アル・カリイエ恐ろしい)。そして、あきらめた。
 もしここに某平民がいたとしたら、その意匠が漢字で「尻」だとわかっただろう。元は悲壮感漂う「屍」だったのだが、意味がわからず、長い年月のうちに適当に省略されてしまっていた……というのは、ルイズにもシエスタにも知る由もない話である。

つづく



[22826] ただしまほうはしりからでる5
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/18 21:25
 見知らぬ天井だわ……

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは思った。
 本当は天井と言うか、空と表現した方が正しいような気がするし、微妙に記憶にあるような気がするのだが、認めたくない、思い出したくない。
 ちょうど良く横たわっているし、下は変に生暖かいし、このまま目を閉じて眠ってしまおうそうしよう。
 彼方に見える、彼方から彼方に張り巡らせた綱の上を後ろ向きに歩きつつ、右人差し指を左の鼻の穴につっこみ、左手で白パンをお手玉し、尻で乗馬鞭を挟みながら「命を大事に!」と、叫んでいる熊に酷似した変な物体は幻覚よ、無視しましょう。

「やあ、こんにちはー、くまたいようだよ!」
「わ、わたしは何も見てない聞いてないあれは幻、そう、夢よ夢」
「そうだよー、今、ぼくは、君の夢の中に入ってるんだー」
 くまたいようはルイズの視界に強引に入り込み、にっこりと笑った。無性に腹が立つ。
「いったい何しに来たのよッ! これ以上わたしを追い詰めるつもりなのっ?! そうっ?! そうなのね! きっとそう! ああもうわたしってば、なんて可哀想な星のもとに生まれたのかしらっ!」
「君……なんだかすさんだねー」
「あんたに言われたくないわっ!」
 乙女は、尻で埋め尽くされた屈辱の記憶を思い出し、目の幅涙を流して叫んだ。
「魔法のことなんだけどねー」
 ルイズの苦悩などものともせず、ひたすら自分都合でくまたいようが話し始める。系統魔法はスクウェアレベルになるかわり、尻から出る、それはわかっている、身をもって体験している。そこにコモンも追加された、それもいい、ロックの魔法ででわかっていたから、それほど驚かなかった。ならば、このくまたいようは何が言いたいのだろう。
「虚無の魔法なんだけど、これだけ違うんだよねー」
「え?! 何?! 何なの? それ伝説じゃない? なんでわたしに関係あるの? いや、突っ込むところはそこじゃないわね。虚無魔法はお尻関係ないのっ?! 杖から出ちゃうの?! だったら死んだ気で虚無魔法探すわよ! ああ! ブリミル様くまたいよう様、わたし生きててよかった!」

「虚無の魔法は鼻から出るよー」

「は?」

「角度を調節するなら、ブタ鼻がオススメー」

「……」

 夢の中も非情である。

 ルイズの何もかもが、停止した。

「フザけんなゴルァアアァアァ!」
 ルイズ・フランソワーズは貴族である。すさみつつあるが、清楚で可憐な乙女である。だが、あっさりと我慢の限界を超えて、やはり右拳を、くまたいようの顔面中央に全力で叩き込んだ

 そんなこんなで、せっかくの虚無の曜日にもかかわらず最悪の目覚めだった。
 オールド・オスマンから謹慎を申し渡されていて、どこにも出かけることはできない。学院内も、あまり出歩かないように言われているので、遅めの朝食を取った(聖女様は厨房の平民に優遇されているのだ)ルイズは、自室に帰り、ため息をついた。
 座学の予習でもしようかと、教科書をめくるが、さっぱり頭に入ってこない。
 ニャポーンは、相変わらず何も考えてない顔で、干草の上にでろれんと伸びていた。不思議なことにギーシュに踏まれてぺったんこになった体は翌日には戻っていた。突っ込む気力もなかったが。
 こんな日に限って、嫌味なくらい外がいい天気だ。

「ヴァリエール、居るの? 開けるわよ」
「何よ、ツェルプストー、謹慎中でどこにも行けない私を笑いに来たの?」
 文句を言いつつも、ルイズは入ってくるキュルケを止めることはなかった、さすがにひまだった。今はツェルプストーでもいいから、退屈しのぎの話し相手が欲しい。
 唯一つ驚いたことは、褐色の乳女の後ろから、青い髪の少女がついてきたことだ。確かガリアからの留学生で、タバサという、いかにも偽名くさい偽名の子だ。
「あなたの使い魔が見たいっていうから、つれてきたの。いいでしょ?」
「まあ、いいけど」
 小さく一度だけ頭を下げたタバサは、すぐにニャポーンに近寄り、もふもふとし始めた。
 お互いがお互い、感情の見えない顔で、ただもふもふしている。わかりにくいが、なんか、こう、恍惚としているようだ。時折「可愛い……」とか呟いている。自分の使い魔ではあるが、悪趣味ではないかとルイズは思った。
 その、心に抱いた感想はキュルケも同じだったようで、微かに引きつった顔をしていた。
 あの子は放っておきましょう! と、目と目で会話。

「そういえば、ヴァリエールが意識不明になっている間に、学院に盗賊が入ったのよ」
 勧められる前にさっさと椅子を引いてきて座る。さすが野蛮なゲルマニアだ。心の広い優雅なトリステイン貴族たるルイズは、それくらいでは、まあ、怒らない。ヒマだし。
「土くれのフーケ、あなたも知ってるでしょ」
「ああ、金持ちや貴族だけを狙う盗賊ね。義賊とも呼ばれてるんだったわよね」
 巨大なゴーレムを使い障害物を破壊して、目的の品を奪うという、まことに大胆で大雑把な盗み方をする盗賊で、下々の者にはやけに人気があったと記憶している。
 ゴーレムを作ることから、貴族崩れの土メイジと言われているが、仲間がいるのか、いないのか、男か女かということもわかっていないらしい。
「ふふっ、きっと陽気で情熱的……だけれども細心の注意力を持った野性味溢れるすてきな男よ」
「そんなことないわ、金髪に冷たくも寂しげな蒼い瞳をもった美青年という可能性もあるでしょ」
「それもいいわね、両親を無実の罪で殺されて復讐を誓った美青年。昼は優しい眼鏡の書記で、夜は盗賊のフーケ! 白磁の肌に映える黒いマントとフード! いいわ、それすごく燃えちゃうわ!」
 ルイズは想像した。ちょっと、ときめいた。
 フーケは男だと断定しているが、乙女の夢だ、これくらいはいいだろう。
 ひとしきり、わたしの考える格好いいフーケ様談義で思わず盛り上がってしまった二人。しかも、キュルケが自室から美味しいと評判の果汁の瓶を持ってきたので、さらに話し込むことに。
「そんな男に見つめられて、「お前だけだ」とか言われたら、微熱が高熱になってしまうわ」
「一生守ってやる……とか、耳元で囁かれたり」
「乙女ね、ヴァリエール」
「意外なことにあんたもね、ツェルプストー」
 しばし二人して乙女夢時間突入。

「そういえば、何を盗まれたの?」
「それがね、破壊の杖という名称のついたオリーブの首飾りだって」
「なんで、首飾りが破壊の杖なのよ」
「そうやって宝物庫保管庫録に登録されてたんだから、しょうがないじゃない」
 どうやら、破壊の杖という名前の、オリーブ製の首飾りらしい。
 まったくややこしいが、がそういうことなのだから、そういうことなのだろう。しかも、それは学院長の私物で、マジックアイテムなことは、マジックアイテムだが、大したものではなかったというから泣ける。
 それでも、宝物庫を破られて宝物を盗まれたことは間違いないため、学院は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。被害届を出すか?! いや、それでは学院の面目丸つぶれだ! 大したマジックアイテムじゃないんじゃし、今後の警備を厳しくすればいいんじゃろ? そんな問題ではありません学院長! などなどなど。
 そこへ、逃げ出すフーケらしき人影を見たとミス・ロングビルが言い出したため、急遽フーケ討伐隊が組まれることになった。
 討伐隊として、発見者であるミス・ロングビルは当然として、なんとオールド・オスマン御自ら、そして事件当日の当直ということでミセス・シュヴルーズ、さらになぜかミスタ・ギトーまでもが選ばれた。
 こうして、どこをどう見ても盗賊より怪しげなデコボコ隊は早速フーケ討伐に出かけたのだが、隠れ家だという空き家に着いても肝心のフーケはおらず、ただ、戦利品であるはずの首飾りだけがぽつんと置かれていたという。
「破壊の杖っていうから、てっきり杖だと皆思っていたそうだけど」
 オールド・オスマンが、あー、これは破壊の杖という名前の首飾りじゃ、と、言って終わり。

「実はひどかったのはそれからなのよ、ヴァリエール」
 意外に情報通なキュルケは、生徒達にはおおやけにされていない情報を話し始めた。

 学院へ帰る途中、つい出来心で、オリーブの首飾りをかけてしまったミス・ロングビル。そのマジックアイテムの悲惨なマジックアイテムっぷりを身をもって体験する羽目になってしまったのだ。
 杖を振れば、ぱんぱかぱーんという音と共に、花と紙ふぶきが舞い。ポケットを探れば、ボールがごろんごろんと飛び出してくる。でっかくなった耳の穴からコインが転がりだして、何故だか知らないがミスタ・コルベールにカードを見せて番号とマークを覚えさせる始末。食事をすればフォークを曲げ、スプーンを引きちぎり、口を開けば色とりどりの紙と金魚が連続して落下、酒の色を変化させ、鳥をナプキンの中から取り出す。うん、ちょっと年を考えようか、という感じの際どくもケヴァい格好にマント一振りで生着替え、そのままマリコルヌを浮かせて回転させて、箱の中からどこかへと移動。わけわからんポージングつきで、スモークの中から華麗に再登場。
「折れたはずの杖が、まあ不思議、はい元通り~をやったとき、ミス・ロングビル泣いてたわ」
「まさに色々なものが破壊の杖ね……」
「まさに色々なものが破壊の杖よ……」
 そんな呪われアイテムが数多くあるという学院宝物庫、なんて恐ろしい。
「フーケ様が被害にあわなくてよかったわよね」
「まったくね」

 かくして、可哀想なミス・ロングビルは、そのまま宝物庫の明細を作るはめになってしまったという。今のままではどれがどういう機能があって、どう役に立つかわからない。下手に手を出すと、オリーブの首飾り再びである。それに、管理が行き届いていなくて、何が盗まれたのかわからないというのは、確かに大問題だ。
「気の毒に、このまえ前を通ったら、背中丸めてぶつぶつ言ってたわよ、ミス・ロングビル「終わったイベントを見張るって最悪じゃないかい……」とかなんとか」
「そんなことがあったのね」
「あったのよ」

 ルイズは、ちらりと扉を見て、天上を見て、キュルケの肩あたりを見た。いい時間だ、結構長く話し込んでいたらしい。息を吸って、吐いて、吸って。
「あの、ね、これからシエスタがクックベリーパイを持ってくるのよ、それで、いつも多めにつくってるそうだから、その、あの、別に、あんた達もヒマならここで食べていってもよくってよ!」
 最後の言葉を一気に言い放つと、キュルケは微笑んで、タバサは未だ飽きもせずにもふもふしながら頷いて答えた。

つづく



多分どうでもいいおまけ。

 王都トリスタニアにある、武器屋である。
 虚無の曜日にも開いているそこは、実直な主人が堅実に経営していた。このところアルビオン方面が何やらきな臭いせいか、それとも単に本当に貴族が平民に剣を持たせるのがはやりなのか、ぼちぼちの商いである。
 この店には、異名を持つ伝説の剣があった。
 デルフリンガーという立派な名をもつその剣は、インテリジェンスソードで、華美ではないが質実剛健そのままの、年代ものの立派な鞘を持っていた。
 その、素晴らしい鞘に引かれて、客はまずデルフリンガーを手に取る。どんなに隠していても何故だか探し当ててしまう。そして、店主が止めるのもきかず、鞘から引き抜いてしまうのだ。

 鞘から引き抜くとおよそ3サントの刃がコンニチワー。

「短ッ!」
「使えねぇっ!」
「がっかりだ!」
「本当にがっかりだ!」
「ないわー!」

 ついた異名が、「がっかりの剣」。
 できた伝説が、「がっかり伝説」。
 今日も今日とて、つい手にとって鞘を抜いてしまった人が、がっかりしている。

「大丈夫、いつか絶対現れるぜ、デルフ、お前を作った人と同じシャレ心を持った、陽気で愉快な白馬を背中に乗せたひょうきん王子様がな……」
「よせやい、そんな優しい目で見るなよ親父ィ……俺っちには実は真の姿が……」
「わかってる、わかってるさ、無理するなデルフっ!」
「……ち、刀身に心の汗が滲むぜ」

 伝説の剣の現実もまた、非情であった。



[22826] ただしまほうはしりからでる6
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/30 21:36
 その悲劇は、オールド・オスマン不在時におこった。

 学院長は、盗賊フーケの後始末報告兼、姫殿下の魔法学院への御幸打ち合わせなどなどで、王都へ出かけて朝から不在だった。そのせいで、とは言わない、ただ、まさか、こんなことになってしまうなんて……ルイズは自室で、ベッドの端に腰かけ、ニャポーンの胴体を無駄に引っ張りながら、がっくりと落ち込んだ。
 ここに立てこもりを初めて、もうどれだけになったのだろう。このままでは、昼食もとれないし、お手洗いも行けそうにない。前者はともかく、後者は悲惨だ。
 くまたいように出会ってからというもの、何かしら不幸に見舞われている気のするルイズである。
 廊下から聞こえる音が、ひたすらうるさい。スクエアレベルのロックがかかっているから、まさか開けられることはないだろう、そう、思いたい、そうなるはずだ、そうであって欲しい。
 だが、次の瞬間、ルイズの淡い希望はそのまま儚く消え去った。

 扉、消滅。

 恐るべき魔法の炎による高温で、一気に炭化したのだ。
 そして、もくもくと広がる煙と、吹き込む熱波の向こうで、男二人が、イッちゃった目で羽ばたく鳥のポーズを決めていた。

「ウニョラーァァァァアァアアァアアァ!」

 頭が寂しい男性教師は、なにやら籠を持っている。

「キロキロオオォオォォオオオオオオォ!」

 風を妄信する男性教師は、杖を振ろうとしている。

「トッピロケエエェエェエエェエェッ!!」

 寸分の狂いもなくセリフを全うした満ち足りた二人。

 元は教師だった物体を前に、乙女らしい悲鳴をあげることすらせずルイズは思いっきり使い魔を振り回して叩きつけ、相手が体勢を崩したその間をすり抜けて部屋から走り出た。
 あの、温和なミスタ・コルベールが、なぜ? どうして、こんなことにっ?!
 ミスタ・ギトーもそうだ、性格は悪いが、こんな奇声をあげながら、変則スキップで追いかけてくるような変態ではなかったはずだ。
 使い魔を引きずりながら、廊下を全力で駆け抜けつつ、ルイズは、自分が自室に立てこもった時よりも、事態がさらにひどくなっていることを知った。

 見知った者のほとんどが、「ウニョラー!」「キロキローッ!」と、叫びあいながら、走り回っている。例えば、ギーシュが「ウニョラー!」と言うと、モンモランシーが「キロキロー!」と叫びながら、互いに鼻に指を突っ込みあうという状態だ。あちらでは、シャーッ! と、腹を片手で掴んで揺らすという意味不明の威嚇をしたマリコルヌが、やっぱり変則スキップをしながら、パンをレオナールの耳にねじ込んでいる。

「何がおこったの? 何がおこったのよ……」

 ルイズが無事だったのは、単に教室の扉が開かれ何かがおこったその時、ニャポーンが鳴いたという偶然に助けられただけにすぎない。
 幾度目かの角を曲がった時、不意にルイズの服の袖を誰かが引っ張った。

「ひっ!」
「声を出さないで」

 見れば、ちょうどニャポーンが鳴いて、周りを無気力に落とし込んだルイズの教室の前だった。その教室の扉を少しだけあけて、タバサが唇に人差し指をあてていた。こちらへと促す言葉に従い、そっと室内に入ると、彼女が飛び出した時そのままに、全員がやる気をなくして、ぐんなりと床に倒れていた。キュルケもいる。
 もしも、ギーシュやモンモランシーと一緒に、さっさと教室を出ていたら、ヴァリエールのライバルも、今頃は、ウニョキロな変態になって颯爽と走り回っていたかと思うと、なんだか知らないがルイズは目頭が熱くなった。

「タバサ……よね、原因、知ってるの?」

 こくりと小さく頷く。この短時間で原因を突き止めることができたとは、シュヴァリエの称号を持っているという話は本当のようだ。今現在、恍惚とした顔で、もっふもっふとニャポーンの毛皮を触りまくっている姿からは想像がつかないが。
 言葉少ない彼女の説明を、脳内で補いつつ聞いて、ルイズは呆れた。
 ことのおこりは、風が最強と言い張るミスタ・ギトーがミスタ・コルベールに絡んだことらしい。いつもならば、どっちもどっちだとオールド・オスマンが、なんとなく丸く治めてしまうところなのだが、本日は不在。
 調子にのったミスタ・ギトーが、ミスタ・コルベールが火の有効活用研究同盟を結んでいた厨房の料理長マルトーを馬鹿にしたことで、沸点突破。もちろん爆発したのはミスタ・コルベールではなくマルトーの方だ。
 ブチ切れた料理長は、東方原産だというアオトウガラスィなる野菜が満載された籠を、ミスタ・ギトーにぶつけた。

「ちょっと、それって大変なんじゃない?! 平民が……」
「そう、大変。だからぶつかる直前にミスタ・コルベールが籠を受け止めた」
「それがどうして、こんなことにつながるの?」
「アオトウガラスィを、食べた。ミスタ・ギトーが」
「よくわからないんだけど?」
「辛かった。とても辛かった……の……ウニョッ!!」
「ひいぃいぃっ!」

 ルイズは、悲鳴をあげて逃げようとして、派手に尻餅をついた。
 今まで落ち着いて話をしていたはずのタバサが、アレな感じのアレになって、スベスベマンジュウガニの威嚇のポーズになりそうだったのだ。だが、タバサは最大限の意志力を働かせて、ゆっくり両手を下ろした。こめかみに汗が滲んでいる。

「ウニョ……ニョ……だ、大丈夫、私は耐性があるから」
「耐性っ?」
「ハシバミ草」
「ハシバミ草は苦いでしょ? あれは辛いんでしょ?」
「口の中の刺激物に」
「微妙だけど納得してみたわ!」
「でも、それだけ……ウニョラアアァアアアアアァアアッ!」
「うひいぃぃいいぃっ!」

 ルイズは、悲鳴をあげて両手を振り回したが、当然のことながら使い魔は目を開けて寝ていた。

「だ、大丈夫ウニョ」
「嘘だッ!」
「……私はまだ戦えるウニョ。私のために散った、オサール太郎のためにも、ここで負けるわけにはいか……ない」

 タバサに新しい設定がついた!

「とりあえず私がウニョラーと言い出したら、キロキローと答えてくれたら大丈夫。呼応の合図というか合いの手みたいなものだと観察していてわかったから」

 そんなもの観察したくないし、わかりたくもなかったが、ルイズにとってのマトモな味方は今はタバサだけしかいない。ああ、どうしよう、足元でいい感じでダラけている褐色乳女の顔を踏みたい。

「これを、ウニョキロの法則と名づけた」
「つけんなッ!」

 ああ、ブリミル様、ちいねえさま、私どんどん荒んでいっているような気がします。こんなの、乙女の、レディの言葉遣いじゃありません。これは私のせいですか? せいなんですか? 教えてくださいブリミル様、ちいねえさま。

「本当に大丈夫、まだトッピロケーまではいってないから」

 基準がわかりません。

「泣いていい? ねえ、私泣いていい?」

 まとめると、最初に出来心でアオトウガラスィを食べたミスタ・ギトーがウニョラーになった。それを止めようとしたミスタ・コルベールも、アオトウガラスィを食べさせられて、キロキローになってしまった。
 結果、ミスタ・キロキローがアオトウガラスィを投げつつ炎で相手を足止めし、ミスタ・ウニョラーが投げ上げられたアオトウガラスィを、風の魔法で人々の口につっこんでいくという、嬉しくもない見事なコンビネーションが炸裂することになったというわけである。

「これからどうするの?」
「あなたの使い魔が鳴けばすべて解決する」
「無理。寝てるわ」
「……」

 目を開けたまま気持ち悪く熟睡中。相変わらず、ここぞという時に役にたたない使い魔である。シエスタの秘儀ならどうかとも考えたが、アオトウガラスィ効果が切れるまでずっとその場で硬直しているというのも、無理があるだろう。
 シエスタ自身が、まず、敵コードネーム[二人はウニョキロ]にやられていないという保証もない。
 言うべき事は全て言ったとばかりに、再び無言でもっふもっふと使い魔をもふり始めたタバサを見て、ルイズはため息をつきながら膝を抱えた。

 すると、遠くからガランガランという鐘の音が聞こえてきた。
 涼やかな鈴の音ではない、バケツに石を放り込んだような、耳障りな音である。なのに、ルイズは急な眠気に襲われて、一瞬意識を飛ばしかけた。

「ベルー、ベルはいらないかい? ベルだよー! あら、あなたたちも無事だったんですか?」
「ミス・ロングビル?!」
「ええ」

 大小5つのベルを首と肩にぶら下げた学院秘書は、廊下に立ったまま、綺麗に微笑んだ。

「ベルはいりませんか? 宝物庫で見つけた、効果保証済み、眠りの鐘[小]。今なら貸出料1日10エキュー。先着4名様」
「金貨取るのっ?!」
「学院の物」
「変なマジックアイテムを発動させて地獄を見たり、上司にセクハラされたり、血反吐はきつつ涙にくれたりしながら頑張って宝物庫目録を作っている私への寄付金だと思われると気分が楽ですよ」

 やはり美しい微笑だ。だから、瞳の奥が妙にドス黒いのは、ルイズの気のせいなのだろう。

「払う。でも今はないから後払いで」
「しょうがないから、私も払ってもいいわよ。ここにはないから後払いになるけど」
「はい、どうぞ。使い方は、これを振りながら、眠れを繰り返してください。当然ですが、持ち主には眠り効果はありませんから。では、代金は後ほどということで、失礼いたします」

 ベルを売り売り歩くミス・ロングビルの後ろ姿を見送った後、ルイズはタバサと視線を交わし、頷きあった。これで当面の身の安全は保証されたわけだ。眠れ眠れねーむれーと言いながら、ベルを振るのは間抜けだが、背に腹はかえられない。
 ちょうどよくあそこにウニョラー化した生徒がいる、鐘をためすのも悪くないとルイズは思った。

「眠れねーむれーねーむれーねむれー!」
「眠れ眠れ眠………………あ」

 ガランガランガランガラ……

 途中で何かに気づいたらしい棒読みタバサの声と、やる気満々のルイズの声、そしてドラのようなベルの音が途切れるのは同時だった。二人同時に床にばたりと倒れ伏す。
 つまり、ルイズの眠りの鐘[小]がタバサを眠らせ、タバサの眠りの鐘[小]がルイズを眠らせたのだ。確かに鐘は、その持ち主には効果を及ぼさない、その、持ち主、には。タバサは気づいたらしいのだが、もう遅かった。
 薄れゆく意識の中で最後にルイズが見たものは、鼻風船を出す熟睡使い魔の姿だった。

つづく



多分どうでもいいおまけ。

 ガリア王宮のプチ・トロワである。

 厳重に人払いをされた王女の居室に、一人の王族がいた。今現在のガリア王、ジョゼフの一人娘イザベラである。無能王の娘と、何かしかにかけて謗られる王女は、眉間に深いしわを寄せて、それを見つめていた。
 それ、とは一つの鉢植えである。つい先日、いつもの魔法の礼に珍しい花を取り寄せた、と、ドヤ顔で父王が置いていったのだ。
 珍しい人面花は、とにかく濃い顔(人面)の周りに、花びらがびっしり取りまいているかのような外見を持つ、お世辞にも美しいとは言い難い花である。そもそもコレを花と言っていいのだろうか。そうであるなら、世の他の花が気の毒すぎだ。
 というよりも、あのクソオヤジのことだ、絶対にこの奇怪な花には裏があると、王女は思った。

 現に、手に入れたその瞬間、花はイザベラの杖を奪い取ったのだ!

 だが、すぐに返した。しかもツルでリボンがしてあった。

 この間は、何かを話しかけようとしてきた……

 だが、昼過ぎから夕暮れまで待っても何も話さなかった。昼食を食べ損ねた。

 先日は飛んでいる虫に、ツルを伸ばしていた。まさか食虫植物?!

 と、思ったら、ツルを伸ばしただけだった。じっと待っていたら、虫にかまれた。

 あんまり腹が立ったので、むしりとったら、手の平が痛くなった。

 まさか毒草? ええい、わたしだって水メイジなんだよっ! と、治そうとしたら、すぐ治った。振り上げたまま行き場をなくした杖で、そのまま花をぶん殴ろうとしたら、鼻(推定)で笑われた。

 どうにでもなれ! という気分で、踏みつけて、火をつけた。

 翌朝には何事もなかったように、復活していた。気味悪がって、誰ももう水遣りどころか近寄ることすらしなくなった。自分も同じ目で見られている。色々と納得がいかない。

 アカデミーに匿名で寄贈した。

 すぐに返品された。

 これはもう単に、ク ソ オ ヤ ジ の、新しい嫌がらせではないだろうか。

 相変わらず青髪の乙女にとって、現実はとてつもなく非情であった。



[22826] ただしまほうはしりからでる7
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/01/15 14:32

 ルイズは、新品になった自室のドアを開けて廊下に一歩出たところで、そのまま固まった。

 爽やかな朝の光の中、見慣れた学院の廊下に、見慣れたモンモランシーと見慣れたギーシュのワルキューレが存在していた。
 そして、見慣れないミスタ・コルベールが、ルイズのはるか頭上からこの上もなく優しい微笑みを、投げかけていた。暖かく、慈愛に満ち溢れ、何もしてないのに「ごめんなさいっ!」と、叫びつつすがりつきたくなるような、笑みだ。

「おはよう、ミス・ヴァリエール」
「おおお、おは、おはようございます。ミスタ・コルベー……ル?」

 思わず語尾が上がってしまった彼女を誰も責めることはできないだろう。
 学院内でも、出来た先生と評判の高い、でもちょっぴり変人なコルベール教師は、ルイズのはるか上、廊下の天井にこぶし三つ分ほど余裕を残しつつ、ぷかぷかと浮いていた。
 いや、普通に浮いているだけなら、何か理由があってレビテーションをかけているのだと思えただろう、だが、ミスタ・コルベールは、いつもとかなり違っていた。

 何がって、その頭が。

 額部分鋭意拡大中のそれはいつものことなので、それでいいとして、その他の部分が、爆発していた。
 もしもここにニホンの平民少年がいれば、それはアフロだ! と、言い切ったことだろう。しかし、もちろんいないので、なんか知らないが、ミスタ・コルベールの頭髪が爆発している、としかルイズは表現しようがなかった。

 しかも、腰部分に綱が巻いてあって、その先をギーシュのワルキューレが握っている。言い方は悪いが、どこをどう見ても、犬の散歩です怪しすぎます変態すぎますありがとうございます。[このモンモランシーがヒドい]ぶっちぎり年間一位です。

「これは夢ね、おやすみなさい」

 ためらいもなくきびすを返し、自室に戻ろうとしたルイズだが、腕をモンモランシー掴まれてしまった。
「いやっ! 私を一人にしないでっ!! 一緒に教室へ行きましょう! 一緒に! 一緒に!」
「嫌よッ!」
「そう言わずにっ! お願いっ!!」
「変態は一人で十分よっ!」
「変態言わないでっ!」

 モンモランシーもルイズも必死だ、腕の引っ張り合いを続けていると、隣の部屋からキュルケが出てきた。
 すべての動きが停止する。ルイズの腕をがっちり掴んだまま、モンモランシーはぎこちなく笑った。
「あ、あのね、キュルケ、これは……」
 聞いているのか、聞いていないのか、ゲルマニアの留学生は、とてつもなく穏やかな表情を浮かべている教師を見て、ワルキューレを見て、モンモランシーを見た。その瞳には、ルイズが浮かべることができなかった、理解と、ある種の好奇心が浮かんでいる。

「大丈夫。わかってるわ、、モンモランシー」
「そ、そう?! わかってくれる? わかってくれるの?!」

 褐色の肌の乙女は、ゆっくりと頷いた。香水の異名を持つ少女の顔が輝く。

「で、何のプレイ?」
「……」

「わかってねえだろっ!!」

 倒れるように廊下につっぷして泣き出すモンモランシーの代わりに、ルイズは力いっぱい裏拳で突っ込んでいた。ああ、ブリミル様ちいねえさま、わたしは淑女です、乙女です。ヴァリエールの娘です。
 だから、これはきっと私を貶めるためのツェルプストーの罠なんです。胸の無駄な弾力に阻まれてダメージ足りてない、うぜぇ、今度は別の所狙おう、とか思っているのは、わたしじゃないんです。

「泣いてはいけませんよ、ミス・モンモランシ。これは、罪、そして罰なのです。ああ、ダングルテールの罪がこんな形で……」
 どこまでも優しいミスタ・コルベールであるが、目がかなりイッちゃってる。
 教師の言う、ダングルテールが何かはルイズにはわからないが、髪を爆発させて、ぷかぷか浮きながら、乙女に先導されたゴーレムにペットよろしく引っ張られることが罰だなんて、どんなに恐ろしい罪だったのだろう。きっと考えるだにとんでもない罪に決まっている。

 そうこうしている間に、逃げそこなったルイズは、モンモランシーから聞きたくも無いことの顛末をキュルケと一緒に聞くはめになってしまった。
「発毛剤を作る研究をしていたのよ」
 てかてかと頭部を部分的に光らせたミスタ・コルベールが頷いている。
 モンモランシーがたまたま提出したレポートを見て、コルベール教師が興味を持ったのが初めだという。頭皮には、毛の生える元があり、それを水の魔法で活性化すれば、再び頭髪が生えるのではないかという、香水よりもある意味成功したら売れに売れそうな商品の発想である。
 モンモランシ印の発毛育毛養毛剤で、頭部から世界征服! と、モンモランシーが思ったかどうかはさだかではないが、彼女は俄然やる気いっぱいの教師と供に、実用化に励んだ。
 寝る間もおしんで頑張った。
 それでも失敗続きで、最後に頼ったのが、実家にあった残り少ない水の精霊の涙を使うことだった。

 結果が、これ。

 確かに見ようによっては増えている。間違いなく体積も容積も飛躍的に増大している水魔法万歳。
 だが、元からなかったところはそのままで、逆に悪目立ちしていた。しかも、レビテーションもフライもかけてないのに、ふわふわと浮いているのだ。
 どんどんと遠いお空に去っていくミスタ・コルベールを、レビテーションをかけてあわてて追いかけて、手をつかんだのはいいのだが、そこは体重差で、重石になることもできず、自身もふわふわと浮かんでいく。
「ギーシュがいなかったら、危ないところだったわ」
「つまり、この、ワルキューレは重石ってわけね」
「そのギーシュはどうしてるのよ」
「オールド・オスマンに相談しにいってもらってるわ」
 モンモランシーは、長い長いため息をついた。それはそうだろう、貴重な材料を無駄にしたあげく、停学させられても文句のいえないアレな仕打ちを教師にしてしまったのだから。しかも、こんな変態プレイと同然の公開処刑つきで、これで人生イヤにならなければおかしいというものである。
 ああ、モンモランシー、今なら私、あなたを友人と思えるような気がす……

「あのギーシュが、何があっても君を守ってみせるって……」

「……」

 あんた達、いつの間にヨリ戻してんのよ。

 前言撤回、背中の猫袋から使い魔を取り出したルイズは、無言でニャポーンの尻を、モンモランシーの顔に押し付けた。
「何? フザけたことを言っている口はこの口なの?! この口なのっ?!」
「いやあぁあぁぁ、お尻やめてぇぇぇ!」
 セリフだけだとひどくアレな感じだが、乙女二人は気づいていない。
「気持ちはわかるけど、まあ、落ち着きなさいよヴァリエール、で、どうするの? これは治るの?」
「もう一度水の精霊の涙で薬を作ったら、もしかしたら……」
「いいのですよ、ミス・モンモランシ。私のためにそんな高価な薬をこれ以上使わせるわけにはいきません」
 モンモランシーの良心を、ざくざく切り裂くような悟りきった表情で、ミスタ・コルベールは言った。
「コルベール先生……」
 涙でぐしゃぐしゃな顔で、モンモランシーはミスタ・コルベールを見上げた。本来なら教師と生徒の心の交流という感動の場面のはずなのだが、いかんせん猫尻を顔に押し付けられた生徒と、空中浮遊するアフロ教師である、お笑いにしかなってない。我慢できなかったキュルケが、壁に両手をあてて肩を震わせていた。

「ちょっと待ってもらおうかッ!」

 声を聞いて振り返ったルイズは、本日二度目の思考停止に陥った。
 頭髪を爆発させたミスタ・ギトーが、天井に両手をついて、体勢を保っている。
 数多くの高名なメイジを輩出した伝統と格式あるこの魔法学院に、いったい何が起ころうとしているのだろうか。スクウェアレベルの風の才能を誇る教師は、器用にフライをかけながら、ルイズ達の眼前までやってきた。最後に着天井に失敗して、頭を強打していたようだが、見なかったことにする。
 ついこの間まで、色々な理由で非常に仲の悪かった二人ではあるが、アオトウガラスィ事件以来、変なところでかみ合ったらしく、食堂で一緒に食事をとったり、コルベールの怪しげな実験室で二人で実験していたりしていた、のだが。

「一人は二人のためにっ! 二人は一人のためにっ!」

 意味がわかりません。

「共に、ちょい悪へびくんを完成させようと誓った仲ではないかっ!」
「……ミスタ・ギトー……」
「一緒に水の精霊の涙とやらを取りにいくぞ」

 見つめあう瞳と瞳。
 繋がりあう心と心(多分)。
 ほほえみと、頷き。

[あの強敵がなんと仲間に!]
[前回のファンなら思わずニヤリ!]

 そう、ふたりはアフロ Splash Starの誕生だった。

「いえ、その、ミスタ・コルベール、ミスタ・ギトー? 実はわたしの家は水の精霊とちょっと、その、疎遠になってまして、えーと、聞いてらっしゃいますか? というかミスタ・ギトーあの薬使っちゃったんですかー? 確かアレは私の部屋にロックをかけて……学院でアンロック使うの禁止で、いやそれよりもレディの部屋に無断で入るのはどうかと思うんですかどうかとか、そんなことを思わないでもなかったりするんですけど?」

 間違いなく聞いてない。
 周りをドン引きさせつつ二人は、肩を抱きあって自作自演「負けないちょい悪へびくん闘魂のテーマ」を歌っていた。柱の影から、マルトーが、目頭を押さえつつ見つめているのを、二人だけが知らずに。


 数日後、ルイズとキュルケは食堂で、タバサから、モンモランシーの実家であった事の顛末らしきものを聞いていた。
 何故ガリアの留学生がそんな所にいたのかという部分はつっこまないで欲しいと、最初に言われたので聞いてはいない。
 本当は、ふたりはアフロとギーシュ、モンモランシーがどうなってしまったのかも言いたくない様子だったが、ニャポーンもふもふ権で釣って話させた。
 時系列にそった、ほとんど主語述語のみの短文会話から推測したところ、なんとか水の精霊の涙を手に入れることは出来たらしい。それと交換条件で、アンドバリの指輪というアイテムを見つけ出して持って来いという話になり、色々あって二人は夜空の彼方に飛んでいった。

「ちょっと待って、その色々あってという部分が一番大事なところじゃないの?!」
「飛んでいった……って、二人ともナニゴトもなかったみたいに、普通に授業してるんだけどっ?!」

「わたしは生き残らなくちゃならないの……見ていて、ライオン師匠」

 タバサはシメに入っている!

 もはや突っ込む気力もなくしたルイズは、喜々としながら五体投地で登場するシエスタを見てただひたすらげんなりした。

つづく


多分どうでもいいおまけ。

 ロマリア教国である。
 本日は、教皇聖エイジス32世自らが祭事を行うということで、限界な警備体制が大神殿にひかれていた。
 もちろん、大聖堂には聖職者が隙間なく佇み、針の落ちる音すら聞こえそうなほどの静けさの中で、最高位の神の代理人の言葉を待っている。
 虚無の使い魔ヴィンダールヴたるジュリオもその一人で、司祭達に紛れるように聖なる主のお出ましを待っていた。
 赤い毛氈がしかれた上を、確かな足取りで進んでくる若き教皇。
 壇上に、立つ。



「おならぷぅ」


 ジュリオは吹いた。

「おお、始祖ブリミルは、おならぷぅをもたらされたぞ!」
「いったいどういう意味なのだ、ありがたやありがたや!」
「素晴らしきかな、おならぷぅ! ブリミルの威光は永遠なり!」
「おならぷぅ、素晴らしい、おお、な、涙が溢れてくる!」



「さらにぷぅ」


 ジュリオは倒れた。

「おならぷぅだけではなく、さらにぷぅとは!」
「奇跡だ!」
「私はこの日を忘れない!」

 イイ感じに今日もロマリアは迷走していた。



[22826] ただしまほうはしりからでる8
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/02/10 21:30
「さんじゅっ……かい、と……」
 いつもの様にいつものごとく、眠る前の腰の鍛錬をこなしたルイズは、やっぱりいつものようにいつものごとく、がっくりと膝をついた。そのまま背中を丸める。
「ああ、ブリミル様ちいねえさま、私の大切な何かがどんどん減っていきます。どんどん、どんどん……」
 じんわりと滲んだ涙を手の甲で拭いながら、令嬢は呟いた。
 する度にこんな悲しい思いをするのならば、腰の鍛錬などやめてしまえばよいのだが、それができない彼女は根っからの生真面目少女であった。
 今日は特に、ルイズにとっては辛い日だった。王宮からアンリエッタ王女殿下が、魔法学院へ視察にいらっしゃったのだ。それだけならばいい、大貴族の令嬢として、学院生徒として礼儀正しくお迎えすればいいだけだ。
 しかし、こともあろうに幼馴染でもある姫殿下は、進級された方々の召還された使い魔が見たいですわ~などと、クソふざけたことをお言いになりくさりやがって……

 ルイズの両手が我知らず拳になり、ぶるぶると震えた。

「さ、もう寝ましょ」

 忘れるのだ、きっとそれがいいことなのだ。
 使い魔のニャポーンを敷き藁の上に放り投げて、就寝前は防災上の理由で解除するように言われている「サイレント」を、お尻の一振りで消す。瞬間、室内の静寂は、とんでもない騒音に変わった。がごんがごんと耳障りに響くあの音は何だろう。

「ルイズ~ルイズ~、開けて~、開けてくださいましー! あなたのお友達のアンよ~?! 忘れてしまったのですかー? 昔、あなたと一緒にとっくみあいの大げんかをして、罰として「ごめんなさい もうしません」を千回書くという約束だったのにあなたに全部押し付けて逃げたお友達のアンよ~?! 本当はわたくしが落として壊した準家宝の花瓶をあなたが壊したことにしてばっくれたお友達のアンよ~?! ガリア産のおいしい果実をわたしが独り占めしたのに、全部あなたが食べたって言い張ったお友達のアンよ~?!」
「ヴァリエール! 私が言うのも何だけど、開けちゃだめよっ!」
「それ、お友達違う」
「レディにこんなことを言うのは薔薇のポリシーが……だが、あえて言うッ! ルイズ、逃げるんだ! 世界の果てまでっ!!」
「どうして、みなさまは、わたくしがお友達に会うのを止めようとなさるんですか~?」

 何か超硬い物で、新品の扉をぶっ叩く音と、複数の人間の声がした。聞きたくない。
 だが、このままにしておくわけにもいかず、長いため息をついてから、ルイズはまたもお尻の一振りで扉のロックを解除した。

 どうやら手に持った大鍋で、ルイズの部屋の扉をぶん殴っていたらしい自称お友達のフードを目深にかぶった女性が、一番最初に室内に飛び込んでくる。次に、他人事なのにやけに悲壮な顔をしたツェルプストーが続き、さらに無表情なタバサ、頭を抱えたギーシュが転がるように中に入ってくる。
 扉を閉めるために近づいた時、ちらりと見た廊下は、興味津々の顔がいくつもあった。泣きたい。
 ギーシュの発言から察するに、彼女がサイレントをかけて必死に尻鍛錬をしている間に、あんなことやらこんなことやら大声で言われ続けていたのだろう。

 現実は無情である。

 椅子が足りないので、のろのろとベッドの上を手で促しながら、ルイズは思った。思えば、アンリエッタ王女殿下は昔からこうだった。いい意味でも悪い意味でも己の欲望に正直……というか、素直というか。子供のような誰にもばればれの嘘をつき、すぐさま看破されてごめんなさいをすることを、未だに繰り返しているような人である。
 なにせ、純真で正直なので、誰しもが思っていてもあえて言わないようなこと……「ルイズの使い魔は、とっても気持ちの悪い、触るのも嫌な、猫とも思えない猫ですね、不気味ッ!」を、笑顔で言う。
 自分で思っていても、他人に言われると、さすがに傷つくルイズである。

「久しぶりですね、ルイズ! 相変わらず胸がないのですね!」

 超笑顔で言う。裏表のない、まっさらなイイ顔だった。


 どうやら、廊下の外で、自称お友達のアンがこの国の王女アンリエッタであるということは、バレてしまった(当たり前だが)らしく、色々と夢破れたギーシュが臣下の礼をとりながら恭しくこの部屋に二つだけ存在する椅子の一つをすすめていた。ゲルマニアとガリアということで、タバサとキュルケは出て行くものと思っていたルイズだが、当たり前のように二人はベッドの端に腰掛けている。
 タバサなどは、すでにニャポーンを掴んで、もふもふしていた。不幸のどん底にいるルイズとしては、それだけで幸せに至れる彼女の心の在りようが羨ましい。

「お願いがあるのです、ルイズ」
「嫌です」
「頑張って! ヴァリエール!」

 どうやらキュルケは、応援するために残ったらしい。いったい自分が聞いていない間に何を言われていたのか、聞きたいような聞きたくないような気分になるルイズである。
 しかし、まったく人の話を聞いてない王女様は、周りの意思をさくりと無視して、言いたいことを言い切った。

「わたくしをアルビオンに連れて行ってくださいませ」
「え?!」

 アルビオンといったら、アルビオンである。始祖につらなる4つの国の一つである。空飛ぶ大陸の風の国である。もちろんトリステイン王家とは縁続き。しかし、今、レコン・キスタだか何だかで、内乱状態だと学生であるルイズですら知っていた。
 危険。どこをどう考えても超危険。
 そんな国に一国の跡継ぎ王女を連れて行く→当たり前のように問題おきる→自分ひとりが罪をかぶるならともかく、ヴァリエール家も大変なことに→ち、ちいねえさまがっ! そもそもここには、トリステイン人だけではなくて、ゲルマニアとガリアもいるんですけど気にして……ませんよね、姫様。

「ど、どどどど、どうしてアルビオンに?」
「当然、ウェールズ様にお会いしに行くのですよ?」

 どこがどう当然なのかわかりません、姫様。

「ど、どどどど、どうしてウェールズ様に?」
「えっ」

 ぽっと姫殿下は頬をそめた。そのまま両手をあてて、もじもじと身をよじる。その間、あまりといえばあまりな国家機密レベルの話の連続に、グラモン家の男は立ったまま彫像になっていた。涙の筋が見えるのは大人の階段を一つ上った証ということだろう、探せば彼の夢見ていた「姫殿下の像」が粉々になってその辺に落ちているはずだ。

「今、ウェールズ様はとても大変でしょう? こんなわたくしでも、何かお力になれるはずだと思いますの」
「お力にって、あの、その」
「大丈夫です、城にはちゃんと置手紙を残しておきましたわ! [ルイズと幸せになります。探さないでください。]って」

「どアホウゥウウゥゥウウ!!」

 ルイズ・フランソワーズは、乙女であり淑女であり大貴族の令嬢であり、敬虔なブリミル教徒であり、トリステイン王家に忠誠を誓う者である。それでも泣きながら全力で突っ込むことにためらいは存在しなかった。あらゆる意味で言葉が足りてない置手紙を、王宮の人や家族がどんな思いで読むのか、想像するだけで恐ろしすぎる。

「王位のことを心配してくれているのですか、ルイズ。ならば、大丈夫です。[もしわたくしが帰ってこなければ、トリステイン王位はヴァリエール公爵様お願いいたしますねっ]とも書いておきましたから!」

 自信まんまんの姫様のドヤ顔である。

「……ニャポーン……わたし疲れたわ……眠いわ……」
「ヴァリエールっ! いえ、今こそ言わせてもらうわ、ルイズッ! 目を開けてっ! 寝てはだめ! 寝ると死んでしまうわよっ! 社会的にっ!! 特に社会的にっ!!」
「もちろん報酬もありますよ。王宮の宝物庫から持って参りましたこのお鍋です。これで煮込めば何でも美味しくなる魔法のお鍋だそうですわ」

 マジックアイテムだからなのか、かなりの力で魔法学院の扉を殴打していたはずなのに、傷一つついていない鍋を掲げてご満悦である。
 大貴族の令嬢への御礼の品にしては、あんまりなブツであるが、王女殿下はまるっきり気にしてない。周りの雰囲気などおかまいなしに、自分語りに突入している、どうやら皇太子とのなれそめがしゃべりたいらしい。

「ウェールズ皇子は、私に初めてあだ名をつけてくださった方なのです」
「二つ名ではなく?」
「ええ「ラグドリアンおろし」って、きゃ、恥ずかしい。言わせないでくださいまし」

 どこがどう恥ずかしい所なのかわかりません、姫様。

「あ、一応危険だとは思いましたので、魔法衛士隊からも一人連れて来たのですよ?」

 この場に居た誰もが、焼け石に水ってこのことだなぁ! と、詠嘆口調で思ったが黙っていた。反論する気力すらもったいない。

「ルイズもよく知っている方です」

 魔法衛士隊に誰か知り合いがいたかしら? と、ルイズが心の中で頭をひねった時、扉を開けて、ヒゲ男が入ってきた。

「やあ、久しぶりだね、僕のルイズ! レコン・キスタ」
「……」
「……」
「……」
「……」

 四人の沈黙をものともせず、ばさりと無駄にマントをひるがえすヒゲ男。とても格好いい角度だ。爽やかな笑顔に、白い歯がキラーンと光る。

「どうしたんだい、そんな変な顔をして?! 嬉しくないのかいルイズ! 君の婚約者、魔法衛士隊グリフォン隊隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだよ。レコン・キスタ」

 今度は魔法衛士隊の夢も破れたらしく、グラモン家の男は部屋の隅で膝を抱えて丸くなった。愛と正義について部屋の壁と熱く激しく語らいあっているらしい、止めるのは無粋だろう。

「……ワルド様……」
「なんだい?! 僕のルイズ。レコン・キスタ」
「……」
「彼は魔法衛士隊隊長です、きっとわたしたちの力になってくれるはずです」
「よろしくたのむよ。レコン・キスタ」
「……あの、姫様、今アルビオンで王家と戦っているのって……」
「レコン・キスタです」

 再び沈黙が落ちた。

 ルイズは救いを求めてキュルケを見た、すぐさま目をそらされた。タバサを見た、無表情にもふもふっていた。ギーシュは元から役にたたない。当たり前のことを当たり前に言うことが、どうしてこんなにも困難なのだろう。しかし、誰かが指摘せねばならない、この単純かつ当たり前の事実というものを。
 そして指摘する人間は、この場所では彼女しかいないのだ。
 せめても格好よく見えるように、ルイズはビシィっと、ヒゲ男を指差した。

「ワルド様はレコン・キスタに通じてるわねっ!」

「ど、どうしてわかったんだ! レコン・キスタ」

「わからいでかっ!」

 乙女にあるまじき言葉遣いになってしまったヴァリエールの令嬢のセリフだったが、他の三人は深く深く頷いていた。一方、心の底から驚いていたのは言われた本人と、アンリエッタ王女である。その事実がルイズの脱力をひどくしたのだが。
 ねえ、どうしてトリステイン王宮はこんなヤツらを野放しにしているの? 何か理由があるの? というか、何か理由がないと、わたしの忠誠心とか忠誠心とか愛国心とかそういったものが根こそぎ無くなりそうな気がするんだけど。
 しかし、衝撃を受けたワルドが、僕は枢機卿に泳がされていたのかとかなんとか言っているようなのでまだ未来はあるのではないかと、勝手に思う。そものそも、ここまであからさまにバカだと、逆に狙ってやっているように見えなくもない、ような気がしないでもない。

「では、マンティコア隊のド・ゼッサールを連れて行くことにいたしましょう!」
「姫様……なんか色々とずれてます。色々と……他にも大切なことはたくさんあるでしょう。どうしてレコン・キスタと繋がっていたのかとか、早く捕らえなさいとか、何が目的だったのですかとか、いつから敵と通じていたのかとか」
「あ、それもそうですね。ルイズは、かしこいのですね!」

 一見ばかにされているようだが、相手は本気だ。付き合いの長いルイズには、それがわかる。

「ねえ、ルイズ……ゲルマニアに来るなら歓迎するわよ? 少なくともウチの皇帝はマシよ? 多分マシよ? 晴れ時々マシくらいのマシだけど……」
「ガリア……別方向で似たりよったり。個人的にはオススメしない」
「やめてっ! 心が揺れちゃうじゃないっ! もうやめてっ!! これ以上わたしの心をかき乱さないでっ!」

 完全に当初の予定や就寝時刻を遠く離れて、ルイズの室内はぐだぐだのめちゃくちゃだった。本来ならば、教師が点呼を取りにくるべき時間帯を過ぎているのだが、誰もが興味深そうにしてはいても、来ることはないようだ。今更気づいたが、誰もサイレントをかけていない、国家の大事なあれこれは、完全にだだ漏れ状態だ。どこをどう考えてもトリステイン終わっている。
 この状況をどうすればいいのか。いい加減頭の働くなくなってきた部屋の主が、もう全員追い出して一人静かに寝るという選択肢を取ろうとした、時

「話はすべて聞かせてもらいました」

 新たな登場人物が現れた。

「お母様!」

 アンリエッタの一言が、この場に居た全員の行動を止めた。魔法学院の私室の扉を開けて静々と入ってきたのは、誰あろう、漆黒の喪のドレスを上品に身に着けた前王妃殿下、現マリアンヌ皇太后陛下その人だったのである。侍女兼護衛の乙女を二人引き連れた母の突然の登場に、呆然としていたアンリエッタだが、すぐに席をたって椅子を勧める。
 その行動のおかで、呪縛が解かれたように固まっていたルイズ達も次々に立ち上がって臣下の、また、他国の王族への礼をとった。

「皆のもの、大儀です。さて……まずは、アニエス、ミシェル」
「はっ!」
「成敗ッ!」
「ははっ!」

 マリアンヌ皇太后の一声を受けて、傍近く侍っていた妙齢の女性二人が、だだだっとワルドに近づき、問答無用でしばりあげ、額にべちーんと羊皮紙を貼り付けた。視界をあからさまに妨げるそれには、でかでかと「僕ロリコン」と書かれている。

「向こう一ヶ月、剥がすことは許しません」
「……父上から聞いたことがある……トリステイン王宮には誰も知らない知ってはいけない影の王宮があると……しかし、なんて恐ろしい罰なんだ……」

 とってつけたようなギーシュの言葉はともかくとして、あまりといえばあまりな出来事に、誰も何も言えない。ルイズとしても、別の意味でトリステイン王家は大丈夫なのか、そうでないのか、よくわからなくなってきた。なにせ、ご丁寧にワルドは、生々しいほど本格的な塗装つき幼女の木彫り人形を見せながら持ち歩くことも強要されている。さすがに元とはいえ、婚約者、爪の先ほどには可哀想に思わないこともない。幼い頃は魔法が使えないことを慰められて、逃げ出して隠れているところを庇ってもらった記憶だってある。

「これを拝領できるのですか? (ワルドは額の紙の文字を読んでない)名前はルイズでもいいですか? それとスカートはめくってみても……」

 こ の 変 態 が っ。

 乙女の純情を踏みにじられたルイズは、イイ笑顔でニャポーンの尻を元婚約者の顔にぐりぐりと押し付けた。まあどうしましょう、今日のニャポーンは本当に生きがよくて、わたしの力では止められないわ、である。

「まあ、ニャポーンはそんなにワルド様が好きなのーそうなのーうふふふ」
「うわあああああ、尻はやめてくれ僕のルイズッ!」

 やはりセリフだけだとひどくアレな感じだが、当事者二人は気づいていない。

「堅苦しい挨拶は抜きにいたしましょう。話はすべて聞いていたと言いました。このアンリエッタはトリステイン王家の第一位王位継承権者、アルビオンに行くことなど許しません」
「そんな、お母様……」
「しかし、わたくしもまた娘の幸せを願う一人の母親。そう、わたくしならば、後はもう前王陛下を思い、ただ老いさらばえていくだけ、跡継ぎをなすこともありません」

 ルイズは聞きたくなくて、耳を塞ごうとした。

「わたくしがアルビオンに参りましょう!」

 無理だった。

つづく


多分どうでもいいおまけ。

 魔法学院に勤めて、破壊の杖を盗み損なって以来、盗賊のフーケはケチがつきまくっていた。宝物庫の目録を作るということで、手当ての額は非常に増えたのだが、精神的ダメージが大きすぎる仕事でもあったのだ。最初こそ、宝物の一つや二つをちょろまかして横流ししてもいいじゃないとか思っていたのは、今は遠い昔である。
 全ての物が微妙すぎて、好事家でもなければ普通に値段がつきそうにない。しかも、アイテム全てが特殊すぎて、足もつきやすそうである。
 結果、危険をおかしてまでそれらを売り飛ばす気には、さすがになれなかった。あとは、精神がどれほど持つか……
 盗賊ギルドに月イチの顔出しをしながら、心の中でフーケは深く深くため息をついた。

「あ、ルンルンさん、お久しぶりです!」
「もう一ヶ月になりますか、ルンルンさん!」
「あたしをルンルンって、言うんじゃないよっ!」
「でも、ギルドの登録名はルンルンですから、ルンルンさんですよ!」
「正式にはピンクのロッポンギルンルンですけどね! ルンルンさん!」

 土くれのフーケ、ギルドでの正式名はピンクのロッポンギルンルンである。
 あの日のことをフーケは忘れない、初めて仕事のために登録した時、ギルドマスターは、箱から紙を三枚引かせた。一枚が「ルンルン」、もう一枚が「ピンク」、最後が「ロッポンギ」だったのだ。あまりな名前に自ら土くれのフーケと名乗ってはいるが、ここではやはりピンクのロッポンギルンルンのままである。
 おかげで、フーケは一匹狼だとかギルドに所属してないとか言われて、官憲の目を逃れたこともあるので、悪いことばかりではない、のだが。

「ああ、こちらもお久しぶりですね、死の茄子色カブトムシさん!」
「クールなどどめ色のジュピターさんですよね! こちらです! 新しい情報入ってますよ」

 こうなったら自分がここのマスターになって、このシステムを破壊しようそうしよう。土くれのフーケ、新たな野望の始まりだった。



[22826] ただしまほうはしりからでる9
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/03/01 23:29
 市場に売られていく子牛ってきっとこんな気持ちなのね……
 ルイズは、ぼんやりと思った。

 アルビオン行きの船が出るラ・ロシェールの港町へ行くために、王家がこっそりと用意した馬車の中、中を見ているのが嫌なので、とりあえず窓から空を見る。
 今日も無駄にいい天気だ。
 もっと上空にはタバサを乗せた風竜が飛んでいるのだろう。まったくもって羨ましい。
 羨ましいといえばギーシュだ。ちゃっかりと馬車の御者役になって、中のことは見ないふり聞こえないふりをしている。
 二股男のくせに、うまく逃げやがって……ルイズは、しっかりと心の中の復讐するリストに彼の名前を刻み込んだ。乙女らしくない言葉遣いは後で反省した。

「どうしたのですか? ルイズ。元気がないのですね、でも、どんなに悩んでも胸は大きくならないと思いますよ!」

 隣に座っていた女性の爽やかなセリフに、思わずぐっと拳を握ってしまった彼女を誰も責めることはできないだろう。
 しかし、ルイズはそのままゆっくり手をおろし、静かに開いた。実はここに居るのはアンリエッタ王女殿下その人ではない。なんでも、血を与えるとその人そっくりになるスキルニルというマジックアイテムらしい。
 外見はもちろんとして、腐った記憶や容赦ない言葉遣い、持っていやがりくさる魔法すら再現できるという優れものである。

 王女の置手紙を見つけてしまったマザリーニ枢機卿が、泣きながら(ルイズ推察)ド・ゼッサールに持たせたて、信書と共に魔法学院まで送りつけたものだ。
 使者であるマンティコア隊隊長を下がらせて、枢機卿の嘆願書を読みつつしばらく文句を言っていた親子だったが、結局は折れた。

 まあびっくり、アルビオン王軍に、トリステインの王女殿下のそっくりさんが! で、押し切るつもりなのか、あれは賊が勝手に作り上げたマジックアイテム! トリステイン関係ないよ! で、しらばっくれるつもりなのかはわからない。
 ただ、間違いなく本人が行くよりもマシである。確かにマシである。キュルケいわく、曇りところによりマシくらいにはマシである。
 そのスキルニルをアルビオンに追い払……もとい、送りつけ……もとい、お連れする役目を与えられたのが自分でさえなければ。

「どうしたんだい? ルイズ。顔色が悪いよ。トリステイン」

 問題その2の、能天気な発言に、ルイズは今度は頭を抱えた。
 元婚約者、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは、額に貼り付けられた「僕ロリコン」の紙をひらひらとなびかせながら、斜め前の座席で、きらーんと歯を光らせて微笑んでいる。もちろん、手にはリアル木彫り美少女人形「シモネッタ」ちゃんが握られていた。

 こっちはこっちで、トリステインを裏切り、レコン・キスタについた理由をマリアンヌ皇太后陛下おん自らが聞きだして、こんなことになってしまった。
 なんでも、故前子爵夫人が研究していたあーだこーだが色々原因で、風石で大陸が隆起して大変大変、それを防ぐ手段はエルフのいる聖地にあるよ! レコン・キスタが聖地を目指すっていうから、そっちについちゃえー! らしい。
 らしい、というのは、あくまでも前子爵夫人の個人的見解、推察であって、所属していたアカデミーの誰もが信じていないからだ。
 ルイズだって、いきなりこんなトンデモ理論をかまされても、はぁー? としか言いようがない。もちろん、無表情でもふもふるタバサはよくわからないが、キュルケもギーシュも同じだったようで、はぁー? の顔をしている。

 だが、姫殿下と皇后陛下は違ったようで、片方は「それは大変ですね! すぐにウェールズ様に知らせないと!」などと言い出し、もう片方は重々しく頷き、「アカデミーで再度徹底的に調べさせます。もしそれが真実ならば、我々も聖地を目指しましょう!」と、言い切った。

 なんか、色々と大切な部分が、すっごい勢いで普通に流された感じがしたのは、ルイズの気のせいだったのだろう。

 そして、温情ある皇太后陛下のお言葉に感動した魔法衛士隊隊長が、再度寝返るのは早かった。

「僕はもう味方だトリステイン!!」

「うっわ、絶対納得したくないのに、納得してしまった自分が嫌ぁああぁぁぁぁぁっ!!」

「僕はトリステイン王家の真の姿を見て、心を入れ替えたッ! 一緒に王女殿下スキルニルを護衛してアルビオンに行こう僕のルイズ。トリステイン!」

「嫌ああぁあぁぁあぁぁ、もうやめてっ! 許してぇぇええぇ!」

「どうしたんだい、僕のルイズ。トリステイン!」

 思わず、耳をふさいだまま、床の上をごろごろするという乙女にあるまじき行為をするルイズに、キュルケとギーシュの可愛そうなものを見る目が集中砲火で突き刺さった。

 そんなこんなが昨晩遅くの出来事で、結局ルイズとスキルニルアンリエッタ、ワルド、ギーシュ、キュルケ、タバサが今回のアルビオン行きメンバーになった。
 外国人であるキュルケとタバサが加入した理由の一つに、皇太后陛下の「事が終わるまで、トリステイン王城の奥深くにある王家専用秘密の小部屋で、ギのつく素敵魔法を鑑賞後、しばらくの間ご滞在していただくことになります」が、効いたことは間違いない。
 水の国、トリステイン、そしてギのつくアレな魔法といえば、連想するのは一つだけだ。

 ギアス……それは禁呪です。

 ギーシュは真剣にガクブルしていたし、キュルケの顔も引きつっていた。タバサは……よくわからない、謎だ。

 どうしようもなく捨て駒テイスト漂う布陣に、馬車で揺られながら、もう涙しか出ないルイズだった。

 アルビオンがもっとも近づくスヴェルの夜には、まだ余裕があるので、その他色々なことに目をつぶれば、馬車の旅はそれなりに快適であるといえないこともなかった。
 しかも、聖女様の威光で、朝も早くの出立だというのに、シエスタとマルトーがお弁当を作ってくれたのだ。シエスタいわく、故郷であるタルブ村の郷土料理と、秘蔵のワインとのことで、心荒みがちなルイズの唯一の楽しみだった。
 同じく死んだ魚のような目で、ドナドナと馬車に揺られていたキュルケもその時ばかりは、楽しみね、と、喜んでくれた。

 だが、その期待はあっさりと裏切られた。
 というか、破壊された。
 そりゃもう完膚なきまでに。

 休憩所となった小高い丘の上にある大きな木の下で、見たもの。
 キュルケの呼吸を止め、ギーシュの意識を停止させ、タバサの目を見開かせ、ルイズの思考を真っ白にし、ぽっかりと開いたままのワルドの歯からきらーんを失わせた。

「ル……ルイズ……これ……ナニ?」
「ギ、ギンギー?」
「なんで疑問形なのよっ?!」
「わたしが聞きたいわよっ!」

 いつものように五体投地で登場したシエスタは、ギンギー料理だと言った。間違いない、聞きなれないが印象的な響きだったので、よく覚えている。問題は、何故その時ギンギーが何なのかを問いたださなかったということだ。今更悔やんでも遅いが。

 ギンギー料理のギンギーとは、一抱えほどもある犬サイズの四足歩行の生き物だった。

 調理済みギンギーは、ぎょろりと白目をむいて、縦に口を大きく開け、断末魔の表情もかくやというおどろおどろしい姿でハシバミ草を敷き詰めた布の上に横たわっている。尻尾とたてがみ、頭部の一部に毛が残っていた。エグい。
 何のまじないなのか、ほっぺた部分に赤い色粉で丸がしてあるのがさらに不気味だ。
 おいしい、おいしくない以前に、そもそもこれは食べものなのだろうか? が、この場に居る全員の心の意見であることをルイズは疑わなかった。

 とりあえず、心からの笑顔を浮かべて、ルイズはギーシュを見た。

「ギーシュ、ずっと御者をしていて、疲れたでしょう? 先にどうぞ!」
「い、いやいやいや、レディや席次が上の方を差し置いて、そそそ、そんなことは出来ないよ。子爵どうぞ」
「ぼ、僕は何もしていないからそんなに空腹ではないんだ。遠慮しなくていいよミスタ・グラモン。トリステイン」

 いやいやいや、まあまあまあ、そういった言葉のたびに、ギンギーが二人の間を行き来する。

「いやいやいや、子爵お先にどうぞ」
「まあまあまあ、ミスタ・グラモンが先に食するべきだよ。トリステインごくまれにレコン・キスタ」
「いやいやいや」
「まあまあまあ、トリステイン時々レコン・キスタ」

 ワルドの忠誠心が風前の灯である。

「さ、先に食前酒でこのワインをいただきましょうか、ルイズ」
「そ、そうね、その通りね!」
「賛成」

「あら、意外と美味しいのですね、ギンギー」

 気がつけば、スキルニル姫殿下がイイ笑顔で、ギンギーの毒々しい耳部分をフォークで刺して食べていた。

 ルイズは、とりあえず泣いた。


どうでもよくない話。

○月×日
 今日、遠い親戚だという人が来ました。
 蒼い髪と髭がとても素敵な方です。

「とっても怪しい奴ではございません」

 と、出会うなり手を差し出してこられました。

 私がハーフエルフだということも、その他色々なことも知っていて、大事な用事があるので是非我が家に来て欲しいとお願いされました。
 最初はただびっくりするだけだったのだけど、子供達がいるので、もちろんお断りしました。
 でも、その人は、子供達も一緒に来ればいいと言って、さっさと一緒に来ていた変わった色の髪の女性と引越し準備を初めてしまい、最後には子供達も「うわーガリアって初めてー」「楽しみー」「行こうよテファ姉ちゃん」などと言い出してしまって、断るに断りきれなくなってしまいました。
 困ります。本当に困ります。マチルダ姉さんに何て言ったらいいのかしら……

○月△日
 とうとうガリアに来てしまいました。
 マチルダ姉さんには、置手紙をしておきました。どう書いていいのかわからなくて、困っていたら、シェフィールドさんが手伝ってくれました。とても頭のいい人です、あの人の秘書だって言ってました。
 姉さん、なるべく早く見てくれるといいのだけれど。
 着いた所は、アルビオンで以前お父様が暮らしていたような立派なお城で、本当にびっくりしました。
 子供達とも引き離されて、怖くなって、帰してくださいとお願いしたのだけれど、大丈夫大丈夫と言われるだけだったので、余計に不安になって、しゃがみこんで泣いてしまいました。
 わたしがどうにかなるのはいいけれど、子供達は無事に帰してあげてくださいというと、その人は少しだけ困った顔をして……後ろから植木鉢で殴られました。

「クソオヤジの弱点は、肩のうしろのネギのまんなかにあるムダ毛の多い下のポエム調の右だっ!」

 よくわかりません。

○月☆日
 昨日は書ききれなかったけれど、あの人を殴ったのはイザベラさんという人で、あの人のお嬢さんだそうです。
 イザベラさんという人は、いい人です。ちょっと言動が激しいですが、とてもいい人です。会った瞬間「まともっ?!」と指をさされて言われたのはびっくりしましたが、やっぱりいい人だと思います。
 でも、「まともっ?! まともっ?!」と連呼されて「ま と も -!!」と、泣き出されてしまいまった時はどうしようかと思いました。
 辛いことがきっとたくさんあったのでしょう。なんだかすごく可哀想ですが、形見の指輪で心の病が治るのかどうかはわかりません。

○月◎日
 子供達にも自由に会えるし、ちょっと落ち着きました。
 だから、シェフィールドさんに、大事な用事って何ですか? と、聞いてみたら(ジョゼフさんはいつも忙しそうです)、人助けです、って、言われました。
 それ以上のことはジョゼフさんに聞いてくださいって言われました。確かにそうですよね、秘書さんが雇用主のことを、勝手にぺらぺらしゃべっちゃうのはよくないですよね、わたしも考えなしだったと思います、反省。
 人助け、頑張ろう。

 マチルダ姉さんに会いたいです。

○月★日
 とても困ったことになりました。
 マチルダ姉さんに会いたい……

○月#日
 どうしよう
 どうしよう
 どうしたらいいの……マチルダ姉さん……

○月□日

 オサ

  たろ う


つづく



[22826] ただしまほうはしりからでる10
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/03/23 23:05
 無事にアルビオン行きの船に乗ることはできた。

 それにしても、昨晩は散々だった。
 客室ともいえない貨物室の前の通路の壁に背中を預けて、ルイズは一人ため息をついた。

 なんとか夕暮れになってからラ・ロシェールに着いたことは着いたのだが、その時点で一人を除く全員がおなかがすいて倒れそうだった。
 もちろんその一人とは、飲食すらしてしまう高性能マジックアイテムスキルニル姫殿下である。
 あの後も平然として一人で食べ続けた彼女は、ギンギーの右半顔をグロテスクに欠損させたあげく、「もう、おなかがいっぱいです!」と、言うなり、ご丁寧にバスケットの中に断末魔を、再度投入した。
 うん、いかにも美味しそうなものが入っていそうな作りのいいバスケット中に、まさかアレなアレが入っているとは誰も思わないだろう。
 そのまま素知らぬ顔で、馬車を預けてきてしまったが、発見してしまった人は少し気の毒だったかもしれない。

 だが、その後のルイズも気の毒だったはずだ。自分自身でも間違いなく気の毒だったと思う。

 酒場兼宿屋である女神の杵という店で、一泊することに決めたのだが、夕食もそこでとろうということになって。

「全員で注文を出したのよね」

 部屋に放っておくわけにもいかず、猫袋にニャポーンをつっこんだルイズと、姫殿下スキルニル、キュルケ、タバサ、ギーシュは、なんとか込み合う店の中で丸テーブルを確保することに成功した。
 いい店だった。
 夕食時なのでで酒場の中は、かなり活気がある。多少ガラの悪いものも混じっているようだが、まず許容範囲だ。地元の客が大勢入っている店は、はずれがないと言われているので、ここも美味しい部類なのだろうと、レディにあるまじきお腹ぐぅを抑え込みつつ、ルイズは期待した。
 魔法の光でこそないが、ランプも潤沢に使っている。

 ここまではよかったのよ、ここまでは。

 席である酒場の隅の隅、影の影から光の当たる場所まで出てこようとするワルドを全員で止めたのよね。
 いくらなんでも、額に「僕ロリコン」の紙を貼り付けて、可愛い幼女人形を握りしめたヒゲ男と同じグループの客とは思われたくないし。そういえば、人生の酸いも甘いもかみわけた日焼けオヤジが、可哀想なものを見る目で、ワルドを見つつ横を通り過ぎていったわ……その斜め後ろにいた、若い女性給仕が、汚物を見るような目で見ていたし。
 なのに、あのクソ姫殿下スキルニルが「別に一緒でもいいのではありませんか?」なんて、とてつもなくおフザけたことを、おっしゃりくさりやがって……

 あの、憐憫の視線の集中砲火を、わたしは一生忘れないッ!
 トリステイン滅びろ、ゴルァ! と、思ったことは罪ですか、ブリミル様。
 しかもその後は後で、いつの間にかテーブルの脚を食べていたニャポーンのせいで上にのった食事ごと倒れてきて全身ぐしゃぐしゃになるし……着替えとして貰った姫殿下スキルニルの服は胸が余るし……胸が……胸……

 思わず思い出し怒りで、ルイズはドカドカと空船の壁を蹴った。
 しばらく八つ当たりをしてから、ハッと気づいて周りを見るが、誰も乙女らしくない行動を見ていた者はいなかったようで、安心する。

 最近この辺りに空賊が出るらしく、普通の船は飛ぶことを嫌がったためトリステイン王家財布でこの船を買い取り、無理やり飛ばしているのだ。しかし、乗り手だけはなかなか確保できず、今は役に立つ変態が空石補助として、船を飛ばすのを手伝っている。
 腐ってもスクウェアね、と、髪の毛一筋分ほど見直してやってもいいかと思いかけたルイズだが、「この戦いが終わったら、ルイズ、シモネッタと同じ格好(不自然に丈の短いスカートをはいたメイド)をしてくれ! そして小首を傾げながら[ごしゅじんたまぁ]と言ってくれ!」と言いだしたので、猫尻で顔面をグリグリしておいた。

 あの変態を帰ってからどうしようと頭を痛めるルイズの、視界が、不意に傾いた。

 直後、立っていられないほど船が揺れて、したたかに床にしりもちをついてしまう。どうやら船が、急制動をかけたらしい。

 何事がおこったのかと、なんとか猫袋をかついで立ち上がったルイズは、すぐさま窓から外を見た。頭の中に、空賊という言葉が浮かんでこだまする。誰もかれもが言っていたではないか、あの空域は危ないと。
 確かに、視界の端に旗もあげていない空船が見えた。こちらへ向って、かなりの速度で近づいてきている。おそらく先ほどの衝撃は、逃げ切れないと悟ったこの船の船長が、余計な被害が出ることを恐れて空賊達が命じるままに、停船した時のものだろう。アルビオンに着くまでに、まさかこんなことになるなんて……ルイズは唇をかんだ。
 任務失敗の文字が目の前をちらつく。身代金を払って解放という流れならいいが、最悪、この空賊が実は貴族派で、トリステインへの人質として利用されるという可能性もある。タバサはわからないが、その他はそれぞれに名前の売れた家の人間だ。

「あ、ルイズ! こんなところにいたの?! 大変よっ!」

 通路の向こうから、キュルケが駆けてくる。その後ろにはタバサ、ギーシュ、さらには風石補助で頑張っていた訓練された変態までいる。
 そして

「おい」

 聞いたこともない、おぞましさと恐怖の権化のようなダミ声が大きく響いた。

「だ、誰?!」

「俺だ」

「わかんないわよっ!」

 脊椎反射のようにすかさず突っ込んでから、ルイズはやっと声をかけてきた相手に気付いた。
 キュルケ達ではもちろんない、乗組員でもない、人間ですらない。ワルドの手にしっかりと握られたシモネッタからその声を発せられていた。いや、それをシモネッタと呼んでもいいのだろうか、可憐な甘い幼女顔は跡形もなく消え失せ、代わりに顔のパーツとして収まっているのは、毛虫のように太い眉毛、刻まれた二本の深い眉間のしわ、がっしりとたくましい割れ顎、何事も見逃さない鋭い猛禽類めいた細い目は生死の境を幾度もくぐり抜けた古参の傭兵のもの以外ありえない。
 そんなもろもろが、ひらひらピンクのワンピースを身に付けた少女の体の上に乗っかっているさまは、あまりにも不気味だった。笑っている子供も泣き出してトラウマになるレベルである。

 分厚い唇が再び開く。

「オナラスカ歴129年……人類は滅亡の危機にあった! 時の皇帝アホネン2世は敵対するエロマンガ国のウゲラモシロガガンボ王子に以下略明日の天気は晴れ後雨だぜ」

「………………ナニコレ?」

 現状を思わず忘れ、笑顔を浮かべて、ギギギと首を動かし、ルイズは尋ねた。

「マジックアイテム」
「風石に反応して、まれに明日の天気を言ってくれることもあるらしいよ」
「前フリは?」
「関係ない」
「……」

 ちょっとおちゃめで気まぐれなシモネッタである。役にはたたない。

「そんなことはどうでもいいのよ! 空賊なのね?!」
「そう! そうだよ! 空賊が出たんだよ!」
「アンはどこよっ?!」
「それが、あの空賊は、ウェールズ皇太子だと言って飛び出してしまわれたんだ。一応トリステイン」
「どうして一国の王子様が、こんなところで空賊してるなんて考えるのよ!」
「知らないわよっ!」
「それもそうねっ!」

 キュルケとルイズはとりあえず手を握り合った。その上にタバサが手を乗せる。

「逃げましょう!」
「そうねッ!」
「同意」

「ちょちょちょちょ、ちょっと待つんだ三人とも! まだアレがアレでそうだと決まったわけじゃないだろう!」
「ギーシュ……これは不幸な事故なのよ。わたし達は全力をつくした、そうじゃない? 誰も責める人間なんていないわよ。ふふふ うふふ」
「そうして光の剣を手に立ち上がったウゲラモシロドドガガドンボ王子はモッチャラホゲホゲの丘にてモケモケサー以下略トリステインの明日の天気は、終日雨だぜ」
「ほら、人形もわたしたちを天気予報で応援してくれているっ!」
「うわーゼロのルイズが壊れたー」
「ま、待ってくれ、君の使い魔はどうなんだい? 僕のルイズ。アレを使えばなんとかなるんじゃないのか? とりあえずトリステイン」
「わたしは学習したわ、あんなのをアテにするものじゃないと」

 起きてこそいるようだが、どうにもやる気がないのには変わりはない。たれーんと猫袋から両手を出して、ぶーらぶーらとルイズの動きにあわせて揺れている。しばらく逃げる逃げないで押し問答をしていると、船内のいたるところに備え付けられている伝声管からこの船の船長の声が聞こえてきた。どうやら、接舷されたようで乗船している者達は全員甲板に上がってこいということになったようだ。そして、無理やり場所を入れ替わったらしい姫殿下スキルニルの声が続く。

「わたくしの大切なお友達のルイズ~聞こえていますかー? やっぱりウェールズ様ですわよー! あのひきしまった臀部はまさしくウェールズ様の臀部っ!」
「……」

 姫様、アンタどこで人を認識してるんですか。

 しばらく、管の向こうで何やら言い争うような音が聞こえていたが、そのまま静かになった。ルイズは船長が気の毒でちょっと心の中で泣いた。ともあれ、こうなってしまってはしょうがない、スキルニルの言うことが本当でも嘘でも、言われる通り甲板に上がるしか道はないのだ。


 甲板の上は、強い風が吹いていた。
 直立しつつも困ったように佇む空賊達が、まずルイズの目に入った。さらに、所在なさげに空を見上げるこの船の船員たちの姿もあった。それぞれの集団の真ん中にいるのは、我らが姫殿下スキルニルと、マントを身に付けた一人の若い男である。いかにもな黒い眼帯と、もしゃもしゃのヒゲ。
 頭の中で、以前見たことがあるアルビオン王族の姿絵を思い出そうとして、ルイズは失敗した。そんなもの都合よく覚えているわけがない。
 男は、頬を染めるスキルニルを前にひどく困惑しているようだった。

「ルイズ! 紹介いたしますわね! この方がわたくしの大切な方、ウェールズさ……」
「ちょっと待ってくれ、ア……」

 ぶわっと、さらに強い風が吹いた。
 他称ウェールズ皇太子の長いマントが、風にあおられてまくれ上がる。
 ルイズは、二人目の変態の出現に、真っ白になった。

 マントの下は、赤の紐パンツオンリーでした。
 よせてあげて、大事なところがクッキリです。ありがとうございます。

「ああっ! まさしくわたくしのウェールズ様ッ! 相変わらずなんてよくお似合いなのでしょう、その深紅の下穿き……」
「……」
「だ、だめよルイズ! 気持はわかるけど、ここでお姫様を突っ込んだら何もかもおしまいよっ!」
「……見たわ、見ちゃったわ、どうしようキュルケ、わたしもうお嫁に行けない……」
「そ、そこなのっ?!」
「そこ以外ないでしょっ!!」
「大丈夫だよ、僕のルイズ! もちろん僕が貰ってあげ……」
「黙れ? あぁ? 黙れ? 迅速に黙れ?」

 ルイズ・フランソワーズはもちろん淑女である。大貴族の令嬢として、他国の王族に対するしかるべき態度というものは、当然教え込まれている。しかし今、強い風にマントを華麗にはためかせている相手に、それを行うには鋼の精神を必要とした。
 皇太子殿下にご挨拶するのに、頭を下げねばなりません、少し視線を下げます。丸見えです。死にそうです。
 なんとか、皇太子相手にご挨拶をまっとうした自分をほめてやりたいと思いつつ、限界が訪れたルイズは意識を飛ばした。


つづく


わりとどうでもいい話。

 女神の杵で、同室になったキュルケとタバサは、酒場での出来事を務めて忘れるように努力しつつ休もうとしていた。魔法の光を小さくし、足元に置くと、室内が一気に暗くなる。

「それにしても、ルイズが目覚めてから、なんだかとんでもないことばかりおきている気がするわ、驚いてばっかりよ」

 布団の中で態勢を変え、隣のベッドで横になるタバサに声をかける。いつも無口な友人から無言の頷きがかえってくる。

「ねえ、タバサは最近一番驚いたことって、何?」
「伯父に、小さい頃生き別れたお前の双子の妹だっ! と、引き合わされた子が、本当に小さい頃行き別れた双子の妹だった」
「…………なんかごめんなさい」

 世界はまだまだ衝撃と謎に満ちているらしい……キュルケは思った。




[22826] ただしまほうはしりからでる11
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/05/16 14:53
「いい方だったわね、ウェールズ皇太子……」

 ルイズは、テーブルの上のオレンジの砂糖漬けに視線を固定させたまま、隣の席のキュルケに聞かせるでもなくつぶやいた。
 今、友好国トリステインからの使者を歓迎するパーティに、彼女は主賓の一人として出席している。レコン・キスタに包囲され、糧食も乏しいだろうに、料理人の腕なのかプライドなのか、質素だがみすぼらしさは感じさせない料理が所せましと並ぶ立派なパーティだ。
 ルイズの視界には、もくもくと目の前の料理を片づけていくタバサとニャポーン、酔いつぶれてテーブルにつっぷしたままのギーシュが入っている。ごく端っこにチラチラと、額の紙と人形のせいで周りからドン引かれてボッチな変態が見えた。

「そうね、素敵な方だったわ、王子様は……」

 気品ある物腰、精悍な容貌、お手本のような爽やか好青年笑顔、洗練された立ち居振る舞い、およそ、王子様と言われて乙女たちが想像する全てが、そこに集約されていた。「長旅の疲れ」で挨拶もそこそこに気を失ってしまった公爵令嬢を心から心配し、自らお姫様抱っこをして、部屋に運ぶ王子様……話だけ聞くと素敵である。

「でも……裸マントなのよね……」
「裸マントなのよねえ……」

 ここで、ルイズとキュルケは顔を見合わせて深い深いため息をついた。
 いい人だけど変態だ。変態だけどいい人だ。
 いつ頃から始まったのかは定かではないが、裸マントはアルビオンの風のスクウェアと男性王族の正装の一つらしい。まさか、ジェームズ王も裸マントかと心底びびったルイズだが、それだけは力強く否定された。
 年を取ると始祖ブリミルに許されて「腹巻」を許されるようになるという、マント+腹巻なので、裸マントではないという理屈だ。
 というよりも許しているのは、始祖ブリミルではないナニモノか……例えばくまたいようとか……だとルイズは思ったが、もちろん黙っていた。
 とりあえず、先代国王陛下がアルビオン王家出身だということは、頭から除外しておく。そうよ、トリステイン王家に入ったのだからもうアルビオン王家ではないはずよ、はずなのよ。しかし、それならば、アンの裸マントに対する平然とした態度にも納得いってしまうのもまた事実。
 風は束縛を嫌う、その表現だというが、常識までうっちゃってはいけないと思う。何か色々。
 なにより、風のスクウェアなのに服を着ているというだけで、ワルドがマトモに見えてくる。目を覚ますのよ、わたし。

 実は、パーティは明日の戦の壮行会も兼ねていた。

 かなりしばらくして意識を取り戻し、通されたニューカッスル城(意識不明な間に、いつの間にか到着していた)の皇太子の私室で、ルイズが直接聞いたことだ。王軍の総力を結集して、レコン・キスタの総大将クロムウェルの首を取る、と。
 この状況、この状態では自らの心を鼓舞する言葉以上の何ものでもない。ルイズはそう思ったし、タバサやキュルケもそう思ったはずだ。内部事情を知っているワルドは、当然そう考えるだろう。
 だが、殿下は真面目な顔で、勝算がないわけではないと言った。このひと月近くで、急速に離反者が増えている、と、何か、レコン・キスタの屋台骨が揺らぐ何か、があったのだと。

 大丈夫? 紐パンの攻略法だよ?

 それでもやっぱり淑女であるルイズは黙っていた。

「ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー、楽しんでいただけているだろうか?」

 姫殿下スキルニルを傍らに、もちろんアルビオン独自の正装をしたウェールズ皇太子が、プリンススマイル全開で、二人に声をかけてきた。
 ルイズ、マントの下のアレを今は思い出してはいけないわ、いけないったらいけないのよ。
 肝心な部分をすりガラスをとおしたようなぼんやり画像にしたおかげで、さらに卑猥度が上がったような気がする脳内映像を強引に押しのけて、筋金入りのレディであるルイズ・フランソワーズは、なんとか頬笑みを浮かべることに成功した。

「ええ、ご招待ありがとうございます、殿下。よかったわね、アン」
「本当に! ルイズのおかげですわ! でもわたくしは、もう、アンではありませんのよ」

 当然といった顔で、皇太子の隣に寄り添う姫殿下スキルニルも、やはりアンリエッタ=アンはバレバレの偽名であると、ついに気付いたのだろうか。

「今、この時より、わたくしは魔法乙女ラグドリアン☆おろしですわ!」
「ごぶふっ」

 これしきのことで呼吸困難になるキュルケが、ルイズはちょっぴり羨ましかった。慣れというものは、人を人としてたらしめる大切な何かを喪失させるらしい。
 くるっと華麗にその場でターンして、ポーズを決める幼馴染にして自国の第一位王位継承権者スキルニル。

「アン……それは……」
「みなまでおっしゃらないでくださいまし、ウェールズ様。確かにこれはウェールズ様から頂いた大切なあだ名、本来なら他の誰にも呼称されたくありませんわ! でも、いえ、だからこそ、この「名」でお役に立ちたい! 殿下のために戦いたいのです!」
「アン……いや、魔法乙女ラグドリアン☆おろし……そんなにまで……。わかった、君の気持はしっかりと受け取らせてもらったよ。だが、君が戦う必要はない」
「何をおっしゃるのです?! ウェールズ様の敵はこの魔法乙女ラグドリアン☆おろしの敵! わたくしも戦います、そのためにここまで参りました!」
「魔法乙女ラグドリアン☆おろし……」
「わかっていただけますわよね? ウェールズ様……いいえ、昔のように呼ばせてくださいませ、レッド☆ギャランドゥと!」
「魔法乙女ラグドリアン☆おろし!」
「わたくしのレッド☆ギャランドゥ様ッ!」

 大丈夫? 始祖ブリミルの血統だよ?!

 ブーメランを承知で、ルイズはそう心で突っ込まずにはいられなかった。

 二人の会話を聞いているだけで、苦行すぎる。ルイズの心がボキボキ折れた。自然と滲んでくる涙を必死に堪える。
 顔色一つ変えず定冠詞つきで呼んでいる皇太子殿下は、やはり変態……もとい、できた人物なのだろう。

「では、せめてこれを」

 皇太子殿下は、首に下げていたネックレスを想い人に手渡した。
 ルイズも見たことがない美しい石が、ペンダントトップである四角い台座の中心にはまっている。殿下いわく、エンジェルストーンという石で、危険が近づくと淡く光りだすという。
 ただ、つまづきそうな石があるだけでも光りだすので、綺麗な宝石のネックレス以上の役にはたたない。もちろん、ここにあるナイフやらフォークに反応して、既にぼんやりと光りたい放題である。

「不思議な石ですのね……でも綺麗……」
「これは、元々はウニョール石という石でね」

 不意に、静寂が満ちた。
 何がきっかけだったのかは、わからない、ただ、急に静かになったのだ。その中で殿下の言葉は、奇妙にこの場に響いて消えた。
 あまりに唐突な展開に、あれ? とルイズが辺りを見回すと、ギーシュが前動作なくテーブルから上半身を起こすところだった。ものすごく気持が悪い。
 目はここではないどこかを、優しく見つめていた。

「ウッ!」
「ウ?」

 またしても唐突な、人形じみた動きで立ち上がる。
 ついで、スターンと椅子の上に飛び乗り、ばっと両手を広げて親鳥威嚇のポーズ、直後、マリコルヌ直伝、腹の肉……は、元祖ほどなかったがそれを掴んで震わせる攻撃行動へと移る。
 瞳が、ギラリと光った。

「ウニョラァアァアアァアァァアアァ!!」

 殿下が悪かったとはとても言えない、後々考えてもルイズにはその結論しか出なかった。殿下は悪くない、アルビオンの人たちは絶対に悪くない、自分だって悪くない、姫殿下すら悪くない。彼らは……ギーシュとタバサは被害者だ……
 ギーシュの「ウニョラー」を受けて、ただただ食べることのみに集中していたタバサの表情が変わった。
 瞳に、ギーシュと同じ、何かヤヴァい光が灯る。
 やはりスターンとテーブルの上に飛び乗った。

「キロキロオオォォォオオォォ!!」

 そのまま、ぶんぶんと投げ縄よろしくニャポーンを振り回し始めた。もう終わりだ。
 不意打ちのウニョラーに、ハシバミ草で作り上げた耐性もすっ飛んでしまったらしい。まだ「トッピロケー」までいっていないのが、救いだ。

「ど、どうしたの? 何があったの? ルイズ?! タバサはどうしちゃったの?」
「二人はウニョキロになったのよ……」
「なによ、それっ?!」

 二人はウニョキロマックスハートの誕生だった。

 現実を受け止めきれないキュルケ達を置いて、二人は爽やかさの欠片もないゲタゲタ笑いを響かせながら、元気溌剌、猛スピードで会場を走り回っている。確かトライアングルとドットのはずだが、スクウェアとラインくらいのパワーに溢れていた。
 ギーシュが床を錬金して対象を足止めして、タバサがニャポーンを叩きつけている。

「安心して、峰打ち」

 時折人間語をしゃべってはいるが、すでにわけがわからない。

「あの、コルベール先生達がアレになったやつ?」
「そうよ。オールド・オスマンがどうにかしたことはしたらしんだけど、些細なことで再発するかもしれないって言ってらしたわ……ねえ、キュルケ、せめてタバサを止めてきなさいよ、友人でしょ? 親友でしょ?」

 振り回され続けるニャポーンは、時折アルビオンの不幸な人たちにぶち当たっているが、特に意見はない表情のままだ。「魔法学院ほぼウニョラー事件」に関するルイズの説明を聞き、なんとか事態を収拾しようとするも、主賓を傷つけるわけにもいかず、手を出しあぐねている殿下とその他大勢。
 これすらも出し物の一つだと思ったのか、呑気に眺めている姫殿下。
 色々と大惨事である。

「い……いくわっ!」

 大切な友のため、キュルケは気つけに一口テーブルのワインを飲み下し、混乱の中心地帯に一歩一歩足を踏み入れる。
 目的地に到達しようとした時、狙い澄ましたように、ぶぅんと彼女の頭上スレスレをニャポーンの長い胴体が行き過ぎた。
 こわばった頬笑みを浮かべたまま、ゲルマニアの乙女は一歩一歩、後ろ歩きして戻ってきた。

「いったわ!」

 いっただけである。

「なによ、そのやりとげた笑顔はっ?!」
「ねえルイズ、わたしあんな活き活きしたタバサを見るのは初めてなのよ……」
「無理やりイイ話にしないでよ!」
「まあ、エンジェルストーンのネックレスが輝いていますわ!」
「それ、当り前だから!」

 逐一突っ込んでいたルイズは、逃げそびれてしまった。
 気づけば、目の前に瞳孔拡散しきったウニョキロがいる。
 対抗するための手段である杖は手の中にあった。自分のあまりあるスクウェアな才能をもってすれば、この場から逃げることは可能だった。しかし、それはできない。魔法を使う姿を見られるくらいならルイズは死を選ぶ。
 覚悟して目を閉じた直後、間抜けすぎる鳴き声が長く長く響いた。
 何度も何度も鳴いた。

 直後、音を立ててタバサが倒れた。
 後を追うように、ルイズの使い魔を中心として、波紋が広がるようにバタバタと人がやる気をなくして倒れていく。恐ろしいことにスキルニルもその影響から逃れられなかったようで、ばったりと倒れ伏していた。もちろん、ウェールズ皇太子もやりそこなった男の表情で、その隣に横たわっている。

 立っているのは使い魔の主であるルイズだけ。

「ちょ……待って? 待ってちょうだい、あの、明日は総攻撃で、どうするんですか? 殿下ッ?! 殿下ッ?!」
「もうそんなことは、どうでもいいじゃないかー」
「いえ、その、準備とか会議とか? えっ? えっ?」
「あーもうつかれちゃったーどうでもいいわー」
「そうですわねーそのとおりですわねー」
「すぴー」
「寝、寝るの? 寝ちゃうの? ねえ! ちょっと!」

 かつてない孤独感の中、ルイズは泣いた。
 一人やけ食いパーティをしながら、とりあえず泣いた。


つづく


ちょっとどうでもよくない話。

 日本人平賀才人の運命を変えたのは、インスタント焼きそばUMAだった。

 休日の昼、目覚めた彼は焼きそばUMAが食べたくて食べたくてしょうがなくなったのである。理屈も理由もない、食べたいから食べたい。頭の中はUMAでいっぱいだ。インスタント食品って急に食べたくなることあるよな! というやつである。
 しかも昨日の帰り道で、近所のコンビニでご当地インスタント食品フェアをしているのはチェック済み。関西と関東で味が違うというのは知っていたが、広島風があるとは知らなかった。
 いや、それを知ったからこそ食べたくなったのだが。

 だが、運が悪いことに自転車はパンク中。
 歩いて行けない距離ではないので、食べたいエネルギーのまま徒歩で向かった彼の前に、突然銀色の鏡が現れた。
 高さは180センチ、幅は1メートルほどだろうか、厚みはそれほどあるようには見えない。なんにせよ、いつもの通り自転車に乗っていたならば突っ込んでいただろうタイミングと場所だった。
 不思議と落ち着いた気持ちで、しばしそれを眺めてから、そっと右に移動する……と、鏡もすっと右に動いた。当然、左には左へ。
 ならば前はどうかと足の幅分だけ前に出てみるが、変化はない。
 これならどうだと、一歩後ろに下がると、きっちり一歩分鏡が自分に近づいた。ここにきて、才人は焦った。これではいつまでたっても、UMAを買いにいけない、しかもこの奇妙な物体は才人以外には見えないようなのだ。

 このままでは、挙動不審の変質者以外のナニモノでもない。
 才人は後退りしつつ道脇の自販機に近づいた。方向を変えると鏡も前に回ってくるので、苦肉の策である。
 壁や車といった形あるものにぶつかったらどうなるだろうと思われていた銀色物体は、ブロック塀に溶け込むように、めりこむように形を変えて、才人の前に浮かんだ。

「どうしろってんだよ……」

 コーヒーと紅茶をそれぞれ一缶飲み干したが、時間だけがたち、いいアイディアは浮かばない。誰かに相談するべきかとも考えたが、誰も信じてくれないに違いない。そもそも、こんなにも長い外出になるとは思ってもいなかったので、充電器にさした携帯はそのままだ。
 ぐるぐる回る思考で三本目を消費するべく適当に自販機のボタンを押すと「本格つぶつぶきのこ食感コーンポータジュ」が出た。最悪だ。
 なんで、つめた~いなんだよ。
 それ以前に自分の生理的欲求が、限界が近づいていた。
 鏡に特攻する気などさらさらなく、見てくれはおかしいが、自己の保身のため、後ろ歩きで自宅に帰ろうとした、時、突然鏡が消え去った。

「へ?」

 思わず間抜けな声をあげた彼を誰も笑うことはできないだろう、それほどに唐突な消失。

「あきらめたのか?」

 自分でもまるきり信じてない声で呟く。そしてそれは現実となった。銀色の鏡は消えてはいなかった、ただ小さくなっただけだったのである。才人の足元、およそ10センチほどの円形にまで。そこまで理解して、彼は凍りついた。
 猫の下半身がある。
 上半身がない。
 すっぱりと、断ち切られたように、ない。
 頭も、耳も、前足も、銀色の鏡の向こうに、消え去っていた。反対方向に回っても、銀色の丸い断面しか見えないのが、シュールで不気味だ。

「……」

 思わず逃げ帰り、これは夢だと己に言い聞かせ、そのまま布団をかぶって二度寝に入った彼を誰も責めることはできないだろう。

 それでも、平賀才人は事の真偽を確認するために、UMAを購入するために、夕食前、再びコンビニを目指した。
 想像した場所に猫は存在せず、ああやっぱり夢だったのだと、安心した彼は、ブロック塀の方向を向いたまま、足を踏み出し、すぐ前に用意された銀色の鏡にあっさりと飲み込まれていった。



[22826] ただしまほうはしりからでる12
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/06/13 00:43
「おお ゆうしゃよ、しんでしまうとはなさけない……」

 前につんのめりつつも、ずっこけることはなんとか回避した平賀才人の目に、最初に入ったのは、どこかの高級ホテルのロビーのようなピカピカでつるつるの立派な大理石の床だった。
 ただただ驚くだけの自分の間抜けヅラが映っている。
 次に、顔をあげて声をかけてきた人物を探した。
 前方約一メートル半に存在確認。第一印象、とりあえず青い、そしてヒゲ。なんかエラそう。格好とか、態度とか。そういえばさっきのドラクエの王様のセリフだし、このレイヤーさん確かに王様っぽいし。

「……」

 ちょっと待てよ。

 才人は、視線を王様レイヤーに固定したまま、心にひっかかったナニモノかを追いかけた。自分は、いつかどこかでこの人物に会っていなかっただろうか? 運命の出会いとかそういう気持悪くも生易しいロマンチックな何かではなく。もっと悲惨で悲壮なナニか。

「久しぶりだな、オサール太郎!」
「っ!!」

 次の瞬間、全てを理解し、思い出した才人はムンクの叫びのように耳を押さえて絶叫した。

「うっわぁあぁ! 注意してたのにっ! 注意してたのにッ!! 今度こそって、注意してたのにっ!」

 ぶんぶんと頭を振りながら両膝をつく。怒涛のように頭に甦ってしまう記憶の数々が、悲惨なアレやらコレやらに彩られまくっていた。
 そう、ここは異世界ハルケギニア。目の前にいるのは、そこのガリアという国の王様ジョゼフ。魔法とか魔法とか魔法とかがごくフツーに存在するファンタジーワールド。最初に召喚されたのは三年前だか四年前だか、時の流れが地球と比べて違うようなのではっきりとは言い難いが、その時、そこで。

「あ、悪霊退散ッ! 悪霊退散ッ! 家内安全交通安全文武両道横断歩道ッ!!」

 口元を両手で隠して、じりじりと後ずさりする。
 もしもアレが、桃色髪の美少女だったならば、ソレから始まるラブストーリーだってアリだっただろう、しかし現実はアレなアレ。現実はいつでも非情で無情。男同士だからノーカン思想は救いにはなりえず、精神的ダメージはマキシマムだ。
 思い出しただけで、吐き気と腹痛と頭痛と絶望である。

「【森】から出された時点で記憶がなくなるのだから、注意というのは無理だろうオサール太郎よ」

 ナイスミドルヒゲは、性格の悪さがにじみ出ている笑みで見やりながら、傍らの立派な椅子に腰かけた。思い出してみれば、この場所も記憶がある、グラン・トロワの地下に存在する謎の建物? で、何代か前の王が作ったものを目の前のアレが嬉々として改装したのだ。

「ああ、そうだったな! 確かにそうだったよな!」
「だが、徒労で骨折り損としか言えない、まったく無駄で馬鹿げた行為を健気にし続ける努力は嫌いではないぞ、オサール太郎」
「やかましいっ! あのな、前も言っけど、コントラクトサーヴァントは絶対にお断りだぞ!」
「使い魔ルーンがあった方が、【森】での生存度は上がるぞ? 今なら洗剤一カ月分もついてくる」
「いらんわッ! 心の底からいらんわッ! 俺にはヒゲオヤジと何度もキスする趣味はないっ! それに俺はオサール太郎じゃねえっ!」
「何を言う、我が姪はお前のことを勇者オサール太郎として記憶しているのだ。つい先日も始祖ブリミルと同等の扱いで食事の前の祈りを捧げていたぞ。いや、前回はライオン師匠だったか」
「どっちも俺だよっ!」
「そういえば、この前も、両親を助けようと【森】に入ろうとしていたのだが……」
「また入ったのか? 勘弁しろよ、三回目ッ」
「いや、すんでの所で我が娘が、長期任務を与えて遠くに追い払ってしまった、実に残念だ。サルから始まるイーヴァルディの勇者物語フラグはまだ二本しか立っていないというのに」
「とりあえず、ナイスイザベラッ! ……って、そのイザベラは? ま、まさかあんたついに自分の娘までも犠牲にっ?!」
「そんなことをするわけがないだろう。ただ、何故かプチ・トロワにこもっていて、出てこんだけだ」
「何をしたんだ? あんたイザベラに何をしたんだっ?!」

 思わず才人は涙ぐみながら詰め寄った。同じ被害者として助けあった日々が脳裏を行き過ぎていく。同士として、友人として、支えあい、愚痴を言い合ったあの日。妙な花の精神攻撃にも、なんとか耐え抜いたイザベラがとうとう壊れた(っぽい)。由々しき事態である。

「少し思いついて」
「思いつくなよ! あんたのソレで、シャルルさん夫婦といい、いったい何人が迷惑こうむってると思ってるんだよ! しかも現在進行形で大多数!」
「十数年ぶりに会う姪の歓迎がてら、お前の故郷のオニギリを作ってみたので、ふるまってやったくらいだが?」
「スルーかよっ!」
「ただ、手で握っていたのだが、シャルロットとジョゼットの食べるスピードが思ったよりも速くてな、間に合わないので」
「…………」
「こう、脇で」

 ぎゅっ ぎゅっ

 生肌の脇で ぎゅっ ぎゅっ

「再現すんなッ! 見たのか? それ、見ちゃったのか?! うわああああ、イザベラァアアァ! イザベラァアァァ!」


 数年前のあの日あの時、才人は目の前に現れた銀色の鏡に拉致られた。

 連れてこられた異世界で茫然自失している間に、ヒゲオヤジに唇を奪われるという、今思い出そうとしても、脳内に「しばらくお待ちください」のテロップが流れ、強制的に記憶ブロックがかかるほどの死にそうな事態に陥った。
 その後、「すまんが、ここに入って、俺の弟家族を助けてくれ。なに、ちょっと軽くゲームするだけの簡単なお仕事だ」と、言われて蹴りこまれた先が、通称【森】こと【ゲソックの森】。
 一言で現代人風に表現すれば、超リアルRPG(クソ)である。
 ジョゼフ王いわく、虚無のメイジとその使い魔しかクリアでき(る可能性が)ない、らしい。
 だったら自分で行けよ! と、二回目に召喚された時、才人は泣きながら言ったが、ここを維持するのにも魔力がいるのだと、あっさりと流された。ミミズニトニルニトンだかがいるんだろう! と、叫ぶと、お前はレディにそんな危険なことをさせるのかと切り返された。
 なんだろう、腑には落ちるが、納得できない。
 確かに【森】で死亡しても、死ぬわけではなく記憶を奪われループするだけなのだが。

 かくして、平賀才人はオサール太郎だったり、TSサリフィーだったり、ライオン師匠だったりになりながら、ガリアの王弟夫婦を救うため【ゲソックの森】を少しずつ攻略している。コントラクトサーヴァントをすれば【森】での能力は上がるのだが、当然不可抗力だった最初以外はノーサンキューゥである。

 とにもかくにも、結局は今回も、【森】へと突撃させられてしまうのだろう。才人としては、その前に助けたシャルロットに会って、オサール太郎でライオン師匠な記憶を訂正したかったのだが。

「実はな、今回勇者を召喚したのは、俺ではないのだ」
「え?」

 虚無の使い魔を召喚できるのは、虚無の使い手だけ。前回の召喚時に、他の使い手を探しているというのは、聞いてはいたが、ついに見つかったということなのだろう。

 背後に人の気配を感じて、才人は振り返った。
 目に入ったのは、金色の頭とファンタジーっぽく尖った耳。顔は見えない、頭を下げているのだ。

「ごめんなさいっ!」

 可憐な声、泣きそうな声だ。いや、半分ほど泣いているのかもしれない。

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」

 ずいずいずいっと下げたままの頭が迫ってくる。

「わたしがサモンサーヴァントしたんです……」
「あー、泣かしたー勇者が泣かしたー勇者のくせに泣かしたー」
「うるせえよっ! 棒読みで煽るなよ! そもそもあんたが……」
「本当にごめんなさいっ!」

 才人の言葉は、途中で空に消えた。顔をあげた少女がとんでもない美少女だったことに驚き、さらに露わになった胸部に衝撃を受けた。
 ナニ、このお胸様ワンダーランドッ!
 ミラクルバストレボリューション!

「でも、人助けだって聞いて……わたし……でも、でも、人を召喚してしまうなんて……」
「メロンちゃんだ! しかもウォーターメロンちゃん! おおう、かわいいウォーターメロンちゃん!」
「…………はい?」
「おお ゆうしゃよ こんなにへんたいだとはなさけない……」
「ああああ、いやいやいや、大丈夫ですっ! これも人助け、人助けですからっ! 俺、人助け大好きですから! 好きで好きで夜も眠れないくらい好きなんです」」
「そうなんですか? よかった……わたし、ティファニアといいます。テファって呼んでくださいね。どなたかとお間違えみたいですけれど、メロンチャンで、ウォーターメロンチャンで、カワイイウォーターメロンチャンで、どんな方なんですか?」
「……ゴメンナサイ、テファサン」

 悪気はまったくなく、にっこりざっくりと才人の何かをえぐり取るお胸様である。

「と、ということは、もしかして今回のコントラクト・サーヴァントは……」

 ここで人助けを盾にしてがっつくのは、あまりにもみっともない。さすがの才人も言葉を濁して、そっとお胸様ことテファの顔を窺うと、真っ赤になっていた。とびきりの美少女の初々しくて可憐な姿。ビシバシと何かこう、くるものがある。

「人助け、そう、人助けなんですよね、そうですよね」

 消え入りそうな声に、さすがに才人の良心のようなものが痛んだ。

「いや、別に攻略に有利ってだけで、無理にする必要はないんだし」
「俺は何も見ていない聞いていないという設定」
「黙れ」
「わかりましたっ! やりますっ! はい」

 ティファニアは、ぱっと後ろを向いて、清楚な緑のスカートに包まれた可憐なお尻を突き出した。

「……………………なんで?」

 え? なんで? どうして? なんでお尻? というか臀部?
 才人の頭の中に大量の疑問符が飛び交う。

「虚無の理が書き変わったのだ。とある一人の使い手によって、な」
「え……? そんな、それって、そんなっ!!」

 キスから始まるファンタジックラブストーリーが、才人の目の前でガラガラと崩れていく。

「虚無の理に導かれるしか無いじゃないですか! あなたもっ! わたしもっ!」

 お尻が迫ってくる。

 うれしいような気がしないでもないような感じがするが、あふれ出る涙は何故なのだろう。

「あー、シャルロットは別の場所で任務についているのだがな、妹のジョゼットが【森】に入ってしまったのだ、助けてやってくれ勇者よ」

 ジョゼフの声を遠く聞きながら、リーヴスラシル平賀才人は【ゲソックの森】にそのまま押し込まれていった。

つづく



[22826] ただしまほうはしりからでる13
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/07/28 21:24

 その言葉を聞いた時、ルイズの思考が停止した。
 想像しなかったとは言わないが、絶対にあってはならないことだった。

「え……えっと、ちょっと落ち着きますね? 落ち着きますよ。落ち着かせていただきます。つまり、わたし達がアルビオンニお連れしたあのお方は、実はスキルニルではなくて、本当の本物のアンリエッタ王女殿下だった……ということなのでしょうか?」

 ルイズの目の前で、マリアンヌ皇太后とマザリーニ枢機卿が重々しく頷いた。
そして、王宮の奥まった、皇太后陛下の私室の一つに集められた一同は全員凍りついた。
 そもそも呼び出された当初から嫌な予感はしていたのだ。だってそうだろう、労いのお言葉と報酬は、王都に戻ってきた時にもう受け取っていたのだから(関係ないが、なんでも美味しく煮込める魔法のお鍋は、邪道だと言ってマルトー料理長は受け取ってくれなかったので、未だルイズの部屋の隅に転がっている)。
 その数日後である、今になって「トリステイン人だけ」、が呼び出されるなんてもう、悪い予感しかしないではないか。

 残念なスキルニルをウェールズ殿下に押しつけて、ニャポーンのせいでなし崩しに延期されてしまった王党派総攻撃を総スルーして、やっと帰ってきて、のんびりしていたのに、コレ。あの、魔法学院での平穏な数日は、まさしく嵐の前の静けさだったのだと、ルイズは思った。
 目の前のマリアンヌ皇太后は悲痛な顔をしてこめかみを押さえているし、その斜め後ろには、出かける前よりもさらに痩せたマザリーニ枢機卿がこの世の終わりのような面持ちで立ちつくしている。
 さらに出入り口たる扉のすぐ側では、表情をこそ変えていないが、虚ろな目をしたド・ゼッサール隊長が佇んでいた。
 さすがの変態とギーシュも、真っ青になって固まっている。
 ただ一人……というか一体、やりとげた表情の姫殿下スキルニル。

 この場合やっぱり責任取らされるの?
 ……ウフフ、取らされるのよね……決まってるわよね……

 心の中で自問自答しながら、ルイズは、自分は淑女です乙女です敬虔なブリミル教徒ですと言い訳しつつ全力で幼馴染に蹴りをいれることを考えていた。
 その目の前で、ふぅっと深いため息をついた皇太后が、崩れ落ちるように傍らの椅子に腰を下ろす。

「おこってしまったことはしょうがありません。私も、まさかアンリエッタがここまでのことをするとは思ってもおりませんでした……などとは、今は繰り言でしかありませんね。愚かな娘ではありますが、あれでも私の可愛い一人娘……そして王位の継承者、アルビオンから連れ帰らねばなりません」
「その肝心のアルビオンの様子が、まったくわからなくなっているのだ」

 皇太后陛下に代わって、現状を説明する枢機卿いわく、ルイズ達がアルビオンを脱出してラ・ロシェールから連絡を取る少し前から、まったくアルビオンの戦況というものがわからなくなってしまったのだという。普通の交易船はもちろん、それを略奪していたはずの空賊すら姿形もない、と。
 空賊が実はウェールズ皇太子だったことも、王党派が玉砕覚悟の総攻撃をかけるつもりなことも、ルイズは先だって皇太后に報告していた。いくらニャポーンぱわーでグダグダになっていたとはいえ、もうその影響は抜けて総攻撃は開始されてしまっているはずだ。
 しかし、アルビオンは何もおこらなかった。
 不気味なくらい何もなかった。しかも気味の悪いことに、ラ・ロシェールから一攫千金を夢見てアルビオンへ赴いた傭兵達は、誰一人として帰ってこなかった。

「その情報確認に手間取られ、姫殿下がスキルニルにすり替わっていることに気付かなかったのは、このマザリーニの落ち度、こたびの一件がひと段落つきましたら、いかなるお咎めも受ける覚悟でございます」
「そんなことはありませんわ! 全部このわたくしが悪いんですもの! ね?」

 ね? じゃねーよ。

 全員の心が一つになる瞬間というものをルイズは初めて知った。
 あー、そのとおりねー、その通りだけど、お前が言うなッ! である。
 姫殿下スキルニルに向かって、叫びだしたい心を、両こぶしを握り締めてルイズはなんとか堪えた。
 枢機卿の顔色は雪の白。

「連れ戻すにしても、アルビオンの様子がわからなければどうしようもありません。そこで、あなた達にまた新たな任務を命じます。王都トリスタニアのチクトンネ街にある「魅惑の妖精亭」なる大衆酒場にて情報を集めるように」
「先に潜入したアニエス、ミシェルとの交代となるが、詳しいことは後ほど別室で説明する」

 大衆酒場はともかくとして、なぜアルビオンの情報を集めるのにトリステインなのか? その当然の疑問は、ワルドもギーシュも抱いたようで、退室する皇太后を敬礼しつつ見送りながら密かにアイコンタクト。それとはまた別にルイズには、頭にひっかかるものがあった。この店の名前、どこかで聞いたことがあるような。しかも、結構つい最近だったような気がするのだが。
 ド・ゼッサール隊長について廊下を歩いて、さらに小さな控えの間についてしばらくして、やっとルイズは思い出すことに成功した。

「あ」

 思い出してしまった。

 そう、シエスタの親戚。
 そして、ギンギーだ。魅惑ならぬ驚愕と絶望のギンギー料理をバスケットに詰めた張本人の店の名前だった、間違いない。
 ついでに店にくる客が全てギンギーを食べている姿まで想像して、ルイズは真剣に寒気を覚えた。何その一気に食欲をなくす気味の悪い光景。

「あ」

 隣でギーシュがさっきのルイズのように小さく呟いた。彼もまた、何かを思い出してしまったらしい。

「ルイズ、関係ないとは思うんだけど、本当に思うんだけど、いやどちらかというと心の底から関係ないと思いたいんだけど」
「早く言いなさいよ」
「ミスタ・コルベールと、ミスタ・ギトーが……長期休暇を取っているって話、知ってるかい?」
「…………気のせいよ」
「そ、そうだね、二人ともオッポレと叫びながら意味不明の踊りを踊って競っていたとか、ミスタ・ギトーは裸マントだったなんてこともいつものことで、まったく関係のないことだねっ! ちょっとばかり怯えて泣いてたから必死に慰めたけど絶対モンモランシーの気のせいだねっ! 僕のモンモランシーには、被害のいかない、本当に、まったく、関係のないことだねっ!」
「……あんた、今日これから毎日三食ギンギー」
「えええっ?!」

 ニャポーンを外に預けてきているのが返すがえすも残念である。

「あ」

 今度はワルドが呟いた。連鎖反応的に、彼も何かを思い出してしまったらしい。

「どうかされたんですか? 子爵」
「いや、僕のシモネッタを改造したのだが、許可を頂いていなかった、と。トリステイン」
「……後でいいのではありませんか?」
「それもそうか。トリステイン」

 一応最初の任務を完遂したので、人形を片手に一カ月+額に僕ロリコンの刑は大分緩和された変態である。語尾のキテレツはそのままだが、これはこれでわかりやすいのでヨシという結論に達したようなので、まあどうでもいい。ウザいが。
 改造というあたりが気になったルイズだが、どうせ固定化をかけて服でも着せかえしたのだろうと思った。人形のドレスを嬉々として着せ替えするヒゲ男……これ以上考えたくない。

 ややあって、金袋を手にした枢機卿が来て、詳しい説明を始めた。
 ルイズが気づいたように、魅惑の妖精亭の名物料理はギンギー料理で、客の大半がこれが目当てなのだという。その中に、数カ月に一度か二度、定期的でこそないが奇妙なお客がそのギンギー料理を食べにくるらしい。

「奇妙とは、どのあたりがなのですか? トリステイン」
「報告では、豆粒のような丸い黒眼だけの目とヒゲ、丸い鼻、丸い耳が二つ……それを取り囲むように三角の柔らかい小さなトゲのようなものがついている奇怪なかぶりものをした人間だということだ」
「ごげらぶふっ」
「ど、どうしたんだい僕のルイズ?! なんだか呼吸困難になってるよ? 大丈夫かい? 僕のルイズ! トリステイン」
「ソレと青い髪と髭の壮年の男が連れだって食事に来ている……青といえばガリア王家の色だ。しかもついこの間は、エルフのようなつけ耳をわざわざした若い娘と、珍しい異国の女が一緒だったらしい」
「本当にエルフということはないのですか? 枢機卿」
「柔らかトゲトゲを受け入れた「魅惑の妖精亭」の客がそんなものを気にすると思うのかね? ミスタ・グラモン」
「……」

 ギンギーを笑顔で食すツワモノどもである、そんな細かいことを気にするような者はいないのだろう。
 ともあれ、その怪しさ全開の四人組がアルビオンについてかなり色々なことをしゃべっていたらしいのだ。大半がたいしたことのない会話だったが、一国とまったく連絡が取れないという未曽有の事態、この際今にも沈みそうな藁でもいい、すがりたい……
 気持はわかる。
 疑ってくださいと言わんばかりの怪しさ。ここは思う存分疑ってあげるべきだろう。

 もちろんルイズは別の所で衝撃を受けていた。
 くまたいよう! アンタ何してんの! である。

「ここに店の主人と懇意だというタルブ村村長の紹介状がある。その怪しい者達を見張り、少しでもアルビオンの情報を手に入れてくれ。最悪、多少の騒ぎは起こしてもかまわない」

 どういういきさつで書かせたものか、村長の紹介状には、でっちあげられた三人の略歴が並んでいる。ルイズとワルドは年の離れた兄妹で、大病を患った母のためにお金を必要としているという設定、ギーシュの方は、金使いが荒く勘当された良家のボンボンを鍛えなおすという設定になっていた。
 色々とヒドい。
 偽名指定されていないのは、下手に使うとボロが出やすいからだというのは、納得してみた。
 もちろん魔法学院には既に「休学届」が二人分出されているし、グリフォン隊長は長期休暇に突入している。
 ああ! いったい何がどうしてこうなって?!
 心の中で滝のように涙を流しながら、ルイズは紹介状と軍資金を受け取った。


 三日後、教えられたとおりの道を行くと、魅惑の妖精亭が確かに見えてきた。
 ちょうど、店の仕込みが始まろうかという時間帯である。こざっぱりとした目立たない地味で安い服に身を包んだ三人は、緊張のためか言葉少なだった。
 復讐するリスト1ページめを、すべて幼馴染の名前で埋めたルイズは、一番かさばる荷物となったニャポーンを背負って、足取り重く歩いていた。
 飲食店だが躾けられたペットなら可という言葉に甘えてみたが、やはりコレはちいねえさまかタバサにでも預けてくるべきだったのではないだろうか。でもそれだと、帰ってきたら、全て使い魔に食べつくされていた、なんていうオチがありそうで怖いし。
 それはそれとして、変態はあの人形を持ってきているのだろうか、見せかけとはいえ、そんなのと兄妹設定なんて死にたい……
 店の女の子は二人部屋だっていうし、ニャポーンにきっとドン引きするわよ同室の子、腰の鍛錬もできないしって……いやいや、それは別にしなくてもいいんじゃないわたし……

「店の妖精さん達は、時間外はお断りよっ! おととい来なさいなッ!!」

 悩み苦しむルイズの耳に、野太い男の怒鳴り声が飛び込んできた。
 顔をあげると、目的地である魅惑の妖精亭の裏口からいかにも、な、若い男がつまみだされる所だった。相手の首根っこを猫のように掴んでいる、丸太のような立派な筋肉のついたたくましい腕。

 ヒゲ。
 ピチピチ。
 ツヤテカ。
 ムキムキ。

 てゆか、胸毛。腕毛。脇……他色々。
 ルイズの彼への第一印象はそんな感じだった。

 もしかしてこの人はこの店の用心棒なのか? だったら、どうやって声をかけるべきかと考えあぐねているうちに、ムキムキピチピチ男は、掴んでいた男を道に放りだした。

「この野郎ッ!」
「いかんっ!」

 逆上した男が懐からナイフを取りだすのと、訓練された変態が杖に手をかけるのはほぼ同時ではなかった。なにせルイズ達は平民設定(ある程度ごまかしがきくように貴族の血が混ざっていることになっている)、堂々と腰に杖などさせるわけがない。
 当然、ワルドの手は腰のあたりで空を切った。

「っ!!」
「子爵ッ!」
「危ないっ!」

 誰もが、そのムキムキピチピチが刺される場面を次に想像した。
 だが、

「甘いわよぉうっ!」

 ムキムキがにこりとほほ笑む。
 次の瞬間、

「秘技・カワイイポーズッ!!」

 きゅらららんという意味不明の擬音をくっつけて、ヒゲ筋肉は口元に、こぶしにした両手をあてた。もちろん視線は意味なく彼方を見つめる潤んだ上目づかいである。
 ありえない感じに小首を傾げ、ゆるされない感じに内股で軽く膝をまげている。もだえ苦しむレベルのキラキラした星と花が、男の背後に流れて溢れて飛んだ。
 確かにカワイイ。すごくカワイイ。およそ、カワイイポーズといわれて、つい想像してしまうようなカワイさが目の前に展開。

 ポーズだけだが。

 だが、全員が見ていた。見ていたどころか見つめていた。
 目がそらせない。

 ムキムキ濃厚オヤジのカワイイポーズを見続ける、なんか、恐ろしい苦行が展開中。
 ウィンクまでされ、ルイズはこの人物が間違いなくシエスタの血縁であることを、血涙を流しつつ確信した。

「お怪我はありませんか? ミ・マドモワゼル。あら、ルイズではありませんか! お久しぶりですねっ!」

 さらに。

 カワイイポーズをキめる男の背後に現れた人物を見て、ついに衝撃の連続に耐えきれなくなったルイズの意識が飛んだ。

 なんでアンが居るのよ……

 世界はいつでも非情で無情だった。

つづく




[22826] ただしまほうはしりからでる14
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/10/15 19:57
 ルイズは夢を見ていた。

 夢だと理解できる夢、なんだかもう既にイヤな感じである。
 魅惑の妖精亭前の道で、「旅の疲れと借金の心労により」倒れたルイズは、アンリエッタ姫殿下と同じ部屋に運び込まれた。うん、わかってはいたことだ。同室なんですね、二人部屋。後からルイズが聞いた話では、すぐさまミ・マドモワゼルが、お姫様抱っこで運んでくれたそうだ。意識がなかったというのは実に幸いなことである。いや、その時あったとしても、アレをアップで見た瞬間に、もう一度失神するのはわかりきってはいたが。
 それよりもレディの危機に何をしていたのか、変態とモグラの主人。

 夢の中は、どことなく記憶にある美しく刈り込まれた樹木が整然と並ぶ、おそらくは城の中庭の一角だった。
 くまたいようにしては、中々いい場所のチョイスである。夕日が差し込み影が長く伸びるさまは、何とも言えない情緒があった。

「やあ! お嬢さん!」

 くまたいようの声ではない。聞いたこともない。やけに馴れ馴れしい若い男性の声は背後から聞こえた。
 直感的にルイズは、振り返らない方がいいなぁ! と、思った。否、直感ではなく経験則で。そのままなかったことにしてしまいたかったが、声は重ねて言った。

「ちょっと、時間がないんだ。少しだけ話をしようじゃないか!」

 なかなかしつこい。

「大切な話なんだよ! 僕の話を聞いてハルケギニアを救ってよ!」
「うるさいわね! 放っておいてよ!」
「……ただし魔法は尻から出るんだっ!」
「どこでそれをっ!!」

 ルイズは振り返ってしまった。
 もちろん直後、振り返ったことを後悔した。目の前にあったのは、子供が石板にチョークで落書きしたような人物像だった。
 踊る棒人形とでもいおうか、○と-でほぼ全てが構成されている。多分人間、多分、おそらく。口だけが逆三角形。案山子の方がまだ肉づきがいいと思われる。ただ一つ、目だけが異様に……キラキラしていた。まつ毛がびしぃっばしぃっと生えて、星を埋め込んだように光り輝く瞳を縁取っている。幾何学模様の中にぽつんとそこだけ力が入っているのが不気味だ。
 しかも片目だけ。
 気持ち悪い。

「これ、具象気体というらしいんだけど、君の夢に介入するだけで時間を取ってしまってね! 時間が足りなかったんだよ」

 力を入れる場所がいろいろと違う。

「具象気体?」
「そう、魔法使いが特定の目的のために、こう魔力をこめた気体を粘土のようにこねたり伸ばしたりして作るんだ。本来は、現実世界で具象化させるものなんだが、これは夢であり現実ということで、今ここに大急ぎで作って作動させてみたんだ。ちなみに尻から出るというのは、友人から聞いたんだよ。いやもう傑作だね、そうくるとは思わなかったね! 笑いすぎて涙が出るってこのことだね! でもこのことを言ったら、君は絶対話を聞いてくれるって言ったのは、本当だったんだね、すごいね!」

 くまたいよう今度会ったら殺ス。

「そもそもアンタ誰よ!」
「ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ……」
「おうふっ!」

 ルイズは倒れた。

 わずか、数瞬の間に、色々な物を脳が否定した。
 しかし、現実(夢だけど)を見て絶望した思考が記憶を消去しきれず、精神崩壊を防ぐために現実逃避を始めて、失敗した。現実はいつだって非情で無情だ。膝を抱いて丸くなりながら、とりあえず泣く。

「……の一部なんだけど。ああ、一部っていうのは、全てを君の脳に再現したら、君は壊れてしまうからなんだ、お嬢さん。心配しなくていいよ、本当の自分はもっと格好いいから! これは手を抜いてるわけじゃなくて、本当に時間がなかっただけだから!」
「死にたい……うう、わたし死にたい……、ちいねえさま……えうう」
「あ、もう時間がないっ! 大事なことなんだ、すぐに祈祷書と水のル……」

 自称ブリミルは、ルイズの目の前で消滅した。
 何事もなかったかのように、すっきりさっぱりといなくなった。もちろん虚ろな目で、あれは夢、あれは幻、丸くなったポーズのままルイズはしばらく呟き続きけた。
 そもそも祈祷書と、みずのるとは何なのか、水乗るなのか、祈祷書を持って水に乗れというのか、そんな無茶でバカなことを偉大なる始祖ブリミルが言うはずがない、よってあの棒人形は始祖ブリミルではない、証明終わり。
 くまたいようの嫌がらせなのだ、きっとそうだ。偉大なる始祖ブリミルが、我がご先祖が、あんな変態の親玉なはずがない。
 浮上したルイズの意識は、名前を呼び続ける姫殿下の声をとらえた。

 一気に目が覚める。

「ああ、よかった! わたくしの大切なお友達のルイズ! ずっと眠っていたのですよ」

 窓から差し込む光から、時刻が朝だとルイズは理解した。
 一昼夜眠って? いたらしい。店長でもあるツヤテカムキムキは見かけによらず出来た人で、今日は休みにしてくれたと姫殿下から聞いたルイズは、素直に感謝した。
 なんか、こう、色々とすさんで傷だらけの心に包帯巻かれた気分である、ツヤテカムキムキだけど。手渡された、根菜を、形が残らないほど煮込んだシチューが優しい、ムキムキピチピチだけど。

「で、教えてくれるんでしょうね? アン。どうしてここにいるの?!」
「歩いて」

 彼女はいつも本気だ、ここで、突っ込んだら負けだ。

「……お城で、おとなしく、してるはずじゃ、なかったの? あースキルニルに言っても無駄かしら……」
「あら、わたくしスキルニルではありませんわ」
「……は?」
「約束は約束ですもの。アルビオンに行ったのはスキルニルですわ。わたくしは、お城のことをもう一体のスキルニルに任せて、少しでもウェールズ様の力になろうと、ここでがんばっておりますのよ」

 アンリエッタの言葉を受けて、ルイズは寝台の上で指を立てながら考えた。今現在連絡が取れなくなっているアルビオンニいるのはスキルニル、お城に居るのもスキルニル。枢機卿や皇太后陛下が確認したから間違いない。
 つまり、人差し指と中指、スキルニルは二体あった。枢機卿達も自分も、お城に居る姫殿下がスキルニルだったということで、アルビオンに本物が行ったと考えてしまったのだ。スキルニルが一体だと信じて。
 あの姫殿下ならやりかねない、そんな先入観があったことは認めよう。

「アニエスもミシェルも、わたくしがスキルニルだと思い込んでいたようですもの、本当にそっくりになりますのね!」

 ね! じゃねーよ。

「あら、どうして泣いているのですかルイズ? どんなに苦悩しても胸は大きくなりませんよ!」
「そんなことわかってるわよっ!!」

 爽快感の欠片もなくルイズはアンリエッタに突っ込んだ。


 魅惑の妖精亭に三人が務め始めて六日がたった。
 ルイズ・フランソワーズからの報告により、アンリエッタ姫殿下はめでたくお城に送り返され、急に何人も辞めるのはおかしいだろうということで、代わりにスキルニルがやってきた。どちらにしろベースは同じなので、ルイズへの精神攻撃の度合いに変化があるわけでもないが。ただ、お城関係者の胃の具合は確実によくなった。
 マザリーニ枢機卿の抜け毛が随分と減ったことをアニエスからの手紙で知って、少しだけルイズの心は慰められた。本当によかった。

 あと、特筆すべきことと言えばいえるのか、お店初の男の娘としてギーシュがデビューした。モンモランシーには! モンモランシーだけには! 絶対に言わないでくれぇぇええぇ! と、泣いて土下座したので、似合いすぎてムカついた心をぐっとルイズは押さえて、絶対にしゃべらないことを誓ってあげた。
 だが、お店で大人気な事実に、その心も揺るぎそうな今日この頃。
 ワルドは当然ながら裏方なのだが、こういった面では完全に役にたたない男として毎日元気に皿を割りまくっている。こっそりギーシュが直しているので、給料を差っ引くまでにはいたっていないらしい。
 ルイズ自身は、初日にお尻を触ってきた酔客を思いっきりひっぱたいてしまったがゆえの特別サービス専門妖精さん待遇である。

 そう、特別サービス。

 罵ってください! とキラキラ瞳で、ハァハァと息遣いも荒く言われる苦悩をわかっていただけるだろうか。それをちょっと羨ましそうに見ている変態の姿に追い打ちをかけられる哀しみを、わかっていただけるだろうか。

 もう、やだ。

 ちいねえさま、トリステインは滅んだ方がいいと思います。
 だから、ルイズは店長の言葉に飛びついた。

「タルブまで天然もののギンギーを受け取りにいってくれないかしらぁ。ギーシュナちゃんやジャンちゃんと一緒でいいから」
「……ギーシュです……」
「でもねえ、できればギーシュナちゃんは居て欲しいんだけどぉ、ここのところいい稼ぎだしねぇん」
「……ギーシュです……僕は行きたいとです……」
「それはかまいませんが、ギンギーにも天然があるのですか? トリステイン」
「もちろんよ、天然ギンギーは、ギン ギン ギン ギーと鳴くのよ」

 だからギンギー、安直である。

「ちなみに養殖は? トリステイン」

「まそっぷ!」

「……」
「まそっぷって鳴くの、注意してね!」

 どこをどう注意すればいいのだろう……ルイズはただただそう思った。
 停止しかけた頭で、ただそう思い続けた。

つづく



[22826] ただしまほうはしりからでる15
Name: MNT◆809690c0 ID:5150283d
Date: 2012/02/23 00:56

「エチゼンヤー。お主もワルよのー」
「いえいえ、へーかにはかないませんよー……所で、いつまで続けるんだよ、コレ」

 ガリア宮廷の秘密の地下である。どこか間違った感溢れる時代劇的服装をしたこの国の王様と、激しく間違ったエチゼンヤこと、才人がタタミっぽいこともない部屋で向かい合っていた。フスマ風の絵が描かれた壁が既に無理がある。
 うん、掛け軸を意識した絵が、フジサンじゃなくて火竜山脈って、中途半端に工夫がアルネ!
 それなりに日本で時代劇に慣れ親しんできた才人である、ジョゼフの着物っぽいモノの合わせ目が右前だよ、ぐらいのツッコミはいれたかった。他にも大変なモノは多々あるのだ。ほら、部屋の隅で膝を抱いて丸くなりながら遠いまなざしになってる、イザベラとか。
 いつもテカテカと美しく光り輝いていた額がくすんでいる。
 先ほどの、父による一度やってみたかった楽しい人間コマ回しが余程衝撃だったのだろう。当り前だが。隣でテファが必死に慰めているが、まったく耳に入っていないのは間違いない。

「へーかではなく、ここはオダイカーンサマーと言って欲しかったぞ、勇者よ」
「どうでもいいだろ、それより、コレだよコレ! どうすんだよ」

 今回、実は彼はほぼ【ゲソックの森】をクリアしていた。奇跡である。ティファニアの使い魔になったことが幸いしたのか、森の幻達に惑わされず、ゴールと思しき場所までたどり着いたのだ。
 勢いこんで、枠の上部分におめでとうと書かれた銀色の鏡っぽい光沢を持つ門に飛び込もうとした時、門のすぐ傍に倒れている人物に気付いた。
 探し求めたシャルル夫妻ではないが、さすがに見捨てることもできず、才人はその人物を担ぎあげ、門をくぐらずに、なんとかかんとかここまで引き返して来たのだ。
 その時ソレをよく見ればよかったのだが、今となってはどうしようもない。

「エルフだな」

 重々しくジョゼフが言った。
 目がキラキラしている。

「エルフだよ」

 テファよりも尖った耳に、親しんだ映画のキャラを思い出す才人。残念、相手は男のようだ。

「ふむ、このことから推察するに、【森】のクリア先は聖地だったということか」
「それどころじゃないだろ!」

 一人納得したように、顎に手をやりうんうんと頷くジョゼフに、才人はエルフを指さしながらにじり寄った。
 彼とてもここの人間とエルフの確執は聞いて知っている。連れ帰った自分が言うのも何だが、どうすんだコレどころの騒ぎではない。まだ相手は意識を失っていて、何も気づいていないのが幸いだが、起きたらどうなるかわからないのだ。
 ティファニアも居る手前、あまり酷いことはしたくないが、エルフ鬼強らしいし、このまま縛ってプレートメイルでものせておこうか……と考える才人をよそに、ヒゲがまったく危機感なしに、近づいていく。

「いや、これがつけ耳という可能性も……」
「引っ張るなよ! クソヒゲ! 起きたらどうすんだよッ!」
「ふっ、ここに勇者バリアーがあるではないか」
「うわっ、犠牲にする気まんまんっ!」

 二人が煩かったのだろう、エルフの男が身じろぎした。

「うわ動いたッ!」

 ためらいもなく立ち上がり、クソヒゲに向かって蹴飛ばして押しつけようとするが、その時には、相手は加速でレディ二人を確保したまま出入り口に移動済みである。汚い加速汚いと、心の中で絶叫するが、もちろん現実は非情である。

 エルフの目が、開いた。
 というよりも、裂けるほど見開かれた。
 しかも、予備動作なしでガッと上半身を起こす。

 キモッ!

 ドン引きした才人は、じりじりと後ずさった。
 現代で言うところの、妙にカクカクとしたロボットじみた動きで、エルフ男が才人を見た。イッちゃってる、間違いない。完全に一致。

 男は、危ない視線を空中に固定したまま力強く頷き、拳を振り上げた。

「ハゲに人権をーっ!」

「……」

 どこをどう見ても、いけないナニモノかに操られています。ありがとうございます。
 変に生ぬるい風を頬に感じながら、一人取り残された才人は思った。



 平和なタルブ村である。

 まそっぷー
 まそっぷー
 まそっぷー

 まそ         っぷー

「ちょっと! 続けて鳴きなさいよッ! なんかイラつくわ! なんかっ!」
「……ルイズ……あきらめようよ……」

 ま    そ

 ……

 ぷぅ~

「だから、はっきりしなさいよーっ!!」
 爆殺したい時に杖はナシ。
 ルイズ、心の叫びである。

 タルブ村は今日もやっぱり平和だった。

 時折時間差鳴き声攻撃をしかけてくる養殖ギンギーもいたが、とりあえず平穏だ。公爵令嬢のやるせない悲しみと切なさに反比例する、ほんわかと平安な村である。
 平凡な民家が立ち並び、日焼けした、純朴そのものといった村民が、目が合うとにこやかに会釈する。鶏を追う少女は、ギーシュとワルドを見て恥ずかしげに俯いた。使いこまれた農具に、つぎのあたった野良着。これだけならよくある田舎の光景。
 だが、間違いなく村民よりも多いと思われる大量のギンギーが、そこかしこを、歩きまわって何もかもを台無しにしていた。
 もちろんアレでアレな外見で、なんというかルイズの食欲と意欲をガリガリ削ってくる。おとなしい性格で、噛んだりしないとはいえ、ヒドすぎる。
 柵に入れるとストレスで、ほっぺたの赤みが薄くなってしまうので、こうするのが一番いいというのは、迎えに現れた村長息子の弁。お尻をこすりつけてくるのは親愛の証しだそうだ、とりあえず爆殺したい。

「ご注文の天然ギンギーの方は、いつものように倉庫で眠らせてありますんで」

 特殊な薬で、仮死状態にしているとのこと。しかし、不思議ではある。大貴族の令嬢として、変わった食材や珍しい食材を見ることが多いと自認するルイズだが、このキテレツな生き物は、つい最近まで知らなかった。ここまで大々的に養殖しているのならば、少しでも小耳にはさむことがありそうなものなのだが。

「あら、ルイズじゃない? どうしてこんなところに?」
「……久しぶり」

 赤と青。もとい、キュルケとタバサが道の向こうから歩いてくる。
 それだけなら別にどうということもなかったのだが、なぜかその背後に黒髪メイドがいて、その目がルイズを見るなり、くわっと開かれた。
 走ってくる、そりゃあもうイイ笑顔で。

「聖女さまぁあぁあぁあぁぁぁ!」

 今ここで自分の正体明かされると非常にまずいことになることは、ルイズにもわかった。ダメだ。色々とダメだ。タバサとキュルケには今さらだが、このままではトリステインの恥部が今以上に晒される。拡散される。それだけは避けなければならない、ちいねえさまのためにも!
 唯一残った心の支えのために、流れるような動きで令嬢は背負っていた猫袋を下ろして両手でつかみ、振りかぶって、五体投地しようとする学院のメイドに投げつけた。

「これが聖女さまの思いなのですねッ!」

 見事にジャンピングキャッチ。

「はい、タバサさま」

 そしてリリース。

 ほとんど無駄のない動きでシエスタは、見事ルイズの前で五体投地を成功させた。がくりと膝をつくルイズの周りを、養殖ギンギーが尻を向けて囲む。
 なんとも言えない表情で、ギーシュとワルドが立ちつくし、キュルケは笑い、タバサは無表情に手渡されたニャポーンをもふもふしていた。

 しばらくして、「こんな所でお会いできるなんて!」と感涙し地面に張り付いたままのシエスタをなんとか説得したルイズは、キュルケとタバサにここにいる理由を問いただした。あれだけギンギーを嫌がっていた二人が、まさかゲテモノを買い付けに来るというのも信じられない。
 立ち話も何なので、と、この村の宿屋も兼ねている村長宅へ向かう道すがら情報交換である。もちろんアレやらコレやらのトリステインの重大部分は伏せてある。知り合いが天然ギンギーをどうしても食べたいというので、買いに来た。
 苦しい理由だが、キュルケは突っ込まなかった。その辺りを察することができるのは、さすがにゲルマニアの大貴族令嬢というところだろうか。単に、もうアレな王族に関わりたくないだけかもしれないが。
 ギーシュがいなかったら、婚前旅行?! って疑ったところよ、と笑えない笑い飛ばしをしたくらいで。

「わたし? もちろんワインの買い付けよ、この前飲んだのがとても美味しかったから、と、言いたい所だけど……まあ、ルイズなら言ってもいいわね。たいした代物じゃなかったし……実は宝の地図でお宝を探しに来てたの」
「お宝?」

 タバサがこくりと頷く。

「ここに?」

 再びタバサがこくりと頷く。

「本当に?」
「……まあ、お宝と言えば言えると思うのよ、あれ……」
「どういうことよ、キュルケ」

 キュルケがにやりと笑った。

「ギンギーが昔飛び出してきた穴があったのよ」
「今は跡地」

 町長の話によると、2、3年ほど前、ある日シエスタの実家の軒先に、銀色の鏡のようなものが現れて、そこからギンギーが飛び出して来たのだという。最初はその奇怪な姿に驚き恐れた村人達だが、性質がおとなしいことを知り、気にしなくなったと……

「気にしなさいよ! めいっぱい気にしなさいよ!! おかしいでしょ! 色々と!!」
「わたしに言ったってしょうがないでしょ」
「それもそうねッ!」

 それよりも、最初にギンギーを食べてみよう! と、思った人の方が気になったが、その辺を突っ込むのはさすがにルイズにもためらわれた。

「4、5日たったら消えてしまったそうなんだけどね」
「じゃあお宝じゃないじゃない」
「あのね、ルイズ、その跡地もすごいのよ。不思議な力を持つ変な記号が地面に刻み込まれてるの」
「不思議な力って何よ」
「癒しの力」

 瞬間、ルイズの心と頭の中を怒涛の何者かが行き交った。
 癒しの力→回復する→病気治る→ちいねえさまの病気治る→やったー!!
 気づけば、掴みかからん勢いでキュルケに迫っていた。

「それ教えて! すぐに教えて! どこにあるの?!」
「いいけど……」

 キュルケの微妙な表情に、ルイズはこの時点で気付くべきだった。いつだって後悔とは後になるものである。


「ぢに効くのよ?」


 ルイズは無言で倒れた。


つづく




[22826] ただしまほうはしりからでる15.5
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2012/02/28 23:59
 きっかけというのは、本当にささいなものだ。
 いや、既に下地だけはあって、徐々に徐々に変わっていったものの、最後のひと押しがそれだったのかもしれないが。
 ガリアの王位継承権者である王子ジョゼフは、魔法の才に恵まれなかった。もしかしたらという周囲の期待を裏切り続け、自分の望みも断たれて、弟に追い抜かれて。
 しかし、根っからのええ格好しいだったがために、内心やさぐれつつも表面は平静を装う子供。
 それがジョゼフ王子だった。
 魔法でダメなら他の能力だろ、と、勉学に励んでみたが、魔法の才ほどそれらは評価されず、ますますやさぐれる今日このごろ。
 だからなのか、彼は、ガリアの宝物庫にある「場違いな工芸品」に目を通すのを密かな楽しみとし、何気に「異世界」の存在を信じていた無駄に有能過ぎる彼は、これらが錬金によって作られた物ではないと結論づけ、いつしかこの世界へ行ってみたいとまで思うようになった。

 そして、コモンの魔法が、20回に1回ほど成功するようになった時、第一王子はためらいもなくサモン・サーヴァントを唱えることにした。
 絶対に裏切らない完全な自分の味方が欲しかったような気もするし、内心を吐露する相手が欲しかったような気もする。
 それは、あまた多くの使い手が辿った道では……たまたま……なかった。

「やあ! ぼくは、くまたいよう!」

 こっそりと中庭の片隅で隠れて行った何度かのサモン・サーヴァント、爆発の煙の向こうに現れたのは、顔を三分の二ほど出したくまだった。
 くま違う、子供の絵のように簡略化されたその顔の周りを小さなトゲトゲが縁取っている。
 ジョゼフとしても、唖然として眺めるくらいには、色々と予想外だった。
 異物は、銀色の大きな鏡めいたものから頭だけを(しかも途中から)出している。体は鏡の向こうだ。
 愛らしいと言えなくもない顔なだけに、この状態は逆に不気味である。

「俺はジョゼフだ。貴様、普通の子供なら涙を流し叫び声をあげて、一目散に走って逃げているところだぞ」

 もちろん王子は普通ではない、自覚はある。

「えっ? ひどいなー、とりあえずここから出してよー、中途半端な魔力だからひっかかっちゃってるよー」
「やり方がわからん」
「それは困ったねー」
「ああ、困った」

 まったく困ってない顔で、困った困ったと言い合う一人と一物体。

「んー、じゃあもうちょっとがんばってみるねー」
「がんばれ」

 まったく心のこもらない激励の言葉をかけて、ジョゼフは草の上に座り込み、くまたいようの行動を眺めることにした。

「ザムディン!」

 力強い、くまたいようの叫び。

「……」

 何もおこらない。

「格好よかったー?」
「ああ」
「ぼくの知ってる人のおじいさんの名前なんだよー」

 だが効果はない。

「無理みたいだねー」

 無理でなかったことが、未だかつてあったのだろうかとジョゼフは思った。

「じゃーこのまんまでいいやー」

 いいのか。

 ろくでもないイキモノは、顔だけ三分の二状態で、にこにこしながらジョゼフに話しかけてきた。

「君、ぼくと契約してグルグル世界を救ってよー!」
「嫌だ」
「そんなこと言わないでさー」
「俺の今年の目標は「他人を鍛える」だからな。自力でがんばれ」
「ただとは言わないんだよー、今なら、全ての系統魔法のスクウェアレベルの才能をプレゼントさー」

 今さら。
 ジョゼフの心の中を、どうしようもなく黒い大きい感情が激流となって渦巻いた。
 今さら。
 嬉しいのか、バカバカしいのか、怒りなのか、憤りなのか。
 今さら。

「ただし魔法は尻から出るよー」

「………………は?」

 しばしの沈黙の後、ジョゼフは笑った。
 笑うしかなかった。
 目の前に突然ぶら下げられたエサが変な方向へすっ飛んで行ったようだ。世の中そんなうまい話は転がっていないということか、だか非常識に面白い話は転がっているらしい。

「い……いいな、それはいい。最高だ、くまたいよう。尻でエア・ハンマーか、尻でフェイス・チェンジか……尻ブレイド、尻スリープ・クラウド……くく、くくく、尻……尻か! 城の重鎮どもが飛び上がるぞ! 他にはないのか、他には!」
「バーニングフィンガーアタックがあるよー」
「それはどんな効果があるんだ?」
「肩こりが楽になるんだよー」
「それもいいな! なんだ、愉快だぞ貴様、実に愉快だ。ヒト……ではないが、は、見かけによるものなのだな」
「それで、契約してくれるのー?」
「その特典はいらん、だが話には乗ってやろう。そうだな、そのスクウェアなんとかの話は、俺の未来にできるであろう娘か息子にしてやってくれ。いや、実に愉快だ」

 もしもこの場に未来の娘が何かの間違いで居たとしたら、全力で父親を殴っていい言動である。だが、そんなことはもちろん起こらないので、ひとしきりジョゼフは笑い転げ、誰かに聞かれはしなかったかと、柄にもなく慌てることになった。そして、相変わらずくまたいようは召喚ゲートから出て来られない。

「これは【ゲソックの森】の種、これを植えてぼくの世界とゲートを繋げて欲しいんだーもちろんブリちゃんにも許可は貰ってるから大丈夫だよー」
「ブリちゃん、ブリちゃんか! それはもしかして……いや、皆まで聞かないでおこう、ただ、くまたいよう、お前とはうまい酒が飲めそうだ!」

 器用に鼻と想定される部分からぽろりと親指の爪大の【種】を地面に落したくまたいようは、器用に片目をつぶってくる。

「これでぼくの世界は魔王ギリから救われるんだよー、君の世界も救われるんだよーブリちゃんともそういう話だったしねー」
「こちらも、だと?」
「うん、ぼくは風石が欲しい、君達は風石がいらない」
「…………どういうことだ?」

 くまたいようはにこにこと太陽のように頬笑みながら言った。

「だってこの世界は風石が多くなりすぎて、大陸が空に浮かんじゃいそうなんだよねー大変だよねー、まーそっちの都合は、ぼくには関係ないんだけどねー」
「なん……だと……?」
「じゃー、あらためて言うよー、【アラハビカ】を浮かせるための風石を、【森】を通してグルグル世界に送って欲しいんだー」


つづく


感想レスは、16を投稿した後にまとめてさせていただきます。全てありがたく読ませていただきています。



[22826] ただしまほうはしりからでる16
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2012/05/08 22:00

 ルイズ・フランソワーズは、当り前のように貴族であり、可憐なレディである。

 そして、平民の子供を己の危機をものともせず身をていして救ったという伝説の持ち主で、平民達の間(一部)では聖女と呼ばれている。
 ここまでだと、まったく隙のない美談であり、実際間違っていないのだが、他の部分がたくさん間違っていることを、ルイズは知っていた。

 さらに、己の正体がシエスタのせいで、すぐさまこの小さな村に広まるだろうことも、よくわかっていた。貴族の身分を隠し、社会勉強中という理由をくっつけ、村民以外には漏らさないと、かん口令をしいてみたが、どこまで効果があるのかわからない。

 それはそれとして、今現在ルイズにとってもっとも重要な問題は、ご招待されてしまった村長の夕食会に、ギンギー料理が間違いなく供されるだろうということである。
 だから、ルイズは遠まわしに先手をうった「生きているギンギーがこんなに周りにいると、可哀想で食べられないですわね~」。

 うん、色々頑張った。極上の笑顔で頑張った。変態の変態な視線にも負けず頑張った。

 なのに。

 今現在、村長の家の食堂で、ルイズは凍りついている。
 確かに彼女に準備された料理は、ギンギーではなかった。他の四人はギンギーだったので、あの言葉は役に立ったのだと思われる。

 ただ、ギンギー料理を別の意味で上回るアレなブツが、村人四人がかりで静々と運ばれてきただけで。

 目の前に広がるのは、箱庭とでも言おうか、それとも立体化した地図とでも表現するべきか、そんな、1メイル半四方のどでかいモノ。
 森っぽいモノ、山っぽいモノ、川、湖……らしきもの、とんでもないことに城や砦まである。
 いったい何の食材で作られているのか、再現率ハンパない物体が、どでーんとテーブルの上に載せられていた。
 おかずが地図になっております、とシエスタがニッコリキラキラ笑顔で言ってくれた。もちろんどこの地図だかは、不明である。

「我が村に代々伝わることに今いたしました、ドキドキ冒険聖女さまディナーでございます!」

 今したのかよっ! というツッコミすら乾いた吐息に紛れてしまう今日のルイズは不幸だ。否、今日もルイズは不幸だ。

 そのドキドキ冒険聖女様テーブルによって隅に追いやられた他の人たちは、ふぅっと言った顔で目の前に出されたギンギー姿焼を眺めていた。「うん、まあ、わかってたことだけどね……」というキュルケの小さな呟きが聞こえる。意外と割り切りのよかったタバサが、乾杯後すぐに、ぐっさりとナイフを突き立て、変に繊細だったらしいギーシュが、付け合わせの野菜で顔の部分を隠しながら食べていた。
 そこまではプライド的にできなかった変態は、視線の焦点を斜め上あたりの怪しい部分に固定して、感情を消した顔で粛々と口に肉を運んでいる。「見なければッ、見なければ大丈夫だッ、大丈夫なんだ母さま、ジャン・ジャック頑張ってるッ! トリステイン」などと時々小さな声で、自分に言い聞かせていた。
 あと、指先を怪我して、ナイフが使いにくいという理由をでっちあげたキュルケは、ギンギーらしくなくなる程度に小さく切り分けさせて、それを葉野菜で包んで食べていた。その方法があったか! と、思ったがもう遅い。

 最初こそ、ギンギーを逃れたルイズ汚いなどと思って、もしくは口にしていた四人だが、聖女ディナーを前に、その視線は宙を泳ぎ、無言になった。
 食材不明、重量不明。ルイズ終わった。ギンギーのがマシ。四人の心は微妙に一つ。

「さ、聖女様! どうぞ召し上がってくださいませ!」

 今さら、ギンギーがいいです! なんて言えるわけがない雰囲気が満載である。
 この大量のディナー……全部食べるのかしら……?
 心の中で涙目になりながら、聖女様は嘆息した。
 そもそも……食べ物なのかしら……あそことかあそことか……

「さあ!」

 全員で取り囲んで、ナイフ握り締めて、服をたくしあげるのをやめてほしい。タルブ名物セップクショー(今作りました)を、やめさせたかいがないではないか。

「あり……がとう、いた……いた、いただく……わ」

 震える声で、そっとナイフとフォークを手に取り、ルイズはままよっ! と、ばかりに目をつぶって手近な何かを口に運んだ。

 おぼふぐふぅぅっ

 叫びを、口の中だけの事象に抑えこんだのは、レディたるルイズのプライドだった。

 苦い。
 食べ物の苦さではない。
 しかも舌がぴりぴりする。
 それどころか唇の感覚がなくなっていく。
 いやいや、何が大変って、ものすごく息が苦しい。

「く……苦し……っ」
「そこは毒の沼ですっ!」


 なぜ、そんなものが。


「早く! ここであくせるをぜんかい! いんどじんを右に! その後、おもむろにとなりの薬草を召し上がってくださいっ!!」

 あくせるも、いんどじんもよくわからなかったので、ルイズは少しだけ体を右に倒し、涙のたまった目を強引に押し開くと、確かにドブ紫色の液体だまりの隣に青々とした葉野菜らしき物体が植わっていた。もうレディの食事作法がどうのこうのなどと言っていられない、手でむしって口の中に放り込む。
 確かに楽になった。そして、絶望的な気持ちになった。招待された側の礼義として、全部に一度は口をつけないといけないのよね……

 あ、あれなんかショコラ色で少し美味しそうな気がしないでもない。

 先ほどの事で学習したルイズは、その濃い茶色のゴツゴツした固まりを取り、そっと先端をかじってみた。

 味がない。

 拍子抜けしつつも、これは当たりかと思っていると、シエスタが叫んだ。

「聖女さま! それは魔王です、魔王を直接攻撃すると、罠が作動します」
「何ソレッ?!」

 全手動罠発動。

 魔力の鳴動。
 すべてのものが
 混ざり合う。

「いやぁぁぁぁああぁぁああぁ!」

 ルイズの目の前で、マトモそうな果物が、ドドメ色の緑の液体に沈む。

「はやくっ、城の下にある黄金の聖杖を、清らなる湖の中央へ!」
「そんなことより、そこの四人、ディナーを揺するのやめなさいよっ!」

 正論である。

「おおおおお、聖女様がお怒りだっ!」
「ご不興をかってしまったあぁあぁ!」
「ここは、この腹かっ捌いて」
「おわびをッ!!」

「やめてぇえぇぇええぇえぇ!」

 正論の敗北である。

 ここで、おっとつまづいたぁっ! と、言いながらディナーを下にたたき落とせばいいのに、そういうことに頭が回らないルイズはまさしくレディだった。



 しばらくして、なんとかかんとか全てのアレの味を見たルイズはテーブルにつっぷし、屍になっていた。この食堂にいるのはもはやルイズだけだ。
 デザートだけはシエスタが、「これがお好きだと伺っておりましたので」と、クックベリーパイを持ってきてくれた。材料が足らなかったのだろう、学院や実家のものより格段に味は落ちたが、今のルイズには何よりも美味なものだった。
 ああ、このまま何もかも忘れて眠りたい。だが、ルイズの切なる希望は叶えられることなく、数度のノックの後に黒髪のメイドが姿を見せた。大きめの荷物を手にしているせいか、五体投地はない。

「聖女様、これを」
「もう、食べられないわよ」
「いえ、聖女様、これは聖女さまディナーを完食されたお方に贈られることに急になったランヤランカっぽいの箱でございます」

 やってきたシエスタが持っているのは、40サント四方の古風な柄が施された四角い箱。木製のようだが、みたこともない塗料で塗られているうえに、文字らしきものが書き込まれている。

「聞き及んだ話によれば、この異国文字はヘブン式ローマ字だとか」
「ヘブン?」
「ヘブンです」
「ヘブンね」

 今ここに某使い魔黒髪青年がいたら、すかさず突っ込むところだが、もちろんここにはいないのであっさりとヘブンのままスルーされる。

「なんて書いてあるのかしら」
「先ほど突貫工事で作成された言い伝えでは、聖女様の真の力を引き出す……そうです」

 もはや突っ込む気力も湧いてこない。

「ちょっと大きいけれど、何かの物入れに使えるかしら。中を開けてみてもいいわよね?」

 何が入っているのか、何も入っていないのか、ランヤランカっぽいの箱は思ったよりも軽い。もしもの時のため、そっとフタを持ちあげて……

 音をたてて閉めた。

 毛皮のような黒いモノが見えたのだ。何かの獣だろうか、しかしあんな色の獣はルイズも見たことがない。あんな黒い毛なんてありえな……い、と言おうとして、令嬢は目の前のシエスタの髪を見た。
 黒い。
 黒い毛だ。
 さっき見た物と非常に似通っている。

 ゴトンと、箱が揺れた。

 もう嫌な予感しかしない。アレはきっとこのメイドの同類だとルイズは確信した。

「あれっ?! なんでこんなに狭……そもそも、ここって、もしかして森じゃな……」
「出てくんなあぁあぁぁぁぁああぁ!」

 ルイズ・フランソワーズは何度も言うが、生粋の深窓の令嬢である。
 だが、箱の中から声と思しき何かが響いた瞬間、ルイズは手近にあった椅子を振り上げて箱の上に叩きおとしていた。
 色々とタイミングが悪かったとしか言いようがない、追いつめられた聖女様は中身を悪しきものと断定して、箱が静かになるまで何度か椅子を振りおろし続けた。

「正義は勝ったわ」
「聖女様がお救いくださったのですね!」

 そう、ルイズは自分の精神を救ったのだ。ただ、恐ろしいことに、箱は少しも傷ついてはいなかった。

「そうね、これは明日にでも深い穴を掘って埋め……」

 最後まで言うことはできなかった。ルイズとシエスタの目の前で、ぱかりと箱のフタが内側から開き、柔らかいとげとげに顔面を縁取られたありえない不気味可愛い生き物が顔を出したのである。ルイズは知っている。シエスタは知らない。

「やあ、ぼくはくまたいよう!」

「…………」
「…………」

 沈黙を続ける二人をまったく気にせず、ありえない質量の体上半分を出したくまたいようは、輝かしい笑顔のまま鉢をどこからともなく取りだした。

「なんだと思う? これね、ゲソックの森の苗木。これはぼくの……」
「くわしく聞きたくないわ!」
「微力ながらご助力させていただきます、聖女様!」

 箱のフタを抑えつけようとするルイズとシエスタ、出てこようとするくまたいようの力が変に拮抗した時、完全戦闘態勢変態が血相を変えて食堂に飛び込んできた。後を追うようにギーシュが転がりこんでくる。後ろには、タバサ、そしてキュルケ。

「ぼくのルイズ! 敵だ! トリステイン」
「大変なんだよ、ルイズ!」
「え? ど、どういうこと?」

 【支えるものがなくなった】ランヤランカっぽいの箱が、元通りに閉まるがそれどころではない。

「アルビオンだよ!」
「……え?」

「アルビオン空軍が攻めてきたんだ!!」


つづく



[22826] ただしまほうはしりからでる16.5
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2012/11/01 22:14
ただしまほうはしりからでる16.5

 グラン・トロワの秘密の地下室に、怪しげな住人が増えていた。
 何がきっかけだったのかは、もうわからない。多分、あのイッちゃったエルフを確保したあたりがきっかけだったような気がしないでもないが、今となってはどうしようもないことだ。。
 今、そのエルフは、大真面目な顔で壁に向かい滔々とハゲの人権について語っていた。そうだね、壁はいい、反論もしないし疲れもしない。泣くこともないしな。
 その言葉の端々から、彼の名前がビダーシャルということだけはわかった。才人の、指輪○語のイメージも、この世界における鬼強エルフのイメージも全て破壊してヤツはここにいる。
 隣で相変わらずイザベラが額を煤けさせたまま、虚ろな目で体育座りをしていた。いいんだ、いんだよ同志イザベラ、お前はよくやった、本当によくやったよ。
 でも、出来るなら俺も仲間に入れてほしい、ぱとらっしゅぼくはもうつかれたよ……

 平賀才人は、思わずこぼれた涙をぬぐった。

「あ、あの……どうぞ?」

 そっと差し出されたハンカチは、ふんわりと花の香りがする。
 ここでの最後の良心となったウォーターメロン……もといティファニアが心配そうな顔で、才人を覗き込んでいた。ボリュームたっぷりの胸部分がとても良く見える。マシュマロのように白くて柔らかくてむにゅむにゅですべすべで温かくて……

「ああ、乳もみてえ」
「そうそう、ぎゅっとむにゅっと……いや、どちらかというと乳の谷間に顔を埋めて……何を言わせるヒゲッ!!」
「心配するな、おっぱい星人もまた地球人であると俺は知っている」
「俺の知ってる言語で会話してくれよ、頼むから」
「ヒマそうだな」
「【森】に入るたびに変なもの拾うはめになりゃ警戒もするだろ、というかこれ以上キテレツなブツ拾うくらいなら当分入りたくねーよ」

 才人の最近の【森】での収穫は、タテジワだった。
 いや、全然似てない人間四兄弟(*女の子もいる)のはずなのだが、全体としてイメージに残るのはタテジワだけなのだ。四人そろって眉間に深いタテジワを寄せて、「まことにもって確定申告御意」とか「とにかく二度炊き御意」「故にいたしかたなし御意」「ひぎぃで御意」とか、わけのわからないことを重厚かつ深刻な口調で話しあっている。

 属性はそれぞれ「ちょっと漢のメリーゴーラウンド」ジャック、「怪力喉ちんこ」ドゥドゥー、「オペレーター男の娘」ダミアン、「二度とやられるわけもなく聖なる大宇宙こいくち」ジャネットである。属性の後にあるのは名前(推定)だ。
 その属性がどうしてわかったのかというと、もちろんジョゼフの怪しげな魔法でわかってしまったことだ。
 虚無っていったい何だろう……謎は深まるばかりである。

 そんなこんなで、入るたびにこんな濃いやつらを立て続けに拾ってしまったのである、精神耐久度をゴリゴリ削られ、今日も平賀才人は不幸だった。
 だが、中で待っているだろうはずのジョゼットやシャルル夫妻、不幸な少年……えーとヴィットーリオだったっけか……のために、もう【森】なんか絶対入らない! などと言えないのが、この平賀才人という青年のいいところである。

 しかしそんな勇者も疲れるのだ。
 ただ今は休みたい、それだけである。

「そんなにヒマならば俺が最近作ったぽえむを聞かせてやろう、イザベラは泣いて喜んでいたぞ」
「それ絶対違ッ……ていうかやめっ!」

 耳を押さえようとしたが、当然のことながら間に合わない。加速汚い加速。あれ? 今は、加速じゃなくて虚無おならになったんだっけ? いや違う本人ネーミングで虚無ジェット放屁になったんだ、あの時のヒゲのドヤァな顔ときたら……いやいや俺の脳みそよ、今はそんなことどうでもうよくて。

 才人は右耳を抑えようとした右手を捉えられ、その開いた片耳だけで聞くことになった。


 きらりん! おでこ むすめいろ

 じょぜふぱぱ「きょうもきれいだにょ」
 かわいいむすめみてたら にっこり←ぱぱだからね!
 でもおでこがくすんでるよ やばっ
 はんかちとりだしたら
 いざべら びっくり☆

 いざべら「ひぎぃっ」

 じょぜふぱぱ「そりゃあっ」

 いざべら「それで みがくつもりでしょ! えろどうじんみたいに!」
 じょぜふぱぱ「もうにげられないにょ」
 いざべら「みがかないでえええええ! くるなぁぁああああ! いやあああああ!」

 きゅっきゅっ
 きゅっきゅっ

 だいじょうぶ おでこ きらり☆
 きらっ☆ きらっ☆
 きらきらーん☆彡
 よかった きれいにみがけたね☆~(ゝ。∂)


「ふう、日本語とは難しものだな」
「お前の血は何色だああぁあああぁっ!!」
「む、そういえば我がミューズから最近やっと連絡があってな」
「え、そ、そう、そうだよ、アルビオンだよ、そっちのが大事だろうが。で、何があったんだ結局?」
「クロムウェルが失脚した」

 才人は固まった。

 クロムウェルは、このガリアが後ろ盾になってレコン・キスタの旗頭にしていた男ではなかっただろうか。そのために今のジョゼフの使い魔シェフィールドまでつけて、さらにレアな指輪アイテムも載せ載せだったはず。もちろん元々の目的は【森】攻略のためのアルビオンの虚無を探すためだった(つもりだ)が、今さらハイ解散できるほとの規模でもなくなったため、何か役に立つこともあるかもしれないと惰性で継続して支援していた、はず。

「アンドバリの指輪は? あれがあればかなりの無理が通るんじゃなかったか?!」
「そのあたりは不明だが……レコン・キスタに変わり、新しい組織が出来たそうだ」
「全力で聞きたくねえよ、どうしよう」
「ハゲの人権を守る会」
「…………」
「…………」

 ジョゼフは無言で微笑んでいる。

「それはっ! 大切なことです、頭髪の有無で差別なんてされてはいけないと思います!」

 テファの間違ってないけど全力で間違っているセリフの後で、ビダーシャルが絶妙のタイミングでハゲに人権をー! と、叫んだ。
 アンドバリの指輪は、変にパワーアップされつつ素晴らしく利用されているらしい。なんだか再び目がしらが熱くなってきた。きっとテファのハンカチでは収まらないほどの涙が、滝のように流れているだろうと才人は思った。

「会長の名はジャン・コルベール……ふっ、恐るべき男よ、この俺を出し抜いてレコン・キスタを変節させるとはな。この報告の間も、次々と頭の寂しい猛者達が続々とアルビオンに集っているとミューズが言っていたぞ」
「それちょっとヤバいんじゃないのか?」

 今までの体制に異を唱えるある種異端ともいえるレコン・キスタがこれまで力をつけてこられたのは、このガリアが裏で手をかしているおかげでもあったのだ。
 それはこのジョゼフ王の胸先三寸でがいつでも手を引けるということであり、それによってレコン・キスタを意図的に潰すことができるということでもあった。
 すなわち、王の手の内でレコン・キスタという組織がコントロールできたのだ、今まで。
 だが今、ジャン・コルベールという男によってレコン・キスタ改めハゲの人権を守る会はそれ自体が意思を持ち目的を持ち、ハルケギニアを席巻し始めた。

「だからこれからロマリアに連絡を取ろうと思ってな、お前にも同席してもらおうと考えた」

 ジョゼフの視線の先、豪華なマントルピースの上には、日本で言うならばちょっとレトロな黒電話のようなものが二つある。片方には「レコン・キスタ」もう片方には「ロマリア」と書かれた紙が貼られていた。だが今、「レコン・キスタ」の紙の上に、大きく朱色で×がしてある。
 と、気負いのない軽いそぶりで、青ヒゲ男が受話器部分をあげて口と耳をつけて叫んだ。

「愛・そして!」
[スネ毛のために死ねますかーっ!!]

 いつも傍で思うけど、ひでぇ合言葉だよな。
 会ったこともないジュリオに、才人は同情した。

「屁こき!」
[イケメンの神殿ーっ!]

 しかも二段オチだし。

[この間の! おならぷぅって何ですか、おならぷぅって!! 確かにスキルニルはガリアの提供品でしたけどおならぷぅって!]
「認めたくないものだな、若さゆえの出来心というものを」

 うん、受話器の向こうでジュリオが何やら意味不明に号泣しながら絶叫していることだけはわかった。ヒデェな。シェフィールドさんが、ロマリアに渡したスキルニルは特別製ですって言ってたけど、まさかあんな機能があるとは思わないよな。
 どうやら肝心のアルビオン話をロマリアとするにはまだまだかかるらしい……ため息をついた才人は、【森】への入り口が少し開いていることに気付いた。彼がタテジワ四号を拾った時にきっちり閉めたはずの入り口である。いつもならばあからさまに怪しいそれに、かなりの警戒心と注意力であたるのだが、今日の勇者は疲れ過ぎていた。
 何の気なしに閉めなおそうとして、急にパカりと大きく開いた扉の先に、あっさりと太ももの半ばほどまで引きずり込まれた。

「あれっ?! なんでこんなに狭……そもそも、ここって、もしかして森じゃな……」

 【森】特有の空気というか雰囲気がない。しかも狭い。ものすごく狭い。ジャストフィットサイズの段ボール箱の中に頭をつっこんだらこんな感じかもしれない。

「出てくんなあぁあぁぁぁぁああぁ!」

 誰の声なのかはわからない。
 少女の声だったような気がする。
 可愛い声……と思った次の瞬間には後頭部をフタごしに殴られていた。わけがわからない。「この変態」とか「死ね」とか、「死ねモブ役、貴様の死を通じて人間的に成長してやる」とか、とにかくヒドい言い草だ。俺が何をしたっていうんだ。
 反論したいし、ここから出たいが上から堅く頑丈な何かで容赦なくぶっ叩かれているために、どんな動きもままならない。今はまだ段ボールっぽい何かの素材でできた箱が頑丈で助かっているが、上で行われている行為には怨念めいたものすら感じる。
 今にも叩き壊されそうだ。

「サイトさん! しっかりしてください、サイトさん!」

 健気なティファニアが足首をつかんで強引に引きずり出そうとしていることは感触と声で、わかった。腹やら足やらが擦れて痛い。らちがあかないと見たのか、今度は足に抱きつくようにして、全身で引っ張り始めた。大事な所が痛い。

「おい、オサール太郎、アルビオン空軍が動き出したぞ」
「それよりもさっさと助けろや!」

 才人は叫んだ。


つづく



[22826] ただしまほうはしりからでる17
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2013/10/26 22:51
ただしまほうはしりからでる17 独自設定有

「第一回連合国対アルビオン作戦会議を始める」

 この非常事態にあってなお無表情なタバサが、縦長のテーブルの一番奥の席につきつつ言った。席次的にはここがトリステイン領地であることもあり、子爵がつくのが妥当とも思えるが、どこからもそういった言葉が出ないのは、タバサとそれに付随する何かが、その場所を正しいと認知しているからだろう。
 明らかにガリアの留学生はこの事態のなんたるかを知っているのだ。

 ここは、急きょアルビオン対策連合軍本部として接収した村長宅の一室である。メンバーは真面目な顔で目の前の書類を見ているタバサ、落ちつかなげに手を組んでいるキュルケ、青い顔のギーシュ、いつになくキリッとしたワルド、見えない所に汗をだらだらかいたルイズ、今にも倒れそうなこの場の直接の責任者村長。そして、見なれない人物が議長であるタバサのすぐ左隣に立っていた。豊満な体からして女性、珍しい……嫌な記憶しかない漆黒の長髪。

 顔の上半分を派手な仮面が隠している。

 どのくらい派手かというと、キラキラとした飾り石が目の周りをおおい、その外側をさらにデカい飾り羽が覆っている……状態だ。
 言うなれば、仮面舞踏会のマスクが無駄にパワーアップしていったところ。
 それ以上に、その両眉毛の少し上にそのまま取り付けられたロウソクは何なの……溶けた後があるあたり使ったことがあるのだろう考えたくないが。

 突っ込みたい気持ちをルイズはぐっと我慢した、ここで逐一突っ込んでいては話が進まない、だから訴える目をしているギーシュは無視だ。

「紹介する。伯父の秘書のシェフィールド。ついこの間までアルビオンに居た」
「初めまして、皆さま。シェフィールドと申しますガリア」

「……」
「……」

 ごぶふっ

 二人分の沈黙の後でルイズはフイた。

「いかがされましたかガリア」
「もうやめてっ! やめてよっ! 私を放っておいて! 静かにしておいてぇええぇぇ!!」

 ルイズ・フランソワーズはレディである乙女である淑女である、だが耐えきれず頭を抱えたまま床に倒れ伏した。

「大丈夫かい僕のルイズッ! 確かに彼女の語尾は少し変わっているがトリステイン」
「貴様が言うなあぁあああぁあぁあ!」

 泣きながらルイズはニャポーンを取り出し尻を変態の顔に抉りこむように押しつけた。尻はやめてくれとかそこはダメとか言っているが知ったことではない。結局、このままでは会議が進まないと判断したキュルケとタバサに取り押さえられるまで、彼女はレディにあるまじき状態だった。
 真ブリミル様、ちいねえさま、こんなのわたしじゃないです、このまま穴を掘ってでも埋まりたいというよりもヴァリエールのお屋敷に帰りたい……
 床に両手をついて落ち込みポーズの横で、変態が猫まみれになり、会議は何事もなかったかのように進んでいる。
 しかし、レコン・キスタの裏にガリアがついていたとは知らなかった。理由がアルビオンの虚無の使い手を探すためだとか、もう夢のようなついていけない話である。虚無や虚無の使い魔なんておとぎ話でしょうに。

「って、わたしが? 虚無の使い手? トリステインの? 嘘でしょ?」
「本当。系統魔法がほとんど使えない……伯父とテファと屁こきイケメンと同じ」
「な、なんか今すごく不穏な言葉が混ざったんだけど」
「イケメンでも屁をこいていいと思う」
「いやそうじゃなくて、ううん、そうでもあるんだけど、タバサの伯父ってまさか……」
「ジョゼフ・ド・ガリア今のガリア王」
「……」

 ルイズは無言で倒れ伏した。

 ちいねえさま、わたしお家帰りたい……

 いや、確かにもしかしたらとは思ったわよ、レコン・キスタの後ろ盾になれるなんて相当な有力者じゃないと無理だもの。タバサの青い髪だって本当はものすごくものすごくものすごーく気になってたわよ。ヴァリエール公爵家はトリステイン王家に連なるもの、その辺の知識はそこそこあるわよ、青といったらガリア王家の色でしょうが。
 キュルケを見ると、うすうす感づいていたのか、それほどにショックを受けた感じはしない。虚無の方はよくわかっていないみたいだ、しょせんゲルマニアだし、ピンとこないのだろう。ロリコンでマザコンの変態は、うんうんと何もかもわかってましたヨという嘘くさい顔で頷いている。目が泳いでいてい全てを台無しにしているが。
 確かに無能王とか言って、わたしと同じで魔法が使えないんだ……なんて思ったこともあったわよ。

 でも、まさか。
 虚無とかないでしょ、この状況でッ!

「テファはアルビオン王の姪、屁こきイケメンは……」
「聞きたくないっ! 聞きたくないわっ!」

 気づけば、ギーシュが死んだ魚の目になってイスに寄り掛かるように崩れ落ちていた。確かに連合軍という言葉は嘘ではない、ガリア王の姪と秘書、ゲルマニアの有力貴族の令嬢、トリステインの公爵家の令嬢に、魔法衛士隊長、元帥の令息。うん、色々と逃げ場がない。だが、一番かわいそうなのは村長で、真っ白になりながら燃え尽きている。

「こういうことでしたら、まず前提からお話をしなければいけませんね、シャルロット殿下。軽く食事でも取りながらお話いたしますガリア」

 話は事前に通してあったのだろう、壊れた村長とギーシュを部屋の端に片付けて、代わりにドアから声をかけると準備万端のシエスタが見なれたメイド服で見なれない踊りをしながら現れた。
 首を激しく上下に振っている。
 日本からの使い魔がここにいれば、ヘッドバンギングかよっ! と突っ込んでくれるだろうがここにはいない。
 食材を満載にしたお皿が小揺るぎもしていないのは、類まれな技術の故だろう。
 その後ろに大の男が二人がかりで、大きな鉄の板を持って入ってくる。足が変なステップを刻んでいるの非常に気になる。

「タルブ名物、鉄板踊り食いにございます」

 テーブルの前で鮮やかにターン。
 くきくきカクカクと皿を置き、なめらかに滑るように後ろ向きに歩いていく。

「じょうじっ!」

 今度は手で十字を作り、けくけくと横にスライド移動。

「少しだけ格好いいポーズ!」

 びしぃっと、あさっての方向を指さすも、少しだけなのですぐに解除。もうわけがわからない。

「動きの少ない会議のシーンに勢いを出すべく取り入れてみましたガリア」
「普段でしたら高得点を出したものがたくさん食べられる仕様になっているのですが、今はそれどころではないかと」
「色々とそれどころじゃないわよっ!」

 またしても聖女様がお怒りだとセップクを始めようとするシエスタや村人を強制的に追い出した連合軍は、普通に食事を取ることになった。

「ではこういうこともあろうかと伯父が用意した紙芝居で、そもそもの経緯を説明する」

 タバサがどこからともなく大きな紙芝居セットをテーブルの上に取りだした。無駄に立派な彫刻がほどこされた中に、やたらと目や体の凹凸が強調された人間の出てくる絵が入っている。

「むひゃひむはひ」
「タバサ、食べ物は飲み込んでからしゃべった方がいいと思うんだけど……それと省略できる部分は省略して、お願い」

 ギンギーの踊り鉄板姿焼を自分の前からギーシュの前にさりげなく移動させつつ、キュルケが透明な笑顔で言った。既にルイズがギンギー頭部のスペシャル算段重ねクシ焼きを移動しているので、そこだけ山盛りになっている。

「わかった。私と同じくらいの年、伯父はサモンサーバントを行った。召喚されたのは【くまたいよう】

 へがらぶふぅっ

 聞いてはいけないものを聞いてしまった。

 椅子からずり落ちかけ激しく咽つつ思う。ああ、耳に栓をしてここからどこかへ行ってしまいたい。いやそれよりもガリア王を助走をつけて殴りたい。うう、わたしはレディです淑女です公爵令嬢です、でも全力で殴っていいと思います……

「異世界のミグミグ族という魔法を使う一族の【失敗魔法】だった」

 タバサの怪しい紙芝居は続く。重なり合った失敗魔法のせいで、【くまたいよう】は、解除されて異世界に消えることもできず、さりとてハルケギニアに来ることもできなくなった。
 こんな面白おかしいものが手に入ったと喜びつつも、そのまま王宮の敷地内に置くわけもいかず、王子ジョゼフは【くまたいよう】を、戻す、もしくは引っ張り出す方法を探し続け……2年後。

「虚無にたどり着いた。その間その中途半端な召喚陣は、周りを囲って小さな建物のようにして、ここには弟が集めたお子様にはお薦めできない危険で怪しいブツがあるので近づくなと言っていた」
「お兄さん殴っていい! 殴っていいよッ!」

 血涙を流しながらやけになってギンギーを口に突っ込むギーシュが叫ぶ。おそらく自分の記憶と何か重なるものがあったのだろう。踊ることを思い出したのか、ハッとした顔をしてすぐに激しく頭を振っている。
 林立している酒瓶は誰が飲んだというのか。

「こうして【くまたいよう】と、それを失敗魔法で出したミグミグ族の少女はハルケギニアに来た。一目で二人は恋に落ちた。[これは運命?! わたしはあなたに会うためにここに来たきゅぴーん! すてきっ! 抱いてっ!][よーしわかった、すぐに結婚式だっ]原文のママ」

 がりあ が ほろんでないの は おかしい と おもいま す。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。その展開なら【くまたいよう】は消滅してないとおかしいんじゃないのか? 失敗魔法とはそういうものだろう? トリステイン」
「虚無の魔法と重なったから。奇怪な独自意識と、ある種神にも等しいキテレツ魔力を持って始祖ブリミルの残留思念と具象気体すら取りこんだ。つまり【くまたいよう】は始祖ブリミルであり異世界産失敗魔法生物であり元伯父の使い魔」

 ルイズの脳に亀裂が入った。

 今までのくまたいようのアレやらコレやらが怒涛のように甦ってくる。嘘嘘嘘と全力で否定しつつ、そうかもしれないという絶望的な思いがわきあがる。タバサの言葉は続いているが、耳を素通りしてほとんど頭の中に入らない。
 あれが? あんなのが? 私たちの始祖ブリミルッ?! 千歩譲ってその異世界でおかしくなったと思えばいいのだろうが、それでも、これはない、なさすぎる。

 世界があまりにも自分に厳しすぎる。

 たすけてちいねえさま。

「そうか、母の言葉は本当だったんだなトリステイン」
「こうなることを予期していた始祖ブリミルは、増えた風石火石水石土石、特に風石を穏便に処分する方法を考えていた。四つの四、リーヴスラシルという器として、魔法のない異世界から生物を召喚し、中に魔力と言う魔力を詰め込めるだけ詰め込んで元の世界に帰す」

 ミョズニトニルンが異世界への堅固な扉を作り、ガンダールヴがその扉が簡単に閉じてしまわないよう固定し、ヴィンダールヴがリーヴスラシルを大切に送り出す。

 予定、だった。

 だが、失敗魔法による世界の融合。

 すべては【ゲソックの森】と【くまたいよう】により大幅な路線変更をよぎなくされた。四つの四が揃った時、具象気体として格好よくイケメンに登場するはずだった始祖ブリミルも大惨事だ。

「それではガリア王は、増えすぎた風石だけでも処分するために、その異世界とハルケギニアを【ゲソックの森】で繋ごうとしているのかトリステイン」
「それだけではないけれど、大体そんなもの」

 もちろんルイズは、そんなもの少しも聞いてない。膝を抱えて壁に向かって体育座りの真っ最中である。

 そしてまた、この悠長な時間を見過ごすわけもなく。
 ついにアルビオン軍がタルブに降りたとうとしていた。

つづく


ねじ込もうと思ったけれどもどこにもねじ込めなかったシモネッタちゃん新機能紹介。

 危険が迫るとダミ声で危険を知らせるシモネッタちゃん
 しかも、足先から隠しブレードが飛び出てくる。

「しかも、こうやって前に突き出すとシモネッタちゃんのパンチラが見えるッ!」

 いつの間に杖の契約を? というところは、つっこんではいけないらしい。

「さあ、このシモネッタ・フランソワーズのパンチラに倒されたくなければ、降伏しろっ! トリステイン」
「早くッ! こんな技で倒されたくなかったら早く降伏してっ!」
「今なら間に合うんだッ! 早くっ! 早くっ!」
「降伏した方がいい」
「ちょっと! ナチュラルに流さないでよそのセカンドネームっ!!」


説明会ですみません。
というわけで我らがイザベラ様はミグミグ族とのハーフ、どちらの魔法もイマイチという薄幸姫です。ちなみに原作通り? ジョゼフの妃は亡くなってます。
次回多分最終回 というわけで感想返しは完結後にまとめてさせていただきます。



[22826] ただしまほうはしりからでた
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2013/10/26 22:52
「えーと、新しい情報も入ったみたいだし、現状を整理してみるわよ」

 体育座りポーズから、しくしく泣きながら床に転がるポーズになったルイズは、なんとか平常心を保とうとするキュルケの言葉を聞くでもなく聞いていた。食事は全ておろされている。

 扉近くに無言で横たわっている村長、ずべずべずべと滑り落ちたせいでマントがべりべりになっている光のない目をしたギーシュ、真面目な顔で座っているが遠いまなざしになっているロリコン変態。疲労の色も濃いキュルケ、いつも通りなのはニャポーンを握り締めたタバサと秘書だけである。何かで耐性でも出来ているのだろうか。

 暴走馬車から子供を助けたあの時から、色々なご無体がありすぎた。きっとあの時、世界が分かれてとんでもない所に突っ込んでいってしまったのだ。
 きっと、元々の正しい世界ではとてつもなく格好いいドラゴンを召喚してブイブイいわせて、世界なんか救ってみたりしているに違いない。
 なのにどうしてこうなってしまったのか。
 いや、原因はわかっている。全てがすべて、くまたいようのせいだ。あのまま死にたかったとは絶対に思わないが(ちいねえさまより先に死ぬわけにはいかない)、何か別のルートがあったのではないだろうか……

「今現在この世界と、グルグル世界はガリアにある【ゲソックの森】で繋がろうとしている。なぜ繋げようとしているかは、増えすぎた風石で大陸が空に浮かび上がってしまう大惨事を防ぐため、でいいのね?」

 こくりとタバサが頷く。

「これはもちろん我らが始祖ブリミルも関わっている、と。でも、その森は虚無の使い手かその使い魔しか、正しい認識を持って存在することができない。だからこそガリアのジョゼフ王は各国の虚無の使い手を探していたのね。それぞれの使い手は、ガリアのジョゼフ王陛下、ロマリアのヴィットーリオ猊下、ここに居るルイズ、そして問題のアルビオンのティファニア……さん?」

 微妙な敬称をつけてキュルケの言葉が止まる。タバサの話ではこのティファニアという少女は、なんとエルフとの混血でずっと隠されて(当り前だが)育ってきたらしい。
 森の攻略は遅々として進まないのに、風石の反応が強くなる……色々と急いでいたジョゼフは、この少女を探し出すため、アルビオンにレコン・キスタという危険な組織を作ってしまった。

 元は危険じゃなかったんだよー、とか、ここまでなるとは思わなかったでも俺は悪くないもーん、とか、どう考えても王家の屋台骨元からガタガタって感じだったしー? とか、フザけたことをぬかす自らの政務の片手間に反政府組織を作った男の意見は、とりあえず却下。
 それでも片手間組織レコン・キスタは王家転覆を果たしてしまった……この辺りはルイズも立ち会った者の一人なので、なんとなくわかるのだが、後が問題だった。

 黒幕ジョゼフですら、レコン・キスタと連絡がつかなくなってしまったのだ。

 しかもいつの間にか組織名は「レコン・キスタ」から「ハゲの人権を守る会」になっていて、ミスタ・コルベールが代表になっていた、もうわけがわからない。ギーシュからまた聞きしたモンモランシーの言葉では、二人は水精霊に会って何やら話をしたあげく、どこかへ行ってしまった、らしい。
 タバサの言葉で補完すると、伯父が借りて(自称)レコン・キスタに渡した水精霊の秘宝アンドバリの指輪を、取り返すようにという依頼を二人は、受けた。多分。おそらく。

「そう、重要なのは、レコン・キスタが持っていたアンドバリの指輪を、恐らくは色々のどさくさの中取り戻した二人が、一体何を目的として、そのままアルビオンニとどまって、ハゲの人権を守る会なんて作ったのかっていうことよ。水精霊との約束では指輪を返せばいいわけでしょう?」
「アンドバリの指輪には、少しだけ自分に都合のいいように他人に暗示をかける能力がありましたガリア。少なくとも、私がクロムウェルに与えた当時には、ですがガリア。あと、体内の水分をうまく調節して乾燥肌にして微妙な痒みを与え続けるという恐ろしい能力もありますがガリア……」
「小じわ作成とか」

 タバサの一言でシェフィールドの動きが一瞬止まる。
 ここにミス・ロングビルやルイズの長姉が居たら、世界を破滅に導くなんて恐ろしい力っ!! と、一緒に言ってくれただろうがもちろん居ない。

「乾燥した唇の皮を剥かずにいられないとか……」

 秘宝というにはちょっとショボい能力だとなんとなく思ったルイズだが、アルビオン空軍全員が唇からだらだら血を流している所を想像したら、とても怖かった。

「はいはいはい、そのあたりはもういいから。大切なのは今のこの状況をどうにかすることでしょう? つまり、その指輪の力が、どうしてかはわからないけれどミスタ達のせいでパワーアップして、レコン・キスタすら乗っ取ってミスタ共々暴走しているってことね?」
「あのだね、僕が考えるに、ハゲに人権をって言うのなら、ハゲ人権を認めてやればいいんじゃないか?」
「どうやって?」

 一同は黙りこんだ。

 彼らの求めるものがわからないのである。否、わからないでもないが、どうやっていいかわからない。どうすれば、暴走ハゲ達が「人権万歳! レコン・ハゲスタ!」と、納得してくれるのかわからないのである。
 そもそもハゲなんてとてもとても個人的なものだ、一人ひとり場所も薄さも年齢も体格も状況も何もかも違う、それら全員が満足するハゲ人権とはいったい何だ。

 そんな、妙な部分で会議が硬直した時、外にいた村人の一人が駆けこんできた。

「たたた、大変ですっ! アルビオンが! アルビオン空軍が!!」

 攻めてきた。

 がくがくと震えながら若い男は、つっかえつっかえ報告をする。空にアルビオンの空船が見えたこと、こちらに向かっていること。もう手遅れも同然なこと。

「聖女さまっ!」

 続いて飛び込んできたシエスタは、床に転がっていたルイズにしがみついた。肩を抱くようにしてゆする。村を助けて、とか。わたし達を見捨てないで、とか。

 ああ、違う。

 違うとルイズは思った。

 自分は聖女なんかじゃない。
 あの子供を助けたのは本当にただの成り行きで気の迷いで偶然で勢いだったのだ。だってもう、今はこんなに後悔している。
 あの子供を助けたせいで、くまたいように会ったせいで、自分は今こんな反常識世界に追いやられているのだ。

 もっと別の物語があったのに、自分は囚われのお姫様で、イーヴァルディの勇者が助けに来るの。いえ、守られてるだけじゃない、一緒にエルフや巨大ゴーレムと戦うの。彼は異世界の秘宝を見事に操って、私を私たちを、ううん、やっぱり私を助けてくれて、そんな勇者に私はきっと恋をする。
 一生に一度の恋をする。

 それが、
 それがそれがそれがッ?!

 ぶわっと眼から涙が溢れ出た。

「くぉらあぁぁぁぁああああっ! 責任者出てこいやぁああぁぁぁぁあああぁああ!!

 どうして、どうなってこんなことにッ?!

 今までルイズは色々と耐えていた。

 たった一人の全方向ツッコミ役として、間断なくツッコミを入れながら本当に耐えていた。公爵令嬢よ、レディよと己に言い聞かせ、ガリガリと精神を削られ、胃痛にもがき苦しみ、絶望に頭を抱え、それでもいつかいいこともあるだろうと耐え忍んできたのに……この有様だ。

 キレてもおかしくない、キレない方がおかしい。
 それどころか、今までよく頑張ったねと誰もが褒めてくれるだろう。
 ちいねえさまの幻が、うんうんいいのよルイズ心のままに生きて……とかほほ笑みを浮かべて無駄にキラキラしているのも見える。真ブリミルの幻が、汝の成したいことを成すがよいと言っているのも見える。

 イエス私は正義。

 ズダァーンと足を踏みならして立ち上がる。

 イエス私が法律。

 ルイズ様はビシィッと杖をブルブルしていた男につきつけた。

「案内しなさい」





 しかして、その全方位ツッコミが崩壊するのは早かった。

 心が折れる音というのをルイズは聞いた、聞きたくなかった。

 うはぁだか、うべらぁだか、そういったレディにあるまじき異音を吐いて、地面に両の手と膝をつく。カローンと杖が転がり、ぼたっと手にしていたニャポーンが落下した。
 いつもの無表情ながら、なんとなく不服そうに見える。

「な……ないわ……」

 目の前を真っ暗ならぬ、真っ白(物理)にしながらルイズは呟いた。

 具体的に言うと、アルビオン七万人軍隊は、全員アヒルになっている。

 地面が、白い。
 どこまでも、白い。
 どこまでも、アヒル。

「うふ、うふうふふ、うふ」

 われ知らず乾いた笑みがもれた。

 尻尾をふりふり、愛らしく、ぐわっぐわっぐわっの大合唱だ。うるさい。
 低空飛行している空船から今も降下を続けている。

 意味がわからない。

 なんで、アヒル。

 そのかなり向こうに、白と混ざらぬアフロが二人。
 空を浮かぶことはやめたようだ。

「刮目せよ! 水精霊の大いなる力!!」

 水精霊はアヒルマニア。
 ルイズの無駄な知識が一つ増えた。うれしくない。

「ハゲとの永遠の決別!」

 確かにハゲとは決別かもしれない。
 だからって、人間と永遠の決別をするのはどうかと思う。
 そんな弱弱しい突っ込みが心に浮かんだが、もう口に出す気力は残っていない。振り返れば、「後はまかせた!」の表情を浮かべた全員が十歩ほど後ろに下がっていた。

 ぐわっぐわっぐわっぐわっぐわっ


「これぞアヒルオン七万軍隊!」

「ばかあほうしね」


 ぐわっぐわっぐわっぐわっ
 ぐわっぐわっぐわっぐわっ
 ぐわっぐわっぐわっぐわっ
 ぐわっぐわっぐわっぐわっ

 アヒル達はとてもやる気のようだ。しかし、何をやるのかはわからない。
 そして、とてつもなくうるさい。

 うるさい。
 うるさい。
 うるさい。

「うるさいうるさいうるさああああいっ!」


「もう嫌ーっ! お前ら黙れ今すぐ黙れ

 サ イ レ ン ス ッ!!」


 習慣って怖い。


 つい、いつもの調子で、ルイズは唱えてしまった。
 サイレンスを。

 当然尻から「ぷすん」とサイレンス発動

 アヒルオンが沈黙する。
 ルイズと全員が沈黙する。







「……おなら?」






「……おならぷぅ?」





「まさしく、おならぷぅっ!!」






「聖女のおならぷぅで、村が、いや、世界が救われた!!」



「おならぷぅ! 私はこの日を忘れないッ!」
「ありがたやありがたや」
「何? 俺、おならぷぅで泣いてる……これは……涙?!」
「そういえば聞いたことがある」
「何ィッ、知っているのかライアンっ!」
「そう、ロマリアであったという奇跡。その奇跡の真実が今ここにっ!」
「なんだか今すごく、うんこに行きたい!」




「いや……、違っ……その、だから、これは、そのっ、別に救ってな……違うのっ! 違うのぉっ!」

 おならぷぅで世界を救った聖なる乙女。ルイズ・フランソワーズ後世の歴史書より。



 ダメっ! そんなの嫌すぎるっ!

「嫌あああぁあぁぁあぁあああぁぁぁぁっ!!」


 ルイズは後先考えず、走り出した。
 恥ずかしさで顔が燃えそうだった。どこでもいい、ここでなければ、ロマリアでもエルフの聖地でもいい、どこかに遠くに行ってしまいたい。杖とニャポーンを握り締めてただ、走った。
 はずだった、だが、不意にぐいっと引っ張られてしまい歩みを止める。
 滝のように涙と汗を流しながら振り返ると、タバサがニャポーンの尻を掴んでいた。

「……」
「……」
「…………ナイスしり」

 グッとあいている手で親指を押し上げる。

「死んでしまえぇええぇえぇええっ!」

 空気読まない青髪娘に向かってニャポーンを思いっきり投げ捨てると、ルイズは今度こそ本気で走り始めた。アヒルが声もなく逃げまどうが知ったこっちゃない。

 と、その時ルイズの使い魔たるニャポーンの体が輝き始めた。額から、右前脚から、左前脚から、最後に胸から、白い光が溢れだしてくる。四つの四が持つべきルーンの場所から、とめどなく流れる白光は、どう見てもただ事ではなく、ルイズの足を止めた。
 もしも、公爵令嬢がガリア王と出会って少しでも情報交換をしていたなら、理解可能な状況だったが、悲しいかな、相手はシェフィールドとタバサであり、この事態に対処するすべは知らなかった。

 どこまでも近づき続けた二つの世界。ゲソックの森を繋げれば二つの世界は完全に繋がるとされていたが、それ以外にもグルグル世界と繋がる物は存在したのだ。
 くまたいようは当たり前として、もう一つはミグミグ族の失敗魔法である胴体の長い猫、「ニャポーン」。ルイズが使い魔として召喚してしまった、それ。

 今、ルイズの知らない所で黒髪の青年の努力と根性と怒りと哀しみと汗と涙が実り、ゲソックの森は異世界に繋がった。
 虚無の魔法とグルグル失敗魔法が重なり合うと、とんでもないことになるのは、ガリア王には既知のことである、が、ルイズは知らない。

 結論として、ルイズは無音の閃光爆発に巻き込まれた。






エピローグ


 えぐえぐと鳴き続ける少女がいる。
 少女ではない、妙齢の美女というべきか、美しい青い髪と、秀でた額が美しい。ただその額は曇り、眼は真っ赤だった。
 首根っこを掴まれて、男にずるずると引きずられるように連れて行かれるさまは、可哀想の一言である。まかり間違わなくても虐待だ。
 周りはスカーンと開けた草原。ハルケギニアではない、うん、ハルケギニアではない、大事な事二回。

「泣くほど嬉しいかイザベラ、ここが母の生まれ故郷だぞ」

 遠くにイイデモードが群生しているのが見える。

「俺も一度来てみたかったし、お前にも一度見せてやりたかった」

 言葉だけだと、ものすごくイイ話しである。

「まあ、国はシャルルがいるから大丈夫だろう。ちょっと眼に光がなかったような気がするが、いつも通りだ!」

 髭男はイキイキとしている。
 イザベラはただ、さめざめと泣き続けていた。





 ルイズは、森の中で目覚めた。うっそうと生い茂った深い森の中。どこかで見たような……実は名も知らない木々が周りを囲むように生えている。右手には杖、ニャポーンはいない。
 すぐ傍らには、嫌な記憶しかない黒い髪の少年。気が付いたら、ここに二人して倒れていたのだ。
 なんだかパッとしない容貌。妙な服を着ているが、それだけだ。自分はどうなってしまったのだろう。

 ぶるっと震える。
 ここは、どこなのか。

 一人ではないのは心強いというよりも不安だった。だ、だってコイツ男だし。男なんて皆ケダモノだって言うし、こここ、こんな可愛い子がいたらいきなり襲ってくるんじゃないかしら、きっとそう。黒いし、こいつ髪黒いし。
 見捨てて先に進もうかとも考えたが、やめた。やっぱり怖いし不安だし、いざとなったら爆発させればいいし。

 つま先でそっと脇腹を蹴飛ばしてみる。
 よからぬことをされそうになったら、いつでも逃げられるように。
 杖を振りおろせるように。

「ううっ……痛っ……あれ?」

「あんた、誰?」


 ここに、また新たなボーイミーツガールの物語が始まる。





ありがとうございました。


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