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[22822] ビッチな彼女(カミサマ)とヘタレな俺(ヒト)と【日常系和風現代ファンタジー】
Name: 顔面イシツブテ◆f784e8c3 ID:eda239d3
Date: 2010/11/07 06:22
 タイトル通りのビッチ神とヘタレ大学生がタッグを組んで、化け物やら神さまやら人間やらの問題を解決する日常系(?)の物語です!
 
 ※この作品の神さまは日本の神さまで要は八百万神と考えて下さい。

 基本ほのぼの路線で攻めようかと思ってます。とりあえず五千文字を週一更新をめどに頑張っていきます!
 
 それではよろしくお願いします!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 世の中はいつだって俺に優しくない。
 理不尽・不条理・筋違いな理由で、複雑怪奇で奇奇怪怪な魑魅魍魎がまん延する世界を、汗水たらして走り回らなくてはならない。しかも見返りはほとんどないっていうオマケつきだ。
「ははは。ありえない」
 暗く狭い裏路地の入口に立ちつくし、俺は引きつった顔で呟く。
 寂れながらも一応表の商店街は体裁を保っている。しかし、肉屋と何を扱っているのかよくわからない外食屋に挟まれたこの路地は、両店の見えなきゃいいやの精神を余すことなく反映している。
 要は見るに堪えない惨状なのだ。
 青いポリバケツの中からはゴミが溢れだしていて、地面にはネコかカラスが荒らしたであろう残飯が、一筋の線になって路地の奥に続いている。
 両端の壁は黒ずんでいて背でも掛けようならば、相棒と呼んでも過言ではない、俺のパーカーが大惨事になることは免れないだろう。

「何突っ立ってんの。早く行きなさいよ」
 冷や汗を垂らしながら立ちつくす俺に、後ろから容赦ない言葉が降りかかる。全く俺の意思や感情などを無視した声。
「あ、あのミコトさん。さすがにここを通れってのは無理があるんじゃないかな」
 なるべくオブラートに包んで、尚且つ人肌程度の優しさの温度で温めて俺は後ろにいる少女の姿を借りた悪魔にささやかな抵抗を試みる。
「俺って潔癖症なんだよね。入口だけだとしても、こんな汚いとこに入りたくない――」
「あぁん? 入れっていうのが聞こえないの。私に意見するなんていい度胸じゃない。さっさと行って来なさい」
 はい、抵抗終了。
 その場に伏せて泣きだしたくなるのを堪え、俺は再び前を向く。微かな腐臭に涙を零れるのを我慢して、ハンカチで鼻を押さえ消極的な覚悟を決める。
 どうしてしてこんなことになったのか。数時間前は人生で最高に高揚し、天国にいた気分だったのに。
 数時間前の天国も今の地獄も作り上げた犯人は、いつの間にか地面に胡坐を組んで座り込み、折りたたみ式の鏡で眉をつついている。
 
 何度だって言う。有り得ない。

 何から何まで。俺の今の状況も、人に頼みごとしておいての彼女の態度も。そしてどこからどう見てもビッチな彼女が、カミサマだってことも。
 一歩目を踏み出しながら、俺は空を見上げる。狭い空間に浮かぶ空はひどく遠く感じた。  
 
 ◆

 季節は晩春。
 入学式を終えてからなのか、それとも入学届けを届けを出した瞬間からなのかはわからないが、俺の大学生活が始まって間もない時期だった。
 日本津々浦々にごまんとある大学のうちの一つに俺は進学した。
 故郷は野山と田畑とジジババしかおらず、俺は都会にあこがれ古き良き都のあったこの学生都市に、ターゲットを絞って勉強し、ついに田舎からの脱却を果たした。
 夢や希望に溢れていたし、暇があれば入り組んだ街をあちこちをフラフラと彷徨っていた。外を歩けば、なんかいいことありそうな気がしていたのだ。
 
 しかし、これがいけなかった。
 見つけてしまったのだ。家のおんぼろアパートから歩いて十分ほど歩いたところにある喫茶『明星』を。
 少し色の褪せた藍色の看板に、店前に並べられた名も知らぬ観葉植物。木製のドアのガラスの部分からは、ほの暗い光が漏れていた。
 レトロというか昭和臭い雰囲気が実に俺の心をくすぐり、外にあるメニューに目をやることもなく俺は喫茶店の敷居を跨いでしまったのだ。
 カランカランとドアに付いている鐘のようなものが、俺が入って来たことを知らせる。店内にいる何人かが、俺の方に目を配った。
 L字型にテーブル席が四つあり、Lの角の部分が入口になりテーブルに囲まれるようにしてカウンター席がある。俺の他にもテーブル席にそれぞれ三人組と二人組が一組ずつ座っていて、新聞を読んでいたり穏やかに話をしている。
 
 店内も店構えと同じくどこか懐かしいような雰囲気のお店で、派手な色合いは使われていない。どこかから流れるジャズのせいか、ここだけ時間がゆっくり流れているような気さえする。
「いらっしゃいませ。好きなところに座ってくださいね」
 店員らしき女の人が笑顔で迎えてくれ、俺は迷わずカウンターに腰かけた。
 カウンターの向こうには、マスターらしき白髪が交じった穏やかそうなおじさんがいて、グラスを白い布で拭いている。目が合うと柔和な笑みを浮かべ、いらっしゃい。と声をかけてきた。
「こちらがメニューになります。決まったら声をかけてください」
 店員が俺の前にメニュー表を置く。質素な茶色の表紙に、白い糸でmyoujoと縫いつけてあった。センスがいいな。と勝手に関心し、表紙を開いた。
 一通り読んで表紙を閉じる。
 意外とメニューは豊富なようで、コーヒーからカレーまであった。カレーにも興味はあったのだが、俺は店員にコーヒーをブラックで注文した。
 ブラックなんて飲んだことないのだが、今の雰囲気だと飲めそうな気しかしていなかった。それに何よりブラックの飲める男に、何となくカッコよさを感じていたのだ。

「お客さん、ここに来てくれたのは初めてですよね」
 俺の注文を店長に済ませた後、先ほどから受け答えしている店員が俺の横に座る。驚いて店員に方を見ると、にこりとその人は笑った。
 軽く茶色に染め、一つに括った髪は伸ばしたらきっと背中にかかるほど長い。すっと伸びた鼻筋と少しつり気味な猫目。化粧っ気は薄いのにとても整った顔立ちで、俺は思わず仰け反ってしまう。
「ああ気にしないで下さい。ここ、滅多にお客さん来ないし暇なんです」
「そ、そうなんですか。初めてです、最近大学に入学して引っ越してきたばかりなんですよ」
 明らかに他にも客はチラホラいうのだが、俺が指摘しても仕方がないので笑みを作って彼女の質問に答えた。
「へぇこの近くだったら柳立大学とかですか」
 はい。と俺が頷くと彼女は名門大学じゃないですか、すごい。と感心したように俺をまじまじと見る。
「いや別に普通ですよ」
 と言いながら視線を逸らす俺だったが、内心悪い気はしない。
「遠慮しなくってもいいですよ。あっコーヒー淹れたみたいですね。とってきます」
 奥の方からマスターの声が聞こえ、彼女はさっと立ち上がるとカウンターの奥の厨房に消えていく。

 すごく感じの良い女性だ。
 カウンターに両腕を立て手を組みながら、俺は顔がニヤつくのを必死で堪える。
 俺よりも若干年上っぽい。連絡先でも聞いてみようか、向こうから話しかけてきたのだ。きっと悪いイメージはないはず。
 最高の大学生活のスタートに、妄想と気持ちの悪い笑いが止まらない。
「どうぞ。当店自慢のモカコーヒーです。ゆっくりして行ってくださいね」
 にっこりと笑い奥のテーブル席を拭き行く彼女をそれとなく見ながら、白地に鮮やかな朱色の模様があるカップを持って口に運ぶ。
 苦い。
 しかし苦さの奥に仄かな甘みを感じ、俺は思わず唸った。
「お味の方はいかがですかな」
「あ、とてもおいしいです」
 いつの間にかカウンターを挟んで俺の正面に立っているマスターに素直に答えた。マスターは嬉しそうにありがとうございます。とお礼を言う。

「滅多にお客さんが来ないものですので、淹れ方を間違ってしまったかと不安でしたよ」
「いえいえ。本当にすごくおいしいです。それに、他のお客さんもちゃんといらっしゃるじゃないですか」
 妙な視線が注がれた。
 マスターだけではない。目の端に映る彼女も、背後にいる客もこの店にいる全員の視線が、俺に集まった。そんな気がしたのだ。
「はは、確かにそうですな。あのお客さん達は常連なもんで、もうお客様って感じがしないんですよ」
「おいおいそりゃねーぜマスター」
 笑う店長に、後ろからは笑いを含んだだみ声が聞こえ、店内は和やかな笑いに包まれる。釣られて笑いながら、俺は先ほどの感覚はきっと間違いだろう。と自分に言い聞かせ、再びコーヒーカップに口を付けた。

「ところでお客さん。コーヒー占いって知ってますか」
 それからしばらくして、ちょうどコーヒーを飲み干した時マスターが俺に話しかけてきた。
「いや、初めて聞きましたね」
「飲み干したコーヒーカップの底に溜まった模様でその日の運勢を占うんですよ。やってみますか」
 正直テレビの占いコーナーも六星なんちゃらも一切信じない。だがせっかくの申し入れを断るほど空気の読めない俺でもなかった。
「じゃあお願いします」
 そう言ってコーヒーカップを店長に差し出した瞬間、再びあの感覚に陥った。ただ今回は店中の視線は俺ではなく、コーヒーカップに注がれている。
 思わず俺は辺りを見回す。
 俺の背中の後ろにいる髭の生やしたゴツイ男と、腹の出たオヤジの二人組は新聞を置き身を乗り出してコーヒーカップを見つめている。
 二人組の方は相変わらず新聞で顔を隠したままだが、二人ともページをめくる気配は全くない。それに店員の彼女は、さっきから同じテーブルをずっと拭いている。

 いくらなんでも俺の占いに興味を持ちすぎだろう。
 もしかしてこのマスターの占いは物凄くよく当たるとか、その道のプロだったりするのだろうか。と俺も周りの空気に飲まれ、ハラハラしながら店長を見つめた。
 店長は暫く黙りこくったまま、カップを見る。そして一瞬目を見開いたかと思うと、一言も発しないまま、カップを俺の前に置く。
「模様を正直に読み上げてみてください」
 俺はごくりと唾を飲み込む。
 そして、正直にその模様を『読み上げる』。
「だ・い・き・よ・う。えっ大凶!?」
 模様でもなんでもなく浮かび上がったのは唯のひらがな。しかもとんでもなく不吉な文字が浮かび上がっていて、俺は思わず叫んでしまう。

「マスター。これって……!」
「ああ、ようやくだ! やっと現れた。本当にありがとう!」
「おめでとうマスター!!」
 しかし俺とは正反対に、周りの連中は万歳して喜んでいる。
 マスターなど目に涙を浮かべて俺の手を握っている。それに後ろではオヤジ二人と店員が抱き合っていた。
 ぶんぶんと上下左右に踊る自分の両手と周りを交互に見て、俺はただただ唖然とするしかなかった。他人が大凶引いて周りにこんなに喜ぶ理由など、思い浮かぶわけもない。
 俺が戸惑っているのにようやく気がついたマスターは、一度大きく息を吸いさらに強く俺の手を握った。
「君を今すぐ雇いたい! ウチと契約してくれないか!?」
「……はい?」
 間の抜けた俺の声は、店中に響く歓声に虚しくかき消された。

 



[22822] ビッチな彼女(カミサマ)とヘタレな俺(ヒト)と【日常系和風現代ファンタジー】 その二
Name: 顔面イシツブテ◆f784e8c3 ID:eda239d3
Date: 2010/11/03 13:05
 突拍子もない展開だ。
 雇うとはアルバイトのことだろうか。そもそもどこから雇用云々の話が飛び出して来たのかもわからない。
 キラキラと少年のように瞳を輝かせ、俺の手をがっちりと握るマスターに俺は何とか笑みを作って口を開いた。
「あの、いきなりそんなこと言われても困るんですけど」
「そうそう。困りますよね! とにかく彼女に会わせないと」
 俺の腕をぐるぐる回しながらマスターははしゃぐ。残念ながら、俺の言葉の半分も彼の耳には届いていないようだ。
「そうじゃなくてどうして俺がここでバイトしなくちゃいけないんですか!」
 俺が思わず叫ぶと、先ほどまでとは打って変わってしんと店内が静まり返った。あまりの気まずさに辺りを見回すと、皆固まってしまって俺を見つめている。
「いや、だって君ウチに入ってきたでしょ?」
「はい」
「コーヒー飲んだでしょ?」
「はい」
「なら安心してください。もう条件は満たしてます」
 満面の笑みを浮かべるマスターだったが、一体何が安心するのか条件とは何なのか。全くもって意味不明だ。
 ついでに後ろの連中が安堵の息を吐く理由も、残念ながら見当たらない。
「条件って……?」

「私たちが『見える』ことですよ。花本幾朗(はなもといくろう)さん」
 
 ガタンッと椅子を倒して俺は立ちあがった。嫌な汗が背中を伝う。
 無意味に息を殺し、周りを見回した。
 店内いた連中が、俺を取り囲むようにして立っている。いつの間にこんな近くに移動したのかまったく気付かなかった。
「俺、名前なんて名乗りましたっけ」
「いえ。でも知ってましたよ。うわさ好きな友人がたくさんいますので」
「そうなんですか! 俺って意外と有名なんですね! いやぁ気付かなかった! あっそうだ。アルバイトのことを後々に連絡しますね。それじゃあごちそうさまでしたぁ」
 声を裏返しながら言いきって、無理やり立ち去ろうと笑顔で出口の方に振り向く。しかし2メートル近くはあろうかという巨漢の男が、鼻先に立っていてそれ以上進めることが出来なかった。
「すみませんがまだ話の途中なんですよ。お客さん」
 すぐ背後からマスターの声が聞こえ、俺は恐る恐る振り返った。

 視界いっぱいに店長の顔が広がる。腰が抜けて、その場にヘタり込んだ。
 するとぞろぞろと他の連中まで、俺の周りに集まって来て全員揃って俺を見下ろしてきた。
 マスター。店員。太ったの中年男に、髭面で巨漢の男。さらに新聞で隠れていてわからなかったが、顔が瓜二つの少年も二人いる。
「くっそ。一体何の目的だよ!」
 俺はなりふり構わず叫んだ。
「何もとって食ったりしませんよ」
「いいやそんなの信用できないな。あんたら人間じゃないのはわかってんだぞ! 『あいつら』の仲間なんだろ!」 
 腰を抜かしたまま、叫ぶ俺を取り囲んだ連中は一旦顔上げお互いの顔を見る。そして同時に俺の方に意地悪な笑みを浮かべ言い放つ。
「ご名答。ヒトの子よ」

 ◆

 俺の名前は花本幾朗(はなもといくろう)。身長は175センチ体重62キロ。素行は別に悪くない。特に印象に残る顔立ちでもなく、見知らぬ人など目が合っても数秒後には、俺のことなど頭の中から消え去っているだろう。
 兄と妹の三人兄弟で、特に大きな事故も病気もすることもなく18歳の今日を迎えた。
 本当に特に述べるような項目がないくらい、普通な毎日を暮らす俺なのだが、一つだけ誰にも言えない秘密があった。
 『みえる』のだ。目の前でにやにや笑うこいつらみたいな、厄介で気味が悪くて、何を考えているのかわからない連中が。
「くそ。都会に出たらいないかと思っていたのに」
「残念だったな坊主。日ノ本の中に俺達がいない場所なんてほとんどないんだよ」
「今まで見てるだけだったくせに。なんでこんなことするんだ」
 豪快に笑う髭面に俺は必死に食いつく。
 確かにこいつらは至る所にいて、物心つく頃から常に視界に入っていた。
 田んぼの隅っこ。廊下の真ん中。プールの中。天井にも張り付いていたことがあったし、山の上に胡坐をかいて座っている奴らもいる。
 しかし、俺が徹底的に無視してきたからかしらないが、故郷にいた幼少期から高校を卒業をするまでの間、直接触れたことも向こうから触れてきたこともない。
 なのに今、こうして監禁紛いなことをされている。
 それがどうしても腑に落ちないし、同時に予想出来ない未来がとても恐ろしかった。

「我々のことを相当知っているようだね」
「当たり前じゃないか。何年見てきたと思ってるんだよ。あんたらツクモガミをさ」
 穏やかに話すマスターに向かって、俺は何とか虚勢を張る。
「はは、ツクモガミか。久しぶりにその名を聞いたな」
 九十九神(ツクモガミ)の存在を教えてくれたのは、今は亡き祖母だった。「どんなモノも大切にして、感謝しなさい。九十九の神さまがいっつもみんなを見とるけんね」と、事あるごとに俺達に祖母は言い聞かせていた。
 兄や妹は何となく面倒くさそうな顔をしていたが、俺は祖母の言葉が痛いほど程理解できた。
 あいつらは本当にどこにでもいて、色んなモノに憑いている。それが良いか悪いかは知らないが、気味が悪くて近寄りがたいのは変わりがない。
 田舎だから悪いのだ。都会に行けばきっとこいつらもいないはず。と自分に言い聞かせてきたのだが、甘かった。
 その油断のせいで、奴らの住処にノコノコとやって来てしまったのだから。
「とにかく君に手伝ってほしいんだ。バイト代もちゃんと出すし、まぁ多少は命の危険もあるかもしれないが、頼もしい相棒もいる」
「無理無理無理。大体こっちの意思はどうなんだ! こっちは契約書にサインもしてないんだぞ!」
 ぎゃあぎゃあと喚く俺にマスターは困ったように首を振り、仕方ない。とため息を吐いた。
「……いいでしょう。そこまで言うのなら、無理にとは言いません」
「当たり前だ! もう帰る!」
「ですが、今晩からきっちりと戸締りをしておいた方がいいかもしれませんね」
 起こしかけた体が固まる。
「きっと色々な方々が、お客さんに会いたがるでしょうから。毎晩毎晩お客さんの耳元で呪詛なんか呟かれたら、たまらないでしょ」
 さっと血の気が引いて、俺は穏やかに話し続けるオーナーに視線を向けた。そこには相変わらず朗らかな表情を浮かべ、俺を脅している初老の男性の姿があった。
「もし彼らに会いたくなかったら、よかったらここで働いてくれませんか」
 引くも地獄。進むも地獄。
 涙が零れるのを必死に堪えながら、俺は小さく頷いた。

「昨今、我々とヒトとの間にトラブルが絶えなくてね。花本君にはその解決を手伝って欲しいんだ」
 テーブル席に俺とマスター、それから店員と双子の四人で座っている。当然俺は通路から一番遠い窓際に座らされ、簡単には逃げられないようにきっちりと配慮されていた。
「そんな難しそうなこと俺なんかに頼んで大丈夫なんですか。ほら、巫女さんとか神主さんとか色々いるでしょ。そういうモノの専門家がさ」
 不貞腐れて頬杖ついた俺が未練がましく言うと、正面に座ったマスターは残念そうに首を振る。
「今のヒトに我々を見ることの出来る人間なんてそういません。それは神職であれど一緒です」
「だいたいさー今時の巫女とかアルバイトとかがほとんどだろ。僕たちを見ようなんてぜってー無理だって」
 メロンソーダを飲み干して、双子の片割れが言うと残りの方もそうそうと相槌を打つ。
「ヒトは私たちとの距離に近づきすぎてしまったんです。だから今までなかった問題が起こるようになった。でも私たちのことを忘れてしまったから、どんなに近づいても、触れることも見えることも出来ない」
 店員が少し寂しそうに笑うと、少し場の空気が沈んだ気がした。それにマスターも気がついたのか、明るい声を出して、俺に笑みを向けた。

「いやぁとにかく花本君が快く引き受けてくれてよかったよ。しかも縁字もあの子と同じ大凶。きっと気が合うはずさ」
 どこをどう考えたら俺が快く引き受けたように思えるのかしらないが、それよりも気になることがある。
「縁字ってあの占いのことですか。アレって結局なんだったんですか」
「あぁあれは相性を占ってみたんだ。キミとキミの相棒のね」
 バイトは九十九神と人間の二人一組で行っている。ということは先に聞いていた。
 なんとなく俺と一緒で薄幸そうな顔立ちの神様が浮かんだのだが、それは即座に否定されることになる。
「でもまさかハナ姉ちゃんと、相性ピッタリのヒトがいるなんて思わなかったぜ」
「そうそう。しかも兄ちゃんひょろいし、まるで真逆じゃん」
 けらけらと笑う双子に俺は若干の不安を抱え、無言で店員に視線を配った。
「ん~ちょっと変わってるけど、根はイイ子だと思うわ。ほんとよ、すっごく恥ずかしがり屋で可愛い子なんだから」
 店員がそこまで言った時、店のドアが勢いよく開いて誰かが店に入ってくる。俺がそっちの方向を向く瞬間、ぼそりと店員の呟く不穏な声が耳に飛び込んできた。

「まあ、数十年前までの話だけど」

 づかづかと店内に踏み込んできたそいつは、挨拶の一つもなしに空いているテーブル席にどっかりと腰を降ろし、煙草をふかし始めた。
「いいところに帰ってきた。彼女がキミの相棒のハナだ」
「え。あれがですか」
 愕然とする。
 ド派手な金髪。厚い化粧に、飛び出たまつ毛。唇はグロスでテカテカに光っている。だらしなく着崩した服は、何故か学校の制服のようにうかがえるのは気のせいだろうか。
 全身に鳥肌が立つ。
 正直に言おう。俺はあのようなタイプの女性が大の苦手なのだ。
「ハナ! 喜べ、お前の相方がやっと現れたぞ!」
 マスターが嬉しそうに言うと、ハナと呼ばれたその女性が初めてこちらの方を向いた。俺は精一杯の愛想笑いを浮かべて頭を下げる。
 とにかく最初の印象が大事だ。外見だけで判断するなんて愚の骨頂である。
 しかし俺の努力もむなしく散った。ハナは面倒くさそうな表情を浮かべると、俺にこう言い放ったのだ。

「くっせぇ」
 
 空気が凍った。だがそれも一瞬のことだった。

「ちょっとハナ! 初対面の方に失礼でしょ。花本君違うの、そう意味じゃなくてね」
「そ、そうなんだ花本君。この子だって本気で言ってるわけじゃないんだ」
「ははっ! くせぇだって兄ちゃん。ちゃんと風呂入ってんのぉ」
 大人二人のフォローが痛い。そして俺を指さして笑う双子は、きっと俺の敵なんだと悟った。
 愛想笑いを顔に張り付けたまま、フリーズして俺の肩に大きく逞しい手がポンッと優しく置かれる。その元をたどると、俺に憐みの視線を送る髭面の顔があった。
「どんまいどんまい。男ってのは一度や二度フられてから大きくなるもんだ」
 言いきった後、髭面は堪え切れなくなったのかブッと吹き出すと、大声で笑い始めた。
 なんてこった。わかったはいたが、ここはひどい場所だ。物凄い速度で精神的に追い込まれてしまう。
「と、とにかくほら、早く仲良くなってもらわないと。ね?」
 絶対無理だ。
 むしろいきなり臭いと言い放った奴と、言われた奴が今後仲良くなる方法があるのなら是非教えてもらいたい。まあ例えあっても、俺は絶対に実行はしないが。
「そうだ。じゃあちょっといきなりで悪いけど、お使いをお願いしようかな」
「やめてくれ!」
「冗談じゃない!」
 マスターの言葉を間髪入れずに拒否した俺達二人だったが、数分後にはメモ書きを握らされ外に放り出されることになる。
 長い長い一日は、まだ始まったばかりだった。

 



[22822] ビッチな彼女(カミサマ)とヘタレな俺(ヒト)と【日常系和風現代ファンタジー】 その三
Name: 顔面イシツブテ◆f784e8c3 ID:eda239d3
Date: 2010/11/07 06:17

「いい天気ですね。ところでメモ見ました? 猫探せってかなり無理難題じゃないですか。どこがお使いなんですかね」 
「……」
 昼下がりの街の陽は暖かい。また春独特の緩んだ空気にも満たされていて、昼寝でもしたらきっと幸せな気分に浸れることだろう。
 しかし俺と彼女の間には寒々とした木枯らしが吹き荒れている。
 まあ不機嫌に腕を組み横を歩く彼女の気持ちもわからんではない。俺だってこんな仕事放り出したい。
「あのハナさんと呼んでいいですか?」
「気安く話しかけるな。におうから」
 あまりにも理不尽。俺はプルプルと体を振るわせながらも、なんとか笑顔を取り繕った。
「俺ちゃんと毎日体洗ってんだけど、そんなに臭いますかね」
「ふん。洗って落ちるわけないでしょ。ニンゲンのにおいなんて」
 生意気な言葉だが、怒りよりも先にある疑問が浮かんで俺は彼女に尋ねていた。
「キミも神さまなんだ」
「当たり前でしょ。あんたほんとに目ン玉ついてんの」
 
 そんなこと言われたって、確かに不良少女をもう一段階ステップアップさせた派手さはあるが、見た目は普通の少女に近い。
 故郷で見ていた九十九神は、まさに化け物という言葉が様になってた。目が一つだったり、腕が異様に長かったりそもそもヒトの形をしている者が圧倒的に少なかったのだ。
 しかし『明星』の神さまも、そして今目の前にいる彼女も神さまというにしては、妙にヒトに近い雰囲気がある。
「あんたも馬鹿ね」
「はい?」
「さっさと逃げ出せばいいでしょ。もう明星の外に出てるんだし」
 小脇に抱いた鞄から鏡を取り出し、ハナは歩きながら器用に顔をチェックし始める。
「逃げ出せないんですよ。何か脅されちゃって。呪い殺すぞ、みたいな」
「バッカ。私たちにもうそんな力残ってないわよ」
 口紅かグロスかを塗りながら喋る彼女俺が目を見張る。詳しく聞こうと口を開きかけたその時、道の影から猛スピードで何かが飛び出してきた。

「危ねえな小僧! 轢き殺されたいのか!?」
「すいません!」
 反射的に頭を下げた俺だったが、頭を下げきった時ようやくおかしなことに気がつく。
 ここは人が並んで歩くのが精一杯の道だ。バイクであれ車であれそんなにスピード出せるわけない。というかそもそも、横道なんかなかったはず。道の両側には古い木造の家が並んでいるのだから。
 急いで顔を上げ、俺は愕然とした。
 俺を怒鳴りつけたスピード狂は、車でもバイクでもなかった。そもそも人間ではなかったのだから。

 ピンと立てた尻尾。茶色の毛並みを逆立ててこっちを威嚇しているモノは、外見上は見紛うことなくただの猫だ。
 言葉が聞き取れる時点で、またアッチ系の生き物だな。と察するが、今日一日でマヒしてしまっているのか大して感情は動かない。
 それでも一応驚いて見せる。こうした方が事が上手く運ぶ気がしたのだ。
「わお! 猫が喋った」
「小僧、お前儂が見えるのか」
 改めて驚く俺に人間顔負けの嫌なモノを見る表情を浮かべ、猫は俺を見る。
「ちょうどいいところに現れたわね。あんたのとこのアホ猫から苦情が来てるわ。さっさと行って解決してきなさいよ」
 猫は俺の時よりもさらに苦虫を潰したような顔をし、ハナさんを見上げペッと地面に唾を吐く。
「誰かと思ったら家神のガキじゃないか。またいらん世話焼きに来たンか。しかもそいつは誰だ? また換えたのか。前に一緒にいた奴は『見える』ヒトじゃなかっただろ」
「うっさいなぁ。ごたごた言わずに行って来いって」
 二人の会話にほとんど着いていけない俺だったが、なんとなく意外と簡単にお使いが終わる気配を察して、少し安堵の息を吐いた。
 しかし大凶を引いた俺の運勢を侮っていたことを、数秒後に思い知らされることになる。

 ◆

 入り組んだ街の狭い道。ほんの少しだけ歩けば、賑やかで無数の人たちで溢れかえる通りがあるのだが、ここは昼間なのにひどく静かで、どこか遠い場所に置いていかれた気分になる。
 そんなノスタルジックな気分に浸れるおすすめのスポットなのだが、あいにく現在の環境ではとてもそんなこと出来そうにない。
 俺の目の前では金髪ギャルと、全身の毛を逆立たせたドラ猫が大声で喧嘩しているのだから。
「ンなことお前に言われんでも知っとるわ! ったくこっちの理由もわからんくせにいつもいつも首を突っ込んできおってから」
「私だって好きでやってんじゃないの。化け猫」 
 ぎゃあぎゃあと言い合う二人をよそに、俺はポケットからマスターに渡されたメモを取り出す。
『福猫を捕獲して飼い主へ届けよ』
 これだけしか書いてない。これだけなら口で伝えれば十分だろうに。
 頭を掻きながらため息を吐く。
「ハナさん。福猫ってどんな奴です?」
「あぁ? 三毛猫の神さま。なんかありがたいみたいだけどただの太った猫よ。婆さんと一緒に住んでるんだけど、しょっちゅう脱走すんのよ。そのたびに飼い主がウチに捕まえろって依頼してくるの」
 腕を組み猫を見下ろすハナさん鼻息は荒くなる。
「どっかの誰かの管理が甘いせいでね」
「だから今回は事情が違うと言っているだろうが!」
 シャーと猫が歯をむき出しにしてハナさんに威嚇する。茶色の猫のことはよくわからないが、福猫とやらの上の立場のものなのだろうか。
 神さまにも社会の概念ってあるのだろうか。どうもそう言った枠組みに、とらわれるような方々ではないような気がするのだが。明星の面々も、目の前で仕事をほっぽり出して喧嘩してる二人も。
 ちゃっかり俺もお使いとやらを忘れて思考を巡らしていると、ズボンのポケットから何かが垂れさがっているのに気がついた。
 黒い紐のようなもので、最初はジーパンから飛び出たほつれた紐かと思ったのだが微妙に違う。
 もっと細いし色も黒い。
 手にとってまじまじと見て、俺は悲鳴を上げた。

「きゃあああ!」
 俺の声に、言い争っていた二人がこちらを向くのがかろうじて視界に入った。俺は完全に腰が抜けてしまって、その場に四つん這いになった。
「どうかしたのか」
「ポ、ポケットの中から……気持ち悪い!」
 顔を思い切り逸らしポケット指差す俺の先には、あの黒い紐がわらわらと這って出てきていることだろう。
 うねうねとミミズのように動くそれが、地面にぼとぼとと落ちてくる様子はまさにトラウマものだ。
「お、生まれた生まれた」
 ハナは地面を這うそれと俺に、交互に視線をやりながらにやにやと笑う。
「イエネコ。手伝ってほしい? 頭下げれば手伝ってあげる。ウダヤシがいればすぐに見つかるわ。わかるでしょ」
 地面をわらわらと占拠する黒い紐の一本を指でつまんでハナは言う。イエネコと呼ばれた茶色の猫は、これまた悔しそうに顔を歪ませた。
「誰がお前らの助けなど……」
「あらいいの。もしあののろまが大通りに出たら大変よ? 車に引かれちゃうかも」
「……」
「しかも雄の三毛猫なんて珍しいし、悪いヒトに見つかってさらわれたりして」
 まあ私はいいんだけどね。と付け加えるハナを心底憎々しげに視線を送る。しばらく考えた後にぷいっと横を向き、吐き捨てるように言った。
「わかった。あいつを見つけてくれ」
「それが物を頼む態度?」
「ああ! わかった! お願いします!」
 ハナはヤケになって叫ぶイエネコの姿を眺め、勝ち誇った顔をした後「よろしい」と言う。ほんと性格の悪い神さまだ。
「じゃああいつの毛をちょうだい」
「眉間のちょうど真ん中の……そうそうそれだ」
 膝を折りイエネコの毛を引き抜いたハナは、おもむろにそれを地面に置く。

 一本の毛が地面に触れた瞬間に、黒い紐がそれに群がり喰らった。
 すると無数の黒い紐は一カ所に溜まって動かなくなる。久しぶりにこの道は静寂を取り戻したが、残念ながらそれも僅かな時間だけだった。
 道の真ん中に丸く集まっていた黒い紐から、突然親指くらいの太さ線が飛び出したのだ。
 線の先端はアスファルトの道を進んでいきすぐに視界からいなくなる。
「え? 何これ」
「いいから。この線を追いかけて。この先に福猫がいるから」
「いや腰抜けちゃって。立てないんですよ」
 ははっと笑いながらこれ以上の面倒事を避けようとする俺だったが、ハナさんに睨まれると仕方なしに立ちあがる。
 気づけばもうイエネコの姿はない。きっともう追いかけて行ったのだろう。二、三歩踏み出した俺だったが、ふと足を止めた。
「あの、ハナさんは行かないんですか」
 再び鏡で顔をチェックしているハナさんに、俺は尋ねた。
「後から行くわよ。私走るの嫌いなんだよね」
「あぁ……そうですか……」
 なぜだろう。疲労感が増したような気がする。
 重い足を引きずりながら走りだした俺は、商店街の裏路地の入口の肉屋と、良く分からない外食店の間の小汚い場所へと導かれるのだった。



[22822] ビッチな彼女(カミサマ)とヘタレな俺(ヒト)と【日常系和風現代ファンタジー】 その四
Name: 顔面イシツブテ◆f784e8c3 ID:eda239d3
Date: 2010/11/11 23:48

 アスファルトよりも濃い黒を追っていくつもの角を曲がり、通りを抜けた。小走り程度のゆっくりとしたペースで走る俺は、たまに通り過ぎる人達になるべく不自然に思われないように気を付けていた。
 影よりも、アスファルトよりも濃い黒の先頭はまだ見えてこない。
 脅迫されたり、走らされたり、本当に散々な日だ。願わくばさっさと福猫とやらを探し出して、帰って布団にもぐりこんで現実逃避したいところだ。
 なんて考えながら走っていると、いつの間にか古い住宅の連なる細い路地から、大きな商店街へと抜けだしていた。
 線は直角に曲がり、商店街を縦に真っ二つにするように走っている。
 俺は一呼吸置くとのろのろとそれを追いかける。道行く人々に踏まれるそれは、どこまでも続くように思える。しかし確実に終点は近づいていた。
 再び線が直角に曲がった時、俺はあっと驚いて思わず声を上げた。
 商店街の隅の地べたに腰かけてケータイをつつく神サマがいたのだ。一目で不機嫌だとわかる表情の彼女に、俺は話しかけるのを一瞬戸惑う。しかし彼女のすぐ脇を線が通過していて、逃れることが出来ないと悟り恐る恐る口を開く。
「は、早いですね。ハナさん」
「遅い。ちんたら走ってんじゃないわよ。ぶっとばすぞ」
 物凄い眼力を飛ばしてきながら、ぶっとばす。などと女性に似つかわしくない言葉を吐き捨てるハナさんに、俺は息を飲む。
 そして彼女はさっと暗い路地を指差し俺にこう告げたのだ。
「この先に福猫がいるから早く行け。私を待たせないでよ」

 ◆

 おわかりいただけただろうか。これがことの発端と、現在における俺の立場である。
 本当にたまったものではない。神サマだろうが、なんだろうが制服を着た子どもに指差されて命令されているのである。
 しかも彼女は俺の大の苦手なタイプであることは間違いない。
 俺だって内心はらわた煮えくり返ってるし、従ってばかりではなく一喝してギャフンと言わせてやりたいこともない。
 しかし相手は人外だ。姿は人間に近くても、いつ本性を現すかわかったものではない。だから逆らうなんてこと俺には出来ない。
 そういうことで俺は結局急かされるがままに、こうして細くて汚れた路地を一人歩いているわけだ。
「くっそ。まじでやってらんないよ」
「そうか。なら今すぐ引き返した方がよさそうだぞ。坊主」
 無意識に漏れた愚痴に、足元から返事が返って来て俺は慌てて下を向く。俺の足の一歩前にいつの間にか例のドラ猫が音もなく歩いていた。
「この先は命に関わる」
「うそ。マジ?」
「本当だ。この突き当たりに福猫がいる」
「で、でもきっとありがたいカミサマでしょ。フクネコなんてありがたそうじゃないか。それに問題を起こすのも何度かあるんだろ。なら対処法もちゃんと知ってるんじゃないかな。ハナさんとか……イエネコさんとか」
 俺はカラ笑いするが、斜め下から感じる重い空気を拭い去ることは叶わなかった。そういえば対処法を知ってる方の一人は、後ろで地面に胡坐を組んで座っておられるので、ここにはいないのだ。
 尻尾を立てて進むイエネコの後ろ姿は本当に唯の雄猫で、とてもじゃないが頼れそうにない。そもそもこの「カミサマ」という存在自体が、俺の危機に身をていして守ってくれるのかわかったものではない。
 恐らく今日これまでの経緯を振り返ってみると、奇跡が起きない限りほとんど皆無だろう。

 どうしよう。本当に逃げ出そうか。いや、でも逃げ道は引き返す他ない。出入り口には、彼女が陣取っているから、きっとまた理不尽に叱られてしまうだろう。
 悶々とひたすら後ろ向きな思考を重ねながら歩いていると、ふと視界の端で揺れる茶色の尾が止まり、俺は顔を上げた。
「いた」
 イエネコの声に、俺は唾を飲みこみ目を凝らした。
 コンクリートの壁の突き当たり。右に折れる道のちょうど隅っこに福猫はいる。
 丸々と肥えた体を丸め、こちらに背を向けている。なんとなく精一杯隠れようと努力をしているようにも思えた。その猫の数センチ手前で、黒い線はピタリと静止していた。
「見つけたぞ、福猫。居るべき場所から離れるなといつも言っているだろう」
 イエネコの咎めるような言葉に、丸い背中がびくっと大きく跳ねた。
「聞いているのか!」
「……聞こえない。聞こえないよ『命婦のおもと』の声なんて、僕には聞こえない」
 デカい図体からは想像できないか弱い少年のようなくぐもった声が、丸めた背中の向こうから聞こえたる。『命婦のおもと』とは、イエネコのことだろうか。と頭を捻る俺をよそに、イエネコは毛を逆立てて唸った。
「儂はお前を甘やかせすぎたか。儂の折檻の味を忘れたわけではないだろう」
 一段と声を低くするイエネコに、福猫はガタガタと震え始めた。
「わかったら戻れ。儂の手を煩わすな」
「でも……」
「ほぅ。口答えする気か」
 なんという威圧感。ハナさんに言いくるめられた時からは想像も出来ない静かな怒りに、第三者である俺もなぜか怒られている雰囲気に飲まれてしまった。
「口答えなんかじゃないけど――」
「ならば喋るな。もううんざりだ」 
 完全に突き放すイエネコ。福猫の小刻みな震えが先ほどとは質が変わって行くのに俺は気づき、福猫を叱り続けるイエネコに待ったをかけた。
「ちょっと言いすぎだ」
「なんだってんだ! 僕の事情も知らないでさ! あの婆ちゃん僕を縛ろうとしたんだぞ!」
 俺の声の何倍も大きな声が狭い路地の壁を反響する。
 遅かった。
 四本の足で立ち上がった福猫は毛を逆立てて叫ぶ。
「どいつもこいつも他所の都合を僕に押し付けてきて! もう限界だ!」
 俺は福猫の言葉にひどく共感して、思わず大きく頷いた。だが事態はすぐにそんな呑気なこと言っていられなくなる。
「これはまずいな。小僧、走れ」
 突然の命令だったが俺は迷わずまわれ右をして駆けだした。今度は先ほどと違い全力疾走だ。
 確かに背後はまずいことになっている。
 ぷくぷくと太っていた福猫が、路地いっぱいの大きさまで巨大化したのだ。綺麗な三毛色だった毛並みは紅く染まり、「太っている」では済まされないほど丸く大きくなった体はまさに凶器だ。
 振り向かないでもわかる。あの丸い凶器は、地鳴りのような低い音を立ててこちらに向かってきている。
 真っ青になりながら走る。とにかく走る。
 少し行けば、ハナさんがいるはず。そこまで走ればきっとなんとかしてくれるだろう。あんなに偉そうなんだから、きっとこの猫よりも強い力を発揮してくれるだ。
 もう商店街の明かりが見えてきた。
 あと少し、あと数歩。そして、商店街に飛び出しながら俺は目いっぱい叫ぶ。

「いねえし!」

 どこにも彼女の姿はなく、また急に大声を出しながら出現した俺に、人が行き交う商店街は静かになり皆が俺を見つめていた。
 普段なら顔を真っ赤にしてあたふたするだろうが、今の俺にはそんな余裕はない。
 すぐに九十度体を回し、商店街を縦断する。
 鬼ごっこの鬼が代わった。残念ながら鬼ごっこは今しばらく続くようだ。

 ◆

 商店街を行く人たちの心配はしていない。別に俺が他人を心配しない血も涙もない、どこかのカミサマのような人間だからなのではなく、何年間も彼らを見てきて理解していたからだ。
 普通のヒトは彼らを見ることも触れることも出来ないのだ。だから道幅いっぱいの大きさで、猛牛にように荒れ狂っているあの太った猫も、一般人には無害というわけだ。
 だが俺は例外だ。一度だけ、それこそ十年以上前に俺は彼らに触れたことがあった。彼らの温もりさえも感じた。
 ということは、多分俺はあの猫に踏みつぶされる可能性も否定できない。確証はないが、試す時には俺は天国にいってしまう恐れさえある。
 ならばもう逃げるしかないだろう。
「おい。いいか、人通りの少ない方に逃げろ」
「無理、無理。そんな余裕ない!」
 俺の足元を飄々と駆けるイエネコに、俺は息絶え絶えに返す。
「大体なんで俺を追いかけてくるんだよ! 関係ないじゃん」
「あの場にいただろう。あいつはアホだから目の前にあったものしか覚えておらんのだ」 
 顔を見る余裕はないが、きっとイエネコは涼しい顔をしているのだろう。無性に腹が立ったがそのエネルギーも足を動かすことに変換し、とにかく前へ進む。

「いいか。赤い看板の店の次に、脇道に逸れる道がある。そこに入れ。このままではいずれ捕まるぞ」
 捕まるとどうなるかは分かっていたので、敢えて考えないことにして俺は言われた通り、商店街の道の半分くらいか道幅のない路地に飛び込む。
 だが福猫も素早く方向転換し後に続いてきた。
「だめじゃん!」
 天を仰ぐ俺だったが、イエネコは満足そうに喉を鳴らした。
「いや。予想通りだ」
 俺は目に入ってくる汗を拭いながら、後ろを振り返る。
 福猫は相変わらず、一心不乱にこちらに突進してきている。しかしその大きさに目に見えて大きな変化があった。
 先ほどまでは横幅が商店街の道いっぱいに広がっていた。そして今も同じく福猫の体が、道を封鎖するようにいっぱいいっぱいに広がっている。
 そう。道幅が半分以下の道になったのに「限界」でその道に体が収まっているのだ。
「ち、縮んだ!?」
「その通り。あいつはまだ見える者や憑物にしか、力を及ぼせられんようだな」
 悠々と分析するイエネコだったが、いかんせん俺の方はもう余裕というものはない。ただひたすらに助けを乞う。
「つまりどうすりゃいいのさ!」
「簡単だ。現在よりも細い道へと移っていけばいいだけだ。あいつはそれに合わせて小さくなる」
「そんな道知らないよ。俺ここに来たばっかなんだ」
 半泣きになりながら告げる俺に、イエネコは自信満々に答えた。
「ここは儂の庭だ。儂言うとおりに動けばいい」
 そして不敵な笑みを浮かべる。
「どうもあいつにはきつい仕置きが必要みたいだ」




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