タイトル通りのビッチ神とヘタレ大学生がタッグを組んで、化け物やら神さまやら人間やらの問題を解決する日常系(?)の物語です!
※この作品の神さまは日本の神さまで要は八百万神と考えて下さい。
基本ほのぼの路線で攻めようかと思ってます。とりあえず五千文字を週一更新をめどに頑張っていきます!
それではよろしくお願いします!
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世の中はいつだって俺に優しくない。
理不尽・不条理・筋違いな理由で、複雑怪奇で奇奇怪怪な魑魅魍魎がまん延する世界を、汗水たらして走り回らなくてはならない。しかも見返りはほとんどないっていうオマケつきだ。
「ははは。ありえない」
暗く狭い裏路地の入口に立ちつくし、俺は引きつった顔で呟く。
寂れながらも一応表の商店街は体裁を保っている。しかし、肉屋と何を扱っているのかよくわからない外食屋に挟まれたこの路地は、両店の見えなきゃいいやの精神を余すことなく反映している。
要は見るに堪えない惨状なのだ。
青いポリバケツの中からはゴミが溢れだしていて、地面にはネコかカラスが荒らしたであろう残飯が、一筋の線になって路地の奥に続いている。
両端の壁は黒ずんでいて背でも掛けようならば、相棒と呼んでも過言ではない、俺のパーカーが大惨事になることは免れないだろう。
「何突っ立ってんの。早く行きなさいよ」
冷や汗を垂らしながら立ちつくす俺に、後ろから容赦ない言葉が降りかかる。全く俺の意思や感情などを無視した声。
「あ、あのミコトさん。さすがにここを通れってのは無理があるんじゃないかな」
なるべくオブラートに包んで、尚且つ人肌程度の優しさの温度で温めて俺は後ろにいる少女の姿を借りた悪魔にささやかな抵抗を試みる。
「俺って潔癖症なんだよね。入口だけだとしても、こんな汚いとこに入りたくない――」
「あぁん? 入れっていうのが聞こえないの。私に意見するなんていい度胸じゃない。さっさと行って来なさい」
はい、抵抗終了。
その場に伏せて泣きだしたくなるのを堪え、俺は再び前を向く。微かな腐臭に涙を零れるのを我慢して、ハンカチで鼻を押さえ消極的な覚悟を決める。
どうしてしてこんなことになったのか。数時間前は人生で最高に高揚し、天国にいた気分だったのに。
数時間前の天国も今の地獄も作り上げた犯人は、いつの間にか地面に胡坐を組んで座り込み、折りたたみ式の鏡で眉をつついている。
何度だって言う。有り得ない。
何から何まで。俺の今の状況も、人に頼みごとしておいての彼女の態度も。そしてどこからどう見てもビッチな彼女が、カミサマだってことも。
一歩目を踏み出しながら、俺は空を見上げる。狭い空間に浮かぶ空はひどく遠く感じた。
◆
季節は晩春。
入学式を終えてからなのか、それとも入学届けを届けを出した瞬間からなのかはわからないが、俺の大学生活が始まって間もない時期だった。
日本津々浦々にごまんとある大学のうちの一つに俺は進学した。
故郷は野山と田畑とジジババしかおらず、俺は都会にあこがれ古き良き都のあったこの学生都市に、ターゲットを絞って勉強し、ついに田舎からの脱却を果たした。
夢や希望に溢れていたし、暇があれば入り組んだ街をあちこちをフラフラと彷徨っていた。外を歩けば、なんかいいことありそうな気がしていたのだ。
しかし、これがいけなかった。
見つけてしまったのだ。家のおんぼろアパートから歩いて十分ほど歩いたところにある喫茶『明星』を。
少し色の褪せた藍色の看板に、店前に並べられた名も知らぬ観葉植物。木製のドアのガラスの部分からは、ほの暗い光が漏れていた。
レトロというか昭和臭い雰囲気が実に俺の心をくすぐり、外にあるメニューに目をやることもなく俺は喫茶店の敷居を跨いでしまったのだ。
カランカランとドアに付いている鐘のようなものが、俺が入って来たことを知らせる。店内にいる何人かが、俺の方に目を配った。
L字型にテーブル席が四つあり、Lの角の部分が入口になりテーブルに囲まれるようにしてカウンター席がある。俺の他にもテーブル席にそれぞれ三人組と二人組が一組ずつ座っていて、新聞を読んでいたり穏やかに話をしている。
店内も店構えと同じくどこか懐かしいような雰囲気のお店で、派手な色合いは使われていない。どこかから流れるジャズのせいか、ここだけ時間がゆっくり流れているような気さえする。
「いらっしゃいませ。好きなところに座ってくださいね」
店員らしき女の人が笑顔で迎えてくれ、俺は迷わずカウンターに腰かけた。
カウンターの向こうには、マスターらしき白髪が交じった穏やかそうなおじさんがいて、グラスを白い布で拭いている。目が合うと柔和な笑みを浮かべ、いらっしゃい。と声をかけてきた。
「こちらがメニューになります。決まったら声をかけてください」
店員が俺の前にメニュー表を置く。質素な茶色の表紙に、白い糸でmyoujoと縫いつけてあった。センスがいいな。と勝手に関心し、表紙を開いた。
一通り読んで表紙を閉じる。
意外とメニューは豊富なようで、コーヒーからカレーまであった。カレーにも興味はあったのだが、俺は店員にコーヒーをブラックで注文した。
ブラックなんて飲んだことないのだが、今の雰囲気だと飲めそうな気しかしていなかった。それに何よりブラックの飲める男に、何となくカッコよさを感じていたのだ。
「お客さん、ここに来てくれたのは初めてですよね」
俺の注文を店長に済ませた後、先ほどから受け答えしている店員が俺の横に座る。驚いて店員に方を見ると、にこりとその人は笑った。
軽く茶色に染め、一つに括った髪は伸ばしたらきっと背中にかかるほど長い。すっと伸びた鼻筋と少しつり気味な猫目。化粧っ気は薄いのにとても整った顔立ちで、俺は思わず仰け反ってしまう。
「ああ気にしないで下さい。ここ、滅多にお客さん来ないし暇なんです」
「そ、そうなんですか。初めてです、最近大学に入学して引っ越してきたばかりなんですよ」
明らかに他にも客はチラホラいうのだが、俺が指摘しても仕方がないので笑みを作って彼女の質問に答えた。
「へぇこの近くだったら柳立大学とかですか」
はい。と俺が頷くと彼女は名門大学じゃないですか、すごい。と感心したように俺をまじまじと見る。
「いや別に普通ですよ」
と言いながら視線を逸らす俺だったが、内心悪い気はしない。
「遠慮しなくってもいいですよ。あっコーヒー淹れたみたいですね。とってきます」
奥の方からマスターの声が聞こえ、彼女はさっと立ち上がるとカウンターの奥の厨房に消えていく。
すごく感じの良い女性だ。
カウンターに両腕を立て手を組みながら、俺は顔がニヤつくのを必死で堪える。
俺よりも若干年上っぽい。連絡先でも聞いてみようか、向こうから話しかけてきたのだ。きっと悪いイメージはないはず。
最高の大学生活のスタートに、妄想と気持ちの悪い笑いが止まらない。
「どうぞ。当店自慢のモカコーヒーです。ゆっくりして行ってくださいね」
にっこりと笑い奥のテーブル席を拭き行く彼女をそれとなく見ながら、白地に鮮やかな朱色の模様があるカップを持って口に運ぶ。
苦い。
しかし苦さの奥に仄かな甘みを感じ、俺は思わず唸った。
「お味の方はいかがですかな」
「あ、とてもおいしいです」
いつの間にかカウンターを挟んで俺の正面に立っているマスターに素直に答えた。マスターは嬉しそうにありがとうございます。とお礼を言う。
「滅多にお客さんが来ないものですので、淹れ方を間違ってしまったかと不安でしたよ」
「いえいえ。本当にすごくおいしいです。それに、他のお客さんもちゃんといらっしゃるじゃないですか」
妙な視線が注がれた。
マスターだけではない。目の端に映る彼女も、背後にいる客もこの店にいる全員の視線が、俺に集まった。そんな気がしたのだ。
「はは、確かにそうですな。あのお客さん達は常連なもんで、もうお客様って感じがしないんですよ」
「おいおいそりゃねーぜマスター」
笑う店長に、後ろからは笑いを含んだだみ声が聞こえ、店内は和やかな笑いに包まれる。釣られて笑いながら、俺は先ほどの感覚はきっと間違いだろう。と自分に言い聞かせ、再びコーヒーカップに口を付けた。
「ところでお客さん。コーヒー占いって知ってますか」
それからしばらくして、ちょうどコーヒーを飲み干した時マスターが俺に話しかけてきた。
「いや、初めて聞きましたね」
「飲み干したコーヒーカップの底に溜まった模様でその日の運勢を占うんですよ。やってみますか」
正直テレビの占いコーナーも六星なんちゃらも一切信じない。だがせっかくの申し入れを断るほど空気の読めない俺でもなかった。
「じゃあお願いします」
そう言ってコーヒーカップを店長に差し出した瞬間、再びあの感覚に陥った。ただ今回は店中の視線は俺ではなく、コーヒーカップに注がれている。
思わず俺は辺りを見回す。
俺の背中の後ろにいる髭の生やしたゴツイ男と、腹の出たオヤジの二人組は新聞を置き身を乗り出してコーヒーカップを見つめている。
二人組の方は相変わらず新聞で顔を隠したままだが、二人ともページをめくる気配は全くない。それに店員の彼女は、さっきから同じテーブルをずっと拭いている。
いくらなんでも俺の占いに興味を持ちすぎだろう。
もしかしてこのマスターの占いは物凄くよく当たるとか、その道のプロだったりするのだろうか。と俺も周りの空気に飲まれ、ハラハラしながら店長を見つめた。
店長は暫く黙りこくったまま、カップを見る。そして一瞬目を見開いたかと思うと、一言も発しないまま、カップを俺の前に置く。
「模様を正直に読み上げてみてください」
俺はごくりと唾を飲み込む。
そして、正直にその模様を『読み上げる』。
「だ・い・き・よ・う。えっ大凶!?」
模様でもなんでもなく浮かび上がったのは唯のひらがな。しかもとんでもなく不吉な文字が浮かび上がっていて、俺は思わず叫んでしまう。
「マスター。これって……!」
「ああ、ようやくだ! やっと現れた。本当にありがとう!」
「おめでとうマスター!!」
しかし俺とは正反対に、周りの連中は万歳して喜んでいる。
マスターなど目に涙を浮かべて俺の手を握っている。それに後ろではオヤジ二人と店員が抱き合っていた。
ぶんぶんと上下左右に踊る自分の両手と周りを交互に見て、俺はただただ唖然とするしかなかった。他人が大凶引いて周りにこんなに喜ぶ理由など、思い浮かぶわけもない。
俺が戸惑っているのにようやく気がついたマスターは、一度大きく息を吸いさらに強く俺の手を握った。
「君を今すぐ雇いたい! ウチと契約してくれないか!?」
「……はい?」
間の抜けた俺の声は、店中に響く歓声に虚しくかき消された。