ミッドチルダの首都クラナガンで起きた、突然の殺人事件。
被害者の体には、頭頂から股下にかけて何かに貫かれた傷があり、それが死因と見られている。
「すまないな、遅くなった」
「クロノ提督、それにしてはずいぶん到着が早いですね」
事件が起きてから30分も経たずにクロノが現場にやってくる。
「ああ、僕もクラナガンに用事があったからね」
「そうでしたか」
マリエルの元に出向いた帰りに、未確認生命体関連の事件が発生したと聞いたクロノは、シャーリーを先に帰らせて自分は捜査のために足を運んできたのだ。
「もっとも、その途中に……すまない、通信が入った」
ヴァイスにあることを告げようとして、クロノは通信が入ったのをヴァイスに告げると少しだけ離れて通信越し誰かと話す。
「……そうか、わかった。それについてはこちらでも調べてみる」
話が終わると、クロノは沈痛な面持ちでヴァイスの元へとやってくる。
「新しい情報が入った。今さっき、それとそれよりもおよそ15分前にも今回と同様の事件が起きた」
クロノの言葉に、最初の事件発生からわずか30分で3人もの人間が未確認生命体らしき者によって、その生命を奪われたことによってミッドチルダに再び緊張が走ることになる。
「……毒針?」
クラナガンで発生した事件の調査は付近の地上部隊に任せ、クロノとヴァイスはこれからの対策を考えるべく機動六課へと戻った。
クラナガンから戻る際にラグナが心細い表情をしていたが、ヴァイスは空が見える道のりではできるだけ帰らないように告げるとそっけなくラグナと別れてしまった。
ラグナのことが決して心配ないわけじゃない。
しかし、目の前で未確認生命体によって命を奪われた被害者のことを思うと、一刻も早くこの事件をなんとか終わらせたかった。
そして機動六課に戻った時にはちょうど調査に一段落ついたのか、今回使われた凶器についての情報などが回されてきた。
「そうや、恐らく今回の未確認生命体は超高空から人に向けて毒針を垂直に発射して命を奪うという方法で犯行を続けてる。被害者の倒れたすぐ傍に凶器と思われる毒針が垂直に撃ちこまれたことがその証拠や」
情報を受け取ったはやてが、みんなの集まっているブリーフィングルームで現状でわかっているかぎりのことを知らせる。
「今のところ、最初の事件から3時間、その間に被害者は合計13人。これ以上の犠牲者を出すわけにはいかん」
「でも、その未確認生命体はどこにいるんですか?」
犠牲を出さないにしても、問題となる未確認生命体を倒さなければならない。
しかし、今のところ今回の事件に関係ある未確認生命体の情報が来ることはなかった。
「それについてはシャーリー、頼む」
「はい」
スバルの質問を予期していたはやてはシャーリーを促して今回の事件解決に必要そうな情報を知らせるため端末を操作する。
次の瞬間には、全員の目の前にミッドチルダの地図上に事件の現場と犯行時間がマーキングされた情報が現れる。
「これを見ると、最初は特になんらかの法則があるように見えなかったんだけど……」
「問題は4回目以降の犯行からや」
「4回目……ですか?」
エリオとキャロが何のことかと思いながらも、目の前の情報から何かを読み取れないかと悩み始める。
「……これって、もしかしてどこかに向かっているんですか?」
しかし、エリオとキャロが答えを出す前にエリオ達の司令塔とも言うべきティアナが先に答えを言ってしまった。
確かにティアナが言うように4回目以降の犯行は、まるでどこかを目指しているかのように事件発生場所が一直線に並んでいる。
「えっと……これの進路からすると目的の場所は……」
「……ここ?」
ティアナの言葉にエリオとキャロは未確認生命体の進行方向に何があるのかを辿っていくと、そこにあるめぼしいものは機動六課の隊舎くらいしかなかった。
「うん、どうしてかわからんけど、未確認生命体はここを目標にしているみたいな犯行を続けてる」
「あいつが?」
エリオとキャロの言葉を肯定するようにはやてが言葉を続けたときに、ヴァイスが何かを呟く。
「あいつ……とはどういう意味だ?ヴァイス、お前は何かを知っているのか?」
ヴァイスの呟きが聞こえたのか、シグナムが鋭い視線でヴァイスを睨む。
シグナム自身にそのつもりはなかったものの、今回の未確認生命体の見えないところから殺人を行うというやり方に怒りをぶつけてしまっていたのだ。
「最初の被害者……その被害者の上空に何かある……ような気がしたんすよ、姐さん」
確信ではないものの、空に何かがいると感じたのも事実。
そのため、シグナムの言葉にヴァイスは曖昧な言葉しか出すことができなかった。
「ヴァイス君の言葉と凶器が地面に垂直に撃ちこまれたことからも、未確認生命体は上空からの長距離狙撃で殺人を犯したって考えでええな。あとの問題は……時間やね」
「そういえば、はやては何か気がついたんだったな」
はやての言葉に、クロノははやての言葉を待つ。
「うん、今回のみ確認生命体の事件、最初の犯行から15分おきに次の犯行が発生してる。これがただの偶然と片付けるのはちと短絡すぎるからな」
「なんらかの事情がある……ということか」
次第に解明されていく今回の未確認生命体の犯行システム。
ついにはそれに対する作戦を練る段階まで話が進んだ。
「今回の作戦は急を要する。今から簡単に作戦について説明する。ます、この作戦に参加するのはフェイト隊長、ヴィータ、シグナム両副隊長、クロノ提督と私、それにリイン曹長、最後に……ヴァイス陸曹や」
「ヴァイスさんも……ですか?」
流石に今回の事件は今までと違い、み確認生命体の姿を誰も見ていないということもあってか、みんなに喝を入れるためはやては敢えて真面目に話を続ける。
そんな中、ヴァイスの名前を呼ばれてスバルは不思議に思う。
自分達の名前が呼ばれなかったのは、空を飛ぶことができないからだろう。
なら、同じく陸戦魔導師であるヴァイスも今回の作戦を外されるはずだ。
となると、現状でヴァイスが必要な役割といえば……
「あ、ヘリパイロット」
「いや、ヘリパイロットはアルトや」
スバルのひらめいたアイディアはすぐに却下される。
「今回の作戦、ヴァイス君の役割が一番大きいで」
はやての言葉にこの場にいる全員が黙りこむ。
「まず最初にやけど、今回の未確認生命体はこちらが出したサーチャーでも正確な位置が掴めてないんよ」
「唯一わかるのは、空戦魔導師が活動できる限界高度以上の高さにいるってことだけ」
はやての言葉に補足するようにシャーリーが説明を続ける。
「そこで、ヴァイス君のストームライダーに超長距離レーダーを組み込む。これはもう用意してあるから組み込みに時間はかからん」
「後はヘリ、もしくは高層ビルの屋上とかできるだけ高い位置から未確認生命体にこの特殊マーキング弾を撃ちこむ」
はやての言葉に再び続いたシャーリーが小型の弾倉をみんなの前に出す。
「この特殊マーキング弾は対象に当たることによって、フェイトさん達のデバイスに対象の正確な位置をデータとして送ってくれるように調節してあるの。ただ、残念だけど即興で作ったから効果はほんの一瞬、1分もてばいいほうだと思う」
「つまり、その1分の間に何としても未確認生命体を倒すなり、地上に引きずり下ろせってことか。つまりは最初の一撃か」
シャーリーの言葉に、ヴィータが真剣な表情で今回の作戦の最重要ポイントを指摘する。
今回の作戦、未確認生命体に攻撃するには、その未確認生命体の位置を知ることが第一である。
「つまり、作戦の要は俺ってわけか」
今回の作戦、その成功への第一歩はヴァイスの引き金に全てが委ねられた。
一方、機動六課が今回の作戦を立てる少し前の聖王教会では……
「未確認生命体第8号……ですか」
カイとザフィーラの他に、カリムとシャッハ、ヴェロッサが部屋に集まって未確認生命体速報を見ていた。
「ブーリン……美味い」
いや、一人だけおやつのプリンに夢中だった。
誰とは言わずともわかるだろう。
「空戦魔導師でも届かない空からの毒針攻撃……いくら機動六課でも簡単に対処できるものでもないよね」
ヴェロッサは速報では空戦魔導師でも届かない距離とは言われていないのに、何故か他の者が知らない情報を口に出す。
「そうなのですか?速報ではそこまで詳しく言ってませんでしたけど……」
「ああ、クロノ提督から聞いていてね」
ヴェロッサはカリムの質問に簡単に説明する。
しかし、先程のヴェロッサの言葉は、カリムやシャッハに説明するために言った言葉ではなかった。
この言葉を本当に聞かせるべき相手はカイただ一人。
カリムとシャッハは、カイが世間で話題になっている未確認生命体第4号であることを知らない。
あくまで一般常識に疎く、ゴウラムと呼ばれるロストロギアを何故か知っている子どもみたいな青年という印象しかない。
「そうですか。カイ、聞いてのとおりです。今日の外出は控え……カイはどこに行ったのですか?」
速報から、聖王教会周辺は警戒区域ではないものの、どんなことが起こるかわからない以上、安全のために外出を禁じようとしたときには既に遅く、カイとザフィーラは部屋の中から消えていた。
(まったく……飛び出すくらいなら最初から機動六課にいればいいものを)
飛び出したカイとザフィーラを見て、一人ヴェロッサは思う。
わざわざこちらで情報を渡すくらいなら、最初からクロノ達と一緒に行動すればいいのにと。
(もしかして……機動六課にいることができない理由があるとか……まさかね)
ヴェロッサは自分の心によぎった考えを切り捨てる。
機動六課にいることができない理由……そんなものが思い浮かばなかったからだ。
それだったら、機動六課に最初から協力できない理由を考えたほうが、まだ早く答えにたどり着けるだろう。
(まあ、今は……この第8号とどう戦うか……だよね)
ヴェロッサがクロノから聞いた話では、今のところ第4号は跳躍力に優れた青い姿と格闘戦に優れた赤い姿しか確認されていない。
しかし、跳躍力に優れた青い姿でも第8号と戦うには不足している。
それなのに行ったということは、カイには相手を倒す手段があるとも言える。
(とりあえず、クロノ君に連絡しておくか)
さすがにカリムやシャッハにカイのことを聞かせるわけにはいかないので、ヴェロッサもちょっと急用と言って部屋から出ていった。
作戦会議が終わり、未確認生命体の移動速度、そして時間から考えるに次の犯行が行なわれると思われるポイントへ急行する作戦に参加する機動六課のメンバー。
そこにはちょうど上空への狙撃に適した高層ビルがあり、ヴァイスが狙撃担当として、強力な遠距離攻撃を持たないヴィータがヴァイスの防衛についた。
クロノ、フェイト、シグナム、リインフォースⅡとユニゾンしたはやては、自分が飛べる限界高度まで上昇、慣れていない幻術魔法を使って姿を肉眼では捉えられないようにしつつ、周囲の警戒を行う。
これで、あとは未確認生命体が来るのを待つだけである。
「ヴァイス、ストームレイダーに付けたレーダーの調子はどうだ?」
作戦開始……未確認生命体の犯行時間までは時間があるのか、ヴィータが今回の作戦の重要ポイントを担っているヴァイスに声をかける。
ストームレイダーには、超長距離レーダーの他に、特殊マーキング弾が装填された弾倉も装着されており、何発かの連続発射が可能となっている。
「調子はいいっすよ、後は……奴を待つだけだ」
狙撃屋の勘というわけではないだろうが、ヴァイス自身は今のところ最初の事件発生時に感じたなんとも形容しがたいモノは感じない。
それが未確認生命体に感じたモノなら今のところは、未確認生命体が接近してはいないということだ。
「そっか、お前の役割は未確認生命体にマーキング弾を撃ちこむこと、アタシはそのお前を守ることだ」
ヴィータは自分の役割を確認するように握ったグラーフアイゼンに力を込める。
ヴァイスはヴィータの直接の教え子ではない。
しかし、はやてが自分の意志で作り上げた、はやての理想とする部隊を構成する大事なメンバーに代わり無い。
なら、その部隊の隊員を守ることに全力を尽くすのみである。
『そろそろ時間だな……これより作戦を開始する』
クロノの合図で、この作戦に参加する全てのメンバーに緊張が走った。
クロノ達が未確認生命体第8号、バヂスを倒すべく作戦を展開している頃、当のバヂスもクロノ達の上空に到達していた。
そして、クロノ達が幻術魔法で姿を消していたものの、超高空からターゲット目がけて毒針を撃ちこむことができるバヂスには効果がなかったのか、その姿を既に捉えていた。
しかし、バヂスの目にはそれ以外に大きく興味を惹かれる存在がいた。
「……ジャズザ」
偶然なのか必然なのか、空に向かってスナイパーライフルを構える一人の管理局局員、ヴァイスのストームレイダーがバヂスに向かって揺らぐことのない銃口を突きつけていた。
ヴァイスの方はバヂスのことを気付いていないが、もしこちらが少しでも相手を狙おうとすれば、すぐにそれを察知して居場所が突き止められるだろう。
故に……右腕に装填された毒針を撃ちこもうとしたときが、ヴァイスとバヂスの戦いの合図でもあった。
一応、予備というわけではないが、毒針は一本だけ右腕に装填すれば使えるように用意してある。
しかし、バヂスはこれを使う気はなかった。
あくまで予備のため……仕留められなかった相手を仕留めるためではない。
そして、バヂスの目にはクロノ達のことも目に映っていない。
彼らでは今の自分の位置を捉えることができないからだ。
そんな相手を殺すのは容易い。
しかし、偶然かは知らないが、自分の存在を感じ取ったヴァイスだけは別だった。
だからこそ、ゆっくりと次の獲物を狙うべく、慎重に右腕をターゲットに、ヴァイスに向ける。
「ズギザ……キガラガエモンザ」
そして、ついにヴァイスに狙いをつけたとき、ヴァイスもバヂスを見つけたかのようにストームレイダーを構え直した。
その時、お互いに視線が交わったような気がしたものの、そんなことを考えている暇はない。
ヴァイスは今は一刻も早く引き金を引く、バヂスも一刻も早く毒針を撃ちこまなければならない。
そして……互いの銃もしくは右腕から、自らの存在意義を賭けた一撃が撃ちこまれた。
ヴァイスがトリガーを引いた瞬間……
『奴もこっちに感づきやがった?』
『なんだって?』
ヴァイスの驚愕した声に、ヴィータは直ぐに駆け寄ると右手を空にかざして自分とヴァイスを覆うようにシールドを張る。
また、ヴァイスの言葉を聞いたクロノ達も上空にそれぞれシールドを展開する。
しかし、それからしばらくしてもクロノ達に毒針が来る様子はない。
狙いが自分たちではないと感じたクロノは、すぐにシールドを解除して、マーキング弾の反応を待つ。
そんなとき……
『おいヴァイス、しっかりしろ!!!』
ヴィータの叫びがクロノ達に通信越しに聞こえてきた。
「ヴィータ、どうしたんや?」
『ヴァイスが腕を撃たれた』
すぐさま何が起きたのかはやてが確認する。
クロノ達はその間も、マーキング弾の着弾を信じて反応を待つ。
そして……
「反応が出た……クロノ!!!」
「わかっている、全員マーカーの反応はキャッチできているな?一気に攻撃する」
フェイトからマーカーの反応をキャッチできたことを知らされたクロノは、ヴァイスに悪いとは思いつつも、今が好機と未確認生命体を撃破するべく攻撃を指示する。
はやても最初は隊員であるヴァイスが気になるものの、今は優先しなければならないことがあることを思い出し、隊員を傷つけた未確認生命体がいるだろう上空へと怒りの視線を向ける。
「リイン、いくよ」
(はいです、狙いは外さないですよ)
「うん……フレースヴェルグ!!!」
はやてが上空に構えたシュベルトクロイツから迸る超長距離射程を誇る着弾炸裂魔法が……
「翔けよ……隼!!!」
『Sturmfalken.』
シグナムが愛剣レヴァンティンとその鞘を連結してできた弓を使っての必殺の矢が、敵を食い破る猛禽類のごとく突き進む。
「いくよ、バルディッシュ」
『Yes, sir.』
「トライデント……スマッシャー!!!」
フェイトが上空に発生させた金色の魔方陣から、3本の砲撃が放たれる。
それはマーキング弾が直撃した未確認生命体に真っ直ぐに向かいつつも、途中で収束してより威力の高い砲撃となって未確認生命体第8号に牙を剥く。
「デュランダル、狙いはただ一つ」
『OK, boss. Blaze canon.』
クロノの得意とする熱量を持った破壊魔法、それが未確認生命体に向かって正確な狙いを持って2連続で放たれる。
4人の放った魔法が、一直線に一箇所に収束するように突き進んでいく。
そして、一瞬の後に爆発が起こる。
「……やったか?」
クロノの位置からは、未確認生命体の姿を肉眼では把握できない。
爆発があったということは、自分達の魔法が未確認生命体に当たったのか、それともそれぞれの魔法が未確認生命体に当たる前に衝突した可能性も否定出来ない。
「シャーリー、マーカーの反応は?」
フェイトがすぐさまに周辺をモニターしているシャーリーから現状の情報を聞き出す。
『マーカー反応は……消失しています』
「そっか、それなら……」
『まだだ!!!』
マーカーがこの短時間のうちに消失したのなら、未確認生命体に着弾したと感じたのか、フェイトが安堵の息を漏らしたその時、怪我を負ったヴァイスの叫びが通信越しに聞こえてきた。
ここで話はヴァイスとバヂスがお互いに撃ったすぐ後に戻る。
ヴァイスの撃ったマーキング弾はバヂスの左腕に着弾し、バヂスの撃ちこんだ毒針はヴィータの張ったシールドを貫いて、その勢いを持ったままヴァイスの右腕をも貫いたのだ。
「おいヴァイス、しっかりしろ!!!」
ヴァイスが腕に怪我をしたのを知ったヴィータは、すぐさまヴァイスの怪我した右腕を見る。
幸いというべきかはわからないが、毒針は貫通しているものの、それでも毒がヴァイスの体に回っているのか、その傷口が毒々しい紫へと変色している。
「しまった」
そう思ったときには既に遅い。
バヂスの位置を特定することに重点を置き、肝心の毒針への対処をシールドを張ればどうにかなると考えてしまった自分達の浅はかさ。
しかし、そんな後悔がヴィータの心を占めるよりも早く事態は進む。
「ヴィータ、ヴァイス君の右腕の傷口より心臓に近いところを急いでこれで縛って」
「シャマ……ル?」
本来ならここにはいないはずの人間。
機動六課の医務官、シャマルがザフィーラと未確認生命体第4号……変身したカイと一緒にいつの間にか来ていたのだ。
「ヴィータ、急いで!!!」
ヴィータが一瞬何が起きたのかわからずに呆けるのを無視して、シャマルは自分の医務官としての役割を果すべく、クラールヴィントを起動、ヴァイスの治療へととりかかる。
クロノ達は今が好機とヴァイスの狙撃を無駄にしないためにも、全力を持って攻撃を行なっている。
そんな空で起きている攻撃を、カイは黙って見つめていた。
「シャマル、どうしてここに?」
ヴァイスの傷口を止血し、治療を続けるシャマルにヴィータはどうしてここに来たのかを質問する。
今回の作戦は、できるだけ未確認生命体、バヂスのターゲットをヴァイス個人に特定させるべく、クロノ達は幻術魔法で姿を隠し、ヴィータもヴァイスの狙撃直前までは物陰に隠れていた。
もっとも、バヂスに幻術魔法は効果なかったが、バヂス自身がヴァイスを狙ってきたため効果はともかくとして、その目的は達成できた。
しかし、どうしていきなりシャマルが来たのかがわからなかった。
シャマルは今回の作戦の参加メンバーではない。
ではなぜ来たのか?
「それはザフィーラに呼ばれて……」
「ザフィーラが?」
「俺は頼まれただけだ」
シャマルの説明に、ザフィーラは自分にシャマルを連れてくるように頼んだ男に視線を向ける。
「カイの奴が?」
ヴィータの中で、カイはこうなることを見越していたのか?という思いが広がる。
そもそも、カイと未確認生命体の関係を、クロノは少しは知っているとは言え、そのことを機動六課の面々に話していない。
それはクロノがまだ正確にカイと未確認生命体のことを把握していないことも大きいが、カイがガドルのことを話したときに言った『友達』という言葉も大きな理由の一つだった。
カイに協力を頼みたい、しかし全ての未確認生命体がそうなのかは知らないが、友達同士で戦わせるにも抵抗があった。
だからクロノは未確認生命体の情報を間接的にカイに流して、それ以上の干渉はできるだけしないように考えた。
もちろん、カイが自分達に協力してくれれば、これほど心強いことはないだろう。
そういったこともあり、カイと未確認生命体の関係を知る者はものすごく限られた人数しかいなかった。
「上空で爆発が起きた……仕留めたか?」
ザフィーラが上空での爆発を感じたのか、上空に視線を向ける。
しかし……
「いや……まだだ!!!」
空を見上げたヴァイスは、未確認生命体がまだ生存していることに気付いたのか、声を荒らげた。
クロノ達の遥か上空では、バヂスが自らの左腕と左足に大きな傷を負っていた。
「グゾ、リントゴオキガ」
バヂスは怪我した左腕と左足をかばうように一旦はこの場を離れようとしたところで、ヴァイスの傍にいる憎むべき敵を見つけた。
「……クウガ」
自分を封印した憎い相手。
そして、とあるグロンギのゲゲルにおいて大きな位置を占める存在。
「ギラボボデジャズゾタゴセバ……」
バヂスの中で膨らむとある執着。
憎き存在を倒し、強大な力を持つ同族を蹴落とすことができるただ一つの存在。
その存在を葬るべく、使うつもりの無かった予備の毒針を右腕に装填する。
「ガドル、ゴラエンゲゲルザボレデゴワリザ 」
誰かを嘲笑するような言葉を発したバヂスは、右腕に装填した毒針を憎むべき相手、カイに向けてほくそ笑んだ。
一方、クロノ達よりも遙か下にいるヴァイス達は、マーキング弾の効果が切れたことによって再度の攻撃を実行するべく、再びヴァイスの狙撃から始めなければならないのだが……。
「その腕じゃ無理だって」
ヴァイスはなんとかストームレイダーを構えるものの、毒と傷のせいで腕は震えまともに狙いをつけられないあり様だった。
これではまだヴィータ達が撃ったほうが可能性があるだろう。
『ここは……体勢を立て直したほうがいいか?』
クロノもヴァイスの怪我が必要以上に重体であると感じたのか、これ以上の作戦の続行は不可能と判断する。
しかし……
「駄目だ、これ以上第8号をのさばらせるわけにはいかないんすよ!!!」
目の前で第8号に殺害された被害者を見て、もし何かの歯車が……そう、もし最初の被害者がその場にいなかったら、最初の被害者としてラグナが毒針に当たっていたかもしれない。
そう考えると、ヴァイスには今ここで第8号を倒さないわけにはいかなかった。
ヴァイスはその思いを実行に移そうとするかのように、震える手を何とか動かしてストームレイダーを上空に向かって構える。
そんな悲壮な覚悟を持ったヴァイスの肩を叩く人物がいた。
「ファイブ、それ……俺に貸す」
ヴァイスの肩を叩いたのはカイだった。
「お前が……奴を撃つっていうのか?」
ヴァイスの言葉に、カイは言葉を出さずに頷く。
そして、ヴァイスが震える手で握っているストームレイダーをヴァイスの手から優しく奪い取ると同時に、その姿が変わる。
赤い複眼と鎧は緑色に、腰のアークルに埋め込まれたアマダムも鎧と同じ緑色の輝きを放つ。
「来たれ」
カイはヴァイスから受け取ったストームレイダーを左手で持ち、静かに言葉を告げる。
「空高く翔ける」
それは自らの武器を象徴する言葉。
「天馬の弓よ」
カイの言葉が終わると同時に、ストームレイダーはその姿を変え、黒と金を基調とし、緑色の宝玉が嵌め込まれたボウガン……ペガサスボウガンへと姿を変える。
「エリオのストラーダんときと……同じ?」
第7号、バヅーとの戦いで青い戦士となったカイがエリオのストラーダを青龍の棍、ドラゴンロッドへと変化させたときと同じ状況をヴィータは思い出していた。
カイはそれを気にするでもなく上空に視線を向けて、ここからでは見えない第8号……バヂスに視線を向ける。
そして、ペガサスボウガンの後部についているのトリガーレバーを引き、いつでも攻撃できるように備える。
バヂスも今こそ憎き存在を倒すべきと、カイに狙いを定める。
以前は同時に互いの武器を撃ち込んだが、そのときは緑の戦士の姿に冷静さを欠いたバヂスが負けた。
しかし、今のバヂスはそのことを思い出し、冷たい殺気を放ちはするものの戦いに対する冷静さは欠いていない。
唯一冷静さを欠いているといえば、自らの怪我の状態を考えていないことだろう。
自らの腕を貫いたのは、クロノの魔法だった。
非殺傷設定で放たれた魔法は、自らの左腕と左足を貫いたが、時間が経てば回復する。
それを待つべきかもしれない……くらいだった。
だが、憎き敵が目の前にいる以上、回復を待つわけにもいかなかった。
カイのペガサスボウガンの狙いが、バヂスの毒針狙いが、それぞれをターゲットとして向けられる。
そして……
「ギネ!!!」
先に撃ったのはバヂスだった。
カイに迫る必殺の毒針。
しかし、それはカイに届かなかった。
必殺のはずの毒針を、カイは右手の2本の指で軽々と受け止めていたのだ。
そこから先はバヂスにとってはスローモーションにも似たものにしか見えなかった。
受け止めた毒針を誰もいないところに放り投げて、再びペガサスボウガンをバヂスに向けるカイ。
そして、すぐさまトリガーを引き、そこから放たれた一撃を目を逸らすこと無く、そして体が何も反応すること無く一撃をその身に受け入れた。
それから数秒後、新しい爆発がクロノ達の頭上で発生した。
バヂスの爆発が確認され、辺りには未確認生命体を倒した安堵に包まれていた。
カイももとの赤い姿に戻ると、ペガサスボウガンもストームレイダーの姿に戻る。
「ファイブ、返す」
カイはストームライダーをファイブに返そうと、銃口をヴァイスに向けたまま差し出す。
ヴァイスも怪我の治療で座り込んだままだが、ストームレイダーを受け取るべく怪我をしていない左腕を伸ばす。
そんなとき、カイは特に何かあったわけでもないのにトリガーを引いてしまった。
ストームレイダーは今回マーキング弾を撃ち込むために調整され、トリガーを引くというワンアクションでマーキング弾が発射されるようになっていた。
つまり……
「ファイブ、真っ黒だ」
そう、そこには特殊インクの色に染まったヴァイスの顔があった。
ヴィータ達もその光景を呆然と見ていることしかできなかった。
「なあ、お前……俺に何か言うことないか?」
ヴァイスはカイに向かって言う。
しかし、カイはどうしてヴァイスが真っ黒になったのかがわからない。
『Sorry.』
しかし、ストームレイダーは自分の主にしてしまった失態を謝罪するべく声を出す。
カイはそんなストームレイダーに習って……
「……ゾオリ」
「……履き物かよ」
一応、謝った……はずである。
遙か空でバヂスが倒されたころ、とあるビルの屋上ではいつものようにガドルと、額にバラのタトゥをした赤いドレスを着たバルバがバヂスの倒された方向を見ていた。
「やはり……バヂスではクウガに敵わなかったか」
バルバは倒されることが当然とでも思っていたのか、仲間……同族が倒されたことを気にしているような素振りを見せない。
「まずはゲゲルを成功させることを考えればいいものを……ガドル、ある意味ではお前のせいだな」
ガドルのせいとは言いつつも、バルバはそれを攻めるような言葉使いではなく、むしろ楽しそうに言葉を続ける。
「お前はすでに自分のゲゲルの内容を提示している。数は……」
「……一人だ。条件は……」
バルバの言葉を黙って聞いていたガドルが、ここに来て初めて言葉を発する。
静かに、しかしはっきりとした口調で自らのゲゲルの条件を語る。
ガドルが自らに課したゲゲル、その条件とは……
「……クウガであること」
「それがお前のゲゲル……だからな」
バルバの言葉にガドルは頷く。
しかし、今のところミッドチルダでグロンギが行っているゲゲルは、ガドルよりもクラスが下のグロンギ達によって行われているものである。
そのため、ガドルが自らのゲゲルの内容を先に提示する必要はない。
「お前が自らのゲゲルを言ったおかげで、お前に勝てないと考えたほとんどの同胞が、お前のゲゲルを失敗させるためにあえてクウガに挑む……なかなかに面白い」
グロンギにとってクウガは確かに邪魔者である。
しかし、今すぐにクウガを倒さなければならないというわけではない。
だがクウガを倒すということは、過去に封印された恨みを晴らすことと、現段階でゴ族最強と言えるガドルを失脚させる一番の近道でもあった。
「ふん、今のクウガにすら勝てぬ奴に……ザギバス・ゲゲルに進む資格はない」
ガドルをそう言い残すと、バルバに背を向けて歩き出す。
「お前なら今のクウガに勝てる……我らの中でも異質なお前なら……な。クウガの弱点を作り、クウガのことをよく知っているお前なら……」
ガドルの言葉にバルバは答えるものの、それはガドルに対して言った言葉なのかはわからない。
お互いの中の真実を知る者は、それこそ本人しかいないのだから。
未確認生命体第8号、バヂスの爆発が確認され機動六課作戦参加者は機動六課へ、カイとザフィーラは聖王教会へとそれぞれ帰還した。
今回の作戦の要となったヴァイスは、すぐさまシャワー室に入って作戦の疲れと汗を流しているところだった。
「やっぱ染みるな」
毒は何とか解毒できたものの、やはりお湯を浴びることで傷口が染みる。
もっとも、死ぬかもしれないと感じた冷や汗も流したい以上、シャワーを浴びるのをやめるわけにもいかなかった。
ヴァイスの心の中に未確認生命体を倒せたという安堵はない。
今回の作戦は、自分のミスで明らかに失敗になるはずだった。
しかし、カイというジョーカーがいたことで未確認生命体第8号を倒すことに成功した。
自分達が……機動六課がやろうとしたことを、カイはただ一人で全て成し遂げてしまった。
もちろん、カイを恨んでいるわけではない。
ただ、自分達の……いや、自分の無力さをさらに認識することになってしまっただけだった。
「……らしくねえな」
シャワーを浴びて一通りサッパリしたヴァイスは、自分のそんな卑屈な思いを打ち払うべく頭を振って髪に残った雫を払う。
そして、体が冷えないうちに着替えをすませて報告書を仕上げに行こうとシャワー室をでた瞬間、誰かにぶつかった。
「あ、わりぃ……って、シャーリーか」
「いった~」
ぶつかった拍子に倒れたせいか、シャーリーの抱えていた書類が床に散らばる。
「悪い、ボ~ッとしててな」
ヴァイスも流石に自分が悪いと感じたのか、落ちている書類を拾うのを手伝う。
もっとも、どのように並んでいたのかなんて知るわけがないから、散らばった書類を手当たり次第にかき集めただけだが。
「ううん、私もちょっと急いでいたから……えっと、全部揃っているかな?それじゃ」
シャーリーも書類が全部揃っているのかもちゃんと確認せずに、そのまま急いで歩き出した。
「忙しそうだねぇ……ん?」
ヴァイスはそんなシャーリーをご苦労様といった目で見るが、シャーリーの走り去った方向に何かの書類が落ちている事に気がついた。
「なんだ、こりゃ?」
拾った書類は結構な厚みがある。
これだけの厚みのある書類なら、恐らくかなり重要な書類と考えていいだろう。
ヴァイスは報告書を書く前に急いで後を追って届けようとしつつも、何の書類だろうかと興味を引かれたのもまた事実。
なんの書類なのか、表を向けて書類名を見た瞬間、ヴァイスの体は凍りついた。
「こ、こいつは……」
シャーリーが落とし、ヴァイスが拾った書類。
それには『対未確認生命体特殊パワードスーツの開発について』と書かれていた。
今回のグロンギ語
……ジャズザ
訳:……奴だ
ズギザ……キガラガエモンザ
訳:次は……貴様が獲物だ
グゾ、リントゴオキガ
訳:くそ、リントごときが
ギラボボデジャズゾタゴセバ……
訳:今ここで奴を倒せば……
ガドル、ゴラエンゲゲルザボレデゴワリザ
訳:ガドル、お前のゲゲルはこれで終わりだ
ギネ
訳:死ね
今回のタイトルはヴァイス兄貴に焦点が当たっていたこともあって「射手」しかありえません。
何気にバヂスもその殺害方法からスナイパーみたいなものなので。
それにしても、ゴ族のゲゲルのルールはどうしましょう?
結構複雑な内容のゲゲルを行っているグロンギもいるところですし、それを考えると……。