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[22637] 【ネタ】聖なる泉の枯れた戦士【仮面ライダークウガ(オリ主)×リリなのsts(原作終了後)】
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/05/18 17:10
2月1日:各話にタイトルを加えました。
3月8日:更新再開、チラシの裏からとらハ板に移動しました。





注意点
まず真っ先に言わせていただきますとオリ主です。五代雄介や小野寺ユウスケは出てきませんので、あらかじめご了承下さい。
突発的に思いついただけですので、続いていく自信はほとんどありません。
グロンギ語が出てきます……が、一応某サイトで見つけた翻訳所で翻訳はしているのですが完全ではないと思いますので、そこのところのご理解をよろしくお願いします。
設定等に若干の独自設定が入っています。

追記:仮面ライダーアギトより一部装備が出てきます。










全てが紅く染まっていた。

家も……

畑も……

そこに生きる人達も……。
そこに住んでいたはずの人達は、村を焼き尽くすように暴れる炎とは逆に命の炎を失い、その骸を晒している。

「こ、これは?」

そんな村に、一人の青年が自分の息が切れるのも気にせずに駆け込んでくる。
駆け込んできたのは、この村でただ一人の村を守るために戦う戦士。
しかし、今はその守るものすら存在していなかった。
心優しい村人たちが戦い続ける青年のために、ほんのわずかな時間でも休んで欲しい……そんな願いを込めて体を休めるために外に出る彼を送り出した。
そして、それからたった小一時間で村は壊滅した。

彼にわずかな時間の休息とは言え、戦いの疲れを癒すように言ってくれた心優しい村長。

戦うことしかまともにできないと悩む青年に、村を守っているという誇りを持てと言ってくれた友。

大きくなったら、いつか青年のような戦士になって村を守りたいと言ってくれた子供たち。

身寄りもなく、村人とは明らかに違う異質の力を持つ青年に、それでも怯えずに別け隔てなく優しく接してくれた多くの人々。

彼とともに幾度の苦難を乗り越えてきた愛馬。

彼とともに天を翔け、ときに愛馬の鎧ともなった生きた鎧。

その全てが引き裂かれ、斬り刻まれ、穿たれ、砕かれていた。

「だ、誰かいないのか!!!」

誰でもいい、返事をしてくれ。
そんな青年の願いにも似た叫びが村に木霊するが、それに答える村人は誰もいなかった。

「ゴゾバッタネ、ムラザモグバギレズギチャッタヨ」

そう、答える『村人』は誰もいなかった。

「お前は……グロンギ!!!」

グロンギ……青年らが暮らすリントの地を襲う戦闘種族。
炎の中に立っているのは、白と金を基調とした洗練されたある種の神々しさと禍々しさを兼ね備えた一体のグロンギだった。
青年はこのグロンギと呼ばれる戦闘種族と戦い、数々の困難に遭いながらも辛くも勝利してきた。

あるときは誰かを犠牲にして……

あるときはリントの住む村が壊滅するような被害をもたらして……

それでも何とか戦い抜いてきた。彼らとまともに戦えるのは青年だけだったから。
そして青年は知らないことだが、グロンギの方でも最後に残ったのは、このグロンギの王ただ一人だった。
しかし、そのグロンギの王の力で青年のもっとも守りたいと思っていた村は、小一時間も経たずに壊滅した。

「あ、あああ……」

守りたい……青年の戦う理由の全てが小一時間で失われた。
なら、自分は何を理由に戦えばいい?
守るべき……守りたいものもない。
そんな自分がどうして戦わなければならない?
……いや、一つだけある。

「ゾグギタン?タタバワバギン?」

全てを失ったと思われた彼にも、たった一つだけ戦う理由はあった。

「お前が……お前がぁああああああ!!!」

それは本来の彼なら戦う理由にすらしなかった感情。
しかし、その感情は彼が体内に宿す『アマダム』に作用し、本来なら鮮やかな色彩を放つアマダムを漆黒へと変化させる。
彼の中に燃え上がるたった一つの黒い感情……それは憎しみ。
気がついたときには、彼は今までの戦う姿とは全く違う、頭部に四本角の触覚と、全身を黒い鎧に包み込み、黒い瞳をした戦士へと変貌していた。
その姿はグロンギの王が何者にも染まらない白とするなら、青年が変貌した姿は全てを飲み込む闇と言うに相応しい。

「ゴラエガリンバゾ!!!リンバゾボソギタ!!!」

青年が変貌した黒い戦士は、先程までの言葉とは全く違う言語を発して、グロンギの王へとその拳を叩きつける。
しかし、その拳はグロンギの王に軽く受け止められ、次の瞬間には青年の体が一気に炎に包まれて燃え上がる。

「ゾグギタン?ボグオゴバジビバッタンビボンデギゾバン?」
「ザ ラレ!!!」

馬鹿にしたようなグロンギの王の言葉に、青年は燃え上がる自分の体を気にもせずに苛立ったように叫ぶ。
そして、青年の叫びが響くと同時に、グロンギの王の体も炎に包まれた。
しかし、互いの炎をもってしても、両者には大したダメージにもならなかった。
そして、結局はお互いの四肢を駆使しての接近戦へと変わっていく。
青年が拳を振るうたびに凄まじい衝撃が発生して、崩壊した村をさらに壊していく。
グロンギの王はそれを笑いながら受け止め、自身もその拳を青年へと叩きつける。
そして、グロンギの王の拳から発生する衝撃も村を破壊する嵐となる。
今は骸となった村の人々が発生した衝撃の嵐に巻き込まれようとも、それを気にする存在はこの廃墟には存在しなかった。





一人が笑い、一人が狂ったように叫びながら拳を振るう中、それぞれの身を守る鎧のようなものは砕かれ、血にも似た液体が燃え盛る村の中に飛び散る。
そして、ついにはそれぞれの力の源ともなる腰……丁度へそにあたる部分に互いの拳が叩きつけられたときに、ついに決着がついた。

グロンギの王の腰につけられた紋章のようなものは完全に砕かれ、青年の腰にあるアマダムは直撃こそ避けられたものの、受けた衝撃によって罅が入っていた。

「ボンバギザキリンバチザ ネ」

いつのまにかグロンギの王は、変貌する前の青年と同じような人間の姿へと変わっていた。

「ボレデバッタオゴモワバギボオザ ネ、クウガ」

それが最期の言葉なのか、それを言い終わると同時にグロンギの王は凄まじい光を放ち、青年の立つ崩壊した村を包むような轟音があたりに響いた。





グロンギの王を中心とした爆発が収まって、かなりの時間が経った。
グロンギの王がいた場所には、爆発前は崩壊していたものの村らしきものの跡があったが、今は巨大なクレーターができているだけだった。

いや、一つだけ残っているモノがあった。
クレーターの中でただ一人立ち尽くしていたのは、グロンギの王と殴り合っていた青年だった。
しかし青年は気を失っているのか、立ち尽くしたまま動き出す気配はない。
そこに村があったという証はどこにもなく、その場にあったのは人の姿をしたナニカだけだった。

こうして、グロンギとの戦いが終わった。しかし、青年が守ろうとした存在もまた姿を消し、ただ一人の勝者と呼べる者がどこへ行ったのかを知る者は誰もいない。









それから長い年月が過ぎた。
夜のネオンが輝く街に、誰もが避けたくなるようなぼろ布を頭から被った、男なのか女なのかわからない人物がフラフラとさまよっている。
そのおぼつかない足取りは周りの通行人にとって迷惑だったが、それに関わり合いたくないのか誰も話しかけるようなことはしなかった。
そんなとき、酒に酔っていたのか一人の男がふらふらした人物とぶつかる。

「おい、気をつけろ!!!」

酒に酔っているのか、男はその不気味とも言える人物に気にすること無く怒鳴りつける。
ぶつかったことで止まった人物は、人とぶつかったことを気づいたのか、謝罪の言葉が……

「ゴレビ……チバズグバ」

出なかった。ここミッドチルダでも聞いたことのない言葉を発した人物に、酒に酔った男は絡むように睨みつける。

「はぁ?何言ってんだ、兄ちゃん」

声の様子から男とわかったのか、酒に酔った男はぶつかった男に掴みかかろうとしたが……

「ガワスバ!!!」

急に叫ぶと、掴みかかってきた腕を振り払うようにして、その場から逃げ出した。
酒に酔った男が文句を言いながらも、得体の知れない存在がいなくなったことで、街はそれまでの活気を取り戻すような喧騒に包まれた。










それからまた時間が進み、場所はどこかの波止場へと移る。
その波止場には先日の夜の街で、小さいとは言え騒ぎが起きたときにその中心にいたぼろ布を纏った一人の男が、何をするでもなく海を見続けていた。
どうやらこの場所を気に入ったのか、この場所を見つけてからは人が来る気配があると姿を隠すものの、一日中海を見ることが男の日課のようになっていた。

「ザヒーラ、こっちこっち」

そんな男の耳に楽しそうな誰かの声が届く。
誰とも関わらないと決めているのか、声が聞こえた瞬間に男は立ち上がる。

「ぶべっ……いちゃい」

そのまま立ち去ろうとしたときに、先程の誰かの声がまた聞こえてきた。
しかも、さっきまでと違って、何かに我慢しているような声だ。
それがつい気になってしまった男は、無意識に声の聞こえた方向に振り向いた。
そこには白いセーターにピンクのスカートを履いた金髪の女の子が前のめりに倒れていた。

「……ザ ギジョグブバ?」

倒れたまま動かない女の子に、つい声をかけてしまった男だが、すぐにその場から離れるべきだとも考えた。
しかし、生来の彼の性格ゆえか、そのまま女の子を放っておくこともまたできなかった。
しかたなく女の子を起こしてから立ち去ろうと考え、男が女の子に近づこうとしたそのとき、いきなり蒼い影が女の子のすぐ前に走りこんできた。

「グルルルルル!!!」

蒼い影……蒼い毛並みの狼は男を警戒しているのか、今にも吠えかかりそうな勢いを保っている。
しかし、そんな狼よりも男は後ろで倒れている女の子が気にかかった。

「ゾンボ……ザ ギジョグビバンバ?」

女の子に視線を向けながら言ったから伝わったのか、狼も後ろにいる女の子に視線を移して、ようやく女の子がまだ立ち上がらないのに気がついた。





「……いちゃい」

それからしばらくして、女の子はなんとか立ち上がったものの、擦りむいた膝がまだ痛いのか、そのままヘタりこんでしまった。
今は狼が出血している膝の怪我を舐めているところだが、少し深く切ってしまったのか血が止まる様子は見えなかった。
男は本当ならそのまま離れようと考えていたのだが、そのまま放っておくこともできずに、どうしようかと考え込む。
出血を止めるために狼が傷口を舐めているが、それもそこまで効果はない。
となると、別のもので血を止めるしか無い。しかし男にそういったものを持っている覚えは……あった。
いや、正確には身につけていた。
男は自分が頭から被っているボロ布を裂いて、包帯の代わりにしようとして……動きが止まった。
自分が纏っている布が綺麗な布だったら気にしなかっただろう。しかし、彼の纏っていた布は幾日も風雨にさらされて汚れている。
唯一褒められる点があるとすれば、二重に重ねて纏っているので内側は少しは綺麗かもしれないということだった。
そういうわけで……なのかはどうかは知らないが、男は纏っていたボロ布の内側の部分を包帯代わりに使おうとそのボロ布を脱ぐ。
そして、脱いだボロ布の中で一番綺麗な部分を切り取ると、女の子の前でしゃがみこんで膝の傷を覆うように巻きつけた。

「バギデバギンザ バ、キリザズヨギバ」

包帯を巻いている最中に、男は思ったことを女の子に言ったのだが、言葉はわからないらしく、女の子は首を傾げるだけだった。
しかし、男はその反応を気にもせずにその場を離れていった。










「ほんと~に不思議な人だったんだよ~」

膝を擦りむいてしまった少女……ヴィヴィオはその日の夜に、散歩に行ったときに出会った男のことを母親である高町なのはとフェイト・T・ハラオウンに話していた。

「不思議な言葉を話す男の人……ねぇ」
「ねえヴィヴィオ、他に何か変わったところはなかった?」

母親の一人、高町なのはがヴィヴィオの言葉を反芻し、フェイト・T・ハラオウンは執務官としてなのか、その人物について詳しいことを聞こうとする。
これが言葉のわかる人物だったならそれほど問題でもなかったが、言葉が通じないというのはもしかしたら次元漂流者という可能性もある。
フェイトはそういった可能性を考えていた。

「ん~、あ、海を見てたよ」
「海……それだけ?」
「うん!!!」

たった一つだけ見つけた男の特徴とも言ってもよいかわからない特徴。
捜査とかそういったことを詳しく知らないヴィヴィオにとって、母親も知らないことを知っているというだけでそれは自慢になった。

「ちょっと、ヴィヴィオ?」
「それじゃあお休みなさ~い」

フェイトが止めるのも気にせずに、寝る時間になったヴィヴィオはベッドへと向かう。
明日もあの男に会いに行こうと考えて……









翌日、ふたたびヴィヴィオはバスケットを持って、ザフィーラと呼ばれるボディガード兼遊び相手を連れ、昨日出会った男に会うべく波止場へと向かった。

「あ、いた」

そして、目的の場所についたときには、目的の相手が座って海を見ていた。
ヴィヴィオはその男に近づいていく。
そして、もう少しで声が届くところまで来て……男は急に立ち上がった。
立ち上がった男は、ヴィヴィオが近づく方向から離れるように歩き出す。

「え?ちょっと待ってぇ~」

そんな男の行動に一瞬戸惑ったが、ヴィヴィオはすぐに追いかけることを思い出し、男へと向かってザフィーラを連れて駆け出す。
そして、男に追いつくと、その男の手を取った。
その瞬間、

「ガワスバ!!!」

昨日会ったときとは違う、感情を剥き出しにしたような声で腕を振り払われた。
そして、それを見たザフィーラが、二人の間に入るように駆け込んで唸る。
しかしヴィヴィオはそれに構わずに

「あ、あの……昨日はありがとうございました」

と、お礼を言って頭を下げた。
そして、男もようやくヴィヴィオが昨日会った女の子だと気がつく。
怪我をした膝には、帰ってから治療したのか、真新しい絆創膏が貼られていた。
それを見た男の表情が若干ではあるがほころぶ。
それを見たヴィヴィオは、男の隣に座って黙って海を見始めた。

「わ~、やっぱりきれ~」

ザフィーラは男を警戒するものの、唸るようなことはせずにヴィヴィオの隣へと移動して、ヴィヴィオと同じく海を見始める。
男は完全にここから離れるきっかけを失ったかのように、しばらく立ち尽くしてから、結局は好きな海を見続けることに没頭した。





それからしばらくして

「はい、どうぞ」

海を見続けていた男の目の前に、温かい湯気が出ているカップが差し出された。

「なのはママが作ってくれたキャラメルミルク、美味しいですよ」

ヴィヴィオは海を見るのに没頭している男を見ながら、母親であるなのはが作ってくれたキャラメルミルクをカップに移して男に渡した。
ザフィーラにはあらかじめ温めておいたミルクを皿に移してあげている。
男がカップを手にとったのを見て満足すると、ヴィヴィオも自分のカップにキャラメルミルクを注いで一口飲んだ。

「ん~、おいし~」

ヴィヴィオがその味を楽しんでいるのを見て、男もカップに注がれたキャラメルミルクと言う飲み物を口に含む。

「……アラギ」

口に含んで喉を通過したキャラメルミルクという液体。しかし、それは子供用に作られたせいなのか、それとも男自身が甘い物が苦手なのかはわからないが、とりあえず男の好みにあってはいなかった。

「そうだ、これもどうぞ」

そういって次にヴィヴィオから差し出されたのは丸くまとまったパイ生地、その中にクリームが入っているシュークリームという食べ物だった。
ヴィヴィオが食べるのを真似するように、男もそのシュークリームにかぶりつく。

「アラギベゾ、グラギ」

先程飲んだキャラメルミルクとは違って、甘さが控えめなシュークリームは男にとってよかったのか、すぐに食べ終わってしまう。
強く握っていたせいで中のクリームが飛び出して手を汚してしまったが……

「あ~、しょうがないなぁ」

ヴィヴィオはやれやれとお姉さん振るようにウェットティッシュを取り出して、男のクリームで汚れた手を丁寧に拭き上げる。
警戒が緩んでいるのか、子どもに警戒する気はないのか、男が叫ぶようなことはなかった。

「でも、食べるのはや~い。もう一つどうぞ」

結局ヴィヴィオはその男の食べっぷりが面白かったのか、バスケットの中に入っているシュークリームのほとんどを男に食べさせたのだった。





これは一つの物語の終わりと、そして新たな物語の始まり。
聖なる泉は……まだ枯れたまま。
男が聖なる泉を取り戻す日は来るのか、それは誰にもわからない。










申し訳ございません、勢いでやってしまいました。
クウガ役にオリ主を使うというクウガファンの方には叩かれそうな内容。しかも初っ端からブラックアイの登場、さらに他のフォームの出番一切無し。リリカル側はヴィヴィオとザフィーラしか……というより、ヴィヴィオとしかまともに接点無し。
こんなのに需要を求める人はいないでしょうね。まあ、続くかどうかもわからないシロモノではあるんですが……。





今回出てきたグロンギ語

ゴゾバッタネ、ムラザモグバギレズギチャッタヨ
訳:遅かったね、村はもう壊滅しちゃったよ

ゾグギタン?タタバワバギン?
訳:どうしたの?戦わないの?

ゴラエガリンバゾ!!!リンバゾボソギタ!!!
訳:お前が皆を!!!皆を殺した!!!

ゾグギタン?ボグオゴバジビバッタンビボンデギゾバン?
訳:どうしたの?僕と同じになったのにこの程度なの?

ザ ラレ!!!
訳:黙れ!!!

ボンバギザキリンバチザ ネ
訳:今回は君の勝ちだね

ボレデバッタオゴモワバギボオザ ネ、クウガ
訳:これで勝ったと思わないことだね、クウガ

ゴレビ……チバズグバ
訳:俺に……近づくな

ガワスバ!!!
訳:触るな!!!

……ザ ギジョグブバ?
訳:……大丈夫か?

ゾンボ……ザ ギジョグビバンバ?
訳:その子……大丈夫なのか?

バギデバギンザ バ、キリザズヨギバ
訳:泣いてないんだな、君は強いな

……アラギ
訳:……甘い

アラギベゾ、グラギ
訳:甘いけど、美味い


追記:こうした他の言語を使うキャラクターが出る場合、言葉の訳を台詞の後に付けるべきなのか、それとも今回のように終わりのほうに書くべきなのか……どうしたほうがいいのでしょう?

前者だと読んでいる皆様には会話の内容がわかりますが、キャラクター間ではお互いの言葉がわからないという表現が少し弱いかなと個人的には思います。

後者だと互いの言葉がわからないという表現にも繋がりますが、何を言っているのかわからないと思っています。

勝手なお願いではありますが、もし何かご意見などがございましたら、お手数ですがよろしくお願いします。








[22637] 第2話 餌付
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:24




ヴィヴィオが謎の男と再度関わったその日の夜、すでに眠りについたヴィヴィオを余所に、ザフィーラが高町なのはとフェイト・T・ハラオウンに今日起きたことの報告をしていた。

「得体の知れない感じはあるが、今のところあの者がヴィヴィオに危害を加えるようなことはなさそうだ」

ヴィヴィオのボディガードとして、ザフィーラは男の行動を観察していた。
ヴィヴィオは古代ベルカの聖王女、オリヴィエ・ゼーゲブリエトの遺伝子を元に作られた人造魔導師であり、その力を狙おうとする邪な思いを持つ者がいないとも限らない。
今現在はJS事件のこともあってか、そういった大規模な行動に移るような者はいないものの、ヴィヴィオの知り合った男がそれに当てはまらないとは決して言えない。

「ヴィヴィオは明日もあの者の元へ行きそうなのだが……どうする?」

ザフィーラの言葉で、なのはとフェイトは明日の仕事はデスクワークしかないことをいいことに、ヴィヴィオを尾行することを決めたのだった。





「ふんふんふ~ん」

楽しそうな鼻歌を歌いながら、ヴィヴィオはザフィーラを連れて散歩に出かける。
今日はなのはにおやつとは別にお弁当を作ってもらったので、それをこの前知り合った男の人と食べようと、弾んだ足取りで今日も彼がいるだろう波止場へと向かった。
そんなウキウキ顔のヴィヴィオを尾行するべく、なのはとフェイトは少し離れてヴィヴィオの追跡を開始したのだった。





「いたいた、お~い」

波止場についたヴィヴィオは、この前一緒に海を眺めた場所に変わらず座っている男を見つけて声をあげた。
彼はその声に気がついて振り向くが、逃げるようなことはせずに再び海へと視線を移す。
そんな彼の行動を見たヴィヴィオは、昨日のように逃げ出さなかったのが嬉しいのか、嬉々として彼と一緒に海を眺めようと彼の元へと走りだした。

「……キリバ」

男はヴィヴィオとザフィーラが来ると、ヴィヴィオ達の方を向いて一言何かを言うと、また海を眺めることに没頭した。
ヴィヴィオもそれを気にするでもなく、男の隣に腰掛けて男と同じように海を眺める。
ザフィーラはそんな二人を見守るように、しかし男への警戒も怠らずに静かにその場にしゃがみ込んだ。





「ねえフェイトちゃん、あれ……なに?」
「なにって、海を見ている……だけ?」
「……だよねぇ」

そこから少し離れた場所では、なのはとフェイトがヴィヴィオ達の様子を盗み見していた。
娘同然の女の子が得体の知れない男と会っている……それだけを聞けば大変な状況なのだが、当の二人を見ているとその穏やかな空気にどう答えていいのかわからなかった。
しばらくは様子を見るしかないと感じた二人は、ザフィーラに念話で今しばらくは現状維持のままと伝え、今頃たくさん溜まっているだろう書類を片付けるべくその場を後にした。





「じゃ~ん、今日はお弁当を持ってきたんだよ!!!」

なのはとフェイトが心配してるのも知らずに、ヴィヴィオはなのはに作ってもらったお弁当を広げて男に見せる。
男は色とりどりに詰まった弁当箱を見て、目を輝かせる。
男のその様子を見たヴィヴィオも、満面の笑みで男にこれが美味しいとか言っておかずを皿の上に載せていった。

エビフライを食べては……

「おいし~」
「グラギ」

ヴィヴィオはそのプリプリしたエビの歯ごたえに舌鼓を打ち、男もまんざらでもない表情を浮かべる。

玉子焼きを食べては……

「甘くておいし~よ~」
「グラギ」

意識しているわけではないが、それぞれに味についての感想を言い合いながら食事が進んでいく。

ピーマンの肉詰めを食べては……

「……にがいぃ」
「……ビガギ」

何故か二人とも似たような反応を見せた。
こうして、外から見ると二人で仲良く……とは見えないかもしれないが、少なくともヴィヴィオは男と食事することを楽しんでいた。

それからしばらくの間、ヴィヴィオはお弁当とおやつを持って男の元に行っては二人で……二人と一匹で海を眺めて過ごすのが日課となっていた。

男がシュークリームのクリームをこぼさずに食べて、その手を誇らしげに見せるなどの海を眺めるだけじゃないことも起きるなど、それなりのイベントもあった。
しかし、なのはやフェイトに今日は何をしてきたのかと聞かれると、海を眺めたと答えるのが一番しっくりするのも事実だった。
ザフィーラにはそんなヴィヴィオと男の行動が、飼い主(ヴィヴィオ)がペット(男)に餌を与えるように見えていたのは誰にも語りはしなかったが……。
そんなことが続いたある日……

「そういえばヴィヴィオ、その人の名前ってなんていうの?」
「名前?」

その日も男といつものごとく海を眺めて過ごしたヴィヴィオからその日の話を聞いているときに、なのはが突然ヴィヴィオに聞いてきた。
フェイトは仕事が入っているのか、部屋にはいない。
ヴィヴィオはそういえば聞いたことはなかったなと思いつつ、明日にでも聞いてみようかなと考えて、眠りについた。





機動六課隊舎にある、データ解析室。そこではフェイト・T・ハラオウンがモニターに映された映像を見ていた。

「やっぱり……今日もいる」

そこはどこかの波止場の映像……いや、正確に言うとヴィヴィオが連日会いに行く男を監視するべく設置したサーチャーの映像だった。

「どういうこと?全然動く気配がない」

フェイトがおかしく思うのもムリはない。
この男、一日中のほとんどの時間を同じ場所に座って海を眺めているのだ。
動きがあるのはヴィヴィオが来た時と、その場所に誰かが来るときに前もって姿を消すときだけだ。
それ以外はほぼ例外なく座って海を眺めている。
サーチャーを勝手に配置していることにやりすぎという感はあったが、こうした男の異常な様子を見ると、それも仕方ないかもという思いが強まる。

「この人……一体何者なの?」

誰かが答えるわけでもないのに、フェイトはそう呟かずにはいられなかった。





翌日、ヴィヴィオは今日こそは男の名前を聞き出そうという意気込みを持って、波止場へと向かう。

「おはよ~」

波止場にはヴィヴィオを待っていたのか、男が既にヴィヴィオが来る方向を見ていた。
それに気がついたヴィヴィオはザフィーラを連れて、男の前まで駆けていく。

「キョグモキタンバ」

相変わらず何を言っているのかわからなかったが、それでも拒絶されているわけではないと感じ取ったヴィヴィオは男に返事代わりの笑顔を返すのだった。

「いただきます」
「イタダキ……モス」

弁当を食べるときに、男はヴィヴィオの挨拶の真似をする。そんな仕草もおかしかったのか、ヴィヴィオは笑う。
男はそれに気を悪くするでもなく、むしろ嬉しそうな表情でヴィヴィオを見ていた。

「あ、そうだ」

お弁当を食べ終えてご満悦のヴィヴィオは、そういえば今日は名前を聞くんだったと思いだした。
しかし、どういえばいいのだろうか?
向こうの言葉がわからないように、こちらの言葉も向こうはわからないだろう。
そんなわけでウンウン唸っている中、ヴィヴィオは光明を見出した。

(そうだ、身振り手振りを一緒にすれば通じるかも?)

そんな光明を早速実践するヴィヴィオ。

「私、ヴィヴィオだよ。ヴィ~ヴィ~オ~」

ヴィヴィオは自分を何度も指さして、自分の名前を連呼する。





男は突然ヴィ~ヴィ~オ~と言い出した女の子が、何を言っているのか考え込んだ。
ヴィ~ヴィ~オ~と自分を指さしているのを見た男は、それが女の子の名前だと考え、女の子を指さして……

「ヴィヴィゴグ?」

とりあえず女の子が言った言葉を、その男が聞こえた通りに答えた。

「う~ん、何か違うような気がするんだけど……ま、いっか」

ヴィヴィオも何かの違いを感じ取ったのか一瞬悩むが、それでも大きな間違いではないだろうと感じ、そのまま流した。

「グゴグズヨゾグババラエザ」

名前に対する感想なのだろうか、男はヴィヴィオに通じないとわかっているかは知らないが、表情をほころばせて言葉を贈る。

「えっと……なんて言ったのかわからないけど、褒めてくれてるのかな?」

なのはと出会ったときに、ヴィヴィオは自分の名前を可愛いと言ってもらえた。
おそらく、彼も同じような感想を言ってくれたのだろうと、勝手に解釈する。

「えへへ、ありがと~」

名前を褒めてくれたと勝手に感じたヴィヴィオは笑顔で男にお礼を言い、男もヴィヴィオの笑顔を見て再び顔をほころばせた。

「それで、あなたのお名前は?」

今度は男の番とでも言うように、ヴィヴィオは男を指さして聞く。
しかし、男は何を言っているのかわからずに首を傾げるだけだった。

「えっとね、私はヴィヴィオ。あなたのお名前は?」

ヴィヴィオはもう一度自己紹介して、男にも同じように名前を聞く。
そして、ここに来てようやく男も自分の名前を尋ねられているのだとわかった。
しかし、男には簡単に名前を言うことができなかった。
リク……それが彼の元々の名前である。
しかし、その名前を持つ男は、彼の守るべき存在が全て消滅したのを機に消滅した……と考えている。
だから……

「クウ……」

リントの戦士を意味する『クウガ』……それを言おうとしたところで思いとどまる。
自分は……戦士などではない。
守ると決めたものを守れずに、むしろ守ると決めた人達が暮らす場所すら滅ぼした化物。
そんな自分がクウガなどと名乗れるはずもない。
今の自分に相応しい名前は……グロンギ。それしか思い浮かばなかった。
でも、それを言うのにも躊躇する。
それは、言ってしまえばそれで自分の中にある全てが終わるとでも感じたからかもしれない。
だから、男は何も言えなかった。

「……クウがお名前?」

そんなことをお構いなしに、ヴィヴィオは男が名乗った途中までの言葉を名前と感じたのか、男へと質問する。
しかし、男はヴィヴィオが『クウガ』と言ったと思い、それを否定するかのように首を横に振って否定の意味を示した。

「チガグ、ゴレザクウガジャバギ。ゴレザクウガバンバジャバギンザ !!!」
「違うの~?それじゃあ、お名前はなんなの?」

カッコいいと思っていた名前は、男の名前ではなかったことがヴィヴィオのテンションを低くさせた。
その様子を肌で感じ取った男はどう答えたらよいか悩むものの、結局答えは出なかった。

「もしかして……お名前憶えてないの?」

ゼスチャーを交えた結果、自分の言いたいことは伝わったと感じたヴィヴィオは、男の反応から名前を知らない……つまりは記憶が無いのだろうと思ったらしく、その表情に曇りが見え始めた。
男はそんなヴィヴィオの様子を感じたのか、ヴィヴィオの両脇を両手で持ち上げて上へと持ち上げた。
なぜそうしたのかは……きちんと思い出せない。
でも遠い昔に、相手はヴィヴィオより小さい子どもだった気がしたが、それをすると喜んでくれた。
それはかすかな記憶だが、男にとっては喜んでくれたこと、その事実が重要だった。

「ボゾモガバグンザザ レザ 。ボゾモザヨグアゾンデ、ヨグタベデ、ヨグネムッデゴゴキグバス。ワラッデグラグンガボゾモンギチバンンギゴオ」

今にも泣きそうなヴィヴィオに必死に何かを伝えようと、でも優しい口調で男はヴィヴィオの目を見て話す。
男の言葉はヴィヴィオには通じていない。いや、ヴィヴィオの言葉も男には正確には伝わっていない。
しかし、両者は意識していないが心の奥底では確かにつながっていた。
ヴィヴィオは男が名前を言わないことに何か深い寂しさのようなものを感じ、男はヴィヴィオの表情が自分のことを心配していると感じるように、言葉に繋がりはなかったかもしれないが確かに根本的な部分ではつながっていた。

「わぁ、たかいたか~い」

ヴィヴィオは先程までの感情はどこへ行ったのか、男が自分を抱き上げたこと、そして泣きそうな自分を見て行動を起こしてくれたことを嬉しく感じて、落ち込むのをやめる。
そして、母親であるなのはが抱きしめてくれるのとは別の嬉しさにヴィヴィオは包まれた。
男もその嬉しさを感じ取ったのか、降ろしては上げるという行為を繰り返した。

この日、海だけを眺めていた男とヴィヴィオは、初めて海ではなく二人で遊ぶということを楽しんだ。





「……そっか、記憶が無いかもしれないんだ」

その日の夜、満面の笑みで帰ってきたヴィヴィオからなのはは何か良いことがあったのかと聞いたところ、男と初めて海を眺めるだけじゃなく二人で遊んでいたことを話した。
そして、結局男の名前を聞けなかったという話になり、その話になるとヴィヴィオは表情を曇らせた。

「それじゃあ、ヴィヴィオがお名前をつけてあげたら?」
「ヴィヴィオが?」

そんな曇った表情の娘を放っておけないのか、なのははヴィヴィオが男を呼ぶための名前を自分で考えてあげたらどうだと提案する。

「お友達なら、やっぱりお名前を呼んであげないとね」
「……うん!!!」

こうして、ヴィヴィオの新しいミッションが決められた。





一方、そのころの機動六課隊舎にあるデータ解析室では……。
そこには先日と同じように、あの波止場を監視しているサーチャーからの記録映像を確認しているフェイト・T・ハラオウンの姿があった。
ザフィーラがいるから危険はないと思うが、離れたところから見ることで、もしかしたら男の行動の意味がわかるかもしれないと感じたからだ。
しかし……

「あああ、たかいたかいなんて、私もしたことないのにぃ……」

完全に監視の意味を成していなかった。





次の日、結局ヴィヴィオは男に呼ぶ名前が思いつかず、結局はなのはに頼み込んで、今朝どういった名前がいいのかを相談した。
なのははそんなヴィヴィオに、その人が好きなものからそれに連想する名前を付けてあげたらいいんじゃないかなとアドバイスして、ヴィヴィオとザフィーラを送り出した。

「おはよ~」

男を見つけると、小走りで近寄って挨拶し、ヴィヴィオは男の横にチョコンと座って、男と同じように静かに海を見ることに没頭した。

そして、海を眺めながらもヴィヴィオは男の名前を考える。
彼が好きなものと言ったら海しか無い。それがヴィヴィオの出した結論だった。
そこで、海を眺めながら何かいい名前はないかと考え始めた。

さかなクン……却下。

海ちゃん……いい感じだけどなんか違う。

さんま……出っ歯じゃない。

しめさば……あまり好きじゃない。

たまご……いくら……まぐろ……いわし……あじ……サーモン……えび……って、寿司屋さんは関係ない。

タンノくん……絶対却下。網タイツなんて穿いてない。

「……はぅ」

いい名前が思いつかない。思いつくのはどうでもいい名前か、微妙な名前だけ。

「ゾグギタ?」

悩んでいるときに男がヴィヴィオを心配そうに覗き込んできた。

「ううん、なんでもないよ」

ヴィヴィオは心配させたかと思うと、何でも無いとでもいうように首を振った。
そして思う、やっぱり優しいな……と。
今のところ男の名前で一番の有力候補は『海』だった。ただ、どう考えても女の子につけるような名前に感じる。
そんなことを考えていると、唐突にあることを思い出した。
それはJS事件が終わってしばらく経ったころ、なのはとフェイトの三人でなのは達の故郷である海鳴に遊びに行ったときのことだ。
そこで母達の幼馴染みのアリサやすずかに会ったことは今回の件では重要なことではない。
重要なのは海に連れていってもらったときのことだ。
なのは達の故郷『日本』はいくつもの海で囲まれている。
その中に『日本海』という海があったのだが、初めヴィヴィオは『日本貝』と勘違いした。
それでなのはに聞いたところ、海という字は二つの読み方があると聞いたのだ。
『うみ』と、そして……

「……決まった!!!」

こうして、ヴィヴィオは彼の名前を決めた。ヴィヴィオにとってこれ以上はないというような、彼に似合う名前を……。





「カイ、はい、どうぞ」

ヴィヴィオの言う『はい、どうぞ』は、男にとってご飯の意味を示していた。
ヴィヴィオもそうとは考えていなかったが、この言葉がいつしか二人(ザフィーラを含めると二人と一匹)で何かを食べる合図となっていた。

「……カイ?」

しかし、今回はいつもの言葉の前に聞き慣れない言葉が出てきた。
その聞き慣れない言葉を男はヴィヴィオに問いかけるように繰り返した。

「そうだよ、カイ……カイのお名前だよ」

ヴィヴィオがそう言うものの、男には通じていない。
だからヴィヴィオは新たにゼスチャーを交えて伝えようとした。

「私、ヴィヴィオ……あなたは、カイ」

ヴィヴィオは自分を指さしてヴィヴィオと言い、男を指さしてカイと言う。
そして、海を指さして告げた。

「カイは海、海はカイだよ」

『海』という漢字の『うみ』とは別の読み方。それが男の新しい名前としてヴィヴィオに選ばれた。

「カイは海が大好きだもんね」
「グリ……カイ」

カイと名付けられた男は、海を指さして再び自分を指さした。

「そうだよ、海のカイ」

ヴィヴィオは何度もカイと名付けた男に言って聴かせる。

「カイ……ヴィヴィゴグ」

カイは自分を指さして自分の名前を言い、ヴィヴィオを指さして名前を言う。

「そうだよ、ヴィヴィオだよ!!!」

ヴィヴィオは未だに何かが微妙に違うとは感じながらも、カイとの名前の交換に成功したことを喜んだ。

こうして、陸を意味する『リク』という名前と空を意味する『クウ』という名前を持つ男に、新たに海を意味する『カイ』という名前が与えられた。





その日の夜、毎度おなじみかはわからないが、機動六課隊舎にあるデータ解析室では……

「ヴィヴィオ……なんていい子なのぉおおおおおおおお!!!」

とある執務官が娘の優しさに号泣しているのは誰も知らない……気づかなくてもよい……気づかない方がよいことであった。










今回のグロンギ語

……キリバ
訳:……君か

グラギ
訳:美味い

……ビガギ
訳:……苦い

キョグモキタンバ
訳:今日も来たのか

ヴィヴィゴグ?
訳:ヴィヴィ王?

グゴグズヨゾグババラエザ 
訳:すごく強そうな名前だ

チガグ、ゴレザクウガジャバギ。ゴレザクウガバンバジャバギンザ !!!
訳:違う、俺はクウガじゃない。俺はクウガなんかじゃないんだ!!!

ボゾモガバグンザザ レザ 。ボゾモザヨグアゾンデ、ヨグタベデ、ヨグネムッデゴゴキグバス。ワラッデグラグンガボゾモンギチバンンギゴオ
訳:子どもが泣くのはダメだ。子どもはよく遊んで、よく食べて、よく眠って大きくなる。笑って暮らすのが子どもの一番の仕事

ゾグギタ?
訳:どうした?

グリ……カイ
訳:海……カイ
*カイという名前部分はグロンギ語ではなくて、誠に勝手ながら普通の言葉とさせていただきました。

カイ……ヴィヴィゴグ
訳:カイ……ヴィヴィ王





ネタがあったので、恥ずかしながら更新させていただきました。忘れるとマズイんで……。
今回の話にタイトルをつけるとしたらリリカル的には『名前をあげる』でクウガ的には……『餌付』とでも言いましょうか。
ちなみに、主人公(カイ)の食事するときの挨拶については知っている人だけわかっていただければと……。
次回、白いグロンギ(?)とカイの激突……ネタはあれど、それを文章として書ければですが……。
それではこのような思いつきで申し訳ありませんが、読んでくれた皆様、本当にありがとうございます。厳しいご意見、ご批判、何でもかまいませんのでもし何か感じましたらお手数ですが感想のほうに一言いただけると嬉しいです。








[22637] 第3話 白魔(なのは)
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:25




知り合った男にカイという名前を付けた翌日も、ヴィヴィオはカイのところへ遊びに行く。
出かける前にフェイトが目を赤く腫らしていたことが心配だったが、フェイトに気にするなと言われたことで、ヴィヴィオは気にしないことにして出かけることにした。
また機動六課隊舎内で、夜勤の職員が夜な夜な泣いている女の幽霊を目撃していることに、フェイト・T・ハラオウン執務官は全く関係ないはずである。
とりあえず……JS事件が終わってからの機動六課はおおむね平和だった。





「どうかな、ユーノ君」

ヴィヴィオが遊びに行ってすぐに、高町なのはは友人であるユーノ・スクライアへと通信をつないだ。
ユーノ・スクライア、若くしてミッドチルダにある無限書庫の司書長を務めるのと同時に考古学にも精通していることから、なのははあることの相談に乗ってもらおうと考えていたからだ。

『……うん、まだ完全とは言えないけど、もう少しデータがあれば解析することはできると思うよ』
「……そっか」

なのはの相談に、ユーノは考古学者的な興味にもそそられて送られてきたデータを確認するものの、完全に解析するだけの結果は得られていない。
しかし、これから先のデータを見ることができたら、もしくは実際に相手に会ってみれば解析はより進むとユーノは感じていた。

『また何かあったら連絡してよ』
「うん、わかった。ユーノ君も司書のお仕事がんばってね」
『なのはこそ、教導に力を入れすぎて無茶しないでよ』
「うっ……」

JS事件での無茶が知れ渡っているのか、会う人会う人に同じように注意を受けてきたなのはは、ユーノの言葉に言葉をつまらせるしかなかった。





「じゃじゃ~ん、今日のお弁当は……」

カイのところに来て、早速お昼のお弁当を開くヴィヴィオ。
今日のおかずは……

「ピーマン……ばっかりだよぉ」
「ゴレ……ボレキラギ」

ピーマンの肉詰め、チンジャオロース、ピーマンと人参ともやしの炒め物、そして……ピータン。
それとは別に白いご飯が今日のお弁当の内容だった。
ちなみに、最後のピータンはピーマンじゃないことは本人たちも理解している。

「ピーマンづくし……じゃなくて、ピーづくしだぁ」

お弁当のおかずにピーマンだけは嫌だと言った答えとして、今日はなのはではなくフェイトが用意したお弁当がこれだった。確かにピータンがある以上、ピーマンづくしではない。
ヴィヴィオの、そしてカイの試練の始まりである。

「カイ、はい、どうぞ」

ヴィヴィオはカイが使う皿に、ピーマンを多めに取り分けてカイに渡す。

「ボレ……ゴゴギ」
「カイのほうが体大きいんだから、たくさん食べないとダメだよ」

ヴィヴィオはカイに諭すように言うと、自分の皿にはチンジャオロースの肉を少し多めにピーマンを少なめに入れる。

「それじゃあ、いただきます」
「イタダキ……モス」

ヴィヴィオの嬉しそうな声と、カイの少しだけ落ち込んだ声を合図に食事が開始された。
カイの試練の始まりである。

「お肉おいし~」
「ボレ、ビガグデキラギ」

笑顔のヴィヴィオと若干涙目のカイを、ザフィーラは哀れんだ目で見ていることしかできなかった。





それからしばらくして、今日もカイのところへと行こうとするヴィヴィオは、出かける直前になのはに呼び止められた。

「ねえヴィヴィオ、今度カイ君……だっけ?ここに連れてこれないかな?」
「カイを?なんで?」

突然のなのはの言葉に、ヴィヴィオは聞き返した。
カイをなのは達母親に紹介するのは構わない。でも、連れてきて大丈夫かなとも思っていた。

「できたらでいいんだけど、私もヴィヴィオのお友達に会ってみたいなぁって」
「……うん、わかった」

とりあえず連れてくるだけなら問題ないと思って、ヴィヴィオはとりあえず明日カイを誘ってみようと決めて、その日はベッドに入るのだった。
なのはだけじゃなくて、みんなにもカイのことを紹介しようと決めて……。





そして、その日の夜の機動六課隊舎内にあるデータ解析室では……

「ううう、私も仕事ばかりじゃなくて、なのはとヴィヴィオと三人で旅行したいよぉ、遊びたいよぉ」

ヴィヴィオとカイが仲良く遊んでいる映像を見て、モニターを涙で濡らす某執務官がいたことは誰も知らない。

「カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい……」

機動六課所属の局員が知っているのは、夜な夜な旅行に行きたいとシクシク泣き、呪詛のような言葉を呟き続ける女の幽霊が隊舎内にいるという噂だけであった。





「カイ、今日はね、カイを案内したい場所があるんだ」
「ヴィヴィゴグ?」

お弁当を食べ終えてから唐突にヴィヴィオから提案された言葉に、カイは何を言っているのかと問いかけるように、ヴィヴィオの名前を言う。

「う~ん、なんか微妙に違うような気がするんだけど……まあ、いっか。あのね、ヴィヴィオのママをカイに紹介してあげる」

そう言ってヴィヴィオは立ち上がるが、やはりカイには何を言っているのかわからずに、ヴィヴィオの行動に戸惑うしかなかった。

「モギバギデ……ゴレンボオガボワグバッタンバ?」

戸惑いから出た言葉なのか、カイは自分が口に出した言葉に驚く。
自分はそう思われることを受け入れていたのではなかったのか?
それなのに、自分は何に恐怖しているのだろう……と。
カイの言葉はヴィヴィオには何を言っているのかがわからなかったが、何かに怯えるような、そんな心細さがあった。
それだけはヴィヴィオにはわかった。
それは初めてなのはに出会ったときに感じた、ママがいない寂しさと似たような感じだったのかもしれない。
だからヴィヴィオは、カイが感じていると自分が勝手に思っている寂しさを紛らわせるにはどうしたらいいのか、自分はどうされたときが安心できたかを考える。
言葉は簡単には通じない、なら別の手段……行動で自分の心を伝えることだけしかヴィヴィオにもカイにもできなかった。

「あのね、ママのいるところに行こ。そこにはカイのお友達になってくれる人がたくさんいるよ」

ヴィヴィオはカイを安心させるように、カイの手をとって立ち上がらせた。
カイもヴィヴィオが自分の手を握ってくれたことが嬉しかったのか、落ち込んだ表情は消えて、ヴィヴィオがどこかに連れていこうと考えていると感じて、その行動に身を任せる。

「ゴレ、ヴィヴィゴグンデ、グキ」
「ん?……私もだよ」

カイが何を言っているのかわからない。しかし、楽しそうな表情のカイへの返事としては何も問題ないと感じたヴィヴィオは、大した意味を考えずに直感的にカイに自分の思いを言葉にした。
こうしてカイはヴィヴィオに手を引かれ、ザフィーラとともに機動六課へと向かうことになった。
カイにとって、数週間ぶりの大移動の開始でもあった。





そうして訪れたのは、ヴィヴィオが住んでいる機動六課の寮。
しかし、今の時間のなのは達フォワードメンバーは教導の真っ最中である。
つまり、ここにいても意味はない。

「えっとね、今度は向こうに行くんだよ」

ヴィヴィオはカイを案内するように手を繋ぎながら行くべき方向を指差す。
その指さした方向までは、カイみたいな青年と言ってもいい年齢には問題ない距離だろうが、まだ子どものヴィヴィオには距離が長いかもしれなかった。

「え?うわぁ」

カイはそんなことも考え、ヴィヴィオの体を持ち上げて肩車する。

「ボレデムボグビギグ。ボレバラヴィヴィゴグザズバレバギ」

相変わらずカイが何を言っているのかわからないものの、ヴィヴィオが指さした方向にカイが歩き出すのを見て、ヴィヴィオはカイが連れていってくれるだろうと感じた。

「うわぁ、ザヒーラよりたか~い。よ~し、カイ、ママ達のところに向かってしゅっぱ~つ!!!」

ここにヴィヴィオを王様にして、馬(カイ)とペット(ザフィーラ)がなのは達のいる陸戦用空間シミュレーターへと出発した。





(シグナム、ヴィータ、シャマル、少しいいか?)

陸戦用空間シミュレーターへと行進するヴィヴィオとカイを余所に、ザフィーラは夜天の書の守護騎士達へと念話で呼びかける。

(ザフィーラか?ヴィヴィオと一緒ではないのか?)
(わりいけど、今は資料の整理で忙しいんだ。話は手短にしてくれよな)
(私は暇だから問題ないわよ)

シグナムは交代部隊へ渡す資料を作成しながら、ヴィータは将来進むであろう教え子達の進路先へと渡す資料の整理をしながら、シャマルは医者は暇が一番とでも言うような感じでザフィーラからの言葉にそれぞれ答えた。

(今シャマルを一番ぶっ叩きたいアタシは悪く無いと思うんだけど、シグナムはどう思う?)
(同感だ)
(え、なんでそこで私は二人にそんなことを言われるわけ?)

忙しい中、一人だけ暇だと言ったことから、シグナムとヴィータは報告書やら資料作成で溜まったストレスを発散するべく、攻撃目標をシャマルへと移す。

(すまん、こちらも重要なのでな、手短に要件を説明する)

そんな女が三人寄ればかしましいとでも言うべき状況を無視したのか、それともただ一人大人の対応とも言うべきか、ザフィーラがマジメな声で話を切り出す。

(……どうした?)

そのザフィーラの雰囲気に何かを感じたのか、シグナムはすぐにマジメな口調で先を進める。
言葉を発しないヴィータとシャマルも何かを感じ取ったのか、黙ってザフィーラの言葉を待った。

(今、ヴィヴィオが知り合った男と一緒に、フォワード陣の教導場所へと向かっている)
(ああ、そういえばなのはがヴィヴィオに紹介してくれって言ってたっけ)
(それで何か問題でも?)

前もってカイのことをザフィーラやヴィヴィオから聞いていたのか、シグナム達はすぐにカイという男のことだとわかった。
しかし、それのどこが重要な要件になるのかはわからなかった。

(勝手な推測だが、カイはヴィヴィオには心を開いている。しかし、他のことではどういった反応をするのかがわからない)
(……私たちすぐにそっちに行ったほうがいい?)
(いや、すぐにではなくてもいいのだが、もし可能ならば見学という名目ででも来てもらいたい)

ザフィーラが心配するのは、カイが慣れない環境に出たことで何らかの危険を招くのではないかということだった。
ヴィヴィオに対して危害を加えることはないとは感じつつも、彼の中に感じる危うさがザフィーラの心中に、必要以上の警戒を抱かせていた。

(わかった、すぐ動けるようにしておく。何かあったらすぐに連絡してくれよ。書類がある程度終わったら行く)
(すまんな)

ザフィーラは何も起きなければよいと思いつつも、何か大変なことが起きると感じていた。
その勘が外れることを祈るものの、不安は減るどころか増すばかりで意味がないかもしれないが……。





そんなザフィーラの心配を他所に、今日も機動六課新人フォワード陣への教導は進んでいた。
その日の教導は都市部での訓練だったのか、シミュレーターで都市部を再現した訓練場でその日の最後の締めが行われようとしていた。

「さて、それじゃあ今日の仕上げの模擬戦と行こうか。みんな準備はいい?」
「はい!!!」

なのはの言葉に、教え子であるスバル、ティアナ、エリオ、キャロの威勢の良い返事が響く。
その様子を満足そうに見るなのはは、訓練服から愛機であるレイジングハートを起動させてバリアジャケットを纏う。

「さて、それじゃいつものよう……」
「なのはさん、後ろ!!!」

突然のスバルの警告とも聞こえる叫びに反応して、なのはは後ろを振り向く。
そこで見たのは……黒いフルフェイスのヘルメット、巨大な目にも似た複眼、金色の角を持った異形が、今にもなのはへと拳を振り下ろそうとしていたところだった。





フォワード陣の訓練場所に着いたカイは、ヴィヴィオを肩から下ろす。
ヴィヴィオはまだ肩車をしてもらいたいと思いつつも、母親であるなのはへとカイを紹介するべくなのはのところへ行こうとした。
しかし、なのはがレイジングハートを起動させて、バリアジャケットを纏ったことから、これから模擬戦が始まることを知り、紹介は後にしようとカイと一緒に少し散歩でもしようと思って振り向いた。
しかし、そのときヴィヴィオの頬を何か風のようなものが通り抜け、いるはずのカイの姿はどこにもなかった。





カイがヴィヴィオを肩から下ろし、ヴィヴィオが視線の先にいる人のもとへ歩き出したとき、女の人が光りだした。
それを眩しそうにカイは見つめるが、光が消えたときにその場にいた姿に驚愕する。

「ギソギ……ジャズ」

光を纏って姿を変えた人物……バリアジャケットを纏った高町なのはの姿を見て、カイに頭の中に過去の過ちが色を持ったように映し出された。

どこまでも消えることの無い紅。

引き裂かれた大切な友、村長、子ども達。

苦難を共にした愛馬とその鎧。

全てを奪った存在。

その全てを奪った存在を簡単に現すことのできる色……それが白だった。

「グロンギ!!!」

気がついたときには、カイはなのはへと駆け出していた。
ヴィヴィオに見せたことのない、人とは違う異形として……。
その心に白への恐怖と、混乱だけを抱えて……。





突然現れ、なのはへと拳を振り下ろす異形。

『Round Shield.』

咄嗟になのはは防御魔法を展開する。
しかし……

「シールドがかき消された?AMF?」

ラウンドシールドと異形の拳が触れた瞬間に異形の腕についている金色の腕輪がかすかではありが光を放ち、シールドは跡形もなく消え去った。

「ガァアアアアア!!!」

そのまま異形は拳を押し込もうとする。

「させん!!!」

その異形の体を横からぶつかるかのように現れた一つの影。

「ザフィーラ?どうしてここに?」

なのはは人間態になったザフィーラがここにいるの驚いたが、次のザフィーラの言葉に更に驚くことになる。

「やめろ、カイ!!!」
「カ……イ?」

それはヴィヴィオから紹介されるはずの友達の名前ではなかったのか?

「なのはさん、援護します!!!」
「ダメ!!!」

スバルの言葉に咄嗟になのはは拒絶の言葉を出していた。
サーチャーから見た映像と、実際にヴィヴィオを尾行して見た姿とは明らかに違う姿に一瞬だが思考が止まる。
思考が止まる……それはある意味で行動も止まることを意味する。
そして、そんな隙を見逃すほど、かつて戦士を名乗っていた彼は甘くない。
声をあげることもせずに、前にいるザフィーラを無視してなのはへと襲い掛かる。
ザフィーラはなのはとカイの間にいる自分を無視するわけにもいくまいと感じ、あとは自分がカイを抑えるだけと考えていたがそれは見事に裏切られ、それに反応することに一瞬だが遅れる。
しかし、その一瞬でカイはなのはへと肉薄して、右拳を叩きつける。
その拳が今にもなのはに到達しようとしたそのとき、カイの左腕が動いた。
そして……

「カイ、だめぇえええええ!!!」

彼の始めての友達の叫びが聞こえた。





カイの拳がなのはに届く直前、カイの左腕がその進路を妨害するかのように拳の前に突き出された。
そして、カイの初めての友達、ヴィヴィオの声はカイの拳の速度を鈍らせた。
しかし、拳の動きを完全に止めることはできず、カイは左腕に自分の拳を叩きつけることになった。左腕は、右拳の一撃を受けた衝撃によって血が吹き出す。
カイの拳はその威力がそがれ、カイの左腕に阻まれたものの、完全に勢いを無くすことはできずに、なのはへと左腕が当たる。

「なのはさん!!!」

後ろから見ると拳を叩き込まれたと感じたスバル達は、なのはに殴りかかったカイに対峙する様に立ちはだかる。
しかし、カイの目にはそんなスバル達の姿は見えていなかった。

「ボレガ……ゴレバンバ?」

カイの目は、都市部を再現した空間にある、自分の映るガラスに釘付けられていた。
そこには、彼が漆黒の戦士になる前の戦う姿があった。
しかし、似ているのは基本的な形だけで、大きかった黄金の角は短く、その鎧も灼熱の炎を思わせる赤ではなく、白だった。

「ゴレ、アギズオ……ゴバジ?」

白……かつて全てを失うきっかけとなった色と同じ色になったことで、カイの心はどのように形容してよいのかわからない混乱へと包まれた。

「ゴレ、アギズオゴバジ……ゴレ、アギズンヨグビグベデボワグゾンザギビバス。ゾンバン……ギジャザ !!!」

なのはのことなど忘れたかのように、カイは自分の姿が映るガラスに拳を突き立てる。
スバル達は突然襲撃してきたが、今はあたりを闇雲に破壊するだけのカイの姿に当惑し、どう対処するべきなのかわからずにカイの行動を見ているしかできなかった。

「高町、今のうちにカイの動きを止めるんだ」
「うん」

ザフィーラは今のうちにカイの暴走を止めようと、言葉が通じない以上は力技で対処するしか無いと判断し、なのはのバインド魔法で動きを拘束して解決しようとした。
しかし……

『Error.』

発動するはずのバインド魔法が発動しなかった。

「え?なんで?」

なのはは再度魔法を発動しようとするが、レイジングハートからはエラーの反応しか出ず、結局魔法が発動するようなことはなかった。
それを見たスバル達は、なのはの前に出て不測の事態に備える。
スバル達でバインドをしかけようとも考えたが、なのはのシールドを簡単に消滅させたことを考えると、スバル達の魔法が簡単に効くとは限らない。
そのため、こちらに攻撃を仕向けてきたときにすぐに対処できるようにフォーメーションを組む。

「しかたない……鋼の軛!!!」

ザフィーラはバインドによる拘束が難しいと判断し、暴れるカイをなんとか止めようと、『鋼の軛』を檻のように張り巡らせる。
カイは突如自分を囲むように現れた檻に驚くものの、そのまま檻に自分の拳を叩きつける。
しかし、檻は破壊することができずに、衝撃だけがカイの拳に残った。
そして、簡単には壊れないと感じたカイは、拳に意識を集中するかのように構えると、腕についた金色の腕輪が光りだす。

「あの光って……なのはさんのシールドを消した光?」

ティアナは先程なのはのシールドを破ったカイが放つ光を見ていたのか、今カイが拳に纏っている光も同じものと認識していた。
そんな周りの状況など知らないまま、カイはその拳を檻へと叩きつける。
すると、まるでそれまでの抵抗が嘘のように檻はかき消されてしまった。

「……やむを得ん、こうなれば実力行使で無力化させてもらう」

魔法というものが全く無意味な状況になったと直感したザフィーラは、格闘戦でカイを止めるべく構えを取る。
しかし……

「おらぁああああああ!!!」

突然カイの死角から飛び出してきた紅い弾丸……騎士服を纏ったヴィータが、グラーフアイゼンをギガントフォルムにしてカイを叩き飛ばした。
そして、吹き飛ばされたカイはそのまま壁に叩きつけられた衝撃によって、ヴィヴィオのよく知る姿に戻り、そのまま気を失った。
そんなカイのもとに、ようやく先程起きたできごとのショックから立ち直ったのか、ヴィヴィオが駆けつける。
ザフィーラもヴィヴィオを守るべくカイの傍へと近寄る。
しかし、ヴィヴィオの声は届いていないのか、カイは完全に気を失っていた。
そんな中……

「……どうしよう」
「どうした、なのは」

突然つぶやきだしたなのはに、ヴィータは何かあったのかと聞く。

「魔法……使えなくなっちゃった」
「えええええええっ!!!」
「カイ~、目を覚ましてよぉ~!!!」

なのはの言葉にヴィータを含めたフォワード陣が驚きの声をあげ、ヴィヴィオのカイを起こそうとする声が空に響いた。





一方その頃、とある用事で陸士108部隊に出張していた某執務官は……

「なんだろう、今の私って、なんだかすごい蚊帳の外みたいな感じがする」

あながち間違っていない感想を口にしていた。





そして、機動六課隊舎の隊長室では某部隊長が……

「えっと……私って近くにいるはずなのに蚊帳の外なんか?」
「はやてちゃん、何を言ってるですか?」

何かの事件に関わることもなく、末っ子と一緒に黙々と書類整理をしていた。





続いて、某医務室では……

「もしかして、私って出遅れた?」

優雅なコーヒーブレイクを楽しんでいた某医務官がいた。





某副隊長は……

「くっ、だから私はデスクワークがあれほど嫌いだと……」

何やらブツブツと文句を言いながら、慣れないデスクワークを牛歩並のスピードで進めていた。





今回のグロンギ語

ゴレ……ボレキラギ
訳:俺……これ嫌い

ボレ……ゴゴギ
訳:これ……多い

ボレ、ビガグデキラギ
訳:これ、苦くて嫌い

ヴィヴィゴグ?
訳:ヴィヴィ王?

モギバギデ……ゴレンボオガボワグバッタンバ?
訳:もしかして……俺のことが怖くなったのか?

ゴレ、ヴィヴィゴグンデ、グキ
訳:俺、ヴィヴィ王の手、好き

ボレデムボグビギグ。ボレバラヴィヴィゴグザズバレバギ
訳:これで向こうに行く。これならヴィヴィ王は疲れない

ギソギ……ジャズ
訳:白い……奴

ボレガ……ゴレバンバ?
訳:これが……俺なのか?

ゴレ、アギズオ……ゴバジ?
訳:俺、あいつと……同じ?

ゴレ、アギズオゴバジ……ゴレ、アギズンヨグビグベデボワグゾンザギビバス。ゾンバン……ギジャザ !!!
訳:俺、あいつと同じ……あいつのように全てを壊す存在になる。そんなの……いやだ!!!










今回のリリカル的タイトルは「勃発!!!ママとカイの大喧嘩?」でクウガ的タイトルは「白魔(なのは)」といったところでしょうか。

クウガ的タイトルですが、これから先は漢字二文字で造語みたいな感じになることがあるかもしれませんので、そこのところのご理解をいただけると嬉しいです。
たとえば『脱魔(フェイト)』とか、『空気(はやて)』とか、『凍惚(ティアナ)』とか、『忠犬(スバル)』とか、『猛獣(キャロ)』とか、『獲物(エリオ)』とか……。『凍惚(ティアナ)』は流石に苦しいかも?ツンとデレみたいな感じが……しませんね。

なお、タイトルは毎回考えつくとは限りませんので、思いついたときは各話の最後にちょこっとだけ載せさせていただきます。







[22637] 第4話 説教
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:25




カイの暴走によって、なのはは魔法が突如使えなくなってしまった。
幸い機動六課のメンバーで怪我をした者は誰もいなかったが、その代わりにカイが自らの拳によって左腕にケガを負った。
なのは達フォワードメンバーは今回の件を話し合うべく部隊長室へと向かい、ヴィヴィオとザフィーラはカイの治療をするべくシャマルの根城である医務室へとそれぞれ移動することになった。

そして、機動六課部隊長室では……

「なのはちゃん、本当に魔法使えんようになったの?」
「うん、あれから何度か試してみたけど、全然使えないよ」

なのはは自分の手のひらを見て、魔力を放出しようとするが全く反応がない。

「なのはさん、怪我のほうは大丈夫なんですか?」

カイに殴られたと思っているスバル達は、現在シャマルから治療を受けているカイよりも先に治療するべきなのではと感じていた。

「え?私は怪我なんてしてないけど」
「そうなんですか?」
「うん、カイが……私に当たるはずの拳を、自分の左腕で受け止めたから……」
「あの人が?」
「でも、なのはさんはあの人の攻撃で魔法を封印されたんじゃないんですか?」

エリオとキャロはカイの攻撃を直に受けたことで魔法が使えなくなったと考えていたため、なのはの言葉に驚いていた。

「それじゃあ、何が原因で……」
「もしかして……あの光?」
「ティア?」

ほとんどの者がどうしてなのはが魔法を使えなくなったのか、その原因を考えるが思い当たることがなかった。
しかし、ティアナだけは何かに気がついたのか、ポツリと呟く。

「私見たんです。なのはさんを攻撃するとき、アイツの腕が光ってたんです」
「それって見間違いじゃないの?」

ティアナの言葉に、スバルは反論する。それはティアナを疑っているわけではないが、腕が光る……そのことにどんな意味があるのかと聞いているようなものだった。

「アイツの腕が光った攻撃で、なのはさんのバリアは消滅した。でも、ザフィーラの鋼の軛で作った檻に攻撃したときは腕が光ってなかったから破れなかった。でも……」
「ティア、それってつまり……腕が光ったときはそれを破れたってこと?」
「……そうよ」

ティアナは現状までの自分が見た情報で、カイの攻撃そのものではなくカイの放つ光に魔法を封じる何かの要因があると結論付ける。

「なら……カイをこのままにしておくわけにもいかんよなぁ」
「そうです、カイは魔導師の天敵と言ってもいい能力を持ってるです」

はやてはカイの持つ能力に危機感を感じ、リインフォースⅡもその言葉に同意する。

「せめてカイ君がこっちと意思疎通できればええんやけどね」
「そうです、そうすればカイがどうしてなのはさんを襲ったのか理由がわかるです」

なのはの体に異変が起きて、それがカイの力だと感じたはやての狙い。
それはカイをこちらに引き入れることで、その力がむやみに発揮させないこと。
そして、万が一の事件のときに相手魔導師の魔法を強制的に封印することで事件解決を狙えるのかもしれない。
そのためには、彼がどうして今回のようなことをしたのかを知る必要があった。

「なのはちゃん、あの件……できるだけ早くすることってできへんか?」
「あの件……うん、今日来る予定だよ」

はやてが何らかの提案があるのか、なのはに何かを聞く。しかし、なのははそれに答えるものの、あまり乗り気な返事はしなかった。

「こんなことのために……連絡したわけじゃないんだけどね」
「それは……そうやね」

なのはの言葉にはやては自分のしようとしていることを思ってか、表情を曇らせた。

「はやてちゃん、いいかしら?」

そんな落ち込んだ空気の中、カイの治療に医務室にいるはずのシャマルが部隊長室に入ってくる。

「シャマル、どないした?」
「あの子の治療が終わったから、今度はなのはちゃんを診ようと思って呼びに来たの」
「それだったら通信でもよかったんやない?」

時空管理局局員は、基本的に個人で携帯端末を持っている。連絡などは携帯端末を使って行うことがほとんどである。
持っていないとしてもデバイスをその代わりとして使えばよく、わざわざ呼びに来る必要など無い。

「本当はそうしたかったんだけど……」
「何かあったの?」

シャマルはなんと言って良いのかわからずにお茶を濁す。

「えっと、カイ君が目を覚ましたんだけど……」
「それがどうかしたん?ザフィーラが一応見張りをやってくれてるんやろ?」
「今……ヴィヴィオにお説教されているの」

シャマルの言葉に部隊長室にいる全ての者が、ヴィヴィオの姿と先程のカイの姿を思い出してヴィヴィオがカイをお説教する場面をシュミレートする。
白い鎧を纏った異形がヴィヴィオの前に正座して、ヴィヴィオはその異形に指を立てて先程その異形がやってしまったことを怒る。

「……何かのコント?」

誰が言ったかはわからないが、それは言い得て妙な光景だろうというのがその場にいる全員の答えだった。





一方、シャマルの治療を受けたカイは……。
シャマルは報告のため一度部隊長室に向かい、医務室には毎度おなじみのヴィヴィオとザフィーラ、そしてカイのトリオが揃っている。
そして……

「カイ、そこに正座!!!」

ヴィヴィオは床をビシッと指差す。

「ヴィヴィゴグ、グデガギタギ」
「いいから、せ~い~ざ~!!!」

ヴィヴィオによる、カイの躾のためのお説教が始まろうとしていた。
どうやら座れと言われているらしいので、カイはシャマルに治療された左腕をさすりながら、シュンとした表情で床に正座する。

「いい、あのね、人に向かってグーパンチするのはいけないんだよ」
「ヴィヴィゴグ、アギガギタギ」
「言い訳しな~い!!!」

カイが何かを訴えようとするも、ヴィヴィオはそれを遮るかのように声を出してカイの言い訳……らしきものを却下する。

「なのはママが来たら、ちゃんとごめんなさいするんだよ?」
「ヴィヴィゴグ、ボワギ……ヴィヴィゴグ、ワラッタホグガギギ」
「わかればいいんだよ、わかれば」

ヴィヴィオの言葉に、カイは怯えながら何かを呟き、それが了解の意志を示していると感じたヴィヴィオは満足そうに頷く。
そんな光景をザフィーラは、なんとも言えない表情で黙って見つめていた。
おそらく話が噛み合ってない、そう感じながら……。

「三人とも、少しいい?」
「カイくん、怪我は大丈夫?」
「グロンギ!!!」

一通りの話(お説教)が終わって、シャマルがなのは達を連れてやってきた。デスクワークが片付いたライトニング分隊副隊長シグナムも、途中で合流してきたのかその中にいた。
なのはを見つけたカイは、どこか身を隠す場所がないかと探してヴィヴィオの背中に隠れる。
成人男性並みの身長の男が、5歳の女の子の背中に隠れるという光景は何かシュールなものがあり、それを見た機動六課の面々は先程感じた驚異などどこ吹く風のようにカイを見るしかできなかった。

「あ、ママ!!!」
「ヴィヴィゴグ、キベンザ !!!」

ヴィヴィオはそんなカイの行動など無視するかのように、母親であるなのはのところに行き、カイを紹介しようとする。
しかし、ヴィヴィオが紹介しようと思ったカイは、次の避難場所とも言えるザフィーラの後ろに隠れてしまった。

「ゴレ、グロンギボワギ、ギソボワギ」

そして、なのは達にわからない言葉を呟きながらザフィーラの背中の後ろで震えだした。

「カイ、なのはママにごめんなさいしないとダメだよ!!!」

ヴィヴィオがカイに近づいてなのはに謝るように言うが、カイはザフィーラの後ろで震えながらなのはを見て、再びザフィーラの背中に隠れるだけだった。
そんな中……

「……かわいい」

異様な保護欲にとり憑かれた誰かのつぶやきがあった。

「そんなことより」

パンパンと手を打つ音が聞こえる。

「シャマル先生、どうかしたんですか?」

白衣を着たシャマルが皆の注目を集める中、シャマルはカイに近寄ってしゃがみ、視線をカイと同じ高さにする。

「カイくん、シャワー浴びてきなさい」
「ギャワー?」
「あれ」

シャマルはカイの言葉に答えること無く、医務室の隅を指差す。
シャマルが指差したところには、気絶するまでカイが纏っていたやや異臭のする布が、水の張ったバケツの中に沈められていた。
バケツの中の水は既に布に染み込んでいた汚れのせいで汚れていたことから、カイがどれだけの長い時間を不衛生に過ごしていたのかを知るには簡単だった。





カイは自分は何をすればいいんだろうと悩んでいた。
突然白い上着を着た女の人に身ぐるみ剥がされ、とある部屋に強制的に入れられた。
ヴィヴィオも他の人と一緒に行ってしまったので、何をすればいいのかもわからない。
その部屋に入れられる前に

「そういえばシャマル、男子用シャワー室って、この前の模擬戦でなのはちゃんのバスターが直撃して修理中だったんやない?」

とか

「それなら女子用を使わせればいいでしょう、扉に張り紙しておけば入る人もいないでしょうし」

などと言われていたが、カイには何を言っているのかわからなかった。
部屋の中は半分が通路のように一直線に伸び、その横には扉のついた小さな部屋のようなスペースがある……と、カイは思っている。
試しに個室の一つに入ってみた。

「ボレ……バンザ ?」

長い管が伸び、その先端には無数の穴の空いている太い部分がある。
カイはその部分を持って振る。

「アラリズヨゾグジャバギ」

とりあえず思ったものとは違ったのか、今度は敵がそこにいるように思って、手に持ったものを構える。
構えると、無数の穴が目の前にいると想定した敵に向かっているのをカイは知った。

「ボレ……ユリジャ?」

とりあえず一通りのことをしたカイはこれが何らかの道具、もしくは武器と結論づけた。
しかし……それと自分が入れられた理由については理解できなかった。

「ゴレ、ボボデバビゾグス?」

シャワー室の通路の真ん中に座って、カイはそれから約一時間近くの間頭をひねることになる。





一方その頃、シャマルによって医務室でなのはの体を検査していた。

「シャマル先生、どうですか?」
「う~ん、よくわからないのよねぇ」
「そうなんか?」

付き添いというわけではないが、機動六課が誇るエースのなのはに突如起きた異変を知るため、はやても医務室にて検査の立会をしていた。

「ええ、リンカーコアはあるのよ。でも、魔法は使うことができない」

シャマルはなのはに向けたリンカーコアを診るためのスキャナーをなのはから離し、はやてに説明する。

「そうだ、はやてちゃんのリンカーコアと比べて見れば少しはわかるかも」

シャマルはいいことを思いついたとでも言うように手を叩くと、はやてのリンカーコアを診るためにスキャナーをはやてに向けた。
そして、改めてなのはのリンカーコアを診る。
そうして得た結果は……

「なのはちゃんのリンカーコアが……止まっている」
「止まっている?」

シャマルの言葉になのはは首を傾げる。
止まっているというのはどういう意味なのだろうか。また、それがどんな意味を持っているのだろうか。

「これを見比べてみて。右はなのはちゃんの今のリンカーコアで、左ははやてちゃんのリンカーコアよ」

スキャナーからのデータをモニターに転送して、なのはとはやてのリンカーコアが同じモニターに映る。

「大きさを見るんじゃなくて、大きさ以外のそれぞれのリンカーコアの違いを見て」
「違いって……色と大きさが少し違うくらいしか……」

もともとなのはより魔力の大きいはやては、なのはより大きな白いリンカーコア。
なのはは大きさははやてに及ばないものの、それでも一般的な魔導師よりも大きな桜色のリンカーコア。
大きさと色以外に大きな違いはあまり感じ取れない。

「待ってはやてちゃん、私のリンカーコア……動いてない」
「動いてないって……ほんまや」

なのはの言うとおり、はやてのリンカーコアは点滅や心臓が鼓動しているように動いているのだが、なのはのリンカーコアははやてのリンカーコアに見られる点滅や鼓動が感じられなかった。

「おそらくだけど、カイ君の光でなのはちゃんのリンカーコアは封印されたんじゃないかって言うのが私の見解」
「リンカーコアの消滅じゃなくて封印……治る可能性は?」

シャマルの見解を聞いたなのはは、それが治るのか、治るとしたらそれにはどれだけの時間がかかるのかを心配し、シャマルに詰め寄る。

「……わからないわ。ただ、あの時の状況となのはちゃんの状況から言えるのは……」
「ん、シャマルなんかあるの?」

なんとなく真剣な表情のシャマルに、はやても姿勢を直して言葉を待つ。

「もし、カイが全力であの光を使ったのだとしたら……いえ、あの光を何かを盾にしないで直接相手に打ち込んだとしたら……」
「リンカーコアは……破壊されるっちゅうことか?」
「じゃあ、カイ君は私を守るために自分の腕を犠牲にしたんですか?」

シャマルの言葉に続くようにはやては答え、それを肯定するようにシャマルは頷いた。
しかし、なのはの言葉にはやや否定したような表情で言葉を続ける。

「カイ君があのとき自分の腕を盾にしたのは、光のことじゃなくてなのはちゃんを傷つけないようにしたからかもしれないわね」

そう言ったシャマルはモニターに誰かの腕が怪我した状態の画像を出した。

「これが、治療前のカイ君の左腕よ」

モニターに映っていたのは、自分の拳で痛めた血に塗れたカイの左腕だった。

「なのはちゃん達が見たあの姿のカイ君が魔導師で言うバリアジャケットと同じようなものだとしたら、彼にもそれ相応の防御力を持っていると言ってもいいかもしれないのに、それを超えるダメージを受けている」
「バリアも張らないであんなんまともに受けたとしたら……」
「怪我だけじゃ……すまなかったかもしれない」

事実、なのは達はカイの動きに虚を突かれ、反応できた者がいなかった。
つまり、カイが自分の腕を盾に出さなければ大変なことが起きていた可能性が高い。

「カイ君とは……一度よく話してみる必要がありそうやな」

結局、それが機動六課部隊長の八神はやてが出した結論だった。





カイが悩み始めてから一時間後……カイのいるシャワー室に誰かが近づいてくる気配がする。

「そういえばヴィータ副隊長が言ってたけど、カイって人、まだシャワー室にいるのかなぁ?」
「そんなわけないでしょ、あれから一時間以上経ったのよ?」
「そうだよね……あれ、ティア……まだ張り紙張ってあるんだけど」
「まだ?……外し忘れたんじゃない?流石にこんな時間まで入っていることはないでしょ」
「ん~、そうだね。何か重要な何かを忘れているような気がするけど」
「それより、私たちも早くシャワー浴びちゃいましょ。流石に汗だくのまんまじゃ気持ち悪いわ」
「そうだね」

そんな会話がカイの耳に届く。
しかし、その内容がカイに理解できるわけなかった。

「ゾグザ 、グスヒオビキギデリヨグ」

カイはいいことを思いついたというように立ち上がって扉が開くのを待った。





シャワー室の扉が開く。
本来なら女性専用のシャワー室のため、無防備に室内に入るスバルとティアナ。
そして、それを出迎える明らかに部外者とも言えるカイ。

「ボレ、ゾグジャッデズバグ?」

笑顔でスバルとティアナに何かを伝えようとする、シャワーヘッドを持つ全裸のカイ。
女性専用のシャワー室で尚且つここ数年コンビを組んでいる気安さからか、前を隠さずにタオルを片手に持ってスバルとティアナは中に入ってきていた。
そして目の前のあるそれを直視する、こちらもタオルを手に持っている以外は全裸と言ってよいスバルとティアナ。

「ゴレ、ボレンズバギバタワバラバギ」
「えっと……あれ?」
「な、なんで……」

スバルとティアナは目の前の光景が間違いであると思いたかった。
しかし、目の前にいるのは先程ヴィヴィオに怒られていた一人の男。
それも全裸。スバルとティアナは少し視線を落とすと、そこには……男性のシンボルがあった。





それから数十秒後、二人の女性の悲鳴が響いた。





「カイ、そこに正座!!!」

そして、再び始まるヴィヴィオのお説教。
場所は先ほどと同じシャワー室。
そこではタオルを体に巻いたスバルとティアナの他に、少し遅れてシャワーを浴びに来たキャロ、そして悲鳴を聞きつけたヴィヴィオとザフィーラだった。
ザフィーラはスバルとティアナが体にタオルだけを巻いているのを見ると、顔を横に背ける。
他にもギャラリーがいたものの、ティアナの見たら殺すとでも言いそうな視線を受けて男性局員は全員が立ち去った。
たった一人だけそれでも中を覗こうとしていた男がいたようだが……。
しかし、カイはそんなことをお構いなしに怒っているヴィヴィオの顔と、誰か助けてくれる人はいないかというような視線で周囲を見渡す。

「バンデゴレ、ボボビグワスンザ ?」

カイは自分がなんでこんな目に会っているのかがわからない。
自分は手に持った物の使い方を知りたかっただけなのだが、それを聞いた二人は悲鳴をあげてしゃがみ込んでしまい、話ができなかった。

「ヴィヴィゴグ、ボレゾグジャッデズバグ?」
「反省してるの!!!」
「グン、ボレンズバギバタギリタギ」

ヴィヴィオの言葉にカイはすぐに返事をする。
それを聞いたヴィヴィオは、カイが分かってくれたと思い、気を良くする。

「わかればいいんだよ。いい、女の子がシャワー浴びているときに中に入ったらいけないんだよ」

人差し指を立ててヴィヴィオはカイに言い聞かせるように言う。
そんな中……

「もしかして、カイさんってシャワーの使い方知らなかったんじゃないのかな?」

キャロのそんな一声がシャワー室の中に響いた。





それからしばらくして、ヴィヴィオとキャロによるカイの洗濯が行われることになった。

「カイ、ここをひねるとお湯が出てくるんだよ」

ヴィヴィオは、シャワーヘッドを持ったままのカイに言い聞かせるようにレバーをひねる。

「あ、ヴィヴィオ、カイさんがシャワーを自分に向けているから今お湯を出したら」
「アズッ、ボレブキ、キベンバブキ!!!」

キャロの忠告も既に遅く、シャワーのお湯を顔面に受けたカイはその場に転げ回った。
そんな光景をカイ達が入っている個室とは少し離れた場所で、スバルとティアナが暖かいというか、生暖かいというかなんとも形容しがたい視線でカイの股間以外を見ていた。
その日から、カイはシャワー室の前を通る、もしくはシャワーと聞くたびに怯えることになる。





一方その頃……

「なんだろう、今とてつもなくヴィヴィオが誰かと楽しそうなことをしている気がする」

ムダに直感の鋭い執務官がいたとかいないとか。

「早く仕事を終わらせて、なのはとヴィヴィオと一緒に晩御飯食べられるようにしないと」

その言葉を実行するべく、車で移動していた執務官はアクセルを更に踏み込む。
執務官がその日の仕事を終えるには、あと十ヶ所以上の場所を回る必要がある。





カイ達がシャワーを浴びているころ、部隊長室ではなのはとはやてがとある来客を迎えていた。

「こうして直に会うのは久しぶりやねぇ、ユーノ君」
「そうだね、僕も無限図書に入り浸りだったし」
「でも、本当によかったの?」

やってきた来客は無限図書司書長のユーノ・スクライア。
なのははとあることをお願いしようと思い、暇なときにでも来てくれないかと前もって連絡していた。
しかし、なのはが思った以上に早く、ユーノは時間を作って機動六課にやってきた。

「うん、僕としても久しぶりに本の整理じゃなくて興味深いものを知ることができるからね」

ユーノはなのはのすまなそうな言葉を気にすることもないとでも言うように笑顔で答える。

「ありがとう、ユーノ君。早速だけど、これが新しいデータだよ」

なのははユーノにお礼を言うと、一枚のディスクをユーノに差し出した。
ユーノはそれを受け取ると、持ってきた携帯端末とは違う少し大きめな端末を取り出してディスクを入れて、中のデータを再生する。
そこに映し出されたのは、ヴィヴィオがいつもカイと遊んでいる波止場の映像だった。
しかし、ユーノはその映像そのものには興味を抱かず、二人の会話がよく聞こえるようにボリュームを上げた。
そして、別の端末を取り出してデータを呼び出し、それとヴィヴィオとカイの会話と照らし合わせていく。

「……どうかな?」

画面に見入るユーノの邪魔をしないように、でも興味はあるのか少し小さな声でなのはは聞く。

「……うん、完全じゃないけど、ヴィヴィオとカイの話の展開とか、食事をしている時の反応、そういったものから少しずつデータを集めていけばカイの言っていることがわかるかもしれない」
「ホントに?」

ユーノの回答はなのはにとって良い知らせだったのか、弾ませた声が出る。

「それなら、カイくんに私たちの言葉を教えてヴィヴィオとちゃんとお話できるようにできる?」

それが、なのはがユーノにカイの言葉の翻訳を頼んだ本当の理由だった。
ヴィヴィオが自分で見つけた友達と、少しでもちゃんと話ができるようにと思っての行動だった。
カイから話を聞いて、どうして自分に襲いかかってきたことを聞くというのは想定外の出来事でしかなかった。

「うん、カイにその気があって、それなりに練習したらできるかもしれないね」
「まあ、それもちゃんとカイくんとお話できるようにならんと意味ないけどなぁ」

とりあえずはカイと会って、直接話をしないことにはどうにもならないということで、なのは達はカイのいるだろうシャワー室に向かうことになった。
そして、またもやヴィヴィオにお説教されているカイの姿を目撃することになった。










今回のグロンギ語

ヴィヴィゴグ、グデガギタギ
訳:ヴィヴィ王、腕が痛い

ヴィヴィゴグ、アギガギタギ
訳:ヴィヴィ王、足が痛い

ヴィヴィゴグ、ボワギ……ヴィヴィゴグ、ワラッタホグガギギ
訳:ヴィヴィ王、怖い。ヴィヴィ王、笑ったほうがいい

ヴィヴィゴグ、キベンザ !!!
訳:ヴィヴィ王、危険だ!!!

ゴレ、グロンギボワギ、ギソボワギ
訳:俺、グロンギ怖い、白怖い

ギャワー?
訳:シャワー?

ボレ……バンザ ?
訳:これ……なんだ?

アラリズヨゾグジャバギ
訳:あまり強そうじゃない

ボレ……ユリジャ?
訳:これ……弓矢?

ゴレ、ボボデバビゾグス?
訳:俺、ここで何をする?

ゾグザ 、グスヒオビキギデリヨグ
訳:そうだ、来る人に聞いてみよう

ボレ、ゾグジャッデズバグ?
訳:これ、どうやって使う?

ゴレ、ボレンズバギバタワバラバギ
訳:俺、これの使い方わからない

バンデゴレ、ボボビグワスンザ ?
訳:何で俺、ここに座るんだ?

ヴィヴィゴグ、ボレゾグジャッデズバグ?
訳:ヴィヴィ王、これどうやって使う?

グン、ボレンズバギバタギリタギ
訳:うん、これの使い方知りたい

アズッ、ボレブキ、キベンバブキ!!!
訳:熱っ、これ武器、危険な武器






今回のタイトル、リリカル的には『カイの光の秘密?』、クウガ的には『説教』といった感じでしょうか。……相変わらずカイに容赦無いクウガ的タイトルのような気がします。

追記:シャワーシーンでの出来事で、戦闘でシャワーヘッドをペガサスボウガンに変える光景を思いつきました。……もちろんやりません。バットをタイタンソードとか、ストラーダをドラゴンロッドとかになんてしませんよ?……きっと。








[22637] 第5話 勉強
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:25




機動六課のブリーフィングルーム。
そこは、本来なら作戦説明や会議に利用されるはずの部屋である。
しかし、現在は機動六課に所属する者が二人と一匹、それ以外に三人いるだけである。
今回の件の中心人物として、ヴァイス・グランセニックから借りたジャージに身を包むカイがいる。
もっともそのジャージをカイに渡すとき、何故かヴァイスの顔が誰かに殴られたようにボロボロになっていたことにカイは驚き、気にはなったが……。
ちなみに、ヴァイスの顔がボコボコになるきっかけとなったシャワー室での出来事を間近に見たキャロは黙秘を続けているので、どういった経緯でヴァイスがこうなったのかを知る者はこの場にはいなかった。
ちなみにカイはそのときヴィヴィオに怒られていたため、騒ぎを知らなかった。
カイを怒っていたヴィヴィオも、カイが反省したと勝手に感じているため、今は笑顔でカイの傍にいる。
三人のうちの最後の一人として、無限書庫から来たユーノ・スクライアがカイと向かい合うように椅子に座っている。
そして、機動六課の代表として、部隊長の八神はやて、ヴィヴィオの母親として高町なのは、護衛としてザフィーラの合計六名が集まった。
全員が集まったことでユーノは携帯端末を開き、何かを入力してそこに映った何かを見ながら声を出す。

「えっと……ザジレラギデ、ボグンバラエザユーンデグ。キリンバラエザ?」
「ユーノ先生、カイと同じような言葉使ってる」

そんなカイの前に少し離れた位置に座ったユーノは、少し辿々しい言葉だがカイに自分の名前を聞く。
ヴィヴィオはユーノがカイと同じような言葉を使ったことに驚いていた。
そんな光景をなのはとはやては少し離れたところで見守る。
カイはそんなユーノの言葉に驚いたのか、一瞬目を見張るがその言葉にすぐに答えた。

「ゴレンバラエザバギ。ヴィヴィゴグガズベデグレタ」

ユーノはカイの言った言葉をまた端末に打ち込み、それを翻訳する。
そこで奇妙な部分が出てきた。

「……ヴィヴィオウ?」
「ユーノ先生、どうしたの?」
「……いや、何でも無いよ」

おそらくヴィヴィオのことを言っているのだろうが、少しだけ違う部分が出てきたことでユーノは少し焦りだす。
自分がヴィヴィオとカイの話から翻訳したデータは間違っていたのか。
そんな考えが浮かぶが、それを押しとどめて話を続ける。

「グボギザバギゾギデリタギンザ ベゾ、ギギババ?」
「ワバッタ」

ユーノの言葉に頷くのを見て、ヴィヴィオ達も今のカイが何と言ったのかわかったようだ。
ユーノとカイのコンタクトが成功したのを笑顔で見ている。

「バギ、キリザゾグギデバンザゾボグゲキギタンザ ギ?」
「バンザ?」

ユーノの質問のような言葉に、カイは首を捻る。

「ああ……ヴィヴィゴンゴバアガンデ、アゾボビギスヨ」

ユーノはヴィヴィオを指さしてからその指をなのはへと向ける。

「チガグ、アレザグロンギ」
「……グロンギ?」

ユーノはカイの言った言葉を端末に打ち込んで翻訳する。しかし翻訳しても『グロンギ』となるだけで別の言葉に訳されることはなかった。

「……グロンギッデバビババ?」

ユーノは自分の言いたいことを端末で翻訳し、再びカイに話しかける。
しかし、カイはユーノのその言葉を聞くと沈痛な面持ちで黙り込んだ。

「話を変えたほうがいいかな。……バギ、ジズザキリビデギアンガアスンザ 」
「デギアン?」

ユーノの言葉に何かを感じ取ったカイは、首を傾げながらもユーノの言葉を待った。
ヴィヴィオ達も話が進んでいるのを見守っている。

「バギガヨベレババンザ ベゾ、ボグタチンボオバンレンギュグゾギデリバギバギ?」
「ボオバ?」

ユーノの提案のような言い方に、カイは悩み始める。

「バギガボグタチンボオバゾリバギデキスヨグビバレバ、ヴィヴィゴオモモッオゴザバギガデキスヨ」
「……ジャス」

ユーノの言葉に何かを決意したのか、カイは一度ヴィヴィオを見てからユーノに返事をする。

「そっか、よかった」
「ユーノ君、カイ君はなんて?」

ようやく話が終わったと思ったのか、なのはが話の結果を聞こうとユーノに話しかける。

「うん、カイは僕達の言葉の練習をしてくれるってさ」
「ユーノ先生、それって本当?」

ユーノの言葉にヴィヴィオは嬉しそうな声を出してカイを見る。
カイもヴィヴィオの様子を見て、自分の出した答えがよかったと感じる。

「ゴレ、ヴィヴィゴグオザバギグスタレガンバス」
「ゾグザ ネ、ギッギョビガンバソグ」
「ヴィヴィオも一緒にお勉強する~」

こうしてカイとヴィヴィオの家庭教師となったユーノ。
そのおかげで無限書庫の図書検索業務が通常より遅れてしまい、某提督が苦労することになる。





その日の夜、カイは外にテントを出してもらって、しばらくそこで暮らすことになった。
最初はどこか空いている部屋に住んでもらおうとなのは達は考えていた。
しかし現代の生活に不慣れなカイが、ヴィヴィオくらいにしか心を開いていない状態で他の人間と共に過ごすのは難しいと感じたのと、カイ自身が外のほうが気が楽だということで外にテントを張ってそこで寝ることが決まった。
そんな中……

「やっと仕事が終わった。急いでヴィヴィオとなのはのところに行かないと」

とある執務官がカイの寝泊まりするテントの前をものすごいスピードで通過する。

「ザジャギ」

入り口から顔を出したカイは、フェイトのスピードに感心したように声を出した。
そして、通り過ぎた人物が自分の友達の名前を言ったのが聞こえた。

「ヴィヴィゴグ、モグネデギス」

しかし、その言葉を聞く前にとある執務官はものすごい勢いのまま家族の待つ寮へと入っていったため、カイの言葉が届くことはなかった。
もっとも、聞こえていたとしても意味が通じなかっただろうが……。





次の日からカイの言葉の勉強が始まった。
最初はユーノがカイの言葉を翻訳して、それが今の言葉ではどのように言うのかを改めて説明するという内容が基本的な流れである。
そして、カイが使う言葉とユーノ達が使う言葉は発音の仕方が違うだけで、基本的な用法は同じであるということがわかったのか、カイもそれを理解してからの勉強はかなり早く進んだ。
ヴィヴィオはユーノから出された別の課題をカイの隣でやりながら同じ時間を過ごしている。
そして、勉強を開始してから一週間後……

「俺の……名前……カイ」
「うん、正解」
「わ~、カイすご~い!!!」

辿々しいながらも、カイは自分の名前をヴィヴィオ達の言葉で話す。
ユーノはその辿々しい言葉を特に気にすることなく褒め、ヴィヴィオも今まで練習したカイの努力が実を結んだことを喜んだ。
しかし……

「俺の……友達……ヴィヴィ王」

次にカイが自分の友達の名前を言うところで問題が起きた。

「やっぱり、ヴィヴィ王なんだね」
「ヴィヴィ王?」

ヴィヴィオはついにカイが自分のことを何と呼んでいるのかを知る。

「カイ、ヴィヴィ王ってどういう意味?」
「ヴィヴィ王……すごく強そうな……名前」

強そうという言葉を聞いて、目が点になるヴィヴィオ。
ヴィヴィオは以前カイが自分の名前を教えたときに、カイがかわいい名前と褒めてくれたと思ったので、ありがとうとお礼を言った。
つまり、以前に自己紹介した時の話の展開は……

ヴィヴィ王、なんて強そうな名前なんだ。

ありがとう、ヴィヴィオはとっても強いんだよ~。

このような感じで話が進んだと言ってよい。

「ち、違うよ、ヴィヴィオは王様じゃないもん!!!」
「……違うのか?」
「そうだよ、ヴィヴィオの名前はヴィヴィオだもん!!!」

改めて自分の名前をカイに教えるヴィヴィオ。
しかし……

「ヴィヴィオゥ?」
「なんか……微妙に違う言い方だね」
「ううう、違うのに~」

こうしてヴィヴィオは『ヴィヴィ王』から、新たに『ヴィヴィオゥ』というたいして変わっていない呼び名を手にしたのだった。





そしてとある日、改めてカイの紹介をするために主だった機動六課メンバーが集まった。

「それでは、しばらくの間ここで過ごすことになったカイ君の紹介や。あとでみんなも自己紹介してもらうからな」
「さあ、カイ」

はやての挨拶とユーノの促しで、カイは一歩前に出る。

「俺の名前……カイ、よろしく……おねげえします」

最後が少しだけ変な感じだったが概ね意味は伝わり、集まったみんなからカイは拍手を受ける。

「さて、隊長陣の紹介は最後として、まずはフォワード陣の自己紹介からしとこか」

部隊長であるはやての言葉に四人の男女がカイの前に出る。
そして青髪の元気そうな女性が最初に自己紹介を始めた。

「スバル・ナカジマ、スバルでいいよ。よろしくね、カイ」
「……スワル」
「え?……うん」

カイの言葉に素直に頷いてその場に座るスバル。

「いや、それちゃうやろ」

それを無視するように、今度はオレンジ色の髪の強気な感じのする女性がカイの前に出る。

「ティアナ・ランスター、よろしく。あとスバルも立ちなさい」

素っ気ない言葉にやや気後れするものの、カイは言われた言葉を反芻する。
その間にスバルは立ち上がって後ろに下がる。

「……テアカ」
「母音は微妙に合ってるな」
「……ティアナよ、汚いわね。……はぁ、次はキャロね」

ティアナは訂正するものの、まだ言葉使いが不慣れなカイにしばらくは『テアカ』と呼ばれるだろうと溜息をつきながら次へと促す。
次に前に出たのは桃色の髪の少女。

「キャロ・ル・ルシエです。カイさん、よろしくお願いしますね」
「……ギャオ」
「猛獣やないって」
「そ、そんな怖そうな名前じゃないですよぅ。エリオ君、バトンタッチ」

続いて、赤い髪の活発な少年がカイの前に出る。

「う、うん。エリオ・モンディアルです。カイさん、よろしくお願いします」
「……エロ」
「違います」

前もって予想していたのか、エリオはカイの言葉にすぐ反応する。
しかし……

「でも、前に海鳴に出張に行ったときに銭湯で女湯に入ったやろ」
「それはみなさんが連れ込んだんでしょう!!!」

エリオははやてのツッコミにすぐさま自分のせいではないと主張する。

「エロ!!!お前、なんでそれを黙っていた!!!」

そんなエリオの言葉を無視するように掴みかかるカイと同じくらいの体格の緑色のジャケットを着た男。

「え、エロって……ヴァ、ヴァイスさん?」
「なんで俺にそん時の様子を詳細に渡って教えなかった?いや待て、今からでも遅くはないぞ。ほら、俺にそん時の様子を詳しく教えろって。具体的には姐さんのスタイルとかフェイトさんのスタイ……ぐはっ!!!」

ヴァイスがエリオの肩を揺さぶるように色々なことを捲し立てる中、突然ヴァイスが床へと崩れ落ちる。

「安心しろ、峰打ちだ」
「いや、本気で頭ぶっ叩いたら峰打ちもクソもねーから。あとヴァイス、もちろん大人なアタシのことも聞くつもりだったよな?」

ライトニング副隊長が取り出した剣型デバイスを構え、スターズ副隊長がそれに呆れるようにツッコミを入れる。
槌型デバイスでヴァイスの頭をいつでも砕けるように構えながら。

「ついでだ、ヴァイス、次はお前が自己紹介しろ」
「そーだな、アタシ達は最後みてえだし」

そして、ボロ雑巾のように倒れたヴァイスを気にするでもなく無情に言い放つ。
そんなヴァイスを誰も哀れむことなく、さらには冷たい視線をヴァイスに向ける。
そんな光景をカイは少し怯えた表情で見ていた。

「いつつ……ヴァイス・グランセニック。ジャージ貸したときに会ったから顔くらいは憶えてるだろ?」

今もカイが着ているのはヴァイスから借りている服であり、カイはヴァイスの顔を憶えている。
そして、今度は新たに知った名前を……

「……ファイブ」

言わなかった。言えなかったのかもしれないが……。

「いや、名前ちげーし。たしかに自己紹介、五番目だけどさ」
「……ツッコミ先に入れられてもうた」

現在のところ、カイがまともに名前を呼べる人物は存在しない。
そして、それ以降も……

「あ、紹介が遅れちゃった。この子はフリードです」
「……オニク」
「餌なんかい」
「食べ物じゃないですよぅ!!!」

とか

「私は整備員のアルト・クラエッタです」
「……アウト」
「惜しい!!!」
「な、なんかダメダメな女の子って感じがする」
「気にすんなって、そのとおりじゃんか」
「ヴァイス先輩、ヒドイです!!!」

とか

「シャリオ・フィニーノ、シャーリーって呼んでね」
「……ジャーキー」
「食べ物シリーズ第2号や」
「私、ずいぶん美味しそうな感じになってるわね」
「シャーリーさん、フリードと似たような扱い?」
「食べられんように気をつけんとな」

とか

「ルキノ・リリエ、通信士です」
「……ススキノ」
「……どこの歓楽街ですか」
「なんでルキノが知ってるんや?」

とか

「グリフィス・ロウランです。部隊長補佐をしています」
「……グレテル」
「そんなことないよ。グリフィスはお母さんのお腹の中に反抗期置き忘れてきたくらいヘタレなんだから」
「ちょっとシャーリー、いきなり何を言い出すんだ!!!」
「グリフィス君がグレてるのって、あんま想像つかんなぁ」

などと、まともな会話が成立しなかった。





「……コホン、それじゃあ次はリインな」
「はいです。カイ、リインフォースⅡです。リインでいいですよ」

いきなり現れた30cmくらいの大きさの女の子にカイは驚く。
以前からリインフォースⅡはカイの前に姿を現していたものの、それ以外の人物に怯えていたためその存在をちゃんと見たことがなかった。
そのため、改めて見たリインフォースⅡの大きさに驚いた。
それでも自己紹介されたからには相手の名前を言うべきだと感じて、カイはリインの顔を見て……

「……シビン」
「リイン、そんな名前じゃないですよぉ!!!」
「う~ん、母音的には合ってるからなぁ」
「なんで……怒る?」

名前を言ったら、カイはリインに怒られた。
しかし、カイはどうして怒られたのか理解出来ていない。

「つ、次はシャマルな」
「はい。カイ君、ここで医務官……お医者さんをしているシャマルです」
「……マーシャル」
「いえ、ただのお医者さんで元帥とかじゃないのよ?」

シャマルはカイの言葉に何とかにこやかに答える。

「名前組み替えただけで一気に出世したなぁ、シャマル元帥。私の二佐よりも上やんか」

シャマルは後ろにいる主の視線にビクビクする。後ろを向いて主の顔色を確認したいところだが、下手に向くと大変なことが起きそうだと感じてそのまま後ろに下がることにした。

「次は隊長陣やね。まずはシグナムからな」

気を取り直したはやての言葉で、陸士部隊の制服に身を包む紫色の髪をポニーテールの凛とした雰囲気が漂う女性が前に出る。

「ライトニング副隊長のシグナムだ」
「……シグナル」
「惜しい!!!一文字違いや」
「カイ、シグナルがレッドシグナルになったら怒られるから気をつけろよ」
「ヴィータ!!!」
「ほら、レッドシグナルになったら怒った」
「レッドシグナルは……怖い」

ヴィータがシグナムを茶化すものの、誰も笑うことができない。
それはシグナムが怖い……わけではなく、自分達もカイに言われた名前によって大なり小なりダメージを受けているからだ。
そんな中、今回の件の張本人のカイだけがヴィータの言葉に素直に頷いていた。

「んじゃ、次はアタシの番だな。スターズ副隊長のヴィータだ」
「……ベータ」
「ギリシャ文字かいなって」
「ベータじゃねえ、ヴィータだ!!!」

多くの者が自分の呼び名の訂正を諦める中、ただ一人だけちゃんとした名前を呼ばせようとヴィータは抵抗を始める。

「ベータ?」
「ヴィータ!!!」

カイとヴィータの問答が少しだけ続く。
そしてついに……

「ピータン!!!」

カイの中でヴィータの名前が決定した。

「もう『タ』しか合ってねえじゃねえか!!!」
「ベータのほうがまだ近かったなぁ」
「もうそれでいいではないか、ピータン」
「そうよ、かわいいわよピータン」

信号機と元帥の名前をつけられた仲間達が顔を背けながら、赤い顔で怒るピータンを宥める。
他のメンバーも顔を背けているが、みんな口々に……

「か、かわいいかもしれない」
「副隊長かわいいです」

などの言葉を小さな声で言っていた。

「つ、次はフェイトちゃんいこうか」

はやての言葉でピータン……もとい、ヴィータは後ろに下がり、カイの目の前にヴィヴィオの母親が出てくる。

「こうして挨拶するのは始めてだね。ヴィヴィオのママのフェイト・T・ハラオウンです」

フェイトは何か恨みがましいような目付きでカイを見る。
それというのも、カイが機動六課に来てからヴィヴィオがいつもカイの相手をしているため、フェイトやなのはと一緒に行動する機会が減ったためでもある。
しかし、そんな事情をカイは知らない。

「フェイトさんは私やエリオ君の保護者でもあるんですよ」

フェイトのややどす黒いオーラを感じたのか、キャロがそれを緩和しようと間に入る。

「カイ、これからもヴィヴィオと仲良くしてあげてね」

しかし、そんな気遣いお構いなしにフェイトはどす黒いオーラを纏ったままカイに握手を求める。
カイはそんなフェイトの手を握って、キャロが教えてくれた『フェイトさん』の名前を……

「エイトマン」

結局ちゃんと言えなかった。
カイは本人とは全く違うどこかのヒーローの名前を言った。

「なんかメッチャ速くて強そうやなぁ」
「……速くて強い」
「確かにフェイトさんに合ってるけど……」

どこかのヒーローの名前を言われて、あながち間違いではないと感じてしまった被保護者の二人。
ヒーローの名前を付けられたフェイトから目を逸らす友人や部下達。
そんな微妙な空気を全く気にしない……いや、感知することすらできないカイ。

「ん、んんっ。それじゃ、次はなのはちゃんの番やね」
「え、えっと……そうだね、はやてちゃん」

はやては咳払いをすることによって話題を逸らそうとし、なのははそれを理解したのか少し慌てたもののカイの前に出る。

「カイ君には何度か会ったことがあるよね。ヴィヴィオのママの高町なのはです」
「なのはちゃんはどないやろ?菜の花やろか?それとも魔王やろか?それとも冥王やろか?」
「いえ、ここはあえて一番近くて遠い『なのちゃん』という選択肢もありえますね」
「なんか色々気になることを言われた気がするんだけど……」

はやての期待を補足するようにシャマルは言う。なのはは理不尽な何かを感じつつ、カイの言葉を待つ。
そして……

「グロンギ」
「それって全く名前も母音も関係ないよね!!!」

全ての期待は裏切られた。

「なんでなのはだけグロンギなんだろう?」

なのはの叫びの中、ユーノはどうしてなのはだけが『グロンギ』と呼ばれるのかを不思議に思い、はやては……

「か、かわいい名前やと思うよ?」
「何で疑問形なの!!!それ以前にどこがかわいいのかな?」

はやてはなのはから顔を背けてフォローする。

「あ~、うん、カイにでも噛まれたと思っとけって……かわいいんじゃねえの、たぶん」
「ヴィータちゃんは確かにかわいい名前だからいいよね!!!」

ヴィータもげんなりした表情でフォローするが、なのははそのフォローを受け付けない。

「高町、私達は別になんとも思っていないぞ」
「それはシグナムさんは一文字違いなだけですからいいですよね、私なんか一文字も合ってないんですよ!!!」
「やっぱり……グロンギ、怖い」
「私はそんなに怖くないよ!!!」

カイはザフィーラの後ろに隠れて怯える。
なのははそれをフォローしようとするものの墓穴を掘るだけだった。

「ううう、私は怖くなんてないのにぃ」

部屋の隅にしゃがみ込んでいじけるなのはをみんなは無視し、いよいよ最後のトリを務めるべく、機動六課部隊長がカイの前に出る。

「カイ君にはちゃんと名前言っとらんかったな。機動六課部隊長をやっとる八神はやてや。はやてでええよ、は・や・て、やからな」
「部隊長ずるい!!!」

はやては何度もカイに言い聞かせるように名前を言うことによって、まだ言葉に不慣れなカイに自分の名前を教え込もうとする。
そんな考えを知ったのか、ここにいるほとんどの人間がはやてのことをズルイなどと文句を言う。
しかしはやてはそれに対してそっぽを向いて口笛を吹くことによって無視した。

「ほなカイ君、私の名前を言ってみようか、は・や・てって」

さらに自分の名前を強調するようにはやては言う。
そして、カイははやての名前を……

「……ハナゲ」

言わなかった。
はやてはカイの言葉を聞いて呆然とし、他の者も何と言って良いのかわからずに言葉を発することができない。
そんな中、カイだけはその空気を気にすること無くヴィヴィオやザフィーラに声をかけた。

「ヴィヴィオゥ、ザヒーラ、俺がんばった」
「うん、カイはよくがんばったよね」
「ああ、この短い期間にしては驚くべき上達だった」
「俺、もっとがんばる」

はやての名前での出来事で誰もが沈黙を続ける中、カイとヴィヴィオとザフィーラは話を続ける。
そんな話が聞こえたのか、誰かが気になったことを口にした。

「……ヴィヴィオゥ?……ザヒーラ?」

ここにいる全員が、カイがちゃんと名前をそれなりに言えるヴィヴィオに対しては、そこまでズルイとは感じてはいない。
カイにとってヴィヴィオは友達であり、カイが機動六課に来てからはよく遊んでいる光景を見ていたから名前をちゃんと言えるのは当然だと思っていた。
しかし、ザフィーラまでとは予想外だった。
ザフィーラはあくまでヴィヴィオのボディガードであり、そこまでカイとの関係は深くないと思っていたからだ。
しかし、実際のところ、カイとザフィーラはそれなりに友好的な関係を結んでいる。
他の者は知らないが、カイとヴィヴィオとザフィーラは波止場で会っていたときから三人で弁当を食べたり、黙って海を見ていたりと同じ時間を過ごすことが多かった。
しかしほとんどの者がそういった理由を知らないので、ヴィヴィオとザフィーラ、そしてとある一人を除いて全員がこう思った。

ザフィーラずるい……と。

しかし、次のカイの言葉で事態はさらに悪化する。

「ユーノ先生、俺、もっと勉強がんばる」
「ユーノ……先生?」

カイの言葉でみんなの視線がユーノに向く。
この中でちゃんと名前を言われた人物。
それはユーノ・スクライアだけだった。
そのせいか、不本意な名前を付けられた者がユーノに詰め寄るように近づいてきた。
カイやヴィヴィオはそれを後ろで黙って見ている。
エリオとキャロはそれに参加するべきか悩んだが、結局は少し下がった位置で成り行きを見守ることに決めた。

「ユーノ君、どうしてカイ君はユーノ君の名前だけちゃんと言えるのかな?」
「あのね、それって少しズルイと私は……ううん、みんな思うんやけど変かな?」

なのはとはやてが代表としてユーノに詰め寄る。
そんなユーノの答えは……

「ぼ、僕だって最初は間違えられたんだよ!!!」
「なんて?」

ユーノの訴えをなのはは何故か恐怖を感じるような笑顔で聞き返す。
そしてユーノはカイに最初の頃に言われていた名前を小さな声で言った。

「…………ウーノ」

ウーノ、JS事件の首謀者であるジェイル・スカリエッティの生み出した戦闘機人の一人。
戦闘機人個人の名前は一般市民には知られてはいないが、管理局やそれとつながりのある者、しかも事件捜査の当事者や地位の高いクロノとも面識のあるユーノはある程度のことを知ることができた。
そして、ウーノは戦闘機人の中でも情報処理能力に優れていることから厳重監視の中、無限書庫への奉仕活動による刑期短縮という提案もあったので、ユーノはウーノの名前を知っていた。
ウーノという実際にいる人物の名前はまずいということでユーノは早急に教育して、カイが自分の名前をちゃんと言えるようにした。
つまり、ユーノ自身が先にちゃんと名前を言えるように教育したという部分はあるものの、ここにいるほとんどの者の怒りの矛先がとある人物へと向けられた。





一方、第17無人世界の「ラブソウルム」軌道拘置所11番監房では・・・・・・

「くしゅん!!!少し寒気がするわね……戦闘機人も風邪を引くのかしら?」

ここに収監されているとある戦闘機人が、くしゃみをしながら自分の身に感じる寒気に首を傾げていた。










今回のグロンギ語

えっと……ザジレラギデ、ボグンバラエザユーンデグ。キリンバラエザ?
訳:えっと……初めまして、僕の名前はユーノです。君の名前は?

ゴレンバラエザバギ。ヴィヴィゴグガズベデグレタ
訳:俺の名前はカイ。ヴィヴィ王が付けてくれた

グボギザバギゾギデリタギンザ ベゾ、ギギババ?
訳:少し話をしてみたいんだけど、いいかな?

ワバッタ
訳:わかった

バギ、キリザゾグギデバンザゾボグゲキギタンザ ギ?
訳:カイ、君はどうしてなのはを攻撃したんだい?

バンザ?
訳:なのは?

ああ……ヴィヴィゴンゴバアガンデ、アゾボビギスヨ
訳:ああ……ヴィヴィオのお母さんであそこにいるよ

チガグ、アレザグロンギ
訳:違う、あれはグロンギ

グロンギッデバビババ?
訳:グロンギって何かな?

話を変えたほうがいいかな。……バギ、ジズザキリビデギアンガアスンザ 
訳:話を変えたほうがいいかな。……カイ、実は君に提案があるんだ

デギアン?
訳:提案?

バギガヨベレババンザ ベゾ、ボグタチンボオバンレンギュグゾギデリバギバギ?
訳:カイがよければだけど、僕達の言葉を練習してみないかい?

ボオバ?
訳:言葉?

バギガボグタチンボオバゾリバギデキスヨグビバレバ、ヴィヴィゴオモモッオゴザバギガデキスヨ
訳:カイが僕達の言葉を理解できるようになれば、ヴィヴィオともっとお話できるよ

……ジャス
訳:……やる

ゴレ、ヴィヴィゴグオザバギグスタレガンバス
訳:俺、ヴィヴィ王と話するためがんばる

ゾグザ ネ、ギッギョビガンバソグ
訳:そうだね、一緒にがんばろう

ザジャギ
訳:速い

ヴィヴィゴグ、モグネデギス
訳:ヴィヴィ王、もう寝ている





今回のリリカル的タイトル『自己紹介は難しいの』でクウガ的タイトルは『勉強』ですね、安直ですけど。
本当はもっとカイの勉強シーンを入れたほうがよかったのかもしれませんが、その部分だけを詳細に書けそうになかったので、どういった勉強をしたのかだけの描写になってしまいました。
グロンギ語で『カイ』と入れたら『バギ』と出ました。……どこの真空魔法でしょう?

それにしても、オーメダルってどこにも売ってないですね。甥っ子にプレゼントしようと思ったんですけどねぇ。
なんかCMにあった、あの『メ・ダ・ル・集めま・く・れ!!!』よりかは『メ・ダ・ル・売ってな・い・ぜ!!!』が正しいような。まさか……子供たちによるメダル争奪戦をやらせようという何者かの意志?

次回、サプライズゲストの登場……かも?







[22637] 第6話 疑惑
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:26




カイの紹介が終わった日の夜、高町なのはは八神はやてに呼び出され部隊長室に来た。
部隊長室で待っていたのは、既に仕事が終わっていたのかリインフォースⅡの姿はなく、部屋の持ち主である八神はやて一人だけだった。

「はやてちゃん、お話って何?」
「ああ、実はな……」

そうしてはやての言った言葉は……





次の日の朝、テントの中で熟睡していたカイの腹部の上に突然伸し掛る重み。
その重みにカイは目を覚ますと、彼の腹部の上にはヴィヴィオが笑顔で乗っかっていた。

「ヴィヴィオゥ、どうした?」

突然のボディアタックに怒ることもなく、カイは笑顔のヴィヴィオが気になって話を聞く。

「えっとね、今日はなのはママとザフィーラと一緒にお出かけするんだよぉ」
「俺カレー?」
「違うよぉ、カレーじゃなくてお出かけだよ」
「ヴィヴィオゥ、今日は……いないのか?」

お出かけ、つまり今日はヴィヴィオと遊べない。その事実がカイを落ち込ませる。

「カイも一緒に行くんだよ」
「俺も?」
「ヴィヴィオ、カイ君の準備できた?」

どうして自分も出かけるのかを聞こうとしたところで、またもやカイの寝ているテントに来客が来た。

「なのはママ」
「グロンギ」

笑顔のヴィヴィオと対照的に怯えた様子を見せるカイ。
そんなカイの様子を見てなのはは落ち込むのだが、それを何とか表に出さずに今回のことについての説明をしてきた。

「お休みが取れたからこれからヴィヴィオとザフィーラを連れて私の実家に遊びにいくんだけど、カイ君も一緒にどうかな?」
「そうだよ、ママの住んでたところはね、海がきれいだからカイも一緒に行こう」

なのはは魔法が使えないため、教導内容が訓練や模擬戦の内容を見ての助言しかできない状況なため、ヴィータ達が教導は自分達に任せてしばらく休みをとるように言われた。
それなら一旦実家に帰ってはどうかというはやての提案もあり、なのはは骨休みとしてヴィヴィオを連れて海鳴に帰ることにした。
ただ、カイに海鳴の海を見せたらという提案には何か裏があるような気がしていたが……。

「綺麗な海……行く」

しかし、カイはそんな裏に何かあるかもしれないことなど知らずに、ただ綺麗な海が見れるということのほうが重要だった。
こうして、カイはヴィヴィオに連れられて第97管理外世界へと出発することになった。





カイ達が機動六課から海鳴へと行くために、転送ポートのあるところへ出発したそのころ部隊長室では……。

「主、カイも出発しましたか」
「うん、今なのはちゃん達と一緒にな」
「よかったのですか、カイをこのまま行かせて」

部隊長八神はやてのもとを訪れたシグナムからはやては質問される。
本来なら魔導師のリンカーコアの活動を停止させるカイを、管理局としてはこのままにしておいて良いはずがない。

「いいわけやないんやけどな。でも……これで確認できる」
「確認……ですか?」

シグナムは、はやての真剣な表情から何かを感じ取った。

「もし、カイ君がいない間にまた事件が起きたら……」
「事件?」

事件の言葉を聞いてシグナムはそんなことが起きたかと、ここ最近の過去の記憶を辿る。
しかし、なのはのリンカーコアがカイの力によって封印されたくらいのことを除けば、既にほぼ解決しているジェイル・スカリエッティが起こした事件しか思い浮かばなかった。

「主、その事件というのは?」
「……まだ下の局員には通達されてへんから、みんなには内緒にしたってな」
「わかりました」
「……シグナム達にはあんまり言いたくないんやけどな、その事件言うんは……魔導師だけを狙っている人間がいるってことなんや」

シグナムの真面目な返答にはやては思い口を開く。

「魔導師だけを狙う?」
「うん、特徴として被害にあった魔導師全員のリンカーコアが消滅している以外の被害は一切なし、襲撃も突然の不意打ちみたいで犯人の姿を見た局員もいない」
「リンカーコアが消滅?」

はやての言葉を聞き、シグナムは10年近く前に起きた……起こした事件を思い出す。

闇の書事件。
闇の書の呪いに侵された闇の書の主である八神はやてを助けるために、シグナム等4人の守護騎士が主であるはやての命を無視して魔導師のリンカーコアを蒐集し、主にかかる呪いを解こうとした。
しかし、それは闇の書の暴走を活発にさせることにも繋がり、はやて達の住む場所すら消滅する危険があった。
それを管理局やその協力者が阻止して事件が解決した。

消滅と蒐集という部分で違いはあるものの、似たようなことをしてきたからこそはやてはシグナム達にはあまり思い出してほしくはなかったから、何人かにしか事件について話していなかった。

「ですが、消失というのは……」
「うん、私のときみたいな蒐集だけやったら時間が経てば回復する。でも、被害者にはその回復の兆しが見られん」
「カイのあの光……ですか?」

高町なのはに起きた現在の状況を考えると、カイの力が事件に関係していると考えるのは難しくない。

「うん、なのはちゃんのリンカーコアは回復の兆しが見えてるけど、まだ以前のように魔法を使えるほどやない」
「確か……カイが自分の腕を盾にしたのでしたね」
「だからカイ君が関係しているのかがはっきりせん。そんなわけでカイ君が海鳴に行っている間に……」

カイが自分の左腕を盾にしたからなのはのリンカーコアが消滅しなかったのかもしれないし、そうではない別の要因かもしれない。
そのため、カイがこの事件に関わっているとも関わっていないともどちらとも言えなかった。

「事件が起きたとしたらカイは白……ということですか」

シグナムの言葉にはやては頷く。
この魔導師襲撃事件が起きたのはヴィヴィオがカイと知り合うよりも前のこと。
そして、機動六課にカイがテント暮らしとはいえ寝泊りしてからは、カイの周囲にサーチャーの設置などもしていなかった。

「う~ん、私の勘やとカイ君やないんやけどな」
「それは……わかります」

はやてとシグナムはカイが犯人ではないと考えている。
しかし、カイの力が今回の事件において重要な要素であることは否定出来ない。
だから、はやてはカイを事件の起きるミッドチルダから遠ざけることを考えた。
生まれ故郷である海鳴に行かせることに抵抗はあったが、地球には強大なリンカーコアを持つ人間は少ない。
そこならば襲撃されるようなこともないと考えていたのと、今のカイの様子ならヴィヴィオがストッパーになるかもしれないという期待もあった。

「そうなれば、フォワード陣に事件の詳細を言うことはできませんが、それとなく注意を促す必要はありますね」
「そうやね、今は最高評議会があんなことになったのとスカリエッティの起こした事件で地上も海もガタガタや。もしかしたら私達がこの事件を担当することになるかもしれんよ」

もともと機動六課が設立された理由ははやてが過去に起きた空港火災事故での対応の遅さを嘆き、それに対して迅速に行動できるような部隊を作りたい。
そのテストケースのようなものとしてロストロギアの捜査と保守管理を目的とした機動六課が設立された。
もっとも他にも別の意味があったが、その別の意味に関係する部分の事件は解決しており、現在は部隊が存続する残りの時間を新人たちの訓練や、今後の進む先を探す以外にはとりたててやるべきことがない。
それに対して他の地上部隊は地上本部において大きな力を持つレジアス・ゲイズ中将が殉職したこともあり、今はそれに対する引継ぎやら何やらで忙しい。
もし、事件に対して何らかの対応が必要になった際、自分達に回ってくる可能性が高い。

「あとは……今後どうなるかやね」

事件が起きればカイの疑いは晴れる。しかし、事件が起きなければカイへの疑いは晴れないが被害者は出ない。
はやては事件に進展があってほしいのか、これ以上事件が起きないでほしいのか、どちらを期待しているのかわからなかった。
そんなとき……

「はやて!!!」

突然現れた機動六課に所属している某執務官。
何か興奮しているのか鼻息が荒い。

「フェイトちゃん、どうしたんや?」
「私にも今すぐお休みちょうだい!!!ヴィヴィオを追いかけなくっちゃ!!!」

そして突然の休暇申請が部隊長へと告げられる。
しかし……

「無理や」
「どうして!!!」

はやての容赦無い却下にフェイトが詰め寄る。

「フェイトちゃんには今回の魔導師襲撃事件の捜査をしてもらわなあかん」
「それは……そうだけど」

はやての言葉にフェイトは平常心を取り戻したかのように……

「なら、私の能力限定解除して!!!」

取り戻してなかった。

「限定解除?テスタロッサ、そんなことをしてどうするんだ?」

突然の限定解除申請をするフェイト、それを不思議に思うシグナム。

「どうするって、真ソニックフォームで一気に捜査を進めるだけだけど?」
「……移動くらいにしか使えないだろう」
「そんなことに貴重な限定解除なんてできへんよ」

捜査というからには現場検証や被害者からの情報収集が必要になる。
限定解除すれば移動は早くなるかもしれないが、それでも空を飛ぶには飛行許可なども必要になってくることもあり、それが通るにも多少の時間がかかることがある。
しかも限定解除には制限時間もあり、捜査をやるにはあまり……というより、解除する必要性は全くなく役に立たない。
そんなわけで……

「私もなのはやヴィヴィオと一緒に海鳴に行きたいのに!!!」
「捜査がんばってな~」
「カイは無視なのか」

泣きながら部隊長室を飛び出すフェイトをはやてはハンカチを振って見送った。





それからしばらくして……。
第97管理外世界地球にカイは訪れていた。
カイは知らないことだが、転送ポートによって転送された場所はなのはの友人の一人『月村すずか』の家である。
前もって連絡しておいたことによって、そのすずか本人ともう一人の友人がなのは達を出迎えるようにして待っていた。
そして、カイを見るなり……

「なのはちゃんが男を作って帰ってきた!!!」

ヴィヴィオを肩車し、少しなのはと離れた位置に立つカイに視線が集中した。

「さて、説明してもらいましょうか」
「なのはちゃん、あの男の人は誰?」

なのはの友人の一人『アリサ・バニングス』の質問に乗るようにすずかも見たことのない男への興味を示す。
それをなのはは説明しようとするが、どうやって説明すればいいのかわからない。
ヴィヴィオの友達であることに変わりはないのだが、どちらかというと同年代に見えるなのは達と関係があると思うのは当然だろう。
ヴィヴィオとカイは隣のテーブルで、すずかの専属メイドであるファリンに出されたお茶とケーキを食べるのに夢中で話には参加していない。

「えっと、カイ君は……その~」

……言えない。
カイに襲われて魔法が使えなくなったなんて言ったら、アリサ達にどんなふうに受け止められるかわかったものではない。
例えば……

実は……カイ君に襲われちゃって魔法使えなくなっちゃった、テヘ。

襲われたってなのは、あんたもしかして……ヤラれちゃったの?

なのはちゃん、ヤラれちゃったって本当?

それならもう責任取らせるしか無いじゃない!!!

以上、シミュレーション終了。
子どもの頃からまともに男性に関する話で盛り上がることがなかっただけに、想像以上に大事になりそうなのがなのはにはなんとなくわかった。
というわけで、

「……最近知り合った男の子?」

とりあえず当たり障りの無い言葉で切り抜けることにした。

「激気、甘くて美味い」
「激気じゃなくて、ケーキだよぉ」

話題の真ん中にいるはずなのに、隣のテーブルで話しに全く関わらずにケーキを食べるカイになのはは恨むような視線を向ける。
しかし、それを理解できるカイではないことを知ってもいるのでため息を付くことしかできなかった。





アリサとすずかの魔の手から一時的に逃れたなのはと、その後をついていくカイとヴィヴィオとザフィーラは、なのはの両親の経営する喫茶店『喫茶翠屋』へと移動するべく歩く。
なのははアリサやすずかからの追求を、とりあえずヴィヴィオ達を両親のところに送ってから詳しい話をするという口上で逃げ出した。
後はのらりくらりと躱していけばいつかは二人とも忘れるだろうと淡い期待をしながら……。
しかし、ここ『喫茶翠屋』でも同様の試練がなのはを待っていた。


「いらっしゃいませ」
「ただいま、お姉ちゃん」
「なのは?」

店内に入って真っ先に出迎えてくれたのがなのはの姉である高町美由希。
今の時間はそんなに客もいないのか、フロアに出ているのは美由希一人でも充分なのか他に働いている人はいない。
カウンターのほうにも休憩を取っているのか、マスターであるなのはの父、高町士郎の姿も見えない。
突然の帰郷に美由希は驚くが、さらに入り口から入ってきた人物を見てさらに驚くことになる。

「お父さん、お母さん、なのはのお婿さんが来た!!!」
「え?」

美由希の叫びになのはは後ろを見てみると、ヴィヴィオを肩車したカイがポカンとした表情で立っていた。
ちなみに、ザフィーラは店の前で待っていることにしたようだ。

「そうかそうか、ヴィヴィオのお友達なのか」

それから慌てて出てきたなのはの父である士郎と同じく母である桃子、仕事が休みなのかくつろぎに来たリンディ・ハラオウンへのカイの紹介が始まった。

「そうだよ~、ヴィヴィオが自分で見つけたお友達なんだよ」

そんなヴィヴィオにとっての祖父母にあたる人達に、自慢するようにヴィヴィオはカイを紹介した。
ヴィヴィオの母親のなのはは、そろそろ紹介も終わっただろうと翠屋にやってきたアリサとすずかに拉致られて、今は遠いどこかにて尋問されていることだろう。

「カイ、紹介するね。なのはママのママの桃子さんとママのパパの士郎さん」
「よろしく、カイ君」
「ヴィヴィオと仲良くしてあげてね」

二人はヴィヴィオの紹介に笑顔でカイに声をかける。

「隣にいるのがなのはママのお姉ちゃんの美由希さん」
「あはは、さっきは間違えちゃってゴメンね」

美由希は先程騒いでしまったことを言っているのか、カイに頭を下げる。

「最後にフェイトママのママのリンディさん」
「カイ君ね、フェイトから話は聞いているわ」

リンディも孫のような存在が連れてきたカイを歓迎する。
カイは紹介された四人の顔を見て……

「……ミュッキー」
「うん、色々アウトな感じだから」

最初に美由希の名前を言えず……

「ヴィヴィオゥのママのママ、ヴィヴィオゥのママのパパ」

ヴィヴィオの言葉から、考え出された結論。
カイは士郎を指さすと……

「士郎爺ちゃん」

間違いではない。ヴィヴィオにとっては確かに高町士郎はお爺さんだ。
しかし……

「カイ、だめ!!!」
「それは禁句だよ」

ヴィヴィオと美由希が次に言うだろうカイの言葉を止めようとする。
だが……

「桃子婆ちゃん、リンディ婆ちゃん」

その努力は無駄となり、ここ『喫茶翠屋』の時間が止まった。
カイが三人の名前をちゃんと言えたことを気にする者は誰もいなかった。

「ん?みんなどうした?」

カイはなんとなく変な雰囲気になった店内に戸惑う。
しかし、桃子もリンディも笑顔のまま……

「士郎さん、少しこっちに来てくれる?」
「桃子さん、手伝うわ」
「美由希、少しだけお店お願いね」
「あ、うん、わかった」

桃子が士郎の右肩を掴み、それを習うようにリンディが左肩を掴む。
美由希はとりあえず触らず神にたたりなしと思ったのか、深く追求することはやめた。

「え?あれ?なんで俺が連れ出されるの?」

カイが不思議に思う中、桃子とリンディが士郎を確保して奥へと引っ込む。

「二人ともしばらくお外で遊んでおいで」
「カイ、お外……行こうか」
「うん、海、見に行く」

美由希はこれから起こるだろう惨劇をヴィヴィオに見せないために遊んで来いと送り出し、ヴィヴィオもこれ以上ここにいたら危険だという思いがして外に行くことにした。
カイだけはそんなことを気にせずに先に行くヴィヴィオの後を追う。

「カイ君、せめてこの誤解を解いていってほしいんだが」

奥から士郎の悲鳴らしきものが聞こえてくる。
しかし、カイは奥で何が起きているのかわからない。士郎の身に起きていることの理由が自分にあることすらわからない。

「ここ、一階」
「そうだね、翠屋には五階も六階もないよね」
「カイ、そういうわけじゃ……まあ、いっか」
「ヴィヴィオ、カイ君、桃子達を、桃子達を説得してから出かけてくれ!!!」

美由希がカイの言葉に同意し士郎が助けを求めるものの、その助けを求める声に誰も答えない。
ヴィヴィオもカイに説明するのを諦め、ザフィーラを連れて外に行くことにした。





カイとヴィヴィオとザフィーラが海岸沿いでの散歩を続けていくと、近くで子供たちの笑い声が聞こえてきた。
カイがキョロキョロあたりを見渡すと、少し離れた場所にある建物から聞こえてきたのだろう、子供たちが前にいる男のやっていることを笑顔で見ていることがわかった。

「ヴィヴィオゥ、あれなんだ?」
「あれ?……あ、保育園かな」
「……ホイクエン?」

ヴィヴィオにとっては聞き慣れた言葉だとしても、カイにとっては現在の教育システムなど知るはずもない。

「……あ、保育園っていうのはね、子供たちが集まって遊んだりするところなんだよ」
「子ども……遊ぶ」

なんで子供たちが集まるのかは知らないが、子どもと遊ぶという言葉だけはカイにも理解できた。

「カイ、どうしたの?」
「ヴィヴィオゥ、俺の肩に乗る」
「乗るって、きゃあ」

すかさずカイはヴィヴィオを肩車して保育園と言われる場所に足を向ける。
ザフィーラはそんな光景を特に止めるでもなく、黙ってついていくことにした。





閉じられていた門を飛び越えて保育園と言われる場所に侵入したカイ。
そして、集まっている子供たちの後ろから前でやっていることを覗き込む。
そのとたん、カイの目には見たこともない光景が映し出された。

カイの目の前にはまるで魔法でも使ったような光景が広がる。

目の前でいくつものボールが踊るように舞い飛ぶ。

そして、飛んだボールは重力に逆らえなくなり下へと落下する。

しかし、落下したボールは一人の青年の手に収まり、再び力を取り戻したかのように空へと舞い上がる。

ただ一つのボールも地面に落ちることはない。

永遠に……そう、永遠とも感じてしまうほどの光景をカイはただ黙って見つめていた。





ボールの舞が終わる。
それと同時に子どもが前に立つ青年に拍手する。
ヴィヴィオもそれに釣られたように拍手をして、ザフィーラも声には出せないものの感嘆する。

「……すごい」

しかし、カイは拍手するのも忘れ、目の前に広がった光景をただ言葉にすることしかできなかった。





ヴィヴィオとザフィーラの目の前でボールが空を舞う。
しかし、先程の青年がやっていたときに比べて数は少なく、三つのボールしかなかった。
そのボールはそれを操っている人物の手に……

「ワン」
「つぅ~」
「きゃん」

戻ることなく、ザフィーラが落ちてきたボールを口でキャッチし、カイとヴィヴィオの頭の上に落下した。

「もう一回」

カイは拾ったボールをもう一度上に放り投げる。

「いつっ」
「にゃ~」
「ワン」

今度はカイ、ヴィヴィオ、ザフィーラの順にボールが頭の上に落下する。

「カイ、ヘタッピ~」
「これ、難しい」

先程やっていた青年のマネをして、カイはボールを操る。しかし、思ったようにはいかずボールはあさっての方向に飛んでいくだけだった。

「やっぱり、最初から上手くはできないよね」

何度も失敗するカイの様子を見ていた青年は、カイからボールを受け取って手本とでも言うように先程やったパフォーマンスを行う。
しかも、カイは三つでも苦戦していたのにボールを五つ使ってだ。
なぜカイがこんなことをやっていたのかというと、カイが先程のことを熱心に見ていたのを知った青年がカイに少しやってみないかとボールを貸したのだ。
しかし、結果として散々な結果が出てきただけだった。

「俺、お前みたいにできない。子どもたち笑わせられない」

カイは落ち込んだような言葉で青年に声をかける。

「それはそうだよ」

しかし、青年はカイの言葉を肯定するが明らかに違う意図を持ってカイに話しかけた。

「あなたが俺になれないように、俺もあなたにはなれない」

青年はまるで言い聞かせるようにゆっくりとカイに何かを伝えようとする。

「それに……俺のようにできなくても、ちゃんと誰かを笑顔にできてる」
「ん?」

青年の言葉にカイは首を傾げた。
自分は何も成功していない。青年のやったように上手くできなかった。
それなら子ども達が笑顔になるわけないと思っている。

「ほら、見てみなよ」

青年はカイに辺りを見るように視線を向けた。
カイも青年の視線を追うように後ろを見た。
そこでカイは信じられないものが見えた。
青年のパフォーマンスが終わって、子どもたちはヴィヴィオとザフィーラを除いてみんながそれぞれ遊びに行っていたはずだった。
なのにいつのまにか、全ての子どもたちではないが、何人かの子どもたちがカイを見て笑っていた。
ヴィヴィオもカイの失敗がおかしかったのか笑っている。
笑わせたというよりは笑われているといったほうがいいのかもしれないが、それでも確かに子どもたちは笑っていた。

「ほら、人を笑顔にするのにコレは関係ないよ」

青年はそう言って左手に持ったボールを上に放り投げながら、右手で親指を立ててカイに向けた。

「それ……なんだ?」

カイは見たこともないその仕草に疑問を持つ。

「あれ、知らない?古代ローマでの納得できるような行いをした人に贈るサイン……みたいなものかな?」
「……納得できる行い」

青年はカイのやったジャグリングもどきを賞賛する意味でカイに向けてサムズアップをした。
しかし……

「俺、そんなことできない」

そう言ってヴィヴィオを連れて保育園を出て行くカイを、青年は心配そうな目で見送ることしかできなかった。
それから『喫茶翠屋』にカイとヴィヴィオとザフィーラは戻る。
戻ったところでは何かに怯える士郎と、それについて全く気にしない桃子とリンディ、父親である士郎を可哀想な目で見る美由希だけだった。
その後に先に仕事を上がった美由希と一緒に高町家に向かい、なのはの休暇が終わるまではそこで過ごすことが決まったのだった。





「はぁ、やっと開放された」

アリサとすずかに尋問を受けてたなのはは、疲れた様子で玄関で靴を脱いだ。

「ご飯はすずかちゃんのところで食べてきたし、今日はお風呂に入ってもう寝ちゃおうかな」

本当ならヴィヴィオと一緒に遊ぼうと考えていたが、そんな余裕は今はない。

「お母さんただいま。お風呂湧いてる?」
「お風呂なら今ヴィヴィオと……」
「ヴィヴィオが入ってるんだ。なら私も入ってくるね」

桃子が最後まで言おうとしたところで、なのははヴィヴィオが入っているという言葉を聞いて自分も入ろうと脱衣所に行って服を脱ぐ。

「ヴィヴィオ~、なのはママも入ってい~い?」
「なのはママ?おかえりなさい、入ってい~よ」

一応愛娘からの了解を得て、なのはは扉を開ける。
そこで見たのは……

「カイ、ちゃんと体洗わないとダメだよ」
「俺、お風呂嫌い」
「ダ~メ~、ちゃんと洗わないと汚いんだよ」

ヴィヴィオによって風呂に強制連行されたカイの股間だった。




「ふう、いいお湯だった」

先程の不意の遭遇からしばらくして……。
突然のなのはの乱入にカイが風呂から脱出した。また、裸を見られたことはとりあえず忘れたことにした。
カイも体や髪は洗い終わっていたので、ヴィヴィオはそれ以上は逃げるカイを追うようなこともせず、少しだけなのはと一緒に風呂に入った。
風呂に入っている最中、なのはが何故か赤い顔になっていた理由をヴィヴィオはわからなかったが……。

「あら、もう上がったの」

リビングに来たなのはを向かえる桃子。
その両腕には一枚の毛布があった。

「お母さん、それどうするの?」
「これ?カイ君のところに持っていこうと思ってね」
「カイ君のところ?そういえばカイ君はどこで寝るの?」

ヴィヴィオは今も残してあるなのはの部屋で寝ることになっているが、カイも同じというわけにはいかない。

「カイ君ならザフィーラと一緒に道場にいるわよ。なんか落ち着くんですって」
「道場に?……お母さん、それ私が運ぶよ」

そう言うとなのはは桃子から毛布を受け取り、道場へと足を向けていった。

「カイ君、起きてる?」

道場の扉を少し開いて、尋ね人が起きているか聞いてみる。
しかし、返事がない。

「入るよ」

扉を自分が入れるくらい開いて中に入る。
暗い道場の中を少し目を凝らしてみると、道場の真ん中でザフィーラを枕がわりにしているのか、カイが穏やかな表情で眠りについていた。
なのははそんなカイを起こさないように足音を忍ばせて近寄っていく。

(高町か)
(ザフィーラ、起きてたんだ)
(ああ、あまり声を出すとカイが起きる)

念話でザフィーラが声をかけてきた。ザフィーラの言葉に従って、なのはもあまり声を出さずにカイに近づく。
ザフィーラの方もカイを起こさないように気を使っているのか、あまり身じろぎすることもなくその場にしゃがみこんでいる。
とりあえず本来の目的である毛布をカイの体にかける。

「ん……ガド……ル」
「……寝言かな?」

穏やかな寝顔だったのだが、ほんの少しだけ悲しそうな表情でカイが何かを言っている。
もちろん、なのはにはその言葉の意味はわからない。

「カイ君、今までどんな世界で生きてきたんだろうね」

誰に聞かせるでもなく、なのははただ思ったことを口に出して道場から出て行った。





それから数日経ち、なのはの休暇が終わってミッドチルダに戻る朝。

「ヴィヴィオ、お休み取れたから一緒に遊ぼう」

何やらいろいろ遊び道具を抱えた某執務官が、これから出発しようと家を出るところだったカイ達のところへやってきた。
どうやら事件に進展はなく、一応の捜査が終了したこともあって休暇を取って飛んできたらしい。

「あ、フェイトちゃん。私は今日で休暇が終わりなんだ。それでカイ君と一緒に戻るようにってはやてちゃんから連絡があって……」
「ヴィヴィオも一緒に帰るんだよ。カイ一人だと遊び相手いないもん」

その言葉を聞いてフェイトは、背中に背負った荷物や手に持った遊び道具を落とすことしかできなかった。










今回のリリカル的タイトルは『喫茶翠屋は一階だけのお店です』でクウガ的タイトルは『疑惑』でしょうか。……始めてクウガ的タイトルがまともになった気がします。







[22637] 第7話 後悔
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:26




「カイ君が帰ってくるまで事件は何も起きんかった」

なのはの少し長めの休暇が終わり、ヴィヴィオとカイと共に(傷心の某執務官含めて)帰ってくるのを見たはやてはため息をついた。

「これで、カイ君は黒に近い灰色から変化なし……か」

ここ最近ミッドチルダで起きる魔導師だけを狙ったリンカーコア消失事件。
その容疑者として目をつけられているのがカイだった。
理由はカイが以前なのはを襲ってしまったときに、なのははカイの攻撃でリンカーコアを封印されてしまったからだ。
その封印のメカニズムは解明されていないが、カイが放つ光が関係しているという予測は立っている。
そして、なのはのリンカーコアが消失ではなく封印されたのは、カイの放つ光がそのままなのはに打ち込まれたのではなく、カイが自分の腕を盾にしたから消失まではいかなかったというのが機動六課としての見解だった。
そんなことを考えていると、突然通信を知らせるコールがはやて一人の部隊長室に響く。

「通信?クロノ君から?」

最高評議会が無くなり、現状の管理局の立て直しが急務となったことにより、事件関係以外の連絡をまともに寄こさなくなった友人からの通信が入り、はやてはまたもや事件が起きたのかと考える。

「こちら機動六課部隊長の八神はやてや。クロノ君、お久しぶりやな」

事件かもしれないということで、はやては真面目に通信をつなぐ。

『久しぶりというほど久しぶりではないだろう、はやて』
「そうやね、それで今日はどうしたの?」

やつれた表情をしたクロノに労いの言葉をかけるでもなく、はやては先を促す。
それというのもクロノがなんでやつれているのかを知っているからだ。
以前、はやてはなのはに頼んでカイとコミュニケーションを取れるようにするべく、無限書庫の司書長であるユーノ・スクライアに言葉の翻訳やカイの言葉の教育を頼んだ。
それによって無限書庫の業務が通常より遅れ、そのしわ寄せにクロノが苦労していたことを理解していた。

「実はな……」

クロノから語られた話に、はやてはまた面倒なことが起きたと感じずにはいられなかった。





はやてがクロノから連絡を受けているとき、フェイト・T・ハラオウンは至福の時を過ごしていた。
近くにお邪魔虫(カイ)がいるものの、久しぶりの休みを取ることができ、ヴィヴィオと同じ時間を過ごしているのだ。
そのフェイトにとってお邪魔虫なカイは、フェイトが前もって買っておいたシュークリームを渡してあるので、カイはそれを食べるのに夢中になり二人の時間を邪魔するものはいない。
なのはも新人フォワードの教導を見に行っているため本当に二人きりだった。
そんな幸せの絶頂にいるフェイトのところへ……

『みんな、少しええかな』

突然通信が入った。

『みんなには悪いけど緊急事態や。フォワード陣は全員急いでブリーフィングルームに集合してな』

全員、しかも緊急事態、これではさすがに休暇中と言ってサボるわけにもいかない。
そんなわけでフェイトは泣く泣く愛娘のもとを去らなければならなかった。
背後で……

「フェイトママお仕事だって」
「エイトマン変態だ」
「それを言うなら大変だよ。それじゃカイ、今日は何して遊ぶ?」
「う~ん、ヴィヴィオの好きなことでいい」
「それじゃ~ね~、お医者さんごっこ」

などという、フェイトにとって羨ましいような会話を聞きながら……。

その数分後、機動六課内でブリーフィングルームに続く通路では……

「私だってヴィヴィオの診察したいのに!!!患者さん役で何枚でも脱いであげるのに!!!」

涙を流して疾走する某執務官がいたとかいないとか。
そして、某執務官の叫びを聞いた男性局員が、しばらく前かがみになって動けなくなったとかならなかったとか……。





「テロ……ですか?」

はやては高町なのはを含めた機動六課フォワード陣を、クロノからもらった情報を伝えるべくブリーフィングルームへと集めた。
本来なら休暇中のフェイトもヴィヴィオと遊べないと泣いていたが、テロのことを伝えるとすぐに佇まいを直して執務官としての顔を取り戻す。

「うん、犯行予告時間は明日の24時、襲撃場所はミッドチルダ地上本部」
「どこでそんな情報を?それに、テロというからには相手側の主張もあるんじゃないですか?」

ティアナは前もってテロの情報を手にしたことを不思議がる。
確かにテロには二種類のやりかたのようなものがある。
前もってテロを予告して自分達の主張を伝える者。
テロを起こしてから自分達の目的を伝える者。
この場合は前者と考えていいだろう。
しかし、そのどちらにも当てはまらなかった。

「クロノ・ハラオウン提督がとある情報源から入手したんで、犯行声明もなんもない。そんでもって、その情報元は……ジェイル・スカリエッティ」
「スカリエッティから?」

終わったはずの事件関係者の話が出て、前もって話を聞いていなかった者が驚く。

「なぜスカリエッティからそのような情報が?」
「それはな……」

ティアナからの続けての質問に、はやてはクロノから聞いたことを思い出すように口を開いた。
もともとスカリエッティとテロを行う人物に直接の面識はなく、その人物がスカリエッティに接触したときもスカリエッティは相手にしなかったらしい。
その人物も管理局には恨みがあったのか、スカリエッティのことを調べ上げて協力して地上本部を襲撃しようと思っていたらしい。
そのためにスカリエッティと接触しようとしたのだが、スカリエッティからは無碍にあしらわれた。
ただ、あまりにもしつこく接触を求めてくるため、スカリエッティは適当なものを作って渡したというのが大まかな内容だった。

「スカリエッティが言うには、管理局が今のこの混乱した状況でどれだけ踏ん張れるかを見るために管理局に情報を渡したみたいやけどね」
「なんて迷惑な奴」
「いや、そう悪い話だけでもないんや」

みんながスカリエッティに文句を言いたそうになっているのを尻目に、はやてはまだ出していない情報を提示する。

「スカリエッティの作った物がちょっと問題あってな、それについての情報も一緒に入手できたんや」
「スカリエッティの作ったもの?」
「うん、えっとな、持ち主のリンカーコアの影響を受けて爆発する特攻兵器……らしいんや」
「……どういうことですか?」
「それはな……」

はやての説明を簡単に説明するとこうだ。
その兵器というのはスカリエッティが冗談で作ったものなのだが、設定された持ち主のリンカーコアを動力源にしている。
兵器そのものに魔法を強くする要素などは全くなく、持ち主のリンカーコアに著しい消耗などが出た場合に起動し、広範囲を破壊するような威力を持った爆弾のようなものになるという物らしい。

「えっと……つまり魔力ダメージを一定以上与えたら爆発するんですか?」
「そうなるな」

スバルが少し考えて出した結論は的を得ていたようで、はやては特に否定することなく頷いた。

「となると魔力ダメージでのノックアウトは不可能……捕縛するしかないね」
「ああ、それもストラグルバインドとかの魔力に作用するバインドじゃなくて、ただ相手の動きを止める普通のバインドくらいしか使えねえ」

現状の状況から完全な武力制圧では被害が出ると感じたフェイトは、すぐさま捕縛による無力化を考え、ヴィータもそれに必要となる要素を提案する。
しかし、ここで一つ問題ができた。

「問題は……今のウチの戦力で相手を無力化できるだけのバインド魔法を使える魔導師がいないっちゅうことや」
「え、でも、バインドならなのはさん……あ」

そう、はやての言うように現状で前線を支え、なおかつ強固なバインドを使える魔導師が機動六課にはいなかった。
エリオがただ一人思い当たると感じたなのはは魔法を封印されている。
無論、他のフォワードメンバーでもティアナやキャロ、フェイトらも使うことができる。
ただ、前者二人は地力においてまだ未熟であり、後者はどちらかというとバインドに頼る戦いをするタイプで無い以上、今回の件で決定的な有効打とするには不十分だった。

「シャマルは後方支援タイプやし、ザフィーラも攻撃的な防御やもんな」

サポート主体のシャマルなら可能性はあるかもしれないが前線に出るには不安がある。
ザフィーラはバインドというよりは相手の攻撃を受け止めて、尚且つ攻撃に転じるという『鋼の軛』が主体なので、相手にも魔力ダメージを与えてしまう可能性が高い。

「私のほうでもう少し考えてみるから、みんなはとりあえず明日に向けて準備したってな」

このまま集まっていてもいい案が出ないと感じていたのか、はやてはミーティングを早々に切り上げ、ほとんどのメンバーがブリーフィングルームから退室する。
そんな中、はやては示し合わせたように残った隊長陣と続けて対策を考える。

「魔力ダメージは起爆する可能性が高い」

スカリエッティの言っていたことが本当かはわからない。
しかし、聞いてしまった以上そのことを考慮しないと行けないことも事実だった。
これを犯罪者のただの戯言で片付けてしまっては、もしものとき大変なことになる。

「シャマルの旅の鏡でのリンカーコアの蒐集もダメ」

シャマルのあれはリンカーコアを徐々に奪うようなもののため、蒐集途中で起爆する恐れがある。

「バインドでの拘束は現状の私らの戦力じゃ難しい。なのはちゃんの魔法は封印されてもうたし……」

機動六課内で誰よりも強固なバインドを使えるなのはは現状前線に立つことができない。

「……封印?」

はやてが先程自分で言った言葉に、何かを思いついたのか黙りこむ。
魔法を……リンカーコアを封印できる人物がこの機動六課内にたった一人いる。
でも、その人物はこちらで保護しているようなものであり、機動六課の隊員でも管理局の局員でもない。
そんな人物を勝手に作戦に組み込むわけにもいかないと考え、はやてはその考えを飲み込んだ。
こうして、翌日のテロに備えて対応するべく機動六課はできるかぎりの準備を進めることとなった。





ブリーフィングルームでの会議が終わり、機動六課新人フォワード陣も明日の準備をするため、その日の教導は中止となった。
スバルとティアナと別れたエリオとキャロは準備といっても教導の疲れを取るくらいで、特に急いでしなければならないこともなかった。
それならというわけでもないが、普段からフェイトに時間があればヴィヴィオの相手をしてほしいと言われていたこともあったので、ヴィヴィオのところへ向かうことにした。
フェイトがヴィヴィオの相手をエリオとキャロの二人に頼み終わったときに、カイ一人にヴィヴィオを独り占めさせないとか言っていたような気がしたが、それはとりあえず忘れておいた。
そして、普段ヴィヴィオとカイが遊んでいる芝生に覆われた敷地に来ると……

「待て~、せんせ~の言う事聞きなさ~い」
「やだ!!!これ脱いだら俺寒い!!!それに、それ怖い!!!」
「ヴィヴィオ……じゃなかった、せんせ~は痛くしないし怖くしないってば!!!」

シャマルから借りたのか、白い白衣を引きずりながらカイを追いかけるヴィヴィオ。
白衣に怯えて逃げるカイ。
それを木陰で平和そうに見守るザフィーラという光景が見えたのだった。

「エリオ君、あれ……なんだろ?」
「えっと……なのはさんのアクセルから逃げる僕達……かな?」
「ヴィヴィオがなのはさんで、カイさんが私達なんだ」

エリオの解釈に遠い目をしてキャロはその光景を見続けた。

「私達っていつもあんな感じなんだねぇ」
「そうだね」

エリオもキャロの言葉に遠い目をしながら同意することしかできなかった。





それからしばらくして、本気で逃げてなかったのか、それともヴィヴィオが泣き出しそうだったからなのかはわからないが、カイはヴィヴィオに捕まり服を脱がせられた。
そこに来てようやくエリオとキャロも二人がやっていたのがヴィヴィオの『なのはさんごっこ』ではなく、『お医者さんごっこ』で患者のカイが医者のヴィヴィオから逃げているということに気づいたのだった。

「ん~、これはあれですね~」
「ヴィヴィオゥ、俺……寒い」
「シュークリームの食べ過ぎですね~。あと、せんせ~ですよ~」
「俺……寒い。お腹……冷える」

聴診器をあてるマネをしながらヴィヴィオはカイの診察を続け、エリオとキャロはそれを少し下がったところでザフィーラと一緒に見学していた。
しかし、本来なら微笑ましいはずの光景にも二人は笑うこともできずにしょんぼりしていた。

「エロ、ギャオどうした?」

そんな二人の様子を気付いてか、カイが海鳴へ旅行に行ったときになのはの兄である恭也からお下がりでもらった服をヴィヴィオから無事奪還して聞いてきた。
エリオとキャロは今回の作戦のことを言ってもいいのか悩むが、作戦内容まで言わなければ問題はないだろうと考えカイに言うことにした。

「えっと、明日の夜なんだけど、ルーちゃんのお母さんが治療を受けているところで大変なことが起こるかもしれないの」

はやてから言われてキャロ達が最初に思ったことが、地上本部の近くにある医療施設に収容されている今も眠り続けるルーテシアの母親のことだった。
ルーテシアは現在、海上隔離施設にて更生プログラムを受けながら母親の目覚めを待っているところだった。
しかし、カイにはそんな細かい事情を知るワケもなく……

「……ブータン?」
「違うよ、ルーテシア」
「ルーちゃん怒っちゃうよ?」

やはり人の名前をちゃんと言えないカイにエリオは訂正するが……

「……プータン?」

それを簡単に理解できるカイではない。

「えっと、とりあえずルーちゃんのお母さんが入院している施設の近くで大変なことが起きそうなんです」
「プータンのママの近くで大変なこと」

それだけは伝わったのか、カイもなんとなく落ち込んだ表情をした。
ヴィヴィオはまだよくわかっていないのか、カイの背中に飛び乗って喜んでいる。

「あ、カイさんが気にしなくても大丈夫ですよ。僕達がそれを食い止めればいいだけですから」
「そうですよ、カイさんはヴィヴィオと一緒に遊んであげてください」

そう言ってエリオとキャロはその場を離れたが、カイはエリオ達の話を忘れることができなかった。





それから次の日、その日も夕飯近くまでヴィヴィオと遊んでいたものの、カイの頭には昨日のことが頭から離れていなかった。

「カイ、明日も一緒に遊ぼうね」
「うん、明日もヴィヴィオゥと遊ぶ」
「明日はおままごとするからね」
「……わかった」
「じゃあ、おやすみ」

ヴィヴィオが手を振って寮に戻るのを、カイも手を振って見送る。
そして、ヴィヴィオが見えなくなるまで見送った後……

「エロとギャオの友達のママが大変……俺、行く」

ヴィヴィオの友達と言えるエリオとキャロのために何かを決意したカイが行動を開始した。





「ほんじゃあ、内容を説明するよ。恐らくテロリストは地上本部の破壊を企ててるやと思う。それを前もって捕縛するんが私達の役目や」

雲一つない月明かりの下で移動するヘリの中、はやては全員に向かって今回の作戦内容をもう一度確認するべく話しだす。
ヘリに乗っているのはスターズ分隊はヴィータとスバルとティアナ、ライトニング分隊はフェイトとシグナム、エリオとキャロとフリード、ロングアーチははやてとリインフォースⅡとヘリパイロットのヴァイスを合わせて10人と1匹だけである。
なのはは機動六課本部からの情報管制を担当し、はやてとリインフォースⅡは現場での指揮をとることになっている。

「八神部隊長、どうして地上本部の破壊だと思うんです?」

そんなはやての話に何か疑問を感じたのか、ティアナがはやての言葉の意図を確認する意味の質問を投げ返す。
フェイトもそれを考えていたが、あくまで新人達が少しでも自分達で考えるクセをつけてもらおうと考えていたため、はやてに質問しなかった。
もし誰も質問しなければ自分で説明していただろうが……

「うん、あのあとクロノ・ハラオウン提督からの連絡があってな、どうやらテロリストはスカリエッティの作ったもんを高性能な爆弾か何かと勘違いしているようなんや。それを地上本部に設置して爆破、混乱を起こそうとしてるんやないかな。今の管理局の現状なら、地上本部を破壊……そこまではいかなくても、被害が出るようなことになれば大きな混乱が起きると言ってもええやろ」

地上本部のカリスマ的存在とも言えたレジアス・ゲイズ中将がいない今、地上本部全てを統括できるような者が存在しない。
そのため、建物とは言え地上本部が破壊されるような事態は避けなければならない。

「そんなわけで、スターズとライトニングの2部隊に分けて周辺の警戒や。陸士108部隊も応援にきとるから、そっちとも連携してな」
「情報管制はリインがしっかり務めるですよ」

こうして大まかな方向性を決めて、残りはヘリが現地に到着するまでの時間を待つだけになった中、突然通信がつながってきた。

『こちらロングアーチ、八神部隊長よろしいですか?』

はやての目の前に現れた空間モニターにはグリフィスが焦った表情で出てきた。

「グリフィス君、どないした?」
『実はカイが……行方不明になりました』
「なんやて?」
『現在なのはさんとザフィーラ達が探しているのですが、ザフィーラからの話だと機動六課から出ていった可能性があるとのことです』
「なんちゅうこった」

魔導師襲撃事件のカイへの容疑はまだ晴れていない。
これでもし今日魔導師襲撃事件が起きたら、カイへの容疑は余計強くなる可能性が高い。
しかし、カイの捜索だけに手を回すことも難しかった。

「それならカイ君の捜索は後回しや。みんなは今回の作戦のバックアップをしっかりやってや」
『わかりました』

はやての言葉が終わるころにヘリが目的地に到着し、そのままヘリを降りて各分隊に分かれてそのまま周辺の警護へと移っていった。




機動六課と陸士108部隊が協同して付近の警護をしているころ、目的のテロリストは地下水道を通って地上本部の真下まで近づいていた。

「まさか地下水道から地上本部に出るなんて思ってもいないだろう」

テロリストは自分の考えが当たったと感じているのか、辺りに誰もいないと腹をくくったかのように独り言を言いながら梯子を登る。
ここを登れば地上本部のすぐ近くに出ることができる。
しかも、あまり人目につかない位置に出るのは確認しているし、地上本部付近の警備も調べが付いている。
後は地上本部にスカリエッティからもらった爆弾を設置すればいい。
そういった考えがあり、機動六課やその他の部隊が前もってテロリストの行動を把握できたことに気がついていないこともあり、特に警戒せずに地上へと躍り出た。

「よし、後は……」
「お前……何してる?」

地上本部に向かうのみと言おうとしたところで、背後から声をかけられた。

「誰だ?」

テロリストが振り向いた先には、ポカンとした表情のカイが一人立っていた。
とりあえず嫌な予感がするところに向かって走って、偶然なのか必然なのかここにたどり着いた。
テロリストは最初は管理局に見つかったかと思っていたのだが、目の前のカイはどう見ても管理局の魔導師ではなさそうだった。
カイも突然マンホールの下から人が出てきたのに驚いていた。
マンホールの下はカイにとっては寒さをしのげるような場所ではあるが、あまり人が来るような場所ではない。
そんな理由もあって、マンホールから人が出てきたことを疑問に思っていた。

「お前、なんでここから出てきた?」
「んなもんお前は知らなくていいんだよ。それより速くここから離れな」

カイにそう言い残すと、テロリストは誰にも気付かれないように地上部隊へと近づいていく。
そして、地上本部のすぐ傍までくると、身につけていたスカリエッティ特製の爆弾を体から外そうとして……動きが止まった。

「……外れない」

テロリストの身につけている爆弾は黒い金属製の部品の中央に青く輝くクリスタルが埋め込まれている。
本来なら装着者のリンカーコアの変化に合わせてクリスタルが点滅し徐々に赤くなって、それが限界まで達すると爆発する仕組みになっているので、装着してから簡単に外れるわけがない。
しかし、テロリストにそのことはわかっていない。
設置すればいいものと考えていたため、そこまで使い方を気にしていなかった。
そんな彼のすぐそばでは……

「それなんだ?」

テロリストに興味を持ったのか、カイが興味深げにテロリストをすぐそばで見つめていた。

「な、なんでお前がまだいるんだよ」
「それ、なんだ?」

テロリストの言葉を無視するように先ほどの質問をカイは投げかける。

「しょうがねえな、いいか、これはこの前ミッドチルダを揺るがしたあのスカリエッティの作り出した高性能な爆弾だ。こいつを使ってここを吹っ飛ばすんだよ」
「吹っ飛ばす?」
「そうよ、これで俺を見下した連中に仕返しするってわけさ」

他の人が聞いたらその低レベルな逆恨みに呆れることだろうが、テロリストはそのことを全く考えていないし、カイもそこまで話の内容を理解しているわけではなかった。

「ここ……壊れるのか?」

しかし、ここが大変なことになるということはわかったのか、カイの表情がやや険しくなる。

「ん?ああ、まあな。ここら一体は火の海になるんじゃないのか?ほら、そこの管理局が関係している医療施設も吹っ飛ぶと思うぜ」

テロリストが向かいにある大きな医療施設を指差すと、カイはエリオとキャロの言っていた友達の母親のいる場所だとすぐにわかった。

「それ……ダメだ」

そのことがわかった以上、カイはそのテロリストの行動を止めるしかない。

「ここ壊したら……プータンのママが大変だからダメだ」
「はぁ?お前、何わけのわかんないこと言ってるんだ?」
「ダメったらダメだ!!!」

テロリストの行動を止めようとするかのように、カイはテロリストの体を押さえつける。
しかし、テロリストも一応は魔導師である。
すぐさまデバイスを起動すると同時にバリアジャケットも展開して、カイから距離をとる。

「お前、さっきから聞いていればいい気になりやがって……俺の邪魔をすんじゃねえよ!!!」

叫んだテロリストがデバイスから魔法を放つ。
カイはそれを何とか回避するものの、テロリストとの距離が開く。
そして、テロリストの体に装着されているある物体の変化に気がついた。
体に装着された物体のクリスタルにあたる部分が点滅を始めたのだ。

「おらおらおらおら!!!」

テロリストはそんなことお構いなしに連続して魔法をカイに打ち込む。
それと同時にクリスタルの点滅も徐々に速くなり、色も変化してきた。
カイはなんとなくそれが大変なことが起きる元凶と感じたのか、それを止めようとテロリストの魔法を回避しながら近づいていく。

「お前、攻撃やめる。嫌な予感がする」

カイが何とか攻撃をやめてもらえるように話をするが、テロリストのほうはカイが生身で魔法を回避し続けることに動揺したのか、より激しく魔法を放つ。
それによってクリスタルの点滅より速く、色もかなり変化してきている。

「……ゴメン」

ついに説得するのは無理だと感じたのか、カイはテロリストに一言謝ると、その姿を以前なのはを襲撃したときの姿へと変える。
テロリストも突如姿の変化したカイに恐怖を感じたのか、より激しい攻撃を仕掛けるがそれを回避しながら接近したカイは左腕でテロリストの体を壁に押さえつける。

「ゴメン、お前の力の源……砕く」

カイはそう言うと、光を放つ右拳をテロリストの腹部に押し付けて光を直接叩き込んだ。
その光が収まると同時に、テロリストの体についている爆弾のクリスタル部分の点滅が消えて色も黒くなり、爆弾はその機能を停止する。
そして、停止と同時にテロリストも自分の体に起きた変化のせいか、そのまま気を失って倒れこんだ。
それを見たカイはもとの姿に戻ると、自分の右拳を見て震えだした。

「俺……リント傷つけた」

地上本部周辺が被害にあうかもしれないという理由はあるにせよ、カイにとって人を傷つけるのは自分が力を得た理由と相反するものだった。

「俺……ヴィヴィオゥと会えない」

会うといつかヴィヴィオを傷つけてしまうことがあるかもしれない。
そんな思いがカイの心に重くのしかかる。

「俺……グロンギと同じだ」

ヴィヴィオと接していけば、いつか自分は以前の自分に戻れるのではないかという期待があった。
しかし、その期待は最悪な形で破られた。
他ならぬ守ると決めた存在を傷つけるという行為を以って……。





カイが自らの行いを後悔しているころ、少し離れたビルの屋上からカイを見つめる一つの視線があった。

「リク……永き時間を流れ、腑抜けとなったか」

呆れているような、それとも何かを心配しているようにも感じる声。

「いや、それは俺にも……」
「そこの君、こんな時間にこんな場所で何をしている」

ビルから下を見下ろして何かを言おうとした男の後ろから声が聞こえる。
男が振り向くと、杖型のデバイスを構えた魔導師が男に少しずつ距離を詰めてきた。

「私は陸士108部隊所属の……」
「ゴゾギ」

機動六課と協力して今回のテロを防ぐべくやってきた陸士108部隊の魔導師が、未だ確保出来ていないテロリストが目の前の男だと思ったのだろう。
無力化するにも魔力攻撃が厳禁なため、とりあえず時間を稼ぐ意味で警告しようとしたところで、魔導師の目の前にいた男が何かを呟いた瞬間に消えた。

「消え……っが!!!」

そして、その行動に反応しようとした瞬間、魔導師は自分の10mほど後ろにある壁にいつの間にか顔面を掴まれて叩きつけられていた。

「う、ぐああああああ!!!」

まるで万力のような力で顔を鷲掴みにされ、魔導師は全く抵抗できないまま悲鳴をあげることしかできない。
これが恐らく魔法による戦闘で圧倒的に負けるのならまだよかったのかもしれない。
この魔導師のランクは現在陸戦Bで、それ以上の魔導師は掃いて捨てるほどとはいえないが、決して少ないわけではない。
だからこそ、相手が高ランク魔導師とわかれば圧倒的な大差がついても混乱することはないだろう。
ただ、今の状況はわけがわからない。
魔力も感じない。ただ、純粋な力だけで追い込まれている。
それが魔導師に異様な恐怖を植えつけていた。
そして……

「ゲゲルザラザ ザジラッデギバギ。キガランチバラ……ワガバデオガセデモラグ」

この異様な……聞いたこともない異質な言葉が余計に恐怖を煽らせる。
そんな魔導師の心情など関係ないとばかりに、男は左手で魔導師の頭を掴んだ状態で右拳を魔導師の腹部に添えて打ち込んだ。

「ぐはっ」

その拳を打ち込まれた衝撃のせいか、魔導師は肺にある空気を全て吐き出したかのように息を吐くと、一瞬体が痙攣したあとにそのまま崩れ落ちるように倒れた。
男は崩れ落ちた男をそのまま放り出すと、先程叩きつけた右拳を開いてから再び握り、何かの感触を確かめる。

「ボレデザラザ タリン。ギラザタザ ……チバラゾタグワエスンリ。ベッチャグザギズレズベスゾ、リグ……ギジャ、クウガ」

男は何かを伝えるように言葉を紡いでビルの下を見下ろしたが、それを伝えるべき相手はすでにその場から姿を消していた。





その日、テロリストによる地上本部の襲撃は起きなかったものの、テロリストと思しき人物と陸士108部隊の魔導師が襲われ、リンカーコアが破壊された。
この事件は同一犯の犯行とされて調査が進められることが後日決定する。





テロがあると言われていた翌日、ヴィヴィオはなのはとフェイトと一緒に食事を済ませていつものようにカイと遊ぶべくバスケットにカイの朝ごはんを詰めてカイの寝泊まりしているテントへと足を運ぶ。

「カイ、今日の朝ごはんはパンケーキだよ。これ食べたら昨日話したとおりにおままごとやろう」

テントの中に入って、カイに今日の遊び内容を伝えるヴィヴィオが見たのは……

「……カイ、どこ?」

誰もいないもぬけの殻となったテントだけだった。










今回のグロンギ語

ゴゾギ
訳:遅い

ゲゲルザラザ ザジラッデギバギ。キガランチバラ……ワガバデオガセデモラグ
訳:ゲームはまだ始まっていない。貴様の力……我が糧とさせてもらう

ボレデザラザ タリン。ギラザタザ ……チバラゾタグワエスンリ。ベッチャグザギズレズベスゾ、リグ……ギジャ、クウガ
訳:これではまだ足りん。今はただ……力を蓄えるのみ。決着はいずれ着けるぞ、リク……いや、クウガ



今回のリリカル的タイトルは『月明かりの夜』クウガ的タイトルは『後悔』です。

お医者さんごっこでカイがヴィヴィオの白衣姿に怯えたのにシャマルには怯えなかったのは、ヴィヴィオは体が小さいのでシャマルの白衣では顔以外全身真っ白になるためです。
シャマルは一応下に陸士部隊の制服を着ているので白一色ではないという理由……ダメですか?
書くことがあるかわからない設定ですので、ここで補足させていただきます。








[22637] 第8話 保護 *やや15禁?
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:26




テロ騒動の次の日の朝、陸士108部隊に所属するギンガ・ナカジマは、仕事場へと出勤するべく近くの公園を通っていた。
昨日の任務は未だリハビリ中の身であるため参加できなかったが、父であるゲンヤからは特に何か起きたとは聞かされていないし、ニュースに大きく取り上げられることもなかった。
ただ、地上本部で同じ部隊の魔導師一人とそれとは別に一人の魔導師が事故か何かに巻き込まれたということがだけが報道されたため、捜査官としてその確認と必要なら調査をしなければと足を無意識に急がせていた。
そんななか、

「……今、何か聞こえた?」

小さな、本当に小さな声のようなものが聞こえてきた。
ギンガは辺りを見渡すが周囲には誰もいない。

「……気のせいかしら?」

空耳か何かと思って先を急ごうとしたときに、また何かが聞こえてきた。
どうやら傍にある茂みの奥から聞こえてくるようだ。
聞こえてくる声もどうやらすすり泣きのような感じがする。

「しょうがない……か」

聞こえてしまった以上、無視するわけにもいかずギンガは茂みの中へと入り込む。
茂みと言っても、そこまで木や枝がそこかしこに張り巡らされているわけではないので進むのは容易だった。
ただ、このまま進んで大丈夫なのかという不安を何故か感じた。
それというのも、最近詳細不明な魔導師襲撃事件が多発している。
犯行時刻は深夜で、治安維持のために周辺パトロールする魔導師が被害にあっているのだが、そこまで細かいところはギンガも知らない。
魔導師を襲撃する何者かがいるというくらいだ。
もしかしたら、この先にいるのが魔導師襲撃事件の犯人かもしれない。
そんなことを漠然と感じたギンガは、首から下げている待機状態の自分のデバイス『ブリッツキャリバー』を握りしめた。
未だにJS事件の後遺症によるリハビリの途中で危険があるかもしれないが、魔導師襲撃事件の犯人だとしたら確認しないわけにもいかない。
とりあえず気配を消して、声のするところまで少しずつ接近する。
そして、ついに声の主のすぐ近くまで近づいて、草むらから静かに覗き込んだ。
そこで見たのは……

「これ……苦くてマズイ」

その場でしゃがみながら、地面に生い茂っている雑草を引き抜いて食べている一人の男だった。





「……なんなのよ、あの人」

ギンガは気配を消したまま、草を食べている男を観察し続ける。
しかし、突然男は草を食べるのをやめると、その場に足を投げ出すように座ってしまった。

「……シュクーリム、食べたい。ヴィヴィオゥと食べたい」

最後のほうは聞き取れなかったが、何かを食べたいと言っていたことだけはギンガにもわかった。

「ご飯、食べてないのかしら?それに……シュクーリムってなに?」
「……ぐすっ、ヴィヴィオゥと遊びたい」

とりあえず魔導師襲撃事件の犯人とは思えないことは確かだった。





一方、場所は変わって機動六課の部隊長室では……。

「それって本当なの、はやてちゃん」

昨夜の地上本部の警護から戻り、フォワード陣はその日は交代部隊と勤務を交代し、それぞれ休むべく自室へと戻り、残ったのは隊長陣だけだった。
なのはは、はやての言った言葉を確認するかのように聞く。

「うん、昨日の深夜、カイ君に似た子が地上本部に姿を見せたのが確認されとる」
「監視カメラの映像がこれです」

リインフォースⅡの言葉と同時にモニターを出すと、そこには以前なのはを襲ったときの姿をした黒いスーツに白い鎧のようなものを纏ったカイが、昨夜捕縛したテロリストから遠ざかる姿が確認できた。

「108部隊の魔導師も一人やられて、リンカーコアが消失しとる。となると……」
「今の映像からも考えると犯人は……」

カイしかいない。事実、テロリストが攻撃される瞬間が確かに映し出されているのだ。
カイを疑うなと言うほうが無理だった。

「でも、ここに映っとるのは姿を変えたカイ君らしきもんや。もしかしたら他にもカイ君のような姿をした人がいるかもしれん」
「でも、その可能性は……」

フェイトはカイ以外にもそういった人物がいる可能性は低い……と、言おうとしたが、それはあまりにも都合の良すぎる解釈だった。
魔導師のリンカーコアを破壊するような力を持った人物が一人いるのでも厄介なのに、それが複数人いるとなったら大変なことになる。
そして、結果的には少なくともカイがなのはに対してはリンカーコアの封印を行い、テロリストにはリンカーコアの破壊を行った。

「これはまだ確定やないけど、カイ君の確保が決まるかもしれん」
「そんな……でも」

はやての言葉になのはは反論しようとするが、言葉が詰まる。
カイはヴィヴィオの友達でもあるが、それ以外にもミッドチルダに災いを引き起こす存在かもしれない。
そんな思いがあって何も言えなくなった。

「とりあえず、他の部隊が確保に移る前にこっちでカイ君の身柄を確保して話を聞かせてもらう。ティアナ達にも今後の任務はそれになることを伝えておいてな」

こうして機動六課は、今後起こりうるだろう可能性を考慮して、少しでも早くカイを確保するべく動き出そうとしていた。





「……そうか、わかった」

ゲンヤ・ナカジマは昨夜襲われた自分の部隊の魔導師の容態を部下であるラッド・カルタスから聞き終わり、受話器を置く。

「魔導師としての再起は絶望的……か」

ランクとしては娘のギンガよりも1ランク下のBランク。しかし、前線で行動できる貴重な魔導師だった。
ここ最近の事件の被害にあった魔導師は、リンカーコアの消失によって魔導師として引退しなければならない。
一応、前線で動けないとはいえ実務作業やその他の仕事もあるのでそのまま職を失うということはないが、部隊という面から見れば戦力不足になるというデメリットがあるのも事実だ。

「せめてどういった奴が犯人なのかわかればいいんだがなぁ」

108部隊の魔導師の話では陰になっていて顔がわからなかったが、大柄の男というだけである。
一方ではテロリストの証言では一般的な成人男性くらいの体格というので食い違いがある。
この発言はテロリストがやや混乱していたのか、不明瞭な言い方だったため信憑性が薄いとされているので、大柄の男というのが一応犯人と思われる者の特徴だった。
そして、もう一つ特徴もある。それは聞いたこともないような言葉をしゃべるということだ。
これは情報としては大きいだろう。

「どっちにしても、これから忙しくなるな」
「失礼します」

椅子に座ってコーヒーを飲もうとカップに手を伸ばしたとき、ノックの後に声がかかり中へと一人の女性がドアを開けてきた。
陸士隊の制服を着た青いロングヘアの女性、ゲンヤ・ナカジマの娘であるギンガ・ナカジマがいつもより遅れてやってきたのだ。

「遅かったな、ギンガ。珍しいじゃねえか、遅刻なんて」
「すみません、えっと……」

ドアのところから何か困ったような顔のギンガがなんと言うべきか悩み、やがて一言で今の状況を説明した。

「実は……迷子を保護しました」
「……迷子?」

迷子と聞いてゲンヤは首をかしげる。
今の時間は朝であり、子ども達が外に出るにもまだ早すぎる。

「こんな時間から迷子とは珍しいな。んで、その子どもの名前と歳は?」

ゲンヤはデータベースを開いて、付近での迷子関連の情報をピックアップする。
もし何らかの届け出さえ出ていれば簡単に片がつくと思ったんだろう。
しかし、10歳くらいまでのデータベースを見ても、迷子の届け出は出ていない。

「えっと男の子で年齢は私と同じくらい……かな?」
「そうか、ギンガと同じくらいなら17歳くらい……なんだって?」

ギンガの答えでゲンヤは17歳くらいのデータベースを開こうとして……手を止めた。
そのくらいの歳になれば、ミッドチルダでは成人として扱われている。
それで迷子になるというのはほぼありえない。

「とりあえずそいつを中に入れてくれ」

結局は直接会って話をするしかないと感じたのか、ゲンヤはギンガとその迷子に中に入るように促す。
その瞬間……

「ソンチョー!!!」

ギンガの陰から飛び出した迷子が椅子に座っているゲンヤにしがみついてきた。

「な、なんだぁ?」
「え?ちょっと、カイくん?どうしたのいきなり?」

いきなりゲンヤに抱きついたのは、ギンガに保護された迷子ということになってしまったカイだった。
その行動に驚いたゲンヤとギンガはカイを引き剥がそうとするが、しがみついて離れない。
そして……

「ソンチョー、俺の父さんみたいなもの」

ナカジマ家にとっての爆弾が落とされた。

「と、父さん?」
「父さんって、まさか……お父さんの隠し子?」
「ん?」

ゲンヤはカイの言った言葉に普通に驚き、ギンガはまさかとでも言うような顔で言葉を言う。
カイは二人が何をそんなに驚いているのかがわからない。
カイに以前『リク』という名前を与えてくれた村の村長にゲンヤは良く似ていた。
だからカイはそれを思い出して『ソンチョー』と呼んだのだ。
しかし、二人はそのことを知らない。

「お父さん、私お父さんに隠し子がいるなんて聞いてない!!!」
「俺だって知らねえ……ってか、隠し子なんていねえぞ!!!」

親娘が言い合う中、平和そうにゲンヤにしがみつくカイ。
そんなカオスな空間ができあがっていた。
それからしばらくして……

「カイ君……ううん、弟みたいなものだからカイって呼ぶわね。お父さんにはちゃんと責任とらせるからね。今日から私がカイのお姉さんになってあげるからね」

ギンガが何か勘違いをしたままカイに優しいことを言う中、この問題を起こした張本人のカイは……

「むぐ、むぐ……シュクーリム、甘くて美味い」

親娘喧嘩を見かねた108部隊員の一人が、お茶請け代わりに用意したシュークリームを頬張っていた。
それからしばらくして……

「頼むから俺の話を聞け」
「言い訳なんて聞きたくありません。カイ、もっとシュークリーム食べる?」
「んぐんぐ……食べゆ」
「いや、本当に話を聞いてくれないか?」

陸士108部隊の部隊長室ではシュークリームを頬張るカイと、その姿に保護欲でも抱いたのかカイの世話をしながら大量のシュークリームを一緒に食べるギンガ、そのシュークリームを用意するために今月の小遣いのほとんどを失ったゲンヤの姿があった。





カイがギンガと一緒に大量のシュークリームを食べているころ、機動六課にいるヴィヴィオは……。

「ヴィヴィオ、今日はフェイトママと一緒に遊ぼう」
「……うん」
「何をして遊ぶ?おままごと?それともお医者さんごっこ?それともなのはママごっこ?」

改めて休暇となったフェイトがヴィヴィオと一緒に遊ぼうとしたが、ヴィヴィオはカイが行方不明になったことが気になって上の空だった。

「カイ……ヴィヴィオのこと怒って出ていっちゃったのかな」

ヴィヴィオは一昨日やったお医者さんごっこでカイの服を脱がせたのがいけなかったと思ったのか、ザフィーラに抱きつきながら落ち込んでいた。

「そんなことない、そんなことないよ」

カイが指名手配されるかもしれないということはヴィヴィオには伝えていない。
伝えたとしてもどうにもならない。なら、今は少しでも早く機動六課でカイを確保するしかない。
だから、ヴィヴィオにはカイのことを黙っていることが決まった。
そのためフェイトは落ち込んだヴィヴィオに何も言えず、ただヴィヴィオが落ち着くまで抱きしめていた。





そして、また場所は変わって一方カイは……

「そういえばカイの名前は聞いていたけど、私達の名前は言ってなかったわね」

大量にあったシュークリームの約7割を食べ終えたギンガと、残りの3割を食べ終えたカイ。
すっからかんになった財布に涙するゲンヤ。
陸士108部隊の部隊長室では以上の三人が改めて話をしていた。
他の部隊員も何度か報告のため足を運んだのだが、中の様子を見ると回れ右をして立ち去るため、中に人が入ってくることはなかった。

「私はカイのお姉ちゃんのギンガ・ナカジマ……お姉ちゃんでもギン姉でもいいからね」
「……キンカン」
「なんだか酸っぱそうな名前だなぁ」
「お父さんは黙っててください。まあ、しばらくはそれでいいわ」

相変わらず間違えて名前を呼ぶことしかできないカイと、それにツッコミをいれるも愛娘に冷たくあしらわれるゲンヤ。
とりあえずナカジマ家に一人家族が増えたということになった。
増えた本人にその自覚はなかったとしても……。

「……そういえば高町の嬢ちゃんの保護したヴィヴィオにできた友達もカイって名前だったか。……まあ、そんなわけねえよな」

ゲンヤははやてからヴィヴィオに友達ができたという通信を聞いていたがヴィヴィオと同じくらいの年齢だろうと思い、カイがヴィヴィオの友達かもしれないという考えはすぐに消えた。





カイがナカジマ家に保護された翌日、ゲンヤとギンガに連れられてカイは海上隔離施設へと車で向かっていた。

「ごめんねカイ、本当はゆっくりしていきたかったんだけど、今日は施設であの子達の更生プログラムをすることになってるの」
「俺も顔を久しぶりに出すことにしようと思ってな。そうなると隊舎にはお前が知っているような奴は誰もいなくなるからこうして連れてきたってわけだ」
「ようやく父親としての自覚が出てきたみたい」
「……だから隠し子じゃねえって」

いまだカイが『ゲンヤの隠し子説』は存在していた。





そんなこんなでカイはギンガが更生プログラムの教官を務め、そのプログラムを受けるJS事件関係者の戦闘機人『ナンバーズ』の更生組と対面することになった。
プログラムに移る前に、最初はゲンヤとギンガの連れてきたカイの自己紹介から始まり、続いてナンバーズの自己紹介へと進む。

「さて、今度は私達も自己紹介せねばならんだろう」

代表者であるチンクの言葉に従うように、茶色のロングヘアのやや感情の起伏が乏しそうな女性がカイに自己紹介をするべく立つ。

「ディードです」
「……デッド」
「いや、生きてるぞ」

カイの間違いに少し離れたところからツッコミを入れるゲンヤ。
それからも……

ディードと同じような顔立ちだが、髪は短いオットーでは……

「オットー」
「……おっとっと」
「菓子かよ」

次は赤い髪を後ろでまとめている人懐っこい表情のウェンディでは……

「ウェンディっす」
「……生んで」
「求婚されちゃったっす!!!」
「いや、違うだろ」

茶色い髪でなんとなく眠そうな表情をしているディエチでは……

「ディエチだよ」
「……ディーエッチエー」
「惜しいんだが……違うな」

赤いショートカットで勝気そうな表情のノーヴェでは……

「……ノーヴェだ」
「……ノンベ」
「酒飲みかよ」

水色の髪で明るく、ウェンディと同じように人懐っこい表情のセインでは……

「あたしはセイン、よろしく」
「……キャイ~ン」
「お笑い芸人かって」

結局のところ、カイはナンバーズの名前をちゃんと言えずに、ゲンヤは離れた場所でツッコミを入れる。
そして、ナンバーズ最年長の自己紹介の番がついにきた。

「私が姉妹の一番上の姉のチンクだ」
「……チン○」
「いや、それはまずいだろ」
「ちょ、カイ、チン……って」

カイの言葉にゲンヤは呆れ、ギンガは顔を赤くする。

「お、チンク姉は一番名前が近いっすね」
「ああ、ところでチン○ってなんだ?」

ウェンディとノーヴェが話す中、ゲンヤはそそくさとその場から離れる。

「そうだな、私も知らんな。ギンガ、もしよければチン○という意味を私達に教えてはくれないか?」
「そういえば、聞いた事がない」

ギンガが驚いていることから、カイがチンクを呼んだ言葉には何か意味があると感じたのか、チンクは新たなる知識を手に入れるため教えを請う。

「えっと……あの……それは……」

ギンガは助けを求めようとゲンヤのいる方向を見たが、すでにその場にゲンヤはいなかった。
どうやら自分に災難が降りかからないように逃げたようだ。

「チン○のこと早く教えてほしいっす」
「チン○とはいったいどういったものなのでしょう」
「ドクターからもチン○なんて言葉は教わらなかったし……」
「なあ、チン○ってなんなんだ?」
「……チン○とはなんなのでしょう?」
「チン○って何?」

今まで数々のことを教えてきてくれたギンガにさらなる教えを請うナンバーズ。
ギンガはナンバーズに詰め寄られるものの、どう説明すればいいのかわからない。
いや、その言葉の意味がわかるかと聞かれればわかると答えられる……答えるのには恥ずかしいが。
つまり、年頃の娘として説明するには抵抗があった。

「キンカン」

そんな悩みの中、カイが一歩前に出てギンガの前に立つ。

「……カイ」

ギンガはカイが代わって説明してくれると思い、その優しさに涙ぐむ。
しかし……

「チン○って……なんだ?」

カイに説明できるわけがなかった。
結果、総勢8人に『チン○』について教えてくれと詰め寄られるギンガの姿があった。
一方、海上隔離施設のとある休憩室では……

「ナカジマ三佐、あの子達の様子を見に行かなくてもいいのですか?」

とある部隊長がコーヒーを飲んでくつろいでいるところを、施設の職員がナンバーズの相手をしなくてもよいのかと訪ねてきた。

「ああ、今日はもうあそこには近寄らねえって決めてんだ。……ギンガ、がんばれよ」

全てをギンガに丸投げしたとある部隊長の姿があった。





「チン○とはいったいなんなんだ?」
「チン○、チン○、チン○、チン○、チン○って一体なんのことっすか?」
「あう……あう……はう……」

チンクの質問に悪乗りするように『チン○』を連呼するウェンディ。
他の者も言葉には出さないものの、更生プログラムの教官でもあるギンガからの説明を待っている。
ギンガはその視線を受けて困惑することしかできない。

「キンカン、早くチン○教えてくれ」

そして、カイの言葉についにギンガが切れた。

「チン○っていうのはね……チン○っていうのはね、おちん○ん!!!ち○ぽ!!!ペ○ス!!!男性○!!!肉○のことよ!!!」

ついに乙女が口にするべきものではないことを大声で叫んでいた。
最初から四つまでの単語は性教育の都合上言うこともあるかもしれない。
しかし、最後に言った単語は基本的にその単語使うようなことはないと思われるが、それについて言及できる者はこの場にいなかった。





そして、それからしばらくして……

「ううううう、結婚前なのにあんなはしたないことを大声で言っちゃうなんて……」

更生プログラムを行う部屋の隅で三角座りをしながら『の』の字を書いて落ち込むギンガの姿があった。

「……ギンガ」

そんなギンガを憐れに思ったのかはわからないが、代表してチンクとカイがギンガの傍にやってくる。

「すまない、聞きたいことがあるんだが……」
「……何?」

チンクのすまなそうな言葉に一応応えるギンガ。
そして……

「つまり、おちん○んとか、ち○ぽとか、ペ○スとか、男性○とか、肉○とは結局なんなのだ?」
「俺、わからない」

さらなる爆弾が落とされた。
その爆弾が爆発し、ギンガの頭の中は真っ白になる。
あれだけ恥ずかしい思いをしたのに、その説明は全く意味をなさなかった。その事実がさらにギンガを落ち込ませる。

「う、ううう、カイの……カイの……」
「俺?なんだ?」
「カイのばかぁあああああ!!!」

そう捨て台詞を残して、ギンガは泣きながら部屋から出て行った。

「俺、ばかじゃない」

後にはギンガが泣いているきっかけが自分にあるとも知らないカイと、なぜギンガが泣いて逃げ出したのかがわからないチンク達が取り残された。





リリカル的タイトル『エッチなのはいけないと思います』クウガ的タイトルは『保護』です。クウガ的タイトルは『更生』でもよかったかも……。

おまけ『なのはママごっことは何か』
なのはママごっことは、なのはママに扮したヴィヴィオが「少し頭冷やそうか」と言って新人たちを追いかける鬼ごっこのことである(嘘)







[22637] 第9話 復活 *ギン姉の災難続いています
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:26




「……ルーテシア・アルピーノ」
「……プータンだ」
「いや、違うだろ」

ミッドチルダ地上本部近くにある医療施設、そこへギンガに連れられたカイは紫色の女の子と名前を交換していた。

ルーテシア・アルピーノ。

JS事件において管理局と敵対行動をした召喚士だが、一連の行動には母親の治療のためにレリックが必要などの事情があり、情状酌量の余地ありとのことで、現在は海上隔離施設にてナンバーズと同じく更生プログラムを受けている。
そして、相変わらず名前を間違えるカイにツッコミを入れるのは、ゲンヤではなく赤い髪をした身長30cmくらいの羽の生えた女の子だった。

「あたしの名前は烈火の剣精アギトだ」
「……ショーイチクン」
「全然違うじゃないか!!!」

カイの明らかに間違った呼び方にアギトが叫ぶ。

「しぃっ」
「ここは病院だから静かにするのよ」

そんなアギトをたしなめるようにルーテシアはアギトの目の前に人差し指を立て、ギンガは静かにするように注意する。
ギンガに本局近くの医療施設に連れられてきたのは、カイをルーテシアに紹介するためだった。
前回海上隔離施設に行ったときはルーテシアが母親のお見舞いに行ったことで会うことができなかった。
今回もルーテシアが母親の見舞いに来ていると知ったので、海上隔離施設に行く前に立ち寄ったわけである。
そして、一応の紹介が終わったことでギンガはカイを連れて海上隔離施設に向かうためにゲンヤと合流すべく戻ろうとしたときに、ゲンヤがリンカーコア消失事件の被害者である108部隊の魔導師を連れてやってきた。

「そろそろ出発するか。それじゃあ、嬢ちゃんのことは頼んだぜ」
「了解しました」

ゲンヤは現在は検査入院中の108部隊の元魔導師にルーテシアのことを頼むと、ギンガ達を連れて医療施設から海上隔離施設まで移動するべく車の置いてある駐車場へと足を進めた。





そして……ギンガの地獄が始まった。

「チン○姉、ギンガが来たっす」
「チン○姉、そろそろ更生プログラム始まるってさ」
「わかった、すぐに行く」

未だに『チン○』の言葉の意味を理解していないナンバーズが、ギンガのメンタルをガリガリと削っていた。
ギンガは顔を赤くしながらも何とか上手く説明できないかと考えるが、それは無駄な努力だった。
ちなみに、その『チン○姉』を聞いたゲンヤは……

「確かに……あいつらにはついてねえな」

こう漏らしたという。





「ナカジマ三佐、通信が入っています」
「ん?わかった、少し外す」

いつものようにギンガによる更生プログラムが行われる中、職員の呼び出しがあったゲンヤは更生プログラムが行われている部屋から出ていく。
カイもナンバーズと一緒に更生プログラムを受けているのを気にする者は誰もいなかった。
それから数分もしないうちに、海上隔離施設の近くにある展示場にて火災が発生したという連絡がゲンヤからギンガのもとへと届けられた。





「うちの部隊の他のもんは全員出払っている。付近の部隊に応援を頼むつもりだがいつになるかわからん。ギンガ、悪いが先行して様子を見てきてくれるか?」
「わかりました」

ゲンヤの言葉からギンガはすぐに飛び出し、カイ達を含む全員が取り残された。

「さて、俺も現場に行くんでな、お前らはおとなしくしてるんだぞ」

ギンガを見送った後はゲンヤもカイ達にその場に待機しているように行って、車を止めてある場所へと急ぐのだった。





火災現場である展示場では、未だに消防隊の到着まで時間があるのか、展示場を囲むように野次馬が集まっていた。
ブリッツキャリバーを起動したギンガは近くにいる展示場の職員から事情を聞くと、出火原因はわからないが、まだ内部に数名の職員とたまたま展示場を見学に来た魔法学院の生徒たちがいるとの情報を得ることができた。

「今から他の部隊を待っていたら人的被害が増える可能性が高い……なら!!!」

ギンガは燃え盛る建物の内部へと突っ込むようにブリッツキャリバーを加速させた。
自分でできるかぎりのことをするために。





ギンガが展示場に突入してしばらくして、ゲンヤが大型自動車を運転して現場へと駆けつけてきた。
しかし、未だに消防隊は到着せず、他の部隊も来る様子がない。

「やっぱり……頼むしかねえのかな」

ゲンヤは止む無く後ろに乗せてきた人物達に協力を要請するべきか迷う。
他の部隊が来ていれば頼る必要がなかったかもしれないが、未だに現場で活動しているのがギンガただ一人である以上、一刻も早く増援が必要なのも確かだった。
だから海上隔離施設に無理を言って連れてきたのだ。

「すまないがお前達も出てくれ。ギンガとの連絡方法は知っているな。まずはギンガと合流して、そっからはギンガの指示で行動してくれ。カイは俺と一緒にここで待って……」
「……ヘンギン!!!」

ゲンヤがカイにその場に残るように振り向きながら言おうとしたときに、何かが叫びを上げて飛び出した。
飛び出したものを追うように前を見ると、黒いライダースーツに海の青とも言える鎧を纏った何かが展示場の内部へと翔け抜けていく姿を、ゲンヤはただ呆然と見つめていた。





ギンガは火の海の展示場を要救助者がいないか確認しながら先を急ぐ。
話によれば展示場に残っているのは数人の展示場職員と魔法学院の生徒数名。
全員が同じ場所にいれば捜索そのものの問題はない。問題があったとしたらそこからの脱出方法だけだ。
しかし、それぞれがバラバラにいた場合は捜索する工程も含まれ、危険度はより高くなる。

「一刻も早く見つけて安全な場所に連れていかないと……あれは!!!」

焦るギンガの視線の先に蹲っている人影が見えた。
周囲に他の人影はない。おそらく避難してきた内の一人だろう。
体格から見て大人のため、展示場の職員だろう。

「大丈夫ですか?」

ギンガが体を抱き起こして声をかけるものの、煙を吸いすぎてしまったのか意識が朦朧としている。
そのためギンガの言葉にまともに受け答えができそうにもない。
それに今はこの人を先に安全な場所に連れていかなければならない。
だが、明らかにまだ展示場内に要救助者が複数いる。
今の状態で外に戻るのは要救助者を見殺しにする可能性が十分高い。
ウイングロードで時間の短縮はできるかもしれないが、それもほんのわずかな時間だけだ。
ギンガはどうすればよいのかわからず、その場で一瞬ではあるが立ち止まった。
しかし、その場で一瞬立ち止まったのが間違いだった。
突如天井から軋んだ音が聞こえてきたかと思うと、その天井がギンガ達を埋め尽くそうと落下してくる。
回避や落下してくる天井を破壊しようにも、自分はしゃがみ込んで要救助者を抱き起こしている。
すぐに行動に移ることはほぼ不可能。
ギンガは落下してくる天井をただ見上げることしか……いや、落下してくる天井から少しでも要救助者を守ろうと自分の体を盾にするように覆いかぶさることしかできなかった。





「……ん?」

何時まで経っても天井に潰される痛みがこない。
もしかしたら痛みも感じないくらいに一瞬で潰されてしまったのだろうか?
では、この周囲から感じる熱はなんなのだろう?
痛覚だけは失って、温度覚だけは残っているというのは変だ。
ギンガは恐る恐る要救助者の上に覆いかぶさった状態から目を開く。
そこに映っているのは……





火の海の展示場。





崩れ落ちてきた天井の瓦礫。





そして……足首の部分に金色のアンクレットを付けた黒い二本の脚だった。

「だ……誰?」

他の部隊の増援だろうか?しかし、念話ではそんな連絡はなかった。
徐々に意識のはっきりしてきたギンガはそのまま視線を上に向ける。
そこには……





銀と紫の装飾の施された鎧を纏い紫色の巨大な眼をした異形が、落ちてくるはずの天井をその両手で受け止めていた。

「キンカン……無事か?」

意識がはっきりしてきているとはいえ、未だに回復途中のギンガはその声が誰のものなのか一瞬わからなかった。
しかし、ギンガを『キンカン』と呼ぶ人物は今のところ世界では一人しかいない。

「……カイ?」

その言葉に異形は受け止めていた天井を頷いてから放り投げることで答えた。
そして、倒れているギンガの目の前にひょっこりと空色の髪をした女の子が地面から顔を出していた。

「ちょっとカイ、先に行くとみんな置いてけぼりになるだろ」

地面から顔を出した女の子、セインはカイを怒るように言うと地面から飛び出す。
その体にはかつてJS事件でジェイル・スカリエッティ側に属していたときに着ていた青と紫のボディースーツに身を包んでいる。

「……あれ?カイ、色変わった?」

セインはカイをもう一度見ると、飛び出したときとは色が違うとわかったのかカイに聞いてきた。
そんな言葉にカイは……

「こっちのほうが力……強い」

そう答えたのだった。

「セイン!!!」

それからすぐにディエチとオットーを除いたナンバーズの面々が合流する。その全員がセイント同じようなボディースーツに身を包んでいる。
みんなはカイの姿がさっきと違うことに驚いていたが、そんなことは後とでも言うように現状の把握へと移る。

「ゲンヤさんに頼まれてな。増援が来るまで私達も救助活動に参加することになった」
「ディエチはイノーメスカノンを使って外からの消火活動、オットーは私達との連絡と探索係っす」

チンクからどうして自分達がここにいるのかの理由をギンガに説明し、ウェンディがここに来ていない二人のことを補足する。

「それと、ここに来る前に展示場の職員は救助したから後は魔法学院の子ども達だけだよ」

セインも自分のIS『ディープダイバー』で先行し、他の職員の救出に成功したことを伝え、残りは魔法学院の生徒達だけとなった。

「その生徒達も五人を残して全員脱出しているみたいだ」
「となると、生徒達ですから一緒にいる可能性が高いです」

そして、ノーヴェとディードの言葉で、さらに詳しく状況を知ることができた。

「なら、後は子ども達だけね。それで子ども達の居場所は?」
「それは……」
「オットーも捜索中だがわからんらしい」

最後の詰めの部分で止まってしまった。

「……セイン、悪いけどこの人を連れて先に脱出して」

ギンガはここで話していても意味が無いと感じ、現状でもっとも優先するべき確保した要救助者を避難させることを優先する。

「はいは~い、お任せあれ」

セインもそれが自分の本領発揮とでも言うように返事をすると、要救助者を抱えて地面へと潜っていった。

「さて、これで後はどこに子ども達がいるかよね」

要救助者を避難させたことによって落ち着きを取り戻したのか、ギンガは改めて今後の探索方法を練ろうとするが、特にいいアイディアがあるわけではなかった。

「オットー、お前のほうでは何かわからないか?」
『……無理だね。火が回っていて熱センサーはまともに働かないし、リンカーコアの反応もみんな以外は見当たらない』

チンクはオットーの探索能力を当てにしようとするが、オットーのほうでもお手上げの状態だった。

「……ちょっと待って、リンカーコアの反応もないってどういうこと?」

ギンガが何か気になったことがあったのか、オットーへと自分から通信をつなぐ。

『現状展示場のリンカーコアの反応はギンガとカイ、ディード達の反応だけ。後は何も感知されていない』

オットーも現状でわかるだけの情報を出し、それを救助活動に役立てるべく余すことなく情報を確認するがそれが今の状況を打破することはできなかった。
そんな中……

「カイ、何をしてるっすか」
「……産んで」
「何人産むっすか?野球チームができるくらいっすか?ちょっと時間かかるっすよ」
「……黙る」
「……はいっす」

何やら集中しているようなカイにウェンディが声をかけるが冷たくあしらわれた。
しかし、次の瞬間にはそこにいる全員がカイの変化に驚愕する。

銀と紫の装飾の鎧は弓兵の胸当てを連想させるような緑色の鎧へと変化し、眼も紫から緑へと変化する。

「また変わった」

カイの変化を代表するようにチンクが声を漏らしたが、カイが静かにするように人差し指を口元に当てると、その場の全員が訳がわからないものの押し黙った。

「……どこだ?」

カイは周囲の気配を、音を感じるように自分の五感を研ぎ澄ます。
この姿の持続時間は他の姿に比べて遙かに短い。
しかし、すぐにこの姿をやめるわけにはいかない。
まだ探し出すべき存在を見つけていない。

炎の燃え盛る音がカイの聴覚を乱す。

燃え盛る炎が陽炎のように揺らぐことでカイの視覚を乱す。

状況は最悪だが、ここで諦めることはカイにはできなかった。
カイが戦っても守れなかったもの……それがカイにとっての後悔の始まりだった。
そして、カイが仕方なかったとは言え守るべき存在を傷つけてしまったこと。
それらのことがあってカイは自らの力を使うことを恐れた。
だが、今は違う。戦うわけじゃない。
これは子ども達を助けるだけだ。
そのことに迷いはない。
カイの耳にそばにいるギンガ達とは違う音が入ってきた。

「子供の声……一つ……二つ……三つ……四つ!!!」

聞こえてくる音を確信したカイは、今度は赤い鎧と赤い眼をした姿に変わりとある方向を指差す。
流石に今の状況で色が変わったことを追求する者はいなかった。

「向こうに子ども、四人いる」

その言葉に一瞬戸惑うギンガ達だったが、他に手がかりはあるわけではないのでその言葉を信じることに決めた。
残りの一人はどこなのかなど聞く余裕はない。もしかしたら数え間違えただけでいるかもしれない。

「なら、私がそこまでの道を切り開こう」

カイの言葉を信じたチンクはコートのポケットに手を入れると、数本の投げナイフ『スティンガー』を構えて瓦礫の山へと投げつけた。

「IS発動、ランブルデトネイター」

チンクの言葉と同時に投げたスティンガーが爆発し、瓦礫が吹き飛ばされる。

「ノーヴェは私と一緒に一気にその場所まで駆け抜けるわよ」
「わかった」

ギンガとノーヴェはそれぞれの機動力を生かして先に進み、カイ達はそれを追うようにギンガ達の後をついていった。





それから数分もしないうちにギンガ達は目的の場所にたどり着いた。
しかし、そこは異様な光景としか言えなかった。

「これ……なんなの?」

たしかに子ども達はカイの言うとおり四人いた。
しかし、その異様な光景にギンガは疑問の声を出すしかなかった。
子ども達は全員が何か白い糸のようなもので壁に固定されていたのだ。

「今は早くこの子達を助けるっすよ!!!」

あまり物事を深く考えていないのか、ウェンディはその異様な光景を無視して優先するべきことを叫ぶ。
ギンガ達は一瞬思考が停止したかのような状態になるものの、すぐに自分達がすることを思い出して糸に絡まれた子ども達の救出へと移った。
それからすぐに子ども達の救出が終わったが、本来なら五人いるはずの子どもは四人しかいない。
子ども達は助けが来てくれたことに安堵したのか、全員が糸から救出している途中で気を失っている。

『そこからなら壁を壊してすぐに外に行ける』
「……わかったわ。まずはこの子達を外に連れていきましょう」

オットーからの連絡でその場からの脱出が簡単だとわかったギンガは、先に救出した子ども達を安全な場所へと連れていくことを決断する。
他の者もその決定に特に異を唱える事なく従い、チンクが壁を吹き飛ばす。

「ノーヴェ、ウェンディ、ディードは子ども達を一人ずつお願い」

ギンガの言葉で呼ばれた三人が子ども達を一人ずつ抱き上げる。
ギンガも一人抱き上げてウイングロードを展開、ノーヴェもそれに習うようにエアライナーを発動して地上への道を開く。

「これに乗って脱出するわよ、ついてきて」

ギンガの指示のもと、全員がその場を脱出するべく空を飛べる者は飛び、それ以外のものはウイングロードやエアライナーを渡ってその場から脱出した。
カイだけは子ども達を縛っていた糸に何か不吉なことを感じていたが、それを誰かに言うようなことはしなかった。





「一人足りない?」

展示場から脱出してすぐに救助に成功はしたものの、全員が救助されたわけではないことをゲンヤの口から直接伝えられた。
そして、他の場所でも事件が起きており、増援の来る可能性が未だに不明なことを言われ、ここの現場を自分達だけで何とかしなくてはならないということも伝えられた。
セインもISを使って内部を探しているが見つけることができていなかった。

「でも、これ以上は……」

ギンガは燃え盛る展示場のほうに視線を向ける。
すでに完全に火の海となった展示場ではディエチが賢明に消火活動に当たるものの、それも微々たるものだった。
カイもギンガと同じように展示場に視線を向ける。
未だにカイは人間の姿に戻っていないが、災害対策用のバリアジャケットだとゲンヤが周りの野次馬に適当に言いくるめているのでそこまで騒ぎになることもなかった。
またマスコミも燃え盛る展示場に目を奪われてカイの姿が映し出されることもなかった。

「産んで、それ貸す」
「体を貸せって……野球チームじゃたりなくてサッカーチームっすか?」
「黙る」

カイはまたもやウェンディを冷たくあしらってウェンディが持つライディングボードを奪い取ると、赤い姿のままそれに飛び乗って展示場へと突撃していった。

「それ私以外でも使えるっすけど、私以外じゃちゃんと使えな……使えてるっすね」

ライディングボードはウェンディのIS『エリアルレイヴ』の力を得ることによって複雑な軌道でも特に制限なく正確に飛ぶことが可能になる。
しかし、他の者が使う場合はそこまで正確な動きができるわけではなかった。
だからウェンディはカイがライディングボードを手足のように扱うことを驚いていた。
だから誰も気づかなかった。
カイの足首にある金色のアンクレットが光り輝いていたことを……。





「もう一人……どこだ?」

カイは子ども達を助けた場所に戻ると再び緑色の姿へと変わる。
今後は誰一人見落とさないと決心して展示場全体を感じ取るべく集中する。
そして、ついにどこかで泣き叫んでいる声を感知することに成功した。

「必ず……助ける」

カイは再び赤い姿に戻ると、ライディングボードに飛び乗って叫び声のしたところへと突き進んでいった。
瓦礫の山を越え、崩れ落ちる天井を回避しながらカイは突き進む。
そして、ついに展示場の最奥部へと到着した。
そこには何かが飾られていたのか、中央に大きめな台座があるだけで他に展示物は見当たらない。
その台座にあったはずの展示物も天井が落下した際に壊れてしまったのか、その姿は見えない。
そして、台座より奥の壁に子どもが白い糸のようなもので壁に縫い付けられているのをカイは発見した。

「待ってろ。今、解く」

カイは子どもに近づくと、泣き叫んでいる子どもを縫いつけている糸を引きちぎる。
そして、自由になった子どもを抱き上げると……

「もう大丈夫。もう……泣かない」

子どもを安心させるかのように優しく声を出した。
そのとき、最奥へと入るために通ってきた出口が天井の崩落によって閉ざされ、脱出口がなくなった。
子どもはそれがわかったのか、少しだけ涙ぐむ。
しかし、すぐに天井を貫いた光でその涙が引っ込む。

「カイ、ここにいたんだ!!!」

今度は地面の下から声がしたと思ったら、セインが下から顔だけを出していた。

「今ディエチが天井部分を吹き飛ばしたから、そこから脱出……できる?」
「わかった」

カイもセインの言ったことがすぐにわかったのか、赤から青へとその身の色を変えて跳躍する。
青の姿となったことで増した跳躍力は余裕を持ってディエチが突き破った天井の上へと踊り出ることに成功する。
しかし、その屋上とも言える高さから飛び降りることを感じた子どもは震えだした。

「大丈夫、俺、信じる」

カイはそう言うと一気に跳躍し、間の壁を蹴るようにして衝撃を殺しながら地面へと降りていった。





全ての要救助者を助け、奇跡的に人的被害は最小限に食い止められた。
その功労者とも言えるカイは、現在ギンガから勝手に行動したことによるお説教を変身した姿のまま正座で受けている。
しかし、カイは最後に助けた子どもが近くにいたのを見ると、その子どもに駆け寄って右手の親指を立ててその子供へと向けた。
子どもは何を意味しているのかわからないと言うように首を傾げるが、カイはそれに気にせずに子どもにこう言った。

「これ、すごいことできた子にやるサイン。お前、怖かったはずなのに泣かなかった。これ、とてもすごいこと」

別の世界で出会った青年から教えてもらった言葉とサイン。
自分にそのサインをもらう資格はない。でも、この子にはその資格がある。
それがカイの感じたことだった。

「カイ、まだお説教は終わってないのよ!!!」

そんな感動もつかの間、ギンガに腕を取られたカイはそのままズルズルと引きずられる。

「俺、やっぱコレ似合わない」

カイは先程のサインはやっぱり自分には似合わないと感じながら、ギンガのお説教を受けることとなった。










今回のグロンギ語

……ヘンギン!!!
訳:……変身!!!





リリカル的タイトル『四色の光』クウガ的タイトル『復活』です。

ついに今回で本当の意味で初変身……長かったでしょうか?
前回の話を更新してすぐに海上隔離施設にルーテシアとアギトいないじゃん!!!ってことに気付きました。
よって、最初はそれを何とか取り繕う形になっております。ごめんなさい。
以前にもライダークロスSSを書いたし他の二次創作を読んだのですが、戦闘以外で全フォーム使う二次創作ってそんなに無いかな?なんて思ったり。
なんか戦うためにマイティフォームとかに変身するのは、ちょっとカイには似合わないかな~なんて思いましたのでこんな形になりました。
クウガ・マイティフォームではウィキペディアの情報を参考に、素手での格闘戦及びマシン関係の扱いに長けているという設定なっています。これも今後明らかになるか少し不明なのでここで補足させていただきます。
そして、トラブルメーカー(かもしれない)のカイは感情高ぶっちゃうとグロンギ語になっちゃいます。
それにしても……こんな主人公でいいんでしょうか?








[22637] 第10話 手配
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:26




カイが展示場にて救助活動をしていた頃、本来なら率先して災害現場に向かうはずの特別救助隊の隊舎では……

「ボンデギゾバ、グザ ラン」

赤いマフラーをした男がバイクに跨って、倒れている者達を見下ろしていた。
倒れているのは特別救助隊の魔導師であり、全員のリンカーコアは既にバイクに跨った男によって失われている。
男はそれを気にすることなく一瞥すると、ヘルメットもかぶらないままでバイクを操って何処かへと走り去っていった。





「今回は特救の魔導師……か。それに……」

連絡を受けたはやてはここ最近の魔導師襲撃事件による魔導師のリンカーコア消失の頻度が増加する傾向になっていた。
おかげで機動六課も付近で起きた火災に対処するべくフォワード陣が出動した。

「ただいま戻りました」

部隊長室に入ってきたのは、ライトニング副隊長のシグナム。
高町なのはは未だにリンカーコアの封印が完全に解けていないため前線での指揮は不可能。
フェイト・T・ハラオウンも現在『魔導師襲撃事件』の捜査のために外部捜査、そのため今回の急な出動の部隊指揮はできなかった。
そのため各隊副隊長であるシグナムかヴィータが指揮を担当することになったので、守護騎士達の中でもリーダー格であるシグナムが指揮を執った。
慣れない災害での指揮ではあったが他の部隊のフォローもあり、災害現場指揮が不慣れなシグナムでもそこまで大きな問題もなく解決することができた。

「ご苦労様、それで……被害は?」
「要救助者に若干の負傷者が出ましたが死者はありません。ただ……」

シグナムは負傷者が出たことを悔やんでいるのか、やや事務的な言葉で報告する。
しかし、何かを思い出したのか戸惑いのような表情を浮かべた。

「ただ?」
「まだ検査をしていないのでわかりませんが、負傷者の中でリンカーコアを消失してしまった者がいるようなのです」

シグナムの報告にはやては少しだけ動揺する。
今までリンカーコア消失という被害を受けたのは魔導師だけである。
なのに今回の現場では魔導師は救助側なのに要求所側の一般人がリンカーコアを消失されたのかもしれない。

「……その検査結果が出たらすぐに報告してな。それと……フェイト隊長が戻ってきたら隊長陣はもう一度ここに集合するように連絡を」
「わかりました」

はやては簡単にシグナムに説明する。シグナムもそれを連絡しようと部隊長室から退室していった。

「まさか……な」

はやてはデスクについているコンソールを操作していくつかの画像をピックアップしていく。
そこには、以前なのはを襲ったカイと同じような姿……いや、角の大きさと眼の色と鎧の色以外は全く同じと言ってもいい異形が、108部隊が担当したとされる火災現場で活動している姿が映し出されていた。
そして、その火災現場での要救助者の内の魔法学院の生徒達が、リンカーコアを消失しているという情報をマスコミからの情報で入手できた。

「ほんまに……カイ君なんか?」

事実ではあってほしくないという希望。
しかし、どう見ても本人にしか見えない証拠とも言えそうな画像。
少なくとも、はやての勘では画像の異形はカイであると感じていた。





開いた冷蔵庫の中にある七つのシュークリーム。
それを見たヴィヴィオはため息をついた。

「……一週間だ」

カイと一緒に食べるためにおやつとして用意しているシュークリーム。
カイが戻ってこないから用意された二つの内の一つはその日にヴィヴィオが食べて、カイの分は冷蔵庫に閉まっていた。
それが、いつのまにか七つも貯まっていた。
日持ちする物を用意したとはいえ、食べないとそろそろ賞味期限が過ぎる。
しょうがないのでヴィヴィオは古い日付のシュークリームから食べることにした。
袋を開けてシュークリームにかぶりつく。
しかし……

「おいしくない」

カイと知り合う前、なのはの故郷で食べたシュークリームは手作りだったこともあってとてもおいしかった。
それ以外でも他で食べたシュークリームもおいしかった。
でも、なんで今はこんなにおいしくないんだろう……と、ヴィヴィオは思いながらシュークリームを食べていく。

「こんなの残してても……嬉しくないよね」

ヴィヴィオは残っているシュークリームの処理をするべく、シュークリームを袋に入れてザフィーラと一緒に当てもなく外へと歩き出した。





新人フォワード達に……

「いいの?ありがとう」
「それならさ、ヴィヴィオもお茶飲みながら一緒に食べない?」
「あ、僕を席取ってきますね」
「エリオくん、私も行く」
「えっと、まだ行くところあるの」





途中で会った副隊長達に……

「私は甘いものは苦……いや、ありがたくいただこう」
「いいのか?じゃあ、アタシはアイスおごってやるよ。シグナムも飲み物ぐらいいいだろ?」
「えっと……ザヒーラと遊びに行くから」





こうして、全てのシュークリームを配り終えた。
残っているのはヴィヴィオが最初に開けたシュークリームだけ。
口をつけて袋の中に入れっぱなしだったせいか、いつの間にか中のクリームが飛び出して袋の中に溢れている。
それも気にせずにヴィヴィオは袋の中のシュークリームを食べ続ける。

「手……汚れちゃった」

何も考えずにシュークリームを食べ続けた結果、クリームで手が汚れていた。

「カイも初めはちゃんと食べられなかったよね」

以前不器用にシュークリームを食べる友達を思い出してしまい、ヴィヴィオはさらに落ち込んでいく。
そんな落ち込んだまま、クリームで汚れたヴィヴィオの手をザフィーラが舐めとる。

「帰ってきたら……謝らないといけないよね。でも、帰ってきてくれるかな?」

いつのまにかヴィヴィオはカイと出会った海まで来ていた。
もしかしたらここにカイがいるかもしれないという期待は砕かれ、その日もカイがヴィヴィオのもとへ戻ることはなかった。





海上隔離施設では、今日もカイがギンガとゲンヤに連れられて更生プログラムを受けていた。
ちなみに、JS事件に関係した戦闘機人達のための更生プログラムに、なぜカイが参加しているかを聞くような者はいなかった。

「いいかカイ、アタシの名前は……ア~ギ~ト」
「……キノサン」
「……アナザー」

ルーテシアとアギト、カイのゲンヤ命名『お子様三人衆』は今日も名前の交換を行っていた。
相変わらずカイはルーテシアのことを『プータン』と呼び、ルーテシアは既にちゃんとした名前を呼ばれないことを諦めていた。
しかしアギトは明らかに違う名前を言われているため、なんとかしようと無駄な努力を続けていく。

「違うっての、アギトだ!!!」
「……アシハラサン」
「……アギトとは別」

ルーテシアのツッコミに何かを言うものは誰もいない。

「ア~ギ~ト~」
「……ヒカワクン」
「……アギトじゃない」
「ア~ギ~ト~!!!」
「……オムロサン!!!」
「……一番遠い」

本日の『アギトのお名前講習会』の結果、アギトの名前は最初の『ショ~イチクン』に決定された。
呼ばれた本人曰く、これが一番アギトらしいとのこと。
最後までルーテシアのツッコミに何かを言うような者は誰もいなかった。





一方、お子様三人衆が遊んでいるころ、ギンガとノーヴェはもともと戦闘スタイルが似たようなものだったのか、久しぶりに体を動かすということでスパーリングをしていた。
他の者もその様子を少し離れた場所で見学するべく二人から距離をとる。
ギンガとノーヴェはお互いに距離をとって構え、少しずつすり足で距離を詰めていく。
ギンガは打撃、ノーヴェは蹴りを主体にする戦闘スタイルだ。
リーチの面では蹴りを使うノーヴェに分があるかもしれない。
しかし、蹴りを主体に戦うということは一時的にせよ片足だけでバランスをとるようなものでもある。
それに対して打撃をメインに使うギンガは、蹴りを使うノーヴェに比べて安定したバランスをとることができると言ってもいいだろう。
リーチ及びバランスの面ではほぼ互角、スピードもそこまで大差はないだろう。となると、勝敗を分けるのは両者の経験と言えるかもしれない。
みんなが見守る中、ギンガとノーヴェが互いに距離を詰めてスパーリングが始まった。





ギンガ達がスパーリングをやっているころ、ゲンヤは一人別室にてこの前の展示場火災事故のことを考えていた。
……いや、展示場火災事故と言うよりはそのときのカイのことを考えていたといえばいいだろう。

「ギンガ達から聞いた話だと……あれだけの力……動き……探査能力」

ゲンヤはそのときの記録も合わせながらカイのことを考えていく。

「どう考えても災害救助のための力……なんていう理由じゃ済まされない」

ただ能力が変わるだけならそこまで気にはならなかったかもしれない。
しかし、能力と一緒に姿も変えたことにゲンヤはカイの力が別にあるものと感じていた。
まるでその能力を特化させることによって何かを成し遂げる力とするとでも言うかのように……。

「今は俺のところで情報を止めているから問題ないかもしれねえが、もしこれが上に知られたとすると……」

考える意味すらないほどの答えを簡単に想像できた。
このような人外とも言える力を持った存在をそのままにしておくことはないだろう。

「一応、息子ってことになっちまってるからなぁ」

カイは明らかの自分の息子ではない。それだけははっきりしている。
しかし、『ソンチョー』と呼んで懐くカイを邪険にできないのも事実だった。

「しかたねえか」

ゲンヤはカイの情報を隠蔽して、展示場火災事故の報告書の作成にとりかかった。
火災現場の陣頭指揮をとったのはゲンヤであり、救助隊のリーダーにはギンガ、増援としてジェイル・スカリエッティの創りだした戦闘機人の更生組から協力を得て事件解決へと尽力する。
それによって被害を最小限に抑えることができたと記し、カイのことが書類に載ることはなかった。





ゲンヤがカイの処遇に悩みながら書類を作成しているころ、ギンガとノーヴェのスパーリングは終わっていた。
結果はノーヴェがバランスを崩したところに、ギンガの攻撃が顔面への寸止めでギンガの勝ちが決まった。
しかし、その間の攻防は凄まじく、観客のほとんどが熱中して見ていた。
そんなスパーリングも終わりを告げて、今はみんなで簡単な運動をするという理由でギンガの指導のもとシューティングアーツをカイ以外の全員でやっていた。
カイはそういったことをやるのが嫌いだったのか、ゴムボールで遊んでいる。

「1、2、1、2」

ギンガの指導のもと、ナンバーズとルーテシア、アギトがギンガの動きを真似する。
そんな中……

「スキヤキ」
「きゃっ」

突然のカイの言葉と同時にギンガの頭にゴムボールが当たった。
当たったゴムボールは跳ね返って再びカイの手に戻る……ことなくカイの頭に直撃した。

「カイ、いきなり何するの?」
「……スキヤキ」

ギンガはいきなり運動の邪魔をしてきたカイに怒り出すが、カイはそれを気にした様子はない。

「今は邪魔したらダメよ。それじゃ続けるわよ」

ギンガの号令で再びみんなが構えをとり、再び拳を打ち込む。
それが何度か繰り返され、ギンガが右の正拳突きを出して次に左正拳突きをやろうと右拳を引いたときに……

「スキヤキ」

またカイの投げたゴムボールがギンガの頭に当たった。
そして、今度は跳ね返ったボールがルーテシアの頭の上に跳ねる。

「……カイ!!!」
「……いた……くない」

ギンガは再び怒り、ルーテシアはボールが当たったことを……特に気にしているようではなかった。

「スキヤキ」
「スキヤキが食べたいの?わかったから今は邪魔しないで」

ギンガはカイに言い聞かせるようにして再び運動を開始しようとしたところで……

「え?ボール当てた人の好きなモノが食べられるっすか?」

何かを勘違いしたウェンディが運動そっちのけでカイのところへとやってくる。

「そうなのか?ならアタシはハンバーグだな」

アギトもウェンディの言葉で勘違いを起こし、カイのところに行って融合騎が持つには大きすぎるゴムボールを持ち上げる。

「今日は……お子様ランチ」
「ふむ、ルーお嬢様もお子様ランチを食べたいのですか」

アギトに続いてやる気を出しているルーテシアと、何やら含みがありそうな言葉を発するチンク。
こうして、その日の晩ご飯の決定権を賭けて『ギンガに向かってボール当てゲーム(優勝者は晩ご飯のリクエストが可能)』が何故か、どういうわけなのかわからないが開始された。
ちなみにこのゲームのきっかけとなったカイは、ギンガの動きを見てギンガの動きの違和感を突くように『隙あり』と言ってボールを当てていただけである。

ちなみに、その日の晩ご飯はすき焼きになり、ゲンヤのヘソクリがまるごと消えたことは被害者であるゲンヤ以外は誰も知らない。





ゲンヤのヘソクリが肉へと変わった次の日、海上隔離施設にいるチンクはゲンヤに呼び出されていた。
ゲンヤは更生組のナンバーズのリーダー格であるチンクに、とある取引をするために来てもらったのだ。

「私達をゲンヤさんの部隊に組み込む……ということですか?」
「ああ、この前の展示場火災事故で逃げ遅れた魔法学院の子ども達がいたろ?その子達のリンカーコアがな、キレイサッパリ消えて無くなった」

以前の展示場火災事故、そこで魔導師ではない展示場の職員は逃げ遅れただけだった。
しかし、魔法学院の生徒達は別だった。
生徒達は何者かによって気を失ったあと、気がついたときには何やら糸のようなもので体を拘束されていたらしい。
その間の記憶がないことから、その気を失っている間に何者かが生徒達のリンカーコアを奪ったというのがゲンヤの導き出した答だった。

「このまえの火災事故以前にうちの魔導師も一人やられてな、その被害が一般人にも広がりつつある。しかもその被害のおかげで地上の魔導師の数がさらに減っちまった」
「なるほど、だからこそ私達姉妹……というわけだな」
「察しが早くて助かるが、まあそういうことだ」

ゲンヤがチンクに108部隊の協力してもらう理由は、彼女たちが魔導師とは違う戦闘機人というところにある。
チンク達は魔導師のようにリンカーコアを使って魔法を使うのではなく、それとは別の力を使うことによって魔導師と同等以上の力を出すことができる。
それならもし襲撃されるようなことがあったとしても魔導師のような被害は受けないかもしれないという考えである。

「しかし、いいのですか?私達は一応犯罪者です。こう言ってはなんですが、外に出たとたん逃げ出す可能性もあるかもしれませんよ?」

チンクの言うことはもっともだ。
今まで以上に数が少なくなっている魔導師だけでは今後の事件に対処しきれない可能性があるのは事実だ。
だからといって、元犯罪者を部隊に組み込むというのは流石に無理があるだろう。

「まあ、それはそうなんだけどな。どうも俺はお前さん達がそこまで悪い奴には見えねえんだ」
「そう言っていただけるのは嬉しいですが……」
「いずれは俺が引き取ることにもなってるからな、それが少し早くなったとでも思えばいい」

そんなゲンヤのいかにも信頼しているといった雰囲気に何も言えないチンクは、その日に答えを出すことは難しいことと、妹達にも意見を聞きたいということを理由に返答を先延ばしにすることしかできなかった。

チンクが出ていって一人になったゲンヤは持ってきた携帯端末から一つの画像を出す。

「未確認生命体……か。できるだけ規制したつもりだったんだがなぁ」

ゲンヤが操作する携帯端末には青い目と青い鎧を纏った、展示場火災事故で人命救助に活躍したカイの画像が映しだされていた。
本来なら出来る限りで情報の流出を防ぐはずだった。
しかし、結局のところ全ての情報を食い止めることは叶わず、カイのあの姿が一部にバレてしまっていた。
しかし、ゲンヤはそのことを他の局員に言うようなことはしなかった。

「これでカイがこれだってバレたら、面倒なことになるだろうからな」

結局は姿を変えない限りは問題がないだろうと認識したゲンヤは、未確認生命体に対する地上本部の対策を記載している部分まで確認することはなかった。





展示場火災事故が起きてからしばらく経ち、機動六課ではフォワード陣を集めて最近多発している『魔導師襲撃事件』改め『リンカーコア消失事件』の捜査を進めるべくブリーフィングルームに集まっていた。
全員が集まったところではやてが立ち上がり、今回集まるきっかけとなった事件の説明へと移る。

「みんなにも以前話してたとは思うんやけど、魔導師襲撃事件のことは覚えてる?」

具体的な被害であるリンカーコア消失という被害までは伝えてはいなかったが、事件として新人達にも伝わっていたのか、その場にいる全員が肯定の頷きで返す。

「実はな、事件に進展が出てきたんで、そのことについての報告とこの事件の容疑者らしき人物が特定できた。せやから、今後はその容疑者の確保がみんなの任務やと思ってほしい」

それから今回の事件の詳細がはやての口から全員に伝えられる。
魔導師だけの襲撃がいつの間にか一般人にも被害を与えていること。
魔導師襲撃の場合と同じく、リンカーコアを持つ人間が狙われていること。
犯人の姿を見たものはなく、その全てが謎に包まれていること。
簡単に言うと以上のようなことが説明された。

「それで八神部隊長、容疑者の確保って……誰が襲ったのかわからないのに容疑者なんているんですか?」
「まさか……その容疑者って」

スバルの言葉にフェイトは、被害にあった人物とやや似たような状態になった親友を思い出した。
リンカーコアに直接関与する力を持った存在。
その存在によってリンカーコアの活動が停止し、今も魔法が使えない機動六課のエース。
その機動六課のエースの力を封印した者。

「……みんな、これを見て」

はやてはスバルやフェイトの言葉に答えずに、前にある大きなモニターにとある画像を映す。
そこには炎に包まれた建物……展示場と一緒に黒い体にフィットするスーツと青い鎧を纏い青い巨大な目をした異形が映っていた。

「これって……カイなのか?」

ヴィータは映った人物が、以前自分が倒した相手と同じ……似たような姿をしていたことでそれが誰なのか少しだが予想がついた。

「色が違うってのは……どういうことなんだ?」
「それについては何もわからん。もしかしたらカイ君やないのかもしれん」

今のところ、カイと似たような姿をしているというだけで、画像の人物がカイという証拠はどこにもない。

「でも、明らかにカイ君と関係あると見てええやろ。そういうわけで……」

はやては、今まで何も口を挟まないなのはをできるだけ見ないようにして今後の方針を全員に伝える。

「この異形、これを未確認生命体と呼称する。そんで、以前高町隊長を襲った白い方を未確認生命体第1号、この画像の青い方を未確認生命体第2号として指名手配することが今回決まったことや」

最後までなのはは、この決定に対しても何かを言うことはなかった。










今回のグロンギ語

ボンデギゾバ、グザ ラン
訳:この程度か、下らん





リリカル的タイトル『陸士108部隊長の懐に寒波が通過しました』
クウガ的タイトル『手配』
……タイトルが全然リリカルじゃない。

未確認生命体の番号が違いますが、そこのところはご容赦下さい。いまだにグロンギの存在をちゃんと認識して出会った人が誰もいないので。







[22637] 第11話 月下
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:27




カイの……未確認生命体の指名手配が決まった翌日、ゲンヤ・ナカジマは機動六課の八神はやてのもとへと訪れていた。
未確認生命体とは、以前起きた展示場火災事故において目撃された、人とは違う姿を持った異形を指している者を未確認生命体と呼称されている。
高町なのはを襲った者は未確認生命体第1号として認識され、展示場火災事故に現れたのは第2号として認識されている。
ゲンヤは第2号と呼ばれる存在がカイであることを知っているため、少なくとも第2号は人に仇なす存在ではないことをはやてに相談するために来ていたのだ。

しかし、カイが……第2号が人に仇なす存在ではないという証拠、つまりカイが第2号だと証明することは下手をすればカイが管理局上層部に利用されてしまう恐れがあった。
第2号……青い鎧を纏ったときは俊敏性、銀と紫の鎧を纏ったときは強大な腕力、緑色の鎧を纏ったときは遠くにいる子どもの悲鳴すら聞き取ることのできる常人離れした感覚、赤い鎧の時はウェンディしかまともに扱えないと言っていたライディングボードを、本人と同等に扱うといった、色によって特性が変わっている。
つまり、第1号もカイの持つ姿の一つとも考えられる。これではカイの疑いを晴らすことはできないだろう。
現にこの第1号になのはのリンカーコアは封印されているし、第1号がいたとされる現場で自分の部隊の魔導師はリンカーコアを消失させられた。
これでカイが犯人ではないと疑うなというほうが難しい。
そして疑いが晴れたとしても、その力が誰かに利用されかねないと思ったゲンヤは、はやてに第2号のことを知っていると言うことができなかった。
はやてのことを信頼していなかったわけではない。
ただ、言うことができなかった。

一方のはやても、ゲンヤが第2号は人に仇なす存在ではないという言葉に驚きを隠せないでいた。
ゲンヤが第2号のことを知っている限りのことを話さなかった理由もあるが、はやてはカイが……第2号がその鎧の色を変えるということを知らない。
だからはやてとしても第2号はともかくとして、第1号に関しては人に仇なす存在ではないと断言することもできなかった。
そして、カイにその気がなかったとしてもなのはのリンカーコアを封印したのは事実であり、以前の地上本部へのテロ事件ではテロ事態は未然に防がれたものの、近くでカイに似た人物が発見され陸士108部隊の魔導師のリンカーコアが消滅するという被害があった。
はやてはこれらのことを考えて、現状で多発している魔導師だけではなくリンカーコアを持つ全ての人間が狙われている事件にカイが大きく関わっていると考えていた。





機動六課から戻る途中に一度海上隔離施設を訪れたゲンヤは、ルーテシアとアギトを連れて時空管理局の地上本部近くにある医療施設へと訪れていた。
理由はルーテシアに今も眠っている母親と面会させることと、ここで検査を受けているリンカーコアが消失した自分の部隊の魔導師にとあることを確認するためである。
今はルーテシアはアギトを連れてルーテシアの母親、メガーヌ・アルピーノの病室へと向かい、ゲンヤは自分の部隊の魔導師の元へと足を運んだ。
そして、検査の終了した魔導師に携帯端末に保存してあるデータを見せる。

「それじゃあ、こいつじゃないんだな?」

ゲンヤが見せたのはギンガと一緒にいるカイの画像で、以前この魔導師を襲った存在とされる第1号とカイが同一人物なのかを確かめるためだ。
そして、はやてから入手した第1号の画像も見せて確認を取る。

「はい、俺が見たのは……ギンガと一緒に映っている奴よりも大柄で、軍服のような衣装の男でした。顔は……その、影に隠れててよく見えませんでしたけど、こいつのような体格じゃないのだけは確かです」

魔導師の答えから結果として、少なくともこの魔導師を襲ったのはカイではないことはわかった。
となると考えられるのは、この第1号と第2号……つまり第1号とカイは全くの別人なのか、第1号と第2号は同一人物だがリンカーコア消失事件の犯人は別にいるということかもしれない。

「しばらく情報を集めていくしかねえか」

今のところ有力な手がかりを何も得られないまま、ゲンヤはルーテシア達を迎えに行き海上隔離施設へと向かうことにした。
自分達が着く頃にはギンガもカイを連れてそこにいる頃だろう。

「なんか……土産でも買っていくか。嬢ちゃん達は何がいい?」

いつもというわけではないが、ときどきナンバーズ達にケーキなどを差し入れしているのを思い出したのか、時間もあるから何か買っていこうと思ってルーテシアに声をかける。
それというのも、ルーテシア達の好きなおやつを買っていけばいいだろうとゲンヤが思ったからだ。

「ならゲンヤさん、シュークリーム買ってこうぜ!!!」

ゲンヤの質問にすぐ答えたのはアギトだった。

「ケーキとかじゃなくていいのか?」

シュークリームならケーキ屋などで買えるが、なぜシュークリームが真っ先に出てくるのか不思議に思ったゲンヤは以前のアギトとカイのやりとりを思い出した。
以前からアギトはカイから全く別の名前を言われている。
他の皆がなんとなく元の名前に一応は似たような名前なのに対して、アギトは全く別の呼び方になっている。
自分も『ソンチョー』などと呼ばれているが、それはカイの知っている人物と似ているからだろうと考えているためカウントされていない。
そんなわけで、アギトはここで少しでもポイントでも稼いでカイに自分の名前を呼ばせようとしているのかもしれない。

「そうさ、シュークリームで買収してカイにちゃんとアタシの名前を言わせるんだ」
「アギト……フレイムフォーム?バーニングフォーム?」

とりあえず真っ赤に燃えているアギトは別として、ルーテシアのつぶやきには何も触れないほうがいいと感じたゲンヤはそのままルーテシアの言葉をスルーした。





結局シュークリームを買っていったものの、カイのアギトへの『ショ~イチクン』は変えることはできず、アギトは隅でブルーな気分になって落ち込むことになる。

「アギト……ストームフォーム?」

相変わらずルーテシアのつぶやきにツッコミを入れる者はいなかった。





アギト達が土産として持ってきたシュークリームを食べ終わり、チンクはゲンヤのもとへ向かって他のみんなが思い思いくつろいでいるころ、カイはそこから離れて以前の展示場火災事故のことを思い出していた。

「……おかしい。俺、緑の力を長い時間使えないはず」

以前子ども達を探すために使った緑の力、それは感覚や集中力を研ぎ澄ませるものだが、それにかかる負担は他の青や紫の力に比べて大きく、1分も持たせることはできない。
しかし、その時は気付かなかったが、今思えば以前使っていたときに比べて明らかに負担が減っていた。

「金の力は無くなったのに……これ、俺があいつと同じになったから?」

カイの心のなかにかつての惨劇の記憶が蘇る。
ある相手と戦い、それによって磨耗した心が少しでも回復するようにと休息の時を与えてくれた暖かい村。
それをたった小一時間で壊滅させた白いグロンギの王。
そのグロンギの王と同じ存在となり、その全てを破壊する力で壊滅した村をさらに破壊しつくした自分。
その力は自分の体内にある霊石が、グロンギの王によって直撃とまではいかないが攻撃を受けたことで罅が入った。
それの回復には時間がかかり、今では完治しているものの以前偶然手に入れた『金の力』は回復するに当たって消え失せた。
それと同時にあの力も失われたと思っていたが、そのときに得た……得てしまった凄まじき力がまだ自分の中にまだ残っているのか?
そんな不安がカイの頭の中によぎる。

「俺……いつかみんなを傷つけるのか?」

カイは自分のその問いに答えを出すことができなかった。





他のみんなが思い思いの時間を過ごしているとき、チンクはゲンヤのところへと訪れていた。
それというのも、以前ゲンヤの話していた陸士108部隊に協力するかどうかの返答をするためだ。

「答えは決まったってことでいいんだよな?」
「ええ、私達姉妹全員がゲンヤさんの部隊に協力することにしました」
「……すまねえな」

ゲンヤとしても本当ならこんなことはさせたくなかった。
しかし、現状では以前のJS事件による被害も完全には収拾することはできず、ここにきて魔導師襲撃事件も起きていることが人手不足に拍車をかけていた。
これで不足した人材がデスクワーク主体な者達だけだったらチンク達に頼むことはしなかっただろう。
しかし、今人手不足なのは前線に出ることのできる魔導師だった。

「ですが、ルーお嬢様達に協力させるのだけはやめてほしい。それが私達からの条件だ」

もともとチンク達は本人たちの意志はどうであれ戦闘用に生み出された。
また、自分達に心を砕いてくれているゲンヤ達に協力したいという思いもある。
だが、ルーテシア達までそれを強要するのはいけないと感じ、ナンバーズだけが部隊に協力するという結論になった。
そして、ゲンヤはチンクの提案を受け入れ、それから数日後ナカジマ家でルーテシアともども居候させることが決まった。





チンク達がナカジマ家へ居候するようになって数日後、カイはギンガに連れられてショッピングモールへと買い物に出ていた。
それというのも、チンク達は携帯端末の扱いに慣れているし、それがなくても連絡手段に困ることはない。
しかし、カイは陸士108部隊などで使う官給品の携帯端末の操作をちゃんとすることができないでいた。
そのため、操作の簡単な携帯端末をカイ用に与えるべく買い物に出てきたのだ。
チンク達は現在これからの自分達のことについて108部隊にて様々な説明を受けているころだろう。
もっとも、馴染みのあるギンガと共に行動するようになることは前もって決まっているので隊舎内の案内などで時間をつぶす事になるだろうが。

「カイ、これなんかどう?」

ギンガはできるだけ操作の簡単そうな少し型遅れの携帯端末をカイに渡して操作方法を教えていく。
そして、数分後には眼をグルグル回しながら頭から煙の出ているカイが出来上がっていた。





それから数十分後、一旦ショートしたカイの頭を何とか再起動させて、ギンガはカイと一緒に悩みながらとある携帯端末を購入した。
そして、今は他の人のアドレスをギンガが代わりに登録しているところで、ギンガは少しだけ不審に思うことがあった。

「ねえ、どうしてわざわざ『000』を空けてあるの?」

アドレスを携帯端末に登録する際、特に番号を付けない限りは『000』から順番に登録されていく。
しかし、カイはギンガの番号を『001』で登録していき、他の人の番号もそれ以降の番号で登録するように頼んできた。

「ここ、特別」

ギンガの言葉にカイは簡単に答えたが、その悲しそうな表情から何も聞くことができなかった。





「んで、買ってきたのがアレなのか?」

陸士108部隊の隊舎では、戻ってきたカイが買ってきたはずの携帯端末の話になっていた。
戻ってきたカイはどうしたのかというと……

「すごい、これ、ちゃんと聞こえる」

紙コップを耳に当て、その紙コップから伸ばされた糸の先にはもう一つの紙コップ。
そのもう一つの紙コップを持っているのはウェンディだった。

「すごいっす。カイ、もう一回やるっす」
「わかった」

通称『糸電話』と呼ばれるものを物珍しく見るナンバーズ。
その糸電話を指差すゲンヤ。

「違います。お父さん、これ」

そんな糸電話で戯れているカイ達を余所に、ギンガはカイ用に買ってきた携帯端末を見せる。
それを見たゲンヤは……

「おい、俺はまだコレを使うほど老いちゃいねえぞ」

げんなりした声でギンガの差し出した端末を評した。

「……コレしかカイの使えるものがなかったの」
「……マジか?」

困ったように言うギンガの差し出したのは、お年寄りでも簡単に操作できる最近発売されたばかりの通信をすることだけの通称『ラクラク端末』だった。

「これ、簡単」

しかし、そんな二人の呆れた声を無視するようにカイは糸電話をまるですごい発明品のように見ていた。





カイ達が糸電話で戯れている頃、機動六課のブリーフィングルームでは最近頻発している事件について話し合いがされていた。

「蜘蛛の糸?」
「うん、正確に言うと蜘蛛の糸に限り無く近いモノが火災現場で目撃されてるってことや」

集まったフォワードメンバーを前に八神はやてが現在持っている情報を伝えていく。
火災現場で逃げ遅れた人が蜘蛛の糸のようなもので拘束されていることが多いこと。
蜘蛛の糸のようなものではあるが、明らかに蜘蛛の糸以上に強靭なため一般人が引きちぎるのは難しいということ。
付近に魔力反応のようなものはなく、蜘蛛の糸にもそのような力は検出されていないということだった。

「これって明らかに魔導師がやるようなことじゃないですよね」

はやてから聞いた情報から、ティアナはありえないと思いながらも自分の考えを述べる。

「魔導師じゃないって……まさか未確認生命体?」

ティアナの言葉でフェイトは今のミッドチルダの状況で、一番ありえそうな答えを言う。
魔導師の力とは違う。でも、普通の人間には明らかにできそうにないこと。
それらから未確認生命体という答えが出てきても不思議ではない。

「おそらく、せやから今後は自主的に機動六課も未確認生命体関連の調査に移っていくから、みんなも覚悟していてな」

以前は注意のみに終わったものの、これ以上一般人の犠牲を抑えるためにも今後は積極的に動くことを伝えて解散となった。
そして、みんながいなくなった後、なのはは一人残ってはやての言っていた言葉のことを考えていた。

「蜘蛛の糸……カイ君じゃないよね」

なのはは異形へと変わったカイの蜘蛛とは似つかない、どちらかというとクワガタ虫のような顔を思い出して呟いた。





その日の夜、ギンガやカイ、チンク達はゲンヤに呼び出されていた。
それというのも陸士108部隊の隊舎付近で火災が発生したからだ。
ゲンヤは急いでギンガ達を連れて救助活動をするべく車を出す。
そして、しばらく後に現場へと着いた。
そこへ先に現着していた局員からまだ逃げ遅れた人がいると聞くやいなや、ギンガはチンク達を連れて飛び出し、救助活動へと移っていった。
しかし、救助活動を行う前に……

「カイ、お前は行かなくていいからな」

カイだけはゲンヤに止められていた。
ギンガ達も前もってそれを知っていたのか、特に何も言わない。
ゲンヤはカイの力なら多くの災害に役立てることができるだろうと考えていた。
しかし、現在未確認生命体として追われている以上、カイの力をむやみに使わせることはできない。
そんなこともあって、カイを常に自分達の目の届くところにいさせることにして、できるだけその力を振るわせないようにするしかなかった。

「んじゃ、俺は指揮に回るからカイは静かに待ってるんだぞ……って、カイ、どこ行った?」

ゲンヤが指揮に回るから少し相手ができないことをカイに伝えようと後ろを向いたとき、カイの姿はどこにもなかった。





ギンガ達が火災現場で救助活動をしているころ、そこから少し離れ雲に隠れて月明かりもまともに届かない裏路地では、人とは明らかに違う異形が火災現場から逃げるように走っていた。
人の肌とは明らかに違う色を持ち、頭には蜘蛛の脚のような飾りが付き、口元も蜘蛛を思い起こせるような怪人と言ってもいい姿。
それが人気のないところを駆け抜けていた。
しかし、その怪人は前方に人の気配を感じて立ち止まる。
そして、物陰から現れたのは……

「グムン、お前の仕業……だったんだな」
「ザ レザ !!!」

グムンと呼ばれた存在の前に現れたのはカイだった。

「ゴレゾギッデギス?キガラザ……」

そして、グムンと呼ばれた怪人はここの世界の人間が使う言葉とは明らかに違う言葉を話しながらも、カイのことを警戒する。
しかし、警戒しながらも人間など取るに足らない存在とでも思っているのか、いつでも飛びかかれるように徐々に距離を詰めていく。

「お前、子ども襲った……許さない」

カイは両手を腰の前で合わせる。それと同時にカイの腰には真ん中に赤い宝玉のようなものがついたベルトが装着された。

「ゾンベスオザ!!!」

グムンもカイの腰に巻かれたベルトに見覚えがあったのか、驚きを隠せないでいた。
カイは左手をベルトの真ん中の上に載せ、右手を左上に伸ばして構えをとる。
そして、右手を左から右に、左手をベルトに沿って左に動かす。
最後に右拳を左拳に合わせるようにして、カイは静かに言葉を紡いだ。

「……変身」

カイの言葉と同時にその姿が変わる。
黒のインナースーツのようなものに赤い鎧、赤い眼、黄金に輝く二本の角。
かつてグムンを封印した存在が、その姿を再び自分の目の前に現したのだ。

「クウガァ!!!」

それを思い出したのか、グムンは怒りの雄叫びをあげ、カイへと跳びかかる。
しかし……

「俺は……クウガじゃない」

瞬く間に赤から青へと姿を変えたカイはその跳躍力を持って、グムンの突進を回避する。

「ガアっ!!!」

グムンが口から蜘蛛の糸を吐き出し、カイの両腕と体を締め付ける。

「俺の名前……カイ」

しかし、カイは絞めつけられたことなど気にもしないように言葉を続ける。

「ヴィヴィオゥからもらった……大切な名前」
「オゾレザ」

しかし、グムンもカイの言葉など知らないとでもいうように腕の爪を身動きのできないカイへと向ける。
しかし、その爪が今にもカイの心臓に届きそうな瞬間、カイの鎧の色が青から銀と紫へと変わり、その爪がカイの心臓に届くことはなかった。

「俺の……新しい名前!!!」

そして、その怪力を使って糸を引きちぎり拳をグムンへと叩き込む。
グムンはそれを受けて吹き飛ばされ、カイも再び赤い鎧の姿へと変わる。

「グムン……これで終わりにする」

カイは自らの右拳を構えて、攻撃のタイミングを図る。その拳にはなのはのリンカーコアを封印したときのように光が溢れ出す。
グムンも同じ考えなのか、右腕の爪をカイの心臓に向け必殺の一撃を放つべく隙を窺う。
そして……





両者が同時に動いた。

カイはグムンの腹部に、グムンはカイの心臓に向かってその拳と爪を突きつける。
一瞬の激突、そして次に起こったのは静寂。
もし、今の激突を他の者が見たとしても月明かりもまともに届かない裏路地では何が起きたのかも判別がつかないだろう。

そして、丁度雲が流れ月明かりが両者を照らし出すことによってその決着がついたことがわかった。

「グムン……お前、封印する」

グムンの爪はカイが体を捻ることで紙一重で回避し、体をひねりながら突き出したカイの拳はグムンの腹部とその腰にあるベルトのような装飾品を巻き込むように当たっていた。
そして、グムンの腹部にはカイの光によってできた印のようなものが輝く。
カイはそのまま後ろに跳んでグムンと距離をとる。

「俺の……勝ち」

最後にカイが宣言すると同時にグムンは爆発し、グムンの立つ場所には何も残らなかった。





カイとグムンの戦いを見下ろす一つの影。
それはカイがグムンを倒すのを見届けるとつまらなそうに呟いた。

「拳でグムンを倒したか。リク、お前の戦い方は……そうではないだろう。それとも、俺へのあてつけか?」

まるでカイのことを昔から知っているような口ぶりで話す男はカイに興味を失ったのか、それとももはやここにいる必要がないからなのか、カイの右足を一瞥するとその場を離れるべく歩き出した。

「今のお前では……このゴ・ガドル・バには勝てん。本来の戦い方も、金の力も失ったお前では……な」

絶対的な自信を持ってガドルはカイとの力の差を確信する。
しかし、何かを思い出したかのように足を止めると

「しかし、ゲゲルが始まってもいないのにリントを狩り始めようとしていたグムンを倒したことは……感謝しておこう」

聞こえはしないだろうがそう言うと、再び歩き出した。





「なんで……爆発した?」

カイはグムンを封印するはずだった。
カイのいた村では人を殺すという概念はなかった。だからグロンギと呼ばれる種族を封印することで村を守ってきた。
そして、今回もグロンギであるグムンを封印の力を打ち込んで封印するはずだったのだ。
しかし、それができずにグムンは爆発した。

「これ、やっぱりあいつと同じになったから?」

全てを滅ぼす凄まじき力を手にしてしまい、霊石に変化が起きたからなのか?
そんなことを自分の右手を見ながら考えていると、急に誰かに足を掴まれた。

「カイ、こんなところで何してんの?あんたはその姿を見せたらダメなんだからとっととここから離れるよ」

カイの足を掴んでいたのはIS『ディープダイバー』で地面に潜っていたセインだった。
セインはカイを地面に引きずり込むと、そのまま地面の中を通ってゲンヤ達の待つ場所へと戻っていった。
それから数分後、カイが消えてグムンが爆発した場所にちょうど付近を巡回していた機動六課のフォワード陣が通報を受けて到着したが、すでにその場所には誰もいなかった。










今回のグロンギ語

ザ レザ !!!
訳:誰だ!!!

ゴレゾギッデギス?キガラザ……
訳:俺を知っている?貴様は……

ゾンベスオザ!!!
訳:そのベルトは!!!

オゾレザ
訳:トドメだ





今回のタイトルは……なんでしょう?『変身』それとも『月下』
今後修正をする際に話数の横にタイトルも一緒に入れるかもしれないので、もし何らかのアイディアとかがありましたらお手数ですが感想の方に一言お願いします。
最近ヴィヴィ王分が足りない気がします。








[22637] 第12話 惨劇
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:27




カイはセインによってギンガ達が救助活動をしていた場所に連行された。
そして、そこにいたのは……

「カァ~イ~、どうして勝手に出歩いたりしたのかしら?」

それはもう、後ろにいるウェンディ達が、そのあまりの可憐さに震え上がるような笑顔のギンガがいた。

「キンカン……俺、足痛い」

しかし、そういった事情に疎いカイはその可憐な笑顔をスルーして自分の現状を少しでも理解してもらおうと声を出す。
カイの現状、それは変身を解いてギンガの目の前で正座しながら、ギンガの言葉を傾聴していることだ。
何気に過去に同じようなことをした……されたような気もするが、そんなことを気にするようなカイではない。
なぜなら、その時もどうして怒られたのか未だに理解していないのだから。

「静かにする!!!あのね、どれだけみんなが心配したかわかってるの?通信しても出ないし、ちゃんと端末持っているの?」
「……持ってる」
「なら、どうしてちゃんと通信に出ないの!!!端末に連絡が来たら音がなるように設定してあるでしょ!!!」

ギンガはそういうと、自分の端末を操作してカイの『ラクラク端末』に通信を繋げる。
しかし、持っているはずのカイの傍では端末の呼び出し音が鳴らなかった。

「ほら鳴らない……端末持ってないじゃない」
「俺持ってる!!!」

ギンガの冷たい眼差しがカイを射抜く。
しかし、カイはそれにも動じずにポケットに手を突っ込んで何かを出した。
カイの手に握られていたものは……

「あ、糸電話っす」

ポケットの中で潰れてしまい残骸と成り果てた糸電話だった。

「……なら、それで私に通信してごらんなさい」
「わかった……キンカン、聞こえるか?」

呆れたような声で話すギンガに、カイは何も気にしないように意気揚々と糸電話を口元に当てギンガの名前を呼んでから耳に当てる。
しかし、糸電話からギンガの声は返ってこなかった。
もっとも、こんな近距離で使うのなら端末越しじゃなくても聞こえるんじゃないかというツッコミを入れられる者は存在しなかった。

「キンカン、これ壊れてる」

カイは見当違いな主張をし続ける。確かにぐしゃぐしゃになった紙コップの現状を考えればカイの言葉は正しい。

「壊れてるんじゃなくて……あ、それはもう壊れてるんだけどね、糸電話じゃ端末に通信はできないわよ」
「何?そうだったのか?」
「これ、使うの簡単だったのに……」

ギンガの疲れきった説明を聞いて、後ろにいるとある姉妹達の中で一番の年長者が驚いていた。
カイもせっかくみんなと話ができて簡単に扱える道具を見つけたはずだったのが、実はそうでないことを知って凹んでしまった。





一方、これより時間が少し前になるが、陸士108部隊の隊舎で留守番をしていたルーテシアとアギトは……

「また鳴ってる」
「なあルールー、カイは糸電話を持ってったんだよな?」
「うん、これの操作が難しいんだって」
「……光ってるボタン押すだけだぜ」
「……難しいんだって」
「そっか、難しいのか」

カイの頭の弱さに呆れていた。





カイがグムンと戦った場所には、市民から通報を受けてやってきた機動六課のフォワード陣が現場検証をしていた。

「はやて、これが通報してきた市民が撮った写真」

フェイトは市民がその戦いの光景を少し離れた位置から撮った写真を証拠として提出してもらい、そこに映ったモノを見て今回の事件が未確認生命体関係であると考え、上司であるはやてに伝える通信を繋ぐ。

『そっちの蜘蛛みたいな顔……一応第3号が今回の事件の容疑者として、そっちの……カイ君の変わった第1号みたいなのはホンマに鎧の色が違うだけやね』
「うん、あとは角の大きさも違うくらい……かな」
『そっちの赤いのは第4号ってところやな。で、第3号の行方は?』

通報してきた市民は最後までカイとグムンの戦いを見ることなくその場を離れてしまったので、フェイト達は第3号と呼称されたグムンが倒されたことは知らない。

「わからない。第4号もどこに消えたのかわからないから、付近の捜索を続けているけど……」
『そっか。なら、一通りの操作が終了したらすぐ戻ってきてな。これとは別の事件が起きたから』

はやては事件現場をそれ以上調べても何もないと感じたのか、それとも別の事件のほうが重要度が高いと感じたのか、別の事件のことの話をするときにやや沈痛な面持ちで声を出した。

「新しい事件?まさか……」
『それは戻ってきたら話す。ただ、今の時間が一番危険や、気をつけてな』

そうして通信が終わり、フェイトは空を見上げて最近起き始めた事件を思い出そうとする。

「今の時間が一番危険?そうか、夜だと……」

見上げた空には闇夜の中に月だけが輝いていた。





「フェイトママ、遅いね」

本来なら隊舎に戻り、今はもう寮の部屋で休んでいる時間なのだが、未だにフェイトが戻ってきていないことを心配するヴィヴィオ。
なのははヴィヴィオの相手をしながらはやての言葉を思い出していた。

「吸血鬼……か」

なのはが思い出しているのは、最近頻発している火災事故の他に、深夜に多発している首筋に牙のようなもので噛まれて命を落とすという『吸血鬼事件』のことだった。
被害者は全員死亡していることから、その全てが火災事故の被害者のようにリンカーコアを持っている人物とは限らないが、魔導師にも被害が出ている者も多い。
そういったことから、最近は深夜の外出等は控えるように市民への警告もされている。

「……なのはママ?」

話しかけても何も返答がなかったのを気にしたのか、ヴィヴィオがなのはの顔を覗き込んできた。

「ん?なんでもないよ。フェイトママももうすぐ戻ってくるから、もう少しだけ待ってようか。それとも、もうおねんねする?」
「ん~、待って……る」

フェイトの帰りをヴィヴィオは待とうとするが、流石に眠気に負けてきたのか、眼がトロンとしてきている。
なのはもそろそろヴィヴィオが限界なのを知っていたのか、背中をゆっくりと軽く叩きながら眠りへと誘う。
そして、遂には睡魔に耐えられなくなったのかヴィヴィオは眠りに付く。

「そういえばヴィヴィオ……最近カイ君のことを話さないな」

カイのことを忘れたのかとも思ったが、それは違うだろうとなのはは考える。

「声に出すと余計に寂しくなっちゃうからかな。カイ君……本当に今までの事件に関係しているのかな?」

今のところ第1号は地上本部へのテロ事件以外では姿を見せていない。
そのため第1号と第2号、第4号が同じ存在だと気付いていないなのは達は、この事件にカイが大きく関与していることを全く気付くことができなかった。





カイへのお説教が終わり、陸士108部隊の隊舎に戻ってきたギンガ達は、今回の出動でかいた汗を流すべくシャワー室へと向かった。
ルーテシアとアギトは戻ってくるのを待ち疲れたのか、戻ってきたときにはすでに眠っていたので、ゲンヤが先に家へと連れて帰った。
そして、ここで一つだけ問題が起きる。

「俺嫌だ!!!シャワー怖い!!!」

以前シャワー室で、不意打ち気味に顔面に熱湯を浴びるという惨劇に見舞われたカイがシャワーを使うことを拒否した。

「ダメよ。カイってば家でもお風呂にそんなに入らないでしょ。今日はちゃんと入りなさい」

ギンガはまるで子どもを躾けるお母さんのようにカイを説得する。

「でも、シャワー怖い。あの武器……強い」
「武器?」

みんながカイの訳の分からない主張に頭を捻る。

「いいから、ちゃんと入るのよ。もし入らなかったら今度からおやつのシュークリームは無しよ!!!」
「そんな!!!キンカン非道!!!」
「……ヒドイって言いたかったのよね?ともかく、約束したわよ」

カイの訴えに少しだけ戸惑ったものの、要件を伝えるとギンガ達は女性用の赤いマークの入ったシャワー室へと入っていった。





「う~」

カイは悩む。

「シャワー怖い。でも、シュクーリムは食べたい」

カイは恐怖に打ち勝ってご褒美を得るか、ご褒美を諦めてその恐怖から永遠に眼を背けるかで悩んでいた。
そんなことを5分程考え、ついにカイは腹を決めた。
そして……

「シュクーリム……食べる。俺、シャワー行く」

意を決したカイは決戦の場へと赴くべく扉を開く。
以前、機動六課でシャワー室を使ったときと同じのように、赤い女性用のマークの入ったシャワー室へ続く扉を……。





「なあギンガ、カイは一人でシャワーを浴びることができるのか?」

カイを外に置いて、一足先にシャワー室に入ったギンガ達はそれぞれが個室に入って、今回の出動でかいた汗を流す。

「大丈夫よ、カイだって子どもじゃないんだし、一人でシャワーくらい浴びることはできるわよ」

すらっとしたスレンダーな体のチンクの質問に、ギンガは頭からシャワーを浴びながら答える。
事実、カイはナカジマ家で普通に風呂に入ることはできていた。
シャワーに対する恐怖のせいか、あまり自分から進んで入ろうとはしないが風呂にはいることに関しての問題は何もない。

「そうっす、そういえばギンガに聞くのを忘れていたことがあったっす」

そうしてシャワーを浴び続ける中、それまで静かにシャワーを浴びていたウェンディがタオルで前を隠すこともせずに、思い出したかのように話題を提供してきた。

「聞きたいこと?何かしら?」

ギンガも突然出てきたウェンディの疑問に答えるべく、大した用心もせずに聞き返す。
そして……

「チン○って結局なんなんっすか?」

爆弾が落とされた。

「ち、ちん……」
「そうだ、私もそれを聞いておきたかった。なんせ私の名前にもなっているからな」

それに乗じてチンクもカイによって名付けられた言葉の意味を確認するべく話に乗っかる。

「確か……おちん○んとか、ち○ぽとか、ペ○スとか、男性○とか、肉○と同じ意味なんだよね。でも、それがなんなのかわからない」

ディエチも以前の話を思い出したのか、話に加わる。

「おちん○んとちん○とち○ぽは言葉的には似ている部分が多いです」
「ペ○スと男性○と肉○は全然違うけど、これも同じ意味なんだよね?」

ディードとオットーも興味を引かれたのか、今までで得た情報をまとめるようにギンガに聞いてくる。

「う~ん、アタシ達が聞かなかったってのもあるけど、ドクターも教えてくれなかったしなぁ……ノーヴェ、なんか顔が赤いよ?」
「うっせぇ、なんとなくだけどその言葉聞くと恥ずかしいんだよ」

セインがノーヴェの様子の変化に気がつき、ノーヴェはそれを悟られないようにツッパる。

「えっと……あの、その言葉はね、あの……その……なんていうか……」

ギンガは突然の強襲に何と答えたらよいのかもわからずに顔を真赤にしていることしかできない。

「キンカン、ちん○ってなんだ?」

そんな混乱しているギンガのすぐ傍で、カイがシャワーを浴びるべく意を決してシャワー室に入ってきた。

「あ、やっと入ってきたっす」
「ちょうどいい、私が体を洗ってやるから来るといい」

カイが入ってくるのをウェンディが見つけると、チンクはここぞ姉の本領発揮とでも言うようにカイの背中を流そうとする。

「えっと、ちん○っていうのはね、カイのこか……ん?」

ギンガもカイの質問に答えようとして思いとどまる。





今自分のいるところはどこだ?





女子シャワー室だ、間違いない。なんせ自分は今裸になってシャワーを浴びているところなのだから。





つまり私は女だ。ここにいて問題はない。





なら、カイの性別はどっちだ?





男の子のはずだ。普段の話し方はやや子どもっぽいところもあるが、体つきも立派な男だ。





でも、なんでここに、女子シャワー室にいる?





もしかして、カイは実は女の子だったんじゃ?





なら、それを確認しないと。





以上のことを考えつくまでほんの一瞬。その一瞬で判断したギンガはカイが女であると勝手に認識し、その股間を覗き込む。
そこには自分が子供の頃に、父親であるゲンヤのモノを見た以外は馴染みのない物体が……

「……ある」

馴染みのない物体が……あった。

「キンカン、どうした?」

カイの言葉に反応するように股間から視線を上にあげると、不思議そうにギンガを見るカイの姿があった。
そのカイの様子をシャワーを浴びた状態のまま、つまり裸のまま見つめたギンガは、それから数秒後に顔を真赤にしてシャワー室で気を失った。

「キンカン、のぼせたのか?」

気絶する前、ギンガはカイの心配したような声を聞いた気がした。





それから一時間後……。
夢でも見ていたのか、うわ言のように『ちん○、おちん○ん、ち○ぽ、ペ○ス、男性○、肉○』のことを説明しようとしながら、結局何も言えずに『あうあうと』唸っていたギンガは意識を取り戻すと同時に……

「カイ、そこに正座!!!」
「わかった」

ギンガはタオルを体に巻いた状態のままで、カイを床に正座させた。
そんな素直な反応のカイにギンガは呆れるが、思い直すように厳しい顔を作るとカイを見下ろすように問い詰める。

「言いたいことは……わかるわよね」
「わかる」

カイも何かを感じているのか、どこか嬉しそうな表情で返事をした。

「……そう、なら私が何を言いたいか言ってごらんなさい」
「うん、明日のおやつはシュクーリム」

嬉しそうに言うカイについにギンガの堪忍袋の緒が切れた。

「なんでそうなるのよ!!!」
「俺、シャワー浴びた」

ギンガの抗議にカイは何を言うのかとでも言うように返事を返す。

「だから、なんで女子用のシャワー室に入るのよ!!!」
「ん?俺、いつもあのマークのシャワー室入ってる」

カイはギンガの怒りがどうして起きているのかわからずに、赤い女子用のマークを指さす。
それから数十分の間、ギンガによる男子用と女子用の区別を教える講義が行われることになった。
ナンバーズはそんなカイとギンガを見ながら……

「結局今回もちん○のことはわからなかった」

今日も以前から知りたいことを知ることのできなかったことによる落胆した声が聞こえてきた。





ミッドチルダにあるとある場所では、以前カイとグムンの戦いを見つめていた男が赤い薄手のドレスのようなものを身に纏った女と出会っていた。
深夜となった今、ほとんどの人間が眠りについているこの時間にここに寄り付くような者は存在しない。
そんな閑散とした場所で二人は特に親しそうな素振りも見せること無く要件だけを伝えるかのように話しだす。

「ゴオマには困ったものだ」
「ゲゲルは始まっていない。グムンにはできなかったがガドル、お前が制裁を加えるか?」

たいしたことでもないとでも言うように女はガドルへと今後の対応を問いかける。
しかし、ガドルはつまらなそうに息を吐く。

「しばらく様子を見よう」
「……クウガの出方でも見るのか?……まあいい、ダグバが滅んでいる今、我らの頂点にはガドル……お前が立っているのだからな」

女はそれで話は終わりとでも言うようにガドルから離れる。

「もっとも、ダグバのベルトを受け継がない限りは『ン』を名乗ることはできないがな」

そんなつぶやきを残して立ち去った女にガドルは視線を送る。

「リクを……クウガを倒す。今度こそ俺の手で……万全の奴と戦い……」

改めて決意するかのようにガドルもつぶやくと女とは別の方向へと歩き出した。
ガドルの言葉の最後はあまりにも小さい声で聞こえた者は誰もいなかった。





ガドルが何者かと話をしている一方では、深夜の空を飛ぶ一匹の蝙蝠の姿があった。
いや、蝙蝠と呼ぶには明らかに巨大で、人のような足を持つ存在を蝙蝠と呼ぶには難しいかもしれない。
どちらかといえば蝙蝠人間とでも言うべきか、そんな存在が夜の空を獲物を探すかのように徘徊する。
そして……

「リズベタゾ」

蝙蝠人間は見つけた。
深夜の暗い道を歩く仕事帰りの女性の姿を……。

「キガラザゴレン……エモンザ 」

蝙蝠人間は何かをつぶやくと同時に、飛ぶ速度を上げて女性を背後から襲いかかった。










ミッドチルダから遠く離れたとある田舎では、吸血鬼事件など知らないかのような穏やかな日々が続いていた。
そんな田舎に白い服を来た青年が、何か面白いことでもあったのか笑みを浮かべながら歩いている。
もっとも、田舎であるため人は少なく、青年がどこかからやってきたとしても誰とも出会うことがなければ彼がよそ者かなんてわからないだろう。
そんなどこからやってきたのかわからない青年の前に、一人の女の子が遊び相手を見つけたとでもいうように飛び出してきた。

「お兄ちゃん、コレあげる」

突然そんなことを言うと、女の子は青年に向かって持っている白い花の中から一本だけ青年に差し出した。

「……くれるの?」
「うん、キレイでしょ?」

青年の言葉に女の子は笑顔で答える。
青年はもらった花を一度見ると、少しだけ不満そうな表情をする。

「……足りないな」

ほんのつぶやきにしかならない言葉だったが、女の子の耳には入ったようで少しだけ女の子は困ったような表情になる。

「あ、これはダメだよ。お母さん達にプレゼントするんだから。……そうだ、私がいいところに連れてってあげる」

女の子は自分の持っている花を後ろに隠すようにしてそう言うと、青年の花を持っていない手を掴んで引っ張るように歩き出した。
そして、来年にはミッドチルダにある魔法学院に入学することや、それと一緒に家族も引っ越すことなど、青年が聞いてもいないことを話しだす。
ここで女の子は気付くべきだった。
青年が持っている花がいつの間にか枯れ果てていることを。
しかし、久々にできた遊び相手が見つかったと勝手に思い込んでいる女の子は、それに気がつくことはなかった。

「ここだよ」

しばらくしてたどり着いたのはここで一番広い花畑だった。
一面に咲き乱れる花をいくつか摘んで、部屋を飾ることが趣味な女の子が見つけた秘密の場所。
ここに住んでいる人すらろくに知らない場所だった。今の季節は白い花が咲き乱れている。
ここなら青年も満足するだろうと思い、女の子は連れてきたのだ。
しかし……

「……足りないな」

青年は何も感じていないかのように自分の手のひらを見つめてつぶやく。

「これでも足りないの?それならねぇ、お兄ちゃんにいいもの見せてあげるよ」

女の子が青年に背中を向けると、とある場所に向かって歩き出そうとする。
しかし、目の前に広がっているはずの白い花が紅く染まっていた。

「足りないからさ、君のアマダムの欠片を……僕にちょうだい」
「あ、え……お……兄……ちゃん?」

女の子の胸から青年の腕が真っ赤になって生えていた。

「い……たい、いたいよ……ママ……パパ」

青年が腕を引き抜くと、女の子は青年から離れるように前へ前へと進む。
溢れ出る血は、真っ白な花の中をまるで青年と女の子を繋ぐかのように、一際映える赤い絨毯を作りだす。
狩る者と狩られる者を繋ぐ橋のように……。

「まだ……足りないか。同族は封印されたせいで大した糧にならないからね。君の……今で言う……なんだったかな……リンカーコアだっけ?そのアマダムの欠片で少しだけ力を取り戻せたよ」

青年は今にも命を失いそうに倒れている女の子へと歩み寄る。
そして……

「だから、これはお礼だよ」

腕を一閃。
それによってできた衝撃が女の子の体を砕くと同時にその体だけ焼き尽くす。
そして、その衝撃によって起こった風によって、白と赤の花弁がまるで女の子との別れを哀しむかのように舞い散った。
惨劇の中を最後まで笑顔でいる青年という、いかにも場違いな存在を恐れるかのように……。




今回のグロンギ語

リズベタゾ
訳:見つけたぞ

キガラザゴレン……エモンザ 
訳:貴様は俺の……獲物だ





リリカル的タイトルは「カイに常識を期待するのはダメなの」もしくは「災難は忘れた頃にやってくるの……字余り」
クウガ的タイトルは「惨劇」
……温度差ありすぎます。

風呂場シーンの第三の被害者のギン姉。次の被害者は果たして誰か?
ちなみに第1の被害者はスバル&ティアナで、第二の被害者はなのはです。
ナンバーズ(ノーヴェ除く)やヴィヴィオやキャロは見られても気にしてないのでノーカウント。

追記:どうでもいい話ですが『なのは』と『タトバ』って語呂が似てる。つうか、オンドゥル語みたいな感じ。








[22637] 第13話 簀巻
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:27



カイによる『女子シャワー室乱入事件』のために発生した、ギンガによるカイのための教育的指導が行われた次の日。

「……眠い」

ギンガは目の下に隈をつけた状態で洗面所までやってきた。
結局、カイが理解できたのはシャワーを浴びるという約束を一応守ったことによって、今日のおやつがシュークリームになったということだけである。
恐らく、昨日の説教も『明日のおやつはシュークリーム』ということしか頭にないカイが、その内容を覚えていることはないだろう。

「……はぁ」

ギンガは落ち込んだようにため息を吐く。
あまりにも話を理解出来ないカイに呆れていないわけではないが、それは大きな理由ではない。
おそらくストリートチルドレンとして生活してきたカイには、そこまでの常識がないのだろうとギンガは勝手に思い込んでいるからだ。
落ち込んでいるのは、夢でとある自分の姿を見てしまったことだ。
その夢とは、チンク達に向かってカイの股間にあるイチモツを参考にしながら自信満々に説明する自分の姿。
そこで恥らいを持って説明していれば、まだ落ち込まなかったかもしれない。
だが、そんな恥らいはどこ吹く風とでも言うように、全く気にすること無く説明している自分の姿を夢見てしまった。

「どんな顔してカイに会おうかな」

これでカイと自分が恋人同士なら、まだよかったのかもしれない。
だがギンガは、自分とカイの関係を姉弟か、親子のような感覚で接している。
ギンガが本当の母親だったとしたらそこまで気にならなかったかもしれないが、ギンガも年頃の女性でもあるため、気にするなという方が無理だった。

「……はぁ……あれ?」

再度ため息をついたところで、ギンガは庭から何か空気を斬るような音を聞き取った。

「何かしら?」

こんな早朝に誰かが起きているとは思えない。
とりあえずギンガは顔を洗ってから、風切り音のした庭へと向かって歩き出した。





ギンガは庭が見えるリビングに辿りつく頃と、そこには既にゲンヤが庭からこちらが見えない位置に隠れるようにして、庭のとあるところを見つめていた。

「……お父さん?」
「おう、ギンガも起きたのか。あれ、見てみろ」

ゲンヤに促され、ギンガはゲンヤの傍に向かうと指差されたところへと眼を向ける。
そこには、何かの拳法の型なのか、一心に打ち込みを続けているカイの姿があった。

「もう……一時間以上くらいになるか、俺が起きたときにはもう始めていたみたいだしな」
「一時間?」

一時間もただ打ち込みをしていたのだろうか?
そんな考えがギンガの頭の中によぎる。

「それにしても、どうしていきなり……」

カイが拳法の練習をしているところなど、ギンガは今まで見たことがなかった。
それはゲンヤも同じだが、ゲンヤは何か思い当たることでもあったのか、ただ黙ってカイの練習を見続けていた。
ギンガもゲンヤのその様子に何かを感じたのか、カイの練習を影から見ていることに決めたのだった。





それからしばらくカイの練習を見ていたのだが、不意にある不思議な部分にギンガは気付いた。
カイはどうやらボクシングで言うところのシャドーボクシング、つまり目の前に相手がいると想定して拳を打ち込んでいるのだろう。
しかし、途中でおかしな部分があった。
カイが拳を出した次の瞬間に、足が出そうになったところで動きが止まったのだ。

「……なんで?」

拳打に続くようにして蹴りを出す……と思っていた。
しかし、実際はそれを強引に止めるような形でカイは動くのをやめた。
ギンガは、もしかしたらこの不自然なカイの動きをゲンヤは心配しているのかもしれないと感じ、カイのほうも何か悩みを持っているのではと感じていた。





一方で、ゲンヤはギンガの思いとは全く別のことを考えていた。
火災現場から姿を消したカイ、今朝早くはやてから連絡を受けたことで知った『第3号と第4号の戦闘らしき行動』のことを聞くことができた。
それを聞いたゲンヤは、その戦闘の決着がついたかどうかは別として、カイが……つまりは第4号が、火災事故に残された蜘蛛の糸のようなもので取り残された救助者を襲った存在だと思われる第3号と戦ったことを考えていた。
以前から考えていたカイの人とは明らかに違う能力、なおかつ能力を根本的に変えることでどんな状況にも対応できる汎用性、これら全てが第3号のような存在を相手するためだとしたらカイと第3号にはどのような関係があるのかをゲンヤは心配していた。





そして、みんなが起きて朝食のテーブルにつく。
ギンガとゲンヤはカイの突然の行動を心配していたが……

「気のせいね」
「……だな」
「うぅ……約束と違う」

涙目で訴えるカイのおかげで、その心配はどこかに飛び去ってしまった。

「約束って何かしたかしら?」

ギンガは何か朝食のことでカイと約束したかと考えたが、それらしいことに覚えはなかった。

「今日のおやつ……シュクーリムじゃない。俺、シャワー浴びたのに……」

昨日のシャワーで、熱湯が眼に入るかもしれない恐怖を思い出したのか、カイは涙声で言ってくる。

「……シュークリームはおやつに出してあげるから、まずはご飯を食べなさい」

ギンガはカイが未だにおやつとご飯の区別もついていないのかと少し呆れるものの、一応約束したので今日のおやつにはシュークリームを出すと言ってなんとかその場を収めることに成功した。





カイとナンバーズ、そしてルーテシア達は、いつものように陸士108部隊の隊舎に足を運び、そこでいろいろな雑務を手伝いながら必要なときは出動する、それが本来の流れである。
しかし、その日は少しだけ違っていた。

「お前ら、今日は買い物に行って来い」

突然部隊長室に呼び出されたカイ達は、ゲンヤからそれぞれ何かの入った封筒を受け取った。

「ゲンヤさん、これは一体なんですか?」

居候組の代表者でもあるチンクがこれはなんなのかを問いただす。
他の面々も中を覗いて、そこにいくらかのお金が入っていることを確認した。
そんな中、カイだけは……

「これ、燃やしても暖かくない」

とんでもないことを考えていた。

「燃やすなよ、俺のポケットマネーなんだからな」

そんなとんでもないことを言うカイに呆れながらも、ゲンヤは話を進める。

「一応生活に必要なモンは揃えてはいるが、お前達もそれ以外に必要なモンでもあるだろ。今日はそれを小遣い代わりにそれぞれ必要なモンでも買ってこい」
「私はデスクワークがあるから一緒に行けないけど、大丈夫よね」

ギンガは昨夜の出動の報告書をまとめるため、カイ達に同行することができない。
そんなわけで、保護者のいないカイ達による初めてのお使いが今、始まる。

「みんな、道草食っちゃダメよ?」

流石に保護者のいない状態でお使いに行かせるのは心配なギンガは、みんなに気をつけるように忠告するために声をかけた。
そして、代表してカイが大丈夫だとでも言うように振り返ってギンガに答える。

「大丈夫だキンカン、道の草マズイ。公園の草のほうが苦いけど、まだ食べれる。だからお腹へったら公園の草食べる」

カイはギンガの注意をそのままの意味にしか捉えることができなかった。
そして、そのまま買い物にいく全員が部隊長室から出て行った。
そんなみんなの様子を見たギンガとゲンヤは……

「……ギンガ」

ゲンヤはカイ達が出て行った扉を指さす。

「……いってきます」

それだけで何を言いたいのかわかったギンガは、カイ達の後を追うべくため息をついて出て行った。





それから小一時間後。

「……奇跡が起きたわ」

ギンガはみんなを引率して、ショッピングモールまでやってきた。
普段ならカイとか、カイとか、カイが何かしら問題を起こして頭痛がするのだが、今回は特にトラブルもなく目的地に来ることができた。
これも日頃の教育の賜物かと感激しているギンガのところに……

「キンカン、キンカン」

現在のナカジマ家で一番の問題児が声をかけてきた。

「どうしたの、カイ?」

しかし、機嫌のよいギンガは優しい笑顔で返事をして、カイの方向を見て表情が凍りついた。

「みんな……いない」

連れてきた全員で店を見ながら買い物をしていこうと言っておいたはずなのに、ギンガの傍にはカイしかいなかった。

「みんなはどこ行ったの?」
「俺、知らない。キンカン、シュクーリムどこにある?」

どうやらカイのほうも、シュークリームがどこに売っているのかわからないからギンガに黙ってついてきただけらしい。

「……ちゃんとケーキ屋さんにもよるから、まずはみんなを探すわよ」
「……わかった」

疲れたような感じでカイに告げるギンガと、そのギンガの様子などお構いなしに落ち込むカイは、当てもないもののみんなを探すべくショッピングモールの中へと入っていった。





一方、そうそうにギンガから離れた者達はというと……
チンクとノーヴェ、ウェンディはとある洋服を売っている場所に来ていた。

「あ、これならチン○姉も着れる」
「ここにある服だと、チン○姉はともかく私達は着れないっすね」

ノーヴェが姉であるチンクに差し出したのは、頭からスッポリとかぶることができ、汚れても大丈夫なように体全体を覆う服と、黄色いつばのついている帽子だった。
ここで売られているのは洋服……ではなく、ジュニアスクールや幼稚園、そういった場所で使う制服専門の店なのだが、この三人が知るわけがない。
そのため、チンクの体格に合う服を見つけたノーヴェが特に気にするでもなく店内に入っていったのだ。

「ふむ、ゆったりとしてなかなか動きやすそうだな」

チンクのほうも渡された服を広げて、思いの外動きやすいのを気に入ったのか、表情をほころばせている。

「なら、これを買っていくっすか?なら、早く買って次は他の店に行くっす」

満更でもないチンクに、ウェンディは次こそは自分の番だとでも言うように急かす。
そんなウェンディの後ろから誰かが肩を叩いてきた。

「ねえウェンディ、勝手に行動しないようにって……言ったわよね?」

何か疲れているような口調。
掴まれたウェンディの肩にミシミシと力が込められる。

「い、痛いっす。一体なんなんっすか?」

いきなり肩を掴まれ、それを握りつぶすような痛みを訴えてウェンディは後ろを振り向く。
そこにいたのは……

「どうして何も言わないでこんなところにいるのかしらね?」

瞳のハイライトが消えた更正プログラムの教官の姿と……

「俺、これ着れない」

明らかにサイズの合わない服を頭から被っているカイだった。





それからアクセサリーショップを頭だけ床から出して物色しているセインを引きずり出し、黙々と本屋の本を読みあさっているディエチとオットー、ディードを確保することに成功する。
その途中でカイがアクセサリーショップでサングラスをかけて真っ暗だと騒いだり、本屋で無造作に取った本を見てギンガが顔を赤らめたりすることがあったが、何とか無事に合流することができた。
そして……

「ルーテシアとアギトはどこ?」

残りの迷子は二人だけとなった。
一応、案内センターで迷子の呼び出しをしてはもらっているのだが、チンク達は買い物に夢中であったため、その呼び出しが耳に入ってこなかった。
つまり、ルーテシアとアギトも同じようなことが考えられるだろう。

「キンカン、俺が捜すか?」

カイは変身して緑の力を使おうと集中すると、腰に緑に輝く石が埋め込まれたベルトが現れる。

「カイ、それはダメ!!!」

ゲンヤからカイの力はできるだけ他人の眼には触れさせないほうがよいと言われていたため、ギンガは慌ててカイを羽交い絞めにして変身を止めさせる
ギンガに羽交い締めにされてカイは変身するのを諦め、ならどうするとでも言うようにギンガを見た。
しかし、ギンガとしてもそうそういい案があるわけでもない。
そんなわけで……

「みんなでグループを組んで、それぞれ手分けして捜しましょう」

無難な方法しか思い出せなかった。
こうしてチンクとノーヴェ、ウェンディとディエチ、セインとオットーとディード、ギンガとカイに別れてルーテシアとアギトを捜すべく行動を開始した。





一方、そのころのルーテシアとアギトはというと……

「アギト、決まった?」

ショーケースに並ぶケーキを見て唸るアギト。
そんなアギトを見ながら、自分も食べたいケーキを探すルーテシア。
二人はカイが行きたい場所に既に先回りしていた。

「いや、シュークリーム買ってカイにあげるのはいいんだけど、どうやってアタシの名前をちゃんと言わせるか……ルールーはどうしたら良いと思う?」

いまだに無謀な挑戦を続けようとするアギトだった。

「思うんだけど、一気に勝負をつけようとするのが間違いなんだよな。まずはゆっくりとカイと話をしていって、少しずつアタシの名前を言えるようにすればいいと思うんだよ」

ルーテシアに相談しながらも、結局は自分なりの結論を出したのか、ルーテシアも聞き取ることができないほどの声でブツブツと話を続ける。

「そう、まずはどっしりと構えて、そこから冷静に、かつ熱心に教えてやればきっとカイもわかってくれるさ。……でも、もしまた散々な結果になったら……」
「……トリニティ?」

ルーテシアを無視するようにブツブツとつぶやき続けるアギト。
そんなアギトの落ち着いたような、それでいて何かに燃えているような感じから一転して、何か未来を想像したのか青ざめている様子を一言で表すルーテシア。
それから10分間、ギンガ達に見つかるまでアギトは結局ウンウン唸るだけで、シュークリームを買うことはなかった。





機動六課部隊長の八神はやては、部隊長室でとある人物からの通信を受けていた。

「え?クロノ君、地上に降りてくるんか?」
『ああ、本局はJS事件による被害は地上に比べて軽い。それにリンカーコア消失事件は今後の管理局のあり方にも関係するような重大な事件に発展する可能性も高い。だから、こっちは一段落ついたからそちらに僕が出向することになった。まあ、あくまで機動六課に協力するという形だけれどな』

はやてが通信をしていた相手は時空管理局本局に所属するクロノ・ハラオウン提督。
この機動六課設立に関係する一人であり、本人も機動六課部隊長であるなのはやフェイトに勝るとも劣らない実力を持っている魔導師である。

『それに、なのはのリンカーコアが未確認生命体第1号に封印されて前線で動かせる戦力が低下しているだろう?』
「それは……まぁ」

はやてにとってクロノの申し出はありがたい。
確かにスバルら新人フォワードも成長してきている。
しかし、それだけでなのはの抜けた穴を埋められるかといえばそうではない。
JS事件を終えてから新人達のランクを測定してはいないが、それでもせいぜい陸戦Aランクくらいだろう。
ティアナが4人のリーダーとして動くことはできるが、それでもまだ経験が浅い。
それならクロノに協力してもらうのは悪い提案ではない。
それにティアナに指揮官適性があるのなら、今のうちに艦隊を指揮するだけの能力を持つクロノに何かを教えてもらうこともできるはずだ。
それは自分にも言えることで、クロノが機動六課に協力してくれることで全体的な戦力の向上にもつながるだろう。
そして、これが一番重要かもしれないが、地上にはなのはやフェイトはやてのような高ランクの魔導師の数が少ない。
オーバーSのランクを持つ魔導師がいない部隊があることを考えれば、能力限定を受けているとは言えオーバーS、ニアSが5人もいる機動六課がこういった不可解な事件を担当する可能性が高い。
しかも、今はエースとも言える魔導師が戦力としてカウントすることができない以上、クロノの申し出は本当にありがたいことだった。

「……お願いするわ」
『うん、こっちもすぐに向かえる準備はできている。急げば今日の夜には到着する予定だ』
「わかった。寮に部屋の準備しとくから、泊まる場所は気にせんでええよ」
『ああ、助かる。それじゃ準備があるからこれで失礼するよ』

クロノからの通信を終えて、はやては一つだけクロノに言い忘れていたことを思い出した。

「第1号の正体を私達が知っているって言うの忘れてたなぁ……まあ、ええか」

流石に到着早々カイと接触することはないだろうと考えたはやては、クロノに説明するのは来てからで問題ないだろうと考えてそれ以上のことを考えるのをやめた。





買い物から帰ってきたカイ達は、それぞれが買ってきたものを互いに見せ合っていた。
その間のやりとりが以下である。

「私は水着を買ってきたっす」
「これで夏には海で泳げる」
「ウェンディ、セイン、それは下着で水着じゃないわよ」
「そうなんっすか?」
「まあ、似たようなもんだし、これでも問題ないね」

ランジェリーショップで買った下着を水着と勘違いしていたセインとウェンディ。
しかもそのことを特に気にする様子はない。

「まさか……これが子供用の服だったとは……」
「だ、大丈夫だよ、チン○姉。チン○姉なら何着ても似合うよ」
「そ、そうか?いや、しかしこの服でこの眼帯はまずいだろう」
「なら眼帯を取れば問題ないんじゃないかな?」

買ってきた洋服が学校の制服だとは知らずに、どうしたらより似合うのかを真剣に悩むチンクとノーヴェ。

「今日、本屋でこんなのを見つけてきた」
「肉棒奉仕in陸士1○8部隊……この表紙、ギンガさん?」
「これで長年追い求めていたチン○の真実が遂に明らかに……」
「没収!!!っていうか、なんでうちの部隊が出てるのよ!!!……これ私?」
「これは陸士1○8部隊の話で、108部隊の話じゃないよ?」

ディエチとオットー、ディードが見つけてきた黄色いマークが入り、どことなく艶っぽい表情のギンガらしき人物が描かれたA4サイズの薄っぺらな本を、ギンガは問答無用で取り上げる。
そんな中、一番の問題児であるはずのカイは、お子様三人衆の仲間であるルーテシアとアギトと集まって、何かを企んでいた。

「これは俺の分、これはキンカン、これはソンチョー、これはプータン、これはショ~イチクン、これはチン○、これはキャイ~ン、これはディーエッチエー、これはノンベ、これはウンデ、これはオットット、これはデッド」

カイはもらったお小遣いを使ってシュークリームを大量に買い込んでいた。
それをみんなでおやつとして食べようと、ルーテシアとアギトと一緒にお茶の準備をする。
そんな中、アギトがとある物を見つけた。

「なあカイ、箱にまだシュークリームが一個余ってるぞ」

そう、カイが買ってきたシュークリームの箱の中には袋に分けられた一つのシュークリームが残っていた。

「それ、あとで使う。プータン、あとで頼みある」

カイはそう言うと、皿に分けたシュークリームをみんなに配るべく、騒いでいるギンガ達の輪に入っていった。





その日の夜、ナカジマ家に帰り、家族全員で夕食を食べてみんなが寝静まるころ、カイはとある目的を実行するために家を抜け出していた。
できるだけ長い時間外に出ているわけにはいかないため、変身して青の力を使うことによって、時間の短縮をするべく、目的の場所に急ぐ。
そして、目的の場所に着く。
カイは小さな紙袋と折りたたまれた紙をその場に置くと、どこか嬉しそうな表情を浮かべながらその場を離れた。





深夜であるが首都クラナガンに到着したクロノは、本来ならどこかに泊まることを考えていたが、最近頻発している深夜の吸血鬼事件のことを思い出し、巡回替わりに付近を見回りながら機動六課の隊舎へと足を進めていた。
夜も遅いからなのは達は寝ているだろうが、夜勤の局員が待機いるだろう。
それなら着いたらその局員に事情を話して、ソファーにでも寝させてもらおうと考えてのことだった。
その道中、はやてからもらった情報を端末を使って確認しながら見回りを進めていく。

「第3号の被害は最近は聞いていないな。だとすると、今のところは第1号と第2号、それと第4号、この吸血鬼事件の容疑者も未確認生命体だとすれば第5号までいることになる」

今のところクロノが危険視しているのは、第1号と第3号、これから第5号と呼ばれるかもしれない吸血鬼事件の容疑者だけだ。
第2号と第4号は、第1号と外見が酷似しているが、同一人物とは言えない。
第2号は火災現場にいただけであって、何か被害を出したという報告は聞いていない。
第4号も第3号と同時に通報され、しかも第3号と争っている形跡があった。
そのため、現状で人を襲った、もしくはそう考えられる候補はなのはのリンカーコアを封印した第1号、蜘蛛の糸のような物で火災現場に拘束していたとされる蜘蛛のような外見の第3号が要注意とするべき存在だと考えている。

「とりあえず、今の時間に出てきそうなのは吸血鬼事件の容疑者だな」

クロノは気を引き締めると、すぐにも自分の愛機『デュランダル』を起動させられるようにして夜の街を再び歩き出した。





帰り道、家に戻るだけのカイは青の力を使ったまま駆け抜ける。
そんな中、誰かの悲鳴のようなものがカイの耳に入ってきた。
その悲鳴を聞いた瞬間、カイはそのまま聞こえた方向へと駆け出す。
しばらくすると、両腕に蝙蝠の翼のようなものを持った異形の怪物が、今にも女性に牙を剥こうとしていたところだった。

「やめろ!!!」

カイは加速した勢いをそのままに、異形へと体当りして女性から突き放す。

「クウガ!!!」
「お前……ゴオマか?」

カイは速さや瞬発力に優れる青の力から、もっとも平均的な能力を持つ赤の力に切り替えて目の前の敵と相対する。
かつて封印された者と封印をした者。
その両者が再び相まみえる。
しかし、そんなことを気にするより、カイは襲われていた女性を逃がすことを考えた。

「お前、ここから逃げろ」

無力な女性を守りながらの戦いは困難である。
それなら先に逃がしてから相手と戦ったほうがいいと考えたカイは女性にそう告げるものの、女性は恐怖に腰を抜かしたのか震えるだけで動こうとはしなかった。
それならと、カイは女性を守りながらゴオマと戦うべく、女性との間に入って構えをとる。
しかし……

「ラザ バンレンジャバギ。ベッチャグザラタンオキビズベスゾ、クウガ」

そう言うとゴオマは翼を羽ばたかせて空へと身を翻す。
そのままカイから離れるように飛び去り、あとにはカイと襲われていた女性だけが取り残された。

「……完全……じゃない?」

ゴオマの残した言葉を反芻して、カイは襲われた女性の姿を見る。
そして、女性の中にある小さな光の輝きを見つけることができた。

「アマダムの……欠片」

それはカイとグロンギが持っているのとほぼ同等の力であり、今の時代の人間は大なり小なりその力を持っている。
無論、カイとグロンギの持っている霊石アマダムは、今の世界でいうリンカーコアに比べて内包される力も桁外れに違う。
しかし、似通っている性質を持つ以上、封印されたことによって力を失ったグロンギ達には、失われた力を取り戻す絶好の餌でもあった。
カイは知らないことだが、今までの不可解な事件は、グロンギがその力を取り戻すためにその姿を隠しながら力を蓄えるために起きていたことだった。
そんなことは知らないカイは、とりあえず襲われた女性を助け起こそうと近寄ったときに……。

「その女性から離れるんだ!!!」
『Struggle Bind.』

突然現れた黒い軍服のような服を纏った黒髪の男性の声が響いた。
それと同時に水色の光が、カイを簀巻きにするように締め付け、いつの間にか拘束されてしまった。

「時空管理局本局所属、クロノ・ハラオウンだ。未確認生命体第4号、君に少し話を聞かせてもらう」
「う……え?……グロクテ……ハラグロイ?」
「……君は僕を馬鹿にしているのか?」

カイのいつも通りな反応を知らないクロノは、若干呆れながらも今にも女性を襲うように見えたカイを無力化するべくデュランダルを向ける。
しかし、カイは人に手を上げるつもりはさらさらない。
こうしてカイはクロノの手によって抵抗することもなくお縄となってしまった。





クロノが第4号と接触し、確保した次の日の朝。
ヴィヴィオはいつものようになのはと一緒に朝食を食べてから、いなくなってしまったカイのテントへと歩を進める。
それは、カイが行方不明になってから毎日続けている行為だった。
もしかしたら帰ってきているかもしれないと、ほんの小さな希望でしかないが、初めてできた友達が勝手にいなくなったことにショックを受けないわけがない。

「……カイ、戻ってる?」

テントの入り口を開ける前に、ヴィヴィオはカイがいるかどうか声をかける。
最初は声もかけずに入り口から中に入ったが、カイがいないことでのショックを緩和する……などと考えていたわけではないが、無意識のうちに最初に声をかけるようになっていた。
このように、前もって声をかけておけば中にカイがいないと考えられるため、以前ほどのショックを受けない。
そして、確認のためテントの中に入る。
そこにはカイがいなくなったときのまま……と言っても、何か物があるわけでもないので、中には何も無い……はずだった。

「……なんだろ?」

ヴィヴィオはテントの真ん中にポツンと置かれている紙袋を見つけた。
少なくとも昨日見た段階ではこんなものはなかった。
ヴィヴィオは袋を開けて中に入っているものを見ると、最近は食べないようにしたあるお菓子が入っていた。

「シュークリームだ。あれ?他にもある」

拾った紙袋のすぐ傍に置かれていたのは、折りたたまれた紙だった。
それを開くと、何かミミズがのたくったような線が書かれている。
ようく眼を凝らしてみると文字に見えなくもない。

「……お手紙かな?」

もしかしたら誰かからの手紙かもしれないと思い、ヴィヴィオは以前カイが言葉の勉強をしていたときに、ユーノに教えてもらった文字と照らし合わせて解読していく。

「えっと……ヴィ……ヴィ……オゥに……あげ……ろ?」

何とか解読していくと『ヴィヴィオゥにあげろ』という言葉が出てきた。

「ヴィヴィオゥ……あっ!!!」

ヴィヴィオのことを『ヴィヴィオゥ』と呼び、なおかつこんな下手な字を書きそうな人物をヴィヴィオは一人しか思いつかなかった。

「今度はヴィヴィオが字を教えてあげなくっちゃ」

ヴィヴィオは母親であるなのはに、やや季節外れのサンタクロースのプレゼントを自慢するべく、なのはが教官として見ながらスバル達が訓練している陸戦シミュレーターに向かって歩き出した。
その足取りは友達がいなくなってからは久しぶりの弾んだ足取りだったことに、ヴィヴィオが気付くことはなかった。





一方そのころ、季節外れのプレゼントをヴィヴィオに贈ったサンタクロースは……。

「カツ丼……食うか?」
「グロクテ・ハラグロイ、俺、シュクーリムがいい」
「……用意する。食べたらちゃんと知っていることを話してもらう。それと、僕の名前はクロノだ」
「……グロクテ?」

簀巻きから解放された後、機動六課の取調室の中で某提督に事情聴取を受けている……はずである。










今回のグロンギ語

ラザ バンレンジャバギ。ベッチャグザラタンオキビズベスゾ、クウガ
訳:まだ完全じゃない。決着はまたのときにつけるぞ、クウガ





リリカル的タイトルは『季節外れのサンタさん』
クウガ的タイトルは『簀巻』

リアルでは時期的に見ると季節外れではなくど真ん中ストライクなのですが、クリスマスを元にした話を考えつかずこういった話になりました。
いえ、やろうとすればできたかもしれませんが、そうなったら本当にタイトル通り季節外れになりそうでしたので、今回は諦めます。
いずれやれたらいいなぁ。







[22637] 第14話 進展
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:27




目の前の皿に山のように盛られた、サクサクのパイ生地の中にカスタードクリームが入った洋菓子。
人はそれをシュークリームと呼ぶ。
しかし……

「シュクーリム美味い」

局員とそうでないものを含めて、現在機動六課の敷地内にいる人物の中で、もっともシュークリームを愛するカイは、やはりその名前を正確に言うことはできなかった。

「それを食べ終わったら話を聞かせてもらうからな」

満面の笑みでどうしてここに連れられたのかわからないカイはシュークリームを食べ続ける。
その食べる姿を甘い物が苦手なクロノは、山のようなシュークリームがいつ食べ終わるのかを呆れながらも待っていた。





一方、クロノがカイから事情を聞くためにシュークリームの食べ終わるのを待っている頃、新人フォワード陣が訓練している場所ではヴィヴィオに続いて、別のとある来客が来ていた。
ヴィヴィオは季節外れのサンタクロースがプレゼントしてくれたシュークリームをおやつの時間に食べるために、シュークリームを冷蔵庫に入れに寮に戻ったためここにはいない。
そんなわけで、ここには訓練を行う者と訓練を受ける者、そして来客だけだった。

「なのはさん」
「ん?ギンガじゃない。どうしたの?」

早朝訓練の最後の締めとして、ヴィータとの模擬戦をしているのを少し離れた位置で評価しているなのはの元にギンガがやってきた。
ギンガも最初は模擬戦の評価をしているだろうなのはに声をかけるのをためらったが、こちらも重要な用事があるため、あえてそのためらいを抑えこんで口を開く。

「あの……家のカイ、知りませんか?」
「……はい?」

まるで家のペット知りませんか?とでも言うようなギンガの言葉に、なのはは一瞬新人達の模擬戦の評価を忘れてギンガの顔をポカンとした表情で見つめる。
ギンガが機動六課にカイを捜しに来れた理由、それはこんなこともあろうかと全てのカイの衣服に取り付けてある発信機の信号を辿ってきたからだ。
ナカジマ家の中で一番フラフラしている者は誰だ?と聞かれたら、まず全ての面々がカイと答えるほどに、カイは常日頃からフラフラと出歩いている。
昨日の買い物ではナンバーズやルーテシアが勝手に行動していたが、もしカイが自分の行きたい場所を知っていたら真っ先にいなくなっていただろう。
そんなわけで、ギンガはゲンヤの許可も取らずにカイの衣服に発信機を取り付けたのだ
つまり、今までセインがカイのところに都合よく来ることができたのはこの発信機の成果でもある。
その発信機の反応がここらにあることでギンガは機動六課へとやってきたのだ。

「えっと……ペットとかは見てないけど」
「あ、ペットじゃなくて弟です。最近できたばかりの」
「弟?」

とりあえず当たり障りの無いペットだと考えて、なのははギンガに告げるものの、ギンガの返事にさらに混乱する。

(ちょっと待ってよ、ナカジマ三佐の奥さんは殉職してるし再婚しているなんて聞いてないよ?そこでなんで弟なんて言葉が出てくるのかな?ねえ、私の考え方ってそんなに間違ってる?)

流石に家庭の事情を他人が聞くのも問題だと思い、ギンガに何も聞けずに脳内で今の状況から考え出される推論を繰り返すことしかできなかった。

「最近引き取った子なんですけど、あの子ったら好き勝手にフラフラするから心配で……」
(それはもう弟というよりはむしろ息子なんじゃないかな?それよりスバルはそのことを知ってるの?)

ヴィヴィオという娘がいるなのはにも思い当たることがあるのか、ギンガの心配の仕方が姉と言うよりも母親に近いと心の中でツッコミを入れる。
そして……

(カイ?あれ?そういえばカイ君と同じ名前だけど……ギンガの弟っていう感じじゃないし……気のせいかな?)

なのははギンガの弟という言葉とその弟への心配の仕方から、その弟が10歳にも満たないだろうと考え、行方不明となってしまったヴィヴィオの友達のカイとは別人だと考えてしまった。




一方、機動六課部隊長である八神はやては、早朝からクロノがカイを連れてきたことにも驚きつつ、本日来る予定だったデバイスの整備などを行う技術官マリエル・アテンザからの話を聞いていた。
本来ならカイが見つかったことをなのはやヴィヴィオに伝えようとしたのだが、なのはは教導中であり、ヴィヴィオにはカイへの最近の事件に関与しているかもしれないという嫌疑が晴れるまでは知らせないように考えたため、カイのことを知っているのははやて一人ということになる。
そして、マリエル・アテンザからはまさに最近頻発している未確認生命体関連の捜査のことだった。

「最近頻発する未確認生命体追跡用の試作ビークル、開発コードTRCS2000はもうじき完成するわ。それでなんだけど、機動六課でデータ取りに使ってもらえないかしら?」
「TRCS2000って、確か空戦魔導師より機動力に遅れをとる陸戦魔導師用に開発されてるバイクのことやね。でも、うちの部隊で使ってもええんですか?」

確かに機動六課とマリエルは、マリエルがレイジングハートやバルディッシュ、はやての使うシュベルトクロイツを整備していることもあり関係も深い。
しかし、だからと言ってそれが現在開発中の新型ビークルのデータ取り用に使わせてもらうまでの好意を受けていいわけでもない。

「うん、本当なら上の方にちゃんと聞くべきなんだけど、地上部隊も今のところ各部隊の連携がまともに取れない状態だし、今後の未確認生命体関連の事件が起きるのを考えると、現状でもっとも戦力のある機動六課に廻したほうが良さそうだなっていうのが開発陣の考え」

マリエルははやてのTRCS2000を託す理由を話し、その大まかな運用方法を提案する。

「今のところの考えでは、TRCS2000のライダーにはティアナにお願いしようと思うの」
「ティアナに?」

機動六課前線メンバーでバイクを運転できる魔導師はそんなにいない。エリオとキャロに渡すなんてもっての外だ。
そのことを考えればマリエルの言う提案ははやての予想の範囲内だった。

「でも、なんでティアナに?」
「新人達の中でもっとも機動力という面で遅れを取っているのはティアナよね?スバルはウイングロードがあるし、キャロの傍にはフリードがいる。エリオは高速起動型の騎士だからティアナよりは機動力が高い。それにエリオだとまだバイクは速いでしょうし、コンビを組んでいるキャロと一緒ならそこまで問題じゃない。でも、スバルとティアナでは機動力という面で大きな差があるから、それを補う形になればと思って」

マリエルの言葉にはやてはそれも一理あると思いながらも、別の方向に思考を巡らせる。
最近の未確認生命体関連に関わるカイが、もし機動六課に……管理局に力を貸してくれる事になった場合は、カイの力を当てにして新型バイクを渡すことになるかもしれない……と。

「そうそう、聖王教会で何か新しいロストロギアが確保されたそうよ」

はやてが思案中なのを余所に、マリエルが思い出したかのように別の話を切りだしてきた。

「ロストロギア?」

はやても突然の話題に少し興が削がれたが、機動六課が元々はロストロギア関連の調査に組織されたということもあって、その話を詳しく聞くために身を乗り出す。

「ええ、なんでも拳大の緑色の綺麗な石で、それが嵌めこまれている台座に見たこともない古代の文字のようなものが掘ってあったんだって」
「古代の文字……古代ベルカの?」

現状で古代にあったとされるベルカという文明、それと同じものなのかとはやては思っていた。

「ううん、少なくとも古代ベルカの文献に書かれているような文字じゃなかったみたい。だから今はそれの解読にユーノ君が聖王教会に行っているみたいよ」
「そっか」

はやてはロストロギアも気にかかるが、今はそれのことを考えていてもわからないというのが現状であり、マリエルからTRCS2000の詳細なスペックを確認することに意識を向け始めた。





一方、機動六課の取り調べ室では……

「君に聞きたいのは、未確認生命体のことについてだ」
「味覚院生明太子?」
「……どんなの明太子だ、それは」

ようやくシュークリームを食べ終えて満足そうな表情をしているカイに対して、クロノによる事情聴取が行われようとしていた。

「昨夜の件で、君があの被害者の女性を助けたことは女性の証言で確認された。僕が知りたいのはそれとは別のことだ」

クロノはカイの理解力が低いことをなんとなく察し、出来る限り分かりやすく言葉を選んで説明していく。
その工程で、今まで確認されている他の未確認生命体の写真などを見せることで、少しでも聞き出せる情報を増やすべく慎重に話を進めていった。
こうして……

「それでなんだが、君がこの写真と同じ人ということで間違いはないんだな?」
「これ、俺だ」

カイから聞き出したことで、クロノは第1号と第2号、第4号が目の前にいるカイ本人だということを確認することができた。

「こっちの3号……君が言うにはグムンという存在は君が倒して、昨夜の……第5号、ゴオマは逃げられた。そして彼らのことはグロンギという種族名で間違いはないんだな?」

クロノの再度の確認にカイは頷く。

「そして、人を殺すゲゲルというものをしている……と。なぜ今になってこんなことを……」

カイからの説明でも未だに納得できない部分がクロノにはあった。
なぜ今頃になってなのか。
そして、どうしてミッドチルダでこういった事件が頻発しているのか。
今まで……少なくとも、クロノの知る限りではリンカーコア消失事件に今回のような未確認生命体が姿を現したということは過去に例はない。
闇の書関係の事件ではシグナム達……少なくとも人の容姿や獣の姿をした存在だった。
そんなこともあって、目の前にいる人物にも疑いの眼を向けないわけにはいかなかった。

「君は……一体何者だ?」

未確認生命体……グロンギという種族を知っている、現在でただ一人の人物。
その彼も雰囲気は別として、人とは違う姿となる時点で無関係とは言えない。
いつしかカイも雰囲気を察したのか、うつむいている。

「俺……グロンギ封印する存在……だった」

うつむきながらカイは自分がどういう存在なのかを改めて考え直され、それと同時にその役目とはかけ離れた存在になってしまったことをも思い知らされる。
封印する者から……殺す者へと。

「……封印?……だった?君がそのグロンギを封印したのか?なら、どうして……」

その封印が破られたのか?
そのことを聞こうとしたが、それが今は意味を成さない状況であると気付いて何とか言葉を押し込む。
封印から目覚めた以上、破られた理由を聞く必要はない。
むしろこれからどうするべきなのかを考えるべきだった。
そして、その対処としてもっとも有効であるのは、出自は別として過去にグロンギを封印したカイに協力してもらうことである。
クロノは咳払いをしてから、再び話を仕切り直すように改めてカイを見つめて話しだす。

「話を戻そう。これからもグロンギは出てくると考えられる。カイ、もしよければ君に力を貸してもらいたい」

実際にグロンギとの戦いにカイが前に出て戦ってくれるのなら、今まで封印したことのあることも踏まえて最も的確な手段となるだろう。
そうではなくても過去の戦いから分かる弱点なり、相手の長所を知ることが出来れば有効な作戦を得ることもできるだろう。
そんなこともあってクロノはカイに力を貸してくれるように頼む。
しかし……

「いやだ」

カイはすかさず拒否の意を示した。

「グロンギと戦うのは……俺一人。ガドルのようなことは……もういやだ」

そう言うとカイは椅子から立ち上がり、扉に向かって歩いて行く。
元から話を聞くためだったし、ドアの外には使用中の立て札を下げているから、いきなり誰かが入る心配もないので鍵をかけていない。
そんなカイを無理やり拘束するわけにもいかず、クロノはせめて少しでも情報を得ようとするが、何を聞けばいいのかがわからない。
そのため……

「ガドルのようなこと?それは……一体どういう事なんだ?」

何かの言葉なのか、それとも名前なのか、カイの過去も何もわからないクロノには聞くことしかできなかった。
しかし、その言葉は耳に届いたのか、カイは扉を開く前に立ち止まると……

「ガドルは俺の……友達だ」

そう言い残すと、カイは扉を開いて取調室から出て行った。
あとにはカイの言葉を聞いて、それでも意味がわからないクロノが取り残されただけだった。

「とも……だち?」

カイの言葉の意味はわからなかったが、クロノはすぐに気を取り戻すと、外に待機しているだろうある者へと念話で連絡をとる。

(ザフィーラ、カイがそろそろここから出ていくようだ。すまないが尾行を頼んでもいいか?)
(わかった)

協力を得られたらしめたものと考えていたが、無理な場合は少しでもカイの所在を知っておけばいざという時の備えになるだろうと考え、人間の姿ではないザフィーラに後を追ってもらう。

「……まあ、これ以上事件が起きないのが一番なんだけどな」

クロノはこれから起きるかもしれないことが起きないように祈るばかりだった。





こうしてクロノとの話を終えたカイは、シャワー室の前を自分の頭を押さえて震えながら通過し、自動販売機にあったシュークリームを買うべきか悩み、自動販売機の使い方がわからないことを知り……もとい、なんとかシュークリームの誘惑を振り切って外に出る。

「……ここ、どこだ?ソンチョーの家……どこだ?」

そして、隊舎に来たのは久しぶりであること、一応自分の家であるナカジマ家への道もわからず途方にくれて歩き出すことしかできなかった。

「ぐすっ……緑の力使えば、ソンチョーとキンカンのいるところわかるのに」

こうして再び放浪の旅に出ようとしてところで……

「あ、松明」

思い出したように以前ギンガに買ってもらった携帯端末である、通称『らくらく端末』を思い出してポケットに手を突っ込む。
そしてそこから出てきたのは……

「キンカン、聞こえるか?」

ただの糸の付いた紙コップ……壊れた糸電話だった。
そんなカイを遠くで見つめる一匹の守護獣は……

(何をしているんだ?カイの奴は)

カイの奇っ怪な行動を呆れながら見ていた。





ミッドチルダの外れにある、人が寄り付かなくなった建物の地下では……

「ゲゲルも始まっていないのにリントを狩り始めるとは……どういうつもりだ、ゴオマ?」

黒い服を着てやせ細った男が、軍服を着る大柄な男に殴り飛ばされていた。
周囲にはその黒い服の男をあざ笑うかのような表情を浮かべる人間が何人かいる。
そして、体のどこかにタトゥーのようなものをしているのがここにいる全員の特徴とも言えた。

「ガドル、もうよせ。お前の力でこれ以上殴ってはゴオマが死ぬ」
「……バルバ」

殴った大男……ガドルを止めたのは赤いドレスを着たバルバという女だった。
ゴオマは殴るのをやめたガドルから逃げるようにバルバの後ろに隠れる。

「まあいい。ゲゲルが始まってもいないのにリントを狩った貴様にゲゲルを行う資格はない。だから……」

ガドルはバルバの後ろに隠れるゴオマを睨みつける。

「ダグバのベルトを探せ。そして俺の元へと持ってこい」

それをゴオマに告げるとガドルはゴオマを見下すような視線を向けてからその場を立ち去った。

「ボン……ザンマモンガ」

そんな立ち去るガドルの背中に、ゴオマは侮蔑するような視線で何かをつぶやく。

「……メビオ」

バルバはそんなゴオマのことを気にするでもなく、近くにいる者へと声をかける。
そのバルバの声で前に出てきたのは一人の女だった。
ヒョウ柄の服に黒い革の半ズボンを履いた女は自信あり気な表情をして、バルバの後ろに隠れているゴオマに視線を向ける。

「お前が最初のゲゲルを執り行え。数は……」

バルバの言葉を聞き、メビオと呼ばれた女はその闘争本能を剥き出しにしたような笑みを浮かべるのだった。





一方、機動六課からナカジマ家に帰る道を忘れてしまった迷子のカイは……

「どこだ……ここ?」

機動六課の隊舎から出て二日後、カイの目の前にあるのは今まで見たことのない大きな建物だった。
その上には十字架のような置物がある。
そんなことをお構いなしに、カイの腹からは大きな音が鳴る。

「お腹……空いた」

二日間の間、何も食べていなかったカイは今更になって自分が何も食べていなかったことを思い出し、その視線が地面に生えている草に向かう。

「これ……美味いかな?」

カイはとりあえずギンガに言われたように道に生えている草ではなく、それ以外の芝生の中に入ってそこに生えている草を毟って口に入れだした。

「……うん、苦いけど……食べられる。道の草……ジャリジャリしてマズイ」

少なくともギンガの言っていた『道草を喰うな』という言葉をそのまま捉えているカイは、その言いつけ通りにしているので周りに人がいても気にせずに草を毟って食べ続ける。
そこから少し離れたところでは、尾行の差し入れにあんパンと牛乳をヴィータからもらったザフィーラが隠れてそれらを食べていたが、それに気付いた人間は誰もいなかった。
誰もが草を食べているカイに眼が向いていたからだ。
ちなみにあんパンと牛乳の差し入れは、機動六課所属の某執務官が張り込みの必須アイテムとしてヴィータに渡したものらしい。

「あの~」

そんな困惑しているカイに向かって、後ろから女性が声をかけてきた。
振り向くと、そこには紫色の短い髪の修道女が心配そうにカイを見ていた。

「そんなのを食べているとお腹壊しますよ?」
「ん?でも俺、お腹空いた」

カイは修道女の心配を余所に、再び毟った草をパクリと口に含めて咀嚼する。
草を噛むごとに口の中に苦味が広がるが、そのまま食べるほうがお腹に悪いと既に経験しているのか、カイはその苦味を敢えて耐えながら口を動かす。

「……わかりました。食べる物はこちらで用意しますから、とりあえず草を食べるのはやめてください。本当にお腹を壊しますよ」

修道女はため息をつきながら、なんで子どもの相手をしているような感じなんだろうと思いながらも、カイを食事のできる場所へと連れていこうとする。
しかし、途中で立ち止まると……

「申し遅れました。私の名前はシャッハ・ヌエラ。ここ、聖王教会に所属している修道女です。あなたのお名前は?」

カイのいる方に顔を向けて、自分がまだ名乗っていないことを謝りつつ、自己紹介とカイの名前を聞く。

「俺の名前……カイ。……ヒャッハー」
「……そんなに愉快な名前ではないのですが……今はまあ、いいでしょう。付いてきてください、簡単な物ではありますが食事を用意します」

こうしてシャッハに連れられ、カイはいつの間にか聖王教会の世話になることとなった。





一方、同じ聖王教会の敷地内のとある一室では……

「これが発掘されたロストロギアなんですね。でも……こんな材質は初めて見るよ」
「そっか、ユーノ先生でも初めて見るようなものなのか」

発掘されたロストロギアを調べるために無限書庫の司書長を務めるユーノ・スクライアがヴェロッサ・アコース査察官の案内で金色の台座に埋め込まれた緑色の綺麗な宝玉の調査をしていたところだった。

「この台座に彫られた文字……これが重要なものだとは思うんだけど……」

悩み始めるユーノを余所にヴェロッサは窓から外を見ると、幼なじみのシャッハが誰かを教会内へと連れていくのが見えた。
そのことを声に出そうとしたそのとき……

「解析は順調ですか?」

黒い騎士服を纏った長い金髪の穏やかな印象を持つ女性が、両手に持ったトレイにティーセットを載せて部屋に入ってきた。

「あまり根を詰め過ぎるとかえって効率が悪いですよ。少し休憩でも入れたらいかが?」
「ありがとうございます、騎士カリム」

部屋に入ってきたのはヴェロッサ・アコースの義姉であり、聖王教会の教会騎士団所属の騎士であり、時空管理局の理事官、機動六課設立の立役者の一人でもあるカリム・グラシアだった。

「シャッハにお茶の用意を頼もうと思ったんだけど、いなかったから私のほうで用意したの。シャッハみたいに美味しくできないと思うけど、そこのところは勘弁して下さいね」
「義姉さん、シャッハなら今さっき外に……」
「……あら?」

カリムは自分がお茶の用意をしてきたことを説明し、ヴェロッサがお探しの人物が外にいたということを告げようとしたときに、カリムが何かに気がついたのかとある方向に視線を向けた。

「騎士カリム、どうかしたんですか?」
「いえ、今……そのロストロギアの宝玉が光った……ような気がしたので」
「え?」

カリムの答えにユーノは再びロストロギアを見てみるものの、カリムの言うような反応は見られなかった。

「見間違い……だったのかしら?」

カリムは自分の見た光が幻だったのかと思うが、それもまた違うとも感じていた。
なんとなくだが予感がしたのだ。
あの光は、このロストロギアが待ち望んでいた何かを感じたことで放たれた光なのかもしれないと……。









今回のグロンギ語

ボン……ザンマモンガ
訳:この……半端者が





リリカル的タイトル『ザフィーラは二日間カイをちゃんと尾行してました』
クウガ的タイトル『進展』:ようやくクロノに対してのみですが未確認生命体関連で話が進んだので。

カイとガドルの関係はこの話でのオリジナルの関係になるかと思います。それがどのような話に繋がるのかはこれから先の展開次第と言う事で。







[22637] 第15話 疾走
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:27





カイがクロノからの事情聴取を終えてから吸血鬼事件は起こることは無く、ミッドチルダに平和が戻った……と思われた。
しかし、次の日からはまた別の事件がミッドチルダに降りかかることになる。

辻斬り事件。

マスコミではそう呼ばれる事件。
被害者の傍を風が通り抜けたかと思うと、被害者は斬り刻まれて血まみれになることを例えた事件。
以前までの事件がリンカーコアを持つ人間に被害が集中していたが、今回の事件ではリンカーコアの有無や大きさについては全く関係なく、被害を受ける人間にも共通点のようなモノは見当たらなかった。
そして、吸血鬼事件は別として襲われたものの、以前の事件では命には別状がなかったものの、被害者全てが死亡しているという事実もあった。
時空管理局は以前とは手口が違うものの、その事件の犯人を未確認生命体と考えて操作を進めていたが、とある地上部隊の局員が偶然被害の場に居合わせたときに未確認生命体らしき存在を追跡したのだが、そのあまりの速さに追撃を断念することがあった。
しかし、それにより事件が未確認生命体関連であるという確認にもなった。
それゆえに時空管理局は市民への危険を訴えることと、それに伴う地上部隊の戦力増強を考えていた。
しかし、地上部隊の戦力増強という部分で問題が浮上することになった。
……戦力となる人材がいないのだ。
いや、全く人材がないわけではないが、JS事件後に起きた謎の魔導師襲撃事件。
これも今は未確認生命体の仕業と考えられているが、それが判明したところで戦力の増強にはなんにも繋がらない。
本局から戦力を送ってもらおうとしても、今の管理局の現状では前線で活動できる魔導師の決定的な不足によりそれも困難。
打てる手立てが殆ど無かった。
それにより、地上本部の上層部ではある部隊にその問題を投げ捨てることを考えつく。
その部隊の名前は……

「ちゅうわけで、機動六課は新たに未確認生命体対策本部となることが決定した。……はぁ、なんでうちの部隊なんやろ?」

機動六課のブリーフィングルームには、ロングアーチの面々を始めフォワード部隊、ヘリパイロットのヴァイスとサブパイのアルト、そしてミッドチルダに来ていたクロノが集まり、はやてが今後の部隊方針の話を進めていた。
最後のため息は面倒なことを自分達に放り投げられたことに対する呆れも入っている。

「それにともなって一年という活動期間も延長されることになって、未確認生命体関連の事件が落ち着くまでは六課はこのまま残るっちゅうことになる」
「本来の解散後のみんなの進路については先方に連絡を通しているから今のところは問題ないよ。まあ、出来る限り早い段階で事件を解決出来ればいいんだけどね」

はやてはみんなが一番気になるだろう機動六課の活動期間の延長を説明し、フェイトがそれに補足する形で話を進める。

「んで、これからの指揮系統なんやけど……」

はやてはそこまで言ったところで視線を六課の面々から少し離れて見ているとある人物へと移す。

「クロノ・ハラオウン提督にお願いしとこうかなぁ~と」

JS事件の際にジェイル・スカリエッティに出し抜かれたことや、六課が壊滅寸前までいったことがはやてにとってこれ以上部隊を指揮することに不安を持たせていた。
そしてクロノも前もってはやてからその悩みを聞いていたのか、それを承諾していた。
しかし、他の面々にはそういったことを事前に言っていなかったため、若干の混乱が訪れる。

「我々はハラオウン提督のことを知っていますから問題はないのですが……」

みんなを代表するようにシグナムが、クロノのことをあまり知らない新人達へと視線を向ける。
エリオとキャロはフェイト経由でクロノとの面識はあるが、それはフェイトの家族としての面識だけで管理局の局員としての面識はない。
ティアナは元執務官で艦隊艦長の提督という肩書きから、クロノが優秀な魔導師だということはわかるし以前に会ったこともあるが、それでいきなり言われて『はい、そうですか』と答えられるわけでもなかった。
スバルもクロノのことを知っていたが、ティアナとは違って面識もないのでどう反応していいのかわからなかった。
そんなこともあり、どのように反応してよいのかわからない新人達を思ったのか、なのはが代案を提案してきた。

「だったらさ、しばらくはクロノ君には私の代わりをしてもらうってのはどうかな?」
「なのはさんの代わり……ですか?」

スバルはなのはの提案の意味の確認を乞う。

「そう、今の私は魔法を使えないからみんなと一緒には行動できないし、戦力も減っている。だからクロノ君には私の代わりにスターズに入ってもらうのと、はやてちゃんの指揮のお手伝いをしてもらえばどうかな?」

なのはの提案はいきなりクロノに指揮を執ってもらうのではなく、新人達と現場で実際に行動することで徐々に打ち解けさせようという考えだった。
今後の作戦では、未確認生命体がどういった能力を持っているのかわからない以上、個人での行動は厳禁となるだろう。
それならばクロノとの行動に慣れていない新人達も、フェイトやシグナム、ヴィータのフォローがあればなんとかなるという考えもある。
また、はやてにとってのアドバイザー的存在になることで、ロングアーチの面々にもクロノとの接点はあるし、その指揮能力の片鱗を垣間見ることができるだろう。

「それにクロノ君は魔導師としてはオールラウンダーな実力を持っているからみんなにも勉強になることがあるかもしれないしね」

こうしたなのはの提案もあって、クロノは前線で行動することが決まった。
もっとも……

「これからよろしくね、お兄ちゃん」
「フェイト、その呼び方はやめろと……」
「だってお兄ちゃんだし」

フェイトの言葉に顔を赤らめるクロノを見た新人達は、提督と言っても普通の人間なんだなぁと感じ、堅苦しい印象はほとんど無くなった。





そして話は今回の未確認生命体に関係する話へと続いていく。

「それでクロノ、どうやって未確認生命体と戦うの?」

そうなると自然に今回の事件でもっともウェイトを占めるだろう未確認生命体との戦い方を考える流れになる。
今回の事件に関わっている未確認生命体は、常識を越える速度で地上を走ることが他の部隊からの情報で確認されている。
フェイトは自分の速さには自信がある。だから、もし必要であれば自分が未確認生命体の相手をするべきだとも考えていた。
しかし、クロノはその必要はないとでも言うように……

「そうだな……10年前と似たようなやりかたが有効かもしれないな」

頭の中である作戦をシミュレートしていった。





一方、聖王教会所属のヒャッハー……もとい、シャッハに保護されたカイは……

「これ……苦くてキライだ」

出てきた食事に入っていた緑色の悪魔……ピーマンを見て涙目だった。

「好き嫌いしていては大きくなれませんよ。それに、ピーマンも大地からの恵みです。残すとバチが当たりますよ」

そんな涙目のカイを見たシャッハも、カイの異様に子どもじみた感じから、子どもを嗜めるような言葉使いで話す。

「あらシャッハ、そちらの方は?」
「あ、騎士カリムそれにロッサ、こちらは迷子……でしょうか?」

シャッハの後ろから声をかけてきたのは、ユーノと別れて食堂にやってきたカリムと上着を腕に抱えたるヴェロッサだった。
流石にカイのような外見の男を迷子と呼んでいいのかわからないシャッハは若干言葉を濁らせる。

「迷子……ですか?」
「……おそらく」

カリムの言葉に自信の持てない返事しかできないシャッハ。
そして、そんなことをお構いなしに……

「ヒャッハー、おかわり」
「ぶっ」

飯粒を顔につけたままで茶碗をシャッハに差し出したカイと、その呼んだ名前に吹き出したヴェロッサの姿があった。





そして、初対面同士での自己紹介がいつものように始まる。

「カイ……ですか。私はカリム・グラシアと申します」
「ガルル」
「どちらかというとドッガのほうが好きよ」
「カリム、一体なんのことを仰っているのですか?」

にこやかにカイへ返事するカリムに、何を言っているとでもいうような視線を向けるシャッハ。
カリムの自己紹介が終わり、次は緑色の長い髪の男性、ヴェロッサの番だった。

「そしてカリムの義弟のヴェロッサ・アコース。言いにくいならロッサでいいよ」
「ボッサ」
「そうですよね、やはりあの髪型はボッサが似合いますよね?」

先ほど吹き出された仕返しなのか、シャッハはここぞとばかりにやり返す。

「こ、これは僕のトレードマークだよ?」
「ロッサ、男性ならクロノ提督のようなサッパリした髪型のほうがいいと思いますよ。正直に言うと、私も少しどうかなと思っています」
「……グロクテ」
「そこまで言われるほど?」

突如明らかになった髪型への不評にヴェロッサは落ち込む。
何気にトドメはカイのクロノの呼び方だったが、ヴェロッサ達にそれがわかるはずもない。
ここにいる全員が、ヴェロッサの髪型に対してカイが『グロイ』と言ったと思っているだ。
そして……

「時代はやっぱりアフロかなぁ」
「グンソー」
「そっか、やっぱりアフロなのか」

とんでもないことを呟いていた。
そんな中……

「カイ、ピーマンも残さずに食べるのですよ」

食べ終わったということにしてフォークをテーブルに置こうとしたカイは、シャッハの鋭い視線に射抜かれた。
カイの皿には緑色の物体だけが残されていた。





「そうそう、未確認生命体関連のことなんだけど……」

カイが緑色の悪魔を片付けるべくフォークを武器に皿と向かい合っている傍では、カリムが管理局から受けた未確認生命体関連のことをシャッハに話しているところだった。

「どうやらミッドチルダに非常事態宣言が発令されるかもしれないわ」
「非常事態……そこまでですか?」
「ええ、それに伴って騎士達もそれぞれのデバイスの調整を受けるようにという指示が来たわ。シャッハも近いうちにヴィンデルシャフトの整備をしておいて」
「かしこまりました」

カリムとシャッハの間でこのような会話が交わされていた。
そして、カイはその話の内容を少し冷めたような眼をして聞いていた。





一方、ナカジマ家の食卓では行方不明となったカイの話題で持ちきりだった。

「まったく、カイは勝手に行動して……」

ブツブツといなくなったカイに文句を言うチンク。
もともとカイのことを弟のように接していたこともあり、姉として弟の行方が心配だった。
また、常識をナカジマ家の中で知らない存在というのも全員の思いが一致していることもあって心配の種は尽きなかった。

「ショ~イチクンって言われないのも……なんか張り合いがないなぁ」
「ついに悟った……シャイニング」

アギトも今まで突っかかる相手がいなくなったことで落ち込んでいる。
ルーテシアだけは落ち込んでいるのかよくわからない。
そんな中……

「やっぱりアレっす。あれがまずかったっす!!!」
「どうした、ウェンディ?」

いきなり大声を上げたウェンディに何が起きたのかとでも言うようにチンクが尋ねる。

「いきなりサッカーチームとか野球チームを作ろうとしたのがいけなかったっす。こういうのはやっぱり一人ずつ産んでいくのが正解っす!!!小さなことからコツコツとっす!!!」

ウェンディのこの言葉を聞いた全員が、ウェンディは無視しておこうと言葉に出さずとも意見が一致した。





クロノが機動六課へ所属するようになった翌日、機動六課は通報を受けてフォワード陣が現場へと急行しているところだった。
すでにクロノとフェイト、シグナムはデバイスを起動させて空から未確認生命体が出現したと思われる地域へと飛ぶ。
スバル達新人とヴィータもアルトの操縦するヘリに乗り込んで現場に急行しているところだった。

「でも提督、俺も前線に出るって正気ですか?」
『ああ、ヴァイスの狙撃は今回の未確認生命体に対応する作戦に必要だからな』

そう、正規のヘリパイロットであるヴァイスは、クロノの指示によってスバル達と行動することが決まっていた。
そのため、急遽アルトがヘリのパイロットとして抜擢されたのだ。
そして、ヘリの中にはマリエルから送られてきたTRCS2000『トライチェイサー』がティアナ用として搭載されている。

『作戦を説明する。僕達は未確認生命体を発見し次第、このまま追撃、ポイントAのトンネルへと追い込む』

クロノの説明を補足するように、スバル達の前に空間モニターが現れ、ポイントAとなす場所が点灯する。

『そこのトンネルだが、未確認生命体非常発令ということで、陸士108部隊の協力により市民の通行は禁止されている。そして、道は一本道で未確認生命体の突入と同時に、入ったところから僕達も追撃に出る』
「そこの出口……ポイントBから出てくる未確認生命体の眼なり足なりを俺が狙撃して動きを鈍らせる……ってわけですね」

クロノの説明を引き継ぐようにヴァイスは今回の作戦で最も重要になるだろうポイントを確認する。
ポイントとなるトンネルはポイントB……未確認生命体が脱出してくるだろう場所は直線の一本道であり、背後からクロノ達が弾幕を張ることによって後ろへの退路を閉ざすことによってポイントBへと誘導できる絶好の場所でもあった。
今回の作戦の原案は、10年前に行われたフェイトの嘱託魔導師の資格試験でのクロノとの模擬戦があった。
その模擬戦で速さに勝る未確認生命体をフェイトと仮定し、機動六課側をクロノとした場合を考えてみるとよいだろう。
フェイトは総合力に優っているクロノと戦うために、自分が最も得意とする速さを武器に戦うことを選んだ。
格上の相手と戦うには、自分が最も優位となるだろう要素で対抗するのは間違いではない。
しかし、模擬戦の結果はフェイトの敗退という結果に終わった。
その理由は、クロノによってフェイトは最も有効な速さという要素をバインドによって潰されたからだ。
相手が反応できない速さで死角からの一撃を入れることを考えたフェイトに対して、自分の死角となる場所に前もってバインド魔法を仕掛けるという作戦に、フェイトがまんまと嵌ってしまったことが明暗を分けた。
そんなことを思い出したクロノは、未確認生命体を倒すのではなくて、先ず最初に未確認生命体の機動力を奪うことを目的に作戦を立てたのだ。

『ああ、だから君達は先にポイントBに急行してくれ』
「わかりました、こいつらのことはあたしに任せて下さい。そろそろポイントBに到着します」

隊長陣の中でただ一人、ヴィータは未確認生命体の追撃側には参加していない。
それというのも、ポイントBに新人だけで対処させるのは難しい可能性もあり、隊長陣の中でも防御が厚く、スバル達に信頼もあるヴィータを配置するためだった。
そして、トライチェイサーは万が一未確認生命体を逃がした際に、追撃用にティアナが使われることになっている。
これによってヴィータとスバルだけではなくティアナも追撃に回すこともでき、エリオとキャロもフリードという移動手段もあるため、六課のフォワードがほぼ総力を持って未確認生命体を追撃することが可能になる。

『……こちらも未確認生命体を発見した。これより作戦を開始する』

クロノの号令により、未確認生命体を打ち倒すべく作戦が開始された。





一方、未確認生命体関係とは大きく離れている聖王教会では、カイが今日も食事に出された緑色の悪魔から逃げ出して、のんびりと原っぱに横になっていた……ように見える。
しかし、それはカイの心境を何も知らない者にとってそう見えるだけで、実際にカイは考え事の最中だった。

(グロクテなら……グロンギと戦うことできるはず)

リントに手を出さないと誓ったとはいえ、クロノと初めて会ったときにカイは為す術も無く捕縛された。
本来ならこうもあっけなく捕縛されるなんてことはなかったはずだ。
しかし、クロノはカイの手足を封じることで、カイが拳や足に纏う光をまともに扱えないようにして無力化を図っていたのだった。
それにより、光の力で魔法を無力化することもできずに力技で引きちぎるしか無かった。
不意打ちというものではあったが、クロノは確かにカイの無力化に成功していたのだ。
しかも、クロノがまだまだ余力を残していたのを感じていたこともあり、カイはクロノならグロンギとまともにやりあえるかもと考えていた。
しかし……

(ガドルとの相手は……ムリだ)

未だに引きずっている心の傷。
今でも自分で封印したグロンギへの対処法は覚えている。
しかし、ある者……ガドルに関してだけはどのように封印したのかカイ自身も覚えていなかった。
グロンギの中でも上級と言えるゴ族との戦いは過去でも熾烈なものを極め、対処法を知っていたとしてもギリギリの戦いとなるだろう。
しかし、ガドルの場合はそれもまた別の問題だった。

(グロクテでも……ガドルには……勝てない)
「……ここにいたのか」

そんな悩んでいるカイのもとへやってくる一匹の青狼。

「……ザヒーラ」

カイを尾行するようにクロノやはやてに頼まれ、聖王教会にたどり着いたカイをそのまま監視するように指示されて、ザフィーラはカイの動向を見続けてきた。
しかし、はやてから未確認生命体に対して作戦を展開すると聞いたことによって、カイの力が必要になるという勘があったザフィーラは、クロノやはやての命に背いてそのことを伝えるためにカイの元へとやってきたのだ。

「お前の戦うべき相手が出てきたそうだ」

ザフィーラのこの一言でカイは全てがわかった。

「お前はどうする?」

その言葉でカイが出す答えは一つしか無かった。





一方、スバル達がポイントBにたどり着いたとき、スバル達はギンガの他に見知った面々と遭遇していた。
その相手はジェイル・スカリエッティが作った戦闘機人ナンバーズの更生組であり、このときになって初めて陸士108部隊に編入されたことと、ナカジマ家に暫定的ではあるが引き取られたことがスバルに伝えられた。
しかし、それよりも驚いたのは……

「お父さんに隠し子?」

未だにカイがゲンヤの隠し子であるという誤解が解けていないギンガから伝えられた驚愕の事実だった。

「詳しいことはこの事件が終わったら説明するわ。それよりも今は……」
「あ、うん、そうだね」

ギンガの言葉にスバルは気をとりなおしてポイントBとなるトンネルの出口へと意識を集中する。

「いいか、アタシとティアナとディエチ、ウェンディ、オットーで未確認生命体の回避場所を潰す。それからヴァイスの狙撃だ」

ヴィータの他に、オットーのIS『レイストーム』とディエチのイノーメスカノン、ウェンディのライディングボードの砲撃とティアナのクロスミラージュによる弾幕で周囲への退路を断つ。
そして退路を制限された状態でヴァイスによる狙撃。
それ以外の近接戦やサポートを得意とするものは狙撃の成功、失敗に関わらずクロノ達とともに未確認生命体を撃破するべく接近戦を挑んだり、サポートへと回る。
ヴァイス達も狙撃終了後は近接戦闘のメンバーのサポートに行動する。
それがポイントBにいる者達の役割だった。

「……来るぞ!!!」

ヴィータの言葉を合図に、トンネルの奥から一人の人間らしいシルエットがものすごい速度をもって駆け抜けてくるのが見えた。
しかし、背後からクロノ達の攻撃のようなものは見られない。

「なんだ?提督達はどこ行った?」

一瞬だがヴィータはクロノ達が未確認生命体に追いついていないのかと考えたが、それは違った。

「ヴィータ副隊長、未確認生命体の後ろ!!!」
「あ、あれは?」

ヴィータはスバルの言葉にようく目を凝らして見ると、未確認生命体の背後のトンネルの壁がとてつもない冷気によって地面もろとも凍りついていた。

(ヴィータ、こちらでトンネル内部を凍結しつつポイントBに誘導している。狙撃の指示を!!!)

凍った表面をよく見てみると、人が一人駆け抜けられるだけの幅だけが凍結を免れ、未確認生命体はそこを駆け抜けているようだった。
クロノが10年前に闇の書の闇を相手するときに使った魔法『エターナルコフィン』の冷気だけを制御することによって、未確認生命体の進路をある程度限定させることができた。
それを見たヴィータはすぐさまティアナ達による援護射撃を取りやめさせるとヴァイスへの狙撃を指示する。

「なるほど、これなら弾幕を張って動きを止めるよりも狙いやすいな」

ヴァイスはストームライダーを起動させてスコープから未確認生命体の顔を捉える。
ポイントBに抜けて伸びる一直線の道を真っ直ぐに駆けてくる未確認生命体の眼を狙撃するなど、この状況のヴァイスから見れば簡単なことだった。
そして、少しの間の後にトリガーが引かれる。
緑色の光弾が真っ直ぐに未確認生命体の右目に向かって伸びていく。
それを未確認生命体が認識したのは、出口付近に近づいたことによる太陽の光が逆光になり、右眼を撃ち抜かれた直後だった。





「ガァアアアアア!!!」

右目を撃ち抜かれた未確認生命体、メビオには一瞬自分に何が起きたのかわからなかった。
突然の衝撃の次に感じたのは想像を絶する激痛。
そして、残った左目で見た……自分に向けて何かを向けている緑色のジャケットを着た男の姿を。

「アギズバ!!!」

自分をこんな目に合わせたこと、自分達に狩られるだけの存在に牙を剥かれたこと、それがメビオの怒りに火をつける。

「ズギンモグヒョグザ……アギズザ !!!」

その左目に怨嗟を宿してヴァイスへと向かって勢い良く駆け出す。
メビオの戦い方はその速度を生かしたすれ違い様、もしくはその速度で強襲して相手の喉元を爪で掻き切ることだ。
しかし、空からそれも複数の魔導師による不意の襲撃によって一時撤退を余儀なくされた。
狩られる側に背を向けるのすら屈辱なのに、狩られる側に手傷を負わされた。
それもあり、余計に目の前の傷を負わせた男……ヴァイスの存在が許せなかった。

「奴も怯んでいる。一気に行くぞ!!!」

ヴィータの号令にそれぞれのデバイスや武器を構えてメビオへと向かう。
メビオもそれを迎え撃つように体勢を低くして、まるで痛みを無視するように走りだす。
両者の距離がゼロになる。しかし、ヴィータ達とメビオの激突は起きなかった。
メビオは華麗なフットワークでヴィータ達を翻弄すると、一気にヴィータ達から距離を離して目指す目標へと突き進む。
その進路上には、ヴィータ達を援護するようにそれぞれの武器を構えていたティアナやヴァイス達がいた。

「クウガゾタゴグラエビ……ラズザキガラザ !!!」
「な、なんだ?」

メビオは恨みを込めるようにヴァイスを睨みつけると、その勢いを殺さないままヴァイスに飛びかかる。
飛びかかられたヴァイスもその勢いに耐えることができず、そのまま後方へと倒れこんだ。
そして、メビオの爪がヴァイスの喉笛を掻き切るように向けられる。
ティアナ達も何とか援護しようとそれぞれのデバイスを向けるが、下手に撃てばヴァイスに当たることを考えると簡単に手出できなかった。

「うらあああああああ!!!」

しかし、突如ヴァイスの横から飛び込んできたヴィータが、ギガントフォルムに変形させたグラーフアイゼンでメビオの頭を横から叩き割るように振り抜く。
しかし、それを神がかり的な反応で回避したメビオは、その回避する反動を利用して一気にヴィータ達と距離をとる。

「無事か、ヴァイス」
「な、なんとか」

メビオに視線を移しつつも、横目でヴァイスに大きな怪我がないことを確認したヴィータは安堵する。
今の状態は明らかに未確認生命体が単純に人間を襲うだけの存在だと考えていた自分のミスだった。
おそらく眼を撃ち抜かれた恨みを晴らそうと考えたから、ヴァイスに狙いを絞っていたのかもしれない。
そう考えると、未確認生命体にも人間と同じような知性があるとも考えられる。
しかし、ヴィータはその考えを頭から閉めだした。
メビオが新しい動きを見せたからだ。
距離ができたこととメビオの道を阻むものがいなくなったことで、再びメビオが逃走を開始し始めたのだ。
クロノ達も追ってはいるのだろうが、この一分にも満たない出来事の間に追いつくことはできず、ヴィータ達で追跡をしなければならない。

「未確認生命体を追うぞ!!!ティアナはトライチェイサーを出せ」
「は、はい……え?」

ヴィータの命令にティアナが待機させていたトライチェイサーを起動させようとしたそのとき、ティアナのすぐ傍で赤と青の風が吹き抜けた。





駆け抜ける。カイを自らの背に跨らせたザフィーラは、いつも以上に溢れ出す力に驚愕していた。

「これ……赤の力」
「赤の力?お前の体の色と関係しているのか?」

ヴィータ達のところから逃げ出したメビオを追跡するカイとザフィーラは、追跡の合間にザフィーラの体に起きていることを説明していた。

「この力、グロンギと戦うときに馬に力をあげられる」
「……俺は馬か?」

かつてのグロンギとの戦いで、カイは自らの愛馬と一緒に戦場を駆けた。
しかし普通の馬ではグロンギに恐怖し、ロクに動かすことが出来なかった。
カイの愛馬はグロンギに対する恐怖に打ち勝てるように教育したのもあるが、赤の力による愛馬自身の能力が底上げされたのも理由の一つだった。
それを証明するように、カイの手と足を通して光がザフィーラの体を覆っている。

「まあいい、このまま奴を追う。しかし、どこに誘導する?」
「狭い場所」

ザフィーラからの質問に間髪入れずにカイは答える。
メビオへの対処、それはクロノの考えていたようにメビオの動きを制限することにある。
しかし、カイの考え方はクロノよりも少しだけ違っていた。

「狭い場所で動きを制限させる」
「……わかった。ならば、この先の廃工場がちょうどいい」

クロノが眼や足を狙って相手の動きを制限させようとするのではなく、カイは戦場そのものをメビオにとって不利な状態を作ろうと考えていた。

(シグナム)
(わかった、我らも未確認生命体を廃工場におびき寄せるように追撃をしていこう)

ザフィーラはカイの意志をシグナム達に伝えると、メビオを追撃するべく雄々しい雄叫びをあげてさらなる加速を開始した。





「見つけたぞ」

クロノとフェイト、シグナムはザフィーラからの指示通り、メビオを廃工場におびき寄せるべく攻撃を開始する。

「ハーケンセイバー!!!」

フェイトのバルディッシュから飛ばされる光刃がメビオの進路を妨害するように地面へと激突する。

「直接攻撃するほうが楽なのだが……飛竜……一閃!!!」

シュランゲフォルムへと変形させたレヴァンティンを使った技がメビオの退路を絞る。
そして、ついにカイの思惑通りに、メビオは廃工場の内部へと身を隠すように飛び込んだ。





今は使われていない廃工場、そこでメビオはその傷ついた体を休めるべくその場に跪いた。

「リントゾモレ」

狩られるだけのはずの人間によるまさかの抵抗。
それの怒りがメビオの頭から離れない。
かつてクウガに敗れたメビオは、クウガにも及ばない人間にここまで追い込まれたこと、その事実が自らのプライドを地に落としているにも等しいと感じていた。

「セレデギッギムグギバベレバ」

外にいる人間どもだけでも殺そうと痛む右目を押さえて立ち上がる。
しかし、それを行おうとするメビオの周囲に、白とも灰色とも似つかない光の刃が全ての出口を塞ぐように突き出した。

「バン……ザ ?」
「……お前、ここから出さない」

何が起きたのか困惑するメビオのすぐ後ろで、何者かの声がする。

「ザ レザ !!!」

振り向いたメビオの目の前には……

「……クウガァ」

赤い戦士の姿となったカイが、メビオを戦うべく姿を現していた。
ザフィーラは鋼の軛をカイとメビオのいる部屋の出入口を塞ぐように張り巡らせ、それの維持に力を割いている。
クロノ達もカイの援護に向かおうと考えていたが、カイ自身が拒否していたこともあり、外から成り行きを見守るしか無かった。
カイはクロノ達が援護をしようと言ってきてくれたことが素直に嬉しかった。
しかし、自分自身の危険性を考えると、それをしてもらうわけにはいかなかった。
いつ自分が暴走するかわからない以上、一緒の戦場にいるのは危険だと考えたからだ。

カイとメビオは互いの拳を構える。
メビオもこのような狭い空間では一気にトップスピードを出すのは難しい。
必然的にそれぞれの体術だけでの戦いになる。
そして、それぞれが一足一刀の間合いに入るように、すり足で徐々に距離を詰めていく。
速さではメビオが上を行っている。
となると、カイはその動きを見切って、カウンターで先に拳を当てるしか無い。

「……せっ!!!」

先にカイが動く。
それに反応するようにメビオも爪を突きつけるべくカイに向かって突進する。
一気にトップスピードを出せないとは言え、速度ではやはりメビオに軍配が上がる。
カイが拳を打ち込むべく大きく振りかぶった瞬間……





カイは前に出るのを強引に止める。
しかし、メビオはカイの動きに合わせて爪を突き立てようと考えていたため、途中で止まったカイの動きに反応できずにそのまま爪を突き出す。
しかし、その爪は間合いを外したカイには刺さらない。
カイはその間合いを外れたメビオの攻撃を掻い潜るように改めて一歩踏み出すと、自分の体重を乗せた一撃をメビオの腹部に打ち込んだ。

「ア……アア?」

メビオの腹部にめり込んだ拳。
それはメビオの腰にあるベルトの紋章を砕いていた。
砕かれたベルトを中心に、メビオの体にも罅が入る。
その罅からはカイの拳に宿る光が見える。

「ラガバ……ゾラゾバベバギクウガビ……ジャブレスオザ」

その言葉を最後に、メビオの体は爆発し、その爆風によってザフィーラの鋼の軛による檻が破壊された。




元の姿に戻ったカイが廃工場から出てくる。
それを向かえるのはクロノとザフィーラ、フェイトとシグナムだった。

「あれが第4号の姿のカイだったんだ……初めて見た」

実際にフェイトはカイの変身した姿を画像でしか見たことはない。
メビオとカイを見比べてみると、外見が明らかに違うということがわかる。
しかし、自分達は未確認生命体とカイを同列と見ていたのだ。

「少なくとも……今は敵ではないと判断して良いのだろうな」

シグナムもカイの力に疑念は尽きないものの、現状では驚異はないだろうと判断する。
そして、カイがクロノ達のところに到着するその時……

「カ~イ~」

地の底から響くような声をした修道女が鬼の形相でやってきた。

「シスターシャッハ、一体どうしたんだ?」

この場所では場違いな人物のいきなりの登場に、クロノ達はそろって驚く。
何気にその表情にも驚いていたが……。

「クロノ提督、うちのカイが何か迷惑をかけたようで申し訳ありません」

ペコリと丁寧に謝罪の意を示す。
しかし、クロノ達にはそれが何の意味を示しているのかわからなかった。

「カイについては非才ながらも私がしっかりと教育しますので」

そういうとカイの首根っこを掴んでズルズルと引きずっていく。

「さあ、残したピーマンをちゃんと食べるまで許しませんよ」
「俺、あれ苦いからキライだ、ヒャッハー」
「そんなことではせっかく育ててくれた農家の方に申し訳が立ちませんよ」

カイが何を言っても馬の耳に念仏なのか、シャッハは取り合わない。
しかし、クロノ達はそれよりも気になることがあった。

「……ヒャッハー?」
「まさか……シスターシャッハのことか?」

クロノ達はそのあまりにもあんまりな名前に吹き出しそうになって思いとどまる。

「私は……エイトマンだったよね」
「それを言うならテスタロッサ、私はシグナル……信号だぞ?」
「僕は……グロクテ・ハラグロイだそうだ」

誰もシャッハの呼ばれ方を笑えなかった。





クロノ達がカイがシャッハに連れ去られるのを見届けていたころ、そこから遠く離れた場所ではある男が、ここでは明らかに見えないはずのカイの戦いに思いを馳せていた。

「未だにクウガは空を翔けず……か」

男は呟くとカイ達が戦った戦場に背を向ける。

「リク……翔ばぬクウガに価値はないぞ」

誰も聞いてはいないだろうが、その言葉を残して……。










今回のグロンギ後

アギズバ!!!
訳:あいつか!!!

ズギンモグヒョグザ……アギズザ !!!
訳:次の目標は……あいつだ!!!

クウガゾタゴグラエビ……ラズザキガラザ !!!
訳:クウガを倒す前に……まずはキサマだ!!!

リントゾモレ
訳:リントどもめ

セレデギッギムグギバベレバ
訳:せめて一矢報いなければ

バン……ザ ?
訳:なん……だ?

ザ レザ !!!
訳:誰だ!!!

ラガバ……ゾラゾバベバギクウガビ……ジャブレスオザ
訳:まさか……空を翔けないクウガに……敗れるとは





クウガ的タイトル『疾走』

颯爽とトライチェイサーを駆るカイを想像した皆様へ一言。

……カイがバイクに乗れると思いますか?私は思いません。

ところでメビオ戦ですが、速さに優れるドラゴンフォームに変身したほうが……もしかしてよかったのでしょうか?








[22637] 第16話 兎耳
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:28




想像した。
未確認生命体を追うべく、トライチェイサーを華麗に操り風のように疾走する未確認生命体第4号ことカイの姿を。
幼少期の男の子達に大人気だった特撮ヒーローのようなシチュエーションを想像した。

カッコイイ……想像しただけだが、素直にそう思った。
まるで仮面ライダーみたいだと……。
本当なら男の子が見るようなテレビ番組だったが、体が不自由だったため娯楽が少なかったから、本を読む他にもテレビをよく見ていた。
しかし、政治やらなんやらのニュースを見るよりはやっぱりアニメやドラマ、クイズ番組やバラエティーのほうが面白かった。
そのため、仮面ライダーという明らかに男の子向けの特撮番組も見ていた。
高町なのはを襲った未確認生命体第1号、そしてその1号の姿の色が変わった第4号。
色が変わるという仮面ライダーはいなかったが、その姿は仮面ライダーにとても酷似しており、いつしかカイの変身した姿をそれと重ねるようなこともあった。
そして、開発されていると聞いたTRCS……『トライチェイサー』の話を聞くと、その思いは一気に加速した。
だから未確認生命体第4号に……カイにトライチェイサーに乗ってもらいたかった。
自分が夢見たヒーローが現実になるその瞬間を見たかった。
けど、それは……

「けど、それは……ただの夢や」

そう、夢に過ぎなかった。
人の夢と書いて『儚い』と読む。
夢は儚く散ったのだ。
機動六課の司令室で作戦の行く末を見守っていた八神はやては、不謹慎ながらもヒーローの誕生を見ることを楽しみにしていた。
しかし、ヒーローの必須アイテムと考えているバイクを素通りした一陣の赤と青の風。
その風となったカイとザフィーラが全てをぶち壊した。
あそこで未確認生命体を追うにはバイクしかないとはやては思っていた。
しかし、よく考えてみてほしい。
携帯端末をまともに扱えないカイにバイクのようなモノを扱うことができるのかということを。
以前カイが使ったウェンディのライディングボードは、言ってしまえばサーフボードのようなモノである。
複雑な動きをするにはウェンディのIS『エリアルレイヴ』が必要だが、ただ扱うだけならそこまでの知識は必要ない。
極端に言ってしまえば、そこまで難しい操作は必要ないのだ。

「もう未確認倒したんやろ?なら私は戻るわ」
「は、はい、わかりました」

気落ちしたはやての声に副官のグリフィスがどもりながらも返事をする。
しかし、はやてがどうして落ち込んでいるのかまったくわからなかった。
そして傷心のはやては……

「……ザフィーラ、今晩ご飯抜きや」

自分の夢を奪った守護獣へのお仕置きを考えていた。





カイが未確認生命体第6号……メビオを倒した翌日、なのはとフェイトはヴィヴィオと一緒にニュースを見ながら朝食を食べていた。
なのははトーストにサラダ、ベーコンエッグとコーヒーを、フェイトはトーストをクロワッサンに変えた以外はなのはと同じものを、ヴィヴィオはパンケーキをその日の朝食に選んでいた。
なのは達の見ているニュースは女性キャスターが先日の事件の大まかな情報を視聴者に伝えるべく話を続けている。

『先日起きた未確認生命体第6号はJS事件解決の功労者とも言える機動六課により、その活動を停止し、このミッドチルダに未確認生命体の驚異がまた一つ消えることとなりました』

メビオを倒したのが第4号……カイだということは関係者を除いた全ての者に伏せられている。
現状で変身したカイは未確認生命体と認識されるため、無用な混乱を避ける意味合いもある。

『しかし、未確認な情報ではありますが、その未確認生命体第6号との戦闘に未確認生命体第4号も姿を現したという情報もあります』

その話が出てきたところでなのはとフェイトの動きが止まる。
そしてニュースを見てみると、第4号に変身したカイの姿が映されていた。
情報を提供する当初は、カイも人間に仇なす存在かもしれないということで一応第4号の姿を写した画像をマスコミ関係に提示したことがある。
それがニュースに出てしまったのだ

「あ、カイとおんなじだ~」

そう、そしてヴィヴィオが第1号と似た姿のカイを見て声を上げる。

(……しまった)

なのはとフェイトが同じタイミングで同じことを思う。
カイがいなくなってからのヴィヴィオの落ち込みはヒドイものだった。
今はそれからある程度は持ち直しているが、それがいつぶり返すかもわからない。
クロノの話では先日の事件でカイが乱入したことから、カイを機動六課に連れていこうと再度思ったようだが、突如現れたシスターシャッハに嵐のようにカイが拉致された。
いきなりの出来事に呆然とカイを見送るしかクロノ達にはできなかった。
何気に『ヒャッハー』のことで心ここにあらずといった方がよかったかもしれないが。

「ねえ、なのはママ、フェイトママ」

なのはとフェイトがカイのことを考えていたときに、ヴィヴィオが落ち込んだ口調で話しかけてきた。

「どうしたの、ヴィヴィオ」
「カイも……やっつけられちゃうの?」

ヴィヴィオの言葉になのはとフェイトの思考が一瞬止まる。

「カイも……未確認なんだよね?」
「それは……」

世間からは第1号と第2号、第4号も未確認生命体として認識されている。
現状ではカイがどういった理由で行動を起こしているかわからない以上、カイが安全であると世間に公表するわけにもいかなかった。
そして、それはヴィヴィオに対しても言える。
こういった仕事をしていると担当する事件に関して守秘義務というものも存在する。
その中でも今のところトップクラスで秘匿するべき情報がカイのことだった。

「大丈夫だよヴィヴィオ、第1号……カイ君は最近事件の現場とかに出てきてないから」
「そうなの、フェイトママ?」
「そうだよ」

カイが第4号である以上、同一人物である第4号が倒されるとしたら、それは他の未確認生命体によるものだろう。
しかし、今のところカイは未確認生命体に対して第5号のゴオマには逃げられたものの、その全てを倒している。
楽観視しているわけではないが、簡単にやられてしまうとも考えられない。
それが説明出来ればいいのだが、それができない以上ヴィヴィオを何とか安心させることしかなのはにもフェイトにもできなかった。





一方、シャッハに聖王教会に連行されたカイは……

「俺ピーマンキライだ!!!」
「カイ、待ちなさい!!!」

聖王教会内の敷地をシャッハと、彼女が引き連れる教会騎士10名を相手に逃走を続けていた。
その日の朝食のおかずに出されたのはピーマンと牛肉の炒め物。
牛肉を食べて、残りのピーマンを残したところに現れたのは、聖王教会の自称カイのお目付け役兼教育係のシャッハだった。
シャッハは愛機であるアームドデバイス『ヴィンデルシャフト』を整備してもらうために、朝食前にデバイスをメンテナンスルームに置いてきたところ、ピーマンを残して食堂から逃げ出そうとしたカイに遭遇したのだ。
メンテナンスルームには他にも教会の騎士達が未確認生命体への対処のために各自でデバイスの整備をするために持ち込んだデバイスに溢れかえり、今ではデバイスの山が築かれている。
もっとも、今はそんなことは関係なく、カイはピーマンの残った皿を持って追いかけてくる鬼から逃げることで精一杯だった。
そして、カイは適当なドアを開けて部屋の中に滑り込む。
何かに呼ばれたような気もするが、ピーマンの魔の手から逃げることに必死だったカイは何も気付かなかった。
そして、その呼んでいる何かとの再会を果たす。
カイの目の前にあるテーブルの上には、金色の台座に輝きを失ったような緑の宝玉が静かに主との再会を待ち望んでいた。

「ゴウ……ラム?」

カイもかつての仲間の変わり果てた姿を見て、驚きながらも近寄っていく。
ゴウラム……かつてのカイの愛馬の鎧ともなった甲虫型のしもべ。
しかし、グロンギの王にコアである宝玉が破壊されることはなかったものの、その体を破壊されて活動を停止した。
そして、カイが聖なる泉を枯れ果てたときになってしまうという凄まじき戦士になると同時に、その力を悪用されないため自らを砂へと還す……はずだった。
しかし、カイがグロンギの王と戦ったときにはすでに活動を停止していたせいか、自壊を免れたしもべは再び主の元へと戻ってきた。
共に戦うために……。
しかし、このままでは共に戦うことはできない。

「ゴウラム……ご飯必要」

体を構成させる物質が無い以上、それを調達しなければならない。
部屋の外には今もシャッハが騎士達を引き連れてカイにピーマンを食べさせようとしているだろう。

「そうだ、ゴウラムにピーマン」

いいことを考えついたと思ってゴウラムのコアへと視線を向ける。
しかし……

「ゴウラムも……ピーマンキライか」

なんとなくゴウラムが拒否したように感じたカイは、ゴウラムの食事を探すべく慎重に部屋を抜けだした。





シスターシャッハの包囲網を掻い潜り、騎士達の死角を回りこみ、ついにカイはゴウラムに食べさせる食材を見つけ出した。

「ゴウラムのご飯……たくさん」

入った部屋にあるのは剣や斧、槍といった鉄製の武具。
それぞれの柄や刃の付け根に宝石のようなコアが埋めこまれている。
これだけの武具の山は、今のカイにとっては宝の山だ。
カイは一対のトンファーらしきものを手に持つ。

「たくさんあるから、ゴウラム喜ぶ。これなんか、ゴウラムすごく喜びそう」

カイは笑顔で手当たり次第に抱えられるだけ、背負えるだけの武具を持って部屋から出る。
出た部屋の入口には『メンテナンスルーム』と書かれていた。





ピーマンを残して逃走するカイを追跡するシャッハとそれに付き従う騎士達以外は平和な時間。
しかし、その平和は長くは続かなかった。

『緊急事態発生、何者かの手によってメンテナンスルームから整備予定のデバイスが盗まれました。重要な任務を受けている騎士以外は急いでデバイスの発見に努めるように。繰り返す……』

カイと入れ違いにゴウラムのコアのある部屋に入ってきたのはカリムとユーノ、ヴェロッサの他に、カイと話をするべく聖王教会にやってきたクロノだった。

「教会内で盗み?どういうことだ?」

突然の放送にクロノはカリムに何が起きたのかとでも言うように視線を向ける。

「さ、さあ?」

しかし、カリムも事情がわからない以上、何も言うことができない。

「騎士カリム!!!」

そんな中、シスターシャッハがピーマンの乗った皿を持って慌てて部屋に入ってくる。

「シャッハ、そんなに慌ててどうしたの?」
「わ、私の……私のヴィンデルシャフトが!!!」

シャッハは今にも泣きそうな声でカリムに捲くし立てる。
愛剣であるヴィンデルシャフトが無くなったことを。
そんな中……

「ゴウラム、ご飯持ってきた」

犯人が何を気にするでもなく現れる。

「カイ?なんでここに?……え?」

機動六課からいなくなって行方不明だと言われていたカイがいきなり出てきたことに驚きを隠せないユーノ。
しかし、カイの姿に目が点になる。

「カイ、丁度話をした……か……った?」

目的の人物が入ってきたことで、カイに視線を向けて、その背中と腕に抱えるデバイスを不思議な面持ちで見入るクロノ。
そして……

「あら可愛い」
「そう……なのかな?」
「あ、あああああああ!!!私のヴィンデルシャフト!!!」

頭にヴィンデルシャフトをウサギの耳のように巻きつけているカイを見て、それぞれの感想を言うカリムとヴェロッサ、シャッハの姿があった。





「カイ、それを返しなさい!!!」
「ダメ、これゴウラムのご飯!!!」
「デバイスがご飯になるわけないでしょう!!!」

部屋の中をかけずり回るカイとシャッハ。
それを無視してユーノとカリム、ヴェロッサはカイがゴウラムと呼んでいるロストロギアの話を進めている。

「えっと、カイはこれのことを知っているのかな?」
「まさか……もしかしたら古代ベルカの時代よりも昔の物なのかもしれないんだよ?」

ユーノ達もカイが永い時間放浪を続けてきたことを知らないため、カイの言葉をにわかには信じることができなかった。

「私のヴィンデルシャフトを返しなさい!!!」
「ダメ、これゴウラムのごちそう!!!」

ゴウラムのコアを調べるユーノ達の耳に、カイとシャッハの追いかけっこがBGMとして流れる。

「……デュランダル」
『Start up. Struggle Bind.』

カイとシャッハの追いかけっこにあきれ果てたクロノが、自分のデバイス『デュランダル』を起動させて、バインド魔法でカイとシャッハの手足を拘束する。
ついでにカイとシャッハの体をストラグルバインドとは別のもう一つのバインド魔法で固定する。

「また……これか?」

以前と同じような状態になったカイがまたかとでも言うような表情で動きを止める。

「二人とも、その状態で思いっきり話しあうといい」

クロノはそう言い残すとカリム達を引き連れて部屋から出ていこうとする。
そんな中……

「グロクテ」

カイがクロノを呼び止めた。

「だから僕の名前はクロノ・ハラオウンだと……まあいい、なんだ?」
「シュクーリム食べたい」
「な?ダメですよ、クロノ提督。まずはピーマンを食べさせないと!!!」

カイの空気の読めない主張を切り捨てるシャッハ。

「えっと……お茶のときに用意しておきますね」

クロノがため息をついて無言で部屋を出る中、とりあえずカリムはそう言い残してカイとシャッハに向かって軽く手を振るとユーノとヴェロッサを連れて部屋から出て行った。





こうしてゴウラムのコアと一緒に取り残されたカイとシャッハ。
今は背中合わせにバインドで縛られているため、まともに動くことも難しい。

「まったく……どうして私のヴィンデルシャフトや騎士達のデバイスをご飯なんて言うのですか?」
「ゴウラムのご飯、普通と違う」

縛られている以上は追いかけることもないため、必然的に大きな声を出す必要はなく二人して普通に話し始めた。

「ですが……」
「今のゴウラム、体無い。その体作るご飯必要」

ここまで聞いてようやくシャッハにもカイの言いたいことが少しだけ分かった。
デバイスでなくてもよいのだ。
そして、カイの言うゴウラムは人間と違う以上、人間にとってのご飯ともまた違う意味を持っているということだ。
とりあえずゴウラムというものの出自を脇に置き、カイの言葉にだけ耳を傾ければ、それが真実なのかは別としてカイのやったことに少し納得はいく。

「それなら私がその……ゴウラムのご飯を準備します」
「ホントか?」
「本当です。ですから今回持ち出したものは返してくださいね?」
「うん、返す、ヒャッハー」
「……シャッハです」

……簡単に問題が解決してしまった。
さっきの追いかけっこは一体なんだったのだろう?
そんなことを考えたがまあいいだろうとシャッハは思い直す。
少なくとも今回の騒ぎは悪意から来るものではない。
それならいつまでもグチグチいうのは自分の性に合わない。

「カイのご飯もついでに用意しますね」
「俺……ピーマンいらない」
「おやつにシュークリームが出るんですからピーマンもちゃんと食べなさい」
「む~」

背中合わせにバインドで拘束されているものの、カイが明らかにふくれっ面をしているのが容易に想像付いたのか、シャッハは声を出すこともなく微笑んだ。





そして、それから少しだけ時間が流れ……

「えっと……本当にこれがカイの仲間だったの?」

再びゴウラムの置いてある部屋に戻った一同は、カイからゴウラムのことについて話を聞くことになった。
現在この部屋にいるのは、カイ、ユーノ、クロノ、カリム、ヴェロッサの5人だった。
シャッハはとある用事がるので、ここにはいない。

「ゴウラムは、俺の馬の鎧で友達」
「友達……ですか?これが」

カリムも流石にカイの言葉を簡単に信じられないのか、やや困惑した視線でゴウラムを見つめる。
そんなことをお構いなしに、カイはゴウラムのコアに近づいて右手でゴウラムの緑色の宝玉に触れる。

「あ、ちょっと、勝手に触っちゃ……え?」
「な、これは?」
「光った……あの時と……同じ?」

ユーノがカイを止めるのも遅く、カイはしっかりとゴウラムの宝玉に触れる。
クロノとヴェロッサはその後に起きたゴウラムの変化に目を見張った。
そして、唯一カリムはこの前見た光が再び見れたことで、あれは自分の思いすごしではないことがわかった。
カイが触れた途端に宝玉がまるで生きていることを告げるように点滅を繰り返す。
そして、カイの言ったことが完全な嘘では無いということも証明された。

「カイ、持ってきましたよ」

みんなが黙りこむ中、部屋にシャッハが大きな箱を抱えて入ってくる。
そしてゴウラムの傍に箱を置く。
その箱の中には鉄の廃材がぎっしりと詰められていた。

「これでいいですか?」

カイが箱を覗き込んでいるところを、シャッハが確認する。
しかし、カイは少しだけ不満そうな顔でシャッハに告げた。

「あれ……ない」
「あれ?」

何か入れ忘れた物でもあっただろうか?シャッハはそんなことを考える。

「あれ、俺の頭に巻いてたやつ」
「ああ、あのウサギ耳の」

カイの言葉に合点がいったのか、カリムはあのときのカイの姿を思い出す。
シャッハの愛機『ヴィンデルシャフト』を頭に巻いてまるでウサギの耳のようにして入ってきたカイのことを。

「あれはダメです!!!」
「……ヒャッハーのチゲ」
「……ケチと言いたかったのか?」
「今日の夜はお鍋もいいですねぇ」

シャッハがどなり、カイが不満を漏らし、クロノがカイの言いたいことを補足し、カリムがのほほんと関係の無いことを話す。
それをゴウラムは、まるで楽しそうな点滅を繰り返して静かに見ていた……ように見える。





その日の深夜、未確認生命体第6号……メビオの撃破が確認されたことによって、その日の繁華街は夜になっても大きな賑わいを見せていた。
一時期は未確認生命体関連のことがあって夜は閑散としていたが、メビオが撃破されたことで気持ちが緩んだのか、管理局の非常事態発令が解除されてもいないのにこのような賑わいを見せることになった。

「お~い、次の店に行くぞ~」

そんな繁華街のストリートをどこかのサラリーマンか何かが一緒に来た同僚を呼ぶように後ろに向かって手招きを……できなかった。
いや、手招きをしたのだが、それは……自分より遙か下にいる同僚たちに向けてだった。
背中から誰かに抱えられている気がする。
そう感じた男は後ろに誰かいるのかと振り返る。
そこで見たのは……

「ガギギョンエモンザ……キガラザ 」

バッタのような顔をした異形の姿だった。
その後に感じる浮遊感。
そして地面に引き寄せられる感覚。
それから少しして、男は地面という堅く、冷たい場所に受け止められた。
その代償として、裂けた肉から溢れ出す血でその身を真っ赤に染めて……。

「ググビゴギズグゾ、バダ ー」

ただ一人なんなく着地したバッタ男は何かを呟くと、次の獲物に向かうべく再び跳び上がった。










今回のグロンギ語

ガギギョンエモンザ……キガラザ 
訳:最初の獲物は……貴様だ

ググビゴギズグゾ、バダ ー
訳:すぐに追いつくぞ、バダー


今回のタイトルは『兎耳』

……バニーボーイカイ?








[22637] 第17話 青龍
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:28




謎のバッタ怪人による高空から人間を地面へと落すという殺人事件が起きた次の日。
クロノは自室で今までの情報を元に考え事をしていた。

「やはり現場で見た住民からの情報を考えると、この犯人も未確認生命体と考えるのが一番だな」

聖王教会にカイがいることだけを確認したクロノは、ユーノにそこにカイがいることを他の者達には口止めさせて機動六課に戻ってきた。
今のところカイが人間に危害を加えるようなことはないだろう。
そしてザフィーラがカイに未確認生命体が来たことを教えたとは言え、その未確認生命体を倒すべく行動を起こしたのは他ならぬカイなのだ。
それならこちらのほうでカイに情報を渡していけば、カイと共闘することも少なくはないだろう。
そう考えたクロノは、ザフィーラを聖王教会に向かわせてカイの足となるように頼んだ。
その際にザフィーラに覇気がなかったのが少しばかり気がかりではあったが……。

「未確認生命体……第7号か」

これで人間に危害を加えたのは第3号、第5号、第6号、第7号の計4体。
なのはを襲った第1号……カイも含めれば計5体。
明らかに人間に対して友好的ではない未確認生命体への対応、それにこれからも苦労することになるなとクロノはため息をついた。
しかし、それとは別によいことがあったのも事実だ。

「なのはもリンカーコアの回復がだいぶ進んだ。これなら近いうちに戦列復帰も難しくは無いだろう」

そう、カイによって封印されたなのはのリンカーコアが回復を始め、簡単な魔法なら使うことができるようになった。
しかし、まだまだ前線に出るには不十分であり、ある程度以上の訓練をしてからになるだろう。
だが、分隊長が戦えないという今までの状況と比べれば大きな違いがある。
時間がかかるとはいえ、新人達にとって頼もしい隊長が来るというのは、それだけでも心に一本強い芯を通す。
そして、隊長が帰ってくるまで自分達でがんばろうという気持ちも強くなるだろう。
もっとも、リンカーコアの回復を知ったなのはがそんなことを考えていたかはわからないが。

「でも、なのはが復帰する……それだけでどうにかなるものでもないだろう。やはり……」
『クロノ君、緊急事態や』

そんなふうにこれからの状況を考えていたときに、クロノへとはやてから通信が入った。

「どうした?」
『未確認生命体第7号がサードアベニューに出現。フェイト隊長達を連れての出動お願いできるかな?』

部隊長であるはやてからのお願いのような命令の仕方に少しだけ苦笑するも、すぐに意識を切り替える。

「わかった。陸戦戦闘要員はヘリで、空戦魔導師は空から直接現場に向かう。飛行許可を取っておいてくれ」

はやてに素早く告げると、クロノはすぐさま現場に向かうべく自室から飛び出した。
今回の事件とその殺害事件から、未確認生命体の能力を頭の中でシミュレートしながら……。





一方、聖王教会には……

「あら、ザフィーラではないですか」

一匹の守護獣がフラフラとカイの元へと訪れていた。
しかし、用のある人物からの声はない。
その用のある人物は……

「ピーマン、苦い。ピーマン、緑。ピーマン、キライ」

シャワーとは別のもうひとつの天敵と相対している真っ最中である。

「カイ、ピーマンにも栄養が一杯入っているんです。残しちゃだめですよ」

相変わらずのカイの教育係のシャッハ。

「ゴウラム、これ……食べるか?」

カイはシャッハの声を無視して、フォークに刺したピーマンをゴウラムに突きつける。
そう、カイはゴウラムのコアが安置されている場所で過ごすことが多くなった。
しかし、ピーマンを差し出されたゴウラムはいらないとでも言うように宝玉を点滅させた……ように見える。

「ゴウラムのご飯は責任持って私が準備します。ですから……」

シャッハが言葉を続けようとしたところで、どこからかとてつもない大きさのお腹の音が聞こえてきた。
シャッハは青い守護獣へと歯車が錆びついたような動きで顔を向ける。

「……ザフィーラ?」
「……面目ない」

音の発生源に視線を向けるシャッハに静かに謝罪するザフィーラ。

「えっと……ご飯を食べてないのですか?」
「……うむ」

なにせ、昨夜は主であるはやてから夕飯抜きという罰をなぜかもらったことと、その後すぐにクロノから聖王教会に行ってもらいたいという要請を受けたため、朝も何も口にしていなかった。
ちなみに、夕飯抜きを言い渡されたとき、はやてがなぜか涙目になっていたため、ザフィーラは反論することも何もできなかった。
主であるはやてにあんな目をされて、自分が悪くなくてもすまない気持ちになってしまったザフィーラは反論すること無く、甘んじてその罰(?)を受け入れたのだ。

「それなら何か用意しましょう……時間がかかりそうですけどかまいませんか?」
「……すまん、限界かもしれん」
「でも、今すぐに用意できるのは……」

そう言ってシャッハはカイが食事をしているテーブルに視線を移す。
そきにはザフィーラに食べさせる物が……あった。確かにザフィーラが今すぐに食べることができる物がそこにはあったのだ。

「えっと……ピーマン、食べます?」
「……いただこう」
「それを食べている間に他のものも用意しますね」

テーブルに置かれている食器の上に残されているのは、緑色のカイの天敵だけだった。





サードアベニューへと向かうクロノは、ヘリに乗っている新人達と今回の未確認生命体に関しての対処を連絡しているところだった。

「被害者への殺害方法や未確認生命体の動きから、今回出てきたのは跳躍力や瞬発力に優れているようだ」
『それって第6号と同じってことですか?なら……』

クロノの言葉に、スバルは前回と同じような方法をとればいいと言おうとしたところで、クロノとは別の人物から言葉が出てきた。

『いや、前回がスピードに特化……横の移動力が高いとすれば、今回は横の移動力ももちろんだが、それだけではなく縦の移動力も高い』

シグナムの言葉でスバルは押し黙る。
前回の第6号……メビオが地面だけを舞台に走るのに対して、今回の第7号は地面だけではなくて壁も使った移動をしたという。
トライチェイサーのようなバイクだけでは追跡も難しい。

『現状は第6号のように狭い限定空間に閉じ込めての対処が一番なんだろうけど、それも簡単にいくかわからない』

フェイトが前回メビオに行ったカイの対応を今一度行おうと考えたが、逃走経路を比較的誘導しやすい地面だけを駆けるメビオに比べて、移動範囲が広すぎる第7号に対しては有効な手段とは考えられなかった。

『となると、現場でぶっ倒すしかないってわけだ』
「そういうことになるな。ヴァイス、君は今回はヘリの操縦に専念してくれ」

ヴィータの結論にクロノは賛同して、ヴァイスへと指示を飛ばす。

『了解です。さすがにそんだけ素早いと狙撃するにも難しいですしね』

ヴァイスも今回は自分の役割はないと思って歯がゆかったのか、握ったヘリの操縦桿に力を込める。

『動きが速いから……ティアナの誘導弾で牽制しつつ、私やクロノ、シグナム達で接近戦を挑むしかない……かな?ティアナ、みんなの指示をお願いね。みんなはチームなんだからね』

遠距離からの一撃は致命的ではないと考えたフェイトは接近戦で挑むしかないと結論づける。
そして、あえて新人達はチームであるということを告げる。
それは自分達は管理局のエースだから……という意味ではなく、あくまで今までの教導はチームを意識しての教導だった。
そして、チームとして動くことがもっともフェイト達のようなエースに近づく……いや、場合によってはエースを凌ぐことに繋がるだろうと思っての言葉だった。
ついには機動六課はサードアベニュー……未確認生命体第7号が現れた現場に到着した。
そして、到着したスバル達の目の前で……新たなる犠牲者が地面へとたたき落とされた





「貴様!!!」

その惨劇を見て激昂したシグナムが、着地した第7号へと斬りかかる。
しかし、第7号はそれを驚異の脚力で避けると、ビルの壁を使って一気に距離を取る。
他の者達が戦闘態勢に入る中、ティアナだけが何かを考えるような表情を見せ、それを見たスバルとエリオ、キャロも前線を隊長達に任せて何かを企もうとしているティアナの言葉を待った。
自分達はチームである。
その教えを忘れないように……。

『Sonic move.』

そんな新人達を余所に、背後からのフェイトによるバルディッシュの一撃も、第7号は壁を地面に見立てたジャンプで空を切らせる。

「これでも……くらいなさい!!!」

ティアナのクロスファイアシュートが第7号を追うように追尾する。
ヴィータもシュワルベフリーゲンを撃ち出し、第7号へと攻撃を仕掛ける。
しかし、それを第7号はギリギリのところで躱すということをやってのけ、誘導弾は全てかき消された。

「ゴラエタチ、ギビタギンバ?」

まるで驚異にもなっていないとでも言うように第7号は油断したように何かを言う。
しかし、このときの油断こそティアナが待っていたものだった。

「提督!!!」

誰もいないはずの第7号の背後に向かって叫ぶティアナ。
そして、第7号の肩に鋭い痛みが走る。

『Break Impulse.』

そして機械音声の後に響く衝撃。
それを受けた衝撃によって肩から血が溢れ出す。
第7号の背後に姿を現す漆黒のバリアジャケットを纏った魔導師。
時空管理局提督、クロノ・ハラオウン。
ティアナの幻術魔法、オプティックハイド不可視の状態になったクロノが隙を作るべく背後からの一撃を狙っていたのだ。
そしてクロノはこの攻撃が今後を左右すると考え、密かに非殺傷設定を解いて魔法を使った。
相手に直接ダメージを与えるために。

「スバル、エリオ、今!!!」
「オッケー、ウイング……ロォオオオド!!!」
「行きます!!!」
『Stahl messer.』

スバルの足元から伸びる空色の光の帯。
エリオのストラーダから発生される、キャロによってブーストされた桃色の光の刃。
それぞれの武器を持って第7号へと龍が天に昇るように突き進む。

「ジャラザ !!!」

第7号も突き進むエリオとスバルに気がついたのか、自慢の脚力を使っての回し蹴りでクロノを追い払おうとする。

『Protection.』

しかし、クロノはその動きを読んで回し蹴りをシールドで受け止める。
もとから魔力の高速運用に自信を持つクロノにとって、次に取るだろう相手の行動がわかっていれば、今のようなとっさの対処にも遅れをとることはない。
そして、自分はこの攻撃を完全に防ぎきればいいわけではない。
短時間で作り上げたシールドは今にも砕けそうに罅が入り、ついには砕け散る。
その勢いに乗った第7号の蹴りを受けてクロノは吹き飛ばされるものの、自分の役目は終わったとでも言うようにクロノは素直に壁へ激突することによって発生するショックを緩和させることに集中する。
そしてすかさず射撃魔法を放ち、さらなる注意を引きつける。
クロノの射撃を第7号が体をムリな体勢に捻るということで何とか躱したが、その後に見たのは今にも自分に拳を叩き込もうとしている青髪の少女と、桃色の光の刃を持つ槍を突き刺そうとしている赤髪の少年の姿だった。





「勝った……か?」

スバルの拳が顔面を捉え、エリオの槍が腹部を貫いたことで第7号は地面へと落下した。
ピクリとも動かない第7号の姿に倒したという安堵とともに、クロノはデュランダルに付着した血液を用意していた清潔な布で拭きとる。
もとから何もかもが不明な未確認生命体を少しでも解明するべく、未確認生命体の体の一部を調査しようとしたからだ。
そして、この倒れた第7号が確実に死んでいれば、未確認生命体の生態を解剖することにより、より深く知ることもできるだろう。

「よし、トドメを……」

一番近くにいたエリオがストラーダを構えて第7号へと進む。
そしてストラーダを第7号の腹部に今一度突き刺そうとしたその時、第7号が突然動き出してストラーダを受け止めた。

「な?」
「ヨグモ……ジャッデグレタバ?」

第7号の……いや、未確認生命体の力の源である腹部のアマダムを、結果的に貫こうとしたエリオへの憎悪の声。
第7号は掴んだストラーダをそのまま振り上げるとエリオごと地面に叩きつけた。

「うわあっ!!!」

バリアジャケットによってある程度の衝撃は緩和されたものの、その衝撃でストラーダを手放したエリオは吹き飛ばされる。
そして……

「ジブンンブキデ……ギネ!!!」

そのように言うと、第7号はストラーダを構えて、槍投げのように投げつけた。
叩きつけられた衝撃に動けないエリオを何とか庇うべく、フェイトがエリオの元へと飛ぶ。
しかし、今の距離ではたとえストラーダがエリオの身を貫く前にたどり着いたとしても、そのままエリオを連れて離脱するのは不可能だろう。
クロノ達も突然のことで、ストラーダを叩き落すという判断をすることができなかった。
ならばこそ、エリオの盾になればいい。
そんな覚悟にも似た思いを抱いてフェイトは進む。
そして、フェイトがエリオの前に立つと同時に、ストラーダがフェイトの身を貫く……ことはなかった。
フェイトの前を赤と青の風が通り過ぎたからだ。

「ザフィーラ……それに、カイ」

クロノは待ち望んでいた人が来たのと同時に、その人が掴んでいるストラーダを見て安堵する。
フェイトの前を突き抜けた赤と青の風。
カイがザフィーラに跨って、その右手にストラーダを握っていたのだ。

「……クウガ!!!」

第7号も突然の乱入者が過去に自分を封じた存在であることに怒りを燃やす。

「ザヒーラ、ゆっくり休む」

しかし、カイは第7号に見向きもせずにザフィーラの背中から降りて労るように声をかける。
事実、未確認生命体が出たという情報を知ったのは、ザフィーラが今にもピーマンを食べようとしたその時だった。
しかし、ミッドチルダの平和と自分の空腹、どちらを取るのかと言われればザフィーラの出す答えは決まっている。
だからこそ、全力でカイを背負ってここまで来たのだ。
ザフィーラから離れるようにカイは第7号へと歩き出す。
そして、第7号ともっとも適した能力を持つ姿……瞬発力と跳躍力に優れた青い戦士へと姿を変える。

「あれは……第2号?」

以前、カイに第2号も自分であるとは聞いていたものの、クロノは実際にカイが第2号になるところを見ていなかった。
ということは、これで第1号、第2号、第4号が少なくとも人に仇なす存在ではないことが証明された。
都合のいい話かもしれないが、少なくともカイが人に危害を加えるような人間だとは思えなかったからだ。
なのはを襲った時も何か錯乱しているようだったという話もあり、事情を聞くことが出来ればその誤解を解くこともできるだろう。
もっとも、カイはクロノのそんな考えを知ることもなく、ゆっくりと第7号へと歩を進める。
第7号も一気に距離を詰めて、目の前の怨敵を打ち倒すべく襲いかかる。

「……来たれ」

カイは第7号の拳を避けると何か言葉のようなものを呟く。

「海原に眠れる……」

さらなる第7号の攻撃を、まるで流れる水のようにいなして言葉を紡ぐ。
ストラーダがその言葉に呼応するように青く輝く。
そして……

「水竜の棒よ!!!」

言い終わると同時にストラーダが一本の棒へと変化する。

「す、ストラーダが……変わった?」

カイはそれを構えると、一気に距離を詰めて第7号を殴打する。
たまらず第7号が距離を離そうとすると、カイはその棒の先端を伸ばして遠心力を利用しての重い一撃を放つ。
そして再び接近しては棒の長さを短くして連続して叩き込む。
いずれの攻撃も、棒の先端から光が放たれているのをクロノは見た。

「あの光じゃないと……未確認生命体を倒せないのか?」

自分達の攻撃が効かなかったことに対する一つの結論。
クロノは、カイが自分達と一緒に戦おうとしなかったのは、自分達では未確認生命体を倒せないからだったのではと思った。
そして、実際には自分達の魔法は確かに未確認生命体に大した効果をもたらさなかった。
いや、クロノの最初の一撃は確かな手応えがあった。
非殺傷設定を解除して確実に一撃を入れる……言ってしまえば殺す可能性を持った一撃でなら……。
そんな考えを持つ中、ついにはカイと第7号の戦いにも決着がつこうとしている。
カイの流れる水のような棒さばきに翻弄された第7号は、対した抵抗を見せること無くメッタ打ちにされ、今にも崩れ落ちそうな状態だった。
そしてカイは青い戦士の特徴でもある跳躍を見せ、その後に背後の壁を蹴って第7号に向けて棒を構えての急降下攻撃を繰り出す。
第7号に真っ直ぐに迫るカイに、第7号は反応することもできずにその棒の強烈な一撃を胸に受けた。

「バヅー、いずれバダーも……お前のところ、連れて行く」

カイは第7号……バヅーにそう告げると、飛び上がってその場を離れる。
綺麗に着地を決めて、戦いが終わったとでも告げるように棒を構え直す。
そして、バヅーが胸に受けた一撃はそのままバヅーの腰のベルトへと届くと同時に砕け、バヅーは光を放ちながら爆発した。





戦いが終わり、カイがエリオを中心としてみんなが集まっているところへと歩く。

「エロ、これ返す」
「あ、ありがとうございます……うわぁっ!!!」

カイが赤い姿になると同時に、ストラーダは元の姿に戻った。
刃先をエリオに向けた状態で……。

「……少し、いいか?」

しかしそんな状況も、とある守護獣には関係なかった。

「ザフィーラ、どうしたんだ?」

ヴィータがいつもとは明らかに違う弱々しいザフィーラの言葉を不思議に思う。

「……腹が減った」

ザフィーラはその一言を言って倒れ、ザフィーラが昨日から何も食べていないだろうことを思い出したシグナムとヴィータは、ザフィーラの腹の虫の音を聞きながらザフィーラの冥福を祈った。





「龍の力は使えたか」

またもやカイの戦いをガドルは遠くから見つめていた。
しかし、今日は他にもその戦いを見ている者がいた。

「バヅーが死んだ。バダー、兄であるお前はこれでよかったのか?」

ガドルの言葉は、バヅーを助け出すこともできたのではと聞いているようにも見える。
しかし、バダーはそれを気にすることもなく、簡単に言葉を残して立ち去った。

「弱いグロンギに価値はない。それに、双子でありながらズ程度の奴に興味もない」

まるで兄弟の情など持ち合わせていないとでも言うように……。
そしてガドルはカイとは別のある人物を見つめる。

「あの黒髪の男……一時とは言えバヅーを怯ませた」

背後からの一撃とは言え、明らかにバヅーが反応できなかった動きを見せたクロノにもガドルは興味を引かれた。
実際はティアナの作戦もあったが、バヅーに仕掛けたクロノの背後からの一撃がその先の流れを作ったと言ってもいいだろう。

「だが……やはり俺が戦うべき相手はリク……クウガだけだな」

今のクロノ達では抵抗されるのが面倒ではあるが驚異にはならないと感じたのか、ガドルはクロノに移した視線を戻すとその場から離れた。





ザフィーラを復活させるべく、カイ達は聖王教会にやってきた。
何も教会の神父様に守護獣を復活させる呪文を聞きに来たわけではない。
ザフィーラがピーマンを食べようとする前に、シャッハが何か食べ物を用意すると言っていたのをカイが思い出したからだ。
そして……

「みんな……ズルイ」

突然の来客にシャッハは驚くものの、用意したお菓子を戦い終えたみんなへと配った。
カイの大好きなシュークリームを。
しかし、カイの目の前の白い皿にあるのは、シュークリームなどではなく残していったピーマンだった。

「カイの分も用意してあります。まずはそのピーマンを食べましょう」

何気に同じことばかり言っているなと思いつつも、シャッハは心を鬼にしてカイの好き嫌いをなくそうと頑張っていこうと改めて誓う。

「なんか……好き嫌いするキャロみたいだね」
「はうっ」

そんなカイの様子を見て苦笑いをしながらのフェイトの感想に、一人落ち込む召喚士の姿があった。





そしてとある場所では……

「せやから……なんであそこでバイクで出てこんのや」

最適なタイミングで子ども(エリオ)を助けたヒーローに、全く見当違いな愚痴をこぼす某部隊長がいた。

「これは……あれやね?ヒーローにはバイクに乗る特訓がないとあかんのやね、やっぱ」

何か、明らかに見当違いな方向へと思考が向いているのを指摘する人は誰もいなかった。





次の日、機動六課の食堂では……

『今朝の未確認生命体速報です。昨日の昼、サードアベニューにて出現した未確認生命体第7号を向かい打つべく、時空管理局の機動六課が第7号と交戦、その途中に第4号が戦闘に乱入して、第7号を撃破するという事件がありました。また、その際に第2号も姿を現したという情報もありますが、その情報の真偽は確認されていません』

昨日起きた未確認生命体関連のニュースを見るなのはとフェイト、ヴィヴィオの三人。
そして第7号の前に立ちはだかる第4号の姿も映っていた。
しかし、最後まで撮ることができなかったのか、第2号……青い戦士のカイの姿は出てこなかった。

『このように第4号は未確認生命体第7号と交戦し、第6号とも戦ったという情報もあり、未確認生命体同士による抗争があるのか、それとも第4号とそれ以外の未確認生命体は敵対しているのか、理由は未だに判明してはいませんが気確認生命体速報では引き続き調査、公表を続けていく予定です』
「4号すごいね、未確認倒しちゃったんだ」

現場に向かったなのはを除いた前線メンバーでも勝てなかったということもあり、ヴィヴィオの中で第4号の強さの株が急上昇している。

「ママ、カイは人を襲わないから大丈夫だよね?」

そして、なのは達に確認するように言う。
それを聞いたフェイトは昨日の様子を思い出す。
涙目でピーマンを食べて、一秒でも早くご褒美のシュークリームをもらおうとするヒーローの姿を。
……どう見ても自分の被保護者であるエリオを助けた第4号には見えなかった。
しかし、明らかにカイは未確認生命体第4号と呼ばれる存在である。
でも、戦っているカイとピーマンを目にして涙目になるカイ、どちらも同じカイなのだと思うと、フェイトは何かおかしなものが込み上げてくるのを我慢することはできなかった。





そして、同じ頃の聖王教会では……。

「よかった……今日はピーマン無い」

スープの中に細かく刻まれたピーマンが入っていることを知る由もないカイが喜びながらスープを飲んでいる姿を、シャッハが微笑みながら見ていた。
しかし……

「ピーマンないから、ザヒーラに俺のご飯あげないぞ」
「これもどうぞ」

カイの言葉にすかさずシャッハがテーブルの上に載せられたのは、ピーマンを串に刺して焼いただけの焼きピーマン。
肉も玉ねぎも刺さっていないそれは、バーベキューにすらなっていなかった。
唯一バーベキューの名残があるとすれば、それはバーベキューのタレを付けていたくらいだろう。

「……ザヒーラ、これ食べるか?」

カイはすかさずピーマンの刺さった棒をザフィーラに差し出す。

「不要だ」

しかしザフィーラは、カイの言葉に素っ気無く答え、普通に用意された食事を食べていた。

「ゴウラ……」
「ゴウラムにはもうご飯をあげていますからね」

シャッハはカイの逃げ道を無くすように、ゴウラムの傍に持ってきた鉄の廃材を指差す。
ゴウラムはそれを自分の体とするように融合を行っていく。
未だに体のほとんどが構成されていないが、明らかに少しずつ大きくなっていくゴウラムも、カイの差し出したピーマンをいらないとでも言うようにコアである緑色の宝玉を輝かせた。





今回のグロンギ語

ゴラエタチ、ギビタギンバ?
訳:お前達、死にたいのか?

ジャラザ !!!
訳:邪魔だ!!!

ヨグモ……ジャッデグレタバ?
訳:よくも……やってくれたな?

ジブンンブキデ……ギネ!!!
訳:自分の武器で……死ね!!!





タイトルは原作通りに『青龍』です。思いの外、早く書きあがったのはよいことなのか、悪いことなのか。







[22637] 第18話 焦燥
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:28



ミッドチルダの首都クラナガン、そこのショッピングモールに存在するとある喫茶店。
機動六課ヘリパイロット兼狙撃手のヴァイス・グランセニックは、休暇を利用してとある人物と待ち合わせていた。
頼んでいたコーヒーはすでにカップの中には存在せず、それなりの時間待っていることがわかる。

「おかわりはいかがですか?」
「あ、いや、結構です」

さすがに5杯目をお替わりするのは気が引けたのか、ヴァイスはウェイトレスに愛想笑いを受かべながら丁重にお替りを断る。

「……くそう、これもみんなあいつのせいだ」

ウェイトレスがいなくなってから、ヴァイスは待ち合わせしている人に悪態をつくも、それは冤罪というものだ。
待ち合わせの時間にはまだ30分もあり、こんなに早く来るほうがおかしいのだ。
だが、ヴァイスにはそのことを気にするほどの余裕がなかった。

「お待たせ、お兄ちゃん。めずらしいね、待ち合わせの時間より早く来るなんて……もしかして待った?」

そんなふうにヴァイスが待ち人に恨み言をブツブツと言っているときに、ようやく(それでも待ち合わせ時間より早く)妹であるラグナ・グランセニックがやってきた。

「ん?いや、コーヒー一杯飲み終わったくらいだからな、そんなに待ってないぞ」

……嘘だ。既にヴァイスの腹の中には4杯のコーヒーが収まっている。

「もう、そういうときはついさっき来たところっていうもんだよ?」

しかし、ラグナがそれを気付くこと無く文句を言う。

「んなもん、彼氏にでも言ってもらえって」
「いないんだからしょうがないじゃない」

そんなふざけた言葉を交わしながら、ヴァイスはひさしぶりに妹と休日を過ごすことになった。





「そっか、今はどこもかしこも未確認……か」

互いの近況を話したところで、やはり現在ミッドチルダを騒がせている未確認生命体関連の話題になった。

「……うん、友達の家族も未確認生命体の犠牲になったって」
「……そうか」

今のところ、ヴァイス個人の知り合いに未確認生命体の犠牲者になった者はいない。
しかし、もし自分の知人が犠牲になったとしたら、目の前のラグナのような表情になるのか……とも考えた。
……いや、もしラグナがその犠牲になったとしたら……自分はどうなるのか、といったほうがいいかもしれない。
ようやく回復した自分と妹の関係。
それが妹の、もしくは自分の死で終わる……そんなことはどうしても認めるわけにはいかない。
しかし、現状の未確認生命体の行動では、このミッドチルダ全域が危険区域であることも事実だった。
リンカーコア消失事件の頃なら、強大なリンカーコアを持たないラグナは安全だと思っていたかもしれない。
しかし、今起きている未確認生命体関連の事件は犠牲者に共通性がない。
ラグナが狙われたとしてもおかしい状況ではなくなったのだ。

「機動六課が未確認生命体対策をしてるんだよね」
「まあな」

他の部隊も未確認生命体関連の事件を追っていないわけではないが、未確認生命体出現時には基本的に機動六課が対処している。
それの危険性を考えているのか、ラグナの表情には明らかな曇りが見られた。

「大丈夫だって、俺は遠くから撃つことしかできないから、未確認生命体に近づくことなんてないし」

嘘だ。以前にヴァイスは第6号、メビオとの戦いで懐に潜り込まれている。
しかし、妹を安心させるにはそう言うしか無かった。

「でも……」

もっとも、そう言ったところで簡単に安心出来るものではない。

「もう、その話はやめようぜ。せっかくの休暇だしクラナガンまで出てきたんだ、色々と見てまわろうぜ」

そう言ってヴァイスは妹を強引に外へと連れ出すことに決めた。
しかし、時折考えることがある。
自分は狙撃しかできない。
そして、その狙撃は未確認生命体に対して必ずしも有効な手段とはいえない。
パワーのあるスバルや、速度と鋭さを持ったエリオの一撃でさえ第7号に致命傷を与えるに至らなかった。
なら、威力が大きく落ちる自分に未確認生命体にダメージを与えるのは、それこそ目といった訓練しようにも簡単に訓練することのできない、急所となるべき場所をピンポイントに撃ちこむしか無い。
しかし、それを未確認生命体は理解しているのか、射撃の回避率は異常に高い。
小細工なしで当てるのはほぼ困難だろう。

「それでも……なんとかするしかねえんだよな」

ヴァイスはラグナに聞こえないくらいの小さな声で決意を語ると、その決意を伝えるかのように上着のポケットに入れている相棒『ストームレイダー』を握りしめた。





一方、クロノ・ハラオウンはシャーリーを連れてマリエル・アテンザのもとを訪れていた。

「マリー、調査結果はどうだった?」
「クロノ提督、これが分析班から送られてきた報告書です」

連れてきたシャーリーを無視してクロノは渡された報告書に目を通す。

「……ここに書かれているのは確かなのか?」
「ええ、間違いありません。信じられませんけど……」

マリエルに依頼したのは、第7号との戦いで手に入れた未確認生命体の血液成分の解析だった。
本来なら体組織の一部があればより詳細なことがわかったかもしれないが、今のところ撃破された未確認生命体は第4号、カイに倒されて爆発している。
血液だけだが、手に入っただけでもマシとも言えた。

「えっと、その報告書にはなんて?」

あまりにもわからない話題についにしびれを切らしたのか、シャーリーが何の話をしているのかを聞いてくる。

「これは……いや、後で話すよ」

クロノは血液成分の分析結果を告げようとして言い淀む。
この血液成分の結果が正しいとしたら、自分達のやっていることは見方によっては人間同士の殺し合いと同じことなのかもしれない……とは言えなかった。
人間と同じ成分を持つ血をその身に流している、人間を殺す未確認生命体を殺さなければならない……それを簡単に口にすることはできなかった。

「……そうそう、もう一つのことなんですけど」

そんなクロノの心情を理解したのか、マリエルが話を変えるために明るい口調で話を切り出す。

「例のアレ、フレーム自体の開発は結構簡単にいきそうです」
「例のアレ?」

開発という言語に心を動かされたのか、シャーリーが速攻で話に食いつく。

「そうか、やはり災害対策用のパワードスーツを使うことができるのか」
「もっとも、本来の用途とは完全に別物になりますしダウンサイジングにも時間がかかるので、まだまだ完成にはほど遠いですけどね」
「いや、それだけでもありがたい。戦力の増強はこちらとしても願ってもないことだからね」
「災害対策用?パワードスーツ?」

マリエルとクロノの話に意味のわからないシャーリーは頭の中で疑問符を浮かべるだけである。
しかし、その後すぐにマリエルから話を聞いて、すぐにも興味を示したように瞳を輝かせた。





機動六課の訓練場では、新人達の他になのはがリンカーコアを封印されたためにできたブランクを埋めるべく、新人達とは少し離れて訓練をしていた。
周囲に浮遊するターゲット、それをアクセルシューターで撃破していく。
本来はティアナの訓練用に用意されたメニューを、再度自分のトレーニングメニューとして選択したのだ。
しかし……

「やっぱりまだまだだなぁ」

新人達もその日の教導を終え、なのはのトレーニングの見学をしているところでなのはは訓練を切り上げた。

「お疲れ様、なのは」

フェイトが訓練の終わりを悟ったのか、なのはにタオルとスポーツドリンクを渡す。

「ありがと、やっぱまだまだみんなと一緒には戦えないねぇ、足手まといになっちゃうよ」
「いえ、そんなことは」

なのはの言葉にスバル達はそろってそんなことはないと言ったり、首を横に振ってなのはの言葉に否定する。
しかし……

「そうだな、今の高町は足手まといに他ならない」

ライトニング分隊副隊長、シグナムはなのはの言葉を否定するどころか肯定した。

「シグナム副隊長、それは……」
「事実だ」

スバルが反論しようとするのを、シグナムは鋭い視線を向けてその反論を制する。

「そんな中途半端な魔導師が前線に出たところで邪魔にしかならんし、背中も預けられん」

シグナムは厳しくそう言うと、他の者の意見など知らんとでも言うようにみんなから背を向けて隊舎に向かって歩き出した。
そして、新人達の間に重苦しい雰囲気が立ち込める。

「まあ、シグナムの言う事にも一理あるしな」
「ヴィータ副隊長」

さすがにヴィータも同意見とは思えなかったのか、新人達がさらに落ち込む。
しかし、なのはとフェイトはシグナムの言葉にも、ヴィータの言葉にも特に気を悪くする素振りは見せなかった。

「今のなのは隊長じゃ昔のお前達も使い物になんねえぞ?それなのに前線に出ちまったら簡単にやられちまう」
「それは……でも……」

ヴィータの言葉に新人達は他にも言い方があるだろうと感じていた。

「それにシグナムは、今のなのは隊長じゃ邪魔にしかなんねえし、背中も預けらんねえって言ったんだ」
「えっと……」

ヴィータの言葉に何を言いたいのかわからない新人達、それとは別にヴィータの言おうとしていることに感づいたなのはとフェイト。

「お前達のことは何も言わなかった。つまりだ、お前達には背中を預けているって言っているようなもんなんだぞ?」
「……あ」

ヴィータに言われて、ようやくシグナムの言っていた言葉の隠れた意図に新人達は気づく。
普段の接し方にもあるが、なのはやフェイトは若干スバル達に甘い部分があるといってもいい。
どちらかというよりは上司といった感じよりも、少し上の先輩、もしくは頼れる姉のような存在といってもいいだろう。
しかしそれは、その分の厳しさをヴィータとシグナムが補っているからこそできることでもあった。
その厳しいタイプの副隊長から、遠まわしとは言え自分達のことを認めてもらえたというのは、スバル達にとっての自信に繋がる。

「まあ、なのは隊長が戻るまでは、お前らが気張れば問題ないってことだろ」

そう言い終わったヴィータも慣れないことを言ったとでも思ったのか、シグナムの後を追うように背中を向けて歩き出した。
何気にその顔は新人達の成長を嬉しく感じているのか、少しにやけていたのかもしれない。
もっとも、それを人に見せるようなことをするヴィータではないが……。





昼下がりのクラナガンショッピングモール。
そこでは今にもスキップしそうなほどに機嫌の良いラグナと、ところどころに紙袋がついてる物体が歩いていた。

「お兄ちゃん、次はあのお店見ていこう」
「……ちょっと待て」

ラグナが振り向いて得体の知れない物体に声をかけると、得体の知れない物体から声が返ってきた。

「お前……いくらなんでも買いすぎだろう?」
「そうかな?」
「しかも全部俺持ちって変じゃねえか?」

ラグナの買い物に付き合った得体の知れない物体……ヴァイスは、抱えている買い物袋を一旦下ろすと、恨みがましい目を向ける。

「あ、そうだね、荷物一つ持つよ」

そう言ってラグナは兄に預けていた紙袋を一つ取る。
しかし、ヴァイスの言いたいことはそれだけではない。

「荷物のことだけじゃねえよ!!!なんで俺がお前の買い物の金を全額払わなくちゃいけないんだ?」

ヴァイスは、これじゃ金も荷物も全部俺持ちじゃねえか……と言おうとしてやめた。
こんなことを言ってもギャグにすらならない。

「またまたぁ、妹とデートできて嬉しいでしょ、お兄ちゃん」
「誰がお前みたいなチンチクリンと……どうせなら姐さんみたいなナイズバディな人と……」

姐さん……シグナムのことを思い出し、ヴァイスはシグナムとデートする自分を想像する。
そのデートの光景は……





寺に行って坐禅。





山奥での滝行。





限界を超えた真剣勝負。

「……妹よ、俺はお前と出かけることができて本当に幸せだ」

キリッとした表情でヴァイスはラグナに告げる。
心で涙を流しながら……。

「……変なお兄ちゃん。まあいいや、次のお店行こ」

ヴァイスの行動を若干不思議に思いつつも、ラグナは先店へと足を運ぶ。
しかし、前を見ていなかったのか、すぐに人にぶつかってしまった。
その時に何か小さな音が聞こえたが、ラグナはそれを気にかけなかった。

「あ、ごめんなさ……え?」

自分の不注意に目の前にいる人に頭を下げて謝るが、次の瞬間ラグナのぶつかった人が倒れた。

「どうした、ラグナ」

ヴァイスも何か違和感を感じたのか、荷物を抱えながらラグナの傍にやって来る。

「お兄ちゃん、この人がいきなり倒れて……」

ラグナは目の前で起きたことを説明するものの、目の前で人が倒れたことしかわからなかった。

「マジかよ、大丈夫ですか?」

ヴァイスは荷物を降ろして倒れた人に声をかけるものの、反応がない。

「……まさか」

ヴァイスはもしやと思って、倒れた人の首筋にしゃがみ込んで手を当てると、その人の脈を測る。
その手には人の脈を感じることはできず、既に生き絶えていることを証明していた。

(なんだ?どうしていきなり死んでいる?顔も特に苦しんでいる表情じゃねえから、病気ってわけでもなさそうだ。どこからか撃たれた?……いや、それらしい魔力反応なんて何にもなかった。それに、ここからこの人を撃てる場所は……)

ヴァイスはこの人が撃たれたと仮定しつつ自分の狙撃の経験を活かして、どこならそんなことができるかをイメージする。

(……だめだ、隠れて狙撃するにも遮蔽物が多いし、人の目につきやすい)

屋根の上から狙撃しようにも角度的に難しく、他の場所でも人の目につきやすいことから、もっと遠い位置からなのかと辺りを見渡す。

(それとも……上か?)

ありえないとは思いつつも、ヴァイスは倒れた人の上……空を見上げる。
そして感じる違和感。
なんとも無い空に何かを感じる。
それは狙撃屋としての勘なのかわからないが、この上空に確かに何かいるのを感じたのだ。

「……お兄ちゃん?」

ラグナに声をかけられて、ようやくヴァイスはラグナを危険な位置に置いていることに気がついた。

「……ラグナ、今すぐに建物の中に入れ」
「え?」

ラグナにそう指示すると、ヴァイスは待機状態のストームレイダーを出し、今の状況を画像として保存していく。
そして、それをやりながらヴァイスは周りの人に聞こえるように声を張り上げた。

「時空管理局未確認生命体対策班の機動六課の者だ。たった今、未確認生命体の仕業と思われる殺人事件が発生した。今すぐに建物の中に避難してくれ」

未確認生命体という言葉が効いたのか、その場に居合わせた全員がある者は悲鳴を上げ、ある者は我先にとヴァイスの指示したように建物の中に避難していく。

「お兄ちゃん、私達も早く中に入ろうよ」

震える手つきでヴァイスの腕にラグナは抱きつく。
それもしかたない。もしかしたら今死んだ人ではなくて、場合によってはその傍にいたラグナが死んでいた可能性があったのだ。
死という恐怖に震えないほうがおかしい。

「ああ、今はそうしたほうがいいかもしれないな」

ヴァイスもラグナを安心させるべく、犯行現場を残すためとは言え遺体をこのまま放置するということを遺憾に感じながらも、ラグナの肩を抱いて建物の中に避難していった。





「ラズザヒオリ」

クラナガンショッピングモールの遥か上空、自らの針を撃ちこんだのはヴァイスの想像したとおりに未確認生命体によるものだった。
背中に昆虫のような透明な羽を持ち、顔の形も額から2本の蜂のような触覚がある。

「ジャズレ……ゴレガリエタザ オ?」

誰も見えない、届かない位置からの一撃必殺。
それがこの未確認生命体……バヂスの戦い方だった。
ありえないはずの自分を見つめているように見えたヴァイスの視線に、バヂスは一瞬だが驚愕した。
しかし、すぐさまにそれは気のせいと思い直して、次の獲物を探すべく移動を開始した。





クラナガンで新たなる事件が起きている頃、聖王教会のとある部屋では……

「カイ、そんなところでどうしたんだい?」

ヴェロッサが調べ物をしている部屋にいきなり飛び込んできたカイが、ヴェロッサの机の下に入ってくるなり隠れだした。

「ロッサ!!!」
「シャッハ、一体どうしたんだい?」

恐らくカイを探しに来たのか、シャッハが息を切らせて駆けこんでくる。

「カイを見ませんでしたか?」
(やっぱり)

シャッハの言葉にヴェロッサは声に出さないものの、心の中で苦笑する。
そんなヴェロッサの真っ白いズボンを引っ張る者がいた。
その犯人は言わずもがな、カイである。
ヴェロッサを涙目で見つめて、カイは何かを訴える。

「カイがどうかしたのかい?」

そんなことを言ってからヴェロッサは自分の言った言葉にまたもや苦笑する。

(カイがどうかしたのカイって、ダジャレにもならないよ)
「おやつに用意したシュークリームを持って逃走しました。ピーマンを残したままで!!!」
(やっぱり……それならシュークリームを用意するのをやめればいいのに)

あいも変わらずな二人の行動にやれやれと思いながらも、どうしたものかと考える。
しかし……

「僕は見ていないよ」

心苦しいながらも、少しだけカイと二人きりで話をしてみたかったヴェロッサは、シャッハに悪いと思いながらも嘘をつく。

「そうですか、なら私はカイを探しますので」

シャッハは、そのように言い残すと同時に再び烈風となって走りだした。

「……もう大丈夫だよ」
「ボッサ、ありがと」
「まだ僕の名前はボッサなんだねぇ」

ヴェロッサはカイの呼び方にはもう慣れてしまったのか、今ではそこまで嫌な感じを受けなくなってしまった。
それより本題に入らなくちゃと思ってから、ヴェロッサはどう話を切りだそうか悩み始めた。
ヴェロッサがカイに聞こうとしたことは、どうしてなのはを襲ったのかということだ。
これはクロノとユーノにももし機会があれば聞いてほしいと頼まれていたのと、ヴェロッサ自身も興味があったからだ。
未確認生命体としか戦っていないカイが、なのはと地上本部を爆破しようとしたテロリストにだけ拳を振るった理由。
テロリストに関してはある程度の予想がついたものの、なのはのことに関してだけは何もわからなかった。
話によると錯乱していたようだが、何かカイをそうさせたのかもわからない。

「ボッサ」

そんな考え事をしているときに、カイのほうから声をかけてきた。

「どうしたんだい?」
「これ、あげる。さっきのお礼」

そう言ってカイが差し出したのは、シャッハの元から盗み出したシュークリームだった。

「いいのかい?カイの大好物だろう?」
「一人で食べてもおいしくない。一緒に食べる」

子どもっぽい理論ながらも、そう言われて悪い気がしないのもまた事実。
しかし、シュークリームだけというのも少し寂しい。

「なら、お茶の準備をしようかな。シャッハには黙っていなくちゃいけないから、僕の方で準備するとしよう」

ヴェロッサはそう言って立ち上がると、ハンガーにかけてあった真っ白い上着を羽織るべくハンガーから外そうとして、動きが止まる。
カイが明らかに怯えた表情を見せたからだ。
怯えた視線はヴェロッサの持つ上着に注がれている。
試しにヴェロッサは上着をハンガーにかけ直した。
それをするとたちまちカイの中に巣食っていた怯えが見えなくなる。
そして再び上着を取ると、カイは怯えた表情を見せて震え上がる。

「……まさか」

ここでヴェロッサは一つの仮説を立てた。
高町なのはが襲われたのは、新人との模擬戦で真っ白なバリアジャケット姿になったときだったという。
カイが自分に怯えを見せたのは、既に真っ白いズボンを履いている自分が真っ白い上着を着ようとした瞬間。
カイの怯えの全てが、簡単に言ってしまえば全身が白くなっている存在に向けられているのでは……と。

「カイ、大丈夫だよ」

カイに安心させるようにヴェロッサは白い上着ではなく、青い上着をクローゼットから出して羽織る。
その、白いズボンと青い上着のヴェロッサを見て、ようやくカイは怯えを湛えた瞳ではなく、いつものような無邪気な瞳に変わる。

「飲み物の準備をしてくるから、少し待っていてくれよ」

カイにそう言い残すと、ヴェロッサはお茶の準備をするべく部屋から出ていく。

「白が嫌いなのか……どういうことなんだ?」

嫌いな色というだけであそこまでの怯えを見せるようなことはないだろう。
だとしたら、白という色がカイの過去に何らかの影響を与えていると考えられる。

「流石に僕の力をカイに使うのは気が引けるし……どうしたものかな?」

ヴァロッサの他の人間は持っていない特殊な力『思考捜査』を使えば、カイの心の中を見ることができるかもしれない。
しかし、犯罪者で捜査に非協力的ならともかく、ただカイの過去を知るためだけにこの能力を使うほどヴェロッサは割り切れるだけの非情さを持っているわけでもなかった。

「とりあえず仮説ではあるけど、連絡だけはしておくべきかな。……おっと、それよりもシャッハに見つかる前にお茶の準備でも……」
「……誰に見つかる前に、ですか、ロッサ?」
「それはもちろんシャッハに……は?」

ヴェロッサの後ろから感じる禍々しい気。
振り向いてはいけない、今すぐここから立ち去るべきだ。
そう思うものの、それを簡単に実行するにはヴェロッサは既に後ろからの気迫に飲まれている。
もっとも、逃げたところですぐに追いつかれるだろうし、その後の報復がさらにレベルアップするのは目に見えている。

「ロッサ、カイがどこにいるか、知りません?」

もはやロッサに抵抗できる意志はなかった。
それから数分後、聖王教会内部に一人の男の悲鳴が響き渡った。
しかし、もはやいつものことなのか、その悲鳴を聞いて驚く人間は教会に巡礼に来る者達だけだったという。





今回のグロンギ語

ラズザヒオリ
訳:まずは一人

ジャズレ……ゴレガリエタザ オ?
訳:やつめ……俺が見えただと?





今回のタイトルは『焦燥』
機動六課の中でももっとも未確認生命体に対しての戦闘能力が乏しい(と感じている)ヴァイスの魔導師としての焦りと、もしかしたらラグナが死んでいたかもしれないという焦り(恐怖?)がタイトル名の理由です。

それにしても今回はヴァイス目立ちすぎ?……おかしいなぁ、リリカルなのはの世界なのにザフィーラとかゴウラムとか、ヴァイスとかクロノとかヴェロッサとか目立つなんて、人選を間違っている気がしてきました。







[22637] 第19話 射手
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:28




ミッドチルダの首都クラナガンで起きた、突然の殺人事件。
被害者の体には、頭頂から股下にかけて何かに貫かれた傷があり、それが死因と見られている。

「すまないな、遅くなった」
「クロノ提督、それにしてはずいぶん到着が早いですね」

事件が起きてから30分も経たずにクロノが現場にやってくる。

「ああ、僕もクラナガンに用事があったからね」
「そうでしたか」

マリエルの元に出向いた帰りに、未確認生命体関連の事件が発生したと聞いたクロノは、シャーリーを先に帰らせて自分は捜査のために足を運んできたのだ。

「もっとも、その途中に……すまない、通信が入った」

ヴァイスにあることを告げようとして、クロノは通信が入ったのをヴァイスに告げると少しだけ離れて通信越し誰かと話す。

「……そうか、わかった。それについてはこちらでも調べてみる」

話が終わると、クロノは沈痛な面持ちでヴァイスの元へとやってくる。

「新しい情報が入った。今さっき、それとそれよりもおよそ15分前にも今回と同様の事件が起きた」

クロノの言葉に、最初の事件発生からわずか30分で3人もの人間が未確認生命体らしき者によって、その生命を奪われたことによってミッドチルダに再び緊張が走ることになる。





「……毒針?」

クラナガンで発生した事件の調査は付近の地上部隊に任せ、クロノとヴァイスはこれからの対策を考えるべく機動六課へと戻った。
クラナガンから戻る際にラグナが心細い表情をしていたが、ヴァイスは空が見える道のりではできるだけ帰らないように告げるとそっけなくラグナと別れてしまった。
ラグナのことが決して心配ないわけじゃない。
しかし、目の前で未確認生命体によって命を奪われた被害者のことを思うと、一刻も早くこの事件をなんとか終わらせたかった。
そして機動六課に戻った時にはちょうど調査に一段落ついたのか、今回使われた凶器についての情報などが回されてきた。

「そうや、恐らく今回の未確認生命体は超高空から人に向けて毒針を垂直に発射して命を奪うという方法で犯行を続けてる。被害者の倒れたすぐ傍に凶器と思われる毒針が垂直に撃ちこまれたことがその証拠や」

情報を受け取ったはやてが、みんなの集まっているブリーフィングルームで現状でわかっているかぎりのことを知らせる。

「今のところ、最初の事件から3時間、その間に被害者は合計13人。これ以上の犠牲者を出すわけにはいかん」
「でも、その未確認生命体はどこにいるんですか?」

犠牲を出さないにしても、問題となる未確認生命体を倒さなければならない。
しかし、今のところ今回の事件に関係ある未確認生命体の情報が来ることはなかった。

「それについてはシャーリー、頼む」
「はい」

スバルの質問を予期していたはやてはシャーリーを促して今回の事件解決に必要そうな情報を知らせるため端末を操作する。
次の瞬間には、全員の目の前にミッドチルダの地図上に事件の現場と犯行時間がマーキングされた情報が現れる。

「これを見ると、最初は特になんらかの法則があるように見えなかったんだけど……」
「問題は4回目以降の犯行からや」
「4回目……ですか?」

エリオとキャロが何のことかと思いながらも、目の前の情報から何かを読み取れないかと悩み始める。

「……これって、もしかしてどこかに向かっているんですか?」

しかし、エリオとキャロが答えを出す前にエリオ達の司令塔とも言うべきティアナが先に答えを言ってしまった。
確かにティアナが言うように4回目以降の犯行は、まるでどこかを目指しているかのように事件発生場所が一直線に並んでいる。

「えっと……これの進路からすると目的の場所は……」
「……ここ?」

ティアナの言葉にエリオとキャロは未確認生命体の進行方向に何があるのかを辿っていくと、そこにあるめぼしいものは機動六課の隊舎くらいしかなかった。

「うん、どうしてかわからんけど、未確認生命体はここを目標にしているみたいな犯行を続けてる」
「あいつが?」

エリオとキャロの言葉を肯定するようにはやてが言葉を続けたときに、ヴァイスが何かを呟く。

「あいつ……とはどういう意味だ?ヴァイス、お前は何かを知っているのか?」

ヴァイスの呟きが聞こえたのか、シグナムが鋭い視線でヴァイスを睨む。
シグナム自身にそのつもりはなかったものの、今回の未確認生命体の見えないところから殺人を行うというやり方に怒りをぶつけてしまっていたのだ。

「最初の被害者……その被害者の上空に何かある……ような気がしたんすよ、姐さん」

確信ではないものの、空に何かがいると感じたのも事実。
そのため、シグナムの言葉にヴァイスは曖昧な言葉しか出すことができなかった。

「ヴァイス君の言葉と凶器が地面に垂直に撃ちこまれたことからも、未確認生命体は上空からの長距離狙撃で殺人を犯したって考えでええな。あとの問題は……時間やね」
「そういえば、はやては何か気がついたんだったな」

はやての言葉に、クロノははやての言葉を待つ。

「うん、今回のみ確認生命体の事件、最初の犯行から15分おきに次の犯行が発生してる。これがただの偶然と片付けるのはちと短絡すぎるからな」
「なんらかの事情がある……ということか」

次第に解明されていく今回の未確認生命体の犯行システム。
ついにはそれに対する作戦を練る段階まで話が進んだ。

「今回の作戦は急を要する。今から簡単に作戦について説明する。ます、この作戦に参加するのはフェイト隊長、ヴィータ、シグナム両副隊長、クロノ提督と私、それにリイン曹長、最後に……ヴァイス陸曹や」
「ヴァイスさんも……ですか?」

流石に今回の事件は今までと違い、み確認生命体の姿を誰も見ていないということもあってか、みんなに喝を入れるためはやては敢えて真面目に話を続ける。
そんな中、ヴァイスの名前を呼ばれてスバルは不思議に思う。
自分達の名前が呼ばれなかったのは、空を飛ぶことができないからだろう。
なら、同じく陸戦魔導師であるヴァイスも今回の作戦を外されるはずだ。
となると、現状でヴァイスが必要な役割といえば……

「あ、ヘリパイロット」
「いや、ヘリパイロットはアルトや」

スバルのひらめいたアイディアはすぐに却下される。

「今回の作戦、ヴァイス君の役割が一番大きいで」

はやての言葉にこの場にいる全員が黙りこむ。

「まず最初にやけど、今回の未確認生命体はこちらが出したサーチャーでも正確な位置が掴めてないんよ」
「唯一わかるのは、空戦魔導師が活動できる限界高度以上の高さにいるってことだけ」

はやての言葉に補足するようにシャーリーが説明を続ける。

「そこで、ヴァイス君のストームライダーに超長距離レーダーを組み込む。これはもう用意してあるから組み込みに時間はかからん」
「後はヘリ、もしくは高層ビルの屋上とかできるだけ高い位置から未確認生命体にこの特殊マーキング弾を撃ちこむ」

はやての言葉に再び続いたシャーリーが小型の弾倉をみんなの前に出す。

「この特殊マーキング弾は対象に当たることによって、フェイトさん達のデバイスに対象の正確な位置をデータとして送ってくれるように調節してあるの。ただ、残念だけど即興で作ったから効果はほんの一瞬、1分もてばいいほうだと思う」
「つまり、その1分の間に何としても未確認生命体を倒すなり、地上に引きずり下ろせってことか。つまりは最初の一撃か」

シャーリーの言葉に、ヴィータが真剣な表情で今回の作戦の最重要ポイントを指摘する。
今回の作戦、未確認生命体に攻撃するには、その未確認生命体の位置を知ることが第一である。

「つまり、作戦の要は俺ってわけか」

今回の作戦、その成功への第一歩はヴァイスの引き金に全てが委ねられた。





一方、機動六課が今回の作戦を立てる少し前の聖王教会では……

「未確認生命体第8号……ですか」

カイとザフィーラの他に、カリムとシャッハ、ヴェロッサが部屋に集まって未確認生命体速報を見ていた。

「ブーリン……美味い」

いや、一人だけおやつのプリンに夢中だった。
誰とは言わずともわかるだろう。

「空戦魔導師でも届かない空からの毒針攻撃……いくら機動六課でも簡単に対処できるものでもないよね」

ヴェロッサは速報では空戦魔導師でも届かない距離とは言われていないのに、何故か他の者が知らない情報を口に出す。

「そうなのですか?速報ではそこまで詳しく言ってませんでしたけど……」
「ああ、クロノ提督から聞いていてね」

ヴェロッサはカリムの質問に簡単に説明する。
しかし、先程のヴェロッサの言葉は、カリムやシャッハに説明するために言った言葉ではなかった。
この言葉を本当に聞かせるべき相手はカイただ一人。
カリムとシャッハは、カイが世間で話題になっている未確認生命体第4号であることを知らない。
あくまで一般常識に疎く、ゴウラムと呼ばれるロストロギアを何故か知っている子どもみたいな青年という印象しかない。

「そうですか。カイ、聞いてのとおりです。今日の外出は控え……カイはどこに行ったのですか?」

速報から、聖王教会周辺は警戒区域ではないものの、どんなことが起こるかわからない以上、安全のために外出を禁じようとしたときには既に遅く、カイとザフィーラは部屋の中から消えていた。

(まったく……飛び出すくらいなら最初から機動六課にいればいいものを)

飛び出したカイとザフィーラを見て、一人ヴェロッサは思う。
わざわざこちらで情報を渡すくらいなら、最初からクロノ達と一緒に行動すればいいのにと。

(もしかして……機動六課にいることができない理由があるとか……まさかね)

ヴェロッサは自分の心によぎった考えを切り捨てる。
機動六課にいることができない理由……そんなものが思い浮かばなかったからだ。
それだったら、機動六課に最初から協力できない理由を考えたほうが、まだ早く答えにたどり着けるだろう。

(まあ、今は……この第8号とどう戦うか……だよね)

ヴェロッサがクロノから聞いた話では、今のところ第4号は跳躍力に優れた青い姿と格闘戦に優れた赤い姿しか確認されていない。
しかし、跳躍力に優れた青い姿でも第8号と戦うには不足している。
それなのに行ったということは、カイには相手を倒す手段があるとも言える。

(とりあえず、クロノ君に連絡しておくか)

さすがにカリムやシャッハにカイのことを聞かせるわけにはいかないので、ヴェロッサもちょっと急用と言って部屋から出ていった。





作戦会議が終わり、未確認生命体の移動速度、そして時間から考えるに次の犯行が行なわれると思われるポイントへ急行する作戦に参加する機動六課のメンバー。
そこにはちょうど上空への狙撃に適した高層ビルがあり、ヴァイスが狙撃担当として、強力な遠距離攻撃を持たないヴィータがヴァイスの防衛についた。
クロノ、フェイト、シグナム、リインフォースⅡとユニゾンしたはやては、自分が飛べる限界高度まで上昇、慣れていない幻術魔法を使って姿を肉眼では捉えられないようにしつつ、周囲の警戒を行う。
これで、あとは未確認生命体が来るのを待つだけである。

「ヴァイス、ストームレイダーに付けたレーダーの調子はどうだ?」

作戦開始……未確認生命体の犯行時間までは時間があるのか、ヴィータが今回の作戦の重要ポイントを担っているヴァイスに声をかける。
ストームレイダーには、超長距離レーダーの他に、特殊マーキング弾が装填された弾倉も装着されており、何発かの連続発射が可能となっている。

「調子はいいっすよ、後は……奴を待つだけだ」

狙撃屋の勘というわけではないだろうが、ヴァイス自身は今のところ最初の事件発生時に感じたなんとも形容しがたいモノは感じない。
それが未確認生命体に感じたモノなら今のところは、未確認生命体が接近してはいないということだ。

「そっか、お前の役割は未確認生命体にマーキング弾を撃ちこむこと、アタシはそのお前を守ることだ」

ヴィータは自分の役割を確認するように握ったグラーフアイゼンに力を込める。
ヴァイスはヴィータの直接の教え子ではない。
しかし、はやてが自分の意志で作り上げた、はやての理想とする部隊を構成する大事なメンバーに代わり無い。
なら、その部隊の隊員を守ることに全力を尽くすのみである。

『そろそろ時間だな……これより作戦を開始する』

クロノの合図で、この作戦に参加する全てのメンバーに緊張が走った。





クロノ達が未確認生命体第8号、バヂスを倒すべく作戦を展開している頃、当のバヂスもクロノ達の上空に到達していた。
そして、クロノ達が幻術魔法で姿を消していたものの、超高空からターゲット目がけて毒針を撃ちこむことができるバヂスには効果がなかったのか、その姿を既に捉えていた。
しかし、バヂスの目にはそれ以外に大きく興味を惹かれる存在がいた。

「……ジャズザ」

偶然なのか必然なのか、空に向かってスナイパーライフルを構える一人の管理局局員、ヴァイスのストームレイダーがバヂスに向かって揺らぐことのない銃口を突きつけていた。
ヴァイスの方はバヂスのことを気付いていないが、もしこちらが少しでも相手を狙おうとすれば、すぐにそれを察知して居場所が突き止められるだろう。
故に……右腕に装填された毒針を撃ちこもうとしたときが、ヴァイスとバヂスの戦いの合図でもあった。
一応、予備というわけではないが、毒針は一本だけ右腕に装填すれば使えるように用意してある。
しかし、バヂスはこれを使う気はなかった。
あくまで予備のため……仕留められなかった相手を仕留めるためではない。
そして、バヂスの目にはクロノ達のことも目に映っていない。
彼らでは今の自分の位置を捉えることができないからだ。
そんな相手を殺すのは容易い。
しかし、偶然かは知らないが、自分の存在を感じ取ったヴァイスだけは別だった。
だからこそ、ゆっくりと次の獲物を狙うべく、慎重に右腕をターゲットに、ヴァイスに向ける。

「ズギザ……キガラガエモンザ」

そして、ついにヴァイスに狙いをつけたとき、ヴァイスもバヂスを見つけたかのようにストームレイダーを構え直した。
その時、お互いに視線が交わったような気がしたものの、そんなことを考えている暇はない。
ヴァイスは今は一刻も早く引き金を引く、バヂスも一刻も早く毒針を撃ちこまなければならない。
そして……互いの銃もしくは右腕から、自らの存在意義を賭けた一撃が撃ちこまれた。





ヴァイスがトリガーを引いた瞬間……

『奴もこっちに感づきやがった?』
『なんだって?』

ヴァイスの驚愕した声に、ヴィータは直ぐに駆け寄ると右手を空にかざして自分とヴァイスを覆うようにシールドを張る。
また、ヴァイスの言葉を聞いたクロノ達も上空にそれぞれシールドを展開する。
しかし、それからしばらくしてもクロノ達に毒針が来る様子はない。
狙いが自分たちではないと感じたクロノは、すぐにシールドを解除して、マーキング弾の反応を待つ。
そんなとき……

『おいヴァイス、しっかりしろ!!!』

ヴィータの叫びがクロノ達に通信越しに聞こえてきた。

「ヴィータ、どうしたんや?」
『ヴァイスが腕を撃たれた』

すぐさま何が起きたのかはやてが確認する。
クロノ達はその間も、マーキング弾の着弾を信じて反応を待つ。
そして……

「反応が出た……クロノ!!!」
「わかっている、全員マーカーの反応はキャッチできているな?一気に攻撃する」

フェイトからマーカーの反応をキャッチできたことを知らされたクロノは、ヴァイスに悪いとは思いつつも、今が好機と未確認生命体を撃破するべく攻撃を指示する。
はやても最初は隊員であるヴァイスが気になるものの、今は優先しなければならないことがあることを思い出し、隊員を傷つけた未確認生命体がいるだろう上空へと怒りの視線を向ける。

「リイン、いくよ」
(はいです、狙いは外さないですよ)
「うん……フレースヴェルグ!!!」

はやてが上空に構えたシュベルトクロイツから迸る超長距離射程を誇る着弾炸裂魔法が……

「翔けよ……隼!!!」
『Sturmfalken.』

シグナムが愛剣レヴァンティンとその鞘を連結してできた弓を使っての必殺の矢が、敵を食い破る猛禽類のごとく突き進む。

「いくよ、バルディッシュ」
『Yes, sir.』
「トライデント……スマッシャー!!!」

フェイトが上空に発生させた金色の魔方陣から、3本の砲撃が放たれる。
それはマーキング弾が直撃した未確認生命体に真っ直ぐに向かいつつも、途中で収束してより威力の高い砲撃となって未確認生命体第8号に牙を剥く。

「デュランダル、狙いはただ一つ」
『OK, boss. Blaze canon.』

クロノの得意とする熱量を持った破壊魔法、それが未確認生命体に向かって正確な狙いを持って2連続で放たれる。
4人の放った魔法が、一直線に一箇所に収束するように突き進んでいく。
そして、一瞬の後に爆発が起こる。

「……やったか?」

クロノの位置からは、未確認生命体の姿を肉眼では把握できない。
爆発があったということは、自分達の魔法が未確認生命体に当たったのか、それともそれぞれの魔法が未確認生命体に当たる前に衝突した可能性も否定出来ない。

「シャーリー、マーカーの反応は?」

フェイトがすぐさまに周辺をモニターしているシャーリーから現状の情報を聞き出す。

『マーカー反応は……消失しています』
「そっか、それなら……」
『まだだ!!!』

マーカーがこの短時間のうちに消失したのなら、未確認生命体に着弾したと感じたのか、フェイトが安堵の息を漏らしたその時、怪我を負ったヴァイスの叫びが通信越しに聞こえてきた。





ここで話はヴァイスとバヂスがお互いに撃ったすぐ後に戻る。
ヴァイスの撃ったマーキング弾はバヂスの左腕に着弾し、バヂスの撃ちこんだ毒針はヴィータの張ったシールドを貫いて、その勢いを持ったままヴァイスの右腕をも貫いたのだ。

「おいヴァイス、しっかりしろ!!!」

ヴァイスが腕に怪我をしたのを知ったヴィータは、すぐさまヴァイスの怪我した右腕を見る。
幸いというべきかはわからないが、毒針は貫通しているものの、それでも毒がヴァイスの体に回っているのか、その傷口が毒々しい紫へと変色している。

「しまった」

そう思ったときには既に遅い。
バヂスの位置を特定することに重点を置き、肝心の毒針への対処をシールドを張ればどうにかなると考えてしまった自分達の浅はかさ。
しかし、そんな後悔がヴィータの心を占めるよりも早く事態は進む。

「ヴィータ、ヴァイス君の右腕の傷口より心臓に近いところを急いでこれで縛って」
「シャマ……ル?」

本来ならここにはいないはずの人間。
機動六課の医務官、シャマルがザフィーラと未確認生命体第4号……変身したカイと一緒にいつの間にか来ていたのだ。

「ヴィータ、急いで!!!」

ヴィータが一瞬何が起きたのかわからずに呆けるのを無視して、シャマルは自分の医務官としての役割を果すべく、クラールヴィントを起動、ヴァイスの治療へととりかかる。
クロノ達は今が好機とヴァイスの狙撃を無駄にしないためにも、全力を持って攻撃を行なっている。
そんな空で起きている攻撃を、カイは黙って見つめていた。

「シャマル、どうしてここに?」

ヴァイスの傷口を止血し、治療を続けるシャマルにヴィータはどうしてここに来たのかを質問する。
今回の作戦は、できるだけ未確認生命体、バヂスのターゲットをヴァイス個人に特定させるべく、クロノ達は幻術魔法で姿を隠し、ヴィータもヴァイスの狙撃直前までは物陰に隠れていた。
もっとも、バヂスに幻術魔法は効果なかったが、バヂス自身がヴァイスを狙ってきたため効果はともかくとして、その目的は達成できた。
しかし、どうしていきなりシャマルが来たのかがわからなかった。
シャマルは今回の作戦の参加メンバーではない。
ではなぜ来たのか?

「それはザフィーラに呼ばれて……」
「ザフィーラが?」
「俺は頼まれただけだ」

シャマルの説明に、ザフィーラは自分にシャマルを連れてくるように頼んだ男に視線を向ける。

「カイの奴が?」

ヴィータの中で、カイはこうなることを見越していたのか?という思いが広がる。
そもそも、カイと未確認生命体の関係を、クロノは少しは知っているとは言え、そのことを機動六課の面々に話していない。
それはクロノがまだ正確にカイと未確認生命体のことを把握していないことも大きいが、カイがガドルのことを話したときに言った『友達』という言葉も大きな理由の一つだった。
カイに協力を頼みたい、しかし全ての未確認生命体がそうなのかは知らないが、友達同士で戦わせるにも抵抗があった。
だからクロノは未確認生命体の情報を間接的にカイに流して、それ以上の干渉はできるだけしないように考えた。
もちろん、カイが自分達に協力してくれれば、これほど心強いことはないだろう。
そういったこともあり、カイと未確認生命体の関係を知る者はものすごく限られた人数しかいなかった。

「上空で爆発が起きた……仕留めたか?」

ザフィーラが上空での爆発を感じたのか、上空に視線を向ける。
しかし……

「いや……まだだ!!!」

空を見上げたヴァイスは、未確認生命体がまだ生存していることに気付いたのか、声を荒らげた。





クロノ達の遥か上空では、バヂスが自らの左腕と左足に大きな傷を負っていた。

「グゾ、リントゴオキガ」

バヂスは怪我した左腕と左足をかばうように一旦はこの場を離れようとしたところで、ヴァイスの傍にいる憎むべき敵を見つけた。

「……クウガ」

自分を封印した憎い相手。
そして、とあるグロンギのゲゲルにおいて大きな位置を占める存在。

「ギラボボデジャズゾタゴセバ……」

バヂスの中で膨らむとある執着。
憎き存在を倒し、強大な力を持つ同族を蹴落とすことができるただ一つの存在。
その存在を葬るべく、使うつもりの無かった予備の毒針を右腕に装填する。

「ガドル、ゴラエンゲゲルザボレデゴワリザ 」

誰かを嘲笑するような言葉を発したバヂスは、右腕に装填した毒針を憎むべき相手、カイに向けてほくそ笑んだ。





一方、クロノ達よりも遙か下にいるヴァイス達は、マーキング弾の効果が切れたことによって再度の攻撃を実行するべく、再びヴァイスの狙撃から始めなければならないのだが……。

「その腕じゃ無理だって」

ヴァイスはなんとかストームレイダーを構えるものの、毒と傷のせいで腕は震えまともに狙いをつけられないあり様だった。
これではまだヴィータ達が撃ったほうが可能性があるだろう。

『ここは……体勢を立て直したほうがいいか?』

クロノもヴァイスの怪我が必要以上に重体であると感じたのか、これ以上の作戦の続行は不可能と判断する。
しかし……

「駄目だ、これ以上第8号をのさばらせるわけにはいかないんすよ!!!」

目の前で第8号に殺害された被害者を見て、もし何かの歯車が……そう、もし最初の被害者がその場にいなかったら、最初の被害者としてラグナが毒針に当たっていたかもしれない。
そう考えると、ヴァイスには今ここで第8号を倒さないわけにはいかなかった。
ヴァイスはその思いを実行に移そうとするかのように、震える手を何とか動かしてストームレイダーを上空に向かって構える。
そんな悲壮な覚悟を持ったヴァイスの肩を叩く人物がいた。

「ファイブ、それ……俺に貸す」

ヴァイスの肩を叩いたのはカイだった。

「お前が……奴を撃つっていうのか?」

ヴァイスの言葉に、カイは言葉を出さずに頷く。
そして、ヴァイスが震える手で握っているストームレイダーをヴァイスの手から優しく奪い取ると同時に、その姿が変わる。
赤い複眼と鎧は緑色に、腰のアークルに埋め込まれたアマダムも鎧と同じ緑色の輝きを放つ。

「来たれ」

カイはヴァイスから受け取ったストームレイダーを左手で持ち、静かに言葉を告げる。

「空高く翔ける」

それは自らの武器を象徴する言葉。

「天馬の弓よ」

カイの言葉が終わると同時に、ストームレイダーはその姿を変え、黒と金を基調とし、緑色の宝玉が嵌め込まれたボウガン……ペガサスボウガンへと姿を変える。

「エリオのストラーダんときと……同じ?」

第7号、バヅーとの戦いで青い戦士となったカイがエリオのストラーダを青龍の棍、ドラゴンロッドへと変化させたときと同じ状況をヴィータは思い出していた。
カイはそれを気にするでもなく上空に視線を向けて、ここからでは見えない第8号……バヂスに視線を向ける。
そして、ペガサスボウガンの後部についているのトリガーレバーを引き、いつでも攻撃できるように備える。
バヂスも今こそ憎き存在を倒すべきと、カイに狙いを定める。
以前は同時に互いの武器を撃ち込んだが、そのときは緑の戦士の姿に冷静さを欠いたバヂスが負けた。
しかし、今のバヂスはそのことを思い出し、冷たい殺気を放ちはするものの戦いに対する冷静さは欠いていない。
唯一冷静さを欠いているといえば、自らの怪我の状態を考えていないことだろう。
自らの腕を貫いたのは、クロノの魔法だった。
非殺傷設定で放たれた魔法は、自らの左腕と左足を貫いたが、時間が経てば回復する。
それを待つべきかもしれない……くらいだった。
だが、憎き敵が目の前にいる以上、回復を待つわけにもいかなかった。
カイのペガサスボウガンの狙いが、バヂスの毒針狙いが、それぞれをターゲットとして向けられる。
そして……

「ギネ!!!」

先に撃ったのはバヂスだった。
カイに迫る必殺の毒針。
しかし、それはカイに届かなかった。
必殺のはずの毒針を、カイは右手の2本の指で軽々と受け止めていたのだ。
そこから先はバヂスにとってはスローモーションにも似たものにしか見えなかった。
受け止めた毒針を誰もいないところに放り投げて、再びペガサスボウガンをバヂスに向けるカイ。
そして、すぐさまトリガーを引き、そこから放たれた一撃を目を逸らすこと無く、そして体が何も反応すること無く一撃をその身に受け入れた。
それから数秒後、新しい爆発がクロノ達の頭上で発生した。





バヂスの爆発が確認され、辺りには未確認生命体を倒した安堵に包まれていた。
カイももとの赤い姿に戻ると、ペガサスボウガンもストームレイダーの姿に戻る。

「ファイブ、返す」

カイはストームライダーをファイブに返そうと、銃口をヴァイスに向けたまま差し出す。
ヴァイスも怪我の治療で座り込んだままだが、ストームレイダーを受け取るべく怪我をしていない左腕を伸ばす。
そんなとき、カイは特に何かあったわけでもないのにトリガーを引いてしまった。
ストームレイダーは今回マーキング弾を撃ち込むために調整され、トリガーを引くというワンアクションでマーキング弾が発射されるようになっていた。
つまり……

「ファイブ、真っ黒だ」

そう、そこには特殊インクの色に染まったヴァイスの顔があった。
ヴィータ達もその光景を呆然と見ていることしかできなかった。

「なあ、お前……俺に何か言うことないか?」

ヴァイスはカイに向かって言う。
しかし、カイはどうしてヴァイスが真っ黒になったのかがわからない。

『Sorry.』

しかし、ストームレイダーは自分の主にしてしまった失態を謝罪するべく声を出す。
カイはそんなストームレイダーに習って……

「……ゾオリ」
「……履き物かよ」

一応、謝った……はずである。










遙か空でバヂスが倒されたころ、とあるビルの屋上ではいつものようにガドルと、額にバラのタトゥをした赤いドレスを着たバルバがバヂスの倒された方向を見ていた。

「やはり……バヂスではクウガに敵わなかったか」

バルバは倒されることが当然とでも思っていたのか、仲間……同族が倒されたことを気にしているような素振りを見せない。

「まずはゲゲルを成功させることを考えればいいものを……ガドル、ある意味ではお前のせいだな」

ガドルのせいとは言いつつも、バルバはそれを攻めるような言葉使いではなく、むしろ楽しそうに言葉を続ける。

「お前はすでに自分のゲゲルの内容を提示している。数は……」
「……一人だ。条件は……」

バルバの言葉を黙って聞いていたガドルが、ここに来て初めて言葉を発する。
静かに、しかしはっきりとした口調で自らのゲゲルの条件を語る。
ガドルが自らに課したゲゲル、その条件とは……

「……クウガであること」
「それがお前のゲゲル……だからな」

バルバの言葉にガドルは頷く。
しかし、今のところミッドチルダでグロンギが行っているゲゲルは、ガドルよりもクラスが下のグロンギ達によって行われているものである。
そのため、ガドルが自らのゲゲルの内容を先に提示する必要はない。

「お前が自らのゲゲルを言ったおかげで、お前に勝てないと考えたほとんどの同胞が、お前のゲゲルを失敗させるためにあえてクウガに挑む……なかなかに面白い」

グロンギにとってクウガは確かに邪魔者である。
しかし、今すぐにクウガを倒さなければならないというわけではない。
だがクウガを倒すということは、過去に封印された恨みを晴らすことと、現段階でゴ族最強と言えるガドルを失脚させる一番の近道でもあった。

「ふん、今のクウガにすら勝てぬ奴に……ザギバス・ゲゲルに進む資格はない」

ガドルをそう言い残すと、バルバに背を向けて歩き出す。

「お前なら今のクウガに勝てる……我らの中でも異質なお前なら……な。クウガの弱点を作り、クウガのことをよく知っているお前なら……」

ガドルの言葉にバルバは答えるものの、それはガドルに対して言った言葉なのかはわからない。
お互いの中の真実を知る者は、それこそ本人しかいないのだから。





未確認生命体第8号、バヂスの爆発が確認され機動六課作戦参加者は機動六課へ、カイとザフィーラは聖王教会へとそれぞれ帰還した。
今回の作戦の要となったヴァイスは、すぐさまシャワー室に入って作戦の疲れと汗を流しているところだった。

「やっぱ染みるな」

毒は何とか解毒できたものの、やはりお湯を浴びることで傷口が染みる。
もっとも、死ぬかもしれないと感じた冷や汗も流したい以上、シャワーを浴びるのをやめるわけにもいかなかった。
ヴァイスの心の中に未確認生命体を倒せたという安堵はない。
今回の作戦は、自分のミスで明らかに失敗になるはずだった。
しかし、カイというジョーカーがいたことで未確認生命体第8号を倒すことに成功した。
自分達が……機動六課がやろうとしたことを、カイはただ一人で全て成し遂げてしまった。
もちろん、カイを恨んでいるわけではない。
ただ、自分達の……いや、自分の無力さをさらに認識することになってしまっただけだった。

「……らしくねえな」

シャワーを浴びて一通りサッパリしたヴァイスは、自分のそんな卑屈な思いを打ち払うべく頭を振って髪に残った雫を払う。
そして、体が冷えないうちに着替えをすませて報告書を仕上げに行こうとシャワー室をでた瞬間、誰かにぶつかった。

「あ、わりぃ……って、シャーリーか」
「いった~」

ぶつかった拍子に倒れたせいか、シャーリーの抱えていた書類が床に散らばる。

「悪い、ボ~ッとしててな」

ヴァイスも流石に自分が悪いと感じたのか、落ちている書類を拾うのを手伝う。
もっとも、どのように並んでいたのかなんて知るわけがないから、散らばった書類を手当たり次第にかき集めただけだが。

「ううん、私もちょっと急いでいたから……えっと、全部揃っているかな?それじゃ」

シャーリーも書類が全部揃っているのかもちゃんと確認せずに、そのまま急いで歩き出した。

「忙しそうだねぇ……ん?」

ヴァイスはそんなシャーリーをご苦労様といった目で見るが、シャーリーの走り去った方向に何かの書類が落ちている事に気がついた。

「なんだ、こりゃ?」

拾った書類は結構な厚みがある。
これだけの厚みのある書類なら、恐らくかなり重要な書類と考えていいだろう。
ヴァイスは報告書を書く前に急いで後を追って届けようとしつつも、何の書類だろうかと興味を引かれたのもまた事実。
なんの書類なのか、表を向けて書類名を見た瞬間、ヴァイスの体は凍りついた。

「こ、こいつは……」

シャーリーが落とし、ヴァイスが拾った書類。
それには『対未確認生命体特殊パワードスーツの開発について』と書かれていた。










今回のグロンギ語

……ジャズザ
訳:……奴だ

ズギザ……キガラガエモンザ 
訳:次は……貴様が獲物だ

グゾ、リントゴオキガ
訳:くそ、リントごときが

ギラボボデジャズゾタゴセバ……
訳:今ここで奴を倒せば……

ガドル、ゴラエンゲゲルザボレデゴワリザ 
訳:ガドル、お前のゲゲルはこれで終わりだ

ギネ
訳:死ね





今回のタイトルはヴァイス兄貴に焦点が当たっていたこともあって「射手」しかありえません。
何気にバヂスもその殺害方法からスナイパーみたいなものなので。
それにしても、ゴ族のゲゲルのルールはどうしましょう?
結構複雑な内容のゲゲルを行っているグロンギもいるところですし、それを考えると……。







[22637] 第20話 包丁
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:28



「提督、こいつの装着員、俺にやらせてください!!!」

ヴァイスはシャーリーの落とした書類、『対未確認生命体特殊パワードスーツの開発について』をクロノが座っているデスクに叩きつけるように置いた。
本当なら落としたシャーリーに返すはずなのだが、その書いてある内容、そして計画の責任者であるクロノに直接話を聞くためだ。
そして、できることなら、このパワードスーツを使って未確認生命体と自分の手で戦いたかった。
しかし、クロノは真剣な表情でヴァイスに告げる。

「駄目だ、このパワードスーツが完成したら、その装着員には僕がなる予定だ」
「そこをなんとか!!!」

クロノの突き放すような言い方に、ヴァイスはそれでも諦めきれないのか頭を下げる。

「それでも駄目だ。許可できない」
「どうしてですか!!!」

クロノはなんとかヴァイスに諦めさせようとするが、ヴァイス自身も妹のラグナにいつ未確認生命体の被害に会うかわからない以上、大きな力を求めていた。
そんなヴァイスの思いを知っているのか、クロノはそれでも諦めさせようと冷たくヴァイスに言い放つ。

「……危険だからだ」
「それは……」

未確認生命体を相手にするならわかりきっていること、そう言おうとした瞬間にクロノが続きを話す。

「君は災害救助用のパワードスーツを知っているか?」
「え?……ええ、そりゃあ資料に載っているくらいのことなら」
「なら、それの不便さもわかるだろう?」
「……欠陥品だから……ですか?」

クロノに言われて、ヴァイスは災害救助用のパワードスーツのことを思い出した。
もとは地上の戦力となる魔導師の不足、それに起因する他分野における魔導師の不足もあり、それの解決手段としてJS事件にて殉職したレジアス・ゲイズ元中将が計画を立案、実行して作り出されたものが災害救助用パワードスーツである。
もともとは地上部隊の災害対策課の救助スーツを、今までよりもより高度なもの、魔力のない一般局員でも使用できるようにするという計画だった。
しかし、このパワードスーツ、開発はできたもののまともに扱える人間がいなかった。
耐熱・耐寒・耐水・耐衝撃といった、災害に関係するほぼ全ての状況を想定して作られたそれは、その機能の多さもあって大きさも人が着て行動するには大きすぎるものとなってしまった。
結果、皮肉な話だが、身体能力を魔力で強化できる魔導師専用の装備となってしまった。
そこでまた問題が発生する。
魔導師が使う分には既存のスーツでも問題がないのだ。
しかも既存のスーツのほうが小回りも利き、装着者の能力に比例するとは言っても熱や衝撃の耐性も決して低いものではない。
極端な話をすれば、この開発されたパワードスーツとレスキュー志望のスバル、どちらがより高度な救助活動ができるかと言われれば、スバルに軍配が上がる。
スバルの元来の持ち味である突破力は、機動六課での教導を続けることでかなりのものとなっている。
しかし、スバルがこのパワードスーツを使っても、体を動かしづらいだけで却って邪魔になるだろう。
つまり、このパワードスーツは欠陥品なのだ。

「そう、欠陥品だ。今のままでは未確認生命体用に開発を続けるにしても時間がかかりすぎる」

開発は続けているが、いつ完成するかわからないそんなものを期待するのは間違いとでも言うようにクロノは厳しく言い放つ。

「このパワードスーツは魔導師のリンカーコアを登録、それを動力源にすることでサイズの縮小を考えている。そして、前例のない装備も検討している以上、それを使う者の責任も大きい。そういった現状を考えると、開発を指示した僕が装着することが一番適しているんだ」

そう言うと、クロノは話はもう終わりとでも言うように椅子の背もたれにかけていた上着を手にとり、部屋を出ていった。

「それでも……俺は……」

後に残っているのは、自らの無力さに拳を震わせるヴァイスただ一人だった。





未確認生命体第8号、バヂスが撃破された次の日、シグナムは未確認生命体関連の報告書を聖王教会に口頭を交えて報告するために訪れていた。
口頭で報告する理由は世間でも未確認生命体としてその存在を危惧されている第4号のことである。
第4号、カイは今までで未確認生命体第3号、第6号、第7号、第8号の計4体の未確認生命体を撃破している。
第5号、ゴオマについてシグナムは直接の面識はないが、ゴオマに襲われた女性を第4号が助けたことはクロノから話を聞いていた。
そのため、第4号は少なくともミッドチルダに住む人を仇なす存在の可能性は低いと報告するためだ。
もっとも、どこに誰の耳があるかわからない以上、通信ではなく直接相手と話をするしかないため、こうしてシグナムが出向いたわけだが……。
その報告も終わり、後は機動六課に戻るだけとなったときに、シグナムは所属する騎士達が休憩するレストルームの前を通る。

「ん?何か騒がしいな」

もともとそこまで騒ぎに干渉する気はなかったものの、20代後半の女性騎士やシスターが集まって何やら騒いでいるのが気になったのか、シグナムはその集団へと近づいていく。
そこで見たのは……

「なぜ……お前がここにいる?」
「あ、シグナル……ブーリン、食べるか?」

周りの女性騎士やシスターからおやつをもらっている未確認生命体第4号、ことカイの姿だった。
周囲をよく見ると、カイの監視兼クロノとの連絡係でもあるザフィーラもこの騒動に我関せずとでも言うようにおとなしく座っている。

(なぜだ?なぜカイがここにいる?)

カイが聖王教会にいること、なおかつ第4号であること知っているのは、クロノとザフィーラ、ヴェロッサとユーノの4人だけである。
それ以外の者は、カイのことを知っていても第4号であることは知らなかったり、カイと第4号が同一人物であることは知っていても、普段はどこにいるのかわからない者がほとんどだ。

(いや、少し待て。そういえば第6号との戦いが終わったときに、カイをシスターシャッハが連れ帰ったことがあったな)

そのときは『ヒャッハー』に意識が行きすぎて、カイがシャッハに連れられたことをシグナムはすっかり忘れていた。

「シグナル、食べないのか?なら俺食べる」

カイは考え込んでいるシグナムの反応がないのをいいことに、スプーンで掬ったプリンを自分の口元に運ぶ。

(いや、それならなぜ騎士カリムは第4号が人に仇なす存在ではないことを話したときに驚いていたのだ?)

しかし、カイの言葉はシグナムの耳には届かず、シグナムはここにカイがいる理由を考えつつも、今度はどうして第4号のことが聖王教会にバレていないのかを考えるようになり、さらに頭の中が混乱する。
ちなみに、ここに集まっている女性騎士やシスターは、無邪気な性格をしたカイを弟のように愛でている者達である。
カイの年齢に比べてあまりにも幼い思考が、20代後半の女性騎士達の保護欲を刺激したのだろう。
なんともなしに声をかけて、そのときの辿々しい言葉使いに余計保護欲を掻き立てられて現状にいたっている。
しかし、シャッハがいるときはおやつをあまりあげられないので、シャッハの目が届いていないときはこうしてカイにおやつをあげる騎士達が最近増えてきた。
もっとも、カイはこうした騎士達のことを、おやつをくれる優しい人くらいにしか感じていないが。

「カ~イ~」

そんなおやつを食べるカイと、それを温かい目で見守る騎士達の背後から聞こえる地獄の使者の声。

「なんだ、この威圧感は?」

シグナムもあまりの威圧的な声に、待機状態のレヴァンティンを握りしめる。
シグナムが振り向いた先にいたのは……

「あれほど言いましたよね?ヴィンデルシャフトをゴウラムのご飯にしてはダメですよって」

髪を逆立てて全身を闘気に満たし……

「あれほど言いましたよね?騎士達からたくさんおかしをもらってはダメですよって」

ヴィンデルシャフトを両手に構えた一人のシスターだった。

「そ、それじゃあカイ君またね」

一人のシスターがカイに別れを告げると、そのままシャッハの怒りに触れないように退散、それに習うように他の騎士達もその場をそそくさと去っていく。
そんな中……

「カイ、用事がすんだのでシュークリームを……また後にしますね」

小さな紙袋を持ってやってきたカリムは、カイの教育係がいるのを確認するとそのままUターンして去っていった。
かくして、カイとカイの教育係による追いかけっこが、今日も聖王教会の中で繰り広げられた。

「まったく、ここの騎士も……シスターも……カリムもカイを甘やかして!!!」
「ヒャッハーもブーリンほしいのか?」
「いりません!!!」

最近頻発する聖王教会での出来事を前に、ザフィーラはまたかとでも言うような表情で顔を伏せ、シグナムは目の前で起きている出来事に困惑するだけだった。





それから数十分後、カイはシャッハに捕まり正座でお説教を受けたあと、フラフラした足取りで聖王教会の中庭へとやってきた。

「頭……ガンガンする」
「どうした坊主、ま~たシスターに怒られたのか?」

先程の追いかけっこのことが周囲にばれていたのか、それとも最近のお約束となっているのかはわからないが、フラフラした足取りのカイに中庭で休憩している巡礼に来た者も普通に声をかけてきた。

「ヒャッハー……なんで怒る?」
「いや、それはお前、怒るだろ普通」

カイとシャッハのやりとりを知っている者はカイの疑問に決まってそう答える。
それからカイはどうしたらシャッハに怒られないか考えるが、今日は別の客がカイの前に来ていた。

「お前は、こんなところで何をしているのだ?」

蒼い守護獣を連れた一人の古代ベルカの騎士。
シグナムがようやく思考の渦からの脱出を果たして再起動し、ザフィーラを連れてカイの元へとやってきたのだ。

「ヴィヴィオが心配している。一度戻ったらどうだ?」
「……いかない」

最初は無邪気な表情だったカイも、ヴィヴィオの話が出るとその表情を曇らせる。

「なぜだ?お前がいなくなって、態度に現してはいないが寂しがっている」
「俺……ヴィヴィオゥに会えない」
「友達だろう、会うのに問題などあるまい」

以前テロリストにその力を振るったとき、カイはその力をいつかヴィヴィオに向けてしまうかもしれないという恐怖を知った。
それで一人で放浪を決めたが、結局はギンガに拾われ、それも迷子になってギンガのところに戻れず、今はこうして聖王教会にいる。
ギンガのところにいたのは、カイがゲンヤの隠し子であるという誤解が解けぬままなし崩し的にそうなっただけであり、カイ自身はそこまで長居するつもりもなかった。

「……ふむ、お前にも何か理由があるんだろう」

カイが黙りこんでしまったことで、カイにも何か言えない理由があるのかと思ったシグナムは、その理由を聞きたい衝動にかられるものの、それを押しとどめる。

「私もそろそろ戻らねばならん。ザフィーラ、カイのこと頼むぞ」
「心得た」

シグナムはあえて考え込んでいるカイには何も言わずに、ザフィーラにカイのことを託してその場を離れようと歩き出す。
しかし、少し進んだところで立ち止まると、振り向かずに声を出した。

「つい先ほど、海岸線付近に未確認生命体らしき存在による攻撃で、市民が爆死するという事件が起きた」

シグナムはカイを追う前にクロノから受けた連絡の内容をそのままカイに聞こえるように話す。
事実、シグナムはその話を聞いたカイが息を飲んだのが見ないでもわかった。

「海岸線付近となると、機動六課の隊舎も近い。我らもこれからは第9号への対策に動くだろう」

現在の機動六課は未確認生命体対策を主とした部隊となっている。
対策に動くことは当たり前だが、カイに認識させるため敢えて未確認生命体が出現する海岸線付近に機動六課があることをそれとなく伝える。

「まあ、言いたいことはそれだけだ」

流石にこれ以上言うのはカイを追い詰めることにもなりかねないと思いながら、シグナムはそのまま機動六課へと戻るべく、乗ってきた車に歩を進める。

「あのような言い方……嫌なものだな」

途中で誰にも聞かれないような呟きを残して……。





ミッドチルダのとある臨海都市の海岸付近にある臨海公園、そこの公園に海から出てきたのは、明らかに人のものとは思えない白い右手。
右手の次は同じような左手が現れ、次には海面から顔と体が飛び出す。
白というよりは銀色に近い体と顔、今まで姿の見せたことのない新たなる未確認生命体が姿を現した。
突然の未確認生命体の出現に、人々の悲鳴が響き、逃げ惑う人々で臨海公園はパニックに包まれた。
そんな惨劇の舞台の始まりとなった臨海公園に勢いよく飛び込んできた者がいた。

「ノーヴェ、ウェンディ、未確認生命体よ」
「あいつら、こんなところにまで出てくんのかよ」
「ノーヴェ、そんな事言ったって奴らの目的がわかんないからしょうがないっす」

とある目的でマリーのところに行った帰りに、偶然通りかかったギンガとノーヴェ、ウェンディの3人だった。

「ウェンディはライディングボードを持ってないわね、なら市民の誘導を。私とノーヴェで未確認生命体の相手をするわよ」

簡単にそれぞれの役割を指示しながら、ギンガは自分のデバイス『ブリッツキャリバー』を起動する。

「わかった」
「こっちは任せるっす」

ノーヴェも武装の『ガンナックル』と『ジェットエッジ』を装備し、大型で収納に困難なため『ライディングボード』を108部隊隊舎に置いてきたウェンディも自分の役割をこなすべくギンガ達と離れ、逃げ遅れた人々を誘導するために走りだした。

「ノーヴェ、私達の役目は……」
「今は市民の避難の時間を稼ぐ……だろ」
「そうよ」

ギンガ達は自分達から仕掛けずに、未確認生命体の出方を伺う。
未確認生命体も突然現れた魔導師達に警戒心を見せたのか、一気に攻めるようなことはせず、ギンガ達の出方を伺うように少しずつ距離を詰めていく。
いばらくの睨み合いが続いたその時、ついに動きが現れた。

「この距離なら当たる!!!いっけぇええええ!!!」

先に痺れを切らしたノーヴェが、右手に装備したガンナックルから光弾を飛ばして先手を取る。

「ノーヴェ!!!……リボルバーシュート!!!」

様子見で時間を稼ごうとしたものの、ノーヴェが先に仕掛けたことでギンガもその先手に乗るように自らも左腕に装備したリボルバーナックルでの攻撃魔法を未確認生命体に叩き込む。
放たれた光弾と攻撃魔法、しかし未確認生命体はそれを回避しようとするアクションも起こさず、ただ黙ってその攻撃に身を晒した。
攻撃の着弾による爆発、それにともなった爆煙で未確認生命体の周囲が覆われる。

「……やったか?」
「まさか……でも……」

ノーヴェは呆気無いと思いつつも、回避行動も取らずに自分達の攻撃に身を晒した未確認生命体を撃破できたのかと言葉を出す。
ギンガは今まで出てきた未確認生命体のことを考えると、こんなに呆気無く倒せるはずがないと思うものの、あまりの呆気無い展開になったことから余計に不安がのしかかってきた。
そしてその不安は的中する。

「ノーヴェ、危ない!!!」

爆炎の中から放たれた正体不明の液体。
ギンガはそれがなんなのかわからない以上、触れるのが危険と判断してノーヴェの前に出る。
そして右手を前に付き出してシールドを張る。
トライシールド、受けた攻撃を反らすことで敵の攻撃を防御する魔法。
それは未確認生命体が放ったとされる液体を弾くはずだった。
しかし、その液体がシールドに触れた瞬間、ギンガとノーヴェは突如起こった爆発で大きく吹き飛ばされた。

「な、何が起きた?」
「防いだはずなのに……ううん、今はそれを気にする時じゃない、ノーヴェ!!!」
「おう!!!」

今の攻撃で勢いづいたのか、未確認生命体が攻撃に移るべく吹き飛ばされたギンガ達へと突進してきた。
ギンガとノーヴェはそれを迎え撃つべく立ち上がると、ブリッツキャリバーとジェットエッジを加速させ迎撃行動に移る。
そして、それぞれが得意とする打撃戦に持ち込むべく、一気に距離を詰めての一撃必倒を狙った。
ギンガの拳が、ノーヴェの蹴りが未確認生命体の顔面と腹部にめり込む。
しかし……

「攻撃が……反らされた?」
「というより、受け流された?」

一撃必倒……とまではいかなかったとしても、当たればわずかでも怯むと思った攻撃は未確認生命体の非常に柔らかい肉体によって、その衝撃を受け流され全くの効果を与えていなかった。
そして、間近に接近していた二人に向かって未確認生命体が顔を向けて口を開く。

「いけない、ノーヴェ下がって!!!」

その行為に何かを感じ取ったのか、ギンガは直ぐにその場を後退することを指示し、ノーヴェもその言語に従ってその場を離脱する。
ギンガとノーヴェの離脱、そして二人のいる場所に未確認生命体が口から自らの体液を放ったのは丁度同じタイミングだった。
ギンガ達がいた場所に未確認生命体が口から出した体液が地面に触れると同時に大爆発が起きる。

「やっぱり、あの体液……あれがここに来る前に連絡があった事件の犯人のようね」

マリーのところから108部隊に戻る途中に偶然耳に入った情報。
その犯人と思しき存在が、今まで出てきた中で確認された未確認生命体の順番からいって第9号、ギンガ達は名前を知らないがギイガだった。

「打撃も効かない、射撃魔法もダメ……どうしようかしらね」

今の戦闘で、ギンガとノーヴェの取れる手段の全てが第9号に通じないことがわかってしまった。
これがもし大火力の砲撃なら違いがあるかもしれないが、不幸なことにそれを使える存在がいない。
ウェンディのライディングボードがあれば砲撃も可能だが、ないものねだりしたところで意味はない。

「とりあえず……時間を稼ぐしかないか?」

既に市民の避難は完了しているものの、自分達がこの場所を放棄すれば第9号がどういった行動をとるかわからない以上、その場を離脱するわけにはいかなかった。
しかし、事態は突然変化を迎える。
突然腹部から蒸気を出した未確認生命体が、ギンガ達を無視して海へと飛び込んだのだ。
後に残されたのは第9号が去った海面を呆然と見つめるギンガとノーヴェだけだった。





それから数時間後、ノーヴェと市民の避難を誘導したウェンディと別れたギンガは、その足で未確認生命体対策部隊、機動六課に足を向けていた。

「第6号のときも第4号……カイが出てきたって言うし、その説明もしなきゃ」

第6号、メビオを撃退するとき、戦闘機人のチンク達はそのままメビオの迎撃に出たのだが、ギンガだけは別件で離れていたのだ。
その後にチンクからカイがその場所に現れてメビオを追撃したという話を聞いたギンガは、機動六課には第4号の正体は話さないようにチンク達に口止めした。
それはカイに対する余計な追求を避けるためだったが、機動六課のフォワードメンバーのほとんど……というより、全員が第4号の正体を知っている。
しかし、お互いに知られることがまずいという思惑もあって、それぞれが第4号の正体を知っていることを知らない。

「第4号は人間の敵じゃないって言わないと」

一緒に行うはずの第9号の報告以上の真剣さを持ってギンガは機動六課に入るゲートをくぐった。





そして……

「ですから、第4号は人間に危害を及ぼす存在ではありません」
「あ~、うん、そうやね」

ギンガの熱い説得にも似た言葉を、はやてはどう返事していいものかわからなかった。
ここ、機動六課の部隊長室には第9号の説明のためにギンガが、それを聞くためにはやて以下、シグナムを除いた隊長陣とクロノが同席している。
はやてとしてはギンガから第9号の話を聞きたいところなのだが、ギンガにとっては自分の家族でもあるカイが行方不明にもなっていることもあり、カイに及ぶかもしれない危険への対処のほうが先だったのだ。
しかし、このはやての煮え切らない返事がギンガにとって『そんなんどうでもええから、早く第9号のことを教えてほしいんやけど』と言っているように聞こえた。

「ですから、第4号は火災現場で子ども達を救助したりしているんです。私がこの目で確認したんだから間違いありません」

ついにはゲンヤに内緒にしておくように言われていたことすら言ってしまう。
しかし、第4号の正体がカイであることを知ったはやては、それを言われても普通にあの子ならやりそうだなと感じたくらいで、特に大きく心が動かされることがなかった。
それが余計にギンガの神経を逆なでする。
はやてはあまりにも一生懸命に第4号が人間に対して無害であることを証明しようと熱弁をふるうギンガに困っていた。
はやて達にしてみれば既にわかっていることを言われ続けることに若干ではあるがげんなりし、助けの視線をはやてはなのは達に送る。

「ナカジマ陸曹、君が言っていた第9号、打撃も射撃魔法も効かなかったというのは本当か?」

そんなはやてを見かねたのか、クロノが話を先に続けようとギンガを促す。
ギンガも流石に初対面で提督という立場の人間にそう言われてしまえば、それを無碍に断って自分の話をするわけにはいかず第9号の話へと進めていった。
そんなギンガの様子を見て、シグナムを除いた隊長陣は隠れてようやく話が進むとため息をつくのだった。





「打撃も射撃魔法も効かねえ……か」
「こっちの戦力の大半が無力化されるね」

ギンガの報告を聞き、ヴィータとなのはが第9号に対する対処を考えるものの、それは使える戦力が限られるということだけだった。

「打撃がダメなら、アイゼンでぶっ潰す……わけにもいかねえか」
「問題は、どうしてギンガとノーヴェをそのまま残して海に逃げたか……だね」

ヴィータは最近自分の出番がないなと感じ、フェイトは第9号がギンガ達を残して逃げたことに何かあるのではないかと考える。

「そういえば、逃げる直前第9号の腹部から蒸気が漏れていました。あ、ブリッツキャリバーにその時の状況をデータとして残してあります」

ギンガはそう言うと、待機状態のブリッツキャリバーを取り出して、そのときのデータを映像だけでなく様々なセンサーを使っての解析結果をここにいるみんなに見せる。
そして、熱センサーのデータを見せたときに、明らかに普通とは思えない反応を確認した。

「なんか、腹部に異常なほど熱を持っとるね」

それは第9号が海に逃げる直前のもので、熱センサーで見ると第9号の腹部が異様なほどの高温を示していたのだ。

「体内で生成される体液の影響……かな?」
「おそらくな。触れれば爆発する体液を生成できるが故のデメリットとでも言えばいいのだろう」

なのはが触れると爆発する体液の影響なのかと思って出た言葉をクロノは肯定する。

「ぶっ叩いてもダメ、撃ってもダメ……どうすりゃいいんだ?」
「簡単だ」

ヴィータがどうやればこの第9号を倒せるのかを声に出したとき、部隊長室のドアが開いた。

「叩いても撃っても駄目なのなら……」

それはここにはいなかったライトニング分隊副隊長。
八神はやてを守護する守護騎士、その騎士達を束ねる烈火の将であり剣の騎士。

「斬り捨てればいい」

機動六課最強の剣士、シグナムだった。





一方、シグナムと別れたカイは、中庭で出会った巡礼者にもらったとあるモノを厨房を借りて料理するところだった。

「これ……脚が多い」

カイはもらったモノを適当に輪切りにしていく。
そして、それを見守るザフィーラは一言声をかける。

「カイ、せめて脚と内蔵を取り除いてから胴体を切れ」
「……ん?そうなのか?」
「……まあいい、自分の好きにしろ」

もらった新鮮な烏賊を捌いて、それをシャッハにプレゼントしようとするカイの姿が聖王教会にあった。
プレゼントの理由はもちろん、これ以上怒らないでほしい……それを伝えたいだけである。
それ以外に他意はなかった。





タイトル『包丁』

次回、包丁を持ったカイが第9号を烏賊刺しにするため捌きます……嘘です、たぶん。







[22637] 第21話 剣士
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/01 01:29




機動六課が未確認生命体第9号、ギイガへの対策を考えている頃、聖王教会では……

「こ、これを……食べろというのですか?」
「俺、がんばって作った」

シャッハ、カリム、ヴェロッサのいるテーブルに置かれた一つの皿。
そこには真っ黒い液体に濡れた何かの物体があった。
あまり関係ないかもしれないが、ザフィーラも床に座っている。

「えっと……私、イカはちょっと……」

皿の上にあるのは、カイが教会への巡礼者からもらった新鮮なイカの成れの果て。
一杯のイカをそのまま輪切りにしたせいか、墨袋が破れて身は真っ黒に染まっている。
しかも目玉をとっていないため、ギョロッとした目が宙を見つめていた。
言ってしまえば、イカの殺害現場そのものだった。
しかも未確認生命体速報によれば、今回出没した第9号はイカに似た姿を持つということを知らされている。
そこで出てきたのがイカの殺害現場を再現した一皿。
引くなというほうが無理である。

「えっと……これはシャッハへのプレゼントなのよね、カイ」
「うん」
「な、なら僕達がこれをもらうわけにはいかないよね、ねえ義姉さん?」
「そうよねロッサ、私達は席を外しましょう」

そう言ってカイのイカ刺しもどきからそそくさ逃げ出すカリムとヴェロッサ。
こうして残されたのはカイとシャッハ、おまけのザフィーラだけである。

「これを……ひぃっ!!!」

再度イカ刺しもどきに目を向けたシャッハは、ちょうどイカの目と自分の視線が丁度あったのか、引きつった声を張り上げた。

「これ食べたら、ヒャッハーもう怒らないようになる」
「いやぁ、それはですね……」

イカやタコといった軟体生物が苦手なシャッハだが、苦手なだけで食べることはできる。
そして、カイの素直な気持ちのこもったプレゼントを嬉しいと思う。
しかし……このイカ刺しもどきは、未確認生命体関係のこともあって無理だった。
その結果……





「ヒャッハー、好き嫌いダメって言ったのに」

せっかくカイが用意したプレゼントは無情にも受け取られることはなかった。
その後ザフィーラを連れた傷心のカイは、当てもなくさまよう。
しかし、何か他のものを用意すればいいと結論づけたカイは、早速行動に移すことにしたつ。
そんなわけで、カイは別のものを用意するべく聖王教会になぜか置いてあったつり竿とバケツ、すぐに捌けるように包丁とまな板を持ち出して、ザフィーラを連れて海に来たのだ。
なぜ釣りに来たのかというと、カイ自身が海を好きだからだ。
それ以外に特に理由はなかった。
そして、釣り糸と釣り針を海に投げ込む。

「カイ、餌はつけたのか?」
「つけてない」
「……そうか」

自信満々に答えるカイにザフィーラも何と説明すればいいのかわからかった。
こうして、カイとザフィーラは久しぶりに海を見ながらの平和な一時を過ごすことになった。

「カッパ~、タマゴ~、カンピョ~、ハンバ~グ~」

以前、ゲンヤから聞いた切った魚をご飯の上に載せる寿司という料理を食べさせてもらったカイは、そのときに食べたネタを思い出しながら歌い、釣り竿を操る。
そして、シャッハにプレゼントするべくカッパとタマゴとカンピョウとハンバーグが針にかかるのをカイは待つことにした。

「ワ~サビは辛い~ぞ~、い~らないぞ~」
「……全てがその針にはかからんがな」

ザフィーラのツッコミはカイに届くことはなかった。





一方、未確認生命体第9号に関しての大まかな方針が決まったことで、ギンガは陸士108部隊の隊舎に戻ろうとしたところを、教導を終えたスバル達を見つけたことで、少しだけ戻る時間が遅くなることをゲンヤに通信で連絡して、スバル達と話すことに決めた。

「そっか、今回の未確認生命体はシグナム副隊長が先頭に立って戦うんだ」

ギンガから第9号への対策を聞いて、自分達がまたしても戦力として必要ないと感じたスバル達は、シグナムに頼りにされているというヴィータの言葉を聞いた上でも自分達がまだまだ力不足だということを思い知らされた。

「今回の第9号は射撃も打撃もダメ……かぁ。私達の中ではエリオのストラーダくらいかしらね、まともにダメージ与えられるの」

この新人達の中で、唯一戦闘方法に斬るという行動が可能なのはエリオだけだった。

「ですけど、僕が出ていってもシグナム副隊長の足手まといになるだけのような気がしますし……」

エリオとて訓練でとは言え、シグナムに一本取ることができるようになった。
しかし、それはあくまで訓練でのことで、実戦なら一撃入れるのもまだ難しいだろう。

「まあ、私達はその分、未確認生命体が出てきた時のために市民の避難誘導をしっかりやらないとね」
「うん、そういえばギン姉は?今は何をしているの?」

ティアナが自分達にできることをスバル達に告げる中、スバルがギンガ達の部隊が今は何をしているのか気になったのか訪ねてきた。
本来なら、貴重な戦力として機動六課にナンバーズともども出向するはずだったのだが、急遽キャンセルとなった事情をスバル達は知らされていなかった。

「えっと、極秘任務だから詳しいことは言えないんだけどね、今はあるもののテストをしているの」
「あるもの?」

含みを持たせた言い方にキャロとフリードだけでなく、ギンガを除いた全ての人間が頭の上にクエスチョンマークを浮かべるが、ギンガはそれを無視して話を続ける。

「それのテストはノーヴェ達のような娘のほうが開発も早く進むってことで、私も含めてそれに参加しているわ。」
「ノーヴェ達のような娘って……戦闘機人だからですか?」

気になる言い方だったのか、ティアナは率直な意見をギンガにぶつける。
それはせっかく自由になれたノーヴェ達が、また実験体のような扱いを受けているのかという心配によるものだった。

「あ、誤解しないでね。実験体とかそういった意味じゃなくて、開発が急遽必要になったから、身体的能力が高いけどリハビリ中で本格的な戦闘に参加できない私や、あの娘達の力が必要なだけよ」
「でも……」

姉のことが心配になったのか、スバルがなおも食いつく。
しかし……

「大丈夫よ、それこそ未確認生命体と直接やりあうスバル達のほうが心配だわ」

明らかにギンガの言うとおりだった。





一方、第9号への対策にシグナムが先頭に立って戦うことが決まったことによって対策会議は一応の終わりを迎えたが、クロノはシグナムだけを別の部屋に呼び出していた。

「提督、お話とは?」
「ああ、実は未確認生命体のことについてなんだが……」

現状で話し合えることは全て話し終えたのに、それ以外にまだなにかあるのかとシグナムは思ったが、次の言葉を聞いて驚愕する。

「第9号と戦うとき、非殺傷設定を解除して戦ってくれないか」
「な、ですが、それは……」

管理局員として、相手の生命を奪わずに相手を制する。
それが事件を解決する情報を容疑者から得ることにも繋がり、非殺傷設定での魔法の使用が義務付けられている。
それを解除しろと言うことは珍しい。

「いきなりなのはわかっている。ただ、これを見てほしい」

そう言ってクロノが出した映像は第7号、バヅーとの戦いだった。
それは丁度第7号の背後からクロノが攻撃を加えるところであり、機動六課が初めて未確認生命体にまともな効果を持つ攻撃を入れた瞬間でもあった。

「これがなにか?」
「このときに僕は非殺傷設定を解除して魔法を使った」
「それは……なぜです?」

クロノがそういった行動をとった理由がわからないシグナムに、クロノは語る。
未確認生命体の体の一部、もしくは体液の一部を得ることができ、それを分析すれば何か分かるかもしれないという可能性があったからやったことを。

「それと、これはシャーリーから聞いたことなんだが……」
「何かあったのですか?」
「未確認生命体には非殺傷設定の魔法が効かないかもしれないんだ」
「それは……本当ですか?」

シグナムとしてはその言語は予想外のものだった。

「この前の第8号に行った作戦を覚えているか?」
「はい、ヴァイスがマーキング弾を撃ちこんで、それを目がけての一斉砲撃ですね」

シグナムが淀みなく答えた言葉をクロノは頷くことで肯定する。

「そのときにシャーリーがモニターしていたからわかったことなんだが、僕達の攻撃は全て未確認生命体に直撃していたらしい」
「そんな馬鹿な!!!だとすれば、第8号はあれだけの攻撃を受けてもまだ健在だったというのですか?」
「そういうことになるな」

シグナムの放ったシュツルムファルケン、フェイトの放ったトライデントスマッシャー、はやての放ったフレースヴェルグ、クロノの放ったブレイズキャノン。
これら全てが直撃した以上、無事ですむというのはありえないほどの威力を持っていたはずだ。
しかし、それが未確認生命体に効いているという反応は見られなかったと言われれば驚くのも無理はない。

「今回の作戦、僕達も必要があれば非殺傷設定を解除して戦うつもりだが、シグナムは先頭に立つ以上先に伝えておくべきだと思ってな」
「……お心遣い感謝します」

もとより過去では非殺傷設定無しで戦った経験のあるシグナムである。
理由さえあれば、相手を死なせる可能性のある剣を振るうことにためらいはなかった。
まして、罪の無い市民を殺害する未確認生命体にためらいを覚えるようなことはなかった。





「そういえばお父さんに隠し子がいたんだよね」

一通りの近況報告が終わり、話はついにナカジマ家に加わって、また行方不明になってしまったカイの話になった。
行方不明とは言え、ギンガも、スバル達も第4号と呼ばれる未確認生命体はカイであることを知っている。
しかし、ギンガはスバル達が未確認生命体第4号の正体を知っているとは思っていないので、それを聞いてカイの居場所を聞くことはできなかった。
そしてスバルのほうでも『カイ』という名前は聞いているが、弟と言われたこともありヴィヴィオの友達のカイではないと勝手に思い込んでいる。
そのカイが未確認生命体第4号であることをギンガに知らせるわけにもいかない。
それとともに、ギンガはヴィヴィオの友達であるカイという存在がいることを知らない。
つまり『カイが未確認生命体第4号である』と言う事をお互いに話していれば、カイのことをお互いに教えることになるのだが、未確認生命体関連の情報流出は慎重にならないといけないためか、姉妹間でもそう簡単に話せることではなかった。
もっとも、ギンガが未確認生命体の対策部隊である機動六課に正式に出向すれば話は別だが。

「隠し子ってゲンヤさんもなんてことするのかしら」

こうして話は『ゲンヤの隠し子』方面に進み、ゲンヤは愛娘とその友人達にいわれのない非難を浴びることになる。
そんな時……

『お前達、未確認生命体が出現した。すぐに出撃できるように準備しろ』

ヴィータからの通信でスバル達はギンガと別れ、すぐさまヘリのある屋上へと走りだした。





聖王教会近くの海に面した公園。
そこは聖王教会に巡礼に来た者達が、巡礼の帰りに足を伸ばす場所としても有名であり、付近に住む住人にとっても憩いの場である。
しかし、未確認生命体にとってそんなことは何も関係なかった。
いや、関係あるとすれば人が多く集まる場所……それはすなわち、未確認生命体にとっての絶好の狩場だということだ。
未確認生命体を見つけた市民の叫びを筆頭に、一瞬で辺りはパニックへと陥り、全ての人間が少しでもその場から離れるように恐怖で震える足を必死に前に出して逃げ出す。
狩場で行う当たり前のこと……すなわち、狩りをするべく未確認生命体第9号、ギイガは海から出ずにその場所から触れると爆発する体液を逃げる人達に吐き出した。
しかし、海にいることにより距離が開いているせいか、その体液は正確に市民には当たらず、その周囲を爆発させるだけだった。
海から出れば問題はないのかもしれないが、ギイガの体内で生成される体液の影響で一定間隔での体の冷却が必要だ。
それなら海で体を冷却しながら体液を吐き出せばいいと思ったので、ギイガは海から出ずにこうして体液を吐き出していたのだ。
しかし、結局は市民に当てることはできず、市民の避難を許すことになる。
そして、これがギイガの運命を分ける分岐点でもあった。
自らのゲゲルを成功させるため、ギイガは海から地上へと上陸する。
そのまま進んだ先に見つけた市民に向けて、ギイガは体液を吐き出す。
しかし、それは……

『Schlangeform.』
「はぁあああああっ!!!」

裂帛の気合と共にギイガの吐き出した体液に接触する鎖のような刃、それが体液の行く手を阻むように踊る。
そして、高速で動くその刃はギイガの体液が爆発する瞬間にはその場に留まらず、爆発の被害を受けた様子はなかった。

『Schwertform.』
「我が名は機動六課所属ライトニング分隊副隊長、烈火の将シグナム」

ギイガの体液を防いだ鎖のような刃……連接剣を普通の剣の姿に戻しギイガの前へとシグナムは進み出る。
クロノ達は市民の誘導の後にシグナムへの加勢に入る手はずだ。
しかし、シグナムはその加勢を待つつもりはない。
自分の手で未確認生命体を倒すべくレヴァンティンを構える。

「義によって、貴様を……斬る!!!」

そして、名乗りと共にシグナムは更なる気迫を込めて、ギイガへと斬りかかった。

「レヴァンティン!!!」
『Explosion.』

シグナムの言葉に、炎の魔剣『レヴァンティン』がカートリッジをロードする。
撃鉄で炸裂した魔力がシグナムの体内をめぐると同時に、使われたカートリッジの薬莢がレヴァンティンから排出される。

「受けよ、紫電……一閃!!!」

炎を纏った魔剣が振り下ろされ、ギイガへと迫る。
しかし、ギイガはそれを避けようとする素振りは見せなかった。
理由は簡単だ、効かないのだ。魔導師や騎士の使う魔法という技術が。
魔導師や騎士の魔法は非殺傷設定で使い、魔力ダメージを与えて相手をノックアウトする方法が一般的である。
しかし、ギイガ達、グロンギに非殺傷設定の魔法で魔力ダメージによるノックアウトはほぼ不可能だった。
内包するエネルギーに差がありすぎるのだ。
グロンギの持つアマダムという霊石、それがグロンギのエネルギー源なのだが、これはなのは達魔導師の持つリンカーコアに対して遙かに強大なエネルギーを持っている。
そのアマダムの力をもって、グロンギは人間とは違う強大な力を手にした。
そして、魔導師達の使う魔法では、その内包されているエネルギーを枯渇させるだけの攻撃を行うことができなかった。
だから、グロンギは魔導師達の使う魔法を回避するということをする必要性を感じないのだ。
第7号、バズーはその身のこなしの軽さ、そして余裕を現したかったのかヴィータ達の攻撃を軽々と避けていたが、そこまで回避に専念する必要はなかった。
それゆえにクロノが非殺傷設定を解除して使った魔法で負傷したときには驚愕し、スバルとエリオの特攻をその身に受けることにもなった。
しかし、その特攻でもバヅーに大した傷を与えることはできなかったのだ。
だからギイガはシグナムの技をその身に受ける。
そして……シグナムのレヴァンティンがギイガの体に食い込んだ。
その瞬間、ギイガの口から呻きが漏れる。
ギイガが感じたもの、それは痛みだった。
身を焼くような、斬り裂かれるような痛み。
それがギイガの体の中を駆け巡った。

「なるほど……提督の想像通りだったか」

反対にシグナムはクロノの助言通りと改めて確信し、ギイガを討つべく更なる剣戟を繰り出す。
それを何とか回避したギイガは、そのまま距離をとって自らの体液を吐き出して迎撃する。

「レヴァンティン!!!」
『Schlangeform.』

シグナムの掛け声ともに、再び剣から連接剣、シュランゲフォルムの姿へとレヴァンティンは変わる。

「飛竜一閃!!!」

シグナムはレヴァンティンを鞭のようにしならせて、ギイガの吐き出す体液を全て弾き飛ばす。
続いて、返す刃でさらにギイガを斬り刻む。

「ふっ、どうやら私とお前の相性は、圧倒的に私の方に分があるようだ」

打撃が効かない、射撃も効かない、言ってしまえば機動六課のほぼ半分の戦力が使えない状態だが、シグナム一人で未確認生命体を相手にここまで戦えたのは、シグナム本人にも予想外な出来事だった。
シグナムのレヴァンティンによる炎を纏った斬撃は、ギイガの体を焼くと同時に斬りつける。
本来なら軟体生物特有の刃の食い込みにくさもあったかもしれないが、炎でその身を焼かれることで表面が硬くなり、それが刃を通しやすくしていた。
それがシグナムがギイガとの相性が良いと言った理由である。
そして、ついにギイガの腹部から蒸気が漏れ出す。
これも炎の魔剣であるレヴァンティンで斬りつけた結果、体に熱を持ったからだ。
この高まった熱を持った腹部を冷却するべく、ギイガは海へとその身を飛び込ませようとする。
しかし……

「逃がさん!!!」

シグナムはすぐ様レヴァンティンを巧みに操り、その体を縛り付けて水中への逃亡を阻止する。

「その熱で爆発されてはかなわん……だが、逃がすわけにもいかん」

シグナムはそのままギイガを海に叩きつけて強引に体を冷却させると、そのまま引っ張り上げて再び陸へと叩きつける。
勝敗の行方は完全についた。しかし、その時の一瞬の油断がギイガを縛っていたレヴァンティンの拘束を緩め、そのまま転がった反動を使っての逃走を許すことになる。

「しまった?」

一瞬の気の緩みとは言え、シュランゲフォルムという中距離戦を挑んでいた状態では、追いかけてもすぐに追いつくわけではなかった。
そして、ギイガは再び海へと逃げようと走る先に、一人の人間を見た。
ギイガに背を向けているので顔は見えないが、逃げもせずに釣りをしている一人の男。
後ろからは今にもギイガに追いつきそうなシグナム。
最大の脅威をシグナムと認識したギイガは、逃げる先にいる男を人質にとってその場から逃げ出すことを考える。
そして、その男に掴みかかろうとしたときに振り向いた男の姿が変わった。
赤い鎧、黒い仮面、赤い目、金色の角……忘れることのできない存在だった。

「く、クウガ?」
「カッパも、タマゴも、カンピョーも、ハンバーグも釣れない」

赤い戦士へと変身したカイは、その日の釣果をギイガに報告する。
もっとも、報告するつもりではなかっただろうが……。
カイはギイガの姿を確認して、持ってきた道具の入っている袋から一本の包丁を取り出す。

「でも……お前が釣れた」

そして歩き出す。かつてギイガを封印したときに使った力を持つ戦士に。
カイの鎧が銀色に紫のラインが入ったものへと変化し、瞳とアマダムの色も紫へと変化する。

「来たれ、大地を支える……」

包丁を両手で構えるようにして、カイはギイガに向かって進む。
そんなカイの姿を前に、ギイガは自らの最大の武器である体液を吐き出し目眩ましとする。

「巨人の剣よ!!!」

体液がカイに届く瞬間、カイは手に持った包丁を振り下ろす。
そして爆発。
本来ならここでギイガは体勢を立て直すべく逃走するべきだった。
しかし、一つの欲が出てしまったのも事実だった。
かつて自分を封印したクウガを倒すと言う欲を出してしまったのだ。
そして、ついに背後から追ってきたシグナムと前にいるカイによってギイガは挟まれた。

「カイ……それもお前の力か」

シグナムが第4号……カイの新しい姿とその手に持つ大剣、タイタンソードを見る。

「シグナル……こいつ、俺が倒す」
「なに?」

いきなりのカイの言葉に、シグナムは若干ではあるがためらいを見せる。
それは自分が追い込んだ相手を他の者に渡さなければならないという不満もあるが、カイの言葉に何か感じるものもあったからだ。

「これ……俺の役目」
「役目……か、わかった、いいだろう」

シグナムの役目、それは未確認生命体を倒すこともあるが、それよりも優先しなければならないことがある。
それはミッドチルダに住む市民を守ることだ。
そして、現状では市民の安全はシグナムがギイガと戦ったことで守られている。
なら、カイの役目というものはわからないが、カイにギイガとの戦いを譲っても構わないとも思っていた。

(もしかしたら、カイの言う役目というものが我らと協力できない理由かもしれんしな)

そんな思いもあり、シグナムはレヴァンティンを鞘に収めて一歩後ろに下がった。
ギイガのほうももはやシグナムは眼中に無いのか、カイに向ける憎悪だけが伝わってくる。
そして、カイはゆっくりと歩き出した。
もとより、紫の力は速く動くことには適していない。
その鎧の防御力、発達した強靭な腕力を最大限に活かすことが紫の力を扱う上で最も重要なのだ。
ギイガは体が高温になるのもかまわずに、蒸気を腹部から吹き出しながら体液を乱射する。
一発程度なら問題のない体液によって発生する爆発、しかし、それをまとめて撃ちこめば奴とて防げるものではない、そうした考えから出た行動だった。
しかし……

「ふん!!!」

カイは手に持ったタイタンソードを振り上げると、体液が自分の体に届く前に一気に振り下ろす。
その鋭い斬撃はギイガの体液を両断し、その斬撃の勢いは直進してきた体液を左右へと飛ばす。
カイの体を左右に別れた体液は、カイの後ろを通過すると同時に大爆発を起こす。
しかし、その爆風はカイの体を傷つけることはなかった。
そして……

「はあっ!!!」

ギイガに剣が届く位置についた瞬間、カイは裂帛の気合を以てタイタンソードをギイガの腹部へと刺し貫いた。
貫かれたギイガの腹部から傷が腰の銀色のベルトへと続いていく。
そして、ベルトの紋章が完全に砕けると同時に、ギイガの体も爆散した。





カイの姿が紫の戦士から赤い戦士に戻る。
それと同時にタイタンソードは元の包丁へと姿を戻した。
シグナムは赤い戦士の姿に戻るカイに歩み寄ると、気になったことを説明する。

「カイ、お前が私達に協力できないのは……お前の役目のせいか?」
「……うん」

シグナムの言葉に一瞬間を開けてからカイは答える。
そんな二人の元に……

「これはなんだ?」
「シグナム、終わったのか?」

バケツを咥えたザフィーラとクロノが現れた。
クロノは市民の誘導と、万が一の時にすぐに飛び出せるように待機し、ザフィーラはカイの釣果を入れるバケツを新しく用意してきたところだった。





その日の夜、聖王教会では……

『本日、未確認生命体第9号が聖王教会付近にある公園に出現、それを未確認生命体第4号が撃破したとの情報が入りました』

シャッハ、カリム、ヴェロッサ達の食事をカイが準備していた。
シャッハ達は未確認生命体速報に目が行っているので、カイの用意している料理にまで気が回っていない。

『ここで新情報です。未確認生命体第4号は、第9号との戦いで姿を変えたという情報が入りました。これらを今までの情報と統合すると、第4号はその姿を変えて他の未確認生命体と戦っているという可能性があります。そこで未確認生命体速報では、青い姿の第2号と赤い姿の第4号、そして新しい色の第4号を統合して、よく出没する赤い姿である第4号に呼称を統一することになりました』
「ご飯、できた」

未確認生命体速報が第2号と第4号の呼称を統一したという言葉とともに、カイが今日の料理を運んできた。

「魚を釣ってきてくれたみたいですね」
「どれどれ……え?」
「こ、これは……」

一面に広がる10本脚の生物。
何気に10本の内、2本は触腕である……などということはこの際どうでもいいことだろう。
シャッハ達の前に広がるのは……

イカの刺身

イカの煮物

イカの天ぷら

イカリング

焼きイカ

イカ飯

イカの塩辛

その他etc

イカ料理のオンパレードだった。
料理人がカイについて指導しながらなので、出来栄えはそこまで変ではない。
刺身なんか明らかに以前のイカの殺害現場とは正反対の出来である。

「あの……カイ?」
「どうしてイカばっかりなのかな?」

カリムとヴェロッサがあまりのイカの多さに若干……いや、かなり引いている。
そんな様子に気づかず、カイは包み隠さずに本当のことを言う。

「これしか釣れなかった」

カイが狙っていたカッパもタマゴもカンピョーもハンバーグも釣れなかったことを……。
そして、カイが一番ごちそうしたかった相手であるシャッハは……。

「…………」

あまりに苦手なイカのオンパレードに意識を手放していた。





一方、カイがイカのオンパレードを夕食に出していた頃、機動六課では……。

「こうしてみんなでご飯を食べるなんて久しぶりやね」

クロノがその日の夕食を用意するという提案があったので、その日は隊長陣やフォワードメンバー、主だった機動六課部隊員が食堂に集まっていた。

「そういえばクロノ君は何を出してくれるんだろう?」

何やら食材が沢山手に入ったとのことで、久しぶりに腕を振るうため他の人に手を借りなかったため、何が出てくるのかなのはもわからなかった。
唯一シグナムだけがその食材を知っていたが、楽しみを先に教えるような無粋な真似をする気もなく、沈黙を通した。
そして……

「完成したぞ」

クロノがカートを使って大小様々な皿を運んでくる。
その皿にはどれもが蓋をしてあって、外から何の料理なのかはわからない。

「さあ、思いっきり食べてくれ」

そうしてクロノが蓋を取った皿には……

「……イカ?」
「えっと……イカが具の焼きそば」
「イカばっかりや」

一面に広がるイカ料理だった。

「偶然イカをたくさん手に入れてな、腐らせるのも勿体無いからこうして腕を振るったというわけだ」

クロノがカイからイカをもらったことはヴィヴィオがいるためその事実を隠し、とりあえずこういった献立になった理由を話す。
しかし、ほとんどの者がクロノの言葉を聞いてはいなかった。

(えっと……今回倒された第9号ってイカみたいな怪人だったんだよね?)
(うん、墨みたいな体液を吐いたり、体の色からそう考えても間違いはないよ、なのは)
(偶然手に入れたって……まさかねぇ?)
(えっと……まさか……だよね?)

なのはとフェイトが念話でイカの出所を話す。

(はやてちゃん、これってもしかして未確認生命体第9号の……)
(言ったらあかん、言ったらあかんでリイン)
(でもよはやて、どう見たってこんだけの量のイカは……)
(そうよね、いくら何でも普通じゃないわよねぇ)
(シャマルの料理も普通じゃねえけどな)
(ヒドイ!!!)

シグナムを除いた八神家の緊急家族会議が始まり……

(うわぁ、こんなにたくさんあるなんて……今日はいい日だね、エリオ)
(そうですね、クロノさんに感謝して残さず食べないと)
(ちょっと、アンタ達……わかってるの?)
(ティアさん、今日のご飯の材料って……)

新人達は一部狂喜し、一部恐怖していた。

「姐さん、これって……」
「カイの釣果を分けてもらったものだ。お前の一杯やれ」
「あ、どうもっす。あ、提督も一杯」
「ああ、すまないな」

そんな中、シグナムとヴァイス、クロノはイカ徳利に酒を注いで、イカをつまみに飲み始めた。
この日、ミッドチルダにおいてイカの売上が過去最低を記録したのは、この物語においてはどうでもよい話である。










タイトル『剣士』

今回、シグナムがギイガを圧倒する描写となりましたが、これはクウガの原作通りに剣を使った攻撃ができることと、イカの身は表面に軽く熱を通すことで切りやすくなるという特性を取り入れてのことです。
そして、いつもグロンギを倒した後にあるガドルさんの一幕は次回に持ち越しになります。







[22637] 第22話 敗北
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/04 19:17





報告書:未確認生命体第4号について

未確認生命体第1号の目撃から、実に15号までの未確認生命体の存在が確認され、その内10体の撃破が確認された。
第3号については現在その姿が確認されていないことと、倒されたという報告もないため除外している。
そのため、現状で残っている未確認生命体は確認されているものだけでも4体である。
その内、第1号、第2号、第4号はその姿の相似や、他の未確認生命体との姿の差異が大きく、第9号との戦いで第4号が別の姿に変わったため、同じ存在ではないかと考えられている。
第5号も第4号との戦闘後、逃走したことが確認されており、現状ではどこかに潜伏している可能性が高い。
また、第4号が人を襲ったことは一度しか無く、その被害者である機動六課所属の高町なのは一等空尉も、リンカーコアを封印されるという被害はあったものの外傷もなかった。
第1号のほうも高町なのは一等空尉を襲った際は、錯乱している様子も見られたこともあり、なんらかの理由があったと考えられる。
今回の報告では、現在未確認生命体第4号のその能力についてまとめさせていただく。

第1号、色分けした場合の白の戦士について。
白の戦士についてはその能力は明らかにされていない。
ただ、高町なのは一等空尉のリンカーコアを封印するという力を持つ以上、魔導師にとって大きな驚異となることは間違いない。
また、第1号が活動していたころにリンカーコア消失事件なるものが発生したが、第1号がその姿を見せないようになってから、その事件も煙のように消えたことから何らかの関係があると思われる。

第2号、青の戦士について。
特筆すべきは、その身軽さと瞬発力を活かしての速さを武器に戦う戦士である。
反面、スピードに比例している分、パワーが後述する赤の戦士よりも弱いと見られる。
主に棒状の物を変化させ、それを振るって未確認生命体を撃破している。
現在まで機動六課ライトニング分隊所属のエリオ・モンディアル三等陸士の使用するアームドデバイス『ストラーダ』とバス停の看板を変化させて使用したことが確認された。
これらのデバイスや物体を変化させ、第7号、第15号を撃破している。

次に第4号、赤の戦士について
元々が拳打での格闘戦を得意とする姿なのか、武器を使う姿は確認されていない。
未確認生命体と戦うときは、拳に光をまとわせて拳打を放つという手段で未確認生命体を撃破している。
スピード、パワー、どれをとっても前述した青と後述する他の姿の平均とも言える能力を持ち、この第4号の姿が本来の姿であると予想される。
この姿で倒した未確認生命体の数は、第6号、第10号、第11号、第13号の計5体と他の色を圧倒する戦績を残しており、この姿で目撃されることも多いことから第4号の本来の姿ではないかと考えられる。

緑の戦士について
特筆すべきは常人を遙かに超えた感覚神経を持つことを挙げられる。
未確認生命体の中には、魔導師ですら介入できない遥か上空から攻撃をしかけてくる存在もおり、その場合は居場所を特定することすら困難である。
しかし、緑の戦士はそのような場所にいる未確認生命体の居場所を正確に把握し、手に持ったボウガンのような武器で第8号と第12号を撃破した。
反面、接近戦においては後述する紫の戦士も含めた中で、もっとも不得意とする分野なのか、接近戦で緑の戦士となって戦うことはない。
未確認生命体を倒すために変化させた武器は、機動六課ヘリパイロット、ヴァイス・グランセニック陸曹のインテリジェントデバイス『ストームレイダー』と水鉄砲である。

紫の戦士について
本来なら鎧の色だけで見ると銀色なのだが、第4号が姿を変える際に眼の色、そして腰に巻いているベルトの色に変化が現れる。
それらを考慮し、報告では紫の戦士と記載する。
その特徴は、他の姿よりもさらに強固となった装甲、そして他を圧倒するパワーにある。
反面、動きは未確認生命体の動きと比べて、決して速いとは言えずおそらくパワーを重視した姿と推測される。
そして、この姿では包丁やペーパーナイフといった刃物を大剣に変化させたものを使用し、第9号と第14号を撃破している。





「ふぅ、とりあえずはこんな感じかな?」

大まかな情報を報告書にまとめたはやては、両肩を回して凝った体をほぐす。

「なあ、クロノ君、こんな感じでどうやろ?」

未確認生命体第4号の情報を上層部に提出するにはまだまだ内容が不足しているが、一応最低限伝えておくべき内容はまとめてある。
その内容をはやては自分より上の階級に位置するクロノに確認してもらおうと、データをクロノに転送する。

「わかった、今確認する」

クロノは『対未確認生命体特殊パワードスーツ』の開発状況の報告書を読むの止め、はやてから送られてきたデータの確認へと移る。

「あのイカの惨劇から一ヶ月……その間に出てきた未確認生命体は6体……大忙しやね」

イカの惨劇……これは第9号、ギイガが撃破されたときにカイが釣り上げた膨大な量のイカを、クロノが一部というより大部分を引き取り夕食として出したときのことを指している。
その時に倒されたギイガがイカのような姿の未確認生命体だったこともあり、その入手経路、つまりはカイからもらったとヴィヴィオのいる前で言うことができなかった。
そのため、イカの入手経路を適当にお茶を濁すことで切り抜けたため、もしかしたら未確認生命体を料理したのではないかという疑念が晴れていないだけである。
このイカの入手経路を知っているのは、カイからイカを直接受け取ったクロノと、その場にいたシグナムだけである。
そのイカの惨劇から一月が経過し、はやては最近頻発する未確認生命体関連の事件の多さにまいっていた。

「そうだな、被害者もかなりの数になっている。まだ確認されていない未確認生命体も多いだろうしな」

はやての言葉を聞いていたのか、クロノはデータから目を逸らさずにはやての言葉に答えた。

「カイ君が機動六課に協力してくれたらええんやけどなぁ」
「……そうだな」

はやてカイに望むの希望を、クロノは少し間を置いてから答えた。
シグナムから聞いたことだと、カイは未確認生命体を倒すのは自分の役目だと言っていたらしい。
それと、カイの友達であるヴィヴィオのことを話したら、急に様子が変わったこともあり、未確認生命体とヴィヴィオ、普通に見れば無関係な二つの要素がカイにとっては何らかの理由があるのかもしれない。

「まあ、第1号がどうしてなのはを襲ったのかの理由は少しだけ判明したかもしれないけどね」
「ん?クロノ君、今なんか言った?」
「いや、なんでもない……そういえば気になることがある」

クロノの誰に聞かせるでもない呟きが聞こえたのか、はやてが問いかけてきた。
しかし、クロノはそれをなんとか躱して、話をはぐらかす。

「気になること?……なんやろ?」

はやて自身も先程のクロノの言葉をちゃんと聞き取れていなかったため、そんなに気にすることでもないと思い、クロノの気になることに興味を示した。

「第4号……赤の戦士だが拳打だけで戦っているのか?」
「えっと……ちょっと待ってな。今あるデータで確認する」

クロノの疑問に、はやては今までの第4号の戦闘記録を呼び出して確認を行う。

「そういえば……パンチだけやね、使ってるの」

やがて記録されている全ての戦闘データを確認し終えたのか、結論が出る。

「拳打だけ……か、素手での格闘戦をメインに行うにしては攻撃方法が単調だな」
「もしかしたら、ボクシングスタイルとか?」
「そうかもしれないが……よし」

はやての言葉で納得しなかったのか、しばらく考え込んだクロノははやてから送られてきたデータを閉じると席を立った。

「直接専門家に聞いたほうが早そうだ。そういうわけで少し出てくるよ」
「んなら私も……」
「はやてはまとめなければならない報告書があるだろう」

立ち上がって職務から逃げ出そうとするはやてを、クロノはまだ整理されていない書類を指差して動きを押しとどめる。

「ふぅ、久しぶりに艦長とか提督という役割とは違う、現場に出るというのもいいもんだなぁ」

今のところ機動六課の部隊指揮ははやてがとっている。
一時期クロノが部隊指揮をとるかどうかの話も出ていたが、クロノは前線での指揮をすることになった。
もちろん、対未確認生命体特殊パワードスーツ関連の開発責任者ということ、副官に一任しているとは言え次元航行艦隊の提督ということもあり、まったく責任のないわけではない。
しかし、副官は優秀で今のところクロノが介入しなければならないような出来事もなく、パワードスーツの開発も歩みは遅いが確実に進んでおり、大きな問題はなかった。
そのため階級的にはクロノがはやてより上だが、仕事の内容的にははやてのほうが多い。

「まあ、これも部隊を運営するには必要なことだ、無責任な言い方かもしれないが、がんばってくれ」

扉を閉じる瞬間、はやてのこの世のものとは思えない恨みの声が聞こえた気がするが、クロノはそれを無視して目的の場所へと足を運ぶ。
義理の妹とその被保護者、そして今回話を聞いてみたい格闘戦に秀でている新人フォワードのフロントアタッカーがいる場所へと……。
決してハメを外しにいくわけではないなずである。





一方、場所は変わって聖王教会。
ゴウラムの安置されている部屋では、カイとシャッハが睨み合っていた。

「ヒャッハー、それ……ゴウラムのご飯にする」

一方はナイフとフォークを構えたカイ。

「何度も言いましたが、ダメです」

もう一方は待機状態のヴィンデルシャフトを握りしめるシスターシャッハ。

「ゴウラムの体、あと角一本でできる。それ、角にする」
「何度も言いましたが、絶対にダメです」

ヴィンデルシャフトを守るシャッハと、それを何としてでも手に入れてゴウラムの角にしようとするカイ。
二人の熾烈な、傍から見るにはどうでもよい争いは、最近の聖王教会では見慣れた光景となっている。

「……ダメ?」
「う……そんな目をしてもダメなものはダメです」
「むぅ~」

涙目で訴える視線になんとか抵抗したシャッハの返答に、カイは頬をふくらませる。

「ともかく、私は少し出かけてきますから、変なことはしないように、わかりましたね?」

カイにそう言い残すと、シャッハは待機状態のヴィンデルシャフトを持って部屋を出ていった。

「ヒャッハー、イジワルだ」

カイの言葉に、ゴウラムが気にするなとでも言うように一本だけ生えている角を揺らした。





「まったく、カイにも困ったものです」

聖王教会の近くにある施設へ届けものをし終わえたシャッハは、そのままその足で以前第9号が出現した公園へと足を伸ばした。
以前は未確認生命体が出たということもあり、一時期人が訪れることが少なくなったが一月も経ったためか、以前と同じような賑わいを見せている。
そんなとき、公園の駐車場のほうで何やら騒ぎが起きていた。

「……なんでしょう?」

巡礼に来る者達が多いせいか、この公園ではそこまで大きな騒ぎが起きたことはない。
あったとしても過去に未確認生命体第9号が現れたときだけと言ってもいいだろう。
さすがにこのままで放置するのも、公園を利用する人にとって迷惑になると感じたシャッハは、騒ぎの場所へと向かった。
そこでは体格の良い大男が何やら興奮しているのか、近くにいる青年達と騒ぎを起こしているところだった。
そして、騒いでいるのは周りで観戦している若者達だった。

「ただのケンカですか。……さすがに見過ごすわけにはいきませんね」

小さいとはいえ争いがある以上、それを諌めるのも自分の仕事と思い、シャッハはその騒動の元へと近づいていく。
しかし、その途中で事態は大きく動くことになる。
大男が突如その姿を変えたのだ。
魔導師のバリアジャケットを纏ったわけではない。
騎士が騎士服を纏ったわけでもない。
全くの異形……そう、言うなれば今のミッドチルダを脅かす存在。
未確認生命体……それに酷似した印象の化け物へと変化したのだ。

「そんな……人間が未確認生命体人間に?」

突如目の前に出現した未確認生命体。
今のところ未確認生命体が人間の姿になったという報告は受けていない。
そのため、最初はあまりの出来事に事実を認識できなかった周囲の人々は、徐々に今の状況を理解したのか、やがて駐車場は大きな混乱に包まれた。
そして、シャッハはようやく人間が未確認生命体になったということよりも、今はここにいる市民を避難させることを優先し、ヴィンデルシャフトを起動させて未確認生命体の前に躍り出た。

「確か、クロノ提督の報告では非殺傷設定の攻撃は効かない……でしたね」

シャッハはクロノから送られた報告を思い出し、自分の攻撃にかかる非殺傷設定を解除する。
今から未確認生命体対策部隊である機動六課に連絡をしてもすぐに来られるものでもない。
そのためシャッハはもっとも近い聖王教会へと応援を要請しながら未確認生命体と対峙した。
そして、注意深く相手の様子を観察する。

(この未確認生命体……姿から察するにパワー系)

盛り上がった腕の筋肉、発達した腹筋、頭部に突き出た角、そのどれをとってもこの未確認生命体、発見撃破された数から考えて第16号は、その圧倒的な力を使って戦うタイプのように感じられた。
事実、第16号はそのパワーを活かしてシャッハへと突進してくる。
しかしシャッハはそれを見切って躱すと同時に、ヴィンデルシャフトでの一撃を背中に叩き込む。
だが、その攻撃が効いている様子は見られなかった。

「下手に接近戦を挑むのも危険ですね。ですが……」

シャッハの使う魔法はベルカ式、接近戦を得意とする魔法体系である。
どちらも接近戦をメインとするなら、地力の部分の差が大きなアドバンテージとなる。
現状の第16号を見れば明らかに興奮しているため、なんとか相手をするだけならできる。
しかし、先程の背中への一撃も大したダメージを与えているように見えなかった。

「応援が来るまで……なんとか時間を稼ぐしかありませんね」
「なら、もう時間を稼ぐ必要はないな」

シャッハがどうやって時間を稼ごうかと考えたときに、第16号に向かって突如ナイフが投げこまれた。
投げられたナイフ……スティンガーの刃は第16号の体に食い込むことはなかったが、当たった瞬間大爆発を起こす。

「IS発動……ツインブレイズ」

そして、背後に回った一人が両手に持った光剣で斬りかかる。
その攻撃は第16号に届くものの、手応えのようなものは感じ無い。
それを感じ取ったのか、すぐに第16号から空を飛んで離れ、シャッハの傍へと降り立った。

「あなた達は……どうしてここに?」

シャッハは本来ならここにはいないはずの二人……いや、あとから来るもう一人を含めた三人を見る。
ジェイル・スカリエッティの開発した戦闘機人。
ナンバー5、チンク。
ナンバー10、ディエチ。
ナンバー12、ディード。
ゲンヤ・ナカジマに保護され、今は陸士108部隊に協力しているはずの三人がなぜかここにいた。

「全く、せっかく頼まれた仕事が終わってのんびりしていたというのに……」
「そういえば、ノーヴェ達もここで未確認生命体とやりあったって言ってたね」
「……何か呪われているのでしょうか?」

シャッハの質問に答えずに現れた援軍、チンクとディエチとディードは現状の感想をもらす。

「チンク姉、開発中のアレ……持ってきてるからテストしてみる?」

チンクにそう提案しながら、ディエチは手に持ったアタッシュケースを開こうとする。

「いや、実戦での使用許可はまだ出ていない。それに、今それを使って問題を起こすとこれから先が面倒なことになる。ディエチは先に市民の避難援助を、ディードは姉と共に未確認生命体に対処」
「わかったよ、チンク姉」
「では、そのように」

シャッハを無視して……というより、シャッハは第16号の攻撃を前に出て捌いているので話に参加できず、チンク達は自分達のやるべきことの分担を終えてそれぞれ行動に移る。

「シスター、一旦下がれ!!!」

懐からスティンガーを取り出したチンクは、シャッハと第16号の間に投げて爆発させシャッハの後退する隙を作る。
シャッハもそのチャンスを見逃すこともなく、爆煙に包まれた第16号から距離を取るように下がり、チンク達と合流する。

「助勢感謝します。しかし……」
「ああ、ゲンヤさんから話は聞いている。あれに非殺傷設定は通じない」
「もっとも、私達の武装にはもとからそのようなものは付いていませんので……まあ、今は付いていますけど解除は容易です」

ディードの言うとおり、チンク達の武装には非殺傷設定という設定は組み込まれていなかった。
しかし、ゲンヤがチンク達を陸士108部隊に組み込んだ時に非殺傷設定で攻撃できるように、各人の武装に手を加えてほしいとギンガの体を定期的に診ているマリエル・アテンザに頼んでいた。

「そうですか。ならお二人の力を貸してください。ディードは私と一緒に、チンクはサポートをお願いします」
「分かっている」
「了解しました」

こうして改めて第16号へと向き直ったときに、突如第16号を襲う赤い影。
その赤い影は、第16号の腹部に拳の連打を浴びせた後、渾身の右ストレートを放つ。
そして、そのままバク転して第16号と距離をとった。
その位置はちょうどシャッハと第16号の間に挟まれる形だった。

「か……第4号」
「なぜ第4号がここに?」

チンクはカイが現れたことに驚き、カイの名前を言おうとしたところで、カイが第4号であるということが秘匿されていることを思い出す。
シャッハもこうも早く第4号が現れたことは予想外だった。
もっとも、偶然通りかかったチンク達は別として、カイが誰よりも早く辿りつけたのは、連絡をうけたヴェロッサがすぐにそれとなくカイに伝えたためだ。

「二体の……未確認生命体」

二体の未確認生命体に遭遇することが初めてのシャッハは、今の状況に困惑する。
チンク達は一方はよく知っているカイであり、カイが未確認生命体だとしても初めての遭遇であって初めてではない。
そのため、そこまで取り乱すようなこともなかった。
しかし、第4号と第16号はそんな困惑を無視して戦闘を開始していた。
だが、いつもは迷いのない第4号、カイの拳にいつもの精彩が感じられなかった。
そのせいか、カイの拳は第16号に当たるものの、さしたる痛みを感じているように見えない。

「ゴラエンボブギ……ゴレビザキババギゾ!!!」

カイの拳をまるでモノともしない第16号はカイの放った右拳を掴むと、そのまま両腕を使ってカイを投げ飛ばす。
カイは受身を取ることができずに、地面にそのまま叩きつけられ、肺から空気が絞り出されるような呻きを出す。
しかし、投げ飛ばしたあとに第16号は追撃する様子を見せなかった。

「アンオキンベリゾリセデリソ!!!」

むしろもっと攻撃をしてこいとでも言うように、その体を晒したのだ。
カイはその言葉を受けたのか、立ち上がってその位置で拳を構える。

「……いくぞ」

カイに第16号の言った言葉を実行するつもりはない。
あれは遙か過去に自ら封印したのだ。
だから、それを使わなくても戦える……それを証明するために右拳を握りしめる。
カイの意志に共鳴したのか、カイの拳から光が発せられる。
この光が数々の未確認生命体を打ち倒してきた。
最近の未確認生命体速報では、情報の隠蔽がそこまで徹底されなくなってきたせいか、第4号と未確認生命体の戦いの映像がよく流されることがある。
もっとも、カイの正体がばれるような映像はあまり無いが……。
そんなこともあり、次の一撃で勝負が決まる……今の状況を見ている者全てがそう思った。
そして……カイが先に動いた。
一旦地面に手をついてから第16号に向かっての跳躍。
途中で前方宙返りをしつつ、そのまま勢いを付けて第16号に拳を叩きつける。
決まった。今までのことから、誰もがカイの勝利を思った。
しかし……





次の瞬間、カイが第16号に叩きつけた拳から血が吹き出した。
第16号は繰り出されたカイの拳をどうでもないと言うように払いのけ、そのまま頭突きする要領でカイへと突撃して頭部の角をカイの腹部へと突きつける。

「ぐふっ」

その角はカイの腹部を貫き、その衝撃でカイの口元からは血が吐き出された。
そして、そのまま壁に叩きつけられるように第16号の張り手をくらって吹き飛ばされ、壁に激突する。
それに耐えることができなかったのか、カイはその場に崩れ落ちる。
腹部を貫かれたこととものすごい力で壁に叩きつけられたショックのせいか、気を失っているのだろう。
そのまま第16号はカイのもとへと足を進めていく。

「おのれ、よくも!!!」
「いきます」

偶然とは言え家族となった者をこうまで傷つけられたのを見かねたチンクがスティンガーを投げるが、それは第16号の体を貫くことはない。
IS「ランブルデトネイター」を使おうにも、下手をしたら近くにいるカイに被害が及ぶかもしれないと考えると使えなかった。
ディードもチンクに続くように第16号の背後に回りこんで攻撃を仕掛けるが、その強靭な肉体を前に有効な攻撃をできずにいた。
シャッハも第4号よりも第16号を驚異と感じたのか、手に持ったヴィンデルシャフトを振るって斬りかかるものの、その刃が第16号の体に食い込むことはなかった。
むしろ、第16号が無造作に振り回した腕でディードとシャッハの両者が吹き飛ばされただけだった。
そして、第16号はカイの腕をつかみあげると、そのままカイを吊るすように持ち上げ、その体に自らの拳を叩きつけた。
一発ではない。まるで過去に封印された恨みを晴らすかのように何度も何度もその拳をカイに叩きつける。
ディードとシャッハは弾き飛ばされたときに激突したショックのせいか、未だダメージが抜けきらず、チンクが投げてはダメと判断したのか直に持ったスティンガーを第16号に刺そうと突きつけるものの、刃そのものが折れてチンクも弾き飛ばされた。
そして、トドメとばかりに第16号はカイを頭上に放り投げ、その角でカイのベルトにあるアマダムを貫こうと落下してくるカイ目がけて角を構える。
カイが目覚める様子はない。
誰もがカイがその角の餌食になると思った瞬間、第16号の頭上に黒い影がものすごい速度で通り過ぎた。
誰もがその影に見覚えのない中、シャッハだけはその影に見覚えがあった。
それも当然だ。シャッハはその影となった物体の食事を毎日用意していたのだから。

「今のは……ゴウラム?」

一本だけ角の無い巨大なクワガタムシ。
それが動き出していた。
しかし、チンクの次の言葉でシャッハはさらに驚愕することになる。

「カイ……よかった」
「カ……イ?」

思わず口に出てしまったチンクの言葉。
ここでなぜカイの名前が出るのか。
今の状況でカイの名前が出るのはおかしいと思いながらも、シャッハの頭の中では冷静に今の状況を分析していた。
そもそも、どうしてカイの友達が第4号を助けたのか。
こう考えれば簡単だ、友達だからだ。
そして、チンクの言葉はゴウラムが飛び去った方向へと向けられていた。
つまり……どうしてチンクが知っているかは別として、第4号の名前は『カイ』と言う事になるのではないだろうか。

「まさか……第4号が……カイ?」

呆然としながら、カイと第4号が同一人物と認識してしまったシャッハ。
突然の乱入者にカイが連れ去られたが、なんとかカイがその場から逃げることに成功したことに安堵するチンクとディード。
そんな隙だらけの三人を襲うこともなく、自らの怨敵を逃がした第16号はなぜかそのまま姿を消していた。
そして、カイを抱えたゴウラムも何処かへと飛び去っていた。





「ふむ、どうやらクウガはしもべに助けられたようだな」

第16号、ザインが現れた公園に遙か離れたビルの屋上から、その戦いを見つめていた一組の男女。
ゴ族最強と名高いガドルと、未確認生命体グロンギが行うゲゲルの審判員であるバルバが、先程の戦いをその場で見ていた。

「ガドル、お前のゲゲル……早くも始まる前に終わりそうだな」

バルバの言葉にガドルは何も言わない。
ガドルのゲゲル、その条件は『人数は一人、その条件はクウガであること』と既に決めている。
そして、その条件が受け入れられている以上、カイが死亡するということはガドルのゲゲルは始まる前に失敗するという意味でもある。

「もっとも、今のクウガがこうまで弱くなったのはガドル、お前の手によるものだからな」

言葉の意味では、宿敵を弱らせたガドルを褒めたたえているように見える。
しかし、その言語の裏には何かを嘲笑する色合いも感じられる。

「次のザインとクウガの戦い……それでお前のゲゲルの行く末が決定する。もっとも、今のクウガにザインを倒すほどの力はないだろうがな。たとえ、あのしもべと共に挑んできたとしても」

ガドルにそう言い残すと、バルバはスカートの裾を翻してその場から歩き出す。
残されたのは今まで何も口を開かなかったガドルただ一人。

「……俺のゲゲルが終わる?」

そして、バルバが居なくなってしばらくしてからようやくガドルは口を開いた。

「終わりはせん。この程度で俺のゲゲルが終わるのなら」

ガドルは確信していた。クウガがザインに今は敗れたものの、それで決着がついたわけではない。

「俺が過去にリクに……クウガに負けるわけがない」

自らを封印した男の完全なる敗北をガドルは認めるつもりは毛頭もなかった。

「ザイン、所詮貴様は……いや、全てのグロンギはクウガをより強くさせるための餌でしか無い」

ガドルはゴウラムが飛び去った方向へと視線を向ける。

「リク、全てを糧として強くなれ……そして、俺との決着をつけろ」

そのままバルバが消えた方向とは別の方向へと歩を進める。

「それが俺の……真のゲゲルだ」

誰にも聞こえない、聞かせるはずのない真意をつぶやいて。





一方、第16号、ザインがいなくなったあと、シャッハはチンク達に第4号の正体を聞こうとしたものの、チンクがゴウラムのことを追うのが先決だという主張からシャッハは言葉を飲み込んだ。

「ディエチ、聞こえるか?」
『うん、聞こえるけど、どうしたの?』

避難を終えてこちらに近づいてきたディエチの姿が見えたのか、チンクは通信をやめて直接ディエチと話を続ける。

「第4号が謎の飛行物体に攫われた。私とディード、シスターはそれを追跡するから、ディエチはゲンヤさんに連絡してディードの飛行許可をとってくれ」
「その飛行物体ですが、角は一本足りませんがクワガタムシに似た形をしています」
「えっと……うん、わかった」

ディエチは第4号、カイが攫われたという言葉に驚いたものの、自分のするべきことも思い出して直ぐ様108部隊に通信を繋ぐ。
シャッハ達もゴウラムの消えた方向に向かって走りだした。





それから少し時間が流れて、機動六課ではヴィヴィオとそれのボディガード……というわけではないが、ヴィヴィオの定期的な身体検査をしたシャマルがヴィヴィオと一緒に近くを散歩していた。

「それでねシャマルせんせ~、4号ってまた未確認倒しちゃったんだよ」

最近のヴィヴィオのお気に入りは未確認生命体第4号のようであり、JS事件でヴィヴィオを助けに来たヒーローのなのはを見るのとはまた違った視線で、第4号をヒーローとして見ている。
しかし、第4号のその正体は、ヴィヴィオがお姉さんぶる相手であるカイなのである。

「そう、すごいのね」

もっとも、シャマルはそれをヴィヴィオに話すことはしない。
そんなことを話しても意味はないし、かえってヴィヴィオを悲しませる結果になるかもしれない。
それなら、今の状況が劇的に動くまではこちらから何かを教える必要はないというのが、ヴィヴィオとカイの関係を知る者全ての一致した意見だった。

「あ、シャマルせんせ~、あれカブトムシさん?」
「カブトムシ?」

ヴィヴィオの指差す方向、そこには何やら正体不明な物体が飛んでいた。

「ああ、ヴィヴィオ、あれはクワガタムシ……って、ずいぶん大きいわね」
「そっか~クワガタさんか~」

シャマルのツッコミみたいな叫びを気にするでもなく、ヴィヴィオは素直にクワガタムシを見つめる。

「シャマルせんせ~、クワガタさん脚に何か挟んでるよ?」
「脚?」

ヴィヴィオの言葉にシャマルは巨大なクワガタムシの脚に視線を集中させる。
その脚は何かを抱えているように見えた。

「こっちに降りてくるよ」
「ちょっと、ヴィヴィオ?」

好奇心に狩られたのか、ヴィヴィオはシャマルの静止も聞き入れずにクワガタムシの降り立った所へと走りだす。
それからしばらくしてヴィヴィオの叫びがシャマルの耳に聞こえてきた。

「せ、せんせ~、早く早く!!!」
「ヴィヴィオ?どうしたの?」

ヴィヴィオのただならぬ様子の声を聞いたシャマルは、足の動きを早めてヴィヴィオの元へ向かう。
そこにいたのは……

「シャマルせんせ~、カイが……カイが……」

角の一本足りない鉄のような体を持ったクワガタムシ、ゴウラムに運ばれた口元と腹部、右腕から血を流しているカイだった。

「ヴィヴィオ、どきなさい」

シャマルはすぐにカイの状態を見ると、クラールヴィントを出して治療に入る。

「シャマルです。今から伝える場所にストレッチャーを。……ええ、怪我人です。こちらでも治療していますけど、できるだけ急いで」

シャマルは機動六課隊舎にいる局員に連絡を取り、カイを医務室へと運ぶ段取りを取り付けつつ治療を続ける。

「カイ……大丈夫だよね?」

シャマルが治療する中、血まみれで再開することになった友達を見たヴィヴィオの目に涙が貯まる。
またカイと会いたいとは思ったものの、ヴィヴィオはこんな再会を望んではいなかった。

「大丈夫よ。だから心配しないで」

シャマルは気休めにしかならないとは思いつつもヴィヴィオにそう言うしか無い。

「…………ヴィヴィオゥ」

気を失っているのにも関わらずに漏れたかすかな言葉。
それは会わないと決めてはいたが、心の奥底では決してそう思っていなかったから出てきた言葉かもしれない。
そんな主の心を理解していたのか、しもべは何も語ること無くシャマルが治療し、ヴィヴィオが主に声をかけているのをその場に黙って見つめていた。










今回のグロンギ語

ゴラエンボブギ……ゴレビザキババギゾ!!!
訳:お前の拳……俺には効かないぞ!!!


訳:あの時の蹴りを見せてみろ!!!





今回は久しぶりに日常のギャグ(もどき)が入りませんでした。次回もこんな感じになると思います。ようやくヴィヴィオと再会させることができました。







[22637] 第23話 流星
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/02/08 23:03





ザインとの戦いに敗れたカイは、絶体絶命の危機をしもべであるゴウラムに助けられた。
その後、ゴウラムはカイの心の中にあったヴィヴィオのところに戻りたいという意志を汲み取り、機動六課のある場所へと辿り着いた。
これはカイとゴウラムの意識がある程度の範囲でだが共有されているからこそできることだった。
そして今、カイをシャマルへと託したゴウラムはその場から動くことなく沈黙している。

「こいつがカイを連れてきたってのか」
「ああ、クロノ提督はこの……クワガタムシのことをご存知のようだが……」

得体の知れない巨大なクワガタムシがいつ動き出してもいいように、ヴィータとシグナムがゴウラムの傍で待機している。
先ほど外回りから戻ってきた二人は、シャマルに言われて何をするでもなくここにいさせられている。

「なあシグナム、こいつもカイの仲間……なのか?」
「さてな。他の未確認生命体とは違うようだが、カイに直接聞いてみないことにはわからんな」

今のところ動き出す気配がないゴウラムの傍で待機していることが退屈なのか、ヴィータとシグナムは警戒をしながらもゴウラムのことについての憶測を話し合う。
しかし、そんなことはお構いなしにゴウラムは力を蓄えるべくその場にじっとしていた。
主が再び立ち上がったときに、主と共に戦うために……。






カイが運ばれた医務室では、シャマルがカイの体を治療する傍ら、その体を調べているところだった。
ヴィヴィオはなのはと一緒に医務室の前で大人しく待っている。
クロノ達は第16号が出たとされる現場に向かうが、既に消えたという情報もあり戻っている最中だろう。
聖王教会にいるザフィーラにも、カイが大怪我をしたことを伝え、すぐに機動六課に戻るように言い渡してある。
そのため、みんなが戻る間にシャマルは自分の仕事を進めるために奮闘するのみである。

「カイのこれだけの回復能力……明らかに普通の人間のものじゃないわ」

ゴウラムが連れてきたときの大怪我は、シャマルの施した治療魔法の効果以上に回復が進んでいた。
この凄まじい回復力の理由が、もしかしたらカイの体にあるかもしれないとシャマルは感じたため今回調べることを決めたのだ。
もともと未確認生命体第4号として認識されているカイだが、その姿は他の未確認生命体とは一線を画するものであり、もしかしたら未確認生命体とは違う種族なのではないかという考え方もあった。
以前、カイがなのはを襲ったときにヴィータのグラーフアイゼンの一撃によって気絶したときは、傷の治療をしただけであり体のことを詳しく調べることはなかった。
しかし、今回の件でさすがにこのまま調べないというわけにもいかなくなった。

「さて、クラールヴィントでスキャンしたデータをこっちの端末に転送させて……」

シャマルは端末に転送されたデータを呼び出し、一般的な人間との違いを比較する。
流石にその比較には時間がかかるだろうと感じていたが、その考えはすぐに否定された。

「これって……」

明らかに他の人間と比べるまでもない違いが、映しだされたデータの中に存在していた。





一方、ゴウラムの追跡を行っていたシャッハとチンク、ディードはゴウラムを見失ったことで一時聖王教会に戻っていた。
そこでシャマルから連絡を受けて機動六課に戻ろうとしていたザフィーラと、ヴェロッサ、カリムも集まって話をすることになった。
ディエチはゲンヤに報告をしたあと、試験中のとある装備を持ったまま行動するわけにもいかなかったので先に隊舎のほうへと戻っている。

「あの……第4号がカイで間違いはないんですよね?」

流石にこの事実が信じられないのか、シャッハはチンク達に再度確認をとる。

「えっとだな……それは……」

代表してチンクがどうにかして答えようとするものの、第4号の正体を明かしても良いものかわからずに困惑するだけである。
ディードもどのように答えれば良いのかわからずに沈黙を続けていた。
そんな中……

「そうだ、未確認生命体第4号の正体はカイだ」
「ちょっと、ザフィーラ?」
「……やはり」
「待て、どうして機動六課が第4号の正体を知っているんだ?」

シャッハの質問に答えたのはザフィーラだった。
ヴェロッサもクロノから内密にするはずだったことをザフィーラが話したことに驚いていた。
シャッハはやはり自分の思ったとおりとある意味で納得し、チンクとディードは自分達しか知らないと思っていたことが、他の者にもバレていることに驚いていた。
そして、事実を受け入れたシャッハは、ヴェロッサの反応に彼も知っていたということに気付く。

「どうしてロッサが知っているのかは今は置いておきましょう。それで……カイは今、どこにいるのです?」
「機動六課にゴウラムと共にいる。傷の手当もシャマルがしているはずだ」

こうして、カイの元へ向かうためにシャッハとザフィーラ、チンクとディードが機動六課に向かうことになった。
それから少しした後、陸士108部隊にいるギンガ達もチンクからの連絡を受けて機動六課へと急ぐことになる。





シャマルがカイの体の検査をしている最中、クロノ達は第16号が出現したことによって現場へと出動したのだが、肝心の第16号が行方をくらませたことにより機動六課へと戻ってきた。
その後、別の地点に第16号が出現したという情報も入ったが、到着したときには既に第16号の姿はなく、被害者の山が出来ているだけだった。
そのまま機動六課に戻る途中で、巨大なクワガタムシに重症を負った第4号、カイが運ばれてきたことにより第4号が敗北したという未確認な情報の真偽もとることができた。
今は機動六課のミーティングルームで今後の対策を練っているところである。

「第4号……いや、カイが敗れたということは、僕達が第16号の相手をしなければならない」

未確認生命体対策本部としての意味合いが今は強くなった機動六課だが、その戦果は残念ながら全てを第4号に取られている。
協力体制ができているわけではないが、その未確認生命体討伐の最大戦力とも言える第4号が敗れたというのは、クロノ達にとっても衝撃的な出来事だった。

「今んところは第9号とシグナムが互角に戦えただけだもんな」

クロノ達が戻ってきたことによって、対策会議に参加するべくシグナムとヴィータも一時ゴウラムの監視を中止し、この会議に参加している。
他に参加しているのは機動六課部隊長のはやてとフェイト、スバル等新人フォワード、ヴァイスとなのはとシャマル、ザフィーラを除いた戦闘要員が揃っている。
なのはは医務室前でカイの回復を待つヴィヴィオに付き添っている。

「それも第9号と私の相性がよかったという理由も大きいかもしれないからな」

シグナムと第9号の戦いは、非殺傷設定の解除による攻撃が効いたという可能性もあるが、今のところそれをスバル達に告げるつもりはなかった。
それというのも、非殺傷設定が通じないというのはあくまで仮説の段階であり、立証されているわけではない。
ただ、非殺傷設定による攻撃の効果があまり見られていないというだけだ。
そんなこともあり、まだ管理局に……というより、ミッドチルダの就業年齢が低いとは言え、まだ年齢的に子供ともいえるエリオとキャロのことも考えてこのことを伝えるのをクロノはためらっていた。
現状ではスバル達新人は市民の避難誘導を担当させていることもあり、未確認生命体と相対する機会はそれほどない。
そのため、未だ仮説の域を出ない推測と、新人達の役割を考慮するとまだ伝える段階ではないというのがクロノを含めた隊長陣の結論となった。

「そんじゃ、これからどないするかなんやけど……誰か意見ある?」

はやての声に全員が静まり返る。
それもそのはず、意見というよりやることは決まっているのである。
未確認生命体が出てきたら全力をもって市民の避難誘導しつつ、未確認生命体と戦う。
簡単に言ってしまえばそれしか手がない。
他の部隊では未確認生命体との直接戦闘するだけの戦力はないが、未確認生命体が出たとされる付近の部隊は、未確認生命体の住処を探すべく調査を続けている。
つまり、機動六課は未確認生命体の対処に尽力すればいいだけである。

「……まあ、いつもどおりにやるしかないよなぁ。となると……はぁ、ホンマに私は役立たずやね」

はやてはため息をつきながらもそう結論づけた。
それぞれの得意分野を考えると、はやてはこのメンバーの中で未確認生命体とまともに戦うことが出来ない。
はやてが得意とするスタイルは、部隊を率いて後方から広範囲大威力の魔法を撃つという一点に絞られる。
相手が複数、かつ非殺傷設定で戦えるのなら大きな問題はないだろうが、相手は基本的に一人で非殺傷設定での魔法の効果は薄い。
そこで非殺傷設定を解除して魔法を使おうものなら、その被害はとんでもないものとなるだろう。
指揮するにも前線で戦える統率能力の高いクロノがいる。
つまり、完全に出撃しても意味がないと言えた。
第8号、バヂスのときは相手が空にいたことと、そのときは非殺傷設定が効かないかもしれないという確証はなかったため前線に立ったが、今の状況では冷静に考えて戦力としてカウントできないことをはやて自身がわかっていた。
それがわかっているのか、シグナムやヴィータはその言葉に特に反論の言葉を出さずに黙ってその言葉を受け入れる。
シグナムとヴィータにとっては、はやてが前線に立てないのならその代わりを自分達が努めればいい、その答えで充分だからだ。
そんなとき……

「よかった、みんなここにいたのね」

ミーティングルームのドアからシャマルとなのはが何やら深刻な様子でやってきた。

「シャマル、カイの容態は?」
「はい、怪我の治療も完了して後は目覚めるのを待つだけです」
「そうか。それはよかった」
「ですが……」

シャマルの言葉にクロノは安堵するものの、シャマルが何か言いたげな様子だった。

「なのは、ヴィヴィオは?」

フェイトはここになのはがいるということは、ヴィヴィオが一人になっているということになり、心配のあまり声をかける。

「今はアイナさんと一緒に寮に戻ってるよ。それより、シャマル先生」
「ええ、みんな、これを見てちょうだい」

なのはに促されて、シャマルは小脇に抱えていた封筒から何枚かの紙をデスクの上に広げる。

「これは……なんだ?」

よく見ると人間の首から下のレントゲン写真だが、その写真には普通とは明らかに違う異質な物が映しだされていた。

「えっと……なんだかおヘソあたりに石みたいなのがありますね」
「ええ、それに石からなんか枝みたいなものが全身に渡ってる……シャマル先生、これなんなんですか?」

スバルとティアナが明らかに困惑した表情で写真を見入る。

「これはカイの体をクラールヴィントでスキャンしたものなの」
「これが?本当に?」

シャマルの言葉を確認するようにフェイトが問いただす。
はやてやシグナム達も確認するように写真に視線を移す。
よく見るとカイのヘソにあたるところから伸びた枝は、その中でも手足により強く張り巡らされているように見える。

「それでシャマル、この石みたいなのはなんなんや?」

はやてが結局この石らしき塊が何を意味しているのかをシャマルに問いただすと、シャマルは困ったように考え込みながら、自分の考えを話す。

「えっと、反応的にはリンカーコア……みたいなものかしら?」
「リンカーコアだって?レントゲンみたいなもんだろ、コレ」

シャマルの戸惑った答えに、ヴィータは素っ頓狂な声を出した。
それも仕方がない。普通リンカーコアは専用のスキャナーで見る必要がある。
少なくともレントゲン写真に映し出されるようなものではない。

「そう、ヴィータの言うとおりこれはレントゲン写真。でも、反応は確かにリンカーコアと同じものなの」
「リンカーコアと……同じ?」
「なんか違うんか、シャマル」

シャマルの言い方に何か違和感を感じたキャロとはやて。
他の者もシャマルの言葉を思い出してその内容の意味を推測するが、答えが出た者は誰もいなかった。

「これ、簡単に言うとリンカーコアのような物が物質化したものと考えればいいわ」
「物質化って、ちょっと待ってください!!!」

シャマルの言葉に今度はエリオが驚いたような声をあげる。

「リンカーコアの物質化って……それじゃあ、カイさんにはどれだけの魔力があるっていうんです?」
「う~ん、私達で言う魔力というと、カイに魔力はないわね」
「……え?」

シャマルの言葉に、全員がさらに訳の分からない状態になる。
それからシャマルの仮説が話される。
カイの中にある石らしきものがなんなのかは不明だが、これが第4号の姿になる鍵なのではないかということ。
そして、これが魔力に似たような塊だとして、それが他の未確認生命体にもあるとしたら別の仮説も考えたれた。
これだけの量のエネルギーを枯渇させること……いわゆる魔導師達に非殺傷設定での魔力ダメージのノックアウトという手段が事実上不可能かもしれないということ。

「それってつまり……非殺傷設定の魔法は未確認生命体には通用しないってことですか?」
「でも、それじゃあ第7号のときにクロノ提督がダメージを与えたのは……それにシグナム副隊長も……」
「非殺傷設定を解除して魔法を使ったから?」

シャマルの言葉を確認するようにティアナが言ったところで、スバルが以前の未確認生命体との戦いで唯一ダメージを与えたクロノとシグナムのことを思い出す。
そして、エリオがシャマルの仮説とそのときの状況から考えられる唯一の結論を言葉にする。

「そうだ、私とクロノ提督は未確認生命体との戦いで非殺傷設定を解除して魔法を使っている」
「今のところ、後方支援をメインに行う君達が気にすることじゃない。それとシャマル一つ聞きたいんだが」

シグナムの答えに補足したクロノは、非殺傷設定解除にことについての話を強引に止めて別の話を切り出す。
未確認生命体には非殺傷設定の魔法は効かないのではという憶測のあった当初から考えていたことであり、それを未だ経験の浅い新人達にやらせるには無理があるかもしれないという思いからだった。
確かに未確認生命体関連の事件が終結して、これからも管理局の局員として行動していけば、遠からず事件の犯人が命を落とすという可能性はあるだろう。
しかし、それは結果として命を落としたのであり、最初から命を奪うつもりで魔法を使うことは管理局の局員としてはありえない。
少なくとも、新人達に相手を殺すために非殺傷設定を解除して魔法を使わせるわけにはいかなかった。

「なんですか?」
「シャマルの話が確かなら、この枝……神経と言ってしまえばいいのか?これがカイの力に関係するとしたら、この……神経が異様なほどに密集している右足はなんだ?」

そう、カイのレントゲン写真を見て、シャマルから仮説を聞いたクロノが真っ先に違和感を持ったのがカイの右足だった。
他の手足にも石から伸びた神経が張り巡らされているが、右足に伸びる神経だけが異常に多いのだ。

「例えばこの神経が石から力を送るものだとしたら、格闘戦主体の赤の戦士は足を使った攻撃のほうが威力が高い……ということにならないか?」

そしてそれは、カイが拳打でしか攻撃を仕掛けないという行動にも違和感を持たせることになった。

「そういえば、カイがキックしたのは見たことないですね。ということは……スバル、どうしたの?」

ティアナが数少ないものの、今まで観てきたカイの戦いの記憶を手繰り寄せるとクロノの言いたい意味がわかった。
そのことを言おうとしたとき、隣にいるスバルの様子がおかしいことに気がついた。

「提督、さっき出動前に聞いた質問なんですけど……」
「そういえば、意見を聞いていなかったな」

スバルが出動前にクロノから聞いた質問、それは主に格闘技を使って戦う場合、拳打だけで戦うようなことはあるのかという質問だった。
クロノだって一応の体術の心得はある。しかし、それはあくまで護身用程度のものでしかない。
恐らくだが、純粋に体術だけという視点で見ればザフィーラに勝つことができないのはもちろん、スバルにすらクロノは勝てないかもしれない。
だからカイの戦い方について専門家に話を聞いてみたかった。

「えっと、私もまだまだなんでちゃんとは言えないんですけど、あれがカイさんの本来の戦い方とは違うかなって思います」
「一応根拠みたいなものはあるのか?」

クロノからの問いかけにスバルは言っていいのかなといった視線を周囲に向けるが、他のメンバーも聞きたそうな感じの視線を送っていたのを見て、ため息を一つついてから話しだす。

「えっと……カイさんって色が変わったときは剣とか槍……棍かな?あとは銃みたいなものを使いますよね?」
「うん、そうだね。水鉄砲を武器にしたときは驚いたけど」
「それを言うならバス停もだって」

スバルの確認をとるような言葉に、フェイトとヴィータが以前カイが戦闘に使うものとは思えないものを武器に変化させたところを思い出す。

「で、スバルそれがどうかしたの?」
「うん、剣術や棒術、射撃とか色々出来る人が、格闘戦だけ拳打だけっていうのはおかしいかなって思ったくらい……なんです……けど」

最後の方には自信を無くしてしまったのか、小声になってしまったスバル。

「そうか、真偽はどうであれおかしく感じていることに変わりはない……か」
「提督、今はそれを考えても仕方が無いでしょう」
「んだな。クロノ提督、今は第16号の居場所を突き止めないと」
「まあ、それを言われるとそうだな」

シグナムとヴィータに話を戻され、クロノは第16号の居場所を突き止める手段を考える。
しかし、それと別にもう一つのことを考えていた。
カイの力が腰に埋め込まれた石の力によるものだとしたら、その神経が密集した右足の威力はどれだけ膨大な威力になるのかということを。





「……ん」

シャマルからカイの体についての仮説をクロノ達が聞いている頃、医務室で眠っていたカイが目を覚ました。
右腕と腹部には包帯が巻かれているが、今はその痛みもほとんどない。

「ここ……どこだ?」

カイは体に異常がないかを確認すると体を起こして、今の状況を考えるが自分でもよくわからなかった。
とりあえずわかっているのは、以前見たことのある部屋だということで、ここには会うわけにはいかない友達がいるということだ。
そして思い出したのは、自分はグロンギと戦って負けたこと……なのにどうしてここにいるのかである。
気を失っていたカイが、自分はゴウラムに助けられたことを覚えているわけがなかった。

「……ここから出る」

少なくともここにいる友達に会うわけにはいかないのは事実であり、できるだけ人に見つからないようにカイは医務室から出ていった。
幸い、隊舎内の局員はほとんどが仕事中なのか、通路を歩く際には人と遭遇するようなことはなかった。
途中で何人かと遭遇しそうになったが、そのたびにトイレに駆け込んだりシャワー室に逃げ込んだりしたため見つかることはなかった。
そして、もうすぐで出口という場所でカイはあるものを目撃する。

『以前第9号が撃破された聖王教会近くの公園にて、本日第4号と第16号の戦闘がありました。その結果、第4号は敗北し謎の飛行物体が第4号を連れてその場を離脱、第16号もその行方をくらましました。その後、別の場所に現れた第16号は……』

ちょうど休憩時間なのか、何人かの局員が未確認生命体速報を見ていたのだ。
しかし、カイにはその局員の姿を認識することができなかった。
見てしまったのだ。泣き叫びながら母親のことを呼ぶ女の子の映像を。
その女の子の母親が死んだのか、それとも大怪我をしたのかはわからない。
しかし、カイはその女の子をヴィヴィオと重ねあわせてしまった。

「俺の……せいだ」

自分が倒せていればあの女の子は泣かなくてもすんだのではないか?
あの女の子が泣いているのは自分のせいなのではないか?
そんな自責の念だけがカイの心の中にのしかかる。
そして、カイはその自責の念を振り払うように決意を新たにする。

「……行く。あいつを……倒す。そのために……アレ、使う」

何かを使うことを決めたカイは、ザインと再び戦うべく隊舎の外へと走りだす。
そして、隊舎の玄関を出ようとしたときに、小さな影とぶつかった。
その影はカイとぶつかると後ろに倒れる勢いを殺すことができず、尻餅をついて倒れた。
その転んだ小さな影とカイの視線が交わる。

「イタタ……ああああああ!!!」
「ゴメ……ヴィヴィオゥ」

ヴィヴィオにとっては会いたかった友達。
カイにとっては会うわけにはいかない友達。
その二人がついに再会を果たした。
今度はお互いにしっかりと目を覚ましている状態で。
ヴィヴィオは一度は寮母のアイナに連れられて寮に戻ったが、やはりカイが心配になって仕事をしているアイナの目を盗んで隊舎に戻ってきたところだった。
そして、カイの存在を確認したヴィヴィオはすぐに立ち上がると、カイの両足に抱きついてきた。

「よかったぁ……カイ、元気になったんだ」

カイは、そんな安堵の声を出すヴィヴィオを強引に振り払うわけにもいかない。

「もう、勝手にいなくなっちゃ……イヤだよ」

抱きついてきたヴィヴィオから言われた言葉にカイは返事をするのを戸惑う。
もし、カイが戦う必要がない日常ならヴィヴィオのところに戻れたかもしれない。
だが、再びグロンギが世界に出てきた以上、カイが戦わないわけにはいかない。
本来は自分の力をもってグロンギの封印となるはずだったのだが、自らが『凄まじき戦士』になり、グロンギと同じ存在に一時とはいえなってしまったことによって封印の役目を果たせなくなってしまった。
今までのグロンギとの戦いで何度か封印を試みようとしたが、いずれのグロンギもその戦闘で封印ではなく、カイの手によってその生命を奪われている。
そんな手を持つ自分が大切な友達の傍にいてもいいのだろうかと感じていた。

「ヴィヴィオゥ、俺、行くところある」

カイはヴィヴィオの両肩に手を置いて、優しくヴィヴィオの自分の両足から離す。

「帰ってくる?」

今にも泣きそうなヴィヴィオのその言葉に何と声をかけたらよいのかわからなかったカイは、ヴィヴィオに笑顔を向けるとそのまま走りだした。

「帰ってこなかったら……泣いちゃうからね!!!」

友達の叫びを背中に聞きながら。
そして、再び立ち上がった主の前に、完全な姿ではないとは言え共に戦うべくしもべが降り立つ。

「ゴウラム、いくぞ」

主であるカイはしもべであるゴウラムに声をかける。
ゴウラムもまた、何も言うこともなく主をその戦いの場へと誘うために主の手を取って空へと飛び立った。





それからしばらくして、カイはミッドチルダの中心にあるビルの上に立つ。
そこで緑の戦士となったカイは、この高いビルから下を見下ろして気配を探る。
自分を一度倒したザインの気配を。
そして見つけた。自分が戦うべき相手を。

「ゴウラム!!!」

すぐさま赤の戦士に戻ると、カイはゴウラムの脚にぶら下がってザインのもとへと飛んでいった。
一方、未確認生命体第16号ことザインは、その圧倒的なパワーをもってミッドチルダに住む人々を襲っていた。
今のところは管理局の地上部隊がなんとか市民の避難誘導と少しでも時間を稼ぐべく応戦しているものの、その応戦はほとんど意味をなさないほどの戦力差があった。
それでも未確認生命体対策部隊でもある機動六課が来るまではと自分達を鼓舞しつつ応戦していたが、ついにはそれが破られ残りはザインの餌食になるだけというときに、突如空から飛んできた謎の飛行物体がザインを弾き飛ばした。
そして、一瞬遅れて応戦していた地上部隊の局員の前に降り立つ一つの影。
腰の銀色のベルトには赤い宝石のようなものが埋めこまれ、黒いインナースーツに身を包み、赤い鎧とガントレット、黒いフルフェイスのヘルメットには赤い複眼と金色の角がある。

「だ、第……4号」

ミッドチルダに住む人間に知られている、未確認生命体と戦うもう一人の未確認生命体。
その第4号が目の前に現れた。
第4号、カイは地上部隊の方に顔を向けると、右手を伸ばして地上部隊の後方を指さした。

「ここから逃げる。あいつは……俺が倒す」

そう彼らに言い残すと、カイはザインへと向き、そのままザイン目がけて走りだした。
それを向かい打つように、ザインも自慢の角を前に出しての突進を始める。
カイとザインが激突する瞬間、カイは体を捻ってザインの突進を回避し、そのまま背中に拳を打ち付ける。
しかし、まるでそんなのは効かないとでもいうように立ち止まると、ザインはそのままカイを見ることなく腕を振り回してカイにハンマーのような一撃を繰り出す。
カイはその強烈な一撃を後ろに下がって回避して、再度体勢を立て直す。
やはり今の自分の打撃ではザインに効果がない。
改めてそれを確認したカイは、自分の足に視線を向けた。
その足に宿る力、それなら確実にザインを倒せる。
しかし、かつて友達だと思っていた……いや、今も友達だと思っている存在を倒した力を使いたくなかった。
だが、その考えが機動六課のテレビで見たあの女の子が涙を流す結果になった。
その女の子の涙を思い出したとき、カイの覚悟が新たに固まった。

「……いくぞ」

カイは再びザインへと駆け出す。
ザインもそれを迎え撃つように走りだす。
両者の距離が再びゼロになった瞬間、ザインはカイが避ける場所を先回りするように左右の腕を横に振るって迎撃する。
しかし、その腕には何かに当たった感触もなく空を切る。
次の瞬間、ザインは後頭部に衝撃を受けて前方に倒れこんだ。
そして、ザインの後方では、空中から前転を決めたカイが危なげ無く着地する。
カイが突進してくるザインを左右のどちらかに避けるのではなく、角を前に向けたことで死角となった上へと飛んで、その後頭部に蹴りを繰り出したのだ。
かつて自分を封印した一撃のきっかけとも言える蹴りを思い出したザインも、再度自らの敵を打ち倒すべく立ち上がる。
カイはザインから少し離れた位置から構えをとる。

「……これがガドルを封印した技だ」

かつての友を封印した技。
それを完全に再現するには足りない要素があるものの、それを除けば今のカイにできないわけがない。
ザインも同族の中で最強と言われる存在を倒した技と聞き、それを破ることが出来れば自分こそ最強と思ったのか、あくまでその攻撃を受けるとでも言うようにその身を晒した。

「いくぞ……ゴウラム!!!」

カイが叫んだ瞬間、主の命を受けたゴウラムがカイの後ろからまっすぐにザイン目がけて突進してきた。
ザインはその突然の乱入者に反応が遅れ、その完全ではないゴウラムの角に挟まれる。
そのままゴウラムは空に上昇すると、カイは青の戦士の姿となって跳躍、近くにあった建物の壁を蹴った反動でさらに上へと上昇する。
そして壁を蹴ると同時に矢のように飛び出した。
その後、再び赤の戦士となって前方に宙返りして蹴りを放つ体勢へと移る。
ゴウラムも落下してくるカイに向かってザインを向けたまま飛行し、主に向かって飛ぶ速度を上げる。
ザインはなんとかゴウラムの拘束から逃れようとするものの、地面に足をつけられず力を出せないのか、ゴウラムの拘束が緩むことはない。
そして、ついにカイの落下速度を上乗せした蹴りと、ゴウラムが最大速度を維持した突撃がザインを間にして激突する。
その激突する前に後ろを見たザインは、赤く輝くカイの右足を見た瞬間その意識を刈り取られた。
しかし、カイとゴウラムの攻撃はそれだけでは終わらなかった。
カイの右足がザインに激突した瞬間、ゴウラムはザインの拘束を外して、今度はその勢いのまま落下するカイの背後に回る。
そして……そのままカイをザインもろとも地面に叩きつけるように加速を始めた。

「ゴウラム、このまま……押しこむ!!!」

カイの言葉と共にさらに加速するゴウラム。
そして戦いを見守っていた地上部隊の魔導師は、昼にも関わらず空を切り裂いていく赤く輝く流星を見た。
そして、その流星が地表に落下すると同時に落下した地点から爆発が起きる。
その爆発は今まで未確認生命体が撃破された際に起きた爆発よりもわずかではあるが大きい。
それによって目を閉じた局員は、爆発が収まると同時に爆発の起きた場所へと足を向けたが、そこに第16号の姿はおろか、第4号の姿すら見えなかった。
そして、しばらくした後に知らせを受けた機動六課が到着するものの、第16号が倒されたことで付近の調査をする以外は特に騒ぎはなかった。
ただ、第4号が第16号を倒したという報告を受けて、機動六課に残っているシャマルが医務室に戻った際にカイがいなくなっていたことが騒ぎの一つになったくらいである。





「まさか……ザインが倒されるとは」

いつも余裕を忘れないバルバが、珍しく余裕を失った表情で先ほどの戦いを見ていた。

「これでクウガはより強くなったわけだな」
「……まだだ、まだズのゲゲルが終わったに過ぎない。これから本格的にメのゲゲルが始まる」

共にザインの戦いを見ていたガドルは、バルバの思惑が大きく外れたことを喜ぶように声を出した。
そんなガドルの言葉が気に障ったのか、バルバはまだこれからとでも言うように言葉を残すとその場を立ち去った。
そんなバルバに目をくれず、ガドルはザインが倒された場所へと視線を向ける。

「俺を封印したあれを使ったか。リク、少しは吹っ切れたということか」

ガドルはザインの爆発した場所から背を向ける。
そして、バルバとは別の方向へと歩き出す。
まるで自分はバルバとは向かう先が違うとでも言うように。

「ついに空を切り裂いたか。そうだ、そうでなければ目覚めた意味が無い」

ガドルは戦うべき相手が復活したことによって、ようやく自分が目覚めた意味を噛み締める。
自らを封印した、ライバルとも呼べるべき存在が復活したというこれ以上のない歓喜、それがガドルの身を包みこむ。

「だが……まだ足りん。全てを乗り越えて俺と戦え。お前が俺を……友と言うのならな」

その言葉を最後に、ガドルは振り向くことなくその場を後にした。





一方、カイが機動六課からいなくなって騒ぎが起きていることなど、当の本人は露知らずに原っぱに寝転んでいた。

「足……痛い」

ザインを倒した技は体に、特に足にかかる負担が大きく初めて使ったときもこのように足を痛めてしまった。

「ゴウラム、しばらくここで休む」

そんなこともあり、どうにも歩けないカイは、このまま原っぱに横になり足の痛みが引くのを待った。
ゴウラムもザインの拳を散々叩きつけられてところどころ凹みがみられたが、それを気にしないようにカイのそばにいる。
それはまるで自らの主が完全に戦う意志を取り戻したのを喜んでいるようにも見える。

「もう少ししたら帰ろう」

そうゴウラムに告げたところで、カイはふと変な気持ちになった。
自分は帰ろうと言った。
そして、その帰ろうと言った先にヴィヴィオの顔が浮かんだからだ。
ヴィヴィオはカイが帰って来なかったら泣くと言った。
だから泣きやませるため……と考えたが、それも少し違う気がした。
帰るといったときに、ヴィヴィオを泣きやませるとか考えもせずにヴィヴィオの元へ行くことが当然だと思ったのだ。
そして、機動六課のテレビで見た泣いている女の子のことを思い出す。

「俺、あの子笑顔にできない」

どんな状況で泣いていたのかはわからないが、グロンギのことによるものなら、それを倒せなかった自分に少なからずとも非があると見ていいだろう。
それでそのきっかけとなったグロンギを倒しても、それによってその女の子が笑顔になるとは限らない。

「でも、ヴィヴィオゥを笑顔にできる……かもしれない」

少なくとも泣かせることはない。
そんなわけで、足の痛みも引いてきたカイは立ち上がると、帰る場所を決めたような表情でゴウラムに告げる。

「ゴウラム、ヴィヴィオゥのいる所……どこだ?それと、ここ……どこだ?」

とりあえず帰る場所と自分のいる場所、そこの確認から始めようとカイは悩み始めた。
そんな主をゴウラムは呆れたように見ていたのか、それとも微笑ましく見ていたのか、それはゴウラムだけが知ることである。










第1部もどきが完結したことによるいつもより長めのあとがき

カイとゴウラムの合体技……もろにディケイドとクウガゴウラムのアレに近いものになってしまいました。
今回やったのは、本当ならこんなこともできたんじゃないと私が個人的に思っただけですのでそこのところをご了承下さい。

ヴィヴィオとの再会をちゃんと果たしたことで、第1部完結とでも言えばいいのでしょうか?第一部だけで23話、しかもクウガ原作で言うところの12話まで。まあ、グロンギが出るまで結構時間がかかりましたし、そこまで遅いペースじゃないと思いたいです。
そういえば、チンク達を機動六課に行かせたのにそのシーン入れられませんでした。本来ならこの回で第4号の正体含めて全員(ヴィヴィオ以外)がナカジマ家の知っているカイと機動六課が知っているカイ、聖王教会の知っているカイが同一人物であるということを書こうと思っていたのに……次回からでいいですかね。
この後も話は続くのですが、ここで一つお知らせです。このような話でも楽しみにしている方には大変申し訳ありませんが、私の個人的な都合によりしばらくの間更新のほうを休ませていただきたいと思います。
早くて3月初め、遅くとも中旬あたりには次の話を更新する予定です。
その際、一応話の区切りがついたので「チラシの裏」から「とらハ板」に移動しようかななと思っています。もし、まだまだチラシの裏でやるべき内容と読者の皆様が感じましたら、お手数ですが「このままチラ裏に骨を埋めろ」と一言お願いいたします。








[22637] 第24話 別離
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/03/09 12:35



カイとヴィヴィオ、一度は離れ離れになっていたがようやく再開を果たすことができた。
しかし、運命は皮肉なことに二人の前にまたもや別れの時が訪れようとしていた。

「……ヴィヴィオゥ」
「……カイ」

別れを惜しむように互いの名前を呼び合う。

「ヴィヴィオゥ、一緒に逃げる。一緒に遊ぶ」
「ヴィヴィオもそうしたいよ。でも……」

しかし、残念なことに今の二人にはそれを実行するだけの時間はないし、その行為は許されるものではなかった。

「ヴィヴィオゥ、手伸ばす」
「……うん」

だが、それでも諦めまいとカイは手を伸ばす。
ヴィヴィオもカイを求めるように手を伸ばす。
二人で逃げて、また二人で遊ぶために。
しかし、二人のその願いは叶わない。

「さあ、行こう」
「あ、カイ!!!」
「ヴィヴィオゥの手、放す!!!」

ヴィヴィオの伸ばしたその手は、ヴィヴィオの傍にいた存在に掴まれてそのままカイから引き離される。
離れていくヴィヴィオに、なんとか追いつこうと歩を進めようとしたカイの背中や足に何者かが背後から忍び寄ってその動きを食い止める。
カイはそんなことをお構いなしに前へと進もうとするが、背後から動きを拘束する何者化によって食い止められてしまう。

「ヴィヴィオォオオオオオゥ!!!」
「カイィイイイイイ!!!」

その結果、お互いに名前を叫ぶことしかできず、そのまま徐々にふたりの距離は引き離される。
しかし、二人の叫びは状況を打破することなく空へと虚しく響く。

「ちょっとカイ、やめなさいって!!!」
「ダメだよカイ、仕方ないんだから!!!」
「やだ、ヴィヴィオゥ取り戻す!!!エロ、放せ!!!」
「ダメです、作戦なんですから放しません!!!」
「大丈夫です、必ずまた会えますから!!!」
「そんなのわからない、もうヴィヴィオゥに会えないかもしれない!!!」

引き離されるヴィヴィオを追おうとするカイを引き止める四人の男女。
その四人に阻まれてヴィヴィオの元へと近寄ることのできないが、何とかして拘束を振り払ってヴィヴィオの元へ向かおうとするカイ。
ヴィヴィオとカイの瞳から涙が流れる。
ようやく出会えたはずなのにまたもや別れなければならない哀しみ、悔しさ、そしてそれを覆せない無力さ、その全てがヴィヴィオとカイの心を占めていく。
やがて手を引かれたヴィヴィオは、用意された自動車の後部座席に乗り込む。

「……出して」
「……わかりました」

ヴィヴィオの手を引いた存在と運転手のあくまで事務的なやりとり。
どこからか『バックします』という音声が聞こえたようにカイは感じ、徐々に後退して方向を変える自動車を泣き叫びながら見つめる。
運転手も外で泣き叫ぶカイに哀れみの目を向けるもののこれも仕事と割りきって、周囲の安全を確認してからゆっくりと車を発車させる。

「カイ、カイィイイイイイ!!!」
「ヴィヴィオォオオオオオゥ!!!」

引き離される友達を求めるように後部座席の窓から外にいるカイへとなおも呼びかけるヴィヴィオ。
カイも四人の男女に取り押さえられながらも、なおもヴィヴィオの名前を叫ぶ。

「……スピード上げて」
「わかりました」

運転手は黙って速度を上げる。
そして、カイの目の前からヴィヴィオの乗せた自動車の姿が消えた。

「ヴィヴィオゥさらった、俺許さない」

あとにはヴィヴィオを連れさる手伝いをした4人と、ヴィヴィオを目の前で誘拐されたカイだけが取り残された。





「本当に……よかったんですか?」
「……仕方ないよ」

カイの目の前から走り去った自動車の中で、運転手とヴィヴィオの手を引いた存在が話をする。
ヴィヴィオはそんなことをお構いなしに遥か後方にいるだろうカイのことを思い涙する。

「仕方ない……確かにそうなんですけどね」
「そうだよ、仕方ないんだよ。だって……」

次の瞬間、運転手とヴィヴィオの手を引いた存在は同時にため息をついてから声を出す。

「嬢ちゃんが学校に入学しちゃいましたからねぇ、なのはさん」
「ヴィヴィオはもう一年生になっちゃったんだからねぇ、ヴァイス君」

高町ヴィヴィオ、今年の春St.ヒルデ魔法学院初等科一年生になったある朝の出来事……いや、もはや習慣となった出来事であった。

「今頃カイの奴、なのはさんのことグロンギって叫んでいるんでしょうねぇ」
「ねえヴァイス君、私……いつまでグロンギなのかな?」
「……カイに聞いてくださいよ、なのはさん」
「そんなに私……怖いかな?」
「……ノーコメントでお願いします」
「なんていうか……本当にフェイトちゃんやヴィータちゃんがホントに羨ましいよ。ヴィータちゃんなんてさ、ピータンってすっごいカワイイ呼ばれ方だもんね」
「八神部隊長よりはマシ……でもないですね」
「これでもまだ……二十歳なのに」

カイから聞いたグロンギの言葉の意味、それを知ったなのはもヴィヴィオとは別の意味で涙を流すことになった。





ヴィヴィオを送り出した五人……もとい、ヴィヴィオと別れることになってしまった一人と送り出した四人に、後からやってきた彼らの上司が声をかける。

「よ~しお前ら、色々とご苦労だった」
「作戦も終わったことだし、少ししてから教導のほうを始めようか」
「10分後に陸戦シミュレーターに集合だ。急げよ」

登校するヴィヴィオを送り出す……いや、ヴィヴィオに付いていこうとするカイをくい止めること、それが最近の新人達の日課……もとい、作戦になりつつある。

「ねえスバル、私達ってさ、なんで毎日こんなことしてんの?」
「なんでって……なんでだろうね?」

ティアナは疲れた表情でパートナーであるスバルに聞く。
しかし、スバルの方でもなんでこんなことになったのかよくわかっていない。

「まあ、カイを学校に行かせるわけにはいかないし」
「それはわかってるわよ」

以前は「カイさん」と言っていたスバルだが、今では「カイ」と呼び捨てている。
それというのも、カイが機動六課に戻ってきたときにギンガ達ナカジマ家とシスターシャッハもやってきて、それまでのことを話したことがきっかけでもある。

はやてとゲンヤは、お互いに第1号や第4号の情報を隠していたことがここまで話をこじれさせる原因となったことにため息をついた。
スバルはギンガからの話を聞いて、カイがナカジマ家に引き取られた……ような感じになっていることと、ギンガの弟のような位置づけであること、どう見ても兄に見えないところからスバルの弟という認識になった。
ちなみに現状のナカジマ家においてのカイの位置は、ルーテシアと並んで最年少となっている。……もしかしたらルーテシアよりも下かもしれない。
リインフォースⅡとアギトは互いに「シビン」と「ショ~イチクン」で無益な罵り合いを続け、シャッハは通信でヴェロッサを呼び出し、クロノとヴェロッサの二人にどうしてカイのことを黙っていたのかの説教を始めた。
エリオとキャロは、リインフォースⅡとアギトの罵り合いにツッコミという名の合いの手を入れるルーテシアに驚愕していた。
そして、ザフィーラだが……なぜかゴウラムと睨み合いのようなものをしていた……ように見えた。
そんな中、ヴィヴィオとカイだけは平和そうに遊んでいた。

「カイさん、ちゃんと夕方にはヴィヴィオも帰ってくるから」
「そうしたらまた遊べるよ、ね?」
「きゅ~」
「むぅ~」

エリオとキャロはなんとかカイを慰めようとするが、カイはそんなことを言われて簡単に引き下がれない。
やっと決心してヴィヴィオの所へ戻ってきたら、次には学校に行くから一緒にいられない。
そんなこともあって、カイはやや……いや、かなり不機嫌だった。





St.ヒルデ魔法学院。
本来なら今年の春に解散する予定だった機動六課なのだが、未確認生命体対策部隊として引き続き部隊を存続させることになり、解散は事件解決まで延期となってしまった。
だが、ヴィヴィオは元からこの学校に春から通うことが決定していた。
そのため機動六課と離れているこの学校に送り迎え付きで登校することになった。
そして、母親であるなのはに見送られて校門をくぐり、教室へと入る。

「おはよ~」
「あ、ヴィヴィオ、おはよう……今日もなんかあったみたいだね」

落ち込んだ表情のまま教室に入ってきたヴィヴィオに、灰色がかった金髪を後ろで二つに分けている女の子がやや呆れながら声をかけてくる。

「あ~、コロナ、おはよ~」

コロナ・ティミル、彼女はここSt.ヒルデ魔法学院に入学した際にヴィヴィオのとなりの席となった少女だった。
周囲に話し相手のいないヴィヴィオは、となりの席のコロナと話すことが必然的に多くなり、今のような仲の良い関係へとなっている。

「ほら、早く席につかないと先生来ちゃうよ」
「そ~する~」

こうしてヴィヴィオの学校での一日は始まっていくのである。





一方、ヴィヴィオと引き離されたカイは、スバル達の教導風景を右手に持った木の枝を動かしながら眺めていた。
スバル達は本来なら一年という教導期間だったこともあり、今は教えるべきことの大半を終えている。
そのため、今後はフェイトら隊長陣との模擬戦をして自分の足りない部分を再確認したり、より高度な魔法運用を考えたり、基礎的な力を向上させる方向に教導は進んでいる。

「ねえカイ、カイも私達と一緒にやらない?」

そんな中、練習を中断したスバルがティアナを連れてカイの近くにやってきた。
この「やらない」というのは、カイと一緒にスパーリングでもしようという意味合いが強い。
カイの戦い方は素手での格闘術、長い獲物を持っての棒術、銃を使っての射撃、そして剣術。
つまりスバル、エリオ、ティアナは同じ武器を持つ者として相手をするには最適の相手だった。
もっとも、射撃に関してはカイの攻撃はどちらかというと遠距離での狙撃に近いものがあり、それの相手というのならヴァイスのほうが適任だろう。

「……スワル」
「うん」
「いや、だから違うでしょ……ところで、何やってるよの」

相変わらず名前をしっかりと呼べないカイの言葉通りにその場に座るスバルを嗜めるティアナ。
しかしティアナはカイの動かしている木の棒の描いたものに興味を持った。

「あ、これってヴィヴィオだよね?」

座っているカイの目の前の地面には、木の枝でヴィヴィオの顔が描かれていた。

「なんか……日増しにリアルになってるのは気のせい?」
「そういえば、昨日よりも上手くなってるね」

ヴィヴィオが学校に入学した当時、寂しさのあまりにカイが地面に描いたヴィヴィオの顔。
それはこの世のものとは思えない、奇妙奇天烈な絵だった。
とりあえず人の顔ではなかったことだけは確実であった。
それが今ではヴィヴィオの顔とわかるほどまでの上達を見せている。
そして、その絵を見てカイが涙ぐむのも最近ではよく見慣れた風景だった。
そんなこともあり、今にも涙ぐみそうなカイを止めるべく、スバルはカイにある提案を再度行うことにした。

「カイ、少しだけ一緒に組み手をしよう?」
「やんない」
「それじゃあ、僕と槍の訓練でもどうです?」
「やんない」
「カイ、私と少し射撃の練習をしてみない?」
「やんない」

スバルの提案を一言で跳ね除け、それを見たエリオとティアナも続くが一言であしらわれる。
さすがに3人ともいつもこのような感じで邪険に言われ文句の一つも言いたくはなる。
自分達だって少しでもまともに戦えるようになれば、未確認生命体と真正面から戦うことはできないかもしれないが、一番前で戦うカイのフォローはできるかもしれない。
そのための相手をしてほしいと頼んでも、カイは一向にスバル達の相手をするような素振りは見せない。
そんな険悪な雰囲気になりそうな中、キャロが困ったような顔をしてなんとか場を取り繕おうと考え……

「カイさん、おやつ食べにいきませんか?」
「食べる」

とりあえずカイが反論しそうにない提案をすることにした。
そして、すぐさま承諾するカイにスバル達はなんだそりゃとずっこけるが、キャロとしては少しは気を取り直したように見えるカイと、険悪なムードが消え去ったことにとりあえず満足した。
しかし……

「おやつもいいが、とりあえずお前達はこの時間の締めくくりの模擬戦があるのを忘れるなよ?」

静かに燃える威圧感を持ったライトニング分隊副隊長がいることをスバル達は失念していた。
それから小一時間、スバル達の悲鳴が途絶えることはなかったという。
そんな中、カイはというと……

「あ、アナに呼ばれてた」

機動六課にある部隊員の住む寮の寮母であるアイナ・トライトンに頼まれごとがあったことを思い出して、スバル達をそのまま放置して寮へと戻っていった。





ヴィヴィオを学校に送った帰り道、なのはとヴァイスは気をとりなおしてこれからのことについて話をしながら機動六課へと戻っていた。

「そういえばヴァイス君はクロノ君に言われてマリーさんのところに行ってるんだっけ?」
「ええ、そうです」

以前は新人達と一緒に訓練に参加していたのだが、最近はクロノから何かを指示されてヴァイスはマリエル・アテンザのもとへと向かうことが多かった。

「確かディエチも……あ、ナンバーズのみんなとギンガもそっちに行ってるんだよね」
「そうっすね、俺はよくディエチと組まされてアレの開発に参加してます。なのはさんのほうはどうですか?」
「まあ、ぼちぼちかな?」

ヴァイスもなのはのリンカーコアが回復されていることは知っているが、どこまで戦闘行動をこなせるのかまでは聞いていない。
教導官として、そしてスターズ分隊隊長として生半可な状態で空に戻るわけにもいかない。
そんな考えもあって第16号を撃破してから一月、その間に第22号までの未確認生命体を第4号が撃破してきたがいまだに戦列復帰は果たせずにいた。

「こっちのほうも……ぼちぼちといった感じですかね」

ヴァイスのほうも開発がある程度進んでいるものの、要となる部分の完成には時間がまだかかりそうなこともあって前途は多難とも言えた。

「まあ、開発が成功しても……クロノ提督が使うみたいですけどね」
「ヴァイス君、何か言った?」
「いえ、なんでもないです」

ヴァイスの言葉を最後まで聞き取れなかったため、なのはが何か重要なことかもしれないと思って聞き返すが、ヴァイスはなんでもないとでも言うように言葉を濁す。
現在ヴァイスが関わっている新装備の装着者はクロノ・ハラオウンが使うことがすでに決定している。
しかし、なぜかヴァイスはクロノに指示されてとある資格を取るように言われてもいた。
だが、その理由を告げられもせず、しかも現状の自分にはその資格を取っても大した意味はないと感じているため、やや戸惑っているのも事実だった。

「そっか、カイ君が未確認生命体……グロンギのことを少しだけ教えてくれたから、これからは捜査と対応が楽になるといいんだけどね」

なのはもそれ以上聞くことをやめたのか、別の話題でありながらその話題に関係することへと話を移す。
カイからもたらされた未確認生命体という種族の名前が『グロンギ』と呼ばれるものだと判明したのはつい最近のことである。
もっとも、それを世間に知らせるにはどこからその情報を得たのかということも説明しなければならなくなり、そのことを考慮して現在も未確認生命体という呼称を使われている。

「そういえばクロノ君は調べ物とかで今はいないんだよね?」
「ええ、なんでも気になることがあるって言ってましたね」
「気になること……なんだろう?」
「なんでしょうね?」

ヴィヴィオが学校に入学してからしばらくして、クロノは何か気になることがあるのか機動六課から離れてとあることを調べに向かっている。
しかし、その内容は全くなのは達には知らされておらず、今までと同じようにはやてが機動六課の指揮を担っている。
だが、経験豊富な局員であるクロノの不在は少なからず影響を与えていた。
少なくとも、先のJS事件で自分に部隊指揮官としてまだまだ足りないところがあると痛感していたはやてにはクロノの不在の影響が大きい。
なのは達もなんとかはやての力になろうと考えてはいるが、部隊を指揮することとなると自分達がそこまで力になれるのかすらわからなかった。
そんなこともあり、今はただクロノが早く戻るのを祈るだけである。
もっとも、なのはにはそれ以外に気にすることがあった。

「まあ、私としては……早くカイ君にグロンギって呼ばれるのだけはやめてもらいたいよ」
「それは……前途多難ですねぇ」
「ホントだよ、どうして私だけグロンギなんて呼ばれるんだろうね?私、怖くないよね?」

結局、今日もなのはの愚痴を聞いての帰路になったヴァイスは、心の中で泣くことしかできなかった。





寮母のアイナに呼ばれたカイは、寮で使っている備品の整理や洗濯物の手伝い、力仕事などをこなしていく。
アイナが言うには「働かざる者、シュークリームを食うべからず」らしい。
このように言われてしまえば、カイはシュークリームを食べるために手伝いをしないわけにはいかない。
そして、最後の洗濯物の取り込みを終えて、後はヴィヴィオが帰ってくるのを待ってシュークリームを食べて遊ぶだけである。
しかし、ただ待っているのも退屈だった。
カイはヴィヴィオが今日も攫われたと思っているが、ヴィヴィオが学校から帰ってくるだろう時間にはまだ数時間の余裕がある。
しかもカイはみんなに、いや教育係のシャッハと自称姉のギンガにヴィヴィオが学校に入学するときに、ヴィヴィオの学校まで着いていかないようにと釘を刺されている。
そんなこともあり、カイは目の前にあった物干し竿を掴むとそれを振るってみることにした。
自分が青の力を使うときのドラゴンロッドよりやや長い気がするが、元々長い獲物を使っての戦いで気をつけることは、いかにして自分の間合いで戦うかにある。
このような長い獲物を使っている場合、懐に潜られたら一気に不利になる。
長い獲物を使う利点は相手のリーチよりも遠くで、しかも振り回すことでの勢いを利用して威力を向上させ、最短距離を突くことで相手より先に攻撃を当てることにある。
カイは目の前に相手がいると考えながら物干し竿を振るう。
イメージするのは今まで自分が戦った中でもっとも強く、戦い難かった相手。

「……ガドル」

その相手の動きを思い出しつつ物干し竿で攻撃を反らし、その勢いを保ったままで追撃へと移る。
過去の戦いではカイとガドルと呼ばれるグロンギの力量に差はほとんどなかった。
唯一の差があるとすれば、カイにはゴウラムがいたことである。
以前、ザインを倒したゴウラムとの連携攻撃、それによりガドルを封印することができた。
それほどの相手との戦い方をイメージするのは有効な手段と言えるだろう。
いつしかカイは時間を忘れて物干し竿を振るうことに専念し始めた……





こともなく、2時間もすると物干し竿を物干し台にかけるとこれからどうしようかと考えこむ。

「そうだ、ヴィヴィオゥを捜しにいく」

学校という物がなんなのかはよくわかっていないカイだが、ヴィヴィオを捜しにいくことを誰にも止められてはいない。
そんなこともあり、カイは誰にも告げることなく機動六課の敷地内から飛び出していった。
ヴィヴィオと会ったら一緒に遊ぶための水鉄砲をその手に持って。
それから数10分後……

「ここ、どこだ?」

見事に道に迷ったのは言うまでもない。
ちなみにゴウラムは、ご飯(鉄材)をくれるシャッハの言いつけ通りに、未確認生命体が出てこない限りは機動六課の敷地内から出ないという約束をしっかりと守っていた。
つまり、カイを迎えに来る者は誰もいなかった。





授業も終わり、帰りのSHRの時間に事件……というよりは小さな騒ぎが起きる。

「最近未確認生命体の活動が頻繁になってきています。みなさんも帰りはできるだけ集団で寄り道せずに帰るように」

こうした教師の言葉を最後にヴィヴィオはコロナと一緒に教室から出る。

「未確認生命体かぁ、やっぱり怖いよね」

帰り道、ヴァイスとなのはが迎えに来る場所まで一緒に帰るヴィヴィオとコロナの話題は自然と未確認生命体の話となる。

「大丈夫だよ、だって4号がいるし」

未確認生命体第4号、すなわちカイのことは世間では未確認生命体と敵対する勢力として扱われている。
もっとも、機動六課以外ではその正体も極秘扱いとされているため、市民としてはその目的も何も不明となり謎の別勢力としか考えることができないのが現状でもある。
ただ、ヴィヴィオのように第4号のことを、未確認生命体を倒して市民を守る存在と認識している者も少なくない。

「そっか、未確認生命体が出てきても4号がやっつけちゃうか」
「そうだよ」
「4号4号って、バカじゃないの」

ヴィヴィオの言葉にコロナが少しだけ安心した表情になるものの、次のとある一言がその場の雰囲気を冷たくした。
言ったのは黄色いリボンをした黒髪の女の子で、ヴィヴィオ達のことを険しい視線で見つめていた。

「リオ……」

リオ・ウェズリー、ヴィヴィオやコロナと同じクラスにいる女の子だが、ヴィヴィオ達との関係は良好とは言えなかった。
ヴィヴィオが未確認生命体第4号をヒーローのように感じているのに対して、リオは親の仇を見ているような感じであり、その相違点が二人の仲を少なからず悪くさせていた。

「なんでそんなこと言うの?4号はいい未確認だよ?」
「4号だって未確認生命体だよ。だから4号なんてさっさと管理局に倒されちゃえばいいんだ!!!」

リオはそう叫ぶとヴィヴィオ達の声を気にするもなく走り去った。

「……なんだろ?」
「……さぁ?」

後には訳の分からない二人が取り残されただけである。





一方、ヴィヴィオ達の前から走り去ったリオは、帰り道の河川敷をとぼとぼと歩きながら、以前出現した未確認生命体第16号のことを思い出していた。
偶然母親と出かけていたときに未確認生命体と遭遇し、リオの母親はリオを庇って命に別状はないものの重症を負って病院に入院した。
今は退院し、怪我の治療で通院はしているもののいつもと変わらない生活をしている。
しかし、後に自分達が襲われる前の時間に未確認生命体第4号が第16号に敗北したという未確認生命体速報を聞いてしまった。
それを聞いてしまったリオには一つの結論に至った。

第4号が負けたから母親は大怪我をした。
第4号も結局は同じ未確認生命体だ。
第4号は手を抜いて戦っていたんだ。

色々と矛盾のある考えかもしれないが、まだ子供であるリオがそれに気がつくこともなく、第4号への恨みだけが残った。

「私は……第4号のことを許さないんだから」

そんな呟きを漏らしたときに、不意に水から何か大きなモノが飛び出してきた。
その大きなモノはリオの前に背中を見せて着地すると、ゆっくりと振り返る。
リオは突然現れたその大きなモノに腰を抜かしてその場にへたり込む。

「未確認……生命体」

同じだったのだ。
以前母親と一緒に襲われたときと。
唯一違う点があるとすれば、水の中から出てきたかそうでないかくらいでしかない。
前に襲ってきた未確認生命体と姿は違ったが、一目見ただけで人間とは違うということがよくわかる。
へたり込んだリオへとゆっくりと近づきながら、その未確認生命体は顎の牙を見せつけるように口を開く。
肩には魚のエラのような装飾がつき、両腕にもヒレがカッターほ形状となって人間を襲える武器のようになっている。
体の色も人間とははるかに違う緑色で、腰には以前襲われたときは銅色だったベルトの装飾が鉄色の鈍い光を放っている。

「ゴラエガガギギョン……ボンビランンエモンザ 」

未確認生命体、名はビランというのだが、ビランはその腕のヒレをリオに向けつつ徐々に距離を詰めていく。
何しろビランにとってはゲゲルを開始した最初の相手である。
そのため、獲物に精一杯の恐怖を味合わせてからその生命を奪おうと考えていたのだ。

「く、来るな!!!」

リオはなんとか立ち上がって逃げ出そうとするが、あまりの恐怖に足がすくみ立ち上がることができない。
そのため、手元に転がっていた石をビランに投げつけることしかできなかった。
しかし、そのような攻撃とも呼べない行為に動揺するような未確認生命体であれば、今のミッドチルダはここまで未確認生命体の驚異にさらされてはいない。
遂には手を伸ばせばリオを掴める場所まで近づいたビランは、その腕についたカッターでリオを切り裂く……ことはせずに、その腕でリオの首を掴んで持ち上げる。

「あぐっ、ぐる……しぃ」

首を掴まれた状態で吊り下げられたリオは、自分の決して多くはない体重に呼吸を制限される。
今は自分の腕を使ってなんとか体重を支えているだけだが、それもいつまで持つかはわからない。
ビランはリオを自分の腕を使って吊り下げて、リオの必死の抵抗をあざ笑うかのように見ながら、その小さなリオの体を少しずつ自分の口元へと近づけていく。
リオはビランがそんなことをする理由の予想は簡単についた。
その牙で食い殺すためだ。
自分の手でなんとか体重を支えているリオには、ビランの牙に近づいていく自分の体を押し返すだけの気力も余力もなかった。
しかし、次の瞬間にはリオの体はビランの手を離れて宙を舞っていた。

「いたっ!げほっ、げほっ」

無様に地面に尻餅をついたものの、今まで圧迫されていた気道になんとか酸素を取り込もうと必死に呼吸を繰り返すことに専念してしまったリオは、すぐ近くに未確認生命体がいることを思い出す。
この呼吸に気を取られている間にもしかしたら殺されるかもしれない。
そんなことを思ったが、ビランの目にはすでにリオの姿は映っていなかった。
ビランの目に映っていたのは……

「……クウガ」

かつて自らを封印した憎き存在。

「……第4号」

リオにとっては母親が大怪我を負った理由を作った存在。
その存在が緑の戦士の姿となって、ペガサスボウガンをビランの腕に向けて撃ち込んでいた。
しかし、リオを掴んでいた腕に当てたせいか、その攻撃は致命傷になっていない。
ビランはその腕の傷を気にもせずに第4号、カイ目がけて自慢のスピードで突き進んでいく。
カイも赤い戦士となって応戦するべくその場で待ち構えた。
本来なら自分からもビランに向かっていくはずだったが、近くにリオがいたこともありまずはリオからビランを遠ざけることを優先させた結果でもある。
ビランのほうも、過去に自らを封印した憎き存在を最初のゲゲルの生贄にしようと思ったのかもしれないし、グロンギ族の中でも最強とも言えるガドルの提示したゲゲルを先に潰しておこうと思ったのかもしれない。
ガドルのゲゲル、それは殺す相手は一人だがその相手はクウガであることを条件として提示している。
その条件もすでに認められておりガドルにも変える意志はないことから、ガドルを失脚させるためにクウガを倒すことは他のグロンギにとっても重要な要素と言えた。
そして自らのゲゲルの最初の生贄を人間の子どもではなく、自分達を封印した憎き存在であるクウガにすることをビランは選んだ。

ビランを迎え撃つようにカイは近くにあった柵から鉄の棒を強引に外すと、それを自分の手に馴染ませるように振るう。
そして手にした鉄の棒を構えるとカイの腰のベルトにあるアマダムが青く輝き、カイの姿を流水の如く邪悪を薙ぎ払う戦士へと変える。
その姿が変わると同時に、手に持った鉄の棒もその姿を変えた棍、ドラゴンロッドへと変わる。
カイはそのまま突撃してくるビランの一撃を、ドラゴンロッドを使って棒高跳びでもするようにして背後に回りこむようにして躱す。
だがその無防備となった背中に攻撃することはなく、あくまで自分とビランの立ち位置を変えるだけにとどめていた。
カイにとっては今の行動はビランを倒すための行動ではなかった。
あくまでビランの傍にいたリオとビランの間に割って入るためであった。
カイが見た限りでは、名前の知らない少女リオが恐怖のためかその場から逃げ出そうという気配は見られない。
恐らく恐怖によって足がすくんでいるのだろう。
なおも執拗に攻撃してくるビランの一撃一撃をある時はドラゴンロッドでいなし、ある時は腕と体でビランの腕を挟むようにして関節を極めながら徐々にリオから距離を取るようにして戦いの場を移動させていく。
そして、充分距離をとれたと感じたことからついにカイの反撃が始まった。

「はぁっ!!!」

ドラゴンロッドを振るってビランの膝を、肘を叩きつけ攻撃力と機動力を奪いつつダメージを与えていく。
ビランもカイの動きに翻弄されながらも、なんとかカイの攻撃を耐えながら執拗に攻撃を仕掛ける。
しかし、そのビランの攻撃もカイが巧みに操るドラゴンロッドに遮られてカイの体に届くことはない。

「これで……終わりだ」

カイはドラゴンロッドを構え、青の戦士特有の大きな跳躍を見せて遙か高い位置からビランの腹部に向けてドラゴンロッドを突きつける。
ビランもその一撃になんとか耐えられたのか、最後とも言えるべき抵抗を見せる。
だが、ビランのその攻撃はカイが引いたドラゴンロッドによっていなされ、さらに追い打ちとばかりにビランの腹部に叩きつけた。
そのビランの腹部には封印を意味する紋章が光のように刻まれている。
そして……

「あぁあああああああっ!!!」

ビランの断末魔と共に爆発が起き、戦いの勝敗は決した。





カイとビランの戦いが別の場所に移動したころ、一人取り残されたリオはようやく放心した状態から回復していた。

「第4号のせいだ。あいつが負けたせいで、お母さんが……」

リオは震える足を何とか動かして、カイとビランが去った方向へと歩き出す。
何をするのかは考えてはいない。
ただ、リオにはそうすることが必要だと感じていた。
そしてようやく戦いの場に辿り着き、第4号の姿が見えたと同時にすぐ傍で爆発が起きた。
その爆発の起きた場所にいるのは第4号だけで、未確認生命体であるビランの姿はない。

「……倒しちゃったんだ」

なんで今回はすぐに倒せたのか。
どうしてあの時は第16号に負けたのか。
どうしてお母さんが大怪我をしなければならなかったのか。
気がついたとき、リオは地面に落ちていた拳大の石を第4号に向かって投げつけていた。





「お前のせいだ!!!」

カイの体に向かって突然投げつけられた子どもの拳ほどの大きさの石。
カイはそれを体を反らすことで躱して、石の投げつけられた方向を見る。
そこには先ほど襲われていた女の子がカイを睨みつけるようにして立っていた。
そして、カイは目の前にいる女の子に見覚えがあることを思い出していた。
それはカイが未確認生命体第16号であるザインに敗れ、機動六課隊舎から出ようとしたときに丁度テレビに映っていた。
母親が怪我をしたのか、母親のことを呼びながら泣いている女の子と同じ顔だった。

「お前のせいでお母さんが怪我をしたんだ!!!」

リオはなおも地面から石を拾いあげては投げつける。
カイはそれを避ける様子すら見せずにその身に受けた。

「お前なんか……お前なんか、管理局にやられちゃえばいいんだ!!!」

最後にそう言い残すと、リオはカイから背を向けて走りだす。
最後までカイはリオに何も言うことができなかった。





カイがリオの責められ、その場で項垂れてからしばらくしてバリアジャケットを纏ったフェイトがゴウラムを連れてカイの元へとやってきた。

「カイ、ここにいたんだね。未確認生命体は?もう倒したの?」

変身したままのカイがいたことと、付近に誰もいないことからフェイトはカイにどうしたのか話しかける。
ゴウラムも本来なら機動六課の敷地内から勝手に出ないようにシャッハに言われていたが、カイが戦っていることを感じたゴウラムが、フェイト達にジェスチャーらしきものと角で文字を書いてなんとか伝えることに成功してここまで案内することができた。
もっとも速いフェイトがゴウラムと一緒に先行し、シグナムとヴィータも時期に現場に到着するだろう。

「……倒した」

カイはそんなフェイトの質問に答えつつ、近くに誰もいないのを確認して変身を解除する。
それと同時に手に持ったドラゴンロッドはただの鉄の棒に変わる。
そして、近くに投げ捨てた元はペガサスボウガンだった水鉄砲を拾うとフェイトに渡す。

「これ、もう使えない」
「ん?壊れちゃったの?」

フェイトは水鉄砲が壊れたのかと思って引き金を引くが、そこからは普通に水が飛び出てきた。
水がどこからか漏れる様子も見られない。

「それ、グロンギ撃った。それでヴィヴィオゥと遊ぶの……良くない」
「……そっか、わかった。新しいの買っておくね」

カイが言いたいことをなんとなくわかったのか、フェイトは特に何も言うことなくカイから預かった水鉄砲をバルディッシュの中にしまう。

「ゴウラム、もう大丈夫だから先に戻っていて」

戦いはもう終わったと判断したフェイトの言葉に従い、ゴウラムは空高く飛び去っていく。

「カイ、そろそろヴィヴィオも帰ってくる時間だから何かおやつでも買ってから戻ろうか」
「……うん」

フェイトに連れられ、カイはリオが走り去った方向とは逆の方向に歩き出す。
そして、しばらく歩いてから何かを思い出したようにリオの走り去った方向へと顔を向けた。

「俺、まだ誰にもやられるわけにいかない」

誰に言うわけでもなかったが、あえてそのように言うカイをフェイトは心配そうに見ていた。
エリオやキャロとは全く違う、子どもと言ってもいいように見えるカイ。
しかし、今のように時折どこか不安定な感じを見せるカイも確かに存在している。
いつか話を聞かせてほしい、そう思いながらフェイトはカイを連れて機動六課へと進む道を歩き出した。





一方、機動六課からしばらくの間離れたクロノは、首都クラナガンから大きく外れたとある村へとユーノ・スクライアを連れてやってきていた。

「ここが今年ヴィヴィオの通う学校に入学する予定だった子どもの住んでいる村……だったよね」
「ああ、その村のある場所……だった」

二人がここを訪れた理由は、今年St.ヒルデ魔法学院の初等科に入学するはずの生徒が入学式になっても来ないという出来事によるものだ。
カリムから話を聞いたクロノは丁度その場に居合わせたユーノを連れて捜査へと乗り出した。
そして、入学する予定のその一人が住んでいる村に来た……はずだった。
しかし、二人にはここが村なのかと感じずにはいられなかった。

「人の気配が全くない」

そう、この村には人が生活しているといった雰囲気が何も感じられなかったのだ。

「そうだね、しかも長い時間誰かが住んでいたっていう感じもしないね」

クロノはデュランダルに周辺のサーチを頼むものの、それは無駄に終わった。
人間の生体反応を示す反応は何も無い。

「よし、二手に分かれて少し近くを調べてみよう。ユーノ、あまり深追いはするなよ」
「わかってる。クロノも気をつけて」

そうして集合時間と場所を決め、それぞれ警戒しながらさらに村を調べるために足を踏み出した。
クロノは村の外を、ユーノは村の中へと何か手がかりとなるようなものはないかと周辺を捜索する。
しかし村の中には人の気配も全く無く、不気味なほどに静まり返っていた。

「明らかに異常だよね、こんな状況は」

ユーノはこの村に向かう前に聞いたクロノの言葉を思い出す。
それは、St.ヒルデ魔法学院に今年入学するはずだった新入生の内、およそ半数が行方不明になっているということだ。
そのため、上級生のクラスに比べて半分のクラスしかないことを不審がる者も少なくなかったが、その原因も不明なこともあって行方不明者がいることは関係者以外に知らされてはいない。

「もしかしたら未確認生命体の仕業……なわけない……とも言えないか」

ユーノはクロノからの話を聞いて、現状で充分行方不明の理由になりそうなことを考えそれを否定しようとしたが、それがなんだか的を得ているような気がしていた。

「こっちのほうは何もなさそうだな。クロノのほうでは何か見つけたかな?」

そろそろ集合する時間になったため、ユーノは一旦捜索を打ち切って集合場所となる場所へと戻っていった。
一方、クロノは村から外れた山道を歩きながら、周辺の様子を探っていった。
村のほうには人の気配がなかったが、それならば何らかの理由があって村の外にいるかもしれないと考えたからだ。
しかし、やはりというか人の気配もせず音がするのは風によって揺れる木の枝や葉のこすてる音だけだった。

「少し中のほうにも踏み込んでみるか」

このままでは捜索に進展はないと踏んだクロノは、道なりに歩くのではなく少し道から外れて捜索を続けようと山道から植え込みの中に入っていく。
そしてしばらく進むと、開けた場所へと辿り着いた。
そこはクロノが今まで歩いてきた道にはなかったような色とりどりの花々が咲き誇り、この場所だけ寂れた村の感じとは一線を画すような印象を受ける。
しかし、それを覆すような歪な光景がクロノの目の前にあった。
クロノの立った位置から真っ直ぐに伸びるドス黒い線。
その先には人間の……ちょうど子どもくらいの大きさの跡が花畑の中にポツンと存在しているのだ。
そして、その跡の周りの花びらが黒く変色しているのもまた不気味だった。

「人間の……倒れた跡なのか?」

何かによって燃えたのかと考えたが、クロノはその考えをすぐに否定する。
もしそうなのなら、今頃このきれいな花畑すら焼き尽くされているだろう。
そんなふうに考えこむクロノのすぐ背後から、女性の声が聞こえてきた。

「以前にダグバの気配を感じたから来てみれば、まさか生きているリントと出会うことになるとはな」

先程まで何も気配を感じ無かったのに突然現れた存在に驚きつつも、クロノは警戒しつつ後ろを振り向く。
簡単に全ての不可解な事件を未確認生命体の仕業と決め付けるわけにはいかないが、こういった不可解な状況を考えるとその考えを否定出来ないため、クロノはいつでもデュランダルを起動できるようにする。
そして、あたかも何も知らないとでも言うように、目の前に入る赤と黒のドレスを着込み額にバラの花のタトゥーを入れた女性へと話を切り出した。

「この近くの村にいる知人を訪ねてきたんですが、村にいなかったので周辺を探しに来たんです。もしよろしければ村の人がどこに行ったのか知りませんか?」

当たり障りの無い言葉で相手の出方を待ちつつ、クロノはバラのタトゥーの女性の仕草を観察する。
もしかしたらこの女性が村の人の行方を知る手がかりにもなると思ったからだ。
しかし、バラのタトゥーの女性はクロノの予想とは全く違う……いや、ある意味ではクロノの予想通りの言葉を口にした。

「この地に住むリントは、すでに我らの同族の糧となったようだ」
「なんだと?それはいったいどういうことだ?」

クロノがさらに事情を聞こうとするものの、バラのタトゥーの女性は自らの右手をクロノに向けると同時に赤いバラの花弁を大量に放ち、クロノは一気に目の前に広がった花弁に視界を遮られる。
そして、視界を遮る物が何もなくなったときには、すでにクロノの前には誰もいなかった。










今回のグロンギ語

ゴラエガガギギョン……ボンビランンエモンザ 
訳:お前が最初の……このビランの獲物だ





ビランさん、ゲゲルで一人も殺すことなくゲゲル終了の回となりました。更新再開記念(?)のため、この話は前後編ではなく一話完結の方向で書いたのですがこれでよかったのかどうか。







[22637] 第25話 衝突
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/03/24 23:44





最近のカイにとって最も幸福な日、それはヴィヴィオの行く学校が休み日である。
フェイト達隊長陣やスバル達フォワードメンバーは教導のため遊びの邪魔をする者は誰もいない。
だが……

「はっけよ~い……のこった!!!」

丸い輪の中に入ったヴィヴィオとゴウラムは、なのはに教えてもらった日本の国技である相撲をとっているためカイの相手をしてくれなかった。
ヴィヴィオの相手となっているゴウラムは、その巨大な角を大きく開いてヴィヴィオの体を受け止め、ヴィヴィオが角で怪我をしないように相手をする。

「むぅうううう~」

ヴィヴィオは、地面に描いた土俵からゴウラムを突き出すように目を瞑ってさらに力を込める。
ゴウラムもそんなヴィヴィオの様子に気がついたのか、ヴィヴィオが転んで怪我をしないように徐々に後退していく。
そして……

「そこまで!!!ヴィヴィオの勝ちだ」

ゴウラムが土俵から出たときに勝負は決し、ザフィーラの号令が響いた。

「やった~!!!」
「これでヴィヴィオの全勝だな」
「えへへ、ヴィヴィオが一番強~い」

ザフィーラの言葉のとおり、ヴィヴィオはカイとザフィーラ、そして先程のゴウラムとの三連戦を全て勝利で飾っていた。
ヴィヴィオのはしゃぐ姿を見て満足したのか、ゴウラムも拍手の代わりに角を閉じたり開いたりを繰り返してヴィヴィオの優勝を祝福する。
ことの初めは、なのはから聞いた相撲をしてみようということになり、いつも通りの遊びの面子である二人と一体と一頭の中で誰が一番強いのかを決めるというだけだった。

「それじゃ、次は準優勝を決めないとね」

そして、参加者全員の勝利したヴィヴィオが優勝として、それならと準優勝も決めるという流れに自然になってしまった。

「ならば、最初は誰と誰が対戦する?」
「ん~とね、カイは一番弱かったから、ザヒーラとゴウラム!!!」

ヴィヴィオの口から対戦の組み合わせにカイの名前は出てこなかった。
それもそのはず、カイはヴィヴィオと相撲をとったときにヴィヴィオを怪我させるわけにはいかないと考え、すぐに押し出されてしまったからだ。
しかし、ゴウラムとザフィーラはヴィヴィオに手加減しつつもある程度の戦いぶりを見せた。
そのため、ヴィヴィオの視点では苦戦したと思われるゴウラムとザフィーラのほうがカイより圧倒的に強いということになっている。
そんなわけでザフィーラとゴウラムが土俵の中に入り、ヴィヴィオが審判として中に入る。

「それじゃあ見合って見合って」

ヴィヴィオの言葉にザフィーラとゴウラムが前かがみに構える。
二人の視線……ゴウラムにはそれらしい眼は見当たらないが、側面にある赤いレンズのようなものとザフィーラの眼が合って火花が散る。

「はっけよ~い……のこった!!!」

ヴィヴィオの合図にザフィーラとゴウラムが全力で前へと進み、頭から激突する。
廻り込んで押し出すことや角を使っての攻撃はアンフェアだと感じたのか、まるで示し合わせたように正面から両者はぶつかり合う。
今ここに重大な何かを決めるための大いなる戦いが始まった。
そんな中、一人取り残されたカイは……

「俺……弱くない」

ヴィヴィオに弱いと言われて凹んでいた。
そんな落ち込んだカイの元へやってきたのはスバルだった。

「カイ、今日こそは私と一緒に少し組み手しようよ」

ギンガが姉としてカイに接しているのを見たことと、実際には違うとは言え初めてできた弟ということもあり、スバルはギンガがいないときもよくカイにかまってくる。
もっとも、それは第4号としての強さを知っているから組み手の相手をしてほしいという理由もあるだろう。
しかし、カイはゴウラムとザフィーラが相撲をとり、ヴィヴィオがそんな一体と一頭を応援しながら審判を続ける光景を涙ぐみながら見ていた。
ヴィヴィオ達にとって今のカイは完全に蚊帳の外だった。

「ほら、少し体を動かしたらスッキリするかもしれないよ」

こうして何も反応のないカイをスバルは強引に連れていき、カイの訓練の参加が決定した。





こうしてカイがフォワードメンバーとの訓練に参加することになったわけだが、訓練に参加する者全員はカイが連携というものをまともにできるほどの頭を持ち合わせているとは思っていなかった。
戦闘においては驚異的な実力を発揮するものの、カイは今まで連携をとって戦ったことはゴウラムとともに戦ったときだけしか確認されていない。
その連携攻撃は確かに慣れたものと感じられたが、スバル達がそれと同等の連携を行うことは困難だろう。
そんなこともあり、カイが訓練に参加する際はカイを相手としてそれぞれのスキルアップを目指すという方法で訓練を行うことを隊長陣に前もって伝えられていた。

「というわけでだ、カイ、まずはスバルと手合わせしてみろ。お前の戦い方に最も近いだろうからな」

フィジカル面担当というわけではないが、こと武器や素手においての戦闘に関しては隊長陣随一とも言えるシグナムの言葉にスバルはカイの前に立つ。
しかし、カイは今頃相撲をとっているゴウラムとザフィーラ、それを見ているヴィヴィオのことが気がかりでそれどころではない。
そんなカイの様子に気がついたのか、シグナムはなんとかカイにやる気を出させようと切り札を使うことにした。
カイにだけは通用するだろう、最強の切り札を……。

「……カイ、しっかりとみんなの相手をすれば、アイナさんに今日のおやつのシュークリームを増やしてもらえるようにお願いしてみよう」
「ホントか?俺、がんばる」

シグナムの提案に今まで上の空だったカイがすぐさまに反応する。
シグナムはそんなカイの子どものような反応に一瞬声が詰まるが、今度はスバル達に向かって話す。

「スバルの場合は、無様な姿を晒せば後が怖いと思っておけ」
「は、はい!!!」

鋭い視線で告げられた言葉に、最初にカイの相手をするスバルが代表して返事をし、バリアジャケットを展開させる。
しかし、その光景を見せてもカイは変身をする様子は見せなかった。

「カイ、変身しなければ組み手を始めることができん」
「そうだよ、早く変身しなよ」
「……俺、変身しない」

シグナムとスバルがカイに変身するように言うものの、カイは頑なに変身することを拒んだ。
その様子を見ていたティアナ達も、どうしてカイがここまで自分達の相手をすることをイヤなのか不思議がる。
今のところカイがスバル達の訓練に参加するのは、まだやっていないとはいえ今日が初めてだ。
今回はスバルが強引に連れてきたという理由もあるが、それでも未確認生命体と戦う以外にカイが積極的に力を使うような様子は見られない。

「しかし、それでは訓練にならん」
「そうだよ、訓練なんだからそんなに気にしなくてもいいよ」
「でも俺、リントと戦うために力使わない」

シグナムとスバルの言葉にティアナが以前なのはが襲われたときのことを思い出す。
錯乱したカイが白い戦士となってなのはを襲い、なのはのリンカーコアが封印された。
もしかしたら、そのことをカイは気にしているのかもしれないとティアナは考えたのだ。
そのことをティアナはシグナムに告げると、シグナムの方も変身したカイとの訓練の危険性を考え、改めて言い直した。
そのため、カイの言った『リント』という言葉を聞きはしたが気にする者は誰もいなかった。

「よし、スバルはバリアジャケットの展開を解除、身体強化も無しの素の状態でカイと組み手をしろ。カイも変身しないでならスバルの相手をできるな?」
「それならできる」

スバルがバリアジャケットを解除し、リボルバーナックルとマッハキャリバーを装着した姿に戻り、カイのほうもようやく構えをとる。

「では二人とも準備はいいな。それでは……始め!!!」

シグナムの合図にスバルがマッハキャリバーを加速させて一気に前へ飛び出す。
その勢いのままリボルバーナックルをカイの顔面へと叩き込む。
スバルはカイの顔面に直撃直前で止めるように打ち込んだが、カイにはそれに反応する様子はない。
いや、反応していないというよりは当たらないと前もってわかっていたのか、回避する仕草を見せなかったと言ったほうが正しい。
そして、カイが避ける行動をすることもなくスバルの拳がカイの顔面スレスレで止まる。

「少し待て、カイ、どうして避けようとしなかった?」

寸止めされていたものの、動く気配の見えなかったカイにやや訝しげな視線を送ってシグナムが話す。

「当たらない攻撃、避けなくてもいい」

カイは、そんなシグナムの言葉をさも当然のこととでも言うように返答する。
カイのそんな言葉を聞いたせいか、シグナムは眼を光らせてスバルに次の指示を出す。

「スバル、次からは寸止めする必要はないぞ」
「え?あ、でも……」

スバルはシグナムの言葉にどうすればいいのか戸惑う。
当たるにしても当たらないにしても、リボルバーナックルの一撃が直撃すれば怪我だけではすまないかもしれない。
そんな考えもあり、スバルは寸止めで攻撃を仕掛けた。
だが、それならリボルバーナックルを外せばいいと考え直したスバルは、リボルバーナックルだけを外すと、再度カイと戦うべく構えをとる。
そして、先ほどと同じく先手必勝とでもいうように前へと進み、今度は寸止めではなく直撃させる勢いで右拳を打ち込んだ次の瞬間……スバルの視界に青空だけが広がっていた。

「……あれ?」

気がついたときに感じた背中からの衝撃、その衝撃で閉じてしまった目を開いた次の瞬間に見えた青空、そしてスバルの首もとに寸止めで止められていたカイの拳。
カイはスバルの右拳の一撃を左手でスバルの右腕をとって背負い投げ、そのまま叩きつけると同時に空いた右拳をスバルの首もとへと向けていた。

「そこまでだ。勝者、カイ」

シグナムの合図でカイの勝利が決まる。
しかし、スバルがあまりにも呆気無くやられてしまったせいか、シグナムの機嫌がやや悪くなったようにティアナ達には見えた。
スバルも一瞬どうやって自分が倒されたのか理解できなかったが、ピリピリしているシグナムを見て今は余計なことは言わないほうがいいだろうと感じて黙って立ち上がる。

「次は……エリオ、槍でカイの相手をしてみせろ」
「は、はい!!!」

シグナムはカイの次の相手にエリオを選んだ。
エリオのほうもいきなりの指名ではあったが、前から一度手合わせしてみたいという考えもあり、緊張しつつも威勢よく返事を返す。

「スバルのような負け方をしたら……わかっているな?」
「は……はい」

だが、シグナムの鋭い言葉にエリオはその身を震わせるしかなかった。
スバルもようやく自分が簡単に負けてしまったことを思い出したのか、自分の髪の色と同じくらいに顔を青くしていた。
そんなスバルにお構い無くシグナムはカイの身長と同じ長さの木の棍を持たせ、エリオにもストラーダと同じくらいの長さの木槍を渡して手合わせが始まる。
エリオは先のスバルの失態を犯さないように慎重に間合いをとりながら、徐々に間合いを詰めていく。
しかし、カイとエリオの二人はどう考えてもカイのほうにリーチの面で有利である。
そのことを理解しているのか、エリオはカイの動きに合わせてのカウンターを狙うべくカイの一つ一つの挙動に集中する。
シグナムのほうもエリオのそんな慎重な考えを見越したのか、満足そうな表情で勝負の行く末を見守る。
徐々に詰められるカイとエリオの距離。
そして、カイが攻撃の間合いに入りエリオに向かって攻撃を仕掛けようとした瞬間、それを待っていたとでもいうようにエリオは自分の体のある位置から自分の体の幅だけ体の位置をずらして一気に木槍でカイの体を突く。
槍などの長い武器で最速の攻撃を行うには、その打点となる槍の先端と打ち込む場所を最短で届かせる突きしかない。
そしてエリオがとった行動は、カイが攻撃するだろう最短の距離から自分の体を移動させつつカイの動きよりも早く木槍を届かせること、それだけだ。
小手先の技量ではおそらく未確認生命体と互角に戦えるカイには届かないと感じたエリオは、あえてシンプルな作戦でカイに挑むことにしたのだ。
カイが動いた瞬間、それを上回るかのような速度で動くエリオに、スバル達はエリオの攻撃がカイより先に当たる……そう思った。
そして、確かにエリオの攻撃はカイの攻撃より先に終わった。
だが、腕を伸ばしきったエリオの手が持つ木槍の先端が、カイの鳩尾に届くことなくスレスレの位置で止まっていた。
そして、カイの棍はエリオの左側からエリオの首を切り落とすかのような位置で止まっている。
エリオが突きで攻撃したのに対して、カイは棍を薙ぎ払う攻撃で対抗していた。

「そこまで!!!これは……引き分けだな」

互いの攻撃が当たる瞬間で止まっていたこともあり、シグナムは勝敗として引き分けを告げる。
しかし、シグナムから見て今回の勝者はカイだった。
エリオがとった攻撃が最短距離の突きだったのにたいして、カイがとった攻撃は振りあげて振り下ろすという二つの動作が必要な薙ぎ払い。
そして、エリオは完全に体が伸びきった状態で動きを止めているのに対して、カイはそのまま振り下ろせばエリオの首を叩きつけられる位置で止まっている。
また、カイが攻撃方法に突きを選択していたら勝敗は明らかだっただろう。
だが、あえてカイはその突きという手段をとらずに薙ぎ払うといった手段で攻撃してきた。

「カイ、今の勝負、どうして突きを使わなかった?」

シグナムは引き分けと言ったものの、あえてカイへと問いただす。
それはエリオのほうも納得がいかないような表情をしていたからだった。

「突くとエロ、怪我をする」

しかし、カイは怪我をさせたくないという意志を簡単に伝えると勝負は終わりとでも言うように棍を投げ出す。

「シグナル、これでシュクーリムたくさん食べられるか?」
「いや、まだだ。ティアナの相手がまだだからな。それが終わってからだ」
「むぅ~」
「わ、私もやるんですか?でも、カイと私じゃスキルが……」

シグナムがもはや意地とでも言うような提案を出し、その矛先となったティアナも突然の指名に驚く。
ティアナの役目はセンターガード、チーム全体を見つつその時その時の指示や援護を行うことにある。
射撃はもちろんできるが、それ以外の部分も重要なポジションである。
カイも射撃ができる緑の戦士の力があるが、それは拳や棍、剣が届かない位置にいる敵を倒すためのものであり、ティアナの戦い方とはスタイルが大きく異なる。
どちらかと言えば狙撃を行うヴァイスの戦い方のほうが近いだろう。
キャロもチーム全体のサポートが役割である以上、カイと訓練できるような内容はない。
ここでシグナムがカイと剣で試合をするという流れにでもすればいいのかもしれないが、今はスバル達の訓練の時間である。
そんなこともあり、さすがに剣の試合を優先するわけにもいかなかった。

「ふむ、ならどうするか」
「ん~、少し待つ」

シグナムがどうしたものかと考えているとき、珍しくカイが何かを思いついたのか言葉を残してその場から離れた。
カイとしても早く終わらせてヴィヴィオと遊びたいという理由もあるので、積極的に何かをしようとしていた。
それからしばらくして、カイは水を張ったバケツの他に、フェイトに新しく買ってもらったのと合わせて合計二挺の子どもが使うような拳銃型の水鉄砲を持って戻ってきた。

「テアカ、これ持つ」

ティアナにそう言うと、カイは中に水を入れた水鉄砲を渡す。
なんでそんなものを渡してきたのか不思議そうに感じながらも、ティアナは黙って水鉄砲を受け取った。
そしてカイはまた少し離れると、近くにある木の根本に落ちている葉っぱを拾い始めた。

「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10……えっと……」
「……11だ」
「11……えっと……」
「……12だ。キャロ、カイの手伝いをしてやれ」

途中で数を数えるのを詰まったカイになんとか助け舟を出すものの、すぐにまた言葉が詰まったカイに呆れたシグナムはキャロに手伝わせ、カイはキャロと一緒に葉っぱを再び拾い始めた。
そして30枚の葉っぱを持ってみんなのところへと戻ってきた。

「これ、上から落とす。それを撃つ」
「葉に多く当てた方の勝ちというわけか」

シグナムはカイの出した勝負方法というよりはゲームの説明を聞く。
ティアナとしては慣れていない水鉄砲を使って、なおかつ葉っぱのような小さな的に当てることができるのかという問題もある。
愛機であるクロスミラージュのサポートを普段から極力抑えているとはいえ全くのサポートがなく、ターゲットがあまりにも小さい。
だが、カイとティアナの素の状態での実力を見ることはできるかもしれないと感じたシグナムはカイの提案を受け入れた。

「まあいい。よし、それならキャロがフリードに乗って空から葉を落とせ」
「わかりました」

そして、シグナムはこの勝負というよりもゲームをやることを決め、キャロにもこのゲームに関わらせようと役割を任せる。
キャロもシグナムの言葉にフリードを本来の姿に戻らせ、その背に乗って空へと飛ぶ。

「オニク……飛んでチキンになった」
「いや、それも飛ばないから」

そんなフリードの姿を見たカイの言葉に、ティアナはただ呆れてツッコミを入れるしかできなかった。

「落としますよ~」

しかし、そんなカイの言葉も届かなかったのか上空からキャロが手を振って合図をしてくる。

「よし、まずはカイからでいいな?」

シグナムの言葉にカイは頷きキャロへと合図を送る。
キャロはその合図で手に持った葉っぱを空へと広げるように投げた。
そしてフリードの鳴き声が勝負開始……もとい、ゲーム開始の合図となった。





それから少しして、なのはと共にヴァイスがスバル達の訓練している場所にやってきたのだが……

「お~やってるやって……何やってるんすか?」
「キャロ、もう一回、もう一回だけやらせて!!!」

ヴァイスとなのはが見たのは、ムキになってキャロに何かを頼むティアナの姿だった。
そんなティアナの行動をわかっていたのか、スバルは空から降りてきたキャロとフリードの傍にいくと手に持った何かを渡して、それを受け取ったキャロはもう一度空へと飛ぶ。

「行きますよ~」

合図とともに投げ出されたのは葉っぱだった。
それをよく狙いながらティアナは愛機であるクロスミラージュ……ではなく、水鉄砲を向けて引き金を引く。
その銃口から飛び出した水は葉っぱへと向かうが、徐々に重力に抗えなくなったのか葉っぱに当たることなく水は落下する。

「あ~、弾道予測とターゲットのランダム機動の予測の代わりか何かかな?」
「そういえばティアナにも狙撃用のスキルを後々教えるんでしたっけ?」

なのはとヴァイスはその光景を見ただけで、このゲームが対象の移動範囲と自分の撃った弾の弾道を予測させる訓練に似たようなものだと感じた。
実際に狙撃に必要なスキルはまだまだある。
だが、手始めにやるにはそこまで悪いものでもないだろう。
風まかせに動く葉っぱの動きを読み、その上で勢いがそれほどない水鉄砲で葉っぱを落とすというのはそれだけでも難しい。
もし、それが普通にこなせるくらいのレベルになったら射撃の腕は飛躍的に伸びることになるだろう。

「そうか、そういう考え方もあったか」

シグナムの方もそこまで深く考えていたわけでもなかったのか、なのは達の言葉に感心したように呟いていた。
シグナムとしては、デバイスに頼らず自分の経験と技量だけでやるのなら悪くない勝負方法だと感じたからやらせただけだったからだ。





結果として、ティアナはカイに惨敗した。





訓練が終わってからシグナムにカイの体が臭うと言われ、ヴァイスとエリオはシグナムにカイを洗うように命令された。
そのためエリオとヴァイスに連行されたカイは、二人によってシャワー室で全身を洗われることとなった。
そして、訓練も終わったことで途中で合流したフェイトとヴィータを伴って女性陣も汗を流すこととなり、その場で解散となった。
その際にヴァイスは……

「どうせなら姐さんやフェイトさんみたいなナイスバディな人を洗いたかった」

このようなことを言っていたが、エリオはそれをあえて無視した。
そして今、カイはブルブル震えながらしゃがみ込み、エリオとヴァイスが自分の体を洗い終えるのを待っていた。

「それにしても、なんで俺がわざわざ男を洗わなきゃなんないんだよ」

ヴァイスが愚痴るものの、シグナムに脅されては断るわけにもいかない。
エリオもそれを感じているが、特に何も言わずに黙々とカイの体を洗うことに専念した。

「……そうだ。カイ、エリオ、終わったら少し付き合え。男同士の親交を深めようじゃねえか」

ブツブツと愚痴を言っていたヴァイスは、何か良いことを思いついたとでもいうような表情でカイに頭からシャワーをぶっかけてある作戦を遂行しようとしていた。





そしてやってきたのは女子シャワー室のある通り……の端の曲がり角。
そこからヴァイスが顔だけを出す。

「見えるか?あそこが今回の作戦目標。作戦名は名付けて『The stairs to heaven(天国への階段)』だ」

ヴァイスの言葉に続いてエリオがヴァイスに続くように顔を出す。

「あの~、さすがに後が怖いですよ。それにどちらかというと地獄への階段のような……」

エリオはヴァイスの考えが読めたのか、忠告するかのように言う。

「まずは話を聞けって。いいか、ここに超小型かつ高画質のカメラがある」
「……ありますね」

エリオはヴァイスの手のひらに載せられた指先くらいの大きさのカメラを見る。
確かに超小型ということもあって、カメラはかなり小さい。
しかも画質もよいとなれば高性能であることは言うまでもないだろう。

「それで、これをどうするんですか?」

わかりきっているとはいえ、年長者であるヴァイスに対してそこまで強く出ることもできないエリオはどうしたものかと思いながらも話を聞く。

「これを持って、エリオが女子シャワー室に突撃して中の映像を収めるんだ。カメラは写真と動画に機能を分けられるから写真は一人一人ピンポイントで、動画もできるだけ被写体を近くに収めて撮ることを忘れるなよ」
「僕が行くことは決定ですか!!!」
「当たり前だろ、俺が行ったら姐さん……だけじゃねえな。全員に殺されるぞ」

作戦名『天国への階段』の説明を熱く語るヴァイスにやっぱりと思いつつも反論するエリオ。
それは当然だ。エリオがやるやらないは別として、もしバレてしまったらヴァイスが明日の朝日が拝めなくなってしまう可能性は非常に高い。

「その点、お前ならフェイトさんや姐さんは油断するだろ。だから心置きなく逝ってこい!!!」
「絶対にイヤです!!!」
「……しょうがねえ、それならカイに逝ってもらうとするか」

カイなら間違えたとでも言い訳すれば小言だけですむだろう。
少なくともバレたときの危険度においては、エリオとカイはヴァイスよりも圧倒的に下だと考えていいだろう。

「……そのカイさんはどうしたんです?」

あくまで自分は逝きたくないのか、エリオはなんとか別の話に持っていこうとカイのことをヴァイスに聞いた。
ここにカイも来ていたのに話に全く入ってこなかったからだ。
そんなエリオの言葉を予想していたのか、ヴァイスはすぐさま少し離れた位置を指さした。

「カイか?カイならほら、そこでまだ震えてるぜ」
「ギャワー……怖い」

ヴァイスの指さしたところでは、エリオの探していた人物がシャワー恐怖症のきっかけとなった女子シャワー室に近づいたことで、女子シャワー室に背中を向けて頭を抱えブルブル震えていた。

「……どうします?」
「慌てるな、対策はちゃんと考えてある」

自信たっぷりにヴァイスは言うと、懐から何か一枚の紙を取り出す。

「カイ、こいつをよ~く見てみろ」
「ギャワー、怖い」
「怖くねえって、いいから見てみろって」
「う~」

シャワーに怯えるカイを根気よく説得し、ヴァイスは手に持った紙をカイへと見せる。

「……おぉおおおおおっ!!!」

次の瞬間、その紙を見て叫んだカイは、ヴァイスから紙を奪い取るとそれをジーッと見つめる。

「どうだカイ、きれいだろ?」
「海、きれいだ」

ヴァイスがカイに見せたもの、それは海が映しだされた一枚の写真だった。
海の写真に釣られたカイは子どものような目で渡された写真を見続ける。

「いいかカイ、こいつと同じような男にとって最高にきれいな景色が……あの扉の奥にある!!!」

力強くヴァイスはそう言うと、ビシッと女子シャワー室へと先程の言葉と同じような力を込めて、男にとって永遠に入ることの許されない禁断のきれいな景色のある場所を指差す。

「あそこにきれいな景色、あるのか?」
「ある!!!いいか、使い方を説明するからよ~く覚えておけよ。ここから覗き込んで、このボタンを押す。たったこれだけだ」

力強くヴァイスは頷き、そのままカメラの使い方を説明する。
カイに行かせる時点で動画は諦めたのか、写真だけにターゲットを絞った。

「いいか、こんな感じだ」

ヴァイスはまずはお手本とでもいうように、エリオに向けてカメラを向けてシャッターを切る。
そして撮られた画像をカイへと見せる。

「な、簡単だろ?」
「簡単だ。俺、できる」
「よし、なら逝ってこい!!!」
「行ってくる」

ヴァイスの後押しを受けたカイは、受け取ったカメラをいじくりながら女子シャワー室へと歩いていく。
それをヴァイスは眩しさを感じながら見送った。

「ところでヴァイスさん」
「ん?どうした、エリオ」
「もしカイさんがヴァイスさんに頼まれたってみんなに言ったらどうするんですか?」

よく言えば純粋、悪く言えば単純なカイの行動を予測したエリオが、その後に起きるであろう惨劇を思い浮かべてヴァイスへと伝える。
ヴァイスはしばらくエリオの言葉の意味を頭の中で整理し……

「……エリオ、ここから離れるぞ」

とりあえず自分は関係ないとアピールするために一刻も早くこの場から離れることをヴァイスは選択した。
……無駄な努力かもしれないが。





一方、女子シャワー室では……。

「カイ君、ちゃんとシャワー浴びれてるかな?」
「大丈夫だよ、シグナムがヴァイスとエリオに頼んでくれたみたいだから」

訓練を終えたスバル達となのはと合流した隊長陣はそろってシャワー室でそれぞれ汗を流していた。
それぞれ入り口の手前からスバル、ティアナとキャロとフリード、なのは、フェイト、ヴィータ、シグナムの順番で個室に入っている。

「ティア、まだ落ち込んでるの?そんなに気にしなくてもいいんじゃない?」

スバルは隣の個室でどんよりとした雰囲気を漂わせるティアナをなんとか元気づけようとする。

「……あんたねぇ、カイに簡単に負けたのよ?少しは反省しないの?」
「それはまぁ……簡単に負け過ぎちゃったかなとは思うけど……」
「エリオはまだ善戦したけど、私はゲームみたいなもんで負けたのよ?」
「あ~、うん、ゴメン」

キャロの髪を洗いながらもグチグチと言うティアナの言葉にさすがにスバルは何も言えずに謝った。
カイが落ちてくる30枚の葉っぱを水鉄砲で全て当てたのに対して、ティアナが当てることができた葉っぱの数は5枚だけだった。
しかもカイはほとんど狙っているようには見えない様子で水鉄砲を撃つということをやっており、ティアナはよく狙った上でカイに負けてしまったことで余計ショックが強かった。
唯一慰める部分があったとすれば、カイが10以上の数をまともに数えられないせいか、それ以降のカウントをシグナムがしたという部分だけだろうか。
もっとも、そんなことはティアナにとってはなんの慰めにもなっていないだろう。
そんな中、キャロだけはそんなティアナ達を乾いた笑いをしながら見ることしか出来なかった。

「キャロはカイの相手できないもんね」
「えっと、カイさんの持つスキルで教えてもらえるのが何もないですから」

スバルは格闘技、エリオは槍術、ティアナは弾道予測という分野で今回カイと争ったが、キャロだけはカイの持つ力に教えてもらえるようなことがない。
一方、シグナムとヴィータはというと……

「なんだ、シグナムはカイと剣で勝負しなかったのか」

仲間内ではバトルマニアと言われているシグナムがカイに勝負を挑まなかったことを不思議そうにしていた。

「まあ、今日はスバル達の相手として来てもらっただけだからな。いずれ折を見て挑んでみることにしよう」
「あ、やることには変わりねーんだ」
「当然だ」

ヴィータの呆れたような返事をさも当然とでも言うような返事でシグナムは返す。

「テスタロッサ、まさかお前もカイに勝負吹っかけるわけじゃねえよな?」
「そ、そんなことしないよ」

ヴィータの視線は真ん中に位置する個室を利用しているフェイトの方へと注がれた。
フェイトとしては愛娘とあれだけ仲良くなっているカイに、小一時間とは言わず一日中お話を聞こうとは考えているが、少なくとも戦いを挑むつもりはない……はずである。

「なのはも、カイに変な言いがかりつけて模擬戦なんてやるんじゃねえぞ?」
「そんなことしない……よ?」
「なんで疑問形で返すんだよ」

なのはがカイに『グロンギ』と呼ばれることを気にしていることをヴィータは知っている。
もっとも、機動六課に所属するほとんどの局員がなのはがカイにグロンギと呼ばれていることは知っている。
そのグロンギが未確認生命体の呼称であることはカイの口から部隊長やフォワード陣には伝えられたものの、他の局員には未確認生命体という名称が一般的でありグロンギの意味を知る者は少ない。
そして、なのはがどうして『グロンギ』と呼ばれているのかは誰も知らなかった。
そのことをカイに聞くため、なのはがカイからお話を聞くために挑むかもしれないと思ったからヴィータは前もって忠告みたいな形で言うことにしたのだった。

「ヴィータちゃんはいいよね、ピータンってかわいいよね」

なのはのほうもカイに『グロンギ』と呼ばれることを思い出したのか、落ち込んだ様子でシャワーを浴びながらしゃがみ込む。
そんななのはの様子をヴィータは面倒だと思いながらも、なのはをどうするか考えようとしたその時、シャワー室に入るためのドアが開いて誰かが入ってきた。

「スワル、テアカ、ギャオ、きれいな景色どこにある?」

突然スバル達に投げかけられた一つの質問。

「きれいな景色?う~んと、私は広い原っぱとかが好きだなぁ」

引き締まった体を隠すことなくその質問に真剣に考えて答えるスバル。

「いいですね、フリードとゴロゴロするのも楽しそうです」

いまだに幼い体のキャロもスバルの言葉にその光景を考えたのか、フリードを抱き上げてスバルの意見に賛成する。

「そうねぇ、ときどきそういった場所でゆっくりするのもいいわね」

スバルほどのプロポーションではないが、それでも充分すぎるほどに魅力的な体を持つティアナもそこでゆっくりする光景を思い浮かべる。
結果として、スバル達にとってのいい景色は広い草原という結論となった。

「広い原っぱ……ない」

しかし、質問した者にとっては望んだ回答ではなかったのか、床を見て落ち込んだ声を出す。
その質問者は、さらに奥にいる者達へと聞くべく先に進む。

「グロンギ、エイトマン、きれいな景色どこにある?」

そして、次のターゲットに意見を聞くことにした。

「きれいな景色?そうだねぇ、私は空が好きだから、空がきれいな景色だと思うかな」

スバル達よりも体に大人の女性の魅力を持つなのはがシャワーに顔を向けて髪を洗いつつ質問に答える。

「そうだね、広い空を飛ぶのがなのはは好きだもんね。私も空が好きかな」

なのはより出るところは出ているフェイトもスポンジにボディソープをつけて体を洗いながらその質問に答える。

「空……ない」

だが、その回答にも満足できなかったのか、質問者は天井を見上げてさらに落ち込んだ声を出す。
質問者はそれでも諦めずに奥にいる二人に話を聞くことにした。

「ピータン、シグナル、きれいな景色どこだ?」
「きれいな景色なぁ、アタシは海なんか好きだぜ」
「そうだな、夜天の空も悪くないが海もまた捨てがたい」

キャロよりも幼い体をシャワーで流しつつ答えるヴィータ。
ここにいるメンバーの中ではフェイトと同じくらいトップレベルのスタイルを誇るシグナムは、主であるはやてを象徴する魔道書である『夜天の書』からとった夜天の他に、はやてと出会った当初に感じた自分達を包みこんでくれる母性的な何かを感じたせいか、生命の母とも言える海という答えを出した。

「海……水あるけど、海じゃない」

だが、それも質問した者にとっては満足した回答ではなかった。

「それにしてもいい具合にみんな別れちゃったね」
「そうだね、原っぱに空に海、みんなバラバラだね」

なのはがみんなの意見をまとめ、それに賛同するようにフェイトが話をつなげる。

「でも、どこもきれいな景色ですよね」
「そうだよねぇ。副隊長もそう思いません?」

キャロとスバルも綺麗なほどに別れた結果をまるで面白いとでも言うようにヴィータやシグナムに言う。

「確かにな。うまい具合にアタシとシグナムで海、なのはとテスタロッサで空、スバル達で原っぱに別れるっていうのも珍しいな」
「もしかしたら、今までの私達の生き方が好みに反映しているのかもしれないな」

ヴィータ達も気になったのかその会話に加わる。

「ところでさ、カイはそんなことを聞いてどうするの?」

そして、ティアナがどうしてそんなことを質問してきたのか、質問者である存在へと問いかける。
それから数秒後、シャワーを浴びている全員の思考が一瞬止まる。

今、自分達は誰の質問に答えたのか。

その質問した相手の性別はどちらだったか。

そんなことを考え終わったのか、全員が同じタイミングでシャワーのある前から、質問者のいるだろう後ろへと振り向く。
自分達の体を隠すということなど考えもせずに。
そこには期待した答えがなかったのか、やや落ち込んだ表情でシャワー室を出ようとしたカイが、丁度シャワー室の通路の真ん中つまりなのはやフェイトの使っている個室のすぐ前にいた。
カイはみんなが自分を見ていることに気がついたのか、改めてなのは達全員を見渡した。
なのは達が呆然とカイを見ている中、カイもどうしてみんなが自分をジーッと見ているのかわからず、カイもなのは達がどうかしたのかと思いながら見る。
そして、自分がなのは達の回答にちゃんと返事をしていなかったことを思い出した。
カイはなのは達を見渡し、答えてくれた事に関する結論を言っていないことを思い出した。
そしてカイはなのは達に向かって一言告げる。

「きれいな景色、ここにない」

そう言い残してカイはきれいな景色を探すべくシャワー室を後にした。





ヴァイスの指令どおりにカイは女子シャワー室にあるという『きれいな景色』をカメラに納めることはできなかった。
それでも最初に見せてもらった海のようなきれいな景色を求めたカイは、機動六課隊舎の屋上、ヘリの発着場に辿り着いた。

「ここだと、広く見られる」

遮るものの何も無いこの場所で、再度きれいな景色を探そうとするが……

「……わからない」

あまりにもいろいろなものがありすぎて、カイは頭の中が混乱してきた。

「……そうだ」

カイは何かを思い出したように辺りに人がいないかとキョロキョロ顔を向け、誰もいないことを確認する。

「リントの見ている前で変身する、キンカン、ダメって言ってた」

だが、周囲に誰もいないなら変身してもよいと考えたのか、カイは緑の戦士へと変身してその研ぎ澄まされた感覚を使って、きれいな景色を探そうと考えたのだ。
そして、その研ぎ澄まされた感覚が何かを捉えた。
普通なら何が起きているのかすらわからないであろう違和感。
だが、カイはその違和感の正体を知っている。

「……グロンギ!!!」
「見つけたわよ、カイ!!!」

カイが戦わなければならない相手を見つけると同時に、シャワーを覗かれた(直視された)女性陣はあまりそのことを気にしていないキャロとスバルを除いた全員がカイを捜索し、ティアナがついにカイを見つけだした。
だが、戦わなければならない相手を見つけたカイは、青の戦士へと変わると同時にその跳躍力を使って一気に戦うべき相手のいる場所へと飛び出し、ティアナの声に気がつくこともなかった。

「あの子ってば、また変身して……まさか、未確認生命体が出たの?」

カイが変身するのは基本的に未確認生命体が現れたときだけと考えているティアナは、すぐにカイが未確認生命体を見つけたと判断し、遠くなりつつあるカイに向けてクロスミラージュでマーカーを撃ちこむ。

「ティアナからロングアーチ。カイが未確認生命体を発見した可能性があります。マーカーをカイの体に撃ちこんだのでこれよりトライチェイサーで追跡します」

そのまますぐにロングアーチにも連絡を入れ、ティアナはカイを追うべく急いでトライチェイサーの元へと駆け出した。














<おまけ>
注意:後編(という言い方でいいのかはわかりませんが)への緊迫感(があるかもわかりませんが)を維持したい方は見ないことを推奨します。










一方、ザフィーラVSゴウラムの決戦の行方は……

「ねぇ、まだ~?」
「ぬぉおおおおおおお!!!」

ヴィヴィオが見守る中……いや、そろそろ勝負を見続けるのをヴィヴィオが飽き始めた今となっても決着がついていなかった。
ザフィーラとゴウラムは戦い続ける。
自分こそがヴィヴィオをその背に乗せるに相応しい存在だということを証明するために。





カイが女子シャワー室から立ち去ってから数分後、シャワーを浴びている女性陣全員が今の状況をよく理解出来ていなかった。
そして、ようやく意識が再起動して自分達がカイにシャワーを覗かれたことを知った。

「どうしようフェイトちゃん、私……グロンギって呼ばれて普通にお返事しちゃった」
「え?気にするところ……そこ?」
「ふむ、どうやら根性を叩き直す必要がありそうだな」
「いや、あいつ自分のしたことの意味をよくわかってねえだろ」
「ねえスバル、覗かれたことも問題だけどさ、私達を見てきれいな景色がないっていうの、思いっきりバカにされてるわよね?」
「ティ、ティア?カイのアレはさ、もうホント気にしちゃダメだと思うよ?」
「カイさん……髪の毛ちゃんと洗えたのかな?」

こうしてシャワーを浴びた女性陣によるカイの捕獲作戦が開始された。
一方、とある部隊長室では……

「平和ねぇ」
「平和です」
「平和やねぇ、この書類さえなければ……」

優雅にお茶を楽しんでいる医務官と部隊長補佐、それを羨ましげな視線で見つめながら機動六課の責任者が書類の片付けに追われていた。










カイにシグナムのことを呼ばせるとき、『シグナル』ではなく普通に『シグナム』と書いてしまいました。気づいて修正しました(できているはずです)が、この場合は誤字ではあるけれど誤字ではないんですよね。
それにしても、サブタイトルがザフィーラとゴウラムの相撲にしか関係していないことに投稿寸前に気が付きました。








[22637] 第26話 甲獣
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/04/17 11:54




ザフィーラとゴウラムがヴィヴィオを背に乗せる地位を争っていた場所では、ヴィヴィオが一人不貞腐れていた。
それというのも、ザフィーラとゴウラムの相撲中に、フェイトがここまでやってきてカイの行方のことを聞きに来たからだ。
フェイトがゴウラムにカイの行方を聞くと、ゴウラムは少し何かを考えるように動きを止めると、次の瞬間にはものすごいスピードで一気に飛び出していた。
フェイトもグリフィスに通信を繋ぎ、飛行許可をもらってゴウラムを追うように飛び出す。
それとともにザフィーラもヴィヴィオに少し離れると言い残して飛び出した。
そんなこともあり、ここにいるのはヴィヴィオ一人だった。

「カイもいつの間にかいなくなっちゃったし……つまんな~い!!!」

楽しいはずの休日の空に、いつの間にか退屈な時間がやってきてしまったヴィヴィオの叫びが響く。

「つまんないつまんないつまんない、つ~ま~ん~な~い~!!!カイのバカぁああああああ!!!」

だが、ヴィヴィオの叫びを聞いた者は誰もいなかった。





一方、ヴィヴィオの叫びなど気づかぬまま、カイは自分が感じた違和感を覚えた場所まで辿り着いたときには全てが終わっていた。
目の前の地面に広がった赤いライン。
いや、赤いラインはすでに乾いてしまったのか、どちらかというと黒ずんだラインと言ったほうがいいだろう。
そのラインが何本も地面に引かれ、その先にはかつて命だったモノがその命を散らしていた。
そんな光景の先に見えた一台のトラック。
その運転席にこの惨劇を引き起こした張本人の姿がある。

「……あいつか」
「待ちなさい!!!」

すぐさまトラックを追おうとした青の戦士の姿となったカイを止めるかのように、一台のバイクがカイの目の前で停車する。

「テアカ、どうした?」
「どうした……じゃない!!!勝手に出てきたらダメでしょう。私達に一言くらい言ってから行きなさい」

トライチェイサーを駆ってカイの下へと急行したティアナが、カイの勝手な行動に怒る。
だが、カイはそんなティアナの言葉を無視するように今にも見えなくなりそうなトラックを見据える。

「テアカ、あのバッシャー追う。グロンギだ」
「バッシャー?……バッシャー……馬車?……あ、車のこと?って、あんた走って追いかけるつもり?」

カイの言葉にカイが何を言いたいのかを考えたティアナだったが、ようやく理解できたときにはすでにカイは先を行った後だった。
その後を追うようにティアナはトライチェイサーを走らせ、カイの横を並走する。

「ちょっと待ちなさい、追うのなら後ろに乗って」
「ん、わかった」

ティアナはトライチェイサーを停車させてカイを乗せようとするところを、カイはトライチェイサーが停車するよりも早くティアナの後ろに飛び乗る。
予想外の出来事にティアナは崩れるバランスをなんとか保ちつつ、徐々にトライチェイサーを加速させていく。

「カイ、スピード出すからしっかり掴まってなさい!!!」
「わかった」

ティアナの言葉に素直に頷き、カイはティアナの体に腕を廻して、ティアナの胸元にあった出っ張りを掴んだ。

「ちょ、カイ、どこ触ってんの!!!」
「ここ、掴みやすい」

ティアナが突然の出来事に顔を赤くするものの、カイはそんなことなどお構いなしに言い切る。
それから先も……

「掴むのはもっと下!!!」
「わかった」
「今度は下過ぎ!!!変なところ触らないの!!!」
「むぅ~、テアカ、ワガママだ」
「私が悪いの?ああもう、私のお腹に掴まってなさい!!!」
「始めからお腹に掴まれ、言えばいい」
「うるさい!!!いいから追うわよ!!!」

このようなやりとりがあったため、トラックを本格的に追跡するまで、しばらくの時間を必要とした。
だが、元々のトラックの性能とトライチェイサーの性能には大きな差があり、向かった方角を前もって知っていたこともあって、すぐにトラックの後ろへと追いつくことができた。
だが、周囲に一般市民がいる状態で戦闘行為を行うことが難しいこともあり、ティアナはカイにこのまま未確認生命体を追うことを告げて、そのまま追跡するように速度を合わせた。
そんな中、トライチェイサーに乗っているカイの姿を見た一般市民がカイを指差して『第4号』と言っていたことをカイは偶然耳にする。

「ヨンゴウ?」
「ああ、そういえばカイは知らなかったっけ。あんた、ミッドじゃ未確認生命体第4号って言われているのよ。グロンギ……だったかしら?あいつらも同じ未確認生命体って呼ばれているわ」
「……グロンギと同じ」

少しだけ気落ちしたようなカイの返事に、ティアナは敵と同じ呼ばれ方をするのはイヤなのかと感じた。
そして、自分の腹部に廻された腕も少しだけ力が込められた。
もっとも、全力には程遠い力のため、その腕力に体がへし折られるということもなかったが。

「まあ、あんたがちゃんと自分のことを話したら……」

第4号と呼ばれることはなくなるかもしれない。
ティアナがそう言おうとした時に、カイの言葉でその言葉を飲み込むことになった。

「……俺、ヨンゴウでいい。今の俺、ヨンゴウだ」

自分の過去の名前である『クウガ』を捨てたカイにとっての新しい名前。
自分が戦うべき相手のグロンギと同じ呼称である未確認生命体と同じように扱われることは、むしろ当然だとカイは思った。

「……え?それってどういうこ……」
「テアカ、グロンギ、追う」

ティアナはカイのその言葉の意味を聞きたかったが、カイの言葉にティアナは再び前を走る未確認生命体の運転するトラックを追跡することに専念する。
もうしばらくすれば、フェイトやシグナムやヴィータなどの空を飛べる戦力が合流することも通信越しに聞こえてきた。
今は未確認生命体を追跡しつつ、一般市民に被害が出ないように動くことを目的とした。
だが、そんなティアナの後ろから前触れもなく何かが飛来してきた。
二本の巨大な角、六本の脚にも似た爪、左右に開いた昆虫のような羽根。

「ゴウラム?なんでここに来てるのよ?あんた、ヴィヴィオと遊んでたはずでしょ?」

元々ゴウラムのことをカイのサポート役としか考えていないティアナは、敵を追跡するだけの状況でゴウラムが出てきたことに驚く。
しかし、その後の出来事に遭遇することで、ティアナはさらに驚くことになる。
ゴウラムはトライチェイサーの上に位置して飛びつつ頭部と胴体に別れ、頭部は左右に展開してトライチェイサーのフロントカウルを覆い、胴体も羽根の部分が展開してリアカウルを覆うように合体してきた。

「ちょ、これ何よ?」
「ゴウラム、馬の鎧」

あまりにも突然で一瞬の出来事に、ティアナは驚きながらもなんとかゴウラムと合体してしまったトライチェイサーを駆る。
そんなティアナの驚きを知らずに、カイはゴウラムの役目の一つを言うだけだった。

「馬ってバイクが馬だって言うの?ああもう、なんか突然動きにくくなったんだけど!!!」

だが、本来の主ですらないティアナの操縦ではその力を発揮できないのか、速度は維持できるものの徐々に動きが鈍くなっていく。
そんなティアナの困惑を理解したのか、カイもティアナが握るハンドルを掴む。
それをしたことによって、突然トライチェイサーの制御がゴウラムと合体する前と同じよう回復する。

「あれ?元に戻った?よし、このまま追うわよ、カイしっかり掴まってなさい!!!」
「わかった」
「だからそこを掴むんじゃない!!!って、また動きが悪くなった!!!」

ティアナに言われた通りにカイがティアナに掴まるためにハンドルから手を離すと、途端にトライチェイサーの動きが鈍くなる。
カイもそれを感じ取ったのか、再びハンドルに手をかける。
だが、トライチェイサーは徐々に力を失ったかのように速度を落とすと、そのまま動かなくなってしまった。





フェイトとザフィーラが空からティアナ達と合流すると、ティアナ達の傍には道端にバイクらしい物が止まっていた。

「ティアナ、トライチェイサーで未確認生命体を追跡してたんじゃないの?」

通信でトラブルが起きて追跡は不可能となったという連絡は受けたが、ティアナは追跡するのに使っていたトライチェイサーの姿が見えなかった。
その代わりとしてカイとティアナの近くに置かれていたのは、トライチェイサーよりも大型の一台のバイクだった。
未確認生命体の追跡は、シグナム達がトラックを追うことで再開されているが、見失ってしまったせいか、いまだに行方を把握できていなかった。
そのため、現在の状況を早く解決させて、フェイト達もシグナム達と合流して未確認生命体の捜索をしなければならない。

「えっと……信じられないかもしれませんけど、トライチェイサーとゴウラムの合体したのがコレ……です」

ティアナとしてもなぜこうなったのかわからなかったが、先ほど起きた現象のことをそのように説明することしかできない。

「えっと……冗談だよね?」
「いえ、本当です」
「なぜ止まったのだ?」

ザフィーラに理由を聞かれるものの、ティアナとしても理由がわからない。
一方、この中で唯一ゴウラムのことを知っているカイに話を聞こうにも、カイはゴウラムと合体したトライチェイサーをペタペタ触るだけで役に立つようには見えなかった。
だが、カイがゴウラムを触るのをやめると、立ち上がってティアナ達へと顔を向ける。

「ゴウラム、疲れて寝てる」
「寝ている?ゴウラムが?」
「うん」

カイから告げられたあまりにも意外なゴウラムと合体したトライチェイサーが動かなくなった理由。
そのあまりの意外さにカイ以外の全ての者が黙り込んだ。

「ど、どうするのだ?」
「ゴウラム、起こす」
「起こすって……どうやって?」

ザフィーラがなんとか打開策を打ち立てようと考えるものの、カイから返ってきた返事は当たり前すぎるものだった。
その返事の真意を問いただすかのようにフェイトがカイにどうするのか聞く。
その答えは……

「ゴウラム、起きる。終わったら、ご飯もらえる」
「いや、シュークリームで釣られるあんたじゃないんだから」

カイのご飯で起こすという作戦にティアナは呆れる。
だが……

「あ、ゴウラムが起き……た?」

ゴウラムとトライチェイサーが合体したものは、カイの言葉に反応したのかそのエンジンの音を響かせる。

「……何、これ」

あ然とするティアナを前に、カイはゴウラムのコアとも言える輝きを失った緑色の宝玉を触る。
カイが触ると宝玉は脈動するかのように点滅を繰り返し、徐々にその輝きが強くなる。

「ゴウラム、馬に命がないから、それを補う形で合体して疲れた」
「馬に命がない……バイクに命がないからゴウラムが消耗したってこと?」

カイがゴウラムに触れてテレパシーか何かで聞いたのか、その結論をティアナ達へと話す。

「ゴウラム、ザヒーラとの相撲で疲れてた。それも理由」
「む、あれも理由の一つだったか」
「えっと、つまり命のないバイクだとゴウラムの消耗が激しいってことよね」
「未確認生命体の追跡はカイが緑の姿になれば可能……だよね?」
「うん」

フェイトがこれから先のことを考え、カイの緑の戦士のときの優れた感覚を使っての未確認生命体を追跡することを作戦の視野に入れて簡単な作戦を頭の中で立案する。

「私が抱えて飛ぶのも無理があるし、カイが走って追いかけるにも無理がある……どうしようかな」
「無理とはわかっていても、代わりの馬があればいいんですけどね」

フェイトの言葉にティアナが代案を出したが、あまり現実的な案ではない

「馬……馬?」
「カイが乗る……馬」

だが、藁にもすがる思いで馬を用意できないものかと考えたフェイトとティアナの前に一つの光明が差し込んだ。
今、この場に確かにカイの馬になれる存在がいるのだ。

「これならカイも移動できるし、私達と連絡をとりながら行動もできる……イケルかも」
「そうですね、その作戦で行けばトライチェイサーも動かせるかもしれません」

カイとザフィーラを置いて二人だけで作戦を組み立てていくフェイトとティアナ。
こうして、改めて未確認生命体を追うべくフェイト達は動き出した。





フェイト達が作戦を考えている頃、未確認生命体はなんとかシグナム達の目から逃れ、再びゲゲルを開始していた。
自分が見つけたオモチャでリントを狩る。
それがこのグロンギ、ギャリドにとってはたまらない娯楽ともなっていた。
今も袋小路に追い詰めたリントをその巨大なオモチャで押しつぶすところだった。

『バックします、バックします、バックします』

機械的な音声と共にリントへと迫る引く馬の必要ない鉄の馬車。
徐々にリントと馬車の距離がゼロへと近くなっていく。

「ゴビエソ、セギレギゴビエソ」

聞こえてくるリントの悲鳴、それに酔う自分。
後はこの馬車を動かすアクセルと呼ばれる足踏みをさらに踏み込むだけ。
それを踏むことでリントの肉が裂け、骨が砕ける瞬間を背中から感じることができる。

「ゴレンセバババラザ、ビゲラレバギ」

遂にはリントを押し潰そうとしたその時、何者かが間に入りリントを空へと連れて脱出した。





今にも民間人がトラックに潰されそうになるところを、シグナムとヴィータが間に割って入ったことで救出することができた。

「車で人を轢き殺す……か。下衆な」
「カイを待つまでもねえ、アタシとシグナムでやっちまうぞ」
「ああ、非殺傷設定を解除すればダメージを与えられることは第9号で確認されているからな」

シグナムとヴィータは獲物を逃がした自分達に突撃してくるトラックを紙一重で躱す。
だが、そのトラックはシグナムとヴィータが躱すことをわかっていたのか、すぐにギアを入れ替えると先ほど以上の速度でバックしてきた。
そして、今にもシグナム達を轢こうとしたその時、トラックの横からものすごい速度で巨大な何かが激突してきた。

「あれは……」
「ザフィーラ、お前、その姿はなんなんだよ」

シグナムとヴィータが見たのは、青い毛並みの守護獣であるザフィーラとそのザフィーラに跨るカイだった。
だが、そのザフィーラの姿は頭にゴウラムの頭部を角の突き出た兜のように被り、前足にはゴウラムの前足が展開して爪となり、後ろ脚と背中を覆うようにゴウラムの胴体が装着されていた。

「いくぞ、ザヒーラとゴウラムだから……ザヒラム!!!」
「え?いや、質問に答えろって」

ヴィータの言葉に答えることなく、カイを乗せたザフィーラはゴウラムと一体化したことで湧き上がる強大なその力をそのままぶつけるべく、トラックへと突撃する。
ギャリドの操るトラックもそれを迎え撃つべく、正面からカイとザフィーラに向けて速度を上げる。
ザフィーラに跨ったカイは兜を被ったザフィーラの頭に手を当てることによって、ゴウラムはその力を活性化させ、その活性化された力がザフィーラにも作用し、兜から大きく伸びる2本の巨大な角が光り輝く。
そしてそのままトラックとギャリドをまとめて貫くようカイとザフィーラは、一筋の光となってトラックへと突撃していく。
そしてトラックと激突した瞬間、その凄まじいエネルギーが解放され、一気にトラックを撃ち貫く。
トラックを正面から一気に後ろまで貫いたカイとザフィーラは地面に着地する。
だが、トラックに乗っていたギャリドを倒すことまではできなかったのか、ギャリドはドアから身を乗り出してきた。

「バズデングラリ、ババラズザラグ。ババラズボソグゾ、クウガ!!!」

ギャリドの叫びが響く中、それをかき消すかのようなザフィーラの雄叫びによってトラックを破壊したエネルギーがギャリドへと伝わっていく。
そのエネルギーがギャリドに伝わり、遂にはギャリドを巻き添えにしてトラックは大爆発を起こし、ギャリドはその生命の炎を消した。





「馬と……そして鎧が一つとなったか」

未確認生命体第24号、ギャリドの敗北を見ても同族であるはずのこの男は何もショックを受けていなかった。
いや、むしろこうなることこそが目的だったとでも言うような表情だった。

「これでリクがかつての力を取り戻すまでの残る要素は……ただ一つ」

その男が開いていた拳に力を込めるように握りしめる。
その途端、その拳には金色の雷光が迸る。

「この金の力……お前がこの力を手に入れ、全てを倒した時こそ……リク、お前と俺、真の決着の時が来る」

自らのゲゲルに想いを馳せ、男は……ガドルはその場を後にする。
だが、そのガドルにも一つだけわからないことがあった。
それは最近のガドルがいつも考えていることでもあった。
自分はゲゲルを成し遂げたいのか、それとも……ただ宿敵とも呼べる相手と戦いたいだけなのか……と。





みんなと一緒に機動六課に戻ったカイは用事を簡単にすませると、差し入れを持ってきたシャッハの目の前で正座していた。

「いいですかカイ、女性の胸というのは母性の象徴。勝手に触ったりしてはいけないんですよ。わかります?」

ティアナからの報告を受けたシャッハが、ここぞとばかりにカイに教えを説く。
だが……

「そうなのか?」

首を傾げて言うカイにはよくわかっていないようだった。

「……まあ、それはおいおい理解していければいいでしょう。それにしても、カイはどうしてティアナの胸を触ったのです?」
「馬に乗る時、掴みやすかった」
「馬ではなくバイクです。……ともかく、女性の胸を触ってはいけません。わかりましたか?」
「……わかった、触らない。でも、何でだ?俺、触られても気にしない。ヒャッハー、触ってみるか?」
「……結構です」

シャッハの呆れたような注意を理解したカイはなんとか返事をするものの、あまりにも常識に疎いカイにシャッハはため息をつくだけだった。
そんなシャッハの後ろでは、今すぐにでもカイと遊ぼうと思っている聖王教会の騎士がいる。

「カイ、用事が済んだら、今日はこのネコじゃらしで遊びましょうね」
「カリム、カイと遊ぶならともかく、カイで遊ぶのはやめて下さい」

シャッハに注意され、カリムはしょんぼりした表情でネコじゃらしを下げる。
そんなカリムを気にすることなく、カイは自分とは別の場所で保護者と同僚達に注意を受ける一人の騎士見習いの方を見ていた。

「エリオ、女の子の体に興味を持つのは仕方ないことだけど、今回みたいなやり方はダメだよ?」
「そうだよ、そんなに興味があるんだったら一緒に入ればいいのに」
「そうだエリオ君、今度はみんなで一緒に入ろうよ」
「スバル、キャロ、それはちょっと違うわよ」
「いや、別に僕はそんなことを思ってたわけではなくて……す、すみません」

ヴァイスと一緒に捕まった……もとい、機動六課一の狙撃手によって連帯責任とされてしまったエリオも保護者からの厳重ではない注意を受け、同僚であるスバルは見当違いな方向でエリオに注意する。
キャロも羞恥心などまるで無いかのようにエリオをシャワーに誘う。
そんなスバルとキャロに呆れるティアナ。
エリオは巻き込んだ狙撃手を心のなかで恨むものの、黙ってお説教を受けていた。
そして、次にカイは狙撃手の方へと視線を向ける。

「姐さん、姐さん、俺は姐さん達のシャワーを覗いてませんって!!!」
「お前がカイをそそのかしたんだろうが!!!」
「そりゃそうなんですがって、アブね!!!」
「安心しろ、刃は返してあるからな。当たったとしても骨が折れるだけだ。首の骨も折れるかもしれないがな!!!」
「いや、それもう充分に死ねますから!!!って、ヴィータ副隊長、ギガントは普通に潰れますって!!!」
「気にすんなって、非殺傷設定にしてプチっと殺るだけだからな。カイの方はシスターシャッハが説教してるし、エリオはテスタロッサ達が話をつけてる。だからお前はあたし等で成敗してやる!!!未確認生命体の代わりにやられちまえって!!!」
「いや、それだったら俺もカイと一緒にシスターに懺悔を!!!それに、明らかに最後の方は俺とは全く関係ないはず!!!」
「問答無用!!!」

状況を理解する必要がないほど、烈火の将と鉄槌の騎士が狙撃手をその剣と鉄槌で成敗されようとしているところだった。
そのため、カイの周囲は一部の人間にとって地獄絵図と化していた。

「やっぱり、きれいな景色……ここにない」
「カイ、何か言いましたか?」
「なんでもない。ヒャッハー、後でおやつのシュクーリム、食べていいか?」
「反省できていないようですね。あと1時間ほどお説教が終わってからです。カリムも、お説教が終わるまでカイと遊ぶのは禁止です」

カイが反省していないと感じたシャッハの手により、これから1時間のお説教を告げられたカイ。
そして、それが終わるまではカイと遊ぶことができないカリム。

「……カイで遊ぶのは?」
「禁止です」

シャッハの冷たい返事に、カイとカリムは黙ることしかできなかった。





一方、カイ達に起きている惨状などお構いなしに、なのははカイから没収したある物を見ていた。

「これがヴァイス君からカイ君が預かったカメラ……だよね。一応知ってたけど、本当に小さいね」

没収したカメラがあまりにも小さく、最初はなんなのかわからなかったが、もともと小さいころから機械関係には興味のあったなのははすぐにどういったものなのかを理解することができた。
ヴァイスの計画した『The stairs to heaven(天国への階段)』、それによって盗撮されたであろう自分達のシャワーを浴びている姿、それがこのカメラの中に収められているはずである。

「……どんな写真撮ったんだろう?」

なのはは中に収められている写真に少しだけ興味が出てきた。
少なくとも、ヴァイスより明らかに女性に興味のないと思われるカイが、自分達に対してどういった写真を撮ったのか興味が全くないわけでもない。

「す、少しくらいなら……いいよね?もしフェイトちゃん達が映っていたとしても、女の子同士の私が見るだけなんだし、問題ない……よね?」

誰に理解を得ているのか全く分からないが、なのはは自分に言い聞かせるように独り言を言い、キョロキョロと辺りに誰もいないかを確認する。

「そ、それでは……」

ゴクリと息を飲むと、なのははカメラに収められたデータをレイジングハートに移して空間モニターに映しだす。

「出た出た……あれ?」

だが、そこになのはの期待したものはなかった。
なのはの前に映し出された画像、それは未確認生命体との戦いで疲弊したザフィーラ、シャッハの用意した鉄材を食事としながら休むゴウラム、その傍でヴィヴィオも昼寝をしている光景だった。

「えっと……悪い絵じゃないと思うけど、これってきれいというよりは可愛い絵だよね?もしかしてカイ君って……」

少しだけカイとヴィヴィオの関係に不安を感じるなのはだった。





一方、地上部隊のとあるデバイス開発部では、マリエル・アテンザがギンガ達の協力を得ていよいよ完成となった新装備を満足そうに見つめていた。
そこにあるのは一体の青と銀の金属でできたスーツ、数々の武器、一台のバイク、そしてそれをメンテナンスするための設備のような物がある。

「マリーさん、ようやく完成しましたね。おめでとうございます」
「まだ調整は済んでないけど……長かった~」

ギンガの言葉にマリエルも肩の荷が降りたのか、疲れたような表情ながらも満足そうな笑みを浮かべる。

「武装面に関してはディエチやディードが担当したから、一部の武装以外はすぐにでも使うことができるな」
「もっとも、肝心のスーツに関しては装着者であるハラオウン提督に実際に装着してもらわなくては調整ができませんが」

チンクとディードも長い時間をかけてようやく開発が一先ずの終了を終えたことに興奮したのか、いつもよりも明るい表情を浮かべている。

「それにしてもこの姿……第4号に似てるっすね」
「そうだな、違うのは色くらい……かな?」
「ええ、モチーフは第4号を参考にしたから。未確認生命体に対して視覚的な威圧も含んでいるの」

ウェンディとノーヴェは目の前にあるスーツを見た正直な感想を述べる。
かつて家族同然に過ごしてきた存在と似たような姿をしているのだから、それも当然だ。
マリエルもウェンディとノーヴェの疑問に答えるように、このスーツのデザインの理由を説明する。
第4号と他の未確認生命体が敵対している可能性が高い、それを伝えてくれたクロノ・ハラオウンの意見を参考にしたためだ。

「後はこれを機動六課に届けるだけだね」
「でも、ハラオウン提督は機動六課に今はいないんじゃなかったっけ?」

オットーとディエチの言葉にマリエルはクロノが調べることがあると言って、数日前から機動六課から離れていることを思い出した。
装着者のリンカーコアの登録、それから各部の調整を行なわなければならないため、装着者として想定されているクロノが戻ってくるまでこれ以上の計画の進行は難しい。

「そうだった~、それならこんなに早く完成を急がなくてもよかったのに~」

だが、気がついてもあとの祭りとでも言うべきだろうか、時間は戻らない。
そんなこともあり、マリエルは疲労とショックでデスクに頭から崩れ落ちる。

「とりあえずマリーさんには今日のところはしっかり休んでもらって、明日機動六課に届けに行きましょう」
「ギンガ、それならば明日はルーお嬢様とアギトも一緒に行かせたいのだが」
「……そうね。カイと会うのも久しぶりだし、ルーテシア達も連れてみんなでカイの様子を見に行きましょう。何か差し入れを持ってね」

開発した装備を明日届けるように手配し、ギンガ達は先に戻って休むことにしたマリエルに続くように開発室から出て行く。

「ところでチン○姉、こいつの名前ってなんだったっけ?確か……ジーサンだっけ?」

セインの言葉にギンガを除いた全員が立ち止まる。
ただ一人、ギンガだけはセインの言葉を聞いた瞬間、さっきより速足で先へと進む。
まるでこれから先の展開を理解しているように。

「違う。セイン、忘れたのか?あれの名前は」
「私知ってるっす。G2っす」
「ウェンディも違う、それはこれよりも前の試作機の名前だ。あれの名前は……G3だ」
「……G3(ジーサン)で合ってない?」
「G3(ジースリー)だ」

セインとウェンディの言葉に、チンクは二人の妹に呆れながらも久しく聞いていなかった質問を思い出した。

「ところでギンガ、チン○のことを私達姉妹はまだ聞いて……どこに行ったのだ?」

既にチンク達の質問に答えることを諦めたのか、そこにギンガの姿はなかった。





「ダグバ、ここにいたのか」

クロノと出会い、今はそことは全く別の場所でバルバはようやく目的の人物と出会うことができた。
その目的の人物がいた場所は、海が見える崖の上だった。
そこで一人の青年が腰を下ろして黙って海を見ている。

「……バルバか。久しぶりだね、どうかしたのかい?」

目覚めてからの初めての再会だというのに、ダグバと呼ばれた白い服を着た青年は笑顔のまま何でもないとでも言うような声を出す。

「ゲゲルはもう始まっている。なぜ、お前は我らと合流しようとしない」
「そんなことをする必要がないからね」
「必要がない……だと?」

ダグバの何かを見据える瞳に気圧されそうになるところをなんとか踏みとどまり、バルバはその真意を問いただそうと言葉を続けようとする。
だが、次のダグバの言葉でその表情が凍りつく。

「今、ギャリドが死んだね。次は……ギノガの番だ。その次がガルメ、その次がガリマ。メのゲゲルがそれで終わり、次にゴのゲゲルが始まる」
「な……に?」

それはバルバがゲゲルのプレイヤーとして考えていた順番だった。
本人達以外には誰にも伝えていない順番をどうしてダグバが知っているのか。

「なぜ……知っている?」
「さあね」

バルバの問いにダグバが答える様子は全くない。

「ただ、僕には手に入れたい物がある」
「手に入れたい物?」
「そうだよ」

ダグバの言った言葉にバルバが聞き返す。

「海は……既にこの手にある。後は……空と大地を手に入れるだけ」
「お前は……何を言っている?」
「バルバ、僕はね……」

ダグバから告げられるその目的、それを聞くバルバの目が驚愕のあまり開かれる。

「それが……お前の目的なのか?それなら、我らは一体何のために……」

伝えられた目的に震える体を抑えつけ、バルバは自分達の存在意義を自分達の王であるダグバへと問いかける。
だが、ダグバはさもつまらなそうな、どうでもよさそうな表情でバルバに告げる。

「それが君達の役目……ただそれだけだよ」
「貴様!!!」

ダグバの答えに気が障ったのか、バルバは自らの手から赤いバラの花弁を撒き散らす。
だが、その花弁は空から降りてきた一人の男によって遮られた。

「ダグバは、やらせない」
「ゴオマ、お前はダグバのやろうとしていることの意味を知っているのではないのか?」

ダグバとバルバの間に降り立ったのは、ダグバのベルトを探せとガドルに命令されて離れていたゴオマだった。

「知っている。俺は、ダグバに、ついていく」
「バルバ、君達がやることはただ一つ」

ダグバは今にも崖から落ちそうな場所に立つバルバに手を向ける。
そして……

「大地と空の間で踊る……それだけさ」

ダグバの言葉と共に放たれた光弾がバルバに直撃し、バルバはそのまま海へと落ちていった。










今回のグロンギ語

ゴビエソ、セギレギゴビエソ
訳:怯えろ、せいぜい怯えろ

ゴレンセバババラザ、ビゲラレバギ
訳:俺の背中からは、逃げられない

バズデングラリ、ババラズザラグ。ババラズボソグゾ、クウガ!!!
訳:かつての恨み、必ず晴らす。必ず殺すぞ、クウガ!!!





少しだけ(?)グロンギサイドの状況に変化が出てきました。原作クウガもダグバが言っていた「究極の闇」が本当にどういった意味なのかも詳しく語られなかったので、この話ではかなり話が変わってくると思われます。







[22637] 第27話 敗者
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/04/17 11:55





機動六課隊舎にある屋上のヘリポート、そこにはマリエルが開発したパワードスーツ及び各種装備がマリエルやギンガ達の手によって機動六課の運用するヘリに搬入されていた。

「へぇ、こいつがクロノ提督の計画で開発させたパワードスーツか」

搬入を手伝ったヴァイスは、メンテナンスベッドに置かれているそのパワードスーツを眩しそうに見つめている。

「まあ、クロノ提督の戻りが数日後なので、これの出番はもう少し先だけどね」

同じく、各部調整を行うことになるシャリオ・フィニーノもマリエルから受け取ったマニュアルに目を通しながらヴァイスの言葉に答えた。

「それにしても、こいつはカイの変身した姿によく似ているな」
「まあ、デザインは第4号を参考にしたみたいだし」

ヴァイスが見つめるパワードスーツ、そのデザインは中央にも突き出た部分があるものの第4号によく似た形の銀色の角、赤い巨大な複眼、口元も第4号の形によく似ている。
胸部装甲も第4号の赤とは違う銀色だが、四肢も第4号と似たような感じだが全体的にメカニカルな印象が強い。
このデザインの理由は未確認生命体の天敵と考えられている第4号の風貌を意識したものであり、未確認生命体に対して威嚇する要素を盛り込まれている。
ただ一つ違う部分があるとすれば、装備品が挙げられるだろう。
第4号が緑の戦士の姿以外は基本的に肉弾戦を得意とするのに対し、このパワードスーツ『G3システム』は第4号との連携を視野に入れ、主に第4号を援護するため相手との距離を離しての射撃戦に特化させる方向で開発が進行した。
もっとも、各武装の中には接近戦で扱う武器もあるものの、基本的には銃器での戦闘がメインとなる。
また、このG3システムの各種装備の最大の特徴は、デバイスをバックル部に収めることで制御ユニットとすることと、未確認生命体への効果を第一と考え、質量兵器の使用前提で開発が行なわれたことである。
そのこともあり、質量兵器の使用前提で開発されたため使用には大きな責任を伴うことになる。
そのため開発責任者のクロノ・ハラオウン提督自らが装着することでその責任を負う形となっている。
そして、第三者の使用を制限するという理由で、リンカーコアによる装着者登録が行われることも特徴の一つと言える。
この装着者登録を行うことで、各種武装も登録者にしか扱うことができなくなり、第三者が使用することによる危険を減らすことが可能になった。
反面、装着者以外は武装のロックを解除することができないため、緊急時に他者による使用が不可能というデメリットが発生した。
だが、本来管理局法で使用が大きく制限されている質量兵器という点もあり、それが第三者の手に渡って悪用されるデメリットを考えれば装着者登録を行ったほうが良いと判断され、武装にも装着者登録がされるようになった。
また、この装着者登録にはリンカーコアが利用されるが、リンカーコアは直接G3システムのバッテリーにもなり、その魔力が大きいほど長時間の稼働や出力の向上にも影響を与える。
そのため、魔力の高いクロノ・ハラオウン提督が装着者として登録されるのは当然だとも言えた。
また、元々は災害救助用のパワードスーツの延長線上で開発が進められたこともあり、空を飛ぶには装着者の空戦スキルが必要ではあるものの、それ以外のあらゆる環境を想定して活動できるように作られている。
そのようなこともあり、戦闘用だけではなくシステムの運用次第では災害発生時の民間人救助にも大きな力となることが期待されている。

「こいつが動くのを見るのはもうちょい先かぁ」

最初は装着者に推薦してもらおうと思ったものの、動力にリンカーコアを使うと開発プランの初期段階で決定されていたこともあり、魔力的にはそこまで高くないヴァイスが扱うことはほぼ不可能とわかったこともあって、ヴァイスもG3システムの装着者となることは諦めていた。
だが、G3システムの装着者を願っていたこともあり、早くG3システムが動いている姿を見てみたいという思いも強い。
そんなことを考えているとき、ヴァイスはふとクロノに言われたことを思い出していた。

「そういえば……何で提督はあんな資格を取れと言ったんだ?」

クロノがヴァイスに以前から取るように勧められた資格。
ヴァイスはクロノの言うとおりにその資格を取得したはいいが、その資格は少なくとも今のヴァイスには持っている必要が無い。
それなのに、なぜクロノはヴァイスにその資格を取るように言ったのか、ヴァイスはその答えを探そうとしたが見つけ出すことはできなかった。





一方、ヴァイスがそんな風に真剣に悩んでいる中、ルーテシアとアギトが差し入れを持ってスバル達フォワード陣やカイとヴィヴィオのところへとやって来た。

「ど~だ、アタシがギンガに言ってこれだけのシュークリームを差し入れに持ってきてやったんだぞ。どうだ、嬉しいだろ?」
「うん、うん、うん」

アギトの胸を張ったポーズに、まるで拝むかのような勢いでカイは頷く。
ヴィヴィオも山と積まれたシュークリームを見て目を輝かせている。
一方、スバル達はその圧倒的な量のシュークリームに目が点になっていた。

「えっと、こんなにたくさんのシュークリームどうしたの?」
「……ゲンヤさんがルーお嬢様とアギトにねだられて買ったものだ」

スバルの当然の疑問は、ルーテシアとアギトと一緒にやってきたチンクが答えることで解決する。
もっとも、あまり聞きたくない解答ではあったが。

「お父さん、ルーテシア達に甘すぎだよ」

新しく娘みたいな家族ができたのが嬉しいのか、それともカイという一応の息子、つまり男の家族が増えたせいなのかはわからない。
もしかしたら両方かもしれない、そんな風にスバルは思う。
事実、シュークリームと一緒にカイ宛に『カイ・ナカジマ』という名義で身分証も届けられた。
もっとも、この身分証もチンク達がナカジマ家に引き取られた際にドサクサ紛れで作ったものかもしれないが。
ただ、目の前に積み上げられているシュークリームの量を見て、ルーテシア達にしろカイにしろゲンヤが新しくできた娘と息子のような存在と甘いということだけはわかった。

「ど~だい、これだけの量のシュークリームなんてそうそうお目にかかることなんて無いだろ」
「まあ、これだけの量のシュークリームなんて一度に食べることなんてないでしょうしね」

アギトの言葉にティアナが呆れたような声を出す。
キャロは乾いた笑い声を出すものの、大食いのエリオとスバルがいることもあり、一日で無くなるかもしれないとも考えていた。

「ショ~イチクン、ありがとぉおおおおおお!!!」

カイは目の前にたくさんあるシュークリームに感激したのか、それを持ってきたアギトを無意識に掴む。
そして……

「そ~だろそ~だろ、感謝してそのショ~イチクンやめろって、う、うわぁああああああ!!!」
「アギト、ありがと~」

握手のつもりなのか、カイはその手で掴んだアギトをブンブンと振り回し始めた。
ヴィヴィオもカイと同じく腕を大きく振りあげて感謝の言葉を告げるものの、アギトにはその声がもちろん届かない。
そんな中、それを表情だけは無表情だが、どことなく楽しげに見つめているような感じの一人の少女がいた。

「アギト……トルネイダー」
「ル、ルーちゃん?」
「ま、まさか……このためにナカジマ三佐にシュークリームをねだった……なんてことはない……よね?」
「……ふっ」

キャロとエリオがルーテシアの言葉に何やら不穏な雰囲気を感じて聞くものの、ルーテシアは顔を背けてその問いには答えない。
顔を背けたルーテシアの表情を見た者は誰もいなかった。





一方、なのはやフェイト達隊長陣は珍しい客人を迎えての簡単なお茶会のようなものを開いていた。
もっとも、その給仕役をその客人にやらせているという中々理解できない状況ではあるが。

「それにしても珍しいな。ロッサがこっちに来るなんて」

久しぶりに直接会う兄のような存在を、はやては嬉しく思いながらその客人が持ってきてくれたケーキを口に運ぶ。

「ああ、先日は義姉さんとシャッハが来たようだけど、僕は用事があって来れなかったからね。でも、残念だな。クロノ君も食べられるようにあまり甘くないケーキを作ってきたんだけど」

客人、ヴェロッサ・アコースは空いたカップに改めてお茶を足しつつ、この場に友人がいないことを残念に思いつつも特に気にすることなく給仕役をこなしていく。

「その分、私達が食べるから大丈夫だよ。あ、お茶ありがとう」
「いいのか、テスタロッサ。明日泣くことになっても知らんぞ」

ヴェロッサがはやて達への差し入れとして持ってきたケーキを食べながらフェイトは言う。
だが、それを目ざとく聞きつけたシグナムがその後のことを揶揄するかのような声をかける。

「その分運動するからいいんです。それよりヴェロッサ、今日来たのはこれだけのため?」

シグナムの茶化すような言葉にそっけなく答えたフェイトは、ヴェロッサが何か別の思惑を持っていると感じたのか、話を促す。

「あはは、ケーキを作ったから試食してもらおうと思ったのは本当さ。まあ、それ以外にも理由はあるけどね」
「その理由って何や?」

ヴェロッサの飄々とした物言いはいつものことと、はやてはフォークで切り出したケーキを口に運びながら先を促す。

「第1号……いや、カイが高町一尉を襲った理由……かな」
「ふ~ん、第1号がなのはちゃんを襲った理由かぁ」

含みを持ったような声だったが、明らかに適当に言ったような感じのヴェロッサの言葉に一同は普通に受け流した。

「そっか、カイ君が私を襲った理由……えぇえええええええっ!!!」

なのはも聞き流そうとしたところで、実は重要な話だったことに驚き、素直に叫び声を上げた。

「ホントに?ホントにカイ君が私を襲った理由わかったんですか?」
「モチロン……と言いたいところだけど、僕の推察みたいなものかな」

ヴェロッサとしてもカイから直接聞いたわけでもなく、聖王教会にいたときにカイの普段の様子を見て漠然と思ったことと、なのはのある部分の共通点からそう感じた推測に過ぎない。
だが、なのはのリンカーコアが回復しつつある今、何も知らない状態でカイの前に現れたらまた同じことが起きるかもしれない以上、推測であろうと言わないわけにもいかなかった。





「……というわけさ」
「それがなのはの襲われた理由」
「その条件に合うのは確かになのはちゃんだけやもんなぁ」

ヴェロッサの語った推測から、あながち間違いではないと感じたのか、フェイトとはやては感心したような表情で答えた。

「そういえば、ヴィヴィオがカイ君とお医者さんごっこしたときなんだけど」
「それがどうかしたのか?」

なのはが過去にあった出来事を思い出し、シグナムが先を促す。
もしかすればヴェロッサの言葉の信憑性を高めることができるかもしれないからだ。

「シャマル先生の白衣を着たヴィヴィオに怯えてたような気がするんだよねぇ」
「……ほぼ決まりやな。今のままなのはちゃんが前線に戻ると、また同じことが起きるな」
「それじゃあ……どうしよう?」

なのはの言葉で裏付けもとれたのか、はやてがヴェロッサの語った推測で間違いないと考え、なのはがどうやってその問題を解決しようかとしたその時、

「ング、ング、ング……なあ、おかわりはないのか?」

ただ一人ケーキに夢中になっていた鉄槌の騎士の一言で、一瞬ではあるもののその場の緊張が途切れた。

「ヴィータ、お前と言う奴は……」

シグナムが呆れたような口調でヴィータをたしなめようとするもの、ヴィータはシグナムの言葉を特に気にしていない。

「なんだよ、そんな問題簡単に解決するじゃんか」

食べながらも話を聞いていたのか、ヴィータは何か問題があるのかとでも言うような表情でみんなの顔を見る。

「簡単って……今の状態だと、なのはがまたカイに襲われるかもしれないんだよ?」
「だ~か~ら~、アタシはカイの前でリインとユニゾンしない。それをなのはに当てはめればいいだけじゃんか……はむっ」

ヴィータの言いたいことを気づかないフェイト達に呆れながらヴィータは言うと、ケーキの最後の一切れを口に含んだ。





ルーテシアとアギトがギンガの勧めもあり機動六課へと泊まった翌朝、機動六課の医務室ではちょっとした事件が起きていた。

「シャマルせんせ~、歯がいちゃい」
「マーシャル、歯が痛い」
「二人して言わなくてもわかります」

事件というほどのことでもないかもしれないが、ヴィヴィオとカイ、その二人が歯の痛みを訴えてシャマルのところに診てもらいに来たのだ。

「シャマル、これってもしかしなくても……」
「虫歯ね」
「ですよねぇ」

二人を連れてきたなのはとフェイトの質問でもない質問に簡単に答えるシャマル。
その表情には怒りを通り越して、もはや呆れの域に達している。

「そりゃ、あれだけのシュークリームを一日で食べれば虫歯にもなるのかもしれないわねぇ」
「ヴィヴィオとカイ君でほとんど食べちゃったみたいだもんねぇ」

昨日の差し入れとしてもらったシュークリーム、その全てとは言わないがほとんどをヴィヴィオとカイの二人で食べてしまった。
スバルやエリオ、他の者達もそれなりに食べはしたが、元々カイへの差し入れのような物でありさすがにたくさん食べるのに気が引けたのだろう。
そのため、残り全てをカイとヴィヴィオで食べてしまった。

「二人を怒るのは後だね。まずは歯医者さんに連れていかないと」
「そうだね、なら私が二人を連れて行くから、なのははデスクワークの方を終わらせちゃいなよ」

仲良く歯の痛みに悶えている二人を無視して、フェイトは虫歯の治療のために歯医者へとカイとヴィヴィオを連れていくことになった。





フェイトがカイとヴィヴィオを歯医者に連れ出したころ、はやては陸士108部隊の部隊長であるゲンヤからある通信を受けていた。
ゲンヤはカイのことを簡単にはやてに聞くと、改めて佇まいを直して本題へと移る。

「奇妙な殺人事件……ですか?」
『ああ、こいつを見てくれ』

ゲンヤの言葉に続くように出てきた一つの画像。
そこには被害者と思われる男性がうつ伏せで倒れていた。

「この人が被害者……でも、それが何か?」
『この被害者なんだが、体に死因とされるような外傷は一つもない。ただ一つ、あまりにも不可解な部分を覗いてはな』
「不可解な部分?」

ゲンヤの言葉からは何も見出すことができないはやてはゲンヤの言葉を待つ。

『この被害者の死因だが、内蔵のほぼ全てが腐ったことによるものだ』
「……は?」

告げられたゲンヤの言葉に一瞬だがはやては言葉に詰まる。
確かに人間の内臓が腐れば、その生命を維持することは不可能となる。
だが、簡単にそんなことができるとははやてにはとても思えなかった。

『どうしてこうなったのかは現在調べさせている。こんな犯行方法は今まで見たことも聞いたこともないが、おそらく未確認生命体の犯行と考えていいだろう。調べがついたら連絡する。それと……カイの奴をよろしく頼むな』

最初は局員としての顔だけを出していたものの、やはり最後だけは息子同然に過ごしたことのあるカイへの情が出たのか、ゲンヤは先程より明らかに小さな声ではやてへと息子のような存在のことを頼む。
そして、はやての返事を聞くこともなくゲンヤは通信を切った。





「さあ、中に入ろう」

ミッドチルダにあるとある歯科医院、そこへ私服に着替えて車で来たフェイトは後ろに乗り込んでいた患者に出てくるように促す。
だが……

「やだ!!!絶対に行かない!!!」
「もう、そんなこと言ってたら何時まで経っても歯が痛いままだよ?」
「それもやだ!!!」
「治療が終わったら歯も痛くなくなるから……ね?」

車の中で歯医者に行くことを拒否するかのようにシートから動かない患者が約一名。
フェイトとしても、もっと簡単に事が済むと感じていたため、思った以上の苦戦に戸惑う。
だが、ここでフェイトはあることを思い出した。
もう一人の患者のことである。
この二人がものすごく仲が良いことは機動六課にいる全員が知っていることである。
そのため、もう一人が頑張って歯医者に行くことをアピールすれば、シートから動かない患者も芋づる式に歯の治療に行くと言うかもしれない。

「ねぇ、ヴィヴィオもちゃんと歯を治すんだから、カイも一緒に治そう?」
「そうだよカイ、一緒に行こうよ……怖いけど」
「ほら、ヴィヴィオもこう言ってる。カイのほうがヴィヴィオより大きいんだから、ちゃんとしたところ見せないとね」

フェイトとしてはカイよりヴィヴィオの方がゴネると考えていたが、こうまでカイの方が歯の治療を拒否するとは思わなかった。
こう言っては何だが、ヴィヴィオよりもカイの世話の方に手がかかる、フェイトは口には出さなかったものの普通にそう思ってしまった。

「……行く」

ヴィヴィオより大きいという言葉がカイに届いたのか、歯の治療をしないと大好物のシュークリームを食べられないと考えた結果なのか、カイはしぶしぶと頷いて車から出る。
こうして歯科医院に車が到着してから実に一時間かけて、ようやく事態は先に進むことになった。





「高町ヴィヴィオさんとカイ・ナカジマさんですね。それでは順番が来ましたらお呼びしますので、待合室の方でしばらくお待ちください」

カイが車の中から出るのを説得するのよりも簡単に受付が済む。
フェイトが受付を済ませて待合室に向かうのを、カイとヴィヴィオは青い顔をしてついていく。

「それにしても、ナカジマ三佐が用意した身分証がこんなに早く役に立つなんて……」

届いた翌日にカイの身分証が役に立ったことをフェイトは偶然か何かかと素直に思う。
まさか、こんな状況を見越してゲンヤが身分証を用意したとはさすがのフェイトも思わない。
ふとフェイトは、今回は身分証のおかげで助かったのも事実だが、この先はどうなるかと考える。
カイの体が普通とは違うことをシャマルから聞いているものの、歯の治療だけならそこまで隅々まで体を調べられることなく治療できること。
カイの虫歯の状況から、レントゲンを撮らなければならないほどの症状ではないことを教えられたからここに来ることができた。
だが、もしカイが重症を負った場合はどうなるのか。
こう言っては何だが、シャマルは優秀な医務官であることは疑う余地はない。
だが、それはあくまで未確認生命体が現れる前まで機動六課が相手をしてきたような存在に対してだけだ。
現在相手にしている未確認生命体との戦いでは、カイがいつどれほどの怪我を負うかわからない。
ただでさえ現状はカイの、第4号の力を借りることで、機動六課は大した被害も無く未確認生命体を撃退することができている。
G3システムが本格的に導入されれば、カイの負担を減らすことができるかもしれないが、それの装着者であるクロノはいまだ戻らず、戻ったとしてもクロノとG3システムの調整に時間が取られるだろう。
それまでの間、自分達でカイの力になることができるのだろうか?それがフェイトの心配事でもあった。
そんな中でフェイトが知る唯一の希望は……

「もう少しでなのはが現場に戻れるんだよね」

機動六課のエースと言える高町なのはがもう少しで現場に復帰できるということだろうか。





フェイトがこれからのことを考えているとき、カイとヴィヴィオもこれからのことを……これからすぐに起きることを考えていた。

「カイ、怖くない?」
「俺、怖くない……かも」
「ヴィ、ヴィヴィオだってこ、怖くない……よ?」

ヴィヴィオの震えるような口調の言葉に、カイも震えた口調で答える。
今のカイとヴィヴィオに聞こえてくるのは、ドアを挟んで聞こえるドリルか何かで何かを削る音、それと共に聞こえてくる子どもの泣き声。
それが聞こえるたびにカイとヴィヴィオの震えがより激しくなっていく。
だが、フェイトは考え事をしているせいか、そんな二人の様子に気づかない。
そして、今まで以上の大きさで中にいる子どもの泣き声が聞こえたとき、ついに我慢の限界が来たのか、カイとヴィヴィオはお互いの顔を見る。

「ヴィヴィオゥ、ここ、子どものいるところじゃない。ここ、怖いところだ」
「そうだよね、そうだよね」

お互いに言いたいことがわかったのか、カイとヴィヴィオはお互いに目で合図すると、考え事をしているフェイトの目から逃げるように静かに外へと通じるドアに移動する。
だが……

『Emergency. Lightning bind.』

突然フェイトの愛機であるバルディッシュの声が聞こえたかと思うと、カイの両手両足とヴィヴィオの体が金色の光の輪で拘束された。
そして、そのまま二人は床に転がる。
カイとヴィヴィオ、どうしてバインドで拘束される位置が違うのか、それはクロノの教えにある。
カイの力、以前なのはを襲ったときに手や足から溢れる光がなのはのバリアを無効化したことや、その光がなのはのリンカーコアを一時的とはいえ封印したこと。
そのことから、手足が自由な状況だとバインドを無効化される可能性が大きい。
そのため、手足の動きを封じる方向で、万が一カイが民間人に危害を加えそうなときは手足の動きを封じて無力化するということをなのは達に伝えてきた。
もっとも、バインドを張ったバルディッシュとしては、歯医者から逃げることを阻止するためにこんなことをするとは夢にも思っていなかっただろう。

「……ん?……もう、ダメだよ、逃げ出しちゃ」

バルディッシュの行動で、二人が逃げ出そうとしたことに気がついたフェイトは立ち上がって二人のところへ行くと、『めっ』と子どもに言い聞かせるような表情で叱る。

「歯医者やだ~、フェイトママ嫌い!!!」
「エイトマン、俺、歯医者やだ!!!」

だが、フェイトの優しい怒り方ではダメなのか、ヴィヴィオとカイは治療室で起きているだろう惨劇を想像し、ここから逃げ出すことしか考えていなかった。
そして、このヴィヴィオの『嫌い』という言葉がフェイトの胸を貫く。
ヴィヴィオの二人の母親、その二人ともヴィヴィオを大切にしていることはヴィヴィオには充分にわかっている。
だが、この二人の母親はある部分では両極端だった。
母親の一人であるなのはヴィヴィオにやや厳しいような躾をしているのに対し、フェイトはヴィヴィオにとても甘い。
そのせいか、フェイトはヴィヴィオに嫌いと言われるといつもの冷静な雰囲気はどこに行ったのかと言いたくなるほど慌てる。
そのため、無意識のうちにバルディッシュの張ったバインドを解除してしまった。

「……取れた。カイ、行こう!!!」
「わかった」
「あ、二人とも待ちなさい!!!」

バインドが解かれたことにより、フェイトの制止の声を無視してカイとヴィヴィオの逃避行は再び始まる……かに見えた。
だが……

「はい、残念」

その一言と一緒にカイの両手両足、ヴィヴィオの体が今度は桜色の輪によって拘束された。
そしてまたヴィヴィオとカイは床に転がる。

「もう、仕事が終わって様子を見に来てみれば……」

外へと通じるドアには、ヴィヴィオのことを心配して様子を見に来たもう一人のヴィヴィオの母親、なのはの姿があった。

「フェイトちゃん、ちゃんとヴィヴィオとカイ君に歯の治療をさせないとダメだよ」
「う、ゴメン、なのは」

そして甘やかしすぎるヴィヴィオのもう一人の母親、フェイトへと注意。

「なのはママ、これ解いてよ~」
「俺、歯医者いやだ!!!」
「ダメだよ、二人ともちゃんと歯の治療をしないと」

そのまま矛先をカイとヴィヴィオに変え、フェイトよりもやや厳しめの声で注意。
だが、ヴィヴィオはともかくとして、カイにとってはこの注意が過去の記憶を呼び起こす結果となる。

「やっぱり……グロンギ、怖い」

カイのその言葉がなのはの胸に突き刺さる。
カイが他のみんなには普通に接しているのに対して、なのはにだけは時折怯えたような仕草を見せることがある。
あそこまで怖がられるということはなのはとしても不本意であり、どうすればカイと仲良くなれるかを日々考えているものの、その成果は出ていない。
なぜなら、カイがどうしてなのはに怯えた様子を見せるのか、なのはにはその理由がわからないからだ。
昨日聞いたヴェロッサの話からある程度の推測はできるものの、それは今のなのはとカイの関係の改善に直接繋がらない。
そのため、まずは関係改善のために自分は怖くないということをカイに示さなければならなかった。

「か、カイ君、私はそんなに怖くないよ?」

そんなこともあり、なのははカイとヴィヴィオに張ったバインドを無意識に解こうとしてしまう。

「な、なのは、気をしっかり持って」
「……はっ」

カイを怯えさせないようにさせようと無意識に解除されつつあったバインドにフェイトが気づき、なんとかバインドが解除されることを阻止する。

「ダメだよなのは、バインド解除しちゃったら逃げられちゃうからね」

フェイトは仕返しと思っているわけでは決してないが、先ほど言われたことと似たような内容を自分に言ってきた相手に言う。

「う……ゴメンね、フェイトちゃん。ヴィヴィオもカイ君も早い内に虫歯は治そうね」

なのはもフェイトの言葉に反論することなどできず、素直に謝るしかできなかった。

「……は~い」
「……は~い」

そして、カイとヴィヴィオは、なのはの言葉に無気力な返事で答えることしかできなかった。





なのはが帰り際に言った『ちゃんと歯の治療をしない限り、これからおやつのシュークリームはありません』という説得という名の脅迫により、カイとヴィヴィオは刑の執行日が決まった死刑囚のように自分達が処刑されるのを黙って待つことになった。

「高町ヴィヴィオさん、カイ・ナカジマさん、中にお入りください」
「ほら、二人とも呼ばれたよ」
「……は~い」
「……は~い」

沈んだ表情で返事をするカイとヴィヴィオ。
そんな二人をフェイトが励ましつつ、二人は治療室へと続くドアへと向かう。
フェイトがドアまで付き添い、二人が治療室へと入ろうとしたとき、丁度中で治療を終えた患者が扉を開いて外へと出てくる。

「治療が終わったんだから、もう泣かないの」
「だって……痛かったんだもん」

母親と手を繋いで泣きながら外へと出てきた一人の女の子。
その女の子とヴィヴィオの視線が交わる。
トレードマークとも言うべき黒い髪を黄色いリボンでまとめ、かわいらしい八重歯を持つヴィヴィオと同じクラスの女の子。

「……リオ」
「……ヴィヴィオ」

リオ・ウェズリーが先程まで泣いていたのが嘘のような表情でヴィヴィオを見る。
ヴィヴィオとリオ、この二人はあることが理由でケンカとは言わないまでもやや険悪な仲が続いている。
その理由は第4号にある。
ヴィヴィオが第4号を未確認生命体からみんなを守るヒーローという認識に対して、リオは母親を守ることができなかった存在というお互いの認識に違いがあるからだ。
片方は自分の好きなモノをバカにされ、片方は自分の大切な母親を傷つけるきっかけになった存在を好きと聞かされるという、お互いに譲れない部分があるからこその関係だった。

「あらリオ、お友達?」
「違うもん!!!」

リオに付き添っていた母親が二人の様子を見て声をかける。
だが、リオとしてはその言語は認めることができないものであった。

「ふん!!!」
「ふん!!!」

ヴィヴィオと向かい合うリオが鼻息荒くプイッと顔を右に背けると、ヴィヴィオもそれと同じように鼻息荒くリオと顔を右に背ける。

「こら、リオ」
「ヴィヴィオ、そんなことしないの」

リオの母親とフェイトがそれぞれお互いの娘をたしなめるものの、ヴィヴィオとリオの二人はそんな事知らないとでも言うように口を噤む。

「ほら、ヴィヴィオなんて放っておいて行こ、お母さん」
「カイ、ヴィヴィオ達も早く行こ」

リオが一時もここに居たくないとでも言うようにその場を離れ、ヴィヴィオも同じようにカイを連れて治療室へと入っていく。

「あ、リオ、待ちなさい……あの、すみません、リオが失礼なことを言って」
「いえ、こちらこそ……あの、もしよろしければ事情をお聞きしてもいいですか?どうやら二人とも知り合いのようですし」
「そう……ですね。さすがにあの子達があのままというのも良いこととは思えませんし」

リオの母親はフェイトと少し話をすることを離れていたリオに伝えて、何か飲み物でも飲んでくるように言うとフェイトと二人で待合室でも人が少ないスペースへと足を運んだ。

「多分、今のリオがあんな風になったのは、第4号が関係していると思うんです」
「第4号が?」

互いの自己紹介を終え、そのままリオの母親がフェイトへとぽつりぽつりと話を切り出す。
フェイトの方も一緒に遊んでいるコロナという友達の他に、第4号のことをバカにするリオのことをヴィヴィオから話として聞いていた。
そのため、リオの母親が言う第4号が原因という言葉にそれほど驚くこともなかった。

「実は私、未確認生命体第16号に襲われてケガをしたことがあるんです」
「そうなんですか?」

未確認生命体第16号、今のところ確認されている第4号が唯一逃げられたわけではなく敗北した相手だ。
リオの母親は第4号、カイが敗れてゴウラムがカイを連れてその場を離脱した後に第16号に襲われて怪我をしたのだ。

「ああ、でも今はもう完治しているんですけどね」

フェイトの声のトーンが少し落ちたと感じたリオの母親は、もう大丈夫と伝えるように少し大げさに声を張る。

「ただ、それからなんですよね。リオが第4号を悪く言うようになったのは……」
「お母様が第16号に襲われてから?」

確認するようなフェイトの言葉にリオの母親はゆっくりと頷く。

「ええ、それまではリオも第4号のファンみたいなものでした」
「第4号の……」

ヴィヴィオとリオ、お互いに好きなモノは同じだったはずなのに、たった一つ『母親が怪我をした』という違いだけでこうまで溝ができてしまうものなのか。
第16号に一度とは言え敗れてしまったカイを悪いとは言えない。
少なくとも、カイは未確認生命体との戦いではヴィヴィオと遊んでいる時のような子どもっぽい行動をあまりしていない。
唯一、未確認生命体第24号、フェイトは名前を知らないがギャリドを追跡するときに、ティアナに本人はその気はないだろうがセクハラ紛いの行動をしたくらいだろう。
だが、それでもギャリドを見つけ、戦うときにはふざけたような行動をとってはいない。
だが、それをリオの母親に伝えるわけにもいかない。
それというのも、時空管理局と第4号は基本的には協力体勢を明確に取っていないということになっている。
あくまで第4号は他の未確認生命体と敵対している……かもしれないと伝えられているだけだ。
もっとも、ギャリドを追跡したときに民間人がティアナのトライチェイサーに第4号の姿のカイが乗っているところを目撃しているが、それが世間に広められるようなことはなかった。
それというのも、第4号に関係する情報の殆どが非公開になるようにクロノが情報に制限をかけるように働きかけたこともある。
そんなこともあり、フェイトはリオの母親になんと言っていいのかわからず、その場を沈黙が支配する。
だが……

「ひにゃぁあああああああ!!!」
「ふぎゃぁあああああああ!!!」

突然治療室から聞こえてくるなんと形容してよいのかわからない悲鳴があがる。
フェイトはその声にものすごく聞き覚えがあった。
それも当然だ、毎日聞いている声なのだから。

「……すごい声ねぇ」
「……すみません」

どこか楽しそうなリオの母親の言葉に、フェイトは顔を赤くして謝ることしかできなかった。





治療室からの悲鳴が聞こえた後からしばらくしてリオに呼ばれてリオとその母親はフェイトに挨拶して歯科医院から出ていった。
それから数分後、ようやく治療が終わったのかフェイトが治療室の中へ呼ばれ、治療を終えたヴィヴィオとカイを連れて出てきた。

「ほら、もう泣かないの」
「だって……痛かったんだもん」
「……痛い」

フェイトはなんだか先ほど似たようなやりとりを別の親子がやっていたなと思いつつも、それを言うようなことはしなかった。

「さて、治療代払ってくるから二人は少し待っててね」

フェイトはヴィヴィオとカイにそう言うと、受付の傍にある会計のカウンターへと歩いて行った。





『フェイトちゃん、今大丈夫?』

治療の会計が終わり、これから機動六課に戻ろうとした時になのはからフェイトに突然通信が入ってきた。

「あ、なのは。ヴィヴィオ達の治療も終わって、これから戻るところだけど何かあったの?」

フェイトはヴィヴィオとカイに先に車に乗っているように伝えると、二人が聞こえないことを確認して話を続ける。

『まだ戻ってないんだね?フェイトちゃん達のいる歯医者の近くで未確認生命体が目撃されたの。みんなは先に現場に向かって捜索しているから、フェイトちゃんもすぐに現場に向かって』
「未確認生命体が……うん、急いで向かうけど、ヴィヴィオはどうする?」

未確認生命体のことも重要だが、その近くに自分の娘がいることを考えると、それの方に心配がいってしまう。
なのははそんなフェイトのことを理解していたのか、安心させるような笑顔を見せる。

『ヘリにはヴァイス君とアルトも乗っているから、ヴィヴィオのお迎えはヴァイス君に頼んであるから大丈夫。あとね、この未確認生命体の殺害方法のことなんだけど……』

ヴィヴィオの迎えのところは笑顔だったものの、未確認生命体のことに話は移動するとなのはの真剣な表情になる。

『ナカジマ三佐からの報告だと、この未確認生命体の出す胞子が、それを吸った人の内蔵を腐らせるの。しかも人の体温でもっとも胞子が活性化するから、それを吸った人はほぼ助かる見込みはないって』
「そんな……なら、遭遇したら一気に倒さないといけないね」

今までの未確認生命体は力押しによる殺害方法だったが、今回に限って言えばかなり特殊な殺害方法をとることもあり、報告を受けてからの出動ではこれまで以上に逃げられる可能性がある。
そのため、遭遇することが出来ればその場で撃破することが最優先となる。

「こっちでもカイから話を聞いてみる。もしかしたら何か知っているかもしれないし」
『お願い。みんなも今は未確認生命体を現場で探していると思うから急いで。それとバルディッシュに被害者から検出された胞子のデータを送ったから。それで未確認生命体の胞子が見えるようになるから、その胞子の届かないように戦ってね』
「了解」

なのはとの通信を終わらせると、フェイトはすぐに車のドアを開いてヴィヴィオに急に仕事が入ってカイに手伝ってもらうことになったと告げる。
ヴィヴィオはフェイトの仕事のことをある程度は知っており、未確認生命体関連だと思ったようだが、フェイトはそれを否定した。
それというのも、カイが第4号は自分であるということをヴィヴィオには隠しているためだ。
どうしてカイがそんなふうに考えているのかはフェイトにはわからない。
だが、少なくともこちらが偶然知ることがない限りは、カイは自分が第4号であることを伝えるようなことはしていない以上、フェイトとしてもヴィヴィオにも第4号の正体を明かすわけにもいかなかった。
そのため、何を手伝うのかと疑問をぶつけるカイをなんとかごまかし、ヴィヴィオには歯科医院の中で待っているように告げると、フェイトはカイを車に乗せて現場へ向かって走りだした。
その道中、フェイトはなのはから聞いた情報をカイへと話し、このような敵と戦ったことがあるかを確認する。

「俺、そいつと戦ったことがある」

カイにはその相手と戦った記憶はあったようで、すぐに今回の未確認生命体のことがわかった。
そこでフェイトはさらに情報を引き出すべく話を続ける。

「どうやって戦ったの?」

カイがある意味で普通の人間ではないと考えていることもあり、フェイトはいつ戦ったのかなどを聞くことなどせず、今もっとも必要なことだけを聞こうと話を進める。

「普通に戦った」
「胞子……えっと、毒はどうしたの?大丈夫だったの?」

フェイトはカイにもわかりやすいように胞子を毒と言い直す。
カイも毒という単語から、その未確認生命体のことをより細かく思い出したのか、一瞬表情が鈍る。

「……俺、一度そいつに負けた」
「負けちゃったの?」

負けたという言葉は予想外だったのか、フェイトは一瞬アクセルを緩めてしまうが、すぐにアクセルを踏みしめ車を加速させる。

「負けた。でも、俺死なない。次に戦ったとき、毒効かなかった」
「なら、今も大丈夫なの?」
「……たぶん。エイトマン、グロンギとは俺が戦う。エイトマン、みんなを逃がす」
「そのやり方が一番被害は少ない……かな」

カイ一人で戦わせることに抵抗もあるし、カイの言葉が真実だとは限らないとフェイトは感じている。
だが、現状のフェイト達の装備ではあの胞子を防ぐ手立てを万全に用意できていない以上、早急に事件を解決させるためにはカイの言葉に従うしかなかった。
それから程なくして車は未確認生命体が発見されたと思わしきポイントへと到着する。
そこはいくつものビルとビルの並んでいるオフィス街。
今の時間は賑わっているはずなのに、未確認生命体出現の情報のせいなのか周囲に人影は見られない。
カイとフェイトは揃って車から出るとフェイトはバルディッシュを起動させてバリアジャケットを纏う。
だが、バルディッシュになのはが送った未確認生命体の胞子に関するデータが入っていたせいか、いつものバリアジャケットとは別に顔にゴーグルのようなものが装着される。
このゴーグルを介することで、今回活動している未確認生命体の胞子を見ることができるようになるらしい。
そして、カイは周囲を警戒しつつ未確認生命体を見つけるべく緑の戦士の姿に変身したその時、

「うわぁあああああ!!!」

ビルとビルの間にある通路から、男性の悲鳴が聞こえてきた。

「行こう」
「わかった」

フェイトの言葉に、カイも赤の戦士の姿になるとその悲鳴の聞こえた場所へと飛び込んだ。
そこにはちょうど行き止まりになってしまったのか、通路の端に追い詰められ、今にも殺されそうな状況に腰を抜かしている男性と、今にもその男性を手にかけようとする異形の姿があった。
その異形、未確認生命体は今までの未確認生命体と明らかに違った容姿をしていた。
今までが何かしらの生物を感じさせる姿だったのに対し、今男性を襲っているのは明らかに何かの生物とは感じられないような姿をしている。
だが、今はそんなことを気にしている時ではない。
フェイトはゴーグル越しに、未確認生命体の周囲に胞子が出ていないことを確認する。
それを知ったカイは青の戦士へと姿を変えると、そのまま跳躍。
未確認生命体を飛び越えて男性の前に降り立つ。

「……クウガ」
「だ、第4号」

未確認生命体、ギノガと男性の間に入ると、その姿を紫の戦士へと変えて腰を抜かしている男性をその強大な腕力で持ち上げる。
そして……

「エイトマン、受け取る!!!」

そのまま男性が悲鳴をあげるのを無視して、フェイトへと向かって投げ放った。
男性を受け取ったフェイトはそのまま現場から男性を避難させるべく、一時その場を離れる。
カイはフェイト達がその場を離れるのを確認すると、赤の戦士へと姿を変える。
このような狭い通路では青の戦士のドラゴンロッドを振り回すには適さず、紫の戦士ではパワーで押し切ることはできるだろうが相手の動きに十分対処できるとは言いがたいし、逃がしてしまう可能性がある。
そのため、もっとも動きやすい赤の戦士で戦うことを選んだ。

「お前の毒、俺には効かない」
「ゾグババ?」

お互いに構えを取り、距離を少しずつ詰めていく。
かつて戦ったギノガにカイは一度負けた。
だが、それはギノガの撒く胞子によって戦闘不能となったためだ。
そのときはゴウラムによって窮地を脱したものの、それからしばらくは戦えない状態となってしまった。
それによって犠牲が増えてしまったものの、なんとか再戦ではギノガを封印することに成功。
その再戦時に受けた胞子は免疫ができていたのか、カイには効かなかった。
その胞子が効かない以上、純粋な戦闘能力では他のグロンギに劣る面があるギノガに勝ちの目はない。
カイが飛び込みながら右拳をギノガへと放つ。
ギノガはそれを回避しようと後ろに下がるものの、距離の見極めが甘かったせいか、カイの打撃を正面から受ける。
明らかに格闘戦ではカイに分がある。
それからもカイの攻撃をギノガは捌ききれず、徐々にギノガは劣勢に追い込まれていく。
そして、ついにギノガは膝をついた。
カイが奇策を用いずに正面から戦うことを得意とするのであれば、ギノガは直接相手と戦うのではなく相手の隙を突いて胞子を浴びせることによる殺害方法を得意とする。
胞子がカイに効かない以上、ギノガにカイと互角に戦える要素はない。
だが、そこにカイの油断があった。
不用意にカイは距離を詰め過ぎた。
それはいい。だが、次の行動が浅はかだった。
フラフラになりながらも最期の一撃とばかりにカイとの距離を更に詰めたギノガは、カイに胞子は効かないと言っていたのにも関わらず、カイの顔面へと向けて胞子を吐き出す。
カイはその胞子は自分には効かないと考え、あえてギノガを引き剥がしてその場を離れようとはせず、そのまま右足での回し蹴りを放とうとしたところで軸足にした左膝が折れた。

「あ……れ?」

突然襲う脱力感、そして徐々に息が苦しくなっていく。
倒れたカイは体を襲う脱力感のため立ち上がることもできない。
そして徐々に息が苦しくなっていくため、ギノガの行動に注意を向けることもできなくなった。
そう、ギノガに上から踏みつけられても抵抗できないほどに。
それからしばらくして、ギノガはカイの攻撃に弱りながらも、先程までの恨みを晴らすべくカイへと攻撃を繰り返しているところにフェイトがやってくる。

「カイ!!!」

今すぐにでも倒れているカイからギノガを引き離すべく、フェイトは加速して距離を詰めようとする。
だが、ゴーグルに突然警告するような情報が現れたことによって、その場で留まることになる。

「カイと未確認生命体を覆うように胞子が撒き散らされている?」

ゴーグル越しに見えたのはカイとギノガを覆うように漂っている大量の胞子。
胞子を見ることはできるが、その胞子の対策は殺害方法が知られて間もないため用意できなかった。
そのため、不用意にカイの救出に行ったとしても、今度はフェイトの身が危ない。
そのため、ギノガを威嚇するためにフェイトはいくつものプラズマランサーを生み出してギノガへと撃ち込む。
だが、その攻撃はギノガの放っている胞子の影響なのか、徐々に金色の輝きを失い、ギノガに届くことはない。
ギノガはフェイトを軽く一瞥すると、さらにうつ伏せに倒れたカイを仰向けとなるように足で体の位置を入れ替える。

「ゴラエザゾボデリデギソ。クウガゾボソギタアオザ、キガランゾンバラザ ゾグガラセデジャス」

ギノガはカイのベルト、霊石アマダムに向けて爪を突き立てようとするのか、右手を手刀の形にする。

「やめて!!!」

今にもカイに振り下ろされそうなギノガの腕を少しでも防ごうと、フェイトはバルディッシュをハーケンモードにし、魔力光でできた金色の刃を今にもギノガに向かって投擲しようと構える。
だが……

「モグ、ゴゾギ」

ギノガの行動のほうが一瞬速かった。
これではフェイトの攻撃がたとえ届いたとしても、届いたときにはカイの命は奪われている。
カイにトドメの一撃が放たれるところを呆然と見ていることしかできないフェイト。
そんなフェイトのすぐ側を、獰猛な獣を思わせるようなエンジン音を響かせた白と青の風が狭い通路に向かって吹き抜けた。
その風は今にもカイに届きそうな爪をギノガの体ごと吹き飛ばすと、カイの目の前で止まる。
フェイトはその白と青の風を知っている。

「ガード……チェイサー?」

白と青のバイク、ガードチェイサー。
先日機動六課へと配備された新装備『G3システム』を構成する装備の一つ。
そして、そのバイクを操る存在のことも知っている。
全身を覆うかのような青い装甲、胸部に輝く銀色の装甲、その左胸に輝く時空管理局のマーク。
顔には多目的センサーである赤い複眼『レッドアイザー』と口元にはどんな状況下でも呼吸が可能となる『パーフェクター』。
そして、第4号と似たような銀色の角。

「G3……クロノ、戻ってきてたんだ」

G3にはフェイトの声が聞こえていないのか、その声には答えずにガードチェイサーから専用銃『GM-01 スコーピオン』を取り出すと、ギノガ目がけて発砲した。










今回のグロンギ語

ゾグババ?
訳:どうかな?

ゴラエザゾボデリデギソ。クウガゾボソギタアオザ、キガランゾンバラザ ゾグガラセデジャス
訳:お前はそこで見ていろ。クウガを殺した後は、貴様のその体を腐らせてやる。

モグ、ゴゾギ
訳:もう、遅い





『カイにギノガの胞子が効いているじゃん』というツッコミを受けそうなのでちょっとだけ補足を。
今回、カイがギノガの胞子は効かないと言っておいてギノガの胞子で倒れましたが、断じて書き間違いではありません。もしかしたらカイの倒れた理由がわかる方がいるかと思いますが、それの答えは次回ということ。
次回は少し時間を巻き戻して別のキャラクターの視点から始まります。








[22637] 第28話 起動
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/05/18 17:11





時間はフェイトの前にG3システムを装着した者が現れる少し前へと戻る。
未確認生命体第25号、ギノガが発見されて機動六課のメンバーが出動することになった。
その際にヴァイスはなのはから戦闘メンバーを現場に降ろしてからヴィヴィオを迎えに行ってほしいと頼まれ、ヴァイスはヴィヴィオの話し相手にもなるだろうルーテシアとアギトも連れていくことにした。
G3システムをヘリに搭載してそれなりに狭くなったものの、もとよりスバル達新人フォワードメンバーだけならそれほど狭く感じるほどでもないので、二人増えても充分なスペースはあった。
その後、未確認生命体が発見されたとされる現場にスバル達を降ろし、ヴァイスはヴィヴィオの待つ歯科医院へとルーテシアとアギトと共に向かい、ヴィヴィオを迎えに行ったのだが……

「は?カイがどうしたって?」

ヴァイスが歯科医院の入り口に辿り着いた瞬間、突如アルトからの通信が入る。

―カイが未確認生命体に敗北した―

簡単に言えば上のような言葉をアルトから聞いた。
その言葉に呆然とするヴァイスと、それが聞こえたルーテシアとアギトもその目を見開く。
そして、そんな三人を無視するようにアルトからの報告が続く。

『それと、未確認生命体の胞子について新しい情報が入ったんです。この胞子は人体に入ると内蔵を腐らせるんですが、それだけじゃなくて魔法を無力化させる力も持っています』
「胞子そのものが魔法を無力化するってのか?」
『はい、シャーリーさんの話だと下手をすればAMFよりもその効力は上かもしれません』

―AMF―
正式名称は『アンチ・マギリンク・フィールド』と呼ばれ、魔力結合と魔力発生効果を無効化するフィールド系の防御魔法のことである。
結合された魔力がそのフィールド効果により結合が解かれ、本来の効果を発揮することができなくなる。
カイが戦っていた未確認生命体、ギノガの胞子にはそのような特性があった。
フィールドではなく胞子という物質であるため、広い場所に出てしまえば風が胞子を撒き散らすことができただろうが、ギノガはビルとビルの狭い路地で行動を起こして胞子が拡散しないように対策を立てている。
これに対抗するにはそれなりの手があるにはある。
魔力が消されて相手に通らないのであれば、魔法によって発生した効果をぶつけること……たとえば魔法でビルの壁を破壊して瓦礫を作り、それをぶつけることなどが挙げられる。
だが、街中での戦闘であるため、それをすることによる被害も考慮しなければならないこともあり簡単に行うわけにもいかなかった。

『現在フェイトさんが未確認生命体と距離を取って応戦していますけど、この胞子のフィールドで未確認生命体に有効な攻撃を行えていません。胞子を体内に吸い込まないようにバリアジャケットの設定を変更して接近戦を行おうにも、下手をすればそのバリアジャケットが胞子の影響を受けて解除される恐れも出てきます』
「それじゃ八方塞がりじゃねえか」

非殺傷設定の魔法は効果が無い。
非殺傷設定を解除しても、距離を取っての魔法は未確認生命体の体に届く前に胞子により無力化される。
接近戦で打ち合おうにも、胞子によってバリアジャケットが解除されて胞子を吸い込む危険性が高い。
これから出てくる他の未確認生命体に今回のような能力があるとも言い切れないが、魔導師の力そのものを無力化されたと言ってもいいだろう。
だが……

「……待てよ」

一つだけある。
効果があるかはまだわからないが、未確認生命体に対抗できるかもしてない力が一つだけある。
唯一不足している要素は、それを使う人がいないというだけだ。
ヴァイスは目を閉じる。
そして狙撃手としてターゲットを思い浮かべるようにその人物の全身像を思い描く。
次に自分の全身像を思い描き、その人物の全身像と重ね合わせる。
自分の体とその人物の全身像は完全には一致しない。
だが……

「……イケルかもしれない。今すぐヘリに戻る。アルトは八神部隊長とシャーリーにすぐ連絡できるように通信を繋いでおいてくれ」

ヴァイスはアルトへと指示を飛ばす。

「ルーテシアには手伝ってほしいことがあるから俺と一緒に来てくれ。アギトはヴィヴィオのところに行って迎えが少し遅れるって伝えてくれ。間違ってもカイがやられちまったなんて言うんじゃねえぞ」
「わ、わかった」

ルーテシアが無言で頷き、アギトもカイが心配ながらもヴァイスの言われた通りにこれから向かうはずの歯科医院へと飛んでいく。
それを見送ったヴァイスとルーテシアは来た道を先ほどとは明らかに違う速度で戻っていった。





それから少しして、ヴァイスとルーテシアは先ほどヘリから降りた場所へと戻ってきた。
内部に入るとアルトが機動六課のロングアーチとの通信を繋ぎ、いつでも話を進められるようにスタンバイを終えていた。

「先輩、いきなりロングアーチと通信って、どうしたんですか?」
「そんなことより、八神部隊長聞こえますか?」

アルトが先輩であるヴァイスに文句を言おうとするのを無視して、ヴァイスは通信機越しに本題を切り出す。

『聞こえとるけど、どないしたん?』

はやてとしてはカイが倒れたことですぐにでも次の手を打ちたいところだが、カイの救助と胞子への対策、特に胞子への対策がある程度は考えられたが、それが明確に立たない限りは取り残されたカイの救助すら危ういこともあり、それを考えることが精一杯だった。
そのため、通信機越しのはやての言葉はどこか投げやりにも聞こえてくる。

「G3システムを起動させます!!!」
『……は?』

そんなはやてを気にすることなく、こちらも緊急事態だと言うようにヴァイスは声を張り上げる。

「このG3は起動させるには魔力が必要ですけど、それは動かすことに関してのみだ。それに攻撃には魔力をこいつは一切使わない」
『ま、まあ、それが開発コンセプトのひとつやからな』

ヴァイスが散々目を通してきた内容を改めて確認するようにはやてに話す。
G3システムの開発理由は未確認生命体に対抗する力を作るためであり、魔法の効果が薄いことがかなり前からわかっていたこともあり、魔法以外の方法で攻撃を行うこととし、そのスーツの動力だけに魔力を使うように設計された。

「さらに、G3はあらゆる状況下での行動を前提に開発されているから機密性も高い。あの未確認生命体の胞子がシステム内部に入る危険性は少ないはずです」
『んと……せやけど……そ、そうや、もし起動できたとしても、どうやって未確認生命体の相手をするつもりなんや?』

ヴァイスの勢いに押されながらも、はやては部隊長としてただ出撃させてやられましたというような結果を出すわけにもいかず、一番の問題点を指摘する。

『G3システムの登録解除は後でするからいいとして、さすがに免許のない人間にG3システムの兵装でもある質量兵器を使わせるわけにはいかんよ』

そう、スーツの動力のみに魔力が廻されることが決まったこともあり、攻撃は魔法を主な戦力とする時空管理局ではあまり使われない質量兵器がG3システムの主な兵装として選ばれた。
これは未確認生命体がもとから魔法に対する防御力が強いこともある。
そのため、純粋な破壊力を追求した結果が質量兵器という答えだった。
ただ、質量兵器という時空管理局では使用の制限が大きい兵器でもあるため、それの扱いには大きな責任を伴う。
質量兵器を所持使用するには免許が必要であり、正規の装着者として考えられていたクロノは元からその資格を所持していた。
そのような理由などもあり、G3システムの装着者にはクロノが決定されていたが、今はいない。
そのため、G3システムを装着できても武器を使わせるわけにはいかなかった。
だが……

「質量兵器使用の免許ならクロノ提督に言われて持ってます」

ヴァイスの一言でその場に一瞬だけ沈黙が訪れる。
はやてが起動させるわけにはいかない理由の大本がヴァイスの一言で解決した。
後はG3システムの起動をはやてが承認するかどうかだけである。
それから少しの沈黙の後、はやてはようやく決意が固まったのか言葉を出す。

『シャーリーはG3システムの緊急起動、装着者にはヴァイス君を仮登録、アルトはヴァイス君へのシステム装着を手伝ってな』

現状の魔法を無力化させる性質を持つ未確認生命体に対抗できるのはG3しかないと判断したはやては、決断の遅れを取り戻すかのようにG3システムを起動させる手はずを整えていく。

『ヴァイス君、G3を起動させるけどムリはしたらあかんよ。本来クロノ君用に開発されたもんやから、どんな不具合が出るかわからん。いざとなったら撤退することをちゃんと視野に入れておくんや。それから、胞子の対策をこっちで少し考えたから、私も応援連れてそっちに出向くよ』

そして最後に自分も現場に出向くと言い残すと、はやては後をシャーリーに任せて通信を終了させた。
それから先はシャーリーの説明を受けて、アルトがG3システムの起動手順を悪戦苦闘しながら進めていく。
その間、ヴァイスはヘルメットを除く足や腕、体の部分を覆うスーツを装着し、ルーテシアはシャーリーに言われる通り、G3システムの専用バイク『ガードチェイサー』にあるコンテナに武器を搭載していく。
G3システムはスーツ本体には武装を取り付けるハードポイントのようなものは存在せず、ガードチェイサーに各種装備を積み込むことで機動性の確保という手段をとっている。
そのため、同時に運用するガードチェイサーに武装を搭載することで、できる限りの戦闘能力を持たせることとなった。
現在のところ開発が終了した武装は拳銃の『GM-01 スコーピオン』とそれに装着するグレネードランチャーの『GG-02 サラマンダー』、超高周波振動ソードの『GS-03 デストロイヤー』、対象を捕縛するアンカーの『GA-04 アンタレス』、ガードチェイサーの起動キーを兼ねる電磁警棒『ガードアクセラー』がある。
その他にいまだに開発中の装備もあるが、それでも装備としては充分すぎるほどの威力を持っていると考えられている。
通信機越しにシャーリーがアルトにシステムの説明をしつつ、今度はヴァイスにG3システムの特徴について説明を行う。
だが、前からG3システムに興味のあったヴァイスはある程度のことはマニュアルを読み込んでいたこともあって、シャーリーの言う基本的な説明は不要だった。
そのため、正規の装着者ではないヴァイスが装着することで起こるだろう不具合についての話へと続く。
そして、G3システム起動の手順が終わり、アルトがヘルメットをヴァイスの顔に装着させ、スーツの装着が完了した。

『マニュアルを見ているなら制御ユニットとしてデバイスをバックルの中に入れるのはわかるわね。そこまでやれば起動は終了。それで注意点なんだけど、本来のG3と違って、能力は大きく制限を受けると思って』

シャーリーは少しでも早く説明を終わらせられるように要点だけを説明していく。
その内容は、魔力がクロノよりも明らかに少ないヴァイスでは本来の出力を発揮できないかもしれないということ、それに伴う稼働時間も大きく制限を受けるかもしれないということ。
内容は『かもしれない』という不確定な内容だが、それほどまでに装着者が変わった影響が出ているとも考えられた。
だが、現状では動かしてみないと何もわからないというのも事実であり、シャーリーの忠告を頭に入れつつ戦うしか選択肢はなかった。
その後、本来ならヘリで現場まで急行するのだが、残念ながらヘリにはまだガードチェイサーを降下させる設備が搭載されていないため、ルーテシアによる転送魔法でヴァイスは現場へと急行した。





以上がG3が未確認生命体、ギノガを撥ね飛ばす前に起きた出来事である。
ガードチェイサーから降りて、『GM-01 スコーピオン』を取り出してギノガへと発砲する。
胞子が体内に入らないかはスペックとして見ていただけで試していなかったが、完全に胞子を遮断している。
そして発砲と同時に感じる確かな感触。
それは魔法を使う際にも感じるものだが、明らかに違うそれは完全に相手を破壊する力となってギノガへと襲いかかる。
戦える、その感情がトリガーを引く指に更なる力を込める。
その一方で、G3システムを装着したヴァイスの後方ではフェイトがアルトから現状の説明を受けているところだった。
ヴァイスが相手をしている内にカイを逃がすこと、それが目的だったが大量の胞子が周囲に張られ、カイを釣れ出すことができない。
空気の流れも悪いのか、胞子が風に吹かれることもない。
それは確かに周囲への被害を大きくすることはないが、カイの身柄を確保することには繋がらない。
今も体を痙攣させているということは、まだ治療が間に合うかもしれない、ヴァイスも背中にいるカイの様子に気がついたのかギノガへと発砲しつつカイへと歩み寄った。

一方、ギノガはヴァイスから放たれる無数の弾丸に翻弄されていた。
魔導師の使う魔法ならばその魔力の光もあって視認することは容易だった。
もちろん弾速の速い攻撃なら回避するのは難しいが、致命傷を避けることだけなら簡単でもある。
だが、ヴァイスの放つ弾丸は直径数センチという大きさであり、それを視認して致命傷を回避するということはこれまで以上に難しかった。
だが、その銃撃が突如止んだ。
弾切れではない。突如ヴァイスの体の動きが鈍りだしたのだ。

突然動きを鈍らせたヴァイスはいきなりのしかかっていた重さに膝をつく。
手に持ったスコーピオンもものすごい重量感を感じさせ、傍にいるカイのすぐ傍へと落ちた。
そして銃撃が止んで体勢を立て直したギノガがヴァイスへと……いや、カイへと止めを刺そうというのか、徐々に近づいてくる。
このままでは未確認生命体に二人ともやられてしまう、そんなことを考えたヴァイスはカイを逃がすべく身動きできない体に力を込めて立ち上がる。
もはや魔力によってG3を動かすことができない以上、自分の力だけで動かすしかない。
だが、その動きは大変鈍く、最初の頃のような動きとは程遠い。
そのため、現状で未確認生命体にもっとも有効となる力となるカイを死なせないことを目標にヴァイスはギノガへ向かって重い足取りで歩を進める。
G3システムを壊すわけにもいかないが、システムそのものは最悪作り直せばいいだろう。
しかし、今まで数々の未確認生命体を撃破したカイを死なせるわけにはいかない。
そんな想いを持って、ヴァイスはカイの盾となるべく歩を進める。
もとより装甲はかなり厚く作られていることもあり、少しの時間なら耐えることができるだろう。

「もう少しだけ俺の相手をしてもらうぜ」

ギノガへと浴びせる銃弾も振り上げる拳も無いヴァイスはギノガの拳を真正面から受け止めるしかなかった。
そこから先はまさにただの暴力だった。
ヴァイスはG3の装甲を頼りにただギノガの攻撃を防御することなく受け止めるだけ。
装甲を頼りにしても、受けた衝撃を完全に殺すことはできない。
そして、元から調整をしっかりと行なえなかったこともあり、ヘルメット越しから見る風景が緊急事態を示すかのように赤く点滅する。

『胸部ユニット破損、先輩その場から急いで離脱を!!!』

G3システムのダメージチェックをしていたアルトがシステムの不調を察したのか、ヴァイスへと撤退を促す。
だが、今の状態では背中を向けて撤退することなどできなかった。

『これ以上ダメージを受けたら、システムに深刻なダメージが残ります、急いで離脱してください!!!』

返事をする余裕すらないヴァイスの耳に、アルトの叫びが響く。
だが、ヴァイスがアルトの言うとおりの行動を起こすことはなかった。





仰向けになって意識が薄れ行く中、カイは目の前で戦っている青い戦士の姿を見た。
いや、戦っているというよりはそれはもはや嬲られていると言ったほうがいいだろう。
体が上手く動かないのか、青い戦士はギノガの猛攻をその装甲だけで受け止めている。
しかし、衝撃までは完全に緩和することができず、徐々に後退していく。
そして思い直したかのように足に力を込めると、青い戦士はカイから離れるように重い足取りで前へと進んでいく。
カイはギノガの攻撃を受け続ける青い戦士のうめき声にどこか聞いた覚えがあった。

「ファイブ……なのか?」

なんとなくだが、カイは目の前にいる青い戦士がヴァイスなのだとわかった。
それと同時に自らの不甲斐なさも感じていた。
体が全く動かない。
自分はギノガの胞子に耐性ができていたはずだった。
なのに、今はギノガの胞子の影響で動くことができなくなっている。
そんなことを考えている間にもギノガの攻撃は続き、ヴァイスはもはや立ち上がることもできずに膝立ちの状態でギノガの猛攻を耐え続けていた。
見ていられない。そんな思いが行動に出たのか、カイはヴァイスから目を逸らす。
目を逸らしたカイの目の前に広がったのは、ビルとビルの間に挟まれた狭い隙間から見えた青空だった。





―この広い空の下で穏やかに暮らす者達を守る牙となれ―





―空の牙……空牙、それがリク、お前の新しい名前だ―





かつてアマダムをその身に宿す時に言われた言葉。
空、それは自分に与えられた役目。
リントであることを、ヒトであることを捨てることになるかもしれない、そんなことを言われたがそれでも手にした力。
守るべき場所。
守るべき人。
それら全てを失い、一度は全てから目を逸らしてきた。
そして、再び手に入れた守るべき……いや、守りたい人達。
その一人でもあるヴァイスが目の前で今にもギノガに殺されそうになっている。
だが、ヴァイスはまるでギノガをその場から少しでも引き離そうとしているのか、重たい足取りながらも徐々にカイから離れていく。

一時期とは言え、カイは空牙であることを捨てた。もっとも、これからもカイは空牙を名乗るつもりはない。
だが、それが目の前の出来事から目を逸らしていい理由にはならない。
しかし、心ではそう思っても体がいうことを聞かないのも事実だった。
これではヴァイスの前に立って戦うこともできない。
それでも、このまま何もしないわけにもいかない。
そんなカイにその存在を示すかのように右手に何かが触れた。





カイが倒れ、ヴァイスがギノガの猛攻に耐え忍んでいるとき、その場所から少し離れたビルの屋上、そこに彼女はいた。

「そっか、やっぱりここからでも難しいかな」

愛機の報告から、いまだにギノガの胞子によるフィールドに衰えは見えず彼女はため息をつくように答える。

『Do you give it up?(諦めますか?)』
「諦めると思う?」
『It doesn't think. An indomitable wing will not break by this extent. (思いません。不屈の翼はこの程度で折れることはないでしょう)』

愛機の主は質問に質問で返し、愛機すらその最初の質問の答えなど聞く必要もないようすだった。

「今までみんなにたくさん負担をかけてきたからね。これからは全力全開で行くよ」
『All right. standby ready set up.』

愛機の返事に主は愛機をその手に持って空へと掲げる。
その瞬間、主の体を桜色の光が包んだ。

「エースオブエースの復活……やな」

すぐ傍では、10年という長い付き合いの幼なじみが親友の復活を笑顔で見つめていた。





ギノガの猛攻を何とか受け止めつつ、ヴァイスはどうやってカイを逃がすかを考えていた。
今も胞子のフィールドはカイも取り込んで周囲に張り巡らされている。
この状況ではフェイトにカイを連れて逃げてもらうこともできない。
そうなると、ヴァイス自身がカイを連れてここから離れなければならない。
先程からカイは時折かすかに体を動かしていたところを考えると、まだカイは生きてはいる。
しかし、それがいつまで続くかはわからない。
手遅れになる前に医務官であるシャマルに見せたほうがいいだろう。
だが、この状況から脱出するにはG3のパワー切れもあって困難だった。
そんな時、後ろで何か動きがあった。

「ファイブ……伏せろ」

そして不意に後ろから聞こえた動くことすら難しいはずの人間のか細い声が聞こえてきた。
ヴァイスはその声に反射するかのように従って、無様に仰向けになるように後ろに倒れ込む。
その仰向けに倒れこんだヴァイスの体の上を通過するように一筋の光が突き進む。
倒れたヴァイスは光が伸びてきた方向を見ると、カイが緑の戦士となってその手に持った『GM-01 スコーピオン』を弓銃、ペガサスボウガンに変えて撃った後だった。
カイの放ったペガサスボウガンによる空気弾に封印のエネルギーを込めて放つ『ブラストペガサス』。
それはギノガの胞子のフィールドを穿つようにギノガへと向かう。
ギノガはヴァイスの体がブラインドとなり、その攻撃を視認することが遅れてしまった。
何とか避けようと体を動かすが、その攻撃はギノガの左肩へと命中する。

「がぁあああああ!!!」

その攻撃を受けたギノガの叫びが木霊する。
しかし、トドメを刺すには至らなかったのか、ギノガはこの場を離れるようにフラフラと歩き出す。
カイは緑の戦士から力を失った白い戦士の姿となり、そのままピクリとも動いていない。
生死を確認することはできないが、カイを倒せるだけの余力もギノガにはない。
ギノガにとってはこの場で行動できるフェイトが唯一の不安要素ではあったが、自分の胞子で無力化できると判断したため自らを回復させるべくその場からの撤退を始めた。
しかし、ここでギノガは気付くべきだった。
カイとの最初の打撃戦とヴァイスの銃撃で自分が想像以上に消耗していたことを。
カイの放ったブラストペガサスで発生した風がギノガの胞子のフィールドに穴を開けていたことを。
その攻撃を致命傷とは言えないけれども、その身に受けてそれまで以上に消耗したことを。
だが、それに気がつかなかったギノガは、次の瞬間にはその体をビルとビルの間の遙か上、遙か上空に見える青い空に向かって投げ出され、その体を桜色の光で拘束された。





ギノガが上空で拘束されたことを確認した高町なのはの愛機、レイジングハートはそのことを主へと報告する。

『The target was restrained.(目標を拘束しました)』

ギノガが遙か上空へと体を投げ出したのは、高町なのはの殺傷力はないが衝撃波で目標を固定する『バレルショット』と呼ばれる魔法だった。
その衝撃波がブラストペガサスでこじ開けられた胞子のフィールドの穴を広げてギノガへと到達し、その体を打ち上げて上空で拘束することに成功した。
これで胞子のフィールドをつくろうにも、周囲に壁となるものもないため胞子を有効に使うことはできないだろう。

「うん、はやてちゃん、リイン、目標の固定完了」
「了解、ほなリイン、こっちも行くよ」
(はいです)

なのはの言葉にヴァイスとの通信を終えてから現場にやってきた機動六課部隊長の八神はやてと、はやてとユニゾンしたリインフォースⅡが次の段階へと進むべく足元に巨大なベルカ式特有の三角形の魔方陣を描く。

「仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ。来よ、氷結の息吹」

はやての詠唱と共にはやての周囲から冷気が溢れ出す。
リインははやての莫大ま魔力を制御し、少しでも冷気の拡散を抑えこむ。
膨大な魔力、それがはやての持つ力だが、残念なことにそれを完全に制御するというレベルにまで達していない。
そこでリインがはやてとユニゾンすることで、その魔力を制御することができるようになった。
はやては発射準備が完了した魔法を放つべく、手に持った杖『シュベルトクロイツ』をギノガへと向けて叫ぶ。

「アーテム・デス・アイセス!!!」

圧縮された気化氷結魔法、それがギノガへと突き進み着弾する。
そしてギノガの周囲が氷で覆われる。
アーテム・デス・アイセス。
周囲の熱を奪って凍結させる魔法であり、過去に空港火災事故で炎に巻かれた空港そのものを覆い尽くしたこともある魔法だった。
それだけの冷気を使い、特定温度で活性化するギノガの胞子を無効化させる。
ギノガを覆うようにしたのはここから更に次の段階へと進むためだ。

「レイジングハート、ACSスタンバイ」
『All right.』

レイジングハートが主の声を受けて、その姿をデバイスモードからバスターモードへと変形させる。
音叉にも似たような二又に分かれた形状、溢れる魔力を象徴するかのような桜色の翼。
なのははその愛機を遙か遠くに拘束されているギノガに向ける。
そして、そのまま一直線にギノガに向かって加速を始めた。

「リイン、向こうはなのはちゃんに任せて、こっちはカイ君とヴァイス君の救出に行くよ」
(はいです)

なのはが突き進むのを確認したはやては、ギノガが拘束されているその下にいるだろうカイとヴァイスを早く治療させるべく、現場へと急いだ。





遙か上空で拘束されたギノガは次の瞬間には周囲を冷たい氷の壁で包まれた。
この状況では自分の生み出す胞子はその効力を発揮することはできない。
だが、このような状況では誰も自分には手を出せない、とも考える。
それならその間に消耗した力を取り戻して、その後に脱出すればいい。
左肩に受けたブラストペガサスの傷は腰のベルトには届かないものの、左肩から腹部にかけて刃物で切り裂いたかのように伸びている。
それも時間が経てば回復するだろう。
今のギノガにとっての一番の問題はどれだけ短時間で回復するのか、それだけだ。
しかし、次の瞬間、ギノガの目の前の氷に罅が入ったと思われたその時、桜色の光の刃がギノガの腹部、丁度カイの放ったブラストペガサスによって肩から伸びた腹部の傷を貫いた。
ギノガが腹部の痛みを与えた存在を恨みのこもった目で見る。
そこにはギノガは知らないが、10年前から変わらない不屈の意志を湛えた瞳が今から胞子を吐き出す前に戦いを終わらせるという決意と共にあった。
似合っていた白いバリアジャケットの姿ではなく黒地に赤いラインのバリアジャケットに変わっている。
しかし、その精神は10年前から大きく変わっているわけではなかった。
だが、そんなことはギノガにとってはどうでもいいことだ。
次の瞬間にはそんなことを考える余裕もなかったからだ。

「ブレイク………シュート!!!」
『Exerion Buster.』

腹部を貫いたレイジングハートをそのままに、なのはは次の行動へと移る。
ギノガの胞子を無力化させるために張った氷の檻を貫き、その次の瞬間には追い打ちをかける。
胞子を無力化させつつ、大威力の攻撃を当てるのはこの短い時間ではこれくらいしか思いつかなかった。
腹部を貫いたレイジングハートの先端から桜色の砲撃がギノガを貫くように放たれる。
ギノガはその強大な威力の砲撃を何とか耐え抜こうとするが、それまでの消耗もあり徐々にその砲撃の奔流に飲み込まれていく。
そして、ベルトではなくギノガの腹部の中にあるアマダムが砕ける感触を感じてから、ギノガは自分の生命の火を手放した。





ギノガが撃破され、なのははその遺体をバインドで拘束して、調査部へと引き渡した。
その後、フェイト達と合流したなのははヴァイスが負傷したこともあり、フェイトにヴィヴィオの迎えを任せ、先にスバル達を回収して機動六課へと戻ることにした。
ヴァイスは負傷したが命に別状はない。
そのため、ヘリの中でリインに治療を受けることになった。
だが、カイは緑の戦士となって攻撃をした後に意識を失い、それから回復する様子がなかった。
これにはリインもお手上げであり、最初は病院に搬送することも考えられた。
しかし、カイの体が普通とは違う以上、医務官であるシャマルに見せることになった。
その後、アルトの操縦するヘリは機動六課へと到着し、前もって連絡を受けたシャマルに連れられた部隊員の手によってカイは処置室へと運ばれた。





シャマルと気を失ったカイが医務室に入ってから30分過ぎた。
そこにはなのはやシグナム、ヴィータを含めたフォワードメンバー、そしてルーテシアとG3システムを脱いだヴァイスがカイの治療を終わるのを今かと待ち望んでいた。
そして、医務室の扉が開かれて、シャマルが疲れたような表情をして出てきた。

「シャマル先生、カイ君の容態は?」

みんながシャマルの傍に駆け寄り、代表してなのはが不安そうな表情でカイの状態を質問する。
カイの容態の深刻さに対してあまりにも短い処置時間だったのか、なのは以外の他のみんなも不安を隠しきれない様子でシャマルの言葉を待った。
そんな不安な表情のみんなの前で、シャマルは目を伏せながらポツリと言葉を零す。

「何も……できなかったわ」

シャマルの言葉にそこにいる全員の表情が凍りつく。
医務官であるシャマルの何もできなかったという言葉。
それは倒れたカイに対して何も処置できなかったことを意味する。
今回の未確認生命体、ギノガの胞子を受けた被害者の辿った末路、それは死というものだった
カイに対して処置できなかったということは、それはカイの死を意味……。

「マーシャル、お菓子もうないのか?俺、お腹すいた」

していたはずなのだが……。

「ティア、私変だよ。カイの幻聴が聞こえてくる」
「奇遇ね。私もカイの奴がお菓子を食べたいっていう幻聴が聞こえてきたわ」
「そういえば、カイさんってヴィヴィオ以外とはご飯とかお菓子のことくらいしかロクに話しませんでしたしね」
「こんなことなら、もっとたくさんお話ししておけばよかった。幻聴にお返事しても意味ないもんね」

スバル達がどこからか聞こえてきた幻聴にカイのことを偲ぶように語る。
そんなキャロ達の哀しみを察したのか、フリードも哀しそうな声で鳴いた。

「カイの奴、お前にはやらなくてはならないことがあるのではなかったのか?それなのに、こんなところでお前は終わるのか?」
「ちきしょう、あいつにはまだ本当のアイスの美味さを教えてねえってのによ」

シグナムがかつて未確認生命体第9号、ギイガとの戦いで聞いたカイのしなければならない役目、その言葉を思い出して無念そうに呟く。
ヴィータもカイとそんなに話をしてなかったなと思い、もっと話をしておけばよかったと声には出さないものの明らかに悔しそうな表情を見せる。
なのはも信じられないといったような表情で声を出すこともなく膝をついた。
ヴァイスは悔しそうな表情でやり場のない怒りを拳に乗せて壁に叩きつける。

「ねえ、アギトと一緒に昨日差し入れしたシュークリームは?」
「ヴィヴィオゥと全部食べたから、もうないぞ」
「……あんなにたくさん持ってきたのに」
「そうよねぇ、それなのに一日で全部食べちゃうから虫歯になっちゃうのよ」
「シュクーリム、美味かった」

そんな悔しそうな表情のみんなを置いて、ルーテシアとシャマル、そして何故か話の中心にいるはずのカイの話が進む。
そして……





「なんでカイがここにいる!!!」





少しの間の後、錆びた機械が動くようにみんなの視線がカイに注がれ、次の瞬間には全員が言い方に違いはあれど同じような言葉を叫んだ。

「お、お前、胞子の毒でやられちまったんじゃなかったのか?」
「そうだよ、なのになんで生きているの?いや、生きているのはうれしいんだけどね、何が起きているのかよくわからないんだけど?」

カイはヴァイスに肩を掴みかけられ、スバルも気が動転したのか、ヴァイスと同じように肩を掴んで詰め寄る。
他のみんなもどうしてこんなに驚いているのか、カイには不思議に思うしかなかった。
そんな困惑しているカイを他所に、シグナムとヴィータがシャマルへと詰め寄る。

「シャマル、これは……どういうことだ?」
「治療が間に合わなかったんじゃねえのかよ!!!」

今にも噛み付きそうな勢いにシャマルは若干たじろぐが、コホンと咳払いをすると説明するべく佇まいを直す。

「何もできなかったのは事実よ。私はカイに何も治療をしてないから」
「じゃあ、どうやってカイは回復したってんだ?」
「勝手に目が覚めたのよ」
「……はぁ?じゃあ、今まで出てこなかったのはなんでだ?」
「そうだ、それにカイは未確認生命体の胞子を吸い込んでいたのではなかったのか?」

一斉にヴィータとシグナムに質問攻めにされたシャマルは一つずつ質問に答えようとするが、シグナムに掴みかかられた腕を外して説明を始める。

「まず未確認生命体の胞子に関してなんだけど、口から内蔵に入ったと思われる胞子はカイの言っていたとおりカイには効果がなかったみたい」
「なら、なんでカイは戦えなくなったんだ?」

胞子が体内に入って、普通ならそのまま死亡してもおかしくなかったはずなのにカイには効果がなかった。
だが、結果としてカイは戦闘を行うことが不可能になる状態に陥った。
そのことをこの場にいる全員が思ったのか、ヴィータの言葉に賛成するように頷いた。
そんな全員の疑問を感じたのか、シャマルは少し間を開けてから呆れたように呟く。

「カイが倒れた原因は…………虫歯よ」
「……虫歯ぁ?」

シャマルの説明は以下のとおりだった。
口から内蔵に入った胞子は体に影響を与えなかったものの、虫歯の詰め物の隙間から胞子が体内に入り、それの影響で一時的なショック状態になったということ。
それによって一時的に仮死状態になって体温を低下させて胞子の活性化を抑えつつ無力化した……とシャマルは説明した。
要するに今回カイが倒れた原因の全ては虫歯だった。
それを聞いたみんなは呆れることも忘れ、シグナム以外はヘナヘナとその場に座り込み、シグナムは頭が痛いとでも言いたいように額を手で抑えていた。





ちなみに、シャマルの『何もできなかった』という発言の本当の理由は、医務室に用意した個人的なおやつを、起きてお腹を空かせたカイに全て食べられたことである。
そのため、医務室から出てくることに時間がかかったのだ。
後日、虫歯のせいで危ない目にあったというのに、それでも原因となるお菓子をたくさん食べたカイに、ギンガとシスターシャッハによるお説教が待っていることをこの時のカイにわかるはずがなかった。





カイが倒れた理由の説明を受けた全員の前にはやてとシャーリーが現れ、G3システムのことでヴァイスに話があると言って、ヴァイスを連れていった。
そして、そのまま解散という流れになるところで、ヴィータがいつ話していいものかと思っていたことを呟いた。

「ところでよ、なのははなんでまだバリアジャケットを着てるんだ?」

ヴィータの言葉にスバル達も改めてなのはの姿を見る。
そこには今までの見慣れた白地に青いラインのバリアジャケットではなく、黒地に赤
ラインのバリアジャケットという、スバル達が今まで見たことのない姿だった。
だが、シグナムとヴィータはその姿に見覚えがある。

「それってよ、10年前のアレだよな?」
「確か星光の殲滅者……シュテル・ザ・デストラクターのバリアジャケットと同じだったな」

今からおよそ10年、『闇の書事件』が解決したすぐ後に闇の書の残滓によって現れた3人の構成素体。
その3人が自我を持ち、なのは達の前に現れて戦うことになった。
その中の一人、星光の殲滅者『シュテル・ザ・デストラクター』は髪型や性格に違いはあったものの、その容姿や当時のバリアジャケットの姿からなのはによく似ていた。

「え、えっと、か、カイ君が怖がるといけないからバリアジャケットの色を変えたら、こ、こうなっちゃって」

ヴィータとシグナムの言葉に若干うろたえながら、なのははどうしてこんなバリアジャケットにしたのかを説明する。

「まあ、色を変えればいいって言ったのはアタシだからそれはいいんだけどな」
「問題はどうしてまだバリアジャケットを着ているのかということだ」

バリアジャケットが魔力によって構成されている以上、その維持には多かれ少なかれ魔力が消費される。
そのため、作戦行動中ならばともかく、今の状況でバリアジャケットを着ている必要はない。
そんなシグナムの言葉になにはは何を聞くのかとでも言いたげな視線で答える。

「これにはちゃんと理由があるんです」

理由、それはなにはがカイに『グロンギ』という、カイの戦っている相手と同じ名前で呼ばれていることだった。
なのははカイとそれを取り巻くカイの近しい人達を以下のように分類している。

ヴィヴィオとザフィーラはカイの仲の良い友達であり、ギンガとシスターシャッハはカイのお目付け役兼保護者、フェイトはヴィヴィオの母親といった感じだ。
その中で自分はどのような立ち位置なのかというのを考えると、簡単に説明がつく。





なのは=グロンギ





そしてグロンギという存在を簡単な公式で表すと……





グロンギ=怖い





グロンギが怖いということは……





怖い=なのは





それらを考慮した結論として『なのはは怖いグロンギ』というカイにとっての解がなのはの頭の中で得られた。
そんなことはなのはとしては不本意である。
教導官として厳しく接した結果、それが怖い原因になってしまうのならまだ耐えられる……とは思っている。
だが、なのははカイにいきなり怖がられ、それを解決しようにもカイが震えてしまい解決させることができなかった。
だが、今の姿ならカイが怖がる白というものが自分の体にはついていないためできるはずだ。
そんなことでカイを怖がらせないということのみを考えたため、10年前の子どもが着たら似合うバリアジャケットを、二十歳くらいの自分が着ていることなどなのはは気にも留めていなかった。

「カイ君、それじゃあ改めて自己紹介。私はなのは、高町なのはだよ。なのはって呼んでみて」

カイが恐怖する理由となった白いバリアジャケットを黒いバリアジャケットに変えたなのはは満面の笑みでカイに右手を差し出す。
もう意味もなく怖がられることはない。その思いがなのはを笑顔にしていた。
清々しいほどまでの笑顔にスバル達は若干引いている。

(そんなに気にしてたんだ)

そんなことを全員が思っていたが、なのはの笑顔を哀れに思って誰も何も言わなかった。
カイもなのはの姿を見て驚異を感じなかったのか、なのはの名前を……

「タトバ」

今までのことから言えるはずがなかった。
そして……

『Hawk Tiger Hopper.』
「……歌は気にしちゃダメ」
「……レイジングハート、今の……何?それにルーテシアも」

そんな状況を想定していたルーテシアと、主の呼び名を象徴するような謎の言葉を話すレイジングハート。
なのははカイに詰め寄ることも忘れ、愛機とルーテシアへと視線を移す。
そこにはどこか無表情ながらも何かを含んだ笑みを浮かべているルーテシアがいる……と、なのはは感じた。
ツッコミを入れたら自分の負けだと思ったため何も言わなかったが。

「ルーちゃん、歌は気にしちゃダメって……歌なんて聞こえてないよ?」
「気にしちゃダメ」

なのはが呆然とする中、ルーテシアの言葉に何かの意味があるのか、それを確認しようとキャロが困惑しながらルーテシアに話しかける。
だが、ルーテシアはそんな困惑するキャロなどお構いなしに言葉を告げる。

「ルーちゃん、だから歌なんて聞こえない……」
「気にしちゃダメ」

困惑しつつ再度質問するキャロと、それに対して右手をかざしながら一言で片付けるルーテシア。
しかもどこかで用意したのか、右手にだけ赤い手袋をしている。
背後には呼び出したインゼクトで大きな赤い布を広げていた。
結果として……

「だから歌なんて聞こえ……」
「気にしちゃダメ」
「だから歌なんて……」
「気にしちゃダメ」
「だから……」
「気にしちゃダメ」
「だ……」
「歌は気にするな」
「……そうだね、歌は気にしなくてもいいよ……ね」

ルーテシアの雰囲気に折れたキャロだった。
そんなキャロを見て、顔を背けたルーテシアがニヤリと目を細めたことを知る者は誰もいなかった。





ギノガが倒された後、はるか離れた地では白い服の青年が。さもつまらなそうな表情でここからでは見えるはずのない事の成り行きを見つめていた。

「やっぱり、ギノガ程度じゃ未来は簡単には変わらないね」

かつて白い服の青年を封印した存在をギノガの胞子で戦闘不能に陥らせたことで、見えた未来が覆されると期待していたが結局のところはその期待は裏切られた。
いや、封印した存在がまだまだ戦えるということは青年にとっては良いことだったのかもしれない。

「僕の見た未来を覆せるのは……僕と同じ力を持った彼だけかな?」

ここからは見えないはずなのに、青年のその瞳は自分と同じ存在になれる可能性を持つ一人を見つめる。
青年が遠くから見つめるその存在は、ギノガの胞子の影響から目が覚めたのか周りにいるみんなと笑い合っている。
いや、周りにいるみんなは呆れたような笑顔といったほうがいいだろう。
だが、そんなことは青年には関係ない。
そんなことは青年の望みには何の影響を与えないのだから。

「ダグバ、どうしてバルバにあのことを教えた?」

そんな青年の考えなど知らないのか、その青年についていくと決めた黒服の男がコウモリ傘を使って太陽の光を恐れるように身を隠しつつ、ダグバと呼んだ青年へと近づいていく。

「……ゴオマか。バルバに教えたのは簡単な理由だよ」

ゴオマの言葉を聞いたダグバはゴオマに振り向くこともなく、ただ遠くを見つめながら答える。

「僕の見えた未来どおりに物事が進むのはつまらない。僕は、もっとこの世界が僕にとって楽しくなるようにしているだけだよ」
「たの……しい?」

ゴオマにはダグバの言っている意味がよくわからない。
だが、一つだけ分かっていることがある。

「ダグバの見た未来だと、半端者が大地……か」

かつて自分が陰で蔑んでいた存在。
実力の差は相手に大きく離されていたが、その存在のあり方がグロンギとは大きくかけ離れていることも事実である。
なのに、その存在がダグバに認められていることがゴオマとしては不本意だった。
ダグバに着いていくと決めたのは自分だけなのに、ダグバの目に自分が映ることはない。
過去に自分を封印したクウガが憎くはある。
だが、それと同じようにゴオマが半端者と蔑んでいる存在に対する憎悪も大きくなっていた。

「まあ、リントが鋼のクウガを作り出すとは思わなかったけどね。……これで少しは面白くなるかな。あの時にクウガにわざと負けることにして本当によかったよ。あの時に殺すのは簡単だったけど、クウガを殺していたら僕の楽しみが本当に無くなるところだったからね」

そんなゴオマの不満を知らないのか、それとも知っていてあえて無視しているのか、ダグバはこれから先の未来を見つめつつ含み笑いを漏らす。

「空の意味を失ったクウガが空を取り戻すのか、それとも別の何かになるのか……それを見るのも面白いだ……ん?」

遠くを見つめるダグバが不意に何か違和感を持ったのか、少しだけ視線を動かす。

「どう……した?」

ゴオマとしてはいきなり言葉を止めたダグバが気にかかったのか、ダグバの顔を横から伺う。

「……ガルメが死んだよ」
「ガルメが?奴のゲゲルも始まっていたのか?」

ダグバの話では先ほど倒されたのはギノガだった。
だが、それからすぐにガルメが倒されたというのは変な話だった。
グロンギがゲゲルを行うときは基本的に一人だけである。
その間に他の者がゲゲルを行うようなことはない。
それなのにギノガの後にガルメが倒されたということは、ギノガが倒されてすぐにガルメがゲゲルを開始し、その後すぐに倒されたという意味に繋がる。
しかし、ゴオマはそんなことが起きたとは思えなかった。
だが、次のダグバの言葉はゴオマの予想を遙かに超えていた。

「ガルメを殺したのは……ガドルだよ。……ガドルも資格を持つ者だったね。やっぱり僕があのときにクウガにわざと倒されたのには意味があったよ」

ダグバは穏やかな表情で言葉を紡ぐ。
だが、その中に隠された強大な全てを飲み込む何かを感じたゴオマはその身を震わせる。
しかし、ゴオマは決めていた。
今のグロンギ、ミッドチルダに集まっているグロンギ達はバルバ、もしくはガドルが統括していると言える。
バルバが統括していることに不満はない。バルバはゲゲルを取り仕切るマスターのような存在だからだ。
だが、ガドルだけは別だった。
グロンギにとっての天敵とも言える相手とわずかな時間とは言え共に過ごしていた半端者。
そんな存在に上からの目線で何かを言われることだけは屈辱でしかなかった。
だから、ガドルにダグバのベルトを探せと言われたときも、最初は探すつもりはなかった。
しかし、ゴオマはダグバと出会ってしまった。
そこでダグバがゴオマへと『僕につかないか?』と言われ、ゴオマはすぐにその誘いに乗った。
全ては憎きクウガを倒すため、そして……クウガと同じくらい憎いガドルを見返すために。
だが……

「ゴオマ、君も僕の駒の一つにすぎないけどね」

そんなゴオマの考えなどお見通しなのか、ダグバはゴオマにも聞き取れないほどの呟きを漏らしつつ、これから先の未来が少しでも楽しくなればいいと思いながら笑みを浮かべた。









①謝罪
まずは一月ぶりの更新になってしまい申し訳ありません。
このようなSSでも楽しく読んでくださっている皆様に本当に謝ることしかできません。
色々と……というか、第2次スパロボZやその他18禁ゲームとかやってたらいつの間にか5月中旬になっていたという罠……というか、言い訳です、本当に申し訳ありませんでした。

②次回は?
ガルメさんの散り様は次回に持ち越しです。これで次は蟷螂姐さんの出番に。
ここから先は下手したら1話完結形式になる……かもしれません。

③今回の展開について
今回ギノガを倒すパターンは3種類考えました。
パターン1:復活したカイに倒される。
パターン2:G3を装着したヴァイスによる、初の人間の手による未確認生命体撃破。
パターン3:なのは様完全復活による祝砲+αで未確認生命体撃破。なのはのグロンギ脱却記念日。

パターン1はいつも通りな展開なので今回はボツ、カイの活躍は次回以降に。パターン2はG3が初陣でグロンギ倒しちゃダメでしょという理由でボツ。
その結果、それらのパターンをそれなりに入れつつ、パターン3のなのは様復活祭+八神部隊長の久方ぶりの見せ場(?)となりました。

追記:英文に関してはちゃんとできている自信がありませんので、そこのところはご容赦ください。








[22637] 番外編 相談 *今回は本編ではありません。本編を期待していた皆様、誠に申し訳ありません m(_ _)m
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/06/21 21:10





《注意》
今回は本編と全くと言っていいほど関係の無い勢いだけで書いたお話です。読み飛ばしても本編の続きを読むことに全くの支障はございません。

《さらに注意》
キャラ崩壊が激しい部分がございます。そのところも『番外編』ということをご理解の上お読みいただけるようお願いいたします。それでは、どうぞお楽しみ……いただけると幸いです。

《続けて注意》
これは私が酔った勢いで書いたものを修正(したようなしてないような)内容ですので、そこのところも重ね重ねご理解ください。





最近医務室に来客……もとい、怪我人が来ないことで機動六課所属の医務官シャマルは退屈な時間を過ごしていた。
利用者する者のいない医務室の長であり医務官シャマルは、用事がなければただのシャマルでしかない。
そんなわけで、医務室の入り口に『シャマル先生の悩み相談室』なる張り紙をしていたところ、何人かから悩みを聞いてほしいという匿名での連絡を受けた。
そう、ただのシャマルが医務官のシャマルへと戻る時がやってきたのである。
そんなわけでシャマルは悩みを聞く時間を設けたのだ。

「それでは、最初の方どうぞ~」

シャマルの(ひさびさの出番を喜ぶような)明るい言葉に、医務室から通路に繋がるドアが開き、医務室へと一人入ってくる。
その者はシャマルの前にある磨りガラスを挟むように置いてある椅子に腰掛けると、傍にある変声機付きのマイクへ向かって話し始めた。

「最近悩みがあるんです」
「そう、どんな悩みかしら。もしよかったら聞かせてくれる?」

悩み相談とは言っても、悩みがあるということを知ってもらいたいだけという人間も少なからずいるし、最後になってやっぱり話したくないという人間もいるだろう。
そんな理由もあって、シャマルはあえて向こうから話しかけてくれるように優しい口調で言葉を告げる。

「実は……ルーちゃん……私の友達のことなんですけど、どうしてあんなに変……じゃなかった、愉快?……じゃなくて、えっと……おかし……でもなくて、面白……なんか違うような……う~ん、なんて言えばいいんだろう?」

『ルーちゃん』、この言い方で既に誰なのかはバレバレなのだが、シャマルはそれに対してツッコミを入れない。
あくまで今は悩みを聞く時間なのだ。
医務官のシャマルがツッコミを入れて、ただのシャマルに戻るわけにはいかなかった。

「その娘は……えっと……どんな風になったのかしら?」

『ルーちゃん』、つまりはルーテシアのことを知っているシャマルとしても、最近のルーテシアのことをどのように表現すればいいのか結局わからず、曖昧に聞き返すしかなかった。

「えっと、ルーちゃ……私の友達なんですけど、カイ……じゃなかった、なのはさ……じゃなくて、恩師の娘さんのヴィヴィ……じゃなくて、そのとりあえず娘さんのお友達が人の名前をよく間違えるんですけど、その時によくツッコミというかなんというか、そんなことをしているんです」
「うんうん、それで?」

既にバレバレな人物背景にツッコミを入れず、話の先を促す。
もう一度言うなれば、今は悩み相談の時間だからである。

「ルーちゃ……その娘に最初に会ったときはなんていうか……クールって言うんですか?そんな感じだったのに、いつの間にかカイ……じゃなかった、恩師の娘さんの友達の愉快な仲間達の一人になっちゃって」
(だから、相手の名前を隠せてないのよ、キャ……じゃなくて、Kちゃん)

シャマルは心の中でツッコミを入れつつ、Kちゃんに深く気にしたらダメだから友達をもっとよく知る機会と考えればいいと伝えて相談は終わった。





「次の方、どうぞ~」
「失礼しま~す」

シャマルの声のすぐ後にドアを開けて次の悩みを持つ女の子が挨拶と同時に入ってくる。

(だから、そこで返事をしたら誰だかわかっちゃうでしょ、スバ……Sさん)

だが、あえてシャマルはツッコまない。
続けて言うが、今は悩み相談の時間だからである。医務官のシャマルだからである。
ただのシャマルとは違うのである。

「えっと、スバ……じゃなくて、それで今日はどんな悩みですか?」

プライバシーを保護するためにあえて言い直して、シャマルはなんとか話を進める。
今は悩み相談の時間だからである。悩みを聞かないシャマルはただのシャマルでしかない。

「実は、ギンね……姉が一人いるんですけど、最近できた弟に取られちゃった気がして……」
(……スバ……Sさんもか)

Sさんの悩みを聞き、シャマルの口から一瞬だがため息が漏れそうになる。
そんなシャマルの反応が若干遅れたせいか、Sさんはその時の光景を語りだした。





それは未確認生命体第25号、ギノガが活動を始めていたころの話だ。
マリエル・アテンザの指揮のもと、Sさんの姉(仮称G)はナンバーズと呼ばれる戦闘機人の姉妹と共にG3システムという戦闘システムの開発を行っていた。
開発は一応の完成を終え、それを機動六課にシステムを運搬したときのことだ。
SとGには最近できた弟のような存在が一人いる。
もっとも、外見年齢的にはGと同い歳位にしか見えないものの、その性格的な子供っぽさのせいで家の中でも最年少という扱いだった。
そんなこともあり、長女でもあるGがその弟(仮称K)に世話を焼くことが多かった。
その日も久しぶりにKの様子を見に来たG達が、空いた時間に差し入れとして持ってきたおやつをみんなで食べているときに事件は起きた。

「ほらK、クリームが口元についているわよ」
「ん、シュクーリム美味い、G(*)も食べるか?」
*(医務官のシャマルさんからのお詫び):KによるGの呼び方は普通とは違うのですが、プライバシー保護のためにあえてGと表記させていただきます。

GがKの頬についたクリームを指で掬って自分の口に運ぶ。
そんな行為に勘違いしたのか、KはGもおやつに出されたシュークリームを食べたいと思ったのか、自分が両手に持っていた食べかけのシュークリームをGへと差し出した。
本当なら大好物のシュークリームを差し出すようなことはしないKだが、とあるシスターの躾と自分に親身に接してくれるGに対する日頃のお礼なのか、食べかけのシュークリームを差し出すことに大きな抵抗はなかった。
口をつけてないシュークリームなら……抵抗があったかもしれないが。

「ありがとう。……うん、美味しいわね」

そんな楽しそうな一時をジーッと不満そうに見つめる一つの視線。
それが今回悩みを相談しにきたSだった。
仲の良い姉弟の様子を見たSが姉を取られたと思ってもそれほど大きな間違いではないだろう。
なぜなら、SとGは幼い頃に母親を亡くし、GがSにとっての母親代わりともなっていた。
それ故に姉であり、なおかつ母親でもあるGを取られて不安にならないわけがない。
そんな理由もあって、Sは持っていたシュークリームを頬張るとそのクリームが口元に付いたことに構うことなく、むしろGに見てくれというかのように顔を突きだした。
ここで、GがKにやったようなことをSにやっていれば大きな問題はなかったのかもしれない。
だが、GはSと長い年月姉妹として過ごしてきたことが災いした。

「S、お行儀が悪いわよ」

今のSはそんなに行儀の悪いことはしないとわかっているのか、この一言をSに告げるだけだった。
以上、回想終わり。

「……というわけなんで、絶対に付き合っていると思います!!!」
「そ、そうなの?(どこから付き合うなんていう話になったのかしら?)」

その後、相談しに来たSも自分が何を相談しに来たのかよくわからなくなり、悩み相談は終了した。
シャマルも余計なことを言って悩みを復活させる必要はないと判断したのか、特に助言をするようなこともせず、また何かあれば遠慮無く相談に乗ると言って終わった。





「次の方、どうぞ~……これもワンパターンかしら?」

シャマルの声でまた一人医務室へと入ってくる。
その足取りはどこか弱々しい。
というよりも、磨りガラス越しに見えるシルエットは今にも倒れそうな印象が強かった。

「今回はどうしました?」

シャマルは落ち着いた声で相談者がいかにも話しやすい雰囲気を作り出す。

「実は、ヴィヴィオ……じゃなくて、一人娘がいるんですけど、その娘が今度友達を連れてくるようなんです」
「そうなの(えっと……この話し方はフェイトちゃん……じゃなくて、Fちゃんね)」

相談者がなんとなくわかってしまうが、それでも一応プライバシー保護のためにあえてFのことを知らないということにした。
だが、どうにもわからない。娘が友達を連れてくる、それがどうして悩みに繋がるのか。

「それでですね、グスッ……ヴィヴィオ……娘が友達を連れてくることを教えてくれた時にですね……グスッ」

Fはすすり泣きながら話をする。
内容はこんな感じだ。
それはFが一人娘のVとその友達のK、Vのもう一人の母親でもあるNと一緒に過ごしていたときのことだ。

「あのねあのね、今度学校のお友達が遊びに来るんだ」
「そうなのか?」
「うん、Kも一緒に遊ぼうね」
「わかった、一緒に遊ぶ」
「NママとFママにもついでに紹介するからね」
「そっか、それは楽しみだね。ね、Fちゃん」
「……つい……で?私は……ついで?」

以上のような出来事があった。

「ついでって何?ママよりもカイ……Kの方が重要だって言うの?」
「あ~、それはほら、やっぱり学校のお友達に自分の友だちを紹介したいというかなんというか……」

とりあえず何とか慰めることには成功したものの、Fは最後もグスグスとすすり泣きながら帰っていった。
その後も……

「最近な、どうも出番が少ない気がするんや。ウチの家族の中ではザフィーラ……やなくてZはおバカなカイ……やなくてKのバイク役で活躍しとるし、シグナム……やのうてSは未確認生命体第9号と一対一で戦う見せ場があった。ヴィータ……やなくてVもスバル……やのうてS達新人との絡みがあるから出番はある。シャマル……やなくてSもおバカなKの体を検査したりして出番あるやんか。家族やないけど、本来なら影の薄いはずのヴァイス……やのうてV君やユーノ……やなくてY君、クロノ……やのうてK君もあのおバカなKとの繋がりがなんとなくあるせいか、出番が多いやろ?V君なんて下手したらもう一人の主人公扱いになるかもしれんよ?」
「えっと……それは……その……(そんなメタな話をここでしなくても……それにはやてちゃん、言葉使いの時点でまるわかりなんだけど……)」
「はやてちゃん……リインのこと忘れてるです」
(聞こえない、シャマル先生は何も聞こえなかったわ。今のは……そう、幻聴よ、そうに決まっているわ)

他には……

「最近妻や子ども達に会えていないんだが……」
「リア充の相談は受け付けておりません」
「は?いや、待て。悩み相談なんだろ?そもそも今の僕はリア充では……」
「クラールヴィント、転送お願いね」
「ちょ、まだ話は終わって……」
「次の方、どうぞ~」

いくつかの相談を終えたシャマルは、先程までの苦労を見せることなく次の相談相手を呼び出す。
シャマルの声に反応してドアが開くと、今までとは明らかに違う弱々しい足取りで一人の女性が入ってきた。
磨りガラス越しのせいか、その表情を伺うことはできないがなにやら憔悴しているような雰囲気をシャマルは感じる。

「えっと、とりあえず何か悩みでもあるのかしら?」

これだけ憔悴しているような感じを醸し出している以上、その悩みも尋常じゃないほど大きなものだろう、そんなことを思ってシャマルは慎重にどんな小さな一言でも聞き逃すまいと集中する。
しかし、次に相手が言ってきたことはシャマルにとって意味不明な言葉だった。

「実は……歌が聴こえてくるんです」
「……は?(魔法なんてくだらないの、私の歌(OHANASHI)を聴くの!!!な感じ?)」

突然の言葉にシャマルは何を言っているんだろうと思わず聞き返してしまう。
歌が聴こえる、つまりどういうことなのだろうか?そんな疑問がシャマルの頭に出てきてもおかしくはない。
それを感じとったのか、女性もその内容をより詳しく説明していく。

「実は、娘のお友達がよく人の名前を間違えるんですけど……」
(……また?)

その言葉が聞こえた時点でシャマルの脳裏にシュークリームにパクつく一人の青年のヴィジョンが浮かび上がる。
……何気に相談を受けるたびにその青年のことを思い出しているが気のせいだろう、気のせいだとシャマルは思っていたい。

「そのお友達が私のことの呼び方を変えた辺りから、何か幻聴のようなのが聴こえてきて……」
「それが何か歌のようなものってことかしら?」

シャマルが話から悩みの内容へと続く言語を発すると、女性は磨りガラス越しにコクリと頷いた。

「ちなみに、どんな歌が聴こえてくるの?」
「そ、それは……………………です」
「ゴメンなさい、よく聴きとれなかったの。もう一度いいかしら?」

一瞬躊躇ったあと、女性は蚊が鳴くようなほどの小さな声で何かを呟いた。
しかし、磨りガラス越しで、なおかつマイクからも離れていたせいか、その言葉はよく聴きとれなかった。

「だから……な の は・なのは・な の は♪……です!!!」

女性の叫びと同時に医務室から外へ出るドアが開く。
その開いたドアの先には紫色の長い髪の少女がドアから顔だけを出し、

「タカ……トラ……バッタ」

呟いてからドアを閉めた。

(プライバシー保護のため、ドアをロックしてあったはずだけど……)

突然の出来事に、なのはとシャマルも突然開いたドアに呆然と見ていることしかできなかった。

「それに、他にも色々聴こえてくるんです」
「そ、そうなの?例えば?」

シャマルはこうなったら全部吐き出させるしかないと感じたのか、聞くことだけに徹することにした。

「他には……な~のなのなのなのっは なのなのは♪……とか」

ドアが開く。

「クワガタ……カマキリ……バッタ」

ドアが閉じる。

「それ以外にも……なっの なっの なのなの~は~♪……とか」

ドアが開く。

「ライオン……トラ……チーター」

ドアが閉じる。

「なの~は なの~っは♪……とか」

ドアが開く。

「サイ……ゴリラ……ゾウ」

ドアが閉じる。

「なの~は~なの~♪……とか」

ドアが開く。

「タカ……クジャク……コンドル」

ドアが閉じる。

「なっなっなのっは なっなっなのっは~♪……とか」

ドアが開く。

「シャチ……ウナギ……タコ」

ドアが閉じる。

「メッイッオ~ウ なのは~♪……とか」

ドアが開く。

「プテラ……トリケラ……ティラ痛っ!!!」

言い終わる前にドアが閉じた。
どうやらシャマルのほうでドアを操作したらしいのか、リモコンのようなものをドアへと向けていた。
それによって紫色の長い髪の少女はどうやら顔をドアで挟んだようだ。

「と、とりあえず、あんまり気にしちゃダメよ」
「そ、そうですか?」
「そうそう、気にしちゃダメよ、オホホホホ」

とりあえずシャマルには笑ってごまかすしかできなかった。
そして、医務室から出ていった後に、外で誰かと話をしている声がシャマルの耳に届く。

「さあ、今度こそちゃんと名前を呼んでもらうよ。私はなのはだよ、な~の~は~」
「な……」
「そうだよ。『な』の次は……『の』だよ」
「な……ナヴィ」
「レッツお宝ナビゲート~」
「鳥じゃないよ、ナヴィだよ……じゃなくって、ナヴィじゃないよ、なのはだよ!!!うわぁあああああああん!!!」
「どうしたタトバ、ポンポン痛いのか?トイレはあっちだぞ」
「きっと……あの日なんだよ」
「プータン、あの日って何だ?」
「酸っぱいものが食べたくなるの」
「そうなのか、お腹すいてたのか」
「そんなんじゃないんだよぉおおおおおお!!!」

泣き声と一緒にその場から走り去る足音がシャマルの耳に届く。
その後の二人の会話にもどこから反応すればいいのかわからず、シャマルはそのまま聞き流す。

「がんばってね、なのはちゃん……じゃなくて、ナヴィ……でもなくて、Nちゃん」

その走り去る姿が容易に想像できたのか、シャマルはハンカチで目尻を拭くような仕草をしてから次の相談相手の準備をするのだった。





「それでは次の方、どうぞ~……はぁ」

シャマルの言葉に次に悩み相談をする者がドアから入ってくる。
ため息混じりなのは元凶が全員同じだから……ではないはずである。
ドアからは入ってきた者は磨りガラス越しに置いてある椅子に座ると、前もって言われていたように変声機付きのマイクに向かって話し始めた。

「最近、会えてないモノある」

この言い方で分かってしまった。

(元凶が来たわね)

本人に自覚はないだろうが、今まで受けた悩み、その理由を作りだした(一部除く)存在が来たが、それを気にしてはいけない。
何度も言うが、今回は悩みを聞くことがシャマルの仕事なのだ。
悩みを聞かないシャマルはただのブ……もとい、ただのシャマルでしかない。

「会えてない者?それってどんな?」
「会えると……すごく嬉しいんだ」
(こ、これはまさか……)

シャマルの頭の中にいる天使がラッパを吹いた。
先程までの『アンタが今まで相談を受けたみんなの悩みの元凶でしょうが!!!』という感情は、そのラッパと共に彼方へと吹き飛んだ。

(キタァアアアアアアアアッ!!!恋バナキタァアアアアアアアアッ!!!)

ついに来た、シャマルはそんな感動を持って磨りガラス越しにガッツポーズ、そしてその悩みを相談してきた相手にサムズアップ。
話し方であの子しかいないとわかりつつも、その相談内容があまりにも衝撃的で気にならない。
シャマルは目尻から溢れ出す青春の汗を指先で拭って先を促す。
ハンカチを使わない理由は、青春の汗をそんなもので拭っては雰囲気が壊れるから……かもしれない。

「それでそれで?会えてないって言ってるけど、どのくらい会えてないの?」

もはや悩み相談なのか若干わからなくなったが、あえて書かせていただく。

《今回のネタ……もとい、話の内容は悩み相談室!!!……なのである。決して本編ではないのである》

「えっと……歯医者さん行ってから会えてない」

歯医者、それは今悩みを打ち明けている子が少し前に虫歯の治療で行ったところだ。
期間的には短いが、その日以来会っていないとなると相手は限られてくる。

(えっと、歯医者さんに行ったころにこの子が会ったのは……ギンガ達ね)

シャマルは数日前の出来事を思い出す。
ちょうどG3システムが完成し、それの運搬にギンガやナンバーズの面々が機動六課へとやってきたのだ。
その際にルーテシアとアギトはその日は機動六課に泊まったため除外。
となると、ギンガ、チンク、セイン、オットー、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディ、ディードの8人……

(そういえばシスターシャッハも来てたわね)

いや、9人が候補として出てくる。
シスターシャッハがカイと話をしているところは見ていないが、その子のお目付け役を自称しているなら何度か様子を見に来ていてもおかしくはない。

「一つ聞いてもいい?会えるとどんな感じ?」
「えっと…………甘い感じか?」

相手の言葉でシャマルに雷で撃たれたかのような衝撃が走る。

(な、なんと、二人きりだとそんな甘~い雰囲気になっているとでもいうの?子どもだとばかり思っていたのに、実はかなり大人の付き合いだったとでも言うのかしら?ううん、一時期機動六課から離れていたときがあるし、その時に108部隊や聖王教会にお世話になっていたようだし、あながちありえないとは言えないわね。むしろはやてちゃん達よりもオトナの階段を登っていたとか?ダメ、妄想……じゃなくて、想像しすぎて鼻血出ちゃいそう)

シャマルの思考は加速する。
が、そんなシャマルに一つの疑問が浮かび上がる。

(だとしたら、相手は誰かしら?)

今までの人からの相談内容から考えると、ナンバーズというのはあまり考えられない。
ナンバーズもまだまだ感情というものを完全に理解しているとは言い難い。
こう言っては彼女達に失礼かもしれないが、どちらかというとカイの方に近いだろう。
となると、ギンガとシスターシャッハの二人に絞ってもいいと思われる。
今までの相談内容から、ギンガはかなりの世話焼きであることがわかり、シスターシャッハもかなり世話を焼いていたと騎士カリムから聞いたことがある。

(ギンガもシスターシャッハもカイのような母性本能をくすぐるタイプに弱いのかしら?)

今さらながら、悩みを相談しに来たのは未確認生命体第4号でもあるカイだ。
外見年齢に似合わない幼さを持つカイに母性本能がくすぐられたというのはあながち間違いとは言えないのかもしれない。

「それに、中がトロトロしてて、とても甘いんだ」
(中がトロトロ?ちょ、待ちなさい、いくらなんでもこれ以上はアダルト方向に行っちゃうんじゃないかしら?ちょっと☓☓☓なとこに行くんじゃないかしら?というか、ギンガもしくはシスターシャッハとそんなところまでイッちゃったの?)

ツッコみたい衝動を抑えて、シャマルはなんとかカイの話を聞くことに専念する。
何度も何度も申し上げるが、今のシャマルは悩みを聞く医務官シャマルなのである。
悩みを聞かない医務官シャマルはただのブタ……もとい、ただのシャマルでしかない。
だが……

「俺、シュクーリム会えてない」

……時が止まる。

「……それ、シュークリームに会えてないじゃなくて、シュークリームを食べてないだから!!!」

思わずツッコミを入れてしまった医務官シャマルはただのブタ……もとい、ただのシャマルへと成り下がってしまった。

「……ん?……あ、間違えた。俺、シュクーリム食べてない」
「……アイナさんに相談してくるといいわ。もしかしたら内緒でシュークリームくれるかもしれないから」
「わかった」

シャマルの言葉にカイは満足そうに返事をすると寮母のアイナの下へと向かうべく、駆け足で医務室から出ていった。

「……今日はもう店仕舞いね」

ただのブタ……もとい、ただのシャマルになってしまったことでやる気が失せたのか、シャマルはいそいそと帰る準備をする。
それから数分後、部屋の主が出ていったことでその日の医務室の役目は終了した。





「やってられないわって~の!!!」

機動六課隊舎近くにある一件の居酒屋、名前は『ラ・コンドル・グ』という洋風な名前のくせに内装は和風の居酒屋だ。
そこではただのシャマルがビールジョッキを片手にこの店自慢の焼き鳥『コンドル焼き』を頬張っていた。
コンドルを焼いたわけではなく、鶏を焼いたもの……だと思いたい。

「だいたいなんなのよ、今日のあの悩みは。み~んなカイのせいじゃないの」

シャマルの愚痴は止まらない。
別にカイのことが嫌いな訳ではないが、そんな程度の悩みなら本人に直接言えばいいと思ってしまう。

「荒れているな」

そんなシャマルの隣で飲んでいたの大柄な男がシャマルへと話しかける。
男の前には何故か小皿に塩が一山、その傍には徳利とお猪口がある。
男は塩を摘んだ塩を少し舐めると、お猪口に注がれた第97管理外世界地球にある日本酒という酒に近いアルコール飲料を一息で飲み込む。
そしてどうにも無視できなかったのか、さらにシャマルへと話しかける。

「どうした、何かあったのか?」
「よくぞ聞いてくれました。私だってね、みんなの役に立ちたいのよ」

それからシャマルの愚痴は続く。
その愚痴を男は特に口を挟むことなく聞き続けた。

「そうか、お前もみなの悩みを聞いていたのか」
「お前も?あら、あなたもそんなことをしてたの?」

もしかして同業かと思い、酒の力もあってシャマルもテンションが上がったのか会話に華が咲いていく。

「ああ、ゴの長として少しばかり悩みを聞いてみようと思ったんだが……」
「思ったんだが……どうなったの?」
「誰も来なかった」

だが、すぐに二人を中心にどんよりした空気が立ち込めた。

「……飲みましょう」
「……そうするか」

気をとりなおしてお猪口とジョッキで乾杯し、その中身を一気にあおる。

「ドルド、今日はとことん行くぞ」
「じゃんじゃん持ってきてくださいね~」

ドルドと呼ばれた黒い服に白い口元を覆うマフラー、黒いニット帽を被った店主は男の声に黙って頷くと、次に出す料理の準備に取り掛かった。





シャマルが居酒屋で意気投合した男と飲んでいる時、クラナガンの外れにある無人の倉庫。
そこには獰猛な雄叫びを響かせた一台のバイクがある。

「ガドル、悩みを聞いてくれるそうだな。俺の悩みは早く自分の出番が欲し……ガドルはどこだ?」

そこには時間を間違えてやってきた一人のバッタライダーが取り残されていたという。










おまけ『ヴィヴィオゥの悩み相談室、助手マーシャル』
注意1:基本的に会話のみで話は進行します。完全に思いつきを書きなぐるだけのような内容ですので、そこのところご了承くださいませ。
注意2:前半(?)もそうですが、おまけも本編に関係あるとは決して思わないようにお願いいたします。





「それでカイ、相談したいことってなあに?」
「ヴィヴィオゥ、最近、俺、変だ」
「変って、どうかしたの?」
「俺、キンカンとヒャッハーのこと思い出すと……胸があったかくなる」
「キンカンとヒャッハー?」
「ギンガとシスターシャッハのことよ、ヴィヴィオ」
「俺……病気か?」
「う~ん……あ、そうだ、わかった。カイ、それはね、カイは二人のこと……」





そんなカイとヴィヴィオ、シャマルの話を、ギンガとシスターシャッハは偶然聞いてしまった。
もっとも、詳しい部分までは壁越しだったこともあって聞き取れなかったが。

「えっと……カイが私達のことを?」
「わ、私はカイの教育係ですから……その、そういったことは……えっと、その……」
「それだったら、私だってカイのお姉ちゃんですし……」
「そうです、そうですとも。カイが嫌いというわけではありませんが、こればかりは受け入れるわけにはいかないのです」

それから二人はお互いに愛想笑いを浮かべながら、一刻も早くその場を離れようと早足で移動を開始した。





外ではそんなことがあったのを知らずに、カイはヴィヴィオの答えを黙って聞く。
その答えに納得がいったのか、カイは満足そうな表情で頷いた。

「そっか、そうなのか」
「そうだよ、ギンガさん達今来てるんでしょ?早く会いにいってきなよ」
「わかった、いってくる」
「いってらっしゃ~い」
「……行かせていいのかしら?」

シャマルが一人どうしたものかと思うものの、結局カイが出ていくのを引き止めることはなかった。





それから程なくして、凄まじい嗅覚で今日はそのまま帰ろうとしたギンガとシスターシャッハを見つけたカイは、早足で二人に近づいていく。

「キンカ~ン、ヒャッハ~」
「か、カイ?」
「そんな、どうして私達の居場所がわかったのですか?」
「そんなことよりもシスターシャッハ」
「そうですね、カイからあの話を聞くわけにはいきません」

カイが二人に恋慕の情を抱いている、そして二人はそれに姉として、教育者として受け入れるわけにはいかない以上、なんとしてもそれを言わせることを阻止しなければならない。
そんなわけで……なぜか二人はデバイスを起動させ、バリアジャケットと騎士服を纏った。

「カイ、お姉ちゃん達はこれからスパーリングするから」
「近くに来ては危ないですよ」

そうカイに言うと、二人はスパーリングとは嘘と思うくらいの激しい模擬戦を開始した。
カイはそんな二人を呆然と見る。
そして、二人の模擬戦が始まったのを偶然近くを通りかかったスバル達も見学することにした。

「ギン姉、ガンバれ!!!」
「シスターシャッハもガンバってください!!!」
「これは……近接戦闘のいい参考になるわね」
「ほら、カイさんも一緒に応援しよう」

スバル達が応援を始め、キャロにも促されたことで、カイも二人の応援をするべく声を張り上げる。





「ガンバれ、か~ちゃん!!!」





カイの叫びと同時に、ギンガとシスターシャッハの模擬戦が終了した。
模擬戦の戦闘時間、およそ1分。
あまりにも短い模擬戦だった。

「カイ、今、なんて言ったの?」
「確か……母ちゃんと、言いましたよね?」
「……あれ?模擬戦じゃないの?」

一人だけ状況が飲み込めないスバル。
ティアナはエリオとキャロ、フリードを連れてその場を既に離脱している。

「ヴィヴィオゥが言ってた。二人のことを思い出すと胸があったかくなるのは……」

二人のことが好きだから……なのではとギンガ達は考えていた。

「二人が俺のママだからだって、ヴィヴィオゥが言ってた」
「……そう、そうなの」
「……そうなのですか」

カイは満面の笑み浮かべてギンガ達に話す。

「ママはか~ちゃんのこと、俺、知ってる」

満面の笑みで言い放ったカイを待っていたのは、カイにとっての母親達の洗礼だった。





「ねえヴィヴィオ、どうしてカイにあんなことを言ったの?」
「あんなことって?」
「ギンガとシスターシャッハのことをお母さんって」
「だって、ヴィヴィオもなのはママとフェイトママのことを考えると胸が暖かくなるよ?」
「……そう」

医務室でこのような会話がなされていることなど知らないカイは、母親二名による洗礼を受け続けることとなった。
後日、洗礼を受け終えたカイに出くわしたユーノによるお説教がギンガとシスターシャッハにされるものの、それはまた別の話である。










なのはソングをやりたくてやった、後悔はしていない……多分。
後半以降(シャマル先生の悩み相談室が終わった後)の展開は気にしちゃダメです、絶対にダメです。
今回は番外編、それが全てなのです。次回からは本編を再開いたします。
本編のネタがなかったわけじゃないんだからね!!!プロットそのものは完成しているんだからね!!!燃え尽きたわけじゃないんだからね!!!





……わかってます、キモイことくらいわかってます。








[22637] 第29話 変化
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/06/03 21:38





ギノガがなのはの一撃で倒されたころ、そこから離れたある場所では別の戦いが繰り広げられていた。
そこはどこかの廃ビルなのか、周囲に灯りもなく人の気配はそこにいる一人を除いて誰もいない……はずだ。
そこにいるただ一人、戦う姿となったガドルがどこを睨むでもなく、ただ立ち尽くしている。
……いや、ただ立ち尽くしているのではなく、時折すり足で自分の立ち位置を細かく変えていた。
その立ち位置を変えた次の瞬間には地面に何かがぶつかったのか、砕けた地面の欠片がガドルの足を叩く。
だが、ガドルはそんなことすら気にしているような様子は見られなかった。

(……つまらん)

再び立ち位置を変えたガドルは、大した感慨を抱くこともなくそう思う。
始まりは、同族のメ・ガルメ・レが、これから始まるゲゲルのために少し手合わせをしてほしいという申し出だった。
もっとも、ガドルはその提案の時点でガルメが手合わせに乗じて自分を亡き者にするつもりだろうと感じていた。
無論、ガドルはガルメが最期の相手で終わるつもりなど毛頭ない。
ガドルが真に戦うべき相手はガルメなどではないのだから。

それに対して、ガルメはガドルの動きに……いや、ろくに動きを見せないことに焦りを感じていた。
現状のガルメ達に置いて、バルバはゲゲルを取り仕切る存在であり、ある意味では絶対者ではあるが、ゲゲルを行うグロンギにとってその存在は驚異にはならない。
バルバ達はあくまでゲゲルの進行役に過ぎないからだ。
むしろ驚異なのは、この中でもトップレベルの実力者であり、ゲゲルの内容が既に決まっているガドルだった。
それと言うのも、ガドルのゲゲルの内容は『クウガを倒すこと』であり、そのゲゲルの内容を既にバルバが認めている。
その結果、最高の実力を持つガドルを失脚させるにはクウガを倒すことが手っ取り早い。
だが、ここで一つ問題がある。
その問題とは、クウガがガドルを過去に封印したということだ。
もちろん、過去のガドルとクウガの戦いをガルメは既に封印されていたため見ていない。
だが、クウガがガドルを倒したという事実がある以上、ガドルよりもクウガが強者であるという考えに至ってもおかしくはない。
そのため、クウガと戦う前哨戦のような気持ちでガルメはガドルに戦いを挑んだ。
あわよくばガドルを手にかけようという思惑を持って。

ガルメは執拗に自分の姿を消しながらガドルの足元を狙って伸縮自在の舌を叩きつける。
それというのもガドルの注意を足元に向かわせるためだ。
ガドルほどの猛者相手に正面から当たるほどガルメは愚かではない。
なら、自分の持つ能力を最大限に発揮しつつ必殺の一撃を叩きつける、それがガルメの選んだ戦法だった。
だが、何時まで経ってもガドルがその足元への攻撃に注意を引きつけられているような様子は見えない。
ただ、ガドルはガルメの足元への執拗な攻撃に対して、流れるような足さばきでその攻撃を完全に回避しているだけだ。

(見切られている?)

全く動揺する様子を見せないガドルに対して、ガルメに動揺が走る。
自分の戦い方は相手に見つからずに攻撃するという方法なのだが、姿が見えないというアドバンテージを取っていても遊ばれているという感情が拭えない。
敵わない……そんな感情がガルメの中に湧き上がる。
だが、ここで屈してはゲゲルに成功して、さらに上の『ゲリザギバス・ゲゲル』に挑戦したとしても勝ち残ることはできないだろう。
ガルメは心を奮い立たせてガドルとの距離を詰める。
最後は自慢の舌をガドルの顔面に巻きつけ、その舌の戻る反動でガドルの顔面に攻撃をしかける。
それがガルメのできる最大の攻撃だった。
姿が見えない状態での一撃必殺の奇襲、それこそがガルメの戦い方なのだ。
だが、ここでガルメは気付くべきだった。
ガドルと自分の格の違い……だけではなく、戦いに対する姿勢の違いを。
しかし、それに気付かないガルメは自分の舌でガドルの顔面を巻きつけると、その舌の戻る反動を利用しての膝蹴りを繰り出す。
通常の膝蹴りなどではガドルを倒すことはできない可能性が高いが、反動をつけての攻撃ならば徹る、そんな確信にも盲信にも似た感情でガルメは真っ直ぐにガドルの顔面へと迫る。
だが……その膝はガドルの顔面に届くことはなかった。
ガルメの腹部に突如衝撃と共に激痛が走ったからだ。

「な……に?」

突然の痛みに舌での拘束を解いてしまったガルメの目には、ガドルの右手に握られた弓銃のようなものが見えた。
そして、ガドルの瞳が本来の赤い色とは違う緑色となっている。
それがガルメにとっては驚くべきものだった。

「クウガと同じ力……だと?」

かつてクウガに封印されたとき、ガルメはクウガの緑の力で姿を感知されて封印された。
そのときにクウガが握っていた武器と、今ガドルの握る武器はとてもよく似ている。

「やはり……つまらんな」

だが、ガルメの驚きなど気にしていないのか、ガドルは淡々と自分の思いを述べる。

「貴様の戦い方、あの頃から何も変わっていない」
「ぐっ」

ガドルの言語にガルメは目を見開いてガドルを睨みつける。
グロンギが行うゲゲルでは、人間……リントは狩られるだけの存在である。
それゆえに、それぞれが最も得意とする方法で狩りを行えばいいだけであり、変わる必要など無い、それがグロンギにとっての価値観とも言える。
だが、ガドルは違った。
今のガドルもそうだが、クウガに封印される前のガドルも強者との戦いに心を震わせる者であった。
そのため、当時からゴのグロンギは別として、ズやメの大半にはグロンギの本質を外れた半端者という印象がガドルにはあった。
だが、ズやメにとってグロンギの本質を外れた半端者、この評価が今のガドルの実力を培ったとも言える。

「俺は変わる。いつの日かクウガと戦うとき、その体に俺の牙を突き立てるためにな。これが、そのために手に入れた新しい力だ」

ガルメを見据えてガドルは宣言する。
その宣言と同時に、ガドルの瞳は緑から雷を思い起こさせるような黄金へと染まり、体の周囲にも雷光が迸る。

「ゼンゲビ ビブブ」

ガドルがそう言った次の瞬間、ガルメは自分の命を奪いにくる黄金の牙を身動きもとれずに見ていることしかできなかった。





それから数分後、ガドルとガルメの戦っていた場所に一人の女性が現れる。
白いノースリーブのシャツとチェック柄のロングスカート、唇には黒い紅をさした女性はかつてガルメのいた場所を特に悲しむ様子も見せずに見つめる。

「ガルメを殺したか。これで次は私の番だな」

同族を殺した、それに対する非難など全く見せない。

「ガリマか」

メ・ガリマ・バ。
ガドルを半端者と見下す者が多いメやズの中で、ガドルの実力を認めているメのリーダー格だ。
メのグロンギはガルメが死んだことで残りがガリマだけになり、ついにガリマのゲゲルの順番が来たのだ。

「私のゲゲルにはもう少し時間がかかると思っていたのだがな。まだ武器が用意できてない」

ガルメを殺したことではなく、予想よりも早くゲゲルの順番が来たことにやや不満そうな口調でガリマはガドルへと告げる。
そんなとき、奥からガドルとは違う男の声が聞こえてきた。

「ガリマ、お前はゴのやり方でやるのか?」

そんな言葉とともに、黒い衣服に黒い帽子、口元を白いマフラーのような物で隠した男が小脇にそろばんに似たような板を持って現れた。

「ドルドか」

ラ・ドルド・グ、彼はラ・バルバ・デと同じくゲゲルの進行を執り行う一人であり、ゲリザギバス・ゲゲルにおいての監視者とも言える。

「メのお前は、ゴのルールに従う必要はない」

ドルドの言葉は単純に確実に達成できるように今まで通りにゲゲルを行えばよいと言っているだけなのだが、それが逆にガリマのプライドを刺激した。
ゴのルール、それは定められた法則でリントを狩るということだ。
ズやメのようにリントを狩ればいいというわけではない。
そのため、難易度も高く成功する確率は低下していく。

「私を愚弄するな。ガドル、すぐに貴様にも追いつく」

そう言い残してガリマはガドル達に背を向ける。

「……待て」

だが、そんなガリマをガドルは呼び止めた。
そして、ガドルは自分の体に着いている装飾品を一つ外すとガリマへと投げつける。
その投げつけた装飾品はガリマの手に渡る直前、握りとなる部分の上下にカマキリの鎌のような刃のついた剣になる。
その巨大な剣をガリマは振り向きざまに受け取るものの、そのあまりの重量感に二歩ほど後退して何とか衝撃を緩和することができた。
だが、それと同時にこれだけの武器を生み出せるガドルの底の見えなさにも戦慄を覚えるしかなかった。

「餞別だ。それを扱えるようになってからゲゲルを始めるといい」
「……3日だ。3日後から私のゲゲルを始める。ドルド、後で時間と数を教えろ」

武器を渡してくれたガドルに礼を言わず、ガリマはただ自分のゲゲルの開始する時間を告げて、ドルドに狩りの期間と数の報告をしてもらうように頼んでその場を去った。
そして、その場にはガドルとドルドだけが残った。

「それで、ドルドは何の用があってここに来た」
「……バルバの戻りが遅い。これではゲリザギバス・ゲゲルの開始に支障をきたす」
「まだ戻らないのか」

バルバは何か気になる感じがしたこともあり、メのゲゲルの順番などを決めてからしばらくガドル達の前から離れていた。
しかし、ゴの『ゲリザギバス・ゲゲル』の開始には戻ると言ったものの、いまだに戻る気配はない。

「バルバを探すため、私もしばらくここを離れる」

そう言い残すと、ドルドはガリマの去った方向に向かって歩き出す。
ガリマのゲゲルの制限時間、そして狩るべきリントの数を知らせるために。
後に残されたガドルはもうじき相まみえるだろう宿敵との戦いに想いを馳せる。
だが、そんなガドルの脳裏に突如見たことのない映像のような物が流れこんできた。
その光景を見たガドルは手で額を抑えると呆然とした声で呟く。

「今のは……なんだ?」

脳裏に焼き付いた光景をありえない、そう思いつつも何か不安を感じてしまう。

「リクが……小さき者に剣を向けるだと?」

そんなことはありえない。そう思うのだが、ガドルは何か不吉な予感を感じずにはいられなかった。
かつての自分達とは何かが違う、なのにその違いがわからない。
今まで感じたことのなかった感覚を、ガドルは気のせいだと思いつつもその不安を隠すことはできなかった。





機動六課の部隊長室、そこにははやてとシャーリーが先ほど戻ってきたクロノと共に、ヴァイスを呼び出して今後の話をするところだった。

「さて、呼び出しの理由はわかるやろ?」
「G3システムのこと……ですよね」

数日前のギノガとの戦いで本来装着者ではないヴァイスをG3システムに登録してしまった。
それだけなら登録解除すればいいのだが、G3システムのダメージが思った以上に激しく、修復するまでは登録解除ができない。

「まあ、修復さえ完了すれば登録解除はできるから、そこまで気にする必要はないだろう」

しかし、クロノはそこまで深刻に考えてはいないようで、ヴァイスがG3システムを使ったことに対する叱責はなかった。

「それに、G3システムの有効性がわかれば、それの量産を行うことができる。そうなればヴァイスがその量産型を使うことになるから、先に経験することができてよかったと思えばいい」

G3システムの量産、それは現状のG3システムが高価でワンオフの能力を持たせたとすれば、その量産型はG3システムのデータから未確認生命体との戦闘データを元に必要な部分のスペックはそのままに、削れる部分を削ってコストを抑えて運用できるように初期から考えられていた計画の一部だった。
クロノはその量産型の装着者として、銃器関係の扱いに長けるヴァイスを想定して質量兵器の取り扱い免許を取るように指示していたのだ。
結局のところ、その資格を持っていたことによってカイの身に降り掛かった危機を払うことに成功したわけである。

「G3システムの量産……ですか?」
「ああ、そのときは頼むぞ」
「りょ、了解です」

クロノの言葉にヴァイスは敬礼をもって答える。
その後、ギノガとの戦いで起動させたG3システムの戦闘データの解析、ヴァイスが使用したことによる本来の予想スペックとの違いなどの調査が行なわれることとなった。





「じゃじゃ~ん」

今日もいつものごとくカイとヴィヴィオが外で遊んでいると、エリオとキャロと一緒にやってきたルーテシアが抑揚のない声で何かのチケットを差し出してきた。

「プータン、なんだコレ?」

カイはルーテシアから差し出されたチケットを受け取ると、ジッと見つめて、次に太陽の光に照らし、その後にヒラヒラさせ、地面に置いて撫で回し、最後に鼻をかもうとしたところでエリオとキャロに止められた。

「カイさん、それちり紙じゃないですよ」
「そうなのか?」
「プールやお風呂とかのレジャー施設のチケットです。ルーテシアがナカジマ三佐からもらったので、時間の空いている人達で行かないかってなったんです」
「せっかくだから、みんなで行く」

ルーテシア達が遊びにいこうと誘ってくれたことに対し、ヴィヴィオは『プール、プール』とはしゃいでいたが、カイはエリオの言葉の中にある一言が入っていたため、頭を抱えて震えだした。

「お風呂……シャワーあるのか?」

プールというものがカイにはよくわからなかったが、お風呂という言葉と、その中に含まれるシャワーという恐怖だけじゃ十二分に理解している。
そのため、カイはどうしてヴィヴィオが喜んではしゃいでいるのかよくわからない。
キャロとルーテシアもカイの言ったシャワーの一言でカイが震えだした理由を察し、そのきっかけとなった一言を言ってしまったエリオへと『どうすんの、コレ』とでも言いたげな視線を向ける。
エリオとしては遊びにいくところのウリとも言えるべきことを言っただけなので、その二人の非難のこもった視線に戸惑うしかない。
だが、ルーテシアはこの展開を予想していたのか、一つため息をつくと、しゃがみ込んでシャワーに震えているカイの恐怖を拭い去る一言をカイの耳元で囁く。

「そこなら甘いお菓子があるよ」

ルーテシアのその一言でカイの震えがピタリと止まる。
お菓子がある、普通ならその一言でシャワーの恐怖に打ち勝つことは難しい。
過去にシャワーの恐怖に打ち勝った時は、大好物のシュークリームが食べられなくなるかもしれないという危機感から来るものだった。
そのため、ただお菓子があるという理由だけでは弱いはずだった。
しかし、ルーテシアは知っている。
カイの姉代わりであるギンガ、そして教育係であるシスターシャッハの指導のもと、カイにおやつ禁止令が出されていたことを。
虫歯によって未確認生命体に殺されそうになったカイのことを聞いたギンガとシャッハは、カイの虫歯の治療が終わるまでは甘いおやつを食べることを禁止したのだ。
カイとしても自分でそうと思わなくても、保護者的な立場の二人にそう言われてしまえばそれに従うものと思っているため、大好物のシュークリームを食べてはいない。
ちなみに、同じく虫歯になったヴィヴィオもなのはから『カイ君がおやつを我慢するんだから、ヴィヴィオも我慢できるよね?』と、カイよりもヴィヴィオの方がお姉さんとでも言うような調子で言われたため、ヴィヴィオにもおやつ禁止令が出されている。
日常生活と未確認生命体との戦い、それぞれでカイの扱いに大きく違いが出ているのだが、そのことを変に思う者は誰もいなかった。

「プータン、お菓子、本当にあるのか?」
「ある、プータン、嘘つかない…………プータン、人、イジるだけ」

カイの言葉にルーテシアもカイと同じ口調で答える。
ただ、最後の一言はあまりにも小さな声だったため、カイを初めとして誰も聞きとれなかった。
結局のところ……

「……俺、行く」

お菓子を食べられる、そんな期待が強く出たのか、カイはシャワーの恐怖を胸の中に押しこみ、ヴィヴィオ達と遊びにいくことを決めたのだった。





それから数十分後、レジャー施設に行くメンバーの準備が完了して集合場所に全員が集まった。
集まったメンバーは……

「う~ん、いつ未確認生命体が出てくるかわからないのに遊んでてもいいのかしら?」
「でもさ、やっぱり休息は必要だよ、ティア」

フォワードメンバーのティアナとスバル。

「そういえばエリオとキャロとヴィヴィオの4人で遊びに行くのは初めてだね」
「そういえばそうですね」
「フェイトさん、お仕事忙しいですし、最近は未確認生命体のせいでお休みもあまりありませんでしたし」

フェイト、エリオ、キャロの保護者と被保護者。

「んで、俺はカイの世話係ってわけですか、ユーノ先生」
「あはは、まあ、僕一人だけだと心細いから手伝ってもらえると助かるかな」
「まあ、G3システムの調整関連で俺ができるのはもうないからいいんですけどね」

G3システムの修復調整がひと通り終わり若干興奮しつつも平静を装うヴァイスと、クロノと一緒に戻ってきてそのままなのはやフェイトと談笑していたところを引っ張り出されたユーノ。
二人は今回遊びにいくことにおいて一番の問題児の面倒を見ることになっている。
ヴァイスは断じてプールでフェイトの水着姿が見られるから興奮しているわけではない……はずである。

「なぁ、ルールー、アタシが着られる水着ってあるのか?」
「…………」
「なんで目を反らすんだよぉ!!!」

烈火の剣精アギトの言葉を、無言で視線を反らすことでルーテシアは返す。

「カイ、それじゃあ遊びに行こう!!!」
「うん、おやつ、食べに行く」

目的が違うはずなのに何かしら通じているヴィヴィオとカイ、総勢11名でレジャー施設に向かうこととなった。
ちなみに、明らかにチケットが足りなかったが、フェイトとユーノ、ヴァイスが全額出すという事になり事無きを得た。
というよりも、割り勘にしようとしても、ヴィヴィオとルーテシア、アギトには経済能力がないこともあって、それならと代表してフェイトとユーノ、ヴァイスが出すことになっただけである。
断じて水着姿のフェイトが見られないという悲劇を起こさないためだけにヴァイスが資金を出したわけではない……はずである。
ちなみに、カイはゲンヤからお小遣いとして渡された幾らかの金銭を持っているが、ギンガが管理しているためすぐに何かを買うことなどはできない。
そんなことをさせれば、一日も経たずにシュークリームで全て消えるのが眼に見えているからである。

一方、今回参加できなかった一部のメンバーの理由は……

「私も行く!!!遊びなんかどうでもええ、遊びなんかよりも出番もっと増やせぇえええええ!!!」
「リインも遊びたいですけど、もっと出番欲しいですよぉおおおおお!!!」

何やら理由のわからないことを叫ぶ某部隊長と某部隊長補佐はデスクワークのため不参加。

「ペットはダメなんですって」
「……俺はペットではない……はずだ」

仕事のある某医務官と、その某医務官に自分の存在意義を忘れられたかのようなことを言われた某守護獣はその理由のためレジャー施設に入れないために不参加。
某守護獣は某カイのしもべとの親交を温めることとなった。

「あの、二人ともよかったらでいいんだけど、デスクワークが終わったら少し模擬戦の相手をしてもらってもいいかな?実戦の勘を取り戻したいし……」
「それはいいけどよ、お前のバリアジャケットが変わってから、どうもやりづらくてなぁ」
「スバル達もあまりの変化に驚いていたぞ」
「……そうかな?」

某不屈のエースオブエースと某鉄槌の騎士、そして某烈火の将も模擬戦のため不参加となった。
ちなみに、某エースオブエースが以前スバル達と模擬戦を行ったときだが、その際に『集え明星、全てを焼き消す焔となれ』と囁いてスバル達が震え上がったことは某鉄槌の騎士達の記憶に新しい。





それから人数が多いため、車での移動ではなくリニアレールを使ってレジャー施設へと向かう。
その際にカイが色々とやらかした……こともなく、道中は特に何も問題が起きることなく辿り着いた。
最も、それもカイがヴィヴィオのことを肩車していたからかもしれないが。
そんなわけでまずはプールで遊ぼうとそれぞれ更衣室に向かおうとしたところで、ヴィヴィオを肩車したカイがそのまま女子更衣室に向かったところをヴァイスとユーノとエリオで止める。
カイとしては男女の違いという部分をいまだによく理解していないものの、先生でもあるユーノにダメと言われてしまえば従うしかない。
そんなわけでカイはユーノ達と一緒に男子更衣室に入り、ヴァイスが用意した水着を着用することとなった。
最も、ヴァイスが予備に持っていた同じ物を着ただけなので何気にペアルックだ。
それに気がついたカイが『ファイブとおそろい』と言ったことにヴァイスが膝をついて落ち込むものの、それを誰かに気にされることはなかった。
しかし、ヴァイスはこんなことではへこたれない。
カイの面倒を見る、それの対価がプールで待っているからだ。
そう、それはフェイトの水着姿。
しかし、ここで注意して欲しいのはそれを見るのはあくまでカイの面倒を見ることへの報酬ということである。
断じてフェイトの水着姿を見ることが今回の目的ではないのである。
そんなこんなでカイとエリオ、ユーノを引き連れたヴァイスは室内プールに入る前に浴びなければならないシャワーに恐怖するカイをなんとか宥めすかして、フェイト達との合流場所へと向かう。
男性に比べて時間がかかるのか、カイ達が到着してしばらくしてからフェイト達がこちらに向かって歩いてくる。
そんな中、カイの姿を見つけたヴィヴィオがフェイト達よりも一足先に走ってやってきた。

「カイ、早くプールに入ろ」
「ヴィヴィオゥ、俺、お菓子食べ……」
「そんなの後、まずはたくさん遊ぼう」
「お~か~し~」

ヴィヴィオが着ている水着はピンクのワンピース。
その可愛らしい水着を着たヴィヴィオの手に引かれてカイはプールサイドへと連行されていった。

「全く、走って転んだりしたらどうするのかしら」
「あはは、やっぱりカイと一緒に遊ぶのがヴィヴィオは好きなんだね」

ヴィヴィオに続いて自分の魔力光の色と同じオレンジ色の背中がビキニのようなデザインのモノキニという水着を着たティアナと、こちらも自分と同じ魔力光の色であるスカイブルーのセパレーツタイプの水着を着たスバルがやってくる。

「ルーちゃん、その水着……すごいね」
「キャロは…………普通」
「はぅ」
「なあ、ルールー、アタシの水着ってさ、前の普段着から色々とっぱらっただけじゃないか?」

スバル達に続いて来たのは、花柄のワンピースのキャロと、どういったチョイスなのか、紫の布地の縁に黒のラインをあしらった三角ビキニのルーテシア、騎士ゼストと一緒に行動していたときの服装からベルト類を外しただけのアギトだった。

「それならアギト、こんなのは?」

そんな不満たらたらなアギトを思ってか、ルーテシアは幅1センチほどの紐を取り出す。

「これを使えばあら不思議、紐水着のかんせ……」
「いや、アタシが悪かった。これでいい」

水着の代わりになるとは最後まで言わせずに、アギトは自分の水着のことを諦めた。
そして、キャロ達の水着を褒めるエリオやユーノとは別にヴァイスは次に来る本命へと意識を集中する。
今までのは単なる前座、皆には悪いが次に来るものを考えればお呼びではない。
まあ、ティアナやスバルの水着姿は目の保養にはなったものの、次に来るのはそれ以上の衝撃があることは確実である。

「みんな、お待たせ。やっぱり男の子の方が着替えるのが早いね」

そして、ついにヴァイスの目的とも言える人物がやってくる。
声の聞こえた瞬間、すかさずヴァイスはその声の方向へと顔を向ける。
そして、ヴァイスの体に稲妻が走った。

「フェイトさん、どうして水着じゃないんですか?」

ヴァイスの向けた視線の先、そこには室内プールとはいえ天井がドームのように開く構造になっているため、日焼け対策として日傘をさしてソックスだけを脱いだ私服のフェイトがいた。

「え?ああ、前着ていた水着がその……胸のところがきつくて入らなくなっちゃって……」
「いえ、いいです、それ以上言わなくて」

フェイトが顔を紅くして言った言葉を想像したのか、ヴァイスは前かがみでなんとかそれ以上のフェイトの言葉を制止する。
そんなヴァイスを、まるで汚いものでも見ているかのような視線でティアナ達が見ていたことを知らなかったのはヴァイスにとっては唯一の慰め……だったのかもしれない。





プールで遊び、最後は疲れを取るために男女に分かれて風呂へと行くことになった。
その際にエリオがキャロとフェイトに女湯に誘われたものの、今回はカイやヴァイス、ユーノがいるから男同士で入ると何とか断りを入れることができ、以前任務で海鳴に行ったときのように女湯に連行される危険は脱した。
あいも変わらずここでもシャワーに怯えるカイがいたが、それさえ終われば風呂自体は嫌いではなく黙ってお湯に浸かる。
その後も様々な風呂に入ったが、とある一つの風呂に目が止まる。
そこは『電気風呂』と書かれていたが、カイは字をまともに読むことはできない。
どんなものかと足を入れた瞬間、カイは体に走る刺激で風呂から足を出した。

「……ビリビリする」

素直に言葉に出して、カイは昔のことを思い出す。
それは過去に雷雨の中でグロンギと戦っていた時、振りかざしたタイタンソードに雷が落ちて、それを機に一時的にパワーアップできたことを。
これから先の戦いでは今までよりも強い力が必要になるかもしれない。
少なくとも、より大きな力を得ることができれば……

-この広い空の下で穏やかに暮らす者達を守る牙となれ-

かつての名前は捨てたが、リオの母親のような悲劇が起きる可能性はなくなるかもしれない。
カイは思い切って電気風呂に足を踏み入れて、その体を湯の中へと浸からせた。

「ビ~リ~ビ~リ~す~る~ぞ~」

それから集合の時間まで、カイは電気風呂の中から出ることはなかった。





一方、一足先に風呂から上がったフェイト達女性陣は機動六課で留守番をしているなのは達のためにおみやげを物色中だった。
さすがにキーホルダーとかよりも食べ物のほうがいいだろうと、ここでしか買えないようなお菓子を探すが、中々めぼしいものが見つからない。
そんな中、おみやげを探すのに夢中になっていたスバルは誰かとぶつかってしまった。

「あ、すみません、大丈夫ですか?」
「ビビグスバ、ギズセゴボブヂゾバシドス」
「え?あの……」

スバルはぶつかってしまった白いノースリーブのシャツとチェック柄のロングスカート、唇には黒い紅をさした女性に謝るものの、何か不思議な言葉を言われて戸惑いを隠せない。
そんなスバルの戸惑いなど関係ないとでも言うように、女性はそのまま歩き去っていった。
だが、スバルはなんとなくだがその女性に見覚えがあった。

「スバル、どうしたの?」
「あ、ティア、えっと、おみやげ見てたら人にぶつかっちゃって……」
「はぁ、気をつけなさいよ」

スバルの不注意に呆れながら、ティアナもなのは達に渡すおみやげを物色していく。
そんな中、スバルが何かを思い出したように手を叩いた。

「あ、そういえばあの人……」
「ん?どうかしたの、スバル」
「ティア、覚えてない?私達がお風呂に入ったときからずっと電気風呂に入っていた女の人のこと」
「電気風呂……そういえばそんな人がいたわね。その人とぶつかったの?」

ティアナの言葉にスバルは『うん』とあっけらかんと頷く。

「でも、なんか不思議な感じがする人だったなぁ」

しかし、スバルは直ぐ様なのは達に持っていくおみやげを探すため、その女性が言っていた不思議な言葉を頭の中から閉めだした。





一方、スバルにぶつかった女性、ガリマは腰にぶら下げた香炉でのマーキングを終えて、ゲゲルの開始の時間を静かに待つことにした。
ガリマのゲゲルの内容、それは『レジャー施設の来場者の内、香の香りをするものだけを狩る』というものだ。
その下準備でガドルの新しい力に関わっていると思われる要素を自らも手に入れるため、電気風呂なるものに浸かった。
その結果、体に何か力のようなものが漲りはするが、ガドルのあの力ほどの効果は見受けられない。
だが、それでも少しでも力を手にできたのであれば、それはそれで悪くはない。

「……ジバンザザ」

そして、ついにガリマのゲゲルが開始された。
その手にガドルから渡された死の鎌を持って……。










今回のグロンギ語

ビビグスバ、ギズセゴボブヂゾバシドス
訳:気にするな、いずれその首を刈取る

……ジバンザザ
訳:……時間だな





祝、ガメル復活!!!……失礼いたしました。
執筆中、ガルメとガメルをいつの間にか打ち間違えたところが結構ありました。チェックはしたのですが、他にも打ち間違いがあるかもしれません。
ガルメ、ガリマ、ガドル……ややこしいったらありゃしない。
ガドルの瞳の色ですが、赤とも言いにくい色ではあるのですがクウガと同じような能力を持っているということで、あえて赤と書かせていただきました。
次の話で日常のギャグ(?)はそこで終了する可能性が高いです。
それというのも、話の展開もゴのグロンギが出てきたことで後半に入ったことと、ここから先はカイやガドル、ダグバがメインの話になっていくので、どうしてもシリアスになってしまう可能性があるので。
それでもよろしければ、ここから先もよろしくお願いします。








[22637] 第30話 強化
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/06/18 13:27





この日、ヴィヴィオ達とは別にレジャー施設へと母親と遊びに来ていたリオ・ウェズリーは一緒に来た母親と手を繋いで家路についていた。
母親と一緒に最初に仕事で一緒に来られなかった父親へのお土産をショップで探して、帰りに買おうと決めた。
その際に誰かにぶつかってしまったが、その時はこれから遊ぶことを考えていたリオはそんなことは既に忘れてしまっていた。
そのため、プールで遊び、風呂に入ってすっかり満足したのか、約束したお土産のことなど全く覚えておらず、ショップを見ることなくレジャー施設から出てしまった。
それに気がついたのは、レジャー施設から出てしばらくしてから、目の前にいる四人の家族連れが持っているレジャー施設のショップの買い物袋を見た直後だった。

「あああああ、お父さんにお土産買うの忘れちゃった!!!」
「あらら、そういえばお土産買っていくの忘れちゃったわねぇ」

リオの慌てぶりに対して、母親の方はそれほど困っているようには見えない。
別にお土産といっても、わざわざレジャー施設で買う必要は全く無く、帰り道の途中で買っても何の問題もない。
ただ、リオは遊びに行った場所の土産を買わないといけないと思っていただけだ。
今すぐ戻ろうか、それとも父親に謝って許してもらおうか、リオはどちらの手段をとろうか考える。
どこかでお土産を買っていけばいいという発想は全くなかった。

「……リオ、こっちに来なさい」

父親をがっかりさせたくない、だけど今からお土産を買いに戻るには時間がかかりすぎる、そんな思考の袋小路に陥ったリオに母親から困惑した口調で話しかけられてきた。
それと同時にリオは母親のすぐ傍まで腕を引かれる。
そして……

「振り向くな」
「……リオ!!!」

突然知らない女性の声がする。
それから少しして地面に何かが倒れる複数の音、少し遅れてゴトリと重たい何かが地面に落ちる音がリオの耳に届いた。
しかし、母親に目を塞がれたリオは、それが何の音を意味しているのかはわからなかった。

「ラズバ……ジョビン」

何も見えない中、リオの耳に聞きなれない言葉だけが残った。





カイ達はお土産を買ったヴィヴィオ達とレジャー施設の入り口で合流し、そのまま機動六課へと戻ることになったのだが……。

「む~」

カイが頬を膨らませていることにようやくフェイトが気付いた。

「カイ、何かあったの?」

ユーノやヴァイス、エリオが苦笑いしているのを見て、フェイトは三人はカイがむくれている理由を知っていると感じたが、あえてカイに聞いてみる。

「プータン、嘘ついた。俺、お菓子、食べてない」

カイの言葉にユーノ達男性陣を除いたみんなの目が点になる。
そして全員が確かに遊んでいる途中でご飯は食べたが、おやつとして何かを食べた覚えはなかったことに気付く。

「カイ、プータン、嘘ついてない」

ふて腐れるカイに、何かツボにはまってしまったのか、カイと同じ口調でルーテシアは話しかける。

「でも、俺、お菓子食べてない。プータン、嘘ついた」

しかし、カイにとってはお菓子を食べることが全てだったのか、ルーテシアの言葉を聞いても機嫌を直すことはない。

「カイ、プータンはカイになんて言った?」
「ん?……プータン、お菓子があるって言った」
「お菓子、あったよね?」

ルーテシアに言われて、カイは出店にあった食べ物を思い出す。
リンゴ飴、フライドポテト、チュロス、綿飴などなど、数多くのスナックや甘いお菓子は確かにあった。
それらを見て、カイは口から溢れるヨダレを我慢することができなかったことを思い出す。

「……お菓子、あった」

そう、確かにあった。ただ、食べてないだけだ。
つまり……

「なら、プータン、嘘言ってない。お菓子、確かにあった」
「……うん、プータン、嘘ついてない」

と、いうことになる。
ルーテシアの巧みな話術……というよりも、カイの頭の弱さという弱点を突かれたことにより、カイの思考はルーテシアが嘘を付いていないという事実に引きずられ、お菓子を食べられなかったことに対する不満が消えてしまった。
もっとも、カイの心の中に何か違和感があるということだけは消えなかったが。
そんなカイの様子を見て、当人達とヴィヴィオ以外のメンバーが『ルーテシアに遊ばれている』とは思うものの、それなりに納得しているカイに言っていいものか、判断できずにいた。
そんなみんなの考えていることなど関係ないように、ルーテシアは自分のバッグから紙袋を取り出して中から50センチほどの細長い棒状の何かを取り出した。

「カイ、これあげる。ヴィヴィオにも」

ルーテシアはそう言うと、取り出した2本の星型をした棒状の揚げパンに砂糖をまぶした『チュロス』というお菓子をカイとヴィヴィオへと手渡した。

「わぁ、ありがと~、すっごく長いね~」
「これ、なんだ?」
「チュロス、甘くて美味しい」

本来ならギンガとシスターシャッハによる『おやつ禁止令』なるものが出ていたが、ルーテシアとしてはこの前シュークリームを大量におみやげとして持ってきたことでカイが虫歯になり、その虫歯のせいで未確認生命体に倒されそうになったことを気にしていた。
もちろん、カイが一度に大量に食べ過ぎたことが原因であり、ルーテシアのせいではない。
しかし、それではあまりにもカイがかわいそうだと思い、ルーテシアはその場でカイに渡さないで帰り道に渡すことを選んだ。
そうすれば後は帰るだけなので、たくさん食べるようなことがないからギンガ達にバレてもそこまで怒られないだろうと思ったからだ。

「えへへ、甘くておいし~」

同じく、こちらはなのはから『おやつ禁止令』が出たヴィヴィオも渡されたチュロスを気に入ったようで笑顔で頬張っている。

「さて、それじゃあ遅くなると六課にいるみんなが心配するから、早く帰ろうか」
「はい。カイ、迷子にならないでちゃんとついて……いない」

フェイトが遅くなる前に帰ろうとみんなに伝え、スバルがこの集団の一番の問題児にしっかりとついてくるように伝えようとしたとき、その問題児の姿はそこにはなかった。
それと同じくして、フェイト達に未確認生命体第26号が出現したことが通信で伝えられた。





人間の女性の姿となったガリマが行動を起こしてから既に1時間、その間に狩ったリントの首の数は26。
目標である数にはまだまだ遠い。
だが、それさえもガリマにとってはゲゲルに対する高揚感を増すためだけのスパイスに過ぎない。
ガルメと同じというわけではないが、ガリマにとってもリントは狩る相手でしかなく、より強い力を求めるのは、今よりももっと上の、『ゲリザギバス・ゲゲル』のためでしかない。
それに向けて、ガドルの持つ金の力には届かないものの、それに近い力を得ることはできた。
後はゲゲルを成功させるだけだ。
そんな高揚感もあって、ガリマは悠然と次の獲物を狩るべく歩を進める。
『ゲリザギバス・ゲゲル』は複雑な条件下で行なわれるゲゲルである。
いかにクウガといえども簡単には自分の姿を探し当てることはできない、そんな思いもある。
クウガと戦うことを避けたいわけではないが、遭遇でもしないかぎり自分のゲゲルに集中する、それがガリマの考えだ。

「……リヅゲダ」

それから少しして、ガリマは次のターゲットを見つけた。
今度は3人の親子連れで、両親の間にいる男の子が楽しそうに手に持った袋を振り回し、はしゃぎながらガリマへと向かってくる。
その距離が徐々に、そして確実に近づいていく。
その距離がゼロになったとき、それがガリマがその手に持った巨大な鎌を振るう合図。
お互いに後一歩の距離。
そして、ついに最後の一歩を踏み出してガリマがその鎌を振るったとき、その鎌の軌道は何かによって逸らされた。

「殺させ……ない」

鎌の軌道を逸らしたのは青と金の棍『ドラゴンロッド』、それを操るのは青の戦士となったカイだった。
突然の乱入者にガリマは一瞬怯むものの、その乱入者が過去に自分を封印した相手だと理解すると、一瞬で元の姿へと戻る。
カイの後ろにいる親子連れもガリマがその本性を表したことで、ようやく事態を飲み込めたのか、驚愕の表情を浮かべた。

「……クウガ」
「よ、4号」

カイを挟むように位置するガリマと親子がそれぞれ聴き慣れている呼び方でカイを呼ぶ。
カイはその言葉に答えるようにドラゴンロッドを操ると、ガリマの鎌の軌道を地面へと逸らし、その勢いを持ってガリマの腹部へとドラゴンロッドを叩きつける。
それを受けたガリマは手に持った鎌を取り落とすことはなかったものの、不意打ち気味に腹部に受けた衝撃により後退する。

「逃げろ」

後退したガリマを見たカイは直ぐ様後ろにいる親子連れに逃げるように告げると、ドラゴンロッドをガリマへと向ける。
カイの言葉を聞いた父親は母親と息子を自分の体で隠すように前に立つと、そのまま体で押していくようにカイとガリマから離れ出す。
そして、ある程度距離を取ると、一目散にその場から逃げ出した。

「バゼ、バダギボギダショガバガガダ」

一目散に逃げる親子連れになど興味を失ったのか、ガリマの目にはカイのことだけが映る。
本来なら発見されるのはもっと先のはずだった。
その間に手にした金の力に近い力を試し、後に合間見えたカイ相手にその力を振るう、そのように考えていた。
しかし、ゲゲルを開始してから1時間、それほどの短い時間の間に見つかってしまった。

「……なんとなく、ここだと思った」

だが、カイの答えはガリマにとって予想外の言葉だった。
なんとなく、そんな不確かな勘とも言えるようなもので、自分の居場所を特定されたとは到底思いたくはない。
だが、現にこうして見つかってしまった。

「ゴグバ、バサダ……デビギダボボヂバサ、ビガラゾボソグボドゼダレグドギジョグ」

見つけた以上、カイもガリマを逃がすつもりはない。
ガリマも見つかった以上、カイと戦うことを拒むことはできない。
一旦離れた距離はドラゴンロッドを持つカイが、その瞬発力と跳躍力を武器としたことにより一瞬で詰まる。
その動きにガリマは反応しかけたものの、力で押す戦い方を得意とするガリマはその動きに合わせて反応することまではできない。
結果、ガリマはその攻撃を躱すことができず、ドラゴンロッドの直撃を受けるのだった。





「カイはどこに行ったんだろうね」
「もう、すぐにいなくなっちゃうんだから。後でギン姉に叱ってもらわなくっちゃ」

ユーノはスバルを連れてカイを探している途中だった。
はやてから未確認生命体が現れたと同時にカイの姿が消えた。
そして、ティアナとフェイトはカイがいなくなると、ほぼ同時期に未確認生命体が現れることがあったことを思い出した。
それを思い出したフェイトは、カイにギンガが持たせた『ラクラク端末』に通信したところ、出てきたのはクロノだった。
クロノによると機動六課敷地内にあるカイの住んでいるテントの中に放り出されていたらしい。
相変わらず機械関連に弱いカイに一瞬呆れながらも、フェイトはそのままクロノから今回の未確認生命体の殺害方法の特徴などの情報を聞くことにしたのだが、その情報は今までのものとは大分違ったものとなった。
第一に、未確認生命体が殺人を犯したときの目撃情報が多いのだ。
今までは目撃するイコール襲われることがほとんどであった。
だが、実際の殺害の瞬間を見て無傷の人が多いというのはあまりにも有り得ないことでもあった。
そのため、はやては機動六課の隊舎から被害者に何か共通点はないか探し、機動六課に残ったなのは達は別働隊として、クロノとシャマルとザフィーラは現場検証へと動き出した。
フェイトはティアナと共に目撃情報の場所へと急行し、エリオとキャロ、ヴァイスにはヴィヴィオとルーテシア、アギトを送ってもらうことにした。
そしてユーノは保護者兼先生として、はぐれたカイを探そうとしたところで、同じくカイの姉(のようなもの)のスバルもユーノと行動をすることとなった。
それから数分後、クロノから機動六課前線メンバーの全員に連絡が入る。
それは被害者が共通してカイ達が遊びにいったレジャー施設に行っていたということ。
それが未確認生命体に狙われた理由……だと思ったのだが、それで片付かない情報もあった。
それは同じレジャー施設に行き、女性の姿をした未確認生命体と遭遇したとき、一部の者が何も被害を受けていないという情報もあったのだ。
そのため、今は再度情報をまとめる必要があった。

「でも、私達が行ったあそこに行った人が狙われているなら、ヴィヴィオ達を先に帰らせてよかったですね」
「うん、今は早くカイを探しだして合流しよう」

改めてカイを探しだそうとしたとき、ユーノ達が進もうとした方向から3人の親子連れが何かに怯えるようにユーノ達へと、いや、少しでも何かから離れようと走ってきた。
その人達を落ち着かせて話を聞くことによって、ようやくカイの居場所、つまりは未確認生命体と第4号の戦闘が行なわれている場所を特定することができた。
それからすぐに現場に急行したユーノとスバルが見たのは、ガリマの電撃を帯びた鎌がカイのドラゴンロッドを叩き折るだけに終わらず、カイの体を斬り裂いた瞬間だった。





ガリマの鎌をドラゴンロッドで逸らし、電気風呂で得た弱いながらも過去に手に入れた『金の力』と似たような力で反撃する、そんなことをカイは考えていた。
しかし、そのガリマの一撃、それが問題だった。
ガリマの一撃は電撃を帯びており、その一撃を逸らすことができずにドラゴンロッドは叩き折られ、その勢いのまま体も斬り裂かれた。
今もその電撃が自分の体に残り、その衝撃でカイは身動きすることも叶わない。

「ドゾレザ」

そんなカイの状況を察したのか、ガリマは今が好機とばかりにその鎌を振り上げる。
その鎌には再び電撃が走り、カイの命を刈り取ろうとでもいうように金色の色を放つ。
そして、その鎌が振り下ろされる瞬間、カイの体は淡い緑色の鎖に拘束され引っ張られた。
それによりガリマの鎌は地面を打つだけになり、地面と激突したその衝撃がガリマの手に残る。
それと同時にガリマへと迫る一つの青い影。
それはガリマに肉薄すると、その右拳をガリマの腹部目がけて叩きつける。
だが、その一撃はガリマが振るう鎌に遮られ、互いの攻撃は空を切る。

「カイは死なせないよ」

ガリマに迫った一つの青い影。
それはユーノと一緒にカイを探しに来たスバルだった。
そしてカイを拘束した淡い緑色の鎖を出したのはユーノだ。
ユーノはガリマの相手をスバルに任せ、自分はカイが受けたダメージの治療を進める。
だが、ガリマはスバルを少しばかり見やると興味を失ったかのように構えた鎌を下ろした。

「ゴラゲバヂガグ」
「え?」
「ギボヂヂソギギダバ クウガ」

興味を失ったかのようなガリマの言葉に一瞬スバルは戸惑うが、何かを言い残してガリマはその場から跳躍してスバルの前を去った。

「えっと……今、なんて言ったんだろう?」

いきなり逃げ出したガリマに呆然とするスバルだったが、ガリマのその言葉を聞いたユーノはガリマの行動よりもガリマの言った言葉に動揺していた。

(最初の言葉は、お前は違う……次の言葉は、命拾いしたな……最後は、クウガ?どうしてカイが以前話していたような言葉を未確認生命体も使うんだ?)

変身を解いて叩きおられたことによって半分の長さになったドラゴンロッド……の元になったチュロスを食べるカイの治療をしながら、ユーノは最悪の状況を考え出す。
それはカイも元は未確認生命体と同じ存在であり、場合によっては人間に牙を剥く存在となる可能性があるということを。





ユーノによる治療を受けてからフェイトとティアナと合流したカイ達は、突然逃げ出したガリマの行動の裏を考えることとなった。

「どうしてスバルは狙われなかったんだろう。今までに殺された人達と同じ場所に行ったのに」
「あそこに行った人全てが狙われるというわけじゃないことはわかったけど……他に何か狙われる理由があるんでしょうか?」
「でも、カイだけは狙われたんですよね」

ウ~ンと考え込むフェイトとティアナ、スバルを余所にユーノはカイのことを言うべきかどうするべきかを悩んでいた。
現状のカイは人間に仇なす存在には見えないものの、カイと未確認生命体が似たような言語を使う以上、無関係とは言えない。
だが、今はそんなことを詮索するよりも現状への対処が優先だとユーノはそのことを飲み込んだ。

「たぶんだけど、あそこに行ってなおかつ特定の条件を満たしていることが未確認生命体に狙われる理由だと思う」

そうなれば、今はガリマがどういった法則で人間を狙っているかを考えたほうがいい。
ユーノはそばで話し合っているフェイト達に自分の意見を言う。
そんなユーノ達をミルでもなく、カイは自分の手のひらをジッと見ていた。
それはガリマに食べるのを楽しみにしていたチュロスを半分に折られたから……ではなく、レジャー施設の電気風呂に入った後には感じなかった、かつて手にした力がガリマとの一戦の後にかすかではあるが感じたからだ。
しかし、その感覚はあの時ほどの強い力としては感じられなかった。
これからどうやってガリマを探そうかという話になったところで、現場検証に向かったクロノから通信が入る。

『未確認生命体第26号の狙いがわかった。第26号はフェイト達の行ったレジャー施設に入場し、その中の土産物を取り扱う売店で買い物をした人と一緒にいる家族や友人といったグループを狙っていると思われる。被害者の中ではその売店の袋を持っている者が各グループに確実に一人いること、その施設に行ったものの売店で買い物をしていない人は未確認生命体と遭遇しても襲われなかったことから、間違いないと推測できるだろう。また、被害者全員に何かしら共通する匂いのようなものがついていることがザフィーラから報告された』

この報告を聞いて、真っ先にフェイトが思い出したのがヴィヴィオのことだった。
フェイト達が未確認生命体の捜索を開始するに当たって、ヴィヴィオ達を機動六課に帰させる際、おみやげを持っていってもらったのだ。
もし、未確認生命体と遭遇した場合、被害者全員に共通する匂いがヴィヴィオについているとも限らないが狙われる可能性が高い。
だが、ヴィヴィオ達が既になのはと合流したことと、問題があるとされる売店の袋を破棄させたことでフェイトの心配は杞憂に終わった。
それから数分後、未確認生命体速報として第26号であるガリマの犯行ルールが全地域に伝えられた。





クウガを見逃したガリマは次の獲物を狙おうと行動を再開しようとしたが、リントにつけた匂いはするものの他に条件でもある香炉を持って徘徊した場所で扱われている買い物袋を持ったリントの姿が急遽見られなくなった。
本来なら香炉の匂いが移ったリントだけを狩ればいいとドルドに言われ、不可能なら今まで通りメのやり方、普通にリントを狩る方向でゲゲルを進めればいいとも言われたが、ガリマのプライドがそれを許さなかった。
このまま続けてもゲゲルを遂行できるとも限らないが、それでもガリマは自分のプライドに背を向けないために次の獲物を探すべく行動に移る。
だが、それを阻む一つの影があった。
銀色の鎧に身を包み、腰のアークルの中央の石と瞳が紫色に輝く戦士。
紫の戦士となったカイが素手でガリマの前に立ちはだかったのだ。

「ボンゾババブジヅビゴラゲボブヂゾバス クウガ」

またもや簡単にガリマはカイに見つかってしまったものの、先程の戦闘で優位に運べた。
それのせいか先程以上の驚きもなく、ゆっくりとした動作でカイの首を刈り取るべく鎌を構える。
カイも素手での戦いが得意な赤の戦士にならずにガリマを迎え撃つように構えをとる。
そして、そのままの状態でガリマが攻めてくるのを待ち構えた。
ガリマもゲゲルの時間に限りがある以上、カイ一人に時間を取ることを良しとしない。
ならば、一撃でその生命を刈り取るべく手にした力を鎌へと込める。
電気風呂によって微かではあるが身につけた金の力。
その力をこの一撃に賭けたのか、ガドルからもらった鎌の刃が電撃を纏ったより巨大な刃へと姿を変える。

「ドゾレザ!!!」

そして必殺の一撃が振り下ろされようとした瞬間、カイは緑の戦士の姿へと一瞬変わる。
その極限にまで研ぎ澄まされた視覚はガリマの必殺の一撃を確実に捉え、カイには蚊が止まるほどの速度に見える。
だが、緑の戦士は感覚には優れるものの、元は遠くにいる敵を倒すことに特化させた能力を持つ戦士だ。
ガリマの一撃を受け止められるほどの力はないし、動きも速いとは言えない。
それを理解していたのか、カイは緑から青に変わるとその優れた瞬発力を用いてガリマの振り下ろされた鎌をその両手で挟んで受け止めた。
そして、鎌を挟んだ瞬間もう一度紫の戦士となって力で押さえ込む。

「ダバガ ギブボガグボギゴゴブバスザベザ」

しかし、カイがその攻撃を結局は鎧を纏っているとはいえ体で受け止めたことに変りなく、ガリマはその愚かとも言える行為に嘲笑し、カイを斬り捨てるべく鎌に力を込める。
カイもその鎌を受け止め鎧を斬り裂かれないように力を込める。
少しの間、両者の力は拮抗したが、ガリマの攻撃を受け止めていたカイの動きに変化が出る。

「……来た」

電撃を纏った鎌を受け止めるだけだったカイは、突如受け止めていた鎌を受け流し、それを地面へと叩きつけて鎌を右足で踏んで抑えつける。
そのまま赤の戦士に戻ると、鎌を踏みつけたその右足に力を込めて叩き折った。
そして、すぐにその折った鎌のうちの一本を右手で取ると、ガリマから距離をとる。
ガリマも折られたもう一本の鎌を手に持ち、カイを迎え撃つべく鎌を構える。
カイは鎌を持った右手に意識を集中すると、その鎌から雷光のようなものが迸るのを感じた。

かつての力ほどではないが……できる。

そう感じたカイはその力を最大に使うべく意識を集中する。
それと同時にカイは強大な力で剣を操って戦う紫の戦士へとその姿を変えた。
ガリマの鎌は巨大な剣、タイタンソードへと変化する。
だが、それだけでは終わらない。腰のアークルで紫に輝くアマダムの輝きが雷光を纏うかのように金色に輝く。
その雷光は全身とタイタンソードをも包みこみ、その鎧は紫色に金のラインを施した物となり、タイタンソードも先端により巨大な金色の刀身が発生する。

「ゴセガ ビンボヂバサバ」

自分の場合は武器にのみ現れた雷光がカイの全身に現れたものを見たことで、ガリマはガルメとの戦いで見たガドルの金の力と今のカイの雷光が同じものであると見抜く。

「まだ……完全じゃない」

だが、カイにとっては不完全とでも言うかのような言葉にガリマの戦士としてのプライドが刺激された。
自分では届かない力、それすらも奴や場合によってはガドルにとって通過点に過ぎないのか。
その怒りが、ガリマの鎌を持つ手により強い力を込めさせる。
カイはタイタンソードを構えずにゆっくりとガリマへと歩き出す。
ガリマは自分から動くことはせず、カイが自分の間合いに入った瞬間、渾身の力を込めて斬りかかるべく鋭い視線をカイに向けながら鎌を上段に構える。
そして、カイとガリマが互いに必殺の一撃を放てる間合いに入った瞬間ガリマが動く。

「ギベ!!!」

上段から鎌の重さをも上乗せした最速の一撃。
だが、その一撃はカイが振り上げたタイタンソードによって弾き飛ばされ、ガリマの鎌はそのまま弧を描くようにガリマの背後に突き刺さる。
だが、ガリマにその鎌の行き先を知る機会はなかった。
それはガリマの鎌を弾き飛ばした瞬間、カイはその剣をガリマの腹部に突き刺したからだ。
そして、カイがガリマの腹部を突き刺した瞬間、またもや勝手にいなくなったカイを探しに来たユーノ達が戦いの場に到着した。
その瞬間、ガリマを中心に今まで未確認生命体が爆発したときとは明らかに違う大きな爆発をユーノ達は目撃した。





突如起きた爆発をユーノ達は呆然と立ち尽くして見ていた。

「なんなんだ、あの爆発は」

未確認生命体第26号ガリマが倒された、それはいい。
だが、今の爆発の大きさはなんだ?
これほどの爆発は第16号ザインに対して、ゴウラムと一緒に止めを刺したときに比べて規模はまだ小さいものの、それ以外の未確認生命体を倒したときに起きる爆発を遙かに超えていた。
よく見てみると、爆発の中心にいるカイの姿も資料で見た紫の戦士とは少し違った格好だった。
銀色に紫のラインだった鎧は紫に金色のラインとなり、腰のベルトの宝玉らしきものも金色の輝きを放っている。
そして、右手に持つ大剣はその先端により鋭利な刀身が発生していた。
カイが力を隠していた……とは考えにくい。
あのある意味でまが抜けているが、基本的に素直な性格のカイが手を抜いて未確認生命体と戦うような人間とはユーノとしては思えない。
だが、それと同時にカイに対する疑念も膨らんでいく。
その疑念は未確認生命体と正面から戦うことのできるカイも、やはり自分達が警戒している未確認生命体と同種の存在なのではないかという考えだ。

「カイ、君はいったい……何者なんだ?」

敵ではない。少なくともヴィヴィオやルーテシアのような子どもには心を開いているからカイは人間の敵ではない、ユーノはそう思いたかった。





「ガリマも頑張ったけど、やっぱりクウガには届かなかったねぇ」

以前と同じ海を見下ろせる崖で、ダグバは事の一部始終を見ていた。
ガリマが金の力を一部ではあるが手にしたことを、クウガのアマダムは過去に金の力を得たが、凄まじき戦士になったことと、それの回復のためにこれまでの能力が一度リセットされたことにより、金の力の源でもある雷に対する耐性ができたことによってガリマほどの力を得ることができなかった。
それをガリマの金の力を帯びた攻撃をあえて受けることでその力を手にしたのだ。

「なぜ、クウガはガリマの居場所がわかった?」

ダグバのすぐ傍には太陽の光を遮るような黒い傘をさしたゴオマが、ゲリザギバス・ゲゲルのやり方でゲゲルを始めたガリマが何故こうも簡単に倒されたのか疑問に思っていた。
この疑問は、どうして複雑な条件下で行なっているガリマを探し出すことができたのかという疑問だった。
考えて見れば、今のクウガはグロンギと遭遇する確率がかなり高い。
それを偶然と片付けていいものなのだろうか、そんな風にゴオマは感じていた。

「ああ、それは一刻とは言え僕と同じ存在になったからだよ」

ダグバはそんなゴオマの疑問すら理解していたのか、すぐさまに解答を言い出す。

「ゴオマは僕が未来を見ることができるのは知っているよね。それと同じ……いや、かなり劣化した力がクウガにもある……いや、残ったと言ったほうがいいかな」

ダグバが見る未来、それは基本的に起きる出来事が覆ることはない。
だからこそ、バルバに以前メ族のゲゲルの順番を言い当て、しかもそれが失敗に終わることを知っていた。
全てを知っている、だからこそ全てがダグバにとってはつまらないものでしかない。
ダグバのそれを覆すことができるのは、ダグバのそれと同じ力を持つ一部の存在だけだ。
一方、クウガの見る未来はダグバ以上に漠然としたもので、しかもクウガ自身がその能力を自認しているわけでもないため、なんとなく嫌な予感がするくらいの感情で動いた結果、今までのグロンギと遭遇する結果となったと言ってもいい。

「それにしても、ゴオマはいつまで傘を使っているんだい?……ああ、君は日の光が苦手だったね」

ダグバはそれよりも気にかかったゴオマの傘のことを聞こうとしたが、それすらもすぐに答えが分かってしまう。
そして右手を天にかざすと、ダグバとゴオマの直上に突然雲が現れ太陽の光を遮った。

「すごい、これもダグバの力か」

ゴオマは雲によってできた影の中を子どものようにはしゃぎまわり、手に持った傘を振り回す。
そんなゴオマを見てもダグバはやはり何かを感じることはなかった。
やはり、つまらない。そんな感情だけがダグバの心を占める。
そんなダグバは、自分はどんなときが一番楽しいと感じていたのだろうと過去の記憶を掘り起こす。
過去に凄まじき戦士となったクウガと戦った時……いや、あれは既に未来の見えていたダグバにとってはこれからが面白くなるかもしれない可能性のための布石の一つでしかない。
そうなると……

「やっぱり……あの時かな」

結局のところ、あの凄まじいながらも楽しい一時を思い出す結果にしかならなかった。
あの戦いがあったからこそ今がある。
それはダグバ以外のグロンギは誰も知らない、いや、命を持つ全ての存在が知ることのないダグバだけが知っている秘密だ。

「……ん?」

物思いにふける中、ダグバは背後にある山々の連なった連峰に視線を移す。
何かがある、そう感じた瞬間、ダグバにはその意味がわかってしまった。

「君はもう舞台から降りたんだよ。僕に倒されて……ね」

はしゃぐゴオマを気にするでもなく、ダグバはそこに向かってただ感情のない声でそう呟いた。





あの日、ダグバの攻撃から逃れるため、崖から海へと落ちたバルバは落ちた崖からかなり離れた海岸まで流されていた。

「ダグバめ……まさか、全てが奴の仕組んだことだったとは……」

ダグバから聞かされたダグバの真意、そこにはグロンギに繋がる未来は何もない。
その全てがダグバにとってのゲゲルに過ぎない。

「いつから……ダグバは変わった?」

本来のダグバはもっとグロンギの未来を考えている……はずだった。
なのに、今のダグバの言動は自分以外のことはどうでも良い、そんな印象をバルバは受けていた。

「クウガに敗れてからなのか?ダグバが変わってしまったのは……」

唯一変わってしまった可能性として、バルバは過去のクウガとの戦いが関係しているのではと考える。
しかし、どうにも腑に落ちない部分があるのも事実だった。
グロンギにとってクウガはもっとも危険視しなければならない存在である。
そのため、ゲゲルを行っていないグロンギや、ゲゲルを行っているグロンギ、厳しい条件下でリントを狩る『ゲリザギバス・ゲゲル』の最中でも、クウガへの攻撃、殺害はタブーとはなっていない。
しかし、万全の状態のクウガとの決闘を望んでいるガドルならばともかく、王であるダグバがクウガをそのままにしていることがあまりにも釈然としない。
だが、バルバの思考は傍へとやってきた男によって遮られる。

「バルバ、探したぞ」
「……ドルドか」

黒い衣服に白い外套のようなもので口元を覆い、頭にも黒のニット帽を被った男がこれから始まる『ゲリザギバス・ゲゲル』のためにバルバを探しに来た。

「もうすぐゲリザギバス・ゲゲルが始まる。お前がいなくてはゲゲルを始めることができない」

ゲゲルはグロンギのとって神聖なものである。
それ故に不正を行うような輩は存在しないこともあって、ズやメのゲゲルはそこまで監視が厳しいわけではない。
だが、『ザギバス・ゲゲル』へと続く『ゲリザギバス・ゲゲル』は別だ。
厳しい条件の元でリントを狩るという以上、その進行にはやはり監視者や監督者が必要となってくる。
この監視者がドルドで、監督者がバルバだった。

「……そうか、ガルメとガリマも敗れたか」
「……ああ」

バルバの呟きにドルドは短い返事で答える。
ガルメを倒したのはガドルであり、ガリマがクウガに倒されたことはこのときのドルドにはわかるはずもなかったが、長年ゲゲルを見続けてきたバルバは大まかな流れを把握できているのだろうとドルドは思ったため、特に何かを思うようなことはなかった。

「先に戻っていろ、私もすぐに戻る」

バルバはそう言い残すと背にしていた海岸へと視線を移した。
ドルドは何も言わずにその場を後にする。
こうしてバルバは目の前に広がる海を見ることだけに集中することができた。

「荒れ狂う海の如く全てを飲み込み、その上に座する者……それがクウガの意味……だったな」

かつてダグバから聞いたクウガの意味、その言葉とは全く逆の穏やかな波がバルバの足を濡らす。

「クウガを始末する……ゲリザギバス・ゲゲルを始める前にやらねばならない」

バルバの心の中にダグバに反逆する意志はない。
最初はダグバの真意に怒りを覚えたことは事実だが、ダグバは王なのだ。
そして、バルバはもっとも古い臣下の一人だ。
その王に臣下が反逆するなどあってはならない。
だが、天敵であるクウガをそのままにしておくこともできない。
それならば、たとえ王の意志に背くとしてもグロンギにとっての最善を尽くす、それがバルバの出した答えだった。





バルバが新たなる決意を秘めたころ、そこから遠く離れたとある山中には小さな、しかし、これから強大なものとなるかもしれない異変が起きていた。
その小さな異変、それは土の中から人の手が生えてきたことだ。
その手は天を掴むかのように大きく開き、徐々にではあるが土の中から這い上がってくる。
そして肘あたりまで腕が出たところで晴天の空に何故か雷がその腕に落ち、周囲はそれによって舞い上がった土煙で覆われる。
その土煙が晴れた後、そこにはボロボロの白い布を纏った一人の男がいた。
その布はもともと華美な装飾がなされていたのだろう、ところどころに刺繍がなされていたのだが、その色はくすんでいるため今は見る影もない。

「ジャグレ……ゼダダギビジュスガン」

再び地上へと現れての最初の一言は憎き相手への怨嗟の声だった。
ところどころかすれた声だが、その声には憎悪を込めた力強さがある。

「ババサズ……ゴソグ……バセサガグロンギボ……ザンゲギ……ボダレ……」

その狂喜の宿った瞳は全ての命を奪うかのように爛々と輝く。

「カ……イ……グァアアアアアア!!!」

その恨みを、怒りを込めて叫んだ名前とそれをぶつけるかのような雄叫びが山中に響く。
そして、それから数時間後、その山に住んでいる全ての命がその命の炎をかき消された。
より強大な炎によって……。










今回のグロンギ語

ラズバ……ジョビン
訳:まずは……四人

バゼ、バダギボギダショガバガガダ
訳:何故、私の居場所がわかった

ゴグバ、バサダ……デビギダボボヂバサ、ビガラゾボソグボドゼダレグドギジョグ
訳:そうか、ならば……手にしたこの力、貴様を殺すことで試すとしよう

ドゾレザ
訳:とどめだ

ゴラゲバヂガグ
訳:お前は違う

ギボヂヂソギギダバ クウガ
訳:命拾いしたな、クウガ

ボンゾババブジヅビゴラゲボブヂゾバス クウガ
訳:今度は確実にお前の首を狩る、クウガ

ダバガ ギブボガグボギゴゴブバスザベザ
訳:バカが、死ぬのが少しばかり遅くなるだけだ

ゴセガ ビンボヂバサバ
訳:それが、金の力か

ギベ!!!
訳:死ね

ジャグレ……ゼダダギビジュスガン
訳:奴め……絶対に許さん

ババサズ……ゴソグ……バセサガグロンギボ……ザンゲギ……ボダレ……
訳:必ず……殺す……我らがグロンギの……繁栄……のため……





バルバも話の中核となる(かもしれない)真相の一部へと近づいています。新キャラっぽいのが出てきますが、カイのようなオリキャラではなくてクウガ関連に出てきたキャラです。もっとも設定にはかなりのアレンジが出てきますが……。
また、バルバの言うクウガの意味がカイと違いますが、このSSにおいて間違いというわけではありません。








[22637] 第31話 不信
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/07/05 22:13





深夜のクラナガン、その外れにある今は閉店して誰もいないはずのバーでは、バルバが三人の影と向かい合っていた。

「本来なら、明日からでもゲリザギバス・ゲゲルを始めようと思っていた」

ゲリザギバス・ゲゲル、それは今までのズやメのやっていたゲゲルとは大きく異なり、より高度で複雑化した条件の中でリントを、人間を狩るというものだ。
ここに集められた三人はゲリザキバス・ゲゲルを最初の方に行うようにあらかじめ選んでいた面々である。
その三人も誰からゲリザキバス・ゲゲルを始めるのかを告げられると思っていたが、どうもその様子が見られないことに戸惑いを隠せないでいた。

「お前たちは空と海と大地、それぞれの得意とする戦いの場がある」

バルバはそんな三人の驚きなど知らないとでも言うように話を進める。
三人もゲゲル全体を取り締まるバルバに逆らうことをせずに、驚きはするものの黙って話を聞くことにした。
その態度に満足したのか、バルバはロール状にまとめた大きな地図を、ほこりまみれのテーブルに広げてある地点を指さした。

「……ここだ。ここならばお前たち三人がその力を大いに奮うことができるだろう」

バルバのさした地図のある地点を見つめる三人を確認した後、バルバは最後に伝えるべき言葉を告げる。

「そこにクウガを誘き出し、三人がかりで奴を……殺せ。これはゲゲルでもないし、奴はリントですらない。その生命を狩ることに罰則はない」

それだけ言い残すと、バルバは答えを三人の聞くことなくその場を後にした。
答えは聞かずともわかっているからだ。
この三人はバルバに絶対の信頼と忠誠を捧げている者達だ。
事情を話さずともその言葉に従うだろう。
それが憎むべき仇が相手ならば、それこそ答えを聞く必要はなかった。





それと同じころの深夜の機動六課、その屋上に設置されているヘリポート。
そこに整備を終えたヘリから整備室に運びだされたシステム一式があり、そこにあるモニターの光だけを頼りにコンソールを叩く音だけが響く。
それから少ししてエラー音とともにモニターが赤く染まったことで、コンソールを叩いていた女性、シャーリーは力尽きたかのように突っ伏した。

「やっぱりダメだ~」

シャーリーは力無くそう呟くと、ゆっくりと体を起こして後ろにあるハンガーに置かれているあるモノを見つめる。
そこには青と銀で塗られた対未確認生命体特殊パワードスーツ『G3システム』が完全に修復を終えて起動の時を今かと待ち望んでいる。
だが、それを見たシャーリーの顔色は決してよいとは言えない。

「……どうしよう」

シャーリーの言葉に答える者は誰もいなかった。





それから時間は経ち、クロノからの連絡でシャーリーはヴァイスと一緒に早朝から呼び出された。
今頃はなのはの教導のもと、スバル達が自分達の力を少しでも高めようと努力しているところだろう。
その中でも、特にキャロは見学に来ているルーテシアにいいところを見せようとがんばっていることだろう。
そしてヴァイスもその中に混ざる予定だったが、重要な話があると言われれば後にするわけにもいかない。

「それでシャーリー、報告は本当なのか?」

ヴァイスの目の前にはクロノが難しそうな顔で椅子に座り、シャーリーはクロノの使っているデスクの右に同じく難しそうな顔をして立っていた。

「はい、使うだけならいつでも使えるようになっているんですけど……その……」

どうにも言いにくそうな感じで言葉を続けるシャーリーにクロノは手でもういいと制する。
そんなこともあり、ヴァイスにとっては自分がなんで呼ばれたのかわからなかった。

「あの~、結局どういった話なんですか?」
「ああ、すまない。実はな、G3システムのことについてなんだ」

ヴァイスだけ話に取り残されたことに気がついたクロノは、一旦姿勢を正すと本題へと移った。

「G3システムの装着者登録システムなんだが、それの解除ができなくなった」
「……は?」

G3システム、それは時空管理局というよりはクロノが計画を指揮した対未確認生命体用の装備の名称である。
それは未確認生命体第25号、ギノガとの戦いで本来の装着者であるクロノではなくヴァイスが装着したことで初陣を飾った。
正規の装着者でないヴァイスが扱ったことで多少の取得データに不備があるにしろ、クロノが扱うときよりも能力が下がっているヴァイスでも充分に戦えたことから、未確認生命体と戦うには充分な戦力と考えられ、破損部分の修復と登録されたヴァイスのデータを削除してクロノがそれを使うはずだった。
だが、その装着者の登録解除ができなくなってしまった。

「その結果、未だにG3システムの登録者はヴァイスということになっている」
「実は……」

シャーリーの言い分をまとめると以下のようになる。
G3システムがギノガとの戦闘でダメージを受け、そのまま装着者登録システムを解除するにはデータ破損の危険があるかもしれなかった。
そのため、最初の破損部分を修復することにしたのだが、修復完了後に装着者登録システムの解除をしようとしたところ、ダメージがシステム面にまで及んでいたことが判明した。
その解除には時間がかかり、その間はG3システムを使うことはできなくなる。
そんな問題もあり、今後どうするのかということを話し合うためにヴァイスに来てもらったのだ。
だが、ヴァイスが来たとしても根本的な解決にはならない。
それというのも、このままG3システムをヴァイスが装着して現場に出たとしてもすぐに稼働限界時間になってしまうことが高いからだ。
ギノガとの戦いも最初は有利に行えていたものの、すぐに稼働時間の限界が来たことで身動きがまともに取れなくなり、深刻なダメージを受けることになってしまった。

「俺が使うとしたら、問題は稼働時間の延長ってことですか?」
「そうなんだが、簡単に解決できるものではないだろう」

ヴァイスが自分が使う場合の一番の問題点をあげるものの、それをどうにかする手立てはない。
そんな中、クロノ宛に通信が入ってきた。

「ん?マリーから通信か。……クロノ・ハラオウンだ、対処の目処はたったのか?」

ヴァイス達に手を上げてからクロノは通信に出る。
それというのもG3システムの生みの親でもありマリエル・アテンザにもこのことを前もって連絡してあるため、それの対抗策を用意してくれたと思ったからだ。

『それは何とかできました。破棄予定だったG3の後継機のバッテリーシステムを使えば、稼働時間の延長は可能かと思われます。ただ、少し問題もありまして……』

マリーは現状で出来うる最大限の改善方法として、破棄予定のG3システムの後継機からのパーツを流用することを考えていた。
ただ、問題が無いわけではない。
この手段はあくまでヴァイスが扱う場合の稼働時間の延長を考えたものであり、クロノが装着した場合の性能差は考慮されていない。
ヴァイスが装着した場合は本来の性能を発揮させることが現状では不可能というデータ上での結論が出ている。

『一応、バッテリーシステムはすぐに届けられるように準備はしています』
「そうか、それではすぐにでもこちらに送ってくれ」

クロノとしてはG3の能力が本来のものよりも落ちることは覚悟していたのか、問題を稼働時間に関してのみに絞っていたため、マリーからの報告ですぐにでもバッテリーシステムの搭載を決める。
それというのも、ヴァイスは主に射撃を得意とし、接近戦のスキルは高くはない。
それならば、中距離からカイの援護をさせることにクロノが扱うことを目的とした全距離に対応させた能力まで出せなくても大きな問題はないと判断したこともある。

『わかりました。今からなら昼過ぎには届けられると思います』

簡単に今後の打ち合わせを終えると、クロノはヴァイスに改めて視線を移した。

「これで稼働時間の問題はクリアーされた。あとはヴァイスが今後もG3を使うかどうかだ」
「少し……考える時間をください」

本来なら手放しで喜ぶべき提案だった。
だが、ヴァイスはすぐにその言葉に飛びつくことができず部屋を後にした。





(確かに、提督が言うように俺が使うのが現状では最適なのかもしれない。でも……)

クロノ達と別れてから、ヴァイスは機動六課内の通路を歩く。
そして、クロノから言われたことを真剣に考えていた。

(大局的に見ればG3を完全に修復して、それから提督が使ったほうがいいんじゃないのか?)

ヴァイスは自分が目的とする場所へと足を進める。
そこはヴァイスの本来の役割でもあるヘリパイロットとしての仕事道具が置いてある場所。
そして、その中には今のヴァイスの悩みの種がある。
丁度ヘリの整備は終えていたのか、整備課の人間は誰もおらず、この場にはヴァイス一人だけだ。
ヴァイスはそのままヘリの置いてある場所と離れた場所にある整備室へと歩き、扉を開けて中へと入る。
そこにはG3システムがいつでも使えるように万全の状態で置かれていた。
また、各所武装も点検されていたのか、ガードチェイサーのコンテナから出されている。
そこにある武装は『GM-01 スコーピオン』という名称の小型小銃、『GG-02 サラマンダー』という名称のグレネードユニット、『GS-03 デストロイヤー』という名称の高周波振動ブレード、『GA-04 アンタレス』という名称のワイヤー付きフックがその輝きを失うことなく存在している。

「俺がそれなりに使えるのはこいつだけ……か」

その中でヴァイスは『GM-01 スコーピオン』を手に取る。
ヴァイスのスキルは射撃特化と言ってもいい。
そのため、小銃の扱いも知ってはいるがやはり狙撃ライフルのような精密射撃を得意とする。

「俺じゃあ、こいつは宝の持ち腐れでしかないな」

ヴァイスはその手にズシリと重く感じるスコーピオンを持ったまま、しばらく立ち尽くした。





「おはよ~、ヴィヴィオ」
「コロナ、いらっしゃい」

ヴァイスが悩み、スバル達がなのは達にしごかれている頃、学校が休みのヴィヴィオは友達であるコロナを家に……というよりも機動六課に招いた。
もっとも、隊舎内を案内するわけではなく、あくまで寮やその周辺で遊ぶという訳なのだが。
このコロナの訪問もヴィヴィオがカイをコロナに紹介するためだ。
コロナの方もカイの話はヴィヴィオからよく聞かされているので、今度一緒に遊ぼうという誘いに断る理由などはなかった。

「カイちゃんか~、会うのが楽しみだな~」

だが、コロナは一つ大きな勘違いをしていた。
それはヴィヴィオがカイのことをさも自分の弟分のような感じで話をしていたため、コロナにとってカイは自分より年下の小さな男の子という先入観ができていた。
そのため、ヴィヴィオと一緒にいるカイの存在のことはヴィヴィオのお兄さんみたいなものとしか思っていない。
そのため……

「ヴィヴィオゥの友達か?」
「そうだよ、カイ、こっちはコロナ・ティミル。コロナ、こっちはカイ……なんだっけ?ま、いっか」
「コロコロかぁ」

目の前にいるどうみても自分より年上な人間がカイと呼ばれていたことにコロナの目は点になり、自分の名前のことに気がつくことはなかった。





それから何とかコロナを正気に取り戻して、ヴィヴィオはカイとコロナを連れていつも遊んでいる場所へと案内する。
そこは広い芝生に覆われ、遊ぶのにも適したちょっとした広場だ。
いつもここでヴィヴィオはカイやザフィーラ、ゴウラムと遊んでいる。
そこでザフィーラとゴウラムの紹介をしたとき、コロナはゴウラムを見て気付いたことを言い出した。

「ゴウラムってさ、もしかして第4号の仲間?」
「ふえ?そうなの?」

ヴィヴィオとしては全く思ってもみなかった言葉だったのか、ゴウラムに『そうなの?』とでも言うような視線を向ける。
だが、ゴウラムとしてはどう答えればいいのかわからない。

「そういえば、テレビに4号と一緒に映ってたね」

ヴィヴィオはかなり前に見た未確認生命体速報で、未確認生命体第4号がゴウラムと一緒に未確認生命体第16号、ザインを倒したときの映像にゴウラムが映っていたことを思い出す。

「ゴウラムは第4号のこと……知ってるの?」

このようにヴィヴィオに言われては、ゴウラムとしては何とか答えてあげたいと思う。
だが、カイが自分の正体をヴィヴィオに告げる気が無い以上、ゴウラムとしては何も言うことができない。
もっとも、ヴィヴィオの知る言葉でしゃべることがゴウラムにはできないのだが……。
そのため、ゴウラムが何も反応を示さなかったことで、第4号の話はうやむやのうちに終わってしまった。





それから、ヴィヴィオは本来の目的であるコロナのある特技をカイに見せてもらうことにした。
最初学校でヴィヴィオが見たときも、その特技に興奮したものだ。
きっとカイも喜んでくれるだろうと思ったのだ。
コロナも噂のカイがこんなに大きな人だとは予想外だったが、それでもヴィヴィオが喜んでくれるという話を聞き、改めて用意してきた人形を数体取り出して並べる。
それから何かを呟くとコロナの周りに魔方陣が現れ、その光が人形へと伝わっていく。
そして、その光が人形に吸い込まれると人形は意志を持ったかのように踊り出す。

「コロナ、やっぱりすご~い」
「えへへ」

コロナが人差し指をオーケストラの指揮者のように操りながら、ヴィヴィオの感嘆の声に照れ笑いを浮かべる。
カイも目を光らせて、目の前で起きている幻想的な光景に心を奪われていた。





それからしばらくして、人形達のワルツが終わってからカイ達は木陰に移動して話に花を咲かせていた。

「あのねあのね、ヴィヴィオもコロナに見せるためにあることを練習したんだよ~」

ヴィヴィオが楽しい物を見せてくれたお返しとばかりに胸を張る。

「ホント?見せて見せて」

コロナとしても友達がわざわざ自分に見せるために練習してくれたというのが嬉しいのか、花が咲いたような笑顔を見せる。

「いいよ~」

そう言ってヴィヴィオは傍で黙って事の成り行きを見つめていたザフィーラへと向くと……

「ザフィーラ、お手」

笑顔でザフィーラの目の前に右手を差し出した。
ザフィーラは一瞬のためらいすら見せずにヴィヴィオの右手に自分の右前足を乗せる。

「わぁ~、ザフィーラ賢いね~。ヴィヴィオもすごいよ」

その様子を見て、コロナはすごく大きくて力も強そうな犬がそれだけではなく賢いことに驚き、そんな大きな犬に命令をするヴィヴィオにも素直に感心して両手で拍手をする。

「カイちゃんは?カイちゃんも何かできる?」

えへんと胸を張るヴィヴィオを見ながら、コロナはカイへと話しかける。
だが、カイには人に見せられるような特技は何もない。
以前ヴィヴィオと一緒になのはの故郷に遊びに行ったときに見たジャグリングは、未だに一度も成功したことがないため、この場で見せるわけにはいかない。
そのため、もう一つの方法を選ぶことにした。
それはヴィヴィオが先程カイ達に見せたザフィーラとの合わせ技。
それを自分と自分のしもべでやればいい。

「ゴウラム、お手」

そう思ったカイはゴウラムに向かって右手を差し出した。










「……ムチャ言うな、に~ちゃん」
「る、ルールー、どうしたんだ?」

カイ達が遊んでいるところから離れた場所では、ルーテシアとアギト、そしてヴィータがなのはを相手としているスバル達の模擬戦を見学していた。
これは空から攻撃してくる未確認生命体との戦いを考慮したもので、なのはは砲撃ではなく魔力光の色を限りなく無色に近づけてスバル達に向かって直線的で弾速の速い射撃魔法で攻撃する。
それの対応などを考えるために行っているのだが、ティアナの射撃でなのはの射撃魔法を撃ち落とそうにも、それが肉眼で捉えられなければ相殺することも難しい。
そんな中、キャロだけは見学しているルーテシアにいい所を見せようと奮闘するものの、魔導師やガジェットとの戦い方が染み付いている身としては、未確認生命体との戦い方に上手く対応することができずにいた。
もっとも、ルーテシアはそんなことは興味ないとでも言うようにヴィータに視線を向ける。

「な、なんだよ」

ヴィータとしてもいきなり向けられた視線の意味がわからず、若干ではあるもののたじろいだ。

「……ピータン」

そんなヴィータにお構いなしに、ルーテシアはヴィータを指さしてカイがヴィータを呼ぶときの名前を言い、

「……プータン、似ている」

自分を指差す。

「……ライバル」
「なんだそりゃ?」
「ライバルって……ルールー、もしかしてプータン気に入ってたのか?」

ヴィータが呆れ、アギトがまさかと思ったことを聞くと、ルーテシアはその言葉を肯定するかのように頷いた。





スバル達がなのはを相手に模擬戦を繰り広げる中、カイ達は時間もいいところだし寮の部屋に戻っておやつでも食べようということになった。
もっとも、その前にカイがゴウラムにお手をさせようとしたところ、ゴウラムとしてはそれは難しかったのかできず、ヴィヴィオが

「ゴウラム、角」

と言って、ゴウラムがヴィヴィオの差し出した右手に自分の右角を乗せたことにより、カイが落ち込むことがあったが、概ね楽しんだと言っていいだろう。

「あ、ほらヴィヴィオ、鳥が飛んでる」
「あ、ホントだ」

コロナが指さした空をヴィヴィオが見ると、鳥が羽根を広げて羽ばたいていた。

「カイ、あの鳥大きいね」
「……鳥?」

ヴィヴィオに釣られてカイもコロナの指さした空を見る。
そこにはヴィヴィオの言うとおり、確かに大きな……鳥のいる高さにしては大きすぎる鳥が確かにいた。
その体に羽根の他に腕と足を生やした鳥が。

「ゴウラム、ザヒーラ!!!」

カイは直ぐ様、ヴィヴィオとコロナの体を抱えるとザフィーラとゴウラムの背にヴィヴィオとコロナを乗せる。
そして、遊ぶために用意した道具袋の中に手を入れると、何かを掴む。

「家の中に入る、急げ!!!」

それだけを言い残すと、カイはそのまま鳥を追いかけるためにヴィヴィオやコロナでは追いつけない速さで走り出した。





カイが巨大な鳥を追いかけてすぐに、

「カイがヴィヴィオ達から離れたよ」

ルーテシアが今はシグナムと模擬戦を繰り広げているスバル達を外から見ているフェイトに向かって話しかけた。

「え?」

そんなフェイトとしてはいきなりルーテシアに言われた言葉に戸惑うしかない。
どうしてカイの行動を知っているのか、まるでその様子を見ていたかのようなことを言い出すルーテシアに傍にいるアギトも不思議に思っていた。

「この子が教えてくれた」

そんな戸惑いを知ったルーテシアは自分の右手を肩の高さまで上げると、その手の甲には薄紫色の小さな召喚虫『インゼクト』の姿があった。

「きっと、未確認生命体。水鉄砲を持っていた」

それだけで空を飛ぶ未確認生命体が出たかもしれないという結論に達したフェイトは、すぐに模擬戦を中止させてカイの後を追うべく行動を開始した。
それと時を同じくして、未だにどうするべきか結論が出ないヴァイスも、すぐにカイを追えるようにアルトにヘリの操縦を任せ、手に持ったスコーピオンを握り締めていた。





カイが辿り着いた場所、そこはコンクリートで固められた地面とすぐ傍には深い海へと繋がる埠頭だった。
何段にも積み重なったコンテナ、そこに一人の男がいる。
黒い衣服に丸縁のサングラス、その手には小説を持っている姿はこれから起こる事とは全く無関係にも見える。
だが、彼こそがカイが追いかけてきたグロンギ、ブウロだった。

「初めまして……いや、久しぶりとでも言うべきか」

ブウロが小説から視線を逸らさずに口を開く。

「これを読み終わる頃に辿り着くと思っていたが、思った以上に早く着いた」

そう言うとブウロは小説に栞を挟んで立ち上がる。

「私のゲゲルは……クウガ、お前を始末することです」
「……変身!!!」

ブウロの姿が変わる。
フクロウに似た顔と翼、その手には筒状の何かを持っている。
そして、カイもブウロの姿が変わると同時に赤の戦士へと変身した。
緑の戦士への変身ではない。
緑の戦士は感覚には優れるが身体能力という面においてはもっとも低い。
そのため、まずは平均的な能力を持った赤の戦士となって、自分にとって優位な場所へと移動することを考えたのだ。
このような上から丸見えの場所ではなく、ある程度身を隠せる場所に今度はこちらが誘き寄せるために。
一方のブウロもカイが変身したのを見届けると、その翼を大きく広げて飛び上がる。
カイが空を飛べない以上、空からの攻撃を行うことができるならそれを行わない理由などどこにもないのだから。
ブウロがその筒状の何か、吹き矢を口に当てると無数の弾丸がカイへと迫る。
カイは転がりながら何とか躱し続け、ようやく身を隠せそうな場所を見つけた。
そして、物陰に隠れると緑の戦士へと変わると同時に、持ってきた水鉄砲がペガサスボウガンへと変化する。
それと同時に、見えていないはずのブウロの細かな動きをカイはその研ぎ澄まされた感覚で捉えた。
そして、ペガサスボウガンでブウロを射抜こうと構えた瞬間……

「死ね!!!」

ブウロにのみに向けられたカイの感覚の背後から猛烈な勢いを乗せた体当たりがカイの体を吹き飛ばした。





「なん……だ?」

突然の体当たりでペガサスボウガンを手放したことで緑の戦士でいる意味がなくなり、赤の戦士に戻ったカイはその事態の変化に頭がついていかなかった。
目の前にはブウロとは別のグロンギがいる。
そのグロンギは猪のような突進でカイを吹き飛ばすと、今後は二又の槍をカイに突き出してくる。
それとは別にブウロも吹き矢でカイの心臓を射抜くべく攻撃を繰り返す。
カイはそれを何とか回避しながら、今自分に起きていることを考え始めた。

本来ならグロンギがゲゲルを始めるときは一人ずつのはずだった。
なのに、今は二人のグロンギが共に行動を起こしているのは今まで見たことがなかった。
槍を持ったグロンギ、ジイノがその腕力に任せて槍を振り回すのを紫の戦士となって受け止めようと考えたが、カイは直ぐ様にその考えを捨てた。
今までよりも動きが鈍くなるからだ。
確かに紫の戦士ならジイノの力に簡単に負けるようなことはないだろう。
だが、ブウロの攻撃が紫の戦士の鎧のある場所とは違う場所に当たったら、下手をすれば致命傷になりかねない。
そこで、今の状況ではもっとも驚異となる遠距離にいるジイノからの攻撃を躱すことができ、ジイノの攻撃にも対処できる速さを持つ青の戦士へと変わる。
武器となるドラゴンロッドもそこらへんに落ちている木の棒でも問題ないため、それが最善の手であるとカイは感じたからだ。
その考えが功を奏したのか、程なくして工事現場でよく見かける黒と黄色のバーを見つけた。
それをすかさず取ると、カイはそのバーをドラゴンロッドへと変えて迫り来るジイノへと向き直った。
カイはそのドラゴンロッドでジイノの槍を捌きつつ、ブウロの攻撃も何とか弾き落とす。
だが、二人の攻撃を捌くことだけで、攻勢に移るだけの余裕が無い。
そして徐々に、本当に徐々にだが海へと追いやられていく。
ジイノがカイを海に追いやるように前に攻めるのに対して、ブウロはカイが左右に避けようとするのを先回りするかのように逃げ道を塞ぐ。

「くっ」

そして、ついにあと一歩で海に落ちるというところまで追い込まれた。

「はぁっ!!!」

追い込まれたことで焦りが出たのか、カイがまずはジイノを倒すべくドラゴンロッドを突きつけようとしたとき、そのドラゴンロッドの攻撃が海中から現れた鞭で絡め取られた。
そして、ドラゴンロッドがその鞭に絡め取られた瞬間、ロッドが凍結した。

「何?」

カイは直ぐ様ロッドから手を放す。
だが、その時には既にロッドは鞭から解き放たれ、カランとした音を立てて地面へと落ちて砕ける。
その次の瞬間にはカイの右足がその鞭によって絡め取られたが、カイにはそれを回避するだけの余裕はなく、何とか体を転がすことで同じく突き出されたジイノの槍を回避した。
だが、鞭から伝わった冷気でその足が凍りついた。

「一つ……言い間違えていました」

凍りついた右足のせいで満足な動きができないカイを見下ろすようにブウロが先程よりも低い位置で両腕を組んで滞空してカイへと告げる。

「これは私の……ではなく、私達のゲゲルだということです」

ブウロの言葉のすぐ後に、カイが背にしている海から何者かが飛び出してジイノの傍に着地する。
それは白い蛇の刺繍の施された黒地の濡れたチャイナドレスを纏った女性で、その女性は冷たい視線でカイを見下ろす。

「ゲリザギバス・ゲゲルを始める前にクウガ、貴様を葬らねばならない。このようなことは早く終わらせたいのでな」

女性、ベミウはその姿を紫色の体へと変え、どこか海蛇に似たような顔立ちとなって、カイへと手に持った鞭を向ける。
カイも何とか立ち上がって体勢を立て直そうとするものの、凍結した足をまともに動かすことができず、立ち上がることすらできない。

「トドメだ」

ジイノの槍が、ベミウの鞭が、ブウロの吹き矢がカイの生命を奪うために牙を剥く。
ついにはカイの生命が潰えようとしたその時、カイの体は突然発生した鎖で拘束され、そこを猛スピードで飛んできた一匹の飛龍によって連れ去られた。





「フリード、すぐにここから離れるよ」

キャロは召喚した鎖『アルケミックチェーン』でカイの体を縛りつけて、それをフリードに引っ張らせる形でカイの窮地を救って離脱を開始した。

『キャロ、空を飛ぶ未確認生命体はこっちで抑えるから、キャロはカイ君を早くシャマル先生のところへ連れて行って』

通信越しに聴こえてくるなのはの声に従うかのように、アルトの操縦するヘリがフリードとブウロの間に割り込み、ヴァイスがヘリの中からストームレイダーを起動させて小窓からブウロへの威嚇射撃を行う。
なのはとフェイトが外でブウロの相手をしつつ、シグナムやヴィータはスバル達を従えてジイノとベミウと相対する。

「わかりました、フリード、急いでね」

キャロはカイを逃がす時間を作ってくれたなのは達に背を押されるようにカイに一刻も早く治療を受けさせるためにフリードに更なる加速を命じた。





なのは達が出撃したころと同じ時間、クロノ・ハラオウンは来客との話があったため、一緒に出撃することができなかった。
本来ならその来客のことは一時置いておいて未確認生命体への対処をするべきなのだろうが、その来客の持ってきた話のほうが重要だと感じたからだ。

「カイが僕達のことを信頼していない……ということなのか、ユーノ」

クロノの言葉に来客であるユーノ・スクライアが頷く。
本当ならユーノは未確認生命体第26号、ガリマとの戦いで見せたカイの新しい力に対する警告と今後のことを相談するために来たのだ。
そんな中、フェイトからカイがまた勝手に未確認生命体と戦うために飛び出したという報告を受けて、ユーノは前から感じていたことをクロノに話すことにしたのだ。

「うん、カイは確かに今の生活に完全には慣れてはいないけど、僕達がカイに危害を加えるような存在ではないことは理解していると思う」

完全ではないし、未だに問題はあるがカイは確かに軌道濾過でそれなりの生活を送ることはできている。
確かに時折想定外なことをしでかすこともあるが、それもカイの個性というような形で受け入れられてしまっている。

「ただ、未確認生命体との戦いに関してだけど、カイは機動六課の力……ううん、誰の力も頼っていないんじゃないかな」
「それは……そうかもしれないな」

何か言おうとしたものの、クロノは当てはまることが多いと感じたのか言葉を飲み込んだ。

「こんなふうに言ったらなんだけど、今まで出現した未確認生命体の内、管理局が撃破したのはカイが毒の胞子で倒れた時の第25号だけ。それ以外は全ての未確認生命体がカイの手で倒されている」
「カイから見たら、僕達は未確認生命体と戦う足手まといにしか見えない……というわけか」
「実際にカイがそう思っていると決まったわけじゃないけど、カイが機動六課と一緒に未確認生命体と戦おうという気がないのは確かだと言ってもいいかもしれない」

ユーノの言葉にクロノは苦い顔をして後ろにある窓の外へと視線を向ける。
確かにクロノはカイのサポートをしていけばいいと思っている。
だが、そのサポートすら不要とでも言われているようだった。
カイはどうやって感知しているのかは疑問だが、未確認生命体の反応をキャッチすることに長けている。
そして、その未確認生命体を倒す力も手にしている。
それに対して自分達はどうなのだろうか。
未確認生命体の姿を発見するには市民からの通報、もしくは勝手に飛び出すカイを追いかけてようやく発見できるといったもので、こちらが主に使う魔法という力が有効ではない。
現状でもっとも有効打を与えられるとしたら、未確認生命体第9号、ギイガと戦ったシグナムのように魔法はあくまで補助で、それ以外の武に頼ることのできる者のほうが未確認生命体を相手にするのに適している。
だが、そんな人材は魔法という力を主にしている管理局ではそれこそ限られた数しかいない。

「……バッテリーシステムも到着したけど、こいつが今の状況を変えるものになればいいんだが……」

そんな願いにも似た言葉を口にするクロノが視線を向けたモニターには、先程マリーから届いた『G3システム』にバッテリーシステムを組み込むのに悪戦苦闘しているシャーリーの姿があった。










ここから一気に話に変化が出て……ないかもしれません。
最初に一言、この前投稿した番外編ですが、それはあくまで番外編で本編との関わりはないということをご了承ください。
さすがにグロンギ族の居酒屋さんなんてネタは番外編くらいでしかやれないと思いますので……。
でも、最近ギャグをやりたいなぁ、という誘惑があるのも事実です。
なんせチラ裏に訳のわからないものを投稿してしまった次第ですし。
構想で残りの話数は後……考えるのはやめておきます。
大まかなプロットはできていても、実際話数で書くと下手したら欝になりそうな感じなんで。
あ、今回三人がかりでカイに攻撃を仕掛けたのは決して話数を減らすためではありません。
それとジイノについてですが、雑誌の『てれびくん』等での全員サービスのビデオ『仮面ライダークウガ超ひみつビデオ 仮面ライダークウガVS剛力怪人ゴ・ジイノ・ダ』に出てくる原作での未確認生命体第40号です。
その前に原作では第39号としてゴ・ガメゴ・レがいるのですが、こちらではバルバに忠誠を誓っている者達がカイ抹殺のために先に動いたということになっています。





では、ここいらで唐突に思いついたこのSSの続編の構想についてちょろっと書かせていただきます。
ちょっとだけネタバレもあるかもしれないので、そこのところはご容赦を。











カイとダグバの死闘が終わってから10年、未確認生命体はその姿を完全に消して世界は安息の日々を手に入れた……かに見えた。

「これが……俺?」

偉大な父と比べられる日々を送り続け、心が磨耗した青年、カレル・ハラオウン。
新たに出現した未確認生命体、人間には不可能な殺人を繰り返すその名はアンノウンと呼ばれることになる。
突如アンノウンに襲われたカレルは、妹リエラの目の前でその姿を異形へと、アギトへと変わることになる。

「私もいつか……お兄ちゃんみたいになっちゃうのかな」

突然の兄の変貌に、双子である自分も同じ様になるのか思い悩み、変貌してしまった兄から距離を取ってしまうリエラ・ハラオウン。

「この力……これさえあれば、僕は4号みたいに戦える」

過去に未確認生命体第4号に命を救われ、第4号と未確認生命体の戦いで家族を失った青年、リック・ディアス。
リックもカレルのようにその姿を異形へと変貌させるが、その力は不完全なものだった。
徐々に蝕まれる体。
しかし、かつての憧れにも近い力を手にしたことでリックは破滅への道を進む。

「また、こいつが使われることになるなんて……な」

10年前、未確認生命体第4号と共に戦ったヴァイス・グランセニック。

「俺にも……あんな力があれば」

未確認生命体第4号に憧れるG3システムの新たなる装着者、ディオ・メルカーナ。

そして……

「死んだら、明日は来ないぞ?」

人々の前から姿を消した未確認生命体第4号。
望まない力を手にした青年、望んだ力とは違う力を手にした青年、強大な力を欲する青年。
力に翻弄される3人が出会うとき、新しい物語が刻まれる。

聖なる泉の枯れた戦士~アギト編 意志という心の光~










始まりません
……いや、嘘予告ですよ?そもそもリック・ディアスって、どこのMSですか。
オリキャラの名前については適当なんでツッコまないでください。
そもそも、嘘予告をやるにしても完結してからにしろって話ですよねぇ。








[22637] 第32話 信頼
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/07/19 22:39





「……なるほどね、バルバも困った事をする」

カイがフリードとキャロに連れられて戦闘区域から離れている頃、それを遙か遠く見つめていたダグバはバルバの真意に気がついた。

「さてと、それじゃあ少し行ってくるかな」

そう呟くとダグバはゴオマに少し出かけてくると告げると、今までそこから動くようなことをしなかったその場から立ち上がる。

「ブウロ達もリントの前から姿を消したみたいだし、目的はクウガの抹殺といったところか」

ゴオマから離れたところで、ダグバはバルバの真意を見透かしたように呟く。

「でもね、それじゃあつまらないんだよ。クウガは僕の餓えを満たすために存在しているんだからね」

そして呟きが終わると同時に、ダグバは掻き消えるようにその場から姿を消した。





機動六課の医務室、そこには『私、怒ってます』といった表情の召喚士が医務官を追いだして一人の青年を慣れない表情で睨みつけていた。

「カイさん、そこに正座!!!」

機動六課に到着したカイは待機していたシャマルの魔法によって凍りついた右足の治療を行った。
しかし、完治するまではいかず、足を無理に動かすことはできない。
そのため……

「ギャオ、俺、座れない」

カイは素直に正座をすることができなかった。

「……じゃあ、その椅子に座ってください」

キャロのその言葉に素直に従うカイ。
それからキャロのお説教が始まった。

どうして勝手に出ていったのか。

どうして自分達に何も言わないのか。

私達だって未確認生命体と戦う役に立てるはずだ。

未確認生命体に対して、自分達がカイほどの力がないことはキャロも理解している。
だが、一人で未確認生命体と戦おうとするカイに文句を言いたくなるのも事実だった。
それはキャロ達がなのは達の教導を受けているからという理由もある。
キャロ達新人フォワードは、自分達よりも強い敵を相手にする際に自分達の持つ長所を組み合わせて戦うということを学んでいる。
それが模擬戦という形ではあるが、個人では無理ではあるもののチームでならエースと呼ばれる人達に一撃入れることすら可能にしている。
そのことから連携して戦う、協力して戦うことの大切さをキャロは知っていた。
だからこそカイの今回の身勝手な行動に怒りを感じてしまった。
だが、カイはキャロの言っている言葉が届いていないのか、首を傾げると一言だけキャロに返す。

「グロンギと戦う。これ、俺のやることだ」
「だから、私達がそれのお手伝いを……」
「ギャオ達が死ぬのは嫌だ」

カイの言った言葉に反論しようとしたキャロだが、それもカイの言葉に遮られる。
『死ぬ』という言葉、それは別に初めて聞く言葉ではない。
キャロが機動六課に配属を志願したときに保護者であるフェイトに言われたことがある。

自分達の仕事は場合によっては生命を落とすことがある。

フェイトの言葉で迷いが出たことは確かだが、それでも自分に暖かさをくれたフェイトの力になりたいという想いが上回り、キャロは機動六課に来た。
死というものをちゃんと覚悟しているかは今のキャロもわからない。
ただ、目の前のカイが死という言葉を使ったことに衝撃を受けた。
カイは怒るかもしれないが、キャロから見るとカイは明らかに子どもにしか見えなかった。

ヴィヴィオと無邪気に遊んでいるカイ。

大好きなシュークリームを大きく口を開けて食べる笑顔のカイ。

時折突拍子のないことをしてみんなに怒られるのに、それをどうして怒られたのか理解出来ないカイ。

親という存在からまるで教育を受けていないとでも言えばいいのか、まだ10歳くらいのキャロから見てもカイは子どもじみていた。
おそらくエリオも同じような印象をカイに持っているだろう。
いや、カイと関わったほぼ全員がそのような印象を持っていると言っていいだろう。

「だから、戦うのは俺だけでいい」

最後にキャロにそう言うと、カイは治療を受けた足を庇いながら医務室から出ていった。

「私達だって、カイさんが死ぬのは……嫌なんですよ」

扉が閉じたときに漏らしたキャロの呟きは、カイには届くことはなかった。





キャロとフリードにカイを任せたフェイト達だったが、カイが完全に離脱したと同時に未確認生命体はそれぞれ逃走を開始した。
しかも未確認生命体は一体が空、もう一体が海、そして最後の一体が地上というそれぞれ別々のルートを逃走経路に選んだ。
そのため戦力の分散による各個撃破を考え、追跡を一体だけに絞ろうと考えたときには既に捕捉できない位置にまで逃げられた後だった。
結局のところ、その後も未確認生命体の活動らしきものは報告されなかったこともあり、フェイト達はそのまま機動六課に戻ってきた。
そして、キャロからカイがどうして自分達と一緒に戦おうとしないのかを聞いた。
それによって、スバルやティアナ、エリオといったチームで戦うことの重要さを知る者達はカイへの怒りをあらわにするが、そうではない者達もいた。

「カイの気持ち、私もわからないわけじゃないけどね」

エリオとキャロの保護者、フェイトである。
危険な目に会うから一緒には戦えない、戦ってほしくないというカイの考えがフェイトには理解できてしまった。
キャロ達だけでなく、自分やなのは、シグナム達に対しても同じような感情をカイが抱いていることに不満がないわけではない。
ただ、カイが純粋に自分たちを心配してその言葉を言っているということも感じている。
だからこそ、その言葉に歯がゆい思いをしながらもカイに向けて素直に怒りを向けることができなかった。
なのはもフェイトと同じような意見なのか、何か言葉を発するようなことはせず、シグナムとヴィータはフェイトと似たような気持ちながらも、騎士としての誇りのせいなのかカイの言葉への不満があった。
そしてただ一人、ヴァイスだけがキャロの話を聞いて何も言葉を言うことなくその場を後にしたことにフェイトを含めて誰も気がつかなかった。





ヴァイスはキャロの話を聞くと同時に、自分達が乗って戻ってきたヘリの置かれているヘリポートへと戻ってきた。

「やっぱり、ここが一番落ち着くな」

妹のラグナを誤射で撃つということがあり、武装局員ではなくヘリパイロットへと逃げるように転向した過去があるものの、ヴァイスとしてはヘリの操縦が好きだったこともあって今はそれほど気にしてはない。
その好きなヘリがある場所に来れば、キャロの言葉で感じたカイへの怒りも少しは落ち着くと思ってのことである。

「あいつの気持ちがわからない……わけでもないんだよな」

もしもラグナが自分の、自分達が行っている未確認生命体対策を手伝うなどと言われれば、真っ先にヴァイスは反対するだろう。
守りたい存在をわざわざ危険のあるところに連れていくバカがどこにいるのか。
ヴァイスの持つカイの印象は、言葉で表すなら『バカ』の一言で終わる。
バカ正直でバカに子どもっぽく、怒るようなことがない。
未確認生命体が人を手にかけることへの怒りを見せることはあるが、日常で誰かに対して怒るようなところは見たことがない。

「あいつから見たら俺達も……俺から見たラグナみたいなもんなんだよな」

ふと、ヴァイスは整備室に置かれているあるモノを思い出す。
それは未確認生命体との戦いのために時空管理局が作り出した一つの兵器。
純粋な、ただ壊すためだけの力。
整備室の中に入って、その兵器を見る。
整備が終わったのか、誰もいない中でその兵器だけが戦いの時を待っている。
よく見てみると、今まで背中にはなかったランドセルのようなものが装着されている。
マリエル・アテンザが送ってきたバッテリーシステムという物がシャーリーの手によって組み込まれた新しい姿だ。

「カイがたった一人で未確認生命体と戦おうとするのは、あいつだけが奴らとまともに戦えるから……」

ヴァイスは自分の言った言葉を振り払うかのように首を振る。
そして、強い意志を込めた瞳で兵器を、G3システムを見つめる。

「それなら、今のこいつを使えるのはクロノ提督じゃない。登録されちまった……俺だけだ」

未確認生命体と渡り合えるかもしれない力は……ここにある。





「カイ遅いね~」

カイに言われてザフォーラとゴウラムに寮の中に入れられたヴィヴィオとコロナは、そのままアイナの元へ行っておやつを食べていた。
今日のおやつはコロナが来ているためなのか、甘いモノは厳禁なはずなのにシュークリームが出されている。

「カイちゃんも早く戻ってくればいいのにねぇ」

コロナもヴィヴィオから聞いていた前情報によるカイがヴィヴィオの弟分という意識が抜けていないのか『カイちゃん』という呼び方が定着してしまい、それを戻すようなことは全く考えていない。
むしろ少しの間だがカイと一緒に遊んだせいで、コロナから見ても『カイは弟分』といった感情が少しではあるが芽生えていた。
そんなふうに二人でカイがどうして戻ってこないのか話をしていたとき、点けっ放しにしていたテレビが緊急放送である未確認生命体速報へと切り替わった。
それによると未確認生命体が三体目撃され、第4号は三体の未確認生命体と交戦したものの撤退したとのことだ。

「ふ~ん、ちょうどカイちゃんがいなくなった後の時間帯だね。……もしかしたらカイちゃんが第4号だったりして」

コロナとしては何気ない考えだった。
ゴウラムが第4号と一緒に未確認生命体を倒したことは未確認生命体速報を見ればわかる。
そのゴウラムと一緒にいるという時点でカイが第4号かもしれないと考えるのはおかしくないだろう。
だが、ヴィヴィオはそれを簡単に否定する。

「カイが4号のわけないよ~。カイなんて相撲でヴィヴィオに負けるんだよ?そんなカイが4号のわけ絶対ないよ」

カイが手加減したという考えにまで及ばなかったのか、ヴィヴィオのその言葉にコロナも自分の考えを頭の外に追いやる。
カイが未確認生命体と戦うということがコロナから見てもどこか似合わないと感じたからだ。
その後、アイナからカイが今日は用事があって戻らないということを聞いたヴィヴィオとコロナは残念だとは思いつつも、コロナがいられる時間にも限りがあるため、それまでを楽しく過ごそうとおやつを食べてから次は何で遊ぶかの相談を始めた。





「これ、やっぱり難しい」

機動六課の寮から少し離れたスペース。
そこにはカイが寝泊まりしているテントがある。
テントの中にはカイが寝るための薄いマットとタオルケット、ヴィヴィオと遊ぶためのおもちゃを入れる箱、他にはヴァイスやゲンヤからもらったお下がりの衣類しかない。
最初は寮の部屋を使えばいいと言われてたのだが、どうも落ち着かなくて食事の時やクロノ達と話すときくらいしか建物の中に入ることをしない。
そのテントの中で難しい顔をしたカイの手にはギンガと一緒に買った『らくらく端末』が握られていた。
最初は糸電話でアイナに今日はヴィヴィオのところに戻れないと伝えようとしたところ、糸電話は使えなかったこともあり、カイにとって操作が複雑な『らくらく端末』を使うことにしたのだ。
足に怪我をしている以上、それをヴィヴィオに見せて心配させるわけにもいかない。
そのため、カイはその間にブウロ達を倒そうと考えていた。
そして、どうやってブウロ達を相手に戦うべきか考える。
足を怪我している以上、赤や青の戦士では動きを制限される。
そうなると緑の戦士で遠くから撃つか、紫の戦士の防御力頼りで戦うしかない。
だが、紫の戦士では完全に相手の攻撃を受け止めきれるかという問題がある。

「水鉄砲……持ってく」

結局のところ相手の位置を察知して先制攻撃することが今の自分にできる精一杯と感じたカイは、水鉄砲をヴィヴィオと遊ぶ道具を入れている箱から取り出そうとしたところで動きを止める。

「水鉄砲、あそこに……置いてきた」

そう、カイがブウロ達と戦った場所、そこにカイはペガサスボウガンへと変えた水鉄砲を置いてきてしまったのだ。

「……ヴィヴィオゥ、ごめん」

カイは一言ここにいないヴィヴィオに謝ると、ヴィヴィオが使う水鉄砲を取り出してカイはテントから出ていった。





先程カイとブウロ達が戦った場所。
そこではなのは達から逃亡したブウロ達が再び集まっていた。

「クウガは足に深手を負っている」

ブウロは開いた小説を目で追いながらジイノとベミウと共に次の手を考えていた。

「足がまともに動かない……とすれば」

ジイノとベミウも敵が次に取る行動を既に答えとして出している。

「遠間からの攻撃……しかないわね」

ベミウの言葉に三人はその場から一斉に離れる。
その一瞬後にブウロのいた場所に空気弾が炸裂した。





「外した?」

ゴウラムの手に掴まって空を飛んだカイは、ペガサスボウガンで三人を相手にする際に空からの攻撃が厄介なブウロから倒そうと狙いをつけた。
そうすれば、残りの二人は海から離れれば地上からの攻撃しかないため、より対処がしやすい。
だが、その攻撃は最初から読まれていたようで、ブウロ達は一斉にその場から離れる。
そしてブウロはカイが次の攻撃をさせる前に行動に移った。
カイはゴウラムに掴まっていないと空を飛ぶことはできない。
そして、カイの真下には広大な海が広がり、その下には海での戦いを得意とするベミウがその鞭をいつでもカイに打ち込めるように待機している。
つまり、ブウロの役目はカイをゴウラムから叩き落すことだけだ。
それもすぐにやる必要はない。
かつての戦いで緑の力が長時間使えないことは既にブウロ達もわかっている。
それなら、遠距離からの攻撃をできなくしてから叩き落としても何の問題もない。
カイとしてもそれが分かっているのか、狙いをブウロに絞るものの、ブウロは空を自由に飛び回ってカイに狙いを絞らせない。
そしてもう一つカイが狙いに集中できない理由もある。
地上からとはいえジイノが鋭い二又の槍をカイ目がけて槍投げの要領で投げつけてくるのだ。
グロンギ、しかも高位のゴ族は体にある装飾品を武器に変えることができる。
ジイノはその装飾品を槍に変えて投げつけることによって、ブウロへの攻撃を妨げるのと同時に、カイの緑の戦士の力の制限時間を減らすことに専念したのだ。
そして、ブウロ達の思惑は成功する。
かつてより時間は長かったものの、ついに緑の戦士の力の制限時間が来てしまった。
カイは仕方なく赤の戦士に戻ると、ゴウラムを先程の戦場となった波止場へと飛ばせる。
そしてそこに着地するとゴウラムにはブウロの牽制、自分はジイノとベミウと戦うべく紫の戦士へと変わる。
やはり先程の戦いでできた凍傷が原因なのか、右足が思うように動かない。
本当なら怪我が完治してからブウロ達と戦えばよかったのかもしれないが、そうするとブウロ達が他の者を襲う可能性がある以上、それを待つ訳にもいかない。
ジイノの怪力と槍、ベミウの速さと鞭、その二つを相手にカイの無謀とも言える戦いが始まった。





「これでクウガの生命も終わる」

カイとブウロ達の戦いを遠くからバルバは一人で見つめる。
バルバはグロンギ族の繁栄のためにはクウガは邪魔なものでしか無い以上、その排除に向けて行動することが当然だと思っていた。
だが、それならばどうして今までそのようなことをしなかったのだろうか。
グロンギにおいてゲゲルとは神聖なものであり、それの邪魔をするクウガを真っ先に排除しようという考えを持つ者はいなかったのだろうか。

「……いや、クウガがここで生命を終えるのなら、もはやそれも関係ない」

しかし、バルバは頭に過ぎった考えを振り払う。
そんな考えは今にも消えてしまうだろうクウガの生命の前では意味が無い。

「バルバ、困ったことをしてくれたね」

そんなバルバの背後からいつからいたのか、涼し気な声が聞こえる。

「……ダグバ、どうしてここに?」

バルバが振り向いた先には、白い衣服を纏った青年が微笑みながら立っていた。
しかし、その微笑みの裏には何か別の思惑をはらんでいるようにも見える。

「ブウロ達三人をクウガと戦わせたのは……バルバの命令かい?」
「ああ、今までクウガを放っておいたことがそもそもの間違い……」
「二度とするな」

バルバの答えにダグバの鋭い返事が返ってくる。
今までの雰囲気が一転し、ダグバはバルバの胸元を掴み自分の方へと引き寄せる。

「クウガの存在は僕が認めている。そして、クウガはゲゲルを適度に引き締める。君達にも必要な存在なんだ」

その言葉をバルバに告げるとダグバは掴んでいた手を放し、バルバに背を向けて歩き出す。

「まあ、この程度ならクウガの生命は消えないけどね」
「何?それはどういう……」
「もう二度と今回のようなことはしないように……いいね、バルバ」

バルバの質問になど興味はないとでも言うように、ダグバは言うだけのことをバルバに告げるとその姿を消した。

「あの状況から……どうにかできるとでもいうのか?」

振り向いた先にはクウガが二人のグロンギ相手に苦戦を強いられている。
バルバはギノガのゲゲルに出てきた鋼のクウガを思い出すが、あの程度の力ではブウロ達の相手をするのは不可能だと思っている。
つまり、あの状態をクウガ一人でどうにかできるとでもいうのか?
バルバはそんなことはありえないとは思いつつもそう思わずにはいられなかった。





右足を庇った状態での戦いはカイにとって不利なものでしかなかった。
ブウロの吹き矢をゴウラムがその身を呈して引き受けてくれているが、ジイノの槍とベミウの鞭がカイの生命を奪うために牙を剥く。
しかし、足を封じられたカイにそれを食い止め反撃するだけの余裕などあるはずがない。
なぜなら、先程の戦いでも右足が凍りついていない状態でブウロ達の攻撃を防ぎきることすらできなかったのだから。
それが一人減ったとしても簡単にどうにかできるわけではない。
ジイノ達もそれを感じているのか、決して深追いせず、それでも今度こそトドメを刺すという意志を明確に持って攻撃を続ける。
このままでは負ける……カイがそう思ったとき、ゴウラムが牽制していたブウロが何者かに撃たれた。

撃たれた場所と痛みからブウロは自分を撃ったと思われる相手へと視線を向ける。
そして、ブウロの突然の異変を感じ取ったジイノとベミウもブウロの向けた視線の先へと顔を向けた。
そして、ありえない姿を目撃した。

「……クウガ?」

少し離れたコンテナにその異形はいた。
左手でペガサスボウガンによく似た弓銃を構えた緑の戦士。
その緑の戦士は、その姿を青に変えると手に持ったペガサスボウガンによく似た弓銃が今度はドラゴンロッドによく似た棍へと姿を変える。

「俺と……同じ?」
「クウガが……二人?」

カイやブウロ達の心に戸惑いが生まれる。
だが、その青の戦士はそれに答えることをせずにその場から空高く跳躍し、カイとジイノ達の間に着地する。

「クウガ……ゼババギ バガババ……バギザ」
「バギザ?」

突如現れた青の戦士の言葉に、ジイノは一瞬だが思考の渦へと入った瞬間、青の戦士はその手の棍でジイノを突く。
そして、怯んだジイノに向けて荒れ狂う波のような突きを連続で叩き込み、弾き飛ばす。
次にはベミウの不規則な動きをする鞭を体の動きだけで躱し、その勢いを持ってベミウへと近づいて棍で鞭を叩き落とす。
全く無駄のない流れる水のような動き。
カイが青の戦士では3人同時にはまともに立ち向かえなかった相手を、奇襲からの攻撃とはいえ圧倒するその実力。
しかも本気を出しているようには全く見えず、まるで手加減して相手をしてやるとでも言うような余裕さえ感じさせる。

「デゾバグボザボボラゼザ クウガ」

振り向いた青の戦士はカイにそう告げると、その場から跳躍して姿を消した。
そして、次の瞬間には遠くからの桜色の砲撃がブウロ達目がけて襲いかかってきた。





ルーテシアがカイの観察をするための召喚虫『インゼクト』からの情報でカイの向かった先が先程の場所だとわかり、なのは達は直ぐ様その場へと急行した。
そのため、ルーテシアがどうしてカイをインゼクトで観察しているのかを聞くことは頭の中にはなかった。
もっとも、アギトに言わせれば、

「そんなの、カイの行動が面白そうだからじゃないか?」

この一言で片付けられそうだが。

スバルはウイングロードで、ティアナはトライチェイサーで、エリオとキャロはフリードに乗ってもうすぐ合流するだろう。
なのはと一緒に先行したのはフェイトとシグナム、ヴィータ、クロノ、そしてカイの持つ金の力をもう一度確認しようと付いてきたユーノの六名だ。
なのははカイと未確認生命体の間にディバインバスターを撃ち込み、カイと未確認生命体との距離を引き離す。
魔力攻撃が未確認生命体に通じにくいとはいえ、そのあまりにも威力の高い砲撃はそれでも未確認生命体に回避行動へと移らせた。
その一瞬の隙を突いて、フェイトがカイの傍へと高速瞬間移動『ソニックムーブ』で近づき、カイの腕を掴んでその場から離脱する。
その間にスバル達も合流し、アルトの操縦するヘリも到着した。
そのヘリの後部ハッチが開き、ウイングロードの技術を応用したレールの上をG3が駆るガードチェイサーが降りてなのは達と合流する。
そして、ガードチェイサーから降りるとカイの元へと来ると同時にカイの頭の上にゲンコツをお見舞いする。

「この……アホが」

正式にG3システムの装着員に志願したヴァイスが、呆れた口調ながらもどこか優しげな雰囲気でカイの首に自分の右腕をかける。

「いいか、俺達じゃ確かに未確認生命体を倒すことはできないかもしれない。でもな……」

一度言葉を切ると、今度は真剣な口調でヴァイスは言う。

「未確認生命体の足止めくらいならいくらでもやってやる。だから、お前は未確認生命体を一体一体確実に倒せ」
「……ファイブ?」

カイの直接的な力にはなれないかもしれないが、カイの援護ならできる。
それがヴァイス達の出した答えだった。
今回のように複数の未確認生命体に襲われた場合、カイ一人では全員を一気に倒すことはほぼ不可能だろう。
なら、自分達がほんの少し未確認生命体の足止めをすれば問題はない。
未確認生命体を倒すのはカイに任せ、自分達はカイが全力で戦える状況を作ればいい。

「カイ、まずは一体を確実に倒そう」
「それだけでも今後の戦いが大分変わってくるだろう。他の未確認生命体の足止めは僕達で足止めをする。カイ、後の判断は君に任せる」

ユーノがカイに言い聞かせるように、クロノが未確認生命体から視線を逸らさずにカイが誰と戦い、自分達が誰を足止めするのかの指示を待つ。
クロノはカイが未確認生命体とかつて戦ったことがあると感じている。
そして、カイが一番厄介な相手を先に倒すであろうこともなんとなくだがわかった。
だからこそ、カイの言葉を信じて待つ。

「……わかった。俺、あいつを先に倒す」

クロノ達の想いを受け取ったのか、カイはベミウへと視線を向ける。
高い俊敏性と変幻自在な極低温の鞭の攻撃が一番厄介だと感じたからだ。
ブウロの攻撃は威力があるものの連続での攻撃には向かず、ジイノは突進力とパワーが驚異だが、悪く言ってしまえばそれ以外の驚異がない。

「よし、それなら僕達は残りの未確認生命体の足止めをする。その後は……」
「まとめて……倒す」

カイの言葉に一同はどうやって倒すという言葉を言いかけたが、続くカイの言葉を聞いてその言葉を飲み込む。

「……わかった。それなら僕達は相手の足止めに専念しよう」

クロノの合図でそれぞれが戦うべき相手を確認しあうと、全員が未確認生命体三体をこの戦いで撃破するべく作戦を開始した。





ベミウと対峙したカイは自由に動かせない右足を奮い立たせ、青の戦士へとその姿を変える。
ベミウも片足に付いていたもう一つのアンクレットを取り出し、それを鞭へと変える。
ジイノとブウロを他のみんなに任せた以上、どんなことがあってもベミウの相手は自分がしなければならない。
だが、運の悪いことにカイの周囲にドラゴンロッドとして使えそうな長い棒状の物が見当たらない。
クロノからS2Uを借りるという手もあるが、クロノはヴァイス達と一緒にジイノと対峙しているため、こちらに意識を向けさせるのは難しい。
カイはベミウの様子を伺いつつ、周囲を見渡す。
あるのはうち捨てられたロープと、先程現れたカイと同じ姿をした戦士が叩き落としたベミウの鞭だけだ。
だが、カイはベミウの鞭とロープを見た瞬間、あることを思いついた。

「死ね!!!」

ベミウの鞭を左足だけのジャンプで避けると、カイは転がりながら落ちていたロープを掴む。
さらにカイを近づけさせないように鞭を繰り出すベミウの動きを、カイはよく目を凝らしてチャンスを待つ。
そして鞭を上から下へと振り下ろした瞬間、カイは両手でピンと張ったロープでその鞭を受け止めた。
ベミウの鞭がロープに巻きつき、そのロープが一瞬で凍りつく。
カイはその凍りついて一本の長い棒となったロープを掴み直し、それをドラゴンロッドへと変えて再び距離を取る。
そして、カイのベルト『アークル』に雷光が走ると同時に、青い軽鎧は縁に金色の装飾が施され、アマダムも金色の輝きを発する。
ドラゴンロッドも先端に金色の刃が付いた槍へと変化する。
金の力を発動させたカイはそのまま跳躍し、ベミウに飛び込みながらドラゴンロッドをその腹へと突き刺す。
そのベミウの腹部を貫いたドラゴンロッドは、腹部の傷から金色の光を溢れさせながら徐々にベミウの腰のベルトへ傷を広げていく。
カイはその様子を見て、ロッドを自分の右腕と体で固定し、ロッドを腰を起点に振り回してベミウを海へ向けて放り投げる。
その直後にベミウの体は限界を迎え、巨大な爆発と共にベミウの生命は砕け散った。





カイがベミウを倒したことで作戦を次の段階へと進ませる準備が整った。
ブウロを任されたのはなのはとフェイト、シグナム、ヴィータの隊長陣とユーノの五名とゴウラムだ。
ブウロはなのは達が来る前に翼に傷を負っていたため、以前のように空を自由に飛ぶほどの力はないのか、単純な軌道で吹き矢を使って攻撃することしかできない。
しかも、その吹き矢の攻撃をゴウラムがその体を呈して防いでいるため、明らかにブウロに不利な展開が続いていた。
そして、カイがベミウを倒したことで一気に攻勢へと移る。

「ディバイィイイイン……バスタァアアアアア!!!」
「トライデント……スマッシャァアアアア!!!」

一直線に伸びる桜色と金色の魔力の奔流がブウロへと迫る。
だが、ブウロはその攻撃を傷ついた翼をなんとか駆使して回避に成功する。
だが、なのはとフェイトの攻撃は囮だ。
最初からこのような大きな一撃が簡単に当たるなどとは思っていない。
この攻撃はブウロの動きを牽制するためだけのものだった。

「レヴァンティン!!!」
『Schlangeform.』

本命は……シグナムだ。
シグナムはレヴァンティンを連接剣の形態であるシュランゲフォルムへと変えると、なのは達の攻撃に体勢を崩したブウロの体を締め付ける。

「ヴィータ!!!」
「おう!!!ヴァイス、合わせろ!!!」

シグナムの叫びと共に拘束されたブウロの足元から声が響く。
完全に死角となった下方から迫り来る鉄槌の騎士の攻撃にブウロは為す術も無くその身を打ち上げられることとなった。






一方、ジイノにはスバル達陸戦メンバーとG3を装着したヴァイス、クロノがこのメンバーの指揮をとっている。
前線をスバルとオールラウンダーのクロノが支え、エリオがスピードで撹乱、ティアナが前線の援護、キャロがサポートを行い、G3を装着したヴァイスがメインで攻撃する手はずだ。
しかし、ここで問題が発生した。
G3の自動拳銃『GM-01 スコーピオン』の攻撃がジイノに効果がなかったのだ。
稼働時間については余裕があるものの、攻撃が通じなければ意味が無い。

「そんなら……こいつだ」

ヴァイスはガードチェイサーのコンテナを開き、スコーピオンに取り付ける事ができるグレネードユニット『GG-02 サラマンダー』を取り出してスコーピオンに取り付け、アンカーユニットである『GA-04 アンタレス』をいつでも使えるように準備する。
そして、装弾数三発のグレネード弾を連続発射。
その爆風と爆炎に怯んだジイノをよそに、ヴァイスはスコーピオンを投げ捨てて右腕にアンカーユニットのアンタレスを装着する。
そのアンカーを爆炎が晴れると同時にジイノへと発射し、それを上手く操作してその体を締め付ける。
何も全く動けないように拘束する必要はない。
ヴァイス達がすることはブウロとジイノを一つの場所にまとめることだ。

「ヴァイス、合わせろ!!!」

ジイノをアンタレスで締め付けたと同時に空からヴィータの叫びが響く。

「スバル、手伝え!!!」
「はい!!!」

ヴァイスの言葉にスバルがアンタレスのワイヤーを掴み、G3のパワーとスバルのパワー、アンカーを巻き戻す反動と合わせてジイノを空へと投げ飛ばす。
ヴィータもジイノが投げ飛ばされた方向に合わせて上空へとブウロを打ち上げた。
ヴィータに叩きつけられたブウロと、G3のアンタレスで拘束されて投げ飛ばされたジイノが空中で激突する。

「ストラグルバインド!!!」

激突したブウロとジイノを、ユーノが放ったバインド魔法で拘束する。
それに続くようになのはとフェイト、クロノもその上からさらにバインドを重ねることによって最後の準備が整った。
カイは金の力を解いて普通の青の戦士となり、その跳躍力を使いブウロ達よりも低い位置で待機していたキャロを乗せたフリードの背へと着地を決める。

「ゴウラム、来い!!!」

カイの呼びかけと同時にブウロの攻撃で少し傷が付いているものの、未だその力の衰えを見せないゴウラムがフリードの元へと飛んでくる。
そして、ゴウラムの頭部と胴体が別れ、胴体も翼の部分が左右で更に分割された。
ゴウラムの頭部が変形してフリードの頭を覆う兜となり、左右に分割された翼がフリードの翼の骨の部分を覆う鎧となり、碧色に輝く台座のある体も展開してフリードの胸を守る胸当てとなる。
そして、カイも赤の戦士となると先程の金の力をもう一度発動させる。
アマダムは金色に輝き、赤い鎧にも金色の装飾がなされる。
右足の脛には金色の装甲が追加され、このときに活性化した力により右足の負傷も嘘のように収まる。
フリードが被る兜にも金色の装甲が追加され、その力がフリードの全身へと満ちていく。

「大きいオニクはチキンだから、チキンとゴウラムで……チキラムだ。チキラム、ギャオ、行くぞ」
「フリード、ブラスト……レイ!!!」

カイの言葉にキャロがフリードの放てる最大の火炎砲『ブラストレイ』を放つように命じる。
フリードはその命を受けて開いた口から巨大な火球を生み出し、兜から突き出たゴウラムの角から雷光が生み出されて火球に更なる力を与える。
そして撃ち出された雷光を纏った火球。
その前にカイは飛び込み、ブウロとジイノへと右足を向ける。
火球と一緒に加速したカイは一条の星となって突き進む。
以前は未確認生命体第16号、ザインとの戦いではゴウラムと一緒に放った技。
上空からカイが、下からゴウラムがそれぞれ牙の如く襲う技。
それに対してフリードに撃ち出されて天に昇る星のように真っ直ぐに突き進む。
ブウロ達がバインドを引きちぎろうともがいたが、それはもはや何の意味もなかった。
なぜなら、ブウロ達が気付いたときには、フリードの火球とカイの金の力を纏った右足の蹴り、この二つの力をまともに受けていたからだ。

「これは……まずい!!!」

カイがブウロ達への攻撃を終えてフリードの背中に着地を決めた瞬間、ユーノは未確認生命体第26号、ガリマとカイの戦いを思い出す。
その時に生じた爆発は人がいなかったからよかったものの、決して周囲の被害が小さかったわけではない。
現に、先程ベミウを倒した時も海上だったおかげで被害は出なかったが凄まじい爆発があった。
それを未確認生命体第16号、ザインのときのようにカイとゴウラムの合わせ技だけでなく、真の姿となったフリードの力も上乗せされたら、その爆発はこれまで以上のものとなるだろう。

「間に合え!!!」

直ぐ様ユーノは自分が持つ結界魔法の中でも上位の広域結界を発動させる。
この結界内でなら爆発が起きても周囲に被害が広がることはない。
断末魔と同時にブウロとジイノが金色の光を体内から溢れさせて爆発する。
その爆発はユーノの危惧していた通り、ガリマを倒した時以上の凄まじさを持ち、半径3kmに渡って爆発による衝撃が結界内部に広がる。
そして……

「……マジかよ」

結界が衝撃に耐えられずに砕け散った。
ヴィータは驚き半分呆れ半分でそれをやってしまった男へと視線を向ける。
他の者もありえないようなことをしでかしたその男、カイへと視線を向けた。
カイはヴィータ達のそんな視線など気にもしていないように、今回の功労者であるフリードの首を撫でていた。





「二人のクウガ……だと?」

ダグバが目の前から消え、再びブウロ達の戦いに視線を戻したとき、バルバは仇敵と同じ姿をしたもう一人の戦士を目にした。

「リントの戦士が……二人いたとでもいうのか?」

何を言っていたのかはここからはわからないが、後に出てきた青色の鋼のクウガとは明らかに違い、かつてグロンギを苦しめたクウガと同じ姿であることは確かだった。

「いや、確かにクウガはただ一人だったはず……」

バルバは頭を振って先程のありえない光景を頭の中から追い払おうとするが、それで先程見た現実が崩れ去るわけでもない。

「まさか……ガドルか?」

クウガを自分の手で倒すことを唯一の目的としているゴ・ガドル・バ。
そのガドルがクウガを倒させないために姿を変えて現れた。
そんな風にバルバは感じることしかできなかった。
しかし、バルバのそんな疑問に答えを出せる者は誰もいなかった。





「未確認生命体が一度に三体倒されたか」

ベミウ達の撃破は未確認生命体速報ですくさまミッドチルダ全域に伝えられ、ここ陸士108部隊の部隊長であるゲンヤの元にもその上方は伝わっていた。
この情報の数時間前に、第4号が未確認生命体3体と交戦して撤退したということを聞いたときの心労がようやく治まった。

「第4号、機動六課が協力したとは言え一度に三体同時に倒すなんて……」

丁度ゲンヤの下へ報告に来ていたラッド・カルタスは、その情報を見て未確認生命体第4号の戦果に驚きを感じていたとともに、現状の管理局の戦力では機動六課という一部を除いてまともに相手をすることすら困難な現状に第4号の危険性を感じていた。

「確かに……普通にできることじゃねぇよなぁ」

それに対し、第4号の正体を知っているゲンヤとしては第4号の危険性というものを感じてはいない。
もっとも、それをカルタスに言ったとしても信じてもらえないだろう。
そんなことを考えているとき、扉の外からドタドタと何かが走ってくる音が聞こえる。
その音は徐々に大きくなり、次の瞬間には勢い良くゲンヤ達のいる部隊長室のドアが開かれた。

「ソンチョー、いるか?」

ゲンヤのいる部隊長室、そこに駆けこんできたのは頭にぐったりしたフリードを乗せたカイだった。
ゴウラムとの合体、そして金の力を使った反動のせいか、大きく消耗してしまったフリードは自分で飛ぶこともできずにカイに連れられるままにカイの頭の上に乗ってここまで来てしまった。

「カイじゃねえか、久しぶりだな」
「カイ、帰ってきたのですか」

突然の訪問者に驚きつつもゲンヤとカルタスはカイを出迎える。

「ソンチョー、カルピス、キンカンどこだ?」
「ギンガか?確か捜査から戻ってきているから、シャワーでも浴びてるんじゃねえか」
「カイ、私の名前はラッド・カルタスです」

カルタスの言葉を無視してカイはゲンヤの言葉とおりにシャワー室に向かって走りだす。

「……いいんですか、カイを行かせて」

カルタスの言葉にゲンヤはカイが過去に女子シャワー室に乱入して騒ぎになったことを指しているとすぐにわかった。

「まあ、女子用は使うなってギンガに言われているから外で待ってるだろうし、大丈夫だろ」

ゲンヤのこの言葉から数分後、陸士108部隊全体に……というわけではないが、そう言っても過言ではないような範囲に絹を引き裂いたような悲鳴が響いた。
それを聞いた隊舎にいる部隊員が未確認生命体の襲来か何かかと慌てるものの、『カイがやってきた』の一言で収まる。
後に未確認生命体の襲来と感じた部隊員がいると聞いたゲンヤは部隊長室の中一人でこう語る。

「未確認生命体の襲来か。間違い……ではないよな」

少なくとも未確認生命体第4号と遭遇したギンガにとっては……。





いつものようにカイの突然の襲撃を受けたギンガは、カイが頭に乗せているフリードを抱き上げて傍にあるテーブルに乗せると、カイへと怒りの目を向ける。

「それで、どうして入ってきたのかしら?」

こめかみがヒクヒクと疼くのを感じながら、ギンガはあえて怒っていない……ように見せている。
しかし、周囲のギャラリーはギンガの怒りを敏感に察知したのか、その場から一目散に逃げ出し、この場にいるのは怒り心頭のギンガと消耗してぐったりしたフリード、そしてどうして正座させられているのかすらよくわかっていないカイだけだ。

「お姉ちゃん、言ったよね?カイは男の子だから、女子シャワー室は使っちゃダメよって」

ゆっくりと、確認するようにカイに話し出すギンガ。
顔には笑みを浮かべているものの、なんとなくだが暗い雰囲気が漂う。
しかし、戦いの時には敏感なカイだが、どうも敵ではないギンガのその雰囲気までは読めていない。

「うん、女子シャワー室使ってない。俺、入っただけだ。ちゃんとキンカンに言われた通りにやってる」

カイはギンガの怒りなど無視したように、むしろ自分はギンガの言う事をちゃんと聞いていると誇らしげに笑う。
ギンガもカイの笑顔に釣られてニッコリと笑みを浮かべ……

「そう、ちゃんと言いつけ通りに、使っては、いないのね」
「うん、使ってない。俺えらいか?」
「ええ、偉いわ……って、言うわけないでしょ!!!」

カイの頭にゲンコツを落とした。

それからギンガからもう一度お説教を受けてから、ようやくカイは今回ギンガのところへとやってきた理由を話す。
それを聞いたギンガは頭の上にフリードを乗せたカイと一緒に目的の物を手に入れるため、隊舎を後にした。





その日の夜、機動六課の食堂では肉の焼ける香ばしい匂いに包まれていた。

「今日の晩ご飯は何?焼肉?」

カイが何かご馳走してくれるという話があり、かつての『イカの惨劇』を思い出して足が重いティアナ。
それとは別の心配事があって足取りの重いキャロ。
そんなことは忘れたとでもいうように肉の匂いに釣られたスバルとエリオは、ティアナとキャロを置いて我先にと食堂の中へと突入してくる。

「うわぁ、すごいですね」

感動したかのような言葉を発するエリオの視線の先には、香ばしい匂いを漂わせるチキンの丸焼きがその存在をアピールしている。

「うん、早く食べようよ。ティア、キャロ、こっちこっち」

スバルもそのチキンに気がついたのか、未だ食堂に入ってこないティアナ達を急かす。

「はいはい。キャロ、フリードは晩ご飯食べてから探しましょ」
「はい。フリード、どこに行っちゃったたんだろう?」

ティアナ達の足が遅かったのは『イカの惨劇』だけが理由ではなかった。
未確認生命体との戦いが終わり、機動六課に戻ろうとしたときにカイとフリードが揃って姿を消していたのだ。
そして、カイはギンガと一緒に戻ってきたものの、フリードの姿は見えない。

「ほら見て、フリードみたいな大きさのチキンの丸焼きだよ」

フリードの名前が出てきたところで、キャロもようやくテーブルの上に置かれている料理へと視線を移す。
そこにはスバルの言うように、フリードの頭を切り落として皮を剥いで焼いたかのような立派なチキンの丸焼きが香ばしい匂いを漂わせている。
その匂いがフリードと幼い時から共に過ごしていたキャロに止めを刺した。

「フリード……きゅ~」
「キャロ?ちょっと、しっかりしなさい」

愛竜の残酷な結末を受け止められずに気を失うキャロを傍にいたティアナが支える。
それからしばらくの間、食堂の中が大騒ぎになるものの、そのきっかけを作った者が現れることはなかった。





一方、食堂から離れた場所にあるカイのテントでは……

「オニク、美味いか?」

今回の戦いの功労者であるフリードに、テントの中でたくさんのチキンの丸焼きをご馳走しているところだった。
それというのも、ゴウラムとの合体だけでも消耗があるというのに、そこに金の力を上乗せしてしまったことがフリードの消耗を更に大きなものとしてしまったからだ。
そのため、ゴウラムの碧色の宝玉に手を当てて回復させるのと同じように、カイはフリードの体を触って少しでも消耗した力が早く戻るようにと傍にいたのだ。

「それにしても、食堂の方が騒がしいわね。もしかして、カイの差し入れにみんな喜んでいるのかしら」

傍にいたギンガは食堂の騒動のことを知らないため、見当違いなことを考える。
食堂が大騒ぎになっているなどと思ってすらいなかった。

「それだと、俺嬉しい。キンカンもこれ食べる」
「あら、ありがとう」

テントの床に行儀よく座ったギンガは、プラスチック製の皿に載せられたチキンを箸を使って齧り付く。
よく脂の乗ったチキンは、噛みしめると同時に脂がジュワッとこみ上げ、肉質も固さの中にも肉を食べているという満足感を感じさせる。

「カイ、おかわり」

そして、ギンガよりも先に食べていたヴィヴィオも口の周りを脂で光らせながら、食べ終わった皿をカイに突き出す。

「ちょっと待つ……はい、ヴィヴィオゥ」

カイは用意してあるチキンをヴィヴィオにも食べやすいように切り分けると、切り分けたチキンを皿へと移す。

「ありがと~。あ、そうだ。カイ、コロナがね、また明日遊ぼうだって」
「コロコロが?」
「うん、今日はあんまり遊べなかったから、明日もまた来るって」

チキンにかぶりつきながら、ヴィヴィオは笑顔で明日は何をして遊ぼうかなと笑顔を浮かべながら悩む。

「また明日……か。いいな、それ」

カイの言葉を聞いて、ギンガも笑みを漏らす。
カイの言葉の意味をギンガが完全に理解しているわけではない。
ただ、『また明日』、この言葉を言ったときのカイのなんとなく嬉しそうな感じがギンガにも伝わっていた。










今回のグロンギ語 その1

デゾバグボザボボラゼザ クウガ
訳:手を貸すのはここまでだ、クウガ





一部のグロンギ語はとある事情のため最後の方にさせていただきます。
今回は色々詰め込みすぎたせいか、ゴチャゴチャした内容となってしまいました。
ようやくカイと機動六課が本当の意味で共同戦線を張れる……のでしょうか?あんな最後で。









今回のグロンギ語 ネタバレ編
*注意
下記のグロンギ語ですが、これの訳は今後の展開に大きく影響を与えると思われるので最後にさせていただきました。
そのため少しでもネタバレは嫌だというお方は、誠に勝手ではありますがここより先を見ないことをお薦めいたします。




















クウガ……ゼババギ バガババ……バギザ
訳:クウガ……ではない。我が名は……カイザ

本来なら固有名詞のためグロンギ語のセリフでも『カイザ』と言わせるべきなのでしょうが、ほんの少しでもネタバレを回避するためこのような表記となりました。
え~、なにやらウェットティッシュで手を拭くようなお方の変身する姿の名前ですが、それの意味については今後の話ということでお願いいたします。







[22637] 第33話 陰謀
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/09/10 15:21





過去、それはどうやっても変えることのできない事実。

彼にとって変えたい過去、それは大切な家族が殺された事実。

そして、守るべき者達を暴走した自分の力で蹂躙した事実。

これは彼が力を手にする前のまだ幼かったころの惨劇の記憶。





月明かりの中、森の中を一人の少年が背後を気にしながら走り続ける。
今のところはあいつが追ってくる気配はない。
少年の父母は背後から追ってくるであろう一体の異形に殺された。
目の前で大した抵抗もできずに異形に父を殺され、少年は異形への怒りを感じた。
目の前で大した抵抗もできずに異形に母を殺され、少年は異形の理不尽な強さを感じた。
そして、目の前で妹を異形に殺されて、自分の無力を……それ以上に不甲斐なさを感じていた。





あの時、父も母も少年とその妹を守るためにその身を犠牲にした。
残った少年と妹は異形からなんとか逃げ延びようと懸命に足を動かしたが、異形との距離を引き離すことはできず、むしろ異形が獲物である少年たちを追い詰めるのを楽しんでいるかのようだった。
少年たちは疲れたら周囲に注意を向けて束の間の休息をとろうとするものの、異形はそれを遮るかのように姿を見せて少年たちを休ませることはしなかった。
そこから始まる逃走の日々……というにはあまりにも短すぎた。
妹と逃走をはじめて数時間、ついには足も動かなくなり、少年とその妹はその場にしゃがみ込み異形に追い詰められてしまった。
異形は一歩一歩ゆっくりと少年たちに近づきながら体に付けている装飾品を外し、それを一本のダーツへと変える。
少年たちの父も母もそのダーツを頭に受けて生命を落とした。
その凶器が少年たちの生命を奪うべく冷たい光を宿す。
異形はその凶器の矛先を少年へと向ける。
少年たちは何とかその場から逃げ出そうと必死に足に力を入れるものの、足は少年たちの意志を無視したかのように動かない。
異形は少年たちの最後の抵抗を嘲笑を浮かべながらダーツを構える。
標的は少年、妹は最後、この二人を殺すことで異形のゲゲルは成功する。
無情にも放たれる異形のダーツ。
それは確実に少年の頭を射抜く……かに思われた。
しかし、少年の横で震えていた妹が少年の体を全力で押し出してしまった。
そして、本来は少年に刺さるはずだったダーツは妹の額に吸い込まれる。

―お兄ちゃん、逃げて―

額にダーツを受けた妹は少年にそう言い残すと、どこにそんな力があったのか叫び声をあげながら少年の逃げる時間を稼ぐべく異形の足へとしがみついた。
その妹の言葉に突き動かされるように少年は立ち上がると、妹に背を向けてその場から走りだす。
その少年の姿を見て、妹は満足そうな笑みを浮かべると少しでも少年が逃げる時間を稼ぐべく最期の力を振り絞った。





だが、それでもやはり少年は異形から逃げきることはできなかった。
再び異形に追い詰められた少年は、異形が無造作に放り投げた物体に言葉を失う。
その物体は間の抜けた情けない少年に文句を言いつつも慕っていた少女の成れの果て。
村の友達に少年のその穏やかすぎる性格が災いしていじめられているとすぐさまやってきて、少年をいじめていた子供たちと取っ組み合いの喧嘩をするお転婆な少女の成れの果て。

父を殺され、母を殺され、妹を殺された少年は逃げている途中も異形への怒りを感じてはいた。
しかし、目の前で無残な姿となった妹を見た瞬間、その心には異形への恐怖だけが残った。

―殺される―

―僕も父さん達のように……殺される―

―父さん達は僕を守ってくれたのに、僕は何もできず、誰も守れずに意味もなく殺される―

異形という脅威によって決定的となった死への恐怖、それだけしか少年の心にはなかった。
……いや、一つだけ心の片隅に残っているものもあった。
それは父から聞いた遙か過去にいたとされる古の戦士の話。

―荒れ狂う海の如く全てを飲み込み、その上に座する者―

その名は……

「……海座(カイザ)」

少年の口から古の戦士の名前が溢れる。
今はもういるはずのない戦士の名前。
しかし少年は呼ばずにはいられなかった。
だが、そんなことで異形が少年を見逃すはずもない。
異形はゆっくりと、しかし確実に少年へと近づいて恐怖を煽る。
だが、そんな二人の間に一人の戦士が立ちはだかった。
全身を黒い体に密着した布で覆われ、月明かりに輝く赤い鎧、黒い鉄兜に黄金の角。
父から聞いた古の戦士の姿そのものが少年と異形の間を阻むように立っている。
今は存在しないはずの戦士。
だが、疲弊しきった少年にはそんなことを考えられるような余裕もなく、ただ目の前に立った戦士のおかげで助かるかもしれない、そんな安堵に包まれて気を失うことしかできなかった。





それは少年が……カイがリクと言う名前で、まだ無力だったころの変えることのできない過去の惨劇の記憶。










まだ日が昇りきっていない早朝の時間、機動六課にある空間シミュレーター。
そこの外れではキャロが自分の体ほどの石を地面に立てて祈りを捧げていた。
その石の下にはチキンの丸焼きへと変わり果ててしまったフリードがいる……と、キャロは思っている。

「フリード、安らかに眠ってね」

目を閉じて静かに、しかし燃えるような意志を持った瞳を開く。

「フリードの仇は……ちゃんと殺(と)るから」

ここに復讐に燃える怨念の召喚士が誕生した。





一方、別の場所では一人娘を探す一人の母親が機動六課内をあてもなくさまよっていた。

「ヴィヴィオ……どこ?」

愛娘ヴィヴィオの母親の一人、フェイト・T・ハラオウン。
フェイトは昨日の夜から戻らないヴィヴィオを捜してミッドチルダ中を飛び回っていた。
捜索のためにはやてから魔力リミッターの解除をダメもとで申請したところ、はやてからの返答は意外な言葉で返ってきた。
その意外な言葉とは……

(未確認生命体との戦いでなら解除してもええよ。でも、ヴィヴィオを捜すために解除するんはダメや)

というものだった。
今後の未確認生命体との戦いにおいて、カイとG3のヴァイスを主力にするにしても戦力が多いことに越したことはない。
そこではやては上層部に掛け合い、未確認生命体関連の戦闘行為に関しては魔力リミッターを解除時間に制限はあるものの回数への制限を設けないように交渉することに成功した。
本来ならこういった魔力リミッターの申請は査定が厳しく、一回使ったものを再度取得することすら困難だった。
しかし、はやては未確認生命体関連の事件を機動六課に丸投げされたことを逆に利用し、日増しに強大な力を持つようになった未確認生命体と渡り合うために必要であると主張することで無理を通した。
もっとも、フェイトにとってはそんなことはどうでもよく……よくはないが、今はそれよりもヴィヴィオを優先しているため特に気にするつもりはなかった。
というよりも、魔力リミッターの解除のことを気にかけるより、ヴィヴィオがいなくなったことを話した際のみんなの反応にフェイトは怒りを感じていた。
フェイトは寝る時間になってもヴィヴィオが戻ってこないとみんなに伝えた。
だが、そんなフェイトの言葉になのはは……

「え?別に大丈夫だと思うけど……」

はやては……

「そんなに心配せんでもええんとちゃう?」

シグナムは……

「たまにはそういう日もあるだろう」

ヴィータは……

「ん~、まあ、明日になっても帰って来なかったら様子を見てきてやるよ」

シャマルは……

「楽しそうよね~」

ザフィーラは……

「ワン」

このような反応で誰もまともに取り合ってくれなかった。

「何かあってからじゃ遅いんだ」

フェイトは捜す。
愛娘を悪の手から救い出すために。
しかし、どれだけ捜しても見つからない。
そこでフェイトはふと思いだした。
ヴィヴィオのためなら絶対に協力してくれるだろう一人の青年のことを。

「カイなら何かを知っているかもしれないし、もし知らなくても捜すのを手伝ってくれるはず」

そうと決まれば善は急げ、フェイトはカイの寝ているテントへと走り出した。





「……ここだ。待っていてフリード。今、仇を討つからね」

フェイトよりも前にフリードを丸焼きにした犯人のいる場所へと辿り着いたキャロ。
すでにバリアジャケットを纏い、その瞳には決戦に臨む意志を秘めている。

「キャロ?どうしたの、こんな時間に」

朝の教導までまだ時間があるのに、戦闘態勢万全のキャロが尋ね人の住むテントの前にいたことに若干驚きながら尋ねる。

「仇を……取るんです」
「キャロ?」

しかし、キャロの心ここにあらずな言葉にフェイトは少し引く。
だが、キャロはフェイトのそんな様子も目に入らないのか、力強くテントの入口を掴む。

「カイさん、覚悟!!!」

そして一気に閉じられていたテントの入口を思いっきり開いた。
フェイトはそんなキャロの様子を呆れながら見つつ、本題に入るべくテントの中にキャロよりも先に入る。

「覚悟って……それよりもカイ、相談したいことがあるんだけ……ど」

そんなフェイトはテントの中の光景を見た瞬間、動きが止まる。

「フリードの仇!!!……あれ?」

そしてフェイトに続いてフリードの仇を討つと固く誓ったキャロも、入った瞬間に目の前の光景で動きが止まる。
そこにいたのはテントの真ん中で大の字に眠るカイ。
カイの胸に丸まって眠っているフリード。

「カイ、これ……すっごく大きいねぇ」

そして、カイの腹を枕にして眠っているヴィヴィオだった。

「フリード、無事だったんだ」
「すっごく……大きい?」

フリードの無事を喜び、フリードをカイの胸から自分の腕の中へと抱き上げるキャロ。
ヴィヴィオの言葉に頭が真っ白になったフェイト。
ここでキャロの中にあった怨念がフェイトの中へと移った……のかもしれない。

「ヴィヴィオ、少しだけ移動してね」

フェイトはヴィヴィオを優しく抱き上げ、テントの隅にヴィヴィオを下ろす。
そして……

「あ、はやて?未確認生命体を発見したから、リミッター外してもいいよね?……うん、答えは聞かないけど」

事務的な口調でリミッターの解除申請をしたつもりでバルディッシュを起動。
ちなみにはやてに連絡したように見えるが、実際のところはやての元にフェイトの通信は届いていない。
答えを聞くつもりなどないからだ。

「ヴィヴィオがカイと一緒に……初体験……夜明けのキャラメルミルク……朝帰り……」

フェイトから不穏な単語がブツブツと出てくるものの、キャロはフリードが無事だったことに頭がいっぱいでフェイトの変化を察知することはできない。
ただ、夜明けのコーヒーと言わないあたり、もしかしたらほんの少しの理性は残っているのかもしれない。
もっとも、ヴィヴィオの不穏な一言で本能のほうが優先していることも事実だが。
そんなフェイトを別として、キャロは昨日のごちそうを消化しきれない愛竜を抱きしめる。
その愛竜は昨夜のごちそうで満腹な腹を主人に圧迫されてぐったりとしていた。
フェイトとキャロ、お互いがお互いの事情を考えている余裕もなく、キャロは愛竜との再会を喜び、フェイトはいざ怨敵に立ち向かわんと勢いづいてデバイスを起動させる。

「オーバードライブ、真ソニックフォーム……カイ、覚悟!!!」
「もう……食べられないよ」

ヴィヴィオの寝言に気付かぬまま、フェイトは愛娘をキズモノにした未確認生命体を殲滅するため戦いを挑んだ。
この日、カイの寝泊まりしているテントが内部から爆発を起こし、カイはしばらくの間は外で野宿することになったのである。

それからしばらくして……

「フェイトママ、めっ」
「……ごめんなさい」

狂乱のフェイト事件から数分後、爆発の衝撃……ではなく起きる時間になったのかヴィヴィオが目を覚ますと、カイを追いかけるフェイトを見つけてすぐさまフェイトを止めに入った。
もっともその理由は、ヴィヴィオの視点ではカイよりもフェイトが強いからカイを怪我させるかもしれないといった意味が強かった。
ヴィヴィオに怒られながら、フェイトは昨日のなのは達の言葉を思い出す。

(そっか、カイのテントにお泊りに行ったからなのは達は心配してなかったんだ)

はやてが心配しなくてもいいと言ったのも、シグナムがそういう日もあると言ったのも、ヴィータが様子を見てくると言ったのも、シャマルが楽しそうと言っていたのも、ザフィーラが一声吠えた(?)のも、カイのテントに泊まることを知っていたからなのかとようやくフェイトは理解した。

(大きいは昨日の夕ごはんに出てきたチキンのことで……)

そして、ヴィヴィオの寝言の意味も同じく理解できた。

「フェイトママ、聞いてる?」
「う、うん、聞いてるよ」

ヴィヴィオのお説教はもちろんだが、フェイトはヴィヴィオの寝言を違う方向で想像したことで穴があったら入りたいと心の中で感じていた。

「よかった~、ほんとに無事でよかったよ~」
「これ……直るのか?」

そんな二人の様子とは別に、外では未だに満腹でぐったりしているフリードを抱きしめながら頬ずりするキャロと、吹き飛ばされたテントをどうにか直せないものかと残骸を弄るカイの姿があった。





それから数日後、その日もヴィヴィオが学校に行くことで、いつものごとくカイとヴィヴィオの別れの儀式が終わってから、カイはヴィヴィオが去った方向を見ながらスバルに引っ張られて朝の教導を行うために移動する。
先日の出来事で機動六課と共闘することを決めたカイは、今まで以上にスバル達の教導に参加することを決めた。
今日も機動六課での戦闘メンバーであるスターズ分隊とライトニング分隊、そしてG3の装着員であるヴァイスが教導に参加している。
クロノは所要があり午後の訓練から参加するためここにはいない。

「……変身」

カイの言葉と同時に腰に装着されたアークルが力を発動し、カイの体全体を黒いインナーが覆い、赤い鎧とガントレットに黒いヘルメットがさらにカイの体や顔を覆う。
そして赤い複眼と二又に分かれた金色の角が出現して、カイはミッドチルダにとってもっとも知られている未確認生命体第4号の姿へと、その姿を変えた。

「やっぱり……いつ見ても不思議ですね」

エリオはカイが人間の姿に戻るのを見ながら感想を告げる。

「そうね。外から何かが装着されるんじゃなくて、カイの体内部から出てきているって感じ」
「それなのに元の姿に戻っても服は何ともないんだよね。どうなってるんだろ?」

ティアナがエリオの言葉に同意するかのように呟き、スバルも思った疑問を口にする。
今日はカイがどれだけの力を持っているのかを改めて知ろうということになり、こうしてみんなの前で変身したのだが、別の部分に興味が出てしまっていた。
それは、体の中から変身しているのにどうしていつも服は無事なのか……ということだった。

「ねえカイ、着ている服ってどうなってるの?」
「ん~……わかんない」

スバルの言葉にカイは少し考えてから答える。
もっとも、今まで全く考えたことがなかったため、わからないとしか言えなかったが。

「服脱いで変身するか?」
「するな、バカ」

来ていたシャツを脱ごうとするカイをすかさず止めるティアナ。

「あのね、人前で裸になんてなるもんじゃないの」
「そうですよ。外で裸になったりしたら捕まっちゃいますよ」
「そうなのか」

ティアナやエリオに色々と説明され、理解したようにカイは頷く。
それから再びカイは変身して、今度は赤の戦士の姿だけではなく青の戦士や紫の戦士の姿となる。

「こうして他の色をゆっくり見るのは初めてだけど細かい部分で違うんだね」

スバルが赤の戦士と青の戦士の細部の違いを確認しながらカイの体に顔を近づける。
赤の戦士と青の戦士の姿は外見上に大きな違いは少ないが、改めて見ると細部に渡って違いが出ている。
基本的な形状は裸の男性の胸部に似ており、違いといえば色だけに目が行ってしまうがよく見てみると赤と青で腹部の形状で違いがあったり、肩鎧が青の戦士のほうが動きやすさが考慮されているのかよりスマートな形状となっている。

「紫は明らかに他の色と違う印象だな。防御は硬いが明らかに動きにくそうだ」

紫の戦士の感想を述べたのはシグナムだ。
シグナムとしても同じ剣を使う者としてとして気になる。
ただ、シグナムと紫の戦士に変身したカイの戦い方には大きな違いがある。
剣を使った接近戦を得意とするのは両者とも同じだが、シグナムは敵の攻撃をレヴァンティンで受け流したり回避するのに対して、カイは敵の攻撃をその堅牢な鎧で受け止めて必殺の一撃を放つというスタイルの違いだ。

「緑の戦士は……昔の弓兵みたいな感じだね」

なのはが緑の戦士となったカイの姿を批評する。
緑の戦士のカイは赤と青の時とは違うのはもちろんだが、紫の戦士の時ともまた大きく違っていた。
赤や青の時と同じく動きやすさを考慮されているのは同じだが、この緑の戦士では相手との遠距離戦を考慮して防弾性に優れた形状、ペガサスボウガンを持つ左手を守るために突き出た右肩には無い肩鎧と左右での違いがある。

「さて、そろそろ朝の教導を始めるからみんなもデバイスとバリアジャケットを展開して」

カイの姿の確認を一通り終え、フェイトの一声でなのは達全員がそれぞれのデバイスを起動させる。
そのみんなを緑の戦士の姿でカイは見ている。
エリオの訓練着が粒子となってストラーダの保管スペースに収納されると同時に、赤いまえ開きのジャケットと茶色の半ズボンの姿になる。
そこからストラーダが待機状態から本来の姿である長槍へと姿を変え、エリオの体にも真っ白いロングコートと鋼鉄製のブーツが装着される。

「おー」

その光景をカイは感嘆の声と共に見ていた。
続いてデバイスを起動させたキャロの訓練着、次に下着が粒子となってケリュケイオンへと収納されると同時にキャロの姿は生まれたままの姿となる。
そこから桃色のシャツ、白いスカートとマント、白い帽子のバリアジャケットを纏う。

「おー……お?」

その光景をカイは感嘆の声と共に見ていたが、少しだけ違和感を覚えた。
次にスバルがマッハキャリバーを起動する。
スバルの訓練着が一気に弾け飛び、その素肌が惜しげもなく晒される。
そのまま黒いインナーと空色の半ズボン、そして右腕にスバルの母親クイントの形見であるリボルバーナックルが装着される。
足には黒鉄色のマッハキャリバーが青いクリスタルをワンポイントとして実体化し、ショートカットの青い髪を真っ白な鉢巻で留め、さらに白い上着を着ることによってスバルはバリアジャケットの装着を終えた。

「……ん~?」

何かおかしい、そう思いながらカイは首を傾げる。
そんなカイの疑問など知らずにティアナがクロスミラージュを起動。
訓練着のシャツが、そしてズボンがそれぞれ粒子化し、下着も粒子化してクロスミラージュの保管スペースに収まり、ティアナの裸身があらわになる。
そして黒と赤を基調としたワンピース、白い上着、腰に茶色のベルト、黒い手袋とブーツが装着され、最後に銃の形状になった二挺のクロスミラージュを握る。

「むぅ~」

そんな光景をようやく感じていた違和感を理解したカイが不機嫌そうに見る。
だが、そんなカイの様子を無視して、なのはとフェイト、シグナム、ヴィータがそれぞれのデバイスを起動させる。
それぞれのデバイスを起動させると共に、陸士部隊の制服が、その次に下着が粒子へと変換されてデバイス内に保管され、それぞれの裸身があらわになる。
カイはその光景をぼんやりと見ながらここに置いてあったテントの残骸を弄り始めた。
なのはやフェイト、シグナム、ヴィータの体をそれぞれのバリアジャケットと騎士服が覆う。
なのはは黒地に赤いラインの入ったバリアジャケット。
フェイトは濃紺の生地に白いラインが入ったバリアジャケットと白いマント。
カイはそんな光景を見ながらエリオを自分の傍に来るように手招きする。
エリオがカイの元に来る最中も、シグナムとヴィータもそれぞれの騎士服を纏う。
そして、全員がバリアジャケットを纏った瞬間、女性たちに向けてテントの残骸を利用して作られた網……のようなものがカイの手によってなのは達の頭上から覆い被さってきた。





「なんや……これ?」

少し遅れてやってきたのは、遅れながらも訓練に参加する予定だった機動六課部隊長の八神はやてとその補佐であるリインフォースⅡ。
その二人が目の前でテントの残骸によって拘束された友人や部下達を前に目を丸くしている。

「ハナゲ、シビン、俺、悪い奴捕まえた」
「悪い奴……ですか?」

テントの残骸で拘束されたなのは達を自慢気に指差す赤い戦士の姿に戻ったカイだ。

「どういうことなん?」
「エロとテアカが人前で裸になるのはダメだって言った。だから俺の前で裸になったタトバ達捕まえた」

はやての疑問にカイは当然とでも言うような反応で答えを返す。
最初は何を言っていたのかわからなかったはやても、エリオから話を聞くことで感覚の優れた緑の姿でなのは達がバリアジャケットを纏うところを見て、なのは達のあられもない姿を見たことで今回の行動を起こしたことを理解した。

「シグナム、これどうにか解けない?」
「いや、どうやらカイがあの封印する力を使っているせいか全く解けないんだが」

はやてがエリオから事情を聞いている間も、シグナム達は何とかして脱出しようと投網の中でもがいている。
しかし、カイが投網のようにしたテントの残骸につながれているロープに力を込めているためか、投網の中から抜けだせずにジタバタとなのは達がもがくものの脱出できる気配はない。

「俺、タトバ達をグロクテに引き渡してくる」
「ちょい待ち。カイ君、これ見てみ」

カイがクロノの下へと犯罪者(だと勝手に思っている)であるなのは達を引っ張っていこうとするところをはやてが止める。
そして、シュベルトクロイツを起動させて騎士服を纏った。

「どや?」
「ん」

はやての騎士服を見たカイは特に機嫌を損ねる事無くエリオのいる方向へと指さした。
カイにとって、はやてが騎士服を纏う光景に問題はなかったようだ。

「……なんやろ、何かものすごい負けた気がするんは気のせいか?」

こうしてなのは達がもがいているのを無視して、カイは悪いことをした……と自分で勝手に思い込み、なのは達をクロノに引き渡すべく投網を引きずって移動を開始する。

「グロクテのところに行ってくる」
「ああ、そ~ですか」
「いってらっしゃい……です」

不貞腐れたはやてと呆然と今までの出来事を見ていることしかできなかったリインフォースⅡは、カイが離れていくのをただ見送るだけだった。
そして、不貞腐れながらもはやては今現在の問題を口にする。

「……この人数でどうやって訓練しよか?」
「……どうしましょう?」

残っているのははやてとリインフォースⅡ、そしてエリオとヴァイスの4人とフリードの一匹だけ。
そんな中、ヴァイスが口を開いた。

「なあ、エリオ」
「なんですか、ヴァイスさん」

なんと言っていいのかわからないような口調で話すヴァイスにエリオも乾いた笑みを浮かべながら返事をする。

「あいつがさ、緑の力でなのはさん達の裸を見ちまったのはわかった。いつもならそれを羨ましいと俺は言うのかもしれない」
「えっと、それは……その……そうなの……かな?」

ヴァイスの言葉にエリオはどう答えればよいのかわからず、言葉を濁すことしかできない。

「でもよ、今のあいつを見たらさ、ものすごい能力の無駄使いをしているとしか思えないのは……俺の気のせいか?」
「気のせいじゃないと思います」

エリオはヴァイスの疑問に冷めた視線でカイの立ち去った方向を見ながら即答した。





それから数分後、呆然としていたハヤテ達の前になのは達が戻ってきた。
カイも様子を見に来たギンガによって連行され、すぐさまギンガに促されて正座させられる。

「ほらカイ、ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」


そしてカイやなのは達から事情の説明を受けたギンガによってゲンコツをいただいたカイは地面に土下座してなのは達に謝る。
両膝をしっかりと揃えて深々と頭を下げる動作には、何か洗練された雰囲気を無駄に感じさせる。
そんなカイの様子を見たヴィータは隣にいるシグナムに向かって呟く。

「なんかさ……だんだん土下座すんのが板についてきたんじゃねえのか?」
「……言うな」

ヴィータの言葉にシグナム達も同意見だったものの、これが人に仇なす未確認生命体を倒している未確認生命体第4号なのかと考えると自然とコメカミに指を当ててしまう。
しかし、そんな中でもギンガただ一人がさらにコメカミをヒクヒクさせてカイへと素敵な笑顔……のようには他の者達に思わせない笑顔でカイに向き直る。

「あのね、カイに聞きたいことがもう一つあるんだけど、お姉ちゃん……聞いてもいい?」
「なんだ?」

ギンガの笑顔の裏にある感情を読み込めなかったカイは特に気にするでもなく返事をする。

「テントは……どうしたの?」

ギンガはそう言うと同時にテントの残骸を指差す。
そこにはなのは達に使った投網と化したテントの残骸が無残に置かれている。
このテントは寮で住むことを拒否したカイのためにはやてが機動六課の備品の一つを使わせていたものである。

「六課の皆さんがせっかく用意してくれたのに、どうしてこんなところで残骸になっているの?お姉ちゃん、詳しいことを聞きたいな」
「壊したの、俺じゃない」
「じゃあ、誰がやったっていうの!!!」

テントを壊した犯人は日頃の行動からカイしかいないと思ったギンガはカイの返答を斬り捨てる。
そんな中……

「あの……ギンガ」
「あ、大丈夫ですよ、フェイトさん。カイにしっかりと弁償させますから」

真犯人がおずおずと手を上げる。

「それ壊したの……私」
「……え?」

顔を紅くして自分の罪を告白する某執務官。
そして、尊敬する某執務官の意外な言葉に思考が停止する某捜査官。

「えっと、ちゃんと弁償するよ?ホントだよ?」

呆然とする某捜査官の耳に、いかにも恥ずかしげな某執務官の言葉は届かなかった。





朝の訓練で起きたドタバタからしばらくして、クロノから呼び出されたヴァイスはG3システムのメンテナンス室のある機動六課のヘリポートに入ると、そこにはクロノの他にマリエル・アテンザとシャリオ・フィニーノが待っていた。
ヴァイスの呼ばれた原因はメンテナンス室にあるとしたら、それは昨日報告したG3のことしかない。

「ヴァイス、G3の強化の件だが……やはり時間がかかる」
「そう……ですか」

ヴァイスがクロノへと報告した内容、それはG3の武装が未確認生命体に思ったほどの効果を出すことができなかったということだ。
主兵装であるGM-01スコーピオンが昨日の未確認生命体戦闘で効果をあまり発揮できず、GG-02サラマンダーを連続して撃ち込むことでようやく効果を発揮させることができた。
しかし、サラマンダーは装填数が3発で、それ以上の連続発射を行うことができないという欠点がある。
また、現時点でG3が持つ最大威力のサラマンダーでも未確認生命体を倒せず足止め程度しかできない以上、早急にG3のパワーアップが必要だと感じていた。

「そうだマリー先輩、G3の強化に時間がかかるならG3の発展型なら……あれなら設計図は既にできているんですよね?」
「G3の……発展型?」

シャーリーの漏らした言葉にすぐさま反応したのは他でもないヴァイスだ。

「うん、それならG3を一から設計しなおしてパワーアップさせるよりは時間はかからないはず……」
「それはダメ」

シャーリーがヴァイスの言葉にマリエルが言い終わる前に釘を刺す。

「……ダメって、どういうことです?」

突然起こった拒絶の声、それにヴァイスも戸惑いを隠せずにマリエルへと視線を向ける。
そのヴァイスの視線を受けたマリエルはクロノの様子を伺い、クロノが頷いたことでその意味を話し出す。

「G3の発展型なら確かに設計図はあったし計画も進んでいたわ。でも、今はその計画も完全に凍結されている」
「なんで、そんなことを……欠陥でもあったんですか?」

開発計画の凍結、ヴァイスが感じたそれの理由として、発展型に何かしらの欠陥があった……それがもっとも簡単に思いつく理由だろう。
それを肯定するようにマリエルとクロノはゆっくりと首を縦に振って頷く。

「G3は装着者のリンカーコアを動力源にその力を発揮する。そして、それは発展型にも言えることなの」

マリエルから説明を受けるものの、ヴァイスとしてはそれがどう計画の凍結に結ばれているのかが理解出来ない。
発展型もリンカーコアを動力源としている以上、G3は本来クロノが使う予定だったがヴァイスが使うことでスペックが落ちてしまったため、発展型のスペックも落ちてしまう程度のことしか思いつかない。

「ヴァイス、この発展型は僕が使ったとしても、君が使ったとしてもスペック的に大きな変化はない」

続くクロノの言葉で、ヴァイスの中には疑問しか残らない。
クロノの言葉をマリエルがさらに補足していく。

「問題は……その引き出されるスペックにあるの。G3は装着者のリンカーコアの大きさ……魔力に合わせてスペックが変わってくる。でも、発展型はどんな人が装着しても常に同じスペックで戦うことが出来るわ。でも……」

マリエルはG3と発展型の出力の出方の違いを口にした後、一瞬だが言葉を止めて決定的な言葉を口にした。

「使えば装着者の生命は……そこで尽きる」
「尽きるって……死ぬってことですか?」
「ええ、それはヴァイス陸曹だけじゃない。シミュレート上で本来装着する予定のクロノ提督で出た結果なの。それより魔力の低いヴァイス陸曹が装着したとしたら、起動すらできずに生命を落とすかもしれない呪われたシステムなの。だから安全面を考慮して開発計画は凍結、G3だけを未確認生命体対策用のパワードスーツとして運用することが決定したの」

未確認生命体に対抗するために当初、G3はその実戦運用のプロトタイプとして考えられていた。
しかし、その発展型がシミュレート上とは言え装着者の生命に危険を及ぼすと考えられるため、急遽G3を正式に実戦運用する方向で開発が進んだ。
そのため、不足するであろう攻撃力を様々な装備を開発することで戦力の向上を目指すという方向性で開発計画は進んだ。

「G3のバージョンアップについてはすぐに取り掛かるわ。だから、しばらくは現状でどうにか対処してほしいの」
「もうすぐG3用の新しい武器も完成するから、それで少しは戦いも楽になると思うから」

その場ではこれ以上の話の進展は望めるはずもなく、G3用の新しい武器が開発されているという以外の進展だけでその場は解散という流れになった。





ヴァイスがクロノ達と話をしているころ、カイもまたアルトに呼び出されて機動六課の敷地内にある広場へとやってきていた。
そこにはアルトの他にルキノがおり、二人の近くには何かを調べるためのモニターや機材が多数設置され、その傍にはTRCS2000『トライチェイサー』が本来の乗り手であるティアナが不在のまま安置されている。

「カイ、それじゃあコレかぶって」

アルトはカイが自分達の傍にやってくると同時にカイの頭にヘルメットのような何かをかぶせる。

「そんでもってコレに乗る」

何が何やらよくわからないながらも、カイはアルトの言葉に従ってゴテゴテしたヘルメットをいじくりながら指さされたトライチェイサーに跨る。

「それじゃ、私もカイの後ろに」

カイがトライチェイサーに跨るのを確認してから、アルトもヘルメットをかぶってカイの後ろに位置するようにトライチェイサーに跨った。

「アウト、何するんだ?」
「八神部隊長の命令で、カイにはこれからバイクの運転を覚えてもらうの。ルキノはデータを取る役で、私は運転の仕方を教える役」
「というわけで、ビシビシ行くから覚悟してね」

こうして、カイにとっては理由のわからないまま、八神はやてプロデュースによる『誕生!!!仮面ライダーカイ(部隊員には秘密)』計画が始まった。
この計画の一応の建前は未確認生命体を追跡するときにカイが使う手段といえばゴウラムとザフィーラである。
しかし、ゴウラムはともかく、ザフィーラの本来の役割は部隊守護や要人警護であり、未確認生命体追跡用の移動手段ではない。
そのため、陸での移動手段としてバイクの運転を覚えさせようというのが表向きの理由である。
しかし、はやてが考えている他の者には一切知らせていない真の狙いは、計画名にある昔見た特撮番組の再現に他ならない。
そのためにマリエルに連絡を密に取り合って新型バイクの開発を水面下で進めている。
もっとも、そんなことを知るはずもないカイは、慣れないことに苦労することになる。










カイがバイクの運転の仕方を教わり始めてから3週間が過ぎた。
とは言え、アルトから教わるのは基本的なことのみで、未確認生命体を追跡するような細かい挙動をすることなど夢のまた夢だが、教える前よりも上達したことは確かだ。
その間に未確認生命体が出現することはなく、マリエルとシャーリーはG3のパワーアップに勤しみ、ヴァイスはその完成を焦る心を何とか抑えて待ち続けていた。
そんな日常の中、カイはギンガに連れられて機動六課の近くにあるショッピングモールへと買い物に連れだされた。
それというのも、残骸となったテントの代わりはフェイトが改めて買い直したものの、改めて考えるとテントの中にあった衣類もそのときに全て吹き飛んでしまい、カイの衣服が全くないことにようやく気がついたからだ。
そのことに気がつくまではカイが自分で洗濯してフリードの炎で乾かしていたのだが、それをギンガに見つかってしまい、こうして買い物へと出てくることになったのだ。

「俺、服いらない。服よりシュクーリムが欲しい」
「ダメよ、ちゃんと着るものも用意しないと」

元々着る服に無頓着なせいか、カイはギンガに引っ張られながら通りを進むものの、その意識はブティックなどではなくケーキ屋やお菓子屋、レストランなどの食べ物関係にしか向いていない。
ギンガもそれを知っているのか、敢えてカイを誘惑するモノを振り切るかのようにカイの腕を抱きしめて目的地に向かって進む。
そんな強引な手法により、カイがギンガに文句を言うものの、それを聞き入れるギンガではない。
その光景は端から見れば恋人同士がじゃれているように見えるのかもしれないが、本人達を知っている者から見れば……

「チンク姉、あれってカイがシュークリームとかお菓子屋さんに行こうとしているのを、ギン姉がそうはさせまいと引っ張っているところっすね」
「もちろんわかっているとも。何しろ私はみんなの姉だからな」
「でも、カイのお菓子を買いたいっていう気持ちはわかるっす。チンク姉、こっちもお菓子……」
「今日はゲンヤさんに頼まれて備品の買い足しに来ただけだ。余分な買い物をしている時間はない」
「わかったっす」

そう、偶然居合わせたチンクとウェンディにとってみればいつもと変わらない光景でしかなかった。





カイが自分の衣類の買い物に出かけていること、マリエル・アテンザからの連絡を受けてヴァイスはアルトを伴いヘリで地上本部の兵器開発室へとやってきた。
そこでマリエル本人の口からG3のバージョンアップの完成にはもう少し時間がかかるという残念な報告があったものの、かねてより開発していた新装備は完成したことでそれの受け取りを済ませるためにヴァイスを呼び寄せたのだ。
G3に新たに追加された新装備、その名称は『GX-05 ケルベロス』というコードネームの大型ガトリングガンである。
弾倉には『GM-01 スコーピオン』に使われる弾丸以上の破壊力を秘める特殊弾丸が120発も装填され、ケルベロス本体にも最大の特徴として『GG-02 サラマンダー』以上の威力を誇る『GX弾』が内蔵されることにより大幅に火力が増強されている。
しかもアタッシュケース型に変形することで、ガードチェイサーへの搭載も簡単に行なえ、携帯性も高い。
ヴァイスはそういった説明をマリエルから聞き、まだ行われていない試射は機動六課のほうで行うことにして、新しい力となったケルベロスを手に意気揚々と機動六課への帰路に着く途中にその連絡は入った。

「ヴァイス先輩、ロングアーチから緊急通信。未確認生命体による事件が発生、ここから近いので先行して調査を行うようにとの連絡です」

ヘリの操縦をアルトに任せ、ヴァイスはケルベロスのマニュアルを確認していたところ、未確認生命体による事件の連絡が入る。

「アルト、事件の現場周辺に未確認生命体がいないかをサーチ。発見できしだいG3で出るぞ」

ヴァイスはアルトにそう言うと、自分はG3システムを装着するためのアンダースーツを引っ張り出す。
ロングアーチから未確認生命体の追跡といった指令は出ていないものの、ヴァイスはこの前の戦いでカイに言ってしまった。

―未確認生命体の足止めくらいならいくらでもやってやる―

その言葉に嘘はない。
ヴァイスは自分が未確認生命体を倒せないとしても、カイならば未確認生命体を倒せると思っている。
その足止めに今のG3では力不足を感じてしまうのは事実だったが、だからといって未確認生命体をそのままにしておくわけにはいかない。
そして……

「まだ試射はしてないが、こいつの威力を試す……いい機会だしな」

ヴァイスの視線の先には、ガードチェイサーの後部に先程マリエルから託された『GX-05 ケルベロス』がその存在を誇示するかのように静かな光をたたえていた。





高いビルの屋上にその存在はいた。
先程、その存在は両手につけた装飾品を巨大な鉄球に変えて地上にいる者達の生命を奪うべく、その鉄球を投げつけた。
その数はおよそ35個、そのほとんどが地上で何も知らずに生きていた者達の生命を奪った。

「まずは……32人」

標的の生命が失われたことを確認したドルドは『バグンダダ』と呼ばれるそろばんに似た道具を操りながら失われた生命の数を奪った者、ガメゴへと告げる。
新たにゲリザギバス・ゲゲルを行う番となったガメゴは、バルバのクウガの生命を奪えという指示を拒否してゲゲルのみに集中していた。
それは何もクウガの力が怖いわけではない。
クウガが自分の前に現れたとしたらガメゴはその全力をもって戦うつもりだ。
しかし、ガメゴにとってはゲリザギバス・ゲゲルを成功させることこそが目的であり、クウガの抹殺は二の次でしかない。
ドルドがその場を離れると、ガメゴは地上が自分の行動によって大騒ぎになっているのを一瞥した後、黒いスーツに黒いハット帽を被った人間の姿へと変身してその場を後にする。
そう、次の場所へと移動してゲリザギバス・ゲゲルの続きをするために。
しかし、そんなガメゴの前に空から何か光のレールのようなものが伸びてきた。
その光のレールがつながっているところを見ると、遠くにヘリが見え、そこから一台の白いバイクと青い鎧を纏った何者かが真っ直ぐにガメゴに向かってくる。
ガメゴはその向かってくる存在の敵意を感じ取り、自分が戦うための本来の姿へと戻る。
背中には亀の甲羅にも似たような物を背負い、その重量に負けないようながっしりとした手足。
ガメゴは両手にはめられた指輪を一つ手にして、先程多くの生命を奪った鉄球へと変える。
それは鎖と繋がることで、投げるだけでなく振り回して攻撃することも可能な凶器となる。

一方、ガメゴの姿を発見したヴァイスは、その手に持った武器から相手は近距離での戦いを得意とすると判断する。
その考えは間違いではないものの、実際にはガメゴは巨大な鉄球を投げることで人を殺すことができるものの、接近された1対1の状態では鉄球を投げて攻撃するよりも振り回したほうが相手をしやすいという理由が大きい。
ヴァイスはガードチェイサーでガメゴの前にたどり着くと、直ぐ様『GM-01 スコーピオン』をガードチェイサーの兵装ラックから取り出し、ガメゴへと向けて発砲。
しかし、亀に似たような姿をしているためか、その弾丸はガメゴに大したダメージを与えることはできず、威力を失った弾丸はガメゴの体から虚しく落下し、コンクリートの地面に虚しい音を響かせて落ちる。
そして、その隙を見逃さんとばかりにガメゴはその鎖のついた鉄球を振り回してヴァイスへと迫る。
振り下ろされたその一撃を何とか横に飛ぶことで躱すが、無造作に放たれたその一撃だけコンクリートの地面が陥没する。
それだけでガメゴの膂力が他に類を見ないほど強大であることを知らせるには充分だろう。
陥没したコンクリートを見たヴァイスの冷や汗が流れる。
このような攻撃をまともに受け止めたとしたら、いくら装甲強度に自信があるG3といえども長くは持たない。
それからも執拗な攻撃を何とか躱し、ガードチェイサーに搭載されている『GX-05 ケルベロス』を取り出し、真の姿である大型ガトリングガンへと変える。
そしてガメゴに向かって発砲、一気に勝負をつけるはずだった。

「な?反動が強すぎる!!!」

ガメゴに向かって放ったはずの弾丸は、ガメゴの側面を通過して一発たりともガメゴには当たらなかった。
このケルベロスは当初からクロノがG3を扱うことを前提として設計されたものであり、クロのがG3を装着した際のスペックに合わせて調整されていたものだった。
それゆえに発砲による反動をヴァイスの力では抑えきることができずに弾丸は目標を大きく逸れてしまった。
そうしたことで一瞬ではあるが止まった弾丸の雨の隙を突いてガメゴは両手にはめられた指輪を幾つか外し、それを巨大な鉄球へと変える。
そして、それを無造作とも思えるような仕草でヴァイスに向けて投げつけた。

「やべっ」

襲ってくる鉄球をケルベロスを手放すことで少しでも身を軽くして何とか飛んで躱すが、執拗にガメゴはヴァイスに向けて鉄球を放つ。
ついには壁に追い込まれてしまい、その左右を鉄球によって逃げ道を塞がれる。
そして、ついにガメゴの鉄球がヴァイスの体に直撃した。





ガメゴの鉄球がヴァイスの胸を、足を、腕を砕くかのように襲いかかる。
今のところG3の防御力のおかげか、体そのものに痛みはあっても深刻なダメージにはつながっていない。
しかし、これ以上ダメージを受け続けたらどうなるかはわかりきっている。
通信機が壊れてしまったのか、アルトが離脱するように悲鳴を上げていたのも今は聞こえない。
何とかこの鉄球の嵐から逃れようと考えるものの、脚部のアーマーが破損したのかまともに足が動かない。
となると、何とかカイが辿り着くまで耐え続けるしかヴァイスに選べる選択肢はなかった。
だが、止めとして放ったガメゴの鉄球がヴァイスの顔面をついに捉える。
迫り来る鉄球と背後の壁に挟まれるように激突したことにより、マスクの前面が無残に砕け散る。
マスクの砕ける衝撃が強かったのか、ヴァイスがその場で膝を突き、朦朧となった意識を今にも手放しそうになる。
しかし、そんなヴァイスとガメゴの間に何者かが立ちふさがる。

(遅かったじゃねえか。……まあ許してやる、約束したとおりに足止めだけはしておいた……ぜ)

ようやく来た援軍に安堵したヴァイスは、今にも途切れそうな意識を安堵の中手放した。





ガメゴの前に突如現れた戦士。
それは紫色の縁取りのされている銀色の鎧、そして巨大な剣を手にした戦士だった。

「……クウガ」

ガメゴにとって、ゲゲルを成功させることを重要視している以上、今はさほど重要ではない相手……

「クウガではない。我が名は……カイザ」

ではなかった。

「カイ……ザ?」

かつてガメゴを封印したクウガと全く同じだが、どことなく違う雰囲気がありガメゴの本能がクウガではないことを告げる。
ならばゲゲルの足しにとガメゴはカイザと名乗った戦士に向けて鉄球を振り下ろす。
だが、その鉄球の一撃は手にした剣で斬り裂かれた。

「まだ……壊すには早すぎる」

何か凄むわけでもなく、ただガメゴに向かってほんの一言だけ漏らす。
しかし、その一言に何かを感じたのか、ガメゴはその場から後退を始めた。
一方、カイザと名乗った戦士はガメゴを追うことはせずにヴァイスに視線を向ける。
しかし、何かを言うこともなくガメゴが去った方向とは逆の方向へと跳んで、その場から離れた。










「やはり……G3では未確認生命体を倒せない」

G3とガメゴの戦いを離れたビルの屋上から望遠鏡で見ていた一人の女性。
女性は薄く笑みを浮かべると脇に抱えていた一冊のファイルを開く。

「マリエル・アテンザもバカよね。これを表に出さないなんて」

ファイルの中身、それはマリエル・アテンザが設計しG3に続くはずだったが、あまりにも無謀すぎるコンセプトの元に計画された対未確認生命体用パワードスーツのデータだった。

「普通の魔導師では装着しても死んでしまう。でも……」

G3を破壊された衝撃で意識を失ったヴァイスの元へと駆けつけて抱き起こしたのは未確認生命体第4号だ。
女性は笑みを浮かべる。

「彼なら……これを有効に活用できる」

そう言い残すと、彼女は薄い笑みを浮かべながらその場を後にした。










バリアジャケット装着シーン、なのは達の部分で力尽きたので割愛させていただきました。
八神部隊長は仕様です。
話の方も最後の方になってきたので、これからちょくちょく冒頭にカイの過去話が語られてくると思います。








[22637] 第34話 鉄槌
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/10/19 14:05




惨劇の後、目の前に現れた何者かに安堵して気を失った少年が目覚めた時は既に日が登っており、そこには脅威となるはずの異形の姿はなかった。
いや、姿がなかったというより、少年自身が異形に襲われた場所から移動していたといった方が正しい。
少年が周囲を見渡しても、気を失う前には存在していた妹の亡骸は存在せず、周囲の景観も夜だったとは言え明らかに気を失う前と違っている。
それに、もっとも気を失っている間に移動していたという証拠が目の前にあった。
暗かったとは言え、周囲を木々に囲まれていたはずだったが、目の前に見えるのは少年がいた村と同じような住居が立ち並ぶ一つの集落。
少年は立ち上がると、フラフラした足取りで集落へと歩を進める。
しかし、疲れが抜けていないのか、それとも昨夜の惨劇の恐怖に震えが止まらないのか、数歩も歩くこともできずに再び地面に倒れ込んだ。
そんな中……

「君、大丈夫か?」

自分とは違う何かの足音と声を聞きながら少年はまた気を失った。





再び気を失ってしまった少年を待っていたのは、鼻孔をくすぐる肉の焼ける匂いだった。
その匂いで飛び起きると、少年はその匂いの元はどこかと辺りをキョロキョロと伺う。
どうやらテントの中で寝かされていたようで、辺りは少しだけ暗く、入口近くから微かに光があるのとメラメラと燃える炎くらいしか光源がない。
そして、少年の探していた匂いはすぐ近くにいた男性が肉を焼くことで発生させていたものだった。

「目が覚めたか。体は大丈夫か?」

白髪で肌にいくらかの皺がある男性が少年を気遣うかのように声をかける。

「……うん」

少年は男性の焼いていた肉に意識が向いているものの、何とか男性の質問に答える。
そして、質問に答えた瞬間、少年の腹部から空腹を知らせる音が響いた。

「……食べるか?」

空腹の報せを聞いた男性は呆れたような表情を見せながらも、元からそのつもりだったのか特に迷いを見せることなく陶器の皿を少年の直ぐ側に置くと、その上に焼けた肉を置く。

「……うん」

その置かれた肉に視線を釘付けにされたまま少年は頷くと、目の前にあるおよそ2日ぶりのまともな食事にかぶりついた。
しかし……

「ごふっ、げふっ」

久しぶりに腹に入った食べ物に胃が驚いたのか、少年は咽るとせっかく用意された肉を吐き出してしまう。

-怒られる-

自分が前に住んでいた村では、グロンギが作物の略奪を行うため食べ物を粗末にするということは禁忌とされてきた。
少年自身も以前からグロンギに村を襲われたことを目の当たりにしたことで、その理由がよくわかる。
だからこそ、少年に食べ物を用意してくれた男性に怒りを向けられると直感した。
そのため、少年は自分の身を守るべく両腕で顔を覆って目を瞑り体を固くする。
しかし、食べ物を粗末にした叱責も何も聞こえず、少年が聴こえてたのは目の前に何か硬い物が置かれる音だけだった。
恐る恐る目を開けてみると、少年の目の前には陶器の杯になみなみと注がれた水が置かれていた。

「いきなり肉を食べて体が驚いたのだろう。まずはそれを飲んでお腹を落ち着かせてから食べるといい」

男性は少年を安心させるかのように笑顔で言うと、他にも何か食べるものがないか聞いてくると少年に伝えるとその場から立ち去った。





少年が用意された肉を腹の中に収めたころ、ようやく先程食事を用意してくれた男性が戻ってきた。

「すまんすまん、遅くなってしまった。木の実くらいしかなかったんだが、これで足りるか?」

そうは言うものの男性が持ってきたのは両手で抱えなければならないほどの籐でできた籠一杯に詰められた木の実だった。
少なくとも皿に盛られた木の実は少年の腹の許容量を簡単に超えている。
結局、少年は差し出された木の実の半分を食べることすらできなかった。





「そうか、グロンギに家族が……っと、そういえばまだ名前を聞いていないし、こっちも言っていなかったな。私の名前はカザ。一応この村の村長だ。君の名は?」

少年からここに来た事情を一緒になって木の実を食べながら聞いたカザという名前の男は、少年の名前を聞くことすら忘れていたことを思い出し、照れくさそうに頭を掻きながら改めて少年に向き直る。

「……リク、住んでいた村の村長に付けてもらった」

もとから孤児だった少年は、かつていた村で村長に名前を付けてもらい、そこから新しい父母に引き取られた。
それからのち妹が生まれたものの、家族関係は良好でありリクは不自由を感じることなく、多少のいじめに遭いながらも楽しい日々を過ごしてきた。
しかし、あの日にグロンギに村が襲撃を受け、村は壊滅的な被害を受けた。
それによって殆ど村人は殺され、リクは唯一生き残った家族と共にグロンギの手から逃げることしかできなかった。
だが、結局はグロンギの手によって家族は殺されてしまった。
そんなことを思い出して表情を暗くしたリクを気遣うかのようにカザは優しい目でリクを見ると困ったような、そして何かを思い出したかのように呟いた。

「リク……か。う~ん……まさか……いや、しかし……」

カザがどうしたものかと悩んでいると、開いていたテントの入口に影が刺した。

「父さん、ただいま」
「おじ様、今戻りました」

明るい声と一緒にテントの中に入ってきたのはリクよりも少し年上の男女だった。

「おお、帰ってきたのか。紹介しよう息子の……」

カザは迷ったように言葉を切ると、意を決して息子の名前を言う。

「……リクだ。それとその幼なじみのラト。リク、ラト、二人が見つけたこの子の名前は……」

どうせ変えられないことなのだから結局のところは諦めたのか、少しだけ悩んだ後……

「……リクだ」

カザはどう言えばいいのかわからない心境ながらも、息子のリクとその幼なじみが見つけてきた行き倒れ、もう一人のリクのことを紹介した。











ヴァイスがガメゴに敗北、すぐにヴァイスは機動六課の医務室へと運ばれた。
そこでシャマルから精密検査を受けている間、それに付き添ったカイといち早く現場に到着したヴィータはアルトからの報告を聞いていた。

「本当にカイが間に合ってよかった。もしカイが到着するのが遅かったら……」

ヴァイスとガメゴの戦いに割って入ったのがカイであると思っており、アルトがカイに向ける感謝の念は強い。

「……わ~ったから、アルト、今回出てきた未確認生命体の特徴は?ヴァイスから話を直接聴けなくてもG3の戦闘記録、残ってるだろ?」

そんなアルトの気を察してヴィータは何とか堪えるものの、ついには我慢できなくなってしまい話を次に進めるべく促した。
ヴィータとしてもヴァイスの容態が気がかりではあったが、未確認生命体の対策を立てないといけないことも事実であり、心配するだけなら他にもできることがあることを伝えるべく、あえて事務的な言葉で告げる。
そんなヴィータの言葉にアルトは初めはムッとした表情をするものの、残っていたG3の戦闘記録を吸い出したデータをヴィータに見せる。

「鉄球……か。アタシの使うアイゼンと似たような武器だな。それに……明らかに防御が硬い」

それからアルトをヴァイスの付き添いで医務室に残し、カイとヴィータはフォワード陣が集まっているブリーフィングルームへと急いだ。





「つまり、その未確認生命体の防御を砕くところが一番の問題点と言ったところか」

ヴィータからの報告を受けたクロノとしては、今回の未確認生命体第30号、ガメゴの能力に頭を抱えていた。
これまで未確認生命体と戦ってきたことでわかったこととして、純粋な魔力攻撃では未確認生命体に大きなダメージを与えることができないということだった。
その中で未確認生命体に効果があったのは、シグナムの剣、G3の基本武装である質量兵器、接触した相手を粉砕するブレイクインパルスといった魔法、いわゆる純粋な対象を破壊する力が挙げられる。
その未確認生命体に効果的な方法をもっとも単純に防ぐ手段が防御の強化である。
防御の強化による効果はG3の兵装がまったく効かなかったことから、単純とはいえ充分に厄介な能力と言えるだろう。
もちろん、防御の強化により亀のような甲羅を背負っているガメゴの動きが他の未確認生命体と比べて鈍いという弱点もあるが、それがクロノ達が戦う上での大きな弱点になりえない。
見つけてしまえば逃がすことはないかもしれないが、その厚い防御をどうにかしない限り勝ちの目がない以上、相手の防御を抜く攻撃をどうやって行うかが問題となっていた。
そんな中、前もって情報を知っていたヴィータは今まで考えていた対処方法をみんなの前で話し始めた。

「現状ではアタシのアイゼン、スバルのIS……振動破砕で未確認生命体を防御の上から砕くくらいか。シグナムの剣じゃ斬るにしても刃が徹るかすらわかんねえし」

そのため機動六課が用意できるカードは、相手の防御の上からでも防御ごと砕くことができるグラーフアイゼンを持つ鉄槌の騎士ヴィータ、目標の物体に振動波を送り共振現象を発生させて対象を粉砕するIS(インヒューレントスキル)振動破砕を持つスバルの二人だけだった。
シグナムもヴィータから未確認生命体に愛剣であるレヴァンティンが効かないを言われ不満があるのも事実だが、こと何かを破壊するということにかけて秀でているヴィータの言葉となれば頷かないわけにもいかない。

「あとはカイがこの前フリードと一緒になってやった赤の金の力……くらいかな」
「そうね、今のところ未確認生命体に対抗できる一番の力を持っているのがカイなんだし」

スバルもヴィータの言葉に付け足すように、以前ブウロとジイノ、二体の未確認生命体をフリードとゴウラムの協力があったとは言え、まとめて倒したあの力なら今回のガメゴの防御を貫けると感じ、カイを見ながら呟いた。
ティアナもそんなスバルの言葉に同意するように声を出すが、その対処法なら自分のやるべき事はないことが若干ではあるがティアナの心の中で不満として残った。
今回のガメゴ相手では、残念なことにティアナの攻撃ではあまり効果を期待できないのは話を聞いた時点でティアナにもわかっていた。
しかし、管理局局員として働いている、そして機動六課の本来の目的とは違っているが未確認生命体対策の部隊にいる以上、自分が作戦行動の戦力として加須要られていないことは純粋に悔しかった。

「いや、この前のあの力を簡単に使うことはあまり許可できない」

そんなティアナの悩みを余所に、クロノは渋い顔をしてスバルの言葉に異を唱えた。
クロノとしてもカイの金の力の凄まじさは知っている。
その力なら未確認生命体を倒すことに大いに役立つと言ってもいいだろう。
しかし、その凄まじい威力が問題となっていた。
前回はベミウを倒した時はドラゴンロッドで海上に投げ飛ばしたため爆発が起きても大きな被害にならなかった。
ブウロとジイノも海上で、なおかつ上空で撃破することができたため爆発の被害は大したものではなかった。
しかし、ブウロとジイノを倒した時、ユーノが結界を張っていたのにもかかわらずその結界は爆発の威力に耐え切れずに破壊された。
その力がもし街中で発揮されてしまったらどうなるのか、このような問題があるためクロノは金の力を使うことを表立って許可することができない。
もちろん、金の力に頼るしかない状況になれば別かもしれないが、現状では金の力を使わない方針で作戦を進めるため、カイは金の力以外の力を使い、ヴィータとスバルはカイのサポートメンバーとして行動を共にすることが決定した。





一方、精密検査を終えたヴァイスは身体に致命的なダメージはなく、ヴィータ達が対策を立てにグリーフィングルームで話し合っている頃には目を覚ましていた。
幸いヴァイス本人も体にダメージを受けているような様子は無く、普通にベッドから体を起こすことができた。
シャマルは他の用事があったため、ヴァイスの容態に急変があればすぐに知らせるようにアルトに伝えていたためここにはいない。

「アルト、未確認生命体はどうなった?カイが倒したのか?」
「いえ、未確認生命体第30号はカイが到着したときには姿を消していたようです。今ヴィータ副隊長が大破したG3に残されていたデータを元に対策を立てています。あ、それとG3の制御システムに使われていたストームレイダーは特に損傷は受けていません」

アルトの報告を聞き、ヴァイスはガメゴの前で気を失う直前にカイが救援に来てくれたことを思い出し、アルトの報告と違う部分があることに一瞬違和感を覚えたが、元々朦朧とした意識の中だったため自分の気のせいと思い、その言葉を飲み込んだ。
しかし、ヴィータ達にデータを渡したということで気になることがあった。

「第30号……俺が戦った奴だな。アルト、残っていたデータに第30号と一緒にいた黒服の男の姿はなかったか?」
「黒服の男……ですか?いえ、残っていたデータにはそんな映像はありませんでしたけど……」

ヴァイスの質問にアルトは少し考え込み、先ほどヴィータが確認したときにはそのような映像は無かったことを思い出してヴァイスに告げる。

「なんだって?」

一方、ガメゴとの戦闘中ならともかく、明らかに戦闘前に見た人物のことが確認されていないということにヴァイスは疑問を持った。
ヴァイスはガメゴと戦うために現地へ向かっていた際、ガメゴに背を向けて離れる黒服の男を遠目に見た。
最初はガメゴがその男を襲うかと思っていたが、そのような仕草を一切見せることなく黒服の男はその場から立ち去っていった。
まるで自分の役割は終わったとでも言うように。
そのため、ヴァイスはその男が未確認生命体に関係する者だと思ったのだ。

「えっと、これが残っていたデータですけど……」
「貸してくれ」

おずおずと差し出されたデータの入った端末を起動して先程の戦闘記録を見てみるが、G3が大破した際にデータにも影響が出ていたのか、ガメゴとの戦闘がノイズ混じりで映っているだけで肝心な黒服の男はまったく映っていなかった。

「あいつは一体……何者なんだ?」

ヴァイスの言葉にアルトはどういう意味なのかわからず何も言えない。
そんな中、医務室のドアが開いて誰かが入ってきた。

「ヴァイス陸曹、大丈夫?」

入ってきたのはG3が大破したという情報を聞きつけたマリエル・アテンザだった。
マリエルは大破したG3を確認した後、その装着者であるヴァイスの身を案じてここまで足を運んできていた。

「G3の装甲が思った以上に硬かったから何とか生きてますよ」

そんな心配そうなマリエルを安心させるかのようにヴァイスは言う。
事実、ヴァイスがガメゴの猛攻に耐えられたのは、G3の装甲が装着者の安全を守るために厚く作られていたからだ。

「でも、あれだけ壊れちゃったらもうG3は使えないわね」

マリエルが確認できたのは、あちこちが凹んでしまい原型をかすかに残すのみとなったG3の残骸とでもいうようなものだった。
他にG3を知る者が見ても同じような感想を持つだろう。
少なくとも簡単に直して戦線復帰させると言えるような状況ではない。

「じゃあ……」
「やっぱり、G3-Xの調整をすぐに終わらせるしかないわね。そのためにこっちまで来たっていうのもあるし」

どうすればとヴァイスが訊こうとしたのを遮るようにマリエルはここに来た目的を告げる。
マリエルの来た理由、それはG3の強化型にあたる『G3-X』の調整をするためだった。
ハード面に関しては一応完成しているが、実際にはその調整があり、ケルベロスをヴァイスに渡したときには完成が近いことを教えることができなかった。
しかし、機動六課からG3システムが大破したことを告げられて急ピッチでハード面に関する全てを完成させることに成功した。
しかし、現状の段階ではG3-Xはその想定された力を発揮することはできない。
なぜなら、基本的な能力にはG3とG3-Xには特筆するほどの大きな性能の差がないからである。
多少の性能の向上はあることにはあるが、残念ながらそれは決定的な性能の向上には繋がっていない。
G3のときにはまともに扱えなかったケルベロスをまともに扱える程度の強化といってもいいかもしれない。
むしろ、これから手を加えるソフト面がG3-Xにおいてもっとも特徴的な部分と言ってもいいだろう、
G3-XにもG3の時と同じようにストームレイダーが制御ユニットとして利用される。
しかし、G3のときはG3システムの起動をストームレイダーがサポートしていたが、G3-Xではシステム面のサポートだけではなく戦闘行動においても装着者であるヴァイスをサポートするように設計されている。
今まではヴァイスの射撃の腕に頼る部分が大きかったことも、ストームレイダーが照準の補正をすることでより正確な射撃を行うことができるようになる。
しかし、その反面で装着者であるヴァイスにかかる身体的な負担も大きくなる可能性があるため、こうして調整をするためにマリエルが出向いてきた。

「でも、怪我をしているから調整は無理そうね。また日を改めて調整をしましょう」

マリエルの言葉から数分後、未確認生命体第30号を発見したと言う情報がヴァイス達の耳に入った。





張り巡らされたサーチャーからビルの屋上にいるガメゴの姿を発見した機動六課は直ぐ様ヴィータ、スバル、そしてカイの三名を現場へと急行させた。
それ以外のなのは達はもしものための後詰めとして距離をとって待機している。
そんな仲間達とは別にヴィータは空を飛び、スバルはウイングロードの上を走り、カイはゴウラムの背に乗って現場へと向かう。
そして、カイ達が現場に到着するその瞬間にも、ガメゴは鉄球をビルの下にいる民間人に投げつけようとしているところだった。

「やべぇぞ、こっからじゃ間に合わねえ」

自分達の後ろを通過した数々の鉄球。
こちらも速度を上げてガメゴに向かっていたことと、向かってきた鉄球が威嚇で自分達に当たることはないと確信したがために迎撃する必要も感じなかったため、ガメゴとの距離を詰めることに専念してしまった。
だが、その鉄球が自分達を狙ったものではなく民間人を狙ったものだとしたら、その判断がヴィータ達の進撃を一瞬であるが鈍らせ、鉄球の飛び去った背後へと意識を向けることになる。

(鉄球は僕達で片付ける。ヴィータ達は第30号に集中してくれ)

が、その意識はクロノからの念話で再びガメゴへと集中する。
それと同時にヴィータ達の背後から金属同士がぶつかり合う音や魔力弾を放つ音が聞こえてくる。
ガメゴの鉄球をシグナムやフェイト、エリオはそれぞれのデバイスで叩き落し、なのはやクロノ、ティアナは撃ち落し、キャロはフリードの火球でまとめて吹き飛ばす。

「よ、よし、スバル、カイ行くぞ!!!」
「はい!!!」

そんなクロノ達の行動を感じたヴィータの威勢の良い声に、同じく威勢よく答えるスバル。
しかし、もう一人呼びかけられたカイの返事はなかった。
それというのも、カイは既にガメゴへと肉薄し、赤の戦士の姿で格闘戦を挑んでいたからだ。

カイとしても鉄球の行方が自分達を狙ったものではないということはすぐに理解できた。
そして、その行方が自分の後ろにいる誰かの生命を奪うかもしれないということも。
だが、カイはヴァイスの言っていた言葉を思い出した。

―未確認生命体の足止めくらいならいくらでもやってやる―

この言葉を信じ、自分は未確認生命体……グロンギとの戦いに専念した。
後ろはクロノ達が何とかしてくれる。
自分がすることは目の前にいるグロンギを封印……いや、倒すことだけだ。
しかし、カイの繰り出す拳も蹴りもガメゴに明確なダメージを与えるには至っていない。
そして、その攻撃が効かない以上、ガメゴには相手の攻撃を防ぐという行動を起こさずに済む分、攻撃に意識を向けることができる。
ガメゴは手にした鉄球を振り回し、その重厚な一撃をカイに見舞おうとするものの、カイはそれを風が吹くように避ける。
動きではカイに、攻撃の破壊力と防御力はガメゴにアドバンテージがある。
しかし、そのアドバンテージはいつかはカイの動きを捉える可能性のあるガメゴと、攻撃を徹すだけの威力を持たない……むやみに使うわけにはいかないカイとでは大きな違いがある。

「スバル、いいな!!!」
「行きます!!!」

そんなカイとガメゴの間に入るように最大の威力を誇るギガントフォルムのグラーフアイゼンを構えたヴィータと、戦闘機人モードのときの証でもある金色の瞳をしたスバルが割って入る。
そして、大きくグラーフアイゼンを振りかぶっての一撃とIS『振動破砕』を繰り出すヴィータとスバル。
しかし、ガメゴはヴィータのグラーフアイゼンを右手で、スバルのリボルバーナックルのついた右腕を左手で掴み、その攻撃を防いだ。
そのまま反動をつけて投げ出したことでヴィータとスバルは再び距離をとられ、カイもヴィータ達が攻撃に入ったことで邪魔にならぬように後退したこともあり、三人ともがガメゴと距離をとられた形となってしまった。
そして、それを好機とガメゴは自分の両手にはめられた指輪の装飾品を一斉に投げつけ、それはガメゴの手から放たれると同時に巨大化し、一撃で相手の生命を奪う凶器となる。

「全員散開、奴と距離をとれ!!!」

ヴィータの言葉と同時にカイとスバル、そしてヴィータがその凶器から逃れるべく動き出す。
しかし、まだガメゴの手には無数の鉄球になる装飾品が残されている。
際限なく迫る鉄球に距離を詰めることができずに翻弄されてしまうカイとヴィータとスバル。
ヴィータは何とか誰かを回り込ませようとするものの、ガメゴの起こす鉄球の嵐に釘付けにされてしまってそれどころではない。
しかし、再びガメゴがカイ達に向けて鉄球を放とうとしたそのとき、水色の光と桜色の光、そして橙色の光がガメゴの両手についている指輪を弾き飛ばした。
そして、ガメゴの背後から突如躍り出た二人がガメゴの甲羅に手に持った相棒を叩きつける。
その一撃はガメゴの甲羅を砕くことはなかったが、ガメゴの注意を引くことはできた。
突然の背後から襲撃に振り向いたガメゴは、自分を叩きつけたバルディッシュを持つフェイト、レヴァンティンを構えるシグナムへと一瞬とはいえ意識を向けてしまった。
そしてスバル達の背後からはなのは、クロノ、ティアナが民間人の避難をエリオとキャロに任せてカイ達の援護をするべく救援に駆けつけてきた。

「スバル、今よ!!!」
「はぁあああああっ!!!」
「スバルに続く!!!カイ、止めは任せるぞ!!!」

そして、一瞬ではあるができたガメゴの隙を見逃さず、かねてよりの作戦であるガメゴの防御を貫くべくティアナはスバルへと叫ぶ。
スバルもそれを意味することを理解し、ティアナの言葉に返事をするかわりに自分の中にある人とは違う力、戦闘機人の持つIS(インヒューレントスキル)振動破砕でガメゴの防御を一気に楔を打ち込むべくガメゴのその甲羅に向けてリボルバーナックルの一撃をぶつける。
そして、その攻撃を終えてスバルが引くと同時に、ギガントフォルムへと変化させたグラーフアイゼンでヴィータが甲羅を一気に砕くべく最大の一撃を叩きつける。
結果、物理的な破壊力を重視した攻撃により、ガメゴの甲羅に亀裂が走る。
それを見たカイはすぐさま走り出し、勢いを付けるために高く飛び上がる。
その落下速度と前方に一回宙返りを入れることで勢いを増した右足の蹴りを放つ。
しかし……

「倒せて……ない?」

カイの一撃を受けたガメゴの甲羅は確かに砕けた。
しかし、ガメゴの屈強な肉体を貫くことはできなかった。
その結果、今回練った作戦は失敗に終わった。
これ以外の手段として考えられるのは、カイが未確認生命体第16号、ザインに放ったゴウラムとの合わせ技、もしくは赤の金の力しかない。
しかし、ゴウラムとの合わせ技も赤の金の力の蹴りも周囲に及ぼす被害は計り知れない。
そのため、その手段をとるにも爆発が起きても影響が少ない場所を探さなければならない。
だが、それを探すだけの時間も、ガメゴをそこへ誘導する手段も確立されていないため簡単に使うわけにはいかない。

「もう一度だ」

だが、カイはガメゴの甲羅を砕いたことから、その上からもう一度先ほどの蹴りを叩きつけるべく飛び上がる。
しかし、ガメゴもその考えを察知したのか、手にはめている指輪を腕を振り回すことで不規則に飛ばしてなのは達の動きを封じ、一つを手に掴んで蹴りを放とうとするカイ目掛けて投げつける。
カイに向けて放ったガメゴの鉄球は、カイの蹴りであさっての方向に跳ね返されたものの、カイは鉄球を蹴りつけた衝撃で弾き飛ばされる。
なんとか着地を成功させたものの、ガメゴの鉄球に結果として全力で蹴りを放ってしまったことによって右足に激痛が走る。
これでは赤の金の力を使うこともできない。
そして、足を痛めたことによりガメゴの繰り出す鉄球の嵐を避けるだけの機動力も奪われてしまった。
足を痛めたことを察知したのか、なのは達がカイのフォローに入るべくガメゴとの間に入る。

クロノはカイとガメゴの間に入ったものの、カイの負傷によりガメゴを倒す算段が無くなったことで、撤退もやむなしかと一瞬ではあるが考える。
しかし、撤退するとしたらこの後に起こるであろう民間人への被害を考えるとそれを選ぶわけにもいかない。
もっとも、ここから撤退するにしてもガメゴの鉄球の嵐からいかにして後退するかという問題がある。

「やはり、ここで倒すしかないか?」

倒す方法など思いつかない。
今にもガメゴは無数の鉄球を投げつけるべくこちらの隙を伺っている。
背後からフェイトとシグナムが斬りかかったとしても、大きなダメージに繋がらなければ意識を別の方向に向けることはできないだろう。
クロノがどうにかしてガメゴの攻撃を食い止めようかと考えていたそのとき、耳をつんざくような轟音と共にガメゴの指にはめられていた指輪が全て弾け跳んだ。
誰もが突然の出来事に動揺し、やってきた者へと視線を向ける。
皆が視線を向けた先には普通の人間の姿はなく、肩で息をしている何者かが鋼の装甲を全身に纏って巨大なガトリングガンを構えている。
かつては青一色と言ってもよい手足は各々の装甲に銀色の縁取りがなされ、銀色だった胸の装甲もより強度を増した青い装甲へと変わっている。
そして、一番の違いとしてかつては装備を専用車両に搭載することで武装を携帯していたのだが、右大腿部に『GM-01 スコーピオン』、左大腿部には電磁警棒の『ガードアクセラー』、左腕には折りたたみ可能なコンバットナイフ『GK-06 ユニコーン』という各種武装がマウントされている。

「G3-X……調整が完了していたのか?」

大破したG3を強化発展させた新しい対未確認生命体用パワードスーツ、その名は『G3-X』
基本的なシルエットは未確認生命体第4号を似せて作られたG3に対して、G3-Xはさらに装甲を増加し、第4号の面影は頭部のアンテナ、赤い眼、デザインに違いがあるとはいえ腰のベルトくらいにしか残っていない。

「ヴァイスの奴……怪我は大丈夫なのかよ」

ヴィータが突然現れたG3-Xに驚くものの、それ以上に負傷しているにも関わらず現場にやってきたヴァイスを心配する。

「カイ、こいつを使え!!!」

しかし、ヴァイスはそんなヴィータの心配を無視し、ケルベロスを左手に持ち替えて左腕にマウントされているコンバットナイフ『GK-06 ユニコーン』を引き抜いてカイに投げ渡す。
カイもヴァイスが投げてきたユニコーンの意図に気がついたのか、それを受け取ると意識を集中して紫の戦士へと姿を変える。
そして、ガメゴに向かって痛めて重たい足を引きずりながらも、一歩ずつ巨大な剣『タイタンソード』の届く位置へと歩を進める。
ガメゴはそんなカイを食い止めるべく鉄球を投げつけようとするものの、それはヴァイスのケルベロスの銃弾の嵐に弾き飛ばされる。
ガメゴは倒されるとは限らないが、形勢が自分に不利だと感じたのか、ここから離れるべきとその場から離脱しようとしたが、その動きは空色の巨大な帯がガメゴの体を縛りつけるかのように拘束した。

「悪いけど、ここで倒させてもらうよ」

空色の巨大な帯、それはカイのそばにいたスバルの足元、マッハキャリバーから伸びていた。
『ウイングロード』、スバルの持つ特殊な魔法で、飛行適正を持たないスバルが空を翔けるための道を生み出す魔法だ。
最初は単純な真っ直ぐな道しか作れなかったものの、マッハキャリバーのサポート、スバル自身のレベルも上がったことによって複雑な軌跡を張り巡らせることができるようになった。
そして、このウイングロード、バインドなどの拘束魔法とは違って自分の思うとおりに空に道を作るという特製上、簡単に引きちぎることは難しい。
スバルはその特製を利用してガメゴの動きを拘束する手段としてウイングロードを選んだ。
両手を塞がれたことでガメゴの攻撃を無効化し、ウイングロードで身動きも取れないようにしたことでカイとガメゴの距離は一気に近くなる。
カイがタイタンソードの間合いにガメゴが入るや否や、カイは金の力を発動させ、銀色だった鎧は全体が紫の中、縁の装飾に金色をあしらった鎧となり、タイタンソードにも金色の刀身が生み出される。
それを一気にガメゴに突き刺すと、カイの力がウイングロードにも作用したのか、ウイングロードはかき消され、勢いを失わないままガメゴの腹へと突き刺さる。
だが、それでも止めを刺すには至らない。
ガメゴは腹に突き刺さったタイタンソードを掴み、自力で引き抜こうと力を込める。

「カイ、剣から離れろ!!!」

だが、それを見たヴィータはカイにタイタンソードから手を離すように叫ぶと、グラーフアイゼンを振りかぶって渾身の力を込めてタイタンソードの柄に叩きつける。

「このまま……吹っ飛べぇええええっ!!!」

引き抜かれそうだったタイタンソードはグラーフアイゼンの一撃でより深く突き刺さり、勢いを持ったグラーフアイゼンはそれだけに留まらずガメゴの体を遥か上空に打ち上げる。
そして、ガメゴの体が打ち上げられた力が重力に負けて落下する寸前、タイタンソードに込められた力によってガメゴの体は空中で大爆発を起こした。





「ふぅ、危ねぇ危ねぇ」

ヴィータの機転で何とか爆発の被害を食い止め、一同はホッと胸をなでおろす。
しかし、そんな安堵に包まれた雰囲気を突如耳をつんざくような轟音が響く。
その轟音、放たれた無数の弾丸はカイに向かって放たれた。

「な、ヴァイス、何をするんだ!!!」

突然のカイに向けての発砲にシグナムがヴァイスの真意を問いただそうとす。
しかし、ヴァイスはそれに答えることはせず、淡々と空になった弾倉を取り外して背部にマウントされている新しい弾倉に取り替えて発砲を続ける。

「ヴァイス君、やめて!!!」
「いきなりどうしたの?」

なのはとフェイトがヴァイスに近づき、左右からヴァイスの動きを止めようとするものの、ヴァイスはなのはとフェイトを強引に振り払ってカイに向かって発砲を続ける。

『みんな、聞こえる?』

誰もが突然のヴァイスの行動に驚く中、突如はやてから通信が入る。

「はやて、今ヴァイスがカイに向かって攻撃を続けているんだが、どういう意味なのかわかるか?」

クロノは突然のはやてからの通信がヴァイスのことにあると感じ、単刀直入に切り出す。
カイはなんとかヴァイスの攻撃を足が不自由な状態ながらも転がって回避しているが、それがいつまで続くかわからない以上、早急に手を打たなければならない。

『うん、マリーさんから話を聞いているし、こっちでヴァイス君のバイタル反応も確認してる』
「バイタル反応?」

みんなが何とかヴァイスを取り押さえようとするものの、ヴァイスは執拗にカイに向かって攻撃する姿勢をやめようとしない。
クロノはその様子を見ながらはやてに先を促す。

『G3-Xやけど、ヴァイス君が飛び出してもうたから残念ながら調整は完璧やない。んで、調整が不十分なためヴァイス君の体に負荷がかかりすぎて、ヴァイス君は今気絶してる。動かしてるんは制御ユニットのストームレイダーなんよ』
「ストームレイダーが?」
『マリーさんの話だと第4号、カイ君を未確認生命体……敵として認識しているからヴァイス君が気を失ったことによる自衛行動に出ているんじゃないかって』
「つまり……ストームレイダーをG3-Xから取り外せばいいってことか」

クロノはそう結論付けるとそのことをみんなへと告げる。
そして、クロノの言葉を聞いたなのは達がヴァイスの体から何とかストームレイダーを外そうとするものの、ヴァイスが暴れるため中々上手く行かない。
そんな中、カイはヴァイスの行動を止めるため、その場に置きっぱなしにされていたヴィータのグラーフアイゼンを拾うと青の戦士へと変わり、グラーフアイゼンをドラゴンロッドへと変化させて痛む足をこらえて空高く跳躍した。
ヴァイスは……いや、ヴァイスの体を動かしているストームレイダーは、カイのその行動を迎え撃つべくG3-X最強の攻撃力を持つGX弾をケルベロスから取り出し、ケルベロスの先端に取り付け、スコーピオンをサブグリップとして接続する。
そして迫り来るカイに向かって発砲。
カイはそのGX弾をドラゴンロッドで上に弾き飛ばし、そのまま落下するその勢いのままドラゴンロッドをストームレイダーが収められているバックル部に叩きつけ、G3-Xからバックル部だけを弾き飛ばす。
その瞬間、先ほどまで執拗にカイを狙っていた動きは突如止まり、ヴァイスは脱力したように膝から崩れ落ちた。

「ファイブ、無茶しすぎ」
「……ヴァイスもカイには言われたくないと思うよ」

カイの一言にフェイトは呆れたように答えたのだった。





G3-Xの暴走の原因、それは人とデバイスを完全に同調させて正確無比な動きを実現させるために起こってしまった出来事だった。
正確無比な動きは戦闘において明らかに効率的な動きになるのは間違いではない。
しかし、人間である以上、機械が求める正確さをいつも発揮させることは難しい。
そして機械である以上、柔軟な思考を持つことも困難である。
今回の件では、ストームレイダーが未確認生命体第4号を他の未確認生命体と同一視したこと、ただでさえ負傷していたところにストームレイダーの求める正確無比な動きを共用されたことによってヴァイスがそれに耐え切れずに気絶してしまい、このような結果となった。
それにより、G3-Xは今しばらくの調整を必要とすると決定が下され、装着者であるヴァイスの完治を見てから改めて調整が続けられることが決定した。





その日の夜、シャマルの回復魔法である程度動けるようになったヴァイスはカイのテントへと訪れた。

「カイ、さっきは……その……悪かったな」

ストームレイダーが変身したカイのことを未確認生命体と認識していたため、ヴァイスがG3-X起動中に気を失ってしまったことによってストームレイダーが自動でG3-Xを動かしてカイに攻撃したことをヴァイスは気にしていた。
もっとも、カイとしてはそんなことを気にした様子は微塵も無い。
むしろ、例えばであるが楽しみにしていたシュークリームを勝手に食べたと言ったほうがよっぽどカイの機嫌を損ねることになるだろう。

「んで……だ。謝罪代わりにちょいと付き合ってくれ」

照れくさいのか、ヴァイスはカイに一方的に告げると手招きをしながら先へと歩き出した。





「ここで……何するんだ?」
「なあに、ちょっとした礼ってやつさ。他の奴には教えてないからカイも誰にも言うんじゃねえぞ」

カイが連れてこられたのは機動六課の寮から少し離れた高台だった。
ヴァイスの言葉にカイは頷きつつも、どうして自分が変身させられているのかがわからない。
もしかしたらここから倒さなければならないグロンギがいる場所がわかるのか……とも思ったが、ヴァイスがグロンギを察知できるとも思わないため、その考えは頭の隅に追いやった。

「ほれ、こいつで向こうを見てみな」

手渡されたのは双眼鏡で、ヴァイスは双眼鏡を向ける位置として寮へと指差す。
カイはヴァイスの言葉通りに双眼鏡を構え……

「カイ、前後逆だ」
「そうなのか?」

双眼鏡を構えなおして寮を見る。
大半の部隊員が部屋に戻っているのか、寮には明かりがついているところが多く、その明かりのため中に住んでいる人間がシルエットとしてカイの覗いている双眼鏡に映し出された。

「えっとな……そこからもうちょい上……そうそうその高さ。んで、そっからもうちょい左に」

カイが見ている映像をヴァイスが別の端末で拾っているのか、目的の場所を見るように誘導する。

「ファイブ、影しか見えないぞ?」
「やっぱりそうか……カイ、緑の姿になってみろ」
「わかった」

言われるとおりに緑の戦士の姿になったカイは改めて双眼鏡の中を覗き込む。
そこに見えたのは……

「どうだ?何か見えたか?」
「ヴィヴィオゥとタトバとエイトマンがシャワー浴びてる」
「そうか、やっぱり緑の力ならここからでもちゃんと見えるんだな」

ヴァイスの礼、それは異性の関心の薄いカイに異性の素晴らしさを教えようと考えたものだった。
それが本当に異性の素晴らしさを知るものになるかは疑問が残るかもしれないが、ヴァイス自身はこのような礼をされたら充分嬉しいと思うこともあり、特に気にせずにカイをこの場所に案内した。
というより、同年代でこういったバカ騒ぎをするのも楽しいものだと思っていることも理由の一つである。

「……ほう、何をしているのかと見にきてみれば」

そんな二人の背後から地の底から響くような声が耳を打つ。
ヴァイスが恐る恐る振り向き、カイは背後から黙ってついてきてようやく話しかけてきたと思いながらカイにとっての来客、ヴァイスにとっては招かれざる客であるライトニング副隊長、烈火の将シグナムの姿を眼にする。
シグナムの背後に何か揺らめく炎のようなものが見えるが、それこそが烈火の将たる由縁だろう。

「ヴァイス、負傷しているから大目に見ようとは思うのだが、流石にこれを見過ごすわけにはいかんよな?」
「えっと……その……」
「心配するな。死にはせん、死には……な」
「……半殺しは確定ですか、姐さん」

首に縄をつけられてうなだれるヴァイス、カイはそんなことをお構いなしにヴァイスに言われたポイント、ヴィヴィオとなのはとフェイトがシャワーを浴びている光景を見続ける。

「カイ、お前もいつまで見ているつもりだ?」
「シグナル、ヴィヴィオゥ、シャワー浴びても怖がってない。ヴィヴィオゥ、とっても強いな」
「……そうか」

カイの見当違いな言葉に、明日ギンガとシスターシャッハを機動六課に呼び出して、カイに教育的指導をしてもらうことをシグナムは心に決めた。










G3-Xの活躍回と思いきや、まさかのヴィータメイン。これでグロンギに止めを刺したのがカイの力を借りてではありますがキャロ(フリード)とヴィータとスバル、そして弱っていたとはいえギノガを純粋な魔力砲撃で抹殺したなのはさん、止めはカイに譲ったとはいえギノガに終始圧倒した戦闘を見せたシグナム姐さんとなりました。
これで機動六課に残る前線メンバーでまともにグロンギと戦闘をしていないのはティアナとエリオ、フェイト、ザフィーラ、そしてせっかくG3-Xを手に入れたのに活躍していないヴァイス兄貴にクロノのみとなりました。
はやてとシャマルはどうしたんだ?というご意見もありそうですが、基本的にあのお二人は後方での指揮やお医者さんとしての出番が多いと思いますのでそこのところはご容赦ください。
次回はバダー戦……ではなくて、日常を取り扱った番外編になる予定です。





割とどうでもいい設定(読む必要は特にありません)
冒頭に書かれたカイの過去話、これからしばらく続くのですが、そこに出てくる村長のカザと村長の息子リクの幼なじみラト、この二人の名前は仮面ライダークウガの登場人物の名前を参考にしています。

カザ
空に関係する風の他に、オリエンタルな味と香りのお店ポレポレのおやっさんこと飾玉三郎からいただいています。

ラト
沢渡桜子の『さくらこ』からいただいています。ただ『ラコ』だとちょっと変な感じだったので、少しだけ変えています。

名前の付け方はグロンギがガドル、ジャラジ、バダ-など基本的に三音なので、リントの名前は二文字で付けています。
カイの過去話ですが、本編で語られることのない部分を補足するような形+一部の話では過去話が本編に若干ではありますが関係するような構成になっていくかと思われますので読みにくいかと思いますが、どうぞご了承くださいませ。








[22637] 番外編 王様(15禁?) *今回は本編にまったく関わらないお話となっておりますのでご了承くださいませ。m(_ _)m
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/10/19 14:07






*注意:この話は本編にまったくと言っていいほど直接的な関係はございません。また、一部の登場キャラクターの壊れっぷりが凄まじい可能性がありますので、読む際は番外編ということをご理解いただけると幸いです。










カイの目の前にあるのは、フェイトが自分に向けて裏返しにされた複数のカード。
カイはその複数のカードに手を伸ばし、どれにしようか悩みながら自分の取るべきカードを選んでいた。
この複数のカードの中でひいてはならないカードは一枚だけ。
最後までそれさえ選ばなければ何も問題はない。

「……これだ」

散々悩んだ末、カイは並んでいたカードの中でも不自然に飛び出ていたカードを引いた……引いてしまった。
そのカードを裏返してカードを確認するとカイの顔は苦しそうに歪む。
カイが引いたカードには、何か人を小馬鹿にしたようなピエロの絵が描かれている。
俗に言うジョーカーというカードである。

「……また桃子バアちゃんだ」

ジョーカーを引いてしまったカイはそれを自分の持ち札に加えると、シャッフルすらせずに次にカードを引くなのはへと見せる。

「えっと、その呼び方でお母さんを呼ぶとお父さんが大変なことになるからダメだよ、カイ君」

ジョーカー、つまりはババのことをバアちゃんと認識しているカイに困ったような表情で忠告するなのは。
なぜなら、なのはは海鳴にヴィヴィオとカイを連れて帰郷したとき、カイのその一声で父である士郎がとんでもない目にあった様子を見てはいないが娘の直感として理解していた。
ただ、カイ自身には悪気というものが全くないため、下手に怒るわけにもいかなかった。
また、カイが引いてしまったジョーカーを自分の手札に入れた後にシャッフルしなおすこともしないため、ジョーカーの位置が既にわかってしまっていることがなのはを余計に困らせていた。

ことの初めは、その日もヴィヴィオとコロナと一緒に遊ぼうということになったのだが、運悪く外は大降りの雨だった。
普段のように外で遊ぶ訳にもいかず、かといって部屋の中で遊ぶには娯楽となるものがあまりなかった。
そのときに偶然デスクワークを終えてヴィヴィオ達の様子を見に来たなのはがトランプを提供してきたのだ。
そんなこともあり、今日はトランプで色々遊ぼうということになった。
その後、同じくヴィヴィオの様子を見に猛スピードでやってきたフェイトも一緒になって、急な仕事が入るまではみんなでトランプをするということになった。
そして、いざゲームを開始……したのだが

「……リンディバアちゃんだ」
「リンディ母さんが泣いちゃうからその呼び方はやめて」

再び回ってきたジョーカーを見て落ち込むカイ。
その言葉に呆れるフェイト。
とにもかくにも、あまりにも札の引きが悪いカイによって、このババ抜きは今までの数多くの勝負でカイがビリという結果で終えていた。

「ねえ、カイ君」

そんなカイのことを気遣ってかヴィヴィオが札を配るためにシャッフルしているとき、なのはがカイに耳打ちする。

「深く考えないでカイ君が思ったとおりに札を取っていけばいいんじゃないかな?」

なのはから見て、カイは札を選ぶ際に必要以上に悩んでいるように見える。
それなら元から戦士としての勘に従って札を取ればいいのではないかと思ったのだ。

「……やってみる」

かくして、なのはのアドバイス通りにカイは自らの勘に従ってフェイトが自分に向けたカードを一枚取った。
その結果は……

「……バアちゃんだ」

カイの戦士の勘は確実に敵(ジョーカー)を引き当てることに成功した。





「つまんな~い」

それから再び何戦かを終えたものの、ビリは決まってカイだったためヴィヴィオやコロナが飽きてしまった。
なのはとフェイトは毎回ジョーカーを手に取るカイにわざとやっているのかとも思ったが、ジョーカーを引くたびに落ち込むカイを見ているとわざとではないと思いなおすものの、よくもここまで……とも感じずにはいられなかった。

「じゃあ、次は何をしようか?」

なのはとフェイト、二人に促されてヴィヴィオとコロナは考え込むものの、コロナが家に帰る時間になりその日はそこでお開きとなった。





その日の夜、夕食を食べ終えたなのはとフェイト、そしてヴィヴィオは自室でテレビドラマを見ていた。
カイは既に寮の前にあるテントでザフィーラを枕代わりにして眠っているころだろう。
実はカイのテントだが、今は寮全体を外敵から見回る警備室のような扱いを受けている。
機動六課全域をカバーするわけではないが寮の部屋などに比べて行動を起こしやすく、以前フェイトに破壊されたことによりフェイトが買いなおしたことでより広くより快適になったこともあり、ザフィーラも夜は部隊守護のためにここを拠点とするようになったのだ。
知能は別として戦士として高い能力を持つカイが住んでおり、カイの実力を知らない者にとってもザフィーラが部隊守護を担っているという安心感もあって、寮で過ごしている間はよっぽどのことがないかぎりリラックスして過ごすことができるようになった。
もっとも、そんなことを知るはずも無いヴィヴィオはただ単にザフィーラも一緒ならカイが寂しくないと思うくらいである。
そんな中、ヴィヴィオがテレビドラマの途中であるものに興味を持った。

「ねえなのはママ、あれって何してるの?」

ヴィヴィオが見ていたのはドラマの中で男女のグループが割り箸のようなものに番号を書いて、「王様だ~れだ」の掛け声と共に割り箸を引いている光景だった。

「あれって……王様ゲームのこと?」
「王様ゲーム?」

何のことだかわからないヴィヴィオに向かってドラマ内で実際にやっているものをお手本代わりになのはとフェイトがヴィヴィオの説明していく。

「ふ~ん、なのはママくらいの人達がやるようなゲームなんだ」
「別に誰がやったっていいとは思うけどね」
「じゃあ、なのはママもフェイトママもやったことがあるんだよね」

ヴィヴィオの無邪気な視線と言葉になのはとフェイトの表情に影が落ちる。

(やったことありません……なんて言えないよね、フェイトちゃん)
(学生時代も管理局の仕事でアリサやすずか達と一緒に遊ぶくらいしか時間取れなかったもんね)
(本格的に管理局に入った後もあんまり他所で遊ぶようなこととかしなかったし……)

ヴィヴィオをごまかしつつ念話で緊急母親会議を始めるなのはとフェイト。

「やってみた~い」
「え?」
「やりたい……の?」

ヴィヴィオの無邪気な声に、なのはとフェイトは楽しみにしている愛娘を落胆させるだけの覚悟は持ち合わせていなかった。





「ヴィヴィ王ゲーム?」
「違うよ、王様ゲームだよ」

翌日、王様ゲームは人数がたくさんいたほうが面白いということでなのはとフェイト、はやてととリインフォースⅡを含めた守護騎士達、スバル達フォワード陣、コロナ、ヴィヴォオ、ヴァイス、カイの総勢16名の大所帯で行われることになった。
せっかくなのでちょっとしたゲーム大会のようにして、はやてが料理の腕をふるって様々なごちそうがあり、カイもどこから買って(狩って?)きたのか巨大な子豚の丸焼きを用意してきた。
はやてが喜び勇んで参加してきたのは寂しい青春時代を取り戻すためではない……と思われる。

「王様ゲームかよ」
「嫌なことを思い出させるな」
「前にやったときって楽しかったのよね~」
「俺は犬ではない」

何をやるのかわからずに集まった守護騎士の面々は、王様ゲームという言葉を聞いてシャマルを除いた全員が何かしら渋い表情で過去のことを思い返していた。

「ん?シグナム達はやったことあるん?」

シグナム達の様子を見たはやてが訊ねる。
主であるはやてから訊ねられたシグナム達は過去のことを思い出す。
シグナムは武装隊の飲み会で羽目を外しすぎた面々を酒の勢いがあったとはいえ夜中にしごき始めたこと。
ヴィータは自分は酔わなかったものの、酔った女性局員にものすごく子ども扱いされたこと。
シャマルは医務官同士の飲み会で普通に楽しんでいたこと。
ザフィーラは使い魔同士の飲み会で行った王様ゲームで犬扱いされたこと。
それぞれにトラウマやらなんやらの出来事があった。

「自分は守護獣なのですが使い魔の集いでアルフと一緒に参加して何……」
「私とヴィータは……一応武装隊の飲み会で何……」
「私は医務官仲間の飲み会で何……」
「リア充は出てけ!!!(やったことのある奴は出てけ!!!)」
「私はやったことないのに……アルフはやったことがあるんだ」

シグナム達が揃って『何度かやった』という言葉を言い終わる前にはやては守護騎士達を追い出した。
自分が寂しい青春を送っていたことに対して、シグナム達がそれなりに楽しんでいたことに対する怒り……ではないはずである。
本音と建前が逆になっているような気もしたが、誰もそのことにツッコミを入れるものはいなかった。
あくまでここに集まったのは王様ゲームをやったことのない面々が集まって遊ぶことが目的である……と、はやては決めている。
何気にヴァイスはやっていそうだが、男のメンツが少ないこともあってはやての視点では許容範囲とされている。
クロノやグリフィスを誘ってみたが断られた。
クロノはこめかみをヒクヒクさせて、いかにも仕事をしろと言いたそうだったがはやては無視した。
そうしなければ出番が減る一方だと理解していたからだ。
また、フェイトは自分の使い魔がなにやら楽しそうなことをやっていたことなど夢にも思わず、複雑な心境をどうすればいいのかわからずにいた。
こうして総勢16名から12名に人数は変更して王様ゲームは開始された。
ルールとして、基本的に王様の命令は絶対。
一気飲みに関しては未成年の者はノンアルコール、成人はアルコール……と言いたかったが、緊急出動のことも考えてアルコールは無し。
番号の教えあいはもちろんご法度。
これらが一応のルールとして立てられ、必要であれば順次ルールを追加していくこととなった。
唯一の問題点としては……

「おー様ゲーム……ヴィヴィオゥがおー様になるゲームじゃないのか?」

このメンバーの中で一番の問題児がルールを理解しているのか、というくらいである。





「王様だ~れだ」

ヴィヴィオの号令で全員が一斉に番号をふられたクジを引く。
そして栄えある最初の王様は……

「えっと、僕……です」

ライトニング3ことエリオ・モンディアルだった。

「んでエリオ、最初の命令は?」
「そうですね……」

はやてに促されたものの、エリオはどうしたものかと考え込む。
元からこうしたゲームなどやったこともなく、なおかつここにいる全員は基本的に自分より年上か上司のみ。
唯一キャロは同年代でスバルとティアナは同僚だが、この三人に当たり障りの無いピンポイントの命令を出せるわけもない以上、無難な命令が一番だと考え、周囲に目を向ける。

「えっと、それじゃ……9番の人がこれを一気飲みするっていうのはどうでしょう?」

エリオが出したのは片手で持ち上げるのは難しいほどの巨大なジョッキだった。
なぜそんなものが用意されているのかすらわからない。
みんなに渡されているグラスは基本的なサイズであるものの、明らかに普通とはかけ離れた大きさを持つジョッキにみんなの目が点になる。

「……ちょいと無難やけど最初やからそんなもんかな」
「それで……9番の人って誰?」

あまりの大きさに一瞬だが言葉を詰まらせたはやてだったが、内容そのものはありきたりだったため、特に気にせずにフェイトと一緒に先を進める。
そんなみんなの前に小さな手が力なく上げられた。

「9番は……リインです」

覚悟を決めたような声でリインが手を上げる。
その様子を見た全員がリインとジョッキのサイズを見比べて言葉を失った。
リインとジョッキのサイズ差を簡単に現すのなら、リイン3人分がジョッキの中に軽く納まるという言葉で充分だった。

「い、いくです……」

誰が止めるでもなく王様の命令は絶対という暗黙の了解、その命令を実行すべく、リインは自分にとっては無謀とも言える命令を実行した。
結果……

「も、もう……飲めないです。ジュースは飲んでも……呑まれる……な……です」
「ご、ごめんなさい」

リインフォースⅡ、リタイア。エリオの撃墜数+1。決まり手、溺死。
ちなみに、アウトフレームになれば大した問題ではない……とは誰も言わなかった。





「王様だ~れだ」
「……私です」

次の王様になったのはキャロだった。

「キャロ、どんな命令にするの?」

フェイトに促されたキャロは人差し指を口元に当ててしばらく考え込む。

「う~んと……そうだ、6番の人がお肉を食べる」

キャロが指差したのはカイがどこからか用意した子豚の丸焼きだった。
あまりにもでかいため、誰も手をつけることがなかったのだ。

「ん~、まだたくさんあるし多めに切り分けてそれを食べてもらうっちゅうことでええかな?」
「はい、それでいいです」
「それで6番は誰?」

ティアナが確認するため辺りに視線を向けたとき、偶然カイの姿が入った。
カイのその腕にはフリードが抱かれ、カイは涙目になりながらフリードに話しかける。

「オニク、お~様が……お前を食べろだって」
「きゅ~」
「オニク、俺と一緒に戦ったのに……ゴメンな。お~様の命令……ギャオの命令は絶対なんだ」
「きゅ~」

フリードも覚悟を決めたのか、目を閉じて最期の時を待つ。
主であるキャロの非常な命令、フリードは竜の誇りにかけてその命令に殉じる覚悟だった。
カイは大きく口を開いて今にもフリードをその口の中へと誘う。できることなら苦しませずにキャロの命令を実行するために。
フリードは閉じた瞳を開いてカイを待ち受ける。主の命令を真摯に受け止め、これこそが自分の忠誠だとでも言うように。

「いただき……もす」
「きゅ~」
「止めろぉおおおおおお!!!」

目を閉じてフリードに別れの『いただきます』を言って大口を開けるカイを遮るかのようなヴァイスの叫びの元、全員が一斉にカイに飛び掛りフリード救出作戦が開始された。





「フリード、ゴメンね、ゴメンね」
「きゅ~」
「おー様の命令、絶対じゃないのか?」
「カイはとりあえずこれを食べててね」

フリード捕食事件からなんとかフリードを奪還したキャロは、両腕で抱きしめたフリードに向かって謝罪を繰り返す。
カイはどうして止められたのかわからず疑問に思いながらも、フェイトが子豚の丸焼きをナイフで切り取って皿によそったものをモグモグと噛み締めていた。
キャロ・ル・ルシエ、リタイア。決まり手、カイ襲来。





「王様だ~れだ」
「うっし、ついに私が王様や!!!」

次に王様になったのは機動六課部隊長八神はやて。
はやてはよっぽどうれしかったのか、王冠のマークの入った割り箸をみんなに見せびらかすように振り上げていた。

「んでもって、王様の命令……」
「いやな予感しかしないんだけど……」

獲物を狙うように目を光らせるはやてにフェイトは不安しか湧き上がらない。
その不安からか、手に持った6の数字の入った割り箸を握る力が強くなる。
そして高らかに発表される王様の命令は……

「王様が1番の胸を3分間揉みまくる!!!」

己の欲望に真っ正直なものだった。

「1番……よかった」
「私じゃない」

なのはとフェイトが安堵の表情を浮かべて己の無事を喜ぶ。

「む~、また私じゃない」
「また外れちゃった」

ヴィヴィオとコロナも好奇心のほうが勝っているのか、外れて残念そうな声を出す。
スバルやティアナ、エリオも違うようで露骨に安心したようにため息をついていた。
こうなると残りのメンツはカイとヴァイスの二人。
はやてとしては男の胸を揉んだとしても面白くもなんとも無い。
これは王様の自爆かと思ったその時、意外な一声が聞こえてきた。

「きゅ~」

はやての目の前にやってきたのはキャロの腕の中にいるはずだったフリード。
その口には1の数字が書かれた割り箸が咥えられている。
リタイアしたキャロの代わりにフリードが参戦したのだ。
フリードが王様になったらどうするつもりだとか、それ以前にフリードがクジを引いた時点で気付けだとか言う者は誰もいなかった。
なぜなら……

「揉まんと……あかん?」

王様の疑問に全員が当然とでも言うように頷くことが先だったからだ。
はやての精神にダメージ+1。フリードの性感+1。





「王様だ~れだ」

フリードを抜けさせて残り10名で再び『サバイバル』という言葉が最初に付きそうな王様ゲームが続く。
王様ゲームのことを知っている者は『王様ゲームってこういうものだっけ?』という疑問があるものの、誰もそれを言う者はいない。

「っしゃ!!!俺が王様だな」
「ヴァイス君が王様って……不安しかないんやけど」
「同感です」

はやての言葉にティアナが速攻で頷く。これが普段の行いによるヴァイスの評価といったところだろうか。

「まあまあ、ここいらで俺がドーンと盛り上げてみせますって」
「王様の命令は?」

盛り上げる、この一言に反応したヴィヴィオがやっと自分でも楽しめると思ったのか、嬉々としてヴァイスの命令を待つ。

「3番と……」
「ヴィヴィオだ~」

ヴァイスが言い終わる前に、ようやく自分も遊べると思い反応してしまったヴィヴィオ。

「8番がポッ○ーゲーム……って、全部言い終わる前に嬢ちゃんが言っちゃダメだって」
「8番……じゃない」

ヴァイスがヴィヴィオの先走りを注意する傍ら、フェイトは自分の番号を見て崩れ落ちる。
愛娘とうれし恥ずかしポッ○ーゲーム、その夢は儚く散った。

「8番……私だ」
「コロナとなんだ。……ポッ○ーゲームって何?」
「さあ?」

元から王様ゲームがどういったものなのかわからず、それに関係する知識もないヴィヴィオとコロナが頭を捻っている。
そんなヴィヴィオ達に教えるようにはやては一本のスティック状のスナック菓子にチョコレートをコーティングしたお菓子を渡して内容の説明を始める。

「えっと、私とヴィヴィオで手を使わないで両端からこれを食べるだけ?」
「これってゲーム……なの?」

ヴィヴィオ達としてはこれのどこがゲームなのかわからないが、一応王様の命令ということで『ポッ○ーゲーム』を始めた。

「ヴィヴィオゥとコロコロ、お菓子食べてる」

そんな二人……ではなく、二人が食べているお菓子をカイは羨ましそうな視線を向けて見つめていた。
カイの持つ皿にはまだ子豚の丸焼きの残りがある。お菓子を食べるのは皿の肉が無くなってからと言われている以上、カイは黙って肉を食べるしかなかった。

「ヴィヴィオとポッ○ーゲーム……いいなぁ」

ヴィヴィオとコロナのヴァイスへの好感度+1。カイの食欲+1。フェイトの嫉妬+1。
しかし、ヴァイスが未確認生命体第30号との戦いで第4号に攻撃をしてしまったことがばれたため、ヴィヴィオとコロナのヴァイスへの好感度-1。





「おっしゃ、また王様や」

王様を引いたはやては今度こそ己の欲求を満たそうときわどい命令を考えて……少し思いとどまった。
この王様ゲーム、命令の内容は王様の意思で自由にできる。
しかし、それを実行する、実行される相手を王様が自分で決めることはできない。
王様が決めることができるのは命令の内容と番号だけ。
ここで問題なのは指名される番号に誰が当てはまるのか、ということだ。
たとえば、ここで再び王様が1番の胸を揉むという、揉み魔こと『セクハラ大帝揉みキング』としては至福の命令であっても、その1番がカイやヴァイスだとしたらはやてとしてはノーサンキューだ。
揉んでも楽しくないのだから当然だ。
エリオははやてとしてはなんとか許容範囲内だが、これから自分好みに発達などするわけもない以上面白みがない。

「はやてちゃん、どうしたの?」

あれこれ悩んでいるはやてに気がついたのか、なのはがはやての顔を覗き込んできた。
そう、はやてとしては例えばなのはやフェイトの胸なら問題は何もない。
問題は揉んでも面白みのまったくない男共のみ。
なら、自分が直接関わることをせず、外から鑑賞すればいい。
そうすれば自分で揉めないという不満はあるがそれを横から楽しむことができるし、男同士なら見なければいいだけだ。
そう結論付けたはやてはニンマリと笑って己の欲望を晒した。

「3番が1番の胸を揉む」

はやては、ふふんと良いものを見させてもらおうとふんぞり返りながら命令を下す。

「3番……誰だろ?」
「……私じゃない」

なのはの声にスバルはしゅんとした声で自分ではないことをアピール。
スバルも一時期、朝のコミュニケーションとしてティアナの胸を揉んでいたことがあり、同性同士でそういったことをすることに抵抗などなかったし、柔らかいティアナの胸を揉むことは落ち着いたこともあり、他の人の胸を揉む機会が失われたことを残念に思っていた。

「んで、3番は誰?」
「3番……僕です」

はやての、王様の言葉にエリオが小さな声で名乗りを上げた。
真面目なエリオにとってはどうしても当たりたくなかった番号だが、誰かにとっては運が良く、エリオにとっては運が悪く当たってしまった。

「じゃあ、1番は……」
「男の人でありますように、男の人でありますように……」

はやてがエリオの相手が誰なのかを確認するべくみんなを見渡し、エリオは女の人の胸を触る恥ずかしさより男の人のほうがマシだと祈るように手を合わせる。
しかし……

「私が1番だよ」

エリオの祈りは届かず、はやてにとっては面白い人物がセレクトされた。
1番を引いたのはエリオ・モンディアルの保護者でありライトニング分隊の隊長、フェイト・T・ハラオウン。
はやてとしては揉まれる側に来てほしい人物のトップを張る人間である。
そのため、ここから先の展開が大いに期待できるというものだ。

「んじゃエリオ、早速逝ってみよか」
「やっぱり、逝かないとダメですか?」
「もちろん、フェイトちゃんを絶頂(イカ)せんと」

なんとなく会話が噛み合っていないものの、そんなことは問題ないとでも言うようにはやてはエリオを急かす。
だが、エリオとしてはそんな命令はできれば聞きたくない。
何とか別の命令にできないものか交渉を始めた。

「ん、そんじゃこんなんはどうや?」

はやての提案したアイディアは……エリオをさらなる絶望へと追いやった。

「それじゃあエリオ、さっさと始めようか」
「……フェイトさん、本気ですか?」

エリオと向かい合うように座ったフェイトの格好は一言で言うなら黒のレオタード、詳しく言えば真ソニックフォーム時のバリアジャケットだった。
フェイトはこの姿になることでより速さを重視した戦いが可能になるが、今回はそんなことまったく関係が無い。
はやてが提案したのはフェイトが真ソニックフォームのバリアジャケットになって命令を行うというだけである。
エリオの交渉に最初から聞く耳など持っていなかった。
完全に今までの出番の少なさにより暴走していると言ってもいいのかもしれない。
そして肝心のフェイトだが、これがカイやヴァイスなら抵抗があったものの相手が自分にとっては息子のような存在であるエリオのため、恥ずかしさが無いわけではないが親子のスキンシップなら問題ないと思っているためそこまで大きな拒否反応はなかった。
むしろ、普段あまり甘えてこないエリオとスキンシップをとることは、フェイトの方こそ望んでいるようなものだ。

「そんじゃエリオ、早速逝ってみよう」

こうして八神はやての暢気な号令によって、騎士見習いライトニング3の絶望へと至る戦いの幕が上がった。

*以下、音声のみでエリオの勇姿をお楽しみください。

「エリオ、どうして後ろからなの?」
「前からだと顔が見えて恥ずかしいからです」
「そっか、エリオも男の子だもんね」
「えっと、それじゃ……逝きます」
「うん……んっ」
「ご、ごめんなさい、痛かったですか?」
「ううん、大丈夫。続けていいよ」
「そ、それじゃあ失礼して……」





-3分経過-





「3分経ちましたよね」
「そうだね」
「……ちょい待ち。まだ1秒も経ってないで」
「……え?」
「言うたよね?胸を揉むって。エリオ、フェイトちゃんの胸に手を当ててただけやんか」
「それは……その……」
「ちゅうわけで、しゃあないからエリオを手伝ったるわ!!!」
「ちょ、どうして後ろから僕の手を掴むんですか?」
「このままじゃいつまで経っても終わらへんやろ?せやから、私がエリオの手の上から手伝ったるわ」
「や、八神部隊長、背中に、背中に当たってますって」
「大丈夫や、当ててるんやから。フェイトちゃん絶頂(イ)くで!!!」
「え?ちょっと、はやて?そんな強く……ふあ……んんっ、あぁん……くすぐったい……」
「ええのんか?これがええのんか?」
「ち、ちがっ、ふあん、だ、ダメ……うくっ……そんなところ摘まんじゃ……ダメ」
「ふ、ふふふ、ここなんか?ええよ、ええ感じや」
「そこは……ダメぇええええええ!!!」





-3分経過-





「エロ、生きてるか?」
「その呼ばれ方、今日は否定……できない」

結果として、エリオ・モンディアル、ムネヲ・モンデヤルに改名。精神にダメージ+10000、リタイヤ。決まり手、保護者と部隊長のバストアタック……ではなく、保護者にバストアタックした際の弾力とかすかなあえぎ声によるカウンター+背後から部隊長のバストアタック。フェイト、エリオとのスキンシップにまんざらでもなく親→子への絆+100。はやて、期待以上の成果に満足度+100、さらなる欲望が湧き上がる。全世界のオッパイは私のものフラグ成立。
カイから見てエリオとフェイトとはやての間で友好度+10。ヴィヴィオとコロナ、保護者達に目隠しをされていたため何が起きていたのかよくわかっていないので困惑度+10。ヴァイス、前かがみにより回復までの時間5分を要する。なのはとスバルとティアナは機動六課部隊長にイエローカード。
エリオに唯一の救いがあったとすれば、鼻から赤い雫を垂らさなかったことであった。





「王様だ~れだ」
「……私か、どうしようかなぁ」

次に王様を引き当てたのはスターズ1の高町なのは。
王様を引き当てたなのははみんなを一通り見渡すが、誰がどの番号なのかなどわかるはずもない。
どんな命令を出せばいいのかもわからない。
そのため……

「う~ん、7番と8番が……今この場で朝の教導のアップを一通りやるっていうのはどうかな?」

体育会系のノリで行くことにした。

「なのはさん、ヴィヴィオやコロナに当たったらどうするつもりなんだろ?」
「量を減らすんじゃないの?一応私達の時だって、個人に見合った量にしてたみたいだし……」

この命令の一番の問題点となりそうなヴィヴィオとコロナのことを心配したスバルがティアナへと耳打ちをする。
ティアナもそうなった際のことをなのはが考えていると既に思っていたのか、スバルの問いに特に深く考えずに答えた。
なのはのこの命令、スバルやティアナ、エリオは普段からやっていることもあって当たったとしてもそれほどしんどくはない。
フェイトも執務官として行動する以上フィジカルトレーニングを欠かさずに行っているし、ヴァイスもG3-Xを装着するための筋力トレーニングを行っている。
カイはわざわざ言う必要もなく、未確認生命体と戦っていることから身体面の能力の高さはもはや言う必要はないだろう。
唯一の問題点はまだ小学生のヴィヴィオとコロナだけである。
遊びたい盛りの子どもが身体強化系の魔法など覚えているわけもなく、スバル達のやっているようなアップをするとなれば、ものの数分でダウンすることだろう。
そのためヴィヴィオとコロナ、この二人にさえ当たらなければ何も問題のない命令……のはずだった。
そして、その番号に当たったのは……

「7番……私や」
「8番、俺だ」

機動六課部隊長、八神はやてと未確認生命体第4号ことカイだった。

「はやてちゃん、カイ君がんばろっか」
「お、お手柔らかに、高町教導官」
「何やるんだ?」

結果として、八神はやての体力-10000。八神はやての体重数%減。八神はやてリタイア。決まり手、運動不足と体力不足。翌日の筋肉痛+始末書フラグが成立。もう一枚のイエローカードを待つこともなく退場が決定。
カイ体力変化無し。空腹度+10。シュークリームへの執着+1000.





「ねぇ、ティア……王様ゲームってこんなのだったっけ?」
「……知らないわよ」
「いや、明らかに違うだろ」

スバルの疑問にどうでもいいとでも言うように答えるティアナ。
ヴァイスも自分の知っている王様ゲームと明らかに違うため呆れながら答える。

「王様だ~れだ」
「……俺だ」

そんなティアナ達を無視して次に王様になったのはカイだった。

「命令、命令……えっと……1番がお~様にシュクーリム食べさせる?」
「1番……俺かよ」

カイの命令にヴァイスが肩をがっくりと落とした。
普通ならここで女の子に食べさせてもらえれば男としてはテンションが上がるのだろうが、男同士だとしたら心の中に空しさだけが残るものだろう……普通ならば。
しかし、この命令を発したカイにはそんな裏の事情など考えるはずもなく、ただ単にシュークリームを食べたいという欲求だけであり誰が食べさせるのかということはまったく問題ではなかった。
結果として……

「シュクーリム、美味かった」
「……ああ、そうかい」

カイのヴァイスへの友情度+1。ヴァイスの精神的疲労+1。カイのシュークリーム愛好度+10000(限界値無し)。










そこから先も王様ゲームは『サバイバル王様ゲーム』と名前を変えて執り行われた。
あまりにも内容が内容のため、簡潔に記載すると以下のようになる。

王様はスバルで『フェイト・T・ハラオウン執務官の真ソニックフォームを模した水着を着る』という命令に、番号が当たったティアナ・ランスターは即リタイアを宣言。
決まり手、羞恥心。
フェイト、真ソニックフォームのデザインについて真剣に考えることを決意する。

ヴィヴィオが王様になり『お互いに自己紹介しあう』という命令で、カイとなのはがお互いに自己紹介しあうことになる。結果、カイがなのはのことを『タトバ』と呼んでしまったことによる「プータン参上」の掛け声とともにルーテシア来襲。ルーテシアとレイジングハートによる『なのはソング+ツッコミ』により、高町なのははリタイアを宣言して泣きながらいずこへと飛び去った。ルーテシア、その後すぐに「じゃ」と言い残して去る。
決まり手、名前を呼べない。

フェイトとコロナが『シュークリームをお互いに食べさせる』という命令だったが、用意されたシュークリームが無くなったことによるショックで王様を引き当てたカイがリタイアを宣言。直後シスターシャッハからシュークリームの食べすぎはダメだと通信が入る。
決まり手、シュークリーム消失。シスターシャッハによるピーマンフラグ+カイとシスターシャッハのデッドヒートフラグ成立。

ヴィヴィオが『王様を膝枕』という命令でフェイトの殺気がミッドチルダを包む。当たってしまったヴァイス・グランセニックがリタイアを宣言。
決まり手、俺はロリじゃない、ロリじゃないんだ。

コロナ、王様になるものの聞いていた王様ゲームの内容と段々かけ離れていることに困惑し、リタイアを宣言。
決まり手、訳がわからないけどなんだか怖い。





こうして生き残ったのはフェイト、スバル、ヴィヴィオの三人になったところでサバイバル王様ゲームは終了となった。
これからのち、生き残ったスバルは再びこう言い残したという。

「王様ゲームってこんなんだったっけ?」

と……。















機動六課から遠く離れた無人のバーでは、今まさにここから先の運命を決めるゲゲルが執り行われていた。
そのゲゲルとはゴグガラゲゲルと呼ばれ、ゲリザギバス・ゲゲルの順番を決めるために遊びで提案されたものだった。

「王様は……俺だ」
「むぅ」
「バダーよ、してお前の命令はなんだ?」

進行役であるバルバが王様役を引き当てたバダーへと声をかける。
よく見てみるとバダーとガドル以外は皆床へとうずくまっている。
このゲゲル、最初は現代のリントの言う王様ゲームと同じルールだったのだが、いつしか王様を引き当てたものが番号ではなく相手を直接指名して命令を下し、それを実行できたら次のゴグガラゲゲルへ実行できなければリタイアして最後に残った一人が次のゲリザギバス・ゲゲルの挑戦者となる、というルールにいつの間にか変わっていた。

「俺の命令は……ガドルが裸踊りをする」
「……そんなことできるか」

この瞬間、次のゲリザギバス・ゲゲルの挑戦者が決定した。

「次のゲリザギバス・ゲゲルの挑戦者は……地獄のライダー、ゴ・バダー・バだ!!!」

愛機バギブソンに跨り、声高く叫ぶバダーに答える者は……

「制限時間は……4時間で99人。ルールは鋼の馬から引きずり落として……轢き殺す」

状況的には問題はないのだが、雰囲気的に場違いな言葉を発したドルドだけだった。










注意:グロンギ側は完全におまけ扱いですので、このようなやり方でゲゲルの順番を決めていたとは決して思わないようにしてください。





今回のグロンギ語……ではなくグロンギ用語

ゴグガラゲゲル
訳:王様ゲーム










はやてをエロ親父にしすぎた気がします。
次回からはバダー戦となります。



[22637] 第35話 矜持
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/11/09 13:32





作物の収穫を行う大人達から少し離れた場所で、村長の息子のリクとこの村で保護されたリクが、収穫された作物を運ぶべく荷台へと作物を括りつける作業に没頭していた。

「リク、そっちを押さえてくれ」
「……こう?」
「そう、その間にまとめるからもう少しそのまま」
「……わかった」

もっとも、括りつける作業の進行は村長の息子の手で行われる。
それというのも、保護されたリクはあまり自発的な行動を起こさないからだ。
保護された当初、リクは何かを問われれば返事はするものの、それ以外では身動きをとることもなくその場でぼんやりしていることが多かった。
村長のカザはリクのその様子をグロンギに襲われ家族を殺されてしまった恐怖の後遺症なのかもしれないと思い、息子のリクに世話をするように言ったのである。
村長の息子のリクにしても、これから一緒に暮らしていくことになったリクを新しくできた弟のように感じ、保護されたリクに優しく接していった。
それからしばらく経ち、ようやくリクも少しは村に馴染んできたのか、村長の息子のリクと共に村の仕事を手伝うようになった。
だが、ここで少しだけ問題が発生する。
それというのも、二人の名前が同じリクだということだ。
この村にはリクが保護されるまで同じ名前の人間が存在することは無い。
それというのも、この村で生まれた者全てが両親とその時の村長の間で名前が決められ、同じ名前を持つ者がいないようにしていたのだ。
同じ名前でないことで他者との区別がつくのだが、この二人ではそれが当てはまらない。
そのため、リク同士以外では別の名前で保護されたリクを呼ぶようになった。

「リク、ダイ!!!」

村長の息子リクの幼馴染であるラトが二人の下へと名前を呼びながら息を弾ませながら走ってきた。
ダイ、それが保護されたリクの新しい名前だった。
陸と同じ意味を持つ大地からとった新しい名前。
本来付けられた名前と意味合いは同じでも違う名前に拒否反応を示すかと思ったが、当の本人はそれを戸惑うことなく受け入れた。
むしろ、同じ名前である村長の息子のリクのほうがダイと呼ばれることになった少年以上に戸惑いを覚えてしまった。

「ラト、どうしたんだ?」

しかし、戸惑いは未だに残るものの、ダイがそこまで気にしていないのを蒸し返すのもどうかと考え、何か慌てた様子を見せるラトに問いかける。

「おじ様……村長がすぐに二人を呼んでくるようにって」
「父さんが?」
「……俺も?」

いきなりの呼び出しにリクとダイが不思議がる。
リクの方はいきなり呼び出されることにある程度の予想はついていたが、ダイと一緒に呼び出されるということに疑問を持っていた。
一方でダイは基本的にリクと一緒に行動することが多いため、ついでに呼ばれただけだとも感じた。

「うん、二人とも来るようにって。呪術師の婆様も一緒だし……何の話なんだろ?」
「婆様も?……リク、急ごう」
「……わかった」

ラトはそこへ行くことを許されなかったのか、リクとダイの仕事を代わると告げ、リクとダイは二人で村長達の待つ場所へと向かった。





「父さん、話って何?」

それから村長達のいるテントに足を踏み入れると、しわがれた声で奇妙な呪文を唱える呪術師の姿があった。
テントの奥には村長のカザの他に、この村の決定権を持つ年長者達もその呪術師の動作を見守っている。
呪術師のことをよく目を凝らしてみるとその体は小刻みに震え今にも発狂しそうな雰囲気を持っていたため、ダイはリクの後ろに隠れて様子をうかがう。
リクはそんなダイに大丈夫と告げるように手を握ると、呪術師の呪文が終わるのを待った。
それから10分……いや、1時間だろうか、ダイが気がついたときには呪術師の呪文は終わり、呪術師がテントの奥にいる村長へと向き直ると言葉を紡ぐ。

「出ましたぞ。この村を守護する戦士……クウガとなる者の名前が」
「そうか、して、その者の名前は?」

村長の右に座る者が急かすように呪術師の言葉の先を促す。

「戦士の名は……リク」

呪術師の言葉にテントの中にいるカザ以外の全員が納得したかのような安堵の息をつく。
クウガ……グロンギに対抗するための力を持つリントの戦士の名前であり、その身に霊石を宿すことによって常人とかけ離れた力を手にすることができる。
その戦士となる者が大人達も含めた中でもっとも心技体に優れたリクであるという祈祷の結果が出たことで周囲は安堵の息を漏らしたのだ。

「リク、聞いたか?」
「はい、父さん」

そんな中、カザだけは入り口からリク達が入ってきたのに気付いたのか、確認するようにリクへと問いかける。
リクとしては前もって聞いていたせいか、特に驚いたことも無く父であるカザの言葉に頷いた。
しかし、ここで予想外の出来事が起きた。
他ならぬダイの存在だ。
以前の本当のダイの名前がリクであることは村の全員が知っている。
そのため同じ名前ではややこしいから新しい名前を与えたが、それはリクとダイを区別するだけの仮初めの名前に過ぎない。
となると、この祈祷の結果がダイのことを示していると感じる者がいたとしてもおかしくは無いだろう。
事実、その考えに至った者がいるのか、余所者がこの村を代表する戦士になるかもしれないと大声を張り上げる者もいる。
だが、ダイはそもそもクウガという意味すら理解していないし、自分が呼ばれたのはリクといつも一緒に行動しているから程度にしか思っていない。
そのため、ダイはそんな言葉に何も返すことができなかった。
しかし……

「リクは僕の弟だ。余所者じゃない」

ダイにとって新しくできた兄、同じ名前を持つリクがダイを庇うように声を張り上げた。

「それに、クウガになってグロンギと戦うのはこの僕だ。リクが戦う理由はどこにもない」

今までのリクにとって、クウガになるということはそこまでこだわるべきことではなかった。
だが弟、ダイが自分の元へ来たことによって、新しくできた弟がこれ以上辛い目に会わせたくないという思いが、自分がクウガになるという決意をより強くさせた。

「僕がクウガになるのが決まったのなら、クウガになるための修行を続けてくる」

リクは自分の言いたいことを告げると、決意を新たに未だこの村までは勢力を伸ばしていないグロンギと戦う力を手にするため、少しでも強くなるべく修行を続けると言い残してダイを置いてテントから出ていった。

「……ダイ、話がある。一緒に来なさい」

カザは飛び出したリクを呆然と見送ったダイを促し、そこにいる全員にこれで話は終わりだと告げるとダイを連れてテントから出て行く。
ダイもカザの後をしばらく黙ってついていくと、カザはとある洞窟の前で止まった。
そして、そこで持ってきた松明に火を灯すとダイについてくるように促して先へと進む。
最初は人が一人入るだけでも狭かった通路は、少し奥に行くことによって開けた広い敷地へと形を変える。
正面の壁の前には何かを奉っているような祭壇があり、そこには赤い色をした宝玉が松明の灯りを受けて衰えを知らない輝きを放ってる。
そして、正面にある壁こそがカザがダイに見せるために連れてきた目的のものであった。

「……これはなに?」

ダイの目の前に広がるのは壁一面に描かれた絵だった。
この壁画には赤と青と緑と紫の四色に分けられた戦士の姿がある。
その絵は、赤い戦士が蹴りで黒い影を倒していたり、青い戦士が長い棒のようなものを巧みに操って黒い影を翻弄したり、緑の戦士が弓矢で空を飛んでいる黒い影を射落とそうとしていたり、紫の戦士が手に持った巨大な剣で黒い影を一太刀で切り伏せる絵だった。
そして、四人の戦士が描かれている壁画よりもさらに上に黒い戦士の姿があったのだが、ダイはそれを見えていたのにも関わらず無意識に見えていないとして、カザに四人の戦士だけを指差して尋ねた。

「これはクウガ、この村を守る力を持った戦士を描いたものだ」
「……クウガ?」

カザから聞いたこの村を、つまりはリントを守る戦士の名前を聞いたダイに一つの疑問が出てきた。
ダイが以前住んでいた村にも戦士の言い伝えがある。

-荒れ狂う海のごとく全てを飲み込み、その上に座する者-

-その名は海座(カイザ)-

そう、クウガではない。現にダイはグロンギに襲われたとき、グロンギともまた違う異形に助けられたのだ。
もっとも、それは気を失う寸前だったこともあり、その時に自分を助けてほしいと願ったことによって見た幻かもしれない。
だから、ダイはカイザのことをカザに告げることはなかった。

「ダイ、これからリクはクウガになるために修行を続けることになる。ダイにはその手伝いをしてほしいのだ」

この村にはまだグロンギの魔の手は迫っていない。
その間にリクがクウガになるための厳しい修行の手伝いとして常に一緒に行動するようになったダイを相手としてカザは選んだのだ。
一方、ダイはそんなカザの想いなどわかるわけもなく、ただ自分は常にリクと行動するという考えだけを持っていたため、たいして気にすることも無くカザの言葉に頷いた。










深夜のミッドチルダの北部、満月が空に光を放つそこでは一人の薄汚れた男が自分の力を取り戻すべく獲物を探し求めていた。

「力が……足りぬ」

まるで今の自分の力は本来の自分の力ではない、そう言い聞かせるようにゆっくりと足を動かしながら獲物を狙う狼のように眼光を鋭くして獲物を探す。
そして、ようやく獲物を見つけた。
薄汚れた男の前に一人の青年が怯えて立っている。
少なくとも薄汚れた男にはそのように見えた。
青年の顔が影に隠れていたためその怯えが確かなものとは言えないが、自分の力、そして本来の地位を考えれば怯えひれ伏すのは当然だと薄汚れた男は思っている。
しかし、もし薄汚れた男がその青年の表情を見たらどう思うだろうか。
丁度その時、青年は少し薄汚れた男へ向かって歩き出したことによって、影に隠れた顔が月明かりであらわになる。
そこには怯えた顔などはどこにも存在せず、確かな意思を秘めた目が薄汚れた男へと向けられていた。
そして、陰に隠れて見えなかったが、その右手には青年の身長と同じ長さの棒を持っている。

「貴様は……」
「グロンギ……だな」

薄汚れた男が闘志をむき出しにしている青年の正体を問う前に、青年は薄汚れた男の正体を言い当てる。
それと同時に青年は手に持った棒を構えると、猛然と駆け出して薄汚れた男に向かって振り下ろした棒の一撃を叩き込んだ。
が、青年が闘志をむき出しにしていたことで攻撃の軌道を読めていたのか、薄汚れた男は高く跳躍すると青年から少し離れた地面へと着地する。
しかし、その跳躍は薄汚れた男から見て明らかに弱々しいものだった。
本来ならば青年の目の届かない場所まで跳躍することができる。
いや、本来なら青年から逃げ出す必要すらない。
薄汚れた男が敗北した相手はただ一人。
その相手に復讐を遂げるまで、グロンギという種の繁栄を終えるまで滅びるわけにはいかない。

「貴様はこいつらと遊んでいろ」

今はこの場から離れることが先決と決めた薄汚れた男は、自分の影から奇妙な顔の怪人を20体ほど生み出すと青年へと襲いかかるように命じる。
青年は猛然と向かってくる怪人、ベ・ジミン・バの攻撃を棒で受け流して後方へと跳躍する。
そしてジミン達から少し離れた場所に着地すると、やや落胆したような声を出した。

「やはり、このままじゃまともに戦えない……か」

意を決してそう言うと、青年の腰に何かベルトのようなものが浮き出てきた。
銀に塗られたベルトの中央には光を放つことのない漆黒の石が埋め込まれている。

「……変身」

青年が呟くと同時に、青年の体は異形へと変化を開始する。
全身を黒いスーツで包み、胴と肩には青い鎧、黒い鉄兜の目に当たる部分には青い巨大な複眼、そして黄金の角。
手に持った棒も青と金に塗られたロッドへと変化する。
その変化した姿、それを見た薄汚れた男は、その存在が自分を打ち倒した者と同じ存在、怨敵と同じ姿であることを知る。
しかし、明らかに違う要素があった。
それは変化する前の青年の顔だ。
自分を打ち負かした男はあのような顔ではなかった。

「貴様は……何者だ」

だからこそ、薄汚れた男はもう一度青年に向かってその正体を問う。
青い異形へと変化した青年はジミンをそのロッドで打ち倒しながら、薄汚れた男へと距離を詰めていく。
そして、最後の一人を倒したところでロッドを薄汚れた男に向かって突き出す。

「今の僕の名は……カイザ」
「カイザ?いや、貴様は……カイザなどではない」
「黙れ!!!」

名乗った自分の名を否定された青年、カイザは薄汚れた男の言葉を振り払うべくロッドを突き出す。
押し寄せる波のようなロッドの連撃。
しかし、薄汚れた男はその連撃を見切って、片手だけでロッドを掴むとそれを振り回す要領でカイザを地面へと叩きつけた。

「俺の知るカイザは……この程度ではない」

確かに自分の知るカイザと同じ、いや、もしかしたらそれ以上の連撃だった。
しかし、かつて自分の感じた何かとは明らかに違うそれは薄汚れた男にとって怖いものではなかった。
最初は逃げるはずだった薄汚れた男、最初は追い詰めていたはずのカイザ、両者の立場は一瞬で変わってしまった。
薄汚れた男は逃げるのではなく自分の力を完全に取り戻したときにその存在を滅するべくカイザをあえて見逃し、カイザは自分のもっとも得意とする技が何も通じずに去っていく薄汚れた男をただ見ているしかなかった。





薄汚れた男が姿を消して、ようやくカイザはその姿を元の姿に戻す。
そして立ち上がってその場を立ち去ろうとしたとき、突如胸を押さえて苦しみ始めた。

「ぐっ……がっ……やっぱり、時間が少ない……か」

カイザと名乗った青年は自分の腰に目を向けながら落胆したような声を出す。

「リク……ラト……僕は……僕でいられるのかな」

かつて愛した、いや、今も愛している者達に自分の不安を相談するように空に向かって想いを告げる。
最期の時まで自分は愛し愛する者達のために戦い続けることができるのか……と。
そして、愛する者と共にもう一度笑いあうことができるのか……と。

「僕が僕でいられる限り……リクだけに全て背負わせないから」

-死んで土に還る者のためじゃなく、空の下に生きる者のために牙を振るえ-

―それが空牙(クウガ)なのだから―

「僕が……最期にそう教えたんだ。でも、僕は……」

胸の痛み、それが物理的なものなのか、それとも心理的なものなのか、彼にはわからない。
ただ、愛する弟に教えたこと、それとは違う別の感情が今の彼を突き動かしていることだけは間違いようのない事実だった。










ミッドチルダ西部エルセアの外れ、無人の廃工場跡に獰猛な獣の唸り声が響く。
それと同時に地面と何かがこすれるような音と共に巻き上がる砂塵。
その唸り声の元凶である鋼鉄の馬、バイクを駆って廃工場という限られた区画を縦横無尽に駆け回っているのはガドルだった。
ガドルはバダーの愛機であるバギブソンとは別のバイクを力でねじ伏せて馬の手綱をとるように駆け回っていた。
それからしばらくして、がドルはバダーの前にバイクを止めると、バイクから降りてバダーの元へと歩み寄った。

「ガドル、やはりまだまだだな」

ガドルのバイクテクニックを見て、バダーは自分のほうが上だとでも言うように不敵な笑みを浮かべる。
それもそのはず、ガドルにバイクの指導をしたのは他ならぬバダーであり、そのバダーはそれよりも遥か以前にバイクを自分の手足のように操るだけのテクニックを手にしていた。
比べることがそもそも無理な話だった。

「バダー、貴様のゲリザギバス・ゲゲル、今から始めるが用意はいいか?」
「問題ない。リントを4時間で98人……楽勝だ」

ゲゲルの進行役を務めるバルバが二人の間に分け入って、バダーに確認するように言葉をかけた。
それにバダーが答えたことで狩ったリントの数をカウントする役目を持つドルドが異議を申し立てる。

「バダー、お前の条件は4時間で99人を鋼の馬から引きずり落として殺す……だ。98人ではない」

そう、バダーに提示された条件はドルドの言うとおりであり、バダーの言う数だと一人少ない。
だが、バダーはそんなドルド達の言葉を最初からわかっていたのか、不敵な笑みを変えずに返す。

「最後の一人はリントじゃない。最後の一人は……クウガだ」

それは何も過去に封印された恨みを晴らすだけの意味ではない。
バダーはその言葉を言うときにガドルへと挑発めいた笑みを浮かべる。

「俺がゲリザギバス・ゲゲルを成功させ、ゴオマが持ってくるであろうダグバのベルトを手にして『ン』の頂に立つ」

バダーがダグバの名前を出したことで、バルバの表情に一瞬だが陰りが出る。
以前バルバがダグバに再会したとき、ダグバはゲリザギバス・ゲゲルの行く末などまるで意味の無いような言葉を発しただけだった。

-大地と空の間で踊る-

ダグバの言った言葉の意味に未だ何も答えを見出せず、それでも今はゲリザギバス・ゲゲルを進めるしかないバルバはダグバが生きていることやゴオマがダグバの元へと下ったことを誰にも話せないまま今に至る。
そんなバルバの考えなど知らぬとでも言うようにガドルはバダーへと声をかける。

「簡単にクウガに勝てると思っているのか?」

それは決して負け惜しみではなく、今まで数多くのグロンギを倒してきたからこそ簡単にクウガを倒せるものとも思っていないし、ガドル自らが好敵手として認めた戦士であるクウガを侮るなという意味を込めた言葉だった。
しかし……

「俺がクウガとその犬に負けるわけがない。俺は地獄のライダー、ゴ・バダー・バだ」

バダーはバヅーを倒したときに現れたクウガと青い獣のことを思い出すと、不敵な笑みを浮かべたままそう言い残す。
そして、愛機バギブソンを駆ってゲリザギバス・ゲゲルを成功させるべくエルセアの街へと颯爽と走り出していった。





機動六課のとある場所では、とあるシスターがものすごい勢いで六課施設内を走り回っていた。

「カイ、どこにいるんですか!!!」

駆け回っているのは聖王教会に所属し、カリム・グラシアの秘書を務めるシスターシャッハ。
しかし、最近は別の役割も追加されてしまっている。
それは現在探している一人の青年の指導係というものである。
かつて聖王教会の敷地内で雑草を食べていたところを保護したことでできた奇妙な縁。
そこからあまりにも世間に疎い青年、カイを教え導くべく、シスターシャッハはその指導係を誰に言われるもなく自分の意思で決めた。
それが今でも続いているのも、ひとえにシスターシャッハの責任感の強さによるものだろう。
そんな彼女が機動六課にやってきたのは抜き打ちの生活態度検査のためだ。
最近は新しく修道騎士見習いとして入った弟子、シャンテ・アピニオンの躾……もとい、指導もあるため、あまりカイの様子を見ることができなかったため、抜き打ちで様子を見に来たのだ。
機動六課に来る前に朝の躾……もとい、指導で修道騎士として扱う武器をトンファーと言った愛弟子を双剣で叩きのめして。

「ゴウラム、カイがどこに行ったのか知りませんか?」

機動六課を駆け巡る中、シャッハはカイのテントでじっとしているゴウラムの元へと辿り着いた。
テントの主であるカイの姿はどこにもない。
ゴウラムとしても主であるカイのことを第一に考え、シャッハにカイの居場所を教えるわけにはいかない。

「教えてくれたら、次に来るときにゴウラムのご飯を多めに持ってきますよ」

シャッハの言葉の終わりから一秒も経たずに、ゴウラムはその自慢の角で機動六課の敷地から外に出るゲートを指した。





バダーがゲリザギバス・ゲゲルを開始して一時間、ギンガ・ナカジマ陸曹の所属する陸士108部隊にはバイクによる死亡事故の連絡が相次いでいた。
何れの被害者もバイクに轢かれている形跡があり、それが死因とされていることもあって連続殺人事件として取り上げられているものの、それが未確認生命体によるものだという断言はできなかった。
それというのも、今のところ事件が起きたときの目撃者がおらず、事故の詳細がまったくといってもいいほど集まっていないからだ。
そんなこともあり、ギンガの心の中にもやもやした感情が湧き上がっている。
ちなみに、すぐ傍で新しい家族となった者達のせいではないと思いたい。

「……バアちゃんだ」
「カイ、少しはポーカーフェイスというものをやったらどうだ?」
「チン○姉の言うとおりっす。カイは表情で簡単にわかりやすすぎるっす」
「いや、お前が言うなよ」

ギンガのすぐ傍では、シスターシャッハの生活態度抜き打ち検査から逃げてきたカイが、チンクとウェンディ、ノーヴェを交えてのババ抜きをしているところだった。
ちなみに、ザフィーラもカイについてきている。
それというのも、カイがシスターシャッハから、というよりも罰則になるだろうピーマンから逃げ出す口実にザフィーラ『と』散歩に行ってくると言ってその場から逃げ出したからだ。
ザフィーラ『の』散歩と言わない辺りが、カイにとってザフィーラがペットではなく友達であるということを端的に言い表しているだろう。

ナカジマ家において家長であるゲンヤ・ナカジマを除いたただ一人の男手、身分証には『カイ・ナカジマ』となっているその青年の正体が、ミッドチルダに出没する人々を襲う未確認生命体と戦う未確認生命体第4号という存在であることを知る者は少ない。
そんな数多くの未確認生命体を倒した未確認生命体第4号の弱点がピーマンであり、それから逃げるために実家のような場所に戻ってくるなど誰が予想するだろうか。
また、この未確認生命体第4号ことカイの弱点は他にもある。
ギンガが知るのはその中の一つで、小さい子どもならシャワーを頭から浴びるのに抵抗を見せるかもしれないが、カイはシャワーそのものを嫌がっている。
未確認生命体にそういった普通ならありえないはずの弱点があるなど誰も思いはしないだろう。

「……はぁ」

今もババ抜きで打倒ヴィヴィオに燃えるカイがチンク達を相手に奮闘するものの、それは空回りするだけで一度もビリ以外の順位をとったことがない。
ちなみに、最初はディエチ、オットー、ディード、ルーテシアと勝負したのだが、この四人のあまりのポーカーフェイスっぷりにカイこと未確認生命体第4号は完全敗北を認めるしかなかった。
もっとも、今も完全敗北を認めるしかない状況かもしれないが。

「……カイ」
「なんだキンカン、俺バアちゃん抜きやってるんだぞ」

ため息をついたギンガは、少し間を開けて深呼吸をするとカイに向かって笑顔を向ける。
それというのも、カイは人の表情の裏を読むことを苦手としており、これからお説教をする場合、最初は笑顔で話しかけたほうがカイの逃げ出す隙を与えないことができるからだ。
一方、カイもこちらも真剣勝負をしていると言うような口調で返事をした。

「うん、わかってる」

ギンガは連敗で不機嫌になっているカイに笑顔で答えるとカイの後ろへと回る。
新たにカードを配られたのか、カイの手元には5枚、チンク達にはそれよりも多くのカードが手元に残っている。
だが、カイはそんな有利かもしれない状況でもビリになるというある意味で特殊な才能を持っていた。
しかし、そんなことはギンガには関係ない。
ギンガは自分の両拳をカイの左右のこめかみに当て……

「お姉ちゃんがお仕事で悩んでいるのに……な・に・を・あ・そ・ん・で・い・る・の・か・し・らぁあああああ」

力を込めてグリグリとこめかみを抉った。
声にならないカイの悲鳴、とばっちりを受けるのはゴメンだとでも言うようにすぐにトランプを片付けるチンク達、カイとギンガのコミュニケーションをニヤリと笑みを浮かべて眺めるルーテシア、そんなルーテシアをいつものルーテシアだともはや開き直って見ているアギト、そんな光景を何物にも代えることのないものと黙ってみているザフィーラ。
とりあえず陸士108部隊は一部の者を除いて平和な時を過ごしていた。





それからしばらくして、原因不明のバイク事故が多いため周辺のパトロールを強化するため、ギンガはナンバーズの面々とシスターシャッハから逃げてきたカイでそれぞれ分かれてパトロールに出発した。
カイはギンガとザフィーラと共に、チンクはウェンディとセイン、ディエチとノーヴェ、オットーとディードといったチームでそれぞれ分かれている。
これなら一方が何か起きたとき、例えば未確認生命体と遭遇したときなどに前線で未確認生命体と直接戦えるものとそれをフォローする者に分けることができる。
唯一カイとギンガは得意とする距離が近いが、こちらはカイのお目付け役としてギンガがいるという意味合いが強い。
そして、守護を得意するザフィーラもいることで戦力としては一番大きいだろう。
それというのも未確認生命体に対して先ほど述べたメンバーの中で対等に渡り合い、勝ちの目を作りやすいのは他でもないカイだけだ。
万が一他のメンバーが未確認生命体と遭遇した場合、カイがザフィーラに跨って行動したほうが動きやすい。
また、チンクのIS(インヒューレントスキル)のランブルデトネイターはどちらかというと中距離援護に効果を発揮するのかもしれないが、チンク自身の戦闘経験がギンガやカイを除いた上でトップレベルでもあり、このチームではチンクが前線で未確認生命体の動きを牽制しつつウェンディのライディングボードでの砲撃を撃ち込み、チンクの危機の際にはセインがISのディープダイバーで強引に撤退することもできる。
チンクが牽制するのなら砲撃にはより強力な威力を誇るイノーメスカノンを持つディエチがチンクのチームに入ったほうがいいのかもしれないが、それだとノーヴェとウェンディが組むことになってしまい、最悪の場合は未確認生命体との戦闘中に喧嘩になるかもしれないということでやや突っ走りがちな傾向のあるノーヴェをサポートするためにディエチが選ばれた。
オットーとディードは双子のような間柄からか連携も上手く、最大の特徴ともいえる空を飛んでの戦闘も可能だが、活動を開始してから姉妹の中で日が浅いという欠点がある。
だが、緊急時は両者とも空を飛んでの離脱が可能なこともあり、経験が少ないとはいえ無理をしないという条件のもと二人で行動することが決まった。

「そんなに変わったところはないのよねぇ」

それぞれ分かれてパトロールをする中、ギンガはカイの手を引っ張って周囲に異常が無いのかを確認していく。
手を引っ張られるカイの片方の手にはシュークリームが持たされ、カイはそれに舌鼓を打ちながらギンガに引っ張られるまま歩いていた。
これというのも、カイが勝手に一人でどこかに行ってしまうことを阻止するためである。
シュークリームで気を引いてギンガがカイの手を取ることで何かあったとき、例えばカイが未確認生命体の気配を感じて勝手に突っ走ったとしてもギンガもそれに置いていかれずについていくことができるし、ギンガが先に何かに気がついたとしたらカイを引っ張りながら教えることができる。
ちなみに、もし共に歩いているザフィーラにロープ付きの首輪がついていたとしたら完璧に散歩に出ているようにしか見えない。
しかし……

「カイ、やっと見つけた。シスターシャッハが怒って……」

手を繋いでいるカイとギンガ、それに随伴するザフィーラの前にトライチェイサーを駆ってティアナとその肩に乗っかったちっちゃな上司ことリインフォースⅡがやってきた。
シスターシャッハの代わりにティアナとリインは勝手に出ていったカイを連れ戻すべく探していたのだが、カイとギンガが手を繋いでいるのを見てすぐさま視線を逸らす。

「……暗くなる前に帰ってきなさいよ」
「シスターシャッハにはリインから伝えとくですよ」

そうカイに、というよりも二人に告げるように呟くとそのまま引き返そうとする。

「え?いや、違うのよ。誤解、誤解だから話を聞いて!!!」
「ここ、5階じゃなくて地面だぞ」

慌てるギンガとその言葉に律儀に見当違いな返事をするカイ、二人の姿があった。
こうしてティアナとリインの誤解を解くためにパトロールは一時中断となった。





「連続バイク事故……もしくは殺人事件ですか」

ギンガの焦りながらカイは家族であって弟であるという説得を聞いたことで誤解が解けた……というわけではなく、カイとギンガが二人で街中を歩いていた理由でもあるバイク関連の事件のことを説明したことでティアナとリインの感じた誤解は解けた。
それというのも、今回起きているバイク関連の事故はエルセア周辺のみで起きている事件であり、未確認生命体対策を行っている機動六課には事故の可能性もまだ残されているため報告されていなかったのだ。
今はこうして路肩にトライチェイサーを駐車し、ギンガとティアナ、リインはその話をしているところだった。
一方、カイはリインがシスターシャッハにカイ確保の報告を入れたことでシスターシャッハに今日の晩御飯は腕によりをかけてピーマン料理を用意すると言われて落ち込んでいる。
もっとも、事件のことに口出しされても面倒が増える可能性があるため、ギンガとティアナ、リインもあまりそのことは気にしていない。
ただ、このバイク事故の原因が未確認生命体に関係している可能性があることを機動六課部隊長の八神はやてにも伝えられ、向こうでも情報収集が始まっていた。

「ただの事故ならいい……ううん、事故でもよくはないけど、もし未確認生命体が関係していたとしたら……」
「被害が広がるだけですからね。でも、どうしてバイクばかり……ん?」

ギンガがこの事件が未確認生命体に関係しているのか判断に迷うところをティアナに告げ、ティアナももし未確認生命体の仕業だとしたらこれから先の被害を考えながらも、どうしてバイクに乗っている人ばかりを狙うのだろうと思ったところで過去の未確認生命体の犯行を思い出した。
未確認生命体第26号、ガリマの犯行ではレジャー施設の土産売り場の買い物袋を持った家族連れが襲われたことだ。
また、被害者全員の体に微かではあるが同じ匂いが検出されているという特徴もあった。
現に、先に土産売り場で買い物をしていたものの、その後にプール施設を利用した者が被害にあったという報告は無かった。
つまり、ガリマの犯行は何らかの手段で特定の匂いを付け、なおかつそのレジャー施設の土産売り場の買い物袋を持った家族連れという条件があった。

「バイクに乗っている人が狙われているんでしょうか」
「可能性がないわけじゃないですけど、まだ決め付けるには早いですね」

リインの言葉にティアナは頷こうと思ったものの、それだけだと根拠に乏しい部分もあり、これを確信できる情報がないこともあって最終的な答えを出せないでいる。
そんな中、ティアナ達が背を向けている公道をとてつもないスピードで一台のバイクが走り抜けた。
そして、もう一台のバイクもそれに続くように猛スピードで走り抜ける。
そのあまり速度のせいか、歩道を歩いていた老人がその勢いに驚きしりもちをついてしまった。

「おじいさん、大丈夫ですか?」
「危ない運転して……」
「怪我はないですかぁ?」

そんなしりもちをついた老人の下へ駆け寄り、ギンガが手を差し伸べて老人を助け起こす。
ティアナとリインも今は追いつけない位置にまで走り去ったバイク2台を追いかけることを諦め、ギンガの後に続く。
しかし、こんなときに誰が言わなくても助け起こしに来そうなカイの姿だけはなかった。

「あれ、カイとザフィーラはどこに行ったです?」

カイ、そしてザフィーラの不在をいち早く察したリインはキョロキョロと辺りを見渡すものの、捜している人物達の姿はどこにもない。

「ああ、そばに居た男の人なら大きな青い犬に跨って向こうに行きましたよ」

そんなリインの疑問は助け起こされた老人がバイクの去った方向に向けた指先一つで解決された。
そう、またしてもカイが一人で先走ったことに他ならない。

「あのおバカ!!!」
「……お姉ちゃん、また叱らないとダメのようね」
「カイ、こっちでも怒られるですか」

ティアナとギンガの怒りに同情するリインだった。





一方、最初にカイ達の前を通り過ぎたバイクのライダーは後ろから追跡してくる化け物から何としてでも逃げ延びようとスロットルを操作してエンジンの回転数を上げる。
途中で陸士部隊の制服を着た管理局員に助けを求めようとも思ったが、そんなことをしても命が助かるとは限らない。
それなら日々磨いてきた自慢のテクニックで逃げ延びたほうが確実、そんな考えは完全に裏目に出た。
自分が持つどんなテクニックを駆使しても少し経てば背後に必ず化け物がいる。
この化け物は今は普通の人間の姿をしているが、仲間達は化け物の姿で全員殺された。
そして最後の獲物は自分だとでも言ってくるように追跡されている。

「……行くぞ」

耳に入ったわけではない。
ヘルメットを被り、速度を上げている状態で人の声など簡単に耳に入るわけがない。
だが、徐々に速度を上げて迫ってくることからそう言ったようにバイクのライダーには感じられた。
徐々に距離を詰めてくる化け物、しかし自分にはそれを引き離すだけの力がない。
今も獰猛なエンジン音を響かせる頼もしい愛機が、今はとても貧弱な存在にしか思えなかった。
それからしばらくの恐怖の後、化け物は反動をつけて車体を宙に飛ばしてライダーを愛機から引きずり落とし、倒れたその首目掛けて通り過ぎた。





ザフィーラに跨って自分が感じた未確認生命体を追うカイは人目の付かないところで未確認生命体第4号、赤い戦士へと姿を変えると先ほど通り過ぎたバイクの後を追った。
それからしばらくして、トライチェイサーを駆って追ってきたティアナとリインもカイとザフィーラの後に続く。
ティアナとリインも最初はカイに文句を言おうとしたものの、意味もなく変身するようなカイではないことを知っているため、未確認生命体を見つけたと察して黙った。
奇しくもティアナ達と合流したカイはそのまま自分の勘を頼りにバイクの後を追い、遂には目的のバイクを見つける。
変わり果てたライダーと一緒に。
その先には先ほどライダーを殺した化け物、ゴ・バダー・バが愛機バギブソンに跨り、その真の姿を晒していた。

「……未確認生命体」

ティアナは前にいたバダーに目が釘付けになるものの、それでも襲われた被害者がまだ息があるかもしれないと思い、トライチェイサーを被害者の傍で停車させるべく速度を落とす。
しかし、カイはそんな被害者をまるで気にもしていないようにザフィーラの走る速度を落とすことなく通り過ぎた。





カイがザフィーラに跨ってバダーの追跡を始めてティアナ達と合流したころ、機動六課ではリインから未確認生命体がバイクに乗って現れたことが伝えられていた。

「んで、今はカイ君がザフィーラに乗って追跡しているっちゅうわけやね」
『はいです』

またしても勝手な行動を起こしたカイにため息をつきたい気持ちもあるが、今は未確認生命体に対処することが先決であると感じた機動六課部隊長八神はやては、つい先ほど送られてきたある乗り物をすぐにでも使えるようにアルトへと通信を繋ぐ。
本来ならG3-Xを出動させたいものの、まだ改修が完全ではない。
となると、カイが力を完全に発揮できるように支援することが先決だった。

「アルト、さっき届いたBTCS2000をヘリに積んですぐに使えるようにしたって」
『わかりました。調整が済み次第すぐにカイのいる場所に向かいます』

アルトも急を要する理由は未確認生命体に関係する以外はないと察し、はやてが全てを告げる前に行動を起こす。
アルトの行動に満足そうに笑顔を向けると、はやては座っていた椅子に背中を預け、カイと共に行動している守護獣のことを心配する。

「ザフィーラ、大丈夫やろか」

ザフィーラのことが心配なのは確かだが、それと同時に信頼もしている。
そんなはやての元にシスターシャッハがやってきた。
未確認生命体の発見されたという情報がもたらされる前に、ゴウラムがどこかへと飛び去っていったことを伝えるために。





被害者の傍でバイクを止めたティアナは怒りで肩を震わせていた。

「あいつ……少しも気にしてなかった」
「……ダメでした」

ティアナの呟きに声を返さず、リインは犠牲になった被害者の息がないことを確認する。

「あんたは……未確認生命体と戦うためだけに生きているの?」

ティアナの疑問にリインは答える答えを持たず、その答えを持っているカイはその場にいない。
ただ、ティアナの心に疑問だけが残っただけだった。





「……いいのか?」

バダーを追跡する中、ザフィーラは先ほどのカイの行動に疑念を抱きながら走っていた。

「あの人……死んでた」
「それは俺にもわかったが、俺が言いたいのはそういうことではない」

バダーがなぜか速度を上げないため、姿を見逃すことがなくなったこともあり、ザフィーラはバダーのことに集中しながらも話を続ける。

「死んだ人のことは……後回し。今は……生きてる人のためにバダーを追う」
「……わかった」

カイの最初の言葉に一瞬ではあるが、カイが非情なのではとザフィーラは感じてしまう。
だが、次の言葉にこそカイの言いたい意味があるのだろうと察したザフィーラは疑念を心から追い出し、バダーを倒すべく追跡を続ける。
が、ここに来てバダーは急遽バギブソンをUターンさせ、カイとザフィーラ目掛けて猛然と突き進んできた。
カイとザフィーラもそれを迎え撃つために速度を上げる。
だが、互いに速度を上げての激突は両者ともに甚大な被害を与える可能性が大きい。
結果、カイは激突の瞬間にザフィーラの進路を急遽激突するラインから左に外し、バダーがザフィーラの右側を接触スレスレで通過した。
その接触の瞬間、カイはバダーのまるで嘲笑するような声を聞く

「お前の犬では、俺のバギブソンを超えられない」

その声を聞いて再び対峙するべくバダーへと振り返ったときには全てが終わっていた。

「ぐっ」

ザフィーラはうめき声と同時に右前脚から崩れ落ちる。
よく見てみるとザフィーラの右脚からは赤い血が流れ、地面に赤い花を咲かせている。
一方、バダーもカイ達にバギブソンを向け、自分の右肘を口元に持ってきていた。

「犬にしては……なかなか美味い血だな」

バダーの肘についている装飾品、それは普通のバイクを自分専用に変える力を持つだけでなく、その先端の鋭利さからカッターとして使うこともできる。
バダーはクウガが犬、ザフィーラとバギブソンが激突、負傷することを恐れて進路を変えると読んでいた。
後はどちらに進路を変更するのかを見極めて、そのカッターで攻撃するだけでいい。
その思惑は成功し、クウガの犬の機動力を奪った。

「今度は犬じゃなく、馬を探すんだな」

そう言い残すと、バダーはバギブソンを再びカイ達から離れるように発進させ姿を消した。





変身を解いたカイは怪我をしてその場に伏しているザフィーラの背に手を当て、痛みが少しでも和らぐようにさする。

「ザヒーラ、大丈夫か?」
「俺のことはいい。それよりも奴を追え」

右前脚をバダーの肘についている装飾品でもあるカッターに切り裂かれ、ザフィーラはこれ以上カイと共に追撃することができない。
が、カイだけではバダーを追いかけたくても追うことはできなかった。
単純に機動力に大きな違いがあるからだ。
ここにゴウラムがいれば空から追撃することは簡単だが、それでは攻撃する手段が少ない。
やはり、問題となるのはバダーの機動力の源でもあるバギブソンの破壊だった。
そんな中、ゴウラムと一緒にティアナがリインを肩に乗せてやってきた。
その上には機動六課が使用しているヘリもこちらへと向かっていた。
犠牲者のいた現場を後から来たギンガに任せたティアナと、ヘリパイロットのアルトも飛んできたゴウラムを追ってここに辿り着いたのだ。

「あんた、一体どういうつもりなのよ!!!」

カイの姿を見た途端、ティアナはカイに掴みかかる。
リインはザフィーラの傷を癒すべく必死に回復魔法をかけるが、傷が深くすぐには傷が塞がらない。

「あんたは……犠牲になった人なんてどうでもいいって言うつもり?」

執務官志望のティアナにとって、これから凶悪な事件に関わっていく可能性がある以上、犠牲になって死ぬ人を見ることは多くなるだろう。
そういった犠牲になった人のためにも事件を早く解決させることが執務官としてだけではなく、力を持っている者の義務でもあるとティアナは考えている。
だからこそ、今回のカイの行動にティアナは怒りを覚えた。
ティアナが今までのことを振り返ってみると、どうもカイは犠牲になった人に対して反応がドライな傾向にあるように思えた。
なんというか、襲われている人を助けるときの反応と犠牲になった人を見た反応が両極端なのだ。
過去に未確認生命体第7号、バヅーとの戦いでエリオがバヅーに奪われたストラーダで殺されそうになったとき、カイが間に入ることでエリオは生き延びることができた。
そう、未確認生命体を倒すよりもエリオの命を優先した。
だが、今回は明らかに未確認生命体を追うことを優先していた。
比較対象が生きている人間と死んでいる人間になっていることなどティアナの頭にはなかった。
そんなティアナをヘリから降りてきたヴァイスが引き剥がす。

「ティアナ、今はそんなことしている場合じゃないだろう。アルト、出せるか?」
「はい、カイこっちに来て」

まだ言いたいことがあるものの、アルトに呼ばれてヘリのあるところへと進んだカイはアルトがヘリの後部ハッチから出してきたものを目にする。
全身が色が塗られず地の色だが、流線型のラインが美しい車体、フロントにはカイの変身したときの姿の角を模したカウル。
本来なら色を塗った状態でカイに渡すはずだったものを、急遽駆動に関する部分の最終調整だけを済ませてロールアウトされた。

-BTCS2000『ビートチェイサー』-

八神はやてがマリエル・アテンザに依頼したトライチェイサーをさらに発展させた未確認生命体追跡用のヴィークルである。
本来はカイがトライチェイサーに乗る予定だったが、その当の本人がバイクにまともに乗れず、結局はティアナの機動力確保のために使われることになった。
そのため、ビートチェイサーの開発に当たって重要視されたのが、いかにしてカイが扱うことができるのかという点に絞られる。

「それじゃ、カイはこれを左腕に付けてね」

アルトはカイに向かって一つの腕時計のような物を渡す。
これこそがカイがどうやってビートチェイサーを操るのかという問題を解決する集大成でもあった。

「カイ、この前にバイクの運転の練習をするとき、頭に変な機械付けて練習したでしょ?」
「うん、あれ、重たかったぞ」
「……そんなことよりも簡単に腕に付けたそれのことを教えるから、よ~く聞いてよ」

カイの言葉に一瞬アルトは言葉を詰まらせるが、気を取り直して説明を続ける。
カイが左腕につけたのは、一応腕時計の機能を持ってはいるが、その本当の機能はビートチェイサーのサポートシステムだった。
今ならカイでも普通のバイクなら走らせるだけなら何とかなる。
だが、今回のバダーのようなテクニックを持つ相手の追跡や、人間離れした能力を持つ未確認生命体を追跡するときにはより高度な運転テクニックを必要とするため、トライチェイサーで運転する傍ら、カイの脳波データを取ってそれを運転のサポートにフィードバックさせる物が必要と考えられて開発された。

「ようはカイが運転するのをお手伝いするものだから、大切に使ってね」
「わかんないけど、わかった」

アルトの説明がまったく頭に入らなかったものの、大切に使えということはわかったため、カイは素直に返事をする。
もっともアルトとしては本当に理解しているのか不安でしかなかったが。

「そうだ、カイ、ビートチェイサーに乗るときは変身しとけよ。お前はまだ免許持ってないんだからな」

アルトから説明を受け終わり、いざビートチェイサーを発進させようとしたとき、カイの後ろからヴァイスが今回の一番の問題点を指摘する。
そう、カイはバイクの運転の練習はしたものの、免許を持っていない。
変身したからどうというわけではないが、おそらくバダーも無免許で運転をしているかもしれない以上、カイも変身した状態で運転すればそこまで大きな問題にはならない……だろう。
信号などの意味はギンガやシスターシャッハによる、頭にたんこぶができるほど熱心な指導によって頭の中に叩き込まれたため問題はない。
だが、それ以外、特にバイクの運転に関しての基本的な交通ルールなどは練習の際に簡単に言われたくらいだ。
アルトがカイに簡単に教えたのは以下の通りだ。

―信号を守ること―

―人を轢いてはいけない―

他にも言われた気がするが、カイが覚えたのは上記の他には以下のことだけだ。

―とりあえず迷惑なことはしないこと―

カイはその言葉を思い出しながらビートチェイサーに跨り、教わったとおりの起動方法を進めていく。
そして、いざ発進するというときに

「……変身」

赤い戦士になり、その両腕についている黄金の腕輪『ハンドコントロール』が輝き、ビートチェイサーへと注がれる。
それと同時に車体を構成する金属の地の色は黒をベースとした赤いラインの美しい車体となり、フロントカウルの角も戦士を象徴する黄金の角へと変化する。

「……行くぞ」
「なのはさん達ももうじき合流する。そうしたら俺達もすぐに向かうから一人で無茶するんじゃねえぞ」

その変化を確認したカイは新たなる馬、ビートチェイサーのスロットルを操作する。
背後にヴァイスの言葉を聞きながら、カイはビートチェイサーの速度を上げ、バダーが向かった後を追うべくビートチェイサーを発進させた。










カイザ(正体バレバレ)の場面で出てきた『ベ・ジミン・バ』ですが、クウガ原作だと『ベ』は『ズ』によってゲゲル参加資格を剥奪された集団(Wikipediaから参照)です。
ですが、まことに勝手ではありますが、放映当時のアクションショーに登場した際の下級戦闘員扱い(仮面ライダークウガ超全集 最終巻から参照)という設定となっておりますのでご了承ください。

次回、ビートチェイサーを持ってきた場面にいるメンバーはティアナ、ヴァイス、アルトを除くと……

ザフィーラ
リインフォースⅡ
ゴウラム

……言いたいことはわかりますね?w








[22637] 第36話 雷牙
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/12/03 00:17





木々が不規則に並び立つ森林の中、木の棒と木の棒がぶつかり合う音がする。
そんな音を頼りに一人の成人を迎えた女性が足を進める。

「お、やってるやってる」

いつものように響く音を耳にしながら女性、ラトは今も鍛練に励む婚約者となったリクと、そのリクの鍛練の相手を務める義弟ダイの空腹を満たすための差し入れを早く持っていこうと自然に足を動かす速度が上がっていく。

「二人ともお腹空かせてるだろうなぁ」

空腹にまいりながらも鍛練を続ける二人の様子を想像して、自然とラトの頬は緩む。
それというのも、ラトの婚約者となったリクが持っていった差し入れを喜びながら食べるのもそうだが、基本的に感情をあらわにしないダイが食事のときだけ子どものような目をして食べる姿を見るのは用意する側からすれば嬉しいことだ。
ただ唯一の不安があるとすれば、ダイが自分達が暮らすこの村に来たときから精神的な部分で成長したところがほとんど無いように見えることだ。
リクの鍛練の相手をすることで、ダイにも素質はあったのかメキメキと腕を上げているとはリクから聞いている。
今ではダイもリクには劣るものの、心技体の内、技と体はリクに次いで高いものを持っている。
しかし、心においては同年代の村の男の中ではもっとも劣っているというか、幼いというのが村全体でのダイの評価だった。
もっとも生来の優しさから来るのか、誰かが何か困っていることがあれば自分から手を貸すという自発性も少しは出てきたため、精神的に幼い部分があるものの受け入れられている。

リクがこの村を守る戦士クウガとなることが決まってから長い年月が過ぎた。
それからリクはダイと共に鍛練の日々に入り、いつグロンギがこの村に魔の手を伸ばしてきてもいいようにリクがクウガとなるべき日を待ちながらその力を磨いてきた。
もっとも、クウガの力を手にするのはリクであり、ダイはその鍛練の相手、リクがクウガの力を手に入れたらリクがグロンギと戦いやすいように戦いを支援する役割として使うことがリクとダイの父親でもあり村長のカザを取り巻く村の重鎮達の考えだ。
もっともカザとしては、家族をグロンギに奪われたダイがそんなことをできるとは思ってもおらず、あくまでリクの鍛練の相手になればいいと思っていただけだったが。
カザのその思惑もリクの鍛練の手伝いができればいいくらいの認識であり、ダイ自身がリクの鍛練の相手になれるとは思ってもいなかった。
しかし、ダイ自身にも望んでいるかは別として戦士としての素質があったことで、それの相手をすることによりリクの実力はメキメキと向上していった。
それを追う様にリクには及ばないものの、ダイもその実力を開花させ、今では本人の意思は別として村の戦士の枠、つまりクウガとなるための霊石が二つあればいいのにと一部の者に思わせるほどだった。

「……そろそろ終わるころかな」

棒の打ち合う音が近くなってきたところで、ラトは地面に落ちている木の実をいくつか拾い上げる。
その数、今日は15個。
右手に8個と左手に7個に分けて持つそれはある標的達に向けられるものだ。。
これからやることは弓の鍛練をしているとき以外にはいつも二人の不意を突いてやっていること。
ラトは足音を忍ばせてゆっくりと、本当にゆっくりとリクとダイが打ち合っている場所へと足を進める。
そうしないと二人に簡単にばれてしまうためだ。
そして、ラトが二人の姿を影から見える木の位置までくると、そこにはリクが得意とする無数の連続突きを繰り出しているところをダイが必死になって捌いているところだった。
二人が鍛錬を始めてみてわかったことだが、リクは棒術の実力が目に見えるほど冴え渡っており、ダイは全てにおいて得手不得手のないと言っていいほど普通だった。
しかも、ダイのその普通な格闘術、剣術、弓術においてもリクは上回っていた。
つまり、ダイは鍛練を始めてから今までの一度もリクに勝ったことがないのだ。

「それじゃ、いつもの奴いってみようかな」

リクの放った一撃がダイの胸に接するか接しないかのところで止まり、その日の鍛錬の締めは終了した。
またしてもダイはリクに一撃も当てる事無く終わったのだ。
鍛練が終わってようやく一息つけたのか、リクとダイの間にわずかながら緊張の糸が切れた。
もっとも、そんなことは長年付き合ってきたラトにしかわからないような些細な変化でしかない。
しかし、それを見逃さなかったラトはすかさず両手に握った木の実を二人に向かって投げつけた。
投げつけた速度はあまり速くない。
いや、速い必要は無い。
これはラトが木の実をリクとダイに当てる訓練ではない。
この突然の出来事にどれだけ上手く対処できるのかを見るためのものだ。

「はっ!」
「くっ!」

投げつけられた15個の木の実はリクとダイに向かって飛ぶ。
それをリクは軌道を見切ったように一つ一つの木の実を突きで合計8個弾き飛ばし、弾き飛ばされた木の実は一箇所にまとまって飛んでいく。
ダイは7個の木の実を棒を薙ぎ払うことで飛んでいく方向はバラバラではあるものの叩き落す。

「リク、僕の勝ち……だね」
「……次は負けない」

それぞれの落とした木の実の数を数え、リクが勝利を宣言する。
それに対して、ダイは若干不満そうな顔をして返事を返すのだった。





それからラトが持ってきた差し入れを食べることになり、ダイが飲み水を確保するために近くの小川に行っているころ、リクはラトと一緒にダイのことを話していた。

「リク、ダイは鍛練の役に立ってる?」
「……ん?どうしてそんなことを聞くんだい?」

いきなり投げつけられたラトの疑問、それにたいしてリクはどうしてラトがそんなことを言うのかがわからない。
ラトは村に住む人間の中で一番リクとダイの鍛練の様子を見ている。
だからこそ疑問を持ったのだ。

「だって、ダイは一度もリクに勝ったことがないじゃない。棒術で勝てないのは仕方ないわ。リクがすごいっていうのはこういったことを

よく知らない私でもわかる。でも、素手も剣も弓もダイは全部リクの足元にも及ばないじゃない」

ラトの感じた疑問、それは心技体共に優れ、戦士としてこれ以上ないほどの才能を持つリクの相手がダイには務まらないと感じたからだ。
最初のころはリクとダイが手合わせしていたことに特に疑問を持ってはいなかった。
だが、鍛練を始めてからある程度の期間が経つと、ほぼ完成されたといってもいいリクの力をより発揮できる方法に切り替えたほうがいい。
少なくとも、ダイと手合わせをするだけの鍛練方法は改めたほうがいいのではと感じたからこその言葉だった。

「リクはさ、僕に勝てないんじゃなくて……勝たないんだよ」

だが、そんな言葉に対してのリクの返答はラトにとって意外なものだった。

「勝たない?勝てないじゃなくて?」

ラトの聞き返すような言葉にリクは傍にあった大木に背中を預けるようにして腰を下ろし、ラトもそうするように手招きする。

「うん、リクよりも確かに僕のほうが強い。自惚れじゃないけどそう思っている。でも、リクが決して弱いわけじゃない」

ラトがリクの隣に腰を下ろしたところでリクは先を続ける。

「実際に棒術のときだけじゃなく、何度かリクが僕の隙を突いて勝てる機会はあったし、リクも僕の隙に反応していた」
「じゃあ……なんで」
「きっと、リクは寸止めとはいえ誰かに力を振るうことができない……いや、したくないんだと思う」

リクがダイとの鍛練を開始してから、ダイはメキメキとその実力を望む望まないは別としても開花させてきた。
それは確かにリクには及ばなかったものの、それでも高い実力を示している。
しかし、ダイの生来の気性からか、リクに一撃を当てることだけは決してしなかった。
悔しそうな顔をするのはラトが投げつけた木の実をどちらが多く叩き落せるかを競うような遊びのようなものにしかしない。

「あの子が優しいのはわかるけど、それとこれとは話が違うんじゃない?」

もっとも、そんなリクの考えを弟ができた嬉しさでダイのことを過剰に評価しているとも感じたラトは呆れたような目でリクを見る。

「……そうかな?」
「そうよ」

ラトの呆れたような視線を受け、リクは少し戸惑うような視線で返事をし、それをラトが一言で肯定する。

「そうだ、そういえばどうしてリクはダイのことをリクって呼ぶの?他の人が聞いたらややこしくなるでしょ」

そんな話はもう終わりとでも言うようにラトは常日頃から疑問に思っていることをリクに問いただす。
それというのも、リクはいつもダイと一緒に行動しているため、こういった時でもないとこんな話をすることができないからだ。

「……そうかな?僕はそう思わないけど」
「どうして?」
「だってさ、僕がリクのことをリクって呼んでも、それがラト達にとってはダイだってわかるでしょ?リクが僕のことを呼んだら、それは

僕のことだってわかるから、僕はリクのことを本当の名前で呼んでいるだけだよ」
「う~ん、わかるようなわからないような」

リクの言葉にラトは理解できるような何かが違うような感じがするものの、リクがそれでいいなら問題ないかなと感じてしまう。

「それに……いや、なんでもない」

何かを言いかけたところでリクは言葉を濁す。

(それに、僕がクウガになったら、僕はリクの名を名乗らない)

リクの決めたこと、それはクウガとなることで戦士の道を歩むことの決意。
ラトと婚礼の儀を結ぶとしても、それもグロンギの魔の手がここまで迫り、リクがクウガとなったときにリクはラトに別れを告げるつもりだ。

(リクとラトがこれからも穏やかに暮らせるのなら、僕は……どうなってもかまわない)

クウガになることが決まったことで、いや、弟が増えたことで芽生えた新しい願い、それだけを胸にリクは鍛練への意欲を高めていった。










かつてダグバのいた崖にはゴオマが一人何をするでもなく主と認めた存在を待ち続けていた。
ダグバが姿を消してからというものの、特にやることのないゴオマは日々を自分を罵倒してきた者達への恨みを蓄積させるだけの日々でしかなかった。

「雨が……降るね」

そんなゴオマの元に主たるダグバがその姿を現す。
ここから離れる前と同じ何者にも染められることなど許されない白い服。
本心では何を考えているのかもわからない笑顔。

「雨が降るよ。ここにも……クウガにもね」
「クウガに……雨?」

ゴオマはダグバの言葉の意味を考えるように空を見る。
確かに空には雨雲が立ちこめ、今にも雨が降りそうだ。

「聖なる泉枯れ果てし時、凄まじき戦士雷の如く出で、太陽は闇に葬られん」
「なんだ……それ」

突然呟いたダグバの言葉にゴオマはまたしても疑問を持つ。
ダグバの言葉はゴオマにとっては抽象的すぎて訳のわからないことが多すぎるからだ。

「僕からクウガへの警告と……願いかな」
「警告と……願い?」
「こうなったら僕と同じ力を手にするけど危ないという警告。けど、そうなったほうが楽しいかなっていう願い。どうやら小さい海もようやく目を覚ましたようだし、これからどうなるかな」

ゴオマの質問に対して、ダグバは今の状況を愉快に思いながら誰に向けているのかわからない笑みをよりいっそう強めた。










ミッドチルダにあるエルセアでカイが新たなる馬、BTCS『ビートチェイサー』を操りバギブソンを駆るバダーの追撃を開始したころ、空には雨雲が立ち込め今にも雨が降りだしそうだった。
そんな空の下、なのはやフェイトと合流したティアナは今後の方針を決めようとしたものの、ティアナの様子がおかしいことに気付く。

「ティアナ、何かあった?」

そんな様子を察したフェイトがティアナへと歩み寄る。

「フェイトさん、カイは……あいつは何を考えて戦っているんですか」
「どういうこと?」

いきなりの言葉にフェイトはどういう意味なのか聞き返すしかない。

「実は……」

ティアナがフェイト達が合流するのを待っている間、先ほどカイの取ったバダーの犠牲になった被害者をまるで無視したような追跡に怒りを覚えていたころ、ザフィーラがそのときにカイが呟いた言葉を聞いてティアナはカイの考えていることがわからなくなった。

-死んだ人のことは……後回し。今は……生きている人のためにバダーを追う-

バダーというのは今回現れた未確認生命体の名前だが、そんなことはティアナ達は知らない。
だが、言葉の前後からカイとザフィーラが追っていた相手の名前であることがわかる。
しかし、ティアナにとっては未確認生命体の名前など重要ではなかった。
重要なのはカイの言った言葉の内容。
犠牲になった者の死を悼むこともせず、ただ敵を追うことに気を向かせるカイに嫌悪感を感じずにはいられなかった。
確かに生きている人に被害がいく前に事件を解決することは重要だ。
だが、そのために犠牲になった人のことを考えないのは、あまりにも非情すぎるのではないかとティアナは思う。
そんなティアナの思いは上手く言葉にならないもののフェイトの耳へと入り込む。

「そっか、カイはそんなことを言ってたんだ」

ティアナから聞いたカイの言葉をしばらく考え、フェイトは自分なりの意見をゆっくりと話し始めた。
これから執務官へとなるだろう後輩にとって、少しでも大きくなるきっかけになるように。

「私は……ティアナの意見を否定することも、カイの行動を批難するつもりもないよ。ティアナは犠牲になった人のためにも早く事件を解決したいと思っているし、カイもこれ以上の犠牲者が出る前の事件を解決しようとしている。それはティアナもわかるでしょ?」

優しく諭すようなフェイトの言葉にティアナは黙ったまま頷いた。

「二人とも事件を早く解決したいって考えは一緒だよ。後は起きてしまったことか、これから起きるかもしれないことに意識を向けるかの差でしかないから。私もヴィヴィオやみんなが犠牲になったとしたらティアナのような考えになるだろうし、みんながこれから狙われる立場ならカイのような考えになると思う」

それはティアナに向けた言葉なのか、それとも今までの経験から得た自分の答えを改めてフェイト自身が確かめるための言葉なのかはわからない。
少なくともティアナにとってはこれからに対しての何らかの指標になる。
そんな気持ちから出た言葉かもしれなかった。





一方、なのはは負傷したザフィーラに治癒魔法を施すリインフォースⅡとそれを傍で見守るヴァイスの元へと向かう。

「ザフィーラ、怪我の方は大丈夫?」

無残にも切り裂かれたザフィーラの右脚からは出血は止まっているものの、鋭利な刃物でできた切り傷は塞がることが無く、皮膚の下の肉が見えて痛々しい。

「リインの魔法で血は止まっている。問題は無い」
「そんなことないです。今のザフィーラは立つのだって難しいはずです」

問題など無いと言うザフィーラに向かってリインは自分の体のことをもっと考えるようにと叱りつける。
だが、ザフィーラにはそんなリインの言葉を素直に聞くことのできない事情ができてしまった。

「……雨が降るぞ。これではカイはあの未確認生命体とまともに戦えん」

ザフィーラの言葉からすぐに、エルセア全域にわたって最初はポツポツと、しかしすぐに激しい雨音となってエルセアの大地を叩き始めた。





エルセアに激しい雨が降る峠道の中、カイはビートチェイサーを駆って上空からバダーを探していたゴウラムと視覚を共有し、そこから発

見したバダーのバギブソンを追う。
降りしきる雨の中、常人の視力ではまともに姿を捉えられないものの、カイは緑の戦士ほどではないにしろ発達したその視力で見失うことなくバダーの背中に食いついている。
しかし、ここにきてカイにとって不利となる条件が一つ増えてしまった。
他でもない雨のことだ。
今までカイは晴天時にしかバイクの練習をしたことがない。
それというのも、はやてができるだけ早くバイクの運転をカイに覚えさせようとしたためであり、雨天での運転練習はまだ先のはずだった。
そもそも、ビートチェイサーをカイに渡すのはまだ先だったのだ。
しかし、今回の事件のせいで急遽ビートチェイサーをカイに渡すことになり、しかも雨で地面は濡れた悪路となっている。
そんな道を初心者に毛の生えた程度の技量を何とか持ち前の運動能力で補うことしかできないカイに、バイクの扱いに慣れきっているバダーとのチェイスは明らかに不利となるとしか言えなかった。
今もコーナーに差し掛かりグリップを失ったタイヤを強引に押さえつけ、カイは何とかコーナーを曲がりきることに成功する。
一方、バダーは悪路などものともせず、華麗とも言えるコーナリングテクニックをカイに見せ付けるように曲がりきっていた。
カイはそんなバダーの動きを何とか再現しようとするものの、それをできるだけの技量が圧倒的に不足していることもあって再現などできるわけがない。
できることならこの峠道を抜ける前に何とかバダーを倒したい。
この状態でバダーを倒す可能性があるとしたら、どこからか木の棒を確保して青の金の戦士となって飛び込みざまの一撃、もしくは赤の金の戦士の一撃が勝利を掴む手段となるだろう。
しかし、金の力は威力は絶大なものの、その威力による被害を無視することはできない。
この金の力による被害を考えると、民間人の少ない峠道で一気に勝負をつけるしかない。
少なくとも、このまま峠道を越えて人の多い街中に入ってしまえば金の力を簡単に振るうことはできない。
そして、雨に濡れた地面にタイヤをとられることにより、カイの想像以上にバダーとの距離を詰めることができない。
トライチェイサーに使用され、このビートチェイサーにも使用されている走行速度や道路のコンディションでタイヤ表面の凹凸を微妙に変化させて路面に対応するバリヤブル強化タイヤでも、これだけの雨とバダーを相手にしては大きなアドバンテージになることはない。
また、バギブソンの最高速度が時速400kmでビートチェイサーの最高速度が時速420kmとビートチェイサーが上回っている。
しかし、ここではその性能を遺憾なく発揮できるフィールドとは言い難く、カイとバダーの技量の差が大きすぎるため、全体的にカイとビートチェイサーにとって分が悪いと言えた。





一方、バダーはクウガがこんなにも早く新しい馬を用意できるとは思っていなかった。
既にゲリザキバス・ゲゲルの成功まで残りはクウガを除いてただ一人。
クウガは記念すべき最後の生贄に過ぎない。
クウガが新しい馬を手に入れるまでに98人を葬ろうとしたものの、それには一人だけ足りなかった。
ならば、新しい馬に不慣れなクウガを引き連れつつ最後の獲物をしとめればいい、そう結論付けたバダーは後ろについているクウガを引き離さないように気をつけながら峠道を走り抜ける。
だが、いつまで経っても獲物が見当たらない。
この峠道はバダーが以前通ったことがあり、その時は数々のライダーが走っていたものの、今は雨のせいかこれまで遭遇したライダーは一人もいない。

「……どこにいる」

時空管理局が緊急速報で未確認生命体第31号、バダーがバイクのライダーを狙って犯行を行っているという情報を発表したことで、エルセア周辺ではバイクによる通行を一時的に全面禁止にするように手配された。
その効果が現れ、周辺にはバイクのライダーだけではなく、この峠道を通るような車輌も走行していない。
が、そんなバダーの前に一台のバイクがテールランプを光らせて走っているのをバダーは捕捉した。
背後からと雨のため視界は良好とはいえないが、バダーはその獲物を細身なシルエットから10代後半くらいの女性だと判断する。

「見つけた」

待ち望んでいた獲物を見つけたバダーは後ろにしっかりとクウガがついてきているのを確認し、スロットルを操作してバギブソンの速度を上げる。
クウガの目の前で最後のリントの獲物を殺し、その勢いで最後の本当の獲物を始末するために。
しかし、その瞬間、バダーのバギブソンのすぐ傍に桜色と金色の光の弾が直撃し、アスファルトを抉った。





上空から追跡してきたなのはの放つ桜色の魔力弾『アクセルシューター』が不規則な軌道で追尾し、フェイトの放つ金色の魔力弾『プラズマランサー』がバダーのバギブソンの足を止めるべく発射される。
だが、バダーの操縦と勘による回避行動、雨による視界不良、そう遠くない位置にカイがいること、バギブソンの速度に空からとはいえなのは達もついていくことがやっとという理由もあり、決定的な手段とはなっていない。
ここでフェイトが真ソニックフォームでバダーをバギブソンから叩き落すという手段もあるにはあるが、その手札を切るには真ソニックフォームを使うことによるフェイトの消耗も考えるとおいそれとはできない。
そんな中、バダーを追跡しているカイのビートチェイサーに通信が入る。

『カイ、聞こえる?』
「ん?テアカか?どこにいる?」

カイは突然聞こえてきたティアナの言葉にティアナがどこにいるのか探そうとするものの、そんなことをしていてはバダーを見失うと考え直し、声を出すだけに留める。

『そんなことよりも、もうすぐ未確認生命体が隙を見せるわ。だから、あんたはあんたの本当の馬に乗ってあいつを倒しなさい』
「本当の……馬?」

ティアナの言葉にカイは頭を捻るが、バダーが前方を走るバイクにいよいよ襲い掛かるべく動きを見せ始めたことでカイの意識はバダーへと移る。
だが、そんなカイにまた別の通信が入ってきた。





バダーは今にも前方のライダーを仕留めるべく、なのはとフェイトの攻撃を華麗に避けながらバギブソンの速度を上げて距離を詰める。
そして、いよいよ近づいてきたことにより、そのバイクがクウガの乗るビートチェイサーに似た形状であることに気がついた。

-TRCS『トライチェイサー2000』-

クウガの乗っているBTCS『ビートチェイサー2000』を開発する際に参考となった機体であり、現状ではビートチェイサーと並んで世界に一台しかないバイクだ。
それゆえに、バダーは知らないことだがそれを運転する存在は一人しかいない。
ティアナ・ランスター、機動六課スターズ分隊に所属する陸戦魔導師。
クウガから見ればこの時代の仲間の一人だ。
だが、そんなことはバダーには関係ない。
バダーにとっては目の前にいるティアナはゲリザキバス・ゲゲルの獲物でしかない。
バダーにとって特別なのはゲリザキバス・ゲゲルの最後の獲物として残しているクウガだけだ。
目の前のティアナはすぐにでも仕留めて最後の獲物としてクウガを仕留めるための前座に過ぎない。
そのため、バダーはティアナの背後に付くとそのまま前輪を跳ね上げ、再び地面へと前輪が落下しそうになる勢いを利用してティアナをトライチェイサーから引きずり落とそうとトライチェイサーのリアカウルに前輪を叩きつける。
が、叩きつけたことによって生じる衝撃は発生せず、バギブソンの前輪は地面に勢いそのままに叩きつけられた。

「……なんだと?」

目測を誤ったかと思いなおし、バダーは再びトライチェイサーへ向かって攻撃する。
だが、その攻撃はトライチェイサーに届くことは無かった。
痺れを切らしたバダーはバギブソンをさらに加速させて、その進路を道から外れた斜面へと変更する。
斜面を登り、そこから急降下することでトライチェイサーを上から強襲してティアナを叩き落す。
そう、それで98人始末できるはずだった。
しかし、上空からの強襲は突如掻き消えるように姿を消したトライチェイサーによって失敗に終わる。

「消えた……だと?」

バダーは着地した時の衝撃で不安定になったバギブソンを後輪を滑らせるようにして何とかバランスをとって止まり、トライチェイサーが掻き消えた場所を見やる。
残骸茂名にもトライチェイサーがいたという形跡は跡形も無く、近くにあるのは後輪を滑らせたことによるバギブソンのタイヤの跡と地面を叩く雨のみ。
先ほどまで追いかけていたはずの獲物の影も形も無かった。
そんな呆然とするバダーの傍を一迅の風が吹き抜けた。





ティアナは上空に待機するヘリの中から『フェイクシルエット』と呼ばれる肉眼やセンサー類でも見分けられないほどの精度を誇る幻術魔法を駆使し、バダーの目を幻術に向けさせておとりとすることに成功した。
しかし、これはただの時間稼ぎにしか過ぎない。
バダーを倒す手札、それはすでにカイの手にある。
この悪天候では速度においてバダーを相手に勝てる見込みは無い。
ならば速度以外の別の条件でバダーと戦えばいい。

「カイ、ザフィーラに無理させるんだから、ここでしっかりと決めなさいよ」

未だにカイの考えに納得できないものはあるものの、未確認生命体を直接倒す力のないティアナはその力を持つ者に後を託した。





後を託されたカイは合流したリインフォースⅡとユニゾンして白い毛並みの狼となったザフィーラに跨り、ティアナのフェイクシルエットに気を取られている隙にバダーを追い越してその前に出る。

「ゴウラム、来い!!!」

そして速度に劣る面を補うべくゴウラムをザフィーラの鎧として纏わせ、その重量と加速で得る力でバダーとバギブソンに対抗する。
それがカイとビートチェイサーではバダーに勝てないと判断したザフィーラの計算だった。
右脚の怪我も出血はリインの治癒魔法で止めてもらい、怪我した右脚はゴウラムが鎧となって守っている。
後はバダーのバギブソンを止めるだけだ。

「カイ、お前の金の力と俺とリイン、ゴウラムの力を合わせて奴のバイクを破壊する。が、それで俺は動くことが難しくなるだろう」
(だから、最後はカイにお任せするですよ)
「……わかった」

ザフィーラの言葉にリインが続き、カイは頷くと同時に体に満ちる金の力を発動させる。

「ぐっ、ゴウラムとの合体のときもそうだったが、今回はそれ以上だ」
(あんまり長い時間は……もちそうにないです)

カイに満ちる金の力、それはザフィーラ達に作用していない状態でもザフィーラ達にとってはとてつもない力の奔流を感じさせる。

「なら……すぐに終わらせる」

バダーに意識を向けたカイ達は、ティアナの幻影に呆然としていたバダーを見やると、その時丁度気持ちを切り替えたバダーがカイ達に向けてバギブソンを向きなおしていた。

「さっき負けた犬で……俺に勝つつもりか?」

カイのとった行動、それはバダーのプライドを刺激した。
ザフィーラではバギブソンには勝てないから、より強い馬を連れてこなければ勝てない。
そういう意味を込めたというのに、新しい馬を乗り捨て再びザフィーラを選んだカイの行動はバダーにとって舐められた行動にしか映っていなかった。

「その犬相手にもう一度勝てるか?」
「ザヒーラは犬じゃない。俺の友達だ」
(リインもゴウラムも一緒です)

バダーの怒りのこもった言葉にザフィーラは冷静に返す。
バダーは盾の守護獣ザフィーラを犬と侮った。
そして、先ほどのバギブソンとの交戦、盾の守護獣でありながら相手の刃を無様に受けるという屈辱を受けた。
だからこそ、今はあえて犬という汚名を被る。
そしてカイにとっては一番の友達であるヴィヴィオと同じときにできたもう一人の友達を馬鹿にされた以上、ここで引くわけにはいかない。

「ザヒーラ、ゴウラム、シビン、行くぞ」
「おう!!!」
(はいです)

カイの体を通してザフィーラとゴウラム、そしてリインの体に金の力が注がれる。
かつてゴウラムとの合体の時には感じなかった圧倒的な力、それがザフィーラとリインの中を駆け巡る。
その効果は鎧となったゴウラムに現れ、ザフィーラの頭部を覆う兜に金色の角が現れ、後ろ足の付け根を覆う鎧にも金色の装甲が追加される。
ゴウラムはザフィーラがただ前に突撃することのみを考えられるように、左右前方に突き出た銀色の角を一つの大きな角とするように合わる。
全ての準備が整い、後は真っ直ぐに貫くだけ。

カイとバダーは言葉をかけることなく一気にそれぞれの相棒を加速させる。
カイは雷の牙となり、バダーは風の刃となって突き進む。
速度ではバダーが、質量ではカイとザフィーラに分がある。
だが、このままではただ突き進むだけの戦い方しか取れないカイの攻撃をバダーが避け、すれ違いざまの一撃を受ける可能性が高い。
だから、リインは一つの布石を打った。

(フリーレンフェッセルン!!!)

リインの言葉にバダーの突き進む進路、バギブソンのタイヤの側面の水分が瞬時に凍結され、バギブソンのタイヤを凍結させずにその進路を形作る。

-凍てつく足枷(フリーレンフェッセルン)-

本来は相手の捕縛に使われるものだが、リインはこの雨という天候を利用し、瞬時に効果を得ることのできるこの魔法を相手の進路を固定する方法として選んだのだ。
通常ならそれでも発生した効果が破壊される可能性もあるが、大気中の水分が増大している今なら通常以上の効果を発揮することができる。
そして、リインが舞台を整えたことで、今のザフィーラとカイの力でもある質量はバダーを貫くためだけの力となる。
バダーは肘に付いたナイフでカイ達を切り裂こうにも、すれ違いざまに切りつけるという行動を起こすための進路の変更もできず、かといってこの拘束されていない足枷から簡単に逃れるには距離が近づきすぎている。

結果、バダーとバギブソンは圧倒的な質量を持つ雷の牙に刃向かうだけの力を振るうことはできなかった。





ザフィーラとバギブソンの激突、それはカイの持つ金の力が未確認生命体を貫いたときほどの爆発は起きなかった。
なぜなら……

「よくも……俺のバギブソンを」

バダーが激突の瞬間、その強靭な脚力を活かして離脱していたからだ。
だが、ザフィーラとバギブソンの激突の衝撃を受けたバダーはヨロヨロとした足取りで地面に立つのがやっとだった。
一方、ザフィーラはバギブソンを貫いた後、その速度を極端に落としてゴウラムの合体とリインとのユニゾンを解除してカイの乗り捨てたビートチェイサーの傍に倒れこむ。
バギブソンを倒したと同時に金の力を解除したカイもザフィーラが倒れこむ際に体を放り投げだされるものの、しっかりと着地を決めて離脱したバダーに向かって構えを取る。

「ザヒーラ、少し休む。シビン、ザヒーラのこと頼んだ」
「……すまんな、後は任せる」
「カイ、ガンバルですよ」

カイはザフィーラとリインの言葉に頷くと乗り捨てていたビートチェイサーにもう一度跨る。

「ゴウラム、今度はこっちだ!!!」

カイの命令の元、主の命を受けたゴウラムは再び飛び立つと体を前後に分けてビートチェイサーを覆う鎧となる。
ビートチェイサーの作られたもう一つの目的、それはゴウラムとの複数回の合体を可能とすることであり、トライチェイサーのときはすぐにエネルギーを枯渇させていたことに対し、ビートチェイサーでは液体金属を貯めたタンクを設置させることにより、ゴウラムのエネルギー枯渇という問題点を解消させるためのものでもあった。

「このままバダーを連れ出す」

今正に逃げ出そうとするバダーを追うべく、カイはビートチェイサーとゴウラムが合体したビートゴウラムを発進させる。
しかし、カイとバダーとの距離が開いていたのと、トップスピードを出すには少しばかりの時間がかかるビートゴウラムの乗り物としての欠点からその距離は短時間で開かれてしまう。
だが……

「オーバードライブ、真・ソニックフォーム!!!」
『Riot Zamber.』

逃げ出したバダーに追い討ちをかけるようにフェイトが圧倒的な速度を誇る真・ソニックフォームとなり、手にした巨大な大剣ライオットザンバーでかつてジェイル・スカリエッティ逮捕の際にスカリエッティの体を打ちつけたライオットザンバーの振りかぶった一撃をバダーに決めて地面に叩きつける。
なのははそれを援護するようにアクセルシューターでバダーの周辺に弾幕を張り、簡単には逃げ出せないように足止めを実行する。

「カイ、行って!!!」

そんなフェイトの声の元、カイは確実に金の力を使ってバダーを倒すためビートゴウラムで動けないザフィーラに被害が行かない場所へと向かって走り出す。
クロノ・ハラオウンから言われた金の力の使用条件、それはできるだけ人のいないところで使うこと。
つまり、他の人にその強大な威力が行かなければ使ってもいいことになる。程なくしてカイは峠道から山道に入る少し広めの敷地に到着する。
登山者達の駐車場も兼ねているからなのか、思いのほか広く、幸運なことに人の姿も無い。
ここでなら金の力を使うことができる。
カイはビートゴウラムにブレーキをかけ、そのブレーキの反動がバダーの体を前へと放り出す。
先ほどのザフィーラとバギブソンの激突による衝撃、フェイトから受けた一撃、なのはの弾幕、そしてビートゴウラムとの激突がバダーの体に深く痛みとして突き刺さっている。

「バヅーが……待ってる」

カイはそう呟くと再び赤の金の力を解放する。
そして、まともに動くことのできないバダーに向かって高く跳躍し、かつては封印する力を持った蹴りを今度は命を奪う牙として叩きつけた。





「バダーを倒したか」

カイがバダーを倒したすぐ傍の山の山頂では、ガドルが戦いの成り行きを見定めていた。
バダーの全ての敗因はザフィーラを侮っていたことだ。
少なくともガドルから見ればあまりにも無様な負け方と言えるだろう。

「次はジャラジの番……か」

ガドルはバダーが倒されたことをまるで関係ないことのように次にゲリザギバス・ゲゲルを行う者のことを考える。
ゴ・ジャラジ・ダ。
ゴ族の中でも卑劣なゲゲルを好むので、相手と全力で戦うことを望むガドルとしてはどうにも好きになれない存在だ。
そして、少しだけ気にかかることがガドルにはあった。

「リクが小さき者を手に掛けるとは思わないが……」

過去に偶然の出会いを果たしたガドルとクウガ、短い期間ではあるがクウガの性格を存分に知ることができた。
頭は悪いながらもどこか人を惹きつける何かを感じさせる。
それゆえに戦士としてとは別の意味でガドルは興味を持ったのかもしれない。

「俺も動くとするか」

ガドルは以前見た幻が近い内に起こると感じながら山を下るべく雨の中を歩き出した。










未確認生命体第31号、バダーが倒されたことは未確認生命体速報でミッドチルダ全域に知れ渡った。
それにより外の安全が確保されたこととなり、リオ・ウェズリーは今年から始めた春光拳の練習の終わりから少し時間を空けてからの雨の中で傘を差しての帰宅となった。
バダーが倒される前の情報ではバイクに乗っている人が狙われる危険性が高いとの報道もあったが、実際に未確認生命体と遭遇した際に情報どおりとも限らないため、何らかの事件の進展があるまで門下生には道場に残るように言われていた。
その後、未確認生命体第4号が未確認生命体第31号を倒したことでようやく帰宅することができるのだ。

「4号、また勝ったんだ」

帰り道、リオは以前なら聞いて嬉しかったはずの第4号の勝利をトボトボとした足取りでポツリと呟いた。
リオが第4号のことを嫌いになったのはいつからだろうか。
それは未確認生命体第16号、ザインが暴れだしたときまで遡る。
あの日、リオは未確認生命体第4号の話をしながら母親と出かけていた。
そう、あのときは第4号のことをみんなを、自分や家族を守ってくれる正義の味方だと思っていた。
だから、未確認生命体第16号が現れたという情報が入ったときも4号がすぐに倒してくれる、そう思っていた。
だが、4号は負けた。
ここで話が終わればリオは第4号のことを嫌いにはならなかったかもしれない。
しかし、話はここで終わりではなかった。
第4号が敗れ、未確認生命体第16号の前から撤退した後、リオとリオの母親は第16号に襲われて母親がリオを庇って重傷を負った。
そして、それから数時間後に第16号は第4号の手によって倒された。
数時間、この数時間の差がリオが第4号に抱く感情に大きな変化を与えてしまった。
それからリオはSt.魔法学院初等科に入学して、仲良くなれそうなクラスメイト達と出会った。
しかし、ここでまた第4号がリオの邪魔をしてしまった。
仲良くなれそうだったヴィヴィオやコロナ、それだけでなくクラスのみんなが第4号のことに好意的な感情を持っていたのだ。
その中でもヴィヴィオが嬉々として第4号のことを話し始めたことで、リオの中に燻っていた暗い感情は爆発した。

-あいつだってただの未確認生命体だ。他の未確認生命体、あいつらと同じだ-

そのときに言った言葉によってクラスから孤立するようなことはなかったものの、友達になれるかもしれないと思っていたヴィヴィオとの溝は一気に修復できないほど深くなってしまった。

「そうだよ、4号も他の未確認生命体の仲間だよ」

リオの得た第4号の結論、それは4号も他の未確認生命体の仲間でしかない。
他の未確認生命体と戦っているのはきっとゲームみたいなもので、そのゲームが終わればきっと自分達に襲い掛かってくる。
証拠も何もないながらも出したリオなりの結論、しかしまだ子どものリオにはそれこそが唯一つの正解としか思えなかった。
しかし、それでも時々考えることがある。
未確認生命体第17号、ビランの手から助けてもらったこと。
そのとき、第17号が現れたという情報はまったく無く、リオが出会ったときが最初の目撃例となった。
つまり、4号は初戦でビランを打ち倒したということになる。
母親は運悪く怪我をするようなことになってしまったが、消えてしまいそうだったリオの命を第4号は確かに救ったのだ。
それに対してリオが第4号にしたことは、第16号のことに対する怨嗟の叫びをぶつけるだけだった。
今ではあのときにお礼を言うべきだったかもしれないと感じてしまうものの、リオ自身の頑なさがそれを認めようとしない。

「……どうすればいいんだろう」

第4号と会うことなどめったに無い、そう思いながらもリオは今度第4号にあったときに何と言えばいいのかと悩んでいる途中、建物と建物の隙間から雨音に混じって足音というか、杖を地面に突きながら足を引きずるような音が聞こえてきた。

「だ……誰?」

運悪くここを歩いているのはリオただ一人。
周囲には誰もおらず誰かを呼ぶことも簡単にはできない。
こんな建物と建物の隙間から誰かが出てくるなんてことは滅多にない。
だが、誰かが人間を指すのではなく、他のものを指すとしたらどうだろうか。
たとえば、今のミッドチルダにとってもっとも恐怖の対象となる存在。

「まさか……未確認?」

早くここから逃げ出そうとリオは思うものの、本当に未確認生命体だとしたら逃げたところで追いつかれる。
そもそも、未確認生命体かもしれないという考えが脳裏によぎった瞬間、リオの体は震えだし今にも膝を地面に突きそうだった。
そんなリオの心情などお構い無しに足音は徐々にはっきりと聞こえ始め、建物と建物の隙間から長い棒のようなものを杖代わりにしてリオへと近づいてくる影がはっきりとリオの目に入りだした。
背の高さは以前リオが歯科医院に行ったときに会ったヴィヴィオの友達と同じくらいか、それよりも少しだけ高く見える。
近くなることではっきりしだしたそのシルエットは未確認生命体のような人間から明らかに外れたものではなく、普通の人間と同一なものであることがリオの恐怖を若干ではあるが和らげる。
しかし、未確認生命体が人間の姿をすることも目撃されていることもあり、楽観視はできない。
だが、あまりにも近づいてくる足音が弱々しく感じるからこそ、リオは先ほど感じた恐怖とは違う意味で興味が出てきてしまった。
そうして出てきたのは……

「……君は……誰だ」

いきなり現れてリオの正体を問いただしたのは、少し長い黒髪を後ろで簡単に紐でまとめた青年だった。
青年は手に持っていた自分の背丈と同じくらいの棍を力無く地面へ落とすと同時に、雨に濡れた地面に倒れこんだ。










バダーが倒され、カイ達はヘリに収容されて機動六課に戻ることになった。
現在ヘリの中にいるのはパイロットとしてアルトとヴァイス、後部スペースには消耗したザフィーラとリインフォースⅡとゴウラム、そしてカイとティアナだった。
なのはとフェイトはそれ以外にもビートチェイサーとトライチェイサーが搭載されたことで狭くなったスペースのため、空を飛べて消耗も少ないということで単独で帰還することになった。

「ねえ、カイ」

そして、ザフィーラ達が蓄積した疲労を癒すべく眠りに入ったことでティアナはカイに聞くには今しかないと感じ、言葉を発した。

「あんた、ザフィーラに死んだ人間は後回しって言ったのよね。生きている人間を優先するって」
「言った」

ティアナの疑問はフェイトからの言葉では答えを得ることはできず、結局のところカイとしっかりと話をするしかないと結論付けたティアナは機動六課に戻るまでの間、そのことについて話をすることに決めたのだ。
今のティアナにはカイと普段のような話をするだけの余裕もないし、いつもは他の誰かとカイの会話に口を挟むような役割だったこともあり、話題がないというのも理由の一つだ。

「……そっか」

ティアナにはわかっていたカイの返答。
わかっていたものの、こうも簡単に答えられてしまうとティアナとしてはやはり文句を言いたくなってしまう。
だが、カイにはカイの、ティアナにはティアナの答えがある以上ただ否定するということも今のティアナにはできなかった。
そのため、ティアナは別の質問を投げかける。

「ならさ、もし私達が……ううん、ヴィヴィオが未確認生命体に殺されたとしても、あんたは……見ず知らずの誰かのためにヴィヴィオを無視して未確認生命体と戦うことが……できるの?」

ティアナの質問、それはフェイトが言ったその時の状況によって考え方が変わることもあるという意見に対してカイはどう思っているのか、普段話をしないからこそ気になったことを質問する。
その言葉を考えるように、カイはヘリの窓から空を見ている。
やがてカイは結論が出たのか、ゆっくりとティアナに向きなおるとその答えを口にする。

「……できた」

カイの返答、ティアナはそれを哀しそうな、それでいて悔しそうな、呆れたような、色々な感情が混ぜ合わさったような表情で受け止める。

「……そっか。なら私は未確認生命体と戦うことに協力はできても、あんたを本当に信頼して戦うことは……できないかもしれない」

ティアナがカイとの問答で手に入れた答え、それは目の前にいる未確認生命体第4号を完全には信用できないというものとなった。
ここでもしカイがヴィヴィオが犠牲になった際にそれを気にしてしまうことがあれば、まだカイのことを信頼できたかもしれない。
だが、カイはヴィヴィオが犠牲になったとしても未確認生命体と戦うことができると言った。
自分にとってもっとも特別だろう存在すら無視して戦う、甘いと言われてもそんな人間を信頼したいとは思わない。
カイの言った言葉はティアナからしてみれば相棒のスバルや仲間であるエリオやキャロが犠牲になっても、それをまったく気にせずに戦うと言っているも同然なのだ。
スバル達なら自分達のことは気にしないでと言うかもしれないが、例え言われたとしてもティアナにはそんなことできないし、したいとも思わない。
少なくとも、簡単には割り切れない。
だからティアナはこの時に気付くことができなかった。
カイが『できる』ではなく、『できた』という過去形で答えていたことに。

「……そうしたほうがいい」

そしてカイもティアナの言葉こそ正しいとでも言うように言葉を発すると、再び窓から空を見るためティアナから視線を逸らした。




















光を差さない空間の中、カイの目の前に3人の女の子達がいる。
その内の二人はカイが良く知っている少女達だ。

「カイちゃん?」

ややくすみがちだが柔らかい金髪をツーテールに結った髪型がトレードマークの少女、コロナ・ティミル。

「……カイ?」

カイにとって一番特別な存在である右目が緑、左目が赤という虹彩異色が目を引き、金色の髪をこめかみよりも上の位置でリボンを結んでいる高町ヴィヴィオ。

そして、ただ一人カイに、未確認生命体第4号に真っ直ぐな憎悪を向けた少女。

「あんたが……4号」

カイは名前を知らない短めの黒髪を頭の上で黄色いリボンを結び八重歯がトレードマークの少女、リオ・ウェズリー。

そんな3人の前にカイは立つ。
その手に黒と金に塗られた大剣を持って。
その切っ先を3人の小さな命に向けて。





-その命を守るために-





-その命を失わないために-





-でも、もし守りきれないのなら-





-守りたくても守りきれないのなら-





-これ以上何も失わないために……全てを捨てよう-





-そのためなら-





-大切な友達がもう一度与えてくれた心をもう一度捨てよう-





-土に還る者のためじゃなく、空の下に生きる者のために牙を振るうために-





-そのために大切な、特別な存在を捨てよう-





-特別が無くなれば、あの人の教えだけで戦うことができるのだから-





-……そう-





-特別を作ることがそもそも間違いなのだから-





カイは、その3つの小さな命に向かって大剣を振り下ろした。










「っ!!!」

機動六課に戻り、その日もヴィヴィオと一緒に夕飯を食べた後、カイはザフィーラと一緒にテントに戻り、そのまますぐに寝てしまった。
だが、突然の悪夢に飛び起きるように目を覚ました。
傍らにはザフィーラが寝ており目を覚ますかと思ったが、バダーとの戦いでリインとのユニゾン、ゴウラムとの合体、金の力の行使により想像以上に消耗してしまい目を覚ます様子は無い。

「なんだ……今の」

思い出したくも無い悪夢、いや、思い出そうにも悪夢の内容すら覚えていない。
ただ一つ覚えているのはヴィヴィオと別れること。
それも一時ではない、永久の別れ。
再びめぐり合うことなど許されない決定的な別れ。

「ヴィヴィオゥ……死」

死ぬのか?

そう言いそうになったところでカイは言葉を止める。
言ってしまうと、それが現実になってしまうと思ったからだ。
外では眠る前に振ってきた雨がその勢いをより強くしている。

「雨……嫌いだ。海、荒れる」

そんな言葉を呟いたとき、カイはヴィヴィオがかつて自分に言った言葉を思い出す。

-カイは海、海はカイだよ-

ヴィヴィオがくれた穏やかな海からとってくれた優しい名前。
それを見たら少しは気が晴れるかの思い、カイは雨の中を歩き出して機動六課のすぐ傍に面する海へと向かう。
海を見れば少しは気が休まる、そう思ったからだ。
しかし、カイの目には心が休まるはずの穏やかな海は映らず、荒れ狂う海だけが映っていた。











グロンギ倒しておバカイ(おバカなカイ)がなかった話って実は初めてかもしれません。
さらにバイクに乗ったカイを見て大はしゃぎする予定だった部隊長の出番がなかった。さすがにティアナとカイの確執の辺りでやるには明らかにKYになってしまうので。
そんなわけで、皆様が心の中で、カイがビートチェイサーで颯爽と走り抜ける映像を心の中でガッツポーズしながら喜びをかみ締めている八神部隊長を想像していただけると幸いです。

追記:コンプエース1月号のなのポのマテリアル漫画を読みましたが、この話のおバカとマテリアルのアホの子が絡んだらどうなるんだろう?なんて考えたり。






[22637] 第37話 雷如(雷の如く)
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2012/01/01 00:49





リクがクウガとなるための鍛練をダイを相手として始めてから数年、グロンギが近くまで侵攻してきたという知らせが近くにある他の村から入ってきた。
その知らせを受け、リクは村長であり父でもあるカザの許可を得て、満月のこの夜にクウガとなるべくアマダムをその身に宿す儀式を執り行うこととなった。
だが、リク達のこの行動はどこからか知ったグロンギにより、儀式に入る前に火矢による攻撃を受けて村は混乱の渦に巻き込まれ、リクとダイの二人は降り注ぐ矢の雨からアマダムが奉られている洞窟へと走った。
そして、ようやくアマダムの奉られている祭壇にたどり着いたとき、二人の運命は大きく変化していた。

「……リク、早くアマダムを……リク?」

先に祭壇に飛び込んだダイは安置されていたアマダムを掴み、後から来たリクへと渡そうと振り向く。
だが、リクはそれを受け取ろうとしなかった。

「リク、今の僕は……もうそれを受け取れない」
「……え?」

リクの背中には無数の矢が生えており、その内の一本は左胸を貫き、リクの衣を赤く染めていた。
リクは降り注ぐ矢の雨の中、前を走るダイを守るために手に持った棍を振るって矢を叩き落した。
しかし、自分の防御にまでは気が回らず矢をその背に受けてしまった。
そこでダイはあることに気付く。
リクとダイの二人が走りを競ったとしたら、リクの方が先にここに辿りつくということを。

「リク……今から僕の言うことをよく聞くんだ。父さんの言っていたクウガの意味、リクはわかるよね?」
「……この空の下を穏やかに暮らす者達を守る牙になれ」

ダイの養父であり、この村の村長であるカザに何度となく教えられた言葉をダイなりに理解した言葉でリクへと返す。
それを聞いたリクは満足そうに笑顔で頷くと、ダイが差し出していたアマダムをダイの胸へと押し付けた。

「リク……僕の代わりに、君がクウガになるんだ」
「……何を言っているんだ?これはリクのものだろう?」

ダイは押し付けられたアマダムをリクへと押し返す。
だが、重傷を負い今にも倒れそうなリクは、ダイが押し返すアマダムを最期の力を振り絞るようにダイの胸に再び押し付けると言葉を続ける。

「この怪我じゃ、僕はもう助からない。クウガになって戦ったとしても、すぐに僕は死ぬだろう」
「……そんなことない。治療すれば」
「治療している間にみんなが死ぬ」

ダイの反論をリクはすぐさま切り捨て、これが最善の行動であることをダイへと告げる。
確かにリクは怪我のため、クウガとして戦えるような状況ではない。
治療すれば命は助かるかもしれないが、その間に村は壊滅的な被害を受けるだろう。

「リク、君がクウガになるんだ。それが村のみんなを守ることに繋がる。……やれるね」
「……わかった。今だけ、今だけリクの代わりにクウガになる」

リクの言葉にダイは完全に納得したわけではない。
だが、村のみんなを守るということは家族を無くし、この村に受け入れられたダイにとっても大切なことだ。
だからダイは今だけという限定でクウガになることを決めた。

「……うん。それじゃ、リクに僕からの“最期”の教えだ」
「……最後?」
「戦う心構えのようなものだよ。いいかい、リク、死んでしまった者……土の下に還る者のために戦うんじゃない。生きている人のために戦うんだ」
「……生きている人のため?」
「そうだ、僕のこと……死んだ人間のことは後回しでいい。生きている人間のために戦うんだ。死んだ人間のために恨みや憎しみを抱えて戦うんじゃなく、生きているみんなを守るという思いを力に変えるんだ」

クウガになる決意を見せたダイにリクはこれが最期とばかりに伝えるべきことをダイに伝えていく。
その本当の意味を胸に隠したまま。

「それじゃあリク、アマダムを持ってここから出るんだ」
「……リクはどうするんだ?」
「ここに残るよ。今の僕がリクと一緒に行っても足手まといにしかならない。だから、これから……ここから先は一人で行くんだ」
「……わかった。グロンギを倒したらすぐに戻るから待っててくれ」

リクは頷いてここから離れるダイを見届け、ダイが完全に見えなくなってから力尽きたように壁を背にしてその場に倒れた。

「最期の教えか。本当はそんなことを言いたかったわけじゃないんだけどね」

力尽きたようにリクはダイの去った方向へと視線を向ける。
死んだ者のために戦うな、死んだ人間は後回しでいい、この“死んだ人間”はこれから死ぬであろう自分のことを指して言った言葉だ。
本当に言いたかった言葉はその後の『生きている人間を守るために戦え』ということだけ。
自分の死を気にしないで、自分の代わりに戦うようなことにならないように。
自分だけの『戦う意味』を持つことができるように。

「もう一度話ができたら……ちゃんと言わないとね。大丈夫、リクならきっとリクだけの“クウガ”になれるから」

そうリクが呟いた瞬間、リクの頭上の天井の岩が崩れ出す。
そして、リクの体は岩や土砂に押し潰された。










未確認生命体第32号、ゴ・バダー・バが倒された夜、ミッドチルダにある時空管理局のとある施設では灯りを消した部屋で必死に何かのデータをインプットしている一人の女性がいた。

「これだとマリエル・アテンザの改良したというG3-Xと性能的に大きな変化はないわね」

女性は打ち込んだデータを消去し、再び新しいデータを打ち込んでいく。

「出力を上げるにしてもそれを扱える人間は管理局にはいない」

目の前にある黒く輝く人型のアーマーに視線を向け、一番の問題を誰に言うでもなく呟く。

「今の機動六課オーバーSランクの隊長陣の誰かがこれを使ったとしても……」

女性は今ここに置かれているアーマーを機動六課に所属する高ランク魔導師が装備することを想像するが、その想像をすぐに打ち消す。

「ダメね。使えたとしても後が続かない。未確認生命体が残り何体いるのかわからない以上、簡単にそんな手段を取るわけにもいかないわ」

この言葉の意味は何も人命を尊重しての発言ではない。
装着させたとしてもそれは使い捨てであり、残りの未確認生命体が何体いるのかわからない以上、簡単に装着者を決めるわけにはいかなかった。
女性はそこでデータを打ち込んでいた手を止め、プリントアウトした一枚の紙を取り出す。

「未確認生命体第25号、このデータから見ると未確認生命体はその体内にリンカーコアと非常に良く似た性質を持つ鉱石を体内に持っていると推測される。しかもそのエネルギー量はオーバーSの魔力量を軽く超えるだけのキャパシティがある」

未確認生命体第25号、メ・ギノガ・デ。
ギノガは過去に未確認生命体第4号とG3の戦闘で致命傷を負い、機動六課スターズ分隊隊長高町なのは一等空尉の砲撃により、体内の鉱石を破壊され死亡した。

「戦闘記録から察するに、第4号との戦闘とG3の質量兵器によるダメージの蓄積があったことにより純粋な魔力砲撃での撃破が可能だったと推測され、現状で未確認生命体には純粋な物理的破壊力がもっとも有効な手段であると言わざるを得ない」

女性はアーマーの置かれている場所とは別の場所に置かれているとある大型火器に今度は視線を向ける。

「未確認生命体第25号の生体組織の解析の結果を元に開発された多目的巡航4連ミサイルランチャー『ギガント』、これを使うには今のこれのスペックでは足りない」

そう、現状ではギガントの威力に装着者の体が耐えられない。

「これの性能を上げて、装着した際の負担に耐えられるのは……」

数々の問題点、それをクリアできる唯一つの解答。
それは……。










「……ここは?」

閉じた瞼の先から微かに見える光が青年の瞳を刺激する。
青年が目を開けると、そこは今まで見たことのない場所だった。
青年は自分の身長ギリギリの寝台に寝かせられ、額には時間が経って生ぬるくなった濡れタオルが折りたたまれて乗せられている。
長い間夢を見ていた気がする、青年はそう思うもののその内容を細かいところまでは思い出せない。
ただ、何か後悔の残る内容だったことだけはなんとなく理解していた。

「あ、起きたんですか?」

そんな青年の元へ、一人の少女が水を張った桶を両手に持って入ってきた。

「……君は」

青年は部屋に入ってきた黒髪を黄色いリボンで結った少女の顔には見覚えがあるものの、それがいつどこで見たのかまだ目覚めきっていない頭の中で考える。
だが、どれだけ考えても目の前にいる少女のことを思い出せなかった。

「いきなり倒れちゃったからびっくりしたんですよ。ただ寝ているみたいだったから何度も声をかけたのに全然起きなかったし」
「いきなり倒れた?……ああ、そうだったね、迷惑をかけてごめんね」

少女の言葉を聞いて、ようやく青年は自分が気を失う前に出会った少女であることを理解すると迷惑をかけてしまったと思い、その場で頭を下げた。

「あ、別に迷惑だってわけじゃなくて、え、えと……そうだ、私、リオ・ウェズリーって言います。お兄さんは?」

青年を助けた少女、リオはいきなり頭を下げてきた青年に面食らうと、慌てて話を逸らすべく自分の名前を言う。
これなら青年も名前を言うしかなくなり、これ以上頭を下げられることなどないと思ったからだ。

「リオちゃんか。僕の名前は……リクだよ。助けてくれて本当にありがとう」

青年、リクはリオに向かって微笑みかけて感謝の意をリオに示した。










バダーを倒してから数日後の朝、機動六課の寮の前にあるカイのテントでは……

「返してくるの!!!」
「これ、俺のだ」
「違うよ、これは4号のだよ!!!」

ヴィヴィオとカイの口論が続いていた。
口論の内容はテントの前に止めてあったビートチェイサーのことだ。
未確認生命体第31号、バダーが倒されたことはその日の内に未確認生命体速報でミッドチルダ全域に伝わり、その際にビートチェイサーに乗った第4号の姿が若干ではあるが映像として放送された。
そのビートチェイサーがどういうわけかここにあることに気がついたヴィヴィオはビートチェイサーをカイがどこからか盗んできたと勘違いし、未確認生命体第4号に返してこいと騒いでいたのだ。

「返してこないともう遊んであげないよ!!!」

ヴィヴィオとしてはカイも未確認生命体第4号も好きである。
だが、未確認生命体第4号からバイクを盗ってきたカイが悪いと思っているので、ヴィヴィオにとって引き下がるわけにもいかない。
一方、カイとしてはビートチェイサーはカイがもらったものであり、それが未確認生命体第4号の正体に繋がるなど考えてもいないため、どうしてヴィヴィオが怒っているのかすらよくわかっていない状態だった。

「あ~、ヴィヴィオもカイもケンカしないの」

そんな二人のやりとりを見かねてか、離れて事の成り行きを見ていたフェイトが間に入る。

「でもフェイトママ、カイが4号からバイク盗ってきちゃったんだよ」
「バイクは私から4号さんに返しておくから、ヴィヴィオはそれよりもカイとお話しすることがあるんでしょう?」
「あ、そうだった。カイ、端末出して」
「……松明?」
「……端末。ギンガに買ってもらったのがあるでしょ」

ヴィヴィオの言葉にカイのボケ、それにツッコミを入れるフェイト。
何気にいつもはツッコミを入れられる方だなと感じつつ、フェイトはカイにギンガに買ってもらったものがあるだろうと教える。
それでようやくわかったのか、カイはテントの中に置いてあるおもちゃ箱をひっくり返して中から目的のものである『ラクラク端末』を取り出した。
ちなみに、おもちゃ箱をひっくり返して一番上に出てきた『ラクラク端末』が本来の携帯端末としての役割は果たしていないことは言うまでもないだろう。

「これ、使いづらい」
「まだちゃんと使えないんだ。ほらヴィヴィオ」

カイの言葉にフェイトは呆れるが、先に要件を済ませることが先決であり、ヴィヴィオを促す。

「うん、カイ、ヴィヴィオの端末の番号教えるから、カイのも教えてね」
「ん?これでヴィヴィオゥと話せるのか?」
「うん、これでカイと離れていてもお話できるよ」

嬉々として携帯端末を手に入れたことを喜ぶヴィヴィオ。
そんな喜ぶヴィヴィオの顔を見て、カイも自分の端末のデータの一番最初に空きを作っていたことを思い出す。
いつかヴィヴィオと端末で話をするとき、その一番最初のデータをヴィヴィオの名前をしようと考えていたことを。
程なくしてカイとヴィヴィオの両方の端末にそれぞれのアドレスが記録された。
それからヴィヴィオと別れたカイはフェイトに指示され、ビートチェイサーを機動六課隊舎の屋上にあるヘリポートへと運ぶことになった。
ちなみに、おもちゃ箱の中で休暇をとっていたはずの『ラクラク端末』は休暇中もその役割を放棄することなく、日々のカイの様子を直接本人から聞こうとしたギンガとシスターシャッハの着信数がものすごいことになっていた。









「そっか、そんなことがあったんだね」
「おにーさん、未確認のこと知らないの?」

場所は変わって、数日前にリオの家で目覚めたリクは、リオから最近ミッドチルダで起きたことを聞いているところだった。

「いや、えっと……ここに来たのはつい最近だからね。あんまり詳しいことはわからないんだ」

本来ならば『来た』ではなく、『目覚めた』といったほうが正しいが、それを言ってもリオを混乱させるだけだと思ったリクはあえて答えをぼかすように話す。

「ふ~ん。でもさ、未確認は怖いからおにーさんも気をつけないとダメだよ。あんな棍持っていてもやられちゃうからね」

そう言ってリオはリクが持っていた棍を指差す。
指差された棍はリオの部屋の隅に立てられており、気を失う前についていた汚れも綺麗に拭き取られていた。

「……そうだね。気をつけるよ。さて、いつまでも迷惑をかけるわけにはいかないから、そろそろ行かなくちゃ」
「え?もう行くの?」

体を起こし、少し体を伸ばして調子を確認するリク。
そんなリクを見て、いきなり起きて大丈夫なのか心配するリオ。
そんな二人の間を何か地の底から響いたような音が走った。

「……えっと」
「おにーさん、行くならご飯食べていきなよ」

リオの言葉にリクは恥ずかしそうに頷きを返すだけだった。
その後、リクはリオの用意した簡単な食事を食べてからリオに感謝の言葉を告げてリオの家を後にする
そして、それからすぐリオの通うSt.ヒルデ魔法学院からリオの家に緊急の連絡が入った。
その内容は……

― 初等科一年生は本日学院への登校を中止し、時空管理局の指示に従い未確認生命体対策本部機動六課の保護を受けること ―










機動六課の部隊長室、ここでは今回起きた事件を話し合うべく一部の者が集まっているものの、その話し合いに進展の様子が見られていない。

「これで13人目……やね」
「わかっているのは魔法学院の初等科一年生の子ども達だけが犠牲になっていることだな」

機動六課部隊長の八神はやての言葉にクロノ・ハラオウンは現在明らかになっている事項だけを言葉にするが、それ以外何も判明していなかった。

「噂くらいだと犠牲になった子のほとんどが不審者に遭遇してその不審者から四日後に死ぬと言われているくらい……やね」

バダーが倒されてから一週間、ミッドチルダにはつかの間の安息の日々が訪れたかに見えた。
しかし、St.ヒルデ魔法学院に通う初等科の一年生の何人かが不審者に会うという情報が何度か報告されるようになった。
当初は大きな問題ではないものの用心のために不審者の調査を進めていたが、情報を受けてから四日後に不審者に会ったという子どもが頭の痛みを訴えた後死亡するということが相次いで起きたため、急遽本格的な調査を行うこととなった。
その結果、被害者は全員St.ヒルデ魔法学院初等科の一年生であり、その被害者全員がその不審者と会った可能性があると見て調査を進めるものの、不審者の情報はまったくといっていいほど手に入らなかった。
現在、報告を受けたフェイトが補佐としてティアナを連れて被害者の関係者などに不審者に関係する情報の聞き込みに動いている。
また、奇妙な死に方をしているのに共通点があることから、クロノとはやては早急にその共通点であるSt.ヒルデ魔法学院に通う初等科の一年生を機動六課で保護することに決めた。
その理由として、被害に遭いそうな者を一箇所に集めることで、もしこの事態が未確認生命体によるものだとしたら戦力を一箇所に集中して守ることができることと、未確認生命体にとっての最大戦力とも言える未確認生命体第4号、カイがいることが大きい。
だが、その不審者の正体が未確認生命体と断定できるわけではないため、事態の進展は遅々として進まないと思われていた。
だがはやての元にティアナから突然通信が入ってきた。
その内容は……

― 捜査中にSt.ヒルデ魔法学院に通う初等科の一年生に接触していた不審者と遭遇、その不審者が未確認生命体となり交戦中 ―

以上の報告を受け、はやては未確認生命体への対処のため、カイとクロノ、そしてG3-Xの調整が完了したヴァイスを現場に急行させ、残りの戦力を集まり始めているSt.ヒルデ魔法学院に通う初等科の一年生の護衛へと回すことにした。









機動六課への通信を終えたティアナは自分の後ろに保護したSt.ヒルデ魔法学院に通う初等科の一年生を匿い、未確認生命体を牽制しているフェイトの援護に入るべく。複数の魔力弾丸を誘導操作する『クロスファイアシュート』と呼ばれる魔法で未確認生命体の動きを止めようとするものの、未確認生命体のあまりの俊敏性と野生の勘とも言える回避運動に一発の直撃を与えることができなかった。
フェイトもその速度を生かしてバルディッシュで攻撃を仕掛けるものの、悉くその攻撃は宙を切る。
現在、未確認生命体は明らかにティアナの背後にいる子どもに狙いをつけ、フェイトやティアナのことはまるでただの障害物だとでもいうようなあしらい方で翻弄している。
その未確認生命体、ゴ・ジャラジ・ダは黒い皮膚と逆立ったような白い髪、体中のいたるところにある鏃のような装飾品を身に付けている。
ジャラジはフェイトの猛攻を余裕を見せて避けると、その身に付けた装飾品を何本か手に取って巨大化させたそれをダーツとして、フェイトやティアナに向かって投げつける。
フェイトはバルディッシュで向かってきたダーツを叩き落し、ティアナは後ろに庇った子どもを抱えて右に跳んで避ける。
現状のフェイトとティアナの最優先事項、それはティアナが庇っている子どもの安全を確保すること。
未確認生命体の撃破を狙いたいものではあるが、ただでさえ時空管理局単独で未確認生命体を撃破した事例は未確認生命体第25号、ギノガを未確認生命体第4号とG3との戦闘後に高町なのはが撃墜したのみである。
それ以外でも未確認生命体第4号が3体の未確認生命体と戦った際に、キャロ・ル・ルシエの所有する竜、フリードリヒと第4号の仲間である未確認飛行物体であるゴウラム、金の力を使った第4号の力が大きい。
また、未確認生命体第30号、ガメゴでは未確認生命体第4号の紫の剣を楔にして鉄槌の騎士ヴィータのグラーフアイゼンの一撃がガメゴを貫いた。
他には直接的な止めを刺すには至らなかったものの、未確認生命体第9号、ギイガと戦った烈火の将シグナムという例もある。
結果として未確認生命体と善戦できるものの、戦いの天秤を管理局側に傾けるだけの決め手が少ない。
その天秤をほとんど傾けてきた役割は、現在のところ未確認生命体第4号と言った方がいいだろう。
そのため、防戦一方というわけではないが、ジャラジに対して有利に戦いを進めることができずにいた。

ジャラジの方も、標的はSt.ヒルデ魔法学院に通う初等科の一年生であり、管理局に所属する魔導師などではないためフェイトやティアナは眼中に無く、適当にあしらうかのようにそのすばやい身のこなしで二人を翻弄していた。
そして徐々に標的となる子どもとジャラジの距離は、フェイトやティアナという障害があるものの縮まりつつある。
だが、突如空気を振るわせるような轟音と共に無数の弾丸がジャラジと子どもの間を遮るように撃ち込まれた。
それと同時に走りこんできたのは獰猛な獣を思わせるような雄たけびをあげる一台のバイク。
そのバイクは黒と赤、そして金色という搭乗者の色を模したようなカラーリングのBTCS2000ビートチェイサー。
それを駆るのは世間では未確認生命体第4号と呼ばれているカイだ。

「……4号」

狙われていた子どもはティアナの背中越しから多くの未確認生命体を倒してきた4号の姿を見て、安堵の息をこぼす。
そんな4号の傍に調整を完璧に済ませ、4号のサポートに入るべくG3-Xを装着して大型ガトリングガンGX-05ケルベロスを構えたヴァイスが地上から、ティアナのフォローに入るためにクロノが空から降り立つ。

「ここは俺達が引き受ける。ティアナはその子を保護してここから離れろ」

代表してヴァイスがティアナを促し、今すぐにでも戦域を離脱させようとしたとき、ジャラジが言葉を発する。

「ふう、クウガが来ちゃったのか。まだ時間はあるし、ここは引くしかないかな」
「逃がすと……思うか?」

この場を離れようとしたジャラジをカイはビートチェイサーで追撃するべくスロットルを操作しようとする。
だが、その行動は次のジャラジの言葉で動きが止まる。

「その子に楔を打ち込んだよ。さあ、君が苦しむ姿を見せて僕を楽しませてくれ」

そう言い残すとジャラジはその言葉に呆然としていたカイ達の隙を突いてその場から離脱した。





「楔を打ち込んだ?どういうことだ?」

ジャラジが姿を消し、一応の子どもの安全が確保できたことで、クロノはその真意を確かめるべく襲われた子どもに何か異常を感じないか確認している。
そんな中、カイは過去のとある出来事を思い出す。
それは先ほどのジャラジに殺されたカイの家族のことだ。
カイは幼少のころジャラジに家族を殺されたが、アマダムをその身に宿してからジャラジと戦ったことはない。
遭ったのはカイを含めた家族が襲われたときだけだ。
そして、その時の家族の殺害方法は楔を頭部に打ち込んで殺すという残忍な方法だった。
だが、今回は楔を打ち込まれたにしては痛みを訴える様子も無く、打ち込まれたにしてもその効果が4日後に現れるという差異はある。
殺害方法がかなり似ていることを知ったカイは赤の戦士から緑の戦士へと姿を変えて、その子どもの全身を見てみる。
楔と言われたものが子どもの体内にあるのかどうかをこの姿でも見ることができるのか確認するためだ。
しかし、緑の戦士の研ぎ澄まされた視覚でも違和感を感じはするものの、その違和感の理由を見つけることはできなかった。

「クロノ、とりあえずこの子を機動六課に連れていってシャマル先生に調べてもらおう」
「……そうだな。ここに留まっていてもしょうがないか」

フェイトに促され、クロノの言葉によりその場を撤収することになったカイは子どもの前で元の姿に戻るわけにもいかず、ヴァイスと一緒にフェイト達とは別のルートで帰還することになった。










「カイ、カイはあの未確認生命体とどうやって戦ったの?」

機動六課に戻ったカイはすぐさまクロノに呼ばれてブリーフィングルームにヴァイスと共に向かった。
すでに襲われた子どもはシャマルの元へと送られ、フェイトとティアナを含めた戦闘に関係する者全員が揃っている。
唯一ザフィーラが機動六課の保護された子ども達の警護役として不在としているだけだった。
そして現在、今回の未確認生命体の対処へと話が進んでいた。

「俺、あいつとは戦ってない」

フェイトの質問に対してのカイの返答はここにいる全員の予想を裏切るものとなった。

「戦ってない?」
「お前が昔封印したんじゃねえのか?」

シグナムとヴィータもあまりにも予想外の言葉に聞き返す。

「じゃあ、カイ君も初めてあの未確認生命体に遭ったっちゅうこと?」
「違う」

はやての言葉をカイはまたもや否定する。

「俺、あいつに父さん達を目の前で殺された」

特に気にした様子もないカイの言葉に一同が息を呑む。
こう言っては何だが、カイの普段の様子から家族が未確認生命体に殺されたなどと思う者は機動六課にいる面々で想像する者はいなかった。
ここにいる者の共通認識として、カイは未確認生命体と戦う理由があるとは思っていたが、それが未確認生命体に家族が殺されたからだとは思っていなかった。

「それじゃあ、この未確認生命体がカイのお父さん達の仇ってわけなんだね。今度見つけたら全力で戦わないとね」
「そうだな、カイ、今度奴に遭ったら必ず倒そうな」

スバルのカイを叱咤する声にヴァイスも同意を示す。
他のみんなもカイを気にしたような視線を向けている。
だが、話題の当事者であるカイはみんなが何を気にしているのか理解できていなかった。

「マーシャルのところ、行ってくる」

そして特に不機嫌な様子など何も見せることなく、カイは保護した子どもに異常がないかをシャマルに聞きにいくため、ブリーフィングルームを後にした。

「あ、おい、ちょっと待てよ。……カイの奴、家族を殺した仇が見つかったっていうのに、どうして平気そうな顔をしているんだ?」
「なんだか、お父さん達が死んじゃったことを気にしていない感じでしたね」

ヴァイスやスバル達はカイの様子を不審に思いながら。

「なんか、よくないな。カイのあの様子はよ」
「ヴィータもそう思うか」

シグナム達隊長陣はなんとなくだがカイの様子が普段と違うことにやや不安を抱く。

「家族が殺されても、あいつは気にもしないんだ。それなら……」

そして、ティアナは以前投げかけた質問でカイの言ったヴィヴィオが殺されたとしても、それを気にせずに未確認生命体と戦えると言ったカイに哀れむような気持ちを抱いていた。










「マーシャル、いるか?」

クロノ達と別れたカイはその足でシャマルのいる医務室へと足を運んだ。
その医務室の中にあるベッドでは数人の子ども達が寝息を立てている。

「あらカイ、はやてちゃん達との話は終わったの?」

そんな突然の来客をシャマルは疲れたような様子が残っているものの、笑顔で迎え入れた。

「あの子、どうだった?」

カイの言うあの子が未確認生命体に襲われていたところを保護した子どもだと気付いたシャマルは、真剣な表情でデスクに置かれていたトレイをカイに見せる。

「あの子を含めて、ここに眠っている子ども達の体内からこれが出てきたわ」

そう言ってカイに差し出したトレイには赤く濡れた極小の矢が数本転がっていた。

「それと、これが犠牲になった子ども達の体内からでてきたもの」

続いてシャマルはクラールヴィントを起動させて、ある画像を出した。
その画像にはトレイにあった矢が大きくなったものが映し出されている。

「原理はわからないけど、今回の未確認生命体はこの小さな矢を子ども達に打ち込んで、一定期間後に大きくなった矢が打ち込まれた子どもの脳で巨大化して命を奪うようにしていたようね」

眠っている子ども達を起こさないようにシャマルは声を少し弱めてカイに話す。
シャマルはクロノ達が襲われた子どもを連れてきて詳しく体を調べてほしいと言われる前から犠牲になった子ども達の死因を調べ上げ、それに関係しそうなもの推測しながら連れてきた子どもを調べた。
その結果、体内に極めて小さい異物が混入していることを突き止め、子どもに麻酔をかけて旅の鏡で異物を抜き取った。
しかし、かつて『闇の書事件』で魔導師のリンカーコアを蒐集するのとは訳が違う人体への干渉には極限の集中力が必要だった。
今は未確認生命体に遭遇した子ども達を優先して調べているが、シャマルは休憩後に他の子ども達も調べるつもりだ。
未確認生命体と遭遇していないが、何らかの方法で楔を打ち込まれている可能性を潰すために。

「ヴィヴィオはもちろん、コロナちゃんも未確認生命体と思われる不審者と遭ったことはないみたいだから大丈夫みたいだけど、できるだけ早く解決しないとね」
「わかってる」

シャマルの言葉にカイは頷きつつ、眠っている子ども達の寝顔を見る。
ここにいる子ども達はカイが救うことのできなかった子ども達だ。
シャマルの力で命の危険はなくなったものの、もしシャマルがいなかったらここにいる子ども達全員がジャラジの魔の手で犠牲になったカイの家族と同じ末路を辿るはずだった。
断じてここにいる子ども達はカイが守ったわけではない。

「カイ、ここにいる子達は私が見ているから、カイはヴィヴィオ達のところに行ってあげて。未確認生命体に狙われているから傍にいてあげてほしいの」
「わかった、ヴィヴィオゥ達のところに行ってくる」

シャマルに言われ、カイはもう一度守ることのできなかった子ども達の顔を一人ずつ確認して、医務室を出ていった。
が、医務室を出たところでカイは何か嫌な予感を感じてすぐさま駆け出した。










「リオもこっちに来てたんだね」
「ふん、管理局の指示に従っただけだよ」

曇り空の中、ヴィヴィオとコロナは偶然出会ったリオと一緒にクラスの皆が集まるフロアへと移動している最中だった。
本来ならザフィーラもヴィヴィオ達についていこうと思っていたものの、すでにフロアに到着していたザフィーラはそこにいたほうがいいと言われ、ザフィーラ自身は狙われる可能性があるからこそ護衛をしなければならないと思いつつ、保護フロアにも数多くの子ども達がいることからその言葉に従った。
もし、なんらかの異常があればカイが気付くだろうし、上空から監視をしているゴウラムも動くだろうと思ったからだ。

ヴィヴィオに声をかけられたリオは顔を背けて答える。
本当ならヴィヴィオやコロナと仲良くしたいのだが、この前の未確認生命体第4号のことでヴィヴィオとケンカのようなものをしてからリオは素直になれずにいた。

「もう、二人ともそんなにケンカ腰に話をしちゃダメだよ」

一方、コロナはリオの未確認生命体第4号に対する言葉をそこまで気にしていないこともあって、その仲介役を誰に言われるでもなく自ら買って出ていた。

「ふんだ」
「ふんだ」

だが、そんなコロナの気遣いを、ヴィヴィオとリオはコロナを間に挟んでそっぽを向くことで答えた。

「二人ともやめなよ……え?」

呆れながらも同じ反応を返す二人を笑顔で見ていたコロナの表情が突如固まる。

「二人とも、そっちはダメ」

コロナは二人が前に気付かずに歩いていこうとするのを両手で広げて食い止めた。

「ん?コロナ、どうしたの?」
「も~、いきなり何するんだよ」
「あ、あれ……」

文句を言う二人に上手く言葉にすることができず、コロナは震える指で前を指す。
そこにはジーンズを履き、ノースリーブの黒いシャツを着込み、唇に黒い紅を差した青年がいつの間にか立っていた。
青年は右手に持った閉じた扇子の先端を口元に当て、ゆっくりとヴィヴィオ達に近づいてくる。

「あの人がどうかしたの?もしかして管理局の人?」
「違うよ」

リオは見覚えがないのか、機動六課の所属する管理局員なのかと思うものの、ヴィヴィオは震えた声で答える。
そう、リオよりも早く保護されたヴィヴィオとコロナは知っている。
目の前にいる青年がどういう存在なのかを。

「未確認……生命体」
「え?」

未確認生命体と遭遇した子ども達からの情報で得た人間態の未確認生命体の姿を前もって知っていたコロナの呟きを、リオは何かの聞き間違いなのではないかとでも言うような表情をすることしかできない。

「に、逃げよう」

ヴィヴィオが突然現れた未確認生命体から離れるように震える二人を引っ張る。
しかし、ヴィヴィオ自身も恐怖に足がすくみ、その歩みは未確認生命体、ジャラジとの距離を広げることはない。

「そ、そうだ、ママに連絡」

未確認生命体第4号に助けを求めようにも、ヴィヴィオはその連絡手段を知らない。
そのため、ヴィヴィオは自分が知る中でもっとも強いと思っているなのはやフェイトを助けに呼ぼうとプレゼントされた携帯端末を震える手で操作する。
しかし、あまりの恐怖に携帯端末を取り落としてしまった。

「さあ、君達の恐怖を僕に見せてくれ。きっとすごく楽しいだろうね」

そして、ジャラジはこれこそが自分の望みとでも言うように未確認生命体の姿に変化すると、ヴィヴィオ達にそう告げて地面に落ちた端末を踏み潰した。










「ヴィヴィオゥ、見つけた」

カイがようやくヴィヴィオ達を見つけたとき、ヴィヴィオ達は今にもジャラジが手に構えるダーツを頭に打ち込まれるところだった。
そして、ジャラジの顔を見たカイの動きが一瞬だが止まる。
それは忘れもしないカイがヴィヴィオ達と同じくらいの幼いころの記憶。
父と母、そして妹の頭を打ち抜いた存在。
どれほどの年月が経とうともその顔を忘れるはずがない。
家族を殺されたことを気にしないわけがない。
だが、今はそれを気にするよりも先にしなければならないことがある。
ジャラジの持つあのダーツだ。
あれは人間の体内に入り込み、ジャラジの意思によってその命を奪うことができる。
かつてカイの目の前で両親がカイとカイの妹に見せつけるように命を奪われ、妹はその激痛に耐えながらカイを逃がした。
つまり、ダーツを打ち込まれた時点でその命はジャラジの思う通りになる。

「待て!!!」

カイがジャラジの行動を止めようと叫ぶが、それを聞いたからといって行動をやめるようなことはしない。
ジャラジはカイの居る場所では自分の行動を邪魔することはできないと理解しているのか、カイを一瞥すると再び獲物となるヴィヴィオ達へと視線を向ける。
ヴィヴィオ達は怯えながら少しでもジャラジから離れようとするものの足に力が入らず、ジャラジはそれに少しずつ距離を詰めるように歩を進める。
カイはそれでも間に合えと祈るように足を必死に前へと動かす。
だが、心の中では自分は間に合わないとどこかで思っていた。
今の自分ではヴィヴィオ達を助けるのに間に合わない。
そう、今の自分の力では。
だが、かつて使った力ならば間に合う。
いや、間に合うなどではなく圧倒的な力でジャラジを倒すことすらできる。

― 死んだ者のためではなく、空の下に生きる者のために牙を振るう ―

そう、今、この空の下に生きているヴィヴィオ達のために。
土に中に眠っている家族のことなど気にせずに、この空の下に生きている大切な者達のために。
牙を振るう理由がある。
その力を使う意味がある。
ならば……その力を使うことに躊躇う必要があるのだろうか。

「死なせ……バギ!!!」

次の瞬間、カイは先ほど居た場所から掻き消えるように姿を消していた。





ジャラジは突然掻き消えた存在のことなどお構い無しに、今目の前で震えている獲物に向かってダーツを3人の少女達の脳に打ち込もうとした瞬間、ダーツを持つ右手に灼熱の痛みを感じた。
その痛みは熱さと共に強くなり、ジャラジはよろめきながら後退する。
そして、いつの間にかジャラジと獲物の3人の少女達の前に一人の男が立ち尽くしていた。





ジャラジが今にも自分達に凶器となるダーツを打ち込もうとしているのを見たヴィヴィオ達は目をぎゅっと瞑ってこれから起きるだろう現実を少しでも拒否するべく無駄な抵抗をしていた。
そして、ヴィヴィオはなのはとフェイト、二人の母親と友達であるカイのことを、コロナとリオはそれぞれの両親のことを思いながらも、もはや助かる術はないとあきらめたかのように膝を突く。
しかし、いつまで経っても未確認生命体の動きらしきものがない。
代わりに曇っていた空からいつの間にか強い横殴りの雨が降り出し、ヴィヴィオ達に打ち付ける。
だが、すぐにその横殴りの雨は何者かに阻まれてヴィヴィオ達に降り注ぐ雫が少なくなる。
それを不思議に思ったヴィヴィオ達は恐る恐る目を開く。
おそらくそこには恐ろしい未確認生命体第32号がいるのだと思いながら。
しかし、ヴィヴィオ達の視界には予想外の人物が映し出された。

「……カイちゃん?」
「あんた……ヴィヴィオの友達の」

コロナとリオは会ったことのある青年が自分達の未確認生命体第32号の間に立っていることに呆然と呟いたが、ヴィヴィオだけは目の前にいる人物のをこと認識できなかった。
いや、目の前にいるのは確かにカイだったが、その表情からヴィヴィオは目の前にいるのがカイだと認識することができなかった。
ヴィヴィオが最初に見たカイの印象は、確かに変な青年というのがしっくりくる。
しかし、それ以降はヴィヴィオ達と同年代、もしくはそれよりも年下のような印象しかなく、少なくとも今にも誰かを射殺せそうな視線をするような青年ではなかった。
そして、ヴィヴィオから見て、カイが持つにはとても似合わない黒と金に塗られた、誰かを傷つけるための大剣をその手に持っていることも、ヴィヴィオがカイのことを認識できなかった理由の一つでもあった。
カイらしき人物はその手に持った大剣を軽く振るって刃についている血を払う。
その血がヴィヴィオ達の顔にかかったことで、ようやくヴィヴィオは呆然とした思考から覚めて目の前にいる青年が初めて自分が見つけた友達であるという結論に至る。

「カイ……なの?」

だが、まだ信じたくないのか、ヴィヴィオは恐る恐る目の前にいるカイに聞き返す。
できればカイでなければいい、もしくは自分の見間違いであってほしい。
そういった思いがヴィヴィオの心の中を占める。
少なくとも、あのいつもの間の抜けたような笑顔を見せてくれれば安心できる。
だが……

「ボボバサ ガビバ……リスバ」

カイはヴィヴィオがカイと初めて出会った当初に使っていた言葉で返すだけだった。





何とかヴィヴィオ達にジャラジの魔の手が伸びる前にカイはジャラジの右手を斬り飛ばした。
そんなカイの心の中には例えようのない感情が渦巻き、ヴィヴィオ達に笑顔を向けることはできなかった。
できるのは……

「……ゼンギン」

目の前にいる仇敵を屠ることのみ。
両親を殺された怒りでもなく、守れなかった子ども達への自分自身への憎しみでもなく、目の前にいるヴィヴィオ達を守るために。
そのために忌まわしい力を使う。
カイの言葉と同時に横殴りの雨は雷雨へと変わる。

― 聖なる泉枯れ果てし時 凄まじき戦士 雷の如く出で 太陽は闇に葬られん ―

そう、凄まじき戦士となって守るべき者を全て守るために。
赤い戦士、ミッドチルダに住む人を守るために戦っている未確認生命体第4号は、過去に全てを踏みにじった黒い凄まじき戦士へと姿を変えた。










友達からもらった心を手放して。










今回のグロンギ語

ボボバサ ガビバ……リスバ
訳:ここから先は……見るな

……ゼンギン
訳:……変身





新年早々明らかに鬱方面に話が展開しそうな終わりとなりました。まあ、他の作家の方々が明るい気持ちになる新年特別編を多数更新すると思われますので、これを呼んで鬱になった気分を他の作家の皆様のSSをお読みになって是非とも楽しい気分になってくださると幸いです。












[22637] 第38話 怨嗟
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2012/01/21 05:11





アマダムをリクから託されてからの先の記憶を、ダイはよく覚えていない。
覚えているのは炎に囲まれた村を舞台に攻め入ったグロンギをある者は封印し、ある者は封印するにはいたらなかったものの、深手を負わせて撃退することに成功した。
ダイはグロンギが全ていなくなったのを見届けると、すぐさま村の住人の安否を確認するよりも早くアマダムの奉られている祭壇へと駆け出した。
そこで本来ならアマダムを宿すはずだった義兄、リクに一時的に借りたアマダムを返すために。

「……リク、グロンギを追い払ったぞ!!!」

リクがいるだろう場所にたどり着くなり、ダイは声を張り上げて村が無事だということを叫ぶ。
だが、そこにいるはずのリクの返事は返ってこなかった。

「……リク、どこに行ったんだ?」

フラフラと辺りを彷徨いながら、ダイはどこかで座り込んでいるかもしれないリクを探す。
だが、リクが見つけたのは天井が崩れて積み重なった瓦礫の集まりだけだった。
そこはダイがリクと別れたときにリクの立っていた場所でもある。

「……まさか」

瓦礫に押しつぶされた、そう答えがダイの頭によぎるものの、それを否定したいダイはその場から動けなくなる。
これで瓦礫を動かしてリクの体が見つかったとすれば、怪我をしているリクの命の灯火はすでに消えているだろう。
だから瓦礫をどかすことができなかった。

「リク、ダイ、ここにいるの?」

混乱するダイの元に婚姻の儀を結びリクの妻となったラトが二人を心配してやってきた。
最近のラトはいつも腹部に手を当てて何かを感じているようだが、それはグロンギに村を襲われた直後もそれは変わらない。

「よかった、ここにいたのね。ダイ、リクはどこ?」
「……リクはいない」
「いない?あ、もしかしてクウガになってグロンギを追いかけたの?」
「……違う。リクはあそこにいた」

ラトの疑問にダイは瓦礫の積み重なった場所に視線を移す。

「……俺が怪我したリクからアマダムを借りてグロンギと戦った。それで、戦い終わってからアマダムを返そうとここに来たら……」
「リクが……いなかったの?」
「……ああ」

端から見るとダイがラトに説明するように言うものの、実際にはダイが今の状況を正確に把握しようとラトの質問に答えているにすぎない。
ラトもダイの言葉からリクが瓦礫の下に埋もれているのではと思い、フラフラと積み重なった瓦礫へと近寄ると瓦礫へと手を伸ばす。
そして、その非力な腕に持てる力を込めて持ち上げようと試みる。
だが、瓦礫がその力で持ち上がる気配はない。

「ダイ、手伝って」

呆然としていたダイは、ラトの言葉にはっと気がつくと、瓦礫をどかせばリクが生きているかもしれないという希望に縋りたい一心で瓦礫をどかすことに専念し始める。
しかし、全ての瓦礫をどかした跡には、リクのものと思われる血痕だけが残されているだけだった。





それからしばらくして、村の再建はダイを除いた男達が行い、女達は男達への炊き出しや小さな子ども達の世話をしていた。
ダイは養父であるカザの意向で、母親の世話を必要としないものの大人達の手伝いをするにはまだ幼い子ども達が遊んでいるのを傍で見守るという役目を渡されている。
これというのも、自分の身を守る術を持たない子ども達をダイに守らせるためだ。
アマダムを手にする者がリクからダイに変わってしまったことで当初は大きな騒ぎになったものの、アマダムを宿したダイがグロンギを撃退したことは事実であり、リクが行方不明になったという事実もある。
だが、村の再建も行わなければならない以上、リクのことだけに意識を向けるわけにはいかなかった。
しかし、どちらかというとリクが最後にいた場所のことなどを考えると、リクは既に死んでいるのではないかという憶測が村の住人全員の見解でもあり、不用意にそのことに触れるような者がいないといったほうが正しい。

「ダイ」

そんな子ども達が遊んでいるのを少し離れたところから見守るダイの元へラトが歩み寄ってきた。

「ダイは、これからクウガとして戦うの?」

返事をしないダイに何かを感じるものの、ラトは言葉を続ける。

「もしダイがいやなら他の誰かに」
「リクだ」
「え?」

ラトが全てを言い終わる前にダイはその言葉を遮る。

「クウガになるのはリクだ。だから、俺の名前はリクだ」

ダイが初めて見せた自分の名前への執着。
これまでダイは本当の名前であるリクという名前を義兄のリクだけしか呼ばなくなっても、そのことを気にしたことはなかった。
そんなダイが初めて見せた執着だった。

「リクの代わりに俺がクウガになるんじゃない。クウガになるのはリクただ一人なんだ」

炎の夜、運命が入れ替わったダイとリク。
ダイの中ではあの時に死んだのは自分であり、今ここにいるのはリクだけのはずだった。
なのに、ここにいるのはダイだった。

「リクが守るみんなは……俺が守る」
「なら、一つだけ教えて。ダイは……ううん、リクには特別な人がいる?」

見るからに痛々しい表情でリクを名乗ることを決めたダイにラトはどうしても聞きたいことを聞く。
それはラトの夫であるリクが言った言葉を思い出したからだ。

- 僕はみんなを守るためにクウガになる。でも、一番守りたいのはラトとリク、それだけは決して変わらない -

カザにクウガとはこの空に生きる全ての者達を守るように言われているものの、それはあくまでそうあるように戦えというだけだ。
実際にグロンギという種族と一人で戦い抜くにはどうしても取りこぼす命があるだろう。
だからこそラトの夫であるリクはもっとも守りたい人達を明確にしていた。

「俺の特別な人……村長、ラト、それから……」

そんなラトの言葉にリクはこの村に住む住人の名前を次々と挙げていく。

「特別な一人はいないの?」

村の全ての住民を言い終えたリクに質問するようにラトは哀しそうな表情をリクに隠すように言葉を告げる。

「……いた」

そして、そのリクの返答でラトは理解してしまった。
いた、、つまり今はいないということだ。
そして、今までいて、今はいない中でリクの答えに当てはまる人物は一人しかいない。
そう、リクは未だ義兄のリクに囚われている。
リクは話はこれでお終いとでもいうように、遊び場所から移動し始めた子ども達の後を追う。
そんなリクを見送りながら、ラトは自分の腹部に手を当て、そこに誰かがいるように話しかける。

「リク、あなたと私の子どもがここにいるから、私はそこまで寂しくない。でも、あなたの義弟のリクはあの日から鎖に囚われているわ。あなたがいなくなった夜に生まれた炎の鎖、自分自身が許せなくて自分への怨嗟に囚われている」

リクの未来を心配するようにラトは空を見上げた。

「きっとあなたは……そんなこと気にすらしていないのにね」









機動六課の作戦司令室、そこでは突然発生した出来事にグリフィス達が混乱の中にありながらも、原因を探そうと奮闘していた。

「どういうことだ?いきなりここを中心としてAMFが発生するなんて」
「AMF、さらに機動六課を覆うようになおも規模を拡大中。発生源と思わしき区域にサーチャーを飛ばします」

AMFとは『アンチ・マギリンク・フィールド』の略称であり、魔力結合が消去され魔導師が放った魔法が無効化されるという特徴がある。
それと同じ反応、いや、以前のそれよりも遥かに強い反応が突如機動六課の施設内から出ていることが混乱を加速させていた。
機動六課はJS事件においてAMFを展開するガジェットとの戦いを想定した教導を行っているため、こういった事態えの対応は他の魔導師に比べて錬度が高い。
だが、突如AMFと似たような反応が出てきたことがロングアーチの面々を困惑させていた。

「どないした?」

そんな混乱の中に部隊長である八神はやてが現状を確認するべく息を切らせながらやってきた。
はやてが来たことで若干の安堵の息がグリフィスから漏れるものの、それが状況の好転に繋がるわけがない。
それを理解しているのか、はやてがシートに座ると同時に再び緊張感が作戦司令室を包む。
グリフィスは簡単に現状を説明すると、サーチャーを飛ばしたルキノからさらなる報告が届いた。

「サーチャーからの映像、来ます……え?」

前方に広がる大画面のモニター、そこにAMFの発生源と思わしき映像が映し出される。
だが、司令室にいる全員がその映像を見て固まった。
ヴィヴィオとコロナの他にヴィヴィオとコロナの同年代の女の子がいる。
それはいい。
そんなヴィヴィオ達の前にフェイトとティアナから報告のあった未確認生命体がいる。
これも緊急事態ではあるが、元々は未確認生命体をおびき寄せる意味合いもあったので問題というわけではない。
問題はヴィヴィオ達と未確認生命体の間にいる黒い異形だった。
サーチャーからの映像と周辺を解析した結果、AMFと思わしき事象を発生させているのがその黒い異形ということだ。

「黒い……4号」

アルトの呟きが、はやて達にその黒い異形のことをなじみのある存在として認識させる。

「カイ君……やの?」

そんなはやての呟きに答えるようにエリオとキャロから念話ではなく、デバイスを端末とした緊急通信が入ってきた。





「八神部隊長、エリオです。実は、周辺警戒中に突然ゴウラムが墜落してきて……」
「体が崩壊しかかってるんです!!!」

キャロと二人で周辺警戒をしていたエリオの元に、突然ゴウラムが頭から地面に降ってきた。
ゴウラムは角が既に砕け散り、足も徐々に崩れ始めている。
コアとなる碧の宝玉は無事なものの、体全体に皹が入り、体が今にも砕け散りそうだった。

「今はキャロが必死に回復魔法をかけていますけど、体の崩壊が止まらないんです」

エリオに報告を任せたキャロは傍でゴウラムを応援するフリードに元気付けられるように回復魔法を行使し続ける。
しかし、AMFの影響のせいか込めた魔力に対して効果は低く、体の崩壊をほんの少し遅らせるだけしかできない。

「ダメだよ。ゴウラムがいなくなったら、カイさんが悲しんじゃうよ」

キャロが自分の無力さを嘆きながらもかけている回復魔法に必要以上の魔力を注ぎ、少しでも回復効率を上げようとするものの、それが効果を見せる様子は見られない。
そんなキャロとゴウラムの間にエリオとは違う何者かが入ってきた。
その人物は今にも崩壊しそうなゴウラムの体、無事な碧の宝玉に手を当てる。

「そうか、これがゴウラムの姿だったんだね」

キャロとゴウラムの間に着たのは少し長めの黒髪を紐で束ねただけの棍を持った青年だった。

「リク、禁じられた力を使ったようだね。何とかして止めないと」

青年はそこにいるキャロ達のことを無視して、ゴウラムに当てた手に力を込める。


「……これで少しは体の崩壊を食い止められたはずだ。後はリクを止めないと」

突然現れた青年、リオに介抱されたリクはそこにいるだろう今はカイという名前を名乗っている義弟の下へと駆けつけるべく、エリオとキャロを無視するように走り出した。






一方、はやての連絡を受け、なのはとフェイトも現場に急行するべく走っていた。
降りしきる雨で髪が濡れて邪魔になるのを気にせずに走る。
ヴィヴィオも心配だが、それとも別に今までと違う黒い戦士になったカイに不安を感じるからだ。
が、そんななのはとフェイトの前に一人の男が立ちはだかった。
いや、立ちはだかったというのは違うかもしれない。
この男の目的を考えれば、偶然なのはとフェイトに遭遇したと言ったほうがいいだろう。

「あ、あなたは……」

目の前にいる男、距離として数メートルもない位置にいる男は黒い軍服のような衣装で身を固め、その鋭い視線はいくつもの死線を潜り抜けてきたような力強さを感じさせる。
そんな男を前に、なのは達は明らかに機動六課の敷地内にいるにはおかしいだろうと考える。

「今の奴は俺が本来戦うべき奴であり、奴ではない」

その瞬間、男の姿が掻き消える。
なのは達が気がついた瞬間、男はなのはとフェイトの前へと間合いを詰めて右手に持った棍を鳩尾へと叩きつけ、その一撃で二人の意識を刈り取った。










-なぜ、生きている?-

全身を黒く染め、まばゆい光を放つアマダムが闇のように黒く染めた異形となったカイは自分に問いかける。

-なぜ、死なない?-

そんな黒い異形となったカイの前ではジャラジが、カイの背後ではヴィヴィオとリオとコロナが目の前で起きている現象に心を奪われていた。

-どうして-

だが、カイはそんなことを無視してただ立ち尽くしている。

-父さん達が死んで-

カイの脳裏に家族の死に顔が浮かび上がる。
父も母も妹もその死に顔は、カイを庇いながらもなぜか笑顔だった。

-リクが死んで-

リクは雨のように降りかかる矢からカイを守り、そしていなくなった。

-ラトが死んで-

ラトは息を引き取る際にラトとリクの娘をカイに託した。
その娘、ミオも死んだ。

-村長が死んで-

リクが死んでからも変わることなくカイを愛してくれたカザも、村がグロンギの王に襲われた時にその身を引き裂かれた。

-みんなが死んで-

カイを受け入れてくれた村のみんなも死んだ。

-それなのに-

黒い異形の瞳が赤と黒と交互にその輝きを変える。

-なぜ、“俺だけ”が生きている!!!-

死んだ者のためには戦わない。
だが、この身に溢れる自分への本当の怒りが止められない。

「がぁああああああああああっ!!!」

猛威を振るう雨の音すらかき消すようにカイが吼えた。





目の前の黒い異形、それを見たジャラジは言いようの無いプレッシャーを感じていた。
心の中にあるのは目の前にいる異形への畏怖。
勝てない、そう思わせるには充分、いや充分すぎるほどの力を肌で感じていた。
本来なら目の前の異形に勝つ、殺す必要など無い。
ジャラジの目的はあくまでゲリザキバス・ゲゲルを成功させることで、目の前にいるクウガに似た異形を倒すことではない。
ならばここに長居をする必要は無い。
ゲリザキバス・ゲゲルの条件を満たすリントはここにいるが、まだ時間は残されている。
今はここを離れてから、改めて行動を起こせばいい。
幸いにもジャラジは足には自信がある。
次の瞬間、ジャラジは振り返ることも無く異形に背を向けて逃げ出した。
追ってくる様子も無く、呆然と立ち尽くしていただけの異形に恐怖を感じたことに怒りが無いわけではない。
だが、それでも今はここを抜け出すことが先決と、ジャラジは全力で走り続ける。
しかし、次の瞬間、ジャラジは自分の速度以上の速さで壁へと激突していた。





ジャラジが背を向けて逃げ出した行動を、カイは特に大きな反応を見せることなく見ていた。
そう、わざわざ反応を見せる必要は無い。
カイは右手に持った巨大な剣を槍へと変え、無造作に投げる。
その投げた槍はここから逃げるジャラジの速度以上で飛び、そのままジャラジの右肩を貫くだけではなく、その体を建物の壁に磔にするように刺さる。
その勢いのまま、カイは左手にも同じ槍を生み出すと投げたままの右手を戻すかのような反動で左手に持った槍を投げた。
それがジャラジの左肩を貫く。
断末魔がジャラジの口から上がるも、カイはそれを気にせず、投げたまま振り上げた左手に黒い弓銃を生み出す。
自然にトリガーレバーが引かれて攻撃態勢の整った弓銃を無造作にジャラジに向けて二発発射。
その攻撃はジャラジの踵に命中し、腱を断ち切った。





目の前に現れたカイが異形に姿を変えたのをヴィヴィオ達は目を見開いて見続けていた。
未確認生命体第4号と似た顔、それはヴィヴィオが以前見た未確認生命体第1号、白い戦士となったカイも似たような顔だった。
だが、ヴィヴィオは未確認生命体第1号と第4号が同じ人物だとは思わなかった、いや、思おうとしなかった。
それというのも、未確認生命体第1号になったカイはどちらかというと混乱して駄々っ子のようになのはに襲い掛かったのを見て、ヴィヴィオはJS事件で操られた自分と同じようなものだと思っていたからだ。
だから未確認生命体と戦ってミッドチルダの平和を守る第4号と繋げることがどうしてもできなかった。
コロナとリオも目の前で起きている出来事に瞬きをするのを忘れ見入っている。
そんな三人を無視して、磔にされたジャラジに向かってカイはゆっくりと歩き出した。





雨の降る中、ヴァイスはG3-Xを身に纏い、ガードチェイサーではやての指定した場所へと向かっている。
このAMFの状況下、魔法を攻撃の主体とする魔導師や騎士では本来の力を発揮できない。
シグナムやヴィータのような騎士ならばデバイスを武器としてまだ直接戦えるだろうが、それでも本来の力をまともに発揮することはできないだろう。
その点、このG3システムは問題がなかった。
活動するには装着者のリンカーコアの登録が必要ではあるが、魔力を放出する必要が無い。
攻撃も魔力を必要としない質量兵器のため、戦力の低下がまったく無いと言っていい。
そのため、ヴァイスが先行してカイの援護兼様子見のために向かうことになった。

「……見えた」

そして、ヴァイスがカイの姿を見たとき、その姿を確認する。
それというのも、カイは戦いのときに赤から他の色に姿を変えた場合、その戦闘方法にあった武器が必要になる。
そのため、ヴァイスは未確認生命体に対して質量兵器で有効な攻撃を加えるだけでなく、カイの戦いをサポートする役目も担っている。

「紫か、それなら……」

激しい雨に大まかなシルエットしかわからないものの、大きく張り出した肩の鎧、そしてゆっくりとした足取りにヴァイスはカイがその強大な力で敵を切り裂く紫の戦士になったと認識した。
だから、ガードチェイサーでカイの元へと急行しつつ、左肩にマウントされたコンバットナイフ『GK-06 ユニコーン』を右手で引き抜く。

「これを使……え?」

そのまま投げつけようとしたところでヴァイスはガードチェイサーを停止させた。
なぜなら、カイは剣を持っていないはずなのに右手に巨大な剣を生み出していたからだ。





ゆっくりとカイはジャラジへと近づいていく。
カイの進む先には壁に磔にされたジャラジが背を向けてぶら下がっている。
そして、ジャラジの元に辿りついたカイは左手でジャラジを貫いた二本の槍を無造作に引き抜いて無造作に槍を捨てる。
引き抜くたびにあまりの痛みから絶叫を上げるジャラジ。
カイはジャラジの頭を左手で掴んで持ち上げると、後ろに向かって無造作に投げた。
力を失ったように抵抗無く投げ出されたジャラジは、カイとヴィヴィオ達の間に受身を取ることすらできずに崩れ落ちる。
それを追う様にゆっくりと、ゆっくりとカイは歩き出す。
何か様子のおかしいカイにヴァイスがヴィヴィオ達の前に立つものの、それを気にしている様子がない。
だが、カイはそんなジャラジとその向こうにいるヴィヴィオ達を冷めた目で見続ける。

-楽しくない-

ジャラジは足の腱を断ち切られ、立つことすらできない。

-お前は父さん達を殺すとき……笑っていた-

カイは黒く塗られた大剣をゆっくりと振り上げる。

-でも、今の俺は楽しくない。笑えない-

大剣が天を向いたところでカイは一度剣を動かす動きを止める。

-そうか。お前を殺せば……笑えるかもしれない。でも……-

無造作に大剣を振り下ろす。
何度も、何度も、止めを刺すことなく死なないように振り下ろす。
もしかしたら振り下ろしている最中に笑えるかもしれないと思ったからだ。
振り下ろす。
笑えない。
振り下ろす。
笑えない。
振り下ろす。
笑えない。
振り下ろす。
笑えない。
振り下ろす。
笑えない。
振り下ろす。
笑えない。

-笑えない。なら……もう殺すか。そうすれば、俺は笑えるかもしれない。こいつのように……-

ようやく斬り続けることに飽きたのか、カイはこれでおしまいとでも言うように大剣を両手で逆手に持つ。
このまま振り下ろしジャラジを大地に串刺して終わりにする。
そうすれば楽しいかもしれない、そんな思いでカイが大剣を振り下ろそうとした瞬間、大きな叫びがカイの耳に届いた。

「やめろ、ここにはヴィヴィオがいるんだぞ!!!」

突然の叫び、それは今までのカイの凶行を呆然と見ていたヴァイスが言ったものだ。
ヴァイスはカイの力をよく知っている。
金の力を発動させれば、辺りに大きな爆発が発生することも。
だから、このあまりにもジャラジを圧倒したカイの力が金の力以上のものであると思っても無理は無い。
だからこそ、身を守る鎧も魔法も持たないヴィヴィオ達の前で止めを刺させるわけにはいかず、カイの行動を止めた。
その言葉が功を奏したのか、カイの振り下ろした大剣は地面に突き刺さるだけで済み、カイは左足を蹴り上げてジャラジの体を空に向かって打ち上げる。
そして、カイもジャラジに向かって大きく跳ぶと、右足で回し蹴りをジャラジの首に叩き込んでその命を首と共に刈り取る。
首を刈り取られたジャラジはそのまま爆発、その爆発はフリードの火球と一緒に発動させた赤の金の力以上の爆発が起こる。
だが、遥か上空で止めを刺したためか、その爆発がヴァイス達の下へと被害を向けることはなかった。





ジャラジに止めを刺したカイが地面へと降り立つ。
家族の仇を討った、そんな感情はカイの中にはない。
あるのは、なぜ青い鎧を纏った誰かが自分の行動を止めたのかということと、その言葉に素直に動いてしまった自分に対する戸惑いだけだ。

「まったく、いくら家族の仇だからって見境無さ過ぎだぞ」

青い鎧、G3システムを纏ったヴァイスが安心したようにカイに向かって歩いてくる。
ヴィヴィオに正体を知られた可能性が高いものの、ヴィヴィオは機動六課が未確認生命体第4号と共同戦線を張っていることを知っている。
だから、もし不審に思われたとしてもなんとか誤魔化せるかもしれないと思い、様子の少しおかしいカイに警戒しながらもヴァイスは近づく。

「まあ、これで未確認生命体を倒したことだし、ヴィヴィオ達が狙われることもないだろうな」

-なぜ、こいつは俺に話しかけるんだろう-

ヴァイスの言葉にカイは心ここにあらずと言った様子でただ考え込む。

-俺に関わったみんなが死んでいるのに、どうしてこいつは俺に話しかけるんだろう-

今のカイにはわからない。
禁じられた力を使った影響なのか、感情を上手く制御できない。

「……おい、どうしたんだ?どこか調子でも悪いのか?」
「みんな、無事だったか」

ヴァイスがカイの変化に気付かずに声をかける中、クロノが手に起動状態のデュランダルを持って戦場となったここへとやってきた。
クロノはヴィヴィオ達の無事を確認し、怪我がないことを確認するとカイとヴァイスの元へと歩いてくる。

-こいつも、俺に話しかけるんだな-

そんなクロノをカイは冷めた目で見る。
クロノはカイの様子をおかしいと思いつつも、それはもしかしたらヴィヴィオに正体がばれたことによるものと判断したのか、声を小さくして先ほどはやてから入った情報を二人に伝える。

「二人とも厄介な出来事が起きた。なのはとフェイトが何者かに襲われた。幸い気を失っているだけだったが、先ほどの未確認生命体とは別の何者かに襲われた可能性があるから警戒態勢を解かずに周辺の警備に当たろう」
「なのはさん達が?」

そのクロノの報告にヴァイスが驚くものの、カイはその言葉すら冷めた感情で聞いていた。

-誰かに襲われた……俺と関わったからか-

それは当然だとカイは思っていた。

「よし、それじゃあヴィヴィオ達を保護してから周辺の警戒にあたろう。それでいいかな?」

クロノはカイの名前を出さずに視線でカイに同意を求める。
ヴィヴィオ達もカイと同様に心ここにあらずといった様子のため、話をまともに聞ける状態ではない。

-どうせこいつらも……グロンギに殺される-

「おい、どうした?」

ヴァイスが様子が変なことを察して声をかけるものの、カイは答えない。

-グロンギに襲われて苦しみながら死ぬ。それなら……-

「一体どうした……」

ヴァイスが最後まで言い終わる前にカイは右手に生み出した大剣を生み出し……

-苦しませることなく……殺せばいい!!!-

壊れたて失った心が出したあまりにも見当違いな答えを実行するように、カイはヴァイスに向けて大剣を振り下ろした。





突如意味もわからずにいきなり振り下ろされたカイの大剣の一撃をヴァイスはこれ以上速い反応はできないというくらいの速度でコンバットナイフ『GK-06 ユニコーン』を構えて受け流していた。
いや、受け流したというよりは大剣の軌道にユニコーンを出すことに何とか成功したものの、激突した瞬間にカイの強大な力を前に押し切られて偶然攻撃が逸れていったといったほうが正しいだろう。

「な、一体どうしたってんだ?」

いきなりのカイの行動にヴァイスとクロノは、カイの様子を注意深く観察しながら少しずつ後退する。
最初はヴィヴィオに正体を知られたショックか何かだと思ったが、今のカイの様子は明らかにそれとは違う何かだと感じたからだ。

「おい、聞こえてるのか?」
「僕達のことがわからないとでもいうのか?」

ヴァイスとクロノがカイに声をかけるものの、カイがその声に反応する様子はない。
カイはジャラジに向けていた無意識に放っていた威圧感を今度はクロノ達へと向ける。
ゆっくりと、ゆっくりとヴァイスとクロノに向かってカイは歩き出す。

-近づいて……振り下ろす-

-苦しませずに……一撃で-

-これ以上グロンギ達に殺されないためにも-

そして、ついに強烈な威圧感と共に迫ってくるカイに徐々に後退していったヴァイスとクロノは呆然とそれを見ていたヴィヴィオ達のすぐ傍まで後退していた。
それに気がついたヴァイスとクロノは後ろにいたヴィヴィオ達に意識が向いてしまう。
そのため、今まで警戒していたカイの動きへの反応が遅れる。
振り下ろされる大剣、その動きにヴァイス達が気がついたときには、もはや回避が間に合う距離ではなかった。





……が、その大剣がヴァイスとクロノを切り裂くことはなかった。

「……ダメだなぁ、リク。そんな力任せの一撃、僕なら簡単に逸らすことができるよ」

カイが振り下ろした大剣は突如間に割って入った何者かの棍に逸らされ、地面へと突き刺さっていたからだ。

「……おにーさん?」
「やあ、リオちゃん。怪我はないかな?」

突然割って入ったのは少し長い黒髪を後ろで束ねた青年だった。
その青年をリオは知っている。
数日前にリオが出会って、そして今日ご飯を食べさせて別れた青年だ。

「本当ならね、リクの前に姿を現すのはまだ先にしようと思っていたんだ」

青年はリオに少し声をかけると、その意識をカイへと向ける。
その声はようやく声をかけることを喜んでいるかのように穏やかなものだった。
ヴァイスとクロノはそんな突然現れた青年、リクのことを呆然と見ていた。
というのは、目の前で起きた出来事があまりにも常識の範疇を越えていたからだ。
先ほど放たれたカイの強大な一撃、それをリクは細い棍だけで受け流したのだ。

「でも、今のリクをこのまま放っておくわけにもいかないからね」

あくまで穏やかにリクはカイに話しかける。
だが、その表情は何かを決意したような真剣なものがある。

「……変身」

リクが静かに呟いた瞬間、リクの体と棍が青い光に包まれてその姿を変える。
その姿はここにいる全員がよく知っているものだった。
青い眼と鎧、黄金の角、唯一違いがあるとすれば腰に巻かれたベルトの宝玉の色が今のカイの姿と同じように黒いことぐらいだろう。
それ以外は……

「2号……ううん、青い……4号」

そう、リオが言ったように、未確認生命体第4号が色を変えた青い戦士とまったく同じと言って良いものだった。
その言葉をリクは首を横に振って否定する。
リクはリオから最近のミッドチルダの状況を聞いている内に未確認生命体第4号の話を聞いていた。

「僕は4号じゃないよ。4号は君達の目の前にいる……この子だよ」
「カイが……4号?」

そして、リクの言葉でようやくヴィヴィオが口を開いた。
その表情は信じられないとでもいうように眼を見開いてカイを見るものの、その言葉を簡単には受け入れられない。

「今は少し精神が不安定なようだけど大丈夫、僕がきっとリクの目を覚まさせてあげるから」

リクは穏やかに、安心させるようにヴィヴィオに言うと手にした棍を巧みに操り、地面に刺さったままのカイの大剣を弾き飛ばす。
弾き飛ばされた大剣はその役目を終えたとでも言うように粒子へと還り、カイの手には再び黒い槍が生み出される。

「リク、それだと僕には勝てないよ。それをよく知っているのは……他ならぬリクだろう?」

かつて共に鍛練した日々がリクの脳裏によぎる。
苦しいながらも義弟と共に楽しく過ごした日々。
それを思い出したのか、仮面に覆われて見えないもののリクの顔には笑みが浮かぶ。

「まあいいか。それじゃあ、久しぶりに少しやるとしよう」

カイが放つ強大な力、それすらも気にせずに失った時を取り戻そうとでもするかのようにリクは棍を構えた。





カイが槍を振るう。
それをリクは時に避け、時に棍で受け流す。
強大な力で振るわれるカイの槍の一撃を、リクは受け流し続ける。
それはここにいる面々の目には異常な光景に映った。
そして、誰も入り込めない世界であると理解してしまった。
カイの力とリクの技、それがお互いに決め手にならないまま、ただ激突が繰り返される。
カイが槍を突き出せば、リクは棍を使って打点をずらして攻撃を避ける。
リクが繰り出した怒涛の連撃を、カイはその強大な力で弾き返す。
ただ無言に繰り返される攻防、それは永遠に続くかに思われた。
しかし、それは終わりを迎えることになる。
徐々にではあるが、リクの息が荒くなり、カイの攻撃を捌く棍捌きにも精細が欠けてきたのだ。

「流石に……禁じられた力のことは……あるね」

戦っている最中にカイが正気に戻ればいい、そう考えていたリクの思惑は残念ながら果たすことができなかった。
技量においてはリクがカイに圧倒的に勝っているものの、地力に大きな差ができているためリクの方に先に限界が来てしまったのだ。
そして無言のままカイの槍がリクへと突き出される。
誰もがリクが槍で貫かれてその死を確信した瞬間、甲高い金属音が響く。

「……なんだ、この腑抜けた一撃は」

カイとリクの誰も入り込めないと思われた激突に突如強引に入ったのは黒い軍服のような衣装を着込んだ男だった。
その手には無骨な大剣が握られており、それがカイの槍を弾き飛ばした。

「久しいな、リク。もっとも、今の貴様には俺と戦う資格すらない」

男、ゴ・ガドル・バは大剣を持たない左手をカイへと突き入れる。
カイはその一撃を受けてよろめきながら後退する。

「だが……それでは俺の気が収まらん。貴様には俺の闘志を満たす義務がある」

手にした大剣を振るうと同時に、ガドルはその姿を本来の姿に変える。
カブトムシにも似た雄雄しい角、全身を覆う鎧。

「まずは寝ぼけた貴様を……叩き起こすとしよう。そして、俺のゲリザキバス・ゲゲル……いや、俺にとってのザキバス・ゲゲルを行う」

ガドルは大剣を宿敵に向ける。
そして、それを合図にカイとガドルの激突が始まった。





先ほどのカイとリクの激突が力と技の激突とするなら、カイとガドルの激突は正に力と力の激突だった。
カイが闇雲に振るう大剣の一撃を、ガドルは正面から打ち返す。
その衝撃は傍で見ているリク達の肌でも感じ取れるものだ。

「なぜ、グロンギがリクを?」

その二人の様子を見たリクは、どうしてグロンギがクウガであるカイを倒すのではなく、正気を戻そうとするかのように挑んでいるのかを不思議に思っていた。
そしてそれはヴァイス達にとっても同じ思いを抱かせていた。
カイと未確認生命体は詳しい話は聞いていないが敵対しているというのがヴァイス達にとっての共通認識である。
だが、目の前にいる未確認生命体は今までの未確認生命体とは明らかに違う何かを感じさせていた。





力と力のぶつかり合い、その天秤は徐々にカイに傾いていく。
禁じられた力はグロンギの王と渡り合えるだけの力を持っている。
その差が徐々に現れてきたのだ。
だが、その程度のことでガドルの闘志は消えはしない。

「過去の貴様との戦い、俺には到底満足できるものではなかった」

かつてガドルが見つけた宿敵とも呼べる男。
その男と戦うために、ガドルはあえてリントの子どもを人質にとってその男に戦いを挑んだ。
そうすればその男が本気で自分と戦うと思ったからだ。
その結果、男は確かにガドルと戦った。
だが、その決着はその男の僕が割って入ったことと、男がガドルと戦うことに困惑していたことで満足いくものではなかった。
だからこそ真の決着をつける。
その思いが今のガドルを突き動かしていた。
だが、その思いでもカイを止めることができない。
ついにはカイの一撃を受け止めきれずに、ガドルはその大剣を砕かれた衝撃で吹き飛ばされる。

「まだ……だ」

吹き飛ばされたものの、再び立ち上がろうとしたガドルにカイは大剣を振り下ろす。
間に入れる者がいない以上、誰もがガドルが倒される、そう思った。
しかし、そこで誰もが予想しなかったことが起きた。

「……外れた?」

ガドルを断ち斬るかに思われた大剣の一撃は、ガドルを斬ることなくガドルを避けて地面に突き刺さっていたのだ。






ガドルに大剣を振り下ろし、今にもガドルを斬るかに思われた瞬間、カイは強引に大剣の軌道を変えた。

-……父さん-

ガドルに刃が届く瞬間、カイの脳裏に父親の死ぬ間際の表情が映し出されたからだ。
そして、それは以前にも見えていたものだった。
あるときは母親が、あるときには妹が、人に攻撃を当てようとした瞬間にかつてグロンギに殺された家族の死に顔がカイの脳裏に映し出され、本気の攻撃を当てることができなかった。
かつて錯乱してなのはを攻撃したとき、ヴィヴィオの声で止まったかに見えたが、それよりも少しだけ早くカイはなのはの盾になるように左腕をなのはと自分の拳の間に来るようにして庇った。
ミッドチルダの地上本部の爆破を狙ったテロリストにはリンカーコアを破壊するために拳を叩きつけたものの、あくまで封印の力を当てるようにしただけだ。
スバルとの格闘戦のトレーニングも、投げ技を使うことがあっても直接打撃は全て寸止めにしてきた。
そう、カイが今まで人に対して攻撃を当てなかったのは、意識的に攻撃を当てなかっただけではなく、無意識的にも人も攻撃を当てることを拒んでいたからだ。
だが、カイは自分の無意識下の行動の意味を理解できていない。

「あ、あああ……あぁああああああああああっ!!!」

心を失い全てを壊そうとする思いと、その思いを否定する過去の記憶が混在して、カイはその場で頭を抱えて絶叫を上げる。
その叫びに応えるように空からカイの身を守るように雷が周囲に落ちる。
リクはその雷を避けながら、今にも立ち上がろうとするガドルの傍へと走り寄った。

「お前、今のリクを止める気があると考えていいんだな?」

リオやカイに話しかける口調とは違い、宿敵とも言えるグロンギを警戒するような口調でリクはガドルの意思を確認する。

「俺が戦うべき相手は……今の奴ではない」

そのリクの言葉をガドルはそれこそが真実とでもいうように簡潔に答える。

「なら、今だけ僕に手を貸せ。リクを……止める」
「貴様が俺に手を貸す……の間違いだろう」

リクの言葉にガドルは立ち上がり、今も悲痛な叫びを上げるカイと対峙する。

「リク、僕がリクを……止めてみせる」

リクは棍を天に掲げ、それを避雷針の代わりとして、雷にその身を委ねる。
その雷はリクの中にあるアマダムに作用し、青い鎧には金色の装飾が施され、棍には片方の先端に片刃の刃が付いた一振りの長刀へと変化する。

「まさか……貴様を倒すために手に入れた力を、貴様を止めるために使うことになるとはな」

ガドルもカイとの決着のために宿した金の力を発現させ、その足に収束させる。
その光景をヴァイス達は何が起きているのかわからないというような表情で見ていた。
ただわかるのは、この二人がカイを止めようとしていることだけだ。
リクが長刀となった棍を構え、一瞬で間合いを詰めると片刃の峰でカイを打つ。
ガドルは雷を纏った飛び蹴りをカイに叩きつける。
その二つが同時にカイを襲い、カイはその衝撃で吹き飛ばされた。









二つの強大な力がカイを襲った。
しかし、その強大な力を受けてもカイは立ち上がった。
立ち上がったものの、あまりの威力にその姿を維持することができなかったのか、黒い異形ではなくヴィヴィオ達が慣れ親しんだ人間の姿へと戻る。

「……カイ」

そのカイの姿を見てようやく安心したのか、ヴィヴィオはカイに歩み寄ってその名前を呼ぶ。
だが……

「……来るな」

その歩みをカイは止めた。
カイは何かを求めるように開いた手を空へと伸ばし、何かを掴むかのように握りこむ。
そして握りこんだ拳を引き寄せた。
その瞬間、カイの目の前に一台のバイクが現れる。
それはカイが自分用にと預けられたBTCS2000『ビートチェイサー』だった。

「た……きゃ」

まるで何かに憑り付かれたかのようにカイは呟く。
そのままビートチェイサーに跨ると、カイは誰かが止める暇もなくその場から逃げるように走り去った。










逃げるように機動六課の敷地をビートチェイサーで走るカイの前に一台のバイクが行く手を阻んだ。

「待ちなさい。あんた、どこに行こうとしてんの?」

カイの前に立ちふさがったのはTRCSトライチェイサーとそれを駆るティアナだった。
ティアナはカイの真意を問いただすように、鋭い視線を向ける。
しかし、今までなら人の目を見て話すカイが視線を合わすことなく、何かを呟く。

「倒さなきゃ……グロンギを全員……倒さなきゃ」

何かに追い立てられるようにカイは呟き続ける。

「俺がヴィヴィオゥを……ボソグラゲビ」

そしてティアナの問いに答えることもせずに、カイはティアナの静止を振り切ってその場から走り去った。










「不完全な凄まじき戦士……だったね」

雨が降る中、機動六課の敷地に人知れず潜入して事の成り行きを見ていたダグバは、戻ってくるなり心底つまらなそうに呟いた。
一緒に連れてきたゴオマはカイの見せた力に恐怖したのか、今も震えている。

「ゴオマ、今からそんなに怖がっていると、クウガを倒すことなんてできないよ」

ダグバの言葉でもゴオマの震えは止まらない。
ゴオマとてクウガに封印された恨みを忘れてはいない。
だが、ゴすら簡単に葬るほどの力を見せたクウガに恐れを抱くなと言うのは無理というものだ。

「う~ん、ゴオマ、これでも試してみる?」

困ったような声を出して、ダグバはゴオマにあるものを差し出す。

「これを使えば、新しい強大な力がゴオマのものになる」

ダグバの言う強大な力という言葉に興味を持ったのか、ゴオマは震えながらもダグバの差し出した手の中にあるものを見た。
それは拳大ほどの半分に割れたような透明な石だった。

「それ……なんだ?」

その石に興味を持ったのか、ゴオマはその石に手を伸ばす。

「これはクウガと同等の力を持つ……もう一つのカイザのアマダムの欠片さ」

そう言うと、ダグバはゴオマにカイザのアマダムの欠片と説明した石をゴオマに握らせた。










ミッドチルダ全域に降りしきった雨が止み、空には久しぶりの太陽が昇る中、廃棄区画でゴ・ザザル・バはゲリザキバス・ゲゲルの準備を進めていた。
ザザルのゲリザキバス・ゲゲルのルールは、爪に塗ったマニキュアと同じ色の乗り物に乗っている人間を襲うというもので、その下準備としてマニキュアを丁寧に爪に塗る。
そんなザザルの前に一台の黒いバイクが止まった。
偶然ではあるが最初に襲うとザザルが決めた色が黒だ。
どうせ監督者でもあるバルバは何か別の思惑があるようで最近は姿を見せないし、ドルドはどこからか自分のことを見ている以上、自分から勝手に始めても問題ないと思ったザザルはこれこそ運命の巡り会わせとでもいうように黒いバイクに乗ってきた男を最初のターゲットに決めた。
だが、そんなザザルの顔面を何者かがいきなり掴んだ。

「倒さなきゃ……」

突然顔面を掴んだ黒い手。
それはザザルの顔を潰すかのように徐々に力を強くしていく。
そんな中、ザザルは掴まれた指の隙間から黒い異形の姿を見る。

「グロンギを全員……倒さなきゃ」
「ざけんじゃねえよ!!!」

ザザルはその強大な力から逃げるように本来の姿へと変身すると、強酸性の体液を滴らせる爪を男へと突き刺す。
しかし、人間を一瞬で溶かすその爪をその身に受けても、黒い異形がザザルの顔を掴む力が弱まる気配は無い。
むしろさらに強くなっていく。
そして、その手はついに……

「俺がヴィヴィオゥを……殺す前に」

ザザルの顔を握りつぶした。










ザザルを無残に握りつぶしたことで発生した爆発は廃棄区画だったこともあり、周囲に大きな被害はなかった。
ただ、ザザルが体内に溜め込んだ強酸性の体液を全身で受け止めたことで黒い異形、カイの変身は解け、その場に倒れる。

「グロンギを全員倒して……俺も死ななきゃ」

倒れながらもうわ言のようにカイは呟き続ける。

「俺がヴィヴィオゥを……殺す前に」

そのままカイは気を失う。
そのため、後から何者かがカイの傍にやってきても、カイがそれに気付くことはなかった。











久しぶりのガドル閣下の活躍……なのでしょうか。書きたい部分ではあったものの、それが上手く表現できている自信は正直に言うとなかったり。
というよりも、そもそもまともな文章が書けているなんて決して言えないんですけどね。
次回はカイが去ったすぐ後の機動六課の状況からスタートします。

追記:そろそろカイやリクといったオリキャラや、ガドルやダグバといった原作とは違うこのSS独自の設定を持つキャラの簡単な紹介とか入れた方がいいのでしょうか?








[22637] 第39話 探偵 クウガ×仮面ライダーMOVE大戦編(前編)……みたいな感じ
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:b5c9709c
Date: 2012/11/26 03:51



謝罪

更新を半年以上空けてしまい、このようなものでも楽しみにしていた皆様まことに申し訳ありません。就職活動やPC故障によるこのSSのデータ全消失などの個人的事情やトラブルが重なったためでもあります。
また、今まで執筆から離れていたこともあり、読みにくい部分が多分に含まれていると思われます。少しでも読みやすい内容、文章になるように心がけていくつもりですが、あまりにも酷いと感じられましたらお手数ですがご指摘いただけると幸いです。
パソコンを新調しました。IDやトリップなどが違うかもしれませんが同一人物ですw





前回のあらすじ

ゴ・ジャラジ・ダによるヴィヴィオ、コロナ、リオを含めたSt.ヒルデ魔法学院の初等科一年の命を狙ったゲリザキバス・ゲゲルを行うべく機動六課への襲撃が行われた。
運悪くジャラジと遭遇してしまったヴィヴィオとコロナ、リオの三人は逃げ出そうとするものの、それすら叶わずに追い詰められる。
今にもジャラジの手にかかりそうなそのとき、嫌な気配を感じたカイの到着により命の危機を逃れた。
だが、カイはヴィヴィオ達を生かすために凄まじき戦士となって、ジャラジを圧倒、その力を以ってヴィヴィオ達の目の前で殺害する。
カイはその後、合流したヴァイスとクロノにも襲い掛かるものの、突如現れたカイの義兄リク、カイを宿敵とするガドルの登場、共闘によってカイは何とか自我を取り戻す。
だが、このままでは守りたい人達までこの手にかけると感じたカイは止める声すら振り切って機動六課から逃げ出した。

一方、その光景を遠くから見つめていたダグバは、そばで怯えていたゴウマに『もう一つのカイザのアマダムの欠片』と呼ばれる霊石を与えたのだった。


*今回と次の話を読むにあたっての注意
このSSは今までリリカルなのはシリーズの他に仮面ライダークウガと仮面ライダーアギトの内容さえ知っていればストーリー上問題はありませんでした。ですが、今回はとある仮面ライダーを知っているとより楽しめるかと思われます。










突然の雨、とある心地よい風の吹く街、本来ならばあるはずのこの街の名称を呼ぶ住人は少ない。
なぜなら、この心地よい風の吹く街を住人はこう呼んでいるからだ。
風の都・・・・・・風都と。
その風都のとある場所に位置する探偵事務所。
そこにはJS事件や未確認生命体の裏で密かに暗躍していたある組織に立ち向かった一人の探偵の姿がある。
しかし、その組織に立ち向かったのは彼だけではない。
組織を追っていた管理局の特別捜査官と、探偵である彼の相棒とも呼べる存在、その三人と事務所の所長を自称する女性と共に秘密裏に暗躍していた組織に立ち向かっていたのだ。
しかし、今の事務所にはその探偵が一人いるだけだ。
なぜなら、組織が壊滅して一連の事件が解決したということで、管理局の特別捜査官は次の任務のためにこの街を離れることになった。
そして所長を自称する女性は、この探偵事務所の本来の所長であり今は亡き探偵の恩師でもある父に一連の事件解決を墓前に報告するため、しばらくの間事務所を留守にしている。
だが、探偵の相棒である少年は最後の戦いを文字通り最期の戦いとしてこの世界を去った。
それからの期間、探偵は今も相棒を失った事実から立ち上がれずにいる。

「・・・・・・いやな雨だ」

ただ強くなる雨音にすら見向きすることをせず力無く呟いた。











豪雨の中、黒い異形へと変貌を遂げたカイは、ガドルとリクの必死の攻撃により自我を取り戻したものの、そこから逃げ出すようにビートチェイサーを駆って走り去った。

「待ってくれ、リク!」

そんなカイの本当の名前を知っている義兄のリクは、カイを追いかけようとするものの、すぐ目の前にいるグロンギ、ゴ・ガドル・バに背を向けるわけにもいかず、手にした棍を構える。
グロンギはリントに仇なす敵である。カイを止めるために共闘したとはいえ、その相手を前に背を向けるわけにはいかない。
そんなことをすれば死につながる、グロンギに近隣の村が襲われ、自分の村もグロンギの襲撃を受けたリクがそう思うには十分だった。
だが……

「……まだ、その時ではないか」

グロンギ、ガドルは聞き取れないほどの呟きを漏らすと、リクやクロノ、ヴァイスのことなど眼中に無いのか背を向ける。
もうここにいる意味すら感じていないように。

「待て!お前はいったい・・・・・・どうしてリクを止めるのに加勢したんだ?」

リクがガドルへの戦意と疑念を向けるものの、それをガドルは意に介することすらせずに呟く。

「貴様は強い。だが、俺が戦いたいと思うほどではない。俺が戦いたいのはクウガだけだ。クウガはこの俺、ゴ・ガドル・バが倒す。それだけだ」
「逃がすか!」

背中を向けるガドルを逃がすまいと先手をとるべく、リクはその跳躍力を活かしてガドルへと肉薄し棍を突き出す。
カイの青の金の力のときにドラゴンロッドの両端に金色の刃が発生するのに対し、リクの青の金の戦士の棍は片方にだけカイのドラゴンロッドよりも大きな刃が発生している。
その刃は突くだけでなく、薙ぎ払って相手を切り裂くにも十分な鋭さを持ち、急降下の勢いとリクの技量を合わせてとてつもない威力を生み出すはずだった。
だが、その渾身の一撃を、ガドルは振り向きながら手にした大剣でやすやすと受け止める。
そしてガドルは受け止めた棍を大剣で振り払い、その衝撃を直に受けたリクの体は、体が宙に浮いていた状態のため、なすすべもなく吹き飛ばされた。
ガドルはそんなリクを一瞥することもなくその場からゆっくりと、だが誰にも自分の邪魔はさせないとでもいうような意思を見せ付けるかのように機動六課から去っていった。
そして、吹き飛ばされたリクは体への負担が重なったのか、その姿を人間へと戻すとそのまま気を失った。

「あいつが・・・・・・ガドル?」

ただ一人、ガドルが去る中、それを追うこともなくクロノが初めてカイと出会った時のことを思い出していた。
カイは自分のことを未確認生命体、グロンギを封印する存在だと言っていた。
そして、ガドルという名前の誰かのことを友達だとも。
つまり未確認生命体第4号は未確認生命体第32号の次に現れたゴ・ガドル・バ、未確認生命体第33号と密接な関わりを持っているかもしれないという可能性が出てきたのだ。









「……ここは」

閉じた瞼の上から微かに感じる眩しさにリクは眼を覚ました。

「そうか、また……」

気を失った、そう言おうと思ったところで自分の身に起きているであろうことを考える。
だが、ガドルとの戦闘で限界が来たのか、吹き飛ばされた後に気を失ったのだろうと結論付けることしかできなかった。
そこでリクはさらに自分の力のことを考え始めた。
戦闘を繰り返す度に、そのときの消耗具合にもよるが程度の差はあれど気を失ってしまう。
しかし、クウガのアマダムではそのようなことが起こるとは考えられない。
もしそのような副作用があれば、誰かを守ることなど到底できないのだから。
だとすれば、自分の体内にあるカイザのアマダム、それに何か問題があるのではないだろうか。
そう、その問題点をクウガのアマダムとカイザのアマダムが同一のものだと仮定すれば、リクは既にその問題点を把握している。
その問題点は、クウガが赤、青、緑、紫、そして禁じられた黒、戦う覚悟のない白に変身できる。
しかし、リクがカイザとして変身できるのは、青と緑だけだ。
禁じられた黒、凄まじき戦士になるつもりはない。
戦う覚悟がないわけではないから白になるわけではない。
そして通常ならなれるはずの4色の力の内の半分しか扱うことができていない以上、自分のアマダムとクウガのアマダムに何らかの違いがあるとするべきだろう。
例えば、そう、自分の体内にあるのが不完全なアマダムで、今まで倒れてきたのは不完全な力を無理やり引き出した副作用のようなものだと考えればそれなりにつじつまが合うだろう。

「眼が覚めたか」

思考の渦に入り込みそうになって周囲のことを気にしていなかったリクに男が声をかけてきた。

「あなたは……」

突然声をかけられたリクは一瞬驚いて体に緊張が奔ったものの、声をかけてきた男の顔を見て気を失う前に見た人物だったと思い出し、緊張を解く。
力を暴走させて自我を失ったカイを止めるために立ちはだかった黒い戦闘服のようなものを着た男、クロノ・ハラオウンだった。
今もその戦闘服を身に纏い、リクを警戒している雰囲気がある。
だが、リクとしてはクロノと敵対するつもりなど毛頭ない。
リクが戦う相手は人間、リントに仇なすグロンギのみであり、義弟のカイの前に立ちはだかって戦ったのはカイを止めるためだけにすぎない。
だからリクはクロノに対してなんら警戒することなく、クロノの言葉を待った。

「クロノ・ハラオウン、時空管理局に所属している。君に少し話を聞きたいのだが、かまわないか?」

リクと相対したクロノは緊張した表情で簡単に自分の所属と目的を口にする。
本来ならきちんとした役職等を相手に伝えるべきなのだが、リクが気を失っている間にリオ・ウェズリーからリクが世情に疎いことなどを前もって聞いていたからだ。
余計な事を話して話を脱線させたくないというのがクロノの正直な感想である。
なぜなら、我を失ったカイのことが心配だったし、そのままのカイがどのような行動を起こすのかもわからない。
今はカイのことを知っている関係者、機動六課とナカジマ一家といった者達が捜索に出ているが、見つかったという連絡は入っていない。

「あ、えっと、僕の名前はリク……です。その、お話って」

緊張したクロノの言葉にリクはやや困惑した表情で返事をする。
一方、クロノはリクの返答にクロノはずいぶん簡単に話が聞けそうだとは思いつつも、かつてカイから話を聞こうとしたときのことを思い出す。
あの時のカイももちろんだが、目の前にいるリクも危険な人物には見えない。
そんな安心感がわずかながらにも影響したのか、クロノはすぐにでも肝心なことを聞くべく質問を始めた。
リクが何者であるのか、そしてカイとの関係を確かめるために。




クロノがリクとの話を進めているころ、ヴィヴィオはコロナとリオとともにレストルームにいた。
その傍にはカイの捜索には加わらずに現地で待機しているなのはとフェイトの姿もある。
が、ヴィヴィオ達の周囲には会話もなく、なのは達も何と声をかければいいのかわからずにいた。
ヴィヴィオとコロナはカイの正体とヴィヴィオ達の前で見せた凄まじき戦士の姿とその行動にショックが隠せず、リオはカイの正体に驚きはしたものの、リクの容態が心配だった。
そして、なのはとフェイトはヴィヴィオにカイの正体を隠していたという罪悪感から、声をどうかければわからず、声をかけられずにいた。
これがカイが変身する姿を偶然見かけたのならまだ救いはあっただろう。
ちょっとしたすれ違い程度の問題ならば、ほとんど気にすることはないだろう。
カイがヴィヴィオに自分の招待を知られたくなかったということを説明すればいいだけだからだ。
だが、今回はおそらく最悪とも言える形で未確認生命体第4号の正体を知られる形となってしまった。
だからシャマルが気を失っていたリクが眼を覚ましたことを伝えに来たことによって、何か自体が動くきっかけになれば良いと願わずにはいられなかった。





ヴィヴィオ達がシャマルに連れてこられたのは医務室ではなく、別の個室だった。
それというのも、現在クロノがリクから今までの事情を確認しているところであり、音声は拾われていないのかそこから話の内容を聞き取ることはできない。
しかし、そこからリクの様子が見ることができ、気を失ってから今まで会うことができなかったリクの様子を見ることができてリオは安堵のため息をつく。
現状の懸念の一つであるリクのこと、それについての処遇もリクが目を醒ましたことで進展することだろう。
そうなると、もう一つの問題にも目を向けなければならない。
そう、ここから去った未確認生命体第4号でもあり、ヴィヴィオの友達である一人の男、カイ・ナカジマのことを……。





「にわかには信じがたい話だな」
「そうですね、自分でもそう思います」

リクから語られたのはリクとカイの関係、そしてリクが今まででわかっていることだ。
リクはリオと話をしたことと、今の文化、文明の違いから自分がどのような理由かはわからないが長い時間眠っていたのではないかと自分なりの推測を立てていた。
カイがどうして今の時代に生きているのかも、なんらかの理由でカイもどこかで眠っていたと考え、グロンギが活動を開始したことで眠りから醒めたのでは、というのもリクが出した推論の結果だ。
つまり、リクとカイは時を越えて今の時代に目覚めたという事実にクロノとしても簡単には信じることができなかった。

「でも、今の世界にはゴウラムみたいなものは無いのでしょう?」

そんなリクの推測を肯定するわけではないが、リクがゴウラムのことを知っていること、カイと同じ姿となってゴウラムを一時的にとは言え回復させたことがリクがカイの仲間である可能性が高いとしてクロノは考える。
そのゴウラムも、今は話を聞いて駆けつけたシャッハが持ってきた鉄材で体を再生させているところだ。

「確かにそうだな。それにゴウラムも君のことを警戒しているような感じはしなかった。それで、カイのあの黒い姿だが……」

リクの一応の身元……というには明確ではないが、カイを止めるために尽力したこと、そしてそのあとに新たなる未確認生命体、ゴ・ガドル・バとの戦い、そしてカイと同じ戦士の姿となったこと、リクに特に敵意がないことから、クロノはジャラジとの戦いで起きたカイの変貌へと話を移した。
その瞬間、リクは今までの穏やかな表情を一変させ、悲痛な表情である言い伝えを言葉にした。

「聖なる泉枯れ果てし時、凄まじき戦士雷の如く出て、太陽は闇に葬られん」
「なんだ、それは?」

リクの言葉にクロノは何か不吉なものを感じつつも、その正体がわからずにリクにさらなる質問を投げかける。

「リクは……あの子は、凄まじき戦士へと変貌していたんです」
「凄まじき戦士?」

リクとカイの関係が語られたことで、リクの言う『リク』がカイを指していると既に理解しているクロノは話を遮ることなく先を促す。

「あの力は使ってはいけないんです。使えばリント……人間ではなくなり、グロンギと同じになる」
「未確認生命体と……同じ?」

リクやカイにとってはグロンギこそ言い慣れた名称だが、クロノ達には未確認生命体の名称が定着している。
しかし、そんなことを気にするでもなくカイがそれと同じ存在になるという事実が重要なのだ。

「でも、まだ時間はあるはずです」
「どういうことだ?」

リクの確信じみた言葉が紡ぎ出され、クロノはその真意を正す。

「リクは簡単に殺せたはずの子ども達を殺すことをしなかった。まだ完全には凄まじき戦士になっていないはずです。それに……」

リクの口からゴウラムが完全に塵にならなかったこと、本来なら光を失うはずの瞳が微かではあるが光を放っていた事がまだカイが手遅れな状況ではないということを示しているはずだと語る。

「だからこそ、少しでも早くリクを見つけ出さないと」
「……ああ、そうだな」

そう、クロノにとってもっとも重要なことが聞けたことでクロノに安堵の表情が出る。
もしもカイがその凄まじき戦士と呼ばれる力をむやみに振るうのであれば、時空管理局としてはなんとしてもカイを止めなければならない。
だが、危険性はあるとはいえ、まだカイが完全な驚異となっていない以上保護することが最優先であるとわかったのだ。

「こちらでもカイの捜索に出ている。君は少しでも休んでいるといい」
「でも……」
「カイを探すにしても、まずは君が元気にならなければ意味がない。それに、カイを心配しているのは君だけじゃないからね」

今すぐにカイを探そうと飛び出しそうなリクに休むように伝えると、クロノはそのまま医務室を後にした。
出入り口に控えていたシャマルにリクのことを頼むと、クロノはその足で部屋の様子を見ていたであろうなのは達のいる部屋へと向かう。
今回の話でわかったことを伝えるために。





クロノがリクの前から立ち去り、シャマルにも今日は休んだほうがいいと言われたリクはベッドに横になりながらも考え事をしていた。

「もう、父さんもラトもいないんだな」

そう、長い年月が経っていることで、リクにとって家族と呼べる者がこの世界に一人しかいないという事実を考えていたのだ。
天寿を全うできたのだろうか、それともカイが守りきることができずにグロンギに命を奪われたのか、今のリクにはわからないし、それを再会するであろうカイに確認するつもりはなかった。
そんなことをしても過去は変わらないし、もしグロンギに命を奪われていたとしたら自分だけではなくカイにも辛い思いをさせるだろう。
守りきれなかったことを責めるつもりなどさらさらない。
戦える者がカイ一人である以上、守れない人達出てくるのは当然だ。
だから、再会したらただお互いが生きて再会できたことを喜び合おうと決めた。

「……眠れないな」

シャマルに言われて少しは眠ったものの、目が覚めたのはまだ日が沈む前。
直接シャマルに言うか、いなければ連絡さえ入れてくれたら少し出歩くくらいなら構わないとシャマルには言われていたので、リクは少し風にでも当たろうかと外に出ることに決めた。
が、ここにきてシャマルにどうやって連絡するべきなのかわからず、シャマルも過去に今の文明のことを全く理解できていなかったカイという事例があったことを忘れていたのか、それともただ単にうっかりしていたのか、連絡の方法を教えていなかった。
そんな問題があったものの、元来楽観的な思考を持っているリクは、後で伝えればいいかと考え、そのまま医務室から出て行った。





「こうして見ると、すごい建物だね」

医務室を出てすぐそばのガラスから外を見ると、自分のいるところが地面よりもはるかに高い位置にあることにリクは驚きを感じるしかない。
それでもこの世界にはもっと高い建物があるという。
もっとも、それ自体は街を彷徨い歩いた時期もあるので、そこまで驚くことではない。
驚いたのはそれが今では普通であり、そこで人が何も不思議に思わずに生活しているということだ。
大地から離れて過ごすという考えがリクには少しだけわからなかった。
もっとも、高地に住むようなものだと言われてしまえばそれまでなのだが。

「あれ?出歩いても大丈夫なんですか?」

考え事をしていたリクの耳に聞きなれない女性の声が届く。
気配を感じなかったことにリクは思いの外考え事に集中していたのか、それともそれに気がつけないほど消耗していたのかと考えながら声のした方向へと視線を向ける。
そこには陸士隊の制服を着た青い髪を短くカットした少女と、その後ろにはオレンジ色の髪をツインテールに結っている少女がいた。

「えっと、リクさんですよね?カイのお兄さんの。私はスバル・ナカジマです。で、こっちが」
「初めまして、ティアナ・ランスターです」

声をかけてきたのはカイの捜索に出たものの、結局は成果が上がらずに戻ってきたスバルとティアナだった。
二人共すでにリクのことは報告を受けており、明日にでも挨拶しておこうと話していたところだったのだ。
そんな突然の遭遇でありながら笑顔で話しかけてくるスバルに対して、ティアナは若干ではあるが表情を固くしている。

「あ、初めまして。リクといいます」

そんな二人にリクは穏やかな笑顔を向けるものの、スバルはともかくティアナの表情は固いままだ。

「二人はリクの友達なのかな」
「えっと、友達というかカイは私のおとう……」
「違います」

リクはティアナの硬い表情に何かを感じ取り何か話題はないかと話しかけ、スバルはそんなリクの言葉にカイは今ではナカジマ家の一員だと説明しようとしたところで、ティアナから感情のこもらない否定の言葉が上がる。

「ティア?」
「あいつは友達でも仲間なんかでもありません」

スバルが心配した様子を見せたものの、ティアナはそれで止まることなく話し続ける。

「あいつは……ただ未確認生命体と戦いたいだけなんです。未確認生命体の犠牲になる人なんてどうでもいいんです」
「そんなことないよ、カイだって」
「……死んだ人間のことは後回しにして未確認生命体との戦いを優先しても?」

以前のカイとティアナのティアナからの一方的とも言えるかもしれない衝突。
フェイトの話を聞いてカイにも本人なりの戦う意味があると感じるようにはなった。

だが、今回のジャラジとの戦い、ティアナは記録された映像でしか見ることはなかったが、その内容は他でもないヴィヴィオ達の目の前でジャラジを惨殺すべくとった行動だった。
それがカイの内面にあると感じたティアナは、カイへの不信感を隠せないでいた。

「死んだ人は後回し・・・・・・か」

ティアナの言葉にリクは過去に自分がカイに言った言葉を思い出していた。
だがそれはおそらく死ぬだろう自分のため、これからのグロンギとの戦いで失われてしまうかもしれない誰かの命のために戦うのではなく、今を村に生きているみんなのために戦ってほしかったから言ったのだ。
その言葉をカイはそのまんまの意味として受け取ったのだろう。
そして、それを忠実に、素直に実行しすぎていたのだろう。
それが今回のカイとティアナの溝になってしまった。
だからリクはカイがそんな考えを持っているのは自分の責任だと感じ、そのことをティアナに話した。
それがティアナにどういった意味を与えるのかはわからない。
だが、これがもし今度ティアナとカイが話をする際に、和解のきっかけにでもなればとリクは思わずにはいられなかった。





翌日、昨夜家に帰ったリオはリクのことが気がかりで再び機動六課へと足を運んでいた。
そしてリクが休んでいるだろう医務室まで足を運ぶ途中、偶然ヴィヴィオとコロナの二人が話しているところを目撃した。

「カイ、嘘ついてた」
「それはしょうがないよ。カイちゃんだってヴィヴィオに4号のこと知られたくなかったみたいだったし」
「でも、お友達なのに何にも話してくれなかった」

ヴィヴィオの中にある疑念、それはカイが自分のことを本当は好きでもなんでもなかったのではないかという不安がこぼれたものだろう。
未確認生命体と戦う未確認生命体第4号のことがヴィヴィオは大好きだったし、自分で初めて見つけた友達、カイのことももちろん大好きだ。
だが、ジャラジとの戦いで見せたカイの怒りの咆吼、それがヴィヴィオに向けられたものではなかったとしても、今までの関係を崩すには十分だったのか、隠し事をしていたと感じてしまったのだろう。
コロナもそんなヴィヴィオのことを心配しながらも、うまく言葉にすることができない。
コロナは以前ここに遊びに来たとき、ゴウラムと仲の良いヴィヴィオを見て、そのゴウラムと一緒にいるカイがもしかしたら未確認生命体第4号なのではないかと率直に思ったことがある。
ただ、普段のカイがあまりにも子供じみているので、その考えがただの気のせいだと思ってしまったのだ。
そんな二人の様子を見ながら、リオは一人考えていた。
あそこにいるヴィヴィオは昔の自分と同じだと。
未確認生命体第16号ズ・ザイン・ダによってリオの母親は重傷を負った。
それをリオは4号のせいにしたのだ。
そしてリオは未確認生命体第23号、メ・ビラン・ギに襲われた時に助けてくれた4号に石を投げつけたのだ。
後になってリオは助けてくれたことにお礼を言っていないことに気がついたが、4号に簡単に会える訳もなく、そしてヴィヴィオが4号のことを楽しそうに話していたことから余計に感謝の言葉を言おうという考えを無意識的に捨てていたのだ。
このままだとヴィヴィオも自分のようになるかもしれない。
そう思ったリオはこれをどうにかするにはヴィヴィオと4号をもう一度会わせる必要があると考え、ある人物を思い出した。
その人は探偵で、以前いなくなった猫をすぐに見つけてくれたのだ。
きっと4号のことも見つけてくれる、そう考えてリオは自分からヴィヴィオに向かって話しかけた。






「ここにいるの?」
「うん、お仕事中じゃなければいるはずだよ」

リオに連れられてヴィヴィオとコロナ、そしてフェイトが来たのは大小多くの風車が街を彩っている地域の住民から風都と愛されている街だった。
その風都にあるとあるビリヤード場、そこにリオは案内してきた。

「あれ、ここって・・・・・・」

そんな中、フェイトはビリヤード場を見て何かを思い出したように呟く。

「ここの二階、そこに探偵さんがあるよ」

先を進むリオに促されるようにヴィヴィオとコロナは二階へと続く階段を歩く。
フェイトはそんな3人の後ろから上にいるだろう探偵の今の状況を考えると、少しだけ難しい顔をしながら後に続いた。





「探偵さん、事件だよ」

リオがドアを開きながら明るい声で中に入っていく。
それをヴィヴィオとコロナは小さくお邪魔しますと一声かけて続く。
中には今のミッドチルダではあまり見られないアンティーク調の家具が部屋に自然に置かれ、壁にはいくつものソフト帽が飾られていた。

「・・・・・・事件?」

そんなリオの言葉とは明らかに違う沈んだ声がヴィヴィオの耳に入る。
煩わしそうに声をあげたのは20代前半の若者で、その若者は革張りの椅子に腰掛け、今までもそうしていたとでも思うようにただ窓の外を見ていた。
その姿はまるで何かを認めたくないとでも言うようにも見える。

「あのね、人を・・・・・・人?と、とにかく探してほしい人がいるの」

リオはそんな探偵の様子に気がつくことなく、ここに来た理由を一気にまくし立てるが、それに探偵が興味を示す様子は見られない。

「えっと、お久しぶりです」
「フェイトママの知り合い?」
「うん、以前ある事件のことで調査をお願いしたことがあるんだ」

そんな中、付き添いでついてきたフェイトが探偵の前に立って声をかけた。
ヴィヴィオ達にとってもフェイトが探偵と知り合いだということは初耳で、その探偵の様子にまで気付けていない。
探偵はフェイトの声に反応したのか、少しだけ視線を動かすとフェイトの顔を見る。
ここにきてフェイトは以前に仕事を依頼した時とは明らかに違う、明らかに何かで傷ついている探偵の目が気になった。

「ああ、あんたか。残念だが、JS関連のことならこれ以上報告することはないぜ」

フェイトの依頼、それはジェイル・スカリエッティのことを裏から調べてほしいというものだった。
正面からの調査では深く切り込むことができないと考えたフェイトは、ここの探偵に秘密裏に接触して裏から何かわからないかと思ったのだ。
そしてその勘は的中し、彼のもたらした情報はJS事件解決に大きく役立った。
もっとも、探偵自身はそれ以外に自分と相棒でやらなければならないことがあり、それ以外でフェイトと接触するようなことはなかったが。

「あの、相棒さんと所長さんは?今日は留守なんですか?」

一度この事務所に足を運んだとき、フェイトはこの探偵よりも明らかに若いながら所長を自称する女性と、お互いのことを相棒と言い合う少し変わった少年がいた。
しかし、今はここには探偵一人がいるだけだ。

「所長はおやっさんに報告することがあってな、しばらく留守にしている。相棒は・・・・・・」

フェイトの言葉に探偵は静かに、そしてゆっくりと口を動かしていく。
が、相棒のことを話そうとした瞬間、その口が止まる。
その代わりに探偵の口から出てきたのは・・・・・・

「・・・・・・帰ってくれ。今は依頼を受けるつもりはない」

全てを拒絶するものだった。

「待ってよ、探偵さん。あのね、どうしても探してほしい人がいるの!」
「お願いします。カイちゃん・・・・・・私達のお友達を探してほしいんです!」

リオの言葉に続くようにコロナも探偵の前まで進み出て頭を下げる。
リオの言葉を信じるならばこの探偵が何かを探すことを得意としていることがわかった。
だからコロナにとって、目の前にいる探偵がどこにいるかもわからないカイの行方を探し当てられるだろうただ一人の存在に思えたのだ。
そんな二人を見ながら、ヴィヴィオはなんとなく目の前にいる探偵が何かに苦しんでいるように見えた。
何かに必死に耐えている、そんな風に思えたのだ。

「友達を探せって、そんなの携帯端末で連絡を取ればいいだけだろ」

探偵はリオとコロナの言葉にそっけなく答えると再び窓の外を眺め始める。
まるで話はもう終わりだとでも言うように。

「なんだよ、探偵さんのバカ!アホ!半熟!」
「ま、待ってよ、リオ!」

あまりにも話を聞いてくれない探偵に業を煮やしたのか、リオは探偵に悪態をつくと事務所から飛び出し、コロナもリオをそれを追いかけた。
残されたのはヴィヴィオとフェイト、そしてここから動くことをしようとしない探偵だけだ。

「えっと、ごめんなさい。お邪魔・・・・・・しま・・・・・・した」

ヴィヴィオもここにいても意味がないと感じ、飛び出したリオを追うために探偵に挨拶してからこの場を離れようと思った。
しかし、これでカイを探し出す手がかりが無くなったと思うと、その途端に涙が溢れ出して止まらなくなる。

「ヴィヴィオ、もう行こうか」

フェイトはヴィヴィオの傍で屈むと、ハンカチを取り出してその涙を拭う。

「今日はもう帰りますね」

フェイトは最後に探偵にそう声をかけると、ヴィヴィオの背中を押すようにして事務所から立ち去っていった。
その様子を探偵はこっそりと横目で見るものの、何も感じることはなかった。
いや、感じていると理解することを拒んでいた。

-この街を泣かせる奴は許せない-

それが彼とその相棒の行動原理であり、戦う理由だ。
そして、その許せない行いを自分自身が行ってしまったのだ。
ならば、そんな探偵に対して相棒が言うことは決まっている。

「・・・・・・そうだよな、相棒」

探偵は立ち上がると、相棒が残した一冊の本を見てから、壁に立てかけたソフト帽に手を伸ばした。







「探偵さんのバカ、アホ、間抜け、ドーテー」

リオは事務所を飛び出して5分ほど走ると、ようやく落ち着いたのかその歩調を歩く速度にまで落とす。
リオのすぐあとにはコロナがついてきているが、それにも気付かずにリオは探偵への悪態をつく。
ちなみに「ドーテー」という言葉に関しては、リオの通っている道場のリオより年上の男の門下生が言われるとよく落ち込んでいたので、リオは悪口の一種くらいにしか認識していない。

「リオ、そろそろヴィヴィオのところに戻ろうよ」

そんなリオにおずおずとコロナが声をかけてくる。
コロナとしてはリオと仲良くすることに戸惑いはなく、むしろヴィヴィオとリオが仲良くなってくれればと思っているのだ。
だから、一緒に行動するようになればより仲良くなるだろうと思い、少しでも早くヴィヴィオと合流したかった。

「ん、そうだね。戻ろ・・・・・・」

リオとしてもいつまでも落ち込んでいても意味がないと感じたのか、コロナの言葉に素直に頷く。
が、その言葉を言い終える前にリオの視線に奇妙な集団が映った。
明らかに人外と思える肌の色、そして人ではあるまじか異形の顔。
学校の授業で顕微鏡で拡大してみたミジンコの顔にも似た奇妙な異形の集団がリオの目に映ったのだ。
コロナもその集団に気づいたのか、不安を少しでも遠ざけるかのようにリオの手を握る。
リオもコロナのそんな不安と恐怖を察したのか、その手を握り返した。
昨日に続いて今日も未確認生命体と出会う不運を呪わずにはいられないが、そんなことを今更考えたことで意味はない。
今はここを離れることが先決という答えに至った二人は、自分達に向かって徐々に距離を詰めてくる偉業の集団から逃げ出すように走り出した。





ヴィヴィオとフェイトはリオとコロナと合流すべく事務所を出てきたものの、二人がどちらに向かって走り出したのかさえもわからず、気がつけばリオ達が走っていった方向とは逆の方向に二人を探しに向かっていた。
そして、リオとコロナが異形の集団に襲われたと同時期にヴィヴィオ達も異形の集団の襲撃を受けた。

「バルディッシュ」
『Yes sir.』

襲ってきたのが未確認生命体と判断したフェイトはすぐさま機動六課に連絡をとり、自分もヴィヴィオを守るためにバリアジャケットをまとってデバイスを展開する。
が、その中で気になることがあった。
今まで未確認生命体が複数で目撃された例はほとんどない。
フェイトの記憶で新しいのは、ゴ・ブウロ・グ、ゴ・べミウ・ギ、ゴ・ジイノ・ダの3体がカイを狙ってきたときだけだ。
それ以外はほとんど一体だけが活動している。
同じような姿の未確認生命体が集団で活動しているという報告を受けたことはなかった。
しかしフェイトはその考えを頭から振り払う。
今はヴィヴィオを守りつつ、リオとコロナを保護しなければならない。
幸いというか、周囲に他の住人はおらず、ヴィヴィオにだけ集中して戦えばいい。
しかしいつしか増えていた未確認生命体はたやすく突破できるとは思えないほどの厚みを構成している。
フェイトはバルディッシュを握りしめると、未確認生命体の集団の一角を切り崩すべく魔力を込め始めた。





フェイトが未確認生命体の集団との戦闘を始めた頃、リオとコロナは未確認生命体の魔の手から逃れるべく必死の逃走を続けている・・・・・・はずだった。
はずだった、というのは、逃走を続ける必要が無くなったからだ。
突如上空から目の前に現れたのは黒い機人。
それに似た姿をリオとコロナはよく知っている。
その名はG3-X。
管理局が開発した対未確認生命体用パワードスーツ。
それによく似たシルエットの機人が、目の前に広がる未確認生命体の集団を次々と撃ち倒しているのだ。
機人は手に持ったG3の持つ銃に良く似たGM-01改四式を無造作に撃つ。
しかし、無造作に撃ち出された弾丸の全てがそれぞれの未確認生命体の額にめり込み、その命を奪っていく。
ただ冷静に、ただ冷徹に。






リオとコロナが謎の機人の手で守られている頃、フェイトとヴィヴィオは未確認生命体の集団によって、動くに動けない状況に追い込まれていた。
一体一体の強さはこれまで相手をしてきた未確認生命体に大きく劣っているものの、数が尋常ではない。
溢れ出る亡者のごとく徐々に包囲を狭める未確認生命体に対して、一気に殲滅したいものの未確認生命体に非殺傷設定の魔法の効き目は薄い。
物理破壊に設定すれば問題はないかもしれないが、ヴィヴィオと周辺への被害を考えると簡単には行えない。
空に逃げようにも建物の壁に張り付いている未確認生命体もいるので、それも難しい。
ヴィヴィオもフェイトが思う存分に力を発揮できないことを知ってか、その表情に恐怖が浮かぶ。
そんなフェイトとヴィヴィオと未確認生命体の間を割るように獰猛な雄叫びをあげながら、一台の陸を奔る獣がその姿を現す。
その獣、一台のバイクは未確認生命体を容赦なく弾き飛ばすと、フェイトとヴィヴィオの前で停る。
一台の黒とで塗られたバイクが今もそのエンジン音を響かせている。
それに跨った男、探偵はヘルメットを脱ぐと、バイクから降り立ち未確認生命体に怒りの視線を投げつける。

「一つ、俺の弱さが、相棒の最期の言葉から逃げていた」

ゆっくりとした足取りで未確認生命体の集団に向かって歩きながら、探偵は左手に持ったシステムボックスを腹部に当てる。
するとシステムボックスからベルトが伸び、それが腰に固定される。

「二つ、俺の弱さが、この街に悲しみの涙を流させた」
『JOKER』

次に探偵は右手に持ったやや大きめのUSBメモリについているスイッチを押し込むと同時に、そのメモリに記憶されている能力を示す声が響く。
そしてシステムボックスの右側についているスロットに差し込んだ。

「三つ、俺の弱さが、お前達のような奴らをこの愛すべき風都で好き勝手にさせた」

システムボックスに差し込まれたメモリを認識したことで、ベルトから何か強大な力を感じさせる駆動音が響く。

「・・・・・・変身」
『JOKER』

探偵がメモリの入ったスロットを右側に開いて起動させる。
再び声が響くと同時に探偵の周囲から黒いガラスの欠片のようなものが集まりだし、それが一つのシルエットを形作る。
全身が黒く、肩と胸、そして手首と足首に紫のラインを持ち、額に左右に向かって伸びる銀色の角、そして赤い複眼。
その姿はまさに・・・・・・
「・・・・・・4号みたい」

そう、ヴィヴィオの言うとおり、目の前にいるのは未確認生命体第4号によく似た異形だった。

「いや、俺は未確認生命体じゃない。俺は・・・・・・」

探偵だった異形は静かに首を横に振ると、左手を未確認生命体の集団に向かって伸ばす。
以前ならフェイトの知人である機動六課部隊長八神はやてが話していた第97管理外世界の特撮ドラマに出てくるとある名前を二人で一人で名乗っていた。
だが、今は一人だ。
しかし、だからといってこの街を守る者の証とも言える名を捨てることはできない。
捨てることを相棒は望んでいない。

「俺は仮面ライダー・・・・・・ジョーカー。俺は自分の罪を数えたぜ」

自らの罪を告白し、伸ばした左手首を軽くスナップさせる。

「さあ、お前達の罪を・・・・・・数えろ」

この街、風都の切り札が再び立ち上がった。











今まで更新できずにこのようなSSでも楽しみにされていた方、本当に申し訳ございません。ようやくPCを新調できたものの、今度は就職が決まってその忙しさで執筆する時間がないという状況です。最後までの道筋は考えてありますので、これからも遅筆ではありますがお付き合いいただければ幸いです。

追記
今回の話で出てきた仮面ライダーWですが、これは私がフィリップがいなくなった後の翔太郎が仮面ライダージョーカーとして再び戦い始めるまでを勝手に想像したものです。ですがオリジナルのドーパントを出すにはアイデアがありませんでしたので、この度このような形で書かせていただくことになりました。







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