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[22607] 麗しき黄金の君(Fate/EXTRA ネタ)
Name: ゼブラ◆ade9e36a ID:72a9f08e
Date: 2010/10/19 23:04
 目覚めはいつも曖昧だった。
 まるで夢の延長線上に日常があるような不確かさ。気が付けば当たり前のように通学路を歩く毎日が続いていた。
 朝の通学路を行く。
 午前七時半、いつもよりわずかばかり早い登校時間であることを除けば代わり映えのしない日常だ。
 月海原学園の校門前にたどり着くと当然のように立っている生徒会長の柳洞一成。
 生徒証の確認による身分証明。風紀強化週間とやらのため征服から鞄の中身までチェックされ、それらのチェックは身体の天辺から爪先までされる。

「うむ、実に素晴らしい。どこから見ても文句の付けようのない、完璧な月海原学園の生徒の姿だ!」

 誰も居ない虚空のチェックを済ませた生徒会長が清々しい笑顔で言う。
 生徒会長のチェックを途中でボイコットした自分の存在は誰にも見咎められない。虚空に喋り続ける生徒会長の奇行に視線を向ける者さえいない。


 ここは違う。
 ここは、決して自分の存在すべき学校セカイじゃない。
 行かなければならない。
 早く目覚めないと何もかもが手遅れになる。

 


Fate/EXTRA  麗しき黄金の君


 第0日 黄金の契約




 ありえない日常の中を当然のように生活していることに焦燥感を抱きながらも違和の根源にたどり着けない。
 気持ちさえ焦燥と平穏を両立する奇妙な状態を当然のように受け入れている。
 急がなければならない。このようなおかしな状況と状態の突破口を見つけなければ自分はきっと曖昧なままこの“セカイ”に溶けてしまうかもしれない。

 放課後になり校内を散策する。
 わずかな糸口でも認識することができることを祈りながら。

 っ!?

 一階に下りた瞬間、強烈な違和感に襲われた。
 紅い服を纏った生徒――転校生のレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。
 彼が視界に入った瞬間、ノイズだらけのセカイが少しだけ晴れたような気がした。
 廊下を悠然と歩き往くレオナルド。彼は自分の陥った現状を打破する突破口となりうるのだろうか?
 そんな彼のあとを追いかける一人の生徒。あれは……同じクラスの――

 ……追おう。
 この学校セカイを支配する違和感。
 レオナルドからだけではない。この学校セカイのいたるところに空虚感があったはずだ。
 思い出せ。
 曖昧なセカイを曖昧なままに受け入れるな。
 真実は何か。
 このセカイは自分の知る世界ではない。
 目を背けるな。
 ここに居る、自分の存在は曖昧なセカイではないはずだ。


 レオナルドとその後を追った生徒が向かった廊下の先。そこでレオナルドと男子生徒が会話している。

「本当によくできていますね。ディテールだけじゃなく、ここは空気でさえリアルだ。ともすれば、現実よりずっと現実らしい」

 レオナルドの言葉を男子生徒が訝しげな表情で受けている。
 その呟きは果たしてその男子生徒に向けたものなのか。それともただの独白なのか。

「ねぇ……貴方たちはどう思います?」

 貴方たち?
 レオナルドが立つ位置から見えるのは男子生徒だけだ。
 廊下の角から覗き見ている自分の姿を捉えられるはずがない。
 まさか、自分が後を着けていたことも把握していたというのだろうか?

「こんにちは。こうして話をするのは初めてですね」

 敵意などまったく感じさせない笑顔を男子生徒にむけるレオナルド。
 しかし、その背後にはもっと別の何かが潜んでいる。なぜか、それが解ってしまう。

「ここの生活も悪くはありませんでした。……でも、それもここまでです。この場所は、僕のいるべきところではない」

 そのレオナルドの言葉に自分は息を呑む。
 彼の言った言葉はそのまま自分が内包する違和の答えだった。

「寄り道はしょせん寄り道。いずれ本来の道へと戻る時がくる。それが今……」

 それだけ言うとレオナルドは踵を返し、男子生徒に背を向けた。

「別れを言いたい所ですが、僕は貴方にまた会える気がしている。だから、ここは“また今度”と言うべきでしょう。……では先に行きますね」

 貴方たちに幸運を――。
 そう言ったレオナルドは、一瞬、確かにこちらに視線を向けた。
 やはり、自分が覗き見ていたのは気付かれていたようだ。
 当然のように廊下の突き当たりである壁へと消えていったレオナルドを追って、男子生徒も壁に手をかけ消える。

 ……見つけた。彼らが壁に消える瞬間、セカイのノイズが強くなった。
 それは自分の中に残っている曖昧な感覚を除去するのに十分な衝撃だった。
 ここが、この違和感の終着点……いや、ここは出発点。欠落した真実へと至る道――

 壁に手を掛けた瞬間、セカイの空気がわかった。
 コンクリートの壁だった場所に淡い光を帯びる扉が現れる。
 それは此の世のモノに非ず。この先にあるセカイは、きっとありえない世界に違いない。
 そこは自分のあるべき世界なのか。
 今は恐れを抱くべき時ではない。前へと進む時。
 
 異界の入り口に足を踏み入れる。
 扉を抜けると目の前には新たな扉があり、その扉の前には曲線を描く痩躯と鋭角的な手足の人形ドールがあった。

 これは、この先で自分の剣となり、盾となるもの……

 どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。
 この奇妙な人形の従者と共に進むことが今の自分に課せられたルール。
 歩みを進めるとセカイは一変した。未処理のテクスチャに彩られた一本道を進むとさまざまな映像が周囲を流れ始める。それでも前へと進むと通路に壁が現れる。さらに前へと歩み続ける。あらゆるモノがあの学校セカイとは違った。形容するならば簡略化された地下迷宮といったところか。いつ物陰からモンスターが現れてもおかしくない異様な空間だった。

 ……ようこそ、新たなマスター候補よ

 虚空に声が響く。
 周囲を見渡すが自分と人形ドール以外に人影はない。

 君が答えを知りたいのなら、まずはゴールを目指すがいい。さあ、足を進めたまえ


 虚空に響いた声に促されるように迷宮世界を進んだ。
 途中に幾度か障害となる敵性プログラムが配置されていたが、謎の声によるナビゲートが続いたため奥に進むことは容易だった。
 案内されるままに通路を進むと青い光が渦巻く球状の空間へと足を踏み入れることになった。
 謎の声が言うにはこの空間が最後の間であるという。

 重々しい空気に満たされた荘厳な空間。今は失われた聖霊の宿る場所。ここが始まりへと続く終着の地。
 そこに誰かが倒れていた。
 それは先ほどレオナルドを追っていった男子生徒だった。

 すぐに傍へと駆け寄り、声をかける。
 右手で手首を触れ、左手を額に置き、男子生徒の顔に自分の顔を近づけ頬で呼吸を確認する。
 触れている肌がとても冷たい。呼吸も心臓の鼓動も確認することができない。
 視界が一瞬揺らぐ。
 彼の生きている証明はどこにも確認できなかった。

 一体、何があった!?

 叫ぶも謎の声はからの解答はもうない。
 かわりに彼の傍らに崩れていた人形が乾いた音と共に立ち上がる。
 幾度か敵性プログラムとの戦闘を経てこの場に辿りついた今なら理解できた。
 目の前の人形は、敵だ。
 それを自分の頭で反芻したのを合図としたかのように人形は、大きく身体を揺らしてこちらへ突進してきた。

 敵対する人形は、この場にたどり着くまでに戦った敵性プログラムたちとはまったく別物だった。
 謎の声からのナビゲートがなかったことを考慮してもこちらの攻撃はほとんど届かず、相手の攻撃は易々と自分の人形に叩きつけられた。
 数にして16手。敵の人形に自分の人形が打ち倒された。
 闘争の代行者である人形が打ち倒されたということは自分も打ち倒されるということ。
 乾いた無機質な人形の表面から感情らしいものは読み取れない。それでも違えることなく敵を前に攻撃を仕掛けてきた。

 ……ふむ、君も駄目か


 再び声が聞こえた。
 それは自分をこの場へと案内した声と同じものだったように思える。
 急速に力が失われていく身体。手足の一本、指の先すら思うように動かない。

 そろそろ刻限だ。君を最後の候補とし、その落選をもって、今回の予選を終了しよう


 ……候補? ……落選?
 いつの間にか自分は誰かに測られていた。
 その測りから漏れたから自分は……

 ――さらばだ。安らかに消滅したまえ

 そう言い放った声には事務的な機械のような印象を覚えた。――ゆえにその言葉を否定する。
 視界には冷たい床が広がり、そこから起き上がる力もない。――ゆえにその事実を否定する。
 霞んだ視界の端に土色の塊が幾重にも重なりあっているのが見えた。――ゆえにその現実を否定する。
 この場で朽ち果てた月海原学園の生徒たち。――ゆえにその存在を否定する。

 彼らはここまでたどり着き、自分と同じようにこの場で倒れた者たちだ。
 それゆえに自分はこのまま消え往くのをよしとしない。
 このまま目を閉ざすことはできない。ようやく真実を知ることができる場所に立ったばかりだ。終わりにしていいはずがない。

 諦めない……動こうとしない身体を心で罵倒しながら立ち上がろうと力を入れる。
 身体中に激痛が走った。痛みがある。痛みを感じることができる。つまり、まだ生きている。
 それならば……まだ動ける。

 生きているのならば動けるはずだ。このまま終わるのは、許されない。
 全身に駆け巡る痛みは、容赦なく心を削る。それでも諦めない。

 ……許さない。
 痛みから逃れることを許さない。
 まわりの死体と同じになることを許さない。

 ……そして。
 何も解らないまま無意味に消える事が、何よりも許せない。

 立つ。
 痛みが消えなくとも構わない。自らの足で立つことがすべての始まりだ。
 そう思ったらそれだけを考える。自分が生きているという証明を実行しなくてはならない。
 自分の意志で戦ってすらいない戦闘で倒れ伏すわけにはいかない。



「なんとも生き汚い声。そのような声でわたしの耳を叩くなど不遜にもほどがあるぞ?」

 頭蓋を砕き、身体を破裂させんとする激痛に耐えながら立ち上がろうとしていると再び虚空から声が響いた。
 それは先ほどの無機質で事務的な声とは一線を画す力が宿った声音だった。

「ほう……。吾の声で立ち上がるというのか?」

 傲岸不遜にして挑発的な台詞だが、何故か、その声が身体に力を与える。
 指先ひとつ震わすことのできなかった身体が力を取り戻し、自らの足が正しく身体を支えた。

「ふむ、死の淵にあっても我が声を受け続けたいというのか。なるほど、その傲慢なる願いゆえに吾が下に届いたというわけか」

 自意識過剰にもほどがある。
 そう言ってやりたかったが力を取り戻したといってもまだ身体の自由は取り戻せていない。
 それにこの声ならば確かに聞き続けたいという欲求が少なからず好奇心という形で胸中に宿っている。

「ふん、雑種の分際で吾を求めるか?」

 この声の主を求めるか否か。その程度の問いならば激痛に冒される思考でも簡単に答を出せる。

「よくぞ言った。己が分を超えた生への執着。人として分を超えた真実への探求。貴様の命運がここで潰えるというのは吾がつまらん!」

 声の力強い返事が響いたと同時にガラスの砕ける音がセカイを揺らした。
 それと共に部屋全体を眩い光が埋め尽くす。

 視界が失われたのは一瞬。それこそ瞬きすら許さない刹那だった。
 蘇った視界に映し出されたのは無数の鎖に雁字搦めにされ、空中に縛り付けられた人形だった。

「木偶の分際で吾のオモチャを壊そうというのか? 些か以上に礼を逸していると思わんか?」

 声は背後からした。
 まだぎこちなさが抜けない身体を捩って首だけを横に向ける。
 そこに存在したのは黄金に身を包んだ一人の女性。
 輝く黄金の髪が流れ、同じ色の鎧が申し訳程度に四肢を覆い、腹部の剥き出しの肌は髪や鎧の輝きを浴びて淡い金色を帯びていた。
 形だけを見れば人間と変わらない。
 しかし、この女性は人間ではない。それが本能的に理解できた。
 人間を超越した、触れただけで蒸発しそうな圧倒的なまでの力の奔流を身の内に宿らせていることが嫌でも感じ取らされる。

「ふん。この人形めは言葉を介することもできぬ木偶であったな。興は乗らぬが……仕方あるまい」

 威厳と気品、そしてどこか官能的でさえあるその姿に似合いすぎる凄惨な微笑みが振り返る。
 それと同時に人形を縛り付けていた鎖が引き絞られた。
 視線を黄金の女性の腕に向けるとそこには人形を捕らえていたものと同じ鎖が握られていた。黄金の女性の動きに合わせて鎖が奔り、空中に縫い止められていた人形はその四肢を残さず引き裂かれてしまった。

「……では、答えよ。貴様が吾のマスターか?」

 人形を完膚なきまでに粉砕した黄金の女性が測るような眼差しを向ける。
 マスターという響きの下に下僕という文字が刻まれていることを魂レベルで理解してしまった。
 この女性と契りを交わすということは、あるかどうかも定かではない自分の魂すら捧げることになるのだろう。
 しかし、それを躊躇うような意識はまったくなかった。
 自分の本能は生きることを選んだ。諦めることを否定した。真実に至ることを決意した。
 なればこそ、その障害足りえない事象に躊躇う必要などない。
 本能が赴くままに前進すればいい。その先に求める答があるはずだ。

「久方ぶりに良い道化に出逢えたようだ。吾の傍らに立つ栄誉を賜りしことを子々孫々誇るがいい!!」

 黄金の髪と真紅の瞳。黄金の鎧と真っ赤な腰巻。天の鎖と天地を引き裂いた剣。
 可憐なる女帝が傍らに立つ。それがどれほどの奇跡であるかを理解できるようになるのはもう少し時間を要する。
 今は再び得た生の証と手に刻まれた三画の紋様を未来への切符として終わりの見えぬ旅立ちを始めよう。






※指摘に伴い一人称修正しました。



[22607] Fate/EXTRA  麗しき黄金の君 第一回戦 第1日 新たな目覚め
Name: ゼブラ◆ade9e36a ID:72a9f08e
Date: 2010/10/19 23:08









 手に刻まれた令呪はサーヴァントの主人となった証だ

     使い方によってサーヴァントの力を強め、あるいは束縛する、3つの絶対命令権


 ただし、その令呪は聖杯戦争本戦の参加証でもある

     令呪を全て失えば、マスターは死ぬことになる


 注意する事だ





 ふたたび、あの声が聞こえてきた。
 痛みに意識を揺らがせながらも言葉に耳を傾ける。


『 まずは、おめでとう。傷つき、迷い、辿りついた者よ。主の名のもとに休息を与えよう。とりあえずは、ここがゴールという事になる。随分と未熟な行軍だったが、だからこそ見応えあふれるものだった。――誇りたまえ、君の機転は、臆病ではあったが蛮勇だった 』


 あらためて意識するまでもなく、語り続ける声は少なからず癪に障るところがある。
 聞くものにあからさまに不吉な印象を与えそうな厚みをもった声は三十代半ばの男性だろうか。


『 おや、私の素性が気になるかね? 光栄だが、そう大したものではない。なにしろただのシステムだ。私は案内役に過ぎない。かつて聖杯戦争に関与した、とある人物の人となりを元にした定型文というヤツだ。私は言葉であり、君がいま超えた峰であり、かつて在った記録にすぎない 』


 ……かつての記録、定型文?
 そのわりには人間味のある言葉を紡いでいる。奏でる声は無機質で機械的であるにもかかわらず。
 それを考えると元となった人物とは相対したくないと思ってしまう。


『 では洗礼をはじめよう。君にはその資格がある。変わらずに繰り返し、飽くなき回り続ける日常。そこに背を向けて踏み出した君の決断は、生き残るにたる資格を得た。

    しかし、これはまだ1歩目にすぎない。喜びたまえ、若き兵士よ。

      君の聖杯戦争はここから始まるのだ
 』


 語り続ける声が理解の追いつかない自分を置いて新たな開幕を告げる。
 聖杯戦争という名の闘争劇。生き残る資格。それは自分が求める真実の先にあるものなのか?


 然り。

   かつて地上には全ての望みを叶える、万能の願望機が存在した

  人々はその奇跡を“聖杯”と呼称し、多くの欲望が無限を求め争い、しかして、至れる者は一人のみ


 君が発つシステムは、そのカタチを継承したもの

  聖杯を手にするただ一人になる為の、魔術師ウィザードたちの命を賭した戦争

 君は今、その入り口に立っているのだ
 』


 突きつけられる現実。いや、これは本当に“現実リアル”なのか?
 今まさに始まろうとする戦争は、真に臨むべき道なのだろうか?


『 聞け、数多の魔術師よ

    己が欲望で地上を照らさんと、諸君らは救世主たる罪人となった

  ――ならば殺し合え

       熾天の玉座は、最も強い願いのみを迎えよう――
 』


 声は主の代行者であるかのような言葉を伽藍の檻に響き渡らせた。
 このときの言葉は自分だけに向けられたものではない気がした。
 魔術師同士の殺し合い。願いを叶える杯。
 開けた道には、さらに多くの疑問が渦巻いている。


『 戦いには剣が必要だ。

   それは主人マスターに使える従者サーヴァント

  敵を貫く槍にして、牙を阻む盾

  これからの戦いを切り開く為に用意された英霊

  それが君の隣にいる者だよ
 』


 傍らに佇む黄金の女性に目をやる。
 彼女はどこか虚空から響く声を懐かしむような、興を愉しむように皮肉気な微笑を浮かべている。
 この女性が、サーヴァント。これから背を預け、命運を託す存在。


『 君の決断は、既に見せてもらった。

   その決意を代価とし、聖杯戦争への扉を開こう
 』


 その言葉を耳にした瞬間、全身の痛みが令呪を宿した右手に集約される。
 拳を握り、痛みに耐えようとするが今度の痛みは耐える以前の類のものだった。
 まるで外部から強制終了させられるかのようだった。
 完全に意識が絶たれる間際、あの声の最後の言葉が聞こえた。


『 では、これより聖杯戦争を始めよう。
  いかなる時代、いかなる歳月を流れようと、戦いをもって頂点を決するのは人の摂理。

   月に招かれた、電子の世界の魔術師たちよ。

    汝、自らを以て最強を証明せよ――







Fate/EXTRA  麗しき黄金の君


 第一回戦 第1日 新たな目覚め





 目覚めると見慣れない光景が視界にあった。
 場所は月海原学園にある保健室。あの不思議な伽藍の世界からいつの間にか運ばれていたらしい。
 ほのかに鼻を掠める薬品と乾いた陽の香り。
 意識が途切れる前の出来事がまるで夢幻だったかのように曖昧な目覚めが現実に適応し始める。
 扉の向こうにあった伽藍の世界、行く手を阻むドール、そして黄金のサーヴァント……あれらもすべて夢だったのか?

 しかし、記憶を辿った思考がそれを否定する。
 あれはすべて現実だった。そして今、自分が存在する学校セカイは、見慣れた日常のそれとは違う異質な学校セカイへと変わっていることが理解できる。
 身を起こして周囲を確認する。
 以前から特に利用することのなかった保健室の風景は新たな目覚めも相まって新鮮な印象を受ける。さらにその場に似つかわしくない黄金がにやついた笑みを湛えている姿は現実離れをした状況であることを際立たせ。

「ようやく目覚めたか。吾を前にして寝こけるなぞ不敬にも程があるぞ?」

 言葉ほどに気にしている様子のない笑みがあった。

「貴様がそのような調子ならば吾にも考えがあるぞ?」

 どのようなお考えがあるというのだろうか。

「此度は寝顔を眺めるのみに留めたが、次も隙を見せるようなことがあれば吾が芸術の才を貴様自身に刻み込んでやろう」

 寝顔を間近で見られることすら羞恥に値する。
 それをこの黄金は人前に立つ事にすら羞恥になりえる状態に陥れようというのか。

「何を言う。吾が所有物であるという証を刻まれるのだぞ? 栄誉なことではないか」

 貴方こそ、何を言う。
 寝顔に落書きされることを光栄に感じられるほどの信仰心を初対面の相手に抱けるほどの直感的な感性で生きているつもりはない。
 そう思いつつ、あらためて黄金の女性を観察する。
 登場した瞬間から強烈な印象を齎すその御姿――黄金の鎧と紅い外套も印象的な装いだった。
 が、いまの姿はそのあからさまに時代を感じさせる格好ではない。
 鈍い光沢がある全身を覆う黒いライダースーツ。紅いラインが刺繍された何気に凝ったデザインだ。そして、何故か胸元は臍の辺りまで開かれた状態だ。
 最初に感じた威厳と気品を損なうことなく露わにされた官能的な肢体。
 とりあえずは、ぴったりフィットしたライダースーツのまま目の前で仁王立ちしないで貰いたい。
 いろいろな部分が突き出される状態になっているのでどうにも目のやり場に困る。

「おい、貴様。吾から目を逸らすとはどういう了見だ? 貴様は吾が下僕マスターだ。特別に吾を凝視することを許された存在なのだぞ?」

 光栄に思え、とさらに魅せつけるように堂々とした肢体が接近する。
 こんなエロティックなサービスをするほど、マスターという存在は特別なのだろうか。

「ふん、初心な下僕だ。まあよい。聖杯戦争の本戦はこれからだ。それまでにその呆けた面を改めよ」

 妖艶な色香が鼻腔に染み付くほど接近していた黄金の女性がようやく距離を開けてくれた。
 頬に感じる淡い熱が自分の顔が赤面していたことを認識させる。

「時に、下僕。聖杯戦争のことは理解して参加していような?」

 聖杯戦争――。
 あらゆる願いを叶える聖杯という名の願望機を奪い合う魔術師同士の殺し合い。
 それだけは案内役の声に聞かされた。
 尊き者の血を受けたとされる杯――それを聖杯という。西欧の伝承の端々に現れ、世界各地の伝承にもそれと類似した品が存在するほど世界的にも有名な宝。
 時の指導者たちが求めた奇跡を起こす最高級の聖遺物。
 もっとも真に聖杯と呼ぶべきモノの所在が定かになったことはなく、世に“これぞ聖杯である”と出てくるものは贋物ばかりだった。
 しかし、多くの者は“尊き者の血を受けた杯”を求めたのではない。そこにやどる“願望をカタチにする奇跡”を求めていた。ゆえにその真贋は問題とされず、それが願いを叶える願望機としての能力を宿しているのならばそれは“聖杯”と呼ばれる。
 今回、自分が陥っている状況もそうした“聖杯”を巡る争いのひとつなのだろう。

「そこまで理解できていれば良い。もっとも。此度の戦いは、かつて極東の地で執り行われた聖杯戦争という儀式を模した戦いのようだがな」

 どこか事務的なため息を漏らしながら言う。
 魔術師同士の闘争。その雌雄を決する以上、敗北者は死を避けられない。
 この聖杯戦争の仕組みは単純明快。選ばれた魔術師ウィザードはサーヴァントと共に戦場へと赴き、一騎討ちにて勝敗を決する。

「敗れた者はすべての令呪を失い、命をも失う。まあ吾に敗北などありえないが、下僕の不手際に足元を掬われることはあるやもしれんな」

 挑発するような言葉に自分の右手に宿った紋章のような三画の令呪を左手で握り締めた。
 いまこのときより自分の命運は、そのままサーヴァントの命運にも繋がるという事実に架空の重みが圧し掛かってくる。
 それでも、事実に潰されるわけにはいかない。自分はまだ歩き出したばかりだ。足踏みをするには早すぎる。

「ふん、すでに吾が命運すら背負うつもりでいるというのか? 傲慢だぞ、それは」

 なんと言われようと構わない。
 わけも分からないまま歩み始めた道だ。最初から余力を残そうと考える必要はない。

「身の程を弁える必要もなし、か。まさに背水の陣、理解が及ばぬ状況でも自身の生を余すことなく此度の闘争に注ぎ込むか」

 何が可笑しいのかサーヴァントが子供のような無垢と獣のような獰猛さを併せた笑みを浮かべていた。

「……よかろう。貴様の生、吾がしかと見届けてくれる」

 何が気に入ったのか新しいオモチャを与えられた子供のような声で言う。
 そう言えば伽藍の世界でもおもちゃがどうこうと言っていたのを思い出す。

「それで、貴様。サーヴァントとは何かくらいは理解できているか? ……まさか、それすらわからぬほどの無知とは」

 呆れるような言葉とは裏腹に下僕の無知な姿を愉快に感じているらしい。
 さして嫌がる素振りも面倒がる様子もなしに話してくれた。

 サーヴァントとはこの聖杯戦争でマスターを勝たせるために呼び出された過去の英雄。
 生前に名を馳せた英雄が後の世にまで信仰され、神仏的なものに昇華されたモノが英霊。
 その存在を、聖杯の力によって世界に再現した姿がサーヴァント。元になった聖杯戦争のルールに従って、7つの役割クラスを与えられてサーヴァントは呼び出される。もともとは英霊たちの正体なまえを隠し、召喚の負担を減らすためのシステムだったらしい。
 剣の騎士、セイバー。槍の騎士、ランサー。弓の騎士、アーチャー。騎兵、ライダー。魔術師、キャスター。暗殺者、アサシン。狂戦士、バーサーカー。この7騎が魔術師ウィザードたちに与えられた闘争代行人の仮の名となる。
 このクラス分けは、用途の一本化であり、英霊の全情報を再現するには世界の容量が足りなくなる。クラスに応じた英霊の情報のみを摘出し、カタチにすることで世界全体の処理を軽減する役割もあるという。さらにいえば、クラス名そのものがそのサーヴァントの特性であるともいえる。

「では、唐突に問うぞ。吾がどのクラスであるか、わかるであろうな?」

 試すような視線と共に問われても一発で見事的中、ということにはならない。
 とりあえず、目の前の女性に感じる印象だけははっきりしていたので即答することだけはできた。

「……この戯け! どこをどう見れば吾を騎兵などと間違える」

 いえ、見たまんまですが何か?
 もしかしてこの御方は自身の纏っている服装の意味を理解しないままに着ているのだろうか?
 全力で開かれた皮製のライダースーツは、たしかに本来の役割のために着込んでいるようには見えない。

「吾が宝物庫にも戦車や船の類はある。しかし、それらは此度の戦では使えぬ。クラス名などという些事に拘るつもりはないが、此度の吾はセイバーのクラスを得ている。以後、吾のことはセイバーと呼ぶがいい」

 セイバー……7つの役割の中でも最良のクラスであるという剣の騎士。
 性格やファッションセンスに多少難があり、接し方に戸惑うことも多くなるだろうが、頼もしい味方であることは間違いない。
 伽藍の世界で人形を粉々に引き裂いた力。他の英霊の存在を知らないが、きっとその名に違わぬ実力を持っていることだろう。
 しかし、そうなるとセイバーはどの英雄なのだろう?
 剣に関わる英雄というのはいくらでもいるが、それが女性となると忽ち限定されてくる。
 そうなってくるとセイバーほど傲岸で豪奢な英雄は思い至らない。

「吾が下僕は、この面貌を見知らぬと言うのか?」

 見知らぬもなにも過去の英雄たちと知り合うという奇妙な遍歴はないので、セイバーの顔を見ただけでその名を看破できるはずもない。
 ヒントとなるのは、“黄金”という存在感だろう。それだけを考えれば、黄金の力グルヴェイグの名が思い浮かぶが、グルヴェイグには槍や炎、魔術といったシンボルはあってもセイバーが持っていたような奇怪な剣や鎖は合わないような気がする。しかもセイバーは戦車や船も所有していると言った。グルヴェイグにそのようなシンボルはない。

「吾が真名を察せぬか。その不敬、今は問うまい。吾の名は、いま少し貴様を見極めてから教えてやろう。貴様がそれより先に吾が名に至れば良いのだがな」

 それはセイバーから与えられた課題のひとつ。
 この黄金のサーヴァントは自分を主人マスターと認めていない。聖杯戦争という余興に参加するための切符でしかないのだろう。
 いまはそれでも構わない。
 相手の人となりすら分からない状態でいきなり主従となれ、と命じられても納得できるはずがない。
 何より、セイバーが誰かに頭を垂れる姿など想像もできない。
 マスターとサーヴァントの関係も明確な上下関係である必要があるわけでもない。
 自分には自分の、セイバーにはセイバーの自然体がある。
 それを崩して良好な関係が築けると思うほど無恥でありたくない。

「それでは、吾らの聖杯戦争を始めよう」

 威厳の篭った声を再び胸を突き出すような姿勢で言われても反応に困ります。
 外見だけなら“姫”と呼んでもよさそうな年格好なのだが、身に纏う王者の格とでもいうべき雰囲気は“女帝”という称号の方がしっくりくる。
 そんな頼もしい女王様と共に自分は聖杯戦争という戦いに身を投じることになる。
 自分の置かれている状況すらしっかりと把握せず、自分自身の存在すら理解し切れていない状態だが、新たな門出には十分な祝福がなされていると思う。
 臨むべき戦いは目の前にある。
 望むべき奇跡はこの戦いの先にある。
 だから進もう。迷うことなく、曲がることなく、立ち止まらずに走ろう。

 自分には天下無敵の英雄女王が付いているのだから。




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