迷いの竹林
グリモルディの駆動音が迷いの竹林に響く。その音は力強い。
その両腕にはアルレッキーノとコロンビーヌが抱かれている。人里での戦闘が終わり、取り敢えずその場にいた全員は一旦永遠亭に向かうことにした。
グリモルディの背中には阿紫花、慧音、妹紅、アリスが乗っている。ジョージは神秘の玉を転がしながら走っている。
ドットーレは一月後に、と言った。裏を返せば自動人形達には準備の時間が必要と言うことだ。ならば此方も備えなくてはならない。
アリスがグリモルディの背中から二体の人形を見つめる。アルレッキーノとコロンビーヌは、メディスンの毒で、未だ体の震えが止まらないでいた。
アリスはアルレッキーノが心配だった。
一度、彼と出会って間もない頃、活動を停止しそうになった時の彼の症状と良く似ているのだ。このまま彼が活動を停止してしまうのではと、気が気ではなかった。
「ちょっと、ヤクザ、もっとスピード出せないの!?」
「いやいや嬢ちゃん、コレでも急いでるんですって」
「落ち着かないか、アリス」
慧音に窘められてむっとしたようにアリスは睨み付ける。あの時のアルレッキーノのことを知らない癖に、そう思った。
それを取りなすように阿紫花が口を開く。
「多分でえじょうぶでしょう、前に、他の人形ですがね、こうなった時も時間が経ったらぴんぴんしてやしたし」
「そうはいっても・・・」
「まあ心配なのは分かるけど、慧音が言うとおりちょっとは落ち着けよアリス」
「うう・・・とにかく急いで!」
「へいへい、どうしてこの幻想郷ってのには気のつええのしかいねえのかねえ・・・」
砂埃を上げながら、走るグリモルディの背中を見ながら、横を走るジョージがため息をついていた。
永遠亭に到着すると、アリスが全員を急かして二体の人形を運び込んだ。
「永琳!!にとり!!」
バンとドアを開けて診察室にはいると、ぐったりした顔で突っ伏している鈴仙がいた。かなりの量の患者を捌いてその疲労が如実に出ているようだ。その鈴仙の肩を揺さぶる。
「永琳はどこ!?にとりは!?」
「ちょ、ちょ、ちょ、まってよ私だって疲れて・・・」
「アルレッキーノとコロンビーヌがやられちゃったのよ!」
「コロンビーヌが!?」
後方に控えていた阿紫花が、コロンビーヌの体を鈴仙に見せる。
体が震え、言葉も発せない様だ。
その様を見て青くなった鈴仙が阿紫花からコロンビーヌを奪い取り、今度は彼女がコロンビーヌを揺さぶる。
「ちょっと!どうしたのよアンタ!何とか言いなさい!!」
焦った様子の鈴仙にアリスが言う。
「だから早く永琳読んできて!」
「わ、わかった!」
そっとコロンビーヌをベッドに寝かせてドタバタと鈴仙は部屋を出て行った。
永琳とにとりがやってきて、担ぎ込まれた二体の人形の周りで、ああでもないこうでもないと何か色々と話をしている。にとりに抱えられたパンタローネの首も話に加わっているらしい。
その様を見て、この場で唯一のしろがね、ジョージが阿紫花に驚いた様子で話しかけている。
「本当に人間・・・いや妖怪か、それらから心配をされてるのだな、自動人形が・・・」
「ああー、ジョージは人形が味方ってのは初めてでしたねえ」
「信じられんよ、まったく」
「へへへ」
半ば呆れた様子で甲斐甲斐しく人形達の世話をする少女達を見てジョージは首を振る。しかし、阿紫花はそんなジョージを見てニヤニヤと笑っている。
「アンタがそれを言いやすかい」
そう言うと阿紫花は煙草をくわえる。すると永琳がキッと阿紫花を睨む。
「ここは禁煙!」
「と、とと、いけね」
そう言って煙草をしまう阿紫花を見て、怪訝な顔をしたジョージが問う。
「どういう意味だ」
「あん?なにがで?」
「私の発言の何がおかしいのだ」
「あ?ああ・・・てか自分で気づいてねえんですかい?」
そこに慧音と妹紅がやってくる。
やることが無く暇らしい。妹紅は欠伸をしている。
「何か面白そうな話をしているみたいだな」
「アタシらにも聞かせろよ、阿紫花」
「べぇっつにい、ちょっとした昔話でさあ、なに、アタシと最初に会った時のジョージったらよ、人形壊すことにしか興味のねえ奴でよ、他人になんて全く興味ももたねえ奴でさ」
そう言って阿紫花はにやついた目つきでジョージの顔を見る。
「アタシがゾナハ病でてえへんな事になってたって、仕方がないからとか、いないよりはマシだとかで助けちゃあくれたけどよぉ、基本的にゃ助ける気無かったでしょ?」
「ふん・・・」
阿紫花の言葉を聞いて、慧音が興味深そうにジョージの顔を見る。
少し微笑みながらも、声は意外そうだ。
「ほう、確かに冷静な男だとは思っていたが、そんな血も涙も無い印象はなかったな、あんなに楽しそうにピアノを弾くところも見ているし」
「そうそう!そうなんですよ、昔のジョージからしたらそれこそ信じらんねえや、だからよ、アタシからしたらあの人形どもがここであの嬢ちゃん達と仲良くしてんのもそれ程意外じゃねえのさ・・・それをよ、プッ・・・アンタが・・・ククク」
阿紫花は腹を抱えて笑い出す。
「ひ、ひ、他人の事言えねーっての、ぶふっ!今じゃ音楽の先生やってる癖に!あはははは」
「貴様は・・・・」
「あ、ムキになりやした?」
少し青筋立てて阿紫花に詰め寄るジョージであった。
と、横から欠伸をしていた妹紅が少し真剣な口調で口を出す。
「変わるよ」
「ん?」
「なに、切っ掛けがあれば変わる事なんてそう難しい事じゃないし、おかしな事でもないんだよ」
阿紫花とジョージは驚いた顔で妹紅のことを見つめる。
普段の彼女からは想像も出来ないような言葉だった。
「妹紅らしくねえ・・・」
「まったくだ・・・」
そう二人が呟くと、妹紅は少し怒ったように顔を赤くする。
「なんだよ!あたしが真面目なこと言っちゃいけねーのかよ!」
「いや、駄目じゃねえけど」
「うむ、酒と慧音と蓬莱山輝夜にしか興味がないのかと思っていた」
「酒はともかく慧音ってなんだあ!それと輝夜の名前を出すんじゃねえ!まったく、何度も言ってるけど、あたしの方が年上なんだからな!」
「そう言われやしてもねえ・・・」
「うむ、見た目がな」
あからさまに少女の姿をしている妹紅だが、彼女は飛鳥時代より生きているらしい、それもまたなにがしかの薬の作用によるものらしいが、人形との死闘を繰り返してきたしろがねと、殺し屋である二人からすると見た目と性格も相まって、やはり年相応の少女にしか見えなかった。よく考えれば一番老けて見える阿紫花が一番年下なのだが。
「こ・・のアホ花!」
妹紅は阿紫花のすねをごつんと蹴りつける。
「あいて!?なんでアタシだけ!?」
「うるさい!このアホ花!」
三人のやり取りを見て、慧音が微笑んでいる。
妹紅も随分と変わったものだと思った。昔は殺伐としていた。最近でも人見知りで、他人に冷たかったのは直っていなかったのに、この二人が来てからは、なんだか丸くなった気がする。特にこのだらけきったような雰囲気を持つ阿紫花という男のもつ空気のお陰かも知れない。
それにこのジョージという男は普段は鉄面皮の癖に、寺子屋で子ども達にピアノの演奏をしてやる時だけは驚く程優しい顔をする。その音楽の時間は、慧音にとってが嫌な者ではなかった。
この二人が来てから自分たちの生活が良い方に転がっているのを感じていた。
そんなことを考えてから、ジョージに向けて言う。
「とにかく、あの人形達が味方だと言うことは認識できたんだな、ジョージ」
「ふん、一応な・・・全幅の信用はせんが」
「そうだな、自ら敵を増やすこともあるまいよ、彼女らにとってはあの人形達は、私たちにとってのお前達のような者なのだろう」
「自動人形と一緒になどするな」
すると慧音は首を振りながら答えた。
「頭が固いな、ジョージは」
「お前程石頭ではない」
「そう言う意味じゃ・・・」
「ジョークだ」
無表情にそう言うジョージの言葉に、慧音はクスリと笑った。
多分自分の頭が固くないところを見せてくれたのだろう。どこか間違っている気もするのが、可笑しかった。
「フフ、これはすまなかった、前言を撤回するよ」
「分かればいいさ」
そう言って二人は少しだけ笑った。
阿紫花と妹紅はまだ何やら騒いでいる。
とにかく一応の処理が終わったと言うことで、一同は広間に集められた。
座っているのは、八意永琳、鈴仙・優曇華院・イナバ、アリス・マーガトロイド、河白にとり、その膝にパンタローネの首、上白沢慧音、藤原妹紅、ジョージ・ラローシュ、阿紫花英良である。
コロンビーヌとアルレッキーノはまだ体が動かないが、時間が経てば直る毒であるらしい、一応緩和剤を永琳が作って与えておいたそうだ。てゐは看護室で待機をしている。
その部屋に、スタスタ、と言う足音が響き一人の女性が現れる。
長い黒髪を持つ美しい顔立ちの女性だ。挙措は優雅の一言に尽きる。服装は特に目立ったところもないが、この女性ならば何を着ても似合うだろう。
永遠亭の主、蓬莱山輝夜である。
ふわりと席に着き、各座を見渡し、輝夜は口を開いた。
「皆様、本日は当永遠亭へようこそいらっしゃいました、私は蓬莱山輝夜、此処の主です、お初お目にかかる方々はどうぞお見知りおきを歓迎いたしますわ、約1名は除いて」
その言葉に妹紅がぴくりと反応してガンを飛ばす。
「ああ?にあわねえ言葉つかいやがって、こっちこそおまえに歓迎されたくなんかねえや」
「よさないか、妹紅」
妹紅が慧音に窘められる、その脇で阿紫花がけっけっけと笑っていたら、妹紅にモモをつねられた。それを見てジョージがため息をついている。
「姫様・・・」
「なによ永琳?」
「余りお戯れは・・・」
輝夜も永琳に注意される。ふうと、一つ息をついてから再度口を開く。
「わかったわよ、もう、せっかく決めてみたのに妹紅のせいで台無しだわ」
「てめえから言い出したんだろうが!」
「妹紅!」
注意される妹紅を見て輝夜がけらけらと笑う、妹紅は顔を真っ赤にしている。
「ええと、冗談はこれくらいにして、みんなに集まって貰ったのはもう分かっていると思うけど、一月後に起こる異変に対して、それぞれの立ち位置を確認させて貰おうと思ってね」
そう言うと、輝夜はその美しい眉間に皺を寄せる。
「永遠亭はそのドットーレ?だったかしら、そいつに対して断固として戦うわ」
その様を見て慧音が驚いたように口を開く。
「ほう・・・永遠亭の主はやる気なのか」
そう言われて輝夜はコックリと頷く。
「ウチのコロンビーヌがやられたのよ、主としては放っておけないわ・・・許せない、決して」
そう言うと輝夜は拳を握りしめる。
「プライドもあるけど・・・私の身内に手を出したことを後悔させてあげるわ、もうあの娘は私たちの家族だもの、そうよね、永琳、イナバ」
「姫様のお心の侭に」
「はい、許せません、けっして!」
「永遠亭に手を出した報い、人形だろうが何だろうが、許すわけにはいかない、私たちの全力を持って破壊させて貰うわ」
感心したように慧音は頷く、そして一度ジョージと妹紅に視線を送ってから、口を開いた。
「そうか、私たちもそのつもりだ、里を荒らされて黙っているつもりもないのでな、協力させて貰おう、良いな、ジョージ、妹紅」
一応この二人には念押しした、ジョージはコロンビーヌやアルレッキーノを嫌っているようだし、妹紅に至っては言わずもがなだ。
阿紫花は一番融通が利く。
「仕方あるまい」
「べつにあいつの力なんか借りなく立って・・・」
「妹紅」
「わかったよ・・・・」
肩をすくめて苦笑いをしながら、阿紫花が言う。
「アタシにゃ聞いてくれねえんですかい・・・やれやれ、ところでパンタローネさんよ」
にとりの膝の上に乗っている首に向かって声を掛けた。
「なんだ、アシハナ、久方ぶりだというのに挨拶もせんで」
「こりゃすいやせんね、ま、そいつは良いとして、お宅はどうするんですかい?体もねえ様だが、アンタがいりゃあずいぶんと楽になるんですがねえ」
すると、にとりがパンタローネに代わって口を開く。
「おじーちゃんの体のことなら心配ないよー、すぐに出来るからさ」
「うむ、ドットーレの思い上がりを叩きつぶしてやらんといかん、なればワシ等も協力をするということになろうな」
ヒュー、と口笛を吹いて満足そうに頷く阿紫花、何やらジョージが睨んでいるがそこはスルーしている。
そして、輝夜の横で黙って聞いていた永琳がアリスを見つめる。
「貴女はどうするの?アリス」
アリスは悩んでいた。メディスンが放った自動人形用の毒、あの毒がある以上アルレッキーノやパンタローネ、コロンビーヌを戦闘に参加させるのは如何なものかと。
「私は・・・私は勿論参加するわよ、狙われてもいることだし・・・でも・・・」
「でも・・・?」
「あのメディスン・メランコリーがいるならば、何か対策を考えないといけないわ、人体に対してなら魔力でどうにか出来る事もあるけど・・・人形の治癒は魔力じゃあ・・・」
その言葉を聞いた永琳は、ため息をつきながら頷く。
「そうなのよね、毒と薬って要は同じものだからね、私が何とかするしかないんだろうけど、人形専用の毒ってのは厄介だわ、今回は弱い毒だったけれどあれが強まったら自動人形にとっては厳しいでしょうね・・・まあそこは何か考えてみるわ」
「そうね、お願いするわ」
彼女のバックアップがあればなんとかなるだろうか、アルレッキーノが壊れてしまうことが、何故か妙に恐ろしいことのように思えた。壊されてしまうくらいなら彼には戦わせない、その事も可能性の中に入れておかなくてはならない、そう思った。
一同の意思確認が取れて、満足したように輝夜が手を叩く。
「よし、あとはもっと協力者を募らなくちゃね、その辺は、永琳」
「ハイ、近々八雲紫、西行自幽々子、八坂神奈子と会談を致します」
「よろしい、霊夢にも声かけないとね・・・紅魔館はどうしようかしら?」
すると、アリスが手を挙げる。
「私が行くわ、協力してくれるかどうかは分からないけれど、パチュリーとは知らない中ではないから」
アリスの横に座っていたにとりも手を挙げる。
「あ、あ、じゃあ私が妖怪の山で声かけてみるよ、ひょっとしたら助けてくれるかもしんないし」
輝夜は握り拳を作ってガッツポーズを取っている。
「OK,ううん何だか燃えてきたわね!よし!それじゃあ今日はこれから宴会よ!」
どうしてそうなる、と言う顔でずっこけたのはジョージと阿紫花だけで、後の少女達は馴れた様子である。
「どうしてそうなるんだ・・・」
頭を抱えるジョージに慧音が答える。
「まあ、ここの慣習かな、取り敢えず集まったら宴会というのは」
「いいんじゃねえですかい、固めの杯って事で」
「理解できん」
と、いうことで事の深刻さは置いてきぼりの侭に、宴会へとなだれ込む一同であった。
妖怪の山
滅多に人の入り込むことのない妖怪の山の中に、一軒の家がある。
木造の質素だがしっかりとした作りのその家に、一人の少女と、一体の人形がいる。
「君はどうするつもりなのだ、あの人形の少女は友人なのだろう」
「私は・・・人間に仇なす事は出来ません・・・」
「そうか・・・」
そう言って人形はキリキリと花瓶に挿してある花に手を伸ばす。
その花は、鈴蘭。
人形は、哀しそうな目をして、言う。
「この花をくれたあのメディスンという少女も、輪の中に入りたがっていたのだな、そして君も・・・」
少女は、俯いて答えた。
「でも、それは叶わないことですから・・・」
「孤独とは、恐ろしいものだ、ドットーレ様は、そこにつけ込んだのだな・・・いや、つけ込んだというのとも違うか」
人形は思う、この少女とあのメディスンという娘は自分だと、輪の中に入りたくて入ることの出来なかった自分と同じだと。
「貴方は良いんですか?逃げてきたのでしょう?」
「良いんだよ、あの方はもう壊れてしまわれた、動いてはいるが、壊れてしまわれた少なくとも、フランシーヌ様のために活動していた私からはそう見える、ナイト・ミシェール達のように頭をいじられなかったから言えることだが・・・」
人形は窓から出ている月を見上げる。
欠けたところのない満月が、妙に哀しく見えた。
「雛に危害は加えさせん」
「メディは本当は良い子なんです・・・だから、あの子には・・・」
「ああ、わかっているよ」
手に持った鈴蘭を見つめて、シルベストリはもう一度呟いた。
「わかっている」