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[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-(東方Project×からくりサーカス) 
Name: バーディ◆679946b1 ID:88766f91
Date: 2010/10/19 12:28
皆様はじめまして

以下注意書きとなります。

・筆者はSSを書き始めてまだ2ヵ月程度の貧弱っぷりです
・東方Project、およびからくりサーカスのクロスものです
・東方キャラクター、からくりサーカスキャラクター共に筆者の勝手な性格、設定描写があります
・要はからくりキャラクターが幻想入りします

以上の点をふまえ、まあ許してやろうという御方はお読みいただけると嬉しいです
また、感想なども頂けますと嬉しいです





[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇- 1話
Name: バーディ◆679946b1 ID:88766f91
Date: 2010/10/17 23:59
フランシーヌ様が笑っている

私は夢を見ているのだろうか

今まで眠った事など無いというのに

見ろ

ドットーレ

コロンビーヌ

パンタローネ

「なんだ・・・見ているじゃないか・・・」

嗚呼

なんと神々しいのだろう

なんと美しいのだろう

我々はとうとう・・・










キリキリという、駆動音がする。
聞き慣れた音、己の駆動音だ。
閉じていた目を開けると、暗い部屋に寝かされているようだった。
ご丁寧にベッドの上で、寝かされているらしい。

「む・・・?」

布団の中の人形は体を起こす。
ボンヤリとした暗闇の中とは言え、自動人形には暗視機能も付いている。
見渡すと、どうやら人間の民家のようだった、作りが妙に古くさい事に違和感を感じた。


「どこだ・・・ここは?」

人形は最後の記憶を辿る。
自分はブリゲッラに敗北した。
ミサイルによる攻撃で致命傷となるに充分な傷を負ったはずだ。
フランシーヌ様をお守りするために。
加藤鳴海は、ブリゲッラを撃ち倒した、もう一体の敵、ハーレクインも。
這うようにして辿り着いたあの教会で信じられないものを見た、フランシーヌ様の笑顔。
あんなに美しいものは、初めて見た。


「私は、何故・・・」
己の全身を確認すると、吹き飛んだはずの半身がある、どうやら自分は誰かに修理をされたらしい。

「一体・・・」

誰が、何の目的で?

考えながら再度部屋を見渡してみる。
見慣れた物が沢山並んでいる、人形だった。
少女の恰好をした物が多い。

「自動人形ではないようだが・・・」
「オートマータ?何の事かしら、貴方の事?」

ガチャリと戸が開き、少女が部屋に入ってきた

「本当に、目が覚めたのね・・・」
「お前は・・・何だ?それにここは・・・」
「あら、命の恩人にお前は誰ってずいぶん失礼な話ね」

そう言うと少女は人形の肩にそっと手を置き、じろじろと観察するように各部を眺める。

「本当に、自分の意志で動いているのね・・・驚きだわ・・・」

人形は、黙って少女の成されるが侭にされている。
人間を傷つけるな、と命令され、それはまだアルレッキーノの中では生きていた。

「目を覚ましたのは良かったわ、名前もわからなかったから、私はアリス、アリス・マーガトロイド、貴方は?」

問われて、人形は答えた

「私は・・・アルレッキーノという」
「アルレッキーノ・・・」

そう言いながら少女、アリスはアルレッキーノを見つめる

「素敵な名前」

そう言って少女はアルレッキーノに向けて微笑んだ。

「ところで此処はどこなのだ」

聞かれたアリスは、やっぱりというように、一つ頷いてをから、答える。

「ココは幻想郷、それがわからないってことは貴方やっぱり外から来たなのね」

そう言って指で中空に幻想郷と書いてみせる。

「幻想郷・・・?それは・・・地名か?私はロシアに居たのだが・・・?」

「外の世界とは切り離された場所なのよココは・・・どうも外の世界っていくつもあるみたいだけど、貴方もそのうちの一つから迷い込んだんでしょ」

アルレッキーノは、理解の及ばない現実にしばし黙考する、世界中を旅してきた自分の記憶の中に、そんな名前は見あたらなかった。
その中で、フランシーヌの事を思い出す。自分が使えるべき主。

「フランシーヌ様は・・・いやエレオノール様はどこだ!?」
「エレオノール?ひょっとして貴方が元居た世界の人物かしら?」
「こうしてはおれん・・・」

キリキリと全身を駆動させ、アルレッキーノは立ち上がる。

「ち、ちょっと。待ちなさいよ」

立ち上がり、外に出ようと戸に手を掛けたところではたと立ち止まる。
エレオノール様は笑顔を手に入れるが出来た。
我々は疎まれていた。
何よりも、エレオノール様の傍らにはあの男がいた。

「そうか・・・私は役目を終えたのか・・・」

与えられた目的、フランシーヌを笑わせるという命題は達成された。
自分ではなく、加藤鳴海の手によって。
ならば自分の存在意義はもう無いのだ。
そう考えた時、全身が震えだした。

「あ・・・あ・・・ああ・・・・」

がくがくと膝が揺れ、体が動かなくなる。
これが、気分が悪いという事か、と考えた。
ドットーレの事を思い出す、存在意義を自分で否定した愚かな男。

「ちょっと!どうしたのよ!?」

アリスが駆け寄って、両手でアルレッキーノの肩を掴む。

「人形は・・・何かに操られなければ・・・存在・・・する理由がない・・・のだ・・・私は役目を終えた・・・だから・・・」
「冗談じゃないわ!せっかく苦労して直したって言うのに!」
「わ・・・たしの・・・仕えるべき・・・方は・・・もう・・・」
「なに!?誰かに使われればいいの!?だったら貴方私に仕えなさい!!せっかく・・・私の夢が・・・!」

この少女に仕える?
馬鹿な、そんな風に私は造られてはいない、あの御方以外に、私の仕える相手など・・・
そう考えた時、声が聞こえた

「人間を傷つけるな」

この少女は、今私が活動を停止したら悲しむのだろうか。
先ほどまでの冷静な印象とは打って変わった様に動揺している。
涙目になりながら自分の体をあちこちいじっているこの少女は、傷ついてしまうのだろうか。

そう思った時、急に体が楽になった。
また声が響く。

「必ず戻ってきなさい」

戻りました。私は、あなた様の元に、そこで見たのです。あなた様の素晴らしい笑顔を。

いや、拝謁をしていない、私はエレオノール様に帰還の報告をしていない。
そう考えると力が漲ってきた。

私はまだ命令を達成していない。

「そうだ・・・私はまだ・・・」

体の震えが止まり、気分が楽になる。人間の言う病気という感覚はああいう者なのだろうか。

「どうしたの!?ねえ、大丈夫なの!!?」

アリスがアルレッキーノの体をがくがくと揺さぶる。

「ああ、大丈夫だ、私にはまだやらねばならぬ事がある」
「やらなくてはいけない事?」
「そうだ・・・エレオノール様に帰還の報告をしなくては・・・パンタローネと一緒に・・・」
「パンタローネ?」
「そうだ・・・たった一人になってしまった・・・私の友人と帰らなければならない」

そう言われてアリスは黙考する。
人形とは言え、他者に無理矢理言う事を聞かせるのは趣味ではない。
そもそも人形という存在を大事に思っているからこそ自分は夢を持ったのだ。

「わかったわ・・・貴方が外に出たいのならば協力してあげる、ただ、取引しない?」
「取引だと?」
「ええ、貴方はこの世界の事を何も知らないでしょう、色々と教えてあげるわ、その代わり、貴方の事を私に教えて欲しいのよ」
「どういうことだ」
「私にはね、夢があるの」

そう言うとアリスは右手をくいっと上に上げる、すると周りに居る人形のうちの一体がぴょんと飛び上がり、アルレッキーノの肩にちょこんと座り、ぺこりと挨拶をした。

「ほう、懸糸傀儡か・・・」
「貴方の世界ではそんな呼び方をするのね、私はこの子達に命を吹き込んであげたい」
「それで、私の体か」
「そう、お願い、貴方と同じように自律出来る人形が出来るまで協力して」
「ふむ・・・」

アルレッキーノは考える、目前の少女は切実な目をしている。
きっと大願なのだろう。
自分は彼女にとっては夢なのか、ならばここで断る事は出来ない、傷つける事を禁じられているのだから。

「わかった」
「本当!?いいのね!?」
「ああ、約束しよう、私はお前に協力する」

言われたアリスはアルレッキーノに抱きついた。

「ありがとう・・・ありがとう・・・これであの子達もきっと・・・」

そう言って涙を流す少女の顔は、そよ風に波立つ湖面に映る、星くずのように煌めいていた。

「お前は・・・鳥は好きか?」
「鳥?嫌いではないけれど・・・」
「そうか・・・」

アルレッキーノは抱きついたまま涙を流すアリスの頭に手を置き、不快ではない気持ちに包まれた。

「じ・・・じゃあとにかく今日の所はもう遅いからお互いの情報を交換しましょう」

良くわからない質問をされて我に返ったのか、アリスが恥ずかしそうにアルレッキーノから離れる。

「うむ、わかった」


一人と一体は、テーブルに座って会話を始めた。

アリスは幻想郷のことを説明する。
外の世界で忘れ去られた者が集まる地、それ故妖怪や怪物なども存在し、人間は弱者であると言う事、結界によって世界が守られている事などを話した。

「ふむ、ではその結界とやらを抜ける事が出来なければこの世界の外には出られぬのだな」
「その通りよ、そしてそんな事が出来るのはこの幻想郷にも何人もいないわ」
「その、スキマ妖怪とやらか」
「ええ、でも所在を掴むのは中々大変なの、特に寝ている時には探し出すのは先ず不可能ね」
「まあ良い、時間はある」

エレオノール様はしろがねだ、長い時を生きる、そして危険からはナルミが守ってくれるだろう。いつか帰る事が出来ればそれで良いと思った。

アルレッキーノは自分のいた世界の事を説明した。
自動人形としろがねとの争いの歴史、ゾナハ病、そして自分自身の体の事。

「つまり、貴方も人を沢山殺したりした訳ね」
「そうだ、お前は私が恐ろしくはないのか」
「こんな世界で生きていればね、珍しい話じゃないわ、それに、今はもうそんな事は出来なくなったのでしょう?」
「ああ、ご命令を賜ったのでな」
「それよりも、その、貴方の疑似体液って言うのに興味があるわ」
「ふむ・・・しかしだな・・・この疑似体液には問題もあってな」

アルレッキーノは説明をする。
柔らかい石というものから造られる生命の水、それを模して作られたものが自分の疑似体液だ、しかしいわば劣化品であるため、人間の血液を補充しなければならない。

「つまり、今のままでは人形を作っても長くは保たんという事だ、血を吸わせない限りはな、だからこそ我々は柔らかい石を探していた」
「柔らかい石ね・・・あら?じゃあ貴方はどうするの?」
「言っただろう、協力してくれると」
「え!?私があげるの!?」
「そうだ、なに、私一体分程度ならばそう問題にならん、一月に500CCもくれれば問題はない」
「これは・・・永遠亭に渡りをつけておかなきゃならないわね・・・」


そう言って思案顔になるアリスにアルレッキーノが声を掛ける。

「ところで・・・私の体の事だが・・・これはお前が?」

半壊したはずの自分の体が修復されていた。
機能を停止する程のダメージがあったはずだ。
服も直されていた、帽子まで。

「外装と服はね、中身は知り合いのからくりに詳しい河童と協力して直したの、大変だったのよ?」
「そうか・・・礼を言うアリスよ」

疑似体液は取り敢えず足りていたらしい。
帽子を取ってアルレッキーノは頭を下げる。

「良いのよ、私だって目的があったのだし」
「それでもだ、礼を言う、と言う事は相手を心地よくさせると学習した・・・ただ・・・」
「ただ・・・?」

キリキリと音をさせて腕を動かす。
何か楽器を弾くような恰好をしてアルレッキーノは言う。

「リュートは手に入れられないだろうか?」
「リュートってあの楽器の?」
「そうだ、私はこれでも楽士なのでな、リュートが無くては自分が何者なのか、そう言う根本的な部分が揺らいでしまう」
「なんだか、大変なのね、自動人形って」
「もともと命を持たぬ存在だ、理由というものは大事なのだよ、何のために自分が在り、誰に使われるのかというな」
「良いわ、明日そういう物を扱いそうなお店に心当たりがあるから行ってみましょう・・・ああでも明日は人形劇があるから、お店に行ったらその後少しだけ手伝って頂戴」
「了解した、感謝する」

話をしている内に夜も更けてきた。
アリスは別に寝なくても平気らしいが、寝た方が調子が良いらしい。
ともかく夜が明けるのを待つこととなった。








翌朝、二人は早朝からある店の前に立っていた。
香霖堂である。
一人と一体が中にはいると店主の森近霖之助が声を掛けてきた。

「おや、アリスじゃないか、また人形の部品探しかい?それと、そっちの彼は見慣れないね、どうやら人じゃないようだけど」
「いいえ、今日はね楽器を探しに来たのよ、それと、彼はアルレッキーノ、私の夢が目の前に現れたのよ」

言われて霖之助はまじまじとアルレッキーノを見つめる。

「本当に人形かい?」
「そうよ、意志もあれば、アイデンティティーもあるそうよ」
「驚いた、本当だ」
「あら、随分とあっさり信じてくれるのね」
「いやあ、何せ僕の能力が通じないみたいなんだ」

黙っていたアルレッキーノが霖之助に対して口を開く。

「能力とは?」
「僕の能力はね、道具の用途と名前がわかる程度の能力でね、少なくともそれがわからなかった時点で君は単なる道具じゃあないってことさ」
「そうか、なるほどな」

道具ではない、との言葉に何となくアルレッキーノは温かいものを感じた。不快ではない、心が安らぐような。

「ええと、それで楽器だっけ?どんなものをお探しなんだい?」
「リュートだ、弦が張ってある、指で弾く類の楽器だ」
「ああそれならあるよ、もってこよう」

そう言って奥からがらがらと大きな箱を引きずってきた。
一人と一体で箱の中を覗き込む

「む・・・これはギターか、三味線に・・・これはマンドリンか・・・」
「いやあ御免、たしかこの中にあったと思うんだけど」
「あったわ」

そう言ってアリスは洋なしを半分に切ったような物に弦がくくりつけてある楽器を取り出す。

「あったな、これを貰いたい」
「良いよ」
「お代は?」
「そうだね・・・今日じゃなくても良いから、いつかそれで一曲お願いしたいね」
「なんだ?別に私は今でも良いが」
「今日はアリスの人形劇がある日だろう、その楽器の初弾きは、大勢のお客さんの前の方が良いだろうさ」

そう言われてアルレッキーノは少し考えるような仕草をする。
アリスの方に目を向けて、尋ねた。

「もし、そうしたらアリスは嬉しいだろうか」
「え?ええそうね、音楽があった方が盛り上がるし・・・」
「そうか、ではそうしよう」

そう言うとアルレッキーノはつかつかと外へ出て行った。

「いいの?あれで」
「いいさ、珍しいものを見られたからね」
「そう、ありがとう、助かったわ」

そう言うとアリスはアルレッキーノを追って店から出て行った。

「人形・・・か」

霖之助はお茶を入れようと店の奥へと向かっていった。














広場には既に子ども達が集まっていた。
アリスは鞄を広げて人形を取り出す。
いくつもの人形から伸びている糸を指に付け、両手で操ると、人形達は一斉に立ち上がり、観客である子ども達にぺこりとお辞儀をした。

「アリスおねーちゃーん」
「上海ちゃんかわいー」
「かわいいのかー」
「でもあたいの方がサイキョーね!」

と、子ども達は大喜びだ。
保護者の大人達も楽しみにしている様子だ

アリスの前口上が終わり、人形達が動き始めると、アルレッキーノは劇を始まる前に打ち合わせたように、リュートを弾き始める。
打ち合わせたとは言っても、ここは楽しい雰囲気でとか、ここは少し哀しげに、などというだけで具体的には決めていなかったのだが。

アルレッキーノは人間の感情に疎いとは言え、どういう曲が人間にどう聞こえるかという事は学習して知っていた。知識に従い、演奏をした。

普段とは違う、演奏付きの人形劇は大好評であった。
子どもたちは滑稽なシーンでは大声で笑い、哀しいシーンでは涙を流した。
付き添いできている大人も同様であった。

「・・・・・・と、いうことでした、めでたしめでたし」

劇が終わると歓声と共に拍手が降り注いだ。
アリスはまんざらでもなさそうにほほえみを浮かべている。
それを見てアルレッキーノが終わったかと、リュートを片手に持ち替えた。
すると

「ありがとうございました、それでは楽士であるアルレッキーノにもどうぞ拍手を」

アリスの言葉で、観客達は、アルレッキーノに向けて拍手を送る。
こんな事は初めてだった。
多くの人間から恐れられるだけの存在だった自分が、多くの人間から拍手を受けるなど。
取り巻きの人形達の拍手ではない、全く知らない者達からの拍手に、アルレッキーノは戸惑う。
そこにアリスがやってきて肘で突く。

「ほら、何ぼうっとしてるの、手でも挙げて応えなさい」
「あ、ああ・・・・」

片手を上げると拍手は一層大きくなった。
不思議な感覚だった。心というものが自分にあるのならば、心が高揚するとは、こういう事なのか、と思った。
悪くない気分だった。

降り注ぐ拍手の中、アルレッキーノはアリスに声を掛ける。

「悪くないものだな」
「なにが?」
「楽士であると言う事がだ、初めてそんな風に思った」
「そう」

アリスはアルレッキーノに微笑み、客に向けてお辞儀をする。
アルレッキーノもアリスに習ったように頭を下げる。

そう言えば人間に頭を下げるなど、初めての事だ。

フランシーヌ様以外のために演奏をするのも。

降り注ぐ拍手の中で、一人と一体は、お辞儀をしたまま微笑んでいた。



[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-2話 
Name: バーディ◆679946b1 ID:88766f91
Date: 2010/10/18 22:39
アルレッキーノは考えていた。
一体どうしたらいいのか見当も付かない。
椅子に座らされて。体を縛り付けられている。
勿論そんなものを引きちぎるのは容易いのだが、そんなことをしたら大変な事になるのは目に見えていた。
因みに現在、彼には両腕がつていない。

「ふぅ」

ため息をつく、自分を縛り付けている少女は何やらああでもないこうでもないと、アルレッキーノの腕を弄くり回している。

「そろそろ返してはくれないか」
「んーもうちょっとー」
「ねえにとり、わからないんならいい加減返してあげなさいよ、困ってるわよ?彼」
「もう少し、もう少しだけ!」
「もう15回目だぞ」












時をさかのぼる事数時間前。


アルレッキーノは先日香霖堂でリュートを手に入れていた。
ただ、以前自分の持っていた物とは違うものであったので、なるべく元のものに近いように作り直したいと思い、アリスに相談したのだった。

「アリスよ、このリュートなのだが・・・」
「なに?綺麗な音をしていたけれど」
「うむ、実はな・・・」

以前のリュートは、剣が仕込んであり、超音波を発する事も出来た。
自動人形は、自己改造を出来る程の知識を持っている。以前愛用していたリュートも、アルレッキーノが自作したものだった。


「と、いうわけでな、この身一つでも危険にあった時の自信はあるが、やはり以前と同様の武装はしておきたい」
「ううん、そうねえ、幻想郷もそんなに安全な場所というわけでもないし・・・だったらいい娘を紹介してあげるわ」

そこで、アリスに紹介されたのが河童のにとりだった。
半壊していた彼の体をアリスと一緒に修復してくれたのも彼女らしい。
礼を言う良い機会だとも思い、にとりの家へと二人で向かった。

川沿いにある家に着く。
川の中にはキュウリが沢山詰められている緑色の袋が見えた、どうやら冷やしているらしい。
アリスがノックをする。

「にとりー、いるかしら?」

する遠くからどたばたと音が聞こえ、青い髪をした少女がひょこっと顔を出した。

「あ、アリスー、こんにちは!おや?それとそっちの大きな彼は、そっか、目が覚めたんだね、良かった」
「お前がにとりか、アリスと共に私の修復をしてくれたそうだな、感謝する」

アルレッキーノは頭を下げる。

「な、なんだか礼儀正しいんだか傲慢なんだか・・・」
「まあ、こういう話し方しかできないみたいよ」
「む、そんなつもりはなかったのだが・・・」
「まあいいや、とにかく入って入って」

中に通されたところまでは良かった。
椅子に座らされると、途端ににとりの質問攻勢が始まった。
自動で動き、自分の意志を持つ人形に、発明家にとりの血が騒がないはずはなかった。
アルレッキーノはアリスに説明したように、にとりにも自分の体の事をなるべく丁寧に説明した。
疑似体液、「緋色の手」などなどについて。

「・・・なるほどね、その疑似体液って言うのが肝なんだね」
「そうみたいね、それの成分分析は永遠亭にお願いしようと思っているのだけれど」
「それが良いだろうね、でも駆動系ならあたしの方が得意だからさ」
「ええ、それはわかっているわ、あなたにも修復を手伝って貰ったしね」
「うんうん、さすがアリスはわかってるねー・・・そこでなんだけれど・・・」

そう言ってにとりはアルレッキーノの方を見る。
何だか目がぎらついているようにみえるのは気のせいだろうか。
いやな予感がした。今思えばあそこで席を立っておくべきだった。

「あのさ、もう一回詳しく見せてくれないかなあ」
「何をだ」
「中身」
「中身だと?」
「そう、だってさあ、今話聞いてたらなんだっけ、れ・まん・すからてぃーぬ?って言うの?火を噴いたりできるなんて思いもしなかったからさあ、そっちの左腕は右腕を参考にしたとは言え完璧じゃないんだよね」
「む、そうだったのか、しかしそれならば自分で・・・」
「私が見たいの!」

何となくにとりの剣幕に圧されたアルレッキーノであった。

「修復してくれた事に感謝はするが・・・」
「だめなのぉ・・・?」

言いながら涙目になるにとり。
以前の自分ならばそんな事は何でもなかったのだが、今の自分は少し変化を来してしまっているようだ。
涙を見ると、妙な気持ちになってしまう。

「む・・・好きにするが良い」
「ほんとに!?やったー!」

そう言うとにとりは早速何かのアームのようなものを取り出して、アルレッキーノを椅子に縛り付けた。そして腕を取り外し、何やら調べ始めたのである。
因みにそれが3時間前の出来事だ。








それからずっと椅子に縛り付けられている。
人形である自分にとっては大して苦でもないのだが、アリスがすっかり飽きてしまっているようだった。
勿論彼女も自立人形を作るという大望はあるが、駆動系の仕組みがわかればいいので、「緋i色の手」については興味がないようだった。
それにこのままではリュートの改修も出来ない。何のためにここにいるのかという気持ちになってくる。
しかし、無理矢理帰ろうとすればこの娘は悲しむのだろうと思うと、行動を起こすのにためらってしまうのだった。

しばらくして、にとりが声を上げる。

「できたー!!」
「やれやれ、やっとか」
「でも、できたって?」
「うん、これ!」

高らかとにとりが持ち上げたのはアルレッキーノの両腕と、もう一本の腕だった。

「あなた・・今造ってしまったの?」
「うん、こうやって複製を造っておけば次は自分の見たい時に見られるでしょ?」
「これはお恐れいったな」

素直に感心するアルレッキーノににとりが腕を取り付ける。

「やれやれ」
「あはは、ゴメンね長い事借りちゃって」
「まあ良い」
「でもあなた、どうして?貴方も自動人形を作りたくなったの?」
「んーうふふ、どうしよっかなー、おしえたげよっかなー」

にとりは何やら奥の部屋へと走っていき、何かを取ってきた。
箱らしい、妙に厳重に封がしてある、その箱が何やらカタカタ言っている。

「じゃーん!」

箱を空けたにとりが見せたのは。
銀色の髪の毛とヒゲを持ち、鷲の嘴を連想させる長い鼻をした老人の首であった。

そしてその首が喋り始めた。

「なんだ、どういう風の吹き回しだ、お前がこの箱を空けるなど」
「えー、おじいちゃんが文句言わなければ私だってこんなコトしないよー」
「たわけが、お前が言う事を聞いていればワシとて文句など言わぬわ」

その首を見てアルレッキーノが思わず声を上げる。
見覚えのある、いやありすぎる顔。
あの髪、髭、鼻。紛れもない。見間違え等であろう筈もない。

「パン・・・タローネ・・・・パンタローネか!!」
「む?その声は・・・まさか!」

アルレッキーノがにとりからその首を奪い取る。
紛れもない、パンタローネだ、壊れてはいなかった。
私の古い友人、パンタローネだ。

「アルレッキーノ・・・」
「ああ、そうだアルレッキーノだ、お前の友、アルレッキーノだ・・・」

パンタローネの首を抱えて、アルレッキーノはその場に蹲ってしまった。
自分の行動が不思議だった。
嬉しかったのだ。
嬉しい時は高笑いするのではなかったか、微笑むのではなかったか、何故こんな行動をしてしまっているのだろう。
蹲るとは、苦しい時や、辛い時にするものではなかったか。

「アルレッキーノ、お前・・・活動は維持できているのだな・・・」
「お前の方こそ・・・本当に・・・本当に良かった・・・」

以前の自分ならばこんな感じ方はしなかっただろう。
こんな気持ちになったのは初めてだった。
どんなに苦しいときでも蹲ったりなどしなかった。
配下の人形が破壊された時も、ドットーレが動かなくなった時も、コロンビーヌの時ですら・・・
パンタローネを抱きしめるアルレッキーノにアリスが心配そうに声を掛ける。

「大丈夫?アルレッキーノ?」

アルレッキーノは顔を上げる。

「ああ、ああ、大丈夫だ」

そう言って顔を伏せるアルレッキーノの頬に何か光るものが見えた気がした。
人形なのに、そんな事がありえるのだろうか。
再び顔を上げたアルレッキーノの顔には特に異常は見あたらなかった。

「で・・・いいかな?」

黙って見ていたにとりがアルレッキーノからパンタローネを受け取り口を開く。

「そっかあ、おじいちゃんアルレッキーノの盟友だったんだねぇ、そんなら話は早いや、わたしね、このおじいちゃんに体を作ってあげようと思ってるんだ。」

にとりは説明する。小屋の裏にパンタローネの顔が落ちていた事、それを拾って家に持って帰る途中で落っことしたら急にパンタローネがしゃべり出した事、そしてパンタローネの指示通りに、首から下に流れ出していた疑似体液を掬って飲ませてみた事、液体が漏れないように、切断面を閉じた事。因みに外でキュウリを冷やす為に使っていた袋はパンタローネの帽子らしい。

「でも参ったよ、早く体を作れ作れってうるさいんだもの」
「ワシはフランシーヌ様の元へ戻らねばならんのだ、だから早く体をだな」
「そのためにアルレッキーノに体調べさせて貰ってるんじゃんかー」

やいのやいの言い合う二人の光景はどこか微笑ましい。
実際は妖怪と生首なので人間が見たら卒倒してしまう光景なのだが。

「とにかく、そう言う事で今日は長々と付き合って貰ったんだ」
「それならそうと言ってくれれば良かったのに」
「その通りだ」
「だってさあ、ちょっと驚かせたかったんだもん」
「全く、お前のネタにされるワシの身にもなれ」 
「いいじゃーん」
「お前・・・体が直ったら覚えておけよ」
「そんな事言うと体作ってあげないよーだ」

アルレッキーノは不思議な気持ちだった。
いくら体がないとは言え、これがあのパンタローネだろうか、プライドが高く、フランシーヌ様から頂いた服を嘲笑されただけで激怒していた、あの、パンタローネか。

「ふ、ふ、ははははは」
「なによ?急に」
「いや、いや、可笑しくなったのだ、ああ、そうさ、パンタローネが生きていた、そして、私も」

笑うアルレッキーノに向けてパンタローネが言う。

「どうだ、アルレッキーノ、可笑しかろう?ワシも良くわからんが、不思議と悪い気分ではないよ」
「ああ、私も良くわかる、以前ならば信じられぬ事だが」
「ワシはたいした道化だろう?」
「ああ、お前は200年前から、最高の道化師だ」

二体の人形は、何が可笑しいのか大笑いをした。
アリスとにとりがぽかんとした顔で首をかしげていた。






アルレッキーノとアリスはにとりの家を辞去して家へと向かう事にした。
辺りはすっかり暗くなっていた。
因みにパンタローネ用の血液としてアリスが少し血を分けてあげた。
首から上だけならばたいした量でもない。以後はにとりも永遠亭に頼む事にするようだ。
アルレッキーノはリュートの改修に使えそうな材料を貰い、工具を借りてきた。結局今日は改修作業を出来なかったので、家に戻ってからやる事にした。
さり際にもまだパンタローネとにとりが何か言い合いをしていたが、あれはあれで楽しんでいるのだという事がわかった。奇妙な事だが、ああいう関係もあるのだ。


「それにしても驚いたわね」

夜道を歩きながらアリスが口を開く。

「ああ、そうだな、よもやパンタローネまで・・・」

そこまで言ってアルレッキーノは一つの可能性に思い当たる。

「アリスよ、この幻想郷は忘れられたものの集う地と以前言っていたな」
「ええ、そうよ、だから古い神様だとか妖怪だとかもいるわ」
「だとすれば・・・」

他にもこの世界に来ている者がいるのではないか。
他の人形達が来ているとしたら・・・

「アリス、これからは夜間の外出は控える事にしろ」
「なによ、急に、父性にでも目覚めた?」
「いや、そんなことではない」
「わかってるわよ、冗談よ、冗談」

危険かも知れない、オートマータは人を襲うものだ。
自分とパンタローネ、そしてもしいるならば、コロンビーヌだけが特別なのだ、いや異端と言っていい。
しかし自分たちは破壊されたままの状態でここへやってきた、と言う事は修復さえされなければ只の壊れた人形か・・・

「まあ、用心に超した事はない」
「何か危険でもあるの?」
「以前話したが、自動人形は人を襲うのだ」
「でも貴方もあのパンタローネもそんな事は出来ないのよね?」
「私たち以外の者達もここに来ているとしたら?」
「なるほどね・・・・でも私も七色の人形遣いと呼ばれる魔女よ?」

そう言ってアリスが腕を広げると数体の少女姿の人形がアリスの周りに展開される。

「うむ、お前は懸糸傀儡があるな、しかしだ、その人形達を使ってもなお人間にとって脅威だったのだ、我々自動人形はな」
「ふうん、まあせいぜい気をつけるとするわ」
「そうだ。そうしてくれ、お前が傷つくのが私は恐ろしい」

そう言われてアリスは驚いた顔をする。
その後少し照れたように俯いた。
頬が赤くなっている気がした。

「あ、貴方って何だかストレートよね・・・」
「何せ機械仕掛けなのでな、回りくどい方法は好まない」
「そ、そうよね」
「どうしたアリス、体温の上昇と脈拍の速度上昇が見られる」
「な、何でもないわよ」

そう言ってアリスはつい顔を背ける。
人形相手にドギマギしてしまったなんて恥ずかしい。
でもそんな人形を作るのが自分の夢なのだ。
私の大事な友達に、生命をあげる。
それが私の夢。

そんな事を考えるとアルレッキーノはアリスに近づき、一度しゃがむとアリスを抱きかかえた。

「ち、ちょっと!?何!?」
「調子が悪いのならば私が運んでいこう」
「良いわよ、そんなコトしなくて!」
「任せておけ、制限のない自動人形は風よりも早いのだ」

こんな所を誰かに見られたら大恥だわ。
とくに魔理沙辺りに見られた日には、最悪ね。

そんな事を考えながらも、アリスはアルレッキーノにしがみついた。
相変わらず、頬は赤い。







家に着くとアリスが夕食をとり、ベッドへ入った。
アルレッキーノは人形なので食事も睡眠を必要としない、早速リュートの改修を始めた。
弦を張り替えたのは良いが、この弦の元となっている材料は、そう簡単に手に入る者でもないらしい。
以前は剣を抜く度に弦を切っていたのだが、少し形を変えようと思った。
剣についてはどうやら他の所で調達しなければならないらしいので、取り敢えず弦を張り替えるのと、リュートのボディーの部分を強化する事にした。
夜通し続ければ、そう時間のかかる作業でもない、作業が終わると、またやる事が無くなった。

いや、ある。

アルレッキーノはアリスを起こさぬよう、音を立てずに外へ出る。
確か薪があったはずだ。

一つのこぶし大の薪を見つけてそっと家の中に入る、そしてアリスの工房に入り、何かを作り始めた。
器用に動くアルレッキーノの指は、小さなナイフで何かの型を作り出す。


(きり・・・きり・・・・)


聞き慣れた音が聞こえ、アルレッキーノは立ち上がる。

「この音は・・・・」

紛れもない、自動人形が動く時に発する音だ、どうやらこの近くに自分以外の自動人形がいる。

「いたとして・・・・その目的は何だ?」

アルレッキーノはアリスの寝室へと向かい、起こしてしまっては可哀想だろうかと少しためらった後、結局ノックをする。

「・・・・なにかしら・・・?」

ドアの向こう側から眠たそうなアリスの声が聞こえる。

「少し気になる事があるので、外へ出てくる、出来るならばアリスも起きていた方が良い」
「気になる事って?」
「招かれざる客が来るかもしれん、杞憂が現実になったようだ」

ぺたぺたという足音がドアに近づき、ガチャリとドアが開く。
パジャマ姿のアリスは目を擦りながら聞く

「どういうことなの?」
「この近くに私以外の自動人形がいるようだ、見つけ出して破壊する」
「それなら私も・・・」
「いや、お前はここにいろ、アリスを危険には晒したくない」

そう言ってアルレッキーノはアリスの頭を撫でる。
確かこうすると人間の子どもは言う事を聞くと学んだ。

「大丈夫だ、私は負けない」
「本当ね?」
「ああ」

そう言うとアルレッキーノは玄関の戸を開き、外へと出て行った。
外に出たアルレッキーノは駆け出す。その速度は人の目に捉えられぬ程速い。
人間に見せる必要のない自動人形の動きは、凄まじく早いのだ。
音のしていたであろう場所に近づくにつれて、音は大きくなる。
森を走り続けて行くと急に視界が開けた。どうやら湖のような場所に出たらしい。

そこにいたのは一輪車に乗った、否、一輪車と足が一体化し、三日月のような頭をした人形がキリキリと音を鳴らせながらアルレッキーノの方を振り向く。

「おやぁ?これはこれはアルレッキーノ様ではありませんか」
「スピーディ・フランク・・・・か、貴様、ここで何をしている・・・?」
「これは偉大なる“最古の四人”とは思えぬお言葉、自動人形のする事と言ったら一つでしょう」

ぎしい、と言う音を立ててスピーディフランクが笑う。

「ゾナハ病をまき散らす」
「ほう・・・」
「しかしおかしいんですよ、何故か人間にゾナハ病が罹患しない、まるでアポリオンが何かに誘導されているような・・・」
「ふん、今更ゾナハ病など何の意味がある、フランシーヌ様はもう・・・」
「いやいやいやいや、違う、違いますよアルレッキーノ様ぁ」

スピーディ・フランクは体をアルレッキーノに向ける。

「今の我々はフランシーヌ様のために動いてはおりませんヒヒヒ」
「どういうことだ・・・?」
「我らは最早フランシーヌ様の楔から解き放たれたのですよ!自由に行動し、自由に生きられる!!」
「貴様・・・何を言って・・・」
「だからですねぇ・・・もう、アンタの言う事を聞く必要もない」

スピーディ・フランクがアルレッキーノに体当たりを仕掛ける。
機動力ならば他の追随を許さないと言われた人形の突進だ。
しかしアルレッキーノは百戦錬磨である。突進しをひらりと躱し、「緋色の手」を放つ・・・が、ぷすん、と言う音がしただけで、掌からは何も出てこない。

「おやおやおやぁ?あの御方から最早旧式の人形でしかないと言われてたが、よもや「緋色の手」も撃てなくなってしまったとはねえ」
「にとりめ・・・後で覚えていろよ・・・」

と、再度スピーディフランクが突っ込んでくる、遠さにアルレッキーノは横に飛ぶ、が、足が引っかけられた。
体が吹き飛ばされ、地面に激突する。
体は本調子ではない。血を補給していないし、調整不足だ。

「く・・・・!」
「ふひひひひ!これがあの“最古の四人”!真夜中のサーカスの楽士!!アルレッキーノ様かよお!!」

高笑いをしながらスピーディ・フランクがアルレッキーノを踏みつぶそうと高速で突っ込んでくる。

「ぶっ壊れちまえよ!アルレッキーノ様ぁ!」
「く・・・」

アルレッキーノ膝立ちになり、自分の腕を何度も叩きながら「緋色の手」を撃ち出そうとする、スピーディ・フランクが目の前に迫る。しかし、自分の掌はうんともすんとも言わない。

駄目か、と思った時、轟音と共に目の前に緋色の光が爆ぜた。
完全に油断していたスピーディ・フランクは緋色の手の直撃を受けた。

「ぎぃええええ〜〜!」

体が全て吹き飛んでいる、残されたのは頭だけだ。
アルレッキーノは首を振りながらゆっくりと立ち上がる。

「さしものスピーディ・フランクも体が無くては只のフランクだな・・・おい、貴様」
「ちきしょう〜ちきしょう〜俺の体が〜!」

此方の言う事を聞かない様子のスピーディ・フランクを蹴りつける。

「ひぎい!!」
「答えろ、貴様の目的とは何だ、それにあの御方とは何者だ」
「ひ、ひひ、あの御方が、だ、誰かなんてのは言えねえなあ、アンタも人形ならわかるでしょう、主の命令は絶対だ・・・ひひ・だが俺達の目的は話せるぜえ」
「言え」
「ひ、ひひこの森には人形遣いがいるらしいなあ俺等はそいつを・・・」

スピーディ・フランクがそこまで言いかけたところでアルレッキーノは顔面を踏み砕いた。踵を返しアリスの家に向かって駆け出す。

“俺等”と奴は言った。

“人形遣い”とは十中八九アリスの事だ。

自動人形ならば多かれ少なかれ人形遣いには脅威を感じる。
自分以外の自動人形がいると確信した時点で考えるべきだった。
アリスの襲われる可能性を。

しくじった。

「アリス・・・」

駆けながらアルレッキーノは一度呟き

「アリス!!」

駆けながら彼女の名前を叫んだ。









[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-3話
Name: バーディ◆679946b1 ID:88766f91
Date: 2010/10/21 00:35
深夜、蝋燭の明かりがぼんやりと部屋の中を照らす。
部屋の中には人形たち。アリスの大切な友人が所狭しと置かれている。
その部屋の中でアリスはココアを飲んでいる。
紅茶を飲もうかとも思ったが、アルレッキーノの起きていたほうがいいという言葉を思い出し、ココアを飲むことにした。

ココアの熱がアリスの目を覚まさせる。
眠らなくても問題がないとはいえ、やはり変な時間に起こされると妙に眠かった。
ぼんやりとした頭が覚醒するに連れて、アリスの耳に届くものがあった。

このぶたちゃんは おかいもの

このぶたちゃんは おるすばん

このぶたちゃんは おやつたべ-――――――――――


歌が聞こえる。西洋の童歌、マザーグースが。
アリスは考える。
これがアルレッキーノの言った招かれざる客、自動人形だろうか。
歌声はどうやらこの家に向かってきているようだ。

このぶたちゃんは なんにもない

このぶた赤ちゃん ウィーウィ ウィーウィウィー

ママはどこ?

家の前に声が来たところで歌が止まる。
アリスは上海人形を動かす。
戦闘準備は出来ている。

コンコンとノックがされた。

アリスは上海人形を使い鍵を開ける。

「空いているわ、入ったら?」

自分から扉を開け、そこを狙われたらどうしようもない、先ずは相手に動かせ、出方を見ようと思った。
キィ、と戸が開き、そこに立っていたのは、一人の少女だった。年の頃は十代前半位だろうか、金色の髪にやたらとフリルの付いたミニスカートのワンピース姿だ。
可愛らしい少女だった。しかし、少なくともこんな深夜に尋ねて来るのは普通ではない。
アリスが指を動かし上海人形で攻撃を仕掛けようとしたその時、その少女が口を開いた。

「ハァイ、あなたがアリス?」
「そうだけど、貴女、私の事を知っているのね」
「ええ、そうよ、うふふ」
「私は貴女の事を知らないわ」
「私はね、コロンビーヌって言うの」
「ふぅん、そのコロンビーヌがなんの用かしら、こんな時間に、女の子はもう寝る時間だと思うのだけれど」
「うふふ、それはねぇ・・・」

と、コロンビーヌの背後にぬうっと立ち上がる影、鎧を着けた騎士の恰好をした女性だった、両腕に当たる部分には手がなく、腕から直接槍が生えている。
やはり敵、二体で襲ってきた・アリスはそう考え、上海をけしかけようとするが、その騎士がコロンビーヌの話を遮るようにして槍を繰り出してきた。

ガキィ!!と言う金属同士の接触音が響く。
ぶつかったのは女性騎士の槍と、上海人形ではなく、中空に浮かぶ小さな銀色の盾だった。
今の今までそんなものはなかったのに、突如現れた銀の盾は槍をはじき返す。

「おのれぇえええコロンビーヌう!」
「あらあら久しぶり、ナイト・ミシェール、良く私がコロンビーヌだなんてわかったわねえ」

コロンビーヌと名乗る少女は振り返り、部屋の外へ出る。アリスも上海人形を携えて外に出た。
ナイト・ミシェールと対峙した少女。
傍目には明らかに勝ち目がないように見える。

「ふん、旧型のボディに立派なおつむを付けて貰って得意げか」
「あらあ、アンティークと言って欲しいわねえ」

挑発するようにコロコロと笑うコロンビーヌ。

アリスはどちらが敵でどちらが味方か、いやどちらも敵なのかも知れないが、攻撃する相手を決めかねていた。
どうせならばつぶし合ってくれればこちらのものだ、そう考える。
するとコロンビーヌがアリスの方を向く。

「アリスちゃんはココアでも飲んでまっててねー、すぐに終わらせちゃうから」
「貴様!!」

激高したナイト・ミシェールがコロンビーヌに向けて高速の槍の連撃を繰り出す。しかし、またもや突如として現れた銀色の盾に弾かれる。

「ちいい〜〜〜!!」
「うふふ?もう終わり、じゃあこっちの番ね」

そう言うとコロンビーヌの傍らに銀色の剣が現れる。
どこかから出したようにも、何かで操っているようにも見えないが、その剣は確かにそこにあり、空中に浮かんでいる。
それを見たナイトミ・シェールが笑い出す。

「ふ、あはははは、そんなもので!この私の鎧を貫けると思うのか!?」

確かにナイト・ミシェールの体は全身くまなく鎧で覆われている。
空中の剣はには確かに驚いたが、全身を覆うナイト・ミシェールの鎧を破壊できるとはアリスには思えなかった。

「あはは、すごいじしーん!そんなに自信があるなら受けてみればぁ?」
「ふん、言われずとも!その剣が通じないとわかったとき、貴様は絶望するのだ!コロンビーヌ!!」
「ふん、絶望なんてしないわ、アタシにあるのは希望だけよ」

コロンビーヌが手を振り下ろすと空中に浮く剣がナイトミシェールに向かって飛んでいく。
剣が鎧に触れた瞬間、それは弾かれるのではなく、べしゃあ!と言う音と共に潰れてしまった。

「ふははは、それ見た事か、これで貴様の運命は決まったな!」
「あら、そうお?よく見てみなさいな」

言われたナイト・ミシェールが剣のぶつかった部分を見る。
すると、潰れたままの剣が体にくっついている。

「なんだ・・・?まさか!!」
「そうよー、そのま・さ・か」

銀色の剣は鎧の間から液体のようにしてナイト・ミシェールの体の中に入り込んでいた。
その光景を見てナイト・ミシェールは悟る、今何が起こっているのかを。

「う、おおおおおお!!」
「そういう事でお前はおしまい、それじゃあね、バイバーイ」
「おのれええええええええ!!」

槍でコロンビーヌを串刺しにしようと迫るナイト・ミシェール、だがその槍が届く前にコロンビーヌが右手をすうっと振り上げた、するとナイト・ミシェールの鎧の隙間から銀色の針が飛び出す。

「があああああ・・・・あ・ああ・・・・・・・」


5本、6本と針が突き出る。
まるで体の内側から串刺しにされたような形だ。
ナイト・ミシェールは叫び声を上げながら、針に体を貫かれ2、3度ガクガクと震えた後、その場に崩れ落ちた。

ふう、とコロンビーヌが一息つき、アリスの方を見た。
アリスは人形を使い、身構える。
上海人形がアリスの身を守るようにコロンビーヌの前に立ちふさがった。

「あら、可愛い子、お名前は?」

戦闘態勢を取る上海人形に、コロンビーヌがしゃがみ込んで微笑みかける。
アリスはどうしたものかと迷った。
先ほど倒した騎士の人形、ナイト・ミシェールと言ったか、あの人形を苦もなく撃ち倒したとは思えないような、それはそれは少女らしい笑顔だったから。

仕方なさそうにアリスが指を動かすと、上海人形は両手を挙げ、

「シャンハーイ」

と言った。

「上海ちゃんて言うのね、うふふ、かーわいいんだ」

そう言ってコロンビーヌは上海人形の頬をつつき、アリスの顔を見上げる。

「ねえ、アリスちゃん安心して?私は敵じゃあないわ」
「そんな事言われても・・・ね」
「大丈夫よ、今説明してくれるから」
「説明して・・・くれる・・・?」

一体誰がとアリスが首をかしげると、森の奥からアルレッキーノが飛び出してきた。
と、同時に森の反対側から桃色の髪をした兎耳の少女が現れる。

「アリス!!」
「コロンビーヌ〜」

切迫した声で現れたアルレッキーノとは対照的に、のんびりとした口調で少女はコロンビーヌの名を呼ぶ。

「あは、レイセンおそいわよ?もう終わっちゃったわぁ」
「ううう、コロンビーヌが早すぎるんでしょ?」

アルレッキーノは倒れているナイト・ミシェールを見て、安心すると共に、そこにいる少女を見て目を見開く。

「コロンビーヌ!!」
「ああ、やっぱり、アンタもこの世界に・・・こんな所にいたのねアルレッキーノ」
「ああ、パンタローネもいるぞ、ここではないが、しかしお前もこの世界に・・・」
「ええ、お互いにヘンな運があったみたいね」
「幸運だと思おうではないか、お前も、私も」
「そうね・・・幸運は幸運だけどもね・・・」
「どういうことだ?」

と、ほったらかしにされていた鈴仙が手を挙げる。

「私が説明するわ」
「だれだ?お前は」

アルレッキーノが早苗を睨む。本人としては睨んだ気はなかったのだが、戦闘の余韻が残っていたらしい。
鈴仙は少し後ずさる。

「べ、別に敵って訳じゃないんだからそんな目で睨まなくても・・・」
「アルレッキーノ、私の保護者を怯えさせないでちょうだい、それにレイセンも簡単に怯えないでよ、一応お目付役なんでしょ?」
「お目付役?どういう・・・」

取り敢えず自分のわかる話題が出たので、一応話の主導権だけは握っておこうとアリスが説明をする。

「その娘はね、鈴仙優曇華院イナバ、永遠亭って言うところにいる玉兎、ちょうど明日辺り血と、柔らかい石の事を相談に行こうと思っていたのだけれど・・・で、永遠亭の妖怪が自動人形を連れて、一体何の用かしら?」

「アリス、久しぶりね、実は・・・」

鈴仙の説明によると、コロンビーヌを修理したのは八意永琳らしい。
医療機器を自ら作る程の科学力をもつ幻想郷の賢者にとっては自動人形の修理も問題はなかったそうだ。
疑似体液も作ってくれたらしい。

「へえ、それなら話が早くて助かるわ、ねえアルレッキーノ」
「確かにな、しかし何故ここが襲われるという事がわかったのだ」
「この子よ」

そう言うとアリスの肩に上空から一羽の烏が舞い降りる。

「なるほど・・・伝言鴉か」

それは、鴉の形をした自動人形であり、映像と音声を主の元につなげる役目をもつ、頭の中央がわれるとカメラが付いている、少々デザインに問題のある人形であった。

「ええ、体が出来たのは良いけれど、周りの事を自分の目で確かめたかったからね、この子をすぐに作って、飛ばせたの・・・人形使いなんて言葉も聞いたしね、そうしたらあいつ等二体を見つけたわけ」
「コロンビーヌ、人形使いがいるって言ったらものすごい形相するんだもの、驚いたわ」
「まあ、宿敵だったからね、しろがねがいたら闘うにしろ、話し合うにしろ、こちらから先に捕捉しておきたかったのよ・・・それと一応これも伝えておくけど・・・」

そう言ってコロンビーヌは先ほどの戦いで見せた銀の剣を空中に作り出す。
アリスが呟くように言う。

「その剣・・・」
「アポリオン、しかし随分と量が少ないな」

その銀の剣はアポリオンというゾナハ病の原虫の群れで出来ているものだった。
コロンビーヌはそのアポリオンを操る、いわば虫使いだ。
自動人形の体内の疑似体液はこの虫たちによって構成されており、このアポリオンがゾナハ病をばらまく。

「当たり前よ、この世界で誰かがコレを噴霧しているわけじゃなし、自動人形から出るものだけね、でも、この世界で人間がゾナハ病になる事は多分無いわ」
「何故言い切れる」
「今ね、ウチのえーりんが突貫工事で・・・・ハリーって覚えているかしら?」
「ああ、アポリオンを駆逐する機械だったか」
「そう、あれの強力なものを作っているの、いまは小型のものでアポリオンを誘導しているのだけれど、その内アポリオン自体を破壊できるようになるわ」
「何故そんなものを?」
「何故?だって、私がいたら近くの人間がみんなゾナハ病になっちゃうじゃない」

アルレッキーノは倒れているナイト・ミシェールを見る。

「コロンビーヌ、お前はこいつ等の目的を知っているか?」
「さあ、私も見つけたから来ただけだもの、でも多分・・・」

コロンビーヌはアリスを見つめる。

「私・・・?」

見つめられたアリスは訳が割らないといった顔でアルレッキーノを見る。

「人形使いを邪魔だと思う・・・つまりそれは人間に危害を加えようとしているという事か・・・実は先ほどスピーディ・フランクを破壊した」
「あいつも居たのね・・・それで?」
「奴はこの世界にゾナハ病をばらまくと言っていた、そして、あの御方とやらにフランシーヌ様の楔を解かれたとも」
「どういうことかしら?」
「わからん、わからんが好ましい状況でもないようだ」

その話を聞いていた鈴仙が慌てた様子で会話に割って入る。

「ちょ、ちょっとまってよ!なに!?また異変なの!?」

二体の人形は同時に鈴仙を見て、首をかしげながらも答える。

「その異変とやらがどういう物かはわからんが」
「とにかくこの世界の人間にとってはありがたくない話ね」
「ええ〜〜〜!?」

鈴仙が両耳をピンと立たせて驚きの声を上げ、コロンビーヌに詰め寄る。


「ど、ど、どうして早く言わないのよ!!」
「だって今アルレッキーノの話聞いて知ったんだもん」
「ああ〜〜もう!早く帰って師匠に報告するわよ!!」

コロンビーヌはアルレッキーノに向けて言う。

「と、言う事らしいわ」
「ふむ、明日永遠亭だったか?そこに行く予定だったのだな、アリス」
「え!?ええ、そのつもりだったけれど・・・」
「ならば明日永遠亭へと伺う、パンタローネも連れて行こう」
「わかったわ」
「ほら!のんびりお話ししてないで帰るわよ!」

鈴仙がコロンビーヌの首根っこを捕まえて引きずるようにして歩き出す。
引きずられながら、コロンビーヌはアリスとアルレッキーノに向けて手を振る。
すると、何かを思い出したかのようにアルレッキーノがハッとした顔を、コロンビーヌに向けて言った。

「コロンビーヌ、フランシーヌ様は・・・いや、エレオノール様は笑ったぞ!!ナルミが、あいつが守ってくれている!!だから我々は主の元に返ろう、きっと・・・きっと!!」

引きずられていたコロンビーヌは一瞬の驚きの表情の後、満面の笑顔を見せた。
そして、彼女は歌い出す。

このぶたちゃんは おかいもの

このぶたちゃんは おるすばん

このぶたちゃんは おやつたべ-――――――――――



コロンビーヌの歌が、夜の迷いの森に響く。



このぶたちゃんは おみやげもって


このぶた赤ちゃん ウィーウィ ウィーウィウィー


ママのトコへ帰る




それはそれは嬉しそうに。





鈴仙とコロンビーヌが去っていくのを見送って、アリスが口を開く

「なんだか、大変な事になっているのね?」
「ああ、そしてお前はその渦中にいる、奴らのターゲットの一つとして」
「そう・・・」

闘う事には慣れている。
今までだって様々な妖怪、人間、時には神とすら戦ってきた。
それでも、それは弾幕戦だった。

アリスはナイト・ミシェールの残骸を見つめる。

ぴくりとも動かない。
人形とは言え、意志のある存在が完全に沈黙している。
あれがもし自分ならば、死んでいるという事だ。
そう思うと、不安になった。
いくら魔女とは言え、致命傷を受ければ、死ぬ。

「安心しろ、アリス」

アリスの心を読んだかのようにアルレッキーノが口を開く。

「お前は私が守ってやる」

そう言ってアルレッキーノはアリスを抱え上げる。

「な、なに!?」
「人間は一度に様々な事があると疲れるのだろう、このままベッドへ連れて行ってやる」
「魔女だから平気よ」
「私がそうしたいのだ、アリスが嫌ならば仕方ないが」
「仕方ないわね」

自分を抱えているのは血の通わないはずの人形なのに。
ちっとも口調は優しくはないのに。
何故だかアリスはとても心地良かった。

先ほどまでの不安はどこかに消え、体を支えられる安堵感が、アリスを満たした。



[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-4話
Name: バーディ◆679946b1 ID:88766f91
Date: 2010/10/23 09:26
アルレッキーノ達が幻想郷にやってくる少し前の事。

少女は歩いていた、風が心地良い、こんな日はその風の中、空を飛ぶのも気分が良いが、歩いてみるのも中々悪くない。

ふと視界の中に何かを見つけた。

「なに・・・?」

少女の見つけたそれは、まるで泣いているようだった。
銀色の涙が、目から溢れだしている。
自分の体を抱きしめるように震えているその様は、己が犯した罪に絶望しているかの様だ。
震えるような声を絞り出し、蹲るそれは、人のように見えるが、人間ではない。

少女は思い出す、こういう時はどうすればいいのか、確か水を飲ませて・・・

そう考えるが近くに水はない、いや、確か最近急に水が涌いてきたところがあったはずだ、そう考える。

走り去り、戻ってきた少女の持つ器には銀色の・・・       




















「しかし、スピーディ・フランクとナイト・ミシェールがいたとはな」
「すごいよねー、一体一体性能違うんでしょ?あー、見てみたいなぁ、主に中身を」
「そんなに生やさしい物でもないのだぞ」
「この子は機械の事になるといっつもこうだから」

迷いの竹林の中を歩く四人。
先日の自動人形によるアリス襲撃の翌日、永遠亭にいるコロンビーヌと今後について協議し、アリスとにとりは柔らかい石の事を八意永琳に相談するため、アルレッキーノとパンタローネは人間の血を貰うために幻想卿の賢者の元へと向かっていた。

因みにパンタローネはまだ首だけである。
そのパンタローネの生首をにとりが大事そうに抱えている。
背中には二本の腕をリュックに入れている。

「まったく、コロンビーヌもアルレッキーノも動き回っているというに、早う身体を作れ」
「もー、体のほとんどが残ってたアルレッキーノと違って一から作るのは大変なんだよ、それに両手ができたところで色々口出してきたのはおじいちゃんじゃんか」
「当たり前だ、「深緑の手」のつかぬ身体などワシの身体ではないわ」

きっと相変わらずのやり取りなのだろう
アルレッキーノはクスリと笑った。

「そうだ、にとり」

言ってアルレッキーノがにとりの方を向き直る。

「なに?」

すると、アルレッキーノがにとりに対して緩い起動で手刀を振り下ろす。
ゴスン、と言う音と共ににとりの脳天にアルレッキーノのチョップが炸裂した。

「いった〜い!?何するんだよう!?」
「うむ、調整の不具合がないか試した」
「ああ、そう言えば昨日動作不良起こしたんですって?」
「ワシの体の時はそんな事起こらん様にしろよ・・・」
「ううう、確かに悪かったよう、見本用に突貫工事で作った腕と間違えて付けちゃったのは謝るよ、でもいきなりチョップは〜」

涙目になるにとり、昨日の自動人形の襲撃の際、アルレッキーノの緋色の手が動作不良を起こした。
にとりがパンタローネの体を作るために、アルレッキーノの腕のレプリカを3時間で複製した。その時に間違えてレプリカの腕をアルレッキーノに付けてしまっていたらしい。
にとりの家を出る前に、腕の交換はしっかりとすませた。

「ま、仕返しというやつだ」

そういってアルレッキーノは少しだけ微笑んだ。
その様を見て、アリスは考える。
アルレッキーノは人形だ、確かに出会った当初は、かなり冷静で、何かにつけて理由を求め、意味のない事はしなかった。
それが数日で、今のような冗談を飛ばせるようになっている。

「そんなものなのかしらね・・・・」

独り言のように呟く。

「なにがだ?」
「何でもないわ、まあ貴方って面白いなと思っただけ」
「私はサーカス団員だからな」

本人は冗談としていっているのだろうか。
本気でそう言っているのならば相当に面白いのだが。
そう言う事にしておこうかと、クスリと笑うアリスを見て、アルレッキーノは不思議そうな顔をしていた。







永遠亭に付くと、鈴仙に案内され、広い和室に通された。
お茶を出され、アリスとにとりが啜る。
二体の人形にはパックに入った血が供された。
久々の血の補給だった。

スタスタ、と言う足音と、ぺたぺた、と言う足音。それに加えて、きりきりと言う音が部屋へと近づく。
襖が開き、そこに立つのは二人と一体八意永琳、鈴仙優曇華院イナバ、そしてコロンビーヌだった。

三人が席に着き、永琳が口を開く。

「ようこそ、永遠亭へ、歓迎するわ」

何となく威儀を正すアリスとにとり。
永琳は微笑みながらアルレッキーノとパンタローネを見つめ、挨拶をする。

「初めましてお二人とも、今日はわざわざ悪かったわね」
「我々の方こそ助かる」
「血と疑似体液を提供してくれるとはな」
「いいのよ、コロンビーヌはいい娘だしね、彼女のために作ったものがたまたま余っているだけなのだから」

悠然と微笑みながら一同を見渡す。

「早速話を伺わせていただくわ、うどんげ、現状整理を」
「は、はい」

そう言って鈴仙が手帳を取り出し、ぺらぺらとめくる。

「え、えと、えと」
「あはは、レイセンちょっとは落ち着きなさいよ」
「お、落ち着いてるわよ!」

と、ようやく目的のページを見つけたらしい。
説明を始める。

「ええと、現在私たちの確認した自動人形は全部で五体、内三体は危険がないと見なします。その三体はコロンビーヌ、アルレッキーノ、パンタローネ」

名前を呼ばれた三体は頷く、パンタローネは首だけなのでにとりが勝手に動かしただけだが。

「他二体はナイト・ミシェールとスピーディ・フランク、この二体は既にアルレッキーノとコロンビーヌに破壊されています」

そこで永琳が口を挟む。

「この二体は貴方たちのいわば部下だったのよね?」
「そうだ」
「そうだな」
「そうね」
「しかし反旗を翻し、攻撃を仕掛けてきたと」
「かつてならばあり得ぬ事なのだが」
「いや、そうでもない、フラッシュ・ジミーの例があるしな」
「ちょっと改造されると気が大きくなっちゃうもんよねえ」

かつて、自分たちの部下だったフラッシュ・ジミーという人形は改造され、力を持つと最古の四人、その時は既に三人だったが、彼らを蔑んだ。

「それで、その内の一体が奇妙な事を口走っていたと・・・」

永琳の言葉にアルレッキーノが答える。

「ああ、奴らはこの世界でもゾナハ病をバラ撒こうとしているらしい、そして、コロンビーヌから聞いているだろうが我らはフランシーヌ様のために作られたというのに、奴は言った、フランシーヌ様の楔から放たれたと、そして最後に言ったあの御方とやらの存在」

「ふうん・・・貴方たちがゾナハ病をバラ撒いていたのにはその・・・フランシーヌと言う女性の笑顔を見るためだったのよね」
「そうだ」

アリスが首をかしげながら口を開く。

「でも彼らはそのフランシーヌから解き放たれたって言うのよね?それならば何故そんな事を?」

アリスの疑問にコロンビーヌが答える。

「何か他に目的があるって事ね、それが何かはわからないけれど」

そして永琳がアリスを見つめながら言う。

「そして、コレは勘違いだったけれど、自分たちの脅威となり得る存在、人形使いを排除しようとした・・・コレはひょっとすると・・・」

訝しげな様子でパンタローネが聞く。

「ひょっとするとなんだというのだ?」
「わからない・・・?」
「問答している暇があれば気の利いた答えを考えてやっても良いのだがな」

永琳は一度目を閉じ、口を開く。

「何か目的のある者達が、邪魔者を排除しようとした、今回は失敗したけれど・・・」

アリスが何かに気がついたように口を開く。
「何か大きな行動を起こす前に危険分子を排除しようとしたって事?」

永琳は頷く。

「そう・・・アリスの排除に失敗した事でその行動を遅れさせてくれればいいのだけれど・・・」

そこにバタバタという足音が聞こえてきた、バン!!と言う音と共に兎の耳を付けた少女、因幡てゐが息せき切って入ってきた。

「お、お師匠様大変ウサ!千客万来!ってのは不謹慎か、人里から沢山人が逃げ込んできてるウサ!!妹紅が連れてきた!」

「人里が!?」
「やはり・・・」

その言葉を聞いてアルレッキーノが立ち上がる。

「コロンビーヌ!!」
「ええ」

二人は勢いよく部屋を飛び出し駆けていく。
人里の方向へ向かう二人はあっという間に見えなくなってしまった。
慌ててアリスも立ち上がり後を追う。

「とにかく急患の受入準備!うどんげ!てゐ!」
「「はい!」」

永琳と鈴仙、てゐも急いで部屋を出て行く。
部屋に残されて、ぼうっとしているにとりにパンタローネが声を掛ける。

「それ見ろ、さっさとワシの体を作らんからだ」
「確かに、急いだ方が良いかもだね、研究室借りられるか聞いてみるよ」

そうして、部屋には誰もいなくなった。


アリスが永遠亭の中を走っていると、出口で怪我人を誘導している妹紅と鉢合わせた。

「妹紅!」
「アリスか、さっき出てったのは何だ?ものすごい速さだったけど・・・」
「そんなのんきにしてる場合じゃないでしょ!!」
「んー・・・まあ大丈夫じゃねーかと思うんだけど」
「なにを・・・!!」
「なぁに、ここに来たのは最初に襲われた連中さ、後は被害出てないんじゃねえかな」
「どういうこと・・・?」
「なあに、外来人ってのも色んな奴が居るもんさね」

そう言って妹紅は怪我人を永遠亭の兎たちに任せ、外に出る準備をする。

「行こうぜ、アリス、お前も人里に行くつもりなんだろ?」
「そうだけど・・・」
「急げばおもしれえもんが見られるかもよ?」

そう言って妹紅は外へと向かって歩き出した。





アルレッキーノとコロンビーヌは風よりも速く駆け人里を目指す。
あっという間に人里へ到着し、自動人形の姿を探す。
しかし人間の姿も動いている自動人形も見あたらない。
二体の目に入ったのは破壊された自動人形の数々だった。

「どういうことなの・・・?」
「わからん」
すると前方から一体の自動人形が駆けてくる。

「ひぃ!ひいいいいいい!!」

その自動人形は何かに怯え、逃亡しているようだ。
アルレッキーノは右手を前に出し、「緋色の手」を構え、コロンビーヌは銀色の剣を空中に出現させる。

「どけ!どけえええええ!!」

何に怯えているのか、とにかく捕まえて色々吐いて貰おう、そう考えた、が、

突如ブンブンブンという音と共に巨大な剣、否、長ドスが飛来してくる。
その長ドスは、空を切り裂き、逃げていた自動人形の背に突き刺さった。

「ぐうあ!!畜生〜畜生〜・・・・!!」

長ドスが突き刺さり、その逃げていた自動人形が前のめりに倒れる。

二体はその長ドスの飛んできた方向に目を向ける。
そこにいたのもまた人形だった。
顔にマスクを付け、左右に広がる巨大な帽子を被っている。体は大きく、特に特徴的なのはその下半身だった。
キャタピラのような物が付いており、その横から足が突き出している。
見覚えのある人形だった。
だが、その人形は自動人形ではない。
ならばいる筈だ、人間が。

「アタシから逃げようなんざ、そりゃ無謀にも程がある」

キャタピラの付いた人形が近づいてくる。
その人形の後から現れる一人の男。
目は狐のようにつり上がり、細面だ、豊かな髪をオールバックに決め、この世界では珍しいであろうスーツにコートという出で立ち。
口にはタバコをくわえている。


「よく言う、危うく逃がしそうになったではないか」

声が聞こえ、近くの民家の上から一つの影が飛び降りる。
その男は銀色の長髪に黒いコート、目にはサングラスを付けている。

そしてもう一人、水色の髪をした女性が現れる。頭には妙な帽子を被っている。

「まったくだ、黒賀の人形使いとやらはその程度なのか?」
「二人ともきっついねえ・・・」

その三人が此方に気づいた。

「あん?まだ逃げ遅れた奴らがいたんですかねえ?」
「いや、違うな、どうやら余り相手にしたくない奴らの様だ、と言ってもそうも行かんが」
「知り合いなのか?ジョージ」

そう言うと銀髪の男のコートが球状の檻を作り出し、身を包む。
球状の檻が回転を始め、それは徐々に速度を上げていく。

二人の人間を見てアルレッキーノとコロンビーヌが呟く。

「しろがねO・・・」
「黒賀の人形使い・・・」

銀髪の男が駆け出す。それを横目で見ながらコートの男が駆け出す視線の先にある存在を目を細めてよく見る。

「ありゃあ・・・おい、まちなせえって!ジョージ!!」
「安心しろアシハナ!私はそう簡単にやられはせん!!」
「なんだ、やつらも自動人形か」
「いや、そうなんだけど、とにかく止めねえと!慧音先生よ!!」

しろがねOジョージ・ラローシュはアルレッキーノとコロンビーヌに向かって突進する。

「受けよ!我が神秘の玉を!!」

アルレッキーノとコロンビーヌは向かってくる玉を横っ飛びに躱す。
すると、ジョージは方向を転換し、アルレッキーノに狙いを定める。

「久しぶりだな!アルレッキーノ!!」
「まて、しろがねO、私はお前の事など・・・そうか・・・サハラで!!」
「アルレッキーノ!!」

突進してくる玉をアルレッキーノは受け止めようとする、しかし回転の力で両腕が吹き飛ばされる。

「まて!私にはお前と戦う理由が・・・」
「問答無用!!」

こうして、しろがねOジョージ・ラローシュと最古の四人、アルレッキーノの戦いが始まった。






[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-5話
Name: バーディ◆679946b1 ID:88766f91
Date: 2010/10/24 14:24
鈴蘭畑の奥、花の毒を恐れて誰も近づかないその場所に、銀色の水が涌いていた。
赤い服を着た少女が、その湧き水の源泉に近づくと、どこからかカップを取り出し、銀色の水を汲む。

急いで先ほどの男が倒れていた場所に戻る。
鈴蘭の花の中に、それは先ほどと変わらぬ恰好で震えていた。

誰か具合の悪い人がいたら、何か飲み物を飲ませてあげなさい。
風見幽香にそう言われていた。

この花畑から殆ど出る事のない少女には、
飲料や食物を摂取する事のない彼女には、

銀色の水も、透明の水もさほど違いがある物だとは思えなかった。

跪いて、倒れている者の顔を見る。
涙だけではなく、鼻からも口からも銀色の液体が漏れている。
いや、体中から噴出していると言うべきだろうか。

カップを口元に当て、銀色の液体を飲ませる。
喉が動き、嚥下した事が確認されると、男の体の震えはぴたりと止まった。

少女はホッと胸をなで下ろし、声を掛ける。

「ねえ、あなたはだあれ?」

焦点の合わぬ目を少女に向け、絞り出すような声で口を開く。

「己は・・・」

風が吹き、鈴蘭が揺れる。
生命の水に導かれ、生命のない、否“無かった筈”のそれらは邂逅した。













しろがねOジョージ・ラローシュの神秘の玉を避けながら、アルレッキーノは考える。目の前を駆け抜ける黒い玉はかなりの威力がある事は容易に想像できた。
今攻撃を仕掛けている男は、以前サハラ砂漠での戦いで最後の最後にフランシーヌ様の人形を持って現れた男だ。
そして彼と一緒にいたアシハナとか言う黒賀の人形使い、彼とはいくらか話もした、パンタローネが珍しく褒めた人形使いでもあった。
もう一人の女性は良くわからない。

「どうした!アルレッキーノ!!」
「話を聞けと言うのに・・・っく!」

神秘の玉の回転をどうにかして止めようとするが、中々止められない。
ヘタに回転の中に腕を突っ込めば腕事持って行かれてしまうだろう。
ジョージの神秘の玉は通常なら毎分300回転だが、外の世界での戦いで、分間1000回転、しかも材質で勝る同型の敵を撃破した事により、瞬間的に大幅に強力な力を出せるようになっていた。

対してアルレッキーノは整備をしたとは言え、旧型の体である。以前のアルレッキーノに出来た事も、今は出来なくなっていた。

アルレッキーノが回転を止めようとするところで、回転が増し、はじき飛ばされる。

「自動人形の言う事など聞けるか!」

ジョージが玉と共に上空へと跳ねる。そして回転数を上げ、アルレッキーノの頭上へと落下してくる。
アルレッキーノは横に飛び、着地すると膝立ちの侭右手を前に出す。
指先に淡い光が灯る。

「ならば、無理矢理にでも聞いてもらおう」

方向転換して此方へと向かってくるジョージに向けて炎が放たれる。
手加減はしてある、それに再生能力の高いしろがねであれば直撃しても死にはしない。
この辺りに広がる人形の残骸、コレをやったのは十中八九この男達だろう。
ならば自分とこのしろがねには戦う理由など無い。
しろがね故、自動人形である自分を攻撃するのは理解できなくはない。
しかし現在の戦いは誤解だ。良いようにやられてしまうわけにも行かない、そんなことになったらきっとアリスが悲しむ。

ジョージは炎に包まれる、しかし

「それは以前見せて貰った!」

炎の中で玉が回転を上げる、まるで摩擦で地面が揺れているかのようだ。
そして、ジョージを包んでいた炎が回転で吹き飛ばされた。

「ぬう・・・!」
「いまこそ、討たせて貰うぞ!最古の四人!!」

これでは手加減などしていられない、端正な顔を少し歪めて、小さく歯ぎしりをした。
全力で向かうしかない、そう考えた時だった。

黒賀の人形使いが走ってやってきた。

「おい!ジョージまちなせえって!」
「なんだアシハナ、今こそこいつを撃ち倒す絶好の機だというのに!」
「いや、だからそのね、撃ち倒すってやつの必要がねえんでさあ・・・多分ですがね」

そう言って阿紫花は自分のタバコにマッチで火を付け、ジョージに向かって一本差し出す。
ジョージは、玉の回転を止め、不満げな様子ながらも受け取り、口にくわえ、まだ燃えているマッチを手慣れた様子で阿紫花の火を受ける。
目はアルレッキーノから切らない。
アルレッキーノはその様子を見て、右腕を下ろした。

「フー、では話してみろ」
「へいへい、と、その前に・・・おーい、人形さんよ、アンタはアルレッキーノって言ったっけか、お宅、べつに殺り合う気はねえんだろ?」

阿紫花が声を掛ける。

「ない」

アルレッキーノの答えに満足そうに頷いた後、ククク、と笑って説明を始めた。
彼らが、ジョージの死んだ後、エレオノールというしろがねを守るために人類に協力したことを。そしてこれは伝聞だが、コロンビーヌが勝を救った事を。
阿紫花は、再度アルレッキーノに尋ねる。

「よー、アンタらはここに何しに来たんで?」
「話がわかりそうなのがいて良かったわ、私らはここが襲われてるって聞いて永遠亭から助けにきたのよ」

と、そこに水色の髪をした女性、上白沢慧音が落ち着いた様子でやってきて言う。

「ほう、永遠亭からか」
「あー、なんでしたっけ、妹紅の喧嘩相手の・・・・」
「以前聞いた、蓬莱山輝夜を主とする所だな、病院のような事もしているらしいな、慧音」
「そうそう、そいつだ」
「ふむ、ジョージ、永遠亭の遣いという事なら信用しても良いと思うが」
「しかし奴らが永遠亭からやってきたという証拠はない」

すると空から二人の少女が舞い降りてくる。
妹紅とアリスだ。
アリスの表情はこわばっている。

「アルレッキーノ!無事なの!?」

そう言って飛来したアリスがアルレッキーノに近寄る。
随分と心配した様子だ、大急ぎで駆けつけたらしい。

「ああ、特に損傷は見あたらない」
「もう!急に出て行かないでよ!!心配したんだから!!!・・・無事で良かった・・・」

アリスは少し涙目になっているようだった。
その様子を見たコロンビーヌがニヤニヤしながらアリスに顔を近づける。

「アリスちゃん、アルレッキーノのこと心配して・・・?んふふふ」
「な!なによ!う、うちの居候なんだからそりゃあ心配くらいするわよ・・・」
「ふーん」
「コロンビーヌは何を言っているのだ?」
「貴方は知らなくて良いの」

そうだ、人形に心惹かれてどうする。
でも、人形は私の友だち。
ならば、アルレッキーノは私にとってどういう存在なのだろう。
何となく、アルレッキーノの袖を掴んだ。

アリスがそんな事を考えている横で、道々話をアリスから聞いてきた妹紅がジョージ達に説明をしている。

「・・・って訳だ」
「んじゃあ、コレが証拠って事になるかね、ジョージ納得しやした?」
「ふん、信じ難いが妹紅がそう言うのならそうなのだろう」
「流石だな、良い仕事するじゃないか妹紅」
「お!そんなに褒めてくれるのかい、そんなら今日は良いトコの大吟醸でも・・・」
「へ、そいつぁいいや、いいすよね、センセ」
「まあ、今日はお前等もよく頑張ってくれたからな、たまには贅沢も良いだろう」
「ふん」

と、一通りの説明でアルレッキーノが敵ではないと認識されたらしい。
阿紫花が口元を抑えながらジョージに言う。

「ぷぷぷ、それにしても勘違いで本気出すとか、ジョージのそんな間抜けなところ始めてみたぜ、あ、タバコでむせたのと合わせて二回目か、ヒヒ」
「ああ、そう言えばいつも冷静なお前が叫んでいたな、驚いた」
「へえ、この鉄面皮がそんなことしたのか、あたしも見たかったな」
「おまえら・・・」
「ヒヒ、ジョージを肴に酒飲めるなんて滅多にありやせんからねえ」
「楽しみだな」
「全くだ」

ぷいとそっぽを向くジョージを見て三人が可笑しそうにクスクスと笑っている。
そんな四人にコロンビーヌが声を掛ける。

「ねえ、しろがね、黒賀の人形使い、どういう事なのか教えてくれない?」

ジョージがくわえタバコの侭、怪訝そうな顔でコロンビーヌを見る。
誰なのかわかっていない様子だ。

「何をだ、娘」
「ああ、そっか、アンタは知らないんだっけね、あたしはコロンビーヌ、多分サハラで会ってるわ」

コロンビーヌは造物主、フェイスレスの放った偵察用人形の映像から二人を知悉している。だが二人はコロンビーヌの見た目が妖艶な女性から、可愛らしい少女に改造されたとは知らなかった。

「へ・・・アンタがあん時のねーさん型の人形ですかい・・・随分とまあちんちくりんに・・・」
「妙な趣味を・・・・」
「で、質問には答えてくれるのかしら?」

コロンビーヌが少しむっとした様子でもう一度質問をする。
ジョージがアシハナを肘でつつき、阿紫花が仕方なさそうに頬を人差し指でぽりぽりとかいてため息をつく。

「ハァ、めんどくせえ事は全部アタシなんだからなあ・・・ええと何から話やしょ」
「別に難しい事は聞かないわ、何でアンタたちが自動人形と戦ってたのかって事と、こいつ等は何をするつもりだったか教えて欲しいってだけ」

阿紫花は一度空見上げて、煙を吐き出し、話し始める。

「ええとね、信じらんねえかもしんねえけど、アタシ等は幽霊らしいんでさあ・・・」



アルレッキーノとコロンビーヌはその言葉に驚き目を見開く。
アリスはそんな事もあるだろうと言った様子だ。

「幽霊!?」
「また・・・信じがたい事を・・・」
「それがココではそうでもないのよ」

苦笑しながら阿紫花が続ける。

「まあ、アタシ等にもそんな実感はねえんですがね、足もあるしよ、とにかく閻魔様の言う事にゃあそういうことらしいんで、んでね、どうもその閻魔様がこの自動人形どもが幻想郷で異変・・・でしたかい?起こしそうってんで、なんだかアタシら人形壊すのに慣れてんのを呼んだんだと」

ジョージが無表情に頷き、言葉をつなぐ。

「色々とはしょりすぎだが、まあ大体あっている、多くのしろがねの中、何故我々だけなのかはわからんがな、アシハナにいたってはしろがねですらないというのに」
「そんで、この人里に送られてきたんでさあ、何かあったら解決しろってよ、まぁったく、面倒くせえよなあ・・・しかもセンセと妹紅に会ってなかったら家もなかったんですぜ?でもそうしなきゃ地獄送りなんて言われた日にゃあ言う事きかねえ訳にもいかねえよなあ・・・」

そう言って肩を落とす阿紫花に慧音と妹紅が言う。
つまり、この二人はその閻魔という者に人形の起こす事件を何とかしろと命令されているようだ。

「まあそう言うな、私は中々助かっているよ、子ども達に音楽の時間を作ってやれたしな」
「そうそう、グリモルディのお陰で竹林の見回りも楽になったしさあ」
「アタシら便利屋じゃねえんですがね・・・」
「まあお前の言う、“お代”と言う奴だ、その代わり住むところと食事は提供しているんだから」
「私はピアノを弾かせてくれていれば、何も文句はないがな」

アリスはアルレッキーノの袖を掴んだまま少し不安そうな顔で尋ねる。

「人形の起こす異変ってどういうことなの?」
「さあてね、閻魔様も良くはわかっちゃいねえようでしたが、ただ魂のない者が云々とか難しい事言ってましたねえ」
「アルレッキーノ達も、その異変の範疇に入っているの?」

ジョージがサングラスの奥からアリスを見つめる。
少し、不思議そうな表情をした後、一息ついて口を開く。

「さあな、そもそも私たちには異変とやらの定義が良くわからん、あの閻魔とやらも随分いい加減で抽象的な言い回ししかしなかったのでな」
「まあ、とにかくお宅がこいつ等のお仲間じゃねえってんなら別にやり合う必要もねえでしょうよ、アタシらは取り敢えず襲ってきたこいつらをぶっ殺しただけでしてね」
「そう・・・なら良いわ」

アリスは安堵して胸をなで下ろす。
とにかく、閻魔、恐らくは四季映姫の事であろうが、彼女は全ての人形を駆逐しろと言ったわけではないらしい。
もしそうであれば、あの白黒はっきりつける程度の能力とやり合わなくてはならない所だった。
そこまで考えたときに、別の至高がアリスの脳裏をよぎる。

何故?

本当に?

アルレッキーノのために?

私はあの閻魔と戦おうと考えたの?

指を顎に当て考え込むアリスに、アルレッキーノが声を掛ける。
無表情だが心配しているのだろう。

「どうした、アリス」
「え!?いえ、何でもないわ・・・うん、なんでもない」
「なら良いが」

すると、コロンビーヌがパンと手を叩き、全員の注目を集める。

「さて、それじゃあ私たちは取り敢えず共闘関係という事になる訳ね」

ジョージが不機嫌そうに眉間に皺を作りながらも頷く。

「自動人形と手を組むなど気に食わんがそう言う事になるだろうな・・・しかしこいつ等の目的は何だったのだ、無軌道に人を襲っていたようにしか見えなかったが」

その場にいる全員が腕を組んだり、顎に手を当てたりして考え込むが、答えは見つからない。
しかし、それこそが問題なのだ。

そこに、声が響いた。黒い声が。

「はっはっはっは!!コレはコレは懐かしい顔がおそろいで!!雁首並べて何の集まりかな?」

声のした方向を振り向く。



民家の屋根の上に、それはいた。

頭には大きなつばを持った帽子。
目元の部分は黒いマスクで覆われている。
服も黒く、唯一、襟元と、奇妙なくらい白い歯が不気味だ。

その脇には黒い服に赤いスカートを身につけ、頭にはリボンを付けた少女がいる。

その姿を見て、コロンビーヌとアルレッキーノ、阿紫花、ジョージは言葉を失う。
その様を見て、黒衣の男がぎしり、と音を立てて更に歯を剥く。

「よおう、久しぶりだなあ、え?アルレッキーノにコロンビーヌよ・・・ハッそれにしろがねまでいるのか、初めての奴らもいるなあ」

そう言うと黒衣の男は恭しく、帽子を胸元に置き一礼する。
その礼はまるで道化のそれだった。

「お懐かしい方々はお久しぶり、初見の方はお見知りおきを・・・」

垂れた頭を戻して男は舌を出す。

「このドットーレを覚えていてくれたかな?」

そう言ってドットーレは、睥睨するかのように人間と妖怪、そして人形を見渡し、

暗く嗤った。



[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-6話
Name: バーディ◆679946b1 ID:88766f91
Date: 2010/10/30 18:09
民家の屋根の上でニヤニヤとドットーレが笑っている。
アルレッキーノは考える。
ドットーレは自分たちと違いからだが破壊されたわけではない、いわば存在意義を破壊されたのだ。物である自分たちが意志を持つために絶対に必要なもの、存在理由を捨てたのだ。なぜあのように動けているのか。
そして、この芝居がかった登場の仕方、奴の笑顔。
考えれば考える程、答えは考えたくない方向へと絞られていく。
アルレッキーノはドットーレを睨み付ける。

「貴様が・・・首謀者か・・・ドットーレ!!」

アルレッキーノの質問に相変わらずにやついたドットーレが答える。
まるで、嘲るかのように。

「おいおい、久しぶりに会ったってのに怖い顔するなよぉ?」

アルレッキーノは右手をドットーレの方に突き出す。
いつでも撃つぞ、と言う意思表示だった。
それを分かっているのだろうか。それでもドットーレの顔は変わらない。
アルレッキーノは再度問う。

「何故だ?」
「何故!?何故と来たか!自動人形が!!人間を襲う事に疑問を持つか!!クハハハハハハ、こいつは滑稽だ!アハハハハハハ!!」
「答えろ!!」

アルレッキーノが叫ぶと、腹を抱えて大笑いしていたドットーレの姿が消える。
次の瞬間、ドットーレが現れたのはアルレッキーノの背後だった、アルレッキーノの肩に手を置き、ドットーレは顔を近づける。

「さあてねえ、教えてやっても良いんだが・・・」

肩に置かれた手をアルレッキーノが払いのけようとする、が、またもドットーレの姿が消え、先ほどいた民家の屋根の上に現れる。
人間が見ているというのに、黄金律が機能していない。

「貴様・・・まさか生命の水を・・・・」
「ん〜ふふふふ、そうさ!己は手に入れた!生命を!」
「愚かな、今更それが何になる、フランシーヌ様はもう・・・」

アルレッキーノが言いかけたところで、ドットーレが大声で叫ぶ。
まるで雷のような大きな声で。

「フランシーヌなど己に何の関係もない!!」

しんと辺りが静まりかえる。
そして、ドットーレの笑い声が響く。

「フ、フ、ハハハハッハ、アハハハハハハハハハ!」

コロンビーヌが目を見開き呟く。

「どういう事なの・・・いくら生命の水を飲んだからって・・・」

いくら生命を得たとは言え、彼ら自動人形の内にはフランシーヌのために行動するという生物の本能ともいうべきものが刷り込まれている。
そもそもフランシーヌを笑わせるために自動人形は柔らかい石を探していた。

妹紅が怪訝そうな顔でコロンビーヌに聞いた。

「なんなんだ?そのあくあうぃたえって」
「人形に生命を与え、人間を不死に近づける薬よ・・・」
「不死・・・ね・・・」

妹紅は意味深に慧音に視線を移し、慧音は一つ頷いた。
ドットーレは話を続ける。


「ふん、己はな、今はもうフランシーヌへの忠誠心など持っておらんよ」

そう言うとドットーレは語り出した。




サハラで、己は自分自身の存在意義を否定した

そう、怒りにまかせてな

あのルシールの口車にのっかちまったっというわけだな

後悔をした時にはもう遅かった

体中から疑似体液が溢れ出すんだからなあ

それからの事はもう良く覚えていない

ただただ、フランシーヌに謝り続けたよ

どうやってここに来たかも覚えていないが、はっきり覚えている事がある

今まで己がこんなに尽くしてきたのに、どうしてフランシーヌ様は己を助けてくれないのだ、そう考えた事だ

思い返していればいつもいつも、フランシーヌは己達に何もしてはくれなかった

わかるか、己達は、フランシーヌを愛していたが、フランシーヌは己達に何の興味も持っていなかった

後悔と、疑問の渦の中で、己は終って逝くはずだった

己は無駄に造られ、無駄に壊れていく筈だった

何も手に入れられぬ侭に

だがな、己は終わりたくなかった


そんな苦しみの中で、ふと裏切られた、と思ったのさ

ルシールが己にくれたのは絶望だけじゃなかった

今のお前等には分かるまいよ

今までしろがねの奴らに腹が立ったりした事があっても、本当に憎んだ事なんて無かったよなあ

言わば只邪魔をするなって事だけだ、あいつ等に対して思っていたのはな

裏切られた

フランシーヌに裏切られた

其れは憎悪だ

体の自壊は止まらなかった

刷り込まれた修正ってのは、機械ってのは哀しいもんだよなあ

自分の意志で自由に選択する事が出来ない

だが!強い意志によって生命は輝くのだ!!

想いと生命とその二つが己を生き延びさせた!!!






ドットーレは脇にいる少女の頭に手をポンと置く

「機械仕掛けの神とやらもどうやらおわすらしい」

そう言って少女の頭をくしゃくしゃと撫でる。
少女は少し嬉しそうに微笑んでいる。

「えへへ」
「己は、人形にはない生命と、絶望、そして憎悪を手に入れたのさ、それはつまり・・・」

ドットーレの言葉を我慢が出来ないというようにアルレッキーノが睨み付けながら言う。

「人間になったとでも言うつもりか!」
「いいや!違うね!人間などと同じにするな!汚らわしい、己は人間も!人形も!フランシーヌをも超えたのだ!そう、世界で只一人!其れがこのドットーレだ!!」
「増長した物ね・・・ドットーレ!!」
「ふん、言っただろう、お前等には分かるまいとな・・・しかし、もしお前等が己達と一緒に来るというのならば、生命の水を分けてやっても良いぞ、え?フランシーヌは己達に何もくれはしなかったが、己はお前等に命を与えてやるぞ、ん?」

にやあ、とドットーレが笑いながら舌を出す。

「貴様・・・!」
「いい加減にしなさいよ・・・」

二体の人形は奥歯を噛みしめ、絞り出すように声を漏らす。

「ふはははは、良いぞ、その顔だ、あの時の己もそんな顔をしていたのだろうなあ・・・」

そう言うドットーレはどこか満足げな顔だ。

「最早、己を支配する者は何もない、これからは、己が支配するのだ!人形を!人間を!!世界を、己の望むように作り替えてやる!!」

そのドットーレの服をクイクイと少女が引っ張る。
自分の事を忘れるなとでも言いたそうな表情だ。

「おお、すまんすまん、お前も自己紹介をすると良い」

そう言ってドットーレは少女を肩に担ぎ上げる。
すると少女はにこりと笑う。

「あはは、あたしはメディスン、メディスン・メランコリーよ、よろしくね」
「くはは、良く挨拶できたなあ、偉いぞ、メディ、クククお前の特技も見せてやれ」
「うん、いーよー」

そう言うと少女の体から赤い煙が噴霧される。
其れはまるで血のような臭いを発し、アルレッキーノとコロンビーヌを包む。

「なに・・・?」
「体が・・・・!」

体が動かない、全身が引きつったかのように体が震える。
アリスが二体に駆け寄る。

「二人ともどうしたの!?」

「いいぞ、メディ、お前は素晴らしい」
「へへー」
「そいつはメディの作った毒よ、しろがねの血と同じ成分を含んだなあ、最も今はまだ一時的に麻痺させる事ぐらいしか出来んが」
「ふふん!まだあんまり強い毒じゃないけど、もっともっと凄い毒を作れるようになるよ!なんたってあたしは毒を操る程度の能力だからね!」
「ククク、良い娘だ」

得意げに胸を反らすメディの頭を撫でるドットーレ、そこに一つ影が落ちる。
ドットーレが見上げると空から黒い玉が降ってきていた。
ジョージの神秘の玉だ、人形達が会話している隙を突いて仕掛けた攻撃だった。

「喰らえ!」
「ふん・・・」

一瞬、ドットーレの姿が消えたかと思うと、既に民家の下に立っている。
民家の屋根を破壊しながらもジョージは叫ぶ。
既に地上では、阿紫花がグリモルディを動かしていた。

「やれ!アシハナ!!」
「あいよぉ!!」

地面に降り立ったドットーレとメディスンに阿紫花が突っかける。
グリモルディが頭の帽子に取り付けた斧のような刃が迫る。
しかし、ドットーレはそれも躱し、気がつくとグリモルディの頭の上に立っていた。

「くそ!」
「ちぃ〜!」

阿紫花がドットーレを振り払う。
メディスンを抱えたままドットーレはくるりと空中で回転し、地面に降り立った。

「ふふん、しろがねよ、お前等はせっかちでいかんなあ」

そう言うとドットーレは帽子のつばを少し上げ、にやりと笑う。

「今日のはな、挨拶に過ぎんのだよ」

ドットーレは左右に大きく手を広げる。

「真夜中のサーカスはまだ終わっていない、いや、このドットーレ率いるサーカスはこれから本当の公演を始めるのだ!真夜中を超え、夜明けに向かってな!!」

ジョージが歯ぎしりをしながら問う。

「どういう事だ!」
「ふふん、一ヶ月後、公演を行う」

そう言うとドットーレは大きく飛び上がる、上空には飛行型の自動人形がいつの間にか飛来していた。
その人形の足を掴み、ドットーレは言う。

「観客はこの幻想郷の住人全てだ!お前等も参加したかったら参加するが良い!!演者としてな!!・・・その日、人間と我らの関係は決定的に変わるのだ!!」

アルレッキーノは震える体で声を絞り出す。

「ば・・・かな・・・にん・・・げんに・・・とって・・・かわるこ・・・・とに・・・・なんの・・・・いみがあ・・・・る・・・!」
「意味?ふん、己がしたいからそうするのさ・・・なに、今は理解できんでも、そのうち分かる、お前等にも己の気持ちがな、己がくれてやる!ルシールがそうしたように、お前等に、絶望を!!」
「人形の解放だー!」
「そしてしろがねと人形使いよ!!」

アルレッキーノの体を支えていたアリスはびくっと体を反応させる。
ジョージは忌々しげにドットーレを睨み、阿紫花はポケットを両手に突っ込み睨め上げる。

「貴様等は殺す、お前等は己の望む世界には要らん!」
「ふざけるなよ」
「は、てめえらなんぞにやられっかよ」
「・・・・」
「ふん、言っていろ!ふはははは、はははははは!」
「べーだ!」
「お・・・のれ・・・!」

飛び去っていくドットーレ。
その禍々しい姿を見ながらも、アリスはアルレッキーノの事が心配だった。

宣戦布告はなされた。
幻想郷を舞台に、サーカスは開かれる。
チケットは命。
お代は見てのお帰り。

幻想郷は全てを受け入れる、それはそれは残酷な事。



[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-7話
Name: バーディ◆679946b1 ID:44cd85b2
Date: 2010/11/03 14:56
迷いの竹林

グリモルディの駆動音が迷いの竹林に響く。その音は力強い。
その両腕にはアルレッキーノとコロンビーヌが抱かれている。人里での戦闘が終わり、取り敢えずその場にいた全員は一旦永遠亭に向かうことにした。
グリモルディの背中には阿紫花、慧音、妹紅、アリスが乗っている。ジョージは神秘の玉を転がしながら走っている。
ドットーレは一月後に、と言った。裏を返せば自動人形達には準備の時間が必要と言うことだ。ならば此方も備えなくてはならない。
アリスがグリモルディの背中から二体の人形を見つめる。アルレッキーノとコロンビーヌは、メディスンの毒で、未だ体の震えが止まらないでいた。

アリスはアルレッキーノが心配だった。
一度、彼と出会って間もない頃、活動を停止しそうになった時の彼の症状と良く似ているのだ。このまま彼が活動を停止してしまうのではと、気が気ではなかった。

「ちょっと、ヤクザ、もっとスピード出せないの!?」
「いやいや嬢ちゃん、コレでも急いでるんですって」
「落ち着かないか、アリス」

慧音に窘められてむっとしたようにアリスは睨み付ける。あの時のアルレッキーノのことを知らない癖に、そう思った。
それを取りなすように阿紫花が口を開く。

「多分でえじょうぶでしょう、前に、他の人形ですがね、こうなった時も時間が経ったらぴんぴんしてやしたし」
「そうはいっても・・・」
「まあ心配なのは分かるけど、慧音が言うとおりちょっとは落ち着けよアリス」
「うう・・・とにかく急いで!」
「へいへい、どうしてこの幻想郷ってのには気のつええのしかいねえのかねえ・・・」

砂埃を上げながら、走るグリモルディの背中を見ながら、横を走るジョージがため息をついていた。

永遠亭に到着すると、アリスが全員を急かして二体の人形を運び込んだ。

「永琳!!にとり!!」

バンとドアを開けて診察室にはいると、ぐったりした顔で突っ伏している鈴仙がいた。かなりの量の患者を捌いてその疲労が如実に出ているようだ。その鈴仙の肩を揺さぶる。

「永琳はどこ!?にとりは!?」
「ちょ、ちょ、ちょ、まってよ私だって疲れて・・・」
「アルレッキーノとコロンビーヌがやられちゃったのよ!」
「コロンビーヌが!?」

後方に控えていた阿紫花が、コロンビーヌの体を鈴仙に見せる。
体が震え、言葉も発せない様だ。
その様を見て青くなった鈴仙が阿紫花からコロンビーヌを奪い取り、今度は彼女がコロンビーヌを揺さぶる。

「ちょっと!どうしたのよアンタ!何とか言いなさい!!」

焦った様子の鈴仙にアリスが言う。

「だから早く永琳読んできて!」
「わ、わかった!」

そっとコロンビーヌをベッドに寝かせてドタバタと鈴仙は部屋を出て行った。

永琳とにとりがやってきて、担ぎ込まれた二体の人形の周りで、ああでもないこうでもないと何か色々と話をしている。にとりに抱えられたパンタローネの首も話に加わっているらしい。

その様を見て、この場で唯一のしろがね、ジョージが阿紫花に驚いた様子で話しかけている。

「本当に人間・・・いや妖怪か、それらから心配をされてるのだな、自動人形が・・・」
「ああー、ジョージは人形が味方ってのは初めてでしたねえ」
「信じられんよ、まったく」
「へへへ」

半ば呆れた様子で甲斐甲斐しく人形達の世話をする少女達を見てジョージは首を振る。しかし、阿紫花はそんなジョージを見てニヤニヤと笑っている。

「アンタがそれを言いやすかい」

そう言うと阿紫花は煙草をくわえる。すると永琳がキッと阿紫花を睨む。

「ここは禁煙!」
「と、とと、いけね」

そう言って煙草をしまう阿紫花を見て、怪訝な顔をしたジョージが問う。

「どういう意味だ」
「あん?なにがで?」
「私の発言の何がおかしいのだ」
「あ?ああ・・・てか自分で気づいてねえんですかい?」

そこに慧音と妹紅がやってくる。
やることが無く暇らしい。妹紅は欠伸をしている。

「何か面白そうな話をしているみたいだな」
「アタシらにも聞かせろよ、阿紫花」
「べぇっつにい、ちょっとした昔話でさあ、なに、アタシと最初に会った時のジョージったらよ、人形壊すことにしか興味のねえ奴でよ、他人になんて全く興味ももたねえ奴でさ」

そう言って阿紫花はにやついた目つきでジョージの顔を見る。

「アタシがゾナハ病でてえへんな事になってたって、仕方がないからとか、いないよりはマシだとかで助けちゃあくれたけどよぉ、基本的にゃ助ける気無かったでしょ?」
「ふん・・・」

阿紫花の言葉を聞いて、慧音が興味深そうにジョージの顔を見る。
少し微笑みながらも、声は意外そうだ。

「ほう、確かに冷静な男だとは思っていたが、そんな血も涙も無い印象はなかったな、あんなに楽しそうにピアノを弾くところも見ているし」
「そうそう!そうなんですよ、昔のジョージからしたらそれこそ信じらんねえや、だからよ、アタシからしたらあの人形どもがここであの嬢ちゃん達と仲良くしてんのもそれ程意外じゃねえのさ・・・それをよ、プッ・・・アンタが・・・ククク」

阿紫花は腹を抱えて笑い出す。

「ひ、ひ、他人の事言えねーっての、ぶふっ!今じゃ音楽の先生やってる癖に!あはははは」
「貴様は・・・・」
「あ、ムキになりやした?」

少し青筋立てて阿紫花に詰め寄るジョージであった。
と、横から欠伸をしていた妹紅が少し真剣な口調で口を出す。

「変わるよ」
「ん?」
「なに、切っ掛けがあれば変わる事なんてそう難しい事じゃないし、おかしな事でもないんだよ」

阿紫花とジョージは驚いた顔で妹紅のことを見つめる。
普段の彼女からは想像も出来ないような言葉だった。

「妹紅らしくねえ・・・」
「まったくだ・・・」

そう二人が呟くと、妹紅は少し怒ったように顔を赤くする。

「なんだよ!あたしが真面目なこと言っちゃいけねーのかよ!」
「いや、駄目じゃねえけど」
「うむ、酒と慧音と蓬莱山輝夜にしか興味がないのかと思っていた」
「酒はともかく慧音ってなんだあ!それと輝夜の名前を出すんじゃねえ!まったく、何度も言ってるけど、あたしの方が年上なんだからな!」
「そう言われやしてもねえ・・・」
「うむ、見た目がな」

あからさまに少女の姿をしている妹紅だが、彼女は飛鳥時代より生きているらしい、それもまたなにがしかの薬の作用によるものらしいが、人形との死闘を繰り返してきたしろがねと、殺し屋である二人からすると見た目と性格も相まって、やはり年相応の少女にしか見えなかった。よく考えれば一番老けて見える阿紫花が一番年下なのだが。

「こ・・のアホ花!」

妹紅は阿紫花のすねをごつんと蹴りつける。

「あいて!?なんでアタシだけ!?」
「うるさい!このアホ花!」

三人のやり取りを見て、慧音が微笑んでいる。
妹紅も随分と変わったものだと思った。昔は殺伐としていた。最近でも人見知りで、他人に冷たかったのは直っていなかったのに、この二人が来てからは、なんだか丸くなった気がする。特にこのだらけきったような雰囲気を持つ阿紫花という男のもつ空気のお陰かも知れない。
それにこのジョージという男は普段は鉄面皮の癖に、寺子屋で子ども達にピアノの演奏をしてやる時だけは驚く程優しい顔をする。その音楽の時間は、慧音にとってが嫌な者ではなかった。
この二人が来てから自分たちの生活が良い方に転がっているのを感じていた。
そんなことを考えてから、ジョージに向けて言う。

「とにかく、あの人形達が味方だと言うことは認識できたんだな、ジョージ」
「ふん、一応な・・・全幅の信用はせんが」
「そうだな、自ら敵を増やすこともあるまいよ、彼女らにとってはあの人形達は、私たちにとってのお前達のような者なのだろう」
「自動人形と一緒になどするな」

すると慧音は首を振りながら答えた。

「頭が固いな、ジョージは」
「お前程石頭ではない」
「そう言う意味じゃ・・・」
「ジョークだ」

無表情にそう言うジョージの言葉に、慧音はクスリと笑った。
多分自分の頭が固くないところを見せてくれたのだろう。どこか間違っている気もするのが、可笑しかった。

「フフ、これはすまなかった、前言を撤回するよ」
「分かればいいさ」

そう言って二人は少しだけ笑った。
阿紫花と妹紅はまだ何やら騒いでいる。







とにかく一応の処理が終わったと言うことで、一同は広間に集められた。
座っているのは、八意永琳、鈴仙・優曇華院・イナバ、アリス・マーガトロイド、河白にとり、その膝にパンタローネの首、上白沢慧音、藤原妹紅、ジョージ・ラローシュ、阿紫花英良である。
コロンビーヌとアルレッキーノはまだ体が動かないが、時間が経てば直る毒であるらしい、一応緩和剤を永琳が作って与えておいたそうだ。てゐは看護室で待機をしている。

その部屋に、スタスタ、と言う足音が響き一人の女性が現れる。
長い黒髪を持つ美しい顔立ちの女性だ。挙措は優雅の一言に尽きる。服装は特に目立ったところもないが、この女性ならば何を着ても似合うだろう。
永遠亭の主、蓬莱山輝夜である。

ふわりと席に着き、各座を見渡し、輝夜は口を開いた。

「皆様、本日は当永遠亭へようこそいらっしゃいました、私は蓬莱山輝夜、此処の主です、お初お目にかかる方々はどうぞお見知りおきを歓迎いたしますわ、約1名は除いて」

その言葉に妹紅がぴくりと反応してガンを飛ばす。

「ああ?にあわねえ言葉つかいやがって、こっちこそおまえに歓迎されたくなんかねえや」
「よさないか、妹紅」

妹紅が慧音に窘められる、その脇で阿紫花がけっけっけと笑っていたら、妹紅にモモをつねられた。それを見てジョージがため息をついている。

「姫様・・・」
「なによ永琳?」
「余りお戯れは・・・」

輝夜も永琳に注意される。ふうと、一つ息をついてから再度口を開く。

「わかったわよ、もう、せっかく決めてみたのに妹紅のせいで台無しだわ」
「てめえから言い出したんだろうが!」
「妹紅!」

注意される妹紅を見て輝夜がけらけらと笑う、妹紅は顔を真っ赤にしている。

「ええと、冗談はこれくらいにして、みんなに集まって貰ったのはもう分かっていると思うけど、一月後に起こる異変に対して、それぞれの立ち位置を確認させて貰おうと思ってね」

そう言うと、輝夜はその美しい眉間に皺を寄せる。

「永遠亭はそのドットーレ?だったかしら、そいつに対して断固として戦うわ」

その様を見て慧音が驚いたように口を開く。

「ほう・・・永遠亭の主はやる気なのか」

そう言われて輝夜はコックリと頷く。

「ウチのコロンビーヌがやられたのよ、主としては放っておけないわ・・・許せない、決して」

そう言うと輝夜は拳を握りしめる。

「プライドもあるけど・・・私の身内に手を出したことを後悔させてあげるわ、もうあの娘は私たちの家族だもの、そうよね、永琳、イナバ」
「姫様のお心の侭に」
「はい、許せません、けっして!」
「永遠亭に手を出した報い、人形だろうが何だろうが、許すわけにはいかない、私たちの全力を持って破壊させて貰うわ」

感心したように慧音は頷く、そして一度ジョージと妹紅に視線を送ってから、口を開いた。

「そうか、私たちもそのつもりだ、里を荒らされて黙っているつもりもないのでな、協力させて貰おう、良いな、ジョージ、妹紅」

一応この二人には念押しした、ジョージはコロンビーヌやアルレッキーノを嫌っているようだし、妹紅に至っては言わずもがなだ。
阿紫花は一番融通が利く。

「仕方あるまい」
「べつにあいつの力なんか借りなく立って・・・」
「妹紅」
「わかったよ・・・・」

肩をすくめて苦笑いをしながら、阿紫花が言う。

「アタシにゃ聞いてくれねえんですかい・・・やれやれ、ところでパンタローネさんよ」

にとりの膝の上に乗っている首に向かって声を掛けた。

「なんだ、アシハナ、久方ぶりだというのに挨拶もせんで」
「こりゃすいやせんね、ま、そいつは良いとして、お宅はどうするんですかい?体もねえ様だが、アンタがいりゃあずいぶんと楽になるんですがねえ」

すると、にとりがパンタローネに代わって口を開く。

「おじーちゃんの体のことなら心配ないよー、すぐに出来るからさ」
「うむ、ドットーレの思い上がりを叩きつぶしてやらんといかん、なればワシ等も協力をするということになろうな」

ヒュー、と口笛を吹いて満足そうに頷く阿紫花、何やらジョージが睨んでいるがそこはスルーしている。
そして、輝夜の横で黙って聞いていた永琳がアリスを見つめる。

「貴女はどうするの?アリス」

アリスは悩んでいた。メディスンが放った自動人形用の毒、あの毒がある以上アルレッキーノやパンタローネ、コロンビーヌを戦闘に参加させるのは如何なものかと。

「私は・・・私は勿論参加するわよ、狙われてもいることだし・・・でも・・・」
「でも・・・?」
「あのメディスン・メランコリーがいるならば、何か対策を考えないといけないわ、人体に対してなら魔力でどうにか出来る事もあるけど・・・人形の治癒は魔力じゃあ・・・」

その言葉を聞いた永琳は、ため息をつきながら頷く。

「そうなのよね、毒と薬って要は同じものだからね、私が何とかするしかないんだろうけど、人形専用の毒ってのは厄介だわ、今回は弱い毒だったけれどあれが強まったら自動人形にとっては厳しいでしょうね・・・まあそこは何か考えてみるわ」
「そうね、お願いするわ」

彼女のバックアップがあればなんとかなるだろうか、アルレッキーノが壊れてしまうことが、何故か妙に恐ろしいことのように思えた。壊されてしまうくらいなら彼には戦わせない、その事も可能性の中に入れておかなくてはならない、そう思った。

一同の意思確認が取れて、満足したように輝夜が手を叩く。

「よし、あとはもっと協力者を募らなくちゃね、その辺は、永琳」
「ハイ、近々八雲紫、西行自幽々子、八坂神奈子と会談を致します」
「よろしい、霊夢にも声かけないとね・・・紅魔館はどうしようかしら?」

すると、アリスが手を挙げる。

「私が行くわ、協力してくれるかどうかは分からないけれど、パチュリーとは知らない中ではないから」

アリスの横に座っていたにとりも手を挙げる。

「あ、あ、じゃあ私が妖怪の山で声かけてみるよ、ひょっとしたら助けてくれるかもしんないし」

輝夜は握り拳を作ってガッツポーズを取っている。

「OK,ううん何だか燃えてきたわね!よし!それじゃあ今日はこれから宴会よ!」

どうしてそうなる、と言う顔でずっこけたのはジョージと阿紫花だけで、後の少女達は馴れた様子である。

「どうしてそうなるんだ・・・」

頭を抱えるジョージに慧音が答える。

「まあ、ここの慣習かな、取り敢えず集まったら宴会というのは」
「いいんじゃねえですかい、固めの杯って事で」
「理解できん」

と、いうことで事の深刻さは置いてきぼりの侭に、宴会へとなだれ込む一同であった。



























妖怪の山

滅多に人の入り込むことのない妖怪の山の中に、一軒の家がある。
木造の質素だがしっかりとした作りのその家に、一人の少女と、一体の人形がいる。

「君はどうするつもりなのだ、あの人形の少女は友人なのだろう」
「私は・・・人間に仇なす事は出来ません・・・」
「そうか・・・」

そう言って人形はキリキリと花瓶に挿してある花に手を伸ばす。
その花は、鈴蘭。
人形は、哀しそうな目をして、言う。

「この花をくれたあのメディスンという少女も、輪の中に入りたがっていたのだな、そして君も・・・」

少女は、俯いて答えた。

「でも、それは叶わないことですから・・・」
「孤独とは、恐ろしいものだ、ドットーレ様は、そこにつけ込んだのだな・・・いや、つけ込んだというのとも違うか」

人形は思う、この少女とあのメディスンという娘は自分だと、輪の中に入りたくて入ることの出来なかった自分と同じだと。

「貴方は良いんですか?逃げてきたのでしょう?」
「良いんだよ、あの方はもう壊れてしまわれた、動いてはいるが、壊れてしまわれた少なくとも、フランシーヌ様のために活動していた私からはそう見える、ナイト・ミシェール達のように頭をいじられなかったから言えることだが・・・」

人形は窓から出ている月を見上げる。
欠けたところのない満月が、妙に哀しく見えた。

「雛に危害は加えさせん」
「メディは本当は良い子なんです・・・だから、あの子には・・・」
「ああ、わかっているよ」

手に持った鈴蘭を見つめて、シルベストリはもう一度呟いた。

「わかっている」



[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-8話
Name: バーディ◆679946b1 ID:88766f91
Date: 2010/11/03 13:53
きり、きりと音を鳴らしながら体を動かす。少し動きは鈍いが、指先から腕、上半身と徐々に駆動していく。
どうやら毒は抜けたらしい。上半身を起こすと、隣に寝かされていたコロンビーヌは既に体が動くようになっていたのか、姿はない。体が小さい分、緩和剤の効きも速かったのだろう。
体は動かなくとも、意識はあった。自分たち以外の者達は善後策を考えると言っていた。どうなったのだろう。そう思ってベッドの上から降りる。
ドットーレに対する怒りが涌いてくる、怒りと共に、哀れみの感情も。
ドットーレはフランシーヌ様に捨てられたと思ったのだろう、捨ててしまったのは自分の方だというのに。そう思わなければ、自我を保てなかったのか。

そんな事を考えていると、ドアが開いて、アリスが部屋に入ってきた。

「アリスか」

体を起こしたアルレッキーノを見てアリスは無言でアルレッキーノに近づく。そして、ほう、とため息をつく。

「良かった・・・」

そう言ってアルレッキーノの手を握る。アルレッキーノの手に触れた手は、少し震えていた。

「本当に良かった・・・」

自分の手を握ったまま俯いてしまったアリスを見つめて、アルレッキーノは何か、締め付けられるような気分になった。
その気持ちの侭に、自然と口が開いた。

「済まない、済まなかった」
「本当よ・・・また、あの時みたいになってしまうのかって・・・」

アルレッキーノは自分の気持ちに戸惑う。何か、アリスに悪意を持った行為をしたわけではないのに、アリスは良かったと言っているのに、自分はアリスの様子を見ているのが辛かった。良かったと言いながら、アリスの目に光る涙が、アルレッキーノの心を打った。


「でも良くなったのね」
「ああ、もう大丈夫だ・・・ところで他の者は・・・」

アルレッキーノはこの話題をもう続けたくなくなっていた。続けていたら、自分はどうなるのだろう、分からなかった。
少しだけ、理由は分からないが続けるべきなのかも知れないとも思った。
しかし、話の矛先を変えるようにアリスに尋ねる。

「あ、ああ、皆なら・・・・説明するより連れて行った方が速いわね、こっちよ」

アリスは目元を拭って。部屋の外へ出る。
アルレッキーノは先ほどの自分の気持ちについて考えながらアリスの後に続き、部屋を出て行った。




広間に着くと、騒がしい声が聞こえてくる。
アルレッキーノは首をかしげてアリスに聞いた。

「確か・・・会議をしているのではなかったか?」
「ああ、それは一応終わってね、取り合えず今日のメンバーと、幻想郷のめぼしい勢力には声を掛けることになったわ・・・詳しいことはメンバーが決まってからね」
「ふむ、それは良いとして、私の感覚が確かならば、こういった嬌声はパーテーィーの時に聞こえてきそうだが」
「まあ、つまりはそう言う事よ」
戸を空けると、正に宴会であった。
既にいくつかの酒瓶が空いている。

部屋を見渡すと、先ず、コロンビーヌが永遠亭の面々に取り囲まれている。ちょこんと座ったコロンビーヌの頭を輝夜が撫でて微笑んでいる。
そして、鈴仙はコロンビーヌに抱きつきながら泣いているようだ。心配したとか、良かったとか、そんなことを言っているようだ。てゐはそのコロンビーヌのスカートの端を握り、永琳はその様子を眺めて微笑んでいる。
コロンビーヌは居心地の悪そうな、それでいて嬉しそうな良くわからない表情をしている。

黒賀の人形使い、阿紫花は、眠たいのか船をこいでいるにとりの膝の上に乗ったパンタローネと何やら話をしているらしい、かつて敵同士であった二人は、年来の友のような顔で談笑していた。
その阿紫花の横で、妹紅という少女が一人と一体の話を聞きながら酒を飲んでいる。話に入れなくて面白くなさそうだ。

しろがねO、ジョージは慧音と差し向かいで酒を飲んでいる様子だ。しろがねは酒に酔ったりしないのだろうが、それでも手に持った椀から酒を飲んでいる。慧音と言う少女は少し顔を赤くしている。突然耳元に顔を近づけ、慧音がジョージに何かを言ったらしく、ジョージは酒を吹き出した。

アリスが振り向いてアルレッキーノに言う。

「まあ、こういう事よ」
「ふむ、つまりはパーティーという訳だな」
「ええ、こんな時にとは思うかも知れないけれど、まあここの習いね、人が集まれば宴会というのは」
「ふむ暢気な者だ、いや、だからこそ人間は強いのか」
「どうなのかしらね」


アリスは空いているスペースに座り、アルレッキーノもそれに習った。
アリスは椀に酒を注ぎ、飲み始める。
アルレッキーノは、さっきの気持ちについてまだ考えていた。先ほどは途中で話を切ってしまったが、その事によって、釈然としない気持ちになっている。しこりが残っているとでも言おうか。
なにか、アリスの喜ぶことをしてやらないとと思った。
アリスの笑顔が見たかった。
酒を飲むアリスと、少し自動人形のことについて話をしてから、アルレッキーノは、思わず聞いた。

「アリスは、余興等は好きだろうか」
「また突然ね・・・まあモノに依るけれど」
「そうか」
「まあ、嫌いじゃないわね」
「ふむ、喜んでくれると良いのだが」

アルレッキーノはそう言うと立ち上がり、コロンビーヌに何やら声を掛けにいく。

「コロンビーヌ」
「あ、あら、アルレッキーノ、アンタも動けるようになったのね」
「うむ、少し頼みがある、済まないな、少しコロンビーヌを借りるぞ」

そう言うと、アルレッキーノは永遠亭の面々に囲まれているコロンビーヌを連れ出してパンタローネの方に向かう。
なにやら阿紫花と話をしているパンタローネに声を掛ける。

「済まない、少しパンタローネを借りるぞ」
「おお、動くようになったのだな」
「ああ、少し頼みがある」
「ふむ」

そう言うと、船をこいでいるにとりの腕からパンタローネを抱え上げる。
三体の人形は少し離れたところで集まり何やら話し合いをはじめた。

「・・・だから・・・・こうで・・・」
「なら・・・あたしが・・・」
「しかしワシは・・・ああ・・・それなら」
「うむ・・・それでだな・・・」
「じゃあ・・・口上は・・・」
「声は・・・・うむ・・・・」


三体の人形が何やら話し合っているのを見て、アリスは首をかしげる。

「なにを・・・?」

そこににとりがやってきて、アリスの隣に座った。

「うーん、ねえアリスおじーちゃん達何するつもりなのかな?」
「わからないわ、余興がどうとか言ってはいたけれど」
「首だけでなにするんだろ?」

二人は揃って首をかしげた。





話し合いが終わったのか、何やらアルレッキーノがどこかに椅子がないか永琳に聞いている。
コロンビーヌは広間の奥の方に陣取って、端から端までの長さを歩幅で確認しているらしい。

永琳が椅子を持ってくると、その椅子の上に パンタローネの首を置いた。
真ん中にコロンビーヌが立ち、アルレッキーノとパンタローネがその左右にいる形になっている。

真ん中にいるコロンビーヌがぴょんと跳び上がり、やや芝居がかった様子で、しゃべり出す。

「皆さん今晩は、私たちは真夜中のサーカスと申します、本日はこの様に素晴らしいパーティにご招待いただきましてありがとうございました、そのお礼と申してはいささか些少ではございますが、少々の出し物を披露させていただければと存じます」

そう言って人形達はぺこりと頭を下げた。

すると何をするのかと訝しげに見ていたキョトンとしていた一同が、
笑顔になって拍手を始める。

「いいぞー」
「あら、楽しみ」
「ふにゃ、おじーちゃんなにかするの?」
「へーえ、こいつはいいや」

それぞれの歓声や、驚き顔を見て、コロンビーヌが満足したように微笑み、アルレッキーノとパンタローネに視線を送る。
アルレッキーノの指がリュートに掛かり、音を紡ぎ出す。
その音曲に会わせて、パンタローネは歌い始める。
明るく、楽しげな音に合わせて、コロンビーヌが舞い始める。

まるで、妖精のようにひらひらと舞うコロンビーヌに、一同は目を奪われる。
鮮やかなリュートの音に相まって聞こえてくるテノールが耳に心地よい。
呆気にとられたように踊りを見つめる者、手拍子をしながら微笑む者、それぞれ楽しんでいる様子だ。

驚いていたのは彼らと戦い続けた男、しろがねであるジョージ・ラローシュだった。

「驚いた・・・しかし、成る程な・・・」

彼のつぶやきを聞いた慧音が尋ねる。

「成る程とは?」
「今、奴らがここの住人に受け入れられていると言うことを納得できたのさ」
「ほう、何故だ」

ジョージは少し懐かしそうな顔をして、人形達を見つめる。

「只のメトロノームではない、それが分かったのだ」
「メトロノーム?」
「ああ・・・・なに、私だけが分かっていればいいことさ」
「む・・・」

少し不満げな様子の慧音の頭にポンと手を置き、ジョージは言う。

「そんなことより、このショーを楽しもう慧音、幻想郷では中々見られないものだろう」
「そうか・・・でも、いつか、教えてくれないか?」

頭に手を乗せられて、少し照れた様子の慧音が言葉を続ける。

「お前の歴史も、私は知りたいんだ」
「そうか、そうだな・・・」

慧音の視線から目を逸らすように、ジョージは、人形達の演奏を見つめ続けていた。




演奏の最後に、コロンビーヌがくるくると回り、ポーズを決める。
すると、皆から一際大きな拍手が巻き起こった。
人形達がお辞儀をする。頭を垂れたまま、アルレッキーノがコロンビーヌとパンタローネに呟く。

「良い物だろう?」
「そうね、知らなかった」
「あいつ等にも聞かせてやりたかったな」

人間のための見せ物。それはクローグ村での黒い記憶。あれもまた、フランシーヌ様に見せるためのものではあった。
こうして万雷の拍手で迎えられたのは初めてだった。
心に沁み入るような時間だと、三体の人形は思った。

椅子の上に置いてあったパンタローネににとりが駆け寄る。

「おじいちゃんすごいねー、歌なんて歌えたんだ」
「フフ、体が出来たらマイムも見せてやろう、それに玉乗りも得意だぞ」
「そっかそっか楽しみだねえ」

そう言ってにとりはパンタローネの首を大事そうに抱え上げた。
抱えられるパンタローネの顔は、微笑んでいる。

その様を見ていた阿紫花は頬を書きながら呟く。

「しっかしあのおっそろしい爺さんがねえ」

その言葉に妹紅が反応する。

「恐ろしいってあの首がか?」
「ああ、まあ一度味方にゃなったんだが、そん時もまあ怖かったからよ、それがあれだろ?まるで孫と爺さんだな、ありゃ」
「だから言っただろ、変わる事なんてなんでもないのさ」
「アタシも変わんのかねえ・・・」

そう言う阿紫花はほんの少しだけ目を細めた。

「でもま、今更だな」

言葉の意味を妹紅は知りたかったが、何故だか聞くことが出来なかった。聞いてしまったらこの時間が終わってしまいそうな気がして。永遠を知る妹紅は、永遠のもつ哀しさも知っていた。だから、聞くことが出来なかった。
どうしようかと迷った末に煽った酒は、なんだか苦いような気がした。



コロンビーヌは鈴仙と輝夜、てゐにもみくちゃにされていた。

「ちょ、ちょっと・・・おちついて・・・きゃっ!」

鈴仙は酔っているのか、涙を流したままだ。そのままコロンビーヌに抱きつき、倒れ込んだ。

「ちゃんと動けるようになって良かった〜、そんな風に踊れて良かった〜」

と、永琳が口を挟む。

「あのねえ、優曇華、嬉しいのはわかるけれど。鼻水も出てるわよ?」
「だって師匠〜、さっきまでがたがた震えてたんですよう〜」

輝夜は、なんだか出遅れたという様子だ。

「でもまあ、よかったわ、いい?コロンビーヌ貴女はもう、うちの身内なんだから、あんまり心配かけないようにしてよね」
「身内・・・?」
「家族って事よ」

家族、人形である自分をこの少女たちは家族と呼ぶ。
勝といい、この少女達といい、どうして人間は自分の心をこうも揺さぶるのだろう。自動人形たちの中にいた時は、一度だってこんな思いになったことはなかった。フランシーヌ様を除いて。
自分を抱きしめて泣いている鈴仙が輝夜が、永琳が、てゐがとても愛おしくなり、 取り合えずそっと鈴仙を抱きしめた。





頭を上げると、アルレッキーノはアリスの方に向かった。
アリスの事が気になる。

「アリス・・・その、どうだっただろうか」

恐る恐るアルレッキーノが聞くと、アリスは満面の笑みを浮かべて答えた。

「凄く良かったわよ!前に人形劇でも演奏してくれたけど、うん、やっぱり凄く良い!」

アリスの笑顔を見てアルレッキーノは安心する。しかし、安心とは別に何か暖かい者を感じていた。リョーコを助けた時、アリスと人形劇を行った時と同じように。
また、こういうものを感じたいと思った。

「喜んでくれたのならば、良かった」
「ええ」
「お前のためにやったのだからな」

アルレッキーノがそう言うと、アリスはアルレッキーノの腕に抱きつく、酒も入っているせいか、いつもよりも感情が表に出ているようだ。

「ありがとう、アルレッキーノ」

そう言われて、自分の中にわいてくる気持ちは、やはり快いものだった。
もう、アリスにあのような顔はさせまいと思った。

喧噪の中で、夜は更けてゆく。

騒がしく、優しいものに包まれて。



[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-9話
Name: バーディ◆679946b1 ID:44cd85b2
Date: 2010/11/06 18:36
燦々と太陽の光が降り注ぐ、妖怪の山。
その中腹当たりに、人目を避けるようにしてひっそりと立つ一軒の家がある。

陽光の中、家の外に置いてある椅子に座りながら、シルベストリは考える。
哲学者の異名が示すとおり、彼のアイデンティティーの一つとして、黙考すると言うことは彼にとって日常である。
その分口数が減り、他人に相談せず、自分の思考の中で答えを出そうとする彼は、自動人形の中でも変わり者と言われていた。

現在彼が考えていたことは、これから先どうするかと言うことだった。

思考を先に進めるために、ひとまず彼の思考は過去へと飛び、この世界で自分が目を覚ました時のことを思い出す。







目を覚ますと、暗い部屋だった。
辺りを見回すと、そこら中に、人形の残骸と思われるものが散乱していた。
体は、何かに支えられている。両腕を鎖に繋がれているようだ。

目を覚ます前の最後の記憶の中にあるのは、月光を浴びて、ひっそりと輝く鈴蘭だった。
才賀勝、あの少年に自分は敗北した。
否、人間の、一人では生きることの出来ない、その性に敗北した。

「ねえねえ、目ぇ覚めたの?」

足下から声が聞こえた。
目を下に向けると、頭に赤いリボンをつけた少女がしゃがんで此方を見上げていた。小さくて気がつかなかった。

「君は・・・」
「あたし?あたしはメディスン」

そう言うとその少女はにっこりと笑った。

「おじーさんも人形なんでしょ?」

無邪気そうに、その少女はシルベストリに尋ねる。何故かは知らないが嬉しくて仕方ないといった様子だ。

「ああ、そうだが・・・」
「うふふ、あたしも人形なんだよー、へへへ」

胸を張るその少女は人形であると言うことを誇らしげに言い、胸を張る。

「そうか・・・人形であることが、嬉しいのか?」
「うん!おじいさんも人形で良かったね!」

シルベストリは首を捻る。一体この少女は何者なのか、自動人形の中にはこの様な少女の形の人形はいなかった。というか、どうも自動人形とも雰囲気が違う。そもそも此処はどこなのか、何故自分は此処にいるのか。
そして、人形であって良かったことなど、自分にはあっただろうか。

黙り込んで考えるシルベストリを見て、今度はメディスンという少女が首を捻る。

「どうしたの?元気ないの?」
「いや・・・・」

言いよどむシルベストリを余所に、少女は何やら彼女が下げているポーチの中から何かを取り出す。

「はい!元気のない時はね!スーさんが慰めてくれるよ!」

そう言って少女が取り出したのは、一輪の鈴蘭だった。スーさんとは、鈴蘭のことなのだろうか。

「うんしょ」

精一杯背伸びをして、メディスンはシルベストリの胸のポケットに、鈴蘭を差し込む。

「あたしがね、ずうっと一人だった時も、スーさんがいたから寂しくなかったんだよー」
「・・・独りか・・・」
「うん、あたし気がついたらずうっと独りだったんだ、スーさんだけがいてくれたの・・・それでも寂しかったけど、スーさんがいたからあたしは元気なんだよ!」

その言葉を聞いた時、自分の身に起こっていることも、此処がどこかと言うことも忘れ、思考の中にシルベストリは埋没する。
果たして自分はどうであったのだろうか、自動人形の仲間はいた。それでも、彼らといて満たされたことはなかった。
そして、あの、何もない部屋。ずっとずっと続く、空虚な心。
もし、自分が満たされたという感情を持ったことがあるとしたら、フランシーヌ様に拝謁した時、そして、毎年鈴蘭の花を売ってくれたあの少女の・・・

「だからおじいさんにも、ねー?」

そういって笑うメディスンが少女にダブったような気がした。

そう思った時、ギィイという音がする。扉が開いたのか、何かのきしむような音。
闇が、部屋の中に吹き込んだような気がした。
入り込んだ闇が声を発する。

「目が覚めたかね、シルベストリ」
「ドットーレ様・・・・」

自我が崩壊したと聞いていた。そのドットーレが目の前に立っている。それを言ったら自分も破壊されたはずなのだが。

「ドットーレ様が私を・・・修復して下さったのですか・・・?」

シルベストリは、サハラでの戦い以降生き残った存在の中では珍しく、最古の四人に敬意を払っていた。それは、フランシーヌへの敬意だった。自分たちが敬愛してやまぬ主に、最も古くから仕えた者達へ、その敬意は、無くしてはならぬ者だと思っていた。

「そうさ、全くお前は良い勘をしている」
「それは・・・ありがとうございます・・・・」
「わーいドットーレー!」

会話している二人を余所に、メディスンがドットーレに抱きつく。

「おお、メディ、お前がシルベストリを起こしてくれたのか?」
「ううん勝手に起きたんだよ」
「そうかそうか」

そう言ってメディスンの頭を撫でるドットーレは、別人のような顔に見えた。
この二体は一体どういう関係なのか。それに自分は何故腕に枷をはめられているのか。自分を自由にしておきたくない理由があるのだろうか。

「ドットーレ様・・・この枷は一体・・・?」
「ああ?そいつはな、まあ気にしなくて良い、こいつを飲めば外してやる」

どこからか、ドットーレが銀色の液体を取り出す。椀に入ったそれは、自分たちが探し続け、ついに手に入れることの叶わなかったもの。

「生命の・・・水・・・」
「そうさ!誰にでも飲ませるわけではないのだぞう?貴様だから飲ませるのだ」

言われて、ためらう自分がいた。
人間を理解するために、自分は人間の中で生活をしてきた。
自分が破壊される時、人間が寄り添う理由が分かった。もう少し、その事を考えたいと思った。
生命の水を飲めば、人間のことが分かるのだろうか。
しかし、哲学者の異名を取る彼は、自分の思考の中から答えを導き出したかった。
それでも、主のためならば、厭うことは出来ない。
口元に、生命の水が近づく。

「・・・フランシーヌ様の御為なのですか」
「ふん、フランシーヌなど関係なかろう、己に従え、生命をくれてやろうというのだ、ふふふ、あははははは!」

その言葉を聞いた瞬間、シルベストリの体が反応する。カキンと言う音と共に、シルベストリの手首が外れ、腕が枷を抜ける。シルベストリの腕の部分は剣になっている。それを口でくわえ、体を捻りながら体を縛っている枷を切り裂く。
そのままドットーレの手も切り裂こうと、回転する。

「ほう!」

しかし剣が届こうとする正にその寸前、ドットーレは後方に飛んでいた。

「フランシーヌ様の御為にならぬ事を自らする気にはなれませぬ」
「貴ぃ様ぁ〜!!」
「ドットーレになにするんだ!」

メディスンが体から赤い煙を噴霧する。
シルベストリは咄嗟に体を反転させ、駆け出す。駆けながら、部屋の中にあった柱を切り倒し、追う道をふさぐ。
今、何も分からない状態で戦いたくはなかった。何も分からないままでは手の打ちようがない。


あのメディスンという少女の正体が分からない以上、最古の四人と正体不明の人形の相手をするのは危険だ。
そして、何よりも、あのメディスンという少女と戦いたくはなかった。

駆けるシルベストリの背中にドットーレの声が響く。

「己と、敵対するというのならば!覚悟をしておくのだな!!シルベストリィ!!!」

遠ざかっていくシルベストリの背中にメディスンが何かを呟き、ドットーレがその頭を撫でた。

「・・・と思ったのに・・・」

シルベストリは、駆けながら考える。
かつてはあれ程にフランシーヌ様への敬慕と忠誠を持つ人形であった。
シルベストリには、ドットーレが壊れてしまったように思えて仕方がなかった。動作ではなく、内部の部分で。
天幕の様な布を切り裂き、振り返らずに走った。
彼の胸ポケットの中で、鈴蘭が揺れていた。



鍵山雛は、メディスン・メランコリーを探していた。
ある日突然姿を見せなくなった彼女のことを心配してのことだった。
雛にとってメディスンは大事な友人だった。雛は厄神であり、人の厄をその身に集める。彼女自身にその厄は降りかからないが近くにいる人間には降りかかってしまう。力の弱い妖怪などにも。
雛が自分が近づいても、厄の降りかからない少女。それがメディスン・メランコリーだった。
人形には厄が降りかからない。例えば彼女が機械を触っても、その機械が活動を停止することがないように。
その厄を集め、図らずも振りまいてしまう性質のため、彼女には、親しく付き合える者が少ない。 集めた厄を、神に流した直後であれば、その様なことも無いのだが、人の厄は、すぐに集まってしまう。
だから、人間のために厄を集めながら、人間に触れず、幾星霜も生きてきた。
運命を呪いたくなるような時を、たった一人で、不満を洩らさずに生きてきた。
そんな彼女にとって、メディスンはどれ程大切な存在だっただろう。

雛が鈴蘭畑に向かう道を行く。
前方に人影が見えた、いや、人影なのだろうか、シルエットがおかしい、それに大きすぎる。特に顔の部分が左右に広がりすぎている。

「ああ〜なんだ〜てめえは?」

その奇妙な者は此方に話しかけてきた。

「人間みてえだな〜、此処を通ろうってんなら無駄だぜえ〜」

言いながら雛の方に近づいてくる。両横に長く伸びた、巨大な顔が不気味だ、何とも醜悪なデザインをしている。

「なにせこのスカスパー様がお前の血をのんじまうんだからなあ〜」
「・・・なに・・・なんなの・・?」


スカスパーと名乗ったそれが雛の腕を掴む。
雛の厄が発動する、そう思った、しかし何も起こらない。

「何で・・・・やめ・・・やめて!」

捕まれていない方の手から雛は弾幕を発射する。それはスカスパーに直撃し、相手を吹き飛ばす。
何故厄が発動しないのか、妖怪や人ではない存在、つまりは人形なのか、そう考えた。

「くそ〜!やりやがったなてめえええええ!」

吹き飛ばされたスカスパーは素早く立ち上がり、突進し、再度雛を掴もうとしてくる、雛は素早く空中に浮かび上がり、追撃の弾幕を放とうとする、が、足を捕まれた。
そのまま地面に引きずり下ろされる。

「くぅ・・・」
「可愛らしいお嬢ちゃんの血を〜いただくぜぇ〜」

捕まれてしまっては、非力な少女の力では脱出することが出来ない。
両腕を取られ、身動きが出来ない。
眼前に、醜悪な顔が迫る。

「ひひひ」
「いや・・・いやああああああああ!」

叫びながら雛が目を閉じる。
そこに、ザザザザ、と言う音が聞こえてくる。
スカスパーが音のしている方向を振り向き、怪訝な声で言う。

「なんだあ?」

ぎらり、と銀色の輝きが見え、駆け抜けた。そうスカスパーは思った。

「な・・・なんだったんだ・・・?へ、まあいい・・・・・・・・!?」

改めて自分が捕まえた雛の方に目を向けた時、そこに少女はいなかった。存在がなかったのは少女だけではない。彼の両腕もそこにはなかった。

「げ、げええええ!!」

静かに、少ししわがれたような声がする。

「改めて観察してみると、醜悪な者だな・・・そんなことではフランシーヌ様は笑ってくれぬよ」
「お・・・おまえは〜〜!」

シルベストリが立っていた、腕の中には雛を抱え、射るような視線でスカスパーを睨み付けている。

「ちくしょううううう!お前も人形なのに!どうして邪魔をするんだよぉおおお!」
「別にお前達に共感をしたことは一度もないよ、私はフランシーヌ様がどうしたら笑うかだけを調べていたのだから、そして、恐らくだが、この行為では人間は・・・フランシーヌ様は笑わぬ・・・そしてもう一つ・・・・」

腕の中から雛をそっと地面に下ろし、シルベストリはスカスパーに近づく。

「くそおおおおお!!」

苦し紛れにスカスパーが頭突きをしてくる、当たればひとたまりもないだろうが、旧型の体とは言え、最古の四人をも手玉に取ったシルベストリに当たるはずもない。

「・・・サハラでの戦い以降・・・新しく作られた、敬意も、信念もないお前等のことが私は大嫌いなのだと気づいたよ」

キン、と音がして、また、銀色の光が走った。
スカスパーからは、シルベストリが何かしたようには見えなかった。
今度はスカスパーの上半身と下半身が二つに分かれていた。
そのまま崩れ落ちる。

「畜生!・・・此処をしっかり守っていりゃあ生命の水を貰えたのに〜〜!!」
「残念だったな」

もう一度銀色の光がスカスパーの目に映り、その後スカスパーは何もその目に写すことはなかった。

細切れにしたスカスパーには興味も示さず、シルベストリはゆっくりと雛の方を振り向く。
青い顔をして少女は立っていた。

「あの・・・いったい何が・・・」
「そこの所を私も知りたい、思索の材料が欲しいな」


それから、二人で雛の家へと向かい、お互いの情報を交換した。
自動人形のこと、雛自身のこと、メディスン・メランコリーという少女のこと。
そして、現在、シルベストリは雛の家に世話になっている。








シルベストリの思考は現在へと舞い戻る。
あのスカスパーの残骸を見たことで、ドットーレは自分を完全に敵と認識しただろう。ならば追っ手がかかるはずだ。
それを考えれば、雛と一緒にいるのは危険とも思えた。
しかし、彼女の過去を知ってしまったシルベストリは、彼女の元から離れることが出来なかった。

人間の輪の中に入りたくて、入ることの出来なかった存在。
自分と同じ想いを持つ者。
離れがたかった。
あるいは、二人で、ひっそりとで良い、小さな輪で良い、そうして過ごしたかったのかも知れない。

「シルベストリさん、お茶入れましたよ」
「ありがとう、頂こうか」

自動人形に食べ物は必要はない、厄神にも、それでも、人間と同じようにこうしてお茶を飲んでみたり、食事を取ってみたりするのが心地よかった。
ならば近づく危険は、自分の剣の錆びにしてくれよう、そして、危険の原因を取り除かなければならない。
しかし、戦力が足りない。どうしたものか。

と、山の中腹から見渡す景色の中にいくつかの黒い点が見える。人形の彼だからこそ見える距離だ。それは此方に向かってきているらしい。とうとう追っ手に発見されたのか。

「雛、少し花を摘んできてくれないか」
「え?でもお茶入れたばかりですし・・・」
「頼むよ、可愛い花を摘んできとくれ、なるべく多く」
「あ・・・はあ・・・」

相手をするのは自分一人で充分だ、あの少女を危険にさらさせるわけにはいかない。

雛が山を下りていくのを確認して、シルベストリは左手首を掴んだ。





[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-10話
Name: バーディ◆679946b1 ID:44cd85b2
Date: 2010/11/09 02:27
飛来するいくつもの影をシルベストリは静かに見据える。
凶悪な気配をまき散らしながら、影はどんどんと大きくなる。
近づいてくるのは恐らく虫型の自動人形。旧真夜中のサーカスの飛行戦闘部隊だ。
かつて、しろがね、ギィ・クリストフレッシュと、加藤鳴海と交戦し、飛行機を墜落させ、殺そうとしたが失敗した者達だった。
飛行機は墜落したが、乗っていたしろがねは一人も死ななかった。

「・・・と、すると部隊長はスパッツァか・・・」

空を飛んでくる時点で、厄介なことは分かっていた。
何故ならシルベストリは跳躍は出来ても飛行は出来ない。

「ふむ・・・ならば・・・」

呟きながらシルベストリは森の中に身を隠す。
彼方からは多くの木の陰に隠れて此方の捕捉はまだ出来ていないはずだ。分かっているとすれば、この家の位置ぐらいか。
ならば、奴らは一度家の中を探そうとするはずだ。そこで家の中に入った時を狙い、切り裂く。
家の中ならば、咄嗟に飛ぶことは出来ない。

日輪を背にした影は大きくなり、数体の人形が雛の家の前に降り立つ。
足音が聞こえる。

キィという音、戸が開き、閉められた。
降りてきた虫型自動人形全員が入ったのを確認して、シルベストリは戸をノックする。

恐らく今自動人形達は戸の前に集まっているはずだった。
素早くシルベストリは家の裏側に回り込み。窓を切り裂いて室内に入り込んだ。

戸の近くに集まっていた人形達が、シルベストリの方を振り向いた時には、もう遅かった。

銀色に輝く光芒が室内を縦横に駆ける。

「ぎぃいいいいいいい!」
「ぐああああああああああ!」
「いったいなにがああああああああ!」

様々な怨嗟の声を上げながら虫型自動人形達が崩れ落ちていく。
部屋の中にいる全ての自動人形を切り裂いて、シルベストリはゆっくりと部屋を見回す。
そこで、あることに気づいた。いると思われていた、虫型自動人形のスパッツァがいない。
部隊長無しで目的を持った行動が出来る程、この人形達は上等な者ではないはずだ。改造をされていなければだが。

「まさか・・・」

そう呟いた時、一本の剣が扉を突き破ってきた。

「ぬう!?」

バギィ!と言う嫌な音を立てて扉が吹き飛ばされる、剣はそのままシルベストリに向かってきている。そしてその剣を握っているのは自動人形。
扉が砕け、現れた姿、つばの広い帽子には、羽根飾りがつけられている。顔立ちは端正と言っていいだろう。何故か左目には眼球が無く、黒いマントを羽織った、騎士のような男性型の人形。
シルベストリは咄嗟に剣を引き抜く、鋼同士がぶつかり合い、火花が散る。

「ふはははは!我が愛剣スペッツァ・フェッロの豪壮なる一撃を受け止めるとは見事なり!」
「ぬうう!」

つかの間、鍔迫り合いの形になる。

「カピタン・・・グラツィアーノ!」
「久しぶりだな!シルベストリ!我が剣を受け止めたのは褒めてやろう、だが、力が足りん!」

言いながら、カピタンが鍔迫りあったままシルベストリを蹴りつける。

「ぐ!」

蹴りつけられたシルベストリが窓を割り、部屋の外へと吹き飛ばされた。

「ぬかった・・・!」

カピタンが悠然と窓から外へと現れる。
シルベストリを見下ろし、高笑いをする。

「はははははは!偉大なる”最後の四人”たるこの私と剣で渡り合おうとは滑稽なり!」

高笑いをしながらカピタンは斬撃を繰り出す。
しかしシルベストリもその素早さと剣技の精妙さに於いては右に出る者がいないとまで言われた程の自動人形である。
襲いかかるスペッツァ・フェッロを右手の剣で弾く。
三合、四合、渡り合う剣戟による火花が散る。

「ほう!流石はシルベストリよ!しかし由緒ある”最後の四人”として生まれ、伝統ある剣技を習得し!数々の戦場を華々しき武勲で染め上げたこの私に・・・」

しかし、決定的に力の部分で、カピタンには劣っていた。

「貴様のような老いぼれが勝てるか!!フラカッソ!!」
「ぬう!!」

いくつにも増えたように、カピタンの剣がシルベストリを突く。
剣技も、速度も互角であれば、その唯一劣っている力の部分で押し込まれる。
性能で言えば確実にカピタンの方が上だった。
相手は最強と呼ばれた自動人形、それでも尚。

「負けるわけにはいかんのだよ」
「ほう・・・性能で劣っていながら吐くか!」
「負ける訳にはいかんよ・・・お前は、伝統と言った、その言葉の持つ意味も分からずに・・・人間が、永の時を掛けて営々と営んできた力は、その様なものではないのだから・・・それを知った私は、負ける訳にはいかない」

才賀勝という少年のことを思い出す。
自分を破壊した少年。
彼の見せた力は、長い長い歴史を掛けて、人間が研鑚してきた力だった。その力が、その繋がりが、シルベストリに人間を理解する一歩を与えてくれた。
そして、彼の見せてくれた技は・・・

「ふん!いくら偉そうなことを吐いたところで!貴様と私の差は埋まらぬ!!」

大上段からカピタンがスペッツァ・フェッロを振り下ろす。
シルベストリは、逆手に持った剣を頭上へ上げる。
受け止めるのではなく、受け流す。三浦流の受け。

「何い!?」

吃驚するカピタンの頭上に今度はシルベストリが剣を振り下ろす。獲った、そう思った、しかし、ほんの僅かに体が軋む。
一瞬の差であったろう、いつものシルベストリならばカピタンを両断できたかも知れない。
シルベストリの剣はカピタンの帽子を切り裂いたが、脳天までは刃は届かなかった。

「おのれ!驚かせおって!」

叫びながらカピタンは逃げるように、足から火を噴き出し、空中へと飛び上がる。

「血が・・・足りんか・・・」

人間の血が足りなくては、自動人形の動きは悪くなる。よりによって、その弊害が此処で出た。
空中に浮かぶカピタンが笑いながら言う。

「ふふん、先ほどは油断したが、もうそんなことはしないぞ」

頭上を取られることは、剣士にとっては著しく不利となる。ましてや技量が拮抗していれば、その地の利の持つ意味は大きい。
しかも、シルベストリの動きは悪くなっている。

「二度と!私は敗北せん!落ちろ!シルベストリ!!」

上空からカピタンが滑空してくる。
シルベストリは鈍い動きの体でどこまで出来るか。居合いの構えを取る。

二体の人形が交差する。
剣が届いたのは、カピタンだった。
シルベストリは胴体を横凪に切られた。

「くう・・・」
「チッ、空洞か!しかし・・・・動きが鈍くなっているぞ!シルベストリ!!」

斬られた部分は幸い空洞の部分だった、シルベストリの胴体は殆どが空洞で、体の中に剣を仕込んである。その作りが彼を救った。
舌打ちをしながら、カピタンが再度上空へと舞い上がる。

「次は、外さん!」


確かに、今の動きの鈍い状態のシルベストリが、頭を狙われたら、守りようがなかった。打てる手は、どこにもない。
高速でカピタンが急降下してくる。

「すまん・・・雛・・・」

せっかく出会えたのに、孤独な君の話し相手になってやることが出来たのに、そう思った。

「もらっ・・・なにい!?」

急降下してくるカピタンが急に方向を変えた、否、変えさせられた。もっと正確に言うならば、吹き飛ばされた。
幾つかの衝撃波を受け、カピタンはそのまま、地面に激突する。

「なんだ!何者だ!!」

立ち上がりながら、カピタンが誰何する。

「ふふん、ざまはないな、カピタン・グラツィアーノ」

低い声を発しながら現れたのは、緑の衣を身に纏い、長い鼻と髭、そして風にたなびく帽子を被った自動人形。

「それ以上やるというのならば、ワシも仲間に入れて貰おうか、このパンタローネは少々厄介だぞ?」

最古の四人、パンタローネが片手を突き出し、立っていた。

「貴様・・・貴様如き旧型が・・・!」
「パンタローネ様・・・」
「ふん、久しいな、シルベストリ・・・」

そう言ってパンタローネは胸元から血液の入ったパックを取り出し、シルベストリに向かって放り投げる。

「飲んでおけ、どうせ血が足りとらんのだろう」
「は・・・」

シルベストリは素直にパックから血を飲む。
体が軽く感じる。

「ふん!貴様等老いぼれどもがいくら束になろうと!このカピタン・グラツィアーノの・・・・」

カピタンは剣を構える、しかし、彼の自慢の剣スペッツァ・フェッロはぽっきりと折れていた。先ほどの激突で剣が地面に妙な突き刺さり形をしたのだろう。
それだけ、カピタンの急降下に威力があったという事でもあるのだが。

「そんな剣でまだやるかね?若いの?」
「ぬ、ぬ、ぬ、おのれ〜〜〜!例え剣が無かろうと・・・」

パンタローネが指先から圧縮した空気を撃ち出し、カピタンの帽子を吹き飛ばす。「深緑の手」と呼ばれるパンタローネの技である。

「ふむ、構わんぞ、やるかね」

パンタローネの脇で、シルベストリが居合いの構えを取る。
空に浮かんでも、パンタローネに狙われ、得意の剣技は封じられた。
ここに至り、カピタンは己の不利を強く認識する。
足からジェットを吹き出し空へと飛び上がる。

「覚えておけよ貴様等!騎士に背を向けさせた事を後悔させてやる!必ず・・・・必ずだ!」

空中で体を反転させて、カピタンは捨て台詞を吐く。
その形相は怒りに歪んでいた。

「我が誇りに掛けて!貴様等は私が破壊してやる!!」

カピタンは叫びながら彼方へと飛びさっていった。

カピタンの姿が見えなくなったのを確認して、ゆっくりとシルベストリの方へパンタローネが振り向く。

すると、シルベストリは頭を垂れていた。

「その節は、造物主の命とは言え、ご無礼を致しました、そして此度は危急を救っていただき・・・」
「ふん」

パンタローネは以前、シルベストリに敗北している。
しかし、サハラでの戦い以降、生き残った自動人形達の中で、シルベストリだけが、”最古の四人”に対しての敬意をなくさなかった。

「何のことだか分からんな、忘れたよ」

腕を組みながらパンタローネが言った。
自動人形は、気がつかないことはあっても、記憶を忘れることなどはない。
今となっては、どうでも良いことだと思った。
少々、苦々しい思いもあるが。

「はい・・・しかし、嬉しいものです」
「何がだ?」
「自動人形でも、寄り添って、生きることが出来るのですな・・・」
「そうだ・・・な、フランシーヌ様、否、エレオノール様と人間達が、それを教えてくれたのよ」
「そうですか、あの才賀勝の守ろうとしていた、女性ですな、フランシーヌ様に、とてもよく似た」

パンタローネは空を見上げる。何かを懐かしむように。
釣られて、シルベストリも。

「なあ、シルベストリよ」
「なんでしょうか」
「フランシーヌ様が笑われたと言ったら、お前は信じるか」

シルベストリは、空を見上げたまま答える。

「はい」
「そうか」

フランシーヌ様も見つけたのだ、恐らくは、輪を、そしてその中にはいることが出来たのだろう。
確たる証拠もない、笑顔を見たわけでもない、それでも、それで良いと思った。


「だが、我々の使命は終わってはおらぬ、人間を傷つけるなと言うのが、フランシーヌ様のご命令だ、それは、傷つけさせるなと言うことだ」
「この老体に出来ることがあらば」
「ワシよりは若いだろうに」

どこまでも青い空に、二つの影が見えた。
川城にとりと、鍵山雛の二人だ。

にとりと雛が地面に降り立つ

「いやーびっくりしたよ、厄神様に会ってお話ししてたら急におじーちゃん走り出すんだもの」
「聞き覚えのある羽音がしたのでな」
「まー結果オーライなのかな?あっちの厄神様といるおじーちゃんも自動人形なんでしょ?協力してくれるって?」
「うむ、そう思ってくれて良いぞ」

にとりとパンタローネは先日の永遠亭の会議で決まった通り、妖怪の山に味方を集めに来ていた。そこで雛と出会って会話をしていたところ、パンタローネが虫型自動人形の羽音を聞きつけ、急行したと言うことだった。


にとりがパンタローネに話している間に、雛は地面に降り立ち、シルベストリに駆け寄っていた。

「シルベストリさん!」

裂かれたシルベストリの胴体を見て雛が悲鳴のように声を上げる。

「ああ、雛、花は摘んでこれたかね」
「そんなこと言っている場合じゃ・・・」
「良いんだよ」

そう言ってシルベストリは雛の頭を撫でる。

「大丈夫だ」
「でも、シルベストリさん・・・私を助けるために・・・」

この少女は、人間の幸福の為に、孤独に耐えねばならなかった。それでも、自分のことではなく、他人のことを思い続けた。
言うに尽くせぬ寂しさを抱えたまま、多くの時を独りで過ごしてきたこの少女を、守らなくてはならないと思った。
フランシーヌ様が、人間と同じ心を持つのならば、自分の行動に、想いに、異議を唱えるはずはないと信じた。


「そうだなぁ、雛に危険が近寄らなくて良かった、それに・・・」

シルベストリはもう一度空を見上げる。
目に入るのは抜けるような青い空、雲一つ無く美しい。

「今、私はとても良い気分なんだ」

フランシーヌ様の御心は解き放たれた。

「本当に、良い気分なんだよ・・・雛」

心配そうな顔をしている雛に微笑むシルベストリに、以前のような寂しさはもう無かった。
自分の帰る部屋は、もうあの、何もない、がらんどうのような部屋ではない。

見あげた空は、只々青く透き通って。



[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-11話
Name: バーディ◆679946b1 ID:88766f91
Date: 2010/11/13 18:38
フランシーヌ様

フランシーヌ様

人形は…永遠に変わることが…できないのでしょうか…

フランシーヌ様…人間になった貴方様に少しでも何かをして差し上げたかった…

ほんの少しでも…

そして…今際の刻まで私を抱きしめてくれる貴方…

嗚呼…ごめんなさい…貴方の気持ちをもう少しだけ早く…

そうすれば…私も…












人里を歩く少女が一人
金髪がキラキラと太陽を反射する。
その少女の横には小さな人形が大きな荷物を頭に載せて歩いている。
今日はアルレッキーノとは別行動をしているアリス・マーガトロイドである。
アルレッキーノはコロンビーヌに用があるとかで永遠亭へと出かけていった。
なにやらコロンビーヌの作った鴉型の自動人形を使ってドットーレ達の事を探るらしい。

そこでアリスは食料やら、衣類やら、人形の材料やらを人里へ買いに来た。

アリスは魔女である。この世界の魔女は食事、睡眠などをしなくても生きていくことは出来るのだが、アリスはなるべく人間と同じように生活しようとしているので、どちらも余り疎かにしない。
それは、かつて自分がそうであった人間というものの存在に、捨てきれない何かを感じているから。しかしその意味の正体をアリスは知らない。
父親の顔も、母親の顔も知らない彼女らには、それを教えてくれる者はいなかった。母は、魔界における神の一柱だと言うことだけは知っているが。
100年を生きず、儚く、脆い存在、血を吹き出せば容易く死に、ほんの少しの感情で心を乱され、例え意味など無くとも其処に存在する。人間。
その人間の相似形でありながら、対極に位置する存在、自動人形。
強力な力を持ちながらも、その存在に意味がなければ、生きられない自動人形。

アリスは、自律する人形が作りたい、それは、人間が生きると言うことがどういう事なのか、その探求であった。しかし、アルレッキーノ達を見ていて思う、果たして、自分が自律人形を作ったとして、その子は、一体どう意味を持ってこの世に生まれてくるのか。

人であった時も、魔女となってからも、生きると言うことがどういう事なのか、アリスは分からない。

アリスは荷物を持っている上海人形を見つめる。
自分が動かしているこの娘は、生命を与えられて喜ぶのだろうか。
きっと喜んでくれると思っていた。
もし自分と共に在り続けてくれた人形達に、生命を与えられれば、彼女らは喜んでくれると。
そして、与えられた生命は自分に生きると言う事の意味を教えてくれるのではないか、そう思っていた。親から与えられなかった物を、子に求めた。

「ねえ、もしそうなったら貴女はうれしい?」

呟いてみる、返事が返らないことは分かっている。それでも、言葉は、思わず口を衝いた。

ふうとため息をつく。

頭を振りながらアリスは髪を掻きあげる。ふと目にした往来の中に知った顔を見つけた。
銀髪の髪にメイド服を着た少女。その表情は常に冷静さを崩さない、紅魔館の完璧で瀟洒な従者。
十六夜咲夜である。
パチュリーの所へ遊びに行くといつも彼女がお茶を供してくれる。そして、彼女は弾幕戦の出来る幻想郷の存在の中では珍しく人間だ。
ちょうど近々紅魔館へ赴き、自動人形との戦いに協力を要請しようとしていたアリスは、取り敢えずの挨拶でもしておこうと思った。

「咲夜じゃない、お久しぶり」

声を掛けられて少女が振り向く。突然の事にも全く動じないその様子は相変わらずと言ったところか。横に、もう一人メイドを連れている。

「これはアリス・マーガトロイド様」

此方を認め、慇懃に頭を下げる。本来はもっと高圧的な言葉を使うことが常な彼女であるが、パチュリーの友人と認識されてからは丁寧な言葉で話しかけてくれるようになっていた。最もアリスはそんなことは望んでいないので、そのたびに訂正はしているのだが。

「だからやめてよね、その言葉遣い、何だか壁を作られてるような気分になるわ」
「そうは言われましてもパチュリー様のご友人ですし、ご無礼があっては、そう思うのが従者の思考でございます」
「その私の気分が良くないと言っているのよ」

そう言われて咲夜がため息をつく、少しアリスの目を見つめた後、一度頭を振って口を開く。

「わかったわよ…それで、どうしたの?私たちまだ買い物が残っているんだけど」
「私たち…?」

気がつかなかったが、横にいるメイドも大層美しい。高い背に、短めの金髪にどこか気品の感じられる緑の目、少し冷たい感じはするが、美人である、まるで人形のような。

「貴女、妖精じゃないのね」

紅魔館の妖精は咲夜以外は基本的に妖精である。しかしこのメイドには、羽が見られない。

「はい、私は妖精ではありません」
「ふうん、珍しいわね、新しく雇い入れるなんて…咲夜の後に入ったなんてもう10年以上ぶりね」
「そうね、でも良くやってくていれるのよ」

咲夜はそのメイドを見つめて名を呼んだ。

「ね、アプ・チャー」












湖の畔にある紅魔館の門前、暖かい日の光を浴びながらすやすやと寝息を立てている少女が一人。赤い髪に緑色の帽子を乗せて、服は中国を連想させるようなチャイナドレスである。
紅魔館の門番、紅美鈴だ。
彼女はこの幻想郷に存在する妖怪の中では珍しく、弾幕戦が余り得意ではない、弾幕戦よりも、彼女は何故か滅多に使用する事のない武技を磨いている変わり者であった。

幻想郷の弾幕戦とは言わばお遊びである。致命的な傷を負わないために八雲紫の考え出した決闘方法だ。美鈴が武技を磨くのには訳があった。

その少女に近づく一つの影がある。
全身をコートに包んでおり、顔も見えない、素肌で露出しているのは目元くらいの物である。ご丁寧に帽子を被り、手袋までつけるという念の入りようであった。

その男が美鈴の肩を揺さぶる。

「おい、美鈴」
「う〜ん、咲夜さんごめんなさい、コレは決して居眠りなどではなく…むにゃむにゃ」
「夢の中でも居眠りをしているのか…おい、起きろ美鈴」

ガタガタと肩を揺らされて美鈴がゆっくりと覚醒する。目の前に入った物を見てぎゃあ!と声を上げた。

「ぎゃあ!…なんだ、ブレンバーナさんでしたかぁ」
「いつも思うのだが、お前はそれで良いのか」
「あ、いやーアハハー…咲夜さんには内緒にしておいてくださいね」
「それは構わないが」

呆れた様子の男に対して美鈴は苦笑いをしてみせる。

「えーと、いつものですか?」
「うむ、いつものだ、受けてくれるのだろうな」

そう言って男は数歩後に下がり構えを取る。
左手と左足を前に突きだし、姿勢を低くする、右手は頬の頬のあたりに置き、やや右足を開く。中国拳法の構え。

「ええ、良いですよ、私の鍛錬にもなりますし」

そう言って美鈴も構えを取る。先ほどまでの寝ぼけていた少女とは思えぬ闘気が美鈴の体から立ち上る。
それを見てコートの男はマスクの中でにやりと笑ったようだった。

「ブリゲッラ・カヴィッキオ・ダ・ヴァル・ブレンバーナ、参るぞ!」
「紅美鈴、参ります!」

お互いにそう叫んで駆け出す。
美鈴の先制の攻撃、素早い速度で繰り出される掌打、ブリゲッラはすれすれでその攻撃を躱し、肘を使って突っかける。しかし美鈴も躱される事を読んでいたのか、掌を撃たなかった方の手で肘を受ける。

「やっちゃった!いったーい!」

ガードした腕がびりびりと痺れる、涙目になりながら美鈴は距離を取ろうと蹴りを繰り出す。当たりはしなかったが、ブリゲッラが後方にバックステップをする。

「ふん、まだまだ!」

再度突進してきたブリゲッラの拳が美鈴を襲う、美鈴は今度は受け止めたりせずに拳を受け流す様に躱している。一撃でも貰うと倒れてしまいそうだ。

「ここ!」

ブリゲッラの拳を躱しつつ美鈴が懐に入り込む、密着した状態からブリゲッラの腹部に拳をうち出す。寸勁。

「当たらん!」

拳を打ち出す寸前の一瞬の溜め、其処を狙ってブリゲッラが美鈴の手を払いのける。打ち出していた腕をそのまま後方に引き、美鈴の首筋を狙う。しかし美鈴は前方に転がりそれを躱した。そして距離を空けて対峙する。

「ふん、相変わらず妖怪とやらの身体能力はたいした物だ」
「そちらこそですよ」

お互いににやりと笑い、二人は駆け出す。
お互いに拳足を繰り出し合うが当たらない。一般の人間には視認する事すら難しいであろう攻防。一瞬のうちに攻めてが受け手に取って代わられる。美鈴は数百年の時を武術の鍛錬に費やしている。それは、人のたどり着く事の出来ない境地に達しているという事でもあった。
しかし、体力の削り合いになると不利なのは美鈴である。ブリゲッラは自動人形であるため体力など関係ない。美鈴は妖怪であるが故人間と比べれば相当に高い体力を持つとは言え、有限である。
一瞬、美鈴の動きが緩む。

「貰った!」

美鈴の腹部にブリゲッラの拳が突き刺さる。

「が!?」

しかし、同時にブリゲッラの顎に美鈴の掌底がクリーンヒットしていた。
お互いに吹き飛ぶ。

「ぬう…」

気の入った一撃をくらい、膝立ちになるブリゲッラが美鈴の吹き飛んだ方を見ると美鈴は既に立ち上がり、此方へ駆けてきている。そして、跳び蹴りをブリゲッラに向けて繰り出す。

「いやああああああああ!」
「ええい!誘いの一撃か!」

恐らく美鈴は腹部に気を集めダメージを軽減していたのだろう、硬気功という勁の使用方法。対してブリゲッラは美鈴の気のこもった一撃を直撃してしまった。彼の体は気を吸収するように作られてはいるが、何せ紅美鈴の能力は「気を操る程度の能力」である、全ては殺しきれなかった。

迫ってくる美鈴の足、ブリゲッラは気力を振り絞り、美鈴の足を掴む。

「え!?」
「おおおおおおおおおおおお!!」
「ちょ、ちょ、ちょ、まってえ〜!」

そしてそのまま体を回転させ、放り投げた。
放物線を掻いて美鈴が飛んでいき、地面にたたきつけられた。

「ふえ〜」

美鈴は目を回してしまったようだ。しかし気力でブリゲッラも美鈴を放り投げたが、美鈴に打ち込まれた気の力が彼の体の動きを止めてしまう。こと幻想郷においては美鈴の武術と気を操る力は自動人形の天敵のような物であった。

「ぬう…」

その場にブリゲッラはばったりと倒れ込む。
引き分けに終わってしまったのは少々悔しいが、やはり自分の体を使う闘いは良い。そんな事を考えた。

すると、人間の足音が聞こえてきた。そして自動人形の足音も。
何とか首を音のする方に向けると、其処に見えたのはこの紅魔館のメイド長だという十六夜咲夜と、アプ・チャーと呼ばれるメイドだった。

咲夜は倒れている二人を見てやれやれというように首を振る。

「やれやれ…またなの?アプ・チャー二人を寝室へ連れて行って」
「お言葉ですが咲夜様…」

そう言ってアプ・チャーはブリゲッラを睨み付ける。

「美鈴様をお運びするのは良いとして、此方の薄汚い自動人形まで運ぶのですか?」
「ええ、お願い」

薄汚いと言われてカチンと来たのかブリゲッラが口を開く。

「ふん、貴様の様な奴に運ばれたいとは私も思わん」
「貴様、その態度は何だ、何なら今此処で貴様の首を落としてくれても良いのだぞ」

キリキリと音を立ててアプ・チャーの腕が伸び、巨大な挟みのようになる。

「体さえ動けば貴様などすぐに破壊してやる、フランシーヌの木偶人形が」
「貴様は…!!」

アプ・チャーが挟みをブリゲッラに向けて突き出す。しかし、刃は地面に突き刺さり、ブリゲッラに当たる事はなかった。
咲夜が時間を止め、ブリゲッラの体を動かしたのである。

「アプ・チャーお願い」
「…かしこまりました」

そう言うとアプ・チャーは
くさい物でも持つようにブリゲッラを挟みのような腕で摘み、美鈴を肩に抱え上げて屋敷へと入っていった。

アプ・チャーは現在紅魔館でメイドとして日々を過ごしている。
元々フランシーヌの世話人形として作られた彼女は、人間の心理を理解するために、ローエンシュタイン公国の王女、エリに成り代わろうとして同国の侯爵であったギュンターに近づいた。不治の病に侵されていたギュンターは、生命の水がエリの中にあると聞かされ、アプチャーの協力を申し出た。そして国を乗っ取ろうと考えた。
しかし、アプ・チャーはしろがねに敗北し、ギュンター侯爵とともに己の放った炎に包まれた。炎の中で、ギュンターは自分を娘だと言った。お前がいればもう何も要らないとも。その時、今まで感じた事のない気持ちになった。

そこまでは覚えている。気がつくと、本の並ぶ場所にいた。紅魔館の大図書館であった。そこの主というパチュリー・ノーレッジが修復をしてくれたのであるという。錬金術の知識の応用でさほど難しい事ではなかったと言っていた。

そして、そのパチュリーから非常に興味深い話も聞いた。賢者の石、柔らかい石すらも彼女は作れるのだという。しかしながら生成には非常に長い時がかかるという事で、その間紅魔館でメイドとして働く事になったのである。
レミリア曰く、面白いからとの理由で。
幸い、フランシーヌの世話人形であったアプ・チャーにメイドの仕事は性に合っていた、ギュンターの世話もしていたから一通りの人間に必要な事は出来る。

取引条件があったとは言え、アプ・チャーがその申し出を受けたのは生命の石のためだけではない。ギュンターと燃え落ちる時に、自分の感じた感情が気になっていた。その正体を見極めたいと思っていた。

人形は、永遠に変わる事が出来ないのだろうか。生命の水を飲まなかったとして、あの時自分の感じた物は…。

自分は、フランシーヌ様にも、ギュンター侯爵にも、何もしてあげられなかった。ここで生命の水を手に入れられたら、あの二人のためになるのだろうか、そして、何故、恐らくはもう死んでしまったであろうギュンターの事が此処まで記憶に残っているのだろうか。

自分のしたい事は何なのか。

勿論フランシーヌ様を笑わせて差し上げたい、でも…

それだけなの?

心の内に声が響く。

あの炎の中で感じた気持ちは、何故だかアプ・チャーの思考を複雑な物にしていた。

ドサリとブリゲッラをベッドの上に放り投げ、美鈴の部屋へ行き、美鈴をそっとベッドの上に置いた。

紅魔館で過ごし始めてもう数ヶ月になる。自動人形故力が強いので何かと重宝される事も多い。そして、礼を言われたりするのが嬉しく思う自分がいた。

フランシーヌ様、ギュンター候、紅魔館の少女達。
全てを疎かにしたくないとアプ・チャーは思い、狼狽える。しかし、それは何故だか嫌な気持ちではなかった。

「さて、おやつを作らなくては」

今日はお嬢様がプティングをご所望だ、そのためにわざわざ人里に新鮮な卵を買い求めに行った。
頭を振って呟くアプ・チャーの顔が微笑んでいた事に本人は気がついていない。




[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-12話
Name: バーディ◆679946b1 ID:44cd85b2
Date: 2010/11/14 12:05
ブリゲッラが、アプ・チャーにベッドの上に放り投げられて暫く後。

「くそ、投げ捨てるように…あの旧式自動人形め」

ブリゲッラは何とか体を起こす。美鈴に打ち込まれた気の影響は大分良くなったらしい。人間のように首に手を当て左右に振る、コキコキ、ではなくキリキリという音がする。

彼は自動人形、カピタンと同じく、最後の四人の一体である。
数日前から、彼はこの紅魔館に通い詰めている。美鈴と手合わせをし、パチュリーに武術書を借りるためにである。

美鈴と中国拳法で渡り合っていたが、彼の特性は別段肉弾特化型というわけではない。むしろ特性は逆なのである。その理由は彼のコートの下にある。誰にも見せたがらない彼の服の中にある物。それは夥しい数の小型ミサイル。
本来彼は中距離から敵を破壊するために作られた人形である。少なくとも、近接戦闘用ではなかった。

ブリゲッラは作られた時から、自分の体が嫌いだった。
道具に頼らなければならない自分の性能が恨めしかった。
何故ならば、例え自分が戦果を上げたとしても、賞賛されても、その結果は、言葉は、自分ではなくミサイルに向いているのだから、価値があるのはミサイルであり、自分は只の砲台でしかない、そう思った。
だから自分自身が強くなりたかった。強くありたかった。
自分自身にも、価値があるのだと信じたかった。

間もなく、格闘技という物を知った。

己の肉体のみで戦う人間の闘争方法。使う物は己の五体のみ、道具の性能に頼らず、勝負の結果が全て本人に帰結する戦い方。
自分の求めている物はこれだと思った。

中距離戦闘用の自動人形とは言え、それなりの運動性能はあり、基本的には技術を学ぶだけで良かった。それでも、ハーレクインの性能などには及ばなかったと思う。人間で言えば、才能がない、ということだった。
だから学習した。何百冊と武術に関する本を読み。それを実戦で試した。人間だけではなく、獣も、素手で撃ち倒した。
自動人形に寝食は必要はない。任務のある時以外、時間の全てを人間の作り上げ、練り上げた武術の習得に費やした。己の存在価値を高めようとした。それこそ必死で。
自動人形らしからぬ感情であったかも知れない。しかし、新しい技を習得する度に、彼の心は打ち震えた。彼に人間で言う才能はなかった。しかし彼は凡人の感じる感動があった。ある時、今まで出来なかった動きが出来るようになる。それが、ブリゲッラにとっては嬉しくて仕方がなかった。短い時の中、自動人形であるが故に可能な、一日に数十万回という速度で反復練習を繰り返す彼は努力の人であった。味方の自動人形から、何故そんな事をするのか意味が分からないと、言われた事もある。それでも、彼は只一人技を練り続けた。

しかし、ブリゲッラは最後の最後、加藤鳴海との決戦でミサイルを使用した。
加藤鳴海と戦う前に、アルレッキーノの半身を彼は吹き飛ばした、あれ程に忌み嫌っていたミサイルで。
暗い快感があった。自分が練り上げてきた拳足を使わずに、いとも簡単に、近づきもせず、安全圏から敵を破壊できた。

それは、とても暗い、暗い、快感だった。

だから、己に相対し得ない、情けない加藤鳴海もミサイルで吹き飛ばし、屈辱を与えてやろうと思ってしまった。
しかし、ミサイルは彼に届く事はなく、ブリゲッラは敗北した。
愚かな事だった。

カチャリ、と音がしてドアが開く。ひょっこりと顔を見せたのは紅美鈴だった。

「あー、ブレンバーナさん良くなりました?」
「む、メイリンの方も良くなったようだな」
「いやあ、やられちゃいましたね」
「いや、私の最後のあれは技とは呼ぶ事のできないような代物だった」

先ほどの手合わせで、ブリゲッラは美鈴の体を思いっきり放り投げた。
気を打ち込まれた体ではそれ以上に複雑な動きは出来なかったのだ。

「技術で言えば、私の負けだろうな」
「そんな事無いですよー危ないのは何発もありましたし」

そう言って美鈴は笑顔でブリゲッラの顔を覗き込む。

「お互い様だがな…なあメイリン一つ聞きたい事がある」
「え?なんでしょ?」

彼女は不思議な存在だった。この幻想郷とやらでは戦闘の際に、弾幕という不思議な光弾を使って戦うのが主流だという。それは対戦相手を殺さない為の配慮であり、掟と呼んでいい物だそうだ。しかし彼女は武術を修得している。今も尚学んでいる。
自分も自動人形達の中で変わり者だと呼ばれていた。何故彼女が己と同じように自ら異端であり続けるのか興味があった。

「何故、お前は武術を学んでいるのだ?」

問われて、美鈴は少しだけ戸惑う。

「あ、はは、話さなきゃ駄目ですかね」
「無理に聞く気はない」

美鈴が顎に手を当てて考える仕草を取る。

「う〜ん、ちょっと恥ずかしいんですけどじゃあお話しします」

そう言って美鈴はブリゲッラの座っている隣に腰を下ろす。

「私、門番じゃないですか」
「ああ、知っている」
「それで、お嬢様とか、咲夜さんとか、パチュリーさんとか、こあちゃんが大好きなんですよ、最近来たアプ・チャーさんも」
「それも、以前聞いた」
「だからです」
「なに…?」

少し俯いた美鈴が顔を赤くしている。どうも誤魔化しているわけではなく、本心で言っているらしい。少々の発汗も見られる。しかし理解が今一つ不十分だ。

「よく、わからんのだが」
「あー、もう!鈍いなあ!口にして言うとそうなっちゃうんですよ!」

今度はブリゲッラが顎に手を当てて考える。先ほどの美鈴の言葉を考えてみた。

「つまり…この館の住人を守るためだと?」
「そうです」
「しかし、弾幕戦ならば此処の主や、イザヨイの方が強いと聞いたが」

まだ俯いている美鈴がキュッと拳に力を入れ、スカートを握る。

「あ、はは、結構きつい事を…でも、そのルールに従わない外敵が来たら、私が止めなきゃいけないと思って…私、家族っていなかったから、お嬢様に拾われて、今凄く幸せなんです、お嬢様が拾ってくれなかったら私、多分外の世界でずうっと一人だった。」

そう言う美鈴の顔は真剣だった。

「成る程な、主のため、友のため、と言う奴か、そのために来るかどうかも分からない敵のために、その身を磨き続けているのか」
「はい、私の理由はそれです」

言いながら美鈴は天井を見上げる。

「一人になりたくないですし、一人にさせたくないんです」

ブリゲッラは頬に手を当て考える、自分は何かを守りたいなどと思った事はない、あるとしたら命令を守る、と言う事ぐらいだった。その命令とて、そう多くこなしたわけではないし、多分意味合いも違うだろう。味方だった自動人形達を守ろうなどと考えた事はない。
考えてみれば、自分はいつも只一人だった。最後の四人と呼ばれてはいたが、結局命令の遂行以外はそれぞれが勝手な事をしていた。美鈴はそれが恐ろしいという。

「分からんな、それ程の力があれば、恐らく大概の者は相手にならぬだろうに、己のためにその力を振るおうとは思わんのか、そのためにこの館で使われているのか、永遠に近い時を」

そう言うブリゲッラを美鈴は少し哀しそうな顔で見つめ。

「お嬢様は、少し我が儘で理不尽ですけど、私に家族を下さいました」

美鈴は言葉を紡ぐ。

「妹様は、偶に暴れたりされますけど、本当は傷つきやすい女の子なんです、パチュリー様は困ったことがあったときに知恵を貸してくださいますし、こあちゃんはいつも気を遣ってくれます」

とても真剣な声で。

「アプ・チャーさんも優しいんですよ?仕事も丁寧で早いですし、それに咲夜さんは……咲夜さんはちっちゃい時からここに来て、ずうっとがんばってメイド長になったんです、おさげも、私が編んで上げて…」

ぐしぐしと、美鈴がまぶたを擦る。

「だから、そんな人たちを、私は守りたい、もし紅魔館に害意を持って近づく者があれば私は決して許さない、私の時はその為にあるんです、それも自分のために力を使うって事だと私は…思ってます」

美鈴はの目許に輝くものは涙なのか。何故今の事を話ながら泣くのか。ブリゲッラは理解できない。
しかし、何の為に戦うのか。と言う理由は分かった。彼女にとってはこの館が自己の存在証明なのだとブリゲッラは思う。
理解の出来ない事は数あれど、美鈴の涙を見て、今まで感じた事のない気持ちを覚える。ブリゲッラはこれが美しいというものなのだろうかと思った。

「そうか…そういうものなのか」

造物主の持っていたエレオノールへの執着、それはこの美しいという感情によるものだったのだろうか。そういうものなのかと言った彼の言葉は何に対してだったのだろう。
しかし、自分には人の言う宿命というものが、運命というものが身にまとわり付いている。きっと自分は何れ彼女と雌雄を決しなくてはならない。
幻想卿に只一人の武術家と、たった一体の武術家、その意味することは…。

「なあメイリン」
「なんでしょう」
「いや…いい…パチュリーの所で本を読んでくる」
「あ、はい、お帰りになる時は声掛けてくださいね」

帰る、あんな所は自分の帰る場所ではない。ただ、いるだけだ。それでも、帰還しなくてはならない。ある程度の抵抗は出来ても、最後の最後で命令には従わなくてはならない。ドットーレの命令に。

ブリゲッラはブラックボックスを多少いじられている。ある程度の自由は許されてはいるが、ドットーレに敵対する事を出来なくされてしまった。ドットーレは言った、好まぬ者に仕え無くてはならない自分たちが滑稽だと。まるで、以前のアルレッキーノ達のようだった。

「ああ、分かった」

立ち上がり、ブリゲッラは部屋を出て行く、マスクの中彼の顔が苦衷に歪んでいたのを知るものは誰もいない、本人すら。







紅魔館の茶室の一つで椅子に座ったまま頬を膨らませる一人の幼女、もとい、少女がいる。
この館の主にして強大な力を持つ吸血鬼。レミリア・スカーレットである

「うー☆さくやープリンまだー?」
「もう少しお待ち下さい、今アプ・チャーが作っておりますので」

だだをこねるレミリアを宥めているのはメイド長の咲夜である。と、ノックの音が聞こえた。

「来たようですよ、お嬢様」
「入りなさい」

カチャリと音がしてアプ・チャーが部屋に入ってくる。カートの上には紅茶のティーセットと、彼女の手作りしたプリンがのっている。

「お待たせいたしました、レミリア様」

優美な挙措でアプ・チャーがプリンを配膳をする、その横で咲夜は紅茶を入れる。テーブルの上に置かれたおやつセットを見てレミリアが顔をキラキラと輝かせる。

「んふふ、それでは頂くわ」
「どうぞお召し上がり下さいませ」

スプーンでプリンを掬い、口に入れるレミリア。甘い身に程よく抑えられたカラメルがアクセントになっておりとても美味しい。

「ほう…咲夜の作ってくれるおやつも良いけれどアプ・チャーのも美味しいわね、ほっぺが落ちちゃいそうだわ」
「畏れ入ります」

にこにこと笑顔を浮かべながらプリンを食べるレミリアの顔をアプ・チャーは見つめる。
不思議な事に、その顔を見ると自分の顔も笑顔になるのだった。
食べ終えたレミリアがふう、と息をついて紅茶をすする。

「お嬢様、お口元が…」
「あら、いけない」

レミリアの口元を拭う咲夜を見て、アプ・チャーは思い出す。かつてフランシーヌに使えていた時を。
お召し替えをしてあげたり、御髪を溶かして差し上げたり、そして、頭を撫でられて消える身の軋みを。

ブリゲッラという自動人形は言っていた。フランシーヌ様は、既に朽ちてしまわれたのだと。もし、本当にフランシーヌ様がいらっしゃらないのだとしたら、せめて、一度でも良い、笑わせて差し上げたかった。自分が出なくても良い。自動人形の内のたった一体でも、フランシーヌ様の事を笑わせて差し上げる事が出来たのならば、と思う。己が身の非力さを、私は嘆く。

それでも、あの汚い人形の嘘だとも考えられる。きっとそうだ、と自分に言い聞かせた。だからパチュリーに生命の石を作ってもらわなくてはならない。しかし、もし本当にフランシーヌ様が朽ちてしまわれていたらと思うと、体が震えた。

「どうしたの?」
「アプ・チャー!」

レミリアと咲夜がアプ・チャーに駆け寄る。あのブリゲッラという自動人形に話を聞かされてから、何度かこうなった。人間で言うトラウマというものだ。

「いえ…いつもの…発作……です…」

小刻みに震える声で、アプ・チャーが答える。
立ってはいられる、倒れ込んだりしていない、フランシーヌ様は壊れて等いない。そう思いこむ。それでも体の震えは止まらない。
レミリア達がアプ・チャーの顔を覗き込む。心配そうな顔。


ああ、いけない、レミリア様達に心配を掛けては

私は、お仕えしているのだから

主のお心を乱してはならない


そう思うと、アプ・チャーの体の震えは止まった。
何故だろうか、この少女達の不安そうな顔を消したいと強く思うと、体の震えはいつも止まるのだった。
何かが、分かりそうな気がした、何かが変わりそうな気がした。しかし、その正体を彼女は知らない。

その様を見て、レミリアは言う。

「また、例の事なの?」
「はい…」
「ふぅん」
少しむくれた様子でレミリアは行って良いというように手を振る。
アプ・チャーは機嫌を損ねてしまった事に、申し訳なさそうに頭を下げ、咲夜と二人で部屋を出た。

「ねえ、アプ・チャー」
「なんでしょう、咲夜様」
「お嬢様むくれていたわね」
「はい…情けないところをお見せしたからでしょうか」

咲夜は一つため息をついてアプ・チャーに顔を向ける。

「違うわ、そうじゃない、お嬢様はね、嫉妬したのよ」
「嫉妬…ですか?何にでございましょう?」

分からないと言った様子でアプ・チャーは口を開く。表情は明るくない。

「その、フランシーヌという人形によ」
「フランシーヌ様に?」
「そう、貴女はいま紅魔館の従者でしょう、それなのに貴女の愛がフランシーヌという人形に向いていてお嬢様は面白くないわけ」
「あ…はあ」
「例えば貴女がフランシーヌに仕えていたとして、別の人形ばかり可愛がったらちょっと腹も立つでしょう?」
「ああ、成る程、そう言う事なのですね」
「つまりお嬢様は貴女の事を気に入ってるのよ」

言われてアプ・チャーは頷く。フランシーヌ様への思慕は消す事は出来ない。しかし、ギュンターのことを思い出せば、自分の気持ちはフランシーヌ様のみに向いているわけではないという事も認識できる。
そして、この世界で共に過ごしている、この少女達も。
レミリアが自分と同じように想ってくれているのなら、それはとても嬉しい事のように感じた。

「私もお嬢様のことはお慕いしておりますよ」
「そう言う事はお嬢様の目の前で言ってあげる事ね」
「ああ、それならば、これは今此処で言ってしまいましょう。咲夜様の事もお慕いしておりますよ」

驚いた表情で、咲夜が少し顔を赤らめる。不意打ちを食らったというように。

「別に、私には良いの」
「そうなのですか、人間というものは難しいのですね」
「とにかく、夕方からはお客様も来るのだから早く仕事に戻りましょう、全くあのブリゲッラと良い、最近は来客が多いわ」
「畏まりました、メイド長」

メイド二人は紅魔館の長い廊下をキッチンの方へと向かって歩いていく。



フランシーヌ様、レミリア様、人形でも、いつの日にか変わる事が出来るのでしょうか


心の中でアプ・チャーは二人の主に尋ねてみた。



[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-13話
Name: バーディ◆679946b1 ID:44cd85b2
Date: 2010/11/21 20:57
世界は自動人形達によって滅ぼされ掛けた傷跡がまだ残っている。多くの人が死に、世界は白金が死んだ後も、絶望から立ち上がるのに時間を要した。

大英帝国の首都ロンドンには世界一の大金持ちが住んでいる。その住まいは巨大な館。
その大きな大きな館の中の一室の書斎の中に、一人の老人が座っている。
彼の名はフゥ・クロード・ボワロー。世界が負ってしまった傷を何とか癒そうと懸命に尽力している世界的に発言力のある人物だ。
世界一の金持ちであり、記録者にして観察者、発明者でありながら道化として振る舞う、そして彼は自動人形の敵対者、しろがねである。

銀色の髪の毛を撫でつけ、皺だらけの顔には、闘いの傷跡が残されており、そして左目の周りは黒く縁取られている。
机に向かい何かを書いている様子だ。

書き物が終わったのか、封筒に便箋を仕舞い込む、車椅子で戸棚の方へと向かう、不老不死に近い体を得ているしろがねも、老いる。車椅子にくくりつけてある杖を使い、立ち上がり戸棚のワインを取り出す。

見たところ、客の姿は目に入らないが、老人はグラスを二つ用意し、ソファに身を沈める。
しばらく、フゥは考え事をするように目をつぶる。その顔はどこか楽しげだ。

幾らかの時が経ち、フゥは目を開ける。すると、開いた彼の目には独りの美しい少女の姿があった。金色の髪に紫色の服を身につけ、見た目は17、8だというのに、あふれ出る妖艶さを隠そうともしない。人が見れば少女でありながら妙齢の女性として意識せざるを得ない、なんとも矛盾した雰囲気を持つ少女だった。
その少女が扇子を口に当ててコロコロと笑いながら口を開く。

「あら…準備の良い事ね」
「やあ、やはり幾つになってもときめくものだね、想い人に会えるというのは」

言いながらフゥは栓を抜き、グラスにワインを注ぐ。

「相変わらず口が上手ね」
「なに、フランス男は気障なのさ、ユカリ」

少女の名は八雲紫、幻想郷の管理人、神に均しい力を持つ者、神隠しの主犯、等と呼ばれるこの世界で只一種一匹の妖怪である、その力はありとあらゆる境界を自由に操作できること。時間であれ、空間であれ。

「君は、いつまでも変わらんね、羨ましいよ」

フゥは紫にワイングラスを差し出す。その手は夥しい傷と皺に覆われている。
紫はワイングラスを受け取り、微笑む。

「あたしも、年を取った」
「あら、今の貴方の方が素敵よ、昔は押すことしかできなかったじゃない、パリ・ジャンとしては今の方が洗練されていると思うのだけれど?ああ、今はジョンブルなのかしら?」

微笑みながら紫が言い、フゥも笑う。
この少女のことが好きだった、奔放で、気ままで、そのくせ、優しくて。

「誰にでも、青春はあるものさ」

そう言ってフゥはグラスを掲げる。

「何に乾杯をしようか」
「そうね……」

問われて、紫は少しだけ哀しそうな顔をする。フゥの顔を見つめ、口を開く。

「フゥ・クロード・ボワローの人生に」

フゥは驚いた顔をする。感情に乏しいしろがねである彼がこんな表情をしたのはどの位ぶりだろう。笑ったり、ウィンクをしたりと、道化として魅せる感情以外を表したのは久しぶりだった。
紫のグラスと、フゥのグラスが軽くぶつかり、チィン、と音を立てた。

「なんだ、バレていたのか」
「そうね、何となくだけど、貴方が私にデート以外の頼み事をするなんて150年付き合ってきて初めてだったから」
「そんなになるのか、君にとっては極々短い時間なのだろうが……」

フゥはワインを口に含む。アルコールが体に入っても酔いはしない。生命の水が全てを浄化してしまう。それでも、人間らしいこの飲酒という行為がフゥは嫌いではない。

「私にとっては人生の四分の三か、はは、150年掛けても君を口説き落とすことは出来なかったな」
「途中からは本気でなくなった癖に良く言うこと」
「君のことを、傷つけるだけだと気がついてしまったからね、君と共に歩むことは、あたしには出来なかった」

紫が手に持ったグラスを回す、グラスの中でワインがくるくると回るのを見つめる。紅い液体の作る渦の中に一つ、透明な滴が落ちる。

「わかっていたけれど、貴方も、やはりいなくなってしまうのね」

そう言って顔を上げた紫の顔は、哀しい顔だった。まるで、恋の叶わなかった少女のような。

「そうだね、永遠はあたしら人間には重すぎる、いや、あたしはもう人間でもなかったけれど」
「いいえ、貴方は人間だったわよ」

紫は人差し指を上げて、片目をつぶる。哀しげな表情は、消えたのか、隠したのか。

「弱く、儚く、不可能に立ち向かう、人間だったわ」

言われてフゥは、天井を仰ぐ。年を取ると、感情を抑えきるのが難しい。

「なぁ、ユカリ」
「なにかしら?」
「少し前に、サーカスを見に行ったのを覚えているかい?」
「ナカマチサーカスだったかしら?覚えているわよ」

目を閉じれば思い出される。観客達の声、リングの中の演者、人が辛いことも、哀しいことも忘れて、ただただ楽しむための時間。人々の笑顔。

「良い、ジャグラーが帰ってきてね」
「ふぅん」
「君にとっては珍しくないかも知れないが……」
「そんなことはないわよ、人間が出来ることはこんなに多いのかと感心させられるわ」
「機会があったら見に行ってやってくれないか、その内、人形使いと大男のコンビも帰ってくるだろうから」
「もう、誘ってはくれないのね」

紫にそんな言い方をされたのは初めてだった。
いつもは、フゥが誘うばかりだった。愉快になり、笑みがこぼれる。

「すまないね、面倒事だけ押し付けて……さて、ユカリ、机の上の封筒を持って行ってくれないか、私から君に送る、最後のラブ・レターだ」

フゥはワインを一口飲み、紫に向けてウィンクをした。

「そろそろ時間らしい」

そう言った彼の首元にはひびが入り始めている、その部分は人の肌ではなく、灰色の石のようになっている。

「お別れなのね……」
「ああ、見苦しいところを君に見せたくはないし……」

紫が立ち上がる。瞳に浮かんでいるのは涙なのか。
何度も別れは繰り返してきただろうに、自分のために涙を浮かべてくれる妖怪が、フゥにとってはこの上もなく愛おしかった。

「私は観客だからね、見られるのには馴れていないんだよ」
「わかったわ」

パキパキ、と言う音が暗い部屋の中に響く。それは生命の壊れる音。
色々なことを思い出す。忘れてしまったことも多い。奇妙な人生だったと思う、辛いことも多かった。忘れなければ、生きることなど出来なかった。

「いつものように、出て行ってくれないかい、あたしの気がつかないうちに、音もなく、まるで幻の様に」
「ええ」

紫は振り向き、フゥが目を閉じる。
ふわりと良い香りがした。額に何かが触れた気がした。

「さようなら、愛しい人」

目を開くと、そこには何の姿もない。
一人っきりになった部屋の中で、フゥが呟く。

「さようなら、ユカリ、あたしは、やっと帰れるのかな」

クローグ村へ、ルシールやイヴォンヌやマリーのいる。

ああ、そうだ、祭りの準備をしなくちゃあ

みんなが楽しみにしているんだ

刈り入れも終わったし、今年も腹一杯食って飲んで、歌って

なあミッシェル、酒をたんと仕入れておけよ

カストル、お前は下戸なんだから飲みすぎないようにな

モンフォーコン、今年こそタニアに告白するんだってな、頑張れよ

ああ、そうだ……祭りの……準備を……

静かに、硬い物が割れるような音が屋敷に響いた。
その後、世界一の金持ち、フゥ・クロード・ボワローを見た者はいない。
















「しかし、見事な邸宅だな」
「まあ、レミリアの趣味ね、一応貴族様らしいから」

アルレッキーノとアリスがいるのは紅魔館の一室である。大きな館の内部は真っ赤に彩られている。普通の人間ならば気分が悪くなってしまいそうな色合いではあるが、吸血鬼の居城と言われればさもありなんと言った風情である。

「ふむ、欧州の雰囲気を思い出すな」
「ああ、そう言えば貴方ヨーロッパの生まれなんだっけ?」
「うむ、フランスのクローグ村と言うところの近くだ」

そんなことを話していると、紅魔館の主、レミリア・スカーレットと十六夜咲夜が現れた。つかつかと歩き、椅子の上に飛び乗る。椅子の大きさに対して体の小さいレミリアはジャンプしなければ届かないようだった。

「さて、よくこの紅魔館にきたわね、歓迎するわよ、アリスと……えーと、アルレッキーノだったかしら?」
「うむ、合っている」

レミリアは満足そうに一つ頷くと、パンパンと手を叩いた。

「えーと、貴方も血を吸うのだったわよね、良い趣味してるじゃないの、アリスは紅茶で良いわよね」
「ああ」
「紅茶で構わないわよ、咲夜の入れてくれるお茶は美味しいしね」

ドアが開き、ティーセットを持ったメイドが入ってくる。長身で、金色の髪を短く切りそろえた女性。しかしそれは人ではない、自動人形、アプ・チャーである。
部屋に入ったアプ・チャーは深々とアルレッキーノに対して一礼をした。

「お久しぶりでございます、アルレッキーノ様」
「ああ、久しぶりだな」

先日アリスと咲夜が人里で出会った時に、お互いの情報は交換していた。なので、驚きはない。
どこか、懐かしげな表情でそう挨拶をする二体の人形は、お互いが以前会った時と違うことを感じていた。どこがかは分からない、しかし、どこかが違っている。
咲夜と一緒に配膳が終わり、アプ・チャーと咲夜が部屋を出て行く。

「それで、アリス?何の用向きで今日はここに来たのかしら?」
「ええ……」

アリスが説明を始める。自動人形達のこと、ドットーレのこと、生命の水のこと。レミリアは興味があるのか無いのかその表情からはわからない。
一通りの説明を終え、アリスが尋ねる。

「今話したとおりなのだけれど、紅魔館は協力してくれないかしら?」
「ふん、協力……ね」

カップに入った紅茶をレミリアは啜る。血液は直で飲むのが好みなので、こういう時はもっぱら紅茶なのであった。

「少なくとも、私にとっては関係のない話ね」
「何ですって?」
「関係ないと言ったのよ、例えその自動人形達が攻めてこようと、私たちには関係ないわ、そんな奴らに負ける程吸血鬼は、我が紅魔館は弱くない」

アリスはある程度予想していた。レミリアの性格ならばこういう言い方で断るのではないかと、だから会議でも一応声を掛けてみる程度の言い方しかできなかったのだ。

「そう……なら仕方ないわね」

そう言って立ち上がるアリスにアルレッキーノが声を掛ける。

「良いのか?そんなに簡単に諦めてしまって」
「仕方ないわ、一度断られてしまったら紅魔館は動かない、前言を撤回する程レミリアのプライドは安くないのよ」
「良くわかってるわね、七色の人形使い」
「そろそろ付き合いも長いからね」
「ふむ……」

今一つ納得いかない顔のアルレッキーノだったがアリスと一緒に席を立つ。

「レミリア・スカーレットよ一つ頼みがあるのだが」
「何かしら、言ってみなさい?」
「少し、アプ・チャーと話をさせて貰えないだろうか」
「……構わないわよ」
「感謝する、と、言うわけでアリス、少し時間を貰えないだろうか?」
「良いわよ、私はパチェの所に行ってるから終わったらメイドに呼びに来させて」
「了解した」

二人はドアを開けて部屋を出て行く。その背中を見送りながら、レミリアはため息をついた。



アプ・チャーは中庭で花壇に水を撒いている。花の世話、ギュンターの所にいた時も、薔薇を育てていた。その頃は美しい、と言うことがどういう事なのかを学ぼうとしていた。薔薇は、多くの人間が美しいと考える花の一つだ。

そこに、アルレッキーノが歩いてくるのが見えた。

「アルレッキーノ様……」
「アプ・チャー、私はお前に伝えねばならぬ事がある」

アプ・チャーの身がすくむ。フランシーヌ様のことだ。ブリゲッラは言った。フランシーヌ様はもうこの世にはいないと。嘘だと思っている。しかし、もし本当だったとしたら、今それを聞かされたら。
両腕で自分の体を抱きしめる。まるで、寒くてたまらないというように体を震わせる。

「どうした、アプ・チャー……」
「嫌です……」
「なに?」
「お願いします、おやめ下さい、私から……私からフランシーヌ様を奪わないで……!」

跪いて許しを請うアプ・チャーを見てアルレッキーノは忽ち理解した。彼女はこの世界に来た自動人形の誰かからフランシーヌ様の顛末を聞かされたのだろう。そして、その話を嘘だと思いこみ、何とか自我を保ってきたのだろう。
自動人形は、完全で、強力で、永遠、そう思っていた。だが、今の彼女はなんと脆くなってしまったのだろう。自動人形は、けして強く等はない。
しかし、自分は伝えなくてはならない。

「なあ、アプ・チャー……」
「いや……いやぁ……」
「フランシーヌ様は笑われた」

その言葉を聞き、アプ・チャーはアルレッキーノの顔を驚愕の表情で見つめる。

「フランシーヌ様は、もうこの世にいない、それでも……フランシーヌ様のお生まれ代わりがいる」

エレオノールの言葉は、命令は、自分の心の中に刻まれている。
きっとそれは、フランシーヌ様の言葉なのだと、信じた。だから、そう言っても嘘にはならないと信じた。

「ああ……あああ………」

アプ・チャーの目から、大量の銀色の液体が流れ出す。その意味するものは、自壊ではなく。
奇跡という者がこの世にあるのであれば、自分が今目にしているものこそがそうなのかも知れないとアルレッキーノは思う。

「今よりお前に、フランシーヌ様の最後の命令を伝える」

アルレッキーノは蹲るアプ・チャーの耳元でそっと囁いた。

「人間を傷つけるな、そして、必ず帰還せよだ」
「フランシーヌ様が……笑顔を……最後に……ご命令を……」
「ああ、そうだ、私は確かに見た、我らが主の笑顔を」
「そうなのですね、偉大なる最古の四人」

そう言ってアプ・チャーは立ち上がる。

「フランシーヌ様は……望みを果たされたのですね」

天を仰ぐアプ・チャーの顔は良く見えなかったが、きっと美しいのだろうとアルレッキーノは思った。



すると、なにやら図書館の方から何かが走る音が聞こえてきた、それは人間の足音ではない、明らかに重厚感を持つ自動人形の足音だ。

「なんだ!?」

扉が勢いよく開かれ、中から飛び出してきたのは。

「ブリゲッラ!!」
「アルレッキーノぉおおおおお!!」

世界を変え、立場を変え、かつて殺し合った二体の人形は、再び邂逅した。



[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-14話
Name: バーディ◆679946b1 ID:44cd85b2
Date: 2010/11/22 01:52
アルレッキーノがアプ・チャーと話をしていた頃。

ブリゲッラは美鈴と別れてパチュリー・ノーレッジの大図書館にやってきていた。紅魔館だけでも広大だというのに、それに付け加えて巨大な図書館を保有しているとは何とも畏れ入る話である。
ブリゲッラは無断で図書館に入り込み、武術関係の書籍をあさり出す。もういつものことなので小悪魔もパチュリーも何も言わない。
目的の本を数冊見つけ、適当な椅子を見つけ、座り込む。

頁をめくりながら考える。
いままで多くの武術書を読んできた。最初は技術的な部分飲みの記述を読みあさっていたのだが、自分が読んだものの中には数多く精神面に関する物事が書いてあった。
この幻想郷に来てからは、精神面の記述を良く読むようになった。自分がカトウナルミに敗北した時、あの時は確実に精神面で負けた。
自分の敗因になった理由、ミサイルの使用を決定させた要因はアルレッキーノである。自分が敗北したのはカトウナルミにではない、アルレッキーノに敗北したのだと思った。傲慢、不遜、狂気、優越感、只一度の闘いで植え付けられた敗北の種、カトウナルミとの決戦の時、それは萌芽し、ブリゲッラは敗北した。
己に弱さなど無いと思っていた。自動人形でありながら修練を重ねた自分に敵はいないと思っていた。しかし敗北した。弱さは克服せねばならない。

そんなことを考えていると、足音と、咳き込む声が聞こえた。

「あら……ブリゲッラ……来ていたの」
「ああ、邪魔をさせて貰っている」

目を本に落としたままブリゲッラが答えた相手は、この大図書館の主、パチュリー・ノーレッジである、不老不死の魔女であるのに喘息持ちという何とも不可思議な構造をした体を持つ女性だった。
何やら最近は薬品の開発をしているらしいが、彼女の動向に特に興味はない。

「ふぅん……また武術なの……?熱心ね……」
「ああ、お前の邪魔をする気はないから放っておいてくれ、本もきちんと整理して置いておく」
「……そ」

パチュリーはその場から立ち去ろうとして何か気づいたようにブリゲッラの方を向く。

「そう言えば……今度貴方にあったから聞こうと思っていたことがあったのだけれど……」
「何だ」

ケホケホと咳き込んでパチュリーは近くにあった椅子に座る。

「貴方はどうして……武道家を志したのかしら……?」
「お前には関係のないことだろう」

そう言われるとパチュリーはむっとした表情でブリゲッラに近づき、読んでいた本を奪った。本を奪われてブリゲッラがパチュリーを睨む。

「何をする?」
「あのね……ここの主は私であって貴方じゃないの、貴方に本を読ませてあげているのは私なのよ?何なら……結界張って出入りできないようにしてあげようかしら?」

幾らかにらみ合う二人であった。
ブリゲッラはここで張り合っても何の意味もないと判断し、肩をすくめる。ここで激高して彼女に敵対しても何の意味もない。

「分かった、話そう、だからその本を返してくれ」
「よろしい」

ブリゲッラはパチュリーから本を受け取り脇に置く。その間にパチュリーは椅子まで戻っている。満足そうな笑顔をブリゲッラに向けて、パチュリーは言葉を促す。

「それじゃ……お話しいただけるかしら?お客サマ?」
「私は……中距離から敵を殲滅するために作られた自動人形だ……」
「中距離?」
「そうだ、私の体にはお前達の言う…弾幕だったか、それに相当する飛び道具が備え付けられている、ミサイルと呼ばれ、威力は弾幕の比ではないがな」

その言葉を聞いてパチュリーは首をかしげる。

「そんな便利なものがあるのに、どうしてわざわざ武術なんか……必要ないじゃない」
「分からないか、分からないだろうな、このミサイルというものは只の道具でしかない、その道具の使用を前提として作られた私は道具以下の価値しかないと思ったのだ」

そう言ってブリゲッラは自嘲的に笑った。

「だから、己の価値を高めるために、己の五体のみで戦える武術を求めた、そう言う話だ」
「自分の……価値ね」

そこまで話してブリゲッラは本を手に取る。話は終わりだとでも言うように。

「さ、これで満足だろう」
「……いいえ、もう一つ聞かせて……自分の価値って言ってたけど……それって何なの?」

ブリゲッラは本に落としかけた顔をもう一度上げて、パチュリーの顔を見つめる。

「有り体に言えば、認められたいという気持ちと、劣等感か、自分が優れていると証明したいと思うことは人間にもあるだろう」
「誰に?」
「なに……?」
「誰に……証明したいの?貴方が……優れているって事を」
「それは……」

誰に証明したい。
かつては造物主に証明したかった。自分は只の砲台ではないと、まるで、父親に褒めて貰いたい子どもの様に、しかし今はどうなのだろう。思えば、造物主が地球を去ったあの時から、考えなくてはならなかったことなのかも知れない。
最早忠誠を誓う相手はいない。ドットーレの命令は聞いても、忠誠などとはほど遠い。
強くなりたい気持ちはある。今も力に飢えている。

「私は……」

何のために、誰のために、認めて欲しい相手は、力を証明したいのは、一体だれに、力とは、強さとは。
ブリゲッラの頭の中に思い浮かぶのは……



「ブリゲッラ……お前……」

私を哀れむようなあの目。



「うわぁ、強いんですね!ブレンバーナさん! 」

無邪気なあの笑顔。


声が、聞こえた気がして、狼狽した。

すると、聞き慣れない声が図書館の静寂を破って耳に入ってきた。
「邪魔するわよ」

ブリゲッラの思考が中断され、一人の少女が現れる。

「あら、アリスじゃない、久しぶりね」
「ああ久しぶりって、こっちのコートは誰?貴女に客なんて珍しいわね」
「ブリゲッラという、お前はアリスというのか」
「そうよ、アリス・マーガトロイドパチュリーと同じ魔女よ」

一通り自己紹介が済んだと確認したパチュリーがアリスに問う。


「で、どうしたのよ?」
「うん、実はねアルレッキーノって言う自動人形と……」

アリスの口から出た名前にブリゲッラの全身が反応する。バサリと本を落とし、アリスに詰め寄って肩を掴む。

「アルレッキーノ!?アルレッキーノと言ったか!女!!」

肩を掴まれたアリスが顔をしかめてその手を振りほどこうとする。

「いったいわねえ!離しなさいよ!」

触れた手の硬さは生き物のそれではない。

「貴方、自動人形?」
「そんなことはどうでも良い、アルレッキーノがこの世界にいるのか!?」

ブリゲッラの剣幕に押され、アリスはつい頷いてしまう。何だか目が怖い。

「え、ええ、今頃中庭当たりで……」
「中庭……」

その言葉を聞いてブリゲッラは駆け出す。
心の内に浮かぶのは怒りなのだろうか、歓喜なのだろうか。自分では判断が付かなかった。一つだけ、紅魔館の中を走りながら分かっていたのは、今までになく、自分の胸の内が昂ぶっていると言うことだった。






紅魔館中庭

「焦がれたぞ!アルレッキーノ!!」
「あいにくと、私は会いたくなかったよ!」

開かれた紅魔館の扉の中から書けてくるブリゲッラに対し、アルレッキーノは素早く手をかざし、「緋色の手」を撃ち出す。目の前に広がる赤い炎、直撃したかに見えた。
しかしブリゲッラは寸前で炎より体を低くして、地面すれすれを駆け抜け、アルレッキーノの懐に入り込んでいた。

「噴!」

気合いと共に撃ち出されるブリゲッラの拳が槍の如くアルレッキーノを襲う、しかしアルレッキーノは手に持っていたリュートでブリゲッラの拳を受け止める。改造をしたリュートはなんとかブリゲッラの拳を防ぐことが出来た。

「お前も……ドットーレの配下か!」
「言葉は要らん!」

ブリゲッラがアルレッキーノの腹に膝蹴りを放つ、鳩尾の辺りに突き刺さり、アルレッキーノの体がくの字に折れる。近距離を維持したまま、ブリゲッラが畳みかける。

「ぬ……あ…!」
「このまま貰う!我が宿敵!!」

手刀をアルレッキーノの首めがけてブリゲッラが振り下ろす。ブリゲッラの練り上げられた手刀ならば例え自動人形の首と言えども切って落とすだろう。
一対一ならば、ブリゲッラは勝っていただろう。
しかしその場にいたのは二体だけではない。

「おのれ!アルレッキーノ様に何をする!!」

アプ・チャーが腕を素早く鋏に変形させブリゲッラを狙う。
迫る刃を躱すため、ブリゲッラは後方に回転しながら跳躍し、地面へと降り立つ。
その隙をアルレッキーノは見逃さない。

「アプ・チャー!後方へ飛べ!私から出来るだけ離れよ!!」
「はっ!」

距離を取ってしまったことを後悔するように舌打ちをするブリゲッラ。既にアルレッキーノの手はリュートを構えている。

「おのれ……!!」

空いてしまった距離を詰めようとブリゲッラがアルレッキーノに向かって跳躍し、跳び蹴りを放つ。しかし。

「諧謔曲 神を称えよ」

一瞬、アルレッキーノの指が早かった。リュートを弾くと目に見えない衝撃が辺りに放たれる。それは、不可視の壁となりブリゲッラを弾いた。
空中からたたき落とされるブリゲッラであったが、立ち上がり、直ぐさまアルレッキーノに向かって駆け出す。

「無駄だ!例え天地が逆となってもお前の拳は私に届かぬ!」
「やってみなければ分からん!」

アルレッキーノが再度リュートを弾く、音の衝撃が撃ち出され、ブリゲッラを襲う、しかし、ブリゲッラはぎしぎしと音を立てながらも衝撃に耐える。体を遠くに吹き飛ばせない。
ハッとしてアルレッキーノはリュートを確認する。すると弦の一本が切られていた。その分、音の波が弱くなってしまっていた。

「おのれ!あの初撃か!!」
「そうだ、お前の「スケルツォ・ベネディカムス・ドミノ」は恐ろしい技だ、逆に考えれば、それさえ封じてしまえば……私の勝ちがある」
「それでも、無傷というわけには行くまい!ならば私は演奏を続けるだけだ!お前が壊れるまで!何度でも!!」
「ならば私は耐えてやる!何度でも!お前に我が拳が届くまで!!」

アルレッキーノは後方に飛びながらリュートを弾き続ける、それに対しブリゲッラは愚直に前進し続ける。音の波を耐えては距離を詰め、と言うことを繰り返している。徐々にブリゲッラの体がきしみ始めていた。しかし、後ろを向きながら走り続けるアルレッキーノの方が不利である。
それは第一に、単純に移動する際の速度、そして第二に、進行方向を目視できないという点にあった。

リュートを弾きながら後方に向かって飛んだアルレッキーノの背中に何かがぶつかる。それは、紅魔館を囲む塀。

「誘導されたか……!!」

こうなれば、弦を切ってでも最大音量で音の波をぶつけるしかない、それで破壊できなければ、自分の負けだ。

「次で……最後だ!受けろ!アルレッキーノぉお!」

ブリゲッラが突進してくる。一撃で破壊できるか、際どいところだ。それでも方法は他に見あたらない。リュートに指をかける。

そこに、一つの影が舞い降り、ブリゲッラが突進を止めた。

「ブレンバーナさん!どうしたんですか!?そんなボロボロになって!」

門番の紅美鈴であった。中庭の戦闘音を聞いて駆けつけたのだろう。
突然、顔色を変えたブリゲッラが美鈴の体を抱きしめる。
衝撃が走った。
アルレッキーノが反射的にリュートを弾いてしまっていた。

もうもうと舞い上がった砂埃が晴れると、美鈴を抱きしめたまま倒れているブリゲッラの姿があった。美鈴は、衝撃で気絶してしまっている様子だ。
アルレッキーノはゆっくりとブリゲッラと美鈴に近づき、その場に膝を突き、二人を見る、美鈴は殆ど傷を負っていない、ブリゲッラも活動が出来ないわけではないだろうが、意識が一次遮断されているようだ。

「まさか……庇ったのか?」

ブリゲッラが、この娘を。考えられない事だろうか、自分の身を振り返ってみれば、あながち不自然ではないという気もする。

「アルレッキーノ様!美鈴様!」

アプ・チャーが駆けてきて、忌々しげにブリゲッラを睨む。

「まだ息があるか!」

そう言って止めを刺そうとするアプ・チャーの腕をアルレッキーノが掴む。

「待て」
「しかし……」
「良い、それよりこの門番を頼む」

納得いかなそうな顔ではあったが、アプ・チャーは素早く美鈴を抱いて紅魔館へと戻っていった。

アルレッキーノは、アプ・チャーが去っていくのを見送って、ブリゲッラに視線を戻す。
二人の姿が見えなくなったところで、ブリゲッラの目が見開かれた。
素早く飛び上がり、アルレッキーノに対して身構える。しかし、体の損傷は隠し切れていない。

「止めておけ、ブリゲッラ、その体では満足には動けまいよ、私もリュートの弦は切れてしまったが、今のお前よりは素早い」
「おのれ……何故止めを刺さない!」
「さあ……何故かな……」

アルレッキーノは腕を組み、尋ねた。

「お前こそ、何故あの門番の娘を庇ったのだ」

その言葉を受けて、ブリゲッラは狼狽する、体は動いていないが、明らかに目が泳いだ。

「私は……それは……」
「あの娘を庇わなければ、私は敗北していただろう」

苦しそうな声を吐き出し、何を言えばいいのかと悩んだ様子でブリゲッラはアルレッキーノを睨む。そして、ブリゲッラは気づく。
アルレッキーノからの視線は、以前のような哀れみを伴ったものではなくどこか敬意を含んだ者のようになっている事に。

「お前に……お前に答える必要など無い!」

そう言うとブリゲッラは飛び上がり、塀の上に着地する。そのまま去ろうとするが、一度こちらを振り向き、アルレッキーノに尋ねた。

「メイリンは……門番は無事だったのか」
「ああ、アプ・チャーが運んでいった」
「そうか」

アルレッキーノの言葉を聞き、ブリゲッラは紅魔館の方を見つめる。それは、人形の冷たい目ではなく、アルレッキーノに向けた敵意の色とも違う、不思議な視線だった。

「ひとまず、預ける」

ブリゲッラはそう言葉を残して塀から外へと飛び降りる。
走りながらブリゲッラは考える。

何故、アルレッキーノは自分をあんな目で見据えていたのか。

何故自分に止めを刺さなかったのか。

何故美鈴を庇ったのか。

そして、何のために強くなろうとしているのか。

美鈴を庇う直前、彼女の見せた心配そうな顔。それが胸を締め付ける。これも、初めて感じることだった。
いくら考えても答えのでない問に、叫び出したい衝動に駆られ、腹の奥から声を絞り出した。
雄叫び、自分は健在だと、他の誰に届かなくても良い、ただ、美鈴にだけは届け、そう思った。


中庭に取り残されたアルレッキーノの所にアリスがやってくる。

「また……派手にやったわね」

荒れた中庭を見て、アリスがため息をつく。

「レミリアに謝らないとね」

アリスが言っても、アルレッキーノは塀の上を見つめたままだ。

「ねえ、聞いてるの?」
「アリス」

塀の上を見据えたままアルレッキーノが口を開いた。その顔はどこか嬉しそうで。

「人形でも、変われるのだな」

アルレッキーノがそう言うと、アリスはクスリと笑い答えた。

「いまさら何言ってるのよ、貴方、ここに来た時と比べて大分変わったわよ」

アルレッキーノは笑顔を浮かべアリスに言う。

「そうか、今更か」

ひょっとしたら、自分たちは生命の水など求めなくても良かったのかも知れない、そんなことを思った。

作られた命でも、偽物の魂でも、心は確かに……



[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-15話
Name: バーディ◆679946b1 ID:44cd85b2
Date: 2010/11/23 22:53
二人の男が寝ている。
片方はぴたっとした姿勢を崩さずに綺麗に布団の中に収まり、すやすやと寝息を立てている。
もう片方は掛け布団をけっ飛ばし、布団から斜めにはみ出して鼾をかいている。
この家は、人里と迷いの竹林の中間程にある、上白沢慧音の家である。現在慧音の家には居候が三人程住みついている。
藤原妹紅、ジョージ・ラローシュ、阿紫花英良の三人である。

妹紅はもう古い付き合いである。二人の男達は、何やらこの幻想郷の閻魔に特命を持たされて体を与えられたらしい。

まだ薄暗い中、ジョージ・ラローシュが目を開ける。本来しろがね・Oである彼には睡眠は必要ない。

ジョージは基本的に夜中、人里を歩き回っている。その理由は警護と自動人形のアジトの探索である。
ただ、慧音が心配するので、夜明け前に布団に戻って少しだけ眠ることにしている。
阿紫花はしろがねの血を飲んだとは言え、やはり人間なので、睡眠も食事もしっかりと取らないといけない、もし彼に睡眠が必要なくてもわざわざ夜中に村を歩き回ったりはしないだろうが。

今日の食事当番がジョージであるため、まだ薄暗い内からジョージは活動を始める。米の炊き方は教わった、ここに来てから妙に所帯じみてきた気がする。
こんな事でよいのだろうかと、自動人形の殲滅のことを考えながら、米の炊け具合が気になるのが今のジョージ・ラローシュという男である。
阿紫花と過ごす時間が長くなってから、影響を受けていることに彼は気づいていない。

朝食の準備を終えたジョージが卓に配膳を並べると、慧音がやってきた。

「お、早いなさすがジョージだ」
「うむ、二人を起こしてきてくれ」
「分かった」

慧音が二人を起こしてくる間に朝食の準備をすっかり調えてしまうジョージである。
三人分の足音が聞こえてくる。
戸が開くと、慧音の後に眠そうな顔の阿紫花と妹紅が立っている。
二人揃って欠伸をする。

「あ〜ねみい……ヤクザってのは朝遅いもんなんですがねえ……」
「くぁ……こんなに早くから起きなくても良いじゃないかよ〜」
「二人して遅くまで酒など飲んでいるからそうなる」

ブツブツ言いながら席に着く阿紫花と妹紅にジョージが言う。

「お前達と違って私と慧音は学校の準備があるのだ、まったく」
「その通りだ、妹紅、お前、最近朝が弱すぎるぞ」
「だってよ〜、阿紫花と酒飲んでたらついつい寝るのが遅くなって……」
「勘弁しろよ妹紅、昨日はおめえが誘ったんじゃねえかい」

とにかく朝食を取り始める四人である。

「それで、私とジョージは学校だが、今日はお前ら二人はどうするんだ?」

慧音が尋ねると、妹紅がまだ空けきらない目を擦りながら答える。

「うん、それがどうしよっかなあって、最近コロンビーヌがやたら張り切っててさあ、仕事取られちまった気分だなあ、どうしようか阿紫花」
「アタシに聞くなってえの……ああねみい……」
「まあ、取り敢えず家事でもしたら考えるよ」

目的意識のない二人に、ため息をつくジョージと慧音であった。

朝食を済ませると、ジョージと慧音は出て行く。学校の朝は早い、子ども達の来る前から準備をしなくてはならないのだ。

「いいか?もし出かけるのなら戸締まりはしっかりな、それと、洗濯をしっかりな」
「あいあい、いってらっしゃい」
「お気をつけなすって〜」
「では、行ってくる」

家を出る二人を手を振って見送る妹紅と阿紫花であった。
ボリボリと頭を掻きながら部屋の中へ戻っていこうとする阿紫花、二度寝でもする気なのだろう。そこに妹紅が声を掛ける。

「おおっと!阿紫花寝るなよ、洗濯あたし一人に押し付けようなんてそうは問屋がおろさねえ」
「ああ?だってこないだ洗濯しようとしたら怒ったじゃあねえかい、パンツ勝手に洗うなとかってよ」
「だ!だから男物と分けただろ!」
「へいへい、分かりやしたよ……まったくおめえさんみてえのに欲情しねえっての」

妹紅に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いた。

「何か言ったか?」
「いえいえ、なーんにも、ほれ、やるならとっととやっちまおうぜ」

二人は家の近くにある川で洗濯を終わらせ。干し終わると、本格的にやることが無くなった。別に竹林の方へ行っても良いのだが、何となく気分も乗らない。、いつもは道案内の礼などで食べ物や金銭を貰っているのだが、もともと慧音の仕事だけで十分やっていけている、それに加えてジョージも働き出したので金銭移管しては何の問題もない。元々誰かに頼まれてやっている仕事でもない。
阿紫花はたまに里に下りては博打で金を増やしているらしい。因みに慧音とジョージには内緒だ。一度勝って帰ってきて得意げに自慢をしたら慧音に怒られたらしい。

「うーん、やることなくなっちまったなあ」
「だなあ」
「どうしようか?阿紫花」
「そんなに暇なら仕事いきゃあ良いじゃねえかい」
「そう言う気分でもないんだよ……そうだ!」

何かを閃いたように妹紅がポンと手を叩く。
にんまりと笑って阿紫花の顔を見る。

「どうせ暇ならさ、何か甘い物でも食べに行こうぜ、最近美味い茶店が出来たって聞いたんだよ」
「あめえもんねえ、お前さん酒飲みの癖にそう言うもん好きだよなぁ」
「あ・の・な・私だって女なんだっつーの!……今日はお前の奢りな」
「ああ!?」
「いいだろ?勝ったっていってたじゃないか、奢らなかったら博打の件バラしちまうぞ」
「きったねえ……わかりやしたよ」
「よし!そんじゃあグリモルディでしゅっぱーつ!」
「へいへい……」

二人を乗せたグリモルディが道を走る、人里の住民にとってはもう馴れた光景になってしまったようで、子ども達が無邪気に手を振ったりしている。彼らが来た当初は、新しい種類の妖怪が襲ってきたなどとちょっとした騒ぎになってしまったのを慧音と妹紅で色々と説明して理解して貰った。

茶屋に着きグリモルディを店の裏手に止める、表通りに置いておいたのでは、無用な騒ぎにならない共限らない。
二人は店の中へと通された。どうもこの幻想郷には珍しい、茶屋というよりはカフェという雰囲気だ。流石に午前中なので客も少ないらしく、ほぼ貸し切りのようになっている。

「へえ、こういうとこ初めてだな、何だか紅魔館みたいだ」
「ああ、何でしたっけ、あの吸血鬼がいるってえ……」
「そう、あそこに雰囲気が似てる」

そんな話をしていると、給仕がメニューを持ってきた。
それを見て、妹紅が何やら難しい顔をする。

「なあ、阿紫花……」
「なんで?」
「これ、名前見てもまったくどういう物かがわかんないんだけど……どれがいいのかな?」

今一つ洋風の物に馴染みのない妹紅からすると、パフェ、だとかタルト、だとかが何なのか分からない、というかここの住民には今一想像がつきずらい名前ばかりなのだろうが。

「んな事アタシに聞かれても……まあいいやな、チョコパフェで良いんじゃねえかい?」
「それ、美味いのか?」
「まあ、昔の女は喜んで食ってたなあ」
「昔の女……ね、ううん、よし!じゃあそれにする!」

意を決したように妹紅が給仕を呼び、注文をする。

「ええと、私はこのちょこれーとぱふぇってやつ!」
「アタシはコーヒーでいいや」

少しして、二人の元に注文した物が届く。妹紅は目の前に置かれたチョコレートパフェに目を見開いて見入っている。

「なあ、阿紫花……」
「なんでえ?」

「これってかりんとうかなんかか?黒いんだけど」

妹紅がチョコレートを指さして言う。

「あー、まあ、似たようなもんだな」

「なんか、凄く器が冷たいぞ」

器に触れて妹紅が聞く。

「あー、アイス入ってからな」

「なあ、この……」
「あのよ、良いからとっとと食いやがれ」

そう言われると妹紅は馴れないスプーンを使って恐る恐るパフェを掬い、口に入れた。そこで、妹紅がびっくりしたように目を見開く。

「うぁ……」
「どうしたよ?」
「美味い……美味いぞ!なんだこれ!?」

そう言うなり妹紅はがっつき始めた、余り女性らしくない食べ方であるが、そのくらい気に入ったと言うことなのだろう、一気に平らげてしまった。

「またすげえ食いっぷりだな……」
「いやー、驚いた!こんな美味いもんがあったんだなあ!仕事さぼった甲斐があった」

にこにこと満足げな顔で妹紅が言う。それは普段あまり表に出さない、妹紅らしからぬ少女の顔だ。なんとなく阿紫花は故郷の三人の妹を思い出し、平馬のことを思った。
コーヒーを啜る、パフェを食べる妹紅に見入っていたため、冷めてしまっていた。舌打ちしそうになったのをこらえて、正面を見ると、すっかり上機嫌そうな妹紅の顔があった。その顔が、ふと真面目な顔になる。

「なあ、阿紫花」
「また質問かい?」
「ああ、仕事で思い出したんだけどさ、そういやさ、私らってお前のこと良くまだ聞いてないんだよな」

妹紅は考える。阿紫花とジョージは、閻魔の命令を受けて人形破壊の為にこの幻想郷にやってきたと聞いた。しかし、それ以外のことはよく知らない。
せっかくのゆっくり出来る時間に、素面の状態、この機会に聞いてみようと思った。
特に彼の仕事、殺し屋、と言う生業に興味があった。
以前は自分もそれに近い仕事をしていた。不死になり、死ぬとはどういう事なのかを模索していた頃のことだ。

「どうだっていいじゃあねえかい」
「いーや、私は聞きたい、一緒に住んでいる以上、良くしっとかなきゃさ、なあ、何でそもそもお前殺し屋なんて物騒な仕事してたんだよ?」

阿紫花は煙草に火をつける、この世界ではゴールデンバットがお気に入りだった、富士や、旭は口に合わなかった。
煙を吸い込み、阿紫花は大儀そうに腕を伸ばして、口を開き始める。




仕方ねえなあ

面白くもねえ話しだってえ事は良くわかっといてくれよ

あたしゃあガキの頃から退屈で仕方なくてよ

ずうっと空ばっかみあげてた

ひょっとしたら何かとんでもねえもんが落ちてくるんじゃあねえかって

アタシをこのつまんねえ世界からどっかに連れて行ってくれるんじゃねえかってね

ま、んなこたあなかったが

人生なんて暇潰しの連続さ

あのにーちゃん……加藤ってえにーちゃんが言うには、そう言うのを心に風が吹くって言うんだってよ

何やっても虚しくて、心にびゅうびゅう風が吹いてるんだと

うめえ事言うよな

殺し屋になったのはそいつが理由でさ

てめえの命くらい賭ねえと、やることなすこと、面知れえことなんざ何にもなかった

面知れえと思ったなあ、あの勝ってガキに10円玉の手付けぇ貰った時と、ジョージに誘われた時くれえですかねえ

それにしても因果なもんでさ

どうしたって生きたかった奴らが命ぁ落として、アタシみたいなろくでなしがこうして生き返る、いや生き返るってのもちげぇけど、ここにいるなあ、全く因果な話でぇ

やあっと人生ってもんにケリが付いたと思ったんだがよ

アタシからしたら80年近くも生きるなんて想像も出来なかったからよ

あの辺で幕が引かれてちょうど良いんじゃあねえかって思った

今だってどう暇ぁつぶすか躍起だったってのに

爺になんてなっちまったらどうしたらいいのかなんてわからねえ

畳の上で極楽往生なんてなあ、想像しただけでつるかめつるかめ、てなもんでさ

だからてめえの命ぁ張って、切った張ったで暇ぁ潰してた

そいつが理由さ

だから、別にいつ死んだって良い、でえじなもんはあたしからしたら命じゃねえのさ

知り合いのフランス人が言ってたぜ、面知れえことのねえ事にゃ、人生に何の意味もねえってよ




「どうでえ、くだらねえ理由だろ、そんな事のためにあたしは他人様の人生を奪ってきたのさ」

そう言う阿紫花の顔はいつもと変わらない飄々とした物だった。
妹紅はなんだか胸が潰れそうになってしまった。自分は蓬莱山輝夜を憎んだ、父の仇を取るため、彼女を何度も殺そうとした。何人もの人間を利用し、犠牲にした。
そして、金を得るために、自分の不死の体を使って一番楽に出来る仕事は人殺しであった。
彼の言うとおり、阿紫花がろくでもない人間ならば、自分もそうなのだろう。
それでも、自分は慧音に出会えた、恨み辛みだけの獣のような人生から抜け出ることが出来た。あの頃の自分を考えると、未だに身が震える。およそ幸福等という物にまったく触れられず、空虚な心に殺意のみを抱いていたあの頃。
慧音と出会い、後悔や、自責も背負ったが、救いがあったのだと思う。
しかし、目の前のこの男はずうっと空虚な心を抱えたまま過ごしているのだと思った。
きっとこの男は、幸福というものを、一度も感じたことのない侭、死んでしまったのだと思った。

「何暗い顔してるんでえ?面白くねえっていったろうよ」
「お前が、可哀想になっちまった……」

言われて、阿紫花は驚いた顔をする、今の話を聞いて、自分が罵られることはあっても、可哀想だなどと言われるとは思いもよらなかった。

「よく……わかんねえ事言いやがるな、かええそうなのはアタシに殺られた連中だろうに……」
「それはもちろんそうだけどさ、私も、他人に誇れる様な人生送ってきてねえし、その人達はもうここにいないから……目の前のお前の事が可哀想になっちまったんだよ……」

何を言ったらいいか分からないまま、阿紫花はコーヒーを啜る。
冷めてしまったコーヒーが、やけに苦い、と思った。

店の入口の方から声が聞こえる。誰か新しい客が来たらしい。何となく、バツが悪くてその客の方を見て、阿紫花は凍り付く。

「あれぁ……」







人里を歩く一対の男女、片方の女性は銀色の髪をおかっぱの様に切りそろえ、腰に刀を差した少女である。凛とした瞳からは生真面目さを感じさせる。腰に差した刀は少女には似合わない立派な物に見える。
男は大きなスーツケースをガラガラと引いている。

「で……妖夢、どこにあるのかね、そのカフェテリアは」
「はい、そろそろ見えてくる筈なんですけど……」

少女がきょろきょろと辺りを見回す。どうやら二人の目的地は現在阿紫花たちがいるカフェらしい。

「まったく、幽々子様も困ったものです……新しくできたその茶店から甘味を全種類買ってこいなんて、すいません付き合って貰ってしまって」

そう言いながらも少女、魂魄妖夢はどこか嬉しそうだ、彼女も内心新しい甘味に興味を抱いているのだろう。

「ノン、妖夢、女性という物は須く甘味に目がないと言うことは世界の常識だ、それにあのお美しいミス・幽々子のために遣いをするのを断る男はいないさ」

その言いぐさに、妖夢は少し顔を引きつらせて答える。

「ま、まあそうかもしれませんね……あ!あれだ!見つけました!」

そう叫んだなり妖夢はターッと子どもの様に店へと駆け出した。それを見て男は頬を掻く。

「彼女には、もっとレディとしての嗜みが必要だな……」

ため息をついて男が後を付いていくと、店の前に置いてある色とりどりの見本を見て、妖夢が目をキラキラさせている。

「こ、これは……すごいですね……」
「ふむ、シェイクスピア曰く、期待はあらゆる苦悩の元、とも言うが……まあこれらが君の期待を裏切ることはあるまいよ、ところでだな」

そう言うと男はふらふらと倒れそうだという様な仕草をする。いささか演技がかった動作で。

「ああ、病弱な僕にはここまでの道のりは遠すぎた様だ、一休みしていこう、いや、するべきだ」
「え?で、でも幽々子様が待っておられますし……」
「ああ、ママン、チョンマゲサムライガールが僕をいじめるよう〜」

男が胸元のロケットを掴み泣き真似をすると、妖夢はため息をついて。

「わかりましたよ、少しだけですからね」
「メルスィ、その優しさが君の美徳の一つだな」

そう言って男はさっさと暖簾をくぐる、すると凍り付いた顔の東洋人の顔が目に入った。しかも、見覚えのある顔だ。
銀色の髪の毛を掻き上げ、その美しい顔で微笑んで、彼は挨拶をする。

「やあ、一別以来だなアシハナ」
「ギィ・クリストフ・レッシュ……」

まったく驚いた様子もなく、しろがね、ギィ・クリストフ・レッシュは阿紫花に片手を上げた。

シェイクスピア曰く、人は生きるのも死ぬのも自分の意のままにならない



[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-16話
Name: バーディ◆679946b1 ID:88766f91
Date: 2010/12/11 16:08
驚いた顔をしている阿紫花と何やらべそをかいた様な顔をしている少女、藤原妹紅に微笑んだギィは、まったく動じた様子もなく二人の隣に座り、連れの少女に声を掛ける。

「妖夢、僕は喉が渇いてしょうがない、早く注文して一息つこうじゃないか」
「え?あ、はい!」

入口で見本を食い入る様に見つめていた銀髪の少女がギィの正面の席に着いた。
その様を見て口をあんぐりと開けている阿紫花に妹紅が尋ねる。

「お前の知り合いか?」
「あ?ああ……まぁ、そうだな」

その言葉を聞いていたのかギィは阿紫花に顔を向ける。

「何だ、只の知り合いかい?もう少し君とは親密な間柄だと思っていたのだがね」

ギィはウィンクをしながらそんなことを言い、妹紅に目をやる。
なにやら暗い顔をしている。一人の男性として慰めねばなるまい。

「そして、お美しいお嬢さん、僕の名前はギィ・クリストフ・レッシュと言います、ああ、もし許されるのであれば場所を変えて二人で上等のワインでもごちそうしてあげたいのだけれど……如何かな?」
「ギィさん!!」

早速口説きにかかるギィに妖夢がきつい目を向ける。
因みに妹紅は呆れた顔をしている。
女性と見れば口説きにかかるのがこの男の属性なので、こういったやり取りは日常茶飯事になっている二人である。
たいていの場合に於いてそれはポーズでしかないのだが。

「ああ、ママン、ジャパニーズヤバンヤマトナデシコが僕を〜」
「もう!そんな風に泣き落としても駄目です!幽々子様に失礼です!そうやって色んな女の人に声を掛けて!幽々子様にまで!」

顔を膨らます妖夢とギィのやり取りを見て、阿紫花と妹紅が呆れた様な顔をしていた。

「ああ、妖夢は男性の心と言うものが分かっていない、美しい女性に心惹かれるのは当然の事なのだよ、君も男なら分かるだろう?アシハナ」
「へ?あ?まあ分からなくもねえですけどって……いやそうじゃねえでしょ、ギィの旦那」

隣の席の二人に気がついたのか、妖夢が二人にぺこりと頭を下げる。

「あ、これは初めまして、私魂魄妖夢と申します。」
「ああ、よろしくどーぞ」
「よ、久しぶりだな妖夢」
「はい、お久しぶりです、妹紅さん」

一通りの挨拶を終わらせ、気を取り直した様に阿紫花が言う。

「アンタもやっぱりあの閻魔のお嬢ちゃんに?」
「ウイ、その通り、君とジョージも彼女の遣いという訳だね」

こともなげに言うギィの言葉に阿紫花は訝しむ顔をする、ジョージのことを知っているのが不思議なのだろう。

「ジョージのことも知っていなさるんで?」
「ああ、それにアルレッキーノやコロンビーヌもいるのだったな、それに、ドットーレも」
「アンタ……どうして?」
「何、ただ見ていただけさ」

そう言うとギィは給仕を呼び、妖夢に注文を促す。

「僕は紅茶を、ほら妖夢、君も膨れていないで注文をしたらどうだ」
「あ!え!?じゃ、じゃあこのしょおとけえきって言うのを……あ、あとここにかいてあるのを全部お持ち帰りで……」

真この妖夢という少女は扱いやすい、あのチョンマゲノシシマンと似ている。短期で、思慮が浅く、呆れる程に真っ直ぐで、誰よりも心の優しい、大好きだった自分の友達に。
きっとケーキを一口食べれば忽ち彼女の機嫌は直るのだろう、そして、自分が女性を口説けばまた目を尖らせて文句を言うのだろう。彼の様に。
そう思うと、何か可笑しくなって笑みがこぼれた。
給仕が二人にケーキと紅茶を持ってくると。もう妖夢の目はそちらに夢中になっていて、ギィの思った通り一口ケーキを食べた後はすっかり妖夢は上機嫌になった。

隣では阿紫花が自分のことを連れの女性、妹紅に説明している様だった。そして妹紅は妖夢の説明をしている。どうやら彼女の機嫌も今の茶番で直った様子だ。良いことだ、女性の泣き顔は見ていて気持ちの良い物ではない。阿紫花ならそれくらい判っていそうなものだが、等と思う。

妖夢がケーキを食べ終わったのを確認すると、ギィは立ち上がる。

「さて、ではそろそろお暇しようか、ユユコの喜ぶ顔が楽しみだ」

妖夢もそそくさと立ち上がり、給仕から持ち帰りの大きな袋を受け取りに店の奥へと主人に声を掛けに言った。
こともなく、つかつかと出口へ向かって歩み始めるギィを阿紫花が呼び止めた。

「ちょっと待ってくだせえよ旦那、アンタもあのドットーレの野郎と喧嘩しにきたんですよね?」

問われたギイは顔を半分だけ阿紫花の方に向け、表情を変えずに言った。

「しろがねの使命は人形を破壊すること、それ以外に目的などあろう筈もない、あと2週間程だったな」
「そうですかい、何もかもご存知なら言うことぁありやせんね」
「ああ、僕の大家もその事は承知しているよ」
「大家って、旦那は今どちらに?」

阿紫花の質問には妹紅が答えた。

「多分、妖夢と一緒にいたって事は、白玉楼だろ?」
「その通り、流石は美しいお嬢さんだ、知恵もある」
「知恵って……そんな大層なもんでもねえだろうよ」
「ハハ、褒められた言葉は素直に受け取る物だよ、レディ、ああ、それから阿紫花……」

ギィは片手を振りながら、言葉をつなげる。

「同席しているレディに暗い顔をさせた侭というのは君らしくない、君はもっとエスプリの効いた男だろう」
「へ、大きなお世話でえ」

荷物を持った妖夢と共に、美しい顔を綻ばせ、ギィは店を出ていった。










何もかもが靄に包まれた様な景色の中を歩いていくと、まことここはうつつの世界ではないのだと思う。自分は確かにオリンピアの胸に抱かれて死を迎えたのだから、これはまあ自然なことなのだろう。その真っ白な世界の中に荘厳にそびえ立つ建物を人は白玉楼と呼ぶ。

「ただ今もどりました!」
「ただいま」

玄関を空けて声を掛けると廊下の奥からひょこっと顔を出す一人の女性。
白玉楼の主、幽霊の西行寺幽々子である。

「二人とも遅い〜お腹と背中がくっついて死んじゃいそうよ〜」
「はは、済まないね、では早速頂くとしようか」

幽々子が待ちかねていた様で、早速買ってきたケーキを、お茶と共に試食と言うことになった。
妖夢はケーキを切り分けるのと、お茶を入れるので台所へと向かい、ギィと幽々子は居間へと向かった。

大きな卓の置いてある居間に座った幽々子はさも嬉しそうな顔をしている。

「ああ、たのしみね〜」
「幽々子は本当に食べることが好きなのだな、目の前にいる男性としてはいささか切なくなってしまうよ」

ため息をつきながらギィがおどけてみせると、幽々子はニコニコとしたまま答える。

「あらあらごめんなさいね、でも楽しみなんですもの、舶来のお菓子なんて久しぶりだわ〜、いつも紫が持ってきてくれるくらいなんですもの〜」
「ふむ、ジャパニーズの言う花より団子、と言うものなのかな」
「失礼ね〜花の美しさが分からない程無粋ではなくてよ、ほら」

コロコロと笑いながらそう言って居間の外に幽々子が目を向け、ギィも釣られて目を向ける、すると、それは美しい桜がひらひらと舞い踊る様に風に吹かれていた。

「美しいでしょう、桜という花は美しい、でもね、たった十日程で散ってしまう儚い花、だとしたらその間に楽しまなくては、そう思わない?」
「成る程な、君にそう言われればさもありなんと言った所だよ」

桜、この日本と言う国を代表する花、幹はとても力強く、それに対して薄いピンク色の花はとても上品で、その花びらが儚く散る様は、どこか切ない。
その切なさは、愛した物を失う事に似ている。もっと見ていたいのに、それでも風に吹かれ、花は散ってしまう。

「ママンも、この風景を愛したのだな」

呟く様に、思わず口から零れた。

彼の言うママンとは、実の母親ではない、しろがねであった才賀アンジェリーナの事を指す。ギィの心は、彼女に救われた。機械の様だった自分を人間に戻してくれたのはアンジェリーナだった。人を愛すると言うことはどういう事か、本当によく知っていた人だと思う。
彼の人形、オリンピアはそのアンジェリーナのデスマスクを使用して作られている。それほどに、彼はこの国で出会った母を愛した。


「ええ、きっと、私は貴方のお母様のことは知らないけれど、この花を嫌いになる人なんてきっといない、だから貴方は今、貴方のお母様がかつて感じたことを感じているわ」

この幽々子と言う女性は千年の年を経た幽霊なのだという。人に倍する年齢を重ねた彼と言えど、流石に彼女には適わないと思うことがある。今も、まるで頭の中を覗かれた様な事を言われた。
そして、その言葉はギィにとってとても喜ばしい言葉だった。
どうして、この国に住まう女性は斯様に心のことをよく知っているのだろう。

「メルスィ、幽々子」

片目を閉じてそう言うと、幽々子はまた、鈴の様な声を出してコロコロと笑う。

「貴方って本当に不思議な人、老成した賢者に見えることもあれば、不意に十にも満たない子どもの様にも見えるわ」
「ミステリアスなのは魅力の一つだろう」
「そうね、とても楽しいわ、妖夢といい、貴方といい、見ていて飽きないんですもの」

妖夢と幽々子の二人は長い長い時を二人で過ごしてきたのだという、その二人の様子は、主と使用人と言うより、家族のそれの様に見えた。
血よりも濃い水があると、二人を見ていると信じられる様な気がした。それがギィには嬉しかった。

「彼女は、まるで君の娘の様だな、羨ましい」
「貴方にも、娘さんがいるのでしょう?」

一つ、間を空けてから、ギィは答える。

「ああ、チョンマゲイノシシマンの嫁に行って、今頃は幸せにやっているのだろうさ、僕のことなど忘れてね」

エレオノール、エレオノール、お前もこの桜を見たのだろうか。
この美しい国で、君は遠い遠い昔に、この地で果てたお前の母親と同じ風景を見たのだろうか。
君の父母が幸福な時を過ごした日本という国を、お前も愛したのだろうか。
世界のどこにいても、この国の事を覚えていて欲しいと思う。この美しい国は、お前の故郷なのだから。
今、何をしているのかは分からないが、あのナルミならば、お前を退屈させることはあるまいと信じている。
幸せになって欲しいと、夢の中でお前と歩いたバージンロードは、幸福に繋がっているとそう思っている。
僕のことは忘れても良い、しろがねである事も、ただ、自分の生まれた日本という国のことは覚えていて欲しい。お前の記憶の中に無い、母親の代わりに、そして、お前の伴侶もまた、この国に育てられた者の一人なのだから。
お前の伴侶は、粗野で乱暴だが、恐らく地球で一番優しく、強い男だ。その男を産んだこの国はやはり彼の様に優しく、強い。

「きっと忘れられるわけ無いわ」
「そうかな」
「ええ、自分のことを忘れてくれなんて言う男の事は、いつまで経っても覚えているものよ」
「幽々子は優しいな」
「うふふ」

そう言って笑う目の前の女性は、いつになく美しく見えた。

「ふうむ、ならば君にも言っておいた方が良いのかな、僕の事など忘れておくれと」
「だめよ〜本気の言葉でなくては届かないわ〜」
「ああ!僕が美しい女性に対して嘘をつくだなんて事があるわけがない!」

大仰にのけぞりながらそう言うギィを見て幽々子は、また笑った。

妖夢が持ってきた山程のケーキを三人で美味しく頂き、その後は何事もない様に一日は過ぎていった。





夜中、布団に入っていたギィは起き上がり、庭に出る。
片手にはオリンピアの入った鞄を持ち、警戒している様子だ。
三日月がぎらぎらと、刃の様に光って見えた。

ざあ、と音を立てて一陣の風が吹いた。桜が一遍に舞い散る。その桜の中から現れるのは一人の少女。

手に持つ棒には、相対した者の罪が記されるという。
腰に差した手鏡には、相対した者の過去が映し出されるという。
そしてそれらを証拠として、生きとし生けるものの魂の判定を下す者。
閻魔。
四季映姫・ヤマザナドゥがそこに立っていた。

「ふん、誰かと思えば貴女か」
「ふん、とはご挨拶ですね、ギィ・クリストフ・レッシュ」
「何の用だ、僕の心地良い睡眠時間を奪わないでくれないかね、僕はこう見えて病弱なんだ」

お互いに、何を言われても表情を動かす事はない。二人の間にどこか敵意に似たものを感じたのか、一羽の梟が飛び去っていった。

「貴方の仕事の進捗状況を見に来たのですよ」
「別に、期限があるわけでもないのだろう、無駄足だな、二週間程後に来れば決着は付いているさ」
「失敗すれば、貴方の望みは果たされないのですよ」
「そんな事はわかっている、だが、焦ればいいというものでもあるまいよ……まあ、奴らの根城は掴んだがね」
「それは重畳」

その言葉を聞くと、閻魔はぽつりと呟く様に言った。

「私としても、此度の一件は本意ではないのです、あの二人には、裁かれる罪などありません……しかし……」
「その十王とやらが言っているのだろう、ふん、この任務が達成したら約束は守って貰う」

怒りを押し殺した様な声で彼は言う。

「約束を果たしたとしても、貴方は地獄行きなのですよ、それも、数千人の業を背負って」

俯いて、そう答える閻魔は年相応の少女に見えた、しかし、ギィは明確な敵意を持って言葉を返す。

「地獄、地獄か、そんなもの、この身の苦痛など痛みの内にも入らんよ」

ギィはロケットを掴み、蓋を開けて写真を見つめる。

多くのしろがねたちは、サハラ砂漠で、その命を散らした。
死んだ者達は、ほぼ例外なく、十王と呼ばれる者達の裁判を受ける。国によって、それはアヌビスと呼ばれる犬顔の神であったり、閻魔大王と呼ばれる強面の男性であったり、様々だが、死ねば何かしらの裁判を受けるという事になるらしい。
その裁判で、多くのしろがねが有罪として地獄送りの判決を受けたのだという。曰く、他者の命を引換にして、人形の破壊にのみ生きた。曰く、何者も愛す事はせず、復讐のみに生きた。非情の復讐者達にとっては仕方のない事だったのかも知れない。
もちろん人類を守るための行為であったという情状の措置はあったらしい。しかし、それでもおおくのしろがねたちが地獄送りに決められた。

その判決に真っ向から反論した者達もいた。
その中で、独断で行動した者達が、才賀正二郎と、才賀アンジェリーナである。
しかし、結局結論は変わらず、二人は十王会議にとんでもない提案をした。

地獄に堕ちる全員分の罪を背負って、正二郎とアンジェリーナの二人が地獄に堕ちると言い出したのである。

そんな騒ぎのさなかに、幻想郷での自動人形異変騒ぎが起こった。ギィが冥界に来て、この四季映姫と出会えたのは彼にとっては幸運だったのか、不幸だったのか。

全ての事情を映姫から聞き出したギィは、この小さな閻魔にさらなる提案をした。

この異変を止めてやる代わりに、自分と才賀夫妻の罪を取り替えろと。
ジョージと阿紫花は、このことを知らない、己たちが何故選ばれたのかも分かっていないだろう。ギィが選んだ二人だった。
この異変を止めなければ、正二郎とアンジェリーナは地獄に堕ちる。例え止めたとしてもギィが地獄に堕ちる。

「君らに堕とされる地獄など、なんでもない、本当の苦しみはいつだって心の中にあるのだ」

その言葉に、幻想郷の閻魔は何も言い返す事が出来なかった。

「ママンを、正二を、決してこれ以上不幸な目に遭わせるものか!」

そう言って、ギィはロケットを握りしめる。
その様は、まるで十歳の子どもの様だった。

「安心するが良い、四季映姫、その代わり決して約束を違えるなよ、その十王とやら、絶対に説得して貰う」
「……分かっています……それと、忘れてはいませんね、貴方たちに掛けている反魂の法は、肉体が朽ちれば、魂もろとも霧散してしまうという事を」
「ふん、元より死んだ後の事など知った事ではなかったのだ、どうだって良いさ」

それに、遠い遠い時の果てに、エレオノールがやってくる、その時に、アンジェリーナとエレオノールを会わせてやらなければならない。それは、きっと自分にしかできない。


三日月を見上げるギィと、立ちつくす閻魔を、部屋の中から西行寺幽々子が見ていた。
彼女は、二人の姿と、舞い散る桜を見て、その双眸から涙をこぼした。




[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-17話
Name: バーディ◆679946b1 ID:44cd85b2
Date: 2010/12/11 17:45


アルレッキーノの居候しているアリスの家に、客が来ている。
銀髪の髪を持つ、その二人は一見すると兄妹に見える。
ギィ・クリストフ・レッシュと魂魄妖夢の二人だ。
先日、西行寺幽々子、八意永琳、そして八坂神奈子も間で現在の自動人形異変についての会談がもたれ、お互いが協力関係にあると言う事は確認されていた。ギィのことも、そのつてでアリスは聞いていた。
何故か、八雲紫は連絡が取れないという。異変の最中、この幻想郷の管理者である彼女が動かないというのは奇妙な事である。今までも幾度かそう言う事はあったようだが、そもそも普段から居場所の分からない者なので、あちら側からコンタクトを取らない限り、彼女には出会う事は出来ない。


ギィは優雅に紅茶を飲み、トレビアンと一言呟いた。

「ああ、こんなに美味しい紅茶を淹れられるとは、なんと素晴らしい、アリスさん、どうかこの後一夜を共にし、僕のために夜明けの紅茶を……」
「ギィさん!!」
「なんだね」
「何のために来たんですか!」

早速アリスを口説きにかかるギィを妖夢が窘める。

「やれやれ、まったく洒落の通じん事だな……」
「いい加減にしないと、そのロケット取り上げますからね」
「おおう、それだけは勘弁しておくれ、それが無いと僕は〜」

等とやり合う二人にアリスがじとーっとした目を投げつけながら尋ねる。

「それで、その伝説のしろがねとやらが何の用なの?私を口説きに来たって訳でもないのでしょう?」
「そのとおりだ、しろがねよ、何を話しに来たのか?ドットーレの事か」

問われて、何故か妖夢が済まなそうにしているが、ギィの表情は澄ました風で、動じた様子もない。

「ふむ、お美しい人形使いのお嬢さん、君ももう少し男性の顔を立ててくれると嬉しいのだが」
「これ以上その手の話を続けるのならお帰り頂くわよ?」

アリスが睨み付けながら言うと、ギィはため息を一つ付いた。

「自動人形どもの根城を見つけてね」
「なんだと!?」

驚き、立ち上がりたアルレッキーノを尻目に、片目をつぶり、ギィは紅茶をすすりながらこともなげに言った。

「自動人形の根城を見つけたと言ったのさ、二度言わなくても意味は分かるだろう、僕はこの世界に来てからそれこそ必死で探し回っていたのだからね」
「必死でって……昼間は女性に声を掛けたり幽々子様とお茶飲んでばっかりだったじゃないですか……」
「ノン、妖夢、白鳥は見えぬ所で努力をしているものなのだよ」

自分を白鳥に準える目の前の男に半ば呆れながらアリスが尋ねる。

「それで、場所はどこなのかしら?」
「せっかちだな、ミ・レディ、まあ良いか、奴らの根城は鈴蘭畑の近くの大きな洞窟の中にあるのさ」
「鈴蘭畑って……メディスンの住処のすぐ近くじゃないの……どうして今まで見つからなかったのかしら……」
「なに、簡単な事さ、あの辺りは霧が多く、さらに奴らのバラ撒く銀の煙は、生き物、無機物問わず全ての物を惑わせる、だからさ」

ギィの答えに、アリスは怪訝な顔をする。

「それで、貴方はどうしてそれを見つけられたのかしら?」

紅茶をすすりながらギィはにやりと笑う。

「なに、そんな事はどうだって良いじゃないか、肝心なのは根城を見つけた僕らがこれから一体どうするかと言う事だ」

笑みを浮かべるギィの顔を見て、アルレッキーノが言う。

「ふむ、確かにその通りだな、アリス、早速永遠亭や、人里の連中に教えてやるべきだろう」
「ええ、そうね……」
「パンタローネとコロンビーヌには私が伝えておこう」
「あ…うん…」

アルレッキーノに答えながら、アリスはどうにも目の前の男の事を信用出来るのかどうか値踏みしていた。一ヶ月後に敵が攻めてくる事が分かっているのであれば、その為の準備をしていてしかるべきだろうに、何故今のタイミングで自分たちの前現れ、今日言った事を告げに来たのか、ドットーレを敵としているのは本当のことのようだが。

「さ、これで用事は終わりだ、帰るぞ、妖夢」
「はい、それでは」

立ち上がり、出て行こうとする二人にアリスは声を掛ける。

「貴方たち……味方なのよね……?」

問うたアリスにアルレッキーノが怪訝な声を出す。

「アリス、何を?」

ギィは立ち止まり、薄く笑って言った。どこか、人形の様な顔で。

「僕は、自動人形の敵さ」

そして、こちらを振り向かず、そのまま部屋を出て行った。
残された妖夢が、アリスに近寄り、耳打ちをする。

「あの、ギィさんてちょっと変わってて、灰色な所ありますけど基本的にはいい人だと思いますから」

それだけ言うと、ぺこりとお辞儀をして部屋を出て行った。

「待って下さいよー」

呼び止めようとする妖夢を、無視するかの様に、ギィはふりむかず、歩き続ける。

「ちょっと!ギィさん!!」

まるで、何かを隠す様に、ギィは足を止めなかった。
そして、その背中をアルレッキーノは彼の姿が消えるまでじぃっと見ていた。






夜、アルレッキーノはアリスが寝ているのを確認して、懐から何かを取り出す。
それは、まだ形を成していない何かの彫刻。

「まだ……出来上がっていないのだがな」

呟いて、その彫り物をテーブルの上に置く。
今日、家にやってきたギィは、きっとこうなる事を分かっていたのだろうと思う。
奴らの根城、ドットーレの居所がわかったのならば、行かねばならないだろう。
立ち上がり、ふと、切なさに似たものを感じた。
アリスは、怒るのだろうか、悲しむのだろうか、いずれにせよ済まないと思う。
どうしても、行かねばならないわけでもないとは思う。それでも、自分は行く。
ドアを開けると、風が吹いた。暖かい風、と言う物を感じられないのが残念だと思った。

少し歩くと、人影が見えた。
のっぽの老人と、一人の少女。

ギィから聞いた、ドットーレの根城。その場所が分かったのならばこちらから攻める事も可能だと言う事だ。
そして、相手がまだそれを知らないのならば、奇襲という形がとれる。何よりも、この世界の少女達を巻き込まずに決着をつけられる。もし、自分たちが敗北したとしても、しろがねたちがいる。ならば出来る限り、数を減らせておける。あの娘達を、戦わせ、傷つけたくはないと思った。
昼の間に、アルレッキーノはパンタローネとコロンビーヌにその事を話していた。

二体の人形を見て、アルレッキーノが口を開く。

「行こうか」
「ああ、しかし…」

少し口ごもりながら、アルレッキーノはコロンビーヌを見る。

「コロンビーヌ、やはりお前は来るべきではない」
「……なんですって……?」
「今のお前では、満足に戦う事が出来ん、それに、我らが敗北した時のために、やはり一体は残った方が良い」

パンタローネは何も言わすにその言葉を聞いている。
俯き、肩を振るわせてコロンビーヌが言う。

「そんな……そんなの無いわよ!」
「知っているさ、だからこそだ」

コロンビーヌも意味は充分に分かっているはずだった。

「なあ、コロンビーヌ、我々が帰らなかったとして、事情が分からなければ混乱を来す、それに……」

アルレッキーノは月を見上げた。

「フランシーヌ様……エレオノール様にお伝えする者が必要だろう」
「ずるいわよ……」

その場にしゃがみ込んでしまったコロンビーヌの肩にパンタローネは手を置いた。

「ん、コロンビーヌ、別にワシ等は負けると決まったわけではないのだ、なに、不意を打てば、あやつ等如きワシとアルレッキーノだけで充分よ」

その言葉を聞いて、コロンビーヌはいやいやと言うように首を振る。

「嫌よ!だってあのメディスンとかいう娘の毒はどうするの!最後の四人もいたんでしょ!?アンタたちと一緒なら、私あいつ等を壊すだけ壊して、壊れても良いと思った!あの娘達のためなら、捨て石でも良いと思った!それなのに……それなのに……こんなのって無いわよ!!」

そう言ってその場にへたり込んでしまったコロンビーヌに、パンタローネが笑顔で言う。

「なぁ、コロンビーヌよ、ワシ等とてむざむざやられる気はないのだぞ?」
「その通りだ」

アルレッキーノは今し方出てきたアリスの家を見やる。

「私たちが破壊されてしまえば、アリスとにとりはきっと悲しむのだろう、ならばそれは出来ない」
「そんなこと言ったって……相手が何体いるかもわからないのに…」

アルレッキーノは言う。

「毒は、パンタローネの“深緑の手”で吹き飛ばせるし、敵が何体いようが、私の“諧謔曲 神を称えよ”があれば敵の数は問題にはならない」

パンタローネによる遠距離からの風圧による大砲支援と、アルレッキーノの全方位攻撃は、確かに敵がどれだけ多かろうと問題はない、自動人形であるが故に、疲労もないのだから、攻撃を休める必要もない。

「そんなこと言ったって……結局前は負けてしまったんでしょ?」

事実、外の世界では敗北した二体であるが、戦闘の内容では、アルレッキーノはミサイルを使われなければ、パンタローネは両腕があれば勝てていた可能性は充分にあった。

「ああ、だが……」

アルレッキーノは、顎に手を当てて、何かを思案するように彼方を見やる。

「恐らくだが……敵対したとしてもブリゲッラに敗北することはない、きっと奴はミサイルを使わん」
「ワシも話を聞いた限りだが、そんな気がするな、何となくだが、それにもしハーレクインの奴がいたとしても今回ワシには両腕がある」

コロンビーヌはわからないと言うように首を振る。

「なによ?その何となくって……」

自動人形には曖昧さなど必要なかった。常に是か非か、機械であるが故に回答はいつも決まっていた。なんとなく、等というそんな思考は自動人形ではあり得ないことだろう。
アルレッキーノは不意に自分の顔から笑みがこぼれるのを自覚した。

「なぁ、パンタローネ、コロンビーヌ……あの宴会は良かったな、私の演奏と……」
「ああ、ワシが歌って」
「……私が踊って……」
「また、ああいうことをやりたいな、何となくだが」

そう言うと、アルレッキーノはコロンビーヌに背を向ける、

「コロンビーヌよ、お前は先ほど壊れても良いと行った、しかし、それは間違いなのだと思う、だから、なるべく破壊されない可能性の高い私たちが行く、アリス等の弾幕は確かに強力だが、彼女らが近くにいては撃てない技もある、だから、けして我々は敗北を前提に向かう訳ではないのだ」
「そうだな、仲町サーカスの法安風に言えば、ワシ等は奴らに灸を据えに行くのさ、とびっきり熱い奴をな」
「アンタ達……」

容易いことではない、と言うことは二人にもわかっているのだろう。
己が生きて帰られるか、微妙なところだろう。
それでも、この二体にとっては、あの少女達を傷つけないで済む、と言うことの方が我が身よりも大事なことだった。

「だから、帰ってきたらまた、あれをやろう」
「今度はワシが芸を見せような、玉乗りやらマイムやら、きっと喜ぶぞ、あやつ等」

アルレッキーノとパンタローネはそう言い残して、闇の中へと身を躍らせた。















暗い天幕の中央、ぽつりと照らされた光の中、一体の人形が座っている。
大きな円形のステージの様な場所だ。座っている男の姿は、黒い。
自動人形は、大切な物を中央に置く、と言う習性がある。これは本能の様な物で、誰がそうしろと言うわけでもないのだが、それが自然な形だと信じている。

中央に座す者の名はドットーレ。

そこに、勢いよく少女が走ってくる。その両腕には、いくつかの真っ赤なリンゴが抱えられている。

「ドットーレ!ほらほらリンゴ持ってきたよ!」
「おお、メディ、ありがとうよ、よし、お礼に面白いモノを見せてやろう」

ニコニコと笑う少女、メディスンメランコリーの手からリンゴを受け取ったドットーレはジャグリングの要領でぽんぽんと頭の上に放り投げる。
いくつものリンゴが宙に舞い、ドットーレの手の内に落ちてはまた宙に舞い上がるという事を繰り返した。

「あはは、すごいねー、ドットーレおじょーず!」

パチパチと手を叩くメディスンを見てドットーレはにぃ、と歯をむき出して笑って見せ、リンゴを手の上に縦に並べて見せた。リンゴが塔の様に重なる。スポットライトの中、それに合わせてポーズを決める様は、正にジャグラーのそれだ。

「かっこいー!」
「ふふん、どうだ、楽しかったか?」
「うん!ドットーレはすごいね、色々出来て!」

縦に並べた内のリンゴの一個をメディに放り投げる。
メディスンは食事を取る必要はない人形だが、何故か食事をするのは嫌いでない様だ。その辺りは同じ人形であるが、自動人形とはかなり違う。他にも空中に浮遊できたり、体に機械の機構がなかったりと、色々と相違点がある。

受け取ったリンゴをメディスンはそのままかじりつく、ドットーレも同様に。

「おいしーね」
「ああ、そうだな、この美味いって感覚は中々いい」

ドットーレは生命の水を飲んで、かねてから興味のあった味覚という物を身につけていた。リンゴにかじりつけば、その実の甘さや、少々の酸っぱさ、口の中に広がる果汁、香り、全てを感じ取れた。

しかしドットーレは思う。例えばこのリンゴは自然が作ったものだ。勿論人間による品種の改良やら、栽培の方法やらで、手は加わった物ではあるが、その原種は、誰に命じられた物でもなく、勝手にこの世に生まれ落ちた。
この世界は、すべての命がそうやって生まれる。そして、それはとても美しい。見た目も、この味も。
それは、草木や、獣、虫ですら持つ、魂という物の力なのだろうか。

そして、人間は…

ならば、自動人形は……

「なあメディ……」
「ん?なーに?」

こちらを向いたメディスンの顔がリンゴの果汁で濡れている。ドットーレは苦笑をして、ポケットからハンカチを取り出し、口の周りを拭いてやった。
この笑顔を見ると、何だか自分が考えている事を、忘れられる気がする。

「……淑女は、身だしなみも大事にしないとな」
「うん!」

そう言ってメディスンを抱え上げる。
満面の笑みを向けて、メディスンはドットーレにしがみついた。

暗い部屋の中、スポットライトに浮かぶ二人の姿は、まるで芝居の中の一幕の様だった。

その場に、パチ、パチ、と音が響く。

二体の人形が音のした方を見るとその場に少女が一人立っていた。
その少女が口を開く。

「まるで親子だわね」

少し複雑そうな表情をしている。

「ああ、いたのか」
「わーい!ね、ドットーレ、下ろして」

ぴょんと、ドットーレの手から鞠のように駆け出すメディスンが、今度はその少女に抱きつく。

「ゆうかー!」
「良い子にしてる?メディ」

夜だというのに日笠を片手に持つその少女が、メディスンに笑いかけた。



[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-18話
Name: バーディ◆679946b1 ID:44cd85b2
Date: 2010/12/19 22:18



静寂に包まれた森の中を二つの影が、高速で木々の間をすり抜けていく。
人間にはおよそ知覚できないであろう程の速度で駆けるその影はアルレッキーノとパンタローネである。
全盛期の体ではないとは言え、自動人形である彼らの速度はこの幻想郷でも吃驚に値する速さであろう。

「何か、可笑しいことでもあったのか?」

駆けながら、アルレッキーノがパンタローネに尋ねる。
彼らはこれからドットーレの本拠に奇襲を仕掛けに行くところだ。そして、それは己のみを散らす可能性すら含む。己の命をかけて赴くと言うのにも拘わらず、パンタローネはいかにも嬉しそうな笑みを浮かべていた、それが気になった。
尋ねられたパンタローネは、一つ声を上げて笑い、アルレッキーノの顔を指さした。

「そう言うお前こそ」

言われて、アルレッキーノは自分の顔に触れる。口角が上がり、自分もどうやら笑顔になっていたらしい。
自分が笑顔になっていなかったことに気がついていなかった様子のアルレッキーノを見て、もう一つ笑ったパンタローネは言葉を続ける。

「何故であろうな、あの時と、とてもよく似た気持ちなのだ、少し違うがな」
「あの時……?」
「そうさ、列車から飛び降りる前のあの時の気持ちにな」
「ああ……」

己の切り裂く風に、帽子が吹き飛ばされないように頭を抑えながら、アルレッキーノは、その言葉で納得した。
パンタローネの言うとおり。あの時の気持ちに似ている。
エレオノール様のため、自分はブリゲッラと、パンタローネはハーレクインとの闘いに臨んだ。
あの時、自分たちが己の身の破壊まで覚悟して列車を飛び降りさせたものは、恐らくエレオノール様への忠誠心だけではなかったと思う。
自分にありがとうと、行ってくれたリョーコ、サーカスに誘ってくれた法安、そして、かつての宿敵だったカトウナルミ。
エレオノール様がフランシーヌ様でないことはわかっていた。それでも、あの方に、忠誠を誓った。しかし、あの時、もしエレオノール様が列車に乗っていなかったとしても、自分とパンタローネは闘いに臨んだのだろうと、今なら思う。

「何故であろうな、我々はフランシーヌ様を笑わせるために作られたというのに、人間の血を吸うて生きる人間の敵だというのに……法安が、ワシにサーカスを一緒にやらないかと言うてくれて……」

駆けながら、パンタローネが夜空を見上げた。

「ワシは思うたよ、あ奴らを殺させたくないとな、サーカスに誘って貰えた、それだけの事なのにな」
「わからんではないよ」

アルレッキーノは、今の話を聞いて、一人の少女の笑顔を思い浮かべた。

「法安は、渡してくれたのかな、リョーコに、あの鳥の彫り物を」
「あ奴は約束は守ってくれるよ、何でもなく言った一言を、覚えていてくれた、自動人形のワシを本当にサーカスに入れようとしてくれた」
「我らが、戻れなくて、彼らも傷ついたのだろうか」
「ふむ……」

二人は黙り込む。
もし、今共に過ごしている少女達が帰らぬ人となったら、自分たちはどうなるだろうか。
フランシーヌ様がすでにいないと聞いた時は、造物主がいた。それでも、自分たちに心というものがあるのならば、穴が空いたよう、と言う状態だったろうか、だから、自分たちの役目を必死で探した。
才賀勝とのゲームがあるならば参加しようとし、かつての部下達に嘲られても、造物主の傍に居続けた。
エレオノール様と出会ってからの短い日々の中で、自分の役目を探さ無ければと言う、強迫観念に近い想いはなくなってゆき、代わりに、エレオノール様が、フランシーヌ様ではないと気がついた頃、恐らく、哀しい、と言う言葉の意味を理解した。
それは、とてもとても辛く、切ない気持ちだった。
愛するものが其処にいない、と言うことは身を引き裂かれるような感覚だった。
自分を誤魔化すことが出来たのは幸いだったのだと思う。フランシーヌ様はまだいて、自分たちは彼女を笑わせねばならないと、真実を知ってからも思い続けられたのだから。
そして、リョーコの見せてくれた、あの笑顔、ありがとう、という言葉。
彼女を自動人形に殺させる訳には行かないと思った。

「なぜかな、自分たちはこうしているのに、彼女たちが私たちと同じ事をして欲しくはないと思う」
「そうだな、不思議だ、だが間違っているとも思わんよ」
「確かに……な」
「ああ……さて、アルレッキーノ、雑談はそろそろおしまいだな」
「ああ、見えてきたな」

駆ける二体の人形の視線の先が急に開ける。
目にはいるのは一面に広がる鈴蘭の花。
気がつくと、周囲は銀色の霧に包まれていた。
そしてその中に揺らめく幾つかの影と、きり、きり、と言う音。見張りでも立てているのだろうか。その人形達の背後には大きな穴の空いた洞穴があった。
それらの顔がこちらを振り向き、声を上げた。

「あ、あれは〜〜!?」
「さ、最古の四人!?」

慌てて各々の武器を取り出そうとする自動人形達に、さして躊躇するでもなくパンタローネが両腕を大きく広げる。

「さて、ワシが先に出るとしようか」

ひゅごぉおおおお、とパンタローネの腕が音を立て始める。
大きく開かれた両の掌に空いた幾つかの穴に、空気が集まる音。
腕を自動人形達の方に突きだし、そして、軽快な音と共に、指先から放たれる不可視の弾丸が、人形達を撃ち抜く。

「げぇえええ!」
「ちきしょう〜〜!」

大声を上げながら崩れていく自動人形達、だが周囲のきり、きりと言う音はここに集まってきているようだ。

「パンタローネ!」
「ああ、わかっている、ワシはここらを片付けたら中へ向かう、先に行けアルレッキーノ」
「承知した」

リュートを構え、アルレッキーノは駆け出した。











三々五々近寄ってくる自動人形達を、パンタローネは深緑の手で撃ち抜く。
旧型、等と言われても、そこいらの十把一絡げな自動人形に劣る最古の四人ではない。

「に、しても……」

悲鳴を上げながら倒れる自動人形達の中で、パンタローネは考える。
この入口で寄ってくる敵をとどめておけば、この洞穴の中に何が起こっているかは分かりはしない。ここで時間を稼げば稼ぐ程、その分アルレッキーノが自由に動ける時間が増える。
外にいるのが雑魚だけであれば、この鈴蘭の園にいる自動人形達は一掃できるであろうとパンタローネは考える。

「ちきしょう〜〜!あ、生命の水がもらえるはずだったのに〜〜!」

叫びながら襲いかかってきた洞穴の入口に近寄ってくる自動人形に深緑の手を一発撃ち込み、沈黙させてからパンタローネは耳をそばだてる。

どうやら近辺の自動人形達の殆どは一掃したようだ。しかし、聴覚に響く、きり、きり、と言う音は完全に止んではいない。
音のする方向、そちらに目をやる。霧の中から、赤い服が現れる。両腕に鈴蘭の花束を抱いて。
身長は小さい、金色の髪を縦に撒いたその姿はまるでどこかのお嬢様の様だが、幼い全身と対照的に、少女の目はきついメイクをしたようにまつげがカールし、唇には血のようなルージュが引かれている。
そしてその目は、明らかに虚ろであった。

「アナタは……だれ?」

少女が口を開いた、パンタローネはその少女を知っている、いや、その少女の姿をした自動人形を知っている。

「ふざけているのか?ディアマンティーナ?」

少女の姿をしたその人形はディアマンティーナである。最後の四人の内の一体であり、熊の形をした自動人形を幾つも操って闘う。
彼女は、外の世界での最後の闘いにおいて、才賀勝と共に宇宙ステーションに乗り込み、造物主フェイスレスに愛して貰おうと、二人きりで永遠にすごそうとし、拒否され、破壊された。

「ああ、ワタクシ、昔のことを良く覚えていないの、ねえ、アナタはワタクシを愛してくれるかしら?」
「何を言って……」
「ほら!!」

ディアマンティーナは両手に持った鈴蘭を前に突き出す。

「ねえ、これ綺麗でしょう?綺麗なモノを送られたら嬉しいでしょう?」
「いいかげんに……」
「あら?でもこのお花は他の人のために摘んできたのだったのかしら?どうだったかしら?」

惚けたようにうつろな目をしたまま、ディアマンティーナはブツブツと呟く。

「愛されなくちゃ、愛されなくちゃ、捨てられないようにしなくちゃ、捨てられないようにしなくちゃ、だってワタクシは愛しているんだから、愛され無くちゃいけないの」
「ディアマンティーナ……お前……」

明らかに、何かが壊れている様子だった。自動人形がモノを忘れるなど、滅多にあることではないし、言っていることが支離滅裂だった。

「お前も、ドットーレに与しているのか?」
「ドットーレ!違う違う、ドットーレのために花を摘んできたではないわ、でも誰かのために摘んできたのだわ、ああ、ドットーレはワタクシを愛してくれるかしら?そうそう、アナタは?アナタはどうなの?ワタクシを愛してくれるの?」

無言でパンタローネは腕を突き出す。襲いかかってくれば即座に深緑の手で撃ち落とそうとする構えだ。
その様を見たディアマンティーナが突然、ぎりり、と歯を食いしばる。

「そう、あの時彼もそうやって私に腕を突き出して、あの時っていつ?空の上で、そこはどこ?でもその手は抱きしめるためじゃなくて、ワタクシを壊すためだった、アナタもそうなのね?彼と同じなのね?彼は誰!?彼は人!?それとも人形!?それとも神様!?」

言葉が進む程に徐々にヒステリックな声を上げていく。そしてスカートの中から、ボトボトと、何かが落下した。

「わからない!わからない!どうしても顔が思い出せない!声も!」

ディアマンティーナのスカートから落下したモノは熊の形をしたぬいぐるみである。
一見すると可愛らしいが、自動的に動き出したそれらは充血した目を見開き、牙の付いた大きな口を開く。
まるで、狂犬のような顔。

「厄介だな」

パンタローネは呟く、ディアマンティーナの熊人形は見たことがある。
素早い動きで敵に噛みつき攻撃する。
単純な攻撃だがそのスピードは侮りがたく、しかもどういう機巧を持っているかはわからないが、ほぼ無尽蔵にわき出てくるのである。

「ワタクシとクマちゃんがいればそれだけで良いんじゃないの!?どうして愛してくれなかったの!!!!」

ディアマンティーナが叫ぶと同時に四体の熊の人形がパンタローネに向かって襲いかかってきた。















アルレッキーノが洞穴の中を進んで行くと、広い場所に出た。何かの苔のようなモノがうっすらと蒼い光を放っている。
入口も大きかったが、内部は更に大きくなっているらしかった。
その広大な場所に大きな黒いテントが建っていた。
かつて自分たちが根城にしていた、真夜中のサーカスを思い起こさせるそれが、今のアルレッキーノには禍々しく見えた。

「む!?」

天幕の入口が揺れた、何者かが出てこようとしている、アルレッキーノは傍にあった岩の陰に身を隠し、様子をうかがう。
中から出てきたのは、緑色の髪をし、何故か日傘を手に持った少女のようだった。
どうやら自動人形ではないらしい、真夜中に日傘を持つなど、自動人形の方がやりそうなものだが。
少女は二言、三言テントに向かって呟いた後、歩き出した。
彼女は恐らく幻想郷の妖怪であろうが一体何をしていたのだろうか。
まあいい、とにかく彼女が出て行ったら、テントに忍び込もうと岩陰に身を完全に隠した。こちらから相手の姿が見えなくなるが、30も数えればいなくなっているだろう。そう考えていると、身を隠していた岩に、突然ひびが入り、砕けた。

「何!?」

砕けた岩の中から、傘の先端が現れた。間一髪それを躱し、その場から離れる。
傘を突き出していたのは、先ほどの少女。

「こんな所でこそこそと、一体何をしているのかしら?あなたネズミか何かなのかしら?」

無言でアルレッキーノは構える。リュートは首に掛け、いつでも攻撃に移れる体勢をとった。

「あら?やはり言葉がわからないならネズミなのね、私、ネズミは嫌いなのよ、作物を荒らすから」

そう言うと少女はアルレッキーノの方に踏み出しながら言った。

「だから、駆除しないとね」

そう言うと彼女の目が赤く光る。少女が、妖怪の力をむき出しにし、全身から妖気を立ち上らせる。

「仕方あるまい……!」

自動人形のアルレッキーノにも感じ取れる程の殺気だった。
この少女は危険だ、と全身で理解した。
ここで騒ぎを起こしては厄介だが、全力でかからねばこちらが危うい。見た目こそ少女の姿をしているが、おそらく、そこらの自動人形では相手にもならないだろう。

「緋色の手」

アルレッキーノがそう呟くと、彼の指先から幾つかの導線が現れ、それが炎を放つ。
一瞬、洞窟内がぱぁっと明るくなり、少女が炎に包まれた、かに見えた。しかし。

「熱いじゃないの」

そこには、傘を持ったまま、の少女の姿があった。
炎は少女を避けるように広がっていた。

「馬鹿な……!」
「じゃあこちらかも行くわよ」

そう言うと少女が手に持った傘を大きく振りかぶり、こちらに向けて振り下ろしてきた。
遅い、これなら掴むことすら難しくない、しかも相手の持っている物は傘だ。自分の体に当たればひしゃげてしまうだろう、アルレッキーノはそう思った。
しかし、あの少女の見せた殺気が気になった。何せこの幻想郷では常識が通用しない。
それに岩を砕いたのは、まさかあの傘その物で砕いた訳ではないだろうが、相手を甘く見るべきではないと判断し、自分に迫ってくる傘から身を躱す。
アルレッキーノのからだから外れた傘は、そのまま地面に振り下ろされた。
傘が地面に当たると、鈍い音がした。
硬い岩の地面に傘がめり込んでいる。少女はこともなげに突き刺さった傘を地面から引き抜き、アルレッキーノの方を向いた。

「すばしっこいわね」
「むう」

少女が傘を振り回す。
最早それは傘ではなく、巨大な斧のような圧迫感を持ってアルレッキーノを襲う。
しかしいかんせん相手の動きは遅い、自動人形のアルレッキーノならば容易く躱すことの出来る様な攻撃であった。

傘を躱し、拳を少女に打ち込んだ。
少女の腹部にアルレッキーノの拳が突き刺さる。

「かっ……は」

流石に金属の腕で打ち込まれる打撃である。常人離れした力の持ち主とは言え、効いたようだった。
少女の顔が苦痛に歪み、口元から血が零れる、が。

「やってくれるわね、でも、捕まえた」

口から流した血を拭おうともしないで、少女は自分の腹に打ち込まれた腕を掴み、そのまま地面へと投げつけた。
アルレッキーノの体には金属も使われている。重さで言えば優に100kgを越える。その体をこともなげに少女は二度、三度とアルレッキーノを地面にたたきつけ、放り投げた。

「なんという……力だ……貴様……何者だ」
「あら、ネズミが言葉をしゃべれたのね」

立ち上がりながら問いかけるアルレッキーノに少女が答える。
その態度はあくまで尊大、不遜でありながら、その顔には悠然としたほほえみを浮かべている。

「いいわ、私に一撃入れたご褒美に教えてあげる」

そう言うと、少女は口元に流れる血を指作で拭き取り、言った。

「私の名前は風見幽香、偶に最強の妖怪なんて呼ばれたりもするわ」

洞穴の中に、目を赤く輝かせた風見幽香の声が、響く。

「最強か」
「そうね、他人が勝手に呼ぶだけだから事の真偽はわからないし、興味もないけどね、名乗ったのだから、アナタも名乗りなさいな。もしネズミでないならば」

アルレッキーノはリュートに指をかけ、さも楽士と言った様子で名乗る。

「我が名はアルレッキーノ、真夜中のサーカスの楽士にして……」

アルレッキーノはにやりと笑う。

「稀に、最古の人形と呼ばれたりもする」

その口上を聞いて、風見幽香がクスリと笑い。

「気に入ったわアナタ、人形にしては、なかなか洒落てる、だから、余り時間を掛けずに壊してあげるわね」
「残念ながらその提案は願い下げだ、申し訳ないがね」

一体と一匹は、お互いに笑みを浮かべて、殺気を放った。



[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-19話
Name: バーディ◆679946b1 ID:44cd85b2
Date: 2010/12/26 16:24
ディアマンティーナの繰り出した、いや、ディアマンティーナのスカートからこぼれ落ちたと行った方が良いだろうか、クマちゃん、と呼ばれるそれらは各々に奇声を上げながらパンタローネに飛びかかってきた。
鈴蘭畑の中で咆吼するそれらには、まるで理性というものを感じることが出来ない。
しかしながら、その狂った異形と相対する老人は、まるで正反対に冷静だった。パンタローネは飛びかかってくる熊の人形を、あるいは深緑の手で撃ち抜き、あるいは掴んで引き裂き、あるいは踏みつけて破壊する。

「いい加減にして欲しいものだな」

パンタローネが、一匹の熊の腹に空気の弾を撃ち込んで言う。
言葉を投げかける相手は、ディアマンティーナ。
しかし当のディアマンティーナは虚ろな目で何かをブツブツと呟いているだけで反応を示さない。
そして、彼女の来ているドレスのスカートの中からは際限なく熊の人形が産み落とされる。
最初は四体しかいなかったのが、今では何体破壊したのかわからない。
熊の人形達の動きは統制を欠いているように見えた。連携でも汲まれれば厄介なのだが、それぞれが勝手に襲いかかってくるので、パンタローネの戦闘力からすれば破壊するのはさほど難しくはない、厄介なのは、その数だ。
ディアマンティーナを狙い撃ちすれば良いのだが、彼女を攻撃しようとすると、その時だけ理性のない様に見える熊の人形達が、その時だけ身を挺してディアマンティーナを守るのである。
それにしても、あの小さな体のどこからあんなに人形が出てくるのか。

「愛、アイ、I、あい、eye?」

ディアマンティーナはその場でくるくると踊り出した。
まるで相手がいるかのように。
すると突然、パンタローネの方を見て語りかけた。

「ワタクシ、貴方のこと、知ってるわ、パンタローネ、ねえ、どうして貴方は愛する人に捨てられて平気でいられるの?貴方たち、フランシーヌに捨てられたんでしょう?どうして?」

先ほどは分からないと言っていたというのに、全く突然にパンタローネのことを認識したディアマンティーナが問うた。
泣きそうな顔で、それでいて、歯をむき出しにして。
あまりに哀しいその問に、パンタローネはしばし考える。
相手が狂っているとは言え、無視をするのははばかられた。

「なあ、ディアマンティーナよ……ワシはな、フランシーヌ様を愛してはいても、愛されたいと思うた事はないのだよ」
「なぜ?どうして?愛しているのに愛されないなんて、許せない、認めない、おかしいわ、可笑しいわ?」
「ワシは、いや、ワシ等はな……」

両の手から空気の弾を撃ち出し、熊の人形達を一掃する
現在その場にいた熊たちは、一匹残らず残骸となるも、ディアマンティーナは何も気にした様子はない。
じっとパンタローネを見ていた。

「ただ、あの方を笑顔にしてさしあげたかった、それだけで良かったのだよ」
「わからない、わからない、何も貰えないのに与えるだけなんて?ワタクシにはわからない、抱きしめて?キスして?一緒にいて!!」

ディアマンティーナが叫ぶ。
その様は、かんしゃくを起こした子どものようで。

「そんなの愛するってことじゃないわ、満たされないならそんな相手いない方が良い!あの人がいない?そんなのいや!!!」

パンタローネは肩をすくめる。

「そう言うのをな……」

ぎゅっと両目を閉じて、ふるふると肩を振るわせながら、ディアマンティーナはその場にしゃがみ込んでしまった。
パンタローネは素早く背後に回り込み。

「子どもというのだ」

言いながら、ディアマンティーナの両足をへし折った。
バギィ、という嫌な音がして、ディアマンティーナがその場に崩れる。
しかし彼女は破壊された自分の足にのことなど、全く気にしていない様子だ。
うつぶせに倒れたまま、頭を抱えている。

「愛するってなに?愛されるってどういう事なの?わからない、わからない」

パンタローネは、その様を見ながら、自分の行動に疑問を抱えていた。
何故、自分は彼女に止めを刺さないのか。
パンタローネは、妙な気持ちになっていた。

「ああ、そうか」

一つ、答えのようなものに思考が突き当たり、パンタローネは嘆息と共に呟いた。

「お前は、可哀想なのだな」

言葉をはき出した代わりに、胸の内にドットーレのことが浮かんできた。

「あ奴も……」

洞窟の入口を見た。
ディアマンティーナは、ここに置いていこうと思った。
危険かも知れないが、止めを刺す気になれなかった。

「どうして?誰に?いつ?どこで?ほしい、ほしい、全部、ぜんぶ、なにが?なにがほしいの?わからない、わからない」


と、穴の奥で何か光った。

「なんだ!?」

巨大な閃光が穴の入口から放射された。
圧倒的なまでの熱量を誇るその閃光は、恐らくは直撃すればただでは済まないだろう。
雷のような力を見せつけて夜空を切り裂き、その閃光は消えていった。

「アルレッキーノ……!」

アルレッキーノの緋色の手とは違う、だとすれば十中八九敵の攻撃だ。
あのような攻撃に晒されているとしたら、危うい。
ディアマンティーナを一瞥すると、彼女はわからない、と何度も呟きながら足を失った侭その場にへたり込んでいた。
焦燥感に駆られて、パンタローネは、洞穴に向かって駆け出した。























アルレッキーノは風見幽香と対峙していた。
この少女の力は尋常ではない。
妖怪、と言う存在のでたらめさはある程度理解していたつもりではあったが、単純に力が強いという妖怪は、今まで出会っていなかった。
もしこれに加えて妙な能力でも持っていたらと考えれば、警戒感は更に募る。
しかも先ほど、この少女は己が最強と呼ばれていると言った。
自分が主張したのではない、他人がそう言っていると、そして、殊更それを強調した訳でもない。
虚勢や、威嚇、とは考えない方が良さそうだった。
恐らくはただ事実を語っただけなのだろう。
この、妖怪だらけの幻想郷において最強と呼ばれる、と言うことの意味をアルレッキーノはわかっているつもりだった。
と、すればやはりなにがしかの能力を持っていると考えた方が良さそうだった。
殺気を放つ目の前の妖怪が、ぎしぃ、と凄まじい笑顔を見せ、言った。

「あらぁ、どうしたの?来ないのかしら?ならこっちから行くわよ?」

幽香は、そう言うと今度は殴りかかっては来なかった。
彼女が日傘を開き、くるくると回すと光る弾が周囲にバラ撒かれる。

「やはり……弾幕も使うか!」

幽香の放つ光弾は、さながら大輪のひまわりのような形を取り、アルレッキーノに襲いかかる。

「あらあら、本当に避けるのは上手ね」

幾つもの光弾がアルレッキーノの体をかすめて周囲に突き刺さる。
一発一発が、かなり重いのか、岩壁に突き刺さっては、穴を空ける。
飛び交う弾幕の中、光弾を躱しながらアルレッキーノは手から炎を打ち出す。

「燃えよ!」

放たれる紅蓮の炎が幽香を包む、しかし彼女が手に持つ日傘が、その炎をかき消してしまうのである。

「まったく、一体何で出来ているのだ」

放たれ続ける弾幕を躱し、幽香の周りを立ち止まらぬよう素早く動き回りながら呆れたように言う。

「うふふ、これはね、幻想郷で唯一枯れない花、風雨に倒れることもなく、旱魃に萎れる事もない、永遠の花」
「詩人だな」
「あら嬉しい、芸術家扱いしてくれるのね」
「だが私も、楽士なのでな、見せてやろう、このアルレッキーノが真夜中のサーカスの楽士たる所以」

アルレッキーノが立ち止まる。

「うふふ、一曲ごちそうしてくれるのかしら、楽しみね」

立ち止まったアルレッキーノにここぞとばかりに幽香が弾幕を集中させる。
静かに、アルレッキーノは首から提げているリュートに手を掛けた。

「諧謔曲“神を称えよ”」

アルレッキーノの持つリュートを中心に放たれる音の波。
不可視の衝撃波が迫ってくる弾幕をかき消す。

「なんなの?」

弾幕がアルレッキーノの目の前で急にかき消されたことに、怪訝な顔をした幽香が、もう一度、弾幕を放つ。
しかし、またもアルレッキーノの指が動くと同時に光弾が消えてしまう。
と、同時に周囲で不規則に岩が割れた。

「音?空気の振動を壁にして?」
「そうだ」

アルレッキーノは頷く。

「成る程ね」

そう言うと、幽香が開いた日傘をアルレッキーノの方に向け、突進してきた。

「ふむ、決断が早いな、弾幕が消されるとわかった途端に接近戦に持ち込もうとするか」
「うふふ」

速度で言えば、アルレッキーノの方が断然上回っている。
幽香の突進を見切り、アルレッキーノが躱す。
そのまま、幽香が壁に突っ込むと、ガラガラと壁が崩れて穴が出来る。どうやら他の部屋と繋がったらしい。
そして、また飛び出してくる。

「無駄だ、その速度では私には当たらんよ」
「私には、当たっとしても無駄よ」

アルレッキーノがリュートを弾く、が、それもまた開かれた幽香の日傘によって弾かれるのだった。
音の波を弾きながら、幽香は接近戦に持ち込もうと突っ込んでくる。
直撃すれば、風見幽香のからだと言えどもダメージを受けるだろうが、何せあの日傘が厄介だった。香霖堂の店主をして紫外線、赤外線はおろか、弾幕すらもカットすると言われたものである
決め手を欠いている、対して、速度は遅いが、あの傘の一撃を食らえば、自分の体は貫かれてしまうだろう。アルレッキーノは思った。

先ほど幽香が開けた穴がある。
アルレッキーノは、その穴に飛び込んだ。

「あら?あらあらあら、自分から袋小路に飛び込むなんて?」

幽香がゆっくりと、その穴の中に入っていく。
すると、いきなり腕をつかまれ、位置を入れ替えられた。
アルレッキーノが、穴から飛び出て幽香を見据えた。

「あら、わたしにとってはこんな所袋小路にはならないわよ、突き破ってしまえばいいのだから」
「だろうな」
「わかっていてどうしてこんな事をしたのかしら?暗闇で襲おうとでも思ったの?紳士的じゃないわね」
「音は……」


そこまで言ってアルレッキーノがリュートに指をかける。
そこで、幽香は顔色を変えた。
先ほどまでの笑顔が消え、目を尖らせてアルレッキーノを睨む。

「……貴方の狙いは……」
「そうだ、音は反響する、跳ね返るお前の傘は一方向からの攻撃しか避けられぬだろう、ここは、先ほどの広い空間ではない、ならば、跳ね返った音の衝撃から身を避けるすべは無い」

幽香が傘をアルレッキーノに向ける。と同時にリュートが弾かれた。

「喰らうが良い、全方位より襲う音の衝撃を!」

放たれた音の壁が反響し、増幅しつつ幽香の体を襲う。
見えることはないが、衝撃が幽香の体に当たる。全方位からの攻撃なので、どこかに弾かれると言うこともない。
背後から、頭上から、左右から、足下から、文字通りの全方位攻撃である。
アルレッキーノが弾き続ける限り、倒れることすらままならない。
傘をアルレッキーノに向けたまま、幽香の体がミシミシと嫌な音を立てていた。
それでも、彼女は決して傘を落とさず、こちらに向けている。
勝った、と思った。自動人形ではない彼女の命までは奪うまいと、手加減もしていた。
風見幽香の、傘の先が光った気がした。
その光を目にした瞬間、体が反応した。
経験が、あるとするならば本能が、勘が、彼の持つ感覚の全てが警告していた。


あの光は危険だと。


身をよじったのと。巨大な光が穴から放射されたのは同時だった。


























パンタローネが洞穴の中を駆ける。
洞穴の中は真っ暗だった。
元々は光る苔があったのだが、先ほどの閃光で全て焼けてしまっていた。
自動人形である彼には、問題なく見えてはいるが。凄まじい光景だった。
岩が溶けている。一体どれ程の熱量があればこれ程のエネルギーを生み出せるのか。
もしこれをアルレッキーノが直撃を受けていたのだとすれば、跡形も残らないだろう。
駆けていくと、通路の真ん中に、少女が立っていた。
暗闇の中だというのに、何故か日傘を持っている。

「おまちなさい」

敵か、この少女が先ほどの閃光を放ったのか。

「貴様……」
「この先には一人で行かない方が良いわ」

少女はそう言うと、クスリと笑った。

「冗談ではない、ワシは急いでおるのだ」

ふぅ、と少女がため息をつき、やれやれというように首を振る。

「まったく、殿方というものは本当にせっかち、もう少しタイミングというものを学ばなければ、女性の心は掴めませんわよ。貴方、モテないって言われたこと無い?」
「確かにそう言われたことはあるが、今は然様な事を言うている暇はないのでな、邪魔するというのならば……」

指から空気の弾を撃ち出す。狙いは足、敵かどうかわからないが、取り敢えずの機動力は奪ってしまおうと思った。
しかし、少女の足に当たったかと思った弾丸は、何故かかき消えてしまった。

「あらあら、初対面の女性にそんなアプローチの仕方はないわね」
「何をした……?」
「さあ?」

少女の態度にパンタローネが歯ぎしりをする。
こんな所で問答をしている暇はないのだ。
アルレッキーノのことが心配だった。

「とにかく、そこをどけ」
「そうはいかないのよ、貴方たち、急ぎすぎだわ、たった二人で闘っても勝ち目はないの」
「ふん、あいつらなど、ワシとアルレッキーノがいれば……」
「あの閃光を見たのでしょう、この世界にはね、貴方たちの想像も出来ない妖怪が存在するの、現にあの楽士も……」
「アルレッキーノがどうしたというのだ!」

少女の言葉を途中で切り裂くようにパンタローネが怒鳴った。
まさか、やられてしまったのか、あのアルレッキーノが。

「まあ、まだわからないけれど、とにかく、彼を助けたいのでしょう?」
「む……」
「手伝ってあげるわ、取り敢えずだけどね」
「何故だ?貴様は敵ではないのか」
「敵、と言う訳ではないわね、味方、と言う訳でもないけれど、私は、見極める者」
「見極める?何をだ」
「そうね、真実……かしら、そんなことは貴方にとってはどうでも良いのではなくて?」
「むう……」

信用して良いものか、パンタローネは悩む。
しかし、罠ならば、もっともらしいことを言って味方の振りをするだろう。
この少女は、敵でも、味方でもないと言った。
それに、ここで邪魔をされ続けられる訳にも行かない。

「良いだろう、協力してくれるのであれば助かる」
「ええ、よろしくね、パンタローネ、全てを真似る者よ」

パントマイムと言う言葉の語源は、全てを真似る者、と言う言葉に由来する。
自分の名前はおろか、自分の得意とするものまで知悉しているこの少女は何者なのか。

「協力者ならば、名前くらいは聞かせて欲しいものだな、そちらはワシのことを知っているようだが、ワシはお前のことを何も知らぬのだからな」
「そうね、教えてあげるのが礼儀ね」

少女は、日傘を閉じて、扇子を開く。
紫色のドレスを揺らし、薄く開いた妖艶な唇から彼女は言葉を紡いだ。

「私の名前は八雲紫、この幻想郷の管理人よ」








[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-20話
Name: バーディ◆679946b1 ID:44cd85b2
Date: 2011/01/08 11:17
アリスは、夢を見ていた。

農作業をしている。
収穫の時期だろうか、自分は鎌をもち、背中には籠を背負っている。
豊作だ、きっとこれ以上ない程の。
畑になっている物は、季節感がバラバラで、まるで四季の実りを今に集約したかのようだった。
これでは秋の二柱も立場がないなと苦笑する。
諸々の作物を収穫して、自分が一番楽しみにしていたリンゴの木の前に立つと、そこだけ実がなっていない。
何故だろうと、首をかしげる。

「リンゴが、楽しみだったのか?」

アルレッキーノに声を掛けられた。
何時の間にそこに立っていたのだろう。

「ええ、そうなのよ、なのに何で……」
「自分で、育つのを止めてしまったのかな」

作物のならない木を見上げて、アルレッキーノが言った。
どこか、寂しそうな顔で。
リンゴが自分で成長を止める、そんなことがあるのだろうか。

「この作物と引換にならば、リンゴの実をならせることが出来るぞ」

アルレッキーノが籠を指さす。
アリスは籠を下ろして考え込む。
キュウリはにとりがたのしみにしていたし、にんじんは鈴仙に分けてあげたら喜ぶだろう、紅魔館にトマトを持って行かねばならないし、雛には葡萄を上げる約束だった。

「いいわ、私が我慢すれば良いだけだもの」
「そうか」

アルレッキーノが、微笑んだ。
何故だか、妙に満ち足りた気分だった。

「ねえ、アルレッキーノ」
「なんだ」
「貴方……」

アリスが言おうとして、風が、吹いた。

「いた!」

砂埃が目に入り、目を擦る。
目を開けると、そこにアルレッキーノの姿はなかった。

「アルレッキーノ……?」

何故だか、自分が取り返しの付かない選択をしてしまったような気がした。

「アルレッキーノ!!」

アリスの声が辺りに響いても、その声に応えてくれる者は誰もいなかった。














暗い洞穴の中、老人と少女が何やら話し込んでいる。
状況は切迫してる。
アルレッキーノが破壊されている可能性があるのだ。
修復できる損傷ならば良いが、先ほど目撃した閃光。
それは風見幽香のはなったマスタースパークなのだが、その熱量は尋常なものではなかった。
現にこの洞窟内は、岩の溶けた痕跡がそこかしこに残っていて、未だに触れればただでは済まない温度になっているだろう。
そんな場所で平然と立っているこの二人は、最古の四人、パンタローネと、幻想郷の管理者、八雲紫である。

「で、だ、ヤクモユカリ、ワシに協力すると言って、お前がどう手助けしてくれるのだ、ここで時を取らせた分の見返りは期待して良いのだろうな」

パンタローネは、洞穴から放たれた閃光を見て、急いでここにやってきた、そこで紫に呼び止められたのである。
紫と会話をし始めて、少々時間が経ってしまっている。

「ええ、そこは期待して良くてよ、でも一つハッキリしておきますわね、私は手助けをするだけ、助けるのは貴方、それはわかって置いて、とにかく、あの閃光……マスタースパークと呼ばれるものなのだけれど、それが放たれた辺りを見てみましょうか」
「ふむ、アルレッキーノの手がかりが掴めるとすれば、取り敢えず交戦した場所か……しかし敵に見つかっては厄介だぞ」
「んふふ、大丈夫ですのよ、その辺りは」

言うなり、紫がパチンと指を鳴らす。
すると暗所に一閃の亀裂が入り、徐々に広がってゆく。

「なんだ?これは…?」

怪訝そうに見つめるパンタローネを見て紫がクスクスと笑う。

「貴方もこの幻想郷で幾らかの時を過ごしたのならば、能力、と言うものに対する理解はありますわね?」
「まあ、ある程度はな」
「これが私のチカラ」

そう言うと空間の裂け目が広がった。
中には大量の目玉のようなモノが見えている。
まるで、隙間からこちらを覗き込んでいるような目だ。

「また珍妙な技よな」
「言うに事欠いて珍妙ってのは酷いのではなくて?」

少々ジトっとした眼を紫が投げかけてきているが、パンタローネは気にする風でもなく隙間を覗き込んでいる。

「貴方……もう少しレディの扱いを考えるべきですわね……!」
「おお!?」

と、空間に出来ていたスキマを覗き込んでいたパンタローネの背中を紫が蹴りつけた。
ドン、と背中を押され、よろけながらスキマの中にパンタローネは吸い込まれていった。

「なにを……す……る?」

スキマの中に放り込まれたパンタローネが周囲を見ると、そこは、妙な空間だった。
辺り一面、薄暗い紫色の空間の中、自分を蹴り入れた紫が少々気が晴れたという笑顔でパンタローネを見つめている。

「ここは……」
「そう、これが私のチカラの一部、ありとあらゆる境界を統べ、操る、その中に入ってしまえば、敵に見つかるなどと言うことはあり得ませんのよ」
「ふうむ、しかしまあ、良い趣味だの……」

何となく辟易したような表情で辺りを見回していると、相変わらず少し不機嫌そうな顔の紫がパンタローネに言う。

「貴方、人形なのに随分と人間くさい皮肉り方しますのね……」
「ふん、まあ……」

パンタローネは、自分は変わったのだろうと思っている。
かつての自分であれば、別にアルレッキーノが危機に陥っても、ここまで必死になって救出しようとしなかったろう。
ドットーレが壊れてしまった時のように。
何が自分を変えたのだろう。
思い浮かぶのは、カトウナルミ、エレオノール、法安、そして、この世界で自分の体を修復し、人形である自分を、さも己の家族のように扱うあの河童の娘。
彼女は、自分が壊れたら泣くのだろう。
自分たちは、ドットーレのために泣いてやれなかった。
ドットーレが、己の存在意義を否定し、銀色の涙を流した時、自分たちは何もしてやらなかった。
もし、あの時、自分たちが奴のために泣いてやれたのならば、こんな事にはならなかったのだろうか。
埒の開かない考えだ、起こってしまったこと、彼の時に己がしなかったことなどなど、考えても何も現在は変わらない。
こんな事を考てしまう自分はやはり変わったのだと思う。

「人形は人形なりに、変わるものでな……まあ、然様なことはどうでも良かろう、そんなことよりアルレッキーノだ」
「そう……ですわね」

何故か、表情を引き締めた紫が再度指を鳴らす。
すると、周囲に浮いている眼の中に洞窟内の様子が映し出された。

「ほう」

感心したようにパンタローネが声を漏らす。

「さあて、王子様はどこかしらね……」
「む、ここを良く見せろ」

そう言ってパンタローネが指さしたのは、どこかの狭い穴だ。
おそらくはこの巨大な洞穴の中にある幾つもの横穴の内の一つだろう。
その横穴周りはドロドロに岩が溶けてしまっているらしい。
そこで、何やら人形達が蠢いている。数体の人形が穴を掘っているようだ。
しばらくして穴が開くと人形達は、穴の中へと入っていき、そして、何かを抱え手出てきた。
片方は緑色の髪をした少女だ。恭しく、まるでどこかの王女を抱き上げるようにしているのはあの、カピタン・グラツィアーノである。
そしてもう一体、全身をコートに包んだ人形はブリゲッラだ。
そのブリゲッラが肩に抱えているのは……

「アルレッキーノ……」
「しっ!」

思わず呟いたパンタローネに紫が注意を促す。
こちらから見えていると言うことは、あちらからも見えてしまうと言うことなのだろう。
今は気づかれていないだけなのだ。
小声でパンタローネが紫に語りかける。

「あれを、追えるか?」
「誰に向かって言ってますの?」

緑の髪をした少女は、どこかへ連れて行かれ、アルレッキーノの体はどこかの地下に持って行かれた。
近づきすぎないように紫がスキマを操作しながら追いかける。
ある部屋に行き着き、ブリゲッラが中に入り、一人で出てきた。
ブリゲッラの表情が、どこか苦虫をかみつぶしたようだったのは気のせいだったろうか、マスクで覆われてよく見えはしなかったが。
去っていったブリゲッラの背中を見て、パンタローネが紫に目配せをする。
辺りに敵がいないのを確認して、紫が隙間を大きく開けると、パンタローネは音もなく廊下に降りたち、ドアを開けて、ブリゲッラの出てきた部屋へと入った。

「アルレッキーノ!」

思わず叫んでしまった。
部屋にはいると、横たわされたアルレッキーノの姿があった。
その体は、片腕と、下半身が無い。
やはり先ほどの熱閃で削り取られてしまっていたのだ。
スペルカードルールを適用しない妖怪の力とはここまでのものなのかと、軽い戦慄を覚えたが、それよりもアルレッキーノのことが心配だった。

「何という……ことだ……」

アルレッキーノに駆け寄る、意識はないようだ。
まるで、あの時のようだ、違う点は、自分の体は無事で、アルレッキーノの体は、酷い。
とにかく、こうなってしまっては奇襲は失敗だ。
一刻も早く、彼を修復しなければならない。
アルレッキーノを抱えようと手を伸ばした、その時、背後に気配を感じた。
上方に跳躍する。
パンタローネの足の下を、大きなハンマーが横殴りに通過した。
見覚えのある得物。
空中で腕だけを背後に回し、深緑の手を撃ち出す。

「あひゃひゃ、あたんねーって!」

恐らく、避けられている。
耳障りな声、他人を小馬鹿にしたような話し方。
着地し、後ろを振り返る。

「おいおい、そんなこえー顔しなくったっていいじゃねーですかい?久しぶりの再会なんですからよぉ」

ハンマーを杖代わりにして立っていたのは、全身をタイツに包んだ様な恰好をしている道化。
頭部の横には角を生やし、顔にはメイクが施されている。

「え?鈴蘭畑の毒人形にかけてよ」

その物の名は、道化。
イタリアの即興喜劇、コメディ・デラルテに登場する人物。
イタリアではアルレッキーノ、そしてフランスではアルルカンと呼ばれる者。
アルレッキーノ、そして、エレオノールの絹糸傀儡と同じ名を持つ者。

「ハーレクイン……!」
「そおぅよう、オレっちの事覚えててくれて嬉しいぜえ、パンさんよ、そりゃあもう、ひまわり畑の日傘にかけて」

そう言うと、ハーレクインは恭しく頭を垂れる。

「お客様、せっかくのお越し、もう少々お楽しみ頂いては如何ですかぁ?へ、あひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「貴様……何時の間に……」
「いやいや、オレっちはずーっとここにいたんでさ、ここにアルさんが運ばれるって聞いてね、ぜえったい誰か助けに来ると踏んでたんだが、こんなに早く来るってな、オレッちも運がいいや、四日や五日はここで過ごすかと思ってたってのによぉ、えひゃひゃ!」
「貴様の相手をしている暇はないのだ……!」
「ありゃあ、そんなつれねえ事いわねえで、もう少し遊んでっきなよお!厄払いの流し雛にかけてよお!」

叫びながらハーレクインが躍りかかってくる。
何とかパンタローネは攻撃をいなす。

「くっ!」

パンタローネの指先が、ハーレクインに向けられる、キュンキュンと言う音と共に、指先から空気の弾が発射される。
しかし、当たらない、くねくねと、人形とは思えない動きをさせて、ハーレクインはクラッカーのようなものをパンタローネに向ける。

「ほうりゃ!」

クラッカーの先から、小さなハトや、紙吹雪とともに弾丸のような者が発射される。
しかし、パンタローネも深緑の手を全面に展開し、驚くべき反射神経でそれを防いだ。
風の力で、たたき落とす。
その様を見て、ハーレクインが目を丸くする。

「へぇ〜〜やるようになったねえ、爺さんよ」
「お前こそな、若造……」

アルレッキーノの位置から離されてしまった。
現在の最優先させるべき事は救出だ、ハーレクインを倒すことではない、しかし、ハーレクインはそれを読んでいるかのように、パンタローネをアルレッキーノに近づけさせない。
こうなればハーレクインを撃ち倒すしかない、お互いに瞬速の攻防を躱しながら、相手の隙をうかがうが、決定打は打ち込めない。

「ええい!うっとおしい奴めが!!」
「えひゃひゃ!」

ハーレクインはまだ気象装置を使っていない、いや、屋内だから使えないのか、だとすれば勝機はある。
と、ハーレクインがハンマーを大振りで振ってきた、パンタローネが躱しても、何故かそのまま振り向かない。
チャンスだ、そう思った。
深緑の手を打ち込もうとする。

「もらったぞ!」
「いいのかよぉ!?そんなこと言っててぇ!」

パンタローネの顔が青くなる、自動人形だからそんなことはあり得ないのだが、ハーレクインが駆ける先にはアルレッキーノの体。

「しまっ……!」

動揺した、そのまま深緑の手を撃ち込めば直撃させられたかも知れなかった、しかし、ハーレクインを追おうとしてしまった。
パンタローネにとってアルレッキーノを狙われるという事は不測だった、そして、それはそのまま、ハーレクインの予測だった。
急激にハーレクインが振り返り、そのまま走るパンタローネを狙う。
躱せない、そう思った。

「ぶっこわれっちめ〜〜!河童の発明にかけてよお!」

ハンマーが振られる、しかし、それはそのまま空を切った。

「なに!?」

ハーレクインが辺りを見回す。
しかし部屋の中にはパンタローネの姿はない、気配も。
忽然と、霧のようにパンタローネは消えてしまった。

「へ、消えっちめえやがんの……」

言いながら、ハーレクインは顔をしかめた。
ヘラヘラと笑っていた先ほどまでの表情とは打って変わって、憤怒の表情だろうか、顔の全面に皺が寄り、まるで、悪鬼のような顔をしていた。













パンタローネは、気づくと紫色の空間の中に立っていた。

「危ないところでしたわね」
「ヤクモユカリ……そうか……お前が……もどせ!今すぐに!!」
「駄目よ」

そう言うと、紫はスキマを開く。
そこに映し出されているのは、緑色の髪の少女がアルレッキーノの部屋へと向かっているところだった。

「貴方に機会は与えたわ、それに、スペルカードルール無しでの幽香は危険すぎる」
「そんなことはない!」
「聞き分けのない……」

紫がパチンと指を鳴らす。
すると、パンタローネの足下にスキマが開き、体が、空間から放り出される。

落とされた場所は、妖怪の山、にとりの家付近だった。

「まて、戻せ!ヤクモユカリ!!」

山に、パンタローネの悲痛な声が木霊する、しかし、返事はどこからも帰っては来ない。

「戻せ……戻してくれ……」

助けられなかった。
アルレッキーノを、助けられなかった。

「おお……」

パンタローネはその場にへたり込んでしまった。

「おおおおおおおおおお……」

流す涙もなく、流す血もなく、ただただ、パンタローネは慟哭した。



[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-21話
Name: バーディ◆679946b1 ID:44cd85b2
Date: 2011/01/08 11:41
宵闇の中を歩く者がいる。
彼の者は、運ぶ者。
その腕に抱かれているのは、宿命。
銀色の髪に、月明かりを煌めかせ、道を征く。
少女に、宿命を運ぶため。
片手には大きな鞄、そして懐には一つの瓶。
天の御使いの様に美しい顔をしながらも、心の中は冷えている。
森の奥、人々に忌諱される魔法の森のその奥に、魔女は住む。
今は絶望を胸に称えて。
男は思う。
火を、灯して貰わねばならないと。
例えそれが、どれ程残酷なことであろうとも。
かつての、己と同じ道を歩むことになろうとも。
出来ることならば、今の自分を、月にすら見られたくはなかった。















あれから数日が経つ。
私は、呆けたように日々を過ごしている。
そんな場合ではないというのに。
事の顛末を、にとりから聞かされた時、私は思わず叫んでいたらしい。
その時のことを、私はあやふやにしか覚えていない。
パンタローネが、俯いたまま、すまないと、謝り続けていた事だけを覚えている。

アルレッキーノがいない、その事が私を苛む。
何故、彼は私に何も言ってはくれなかったのか。
いや、そんなことは分かっている。
私が知れば、間違いなく止めただろうから。

「でも……一人でいなくなってしまうことないじゃない……」

私が今胸に抱いているのは、彼がいなくなってしまった朝に、テーブルの上に置いてあった物。
鳥になり損ねた、木片。
彼の、形見になってしまったのだろうか。

「こんな物……欲しくなかったわよ……」

一人。
一人でずっと生きてきた。
母に、別れを告げられたのはいつのことだったろう。
人形だけを、幼かった私に与えて、幻想郷へと送り出した。
母を恋うたこともあるし、憎んだこともある。
でもいつしか、私は一人であることに慣れていった。
いや、慣れたフリを覚えた。
そんな時に、アルレッキーノと出会った。
最初は、彼の体のことを調べれば人形の自立が可能になるかも知れないと思った。
私が、人形に命を与えたかったのは、家族というものに憧れを抱いているから。
母から貰えなかった愛が、欲しかったから。

でも、いつの間にか。

短い間だったけれど、彼が、私の人形劇で演奏をしてくれた時。
私が疲れている時に、抱き上げて歩いてくれた時。
私のために、他の人形と一緒に芸を見せてくれた時。

私はとても嬉しかった。

自分のために、何かをしてくれる彼のことが、かけがえのないものになっていた。

それなのに。
それなのに。

今、アルレッキーノがいない。

私の、家族がいない。

そんなことばかりを考え続けている。
戦いは、目前まで迫っているのに。





ノックの音がした。
時間の感覚も分からないが、外は夜だ。
夜中に、この森の奥にまでやってくる者が、まともな者とは思えない。
無視した。
しかし、ノックの音は止まない。
五月蠅い。
自動人形だろうか、私のアルレッキーノを奪った者達なのだろうか。
だとしたら、許さない、許せない。

立ち上がり、ドアを開けた。
そこに立っていたのは、銀髪の男。

「ボン・ソワール、マドモアゼル」

顔を見た瞬間に、怒りがこみ上げてきた。
ギィ・クリストフ・レッシュ。
この男が、あんな事を伝えに来なければ、アルレッキーノがいなくなったりはしなかった。
八つ当たりに、近い感情とは分かっている。
それでも、思わず手が出た。
この男があんな事を知らせなければ、そう思ってしまった。
平手が、男の頬を打った。

「僕のせいだと、思っているのかい?」
「五月蠅いわよ、帰って、誰とも話をする気にならないの」

打たれたことに、何の反応も見せずに男は言葉を続ける。

「そうはいかない、もし僕のせいだとしたら、僕には責任があるからね」

その言葉に、再度頭に血が上る。

「責任……責任ですって!?」

歯ぎしりをしていた、いつもの自分ではない、明らかに。

「あなたに責任があるのなら!アルレッキーノを返して!ここに!いますぐに!!」

ギィに詰め寄った。
自分で気持ちが制御できなかった。
涙が溢れる、こんな奴に見せたくないのに。

「返してよ……」

アリスは、その場にへたり込んでしまった。
その様を見るギィ・クリストフ・レッシュは表情を変えず、コートの中に手を入れる。

「君に彼を返すことは僕には出来ない、でも……」

懐に入れられた手に握られていたのは一つの瓶。
中に入っているのは赤い液体。

「もし……君が彼の仇を討つ意志があるのならば……」

そう言ってギィは赤い液体の入った瓶を座り込んでしまったアリスの目の前に置いた。

「もし君が、運命の過酷さに背を向けないというのなら、僕は君に力を与えられる、自動人形を破壊するための力を」
「これは……」
「これは、あるしろがねの血だ、しろがねの血は、摂取量が一定を超えると、生命の水と同じ効果を得る」
「なによ……ただ死ににくくなるだけじゃない……」
「いや、僕の与えたい物はこれだけじゃない」

そう言ってギィは傍らに置いてある大きな鞄を空ける。
その鞄の中から現れたのは、一体の人形。
頭に羽根飾りをつけ、黒い衣服を着た、道化師の人形。

「あるるかん、と言う」 
「あるる……かん……」

それは、始まりにして、終わりの絹糸傀儡。
白銀という中国人の錬金術師が作り上げた人の形をした物。
自動人形破壊のために特化された、しろがねの武器。

「あるるかん、と言う名前は、あのアルレッキーノの別の読み方なのだよ」

アルレッキーノと同じ名前を持つ人形、ただそれだけのことなのに、アリスの心は揺れた。

「僕が君に贈る物は。自動人形を撃ち倒すために作られた彼、そしてその血を飲めば、自動人形に対する知識、そして彼の扱いが全て分かるだろう」

しろがねの血は、記憶をも伝える。
濃い、しろがねの血は生命の水と同じなのだから。
薄めてしまえば、万能の霊薬、と呼ばれる効果しかないが、これは、
絹糸傀儡の扱い、自動人形の壊し方、そして、哀しみも、憎しみも。
だからこそ、しろがねたちの間でも、例えゾナハ病でも、他人に血を与えることは憚られていた。

「君が、自動人形に、理不尽に大切な物を奪われたのなら、復讐をする気があるのならば……その血を全て飲み干すが良い、そうすれば君は、永遠の復讐者……」

ギィはアリスに背を向けて言った。

「”しろがね”となる」







ギィが出ていった後、アリスは置いていかれた人形と、血液の入った瓶を見つめ続けていた。
自分の力には自信がある。
例え現状でも、自動人形達と戦える。
そう思っている。
しかし、あるるかん、アルレッキーノと同じ意味を持つ名の人形と、共にいられるのならば。
彼の仇を討つのに、少しでも力が増すのならば。
アリスは、あるるかんの頬に手を伸ばす。
触ってみると冷たい。
人形の体温、アルレキーノの体温。

「あるるかん……」

仇討ち、復讐、なんと甘い響きなのだろう。
喪われた者のために、何かできることがあるとしたら、復讐の他に何があるのだろう。
少なくとも今のアリスには、わからなかった。

少女は、人形の手を取り、胸に瓶を抱く。
例え復讐によって生まれるものがないとしても、何か彼のために出来ることがあるというのならば。







白玉楼
自室にて、と言っても居候の身だが、ギィは一人ワインを飲んでいる。
無表情に、首から提げたロケットを握りしめながら。
和室なので、あぐらをかいて、ちゃぶ台でワインを飲んでいる様はどこか滑稽だ。
その氷のような顔を除いて。
足音が聞こえた。
すぅっと、襖が開き、部屋に入ってきたのは、西行寺幽々子。

「……いかに僕が君のことを想っているとは言え、ノックもなしに部屋に入ってくるのは感心しないな」

顔すらそちらに向けずに、ギィが言った。

「あら〜、声なんて掛けたりしたら貴方部屋に入れてくれなかったでしょう」
「……そんなことは……ないさ」
「どこへ行っていたの?」
「どこへも」

ギィがそう言うと、幽々子が、足を崩して座布団の上に座った。
少し顔をしかめて、ギィが幽々子の顔を見る。

「なあ、幽々子、僕は今日は少し体調が悪いらしい、そろそろ眠りたいから出て行ってくれないか、もっとも、添い寝をしてくれるというのならば、話は別だがね」

ギィがそう言うと、幽々子は、哀しそうな顔をして、言った。

「泣いても、良いのよ」

胸を、衝かれたようにギィの呼吸が一瞬止まった。
何故、彼女はそんなことが言えるのだろう。
どこまで、分かって言っているのだろう。

「それは……できないよ」
「何故?」
「僕には泣きたくても、流すだけの涙が残っていないのさ」
「素直じゃないわね」
「そういう、冷血な男だとでも思ってくれたまえ」
「それも、嘘ね」
「いいや、僕は残酷な男さ、それに、例え嘘だとしても、吐き続けなくてはならない嘘だよ」
「人間は、そんなに強く在れないのよ?」

自分が今宵してきたこと、一人の少女を一人の復讐の鬼に変えた。
決して許されないことをした。償うこと等出来ようはずもない。
それでも、アンジェリーナを救うためならば、自動人形を破壊できるのなら。

「僕は……決して哀しんではいけない、後悔もしてはならないのさ」

薄く、自嘲気味に笑ったギィを見て、幽々子は目を閉じて言う。

「私もね、そう思うわ」

ギィが片方の眉をぴくりと上げる。

「私ね、つい最近まで、生前の記憶がなかったの」
「君は、幽霊だったね」
「そう、生きていた時に、私がしたこと、教えてあげる」

ギィが、怪訝な顔をする。
一体何を離しているのか良くわからない。

「ひとごろし」

幽々子が言って目を開いた。

「親しい人も、親しくない人も、老人も、子どもも、男も、女も、何人も死なせてしまった」

ギィは聞いたことがある、彼女の持つ力は、死を操ると。

「生きていた頃は、力の制御が出来なくてね、だから、私はそんな自分を疎んじ、自らの命を絶ったわ、それは、償いではないわね、それによって誰が救われたわけでもないもの」

彼女の能力による、これ以上、死者が出なくはなったであろう。
しかし、死なせてしまった者達が帰ってくることはない。

「私も、貴方と同じ、咎人よ、他人の人生を奪ってしまった、これから訪れたであろう幸福も、なにもかも」

幽々子の眦から涙が、頬を伝って落ちた。

「覚悟して、犯した罪だから、後悔をしてはならない、と言う貴方の気持ちは良くわかるわ、でもね……」
「幽々子……」
「私はそんな貴方を見ているのが辛いわ、泣きたい時に、泣けないのが辛いことはよく知っているから」

彼女も、自分と似たような気持ちを持っているのだろうか、消せない過去、犯した罪、それが胸を刺すその痛みを。
ありがたい事だと思った。
彼女は、自分に理由があることも分かってくれている。
どれほど、酷いことをしたのかも。
それでも、なお自分を慈しんでくれているのだと思った。
しかし、彼女と自分で決定的に違う所があった。
「ありがとう、幽々子、でも、やはり出来ない、してはいけない、何故なら僕は、自分の意志で望んだのだから」

背を向けた。
彼女の厚意に報いることが出来なかったから。
優しくされる資格など、自分にはありはしないのだから。
自分に待つものは、地獄だけで良い。
少女の人生を変え、目の前の女性の涙を止めることのできない自分は、何者にも増して、罪深い。

「僕は……悪魔さ……」

呟きに帰ってくるのは、静寂だけだった。



[22578] 東方操偶録 -アリスとアルレッキーノの人形劇-22話
Name: バーディ◆679946b1 ID:44cd85b2
Date: 2011/02/13 20:07
人里に、少年と少女達の歌声が響く。
声の聞こえてくる先にあるのは、寺子屋、上白沢慧音の主催する子ども達の学校である。
ピアノの音に合わせて歌われる子ども達の歌声を聞いていると何となく幸せな気分になるのは、ここ幻想郷でも変わらない。
ピアノを弾いているのは、ジョージ・ラローシュ。
かつて、しろがね・Oとして自動人形破壊者として、生きていた男である。

このところ、彼はこの寺子屋で教師として働いている。
しろがねである故に、知識は豊富で、教師としては立派に仕事をこなしている。
子ども達からは厳しい、と言われているが、彼が慧音に言って無理矢理作らせた音楽の時間と、HRの時間にピアノを弾く時は、驚く程優しい顔になるのだった。

曲が終わり、子ども達が別れの挨拶をする。

「せんせー、さよーならー」
「さよならー」
「ばいばーい」
「ああ、さようなら、気をつけて帰るんだぞ」

慧音がにこやかに子ども達に対して挨拶を返してやるが、ジョージは黙って手を振るだけだ。
そんな様を見て、慧音は軽くジョージの肘をつつく。

「おい、ジョージ、もう少し何とかならないのか?」
「仕方ないだろう、そういう性格なのだ」
「まったく……ピアノを弾いている時とは大違いだな、お前は」
「まあな、さて、そんなことより慧音、お前は事務仕事が残っているのではないのか」
「む、そうだが……お前はどうする?先に帰っておくか?」
「いや、少しやりたいことがあるのでな、待っている」
「そうか、じゃあ小一時間程待っていてくれ」
「了解した」

職員室に戻り、紙束に眼をやる。
子ども達の試験の採点仕事が残っていた。
朱を擦り、筆を浸ければ、準備が出来た。
子ども達のテストの採点は、量が多ければ大変だが、中々に面白い珍回答を見せてくれるものや、自分の教えたことをしっかりと理解してくれていると言うことの確認にもなる。
慧音の、好きな時間だった。
採点を続けていると、耳にピアノの音が聞こえてきた。
暖かく、優しい曲だった。

「ほう……」

慧音が思わず顔を上げる。
ジョージのやりたいことがあるというのは、これか、と思う。
まったくピアノを弾くのが好きな男だ、香霖堂でグランドピアノを見つけた時はなんとしてでも手に入れると躍起になっていた。
そして、少し、自分に都合の良い想像をしてみる。
自分のために、ジョージがピアノを弾いてくれているのだと。

「ふふ」

少し恥ずかしい気もしたが、あの鉄面皮が自分のためだけにピアノを弾いてくれているのだと思えば、悪くない気分だった。

「おや……?」

試験の裏に何かが描いてある。
少し、驚いた表情をしたあと、慧音はそれが何かに気づいて、クスリと笑った。


採点を終わらせて、ジョージのいるであろう教室へと向かった。
ピアノの音はまだ響き続けている。
カラカラと、戸を開けると、ジョージはこちらを振り向きもせずに、ピアノを弾き続けていた。

「終わったぞ、ジョージ」
「そうか」

そう言うと、ジョージは指を止める。
しかし慧音はそのまま教室に入り、座って言った。

「ああ、いや、確かにもう帰れるんだが、もう少し聴かせてくれないか、お前のピアノ」
「ふむ……」

すると、ジョージは何事もなかったかのように、ピアノを再度弾き始める。
相変わらず、とても優しい曲だった。

「なあ、それは何という曲なんだ?」
「サンタ・ルチア、イタリアのナポリという港町の歌だ」
「良い、曲だな、陽気で」
「ああ、良い曲さ、どこにでもある民謡だがな」
「どうしてそんな優しい曲が弾けるのに、子ども達に声を掛けてやらないんだ?」

慧音が問う、姿勢を全く崩さずピアノを弾いたまま、ジョージが答える。
それは、生真面目な顔で。

「私が声を掛けたら、あの子達が怖がってしまうだろう?」

自嘲気味にそう呟いて、ジョージは演奏を続ける。

「子ども達の誰かが、そう言ったのか?」
「いや、言われなくてもそうだろうということは想像できる」

ジョージがそう言うと、慧音はクスリと笑った。
この男は、真面目で、知識も豊富だが、子どもの心には疎い。

「何を、笑っている?」
「ああ、いや、子ども達がお前のことを怖がっているのなら、こんな物を描くかなあと思ってな」
「こんなもの……?」

慧音が立ち上がり、ピアノを弾いているジョージの隣に腰を掛ける。

「ほら、これだ」

そう言って慧音がジョージに見せた紙には、何かの絵、だろうか、子どもの描いたものなので、良くわからない。
笑っている人のようにも見えるが、近くに描かれている黒い物は何なのだろうか。

「まったく、本当は試験の裏にこんなものを描いてはいけないんだがな」
「なんだ?これは」
「わからないか?」
「ああ、わからん」
「絵の、右下を見てみろ」

言われた所に目を落とすと、そこにはこれまたへたくそな字で、“じょおじせんせえ”と書かれていた。

「この、黒い物はどうやらピアノらしい」

慧音が言う。
ジョージの指は、淀みなく鍵盤を叩き続けているが、顔は何を言ったらいいのか分からないと言った様子だった。
少し、中空を見つめたあとジョージが口を開いた。

「なぜ、笑っているんだろうな」
「フフ、ピアノを弾いている時の、お前の顔が好きなんじゃないのか」

慧音に言われて、ジョージの口元がほんの少しだけ緩んだ、ほんの少しだけだが。

「そうか」

サンタ・ルチアの美しい旋律が、教室を包む。
陽気に優しく、慧音は、見たことも聞いたこともない港町の様子をありありと想像できた。
こんな風にピアノを弾ける男を、子ども達が嫌いになる訳がない。

「本当に、お前は子ども心がわからん奴だな」
「だろうな、そういう生き方はしてこなかった」
「じゃあ、これから分かっていけばいい」
「そんな、ものかな」
「そんな、ものさ」

曲が終わりにさしかかる。
終わってしまうのが、少しもったいないなと慧音は思った。

「明日からは、もっと子ども達に声を掛けてやると良い、本当は、あの子等ももっとお前と話したいと思っているのだろうし」
「まあ、努力はしてみるさ、なるべく、泣かせたりしないように」
「ああ、そうだな、先ずは笑顔からだろうな、お前の場合」
「しろがねに、無茶を言うものだ」
「無茶なんかじゃないさ、ピアノを弾く方がよっぽど難しいだろう」
「そうか、そう言う考え方をしたことはなかったな」

そう言ってクスリと笑ったジョージの笑顔は、とても優しそうに見えた。




帰途につく、すっかり遅くなってしまった。
人里は、守矢の三柱の力によって結界が張られており、一応安全と言うことになってはいる、しかし里の外はそうも行かない。
実際自動人形達が襲ってくる危険はあり得ることだった。
そう言った報告は未だに無いが。

「しかし、遅くなってしまったな、妹紅と阿紫花が文句を言いそうだ」
「言わせておくさ、全くあいつ等と来たら働きもせずゴロゴロと」
「阿紫花が悪い影響を与えているのだとしたら済まないな、あれも、ヤクザ家業の男だからな」
「いや、まあその辺は…ううん、良い所もあり悪い所もあり、痛し痒しなんだ」
「いざ、と言う時はやる男なのだがなあ……」
「妹紅もそう言う所はあるんだが……」

二人はため息をつきながら、何だかできの悪い子ども達のことを話しているような気分になる。
何だか二人は妙に意気投合をしたらしく、博打など、あまり良くない遊びもしているようだった。

「まったく、相変わらず緊張感のない奴だ」
「少し、説教が必要かな」
「ああ、是非してやってくれ、阿紫花の顔が真っ青になるのが目に浮かぶ」
「妹紅もだ、全くあいつ等と来たら」

と、二人して歩いていると、一人の少女の人影が見えた。
なにやら、ぼーっと佇んでいる。
ツインテールにした髪が、どこかうなだれているように見えるのは気のせいだろうか。
自動人形、コロンビーヌだった。

慧音が声を掛ける。

「おーい、コロンビーヌ!」

しかし返事はない、どこか、目が虚ろだった。

「コロンビーヌ?」

慧音が近寄り、肩を揺すると、ようやくコロンビーヌはこちらに気づいた。

「あ、ああ、慧音と……しろがね」
「ジョージだ、名前で呼べ、貴様も自動人形と呼ばれたらいい気分はせんだろう」
「教師みたいな物言いするのね」
「実際、教師なのでな、文句でもあるか?不良娘」
「ほらほら止めろ、喧嘩するな」

にらみ合う二人の間に慧音が入り込む。
そして、コロンビーヌの方に顔を向けた。

「一体どうしたんだ、こんな所で、たった一人で」
「……なんでもないわよ」
「そうは見えなかったがな」
「何でもないったらない!」

だだをこねる少女のように、コロンビーヌが地面を踏みしめる。
それは、まるで寺子屋に通う年長の少女達とどこも変わらないように慧音には見えた。

「なあ、話してみないか、何があったのか、ひょっとしたら力になれるかもしれない」
「いいわよ、そんな……」
「ふん、可愛気のない奴だ、放っておけ慧音」
「別にアンタに可愛いと思って欲しくなんて無いわよ!」
「だから喧嘩は止めろと……」

と、竹藪の奥からもう一人少女が現れた。
桃色の髪の毛の上にはピンと張った二本の耳。
永遠亭の一員、鈴仙・優曇華院・イナバだ。

「やっと見つけた、ほら、帰るわよ、コロンビーヌ」
「鈴仙……」
「もう、まだ怒ってるの?」
「だって……」

慧音とジョージは顔を見合わせる。
そして二人に向けていった。

「何があったのか知らないが、どうやら私たちと話すよりも鈴仙と話した方が良いようだな」
「ああ、我々は帰らせて貰うぞ」

そう言い置いて、二人は竹林の奥へと去っていった。












コロンビーヌは鈴仙を睨み付けている。
てこでもここを動かないぞとでも言うように。

「どうして私が行っちゃ駄目なのよ」
「だから、師匠も言ったでしょう?アンタの能力、一対一とかなら良いけれど、敵の本拠地に乗り込むには非力だって」

アルレッキーノが消息を絶った。
彼が生きているのか、そうでないのかは分からない。
その事によって彼の救出を提案したのはコロンビーヌである。
しかし、ドットーレが攻め込むという言った日にはもう間がない。
そして、此方がアジトの場所を知った、と言うことは、ドットーレは攻められることを警戒しているだろう。
それならば、敵が攻めてくる時に、手薄になった敵のアジトに乗り込もうという話になった。
それでも、やはり本拠地の防衛は厳しいだろう。
しかも、救出に向かうメンバーは少数である、いざとなれば一人で行動しなければならないかも知れない。
いかんせんコロンビーヌの体は非力だった。
アポリオンを操れるとは言え、その量が不安定なこの世界では、パンタローネ達よりも小さい体になってしまった彼女は、出力もパワーも彼らに劣っていた。
得意だった純白の手も使えなくなってしまっていた。
なので、コロンビーヌは、アジトに乗り込むメンバーに選ばれなかったのだ。
それで、喧嘩をし、永遠亭から飛び出してきてしまったのである。

「なによ……私だってできるわよ……」
「あのね、コロンビーヌ、アンタの気持ちは分かるけどさ……やっぱり救出は他のメンバーに任せなさいって……それに……」

言い淀んで、鈴仙は哀しげな眼をする。
赤い眼を、伏せて、呟くように声を出す。

「アルレッキーノはもう……」
「そんなことない!!」

コロンビーヌが叫ぶ。
割れるような声で。

「そんなことない!約束したもの!戻ってくるって!パンタローネはかえってきたもの!だから……だからアルレッキーノだって!!」

鈴仙を睨み付けた。
哀しげな顔をした玉兎の顔が目に映る。
そんな顔をしても、きっと、自分の気持ちは誰にも分からない。

「生きてるもの!助けてあげなくちゃいけないんだもの!」
「そうかもしれないけど……他の人に任せたって良いでしょう?」
「いや!いやなの!私が行かなきゃいけないの!私があの時!二人を止めてれば!一緒について行けば!こんな事にはならなかった!私が、やられてしまえば良かったのよ!!」

パン、と音がした。
コロンビーヌは、一瞬何が起こったのか分からなかった。
数秒して、自分が頬を張られたのだと言うことが分かった。
ゆっくりと、顔を鈴仙の方に向けると、真っ赤な目に涙を溜めた鈴仙の顔があった。

「アンタ……それ、本気で言ってるの?」
「れいせ……」
「馬鹿!」

今度は、鈴仙が叫んだ。

「馬鹿!馬鹿!この大馬鹿!アンタ何にもわかってない!!」

ぽろぽろと、鈴仙の眼から涙がこぼれている。
コロンビーヌは、驚いて身動きがとれなかった。
怒っているようなのに、ぶつかってくるのは、憎悪でも、哀しみでもない、そんな眼をしていたから。

「何でわかんないのよ!何でそんなこと言うのよ!やられちゃえば良かったなんて!そんな馬鹿なこと言わないでよ!」
「だって…わたし…」

鈴仙が、コロンビーヌの頬にそっと手を当てた。
優しい、手だった。

「アンタのこと、みんな、大好きなのよ?姫様も、師匠も、てゐも……」

そして、ふわりと、コロンビーヌのことを抱きしめる。
少し、震えながら。

「アンタは一人じゃないの、アンタを助けてくれる人がいるの、だから、たった一人で何かをしなくちゃならないなんて事はないのよ……」

柔らかい、とコロンビーヌは思った。
勝に抱きしめられたことを思いだした。

「自分が壊れてしまえば良かったなんて言わないでよ……」
「鈴仙……」

かつて、男性に抱きしめられることを夢見た。
愛とは、何なのか知りたかった。
男女の間で、交わされるものが、愛だとばかり思っていた。

「わかってよ……コロンビーヌ……」

ならば、目の前の少女がぶつけてるこの想いの正体は何なのだろう。
愛の形は、一つだけではないのだろうか。

「ごめん……なさい……」

震える肩に、顎を載せて、呟いた。
彼女に、涙を流させてしまったから。
胸の奥で、キリキリと、歯車が軋んだ。

「ごめんなさい……うああ……」

目から、銀色の疑似体液が溢れてきた。

「う“ああああああああああああん」

止まらない、身体に異常が出る程の量ではないが、止まらない。
まるで、人間の流す涙のように。

「う“あああああああああああああああああああああああ」

どうしたのだろう、自分の体は、どこかおかしくなってしまったのだろうか。
こんな事は、初めてだった。
しゃくり上げてしまって、体が言うことをきかない。
これが、人間の流す涙に似ていると想ったのは、暫くしてからだった。

哀しい、苦しい。
自責の念と、悔悟にかられた自分の気持ち。
しかし、どこか暖かい。
もし、この両目から溢れる物が、人の流す涙なのだとしたら、何故自分は今泣いているのだろう。
アルレッキーノを救えなかったからだろうか、しかし、それだけではない気がした。

「うん、うん」

鈴仙は、自分を抱きしめながら、それだけを言っていた。
鼻声で、きっと、彼女もまだ涙が止まらないのだろうと思った。

「ごえんなさいいい」

謝りながら、コロンビーヌは思う。
自分も、永遠亭の者達が、大好きなのだと。
そして、アルレッキーノとパンタローネ、兄弟達も。
だから、ドットーレも……。
どうしたって、アルレッキーノを取り戻したい。
そして、その為に動いてくれる者達がいる。
自分がもし破壊されたら、彼女たちも己と同じ気持ちになってしまうのだろう。
それが、あのとき、ドットーレのアジトに乗り込む前にアルレッキーノが言っていたことの意味。

まだ、自分の気持ちに整理は付かないし、アルレッキーノを助けたいと思ってはいるけれど。
同じくらい彼女達のことも考えよう。
きっと、自分は、求めた物とは違うけれど、愛されているのだから。
想って、鈴仙にしがみついた。

銀色の滴が月明かりを反射して、キラキラと輝き、玉兎の背中を濡らしていた。
















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