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[22542] 【ネタ】エロゲ主人公から全力で逃げる少女【オリジナルギャルゲ・ヒロイン憑依】
Name: りゅーじゅ◆fe68845d ID:e704b190
Date: 2010/10/24 00:37
はじめまして。駄文書きのりゅーじゅと申します。

この作品は、

【チラシの裏】板  alken様 【ネタ・習作】気がついたらヒロインだった(TS・オリジナルギャルゲ世界)
【オリジナル】板  Jamila様 正しい主人公の倒し方(架空恋愛シミュレーション)

の両作品に影響を受け、書き始めたものです。
内容は、女性主人公が架空エロゲーのヒロインに憑依する、というものとなっています。
私の駄文が、架空ギャルゲー憑依・転生というジャンルを少しでも盛り上げられたら幸いです。

以下、簡単ではありますが諸注意。


・舞台が架空エロゲ世界のため、【R-15】程度の表現があります

・女→女の憑依物となります。TS要素はありません

・恋愛要素は薄いです。基本的に架空エロゲの主人公から逃げ回る形になります

・エロゲのネタが多数含まれます。よってネタが分からない場合があるかもしれません。




[22542] オタク女子高生、降臨
Name: りゅーじゅ◆fe68845d ID:e704b190
Date: 2010/10/16 01:24




この世に存在する物語の半分はラブストーリーである。


これは高校で古典を教えているお父さんが、宿題の相談に行ったわたしに言った一言だ。
そのときわたしは、今まで触れたことのある物語のいくつかを思い出して、大いに納得したのを覚えている。

例えば、百人一首なんて和歌の性質の問題もあるけど、半分以上がまさしく恋愛歌だ。
ゴールデンタイムに放送するドラマは、ラブストーリーを除いたら家族群像か刑事モノしか残らない。
わたしの性別向けのマンガに至っては、恋愛要素がない作品を見つける方が至難の業である。



そしてそんな物語に囲まれて生きてきた現代日本の女の子たちの間で、最も盛り上がる話題といえば当然『コイバナ』になる。
あの子は隣の席の○○君が好きだとか、あの子が先輩と一緒に帰っているのを目撃したとか。
そんな社会に出る上でまったく必要ない話題で延々と盛り上がれるのは、思春期の女の子の特権なのかもしれない。

…………だけどそれも、高校生ともなると多少話が違ってくる。
小中学生の頃は、一緒に帰ったとかあの子が好きらしいとか告白するしないといった、ある意味可愛らしい話題だけで盛り上がれたけれど。
年齢が上がっていくにつれて、女の子のコイバナには妙に生々しい話題が増えてくる。


「ねぇちょっと聞いてー。昨日アタシすげぇモン見ちゃった!
 あの駅裏の公園のベンチでさー、何かカップルがヤッてんの!」

「マジで!? さすがに嘘じゃない?」

「マジだって! 女の方スカートだったから分かんなかったけどさー、めっちゃ腰動いてたもん!
 つーか男の上に女が座ってるって有り得ねー体勢な時点で確定だって!」

「写メ撮ってないの?」

「はぁ? 撮れるわけねーじゃん! バレて変な因縁つけられたらウゼーし」


机をくっ付けてお弁当を食べながら、何とも言えない会話を交わす『わたし』を含めた女子高生。
華の女子高生が満面の笑みを浮かべながら話す話題としてはかなり微妙な、だけど最も盛り上がるのがこれ。

…………言うまでもなく、エッチの話題だ。


「そういえば今ので思い出したけどさ、この間3-Fの教室でアレした跡があったらしいよ?
 床に白いアレがべっとりくっ付いてたんだって!」

「うわっ、サイアク。つーか馬鹿じゃねヤッた奴等。掃除ぐらいしてけって話じゃん。
 アタシだって家でヤるときはシーツとかめっちゃ気ィ遣ってんのに」


そんな女の子たちのかしましい会話を聞きながら、わたしは浮かべようとした笑顔が微妙に引きつっていくのを自覚していた。
何故なら今の『わたし』にとって、彼女たちの会話はあまりにも笑えないものだったから。
そんな時、眉毛をピクピクさせながら箸を動かしていたわたしが目に入ったのか、目の前で公園ア○カンカップルの目撃談を話していた子が、わたしに振る。


「なあメグ、そんなおもしれー顔しなくてもいいんだぜ? 笑いたい時は思いっきり爆笑すりゃいーんだ!」

「バーカ。口にモノ入れて大口開けて笑えるわけないじゃん。
 メグちゃんはあんたと違っておしとやかなんだから。
 つかご飯粒飛んでるし。ウザッ」


なにおー!? とか言いながらいつものじゃれ合いに突入した少女たちを眺めながら、
わたしは苦笑いが過ぎて思いっきり引きつっているだろう表情を自覚しつつ、さっきまでの話題を反芻した。
公園でいわゆるア○カンをするカップルと、おそらく教室内でヤッただろうカップル。
普段のわたしなら『馬鹿じゃない?』の一言で切って捨てられるはずのそれらを、今のわたしは笑えない。
なぜなら。


『わたし』は、これからその二つの場所でエッチすることになる(かもしれない)運命にあるのだから…………




******




わたしの名前は、四宮めぐみ。 17歳の高校生。
趣味は読書で、特技は小さい頃から続けたエレクトーン。
学校ではわたし以外はほとんど幽霊部員という文芸部に所属してる。

これだけ書くと、ごく普通のどこにでもいそうな女子高生に思えるよね?
でも違うんだ。
すごくバカバカしいことなんだけど、わたしは『四宮めぐみ』のことを知っている。
それも、とあるエロゲーのヒロインのうちの一人として。




『8×4 Beats!』(エイトフォービーツ)




ソレが、『四宮めぐみ』がヒロインの一人として登場するエロゲーのタイトルだ。
別にどこかの制汗スプレーではなくて、単純に主人公の『八神英人(やがみえいと)』が4人のヒロインとラブコメを繰り広げることから名付けられたそうな。
学園を舞台にしたバンド活動モノで、ギタリストの主人公がバンド仲間を集め、その過程でヒロインたちと交流し、恋愛する。
ストーリーの大まかなところはそんな感じで、有体に言えば使い古された設定だけど、
シナリオ、原画、音楽といった基本的かつ不可欠な要素を手を抜くことなく丁寧に作った結果、
エロゲーとしては大成功と言ってもいい5万本を超える売り上げを達成した名作だ。
ちなみにこれでも某ステイナイトの半分にも満たないあたりあのメーカーの化け物度が分かるが、これはまあ余談である。
実際わたしもプレイしたけど、王道シナリオを丁寧なCGとこだわり抜いてつくった音楽が補完していて、大満足な作品だった。

『四宮めぐみ』は、主人公の同級生でいわゆる“いいんちょ”系キャラである。
茶髪のショートボブで、身長は女の子平均の160センチ。バストも84あって、スタイルもかなりいい。
おっとりしているもののいいんちょだけあって世話焼きで、隣の席になった主人公に部活を案内したり、他にもいろいろと世話を焼く。
また、後には主人公が結成したバンドのキーボーディストとして引き抜かれ、かなりの時間を共有することになる。
ぶっちゃけメインではないというだけで、存在感はかなりあるヒロインだ。




…………さて、そろそろ突っ込みが入るころだと思う。
何故女子高生が得意げにエロゲーを語り、しかも内容まで把握しているのか。
誤解を恐れずに言えば、原因の八割はわたしのお兄ちゃんにある。

お兄ちゃんは爽やか系イケメンで頭が良くてスポーツマン、さらにサッカー部のキャプテンで生徒会役員するくらい人望があって、
小さいときから妹のわたしをとても大事にしてくれて、し か し オ タ ク で あ る という何と言うか色々と残念な人だった。
分かりやすく言えば、“うちのお兄ちゃんがこんなにかっこいいわけがない”ってところかな。
俺が一番尊敬する人物なんだと言いながら、イングランドの某強豪フットボールクラブのカレンダーと、
某ステイナイトの赤い宝石魔術師のポスターを部屋の壁に並べて、会心の笑みで

「あかいあくま……っ!」

と呟くのが、恥ずかしながらうちのお兄ちゃんだ。


だけどわたしは、優しくてカッコいいお兄ちゃんが小さい頃から大好きだった。
だからお兄ちゃんがギャルゲーに手を出したとき、わたしはお兄ちゃんがやってるならという理由で同じものをやってみた。

―――結果、わたしも見事にオタクと化す。
元々本が好きで、真面目な文学作品以外にライトノベルとかマンガにも手を出していたわたしだったから、きっと存分に素養はあったのかもしれない。
画面の向こうでデレる女の子を見てニヤニヤする女子高生。我が事ながら不気味すぎる。


そしてわたしがオタクになって一年ほど。
高校を卒業して第一志望の国立大学に見事合格を決めたお兄ちゃんは、遂にオタク最後の牙城へと足を踏み入れた。
18禁ゲーム、いわゆるエロゲーをプレイし始めちゃったのだ。
その頃にはわたしもオタクに両足突っ込んでいるような状態だったから、むしろ嬉々としてエロゲーを借りて、自分でもプレイする。
そうなるとお兄ちゃんも心得たもので、わたしに貸してくれるタイトルは型月、鍵、八月といった安定して楽しめるメーカーの作品。
あとは、エロいの貸して!と頼んだら渡されたかぐやの作品など。
気が付けば半年も経たないうちに、エロゲーに関する議論を余裕で繰り広げることのできるダメ兄妹が完成したのだった。


『8×4 Beats!』も、そんな感じでいつものようにお兄ちゃんが貸してくれたタイトルの一つだった。
黙っていればわたしの同級生の十人中九人までは落とせそうな無駄に爽やかな笑顔で
「エロくて可愛くて萌える、いい作品だったよ」と言っていたとおり、十分に楽しめる作品だったのだけど、たった一つだけ、不満があった。



ヒロインのひとり、『四宮めぐみ』が、わたし『四宮恵』と同姓同名である、ということだ。



さすがに微妙に嫌な気分がしたので、『四宮めぐみ』を除く三人のシナリオを先にクリアしたのだけど、オタク的にCGが埋まらないのは屈辱である。
ハーレムルートは当然最後に回すとして、我慢して『四宮めぐみ』ルートを攻略していき、遂にスタッフロールまで辿り着いたところで、それは起こった。

ほとんどのギャルゲーは、スタッフロールが流れた後にエピローグとしてちょっとした後日談を挿入する。
何年か経っていて赤ちゃんがいたり、ふたり並んで卒業式の桜並木を歩いていたりするあれだ。
だけどいつまで経っても『四宮めぐみ』のエピローグが流れずに、焦れたわたしは『Ctrl+Alt+Del』を押す。
その瞬間、パソコンの画面がいきなり明滅して、わたしはまるでパソコンに吸い込まれるかのようにして、意識を失ったのだった。





******




「ねえメグ、さっきから百面相してるけど、大丈夫?」


お弁当を食べながら、意識を飛ばしていたからだろうか。
ふと気が付くと、さっきまで可愛らしい口げんかを繰り広げていた友達ふたりが、心配そうな顔でこっちを見ていた。


「えっ…………? あ、だ、大丈夫だよ!」


慌てて残っていたお弁当をかき込んで笑ってみせたけど、友達ふたりの表情は晴れるどころか疑り深そうなそれに変わっていく。
それにわたしは嫌な予感がしたけど、直後見事にそれは当たる。


「ま、まさか昨日、アタシが公園で見たのって、メグだったのか!?」

「まさかこの間の3-Fで見つかったってアレ、メグだったの!?」


ゴフッ!? 友達ふたりの言葉を聞いた瞬間、わたしは思わずむせて身体を九の字に折り曲げた。
何ともとんでもない方向に持っていく友人たちである。ありがたくて涙が出そうだ。実際むせて半泣きだけど。


「な、何言ってるの二人とも!?
 わたし彼氏なんていないよ!?」

「そ、そーだよな! メグは可愛いアタシらの天使だからな!」


そう言うや否や、席を立ってわたしの後ろに回って、わたしを抱き締めてくる友達その1、公園で野外セッ○スを目撃した千里ちゃん。
髪を金色にしていて彼氏とのエッチをぶっちゃける『イマドキ』な女子高生だけど、
何を思ったのか自分とは対極に位置する『四宮めぐみ』というおとなしい系少女を猫可愛がりする困ったさんだ。


「でもメグ、本当に最近ちょっとヘンよ?
 何か妙にあんたらしくない行動するし、今みたいに時々意識がお空の向こうに逝ってるし…………」


続いてそう言って心配そうな視線を向けてきたのは、黒髪ストレートロングで気の強い系美人の美緒ちゃん。
千里ちゃんとは小学校からの付き合いらしく、その縁でわたしとも仲が良い。
実は千里ちゃん以上にスキンシップが激しい(おっぱい揉んだり耳をはみはみしたり)ちょっと怖い一面もあったりするけど、頼りになる大事な友達だ。


だけど美緒ちゃん、その“わたしらしくない行動”
それって、当たり前なんだ。






だって、今の『四宮めぐみ』の中に居るのは、以前までの彼女じゃなくて、『四宮恵』というまったくの他人なんだから…………










[22542] エロゲヒロインは処女の法則
Name: りゅーじゅ◆fe68845d ID:e704b190
Date: 2010/10/16 01:26



~月刊『セカンドプリンセス』20XX年8月号 新着レビューより~


『8×4 Beats!』は、ダークオニキスから発売された、18禁学園アドベンチャーである。



~ストーリー~

主人公、八神英人(やがみえいと)は、地元では名前の通ったバンドの、将来を嘱望されたギタリストだった。
しかしバンドメンバーの一人が麻薬に手を出していたことが発覚し、彼の生活は一変してしまう。
警察の捜査で他のバンドメンバーは無関係だと結論は出たものの、心に傷を負った英人は生まれ育った街を後にし、
新しい生活をはじめるため『逢坂山学園』に転入してくる。
バンド活動にトラウマを持つ英人は、ギターを捨て平凡な高校生として生きようと決めていた。
だがある日、ふとしたきっかけで天才的な歌唱力を持つ少女、相馬実耶(そうまみや)と出会う。
実耶の歌声に失っていた情熱が再び燃え上がるのを感じた英人は早速彼女に声をかけるが、すげなく拒絶されてしまう。
それでも諦められない英人は、自分の気持ちを歌にするという方法を思いつくのだった。



レビュアー:山田岩海苔

シナリオ 8
女口説くのにオリジナルソングって、どこの勘違いヤローだよwwwと小馬鹿にした皆さん、騙されたと思って体験版をプレイしてみよう。
一つの曲を作る過程って、こんな感じなのかと読み進めるうちに、いつの間にか主人公の曲作りを応援しているはず。
ライターの洞爺氏は絶妙なリアリティを織り交ぜつつ不思議な説得力で状況を納得させてしまうことに定評があるが、今作でもそれは存分に発揮されている。
惜しむらくは、学園という舞台設定にこだわるあまり、ゲームだからこそのトンデモ設定がほとんどないことだろうか。
安心して読み進めることは出来るが、ご都合主義の天才とまで言われた氏だけにある種の残念さは拭えない。


イラスト 9
この作品に携わったことは、余計なお世話だろうがおそらくメイン原画のハルヨシ氏にとって大きな財産となっただろう。
エロイラストのみの評価が先行していた感のある氏だが、今作では、それぞれの楽器を弾くキャラクターの躍動感がものすごい。
多少ネタバレになるが、舞台の上でメンバー全員で演奏するシーンなど、僕はまるでライブハウスに居るかのような錯覚に陥った。
もちろんエロパートも、演奏するキャラクターの躍動感そのままに濃厚で、情熱的なエロが繰り広げられる。オススメ!


音楽  9
某ガールズバンドアニメを見ていても思うことだが、こういった題材をやるときはいかに本気で作り込むか、ということが重要だ。
これまで同社のゲームソングを担当してきたApe(エイプ)のタカヤ氏が初めて完全生音にこだわって作ったボーカル曲は、
どれもそれぞれ物語の重要な場面で、圧倒的な説得力を持って我々に襲い掛かってくる。
ただ、設定上では高校生による急造バンドの演奏のはずなんだが…………やけにレベル高くないかい?






上記は、とあるエロゲー専門誌に掲載された『8×4 Beats!』のレビューだ。
10段階評価で割と容赦なく5とか4を付けるレビュアーの山田岩海苔(やまだいわのり)氏が、珍しく高得点を付けたということで話題になった。
実際ゲームをプレイしたわたしの評価もだいたい岩海苔氏と同じで、高いレベルでまとまったシナリオ、イラスト、音楽。
どれもとっても満足できる素晴らしい作品だったと思う。
ただ、一つだけこのゲームに文句をつけるなら、先にも語ったようにわたしと同姓同名のヒロインがいることだろう。




まさかたったそれだけのつながりで、『四宮恵』が『四宮めぐみ』の中に入ってしまうとは、
さすがにシナリオライターの洞爺氏も、想像も付かなかったに違いない。




******



それに気付いたのは、意識を失っていたわたしが再び目を開けて、しばらくたった頃だった。
わたしは不意に、自分の中に奇妙な『もうひとりの自分』がいることに気付く。
何というか、『わたし』の中に別の誰かの記憶があって。
具体的な例を挙げるとすれば、去年のクリスマスに『わたし』は友達の家でパーティーをしていたけれど、
もう一人のわたしはまったく同じ日、同じ時間に、駅前の大型書店で参考書を物色している。
そしてついさっき、『わたし』はエロゲーをプレイしていて、もうひとりのわたしはそんなモノの存在なんて思いもせず、学校の宿題をしていた。



つまり、本来同じ時間に両立できないはずの記憶が、仲良く並んで存在している。



そのありえない事実に気付いたわたしは、当然ながらパニックに陥った。
ヒステリー起こして喚き立てることはなかったけど、トイレに飛び込んでおなかの中が空になるまでぶちまけた。
胃液のツンとした臭いに当てられて、涙も次から次に溢れてくる。
そんなことしている間も頭はしっかりと回っていて、そしてわたしの中の記憶は、『わたし』の方こそが異物である、と訴えていた。
この身体、この記憶は『四宮めぐみ』のもの。『わたし』はそもそもこの世界には存在しないもの。
だからこそあんまりな理不尽に、このまま汚物にまみれて死んじゃおうか、なんてわたしはその時本気で考えていた。


それでも何とかわたしが持ち直せたのは、こっちの世界での家族のおかげだったと思う。
驚いたことに、心配して駆け付けたこっちの両親の顔は、元いた世界での両親のそれと全くといっていいほど同じだった。
気付いたら背中をさすってくれていた人の顔も、よく見ればお兄ちゃんとほとんど同じ。



(もしかして、これが平行世界、ってヤツなのかしら?)



唐突に、わたしはそう理解する。
トラックに撥ねられたわけでもなく、神様っぽい人に手違いで殺されたわけでもない。
理由はまったく分からないけれど、とにかくわたしは同姓同名だというせいで、
平行世界でエロゲーのヒロインを張っている『四宮めぐみ』に憑依してしまったらしい。
それは、同じようで違う、『以前』と『今』の差異が何よりも雄弁に語りかけていた。


お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、何よりわたしも。
同じなのに少しずつ違っている。
お父さんは『以前』は高校教師だったけど、こっちでは普通の会社員をしている。
お父さんとは職場結婚だった養護教諭のお母さんは、こっちでは合コンでお持ち帰りされたらしい。
お兄ちゃんは相変わらず優しくてカッコいい人だったけど、何と彼女がいた。
『以前』はギャルゲーに費やしていた時間は、こっちでは彼女に注ぎ込んでいるらしい。
ちなみにその彼女さんはわたしをすごく可愛がってくれていて、三編みおさげのダサ芋ガールだったわたしを見かねて美容室に連行し、
エロゲーのヒロインを張れるレベルの美少女に変身させてくれた。


(ていうか、わたしって可愛かったんだ…………)


ブサイクではないと思ってはいたけど、まさかエロゲーのヒロインとして通用するレベルの美少女だったとは。
むしろ私自身が一番びっくりだ。




それで結局その日は、体調不良ということで学校を休んで、部屋のベッドで布団を頭から被って必死に考えを巡らせた。
分かっていること(当て推量も含め)は以下の三つ。


・わたしはエロゲーのヒロインである平行世界の『四宮めぐみ』に憑依したらしい

・どうしてこうなったかの理由は不明。すなわち元の世界への帰還方法も不明

・感覚がいちいちリアルすぎる。夢を見ているという考えは捨てたほうがいいっぽい


結論としては、しばらくこっちの世界で『四宮めぐみ』として生きる他ない、ということだ。
引きこもったところで事態は何も解決しない。
だったら少なくとも、こっちの世界で動いてみるしかない。

次にわたしは、これまで読んできた小説や二次創作といった物語を参考に、これからどう動いていけばいいかを考えることにした。
幸い転生トラックを喰らったわけでもないので、向こうのわたしの肉体は滅んでいることはないはず。
何らかの条件を満たすことが出来れば、戻ることは不可能じゃないだろう。
ではどうするか。それには今のところ二つの指針がある。


①『8×4 Beats!』のストーリーを進める


異世界召喚モノとかでよくあるように、突然まったく違う環境に放り出された人間は、たいてい『ある事』を期待されてそうなっている。
それは状況によって千差万別だろうけど、例えば勇者として召喚されたなら、魔王、つまりはラスボスを倒せばいい。
古い作品だけど、『魔法騎士レ○アース』なんかまさしくそれだ。
期待された役割を終えると、主人公たちは異世界から送り返される。本人たちの気持ち如何にかかわらず。
だとすれば、この『8×4 Beats!』の世界を主人公がクリアする、すなわちヒロインのうち誰かとカップルになって、
ふたりで障害を乗り越えハッピーエンドに辿り着くことで、物語は閉じられわたしは元の世界に帰ることができるかもしれない。


②『以前』のわたしが登場するようなストーリーを、こちらの世界で探す


胡蝶の夢、ってわけじゃないけど、『8×4 Beats!』の世界がわたしにとってゲームだからって、元のわたしの世界が絶対の現実であるって証拠はない。
わたしの知らないところで誰かがラブコメしているのかもしれないし、裏の世界で能力者たちがガチバトルしているのを、わたしが知らないだけかもしれない。
もし以前の世界が小説やゲームになっているとしたら、それを手に入れることによってわたしは元の世界に帰ることができるだろう。
そもそもこっちの世界に来たのは、おそらく偶発的にわたしが平行世界の自分とゲームを通じて交わってしまったからだろうから。




そしてそこまで考えて、わたしは『四宮めぐみ』として生きることに折り合いをつけ、同時にある程度の指標も定めた。
とりあえず『8×4 Beats!』のストーリーを進め、主人公のフラグ立てをアシストしていく。
もちろん、自分のルートに入ってくるなんて論外なので、わたし以外のヒロインの、だ。
同時に小説やゲームなどを片っ端から調べて、元の世界に関係ありそうな物語を探していく。
こっちは雲を掴むような作業になるので、メインはストーリーを進める方で空いた時間に物語を探すという方針で良さそうだ。


お父さんもお母さんもお兄ちゃんも。
元いた世界とは少しずつ違う人になってしまっている。
だけどわたしはどんな運命の悪戯なのか、この世界に生きている。

『四宮めぐみ』は、わたしだ。

辿ってきた道のりは違っても、元になっている人格は一緒のはずだから、変な罪悪感とか疎外感なんて、必要ない。
わたしは元々、環境適応力と開き直りには自信があった。
だったらこっちの世界でも、存分に生きてやろうじゃない!!!










…………しかしながらそんな決意は、自分がエロゲーのヒロインだったということを思い出すまでの、ほんの十秒程度しか続かなかった。

エロゲーのヒロインということは、当然主人公とエッチするのが仕事となる。
高校生カップルの半分近くはエッチするのだからと割り切ればいいのかもしれないけど、それにしたって占める割合が大きすぎる。
一般的常識からいったら、不順異性交遊そのものだ。

ちなみにわたしは高校入ってからは彼氏いなかったし、中学時代唯一付き合った男の子とは地元のお祭りに一緒に行ったくらいなので、正真正銘の処女だ。
そして当然、わたしが憑依した四宮めぐみもバージンである。
しかも、お祭りの帰りに一応キスは済ませた(たこ焼きの味がした…………)わたしと違って、ファーストキスもまだという筋金入りの箱入り娘なのだ。


さて、ここで少しだけ脱線することをお許し願いたい。
四宮恵が語る、エロゲ講座第1回講義の時間だ。

学園モノのエロゲー(純愛)では、ヒロインはほぼ確実に処女であることが求められる。
仮想現実の世界くらい、好きな女の子は綺麗でいてほしいという願望というか、独占欲がその根底にあるからだろう。
最近はネトラレが妙にブームになっている気がするけど、基本的に人間はわがままで独占欲の塊である。
女のわたしは彼氏が過去にどれだけの女性を泣かせてようが関係ないけど、それでも付き合っている間くらいは自分だけを見てほしい、というのが本音だ。
よっていくら現実じゃありえねーよと笑われようが、ヒロインは処女というのが暗黙のルールなのだ。

この条件を満たさない場合、どんなにいい子でも伝説の某たまきんのように中古だのビッチだの言われて大変なことになる。
しかしながら、エロゲでは批判されまくりの彼女だけど、いざ現実にいるとなると途端にどこにでもいる女子高生になってしまう。
わたしの通っていた高校は進学校だということもあって、確実に進学の妨げになる妊娠のリスクを背負う子はなかなかいないけど、
現実にはそれでも友達のうち三分の一はエッチの経験者だった。
しかも、可愛い子ほど男子からモテるので、必然的にロストバージンは早い。
ましてや二十代後半で、しかも過去には彼氏がいた美人教師のヒロインが処女だなんて、はっきり言ってジョークの域である。
実際わたしが高1の時の担任(28歳♀)は、わたしを含めた仲の良かった生徒数人に、高校から大学にかけての爛れまくった男性遍歴を滔々と語ってくれたものだ。
ていうか先生、修羅場に発展した不倫を武勇伝の如く語るのは止めてください…………


…………まあそれはそれとして。
そういった理由から、『8×4 Beats!』のヒロインもほぼ全員が処女だ。
加えてわたし自身も処女なので、エッチをしたり顔で語ることなんて出来ないけど、それにしたってエロゲーのエッチは色々とおかしい。


・初体験 → 初めてなのに絶頂 → そのまま休憩もなしに三発やる → その間イきまくる

・二回目で何の抵抗もなしに口淫をする → アレをごっくんする → そのまま三発やる → イきまくる

・まだ運動部の生徒が残っている放課後の教室でヤる → 生徒Aが来る → いつもより興奮してるぜ…………? → 何故かバレずにそのままイく

・夜の公園 → おしゃぶり → 顔にぶっかけ → 本番 → 制服にべっとり発射される → 家に帰る


ちなみに上記の行為は全て、ゲームの中で『四宮めぐみ』が実際にやる行為だったりする。
レビュアーの山田岩海苔氏言うところの躍動感溢れる濃厚で情熱的なエロとやらは、かなりエロゲーをやり込んでいるはずのお兄ちゃんをして、
まるで賢者の如き表情にさせてしまうくらいエロかったのは確かだけど、実際やるとなると相当厳しそうだ。
加えてこれらのエッチの中で、“明るい家族計画”さんを装着したという記述は、ない。
ナマ中田氏とか冗談ではない。

はっきり言おう。



無理!!! やめて!!!



バージンのわたしには、というか経験者でも普通に二の足踏むどころか尻尾巻いて逃げ出しそうな行為のオンパレードである。
特に最後。
べっとりアレの付いた制服で、いったいどうやって家まで帰れと!?
加えて二回目三回目も、選択肢によっては顔面や制服に思いっきり発射される。まだ学校の中だというのに。
そんなリスキーな行為、わたしは絶対に御免だ。


ここで、わたしがこっちの世界で生きる計画に、一つの修正が加えられることとなる。

こっちの世界で精一杯生きる。『四宮めぐみ』としての役割を、果たす。
ただし主人公、おめーはダメだ! と。







[22542] メインヒロイン=一番人気という正統
Name: りゅーじゅ◆fe68845d ID:e704b190
Date: 2010/10/16 01:32



わたしがこっちに憑依してきてから、もう二週間ほどが経った。
わたしの通う、そしてゲームの舞台となる『逢坂山学園』は、家から歩いて三十分ほど行った丘の中腹にある。
梅雨入り前の六月の太陽が燦々と照りつける朝の通学路を、わたしは一人微妙に憂鬱な気配を漂わせながら歩いていた。


家を出てから十五分ほど歩くと、住宅街を抜けて交通量の多い国道に出る。
このあたりから電車通学の生徒が合流するので、道を歩く人に逢坂山学園生が一気に増えてくる。
ウチの学園はギャルゲーの宿命とでもいうか、制服が妙にオシャレでそれは夏服も例外ではない。
以前の学校の夏服なんて、校章を象ったピンを胸ポケットに付けただけの単なるワイシャツだったというのに、
こっちでは白地の襟にミントグリーンのラインが入って、胸元にはチェック柄のリボンというセーラー。
ちなみに学年ごとに色が違ったりする。
これだけなら、わたしもオシャレな制服は嬉しいし別にそれほど問題じゃないんだけど…………



わたしの十メートルほど先を、学園の女子生徒が三人ほど連れ立って歩いている。
かわいらしい背中の襟が歩くのに合わせてピョコピョコ揺れるのを眺めつつ、視線をゆっくり下げていく。
そして、わたしは一つ大きなため息をついた。



ギャルゲー名物『異様に丈の短いスカート』



ていうか膝上二〇センチが標準とか、いくら何でも短すぎでしょ!?
生徒によっちゃマイクロミニってレベルまで短い子がいるわよ!?
下手したら駅の階段でふっと視線を上げたらパンチラどころじゃなくパンモロじゃない!
『以前』は生徒指導主事やってたうちのお父さんだったら、憤慨で顔を真っ赤にしてぶっ倒れるレベルよ!?

最初はさすがに恥ずかしかったので、とある3位のビリビリ中学生に倣い短パンを履いて行こうとしたけど、
お母さんはともかくお父さんまでが心底不思議そうな顔を向けてきたので諦めた。
そっか、この世界ではコレが普通なのね…………


というわけで、わたしも恥ずかしい気持ちを必死に我慢しつつ、可愛いセーラーにやたら短いスカートで今日も学校へ行く。
一応ヒロインだけあってスタイルはかなりいいので(元のわたしは微妙に足が太いのに悩んでいた。理不尽!)
劣等感を感じることがないのだけは、唯一救いといっていいんだろうか。







そんな朝からローテンション全開で、わたしは教室の扉をくぐった。
わたしの姿を見つけて、何人かの子が挨拶をくれる。
それに返事を返しながら、わたしは自分の机に座って本日何度目かの大きなため息を付いた。


(もう6月になっちゃった…………主人公がやって来る…………)


『8×4 Beats!』のゲーム期間は、主人公が転校してくる6月から、最終目標となるバンドコンテストのある12月までの約半年。
ということは、もういつ主人公がやって来ても不思議じゃない。
文化祭とか夏休みとか、そういった大枠でのイベントはしっかり覚えてるけど、細かい日付まではさすがに分からない。
つまり今すぐにでも、担任が『今日は転校生を紹介するっ…………!』と唐突にクラスの戸を開け放ち、言い放つ可能性もある、ということ…………!
まあ冗談はさておき、わたしは顔を上げてクラスを見渡した。
予鈴五分前の教室は、もう半分以上の生徒が揃っていて思い思いに雑談に興じている。
そんな生徒たちの中、わたしの眼はひとりの女子生徒を捉えていた。
クラスメイト数人と仲良く談笑する姿は、一見どこにでもいる女子高生に見える。
しかしながら気の強そうなキリッと吊り上った眼、どことなく異国の血を感じさせる青みがかった瞳など、
ぶっちゃけクラスどころか校内屈指と評していい美貌を持つ少女。


(相馬実耶。『8×4 Beats!』のメインヒロイン…………)


ギターを捨てた主人公の情熱を再び燃え上がらせるほどの歌唱力の持ち主で、ゲーム中で結成されるバンドのボーカルを務める。
その後もボーカルというバンドの中心的位置付けのため、どのヒロインのストーリーでも絶大な存在感を示すのが彼女だ。
自分以外のルートでは時にヘタレそうになる主人公を叱咤激励し、恋に悩むヒロインの相談に乗るなど、
姉御肌な部分も持ち合わせるその姿は、まさしくメインを張るに相応しい。

相馬実耶。通称みやちゃん。担当楽器はボーカル、後半でギターボーカルも務める。バンドでの表記はMIYA。
パーソナルデータは、身長165センチ。スタイルはメインヒロインを張るに相応しいレベル。
血液型は確かAB。誕生日は文化祭当日だったはずだから、多分11月なんだろう。
ちなみにおっぱいはわたしよりも大きい。巨乳と称していいレベルだ。具体的にはナニを挟めるくらい。
真ん中分けにしたナチュラルストレートの髪をさり気なく耳に掛ける仕草が何とも色っぽい、問答無用の美少女。
それだけに彼女にアタックをかける男子生徒はかなりの数いたらしいけど、その悉くを振ったという。
よって転校して間もないのにいきなり声を掛けた主人公も、最初は凡百の男共と同じと相手にしなかったが、
彼の目的が単なる女としての自分ではなく、ボーカリストとしての相馬実耶だということを感じ、バンドに加入する。
以降は共に純粋に演奏者として高みを目指す主人公と気が合い、いくつかのイベントを経て恋人になっていく。
まさに王道シナリオだけど、それだけにファン人気は高く人気投票では僅差ながらも一位を獲得している。


そんな彼女、実は主人公からの第一印象は『綺麗な娘がいる』程度で、単なるクラスメイトでしかなかった。
そもそも主人公は目立たず普通の高校生として生きていくと、当初は考えていたから。
だからむしろ厄介ごとになりそうなレベルの美人である実耶とは、関わる気すらなかったのだ。
それがとあるきっかけで彼女の天才的な歌唱力を知って、そこから物語は動き出すわけだけど…………



実は、そのきっかけとやらを作るのに、わたしはめちゃくちゃ大きく関わっていたりする。



(いきなりストーリーの出鼻を挫くわけにも、いかないわよね…………)


わたしの目的は、主人公とヒロイン(当然わたし以外の、ね)のハッピーエンドを演出すること。
どんなストーリーにもはじまりのイベントというのはあって、ソレがなきゃそもそも物語が始まらない可能性が高い。
桃色ツンデレの使い魔が、しゃべるチート剣がなきゃ序盤のかませ犬にも勝てないように。
少女がフェレットと出会わなければ、白い魔王様にはならないように。
この世界では、相馬実耶の歌唱力を見せ付けなければ、殻に閉じこもった主人公は出てこない。
覚悟を決めて、わたしは何人かの女子生徒と談笑している相馬実耶の下に歩き出した。


「ん、四宮さん? どうしたの?」


わたしが近づいたことでこっちに気付いた相馬さんが、にっこりと微笑みかけてくる。
その瞬間、ビシッと硬直するわたし。
さすがに以前の学校ではお目にかかることの出来なかったレベルの美少女、破壊力が段違いだ。


「う、うん、ちょっと相談したいことがあるんだけど、いいかな?」

「四宮さんのお願い? いいわよ、私でできることなら」


そう言って、特に疑いもなくわたしを話の中に入れてくれる相馬さん。
また一緒に話していた子たちも、わたしが割り込んだのにそれほど気分を害している様子はない。
これはわたしが四宮めぐみに感謝していることの一つで、彼女は女子の間での信頼度がものすごく高いのだ。
四宮めぐみは、元の世界のわたしに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいの『いい人』
某正義の味方とまではいかないけど、人が面倒くさがるような仕事も積極的に引き受け、しかも投げ出さずに最後までやり遂げる。
それが信頼につながって、彼女は校内では隠れた人気者になっていた。
これは正直すごくありがたい。
女の子は特に群れる生き物だからこそ、集団から排斥されたときの恐怖はかなりヤバイから。
ともかく、わたしは相馬さんと彼女の友達の前まで来ると、少しばかり勿体つけてから話を始めた。


「前から考えてたんだけど、クラスの女の子でカラオケとか、どうかな?
 クラス替えから二ヶ月経ってるけど、そういうことなかったから…………」

「カラオケ…………? 私はいいけど。それにしても突然ね、何かあった?」

「特に理由はないんだけど、せっかく同じクラスになったんだから、みんなともっと仲良くなりたいと思って…………」


そう言ってわたしは、恥ずかしそうにもじもじする(フリをする)
世話焼きだけど恥ずかしがり屋な性格の四宮めぐみだったら、こうするであろう仕草で。
そんなわたしを見て、相馬さんは「仕方ないわね」とばかりにクスッと笑い、周りを見渡しながら言った。


「そういうことなら、私は賛成かな。たまには大人数でカラオケも面白いかも。
 みんなはどう?」

「いいね、面白そう! 日程だけ早めに決めなくちゃね」

「私も賛成。あ、けど部活あるしな…………休日にするのか? それとも放課後?」


相馬さんが声を掛けると、周りの女の子が次々に賛同してくる。まるで相馬さんの答えが自分の答え、とでもいうように。
これはさっき少しだけ言及したけど、彼女は姉御肌でわたしとは別の意味で女子からの信頼が厚いからだ。カリスマ、っていうのかな。
そして、周りの友達が全員乗り気になったのを見て取り、相馬さんはチラッとこっちに視線を向けて、薄く笑ってみせた。
さしずめ「フォローはしておいてあげたわよ」ってところだろう。
だったら、わたしの言うことは一つだけ。


「みんなありがとう! 駅前のピノキオだったら大きいフロアがあったし、場所はそこでいいかな?
 日時はみんなの予定聞いてからってことで」

「あっ、ピノキオだったら私割引券持ってる! ちょうどいいから使っちゃおう!」


さくっと話をまとめて、クラスでカラオケっていうイベントを確定させることだけだ。
ちょうど割引券持っていた子もいたみたいだし、これでイベントの最低条件は満たせた。後は…………


(さて、彼は今の話、聞いてたかしら?)


いきなり決まったカラオケの話でわいわい盛り上がっている相馬さんとその友達からスッと視線を外して、わたしはひとりの男の子に目をやる。
短く刈った髪をワックスでツンツンに立たせて、制服のワイシャツのボタンを上から二番目まで外した、少し不良っぽい外見の少年。
相馬さんたちが話している席から1メートルほどしか離れていない席に座ってこっちをチラチラ見ていた彼は、
わたしと一瞬目が合うと、少し慌てたようにして視線をそらして宿題らしきことを始めた。
この距離だ、さっきの会話はばっちり、しっかり聞こえていただろう。だけどそれでいい。


少年の名前は、大宮泰典(おおみややすのり) 通称やっくん。
学園モノのギャルゲー・エロゲーではほぼ必須といってもいい、いわゆる主人公の友人ポジションの男子だ。


さて、ここでまたしても少し関係ない話になってくるけど、少しだけ語らせてほしい。
四宮恵が語る、エロゲ講座第2回講義の時間だ。

この友人ポジションの男子は、性格的に大きく二つに分類される。
まずは、クールな性格で『恋愛よりも友情』というスタンスをとっているタイプ。
例を挙げると、強気っ娘がいっぱい出てくるエロゲーの、イケメン子安ボイスな彼とか。
純愛と銘打っておいて共通ルート中に全ヒロインの処女を喰っちまう勇者な主人公が出演する、お嬢様エロゲの爽やか系水泳部長とか。
八月のFAに出てくる空気な同級生の男子もそんな感じだったかな。まああそこは上級生が存在感有り過ぎた。ちなみにわたしの好みは金髪の方だ。

そしてもうひとつが、いわゆる三枚目キャラタイプ。
お調子者で憎めない性格だから、たぶんNTR意識しなくていいし友人として動かしやすいっていうのが理由なんだろう。
こちらはさっきも言及した強気っ娘エロゲのフカヒレとか、エロゲじゃないけど便座カバー君とか。
どちらかというと、こっちの三枚目タイプの方がわたしがこれまでプレイしたエロゲでは多かったように感じる。

それで少し脱線しちゃったけど、大宮泰典君は、この二つを合わせたような性格をしているハイブリッドタイプだ。
時折三枚目っぽい行動をするけど、要所要所では頼りになるところを見せるって言えば、なんとなく分かってもらえると思う。
リトバスのお兄ちゃんみたいな性格かな。たださすがに彼ほどの存在感はないけど。
まあ何より重要なのは、彼は『8×4 Beats!』のストーリーにおいて、欠かすことのできないキャラである、ということ。

彼は、主人公が結成するバンドのドラマーを務め、主人公とクラスの橋渡しになる役どころなのだ。




―――『8×4 Beats!』最初の山場は、しつこいようだけど相馬実耶がその歌声を披露するというもの。
これは、さっきわたしが約束を取り付けた『クラスの女子でカラオケに行く』というイベントが基本になっている。

原作ではこのカラオケに行く日の数日前に主人公が転校してきて、彼はわたし、四宮めぐみの隣の席になる。
そこでいいんちょキャラたる四宮めぐみは、転校生の主人公が学校に、クラスに馴染めるようにと色々とお節介を焼くわけだ。
その中で彼女は、数日後にクラスの女子でカラオケに行く約束をしていたことを思い出す。
ちょうどいいとばかりに主人公を誘うけど、主人公は女子ばかりのところに行くのは居心地が悪いと辞退する。まあ当然よね。
そしてそんな時に、後の主人公の親友、大宮泰典君が颯爽と登場する。

大宮君はさっきわたしが相馬さんに話を持ちかけたとき、しっかり聞き耳を立てていた。
彼も一般的な男子生徒なので、女子と仲良く遊びたいといつも思っているし、クラス一の美人の相馬さんにも憧れている。
だけど女子だけで予定を立てているところにいきなりしゃしゃり出ていくわけにもいかず、黙っていた。
だから主人公が転校してきて、四宮めぐみがカラオケに誘っているのを見たとき、彼は降って湧いた幸運を逃すことなく、話に入ってくる。
具体的には、男子を何人か集めるから、みんなまとめて主人公の歓迎会ってことにしちまおうぜ!っと宣言するわけだ。
女の子とカラオケなんて美味しいイベント逃してなるものか!とテンション上がっている大宮君に押し切られて、主人公はしぶしぶ歓迎会への参加を決める。

―――そしてその歓迎会という名の、水面下で下心が暴れ回るカラオケで、主人公、八神英人は運命に出会う―――



…………とまあ、こんな感じでわたしが最初にやらなきゃいけないことは理解してもらえたと思う。
わたしの当面の目標は、この主人公歓迎イベントを完璧な形でプロデュースすること。
そのためには大宮君を誘導して男子を参加させなくちゃいけないし、女子にそれを認めさせなきゃいけない。
何より相馬さんがドタキャンしないように、彼女にもしっかりと釘を刺しておく必要がある。


(う~、めんどくさい~…………)


慣れない方面での頭脳作業で、わたしは少しだけユーウツになって机にダラリと上半身を投げ出した。
この露骨にやる気のない仕草は、後で知ったことだけど元の四宮めぐみだったら有り得ない行動だそうで。
友達の何人かは、それでわたしが何かとてつもない悩みでも抱えているんじゃないかとマジに心配したらしい。
だけどそんなこと知る由もないわたしは、今日も今日とて慣れない平行世界生活の疲れから、両手をだらんと前に投げ出して寝そべっていた。










「あー、みんな揃ってるな。それじゃあ今日は転校生を紹介する」


そんな、クラス担任の無慈悲な死刑宣告が耳に届くまで。




******




ヒロイン設定集



四宮恵
何の因果か、同姓同名のエロゲーのヒロインに憑依しちゃった女子高生。兄の影響でエロゲにはまっている。
基本的に兄のフィルターを通しているため、極端な地雷、鬱、鬼畜はプレイしていない。
そのためエロゲの知識は純愛系に偏っている。
性格はのんびり屋。ただし行動力はそこそこある。
また小さい頃からエレクトーンを習っているため、キーボードの腕前はかなり高い。




四宮めぐみ
『8×4 Beats!』メインヒロインのうちの一人。主人公に憑依されちゃった人。
完璧超人な兄を持ったため、自分も頑張らなきゃと行動しているうちに、いいんちょキャラが板に付いた。
ただしどれだけ頑張っても兄を超えられず、結果かなり自己評価が低い内気な少女になってしまった。
しかしながら努力は確実に力となっており、勉強に関しては元の四宮恵をはるかに上回る知識を保有している。
このため以前と比較して、四宮恵は全国模試の偏差値が一気に10近く跳ね上がった。











[22542] 女にモテたい?ならば前髪を伸ばせ
Name: りゅーじゅ◆fe68845d ID:bbf5cbec
Date: 2010/10/24 00:43




―――『8×4 Beats!』本編―――



「茨城から転校してきました、八神英人です。
 これから一年間、よろしくお願いします」


そう言って頭を下げると、ポツポツと拍手が湧き起こる。
転校するのは初めての経験だけど、こんなものか、とそれは案外あっさりしたものだった。
前の学校のこととか、部活のこととか質問されまくると思って身構えていたけど、どうやら取り越し苦労だったらしい。
とはいっても興味津々な目で見つめられ続けると、さすがに少しばかり居心地が悪いものだ。
そんな俺の空気を察したのか、担任となる八十島教諭(36)が咳払いを一つして、俺の席を指し示す。


「あー、それじゃあ八神は窓側、あの一番後ろから三番目の席が空いてるな?
 そこに座ってくれ。
 それと…………四宮!」

「へ? は、はい!」


先生が一人の女生徒を名指しすると、まるで居眠りを叩き起こされたような慌てた声で、
俺が今し方指示された席の、隣に座っていた女の子が立ち上がった。
ふんわりした茶髪のショートボブが似合う、かわいい女の子だ。
少しだけ得をした気分になる。


「八神はこっちに来たばかりで教科書がまだ揃っていない。
 すまないが教科書を見せてやってくれないか?」

「わ、分かりました!」


緊張しているのか、妙にビクビクした声で返事をする四宮?さん。
…………どうも警戒させちまったかな。
けど俺の目標である『平凡な学生生活』のためには、少なくとも嫌われないようにしないと。


「四宮さん、でいいのか? 悪いけど、よろしく頼む」

「あ、こちらこそ…………」


俺が軽く頭を下げて見せると、四宮さんもつられたようにお辞儀を返してきた。
とそこで、俺は自分と四宮さんだけが立ち上がって、他の全員が座っている中お互いペコペコしている、という間抜けな構図に気付く。
四宮さんも気付いたのだろう、彼女は緊張からか赤くなっていた顔をさらに真っ赤にして、ガタッと椅子に座り込んでしまった。
途端に微妙な空気に包まれる教室。
それは、合同ライブで前のバンドが失敗し、その嫌な雰囲気を残したままステージに立たされた時に似ていた。

 
「…………とまあ、ときどき空気読めずにこんなことするアホですけど、どうかよろしくっ!」


その雰囲気に耐えられず、俺はついライブのMCのノリで大声を上げてしまったが、結果的にそれがよかったらしい。
途端にクラス中から笑い声が上がる。
けどそれは少なくとも馬鹿にしたようなものじゃなくて、俺はホッと胸を撫で下ろした。
そのまま照れたように頭を掻きながら担任に指示された席まで行くと、さっきの四宮さんが微妙に恨みがましい目でこっちを見てるのに気付く。
うーん、さすがにさっきのは恥ずかしかったか。


「ごめんな、恥をかかせるつもりはなかったんだけど…………」


小声で謝ると、彼女は最初の表情に戻ってあたふたしながら大丈夫と連呼し始めた。
それが小動物みたいで妙に可愛らしく、俺はしばらく観察していたけど、やがて彼女が涙目になりかける。
途端に俺の周囲から、膨れ上がる殺気。
あ、これはヤバイ。
と思ったとき、いつの間にいたのか四宮さんの後ろに何人かの女子が集まっていた。


「あーはいはい。ほら、転校生君も謝ってるし、いいんちょも気にしないの。謝んなかったらぶっ飛ばしてたけど」

「ビビんなってメグ! コイツが何かしたらアタシらできちんと〆るからな!」


所々に何やら不穏当な言葉を混ぜながら、何人かの女子が四宮さんをなだめている。
それを見て、俺はこのクラスで絶対に敵に回してはいけない人間を一人、はっきりと認識した。
俺の目標である穏やかな高校生活のために、この隣の席の四宮さんには絶対に嫌われないようにしないと。
そんな風に決心していると、当の四宮さんがこっちを見て苦笑いしていることに気付く。
その表情が何だかごめんなさい、と言っているように見えて、俺も思わず苦笑いを返してしまった。
と、そこで、今度はお互いにペコペコしているんじゃなく、苦笑いを交し合っているという状況に気が付く。
そのまま俺達の苦笑いは本物の笑いとなって、いつの間にか俺と四宮さんは、ふたりで声を上げて笑ってしまっていた。
良かった、彼女とはいい関係が築けそうだ。


「あの、あらためて自己紹介します。わたしは四宮めぐみ。クラス委員してます」

「こちらこそ。転校したのは初めてだから、慣れないことも多いと思うけど、よろしく。いいんちょってのは…………?」

「うっ!? そ、それは、わたしがクラス委員だから、いつの間にか付けられていたあだ名です。
 できれば、いいんちょじゃなくて四宮さんか、メグって呼んでもらいたいんですけど…………」

「かわいいあだ名だと思うけど」

「ダメですっ! いいんちょの名前は、東鳩の愛○ちゃんにのみ許されるんです!」

「東ハト? よく分からんけど、それなら四宮さんで」


どこからともなく、四宮さんの声にピーという小さな音が混じって、一部のセリフが聞き取れなかったけど、
とりあえず彼女の呼び方は四宮さんで決まった。
キャラメルコーンとかハバネロの会社に何かあるのかは多少気になるけど、突っ込んではいけないっぽい。
まあそれはともかく、どうやら俺は四宮さんとは、それなりにいい関係を築けそうな気がしていた。
このまま上手に立ち回れば、変に目を付けられることもないだろう。
そんな風に考えていた俺に、さっきから少し考え込むような素振りを見せていた四宮さんが、不意に声を掛けてきた。


「あの、八神君。もしよければ、今日の放課後時間をつくってもらえませんか?」



―――『8×4 Beats!』本編side out―――









(…………イケメンね)


それが、担任の八十島教諭(独身)に連れられて入ってきた転校生に対する、わたしの最初の感想だった。
180センチ近い長身に、引き締まったスタイル。
微妙にパーマのかかった髪をふわりと前にたらした、きちんと美容室に通っていると分かるモテメンな髪形。
そしてその身長には微妙に不釣合いな幼い雰囲気の残る美少年顔。
それが、わたしがこの世界では初めての邂逅となる、八神英人の第一印象だった。
最近流行りらしい、いわゆる『リア充』主人公の最たるものが、そこにあった。
弟系草食男子の皮をかぶった喰いまくりのリア充野郎と言われたRPGの主人公がいるらしいが、まさにそんな印象を受ける少年だ。


さて、またまた関係ない話になってしまうけど、少しだけお付き合い願いたい。
四宮恵が語るエロゲ講座、第3回講義の時間だ。
元々エロゲとかギャルゲの主人公っていうのは、極限まで個性を殺すことが求められていた。
特に主人公の一人称で進むタイプのエロゲでは、いわゆる“長い前髪で目元が隠れる”のが基本だった。
これは記号となり得るものを徹底的に排除して、プレイヤーが主人公に感情移入しやすくするための措置だという。
攻略するヒロインの数だけストーリーがあって、下手をすればそれぞれのストーリーでまったく違った一面を見せることもある主人公は、
プレイヤー次第でどんなキャラクターにもなり得るし、そしてそれは様々なプレイヤーが感情移入する上で非常に役に立った。

この成功例がいわゆる“U-1”や“KYOUYA”であり、彼らは時にどんなモノでも殺す魔眼を持っていたり、SSSランクの魔導師だったりする。
何とも香ばしい匂いが漂ってくるけど、それは別に悪いことじゃない。
プレイヤーの感情移入によってキャラ付けされるのは、まさしく製作者サイドの狙ったことだし、
二次創作がたくさん作られるのも、それだけ主人公が評価されて、またヒロインたちも魅力的だということの証明になるのだから。


ただし最近は、最初から主人公の容姿などがきっちり設定されているエロゲが増えてきた。
それも、あくまでも主人公の一人称で進むはずのオーソドックスなエロゲで、だ。
これはエロゲ原作のアニメなどが増えて、主人公に顔や声が付くのが当たり前になってきたということもあるけど、
なにより“長い前髪で目元が隠れる”ような没個性的な主人公が飽きられてきたことが大きいだろう。
没個性は話が作りやすいという点では優秀だが、平面的な『よくあるエロゲ』になりがちだ。
市場が成熟してきた今、エロゲのストーリーは『どこかで見たことのある話』に陥りがちになっている。
だからこそ、主人公の性格付けをあえて固めてしまって、そこから話を掘り下げていって個性を付ける。
他社との差別化は、販売戦略の基本中の基本。よってこうした方策が採られるようになってきたのだろうと思われる。


『8×4 Beats!』も、最近の流れである立ち絵のある主人公だ。
ただしこればっかりは仕方がない側面もある。
『8×4 Beats!』はバンド活動を舞台にしているから、必然的に演奏シーンのCGが増える。
ロックバンドの魅力の根幹は、演奏者一人一人の個性が織り成すハーモニーだ。
個性が単純にぶつかり合うんじゃなくて、それぞれが調和して高めあうからこそ観客は熱狂するわけだし、
だからこそそこに没個性的な人間が混じっていてはハーモニーもへったくれもない。

そういった意味では、某ガールズバンドアニメなんかは成功例として挙げられる。
主要メンバー全員がそれぞれ個性的で、燃えるようなストーリー展開もカタルシスもないのに、
彼女たちのキャラクター性だけで1+2クールのアニメを乗り切ってしまえるほどに。
ちなみにわたしはエレクトーンをやっているという理由でムギちゃんのファンで、澪ちゃん派のお兄ちゃんとは日々激論を繰り広げていた。
それでも最終的に『ロングヘア巨乳美少女は正義』で和解案が成立したあたりこの兄妹は本当にダメだと思うが、これは余談。



ともかく、そんな理由でわたしは八神英人の容姿、性格などをあらかじめ掴んでいる。
彼が教室に入ってきた最初こそ戸惑って、先生に呼ばれたとき思わず間抜けな声を上げてしまったけど、
それ以降は冷静さを取り戻して、おおむね原作どおりに事を進めることに成功した。

…………わたしは基本的にお兄ちゃんの影響で男言葉が時折混じるタイプだから、いいんちょキャラの口調って疲れるわぁ。


原作ではこの転校シーンでは、主人公たる八神君は、四宮めぐみはクラスの女子に大きな影響力を持っているということを理解する。
あとはある程度親しく会話できるようになれば、この時点でのミッションはほぼコンプリートとなる。
残るは。


「あの、八神くん。もしよければ、今日の放課後時間をつくってもらえませんか?」


わたしのこの発言に少しだけ面食らった様子の主人公くん。
理由を訊こうとして…………わたしの後ろで般若の表情を浮かべているだろう友達にビビったのか、少し表情を引きつらせている。
どうもこっちのわたしに彼氏が居ない理由は、友達連中のこの過保護さも一因としてありそうだ。
ちなみに向こうのわたしがモテなかったのは、特に髪や化粧に気を遣わず、適当に日々を過ごしていたからだと思われる。


「別に俺はかまわないけど…………」


そう言って、彼はチラチラとわたしの後ろを見る。
うん、無理もないね。わたしですら感じられるほどの殺気が背中からビュンビュン来てるもん。
真正面から受け止めて表情が引きつるくらいで済んでる主人公くんは、さすが場合によってはハーレム築く男だ。
肝の据わり方が半端じゃない。


「八神くん、この学校まだ不案内でしょ? よかったら校舎を案内するついでに、部活を見て回るのもどうかと思って」

「部活は…………いや、何でもない。それじゃあ、頼んで良いかな?」


部活、という単語が出た瞬間に一瞬だけ彼の表情が変わる。
本編中で詳しく語られることはあるルートを除いてなかったけど、彼は前の学校で軽音楽部に入っていたわけではなかった。
むしろ大人のバンドに腕前を認められて最年少メンバーとして入っていて、その関係で部活はやっていなかったはずだ。
それでも放課後の活動、という点では彼の中で同じなんだろう。
社交辞令もあってこの場で断ることはなかったけど、部活に入る気は現時点でほとんどないと言っていい。
でも、原作ストーリー的にはそれでいいのだ。
じゃないと、放課後の時間が削られてバンド結成に向けての余計な障害が発生し、ハッピーエンドへの道程が遠ざかることになってしまう。
わたしは原作を踏み外さずに持っていけたことの喜びで、つい満面の笑みになって声を上げてしまった。


「よかった! それじゃあまた後で声を掛けるから、一応帰る準備して待ってて!」

「あ…………ああ、分かった。よろしく」


少し照れたようにそそくさとカバンを片付ける主人公くん。
その姿を横目に見ながら、わたしはこみ上げてくる笑いを抑えることが出来なかった。
これで後は彼をカラオケに誘って、部活案内でいくつかのフラグを立てれば、あとは彼とヒロインとの物語だ。
物語はそこから、それこそ予定調和のようにさくさくと進んで行く。

『8×4 Beats!』はゲームと銘打っていながら、いわゆるバッドエンドに向かう選択肢はほぼないと言っていい。
よっぽど意識して嫌われそうな選択肢を選ばない限り、何人ものヒロインにフラフラしない限り、意中のヒロインとゴールインすることは難しくない。
現にわたしは、元の『四宮恵』だったときにプレイしたこのゲームで、攻略サイトは一切参考にせず、リトライなしでクリアしたほどだ。
だからあとは、彼がどのヒロイン狙いかを見極めて、適当に煽りながら過ごせばいい。



――――――このときわたしは、ストーリーが巧く運んだことに単純に喜んでいて気付かなかったけど、
後々になって考えると、割と危険なミスを二つほどやらかしていた。
まず、基本的に奥手でオドオドしがちという、わたしの性格を半ば無視してしまったこと。
このせいでわたしが転校生の、しかも初対面の男の子に対して最初から妙に友好的なことに、千里ちゃんや美緒ちゃんなど何人かの友達が疑念をもったみたい。
おかげで妙な勘違いをされ、その勘違いのまま一部の友達から『こっくはく! 告白!』などと応援されまくって、危うく踏み外すところだった。
でもこっちはまだ何とかなった方だ。
なぜなら、わたしは“いいんちょ”四宮めぐみと比較すればそれほど内気じゃないので、男子と話すのにもそれほど抵抗感はない。
だから主人公くん以外にも大宮くんやその他のクラスメイトとも話すようになって、そのため最初はあった違和感もやがて消えていったらしい。
消極的だったいいんちょが一生懸命頑張っている、ということでむしろ好意的に見られるようになった。
けど、もう一つはかなり問題だった。
一つめがそれほど原作ストーリー上問題にはならないのに対し、もう一つは露骨に原作の根幹を揺るがす事態に発展しかねない爆弾だ。
いや、ハッピーエンドに向かうということ自体で言えば問題ないのだけど、『わたし』にとっては致命的なまでの大問題。
よく考えれば当たり前で、でもあえて目をそらしていたそれを、わたしはこれから数日後に訪れる“最初の選択肢”で思い知らされることになる。





わたし『四宮めぐみ』も、主人公の攻略対象、いわゆるヒロインのうちの一人で、
主人公に選ばれる可能性も他のヒロインに比べ、何ら劣るものではないということを。






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