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[22381] けいおん! 桜が丘高校のミステリー!~そして誰もいなくなった~ 【全編完結】
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:c23ef802
Date: 2010/10/26 22:44
1 この話はミステリー小説です。題名はかの有名なアガサ・クリスティの推理小説『そして誰もいなくなった』からとっています。少し小説の内容のネタバレが含まれているのでご注意ください。

2 作者は素人です。ネタやトリックは某漫画や某小説のオマージュがほとんどです。読んでいけば、分かる人には一発で犯人が分かるでしょう。

3 ここ矛盾してないか?とかそれは現実的でない、となる部分は多々あると思います。作者が素人ゆえとご勘弁下さい。

4 舞台は私立桜が丘高校校舎です。敷地図についてはアニメ版のモデルである旧豊郷小学校を前提にして書いています。ただし、その建物や部屋の配置が話に大きく関わることはありません。

5 主人公は澪です(怖がりで役に立たなそうというのは置いておいて下さい)。彼女自身が知っているであろう勉学や教養の知識と、彼女が観察した内容を元にして話が進行します。

6 上記の内容で構わないという方は、読んでいただけると幸いです。










~登場人物~

・秋山澪     主人公。私立桜が丘高校三年。友人とバンドを組みベースを担当している。受験シーズンを前に事件に巻き込まれる。怖がりだが、持ち前の頭脳を活かして難敵に挑む。

・田井中律    主人公の無二の親友。バンドではドラムを担当。澪を怖がらせるため受験前でも怖い話を読みあさる。皆を引っ張るリーダーシップで主人公を支えるはずだが・・・。

・平沢唯     主人公の親友。バンドではギターを担当。怠け者だが、本気を出すとギターも勉強もとてつもない力を発揮する。推理ドラマは毎週テレビで見ている。

・琴吹紬     主人公の親友。バンドではキーボードを担当。見た目はおっとりしているが、成績優秀で力持ち。推理小説にも詳しく、いつかは自分で推理小説を書きたいと思っている。

・中野梓     主人公の後輩。バンドではギターを担当。真面目で頑張り屋だが、ゆるい先輩たちに毒されてイメージ崩壊中。推理ものは唯と同じくテレビで見る程度。

・山中さわ子   主人公のクラスの担任。音楽教師で軽音部顧問。年長者なので皆を引っ張る立場。桜が丘高校で働いている上OGなので、学校の内情や噂話には一番詳しい。

・真鍋和     主人公の親友で生徒会長。成績優秀、冷静沈着で実は一番探偵向き。受験を前にして主人公たちに関わりのある人間として事件に巻き込まれる。

・平沢憂     主人公の後輩で、唯の妹。文武両道で家事も完璧にこなすが、シスコンすぎるのが唯一の欠点。和と同じく部外者だが事件に巻き込まれる。

・鈴木純     主人公の後輩で、澪に憧れるジャズ研部員。ベーシストでその方面で澪と一番気が合う。その他は全くの一般人なので、推理関係の事柄に特に詳しいわけではない。

・曽我部恵    主人公の一つ上の先輩で元生徒会長。聡明なイメージとは裏腹に澪のファンクラブを創設した人物。律のせいで事件に巻き込まれた人。知性派なので思考力や論理的判断に優れる。

・ゲームマスター このゲームの主催者。本名、年齢、容姿ともに不明。自分の義務として事件を起こし、その自分の仕事を遂行する存在。



[22381] 第一話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:c23ef802
Date: 2010/10/06 19:09
寒い。私は音楽準備室で紅茶を飲みながらそう思った。この校舎は古くて暖房が効きにくいので、ムギが淹れてくれるあたたかいお茶のほうが体を温めてくれる。

「律、唯。もっと真面目に勉強しなさい。そんなんじゃ受験落ちるぞ。」

私はいつものように小言を言った。まったく、この二人は全然真面目に勉強しない。一緒の大学に行こうって勉強してるのに、こいつらときたら。将来が心配になってくる。

「まあまあ。唯ちゃんもりっちゃんもやればできる子だから大丈夫よ。」

「ムギは甘いんだ。二人ともこの前の模試でC判定なんだぞ。BかできればAが取れるまでやらないと駄目だ。」

本当にムギは呑気者だ。自分は成績優秀で余裕でどこでも受かるレベルだから、二人もそのくらいできると思っているんだ。律なんていつもテスト前に泣きついてきて綱渡りの人生なのに。

「唯先輩と律先輩は現役で大学に受かる気があるんですかね・・・。」

梓が紅茶を飲む手を止めて呆れている。まったくその通りだ。後輩に心配されるなんてひどい先輩だ。

「まあまあ、大丈夫だって。ほら、ムギちゃんがもってきたケーキ食べようよ。」

「少しは危機感持て!」

唯はあいかわずマイペース。はあ、もう・・・。怒ってるこっちがバカバカしくなってくる。

「あ、そうだ、ムギちゃん。ちょっと昨日やってて分からなかったところがあるんだけど。」

「あら、何かしら?私に分かることなら教えてあげられるわ。」

おお、なんだかんだ言いつつも唯もちゃんと自分の課題を見つけているんだな。ムギに質問するなんて偉いぞ。

「昨日のドラマってさ、双子の殺された順序が入れ替わってたよね?DNAが一致して警察が騙されたけど、あれって実際にうまくいくものなの?」

テレビドラマの話か。期待して損した。

「昨日のミステリー列車殺人事件よね?確かに一卵性双生児だとDNAが一致するけど、指紋は違うらしいから警察が時間をかけて科学捜査すれば後になって矛盾が出ると思うわ。」

「じゃあ、やっぱりああいうトリックて無駄なの?」

「そうでもないわ。例えば殺したい相手が複数いたり、限られた状況の中で目標を全員殺さなければならない時、自分が容疑者から外れてやりやりすくするためには有効よ。」

「へえ、そうなんだ~。」

ムギはこういうの詳しいからなあ。私は苦手だ。人が殺されて血だらけになったりしているのを想像しただけで身の毛がよだつ。

「来週は孤島の七不思議殺人事件だよね。楽しみだね~。」

「私も楽しみよ。一緒に見ようか、唯ちゃん。」

まったく、ムギまで・・・。唯は息抜きにそういうもの見るって言って、結局勉強を忘れるじゃないか。

「七不思議って言えばさあ、桜高の七不思議って知ってるか?」

律がケーキのいちごをフォークで突き刺して口に運びながら言った。

「なんだよ、それ?聞いたことないぞ?」

「あ、私知ってます。この前純に教えてもらいました。」

梓は憂ちゃんと純ちゃんに聞いたらしい。唯とムギも知っている。あれ?知らないの私だけ?

「澪は相変わらず怖いもの駄目だからな。そういう話に興味ないんだろ。」

「そ、そんな話くらい別にどうってことないぞ。怖くともなんともない。」

自分でもわかるけど、すごく胸がドキドキしてる。で、でも怖いっていうとまたからかわれるし。ああ、私のバカ!素直に認めればいいだけなのに!

「ほう、なら行くぞ。桜高七不思議その一!夜遅く学校を出ようとする時に誰もいないはずの音楽室からエリーゼのためにのメロディーが聞こえてきて、覗いてみると・・・」

「う、うわあああああああああっ!!」

「えっ!?もう!?って、危ない!!」

私が暴れたせいで椅子がぐらついて後ろに倒れた。後頭部を思いっきり打ってしまた。イタタタ・・・・。たんこぶできた・・・。

「やっぱり澪に怪談は十年早いな。」

もう、笑われてもどうでもいい・・・。





「ヤッホー。勉強進んでる?」

音楽準備室の扉が開いて先生が入ってきた。ムギがお茶とお菓子を出して、それにパクつく。

「ちゃんと勉強して合格してね。そうしないと、私のクラスの進学実績に響くから。お給料の上がりも悪くなるの。」

さわ子先生、本音が出過ぎ。まあ、確かにお金はたくさんもらえたほうがいいだろうけど。先生が言うとなんか物欲まみれで嫌だ。

「あ、そうだ。あなたたちに小包が届いているわよ。送り主の名前が書いてないけど、はい。」

さわ子先生が小脇に抱えていた小さな紙袋入りの小包を机の上に置いた。触ってみると、中に入ってるのはプラスチックケースみたいだけど。

「開けてみようよ。」

唯がおもむろに手を伸ばして中身を引っ張り出した。CDなんかが入っているプラスチックケースが出てきた。

「なんだろう、これ?DVD?CD?」

唯から受け取って私も見てみる。なんだろう、これ。なんにも書いてない。中に入っているのは、一枚の真っ白なコンパクトディスクだった。

「じゃあ、プレーヤーで再生してみましょう。」

ムギがポータブルDVDプレーヤーを持ってきてくれた。ディスクをセットして再生してみる。

「あら、動かないわね。」

「なら、パソコンソフトじゃないのか?先生、ノートパソコン持ってますよね?」

「ええ。職員室から持ってくるわ。」

先生が職員室からノートパソコンを持ってきて、電源ケーブルをプラグに差してセット完了。パソコンを起動してディスクを中に入れてみた。自動再生の音がして画面に表示が出た。

「もしかしたら悪質なコンピューターウイルスの可能性もあるわね。私に任せてもらえるかしら?」

あ、そっか。差出人不明なんだし、何にも書いてなくて怪しい。先生に任せたほうがよさそうだ。

「何かしら、これ?外国のソフト?」

画面には『And Then There Were None』って書いてある。意味は・・・そして誰もいなくなった、かな?

「アガサ・クリスティーの小説ですね。クローズド・サークルの最高傑作として全世界で一億部以上売れたベストセラーですよ。」

「ふ~ん、そうなんだ。じゃあこれはテキスト文書なのね。」

「違うよ、さわちゃん。これ、ゲームソフトみたいだよ?」

唯と律が勝手に触っていた。どんなソフトかも分からないのに勝手にマウスをカチカチいわせて動かしている。

「あ、これゲームのスタート画面だよ。英語で書いてある。なんて書いてあるんだろう?」

「おい、澪、ムギ。お前ら英語得意だろう?読んでくれよ。」

受験生だろうが、お前ら。そんなに難しい英語じゃないぞ。

「この殺人事件に挑むなら死を覚悟して参加せよ。プレーヤーは十人。誰かが謎を解けば十人とも生きて元の世界に戻れる。解けなければ全員元の世界に戻れない。覚悟があるなら名前を記入せよ。って書いてある。」

陳腐な脅し文句だ。そうやってゲームの臨場感を高めようという趣向なんだろう。

「あ、こっからは日本語でもOKなんだ。だったら最初も日本語にしてくれよ。」

律がぶつぶつ文句を言いながらマウスをクリックする。

「場所の名前は・・・そうだな。桜が丘高校。日時は今日。」

んっ?初期設定の欄がいろいろあるけど、なんかおかしいな、このゲーム。

「名前はどうする?私たちの名前を書いておこうか。あ、でもそれだと先生含めても六人しかいないわね。」

私、ムギ、律、唯、梓、先生。これだと四人足りないな。

「本名書く必要あるんですか?架空のニックネームでいいじゃないですか。」

「でも、ここに実在する人の名前でって書いてあるよ、あずにゃん。」

「随分設定が細かいですね。」

おかしい・・・。なんでゲームでそんな設定が必要なんだ?

「じゃあ、憂ちゃんと真鍋さんと鈴木さんの名前を書いておけばいいんじゃない?」

「それでも一人足りないな・・・。あ、そうだ。曽我部先輩の名前でも書いておこう。」

律は最後の一人の欄に曽我部恵と書いて漢字変換して文字を確定させた。

「んじゃ、ゲームスタート!」

律がゲームスタートのボタンをクリックした。すると、パソコンの画面からまばゆいまでの光が出て準備室全体を激しく照らした。

「う、うわああああああああっ!!」

みんな手で目を覆った。でも、それでも目の中に光が入ってくる。眩しい!

「み、みんな・・・・。」

眩しすぎて周りが全然見えない。私の体から力が抜けていく。そのまま私は気を失った。



続く



[22381] 第二話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:c23ef802
Date: 2010/10/07 06:19
誰かに追われている。私は必死に逃げてている。でも、追ってくる男の黒い無数の手から逃れることはできない。私、死ぬんだ・・・・。

「・・・・っ!!」

私は目を覚ました。悪い夢を見ていたらしい。ここはどこだろう?暗くて周りが見えない。私は携帯電話のライトをかざしてみた。なんだ、3-2の教室じゃないか。

「よいしょっと。」

教室の電気をつけた。時間は18時を回っている。どうやら眠っていたらしい。さっき音楽準備室にいた時は16時半くらいのはず。でも、なんで教室で寝ているんだ?律のしわざか?

「律ー!?おまえの仕業だろ!?出て来い!!」

って、そんなこと言って出てくる訳ないか。あいつ、私を怖がらせて楽しむの昔からやってるし。っていうか、本当に怖いんですけど。

「唯~、ムギ~、梓~。はあ・・・。」

まったくどこに行ったんだ。私は教室の窓からそとをふと見た。なんだ、あれ。空が虹色に光っていて、壁みたいになってる。学校の外の建物とかが一切写っていない。

「イタッ・・・・」

ほっぺたをつねってみたけど、痛い。意識もしっかりしてるし、夢じゃない。さっきの白い光で、どこか異世界にでも飛ばされてきたのか?ありえないよな、そんな非現実的なこと。

「あ~、あ~、お目覚めかね、淑女諸君。」

いきなり放送スピーカーに音声が入ってきた。男の声?でも、女子高だから教師しか男の人はいないはずなのに、聞いたことのない声だ。誰!?

「このゲームにようこそお越しくだされた。君たち十人には推理ゲームを解いていただく。我が名はゲームマスター。君たちの前に立ちふさがる障害だ。」

さっきのゲームの画面と同じことを言っている。り、り、律の仕業だよな!?

「もし、私の正体が分かればゲーム画面の解答欄に答えを書かれたし。正解ならば元の世界に全員お返ししよう。不正解ならば全員死が待っている。また、私以外が全員死亡した時も同じだ。」

律の仕業にしては手が込みすぎている。変声機か何かを使っているみたいだ。律は私を脅かそうとしても考えることは幼稚だから、こんなことはしないはずだ。

「今は午後6時。古き学舎で始まるサスペンスをご堪能あれ。さあ、聞こえてくるだろう?この推理ゲームの始まりの鐘を打ち鳴らす美しき旋律が・・・」

そこで放送は切れた。結局なんだったんだろう?途方にくれている時、かすかに聞こえてきた。耳を澄ませて聞いてみる。

『タラタラタラタララン~タララランタラララン~』

これは・・・エリーゼのためにだ。場所は・・・上の方。三階の音楽室だ。怖いけど、気になる。行ってみたい。よし、一気に走って行こう。





階段を上がり、音楽室の前に来たが誰もいない。私一人のようだ。扉は鍵は閉じていて開かない。そうだ、音楽準備室から・・・。駄目だ。物置の奥は音楽室につながっているけど、鍵がかかっている。

「そこにいるのは誰?」

音楽準備室の入り口から声をかけられてドキッとした。でも、聞き覚えのある声。振り向いてみると、和が音楽準備室の扉から顔を出していた。和も顔が怯えている。

「和か。脅かすなよ。」

「それはこっちのセリフよ。生徒会室で仕事してたらいきなり周りが白くなって気がついていたら眠っていたの。」

「そっか。眠っていたのは私と同じような状況だな。」

「誰っ!?」

和が素早く後ろを振り向いて叫んだ。誰かが扉の前に立っていた。

「う、うわあああっ!!って、和!?それに澪も。」

「律!?お前、どこに行ってたんだ!!早くこの悪ふざけをやめろ!!」

「し、知らないって。私も今さっき目を覚ましたところで、このピアノの音が気になってきたんだ。二階のコンピューター室にいたんだよ。」

私に胸ぐらをつかまれながらも、律が必死に弁解する。律の話が本当だとしたら、原因はやっぱり・・・・

「律。これが原因かな?」

「ああ、多分な。」

私と律は同じものを見ていた。準備室のテーブルの上に置かれた先生のノートパソコン。私たちがつけた時と同じ画面だった。そして誰もいなくなった、の謎のゲーム。

周りには私たちが白い光に包まれる前と同じ状態で紅茶やケーキの食べかけが置いてあるが、紅茶は冷めている。時間だけは本当に経っているようだ。

「それよりさ、二人共、音楽室の鍵を持ってないか?」

「私は持ってないわ。職員室から借りてこないといけないわね。」

「あれ、そういえば、ここに来るまで部活中の子とも誰とも会わなかったな。」

「私も会ってないぞ?」

「そういえば、私も会ってないわね。」

なんでだろう?まだ一年生や二年生の中に学校に残っている人がたくさんいるはずなんだけど。

「はあ、はあ・・・・。あなたたち、また質の悪い冗談を!!早く元に戻しなさい!!」

「先生!!」

さわ子先生が階段を息せき切って上ってきた。結構走ってきたみたいだ。汗をダラダラ流している。

「し、知らないって、さわちゃん。私らも今それで話してたところだったんだ。」

「あの、先生。音楽室の鍵持ってますよね?開けてくれませんか?ピアノの音が・・・。」

この音は十中八九音楽室の中に置いてある電子オルガン。先生がやっとの思いで購入予算を手に入れて買った自動演奏機能付き、タイマー付き、録音機能付きの最新機器だ。

「準備室の物置側から入れなかったの?」

「いいえ、向こうから鍵がかかっています。」

「そう?おかしいわね。まあ、いいわ。ちょっと待って。」

さわ子先生がポケットから鍵を出した。音楽室の正面の扉の穴に鍵を差し込む。時計回りに回すと、鍵の開いた音がした。扉をそろりと開けてみる。

「ちょっと待ってね。今電気付けるから。」

先生が横に動いて電気のスイッチを押して明かりをつけた。音楽室の中が明るくなる。

「「きゃあああああああああああああああっ!!」」

和と律が大きな悲鳴を上げた。どうしたんだ?私は二人の指さすものを見て、同じような悲鳴を上げた。

「きゃああああああああああああああああっ!!」

私が見たのはさっきまで一緒にお茶を飲んでいた中野梓がうつ伏せに倒れ、血の海に沈んでいる光景だった。



続く



[22381] 第三話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:c23ef802
Date: 2010/10/08 18:32
「梓っ!!しっかりしろ!!」

律がまっさきに梓が倒れているところに行って助け起こした。梓は揺すられても全く動かない。目を虚ろにして腕がぶらりと下がっている。

「あっ・・・・。これは・・・・。」

梓の小さな胸にナイフが突き刺さっていた。和が脈を取ってみたが、すぐに頭を振った。

「医者じゃないから断定はしちゃいけないんだけど、死んでいるわ。」

「す、すぐに警察に電話しないと!」

さわ子先生が携帯電話を取り出して110番したが繋がらない。律と和と私の携帯電話でも結果は同じ。圏外と表示されている。なぜ!?

「はあ、はあ・・・。やっとついた・・・。」

「叫び声がしましたけど、何かあったんですか?」

ムギと憂ちゃんが音楽室に到着した。二人とも血まみれで倒れている梓を見て悲鳴を上げた。私は、気絶することもできずただ立ちすくんでいるだけだった。

「とりあえず、現場を保存したほうがいいんじゃないでしょうか?」

憂ちゃんが冷静にそう言った。さわ子先生は助けを呼びに職員室に行き、五人になった。

「午後6時07分、音楽室で中野梓ちゃんがナイフで刺されて倒れているところを発見。すぐに死亡を確認。」

「死因は心臓をひと突きされたことによる失血死。恐らくほぼ即死ね。血が固まってない状態から考えると、殺されて一時間も経っていないと思うわ。」

和がメモを取り、ムギが現場検証。こういう時冷静に対処してくれる人がいてくれるのはありがたい。律も準備室においてあったビデオを回して現場撮影してくれる。

「エリーゼのためにを弾いていたのはこの電子オルガンみたいですね。タイマーが午後6時にセットされています。」

憂ちゃんが電子オルガンに近づいてスイッチを切った。今まで響いていた曲がピタリと止んだ。



「あずにゃん!?」

「梓!?」

ようやく唯と純ちゃんが部屋に到着。二人共梓の死体を見てやっぱり悲鳴を上げた。純ちゃんがすとんと座り込んでそのまま気を失ってしまった。

「純ちゃん、しっかり!」

憂ちゃんが慌てて抱きとめた。私だってこのまま気絶したい。

「大変よ!学校の中に誰もいないし、学校の外に出られないわ!」

一旦席を外していたさわ子先生が戻ってきて、大声で叫んだ。話によると、正門も裏門も通れないようにバリアのようなものが張られているらしい。学校の敷地を囲むように。

「じゃ、じゃあ、私たちそのゲームマスターっていう殺人鬼と一緒に閉じ込められちゃったの!?」

唯が周りを怯えながら見回す。そ、そうだ。まだこの校舎の中には梓を殺した犯人が潜んでいるんだ。私が入口のそばで震えていると、肩にポンと誰かの手が触れた。

「きゃあああああああっ!!」

「えっ!?何!?」

振り返ってみると曽我部先輩だった。びっくりした。

「何か知らないけど、どうして私ここにいるのかしら。とりあえずここに来てみたんだけど、何かあったの?」

「先輩。あれを見てください。」

私は震える手で梓を指さした。

「きゃあああああああああっ!!」

曽我部先輩の温和な顔が一気に引きつった。



「とりあえず、このままにしておくのはかわいそうだわ。カーテンくらいしかないけど、かけておいてあげましょう。」

さわ子先生が音楽室の暗幕用のカーテンを一枚外して梓の遺体にかけてあげた。

「この不思議な空間はなんなのかしら?しかも、どうして私たちがここに・・・。それに梓ちゃんがこんな目にあって・・・。」

和がため息混じりに言った。そうだ、恐らくこの事件の発端になったであろう出来事について説明しないと。私は理解してもらえるように説明した。そして、音楽準備室のパソコンの前へ。

「そんなことってありえるんですか!?」

失神から回復した純ちゃんがごく普通の反応をした。当然だろう。

「ありえないと思う。でも、実際に学校から外に出られないし、学校の中にいるはずの私たち以外の先生や生徒もいない。おまけに携帯も職員室の電話も圏外。おかしいと思わない?」

「そ、それはそうですけど・・・。」

「私もうまく説明できないけど、でも、そのゲームマスターとやらの正体を突き止めれば元の世界に戻って、梓を生き返らせることができる可能性があると思うんだ。」

自分でも何を言っているのか分からない。さっきの放送を鵜呑みにして言っているだけで、それが守られる保証も何も無いんだし。そこへ曽我部先輩が助け舟を出してくれた。

「まあ、今さら文句を言っても仕方ないし、協力するわ、秋山さん。早く犯人が誰か突き止めて、元の世界に戻る方法を考えましょう。」

「すみません、曽我部先輩。こんな変な事件に巻き込んでしまって。」

本当に部外者の皆には申し訳ない。私たちの落ち度でこんな目に合わせてしまって。特に曽我部先輩は学校外の人だし。

「解答欄ってあるわね。ここに答えを書くみたいね。答えられるのは一回だけみたいだし、下手に手を出すのはよしたほうがいいみたいね。」

先生がマウスを止めてこちらを見て言った。そっか。答えられるのは一回だけ。不正解は許されないんだ。相手の名前が確実に分かってからでないと書けないんだ。



その後、皆がどうやってここまで来たのかをまとめてみた。全員の言ったことが記憶の混乱などで事実と違っていなければ、音楽室の到着順に並べてみると次のとおりだ。

澪   3-2教室で目が覚める。真っ先に音楽室に駆けつける。
和   生徒会室で目が覚める。音楽室に駆けつけると、準備室から物音がするので入ってみる。すると、澪がいたので合流。
律   2Fコンピューター室で目が覚める。ピアノの音を頼りに音楽室の前に来て扉を開けようとしたが開かず、近くにいた澪と和と合流。
さわ子 1F職員室で目が覚める。ピアノの音を聞いて音楽室と判断し、職員室で管理している音楽室の鍵をとって音楽室へ行く。
憂   講堂への渡り廊下に寄りかかった状態で目が覚めた。放送を聞き、その後で聞こえてくるかすかなピアノの音を頼りに音楽室へ来る。
紬   保健室で目が覚め、ピアノの音が聞こえてきたので廊下に出ると憂と鉢合わせて合流。共に階段を登って音楽室へ。
純   学校の正門前で寝ていたところで目覚める。スピーカーの音を聞き、ピアノの音は聞こえなかったが、校舎の中に入ると上から物音がしたので3Fへ。
唯   グラウンド側体育倉庫にもたれていた状態でスピーカーの音で起きる。ピアノの音は聞こえなかったが、階段を上がる純を見て後を追って3Fへ。
恵   体育館裏で目が覚める。スピーカーの内容を聞いたが、ピアノの音は聞こえず、うろうろしていると音楽室の明かりが見えたので音楽室に来た。



「澪ちゃん、外に出てくる人影とか見なかったの?」

唯に聞かれた。絶対に見ていない。私が来た時は既に音楽室には鍵がかかっていた。全ての明かりが消えていて暗かったとはいえ、あんな狭い場所で人とすれ違ったら分かるはずだ。

「澪さん、音楽室側の物置の扉が開いてなかったって言ってましたよね?」

憂ちゃんに言われて考えてみる。絶対に鍵がかかっていた。以前と違い物置の中は整理しているので、開けにくかったとかそういうのはない。

「なら、犯人は私たちがみんな寝ている間に梓ちゃんだけを襲って、その後音楽室の鍵を閉めて、先生に気づかれないうちに職員室に鍵を戻したんじゃないでしょうか。」

私たちは一時間半くらい寝ていたんだ。それくらいの余裕はあるだろうけど。でも、それじゃ犯人の特定にはまったくならない。

「ところでさ、このゲームの題名の『そして誰もいなくなった』ってのが随分重要みたいなんだけど、これって最後にはどうなるんだ?」

そっか。律は読んだことないのか。確かあれは・・・

「りっちゃん、非常に言いにくいんだけど。」

ムギが言いにくいそうに口をもごもごさせて、ためらいがちに続きを言った。

「とある孤島に閉じ込められた十人は、全員死んでしまうの。」

それは、私たちのこれからの運命を暗示しているのだろうか。それを考えると、とても恐ろしくなってしまった。



続く



[22381] 第四話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:c23ef802
Date: 2010/10/08 18:40
「電話の圏外になっていて外に出られなくなっている異質な世界とはいえ、電気と水は使えるみたいね。」

さわ子先生が準備室備え付けの水道の蛇口をひねって勢い良く水を出した。そっか。なら、少なくとも今すぐ全滅というわけではないか。まだ時間をかけても大丈夫。

「とにかく、学校の中が暗いわ。全部電気をつけておきましょう。防犯対策よ。」

さわ子先生と曽我部先輩が校舎を回って特別教室を含めて電気をつけに行くことになった。私たちも手分けして門から出られる方法がないかや不審者がいないかを確認しに行くことにした。

「あまり危険なことはしないでね。7時になったら昇降口まで戻ってきて頂戴。」

今、午後6時28分。30分あれば9人で一通りのことはできそうだ。

「じゃあ、私たちはこっちを回るから、あなたたちはそっちを回って。行くわよ、憂。」

和と憂ちゃんが学校敷地の西の方、私と律が南の方、唯とムギが東の方を調べに行く。北はグラウンドだけだから何も無いだろう。外は寒いのでコートやマフラーで重装備をしていざ出発。純ちゃんには昇降口で待機をお願いした。



「律、何か見つけたか?」

「別に何も。そっちは?」

私も何も無い。懐中電灯を片手に調べているが、不審な人の影や物などは何も無い。何かあるとすれば、開け放たれた門から外に出ることを拒むこの壁だ。虹色に光り、それ以上先に進むことができない。

「じゃあ、私は右から行くから、お前は左からな。」

「ああ、気をつけてな。」

律は壁を伝って右手側の駐車場の方へ。懐中電灯の灯りだけが見える。私の方も駐車場があって、あとは実習用の田んぼが設置されている。今の時期は稲なんて生えていないので空っぽだ。

「あ、電気ついた・・・。」

正門から校舎に向かう道の電気、それと本道から体育館と講堂と図書館へ行く道に取り付けられた街灯がついた。先生が電源室のスイッチを入れたんだ。でも、古くて暗いのであまり心強くはない。

東門の方から懐中電灯の灯りが見える。唯かムギだろうか?行ってみよう。

「あ、澪ちゃん。良かった~。一瞬不審な人影かと思っちゃった。」

ムギだった。やっぱりムギも怖いんだ。私なんて膝がいまだにガクガク震えてるし。

「ごめん。そっちはどう?こっちは門から出られそうにないってことくらいしか分からないんだけど。」

「唯ちゃんがね、はしごをあの壁に立て掛ければ出られるんじゃないかって。今はしごを取りに行ってるわ。」

本当に出られるのかな・・・。まあ、調べてみないのに断定はしちゃいけないけどさ。

「ごめ~ん。大きくて持ってくるの手間取っちゃった~。」

唯が純ちゃんと一緒になって大きなはしごを持ってきた。確かに、こんなに大きいとただでさえバランスが悪くてなおかつ重い。二人でヒイヒイ言いながら持ってきた。

「よいしょっと。あれ、澪ちゃんもいたんだ。はあ、はあ・・・。」

「唯先輩、もう、疲れました・・・。」

汗だくの唯とその場にへたり込む純ちゃん。二人共体力ないなあ・・・。

「ムギ、そっち持って。えっと、これはこの留め金を・・・。」

素早く組み立てて、ムギが下を押さえて私が上に登る。一段一段しっかり足の位置を確かめながら。

「澪ちゃん、今日は白なんだね。」

唯の一言でいきなり落ちそうになった。純ちゃんまで一緒になって見ようとするな!はあ、まったく・・・。

「どう、澪ちゃん?出られそう?」

「無理だな。上の方も全部不思議な壁で覆われている。ちょっと何か投げるもの持ってきて。」

ムギが小さな石を持ってきた。それを思いっきり上に投げつけてみた。

「イテッ!」

「ごめん。大丈夫か、唯?」

かなり高いところに投げたはずの石が不思議な壁で跳ね返されて唯に当たった。この学校の敷地全体が透明なドームで覆われているようだ。

「本当のクローズド・サークルだな。抜け出せないようになってるんだ。」

「もう6時56分ですね。そろそろ戻りましょうよ、澪先輩。」

純ちゃんが携帯電話の時計を私たちに見せて言った。7時の約束だし、遅れると皆心配するだろう。私ははしごから降りて皆で昇降口まで運んだ。



「あ、皆さん。お疲れ様です。」

昇降口では憂ちゃんが一人で待っていた。一番早く到着したらしい。

「他の皆はどうしてる?」

「さあ。でも、律さんは体育館の裏とか調べているのを見かけましたよ。和さんは図書館の中、私はプールの方を手分けして調べてました。」

「何か怪しいものはなかった?」

「残念ながら何も手がかりなしです。で、時間なのでひとまず戻ってきたんですけど。」

そんな話をしていると、曽我部先輩が西から、さわ子先生が東からやってきた。

「とりあえず曽我部さんと手分けして校内を見まわってみたわ。トイレとかも全部調べてみたけど、異常なし。曽我部さんの方はどうかしら?」

「私も何も見つけられませんでした、先生。」

はあ、こっちも手がかりなしか。あとは律と和が戻ってくるのを待つだけなんだけど・・・。

「きゃあああああああああああああっ!!」

外から聞こえてくる大きな悲鳴。あれは律の叫び声!?みんな一斉にかけ出した。図書館の方から、律が全速力で走ってきた。

「どうした、律!?」

「あ、あ、あ、あ・・・。」

律は声にならない声で図書館の方を指差す。曽我部先輩と憂ちゃんが先頭に立って走り始めた。私とムギが律を抱えながら後ろに続く。

「「きゃあああああああああっ!!」」

先に図書館の中に入った曽我部先輩と憂ちゃんの悲鳴。何があったんだ!?私たちも図書館の中に入った。何かロープがきしむ音がするけど、懐中電灯だとよく見えない。さわ子先生がカウンター席にある電気をつけてくれた。

「きゃあああああああああっ!!」

図書館の中がよく見えるようになって、私も悲鳴を上げた。和が螺旋階段の上から垂らされたロープに首を括られていた。



続く



[22381] 第五話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:c23ef802
Date: 2010/10/09 08:36
目をうつろにした和は力なく肢体をぶらりと下げて空中に浮かんでいた。それだけ見ていると生きているのと変わらない状態に見える。でも、真実は違う。死んでいる。

「午後7時06分、図書室螺旋階段で真鍋和ちゃんの首吊り死体を発見。救急車を呼べないこの状況では、恐らく蘇生は不可能でしょう。」

螺旋階段にかかっているロープを外し、床に下ろした和の状態を見て、ムギがそう言った。

「和ちゃん、死んでないよね!?いつものきつめなジョークだよね!?ねえ、ねえ!!」

「和ちゃんが、和ちゃんが死んじゃった~!!」

平沢姉妹の悲しがり方は尋常じゃない。唯は和の死体をずっとゆすり続け、憂ちゃんはその場で泣き崩れた。十年以上一緒の幼なじみだもんな。

「二人目の犠牲者、か。くそっ、殺人鬼め・・・。」

律が右拳をわなわなと震わせて壁を腹いせで殴った。とても悔しいんだろう。私だって、悔しい。

「次は、私が殺されるのかな・・・・。」

純ちゃんがぽつりと言った。そうだ、次は誰が殺されるんだ?もしかしたら、その人物は私かもしれない。

「あら、これは・・・。ねえ、これって真鍋さんの時計?」

さわ子先生が散乱した本の束の下から腕時計を取り出した。面の部分が割れていて、時計の針が止まっている。時刻は午後6時57分を指している。

「はい、和の時計で間違いないと思います。他にも本が散乱しているので、たぶん犯人と揉み合いになっている時に外れて踏んでしまったんでしょう。」

私はそう言ったが、だが、一つの疑問を持った。そんな誰かが争っている音が聞こえたか?律の悲鳴は昇降口まで響いてきたのに。それに、和が悲鳴一つあげなかったのも今ひとつ解せない。物陰に隠れていて本当に不意に襲ったのだろうか。でも、図書館の電気はついていなかった。簡単に襲えるのか?

「妙だわ。」

ムギが和の首周りに残っている跡とロープを見比べながら言った。

「どうしたの、琴吹さん。」

「これ見ておかしいと思いませんか、曽我部先輩?ほら、このロープの跡と和ちゃんの首筋に残っている跡。一致しません。」

「本当だわ。なら、真鍋さんが首を絞められた時の凶器と、吊るした時のロープは別物ってことよね。」

和の首筋には吊るされた時のロープの跡の他に何かもっと幅の広いもので絞められた跡がある。私がよく見ると、和の爪に赤い糸のようなものが付いていた。

「これは何かな、ムギ?」

「分からないわ。綿の繊維みたいだけど・・・。」

うん、この触り心地は私が今巻いているマフラーと同じだ。それにしても、どっかで見たことのある色だ。なんだろう、これは。




「律、本当に何も聞こえなかったのか?」

私が問いただしたが、その時刻に律は何も聞こえなかったと言って聞かない。近くにいたはずの憂ちゃんも何も異変はなかったはず、という。他のメンバーも同じ。結局手がかりはなしだ。

「データが少ないから正確とは言えないけど、犯人が犯行時刻をごまかすためにわざと真鍋さんの腕時計の針をずらして壊したのよ。」

確かにさわ子先生の言うとおりだろうけど、だったら何のために?犯人にそんなことをするメリットが感じられない。まさか、身内に犯人がいるわけでもあるまいし・・・。身内に犯人?バカ、私は一体なんて事を考えてるんだ。そんなこと絶対あるわけがないじゃないか。

「どうしたの、澪ちゃん?怖い顔して。」

「な、なんでもないぞ。ところでさ、唯。犯人ってどんな奴だと思う?」

「分かんないよ。でも、あずにゃんと和ちゃんを殺した人なんだから、きっとすごく怖い人だよ。」

そうだよな。今ここにいる私以外の七人の中に殺人なんて恐ろしいことを考える奴なんていないよな。

私たちはその後、和の遺体に布をかぶせて皆で黙祷。絶対に、絶対に犯人を突き止めて元の世界に戻る方法を見つけるからな、和。

「とりあえず、この学校の中で一番安全な場所があるの。そこに行きましょう。」

さわ子先生に連れられて図書館を出ることにする。んっ?一番後ろを歩いていた私は入口近くの読書席のテーブルの中棚から赤いものがはみ出しているのを見つけた。今まで奥の螺旋階段の方にいたから気づかなかったんだな。その赤い布のようなものを引っ張り出してみた。

「これは・・・。」

梓がいつもしていたマフラーだ。なんでこんなところに・・・。梓は部活中音楽準備室に置いていたはずなのに。んっ?これってまさか・・・。私はティッシュにくるんでおいた先程の赤い糸くずと見比べてみた。

「澪~!どうしたんだ~!」

「ごめん!今行く!」

私の前を歩いていた律からは今私が手にしたものは見えていない。私はマフラーをそのまま元の場所に押し込み、律の後についていった。まさか、死んだはずの梓がゾンビにみたいに動き出すなんて、ありえないよな。



続く



[22381] 第六話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:c23ef802
Date: 2010/10/09 16:23
さわ子先生は私たちを校長室の前で待たせ、数分してから職員室の教頭先生の机の中から小さな箱を持ってきた。

「これはこの学校のマスターキーなの。教頭先生が管理していて、これがあれば学校にあるすべての鍵を開けることができるわ。で、この校長室なんだけど、鍵を持ってるのは校長先生と教頭先生が肌身離さず持っている鍵だけ。あとはこのマスターキー。この学校の中に校長先生と教頭先生はいないみたいだから、これが校長室への唯一のパスポートよ。」

校長室では学校運営や権利関係などの機密情報の書類を多く取り扱い、かつ保管しているので厳重な管理ということで簡単に入れないようになっているらしい。

「なら、そのマスターキーも厳重に管理されているんじゃないんですか?」

憂ちゃんが先生に質問した。そうだ、先生はどうやって?

「近くにあったバールで鍵付きの引き出しをこじ開けたわ。緊急避難的な意味合いだし、別にいいでしょう。」

もしこれが普段の状況だったら始末書じゃ済まないんだろうなあ。最悪機密情報を盗みに来た泥棒扱いされてしまうんだろう。

先生は鍵を半回転回し、左前についているドアノブを回した。そういえば、高校の校長室なんて中見るの初めてだな。こんな形で入るなんて夢にも思わなかったけど。

「さあ、入って入って。」

結構中は広い。立派な机と応接用のソファーと大きな書棚と金庫。壁には歴代校長の肖像画が掛かっている。伝統ある校長室そのままのイメージだ。

「お茶、入れよっか。」

ムギが備え付けの電気ポットでお茶を入れてくれた。恐らくは応接用のもので、紙コップも一緒に置いてある。ついでにお茶菓子も。

「おい、ムギ。今いるのは八人だぞ?」

律に言われて見てみると、ムギは十人分のお茶を出していた。

「あっ、そっか。梓ちゃんと和ちゃんの分はいらないんだったね。う・・・う・・・うぐっ・・・ひっくっ・・・。」

ムギが泣き出してしまった。今まで冷静に実況見分をしてくれていたけど、やっぱり泣くのを我慢していたんだ。

「ごめん、ムギ。大丈夫、絶対に犯人見つけて元の世界に戻ろう。な?」

「そうだよ、ムギちゃん。皆で頑張ろう?」

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・。」

律と唯が慰めるが、ムギは泣き止むまでしばらく時間がかかった。



「ここなら安全なんですよね、先生?」

「そのはずよ、曽我部さん。さっきも言ったとおり鍵は今テーブルの上に置いてあるこの一本だけだし、ここは隣の職員室ともつながっていないから。」

両隣のうち片方は職員室、もう片方は進路相談室になっている。窓の鍵さえしっかり閉めておけば侵入される問題はないはずだ。犯人が銃を持ってたら駄目だろうけど。考えても仕方ない。

「あの、皆に聞きたいことが・・・。」

私は無理やり理由をつけて皆の行動について聞いてみた。皆一人だった時間がある。特に律はその時間が一番長い。・・・いけない。さっきからなんて事を考えてるんだ。でも、考えずにいられない。だって、梓のマフラーがあの場所で見つかるなんて不自然だ。誰かが意図的に運んできたと考えるのが普通だ。だとしたら、私たちの中の誰かが皆の目を盗んで図書館に持ってきたと考えるのが妥当。そして、それを使って和を・・・。既に死んだ人間のマフラーを使えば、万が一にも自分が犯人と分かることはないし。いや、きっと考えすぎだ。杞憂に違いない。

「どうしてそんなに考え込んでるんですか、澪先輩?」

「な、なんでもないよ、純ちゃん。犯人がどういう経路を通って逃げたのかなって思ってさ。まあ、とりあえずメモだけしておくよ。」

でも、ここからは大したことは分からないだろう。誰にでも和を殺すチャンスはあった。梓のマフラーのことは皆には言わないでおこう。私と同じような疑いを持たせたくない。





午後9時を回った。私たち八人の空気は重く、みんな疲れていた。たかだか数時間のうちに二人の命が奪われたんだ。当然だろう。

「お腹すきましたね。学食用の調理場で何かつくってきましょうか。たぶん材料とか残っているはずです。」

憂ちゃんが立ち上がった。顔がすごくやつれている。さっきから常に遠い目をしている。

「じゃあ、私も行くよ。これだけの人数分必要だから憂ちゃん一人じゃ大変だよ。」

「すみません、律さん。お願いします。」

律も疲れてかったるそうな動きで立ち上がった。さっきから溜息の数が多い。かなりストレスがたまっているようだ。

「私も手伝うわ。あそこの設備古いから少しコツが必要なのよ。私、知ってるから。」

曽我部先輩も律と憂ちゃんと一緒に部屋を出て行った。やっぱり頼もしいな、先輩。

「音楽準備室からお茶菓子のストック持ってくるわ。」

「一人で行動するのは危険だぞ。私も一緒にいくよ、ムギ。」

「ありがとう、澪ちゃん。」

とにかく単独で動くのはあまりにもリスキーな状況だ。

「うわ、どうしよう。私、何にもしてない。澪ちゃん、なんか仕事ない?」

「なら、飲み物買ってきてもらえるかしら?調理場だとご飯の材料しかないから。」

さわ子先生が話に割って入った。唯に千円札一枚と百円玉二枚を渡した。

「これで八本買えるでしょ?鈴木さんと一緒に行ってきなさい。」

「さわちゃん、太っ腹~。」

「でも、私が唯先輩についていったら先生がこの部屋で一人になっちゃいますよ?」

「少し一人にさせてもらえる?かわいい教え子が二人も殺されて、犯人も見つけないといけなくて、心の整理がつかないの。」

これ以上は先生に無理は言えない。私は目配せをして純ちゃんにそっとしておこうと言った。ムギが新しいお茶を入れてあげた。

「じゃあ、さわちゃん。知らない人が来ても絶対にドアを開けたら駄目だよ?」

「もう、子供のお留守番じゃないんだから。」

「ちゃんと鍵閉めておくんだよ?」

「はいはい。分かったわ、唯ちゃん。」

一番最後に部屋を出た唯が先生に念を押してからドアを閉めた。直後カチリと音がして、鍵が完全に閉まった。これなら先生も安全だ。途中で唯と純ちゃんと別れ、私たちは階段を登って部室へ。

「うん、あったわ。澪ちゃん、これよ。」

ムギが棚の奥から買い置きのクッキーの缶とお茶っ葉を取り出した。

「これだけあれば十分だろう。行こうか、ムギ。」

「待って、澪ちゃん。梓ちゃんのところに寄って行きましょう。」

そっか。隣の部屋だもんな。今音楽室の扉に鍵はかかっていない。電気をつけて中に入る。梓にかけてある暗幕カーテンをそっとめくった。両手を胸の前で組んだ状態で寝かせてある。

「もう死後硬直が始まってるんだな。血も固まってきてるし。」

「ええ、そうね。そういえば、澪ちゃんは怖くないの?こういうの苦手でしょ?」

「もう、慣れた。いや、慣れたくないけど慣れないといけないんだ。この後何人死ぬか分からないんだし。」

「そうよね。あのゲームのタイトル通りなら、全滅するまで終わらないでしょうね。」

「なあ、ムギ。あの小説ってさ、確か犯人は島に閉じ込められた十人の中に犯人がいるんだよな?」

その時、一瞬ムギの目が普段の温和な感じとは違う動き方をした。

「ごめん、今の忘れて。」

「いいの。私も実は少しだけ考えたから。でも、澪ちゃんは違うって信じてるわ。もちろん、他の皆も。」

やっぱり疲れているのだろうか。お腹が膨れれば少しはリラックス出来るかもしれない。私とムギは音楽室を出て階段を降りていった。



続く



[22381] 第七話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:c23ef802
Date: 2010/10/10 08:30
今の時刻は午後9時23分。私とムギはお茶菓子を抱えて校長室に戻ってきた。ドアの前には一足先に戻っている唯と純ちゃんがいる。

「先生、鈴木です!扉を開けて下さい!いるんでしょう!?」

「さわちゃ~ん!唯だよ~!開けてよ~!」

二人は校長室の扉をバンバン叩いている。何やってるんだ?

「どうしたんだ、二人とも。」

「あ、澪ちゃん。さわちゃんがね、いくら呼んでもドアを開けてくれないんだよ。」

一瞬、嫌な予感が頭をよぎった。私は自分の荷物を床におろしてドアをバンバン叩いた。

「秋山です!先生、開けて下さい!何かあったんですか!?」

しかし、無反応。ドアノブを両手でガチャガチャ動かしてみたけど、鍵は閉まりっぱなし。

「おい、どうしたんだよ、皆。なんの騒ぎだ?」

律と憂ちゃんと曽我部先輩が晩ご飯を持って戻ってきた。

「さわ子先生がいくら呼んでも返事しないの。鍵も閉まってて開かないし。」

「だったら裏から回ってみればいいんじゃないですか?ここ一階だし、窓から中を見られるはずですよ。」

そっか。憂ちゃんの言うとおりだ。皆で昇降口を出て校長室の窓に向かった。校長室の目の前には創業者の銅像が立っているので分かりやすい場所にある。でも、カーテンが掛けられていて中が見えない。

「ああ、そうだ。カーテン閉めたほうが部屋の中が明るいから閉めたんだった。」

律のその配慮が今は裏目に出てしまった。中の様子が全く見えない。軽く窓を叩いてみたが、先ほどと同じで無反応。

「仕方ないわね。窓を割って中に入りましょう。何か道具ないかしら。」

曽我部先輩があたりを見渡して道具を探した。あたりが暗くて良く見えないけど・・・。

「ここにソフト部のバットがあります。これで割りましょう。」

都合よく校庭にソフトボール部の片付け忘れのバットが置いてあった。それをムギに手渡した。

「じゃあ、行くわよ。危ないから皆下がっていて。」

ムギは窓の鍵のそばのガラスの部分を二三回コツコツ叩いて狙いを定め、そして思いっきり振りかぶってフルスイングした。小気味の良い音を立てて狙い通りの場所が割れた。律がガラスの破片で怪我をしないように注意しながら右手を入れて窓の鍵を外す。そのまま窓を横にスライドさせて全開にし、律が一番乗り。私がその後に続いた。カーテンを押しのけ、視界に入った来たのは・・・。

「さわちゃん!?」

「さわ子先生!?」

先生がテーブルに突っ伏して倒れていた。あたりにはお茶菓子や紙コップが散乱している。先生が倒れた拍子にぐちゃぐちゃになったものだろう。

「先生、しっかり!!」

私が先生を抱き起こした。が、先生は息をしていなく、心臓も動いていなかった。つまり、死んでいる。後に続いてきた他のメンバーも一応に悲鳴を上げた。唯が真っ先に入口のドアに走り、ドアの右側についている内錠をカチリと外してドアを開けた。やっぱり鍵は閉まっていたんだ。

「午後9時35分、死亡確認ね。死因は・・・・何かしら?」

曽我部先輩は和が途中まで書いていたノートの続きに先生の死亡時刻を書き込んだ。

「先輩。先生の口からアーモンドの臭いがします。多分青酸カリです。」

憂ちゃんが先生の口元に鼻を当てて匂いを嗅いですぐ離れた。青酸カリは胃酸と反応してガスを発生させる。それが体内を蝕んで死に至るはず。少しでも嗅ぐと危険だ。

「とすると、毒殺ってことだよね。まさか、このクッキーが・・・。」

唯が無造作に左手でクッキーをつまみ上げた。私はそれを叩き落とした。

「馬鹿!無造作に触るな!うっかり口にしたらお前も死ぬかもしれないんだぞ!」

「あ、じゃあ、このお茶も危ないのか?」

律も無造作にお茶の入ったコップを右手で触っていた。無意識のうちにグーで律の頭を殴っていた。

「危機管理がなさすぎだ!ムギたちを見習え!」

他の全員は自分のポケットからティッシュやハンカチを出していた。本当はこれでは完全とは言えないが、警察の鑑識でもないんだからやむを得ないだろう。

「この喉についている傷は何かしら、琴吹さん。誰かともみあいになっていたのかしら。」

「多分、青酸ガスの毒が回って苦しんで喉を掻き毟ったんだと思います。こういう時、自傷行為に走ることはよくありますから。」

毒と言っても一瞬で死ぬわけではない。先生も毒が回って倒れて、死の恐怖に苛まれながら亡くなったんだろう。気の毒だ。



先生の遺体に布をかけ、私たちは離れた場所にあるテーブルで立ちながらご飯を食べることにした。正直食欲がわかないけど、食べないと力付かないし。

「私、いりません。皆さんで食べてください。」

純ちゃんはかなり精神的に参っているようだった。ご飯に全く箸をつけず、さっきからずっと血の気が引いていて口数も少ない。かなりギリギリの精神状態のようだ。

「私もいいです。なんか食欲わきません。」

憂ちゃんも箸を全く付けなかった。冷静そうに見えるけど、やっぱり堪えているんだな。唯と純ちゃんが買ってきたペットボトルに手を伸ばし、少しずつ噛み砕くように飲んだ。

「私もいいや。ごめん。」

唯も箸をつけようとせず、手に取ったペットボトルを片手で開け、あまり美味しくなさそうに飲んだ。

「私もいいです。」

とうとう私もギブアップしてしまった。これ以上食べたら戻してしまいそうだ。やっぱりペットボトルにだけ手を伸ばして少しずつ体に負担にならないようにジュースを飲んだ。

「しかし、妙よね。この部屋はドアも窓も施錠されていたし、中で争った形跡もなし。そもそも先生が無用心に私たち以外の人物を中に入れるはずもない。」

曽我部先輩の言うとおり。もし犯人が私たち以外の人間だったら先生が簡単に鍵を開けるはずがない。例えその人物の声に聞き覚えがあっても先生は用心をするだろう。それにマスターキーは先生のそばに落ちていたんだ。いわゆる密室という奴だ。

「なら、私が考えた仮説は否定出来ないわね。言いたくはないけど、はっきり言わせてもらうわ。山中先生を毒殺した犯人はこの中にいるかもしれない。」

曽我部先輩がためらいがちな表情で言ったその一言に場の空気が凍りついた。



続く



[22381] 第八話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:c23ef802
Date: 2010/10/10 17:36
「どういう意味ですか、曽我部先輩?言っていいことと悪いことがあります!根拠もなしに変なこと言わないでください!」

純ちゃんがいきり立って反論した。それは当然の感情なんだけど、私は実は曽我部先輩と同じ考えに立ちつつある。不本意だけど。

「根拠はあるわ。どうして山中先生は争った形跡のないこの部屋で死んでしまったのかしら?マスターキーはこの部屋の中にあるのよ。しかも、ドアの下に隙間があってそこから鍵を部屋の中に入れるというトリックも使えないわよ?」

「そ、それは・・・。もしかしたら、この部屋の鍵を持っている校長先生か教頭先生の仕業かもしれませんよ。」

「あら。ということは二人のうちどちらか、もしくは両方がこの世界に巻き込まれてゲームの力で無理やり殺人を行うロボットみたいになっている、っていうようなことでいいのかしら?」

「そうです。この世界は最初から変ですし、そのくらいのことがあってもおかしくありません。」

「だったら、鈴木さんの言う犯人が正しいとして、どうしてマスターキーを押さえておかなかったのかしら。それさえあれば学校中どこでも自由に出入りできて私たちを始末するのに好都合じゃない?」

純ちゃんはそこで詰まってしまった。先輩の論理は現実に即している。少なくとも教頭先生ならマスターキーを簡単に取り出せるはず。学校のすべての鍵を開けられるマスターキーを持っていたほうが殺しをやりやすいはずだ。

「あともう一つ、実は校内を巡回している時に放送室で自動タイマーでセットされたカセットテープが時間になると流れるようになっていたのを見つけたわ。私たちが午後6時丁度に聞いたあのメッセージよ。どうしてそんな手の込んだ真似をしたのかしら?」

それは自分が犯人であることを隠すためかまたは別の目的のため。にしても、曽我部先輩はその事実を今まで隠してたんだ。理由は私と同じで、余計な疑いを皆に持たせたくなかった。そういうことだろう。

「今の話は仮説。私が変になったと思われたくなかったから、今まで言わなかったんだけど、でも、山中先生がいない現状では年上の私が皆を守らないといけない。だから、可能性の一つとして覚えておいて欲しいの。絶対に顔見知りだからって油断しないで。それと、隠し事していてごめんなさい。」

「あの、私も一ついいですか?」

私も正直に言わなければならない。図書館の中で梓のマフラーを見つけたこと、それが和の爪に残っていた繊維と著しく酷似していること。

「だから、私も先輩と同じ意見なんです。犯人はこの中にいるかもしれないって。和が悲鳴をあげなかったということは、犯人は顔見知りの可能性があるってことだし、寒いからマフラー付けてあげるとでも言って和の首に巻くことに何の不自然もありません。そのマフラーで首を締めて、その後階段から吊るしたんじゃないかと。」

よく推理ドラマであるような後ろからロープを持って近づくという行為はあまり現実的ではない。この学校は木の廊下できしむので足音でばれる恐れがある。そして、図書館の中はずっと暗いままだったので、懐中電灯の灯りの中で目標に素早く近づいて首を締めるのは困難だ。

「あの時、私たちの全員が一人になる時間がありましたし、最初の放送を聞いてからの私たちの行動についても自己申告でしかありません。誰にもアリバイがないんです。」

本当は皆を疑いたくないが、でも、言わなければ他の皆の身に危険が及ぶかもしれない。言わないといけないことなんだ。

「そういえばさ、ムギ。お前、医者みたいにずっと鑑定してるけどさ、澪や曽我部さんみたいに隠してることがあったりするんじゃないのか?」

「隠してることなんてないわ。全部事実を言ってる。私を疑っているの、りっちゃん!?」

律とムギがお互いを睨みつけた。まずい・・・。二人共気が立ってる。

「なんでそんなに怒るんだよ!?図星なのか!?」

「痛くもない腹を探られて怒らないわけないでしょう!?そういうりっちゃんこそ何か後ろめたいことがあるんじゃないの?」

「私は別にないぜ。じゃあ言わせてもらうけど、さわちゃんにお茶を出したのはムギだよな。いくらでも毒を入れるチャンスはあっただろ?」

「ふざけないで!どうして私が先生を殺さなくちゃいけないの?それに、お茶の中に毒が入ってないのは証明済みでしょ!?」

青酸カリが入っているかどうかは十円玉があれば分かる。青酸カリには酸化還元反応があるので、酸化銅である普通の十円玉が触れれば錆が取れてピカピカになる。だが、ムギが淹れたお茶のポットに酸化還元反応はなかった。

「そんなの知るかよ!可能性の話だろ!」

「だったら、りっちゃんが殺人犯の可能性もあるわよ。和ちゃんの死体を先に見つけたのりっちゃんじゃない。腕時計の針の偽装をする時間も多くて楽ちんよね。だいたい、西の方は和ちゃんと憂ちゃんと担当でしょ!?なんでりっちゃんがそんなところにいるの!?」

「帰ろうと思った時にたまたま図書館の扉が開いてるのが気になったから、中を懐中電灯でかざしてみただけだ。何がおかしいって言うんだよ!!」

二人共かなりヒートアップしてる。普段温厚で全然怒らないムギと仲間思いで普段ならこんなこと言わない律が言い争っている。二人共心が限界なんだ。

「二人共やめてよ!!喧嘩は良くないし、仲間割れしたら犯人の思うつぼだよ!!」

唯が二人の間に割って入った。だが、気が昂っている二人は唯に噛み付いた。

「お前と憂ちゃんってよく似てるよな。二人が共犯だったらいくらでもアリバイ作り放題だよな。」

「なっ!?そんなわけないじゃん!!ひどいよ!!」

「そういえば、お茶菓子に触ったのは憂ちゃんだったわね。固形物に青酸を混ぜれば証拠は残らないし、先生の右手についていた青酸の説明もつくわね。」

「どうして私まで疑われるんですか。いくら紬さんでも許しませんよ!!」

まずい・・・。憂ちゃんまでヒートアップしてしまった。しかも、その火の粉が私にも降ってきた。

「澪さんと曽我部先輩の言っていることって本当なんですか?そんなの私たちを仲間割れさせる偽装工作かもしれないじゃないですか!」

「そ、それはそうだけど、それもあくまでも可能性の話だよ。ただ、さわ子先生が殺された状況だと内部犯って考えるほうが筋道が通ってるから。憂ちゃんだって分かるでしょ?」

「だいたい、澪さんおかしいですよ。怖いもの苦手なのに、なんでさっきから全然動じていないんですか?それは澪さんが殺したからじゃないんですか!?」

ひどい・・・。私だって発狂したいのを我慢してるのに。かっとなって憂ちゃんに思わず左手が出てしまった。が、曽我部先輩が憂ちゃんに当たる直前で両手で私の左腕を押さえ込んだ。

「ごめんなさい、皆・・・。私が余計なことを言ったばっかりに・・・。考えてみれば、私だって容疑者として疑われる一人なのに。」

「曽我部先輩・・・。」

「本当にごめんなさい・・・。ただ、私はこれ以上犠牲を増やしたくないだけなの。喧嘩するつもりで言ったんじゃないの・・・。」

曽我部先輩がそう言ってその場で泣き伏してしまった。

「もうやめようよ。こんなことをしていても無意味だよ。」

唯がそう言った。部屋の中にようやく沈黙が訪れた。

「ムギ、ごめんな。その、私イライラしてて。」

「私もごめんなさい。もう、私もどうにかなりそうで。」

皆口々に謝罪をする。私も。皆次々に人が死んでいるのを見て、平静でいられないだけなんだ。例えこの中に犯人がいるかもしれなくても、それ以外のことでストレスは感じたくない。

「あれ、そういえば純ちゃんは?」

私は隣にいたはずの純ちゃんがいなくなっていることに気づいた。おかしい。さっきまでいたはずなのに。

「まさか、純ちゃんが犯人・・・あ、ごめんなさい。」

唯がすぐに否定した。こんな話をしていたから、そういう言葉が出てきちゃう。もっと皆を信頼しなくちゃいけないのは分かってるんだけど。

「きっと、私たちが醜い喧嘩を始めたのにショックを受けて飛び出して行っちゃったんだわ。すぐに探しましょう。」

ムギが言った。そうだ、一人にしたら危ない。探さなくちゃ。



続く



[22381] 第九話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:c23ef802
Date: 2010/10/11 19:16
「純ちゃ~ん!」

「鈴木さ~ん!」

「純ちゃ~ん!」

皆で探すが、姿も見せてくれないし返事もしてくれない。皆をまとめてくれる先生がいなくなった途端に内部崩壊なんて・・・。全く面目ない。

「私、あっちを見てくる。」

「私は外を見てくるわ。」

結局、皆バラバラで探すしかないんだよな。この学校の敷地だってそれなりに大きいんだし。そうしないと全部は調べきれない。本当は一人になるのは危険だが仕方がない。



私はオカルト研究会の部室に足を踏み入れた。軽音部と違い中は整理整頓されている。ここにも純ちゃんはいない。次に行くか・・・。そう思って電気を消そうと思ったが、机の上に置いてあるファイルに目が止まり、中身を読んでみたくなった。なんだろう?誰もいないし、少しだけならこっそり見ても大丈夫かな。

「引継ぎ資料・・・か。」

中身は部の経営のことや下級生への申し送り事項など一般的な内容だ。だが、その数枚のページの後に膨大な資料が載っていた。ミステリーサークルや火の玉現象、その他様々な超常現象について今までオカ研が作り上げてきた膨大なデータだ。現実世界では今頃下級生が家に持ち帰って読んでいたりするのかな。その中でも私はある記事に目を止めた。



『桜が丘高校の七不思議・資料』

七不思議その一 夜に誰もいないはずの室内からピアノの音が聞こえてくる音楽室
七不思議その二 一人でに動く骸骨標本がある理科室
七不思議その三 夜中4時44分に入ると一つだけ本棚が増える図書館
七不思議その四 夜な夜な動き回り校内の見回りをする歴代校長の肖像画の置いてある校長室
七不思議その五 いじめを苦に入水自殺した生徒の怨念が友達を求めてさまよう噴水
七不思議その六 事故死した運動部員が夜な夜な一人で練習している体育館
七不思議その七 誰も知らない七番目の不思議を知ってしまうと学校に大いなる災いが降りかかる

オカルト研究部創設以来、七番目の謎の解明に注力してきたが、まだ判明していない。
来年度の部員たちに資料を引き継ぎ、それを元に調査されることを望む。



私が放課後に部室で聞いていた話だ。もっとも、最初の時点で卒倒してしまったのでその後を聞いていなかったけど。律が言っていたのは第一の不思議で、その他にも七つ目までちゃんとあるんだ。ただ、七つ目については分からないらしい。だが、もっと私の興味を引いたのはそこではない。

「音楽室・・・図書館・・・校長室・・・」

梓、和、さわ子先生が殺された場所だ。これはただの偶然の一致なんだろうか?梓については分からないとして、和とさわ子先生は自分の意志であの場所に足を踏み入れたはず。いや、偶然が重なると必然のように錯覚するらしいし、そこは違うと思うけど。

「理科室・・・噴水・・・体育館・・・」

この場所で誰かが死ぬのだろうか。決まったわけではないけど。もしかしたら私が。そういえば、さっきから何かが引っかかっている。さっきから何かに違和感を感じている。分からない。

「きゃああああああああああああああああっ!!」

耳をつんざく音が校内に響き渡った。私たち以外だれもいないので校内によく響く。今のは純ちゃんの悲鳴?まさか、犯人に襲われたのか!?場所は同じ二階。理科室からだ!!私は猛ダッシュで駆けた。純ちゃんを助けて、そして犯人を取り逃さないようにこの目で確かめてやる。

「純ちゃん、無事か!!」

理科室の前の廊下にもたれて純ちゃんが怯えた表情をしていた。よかった。純ちゃんは無事みたいだ。

「純ちゃん、犯人は!?襲われたんだろ!?」

「・・・・・・・。」

純ちゃんは無言で震える右人差し指で中を見ろと言った。電気はついている。純ちゃんがつけたものだろう。中には・・・・

「ムギ!?」

私の親友・琴吹紬が後頭部を割られ、仰向けで大の字になって窓側に倒れていた。彼女の綺麗なブロンドの髪は真っ赤に染まっていた。

「ムギ!?ムギ!?しっかりしろ!!」

ムギの目は既に生気を失っていた。死んでいる。また一人犠牲者が増えてしまった。



続く



[22381] 第十話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:c23ef802
Date: 2010/10/13 20:17
すぐに皆を呼び集めた。律、唯、憂ちゃん、曽我部先輩が次々に理科室にやってきた。冬の夜は寒いので皆コートとマフラーを羽織っていた。

「これは・・・むごいわね。かなりひどい殺され方をしたみたいね。」

曽我部先輩がハンカチで口を覆って、今にも吐きそうな表情をしていた。

「ムギにあんなひどいこと言って、でも許してくれたのに・・・。どうして、どうして死んじゃったんだよ!!」

律がムギの死体にすがりついて大泣きした。涙が枯れるまで嗚咽を漏らしていた。私だって涙が止まらない。

「ムギちゃん、私をおいて行っちゃうなんてひどいよ・・・。うわあああんっ!!」

唯は鼻水が出るのもお構いなしに泣きじゃくった。

「こんな時にごめんなさい。一応、私が記録させていただきます。午後11時4分、純ちゃんと澪さんが紬さんの死体を発見。死因は撲殺による失血死。」

ムギが死んでしまったので、今度は憂ちゃんがノートに必要事項を記入した。その憂ちゃんも綺麗な指がかなり震えていて、うまく文字が書けていなかった。

「ムギは後ろから一発ドカンと殴られてそれが致命傷になったみたいだな。」

体には殴られた跡があまりない。つまり、後ろから不意打ちを受けるかもしくは身動きがとれないところを脳天から仕留められたようだ。凶器は部屋の中に落ちている草刈り用の手斧だ。用務員さんが使う倉庫から盗み出したものだろう。これなら小回りが利くし、重くないので狙いも定めやすい。

「ところで純ちゃん、今までどこにいたの?皆心配して探してたんだよ。ちゃんと説明して。」

憂ちゃんがいつになく厳しい表情で部屋の隅に座り込んでいる純ちゃんに言った。疑いを持つのは当然だけど。

「うん・・・。私、皆が喧嘩を始めてもう誰を信じたらいいのか分からなくなって、それで、部屋を飛び出して屋上行って・・・。隅で泣いてたんだ。」

純ちゃんには悪いことをしたと思っている。こんな寒い夜に上着も着ないで外に出て、ずっと寒さで凍えながら悲しみにくれていたんだ。

「で、しばらくして皆が心配しているだろうと思ったし、寒かったから戻ろうと思って屋上と校舎の間の扉を開けたんだよ。」

音楽準備室の正面にある引き戸の扉は屋上につながっている。純ちゃんはそこを行き来したのだろう。

「そしたら、階段の途中に妙なものが置いてあって・・・。その、血まみれのブタのぬいぐるみがあったんだ。その血痕をたどってみたら・・・。」

今まで気づかなかったけど、ムギの死体がある場所からわずかだが点々と血の跡がある。理科室を出てそれは三階へ行く階段の途中まで続いていた。これは・・・私たちが部活の勧誘で使っていた演劇部の着ぐるみ。胴体だけが残され、その胴体にはあちこち血がこびりついている。犯人が返り血を浴びないように装着したものだろう。頭の部分は物置に置きっぱなしだった。視界が狭くなると殺しに不利だからな。

「(犯人はこの中にいるのだろうか・・・。)」

証言をしている純ちゃんの表情を見ると犯人の可能性は低い。いや、そう考えることを狙っているのか・・・。そもそも純ちゃんにはアリバイがないし、第一発見者だし。だめだ、考えるほど分からない。



「ねえ、何かしら、この血の跡は。」

曽我部先輩が床に広がっているムギの血が不自然に広がっているのを見つけた。これは犯人に引きずられた・・・いや、手についている血の跡を考えると、自分の意志で2メートルくらい右に動いたんだ。私はムギが今いる場所の下に何かあるんじゃないかと思い、律と一緒にムギの死体を動かしてみた。やっぱりだ。

「これはダイイングメッセージ?紬さんが残したものでしょうか。」

ムギの背中で隠されていた場所にはこう記されていた。

『1・53 88 16・A 74』

74を書く途中で体力の限界に達したんだろう。4の下半分が寸足らずになっていた。恐らくムギが何を私たちに伝えようと思って書き残した暗号だろう。ムギは推理小説好きだったから、こういう暗号を使いたいとか前々から考えていたに違いない。犯人が戻ってきたとしても何を意味するのかがすぐに分からないようになっているはずだ。仮に消されても背中に残っている血の跡でも暗号が推測できるようになっている。やっぱりムギは頭がいいな。

「ムギちゃん、何を私たちに伝えたいんだろう?ねえ、憂は分かる?」

「う~ん、分かんないよ、お姉ちゃん。でも、最後の方のAっていうのがヒントなんじゃないかな?ここだけ数字じゃなくてアルファベットだから。」

これはなんのAだろう。トランプのエース、学食のAランチ、それとも数学で使うAか。でも、それだと他の数字との関連がわからない。74や88という数字があるからいろはやアルファベットの置き換えはできないし、他にも暗号解読表が必要なものを書いている余裕はなかったはず。きっと、ヒントがあれば解けるような内容のはずなんだけど。

「分からないものは保留しておきましょう。とにかく、このビデオカメラで保存しておけば後でどこででも見ることができるわ。」

曽我部先輩がビデオカメラを回して暗号が書いてある床を映した。私も携帯の写メで撮っておく。ムギが命がけで残したメッセージだ。絶対に無駄にしちゃいけない。





その後、おぞましい殺人現場の理科室を出た。夜遅くになってみんな体力の限界になっているので、保健室のベッドを利用して休むことにした。既に時刻は次の日になっていた。二時間交代で二人ずつ見張りをすることになった。私と曽我部先輩が最初、唯と律がその次、純ちゃんと憂ちゃんが最後。これで朝6時までたった四時間とはいえ休める。防犯のためには一人だと心もとないし、もし万が一この中に犯人がいても相互監視になる。

「じゃあ、先に休ませてもらうよ。お休み~。」

律たちはベッドの上に寝っ転がると死んだように眠り込んだ。こういう時は普通眠れないはずなのだが、それ以上に疲れが勝っていたらしい。私だって本当はこのまま眠りたい。

「秋山さん?寝ちゃ駄目よ。私たちでみんなを守らなくちゃ。」

「ええ、分かってます。」

そうは言っても、疲れが瞼を重くしてしまう。眠い・・・。元の世界にいれば、ママの作るご飯を食べて、お風呂に入って、今頃の時間に勉強を終えてベッドに入る頃だ。戻りたいなあ、元の世界に。どうして・・・どうしてこんな所に来ちゃったんだ。しかも、梓、和、さわ子先生、ついにはムギも犠牲になった。大好きな皆が死んでいくのに、私はなんて無力なんだ。

「秋山さん、泣いてるの?」

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・。」

謝ってはいるけど、泣いちゃいけないのは分かってるけど、どうしようもなく感情が表に出てしまう。その私を、先輩は優しく抱きしめてくれた。

「私も秋山さんと同じよ。怖い。死にたくない。帰りたい。今は思いっきり泣いて。でも、それでお終い。明日は朝から犯人を探すわよ。犯人捕まえるまで絶対泣いちゃ駄目。」

「はい・・・。」

私は曽我部先輩の胸の中で今まで生きてきた中で一番たくさん泣いた。



続く



[22381] 第十一話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:c23ef802
Date: 2010/10/14 17:59
午前二時。私と曽我部先輩は律と唯に見張り役を引き継いでベッドに入った。保健室のベッドは二台なので共同使用だ。

「本当は秋山さんと一緒に眠れるなんてすごく嬉しいことなんだけど、あんまり喜べる状況じゃないわね。じゃあ、お休み。」

「お休みなさい、先輩。」

私はベッドの中で並んで横になった。隣のベッドでは憂ちゃんと純ちゃんがまだ眠っている。かなり熟睡しているな。隣の曽我部先輩もすぐに寝息を立て始めた。

「(七不思議・・・ゲームマスター・・・ダイイングメッセージ・・・ふああ、明日の朝考えよう・・・。)」

こうしてベッドの中にいると、全身の力が抜けていく。こういう非常時でも人間の本能には逆らえない。眠ろう・・・・。





ここはどこだろう・・・。ああ、いつもの部室じゃないか。三年の文化祭も終わって受験シーズン真っ盛り。勉強しなくちゃ。

「ムギはセンター試験も受けるんだよな?三科目と七科目どっちで行くつもりなんだ?」

「私は一応五教科七科目受けるつもりよ。N女子大受けるのには必要ないけど、もしもの場合に備えて。」

「へえ、そうなんだ。私もだよ。理科と社会は何を取るんだ?私は生物と政治経済にしようと思ってるんだけど。」

「社会は日本史よ。これでも学年トップだから。そのかわり理系の科目が苦手だから、化学にしようと思ってるの。あれなら暗記でなんとかなるでしょう?元素記号とか、化学薬品の名前とか。」

そっか。ムギは文系だもんな。暗記力と読解力が私より上。逆に和は理系で、計算問題なんかがとても速い。私は・・・バランス型かな。

「こうして書いてみると、レ点とか一二点とか面白いよね。なんかの暗号みたい。」

漢文の問題を解いていた唯が突然笑い出した。どこがツボに嵌ったのか分からない。

「こうして見てみると、普段の勉強や生活で使っている記号って推理小説の暗号に使えそうよね。」

まったく、ムギまで・・・・。ムギは紙に数字を書いて私に見せた。

「これ、なんて書いてあるか分かる?」

『7の二乗、1の五乗、4の二乗、8の一乗、アルファ、0の三乗』

う~ん、なんだろう?方程式じゃないみたいだけど、このアルファに何か意味があるんだろうか?アルファ・・・。

「分かりました。答えはみおちゃん、です!」

「正解。梓ちゃん、よく分かったわね。」

「携帯で文字打つ時の動かし方ですよね?数字は携帯の数字の番号、乗数はそのボタンを押す回数ですよね。それで平仮名が出ます。で、アルファは小さい文字を出す時に使いますから。」

私は携帯を出してその通りに打ってみた。本当だ。ううむ、梓に先越された・・・。ちょっと悔しい。



「やっほー!!皆頑張ってる?」

音楽室の扉が大きな音を立てて開き、さわ子先生が今日もムギのケーキを目当てにやってきた。

「唯ちゃん、りっちゃん。ちゃんと勉強してる?今日提出してくれた模試の結果、あれだと厳しいわよ?もっと良い点数取らないと。」

「わ、分かってるよ、さわちゃん。」

「私ら、やればできる子だから心配いらないぜ!」

二人とも自信満々に言う割には声が震えていた。二人共この前の判定がDだったからな。

「唯先輩は憂がいるからいいとして、律先輩のほうが心配ですね。澪先輩も自分の勉強がありますし。」

「だ、大丈夫だって!ちゃんと毎日家で・・・・。」

「家でRPGのレベル上げしてるんだろ?」

聡に聞いて律の生活態度は知っている。やっぱり、もっとしごかないと駄目かな。

「ま、次はCくらい取れるように頑張りなさい。あ、お茶もう一杯もらえるかしたら、ムギちゃん?」

「はい。ただいま。」

今日ムギが入れてくれたお茶はとても美味しい。アーモンドティーっていうのかな?さわ子先生がお代わりを希望するのは珍しいことだ。

「・・・・・・・・。」

さわ子先生が二杯目に口をつけたまま固まってしまった。どうしたんだろう?

「先生?どうしたんですか?」

ムギが先生の肩に手をかけると、先生はそのまま前のめりになって椅子から崩れ落ちて机に頭をぶつけて倒れた。

「先生!?気分が悪いんですか!?そうなんですか!?」

すぐに皆で助け起こしたが、白目を剥いて、なおかつ息をしていなかった。

「すぐに救急車を呼ばないと!!」

「ま、待ってください・・・。それよりも、私を・・・・!!」

「梓!?」

梓の胸にナイフが突き刺さっていた。ど、どういうこと!?血を噴きだしてその場に倒れこんだ。

「あら、大変。もう時間みたいね。もう皆と一緒にいられなくて残念だわ。」

後ろに立っていたムギがいきなり後頭部から血を流して倒れた。

「ムギちゃん!?」

律が梓を、唯がムギのところに駆け寄っていく。

「と、とにかく職員室に知らせに・・・!!」

私は大慌てで音楽準備室の扉を開いた。だが、そこには・・・和の首吊り死体がぶら下がっていた。

「い、いやあああああああああああああああっ!!」





私はベッドの上で飛び起きた。夢か・・・。妙に生々しい嫌な夢だった。この前の部室でのやりとりと今回の殺害シーンが混ざってる夢。悪い夢をみたせいか、はたまた暖房していたせいか汗をびっしょりかいていた。外もだいぶ明るくなっている。あれ?明るい?冬の朝なのに。あ、でもここ異世界だから全然不思議じゃないか。と思いつつ、時計を見て私は驚いた。既に午前十時を回っている。寝過ごした!?

「何よ、もう・・・。大声で騒がないでよ・・・。」

隣で寝ていた曽我部先輩がむっくり起き上がった。先輩は頭がボサボサで髪に手をやって直していた。

「ん・・・・。もう朝?」

律が次に起きた。ふあーっと大きなあくびをして、肩をぐるぐる回した。律はこういう時でも平然として寝ていられるところが羨ましい。

「ふああああ~。」

唯も起きた。目の下には大きな隈ができている。あまりよく眠れなかったようだ。唇もガサガサに乾いているし。

「「「えっ!?」」」

全員時計を見てびっくりした。起きる予定の時間を四時間もオーバーしていたから当然だ。

「まったく、こんな非常時に居眠りするとは・・・。こら、憂ちゃん、純ちゃん!」

律が保健室のベッドを仕切るカーテンをカーテンを開けた。だが、そこには床に倒れている純ちゃんしかいなかった。憂ちゃんは影も見当たらない。どういうことだ!?



続く



[22381] 第十二話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:c23ef802
Date: 2010/10/16 06:40
「う、うん・・・。」

純ちゃんはすぐに目を覚ました。起きてすぐは眼の焦点があっていなかったが、すぐに意識を取り戻した。

「っ!!ここ、どこですか!?」

「保健室だよ。純ちゃん、倒れてたんだ。」

私たちの顔をジロジロ見て確認すると、純ちゃんは青ざめた。

「憂はどこですか?どこにいるんですか?」

「分からない。憂に何かされたの?」

唯が妹の身を案じて純ちゃんの肩を揺すって聞いた。

「えっと、分かりません。私、覚えていないんです。その、寝てて。」

純ちゃんは自分の足元に落ちている紙コップを拾い上げた。

「寒いから暖かいものを作るって言って、憂がお茶を入れてくれたんです。で、それを飲んだらすごく眠くなってきて・・・。」

律が近くに置いてある紙コップ(恐らく憂ちゃんが自分用に入れた分)を拾い上げて少し口に含んでみたが、すぐに吐き出した。

「なんかこのお茶、変な味がする。」

「これみたいね。保健室の内服薬は置いてはあってもほとんど使うことはないからあまり人の手は触れないはずなんだけど、この薬の部分だけ動かした跡があるわ。」

曽我部先輩が薬棚から持ってきたのは睡眠薬。つまり、憂ちゃんが純ちゃんの紙コップの中に睡眠薬を混ぜたってことか。すると、恐らく私たち四人についてもすぐ起きないように何らかの対策をしていた可能性が高い。わざわざ純ちゃんを眠らせるくらいなんだから、そのくらいは抜からずにやっているだろう。

「でも、なんでこんなことを・・・。まさか、憂ちゃんが犯人?」

「ち、違うよ!憂が犯人のわけないよ!何か・・・何か理由があってのことだよ!」

「なんだよ、理由って。犯人じゃないのにわざわざ純ちゃんを眠らせる理由ってなんだよ?」

「そ、それは・・・。」

唯はそこで詰まってしまった。でも、憂ちゃんが犯人だとして、なんで眠らせた私たち全員をその場で殺してしまわなかったのだろう?とっても簡単にできるはずなんだけど。実は睡眠薬は純ちゃんの狂言で、他に犯人がいるということも・・・。

「まあ、とにかく憂ちゃんを探そう。話はそれからだ。また手分けして・・・」

「いや、まずは皆で噴水と体育館を見に行こう。」

「なんでだよ?」

「この高校の七不思議に関連する場所で人が死んでいるんだ。音楽室、図書館、校長室、理科室。だから、次は噴水か体育館で何か起きるんじゃないかと思う。」

「そういえば、そうだな・・・。って、どうして澪が七不思議を知ってるんだよ?知らなかっただろ?」

「昨日オカルト研の部室で資料を見たんだ。別に私が犯人だからってわけじゃないからな。」

「まあいいや。とりあえず行ってみようぜ。」



ここからだと噴水の方が近い。昇降口に靴を取りに行くことにした。で、校長室の前を通り過ぎた時、私は異様な違和感を感じた。

「なあ、律。校長室の扉って開いてたっけ?」

「さあ・・・。あ、ムギが最後に閉めたような気がする。その後あの騒ぎになって、戻ってきてないからそのままなんじゃないか?」

「今、半開きなんだけど。」

何か嫌な予感がする。開けてみよう。中には・・・誰もいない。昨日のご飯の残り、紙コップ、ペットボトル。そして、応接用のソファーにはさわ子先生の遺体を・・・・あれ?私は先生にかけてあるカーテンを持ち上げてみた。

「・・・・っ!!ない。先生の遺体がなくなってる!!」

昨日の晩とはソファーの上にかけてあるシーツの凹み方が異なっていた。なので外してみたのだが、案の定中にクッションが詰められていて、肝心の遺体はなくなっていた。

「も、もしかしてさわちゃん、ゾンビみたいに勝手に動いたんじゃ?ね、ねえ、りっちゃん。」

「そんなわけないだろ、唯。これはリアルな殺人事件だぞ?そんな馬鹿なこと・・・。」

律の言うとおりだ。さわ子先生の遺体を持ち去ったのには明確な理由があるはずだ。ただ私たちを驚かせるためなんて理由でそんな手間のかかることはしないだろう。さわ子先生は女性にしては大柄な方だからなおのこと運ぶのに手がかかる。

「とにかく憂を探しに行きましょうよ。憂なら何か知っているかもしれませんよ。」

純ちゃんにせっつかれて皆部屋を出る。あれ?なんだろう、これ?一番最後に部屋を出ようとした時、扉の近くで何かを踏んだ。これは・・・憂ちゃんの携帯のストラップだ。確か梓があげたもので、とても気に入っていたはず。猫の顔をモチーフにしていかにも梓のプレゼントらしい。その紐の部分が切れて落ちていた。あれ?この留め金の部分、銅のはずだけど、一部分だけピカピカになっている。

「秋山さん、何してるの?早く行きましょう。」

「今すぐ行きます!」

曽我部先輩に呼ばれて私はストラップをポケットの中に入れて部屋を出た。これは重要なヒントになりそうな気がしてならなかった。



続く



[22381] 第十三話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:c23ef802
Date: 2010/10/17 02:07
靴に履き替えて表庭に行く。噴水は周囲が緑で囲われていて、校門のある側からしか中に入れないから、校舎側からだと行くのが少し不便だ。

「あれは・・・。」

噴水の前の石段に誰か倒れていて、その上にはコートが被せられている。コートの下からは革靴を履いた足がはみ出している。先頭に立った曽我部先輩が恐る恐るそのコートを引き剥がした。コートにくるまれていたのは憂ちゃんだった。

「憂!?大丈夫!?」

唯が憂ちゃんに飛びついた。何度も揺すって起こそうとする。曽我部先輩は脈をとって頭を振った。

「もう亡くなっているわ。」

午前10時16分、憂ちゃんの遺体を発見。今まで緊張していた空気がまた一段と凍りついた。

「死因は絞殺ね。首をしめられた跡があるわ。それと、死後硬直が始まっているから、死後二時間以上は経っていると考えるのが自然ね。ということは、鈴木さんの証言通りなら、推定時刻は午前五時から八時の間。まあ、こんなことが分かっても無意味ね。」

曽我部先輩は朝から疲れたような口調で言った。一方、私はもう無感動になっていた。死体や不可解な出来事の見過ぎで正常な感覚が麻痺しているのだろう。憂ちゃんが殺されたと知っても、淡々と事実を受け入れてしまえるおかしな状態になっていた。

「ど、どうして憂が・・・・。だって、私を眠らせて出かけたはずなのに、どうしてその憂が死んじゃうんですか!?教えてください、澪先輩!!」

「分からないけど、憂ちゃんはなんらかの意図があって行動していたはずだよ。」

「なら、憂ちゃんはもしかしてムギのダイイングメッセージを解いたんじゃないか?それで、それが本当かどうか確かめに行って、そこを襲われたんじゃないのか?」

「でも、そうだとしても憂ちゃんが睡眠薬を純ちゃんに飲ませて私たちまで起きないように細工して出かけるメリットがないぞ?」

律の推理には穴がある。ムギのダイイングメッセージを解いたのなら、なぜ皆に報告しないんだ?そうすれば、一気に事態が好転する可能性だってあったのに。憂ちゃんの制服のポケットを探してみてもヒントになるものは出てこない。財布と携帯電話とハンカチとリップクリーム、あとは携帯用のソーイングセットくらいだ。

「目を覚ましてよ、憂。ねえ、憂。お姉ちゃんの言うことが聞けないの!?ねえ、憂ってば!!」

「やめて下さい、唯先輩。もう、憂は死んでいるんですよ。」

純ちゃんが見かねて唯を憂ちゃんから引き剥がした。唯は放心状態になってその場に座り込んだ。

「遺体はこのままにしておきましょう。どうせろくに埋葬してあげることもできないし、このままコートにくるんでそっとしておいてあげましょう。」

曽我部先輩がコートを上から掛け、律が花壇の花を数本手折ってコートの上に置いてあげた。

「他の皆のところにも持って行ってあげようぜ。さわちゃんはいないみたいだけど。」

そういえば、なんで犯人はさわ子先生の遺体を持ち去ったんだろう?それに、同じ校長室に憂ちゃんが来ていて、ストラップを落としていった。何のために?この妙なストラップの事実は皆には言わない方がいいだろう。この中に犯人がいるかもしれないんだ。迂闊にしゃべって身を危険に晒すわけにはいかない。



図書館の中に入った。陽の光が入ってはいるけど、いつもどおり中は薄暗い。和の遺体はカーテンにくるんでテーブルの上に安置しているはず。

「和、花を持ってきたぞ。えっと・・・この花はなんていうんだっけ?」

「プリムラだ。っていうか、名前も知らない花を採ってきたのか。」

律は本当に大雑把だな。こんな奴が殺人犯のわけないか。どうせ簡単にばれるトリックしか使えないだろう。

「あれ?和ちゃんがいないよ!?」

唯が掛けてあるカーテンをめくって驚きの声を上げた。和の遺体がなくなっていた。図書館をくまなく調べてみたが、結局見つからなかった。和の遺体も犯人が持ち去ったのか。

「じゃ、じゃあ、梓とムギ先輩の遺体も!?」

私たちは理科室と音楽室に走った。二人の血まみれの遺体も忽然と姿を消していた。どうなっているんだ!?四人とも遺体が消えるなんて!!

「これは、どういうことなのかしら・・・。まるで理由が見当つかないわ。」

曽我部先輩がうめいた。私にもわけがわからない。唯も律も純ちゃんも同じく狐につままれたような表情をしている。



考えていたら、ぐぅとお腹の虫がなった。そういえば、昨日の晩もろくに食べていないし、もう11時近いからほぼ丸一日何も食べていない計算になる。さすがに限界だ。

「昨日の晩ご飯の残りはあるけど・・・。温め直しますか、曽我部さん?」

「駄目よ、りっちゃん。新しく作り直しましょう。校長室に置きっぱなしで、もしかしたら犯人が毒を混入させている可能性もあるわ。飲み物も新しく買い直しましょう。」

私と律と曽我部先輩が簡単な食事を作る間に、昨日の晩みたいに唯と純ちゃんがジュースを買ってきた。その時より買ってきた本数が三本少なくなっている。先生とムギと憂ちゃんの分がいらなくなったからな。それがそこはかとなく悲しい。

「じゃあ、いただきます。」

「「いただきま~す。」」

悲しいことだが、お互いに監視し合いながらでないとろくに料理も作れない。心の底では皆、この五人の中に犯人がいるかもしれないって疑っている。私だってそうだ。自分の身を守りつつ、どうやってこの世界から抜け出すか。

「すごく美味しいね、これ!」

「そうですね!昨日からろくに食べていないんで、何杯でも食べられます!」

唯と純ちゃんが私たちの中にある不安を忘れるようにご飯にがっついている。私も食べるか。私も丸一日食べていないから、体が悲鳴を上げて食欲を押えきれない。

「私も食べる!」

「おい、お前ら。そんなに一気に食べると・・・って、遅かったか。ほれ。」

一斉に咽てしまった。律がペットボトルを投げてよこしてくれて、それを私たちは三人とも急いで両手でキャップを開け、中身を胃袋に流し込んだ。

「く、苦しい・・・。」

「一気にいきすぎました・・・。」

唯と純ちゃんがお互いの背中を叩いて落ち着きを取り戻していた。私も手で喉を押さえてなんとか持ち越した。

「まったく、そんなに一気に食べなくても、多めに作ってあるから大丈夫よ。ゆっくり落ち着いて食べなさい。」

曽我部先輩もペットボトルのお茶を飲みながら呆れている。

「これが最後の晩餐にならなければいいんだけどな・・・。」

律がポツリとつぶやいた。まだ昼だぞ、というツッコミをする心の余裕はなかった。



続く



[22381] 第十四話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:c23ef802
Date: 2010/10/17 15:22
四時間目の終了のチャイムが鳴った。もう昼休みの時間か。普段なら授業を終えてこれからお弁当を広げるところだけど、私たちは既に昼休みみたいなものだ。遅い朝食の片付けをして、学生食堂の机にずっと座っていた。

「五人になっちゃったね。半分死んじゃったんだよね。あずにゃん、和ちゃん、さわちゃん、ムギちゃん、そして憂。」

「ああ、そうだな。」

「次は私の番かもしれないんだよね、りっちゃん。」

「ああ、そうだな。」

唯と律が沈黙を紛らわすために会話をしているが、どちらも話が続かない。私も、純ちゃんも、曽我部先輩も同じだけど。

「もう皆精神的に限界みたいね。私はまだ大丈夫な方だけど、みんなつらいでしょう?」

「先輩こそ、かなり疲れて見えますよ。」

曽我部先輩の顔色にも疲れが見られた。恐らく私も含めてあと何日も持つ精神状態じゃないだろう。できるだけ早く犯人を捕まえないといけないんだけど。

「そんなに疲れてるように見えるかしら。さっきから色々考えすぎているせいかしらね。」

「秋山さんが犯人かも、ってこととかですか?」

曽我部先輩の目が一瞬泳いで、その後否定した。やっぱり、考えているんだな。私も自分の思考を広げてみた。殺人犯がこの中にいたとしても、本意でやっているわけではないことは確かだ。人殺しなんて嬉々としてやるような人たちではない。『そしても誰もいなくなった』の話の筋書き通り、次々に登場人物たちを葬るための手駒として、十人のうち一人を操っているのだろう。そうだとすれば、誰が人殺しをやりそうか、という視点ではなく、誰がその殺しを行うことができるか、という可能不可能の点だけで考えればいい。そして、今私の目の前にいる四人を容疑者と仮定して考えてみると・・・

曽我部先輩・・・聡明でこの中で一番頭が良い。膨大な知識があり、先生の次に年上なので、私たちの行動を制御しやすい位置にいる。ただ、嘘が下手だというのが犯人らしくない。
唯・・・・・・・本気を出せば色々知恵が回らないこともないはず。推理ドラマをよく見ているのでその方面の知識はある。ただ、あんまり力がないし、犯人向きではないな。
律・・・・・・・運動神経がよくて力があるが、推理関係の知識はさっぱり。その上猪突猛進タイプで、律が犯人の場合どこかで致命的なミスを犯していそう。唯と同じく犯人らしくない。
純ちゃん・・・・精神的に一番参っているようだけど、それも含めての演技だろうか。でも、演技には全く見えない。人並みの力は持っているけど体力が無い子だ。犯人らしくない。

「はあ・・・・。」

誰にもアリバイはない。かといって、誰がやったという確定的な証拠もない。でも、そうすると犯人はやっぱり私たち以外なのか。その考えに無理があるような気がするのも事実だ。この狭い校内にいるのに、誰も犯人の姿を見ていない。全員の行動を完璧に把握する能力でも持っていない限り、どこかで必ず捕捉されているはずだ。だとすると、犯人はこの四人の中に変装して混じっているのか。あ、そうだ。変装といえば、前に憂ちゃんが唯に変装したことがあったな。唯が実は憂ちゃんだとしたら、ただ一人違いを見分けられるさわ子先生も死んでいるから、入れ替わりは可能なはず。ちょっと試してみよう。

「なあ、唯。」

「なあに、澪ちゃん。」

「昨日のお昼休みにさ、席を外している隙に律のお弁当箱からつまみ食いしただろ?」

「へっ?ああ、そうだったね。」

「何食べたんだっけ?」

「タコさんウインナー。それがどうしたの?」

「いや、どうもしないよ。ごめん。」

「あれを食べたのはお前かーーー!!」

律が唯をグリグリ攻撃している。つまみ食いの件を知っているのは、一緒に食べていたムギだけ。憂ちゃんは知る由もない。彼女は唯本人に間違いない。



そんなことはどうでもいいんだ。死体が消えたのはあの中に誰か本当は生きている人が混じっているということはあるだろうか。誰が死を偽装していたのかを分からなくするために死体を隠したのだろうか。梓の生死は和、和の生死はムギ、さわ子先生の生死は憂ちゃん、ムギの生死は私、憂ちゃんの生死は曽我部先輩が見た。この中で誰か嘘の診断をした人がいるのだろうか。でも、皆揺すったり助け起こしたりしてたし、そんなはずはないんだけど。としたら、この中にいる四人のうち誰かが運んだのか。何のために隠したんだ?そして、それをどこに。現状では校舎の中を歩き回っているわけではないので判断のしようがないな。



今までの経過の中で疑問な点は二つ。先生の死と憂ちゃんの死だ。

さわ子先生の死には不自然な点がある。誰が毒を持ったのか、だ。お茶に青酸カリの反応はなし。右手親指にのみ青酸カリが付着している点からすると、どこかで青酸カリのついている物を触った手で唇に触れたから死んでしまったと考えるのが普通だろう。お菓子に青酸カリを塗ったとしても、先生が数あるお菓子の中からそれを選ぶ確率は低いし、全部に塗っていたら時間がかかってばれる。マスターキーが室内に置いてあるので、私たちの誰かが殺しにやってきても、校長室の扉を閉めることができないから、部屋の中で何かに青酸カリを塗ったはずなんだ。そもそも、私たち全員には相互にアリバイがある。ううむ・・・。

憂ちゃんの死。これについては先程も考えたが、なぜ危険なのを承知で、かつ私たちに誤解されるリスクを負ってまで一人で外に出たのか。犯人が誰か分かって、独断で部室に置いてあるパソコンに書きに行こうとしたのか。いや、憂ちゃんがそんな勝手な判断をするわけがない。必ず皆の了承を得るはずだ。とすれば、恐らくムギのダイイングメッセージを解いて、それが真実かどうかを確かめに行ったんだ。本人が直接調べたくなる内容か。それなら校長室に金具の一部分だけピカピカになっていたストラップが落ちていた説明がつく。そっか。酸化還元反応。校長室のある物に酸化還元反応があるのか調べに行ったんだ。それが犯人を突き止める決め手になると思って。でも、それはなんだろう?さわ子先生が触ったであろうもの、か・・・。紙コップ・・・お菓子の皿・・・ソファーの肘掛・・・。校長室の扉・・・。ううん・・・。

「(ムギのダイイングメッセージ・・・校長室に落ちていたストラップ・・・)」

その二つが何を伝えようとしていたのか。私の頭の奥底で何かがヴェールに覆われている。何かがひっかかっているんだ。でも、それがなんだか分からない。きっかけさえあれば分かるはずなんだけど。

「澪先輩、澪先輩!!」

「あ、ごめん・・・。どうしたの、純ちゃん?」

ずっと考え事をしていて、純ちゃんに肩を叩かれるまで気がつかなかった。

「なんか焦げ臭くありません?」

「えっ?ちゃんとガスの元栓は閉めたけど?」

「あ、私も臭うわ。これは・・・外からね。」

曽我部先輩がグラウンドの扉を開いた。私も外に身を乗り出して見てみた。

「か、火事!?」

体育倉庫が真っ赤な炎を空に噴き上げていた。これも犯人の仕業か!?

「すぐに消さないと校舎まで燃えちゃうよ!?」

唯の言うとおり。いや、それどころかこの乾燥した冬の空気のせいで校舎だけに留まらず、渡り廊下を伝って図書館や講堂まで燃えてしまう。

「澪は消防訓練って覚えてるか!?」

確か町内会で一回だけやったことがある。ホースや消火器の扱いもそれなりに覚えているはず。すぐに消しに行かないと!!



続く



[22381] 第十五話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:c23ef802
Date: 2010/10/21 01:01
とにかく状況を確認しないといけない。私たちは靴に履き替えるよりも早く上履きのまま現場に急行した。体育倉庫から火を噴きあげていて、黒い煙がもうもうと中に充満している。早く消火しないと本校舎に燃え移るのも時間の問題だ。

「でも、この世界の建物なら別に燃えても構わないんじゃ・・・。」

唯がそう言った。だが、この学校は校舎が古く木造の上、一旦火が燃え移ったら渡り廊下を伝って講堂や図書館、下手をすれば体育館にまで飛び火することになる。冬の乾燥した空気だ。全焼するのにそんなに時間はかからないだろう。そうすれば、私たちはこの寒空の下ですぐに体力を消耗し、全滅には時間がかからないだろう。消さないといけない。

「入り口の近くに灯油が巻かれているわ。恐らく簡単な仕掛けね。でも、この学校ならそれでも有効か・・・・。」

曽我部先輩が火の粉を払いながら言った。簡単な仕掛けでも、火がついてしまえばこの校舎にとっては甚大なダメージになる。くやいしことだけど。

「消火ホース持ってきたぞ!!」

律が校庭に設置してある大型のホースを持ってきて水をかけた。だが、それだけでは到底間に合わない。空気を遮断しないと火は止まらない。何とか校舎に燃え移るのだけは阻止しないと・・・。

唯と純ちゃんと曽我部先輩がホースやら水やら消火器やらを手当たりしだいに持ってきているが、言葉通り焼け石に水。あっ・・・職員室の外側の窓のそばにブルーシートがある。雨対策用の大型のだ。私はそれを取りに走った。でも、最近雨も降っていないのになんでこんなところに?近くには台車も置いてあるし。まあいいや。とりあえず、この台車でシートを運んで校舎との間の火の流れを遮断しよう。私はソフトボール用のネットを二つ引っ張ってきて、曽我部先輩と一緒にシートを広げた。よし、これで類焼の心配を軽減できる。あとは火を消すだけだ。地道にやれば、燃えるものがなくなって火が衰えるはずだ。





三十分後。なんとか火が収まった。周囲には水浸しのグラウンド、燃え残ったシート、空になって散乱している消火器。私は壁に寄りかかって倒れこんだ。くっ・・・。こんなに疲れているところに殺人鬼がやってきたら、抵抗する間もなくやられちゃうよ・・・。

「ねえ、律・・・。」

あれ?律がいない。っていうか、他の三人も。どこに行ったんだ?私の背後に誰かが立った。

「だ、誰!?」

「あら、どうしたの、秋山さん?」

曽我部先輩だった。スポーツドリンクをたくさん持っている。自販機で買ってきてくれたんだ。

「他の子達は?」

「さあ・・・。先輩、見ませんでした?」

「見てないわ。まあ直に戻ってくるでしょうし、先に飲んでいましょう。」

寒い外に出ていたのに、体中熱くて喉が乾いていた。火の出ている現場にいるとこんなに汗かくんだな。私は砂漠でオアシスを見つけたラクダ乗りのように、無心でペットボトルの水を飲んだ。

「殺人の次は放火なんて、一体犯人は何を考えてるのかしらね?」

何が目的だったんだろう。何か燃やしたいものがあって、体育倉庫の中に入れたんだろうか。でも、そこまで大掛かりなことをしてまで燃やす物って?燃え残りを見てみてもそんな不自然なものはなさそうだけど。

「おお、水だ水だ。私にも頂戴。」

律がやってくるなり、ペットボトルをひったくるようにして受け取り、一気に飲み干した。

「どこ行ってたんだよ?」

「どこって、水道だよ。体中熱って仕方なかったから、頭から水をかぶってきたぜ。」

律はタオルで水滴を拭ってからカチューシャを着けた。先頭に立って働いていた分、制服もすすで汚れている。この状況で制服の替えは無いからなあ。我慢するしかない。

「んっ?」

職員室の側に置いてあったブルーシートと台車。よく見てみると、ブルーシートの四隅に大きな穴が開いている。なんだろう?元々開いている金具の穴とは違う大きさだ。それと、これは・・・まだ新しい血だ。一応拭きとってはいるみたいだけど、わずかに隅の方に残っている。血、か・・・。梓とムギは見つかったとき血まみれだったよな。ブルーシートが置いてあった場所の上は理科室と音楽室。まさか殺された時の血しぶきがここまで・・・ということはない。血が窓の手すり等にはついていなかった。これは、その後についた血ということになる。

「なんだろう、これ。犯人が忘れたものかな?なんで燃やさなかったんだ?忘れたのか?」

そう呟く律の目に嘘はなかった。

「平沢さんと鈴木さん、遅いわね。どこ行ってるのかしら?」

「トイレじゃないですか?唯がトイレ行きたそうにしてましたから。」

心配そうに眉を曇らせる曽我部先輩に律が答えた。が、それにしても遅い。様子を見に行こう。



「いない・・・。」

一番近くのトイレに二人共いなかった。どこに行ったんだ、あの二人。

「見て、これ。唯の携帯だ。」

律が唯の携帯電話がトイレの個室の中に落ちているのを見つけた。液晶画面に大きなひびが入っている。まさか、襲われたのか・・・。

「体育館だ!体育館に行ってみよう!」

私は夢中になって駆け出した。学校七不思議の中で残っている場所はあそこだけ。七番目についてはまだ分からないし。

「(純ちゃんが唯を襲ったのか・・・。いや、唯がそれを偽装?待てよ。さっきまで席を外して一人になっていた曽我部先輩や律だって怪しい。)」

一緒にいるこの二人のどちらかがゲームマスターの可能性だってあるんだ。さっきの曽我部先輩が買ってきた飲み物だって、あれはキャップが開いていないペットボトルだから良かったが、そうでない紙コップなら睡眠薬が入れられている可能性もあるんだ。油断は禁物なんだけど・・・。



体育館前に着いた。でも、中に鍵がかかっている。中から何か音がする。誰かのうめき声?

「先輩、マスターキー持ってましたよね?すぐに開けてください!」

「ええ、今出すわ。」

さわ子先生の遺体から回収した鍵は先輩が持っているからだ。曽我部先輩は自分の右ポケットに手を入れた。が、その顔がすぐに蒼白に変わった。

「な・・・ない!!鍵がなくなってる!!」

「そんなわけないでしょ!?ポケットの裏ひっくり返してみて下さい!!」

律と私が先輩のポケットに手を入れてみたが、やっぱりない。先輩の財布の中身もひっくり返してみたが、見当たらない。その間にも、うめき声が大きくなっていく。

「職員室に鍵を取りに行ってきます!」

この中では私が一番足が速い。私は全速力で職員室に行って鍵を手に入れ、律と先輩が待つ体育館入口に戻った。

「貸して。開けるわ。」

息切れした私から鍵をひったくった先輩が鍵穴に鍵を差し込んだ。扉が大きな音を立てて開かれた。中には・・・

「純ちゃん!!」

純ちゃんが電動式バスケットゴールに首をくくられた純ちゃんがはるか天井近くに揺れていた。



続く



[22381] 第十六話!
Name: アルファルファ◆6c55af9b ID:2de55f33
Date: 2010/10/20 22:18
13時48分、純ちゃんの絞殺死体を発見。死因は言うまでもなく首をしめられたことによる窒息死。私たちが体育館の鍵を開けられずに困っている時に、中でバスケットゴールが持ち上がり、宙吊りにされてしまったんだ。うめき声は必死に助けを求める彼女のものだろう。

「かわいそうだわ。せめて下ろしてあげないと。」

曽我部先輩が言った。これはリモコン式だったはずだけど、どこにあるのかな。あっ・・・隅の方に落ちていた。新体操で使うバトンの下敷きになって、かつ濡れている状態で見つけた。下げるボタンを押すと、ゴールと一緒に純ちゃんの遺体が床に降りてきた。

「ムギのもそうだったけど、純ちゃんの死体も酷いな。」

律が右手で口を押さえて顔を歪めた。純ちゃんの首筋にはロープの跡がかなり深く刻まれていた。5mの高さにまで引っ張り上げられたから、頚椎が折れてだらんとしている。絞首刑なんかだと処刑台からストンと落とされて、すぐに頚椎が折れて気絶したまま死ぬらしいけど、まさにその状態みたい。

「私たちが扉の前に来た時には生きていたんだよな。」

「ああ。もう少し早く来れば、犯人を捕まえられたのに。」

「犯人、か・・・。今生き残っているのは私と澪と曽我部さん、そして唯。唯が未だに見当たらないところを見ると、犯人は唯になるのか?」

そういえば、このリモコンなんで濡れてるんだろう?しかもバトンの下敷きになって。まさか・・・。

「いや、そうとも限らないぞ。このリモコンを見てみろ。濡れてるだろ?」

「それがどうしたんだよ?」

「バトンの下敷きになっていたんだ。つまり・・・」

「氷を使えばこの部屋の中に誰もいなくてもリモコンを操作できるってことかしら?」

曽我部先輩が私の言葉を引き継いでその答えを言った。そう。リモコンのスイッチとバトンの間に厚さを調節した氷を入れておけば、ある程度のタイムラグを生み出すことができる。

「火事の消火の混乱に乗じて鈴木さんを昏睡させてこの部屋で仕掛けをセッティングし、その後何食わぬ顔で体育館の扉を開けようとするふりをすることも可能ってわけね。」

「待ってくださいよ、曽我部さん。じゃあ、曽我部さんと澪のどちらかが犯人ってことに・・・。」

「あら、さりげなく自分を容疑者から除外しちゃだめよ、りっちゃん。いえ、正確にはりっちゃん、秋山さん、平沢さんの三人に容疑がかかっているってことになるかしら。新しい事情が分かればまた別だけど。」

「先輩も自分を容疑者から外していますね?容疑者は先輩、律、唯です。もしくは、他の第三者か死体になっているはずの誰か。とりあえず、私はやってませんから。」

「お前はそれを証明できるのかよ、澪。お前にだってアリバイはないじゃないか。」

「そういう律はやっていない証明なんてできるのか?」

できるわけがない。消火をしていた時の混乱でみんなバラバラになっていた。私は現場に居残っていたが、それを証明できる人はいない。先輩だって律だって唯だって同じ。

「マスターキーを本当は先輩が隠し持ってるなんてことはありませんよね?」

「無いわ。でも、残念ながらそれを証明することはできないわね。悪魔の証明ってやつよ。」

悪魔の証明。悪魔がいないことを証明しようとしても、どこかに隠れていると言われたらそれまで、ということだ。いくら本人が無いと言っても本当は隠し持っている可能性は否定できない。

「どうする?このまま三人で一緒に行動するか、それとも各自で生き残る道を探すか。私は三人一緒に行動する方が賢明だと思うけど?平沢さん、もしくは他の第三者が犯人だった場合、必ずアクションを起こしてくるはずよ。」

「この三人の中に犯人がいたらどうします?状況は好転しませんよ?」

この中に犯人がいた場合、唯をどこかに閉じ込めているか、あるいはもう殺してしまっているか。隙あらば、私も殺しにかかってくるだろう。

「どうやら協調関係を築くのは無理みたいだな。私は自分で勝手にやらせてもらうよ。」

律は両手を頭の後ろに回して大股で歩き、体育館を出ていく。身内を疑わないといけない状況なら仕方がない、か。

「じゃあ、私たちも単独で行動しましょう。次に会う時にあなたと敵同士になっている、なんてことにならないように祈っているわ、秋山さん。」

曽我部先輩も体育館を後にした。私は先輩の後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

「どうして・・・どうしてなんだよ・・・。」

私、一人になっちゃった。ゲームマスターの術中にはまって仲間を信用しあえなくなってしまった。アガサ・クリスティーの小説のごとく、皆の心がばらばらになってそれが犯人の思う壺になっているんだ。

「純ちゃんの仇は必ずとるからね。」

きっと純ちゃんの魂は私の味方をしてくれるだろう。絶対、絶対、絶対に生き延びて犯人を見つけ出して、皆と一緒に元の世界に帰るんだ!私は皆の写真が入っている生徒手帳に胸をあて、決意を新たに体育館を出た。



続く



[22381] 第十七話!
Name: アルファルファ◆6c55af9b ID:2de55f33
Date: 2010/10/21 00:43
私は音楽準備室のテーブルに座っていた。別にここに来なければいけない必然性があったわけではない。どこにいても安全な場所がないなら、せめて落ち着く私の居場所にいたいだけだ。もし全滅したら、もうこの場所には来たくても来られないんだ。何かしたいことが見つかるまでここにいよう。中から鍵をかけているし、バリケードっぽくしてあるので簡単に犯人が入ってくることはできない。その他は昨日の放課後のままの室内。紅茶のカップとケーキの皿と勉強道具が机の上に置きっぱなしになっている。向いのソファーの上には梓のギターが置いてある。私は主のいなくなったムスタングを手にとってみた。

「むったん・・・もう、君のご主人様はいないんだよ・・・。」

ギターがしゃべるわけもないのに、そんな独り言を言わないと寂しくていられなかった。私はベースだからギターのことはよく分からないけど、梓がかなり大事に使っていたことが分かる。毎日手入れを欠かさず、定期的にクリーニングもしているみたい。唯とは大違いだな。まあ、違うベクトルでかわいがっているみたいだけど。

「キミを見てるといつもハートDOKI☆DOKI~」

もう、皆で演奏できないのかな。梓が死んで、ムギも死んで。さわ子先生がいないからステージ衣装も作ってもらえない。唯は生死不明、律もどこかへ行ってしまった。元の世界に戻れなければ、全員あの世行きだ。天国とか地獄とかあまり信じてないけど、向こうで会えるのかな。いけないいけない。ネガティブなことは考えないようにしないと。

「揺れる思いはマシュマロみたいにふわ☆ふわ~」

梓のギターは演奏しにくいな。って、当たり前か。右きき用なんだから。扱いづらくてギターがちゃんと持てずにグラグラしてしまう。レフティモデルじゃないから持ちにくいし、両手両足で動かないように押さえないとちゃんと弾けないな。

「っ!!」

私はその時頭の中に何か入ってくるのを感じた。そうだ・・・どうしてあの時・・・・。ビデオカメラがこの場にないのが悔やまれる。あれは律が持っているんだ。重要な手がかりになるかもしれないのに!

「でも、それだけだとたまたまの場合もあるし・・・・。」

落ち着け。よく考えるんだ。たったそれだけの事でなんで私は犯人を決め付けることができるんだ?そんなのありえない。きっと心のなかで焦ってしまっているんだ。軽い思いつきは戒めないといけないんだった。でも、あの行動が怪しいのも事実。だって、その後のあの時は普通だったはずだし・・・。とすると、あの時、まさか・・・。待て待て、冷静に考えるんだ。そうだ、出来事が起きた順に考えてみよう。

「梓・・・和・・・さわ子先生・・・ムギ・・・憂ちゃん・・・純ちゃん・・・」

さわ子先生にどうやって毒を盛ったのか。ムギのダイイングメッセージは何を指し示しているのか。憂ちゃんのストラップが校長室に落ちていた意味は何か。あのブルーシートに血痕がついていた理由は大体の予測はついている。問題はその物をどこに隠したか、そして何のためにか。その時、ふと昨夜の悪夢の内容が頭をよぎった。

「もしかしたら・・・」

私はソファーに置いてあるムギのカバンの中から、ある物を取り出した。

「やっぱり、そうだ・・・。きっとムギはこの人を・・・。」

どうして今までこんな簡単な暗号に気づかなかったんだ。気づいていれば、被害拡大を防げたかもしれないのに。すると、あの人はこの暗号に気づいてあんなことを・・・。あ、こんなことを考えている場合じゃない。もし私の仮説が正しいとして、次はどこが殺人現場に選ばれるのか。そこで犯人を捕まえたい。ただ、その殺される人物は私であるかもしれない。とりあえず、手近にあったノートをちぎって万が一のために今までの私の考えを書き留めておく。

「(とは言っても、ただの当てずっぽうに近くてこれだけだと実体的根拠に乏しいな・・・。)」

現時点では私が気づいた違和感と、ムギのダイイングメッセージだけ。しかし、前者は私の思い込みの可能性もあるし、後者はただ読んだだけでは別回答がある。もっと、その人を犯人と断定してよい根拠が必要なんだ。直接犯人を捕まえるかもしくは確かめられればいいんだけど。

「七不思議・・・音楽室、図書館、校長室、理科室、噴水、体育館・・・・」

音楽室は本校舎3F、理科室は2F、校長室は1F。図書館は校舎の南西、体育館は西、噴水は南。正門から見て真ん中から左寄りにスポットが固まっている。とすると、七番目の不思議もその周辺にあるのだろうか。いや、そもそも七番目の不思議が場所に依存しないものである可能性もあるし、巷にあるように七番目はただの数合わせで実在しないという線もある。その場合、これからどこに犯人が現れるか分からない。だが、私には七番目の不思議が実在するように思えてならなかった。推理小説に当てはめるように思わせておきながら、殺す場所は七不思議に仮託している。一見無意味に思える行動も実は意味がある。なら、実在する七番目の不思議で誰かが殺されるのではないか。

「プール、グラウンド、講堂・・・」

恐らくこの三つのうちどれかではないか。学校の敷地内にある大きな施設で今のところ何もないのはこの三つだけだ。校舎内の場合には部屋の数が多く手間がかかるので後回しにすることにしよう。既に三時を回っている。とにかく出かけよう。私は音楽準備室の鍵を外したところで思い直してまた鍵を締めて机に戻った。護身用の武器が必要だ。ケーキ用のナイフ、ドラムのスティック、譜面台。ろくなものが無い。そうだ、あれがあるはず。私は物置からバットを取り出した。律が持ち込んだ私物だ。これならなんとかなりそうだ。

「待っていろ、犯人。絶対にお前のしっぽをつかんでやる!」



続く



[22381] 第十八話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:2de55f33
Date: 2010/10/22 00:20
私は靴に履き替えて昇降口から外に出た。周囲を警戒しながら前に進む。野球経験があって良かった。私は左利きだから、右手に武器を持っている相手には互角以上に戦えるはず。敵が左利きだったら元も子もないけど、その時はその時だ。

はあ・・・。よく皆に言われていたけど、私って追い詰められるといきいきと力を発揮するんだな。普段だったらこんな好戦的な事や勇敢な事は全然考えないのに。死体や血を見ても気絶したり足がすくんだりしにくくなった。それはそれで私も怖がりが治っているのかもしれないし、単に極限状態に置かれているからかもしれない。まあいいや。とりあえず行こう。昇降口から一番近いのは講堂だな。そこへ行こう。噴水の前をぐるりと回って講堂の前に出る。あ、まさか、憂ちゃんの死体もなくなっているなんてことはないよな・・・。

「っ!!」

そのまさかだった。憂ちゃんの死体が綺麗に消えている。ポケットに入れずにそばに置いておいた遺留品と掛けてあった曽我部先輩のコートだけが残されていた。もぬけの殻、か。ある程度予想の範疇ではあるけど、まだその意味が理解できたわけではない。唯や律がやってるテレビゲームじゃあるまいし、ゾンビパウダーとかいうものを使って復活なんて馬鹿げた事はないと思うけど。

「行くか・・・。」

こんな所で立ち止まっていても意味はない。死体を運び去る理由なんて後で考えればいいんだ。とにかく先に講堂に行って、その後はグラウンドとプールを回ろう。





講堂は天井が高くて熱がこもりにくく、校舎の中より寒い。バットを持つ手がかじかんでくるので、ひっきりなしに手をさすっている。手袋をつけたいけど、そうするとバットが滑ってしまうのでいざという時に危ない。講堂の中は長椅子がたくさん置いてあって何かを隠したり誰かが隠れるには絶好の場所。私は後ろから順々に椅子の下も確かめながら前に行く。

「なんにもないなあ・・・。」

ここはハズレだったかな。普段と何も変わりがない。週一回の全校朝礼くらいにしか使わないから床は結構ホコリが被っている。掃除が全部行き届いているわけじゃないし、戦前の建物だから傷みも相当ものだから仕方が無い。壇上は演劇部が使うから掃除が行き届いていて、照明や設備の手入れも行き届いている。控え室に置いてある演劇部の備品も調べさせてもらったけど、特に手がかりになるようなものはでてこない。ステージの上から見る限り、二階席にも変な物や仕掛けはなさそう。この講堂の中にいるのは私一人だ。

「ここは外れか・・・。」

私はステージの中央の階段を降りた。あれ?なんかおかしい。真ん中の階段を歩いているはずなのに、左に寄っている。古くなって傾いでいるのかな。降りて下からよく見てみると、その階段の部分の周りの床にホコリがなくくっきり床の木目模様が映っていた。間違いない。これはついさっき動かした跡だ。右端と左端の階段も同じように動かした跡がある。これもほんのちょっと前に動かしたものだ。まさか、これに何か仕掛けがあるのか?もう少し調べてみよう。

「うんしょ、うんしょ・・・。」

普段は取り外しはしないでそのままの階段を動かし、三つとも取り外してみた。ステージの両脇の階段からトンというかすかに小さな音がした。まず右脇の音がした場所に行くと、微妙な隙間ができていた。携帯電話のライトをかざしてみると、スライド式のスイッチのようなものがついている。私はそれを反対側にずらしてみた。左脇にも同じようになっていたので、同じことをした。すると・・・

「な、なんだっ!?」

中央の階段をはめてあったステージの壁の部分がストンと何枚も落ちた。これは・・・隠し階段!?まさか、古い学校だとは思っていたけどこんな仕掛けがあったなんて。巧妙に木が入り組んでいて、今までちょっとやそっとの修理の時には気づかれていなかったんだ。中に入って調べるか資料を漁ってみないと分からないが、これは何らかの目的を持って造られたものだ。本来学校に必要ない設備を大掛かりに作ったのにはわけがあるはず。とすると、この設備こそが七番目の不思議になるのかな。誰か呼んできたほうがいいだろうか・・・。いや、一人の方がいいな。一緒に入ってもし敵の罠があったらまずい。今私たちは非常に良くない立場にある。万が一の場合の犠牲は少ないに越したことはない。私は意を決して中に入った。



中は鉄の階段になっている。だいぶ古くなって腐食はしているみたいだけど、まだ使えるみたい。一体何のための施設なんだろう?結構深いみらしく、下は真っ暗闇だ。階段はまっすぐ下に続いている。恐らく地上からの高さにしてマイナス7、8メートルというところか。そこで平らな地面になった。目の前に扉があり天皇家の菊花ご紋章が彫られている。脇の看板には帝国陸軍と書いてある。とすると、何らかの極秘の研究かもしくは要人の隠れ場だったのか。そんなことはどうでもいいか。私は古く錆び付いた扉を両手で開いた。

「うわあああああああああっ!!」

ライトをかざして真っ先に入ってきたのは、白骨化した骸骨が三体。まさか、唯と律と曽我部先輩!?って、そんなわけないか。昨日や今日でそんなになるわけないし。近くに置いてある刀らしきものやピストルらしきものからすると、ここで自決したものだろう。日本が戦争に負けて降伏した時に自殺した人が結構いたって日本史で習ったし、そういう類の人だろう。んっ?なんだろう?縄の・・・音?恐る恐る音のする場所を見上げてみる。

「いやあああああああああっ!!」

そこにはライトに照らされている唯の首吊り死体があった。私は尻餅をついて後ずさった。すると、ぬるっとした物に左手で触れた。暗くて分からない。ライトをかざしてみると、それは血だった。まだ固まっていない。でも、ここにあるのは首吊り死体だし・・・。気が動転しそうになるのを落ち着け、その血の出所にライトを翳してみた。駄目だ・・・。気が動転する・・・。

「きゃあああああああああっ!!」

律が俯せになって血まみれで倒れていた。律が右人差し指で何か血文字を書いたらしい。それをよく読めるように覗き込んだ。そこにはこう書いてあった。『M.S』



続く



[22381] 第十九話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:2de55f33
Date: 2010/10/22 23:48
午後3時35分、唯の首吊り死体、そして律の刺殺死体を発見。先に律の死体から見てみよう。後ろから襲われたらしい。右の背中を刺されている。この位置でこの傷の深さだと、一気に肺までいってしまったんだろう。確か平突きって言ったかな。刃を横向きにして相手に突き刺すやり方で、相手を確実に仕留めるためにやるらしい。新選組なんかがその剣術を徹底していたために強かったとムギが前に話していたな。恐らく律は右利きの犯人に襲われ、一発で致命傷を負ってしまったんだろう。

「これは・・・。」

律の傍らにビデオカメラが落ちている。液晶画面が開いているから、これで律は唯の遺体をを撮影していたんだろう。それをこの暗闇の中に潜んでいた犯人が明かりを目当てにブスリとやったんだろうな。ビデオは・・・良かった。生きている。損傷はあるけど、再生は可能だ。犯人が持ち去らなかったのは、気が動転してビデオの処理を忘れたからか、重要なものが映っていないからか。中身を見てみないとな。っと、その前に・・・。私は部屋の中を全部明かりで照らしてみた。中には様々な物品があるだけで、犯人はいないな。私はそれを確認した後、ビデオのスイッチを入れた。



「うわ~、なんだこの隠し階段。下りてみたほうがいいのかな・・・。」

どうやら律はたまたま講堂に入って開けっ放しになっている階段を見つけたらしい。ビデオカメラを片手に階段を下りていく。下りたところで体を扉に当てて開く。中で携帯電話のライトを翳して悲鳴を上げた。

「ゆ、唯っ!?し・・・死んでるっ!!」

今も私の横で首を吊っている彼女の死体。律も私が見た時と同じような悲鳴を上げていた。

「ぐわっ!?だ、誰だっ!?」

画面ががくんと揺れ、激しい音がしてその後真っ暗闇になった。この部屋の中では真っ暗闇でビデオカメラなどほとんど役には立たない。音だけが頼りだ。律の激しい絶叫。刺されたんだ。口から血を吐いたんだろう。生々しい音が聞こえてくる。

「右手でナイフ・・・・曽我部さん、か・・・。」

「・・・・・・・・・・。」

犯人は無言だった。

「澪、頼む・・・・。死なないで・・・・く、れ・・・。」

律が何か動かしている音。ダイイングメッセージ『M.S』を書いているんだ。そして、その後ビデオは切れた。午後2時48分と表示されている。やっぱり、このメッセージは単純に曽我部恵のイニシャルを表しているんだ。

「(M.S・・・。)」

私が来た時には隠し階段の扉は閉じていた。律を殺した後に閉じたんだろう。ステージに上がる階段が三つともずれていたのは、この死体を見つけさせるためにわざとずらしておいておいたに違いない。普段なら気に止めないようなことでも、神経過敏になっている今なら気がつく。講堂にやってきた私にここまで降りさせ、死体を見つけさせる・・・。



次は唯だ。この部屋の天井にはフックが付いていて、そこから吊るされていた。そして、奥の古い机にロープの先が固く結んであった。それを解き、慎重に遺体を下ろした。当然唯の死因は絞殺。死後硬直をしていることから、死後二時間以上は経っている。えっと、唯が純ちゃんと一緒に姿を消したのはいつだろう。午後1時の時点では消火作業中で一緒にいたはず。1時半の時点では、私一人で火事の現場にいたから見ていない。えっと、1時15分ごろは・・・消火が完了した時間だ。その時には二人ともいたはず。ということは、それより後で1時半までの間に誘拐されて殺され、ここまで運ばれてきたことになる。

「手がかりなし、か・・・。」

唯のポケットの中にはハンカチ、ティッシュ、飴が三個。それに財布。あと、胸ポケットにまだらにきれいになっている十円玉。律の方は、ハンカチ、財布、音楽プレーヤー、それとリップクリーム。

「唯・・・。どうして殺されたんだ・・・。」

なぜだ。なぜ唯が殺されたんだ。もうワケが分からない。唯は純ちゃんと一緒にいなくなって、犯人だと思われていたのに、こんなに死後硬直して体が冷たくなるまで放置されて・・・。昨日まであんなに律と一緒に私を困らせていたのに。信じられない。

「(犯人は曽我部先輩なのか・・・。消去法でいくともう私と彼女しか残っていない。私は人殺しをしてないから彼女が犯人。だけど、なにかが引っかかっているんだ・・・・!!)」

第六感とでもいうべきものか。このまま簡単に犯人を断じては危ない気がする。だって、ムギの残したダイイングメッセージの内容、私が感じたあの時のあの人の行動。でも、律ははっきり曽我部先輩が犯人だと言っている。おまけに死体が消える意味、憂ちゃんの独断の行動、さわ子先生に毒を盛った方法・・・。

「あ・・・。」

携帯電話のバッテリーのゲージが赤になってしまった。ライトを長時間つけていればそうなるよな。予備のバッテリーは準備室に置いてあるカバンの中だ。一旦ここを出ないとな。とりあえず、このまま二人の遺体をそのまま放置しては立ち去りにくい。この部屋には掛けておく布とか無いし、もしかしたらまた死体が消えてしまうかもしれないけど、とりあえず死者に対する礼儀はしないと。

「よいしょっと。」

俯せになっている律を仰向けにする時、両手に血がべっとりついてしまった。仕方ない。律のハンカチで拭かせてもらう。両手を胸の前で組ませた。まったく、指の付け根に新しいタコができている。受験勉強さぼって家でドラムの練習ばかりしていたんだな。本当にどうしようもないやつだ。

「唯・・・。」

唯の遺体は出血がないからまだ体裁が良い。皺になっているストッキングを伸ばしてやり、律と同じように手を胸の前で組ませた。唯の手は小さくて細くて綺麗だ。タコが一つもない。律と大違いだな。

「うわっ!?」

携帯のバッテリーが底をついて暗くなってしまった。ビデオカメラの液晶画面の明かりじゃ全然前が見えない。さわ子先生のビデオカメラにはライト機能がついていない。ドアの取っ手がどこにあるか全然わからない。手探りでなんとか取っ手をつかんだ。良かった。これで外に出られる。

「・・・・・!?」

これはなんて言うんだろう。頭がすうっとして色々な考えが頭の中を駆け巡っている。一気に溢れでてくる熱い感情が私を支配する。と、とりあえずここから早く出ないと!!私はビデオカメラを手にし、地下室を出て階段を全速力で駆け上がった。



続く



[22381] 第二十話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:2de55f33
Date: 2010/10/23 01:44
階段を息を切らせながら地上に上がっていく。全力だ。今までにないくらい全力で走っている。

「うっ・・・。」

地上に出て隠し階段の出口を出ると、外光の眩しさで一瞬目がくらんだ。私が目を開けると、目の前には曽我部先輩が立っていた。

「曽我部先輩・・・」

「秋山さん?どうしたの、その血は?」

律の遺体を動かした時についてしまった血を凝視しながら先輩が言った。それに、血のついたビデオカメラも。

「すみません。説明している時間がないんです。失礼します。」

こんなところにいる場合じゃないんだ。私には行かなければならない場所がある。講堂を駆け足で出て行く私を先輩は不思議そうに見つめていた。





さて、校長室にやってきた。私は念のために利き腕とは反対の手にハンカチを持ち、十円玉を間に挟んである場所に触れさせてみた。青酸カリの液は空気に触れると無害になってしまうが、どうだろうか。十円玉を持っていなかった憂ちゃんと律以外がテストをしていた時とは経過時間が違うからな・・・。

「あっ・・・。」

わずかだが、反応が出た。多少ではあるが十円玉が酸化還元されて少し綺麗になっている。間違いない。ここに青酸カリが塗られ、その毒を服用したさわ子先生は死んでしまったんだ。そして、この場所に触ったのはさわ子先生を除いて一人しかいない。あの後騒ぎがあったせいでこの部屋に誰も戻ってきていないはずだし、扉は鍵をかけずに閉めていた。うん、犯人以外は直接ここには触ってないはずだよな。あの人が犯人だと確定できれば、死体消失の理由も説明できる。あとはもう一つくらい犯人を追い詰める根拠が欲しいな・・・。う~ん、何か・・・・。

「へくちっ!」

ううっ・・・。寒い・・・。さっきまでは火事の消火作業の影響かかなり顔が火照っていたけど、もう時間が経ってかなりその火照りもとれてしまっている。さっきまでどんだけ体が熱持ってたんだ・・・。って、そうか。純ちゃんの体はかなりの熱を持っていたもんな。なら・・・。謎はすべて解けた。

「ゲームマスター・・・残り1%のお前が犯人でない確率を潰しに行ってやるぞ・・・」

とりあえず、これでなんとか理論武装はできた。あとは犯人を取り押さえるだけ。そうすれば、皆で元の世界に戻ることができるんだ。そのためにもう少し準備をしなければならないことがある。私はしなければならないことをした。



第一部・事件編完



続く



[22381] 第二十一話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:2de55f33
Date: 2010/10/24 10:59
時間は既に午後五時を回っている。冬の夕方は日が暮れるのが早い。窓からの光がどんどん少なくなっていく。私は二階理科室の中で息を潜め、ある人物がやってくるのを待っていた。その人物は必ず目の前の階段を上がり、三階の音楽準備室へ向かうはずだ。私はスカートの左ポケットに入れているナイフがちゃんと入っているか何度も上から触って確かめていた。相手の抵抗が予想されるから、念のために持っている物だ。できればこんな物を使って犯人に立ち向かうことは避けたいが。

「(カツカツカツカツ)」

誰かが一階から上がってくる。目当ての人物が二階の廊下に上がってきて、あたりを警戒しながら三階へと上がっていった。よし、気付かれないように後ろからこっそり尾行しよう。階段を上がっている最中には行動できない。相手から丸見えになり、かつ上を相手に取られると不利だ。注意深く階段がきしむ音に耳を傾ける。一定のリズムで床きしむ音がし、そして止まった。扉がそろりと開けられた音。音楽準備室に入っていったのだろう。よし、行動開始だ。私は階段の左側に背を当て、横歩きで上を警戒しながら上がっていく。私は左利きだから、万一襲われてもすぐにナイフで応戦できる。二階と三階の踊り場までやってきて、顔が出ないように壁にぴったりと顔を寄せ、前方を伺った。誰もいない。あの人は確実に音楽準備室の中にいる。私は音を立てないように準備室の前の扉の前までやってきた。音楽準備室の電気は消えている。素早く入って電気をつけよう。でないと不利になる。

「フフフフフフ・・・・」

忍び笑いをする声が聴こえる。その人はさわ子先生のノートパソコンを開き、画面を凝視しながら笑っていた。よし・・・突入するなら今だ!

「・・・・っ!!」

その人物は突然ドアを開いた私に驚き一瞬対応が遅れた。私は素早く電気をつけ、自分の視界を確保した。

「・・・・・・・・・・・・・・。」

その人物は無言だった。私をきっと睨みつけ、敵意を剥き出しにしている。私も気迫で負けないように敵意を全面に出した。無言のにらみ合いがしばし続く。

「どうして、あなたがここに・・・。」

相手が先に焦れてそう呟いた。私も重い口を開いて言い返した。

「あなたがこの事件の犯人、ゲームマスターでしょう?」

「ち、違う!ゲームマスターは私じゃない。むしろあなたでしょ!?」

「そのパソコンに私の名前を書いたらそれは即ちゲームオーバー。犯人であるあなたが一番良く知っているはず・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

相手の沈黙は続く。私はその人物の名前を初めて口にすることにした。

「そうじゃありませんか?曽我部先輩。」





曽我部先輩は蒼白な表情で私を見つめていた。そして、怒りをあらわにした。

「よくもそんな嘘を抜け抜けとつけたものね。そうやって巧みな嘘をついて皆を次々に手にかけてきたってわけかしら?」

「何を馬鹿なことを・・・!」

「私は人殺しなんてしてないわ。なら、消去法で犯人はあなたしかいないわ。だって、他の皆は全員死んでいるんですもの。だから、あなたの答えをここに書けばゲームクリアよ。」

「違いますね。だったら、律の残したM.Sって文字はいったいなんですか?律が残したビデオの映像でも先輩に襲われたっていう本人の証言があるんですけど?」

「あら。私が犯人だったとして、どうしてあのダイイングメッセージをそのままにしておくかしら?私ならちゃんと消しておくわよ。りっちゃんが死んだ後でゆっくりとね。」

「そ、それはあえてそのままにしておくことで、わざわざ犯人がダイイングメッセージを放置して逃げるわけがないと思わせるミスディレクションで・・・!!」

私は思わず声がうわずってしまった。心臓がバクバクしている。

「随分と動揺してるみたいね?全く根拠がない事を言ってるわ。それに、りっちゃんを殺したのが私なら大量の返り血を浴びているはずよ。現場に大量の血が飛び散っていることからも推測できるわ。でも、私のコートは平沢さんの妹さんにかけたままで今は普通の格好しかしていないの。どうやったら返り血を浴びないようにりっちゃんを殺せるのかしら?」

「そ、それは・・・。」

「もう御託はよしましょう。生き残っているのは私とあなたの二人だけ。私はあなたが犯人だと思っているし、あなたは私を犯人だと思っているみたいね。」

「なら、やっぱり外部犯の可能性は?」

「あら、自分でその可能性は低いと言ったのを忘れたの?どんなに隠れてもこの狭い校内で自分の存在を隠し通せるものではないわ。あえて言うなら講堂の地下の隠し部屋だけど、あれは調べた限りでは内側からは鍵をかけられないみたいね。元々そういう設計だったんでしょう。仕掛けが大掛かりだしね。」

確かに鍵を内側から閉められるなら律に場所が見つかってしまうようなへまはしないはずだ。律がそこへ不用意に入ったので犯人が思わず殺してしまったんだろうな。

「まあ、とりあえずあなたの名前がこのゲームの答えである可能性が高い以上、あなたとのおしゃべりは無意味ね。答えを書かせてもらうわ、秋山澪さん。」

「や、やめろっ!!」

私はキーボードに手を伸ばした曽我部先輩を突き飛ばした。私は馬乗りになり、先輩を下に組み敷いた。

「っ!!何の真似ですか、先輩?」

先輩はポケットからタオルにくるまれた血まみれのナイフを取り出し、私の胸元に突きつけた。

「それは・・・梓の胸に突き刺さっていたナイフ・・・」

「プールで拾ったのよ。もしものための護身用に持っていたんだけど、まさかこんな形で使うことになるとはね。」

私も無意識のうちに左ポケットに手を伸ばし、ナイフを取り出した。逆手に持って先輩の頭の上に振り上げた。

「うふふ、やっぱり秋山さんは用意がいいわね。そんなもの持ってるなんて。もっとも、殺人犯にとっては凶器は必需品かしら。」

「私はこんなところで死ぬわけにはいきません。生き延びて、犯人の名前をこのパソコンに書かないといけないんです。あなたを殺したくはないのでナイフをしまって下さい、曽我部先輩。」

「そう言って私が油断したところを刺すつもりね?中野さんは寝ているところを刺されたんでしょうけど、私は起きているから抵抗することができるわ。ただではやられないわよ、秋山さん。」

「話し合いが通用しなさそうですね。では・・・行きますよ、先輩。」

「ええ、いらっしゃい。」

私より先に先輩の手が動いた。私も遅れじとナイフを振り下ろした。

「ぐはっ!?」

「ぐふっ!?」

ああ、同時だ。私のナイフも曽我部先輩のナイフもお互いの急所を確実についていた。ナイフがめり込んだ場所からドボドボ赤いものが流れてくる。

「やってくれたわね、秋山さん・・・。」

「先輩こそ・・・・。私たち、全滅ですね・・・。」

膝がガクガク震えてくる。私は胸を押さえる曽我部先輩の上に倒れこんだ。



続く



[22381] 第二十二話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:2de55f33
Date: 2010/10/24 16:25
私と曽我部先輩は折り重なって倒れている。私の胸は赤く染まっている。曽我部先輩も首筋から赤い液体が流れ落ちている。動きたい。でも動くことができない。

「(カチャリ)」

開くはずのない音楽準備室の扉が開く音がした。滑るように誰かが中に入ってくる足音がした。この部室の奥では私と曽我部先輩が倒れている。だから、それ以外の人物だ。その人物は私がよく知っている人のはずだ。見てみたいけど、私は胸の間を押さえてうつ伏せに倒れている。その人物が屈んだらしい。片膝をついて私の左胸に手を入れた。心臓の鼓動を確認しているらしい。すぐに手が離れた。金属がこすれあう音がする。刃物を取り出しているのか。そして、私に止めを刺そうというのだろうか。だが、私は動くことができない。

「ごめんなさい・・・。私の意思じゃないから・・・・。」

その人物がつぶやいた。そして、立ち上がり・・・・

「今よ!!」

曽我部先輩が叫んだ。私は時計回り、曽我部先輩は反時計回りでその場からすっ飛んだ。部室にやってきた人物は鉈を振り下ろす瞬間で、動きが一瞬遅れた。床に鉈の先端が床に突き刺さる。私と曽我部先輩はその隙をついて鉈を持つ手を払い、その人の両脇を押さえ込んで近くに置いてあったギター用のコードで両手を後ろに縛り上げた。

「先輩、もう少し早く言ってくださいよ。危うく本当に殺されるところでしたよ?」

「ごめんなさい。ちょっとタイミングが分からなくて。まあ、それも含めての本物に近い迫真の演技ってことで。」

そう笑いつつ、先輩はコードで縛り上げられて動けない犯人を床に叩きつけた。

「読み通りでしたね。私たちが口論になってお互いを刺せば、必ず犯人は死んだかどうか確かめにやってくる。基本的に相手が一人の時にしか狙わない犯人でも、二人共動けないと思えば油断してやってくる、って。」

「それにしても、秋山さんの胸が大きくて助かったわ。演劇用の小道具、一本しかなかったから。」

私が持っているナイフは演劇部で使う刺しても刀身が中に引っ込むタイプの小道具だ。だが、曽我部先輩の持っているナイフはプールで拾ったという梓に刺さっていたナイフそのもの。私は単純に刺す真似をしてケチャップの入った袋を破っただけだが、曽我部先輩は制服の下の私の胸の谷間にケチャップ内蔵の綿を詰めてそこに突き刺した。

「クリスティーの小説通りっていうか、死んだはずの人が犯人だったのね。この人で間違いないのよね?」

「ええ、この人が犯人で間違いありません。断言します。」

私は犯人のある特徴を一瞥して犯人であると再確認した。

「でもまあ、直接この目で犯人を見てみないと安心して名前を入力できない、っていう理由はよく分かる気がするわ。」

曽我部先輩が犯人の顔をしげしげと見ながら言った。

「さて、と。犯人を捕まえたのはいいけど、なぜ彼女を犯人だと推理したのかもう一度聞かせてもらえないかしら?さっきは私も手短にしか聞いてないから、しっかりとね。でないと、誤認逮捕でやっぱり全滅ってことになるかもしれないから。」

「分かりました。いいでしょう。」

私は眼を閉じてしばし瞑想し、心を落ち着けてから推理の披露を始めた。





「体育館で先輩と律と別れた後でこの部屋で梓のギターを弾いていた時でした。私は左利きでレフティモデルしか使わないので、右きき用の梓のギターが片手じゃ持ちにくいなと思ったんです。その時、ふっと疑問に思ったことがあったんです。どうして、あの時あの人はあんなことしたんだろうって。」

「なるほど。片手で持ちにくいものを片手で持った人がいるってことね?」

「ええ。先輩、ペットボトルを飲む時は両手で飲みますか?それとも片手で飲みますか?」

「そりゃ片手じゃない?っていうか、普通の人はみんなそうだと思うけど。」

「では、ペットボトルの蓋を開けるときはどうします?」

私は自分の鞄から空のペットボトルを持ってきて先輩に渡した。

「えっ?普通にこうやって・・・。」

先輩は左手でペットボトルの容器を持ち、右手を動かして蓋を開けた。

「そうですよね。先輩は今特に意識せずに蓋を開けました。両手を使って開けたほうがやりやすいので普通はそうします。ですが、ある時点でそれをしなかった人物がいるんです。ほら、証拠もあります。」

私はビデオカメラを取り出し、ある場面での映像を見せた。

「本当だわ。犯人だけ両手を使わずに飲み物を開けているわ。で、でも、それだけじゃとても犯人とは・・・。」

「ええ、私もたまたまかもしれないと思いました。その日の気分で遠回りして家に帰ったり、間違えて普段と違うことをしてしまうことだってありますから。」

「それならどうしてこの人を犯人だと思ったのかしら?」

「それには、別の話との結びつけがあるんです。講堂の地下で携帯電話のバッテリーが切れて真っ暗になってしまったので地上に戻ろうという時、手探りでドアの取っ手をつかんだんです。」

「そりゃそうよね。そこしか出入口がないもの。」

「その時気がついたんです。部屋の出入りのために必要なところには人は必ず触るって。」

曽我部先輩は少し考えこむような表情をしたが、何の話をしているのか分からないと言った。

「思い出してください、先輩。マスターキーしか鍵がないという校長室で、さわ子先生は密室で殺されました。青酸カリの毒を盛られたんです。」

「じゃ、じゃあ、まさか・・・。」

「そうです。先輩はあの時見ていないから知らないんです。さわ子先生を部屋に残して部屋を出る時、一番最後に部屋を出て再三鍵をしっかりかけるようにと念を押した人物がいるんです。」

「そ、そっか・・・。確か窓を割って部屋に入った時も、真っ先にドアの鍵を開けて廊下に犯人がいないか確認していたわね。」

「ええ、そうです。青酸カリの反応をドアノブのサムターン(鍵を開け閉めする部分)にわずかながら確認しました。そして、誰かが明らかにその部分を拭いた跡がありました。」

「確かに・・・先生は他の場所はどうであれ、鍵には絶対触るわね。としたら、確実に鍵に触っていたこの人が怪しい、と・・・。」

曽我部先輩はそこであっと驚く顔をした。何かひらめいたのだ。

「そっか。サムターンを素手でつかんで拭ったから、その後心配になって片手でペットボトルを開けたのね?両手で開けてうっかり毒がついてしまうのを防ぐために。」

「そのとおりです。私以外は全員右利きですよね。一般的な道具類は圧倒的多数の右利きの人たちに合わせて設計されています。ドアノブやサムターンも例外ではありません。右で開ける方がやりやすいんです。」

「じゃ、じゃあ、利き手で触ってしまい、その後食事が終わってその後鈴木さん探しに行く時まで念入りに手を洗いにいくチャンスが無かった、というわけね。どうして気づかなかったのかしら・・・。」

「みんな気が動転して普通の精神状態じゃありませんでしたからね。私が気づいたのもたまたまですし。でも、犯人が部屋を出る時に一緒にいなくても、あるヒントからその事実に気がついた人物が一人だけいたんです。」

「それくらい私にも分かるわ。平沢さんの妹さんでしょ?琴吹さんの暗号を解読したのね。」

「そうです。憂ちゃんは恐らく見張り番をしている時にそれに気がついた。そして、皆に睡眠薬を飲ませて一人でその事実を確認しに行った。そこを校長室で私と同じことを調べている時に睡眠薬を飲んだふりをしていた犯人によって殺されたんです。」

私はポケットから憂ちゃんのストラップを取り出した。銅の金具が少しだけきれいになっているのを。

「今朝方校長室に落ちていました。憂ちゃんは校長室で十円玉を持っていませんでした。取りに戻る暇を惜しんで、その場で自分の携帯のストラップを切って青酸カリの反応を調べていたんでしょう。」

「で、でも、それならどうして私たちに相談してから調べなかったの?」

「解読の結果を何かの間違いだと思いたかったんでしょう。憂ちゃんならそう考えたはずです。」

先輩は犯人の顔を見てなるほどという顔をした。

「ところで、琴吹さんのダイイングメッセージにはなんて書いてあったのかしら?私も考えてみたけど、全然分からなかったの。」

「ムギは推理小説やサスペンスドラマが大好きで、自分でも暗号を作ったり自作の短編小説を書いたりするくらいのめりこんでました。なので、暗号にも一定の規則性があります。」

「規則性?平仮名とかアルファベットじゃないのよね。しかも、このAっていうのが・・・」

『1・53 88 16・A 74』というムギの暗号。これは気がつけばすごく簡単なんだ。

「先輩、高校時代の理科の選択は何を取っていました?」

「生物と地学よ。それがどうしたの?」

「なら、こういう発想は生まれませんね。ムギの選択は化学と生物なんです。」

「化学と生物・・・・。じゃ、じゃあ・・・化学の元素の周期表・・・。」

先輩が気づいたとおりだ。ムギは文系で暗記物が得意なので元素周期表くらい全部記憶している。センター試験で使うとも言っていたし。元素には各々番号とアルファベットが割り振られている。1番は水素でH、53番はヨウ素でI、88番はラジウムでRa、16番は硫黄でS、Aに該当するものはないのでそのままA、74番はタングステンでW。その後も続きが書いてあれば、またAと書いてあっただろう。そう・・・

「ムギは平沢唯、と暗号で伝えようとしていたんです。」

コードで縛られている平沢唯の瞳孔が大きく見開かれた。



続く



[22381] 第二十三話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:2de55f33
Date: 2010/10/24 16:30
「な、何かの間違いだよ、澪ちゃん。私、人殺しなんてしていないよ・・・。」

唯の声はかなり震えていた。全てを私に看破され、怯える子羊のように丸くなっていた。

「なら質問の対象をお前にするか、唯。本当はもっと早く気づくべきだったんだ。なんで憂ちゃんに長く眠るように細工されたはずなのに、お前だけ目にクマができたていたんだ?」

「そ、それは・・・。」

「言えるわけないよな。憂ちゃんを殺して噴水まで運び、その後ブルーシートと用具入れに置いてあるポールで即席のトランポリンを作ってそこにムギと梓の遺体を上から投げ落とし、おまけにさわ子先生と和の遺体も含めて台車で冬の緑がかったプールまで運んでそこに捨てていたせいで寝ている時間がありませんでした、なんて。しかも丁寧にその遺体には体育用具で使う錘をくっつけて浮かび上がらないようにして、私たちに見つからないようにしていたんだよな。」

「ちなみに、その推理は私のものよ。プールで中野さんに刺さっていたナイフが浮かんでいるのを見つけてもしやと思って調べてみたら、案の定。体育倉庫を燃やしたのは、何かまずいものと一緒に燃やすためではなく、なくなっていることに気づかれないため。遺体に抱かせた錘の存在をごまかすため。そうよね?」

「私にはなんの話やらさっぱり分からないんですけど・・・。」

唯はあくまでも言い逃れようとして目を動かしている。

「まだしらを切るか、唯。なら、続きを言うぞ。みんなの遺体を隠したのはその後で憂ちゃんの遺体と入れ替わるため。憂ちゃんの遺体だけを消せば嫌でも注目されるけど、全員消してしまえば何が何だか分からなくなる。講堂の隠し部屋にあった唯の遺体は本当は憂ちゃんのだ。お前の手はギターの影響で大きくて太い。そして、ギー太を一日たりとも手放せないお前にはギターを弾く時の指タコも残っているはずだ。」

憂ちゃんもギターは弾けるが、日常的に扱っているわけではない。唯ほどくっきりとはギターの影響が残らないんだ。手の大きさがその最たる例だ。

「それとあの死体が唯のではないという決定的な証拠として、あの講堂の地下に吊るされていた唯の死体が冷たかったということだ。私たちは体育倉庫の消火活動でかなり汗をかいていた。体も熱を持っていて、服も汗でぐっしょり、火の粉も当たって熱くなっていたはずだ。あの死体には黒いすすもついていなかったしな。」

「で、でも、りっちゃんは曽我部先輩が犯人だって・・・。私、澪ちゃんを守ろうと思って怖かったけど鉈を持ってここまで来たんだよ?」

「あ、それは私も疑問に思ったわ。どうしてりっちゃんは曽我部先輩に襲われたって言ってM.Sって血文字を書き残したのかしら?」

「いいですか、先輩。律になりきって想像してみてください。」

「ええ、分かったわ。」

実はここが最後に悩んだところなんだ。先輩が犯人とダイレクトに書いてあるのに、なんで先輩を犯人と断定しなかったのか。

「昨日の夜に梓、和、さわ子先生、そしてムギの死体を見つけました。全員死んだものとして扱われています。」

「ええ、そうね。」

「そして、今朝というか昼。憂ちゃん、純ちゃんの死体を見つけました。その後、唯の首吊り死体を発見。この時点で律を除いて生き残っているのは誰でしょう?」

「りっちゃんを除いて九人、その中で七人の死体を確認したから私と秋山さんの二人ね。」

「律の背中に残っていた傷をつけたのは右利きの犯人ですよね?」

「あ、そっか・・・。りっちゃんは平沢さんが死んでいると思っていたから、残るのは私だけね。なら、りっちゃんのその行動も平沢さんの計算内だったのね?」

私はその問いかけには頭を振った。それは違うんだと。

「それは本当に律が自分の意志でやったことです。唯は関係なくて、利用しただけ。あえてダイイングメッセージを消さずに。先輩が犯人だったら消しているはずですしね。」

「でも、それだと私は騙せないわよ?曽我部恵は私自身なんだから。」

「少なくとも私だけを騙せれば十分だったはずです。私も普通の考えならこの部屋のパソコンに先輩の名前を書いていたでしょう。ちなみに、律のダイイングメッセージを見た時、先輩はどう思いました?」

「誰が犯人なのかさっぱり分からなかったわ。背中の傷から左利きの秋山さんが犯人の可能性は低いと思ったから。」

「私は前もってムギのダイイングメッセージを解いていたので、血文字のダイイングメッセージを疑うことができたんです。ムギのおかげですね。」

私はそこで話を切り、唯の方を向いた。本当に唯がムギを、律を、梓を、先生を、和を、憂ちゃんを、純ちゃんを殺したのか。信じたくはないんだが、これが現実なんだな。

「教えてくれ、唯。これだけは分からなかったんだ。なんで・・・なんでこんなことをしたんだ?この部屋に入ってくる時、私の意志じゃないって言ったのは本当なんだよな?頼む、そうだと言ってくれ!」

「ごめん、澪ちゃん。それには答えられないんだ。できないようにされているから。だから、お願い・・・。私の名前を、パソコンに書いて・・・。」

唯が涙を流して私に哀願する目をしていた。



続く



[22381] 第二十四話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:2de55f33
Date: 2010/10/26 22:06
私はパソコンの答えの欄に平沢唯と書き込んだ。まだボタンのクリックはしていない。

「先輩、いいですね?」

「ええ。」

二人で目配せをしあい、そしてエンターキーを押した。それと同時に、唯の体から大量の血が噴きだした。

「唯!?」

「平沢さん!?」

私と曽我部先輩が唯を倒れる唯を助け起こした。唯はうつろ目をしている。

「えへへ・・・ようやくこの体が自分のものになったよ・・・。私、本当はこの世界に来た時点で死んでるようなものだったんだよ・・・・。」

「えっ!?じゃ、じゃあ、ここにいる唯は・・・。」

「このゲームの中で生かされているだけの存在だよ。言ったでしょ?私の意思じゃないって・・・。私は殺人をするように作り替えられた存在。したくなくても、皆を殺さなきゃいけない存在なの!」

唯は血と一緒に涙も流していた。うめき声が狭い部室の中に響く。

「殺人鬼の言う事なんて信じてもらえないかな?」

「信じるよ。当たり前じゃないか。親友だろ?」

「あり、がとう・・・。ゲーム・・・画面を見て・・・ごらん・・・。元に戻れる方法・・・書いて・・・ある・・・から・・・。澪・・・ちゃん・・・先輩と・・・一緒に・・・」

「馬鹿、お前も一緒に・・・。」

「無理・・・。もう、体の感覚がないんだ・・・。先に元の世界で・・・待ってるからね・・・。」

唯の体が私の両腕に重くのしかかった。全身の力を失い、目は生気を失っていた。

「唯、すぐに元の世界で会おうな。約束する。」

私は唯の遺体を床の上におろしてあげた。唯・・・少しばかりの間、どうか安らかに・・・。



曽我部先輩が私の横で一緒にパソコン画面を見た。一言正解と書いてある。その他は何も書かれていない。

「しかし、元の世界に戻ったところで私たち以外誰も信じてくれないわよ?随分な経験をしてきたものね。」

「ええ、そうですね。」

「誰がなんの目的でこんなものを作ったのかしら。その謎は解明できなかったわね。」

「それは私も分かりません。ただ、このゲームを作った黒幕にしてみれば、この殺人ゲームは本当にゲームだったんだと思います。推理ドラマを見ている視聴者や小説を呼んでいる読者のように高みの見物でそういうものを楽しんでいたんじゃないでしょうか。」

「だとしたら、相当に悪趣味ね。こっちは本当に命がけだったっていうのに。」

「まあ、愚痴を言っても仕方ないですよ。黒幕の気が変わって私たちの存在が消されないうちに元の世界に戻りましょう。」

次のページにはクリックすべき場所が二つだけだった。『元の世界に戻りますか?』という質問。イエスかノーか。当然答えはイエス。

「行きましょうか、名探偵さん。」

「名探偵?私、そんな柄じゃないですけど。」

「あら、この事件を解決したのはほとんどあなたのおかげじゃない。だから、あなたは名探偵よ。」

「じゃあ、曽我部先輩は助手のワトソンですね。私の推理を助けてくれましたから。」

「あら、それはコナン・ドイルの小説。これはアガサ・クリスティーよ?」

「ああ、そうでしたね。えっと、エルキュール・ポアロの助手は・・・誰でしたっけ?ムギに借りて読んだだけで忘れちゃいました。」

「帰ったら琴吹さんに聞いてみましょうか。」

「それが一番早そうですね。」

私と先輩は右手を重ねあわせ、イエスの欄をクリックした。ここに来た時のように画面が白く眩く光り、私たちはここに来た時と同じように気を失った。



第二部・解答編完



続く



[22381] 第二十五話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:2de55f33
Date: 2010/10/26 22:12
あれ?ここは白い光の中だ。ああ、そっか。私、元の世界に戻る途中なんだ。曽我部先輩はどこだろう?他の皆は先に元の世界に戻ったのだろうか。あ・・・。先の方になんか黒いものが見える。あそこが出口かな・・・。よし・・・。あそこまで行こう。あそこまで・・・。もうすぐ・・・。あ・・・。左に行きすぎだ・・・。もう少し右・・・。あれ?体がガクンと揺れた。なんで・・・?

「・・・・っ!!」

私は目を覚ました。ここは・・・どこだ?周りをキョロキョロ見回してみる。あれ?ここは部室?そこに転がっているはずの血まみれの唯の遺体は・・・ない。

「あ、澪先輩。目を覚ましたんですね?」

唯の死体があった場所にいたのは梓だった。濡れたタオルを私のところに持ってやってくる途中だった。

「もう、相変わらず寝相が悪いですね。ソファーから転げ落ちて起きるなんて。」

「梓?梓なのか?」

「はい、見ればわかるじゃないですか。って、おわっ!?何抱きついてきてるんですか!?」

私は梓の小さな体を力いっぱい抱きしめた。梓の胸の鼓動を感じる。生きている。梓は生きているんだ。

「く、苦しいです・・・!!そんな力いっぱい抱きしめないでください!!」

「あ、ごめん・・・。」

「もう・・・。唯先輩じゃあるまいし、どうしたんですか?汗もびっしょりかいてますし。」

梓が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。そっか・・・。梓は最初の時点で殺されてしまったから、事情を全く知らないんだったな。

「梓・・・生き返ってくれて本当によかった・・・」

「何の話ですか?」

その時、音楽準備室の扉が開いて唯とムギが入ってきた。良かった。二人共ちゃんと元の世界に戻ってきてくれたんだ。



「あずにゃ~ん、ただいま~。あっ、澪ちゃん目覚ましたんだ?」

「保健室からアイスノンを借りてきたんだけど、もう必要ないみたいね。」

二人が私を見て安心した表情で言ってくれた。

「澪ちゃん、どうしたの?表情固いよ?って、うわっ!?ど、どうしたの、澪ちゃん。」

私は唯の体を思いっきり抱きしめた。唯はかわいい体だ。あんな大それた殺人なんて絶対にできない華奢な体つき。手は・・・相変わらずギタリストの手だ。

「唯・・・。私、ちゃんと約束を守ったよ。」

「や、約束?なんかしたっけ?」

「いいんだ。もう、あんなこと、思い出さなくても。唯は全然関係なかったんだ・・・。」

「さっぱり話が見えないんだけど・・・。」

困惑する唯から手を放し、今度はムギを抱きしめた。あったかくて気持ちいいな。死体になって冷たくなっていたあの時とは全くの別人だ。

「どうしたの、澪ちゃん?すごく怯えた顔してるわ。何か悪い夢でも見たの?」

「うん、悪夢だった。みんな、みんないなくなっちゃって・・・。梓もムギも唯も・・・みんな・・・みんな・・・」

「大丈夫。私たちはここにいるから。ほら。」

ムギの手も、差し伸べてくれる唯の手も梓の手もみんな暖かい。夢じゃない。私は現実世界に戻ってきているんだ。

「ねえ、律は?律は戻ってきているのか?」

「りっちゃん、トイレに行っただけだからすぐに戻ってくると思うよ?」

唯がそう答えた。そっか。律も無事なんだ。だったら、さわ子先生も和も憂ちゃんも純ちゃんも曽我部先輩も・・・。

「ああ、悪い悪い。どうだ?澪の様子は?って、もう気がついてたのか。」

律がハンカチで手を拭きながら部室に入ってきた。私の姿を認め、表情をほころばせる。

「どうしたんだ、澪?なんか泣きたそうな顔してるぞ?」

「り・・・・つ・・・・?」

「な、なんだよ?何かあったのか?私に話して見なよ。」

「う、うわああああああああん!!り~~~~~つ~~~~~!!会いたかったよ~~~~~!!」

緊張の糸が切れた。私は律に飛びついて押し倒した。律の胸の中で思いっきり泣いた。

「や、やめろ、重たい!!泣くな!!濡れる!!鼻水垂らすな!!制服汚れるだろ!!」

「律、律、律、律、律~~~~~!!」

「とりあえず離れろ。どこにも行かないから。」

「嘘つき。私を残して先に死んだくせに!!」

「私がいつ死んだんだよ!?勝手に殺すな。」

「殺したのは私じゃない。唯だ。真相をちゃんと突き止めたんだからな!!」

「ええっ!?私がりっちゃんを殺した!?いつ、どこでっ!?」

唯が勝手に話に加わって驚いていた。あれ?なんかこいつらと話が咬み合っていないぞ?

「まずは落ち着こうか、澪ちゃん。私が誰だか分かる?」

「ムギ。」

「今日は何月何日?」

「12月2日。」

「今日は12月1日よ?」

「えっ!?」

な、なぜだ。12月1日に向こうの世界に行って、向こうの世界を出たのが次の日。だから、今日は12月2日のはず。

「澪先輩の話を一度聞いてみたほうが良さそうですね。」

梓が私を訝しげに見ながら言った。



テーブルに座り、お茶を飲みながら私はこの世界を出てから戻ってくるまでの全ての話をした。四人ともぽかんとして話を聞いていた。

「つまり、澪はそのゲームの力で異次元世界に飛ばされ、そこで起きた殺人事件を解決してこの世界に戻ってきたって言いたいんだな?」

「皆だって覚えてるだろ?梓は最初に殺されたから覚えてないだろうけど。なあ、律、ムギ、唯?」

「あの、澪先輩。非常に言いにくいんですけど、澪先輩は律先輩が学校七不思議をした時に椅子ごと倒れて頭を打って、その後ずっとソファーで寝ていたんですよ?その、話の最初の時点で矛盾してるんですが。」

「えっと、それっていつくらい?」

「もう二十分くらい前ですかね?」

私は驚愕した。そんな・・・。あの殺人事件があった二十四時間がたった二十分の夢?そんなわけない。私は確かにあの異質な空間で目で見て、足で歩き、手で触って、いろいろなことをしていたんだ。あれが私の見ていた夢なわけない。

「澪。お前、私が怖い話したから変な夢見ただけじゃないのか?」

「ち、違う!!本当に、本当に私はあの世界に行って、事件を解決して戻ってきたんだ!!」

「かと言って、そんなこと言われてはいそうですか、なんて思えるわけないだろ?現に澪は私の目の前で椅子ごと倒れて気絶して寝てたんだから。」

律の正論に私は反論できない。どうも、律も唯もムギも梓も嘘を付いているようには見えない。あれは・・・本当に夢だったのか?そんな、馬鹿な・・・。

「待って。澪ちゃんに聞きたいことがあるわ。どこで、それを知ったの?」

「それって?」

「私が考えた元素周期表を使った暗号よ。つい最近思いついたばかりで、誰にもしゃべったことないはずなのに。」

「さっき説明したとおりだよ。ムギ本人が書いたんだ。」

ムギは考えこむような仕草をしてから、ポンと手を打った。

「それに、澪ちゃんはこの学校の七不思議、りっちゃんが話す前は知らないって言ってたわよね?」

「ああ、うん。」

「だったら、澪ちゃんの言うこともまんざら思い違いではないかもしれないわ。だって、今の話だと七不思議の内容を全部知ってるんですもの。」

「あっ、そういえばそうですね。澪先輩、校長室の中とかマスターキーのこととか教職員でないと知らないことをたくさん知ってますものね。さわ子先生に聞けば、全部本当かどうか分かるでしょうし。」

ムギと梓は考え事をしながらうんうん頷いている。どうやら、多少なりとも信じてくれているようだ。信じるっていう言葉が変だけど、もしかしてあの中で死んだ人(ゲームオーバーになった人)には記憶が残されていないかもしれない。とすれば、私以外にゲームオーバーになっていないのは曽我部先輩だけ。と、したら・・・

「あっ・・・。曽我部さんから電話だ。ああ、もしもし・・・」

律の携帯電話に曽我部先輩からの電話がかかってきたらしい。律が電話に出て、二言三言話をする。

「はい、はい・・・。澪ですか?いますけど。今代わりますね。」

律に携帯を渡され、顎でしゃくって出ろと言われる。私は恐る恐る電話に出た。



続く



[22381] 第二十六話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:2de55f33
Date: 2010/10/26 22:19
「秋山さん?私よ。」

電話越しに聞こえる先輩の声はわずかながらに震えていた。

「先輩、その・・・お元気ですか?」

「ええ。大学帰りの駅のベンチでずっと寝ていたらしくて、ついさっき起きたところよ。」

「先輩、夢を見ていませんでしたか?異世界の桜が丘高校に閉じ込められ、『そして誰もいなくなった』の小説のように次々に皆が殺されていく夢を?」

「え、ええ・・・。見たわ。とても、夢とは思えないんだけど、でも、今日って12月1日なのよね?あの世界で丸一日過ごしたはずだから、そんなわけないのよね。」

「犯人は誰でしたか?」

私はその質問をした。曽我部先輩が私と同じ境遇なら答えられるはず。

「平沢さん。お姉さんの方の。違うかしら?」

「正解です。信じられないことですが、私たちはどうやら本当に向こうの世界からこの世界に帰ってきたみたいです。その・・・いろいろ律たちとの話し合いで矛盾があります。」

「そう・・・。今からそっちに行くわ。私たちが体験したことが本当なら、きっとあれもあるはずよ。七不思議の七番目が。それが恐らく一番の証明よ。」

「分かりました。お待ちしてます。」

話を終えて私は通話ボタンを切り、律に携帯電話を返した。

「澪ちゃん、なんだか今日は変だよ?本当は頭打ってどこかおかしくなったんじゃない?」

唯が私の頭を撫でながら心配そうな顔をしている。やっぱり、普通に見たら、私は可哀想な子に見えるんだろうな。

「唯・・・、お前、人殺しをしたいなんて考えたことはないよな?」

「あるわけないじゃん、そんな恐ろしいこと。知識もないし。それに澪ちゃんのさっきの話だけど、憂やあずにゃんを殺すなんて絶対にありえないよ。」

唯は私から手を放し、梓に覆いかぶさるように抱きついた。

「だって、こんなに可愛いんだよ?ずっとずっと可愛いままなんだよ?一生子供のままなんだよ?殺しちゃうなんて嫌だよ。」

「だーっ!!人に抱きついた上に失礼なこと言わないでください!!私だっていつかは成長して大人の女になるんです!!」

「ああん、子供みたいに反抗するあずにゃん可愛い~。」

「うがーーーっ!!」

唯と梓がじゃれ合っている。ああ、これが私が帰ってきたかった世界の光景なんだな。平和で、ささやかだけど楽しい日常。



「あ、和ちゃん。どうしたの?」

唯が部室に入ってきた和に気がついて声をかけた。

「澪の様子を見に来たんだけど・・・。もう大丈夫なの?」

「うん。澪ちゃんが怖い夢を見てね、そのお話を聞いてたとこ。」

「だから、あれは本当のことで・・・!!」

私がまた唯に反論する。やっぱり、信じてくれないんだな・・・。

「そうなんだ。澪はもう大丈夫みたいだし、私生徒会室に戻るわね。」

和はいつものようにスルーして踵を返す。私は無意識のうちに彼女の腰に後ろから抱きついて動けなくした。

「あの、澪?私、生徒会室に戻って仕事したいんだけど?」

「嫌だ。帰らないで。このまま私と一緒にいて!!」

「いや、だから仕事を・・・」

「一緒にいて!!」

「しょうがないわね・・・。澪が駄々っ子になるなんて・・・。」



「あら、澪ちゃん、目を覚ましたのね?良かったわ。心配したのよ。」

和に今までの身の上話をしていると、今度はさわ子先生が部室に入ってきた。私は無意識のうちに先生に抱きついた。

「へっ?あ、あの、どうしたの?」

「先生・・・。先生・・・。先生・・・。」

先生はスタイルよくて、背が高くて、美人だ。唇から青酸カリのアーモンド臭はもうしない。薄く塗ってある口紅からいい匂いがする。

「さっきからこうなんです。私も生徒会室に帰れなくて・・・。」

「先生も私と一緒にいてください。いてくれるだけでいいんです。先生も和も、死なないでずっといてくれればいいんです。」

さわ子先生と和が怪訝な顔をして私を心配そうに見つめていた。

「あの、私の車で家まで送ろうか?きっと、頭を打っだけじゃなくて受験勉強で疲れてるんだわ。」

「ち、違います!!信じてもらえないかもしれないけど、本当のことを言ってるんです!!曽我部先輩に聞けば分かります!!」

「あ、そうだわ。あなたたちにお客さんが来てるって言いに来たんだったわ。曽我部さんが下に来てるわよ。」



一階職員室前には曽我部先輩と憂ちゃんと純ちゃんがいた。

「憂ちゃん!!純ちゃん!!」

どっちから先に抱きしめようか・・・。ええい、どっちも一緒でいいや。私は両腕で二人を抱きしめた。

「澪さん!?」

「み、澪先輩、いきなりどうしたんですか!?」

「二人とも生きてる!!二人とも暖かい!!」

私は十分堪能した後で二人から離れ、曽我部先輩とひしと抱き合った。

「私たち、元の世界に戻ってきたのね、秋山さん。」

「ええ、本当に。私もとても嬉しくて。」

そこへさわ子先生が講堂の鍵を借りて持ってきた。

「はい、講堂の鍵よ。まあ、曽我部さんがどうしてもって言うから貸してあげるけど・・・。」

さわ子先生が困惑した表情で鍵を手渡す。先生も話を信じてくれてないんだな・・・。

「でも、講堂の地下に隠し扉なんてあるんですかね?」

「そうですよね。あの講堂だって古いし、何度も修理をしてれば見つかっていそうなものですけど。」

純ちゃんと憂ちゃんも困惑の表情を隠していない。

「そうね~。でも、この学校は内装の保存状態はいいとかなんとかで、外装しか基本的に直していないはずよ。」

さわ子先生が私と曽我部先輩にとってプラスになる意見を言ってくれた。

「論より証拠。行ってみましょうか。」

私は皆の先頭に立って講堂に向けて歩きだした。



続く



[22381] 第二十七話!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:2de55f33
Date: 2010/10/26 22:24
講堂まで歩く道すがら、私はムギに話しかけた。

「なあ、ムギ。エルキュール・ポアロの助手って誰だっけ?」

「アーサー・ヘイスティングズ大尉よ。それがどうしたの?」

「ううん、なんでもない。」

この世界に帰ってきて最初に質問してみたかったことなんだけど、それは黙っておいた。



講堂の中は寒くて暗い。部活を終えた生徒がすでに帰っており、中には当然誰もいない。

「さて、と。ここからは秋山さんの出番ね。私は最初から開いている出入口を通っただけだから、隠し階段の出し方は知らないのよ。」

「分かりました。私がやります。」

まあ、ここの解体工事にでもなれば簡単に見つかるんだろうけど。って、そんなわけに行かないのは分かってるけど。

「まず、舞台正面についている階段をすべて外します。すると、木でできたこの留め金の部分の重さが変わって脇にスイッチが出てきます。」

あの世界で調べた時に聞こえた作動音が正直聞こえない。あの時の研ぎ澄まされた神経だったからこそ気づいたというべきだ。

「そして、僅かな隙間にできたスイッチを両方ともスライドさせます。すると・・・」

正面の壁があの時と同じようにストンと落ちた。落ちたというのは語弊があるから、開閉したというべきかな。

「な、何これっ!?こんな仕掛け知らないわよ!?」

さわ子先生が驚きの声を上げた。他の皆も騒然としている。

「澪先輩の言ってたこと、本当だったんですね。階段があります。」

梓が下を覗いて感嘆の声を上げた。

「じゃあ、降りてみましょうか。階段は鉄製でかなり腐食してるから、歩く時には気をつけてね。」

曽我部先輩と私を先頭に、一列で中に入っていった。



「帝国陸軍?ここって戦争中の設備なのか?」

「ああ。さっきも説明したとおりだ。あの時は中を全く調べてないけど、恐らくはな。」

律もとても驚いている。さっきまで私を馬鹿にしていたけど、どうやら信じる気になっているみたいだな。私はドアの取っ手に手をかけて重い扉を開いた。

「「きゃああああああああっ!!」」

純ちゃんと梓が悲鳴を上げて抱き合ってその場にしゃがみ込んだ。ああ、そういえば骸骨が三体あったんだったな。軍人の。

「へへへ・・・へへへ・・・はうっ!」

「お、お姉ちゃん大丈夫!?」

唯が失神して憂ちゃんがそれを慌てて抱きとめた。これが唯の真の姿か・・・。操られていなかったら、梓やムギの血まみれの死体のシーンでこうなっていたんだろうな。他のメンバーも曽我部先輩を除いて恐怖の顔色が出ていた。

「まったく、だらしがないぞ、みんな。たかが骸骨じゃないか。」

「だ、だ、誰だお前!!み、澪がこんなものを見て平然としてられるわけないじゃないか!!」

「澪ちゃん、こういうものに耐性が出来ているのね?いつもの澪ちゃんらしくないわ。」

律とムギにむしろ私の方が怖いという表情で見られている。ううん、確かに私、死体の見過ぎで感覚が麻痺しているのかもしれない・・・。



「へえ、なるほどね。」

和が机の上に置いてある本をパラパラをめくって読みながらうなずいていた。

「どうしたんだ、和?」

「ここはもしもの場合の要人を匿う施設だったみたいね。でも、使われたことはなかったみたい。ただ、一度だけ役に立ったのは国に殉じた人たちの墓場として。」

ここにある骸骨は戦争中、もしくは戦後にここで自決したのかもしれない。とすれば、中から開閉できないここのシステムを外から操作した人物がいるはず・・・。それに、こういう施設は恐らく学校の地図には書き込まれていないはず。極秘のはずだからな。とすれば、あのゲームマスターはどうやってこのシステムを知って、唯にあのトリックを使わせたのか。

「ねえ、秋山さん?何を考えてるの?」

「いえ、なんでもありませんよ。」

謎は謎として残しておいたほうがいい部分もあるかもしれない。何でも暴こうとするのは探偵の欠点だ。私たち一般人にはミステリーとして残る部分があるのもまた一興だろう。





私は律と一緒に家路についた。現実世界では半日ぶり、私の体感時間では約一日半ぶりの我が家への道だ。

「おい、律。何不機嫌になってるんだよ?」

「別に。なんでもないよ。」

「いや、そんな仏頂面して無愛想な対応されてああそうですか、って言えるわけないだろ?」

律は大きくため息を付いてからしゃべりだした。

「お前が本当のこと言ってるのは分かった。あんな大掛かりな仕掛けを見せられたら、確かに澪はそういう体験をしてきたのかもしれないって思った。だから不満なんだ。」

「何が何だか分からなくなって不機嫌だったのか?それなら、なんで私にだけ冷たいんだ。唯やムギには普通に接してただろ。」

それを聞いて、律はさらにふくれっ面をした。

「澪、さっきから曽我部先輩、曽我部先輩ってずっと曽我部さんと話してた。」

「当たり前じゃないか。あの世界の記憶を持っているのは私と先輩だけだし。それに、協力者だからな。」

「それが気に入らないんだよ。お前が探偵で、曽我部さんがパートナーで助手なんだろ?」

「まあ、結果的には。」

「お前の一番のパートナーは私だ。今までもこれからも。」

「だったら、先に死ぬな。お前が油断して殺されたのが悪い。しかも変なダイイングメッセージを残して話をややこしくして。」

「し、知らないよ、そんなの!」

「それにお前が生き残っていたとして、推理に必要な冷静な分析力とか論理的判断とかできるのか?」

「う、うるさい!!私は澪の心の支えとして助けるんだ!!」

はあ、まったく・・・。いつも助けているのはこっちじゃないか。テスト前にいつも泣きついてきて、勉強を教えてやって・・・。最近自立気味の唯を世話している和が羨ましい。私と律はいつまで経っても関係が変わらないからな。でも、ま、いっか。こうして私のそばにいるだけでいいんだし。ずっと一緒なら。

「明日は英語の小テストだぞ。教えてやるから一緒に勉強するぞ、パートナー。」

私は律の手を引いて歩き出した。





第三部・最終編完
全編完



[22381] 後書き!
Name: アルファルファ◆f15e0d74 ID:2de55f33
Date: 2010/10/26 22:50
作者です。これで完結です。拙い文章ではありましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

なぜけいおんで推理小説なのか、という疑問をお持ちの方がたくさんいらっしゃるようですが、本編の推理より簡単なことです。アニメ版でムギがサスペンス風のプロモーションを作りたいと言っていた部分を見て、推理小説を書いてみたいと思っただけです。つまり、書きたいと思った動機が推理小説が先ではなく、けいおんなんです。台風の夜学校に閉じ込められた部員たちが一人また一人と消えていく、梓が音楽室で最初に殺される、というムギの発言の部分は踏襲しました。

クリスティーでよく使われるマザーグースの歌詞を使わなかったのは、単に作者がよく知らないから、またそれを使いこなす自信がなかったからです。そのかわり、学校七不思議を創作しました。七番目の不思議については、荒唐無稽でしょうが勘弁してください。

『そして誰もいなくなった』を引用したのはけいおんのレギュラー陣(曽我部先輩は準レギュラーですが)が全員集まるという必然性を作りたかったからです。レギュラー九人が全員揃うという状況を作るのが結構難しかったので。ぶっちゃければ、キーパーソンの曽我部先輩は最初はただの人数合わせで呼んだに過ぎません。

なぜ主人公が澪か、といえば頭脳があるからです。それならムギ、和、憂の方が探偵向きではないかと思われる方もいるでしょう。しかし、ムギは一見ではわからないダイイングメッセージを残せる能力を持ち、和がいると登場人物同士の口論も抑えてしまい内部対立が生まれない可能性が高い、憂では死体の入れ替わりトリックを使えません。なので、話の都合を考慮して消去法で澪です。ポジティブな考えではありません。

死体の入れ替わりトリックということで、唯を犯人にしました。だったらなぜ逆に憂が犯人ではだめだったか。恐らく憂が犯人ではボロを出さない気がします。推理小説では犯人がボロを出すので探偵が勝つのです。したがって、憂では本当に優秀なので犯人では不都合です。また、澪が主人公と決定した後だと、憂を登場人物欄の三番目に置けません。主人公との関係的に変です。サスペンスドラマの犯人はキャスト欄の三番目、というのをどうしても達成したかったので。

最後に。最初に書いたことですが、作者は素人です。推理小説も全部読んでいるわけではありません。小学生の時に少し読んで以来、最近になってまた読み出しました。公務員に合格して採用待ち、来年四月までバイトの時間を除いて超絶的に暇なんです。なので、元々好きだった推理小説・・・最近読んだのが、ポケットにライ麦を、オリエント急行殺人事件、ナイルに死す、そして誰もいなくなった。そう、最近読んだばかりで個人的にホットなのでその小説を使ってみました。昔はコナン・ドイルやエラリー・クイーンの方が好きだたったんですが、今はクリスティーばかり読んでいます。元々クリスティーが好きでなかったんですが、理由は小学生時代に読んだアクロイド殺しでそれはないだろうと思ったからでした。でも、歳をとったからかもう一度読んでみてその面白さに気づきました。皆さんも私のように好き嫌いせずいろんな作家の推理小説を読んでください。


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