「そりゃ間違いなく嫌がらせだろ。あのバカのやりそーなこった」
週明けの会議が始まる前の雑談タイム、藤野から報告を聞いた小早川はあっさりと切って捨てた。表情が苦々しいのには理由がある。
手渡された資料のクリーンタウンキャンペーンのクラス担当振り分け表が理由だ。各科の担当区域が決まり、職員会議でも『五点救済システム』と名付けられたシステムも承認されたので、各科の代表委員が議長となって各クラス単位での担当区域を決める会議を行ったのだ。前日までには柚と瀬川は提出してきたのだが、小早川は今日になってしまった。言い換えれば、それだけ担当の振り分けが紛糾し、時間を食ってしまったのだ。
言うまでもなく新宮の横槍である。辛うじて小早川の舌先三寸で批判の矛先を躱し切ったようだが、相当なストレスになったらしい。
「でもこれでキャンペーンの準備は整ったし、後は雑務だけだから」
「って事は、今日は学園祭関連なワケ?」
「そ。とりあえず、生徒会と各科の代表委員を合わせて、学園祭実行委員を結成できたから、今日から本格的に色々決めていこうと思って」
学園祭へ向けての概要は大体決まったが、まだ校長に提出できるレベルではない。もっと細かい事まで決めなければならない。
「あれ、じゃあ今日は書記とか会計とかいなきゃダメなんじゃん?」
「企画を練るのは僕らの仕事なんだって。議事録も後でUSBくださいって言われてサヨナラ」
ああ、と小早川は何となく察してくれた。
そろそろいい加減あの二人に対して怒鳴ってもいいんじゃないかなぁと思い始めた頃に、柚と瀬川が顔を出した。
「今日の議題は何?」
席に座りながら柚が聞いてくる。
「学園祭の事なんだけど、色々決めたくてさ。例えば、具体的にどんな出店をするのか、どういう形にするのか」
「なるほど」
「単純に店を出させるだけじゃ、社会見学とおんなじで、学園祭やってる気になれねぇもんな。やっぱ屋台とかやりたいし」
いつも通りふてぶてしい態度を取って小早川は言う。柚と瀬川も同意のようだ。
「うん。だから屋台組んで、いつもの営業もするけど出店も両方したいなって思って。組んでくれた店の配置図なら、それも出来るから」
「肉屋の周辺に肉関連の出店、魚関連、果物関連なら、か。一応その辺りも考えてあるしな」
商店街の店と出店のエリアを分けてしまうと、商店街側に客が偏り、肝心の出店が鳴かず飛ばずになる可能性がある。避けるためには混合させるしかない。
「その関連の出店を出すクラスから、普段営業する店の手伝いを何人か選抜するって考えになるの」
「最も効率的だと思うが」
「じゃあそれで決定で。あ、それと、考えてきたんだけど、出店にさ、材料はどこどこの店の何を使ってます! って表示させたらどうかなって思って」
アイディア力は藤野に分がある。言われて三人は「おお」と唸るように感心の声をあげた。
「それなら店の宣伝にもなるな。いいじゃん、それ」
「うむ。良いアイディアだ」
「これで出店関連はほぼ終了?」
「バッカ、まだあんだろ。容器の問題はどーすんだ。そこらへん考えてあんの、カイチョー」
小早川が口にしたのは一番最重要案件である。藤野はプリントアウトしておいた資料に目を通しながら難しい顔をした。
「そうなんだよ。学祭が三日間ぶっ通しでしょ、だから結構費用がかさみそうなんだ」
「実際どれくらいかかるの」
柚に突っ込まれ、藤野はうーんと唸った。
「使い捨て容器の場合だと、一度きりだからさ、お客が来れば来る程、コストは高くなっていくんだ。紙コップで行くと、大体一個が10円から15円くらいでしょ。って両手使っても計算しきれるレベルじゃないからね、柚」
「あう」
さらりと入れたツッコミに、柚は赤面して両手をひっこめた。掛け算で両手使うとは珍しい行動である。
そのタイミングで「例えば」とはさみ込んできたのが生き字引だる瀬川だ。
「去年までは一日三百人として、全員がドリンクを買ったとする。そうなれば10円の紙コップ三百で3,000円、それが三日間で9,000円だな。対して、一日千人の来客があって、千人がドリンクを買ったとしよう。千人なら10,000円だ。それが三日続いたとなれば30,000円になる。コストは三倍以上だな」
具体的な例を聞かされて、柚は「おお」とまた唸った。小早川が思わず小馬鹿にした視線を投げやるが、柚からは見えていない。
「じゃあお客が増えれば増える程コストが増えてくんだ。うーん」
両手を組んで厳しい表情をしながら考え込む柚だが、何かが出てくる訳でもなく。一分も経たない内に諦めた。
くそう。カワイイ。
などと思いつつも、見とれている場合ではない。実際問題、解決しなければならないのだから。
「その辺りはちょっと調査が必要かな。もっと大規模な学園祭とかフェスとか。そういうトコの方がコストでは悩んでるはずだからさ、対策とか考えてるんじゃないかな」
「あー、何かあったぞ、それ」
ちょっと待て、と小早川は眉間に皺を寄せて考え込む。何かを思い出すように、手が空気を掴んでは離す。藤野らはそんな小早川に注目した。
「フェスでさ、何か、ドリンク買って、飲み終わったら回収してたんだよ。ゴミとして、じゃなくてさ。再利用するとか何か。だから多めに金取られたんだよ。買った時に。まぁ結局返ってきたんだけど」
「調べてみよう」
言って瀬川は携帯端末を取りだしてタッチパネルを操作しだす。
「じゃあ瀬川が調べてる間に、別の事も考えよう。後、コストの問題で上がってきてるのは演劇とかなんだよね」
「ああー大道具とか作ったり、結構手間かかったりするもんね」
「プラス、その演劇には劇団の人たちが来て、演劇指導したりとかするでしょ。確か、脚本の相談とかもしてたと思う。そのギャラが予算結構食ってんだよね」
毎年、演劇を希望するクラスは多く、抽選すら行われる時がある。そして、一つの劇団が全てのクラスを担当するものだから彼らに来てもらう日数も必然的に多くなっている。
一般客も入れる学園祭だからこそ、演劇として一定以上のレベルを与えるための配慮で、お陰で毎年演劇の評価は高い。わざわざ演劇を見にくる客もいるという。客を誘致するためには、この評価を維持する必要もある。故に廃止する事はできず、去年も前任の生徒会長は手を出していなかった。
けど、もう手を出さないとね。
可能な限り赤字になる可能性を潰さなければならない。出来るだけのことを、今、やるしかない。
「調べて見たんだけど、その劇団は公演の度に千人以上動員するらしくて、中堅クラスなんだって。そんな劇団がずっと演技指導してる割には経費激安と言えば激安なんだけど」
「確か、学校と何かしら縁があるから格安とか何かだっけ。去年演劇やったから、そんな噂聞いたわよ、あたし」
「けどその格安っつっても十分キツいんだろ」
その通りだ。必要予算を限りなく削らなければならない以上、負担はかなり大きい。
「何か、見返りが必要って事なのかもね」
さらっと言われた一言に、藤野の閃きが刺激された。それだ。
「そっか。見返りだよ、見返り。何もお金支払うだけが見返りって訳じゃないよね。通貨が生まれるまでは物々交換の世界だったんだし」
指をパチンと鳴らして、藤野はさらに続ける。
「だったら、一日一回、公演してもらおうよ。毎年毎年、演技指導してくれるだけで全く外に出てないんだし、宣伝の意味を兼ねて」
「しかしそれは、いささか難しいだろう」
反論は調べている瀬川からやってきた。調べつつしっかり話は聞いていたらしい。
「中堅クラスもの劇団となれば、舞台監督も雇っているだろうし、美術や音響、照明などもプロを雇っている可能性が高い」
「そんなのにプロっているんだ」
「当たり前だ。特殊技能職に分類されるからな」
「でもそれって、ウチの演劇部で何とかならないのかなぁ。受賞したりしてるでしょ、確か」
総力をあげて部活動を奨励しているだけあって、演劇部のレベルも高い。去年は確か全国コンクールで銀賞を取ったはずだ。
「それなら大丈夫じゃね?」
ついと声をはさんだのは小早川だった。
「舞台監督ってのは分かんねーけど、俺らはさ、照明とか音響とか、その劇団員から指導受けてんだろ? だったら、自分たちでやってんじゃねーのか? 調べてみろよ」
「一理あるな。了解した」
調べるべき情報が増えたのだが、瀬川は苦にならないらしい。
どうやって調べるんだろう、と思っていたら、瀬川は次々と情報を拾い集めているらしい。その間に、藤野はさらにアイディアを口にした。
「それは調べてからにするとして、後は、パンフレットにもその劇団の広告とか出したらいいんじゃないかな。HPのアドレスとか、公演内容とか」
「それはアリだな。パンフは結構出回るし」
知名度を少しでも上げる、という事は劇団にとって重大なタスクである。広告掲載は喜んで食いついてくるだろう。
「調査が終わったぞ」
情報を取りまとめているのか、何やらメモを走り書きしつつ瀬川は言った。
「まず、劇団だが、小早川の言った通りだ。照明、美術、音響は劇団員がやっているらしい。さすがに舞台監督は外注らしいが、技術は超一級、専門職クラスらしいな」
「じゃあどっちにしてもウチの演劇部は役に立たないのか」
専門職クラスとなれば、以下に賞を取る演劇部と言えど到達できている領域ではない。
「いや、スタッフとしては貴重な戦力になってくれるだろう。交渉のカードとしては持っておいた方がいい。演劇部にしても、劇団と触れ合える訳だからメリットが勝るはずだ」
まぁ、交渉は学校がやるんだろうけど。と小早川が尻を持った。瀬川は頷いてから、次の話題に移る。
「それともう一つ。小早川の言っていた事だが、判明したぞ。リユースカップの事だ」
「リ、リユ? 舌回らないわ。何それ」
「再使用カップの事だ。柔軟性の高いプラで出来たカップで、洗浄する事で何回も使用が可能なエコ志向のカップだ。大体四回以上使用する事によって紙コップより環境へ与える影響が小さくなるらしいな」
「へぇ。そーいやそんな事言ってた気がすんな。ライブとかフェスとか、ゴミってかなり問題になるからさ、回収して当たり前って思ってっから、気にしてなかったけど」
小早川の口から出るとは思えないマナー発言だが、小早川はライブを純粋に楽しむタイプだ。ある意味当然なのかもしれない。
「じゃあさ。何で最初ドリンク買った時、金取られたんだ」
「テポジットというヤツだな、それは」
「何それ」
「テポジットとは保証金みたいなものだ。もしカップを回収できなかった場合は、そのカップを新しく購入しなければならない。その際に当てるための金額だ。むろん、カップをきちんと返せば返金される」
なるほど、と手を打ってから、「人質みたいなもんね」と柚が言いえて妙な事を放った。思わず苦笑しつつも、藤野の中で何かが疼く。
「コスト的にはどうなの? エコっていうから、安くつくの?」
問われて瀬川は少し渋い顔をした。
「長期的スパンで見れば、コストは安く済む。洗浄すれば何十回と繰り返し使えるのだから、使い捨ての紙コップのコストがいずれ上回るからな。逆に言えば、短期的に見るのであれば、紙コップなど、使い捨ての方が安く済む。遥かにだ」
「試算できねーの、それ」
「リユースカップを購入するとなれば、大量に受注すれば、一つにつき80円程度に抑えられる。紙コップは15円が妥当だろう」
単純計算で五倍以上だ。
「一日二回、洗浄して使って三日で六回使用したとすれば、辛うじてコストは安くつくが。もちろん洗浄費は除いての話だがな」
「うーん」
頭を悩ませる事案だ。だがリユースカップが持つ期待性は十分すぎるくらいにある。
後はどう使いこなせるかって事か。
色々調べる必要がある。藤野は頭の中で新しく入った情報を取りまとめていく。演劇に関するコスト削減、ゴミ問題。予算を大きく食う要素を解決できる光明が見つかったのだ。
「柚、出店とかやってる人たちに、どんな時間帯が売れるかとか、聞き取り調査お願いしていいかな。一日に二回、洗浄してサイクルできるかどうか確認したい」
「オッケ、任せて」
「瀬川はリユースカップについて、もっと詳しく調べて。もし、原価をもっと安くできるなら、それに越した事はないし」
「良いだろう」
「小早川は引き続きバンドの事をお願い。僕ら以外にも出演バンド欲しいしね」
「めんどくせーけど仕方ねーな。いいぜ、軽音からツテ伝っていくわ」
三人がそれぞれ了承をしてくれた所で、時間がやってきた。
「じゃあ僕は今の会議を取りまとめておくから、詳しく聞けたら教えて。今日はここまでにしよう」
ここまで言いきって、藤野はUSBレコーダーのスイッチを切った。議事録を作るためだ。
「お疲れー」
ガタガタと席を立って会議室を閉めて、藤野は真っ先に生徒会室へ向かった。