「おい土御門。これは一体なんなんだ?」
学園都市某所にて。
何らかの作業に没頭している土御門と、その様子を眺めているステイルとインデックスがいた。
彼らの目の前には、何やら造りかけの『機械』らしきものが置かれていて、土御門は設計図を見ながらそれを組み立てていた。
いや、組み立てているなんて簡素な表現で現してしまうのは実に物足りないだろう。
「何って、これこそが世界と世界をぶつけて歪みを発生させる装置だ。さっきの俺の説明を聞いてなかったのか?」
今までのふざけたような口調とは一転して、今の彼は真剣さが籠もっていた。
今回の一件が、それだけ重大なものとなっているのはもはや自明の真理だろう。
学園都市内に広まる、『レベル5御坂美琴失踪』の噂。
そのおかげで事態の収集を早める必要性が出て来てしまったのだ。
何せ裏で『上条勢力』などと呼ばれている人物達の内、当事者を含めてすでに二名も学園都市から行方不明となっているのだ。
それが原因で混乱が招かれないわけがないし、何より学園都市統括理事長であるアレイスター直々に資金が提供される位だ。
よほど今回の一件は重大なものになりつつあるのだろう。
「とうまだけじゃなくて短髪まであっちに行ってるなんて……」
インデックスは、上条当麻に対する心配の念もあるが、自分がまた事件に最初から関われなかったことに対する悔しさの念の方が大きかった。
またしても自分は上条に置いてかれ、何も知らないところに彼は勝手にどこか危険な場所へ出向いてしまう。
そんな扱いをされている自分が、堪らなく悔しかったのだ。
「大体は完成してるけど、後は実際に使ってみない限りはなんとも言えないな……もうすぐ正常に稼動するか実験してみる予定なんだが……」
土御門は、頭を掻きながらそんなことを言う。
ステイルはタバコを一回吹かした後、こう尋ねた。
「んで、この『機械』とやらはどのようにして世界の移動を実現させるんだ? 見たところ結構小さいように見えるんだけど……」
ステイルの言う通り、世界と世界をぶつけて歪みを生むにしては、その『機械』は少し小さいようにも思えた。
大きさと形状を説明してしまえば、小型ノートパソコンみたいな感じだ。
本当にこれで世界移動なんて偉業を為すことが出来るのか不安になってしまうだろう。
しかし土御門は、特に表情の変化もさせずに『機械』を弄りながらその疑問に答える。
「むしろあまり大きすぎるのもいけないんだ。これは今出来る最小限のデカさだが、最大限の大きさでもある。もし車位の大きさのものだとしたら、むこうにいった時に出現場所に困ってしまう。最悪の場合『機械』が破壊してしまうかもしれない。だからこれでいいんだ」
「それで、とうまがいる世界にはどうやって移動するの?」
土御門の説明を聞いた後で、今度はインデックスが尋ねる。
それに対しては、こう答えた。
「このキーボードみたいなところで世界の座標を設定する。そしてこの世界と指定した世界とをぶつけて自発的に歪みを作る。その歪みを通れば世界移動が出来るという寸法だ……これだけの設計を一気に出来るなんて、どこの化け物の仕業なんだか……」
確かに、不可能ではないと言ったのは土御門だ。
だが『機械』の設計自体をしたのは土御門本人ではなく、まったくの別人。
故に理論は分かっていたとしても、それが本当に上手く起動するのかは、正直な話組み立てている土御門本人でも分からないのだ。
だから先程何かを使って実験してみる必要があると言ったのだ。
それも、出来るだけ人に近い、もしくは人を使って。
「んで、完成はいつ頃になる予定なんだい?」
「後二、三日ってところだな。その日に実験をしてみて、成功したら俺達がカミやん達を迎えに行くって寸法だ。ただし、むこうの世界がどのような状況になってるのか分からないから、安全は保証出来ないけどな」
そもそも上条がどこの世界にいるのかもまだ判明していないのだ。
そんな状態で、果たして上条達のいる世界まで上手く移動することが出来るのだろうか?
「にしても、上条当麻がどこの世界にいるのかは分かっているのか?」
「それはこの『機械』が完成してから調べ始めるつもりだ。さっき言った実験も兼ねて、何台かの調査機を送らせる。その調査機は超能力者が無意識の内に発するAIM拡散力場を感知出来るって代物で、その反応があった場所に俺達も向かえばいい」
「け、けどとうまの右手は超能力も打ち消すものなんだよ? だったらそのAIなんとかって奴も発せられないんじゃ……」
インデックスの疑問はもっともなものであった。
厄介なことに、上条当麻の右手は超能力でも魔術でも解説出来ない代物なのだ。
だとしたら調査機に感知されることはまずないのでは?
だが土御門はその質問が来ることが予想通りであったかのような表情を浮かべながらこう答えた。
「カミやんがどこにいるかを探すんじゃなくて、常盤台の超電磁砲(レールガン)を探すんだ。恐らく二人は同じ場所にいる。わざわざ二人別々の世界に送るのは相手にとっても苦労でしかないからな」
愉快犯なら尚更だ。
土御門は更にそう付け加えた。
そしてしばらく時間が経過し。
「よし! 完成だにゃー!」
ここで始めて土御門がふざけた口調でそう告げる。
そう、『機械』が完成したのだ。
*
学園都市でそんな動きがある中。
異世界に連れて来られた美琴と上条の二人は、概ね平和に暮らしていた。
ただし……上条当麻はどこに行っても不幸な人間であることには変わりないが。
「財布が……カレーの具材が……」
本日フェイトとアルフに手料理を振る舞うことになっていた上条。
だがあんな騒ぎがあった為、具材は巻き込まれてどこかに紛失してしまい、財布はいつの間にか落としてしまっていた。
しかもこれ、フェイトの金だったりする。
「そ、そう気を落とさないで下さい……お互い無事だったんですから」
「けど、せっかくのご好意を無駄にする羽目に……不幸だ」
肩を降ろす上条。
現在上条と美琴、なのはにユーノの四人は、ビルの屋上から立ち去り人気のない公園に来ていた。
美琴・上条・なのはの順番に三人が並んでベンチに座り、彼らの前にユーノが立っていると言った感じだ。
「ったくしょうがないわね……私がお金貸してあげるから、これでなんとかしなさい」
「マジですか美琴様!? 今私には美琴様が美しき女神に見えまする!!」
「に、日本語がおかしいし何変なこと抜かしてるのよ!!」
ベンチから素早く立ち上がり、美琴の前でジャンピング土下座をしてみせる上条。
なんというか……後輩に情けで金を貸して貰っているこの光景を眺めるのは、実に情けないように思えて仕方がない。
現に、若干美琴となのはが引いていた(美琴の方は上条による『美しき女神』発言に対して若干照れているのもあって顔が赤くなっている)。
「さ、さてそろそろ本題の方に参りましょうか……」
場の収集がつかなくなりかけたところで、ユーノがそう話を切り出す。
それを聞いて、上条達も真剣な表情をする。
「俺はちょっと待たせてる奴らもいるからな。早めに終わらせてくれると有り難いんだけど……」
「善処はします」
上条の言葉に対してユーノがそう答える。
その言葉を聞いたものの、恐らく自分が思っているよりは長くなるだろうと上条は頭の中で考えた。
「それじゃあまずは私から……アンタは一体どうしてこの世界にいるのよ?」
「いきなり直球ど真ん中な質問だな……それにその質問は俺もしたいくらいなんだけど、とりあえず質問に答えるとだな、全身を黒い服で包んだ変な奴に連れて来られたってところか?」
流石に魔術等に関することは言えないと考えた上条は、嘘は交えずある意味大事な部分は省略して答える。
……もっとも、すでに美琴はなのはが使った魔法とかを見た後なので、隠す必要性はあまりなかったりするのだが。
それに。
「それなら私だって同じよ。いきなり変な男に出くわしたと思ったら、謎の空間に吸い込まれて、気付いたらここにいたのよ」
美琴もその人物に巻き込まれた被害者の一人なのだ。
自分の身に説明不能な事態が起きたことくらい把握していた。
もっとも、それが魔術によるものであることは知らなかったりするのだが。
「どうやら上条さんと御坂さんは、同じ人に出会ったみたいだね……それがどんな人で、なんの目的があるのかは知らないけど」
ユーノがそうまとめる。
それに少し付け加えるとするならば、上条はその人物の目的の一部を知っていて、それが文字通り『世界的問題』に発展しかけていることも知っていた。
もっとも、すべてを知っていると思っている上条ですら、あの男の目的の一部を知っているに過ぎないのだが。
「謎の男の襲来に、今こっちで起きてるジュエルシード事件……解決しなきゃならない問題が結構あるし、一つ一つが大きすぎる」
「そうね……あの男がどうして私達をこの世界に連れて来たのかを探るのも大切だけど、今は目先の問題を片付けないと……」
焦っていても、何も解決しない。
美琴はそう考えた上でそう答えたのだ。
どちらも早急に解決する必要はあるが、二つを並行してやるよりも一つずつ集中して片付けた方が早く終わるかもしれない。
それは上条とて同じ考えだった。
「それじゃあ今度は私からいいですか?」
今度はなのはがそう話題を切り出す。
だが、なのはが何かを言う前に、今からなのはが何を聞こうとしているのかを理解出来た上条は。
「ああ、分かってる。昨日どうしてお前の前に姿を現さなかったのか、だろ?」
「……はい」
どうやら上条の考えたことは正解だったようで、なのはは首を縦に頷かせる。
しかし、答えようにもどこまで言ってもいいのか上条には判断しかねた。
例えば、フェイトの存在について言ってもいいのか、とか。
例えば、フェイトが今回の件に関して別の方向からアプローチをかけていること、とか。
例えば、フェイトの手伝いを上条自身もしようとしていること、とか。
「んじゃ……説明するぞ」
とりあえず上条は、多少の嘘を交えながら説明をする。
若干不満そうな表情を浮かべながらも、美琴となのはの二人は納得してくれたようだ。
だが、『女の子』というキーワードが出た時、美琴の身体の周りにバチバチ! という音と共に小さな電撃が飛び交うのが明らかに目に映った。
そして、怒り混じりに一言。
「アンタは……アンタはまたなのかァアアアアアアアアアアアアア!!」
「いいっ!?」
いきなり立ち上がったかと思ったら、美琴はベンチに座っている上条目掛けて電撃を放つ。
もちろん上条は咄嗟に右手を突き出してそれを打ち消すが。
「「ちょっ……」」
上条達の周りにはユーノもなのはもいたわけで。
あまりにも突然過ぎるその光景に、二人はただ驚くだけだった。
「あ、あれだけの電撃を受けながらも、それすらも打ち消す上条さんの右手って、一体……」
「にゃはは……」
とにかく、今現在上条と美琴をに対するなのはとユーノの評価はこうだ。
「「(この人達……かなり凄い……)」」
魔法が使える小学三年生や喋るフェレットの方も充分凄いと思われるのだが、どうやらその部分に関してはあまり深くツッコんではいけないようだ。
「で、これからどうするつもりなんだ? ユーノ」
とりあえず話が一段落ついた(?)ところで、上条が今後の動きについて話を切り出す。
……とは言っても、つい先ほどなのはの助けになると言っておきながら、当の本人はフェイトの手伝いをしなければならない為、あまりなのは達の方に関われないのが現状だろう。
そして上条は頭の中で、二人が手を組めたらいいのにとも考えていた。
いや、もしかしたらその発想は間違っていないのかもしれない。
むしろ、一組で行うよりも二組でやった方が半分ずつ回収出来て効率がよくなるかもしれない。
ただ、二組が手を組むには目的があまりにも違い過ぎた。
片やジュエルシードを再度封印する為。
片や母親の為。
目的も、ジュエルシード自体のその後の扱い方も違うのに、果たしてこの二組が手を組めるのだろうか?
……一つ付け加えると、フェイトは自分の母親の為にジュエルシードを集めているのだが、その母親が何を企んでいるのかはさっぱり分かっていない。
少なくとも、あれだけの代物を使うとなると、正規の方法で活用するのではないのだろうと上条には予測出来た。
だからと言って、上条はフェイトの気持ちを無碍には出来なかった。
母親の為に集めているのに。
自らに愛を向けてくれなくなった母親のことを、それでもまだ愛しているのに。
『危険だから』のワンフレーズで上条が止められるはずがなかった。
「……上条さん?」
「え?」
上条が思考の中に閉じこもっていると、そんな上条に声をかける少年の声が聞こえた。
それは紛れもなくユーノの声であり、その声が上条を現実の世界に引き戻した。
「……悪い。聞いたのは俺の方なのに、思わずちょっと考えこんじまった」
「そうですか……それじゃあもう一度説明しますね」
そしてユーノはもう一度今後の動きについての説明を始める。
内容は至って単純なもの。
地道にジュエルシードの反応を探って、それを封印する。
これ以上の最善策は用意出来ないし、これ以外の方法など思いつくはずがなかった。
「こっちからあまり強いアクションは起こせないわけね……」
「厄介と言っちまうと、それまでだな」
美琴と上条が呟く。
事実、それが現状であるが故、まだまだすべてのジュエルシードを封印するには時間がかかりそうだ。
「けど、私はそれでも頑張るよ。ユーノ君の手伝いをする為にも、もうあんなことにならない為にも、自分の意志でジュエルシードを集めるって決めたんだから」
「なのは……」
決意を秘めた、しかしどこか悲しそうな表情を浮かべながら、なのはが言う。
簡単に消えるわけがないのだ。
記憶なんて、いずれ消える……だが、辛い記憶や悲しい記憶はなかなか消えてはくれないのだ。
だからこそ、その記憶は消してはいけない。
それを乗り越えなければならないのだ。
「ユーノ、それで一つ言わなきゃならないことがあるんだけど……」
「なんでしょう?」
ここで、上条がユーノに話しかける。
ユーノが答えてくれたので、上条は右手で髪を掻きむしりながら、少し申し訳なさそうな表情を浮かべながらこう言った。
「さっきは一緒に協力するなんて言ったけどよ、俺ちょっと別行動とらなきゃならないんだけど……いいか?」
「「「え?」」」
これには、ユーノも含めて美琴となのはの二人も思わず声をあげてしまう。
まぁ無理もないだろう……つい数分前の言葉を聞いた上でのこの発言なのだから。
上条だって、彼らがこのような反応をとるだろうということは予想出来ていた。
だからこそ、次に言うべき言葉も用意してあった。
「けど俺はなのはの邪魔はしない。むしろ出来る限り協力したいと思ってる。これは紛れもなく俺の本心だ。だけど、どうしても放っておけない奴らがいるんだよ。だから俺は、しばらくそっちで厄介になるつもりだ」
「そうですか……」
なのはが少し寂しそうな表情を浮かべながら、小さくそう呟く。
上条は、そんななのはの上に右手をポンと優しく乗せると、
「心配すんなよ。またお前のところに顔出すからよ」
「……分かりました。絶対ですよ? 上条さん」
「おうよ!」
笑顔で、上条は言葉を返す。
その一連の流れを見て、美琴が一言。
「この……ロリコン」
「何故に!?」
こうして、ひとまず上条はなのは達と別れたのだった。
*
とあるビルの屋上にて。
一人の男がそこから街の様子を眺めていた。
男は黒い服に身を包んでいて、黒い帽子を深く被っている為にその表情を確認することは出来なかった。
「どうやら幻想殺し(イマジンブレイカー)の実力を甘く見すぎていたようですね……まさかここまでスムーズにことが運ぶとは予想外でした」
魔術師にとって、どうやらここまでスムーズに物語(シナリオ)が進むのは想定外の出来事だったようだ。
だが、同時にこうも呟いた。
「ですが、ここまでは大体物語(テンプレ)通りですか……もう少し大きな変化を求めていたのですが……」
結局、上条が無自覚の内に選んだ道はまさしく『決められた筋書き通りに物語を進めること』だった。
御坂美琴(もうひとりのイレギュラー)がいながら、パワーバランスが崩れることはなく、二人の魔法少女は、未だに互いの存在を認知することはない。
このまま、自分が見た世界通りの展開を迎えるのだろうと考えると、魔術師は思わず溜め息をついてしまった。
「学園都市(むこうのせかい)でもそろそろ動きが見え始めていますし……少し厄介な展開になってきていますね……およそ予定通り、ではありますけどね」
彼とて、ここまで大きな動きをして見せたのだからそろそろ追っ手が来始めるだろうことは予想していた。
それも、計画の内に含まれていた。
「漂流者(イレギュラー)がたくさん混じることでこの世界がどのように動きを見せるのか……楽しみにしていますよ、皆様方」
そしてその場には、誰もいなくなった。
*
「というわけで、色々あったけどこうしてカレーの具材は買ってこれたし、おかわりもまだあるから、どんどんしてもらって構わないからな」
ようやっと上条はフェイト達のところへ帰って来れたのだが、その頃にはいつの間にか午後七時を回っていた。
更に言ってしまえば、フェイト達よりも随分と後に帰って来たので、フェイトによる『第一回上条当麻審問会』が開かれたとか開かれなかったとか。
よくも悪くも上条当麻は不幸な人間である為、なんとかそれで事なきを得た上条。
ちなみに、本日のメニューはチキンカレーに豆腐とワカメの味噌汁という、割と質素なものだ(いくら料理が出来ると言っても、某イギリス清教のおばあちゃん系シスターの如き神がかった料理を作れるわけではないのだ)。
それでもフェイトとアルフの二人には好評のようで……。
「トウマ、オカワリ!!」
「随分と早いけど、お前ちゃんと味わったんだろうな!?」
「当たり前だろ? アタシは上手い料理以外は食べないからね」
「ちょっと前までドッグフード食ってた犬の発言とは思えないな……」
「だからアタシは狼だって言ってんだろ!!」
「アーハイハイソウデスネ。アルフサンハリッパナドッグフードヲクラウオオカミデスネ」
「なんで全部片言なんだよ!?」
意味もなくハイテンションなやり取りをしている上条とアルフ。
そんな光景を見ながら、フェイトは笑っていた。
「フェイト~笑ってないで何とか言ってくれよ~」
「うーん……とりあえず、今度またドッグフード食べる?」
「全然解決してない上に話が繋がってない!?」
騒ぎながらの食事。
ちょっと前までのフェイト達にはとても考えられなかった光景だ。
母親の為に危険を承知でジュエルシードを集める、寂しそうな瞳をした一人の少女。
そんな少女のことが本当に大好きな使い魔の少女。
その中に上条当麻という存在が入るだけでも、ここまで変わるものなのだと果たして誰が予想出来るだろうか?
出会うはずのなかったこの三人は、しかし出会って良かったと思っていた。
「んで、今日のところはフェイトの方は収穫あったのか?」
スプーンで掬ったカレーを食べながら、上条は尋ねる。
フェイトはその質問に対して口に含んでいるカレーを飲み込んでから答える。
「うん。今日は一個集められたよ」
「そっか……」
全部で二十一個あるジュエルシード。
そのすべてが集まった時に果たして何が起きるのかなど上条は知らない。
けど、頑張っているフェイトの様子を見ると、少し頬が緩んでしまうのだった。
「この調子でどんどん集められたらいいな。俺も出来る限り協力するからさ」
「うん……ありがとう、当麻……」
フェイトは素直にお礼の言葉を告げる。
その言葉を聞いて、上条はまた笑顔を見せるのだった。
「んで、今度の捜索活動に関しては俺も一緒にいけると思うから……」
「そう? 良かった……」
「アンタがいてくれたら、なんとなくスムーズに事が運びそうだね!」
上条が次は一緒に行動出来ると告げると、フェイトとアルフの二人は喜んでいた。
人数が増えるに越したことはないし、なによりここ数日の内に上条当麻という人間の存在は大きくなってきているということなのだろう。
「んじゃ、これからも張り切っていきましょうか!」
上条のその言葉と共に、本日の夕食は終了となったのだった。
*
翌日。
美琴はなのはとその兄の恭也の付き添いとして、なのはの友人である月村すずかの家に来ていた。
なのははもちろんすずかに会いに行く為。
そして恭也は、すずかの家にいる忍に会いに行く為である。
何の行動予定のなかった美琴は、二人について行くことになったのだった。
「それにしても……随分大きな家ね」
お嬢様学校に通っている美琴の目から見ても、月村家は十分大きかった。
何せすずかもお嬢様なのだから、これくらい大きな家に住んでいて当たり前なのかもしれない。
さらに、出迎えてくれたのは……。
「恭也様、なのはお嬢様。いらっしゃいませ」
「ああ、お招きに預かったよ」
「こんにちは~」
出迎えてくれた人物に対して、恭也となのはがあいさつの言葉を述べる。
……出迎えたのは、なんと薄紫色の髪が特徴のメイドだった。
名前をノエルと言い、しかも月村家のメイド長なのだそうだ。
これにはさすがの美琴も驚く。
彼女とてメイドを見たことがないわけではないのだが、美琴が抱いていたメイド像が悉くブチ壊されたのだった。
主にいい意味で。
「あら? こちらの方は……」
「あ、はじめまして。御坂美琴って言います」
どうやら美琴のことを知らなかったらしいノエルが、美琴のことを見て不思議そうな表情を浮かべる。
対して美琴は、それが自分の名前を聞かれているのだと瞬時に判断して、自己紹介を済ませた。
「はじめまして美琴お嬢様。私はこの家のメイド長を務めさせていただいております、ノエルと言う者です。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げられたものだから、美琴まで慌てて頭を下げてしまう。
これには恭也もなのはも笑顔を見せていた。
何と言うか、初々しいというか。
「それではみなさん、どうぞこちらに」
「お、お邪魔します」
ノエル先導のもと、三人は扉をくぐって中に入る。
その扉をノエルが閉めると、三人の後ろをついて行くように歩く。
そして目的の場所に到達した彼女達だったが……。
「お、おお……!」
そこにはすでにお茶を飲んでいるすずかとアリサ、そして忍の姿があった。
そばには別のメイド―――ファリン(すずかの専属メイド)が控えていて、その人がお茶を入れてくれているらしい。
その光景だったら美琴だってもしかしたらまだ見る機会がありそうなものなのかもしれない。
ならば、美琴が感嘆の言葉を思わず漏らしてしまったその理由とは……。
「ね、猫!」
そう、猫だ。
彼女達の周りには、理由は不明だが猫がたくさんいた。
それが、美琴的にはドストライクだったらしい。
もっとも、一番のツボはこの世界じゃ恐らく見られることはないだろうゲコ太関連グッズなのだが。
「なのはちゃん! 恭也さん! 美琴さん!」
すずかが、三人が入ってきたことに気付いて、名前を呼ぶ。
忍の姿を確認した恭也の表情が、若干優しげになる。
「すずかちゃん!」
「こんにちは」
なのはと美琴が、すずかに向けて挨拶の言葉を述べる。
そんな中、忍が恭也の元まで近づいてきて……。
「恭也……いらっしゃい」
「……ああ」
そう言葉をかわすと、仲良さ気に会話を始める。
そんな光景を見ていた美琴がなのはにこう尋ねた。
「えっと……あの二人は一体どんな関係なの?」
「そうですね。お兄ちゃんと忍さんは高校からのクラスメイトさんで、今ではとっても仲良しさんなんです」
「へぇ、仲良しさん、ね……」
どう見てもそれ以上の関係に見えなくもない。
美琴は内心そんなことを考えていたのだった。
「お茶をご用意いたしましょう。何がよろしいですか?」
そんな中、ノエルが三人に向かってそう尋ねてくる。
すぐさま答えたのは、恭也だ。
「まかせるよ」
「私もノエルさんにお任せします」
お茶のことは詳しくは分からないので、そういう時はおいしいお茶を選んでもらうのが一番。
何も分からないのにダージリンとか言ったところで、本当の美味しさというのを理解することが出来ないだろう。
だったら人に聞いてしまった方が早いと美琴は判断したのだった。
ノエルはなのはにも何にするかを尋ねていたが、やはりなのはもおまかせするという選択肢を選んだようだ。
「ファリン!」
「はい、了解しました、お姉さま」
ノエルがファリンのことを呼ぶと、返事を返してお茶を取りにいく。
ちょうどその時、忍が恭也の手を掴み、ノエルに一言。
「じゃあ私は部屋にいるから」
「はい、そちらにお持ちします」
そうしてその場には、なのは・すずか・アリサ・美琴の四人だけとなった。
空いている二つの椅子の上には、いずれも猫が乗っかっており、なのははその猫を抱きあげると、そのまま椅子に座る。
美琴も同じようにしようと思ったが。
「あ……」
微弱な電磁波に気付いたのか、美琴が抱きあげようとすると猫は怯えたように震え、その場から脱兎の如く逃げ出す。
そんな光景を見て、美琴が一言。
「……分かってたわよ、こんな展開になることくらい」
「ま、まぁまぁ美琴さん落ち着いて……」
珍しくアリサが美琴のことを宥めている光景がそこにはあった。
*
場所を移して、現在月村家の中庭。
そこで四人は、ファリンが持ってきてくれたお茶とお菓子を楽しんでいた。
ちなみに、ここに来る前にファリンがお茶とお菓子をひっくり返そうになるという状況に陥ったのだが、それはまた別のお話。
「にしても、相変わらずすずかの家って猫天国よね~」
「そうね。私にも一匹分けて欲しいくらいよ……どうせ触れないけど」
アリサが、周りにいる猫を見ながら言葉を発する。
美琴もそれには賛成だったが、どうせ自分では触ることが出来ないので少しばかりふてくされていた。
ちなみに、なのはの肩にはユーノが乗っかっているのだが、先ほど猫に襲われかけたことが原因で猫を見る度に若干身体を震わせている。
微妙にカオスな空間に、思わずすずかは苦笑いを浮かべるのだった。
その時だった。
「……!?」
「……(なのは、もしかして何か見つけた?)」
目を見開くなのはに、美琴が小声で尋ねる。
他の二人は、猫を抱いているのに夢中になっていて、別段なのはの様子がおかしいことには気にかけていないようだ。
なのはは念話を使って美琴に言う(ちなみに美琴は魔法は使えないが、念話が使えるようにユーノからその為のものを受け取っている)。
「(多分すぐ近くにジュエルシードがあります)」
「(すぐ近く、か……けど今はお茶会やってる途中だし……そうだ)」
何かを思いついたらしい美琴は、念話の対象をなのはからユーノに切り替えて、
「(ユーノ、お願いできる?)」
「(うん、分かったよ)」
どうやらユーノも事情を把握していたようで、なのはの肩から降りると、そのまま何処かへ走って行く。
もちろんその場所には、ジュエルシードがあるという寸断だ。
さらに、この行動にはもう一つ意味がある。
「あ、ユーノくん!」
「え? ユーノくんがどうかしたの?」
案の定、なのはの言葉に対してアリサが尋ねてきた。
もう一つの意味とは、なのはと美琴が合法的にその場を離れることが出来るということだ。
もう少し詳しく言うと、なのはと美琴が、突然走り出したユーノを追いかけに行くことが出来るということだ。
「ユーノが何かを見つけたみたいね。ちょっと私達で探してくるわ」
「あ、あの。一緒に行きましょうか?」
すずかがなのはと美琴にそう尋ねる。
確かに大人数で探した方が手っ取り早いだろう、普通ならば。
しかしこれはあくまでも演技。
ユーノがいる場所を二人は把握しているし、むしろすずかやアリサが来てしまえば危険な目に遭わせることになってしまうかもしれない。
それだけは、何としても避けなくてはならない事態なのだ。
なので。
「ううん、大丈夫だよ。すぐ戻ってくるから待っててね」
なのははそう言うと、美琴と共に走り出す。
そんな様子を、すずかとアリサは若干不安そうに見送るのだった。
*
「これは……何だ?」
現在、上条はアルフやフェイトと一緒にとある屋敷の庭の一部らしき森に来ていた。
理由は簡単で、そこからジュエルシードの気配を感じたからだ。
だが、そこで感じたのはなにやらよく分からない空間だった。
「結界だよ」
「結界? そりゃ一体何なんだ?」
上条はこの世界における魔法のことを知らない。
だから『結界』と言われたところでそれが何なのかを理解出来るはずがなかった。
そんな上条に、フェイトが分かりやすく説明する。
「簡単に言うと、魔法で作り上げた大きな空間。そこは結界が張られていない空間と時間の流れが違っていて、周りから結界の様子を把握することは出来ないの」
「なるほど……って、魔法で作り上げた空間なら、俺の右手が……」
そう言いかけたところで、上条はハッと思いつく。
確かに上条の右手は異能の力なら例外なく打ち消せる。
だが、錬金術師(アウレオルス・イザード)の件のように、核を潰さなければ破壊出来ないものもあった。
もしかしたら、この結界もその類なのかもしれない。
そのことに気付いた上条は、今言おうとした言葉を呑みこんだ。
「けど、一体どこに……」
「ちょっと待って! 何かを感じるよ!!」
アルフが二人に警戒するように忠告する。
一気に緊張が走る。
敵はもしかしたら、また化け物となって襲いかかってくるかもしれない。
ジュエルシードの暴走による周囲への被害はかなり大きい。
しかもその力は狂暴だ。
かつてその場に二回も居合わせたことがある上条としては、何としてもこの場で止めたいところではあった。
そして、今回の敵が姿を現す。
「くっ! なんてでかさだ!!」
それが何なのかはっきり理解することは出来なかった。
光に遮られて、視界がなかなかはっきりとしないのだ。
大きさから考えて、今回の敵も相当厳しいものとなるのだろう。
彼らの頭の中では、そんな共通認識があった。
だからだろうか。
「「「……………………は?」」」
その敵の正体を見た時。
一瞬、いやかなり長い間目を見開いてしまった。
「えっと……あそこにいるのって」
「もしかしなくても……」
「猫……だよな?」
アルフ・フェイト・上条の順番で言葉を発する。
そこにいたのは、かなり巨大化した、鈴つきの首輪をつけている猫だった。
「えっと……猫ってあんなに大きかったっけ?」
「いや、そんなはずはないと思うよ。恐らくあの猫の大きくなりたいっていう願いが正しく叶った証拠かと……」
「いやいや、漫画じゃあるまいし、願い事の叶え方を絶対に履き違えてるだろ!!」
「確かにデカくなってるけど、これじゃあな……」
フェイトの言葉にツッコミを入れる上条と。
巨大猫を見て呆れながら言葉を呟くアルフ。
自分がどんな状況に陥っているのかも理解していない猫は、呑気に『ニャ~オ』なんてかわいらしい鳴き声をあげている。
何と言うか、今回はかなりやりづらかった。
「ちょ、ちょっと待てよ……」
「どうしたの? 当麻」
上条は、焦ったように言葉を発する。
そんな様子の上条が気になったフェイトが、首を傾げながら尋ねてきた。
猫の方を見ながら、上条は言う。
「何かあの猫、こっち向いてないか?」
「……確かに、向いてるかもね」
「うん、というか、確実にトウマのことを見てる気がする」
上条の言葉に同意するフェイト。
そしてさらに状況を付け足すアルフ。
……嫌な予感が、上条の頭をよぎった。
そしてそれは、現実となる。
突然猫は、ドスンドスンという巨大な足音を立てながら……上条達のところまで接近してきた。
それも、『ニャ~オ』という甘えた声と共に。
「た、単純に遊びたいだけなんだろうけど」
「これはこれで……」
「不幸だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
空中に逃げられるフェイトとアルフはともかく。
己の足で逃げるしかない上条は、そのまま猫に追いかけまわされる羽目となるのだった。
何と言うか、どこまで来ても不幸な人間である。
「と、当麻……ちょっと待っててね。今助けるから」
とりあえずフェイトは、上条を助ける為&猫を足止めする為に魔法の弾を撃つ。
だが次の瞬間。
「んぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
猫の足にそれが当たったことで、その猫は横に倒れる。
そしてその先にいたのは……逃げていた上条だった。
つまり。
「あ」
アルフが思わず口をポカンと開けてしまう。
そう、上条は倒れた猫の下敷きとなってしまったのだ。
「とりあえず、早くジュエルシードを……!!」
上条を猫からどかしてやるにも、猫の中のジュエルシードをどうにかしない限りには何ともしようがない。
引き続きフェイトは猫に攻撃をするのだが……。
『Wide Area Protection』
デバイスから発せられる固有の声と共に、それらすべてが防がれる。
煙が消え去った時に見えたのは、機械染みた杖を構える白き魔法少女だった。
それこそが、二人の魔法少女の出会いだった。
*
なのはは本当にギリギリのタイミングでそこに現れた。
もしもう少し登場するのが遅かったら、猫が謎の金髪の魔法少女によって傷つけられていたかもしれない。
草陰には、結界を維持しているユーノがいて。
その近くに美琴がいた。
金髪の魔法少女は、木の上からなのはを見て、まるで独り言のようにこう呟く。
「同系の魔導師。ロストロ・ギアの探索職」
「!?」
その言葉を聞いて、ユーノは気付いた。
間違いない、この少女はユーノと同じ世界からやってきた人物であり、ジュエルシードの正体に気付いている。
「バルディッシュと同系の、インテリジェント・デバイス……」
「バル、ディッシュ……」
どうやら少女が持つ斧のようなデバイスはバルディッシュというようだ。
なのははその言葉を呟く。
「ロストロ・ギア……ジュエルシード」
『Scythe Form,Set up』
少女の呟きと共に、デバイスから声が発せられる。
瞬間、そのデバイスが姿を変え、金色の光を放つ鎌みたいな形状と化す。
「な、なによあれ……」
思わず美琴は言葉を発する。
それが何に対する驚きなのかは不明だが、少なくともこの少女は自分達にとって味方ではないことは確かだった。
そしてそれを決定づけたのが……。
「悪いけど、頂いて行きます」
「!?」
木から飛び降りたかと思うと、一気になのはとの距離を詰めて行く。
その時、レイジングハートから言葉が発せられて。
『Evasion,Flier Fin』
同時に、なのはの足にピンク色の羽根みたいなものが生える。
そして金髪の少女が斬りつけてくるよりも早くに……空中へと飛んだ。
「と、飛んだ……?」
まさか空を飛ぶとは思っていなかっただけに、さすがに美琴も驚きを隠せずにいた。
そのまま空中戦を展開するなのは達。
美琴も助太刀をすることも出来たが、そうしようとする前に動きを止めてしまった。
何故なら。
「お~い! ちょっと~!! 誰かこの猫どけてくれ~!! 重いんだよ!!」
「あれ、この声って……まさか……」
とりあえず美琴は、猫に近づいてみる。
そしてそこにいたのは……。
「あ、アンタ! 何でここに!?」
「ちょっとした都合があってな……不幸だ」
現在進行形で猫の下敷きとなっている上条が、そこにいた。
*
「くっ! どうしてこんなことを……」
空中で小競り合いをするなのはとフェイト。
互いの名前も知らない二人の魔法少女は、懸命に戦っていた。
と言っても、若干フェイトの方に余裕があり、
「答えても多分、意味がない」
「!」
バシン!
その言葉をきっかけに、なのはとフェイトはその場から離れる。
そして、距離をとって。
『Device Mode』
バルティッシュからそう言葉が発せられると、鎌みたいな形状をしていたそれは姿を変える。
対するなのはのレイジングハートは、
『Shooting Mode』
射撃に特化した形へと変わる。
そして。
『Divine Buster,Stand By』
『Photon Lancer,Get Set』
互いに攻撃する為の準備をする。
そんな中で、なのはは心の中でこう呟いていた。
「(きっと、私と同い年くらい……綺麗な髪と……綺麗な瞳……)」
そして、ちょうどその時だった。
「畜生! どきやがれコンチクショぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「え!?」
声が聞こえた。
なのはにとって今この場にいるはずのない人の声が。
フェイトにとって今この場にいて当然の人の声が。
そしてなのはは、猫が起き上がる場面を見ると同時に、その人の姿を見ることが出来た。
だが、それこそが命取りだった。
「……ごめんね」
バルティッシュの先に、金色の魔力弾が作られる。
そして、
『Fire』
バルディッシュの声と共に、金色の光線が一気に放たれた。
それはなのはに向けて一直線に近づき。
「!?」
気付いた時には、もう遅かった。
なのははその攻撃をかろうじて『Protection』で封じていたとはいえ、そのすべてを防ぎきることは出来なかった。
その反動により、なのはの身体は宙に飛ばされる。
「な、なのは!!」
慌てて美琴がなのはの落下地点まで走る。
そして落下地点まで滑りこんで……。
「間に合えぇえええええええええええええええええええええええええええええ!!」
ズザァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
なのはの身体を抱えながら、美琴は思い切り地面を滑った。
おかげでなのはの身体にそこまで大きな傷を負うことはなかった。
だが、完璧になのはは気絶していた。
そんな様子を見ていたフェイトだったが、すぐさま猫の所まで歩みより、
「イテテ……今、なのはが落ちて行く所を見た気がしたんだけど……」
そこで何かを呟きながらようやっと立ちあがってきた上条を見つけた。
「ごめんね……私のせいで」
「いいって。それよりも早くジュエルシードを封印しちまおうぜ」
「……うん。危ないから当麻は離れてて」
「いや、ちょっと待ってくれ」
「え?」
危険だから上条に離れているようにと忠告するフェイトの言葉を流して、上条は再び猫のところまで近寄る。
また踏みつぶされてしまうという危険はありながら、それでも上条にはやらなくてはならないことがあった。
言葉で表してしまうと、ものすごく単純なことだ。
「……」
ポン。
優しく、上条は猫の身体に右手を乗せる。
すると、猫の身体が縮んて行き、そこからジュエルシードが出現した。
どうやら今回の場合は、以前のものとは大きく違っているようで、上条が右手で触れただけで旨い具合に反応してくれたみたいだ。
「さぁ、フェイト。封印してくれ」
「う、うん」
これこそ、猫を傷つけずにジュエルシードを封印する為の処置だった。
フェイトにそう言った後で、上条は猫を抱えてその場から離れる。
そしてその言葉に応えるようにフェイトはジュエルシードの元に歩み寄り、
『Captured』
ジュエルシードの封印を終えることが出来たのだった。
「……はぁ。これにてめでたしめでたしってわけか」
思わず溜め息混じりにそんな言葉を吐いてしまう上条。
だが、辺りを見回した所で美琴に抱かれている、ぐったりとした状態のなのはを見て……。
「な、なのは!?」
「あ、当麻!」
フェイトのことを軽く無視して、なのはと元へと駆け寄る。
その表情は、結構焦っているようにも見えた。
「大丈夫よ。気絶してるだけだから」
「そっか……よかった……」
美琴の言葉を聞いて、すっかり安心しきった表情を見せる上条。
一方で、美琴はフェイトのことを一瞥した後、上条に尋ねる。
「で、あの子なの? 放っておけない奴って言うのは」
「……ああ、そうだ」
質問に対して、上条はそう言葉を返す。
「何かしらの事情があるみたいね。あの子、なのはに攻撃する時に『ごめんね』って言ってたわ。何か知ってるの?」
「…………いや、知らない」
本当は知っているのだが、美琴にはそう言うしかなかった。
あまりフェイトの心境を伝えるべきではない。
そう考えたからだ。
そんな上条の考えを汲んでか汲まないでか。
「分かったわ。だったらこれ以上は詮索しない。アンタはその子の所へ行ってあげなさい。なのはの方は、私がなんとかするから」
「……ありがとう、御坂」
「べ、別にこれくらいどうってことないわよ」
上条にお礼の言葉を言われて、少し素直に言葉を返せない美琴なのだった。
*
次回予告
なのはの完全敗北という形で決着がついた最初の遭遇。
一方で、黒き魔術師は物語にアクセントをつける為に新たなるイレギュラーを用意する。
突如謎の黒服達にさらわれるすずかとアリサの二人。
偶然その様子を目撃してしまった上条が、美琴と協力して二人を助けに行くことになる。
そしてそこで、出会うはずのない人物と遭遇する。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)
『イレギュラー』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。