<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[22190] とある世界の魔法少女(パラレルワールド) 魔法少女リリカルなのは×とある魔術の禁書目録
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/07/24 08:31
前書き

この小説は、魔法少女リリカルなのはの物語を中心として、禁書目録のキャラクターが数名登場致します。
そしてオリキャラも登場します。
オリジナルエピソードもあります。
(この作品は、小説家になろう様にも同時投稿をしております)
(あらすじ)学園都市内に魔術師が侵入したという知らせを受けた上条は、その魔術師を探す為に街の中を探索することとなった。そして魔術師を見つけた上条は、その人物に話しかける。すると相手が攻撃してきて、上条はそれを迎撃する。ところが、次の瞬間に上条の足元に穴が出現して……。

2010年9/26(日) 無印『ジュエルシード』編連載開始
2011年4/4(月)  無印『ジュエルシード』編完結
2011年4/7(木)  A's『闇の書事件』編連載開始
2011年6/1(水)  A's『闇の書事件』編完結
2011年6/13(月) オリジナル『正義の味方』編連載開始



[22190] 無印『ジュエルシード』編 0『プロローグ』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/01/21 11:10
学園都市。
人口およそ二百万人のこの街は、そのほとんどを学生が占めていた。
その学生達というのも些かまともではなく、ここに住む学生のほとんどが、何らかの超能力を持っている。
その超能力というのが、学園都市独自のカリキュラムと、進んでいる科学力によって開発されたものなのだ。
超能力の理論まで科学を用いて解き明かしてしまった……学園都市とは、そんな科学都市なのだ。
そして、そんな学園都市に住んでいる学生の一人である、上条当麻という少年は今、

「うわぁあああああああああああああ!!」

街中に突然出現した穴から落下している途中であった。



そもそもこうなった原因は、上条の友人である土御門からの突然の連絡にある。
いつものように上条がのんびりと休日を過ごしていた時に、いつものふざけたような口調がなく、真面目である仕事モードの土御門からの電話が来た。
もちろん上条は居候であるインデックスを家に置いて、指定された場所に向かう。
するとそこには、金髪サングラスの土御門の他に、十四歳のくせに二メートルはあるだろうと思われる程馬鹿みたいに背が高く、何故かタバコをくわえている魔術師、ステイル=マグヌスの姿もあった。
理由を聞けば、学園都市に侵入した魔術師を捕まえろとのことだった。
どうやらその魔術師はインデックスを狙っている可能性もあるらしく、それが理由で上条も駆り出されたというわけだ。
まったくもって理不尽極まりない理由である。
そうして始まった魔術師探しだったが、三人で各場所を探すことになって、上条は学校周辺を探していたのだが……。

「あ、怪しい……」

上条は明らかに怪しい人影を発見。
全身を黒い服に包んでいるその人物は、上条からだと性別すらも判別不能だった。
だが、上条の勘が告げていた……この人物は魔術師に違いない、と。

「ちょっと待て」

前を歩く黒い服の人物に、上条は話しかける。
上条の声を聞いたその人物は、一瞬ビクッと身体を震わすも、こっちを振り向こうとはしなかった。
それでも立ち止まった為、上条はそのまま背後まで近づき、歩幅三歩分位の距離からその人物に話しかけた。

「この辺じゃ見ない顔だけど……テメェは誰だ?」
「……分かっているんでしょう? 私の正体が何なのかを」

冷静な声で、そう返ってきた。
声質から想像するに、この人物は若い男性。
そして、間違いなく……魔術師(クロ)。
そう思った上条は次に何かを言おうとして、

「そういう貴方は……上条当麻(イマジンブレイカー)ですよね?」
「なっ……!?」

いきなり自分の名前を告げられて、上条の顔は驚きに染まる。
謎の人物……魔術師は、気にせず言葉を続けた。

「貴方の存在は今回の計画を実行する上で邪魔ですからね……貴方をこの世界から消させて頂きます」
「ちっ……!」

魔術師は、上条から距離をとったかと思うと、即座に上条の方を振り向く。
そこまで来て、上条は気付いた。

「周りに……人がいない?」

そう。
ここにいるはずの一般人が、誰一人いないのだ。
それはつまり……考えられる可能性はただ一つ。

「人払いをしておきました。誰にも邪魔されたくなかったもので」
「余計なことを……」
「さて、そろそろ始めますよ!」

瞬間。
魔術師の周囲に、数個もの魔法陣が出現する。
そしてそこから、黒く染まった何かが出現した。

「な……なんだ!?」

それはまるで、機械のようにも見えた。
恐らく、魔術師が呼び出したものなのだろうが、普通に上条の身長と同じか、それ以上の大きさを誇っていた。
腕の部分には、ドリルみたいなものも見受けられる。

「異世界から引っ張り出してきたものです。とりあえずこれで実力を試させて頂きます」
「うをっ!」

全機突撃。
魔術師の言葉と共に、その機械は一斉に俺に突っ込んできた。
そこで上条は、心の中で呟いてしまった。

「(これは……右手で打ち消せるのか? もし打ち消せなかったら、俺は……)」

そこまで考えて、上条は思考を無理やり止める。

「いや、その前にまずは目の前の敵を倒そう」

目の前にいる敵を倒す方法を考えるのが先決。
上条はそう考えた後で、決意を秘めたように右手拳を握る。
そして、宣言した。

「いいぜ……何が目的なのかは知らないが、テメェが詰まらない野望(げんそう)を抱いているって言うのなら……まずは、そのふざけた幻想をぶち殺す!!」

そして上条は勢いよく地面を蹴った。
まずは突っ込んでくる一体目の機械からの攻撃を避けて、続く二体目の攻撃を避けられないと判断した上条は、

「くそっ!」

一か八か、上条はそのドリルに向かって右手拳を喰らわせた。
瞬間、バキン! という世界が悲鳴をあげたような音が響いた。

「もしや……いける!?」

右手の効果が効く。
それが分かった瞬間、上条の前にいる敵が、未知の敵ではなく、壊すことが可能となった機械となった。
いくら機械と言えども、所詮は魔術によって生み出されたもの。
つまり、幻想殺し(イマジンブレイカー)で殺せる幻想なのだ。
分かってからの上条は強かった。
次々と機械を右手で打ち壊していき、とうとうすべての機械を打ち壊した。

「やるじゃないですか……すべて壊しきるなんて。言うだけのことはありますね」
「……これでも何回もこういった場面に遭遇してきたからな。ある意味こういう危険な出来事には慣れてるのかもしれないな」
「嫌な慣れですね……出来れば私はそんな慣れは経験したくないものです」
「俺だって嫌だっての」

上条とて、出来ることならこんなことには慣れたくはない。
平和な生活を望んでいるのに、相手方はなかなかその望みを叶えてくれないのが現実なのである。
そして、今回に至ってもそれは叶わなかった。

「ですが、今回もまた、貴方にはちょっと危険な出来事に巻き込まれて頂きます」
「え?」

魔術師がそう言った瞬間。
上条の足元に……突然魔法陣が出現したかと思うと、その範囲分の地面が、消滅した。

「なっ……!?」

それはあまりにも唐突過ぎて、上条はそんな声しか出せなかった。
上条の身体は、そこに出来た穴に引きずり込まれていく。
慌てて右手を差し出したが……何の反応も見せなかった。
なんとかその右手で地面に捕まると、上条は上を見上げた。
そこには、不敵な笑みを浮かべる魔術師がいた。

「残念でした……隠密術式を魔法陣の上に張ってましたから、その魔法陣が見えなかったんです。そして貴方は私の思い通りに動いてくれました。だから貴方はその穴に落ちてしまったのです。一応言っておきますが、幻想殺しは効きませんよ? 何しろ、それ自体は私が少し前に掘った、ただの穴ですから」
「く……そ……!! なんでそんなことが……!」
「わかっていたからですよ。貴方がこういったアクションを起こすことが」

その言葉に上条はわずかながらの違和感を感じつつ、こう思った。
ここから落ちたら、間違いなく……死。
だが、魔術師はそんな上条の思考を読み取ったのか、こんなことを言ってきた。

「安心してください。ここから落ちたところで貴方は死にませんよ。ただ……この世界ではなく、異世界に移ってしまいますが」
「い……世界?」
「並行世界(パラレルワールド)……とでも言いましょうか。貴方にはそこに行って貰います。言ったじゃないですか。貴方をこの世界から消させて頂きます、と」
「何が……目的だ?」

上条は必死に地面にしがみつく。
魔術師はそんな上条を愉快そうに眺めながら、言った。

「……世界の、再編成です」
「世界の……再編成?」
「私達の世界はあまりにも曲がり過ぎました。そんな世界はもう破滅を迎えるしかない。成長なんか望めないんです。ですから私は、その望みを平行世界に託しました。何処かにきっと曲がっていない世界があるはず。それを信じて……」
「……」

上条はあまりにも飛びすぎた話についていけず、何も言葉を返せずにいた。
体力は尽きてくるばかり。
このままだと上条の身体は、この穴を通じて落ちてしまう。
だが、魔術師は気にせず話を進めた。

「そして結局見つからなかったんです。どの世界も曲がっていて、間違った道を歩み続けている。どの世界にも、待ち受けている運命は破滅だけ……ならばすべての世界を、一度リセットしてしまえばいい。そして新たなる世界を……曲がることのない世界を創るんです。これが今私が抱いている野望(げんそう)です。貴方はそれでも、私を止めますか?」

魔術師は今にも落ちそうな少年に向かって尋ねる。
少年は、魔術師の顔を見て、答えた。

「止めてやるさ……そしてお前の抱いている野望(げんそう)が間違っていることを認めさせてやる……だから、俺が戻ってくるまで、せいぜい首を洗って待っていやがれ……もしくは、テメェも此方へ来い!」

目を見開く。
あまりにも強い宣戦布告に、魔術師は少しばかり驚きを見せた。
そしてその後に、魔術師は笑った。

「ハハハハハハハハハ! 面白い人ですね、貴方は……いいでしょう、その勝負、受けてたちましょう!」

そう言った後で、魔術師は更にこう付け足した。

「ですが、私はまだ戦うに相応しい舞台の準備を整えなければなりません」
「……まさか、他の奴も巻き込もうとしてるんじゃあ……!」
「そのまさかですよ。ですが、貴方が勝利した暁には、きちんと元の世界に戻してあげますよ。それとも、勝つ自信がないんですか?」

魔術師のそんな問いに、上条は答えた。

「いや、あるさ……当たり前じゃねえか」
「その意気です。それじゃあ始めましょうか、上条当麻(イマジンブレイカー)」
「ああ……魔術師!」

そう上条が言葉を返すと共に、

「あ、言い忘れていましたが、どこの世界に通じるのかは貴方次第ですからね?」
「え?」

呆気にとられたような表情を見せた後に、

「うわぁあああああああああああああ!!」

上条当麻は、穴の中に落ちた。
魔術師は、そんな上条の様子を一瞥してから、穴に背を向けて、言った。

「さて……それでは始まりですね。私の信念が勝つか、貴方の信念が勝つかのぶつかり合いが」

そしてその場から、人がいなくなった。
こうして上条当麻は、この世界から消え去った。
そして異世界にて新たなる出会いを果たし、新たなる事件に巻き込まれることになるのだが、この時上条は、そこまで予測することは出来なかった。

とある世界の魔法少女(パラレルワールド)、開幕。





















[22190] 無印『ジュエルシード』編 1『出会い』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/01/21 11:10
海鳴市。
そこは特に変わったような部分は見られない、いわば二十一世紀の日本をそのまま具現化したような感じのその街に、

「ここ……どこ?」

上条当麻は迷い込んでいた。
そもそもこの場所にいるはずのない上条だったが、先ほどの魔術師との戦いの結果、こうしてこの場所に来てしまったというわけである。
つまりここは、上条当麻から見てみれば異世界ということになる。

「マジで異世界に来ちまったぜ、俺……」

街中にいきなり現れた、上条当麻(イレギュラー)。
出現時、彼はものすごく黒い光に包まれながらこの世界に出現した。
もしそんな場面を誰かに見られていたとしたら、結構まずいことになっていたことだろう。
しかし、幸いにもここは路地裏だ。
こんな場所に来ることなどそんなにないはずなので、特に不審がられることもなかったのであった。

「とりあえず……まずは街の中を探索して、ここがどういう場所なのかを調べなきゃな」

ここに来たばかりである上条にとって、鳴海市という場所は未開の土地。
おまけに、今の上条はこの街の名前すら知らないのだ。
せめて街の中を……出来ることならこの街のことについても調べたいところでもある。

「そうなると一番手っ取り早いのは……図書館だな」

図書館に行けば、この街の歴史とかが載っている本がある。
街の名前だけでなく、歴史についても調べられるという、今の上条にとってありがたい場所なのだ。
とりあえず、その為にもまずは路地裏から出て街の中へと戻る。
まだ朝というだけあって、通学・通勤している人達がポツポツといた。
そんな中で上条は図書館に行こうとして、ここで一つ問題が発生。

「………………………………図書館、何処だ?」

先ほども述べた通り、上条はこの街に来たばかりである。
もちろん、この街の名前だって知らない。
そんな人物が、果たしてこの街にある建造物を知っているだろうか?

「……不幸だ」

思わず頭を抱えながら、そんなことを呟いてしまう上条。
まぁ異世界に来てしまったこともあるので、そんな彼が当惑するのも、当然と言えばそこまでだろう。
もっとも、事情を知らない人達から見れば、単なる変人でしかないのだが。
そんな上条(へんじん)に話しかける、物好きな……いや、心優しい人物がいた。

「あの……どうかしたんですか?」
「へ?」

背後から声が聞こえてきたので、上条は咄嗟に後ろを振り向く。
だが、目線の先にそれらしき人物はいなかった。
だが、間違いなく人の気配はする。
だというのに、目線の先には自分に話しかけてきただろう声の主はいない。
ここまで来て、上条はある一つの答えを導き出した。

「(まさか……)」

そしてその答えを確かめる為に、上条は顔を下に向ける。
するとそこには、心配そうな表情で上条のことを見つめている、茶色のツインテールの少女がいた。
少女は赤いランドセルを背負っており、白い服を着ていた。
恐らくその服は学校指定の制服なのだろう。
そして上条は、見た目小学校中学生位の少女に話しかけられたのだ。
しかもその理由は、上条が頭を抱えていたからだというもの。
どうやらこの少女、上条が悶絶している姿を見て、何処かが痛いのかもしれないと思ったようで、

「大丈夫ですか? 頭が痛いんですか?」

なんてことを、しきりに上条に尋ねていた。
だが、当の本人は至って健康体である。
夏休み以前の記憶が吹っ飛んでいることを除けば、だが。
今は記憶喪失の話は関係ないとして、とりあえず上条は怪我や病気を負っているわけではない。
これから自分がどうするべきなのかについて悩んでいただけなのだ。
だから上条は、自分を労ってくれる少女の目線に合うようにしゃがみ込むと、右手で少女の頭を優しく撫でながら、こう言ったのだった。

「いや、特にそういうわけじゃないから大丈夫だ。ありがとな、心配してくれて。優しいんだな」
「にゃはは……そう言われると、少し照れますね」

少し顔を赤らめて、少女はそう答える。
どうやら褒められたことが嬉しかったようだ。
そして上条は、何かを思い付いたかのような表情を浮かべると、少女にこう尋ねた。

「君はこの街の子? もしそうなんだとしたら、図書館が何処にあるか教えてくれないか?」
「図書館ですか? それなら場所知ってますけど……」
「本当か?」
「はい。ここを真っ直ぐ行って……」

少女は上条に丁寧に行き方を教える。
行き方自体はそんなに難しくはなかったので、上条はすぐに理解することが出来た。
そして説明を聞き終えたところで、

「ありがとう。えっと……」

名前を言おうとして、上条は少女の名前を知らないことに気付く。
少女はそんな上条の様子に気付いたのか、

「あ、高町なのはって言います」
「なのはか……俺は上条当麻。教えてくれてありがとう。それじゃあ俺は行くから。通学途中のところ、わざわざ教えてくれてありがとな!」

そう言うと、上条はもう一度なのはの頭を優しく撫でると、立ち上がって、なのはとは反対方向へと歩いていく。
ちょっと歩いた後で、上条はなのはに言った。

「また何処かで会った時には、よろしくな!」
「は、はい!」

そして上条は、その場から立ち去っていった。
この時、上条はまだ気付いていなかった。
この出会いこそ、今後訪れる自らの不幸を更に拡大させていることに……。



なのはに言われた通りの道を辿ってみると、そこにはきちんと図書館があった。
ここに来るまでに様々な不幸に巡りあっていたりするのだが、それはいつものことというわけで、ここでは省略することにしよう。

「はぁ……不幸だ」

ポツリと呟くと、上条は図書館の中へと入っていった。

「へぇ……思ってたよりは広いのな」

ただ、いくら広いと言っても、学校都市にある図書館と比べてしまうと少し狭く感じてしまう。
まぁそこら辺は仕方ないとはいえ、これでようやっと上条はこの街について調べられる。

「にしても、どの本から読めばいいことやら……」

まず上条は、どの本から読めばいいのかについて考える必要があった。
そんなわけで上条は、まずは街の歴史について書かれていると思われる本を探すことにする。
そうして本棚を漁っている内に、上条は何かを見つけた。

「ん?」

そこには、少女がいた。
自分よりも上にある本を取ろうと、必死に手を伸ばしている様子だった。
だが、どう頑張ってもその少女がその本を取ることは出来ない。
何故ならその少女は……車椅子に座っているからだ。
どうやらその少女は足が不自由なようで、上条はそれを悟ると、その少女の所まで歩み寄って、

「えっと……どの本が欲しいんだ?」
「へ?」

自然と、そう尋ねていた。
突然そんなことを言われた少女は、一瞬ポカンとしてしまう。
無理もないだろう……いきなり知らない男の人に、『どの本が欲しいんだ?』なんて尋ねられたのだ。
何か裏があるのではないかと、一瞬でも疑いたくなりそうだ。
とはいっても、上条はただの親切心から話しかけたようなものだ。
そして少女もまた、そんな上条のことをまったく疑うことがなく、笑顔で答えた。

「ちょうど一番上の棚の二番目のその本や」
「OK、これだな?」

上条程の背なら難なく届いたその本を、少女に手渡す。
すると、少女は嬉しそうにこう言った。

「おおきに!」

どうやら少女か関西地方の生まれらしく、関西弁を使用していた。
関西弁を聞いている上条の頭の中に、一瞬クラスメイトの青髪ピアスの姿が浮かんできたが、それを軽く振り払い、そしてふと疑問に思ったことを尋ねた。

「今って学校に行く時間じゃないのか? さっきランドセルを背負った女の子とかいたし……」

見た目小学三年生くらいのこの少女。
本来なら今の時間なら学校に行っていてもおかしくはない時間の筈なのに、どうしてこの少女はこんな時間から図書館なんかにいるのだろうか。
若干疑問に思いつつも、しかし上条は逆に質問を返された。

「それ兄ちゃんにも言えることやん」
「まぁ確かにそうなんだけど……学校へ行くに行けない状況で……」

現在上条は白いワイシャツに学生ズボンという格好でいる。
どう考えても世間一般の高校生の格好をしているのだが、上条が通う学校はこの世界とは別の場所に存在している為、行きたくても行けない状況なのだ。

「わたしもちょっとした事情があって、今は休学中なんや。せやから今はこうして図書館に来て、本を読んでんねん」
「そっか……」

上条は、少女の足を一瞬眺めて、視線を元に戻した。
恐らく少女の足は何らかの病気のせいで動かなくなってしまっていて、それが原因で休学中なのだろう。
そのことは口にせず、ここで上条は、自分がここに来た本来の理由を思い出し、

「あのさ……この街の歴史が書かれているような本って知らないか?」
「この街の歴史? せやったら、あそこの本なんかがちょうどええと思うけど……」
「あれか?」

少女が指差す方向には、確かに様々な歴史書が収められていた。
これだけあれば、きっと十分な資料を得られることだろう。

「ありがとな、親切に教えてくれて」
「何言うてんの。困った時はお互い様や。それに、わたしも本を取ってもろたしな」
「そっか。ギブアンドテイクって奴だな」

そう言い合った後に、二人は互いの顔を見て、思わず笑ってしまう。
だが、すぐにここが図書館だということを思い出して、それを止めた。

「俺、上条当麻」
「わたしは八神はやて。これからもよろしゅうな」
「こちらこそ」

そして少女―――八神はやてと上条は、互いの手を握り合う。
年齢差はけっこうありそうだが、これでこの二人は友達同士となったようだ。

「んじゃ、俺は調べ物に入るから。今日はこの辺で」
「それにしても、どうして今日になってこの街の歴史を?」
「……ちょっとした事情があってな」

実はこの街に来たのは今日が初めてで、しかも魔術師によって勝手に連れて来られました……などとは言えず、曖昧な返事しか返せなかった。
そんな上条を若干不審がるはやてだったが、特にそのことについて言及する気はないよいだ。

「それじゃ、わたしは別の棚に行くからこの辺で」
「おう。また何処かで会おうな」
「そんな曖昧なこと言わんでも、ここに来ればいつでもわたしに会えるで? この可愛い女の子に」
「自分で可愛い言うなよ……」
「突っ込まんといて。今こんなこと言うてしもうた自分に後悔してるところやから……」

身体が満足に動かせていたら、恐らく『OTL』 ←こんな格好をとっていたことだろう。
ツッコミを入れてしまったことに多少後悔する上条だったが、はやてがすぐに笑顔に戻った為、それに合わせて上条も笑った。

「んじゃ、また今度ここで」
「ああ、またな!」

今まで図書館なんて頻繁に通うことなんてなかった上条だったが、これなら時々なら通ってもいいかなと思えるような、そんな出会いだった。
だが、ここで忘れてはならないのは、上条の不幸スキルについてだ。

「んぎゃっ!」

はやてに言われた本棚まで行こうとして、何故か床にに落ちていたバナナの皮を踏んで、その場でこけてしまった。
……何故こんなところにバナナの皮が落ちていたのか等のツッコミは無視して、とりあえずそんな上条を見て、はやてが一言。

「……不幸やな」
「それは言わんといて……」

何故か方言で言葉を返す、上条なのだった。



ある程度街のことについて把握した上条は、昼過ぎになってようやっと図書館から出た。
分かったことと言っても、この街の名前とか、歴史とか、そう言ったことなのだが。
それでも、最低限の知識を得られただけでも随分マシになったと言うべきなのだろうか。
ともかく上条は、続けて散策を続けることにする。
だが、ここで一つ問題が発生。

「……………………飯、どうしよう?」

人間なので、上条も食事をとらなければならない。
だから何回か上条を襲ってきた空腹感も、決して幻覚なんかではなく、まさしく上条当麻が腹を空かせている証拠なのだ。
ここは学園都市ではない為、もちろん家に帰ることも出来ない。
それ以前に、ここは上条当麻が本来いるべき世界ではない為、例えコンビニで何かを買うにしても、通貨単位が合うのかどうかがまったくもって分からない。
更に突き詰めてしまえば、上条のズボンのポケットの中に、財布と呼べるものが存在しなかった。

「……不幸だ」

飯抜き。
それどころか、服を変えることも出来なければ、風呂にも入れない。
清潔さも保てないし、それ以前に自らの命がもつのかどうか分からない。
下手したら餓死する危険さえありそうだ。

「……ヤバい、考えるだけで腹が減ってきた」

すでに周りは暗くなっていて、そんな状態のまま身体をユラユラと揺らしながら、街の中を歩く。
その姿は見ていて痛々しく、とてもじゃないが、助けてあげたくなるような印象を与えた。
やがて住宅街の中を歩き回っている内に、

「あがっ!」

ドテッ!
何もないような場所で足を縺れさせて、その場に倒れ込んだ。
なんとか気合いを入れて立ち上がろうとするのだが………朝食&昼食抜きに加えて、こっちの世界に来るまでの魔術師との戦闘、更には街中を歩き回っていた結果、上条の体力はとうとう底を尽きかけてしまっていた。

「ああ……腹減った」

その言葉を最後に、上条は意識を失った。
その最中、

「だ……だい……です……!?」
薄れゆく意識の中、聞き覚えのある少女の声を聞いたような気がした。
そして、上条はやっとの思いで、一言だけ述べた

「腹……減った……」

そして上条の意識は、途絶えた。



高町なのはは、いつも通りに小学校に通い、そしていつも通りに家まで帰ってきた。
なのはの家はケーキ屋で、名前を翠屋という。
そんな彼女は、本日謎の声を聞いて森の中へ向かったところ、謎の声が聞こえてきた。
クラスメイトである二人の少女にはその声は聞こえていなかったみたいだが、曖昧にしか聞こえなかったその声は、次第に大きくなっていく。
その声が『助けて』と言っていることに気付いたなのはは、急いで森の中を走った。
そして、見つけたのだ。
傷だらけになっているフェレットを。
急いで近くの動物病院まで連れて行って、そこの院長に任せて、自分達は塾と向かった。
その帰り道。

「お父さん達に話して、どうするか決めないと……」

なのはは、傷ついたフェレットを家で飼う為に、本日は家族と話し合わなくてはならないのだ。
優しい少女故に、フェレットをそのままにしておくのは可哀想だと思ったのだろう。
友人二人は家の都合で無理だと言ったので、後はなのはの家だけとなったのだ。
そんなわけで本日、なのははある意味大勝負をしなければならなくなったのだ。
そんな決意を秘めた後の、出来事だった。

「……ん?」

家の近くまで辿り着いたところで、なのははなにかに気付く。
それは、謎の黒い影。
今なのはがいる市場からだとよくは見えないが、間違いなく何かがいる。
それだけは紛れもない真実であり、なのはは少しだけ身構える。

「(ふ、不審者さんとかだったらどうしよう……)」

なのはは身体を動かすのが苦手であり、体育の成績はいつも下の方。
もし不審者に襲われたとしても、逃げられない危険性があるのだ。
だが、誰かを呼ぼうにも周りに人はおらず、あの影を横切らなければ家の中には入れない。
……なのは、二回目の大勝負。
まさか一日で二回もこういった大勝負をしなければならなくなるとは、果たして誰が想像していただろうか?

「……うん、気付かれなければ大丈夫だよね……」

ボソッと呟くなのは。
……しかしそれは明らかに実現不可のようにも思えるが、この際細かいことは気にするべきではないのだろう。
なのはは忍び足で我が家へと近づく。
そうして家に近付いていく内に、次第に黒い影の正体がはっきりしてきた。

「……え?」

そして、一旦立ち止まった。
視界に写ってきたのは、白いワイシャツに黒い学生ズボン。
ツンツンした黒い髪の毛の……どう見たって何処かの学生だろう。
そして、なのはにとっては本日二度目の出会い。

「あれは……上条さん?」

そう。
朝なのはが登校途中に図書館までの道のりを教えてあげた男子学生こと、上条当麻だった。
だが、どう考えても様子がおかしい。
何だか、身体をフラフラとさせているようにも見える。

「……どうしたんだろう?」

そんな様子を不思議そうに眺めるなのは。
そして、事件は起きた。

「あっ!」

何もないところで上条が足を縺れさせたかと思うと、その場に転倒。
なんとそこから、上条は立ち上がらなくなったのだ。
早い話、倒れたままになったのだ。

「か、上条さん!」

すぐに危険を察知したなのはは、慌てて上条のところまで駆け寄る。
そして身体を揺らしながら、

「上条さん! 大丈夫ですか!?」

と、声をかける。
だが、何が原因なのかどうかは不明だが、とりあえず上条は立ち上がることが出来ないようだ。
そんな上条だったが、やっとの思いで開いたらしい口で、ある言葉を伝える。
それこそ、こんな状態で一番似合わないような言葉だった。

「腹……減った……」
「…………へ?」

そのまま上条は、次の言葉を告げなかった。
つまり……気を失ってしまったのだ。

「上条さん? ……上条さん!」

なのはは必死に身体を揺するが、それでも上条は起きる気配を見せない。
そんな時に、扉がガチャッと開く音がして……。

「どうしたなのは? 外で騒いだりなんかして……って、人!?」

父親らしき男―――いや、なのはの父親である高町士郎が家の中から現れる。
その人物は、何やら上条の姿を見るなりかなり驚いていた。
……まぁ無理もないだろう。
自分の家の前に、謎の人物が倒れているのだから。

「お、お父さん! この人、お腹空いてるみたいなんだけど……」
「腹が減ってる? 倒れる程腹が減ってるのか?」

事情を知らない士郎は、少しだけ戸惑ったような態度を見せる。
それでも、困った人を見逃せないのか、

「とりあえず、中に入れよう。話はそれからだな」
「う、うん!」

なのはと士郎は、急いで上条を家の中へと入れる。
そして、母親である桃子に指示を出して、とりあえずは客間に布団を敷いて、その上に寝かせることとなったのだった。



「哀れですね……」

建物の影から、上条となのはのやりとり(上条気絶Ver)を眺めていた、黒い服に身を包んだ人物。
上条の姿を見るなり、そんな一言を洩らしてしまっていた。

「まったく……私を説得しようと意気込んでいた上条当麻が、あの様ですか……やる気、あるんでしょうかねぇ……」

ボソッと呟くその言葉は、上条が聞いていたら怒りを見せるだろうと思われるような言葉ばかりだった。
しかし、第三者視点から見たとしても、空腹+過労で倒れるなんて、滑稽以外の何物でもないだろう。

「まぁ、計画はこれから始めるとしても、やっかいなのは上条当麻の右手でしょうか……もっとも、少し認識を改めなくてはいけないみたいですが」

その言葉には、何処か呆れも感じられた。
実際に呆れているのだからその通りなのだが……。

「せいぜいこの世界を満喫しているといいでしょう……私はその内に、役者を揃えなくてはなりませんからね」

呟いて、何もない空間に右手を差し伸べる。
瞬間、そこだけが黒く染まり……やがてそこには、大きな穴が広がっていた。
恐らく……いや、それはまさしく上条をこの世界に連れてきたものと同様の物。

「まずは……そうですね、身近な人と戦って頂きましょうか。だとすれば、あの人がちょうどいいですね……」

これからどうするかについて考えた後に、魔術師は黒き空間の中へと歩みを進める。
やがて魔術師の身体が完全に空間の中に入っていった時、謎の空間への入り口は段々と小さくなり、やがて完全に消滅した。
その場からは誰もいなくなり、そして魔術師が黒き空間の中に入っていく姿を見た者は、誰もいなかった。



「ん……」

目が覚めた。
目が覚めたと同時に上条の目に写ってきたのは、何処かの家の天井。

「知らない天井だ……」

なんだかそんな一言を呟かなくてはならないという勝手な思考が働き、思わずそんな一言を呟いてしまう上条。
もちろんその言葉に対して返答する声はなく、それが今の一言があまりにも虚しいものだということを示していた。
意味のない敗北感に襲われていた上条は、その後ですぐに急激なまでの空間感を感じた。

「腹減った……」

朝から何も食べていない上条にとって、そろそろ飯が欲しくなる時間帯だった。
だからといって、上条は財布を持っていないので、コンビニでおにぎり一つ食べるのも不可。
異世界から来たので家もないし、着替えもこの一着しかない。
……この世界においての上条は、衣食住すべてが揃っていないという、生存権が明らかに侵害されているような印象を受けた。

「それにしても……ここは何処だ?」

まず上条は、現在自分が何処にいるのかを知りたかった。
自分をここまで運んできてくれた人に対して、お礼を言いたいのだ。
そう考えていた、その時だった。

「あ、起こしちゃいましたか?」
「へ?」

誰かが部屋に入ってきたようで、上条に話しかける少女の声が聞こえてきた。
その声は何処かで聞いた覚えのある声で、確かめる為に身を起こしてみると、視線の先にはご飯と味噌汁、そしてその他のオカズを乗せたトレイを持っている、なのはの姿があった。
上条は即座に理解する……この家は、なのはの家なのだということを。

「ここ……なのはの家なのか」
「はい、そうですけど……」
「俺……なのはの家の前に倒れてたのか?」
「は、はい……」

確かめるようになのはに尋ねる。
そして、把握。

「悪い、なのは……運んできてもらった挙げ句に食事まで用意してもらって……」
「困った時にはお互い様ですから。にゃはは」

最後に照れたように笑顔を浮かばせて、上条にそう告げるなのは。
『困った時にはお互い様』。
そのセリフを聞くのは本日二度目のことだったので、少しだけおかしく感じてしまった。

「け、けど……いいのか?」
「何がですか?」
「俺なんかの為に食事まで用意してくれて……なのは達から見れば、詳しいことが何も分からない不審者でしかないだろうし……」
「上条さんが悪人であるはずがないってお父さんも言ってたし、それに、私も上条さんは悪い人じゃないって思ってますから」
「……そっか。優しい家族なんだな。なのはも含めて」
「にゃはは……そんなことないですよ。でも、私の自慢の家族です」

そう言った時のなのはは、明るい笑顔だった。
上条は素直にいい笑顔だと思い、その後で申し訳ないと言ったような表情を浮かべて、一言。

「とりあえず……食べていいかな?」
「あ、ごめんなさい! まだトレイを置いてませんでした……」

上条に指摘されて、少し慌てた様子でトレイを上条の前に置いたなのは。
上条は箸を手に取ると、即座に食事を開始した。
そして、味噌汁を飲んで、一言。

「美味しい……」

最近誰かの手料理を食べていなかった上条にとって、これはなかなかにうれしいことだった。
ここ最近は自分で作った料理ばかりを食べていたので、誰かが……特にこう言った感じで誰かの母親から作ってもらった食事というのは温かいものだった。

「そうですか? それならお母さんもうれしいと思います」

笑顔でそう答えるなのは。
と、ここで上条はあることに気づく。

「そう言えば、今から何処かにいくのか?」
「ふぇ?」
「いや、だって何だか外出するような格好をしてるし……」

現在、夕方を過ぎてもう夜。
外は街灯と月の光を頼りにしなければならないような、そんな暗さだった。
だというのに、まだ小学校中学年のなのはは、今から何処かへ向かおうとしていた。
上条としては、それが放っておけなかったのだ。
なのはは、少し困ったような表情を浮かべた後、こう答える。

「えっと……今から塾に……」
「時計だともう九時近くは回ってるけど……そんな時間から塾ってのはあるのか?」
「うっ……」

苦しい言い訳も、上条が時計を見たことで看破される。
もとより優しい少女なのだ。
嘘をつくのもきっと下手なのだろう。

「何か理由があるのか? あるんだったら、俺にも教えてくれないか?」
「…………だけど、まだ知り合ったばっかりですし……」
「あー、そういうのはなしにしないか? さっきも言っただろ、困った時にはお互いさまって。これは色々してくれたなのはに対するお返しということで」

上条としては、困っている人がいるのを放っておけないだけ。
何処に行っても、やはり上条当麻は困っている人を放っておけない性格のようだ。
そんな上条の優しさを信用して、やがてなのはは話し始めた。

「……実はさっき、『聞こえますか! 僕の声が、聞こえますか!?』って言うような声が響いてきて……」

それから、なのはは上条にすべてを話した。
頭の中に響いてきた『助けて』という言葉。
そしてその言葉を聞いた後に、森の中で傷ついたフェレットを見つけたこと。
そのフェレットは今、近くの動物病院に置いてもらっていること。
そして再び森の中で聞いた声が聞こえてきたこと。

「……」

聞いた後で、上条は一旦黙り込んでしまった。
なのはは、そんな上条を見て少し不安になった。
しかし、そんななのはの不安をかき消すように、上条は言った。

「もしかしたら、そのフェレットとやらが出したSOS信号かもしれない。だったら、その動物病院に行ってみた方がいいかもな……」
「え? 信用してくれるんですか?」

なのはは、自分の話をすべて信じてくれた上条に、驚きの表情を向ける。
そんななのはの頭に、上条は右手をポンと乗せた。

「ふぇ?」
「信じるさ。なのはは嘘をつくような女の子じゃなさそうだしな。なにより、信憑性もあるしな」
「あ……」

そして上条は、乗せた右手でなのはの頭を撫でた。
なのはは、自分の顔がどんどん赤くなっているのを感じた。

「よし、そうと決まれば、さっそく行動開始だな、なのは!」
「……はい!」

外はすでに暗くなっている為、親からの了承をとるのは難しいだろう。
なので二人は、家族にバレないように、こっそりと家を出ていったのであった。



そして二人は、件の動物病院の前までやってきた。
当たり前だが、辺りはすでに暗くなっていて、動物病院もすでに電気は消えていた。

「!!」
「どうした? なのは」

ここに来て、なのはが耳を抑えるような素振りを見せた。
しかし、なのはがそれに答える前に。

「「!?」」

自分達の横を、何かが通り過ぎる。
影の数は二つ。
一つは、なのはにとっては見覚えのある影だった。

「ふぇ、フェレット?」

上条がそう呟くが、しかし次の影を見た瞬間に。

「な、なんだよあれ!?」

叫んでいた。
いや、この場合叫ばざるを得なかったというべきだろうか。
何故ならもう一つの影は、身体に包帯を巻いているフェレットに向けて明らかなる殺意を放っていたからだ。
その殺意は、もはや動物の本能とかのレベルではない。
それに、上条の身体は察していた。
目の前にいる敵は……何か只ならぬ気配を帯びている、と。

「……!!」

敵はフェレットを追って木に激突した。
瞬間、その木は簡単にへし折れて、その上に登っていたフェレットは空中に身を投げ出される。
なのはと上条は、そこでフェレットにかけられている小さな赤い玉が、かすかに光ったのを見た。
そのフェレットの落下地点に、なのはがいた。

「なのはぁ! キャッチだ!!」
「は、はい!」

上条の言葉に答えるように、なのはは両手を広げてフェレットを迎え入れる準備をした。
そしてフェレットは、その胸の中に飛び込んできた。

「キャッ!」

ドスン!
少し勢いを殺し切れていなかったのが原因か、なのははその場に尻もちをつく。
そしてもう一度、折れた木の近くにいる影を見た。

「なになに……なんなの?」
「分からない……あれは、一体……」

正体不明の謎の影。
身体の周りには、何やら触手みたいのがうねっているのが見える。
はっきり言って、奇妙な生物としか形容出来ない。
その姿は、見る者に恐怖を植え付け、嫌悪感を抱かせるものだった。
そんな中、突如声が聞こえた。

「来て……くれたの?」
「ふぇ?」
「は?」

その声は、10代近くの少年のような声だった。
だが、この動物病院の前には、上条となのは、フェレットに謎の影しかいない。
謎の影が話すとは到底思えない。
残るは……このフェレットだけ。
以上のことから総計すると。

「「しゃ、喋った!?」」

なのはの胸の中にいるフェレットが、言葉を発したという結果に繋がった。
だが、驚いている場合ではない。

「なのは、危ない!!」
「!?」

喋るフェレットに夢中になっていたなのはの頭上に、影が迫ってきた。
なのはは目を瞑った。
恐怖から……現実を逸らすという意味から……。
しかし、いつまでたっても、痛みは訪れない。
かと思ったら、突然バキン! という悲鳴にも近い音が鳴り響く。

「……バキン?」

その音に疑問を感じたなのはは、目を開けた。
目の前には……上条当麻(せいぎのみかた)が、立っていた。

「上条……さん?」

上条は右手拳を前に突き出した状態で立っていた。
そして、謎の影は元いた場所まで吹き飛ばされていた。
つまり、上条が影を殴ったのだ。

「なのは! この場にいるのは危ない……どこか安全な場所へ!」
「は、はい!」

上条は、フェレットを抱えているなのはの手を左手で引いて、動物病院から抜け出す。
そして、夜の街を疾走する間、二人は喋るフェレットに色々と疑問をぶつけていた。

「一体何が起こってるんだよ!?」
「何が何だかよくわからないんだけど……」

そして、それらの疑問に答えるように、フェレットは言った。

「君には、素質がある……お願い、僕に少しだけ……力を貸して!」

だが、その言葉は彼らの疑問を解決するに値しない。
どころか、余計に疑問を増やすだけだった。

「資質?」
「一体、なのはになんの資質があるって言うんだよ!!」

焦りからか、上条は叫ぶように尋ねてしまう。
だが、それに対して驚く様子もなく、フェレットは言葉を紡いだ。

「僕は、ある探し物の為に、ここではない世界からやってきました」
「ここではない、世界……異世界からか?」

その言葉に、上条は少しだけだが何かを感じていた。
異世界からやってきた……その点において、今回の自分とまったく同じ状況だったからだ。

「しかし、僕一人の力では想いを遂げられないかもしれない……だから、迷惑だとは分かっているのですが、資質を持った人に協力してほしくて……!!」
「だからなんの資質なんだよ!!」

再び、上条は叫ぶ。
フェレットは、ある程度まで来たところで、なのはから降りる。
そして、なのはと上条の顔を見て、言った。

「お礼はします、必ずします! 僕の持ってる力を、貴女に使って欲しいんです! 僕の力を……『魔法』の力を!」
「「……魔法?」」

上条となのはは、声を合わせて呆れ果てたように呟く。
なのはは、そんなものなんてあるわけないという意味を込めて。
上条は、『魔法』ではなく『魔術』ではないのかという意味を込めて。
だが、魔術にしろ魔法にしろ、先ほどの謎の影に、上条の右手は反応した。
つまり、相手には何らかの異能の力が働いているということになる。
それだけは、紛れもない事実であった。

「!? またか!!」

またしても頭上より、敵が迫り来る。
その先には……なのはとフェレットがいた。

「くそっ!」

上条はなのはの前に立ち、咄嗟に右手を差し出した。
最初こそ、パァン! という音が鳴り響いたが、そこで上条はある違和感を感じる。

「(な……なんだこれ……右手で打ち消しきれない!?)」

完全に消滅出来ていない。
いや、打ち消した瞬間に再生しているのだ。
つまり……この謎の影を形成している、核みたいなものをどうにかしない限り、この影を消すことは不可能だということになる。

「上条さん!」

上条の後ろには、心配そうな表情で見つめてくるなのはの姿があった。
そんななのはに、上条は言った。

「俺がこうして時間を稼いでいる間に、なのははそのフェレットから力を借りろ!」
「で、でも……一体どうやって……」
「それはソイツに聞いてくれ!」

必死な表情を浮かべて叫ぶ上条。
やがてそんな上条の後を引き継ぐように、フェレットは言った。

「これを!」

そう言って、なのはに赤い玉を渡した。
それを手にしたなのはは、

「温かい……」

その玉が持つ温かさを、確かに感じた。
だが、いつまでもその温かさを体感しているわけにもいかなかった。

「それを手に、目を閉じて、心を澄ませて……僕の言う通りに繰り返して」
「……(コクリ)」

なのはは無言で頷く。

「いい? ……いくよ!」

そして、言葉が奏でられる。

「我、使命を受けし者なり」
「『我、使命を受けし者なり』」「契約の元、その力を解き放て」
「えっと……『契約の元、その力を解き放て』」
「風は空に、星は天に」
「『風は空に、星は天に』」
「そして、不屈の心は」
「『そして、不屈の心は』」
「「『この胸に』!!」」

瞬間。
なのはの周りが、強い光に包まれる。
その光は、赤い玉から発せられているものであり、色は桃色。
影を抑えている上条にも、その光の眩しさは感じられた。
そんな中、二人は締めの言葉を紡いだ。

「「『この手に魔法を、レイジングハート、セットアップ』!!」」

その言葉が告げられた瞬間。
辺りは先程よりも強い光に包まれる。
その光、前に立つ黒い影を打ち消さんばかりの強烈さ。
そして、その光の中で、何かがこう告げた。

『Stand by Leady,Set up!』

そしてその光が収まった後、上条に襲いかかっていた影は、急に距離を取っていた。
光が収まったのを確認して、上条が後ろを振り向いてみると。

「………………………………え?」

そこに立っていたのは、紛れもなくなのはだった。
ただし、ここまで来た時とは違って、白を基本とした服に身を包んで、大きな杖を持った、それこそまさしく、何かのアニメに登場するような、魔法少女そのものであった。

「よし、成功だ!」

そんななのはの姿を見て、フェレットは嬉しそうにそう言ったのだった。




次回予告

事情を詳しく把握しないまま、魔法の力を手に入れた高町なのは。
上条当麻と高町なのはは、突然現れた喋るフェレットの言葉に従い、目の前の敵を倒すべくその力を発揮する。
フェレットより語られる真実。
そして、魔術師との戦いもまた、始まりの鐘を鳴らしていた。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)
『第一の試練』
科学と魔法が交差する時、物語が始まる。



[22190] 無印『ジュエルシード』編 2『第一の試練』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/04/04 22:08
「……はい? 成功?」

その言葉に、上条は少し違和感を覚えた。
違和感……というか、疑問とでも言うべきだろうか?
そして見事魔法少女に変身を遂げた本人であるなのはは、自分の姿が変わったことに驚いていた。

「ふぇ? ……ふぇええええええええええええええええええええええ!?」

だが、そう悠長に驚いている場合でもない。
こうしている内にも、相手が攻撃を止めてくれるわけではなかった。

「なのは! ……くそっ!」

なのはの魔力に反応してかしないでか。
影はなのはに向かって触手を伸ばしてくる。
上条は、影となのはの間に入り、その触手を右手で受け止める。
だが、受け止めたと思ったら……別の方向からきた触手によって、上条の身体は壁に突き飛ばされる。

「がはっ!」
「か、上条さん!!」

うめき声をあげる。
今の一発で、上条の身体は少しばかり悲鳴をあげる羽目になった。
だからと言って、上条が止まる要因にはならない……が。

「来ます!」
「「!?」」

フェレットの声が聞こえる。
それと同時に……影が一気になのはに向かって突っ込んできた。

「きゃっ!」

慌てて杖を突きだすなのは。
上条は慌てて間に入ろうとするも、距離的に間に合うはずがない。
そしてなのはが杖を突き出したと同時に、その杖からこんな声が発せられた。

『Protection』

瞬間。
なのはの目の前に、何やら魔力の壁みたいなものが作り上げられた。
その壁は、人一人を守るには十分過ぎる程の大きさであり、その壁に勢いよく衝突した壁は、辺り一面にその身を飛び散らしていた。
その衝撃で多少電柱や家の壁が破壊されたりしたが、この際そんなことを気にしている場合ではなかった。

「なんだよアイツ……また復活してきてやがる!」

飛び散ったはずの黒い影は、一つに集まり、やがて先程までの姿を、上条となのはとフェレットの前に現したのだった。
……上条の右手ですら完全に打ち消しきれないその影は、しかしその肉体は少し不完全なものとなっていた。
その影を見て、フェレットが解説を入れる。

「あれは魔力の塊です! 物理的な攻撃じゃ駄目だ……魔力を減らすとかして力を弱らせてからコアを封印しないと!」
「コイツ……全体が魔力によって出来上がってるのか?」
「はい!」

その言葉を聞いて、上条は気付いた。
右手で打ち消しきれていなかったわけではなかった。
確かに打ち消す度に相手はその身体を再生させていたが、その為に自らの魔力をどんどん消費してしまっていたのだ。
つまり、上条達の前にこうして不完全な状態で現れているのは、幻想殺し(イマジンブレイカー)のおかげだということに繋がった。
だとしたら、上条にやれることはただ一つ。

「なのは! 俺がコイツを引き付けている内に、何とかしてそのコアとやらを封印してくれ!」
「で、でも……どうやるか分からないし……私に出来るかどうか……」
「出来るさ! 俺はやり方を知らないけど、封印のし方とやらはそのフェレットに聞け! なのはは弱い人間なんかじゃない! 助けを呼ぶ声を聞いて誰かを助ける為に前へ踏み出せる……そんな強い人間なんだから!!」
「!?」

上条がなのはに言葉を告げている時。
影は攻撃対象を上条へと移し、一気に全身を使って突っ込んできた。
それはまさしく先程なのはにも繰り出した一撃。
しかし上条は、それを右手で受け止めた。
辺りには、黒い魔力が飛び散る。
なのはの前で右手を突き出して攻撃を防いでいる上条。
その姿はまさしく、正義の味方そのものだった。
上条は、その状態のまま、なのはに向かって叫んだ。

「俺がこうして相手の攻撃を受け止める。その隙に、なのははコアとやらを封印してくれ!!」
「……………………」

何も言わない。
なのはは少し迷っていた。
自分に本当に出来るのか。
そこまでの力が、果たしてあるのだろうか。
だが……やがてなのはは決意し、気付く。
今は一人なんかじゃない。
近くには名前こそ知らないが自分に助けを求めてきて、今この場を何とかする為の力を授けてくれたフェレットと、今自分の目の前に立って守ってくれている上条がいるのだから。

「……分かりました、上条さん。私、やってみます!」

そしてなのはは、完璧なる決意をした。
戦う決意を見せて、そして目を閉じた。
自分の呪文を、見つける為に。
程なくして、なのははその呪文をみつけた。

「『リリカル、マジカル……』」
「封印すべきは、忌まわしき器『ジュエルシード』!」
「『ジュエルシードを、封印!!」
『Sealling mode.Set up』

瞬間。
なのはの杖からは強烈な光が発せられ、それは勢いをつけて影まで伸びていく。
やがてそれらは影の全身を包んで、その魔力をどんどん消費させていく。
鼓膜を破るのではないかと思われる程の叫び声と共に、身体がどんどん消えていく。
そして眉間にローマ数字が浮かんだ時。

「今です!」

フェレットが叫ぶ。
そう、今この時こそ封印の時。
上条はその場から慌てて退避し、なのはは上条がその場からいなくなったのを確認すると、

「ジュエルシード、封印!」
『Sealling』

柄の部分が伸び、先に白い羽が生えたその杖を前に突き出して、なのはは叫んだ。
すると……どうだろう。
強烈な光に包まれた影は、次第にその身体を消滅させていく。
やがて身体を維持出来なくなって、完全にその姿は、消え去った。

「「……」」

辺りにはようやっと夜本来の静けさが戻ってくる。
思えばあれからまだそんなに時間は経過していなかったのだ。
ただ、上条となのはがいる周りの物は、戦いの爪痕をしっかりと残しており、もしこんな場面を誰かに見られたりすれば、間違いなく器物破損やら何やらで警察に御用となってしまうだろう。
だが、今はそのことを気にしている場合ではない。

「……早く、杖であの宝石に……」
「あ、うん」

先程まで影がいた場所には、変わりに小さな宝石みたいなものが浮かび上がっていた。
微かに光っているそれを見て、上条は心の中で呟く。

「(こんな小さな宝石が、あんなにでかい化け物になってたのか?)」

ジュエルシード。
それは果たしてどういったものであるのか。
その正体を知りたいと思う上条なのだった。
そしてなのはが杖の先の赤い宝石にてそれに触れると、空中に浮いていたそれは吸収され、

『Sealling』

これにて、今回の封印は完了した。
終わったことに対して素直に溜め息をついてしまうなのは。
一方上条は、事件を一つ解決したにも関わらず、何か嫌な予感を感じていた。

「ありがとう……ございました……」

パタン。
そこで今になって力が抜けてしまったのか。
包帯を巻いたフェレットが、その場に力なく倒れてしまった。

「お、おい!」
「だ、大丈夫!?」

上条が慌てて手を差し出そうとするが、その前になのはが地面に倒れ込んでいくフェレットの身体を寸前のところで受け止めた。
いつの間にかなのはの変身は解けていて、来た時の格好に戻っていた。

「疲れてたんだ……」
「まぁさっきまで傷だらけだったし、まだ対して治ったわけでもない状態からの敵襲だったからな……」

見た目以上に、この小さなフェレットは疲れを感じている。
思えばここまで全力で逃げてきたのだ……まぁ無理もないだろう。

「しかし……これどうしましょう……」
「だよな……」

二人は、周囲を見回して、思わず呟いた。
このままこの場にいたとしても無駄に終わるだろう。
ならば早くこの場から立ち去って家に帰ればいい。
そう考えていた、その時だった。

「……………………なぁ、何かサイレンみたいな音が聞こえないか?」
「ふぇ?」

何か遠くから音が聞こえる。
そしてその音は、今この状況において決して聞きたくはない音。
こればかりは、上条の右手でも打ち消せない音(げんじつ)だった。

「……なのは、この時俺達がとるべき行動はなんだ?」
「えっと……それは……」
「「ここから逃げる!」」

二人は声を合わせて、その場から全力疾走。
その際上条は、

「だぁあああああああ! 不幸だぁあああああああ!!」

お決まりのあのセリフを叫びながら、その場から走り去っていったのだった。



「なるほど……あの右手はこの世界の異能の力をも消せるというのですか……」

先ほどの上条となのはの戦闘を見ていた魔術師が、ボソッとそんなことを呟いた。
上条当麻の右腕……幻想殺し(イマジンブレイカー)は、それが異能の力なら何でも打ち消せるというものだ。
ただし、右手が届く範囲でしか消せない等の制約があったりするのだが、とりあえず今はその部分に関しては置いておくことにしよう。
彼は元居た世界では超能力だろうが魔術だろうが、例外なくその右手で打ち消してきた。
ただ、この世界にもその力は適応されるのかどうか分からなかったところだが、先ほどの戦闘のおかげでそれが適応されることが判明した。

「想定内の出来事ですが、たまには例外があって欲しいものですがね……」

悪態をつくのも無理はないだろう。
なぜならこの魔術師は、現在上条に勝負を挑んでいるのだから。

「まぁ、一人目は上条当麻の世界から連れてきたからそんな心配、関係ないと言ってしまえばそれまでなのですが……ところで、準備の方は大丈夫なんですか?」

魔術師は、隣にいる人物にそう尋ねる。
その人物は、魔術師に対してこう答えた。

「ああ、問題ないさ。彼女を泣かせたあの男を、僕は許す気はないからね」
「なるほど、そうですか……なら、思う存分やってしまっても構いませんよ? あ、ですが一つだけ注意しておきますね」
「何をだい?」

真夜中ということもあって、魔術師の隣にいる人物の姿を確認することは難しかった。
ただ、その人物周辺からは、タバコの煙らしきものが見えた。

「貴方の身体は上条当麻と違って曖昧な状態です。何せ、上条当麻から見れば貴方は並行世界の住人ということになりますから。上条当麻の右手が触れてしまえば強制的に元の世界に戻されてしまいますので、くれぐれもご注意を」
「ああ、心得ておくよ」

やがて月明かりが彼らを照らすことで、ようやっと二人の姿が確認出来るようになった。
一人は黒いフードを被った、元の世界で上条当麻と戦った魔術師。
そしてもう一人は……口にタバコをくわえていて、身長は2mはあるだろうと思われる、赤毛の魔術師だった。

「決行日は明日の昼間。人払いの結界を用意しておいて下さいね」
「分かってるよ……魔術というのは守秘義務があるからね」

赤毛の魔術師は、全身を黒に包んだ魔術師の言葉に対してそう答えて、そしてその場から立ち去っていった。
黒き魔術師は、その後ろ姿を見ながら、呟く。

「楽しみですね……上条当麻。貴方がどのような戦いを見せてくれるのか。私は高見の見物といきましょう。それに、あの魔術師が負けたところで、次の刺客はすぐにでも現れますしね」

そして魔術師は、自らの目の前に黒き空間を作り上げて、その中へと入っていく。
その身体が空間の中に完全に収まり、入り口が完全に塞がれた時。
その場所にはもう誰もいなかった。
だが、今回はその様子を目撃した人物がいた。

「……今のは……魔法?」
「分からない……だけど瞬間移動したことは間違いないと思う。にしても、デバイスなしであんなことをするなんて……」

月をバックにしてその様子を目撃していたのは、二人の少女だった。
一人は黒を基本とした服で身を包んでいる、一本の杖を持った金髪の少女。
そしてもう一人は、その少女よりも背が高く、何もなしに宙に浮いているようにも見える少女。

「……とにかく、今日のところは引き返そう。このままここにいたって何も分からないだろうし……ね、アルフ」
「だな……フェイト」

そして二人は、この場からすぐに立ち去った。



先程のサイレンの音から逃げること、およそ数分後。
現場からは結構離れている公園のベンチに、フェレットを抱えているなのはと、多少服が汚れている上条の二人が並んで座っていた。

「ふぅ……どうなるかと思ったぜ」
「本当ですね……ふぅ……」

息を切らしながらも、二人はそんな会話を交わす。
そして、先程の戦闘を思い出す。
右手で何かを打ち消した感覚も夢なんかではなく、上条の目の前でなのはが何らかの力を使って変身したのも、決して夢ではなかった。

「なんかまた、不幸の予感がする……」

上条としては、異能の力関連の事件はこれが初めての経験というわけではない。
だが、怪物に襲われるというシチュエーションに関してだけを述べてしまえば、そんな経験はまだこれを含めて二回目くらいと言うべきだろうか。

「う……」

そんな時、なのはの胸の中で眠っていたフェレットが、少し苦しそうにうめき声をあげた。
それに気付いたなのはと上条は、

「お? 気付いたみたいだな」
「えと……起こしちゃった?」

上条はそう言葉を告げて、なのははフェレットを起こしてしまったことに少しばかり罪悪感を感じていた。
現状を説明してもらいたいという気持ちが先行するが、まず先にフェレット自身のことについて尋ねる。

「怪我……痛くない?」
「怪我は平気です。もうほとんど、治っているから……」
「治ってる? けど、まだ包帯ぐるぐる巻きじゃあ……」

上条が言葉を言い終える前に、フェレットが自分の身体に巻かれている包帯を器用に外していく。
するとどうだろう……その身体についているはずの切り傷などが、ほとんど跡形もなく消え去っているではないか。

「助けてくれたおかげで、残った魔力を治療に回させて頂きました……」
「……よく分かんないけど、そうなんだ……」

なのははホッとしたように呟く。
一方で上条は、魔力を使ってそんなことも出来るのかと少し感心していた。
元の世界にも治癒魔術はきちんと存在するのだが。
さて、いつまでも感心ばかりしている場合ではないのだが、まずは互いの名前を知ることが大切だ。
そう考えたらしいなのはが、こう切り出した。

「ねぇ……自己紹介してもいいかな?」
「え……ええ」

フェレットがそう答えたのを確認すると、なのははエヘンと言った後。

「私、高町なのは。小学校三年生。家族とか仲良しの友達とかは、なのはって呼ぶよ」
「俺は上条当麻。高校一年生だ。一応なのはとは今日知り合ったばかりなんだけど……」
「僕はユーノ=スクライア。スクライアは部族名だから、ユーノが名前です」
「ユーノ君、か……可愛い名前だね♪」

なのははフェレット……ユーノの名前を褒める。
しかし、褒められた本人であるユーノは、なのはの膝の上で力なくうなだれた。

「お、おい。どうしたんだよ」

思わず上条がそのことについて尋ねると、ユーノは申し訳なさそうにこう言った。

「すみません……僕のせいで貴殿方を巻き込んでしまって……」

ユーノが謝っているのは、自分のことに上条達を巻き込んでしまったこと。
昨日までは何も知らずに過ごしてきたなのはを、魔法の世界に誘ってしまったこと。
平和な日常をこれからも歩み続けるはずだった小学三年生の少女を、平和と戦いの狭間に追いやってしまったことだった。
しかし、二人は別にそのことに関しては気にしてなどいなかった。

「別に構わないって。こういった経験をするのが初めてってわけじゃないし、何より俺だってこの世界の住人ってわけじゃないから」
「「え?」」

二人は上条の言葉に驚きを見せる。
何処からどう見たって一般人にしか見えない男子生徒が、自分も異世界の住人だなんて言い出したのだから、無理もないだろう。
しかし上条がこの世界の住人ではないことは明らかなるものであり、だからと言ってそれを確かに証明するものがあるわけでもなかった。
だが、なのはとユーノが気になることと言えば、先程の敵を受け止めた右手の力。
そして上条は、その右手についての説明をした。

「俺の右手は、それが異能の力なら何でも打ち消せる、幻想殺し(イマジンブレイカー)って力が備わってるんだよ。こんな力、この世界には存在しないだろ?」
「た、確かに……魔法障壁ってわけでもありませんし……」

ボソッと呟くユーノだったが、しかしその声はなのはと上条には届いていなかった。

「ところで、色々と聞きたい話があるわけなんだけど……もう時間も遅いことだし、とりあえずなのはの家に行くか?」

上条としては、今回のこの出来事について聞きたいことが結構あったりする。
だが、その話をこの場でしていたら、何となく時間が足りないような気がしたので、そんな提案をしたのだ。
少なくとも上条の家ではないはずなのだが、今の上条には一日を過ごす場所として、そして落ち着いて話が出来る場所として、そして一人の少女の帰る場所である高町家に行く他なかった。

「そうだね……ユーノ君怪我してて落ち着かないだろうし……私の家に行こ?」
「え……でも……」
「拒否権はないぜ? 色々と話を聞かせてもらいたいし……いくら見た目が良くなってるからってまだ完全に治ったわけじゃないんだからな。ここはなのはの好意に甘えてやれよ」

上条がそう告げると、ユーノは少し考える素振りを見せた後で、こう言った。

「それじゃあ……よろしくお願いします」
「うん♪」

そしてなのは達は、その場からいったん離れて、なのはの家に向かうこととなった。
だが、ここで上条があることに気付いてしまった。

「なぁ、ところで……家族とかは大丈夫なのか……? 俺達、内緒で出て来ちまったわけだけど……」
「……あ」

とりあえずまずは、家族に見つからないように家の中に入らなければならないようだ。



夜の街中を歩いてきた二人は、やっとの思いでこの家まで到着することが出来た。
ただ、家に着いたからと言ってまだ安心出来ると決まったわけではない。
これから家の人にバレないようにしながら、中に入らなければならないのだ。

「なのは……準備はいいか?」
「……はい」

やがて二人とも決意を秘めたような表情を浮かべると、気付かれないようにそっと扉を開く。
そして誰も近付いてこないことを確認すると、そのままゆっくり扉を閉め、それぞれに用意された部屋の中へ入ろうとする。
もちろん、玄関は真っ暗であり、電気などついているわけがない。
それに人気もないことから、今は全員寝静まっているのだろう。
……だがこの時二人は気付くべきだった。
真夜中だというのに、鍵がかかっていなかったということに。

「……おかえり」
「「!?」」

その言葉と共に、突然パッと明かりがつく。
……スイッチが一人手につくはずがないし、ましてやこの状況下においてなのはや上条本人が電気をつけることなんて考えにくい。
つまり……誰かがこうなることを予測していて、待ち伏せしていたということだ。

「「た、ただいま……」」

上条となのはは、内心汗だらだら。
今にも部屋の中へ逃げてしまいたいような心境だった。
やがて二人の前に現れたのは、なのはの兄である恭也だった。
鋭い目付きが、上条のことを捕らえる。
不覚にも、それに圧倒されてしまって、上条の身体は完璧に動かなくなってしまっていた。

「こんな時間まで何処に行ってたんだ? それもこんな男と二人きりで……まさかお前! なのはに手を出したりしたんじゃないだろうな!!」
「しませんよ! 犯罪行為を進んでやるメリットなんてあるか!!」

多少検討外れな質問をされたような気がするが、まぁ妹を心配する兄の像があるといえばあるのだろう。
それにしたって、上条は高校一年生であり、なのはは小学三年生である。
もしこの二人が本当にそんなことをしてしまえば、間違いなく上条はお縄につくことになってしまうだろう。
ちなみに、上条より恭也の方が年上ということもあって、敬語で話していたのだが、途中で敬語を忘れてしまっていたようだ。

「か、上条さんは何も悪くないの! ただ……私がちょっと夜中に家を出ようとしたのを見て、心配してくれて……」

なのはは必死に弁明する。
しかし、そんななのはに恭也はさらに突っ込んだ質問を出す。

「じゃあ何をしに行ってたんだ?」
「「うっ……」」

見知らぬ化け物と戦う為に魔法少女になってました、とは言えなかった。
言ったとして信じて貰えそうにないのは分かっていたし、その後で嘘をつくなと言われるのが見えていたからだ。
だが、ここで助け船を出してくれた人物がいた。

「あら可愛い~!」
「「「え?」」」

メガネに三編みの少女であり、なのはの姉である、高町美由希(たかまち みゆき)が、なのはが恭也には見えないように後ろに隠していたユーノを見つけて、そう声をあげる。

「なのははこの子のことが心配だったんだよね~。それで貴方は……えっと上条君だったっけ? 上条さんは、そんななのはが夜道を歩くのを心配して、保護者代わりについていってくれたのよね? 初対面なのにわざわざありがとね?」
「あの、その、えっと……」
「い、いえ! どういたしまして。実はそういう話だったんです……」

見た目自分よりも年上そうな美由希を見て、少し緊張してしまう上条。
だが、しどろもどろしているなのはの代わりとして、きちんとその理由を説明した。
恭也は少し不満そうにしていたが、

「まぁ心配するのはいいが、こんな真夜中に一人で、しかも内緒で出かけるというのは頂けない。それに……ちょっとでもなのはに手を出してみろ。殺すから」
「いきなり殺人宣言!?」

まさかの『殺す』発言に、さすがに上条も動揺する。
なのはも驚きのあまりか、思わず目を丸くしていた。

「はいはい。もういいじゃない? 二人ともこうして無事に帰ってきてるわけだし。それに上条君だってそんなに悪い人には見えないわよ?」
「は、はぁ……ども」

美由希の言葉を聞いて、照れている上条。
恭也はそんな上条の顔を見て、『まぁいい』と一言漏らした後、

「なのははいい子だもんね? もうこんなことはしないわよね?」

と、美由希が笑顔でなのはにそう言った。
なのはは、申し訳なさそうな表情を浮かべて、

「その……お兄ちゃん? 内緒で出かけて、心配かけてごめんなさい」

ユーノを抱えたまま、恭也の前で頭を下げた。
横に並んでいた上条も、一緒に頭を下げる。
そんな二人を見た恭也は、とりあえずは納得したような表情を浮かべていた。
一連の流れを見て、美由希が一言。

「はい、これで解決!」



「一つ目のジュエルシードが封印されましたか……」

真夜中の空に浮かぶ月を仰ぎ見ながら、魔術師はボソリと一言呟く。
ビルの屋上から見る夜の街は、不自然すぎる程の静けさを漂わせていた。

「さて、ここからが試練の始まりです。あの赤き魔術師を相手に、貴方はどう動きますか? ……上条当麻」

そして何事もなかったかのように立ち去る魔術師。
赤き魔術師……その言葉が現す意味とは、はたして何なのだろうか?
魔術師が呟いた『試練』とは、一体……。



翌日。

「ん……」

客間で目を覚ました上条当麻は、いつの間にか自分の身体に布団が被せられていることに気付いた。
昨日の夜、なのはと一緒に帰って来てからの記憶が若干抜けかけている。
それは恐らく身体に溜まった疲れなどのせいであるのだろうが、今はそんなことは関係ない。

「ここは……なのはの家だよな?」

周りを確認する。
どう見ても、先日見た光景であり、学園都市にある男子寮の自分の部屋ではない。
つまり、世界を移動してきたという事実に変わりはないということだ。

「けど、変だよな……空間移動(テレポート)の類だったとしたら、俺の右手が反応しているはずなのに……」

上条当麻の右手には、幻想殺し(イマジンブレイカー)という能力が備わっていることはもうご存じだろう。
そしてその右手は、それが異能の力であるならば、魔術でも超能力でもお構いなしに打ち消すと言う代物だ。
だが、今回の世界移動の際には、それが通用しなかった。
右手で効果が打ち消されるはずなのに、それが適用されなかったのだ。

「あれは一体、どういうことなんだ? まさか、あれは三沢塾の時と同じで……いや、それはないか」

三沢塾。
今回はその話は関係ないので詳しい説明は述べないが、その時の事例通りだとすれば、中にある核を破壊しない限り、いくら幻想殺しを持っているとしても、その効力は上条当麻本人にも及ぶこととなる。
だが、はたして今回のような世界移動にまでそのような効力が働いているのかと聞かれると、少し疑問符を打たざるを得ないだろう。

「とにかく、今後どうするか……なのはの家にいつまでもいるわけにもいかないし、とりあえず今日は一度なのはの家を出よう。まだこの街のことについてよくわからないから、適当に散策でもしてみるか」

本日の予定を立てた後、上条はようやっと布団の中から出てきた。
そして、気付いた。

「……いつの間にか寝間着に着換えてるし」

自分で着替えた記憶のない寝間着にいつの間にか着替えていた上条。
元着ていた学生服は、布団の横に畳んで置いてあった。
恐らく、昨日の内にそれらのことを済ませてくれていたのだろう。

「ここまで世話になるなんて……何だかむず痒いな……」

誰が着替えさせてくれたのかという思考を、上条は頭の隅の方に追いやる。
まずは寝間着から制服に着替え、そして布団等をとりあえず畳んでおく。
それから寝間着を抱え、部屋を出る。

「あら、こんにちは」
「こ、こんにちは……?」

挨拶が微妙にずれている気がした上条は、壁に掛けられてあった時計を確認する。
そこに記されていた時間は、『12:19』。
つまり、今は正午ということになる。

「……俺、まるまる半日眠ってたってことか」
「大丈夫? 身体の方は」

テーブルの上に何やら食事を並べているのは、なのはの母親である高町桃子。
上条は、そんな桃子に若干見惚れながらも、

「は、はい。とりあえず今の所は大丈夫です……昨日は走り回りすぎて疲れてしまっただけですから」

事実、上条は昨日走り回っていた。
そして、戦っていた。
この世界に転移させられる前には、魔術師によって召喚された謎の機械と。
この世界に来てからは、『ジュエルシード』と呼ばれる謎の結晶から生み出された何かと。
たったひとつの身体に鞭を打ち、上条は戦っていた。
そんな事情を、もちろん桃子が知っているはずはない。

「そう……あ、とりあえずご飯食べる?」
「あ、はい……お腹空いてしまったんで、いいですか?」
「ええ。構わないわよ」

桃子からの許可が下りたところで、寝間着を桃子に渡した後、上条は席に着く。
『頂きます』と言ってから、箸を持つ。
本日のメニューは、ご飯と味噌汁、そして焼き魚等々。
恐らくは朝食として出す予定だったメニューだろう。
上条は、やはりまず味噌汁に手をつけた。

「本当にうまいっすね……昨日も俺の為にご飯を作ってくれて、ありがとうございました」
「いえいえ。困ってる人を助けるのは当然のことでしょ?」

上条の寝間着を洗濯機の中に入れてきた桃子が、笑顔でそう言った。
やはり、この家の人達は皆優しいと上条は考えていた(恭也は若干除かれかけているが)。

「それにしても、どうして貴方は私達の家の前に倒れてたの? 見たところこの辺に住んでる人じゃないって感じがしたけど」
「……あ~その、えっと……」

まさか、別の世界から来ましたなんて言えるはずもなく。
そんなことを言ったら、いい笑われ者になってしまうだろう。
とりあえず上条は、当たり障りのない説明をすることにした。

「この街ではないところからちょっとした事情があってここに来まして、そしたらお金も何も持ってなくて、食べるものがなくて、当てもなく歩きまわっていたら、こんなことに……」
「そうだったの……」

嘘は言っていない。
その話を聞いていた桃子は、気の毒そうに上条を見ていた。
上条は、そんな桃子の様子を見て慌てて繕った。

「だ、だけどおかげで助かりました! とりあえず今日の所は一旦この家から出て行くつもりですから! 決して邪魔だけはしません!」

これ以上この家に厄介になるつもりはない上条は、この家の人達を自分の事件に関わらせたくないという気持ちも混ぜながらそう言った。
しかし、桃子は何となく納得していないと言った表情を浮かべていた。

「そんなこと言わないで……しばらくの間この家にいてもいいのよ? 帰る場所とか、寝る為の場所とかはあるの?」
「……………………ないっす」

当然だろう。
上条はこの世界に自分の帰るべき場所などあるはずがない。
だからそう答えるしかなかった。
でも、上条はこう言った。

「とりあえず今日の所は一旦この家を出ます。そして夜になっても何処にも立ち寄れるような場所がなかった時は、この家に戻ってきます……これでどうでしょう?」
「……それなら大丈夫ね。なのはも、多分貴方が目覚めた姿を見たいでしょうから、今日の所はとりあえず戻ってきてくれないかしら?」
「あ……」

その言葉で、上条はようやっと気付いた。
上条は、今さっき目覚めたのだ。
だからなのはにはまだ会っていないのだ。
もしかしたら、なのはは上条のことを心配しているかもしれない……いや、桃子の口振りから予想するに、なのはは上条のことを心配しているのだ。

「……分かりました。今日は必ず、ここに帰って来ます」
「……お願いね」

そう桃子が頼んだ時には、すでに味噌汁は冷めてしまっていた。



一旦の別れを済ませた上条は、現在宛もなく街の中を歩き回っていた。
とりあえずここまでで分かったことは……。
まずこの世界は基本元いた世界とそこまで大きな違いがなく、学園都市の外の街にいるような感じだということだ。
科学技術はそこそこ発展しているが、学園都市程の進化を遂げているわけではない。
次に、この世界には『魔法』と呼ばれるものが存在する……らしい。
らしいというのは、まだその事例を一回しか見ておらず、しかもそれがなのはだったということにある。
先日知り合ったばかりの女の子が、謎のフェレット(ユーノのこと)を助けたが為に魔法少女になったというのは、あまりにも現実離れした光景だった。
もっとも、上条はそれ以上に現実離れした光景を見たことがあったので、そこまで驚いたわけでもなかったのだが。

「……あれ?」

そして、歩いている途中で上条は気付いた。
現在、時刻は午後1時近く。
普通の街であるはずならば、この時間ならいくら住宅街だとしても誰か人がいてもおかしくはない状況のはず。
だというのに……上条の周りには、およそ人と呼べるような存在がいなかった。
そう、まるで人払いでも済まされているかのように……。

「人払いの結界……まさか!?」

この光景を見ていて、上条が思い至った人物はただ一人。
だが、その人物がこの世界にいるわけがなかった。
なぜなら、その人物は上条当麻のいた世界にまだ残っているはずなのだから。
そのはずなのに……。

「やれやれ……また君とやり合う羽目になるなんてね」
「な……何で……」

赤き魔術師は、上条当麻の目の前に立っていて。
そしてその魔術師は、一言上条に告げた。

「あの子を泣かせた君を、僕は絶対に許さない……ここで君を、殺す」

魔術師、ステイル=マグヌスが、上条当麻に対峙していた。

「な、何でお前がこの世界に……それに、俺を殺すって……!!」

頭が混乱してくる。
ステイルは、少なくともこれまで上条のことを本気で殺そうとすることはなかった。
しかし、目の前にいるステイルからは、明らかなる殺気が放たれていた。
それこそまるで、誰かの仇でも討ちに来たかのように。

「君のせいで、あの子が助からなかった。君が過ちを犯したせいで、あの子は、あの子は……!!」
「インデックスが? インデックスは俺の部屋で笑って過ごしているはずだ……少なくとも、助からなかったはずがない!」

確かに、インデックスという少女は上条によって救われた。
だが、ステイルはその事実を否定している。
明らかなる、矛盾が発生していた。

「違う……あの子は結局助からなかった。君がミスをしてしまったおかげで、あの子は命を落としたんだよ!!」
「!?」

違う。
言おうと思って、上条は気付いた。
目の前にいるステイルは、自分が知っているステイルではない。
恐らく、上条とはまた違う世界からやってきた、上条の世界における『ステイル=マグヌス』の同一体。
もしくは、ステイル=マグヌスのある一つの結末とでも言うべきだろうか。
だとしたら、言えることはただ一つ。

「それでも、インデックスは救われた。俺のいた世界じゃ、インデックスは救われたんだ」
「黙れ!! あの子はお前のせいで……お前のせいでぇえええええええええええええ!!」

瞬間。
周囲が一気に炎に包まれる。
街中だと言うのに、お構いなしに魔術師は魔術を発動していた。

「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ。それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。その名は炎! その役は剣! 顕現せよ! 我が身を喰らいて力と為せ!!」

そして発動された。
魔女狩りの王(イノケンティウス)。
かつて上条がステイルと対峙した際に出された、ルーンの魔術を利用した術式。
炎を帯びた巨人が、上条当麻の目の前に現れる。

「なっ……!!」
「……殺せ」

呟き。
同時に、炎を帯びた巨人が、上条目掛けて襲いかかってきた。

「くそっ!」

通常、ルーンの魔術に対抗する方法は、そのルーンをすべて壊すこと。
しかし、最初に対峙した時とは違って、防水加工を施されているカードとなってしまっている為、街にあるスプリンクラー(ない可能性の方が高いが)を使ってのインク消去は不可能。
となると、この勝負は上条にとっては明らかなる不利……いや、勝ち目などないかのようにも思われた。
周辺に貼られてあるルーンを見ながら、上条はそう思った。
とりあえず、ステイルの射程距離内に入ってどうにか一発殴りたいところだが、それも叶いそうになかった。

「何だってお前までこっちの世界に来てるんだよ!!」

巨人の攻撃を避けながら、上条がステイルに尋ねる。
ステイルは、表情を特に変えることなく、その質問に答えた。

「君を殺す為だよ……まぁ、あの魔術師にしてみたら、僕は駒の一つに過ぎないのだろうけど」
「駒……? あの魔術師……? ……そうか、そういうことか」

そこで、上条は聞いた。
少し前に対峙した、黒き魔術師が言っていた言葉。
それは……『準備がある』というような感じの言葉だった。
つまり、今上条の目の前にいるステイルは、彼によって用意された出演者ということになる。
それも、『今ここにいる上条当麻』とは違う世界から引っ張られてきたステイル=マグヌスだ。

「お前は俺とは違うから連れてこられた、言わば『並行世界のステイル=マグヌス』ということか」
「まぁそうとも言うね……だけど、僕は君の存在を消す為にここまで来た。だから、大人しく消えてくれないかな?」
「……悪いがそうもいかねぇんだよ。俺には、会わなくちゃいけねぇ奴がいるからよ……ソイツに会うまでは、まだ倒れるわけにもいかねぇんだよ!!」

巨人からの攻撃を避けつつ、上条は叫ぶ。
その距離は未だに縮まることがないまま、一定の距離を保っていた。
時折、避けきれなかった炎が上条の身体を焼く。
軽いやけどが出来あがったりしていたが、今の上条にとってはそんなことは些細なことでしかなかった。

「ちっ……」

ステイルは加えていた煙草を、地面に落した。
そして、巨人による巨大な炎の剣が上条の右手によって抑えられている所を見て、次の攻撃を開始する。

「灰は灰に……塵は塵に……吸血殺しの、紅十字!!」

瞬間。
巨人の身体を突きぬけて、十字の炎が上条に覆いかかってきた。
上条はそれに向けて右手を突き出す。
すると、パァン! という音と共にそれは消え去った。
同時に、巨人すらもその場から消え去っていることに気付く。

「なっ……!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

ここぞとばかりに、上条は駆け抜ける。
狙うは、ステイルの顔面。
ステイルに近付きながら、上条は必死の形相を浮かべつつ、こう言った。

「お前の世界にいる俺は、目の前の現実から逃げちまったのかもしれない……けど俺は違う! 『俺』はインデックスを助けた!」
「ふざけるな! 君があんな状態のあの子を目前にして逃げ出したりしなかったら、あの子は……!!」
「そう思ったのなら、何故俺を引き止めなかった! どうして俺を見逃した! どうしてお前は、インデックスを助ける為の主人公になろうとしなかったんだ!!」
「君に……逃げ出した君に何が分かる!!」
「言っただろ! 俺は逃げなかった……だから俺は、インデックスを助けることが出来たってな!!」

叫びながら、上条はステイルの顔面に己の右手拳を喰らわせた。
ドゴッ! という音と共に、何故か世界が悲鳴をあげた。

「ぐはっ!」

短いうめき声が聞こえる。
それと同時に、あり得ないことが起きた。

「…………………………………………消えた?」

ステイルが、炎を帯びた巨人(イノケンティウス)が、上条の目の前から消えた。
それこそまるで、最初からそこにいなかったかのように、跡形もなく。

「まさか……俺の右手が反応した……? けど、生身の人間であるはずのステイルに効くなんて……どういうことだ?」

理由を解明出来るはずもなく、上条はしばらくの間その場に立ち尽くしていることしか出来なかった。



そんな光景を、ビルの屋上から眺めている人物がいた。

「……人が、消えた?」

金髪の少女は、魔法という通常ではあり得ない力を持っていながら、さらにあり得ない状況を目の当たりにしていた。
それこそ……人が一人、その場から突然消え去ったのだ。

「どうするフェイト……話を聞きに行く?」

隣にいる少女---アルフが、フェイトに尋ねる。
フェイトは、しばらく考える素振りを見せた後で、

「……うん。少し、話を聞いてみる。いや……何が起こったのかよくわからないから、とりあえず戦ってみる」
「了解。それじゃあ……行こっか?」
「……うん」

そして二人は、上条当麻に会いに行く。
それが、フェイトと上条当麻の初めての出会いだった……。



次回予告


ステイルの謎の消失に戸惑う上条当麻。
そんな中、上条に近づく二つの影が現れた。
なのはは帰って来ない上条のことを心配し。
黒き魔術師は、第二の人物を世界に連れてきた。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)
『フェイト・テスタロッサ』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] 無印『ジュエルシード』編 3『フェイト・テスタロッサ』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/01/21 11:21
「む~とうまが帰ってくるのが遅いんだよ!」

とある学園都市の男子寮にて。
白い修道服に身を包んだ少女……インデックスが、ベッドの上を転がり周りならそんなことを呟いていた。
ベッドの下では、『飯はまだか~』とでも言いたげに、にゃ~と三毛猫が鳴いていた。

「せっかくの休みの日だって言うのに、とうまは友達と出かけちゃうし、ご飯を温めようと思ったら電子レンジが爆発しちゃうし……」

とにかく、このインデックスという少女は、科学製品についての知識は疎い。
なので、冷蔵庫の中にあった料理を温めることも出来ず、ついには電子レンジを爆発させるという偉業を成し遂げてしまったのであった。しかし、上条の帰りが明らかに遅いのは事実であり、出かけてから実に半日は経過している。
現在、夕飯時の午後七時。
だと言うのに、上条はインデックスのことをほったらかしで、何処かに出かけていた。

「もしかして、またとうまは黙って危険なことに首を突っ込んでいるのかも」

正解だった。
それこそ、さすがに上条が世界移動まで成し遂げているという考えには至らないだろうが、それこそまさしく今現在上条が男子寮に帰って来ない理由だった。
インデックスは、もう一度ベッドの上で寝がえりを打つ。
そうしていると、扉が突然バン! と開かれた。
……鍵はかけていなかった為、どうやらそれを使うまでもなかったようだ。

「あっ! とうま!! ……じゃない?」

扉が開いた音を聞いてインデックスが玄関まで駆け足で向かう。
しかしそこにいたのは、家主である上条当麻ではなく。

「……君に話がある」

身長二メートルはあるだろう赤髪の魔術師であった。



「今日はまだアイツに会ってないわね……」

同時刻。
学園都市内を歩いている少女、御坂美琴がそんなことを呟いていた。
彼女の両手には紙袋が握られていて、その中身はどうやら服のようだ。
もっとも、何個か握られている紙袋の内のほとんどが、彼女の物ではない。実はつい先ほどまで後輩である白井黒子が一緒にいたのだが、風紀委員(ジャッジメント)としての仕事が急に入ってしまい、今は既に現場に向かっているところだった。
そんなわけで、美琴は白井の分の紙袋も持って、寮に戻っている最中だった。

「最近多いわよね……事件」

ここ最近、様々な事件が起きていて、連日風紀委員が駆り出される日々が続いていた。
そのせいで、白井もまた多忙な日が続いていることに、美琴は少しばかり心配していた。
とは言っても、風紀委員ではない彼女にはどうすることも出来ず、関わろうと思えば、白井に止められてしまう始末。
結局、美琴は動くことが出来ずにいた。

「にしても、本当にアイツは何処にいるのかしら……せっかく決着をつけようとしてるって言うのに……」

美琴の言う『アイツ』とは、ツンツン頭のとある高校生―――上条当麻のことであった。
しかし本日、美琴は上条に遭遇していない。
それこそ、いつもなら既に遭遇していてもおかしくはない時間帯を数時間も過ぎていたとしても、だ。
もっとも、しばらくの間彼女は上条に会うことはないだろう。
何故なら上条は、現在この世界に存在していないからだ。

「まさかアイツ、また何か不幸な目に遭ってるんじゃ……」

大正解である。

「まぁしょうがないか。今はとりあえず寮に戻ろっと」

まずは寮に戻って荷物を置くことが最優秀。
そう考えた美琴は、寮に向かって再び歩き始めた。
その時だった。

「御坂美琴さん……ですね?」
「え?」

背後から、男性の声が聞こえてくる。
美琴は、声の主を確認する為に後ろを振り向いた。
そこには、全身を黒い服で包んだ謎の男性が立っていた。

「なによアンタ……私に何か用があるの?」

美琴は、少しばかりその男性に警戒する素振りを見せる。
男性は、至って丁寧な物言いで、こう言った。

「これから貴女には、幻想殺しと共にとある試練を受けて貰います」
「は? 試練?」

意味が分からなかった。
男性の言う『試練』の内容もさることながら、『幻想殺しと共に』という部分もまた理解に苦しむところであった。
だが、一つ理解出来たことがあるとすれば。

「(アイツが見当たらない理由に、この男が関係している……?)」

『幻想殺し』とは、上条当麻の右手に備わっている能力のことを指す。
そしてその名前が目の前にいる男性から発せられたということは、少なからずこの人物は関係しているということに繋がる。

「アンタ……何者?」

美琴は、男性に対してそう尋ねる。
黒い服に身を包んだ男性は、その質問に対して答えを提示することはなく、

「今は知る必要はありません。いずれ私の名前は、試練が進むことによって明らかになるでしょうから」
「なんなのよ、その試練って言うのは……」
「経験してみればわかりますよ」

男性は美琴に対して一向に情報を与えないつもりのようだ。
その態度に少しイラッと来る美琴だったが、やがてそうも言っていられなくなる事態が発生した。

「それでは私からのお話は以上です。それでは、素晴らしき舞台の場所となる……異世界へとご案内いたしましょう」
「い、異世界って……!?」

瞬間。
美琴の足元に、何やら不思議な模様が浮かんだ円状の絵が浮かび上がってくる。
それはまさしく……魔法陣だった。

「な、何よこれ!? 身体が、引き寄せられて……!!」

その魔法陣の中に、どんどん美琴の身体は引きずり込まれて行く。
強烈な光を放つそれは、やがて美琴の身体を包み込み、気付けばそこには魔法陣もなく、美琴も姿を消していた。

「さぁ、楽しんでください上条当麻(イマジンブレイカー)と御坂美琴(レールガン)。この二人の介入によって、はたしてあの世界がどのような変化を遂げるのか……楽しみですね……」

男性は、一人不敵な笑みを浮かべる。
その笑みを見る者は、誰もいなかった。



あれから上条当麻は、街の中を歩き回っていた。
消えたステイルのことは気になったが、今はそのことばかりを気にしている場合ではなかった。
何より、この街についての情報が欲しい。
そんなわけで先日立ち寄った図書館に行こうとして、少し疲れを感じた上条は、人気の少ない公園で休むことにした。

「ふぅ……」

ベンチに座った途端、自然と上条の口から溜め息が漏れる。
ここまで来て収穫と言える収穫はほとんどなし。
つまり、半分以上無駄骨だったということになる。
ステイルが消えた謎も不明だし、魔法に関しても未知な部分が多すぎた。
つまり、上条には絶望的なまでに情報量が少なかったのだ。

「どうすっかな……これから」

これ以上街を散策しても、何も見つからないだろう。
だとしたら、大人しくなのはの家に帰って自分の無事をなのはに伝える方がいいという考えが上条の頭の中に思い浮かんでいた。

「そうと決まれば、早速行動開始と行きますか……」

立ちあがり、そして歩きだそうとしたところで。

「……!!」

感じる、謎の視線。
その視線は、明らかに上条のことを捉えていて。
だが、何処から突き刺しているのかを、上条は理解することが出来なかった。
やがて、相手が動き出す。

「!!」

突然、右手首と左手首に謎の金色のわっかみたいなものが現れたかと思いきや、上条の両腕は、まるで空間に縫い付けられたかのように動かなくなってしまっていた。
更には、両足首にもそれは現れて、上条の身体は完璧に拘束されてしまっていた。

「な、なんだ!?」

あまりにも唐突過ぎる展開に、上条は驚きを隠せずにいた。
かつて何人もの敵と戦ってきた上条だったが、拘束されるところから始まる戦闘はこれが最初だったからだ。
やがて上条の前に、二人の人物が現れる。

「無駄だよ……それはバインド。一度拘束されたら、動けないもの」
「だ、誰だ!?」

そして上条がその二人の人物を完璧にとらえることが出来た時。

「……え?」

上条は、思わずそんな声をあげてしまっていた。
二人の人物は、上条よりも年下に見える少女達で。
片方は朱色の長い髪の少女。
そしてもう片方は、金髪のツインテールの少女だった。

「おん……なの、こ?」
「……」

金髪の少女は、上条のことをただ見つめているだけだった。
そこには、敵意と同時に……何か他のものが混ざっているような。
上条は何故か、そんなことを考えていた。
そんな上条のことを無視して、少女は言葉を続ける。

「貴方に恨みがあるわけじゃないけど……貴方には話があるから」
「話があるって……話そうとしている相手をこんなので拘束するんじゃねえよ!!」

もっともな意見を上条は述べる。
しかし、少女はその言葉を無視して、上条に近づいてきた。
……その手に、謎の杖みたいなものを掴んで。

「(ちょっと待て。これってもしかして……俺、命の危機に晒されてません? ちょっと間違えたら、お陀仏じゃね?)」

どんどん近づいてくる少女。
朱色の髪の少女は、どうやらこの件に関してはまだ関与する気はないらしく、少し遠めのところで二人の様子を眺めていた。
上条は、なんとかして逃げようと身体に力を入れるが……やはりそこから動ける気配がしない。

「(くそっ、どうする……この輪っかみたいなのが邪魔だな……右手で消せないか?)」

これがなのはが使っていたような魔法によるものだとしたら。
上条の右手でもあっけなく壊すことが出来るはず。
そう考えた上条は、右手中指を、必死に手首のところまで伸ばしてみる。
そして……パァン! という世界が悲鳴をあげるような音と共に、右手首を拘束していたバインドは、跡形もなく消え去ったのだった。

「「なっ……!?」」

二人の少女が驚く表情が目に入る。
構わず上条は、自分の身体にかけられているすべてのバインドを右手で破壊した。
そして、二人の少女の前で身構える上条。

「ば、バインドが壊された!?」
「……ったく、さっきステイルに戦いを挑まれたかと思ったら、今度は女の子二人かよ……それにしても、俺のような高校生をこんな風に拘束するとは、物好きも居たものだな」



「くっ……!」

フェイトは、壊されたすべてのバインドを見て、思わず苦い表情を浮かべる。
バインドによる拘束は不可能―――理由は不明だが右手がそれに触れただけで跡形もなく壊されてしまった。
ただ、その光景を目の当たりにしたフェイトは、同時についさっきの出来事を頭の中で思い出していた。

「(さっき人がいきなり消えた時も、あの右手が触れた時だった……もしかして、あの人の右手には何か力が……)」
「フェイト! コイツの相手は私がするから、援護射撃をお願い!」
「わ、分かった!」

考えている途中でアルフの声が聞こえてきたので、フェイトは目の前にいる少年のことについて考えることを止めた。
少し離れた位置に移動し、そして少年の方を向く。
その少年は……笑っていた。

「!?」

状況的には明らかに不利なはず。
2対1という状況下にいながら、その少年はまるで勝つ自信があるかのように笑っていた。

「……ったく、本当についてねーよな」
「え……?」

ようやっと次の言葉が告げられたらかと思いきや、およそ考えてもいなかった言葉が返ってくる。
確かに今、少年は『ついてねー』と言った。
それが何を意味するのかフェイトには分からなかったが、今はそれどころではなかった。
本当はここまで戦うつもりはなかった。
相手がもし武器を持っていて、それを使って攻撃してくるのならば、それに応じて武力行使をするだけだった。
しかし、殴り合っているアルフと少年を見て、フェイトはある一つの事実に気づいた。

「攻撃出来るはずのタイミングで……攻撃してこない?」

そう。
思えば最初にこの少年に遭遇してから、一度も攻撃する場面を見ていなかったのだ。
もちろん攻撃する程余裕がないとか、武器がないとかの理由も考えられる。
だが、この時フェイトは、それらの考えよりも優先的に、この少年がワザと攻撃していないのではないかという答えを導いていた。
対するアルフは、攻撃に夢中になっていて違和感にまったく気付いていなかった。

「ちっ! 避けてばっかいないでたまには攻撃したらどうなんだ!」
「わりぃがその要望には答えられねぇよ! 上条さんはただの高校生だからな!」
「ただの高校生には生身の人間は消せないだろ!」
「んなこと知るか! あれは俺の右手が触れたら勝手に反応して消えたんだっての!」

受け答えしながらも、アルフは少年―――上条に隙を与えないよう、拳を繰り出し続ける。
そこには魔術的なものは何もなく、ただ己の力と遠心力を利用した固い拳があるだけだった。
だからこそ上条は気付かない。
目の前で自分に攻撃を与え続けているアルフの動きが、段々と鈍くなっていることに。
アルフは、自分の身体に起きている違和感に気付き始めていた。
アルフの拳が上条の右手に阻まれる度に、身体の中から力が抜けていくという謎の違和感を。

「(ど、どういうことだ? 身体から、魔力が消えていく……)」

それは紛れもなく、幻想殺し(イマジンブレイカー)が異能の力を殺している証拠だった。
先に述べてしまうと、アルフはフェイトの使い魔なので、簡単に言ってしまえば人間ではない。
フェイトの魔力によって狼を元に生み出された存在である。
すなわち、上条当麻(イマジンブレイカー)とは相性がかなり悪いということだ。

「フェイト! 早く援護を!!」

アルフは、このままではいずれやられると判断したのか、少し離れた位置にいるフェイトに声をかける。
その声に応えるかのように、フェイトはゆっくりと二人に近づく。
ただし、そこに攻撃する意思は感じられなかった。

「フェイト? 何を……」
「アルフ、攻撃を止めて」
「え?」

やがてフェイトの口からは、そんな言葉が発せられた。
攻撃を止める。
そうしたら相手に反撃されるのがオチではないのか?
アルフはそんな考えを頭の中で浮かばせて、しかしフェイトに言われた通りに攻撃の手を止めた。
すると、上条はホッとしたように溜め息をつき、

「や、やっと終わった……」

ストン、とその場に座り込んでしまった。
アルフはこの動きを見て、思わず驚いてしまった。
あれほどまで敵対していたはずの人物が、いきなり戦意を喪失……いや、元から戦意がなかったことに気付いたのだから。
そんなアルフの動きを見た後で、フェイトが上条にゆっくり近づいてくる。
やがて座り込んでいる上条の前で止まり、こう尋ねた。

「何で……攻撃してこなかったの?」

上条はフェイトに目線を合わせた後に、一言こう答えた。

「だって……お前達悪い奴じゃなさそうだったからな」
「「……え?」」

どう見たって明らかに悪役っぽかっただろう二人は、思わずポカンと口を開けてしまった。
いきなり拘束されたにも関わらず、拘束した張本人達に対して『悪い奴ではなさそう』などという言葉がはたしてかけられるだろうか?
それだけ、上条の言葉にはかなりの意外性があった。
さらに上条は続ける。

「確かにいきなり拘束された時は驚いたよ。俺ってばとんでもない不幸に巻き込まれているんじゃないかって思ったさ……けど、目を見てわかった。あれは殺気じゃない。かといって敵意でもなかった。単に俺が勘違いしていただけだったんだって。そう分かったから、俺は攻撃しなかったんだよ」

もっとも、上条自身にはあまり攻撃パターンがないのも要因の一つではある。
上条が持っているのは、右手に宿る幻想殺しのみ。
アルフの攻撃パターンが打撃系のみだったので、彼の右手があまり役に立っていなかったということもあった。
結果的に、アルフの魔力を減らすことに成功していた為(無意識とは言え)、必ずしも無意味というわけではなかったのだが。

「俺の右手が触れただけで人が消えたなんて超常現象を見たんだろ? なら、何かしらそれについて調べたくなる気持ちも分かるさ。別に殺そうってわけじゃなかったんだし、もういいだろ?」
「で、でも攻撃しちゃったことは事実なわけだし……」

申し訳なさそうな表情を浮かべて、フェイトが言う。
そんなフェイトの頭に右手を軽く乗せて、上条は言った。

「何の事情があるのかは知らないけど、とりあえず今回はこれにて終了ってことにしてもいいんじゃないか? お互いに大した怪我もなかったわけだし……イテテ」
「ちょ、ちょっと大丈夫か?」

突然上条が左肩を抑えて苦しそうな表情を浮かべた為、殴った張本人であるアルフが思わず上条の身体を支える。
上条は、そんなアルフに向けて笑顔を見せて、

「大丈夫だ。この程度の打撲なんていつものことだから……」
「いつものことって……普段どんな生活してるんだよアンタ」

若干呆れたような表情を浮かべて、思わずアルフが呟いた。
これにはフェイトも少し苦笑い。
その後で、上条がフェイトに尋ねた。

「ところで、お前達はそんな格好して何してるんだ? 見たところ何かしらの力を使って変身とかなんとかしてるっぽいけど……」

以前なのはと共に夜の街の中で化け物と対峙した時のことを思い出して、上条はそう尋ねる。
あの時なのはが手にした能力と、フェイト達が使った能力が多少なりとも似ていたことから、上条は疑問に感じていたのだ。
もちろん、相手はなのはのことを知らないだろうから、そのことは言わなかったのだが。
そんな上条の質問に答えようと、フェイトが口を開こうとしたその時だった。
何気なく上条がフェイトの頭に乗せていた右手で、軽くフェイトの肩にポンと乗せたその瞬間。
フェイトが着用したバリアジャケットが、ビリッ! という音を放ちながら綺麗に破れてしまった。
簡単な話……そのバリアジャケットの下は……。

「あ……あの……これはちょっとした事故でありまして……別に上条さんはやましい想いがあってそのような行動をしたわけではなくてですね、その、つまりえっと……あの……俺の右手が何故か反応してしまったが故の結果でありましてですね……」
「……いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「うぎゃあああああああああああああああああああああああ! 不幸だぁああああああああ!!!」

地面を抉るような激しい爆音が街中に響き渡る。
その爆音の発生源である、人気のない公園には。
何も身に纏っておらず、両手で身体を隠しながら、その手に大きな杖を持つ一人の少女と。
そんな少女の身体に上着を着せてあげる一人の少女と。
右手以外全身黒こげになって倒れている、元は少年だったものがあるだけだった。



「遅いなぁ……上条さんの帰り」

夜。
一人自室にて上条の帰りを待つ少女がそこにはいた。
椅子に座る彼女の前には机の上に立っているユーノは、なのはの顔を見つめて、言った。

「元々上条さんはこの家の人じゃなかったからね……もしかしたら一宿しただけで出て行っちゃったのかも……」
「でも、家にいないってことは、もう起きたってことだよね?」
「そういうことになると思うけど……多分なのはが学校に行っている時に目が覚めて、それで出て行っちゃったんじゃないかな?」
「……」

心配そうな表情を浮かべるなのは。
上条がステイルやフェイトと対峙していたその時、なのはは神社にてジュエルシードの暴走によって狂暴化してしまった犬と対決していた。
彼女にとっては二度目となる魔法少女としての仕事だったが、この度の戦いにて驚かされることがいくつかあったのだった。
まず一つ目は、なのはがパスワードなしでレイジングハートを起動させたこと。
二つ目が、まだ二度目だったのにも関わらず、スムーズにジュエルシードの封印を遂行してみせたことだった。
もちろん一度目の時も割とスムーズに封印出来たのだが、その時は上条の助力もあった。
だが今回は上条の助力があったわけでもなく、彼女一人でここまで出来たのだ。
それだけ、あの時上条に言ってもらった言葉が力になっていたのかもしれない。
なのはに勇気をくれた上条は、現在この家にはいないのだが。

「危ない目に遭ってなければいいけど……」

一番危険な目に遭いそうななのはが心配したところで、逆にお前の方が心配だなんて言われそうなのだが、当の本人はもちろんのこと気付いているはずがない。
窓からうかがえる月が、軽く雲に隠れている。
そのおかけで、月の光が部屋の中に入るのを遮られていた。

「それにしても、上条さんのあの右手、凄かったね?」

二人の中で共通している疑問は、上条当麻の右手---幻想殺し(イマジンブレイカー)についてだ。
上条は右手で触れただけで、あの化け物の力を打ち消していたようにも見えた。
それが、ユーノにとっては不思議で仕方がなかったのだ。
もちろん、それはなのはも同感だった。

「何の道具もなしに、魔力を打ち消していたあの右手……幻想殺し、か……」

もし彼らが異世界に存在する学園都市にやってきたとしたら、軽いカルチャーショックを受けるかもしれない。
空間移動(テレポーター)に電撃使い(エレクトロマスター)、そして一方通行(アクセラレータ)と言った超能力を目の当たりにしてみたら、果たしでどのような反応を示すだろうか?
少なくとも、上条の右手を見たときの反応位は、驚くことだろう。
と、そんな話をしている最中でのことだった。

「……ん?」

ふと外を見ていたなのはが、視線を下にずらしてみる。
するとそこには……。

「誰か、人がいる?」
「女の人だね。だけど、こんな時間にどうしたんだろう?」

ユーノが、そう呟いていた。
彼らの目線の先には、茶色のショートヘアーをしていて、プリッツスカートとなっている学生服を着た少女が立っていた。
その少女はまさしく、学園都市が誇る超能力者(レベル5)第三位、超電磁砲(レールガン)の御坂美琴その人であった。



「ん……」

小さなうめき声をあげて目を開けたのは、黒くてツンツンした髪が特徴の一人の少年---上条当麻。
彼の身体には包帯が巻かれており、それが自分の怪我が軽くはないということを示すものでもあった。
もっとも、これは打撲ではなく火傷(?)の類なのだが。

「イテテ……ここは……」

小さな悲鳴をあげる身体を軽く起こして、辺りを見回す。
どうやら自分はあの後どこかしらに運ばれたらしく、上条の身体はベッドの上に寝ころがされていたみたいだ。
周りには特に目立った物が置いているわけではなく、広さ的に考えてみると、ここはとあるマンションの一室のようだ。
とはいっても、上条の住む男子寮よりははるかに広く、窓からは街を一望することが出来る位だった。
恐らくここは高級マンションの類なのだろう。

「目が覚めた?」
「え……?」

上条の顔を覗き込んできたのは、とある一人の金髪の少女だった。
見間違えるはずがない……つい数時間前に上条が対峙したあの少女だった。

「えっと……そう言えば名前……」
「あ……」

ここまできて、ようやく二人共お互いの名前を知らないということに気付く。
そこで二人は、軽く自己紹介をすることに。

「私はフェイト・テスタロッサ」
「俺は上条当麻。見ての通りただの高校生だけど……って、あれ? さっきはもう一人いたはずだけど……」

上条が言う『もう一人』とは、恐らくアルフのことを指すのだろう。
フェイトは、そのことを汲んで上条の質問に答える。

「アルフなら、今ちょっと薬を買いに行ってるよ。怪我させちゃったのは、私達だから……」
「もしかして……フェイトはずっとここにいてくれてたのか?」

まぁここがフェイト達の住んでいる場所ということもあって、その質問はどうかと思うが。
上条のその問いに対して、フェイトは少し顔を赤らめて答える。

「う、うん……もとはと言えば、ここまでにしちゃったのは私の方だから……」
「……あ」

そして思い出される、先ほどのセクシーシーン(笑)。
完璧なる事故ではあったが、男上条当麻としては、あんなことをしてしまったことに対する罪悪感というものがバリバリ感じられた。

「あ、あの時は本当にすみませんでした! まさかああなるとは思っていなくって!!」
「う、ううん! わざとじゃないって言うのは分かってたから! あの時は何だか頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃって、えっと、あの、その……」

対峙している時に見せていたあの静かな表情とは一変。
慌てたように取り繕うその少女の姿は、歳相当の可愛げのある一面のようにも見えた。

「……それで、えっと……フェイトとアルフ……でいいのか? 二人がここまで運んでくれた、と」
「うん、そうだよ……」

申し訳なさそうな表情を浮かべながら、フェイトが言う。

「い、いや。さすがにそんな表情を浮かべなくていいんですよ。私があんなことをしてしまったのが原因なんですから……」
「も、もうその話は終わりの方向で……」

これ以上あの時の話を続けられても、フェイトとしては男の人に自分の身体を曝け出してしまったという記憶だけが鮮明に再生されるだけなので、どうにかしてでもこの状況を終わりにしたいと言う気持ちがあった。
なので、これにてその話題を出すことは終わりとなった。
そして、ここからは少し緊迫した雰囲気を感じられるようになる。

「それで、こんなこと聞くのも悪いとは思うけど……フェイト達もひょっとして……ジュエルシードとか言う奴を回収していたりするのか?」
「!?」

驚いたような表情を見せるフェイト。
やはり、と上条は心の中で呟いた。

「俺の知り合いにも、お前と似たようなことをやってる奴がいる。何でも、ソイツ曰くジュエルシードやらは結構危険なものみたいだ。俺もその、ジュエルシードとやらの暴走が原因で生み出された怪物と戦ったことがあるから分かるけど……何でそんな危険なものを追って、こんなことまでしてるんだ?」

それは、なのはやユーノにも言いたいことでもあった。
誰かが危険な目に晒されているのを、上条当麻という人間は放っておけないのだ。
何処までもお人好しで、そして何処までも自分のことよりもまず他人のことを優先的に考える。
それが、上条当麻という人間であった。

「……それは」

フェイトは、自分がジュエルシードを集める理由を言うべきか言わないべきか迷っていた。
目の前にいる少年は、自分のことを心配して言ってくれているのだ。
別にジュエルシードを自分達から盗み出そうとかそんなことは考えていない。
優しい人物だという認識を持っていた。
なぜなら、対峙した際に攻撃してこないという優しさがあったから……それを、フェイトは目の当たりにしているから。
ならば、この人物になら打ち明けてもいいのではないか?
アルフとフェイトだけが知っている、ジュエルシードを集める目的。
たった数時間前に出会ったばかりの人物に、今からその目的・理由を告げようとしている。
そのことに少しばかり疑問を感じながらも、しかしそんな疑問などすぐに取っ払われた。

「母さんの……仕事の手伝い」
「仕事の手伝い? それでジュエルシードが必要だっていうのか?」
「……うん」

それ以上は、何も言わなかった。
上条も、何も聞き返さなかった。
よほどの事情がある、そのことを汲んだのだ。
だが、運悪く目的のものがなのはやユーノとは同じもの。
どちらを優先するべきなのか、上条は決めかねていた。

「けど、あれはかなり危険な代物だろ? 女の子二人が無理して集めるものじゃない。大体、お前の母親はどうして危険だと分かってて、お前にそれを集めさせてるんだよ」

フェイトに言ってもしょうがないことなのに、思わず上条はそう言ってしまった。
いや、言わなければならなかった。
実の母親なのに、どうして娘を危険の渦の中に投げ込んだりしているのだろうか?
いくらアルフがいるからと言って、こんなにも幼い、まだ小学生位の女の子を一人この街の中に残すなんてこと、普通は絶対に出来ないはず。
少なくとも上条は、この時点ではそう考えていた。
彼はまだ真実を知らないから、そう思えたのだ。
上条の言葉を聞いた後で、フェイトは少し悲しそうな表情を浮かべて、

「私……母さんにはあまり好かれていないの」
「え……」
「むしろ、憎まれてるって言ってもいいかも……」

フェイトの母親であるプレシア・テスタロッサは、娘であるフェイトのことを愛してはいなかった。
いや、愛そうとしなかった。
一度は愛そうとはした……だが、あることに気付いてしまった時に、すべては変わってしまった。
このことに関しては、まだ上条を含めフェイト自身も、この時点では事の真相に気付いていない。
その内明らかになる真実なので、ここでは深く記述しないことにしよう。

「でも、それでも私は、例え母さんに嫌われていたとしても、母さんのことが好きだから……だからこうして、ジュエルシードを集めてるの」
「フェイト……」

目の前にいる少女が、涙目になりながらも語ってくれたこと。
それを無下にできる程、上条は人が悪くはない。
ここまで言われて、話してくれて。
それで自分が何もしないというのはあまりにもズルすぎる。
そう考えた上条は、フェイトの身体をそっと優しく抱いて、

「……分かった。俺も出来る限りの協力をしよう」
「え?」

驚きのあまりに、上条の身体に包み込まれたフェイトは、思わず見上げてしまう。
上目遣いになっているフェイトの顔を見ながら、上条は言った。

「会って対して時間もかかってない癖にこんなことを言うのもあれだけど……そこまでフェイトが集めたいって思っているのなら、俺はフェイトに協力してやるよ。集めて何するのかは知らないけど、大好きな母親の為に力になりたいんだろう?」
「……(コクッ)」

上条の胸の中で、フェイトは小さく首を縦に頷かせる。

「それなら、俺も出来る限りの力を貸すからよ!」
「何言ってるんだよ! あたしもいるよ!」

いつの間にか帰ってきていたらしいアルフが、上条の言葉に対抗するように声を張る。
その言葉はフェイトにとってはとてつもなく心強く、そして胸に強く響いたと言う。

「お? アルフ……でいいのか? も帰ってたんだな」
「そういうアンタは……確か上条、当麻だから……当麻でいいな」
「あ、ああ。そう呼んでもらって構わないけど……」

上条は、少し困惑した感じで答える。
そんな上条と、上条に抱かれてるフェイトの姿を見て、アルフが一言。

「それにしても、アツアツだね二人とも。それこそ、当麻を殴りたくなるくらいに♪」
「いやいや、何をおっしゃってるんでせうかアルフさん! さっきあれだけさんざん殴ったじゃないでせうか!」
「いやぁ、あれだけじゃ物足りなくってさ! もっと殴らせてくれたら嬉しいな~みたいな?」
「『みたいな?』じゃねえよ! とてつもなく恐ろしい死刑宣告に聞こえるわ!!」

抱いていたフェイトをそっと遠くに避難させて、上条はマンションの部屋の中を駆ける。
目指すは、扉。
だが、その前に上条の身体は大きな悲鳴を上げて、

「んぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

どうやらさっきまでの傷が影響しているらしい。
そのまま床にパタリと倒れこんでしまった。

「当麻!? 大丈夫?」

あまりにも突然の流れだったので、フェイトが上条の元へと駆け寄ってくる。
そんな様子を大声で笑いながらアルフが見るのだった。

「アハハハハハ! 最高に面白いや当麻は!」
「あ、あのな……」

こうして、一時の平和な時間は過ぎ去って行った。



「幻想殺しと超電磁砲が、この世界の人に接触し始めましたか……」

黒い服に身を包んだ魔術師は、ここまでの彼らの動きをビルの上から眺めていた。
その魔術師の表情は、フードを被っている為によく分からなかったが、声を聞く限りだと、何やら楽しそうにも聞こえた。

「さて、そろそろこちらの世界も、第一の動きを見せ始める時というわけでしょうか……」

結ばれるはずのなかった、二つの世界。
出会うはずのなかった、人々。
それぞれが複雑に絡み合い交差する時、起こるべくして起きる事件も、どうやら大きく方向が変わって行くものらしい。

「彼らにとっては多少の誤解が取り巻く可能性がありそうですが、まぁそれもこの物語に楽しみ(アクセント)を付け加えるものとして楽しませて頂きましょう。続いてはどのように物語を改竄(アレンジ)していけばいいのでしょうか?」

その一言を呟いた後、黒き魔術師はそのビルから姿を消した。



「とうまが……いなくなった?」

場所は変わって、学園都市内。
男子寮に居候として住んでいるインデックスの元に尋ねてきたのは、身長2メートルは軽くあるだろうと思われる赤髪の魔術師、ステイル=マグヌスだった。
ステイルは、インデックスが危険な目に巻き込まれることに苛立ちを覚えつつも、今回の件が自分達だけではもう解決出来ないことを悟って、こうして彼女の前に現れたのだ。

「ああ。この街に侵入してきた魔術師を追っていたら、その魔術師毎忽然と姿を消してしまった……それこそ、まるで最初からこの場所には存在していなかったかのように」
「姿を消した……」

呟くインデックスの脳内では、『またとうまは私には何も知らせずに勝手に暴走して……帰ってきたら絶対に許さないかも!』と、すでに上条当麻処刑計画が組み立てられていた。
そんなインデックスの脳内での言葉など聞き取れるはずもないステイルは、自分の言葉の続きを言う。

「そこで聞きたいことがあるのだが……幻想殺しが効かない方法でその人物が場所を移動する方法というのは存在するのかい? 僕は恐らくあの少年は魔術師と共に別の場所にいるのではないかと思うのだが……」
「とうまの右手は、魔術でも打ち消すんだよ? 右手が効かない魔術なんてそうそうないし……第一、場所移動の魔術となってくると、随分と限られてきちゃうかも」

上条の右手に宿る幻想殺しは、空間移動(テレポート)などの超能力もすべて打ち消してしまう。
だから、白井黒子が以前上条を能力を使って外へ連れ出そうとした時も、その効力はまったく果たされなかったのだ。
だったら魔術におけるそのようなことも、上条の右手が打ち消してしまうはず。

「……あれ、でも待って。ひとつだけ、魔術でも科学でもない方法で、場所を移動出来る方法があるかも」
「!? 本当かい!!」

正直、ステイルにとって上条の行方などどうでもよかった。
自分は仕事さえ遂行出来れば、後はどうなっても構わなかった。
しかし、インデックスが悲しむ姿だけは、ステイルは見たくなかった。
彼女の笑顔を守る為には、隣に上条当麻(たいせつなひと)の存在が必要なのだ。
その役目が自分でないことに多少の苛立ちを感じながらも、それでも見守る立場としてインデックスの笑顔を守ってあげたい。
なので、正直乗り気ではないステイルとしても、一刻も早く上条当麻を彼女の元へ送り返してあげたいと思ったのだ。

「うん。でもこれは理論上の問題で、実際にそんなことが出来るのかどうかは分からないけど……それに、この方法の絶対条件として、別の世界が存在するということを理解しなくちゃいけないかも」
「……別の世界?」
「うん、並行世界(パラレルワールド)と言ってもいいかもしれないけど……同時進行してる別の場所が他にもあるという考えがないと、ちょっと理解出来ないかも」

この世に生きている以上、この世界の他にまた別の世界があるなんてことは正直な話考えにくことだ。
だが、そう考えなければ今回の超常現象も解決できない。
つまり、上条当麻は別の世界に飛ばされたということだ。

「魔術的動作があるわけでもなく、それは自然現象として発生する。世界同士にズレが生じ、そこから歪みが発生する。その歪みを通ることで、その人は別の世界に飛ばされる……もしかしたら、その魔術師は意図的に他の世界とこの世界をぶつけて、歪みを発生させているのかも」
「世界同士がぶつかり合うことによって発生する歪み、か……」

その理論で行けば、歪みを発生させる為には魔術的動作、もしくは偶発的要因が必要になってくるが、一度歪みが発生してしまえば、それは異能の力によって発生した自然現象ということになる。
すなわち、能力で発生した爆風で飛んできたコンクリート片などと同じで、それはすでに打ち消せるものではなくなっているということだ。

「ならば、こちらからその歪みを発生させて、そっちの世界に行く方法は?」
「ないとは言わないけど……私達じゃ無理かも。それに、その方法が書かれている魔導書は、まだ解明されてないし」
「ちっ……つまり僕達は、ここで何も出来ずに指を咥えて待っていろ、ということなのか……」

手を出すことが出来ない。
方法は分かっているのに、その魔術師の元へ向かうことが出来ない。
その事実が、ステイルにとって苛立ちを感じさせることであった。
だが、そんな時にステイルの携帯が鳴る。

「ん? ……土御門か」

ステイルは、インデックスに了承を取ると、その電話に出た。

「もしもし? 土御門か?」
『どうだった? かみやんの居場所は分かったかにゃー?』
「全然、さっぱりだ。けど、こんな可能性はあるみたいだ」

ステイルは、先ほどインデックスより聞いたことを、そのまま土御門に説明する。
すると土御門は、やはりいつものふざけた様子で、こう答えた。

『そういうことなら、科学サイド(べつのほうめん)から手を打ってみるのが一番ですたい。魔術が駄目なら、科学で何とか出来るかもしれないにゃー』
「なんとか出来るかもしれないって……タイムマシンを作る位にありえない話だぞ!」
『タイムマシンを作るのは厳密に言えば不可能ではないんだにゃー。現に魔術師の中にはタイムマシンみたいに時代を行き来する方法を本気で調べている奴もいるくらいだしにゃー。つまり、世界と世界をぶつけさせて、自分達でその歪みとやらを作ることが出来る機械を作れるのは、タイムマシンを作るよりもまだマシだということになるんだにゃー』

タイムマシンは、現在から未来へ、もしくは現在から過去へと時間軸を変更しなくてはならない。
しかし、今回の場合は同時間軸での話。
となると、話は別になってくるということだ。
時間軸をずらすとなると、それだけかなりの労力がかかるということになる。
だが、同時間軸となるとかかる労力も多少は少なくなる。

「しかし、そんなの本当に作れるのか?」

ステイルが土御門にそう尋ねると、やはり土御門はふざけてるともとれるような口調で、

『大丈夫だにゃー。こっちから掛け合ってみるから、ステイルは別の方法でなんとか出来るか禁書目録と一緒に模索しておいてほしいにゃー』
「……了解した」

そして、ステイルは電話を切る。
その後でインデックスの方を向き、

「……君に、手伝ってほしい事がある」

一言、そう告げたのだった。



次回予告

歪みを通じて異世界にやってきた御坂美琴。
彼女はなのはの家に居候することとなった。
その時、なのはより上条当麻がこの世界に来ていることを聞き、驚きを見せる。
そんな中上条に訪れた、しばしの平和なひと時。
そして、新たに現れたジュエルシード……。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)、
『奇跡の宝石(ジュエルシード)』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] 無印『ジュエルシード』編 4『奇跡の宝石(ジュエルシード)』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/03/06 20:29
「こ、ここは……」

時間は上条がフェイトとアルフに遭遇してから少し経ち、なのはが神社でジュエルシードを封印していた少し後までさかのぼる。
戦闘後の跡など綺麗さっぱり消え去っていた人気のない公園のど真ん中に、一人の少女が立っていた。
学生服を着ている彼女の名前は、御坂美琴。
黒い魔術師によってこの世界に連れてこられた人物の一人だ。
もっとも、美琴自身は魔術師云々の話など何も分からないのだが。

「どこよここ……少なくとも学園都市じゃなさそうね」

美琴は、今自分が現在学園都市にいないのは、明白だて考えた。
何故美琴がすぐにそのことを悟ることが出来たのかと言うと、辺りを見回した段階で、学園都市になら数台はいる筈の清掃用ロボットや警備ロボットの姿が見受けられなかったからだ。
このような人気のない公園だからめったにやって来ないだけという考えも浮かんだが、何より最大の違和感は……飛行船が飛んでいないことだ。
本来ならば学園都市の情報を伝える為に常時飛行船が空を飛んでいる筈。
しかし、ここからその姿を捉えることが出来なかったのだ。

「弱ったな……あまりにも突然過ぎたから黒子達に何かを伝える手段を残しておけなかったし……」

元々頭が回る方である美琴は、何か手掛かりになるようなものを残して置けたら良かったのにと今更ながら後悔していた。
そして、そのこととはあまり関係はないが、美琴の前に突然現れた人物が言っていた、『幻想殺し』という単語(キーワード)。
つまりそれは、もしかしたら今回の一件にあの少年も関わっているかもしれないということになる。

「とりあえずまずは、適当に街の中でもぶらついてみるかな……早くしないと夜になっちゃいそうだし」

人気のない公園を抜けて、街の中を散策することに決めた美琴。
だが、大した収穫が得られないまま時間だけが経過していき、ついに辺りは暗くなってきてしまった。

「ヤバッ……もう夜になってるし。このまま泊まるどころなしで野宿なんて……一応お金ならあるけど、この辺に宿なんてなさそうだし……」

住宅街にいる為、辺りには宿泊施設みたいな建物は見受けられなかった。
つまり、このままだと御坂美琴というお嬢様が、野宿をするという何とも屈辱的な経験をする羽目になってしまう。
街灯が美琴の前を照らしていて、その前に立ち止まっている美琴にはその光は当たらない。
ふと、上を見上げる。
彼女の前には、住宅街なのだから当たり前とも言えるが、誰かの一軒家が建っている。
部屋の中から漏れる光を見て、柄にもなく美琴は羨ましいと思ってしまった。
だが、そんな時だった。

「……うん?」

窓から、誰かが此方を覗き込んでいる。
それも、恐らくは小学生位の女の子と……フェレットらしき動物が一匹。

「……フェレット?」

多少そのことに疑問を感じたが、やがてその家の扉がガチャリと開かれて、

「あの、どうかしましたか?」

それが、高町なのは(まほうしょうじょ)と御坂美琴(ちょうのうりょくしゃ)の出会いだった。



上条の身体の方もそこそこ良好となった為、フェイト達は少し遅めの夕食を食べることとなった。
ただ、テーブルの上に並ぶ食事を見て、上条は思わずこう呟いてしまった。

「……………………インスタント?」

テーブルの上に並んでいる食事は、どれもインスタント系統のものばかり……というかそれしかなかった。
育ち盛りの小学生が食べる料理にしてはどれも栄養価が偏っているようにも見える。
料理にあまり詳しくない上条でも、流石にこれでは身体によくないだろうと思わずにはいられなかった。
しかも、アルフに至ってはもはやドッグフードを食べようとしている始末。

「お前ら……こんな食事でいいと思ってるのかぁあああああああ!!」
「「!?」」

突然声を荒げた上条に、フェイトとアルフは身体をビクッとさせる。
まぁこの二人がこのような反応を示すのも無理はないだろう。
何せこちらに来てからいままでこの食事で通してきたのだ。
だというのに、いきなりやってきた少年に『こんな食事でいいのか』と尋ねられても、どう答えたらいいのか分からないのも無理はない。

「何だって小学生が冷凍食品やらレトルト食品しか食べてないんですか! つかアルフ! お前それ完璧にドッグフードじゃねえか! いくら犬耳としっぽが生えてるからってそれはおかしいだろ!!」
「違う! あたしは狼だ!!」
「反論するとこそこじゃねえだろ!」

少し興奮気味の上条。
この中で一番年上だと思われる男としては、自分よりも幼い女の子が偏りがちな食事をすることを許せないのだろ。
……栄養どころか食べる量すらも自重しない暴飲暴食シスターを居候させている身ではあるが。

「フェイトとアルフは料理とかしねぇのかよ。さすがにこれはちょっとまずいだろ将来的に……」
「で、でも私。料理とか出来ないし……」
「あたしも無理。だって狼だし」
「狼だからって料理出来ないとか抜かしてるんじゃねえ! つか今は人型になってんだからそれくらい出来んだろ! そしてフェイト! これから少しは料理の練習していかねぇと、失礼な話だけど嫁の貰い手が来ねぇぞ!」

まったくもって失礼な発言をしている上条だったが、この言葉はフェイトの胸を深く抉ったような気がした。
少し項垂れた様子で、フェイトが上条に言う。

「じゃあ当麻は料理とか出来るの……?」
「まぁな。ちょっと前まで一人暮らししてたし、自炊は当たり前だったかな。今じゃ食費破滅機(インデックス)も一緒にいるから尚更のことだ」

ルビがおかしいような気もしなくもないが、とりあえず上条はある程度の料理スキルは持ち合わせているらしい。
するとフェイトとアルフが驚いたような表情を見せて、

「凄いな~当麻って」
「つか、その前にインデックスって誰なんだい?」

片方は感心し、片方は質問を返す。
上条は答えようか答えないか考えたが、別にこの二人になら答えても構わないだろうと考えたので、

「ああ。家の寮に居候してる奴なんだ。ちょっとしたわけありでさ……どうして一緒に住んでいるのかは覚えてないんだけどさ……」
「覚えてないって……それちょっとおかしくない?」

もちろん、フェイトの疑問は正しかった。
居候しているからには、何かしらの理由を抱えているはず。
その理由も知らないで居候させているということは、よほどのお人好しか、よほど記憶力のない人間だということになる。
だが、上条の場合はそのどちらにも当てはまらない。
何故なら、上条当麻は。

「あー、お前達には話していいと思うから先に言っておくけどさ。俺、実は……記憶喪失なんだ」

上条当麻は、記憶喪失だからである。

「記憶……喪失?」

フェイトが少し悲しい表情を見せて呟く。
上条は、右手で頭をボリボリとかきむしりながら、

「だから何でアイツが一緒にいるのかも分からないし、俺自身今までどうやって過ごしてきたのかも分からない。ただ、抜けてるのはエピソード記憶、つか思い出だけだから、普通に生活する分には何も問題がないわけなんだけど……」

一度上条はここで言葉を切る。
しばらく静寂の時間が流れた後、フェイトとアルフにこうお願いをした。

「悪いけどさ、このことを他の人には内緒にしておいてくれないか?」
「いいけど……なんでさ?」

アルフがその理由を尋ねてくる。
上条は、その理由を述べた。

「インデックスを、悲しませたくないからだよ。アイツ、俺の病室に来て、記憶喪失だって聞いた時に泣いててさ……その時俺は思ったんだよ。ああ、この子だけは絶対に泣かせたくないってさ」
「「……」」

何も言えなかった。
いや、何か言ってはいけない気がした。
ここで下手に言葉をかけてしまうのは、失礼だと思ったからだ。

「まぁ俺の知り合いがこれ以上こっちに来ることはないと思うけど、一応秘密にしておいてくれ」
「……分かった」
「ああ」

フェイトとアルフは、それぞれ了承を意味する言葉を述べる。
それを確認すると、辛気臭くなった空気を撤回するように、上条が明るい声で言う。

「さぁて! 悲しい時間はここまでだ! とりあえず飯といこうぜ!! ……まぁインスタントとドッグフードなわけだけど」
「えっと……何か、ごめんなさい」

フェイトがわざわざ頭を下げて上条に謝る。
そんな様子を見て、上条は少し慌てた様子で、

「ああ、いや。別にそんなつもりで言ったんじゃないんだ! ただ……このままじゃ身体に悪いと思うからさ、明日からは、俺が料理作ってやるよ」
「「え?」」

これには目を丸くするしかないフェイトとアルフ。
上条は、そんな二人に向けて言った。

「そういうわけだからさ。明日俺が食材とか買ってくるからさ、何か食べたいものとかがあったらリクエストしてくれ」
「はい! 肉!!」
「アバウト過ぎるわ!!」

元気よく手を挙げてアルフが『肉!』と言った為、思わず上条がツッコミを入れる。
そんな中、少し恥ずかしそうに手を挙げて、

「……カレーが食べてみたい」

フェイトが、上条にそうリクエストしてきた。
すると上条は、笑顔を見せて、

「了解! それじゃあ明日の夕飯は、料理の定番のカレーな!」

と、答えたのだった。

「それじゃあ……」
「「「いただきます!!」」」

明日の夕飯のメニューも決まったところで、三人の本日の夕食が始まった。



「「……」」
「え、えっと……」

夜の住宅街で一人ポツンと突っ立っていた美琴は、なのはによって家の中に招待された。
そこで夕食をごちそうになり、美琴は父親である士郎に、あの時間にあの場所で突っ立っていた理由を聞かれる。
さすがに『いきなり別世界から飛んできました』とは言えなかったので、細かな部分に嘘を交えながら、本日以降泊まれるような場所がないことを伝える。
すると桃子が、帰れるまでしばらくここにいてもいいと快く了承してくれた。
これには美琴は思わず喜びを見せていた。
だが、その時桃子に尋ねられたことが、今でも美琴の頭の中から離れられないでいた。
その質問の内容がどのようなものであるかも交えて、なのはの自室でのやり取りの様子を描きたいと思う。

「アイツがこの家に来てたって……本当?」

美琴はまず、なのはにそう尋ねる。
なのはは、真剣な表情で答えた。

「はい。上条さんは昨日、私の家の前で倒れていた所を見つけて、それで泊まって行きました」
「そっか……アイツもこっちに来てたのか……」

思案顔をする美琴。
自分の身の回りにいる人物の内の誰かがこっちにも来ていることに多少心の重荷が降りたような気もしたが、その人物がまさかの上条だったことに動揺を隠しきれずにいた。
同時に、いつもの不幸に巻き込まれているのだろうからしょうがないことなのかもしれないという考えも思い浮かんだが、そんなに深く考えても意味はないだろうと思い、美琴はこのことについて考えることをやめた。

「それじゃあ、君ももしかして異世界から来た人間ってことなのかい?」
「あまり認めたくはないけど、そういうことになるかもしれない……って、今の声は誰?」

尋ねられた為に答えた美琴だったが、いきなり少年っぽい声が聞こえてきた為に思わずそう尋ねてしまう。
もちろん今尋ねてきたのはフェレットような姿をしているユーノなのだが、美琴はこの段階ではユーノが喋れることを知らない為、このような反応をとるのも自然と言えるかもしれない。

「えっと、今のはユーノ君の声です。こちらが、ユーノ君です」
「……この子、フェレットじゃない。フェレットにしてはちょっと変だけど……って、フェレットが喋ってる!?」

美琴はとりあえずユーノの頭を撫でようとする。
しかし、ユーノの身体が少し震えている。
現在ユーノの身体は小動物になっている為、美琴の身体から無意識の内に放たれている微弱な電磁波が当たるのを避けているのだ。

「……分かってるわよ。どうせ私は動物に避けられるような身よ……」

少し美琴がキャラ崩壊しかけているのを見て、なのはは話を元に戻す。

「そ、それで御坂さんはどうしてこっちに……」
「美琴でいいわよ、なのは」
「は、はい」

名字ではなく名前で呼ぶようにお願いする美琴。
なのははその申し出を受け入れた後に、もう一度同じ質問をする。

「それで美琴さんはどうして……」
「分からないって言った方が正しいかもね……知らない男が私の目の前に来たと思ったら、いきなり何かに吸い寄せられて、それで……」

美琴の話を聞いた後で、ユーノがこう答えた。

「もしかすると御坂さんは、ひずみに巻き込まれた可能性があります」
「ひずみ? ひずみって何?」

ユーノの言う『ひずみ』というのがイマイチ理解出来ない美琴。
そんな美琴に分かりやすいように、ユーノが説明を始めた。

「元々、並行世界というのは閉鎖された空間なんです。広さや時間の流れとかが規則性を生み出し、例えるなら……ボールのような一つの世界を作ってるんです。普通ならば、この状態のまま均衡を保ちます。ところがそこに何かしらの要因が影響して誤差が生じたのが、時空のひずみなんです」
「へぇ……」

理解出来るか出来ないか少しギリギリのところだったが、美琴は何とかそれらの説明を頭の中で処理しきる。
さすがは学園都市超能力者第三位ということだけはあると言えるだろう。

「それじゃあ、そのひずみとやらがまた発生したら、私は元の世界に帰れるってこと?」
「それはそうなんですけど……そのひずみが発生した理由が分からないことには何とも……」
「……どういうことかしら?」

少し、嫌な予感がした。
何か、聞かなくてはならないような、聞きたくないような。
とにかく、美琴にとって重要なことがこれからユーノの口より発せられるのではないかという予感が、頭の中でよぎったのだ。
そんな予感が当たったかのように、ユーノがこんなことを言ってきた。

「発生したひずみは、世界の持つ規則性が働いて、上書きして消すんです」
「……つまりそれって、ひずみが消えちゃってるから、しばらく私は帰れないってことなんじゃ……!」
「……その通り、ということになります」

ユーノが答えたその瞬間。
なのはの部屋の室温が2度程低下したような感覚を感じ。
それから、

「う、嘘ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」

美琴の叫び声が、なのはの部屋の中で響き渡ったと言う。



次の日。
とりあえずあの後美琴は、なのはが魔法少女をやっていることや、ジュエルシードについての説明などを聞いた。
正直どれも科学的に証明するのはあまりにも難しく(というか不可能で)、少なくとも学園都市に住んでいる美琴には夢幻のような話ではあったが、自分で超常現象を体感している以上、その話を信じないわけにはいかなかった。
そんなことがあったりしたが、本日はそのジュエルシード探しとやらも一時中断。
本日なのはは、家族や友人達と一緒に地元の少年達のサッカーチームの試合観戦をしに行くこととなった。
もちろん高町家に居候させてもらっている美琴も同伴することとなり、そこでなのはの友人に自己紹介することとなった。
そんな試合観戦も終わり、現在は翠屋……つまりはなのはの家の喫茶店に来ていた。
そこでお茶とケーキを御馳走してもらっている、なのはと美琴、そしてなのはの友人であるアリサとすずかの四人。
そのほか翠屋JFCのメンバー達も招かれていた。
四人で囲んでいるテーブルの上には、ケーキやお茶の入ったティーカップの他に、ユーノが立っていた。
そんなユーノを見て、アリサが一言。

「それにしても改めてみるとなんかこの子フェレットとはちょっと違わない? 美琴さんもそう思いません?」

その言葉を聞いて、なのはが身体をビクンとさせる。
一方で美琴は平然とした様子で答える。

「まぁ確かに変なフェレットかもしれないわね……」
「そう言えばそうかな、動物病院の院長先生も変わった子だねって言ってたし」

すずかも後押しするようにそう言った。
どんどん立場が悪くなる、なのはとユーノ。
そんななのはの様子を見て、美琴がフォローを入れる。

「えっと……とりあえずこの子は頭がある程度いいみたいね。昨日なのはがこの子のことを可愛がってたのを見てて思ったんだけど……ほらなのは、確か覚えさせた芸みたいのあったでしょ?」
「ふぇ? えっと……お手!」

美琴にフォローを入れてもらって、なのはがユーノの目の前に右手を差し出す。
するとユーノは、その右手に自らの右手を乗せた。
もちろんこれは演技である。

「ほわぁ~可愛い~!」
「むぎゅっ!」

すずかはユーノがお手をする場面を見て惚けてしまい、アリサはそんなユーノのことをもみくちゃにしてる。
そんな中、なのはとユーノは念話で話をしていた。

『ごめんねユーノ君……』
『う、ううん、大丈夫だよ……』

しばらくして、店の中にいた翠屋JFCのメンバーが店の中から出て行き、士郎に挨拶をして自宅へ帰って行く。
その中の一人の少年が、バッグの中から小さくて輝いている宝石みたいなものを取り出して、ポケットの中に入れた。
その流れを偶然眺めていた美琴と、見ていないながらも何かを感じ取ったなのはが、心の中でこう呟いた。

「「(あの子……気のせい、だよね……)」」

この時、彼女達はまだ気付いていなかった。
その違和感こそが、これから起きる出来事の前兆だったという事実に……。



約束通り、フェイトとアルフに食事を作ってあげる為に買い物に出掛けている上条。
本日上条は、このようにフェイトとアルフとは別行動をとっていた。
なるべくなら一緒に行動して、フェイトの手伝いをしたいと思っている上条だが、昨日話し合った中で上条が別世界からやって来てしばらくの間泊まるところがないと言ったところ、フェイトとアルフが家で泊まるといいと言ってくれたので、お言葉に甘えることとなった。
そうなってくると、上条も流石にある程度の日用品は必要になってくるだろうということで、服とかも多少買いに行ったりしなければならなくなった。
そんなわけで、朝からずっと買い物に行っている上条。
現在、時刻は昼。
朝の内に生活用品等を買い集めた上条は、前述した通りようやっと夕食の買い物に行っていると言ったところだ。
だが、この世界でもやはり上条当麻という人間は不幸だった。
少しだけ上げてみると、まず最初に寝ていた犬の尻尾を気付かずに踏んでしまい。

「イダダダダダダダダ! 不幸だぁあああああああああああああああああああああああああああ!」

……その犬に足を噛まれた後、追いかけ回される始末。
その後、あまり前を見ていなかった上条は、犬は振り払えたものの、巨木に激突。
頭にタンコブを作ってしまい、そのままの状態で歩いていたら、今度は水溜まりに足から突っ込み、ズボンと靴がずぶ濡れ。
更に何処からか転がって来た空き缶に注意していたら、上条の背後を駆け抜けていく純粋無垢なサッカー帰りの子供達の内の誰かが上条の背中に激突してしまい、何の対策もとっていなかった上条はそのまま空き缶まで直進。
結果、見事に空き缶に足を捕らえられて転び、顔からアスファルトにキス。

「ふ、不幸だ……」

哀れ上条当麻。
ここまで不幸な出来事が続くとなると、むしろ清々しく感じるのも気のせいではないのかもしれない。
この連鎖を『不幸』と言っていられる内は、まだまだ自分の周りに『不幸』な事態が起きていないからだ。

「にしても、ジュエルシード、か……」

上条は、買い物の最中にも、なのはとフェイトが同じ物を追っているとは知らずに(というか互いの存在も知らずに)探し求めているジュエルシードについて考えていた。
少なくとも、あれは安全性を保証出来る代物とは到底思えない。
ジュエルシードの暴走によりあの化け物が生まれたのだとしたら、もし人や他の動物を媒体にそれが暴走し始めたら……?
ジュエルシードについての説明を昨日の話し合いの中で上条は聞いていたのだが、その中で出てきたキーワードは、『想いの強さ』。
もしそれが暴走するきっかけとも言える『想いの強さ』がかなりの大きさだとしたら……?

「……これは早々に決着つけちまった方がいいんじゃないか?」

なるべくなら他の人達に不幸な目に遭って欲しくない。
不幸な目に遭うのは、自分で言うのも少し嫌になってくるだろうが、上条自身だけで充分だ。
彼はそう考えていた。

「ジュエルシードの件もあれば、あの黒服の魔術師の件もあるし……やるべきことはたくさんあるな。とりあえず今は買い物に行って、帰りになのはのところに寄って無事なのを知らせないとな」

あの日以来、上条はなのはに会っていない。
もしかしたら自分のことを心配しているかもしれない。
そう考えた上条は、自分が無事でいることと、なのはが無事でいるかを確認する為にも、一度なのはの家に寄ることにした。
その道のりの途中での話だった。
上条の目の前から、一組の男女が歩いて来た。
片方はサッカー帰りなのかユニフォーム姿のまま、肩にエナメルバッグをぶら下げている少年。
片方は、私服姿で上条視点から見ても可愛い部類に入るだろうと思われる少女だった。
いずれもなのはやフェイトと同じくらいか、一つ上だと思われる。
二人は仲良く帰宅しているようだ。
端から見ると付き合っているようにしか見えなかった。

「ふむふむ。私上条当麻にもあんな風に彼女がいたらなぁ~」

もし今のセリフを某シスコン金髪サングラスと守備範囲がかなり大きい青髪ピアスが聞いていたら、双方から固い拳が飛んで来たことだろう。
それはともかく、上条の目にとある物が映ってきた。
それは綺麗に光り輝く宝石みたいなものだった。
男子の方が女子に渡すプレゼントなのだろう。
普通に見ている分には微笑ましい光景の筈なのに。

「ま……まさか!!」

その形状を見て、上条はすぐに理解した。
間違いない。
男子の方が今渡そうとしているあの宝石は……。

「「うわっ!?」」
「!?」

突如、上条の目の前でその宝石が強い光を放つ。
そう、二人を巻き込んで。

「くそっ!!」

それはまさしく、今回の事件の鍵となっている、奇跡の宝石……ジュエルシードの暴走だった。



「な、なによコレ……」

ジュエルシードの暴走を感知したなのはとユーノ、そしてその二人の手伝いをする為に着いてきた美琴は、ビルの屋上からその惨状を眺めていた。
目の前で起こっている惨状を見て思わず目を瞑らない訳にはいかなかった。
街中に張り巡らされた、巨大な木の根っこみたいなもの。
どこからそれが伸びているのかはすぐに分かった。
何故なら、街のど真ん中に巨木が生えていたからだ。

「たぶん、人間が使ったんだと思う。不完全でもジュエルシードは、人間の願いによって最大級の力を発揮するから……」
「そんな……私のせいだ……あの時ちゃんと調べてれば……」

ユーノの言葉を聞いて、なのはは大きなショックを受ける。
美琴もまた、あの時感じた違和感の正体についてもう少し追及しておけば良かったと後悔していた。
に、してもだ。
美琴は自分よりもかなりショックを受けているなのはを見て思わず心の中で呟いた。

「(どうしてこの子は、ここまで自分のことを責めたりしてるのかしら……?)」

確かに、違和感を感じていながらそれを見逃してしまったことに対して後悔しているというのなら、多少の説明はつくだろう。
しかし、なのはの場合はそれ以上に別のことに対して後悔しているようにも見えた。
例えばそれは、もっと前に起きた過去についてだったり……。
だとしても、今そのことに対して後悔していたところで、この状況がよくなるわけではない。
むしろ悪化し、街の至る所が壊されてしまう。

「何について照らし合わせてるのかは知らないけど……今なのはがするべきことは後悔じゃないわ」
「美琴……さん?」

美琴の隣で俯いていたなのはに、美琴が言葉をかける。
なのはが首を動かしたのを確認すると、美琴は更に言葉を続けた。

「どんなに過去を悔やんだって、過ぎてしまったらもう遅いのよ。あの時ああしていたら良かったとか、こうするべきだったとか考えても、それで過去が変わってくれるわけじゃない。大切なのは後悔することじゃなくて、今これから何をするべきかよ!」
「今これから、何をするべきか……」

オウム返しになのはは言葉を繰り返す。
美琴は更に言葉を続けた。

「私達が出来ることはね、過去を悔やむことでも、今この状況に対して絶望することでもない」

その次の言葉を続けようとしたところで、巨木の幹が一本、彼女達を襲う為にその勢いを増してくる。
そんな中、美琴はスカートのポケットの中に右手を突っ込み、一枚のメダルを取り出す。

「め、メダル……?」

ユーノが呟く。
その言葉が呟かれたその直後に、美琴はそのメダルを右手親指で真上に弾き。

「今この状況に立ち向かう為に、戦うことよ!!」

瞬間。
空間を切り裂く強大な音と共に、一筋の光が突き抜ける。
それは巨木の枝をへし折り、その先にある他の枝の何本かも巻き込んだ。
超電磁砲(レールガン)。
彼女の二つ名にもなっているそれを、なのはとユーノの二人は初めて目の当たりにしたのだった。

「す、凄い……」

その光景を見て、なのははただそう一言漏らしていた。

「見たところ疲れてそうだから、私も出来るだけの手伝いはするわ。けど、この化け物の相手を私が引き受ける代わりに、なのはは封印の方をどうにかして!」
「わ、分かりました!!」

美琴に言われて、なのはは慌てて美琴から少し離れようとする。
そんななのはの背中に、美琴は言った。

「あまり自分一人で抱えようとしないで、たまには他の人も頼りなさいよね! そのままじゃいずれ倒れちゃうわよ!!」

その言葉を聞くためなのはは一旦立ち止まったが、やがて決意の表情を見せて集中し始めた。。
その様子を見た後、美琴の前には、先ほどの攻撃を受けたことに対する報復の念でもあるのか、更に多くの太い枝が待機していた。

「上等じゃない……なんだかよく分からない場所に連れてこられて、気付けばこんな化け物と対峙することになってるし、魔法(オカルト)だかなんだか知らないものが私の前に現れるし……」

バチバチ!
美琴の身体の周りに、電撃同士がぶつかり合うことで生まれる火花が飛び散る。
それだけ現在、彼女にはストレスが溜まってるということを表していた。

「アイツの名前が出てきたくせに姿は現さないし……もう何が何だか全然理解出来ないけど」

一歩ずつ。
美琴は前へ前へと歩みを進める。
ただし、その先には美琴の身体を今にも吹き飛ばそうとしている巨木の枝がある以外には、ずっと下に地面があるのみだった。
にも関わらず、この少女は躊躇いもせずに前へ進む。

「今の私は手加減なんて出来ないわよ……覚悟しなさい! この化け物!!」

瞬間。
無数の電撃を放ちながら、美琴はビルの屋上から身を投げた。
雷を喰らうことで、巨木の枝の内の何本かは燃やされる。
だが、いくら相手に攻撃を仕掛けることが出来たからといっても、美琴の身体は重力に逆らうことなくそのまま地面に落下していくという事実には変わりない。
そんな事実すらも、美琴は打ち破っていた。

「っ!」

見ると、美琴の身体はビルに貼り付いているかのように剥がれないでいた。
ビルがコンクリートで造られていることを想定して、自らの身体の中に流れる電気を調整して、電磁石の原理を利用しているのだ。
すなわち今美琴は、磁力に引き寄せられているという状態だ。

「覚悟しなさいよね。必ず殲滅してやるんだから!」

そして美琴は、再び電撃を放った。



「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

上条は、叫びながら街の中を駆け巡る。
向かう先々には、敵を迎撃しようと待機している無数の巨木の枝達。
だが、これらの障害も、上条当麻の右手(イマジンブレイカー)の前では足止めにもならなかった。

「邪魔だ!!」

右手が触れる度に、それらはすべて悲鳴をあげながら消えていく。
これらすべてが、ジュエルシードの暴走によって発生した魔力が行き届いているのなら、上条はその奇跡(げんそう)すらもぶち殺す。

「誰が発生源になってんのかはもう分かってんだよ………テメェらは邪魔すんじゃねえ!」

前へ。
どんどん前へと上条は進んでいく。
所々相手の攻撃によって切り傷が作られて、そこからは赤い血がタラリと流れていくのが分かる。
それでも上条は止まらない。
決して、足を止めない。

「まだか……フェイトかなのははまだなのか!?」

ジュエルシードの封印は、なのはかフェイトのどちらかの魔法少女にしか出来ない。
もちろん上条の右手なら今この状況をどうにかすることは可能だろう。
むしろ、今この状況で使わない方がおかしいとも言える。
しかし、上条にはそれが出来なかった。
何故なら、壊してしまっては意味がないからだ。
母親の為に詳しい理由も聞かずにジュエルシードを集めているフェイトの想いも。
ユーノの手助けをしようと頑張っているなのはの想いも壊してしまうわけにはいかない。
彼の右手だと、彼女達が抱く強い想い(げんそう)すらも殺してしまうのだ。
故に手出しは出来ない。
最後までいくことは出来ない。
それでも、それでもだ。

「巻き込まれたあの二人だけは、絶対に助けてみせる!!」

決意をしたら、後は進むのみ。
そんな上条の近くに、一人の少女がやってきた。

「ようやっと見つけたわよアンタ……これが終わったらじっくりと話を聞かせて貰うんだからね!!」
「ビ、ビリビリ!? どうしてお前までこっちに……」

あまりに唐突過ぎて、予想外な人物の登場に、思わず上条は驚きを見せる。
そこには確かに、雷同士がぶつかり合うことによって生じる火花を散らしている御坂美琴がいた。

「そんなことより、今はコイツを何とかするのが先でしょ! なのはが封印の方をどうにかしてくれてるから、私達はあの子に攻撃が当たらないようにここで止めるのが先決でしょ!!」
「なのはが? でも、何処にも見当たらないけど……」

確かに、美琴と上条以外この場には誰もいないように見える。
しかし、美琴はそんな疑問に対してこう答えた。

「今はどっかのビルの屋上にいるわ。どうやらそこから場所を見つけ出して封印しようってみたいよ」
「封印って……そんな場所から、この位置が分かるのか?」

上条達がいるのは、巨大な繭のようなものの目の前。
すなわち、ここがジュエルシード暴走のきっかけとなった場所。
そして、あの小学生二人組が巻き込まれた場所だ。

「分かんないわよ! でも、あの子は少し疲れてるの。だから、少しでも私達が軽減させてあげなきゃなんないのよ!」
「疲れ……」

美琴の言うとおり、ほとんどの人に漏らすことはないのだが、なのはは連日ジュエルシード集めや封印に力を注いでおり、実際の所本人のスペック以上の行動をしていたように思える。
心労も、身体の方の疲れも並じゃないだろう。
小学三年生の女の子には、ここまでのことはかなり負担となっていた。

「いいから私達は、あの子が準備できるまでこうして戦うしかないのよ! アンタだって分かってるでしょ!」
「分かってるよ、んなことはよ!!」

バキィン!
上条は襲いかかってきた枝を、右手で殴る。
同時に響く、悲鳴のような音。
その横では、美琴が砂鉄の剣を創り出して枝を斬り伏せていた。

「あんまりこれ好きじゃないんだけど……今はそうも言ってられないわよね!!」

砂鉄の剣を使って、美琴は辺り一面に生い茂る枝を斬り裂いて行く。
上条も、負けずと己の右手で次々と打ち消して行く。
と、その時だった。

「御坂! 来るぞ!!」
「え!?」

突然上条が叫んだので、思わず美琴は腑抜けた声を出してしまう。
だが、上条の見ている視線の先を見て……そして気付いた。

「「!!」」

二人は慌ててその場から離れる。
二人が見たものとは……謎の光の筋だった。
いや、二人にはそれが何なのかすぐに理解することが出来た。

「やったのか!?」
「なのはがやったのね!」

そう。
これはなのはがジュエルシードを封印する為に行った行為。
その光線は、巨木の繭を確実に貫き、そしてジュエルシードは封印された。

「……終わった、みたいだな」

封印されたことにより、巨木は姿を消す。
そして、繭の中に閉じ込められていた二人は、静かに地面に落ちてきた。

「「……」」

そんな様子を見て、上条と美琴の二人はホッと溜め息をつく。

「……何処かに、寝かせといてやろうぜ」
「……そうね」

こうして、今回の一件は幕を閉じたのだった。



無事にジュエルシードの封印も終わり、街には静寂の時間が訪れた。
ただ、先ほどまでの影響は未だに残っていて、街は嵐に襲われたかのように荒れていた。

「私……いろんな人に迷惑かけちゃったね……」

ビルの屋上で、夕日を浴びてその様子を眺めるなのは。
その横には、フェレットの姿をしたユーノの姿もあった。
ただ、なのはのその表情は……少し悲しそうでもあった。

「な、何言ってるんだよ。なのははちゃんとやってくれてるよ!」

そんななのはを見て、ユーノは言葉を返す。
確かに、なのはは魔法少女としてはきちんとその役目を果たしてくれている。
ユーノの手伝いを、きちんとこなしている。
今回だって、ユーノ曰く自分では使えない遠距離魔法を使って、ジュエルシードを封印したのだ。
その才能はさることながら、可能性を信じる心は人一倍大きいのかもしれない。
……だからこそ、今こうしてなのはが悩んでいる姿を、ユーノは見たくなかったのだ。
それでも、なのははさらに言葉を続ける。

「私、気付いてたんだ……あの子が持ってるの。でも、気のせいだって思っちゃった……」

ペタリと、その場に座り込んでしまう。

「お願い……そんな悲しい顔をしないで。元々は、僕が原因でこんなことに巻き込んじゃって……」

原因は、ユーノにある。
もしあの日、ユーノとなのはがあそこで出会っていなければ。
もしあの日、ユーノがなのはに助力を求めなければ。
こんなにもなのはが落ち込むことはなかっただろうに。
こんなにも危険な目に遭うことはなかっただろうに。
そう思うと、ユーノは悔しかった。
これ以上の言葉をかけられない自分が、たまらなく悔しかったのだ。
だが、そんな時だった。

「そうだぜ、なのは。そんな悲しそうな表情、俺達に見せないでくれよ」
「「!?」」

突如響く、少年の声。
その声の主は、なのはが今さっきまで心配していたとある人物の声だった。

「まったく。そんなに落ち込まれちゃうと、こっちも参っちゃうじゃない」

少年の隣には、一人の少女も立っていた。
その人物達は、まさしく今現在なのはの味方でもある存在。

「上条さん……美琴さん……」

上条と美琴。
その二人が、なのはの前に現れた。
思えばこの二人との出会いも、かなり唐突なものであった。
本来なら会うはずのなかった二人。
本来なら話すことのなかった二人。
でも、その因果はもう塗り消すことが出来ない、とても大切な出会い。

「そんなに一人で抱え込まなくていいんだよ、なのは。お前は十分に頑張ってる!」
「け、けど。街がこんなに、めちゃくちゃになっちゃって……もしあの時気のせいじゃないって思って入れたら……」
「それは私も同じよ。さっきも言ったけど、いつまでも起こってしまったことを責め続けても、自分を責め続けても仕方ないのよ。私達は、過去に戻って何かを取り戻せるわけじゃない。やってしまった失敗は、自分の手で巻き返さないといけないのよ」

いつまでも、過去ばかり悔んでいる場合ではない。
大切なのは、今この状況を打破する為に戦うこと。
なにもそれは、今回のような特別な場合にのみ当てはまることではない。
それはどんなに小さいことでも一緒。
ああしていればよかった。
こうしていればこんなことにはならなかった。
そんなことは、考えるべきではないのだ。
考えるべきは、先の未来。
これから先、どういう風にしていくか。
その決意が、大切なのだ。

「いつまでも後ろを見ていちゃ駄目だ。これからは前を見続けて行かないと……それに、いつまでも自分の中で抱え込んだままにしちゃいけないんだ。もしそのまま誰にも自分の胸の内を明かせないままだったら、どうすることも出来ずにいつか破裂しちまうぞ!」

上条の言い分は、正しい。
なのはは、自らの過去のせいで誰かに弱音を簡単には言えないようになってしまっていた。
それはつまり、どんどん自分の中に自らが抱く罪の念を押しこんでしまうということ。
こんな少女の身体に、はたしてそれが耐えられると言うのだろうか?

「困ってる時こそ、助けて欲しい時こそ訴えるものなんだよ! そんなにお前の周りにいる奴らは頼りない奴ばかりなのか!」
「ち、違います! ユーノ君も上条さんも美琴さんも、とっても頼りになるし、お母さんもお父さんも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、アリサちゃんやすずかちゃんだって……とっても大切で……」
「だったら、もっと弱音を吐いていいんだよ。もっと自分の気持ちを素直に表現していいんだ。そうやって自分を責め続けてるんじゃなくて、これからはこうならないように過去の失敗を未来に生かして行けばいいんだよ」

優しい口調で、上条はなのはにそう言葉をかける。
ユーノと美琴の二人は、何も口を挟まない。
その言葉を聞いたなのはは、少しの間座り込んだまま何かを考えていたが。
やがて決意を秘めた表情を浮かべて、その場から立ち上がる。
そして、宣言した。

「私……決めました。自分なりの精いっぱいじゃなく、本当の全力で。ユーノ君のお手伝いではなく、自分の意思で、ジュエルシード集めをしようと思います。もう絶対、こんなことにならないように……ですから、どうか私に……力を貸してくれませんか?」

その言葉を聞いた三人は、声を揃えてこう答える。

「「「もちろん!!」」」



次回予告

自らの失敗をバネに決意を秘めたなのは。
上条は一度フェイトの元に戻り、そして自分の手料理をふるまうこととなる。
美琴はなのはの元に居続け、ジュエルシード集めを手伝うことに。
その一方で、未だに学園都市にいる土御門達は、『機械』の開発に着手する。
そして、二人の魔法少女はついに対峙する。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)
『対峙する二人』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] 無印『ジュエルシード』編 5『対峙する二人』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/03/24 22:42
「おい土御門。これは一体なんなんだ?」

学園都市某所にて。
何らかの作業に没頭している土御門と、その様子を眺めているステイルとインデックスがいた。
彼らの目の前には、何やら造りかけの『機械』らしきものが置かれていて、土御門は設計図を見ながらそれを組み立てていた。
いや、組み立てているなんて簡素な表現で現してしまうのは実に物足りないだろう。

「何って、これこそが世界と世界をぶつけて歪みを発生させる装置だ。さっきの俺の説明を聞いてなかったのか?」

今までのふざけたような口調とは一転して、今の彼は真剣さが籠もっていた。
今回の一件が、それだけ重大なものとなっているのはもはや自明の真理だろう。
学園都市内に広まる、『レベル5御坂美琴失踪』の噂。
そのおかげで事態の収集を早める必要性が出て来てしまったのだ。
何せ裏で『上条勢力』などと呼ばれている人物達の内、当事者を含めてすでに二名も学園都市から行方不明となっているのだ。
それが原因で混乱が招かれないわけがないし、何より学園都市統括理事長であるアレイスター直々に資金が提供される位だ。
よほど今回の一件は重大なものになりつつあるのだろう。

「とうまだけじゃなくて短髪まであっちに行ってるなんて……」

インデックスは、上条当麻に対する心配の念もあるが、自分がまた事件に最初から関われなかったことに対する悔しさの念の方が大きかった。
またしても自分は上条に置いてかれ、何も知らないところに彼は勝手にどこか危険な場所へ出向いてしまう。
そんな扱いをされている自分が、堪らなく悔しかったのだ。

「大体は完成してるけど、後は実際に使ってみない限りはなんとも言えないな……もうすぐ正常に稼動するか実験してみる予定なんだが……」

土御門は、頭を掻きながらそんなことを言う。
ステイルはタバコを一回吹かした後、こう尋ねた。

「んで、この『機械』とやらはどのようにして世界の移動を実現させるんだ? 見たところ結構小さいように見えるんだけど……」

ステイルの言う通り、世界と世界をぶつけて歪みを生むにしては、その『機械』は少し小さいようにも思えた。
大きさと形状を説明してしまえば、小型ノートパソコンみたいな感じだ。
本当にこれで世界移動なんて偉業を為すことが出来るのか不安になってしまうだろう。
しかし土御門は、特に表情の変化もさせずに『機械』を弄りながらその疑問に答える。

「むしろあまり大きすぎるのもいけないんだ。これは今出来る最小限のデカさだが、最大限の大きさでもある。もし車位の大きさのものだとしたら、むこうにいった時に出現場所に困ってしまう。最悪の場合『機械』が破壊してしまうかもしれない。だからこれでいいんだ」
「それで、とうまがいる世界にはどうやって移動するの?」

土御門の説明を聞いた後で、今度はインデックスが尋ねる。
それに対しては、こう答えた。

「このキーボードみたいなところで世界の座標を設定する。そしてこの世界と指定した世界とをぶつけて自発的に歪みを作る。その歪みを通れば世界移動が出来るという寸法だ……これだけの設計を一気に出来るなんて、どこの化け物の仕業なんだか……」

確かに、不可能ではないと言ったのは土御門だ。
だが『機械』の設計自体をしたのは土御門本人ではなく、まったくの別人。
故に理論は分かっていたとしても、それが本当に上手く起動するのかは、正直な話組み立てている土御門本人でも分からないのだ。
だから先程何かを使って実験してみる必要があると言ったのだ。
それも、出来るだけ人に近い、もしくは人を使って。

「んで、完成はいつ頃になる予定なんだい?」
「後二、三日ってところだな。その日に実験をしてみて、成功したら俺達がカミやん達を迎えに行くって寸法だ。ただし、むこうの世界がどのような状況になってるのか分からないから、安全は保証出来ないけどな」

そもそも上条がどこの世界にいるのかもまだ判明していないのだ。
そんな状態で、果たして上条達のいる世界まで上手く移動することが出来るのだろうか?

「にしても、上条当麻がどこの世界にいるのかは分かっているのか?」
「それはこの『機械』が完成してから調べ始めるつもりだ。さっき言った実験も兼ねて、何台かの調査機を送らせる。その調査機は超能力者が無意識の内に発するAIM拡散力場を感知出来るって代物で、その反応があった場所に俺達も向かえばいい」
「け、けどとうまの右手は超能力も打ち消すものなんだよ? だったらそのAIなんとかって奴も発せられないんじゃ……」

インデックスの疑問はもっともなものであった。
厄介なことに、上条当麻の右手は超能力でも魔術でも解説出来ない代物なのだ。
だとしたら調査機に感知されることはまずないのでは?
だが土御門はその質問が来ることが予想通りであったかのような表情を浮かべながらこう答えた。

「カミやんがどこにいるかを探すんじゃなくて、常盤台の超電磁砲(レールガン)を探すんだ。恐らく二人は同じ場所にいる。わざわざ二人別々の世界に送るのは相手にとっても苦労でしかないからな」

愉快犯なら尚更だ。
土御門は更にそう付け加えた。
そしてしばらく時間が経過し。

「よし! 完成だにゃー!」

ここで始めて土御門がふざけた口調でそう告げる。
そう、『機械』が完成したのだ。



学園都市でそんな動きがある中。
異世界に連れて来られた美琴と上条の二人は、概ね平和に暮らしていた。
ただし……上条当麻はどこに行っても不幸な人間であることには変わりないが。

「財布が……カレーの具材が……」

本日フェイトとアルフに手料理を振る舞うことになっていた上条。
だがあんな騒ぎがあった為、具材は巻き込まれてどこかに紛失してしまい、財布はいつの間にか落としてしまっていた。
しかもこれ、フェイトの金だったりする。

「そ、そう気を落とさないで下さい……お互い無事だったんですから」
「けど、せっかくのご好意を無駄にする羽目に……不幸だ」

肩を降ろす上条。
現在上条と美琴、なのはにユーノの四人は、ビルの屋上から立ち去り人気のない公園に来ていた。
美琴・上条・なのはの順番に三人が並んでベンチに座り、彼らの前にユーノが立っていると言った感じだ。

「ったくしょうがないわね……私がお金貸してあげるから、これでなんとかしなさい」
「マジですか美琴様!? 今私には美琴様が美しき女神に見えまする!!」
「に、日本語がおかしいし何変なこと抜かしてるのよ!!」

ベンチから素早く立ち上がり、美琴の前でジャンピング土下座をしてみせる上条。
なんというか……後輩に情けで金を貸して貰っているこの光景を眺めるのは、実に情けないように思えて仕方がない。
現に、若干美琴となのはが引いていた(美琴の方は上条による『美しき女神』発言に対して若干照れているのもあって顔が赤くなっている)。

「さ、さてそろそろ本題の方に参りましょうか……」

場の収集がつかなくなりかけたところで、ユーノがそう話を切り出す。
それを聞いて、上条達も真剣な表情をする。

「俺はちょっと待たせてる奴らもいるからな。早めに終わらせてくれると有り難いんだけど……」
「善処はします」

上条の言葉に対してユーノがそう答える。
その言葉を聞いたものの、恐らく自分が思っているよりは長くなるだろうと上条は頭の中で考えた。

「それじゃあまずは私から……アンタは一体どうしてこの世界にいるのよ?」
「いきなり直球ど真ん中な質問だな……それにその質問は俺もしたいくらいなんだけど、とりあえず質問に答えるとだな、全身を黒い服で包んだ変な奴に連れて来られたってところか?」

流石に魔術等に関することは言えないと考えた上条は、嘘は交えずある意味大事な部分は省略して答える。
……もっとも、すでに美琴はなのはが使った魔法とかを見た後なので、隠す必要性はあまりなかったりするのだが。
それに。

「それなら私だって同じよ。いきなり変な男に出くわしたと思ったら、謎の空間に吸い込まれて、気付いたらここにいたのよ」

美琴もその人物に巻き込まれた被害者の一人なのだ。
自分の身に説明不能な事態が起きたことくらい把握していた。
もっとも、それが魔術によるものであることは知らなかったりするのだが。

「どうやら上条さんと御坂さんは、同じ人に出会ったみたいだね……それがどんな人で、なんの目的があるのかは知らないけど」

ユーノがそうまとめる。
それに少し付け加えるとするならば、上条はその人物の目的の一部を知っていて、それが文字通り『世界的問題』に発展しかけていることも知っていた。
もっとも、すべてを知っていると思っている上条ですら、あの男の目的の一部を知っているに過ぎないのだが。

「謎の男の襲来に、今こっちで起きてるジュエルシード事件……解決しなきゃならない問題が結構あるし、一つ一つが大きすぎる」
「そうね……あの男がどうして私達をこの世界に連れて来たのかを探るのも大切だけど、今は目先の問題を片付けないと……」

焦っていても、何も解決しない。
美琴はそう考えた上でそう答えたのだ。
どちらも早急に解決する必要はあるが、二つを並行してやるよりも一つずつ集中して片付けた方が早く終わるかもしれない。
それは上条とて同じ考えだった。

「それじゃあ今度は私からいいですか?」

今度はなのはがそう話題を切り出す。
だが、なのはが何かを言う前に、今からなのはが何を聞こうとしているのかを理解出来た上条は。

「ああ、分かってる。昨日どうしてお前の前に姿を現さなかったのか、だろ?」
「……はい」

どうやら上条の考えたことは正解だったようで、なのはは首を縦に頷かせる。
しかし、答えようにもどこまで言ってもいいのか上条には判断しかねた。
例えば、フェイトの存在について言ってもいいのか、とか。
例えば、フェイトが今回の件に関して別の方向からアプローチをかけていること、とか。
例えば、フェイトの手伝いを上条自身もしようとしていること、とか。

「んじゃ……説明するぞ」

とりあえず上条は、多少の嘘を交えながら説明をする。
若干不満そうな表情を浮かべながらも、美琴となのはの二人は納得してくれたようだ。
だが、『女の子』というキーワードが出た時、美琴の身体の周りにバチバチ! という音と共に小さな電撃が飛び交うのが明らかに目に映った。
そして、怒り混じりに一言。

「アンタは……アンタはまたなのかァアアアアアアアアアアアアア!!」
「いいっ!?」

いきなり立ち上がったかと思ったら、美琴はベンチに座っている上条目掛けて電撃を放つ。
もちろん上条は咄嗟に右手を突き出してそれを打ち消すが。

「「ちょっ……」」

上条達の周りにはユーノもなのはもいたわけで。
あまりにも突然過ぎるその光景に、二人はただ驚くだけだった。

「あ、あれだけの電撃を受けながらも、それすらも打ち消す上条さんの右手って、一体……」
「にゃはは……」

とにかく、今現在上条と美琴をに対するなのはとユーノの評価はこうだ。

「「(この人達……かなり凄い……)」」

魔法が使える小学三年生や喋るフェレットの方も充分凄いと思われるのだが、どうやらその部分に関してはあまり深くツッコんではいけないようだ。

「で、これからどうするつもりなんだ? ユーノ」

とりあえず話が一段落ついた(?)ところで、上条が今後の動きについて話を切り出す。
……とは言っても、つい先ほどなのはの助けになると言っておきながら、当の本人はフェイトの手伝いをしなければならない為、あまりなのは達の方に関われないのが現状だろう。
そして上条は頭の中で、二人が手を組めたらいいのにとも考えていた。
いや、もしかしたらその発想は間違っていないのかもしれない。
むしろ、一組で行うよりも二組でやった方が半分ずつ回収出来て効率がよくなるかもしれない。
ただ、二組が手を組むには目的があまりにも違い過ぎた。
片やジュエルシードを再度封印する為。
片や母親の為。
目的も、ジュエルシード自体のその後の扱い方も違うのに、果たしてこの二組が手を組めるのだろうか?
……一つ付け加えると、フェイトは自分の母親の為にジュエルシードを集めているのだが、その母親が何を企んでいるのかはさっぱり分かっていない。
少なくとも、あれだけの代物を使うとなると、正規の方法で活用するのではないのだろうと上条には予測出来た。
だからと言って、上条はフェイトの気持ちを無碍には出来なかった。
母親の為に集めているのに。
自らに愛を向けてくれなくなった母親のことを、それでもまだ愛しているのに。
『危険だから』のワンフレーズで上条が止められるはずがなかった。

「……上条さん?」
「え?」

上条が思考の中に閉じこもっていると、そんな上条に声をかける少年の声が聞こえた。
それは紛れもなくユーノの声であり、その声が上条を現実の世界に引き戻した。

「……悪い。聞いたのは俺の方なのに、思わずちょっと考えこんじまった」
「そうですか……それじゃあもう一度説明しますね」

そしてユーノはもう一度今後の動きについての説明を始める。
内容は至って単純なもの。
地道にジュエルシードの反応を探って、それを封印する。
これ以上の最善策は用意出来ないし、これ以外の方法など思いつくはずがなかった。

「こっちからあまり強いアクションは起こせないわけね……」
「厄介と言っちまうと、それまでだな」

美琴と上条が呟く。
事実、それが現状であるが故、まだまだすべてのジュエルシードを封印するには時間がかかりそうだ。

「けど、私はそれでも頑張るよ。ユーノ君の手伝いをする為にも、もうあんなことにならない為にも、自分の意志でジュエルシードを集めるって決めたんだから」
「なのは……」

決意を秘めた、しかしどこか悲しそうな表情を浮かべながら、なのはが言う。
簡単に消えるわけがないのだ。
記憶なんて、いずれ消える……だが、辛い記憶や悲しい記憶はなかなか消えてはくれないのだ。
だからこそ、その記憶は消してはいけない。
それを乗り越えなければならないのだ。

「ユーノ、それで一つ言わなきゃならないことがあるんだけど……」
「なんでしょう?」

ここで、上条がユーノに話しかける。
ユーノが答えてくれたので、上条は右手で髪を掻きむしりながら、少し申し訳なさそうな表情を浮かべながらこう言った。

「さっきは一緒に協力するなんて言ったけどよ、俺ちょっと別行動とらなきゃならないんだけど……いいか?」
「「「え?」」」

これには、ユーノも含めて美琴となのはの二人も思わず声をあげてしまう。
まぁ無理もないだろう……つい数分前の言葉を聞いた上でのこの発言なのだから。
上条だって、彼らがこのような反応をとるだろうということは予想出来ていた。
だからこそ、次に言うべき言葉も用意してあった。

「けど俺はなのはの邪魔はしない。むしろ出来る限り協力したいと思ってる。これは紛れもなく俺の本心だ。だけど、どうしても放っておけない奴らがいるんだよ。だから俺は、しばらくそっちで厄介になるつもりだ」
「そうですか……」

なのはが少し寂しそうな表情を浮かべながら、小さくそう呟く。
上条は、そんななのはの上に右手をポンと優しく乗せると、

「心配すんなよ。またお前のところに顔出すからよ」
「……分かりました。絶対ですよ? 上条さん」
「おうよ!」

笑顔で、上条は言葉を返す。
その一連の流れを見て、美琴が一言。

「この……ロリコン」
「何故に!?」

こうして、ひとまず上条はなのは達と別れたのだった。



とあるビルの屋上にて。
一人の男がそこから街の様子を眺めていた。
男は黒い服に身を包んでいて、黒い帽子を深く被っている為にその表情を確認することは出来なかった。

「どうやら幻想殺し(イマジンブレイカー)の実力を甘く見すぎていたようですね……まさかここまでスムーズにことが運ぶとは予想外でした」

魔術師にとって、どうやらここまでスムーズに物語(シナリオ)が進むのは想定外の出来事だったようだ。
だが、同時にこうも呟いた。

「ですが、ここまでは大体物語(テンプレ)通りですか……もう少し大きな変化を求めていたのですが……」

結局、上条が無自覚の内に選んだ道はまさしく『決められた筋書き通りに物語を進めること』だった。
御坂美琴(もうひとりのイレギュラー)がいながら、パワーバランスが崩れることはなく、二人の魔法少女は、未だに互いの存在を認知することはない。
このまま、自分が見た世界通りの展開を迎えるのだろうと考えると、魔術師は思わず溜め息をついてしまった。

「学園都市(むこうのせかい)でもそろそろ動きが見え始めていますし……少し厄介な展開になってきていますね……およそ予定通り、ではありますけどね」
彼とて、ここまで大きな動きをして見せたのだからそろそろ追っ手が来始めるだろうことは予想していた。
それも、計画の内に含まれていた。

「漂流者(イレギュラー)がたくさん混じることでこの世界がどのように動きを見せるのか……楽しみにしていますよ、皆様方」

そしてその場には、誰もいなくなった。



「というわけで、色々あったけどこうしてカレーの具材は買ってこれたし、おかわりもまだあるから、どんどんしてもらって構わないからな」

ようやっと上条はフェイト達のところへ帰って来れたのだが、その頃にはいつの間にか午後七時を回っていた。
更に言ってしまえば、フェイト達よりも随分と後に帰って来たので、フェイトによる『第一回上条当麻審問会』が開かれたとか開かれなかったとか。
よくも悪くも上条当麻は不幸な人間である為、なんとかそれで事なきを得た上条。
ちなみに、本日のメニューはチキンカレーに豆腐とワカメの味噌汁という、割と質素なものだ(いくら料理が出来ると言っても、某イギリス清教のおばあちゃん系シスターの如き神がかった料理を作れるわけではないのだ)。
それでもフェイトとアルフの二人には好評のようで……。

「トウマ、オカワリ!!」
「随分と早いけど、お前ちゃんと味わったんだろうな!?」
「当たり前だろ? アタシは上手い料理以外は食べないからね」
「ちょっと前までドッグフード食ってた犬の発言とは思えないな……」
「だからアタシは狼だって言ってんだろ!!」
「アーハイハイソウデスネ。アルフサンハリッパナドッグフードヲクラウオオカミデスネ」
「なんで全部片言なんだよ!?」

意味もなくハイテンションなやり取りをしている上条とアルフ。
そんな光景を見ながら、フェイトは笑っていた。

「フェイト~笑ってないで何とか言ってくれよ~」
「うーん……とりあえず、今度またドッグフード食べる?」
「全然解決してない上に話が繋がってない!?」

騒ぎながらの食事。
ちょっと前までのフェイト達にはとても考えられなかった光景だ。
母親の為に危険を承知でジュエルシードを集める、寂しそうな瞳をした一人の少女。
そんな少女のことが本当に大好きな使い魔の少女。
その中に上条当麻という存在が入るだけでも、ここまで変わるものなのだと果たして誰が予想出来るだろうか?
出会うはずのなかったこの三人は、しかし出会って良かったと思っていた。

「んで、今日のところはフェイトの方は収穫あったのか?」

スプーンで掬ったカレーを食べながら、上条は尋ねる。
フェイトはその質問に対して口に含んでいるカレーを飲み込んでから答える。

「うん。今日は一個集められたよ」
「そっか……」

全部で二十一個あるジュエルシード。
そのすべてが集まった時に果たして何が起きるのかなど上条は知らない。
けど、頑張っているフェイトの様子を見ると、少し頬が緩んでしまうのだった。

「この調子でどんどん集められたらいいな。俺も出来る限り協力するからさ」
「うん……ありがとう、当麻……」

フェイトは素直にお礼の言葉を告げる。
その言葉を聞いて、上条はまた笑顔を見せるのだった。

「んで、今度の捜索活動に関しては俺も一緒にいけると思うから……」
「そう? 良かった……」
「アンタがいてくれたら、なんとなくスムーズに事が運びそうだね!」

上条が次は一緒に行動出来ると告げると、フェイトとアルフの二人は喜んでいた。
人数が増えるに越したことはないし、なによりここ数日の内に上条当麻という人間の存在は大きくなってきているということなのだろう。

「んじゃ、これからも張り切っていきましょうか!」

上条のその言葉と共に、本日の夕食は終了となったのだった。



翌日。
美琴はなのはとその兄の恭也の付き添いとして、なのはの友人である月村すずかの家に来ていた。
なのははもちろんすずかに会いに行く為。
そして恭也は、すずかの家にいる忍に会いに行く為である。
何の行動予定のなかった美琴は、二人について行くことになったのだった。

「それにしても……随分大きな家ね」

お嬢様学校に通っている美琴の目から見ても、月村家は十分大きかった。
何せすずかもお嬢様なのだから、これくらい大きな家に住んでいて当たり前なのかもしれない。
さらに、出迎えてくれたのは……。

「恭也様、なのはお嬢様。いらっしゃいませ」
「ああ、お招きに預かったよ」
「こんにちは~」

出迎えてくれた人物に対して、恭也となのはがあいさつの言葉を述べる。
……出迎えたのは、なんと薄紫色の髪が特徴のメイドだった。
名前をノエルと言い、しかも月村家のメイド長なのだそうだ。
これにはさすがの美琴も驚く。
彼女とてメイドを見たことがないわけではないのだが、美琴が抱いていたメイド像が悉くブチ壊されたのだった。
主にいい意味で。

「あら? こちらの方は……」
「あ、はじめまして。御坂美琴って言います」

どうやら美琴のことを知らなかったらしいノエルが、美琴のことを見て不思議そうな表情を浮かべる。
対して美琴は、それが自分の名前を聞かれているのだと瞬時に判断して、自己紹介を済ませた。

「はじめまして美琴お嬢様。私はこの家のメイド長を務めさせていただいております、ノエルと言う者です。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」

丁寧に頭を下げられたものだから、美琴まで慌てて頭を下げてしまう。
これには恭也もなのはも笑顔を見せていた。
何と言うか、初々しいというか。

「それではみなさん、どうぞこちらに」
「お、お邪魔します」

ノエル先導のもと、三人は扉をくぐって中に入る。
その扉をノエルが閉めると、三人の後ろをついて行くように歩く。
そして目的の場所に到達した彼女達だったが……。

「お、おお……!」

そこにはすでにお茶を飲んでいるすずかとアリサ、そして忍の姿があった。
そばには別のメイド―――ファリン(すずかの専属メイド)が控えていて、その人がお茶を入れてくれているらしい。
その光景だったら美琴だってもしかしたらまだ見る機会がありそうなものなのかもしれない。
ならば、美琴が感嘆の言葉を思わず漏らしてしまったその理由とは……。

「ね、猫!」

そう、猫だ。
彼女達の周りには、理由は不明だが猫がたくさんいた。
それが、美琴的にはドストライクだったらしい。
もっとも、一番のツボはこの世界じゃ恐らく見られることはないだろうゲコ太関連グッズなのだが。

「なのはちゃん! 恭也さん! 美琴さん!」

すずかが、三人が入ってきたことに気付いて、名前を呼ぶ。
忍の姿を確認した恭也の表情が、若干優しげになる。

「すずかちゃん!」
「こんにちは」

なのはと美琴が、すずかに向けて挨拶の言葉を述べる。
そんな中、忍が恭也の元まで近づいてきて……。

「恭也……いらっしゃい」
「……ああ」

そう言葉をかわすと、仲良さ気に会話を始める。
そんな光景を見ていた美琴がなのはにこう尋ねた。

「えっと……あの二人は一体どんな関係なの?」
「そうですね。お兄ちゃんと忍さんは高校からのクラスメイトさんで、今ではとっても仲良しさんなんです」
「へぇ、仲良しさん、ね……」

どう見てもそれ以上の関係に見えなくもない。
美琴は内心そんなことを考えていたのだった。

「お茶をご用意いたしましょう。何がよろしいですか?」

そんな中、ノエルが三人に向かってそう尋ねてくる。
すぐさま答えたのは、恭也だ。

「まかせるよ」
「私もノエルさんにお任せします」

お茶のことは詳しくは分からないので、そういう時はおいしいお茶を選んでもらうのが一番。
何も分からないのにダージリンとか言ったところで、本当の美味しさというのを理解することが出来ないだろう。
だったら人に聞いてしまった方が早いと美琴は判断したのだった。
ノエルはなのはにも何にするかを尋ねていたが、やはりなのはもおまかせするという選択肢を選んだようだ。

「ファリン!」
「はい、了解しました、お姉さま」

ノエルがファリンのことを呼ぶと、返事を返してお茶を取りにいく。
ちょうどその時、忍が恭也の手を掴み、ノエルに一言。

「じゃあ私は部屋にいるから」
「はい、そちらにお持ちします」

そうしてその場には、なのは・すずか・アリサ・美琴の四人だけとなった。
空いている二つの椅子の上には、いずれも猫が乗っかっており、なのははその猫を抱きあげると、そのまま椅子に座る。
美琴も同じようにしようと思ったが。

「あ……」

微弱な電磁波に気付いたのか、美琴が抱きあげようとすると猫は怯えたように震え、その場から脱兎の如く逃げ出す。
そんな光景を見て、美琴が一言。

「……分かってたわよ、こんな展開になることくらい」
「ま、まぁまぁ美琴さん落ち着いて……」

珍しくアリサが美琴のことを宥めている光景がそこにはあった。



場所を移して、現在月村家の中庭。
そこで四人は、ファリンが持ってきてくれたお茶とお菓子を楽しんでいた。
ちなみに、ここに来る前にファリンがお茶とお菓子をひっくり返そうになるという状況に陥ったのだが、それはまた別のお話。

「にしても、相変わらずすずかの家って猫天国よね~」
「そうね。私にも一匹分けて欲しいくらいよ……どうせ触れないけど」

アリサが、周りにいる猫を見ながら言葉を発する。
美琴もそれには賛成だったが、どうせ自分では触ることが出来ないので少しばかりふてくされていた。
ちなみに、なのはの肩にはユーノが乗っかっているのだが、先ほど猫に襲われかけたことが原因で猫を見る度に若干身体を震わせている。
微妙にカオスな空間に、思わずすずかは苦笑いを浮かべるのだった。
その時だった。

「……!?」
「……(なのは、もしかして何か見つけた?)」

目を見開くなのはに、美琴が小声で尋ねる。
他の二人は、猫を抱いているのに夢中になっていて、別段なのはの様子がおかしいことには気にかけていないようだ。
なのはは念話を使って美琴に言う(ちなみに美琴は魔法は使えないが、念話が使えるようにユーノからその為のものを受け取っている)。

「(多分すぐ近くにジュエルシードがあります)」
「(すぐ近く、か……けど今はお茶会やってる途中だし……そうだ)」

何かを思いついたらしい美琴は、念話の対象をなのはからユーノに切り替えて、

「(ユーノ、お願いできる?)」
「(うん、分かったよ)」

どうやらユーノも事情を把握していたようで、なのはの肩から降りると、そのまま何処かへ走って行く。
もちろんその場所には、ジュエルシードがあるという寸断だ。
さらに、この行動にはもう一つ意味がある。

「あ、ユーノくん!」
「え? ユーノくんがどうかしたの?」

案の定、なのはの言葉に対してアリサが尋ねてきた。
もう一つの意味とは、なのはと美琴が合法的にその場を離れることが出来るということだ。
もう少し詳しく言うと、なのはと美琴が、突然走り出したユーノを追いかけに行くことが出来るということだ。

「ユーノが何かを見つけたみたいね。ちょっと私達で探してくるわ」
「あ、あの。一緒に行きましょうか?」

すずかがなのはと美琴にそう尋ねる。
確かに大人数で探した方が手っ取り早いだろう、普通ならば。
しかしこれはあくまでも演技。
ユーノがいる場所を二人は把握しているし、むしろすずかやアリサが来てしまえば危険な目に遭わせることになってしまうかもしれない。
それだけは、何としても避けなくてはならない事態なのだ。
なので。

「ううん、大丈夫だよ。すぐ戻ってくるから待っててね」

なのははそう言うと、美琴と共に走り出す。
そんな様子を、すずかとアリサは若干不安そうに見送るのだった。



「これは……何だ?」

現在、上条はアルフやフェイトと一緒にとある屋敷の庭の一部らしき森に来ていた。
理由は簡単で、そこからジュエルシードの気配を感じたからだ。
だが、そこで感じたのはなにやらよく分からない空間だった。

「結界だよ」
「結界? そりゃ一体何なんだ?」

上条はこの世界における魔法のことを知らない。
だから『結界』と言われたところでそれが何なのかを理解出来るはずがなかった。
そんな上条に、フェイトが分かりやすく説明する。

「簡単に言うと、魔法で作り上げた大きな空間。そこは結界が張られていない空間と時間の流れが違っていて、周りから結界の様子を把握することは出来ないの」
「なるほど……って、魔法で作り上げた空間なら、俺の右手が……」

そう言いかけたところで、上条はハッと思いつく。
確かに上条の右手は異能の力なら例外なく打ち消せる。
だが、錬金術師(アウレオルス・イザード)の件のように、核を潰さなければ破壊出来ないものもあった。
もしかしたら、この結界もその類なのかもしれない。
そのことに気付いた上条は、今言おうとした言葉を呑みこんだ。

「けど、一体どこに……」
「ちょっと待って! 何かを感じるよ!!」

アルフが二人に警戒するように忠告する。
一気に緊張が走る。
敵はもしかしたら、また化け物となって襲いかかってくるかもしれない。
ジュエルシードの暴走による周囲への被害はかなり大きい。
しかもその力は狂暴だ。
かつてその場に二回も居合わせたことがある上条としては、何としてもこの場で止めたいところではあった。
そして、今回の敵が姿を現す。

「くっ! なんてでかさだ!!」

それが何なのかはっきり理解することは出来なかった。
光に遮られて、視界がなかなかはっきりとしないのだ。
大きさから考えて、今回の敵も相当厳しいものとなるのだろう。
彼らの頭の中では、そんな共通認識があった。
だからだろうか。

「「「……………………は?」」」

その敵の正体を見た時。
一瞬、いやかなり長い間目を見開いてしまった。

「えっと……あそこにいるのって」
「もしかしなくても……」
「猫……だよな?」

アルフ・フェイト・上条の順番で言葉を発する。
そこにいたのは、かなり巨大化した、鈴つきの首輪をつけている猫だった。

「えっと……猫ってあんなに大きかったっけ?」
「いや、そんなはずはないと思うよ。恐らくあの猫の大きくなりたいっていう願いが正しく叶った証拠かと……」
「いやいや、漫画じゃあるまいし、願い事の叶え方を絶対に履き違えてるだろ!!」
「確かにデカくなってるけど、これじゃあな……」

フェイトの言葉にツッコミを入れる上条と。
巨大猫を見て呆れながら言葉を呟くアルフ。
自分がどんな状況に陥っているのかも理解していない猫は、呑気に『ニャ~オ』なんてかわいらしい鳴き声をあげている。
何と言うか、今回はかなりやりづらかった。

「ちょ、ちょっと待てよ……」
「どうしたの? 当麻」

上条は、焦ったように言葉を発する。
そんな様子の上条が気になったフェイトが、首を傾げながら尋ねてきた。
猫の方を見ながら、上条は言う。

「何かあの猫、こっち向いてないか?」
「……確かに、向いてるかもね」
「うん、というか、確実にトウマのことを見てる気がする」

上条の言葉に同意するフェイト。
そしてさらに状況を付け足すアルフ。
……嫌な予感が、上条の頭をよぎった。
そしてそれは、現実となる。
突然猫は、ドスンドスンという巨大な足音を立てながら……上条達のところまで接近してきた。
それも、『ニャ~オ』という甘えた声と共に。

「た、単純に遊びたいだけなんだろうけど」
「これはこれで……」
「不幸だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

空中に逃げられるフェイトとアルフはともかく。
己の足で逃げるしかない上条は、そのまま猫に追いかけまわされる羽目となるのだった。
何と言うか、どこまで来ても不幸な人間である。

「と、当麻……ちょっと待っててね。今助けるから」

とりあえずフェイトは、上条を助ける為&猫を足止めする為に魔法の弾を撃つ。
だが次の瞬間。

「んぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

猫の足にそれが当たったことで、その猫は横に倒れる。
そしてその先にいたのは……逃げていた上条だった。
つまり。

「あ」

アルフが思わず口をポカンと開けてしまう。
そう、上条は倒れた猫の下敷きとなってしまったのだ。

「とりあえず、早くジュエルシードを……!!」

上条を猫からどかしてやるにも、猫の中のジュエルシードをどうにかしない限りには何ともしようがない。
引き続きフェイトは猫に攻撃をするのだが……。

『Wide Area Protection』

デバイスから発せられる固有の声と共に、それらすべてが防がれる。
煙が消え去った時に見えたのは、機械染みた杖を構える白き魔法少女だった。
それこそが、二人の魔法少女の出会いだった。



なのはは本当にギリギリのタイミングでそこに現れた。
もしもう少し登場するのが遅かったら、猫が謎の金髪の魔法少女によって傷つけられていたかもしれない。
草陰には、結界を維持しているユーノがいて。
その近くに美琴がいた。
金髪の魔法少女は、木の上からなのはを見て、まるで独り言のようにこう呟く。

「同系の魔導師。ロストロ・ギアの探索職」
「!?」

その言葉を聞いて、ユーノは気付いた。
間違いない、この少女はユーノと同じ世界からやってきた人物であり、ジュエルシードの正体に気付いている。

「バルディッシュと同系の、インテリジェント・デバイス……」
「バル、ディッシュ……」

どうやら少女が持つ斧のようなデバイスはバルディッシュというようだ。
なのははその言葉を呟く。

「ロストロ・ギア……ジュエルシード」
『Scythe Form,Set up』

少女の呟きと共に、デバイスから声が発せられる。
瞬間、そのデバイスが姿を変え、金色の光を放つ鎌みたいな形状と化す。

「な、なによあれ……」

思わず美琴は言葉を発する。
それが何に対する驚きなのかは不明だが、少なくともこの少女は自分達にとって味方ではないことは確かだった。
そしてそれを決定づけたのが……。

「悪いけど、頂いて行きます」
「!?」

木から飛び降りたかと思うと、一気になのはとの距離を詰めて行く。
その時、レイジングハートから言葉が発せられて。

『Evasion,Flier Fin』

同時に、なのはの足にピンク色の羽根みたいなものが生える。
そして金髪の少女が斬りつけてくるよりも早くに……空中へと飛んだ。

「と、飛んだ……?」

まさか空を飛ぶとは思っていなかっただけに、さすがに美琴も驚きを隠せずにいた。
そのまま空中戦を展開するなのは達。
美琴も助太刀をすることも出来たが、そうしようとする前に動きを止めてしまった。
何故なら。

「お~い! ちょっと~!! 誰かこの猫どけてくれ~!! 重いんだよ!!」
「あれ、この声って……まさか……」

とりあえず美琴は、猫に近づいてみる。
そしてそこにいたのは……。

「あ、アンタ! 何でここに!?」
「ちょっとした都合があってな……不幸だ」

現在進行形で猫の下敷きとなっている上条が、そこにいた。



「くっ! どうしてこんなことを……」

空中で小競り合いをするなのはとフェイト。
互いの名前も知らない二人の魔法少女は、懸命に戦っていた。
と言っても、若干フェイトの方に余裕があり、

「答えても多分、意味がない」
「!」

バシン!
その言葉をきっかけに、なのはとフェイトはその場から離れる。
そして、距離をとって。

『Device Mode』

バルティッシュからそう言葉が発せられると、鎌みたいな形状をしていたそれは姿を変える。
対するなのはのレイジングハートは、

『Shooting Mode』

射撃に特化した形へと変わる。
そして。

『Divine Buster,Stand By』
『Photon Lancer,Get Set』

互いに攻撃する為の準備をする。
そんな中で、なのはは心の中でこう呟いていた。

「(きっと、私と同い年くらい……綺麗な髪と……綺麗な瞳……)」

そして、ちょうどその時だった。

「畜生! どきやがれコンチクショぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「え!?」

声が聞こえた。
なのはにとって今この場にいるはずのない人の声が。
フェイトにとって今この場にいて当然の人の声が。
そしてなのはは、猫が起き上がる場面を見ると同時に、その人の姿を見ることが出来た。
だが、それこそが命取りだった。

「……ごめんね」

バルティッシュの先に、金色の魔力弾が作られる。
そして、

『Fire』

バルディッシュの声と共に、金色の光線が一気に放たれた。
それはなのはに向けて一直線に近づき。

「!?」

気付いた時には、もう遅かった。
なのははその攻撃をかろうじて『Protection』で封じていたとはいえ、そのすべてを防ぎきることは出来なかった。
その反動により、なのはの身体は宙に飛ばされる。

「な、なのは!!」

慌てて美琴がなのはの落下地点まで走る。
そして落下地点まで滑りこんで……。

「間に合えぇえええええええええええええええええええええええええええええ!!」

ズザァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
なのはの身体を抱えながら、美琴は思い切り地面を滑った。
おかげでなのはの身体にそこまで大きな傷を負うことはなかった。
だが、完璧になのはは気絶していた。
そんな様子を見ていたフェイトだったが、すぐさま猫の所まで歩みより、

「イテテ……今、なのはが落ちて行く所を見た気がしたんだけど……」

そこで何かを呟きながらようやっと立ちあがってきた上条を見つけた。

「ごめんね……私のせいで」
「いいって。それよりも早くジュエルシードを封印しちまおうぜ」
「……うん。危ないから当麻は離れてて」
「いや、ちょっと待ってくれ」
「え?」

危険だから上条に離れているようにと忠告するフェイトの言葉を流して、上条は再び猫のところまで近寄る。
また踏みつぶされてしまうという危険はありながら、それでも上条にはやらなくてはならないことがあった。
言葉で表してしまうと、ものすごく単純なことだ。

「……」

ポン。
優しく、上条は猫の身体に右手を乗せる。
すると、猫の身体が縮んて行き、そこからジュエルシードが出現した。
どうやら今回の場合は、以前のものとは大きく違っているようで、上条が右手で触れただけで旨い具合に反応してくれたみたいだ。

「さぁ、フェイト。封印してくれ」
「う、うん」

これこそ、猫を傷つけずにジュエルシードを封印する為の処置だった。
フェイトにそう言った後で、上条は猫を抱えてその場から離れる。
そしてその言葉に応えるようにフェイトはジュエルシードの元に歩み寄り、

『Captured』

ジュエルシードの封印を終えることが出来たのだった。

「……はぁ。これにてめでたしめでたしってわけか」

思わず溜め息混じりにそんな言葉を吐いてしまう上条。
だが、辺りを見回した所で美琴に抱かれている、ぐったりとした状態のなのはを見て……。

「な、なのは!?」
「あ、当麻!」

フェイトのことを軽く無視して、なのはと元へと駆け寄る。
その表情は、結構焦っているようにも見えた。

「大丈夫よ。気絶してるだけだから」
「そっか……よかった……」

美琴の言葉を聞いて、すっかり安心しきった表情を見せる上条。
一方で、美琴はフェイトのことを一瞥した後、上条に尋ねる。

「で、あの子なの? 放っておけない奴って言うのは」
「……ああ、そうだ」

質問に対して、上条はそう言葉を返す。

「何かしらの事情があるみたいね。あの子、なのはに攻撃する時に『ごめんね』って言ってたわ。何か知ってるの?」
「…………いや、知らない」

本当は知っているのだが、美琴にはそう言うしかなかった。
あまりフェイトの心境を伝えるべきではない。
そう考えたからだ。
そんな上条の考えを汲んでか汲まないでか。

「分かったわ。だったらこれ以上は詮索しない。アンタはその子の所へ行ってあげなさい。なのはの方は、私がなんとかするから」
「……ありがとう、御坂」
「べ、別にこれくらいどうってことないわよ」

上条にお礼の言葉を言われて、少し素直に言葉を返せない美琴なのだった。



次回予告
なのはの完全敗北という形で決着がついた最初の遭遇。
一方で、黒き魔術師は物語にアクセントをつける為に新たなるイレギュラーを用意する。
突如謎の黒服達にさらわれるすずかとアリサの二人。
偶然その様子を目撃してしまった上条が、美琴と協力して二人を助けに行くことになる。
そしてそこで、出会うはずのない人物と遭遇する。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)
『イレギュラー』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] 無印『ジュエルシード』編 6『イレギュラー』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/03/14 08:19
「そろそろ微妙なアクセントをつける時が来ましたか……」

呟いたのは、黒き魔術師だった。
どうやら彼は、現在進行している物語に不満を抱いているらしい。
何故そこまでして世界の改変(アレンジ)を追求しているのかは分からない。
しかし、魔術師が何かを企んでいることは目に見えて明らかだった。

「こちらとしても余計なことはしたくないんですがね……あまりにもそのまま進行しすぎなんですよ、貴方達の物語は」

その言葉と同時に、黒き魔術師はポケットから携帯電話を取り出す。
少し似合わない光景ではあったが、別段おかしいというわけではない。
番号を打ち、魔術師は何処かに電話を入れた。

「もしもし。今大丈夫ですか?」
『大丈夫っすよ。ようやっと俺達の出番って奴ですかい?』

声の主は、どこか楽しそうに話していた。
恐らく、今まで本当に退屈していて、何か面白そうな話が舞い込んでくるのを期待しているのだろう。
そんな男に、魔術師は告げる。

「そろそろ私もこんなにテンプレ通りに進む物語に飽きてきました。そこで貴方達に、ちょっとしたアレンジを加えて欲しいのですが」
『アレンジ、ねぇ……なるほどなるほど。で、具体的には何をしたらいいんすか?』
「そうですね……高町なのはの友人達を誘拐してくれませんか? それも、幻想殺し(イマジンブレイカー)か超電磁砲(レールガン)が見ている目の前で」
『なかなか難しいミッションっすね。どちらかが遭遇する可能性もそんなに多くないじゃないっすか』
「まぁその通りではあるのですが、しかしこれ位しないと物語のアレンジにはなりませんからね」
『相変わらず物語とかアレンジとか、アドリブと言った関係の言葉好きっすよね』

魔術師は結構無理な注文をしていたと思う。
しかし男は口では難しいと言っておきながら、それでもやりたくないの一言だけは絶対に言わなかった。
それだけ、彼らも暇をしていたし、行動を起こしたかったのだ。

「それじゃあ具体的な方法等については貴方達に任せます。こちらも別の件で動かなくてはなりませんので、そろそろ切りますよ?」
『へいへい。それじゃあ、その件は俺達に任せていいっすよ。けど、これって失敗でも構わないんすよね?』
「別に構いませんよ。誘拐という行為自体が目的であって、身代金とかその他諸々は全然関係ありませんから」

今回、彼らは別に誘拐して金を取ろうとか企んでいるわけではない。
ただ一人の魔術師の我がままに付き合うだけ。
それも、物語のアレンジという何とも単調な理由。
およそ誘拐事件を起こすきっかけにはなりえないはずのもの。
だがそれだけでこの男達が動けてしまうのも、黒き魔術師と何らかの関係性があるせいなのかもしれない。

『あともう一つ聞いていいっすか?』
「ん? なんでしょう?」

男からさらに質問の言葉がくる。
魔術師は、その質問を受け入れた。
そして男は、こう言った。

『魔術って、使ってもOKっすか?』



フェイトとの対峙から数時間が経過して。
月村家から帰宅したなのはと美琴は、現在ユーノを交えてなのはの部屋で話をしていた。
その話の内容は、やはり先ほど対峙したフェイトとのこと。

「あの杖、あの衣装、あの魔法の使い方……多分、ううん間違いなく、僕と同じ世界の住人だ」
「同じ世界、ね……」

言葉に対して呟いたのは、美琴だった。

「ジュエルシード集めをしてると、あの子とまた、ぶつかっちゃうのかな……」

暗い表情を見せて、なのはが独り言のように呟く。
なのはは、フェイトとぶつかるのが嫌だったのだ。
出来ることなら協力してジュエルシードを集めたい。
集める物が同じなら、きっと協力できるはず。
だがなのはは知らないが、彼女となのはでは決定的にその目的が違いすぎた。
覚悟が違いすぎたのだ。
なのはが軽い気持ちでジュエルシードを集めているわけではない。
その覚悟以上に、フェイトの想いが強いだけ。
そんな二人が、はたして何のかけ橋もなしに協力関係になることが可能なのだろうか?

「……多分、そうなるのかもしれないわね。このまま何も分かり合わないままぶつかり合ったら、結局対決となって、なのははあの子に負けるでしょうね」
「……」

あまりにも単純で、それでいて残酷な真実を突きつける美琴。
しかし、これもなのはを想ってのこと。
このままだと、いつまでも状況は変わらないままで、そしてなのはもフェイトも傷ついてしまう。
分かってほしかったのだ。
何もせずただ状況に流されるままだと、いつまで経っても仲良くなれないし、むしろ悪化して行くだけだと言うことを。
そして同時に期待もしていた。
美琴はあの時上条に尋ねたことと、それに対する上条の答えを思い返す。

『あの子なの? 放っておけない奴って言うのは』
『……ああ、そうだ』

そう言った時の上条の表情は、優しかった。
その表情から察するに、少なくともフェイトはやりたくてなのはを傷つけたわけではない。
だが、自分の目的を果たす為に仕方なくやったことだと、考えることが出来た。

「……あのさ、なのは」
「はい、何でしょうか?」

言うべきだろうか?
フェイトのところに、上条がいるということを。
頭の中で、美琴は葛藤する。
言った所で何かなるわけではない。
それでも、伝えるべきだろうか?
伝えることで、この二人の関係は何か変わるのだろうか?

『どうしても放っておけない奴らがいるんだよ』

放っておけない。
彼はフェイト達のことをそう称した。
つまり、彼女には本当に重い事情があるということなのだろう。
本当は心優しい少女であり、そんな少女が危ない橋を渡らなくてはならない事情を抱いている。
なのはの件もそうだが、美琴はそのことに対して苛立ちを感じていた。
目の前で危険な目に遭っている少女が二人もいて、それなのに自分は主だった助力もすることが出来ない。
それがたまらなく、辛かった。

「言わなくちゃいけないことがあるの」

だから美琴は、少しでも彼女達の為になるのだったら。
そのことを言うべきだと思い。
自分が考えていることを言おうと思い。

「……あの子の所には、アイツがいるわよ」
「アイツって……まさか」
「上条さん、ですか?」

なのはがその名前を出そうとしたところで、ユーノがその人物を特定する。
上条当麻。
今回の事件のキーパーソンであり、高町なのはにとっては短期間でありながらも頼りがいのある、心の支えとなっている人物の名前。
そばにいないだけで、たまらなく不安を感じる、どこか危ない人。

「そう。あの時、アイツから直接聞いたわ」
「そうだったんですか……あの時上条さんが言っていた『放っておけない奴ら』って、あの子のことだったんだ……」

安堵するなのは。
上条の居場所が分かったことと、あの少女が上条のことを頼っているということを。
そして、もしかしたら上条を通じてあの少女と仲良くなれるかもしれないということを。
なのははまだ、フェイトの名前を知らない。
だから、まずは最初の一歩を踏み出す必要がある。

「多分アイツがいるから、そこまで踏み入ったことにはならないと思う。だけど、用心はした方がいいでしょうね」
「……分かってます」

うつむき、美琴の言葉に答える。
そんな様子のなのはを見て、美琴は思わず溜め息をついてしまう。
そして、こう言った。

「大丈夫よ。きっと仲良くなれるし、いつかきっと、本心から話せるようになれるわ。何の事情があるかは知らないけど、きっと最後には仲良くなれるわよ。そこまで至るのに何度もぶつかり合う必要があるかもしれない。そして最後にはかなり大きなぶつかり合いになるかもしれない。だけど、互いの想いをぶつけ合って、そして初めて本当の友達になれるんじゃないかしら?」
「……はい」

少し元気が出てきた。
友人同士である以上、一回は大きな壁にぶつかることだろう。
それがない人もいるかもしれないが、彼女達の場合は今その壁にぶつかっているところなのだ。
その壁が壊れた時、もしかしたら本当の友達になれるのかもしれない。
まだ友人同士でも何でもない彼女達だったが、なのはは心からフェイトと分かり合いたいと想っていた。
だから、たかが一回の敗北で挫けるわけにはいかない。

「分かりました。私、あの子と本心からぶつかりあえるように、強くなります!」

それこそが、なのはが新たに抱いた決意。
それこそ、彼女が強くなる為のきっかけ。
美琴はそれらを悟り、

「ええ、頑張りなさい! 私も出来る限りの協力をするから!」

そして出来る限りの協力をすることを約束した。



同時刻。
フェイト宅(仮)にて。
いや、この表記は正直な話どうかと思われるが、ともかくだ。

「それじゃああの子は、当麻の知り合いだったんだね」
「ああ。こっちの世界に来た時に初めて会った女の子でもあるな」

現在、上条とフェイト、そしてアルフの三人は、なのはについて話をしていた。
思えばフェイトの所に来てから、なのはの話をするのは初めてのことであった。

「へぇ……あんなお子ちゃまがトウマの知り合いだったなんてな。フェイトよりも全然弱いじゃん」
「こらアルフ。そんなこと言うんじゃない」
「だって~」

上条に注意されて、ムスッとした表情を浮かべるアルフ。
まぁ口はある程度悪かったかもしれないが、アルフだってフェイトのことを自慢にしただけなのかもしれない。

「それで、当麻にとってあの子はどんな存在なの?」
「どんな存在って言われてもな……お前らと同じで、放っておけない奴というか何と言うか……」

上条としては、こんなに小さな女の子を危険な目に遭わせたくはない。
それはなのはにしろフェイトにしろ、アルフにしろ同じ気持ちで接していた。
だけど、それぞれジュエルシードに対する想いがある。
だからせめてその手伝いだけでもしてあげたいと思っていた。
今回、あくまで主人公は彼女達なのだから。

「ふぅ~ん……ようするに、当麻ってそう言う人なんだね」
「は? そう言う人って、どういうことだよ」

フェイトの言葉の意味が分からず、思わず上条はポカンと口を開けてしまう。
そんな上条を見て、半ばフェイトとアルフは呆れていた。

「はぁ……いつも思うけどさ、アンタって鈍感だよな」
「は? それって……」
「なんかエンドレスになりそうだからもうこの話題打ちきるわ」
「そ、そうか?」

結局、繰り返しになることを恐れたアルフが話をぶった切ったことで、上条談議は幕を閉じたのだった。
ちなみに、フェイトがこの時上条に言いたかったことというのは、上条当麻という人間が物凄くお人好しであり、危険な目に遭遇している人がいたら、誰それ構わず問答無用でかけつける、そんな正義の味方みたいな人物であるということだった。
もっとも、上条自身は正義とか悪とかそんなのはどうでもよく、悪でもいい、善でもいい、そんなことを聞く前に困ってる奴が助けてと言ったらそれで十分という考えだったりする。

「ところで当麻は明日は何か予定あるの?」

ご飯を器用に箸でつかみながら、フェイトが尋ねる。
ついでに述べておくと、本日のフェイト家の夕食は、焼き魚・野菜炒め・味噌汁・ご飯である(いずれも上条作)。
今度上条がフェイトに食事の作り方等を教えることとなっているのだが、その約束がいつ果たされるのかはまだ分からない段階であった。

「明日か……ああ、ちょっとな」
「そっか……もしよかったらまた一緒にジュエルシードを探そうかなって思ったんだけど……」
「まぁトウマにも事情があるんだろうしさ。それじゃあ仕方ないよな」

人の予定を潰してまで自分達に協力してもらおうとは思っていない。
そこまで我がままを言うわけにはいかないとフェイトは考えていた。
アルフもその考えには同調していたし、実際上条もそのおかげで助かっている部分もあった。
結局、この二人は優しい人なのだ。
他人想いの女の子なのだ。
そんな女の子が時折見せる寂しそうな瞳は、上条の心を少しだけ痛めつけるような気がするのだ。
だから上条はなるべくフェイトと共に行動しようとしているのだが、明日は上条も予定がある。
正確に言えばこの段階ではまだ何をするかは決定していなかった。
ただ、上条としてもやっておきたいことがあるのは確かで、その為にはとある人物に連絡を入れなければならなかった。
問題は、今日中にそのことについて連絡を入れられないことにある。

「(携帯はこっちの世界の物じゃないから通じないし、なのはの家に電話しようにも、番号分からないしな……)」

今上条の心の声の中に『なのは』という言葉が出てきたが、明日の上条の予定の中に、なのはは含まれていなかった。
なのはの方ではなく、別の方に話があるのだ。
その人物とは、つまり……。

「(御坂の奴、明日もなのはの家にいるよな……?)」

とりあえず、行動予定は固まりそうだ。
どうにしろ明日、上条がなのはの家に訪問しに行くことは、この段階で決定していた。



そして翌日。
フェイトに言った通り、上条は一人で家を出ていた。
出て行く前にフェイトから『あまり無理をしないで早く帰ってきてね』と言われたが、上条は笑顔で『お前もな』と言ったという。
そのことは今回重要ではないのだが。

「しかし、いつ見ても平和な街だよな……とてもじゃないが、魔法なんてものがある世界とは思えないぜ」

街を歩いている限り、事件とは何の関係もなさそうな平凡な街だ。
住宅街には一軒家が立ち並び、駅前にはビルなどが立ち並ぶ。
何処にでもありそうな、そんな光景。
その裏で、魔法なんて危険な物を扱う少女達がいることを、彼らは知らないのだ。
携わっているのは、ごく少数の人間のみ。
そのことを考えると、妙に今の平和なこの街の風景がいとおしく感じてきてならなかった。

「出来ることなら、アイツらにはこっちにいて欲しかったな……危険とは無縁の、平和で優しい世界に」

誰かが幸せを感じると、誰かが不幸になる。
ならばその不幸を全部自分が背負い込んでしまえばいい。
それこそが、上条当麻にとって『幸せ』なのだから。
かつて上条の不幸を心から心配し、それを取り除こうとした父親がいた。
しかしそんな父親に、上条は反発したのだ。

『「不幸」だなんて見下してんじゃねえ! 俺は今、世界で一番「幸せ」なんだ!』

それこそが、彼が抱いていた本心その物だった。
彼は『不幸』であることが『幸せ』だったのだ。
その『不幸』のおかげで、事件に巻き込まれ。
その『不幸』のおかげで、誰かが事件に巻き込まれていることに気付けた。
すべて上条当麻が『不幸』な人間でなければ出来なかったことだらけだ。
だから上条は、これからも自分は『不幸』な人間であり続けようと思った。
どんなに蔑まれようと。
どんなに同情されようと。
自分の生き方を変えるつもりも、恥じるつもりもさらさらなかった。
むしろ、自慢したいくらいだった。

「まっ、今回に限って言えば、俺は当事者じゃないからな……結局は、アイツらの手伝いしかすることがない」

ならば、どうせなら自分の力のすべてを使って。
彼女達の手伝いをすることが出来ればそれでいい。
そう決意をしたところで。

「……学校行く時間だったな、そう言えば」

現在、彼はなのは達が通っている小学校の前にいる(なのはがその学校に通っていることを上条は知らないが)。
上条の周りにも、もちろん学校に入る為に歩いている、ランドセルを背負った子供達がいた。
その中に、恐らくなのはの姿もあるのだろう。
そんなことを考えながら、上条は小学校の近くを歩いていた。
途中で、あまり人気のなさそうな場所にさしかかった。
すると、上条の近くを二人の少女が歩いていた。
一人は金髪の少女であり、もう一人は紫色の少女。
いずれもなのはとほぼ同い年だろうと思われる。

「さて、そろそろ行くか」

何時までも眺めているわけにはいかない。
とりあえず今はなのはの家に行くという明確な目的があるので、その場から立ち去ろうとする。
だが。

「………………………………は?」

突然、自分の横を勢いよく通り過ぎる、一台の黒い車。
その車は、二人の少女の近くで速度を緩めたかと思ったら、次の瞬間には。

「ちょっと! 何するのよ!?」
「は、離して!」

その二人の少女は、一瞬見えた黒服の男に連れ去られてしまった。
それも、上条の目の前で。

「ちょっ……!!」

追いかけようにも、相手は車だ。
どう考えても足では追い付くことなど不可能だ。

「くそっ!」

思わず叫んでしまう。
目の前で誰かが連れ去られたにもかかわらず、何も出来なかった自分が悔しかったのだ。
他人の不幸に、自分が関わることが出来なかったのだ。

「ちょっとアンタ……こんなところで何立ち往生してるのよ」

その時。
何故か、今回上条が会いに行く予定であった美琴が、そこにいた。

「とりあえず色々聞きたいことはあるが……手っ取り早く一つだけにするな。どうしてお前はここにいる?」
「いや、私もアンタに話があったから、この道を通ったんだけど……」

どうやら二人の目的は同じだったらしい。
微妙なところで気が合う二人だこと。

「俺もお前に話があったんだけど……今はそんなことよりもあの女の子達を助けるのが優先だ!」
「女の子達って……何かあったの?」
「誘拐されたんだよ! 俺の目の前で!!」
「ええ!?」

さすがの美琴も、上条の言葉には驚いている様子だった。
いきなり『誘拐』なんてワードが出てきたから仕方ないと言えばそれまでなのだが。
とはいっても、『誘拐』という響きが嫌に現実的なだけということもあるが、彼らはそれ以上に危険であり得ない現象に何度も遭遇していたりするのだが。

「さっき黒い車が走ってったろ? あれがそうなんだよ!」
「け、けどその車がどこに行ったかなんてわからないでしょ?」
「……それが難点なんだよ。アイツらの居場所を特定することが出来ない。だから二手に別れて居場所を特定するぞ!」

上条は、美琴に向かってそう宣言する。
しかし美琴は少しだけ不満があるようで。

「アンタね……そうしたところでどうやって連絡しろって言うのよ」
「そ、そうか……こっちの世界の携帯は通じないし、二手に別れても意味がないってわけか」

いくら二手に別れたところで、連絡がつかなければまったく無意味。
犯人を見つけることが出来たところで、彼らはその犯人の元へ向かうことが出来ないのだ。

「せめてアンタが念話とか使えればよかったんだけど」
「しょうがねえよ……俺の右手はそれすらも打ち消しちまうんだから」

彼の右手は、異能の力ならどんなものでも打ち消せる。
それはこの世界の魔法だって例外ではない。
だから念話という技術も、彼にはまったく以て無意味だった。

「このまま二人で追いかけましょ。その方が今回に限ってはいいと思うわ」
「そうだな……御坂! それじゃあ行くぞ!!」

二人は全速力で街の中を駆け抜ける。
車がどこに向かって行ったのかなんてわからない。
けれど、そこは勘でなんとかする以外なかった。
途中で十字路に差し掛かったとしても、そこで曲がることはしなかった。
行くのは直進のみ。
これは美琴の考えでもあった。

「相手は誘拐することが出来たことによって、そんなに周り道はしないと思うわ。もし曲がったとしてもそれは最低限度で収まるはず。しばらくの間は気分が高まってまっすぐしか行かないと思うの」

恐らく、美琴の考えは正しいだろう。
男達は誘拐に成功したことにより気分が高まって、周り道なんてしないだろう。
だが、それは通常の誘拐犯ならという条件付きではある。
彼らは知らないが、今回の誘拐犯達はあくまでお金が目的ではない。
誘拐という行為そのものに、何かしらの意味があるのだ。

「このまままっすぐでいいんだな?!」
「多分だけどね! 何せ相手は車だから全然分からないわよ!!」

加えて彼らは、この街のことについてあまりよく知らない。
故に男達がどのような場所に行ったら好都合なのかも分からなかった。
もしここになのはがいたらと上条達は思ったが、ただでさえいつも危険な目に遭っているのに、こんな時まで巻き込まれて欲しくないという配慮からか、なのはを呼ぶことはしなかった。
だが、彼らは結構運がよかったのかもしれない。

「「そ、倉庫?」」

しばらく駆け抜けていたら、何処かの会社所有の倉庫にたどり着いた。
とはいっても、その数は結構たくさんある。
一つ一つしらみつぶしで開けて行く他ないだろう。
それに、男達が本当にそこにいるのかという確証はない……だろうと思われるだろう。
しかし、彼らはそこに男達はいると確信していた。
何故なら、そこに黒い車が止められてあったからだ。

「よし、行くぞ!」
「……ええ」

それでも彼らは躊躇などしなかった。
助ける為なら、どんなことでもする。
頭の中には、それしか考えが浮かんでいなかったからだ。
どんなに苦労しようとも、構わない。
それで彼女達が助かるのなら、苦労になどなりはしない。

「それにしても、アンタってば知らない子相手でもよく駆け付けられるわよね!」
「それはお互い様だろ! 御坂だって誰が誘拐されたかなんて知らないだろ!!」
「まぁそうだけどね!」

バン!
一つ一つ、倉庫の扉を開けて行く。
だが、どこにも男達の姿も、少女達の姿も見当たらなかった。

「まったく……一体どこにいるっていうのよ!!」

まだまだ倉庫の数は残っている。
それらを開けて行かなければならないのを考えると、途方のないことなのかもしれない。
それでも、諦めない。
もうすぐ助けられると分かっているのに、ここで諦めるわけにはいかない。

「そこか!」

そして最後の一つを開け放った時。

「ほぅ……案外運がいいんだな、お前達」

そこには、椅子に縛り付けられた二人の少女と。
その少女達を取り囲むように、黒服の男が四人いた。
どうやらここで正解らしい。
上条と美琴は、扉を閉めて男達に近づく。
そして少女達の顔を見て、

「あ、アリサにすずかじゃない!」
「え、知り合いなのか?」
「なのはの友達よ!」

美琴は、アリサとすずかとは面識があった。
お茶会に行ったりサッカー観戦をしたりと、何かと交流の機会があったからだ。
友人と言ってもいいくらいだろう。

「アンタ達、二人を誘拐してどうするつもりよ!」

美琴が怒りを露わにしてそう叫ぶ。
男は、平然とした表情でこう告げた。

「別にどうもしないっすよ。強いて言うなら、貴方達をおびき寄せる為のえさって奴っすね?」
「餌って……そんな事の為に、なんの関係のない女の子を二人も誘拐するなんて……許せない……!」

上条は、男達に対する怒りを見せると共に、自分達のせいで巻き込まれた二人に対して申し訳ない気持ちとなった。
だが、起きてしまった後ではもう遅い。
だったら今彼らに出来ることと言ったら……。

「この子達を助けたければ、俺達をやっつけることっすね。ただ、一つだけ注意して頂きたいのは……」

スッと、男は上条と美琴の前に右手を差し出す。
二人はその行動に対して疑問を抱いたが、次の瞬間にその行動の意味を把握することになる。

「俺達はちょっとした能力を使えるってことだ!!」

瞬間。
男の右手より、大きな火の玉が放たれた。

「なっ!」
「まさか、能力者!?」

能力者だとしても、違和感を感じた。
この男達はこの世界の人物のはず。
だというのに、彼らにとって異世界に位置するはずの学園都市の能力開発を受けているはずがない。
一方で、上条は理解することが出来た。
男が今、魔術を施行したという事実を。

「何とでも言えばいいさ! けど、常盤台の超電磁砲(レールガン)には、ちっとばっかし黙っててもらおうか!」

もう一人の男が、辺り一面に水をまき散らす。
それは空中で一旦停止すると、やがて氷となって、刃と化す。

「そうら! 突き刺せ!!」

それは上条と美琴の身体を突き刺そうと、空中より襲いかかってくる。
美琴はそれらを電撃を放って撃ち落とし。
上条は右手でそれらを殴ることによって壊した。
壊れた破片は水となって辺り一面に散らばる。

「さぁて頭のいいレベル5の女の子に問題です。今この倉庫は辺り一面が水浸しです。さてそんな状況下で雷なんて放ったら、この女の子達はどうなってしまうでしょうか?」
「……まさか!」

言われて、美琴は気付いた。
この男は、氷の刃で敵を攻撃するのが目的ではなかったのだ。
そんなことをしたところで撃ち落とされたり壊されたりするのは目に見えていて、その本当の目的は、地面を水浸しにして美琴が電撃を放てないようにすることが目的だったのだ。
これで、実質一人は行動出来ないということになる。

「これで一人は倒したも同然。後はお前だけだぜ、幻想殺し(イマジンブレイカー)!」

男は呆然と立ち尽くす美琴をそのまま無視して、上条のところまで全速力で駆け抜ける。
上条は右手拳を握り、迎撃する為に直進する。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

その拳を男の顔面目掛けて、思い切り勢いをつけてねじ込む。
だが、男は瞬時に目の前に炎の壁を創り出す。
上条の右手は、それが出来たとしても例外なく壊す。
そのことを理解していた上条は、そのまま勢いを殺すことなく右手で壁を殴りつけた。
パキン! という音と共に、壁は崩壊した。

「なっ!」

しかし男の姿はそこにはなく。

「ほぅら、こっちだザコが!!」
「ぐはっ!」

背後から思い切り背中を蹴られ、思わず上条は地面に倒れ伏してしまう。
その時思い切りバシャッ! という音が鳴り、上条の身体を容赦なく濡らす。

「情けねぇヒーローだな!」
「水も滴るいい男、ってやつっすかね? 実際に見てみると結構滑稽なもんっすな!」

男達は、倒れた上条の姿を見て嘲笑う。
そんな上条の姿を、美琴やアリサ、すずかの三人は心配そうに、そして悔しそうに見ていた。
自分達が捕まりさえしなければ。
自分達が動くことが出来れば。
考えたところで、行動が出来ない。
美琴は攻撃手段を実質奪われた。
アリサとすずかは、動く手段を奪われた。
この場において自由に動けるのは四人の男と上条のみ。
そしてその上条は、地面に倒れ伏し、四人の男に囲まれていた。

「ひゃっはぁああああああああああああああああああ! こうして見ると哀れだなぁ!!」
「くっそ……まだ、倒れるわけには……!」
「おらっ! 何戯言吐いてんだよ! テメェはもう負けたんだよ!!」
「ぐはっ!」

倒れている上条の腹を、男の一人が思い切り蹴り飛ばす。
蹴られる度、上条の身体が悲鳴をあげる。

「何が幻想をぶち殺すだぁ? 自分の死って幻想もぶち殺せない癖に、他人の幻想殺しまわってんじゃねえぞゴラァ!」
「弱いっすねぇ。やっぱり肉弾戦になると本当にアンタって弱いっすねぇ」
「ザコが出しゃばるからこんな目に遭うんだよ。あのお方には悪いけど、俺達で始末するっきゃねえな」
「あのお方、だと……」

その言葉に、上条は違和感を感じた。
自らの身体が死の危険に瀕しているというのに、何とも滑稽な考えではあったが。

「冥土の土産にいいこと教えてやるよ。俺達のバックには、お前や超電磁砲をこの世界に連れてきた魔術師がいる。そしてこの誘拐も、そのお方からの命令だ」
「なん、だと……」
「物語があまりにもテンプレ通りだったことに飽きたあの方は、アレンジを加える為にこうして俺達に誘拐なんて行動をさせたってわけさ」
「……」

上条は思った。
そんな理由で。
たったそれだけの理由で。
この少女達は巻き込まれ、そしてこんな危険な目に遭ってしまったのか。
申し訳なさよりも、男達に対する怒りの方が勝った。

「テメェら……そんなつまらない理由でこの子達の自由を奪ったってのかよ」
「まぁ他人目線から見たらそんな理由かって思われるかもしれないっすけどね。あのお方はそんなアレンジを加えなければいけない程、たくさんの世界を見て来てるってわけっすよ。だから許してやってください」
「許せるかよ……そんな理由で、この子達を誘拐する理由になんかなるわけねぇだろ!!」

無理矢理身体を起こして、上条は男達を睨む。
もう起き上がれないと思っていたらしく、男達は一瞬驚いたような表情を浮かべる。
構わず、上条は言葉を続けた。

「いいぜ……テメェらがそんなくだらない理由(げんそう)を抱いているっていうのなら。まずは……そのふざけた幻想をぶち殺す!!」
「そら出た! テメェのお得意ゼリフ!! いい加減そのテンプレゼリフりも飽きてきてんだよ!!」

魔術なんて使わない。
男達はそのこぶしだけで上条を沈めようとする。
現に、上条に対する男達の行動は正しかった。
魔術なんかに頼りっぱなしになるほど、上条当麻という人物は脅威になる。
だったら、打ち消せない拳で立ち向かえばどうだろう?
右手以外はただの一般人の上条当麻は、大人しくその身体で拳を迎え入れるしかない。

「たった一人の奴なんかに、俺達が負けるはずがねぇだろうがよ!!」
「たった一人、ねぇ……」

確かに、現在美琴は動けない。
それにアリサにすずかは未だに椅子にくくりつけられたまま。
このままだと、上条は四人の男にやられるだけだろう。
美琴も雷を出す以外の行動は出来るのだろうが、肉弾戦はあまり得意な方ではない。
もしそうなった時、明らかに場馴れしている男達に負けてしまうのがオチだろう。
故に美琴は動けない。
にもかかわらず、上条は『たった一人、ねぇ……』なんて余裕の表情混じりに言ったのだった。

「どうした? お前さん、とうとう狂っちまったのか?」
「まったく、一人だなんて言ってるんじゃねえよ。俺は一人じゃないってのによ」
「は? どう考えても動けるのはお前さん一人じゃないの」
「それがな、実は違うんだよ」

不敵な笑みと共に、上条は自分たちが最初に入ってきた入口を一瞥すると、

「実はな、あと二人。俺達には仲間がいるんだ」
「何言ってんすか。どこにそんな奴が……」

男が反論しようとした瞬間。
突如その身体が謎の鎖らしきもので縛られる。
……鎖?
いや、ただの鎖じゃない。
金色に光るその鎖は、いきなりその場所から現れたのだ。
それこそ、何の前触れもなく、だ。

「これはバインド……まさか!」
「そう! 俺達には仲間がまだいたんだよ、このタコ野郎共が!!」

そう叫んだ後、上条は思い切り男の顔面を右手で殴る。
身体全体を縛られた男は、その攻撃に対してなす術もなく、そのまま後頭部を地面にぶつけて気絶した。
瞬間、鎖は消えて、また新たなる男に鎖が出現する。

「な、ど、何処から来てんだよ!!」
「わかんなくていいんだよ、このクソ野郎!!」
「ぐはっ!」

二人目の男も、そうして上条に殴られて気絶する。
残りの二人も、同じように上条に殴られて、気絶。

「な、何が起きてるの? 一体」

事情が把握出来ていなかった美琴は、その様子を見て一瞬呆然としてしまう。
だが、自分にもやるべきことがあると瞬時に理解し、椅子に縛り付けられているアリサとすずかの元へ向かう。
そしてその紐を解く。

「よかった……みんな無事みたいだな……」
「ええ、そうみたいね……って、ちょっと! アンタが倒れてどうするのよ!!」

紐が解かれた様子を確認すると、上条はそのまま安心したようにその場に倒れてしまう。
一応、これにて今回の誘拐騒動は幕を閉じたのだった。



「まったく、警察に逮捕されてどうするんですか……何もそこまでアレンジを加える必要はなかったというのに」

彼らの様子をずっとビルの屋上から見守っていた、黒き魔術師。
魔術師は、パトカーに乗せられていく男達の姿を見て、思わず笑みを零してしまう。

「まぁ、まさかあの二人……いえ、一人と一匹まで関わってくるとは少々予想外でしたが、それもまたいいアドリブとなっていいですね」

脚本(シナリオ)にアドリブが加わると、作品の魅力が高まる。
彼はそう考えていた。

「これであの男達はもう用済みですね……ん?」

男達を足早に斬り捨てることを決定した瞬間。
倉庫周辺に、謎の歪みが発生しているのを魔術師は見た。

「まさか、もうこちらの世界へ行く為の機械を発明したというのですか? いやはや、さすがは学園都市。優秀な科学者をお持ちのようで」

皮肉たっぷりに、魔術師は言う。
その歪みは数分足らずで消滅したが、そこから誰が出てきたのかまでは、さすがに魔術師にも理解することは出来なかった。
唯一の手掛かりは、白い布がちらりと見えたことのみ。
それでも、黒き魔術師にとっては重大なヒント……いや、確信へと繋がった。

「ほう。第一陣はその子ですか。何を考えてるのかは知りませんが、なかなかいい選択(チョイス)だと私は思いますよ?」

感心するかのように、魔術師は言う。
そしてしばらくその様子を眺めた後。

「さて、そろそろ物語も中盤に差し掛かる頃でしょうか? 本格的に物語に介入し始めるのも悪くはないのかもしれませんね」

所詮、これは魔術師にとってはただの余興でしかない。
プロローグが終わり、第一章が幕を閉じて、今回のこの話は長い行間。
そして舞台は第二章へと移行し、やがて最終章へと向かうのだ。

「ジュエルシード事件……たくさんの世界でその行く末を見守って行きましたが、今回の世界では上条当麻(イレギュラー)達がいることからどのような展開になっていくのでしょうか?」

独り言を言った後、男はその場から立ち去る。
もちろん、その場にいた証拠などみじんも残さずに。



そして、今回のオチ。
割と現実味を帯びた現実離れした事件が幕を閉じ。
とりあえずアリサとすずかは解放され、上条はそのまま病院送り。
結果、全治五日とのこと。
検査込みの入院生活が始まったのだとか。

「不幸だ……」

お決まりの台詞はさることながら。
ベッドで眠る上条の横には。

「まったく……偶然私達があの近くでいたからいいけど、もう少し遅かったら危なかったんだからね!」
「悪かったって……そして、ありがとな」

頬を膨らませて怒ってますアピールをしているフェイトと。
その横で少し苦笑いをしているアルフがいた。
まだ事件も佳境に入っていないのに、こうして上条が入院する羽目になるとは、さすがに誰もが思わなかっただろう。

「う、うん……どういたしまして……」

身体を少し起こして、上条は左手でフェイトの頭を撫でる。
撫でられているフェイトは、顔を赤くして気持ちよさそうにしていた。

「見せつけてくれるじゃないの、コノコノ~!」

ニヤニヤしながら、アルフがフェイトの肩を軽くつつく。
ちなみに、今回の一件でアリサとすずかにも上条フラグが立ったことを、この場にいる誰もが知らない。
けど、それは今は関係のない話だから、またその話は後ほどということにしておこう。

「ところで、さっき当麻にお客さんが来てるんだけど……」
「俺に客が? こっちの世界に来てから知り合いなんてそう多くはないはずなんだけどな……」

確かに、上条がなのは達の世界に来てから日数はそんなに経っていない。
なので客が来るとしたら、高町一家、あるいは今回の誘拐騒動で助けたアリサやすずか、そして美琴くらいなものだろう。
フェイトの話によると、茶色のショートヘアーの女の子と、白い修道服を着た女の子が来ているとのことだった。

「……は? 白い修道服?」

思い切り、上条には思い当たる節があった。
というか、上条の中で『白い修道服を着ている女の子』と言ったら、一人しか思い浮かばなかった。
だが、ここにいるはずがない。
故にこれは単なる幻聴だ。
そう頭の中で決めつけていた。
だが、そんな幻想も、たやすくぶち殺されることになる。

「あ、とうま! やっぱりここにいたんだね!!」
「……はぁ」

扉が開かれると共に、聞き覚えのありすぎる少女の声が聞こえてきた。
その後ろからは、溜め息を吐く美琴の姿もある。
上条は、思わず白い修道服を着た少女のことを指さしながら、

「い、インデックス……どうしてお前が、この世界に……」

歩く魔導書図書館、インデックス。
またの名を、食費浪費魔、インデックス。
この世界にいるはずのない少女が、上条当麻の前に笑顔で立っていた。



次回予告
予想外の人物の登場に戸惑う上条と美琴。
そんな彼らの戸惑いを知らないインデックスは、早速美琴と共になのはの家でお世話になることになった。
そして舞台は、何故か温泉宿へ。
のんびりしていた彼らの前に、新たなるジュエルシードが出現する。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)
『温泉旅行(セカンド・エンカウント)』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。





[22190] 無印『ジュエルシード』編 7『温泉旅行(セカンド・エンカウント)』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/03/18 16:39
さて、例の誘拐騒ぎが幕を閉じてから数日後。
ちょうど上条が退院した頃。

「わざわざすみません……まさか私まで連れてってもらえるとは……」
「ふっふふんふっふふんふっふっふ~ん♪」

素直にお礼を言う美琴と、鼻歌を歌いながら外の風景を眺めているインデックス。
……そう、本日彼女達は車でお出かけしているのだ。
場所は旅館山の宿。
そこで二泊三日の温泉旅行に行こうということになっているのである。
ちなみに参加メンバーは、高町家一同・月村家+メイド一同・アリサ。
そして美琴とインデックスである。
上条にも連絡を入れたいと言っていたインデックスだったが、入院中+連絡先不明ということで、ついに誘うことは叶わなかった。
これには少しばかりなのははがっかり。
すずかも残念がっていて、アリサは何故か怒っていた。

「何よ! せっかくなのはが誘ってあげようとしてたのに、連絡がつかないなんて……!」
「あ、アリサちゃん落ち着いて……」

必死で宥めているのは、なのはだ。
滅多に見られない光景が、そこにはあった。
ところで、何故インデックスが高町家と一緒にいるのか気になる方もいるだろう。
一応説明しておくと、あの後インデックスは美琴に言われて、とりあえず高町家の居候として一緒に住むことになったのだ。
おかげで今現在、高町家の家計が火の車となりかけているとかいないとか。

「(それにしても、どうしてアンタまでこっちの世界に来てるのよ)」

インデックスには一応念話が効くらしいので、美琴はユーノから受け取った念話用の魔法の玉を介してインデックスに話しかける。
もちろんインデックスの方も、ユーノより同じものを受け取っており、受信・送信両方とも可能だ。

「(短髪ととうまを探しにこっちに来たんだよ。つちみかどやステイルも一緒なんだよ)」
「(土御門……ステイル……?)」

聞き覚えのない名前に、美琴は思わず首を傾げる。
まぁ二人とも科学サイドと言うよりは魔術サイドに位置する人物なので、知らなくて当然といえばそれまでなのだが。
少なくとも、美琴は土御門のことは見たことあるはずなのだが……何しろ名前を聞いたことがない。
ちなみに、美琴と土御門の初遭遇は8月31日の偽デートの日のことである。

「(学園都市じゃ、二人も人がいなくなって大騒ぎしてるんだよ。だからこうして私達が動いて、試運転ということで先に私が来たんだよ)」
「(へぇ……つまり、学園都市とこっちの世界をつなぐパスみたいなのはもう出来てるってわけね)」
「(残念ながら私がこっちに来た瞬間に『機械』の調子が悪くなって、今は完全に作動するようになるまで修理中みたいだけどね)」
「(調子が悪くなったって……何だか不安が残る機械ね)」

インデックスがこれたのだから、土御門が組み立てた『機械』は一応成功したということになる。
ただ、現在その『機械』が正常に作動しないのでは、まったくもって意味がない。

「(とにかく、こうして行き来出来ることは確かなのね……けど一体、どういう仕組みになってるのかしら……)」
「(さぁ。私にも何だか意味がさっぱりなんだよ)」
「(でしょうね……)」

美琴はボソッと呟く。
何せインデックスと言う少女は、いつしか話したかと思われるが、食事を温めようと電子レンジを使用し、その電子レンジを爆発させている少女なのだ。
それだけ科学製品に関して言えば無知であり、所謂機械音痴というやつだ。
もっとも、魔術サイドに位置している人物なので多少機械等に疎くても仕方がないとは言えるが。
もちろん美琴がその辺の事情を知っているはずがなかった。

「あ、見えてきたわね」

そうこうしている内に、一同は目的の場所に到着した。



同時刻。
偶然にも同じ場所にやってきていた三人グループがいた。
一人はツンツン頭の黒髪の少年。
一人は金髪の少女。
一人は朱色の髪の少女。
もうこれだけでお分かりになる方もいらっしゃるだろうが、上から順番に上条・フェイト・アルフである。
あまりこう言った場所に行かなそうな三人が、何故揃ってここにやってきたのかと言うと。

「へぇ……こんな温泉宿の近くにジュエルシードが……」

ボソッと呟いたのは上条だ。
そう。
ここからジュエルシードの反応が確認できたと、フェイトが言うのだ。
そのジュエルシードの回収をする為に、こうして三人揃って温泉宿にやってきたということである。

「そうだよ。けど、今はまだ明るいから封印は夜にやるけど……」
「それまでについでに温泉も堪能しちゃおうってことでさ~!」
「アルフ……」

楽しそうに笑うアルフを見て、上条は思わず呆れてしまう。
ちなみに、彼らは今同じ部屋にいる。
布団を敷けば五人は寝られるだろうと思われる程の広さを誇る畳みの部屋だ。

「まぁ確かにアルフの言う通りだな。ここの所無駄に戦闘が多かったし、たまにはゆっくり休みたいよな……」
「ま、まぁ当麻の場合は自分から向かって行ってるところもあるけどね……」

フェイトの言う通り、上条の場合は自分から危険な場面に飛び込む傾向がある。
故に、上条のぼやきなんて単なる逃げでしかないようにも聞こえた。

「とにかく。今日はフェイトもきっちり休むんだぞ。いいな?」
「それ当麻に言えることなんだけどな……」
「何せアンタ、つい昨日まで入院してたんだよ?」
「それを言われると言い返せません……」

フェイトとアルフに言われて、肩身を狭くする上条。
確かに、この間まで入院してた人に『無理するなよ』と言われた所で全然説得力がない。
上条当麻という人間は、他人のことを思いやる前にまずは自分の身体と一度向き合う必要があるのかもしれない。

「それじゃあ、まずは当麻から温泉に入ってきていいよ。私はちょっと準備しなきゃいけないことがあるから」
「そ、そうか?」

本当ならフェイト達から先に入ってもらおうと思っていた上条。
しかし、『準備があるから』と言われてしまっては、反論のしようがない。
なにより、厚意を無駄にするわけにもいかなかった。

「それじゃあお言葉に甘えて、先に入らせてもらうよ……さすがにちょっと疲れてたからな……」

入院中ずっとベッドに横たわっていたこともあり、まだ少し身体がなまっている上条。
なので、正直な話この提案は嬉しいものでもあった。

「「行ってらっしゃ~い」」

二人に見送られて、上条は部屋を出た。
そして歩くことおよそ数分。

「ここか……」

男・女という区切りがされている温泉の前にたどり着いた。
もちろん上条は男なので、『男』と書かれた暖簾をくぐりぬけるのみ。
そのままくぐりぬけようとして……。

「……アンタ、どうしてこんな所にいるのよ」
「……」

背後より、声が聞こえる。
しかも、聞き覚えのある声だ。
というか、つい数日前に聞いたばかりの声だ。
だが、上条は得意のスルースキルを使ってその声を無視しようとする。
もちろん、そんなことが許されるはずもなかった。

「無視すんなやゴラァあああああああああああああああああああああああ!!」
「あぶっ!」

上条に向けて放たれる電撃。
上条はそれを咄嗟に右手を差し出すことで打ち消す。
……こんな注目のさせ方をする人物を、上条当麻は一人しか知らない。

「御坂……てか、なのは達まで揃ってどうしてこんな所に?」

微妙に気まずい空気が流れる。
なにせ連絡がつかなかったという理由で上条は今回高町家の温泉旅行に来れなかったのだ。
にもかかわらず、蓋を開けてみれば何故かそこに上条がいる。
これには美琴・アリサの二人は怒りを隠せずにいた。

「アンタね……なのはがアンタのことを誘おうと思ってたのに、どうしてアンタは連絡がつかないのよ!」
「そうよ! 折角なのはが誘ってたのに……私だって……」

アリサの声が、途中で聞こえなくなる。
どうやら言葉を選んでいるようだが、何故そんなことをする必要があるのか上条には理解出来ていなかった。
元来から上条当麻という人間が鈍感であるという理由から来る理解の違いという奴だった。

「も、もういいってば! 上条さんは何も悪くないんだし……」

なのはが二人を必死に宥める。
今回の一件に関しては、上条は何も悪くない。
むしろ被害者と言っても過言ではないだろう。
そもそも入院するような事態に陥るなんて、はたして誰が想像することが出来るだろうか?
いや、意外と元の世界だと上条の入院率はかなり高いのだが。

「それよりも、どうして当麻さんもこっちに来てるんですか?」

すずかがそう尋ねてくる。
恐らくその場にいる誰もが聞きたかったことだろう。
上条は、言っていいのか少し考えたが。

「知り合いの奴に誘われてな。たまにはゆっくり休めだとよ」
「そうなんですか……」

納得したような、してないような表情を浮かべるすずか。
他のメンバーも概ね同じような感じであった。
一方で、美琴は何かをくみ取ったような表情を浮かべ、インデックスは……。

「するととうま。それは女の子絡みなんだね?」
「どうしてお前の中だと知り合い=女の子の方程式が結びつくんだよ! いや、間違ってねぇけどさ!」

隠しているよりも、正直に言ってしまった方が怖くない。
上条はそう考えて、結局女の子(フェイトのことは隠しておいた)と来ていることを告白したのだった。
するとどうだろう。

「……まったくとうまは。人がせっかく心配してたって言うのに……こっちの世界に来ても、女の子とイチャイチャして……なのはもとうとうとうまの毒牙にかかってたし……」
「い、インデックスちゃん!?」

突然自分の名前が出た+毒牙にかかった発言を聞いて驚くなのは。
構わず、インデックスは身体をゆらゆらと揺らしながら、上条に近づいてくる。
背景には、修羅が見えそうだ。

「い、いや、あのですねインデックスさん。別にイチャイチャしてませんし、なのはにも毒牙をかけてませんのことよ?」
「とうまは……とうまぁああああああああああああああああああああああああ!!」
「んぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

ガブリ!
上条の頭を、インデックスがかじる。
歯が容赦なく上条の頭に突き刺さり、激しい痛みを伴う。
逃げることは出来ない。

「とうまは少し反省するべきかも!!」
「イダダダダダダダダダ! つい昨日退院したばかりなんだから少しは手加減しろぉおおおおお!!」

上条は、インデックスに向かってそう訴える。
もちろんそれでインデックスが手加減してくれるはずもなく、むしろさっきより状況は悪化しているようにも見えた。

「お、落ち着いて……ね?」

最終的に、なのはやすずかがインデックスを宥める形で、今回のこのひと悶着は幕を閉じる。
ただし、上条はその場に倒れ伏してしまったが。

「ちょっと……大丈夫なの?」
「あ、ああ……ありがとよ、アリサ」

一応心配してくれているアリサに、上条は礼の言葉を述べる。
するとアリサは、顔を真っ赤に染めて上条から目線を逸らし、

「べ、別にお礼を言われる程のことじゃないわよ……こんなの当然よ」

と、照れ隠しのセリフを言ったのだった。

「さて、状況も収まってきた所で、そろそろお風呂に入りましょうか?」

場を仕切るように言ったのは、美由希だ。

「そうだね。ユーノ君はこっちだよ!」
「キュキュ!?」

なのはの言葉に、驚いたような表情を浮かべるユーノ。
……まぁ結局のところフェレットの形をした男の子なのだから(軽くネタばれだが)、恥ずかしいのも無理はないだろう。
ちなみに、この事実を知っている者は未だにこの場の中でゼロ。
つまり、止めてくれるような人は誰もいないということだ。

「あー、ユーノはこっちでなんとかしようか? その、たまには俺も触ってみたいな~なんて」

多少言い訳としては無理があるかもしれないが、上条はそう提案する。
ちなみに、恭也や士郎は今は部屋の中でのんびり休んでいるのでこの場にはいない。

「そうですか? けど……」
「まぁいいんじゃないかしら? コイツ、ユーノとはあんまり会ってないんだし、そういう趣味を持つ男だっているわよ(きっと何かしらの事情があるのよ。コイツなりに、情報を掴んでるとか)」

言葉では上条をまったくフォローしていないが、念話を通じてなのはにそう告げる美琴。
この言葉が無意識の内に上条の胸を深くえぐっていたが、もちろん本人はそんなことに気付いていない。

「そうですか?(けど、話って何なのでしょうね?)」
「そうよ(さぁ、後でユーノにでも聞いてみたら?)」

念話で話を合わせるなのはと美琴。
その念話の内容がまったく聞こえていないすずか達の上条に対する評価は……。

「当麻さんも、結構かわいらしい一面があるんですね」
「そうね。ユーノは確かに可愛いものね!」

笑顔で上条に言うすずかとアリサが、上条には嫌に小悪魔に見えたと言う。



こうして男子風呂へと入ることとなったユーノ。
現在、周りには上条とユーノ以外は誰もいない。

「あ、危なかった……助かりましたよ、上条さん……」
「いや、まぁ一応お前もオスだしな……この世界の住人じゃないって言うし、恥じらいとかあるのかなって思ってさ」

上条は、ユーノ=人間という方程式を立ててはいなかったが、とりあえず一応こっちに呼んでおいた方がいいのかと判断して、こうして男湯に連れてきたというわけだ。
今頃なのは達はユーノと一緒に入れなくてがっかりしていることだろう。

「ところで上条さん、上条さんの右手で僕に触れてみてください」
「え?」

意外過ぎて、唐突過ぎる提案に、上条は思わず目を丸くしてしまう。
『上条さんの右手で』と指摘してきた辺り、ユーノには何かしらの魔術的措置が取られているのかもしれない。
そう考えた上条は、不審に思いながらも右手でユーノの身体に触れてみた。
瞬間、パキン! という音と共に光が放たれる。

「うわっ!」

上条はそのまぶしさに思わず目を閉じてしまった。
しばらく放たれるその光。
やがてその光が収まると、ようやっと上条は目を開くことが出来た。

「……え?」

その時その場にいたのは、一匹のフェレットではなくて。
なのはと同じくらいの年齢の、一人の金髪の少年だった。

「……こういうことだったんです」
「え、お前……人間だったの?」
「そうなんです。最初にお会いした時も、この格好でしたよね?」
「いや、最初からフェレットだったぞ」

何だか会話が微妙にかみ合わない二人。
妙な間があく。

「……そうでしたっけ?」
「そうだった」
「……なんか、すみません」
「いや、別にいいって。けど、俺がいてよかったな……もう少しでお前、淫獣とか不名誉をくらうところだったぞ?」
「い、いん……?」

どうやらその言葉の意味を理解していないらしいユーノ。
上条は、その言葉の意味を教える必要はないだろうと考えて、

「いや、なんでもない」

と、とりあえずなかったことにしておいた。

「は、はぁ……」

何だか腑に落ちないような表情を浮かばせるユーノだったが、これ以上は何も聞かない方がいいのだろうと判断して、何も聞かないことにした。

「それで、お前に話がある……まぁそれは湯船の中に浸かってからでも問題はないか」
「そうですね。いつまでもここにいるわけにもいきませんし」

とりあえず二人は、まず服を脱ぐことから始める。
そして準備をし終えると、二人は揃って湯船に浸かる。

「「はぁ……」」

どうして人間と言うのは、お風呂に入った途端にこう言ってしまう人が多いのだろう?
そのような疑問を抱いたことはあるだろうか?
もっとも、抱いた所で解決には至らないし、今回に限って言えばそれは関係のない話なのだが。

「それで、話というのは?」

先に切り出してきたのは、ユーノだ。

「ああ。ジュエルシードのこととか、どうしてお前がそれを追っているのかを聞きたい」

上条は、まだユーノがジュエルシードを追っている理由を聞いていなかった。
恐らくユーノの口からなのはには告げられているだろうが、それでも上条は知りたかったのだ。
重い表情を浮かばせるユーノ。
恐らく、それほどに彼なりの事情を抱えているのだろう。

「実は……ジュエルシードをこの世界にばらまいてしまったのは、僕なんです」
「え?」

これには驚きの声をあげる上条。
ユーノの話をまとめると、ジュエルシードは元々彼が発掘したものであり。
それが事故によって散らばってしまい、以降独自でその回収に努めていたとのことである。
その延長線上で命の危機に瀕してしまい、なのはや上条に出会ったということだ。

「なるほどな……その責任から、お前はこうしてジュエルシードを集めていたわけか」
「はい……あれは危険な代物です。あの金髪の子もそれを分かっているはずなのに……」
「……」

金髪の子とは、もちろんフェイトのことであろう。
同じ世界から来たと言うのであれば、その危険性も重々承知しているはず。
にもかかわらず、それでもフェイトは母親の為にと集めることを止めない。
上条も、止めることは出来ない。

「僕はそれらすべてを集めて、再び封印しようと思ってます。そうすることが、僕にとっての罪滅ぼしですから……」
「そうか……分かった」

上条はすべての話を聞いたうえで、『分かった』と一言だけ告げた。
そしてさらにこう言葉を付け足す。

「お前がそこまで言うのなら、改めて言わせてくれ……お前の協力をしてやるよ」
「け、けど上条さんはあの子の……」
「……出来る限り、互いに利害が一致するように心がけてみるよ。なのはとフェイトが互いに力を合わせられるように、俺がかけ橋になろうと思ってる」

一人で危ない目に遭ってほしくない。
けど、多ければ痛みや苦しみを分けてあげることが出来るかもしれない。
そして何より、その方が効率がいいし、互いの目的も果たすことが出来るかもしれない。
もちろんそんなに事がうまく運べるなどと上条は思っていない。
けれど、その方がきっと幸せな結末を迎えることが出来ると思っていた。
出来ることなら、誰もが笑って迎えられるハッピーエンドを。
上条は頭の中でそう考えていた。

「……ありがとうございます、上条さん」

素直にお礼の言葉を言うユーノ。
二人の間には、しばらくの間会話がなかった。
時折聞こえてくるポチャンという水の音だけが、彼らの間で響いていた。



上条達が温泉でゆっくりしている頃。
なのは・アリサ・すずか・美琴・インデックスの五人は、温泉から先にあがり、浴衣に着替えて旅館内を探索していた。
ちなみに、上条とユーノはまだ温泉に浸かっている為、置いて行った。
その途中でなのは達は。

「はぁ~い、おちびちゃん達♪」
「「「「「……」」」」」

額に赤い宝石みたいなものをつけた、朱色の女性が現れた。
それにしても、絡み方が完璧に酔っ払いの女性そのものである。

「よ、酔っ払い?」

小さな声で、思わず美琴はそう呟いてしまっていた。
もちろん、そんな都合の悪いことは相手に聞こえているはずがない。
意図的に、というか自然と聞かないようにしていたのだろう。
浴衣姿のその女性は、なのはの元へ近づくと。

「君かね? うちの子をアレしてくれちゃってるのは?」
「あ、アレってなによ……」
「それじゃあ話が全然繋がらないかも……」

女性の発言に対して、美琴とインデックスは呆れたように反応する。
対して、なのはも身に覚えのないことだと判断して、何やら悩んでいるような表情を浮かべていた。
それでも、女性は言葉を続ける。

「あんま賢そうでも強そうでもないし、ただのガキンチョに見えるんだけどな……」
「……なのは、お知り合い?」

なのはと女性の間に入って、アリサがそう尋ねる。
この女性はなのはの知り合いではない。
まったくもって初対面だ。
故になのはは、

「う、ううん」
「この子、貴女を知らないそうですが? どちらさまですか?」

アリサという少女は、友人想いの優しい子だ。
見ず知らずの女性に対してここまで言えるとは、普通ならなかなか出来ないことだろう。

「……」

しばらくの間、女性はアリサ越しになのはのことを睨んでいた。
たじろぐなのは。
おろおろするすずか。
女性を睨むアリサ。
警戒するインデックス・美琴。
静寂の時間が流れる。
そんな空気が続く中、その空気をぶち壊したのは。

「あれ? お前達どうしてここに……って!」

左肩にフェレット状態のユーノを乗せながら、右手でツンツン頭を掻き毟りながら。
のうのうとその場にやってきたのは、この場にいる全員が共通して認識することが出来る人物。

「と、トウマ!?」
「お前……こんな所でなにしてんの? つか、完璧絡み方がおっさんだぞ?」
「か、上条さん……お知り合い、なんですか?」

驚く女性。
いや、この際だからもうその正体を述べてしまうが、彼女は実を言うと、アルフなのである。
つまり、フェイトと共にこの旅館に来ている女性だ。
なのは達にとってアルフはまったく認識がない人物なので、知り合い感覚で話している上条に、思わずなのはが尋ねてしまう。
すると上条は。

「ああ。今日はコイツと一緒に旅館に来てるんだよ……ごめんな、迷惑かけたみたいで」
「なによ……当麻の知り合いだったのね」

少し安心したような表情を浮かべるアリサ。
まぁ誰かの知り合いだと理解すれば少しは安心できるというのが人間なのだろう。
上条は、アルフの元まで近寄ると、小声で話しかける。

「(おいおい。なのはに何してんだよアルフ)」
「(警告だよ。これ以上フェイトの邪魔しないようにって)」
「(あのな……なのはにも事情があるんだよ。それに俺は、最終的になのはとフェイトが分かり会えるようになってほしいって思ってるんだから、その邪魔だけはしないでくれ)」
「(なっ! アンタこの期に及んで何言ってんのさ!)」
「(悪いな……俺はフェイトの味方でもあると同時に、なのはの力にもなりたいって思ってるんだ。けど、俺はどちらの邪魔もしないし、どちらかの敵になるわけでもない。だから、今回はここまでにしてやってくれないか?)」
「(で、でも……)」
「(……俺を、信じてくれ)」

真剣な表情でアルフを見つめる上条。
その決意は、本物だ。
上条当麻はもう決めていたのだ。
二人のことを、手伝うと。

「(……分かったよ。今回はこれまでにしといてあげるよ)」
「(ありがとな、アルフ)」
「(ただし、後でフェイトの相手をしてやってくれよな……最近のフェイトは、アンタが一緒にいてくれるおかげで笑顔が増えたからさ)」
「(ああ、分かってるよ)」

それだけを言うと、上条はアルフの近くから顔を離す。
後ろを向いていたおかげで分からなかったが。

「な、何そんなに怖いオーラを纏っているんでせうか? 皆様方?」

いつの間にか、黒いオーラを身に纏っている五人の少女がそこにいた。
ちなみにユーノは、上条がアルフに近づいて行く段階で上条の肩から降りてなのはの肩に登っていたが、その肩の上でユーノはガタガタと身体を震わせている。
どうやら彼女達のオーラにあてられているようだ。

「とうま……これで何人目なのかな?」
「アンタは少し、懲りるってことを覚えた方がよさそうね……」

ビリビリ!
ガチンガチン!
顕著に怒りを見せているのは、美琴とインデックスだ。
身体に雷を弾かせて、戦闘準備完了の美琴と。
己の歯を噛みながら、獲物を捕えようと構えるインデックス。
上条の本能が告げる。
この二人、あまりにも危険だと。
そうなると、上条がとるべき唯一の行動は……。

「ご、ごめんなさぁああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!」
「「逃げるな!!」」

アルフの横を素通りして、上条は廊下を駆け抜けて行く。
その後ろからインデックスと美琴が追いかけて行く。
かくしてここに、命がけのリアル鬼ごっこが幕を開けたのだった。
……とりあえずその話は置いておくことにして。

「(……今のところは、挨拶だけね)」
「!?」

上条達が通り過ぎて行った後で、突如なのはの頭に響いてくる謎の声。
その声はまぎれもなく目の前にいるアルフのもの。
そう、これは念話だ。
これによって、なのはは認識した。
目の前にいる女性が、魔法に関係する人物である、と。

「(忠告しておくよ。子供はいい子にして、おうちで遊んでいなさいよね……まぁ、トウマがいる手前でこんなこと言えた義理でもないんだけどさ)」
「(貴女は、上条さんのお知り合いなんですか?)」

念話を通じて、アルフに尋ねるなのは。
アルフは表情一つ変えずに、再び念話を通じて答える。

「(ああ、知り合いだよ。それよりも、おいたが過ぎるとガブッといくわよ)」
「……」

なのはは、何も答えることが出来なかった。
そんななのはの様子を一瞥した後、アルフは。

「さぁ~て、もうひとっ風呂行ってこよ~と♪」

わざとらしくそう言った後、風呂の方向へと歩みを進めるのだった。
そんなアルフの後ろ姿を見送りながら、ユーノは念話を通じて、なのはに言う。

「(……なのは)」
「(……うん)」

それだけで、二人の意思疎通は出来た。
言いたいことは、あの人物が自分達の敵となりうる可能性があるということ。
そして、『うちの子』というのは、おそらく……。

「……」

なのははただ黙って、女性が入って行った温泉の暖簾を見つめることしか出来なかった。



時間は流れ、夜中。
誰もが寝静まり、フクロウの鳴き声が聞こえてきそうな暗闇の中。
三人の少年少女が、橋の上から湖の様子を覗いていた。
三人の少年少女の正体は、ご存じフェイト・アルフ・上条。
フェイトはすでにバリアジャケットを身に纏っていて、準備完了と言ったところだろうか?
アルフの方も、先ほどまで着ていた浴衣は脱ぎ、マントを羽織った戦闘服状態、と言っていいのだろう。
上条は、いつも通りの学生服を着用していた。

「凄いねこりゃ。これがロストロ・ギアのパワーって奴?」

アルフは楽しそうにそんなことを言う。
湖から天空に放たれる光は、何処か不気味な印象を上条に与える。

「随分と不完全で、不安定な状態だけどね」

真剣なまなざしで、湖の光を見つめながら答えるフェイト。
そこに、いつもマンションで見るような歳相当の少女の姿はどこにも感じられなかった。
言ってしまえば、今のフェイトは上条なんかよりもよっぽど大人びていて。
そして何処か寂しそうでもあった。

「フェイトの母親は、どうしてあんなものを欲しがってんだろうか……?」

思わず再び湧いてしまう、疑問。
いつの間にか上条はそれを口にしていた。
それに対して、フェイトは顔色一つ変えずに答える。

「分からないけど、理由は関係ないよ。母さんが欲しがってるんだから、手に入れないと……!」
「……そうだな。けど、多分なのはもこのジュエルシードの気配に気付いて、取りに来るぞ?」

忠告せずにはいられなかった。
上条としては、再びあの時のような戦闘になることを望んではいない。
出来るのなら、平和的解決を望んでいた。
だが同時に、それが高望みであることも理解していた。
そんなことは不可能。
考えるだけ無駄。
そのことが理解出来ているだけに、上条は悩んでしまった。

「その時は……あの子には申し訳ないけど、力づくでも奪うだけ」

それだけ、フェイトの意思は固かった。
改めて上条はフェイトの意思の強さに、感心する。

「バルディッシュ、起きて!」
「Yes,sir」

フェイトの言葉と共に、機械染みた声が返ってくる。
すると、フェイトの手の甲から金色の光が放たれて、それが空中で斧状のデバイスへと姿を変える。
そのままフェイトの手前に落ちてくるバルディッシュ。
慣れた手つきでそれを取ると、

「Sealing Form.Set up」

同時に告げられる、言葉。
その言葉と共に、バルディッシュはジュエルシードを封印する為の形へと形状を変える。

「!!」

思わず上条はその場から離れる。
右手で触れてしまうと、デバイスが壊れてしまう危険性があるからだ。

「封印するよ。アルフ・当麻。サポートお願い!」
「へいへい」
「おう!」

橋の上にうまく着地したフェイト。
そしてアルフと上条に対して、サポートを要請する。
とはいっても、上条ははたしてこの場において何をすればいいと言うのだろうか?
正直に言ってしまうと、上条は宙に浮くことが出来ない為、ジュエルシードがある場所まで向かうことは不可能。
その前に、ジュエルシードに触れてしまえば右手が反応して問答無用で壊してしまう。
この場合、上条に出来る最善のことと言えば……ジュエルシードの暴走により出現してしまった化け物の動きを止めることのみ。
出来れば、その役回りがこないことを祈っている、上条だった。
だが、その役回りが回ってくることはなく。

「あ……」

無事、フェイトはジュエルシードの回収を終わらせることが出来た。
どうやら上条の心配はいらなかったようだ。
だが、ここでジュエルシードを封印してはい終了となるわけにはいかない。

「あっ!」
「……あ~ら、あらあらあら……」

思わず腑抜けた声を出してしまうアルフ。
そこにいたのは、ジュエルシードの気配を察知してユーノと二人で橋のところまでやってきた、白いバリアジャケット姿のなのはだった(ちなみに美琴とインデックスの二人はなのはの気遣いもあって熟睡中)。
そしてなのはは、アルフの姿を見て驚いた。
……予想が当たったのが、一番強かったのだろう。

「『子供はいい子で』って言わなかったっけか?」
「アルフ……お前な……」

相手の意識を駆り立てるような話し方で、アルフは言う。
そんなアルフを見て、上条は忠告するような言い方をしかけて。

「それを……ジュエルシードをどうするつもりだ!? それは、危険な物なんだ!」

というユーノの言葉にかき消される。
フェイトは何も答えず、その言葉に対してはアルフが挑発するような言い方で答えた。

「さぁね~。答える理由が見当たらないよ? それにさぁ、アタシ親切に言ったよね? 『いい子でなきゃガブッと行くよ』って」
「ガブッとって……やっぱりお前犬じゃ……」
「トウマ、少し黙っててくれない?」
「は、はい……」

輝かんばかりの笑顔で言われて、しかし上条は恐れしか感じなかった。
『トウマ』というワードが出てきたことで、なのはは始めてその場に上条もいたことを認識する。

「か、上条さんまで!」
「あ、ああ。ちょっとした事情があってな……けど、俺は二人の戦いには干渉しないことにしてるからよ」

安心しろ。
最後にそう付け足す上条。
そう、今の上条に出来るのは二人の戦いを見守ることだ。
むやみやたらと介入するわけにもいかない。
どうせジュエルシードをめぐって対立する運命にあるのなら、いっそのこと納得のいくまで対決させた方がいいだろう。
上条はそう考えたのだった。
そしてアルフは、なのはの顔を見て一度笑みを浮かべると共に、人の姿から形を変えた。
その姿はまるで……獲物を狩る狼そのものだった。

「やっぱり……アイツ、あの子の使い魔だ!」
「使い魔……?」

ユーノの言葉に対して、なのははその意味が分からず疑問符を打つ。
その疑問に対しては、狼の姿となったアルフが答えた。

「そうよ。アタシはこの子に作られた魔法生命。製作者の魔力で生きる代わり、命と力のすべてを賭けて護ってあげるんだ」

そう言った後で、フェイトに向かって優しい口調で。

「先にトウマと一緒に帰ってて。すぐに追いつくから」
「……うん、無茶しないでね」

労いの言葉をかけるフェイト。
その言葉を受けて、アルフは。

「OK!!」

叫び声と共に、なのはに飛びかかる。

「あ、アルフ!」

思わず上条は叫んでしまう。
成す術もなく、なのはがやられてしまうのを見たくなかったから。
それを止めようと足を前へ踏み出すが、その覚悟をするには少しばかり時間が遅すぎた。
気付いた時には、もうアルフはなのはの目前まで迫っていて……。

「ちっ!」

しかしアルフの攻撃はなのはには届かなかった。
なのはの肩に乗っていたユーノが、咄嗟の判断で結界を張ったからだ。

「なのは! あの子をお願い!!」
「させるとでも……思ってんの!?」

ユーノの言葉に対して、爪を使って結界を破りながらそう告げるアルフ。
しかしユーノは、叫ぶ。

「させてみせるさ!!」

瞬間。
上空に巨大な魔法陣が展開する。
アルフは、その魔法陣が何の魔法に使われるものなのかを知っていた。

「移動魔法……まずい!」

気付いた時には、もう遅かった。
アルフの身体は光に包まれて……その場から消えた。
ユーノと共に。

「あ、アルフ? ユーノ? 消えた?」

目の前で起きた超常現象に対して、信じられないと言いたげな表情を浮かべながら呟く上条。
目の前で人が消える。
見たこと自体は二度目だが、最初のそれとはわけが違った。

「結界に、強制転移魔法……いい使い魔を持っている」
「(……違う。ユーノは使い魔じゃない)」

上条は、ユーノが使い魔ではなく人間であることを知っている。
だが、それを今この場で言うべきなのかどうか、少し迷っていた。
その迷いの最中、なのはがフェイトに対してこう宣言する。

「ユーノ君は、『使い魔』ってやつじゃないよ。私の大切な友達!」
「!?」

なのははユーノの正体を知らない。
だが、ユーノのことを『使い魔』としてではなく『友達』として見ていた。
それこそ、なのはの優しさからくる、本心なのだろう。

「で、どうするの?」
「話し合いで、何とか出来るってこと、ない?」
「私は、ロストロ・ギアのカケラを……ジュエルシードを集めないといけない。そして、貴女も同じ目的なら、私達はジュエルシードを賭けて戦う敵同士ってことになる」
「だから、そういうことを簡単に決めつけない為に、話し合いって必要何だと思う!」
「話し合うだけじゃ……言葉だけじゃ、きっと何も変わらない」

思えばこの二人がこうして会話をかわすことは初めてだった。
互いの想いをぶつけ合い、そしてすれ違う。
フェイトは、言葉だけじゃ何も変わらないと告げた。
そばで聞いている上条は、その通りだと認識していた。
この二人は、話し合っただけでは何も変わらないだろう。
きっと、思い切りぶつかりあうことで、初めて互いの気持ちを理解出来る。

「……伝わらない!!」

閉じていた瞳を開いて、バルディッシュを構えながらフェイトは宣言する。
それこそが戦闘開始の合図。
先手をとったのは、フェイトだ。

「!?」

目を見開くなのは。
目の前からフェイトが消えたと思ったら、後ろから人の気配を感じる。
それはまぎれもなくフェイトのもので、今にもなのはの身体を切り裂こうとする勢いだった。
なのははしゃがんでその攻撃を避けると、

「Flier Fin」

というレイジングハートの言葉と共に、なのはの足よりピンク色の羽根が生える。
そしてそれを使って、宙へ飛んだ。
フェイトはその様子を一瞥した後に、地面を思い切り蹴り、空へと飛ぶ。
なのはに言った。

「賭けて。それぞれのジュエルシードを一つずつ!」
「Photon Lancer,get set」

そしてなのはの後ろを飛んでいたはずのフェイトは、いつの間にかなのはの遥か頭上へと飛んでいた。
その様子に驚くなのはだったが、それだけでは終わらない。

「Thunder Smasher」

バルディッシュから告げられる、機械染みた声。
瞬間、その先端部分からなのは目掛けて金色の光線……いや、雷が放たれる。
対するなのはも、

「Divine Buster」

レイジングハートの声と共に、ピンク色の光線が放たれた。
二つはちょうどど真ん中でぶつかり合い、そして拮抗する。

「す、凄い……」

陰で見守っている上条は、思わずその光景を見て感心してしまった。
見ているだけで、言葉を失う。

「レイジングハート、お願い!」
「All right!」

そして、なのはの放つ光線は、さらにその威力を増す。
とうとうフェイトのそれを勝り、たちまちフェイトの身体を包んでしまった。

「ま、マジかよ……」

あまりにも凄すぎる光景に、上条は口をポカンと開けてしまう。
だが、これで決着がついたなどと思っていなかった。

「Scythe Slash」
「!?」

そう。
あの光線の中を、フェイトは完全に抜け出していたのだ。
それに気付けなかったなのはは、気付けばその首元に金色に輝く鎌を当てられていた。
つまりは、なのはの敗北。

「Pull out」
「レイジングハート……何を!?」

突然レイジングハートが、封印していたはずのジュエルシードを出したのだ。
もちろんこの場合、レイジングハートがとった行動は正しい。
賭けで負けたのだから、その代償を払うのは当たり前のことだ。

「きっと主人想いのいい子なんだね」
「……」

フェイトはそう告げると共に、ジュエルシードをその手でつかむ。
その後ゆっくりと地上に降り立ったかと思うと。

「帰ろう、アルフ・当麻」
「さっすが私のご主人様~! んじゃね、おちびちゃん!」

捨てゼリフ(?)と共にフェイトの所へ向かうアルフ。
一方の上条は、しばらくその場を動くことが出来なかったが。

「待って!」

なのはがフェイトの背中に向けてそう話しかけるのを見て、思わず追いかけてしまった。
そんな中、フェイトはなのはにこう伝える。

「出来れば、私達の前にもう現れないで。もし次会ったら、今度は止められないかもしれない」
「名前……貴女の名前は?」

最後に、なのはが名前を尋ねる。
フェイトはゆっくりと瞳を閉じた後に。

「フェイト……フェイト・テスタロッサ」
「わ、私は……!」

フェイトが名乗ったことで自分も名乗ろうとしたら。
フェイトはその場から森の方向へと飛び去ってしまった。
その後を追うように、アルフもなのはの前を通過する。

「あ、お、おい! ちょっとそれはさすがに卑怯だろ!」

そんな彼女達二人を、上条は走って追いかける。
ただ、去り際に。

「明日、ちょっくら抜け出してきてくれないか? 話があるんだ」
「え? あ、はい……」

そうなのはに伝えると、上条はその場から走り去って行く。
なのはは、そんな彼の後ろ姿を、ただ見送ることしか出来なかった。



次回予告
二回目の対決も敗北に終わったなのは。
友人との関係もうまくいかないなのはに、インデックスと美琴がアドバイスをする。
そして上条達の前には一人の魔術師が現れる。
その魔術師は、上条達を『この世界』に連れてきたあの黒き魔術師だった。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『調律師(アジャスト)』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] 無印『ジュエルシード』編 8『調律師(アジャスト)』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/03/20 20:04
温泉旅行から帰ってきてからというものの、なのはは何を話しかけられても上の空だった。
楽しいはずの日常会話。
やらなければならない勉強。
そして、美琴やインデックス達のこと。
それらすべての話を、右から左へ受け流してしまう。
それにはきちんとした理由があり、そのことしか考えられない状況に今、なのはは立たされていた。

「……」

考えていることの一つは、これまで二回対峙したフェイトのこと。
この前の温泉旅行での一件でようやっとその名前を聞くことが出来たが、結局それ以外は何も教えてはくれなかった。
先日美琴より、分かり合う為にも全力でぶつかり合った方がいいと言われて、そうすることに決めた。
しかし、それでも言葉で話しあえたらいいなと思っている節があり、二度目の遭遇の時に話せるかどうか試してみた。
結局、話し合いだけでは何も解決せず、ぶつかり合うにしても力が足りなすぎた。
こうして無駄に時間だけが流れて行く。
きっと、今度もまたぶつかり合ってしまうことだろう。
何も分かり合えないまま、ジュエルシード集めをし続ける限り……。
そしてもう一つの案件といえば。

「上条さん……」

そう、上条当麻についてだ。
なのはは温泉旅行以来、上条には会っていない。
夜の橋での一件以来、会いたくても会えないのだ。
フェイトの所にいるのは分かっているのだが、肝心のフェイトの居場所が分からなければ、上条に会いに行くことも出来なかった。
街の中で偶然会える確率なんて低い。
となれば、もう一度フェイトと遭遇して、上条がその場にいることを祈るしかない。
いや、祈る必要はないだろう。
上条程のお人好しが、フェイトのことを放っておくわけがない。
一人の少女が危険な場所に飛び込んでいるというのに、自分一人だけのうのうと暮らせる人間ではない。
少ない時間の中で、なのはは上条当麻という人間の一部を把握していた。
だからこそ、なのはは悩んでいた。

「上条さんとはもう一度会ってきちんと話し合いがしたい。けど、話し合いをする前にフェイトちゃんとぶつかり合うことになっちゃう……」

もちろん、こんなことを気軽に相談出来る相手も多くはない。
そのおかげで学校でもずっと上の空だったなのはは、とうとうアリサと喧嘩してしまい、しばらくの間アリサとは話していなかった。

「上条さん……フェイトちゃん……」

名前を呟くなのはの声は、空気の中に溶けて消えてしまった。



「……」

一人、マンションの屋上に立つ少年がいた。
黒色のツンツンした髪が特徴のその少年は、頭の中でこれまで起きた出来事を振り返っていた。

「奇妙な魔術師との遭遇、ジュエルシード事件……」

二つの事件には、何の関連性はない。
ただ単に、魔術師が選んだ世界において、そのような事件が起きただけ。
少なくとも、今の上条はそう考えていた。

「なのは……フェイト……俺達がこの世界に入り込んだことで、少しはその因果が変わってるのだろうか?」

もし、自分達がこのタイミングでこの世界に来ていなかったら、なのはやフェイトは、どのような道筋を辿っていたのだろうか?
少なくとも、この二人はすずかの家での一件において、対峙する運命にあったのだろうか?
それとも、自分が来たおかげで早まったか、あるいは遅れているのか。
それらを確認する術を持っていない上条にとっては単なる自己満足な思考にしか過ぎないが、それでも気にせざるを得なかった。

「なのはの奴、今頃落ち込んでるんだろうな……」

温泉旅行の一件以来、上条はなのはの家に足を運んではいなかった。
別にわざと避けているわけではなく、単にタイミングがなかったからだ。
しかし、それでもなのはが落ち込んでいるのだろうということくらいは予測がついた。

「なんて言ったって、二度も負けちまってるんだからな。フェイトに」

フェイトと二度対決して、共に負けてしまい。
そして自分の名前も伝えられぬまま、互いの考えも理解出来ないままに立ち去られてしまったなのは。
その場に居合わせた自分としても、あの時なのはに何か言葉をかけてあげればよかったと少しばかり後悔するのだった。

「元の世界に帰れることは分かった……後はあの魔術師がどこにいるのかを探すだけなんだけど……」

なのはのことを考えるのを一旦やめて。
上条は、自分達をこの世界に連れてきた魔術師のことを考えだす。
そして、元の世界に帰れることも。
インデックスがこちらの世界に、あの黒き魔術師の力を借りずにこっちの世界に来れたことは、上条や美琴にとっては大きな収穫となった。
しかも彼女の話によると、科学サイドの力で世界と世界をぶつけて歪みを発生させ、そこから世界移動をするという荒技をやってのける『機械』が作られているらしい。
もしその話が本当なのだとしたら、上条の右手が反応することなく元の世界に引き返すことが出来るということになる。
それはかなり好都合なことであった。
だが、元の世界に帰る方法が見つかったとして。

「もしこのまま俺達が元の世界に帰ったとしても、アイツらはどうするんだ?」

自分達の世界に帰れたとして。
上条達の世界からなのは達の世界に再び行ける保障はどこにもない。
現に、インデックスがこっちの世界に移動した後に、『機械』は壊れてしまったと聞く。
一人世界移動しただけで破損するというのに、一気に五人近く世界移動してしまった日には、もう動かなくなってしまうのではないだろうか?
絶対に帰って来れるという保証はない。
ただ、可能性はゼロではない。
今の彼に出来るのは、その可能性を信じること。
そして……。

「アイツらの、手伝いをしてやること」

上条が言う『手伝い』とは、ジュエルシードを集める為の手助けをすること……が本筋というわけではない。
もちろんそれも含まれているのだが、『手伝い』の本質とは、簡単にいえば『邪魔をしない』こと。
二人の戦いには干渉せず、危なくなった時に自分がそこに足を踏み入れる。
そして邪魔が入りそうならば、その邪魔者の相手をするのが自分の役目。
あくまでパワーバランスを均衡に保つ為のストッパー的役回りしか彼には果たすことが出来なかった。
それは美琴やインデックスにも言えることだ。
特に美琴がどちらかに加担してしまった瞬間、どちらが勝負に勝つのかなんて目に見えている。
そんなことは許されないのだ。
二人の想いがこもっている戦いに、そんな邪魔は必要ないのだ。

「こんなところにいたんだね、当麻」
「ん?」

その時。
上条の背中に話しかけてくる、一人の金髪の少女がいた。
もちろん彼女はフェイトであり、上条を探していたのか少しだけ息が整っていなかった。

「どうした? 俺に何か用でもあったか?」

上条は、そこまでして自分を探していたフェイトに理由を尋ねる。
しかしフェイトは首を軽く横に振り、

「ううん。特にたいした用事があったわけじゃない。ちょっとお話がしたかっただけ」
「そうか……」

上条の反応に対して、笑顔を見せるフェイト。
どうやらそっけない態度をとられることは多少予想済みだったようだ。

「……ねぇ、当麻は今後、どうしたい?」
「え?」

突然フェイトが聞いてきたのは、答え方に困るような質問だった。
恐らくフェイトの言う『今後』とは、ジュエルシード集めにおける『今後』のことなのだろう。

「私は当麻に協力してもらえて嬉しいよ。けど、当麻はあの子のことも放っておけないんでしょ?」
「……ああ、その通りだ」

まったくもって、本心からくる言葉。
上条は、フェイトのことを気にかけておきながら、なのはのことも放っておけない。
そのことを、フェイトは分かっていた。

「でも、ジュエルシードを集め続ける限り、私はあの子と何度でもぶつかり合う。そんな光景を見ていて、当麻はどう思う?」
「……」

本心から言ってしまうと、上条にとっても見ていて辛い光景であった。
どうしてこの二人でなくてはならなかったのか。
どうしてここまで危険な目に遭わなくてはならないのか。
下手をしたら怪我程度では済まない状況下で、どうしてここまで頑張らなくてはならないのか。
その理由なんて、上条は重々承知していた。
けど、納得がいかなかった。

「確かに、納得はいかない。二人が戦うことに対して俺は何も言えないけど、出来ることならもう、すれ違ったままぶつかり合って欲しくはない。出来ればきちんと話し合いをしてほしいと思う」
「けど、話し合いだけじゃあの子と私は何も……」
「変われるさ」
「!?」

遮るように述べた上条の発言に対して、フェイトは驚いたような表情を浮かべる。
構わず、上条は言葉を続けた。

「変われるよ、話し合えたら。少なくとも、互いにどうしてジュエルシードを集めるのか知ることが出来る。そうすれば、きっと本心から全力でなのはにぶつかれると思う。衝突してこそ仲良くなれるものだけど、すれ違ったままの衝突は、何も生まない。だからこそ話し合いが必要になるんだよ。確かに言葉は軽いものだ。上っ面では何とでも言える。けど、それ以上に重い物でもあるんだよ。その言葉の裏に隠された重みはずっしり来るもので、きっとお前達が変われるきっかけになると思う」
「……」
「俺は、出来れば一度だけでもいいからなのはとフェイトには話し合って欲しい。その上でぶつかり合うことに対しては、何も言わないさ。これが、俺がフェイトに言ってやれる言葉だ」

話し合いでは何も解決しない、何も変わらない。
かつて温泉旅行の日にフェイトがなのはに言い放った言葉。
しかしそれらの言葉を、上条当麻は否定した。
あくまで自分の意見にしか過ぎないが、それは説得力ある台詞であったと思われる。
そして、わずかながらも上条の言葉がフェイトの心を動かしたのも確かであった。

「当麻の言葉って、ずっしりと来るよね」
「そうか? そう言ってもらえると、上条さん的にも大変嬉しいと思われますよ」

いつも軽くあしらわれることが多い上条にとって、素直に褒められることは嬉しいことであった。
思わず照れてしまい、右手で頬を軽く掻く。

「それで、最初の質問に答えるけど……俺はあくまでこの立ち位置を変えるつもりはない。なのはのことも邪魔しなければ、フェイトやアルフの邪魔もしない。もしお前達の中に邪魔が入ったとしたら、俺がソイツらをブッ飛ばす。これが、俺がお前らに対して出来る『手伝い』であり、なのはに対して出来る『手伝い』でもある」

結局、お人好しが極まるとここまで来てしまう。
そんなことを具現化したかのような、上条の発言。
フェイトはそんなことを考えて、そして……。

「ふふっ!」

思わず笑ってしまった。

「な、なんだよいきなり笑い出したりして! これでも上条さんは結構本気で言ってるんでせうよ!」

顔を赤くしてそう反論する上条の姿を見て、ますますフェイトは笑ってしまう。
口ではそう言っている上条だったが、それでもフェイトの笑顔を見て内心喜んでいた。
会った時から、フェイトはそこまで笑う人物ではなかった。
しかし今ではこうして笑う回数が多くなっている。
これはまぎれもなく『いい変化』に部類されるのだろう。

「(俺がこの世界に来てよかったと思える瞬間の一つなんだろうな……)」

自分が来ていなかった世界のフェイトのことなんて、どうでもいい。
今は自分の目の前にいる『フェイト・テスタロッサ』のことを大切にするべき。
そんなことを考えていた最中。

「「!?」」

突如上条とフェイトの背後の空間が、歪みだす。
まるで、いきなり空中に渦が出来あがったかのような、不気味な感じ。
感じられるのは、謎の気配。
少なくとも生き物であることは間違いない。
気になった二人が後ろを振り向いてみると。

「お、お前は……!?」

上条の顔が驚きの色に染まる。
フェイトはその人物に対して見覚えがなかった為、首を傾げていたが。

「はじめまして、フェイト・テスタロッサ。そしてお久しぶりです、幻想殺し(イマジンブレイカー)」

その人物は、彼らをこの世界に連れてきた張本人である、全身を黒の服で統一した魔術師だった。

「どうして今頃のこのこと現れてきやがったんだよお前」
「どうしてと言われたら……そうですね、暇だったからでしょうか?」

怒りをあらわにする上条に対して、あくまでも冷静に対処する魔術師。
フェイトから見ても、上条は明らかに怒っている。
ここまで彼が怒っているのは、初めてのことなのではないだろうか?

「アイツらが言ってたな。以前の誘拐騒動を指示したのはお前だってな」
「そうですね。確かにあれは私の判断です。物語にちょっとしたアレンジを加えなければならなったもので……」
「ふざけんじゃねえよ! だからと言って女の子二人を誘拐していいなんて理屈にはならねぇんだよ!!」

上条が言っているのは、明らかなる正論。
それこそが、正しい者の述べる考え。
しかし魔術師は、それらを否定した。

「貴方には、私の目的が分かりません。だからそんなことが言えるのですよ」
「何を……!?」

挑発するような言葉遣い。
意図してやっているのか、そうでないのかはともかく。

「お前の目的は、確か世界の再編成だったな」
「……ああ、そんなことも言ってましたね」

まるでその目的には興味がないかのように。
当然のことを言われたかのように無関心な返答。
だが上条はその返答の意味を考えられる程頭が回っていなかった。
もしこの場でその真相を聞き出していたら、また少しだけ物語は動けたのかもしれない。

「そんなくだらない目的の延長線上で、こんな事件まで起こして……恥ずかしくねぇのかよ!!」
「私から見たら、貴方の方がよほど恥ずかしいですけどね」
「何だと!?」

怒りを煽る魔術師の言葉。
そして魔術師は、こう言葉を言う。

「私の目的はそうじゃないんですよ。けどまぁ、貴方に教える義理もありませんし、今は何も言いませんがね」
「テメェ……!」
「ただ、気にしないでくださいよ。私は貴方達以外の人物に対してそこまで深く干渉する気はありませんから」

その言葉を聞いて、上条はどう反応したらいいのだろうか?
安心したらいいのか?
不安になればいいのか?
ともかく、上条としては反応に困る言葉ではあった。

「あ、あの……貴方の名前は……?」

その時、フェイトが魔術師に対してそう質問をした。
魔術師は、笑顔を見せると。

「そうですね。そろそろ私の名前を明かしてもいいでしょう。物語も中盤にさしかかかってきた所ですし、タイミング的にもばっちりでしょう」

勿体ぶるかのように前置きをした後で、さらにこう言葉を付け加えた。

「お初にお目にかかります。私の名前はアジャスト。以降、お見知りおきを」
「アジャスト……」
「それがお前の名前か、魔術師(アジャスト)」

フェイトがオウム返しのように名前を呟き、上条は敵意を見せながらそう吐く。
魔術師―――アジャストは、笑顔を崩さないまま。

「私は職業柄、世界の調律師という役回りを受けております」
「世界の調律師? 再編成を企んでる奴が、どうしてそんな役回りを受けてるんだよ」

上条にとって、『世界の調律師』たる単語は初めて聞くものであった。
これまで何度か魔術に手を触れる時があったが、その中でもまったくと言っていいほど聞き覚えがなかった言葉。
ましてや並行世界があるなんてことを知ったのもつい最近の話なのだ。
それなのに『調律師』の存在だけ知っている方がおかしいのは、まぁ当然と言えば当然の話なのだろう。

「私もかつては世界の為に働いていたんですよ。その名残です。あまり深く詮索する必要はありませんよ」

そう告げると共に、再び世界が歪み始める。
アジャストの背後には、謎の渦のようなものが現れて。

「お、おい待て!」
「では、またお目にかかる機会が来ることを祈ってますよ。お二人さん」

背を向けて、右手を挙げると、そのまま渦の中へと歩いて行く。
やがて彼が完璧に渦の中に入ったかと思えば、いつの間にかアジャストも渦も消えていた。
まるで最初からその場になかったかのように。

「アジャスト……俺や御坂をこの世界に連れてきた奴の名前……」
「……」

呟く上条に対して、フェイトは何も言葉を返すことが出来なかった。



「何を言ってるんでしょうね、私は」

あの後別の場所に移動したアジャストは、一人夜の月を眺めながらそんなことを呟いていた。
世界の調律師。
かつて担っていたその役目を彼が捨てたのは、もう随分前の話である。

「かつての私は、ここまで愚かではなかったはずなのに……心のどこかで、あの人達に期待しているような気がしてなりません」

期待。
確かに今、アジャストはそう言った。
だが、何を期待していると言うのだろうか?
それを知っているのは、彼一人しかいない。

「……私は、何を今までしてきたのでしょうかね……物語のアレンジ、ですか」

彼は必要に世界が変わることを望んでいた。
それが、物語のアレンジという言葉に置き換わっているだけで、言っていることは何一つとして変わらない。

「私は、たったひとつだけ変わってくれればそれでいいんですよ。可能性を見せてさえくれれば、それだけで私の目的は達成します。ですから私は、貴方達に希望を抱いているのですよ」

ただ単に、上条達を敵視しているわけではない。
彼が憎くて、この世界に呼んだわけではない。
必要だったのだ。
彼さえこの世界に連れてくれば、後は勝手にことが動いてくれると信じていたのだ。
しかし結局、本質は変わらないまま中盤を迎えることとなってしまった。
アジャストは、それが悔しかったのだ。

「世界の調律師を名乗っていた私が、反対に世界を変えることになろうとは思いませんでしたが……それでも私は、世界の可能性を信じてます。貴方が教えてくれたんですからね。それを証明してくれないと、貴方との勝負が私の勝ちになってしまいますよ?」

心のどこかで、彼はこの勝負に負けることを祈っていた。
彼が勝負に負けるということ、それはつまり……。

「さて、次はどんなアレンジを加えましょうかね……」

彼は今日も行く。
世界の物語を、改変(アレンジ)する為に。



「なのは、ちょっと話があるかも」
「え?」

突然そんなことを言い出したのは、インデックスだった。
そのそばには美琴も一緒にいて、どうやら彼女達はなのはに用事があるらしかった。

「最近のなのははさぁ、何だか上の空っていうか。何したって力が入ってないっていうか……ともかく、何か悩みでも抱えてるかのような感じなのよねぇ」
「……」

悩みを抱えていることは事実だった。
だが、その悩みを誰かに打ち明けたいとも思っていなかった。
だからなのはは、沈黙を守り抜く。
しかしそんななのはの頑張りも、インデックスの一言で無駄になってしまった。

「あの金髪の子のことと、とうまのことだね?」
「あとついでに言うなら、アリサとの喧嘩の一件もかしらね」
「!?」

どうして知ってるの?
そうなのはは聞こうとした。
アリサとの喧嘩の一件はともかく、フェイトのことや上条のことで悩んでいることまでバレるとは到底思っていなかったからである。

「フェイトはともかく、アイツなら問題ないわよ。フェイトのいるところにアイツは必ず来るわ。そして見守ってるのよ。貴女達の戦いを、ね」
「はい……」

邪魔はしない。
そして二人にとって邪魔となる存在を排除してくれる。
今の上条がしてくれていることは、それだった。
もちろん、美琴やインデックスも彼女達の『手助け』をしている。
例え二人がなのは側にいたとしても、上条がフェイト側にいたとしても、やるべきことは同じ。
それこそが、役割だった。

「そして問題は、アリサのことか……どうして喧嘩になったのかはアリサ本人から聞いたけど」
「アリサちゃんの言ってることその通りです。私が上の空の状態だったから、二人の話をまったく聞いてなくて……」
「まったく……しょうがない女の子ね」

溜め息混じりに、美琴はそう呟く。
そして、まるで妹や後輩に見せるような優しい表情を浮かべて、こう言った。

「なのはは何でも抱えこみすぎなのよ。何でも一人で解決出来るわけじゃない。例え万能な人間がそこにいたとしても、結局は誰かの助けが必要となる。人間って言うのはそういう生き物なのよ」
「もしかしたらアリサは、なのはが頼ってくれることを願ってたのかも」
「え?」

付け足すように言われたインデックスの言葉に、なのはは思わず疑問符を打ってしまった。
『頼ってほしい』。
それは人間として想う強い願い。
頼られると言うことは、信頼されているということに繋がる。
悩みを抱えているのは明白なのにもかかわらず、結局なのははその悩みをアリサ達に打ち明けることはなかった。
それはアリサ達を危ない目に巻き込みたくないというなのはなりの配慮があった証拠なのかもしれない。
しかしいくらなんでも、引きずりすぎた。
まだ小学三年生の女の子なのに、抱え込んでいることが多すぎるのだ。

「一番の親友だと思ってた子が何も言ってくれないなんて、裏切られた気分になるじゃない? もしアリサやすずかが何かを悩んでいて、それを最後の最後まで言ってくれなかったとしたら、なのははどう思う?」
「……なんとなく、嫌な気持ちになります。それに、寂しいです」

美琴の質問に対して、正直に答えるなのは。
そして同時に、気付いた。

「こういうことだったんですね」
「ええ、そうよ。その気持ちと同じ気持ちを、今のアリサは抱いているの」

結局、アリサは頼られたかったのだ。
話を聞いていないことに対して怒っていたわけではなく。
悩みがあるにもかかわらず、それを教えてくれなかったことに対して怒っていたのだ。
寂しかったのだ。

「そう、だったんですか……」
「……とりあえず、後でアリサやすずかに謝っておいた方がいいかも。それが、なのはに出来る最善のことだよ思うよ」

慈愛の表情を浮かべて、インデックスがそう言う。
それはまるで本物のシスターのような雰囲気を醸し出していた(実際にシスターであるのだが)。
やがてなのはは、その言葉を受けて決意を秘めたような表情を浮かべ。

「私、アリサちゃんとすずかちゃんに謝ります」
「うん、その意気よ!」

その決意を、美琴は笑顔で受け止める。
これでなのはが抱いていた悩みが、少しでも軽くなった。
少なくとも、美琴やインデックスはそう考えていた。

「それで? 今日もジュエルシード探索にいくのかしら?」

美琴は、なのはとユーノの両方に尋ねる。
その質問に対してユーノが答えた。

「うん。一応そのつもりではいるけど……なのはの状態を考えると、あまりお勧め出来ないかもしれない。これまで休んだ方がいいと言った時に限って、全然休めてないから」
「確かにその通りね……どこかで休まないと、そろそろなのはの身体が限界まで来ちゃいそうな予感がするのよね……」
「わ、私は大丈夫ですよ!」

美琴の発言に対して、遠慮するように主張するなのは。
もちろん、それが見栄を張っているだけだということは分かっていた。
だとしても、彼女を止める理由にはならない。
彼女が自分の意思でジュエルシードを集めている以上、美琴やインデックスが何か口出しできるわけではない。
彼女達に出来ることと言ったら、なのはの無事を祈ることだけだった。



世間的には夜中に値する時間。
ビルの屋上に立つ、二人の少年少女と一匹の狼がいた。

「大体このあたりだと思うんだけど……大まかな位置しか分からないんだ」

黒いマントを身に付けたフェイトが、アルフと上条に向けてそう告げる。
彼女達の目的はジュエルシード。
その場所が、街のど真ん中にあるというのだ。

「これだけゴチャゴチャしてると、探すのも面倒だよな……」

上条は、頭をボリボリと右手で掻きむしりながら、そう呟く。

「ちょっと乱暴だけど、周辺に魔力弾を撃ち込んで、強制発動させるよ」
「お、おい……そんな乱暴な方法でいいのか? それじゃあお前が……」

上条が、フェイトの身を案じてそんなことを言いだそうとする。
彼とてフェイトのことが心配なのだ。
無理をする点が、なのはと重なって見えてしまい。
このままだと倒れてしまうのではないだろうかという不安に駆り立てられるのだ。
だが、上条の言葉は意外にもアルフによって遮られた。

「あ~待った! それアタシがやる!」
「……大丈夫? 結構疲れるよ?」

労いの言葉をかけるフェイト。
そのような言葉を言われるのはフェイトのはずなのに。
自分のことよりも、まず他人のことを気にかけるフェイトは、本当に優しい少女であった。

「このアタシを一体誰の使い魔だと?」

アルフは、自慢するような感じでそう宣言する。
やはり、アルフはフェイトのことを誇りに思っているのだ。
自分を生み出してくれた親みたいな存在の、フェイトのことを。

「それじゃあお願い……」
「そんじゃあ!」

フェイトに注文されて、アルフは早速行動を開始した。
アルフの足元より、赤い魔法陣が展開される。
瞬間。

「うわっ!」

思わずそんな声を出してしまう上条。
アルフの足元に出現した魔法陣から、空に一直線上の光が放たれる。
そして、暗雲が立ち込めて放たれる雷。
これは、ジュエルシードの強制発動を促す為の魔法。

「ちょっ! これなんかまずくないのか!?」

あまりにも唐突で、そして危険な場面に遭遇し、上条は叫ぶ。
対してフェイトとアルフは、その言葉には何も答えず、ジュエルシードを見つけることに専念する。
そして、放たれる雷の内の一発が、ある場所を特定した。

「「「!?」」」

その一本の雷が着弾したところから、青い光線みたいなものが空を貫いている光景が目に映った。
間違いない、それは目的の品であるジュエルシードが放つ光だ。

「見つけた!」

フェイトが宣言するが、アルフがこう付け足す。

「けど、あっちもそばにいるみたいだね」
「あっちって……なのはか!?」

上条が叫ぶのと同時。
街中を覆う、桃色の結界らしきものが張られていた。
それは恐らく、なのはかユーノが張ったものなのだろう。

「……早く片付けよう。バルディッシュ!」
「Sealing Form.Set up」

早めに片づけなければ、なのはとの戦闘になってしまうのは間違いない。
そしてフェイトは、出来ればそんな面倒なことにはなりたくないと思っていた。
それはなのはに対する想いと、早くジュエルシードを回収したいという焦りからくる感情であった。

「ジュエルシード、シリアル19封印!!」

形状を変えたバルディッシュより放たれる、金色の閃光。
それは街中より青き光を発するジュエルシードに一直線に伸びて行く。
だがその時、上条は見た。

「あれは……なのはのデバイスからの光!?」

そう。
偶然かどうかわからないが、確かに上条は見たのだ。
そのジュエルシードに向かって横から一直線に伸びる、桃色の閃光を。
見間違えるはずもない。
あれはなのはによるジュエルシード封印行為だ。

「くっ!」

発せられる、強き光。
慌てて上条は目を閉じる。
そして光が治まった時に、その場にあったのは……。

「封印、されたのか?」

すでに封印が完了した、ジュエルシードの姿がそこにはあった。
後は、どちらかがそのジュエルシードを回収するのみ。
しかし、距離で言えば明らかになのはの方が近かった。

「まずい! このままだとあっちに先越されちまう!」
「アルフ! 当麻! 急いで下に!!」
「「ああ!」」

空を飛べない上条は、そのまま階段を使ってビルから降りる。
対してアルフは、そのままビルの屋上から……飛び降りる。
そして、今にも封印をしようとしているなのは目掛けて。

「そうはさせるかい!!」
「!?」

爪を使い、相手の身体を確実に引き裂こうとする。
だが、その攻撃は突如として張られた結界によって守られる。
張ったのは、ユーノだった。

「ちっ!」

攻撃が防がれたアルフは、そのまま地面に着地する。
それと同時に、ユーノが張っていた結界が壊されて。

「あっ……」

なのはの目の前には、すでにフェイトが空中で待機していた。
そんな彼女の姿を見て、なのはは決意を秘めたような表情を浮かべて。

「この間は自己紹介出来なかったけど……私なのは! 高町なのは。私立聖翔大付属小学校三年生!」

なのはがこの前の遭遇において出来なかったこと。
それは自分の名前をフェイトに伝えられなかったこと。
これで、互いに対等な条件となったわけだ。
互いの名前を知り、同じ目的物を追い、同じ魔法の力を持つ。
ただし二人の間にある力の大きさは確実に開いていて、それが才能やら経験やらの差だということも明白であった。

「Scythe Form」

バルディッシュより放たれる言葉。
それは明らかなる攻撃宣言だった。
斧状のデバイスから、金色の光を放つ鎌へと姿を変えて……そのままなのはに襲いかかる。

「Flier Fin」

対抗するように、レイジングハートから発せられる、一言。
なのはの足元から桃色の羽根が出現し、なのはは空へと飛ぶことでフェイトによる一閃を避けた。

「!?」

上条がビルの屋上から降り切った時に見た光景は、ちょうどそのような感じのものであった。
それこそ、二人の戦闘開始の合図であるかのような感じであった。

「あ、アンタ!」
「御坂にインデックスか……お前達も来てたんだな」

近くに、美琴とインデックスの二人もいた。
彼女達はここまで走ってきたのか、少し汗がにじんで見えていた。

「なのはとフェイトは今戦ってる。アルフもユーノと交戦中だ。俺達に出来ることは……今の所はなにもない」
「ただ見守っていろってことね……」
「でも、それしか私達が出来ることってないのかも」

あくまで自分達は深く介入してはいけない。
ましてやフェイトとなのはの二人は、ぶつかり合うことで互いの想いを主張し合っているようなものなのだ。
故に、意味のない戦いなんかではない。
この戦いには、きちんとした意味があるのだ。
そこに介入者の存在は必要ない。
上条当麻の右手によって壊せる幻想など、そこにはないのだ。

「へぇ……『また』この光景が広がってるんですね」
「「「!?」」」

その時。
上条達の背後より、男の声が聞こえてきた。
同時に、そこの空間が歪み、渦が出来上がる。
……あの時と、同じだった。

「まさか、アジャストか!?」
「アジャスト? それって一体……」
「俺達をこの世界に連れてきた張本人だよ!」

聞き覚えのなかった美琴に、上条は説明する。
空間の渦の出現は、まさにあの時上条の前にアジャストが現れた時とまったく同じ状況だ。
つまり、ここに……。

「こんばんは、皆様方。そして始めまして、魔導書図書館(インデックス)さん?」

そこにいたのは、黒い服に身を包んだ、一人の魔術師―――アジャストだった。

「何しに来やがった、アジャスト……今はテメェに構ってる暇はねぇんだけど」
「貴方になくても、私にはあるんですよ」

上条の言葉をうまく受け流し、アジャストは不敵な笑みを浮かべつつそう告げる。
インデックスは、アジャストの姿を見て、驚愕の表情を浮かべていた。

「世界の調律師……まさか、本当にそんな人達がいたなんて……」
「さすがは禁書目録ですね。私の姿を見て一発でどんな人物なのかを当てるとは。ええ、私は世界の調律師に所属していた者です。今はもうフリーとなっておりますが」

彼が世界の調律師として働いていたのは、あくまでも昔の話。
今では、上条に宣言した通り、世界の再編成を企んでいる。
ようは、世界の改変(アレンジ)だ。

「アンタの目的って何なのよ……返答次第では遠慮なく電撃浴びせてあげるけど?」

小さな雷がぶつかり合うことで、美琴の周りに火花が飛び散る。
しかし、そんな美琴の姿を見ても、アジャストはまるで動揺していない。
どころか、どこか面白そうな物を見ているかのような表情を浮かべていた。

「その応対も、相変わらずですね……」
「は? 何を言ってるんだお前」
「いえ、こちらの話ですので、気にしないでください」

上条の疑問には、アジャストは答えることはなかった。
だが、いずれにしろ彼がここに来たということは、何かしらの目的があるということだ。
それはつまり、なのはやフェイトの邪魔になりそうなことであろう。

「物語通りの展開を迎えるのは詰まらなすぎますからね。ここらで私も物語に介入しようと思ってたところなんです」
「物語? 何のことを……」
「私の目的のもう一つを教えてあげましょう」

頼まれてもいないのに、アジャストは自らの目的を暴露しようとしていた。
その目的を聞くことは、彼らにとっても大きな収穫になることは間違いなかった。
ただ、こうして堂々と言える目的ということは、彼にはまだ奥の奥は隠されたままだということにもなるのだが。

「私の目的は、この世界の物語の姿を変えること」
「な、何だそりゃ? この世界の物語の姿を変えることだぁ?」

およそ上条達にとっては意味のわからないことであった。
『この世界の物語の姿を変える』。
確かに彼が行おうとしていることは、物語の本筋を大幅に変えようとしていることばかりではあった。
しかし、どうしてそんなことをするのかと言った理由がまったく以て理解出来なかった。

「貴方達はまだその意味を知る必要はありませんよ。というか、知らなくても構いませんから」
「何のことを言ってるのかさっぱり分からないかも」
「いいんですよ。私が知っていればそれで問題ありませんしね」

アジャストは、そう告げると共に、未だに戦っているなのはとフェイトの方を見る。
彼女達は、己の全力を振り絞り、空中を飛び交っていた。
光線を飛ばし、互いにジュエルシードを封印する為に戦っている。
そんな光景を見て、アジャストは笑った。

「あの子達はよくもこう飽きずにジュエルシードを集められますよね……それに、この時のあの子はまだ、どうしてジュエルシードを集めさせられているのか分からないんですからね。実に滑稽で、可愛そうですよ」
「テメェ……一生懸命頑張ってるやつのことを、そんな風にけなしてんじゃねえよ!!」

恐らく、アジャストが言っているのはフェイトのことなのだろう。
そのことが分かってしまった上条は、怒りの矛先をアジャストに向ける。
しかしアジャストは動揺しない。
まるでそんな返し方をされるのが分かっていたかのように、ただ笑っていた。

「おお怖い怖い。貴方は相変わらずそんなことを言うんですね。さすがは幻想殺し。熱いですね」
「嘗めてんだろ、お前……」
「いえ、褒めてるんですよ。正直にね」

それでもアジャストは、口調を変えることはなかった。
その間に、なのはとフェイトの戦いは終盤に差し掛かり、二人してジュエルシードの方まで全力で向かっていた。
恐らく、相手より先にジュエルシードを回収しようとしているのだろう。

「あ~あ。あんな感じに二人して回収に向かってしまえば、どうなるか分かったものじゃないですよ。まぁ私はすでに結末を知っていますが」
「さっきから聞いてみたら、まるでこの先どうなるか分かってるような口調じゃない。というか、今までの流れももしかして知ってたんじゃないかしら?」

疑問に思ったのは、美琴だった。
思えば彼の邪魔が入るタイミングというのは的確過ぎた。
物語が大きく動くことがない、言わば行間のようなタイミングで、サブイベント的要素として少女二人の誘拐事件を企てたりするその手際の良さ。
まるでこの事件の一連の流れをすでに見たことがあるかのような、そんな感じだった。

「ええ、知ってますとも。少なくとも、このような世界を見たのはこれで三回目。別の人達が出演者(とうじしゃ)として搭乗していたのを見たのは、数えきれない程でしょうか?」
「え?」

腑抜けた声を出してしまった上条。
無理もないだろう……なのは達のいた世界を何度も『見てきた』と称したのだ。
ここに疑問を抱かない方がおかしいというものだろう。

「ただあの時の貴方達は魔法陣に囚われて迷い込んだんでしたね……それに来たのは幻想殺しと禁書目録で、しかも幻想殺しは最初にフェイトと出会ったんでしたね……」
「お前……何の話をしてるんだよ」

上条達にとっては、何のことかさっぱり分からないことだった。
上条が最初に会ったのはフェイトではなくなのはで、しかもインデックスは後から科学サイドの力を借りてこの世界にやってきたのだ。
にもかかわらず、アジャストはそうではない物語を出してきた。
意味が分からなかった。
矛盾点が多すぎた。

「すみません。これ以上お話をしても無駄なようです。私達がこうして話している内に、二人ともジュエルシードに到達してしまったようですね」
「「「!?」」」

見ると、確かに二人のデバイスがジュエルシードを捕えていた。
ただし、そのデバイスは……ひび割れていて壊れかけていた。

「なっ!」
「デバイスが……壊れた?」
「相当負荷がかけられたのかも。それに耐え切れず、二人のデバイスは……」

上条が驚き、美琴が呟き、インデックスが冷静に分析する。
同時に発せられる、謎の強い光。
間違いない、それはジュエルシードから発せられた光だ。
それはなのはとフェイトを包み込んだ後、雲を貫いて空へと放たれる。

「な、何だよあれ!?」
「二人の魔力が衝突し合ったことによって発せられたものです。おかげで二人のデバイスはボロボロ。これじゃあしばらくの間は使い物にならないでしょうね……こんな状態になってしまう世界も、私は何度も目撃していますけど」

笑みを隠せないまま、アジャストは言う。
そんな中、光の放出が収まり、二人はそれぞれ安全な場所へ着地する。
ジュエルシードは、未だに弱い光を放ったまま。
そんな状態のジュエルシードに、フェイトが歩み寄る。
そして……。

「無茶だよ! そんなことをしたら、あの子の身に危険が……!」

インデックスが、フェイトの行動に驚くと同時に、止めようとする。
上条と美琴は何のことかさっぱり分からず、首を傾げるばかり。
ただし、心の奥から何かが訴えている。
『この行為は、明らかに危険だ』と。

「!?」

そしてフェイトは、そのジュエルシードの前に立つと、両手でそれを握った。
瞬間、そのジュエルシードより強い光が放たれる。
まるで、暴走しかけている状態のようだ。
そこまで来て、上条は気付いた。

「まさかアイツ……デバイスもなしにジュエルシードの暴走を収めようとしてるんじゃ……!!」

そう。
フェイトは自らの力で、ジュエルシードを回収しようとしているのだ。
それも、二人の魔力に触れて暴走している状態のジュエルシードを、無理矢理。

「無茶よ……そんなの、絶対無茶よ!!」

美琴の叫び声も、フェイトには届いていない。

「フェイト! 駄目だ、危ない!!」

アルフも、フェイトを必死で止めようとする。
しかし、ジュエルシードが光を放っているせいで、そこに飛び込むことが出来ない。
あれに巻き込まれたら、自分の身がどうなってしまうか分かったものではない。
だが、自らの危険など顧みず、上条はただ一人の少女を救うべく、走り出した。

「とうま!?」
「ちょっ、アンタ! いくらなんでも危険よ!!」

インデックスと美琴は、思わず上条を呼びとめるが、上条は聞く耳もたず。
そのままフェイトの元へ駆け寄ると……その手を無理矢理開かせる。

「「!?」」

驚いたのは、双方だった。
上条は、フェイトの手から血が出ていることに。
フェイトは、上条が予想外の行動に出たことに。
そして上条は、そのままジュエルシードからフェイトの手を引き離すと、自らの右手で、それを握りつぶした。
ここでもう一度振り返ってもらいたい。
ジュエルシードとは、言わば異能の力で働いているものだ。
それを、異能の力なら例外なく打ち消せる上条当麻の右手、幻想殺し(イマジンブレイカー)で握りつぶしたらどうなるだろうか?
答えは簡単だ……跡形もなく、消え去る。

「ジュエルシードが……壊れた?」

あっけなさすぎる、結末。
それはなのはにとっても、フェイトにとっても得になり、損になる結末であった。
目的の物であるジュエルシードは、たった今目の前で上条の右手によって壊された。
つまり、双方共に回収失敗。

「おやおや。ジュエルシードを破壊する行為に出ましたか。確かにそういう行為に出る物語はあまり見たことがありませんが、私の中では二度目になりますかね?」
「……」

もはや誰もが、彼の発言に耳を傾けることはなかった。
これ以上アジャストの話を聞いた所で時間の無駄。
そう考えたのだろう。
それよりも、今はフェイトのことを優先するべきだった。

「ジュエル、シードが……」
「お、おい!」

上条の胸の中で、フェイトは気絶してしまう。
狼状態のアルフは、そんな二人に駆け寄って、その内に人間の状態に変化した。

「ふぇ、フェイトは……」
「大丈夫だ。気絶してるだけみたいだから。それよりも、後でフェイトの手を治療してやってくれ。コイツ、自分の手が出血してるにもかかわらず、それでもジュエルシードを封印しようとしてたみたいだから」

心配させないように、上条はアルフにそう告げる。
その後で申し訳なさそうに、謝罪をした。

「すまない、ジュエルシードを一つ壊しちまった……母親の為に集めてるって言ってたのに、邪魔して悪かった……」
「いいんだよ。ジュエルシードを集めることよりも、フェイトの安全の方が第一だからさ」

別に気にしてないという雰囲気を出しつつ、というよりも感謝しているような感じでアルフが言う。

「……もう行こう? 急いでフェイトの治療もしてあげなきゃならないしさ」
「……ああ、そうだな」
「ま、待って!」

アルフが、フェイトの身体を支えている上条毎抱き上げて、そのまま飛び去ろうとしていた時。
未だにバリアジャケットを身に纏った状態のままのなのはが、アルフを呼び止める。
そんななのはの言葉に一瞬反応して動きを止めたアルフ。

「!?」

しかし、そのアルフの表情は、先ほどフェイトや上条に見せたものとは大きく異なり。
優しげな感じなどそこにはなく。
まるで相手のことを恨んでいるような、そんな目つきをしていた。
それこそ、視線だけで相手の動きを簡単に止めることが出来るような、そんな目だった。
そのままアルフは、上条とフェイトを抱き上げたまま、その場から離れて行く。

「……」
「……帰ろう、なのは」
「そうだね。今は家に帰るしかないかも」

飛び去って行くアルフの姿をじっと見つめたままのなのはに、美琴とインデックスがそう話しかける。
月は雲に隠れていて、彼女達を照らすことはなかった。



次回予告
アジャストの目的が段々と明らかになり、物語が大きく動き出した。
二人の魔法少女の衝突は、その激しさをどんどん増して行く。
そして現れる、第三の魔導師。
彼は『時空管理局』と言う場所からやってきたというが、なのは達はその単語に聞き覚えがなかった。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『時空管理局(ぜったいせいぎ)』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] 無印『ジュエルシード』編 9『時空管理局(ぜったいせいぎ)』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/03/22 11:09
「ジュエルシードが一つ破損してしまいましたからね……何処かで一つ補ってあげなくてはなりませんね」

そんなことを呟いているのは、アジャストだった。
彼は、この前の展開に少しだけ納得していなかったのだ。
確かに、今回上条当麻がとった行動は、数多く存在する物語の中でもなかなか例を見ない行動ではあった。
それでも、その行動をとった世界を見てこなかったわけではない。
しかし、数が一つ足りなくなるだけでは、どうもアクセントがついたとは判断しにくかったのだ。
これ以上のことをやってみたい。
もっと物語を狂わせてみたい。

「なら、二十二個目のジュエルシードを用意すればいいんじゃないんですか」

今回上条当麻が壊したのは、シリアルナンバー19のジュエルシードだ。
つまり、他の世界からそのジュエルシードを持ってくれば、すべて解決する。
重複したジュエルシードがどのような反応を示すかというのも、アジャストにとっては試してみたいことではあったが、さすがにそれをするには自分の命が惜しかった。

「用意するのはクライマックス部分がいいでしょうね。そして形状は……おっと。考えるのが面白くなってきましたねぇ……」

誰もいないその場所で、アジャストは一人笑う。
彼は、恐らく今後終盤辺りまで出番は廻って来ないだろう。
アジャスト自身、終盤に差し掛かるまで上条達の前に姿を現す気はさらさらなかった。

「それでは、そろそろ私は調達しに行きますかね……」

呟くと同時。
アジャストの目の前に、空間の歪みが出現する。

「……期待してますよ、皆様方。私に、世界の可能性というものを見せてください。あの時のように、変えられない運命なんてものが存在するのは、もう懲り懲りですからね……」

一瞬悲しそうな表情を浮かばせたアジャストだったが。
やがて何事もなかったかのように無表情を貫き通し、そのまま歪みの中に歩みを進めた。
そして、その場には誰もいなくなった。



PM09:15。
とあるマンションの一室にて。

「だ、大丈夫か? フェイト……」

手からの出血が止まらないフェイトを気遣うように、上条が言う。
フェイトの治療をしているアルフは、包帯を巻いて少し失敗した時にフェイトがうめく場面を見て、思わず心配そうな表情を浮かべてしまう。
対するフェイトは、心配かけさせまいとして、笑顔を見せる。
その笑顔が、余計に上条やアルフを不安にさせているとも知らずに。
やがて包帯が巻き終わり、ひと段落ついたところで。

「フェイト……すまなかった。俺のせいで、ジュエルシードが一つ壊れちまった……」

申し訳なさそうな表情を浮かべて、上条は謝る。
対するフェイトは、両手を振って。

「い、いいってば! 当麻が私のことを想ってくれてやったことなんだから、謝ることなんてないよ! むしろ感謝したいくらいだって!」
「けど……」

フェイトの言葉に嘘偽りなどないことは、上条だって分かっていた。
けれど、母親の為に集めていたジュエルシードを、一つ無駄に消費してしまったようなものなのだ。
そんなことをしてしまったことが、上条にとって傷となっていたのだ。

「あ、そうだ。明日当麻は私達とは別行動をして欲しいんだけど……」
「え? そんなことは別にいいんだけど、またどうしてだ?」

いきなりそう提案されて、上条は少し戸惑う。
フェイトは、その理由を上条にこう説明した。

「明日は母さんに報告しに行かないといけないんだ」
「フェイトの母親に、か……出来れば俺も一度会ってみたいんだが……駄目なのか?」
「駄目ってことじゃないんだけど……その、母さんの所へ行く時に、当麻の右手が反応しちゃって、転移出来ないと思うから……」
「あ~なるほどな……」

フェイトの説明を聞いて、上条は理解した。
上条としては、どうしてフェイトにこんなことをやらせているのか今すぐにでも行って聞き出したかった。
しかし、フェイト曰く母親の元へ行くには転移魔法を使用しなくてはならないらしく、上条がいるとその転移魔法が使えないのだそうだ。
右手が反応して、転移魔法が打ち消されてしまうのだ。

「しかし、傷だらけのフェイトの姿を見たら、お前の母さんだって心配するだろ? せめて傷が完治してからでも……」
「心配するかねぇ、あの人が……」
「……アルフ?」

ボソッと呟くアルフの言葉を、上条は聞き逃さなかった。
だが、フェイトがそんなアルフの呟きを柔らかく否定する。

「不器用なだけだよ、母さんは。私には、ちゃんと分かってる」
「報告だけなら、アタシが行って来れればいいんだけど……」
「母さん、アルフの言うことあんまり聞いてくれないもんね?」

アルフの頭を撫でながら、フェイトはそう言う。
彼女達の話を聞いて、なんとなく上条の頭の中でフェイトの母親の像というものが出来あがりつつあった。
しかし、もしその通りなのだとしたら、本当にフェイトに対する愛情が不器用な形で表れているだけなのか、理解に苦しむところだった。
本当は、その母親はフェイトのことを、というよりも他人のことを……。

「「「……」」」

黙り込んでしまう三人。
何だか微妙に冷えてしまったような感覚を得てしまう。
取り繕うように、上条が声を高くしながらも。

「ま、まぁ明日は大丈夫だと思うぜ! 何せお前達がこっちに来てからたった数日でジュエルシードを三つも集めたんだ!」
「そ、そうだよ! 褒められるかどうかはともかく、叱られるようなことはまずないもんね!」

アルフも便乗して、フェイトを励ます。
いや、そうであって欲しいというアルフの願望もあった。

「……うん、そうだね」

それでもフェイトは、笑顔でそう答えた。
彼女も、母親のことを信じているのだ。
例え今自分に対して優しさを振りまいてくれなくても。
昔自分が経験した優しい記憶は、決して消えることがないのだから……。



同時刻、高町家なのは自室にて。
机の上には、ハンカチの上に乗せられた赤い球状のレイジングハートがあった。
しかしそれにはひびが入っており、他人から見ても壊れているように見えた。

「ね、ねぇユーノ。あれって壊れてるの?」
「う、うん……一応修復能力はあるから、元には戻るだろうけど……」

美琴の質問に対して、答えにくそうにユーノは言う。
心の中では、こんなことを考えていた。

「(レイジングハートは、かなりの高出力の魔力にも耐えられるデバイスなのに……それを一撃で、ここまで破損させるなんて……)」
「あの金髪の子となのはの魔力の衝突……いや、それだけじゃすべてを説明するのは難しいかも。やっぱりあれが、ジュエルシードの……」

まるでユーノの心の中でも読んだかのように、インデックスがその言葉の続きを述べようとする。
と、ちょうどその時に。

「ユーノ君、レイジングハート大丈夫?」

という言葉と共に、数枚のクッキーを乗せた皿と、三人分のコップをお盆に乗せて、なのはが自室に入ってきた。
恐らく、美琴とインデックスにもふるまう為なのだろう。

「うん、今自動修復機能をフル稼働させてるから、明日には回復してると思う」
「レイジングハートのことより、なのはの方は大丈夫なの?」

美琴としては、なのはにはレイジングハートの心配よりも、まず自分の身体のことを心配して欲しかった。
身体だけではない、精神面もだ。
しかしなのはは。

「うん。レイジングハートが守ってくれたから……」

そう告げた後で、レイジングハートの方に視線を向けると。

「ごめんね、レイジングハート……」
「「「……」」」

謝罪の言葉を述べるなのは。
美琴とインデックスとユーノの三人は、そんななのはの姿を、ただ見守ることしか出来なかった。



4月27日、AM08:17。
マンション屋上にて。

「お土産はこれでよし、と……」

すでに待機していたアルフの前に現れたのは、何処かのケーキ屋の箱を持ったフェイトだった。
ちなみにこの場に、上条の姿はない。
すでに上条は一人で街中に繰り出しているのだ。
どうやらフェイトとアルフに気を遣ってくれたらしい。
普段は鈍感なくせに、こういう所には気が回る何とも皮肉な男である。

「甘いお菓子、か……こんなもの、あの人は喜ぶのかね?」

アルフは、疑問の言葉を述べながらも、その箱を持ち上げて自分の所へ持っていく。
フェイトは、笑顔でこう言った。

「分かんないけど、こういうのは気持ちだから」
「ふ~ん」

納得しているのか、していないのか。
少し他人が聞いたら理解に苦しむような返答を、アルフは返していた。
そんな中、フェイトは母親の元へ行く為の下準備を始める。

「次元転移、次元座標『876C 4419 3312 D699 3583 A1460 779 F3125』」

アルファベットと数字が混ざった、謎の座標を口ずさむフェイト。
瞬間、フェイトとアルフを包み込むように、足元に白い魔法陣が展開される。
これこそ、彼女達をフェイトの母親の元へと導く、転移魔法の魔法陣。

「……」

アルフは、フェイトのことを心配そうなまなざしで見つめる。
彼女は分かっているのだ。
これからフェイトが、どんな目に遭うのかどうか。
そしてこのお土産が、実はまったく必要のない、結局は無駄になってしまうことを……。

「開け、誘いの扉。時の庭園、テスタロッサの主の元へ!」

その言葉が終わるのと同時。
フェイトとアルフの二人は光に包まれて、その場から消え去ってしまう。
上空には、暗雲が立ち込めていた。



「しっかし、いざ一人で行動しろと言われると、案外暇なものだなぁ……」

同日、AM10:29。
特にやることもなかった上条は、一人街の中を歩いていた。
とは言ったものの、やることがあるわけではなく、目的もなくただ街の中をぶらぶらと散歩しているだけなのだが。
学生服を着ている彼の姿は、他人の目線から見たら学校をサボっている不良学生そのものであろう。
もっとも、上条自身そこまで真面目な学生ではないのだが。

「そうだなぁ、久々に図書館にでも行ってみるのもありかもしれないな……ひょっとしたら、またはやてにも会えるかもしれないしな……」

上条の口より出てきた、『はやて』という人物の名前。
それは『八神はやて』という一人の少女のことであり、上条がこの世界に来てから二番目に遭遇した小学三年生の少女である。
……ここから見て分かる通り、彼は根っからのフラグ男だ。
出会う人物の大半が女性という、何とも得な、そして損な男である。

「そうと決まれば、早速……」

と、いうわけで上条は、暇つぶしがてら図書館に向かうことにした。
相変わらず魔法などと言った事件とは無関係な、平和な街の中を歩くことおよそ数分後。

「着いたな……まぁ分かってたけど、何も変わってないわな」

街中の図書館に到着。
もちろん、初めて訪れた時と何も変わっていない。
むしろこの短期間で変わっていたとしたら、それはそれでかなり驚きものではあるが。
とりあえず上条は、自動ドアをくぐって図書館の中へ。

「つっても、何読めばいいんだろうな……」

元の世界の寮の彼の部屋の中にあるのは、漫画や雑誌などの娯楽系ばかり。
そのおかげで頭の方は対してよくなるわけがなく、毎回赤点の補習候補者である。
いい加減に自らの生活パターンから見直さなければならないのではないかと自覚しつつある時期である。

「おお! 上条さんやないか!」

その時。
上条のことを呼ぶ一人の少女の声が聞こえてきた。
独特なイントネーションの声の主を、上条は忘れているはずがなかった。

「やっぱりいたか、はやて」

後ろを振り返ってみると、車椅子に乗りながらも器用に上条の方を向いているはやての姿がそこにはあった。
はやては、久々に上条に会えたことが嬉しいらしく、その顔は笑顔となっていた。

「当り前やないか! 私はいつでもここにいるで」
「そりゃ大層な心掛けで……俺だったら、金やるから毎日図書館に通い続けろって言われても、すぐにへばっちまいそうだぜ」
「上条さんあまり頭よくなさそうやからな~」
「事実でもそんなに簡単に突きつけないでください……」

小学三年生の少女に言われて、軽く落ち込む高校一年生。
見ていて、正直滑稽な姿であった。
もしこの場に上条の知り合い(とりわけステイルとか)がこんな光景を見ていたら、思わず吹き出してしまう所だっただろう。
青髪ピアスとか金髪サングラスがこの場面を見ていたら、噴き出す以前に逆上して襲いかかってくる所だったろうが。

「あの日以来全然来なかったから、何かあったのかと心配してもうたわ」
「そりゃ光栄だな。心配してくれていたとは……ありがとうな」
「そ、そんな大層なことやない……けど、どういたしまして……」

照れているのか、顔を赤くしながらもそう返事をするはやて。
上条は、そんなはやてのことを、素直に可愛いと思っていた。
もっとも、それは保護欲が湧いてくるとかそう言った方面での『可愛い』であり、間違っても恋愛感情を抱くようなロリコン的思考回路を持っているわけではない。

「それで、上条さんはどうしてまた今日いきなりここへ?」
「ああ、ちょっと知人が用事があるから単独行動してくれって行ってきてな……現在暇人ライフをエンジョイしていたところだったんだ」
「学校は?」
「前にも言ったけど、ちょっとした事情があって学校には行けてないんだ……」

はやてに言われて気付いたが、そう言えば今現在自分は学校を無断欠席しているということになるのだろう。
そしてただでさえ少ない出席日数が、さらに減って行くという罠。
近づく留年へのリミット。

「(まずい……俺の進学も考えて、早い所この世界から元の世界へ帰らないと……)」

わけのわからないところで危機感を抱いている、上条なのだった。

「しかし、上条さんから『知人』なんて言葉聞くと、女の子が絡んでくるみたいやな」
「何ではやてまでそんなこと言うんだよ! 俺の周りでは、俺の知人=女性という方程式が成立してんのか! いや、確かに女性だけどさ!」
「上条さん、ここは図書館やで。静かにせなあかんよ」
「あ……悪い」

何だか再び小学生の女の子に言いくるめられている高校一年生がそこにいた。
というか、上条当麻(ばかなこうこうせい)だった。

「しかし、上条さんの周りには女の子が仰山集まるんやな……何だか妬ましい位や」
「何なんだよさっきから……」

まるで嫉妬でもしているかのように、はやては言う。
上条は、何故はやてがそのような態度をとっているのかを理解することは出来なかった。
それだけ、彼は鈍感な男なのである。

「ところで、また何か取って欲しい本とかあるか? もしよければ取ってやるけど……」
「あ、せやったら、あの棚の一番上の本を取ってくれへんか?」
「一番上の本か……よっと、これでいいか?」

はやてに頼まれて、上条は指定された本を本棚より取り出す。
そしてその本をはやてに渡し、一応それが正しい本なのかを確認する。
はやてはその本を見た後で、

「ええよ。おおきに!」

と、笑顔でお礼の言葉を述べた。

「しかし、はやてはよく本を読むよな……ある意味本が読める奴が羨ましいと言うか何と言うか……」
「私には、これしかあらへんからな。家に居ても一人やし……」
「……悪い」

褒めるつもりで言った言葉なのに。
逆にはやての辛い部分を抉ってしまったような感覚を得てしまい、上条は謝罪の言葉を述べていた。
そんな上条の態度に、はやては両手を振りつつ。

「そ、そない謝ることあらへんよ! 別にそんなに気にしてへんから!」

と、否定の言葉を述べる。
それでもやはり、何処か悲しそうな表情を浮かべているのが上条の目でも分かった。

「……親は、どうしてるんだ?」
「……いなくなってしもうた。両親ともに、小さい時に……」
「……」

そう述べた時のはやての目は、酷く寂しい目をしていた。
笑顔なのに、今にも泣き出してしまいそうで。
はかなく脆く、崩れてしまいそうで。

「悪い……一人は、寂しいよな」
「そないなことあらへんよ……もう慣れっこやから……」

口では強気な発言をするはやて。
しかし、その声は震えている。
どう考えても、大丈夫とは面と向かって言えなかった。

「バカ野郎。辛かったら周りの奴に言ってやればいいんだよ。お前にだって、友達はいるだろ?」
「……私、学校に行ってないから、友達は……」
「嘘だ。ソイツは絶対嘘だ。お前なら友達が出来るに決まってる。こんなに素直で可愛い女の子が、孤独なわけあるかよ! もしそんな幻想を抱いているっていうのなら、俺がぶち殺してやるよ」

車椅子に座っているはやての身体を抱きつつ、上条は優しく言葉をかける。
一人孤独に生きてきた少女にとって、それは慰めの言葉となり、同時に苦しみの言葉となった。

「でも、私……」
「でもじゃねえよ。もし一人が辛いんだったら、孤独が辛いんだったら、誰かに甘えたかったんなら……俺に相談しろ。俺だっていつまでもこっちにいられるわけじゃないけど、可能な限り、俺はお前の力になってやる。お前が甘えたいんだったら、甘えさせてやっても構わない。我儘言いたければ、思う存分言ってくれて構わない。だから今は、泣いていいんだ」
「か、上条、さん……」

もう目には涙が溜まっていた。
今は彼女の意思でその涙は止まっているが、恐らく次に何か優しい言葉をかけたら、はやてはいとも簡単に涙を流してしまうだろう。
それだけ、彼女は今まで孤独に耐えてきたのだ。
誰にも訴えず、ただ一人で何でもこなしてきて。
弱音を吐けず、ただ苦しみに耐える生活をしてきたのだ。

「だからもう、一人だなんて言うな。俺を頼ってくれ。何の予告もなしに、俺はお前の前から消えたりしないから……」
「あ、ああ……うわぁああああああああああああああああああああん!!」

もう耐えられるはずがなかった。
ダムが決壊してしまったかのように、はやては泣き出してしまう。
目からは大粒の涙がこぼれて、上条のシャツを濡らす。
上条はただ、一人の弱き少女を、優しく抱いてあげているのだった。
はやてが泣き止むまで、いつまでも……。



「なるほどね……これが幻想殺しのもう一つの能力(笑)って奴ですか」

何故か、ぶっ飛ばしたくなる程おかしな発言をしだすアジャスト。
しかし、アジャストの目の前で繰り広げられているのは、これまで見てきた世界の中で初めての光景でもあった。

「この時間、彼がこの場所にいるのは予想外でした。てっきり、無理をしてでもフェイトの母親の元へ向かっていると思っていたのですが……」

彼は、フェイトと共に母親の元へと向かって、どうしてフェイトにジュエルシードを集めさせているのかを追及するのだろうと考えていた。
ところが実際は違っていて、上条は図書館に来て、一人の少女を孤独から解放しようとしていた。
その先に待っているのが残酷な別れであろうとも知らずに。

「しかし、ジュエルシード事件の最中だというのに、横道(サブイベント)に逸れ過ぎていませんか? そのイベントは、まだまだ先送りにしても問題ないと思われるのに……」

彼は、はやてがこのタイミングで当事者達に頻繁に絡むのが、少しおかしいと考えていた。
いや、おかしいと言うよりは、楽しいと称した方がいいのかもしれない。
何故なら彼が企んでいるのは世界のアレンジであり、この世界が本筋の物語から少しずつ変わって行くことに関しては、文句などないからだ。

「なるほど。彼は思いの外様々な形で私の想像(げんそう)を殺しているようですね。さすがは幻想殺し(イマジンブレイカー)。計らずとも大変恐ろしい存在ですね」

感心し、そんな言葉を述べるアジャスト。
それは心からの賛辞の言葉であった。

「彼をこの世界に呼んだことは間違いないようですね……これなら、運命も打ち破れるかもしれません」

最後に意味深な言葉を残し、彼はその場から立ち去って行く。
ただし今回は世界の歪みを通るのではなく、ただ己の足で……。



「ふぅ……とりあえず、あの後が一番大変だったな……」

一足先にマンションの一室に帰ってきた上条は、ついさっきまでの光景を思い出して、思わず笑ってしまった。
いや、大変だったことは事実なのだが、頼られているという点では正直言って嬉しいことではあった。
ダイジェスト風に先ほどまでのはやてと上条の一件を載せてみると。
泣き止んだはやてが、上条の胸の中で泣いてしまって、ワイシャツを濡らしてしまったことを謝り、上条がそんなことは気にしてないと告げ。
時間が来たのでそろそろ帰ると言うと、はやてが上条の裾を掴んで、『もう少し一緒におらへん?』と涙目上目遣いで言ってきたので、帰るに帰れない状態となってしまい。
結局昼食をはやての家で食べ、明日もまたはやての家に来ることを条件に、今日は帰してもらうこととなったのだった。

「フェイトはまだ帰ってきていないみたいだし、しばらく家の中でのんびり過ごすかな……」

ゴロン、とソファの上に寝転ぶ上条。
寝転んだことで、意識せずとも天井を見上げることとなる。

「……」

見知らぬ天井。
かつてこの世界に来た時にはそんな印象を与えられたこの部屋も、いつの間にか見慣れた天井に変わっていた。
この世界に来てからというものの、帰るべき家がここになっていた。
しかし、本当に帰るべき場所はここではない。
この世界とは別の、学園都市にある男子寮の一室が、彼にとっての今の居場所。
けれど、もし元の世界に帰れることになって、それでもフェイトやアルフ、なのはやはやてのことを見捨てることが出来るのだろうか?
否、無理に決まっている。
上条当麻はどこまでもお人好しだから、そんなこと出来るはずがない。

「俺は一体、どうすれば……」

考えても無駄なのは分かっていた。
そんなもの、答えは一つに決まっている。
だがそれを実行してしまえば……。
と、その時だった。
ガチャッという音がすると同時に、扉が開かれる。
どうやら家主達のお帰りのようだ。

「おうフェイト、おかえ……!?」

上条は、いつも通りにフェイト達を迎え入れようとした。
しかし、そこで上条は見てしまった。
誰かによって傷だらけにされてしまった、フェイトの姿を。

「た、ただいま……当麻……」
「お、おい。何の冗談だよそれ。今日お前は確か母親の所に行ってたんだろ? なのにどうして、そんなに傷だらけの状態で帰ってくるんだよ……」

理解出来なかった。
上条には、分からなかった。
たった一人の母親の元へ帰っただけのはずなのに、どうしてフェイトがここまでボロボロにならなければならないのか。
そしてこれが、誰がやったことなのか。

「だ、大丈夫だよ当麻……少し、失敗しちゃっただけだから……」
「何言ってんだよお前……そんなに傷だらけになって、何が失敗しただけなんだよ……!」
「ちょっと休むね。後はアルフ、お願い……」
「あ、ああ。分かったよ」

フェイトは上条の言葉を半分聞き流すような形で、ベッドに倒れこんでしまう。
意図的ではなく、本当に聞こえていないのだ。
それほどまでに、精神と肉体がボロボロになっているのだ。

「……説明しろ、アルフ。一体何が起きた? フェイトは誰にやられた?」

話せる状態のアルフに、事態の説明を求める上条。
アルフは、言われなくても最初から上条に説明する気だったらしく。

「フェイトの、母親だよ」
「なっ!?」
「あの人の元に、フェイトが今までの成果を報告しにいったんだ。短期間で三つもジュエルシードを集めたってことなのに、それでもあの人は、フェイトのことを認めてくれなかった。それどころか、『母さんを失望させるな』って言いながら、鞭でフェイトのことを……!!」
「酷い……酷過ぎる……そんなの、あんまりじゃないか!」

上条の想像をはるかに上回る程、フェイトの母親は異常だった。
そして、確定した。
間違いなく、フェイトの母親はフェイトのことを愛していない。
たった一人の娘に、愛情を振りまいていない。
明らかにおかしすぎる母娘関係だった。

「お願いだ、トウマ……フェイトを、フェイトを助けてやってくれ! それはアタシには出来ない。だから、トウマのその右手で、フェイトをあの人の幻想(しがらみ)から解き放ってくれ!!」

泣きながら、上条にそう懇願するアルフ。
上条の答えは、決まっていた。

「ああ、分かってる。フェイトは必ず、俺が助けてやる。だからお前も協力してくれ。お前も一緒に、主役になるんだ」
「……分かったよ、トウマ。今はその言葉だけで、十分だ」

二人は決意を固める。
たった一人の少女を救うべく、その少女の母親に立ち向かうことを。



同日PM06:24。
海鳴市海鳴臨海公園にて。

「なのは、そう気を落とさないで……」

ベンチに座り、うつむき加減ななのはを慰めているのは、美琴だった。
街中を歩いていると、偶然なのはを発見した美琴は、そのなのはが少し落ち込んでいる様子であったのを見て、声をかけたのだ。
話を聞くと、未だにアリサとの関係はうまくいっていないらしい。
話しかけようとしても無視されて、謝れる雰囲気ではないのだとか。

「こればっかしは時間の経過で何とかなるわけじゃないし……少し厄介かも」

たい焼きを頬張りつつ、インデックスがそう呟く。
ちなみに、このたい焼きを買ったのは美琴である。
お金の収拾方法は、なのはの家の喫茶店でのバイト代による。

「そうね。そろそろ話しあえればいいんだけど……」

対人関係は、これだから難しい。
謝ろうと決意をしても、その相手が話す気がまったくなければ、謝ることすら出来ない。
何かきっかけが欲しいところではある。

「!?」

その時。
そんなことを考えていられる余裕がない事態が、発生した。

「ジュエルシード……感じる。ちょうどこの辺り!」

なのは達の目的のもの、ジュエルシード。
その気配が、この公園より漂っている。
かなり近くに、その反応があり。

「気をつけてよね。何が起こるか分からないから……」
「「「……」」」

美琴の言葉を聞いて、ユーノ・なのは・インデックスの三人は警戒する。
そして、敵は動き出した。

「なっ!!」

突如数メートル先の木が姿を変えて、木の化け物と変化した。

「封時結界、展開!!」

そして、ユーノの叫び声と同時に展開される、魔法陣。
それはこの空間を一時的に外界と切り離す為の結界であり、発動することで時間の流れを変えることが出来るというもの。
展開された結界は、この公園内を丸々包み込み、灰色の空間へと色を変えた。

「お出ましのところ申し訳ないけど、一気に決着(けり)つけさせてもらうわよ!!」

叫びながら、美琴が電撃の槍を繰り出す。
一直線に伸びる青白い閃光は、相手の身体を確実に射抜く……はずだった。
ところが。

「なっ!?」

着弾直後に、化け物がバリアを張ることで、その攻撃が避けられてしまった。

「ば、バリア!?」
「なるほど……今までのジュエルシードの暴走とはケタ違いかも。これはかなりの強敵だよ」

この世界における魔法の知識を、インデックスは持っていない。
けれど、そんなインデックスでも理解することが出来た。
間違いなく、この敵だけは今までのものと大違いだということを。

「なのは!!」
「え!?」

その時。
なのはの名前を叫ぶ一人の少年の声が聞こえてくる。
その声に、なのは達は聞き覚えがあった。
間違いない……そこにいたのは学生服のツンツン頭。

「うをぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

走る。
上条当麻は、ただ走る。
目の前の敵を倒す為に、その足で大地を駆け巡る。
化け物は、木の根っこを巨大化させ、相手を踏みつぶそうと襲いかかる。
しかし上条は、そんなことでは動揺しない。
止まらない。

「Flier Fin」

レイジングハートの言葉と共に、なのはは空中へ飛ぶ。
上条は、そのまま根っこを殴って打ち消しつつ、全力前進。

「邪魔なんだよ!!」

拳を握りしめ、右手でどんどん根っこを打ち消していく。
魔力で作られた敵だ。
この位、造作もないことだろう。

「御坂! 手伝ってくれ!!」
「言われなくても分かってるわよ!!」

美琴は、砂鉄の剣を創り出し、片っ端から切り裂いて行く。
背後から襲いかかってくる根を。
真横より襲いかかってくる根を。
真正面から襲いかかってくる根を。
砂鉄同士がぶつかり合うことによって発生する振動を使って、切り裂いて行く。
そうして二人は、敵を目前に控えていた。

「ディバイン……!!」
「Buster!!」

同時に空より聞こえてくる、なのはとレイジングハートの声。
それと共に、桃色の閃光が、敵に向かって一直線に伸びて行く。
だが。

「やっぱりバリアが張られるか……それなら!!」

上条がそう叫んだところで。

「貫け豪雷!」
「Thunder Smasher」

フェイトとバルディッシュより告げられる、攻撃の合図。
同時に、金色の閃光が、相手の身体を貫こうと一直線に伸びて行く。
それもやはり、相手の張るバリアによって防がれる。

「これじゃあキリがない……御坂! あのバリアが張られている所まで俺を誘導してくれ!!」
「え、ええ。やってみるわ!!」

彼の右手なら、バリアを張れるはず。
だが、そこまで行く方法が上条にはない。
ならば、誰かに協力してもらうのが一番だ。
手っとり早いのは、美琴にコンクリートなどを磁力によってくっつけさせて、それで階段を作ること。
ただし、この作戦には欠点がある。
ここは公園なので、階段を作る為のコンクリートが十分に存在していないのだ。
それが分かってしまった美琴は。

「ごめん! 私じゃそれは不可能よ!!」
「ならアタシの背中に乗りな!!」

上条の近くまで走ってきて、狼状態のアルフがそう叫ぶ。
上条は、右手でアルフの身体に触れないように気をつけて乗りながら、

「サンキューアルフ!!」

と、アルフに礼の言葉を述べる。
アルフは言葉を返さずに、そのままバリアの所へと走る。
そして、その場所に到達し。

「あとは任せろ……俺がこのバリアをぶち破る!!」

アルフから飛び降りると、上条はバリア目掛けて一気に突っ込む。
右手拳を握りしめ、後ろへ思い切り振りかぶる。
空気は彼の右手と反対方向に一気に流れ、それが彼の拳の威力を物語っていた。
そして、バリン! という音と共に、バリアは破壊される。
そうすることで、二本の閃光は相手の身体を確実に射抜いた。

「グヲォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

叫び声が響く。
同時に発せられる、強き光。

「くっ!」

思わず目を瞑ってしまう。
そんな中、上条の身体はどんどん下へと落ちて行く。
重力に逆らうことなく、どんどん下へ……。

「よっと!」

落ちて行く上条の身体を受け止めたのは、アルフだった。
その姿はすでに人型となっており、抱きとめる形で上条をしっかり支えていた。

「あ、ああ。悪いなアルフ。最後まで世話かけちまって」
「いいんだよ。アンタのことをアタシは信じてたんだからな」

そう言いながら、ゆっくりと地面に降りる。
上条をゆっくりとその場に立たせると、再び狼状態に戻った。

「……」

しばらく、無言の状態が続く。
なのはとフェイトの二人を挟んで、空中にはジュエルシードが停滞している。

「ジュエルシードには衝撃を与えてはいけないみたいだ」
「うん。夕べみたいなことになったら、私のレイジングハートも、フェイトちゃんのバルディッシュも可哀そうだもんね」
「だけど……譲れないから」
「私は、フェイトちゃんと話をしたいだけなんだけど」

そう言いながらも、二人はデバイスの形状を変形させて、戦闘用へと姿を変えさせる。
なのはの言葉は、明らかに矛盾しているようにも聞こえたが、それでも話を聞いてもらう為には……。

「私が勝ったら、ただの甘ったれた子じゃないって分かってもらえたら、お話、聞いてくれる?」

話を聞いてもらう為にも、己の力をフェイトに知ってもらう必要がある。
それこそが、彼女に話を聞いてもらう為の絶対条件。
対等な関係になってこそ、初めて話を聞いてもらえる。
なのははそう考えていたのだ。
だからなのははフェイトと戦う。
ジュエルシードを回収する為にも、フェイトと話をする為にも。

「ちょっと待て、アイツらまさか……ジュエルシードがあそこにある状態で戦おうって言うんじゃないだろうな!!」
「や、やめて二人とも! そのままだと二人に危険が……!!」
「っ! それなら……!!」

上条と美琴が、必死になのはとフェイトを止めようと叫ぶ。
インデックスは、冷静にとあることを行おうとしていた。
だが、それらの行動はすべて無駄に終わってしまうことになる。
何故なら。

「ストップだ!!」
「「「「「「「!?」」」」」」」

誰もが驚いた。
その声が、誰の物なのかまったく分からなかったからだ。
この場にいるのは多くても七人のはず。
だというのに、八人目の声が聞こえてきて。
放たれる強い光が消え去った時、そこにいたのは……。

「お、男……?」

黒い服に身を包んだ、一人の少年がいた。
少年は、レイジングハートを左手でつかみ、バルディッシュを自らの持つ杖みたいなもので受け止めていた。
そして、告げる。

「ここでの戦闘は危険すぎる!」
「だ、誰なんだ? アイツ……」

上条が、思わずそんなことを呟いてしまう。
いきなり現れてきて、名乗りもせずに二人の戦いを止めたのだ。
あまりにも分からないことが多すぎるのだ。
そして少年は、上条の質問に答えるように、こう宣言した。

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ!」
「時空……管理局?」
「なによ、それ。意味分かんないわ」

上条や美琴が分からないのは当然だった。
何せこの世界に来てからというものの、そんな単語を聞いたのはこれが初めてのことだったからだ。

「詳しい事情を聞かせてもらおうか?」
「じ、事情ったって……何が言いたいんだ? アイツ」

ゆっくりと地面へ降りてくるクロノ・フェイト・なのはの三人。
なのはとフェイトの表情は、両者共に驚きの色に染まっていた。
ただし、二人がどこに対して驚いているのかについては、まったく別の問題となるのだが。

「まずは二人とも武器を降ろせ。このまま戦闘行為を続けるなら……」

その先を続けようとして、しかしクロノはその先の言葉を告げることが出来なかった。
何故なら。

「!?」

突如上から降り注ぐ、赤い球。
クロノは咄嗟に目の前に魔法陣を展開させて、その攻撃を防ぐ。

「フェイト! 撤退するよ! 離れて!!」

そこにいたのは、狼状態で赤い球を撃ち放つアルフの姿だった。
アルフの言葉を聞き、フェイトは空中へと撤退する。
その姿を確認したアルフは、地面目掛けて、思い切りその球を放った。

「くっ!」

着弾し、それは土煙となって辺りを覆い隠す。
その内に、フェイトは未だに空中に停滞しているジュエルシードを回収しようと、その手を伸ばす。
だが、そんなことを許さない人物がいた。

「!?」
「ふぇ、フェイト!!」

真っ先に叫んだのは、上条だった。
ジュエルシードに手を伸ばそうとしていたフェイト目掛けて、クロノが何発もの魔力弾を撃ったのだ。
当たりこそしなかったが、その攻撃によってバランスを崩してしまったフェイトは、そのまま重力に逆らうことなく地面へと落下する。
その落下地点まで、上条は走る。
そして。

「っ!」

ドサッ、と上条の腕の中に吸い込まれる。
どうやら地面への衝突だけは避けられたみたいだ。
上条は、フェイトの身体をアルフに任せた後に、クロノのことを睨みつける。
そして。

「テメェ……自分が何してんのか分かってんのかよ」
「これは僕の仕事だ。部外者は介入しないで欲しい」

そう言いながらも、クロノの狙いはフェイトへと向けている。
恐らく、ここで行動不能にする気なのだ。
逃がす気などまったくない。
それを悟った上条は、気付けばクロノの元まで全速力で駆け抜けていた。

「な、何!?」
「邪魔なんだよテメェは!!」

右手を振りかぶり、クロノの顔面を殴ろうとする上条。
それよりも早く、クロノは魔力弾を撃つ。
それこそ、右手以外は何の力もない上条目掛けて、だ。

「と、とうま!!」

インデックスが上条の名前を叫ぶ。
だが、上条は無事だ。
右手でその魔力弾を打ち消すと、そのままの勢いでクロノの顔面を殴りつけた。

「へぶっ!」

殴られたクロノは、反動で後ろにのけぞる。
痛さのあまりに、どうやら少し意識が朦朧としているようだ。

「フェイト、アルフ! 今の内に逃げろ!!」
「あ、ありがとよトウマ!」

上条に言われて、アルフはフェイトを背中に乗せたまま、その場から離脱する。
なのはは何か言いたげに腕を伸ばしかけたが、アルフの姿はそのまま見えなくなってしまった。

「くっ……これは一体、どういうことだ?」
「どういうことだもくそもあるかよ! どんな理由があろうとも、テメェがフェイトの事を撃ち落とそうとした事実に代わりはねぇ!!」
「君は時空管理局に逆らうというのか!?」
「その時空管理局って言うのは何なんだよ!! 俺達にも分かるように一から説明しろこのボケなす!!」
「何だと!?」

意識がようやっとはっきりしてきたクロノは、上条と口論を始めてしまう。
そんな中、クロノ達の前に一つの魔法陣が展開し。

「そこまでにしてあげて」

と、椅子に座った緑色の髪の女性が告げた。
どうやらそれは通信用魔法陣らしく、その女性が彼らの所へ通信を繋げたようだ。

「クロノ、お疲れ様」

その女性は、クロノに労いの言葉をかける。
上条は、そんな様子に疑問を感じながらも、しかしクロノはそんな上条を無視して。

「すみません。片方逃がしてしまいました」
「ま、大丈夫よ。でね、ちょっとお話を聞きたいから、そっちの子達をアースラへ連れてきてくれないかしら?」
「了解です、すぐに戻ります」

クロノがそう告げると、緑色の女性は通信用魔法陣を閉じる。
どうやらそれで連絡は終了らしい。

「アースラ?」
「それって、何?」

インデックスと美琴は、わけがわからないと言いたけが表情を浮かべながら、そんなことを呟く。

「それについても後で説明します。今は僕について来てください」
「……」

何も、なのはは聞けなかった。
クロノはただ、任された使命を果たすべく、目の前に魔法陣を展開させる。
それはまぎれもなく転移魔法。
恐らくそれを通じて、アースラという場所まで向かうのだろう。
だが、その手段を使えない人物が一人。

「あ、あのよ……俺、多分その手段じゃ行けないんだけど」
「え?」

当たり前と言えば当たり前だ。
両者の反応は、この場合どちらも正しいと言えるだろう。
上条は幻想殺しの影響で魔法陣を使っての移動か出来ないことが分かってるから。
クロノは、移動用魔法陣をくぐって転移出来ない人間がいる筈がないと思っているから。
双方共に、驚きの対象が違えど、そんな反応を示すのは正しかったと言える。
そんな状況下で、更に混乱を招く事態が発生した。

「なる程な。ならばその方法、俺達が提供するしかないみたいだにゃー」
「……………………え?」

上条は一瞬、幻聴かと思った。
その声の主は、今この場に存在する筈のない、一人の少年のもの。
だからこそ、上条は、いや、上条達はかなり驚いてしまったのだ。

「遅くなってスマナイにゃーカミやん。迎えに来たぜい?」

そこにいたのは、一台の『機械』を抱えながら笑顔で上条達を見つめる金髪サングラスと、身長2メートル近くの赤毛の少年だった。



次回予告
『機械』を通じてなのは達の世界にやって来た土御門とステイル。
彼らの提案により上条もアースラに行けることが出来、上条達はそこでアースラ艦長のリンディに出会う。
そこで言われたのは、思いもしない言葉であった。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『揃った出演者達』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] 無印『ジュエルシード』編 10『揃った出演者達』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/03/24 21:54
それは土御門達がなのはの世界に訪れる数分前の話だった。

「結果的に、『機械』は成功した。禁書目録が向こうの世界に行けたことで、実証することが出来た」
「……それは問題ない。これで上条当麻を連れて帰ることが出来るということには間違いないわけだな?」
「その通りだ。ただし、世界と世界をぶつけて歪みを生じさせる為だけのものだから、同じ世界軸での場所移動は出来ないようになってる。そんなものが発明出来てしまったら、もはや本物のワープマシンが開発されたも同然になってしまうからな」
「あくまでも別次元、別枠の場所でなければならないということか……」

修正された『機械』を目の前に、ステイルと土御門は話をしていた。
上条当麻・御坂美琴両名を連れて帰る為に開発された『機械』。
その性能はかなりのものであり、あまり表に出さない方がよさそうな代物であった。
もしこんなものが開発されたなんて世間に広まってしまったら、それこそ世界各国の科学者達が揃って押しかけてくるはずだ。

「アレイスターも何企んでるのかまったく分かんないな……改めて思うが、『機械』を開発したところで何も得なことなんてないはずなのに……」

世界と世界をぶつけて歪みを作り、そうすることで世界移動を実現可能にしたこの『機械』。
しかしそれは同時に、誰にでも世界移動が出来ることを示唆したものとなってしまい、それを使ってもしかしたら何か新たな事件が発生してしまうかもしれない。
それは学園都市にとっても得にはなりえないのではないだろうか?
土御門は様々な事を考えていたが、そんなことをいつまでもダラダラと考えていたところで何の意味もない。
結局彼は頭の奥底にその疑問を放り投げて、『機械』を使用して上条達がいる世界へと向かうことにした。

「調査機によると、カミやん達がいるのはこの世界か……」

土御門は、あらかじめ飛ばしておいた調査機の調査結果を見ながら、その座標を『機械』に打ち込んでいく。
そして打ち終えたところで。

「よし、いくぞステイル。準備はいいな?」
「僕はいつでも構わないよ。いい加減あの子の様子も心配になってきた所だしね」
「そうかい……そんなら!」

そして土御門は、勢いよくエンターキーを押す。
瞬間、土御門とステイルの目の前に、『機械』によって生じられた世界の歪みが出現した。

「この中に入れば向こうの世界に行ける……制限時間は10秒だ。今すぐ入れ」
「ああ」

彼らに迷いはなかった。
彼らの足は、何の迷いもなく前へと進んでいく。
そして、歪みを通り……その場には誰もいなくなっていた。



「なるほど。それが問題の『機械』とやらで、お前達は俺達を連れ戻す為にわざわざ来てくれたってわけか。インデックスはある意味で実験台(モルモット)だったってわけだ」

話を聞いた上条は、土御門に確認を取るという形で今までの流れを簡単にまとめる。
途中、『モルモットじゃないもん!』というインデックスの声が聞こえてきたような気がしたが、彼は構わず受け流した。

「粗方そんな感じだにゃー。で、どうだった? 『機械』を通じて歪みの中に入った感想は」
「どうだったって言われてもな……特に何も感じなかったよ……」

呆れながら上条は答える。
そう、あの時土御門が提案したのは、『機械』を通じて上条をアースラ内まで運ぶことだったのだ。
半分実験的要素が含まれてはいたが、実験は大成功。
何とかアースラ内部に入ることが出来たのだった。

「しかし……この船何なのよ……ユーノ、何か知らない?」

辺りを見回しながら、美琴がそう尋ねる。
その質問に対して、ユーノは答えた。

「時空管理局の時空航行船の中です。簡単に言うと、いくつもある次元世界を自由に行き来することが出来る船です」
「なるほど……やっぱり世界っていうのはたくさん存在するんだね」
「どういうことだ?」

勝手に納得するインデックスに、上条は思わず尋ねてしまう。
なのはも、ユーノの説明だけではあまり深く理解出来ていなかったようで、少し困ったような表情を浮かべていた。

「例えばとうま達が暮らしている世界と、なのは達が暮らしている世界はまったく別のものでしょ? 言わば並行世界(パラレルワールド)を自由に回ることが出来るのが、この船ってわけ」
「へぇ……今回に限りなかなか役に立つじゃない」
「い、いつもは役に立ってないっていうの短髪!?」
「毎日毎日なのはの家の食費を火車にしてるのはどこのどいつよ!!」

美琴は心の奥から思っていることを言う。
裏話ではあるが、インデックスが来てからというものの、十分だったはずのなのは宅の喫茶店の売上は、あっという間に使い果たされてしまうという事態が起きていた。
ほとんどの原因が、大量に食事をとるインデックスのせいであったが。

「それで、時空管理局というのはどんな仕事をするんだい?」

今度はステイルがユーノに尋ねる。
その質問に対しても、ユーノは丁寧に答えた。

「それぞれの世界に干渉しあうような出来事を管理しているのが、彼らの主な仕事です」
「なるほど、ね……」

ユーノが言っていることは、何も間違っていないだろう。
だとしても、少しおかしい部分があった。
世界同士が干渉する程の事件が起きているにもかかわらず、彼ら管理局はほとんど動いていない。
黙認している、というよりも何も知らないという方が正しいだろう。
もしかしたら、なのは達の世界と上条達の世界では根本的な部分が違うのかもしれない。
時空世界の一つ、と言った区分では収まらないのかもしれない。
そんなことを上条が考えていたら。

「いつまでもその格好というのも窮屈だろう。バリアジャケットとデバイスは解除して平気だよ」

前を歩いていたクロノが途中で後ろを振り向いて、なのはに向かってそう告げる。
土御門は、そんなクロノの態度に少し警戒心を見せた。

「本当に平気なのかにゃー? この子がバリアジャケットとやらを解除した瞬間に確保、とか言う展開は勘弁してほしいにゃー」
「そんなことない! 僕達を疑っているのか?」
「疑いたくもなるにゃー。こんな胡散臭そうな場所」
「なっ!?」
「その位にしときなさいよ、二人とも」

呆れながら、土御門とクロノを止める美琴。
……こんな光景、少し新鮮と言えなくはないだろうか?
ともかくなのはは、言われた通りにバリアジャケットとデバイスを解除する。
その瞬間に、土御門の目が光ったような気がしたが、上条による鉄拳制裁によって敢え無く撃沈していた。

「君も……元の姿に戻ってもいいんじゃないか?」
「「「え?」」」

クロノの言葉に、美琴・インデックス・なのはの三人は反応する。
『元の姿』とは果たして何のことだろうか?
まったくもって理解不能だった。
この時、その単語だけで事情を把握出来たのは、上条当麻ただ一人だった。
ステイルと土御門はこの世界に来たばかりなので何も分からなかったが、完全に理解は出来ていなかった二人でも、とある一人の人物の姿が明らかにおかしいだろうということは理解していた。

「あ、はい。そうですね。ずっとこの姿でいたから忘れてました」
「!?」

そしてクロノの言葉に反応したのは、ユーノだった。
これには隣にいたなのはも驚きだ。
構わず、ユーノは自分の足元に魔法陣を展開する。

「……(うん、ちょっとまずい展開になりそうだな)」

上条の本能が告げている。
ユーノの正体は、一人の少年だ。
つまり、今ここで正体を明かせば、何の警戒心もなく接していたなのはや美琴、インデックスが驚く……いや、驚く程度で済んでくれればいいのだが、今までフェレットとして接してきた相手に対して、どんな反応を返せばいいのか困ってしまうのではないだろうか?
いらない疑問を抱きつつ、やがてユーノは変身、というか元の姿に戻る。

「ふぅ……なのはにこの姿を見せるのは久しぶりになるのかな?」
「だからあの時も言ったけど、お前初対面の時からずっとフェレットのままだったからな!?」

温泉の時にも入れたツッコミを、上条はユーノに対して入れる。

「な、なななな、ふぇ、フェレットが、ににににに、人間、に……!?」
「凄い……変化する魔法なんて実際にあったんだ! 私の中の魔導書にも存在しないんだよ!」

美琴は思考回路がオーバーヒートし始めて、インデックスはユーノの変化っぷりに感心、というか感激していた。
魔術に関連する人間故の知的好奇心という奴なのだろう。

「ほう……魔法とやらはここまで凄いものだったとは」
「こっちの世界の魔術だって、さすがに姿を変えるものはそう多くないからにゃー。珍しいことには変わりないですたい」

ステイルと土御門の二人も、何やら納得している様子。
魔術に関わる人が多いが故、美琴やなのはの反応が若干浮いている感じもした。

「その……ちょっといいか?」
「え?」

何やら場の収拾が困難になりかけの時に、クロノがそう話を切り出す。
ある意味、空気の読めない男である。

「君達の事情はよく知らないが、艦長を待たせているので出来れば早めに話を聞きたいんだが」
「へいへい、分かりましたよっと」
「……君、さっきからずっと僕に喧嘩売っているのか?」
「何のことかな? クロノくぅん?」

何やら険悪なムードが漂う上条とクロノ。
どうやら初対面時の印象はお互い最悪なものだったらしい。

「分かったから、さっさと僕達を艦長のところへ連れて行け。早く話を聞きたいのだろう?」
「あ、はい。分かりました。それではこちらへ」

ステイルが若干威圧感を醸し出しながらそう言ってくるものだから、クロノはその言葉に従う他なかった。
上条を一瞥した後で、クロノは改めて前を歩きだす。
やがて少し歩いた所に、扉があった。

「こちらです」

クロノは、その扉の中に入るように促す。
上条達はクロノの指示通り、扉の前に立つ。
すると扉は自動で開き、

「艦長、来てもらいました」
「まぁ皆様方どうぞどうぞ! 楽にして♪」

そこにいたのは、あの時通信用魔法陣を通じてクロノと連絡を取り合っていた、緑色の髪の女性だった。
恐らく彼女が艦長なのだろう。
それはいいのだが……。

「……一言言いたいことがあるのだが」
「奇遇ね、私もよ」
「奇遇だにゃー。実は俺もですたい」

上条・美琴・土御門の三名が、部屋の内装について物申したいことがある様子だった。
そして三人は、声を揃えてこう言う。

「「「日本の文化がごっちゃになりすぎてないか?」」」

理由は不明だが、部屋の内装が日本を意識したものとなっていた。
それだけならまだいいのだが、机の上に置かれている数本の盆栽があると思ったら、何故か茶道か何かで使うようなお茶会セットまで用意されている。
ご丁寧に傘まで常備だ。
まるで外人が日本文化を適当に取り入れたような、間違った日本文化の習得の仕方の典型的パターンと言えよう。
これでまだ壁や扉が和風仕立てになってたら良かったものの、そこだけやけに近代チックなので、余計に違和感が感じられる。
はっきり言って、浮いていた。

「ししおどしまで用意されてるし、何なんだ一体……」

見るとししおどしまで部屋の中にあるではないか。
屋外で見るはずのそれが部屋の中で見られるというのは、なかなか違和感のある光景ではある。

「どうぞ」

あっけにとられている彼らに、お茶菓子と抹茶を用意するクロノ。

「あ、どうも……」

それらが来たのもあって、ようやっとなのは達は座ることにした。
ただし、座席の上に正座で。
そして何故か、上条が座っている所にはお茶菓子と抹茶が用意されていなかった。

「おいクロノ、どういうつもりだ? 一応俺も客人なんだが……」
「ああ、居たんですか。まったく気付きませんでしたよ」
「服の色通りの腹黒さだなお前。そして何より、KYだよな」
「うるさい! 君にそこまで言われる筋合いはない!!」
「落ち着きなさい、クロノ」

艦長―――リンディに言われて、クロノは引っ込む。
そんなクロノを上条は愉快そうに眺めていたが。

「失礼なことはしない!」
「いでっ!」

横にいた美琴に足をつねられて、慌ててクロノから目線を外した。

「さて、それじゃあ話を聞かせてもらいましょうか……」

リンディがそう告げたところで、話は始まった。
話題はもちろん、ロストロ・ギア―――ジュエルシードについてのこと。
ユーノがありのままのことを説明すると。

「なるほど、そうですか……あのロストロ・ギア、ジュエルシードを発掘したのは貴方だったんですね?」
「はい……それで僕が回収しようと……」

申し訳なさそうな表情を浮かべながら、ユーノが答える。
そんなユーノに対するリンディとクロノの反応は対称的なものだった。

「立派だわ……」
「だが同時に無謀でもある」
「……」

その言葉に対して、ユーノは何も答えられなかった。
無謀なのは分かっていた。
事実、なのはがあの時来ていなければ、ユーノ自身どうなっていたのかまったく分からない。
だからこそ、ユーノはなのはの力に感心すると共に、なのはの心優しさに感謝していた。

「ひとつ聞きたいことがあるんですけど、ロストロ・ギアってなんですか?」

場の雰囲気を変えるという意味でも、美琴の質問は重大なものだった。
今までジュエルシードを回収してきたなのは達にとって、ジュエルシードのことをロストロ・ギアと称していることにイマイチピンとこなったのだ。
その質問に対して、少し困ったような表情を浮かべながらリンディは答えた。

「ああ……遺失世界の遺産、と言っても分からないわよね……」
「遺失世界……うん、さっぱりだね」

頷きながら、インデックスが言う。
どうやら彼女には何のことかさっぱり分からないようだ。

「もう少し分かりやすく説明してもらえませんか? まったく分からないです」

上条もどうやらお手上げのようで、リンディに対してそう白旗を上げていた。
応えるように、リンディは説明を始めた。

「次元空間の中には、いくつもの世界があるの。それぞれに生まれて育っていく世界……その中に、ごく稀に進化しすぎる世界があるの。技術や科学、進化しすぎたそれらが、自分達の世界を滅ぼしてしまって、その後に取り残された失われた世界の危険な技術の遺産……」
「それらを総称して、ロストロ・ギアと呼ぶ。使用法は不明だが、使いようによっては、世界どころか次元空間され滅ぼす力を持つこともある、危険な技術」

リンディの説明を引き継ぎ様な形で、クロノも説明する。
さらにその補足説明として、リンディが言葉を引き継いだ。

「しかるべき手続きをとって、しかるべき場所に保管されていなければならない品物。貴女達が探しているロストロ・ギア、ジュエルシードは、次元干渉型のエネルギー結晶体。いくつか集めて特定の方法で起動させれば、空間内に次元震を引き起こし、最悪の場合次元断層さえ巻き起こす危険物」
「君とあの黒衣の魔導師と激突した時に発生した振動と爆発……あれが次元震だよ」

黒衣の魔導師とは、恐らくフェイトのことだろう。
そして二人が衝突した時というのは、ジュエルシードを二人同時に回収しようとしたあの時のことだ。

「たった一つのジュエルシードでも、全威力の何万分の一の発動でも、あれだけの威力があるんだ」
「もしそれが複数個集まって発動してしまった日には、何が起こるかわかったものじゃないな」

クロノが言おうとしたことを、土御門が代弁する。
彼の言った通り、一つだけで周りに甚大な被害が及ぶのだ。
もしこれが何個も集まって、一気に起動してしまったらどうなるか……。

「聞いたことはあります。旧暦の462年、次元断層が起きた時のこと」
「ああ……あれは酷いものだった」

ユーノの言葉を受けて、クロノが思いだす感じでそう呟く。
その後で、リンディが寂しそうな表情と共に、発言する。

「近接するいくつもの世界が崩壊したあの事件を、繰り返してはいけない……」

場に、冷たい空気が流れる。
誰も発言をしない、そんな時間。
だが、次の瞬間にはそれが破られることとなる。

「……え?」

上条は一瞬、リンディの行動を見て目を疑った。
リンディが何をしたかと言うと……抹茶の中に、角砂糖を入れたのだ。
そのままリンディは、何事もなかったかのようにそれを飲む。

「ちょっと待て! そのまま飲むんかい!!」

思わず、上条は激しいツッコミを入れてしまった。
対するリンディは、『何か問題でも?』と言いたげな表情で首を傾げる。

「そんな表情してんじゃねえよ! どう考えたってお茶の中に砂糖入れるのはおかしいだろ! 日本文化と西洋文化がごっちゃになってるじゃねえか!」
「これ、意外とおいしいんですよ? 苦いお茶が甘くなって……」
「コーヒー感覚でお茶に砂糖入れるな! 渋みを味わうのがお茶ってものなんだよ!」
「アンタが日本を語ってると、少し変な感じがするわね……」

日本のお茶について熱く語る上条を見て、思わず美琴が呟いてしまう。
まぁ違和感がないかと聞かれて、ないとは言えないだろう。
閑話休題。
仕切り直しと言わんばかりにリンディは真剣な表情を浮かべ、そして上条達に告げる。

「これより、ロストロ・ギア―――ジュエルシードの回収については、時空管理局が全権を持ちます」
「「え?」」
「「……」」

なのはとユーノが驚いたように声をあげ、土御門とステイルが、彼女の言い方に少し疑問を抱く。
さらにその後を引き継ぐように、クロノがこう言う。

「君達は今回の出来事を忘れて、今まで通りに元の世界で過ごすといい」
「ちょ、ちょっと待てよ。それって実質、俺達にもうこの事件について関わるなってことじゃあ……!」
「まぁ待ちなカミやん。まだ艦長様のお言葉は終わってないぜい?」

突っかかろうとした上条を、土御門が止める。
渋々と言った感じで、乗り上げていた身体を元の位置に戻し、もう一度座り直す。

「次元干渉に関わる事件だ。民間人が介入してもらうレベルの話じゃない」

確かにクロノの言う通りだ。
ただの一般人が、ここまで深く事件に介入するなんて通常ならありえない事態だ。
だからこそ、クロノの言葉は正しかった。
彼だって、意地が悪くてそんなことを言っているわけではない。
これ以上民間人を巻き込みたくないという彼の正義感が、その言葉を発せさせていた。
だが、隣にいるリンディはちょっと違った考えを持っていた。

「まぁ急に言われても気持ちの整理がつかないでしょ。今夜一晩考えて答えを出して、それから改めてお話しましょ?」
「「……」」

土御門とステイルの疑問は、確実なものとなっていた。
恐らくこのリンディという女性は……。

「送って行こう。元の場所でいいね?」
「ちょっと待てよクロノ! 答えならもう決まって……」
「黙ってください。貴方はある意味では部外者でもあるのですから」
「何だと……!?」
「落ち着いて、とうま!」
「そうよ! ここで争っても無駄なだけよ!!」

クロノに殴りかかろうとした上条を、インデックスと美琴の二人が止める。
上条は悔しかった。
誰かが困っているのに。
誰かが傷ついてしまうかもしれないのに。
たった一人の少女の決意すらも挫けさせてしまうような、そんな言葉を告げたクロノやリンディが許せなかった。
けれど彼にはそれを止める権限はない。
彼らの言っていることは、正しいからだ。
正義に反することは、もう悪でしかない。

「……行きましょう」

そう告げると、クロノは歩きだす。
その後ろを、美琴・なのは・インデックス・ユーノ・上条の五人は歩いて行く。
だが。

「あ、カミやん。俺達は少し艦長と話があるから先に行っててくれにゃー」
「え、でも俺その『機械』の使い方を知らないんだが……」
「大丈夫だにゃー。この紙に書かれている座標を『機械』に打ち込めば、すぐに移動出来るぜい」

そう言いながら、土御門は『機械』と、座標が書かれた紙を上条に手渡す。
それを受け取った上条は、慌ててクロノ達の後を追う。

「……さて」

そんな彼らの後ろ姿を見送った後で、土御門はリンディの方を向く。

「何かしら? 残ってまで話したいことって……」
「単刀直入に言う。お前のやり方は、正直胡散臭いんだよ」

急に真面目口調になった土御門が、リンディに向かってそう言い放った。

「何のことかしら?」
「おかしいんだよ、貴女が言っていることはね。確かに貴女達が言った言葉は、民間人を危険から遠ざける為の、安全性最優先の言葉だと思われる。事実、あの黒い服の少年は本当にそう思って言っていたことだろう」
「だが、本当に彼女達の安全を考えているのなら、一日でも考える猶予なんて与えるか?」

ステイルや土御門の言う通りだった。
もし本当になのは達の安全を考えているのだとしたら、もうその場で止めろと言っているはず。
考える余裕なんて与えず、無理やりにでも止めさせるはずだ。
それこそ、なのはの持つレイジングハートを取り上げてでもしなければならないだろう。
だがリンディはそれをしなかった。
それどころか一日だけ考える猶予を与えた。
それが意味すること、すなわち……。

「貴女はなのは達をこの事件に関わらせようとしている。絶大なる力は管理局にとっても大きな武器となるからな」
「何のことを言ってるのかしら? 私はただ……」
「正直に吐いてしまったらどうだい? 僕達は別に貴女を責めているわけじゃないけど、それであの子に危険が及んだ時は、絶対に貴女を許さない」
「!?」

そう告げた時のステイルの目は、とてつもなく鋭かった。
それこそ、視線だけで人を殺せるくらいの、隠すことを知らない殺気。
リンディは思わず身体をこわばらせてしまった。
これほどまでの殺気を出せて、ここまで考えが及ぶ人物。
間違いない、彼らは場数を踏んでいる。
それも、自分の考え居ている以上……。

「それじゃあ僕達も行くか」
「そうだな。あの黒服に送ってもらわないといけないしな。カミやん達とこれからのことを話し合わなければならないからな。時空管理局(ぜったいせいぎ)に従うか、自らの意思で事件に介入するのかについてを、な」

ステイルと土御門は最後にリンディに聞こえるようにわざと大きな声でそう言うと、部屋から出て行く。

「……何者なの、あの人達は」

彼らの後ろ姿を見て、リンディは一言そう呟いていた。




同日夜。
某マンションのフェイトの部屋にて。
クロノによる砲撃の影響と、母親からの折檻の影響もあり、フェイトの身体は軽く悲鳴をあげていた。
そんな中でも、考えているのは二つのこと。

「……くっ。早く、ジュエルシードを集めないと……」
「駄目だよ! 時空管理局まで出てきたんじゃ、もうどうにもならないよ!」

こんな状況でも、フェイトは母親の為にジュエルシードを集めるのをやめようとはしなかった。
そんなフェイトに、アルフはあることを懇願する。

「逃げようよ……二人でどっかにさ……」

逃げる。
そうすれば管理局からも、母親の束縛からも逃れることが出来る。
フェイトの身を最優先に考えての、アルフの発言だった。
しかしフェイトはそれを否定する。

「それは……駄目だよ……」
「だって! 雑魚クラスならともかく、アイツらは一流の魔導師だ! 本気で捜査されたら、ここだっていつまでばれずにいられるか……!」

そう。
時空管理局がその気になれば、フェイトやアルフが今住んでいるマンションなんてすぐに洗い出せてしまう。
そして、捕まってしまえば、事情など気にせず、牢屋に入れられてしまうかもしれない。
それこそ、フェイトは一番の被害者ではないか。
母親からも折檻を受け、合意の上とはいえ半ば強制的にジュエルシードを集めさせられて、その目的も知らないまま危険な場面に突撃して。
その上管理局に見つかってはならないというリスクまで背負う羽目になってしまった。
どうして彼女がそんなリスクを背負わなければならないのだろうか?
フェイトはただ、大好きな母親の言うことを守っているだけなのに。
母親の役に立ちたいだけなのに。

「あの鬼婆……アンタの母さんだって、わけわかんないことばっか言うし、フェイトに酷いことばっかするし!!」

だからアルフは、フェイトの母親のことが大嫌いだった。
どんなにフェイトが愛する母親でも、好きになることは出来なかった。

「母さんのこと、悪く言わないで……」
「言うよ! だってアタシ、フェイトのことが心配だ! フェイトが悲しんでると、アタシの胸も千切れそうに痛いんだ……! フェイトが泣きそうだと、アタシも目と鼻の奥がツンとして、どうしようもなくなるんだ……!! フェイトが泣くのも悲しむのも、アタシ、嫌なんだよ!」

力なくソファの上に倒れこむフェイトを見ながら、涙を流して座り込みながら、アルフは悲痛の叫びを訴える。
彼女は悲しんでいた。
フェイトが傷つく姿を見て。
フェイトがそれでも頑張る姿を見て。
もう止めて欲しい。
出来ることなら、誰かフェイトをこの束縛から解放させてあげて欲しい。
そう考えていた。

「私とアルフは、少しだけど精神リンクしてるからね……ごめんね。アルフが痛いなら、私もう悲しまないし、泣かないよ」
「アタシは、フェイトに笑って、幸せになってもらいたいだけなんだ! なんで、なんで分かってくれないんだよぅ!!」

結局、フェイトはアルフのことを心配して、そのような言葉をかけたのだった。
自分のことよりも、まず他人のことを優先して考える少女。
そんな少女にこそ、アルフは幸せになってほしかった。
それだけだったはずなのに、フェイトはそんなアルフの気持ちを理解することはできなかった。
いや、理解出来なかったのではない。
理解出来たが、それを聞き入れなかっただけだ。

「ありがとう、アルフ……でもね、私。母さんの願いを叶えてあげたいの。母さんの為だけじゃない、きっと、自分の為。だから後もう少し。最後まで後もう少しだから、私と一緒に頑張ってくれる?」

身体を起こしソファに座り直し、そして地面に座り込んで泣いているアルフの頭を撫でながら、フェイトは優しく尋ねる。
アルフの答えは、決まっていた。
だからアルフは、フェイトにこう言った。

「約束して。あの人のいいなりじゃなくて、フェイトはフェイトの為に、自分の為に頑張るって……! そしたら、アタシは必ずフェイトを守るから……!!」

そしてフェイトはその質問に対して、首を縦に頷かせることで合意を示す。
ただ、その後で悲しそうな表情を浮かべると、

「……ねぇアルフ。さっき私は泣かないって言ったけど、今だけ、泣いてもいいかな……?」
「……分かってる。フェイトが何で泣きたいのか、分かってるよ」

先ほどの言葉を訂正してまで、フェイトが泣きたい理由。
アルフには分かっていた。
それがどんな理由からきているのかを。
それが誰が原因であるかを。
それらを理解していたから、今度はアルフが、フェイトの涙を受け入れる番となる。

「こんなに寂しいなんて思わなかった……今まで短い間だったけど、ずっとそばにいたから……たった半日離れ離れになるだけで……ほんの少しだけ分からないだけで……こんなにも、辛く、寂しいなんて思わなかった……!!」
「……」

何も言わず、アルフはただ、アルフの胸の中で泣きついているフェイトの頭を無言で撫でる。

「当麻……当麻……無事だよね……無事なんだよね……帰ってきてよ、当麻……!!」

そこにいたのは、年相応の一人のか弱き少女だった。
そして少女は、大切な少年の名前を叫ぶ。
アルフはただ、そんな一人の少女のことを、あやし続けるのだった。



同時刻。
なのはの自室では、レイジングハートを介してユーノがアースラ内部と連絡を繋いでいた。
現在ユーノはフェレット姿であり、その横にはステイルの姿も見受けられた。
ユーノ達が話し合った結果、彼らは自分の意思で管理局に協力するという選択肢を選んだのだ。
この報告を聞いて、土御門とステイルは少し安心したようだ。

「……土御門、話がある」
「いきなり何の話だにゃーカミやん。なのは達なら協力するっていうことで話は通っているが……」
「そのことじゃない。もっと重要な話だ」

ユーノ達が連絡をとっているその横では、上条が真剣な表情で土御門に話を持ちかけていた。
その様子を、美琴とインデックスが見守っているという形だ。

「今すぐに、その『機械』を貸してほしい」
「……理由は何だ?」

急に仕事モードになって話す土御門。
上条はその急激な変化に戸惑うことなく、むしろそちらの方が話し易くて好都合と思い、話を続ける。

「どうしてもいかなければならない場所があるんだ。ソイツに会って、話を聞かなくてはならない」
「会いに行く相手って言うのは、誰なのよ?」

口を挟むべきではないと思い、今まで何も言葉を発しなかった美琴だったが、ここにきて言葉を発せずにはいられなかった。
上条が話をしなくてはならないという、その人物の事が気になってしまったからだ。
上条は包み隠さず、その人物のことを言う。

「フェイトの母親だ」
「フェイトの母親……? 何で母親に話を……?」

インデックスの疑問はもっともだった。
事情を知らなければ、誰だってこんな感じの質問をするに違いない。
だからこそ、上条はそのことに関しても説明しなければならなかった。

「フェイトは母親に言われてジュエルシードを集めてるんだ。その母親が、フェイトのことを愛していない……アイツ、ジュエルシードを三つ集めたって、お土産持って報告しに行ったのに……その日フェイトが帰ってきたら、ボロボロになって帰ってきた……」
「ボロボロって……まさか!」
「ああ。母親から虐待を受けてんだよ。フェイトは……」

その言葉を聞いて、一同は愕然とした。
この場になのはがいなかったことが唯一の救いとも言えるだろう。
もしもこんなことをなのはが聞いていたとしたら、パニック程度じゃ済まなかったかもしれない。

「アイツはそれでも母親のことを愛していて、それで母親の願いを叶える為に、無茶をしてでもジュエルシードを集めようとしている……それが、辛いんだよ。見守ろうと決めたけど、見ているのが辛いんだ……」
「とうま……」
「だから俺は、フェイトの母親に聞かなければならない」
「けど、あちら側の条件だとすぐにでもアースラに来いとのことだけど?」

水を差すような形で、ステイルが言葉を投げかける。
彼曰く、協力する上での条件として、

一つ、時空管理局に身柄を置くこと。
一つ、時空管理局側の命令に従うこと。

これら二つの条件を突きつけられたというのだ。
上条は、その条件を聞いたうえで。

「分かってる。でもこれはどうしてもやらなければならないことなんだ。それに……俺は明日行かなければならないところがある。少し長くなるかもしれないから、管理局にそのことを伝えといてくれ」
「……分かった、了承しよう」
「土御門!?」

土御門が首を縦に振ったことに、ステイルは驚いた。
仕事第一の彼としては、あり得ない決断であるとステイルは考えたからだ。

「カミやんの好きにするといい。俺は何も言わない。だからカミやんは安心して、勝手に動き回ってくれ。ただし約束しろ。必ず俺達の前に戻ってくるとな」
「……ああ、分かった」

それだけを告げると、上条は『機械』を抱えてなのはの部屋から出て行く。
制止する美琴やインデックスの言葉を無視して。

「アイツ……また一人で無茶して……」
「けど、ここはとうまを信じよう。とうまだって何も考えずに向かってるわけじゃないと思うから。きっと、それはとても大切なことで、誰かを救おうと必死になってのことだと思うから……」

呟く美琴に、そんな美琴に語りかけるインデックス。
ただしその表情はどこか悲しそうでもあり、安心したような表情でもあった。
いつもの上条当麻であることに安堵を覚えたと同時に、無茶しないように心配しているのだ。

「……罪な男だな、カミやん」

土御門は、去って行く上条の後ろ姿を見送りながら、そんなことを呟くのだった。



「大きく動き始める転換期としては、なかなか上出来じゃないですか。案外彼が動くと、この物語(きゃくほん)も大きく動くのかもしれませんね」

街を駆け抜ける上条の姿を、アジャストはビルの屋上から眺めていた。
月の光は彼の身体を照らし、闇に紛れる服を着ているはずの彼にスポットライトを当てていた。
まるで彼がこの舞台の役者であることを強調しているかのようでもあった。

「このような展開を迎えることは、決して初めてではありません。あの二人はどうやら管理局の在り方に疑問を抱いているようですが、幻想殺し(イマジンブレイカー)はそこまで頭が回らないのでしょうか?」

上条はただ、目の前にいる大切なものの為に戦っている。
今も、誰かを救う為に走っているのだろう。
アジャストは、彼が何をしようとしているのかを理解することが出来ていたが、それ故に彼を止めようなどという真似はしなかった。
悪役に回っているはずの彼は、どこか肝心な部分において見送ったり、陰ながら手助けをしているようにも見える。

「さて、そろそろ私は行くとしましょう。最後のジュエルシードを回収しなければなりませんしね……」

最後のジュエルシード。
その単語を残し、アジャストはその場から立ち去った。



街の中を、『機械』を抱えながら疾走した上条。
行く先は分かっている。
ただ、今もそこに彼女達がいるという保証はなかった。
管理局に姿を見られたこともあり、現在の彼女達は管理局側から見れば追うべき対象。
残酷な表現をしてしまえば、犯罪者ということになる。
もしかしたら、すでにその場から立ち去った後かもしれない。
けれど、それでも上条は信じていた。

「ハァハァ……」

そして気付けば、マンションの前まで到達していた。
いきなり立ち止まったことで、ここまで全力疾走していたつけが回ってくる。
息は荒くなり、心臓は酸素を要求する。
足は痙攣し、身体が熱い。
夜中だというのに汗が噴き出て仕方がない。

「……!!」

エレベーターに乗り込み、上条は目的の階まで向かう。
着いたところで、フェイトがいるはずの部屋まで急ぐ。
彼がここに来たのには、とある理由があった。
それは……。

「……アイツらなら、知ってるはずだ。フェイトの母親がいる場所の座標を……」

土御門が言うには、『機械』は場所の座標を打ち込むことで世界と世界をぶつけて歪みを生じさせ、その座標通りの場所へたどり着くようになっている。
簡単に言えば、座標さえ分かれば目的の場所まで転移することが出来るということだ。
だから、フェイトの母親のいる場所の座標を聞く為に、こうしてここに来たのだ。
ユーノの話によれば、魔法を使っての転移魔法もまた、座標を指定することで場所が決定するらしい。
すなわち、『機械』による転移方法と同じと言うことだ。

「よし!」

ピンポーン。
インターホンを押し、反応を待つ。
返ってくる言葉はない。
恐らくそこまで気が回らなかったのだろう。

「……でない?」

少し待った所で、誰も出てくる気配がない。
もしかしたら、もうすでにこの部屋には……。
そう上条が考え始めたその時。
ガチャリと音がして、扉が開かれる。

「(やっぱりまだいたんだ……)」

上条はその事実に安心していた。
まだ彼女達はこの場所から移動していなかった。
そのことを知ることが出来ただけで、十分だった。
そして、扉を開いて出てきた人物は……。

「と、トウマ!? よかった……無事だったんだね!」

驚きと喜びの表情を浮かべるアルフが、そこにいた。
ただ、その顔には涙の跡らしきものが少し見られたが、今の上条はそこまで気が回らなかった。

「ああ、俺は無事だ。それよりも、一つ教えて欲しいことがある」
「ちょっと待ってくれ! それよりも先に、今はフェイトに会って欲しい」
「え?」

驚いたのは、上条だった。
本来ならば、今すぐにでもフェイトの母親の所へ向かってしまいたいと思っていただけに、アルフからそのような提案が来たのは予想外だったからだ。

「フェイトはトウマが無事かどうか心配してたんだ。そして、会えなかったことで……寂しがってたんだ。泣いてたんだ。だからトウマの無事な姿を見せて、安心させてやってくれ」
「……ああ、分かった」

優先事項が出来た。
フェイトの母親の所へ行くよりもまず、フェイトに顔を出すという目的が出来た。
上条はアルフに先導してもらい、ついさっきまで寝床として使用していた部屋の中に入る。
中に入ると、フェイトがソファの上で寝ている姿を確認することが出来た。
ただし、その身体には白い包帯が巻かれており、正直な話かなり痛々しかった。

「クロノの奴……フェイトになんてことを……」

改めて、あの時のクロノの行動を憎んだ。
いくらクロノのとった行動が間違ったものと断定出来ないとはいえ、無防備な少女相手に魔力弾を撃つなど、卑怯なことだと上条は考えていた。
だが、クロノを恨んだ所で時間が戻るわけではない。
それに、クロノはただ自分の仕事に誇りを持っていて、それを全うしただけなのだ。
彼を恨むのは筋違いなことであると、上条はまた自覚していた。

「……フェイト」

上条は、フェイトの近くまで歩み寄り、優しくその頭を撫でる。
するとフェイトは、少しくすぐったそうに身体を揺らし、その後閉じていた目をゆっくりと開いた。

「と……うま……?」

赤く腫れた目で、フェイトは上条の存在を確認する。
上条は、フェイトを安心させる為にも。

「ああ、俺だ。上条当麻だ」

笑顔で、フェイトにそう言った。

「当麻……当麻!!」

フェイトは、上条の存在を確かめるようにその身体に抱きついた。
そして、溜めていた涙を一気に流した。
先ほどもアルフに泣きついていたが、それ以上の量の涙を流しているようにも思えた。

「良かった……当麻が無事で、本当に良かった……!!」
「ああ。管理局に連れてかれて事情を聞かれてただけだからな。それ以外に特に何かされたわけじゃない。だから安心してくれていい」
「うん……うん!」

泣きながら、フェイトは嬉しそうに首を縦に頷かせていた。
アルフも、そんなフェイトを見て嬉しそうにしていた。
彼女が泣く姿を見たくない。
彼女が傷つく所を見たくない。
ただ幸せに生きて欲しい。
上条が来る前に、フェイトに明かした自分の本心だ。

「けど、俺はお前達に謝らなければならないことがある」
「「え?」」

声を揃えるアルフとフェイト。
上条は、フェイトの身体を少し離し、対面するような形にする。
そして、真剣な表情で言った。

「俺は少しの間ここを出なくてはならない。管理局の方に身柄を置く為だ」
「な、何で!?」
「どうして管理局なんかに身柄を置く必要があるんだい! 第一あそこはアタシ達にとって敵じゃないか!」

当然、反論がくる。
分かっていた。
アルフの反応は、当然の物であった。
それだけに、上条は予想通りの反応をされたことに対して、わけのわからない安堵を抱いていた。

「私と関わってたから? それが原因で、まさか管理局に……」
「捕まったわけじゃない。さっきのアルフの反応通り、俺は管理局側につくことになった。ただしあくまでもお前達の身柄を拘束する為じゃなくて、この物語をハッピーエンドにする為だ」

嘘偽りのない上条の言葉だった。
その言葉を聞いて、警戒心を抱いていたアルフも、その警戒心を少しだけ緩ませる。

「俺はお前達のことも大切だと思っている。だけどそれと同じように、なのはや他の奴らのことも大切に思ってるんだ。だから安心してくれ。俺はお前達の敵になんかならない」
「……分かった。私は当麻のことを信じるよ」

すべてを理解したわけではない。
当然、普通なら納得出来ないことも含まれているはずだ。
けれどフェイトは、上条のことを信用しているが故に、そう答えた。

「……フェイトがそう言うなら、アタシもトウマのことを信じるよ。というか、フェイトが言わなくても、信じようと思ってたところさ」

アルフも、上条に抱いていた疑念をすべて晴らし、信じることに決めた。
思いだしたのだ。
上条当麻は、自分達の味方でもあるということを。

「……ありがとう。だからとりあえず、今日で俺はこの部屋から去らなくてはならない。そしてこれから、行くべき場所がある」
「……時空管理局にこのまま行くの?」
「違う。もっと別の場所の……お前も知ってる場所だ」

一瞬、フェイトは分からないと言いたげな表情を浮かべていたが。
次の瞬間に、何かに気付いたようで。

「まさか……母さんの所へ?」
「……ああ、そのつもりだ。会って直接、話さなければならないことがある」

その言葉に、フェイトは不安そうな表情を浮かべる。

「なら、私も一緒に……」
「いや、これはあくまでも俺個人の問題だからな。フェイトとアルフは身体を休ませて欲しいんだ。俺はお前の母親と、少し話さなくちゃならないことがある」

そう言った所で一旦区切りをつけると、さらにこう言葉を付け足す。

「けど安心しろ。必ず今晩は一緒にいてやるからよ。お前の母親と戦うわけじゃないから、安心してくれ」
「……分かった。当麻がそこまで言うなら、私は何も言わない。けど、約束して? 今日一日だけ、私とアルフと一緒に、その……寝てくれるって」

その提案に少しばかり驚く上条だったが。

「……ああ、分かったよ」

受け入れないわけがなかった。
フェイトだって一人の少女なのだ。
ずっと強いわけじゃない。
どこかで弱い部分があり、甘えたい部分があるのだ。
不幸にも、今の彼女には甘えられる対象が少なかった。
というか、上条一人にしか甘えることが出来なかった。
だからこその、そのような形での約束だったのだろう。

「……それじゃあアルフ。座標の方を教えてくれ」
「ああ、あの人の元へいく座標は……」

アルフは、上条にその場所の座標を説明する。
いつも彼女が転移魔法を使っているわけじゃないが、フェイトが座標を言う場面をきっちり覚えているから、それをそのままそっくり伝えるだけで済んだ。

「ありがとう」

礼の言葉を言うと、上条はすぐさま部屋から出ようとする。
その途中で。

「当麻!」

フェイトに呼びとめられる。
上条は、その声を聞いて一旦立ち止まる。
ただし、後ろは振り向かない。

「必ず……今日は必ず、帰ってきてよね!」

最後に確認をとるように、フェイトは上条に言う。
上条の答えは、それでも揺るがなかった。

「ああ、必ずだ!」

そして上条は、走り出す。
フェイトの母親の元へ向かう為……話を聞きだす為に。




次回予告
数日間家を離れてアースラへ身を置くこととなったなのは達。
一方で上条はなのは達とは離れて単独行動をとり、フェイトの母親、プレシア・テスタロッサの元へと向かう。
そこで上条は、彼女の狂気を目撃することとなり……。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『幸せ』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] 無印『ジュエルシード』編 11『幸せ』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/03/28 21:31
時の庭園内。
そこに、一人の女性がいた。
女性の名前はプレシア・テスタロッサ。
フェイトの母親であり、ジュエルシードを集めさせている張本人である。

「……」

彼女の前には、フェイトが今まで集めたジュエルシードが浮いていた。
その数は三つ。
アジャスト曰く、本来の物語通りならばこの時点でジュエルシードが四つなければいけないのだが、途中で上条がジュエルシードを一つ壊してしまっている為、計算が合わなくなってしまった。

「早く……早くなさい、フェイト……約束の地が……アルハザードが待ってるの……!! 私の……私達の救いの地が……!」

『アルハザード』。
確かにプレシアはその名前を呟いた。
その地がどんな場所なのかは分からない。
だが、そんなことは関係なかった。

「おい」
「!?」

だからこそ、上条は呼びかける。
事情を聞く為……こんなことを止めさせる為に。

「どこから入ってきたの? 貴方、見覚えがないわね」
「俺は上条当麻。通りすがりのただの高校生だ」
「通りすがり? その手に持ってる機械は何かしら? 通りすがりの高校生が、毎日そんなもの持ち運んでるわけないでしょ?」

上条は『機械』を通してこの世界に、時の庭園(プレシアのところ)まで来ている。
ただの高校生がそのような高性能な機械を持ち運んでいるわけがないという、プレシアなりの皮肉であった。

「さてな。今時どんな高校生がいるか分からないからな。それよりも、まずはお前の名前も教えろ。フェイトの母さんよぅ」
「……貴方がそうだったのね。何処かで聞き覚えのある名前だと思ったら、フェイトの話に出てきた協力者だったのね。いいわ、教えてあげる。私は大魔導師プレシア・テスタロッサよ。どう、これで満足?」
「そうだな。一先ず自己紹介はここまでにしておこうや」

強気な発言を繰り返す上条。
しかし内心では、プレシアに対する恐怖心の方が確実に勝っていた。
何しろ相手はどんな力を持っているのか分からない魔導師だ。
それに加えて、その圧力は計り知れない程であった。

「で、何で貴方はここに来たのかしら?」
「話をしに来た」
「あらあら、平和的じゃなさそうね。怖い形相浮かべて……」
「ふざけてないで答えろ。お前の目的は何だ」

上条がその言葉を告げると、プレシアは少し眉をひそめる。
しかし、それも一瞬だった。

「言うわけないじゃない。言ったところで、私に有利になるようなことなんて何一つないのだから」
「だろうな……そうだと思ったよ。けど、俺は意地でもアンタから事情を聞く。何の収穫もなく、おいそれと帰宅出来ないんでね」
「なら、貴方はいつまでもここにいるつもりかしら? 生憎、私は貴方のような人間を置いとくつもりはないのだけれど」
「いや、俺は必ず帰るさ。何故なら、力づくでもお前から事情を聞きだすからな」

睨み合う、上条とプレシア。
その距離は、およそ3メートル。
短くて、しかし長い距離。

「いいじゃない。その度胸だけは買ってあげるわ。けど、貴方今、誰に喧嘩売ってるのか分かってるの?」
「ああ、重々把握してる。たった一人の娘を虐待してる愚かな母親だってことはな!!」
「口を慎みなさい!!」

瞬間、プレシアより紫色の閃光が放たれる。
大魔導師というだけあって、その威力はかなりのものに見えた。
しかし、上条はそれが異能の力ならば、例外なく打ち消す右手を持っている。
だからこそ、プレシアの攻撃の対処法も、たったひとつ。

「なっ!?」

パキン! という悲鳴が空間内に響く。
まぎれもなく、上条の右手がプレシアの攻撃を打ち消した音だ。

「貴方……どうやって私の雷を……」
「言えるかよ。アンタが事情を話してくれないのと同じで、こっちも企業秘密だ」
「……面白いじゃない。さっきの言葉は訂正してあげるわ。置いといてあげてもいいわね。ただし、この部屋に飾るオブジェとしてね!!」

叫びと同時に放たれる、紫色の閃光。
上条は前に突っ込み、プレシアとの距離を縮めつつ、右手でそれらを打ち消して行く。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「詰めが甘いわよ!!」
「うわぁっ!」

プレシアの顔面を思い切り殴ろうとしたところで、上条の目の前に雷が放たれる。
身体を捻って慌ててかわし、そのまま地面をごろごろと転がる。
気付けば、背後には壁があった。

「くっ!」

上条は、構わず地面を蹴り、前へ行く。
狙いはプレシアの顔面。
離れてしまった距離は、およそ2メートル。
近づいていることは確かであった。

「なるほどね……その右手が私の攻撃を防いでいるってわけね」

しかし時間が長引くにつれて、上条の攻撃手段はプレシアに知られてしまう。
プレシアとて魔導師の一人だ。
戦闘慣れしていないわけではない。

「企業秘密だったのによ……そう簡単に暴かれちまうと、ちょっとばっかし気が抜けちまうぜ」
「ならそのままここで消し炭にでもなってなさい。右手さえ突き出さなければ、ここから逃がしてあげるけど? だからそこに放置している機械を狙っていないんじゃないの」

プレシアの視線の先には、上条が咄嗟の判断で地面に置いた『機械』があった。
さすがにそれを抱えたまま戦闘をするのは、邪魔だったからだ。
だが、もしそれが壊されてしまった場合、上条がここからフェイト達の元へ帰る手段はない。
故に、それはある意味では駆け引きの道具としても使用されかねないものでもあった。

「わざわざお気づかいどうも。けど、俺はアンタから逃げない。俺は戦う」
「へぇ、大層な精神を持ってるじゃない。ならその根性を認めてあげるわ。こちらも遠慮なくやらせてもらうわよ!!」

声と共に、再び紫色の閃光が放たれる。
それは上条の身体を貫こうと、四方に渡って拡散する。
避けることは不可能だ。
ならば、そんな攻撃(げんそう)なんて、打ち消してしまえばいい。

「!!」

上条当麻の攻撃手段は一つしかない。
それは最弱(さいきょう)の攻撃手段。
ただ己の想いをこめて、前に立つ敵を殴り倒す。
それだけで、十分だった。

「ちっ!」

打ち消しきれなかった分が迫ってくる場合は、地面を転がってそれを避ける。
だからだろうか、距離が段々離れて行くような錯覚を感じてしまった。

「どうしたのかしら? さっきから全然私の所まで届いてないわよ?」
「くそっ……なかなか強いじゃねえか。アンタ、それだけの力がある癖に、どうして自分から前に出てこようとしない?」
「しつこいわね……私にも事情があるのよ。貴方なんかに分かるような事情じゃないわよ」

その表情には、余裕すら窺えた。
上条は改めて、プレシア・テスタロッサという人物の恐ろしさを思い知っていた。
これだけの攻撃を放ちながら、しかしそれでもまだ息を荒くすることはない。
対して上条は、プレシアの攻撃を避ける為に身体に鞭を打ってるので、体力の減りが尋常じゃなかった。

「もう疲れてるみたいじゃない。ならそろそろ、終わりにしてあげてもいいけど?」
「冗談言うなよ。まだまだこれからだろ!!」

足に力を込めて、ただひたすら前へ進む。
それだけで、十分だった。
だが、その足は途中で止まる。
何故なら。

「ゴホッゴホッ!」
「!?」

丈夫そうに見えたのに。
プレシアは、上条の目の前で突如せき込み始める。
抑えていた手をプレシアが口元から離した時、そこに見えたのは……。

「血? ……お前、まさか……」

上条は、そこでとある一つの可能性を思い描く。
それはとても残酷で、冷たい真実。

「ええ、私は不治の病を患っているのよ。魔法でも医学でもどうにでも出来ない、そんな病をね」

プレシア・テスタロッサは、重い病気を患っていた。
そのことを誰にも言わず、ただ一人で抱え込んでいたのだ。
それこそ、プレシアが自らの力でジュエルシードを回収しに行けなかった原因の一つ。
ここまで上条は理解出来て、しかしそれでも納得は出来なかった。

「アンタは自分が病気だから、フェイトにジュエルシードを回収させていた。そのことは理解したよ。けど、それがどうして、フェイトの虐待に繋がるんだよ。アンタのたった一人の娘だろ? どうして……」

上条は、その部分が理解出来なかった。
どうして自分の娘に、たった一人の娘に暴力を振るうのか。
どうして、危険な場所へ一人放り込んだのか。
だが、プレシアの口から出た言葉は、それらに対する答えと共に、思いもしなかった言葉だった。

「娘? 何言ってるのよ。あの子はただの『人形』よ。それも、出来そこないの、ね」
「……今、なんて言った?」

聞き間違いであって欲しかった。
自分の身体が疲れきっているところから来る、単なる聴覚不全であって欲しかった。
だが上条のそんな希望(げんそう)も、プレシアが放つ一言(げんじつ)によって打ち砕かれることとなる。

「何度でも言ってあげるわ。フェイトはただの、出来そこないの人形なのよ。人形なんかに愛情を注ぐ理由が、どこにあるって言うの?」

罪の意識も感じていなかった。
ただ平然と、プレシアはそう言い放ったのだ。
許せなかった。
上条の頭の中が、怒りという単語で埋め尽くされていた。

「テメェ……自分の娘を、何だと思ってるんだぁあああああああああああああああああああああ!!」
「いい加減うっとうしいのよ! 私はあの子を娘だなんて思ってないって言ってるじゃない!!」
「ぐはっ!」

今までで一番威力の大きかった雷が放たれる。
上条は、感情が昂ぶっていたせいで、それを打ち消すことを忘れてしまっていた。
あまりの威力の大きさに、思わず壁に激突してしまう上条。
そのままその場に座り込んでしまうかと思われたが、ここで予想外な出来事が起きた。

「え?」

ドサッ。
壁にもたれかかるはずだった上条の身体は、何故か地面に転がっていた。
視線が、前ではなく上を向いている
おかしい、どう考えてもこれはおかしい。

「!!」

プレシアは、その光景を見て焦り始める。
未だに理解に困っている上条が身体を起こしてみると……。

「……通路?」

気付けば上条は、その道を走り始めていた。
その後ろを、プレシアが追う。
この時、上条はここに来るべきではなかった。
出来れば知らないままでいればよかった。
けれど、知らなければならないと思ったのも事実だった。
やがてその道を走り抜け、とある物を、見つけてしまった。

「これって、まさか……」

そこにあったのは、緑色の液体が入った、ガラスケースのようなもの。
その液体の中に、一人の少女が裸で漂っている。
眠っているようにも見えるその少女は、しかし生きている感じが見られない。
そして何より、金色の髪の少女は……。

「フェイト……?」

そう、瓜二つなのだ。
身長こそフェイトの方が大きいが、目の前にいるのは、フェイトそっくりの一人の少女だった。

「アリシアに……アリシアに近寄らないで!!」
「!?」

瞬間。
怒声と共に放たれる、紫色の閃光。
上条は慌ててその場から離れる。
地面を転がり、身体を起こした時。
そこにいたのは、『アリシア』と呼ばれた少女が入っているガラスケースの前に立ちふさがる、一人の女性の姿だった。

「どういうことだ? どうして女の子が……フェイトにそっくりな女の子がそこにいる?」

疑問を抱かないわけにはいかなかった。
そして、その真実を聞かないわけにはいかなかった。
プレシアは、もう観念したかのような表情を浮かべつつ、狂気に包まれたような表情を浮かべ、答える。

「この子は私の、たった一人の可愛い娘……『アリシア』よ。人形(フェイト)と一緒にしてもらっては困るわ」
「娘……?」
「いいわ。この子を見られたからには、すべてを教えてあげるわよ……良かったじゃない。これで賭けは貴方の勝ちよ」

皮肉を言った後、プレシアは語り始めた。

「フェイト・テスタロッサは、私がアリシアの代わりに作った人工生命体よ。『プロジェクトF.A.T.E』。『フェイト』という名前は、そのプロジェクトの名残よ」
「『プロジェクトF.A.T.E』……なんだよ、それ……」
「『プロジェクトF.A.T.E』は、簡単に行ってしまえばクローンの複製よ。私はその技術を利用して、アリシアをクローンを作ろうとした。あの子の記憶をフェイトに定着させて、育てようとした……けど、あの子はアリシアにはなれなかった。アリシアはもっといい子だったわ。素直で明るくて、私にいつも笑顔を見せてくれた……けど、あの子は違う! 何もかもが全部違う! アリシアの記憶があるはずなのに、趣味から何まで全部違う! だから私は、あんな出来そこないな人形(フェイト)を捨てて、アリシアを蘇らせる事を決意したのよ! 私達の幸せを取り戻す為、ジュエルシードを使って失われた秘法を用いる約束の地(アルハザード)へ向かうのよ!!」

彼女の事情は大体把握出来た。
要は、たった一人の娘を亡くしたショックから、そのクローンを作りだし、その出来が想像とまったく違ったことを憎らしく思ってしまい、ジュエルシードを使って娘を蘇らせることが出来るかもしれない場所へと旅立とうとしているのだ。
狂っている。
プレシアは間違いなく、狂っている。
上条は、そう考えていた。
そして、プレシアに告げる。

「テメェ……母親として最低なことしてやがる」
「なっ……娘を想う母の気持ちを侮辱する気」

己の得物を構え、上条を睨むプレシア。
しかし上条はひるむことなく、己の考えをプレシアにぶつけた。

「俺は、今のアンタを見て、娘を想っている母親なんて評価をつけることは出来ない。何故ならテメェは、娘のことを弄んでいる、ただの臆病者だからだ」
「!?」
「何が『私達』の幸せの為だよ……『私』の幸せの為の間違いだろ? 結局アンタがやろうとしていることはただの自己満足なんだよ。何一つ娘の気持ちなんて考えてない、単なる我儘だ!」
「黙れ!!」

プレシアは叫ぶ。
それでも上条は、止まらない。

「こんなことをして、フェイトやアリシアのことを弄んで、それでもテメェはまだ母親を語ろうとしてんのか!! だったら俺は認めない。今のアンタを、母親だなんて認めない!!」
「黙れって言ってるのが聞こえないのか! 偽善者が!!」

上条に向かって、プレシアは紫色の閃光を放つ。
しかし上条の右手が、彼女の放つ攻撃を防ぐ。
……攻撃を放つ度に彼女の身体は悲鳴をあげているというのに、それでも彼女は攻撃を止めようとはしなかった。

「偽善者でも構わない。それでフェイトやアリシア、そしてアンタが救われるのなら、何だってなってやる。だがな、アンタは変わらなくちゃならない。かつてフェイトに向けていた愛情も、嘘偽りのないものだったはずだ。アイツの中には、優しかった頃のアンタの記憶もきちんとあるんだよ。だからお願いだ、向き合ってやってくれ。アリシアの代わりとしてではなく、フェイト・テスタロッサという一人の少女と、向き合ってくれ……」

上条の言葉は、半分悲痛の叫びともなっていた。
フェイトのことを想う、たった一人の少年の言葉。
しかしプレシアには、そんな彼の言葉は届かない。
彼女はまだ、幻想(アリシア)に囚われているのだから。

「……今日のところは見逃してあげるわ。けど、次に会った時には、遠慮なく殺させていただくわ。大人しく立ち去り、このことを誰にも言わないと誓うのなら、ここから出て行きなさい。それが無理なら、ここで死ね」
「……」

言われなくても、上条はこのことを誰にも、特にフェイトには言うつもりはなかった。
何も知らないフェイトがこの事実を知ってしまったら、絶望の淵に立たされてしまい、二度と立ち直れなくなってしまうかもしれない。
それだけは、嫌だった。
上条はそんな結末は望んでいなかった。

「分かった、誓おう」
「なら、行きなさい。ただし、少しでも無駄な行動をとった場合は……分かってるわよね?」
「ああ、分かってる。このことは俺の胸の中だけにとどめてやる。けど、いつまでも隠し通せると思ったら大間違いだ。俺はフェイトが悲しむ姿を見たくないから、誰にも言わないだけだ。誰かに言ってしまったら、間接的にフェイトまで広まってしまう可能性もあるからな」
「ただの人形相手に、どうしてそこまで動けるのかしら?」
「人形じゃねえよ。アイツは『フェイト・テスタロッサ』だ。勘違いするんじゃねえよ。そしてアンタはアリシアの母親でもあり、フェイトの母親でもあるんだ。自分で生み出しておいて、その責任から逃れてんじゃねえよ」

その言葉を残し、上条はその場から立ち去ろうとする。
だがその前に、ふと立ち止まって、しかしプレシアの方は振り向かずに、こう言った。

「いつまでも幻想(アリシア)に囚われてるんじゃねえよ。そろそろ現実を見ろ……それが、アリシアの為にも、フェイトの為にも、そしてアンタの為にもなるんだから。幸せを望むのなら、目の前の現実を見ろ」

プレシアは、何も答えなかった。
上条としては、最初からプレシアが何か反応を返すことに期待していなかった為、それでも構わなかった。
そして上条は、フェイト達の元へ帰る為に、その場から立ち去った。

「……何が幻想よ。私は、アリシアさえいれば、他に何もいらないのよ……」

誰もいなくなったその空間で、プレシアは一人、アリシアの亡骸が入ったガラスケースを撫でながら、そう呟いた。



「……幻想に囚われた一人の女性、ですか」

アジャストは、彼らが繰り広げていた攻防戦を眺めて、しかしそれでも参加しようとはしなかった。
ただ陰ながらその様子を窺い、そして悲しそうにそう呟いていた。

「私は、彼女には救われて欲しいと思いますね……けど、どの世界を見たところで、彼女が救われる可能性は少ない。救われない世界がないわけではありませんが、待っているのは破滅の運命……結局、彼女一人の命が救われた所で、何の解決にもならない」

彼は分かっていた。
彼女が救われることは、限りなく少ないことを。
その命を、この物語の終盤(クライマックス)において散らすか、命だけは助かっても、永遠に管理局に束縛される運命にある彼女の未来を、何度も見てきた。
それだけに、胸が痛むのだ。

「プレシア・テスタロッサ……ただ一人の、私の大切な……」

その先の言葉を、彼は言えなかった。
不思議と、彼の目からは涙がこぼれていた。

「娘を想いすぎるあまりに狂ってしまった一人の女性……私は貴女のことを、救いたい。けれど、私一人の力じゃどうにもならない……だから頼みましたよ。アリシアの為にも、プレシアの為にも、フェイトの為にも、その力を思う存分発揮してください。幻想殺し(イマジンブレイカー)……」

その言葉を最後に、アジャストはその場から立ち去る。
変えられない運命を変えてくれるかもしれない、たった一人の少年の名を呟いて……。



「くっ……」

身体に痛みが走る。
それでも上条は、無事にフェイト達の所まで帰ってくることが出来たことに、内心感動していた。
先ほどまでの勢いだと、あの場で殺されていたかもしれなかったからだ。
ただ、転移する場所の座標の都合上、フェイトの部屋の中に入れるわけではなかった。
現在彼は、痛い身体に鞭を撃ちながら、エレベーターに乗り込もうとしているところだ。
転移した場所がマンション入り口前だった為、割と面倒なことである。

「不幸だ……」

壁に何度もぶつかり。
地面を何度も転がり。
雷を何度も浴び。
それでも上条は、二人の少女の為に帰る。
手には『機械』を抱えていて、これでいつアースラに向かってもいいようにしていた。
ただし、まだ上条には果たさなくてはならない約束が残っている。
それに関しては明日その場所に行けば問題はないので、今はとにかく一分でも早くフェイト達の元へ行くことを優先にしていた。

「何だか身体がもたない気がしてきたな……けど、少しでもアイツのそばにいれるのなら……それで構わない……」

上条の決意は固かった。
それでいて、ほころびもあった。
そんな覚悟だと、いずれ上条は身体を壊してしまう。
けれど上条は、例え誰かが止めようとしたとしても、誰かが助けを求める限り、自分の身がどうなろうと助けにいくのだろう。
それで自分が死ぬ羽目になったとして、誰かが救われてよかったと思えてしまうのだろう。
それが、彼にとっての『幸せ』であるのだから……。



フェイトはそわそわして、なかなか寝つけずにいた。
理由は単純で。

「当麻……大丈夫かな……」

今夜のジュエルシード集めは一旦中断。
管理局に行ってしまう上条と少しでも長くいる為に、今夜は共に過ごすことを選んだのだ。
このことがなのは達に知られたら、はたして上条は生きて帰ってくることが出来るのだろうか……。

「大丈夫だって。トウマは約束は守る男だからさ、絶対帰ってくるって!」

元気づけるようにアルフが言う。
内心アルフも心配ではあった。
もし上条がこのまま帰って来なかったら?
無事で済まなかったらどうしよう?
そんな考えが、頭の中で湧いてくる。
だが、この場にいる二人とも不安になったってしょうがないのだ。
どちらかが前向きに考えなければ、もう一人も前向きに考えられなくなってしまう。
ならば、その役目を担うのは今回は自分の仕事だ。
そう考えてのアルフの言葉だった。
そしてその言葉通り、その人物は帰ってくる。

「……ただいま」
「「!!」」

待ちわびていた人物の声が聞こえてくる。
それだけで、フェイトは喜びを感じていた。
泣き崩れた自分を優しく介抱してくれた上条。
苦しんでいる自分を励ましてくれた上条。
一緒に居る時に甘えさせてくれた上条。
人前では冷静さを貫く少女が心を許せる、数少ない人物の内の一人。
特に異性となっては初めてかもしれない。
それは友人に対する想いというよりも、恋愛感情に近いものであった。

「(やっぱりフェイトは、トウマのことを……)」

アルフは、いつも以上に喜んでいるフェイトのことを見て、とある一つの可能性が頭の中に思い浮かんでくるのを自覚した。
フェイトは上条に惚れている。
言葉にすればたった一行のものであるが、その重さはとても重いものであった。
アルフだって、上条のことは好きだ。
ただしその感情は、どちらかと言えば家族的なものにも思える。
少なくとも、恋愛方面には向いていないのは確かであった。
フェイトに対する想いと、上条に対する想いを天秤で量った所で、まったく同じくらいの重さになる。
それがアルフの考えだった。

「お帰り当麻……って、何で身体中ボロボロなの!?」

中に入ってきた上条の姿を見るなり、フェイトはそう叫んでしまう。
今の彼は、学生服はボロボロ・身体中傷だらけという、何とも痛々しいものであった。
ところどころ汚れていて、およそ無事とは思えない格好であった。

「ちょっとな……プレシアの所でちょっとした『不幸』に巻き込まれてな……大したことないから大丈夫だ。この位、日常茶飯事だからな」
「そんな日常、アタシは嫌だけどな……」

生傷が絶えない日常なんて、経験したくもないだろう。
それだけ上条は、いくつもの修羅場を乗り越えてきたということにもなる。
誰かの為に、ただ己の拳を使って大きな壁に立ち向かったということになる。
今回の件だって、その内の一つに過ぎないのだろう。
しかし、フェイトはそんな上条に対して感謝していた。
彼の行動理念がそうさせただけでもいい。
フェイトのことを想ってくれただけで、十分だった。

「それにしても、この会話ちょっと前にもやった気がするんだけどな……」
「奇遇だな。アタシもそう思ったところだ。確か、初めて会って、アタシと対決した時だったかな?」
「その後俺がちょっとしたトラブルを起こしちまって、フェイトの電撃を浴びて気絶して……確かその後この部屋に運ばれてから言ったんだっけか?」
「も、もう! そのことは思いださないでよ!! せっかく忘れてたのに!!」

顔を真っ赤にしながら、フェイトが叫ぶ。
無理もないだろう……彼女にとって、それは黒歴史でもあるのだから。
とりあえず傷だらけの上条をソファに座らせて、アルフは包帯を巻いて行く。
そんな状態の上条は、フェイトの顔を見ながらこう言った。

「悪い悪い、けどそんなやり取りをしてから、もう結構経ってるんだなって思ってさ」
「……そうだね。私にとって、当麻と一緒に過ごしてきた日々が、昨日のことのように感じられるよ」

懐かしむように、フェイトも続ける。
確かに彼らは出会ってから数日間、ほとんど一緒に過ごしてきた。
時々別行動をとる日もあったが、それでも共に過ごす時間は長かっただろう。
なのはと一緒にいる時間よりも長かったと思われる。
けど、そんな優しい時間ももうすぐ終わってしまう。
今日この日が終わってしまえば、フェイトの元から上条は一時的とはいえ去らなければならない。

「(何とかしてフェイト達をジュエルシードの件から離すことが出来ればと思ったけど……それも無理だよな……)」

プレシアからの話を聞いた上条は、アルフとフェイトの顔を見て、改めてそう考える。
彼女達には危険な目に遭って欲しくない。
出来れば普通の少女として、幸せな生活を送って欲しかった。
けれどフェイトはプレシアによって作られたクローンで、自分の娘を蘇らせる為にこき使われているだけという事実を知ったら、彼女はどれだけ悲しむのだろうか?
いや、悲しむというレベルでは済まないかもしれない。
もしかたら、生きる希望すらも失ってしまうかもしれない。
だから上条は、フェイトが絶望する前にジュエルシード集めを止めさせたいという衝動に駆られていた。
しかしそれでは駄目なのだ。
フェイトは母親のことが大好きで、母親の為なら何でもすると決意を秘めているのだ。
その決意を無駄には出来ない。
彼がフェイトの行動を止めるということは、フェイトの決意を否定すると言うことに繋がってしまう。
それも、嫌だった。
だから上条には何も言えなかった。

「どうしたトウマ? ちょっと痛いか?」

考え込む上条を見て、アルフが心配そうな表情を浮かべながらそう尋ねてくる。
その一言でようやっと意識が帰ってきた上条は。

「あ、いや何でもない。ちょっと考え事してただけだ」
「考え事、ねぇ……もしかして、あのお子ちゃまのことでも考えてたのかい?」
「お子ちゃまって……それってなのはのことか?」

上条は、アルフの物の言い方と、馬鹿にしたような発言を含めて、その結論を出す。
アルフはなのはのことを目の敵にする傾向があるからだ。
そして、上条の口からなのはの言葉が出てきた時。

「や、やっぱりその子のことを考えてたの? 当麻ってば、他の女の子のことを……」
「いやいや、滅相もございません! 今はなのはのことを考えてたわけじゃありませんのことですよ! 私めはただ、貴女様方のことを考えていたのでございます!!」

パニクッているあまりに、よくわからない口調で叫ぶ上条。
しかしそんなことを気にしていられない程までに、フェイトは気分がよくなっていた。

「(当麻ったら、私のことを考えてくれてたんだ……)」

心の中で呟きながら、顔を赤く染めるフェイト。
アルフはそんなフェイトの姿を見て苦笑いを浮かべつつ、上条に感激していた(ある意味、だが)。

「じゃ、じゃあ! いつまでも起きていてもあれだし、アルフも俺の治療を終えたところで、そろそろ寝ますか!」
「う、うんそうだね! そろそろ眠る時間だしね!」

いつもならジュエルシードを集めに行っている時間ではあったが、本日はフェイトやアルフの身体を休める&上条がボロボロになって帰ってきた為、全員で休息をとることになったのだった。
話し合って決めたわけでもなく、これは暗黙の了解である。

「で、当麻はどこへ行こうとしてるわけ?」

そして何故かソファやベッドではなく、何処か別の場所へ行こうとしている上条に、フェイトは尋ねる。
上条は当たり前と言わんばかりの表情で、こう言った。

「え? いつものようにバスタブに行くんだけど……」
「いや、アンタいつもバスタブなんかで寝てないよな?」

ここに来てから、上条はベッドで寝るということはなかったが、少なくともソファの上で眠れていることは確かだった。
そのことを忘れてしまう程、今の上条は疲れているのかもしれない。

「あれ? ……そう言えばそうだったな」
「……当麻ってば、元の世界で一体どんな生活をしてたの?」

思わずフェイトはそう尋ねてしまう。
対する上条は、ただ苦笑いを浮かべるだけだった。
いくらなんでも、毎日バスタブの中で眠っていますなんて、恥ずかしくて言えるわけがないからだ。
さっきの上条の無意識の行動+この態度でおおよそ予想はついてしまうが。

「……それじゃあ当麻。今日はその、い、一緒に、ベッドで寝よう?」
「……………………はい?」

ここでフェイトによるまさかの爆弾投下。
顔を真っ赤にしながらそう提案してくるフェイトに、こちらも顔が真っ赤な上条。

「(ちょ、ちょっと待て。上条さんは不幸な人間なんでせうよね? ならば何でしょう? この幸せしか感じられない展開は……こんな幸せ、上条さんにあっていいもなのでせうか?)」

十分上条は混乱していた。
何故今日になってフェイトがここまで言ってくるのか。
どうして一緒に寝ようなんて言ってきたのか。
少し考えてみれば、割と簡単に答えは出てきた。

「(ああ、そうか……フェイトは今、俺に甘えてくれてるんだ)」

そう。
フェイトは今、思う存分上条に甘えているのだ。
明日から一緒に居られないから、その分今日になって一気に甘えているのだ。
ならば、上条の答えは一つしかなかった。

「分かった。その代わり今日だけだぞ?」
「うん!」

嬉しそうにフェイトは答える。
そんなフェイトの笑顔を見て、上条は可愛いと思うと同時に、フェイトにはこうして笑っていて欲しいと考えていた。

「さぁ、寝る場所も決まったことだし、そろそろ寝るか!」

上条はそう言うと共に、フェイトと一緒にベッドの方へ向かう。
アルフは狼状態となって、その後ろをついてくる。
どうやらその状態で床の上に寝転がるつもりらしい。
さすがに三人はベッドに入りきらないし、元からそれがアルフの睡眠パターンであるから、何の問題もなかった。

「それじゃあ、失礼します……」

本当に久しぶりの感覚だった。
上条はすでにフェイトが入っているベッドの中に、ゆっくりと入って行く。
感じる布団の柔らかさ。
そして枕の感触。

「な、何だか随分と久しぶりな感覚がするな……」
「本当、どれだけベッドで寝てなかったの?」
「かれこれ半年近くは布団で眠ってすらいないと思う……」

それが嘘偽りではなく本当の話なのだから、上条は何処までも救われない人間であるようにも思えた。
それもインデックスのことが大切であるが故の処置ではあるのだが。

「当麻……」
「……フェイト、今日はやけに積極的だな」

上条の身体に抱きついてくるフェイトを見て、思わず上条はそう呟いてしまった。
だが彼は鈍感だから、そこまでされても自分に好意を向けていると考えず、ただ甘えているだけという答えが出てきてしまうのだ。
まったくもって、損な性格をしている少年である。

「……当麻はいつまで経ったって鈍感だよね」
「……なんだろう、ものすごくバカにされた気がする」

上条のその勘は、あながち間違いではないのだろう。
しかしその言葉に対して答えてくれる存在は、残念ながら一人もいなかった。

「当麻……約束して」
「何だよ、今日は約束してばっかりじゃないか」
「むぅ……少しくらいいいじゃん」

少しムスッとしている様子のフェイト。
それでもフェイトは、すぐに元の顔に戻すと。

「必ず、この件が終わったら必ず、また私達の前に顔を出してくれるって、約束してくれる?」
「……ああ、分かったよ」

上条は約束をかわす。
それは優しい約束。
再会を誓う、優しい誓い。
叶うかどうかなんて、正直分からない。
けれど、必ず守って見せる。
上条はそう頭の中で考えて、眠りについたのだった。



次の日。
先に目覚めてしまった上条は、未だに眠っているフェイトを起こさないようにそっとベッドから出てきて、朝ごはんを作っておき、置手紙をテーブルの上に置いて、それから黙って部屋から出て行った。
彼にはまだ行くべき場所がある。
そして言わなければならないことがあるのだ。
あんな約束をかわしておきながら、結局これから数日間はここから離れなくてはならない。
そのことが、少しだけ悔しかった。

「悪いな、はやて……出来ない約束はかわさないつもりだったんだけど……」

一応のこと、彼ははやてとかわした約束に背いてはいなかった。
何の予告もなしにはやての前から消えるわけではない。
一応しばらくの間顔を出せないということを伝える為に、今日ここに来ているのだから。
現在彼がいるのははやて宅前。
先日約束した通り、彼はこの場所に来ていた。

「……よし」

ピンポーン。
チャイムの音が鳴り響く。
そしてガチャリと扉が開かれて、そこから出てきたのは……。

「いらっしゃい上条さん!」

車椅子を器用に操作して、笑顔で出迎えてきたのははやてだった。
もちろん、それは当たり前のことではあるのだが。

「ああ、昨日の約束通り、来てやったぜ」
「なんや上条さん。そないな表情浮かべて……まさか、私に惚れてしもうたんじゃ……!」
「残念ながらそれは違う」
「む~。少しはノッてくれてもええのに……」
「悪いが俺はそこまでノリのいい人間じゃない。それに、今日ははやてに話もあってな。これは割と大事な話だ」

その上条の雰囲気を感じ取ったのか、はやてはそれ以上冗談を言うことはなかった。
とりあえずはやては上条を家の中に入れ、居間まで案内する。
テーブルの上に『機械』を置いた後、テーブルを取り囲むように配置されている椅子の内の一つに上条は座ると、向かい合うようにはやてが車椅子で移動する。
その姿を最後まで見た後、上条は話を切り出した。

「俺はしばらくの間、お前と一緒にいられないかもしれない……というか、もしかしたら今日を最後に会えなくなってしまう可能性もある」
「……え?」

最初、はやては上条が冗談か何かを言っているだけなのではないかと思った。
しかし、上条が真剣な表情を浮かべていることから、それは嘘ではなくまぎれもない事実だということを感じ取り。

「嘘や……そんなの嘘や……私を独りにしないって言うてくれたやん! 私の前から黙って消えないって言うてくれたやんか! それなのに、どうして……!!」
「黙って消えるわけじゃない。それに俺だって、お前のことが大切だ。本当ならば一緒にいてやりたいって思ってる。少なくとも、はやてに家族に近い存在が出来るまでは一緒にいたいと思ってた。けど、どうやらそれも無理みたいだ」

上条はそこで言葉を一旦区切り、それからこう続けた。

「……信じられないかもしれないが、よく聞いてくれ。俺はこの世界の人間じゃないんだ」
「へ?」

ポカンと口を開けて、腑抜けた声を出すはやて。
いや、この反応は当然のものなのかもしれない。
魔法やら何やらを知らないただの一般人が、『別世界から来たのです』と目の前にいる人物に言われた所で、はいそうですかと信じられるわけがない。
それ以前に、頭どうかしてるんじゃないだろうかと疑いたくなるだろう。
だが、上条は至って真剣だ。
それはまぎれもない事実なのだ。

「とある事件に巻き込まれて、俺や知人はこの世界に迷い込んだんだ。だからいずれは元の世界に帰らなければならない……信じてくれるかくれないかは、はやてに任せる」

恐らく信じてくれないだろう。
上条はそう考えていたのだが。

「……分かった。私、上条さんの言葉を信じる」
「え? こんな飛び抜けた話を信じてくれるのか?」

これがおよそ普通の話ではないことを上条は自覚していた。
それだけに、はやてが信じると言ったことに対して、かなり驚きを感じていた。

「上条さんが嘘をついてるわけやない。そないなこと、目を見ただけで分かる。だから私は上条さんの言うたことを信じる。ただそれだけのことや」
「……ありがとう。そうすると少し話しやすくなる」

理解のよさに感謝しつつ、上条は言葉を続けた。

「俺はこの事件を解決する為に、少しここから離れなくちゃならない。それは俺の為にも、俺の知人達の為にもなることだ。誰もが笑って過ごせる幸せな結末を迎える為に、俺は行かなくちゃならない。もしかしたらまたこっちに来れるかもしれないけど、今はお前と別れなくちゃならない。確実に再会出来る保証なんてどこにもないから、ここで別れの言葉を言っておく」
「そないな不吉なこと言わんといて!!」

突然はやては、身を乗り出して上条に向かって叫ぶ。
上条は突然のその声に驚いてしまった。
構わず、はやては続ける。

「『別れ』なんて、そんなの嘘や! もう会えないなんて嘘や! 信じなければまた会うことすら出来へんよ! 何で上条さんは分からへん未来のことに対して絶望しとるんや! 私に希望を与えてくれた上条さんらしくないやんか!!」
「!?」

その時、上条は改めて思い知らされた。
はやてという少女は、誰かに甘えたいと思う一人の少女であり。
成長し続けている強い少女でもある。
わずかながらの可能性を信じることが出来る、そんな少女であると。

「……悪かった、言い方が悪かったな。そうだな、はやての言う通りだ。最初から会えないなんて思っちゃいけない。またいつか、俺達は会えるはずだよな」
「そうや! だから私は待ってる。上条さんがまた、私の前で笑顔を見せてくれる日を!」
「……ああ、頼むよ」

はやての言葉に対して、上条はそう返す。
そして上条は、時計を見た後でこう告げる。

「そろそろ時間だ……俺は行かなくちゃな」

椅子から立ち上がり、テーブルの上に置いていた『機械』を抱え上げる。
そしてはやての顔を見て、最後にこう言った。

「……また会おうぜ、はやて」

はやてはこう答える。

「うん……私、待ってるから! いつまでも待ってるから!!」

その言葉に応えるように、上条は右手を高くあげる。
そして軽く横にヒラヒラと振ると、はやての家を後にした。

「……行くか」

彼は向かう。
この事件(ものがたり)を幸せな結末にする為に。
目的地(アースラ)へと、向かう。



次回予告
上条は決意を秘めて、アースラへと乗り込む。
その中で聞く、なのはの過去の話。
そして海上で六個のジュエルシードを封印しようとするフェイト。
その様子を見て、なのは達は……。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『海上封印(たがいのおもい)』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] 無印『ジュエルシード』編 12『海上封印(たがいのおもい)』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/04/08 15:29
「状況終了です。ジュエルシードナンバー8、無事確保」
「う~ん、三人ともなかなか優秀だわ」

アースラ内部。
そこのスクリーンに映されていたのは、火を纏った鳥と戦い、ジュエルシードを見事封印してみせたなのはとユーノ、そして美琴の三人だった。
美琴が雷でアシストして、ユーノが周囲に結界を張り、そしてなのはがジュエルシードを封印する。
何とも連携の取れている三人だった。
ちなみに土御門は機械関連の色々の部分を手伝ったりしていて、ステイルはインデックスと共に部屋で休憩中。

「この黒い服の子、フェイトって言ったっけ?」

キーボードを打ちこみ、フェイトの画像を映し出したのはエイミィ・リミエッタ。
時空管理局通信主任兼執務官補佐であり、アースラ内ではオペレーターとしても働いている少女だ。

「フェイト・テスタロッサ……かつての大魔導師と同じファミリーネームだ」
「大魔導師? それは一体誰のことだ?」

偶然その場に現れてきたのは、ステイルだった。
いつもの服を身に纏っているステイルは、口に煙草を咥えて登場するという、ある意味マナー違反上等と言った感じだった。

「ステイルさん、艦内は禁煙なんですけど……」
「ああ、すまないね。これがないと落ち着かないから、つい癖でやってしまったよ」

一応、礼儀は守るらしい。
そこらへんはさすがは神父と言ったところだろうか?
……煙草を吸う神父というのもどうかと思うが。

「それで、大魔導師と言うのは?」
「大分前の話になりますが、ミッドチルダ中央都市で魔法実験の最中に次元干渉事件を起こして、追放されてしまった大魔導師」
「それで、この子とどういう関係があるの?」

顔だけでクロノのことを窺い、エイミィは尋ねる。
しかしクロノは顔をしかめて。

「さぁね。本名とも限らない」

確かに、クロノの言う通りなのかもしれない。
そもそも名字だけとってしまったら、『テスタロッサ』という名前の持ち主は他に存在する可能性はゼロではない。
ましてそれが世界単位の問題となってしまうと、その数は膨大なものとなるだろう。
そしてもう一つ気になることがあった。

「やっぱり駄目だ……見つからない。フェイトちゃんはよっぽど高性能なジャマー結界を使ってるみたい」

フェイトの居場所を探索しているエイミィだったが、しかしその場所は未だに特定出来ていなかった。
映像や使用デバイスの情報からそれらに一致する場所を特定しようとしているのだが、それでも一件も引っかからないのだ。
恐らく向こう側から何かしらのアクションを起こしていて、バレないようにしているのだろう。

「使い魔の犬……多分コイツがサポートしてるんだ」
「おかげで、こっちが発見したジュエルシードを二個も取られちゃってる……」
「しっかり探して補足してくれ。頼りにしてるんだから」
「はいはい~」

クロノとエイミィは、少し軽い感じで会話をしていた。
そのことが、ステイルには少し気になったようで。

「ところで君達は結構いい感じを出してるけど、昔からの知り合いだったりするのかい?」
「「え?」」

声を揃えて、ステイルの方を見る二人。
ちなみに彼らはステイルと話す時に敬語で話しているが、実はステイルの方が年下だということをまだ知らない。

「エイミィとは士官学校時代からの友人なんです。それで互いに遠慮なく話せるというか……」
「結構嬉しいこと言ってくれるじゃない。いつものクロノらしくないよ」
「なっ!?」

エイミィの言葉に反論しようとするクロノだったが、顔を真っ赤にしてしまい、何も言い返すことが出来なかった。
そんなクロノの反応が、エイミィにはツボだったようで、さらにその後からじゃれあいが始まる。
その間にステイルは溜め息を吐きつつ、その場から離れることにした。

「……平和だねぇ、まったく」

そう、一言零していた。



数日後。
上条もその内になんとか合流出来、時空管理局+民間協力者であるなのは達は、ジュエルシード捜索+フェイト捜索をしていた。

「フェイトちゃん現れないね……」
「そうね……なかなか姿を現してくれないわ」
「うまく管理局の捜索をかわしながら、それでもジュエルシードを集めをしてるなんて、普通じゃちょっと難しいかも」

難しい表情を浮かべるなのは・美琴・インデックスの三人。
彼女達を含めて、ユーノ・上条・土御門・ステイルの計七人はアースラ内部食堂にいた。
特に注文をしたわけではなく、ただ椅子に座って話し合いをしている感じだ。
もっとも、インデックスのみハンバーグを注文して、それにがっついているのだが。

「こっちに来てから十日経ったけど、ナンバー8、9、12の計三つのジュエルシードが集まったわけだけど……」
「そしてアイツが手に入れたのは2と5の二つだ。とすれば、残りは後……」
「6個ってところだにゃー」

後6個。
ここまで順調にジュエルシードを発見してきた彼女達だったが、ここにきて空振りする日が多くなってきてきた。
何の収穫も得られない日々。
ただ時間だけがいたずらに過ぎて行き、なのはが家の人にも会えない日もそれだけ長くなっていた。

「なのは……ごめん」
「ふぇ?」

突然謝ってきたユーノに、なのははそんな腑抜けた声を出してしまう。
上条は、なんとなくユーノが言わんとしていることを理解することが出来たが、それよりも先にユーノが言葉を繋いだ。

「寂しくない?」

するとなのはは、こう答える。

「別に、ちっとも寂しくないよ。ユーノ君や上条さん達が一緒だし、一人ぼっちでも結構平気」
「一人ぼっちでも平気って……」

上条はその言葉に、少しばかり違和感を感じていた。
何故なら、この世界に来てから孤独に苦しむ少女を見てきたからだ。
もちろんこの世界に限らず、元の世界でも、孤独に苦しむ人々を何人か見たことがある。
それだけに、一人でも平気というのが、何だか少し違和感を感じられたのだ。
だがそれにはきちんとした理由があることを、上条はまだ知らない。

「ちっちゃい頃はよく一人ぼっちだったからね。私がまだ小さい時に、お父さんが仕事で大怪我しちゃって、しばらくベッドから動けなかった事があるの」

悲しそうな表情を浮かべつつ、なのははその時のことを語り出す。
もちろん、上条達は無駄に口をはさむような余計な真似はしない。

「まだ喫茶店も始めたばかりで、今ほど人気がなかったから、お母さんとお兄ちゃんは、いつもずっと忙しくて、お姉ちゃんはずっとお父さんの看病で、だから私、割と最近まで家で一人でいることが多かったの。だから結構慣れてるの」
「……」

その時のなのはの目が、どこか悲しそうで。
それはあの時はやてが見せた目と似ていると、上条は感じていた。
この子は強がっているだけだ。
本当は寂しいはずなのに、それを『もう慣れてるから』や『寂しくはない』という嘘をついて、無理矢理気持ちを抑えつけているだけなのだ。
なんとなくだが、そう感じ取ることが出来てしまった。

「……なのは、嘘をつくのは止めようぜ」
「ふぇ?」

だから上条は、なのはの話が終わった時に、思わずそんなことを口走ってしまった。
これにはなのはも驚いた。
なのはに限らず、美琴達もだ。

「寂しくないなんてただの嘘だ。そうやって嘘を言っていれば、寂しくないって思えるからな」
「え、いや、私は……」
「俺はお前のように孤独に苦しんできた少女を知っている。ソイツは両親が先に死んでしまって、身元引受人となっている父親の友人を名乗る人物も、ずっと家にはいなくて、今までずっと一人で生きてきた。食事も洗濯も、身の回りのことは自分で何でもこなしてきた。ソイツもお前のように孤独に耐えてきたんだ。けど、耐え切れなかった。孤独でいるということは、それだけ辛いことだってこと、お前だって分かってるんだろ?」

脳裏に思い浮かぶのは、はやてが上条の胸の中で泣いていたあの日の光景。
人間が孤独で過ごすというのは、本当に辛いことで。
なかなか耐え切れることではない。
人の心は脆い。
何かの拍子に壊れてしまう。
それを何とか先延ばしにしようと、人は孤独という寂しさを嘘で塗りつぶしてしまうのだ。

「なるほどな。カミやんの言葉にも一理あるかもにゃー。一人でいるということは、それだけ精神を使うこと。なのはのような小さな女の子は、もう少し周りに甘えてみてもいいんじゃないかにゃー?」
「土御門さん……」

口調こそ冗談的なものであったが、それでも彼もなのはのことを想って言ってくれていた。
誰しも、周りに誰かがいてくれなくては。
支えてくれる存在がいなくては、いずれ挫けてしまうもの。
人は一人では生きていけないということは、つまりはそういうことなのである。

「なるほどね。なのはがあの時自分一人で抱え込んでしまっていたのには、そんな理由があったのね」

美琴は、街の中で暴走したジュエルシードの存在に気付けなかった時のなのはの反応を思い出しつつ、そう呟いた。
家族に迷惑をかけないように、ずっと一人でいることを選んだ幼い時のなのは。
それは間違った選択ではない。
ただし、必ずしもそれが100点満点の答えではなかった。
甘えたかっただろう。
話したかっただろう。
だから上条は、なのはにこう言ったのだ。

「もしも辛いと感じた時は、俺達を頼ってくれればいい。お前は少し小学三年生っぽくないんだ。一人でやろうとする癖があるんだ。そんな危なっかしい奴を、俺は放っておけないんだ」
「上条さん……」

ポン、と頭に右手を乗せてくる上条の名前を、なのはは呟く。

「これだけ周りに頼りになりそうな奴らがいっぱいいるんだ。少しは俺達を頼ってくれてもいいんじゃないか? まぁ家族に会わせてくれって言うのはさすがに俺達じゃどうにもなりそうにないから、代わりと言っちゃあ難だが、俺達がお前の支えになってやるよ、なのは」

なのはには、支えてくれる存在が必要だった。
喧嘩をしたまま、未だに和解していない友人。
本当のことを言えないまま、隠し事をしてまで離れ離れにならなくてはならなかった家族。
ある意味今、なのはにとって一番近い存在は、上条達なのかもしれない。
彼らは事情を分かっていて、それでも尚魔法など関係なしに友人になろうとしてくれる人達だ。
そんな彼らに、いや、彼らに限らずとも、なのはは周りの人にもう少しだけ甘えてもいいのではないか。
それが上条達の共通認識だった。

「まったく。とうまはいっつも女の子に優しいんだから。けど、今はそれでもいいかも。とうまが変わらずにいてくれていることが、私にとってとっても嬉しいことなんだよ」
「なんだよそれ。俺は別に女の子だから優しくしてるってわけじゃないんだぞ? ただ放っておけない奴がいたら、迷わず手を差し伸べるだけだ。つっても、俺もそこまで器用な奴じゃないけどな」

上条は、周りの人達が幸せになるのなら。
自分の周りの世界が幸せになるのなら、それでいいと考えていた。
小さな世界が守られる瞬間を、彼は何度も目撃しているのだから。

「……分かりました。私、もう少しだけ上条さん達に甘えてみたいと思います」
「そうだ、その意気だぜなのは」

笑顔で上条は言う。
その笑顔を見て、なのはは思わず顔を赤くしてしまった。
そんな様子を見て、ステイルが一言。

「君のそのふざけた能力は、どうやら小さな女の子にも通用するようだね。立派なロリコンだよ」
「それ前にも御坂に同じようなこと言われた気がするし、大体お前には言われたくねぇよ! このむっつりスケベな似非神父!!」
「むっつりスケベだと!? 僕はただこの子が幸せになってくれればそれで構わないだけだ!!」
「最近じゃ小萌先生もお前にご執着みたいだし、実はお前こそロリコンなんじゃないのか!」
「なっ! 何故君は今この空気の中でそんなことが言えるんだ!! ……って、どうしてみんな僕の周りから避けて行く!!」

さっきまでシリアスな雰囲気だったのに。
あっという間にそれはコメディ風味に変わっていて。
いつの間にかステイルの周りには、妙な空間が出来あがっていた。
そしてインデックス達は、まるで何か珍しいものでも見るような眼で、ジッとステイルのことを見ていた。

「へぇ。貴方ってロリコンだったのね」
「どうりで禁書目録を見る目がちょっと怪しかったわけだにゃー。それに、なのはのことを見る時も、何だか視線が熱いように感じられたぜい」
「お前がそれを言うか! 義理の妹にメイド服を着せて喜んでいるシスコン野郎に言われる筋合いはない!!」
「おっとステイル。さすがに俺も舞夏のことを話に出されたら黙ってるわけにはいかないにゃー」

青筋を立てながら、土御門がやけにドスの効いた声でステイルを威嚇する。
しかしステイルに対して効果はイマイチのようだ。

「大体君の場合は禁忌中の禁忌じゃないか! 僕のことをロリコンだと指摘する前に、自分のその異常性癖を見直したらどうなんだ?」
「舞夏に対する俺の愛情は山よりも高くて海よりも深いんだにゃー。それを否定すると、いくらステイルとはいえ痛い目にあってもらうぜい? それを言ったらカミやんは、ここまで幼女としか同居していないじゃないか。そこらへんはどうなんだ? ん?」
「どうしてここで俺のことを出すんだよ! そりゃあ元の世界ではインデックスが居候として家の食費をどんどん食いつくすし、こっちの世界に来てからなのはの所にお世話になったり、フェイトの所にもお世話になったりしてるけど、別にやましいことは何一つしていない!」
「食費を食いつくすって、それはどういうことかなとうま?」
「ていうかアンタ、そこのシスターと同棲してたの!?」

まずステイルが土御門のことを異常性癖の持ち主だと指摘し。
そこで何故か土御門が上条を巻き添えにして。
上条の発言を聞いてインデックスが激怒し。
そして同じように上条の発言を聞いて、美琴が心底驚いていた。
……なんとなく、段々なのはとユーノが置いて行かれているような気がした。

「とうま……今日という今日は許さないかも」
「こっちも今日という今日は言わせてもらうぞ! 大体お前は人様の家でも遠慮なしに食いまくるとか、なのはの家の人達に迷惑とか思ってねぇのかよ!」
「ふぇ? 私達は別に迷惑だなんて思ってませんよ? むしろ食事が楽しくなってきて……」
「なのは、無理言うのはよくないわよ。さすがにあれは私の目から見ても食べすぎだと思うわよ。まぁ楽しくなったと言うのは嘘じゃないかもしれないけど」

美琴が、日頃のインデックスの食いっぷりを思い出しながらそう呟く。
それほどインデックスは異常なまでの胃を持っているのだ。

「そもそも変態度で言ったら、俺達なんかよりもユーノの方が数段上だぜ?」
「なっ!? どうしてそこで僕が出てくるんですか!!」

突然上条によって話題に出されたユーノが、これまたかなり驚いた様子で言葉を返してくる。
いきなり話に出された上、しかもこの中で一番変態だと言わんばかりの台詞を言われたのだから、否定したくもなるだろう。

「だってお前、フェレットの姿してるからって、女の子の着替えシーンを何度も目撃したり、挙句の果てには風呂覗こうとしたじゃねえか!」
「あの時上条さんが助けてくれたおかげでお風呂は一緒だったじゃないですか! そもそも僕だって覗くような真似はしてませんよ! なのはが着替えてる時だってちゃんと後ろを向いて……」
「ふぇええええええええええええええええええ!!」

恐らくなのはは、その時の光景を思い出してしまったのだろう。
思えばフェレット状態だったから、ユーノの前では結構無防備だった場面が多かった気がする。
その日々を思い返すだけで、赤面になるには十分すぎた。

「やっぱりユーノって、変態だったのね……」
「女の敵かも!」
「二人ともそんなこと言わないでくださいよ!!」

本当に段々収拾がつかなくなってきた。
誰も止める人はいない。
ただ意味もなく騒いでいる。
だがそんな中で、なのはは何か別の感情が芽生えていた。

「(何だか楽しいかも……)」

そう。
この中でなのはは一人じゃないのだ。
孤独じゃないのだ。
誰かがそこにいて、自分のことを話に出してくれて。
まるでアリサやすずかと話しているような、そんな楽しい感じ。
短い時間ながらも、自分達はここまで会話出来る仲になっていたことが、たまらなく嬉しかった。
そして上条に感謝していた。
気にかけてくれて、本気で心配してくれて。
傷ついた時には優しく言葉をかけてくれて。
そんな上条に対して、なのはは……。

『緊急召集! 緊急召集!』

その時、食堂内にそのような連絡が入った。



「アルカス・クルタス・エイギアス。煌めきたる天神よ、今導きの元、降り来たれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

鉛の空。
海上で巨大な魔法陣を展開し、そしてジュエルシードを探すフェイト。
呪文の詠唱と共に、魔法陣から何本かの雷が海の中を貫いていた。
それでも、フェイトによる呪文の詠唱は終わらない。

「(6個のジュエルシードは多分海の中だ。だから海の中に電気の魔力流を叩きこんで、強制発動させて位置を特定する。そのプランは間違ってないけど、このままじゃフェイトが……!! こんな時に、トウマがいてくれたら……!!)」

見守るアルフは、フェイトのことを心配しつつ、その場に上条がいないことに対して苛立ちに近い感情を覚えていた。
こんな時に上条がいてくれたら、あるいは止めてくれたかもしれない。
唯一の希望すらなくなったアルフに、もはやフェイトを止めることは出来なかった。
……いや、結論から言ってしまえば、例えその場に上条がいたとしても、止められなかっただろう。
何故なら上条は、フェイトが母親の為にジュエルシードを集めるという想いを踏みにじることは今まで一度たりともしてこなかったからだ。

「撃つは雷。響くは豪雷。アルカス・クルタス・エイギアス!!」

瞬間。
魔法陣の上に、無数の眼が出現する。
それらが魔法陣を囲うと、そこから太い雷が海の中を貫いて行く。
そして現れる、6つの青き光。
間違いない、これこそジュエルシードの光だ。

「見つけた……残り6つ!」
「(こんだけの魔力を打ち込んで、さらにすべてを封印して、こんなの、フェイトの魔力でも絶対に限界越えだ!)」

無茶をし過ぎていた。
今のフェイトは、確実におかしかった。
いくら残りのジュエルシードを集めようと焦っているとしても、これはやりすぎだ。
一つずつ慎重に封印していくという手もあるだろうに、それすらも思い浮かばない。
母親に急かされて、上条が目の前から一時的とはいえいなくなってしまい。
心の支えになってくれるような人がいなくなってから、フェイトは無理をし過ぎるようになってしまった。
今までは、ある意味上条がそばにいてくれたおかげであまりに大きすぎる無茶はしなかった。
何故ならそれ以上の無茶を上条がする為、目を離せなかったからだ。
しかし今はそんな上条がいない。
フェイトにとってストッパーとなってくれる存在は、何処にもいないのだ。

「アルフ! 空間結界とサポートをお願い!」
「……ああ! 任せといて!」

だから今アルフに出来ることは、少しでもフェイトの負担を軽くすること。
彼女の身体だってフェイトの魔力が通っているのでそれも叶わないかもしれないが、それでもフェイトにはあまりに多くの負担をかけたくない。
フェイトのことが大切だから。
たった一人の、アルフの主人だから。
使い魔として擬似的に植え付けられた感情なんかではなく、本当の意味で、アルフはフェイトのことが大好きなのだ。

「(だから誰が来ようが何が起きようが、アタシが絶対守ってやる!!)」

アルフの決意は固まった。
フェイトのことを守り通す。
例え管理局が来ようが、フェイトの母親が来ようが。
そのすべての脅威から、フェイトを守る。
それは無理なことなのかもしれない。
それはとてつもなく大変なことかもしれない。
けど、彼女はフェイトを守りたかったのだ。
もうこれ以上、彼女一人怪我を負うのは御免だったのだ。

「……行くよ、バルディッシュ。頑張ろう」

バルディッシュに向けて言葉をかけるフェイトを、アルフはもう一度眺める。
その後で、自分の足元に広がる海を見る。
ジュエルシードの暴走によって、海は完全に荒れ果ててしまっていた。
竜巻が起き、波は強くなる。
そんな中、フェイトは一人アルフのサポートを受けながら、ジュエルシードを封印することに集中していた。



「何とも呆れた無茶をする子だわ!」
「無謀ですね……間違いなく自滅します!!」

アースラ艦内モニターで、荒れ狂う海の中を一人駆け巡るフェイトを見ながら、リンディとクロノが言う。
彼らの言う通り、フェイトは無茶をし過ぎている。
それこそ、自分の身が滅ぶことを恐れていないかのように。

「フェイト……アイツ、あんなに無茶ばかりしやがって……!!」

上条は、単身で戦っているフェイトを見て、唇を噛み締めていた。
悔しかったのだ。
フェイトの近くにいれない自分が、憎かったのだ。
もし自分がそばにいてあげることが出来たら、フェイトはこんな無茶をすることはなかっただろうに。

「カミやん、今更後悔したって過去に戻れるわけじゃない。今はただ、これから何をすべきかを考えるのが先決だ」

冷静な口調で、土御門は言う。
だが、内心フェイトの行動に冷や冷やしていた。

「あの子……大丈夫かしら?」
「自分の持つ魔力を明らかに超えている。このままだとフェイトは墜落してしまうかも!」

美琴は純粋にフェイトのことを心配し、インデックスは焦りながらも分析をする。
インデックスは、魔術こそ使えないがこう言ったことに関しては人一倍敏感だ。
だから一目見ただけで、その人がどんな状態なのかを把握することが出来た。

「あの! 私急いで現場に!!」

なのはは、一刻も早くフェイトの所へ行って、手助けをしたいと思っていた。
このままフェイトが倒れ行く姿を見るより、何十倍もマシだから。
それが、自分に出来る最大限のことだから。
しかしクロノは、そんななのはの決意を否定した。

「その必要はないよ。放っておけばあの子は自滅する。仮に自滅しなかった所で、力を失った所を叩けばいい」
「なっ!?」

真っ先に驚いたのは上条だった。
クロノの決断に驚いた、というよりも憎しみの方が遥かに上回っていただろう。
何故この人物はそこまで冷酷な決断を下せるのか。

「テメェ……目の前で人が苦しんでいるのに、それをただ黙って指を咥えて見てろって言うのかよ!!」

クロノの元まで歩み寄り、その胸倉をつかみながら上条は叫ぶ。
だが、クロノは構わず。

「今の内に捕獲の準備を!」
「了解!」

クロノの言葉に、局員の一人が反応する。
その様子を見て、ますます上条は激怒した。

「テメェら、一体人の命を何だと思ってるんだよ!!」
「落ち着け上条当麻。この場合彼らの言い分の方が、世間一般的には正しい。組織として、当然のことをしているまでだ」
「んなっ!?」

口を挟んできたかと思えば、ステイルがまさかのクロノの味方をしてきた。
このことに、上条はともかく、美琴やインデックス、そしてなのはまでもが驚いていた。
しかし土御門は平然とした表情を浮かべていて、恐らくステイルと同じ考えを抱いているのだろうということがよくわかった。

「彼の言う通りよ。管理局(わたしたち)は常に最善の選択をしなければいけないの。残酷に見えるかもしれないけど、これが現実」
「でも……」

そう。
犯罪者を前にして正義がすべき行動はただ一つ。
正義にとって悪となる犯罪者達を、如何に無力の状態で確保するか、だ。
故にこの場合、フェイトが悪であると判断した管理局(せいぎ)の判断は、正しいということになるのだ。
組織に属するステイルや土御門には、そのことがよく分かっていた。
分かってはいても、理解することが出来るか出来ないかは別の話になってくるが。

「なるほど。確かに管理局としてはその行動は正しいことなんだろうよ。けどな、正義名乗っといて、何で目の前で苦しんでる奴に手を差し伸べようとしないんだよ!!」
「犯罪者に差し伸べる手はない。それが例え少女であろうと、代わりないことだ」
「クロノ。お前は管理局のことを絶対正義だと言ったけどな、今のお前は俺達にとって悪だ。何の事情も知らない癖に、フェイトを見捨てろだなんて俺には出来ない!!」

そして上条は、その場から走り出す。
そのまま部屋に行き、もう一度元の場所に戻ってきた時。
その手に持っていたのは。

「なっ……それは……!?」

手にするものを見て、クロノが叫ぶ。
上条の手に抱えられていたのは、『機械』だった。

「お前も知っての通り、これは『機械』だ。これを使うことで、世界と世界をぶつけて歪みを生じさせ、その世界に行くことが出来る。まぁ両者共に違う世界であることが絶対条件だが、幸いアースラとフェイトがいる世界は別世界だから、それもうまく起動するってわけだ」

上条が抱える『機械』を見ながら、土御門が説明する。
その一方で、クロノとリンディは唖然としていた。
転移魔法が使えないから、そこまでの苦労をしなければならないのに。
そこまでの苦労をしてまで、どうして組織的に間違った行動をとろうとしているのか、と。

「正直な話、君達の判断は気に食わない」
「俺達がするべきことは、そんなくだらないことではないはずだ」
「確かに組織としては正解の判断だと思うけど、それでも人間としては間違った答えです! 申し訳ございませんが、私達は貴方達の命令に従うことは出来ません!!」
「それが例え組織として間違った答えだとしても、私達はフェイトのことを助けに行くかも! 私には力はないからここにいることしか出来ないけど……」
「ステイルさん、土御門さん、美琴さん、インデックスさん、上条さん……!!」

なのはは、自分の意見に対して味方をしてくれる上条達に、ただ感謝をしていた。
やはり自分は、いい人達を持った。
そう感じることが出来た。

「君達まで命令違反をするつもりなのか!」
「悪いな、クロノ。俺達は悪に味方してやれる程甘い人間じゃないんだ。だから俺達は行く。行ってアイツらを助けてやるんだ!!」
「なのはもあの子と話がしたいんでしょ? だったら……分かってるわよね?」
「はい!」

上条がクロノに対してそう言葉を言い。
最終確認、と言わんばかりに美琴がなのはに尋ねる。
なのはの答えはすでに出ていた。
だからなのはは首を縦に振った後で、ただ走り出すだけだった。
その先に居たのは。

「「……(ニッ)」」

すれ違う時、なのははその人物に向けて笑顔を見せる。
同じように、そこに立っていた人物―――ユーノがなのはに笑みを見せた。

「なっ!? 君は……!!」

クロノは、ユーノがそこにいたことに驚き、慌ててなのはを追いかけようとする。
しかしその前に、ユーノが両手を広げて立ちふさがった。

「俺達も行くぞ!」
「ああ、カミやん。座標入力は俺に任せろ。だから貸せ!」
「ああ!」

上条は土御門に『機械』を渡す。
すると土御門は、『機械』に備え付けられていたキーボードで安全地帯を入力し、そして……。

「「!?」」

驚いたのは、クロノとリンディだ。
何しろ、目の前に巨大な渦みたいなものが出現したのだから。

「タイムウエイトは10秒。みんな急いで入れ!!」

土御門の言葉と共に、上条・ステイル・美琴の三人は入って行く。
インデックスは今回は待機ということで、アースラ内でクロノやリンディ達に説明を求められたら、その解説役をすることになっていた。
そんな中、ゲートに立っているなのはが、クロノ達に向かってこう言った。

「ごめんなさい! 高町なのは、指示を無視して勝手な行動をとります!!」
「あの子の結界内へ、転送!!」

なのはの言葉と共に、ユーノがなのはのことを転送する。
同時に上条達が入り込んだ渦は完全に塞がり、まるで最初からそこには何もなかったかのような状態となった。

「……くっ!」

悔しそうに、クロノが唇を噛み締めた。



上空に現れた、なのは。
すでにその格好はバリアジャケットを纏っていて。
アルフ達から見てみれば、それはすでに戦闘開始の合図だった。

「(くっ! こんな時に……)」

気付いたアルフは、即座になのはに向かって走り出す。

「フェイトの……邪魔をするなぁああああああああああああああああああ!!」

爪で、なのはの身体を引き裂こうとする。
しかし、その前に何かに阻まれた。

「違う! 僕達は君達と戦いに来たんじゃない!!」
「何!?」
「上条さん達も下にいる! だから下まで行って迎えに行ってあげて!!」
「トウマ達もいるのかい!?」

声に出して驚いたのはアルフだったが、封印している最中のフェイトも、これには驚きを見せていた。
なのはが来ただけでも、そしてそのなのはが協力すると言ってきたことにも驚きだったのに。
さらにはこの場に上条が来てくれたことが、何よりも嬉しかった。

「当麻……」

上条がそばにいてくれている。
それだけで、フェイトは力が湧いてくるような気がした。
心の内側から、今までなかった力がこみ上げてくるような、そんな感覚。
アルフは上条達がいるところまで急いで向かう。
そしてそこには。

「アルフ!」
「トウマじゃないか! それと……その人達は?」

アルフにとって見たことない人達が多数いた。
少なくとも、ステイルと土御門の二人を見るのは今日初めてである。

「コイツらは俺の知り合いだ。それより時間がないんだろ? 俺をフェイトの所まで連れてってくれ!」
「ああ、そうしてくれるとアタシも助かるよ! 今のフェイトには、アンタの支えが必要だ!!」

上条は、右手でアルフの身体に触れないように注意しながら、その背中に乗る。
そんな上条の後ろ姿に、美琴が言った。

「言っとくけどアンタ。ちゃんと生きて帰って来なさいよね! こっちで何かが起きたらこっちで解決するから!!」
「ああ、分かってる!!」

それだけを伝えると、上条はアルフに上空へ向かうように頼む。
アルフは言われなくてもそのつもりだった。

「フェイトちゃん!」
「!?」

6本の竜巻が荒れ狂う海から天まで上り詰めている中。
なのはがフェイトに話しかける。
そしてフェイトがその声に気付いた時には、すでになのははフェイトの隣にいた。

「一緒にジュエルシードを封印しよう!」
「え?」

語りかけるなのは。
そして、それは唐突な出来事だった。
レイジングハートから、桃色の、一筋の光が発せられる。
それはフェイトの持つバルディッシュに差しこんだかと思えば。

「Power charge」

そう。
今なのははフェイトに自分の魔力を少し分けたのだ。
今のままのフェイトだと、どう頑張った所でジュエルシードを全部封印するのは不可能。
ましてその半分も封印することが出来ないだろう。
だが、二人なら。
複数人ならそれが出来るかもしれない。

「二人できっちり半分こ!」
「……」

フェイトは、なのはのことを見る。
対してなのはは、フェイトのことを見て笑顔を浮かべた。

「アルフ! ユーノのサポートを!!」
「分かったよ!」

現在なのは達に襲いかかる竜巻は、ユーノから出されているチェーンバインドによって止められている。
だが、一人で6本ものそれを止めるには、少し足りないくらいだった。
そこで、アルフの助けが必要になってくる。

「トウマ! 右手で魔法陣に触れないように気をつけてくれよ!!」
「分かってるよ! 俺の右手が触れちまうと、それも壊れちまうからな!!」

背中に乗る上条に、アルフが告げる。
上条はもちろんそのことを了解していた。
その間、なのはとフェイトは封印に専念することが出来る。

「ユーノくんとアルフさんが必死に止めてくれている。他のみんなだって、私達の力になってくれている! だから今の内! 二人でせーので一気に封印!!」

その言葉と共に、なのはは飛ぶ。
レイジングハートは『Shooting mode』に形状を変化させていて、封印する準備はこれで整った。
フェイトは、少し戸惑いながらもバルディッシュを構える。
……いや、戸惑いは消えた。
何故なら、上条の姿を見たからだ。

「フェイト! なのは! 一気にやっちゃってくれ!!」
「はい!」
「!? うん!!」

その言葉と共に、決意は固まった。

「ディバイン・バスター、フルパワー……いけるね?」
「All right,My master!」

上空に展開される、巨大なる二つの魔法陣。
それは一つの目的に対して放たれる、一撃必殺の大技。
己の持つ魔力のすべてを撃ち放ち、今、6つのジュエルシードを封印する。

「せーの!!」
「サンダー……」
「ディバイン……」
「「バスター!!(レイジ!!)」」

なのはの掛け声の後、二人は同時にそれぞれの技を撃ち放つ。
桃色と金色の閃光が混じり、それは6つのジュエルシードに衝突する。
その衝撃波は、辺り一面に……半径5km圏内に広がる。

「こっちにも来る!」
「くっ!!」

とっさの判断で、美琴は衝撃波を避ける為に辺り一面に電撃を撃ち放つ。
その衝撃を利用して、衝撃波を打ち消すのだ。
力には力で。
超能力者(レベル5)である美琴には、それが可能だった。

「……」

やがてその衝撃波が収まった時。
フェイトとなのはの目の前には一筋の青き光が差し込む。
その中に、6つのジュエルシードがあった。

「ああそうだ、やっと分かった……」
「?」

突然のなのはの呟きに、フェイトは少し戸惑う。
しかし、そんなフェイトを差し置いて、なのはは理解した。
フェイトは孤独な少女だった。
そんな孤独な少女に必要だったのは同情でも慰めでもなんでもなく……。

「私、分け合いたいんだ。友達に、なりたいんだ」
「!?」

その言葉に、フェイトは救われた。
相棒(アルフ)、支え(かみじょう)、友達(なのは)。
彼女の周りには、いつの間にか多くの存在がいたのだ。
彼女は一人じゃない。
孤独なんかじゃない。
彼女は本当の意味で救われるのだ。
後は、差し伸べられたその手を掴むだけ。
フェイトは、そっとなのはに手を差し伸べる。なのはも、そのフェイトの手をつかみ取ろうとする。
……そこで、事件は起きた。

「!?」

ダァン! という轟音と共に、紫色の閃光が走る。
それは事もあろうか……フェイトの身体に直撃した。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「フェイト!!」

背中に上条を乗せたアルフは、急いでフェイトの元へと向かう。
そして上条は、フェイトの身体に近づいた瞬間に、右手でその身体に触れた。
瞬間、パキンという音がなり、攻撃は唐突に止まる。
ただし、その時の反動で上条は海の下まで落下して行く。

「トウマ!!」

すでに人型となりフェイトの身体を支えていたアルフは、上条の名前を叫ぶ。
そんなアルフに、上条は言った。

「ジュエルシードを三つ持って、撤退しろ!!」
「!?」

言われたら、従うしかなかった。
アルフは急いでジュエルシードを三つ回収し、その後海に向けて魔力弾を撃ち放ち、波を起こさせる。
それを目くらましとして活用し、フェイトの身体を担いだままその場から立ち去って行った。

「……ふぅ」

その後、上条は美琴が磁力を用いて作りだした船の上に着地し、海に落ちるという事態だけは避けることが出来た。

「……フェイトちゃん」

誰もいなくなったその空間に向けて、なのははその名前を呟くのだった。
海は相変わらず荒れていて、雷がなのはの背後で鳴り響いた、気がした。



次回予告
指示を無視してフェイトの所へ向かった上条達。
そんな彼らに、リンディは今回の事件の黒幕を伝えると共に、一休みするように上条達に告げる。
そして戻ってきたなのはは暫しの休息の時間を楽しんだ後、フェイトとの決戦をすることとなる。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『一時休暇(へいおんなひととき)』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] 無印『ジュエルシード』編 13『一時休暇(へいおんなひととき)』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/03/29 14:48
海上での出来事から数分後。
アースラに引き返してきた上条達は、リンディ達より今回の事件の黒幕について聞かされることになる。

「クロノ、今回の事件の大元について何か心当たりは?」

リンディが、クロノに対してそう質問する。
クロノはその質問に対して、

「はい。エイミィ、モニターに出して!」
「はいは~い♪」

クロノに言われて、エイミィが楽しそうにそう答える。
そしてモニターを映し出して、上条達にも見せる。
上条は、その人物に対して驚きを見せることはなかった。

「(やっぱりか……)」

上条は、ある程度予測できていた人物がそのモニターに現れたことに対して、大きな驚きを見せることはなかった。

「この人物は誰なんだい?」

尋ねたのはステイルだった。
彼らはこの人物のことを知らない。
当然と言えば当然の結果だった。

「僕達と同じミッドチルダ出身の魔導師、プレシア・テスタロッサ」
「テスタロッサ? フェイトと同じ名字じゃない」

美琴は、クロノの言葉を受けてその事実に気付く。

「もしかしたら親子の可能性があるかも……それで、そのプレシア・テスタロッサというのはどのような人物なの?」

インデックスは、クロノにプレシアについての情報を求める。
もうお分かりになっただろうが、クロノが言う今回の事件の黒幕と思われる人物は、プレシア・テスタロッサのことである。
彼女が中心となり、フェイトにジュエルシードを回収させていると管理局は疑っているのだ。
いや、事実それが正解であるのだが。

「彼女の専門は、次元航行エネルギー開発。偉大な魔導師でありながら、違法研究と事故によって放逐された人物です。攻撃データとさっきの魔力波動も一致しています」
「そして、フェイトはそのプレシアの娘だ。これは間違いなく事実だ」

上条が言うことには説得力があった。
というより、なのはを除くメンバー全員が知っていたこと。
何故なら上条はその人物を一度目撃していて、対決までしたことがあるのだ。
その経緯に関してを述べる場合、フェイトの秘密まで口にしなければならないので、そのことは固く口を閉ざしているのだが。

「あの時、驚いているっていうよりは、怖がっているって感じでした……」

なのはが、少し悲しそうな目をしながら呟くように言う。
確かに、攻撃が来た時にフェイトは怖がっていた。
それ以上に、悲しかったのだ。
実の母親に裏切られたような気分で。
その雷こそ、作戦失敗によるお仕置きの合図に見えて。
さすがになのは達も、そこまで想像することはできなかった。

「エイミィ! プレシア女史についてもう少し詳しいデータを出せる? 放逐後の足取り、家族構成、何でも!」
「はいはい! すぐ探します!」

リンディに言われて、エイミィが情報収集に努める。
まだ情報が少ない。
もう少し、情報が欲しい。
彼女の足取りを掴めないことには、捕まえることすら叶わない。

「俺達の方でも何か出来ることはないのか?」

上条は、じっとしていられないのか、そわそわしながらそう言った。
それに答えたのは、土御門だった。

「俺達に出来ることは、今の所はないにゃー。今は出番が来るまで待つしかないぜい」
「まったく……こっちから何も手出しできないなんて……」

美琴が悪態をつく。
彼女としては、このような冗長な展開は望んでいないことだ。

「とにかく、今は彼女が情報を集めてくれるのを待とう。それしかないよ」
「……そうだな」

ステイルの言葉を聞いて、ようやっと上条は落ち着く。
結局、今の彼らに出来ることと言えば、ただ待つことだけだった。



そして数時間が過ぎ。
エイミィよりある程度情報が集まったという知らせを受けて、上条達はリンディ達の元へ集まった。
そこで、エイミィによるプレシア・テスタロッサのデータについての発表が始まる。

「プレシア・テスタロッサ……ミッドの歴史で、26年前は中央技術開発局の第3局長でしたが、当時彼女個人が開発していた次元航行エネルギー駆動炉『ヒュードラ』使用の際、違法な材料を用いて実験を行い、失敗。結果的に、中規模次元震を起こしたことが元で、中央を追われて地方へと移動となりました。随分揉めたみたいです。失敗は結果に過ぎず、実験材料にも違法性はなかった、と」
「双方の理解の不一致か……よくある話ではあるな」

ここまで聞いて、土御門がそう反応を示す。
確かに、そのような理解の不一致はよくある話だ。
特にそれが組織単位の問題となってくると、問題のもみ消しや上層部の情報操作による不正な人事異動の為の材料とされてしまう可能性もある。
もしかしたら、プレシアの一件もそれに当てはまるのかもしれないが、今はそんなことは関係ないだろう。

「辺境に移動後も、数年間は技術開発に携わっていました。しばらく後、行方不明になって……それっきりですね」
「家族と、行方不明になるまでの行動は?」
「その辺のデータは、綺麗さっぱり末梢されちゃってます。今本局に問い合わせて調べてもらっておりますので……」
「時間はどれくらい?」
「一両日中には」

エイミィとリンディによる会話が展開される。
エイミィが調べ上げたデータを組み合わせてみても、プレシアの過去が分かるだけで、今現在のことは何一つ判明されていない。
それには何かわけがあるのだろうか?
考えると、キリがないことだ。

「フェイトが娘だという事実すらも末梢されているなんて……一体それはどういうことだ?」
「……」

土御門が呟く中、上条は少し別のことを考えていた。
プレシアの資料の中に、『フェイト・テスタロッサはプレシアの娘である』ということが書かれていないのは、当り前のことなのだ。
何故ならフェイトはエイミィが調べた過去の話の中に登場する人物ではなく、記録が途絶えている現在の中に登場する人物だからだ。
だとしても、細かい家族編成まで記録が出てこないというのは、どういうことなのだろうか?

「ただ、少し妙なデータが出てるんですよね」
「妙なデータ?」

エイミィの言葉を聞いて、リンディが首を傾げる。
妙なデータ、それは一体どういうことなのだろうか?

「家族構成を調べていたら、何故か『世界の調律師』ってキーワードが出てきたんですよね……」
「『世界の調律師』? 聞いたこともない言葉ね……」

リンディ達が聞いたことがないのは無理もない。
何故ならその言葉は、上条達の世界で通じる話であるのだから(それも、ごく一部の人間のみ)。

「『世界の調律師』……まさかな」

上条の脳裏に一瞬思い浮かんだのは、アジャストの姿だった。
彼の頭の中で『世界の調律師』という言葉が当てはまるのは、彼しかいなかったからだ。
しかしこれはただの偶然だろうと、上条は判断した。


「まぁそれはともかく、プレシア女史もフェイトちゃんも、あれだけの魔力を放出した直後では、そうそう動きは取れないでしょう。その間にアースラのシールド強化もしなきゃいけないし……」
「何? アースラが攻撃されたのか?」

地上に降りていた為その事実を知らなかった土御門が、そう尋ねてくる。
それに答えたのは、まさかのインデックスだった。

「うん。とうま達が地上に降りて、フェイトに紫色の雷が当てられた直後、この船にも攻撃が放たれて、結構中が揺れたんだよ!」
「機体に大きな破損こそなかったけど、シールドが弱体化してしまったのは事実だ」

補足するようにクロノが言った。

「……貴方達は一休みしておいた方がいいわね」
「「え?」」

思ってもみなかった言葉であった。
リンディの言葉を待ってみれば、その口から出てきたのは、休暇を示す言葉だった。

「特になのはさんは、あまり長く学校を休みっぱなしだとよくないでしょ」
「まぁ、そりゃそうだよな……小学校は義務教育なわけだし」

同意する上条。
なのはにしてみれば、この事件が終わるまできちんとけじめをつけたいと思う所ではあったが、さすがに小学校のことを出されてしまうと何も言えなくなってしまうのが事実だった。

「一時、帰宅を許可します。ご家族と友人に、少し顔を見せておいた方がいいわ」
「はい」

友人という言葉を聞いて、なのはの頭の中にアリサの顔が思い浮かぶ。
ここに来るまでに、結局仲直り出来なかった親友。
すずかともここ数日顔を見せてもいない。
それを思い返して、なのはは謝らなければならないと改めて認識した。

「ってか、俺達も一旦元の世界に帰るか? せっかく『機械』があることだし……」
「あーそのことなんだけど、カミやん……言いにくいんだが……」
「何だ? 何か問題でもあるのか?」

折角休暇がもらえることだし、自分達の世界に一度帰るのもいいのではないか?
というか、一旦授業に参加しておかないと、上条としても単位が足りなくなってしまう。
このままだと赤点どころか留年も覚悟しなければならない。
そう考えていた上条に、土御門が水を差す。

「実はだな……その『機械』、俺達の元の世界の座標を打ち込むと、何故か反応しないんだ……だから、ぶっちゃけ俺達が元の世界に戻るのは今の所不可能ってところだにゃー」
「……な、何だよそのご都合主義はぁああああああああああああああああああああああああ!!」

アースラ艦内に、一人の不幸な少年の叫び声が響いたという。



それからさらに数時間後。
結局行く場所のなかった美琴達は、なのはの家にお邪魔することになった。
ちなみに上条はあの後自暴自棄になったりしたが、その後で土御門より『機械』を借りて、とある場所まで移動して行った。

「上条さん一人で何処に行ったのでしょうか?」
「さぁ……アイツのことだから、何か考えでもあるんでしょうけど……」
「もしかしてまた別の女の子の所にいるのかも……!!」

なのはの疑問に答えるのと同時、美琴とインデックスは、上条に対する理不尽な怒りを露わにしていた。
理由は簡単。
もしかしたら今上条は、他の女の所にいるのかもしれないということだ。
……先に述べてしまうと、彼女達のその認識は正しいことになる。
何処に居るのかは、この場面が終わってからということで。

「とまぁ、そんな感じの数日間だったわけなんですよぉ」
「あら、そうなんですか?」

美琴達が怒りを露わにしている最中。
リンディはすっかりなのはの母こと桃子と意気投合していた。
ステイルと土御門の二人も、男である士郎と恭也と何やら話し込んでいる様子であり。
なのはの姉である美由希は、美琴とインデックスの様子を見てすっかり楽しそうにしていた。

『リンディさん、見事なごまかしっぷりと言うか、真っ赤な嘘というか……』
『凄いね……』
『本当のことは言えないのですから、ご家族に御心配させない為の気遣いと言ってください』

なのはとユーノとリンディの三人は、念話を使ってそのような話をしていた。
ちなみにユーノは、現在はフェレット型となって、美由希の膝の上で寝ているふりをしている。
そんなユーノを見て、念話で美琴が一言。

『変態』
『何でですか美琴さん!?』

思わず人に戻ってしまいそうな勢いでユーノは叫びたくなったが、その気持ちを心の奥底に閉じ込めて、何とか今の状態を保つことに成功した。

「でもなのはさんは優秀なお子様ですし、もう本当に家の子にも見習わせたい位で」
「あらあら。またまたそんなぁ」

言葉ではやんわりと否定する桃子だが、リンディにそう言われて満更でもない様子だった。
親と言うのは、子のことを褒められると結構嬉しいものなのである。

「ところでなのは、今日明日位はお家にいられるんでしょ?」
「うん」

美由希の質問に、なのはは首を縦に振る。
アースラのシールド補強活動+フェイト達の活動再起期間を考えると、二日間というのが妥当な期間であった。
もちろん、そのことは家族には一言も言っていない。

「アリサちゃんやすずかちゃんも心配してたぞ。もう連絡はしたか?」
「うん、さっきメールを出しといた」

恭也に言われて、なのははそう返事を返す。
ただ、アリサから返信してもらえるかどうか、少し不安な所ではあった。

「……大丈夫だよ、なのは。アリサちゃんもいい子だから、きっと返信してくれるわよ」

いつの間にか上条に対する怒りも収まったらしい美琴が、少し落ち込んでいる様子のなのはに言葉をかける。
なのはは美琴のそんな言葉を聞いて、少し安心したような表情を見せた。

「それで恭也は、妹のどこに魅力を感じるのかにゃー?」
「あ、あのなぁ……俺は別にそんなこと……」
「とぼけても無駄だにゃー。恭也からは俺と同じ匂いがするにゃー。きっと恭也も、心の中では妹を愛でているのだろう?」
「お前は何を言ってるんだ……」

恭也をシスコンの道へと誘おうとしている土御門を見て、思わずステイルは一言そう呟いていた。



一方こちらは、件の上条当麻。
彼が現在何処へ来ているのかと言うと……。

「結局、またここに来ちまったな……」
「ん? 何か言った?」
「いや、何も」

現在彼は、数日前に感動の別れシーンを繰り広げたはやて宅に来ている。
休暇をもらえて、しかし自分の世界に帰れないというのであれば、まずここに来るべきだろうと考えたからだ。
上条がいない間、この家にははやて以外誰も来ていないはず。
ならばこのタイミングで来るのは間違っていないだろうという判断の元だ。

「それにしても、相変わらずはやての料理は旨いよなぁ」
「そうか? 上条さんに褒められると、私とっても嬉しいわぁ~」

笑顔を見せながら照れるはやて。
ここまで素直な反応をしてくれると、上条としても結構嬉しいものだ。
何と言うか、今までギスギスとしていた心が癒されるような感覚を得ていた。

「上条さんはいつまでこの家におれるんや?」
「まぁ、二日三日したら戻らなくちゃいけなくなるな。それに、こっちに戻ってるって言っても、さすがにずっとこの家にいるわけにはいかないからな……いつ出るかとかに関しては、俺個人の事情によって早まるかもしれない」
「そうなんや……折角もう少し長く一緒にいられると思うたのに……」
「何か済まないな、はやて」

はやてが作ってくれた料理を食べながら、上条は申し訳なさそうに謝る。
ちなみに、今回はやてが作った料理のラインナップは、若鳥の唐揚げに豆腐とわかめの味噌汁、レタスとキュウリのサラダに、出し巻き玉子という感じだ。
全部、はやての手作りである。

「ええって! 上条さんが誰かの笑顔を守る為にやってることなんやろ? それなら私は別にええんや。変わらない上条さんのこと、私はとっても大好きやから」
「!? そ、そうか……何だかちょっと照れるな……」

真正面から大好きと言われたことはそんなに回数が多いことではなかったので、上条も満更ではない様子だった。
もっとも、上条ははやての言う『好き』にどのような意味合いが込められているのか全然理解できていなかったが。
ここまできても、上条はやはり鈍感だった。

「まぁこうして少しだけでも話が出来るわけだし、今日はたくさん話して、今までの分の穴埋めでもしようぜ」
「そうやな。上条さんの話、ぜひとも聞かせてくれへんか?」
「え、ええっと……ちょっと言いずらいことだらけなのですが……」

はやてに言われて、『さすがにそれはちょっと……』と言いたい所ではあった。
何故ならここまで上条が経験してきたことは、とてもじゃないが一般人に言えるレベルの問題ではないからだ。
まさか魔法絡みの問題でここ数日空けていました、なんて言われてもそう簡単に信じられるわけがないだろう。
……もっとも、すでにはやては上条が別の世界の人間であることを認めているので、もしかしたら魔法の存在も信じてくれるのかもしれないが。

「言える範囲でええよ。せやから当麻さ……あ、上条さんの話を聞かせてくれへんか?」
「え? 今当麻さんって言おうとしなかったか?」

途中ではやてが上条のことを『当麻さん』と呼ぼうとしたことに気付いた上条。
通常時ならスルーしてそうな部分を、どうして上条は肝心な時に限って気付いてしまうのだろうか?
ある意味、わざとやっているのではないかと疑いたくなる程だ。

「ええ!? えっと、それはやな、言葉の綾と言うか、そのなんていうか……せやから、私は上条さんのことを『当麻さん』ってどうしても呼びたいわけじゃなくてやな……」
「呼びたければ呼んでもいいぜ?」
「え?」

上条は、別にどうってことないとでも言いたげな表情を浮かべつつ、そんなことをはやてに言ってくる。
はやては思わず目を丸くしてしまう。
構わず上条は続けた。

「呼び方は何でも構わないぜ。好きな風に呼んでもらって構わない。はやてが俺のことを下の名前で呼びたければ、その通りに呼んでくれてもいいぜ。ていうか、呼んでくれると私上条当麻的に好感度が上がるといいますか……」

途中で上条は、何を言っているのか分からなくなってきていた。
何だか妙なことを口走っているような感覚を感じ、今すぐにでも自分の発言を取り消したい気分になった。
しかしはやての言葉が、それを許さない。

「そ、そうだったんや……『当麻さん』って言えば、上条さんの好感度が上がったんやな……」
「……あれ? はやてさん? どうしてそこの部分だけクローズアップするのでせうか?」

思わず変な口調になってしまう上条。
しかしはやてはそんな上条の言葉を華麗にスルーして。

「それじゃあこれから上条さんのことは、『当麻さん』って呼ばせてもらうで? それでええか? 当麻さん♪」
「あ、ああ……構わない」

上条が了承すると、はやては花が咲いたような笑みを浮かべて、喜ぶ。
……上条が了承する前までは、涙目+上目遣いで心配そうな表情で見てきていたので、これで断ってしまったら、その時の罪悪感は計り知れないものだっただろう。
それだけに、上条にはそのことを却下する勇気と気力がなかった。

「それじゃあ当麻さん、これまでの経緯について聞かせてくれへんか?」
「……出来る範囲で、何とかやってみるよ」

その後、上条は言っていい範囲と言ってはいけない範囲とで分けることに苦労しながら、はやてとの平穏なひと時を過ごした。
その時のはやては、ものすごく輝いていて、楽しそうに見えたという。



「……」

見ているだけで、アジャストは心が苦しんだ。
血を吐きながら、それでもまだジュエルシードを求めるプレシアの姿を見て。
狂気に包まれてしまったが故に、愛情を注いでいたフェイトにまで冷たい態度どころか、鞭で叩いたり雷を当てたりと酷い仕打ちをするプレシアの姿を見て。
アジャストは心を苦しめた。

「本当は貴女だって分かっているでしょうに……どうして貴女はそれを理解しようとしないのですか……」

幻想(アリシア)に囚われ過ぎたが故に狂ってしまったプレシア。
そんな彼女を救いたいと思い、幾千もの世界を巡り、結果どの世界においてもプレシア・テスタロッサは救われないという結末を見出してしまい、狂ってしまったアジャスト。
両者は共に、狂っていた。
誰かを救いたいと思うが故に、先を見失っていた。
ただし、プレシアの場合はアリシアを蘇らせてあげたいというよりも、アリシアを蘇らせることで自分の心を守りたいという、行きすぎた保身であるようにも感じられるが。

「ああ、プレシア……どうかその身を削ることだけは、しないでください……」

黒き魔術師(アジャスト)は、哀れな魔導師(プレシア)のことを影ながら見守っていた。
彼女が苦しむ姿を、いつまでも、いつまでも……。
彼女の前に出ることなく、彼女の身体に触れることはなく……。



次の日のことだった。
学校に行っていたなのはから連絡があり、至急アリサの家に寄って行くので、小学校まで来て欲しいとのことだった。
事情を詳しく聞いてみると、アリサが大きな犬を保護したとのことらしい。
ただし、その犬というのが……。

「額に大きな赤い宝石……」
「もしかしたらソイツは……」

上条達の頭の中に、一人の使い魔の姿が思い浮かぶ。
しかしその可能性はあって欲しくないと思っていた。
アリサの話が本当だとしたら、その犬はかなり重傷だったらしい。
もっとも、傷の治りが素早くて、もう完治しそうな勢いであるらしいが。
それでも、心配なことに変わりはなかった。
そして学校にたどり着き、アリサの家の車に乗せてもらい、その犬を見てみれば。

「やっぱりそうだ……」

案の定、そこにいたのはアルフが狼状態となった姿だった。

「……なのは、念話でアルフと会話をしてみてくれ。俺は右手のせいで例えユーノからそれが出来るものを受け取ったところで打ち消されちまうから」
「……分かりました」

小声でそうなのはに頼む上条。
なのはは上条に言われた通り、アルフと念話で会話をし始める。

『その怪我どうしたんですか? それにフェイトちゃんは……』
『……』

しかしアルフは、なのは達から視線を逸らして後ろを向いてしまう。
どうやらこの場で事情を話したくはないようだ。

「あらら、元気なくなっちゃった」

残念そうに、アリサが言う。
ちなみに、アリサとなのははもう和解していて、その為こうしてアリサの家に来ることが出来たのだ。

『なのは。話は僕が聞いておくから、なのははアリサちゃん達と……』
『うん、分かった』

フェレット状態のユーノが念話を通じてなのはにそう言う。
なのはがそれに了承すると、すずかに抱かれていたユーノがアルフの目の前に飛び降りる。

「あっ! 危ないよユーノ!」

慌ててアリサが抱き戻そうとするが。

「あ、いやユーノなら大丈夫よ。それに、この子だって大人しそうだし……それよりも、中に入りましょ?」
「……そうですね」

美琴がやんわりとそれを否定。
というか、ユーノのことをフォローする。
すずかはそんな美琴の言葉を信じ、とりあえずこの場はそっとしておくことにした。

「んじゃ、行くかな」
「おいしいお茶菓子とか用意してくれてるんだよね? アリサ!」
「アンタは食い意地張りすぎだっつの!」
「アハハ……大丈夫よ。ちゃんと用意してるから」
「さすがはアリサ! とうまとは大違いかも!!」
「お前な……」

そんな感じの会話を繰り広げながら、上条達はその場から離れて行く。
やがてユーノとアルフの声が上条達に聞こえないくらいの距離になった時、ユーノが口を開いた。

「一体どうしたの? 君達の間で一体何が……」

尋ねる言葉に答えず、目線も合わせないでまずアルフはこう言った。

「アンタがここにいるってことは、管理局の連中も見てるんだろうね」
「……うん」

頷く他なかった。
確かにこの様子は、管理局にあるモニターに映し出されていて、それをクロノ達が監視していた。
そして、通信も繋がっている。

『時空管理局のクロノ・ハラオウンだ。どうも事情が深そうだ、正直に話してくれれば、悪いようにはしない。君のことも、君の主……フェイト・テスタロッサのことも』
「……」

何処からともなく聞こえてくる、クロノの声。
その提案を聞いて、アルフは少し迷う。
やがて、決心して。

「……話すよ、全部」

そう言って、そしてさらにこう付け加えた。

「だけど約束して! フェイトを助けるって! あの子は何も悪くないんだよ……!!」
『約束する。エイミィ、記録を』

そのような会話が聞こえてくるが、アルフは気にならなかった。
フェイトを救ってくれると約束してくれただけで構わない。
今は何よりも、彼女を助けてくれる存在を欲していたのだ。
そしてアルフは、静かに語り出した。

「フェイトの母親……プレシア・テスタロッサは、すべての始まりなんだ」



「今頃アリサとすずかは、土御門やステイル、美琴にインデックス達とゲームをやっているのか……」

廊下に出てきていたのは、上条となのはの二人だった。
そこでユーノからの念話を通じて、アルフとクロノ達の会話を、なのはより上条は聞いていた。
それらを総計しても、やはり上条が考えていた結末と同じだった。

『なのは、今の話全部聞いた?』
『うん。全部聞いた』

念話を通じてユーノがなのはに語りかける為、上条の耳には届かない。
しかし、大体その内容を上条は感覚で把握することが出来た。
ただ、念話が何もかも聞こえないのはあまりにも不便な為、上条の耳には、リンディによって支給された無線機みたいなものがつけられていた。
これを使用することで、少なくともクロノ達とは会話をかわすことが可能だと言うことだ。
また、念話による会話の内容はクロノ達がいるアースラ内に繋がっているので、それを介して会話に参加することも可能なのだと言う。
すべて、土御門が製作に携わった結果だ。

『君の話と、現場の状況。そして彼女の使い魔―――アルフの証言と現状を見るに、この話に嘘や矛盾はないみたいだ』
『どうなるのかな……』

念話を通じて呟くなのはの言葉に答えるように、クロノは宣言した。

『プレシア・テスタロッサを捕縛する。アースラを攻撃した事実だけでも、逮捕をする理由にもお釣りがくる位だからね。だから僕達は艦長の命があり次第、任務を『プレシアの逮捕』に変更することになる』
「妥当だな。けど、一つ約束して欲しいことがある」
『何だ?』

上条が無線機を通じて、クロノにこう要求した。

「フェイトの為にも、もしプレシアを逮捕出来たとしたら、その罪を少しでも軽くしてやってくれ。アイツは母親から虐待を受けていても、それでも母親であるプレシアのことが大好きなんだ。プレシアの心は必ず俺が改心させるから、せめてプレシアには、フェイトと一緒に幸せになって欲しいんだ……」
『……君のその口調から聞くと、何か事情を知っているようだね。詳しく聞かせてくれないか?』

質問の対象が、今度は上条に変わる。
上条は、少し深呼吸をすると。

「詳しくは言えない。けど俺は一度プレシアと対面したことがある。その時に感じたんだ……プレシア・テスタロッサも、この事件における被害者だってな」
『被害者? 何を言ってるんだ君は。彼女は純粋にこの事件の大元となる人物だ。その人物を救えだなんて、気でも狂ってしまったのか?』
「違う。プレシアは娘想いの母親なんだ。ただその愛情の傾け方が異常となってしまったが故に、フェイトにきつく当たっているだけだ。プレシアは今でこそまだ自分が幻想に囚われていることに自覚はないが、いずれ分かる時が来るはずだ。プレシアの罪をなくせって言ってるわけじゃない。けど、なるべくならフェイトと一緒に暮らせる位には、罪を軽くしてやってくれ……」

懇願するような口調。
彼は、どうしてもプレシアのことも救ってやりたかったのだ。
始めて会った時に、彼はプレシアに恐怖を抱いた。
だが話を聞くにつれて、狂っていると感じた。
そして最後に感じた感情は、『救いたい』という漠然とした、しかし確かな感情。
幻想(アリシア)に囚われ過ぎているが故に現実(フェイト)を見ようとしないプレシア。
そのまま引き離されてしまっては、結局の所何も変わらなくなってしまう。
現実を見ない限り、プレシアは例え逮捕されたとしても再び手を汚してしまうだろう。
だから現実を見る時間を、プレシアに与えてあげて欲しい。
それが上条の願いだった。

『……分かった。力の限りを尽くすことを約束しよう』
「……ありがとう、クロノ」
『君からお礼を言われるとは、少しむず痒いところがあるな。けど、今までの功績から見て、今回だけは特例でそれを認めるだけだ。勘違いするんじゃない』

半ば照れている感じで言うクロノ。
しかしそれを茶化す者はいない。
今がそんな場合ではないことは誰にでも分かることだからだ。

『な、何を言ってるんだいトウマ! あの人はフェイトに散々酷い仕打ちをしてきたんだよ! 助けてやる義理がどこにあるっていうんだい!』

声を荒げるのは、アルフだった。
無理もない、彼女はプレシアにやられてここまで酷い怪我を負ったのだ。
その人物のことを救ってやってくれと上条が言うものだから、それは思わぬ言葉だったに違いない。
だがそれでも、上条はこう言った。

「……アルフ。俺は確かにプレシアのことが許せない。今までフェイトにしてきた仕打ち。今回のアルフの怪我。そのすべてがアイツの仕業であり、それが許せないことなのは重々承知してる。けど、プレシアはプレシアで、心の奥にまだ愛情を持っているんだ。娘を想う母親の気持ちが、まだ残っているんだ。あの時会ったプレシアはかなり狂っていたけど、それでもアイツは必ず改心してくれると俺は信じてる。救える命は、救ってやりたいんだ……分かってくれ、アルフ」
『で、でもあの人は!!』
「アイツが幻想に囚われたままだと、また同じことの繰り返しだ!! だからアイツは気付かなくちゃならないんだよ。もっときちんと、現実(フェイト)を見て欲しいんだ! 今のプレシアじゃあそれは無理だ。けど、最後の俺の言葉に何も言わなかったけど少しだけ反応したプレシアなら、きっとまたフェイトのことを愛してくれるはずだ。一時だけだったとはいえ、アイツがフェイトに向けた愛情は、絶対に偽物なんかじゃないんだから!」

上条は、ここが人の家だと言うことなんてお構いなしと言わんばかりに叫んだ。
それだけしないと、相手に気持ちが伝わらない。
特にアルフは、プレシアに対する絶対的なまでの拒絶感がある。
プレシアの酷い一面しか見てこなかった彼女にとって、プレシア・テスタロッサという人物は最低最悪な人物だ。
彼女がフェイト相手に愛情を振りまいていただなんて、ただの嘘っぱちだと信じていた。
だからこそ、上条はアルフに分かってもらいたかった。
かつてフェイトに愛情を注いでいた優しい母親がいたという事実を。

『……分かったよ。アタシはトウマのことを信じる。トウマはアタシ達の味方だって信じてるから』
「……ありがとう、アルフ」

分かってくれたアルフに、上条は礼の言葉を言う。
その後で、話の流れを一旦切るかのように、クロノがなのはにこう尋ねる。 

『それで、もしプレシアの逮捕という任務に変わったとしたら、君はどうする? 高町なのは』

尋ねるクロノの言葉に、なのはは上条の前でも決意を見せるという意味で、自分の口と、念話の両方でこう言った。

「私は、フェイトちゃんを助けたい! アルフさんの想いと、それから私の意思。そして上条さんやみんなの意思。フェイトちゃんの悲しい顔は、私も何だか悲しいの。だから助けたいの! 悲しいことから……」
「なのは……」

呟く上条。
さらになのはは言葉を続ける。

「それに、友達になりたいって伝えた、その返事をまだ聞いてないしね」
『……分かった。こちらとしても、君の魔力を使わせてもらえるのはありがたい。フェイト・テスタロッサに関しては、なのは達に任せる。それでいいか?』
『……うん』

これらの会話は、すべてアルフに聞こえている。
だから最後の確認という意味で、クロノはアルフにそう尋ねたのだ。
アルフは首を縦に頷かせた後、念話を通じてなのはにこう言った。

『なのは……だったね? 頼めた義理じゃないけど、だけど……お願い。フェイトを助けて……!! あの子、今本当に一人ぼっちなんだよ』
「一人ぼっちなんかじゃねえよ……お前がいるし、俺もいる。そしてなのは達もいる。そうだろ?」

上条は、アルフの言葉の最後の一節のみを否定した。
そう、フェイトは一人じゃない。
そしてフェイトは、そのことを理解していない。
理解しないまま、一人で戦い抜こうという間違った決意をしてしまっている。
だから上条は、なのはは。
フェイトのことを助けたいと、心から思ったのだ。

『うん、大丈夫。任せて!』

そう答えると、なのはは思い切り扉を開いた。



そして、帰還の日。
海鳴臨海公園、AM05:55。
なのは達は、狼状態のアルフと共に、この地にやってきた。
理由はたったひとつ。

「ここなら、いいね……出てきて、フェイトちゃん!」

目を閉じ、そう告げたのはなのはだった。
すべての決着を、この地で。
この事件に終止符を。
彼らの共通する認識。
ただ、上条達は例えこの場にいたとしても、彼女達の行動には一切介入する気はなかった。
これは管理局や彼らの問題ではない。
なのはとフェイトの二人の問題だ。
決心を、邪魔するわけにはいかなかった。

「……出てこない、かも」

ポツリと、インデックスは呟く。
だが、その瞬間に。

「!?」

後ろから、人の気配を感じる。
なのは達はその人物が誰なのかすぐに理解し、ゆっくりとその方向を身体ごと向く。
そしてそこにいたのは。

「フェイト……もうやめよう! あんな女の言うこと、聞いちゃ駄目だよ!」

電灯の上に立つ、一人の黒きマントを羽織った金髪の少女がそこにいた。
すでにバリアジャケットを身に纏っているフェイトは、デバイスであるバルディッシュも戦闘向けに変形させていた。
そんなフェイトに、アルフは必死に訴えかける。

「フェイト……このままじゃ不幸になるばっかりじゃないか! だからフェイト!!」

その先の言葉を続けようとして、しかしその前にフェイトが首をゆっくりと横に振った。
そしてフェイトは、こう告げる。

「だけど、それでも私は……あの人の娘だから」
「……」

上条の胸が痛んだ。
フェイトは、あそこまでやられてもまだ自分はプレシアの娘だと認識している。
……フェイト自身も、相当狂っているのだ。
あれだけ酷い仕打ちをされても、それでもまだプレシアが自分のことを愛してくれる、優しくしてくれる可能性があると、すっかり信じ切っている。
上条としても、その可能性は信じたい……いや、いつか必ずフェイトに優しくしてくれると信じている。
しかし、今のプレシアはフェイトのことを娘だと認識していない。
その食い違いこそ、上条にとっては苦しみの他何物でもなかった。

「……なのは、やるべきことは分かっているわよね?」
「……はい、美琴さん」

美琴の言葉を聞いて、なのはがそう答える。
それと同時に左手をゆっくりと地面と平行になるように伸ばすと、静かにデバイスを展開させ、バリアジャケットを身に纏う。

「ただ捨てればいいってわけじゃないよね……逃げればいいってわけじゃもっとない。きっかけは、きっとジュエルシード……だから賭けよう。お互いが持ってる、全部のジュエルシードを!!」
「Put out」

言葉と共に、レイジングハートからすべてのジュエルシードが出される。
その数、12個。

「Put out」

バルディッシュからも、フェイトが所持しているジュエルシードがすべて出された。
その数、8個。
この場に一つジュエルシードが欠けているが、それは上条が破壊してしまった為に、『この世界』には存在しない。

「それからだよ。全部それから」

なのはは、そう呟くと共に、レイジングハートを構える。
フェイトも、ゆっくりとバルディッシュを構えて、なのはを見つめる。
そんなフェイトに、なのはは言った。

「私達のすべては、まだ始まってもいない。だから、本当の自分を始める為に……始めよう。最初で最後の本気の勝負!」

二人の物語は、ここから始まる。
本当の自分を始める為の、誰の介入も許されない、なのはとフェイトだけの、大切な物語が。



次回予告
ついに始まったなのはとフェイトの一騎打ち。
彼女達の本当の物語を始める為、互いの想いをぶつけ合う。
しかしその決着がついた時、あり得ない事態が発生する。
誰もが予測できなかった事態を前にして、黒き魔術師はその姿を現す。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『緊急事態(アンコール)』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] 無印『ジュエルシード』編 14『緊急事態(アンコール)』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/03/31 11:26
それはとても懐かしくて、優しい記憶だった。
花畑で戯れる、一組の母娘の姿。
一人は金色のロングヘアーが特徴的な少女。
一人は黒い髪の女性。
前者が娘で、後者が母親だ。
これはフェイト・テスタロッサの幼い時の記憶だ。
まだ、プレシアがフェイトに対して優しくしてくれた時の、遠い昔の記憶。
二人はピクニックに来ていた。
のどかな風景、平穏な日常。
誰もが望む、優しい日々。
花飾りをフェイトの為に作っているプレシアのその表情は柔らかく、この表情こそフェイトが愛したプレシアの姿だった。

「(母さん……私の母さん……いつも優しかった、私の母さん。私の名前を優しく呼んでくれた、母さん……)」

過去の話を振り返りながら、フェイトはその記憶に浸っていた。
フェイトにとって、それはかけがえのない日々なのだ。
取り戻したい、母親の笑顔がそこにあるのだ。
やがてプレシアが花飾りを作り終え、それを自慢そうに見せてくる。
……そして、残酷な一言を言い放った。

「ねぇ! とても綺麗でしょ? 『アリシア』」
「(『アリシア』? 違うよ母さん。私は『フェイト』だよ?)」

彼女はまだ知らないのだ。
それが自分の記憶ではなく、プレシアが『フェイト』を創り出した際に植え付けた、かつて娘だった者の記憶だということを。
それこそが、フェイトに課せられた残酷な真実。

「さぁおいで、『アリシア』」

プレシアは、『アリシア』のことを呼びよせる。
フェイトはその言葉に誘われて、身を少し乗り出す。
その頭に、プレシアはたった今作った花飾りを乗せた。
ピンク色の花達で統一された、それはとてもかわいらしい花飾りだった。

「あら、可愛いわ! 『アリシア』」
「えへへ!」

記憶の中の『アリシア』は笑う。
この優しい日常を享受するかのように、いつまでも、いつまでも……。

「(……まぁ、いいのかな?)」

それが幸せな記憶だったから、フェイトは『プレシアが自分の名前を呼び間違えている』ということを気にすることはなかった。
しかし、それはフェイトの誤った認識。
プレシアは、その少女の名前を呼び間違えたわけではないのだ。
その事実を知った時、はたしてフェイトはどうなってしまうのだろうか……?



「しかし、ちょっと珍しいよね?」
「ん?」

アースラ内にて二人の決闘シーンを見つめているエイミィが、クロノに向けてそう言う。
言われた本人であるクロノには、なんのことかさっぱり分からなかった。
エイミィは続けて、こう言う。

「クロノ君がこういうギャンブルを許可するなんて」
「まぁ、なのはが勝つに越したことはないけど、あの二人の勝負がどちらに転んだとしても、あまり関係ないからね」
「なのはちゃんが戦闘で時間を稼いでいてくれている内に、あの子の帰還先追跡の準備をしておく……今思うと、土御門さんも頭が回るタイプなんですね」
「なのはがフェイトと戦うと決意した時、真っ先にその作戦を提示してきたのは彼だったからね。ある意味恐ろしい人材だ。その場その場での判断に困ることなく、場馴れした雰囲気だった」

内心、クロノは土御門元春という人物に対して敬意と恐怖を覚えていた。
組織での立ち回りをきちんと把握し、現場に行けば即座の判断を取ることが出来る。
戦闘になってみれば、格闘技を使って相手を確実に倒すことが出来る。
恐らく、魔法が使えない中ではかなり戦闘能力が高い方なのだろう。

「それより、頼りにしてるんだからね。逃がさないでよ」

クロノは、エイミィによるフェイトの帰還先追跡を頼りにしていた。
彼女の情報収集能力は高い方なので、それを期待することはおよそ間違った考えではない。

「おう! 任せとけ!!」
「おっと!」

突如左手拳を握りしめて、クロノの方を勢いよく振り向いたエイミィ。
内心クロノはその行動に驚き、少し呆れていた。

「でも……あのこと、なのはちゃんに伝えなくていいの?」

顔だけはクロノの方を向きながら。
しかし深刻そうな表情を浮かべて、エイミィがこう言った。

「プレシア・テスタロッサの家族と、あの事故のこと」
「……勝ってくれるに、越したことはないんだ。今は、なのはを迷わせたくない」

画面を見つめながら、クロノが言う。
彼らは知ってしまったのだ。
プレシア・テスタロッサの真の目的。
そして、フェイト・テスタロッサという少女についての真実。
それに関係する事件の存在。
知ってしまったが故に、悩んでいたのだ。

「プレシアと対面したと言っていた彼は、恐らくこの事実を知っていたはずだ」
「彼って言うと……上条君のこと?」
「ああ。彼は相当なお人好しなのかもしれないな。フェイト・テスタロッサとも知り合いだった彼は、その事実を彼女の耳に入らないように、誰にも言わなかったのだろう」
「上条君も何かのきっかけでその事実を知ってしまったから、なのかな?」
「そのきっかけはどうでもいい。けど、それほどこの事実は重いということは確かなんだ。だからこそ、僕達はまだなのはに言うべきじゃない。今は彼女達の戦いを、ここで見守ろう」

クロノとエイミィは、改めて画面を見つめ直す。
そこに映っていたのは、二人の少女がぶつかり合う姿だった。



そして二人の決闘は始まった。
互いの想いを全力でぶつけ合う、正真正銘の真剣勝負。
彼女達に介入しようとする愚か者はいない。
そのそばにいて、見守ることだけ。

「「!!」」

空中でぶつかり合う。
瞬間、発せられる強い光。
そのまぶしさに、なのはとフェイトは思わず目を閉じかけて、しかしその目は見開かれたままだった。
閉じるわけにはいかない。
この光を見ないということは、物語の展開を見逃してしまうことと同じ。
それこそ、敗北の決定。
二人は距離を取り、

「Photon Lancer」
「Divine Shooter」

フェイトが複数個の金色の魔力弾を創り出したのと同時に、なのはも複数個の桃色の魔力弾を創り出す。
そして。

「ファイア!」
「シュート!!」

互いの叫び声と共に、その魔力弾は標的目掛けて飛んでいく。
その弾はぶつかり合うことなく、互いを避け合って目標を貫こうとする。
なのははそのすべてを飛びながら身体を捻ることで避ける。
一方フェイトの方に向かってくる弾は、速度こそフェイトのそれより劣るが追尾型のようで、彼女が避けたとしてもその後を追ってくる。
避けてばかりじゃキリがないと考えたフェイトは、それらすべてを魔法障壁を使うことで打ち消した。
ドォン! という音と共に、なのはの魔力弾がガラスが割れるように破壊される。
そのおかげで前が見えなかったフェイトは、気付いた時にはなのはが次の攻撃態勢に入っていた。

「シュート!!」

数はさっきよりも増している。
その魔力弾は、再びフェイトの所まで向かってくる。

「Scythe Form」

だが、なのはの攻撃が早ければ、フェイトの迎撃までの動きも早かった。
バルディッシュからそのような言葉が発せられたかと思うと、その瞬間には形状が鎌のような形に変わっていて、フェイトはその金色の刃にて、魔力弾を切り裂く。
途中一個の魔力弾を避け、そのままの勢いでなのはの懐まで勢いよく飛んで行く。

「!?」

なのはは驚いたような表情を浮かべる。
しかし、すぐにその顔は真剣なそれに戻り。

「Round Shield」

右手を突き出すと共に、レイジングハートからそう発せられる。
瞬間。
なのはとフェイトの間には、巨大な魔法陣が展開し、それがフェイトの刃からなのはを守っていた。
フェイトはそれを打ち破ろうと手に力を込める。
だが、背後から近づく謎の気配に気付き。

「!!」

しかし慌てることなく、後ろを振り向いて障壁を創り出す。
金色の魔法陣が展開し、何かを防いだ。
それは先ほどフェイトが避けた、たった一発の魔力弾だった。
これを喰らったとしても結構なダメージになっていたので、彼女がとった行動は正解と言えるだろう。
しかし、そのせいで目の前の敵を逃してしまう結果となってしまったこともまた事実であった。

「え?」

目の前から消えたなのは。
フェイトは辺り一面を見渡すが、その姿は見当たらない。
だが。

「Flash move」
「せぇえええええええええええええええええええええええええええい!!」
「!?」

前後左右しか確認していなかった為、フェイトは気付くことが出来なかった。
見失っていたはずのなのはが、真上から現れてきたということを。
フェイトは真上からの奇襲を防ぐため、バルディッシュを突き出す。
そして、互いのデバイスがその瞬間に激突する。
同時に、雷のような光が、辺り一面に発せられる。

「うわっ!」
「眩しっ!!」

上条と美琴が叫ぶ声が聞こえる。
その光は、地上にいるはずの上条達の所まで届いて、目くらましとなっていた。
だから、その光の中でフェイトがなのはに攻撃しようとしている場面を、彼らは見ることが出来なかった。

「Scythe slash」
「!?」

バルディッシュよりその言葉が発せられると同時に、なのはに斬りかかるフェイト。
その攻撃を避ける際に、胸元にある赤いリボンが少しだけ斬られる。
そんなことはどうでもよかった。
だが、なのはが避けた先には、複数の金色の魔力弾がすでに待機していた。

「Fire」

その魔力弾は、なのはに向けて発せられる。
なのはは自分の身体を守るだけの最低限の障壁を展開し、それらを目の前で打ち消して行く。
当たらなかった魔力弾は、海に着弾する度に高い水しぶきと共にドォン! という音も発する。

「ハァハァ……」

そろそろ息が荒くなってきた。
あれだけ魔力を使ってきているのだ。
例え魔力があったとしても、元々体力がそんなにある方ではないなのはにとって、これほどまでの運動は厳しいものがあるだろう。

「ハァハァ……」

だが、フェイトも息を荒くしていた。
なのはよりは体力はあるだろうと思われるし、場の経験ならなのはよりも上だ。
しかしなのはの予想以上の猛撃に、フェイトの身体も悲鳴を上げていることは確かだった。

「(初めて会った時は、魔力が強いだけの素人だったのに……もう違う。早くて、強い! 迷ってたら、やられる!)」

心の中で、フェイトは呟く。
そう、なのははかなり強くなっていた。
最初にすずかの屋敷で遭遇した時よりも、温泉旅館で激突した時よりも、その力は数段にも跳ね上がり、素早さも上がっていた。
経った数日間で、なのははここまで成長していたのだ。
フェイトはそんななのはを、脅威に感じていた。
だからこそ、倒さなければならない相手。

「な、何だあれは!?」

上条が、フェイトの足元より出現した巨大な魔法陣を見て、そう叫ぶ。
上空では、なのはが自分の周りに出現しだした複数の魔法陣の存在に戸惑っていた。
それらの魔法陣は、現れては消え、消えては現れて。
その繰り返しだった。

「Phalanx Shift」

その後フェイトの周囲には無数の魔力弾が出現し、なのははその攻撃を迎え入れる為の準備をする。
だが、それも無意味に終わってしまう。

「え!?」

突如自分の両手を縛るように現れた、金色の輪。
それを見て、上条は認識した。

「あれは……バインド!?」
「バインド? それは一体何だい?」

横に居たステイルが、上条に向けてそう尋ねる。
質問に答えたのは、アルフだった。

「ライトニングバインド……相手の動きを止める為に使う術……まずい! フェイトは本気だ!!」

そう。
フェイトは本気でなのはを潰す気なのだ。
相手の動きを封じるには、こうする以外方法はない。
故に確実に大技を当てる為になのはを拘束したのだ。

「なのは! 今サポートを!!」
「邪魔するな!!」
「!?」


ユーノがなのはの助力をしようとした瞬間。
上条がユーノに向かってそう叫ぶ。
その表情から窺えるのは……怒り。

「なのはとフェイトの邪魔するな。これは二人だけの決闘なんだ。余計な邪魔はするな!!」
「そうだよ。なのはとフェイトが本気でぶつかり合ってるの。だから私達は、二人の邪魔はしちゃいけないんだよ!」

上条とインデックスが、ユーノと、そしてアルフに向かって告げる。
ステイルと美琴と土御門は、そのことを重々承知しているようだ。
この場で助けに行くことが出来るユーノとアルフには、念を押して言っておかないと、もしかしたら助太刀に出てしまうかもしれない。
それだけは、今この場においてしてはいけないことだった。

「アルカス・クルタス・エイギアス……疾風なりし天神よ、今導きの元に撃ちかかれ。バリエル・ザリエル・ブラウゼル」

呪文を終えたフェイトの周囲には、先ほどよりもさらに数を増した魔力弾があった。
あれだけの個数がなのはに襲いかかってくるとなると……それはかなりまずい。
もちろん、フェイトの方もかなり魔力を消費するはずなので、それこそ最初で最後の大技と言えるだろう。

「フォトンランサー、ファランクスシフト」

術名を言い、なのはのことをじっと見つめる。
そして。

「撃ち砕け、ファイア!!」

その言葉と共に、すべての魔力弾はなのはに向けて放出される。
それらはなのはの近くまで来ると、瞬時に爆発を起こした。
周囲に重い音が響き渡る。

「なのは!」
「フェイト!!」

ユーノとアルフは、それぞれその名前を叫ぶ。
なのはの周囲にはいまだに煙が集まっている為、今どんな状況になっているのか分からない。
フェイトは、息を先ほどよりも荒くしながらも、次なる攻撃をする為に残った魔力弾をすべて一つに集めて迎撃態勢をとる。
やがて煙が晴れた時、そこにいたのは。

「にゃはは……撃ち終わると、バインドっていうのも解けちゃうんだね」

服こそボロボロだが、身体に目立った外傷は見当たらない。
信じられないことに、あれだけの魔力弾を、なのははほとんど防ぎきったのだ。

「ま、マジかよ……」

あまりの強さに、上条がそう呟いてしまう。
だが、上空ではそんなことはお構いなしに。

「今度はこっちの番だよ!!」
「Divine Buster」

レイジングハートをフェイトに向けて、その後なのはは撃った。
桃色の閃光が、勢いよくフェイトの所まで向かう。
フェイトは今さっき作りだした魔力弾を使って、その閃光を打ち消そうとする。
だが、その魔力があまりにも弱過ぎたのか。
あるいはなのはの魔力があまりにも強すぎたのか。
フェイトの攻撃のみが打ち消され、なのはの攻撃は未だにフェイトに襲いかかってくる。

「!?」

慌ててフェイトは目の前に障壁を創り出す。
そしてなのはの攻撃が、フェイトの出した障壁と激突した。

「(直撃!? でも大丈夫……あの子だって耐えたんだから!!)」

フェイトは、それがなのはの全力の攻撃だと思って、すべてを防ぎきる。
己の残っている全魔力を障壁に投入し、それをすべて防ぎきろうとする。
途中、服が衝撃によって破れて行くが、そんなことは気にしない。
やがてその攻撃が収まり、フェイトは無事その攻撃をすべて防ぎきることが出来た。

「フェイト……」

安心したかのように、アルフが呟く。
フェイトはあれだけの攻撃を受けきったのだ。
耐え抜くことが出来たのだ。
フェイト自身も、安心したかのような表情を浮かべる。

「決着はつかず……ってことなのか?」
「いや、まだだぜいカミやん」
「え?」

土御門が、笑みと共に上条に言う。
上条としては、勝負はもう決しているように思えた。
互いに全力を出し切ったのだ。
もう魔力なんて残ってないだろうに……。
だが、土御門の表情は、まるでどちらが勝つか分かっているようにも見えた。
そして勝負は、恐らく土御門が考えていた通りの展開を迎えることとなる。

「!?」

フェイトのその驚きは、何に対してのものだったのだろうか。
相手(なのは)がまだ魔力を残していたことに対してか。
彼女(なのは)が今から攻撃しようとしていることに対してか。
あるいはその両方か。

「受けてみて! ディバインバスターのバリエーション!!」

言葉と共に、レイジングハートに桃色の光が集まる。
なのはの全魔力を投入して、それを撃つ。
フェイトはその間に避ける為にその場から離れようとする。
しかし、それは叶わなかった。

「なっ!? バインド!?」

先程フェイトがなのはに仕掛けたように、なのはもバインドを仕掛ける。
見ただけで、フェイトがやったのを一回見ただけで、そのやり方を覚えたのだ。

「これが私の全力全開! スターライト・ブレイカー!!!」

そして、なのはの叫び声と共に、桃色の閃光がフェイトの身体貫いた。
……勝敗は今、ここに決した。



「な、なんて馬鹿威力なんだあの技……」
「ふぇ、フェイトは生きてるの……? 軽く私の超電磁砲(レールガン)以上の威力じゃない、あれ」

上条と美琴は、なのはのどこまでも強すぎる力を見て唖然としていた。
フェイトを包み込んだその威力は、下手したら跡形もなく消え去るのではないかと思わせられる程であった。
これだけの力、よくあの小さな身体に秘められていたものだ。

「まぁあのデバイス自体は非殺傷設定って言って、一応死なないように設定はしてあるみたいだけど……そんなことを軽く超えた話となりそうだにゃー」
「というか君はどうしてそのことを知っていたんだい?」

ステイルは、土御門が何故かこっちのデバイス事情に詳しいことを受けて、思わずそう尋ねてしまう。
もちろん、土御門から言葉が返ってくることはない。

「……光が収まったみたいだぜい?」

やがてなのはによるスターライト・ブレイカーの光も収まり、視界がはっきりとする。
どうやらフェイトは生きているようだが、魔力の消耗が激しいことと、体力も同様に消耗されてしまったこと、さらにフェイト自身が気絶してしまったことにより、空中に浮いている状態を維持することが出来なくなり、とうとう海の中に落ちてしまう。

「フェイトちゃん!」

すぐになのはが、海の中に飛び込む。
そしてフェイトとバルディッシュを抱え、海の中から出る。

「は、はぁ……生きててよかった……」

安堵の溜め息を吐いたのは、上条だった。
あのまま海の中に引きずり込まれてしまったとしたら、どうなっていたことか。
想像するだけでも、とても怖いことであった。
なのははフェイトを抱えたまま地上まで戻ってくる。

「ん……」

その間に、フェイトはなのはの胸の中で目を覚ました。

「フェイト! 大丈夫かい!?」

真っ先にフェイトの所に近寄ってきたのは、アルフだった。
自分の主人の安否を心配するのは、当然のこととも言えるだろう。
そしてフェイトは生きていた。
それだけで今は十分だった。

「ごめんね……大丈夫?」
「……うん」

なのはの質問に対して、フェイトは力弱く答える。
いくら生きているとはいえ、その体力はほとんどないに等しいのだ。
今すぐにでも休ませてあげるべきだと思われる。

「フェイト……よく頑張ったな。勝負には負けちまったみたいだけど、いい戦いだったぜ」
「当麻……ありがとう……」

なのはに抱かれたままのフェイトの頭を、上条はその右手で優しく撫でてあげる。
フェイトは顔を赤くしながらも、嬉しそうな表情でそれを受け入れた。
……ちなみに、嫉妬に狂う猛獣(注:インデックスのこと)が一匹と、バチバチと雷を放っている(比喩表現ではない)一人の少女の存在などまったく気にしていなかった。

「Put out」

負けたことを受けて、バルディッシュが持っている自分のジュエルシードをすべて吐き出す。
それが、この決闘におけるたった一つの約束だから。

「……」

なのはは、優しくフェイトの身体を降ろす。
いくら体力が少なくても、フェイトは自分の足で立てる位にまではその体力を残していた。
後はなのはがこのジュエルシードを回収してしまえば、すべてが終わる。
それで、今回のジュエルシード事件は佳境を迎えることが出来る。
……その、はずだったのに。

「そんな簡単に終わらせる程、私は甘くないですよ?」
「!?」

突如彼らの耳に届く、一人の男の声。
聞き間違えるはずがない。
この声は間違いなく……一人の黒き魔術師の声だ。

「貴方が壊してくださったジュエルシードを一つ、持ってきてあげましたよ」
「ジュエルシードを? そんな馬鹿な話があるわけ……!!」
「あるんですよ。ここに」

ユーノがアジャストの言葉を否定しようとするその言葉を遮って、アジャストが言う。
彼はジュエルシードを一つ持ってきたと言った。
ただし、彼がただジュエルシードを持ってきて、はいどうぞと簡単に差しだすわけがない。
何か裏があるはずだ。

「おやおや。私の言うことが信じられませんか? 仕方ないですね……それなら、これなら信じてもらえますかな!!」
「「「「!?」」」」

その驚きが誰の物であるかなんてこの際関係なかった。
ただ、目の前にそれがあるという事実だけで十分だった。

「なっ……竜、だと……!?」

海の中から出現したのは、巨大な竜だった。
その額に埋め込まれているのは、間違いなくジュエルシード。
上条の右手によって壊されたはずのシリアルナンバーと共に、そこに出現していた。

「ちょっと待て! ジュエルシードは合計二十一個のはずじゃなかったのか!?」
「その数に間違いないです。けれどあれも確かにジュエルシードです!」
「矛盾してないか? そもそも彼はどうやってあるはずもないジュエルシードを……」

焦った感じで尋ねてくる上条に対して、ユーノもまた冷静さを失っていた。
ステイルはただ目の前の事態に困惑し、そこでインデックスは気付いた。

「まさか……並行世界から持ってきたんじゃ……!!」
「お見事です。さすがは禁書目録。魔法や魔術関連の事件に対する頭の回転は素早いですね」

褒めているようにもけなしているようにも聞こえる言い方で、アジャストは言う。
ただ、アジャストがこんなことをする理由が、上条達にはまったく分からなかった。

「すみませんね。本来ならばこんなことをする言われもなかったのですが、さすがにわけもなくフェイトが傷つくのだけは見たくありませんでしたからね……八個しかないジュエルシードじゃ次元震を起こせないことなんてプレシアには分かっているんですよ。ですからここで、フェイトには九個目のジュエルシードを回収して欲しいわけですよ」
「……え?」

何故か、そこで違和感を感じた。
プレシアやフェイトのことを言う時の彼の口調は、とても優しいようにも感じられた。
黒い服で統一されていて、頭にフードを被っている為その顔は窺えないのに。
フェイトは、アジャストに対してどこか懐かしい感触を得ることが出来てしまった。
それはまるで……。

「何ふざけたことを抜かしてんだよテメェは。ジュエルシードがあるおかげでフェイトは傷ついたんだ。それを分かってて言ってんのかよテメェは!!」
「貴方は何も分かっていない!!」
「!?」

今までで一番、アジャストが感情を昂ぶらせた瞬間だった。
今まで感情などこもっていないような、しかしその中に隠れている楽しさを隠せずにいるような、そんな感じだった。
しかし、今はどうだろう。
フェイトに対する優しい気持ちとか、上条に対する明確な怒りとか。
それらを感じ取ることが出来るのだ。

「プレシアが狂ってるのは私にも分かりますよ! 確かにジュエルシードなんて存在があったからこそ、フェイトはここまで傷つくことになってしまったかもしれない! だが考えてもみてくださいよ!! ジュエルシードがなかったら、フェイトはこんな間違ったやり方だとは言え、構ってももらえなかったんですよ!! もしかしたらそのまま捨てられたかもしれないんですよ!! 黙って見ていられると思いますか!! 私はもう、目の前で命が捨てられる瞬間とか、誰かが死にゆく様を見るのは御免なんですよ! 数ある世界で私がどれだけの死を目撃してきたと思ってるんですか!!」
「……」

あまりの勢いに、上条は答えることが出来なかった。
アジャストという人間がここまで一つのことに対して執着心を見せたのは、思えばこれが初めてのように思える。
執拗に物語の改変(アレンジ)を望む一人の演出家。
どうしてそこまでこだわるかの理由が、今ようやっと繋がったような気がした。

「そうか……アンタは助けたいんだな。プレシア・テスタロッサのことを」

土御門が出した一つの答え。
果たしてそれは、アジャストが胸に抱いてきたそれとまったくもって同じ答えだった。

「……そうです。私は助けたいんですよ、プレシア・テスタロッサのことを。私がかつて一生をもって愛すると誓った、たった一人の私の『妻』のことを!!」
「なっ!?」
「アジャストが、フェイトの……」
「父……さん?」

美琴が驚き、上条が唖然として、フェイトはただその事実を受け入れきれずにいた。
思えばフェイトは、自分の父親を一度も見たことはなかった。
母親がいて、子供がいて。
ならそこにどうして父親がいない?
そんな道理などあるわけがない。
ということは、そこには父親の存在が絶対なはずなのだ。

「私はプレシアが崩壊して行く様を並行世界の中で何度も目撃してきました。自分の『娘』に対してしてしまった過ち、それらに気付くのがすべて遅かった彼女の末路も何度も目撃してきました。中には私が介入してその運命を変えようと思った世界もありました。また、別の世界の者達が偶然にも介入して、プレシアの身柄だけは助かった世界もありました。けれどそれじゃあ駄目なんですよ。プレシア・テスタロッサの罪はあまりにも重い。だから命が助かったところで、結局は死刑に処されてしまうのですよ。管理局という組織は、そういう場所ですから」
「なるほどな。組織にとって汚点となる部分は、秘密裏に消す。組織関連の、特に裏が強い組織によくあることだな」

土御門がそう呟く。

「な、ならどうしてアンタは目の前に現れなかったんだよ! フェイトが傷つく姿を見て、あの女がフェイトを傷つける姿を見て、それでもどうして前に現れなかったんだい!!」

アルフが叫ぶ。
どうしてフェイトのことを大切に想っているのに、プレシアのことを大切に想っているのに。
それにもかかわらず自分はどうして目の前に現れてきてくれなかったのか?
その問いに対する答えは、たったひとつだった。

「決まってるじゃないですか……私は『死んだ』んですよ。かつて『アジャスト・テスタロッサ』と名乗っていた私は、もう死んでるんですよ」
「は? 『死んだ』? お前は生きてるじゃないか。何言ってんだお前?」

その言葉の意味が分からず、上条は尋ねる。
アジャストは、その言葉に対して説明が足りなかったことを自覚したようで、こう付け加える。

「もちろん、『この世界』の私は、ですよ。私は本来ならば、プレシアが子を身籠る前に、事故で死んでるんですよ……だから生きているはずのない人間なんです。そしてこの運命は、どの世界に行っても避けることの難しい、99%起こってしまう事故なんですよ。だがこの私は、その1%に残ることが出来た存在なんです。『世界の調律師』という組織に入り、数多ある世界を見てきて私が死ぬ確率が99%であることを知った私は、その世界の人物達を困惑させないということもあり、『テスタロッサ』の名前を捨て、アジャストとだけ名乗ることにしました。なるべく『この世界』に留まり続けることがなく、他の世界で活動する道を選んだんです。ですが、私はプレシアが狂い始めているという事実を知ってしまいました……その事実を知った私は、プレシアのことを救いたいと思いました。ですが『世界の調律師』はその世界に対する明らかなる改変存在を消し去ることが目的。その組織にいたままだと、私は組織内部の反逆者という扱いを受けてしまう。そう考えた私は組織を脱退し、一人でプレシアを助ける道を選びました。ただし、プレシアは私が死んでしまったことは知っている。それを知った瞬間に、彼女は混乱してしまうでしょう。だから私は、ずっと外から見守ることにしたのです」
「……何だ、結局まとめちまえば、簡単な話だったんだな」

上条は、アジャストの話をすべて聞いたうえで、それを笑った。
聞いていれば、おかしな話だった。
言っていることは確かに正論にも聞こえる。
だがそれは明らかに前提条件が間違っている。

「……笑うんですか。貴方はこの話を、笑うのですか」
「ああ、笑ってやるね。結局お前は、プレシアから逃げていただけなんだからよ」
「逃げてた?」

オウム返しのように横にいたなのはが尋ねる。
上条はそんななのはの質問に答えるという意味でも、言葉を繋げた。

「お前はプレシアからも、フェイトからも、そして自分自身からも逃げ続けていただけだ。助けたいと思いながらも、結局自分の身の保全を最優先して、目の前の現実から逃れたただの臆病者だ。どうして助けたいと思っているのに、影ながら最低限のことしかしようとしない? どうしてプレシアを助けたいだけなのに横道を逸れるような行動をとる? お前は分かってるんだろ? プレシアが今『どんな状態にあるのか』を」
「……そうですね。私は分かっています。プレシアが『どんな状態にあるのか』。けどそれは理由にはなりません! 貴方は私がここまで悩んできたことを、知らないから言えるんだ!!」
「ああ分かりたくもないな! 誰かを助けたいと思っておきながら、どうして自分は主人公になろうとしない! 英雄(ヒーロー)になれなんて誰も要求していない。けど、お前は誰かを助けたいと思っておきながら、どうして部外者(サブキャラ)で満足しちまってるんだよ!」
「黙れぇええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

アジャストの叫びと共に、竜は動き出す。
上条達を食いつくそうと彼らの所まで首を突っ込む。

「こっちに来るぞ!」

土御門が叫ぶ。
しかし、誰もがその場に立っていた。
逃げることなく、その場に。
逃げる意思などない。
逃げてはいけない。
何故なら彼らはこの瞬間、誰よりも主人公になる道を選んだのだから。
本当は自分はそんな大層な人間ではない。
しかし、助けられる命を前に、逃げる人間が何処にいる?
逃げなければならない道理がどこにある?
ここで逃げてしまったら、もうアジャストとも、プレシアとも、フェイトとも向き合えなくなってしまう。
彼にとって、そちらの方がたまらなく怖かったのだ。

「来いよ竜! テメェのそのふざけた存在(げんそう)は、俺がぶち殺してやる!!」
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

叫ぶ。
ただ、標的目掛けて突っ込む。
この竜が持つ感情はたった一つ。
目の前の敵に対する、明らかなる敵意のみ。

「フェイト! ここは俺が何とかするから、お前は封印の用意をしておけ!!」
「う、うん!」
「上条さん、私も手伝います!!」

なのはがデバイスを構えて、上条の元まで近寄ろうとする。
しかし上条は、そのなのはの動きを止めた。

「待て! お前はさっきの馬鹿威力の魔法で魔力を使っちまってるだろ! それまで待ってから来てくれ! けど、その意思だけはありがたく受け取っておくぜ!!」

嬉しかった。
上条は、なのはが力を貸してくれると言ってくれただけでも、たまらなく嬉しかったのだ。
主人公になろうとしてくれる人がいて。
それがたまらなく、嬉しかった。
だが、彼女だけが力になろうとしたわけではない。
インデックスや土御門、ステイルにユーノ、アルフに美琴。
彼ら全員が、目の前の敵に対して立ち向かう勇気があった。
それは、彼らが敵を前にして逃げる道を選ばなかったことから窺うことが出来た。

「!?」

竜の動きは、途中で止まる。
そして何をするのかと思えば、その口からかなり強い炎を吐きだした。
その威力は、周囲に木々があればそれを一瞬にしてかき消してしまう程の、とても強い炎。
しかし、その程度の炎で彼らの意思など燃やし尽されることはなかった。

「この程度の炎で、僕に敵うと思うな!!」

ステイルが周囲にルーンをばらまき、そして。

「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ。それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。その名は炎! その役は剣! 顕現せよ! 我が身を喰らいて力と為せ!!」

炎に対抗するなら、それは炎の役目。
水で消火するよりも、彼はその道を選んだ。
魔女狩りの王(イノケンティウス)。
それなら竜の吐く炎すらも燃やし尽してしまうかもしれない。

「行けイノケンティウス! 我が名が最強である理由をここに示せ!!」

瞬間。
炎と炎が激突する。
両者共にひけはとらない。
だが、たかがジュエルシードの暴走によって創り上げられただけの中途半端な存在から放たれる炎に、重い決意を抱いた少年の炎は消せるはずがない。
まもなくその炎は撃ち負けて、そして竜の身体までも燃やし始めた。

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

しかし、ここは海だ。
思いの外、その威力は低く、やがて竜が思い切り自らの身体をぶん回すことで消火されてしまった。

「ちぃっ! 地理条件が悪すぎる!!」
「ここが海って言うのなら、今度は私の番ね……!!」

美琴がステイルの横に立ち、そしてスカートのポケットに右手を突っ込む。
相手は人間じゃない。
ならば、手加減なんて不要。
美琴が取るべき攻撃手段はたった一つ。
それが何なのかを物語るように、ピィンと美琴は右手親指でメダルを弾く。

「さっさと眠りなさい!!」

ドォン!
轟音が響き渡る。
美琴から発せられたのは、間違いなく超電磁砲(レールガン)。
その威力はかなり高く、光の速度で飛ばされるメダルは、当たるだけで相手の身体を確実に射抜く。
果たしてそれは、イノケンティウスの身体を突き抜けて、竜の身体をも貫いた。
一瞬苦しそうな表情を浮かべる竜。
それでも、竜が息絶えることはなかった。

「グォオオオオオオオオオオオオオ!!」

そして竜は、お返しと言わんばかりに美琴達に接近する。
気付けば口を大きく開けていて、彼らの頭上近くまで来ていた。
ただし、竜にとって今までの攻撃などどうでもいい。
竜が喰らう対象として選んだのは……上条当麻たった一人。
超電磁砲(レールガン)よりも魔女狩りの王(イノケンティウス)よりも、自分の存在を一発で打ち消せてしまう幻想殺し(イマジンブレイカー)を先に消してしまおうと考えたのだ。
だが、上条には竜のその行動が読めていた。

「こっちに来やがったな……いいぜ。テメェのその勢いを歓迎して、一発で沈めてやるよ」

上条は右手拳をしっかりと握りしめて、目の前の敵を待つ。
竜は、上条の余裕そうな態度を見て、怒りを露わにする。
その瞬間こそ、上条が待ち望んだ瞬間でもあった。
怒りに身を任せる存在は、どうしても先を見失う傾向がある。
だから今自分が何に対して立ち向かっているのかの判断を見誤ってしまうのだ。
そして、気付いた時にはもう遅い。

「来いよ、最強(さいじゃく)。俺の最弱(さいきょう)の攻撃で、お前のその幻想をぶち殺してやるよ!!」

上条は、握っていた拳をそのまま自らの身体の後ろの方まで引き、そして竜の頭目掛けてその右手を思い切り突き出す。
それで、勝敗は決した。

「グォ……」

パァン! という破裂音と共に、竜が消滅して行く。
そしてその身体が完全に消滅しきった時に、そこにあったのは一つのジュエルシードだった。

「……ふぅ」

これにて、今回の一件は収まった。
……そのはずだったのに。

「!?」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

気付くのが遅すぎた。
ジュエルシードが9個揃ったということは……プレシアがそれを見逃すはずがないということを。
そして最低限次元震が起こせる数のジュエルシードを、みすみす相手に渡すわけがないということを。
上条が気付いた時には、フェイトの身体を紫色の雷が貫いていた。



次回予告
最後のジュエルシードを封印し終えた瞬間にフェイトを襲った紫色の雷。
そのおかげでプレシアの居場所を突き止めたクロノ達だったが、その様子が写されたモニターを見ることによって、フェイトは自らの出生の秘密を知ってしまう。
大きなショックを受けてしまったフェイトを励ます上条。
そして物語は、アジャストの想いも込められて進んでいく。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『本当の物語』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] 無印『ジュエルシード』編 15『本当の物語』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/04/02 15:43
「あの雷……この前見た奴と同じようなものだよ!」
「プレシア・テスタロッサの雷か……」

インデックスと土御門が、そう呟く。
フェイトを巻き込むように発せられた雷の色は紫だった。
それは間違いなくプレシアが使用する魔法攻撃の色と同じ。

「プレシア……貴女はいつもフェイトを巻き込んでばかりですね……」
「おい、アジャスト。お前こうなることも予測してたのかよ」

上条は、アジャストに対して明確な怒りを示す。
理由は一つ……こうなると知っていたにもかかわらず、それでも9個目のジュエルシードを用意したからだ。
アジャストは、悔しそうな表情を浮かべながら、こう答える。

「……ええ、知ってましたよ。けど、今回はこの段階では8個しか集まっていなかったから、プレシアも無理に回収しようとはしないだろうと踏んでいたのですが……」
「予想はあくまで予想よ。貴方のそれは、単なる傲慢でしかないわ」
「……申し訳、ありませんでした」

娘を想う父親として、彼は間違った行動をしてしまった。
結果として娘にとって一番過酷な運命を歩ませる結果となってしまい、彼は酷く後悔した。

「でも、今の攻撃のおかげでプレシア・テスタロッサの居場所を突き止めることが出来たのは確かみたいだよ。先ほどから上条当麻と同じように僕にも支給された無線機から、うるさいほどにアースラ内の様子が聞こえてくるのでね」

耳につけているイヤホンを見せながら、ステイルが言う。
どうやら彼女達が決闘している間に、クロノやエイミィ達が足取りをつかみ取ろうとしていたらしい。
その結果を聞いて、土御門は満足そうな表情を浮かべていた。
……元々彼の発案だったので、成功したことが嬉しかったのだろう。

「ともかく、今はアースラに行こう。フェイト・アルフ。二人とも来てくれるな?」
「……うん」
「ああ、分かったよ」

上条の言葉に答えるフェイトとアルフ。
その後で上条は、アジャストの方を見た。

「お前も一緒に来い。今まで起こったこと。そしてこれから起きることをきっちり説明しろ」
「遠慮します。私はまだ最後の仕事に向けての下準備をしなければなりませんので」
「最後の準備……だと?」

上条がその先の言葉を聞こうとして、しかしアジャストは世界の歪みを創り出し、そのままそこから立ち去ってしまった。
まるで最初からそこにいなかったかのように。

「父さん……」

先ほどまでアジャストがいた場所を見ながら、フェイトは呟いた。



「ゴホッゴホッ!」

椅子に座りながら、せき込むプレシア。
彼女の周囲には、先ほどフェイトから回収したジュエルシードが9個浮いていた。
どうやらそれで次元震を起こそうと企んでいるらしいが、せき込む度に彼女の口から血が吐き出されるのを見ると、どうやら彼女の身体は限界に近付いているみたいだ。

「次元魔法はもう身体がもたないわ……それに、今のでこの場所も掴まれた」

彼女の言う通り、すでにこの時の庭園内には何人かの管理局員が向かっている。
目的は、プレシア・テスタロッサの捕縛。
今回捕まってしまえば、重大なる罪として禁固刑は固いはずだ。
それに、これからプレシアが行おうとする罪も重なってしまっては……もう取り返しのつかないことになってしまうことだろう。
それこそ、アジャストが言っていた通り、彼女は……。

「……アジャスト、貴方……生きていたのね……」

先ほどまでフェイト達の前に姿を現していたアジャストのことを思い出し、そう呟く。
顔こそフードに隠れて窺うことが出来なかったが、それでも彼女は、喋り方とか雰囲気とかで、彼が自分のかつての夫であることを認識していた。
アジャスト・テスタロッサ。
アリシアが生まれる前に、自らが行っていた魔法実験の事故に巻き込まれて死んでしまったはずの、プレシアが愛した夫の名前。
彼がこの世界軸の人間でなくても構わない。
しかし、彼女は『アジャストが生きていた』という事実だけでも十分に救われたのだ。
彼女にはもうアリシアしかいないと思っていた。
だからプレシアはアリシアを蘇生させようと今日この日まで準備をしてきた。
それはある意味では、プレシアの中に眠る『孤独』を埋める為の自己満足。
皮肉にも上条が言っていたことは当たっていた。
けれど彼女は孤独なんかではなかった。
アジャストが、いたのだ。

「けど、もう遅いわ……私は、アリシアを取り戻したいの。フェイトじゃもう駄目……そろそろ、潮時かもね」

プレシアは、自らの身体の最期の瞬間を予期しながら、そう呟いたのだった。
そして彼女の言う通り、物語はついに終盤を迎えることとなる。



アースラ内に転移してきた上条達を出迎えてくれたのは、リンディだった。
上条の隣にいるフェイトの手には、本来つけられているはずの拘束具はつけられていなかった。
もう反逆したりすることはないだろうし、彼女だって被害者の内の一人なのだ。
よって特例として、フェイトとアルフの手には拘束具がつけられていなかった。
ただ、服だけは白いワンピースに着替えさせられていて、それは管理局側からしてみれば精一杯の優しさだったのかもしれない。

「お疲れ様。それと、フェイトさん。始めまして」
「……」

フェイトは何も答えない。
今は答える気力なんて、なかった。
そんな中、土御門がリンディの近くまで近寄ってきて、フェイトやアルフに聞こえないような声で話す。

「母親が逮捕される瞬間なんて、見せるものじゃないだろ。フェイト達を他の場所に移動させたりはしないのか?」
「そうね……確かに忍びないものね」

話がついた所で、リンディは念話を通じてなのはにこう言った。

『なのはさん。フェイトさんを何処か別の部屋に案内して』
『あ、はい』

少し戸惑っている様子のなのはだったが、なのはは言われた通りに何処か他の部屋―――自分の部屋まで案内しようとする。
フェイトはその言葉に答えるように少し身体を動かすが、やがてスクリーンに映された映像を見て、その動きを止めてしまった。
見入っているのだ。

『総員、玉座の間に侵入。目標を発見!』

映像を通じて、声が聞こえてくる。
そこに映されていたのは、何十人もの管理局員が、デバイスを構えてプレシアと対面している様子だった。

『プレシア・テスタロッサ。時空管理法違反、管理局艦船への攻撃の容疑で、貴女を逮捕します!』
『武装を解除して、こちらへ』

そう言われているにもかかわらず、プレシアは余裕そうな表情を浮かべ、その場から動かない。
椅子に座ったまま、局員達の様子を眺めていた。

『捜索だ!』

誰かがそう叫ぶと同時に、局員達は一斉に動き出す。
彼らは、証拠となるものを見つけた瞬間、即座にプレシアを逮捕する寸断に出たようだ。
そして彼らは、見つけてはならないものを見つけてしまう。

『!?』
『ひ、開いた?』

突然、壁が横にスライドして、開く。
同時に、何やら長い一本道が映される。

「あの廊下……まずい! すぐに映像を止めろ!!」
「え?」

突然叫び出した上条。
そう、彼は知っているのだ。
この廊下の先に、一体何があるのか。
そしてその事実を知った瞬間、フェイトがどのような状態になってしまうかを。

「…………え?」

しかし、もう手遅れだった。
なのは達が、フェイト達が。
それを見てしまった。

『ぐはっ!』
『あがっ!』

気付けば映像は、管理局員達がプレシアの攻撃によって吹き飛ばされている映像に切り替わっていた。
そして、プレシアが彼らの事を睨みつけながら、こう叫ぶ。

『私の「アリシア」に近寄らないで!!』

同時に、彼女は左手を前に突き出す。
その左手の前には、紫色の魔力の塊がゆらゆらと浮き出てくる。

「!? 危ない、防いで!!」

リンディが局員達にそう通達するも、もう遅かった。
プレシアによって、時の庭園全体に紫色の雷が走り、局員達の身体を貫いた。
しびれる……その程度で収まるのならどれだけマシなことだろうか。

「いけない! 局員達の送還を!!」
『了解です!!』

リンディの指示を受け、別室にいるエイミィが、急いでキーボードでアースラの座標を打ち込んでいく。
そんな中、映像をじっと見つめながら、フェイトが小さな声で呟く。

「アリ……シア?」

映像の中のプレシアは、アリシアが入っているガラスケースを両手で撫でながら、独り言のように呟く。

『もう駄目ね……時間がないわ。たった9個のロストロ・ギアでは、次元震を起こすことが出来ても、約束の地(アルハザード)に到達出来るか分からないわ……でもいいわ。もう終わりにする。この子を亡くしてからの暗欝な時間を……』
「止めろ……止めろ、プレシア……」

上条は懇願する。
プレシアが、どうかその先の言葉を言わないように。
その先を言わせてしまったら、フェイトが深く悲しんでしまうから。

『この子の身代わりの人形を、娘扱いするのも……』
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「!?」

遅かった。
すべて、遅かった。
本当なら無理矢理にでもフェイトをこの場に居させるべきではなかったのに。
それでも上条の身体は言うことが聞かなくて。
結局、最後に傷ついてしまったのはフェイトたった一人。
フェイトはその事実を知った瞬間、一瞬なんのことかさっぱり分からなかった。
いや、理解しようとしなかった。
自分のことであって欲しくない。
そんな思いから、その事実を拒絶しようとしたのだ。
しかし、それでも真実はとても残酷なものだった。

『聞いていて? フェイト。貴女のことよ。せっかくアリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。役立たずでちっとも使えない、私のお人形……』
『……最初の事故の時にね、プレシアは実の娘、アリシア・テスタロッサを亡くしているの。彼女が最後に行っていた研究は、使い魔とはことなる……使い魔を越える人造生命の生成……そして、死者蘇生の秘術……』

プレシアの言葉に続けるように、エイミィが調べ上げた結果を述べる。
そしてその後に、上条が付け足した。

「『フェイト』という名前は、当時プレシアが進めていたプロジェクトの名残。開発コード『F.A.T.E』から取られたものだ……」
「う、嘘。何でアンタがそんなことを知って……」
「決まってんだろ。聞いたんだよ、プレシアから……あの日、プレシアの元に行った日に、そこにいる本人から聞いたんだよ」

もうこれ以上隠す必要はない。
隠したところで、もうすべてが遅すぎた。
上条は悔しがっていた。
どうしてこんな末路を迎えなくてはならないのか。
どうしてフェイト一人が悲しまなくてはならないのか。
そして疑問を抱いた。
どうしてプレシアは、現実(フェイト)を見ずに幻想(アリシア)に囚われ続けてしまったのか、と。

『よく調べたものね……そうよ、その通り』

エイミィのことを褒め讃えているような、貶しているような口調でプレシアは言う。
アリシアの入っているガラスケースを大切そうに眺めると、残念そうにこう呟いた。

『でも駄目ね……ちっともうまくいかないわ。作りものの命は所詮作りもの。失ったものの変わりにはならないわ……』
「当たり前だろ!! フェイトは『フェイト』なんだ。アリシアの『代わり』になんかなれるはずがねぇだろ!!」

プレシアに向かって叫ぶ上条。
上条は分かって欲しかったのだ。
フェイトはフェイトであり、アリシアはアリシア。
誰もアリシアの代わりになりえないし、誰もフェイトの代わりにはなれない。
二人は同一体なんかじゃない。
二人は双子でもない。
この世には代わりになる人物なんて誰もいないのだ。
まったくの同一体なんて、どこにも存在しないのだ。
そんな前提条件なんて分かっているはずなのに、それでもプレシアは止めなかった。
どんな末路を迎えようとも、彼女は幻想に囚われ続けてしまったのだ。
そして……狂ってしまったのだ。

『そうね。結局その子はアリシアにはなれなかったわ。今なら貴方が言ってたことも分かるかもしれないわね。誰もアリシアの代わりになんかなれないのだから、用済みの人形は、そこら辺にでも捨ててしまえばよかったのよね』
「アンタは結局、目の前の現実から逃げて、ただ手に入れられもしない幻想に囚われただけだ! いい加減目を覚ませ大馬鹿野郎!!」
『うるさいわね……吠えてんじゃないわよ三下。消し屑にされたくなかったら、とっとと失せろ』
「!?」

明確なる殺意。
先ほどプレシアが局員達に見せたそれよりも、遥かに強い殺意だった。
彼女はこの程度の言葉だけでは理解しようとしない。
やはり、真正面からぶつからない限り、何も分ろうとはしないのだ。
その後プレシアは、昔を懐かしむかのような口調で、こう言った。

『……アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ。アリシアは時々我儘も言ったけど、私の言うことをとてもよく聞いてくれた。アリシアは、いつでも私に優しかった……』

頬の部分に当たる所を、プレシアは優しく撫でる。
その後、顔だけを向いて、フェイトに言い放った。

『フェイト。やっぱり貴女は、アリシアの「偽物」よ。せっかくあげたアリシアの記憶も、貴女じゃ駄目だった。アリシアを蘇らせるまでの間に、私が慰めに使うだけのお人形……』
「止めて……止めてよ……」

なのはが、泣きながら呟く。
プレシアは、構わず続ける。

『だから貴女はもういらないわ。何処へなりと、消えなさい!!』
「!!」

ショックどころで済んだらどれほどよかったことだろうか。
『フェイト・テスタロッサ』という少女は、母親の愛を受け取ることがないまま、その母親から捨てられたのだ。
たった一言、『消えなさい』の一言のみで。
経験したことのない者には分からないだろう辛さ。
そこにあるのは、たった一人信頼していた人物からの裏切り。
彼女は孤独になってしまったのだ。
頼りになる人もいないまま、たった一人の大切な母親から、見捨てられてしまったのだ。
そしてプレシアは、とどめと言わんばかりにこう言い放つ。

『いいことを教えてあげるわ、フェイト。貴女を造りだしてからずっとね、私は貴女が……大嫌いだったのよ』
「あっ……」

終わった。
完全に、拒絶されてしまった。
記憶の中の優しかった母親の像が、音を立てて崩れ落ちて行く。
フェイトはもう、プレシアから愛情を受け取ることは……ない。

「ふぇ、フェイト!」

力なく、その場に座り込むフェイトを上条となのはが慌てて支える。
しかしその目には……光が宿っていなかった。

『大変です! 時の庭園内から、ものすごく膨大な魔力エネルギーが放出しています!!』
「何ですって!?」

エイミィの叫び声が聞こえてくる。
同時にモニターには、地面から現れてくる謎の存在が出現する。
それは右手に槍を持ち、まるで門を守る門番みたいな……そんな印象を受けた。

「庭園敷地内に魔力反応! いずれもAクラス!!」
「総数60……80……まだ増えています!!」

局員達の回収はプレシアが話をしている間に終わった。
だから局員達自体に危険は及ばない。
しかし、これからプレシアが何かをしようと企んでいることだけは確かだった。

『私達の旅の邪魔はされたくないのよ……』

プレシアは、アリシアの入ったガラスケースのロックを外し、魔法を使って自らの後ろについてくるようにする。
そしてプレシアはもう一度玉座の間に出てきて、宣言する。

『私達は旅立つのよ! 忘れられた都……アルハザードへ!!』

瞬間。
プレシアの前に9個のジュエルシードが展開する。
そのすべてを使って円が作られ、周囲をグルグルと回転しだす。

『まさか!!』

エイミィと同じ部屋にいるクロノが、何かに気付いたようにそう叫ぶ。
……彼女は起こす気なのだ。
9個のジュエルシードを使って、次元震を。

『この力で旅立って……取り戻すのよ! すべてを!!』

そしてジュエルシードが発動する。
発動と共に、大きな振動がアースラを襲う。
周囲が警告音と共に赤く染まり、仕切りに何かを促している。

「次元震です! 中規模以上!!」
「振動防御! 『ディストーションシールド』を!」

局員の一人の叫び声の後、リンディがそう命令を下す。
そんな中、もう一人の局員が報告する。

「ジュエルシード9個発動! 次元震さらに強くなります!!」
「転送可の距離を維持したまま、影響の薄い区域に移動を!」
「りょ、了解です!!」
「規模はさらに拡大! このままだと次元断層が!!」

このままだと、数年前の再来だ。
かつて一つの世界を滅ぼした、あの大災害の再現。
それが今、たった一人の女性の手で行われようとしている。
そう思った瞬間、クロノは真っ先に動き出した。

『クロノ君!?』
『僕が止めてくる! ゲート開いて!!』

エイミィの声を無視して、クロノは走り出す。
そんな様子が、上条達の耳に届いてきた。

「アイツ……」

上条は思った。
この瞬間、クロノ・ハラオウンは誰よりも正義感を強くし、そして目の前の敵を憎んだのだ、と。



走りながら、クロノは考えた。

「(忘れられた都(アルハザード)……もはや失われた禁断の秘術が眠る土地……そこで何をしようって言うんだ!? 自分がなくした過去を取り戻せるとでも思ってるのか!?)」

艦内には、狂ったように笑うプレシアの声が聞こえてくる。
その声が、ますますクロノの怒りの炎を強くした。
クロノはデバイスを展開させると、走りながら叫ぶ。

「どんな魔法を使ったって、過去を取り戻すことなんか……出来るもんかぁあああああああああ!!」



「タイムリミットはあと30秒……それまでに、どうにかプレシアを止めないと……!!」

先ほど艦内にて局員が言っていたことを思い出し、土御門が呟く。
現在上条達は、転移ポートまで駆け抜けている最中だった。
ただ、フェイトの身体はアルフがしっかり抱えていて、アルフに抱かれているフェイトは、未だに光が宿っていなかった。

「クロノも向かっている最中だと聞いた。俺達もすぐに合流するぞ!」
「はい!」
「うん!」
「ええ!」

土御門の言葉に、なのは・インデックス・美琴の三人が頷く。
上条も即座に向かいたいところではあったが、それよりも先にするべきことがあると感じた。
それは……。

「……すまん、みんな。俺はアルフと一緒に先に医務室の方へ向かう。後から絶対追いつくから、先に向かっててくれ」
「了解。どうやらその子の心を開いてあげられるのは、今の所君達しかいなそうだからね」
「……分かったわ。その代わり、きちんとその子の心を開いてあげるのよ!」

ステイルと美琴が了承する。
他のみんなも、彼らと同意見だった。
母親に捨てられてしまって、皮肉にも自由を手に入れた少女。
後は何処へ行こうが勝手にしろと言われてしまった少女。
……そんな少女に、上条は言いたいことがあった。

「……なのは」
「はい?」

突然自分の名前を呼ばれたなのはは、少し驚いたような声を発しながら答える。
そんななのはに、上条は言った。

「お前の言葉。少しだけ借りるぜ」



「物語はついに山場(クライマックス)を迎えて、プレシアは死を覚悟してまでこんなことをしだす……やはりこの運命だけは変えられないようですね……」

アジャストは悔しかった。
今この時も、プレシアのそばにいてあげられないことを、とても悔しがっていた。
もし空白の数年間の間にアジャストが現れることが出来たら、フェイトも含めて幸せにしてあげることが出来たのだろうか?
いや、たった1%の『アジャスト・テスタロッサ』にそんなことは出来なかった。
どうあがいた所で、99%の確率で死んでいたのだ。
それなのに、どうして過去の自分をやり直すことなど出来ようか。
1%の彼が『テスタロッサ』の名前を捨てることは、もはやどの世界軸でも決まっていた事項。
つまり、どうしても彼女のそばにいてあげることは出来ないのだ。
……並行世界に行くことは出来ても、同世界軸の過去の時間に戻ることはできない。
別世界の過去に行くことは可能でも、同じ世界軸をやり直すことは、どう頑張っても出来ないのだ。
だから彼は並行世界の可能性に賭けていたというのに……。

「待っているのは破滅の運命……何度も何度も試してみましたが、結局それらは無駄に終わってしまう……この世界に居る人達だけでは、物語はどんなに数をこなそうと、結末(ひげき)は変わらない……」

だから彼は、別の世界軸にいる人間である上条当麻(イレギュラー)達を呼んだのだ。
登場人物が足りないのなら、増やせばいい。
それも、目の前の破れない壁を打ち破ることが出来るような人材が必要だ。
……プレシアの心に関しては、彼に任せてもいいのだろう。
問題は、プレシア・テスタロッサの心が救われた後のことである。

「彼女がこの世界軸にいたままだと、いつまでも救われない……」

彼は分かっていた。
例えこの場で彼女の命が助かったところで、管理局が彼女を放っておくわけがないということを。

「……結局、この方法が一番助かるんですかね……誰もが救われて、そして誰もが笑顔でいられるハッピーエンド……そんな終わり方になるとはとても思えませんが、せめてプレシアやフェイトだけでも……」

彼は願う。
愛する者達の、幸せを。



時の庭園内に侵入することが出来たなのは達は、やはり目の前にうようよいる機械達を発見する。
その数は……数えきれない程度にあった。

「いっぱいいるね……」
「まだ入り口だ。中にはもっといるよ」

ユーノの呟きに反応して、クロノが言葉を返す。
……入口だけで、もう視界いっぱいに敵がいるのだ。
中に入ってしまったら、はたしてどうなることだろうか。

「クロノ……コイツらの特性を教えてくれ」

土御門が、構えを取りながらクロノに尋ねる。
目の前の敵を睨みつけながら、クロノが答える。

「近くの敵を攻撃するだけの、ただの機械だよ」
「そっか……なら、安心だ」

そう呟きながら、なのははレイジングハートを構え、攻撃態勢に入ろうとする。
しかしそれを止めたのは、美琴とステイル、そしてクロノの三人だった。

「無駄弾の消費は必要ないわよ。ここは私達に任せなさい」
「ふぇ? でも……」
「心配ないよ。僕達はここで死ぬことはないから」

そして三人は動き出す。
まずクロノが杖を空に掲げて、

「Stinger Snip」

クロノの持つデバイスからそのような言葉が発せられ、同時に青色の魔力弾が発せられる。
それは大きな輪っかとなり、襲いかかってくる敵を次々と切り裂いていく。
一方で、美琴も負けていなかった。

「邪魔よ!!」

身体中から発せられる雷を利用して、相手に攻撃をする。
10億ボルトもの雷は、敵に当たると同時にその相手を痺らせるどころか、根本的な部分から破滅させることも可能だった。
ドォン! という音と共に、機械達は次々と破壊されて行く。そんな中、ステイルの元にも一体の機械が近寄ってくる。
それでもステイルはその場から動こうとしない。
そして、その機械が剣を振りおろそうとした瞬間に、ステイルはついに動き出す。

「現れよ、イノケンティウス! 我が名が最強である理由をここに示せ!!」

現れる、魔女狩りの王(イノケンティウス)。
目の前の敵を焼き尽くす為に、存分にその身体を奮う。

「はぁっ!」

ばらまかれたルーンの許容範囲は、この入口付近のみ。
だが、それで十分だった。

「行け! この間は僕が預かる。君達はどんどん先へ行くんだ!!」
「了解した! ステイル、後ろはお前に任せたぜ!!」
「安心して君達は先に行け!!」

土御門の言葉に応えるように、ステイルはイノケンティウスを存分に暴れさせる。
……まるで制限なんて存在しないかのようにどんどん現れてくる機械達。
そのすべての存在を否定する炎を、イノケンティウスは身に纏っていた。

「行くよ!」
「は、はい!」

クロノの後を追うように、なのは達も駆け抜けて行く。
途中、何やら黒い斑点みたいなものがウヨウヨしているような空間が目に映る。
それを見ながら走っていたなのはに、クロノが言う。

「その穴、黒い空間がある場所は気をつけて!」
「……そこには何があるの?」
「虚数空間。あらゆる魔法が一切聞かなくなる空間なんだ。飛行魔法もデリートされる。もしも落ちたら……重力の底まで落下する! 2度と上がって来れないよ!!」

インデックスの質問に答えるように、全員に向けてそう宣言するクロノ。
虚数空間。
その恐ろしさがどれだけのものなのか、今の答えだけで十分に理解することが出来た。

「せいっ!」

走り続けた先にあった扉を、クロノが思い切り蹴り破る。
するとそこには、二手に分かれている階段があり、目の前には入口の時よりもたくさんの機械達がいた。

「……ここからは二手に別れるぞ。俺と禁書目録は、ここで足止めをする。御坂となのは、ユーノの三人は最上階にある駆動炉の封印。そしてクロノはプレシアの元へ。それでいいな?」
「け、けどインデックスさんがここにいると結構無茶なんじゃ……それに、土御門さんって魔法使えないんじゃ……」

二人の心配をするなのは。
確かに二人ともこの世界の魔法は使えないし、土御門の能力もこの場においてははっきり言って意味がない。
さらにインデックスは魔術も使えないと来れば、まずこの場で足止めをするべき人材ではないだろう。
しかし、なのはや美琴、クロノの認識はここまでしかなかった。

「嘗めてもらっちゃ困るぜい。こう見えても俺は格闘を極めてきてるんだ。ちゃんと来る前に、艦長様から特性グローブをもらっているってもんだぜい?」

そう言いながら、今の今までポケットの中に突っ込んでいた両手を、一同に見せる。
確かにその手には、黒いグローブのようなものがつけられていた。
それを見て、クロノが驚く。

「それは……AMG!?」
「AMG? ……なによそれ?」

聞き覚えのない名前に、美琴が尋ねる。
その質問に対して、土御門が答えた。

「AMG……『アンチマジックグローブ』の略称だにゃー。一応デバイスを持たない俺達用に急遽作ってくれって依頼したものだったんだが……時期が時期だっただけに一着しか作れなくて、俺だけこうして用意してきたってことだにゃー」
「まさか艦長が言っていたのって、これのことだったとは……」

感心したように、クロノが呟く。
AMGは、相手の魔法存在を否定する武器のこと。
簡単に言ってしまえば、上条当麻の右手(イマジンブレイカー)の限定版みたいなものである。
グローブを両手に装着することでその効力は発揮されるが、グローブに込められた魔力が切れてしまうと、その戦闘ではまったく使い物にならなくなってしまう。
これなら、魔術が使えない土御門でも十分に戦えるというものだ。

「で、でもそれでもこの子を残しておく理由にはならないんじゃ……」
「大丈夫だよ。ここに来るまでに、見慣れなかったこの世界の魔法の仕組みも、ある程度理解してきてるから、そこを突いてしまえば、恐らく私も力になれるんだよ!」

彼女はこの世界に来てから、なのは達が使う魔法についての歴史や術式の方式・仕組み等を調べてきた。
科学音痴である彼女の代わりに、ある程度の情報をエイミィがサポートしてくれていたりして、そのおかげで『ミッドチルダ式』の魔法の仕組みはある程度理解することが出来た。
そして、その仕組みさえ理解することが出来れば、彼女もこの場において力になることが出来るというわけだ。

「ここから先、返ってなのは達は邪魔になる……クロノ、一発目隠しになるような弾を撃ってくれないか?」
「わ、分かった」

急に真面目口調になった土御門に驚きながらも、その指示を聞き入れるクロノ。
そしてクロノは、デバイスを構え……。

「Blaze Cannon」

瞬間、一筋の巨大な青い閃光が、何体かの機械を巻き込んで、辺りを隠す。
その隙に、なのはは美琴とユーノの二人を担いで宙を浮き、階段を上がる。
やがて視界が晴れた時、そこになのは達三人の姿はなかった。

「ここから先、クロノの存在もある程度邪魔になってくる。一刻も早くお前はプレシアの所へ行け!」
「わ、分かった!」

クロノも土御門の命令を聞いて走り去って行く。
その様子を眺めた土御門は。

「さて、そろそろ鬼退治と行こうかにゃー?」
「人払いありがとね、おかげで誰にも迷惑をかけることなく、私も戦えるんだよ」
「そりゃどうも……それじゃあ、存分にその歌声を聞かせて頂きましょうか!!」

叫ぶと同時、土御門は機械達目掛けて走り出す。
攻撃対象を見つけた機械達は、真っ先に土御門目掛けて走り出す。
四方八方、彼の周りに逃げ道はない。
しかし彼は逃げない。
敵を前にして逃げるような真似は、彼の魔法名からしてすることはない。

「せいっ!」

ドゴッ!
重い音がする。
彼に許された攻撃手段は、拳で相手を殴るだけ。
蹴りやひじ打ちは、直接ダメージを与えるのに十分ではない。
せいぜい足止め程度にしかならない。
だから今の音も、土御門が右手で機械の心臓部分を殴った音なのだ。
それだけでも、機械は十分倒れてくれた。
殴られた箇所に穴が開き、核を失った機械は、その場で何体もの機械を巻き込んで爆発する。

「……」

一方、インデックスの方にも、次第に機械の数が増えてきていた。
それでも彼女は動かない。
何故なら、彼女は動けないからだ。
その場から動いてしまうと、これから行おうとしている行動がとれなくなってしまうからだ。

「「「「!!」」」」

やがて機械達は、彼女目掛けて攻撃をし始める。
しかし……その攻撃は通ることはなかった。

「「「「!?」」」」

突然動きを止めた機械達。
……見れば、インデックスは目を閉じて、両手を握りしめて自らの身体の前に持ってきて、何か歌を歌っていた。
魔滅の声(シェオールフィア)。
本来ならば彼女の頭の中に宿る10万3000冊の魔導書の知識を利用して、集団心理に語りかける技なのだが、この世界の魔法を理解した彼女には、この世界においてもそれを使用することが可能だった。
今の彼女なら、個人戦として強制詠唱(スペルインターセプト)を使用することも可能だが、今はそれを使う時ではない。
その歌声を聞かされている機械達は、突然苦しみ出す。
……彼らとて、音を認識する機関は存在するのだ。
でなければ、視界を潰された時に真っ先に敵の懐へもぐりこむような動作を取ることが出来ないからだ。
その点を逆手にとられたのが、今回の結果だ。
そして何故彼女の周りに味方が混じることを嫌がったのかと言うと、これはあくまで集団の敵を想定して汲まれた技だからだ。
ようするに、味方の存在は彼女にとって不純物でしかなく、敵に対して純粋なる効力を与えることが出来ないのが、現実なのだ。
だから、ここに残るのは多くてもインデックスを含めた二人でなくてはならなかったのだ。

「数が嫌と言うほど増してきやがる……早く来てくれよな、カミやん」

機械を殴り倒しながら、土御門は呟いた。
この物語を、恐らく終えることが可能な人物の名前を。



「「……」」

なのは達が戦う様子は、映像を通じて上条やアルフの目にもとまった。
未だに時の庭園との通信は繋いだままだったが、ここが医務室ということもあってその音声は聞きとることが出来ない。
その後で、上条とアルフはもう一度ベッドに眠るフェイトの方を見る。

「……駄目か」

やはりその目には、光は宿っていない。
彼女は深い悲しみを覚えてしまったのだ。
今は本当ならば無暗に何かを言わない方がいいはずだ。
けれど上条は、これから彼女に言わなければならないことがある。
どうしても、これだけは言っておかなければならないからだ。

「トウマ……アタシ、あの子達のことが心配だから、ちょっと行ってくるよ」
「……ああ。フェイトのことは俺に任せろ。すぐに元に戻す……とは言えないけどな」
「それでいいよ。ゆっくりでいいんだ。フェイトに伝えといてくれないかい? 『ゆっくりでいいから、アタシの大好きな……本当の「フェイト」に戻ってね。これからは、フェイトの時間は全部、フェイトが自由に使っていいんだから』って」
「……ああ、分かった。つか、多分フェイトも聞いてると思うぜ?」
「そうかもね……でも一応、任せたよ」

そう告げると、アルフは上条とフェイトに背中を向け、医務室から出て行く。
……その目には、涙らしきものも映っているように見えた。

「……フェイト」

上条は、そっとフェイトの頬を左手で撫でる。
その手は優しく、声は悲しそうだった。

「……ん」
「!?」

その時。
フェイトは一瞬苦しそうにうめき声をあげ、その後ゆっくりと瞳に光が戻り始める。
どうやら意識がはっきりしてきたみたいだ。

「フェイト……大丈夫か?」
「あれ……とう、ま?」

彼女の視界に一番最初に入っていたのは、上条だった。
ある意味、彼女が一番安心出来る存在だった。

「アルフなら、さっきなのは達の所へ行ったぜ。ゆっくりでいいから、本当のフェイトに戻って欲しい。これからはフェイトの時間は全部、フェイトが自由に使っていいんだから、そう言い残してな」
「……」

顔を俯かせるフェイト。
両者の間で、しばらくの間言葉がかわされることはなかった。
だが、その沈黙を破ったのは、小さい声で呟くフェイトだった。

「母さんは、最後まで私に微笑んでくれなかった……私が生きていたいと思ったのは、母さんに認めて欲しかったからで……どんなに足りないと言われても………とんなに酷いことをされても……だけど、笑って欲しかった」

上条は口を挟まない。
彼女の独白の一字一句を、聞き逃さない為にその耳をフェイトの言葉に傾ける。

「あんなにはっきりと捨てられた今でも、私、まだ母さんに縋りついてる」

そして一旦モニターの方に首を向ける。
そのモニターには、先ほど部屋から出て行ったアルフが、なのは達と合流している映像が映されていた。
その後フェイトは上条の方を向いて、続ける。

「アルフ……ずっと傍にいてくれたアルフ……言うことを聞かない私に、きっと随分と悲しんで……何度もぶつかった真っ白な服の女の子……初めて私と対等に、真っ直ぐ向き合ってくれたあの子……何度も出会って、戦って、何度も私の名前を呼んでくれた……何度も……何度も……」

アルフ。
なのは。
そして、上条。
彼女のことを想ってくれている人は、フェイトの周りにはたくさんいる。
しかし、それでもやはり。

「生きていたいと思ったのは、母さんに認めてもらいたいからだった……それ以外に、生きる意味なんてないと思ってた。それが出来なきゃ、生きていけないんだと思ってた……」
「……だから、泣いてるんだな?」
「……あっ」

気付けば、フェイトの両頬を、一筋の涙が通っていた。
彼女は泣いているのだ。
母親に捨てられて、それでも母親のことが諦めきれなくて。
生きている理由を否定されて、それでも彼女はまだ生きていたくて。

「別に俺は、フェイトが抱く『生きる意味』って奴を否定する気はまったくない。けど、お前はそれ以外にもキチンと生きる意味があるってことを、理解してくれなきゃ困るんだよ」
「……え?」
「お前には、アルフがいる。なのはがいる。そして、俺達がいる……それだけでも、お前の生きる意味って言うのはあったんだよ。だからたった一度母親に認められなかったからって、生きていけないだなんて言うなよ……お前はこのまま、母親(プレシア)から逃げるのか?」
「!?」

言われて、気付いた。
フェイトは今この瞬間、すべてを諦めてしまっていたことに気付いたのだ。
母親に縋っていることは分かっていた。
けど、もう捨てられてしまったからそれは叶わないと思っていた。
だけど、違うのだ。

「……捨てればいいってわけじゃない。逃げればいいってわけじゃ、もっとない」
「!?」

聞き覚えがある言葉だった。
それはなのはが最初で最後の全力勝負を申し込んだときに、フェイトに言った言葉。
なのはとフェイトの関係が始まりを告げた、あの言葉。
その言葉の続きを、フェイトは知っている。

「私の……私達のすべては、まだ始まってもいない……」
「……その通りだ。お前達のすべては、まだ始まってない。これから始まるんだよ。今までのは長い幻想(プロローグ)。これからが、本当の物語の始まりだ」

上条のその言葉は、フェイトの心に強く響いた。
……覚悟は決まった。
フェイトは身体を起こし、ベッドの中から出てくる。
プレシアの言葉を聞いた時に落としてボロボロになってしまったバルディッシュを握りしめて、そしてデバイスモードへと変形させる。

「……バルディッシュも、ずっとそばにいてくれたんだよね……お前も、このまま終わるのなんて、嫌だよね……?」
「Yes sir」

答えるバルディッシュ。
心は一緒。
想いは共通する。

「……フェイト。これからが本当のお前の始まりだ。今までのお前を……ここで終わりにするんだ」
「……うん」

上条の言葉に答えるフェイトの表情は、真剣そのもの。
もう彼女は、逃げない。
これから、フェイトは本当の自分を始めるのだ。

「それじゃあ行くぜ……」

上条は、手に持っていた『機械』に座標を打ち込む。
その場所はもちろん、時の庭園(はじまりのち)。

「「転移!!」」

そして二人は、最終決戦の場へと向かった。
この物語を、終わらせる為に。



次回予告
ついに戦いは佳境を迎える。
なのは達と合流した上条とフェイトは、プレシアの所へと歩みを進める。
上条が必死にプレシアを説得し、フェイトもプレシアに自らの想いを伝える。
だがその時、事件は思いもよらないクライマックスを迎えることとなる。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『崩壊する庭園(カーテンコール)』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] 無印『ジュエルシード』編 16『崩壊する庭園(カーテンコール)』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/04/03 14:21
螺旋階段を駆け抜けるなのは達は、空中から襲いかかってくる機械達を倒すのに手いっぱいだった。

「次から次へとウヨウヨウヨウヨ……なんなのよコイツらは!!」

雷を放ちながら、美琴が叫ぶ。
彼女だって、無貯蔵に電撃を放てるわけではない。
彼女の体力がなくなってしまったら、その電撃も放てなくなってしまうのだ。
だから能力を使用するのは、本来ならば最低限でなくてはならない。
だが、そんなことを言っていられる程、この場は余裕なんかではない。

「このっ!」

なのははレイジングハートより、魔力弾を撃つことで機械達を壊して行く。
途中で合流したアルフは、狼状態となって機械を噛みちぎっていた。

「くっ! 数が多い!!」
「だけならいいんだけど……ね!!」

ドォン!
アルフの後に呟いた美琴の声と共に、轟音が響く。
同時に、一筋の閃光が目の前を通過した。
超電磁砲(レールガン)。
彼女の最強の武器にして、彼女を示す二つ名。
しかし、それを撃ち放ち、敵を倒したとしても……まだまだ敵は増えて行く。

「キリがない!!」

思わず美琴は叫ぶ。
その一方で、ユーノはチェーンバインドを使って相手の身動きを封じていた。
少しでもなのは達が苦労しないように、敵の数を減らそうとしてるのだ。

「なんとかしないと……!!」

そう呟くユーノ。
だが、その一瞬の気の緩みが原因で、バインドが壊れてしまう。

「!?」

縛られていた敵は身動きが取れるようになり。
斧を持ったその機械は、なのは目掛けて襲いかかってくる。

「危ないなのは!!」
「え!?」

美琴の声を聞いて後ろを振り返ってみれば、その機械が今にもなのはを攻撃しようと近づいてきていた。
もう何をしようと、遅い。
なのはは覚悟を決めて目を閉じた。

「Thunder Rage」
「……え?」

デバイス特有の、機械染みた声が聞こえてくる。
その声は、間違いなく……。
そしてその疑問を確信へと返るかのように、なのはの目の前に金色の閃光が降り注ぐ。
それは機械を貫くと、なのはの目の前で爆発した。

「この雷……まさか」

美琴は、慌てて上を向く。
そこにいたのは……。

「フェイトちゃん!!」

デバイスを構えるフェイトが、空中にいた。
そう、フェイトがなのはのことを助けたのだ。
そして、この戦いに参戦すべくやってきた人物はもう一人いる。

「大丈夫か! みんな!!」
「あ、アンタも来たの!?」
「トウマ!!」

その人物を見て、美琴は驚き、アルフは嬉しそうにする。
上条当麻も、この戦いを終わらせるべく……フェイトの物語を始めさせるべく、この場に現れたのだ。
しかし、参戦を喜んでいる場合ではなかった。
何故なら。

「!?」

突然、ドガァン! という派手な破壊音が鳴り響く。
同時に壁が壊されて、そこからかなり大きい機械が現れてきた。
そして、なのはとフェイトに標準を合わせて、背中に背負った巨大な砲台を向ける。

「大型だ……バリアが強い!!」
「うん……それに、あの砲台……」

フェイトの呟きに対して、なのはが答えようとする。
だが、そうしている間にも、その巨大な機械は砲台に魔力を注ぎ込み始める。
あれだけ大きな砲台だ。
放つ弾も相当強力なはず。
となると、撃たれる前に破壊してしまう他方法がない。

「けど、二人でなら……」
「え? ……! うん、うんうん!」

一瞬、フェイトの言葉の意味が分からなかったなのはだったが、その意味を理解し、嬉しそうに頷く。
よほどこの瞬間に自分のことを頼ってもらえたことが嬉しかったのだろう。

「行くよ! バルディッシュ!!」
「Get set」

その言葉通り、フェイトはなのはと協力して目の前の敵を倒すことを考えている。
だから上条は、美琴とユーノ、そしてアルフに言った。

「俺達は邪魔しちゃいけない! 今は二人に任せよう!!」
「……ええ、分かったわ」
「で、でも……」

美琴は上条が言いたいことがすぐに分かった為に了承し、ユーノは意味が分からずただなのはとフェイトの心配をする。
その一方で、意外にもアルフがユーノにこう言った。

「せっかく二人が共同で一つの敵を倒そうとしてるんだ! 邪魔するんじゃないよ!!」
「は、はい!!」

思わず敬語で答えてしまうユーノ。
そんなユーノを見て苦笑いを浮かべる上条だったが、すぐになのはとフェイトの方を向いて。

「なのは! フェイト! お前達の力で、その巨大な機械をぶっ潰しまえ!!」
「はい!」
「うん!!」

上条の言葉に答えるなのはとフェイトは、すでに攻撃する準備を済ませてあった。
各自のデバイスを機械相手に向け、魔力を集め始める。
対する機械も、その魔力をどんどん集束させている。
しかし、攻撃するスピードなら、なのはとフェイトの方が断然早かった。

「サンダー……!!」

掛け声と共に、フェイトは左手の甲に小さな魔法陣を創り出す。
それを宙に投げ、バルディッシュでそれを叩く。

「バスター!!」

瞬間。
それは巨大な砲撃となり、機械へと一直線に伸びて行く。
バリアを張られたせいでそれは機械まで届かないが、今はそれでいい。
何故なら、攻撃はまだ終わっていないからだ。

「ディバイン……バスター!!」

なのははレイジングハートに溜めていた魔力を、一気に放出する。
それは、フェイトの攻撃の真横に着弾し、やはりバリアによって目の前で止まる。
けれど、二人の攻撃はまだ終わらない。

「「せぇ~の!!」」

あの時と同じ。
二人一緒に樹の化け物と対峙し、ジュエルシードを封印した時と同じ。
しかし違うのは、今回はフェイトも掛け声を一緒に言ったこと。
この時、二人の想いはようやっと重なり合い、それが大きな力を生み出したのだ。

「す、凄い……」

あまりの馬鹿魔力に、思わず上条が呟いてしまう。
二人の攻撃は、バリアを突き破るだけでは物足りず、砲撃してくるはずだった機械を、塵も残さず消し去ってしまったのだ。

「「……」」

攻撃を終えた二人は、ゆっくり地面へと着地する。
二人のデバイスからは煙が噴き出し、それが攻撃終了の合図となる。

「フェイトちゃん!」

なのはは嬉しそうにフェイトの名前を呼ぶ。
その背後から、

「フェイト! フェイト!!」

アルフが涙目になりながらフェイトの所まで歩み寄り、そしてその身体に抱きつく。
抱きつかれたフェイトは、優しげな表情を浮かべながら、アルフにこう言った。

「心配かけてごめんね……ちゃんと自分で終わらせて、それから始めるよ……本当の私を」

そう告げたフェイトのことを見ながら、上条達は、嬉しそうに笑みを零すのだった。



「……アイツ、僕にこれを渡してどうしろって言うんだ?」

敵も完全に現れなくなり、貼り付けたルーンを回収したステイルは、壁にもたれかかって暫しの休息をとっていた。
いつ敵が現れてもいいように、その手にはしっかりとルーンが握られているが、それでも今は落ち着いている。
ただし、その手にはルーンの他にももう一つ、上条から渡された『機械』があった。
ここに上条達が転移してきた時、ステイルが受け取ったものだ。

「まぁ確かに、彼があのままこの『機械』を持っていたとしても、壊してしまうだけだろう。けれど、何も僕に預けることはないじゃないか……」

『機械』は彼らにとっても大事なアイテムである。
これがなければ、上条やステイル、インデックスに美琴、そして土御門は元の世界に帰れない。
それはアースラに帰還すると言う意味ではなく、自分達の世界に帰れないという意味でだ。
今現在『機械』の調子は元通りとなり、上条達の元居た世界の座標を打ち込めば、その場所まで行けるようになっていた。
……アースラからでも上条達の世界へ帰還することも不可能ではないのだが、あまりにもいろんな部分が酷似しすぎている為か、未だに上条達の世界の座標は、アースラでは見つかっていないのだ。
ステイル達が世界座標を伝えてもよかったのだが、今の今まで故障していたこともあって、登録されている座標がロックされていて、伝えることが出来なかったのだ。
そして、そんな重大なアイテムを、わざわざ壊れるかもしれない場所に持ち込むわけにはいかない。

「ということは、僕は自動的にここの留守番ってわけか……」

つまりステイルは、この『機械』を持たされている以上、インデックス達の元へは行けないということになる。
本当ならば、インデックスの元へ今すぐにでも駆け寄り、その危険を排除してあげたい。
けれど、自分がこの『機械』を持ったままその場所に向かってしまえば、元の世界に帰る方法が見つかる前にその手段を失ってしまうことになる。
かといって、この場所に『機械』を置いて行ってしまえば、何かの原因で破損してしまう可能性も否定は出来ない。
事実上、彼は足止めを喰らったも同然なのだ。

「まったく、上条当麻も我儘だ……」

溜め息をつきながらも、結局彼はその場で待っている他なかった。
彼らの無事を祈りながら、ずっと……。



ドゴッ!
扉を破壊したなのは達は、そこでやはり機械に遭遇する。
しかし、駆動炉に向かう道はここしかない。

「あそこのエレベーターから駆動炉へ向かえる」
「うん! ありがとう!」

フェイトに説明されて、なのはは礼の言葉を述べる。
その後で、美琴はフェイトに言った。

「フェイトは……あの母親の元に向かうのね?」
「……うん」

頷いたフェイトは、その瞼を閉じていた。
すべて覚悟の上。
ちゃんと母親と向き合って、今までの自分を終わらせる。
それが、フェイトなりのけじめのつけ方だから。

「……」

なのはは、レイジングハートを岩の上に置き、そしてフェイトの近くまで歩み寄る。

「私……その……上手く言えないけど……」

パシッ。
なのはは、バルディッシュを持つフェイトのその手をしっかりと握る。
そしてフェイトにこう言った。

「頑張って」
「……ありがとう」

フェイトの手を握るなのはのその手を、フェイトはまたその上から握り、礼の言葉を述べる。
『頑張って』。
それはとても短くて、とても心のこもった言葉だった。
そんな中、ユーノが慌ててフェイト達の所まで駆け寄ってきて。

「今クロノが一人で向かってる! 急がないと間に合わないかも……!!」
「……行くぞ、アルフ・フェイト」
「ああ!」
「うん!」

上条の言葉に返事を返すアルフとフェイト。
彼も、プレシアに合って言わなくてはならないことがある。
だから、彼もフェイトと共に行く。
この結末を、誰もが笑って過ごせる幸せなものへと返る為に。



「あっ!」

上条達と別れてエレベーターを使って駆動炉の所までやってきたなのは達。
しかしそこには、駆動炉を守るように機械達が配置されていた。

「やっぱりここにもいたか……」

呟く美琴の声は、何処か楽しそうにも聞こえた。
数は先ほどよりもさらに増している。
だが、それはつまり……。

「この物語が、ついに終わりを迎えようとしているってことね!!」

ゲームなどでよくある話だ。
最終局面になると敵は強くなり、その数を増して行く。
それと同じように、敵の数はどんどん増加していき、強くなる。
そしてここは、なのは達にとって最終面みたいな場所。
つまりそれは……。

「ちょうどいいじゃない。もうすぐエンディングを迎えるには、もってこいの場所だわ!」

なのはは、美琴の声を聞いた後で前へ進もうとする。
しかし手を広げて、ユーノが制止する。
そして。

「防御は僕達がやる。なのはは封印に集中して!」
「うん! ……いつも通りだよね」
「え?」

なのはの言葉に、ユーノは少しばかり疑問を抱く。
そんなユーノに、なのはは笑顔でこう言った。

「ユーノ君、いつも私と一緒にいてくれて、守っててくれたよね?」
「!!」
「Sealing mode」

驚くユーノを差し置いて、レイジングハートからそのような言葉が発せられる。
なのはは、形状が変化したレイジングハートを構えて、ユーノのことを横目で見ながら、

「だから戦えるんだよ。背中がいつも、暖かいから!!」

そしてなのはの足元に、巨大な魔法陣が展開する。
周囲には無数の桃色の魔力弾が形成され、待機している。

「いいじゃない……これだけ数がいるのよ。遠慮なく私達もやりましょ!」
「はい!」

横に並ぶなのはに美琴が宣言すると、美琴は地面を思い切り蹴り、前へ進む。

「邪魔ものは、今すぐこの舞台から立ち去りなさい!! アンタ達はもう用済みなのよ!!」

ビリリリッ!
周囲に飛び散る雷の威力から、相当のものだと簡単に予測がついた。
彼女達にとって一番重要となる仕事(でばん)が、もうすぐ終わろうとしている。
ならばその一つのワンシーンに対して、全力を注いでこその出演者。
今の彼女達は、それこそ主人公の名にふさわしい存在。

「ディバインシューター、フルパワー!!」

なのはも、美琴に遅れをとらないように、魔力を注ぎ込む。
魔力弾の数は、さらに増して行く。
そして。

「シュート!!」

その叫び声と共に、なのはの元から魔力弾が勢いよく放たれた。



上条達が時の庭園内にて奮闘している間。
アジャストは、その庭園内にて、とある仕掛けを作っていた。
彼の目の前には魔法陣が展開しており、そこに地図らしきものが形成されている。

「……」

終始、彼は無言だった。
今の彼は、舞台の上で動く役者を見守る、裏方のようなものだ。
彼は最後の瞬間まで、この舞台にあがる気はさらさらなかった。
それは彼にとって、するべきことではなかったからだ。

「……予測地点は、ここですね」

数々の世界を見てきた彼は、とあることの措置として、一つの対策をとっていた。
その対策とこの魔法陣が何を示すのかは分からない。
魔法陣に描かれている地図には、何やら一ヶ所だけ×印がつけられており、その部分にアジャストは手を触れる。

「プレシア……せめてこの措置がまったくの無意味になってくれることを、祈っていますよ」

彼が一番祈っているのは、愛する家族の無事のみ。
他の者達がどうなろうが、正直な話どうでもよかった。
家族の中には、もちろんフェイトのことも含まれている。
身の上を聞いて同情しているわけではない。
彼にとって、アリシアのクローンであるフェイトもまた、実の娘だと考えているのだ。

「学園都市に行けばアリシアも何かしらの措置を施すのかもしれませんが……そんなこと、いくら科学が発展しているあそこでも無理でしょうね」

死人を蘇らせる。
確かに人類が一番果たしたいことかもしれない。
だがそんなことは不可能。
現在の医学……いや、これ以上に医学が発達したとしても、死んでしまった人間だけは元通りにすることは不可能なのだ。
それが例え、過去に葬り去られた遺産を用いたとしても、だ。

「結局、彼女の悲願が達成される確率は0なのです。でしたらせめて、フェイトのことを実の娘として見ることが出来るようになれば……フェイトにも、プレシアにも、救いの手が差し伸べられるでしょうに」

彼女達が救われる方法は、その一つしかない。
プレシアが、幻想(アリシア)のしがらみから解放されない限り、永遠に幸せなんて訪れないのだ。
フェイトのことを人形としか思っていないプレシアの命が助かったところで、幸せな結末は訪れないのだ。

「ですから貴方には期待してるんですよ、上条当麻……貴方の為にも、この仕掛けを創り出したのですからね」

この仕掛けは、アジャストにとってはあくまでも保険。
『念には念を』という思いで創り出した、出来ることなら使って欲しくない仕掛け。
この仕掛けが使われるということは、つまり……。

「裏方(わたし)に出来ることはこの程度です。後は貴方達に任せましょう。出演者のみなさん」

調律師(アジャスト)は舞台袖から眺める。
彼らの、その行動を。



「そろそろ、ね……」

虚数空間を見つめながら、プレシアが呟く。
彼女の耳にも、庭園内の至る所で響き渡る轟音が入ってきていた。
そしてそれはどんどん近づいてきていて、それはまぎれもなく何者かがこの場に来ようとしている証拠だった。

「だけどもう間に合わないわ……ね? アリシア」

アリシアの入ったガラスケースを、愛おしそうに撫でるプレシア。
彼女の目の前には、ジュエルシードが9個浮いている。
それが次元震を起こす際に足りない魔力を補充しているのだ。

「後もう少し……」

もうすぐ終わる。
次元断層さえ開けば、後はそこへ飛び込むだけ。
そうすれば、自分はアルハザードへ旅立つことが出来る。
そこでなら、もしかしたらアリシアが……。
叶わぬ幻想(ねがい)を抱いているプレシア。
そしてプレシアは、何かの気配を感じ、辺りを見回す。

「プレシア・テスタロッサ」
「!?」

突然、プレシアの耳に女性の声が聞こえてくる。
その声の主を探し、そして突きとめる。
そこにいたのは。

「終わりですよ」

巨大な魔法陣を足元に展開させ、妖精を彷彿とさせるような4枚の羽根を背中に生やした緑色の髪の女性……リンディ・ハラオウンがそこにいた。

「次元震は私が抑えています。駆動路は時期に封印、あなたの元には執務官が向かっています」
「?!」

プレシアは、ただその言葉に驚くだけだった。
駆動炉が封印され、次元震も抑えられている。
このままだと、アルハザードへは旅立てない。
プレシアの表情に、焦りが見え始める。

「忘れられし都アルハザード……そしてそこに眠る秘術は存在するかどうか曖昧なただの伝説です!」
「違うわ……アルハザードへの道は次元の狭間にある。時間と空間が砕かれた時、その狭間に滑落していく輝き……道は確かにそこにある!!」
「随分と分の悪い賭けだわ」

リンディの言う通りだった。
確かにアルハザードは、プレシアが言った通りの場所に存在するのかもしれない。
だがそれは過去から伝わりし伝説の話。
古代の人が創り出した、ただの伝承という可能性もある。
それでもプレシアは、そのわずかな可能性に賭けているのだ。
もう彼女には、それしか残っていないから。
アジャスト・テスタロッサが生きていたことが分かったとしても、彼女はもう終わりが近いから。

「貴女はそこに行って、一体何をするの? 失った時間と、犯した過ちを取り戻す?」
「そうよ……私は取り戻す。私とアリシアの、過去と未来を! 取り戻すの……こんなはずじゃなかった、世界のすべてを!!」

瞬間。
彼女達がいる間の別の場所から、巨大な爆発音が聞こえてくる。
その音と共に、辺り一面に砂煙が立ち込める。
その中から現れてきたのは、頭から血を流すクロノだった。

「世界は……いつだって、こんなはずじゃないことばっかりだよ!! ずっと昔から……いつだって誰だってそうなんだ!!」
「クロノの言う通りだ!!」
「!?」

クロノの後から、そう叫んだ後に上条が入ってくる。
別の場所からは、フェイトとアルフの二人もプレシアの前に現れた。

「『こんなはずじゃない』現実から、テメェはまだ逃げ続けるのか! 確かに立ち向かうも逃げ続けるも個人の勝手だ。けどな! 自分勝手な悲しみに無関係な人間まで巻き込んでいい権利は、どこの誰にだってありはしないんだよ!!」

上条の叫び声が響く。
プレシアは、反論することなくただその言葉を聞いているだけだった。
しかし。

「!! ゴホッゴホッ!!」
「か、母さん!」

せき込む母親(プレシア)を見て、娘(フェイト)が駆け寄る。
プレシアは、そんなフェイトを止めた。

「何をしに来たの……?」
「あっ……」

フェイトは立ち止まる。
そんなフェイトに、プレシアは言い放つ。

「消えなさい……もう貴女に用はないわ……」
「残念だな、プレシア。フェイトはお前に用があって来たんだ。お前の言う通り、何処へなりと現れたんだよ。自分の発言を思い出せよ」
「えっ……」

フェイトのすぐ近くまで歩み寄っていた上条が、プレシアに言う。
その後でフェイトはプレシアの目をじっと見つめて。

「貴女に言いたいことがあって来ました」
「……」

そしてフェイトは、語る。

「私は……私は……『アリシア・テスタロッサ』ではありません。貴女が作っただけのただの人形なのかもしれません」

『フェイト・テスタロッサ』はあくまでもアリシアのクローン。
この事実は変えることが出来ないし、これからも一生付きまとう真実だろう。
けど、どのような形で生まれたかなんて、関係ないのだ。
大切なのは、フェイトが生まれたという事実。

「だけど私は……『フェイト・テスタロッサ』は……貴女に生み出してもらって、育ててもらった……貴女の娘です!!」
「ふっ……ウフフフフフ……アハハハハハハハハハハハッ!!」

狂ったように笑いだす。
この期に及んで何を言う?
戯言を抜かすな小娘が。
プレシアの頭の中で、そのような考えが浮かんでくる。

「だから何? 今更貴女を娘だと思えと言うの?」
「貴女がそれを望むなら……それを望むなら私は、私は……世界中の誰からも、どんな出来事からも……貴女を守る。私が貴女の娘だからじゃない。貴女が、私の母さんだから」
「!?」

一瞬、プレシアは心が揺らいだ。
例えフェイトとアリシアが違う存在でも。
母親のことを想う娘心は、まったく以て同じだったのだ。
その事実に気付くプレシアだが、しかしだからこそもう後戻りは出来ない。

「ふっ……くだらないわ」
「くだらない? 冗談抜かすんじゃねえよプレシア!!」

杖を地面に突き刺そうとしたプレシアに、上条の怒声が飛ぶ。
その声にプレシアは動きを止め、上条のことを見た。
上条は、言葉を続ける。

「お前に手を差し伸べてんだよ、プレシア。何でお前はそこで自分の娘の手を握ろうとしないんだよ!」
「娘? フェイトは娘なんかじゃないわ……」
「違う! 生まれ方がちょっと違った、正真正銘お前から生み出されたプレシア・テスタロッサの娘だ! いつまでも幻想に囚われてるんじゃねえよ! お前がフェイトと過ごしてきた日も、ただの幻想だったってことかよ!!」
「……そうよ。結局私にとってフェイトはただの人形」
「そいつは嘘だぜ! お前は分かっていたはずだ。アリシアとフェイトは違う。だからフェイトはフェイトとして愛していたんだよ!!」
「違うわよ……そんなはずない……私は……私は……!!」

瞬間。
プレシアの中に、とある記憶がよみがえる。
それは彼女がまだアリシアと幸せに暮らしていた頃の、遠い昔の記憶。
花畑で花の髪飾りを作ってあげた後の、幸せな記憶。

『アリシア。お誕生日のプレゼント、何か欲しいものがある?』

何でも買ってあげるつもりだった。
アリシアの為なら、どんなプレゼントでもしてあげるつもりだった。
そこで、アリシアは笑顔を浮かべてこう答えたのだ。

『私、妹が欲しい!』
『え?』
『だって妹がいたら、お留守番寂しくないし、ママのお手伝いもいっぱい出来るよ!』
『そ、それはそうなんだけど……』

この時、父親であるアジャストはすでに事故に巻き込まれて死亡していた(実際には、『この世界のアジャスト・テスタロッサ』はだが)。
だからそのプレゼントは、どうしても叶えてあげられそうにもなかった。
けれど、この時プレシアは確かにアリシアに約束したのだ。

「……いつもそうね。いつも、気付くのが遅すぎる」
「え?」

突然のプレシアの呟きに、少し驚く様子の上条。
プレシアは、そんな上条の方を振りむいて。

「……ありがとう。貴方のおかげで、ようやっと私は気付くことが出来たわ。生まれ方なんて関係ない。けど、フェイトは私の大切な娘。アリシアの……妹なの」
「ぷ、プレシア……」

上条の近くに居るフェイトの所まで歩み寄り、その頬を撫でる。
そしてプレシアは、その手をフェイトの腰の辺りまでもっていき、ゆっくりとその身体を優しく抱きしめた。

「ごめんなさい。私の大切なフェイト……今まで本当に、ごめんなさい……!」
「……うん。うん」

フェイトの目からは、一筋の涙があふれ出ていた。
二人はこの瞬間、ようやっと本当の母娘になれたのだ。
心から分かり合うことが出来、そして救われたのだ。
アジャストが望んだ結末の一つとは、このことでもあったのだ。
……しかし、幸せはそうも長く続かない。

『危険です! これ以上この場にいたら、時の庭園はまもなく崩れます!!』

無線機を通じて聞こえてくる、エイミィの叫び声。
その言葉通り、確かに庭園は地響きが鳴り渡っており、そして何やら様子がおかしかった。
地面がひび割れて、どんどん虚数空間へ落下して行く。

「くっ! これ以上は危険だ! みんな、ここから離脱するぞ!!」

クロノの声がよく響く。
上条達は、今すぐにでもこの場から離脱して、この不幸まみれな物語を終わらせようとしていた。
……だが、神は何処までも残酷だった。

「……行きましょ、フェイト」
「……はい、母さん」

その手をしっかり握って、フェイトとプレシアが進もうとしたその時だった。
突如二人の間に亀裂が走り、そして……。

「プレシアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

上条は叫ぶ。
そしてその手を掴もうと、右手をのばす。
これまで数々の幻想を殺してきた右手なら、きっとプレシアが転落するという展開(げんそう)すらも殺せてしまうはず。
せっかく分かり合えたのだ。
せっかく幸せが訪れたのだ。
この幸せを無下にして、終わらせてたまるか。
上条の意識は、そこで固まっていた。
しかしその右手はプレシアの手には届かず、アリシアの亡骸と共に、虚数空間へと転落して行く。
だが、それだけでは終わらない。

「あ、危ない!!」
「!?」

歩み寄ろうとしてきたフェイトの前に岩石が落ちてくる。
フェイトの目の前ということはつまり……上条の真上から落下してくるということだ。
咄嗟の判断で上条は身体を捻るが……捻った先にあったのは。

「か、母さん……当麻!!」

上条が避けた先にあったのは、黒い斑点が渦巻く空間。
つまり、虚数空間。
そこに落ちてしまったら最後、もう戻ってくることは出来ない。

「母さん……母さん!! 当麻ぁあああああああああああああああああああああああ!!」
「駄目だよフェイト! そんなことしたら、フェイトまで落ちちゃうよ!!」
「けど母さんが! 当麻が!!」

暴れるフェイトを、必死にアルフが止める。
その頭上からは、崩れてきた瓦礫が……。

「!?」

しかしその瓦礫がフェイトとアルフの頭上に落ちてくることはなく。
一筋の光が通ったと思ったら、それは粉々に吹き飛んでいた。

「フェイトちゃん!」

桃色の羽根を足から生やし、その少女は現れる。

「みんな! 急いで転移魔法を使って逃げるぜい! 全員お陀仏になっちまう前に、離脱するんだ!!」
「そうだよ! こっちはもう駄目! この場から転移する他ないよ!」

続いて現れてきたのは、先ほどまで足止めをしていた土御門とインデックス。
そしてその後ろから、『機械』を持ったステイルがやってきた。
どうやらこれ以上敵が襲いかかってくることはないと予期したらしく、最深部までやってきたのだ。
さらには、ユーノと美琴の二人も後からやってくる。

「全員揃ってるね……って、ちょっと待て。上条当麻は何処に行った? 彼だけはこれを使わないと転移出来ない……」
「……当麻は、当麻は母さんと一緒に……」

ステイルの問いに答えるフェイト。
その目からは、涙がこぼれ出ていた。

「まさか……虚数空間に!?」
「そ、そんな……とうまが……とうまが……!!」
「落ち着け! ここはとにかく全員で離脱するのが先だ!!」
「けどここが崩壊したら、アイツをどうやって探し出すのよ!!」

慌てる様子でその事実を口にする土御門。
錯乱するインデックスを必死に説得するクロノ。
そして、怒りを見せる美琴。
そんな美琴に、リンディが言った。

「いい加減にしなさい! これ以上被害が増えても誰も喜びやしませんよ!」

その声を聞いて、彼らは黙りこむ。
そして大人しく、安全地帯まで離れて、転移魔法を使ってその場から離脱した。
……こうして、この物語はぬぐいきれない不快感を残して、終わりを告げたのだった。



「ん……」

目覚めた時、プレシア・テスタロッサは何処かの病院の病室にいた。

「あれ……私、どうしてこんな所に……」

あの時、プレシアは確かに虚数空間に落ちたはずだ。
次元断層が出来なかったせいで、彼女はアルハザードに向かえなかったことは確かだ。
だが、重い病気を患っていながら、それでもどうして生き延びることが出来ているのか?
例え病院に来たとしても、もう治らない病気のはずなのに……。

「気がついたようだね?」

その時、彼女のもとに一人の男性が歩み寄る。
その男性は、白衣を身に纏った、カエル顔の医者だった。

「貴方……誰?」
「僕かい? 病院に来てまでそんな質問をする患者を見るのは初めてだけど、一応答えておくよ。僕はこの病院の医者さ」

さも当然のように、その医者は言い放つ。
しかし、プレシアは不満そうな表情を浮かべていた。

「どうして私はここにいるの?」
「どうしてって、君が僕の患者だからさ」
「患者? 冗談言わないで。私はもう治らないのよ。治せない病気の為に延命処置を受けるつもりなんて……」
「何を言ってるんだい? 君の病気は後1ヶ月もすれば完治するよ?」
「……え?」

驚いた。
何とこの医者は、プレシア・テスタロッサの病気は治ると言ってきたのだ。
それも、完治という形で。
後遺症などもまったく残すことなく、健康体でこの病院から出られると言ってきたのだ。

「君の病気は、レベル4以上の肺結腫だね。他の臓器にも転移していたみたいだけど、君が生きていてくれたおかげで、僕は君の病気を治すことが出来た」
「……」

プレシアはなにも答えない。
今更治してもらったから、なんだというのだろうか?
ここがどんな世界かも分からないし、もうフェイトの元へ戻って上げることも出来ない。
もし今自分が元の世界に戻ってきたとしても、結局の所フェイトと共に暮らすことは出来ないのだ。
だったらもう生きていたってどうでもいいのに。
むしろそのまま病気で死んでしまった方が、どれだけ楽だったことだろうか?

「しかし驚いたよ。まさか君が病院の目の前に倒れているなんて。それも、裸の女の子の亡骸と一緒にときた」
「!? アリシアは……?」

裸の女の子の亡骸。
それはつまり、ガラスケースに入ったアリシアのことだろう。
その時始めて、プレシアはカエル顔の医者に対して感情をむき出しにした。

「アリシアって言うのか……あの子はもう生命活動が停止していたからね。残念ながら僕の手でもどうすることも出来なかったよ……亡骸はそのまま、とある科学者の元へ引き渡されたけどね」
「科学者……? 私のアリシアに、何をするって言うの!?」

怒りたくもなるだろう。
見ず知らずの相手に自分の娘の亡骸をとられたのだ。
これに対して怒らない母親が、はたしてどこにいるというのだろうか?
しかし医者は、宥めるような口調でこう言った。

「大丈夫だよ。身体の中をどうこうしようっていう気じゃないらしい。何でも、人を生き返らせる為の技術開発の為に使わせてもらうだけだそうだ。もちろん成功したとしても失敗したとしても、その子はちゃんと元の姿のまま君の元へ返すらしい」
「人を生き返らせるって……そんなこと、不可能じゃ……!」
「もちろん不可能だと僕も思う。けど、その科学者の情熱も凄いから、その情熱を無下には出来なかったんだよ。彼も君と同じように娘を亡くした一人だからね」
「……」

自分の他にも、狂気に囚われている人物がいるとは思わなかった。
過去に縋りつき、そのまま目の前の現実を見ることが出来なかった人物が。
けれど今のプレシアは、幻想に囚われているわけではない。

「もうどうでもいいのだけどね……アリシアは私の胸の中で生きている。私が忘れない限り、いつまでも、いつまでも……」
「なら、君はまだ母親なんだね? 一児の母親ってところかな?」
「いえ、それは違うわ」

プレシアは、医者の言葉をやんわりと否定する。
医者は尋ねる。

「それはどういうことなんだい?」
「私は母親よ。二児の、ね」

優しげな表情を浮かべて、プレシアは医者にそう言った。

「なるほど……ところで君に面会希望の人が来ているのだが、入れても構わないかい?」
「面会?」

それは驚きの報告だった。
この世界にフェイト達が来ているわけがないし、ましてやアリシアが来るわけがない。
ならば、はたして誰がこんな異世界の人の元を訪れるというのだろうか?

「ええ……別にいいけど」
「なら、僕はここで失礼させてもらうよ。あまり君達の会話を盗み聞きするのも悪趣味だからね」

そう告げると、医者は部屋から出て行く。
それと入れ替わりになるように、一人の男性がプレシアの前に立った。
黒い服を身に纏い、フードを被っている為表情を窺うことは出来ない。
けれど、プレシアは直感でこの人物が誰なのかを理解することが出来た。

「……貴方は、もしかして……」
「……ただいま、プレシア」

フードを取り、その人物はプレシアの目を見る。
そこにいたのは、優しげに微笑むアジャストだった。



次回予告
物語は終わりを告げた。
大切な人の消失と共に。
悲しみに明け暮れる人達の中、二人の少女は本当の友達になることが出来た。
そして、上条当麻は……。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『友達』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] 無印『ジュエルシード』編 17『友達』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/04/04 22:08
「……」

上条当麻は、ふと目覚めた。
目覚めた時に第一に視界に映ってきたのは、白い天井。
いや、天井だけではない。
辺り一面真っ白で、他に何もない場所だった。

「どこだ? ここ」

浮かぶ疑問として、およそ間違ってはいないものだろう。
上条は身体を起こし、もう一度周囲を確認する。
しかし、そこにはやはり何もなかった。
もしかしたら、ここは自分が落ちた虚数空間の果てなのかもしれない。
だとしたら、プレシアはどこに消えた?
どうして自分だけがここにいる?
上条の頭に次々と思い浮かぶ疑問。
それらすべての問いに対して答えてくれる律義な存在は、この場所にはいない。

「一体……どういう……」
「目覚めましたか?」
「!?」

人の声が聞こえてきた。
何もないと思っていた空間から。
誰もいないと思っていた空間から、人の声が聞こえてきた。
不思議と、上条の心臓は高鳴った。
けれど、その人物の姿が目に映って来ない。

「ど、どこだ……?」
「貴方の後ろですよ。上条当麻(イマジンブレイカー)」
「!!」

言われて初めて、上条は背後を振り向く。
そこにいたのは、ただでさえ白い空間なのに白い服を身に纏った人物だった。
声からして性別は女性。
歳は恐らく二十代前半。
アジャストの時と同じで、やはり頭までフードを被っているおかげで髪も顔も確認出来なかった。

「まさか貴方がこの世界に落ちてくるとは思っていませんでした。一応貴方の様子はこの世界にあるモニターで確認していましたが、それでも十分予想外でしたよ」
「アンタ……誰だ?」

上条はその人物に問う。
その人物は、上条の方を見て、やはり顔を出さずにこう答えた。

「私は『世界の調律師』の一人―――エリマ・キャデロックです」
「『世界の調律師』…… アジャストが言っていた組織の名前……」
「その通りです。『世界の調律師』は、各々に存在する並行世界の秩序を守る為に作られた組織です。そしてアジャストは、その組織を抜け出して一人の女性を助けることに情熱を傾けた男……そこら辺の事情は私達より貴方の方が詳しく知っているのではないですか?」
「……まぁな」

上条はアジャストより自らの出生等を聞いている。
つまりアジャストの事情に関してはエリマよりもよく知っているということだ。

「アジャストから聞いているとは思いますが、私達が生きている世界と微妙に違った世界……並行世界は存在します。それは一つの世界に対して何百も何千もあると言われています。例えば貴方が元居た世界にしても、その並行世界の数は数えるのを諦める程に存在する。それだけ、その場その場での各登場人物達の選択肢というのは多いということにもなります」
「もしその人物がそうなっていなかったら……もしその人物がその場に現れていなかったら……それらっすべての可能性の世界。それが並行世界ってことなんだな?」
「その通りです……ですがこの世にはたった一つ、『正史』と呼ばれる存在があります」
「正史?」

聞き慣れていて、それでいて聞き覚えのない単語が聞こえてきた。
言葉通りに説明するとしたら、正しい歴史。
それが『正史』と呼ばれる存在だ。
しかしそれが今この場においてどのような意味を果たすのだろうか?

「ようするに、大元となる世界のことです。先ほど私は一つの世界に対して無数の並行世界が存在すると言いましたよね?」
「ああ、確かに聞いた」
「それはつまり、その並行世界を生み出す為の大元がなければ生み出せない存在なんです。そして貴方達の世界も、今回貴方達が旅した『リリカルなのは』の世界と同じように、『とある魔術の禁書目録』とカテゴリーされている世界から派生された並行世界なのです」
「……」

半ば信じられない話でもあった。
自分達が今まで生きてきた世界が、実は並行世界だったと宣言されたのだ。
それを受けて驚かない人がいないはずがない。
けれど上条は、それを聞いて尚。

「正直そんな話どうでもいいよ。俺はただ、目の前で困ってる人達を救えたんだ。それだけで、俺は十分だ」
「……幻想(ふこう)を殺すことが出来たから、それだけで満足ということですか?」
「ああ、その通りだ」

エリマの問いに対して、上条はそう答える。
その表情はとても満足そうで、だからエリマはそれ以上何かを追及しなかった。
代わりに、上条が尋ねる。

「じゃあ、その理論からすれば、俺の目の前でステイルが消えたことも説明できるのか?」

この世界に来てから、結構長い間上条が抱いていた疑問。
それは上条当麻の右手が触れたことで目の前から消失した、並行世界のステイル=マグヌスの謎。
もし彼の右手が触れたことでその存在が消えてしまったとしたら、はたしてその世界はどうなってしまっているのだろうか?
だがエリマは、笑ってこう言った。

「大丈夫ですよ。彼は元の世界に戻っただけですから。貴方の目の前に現れてきた並行世界のステイル=マグヌスは、本来なら貴方のいる世界には現れないはずの存在。つまり『幻想』だったわけです。ですから貴方の右手が反応して、元の世界に送り返された。同じ世界軸に同じ人物は二人も必要ありませんし、そのような事態が起こったまま放置していれば、二つの世界共壊されてしまいますからね」
「……つまりあれは、特別な魔術か何かによって並行世界から無理矢理連れてきたから、俺右手が反応して元の世界に戻っただけってことなのか?」
「そういうことになります。ですが貴方の右手は、『貴方にとっての正史』にいる存在である御坂美琴やステイル=マグヌス、土御門元春、そして禁書目録(インデックス)は元の世界に送り返すことが出来なかったというわけです」
「なるほど……」

少し理解が追い付いて行かない気もしたが、なんとなく上条は納得することが出来た。
アジャストが最初にこの世界に呼びこんだ『並行世界のステイル=マグヌス』が上条当麻の右手に反応して、まるで目の前から消失したように見えたのは、同一存在が同じ世界に二重に存在することは不可能なので、上条当麻の右手がその幻想を『殺した』のだ。
それが、人体消失の真実。

「けどその話だと、俺達が行ったなのはの世界っていうのは……」
「ええ、その通りです。『正史』の世界ではなく、『正史』から派生された並行世界……それが、貴方達が今回旅した『リリカルなのは』の世界の真実です」

数ある内の、たった一つの可能性。
それが、今回上条達がアジャストによって送り込まれた世界だった。
もしかしたら、別の世界の上条当麻がその世界に旅立ったことがあるのかもしれない。
あるいは別の世界のまったく別の人物がその世界に行き、もっと違う方法でみんなが幸せになれる結末を選び出したのかもしれない。
けれど、今の上条当麻にはもう、それらすべてを振りかえることなんて出来ない。
過ぎてしまったことは、もう遅いのだ。

「本来ならば、私達『世界の調律師』は、貴方達のような世界の秩序を壊すような真似をする人達を放っておくわけにはいかないのですが……悪い方向ではなく、良い結末にもっていこうとする人達を、私達は罰したりはしません」
「けど、俺達がやったことって言うのは、結局は世界に対する大々的な干渉だったんだろ?」
「そのことに間違いはありません。ですが貴方達は被害者でもあるし、一つの世界を良い方向へ導いてくださいました。ですから、何も規則に反することはありません。私達はあくまで、悪い方向に世界を導く存在を排除する存在ですから」
「そ、それじゃあアジャストは……」
「……はい。勘違いをしていたことになります」

アジャストは、『世界の調律師』に属したままではプレシアは救えないと考え、組織を脱退した。
そして幾千もの世界を旅し、彼女が救われる世界を探し出そうとしていたのだ。
しかし結末はどれも同じだった。
彼女は救われないまま、愛する我が子と共に虚数空間に落ちて行く。
彼はその状態からプレシアの命を救ったこともあった。
けれどその先に待っていたのは、プレシアの処罰。
あるいはプレシアの身体の崩壊。
あるいはプレシアの精神の崩壊。
いずれにしろ、プレシアは幸せになどなれなかったのだ。
この時上条は知らないが、プレシアが学園都市の病院に来れたのは、まさしく奇跡だったのかもしれない。

「今回の一件が原因となって、貴方達の世界と、今回貴方達が向かった『リリカルなのは』の世界は、間接的に繋がりました。これからは双方共に世界の間を行き来出来ることになるでしょう。ただし、次に貴方達がその世界に向かう時、時間軸は多少ずれてしまうことになりますが」
「時間軸がずれる? どういうことだ?」

並行世界に行くのに、どうして時間軸がずれることがあるのだろうか?
アジャストの話ならば、同時間軸上の世界に移動することになるはず。
だがエリマはこう言った。

「『リリカルなのは』の世界は、まもなく『リリカルなのはA's』の世界へと引き継がれます。その間に存在する時間のブランクが、ちょうど約半年……と言った感じなのです」
「その……さっきから『リリカルなのは』とか『リリカルなのはA's』とか名前をつけてるけどさ、それってどんな意味があるんだ?」

その意味がさっぱり理解できず、上条が尋ねる。
エリマはその表情を窺うことが出来ないまま、答える。

「『正史』と、その『正史』を元に分岐した並行世界を総称したものです。例えば貴方達が今回行った世界というのが、総称して『リリカルなのは』と呼ばれる世界。そして『リリカルなのはA's』はその世界次なる世界。そして『リリカルなのはA's』は『リリカルなのは』の設定等がすべて引き継がれた世界でもあります。もっと簡単に言うならば、今度貴方達が向かうこととなる『リリカルなのはA's』の並行世界は、貴方達が行った世界が季節を廻っただけの世界、というわけです」
「……正直、段々理解出来なくなってきたのですが」
「安心してください。すべて理解させる気なんてありませんから」

これらすべてを理解出来たとしたら、相当頭の回転が早い人なのかもしれない。
上条はこの時、心の中でそう呟いていた。

「けど、どうして俺は、その……『リリカルなのは』の世界に戻れないんだ? 次に行く時、どうして半年後の世界である『リリカルなのはA's』の世界に行くことになる?」

出来ることなら、自分が無事であることをすぐにでも報告しに行きたい。
もしかしたら彼女達は、自分がすでに死んでいると考えているかもしれない。
だから、すぐにでも会いに行きたかった。
けれどエリマはこう言った。

「それは……貴方の世界の住人が全員元の世界に帰ってくるからです」
「……え?」
「貴方達の世界の住人……つまり今回『リリカルなのは』の世界に迷い込んだ人達が全員元の世界に帰ってくることによって、一時的にその世界への扉は閉まります。そうなると、貴方達の世界から『リリカルなのは』の世界に向かうことも、『リリカルなのは』の世界から貴方達の世界に向かうことも一時的に出来なくなります。そしてそれが叶う為の最低限必要なタイムウエイトが、およそ半年ということです。ただしこちらの世界での時間基準ではなく、あくまで『リリカルなのは』における時間軸ですが」
「なるほどな……」

時間はかなり経過してしまうが、それでもなのは達に会いに行くことは可能。
それを知った上条は、少し安心した。

「けれど、貴方は恐らくもうあの世界に行くことはないでしょう。向かうような事態が起きることは、恐らくありませんからね」
「けど俺達には土御門達が持ってきた『機械』がある。それを使えば……」
「それは無理でしょう。あの『機械』も完成品ではありません。彼らを元の世界に帰してしまえば、その役目も終えることでしょう。その後まともに修理出来るという保証もありませんしね」
「なら、お前達の力を借りてでも、俺はなのは達の世界に行くぞ。俺の無事を、アイツらに伝えなきゃならないんだ。勝手に死んだって思いこまれるのは、俺にとってもいい迷惑なんだよ」

もう涙は見たくない。
もしその涙の原因が自分にあるのだとしたら、それは尚更嫌だ。
だから上条は、なのは達の前に姿を現さなければならないと考えていた。
それはある意味、義務みたいなものだから。

「……負けましたよ。貴方のその思いの強さには。適当なことを言っておけば貴方も諦めてくれると思ったのですが……」
「え? 適当?」

エリマの言葉を聞いて、上条はキョトンとしてしまった。
彼女は今、『適当なことを言えば諦めてくれると思った』と告げた。
つまりそれは―――。

「嘘、ってことか?」
「半分嘘で半分本当です。『機械』に関することのみは、私の口から出た真っ赤な嘘です。ただ、次にあの子達の世界に行く時には半年後の世界に行くことになるのは本当です。貴方達の世界から並行世界へ向かうということは、簡単なことではありませんから」
「どういうことだ?」

不安そうに上条が尋ねる。
自分達の世界からなのは達の世界に行くことが難しいのなら。
その逆だって相当難しいはずだ。
もしかしたら、世界の影響力というものが邪魔して、それをさせないのではないか?
エリマはそれを聞くと、高々と笑い出した。

「な、何がおかしいんだよ」
「御免なさい……貴方今、とんでもなくトンチンカンなこと考えてるような表情してますよ?」
「冗談言ってないで答えてくれよ……」

呆れたような表情を浮かべて、上条は言う。
エリマはしばらく笑った後、その旨について説明した。

「本質的に、貴方達の世界と彼女達の世界は違う世界です。登場人物とかもまるで違う、言わば正真正銘別世界。『リリカルなのは』の世界から分岐した世界でもなければ、『とある魔術の禁書目録』から分岐された世界でもありません。そんな双方が交わろうとするということは、それだけでも世界に大層な影響力を及ぼすことになってしまいます。一度そのような世界が生まれてしまうと、その世界はまた新たな世界の大元……つまり新たなる『正史』になってしまう可能性があるということです」
「俺達の世界が、また新たなる世界の『正史』になる?」

自分達の世界が、『とある魔術の禁書目録』という世界から外されてしまい、完全に独立した存在となってしまう。
もしそうなってしまったら、はたしてどうなるのか?

「それ自体に特に大きな影響はありません。ひとつの並行世界が分離しただけの話ですからね。ですが、もしまた新たなる『正史』が生まれたとしたら、そこからさらに無数の並行世界が誕生します。それはつまり、この世に何千もの世界を付け足してしまうということになってしまいます」
「そうなると、他の世界にも影響が……?」
「必ず出ない、とは言い切れません。もしそうなった場合、例えその世界にとって正しい結末が迎えられたとしても、そのことに対して納得がいかない者達が、無理やりにでもその世界を修正しようとしてくるかもしれません。私はそのことの方が怖いのです」
「え?」

彼女の抱く恐怖の対象は、この世界が『正史』となることではない。
『正史』が生まれること自体、正直彼女にとってはどうでもいいこと。
本当に怖いのは、数多く存在する並行世界を保有する『正史』が消されることで、それに連鎖するように無数の世界も同時に消え去ってしまう事の方が、遥かに恐ろしいことだった。
世界が一気に生まれるよりも、世界が一気に消滅する方が、他の世界にかなり大きな影響を及ぼすことになる。
もしかしたら、隣接する世界まで巻き込んでしまうことになるかもしれないからだ。

「ですから、これだけは言っておきます」
「……?」

エリマは、上条にこう言った。

「どうか貴方の世界を……貴方の目の前に広がるその世界を、守ってあげてください」
「……ああ、分かってる。壊させやしねぇよ、絶対な」

そこに大切な人達の笑顔がある限り。
上条当麻は、何が起きようと立ち向かう。
何度転んでも、何度傷ついても。
それでも目の前の脅威に立ち向かう。
上条当麻の決意は、生半可な影響力じゃ邪魔することなんて不可能だった。

「分かってくれたのならそれでいいんです。最後に貴方に一つだけ協力しましょう」

エリマはそう告げると、上条に背中を向けて、何もない空間に右手を突き出す。
すると、そこに渦みたいなものが生まれた。
それはまさしく、世界と世界がぶつかることによって生じた、歪み。
つまり、それは世界移動の唯一の手段。

「この渦を通れば、貴方の元の世界に戻ることが出来ます。まずは貴方の仲間達に、貴方の無事を伝えてあげてください。『リリカルなのはA's』の世界に行くのは、それからでも遅くはないはずです」
「……ああ、少し不満が残るが、これ以上贅沢は言ってられないようだし、それで納得するよ」

ゆっくりと、上条は己の足を前へ踏み出す。
そしてエリマの横を通り過ぎ、その渦の中に入ろうとする。
その前に上条は後ろを振り向き、最後にこう言った。

「ありがとな、エリマ! お前のおかげで助かったし、色々分かったよ!」
「いいんですよ。私はただ、数多く存在する世界を守りたいだけですから」

その言葉を聞くと、上条は満足そうな表情を浮かべてその渦の中に入る。
やがて上条の身体は、渦が閉じることによって完全に『その世界』から消失した。

「……面倒なことを押し付けてくれたものですね、アジャストも」

一人きりになったその空間の中で、エリマは一人そう呟いた。



そして、彼らにもお別れの時がやってきた。
時の庭園が崩れてから、上条当麻の姿はどこにも見当たらなかった。
結局、捜査も打ち切られ、今回の事件はプレシア・テスタロッサと上条当麻両名共に行方不明という形で決着がついた。
その知らせを受けて、インデックス達は大変ショックを受けていた。
だが、彼女達は同時に信じていた。
上条は必ず自分達の前に現れてくれる。
今まで何度も幻想を殺してきたのだ。
この大きな幻想も、きっと殺してくれるはずだ。
だからインデックスも美琴も、立ち直ることが出来た。
……フェイトも、上条がいつか自分の前に現れてくれることを信じていた。
それはなのはも同様で、彼女達はまた一歩強くなったような気がした。
そして本日、なのははフェイトと面会することを許された。
朝早くに時空管理局から連絡が入り、フェイトの処遇が決まって本局の方に身柄が引き取られることになったから、最後に一度だけフェイトと面会することが出来ると言われた。
なのはは一同を連れてその場所へと向かう。
その場で、フェイトとのお別れと共に、美琴達とのお別れも済ませてしまおうという寸断だった。

「フェイトちゃ~ん!」
「!!」

なのはは、海を眺めているフェイトの姿を真っ先に発見して、走り寄る。
フェイトはなのはのことを見ると笑みを浮かべる。
そんなフェイトの周りには、アルフとクロノの姿もあった。

「あんまり時間はないんだが、しばらく話しているといい。僕達は向こうにいるから」
「ありがとう……」
「……ありがとう」

二人は、二人なりの言い方でクロノに礼の言葉を告げる。
それを受けて、美琴達は話を切り出した。

「それなら私達は先に別れのあいさつをしちゃった方がよさそうね」
「そうだにゃ~。二人の水入らずの会話を聞いてるわけにはいかないからにゃ~」
「そうだね!」

美琴と土御門とインデックスの三人は、笑顔を見せてそう言う。
その後ろで、ステイルは何やら無愛想な表情を浮かべて彼らの様子を見ていた。

「……この場にカミやんもいられたらよかったんだけどな……」
「「……」」

土御門から呟かれる名前を聞いて、なのはとフェイトが少し暗い表情を浮かべる。
上条の無事が確認できないまま彼女達と別れることになるのは、少し残念なことであった。

「大丈夫ですよ。私、信じてますから。上条さんはいつかきっと、私達の前に姿を現してくれるって!」
「……うん。私も信じてる。だって当麻を信じないと、何も始まらないから……」

涙目になって話すなのはとフェイトの二人。
特にフェイトは、目の前で二人も大切な人をなくしているのだ。
それで悲しくないはずがない。
けれどなのはとフェイトは、その涙を拭う。
ここで泣いている場合ではない。
その涙は、上条当麻と再会する時まで残しておかなければならない。

「そうね……私もアイツが帰ってくることを信じてるわ。なのは達が強い心を持ってるのに、私達が弱いままじゃいけないものね」
「……ちょっと寂しいけど、私もとうまのことをずっと待ってるんだよ!」

強い言葉だった。
本当は悲しいはずなのに。
本当は辛いはずなのに。
それらをすべて乗り越えようと、必死に頑張っていた。

「元気でな、二人とも。またいつか、こっちの世界にも向かうからにゃ~!」
「……その時は、喫茶店にお邪魔させてもらうよ」

『機械』を操作しながら別れのあいさつを述べる土御門と、照れ隠しなのか、なのは達に目を合わせず、何処か別の方向を向きながらそう告げるステイル。
そんなステイルの姿を見て、インデックスがイジる。

「あ~! ステイルが照れてるかも!」
「なっ!? ぼ、僕は照れてなんかない!!」
「あの時のクロノと同じ表情してるわよ、今のアンタ」
「何だと!?」

まさかの美琴の参戦。
二人してステイルを弄って回しているのだった。
……実は美琴がここでクロノの例を出したのにはちゃんと理由があって、アースラでの最後の食事の時に、なのはにクロノが『多分、アースラでの最後の食事になるだろうし』と告げたところを見て、エイミィが調子よくクロノのことを『照れちゃって』と言った感じで弄っていたのだ。
それからクロノ弄りが始まり、そして今回ステイル弄りの延長線上で何故かクロノの例まで出されたという始末だ。

「そ、それじゃあ土御門の準備も整ったみたいだし、僕達はそろそろ撤退するよ!!」
「面白いわねアンタ。私ちょっとアンタのことを見なおしちゃったかも」
「変な見直し方をしないでくれるか!!」

関わりのない二人にとって、新鮮なやり取りとも言えるだろう。
果たしてこの二人がここまで話している世界が他にあるのだろうか?

「じゃあみんな、そろそろ行くぜい? タイムリミットは約10秒だにゃ~。急ぐにゃ~」

土御門の、およそ緊張感のない声が美琴達に聞こえてくる。
しかし中身は結構大変なことを言っていた。
……これで、一連の事件が幕を閉じようとしている。
彼らにとっても、なのは達にとっても。

「じゃあね、なのは! こっちの方のゴタゴタが片付いたら、またそっちに遊びに行くから!」
「はい! 待ってますね!!」

手を振りながらそう言う美琴。
なのはもそんな美琴に言葉を返す。
やがてなのは達の視界から美琴達が消え、気付けばその場にフェイトと二人きりになっていた。

「「……」」

その後、二人はしばらく見つめ合う。
たくさん喋るといいと言われたのに、それでも彼女達は何も話さない。
話さないのではない、何も話せないのだ。
話したいことはたくさんあったのに。
何故かこれ以上話せないような気がしたのだ。

「話したいこと、いっぱいあったはずなのに……変だね。フェイトちゃんの顔見たら、忘れちゃった」
「私は……」

そう前置きを置いて、フェイトは何かを言おうとする。
しかし、なのはの顔を見て、フェイトは上手く言葉に表現出来ないことに気付く。

「そうだね……私も、上手く言葉に表現出来ない……だけど、嬉しかった」
「ふぇ?」
「まっすぐ向き合ってくれて」

フェイトの素直な気持ち。
それは上手く言葉に表現出来ているか分からなかったが、その気持ちはきちんとなのはに伝わった。

「うん! フェイトちゃんと友達になれたらいいなって思ったの。でも、今日はもう、これから出かけちゃうんだよね?」

なのはは、フェイトがこれから何処へ向かうのか知っていた。
そして、しばらく会えなくなることも知っていた。

「そうだね……少し長い旅になる」
「また、会えるんだよね?」
「……うん」

首を縦に振り、なのはの言葉を肯定する。
そしてフェイトは、こう付け足す。

「少し悲しいけど、やっと本当の自分を始められるから」
「!」

フェイトの目の前で、プレシアは虚数空間に落ちた。
それはフェイトにとって、母親との最後の別れ。
悲しい事実ではあったが、最後の瞬間に母親ときちんと真正面からぶつかることが出来、その想いをきちんと伝えられたことが、フェイトにとってなによりの成長であった。
想いが通じ合ったのだから、尚のことよかった。
ある意味、ハッピーエンドとも言える結末だった。
これもすべて、上条がそばにいてくれたおかげ。
けど、お礼を言いたくても、上条当麻もまた、彼女の前から……。

「……今日来てもらったのは、返事をする為」
「……え?」

何のことだか、検討もつかなかった。
なのはは、フェイトが何に対する返事をするのか気になった。
そしてフェイトは、頬を少し赤く染めて、やがて言葉を紡いだ。

「君が言ってくれた言葉、『友達になりたい』って」
「?! うん、うん!」

なのはは嬉しかった。
その言葉を覚えていてくれて。
それに対する返事を返してくれるために、わざわざこうして呼びだしてくれて。

「私に出来るなら、私でいいならって!」

この時、もし上条がいたらフェイトにこう言っていたかもしれない。

『「私でいいなら」じゃねえよ。お前だからだよ、フェイト』

そう言いそうだとフェイトは頭の中で、思い、思わずクスッと笑ってしまう。
だが、その表情はやがて不安そうなものになり、

「だけど私、どうしていいか分からない。だから教えて欲しいんだ。どうしたら友達になれるのか」
「……」

フェイトは、ここまで友達と呼べる存在を作ったことがなかった。
だから、どうやって友達を作ったらいいのか、分からなかったのだ。
それは当たり前の疑問。
始めてならば当たり前の不安。
だからなのはは、フェイトにこう言った。

「簡単だよ。友達になるの、凄く簡単!」
「え?」

驚いたような表情を浮かべるフェイト。
『友達になるのは凄く簡単』。
その言葉の意味を、次のなのはの言葉で知ることになる。

「名前を呼んで。はじめはそれだけでいいの。『君』とか『あなた』とか、そういうのじゃなくて……ちゃんと相手の目を見て、はっきり相手の名前を呼ぶの」
「!!」

そう、フェイトはその言葉でようやっと気付くことが出来たのだ。
フェイトが初めて上条と会った時、フェイトは自分の名前を告げ、上条も自分の名前を告げた。
相手の目を見て、はっきりと自己紹介をした。
そして、相手の目を見て、はっきりと相手の名前を呼んだ。
そんな簡単なことで、彼らの関係は始まったのだ。

「私、高町なのは。なのはだよ!」

相手の目を見て、はっきりとなのははそう告げる。
笑顔で、フェイトのことをじっと見つめて。
だからフェイトも、なのはの目を見てその名前を呟く。

「……なのは」
「うん」
「……な、のは。なのは!」
「うん、うん!」

始めの内は、恥ずかしさが隠せなかったけれど。
その内それも消え去り、やがて笑顔でなのはの名前を呼ぶ。
呼ばれたなのはは、嬉しそうな表情でうんうんと頷く。
なのはがフェイトの手を握ると、彼女達を優しく撫でるように、風が弱く吹いた。
その風は、なのはとフェイトの髪をゆっくりとなびかせる。

「ありがとう、なのは」
「……うん!」

目に涙をためて、なのはは嬉しそうに頷く。
そんななのはを見て、フェイトは言った。

「君の手は暖かいね、なのは」
「!! ……うっ、ぐすっ!」

堪え切れず、とうとうなのははその涙を流した。
大粒の涙が、なのはの頬を濡らす。
そんななのはの涙をフェイトは優しくその指で拭って。

「少し、分かったことがある。友達が泣いてると、同じように自分も悲しいんだ」
「フェイトちゃん!」

なのはは、弱く、しかし勢いよくフェイトに抱きついてくる。
フェイトはそんな彼女を拒絶するはずもなく、優しく受け止める。

「ありがとう、なのは。今は離れてしまうけど、きっとまた会える。当麻だって同じ。そうしたら、また君の名前を呼んでもいい?」
「うん……うん!」

涙を流しながら、なのははフェイトの要求を受け入れる。
受け入れないわけ、ないじゃないか。
だって二人はもう、友達なのだから。

「会いたくなったら……きっと名前を呼ぶ」
「……?」

そのフェイトの言葉を聞いて、なのははフェイトの顔を見る。
そこで初めて知った。
フェイトもまた、涙を流していたと言うことを。

「だから……なのはも私を呼んで。なのはに困ったことがあったら、今度はきっと、私が……ううん、私達がなのはを助けるから」

最後にフェイトが私『達』と付け加えた理由。
それは、私『達』の中には上条当麻も含まれているからだ。
会えないかもしれない。
もう二度と、姿を現してくれないかもしれない。
そんな不安もよぎるけれど、フェイトもなのはも信じているのだ。
最後まで、信じているのだ。
きっとまたいつか、上条と再会出来る。
その時に、その日まで待たされていた分、想いをぶつければいいのだ。

「……時間だ。そろそろいいか?」

優しげな笑みを浮かべながら、クロノは二人に歩み寄る。
その声を聞いて、フェイトとなのはは少しだけ離れる。

「うん」

フェイトは首を縦に頷かせて、その言葉を聞く。
時間は無限じゃない。
出会いがあれば、別れがある。
当たり前のこととはいえ、それはとても悲しいことだった。

「フェイトちゃん!」

その言葉を聞いて、なのはは動いた。
自分の髪を括っていた桃色のリボンを解いて、手に握る。
そしてその手をフェイトの前に突き出して。

「思い出に出来る物、こんなのしかないんだけど……」
「……じゃあ私も」

フェイトも、自分の髪を括っていた黒いリボンを解き、なのはの前に差し出す。
そのリボンは、彼女達が出会ったという証拠となるもの。
二人にとって、思い出となる品。
とても大切な、友情の証。

「ありがとう、なのは」
「うん、フェイトちゃん」

何度目になるか分からない、『ありがとう』という言葉。

「きっとまた」
「うん、きっとまた」

その言葉だけで十分だった。
フェイトとなのはは、互いのリボンを交換する。
そんな様子を見ていたアルフが、なのはの肩にフェレット型のユーノを乗せる。

「ありがとう! アルフさんも元気でね!」
「ああ。色々ありがとね、なのは・ユーノ」

笑顔で、アルフはなのはに礼の言葉を述べる。
思えばなのはの前でアルフが笑みを見せたのは、これが初めてのことだったのかもしれない。

「それじゃあ僕も……」
「クロノ君も……またね」
「ああ」

クロノにも別れの言葉を述べるなのは。
そして、とうとう最後の瞬間が訪れる。

「……」

なのはの目の前で、転移用の魔法陣を展開するクロノ。
その上に、クロノとアルフ、そしてフェイトの三人が乗る。
これが作動すると、しばらくの間フェイトとはお別れということになる。
それを思うと、なのはは少し寂しく感じた。

「バイバイ、またね……クロノ君……アルフさん……フェイトちゃん……」

一人一人に、もう一度別れの言葉を告げるなのは。
そんななのはに、フェイトは手を振った。

「!!」

気付いたなのはは、目に涙を溜めながら、右手を高く上げて大きく振る。
そして辺り一面が光で包まれたかと思ったら、気付けばその場に三人の姿はなかった。

「……」

空には白い雲が点々とあり。
海は遠くまで広がっている。
視界に差しこんでくる、太陽の眩しい日差し。

「……なのは」

肩に乗るユーノが、なのはに向かってそう話しかける。
なのはは海に背を向け、笑顔でその言葉に答えた。

「うん!」

彼女達の始まりの物語は、こうして幕を閉じた。
そしてそれは、これから始まる長い長い物語の始まりも告げたのだった。



そして、学園都市に帰ってきた美琴達は、その場ですぐに別れた。
美琴は常盤台中学の女子寮へ。
ステイルと土御門は魔術関連の仕事の為現地へ。
そしてインデックスは、上条当麻の部屋へ。

「帰ってもとうまはいないけど、その間私がとうまの代わりに家主を担当しなきゃならないんだよ!」

誰もが希望を抱いているのに、自分一人だけ絶望の淵に立っているわけにもいかない。
そう考えていたインデックスだったが、上条当麻の部屋が近づいてくるに従って、その感情は段々抑えきれないものとなってきていた。

「うっ……とうま……とうま……」

みんなの前では流さないようにしていた涙も、次第に堪え切れなくなる。
今にもその頬を濡らしてしまいそうな勢いだった。
それでも、インデックスは構わず部屋を目指す。

「つ、着いちゃった……」

やがてインデックスは、目指すべき部屋の扉の前まで到着する。
これからしばらくの間、一人きりの生活が始まる。
それを思うと、インデックスは不安でいっぱいだった。
それ以上に、悲しさの方が勝っていた。

「……うん」

覚悟を決め、インデックスは扉を開く。
靴を脱ぎ、部屋の奥へと向かう。
そこでインデックスは、あり得ない光景を見た。

「……あっ」

散らかった部屋だった。
乱雑にばらまかれた参考書、机の上に散乱する雑誌の数々。
整っていないシーツ。
そして、窓から外を眺めている、一人の少年の姿。

「遅かったな、インデックス」
「あ……ああ……!!」

涙はすでに頬を濡らしていた。
嬉しさでいっぱいだった。
喜びでいっぱいだった。
インデックスはこの時、素直に幸せを感じることが出来た。
やはりこの人物は、不安(げんそう)を殺してくれた。
それがとても嬉しくて……。
そしてツンツン頭の学生服の少年は、インデックスの方に顔を向けて、こう言ったのだった。

「ただいま、インデックス」

(ジュエルシード編 了)



次章予告
平穏なひと時を過ごしていた上条達の前に再び姿を現したアジャスト。
彼の言葉を聞いて、上条達はふたたびなのは達の世界に向かうことになる。
だが『機械』の手違いによって、上条だけ別の場所に転移してしまうことになる。
闇の書から生れし守護騎士がはやての前に現れてから数カ月が経過した12月のとある日。
彼女の前に、意外過ぎる人物が姿を現す。
そして学園都市では、一人の少年が、少女を守る為にとある人物と取引を交わす。
次章、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『闇の書事件』編。
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] A's『闇の書事件』編 0『紡がれる新たな物語』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/04/08 06:37
「ハァ……」

科学者は、一人溜め息をつく。
ここは学園都市にある、とある一軒の研究所。
規模は小さいし、助手もいない研究所ではあるが、そこにいる科学者はとても優秀だった。
実を言うと、土御門達が所有していた『機械』の設計図を作ったのも彼だったりする。
科学者の名前は、芹沢敦敏(せりざわあつとし)。
その腕の良さから、創造神(ゴッドハンド)と呼ばれる程の凄腕の科学者だ。
彼は若い時から様々な機械を開発してきた。
それらの数々は学園都市でも実験的に取り扱われていたりする。
そして今回彼が行っている研究は。

「もしこれが実現したら、神にも反逆するようなことになるな……人体の蘇生。人が夢見る最後の関門」

そう。
『人体蘇生』。
誰もが望み、しかし出来ないと絶望した、人類最後の望み。
科学の力を以てしても、人間の命までは蘇生させることが出来ないのは、もはや周知の事実とも言えよう。
しかし彼はそれを果たそうとしている。
もしその研究が完成できたとしたら、狙われるのは自分の命かもしれないと分かっていながら。

「この研究が成功すれば、私の娘も……いや、それはない、か」

彼は娘を失っている。
とある事故に巻き込まれて、娘の命は亡くなっていた。
その肉体は当の昔になくなっており、もう蘇生させることも出来ない。

「せめてこの子を蘇生させてあげることが出来れば……」

芹沢の前にあるベッドに横たわっているのは、緑色の液体が入っているガラスケースだった。
そして液体の中には、一人の少女が眠るように漂っている。
金色に輝く髪が特徴的なこの少女の名前は、アリシア・テスタロッサ。
かつてプレシアがジュエルシードを使ってアルハザードへ旅立ち、蘇生させようとしていた少女だ。
彼女はもうその意思はなくなっていたが、その意思は芹沢に継承されたと言ってもいいだろう。

「私の娘の無念を、どうか君の身体で」

だから彼は、この研究をさせて欲しいと頼み込んだのだ。
寝込んでいるプレシアには内密にして、冥土返し(ヘヴンキャンセラー)に頼みこんだのだ。
彼は渋々と言った感じで了承してくれて、芹沢は喜んでその研究にとりかかることが出来ることになった。
だがやはり、その研究は難航していた。

「しかし、やはり人体の蘇生というのは難しいものなのか」

パソコンに打たれている何やら奇妙な文字列は、見ているだけで頭を悩ませるものであった。
しかしその羅列は彼には理解できるものであり、それが何らかのプログラムを作成している途中である証拠でもあった。

「出来ることなら、生きた姿で母親の元に返してあげたいものだ……」

彼が目指す道は、禁忌なのかもしれない。
けれど、彼は最後まであきらめることはないのだろう。
この人体蘇生に、彼は自分の人生のすべてをかけるつもりなのだ。
創造神という名誉の名に賭けて。



アジャストは、今とても幸せだった。
愛する妻と共に過ごすことが出来て、それだけで十分だった。
欲を言えば、この場に娘達が欲しいということだ。
アリシアにフェイト。
二人とも彼らが愛する可愛い娘達。
アリシアはすでに死んでしまっている為もう会うことはできない。
だがフェイトは生きている。

「せめてフェイトだけでもこの場に連れて来たかったものですね……」
「駄目よ、あの子までここに連れてきてしまっては。あの子はまだ私が生きているってことを知らないんでしょ?」
「……そうですね」

学園都市にある病院のとある一室。
そこに、プレシア・テスタロッサはいた。
もうすぐ完治すると言われてはいるが、完治するまでは病院内にいなくてはならないのが現実。
アジャスとはそんなプレシアの横に椅子を置き、その椅子の上に座ってプレシアと話をしていた。
そして、彼らには少しばかり問題があった。
まず一つ、ここが学園都市であるが故に、身分証がなければ何もすることが出来ないということ。
今の彼らは内部の人間から見たら単なる侵入者だ。
もし何か目立つことをしでかしたら、即捕まってしまうことだろう。
二つ目は、元の世界に戻ったとしてもプレシアは確実に捕まり、処刑されてしまうだろうということ。
このせいで、彼女達はフェイトに会うことが出来ないのだ。
なるべくならこの世界か、フェイト達がいる世界にいたい。
けれどそれはとても難しい相談でもあるだろう。

「あの子の為を思うのなら、私達はあの世界に帰るべきではないわ。何処か別の世界にでも行って、そこで一緒に暮らしましょ?」
「……そうですね。それがあの子の為にもなるし、私達の為にもなるのかもしれません」

アジャストは、椅子から立ち上がって、服を整えながらそう言う。

「あら、もうそんな時間かしら?」
「ええ。これからちょっと行きたい場所があるものでして。ちょっと時間はかかるかもしれませんが、必ず帰ってきますので」
「そう。ならいいんだけど」

プレシアに優しげな笑みを見せながら、アジャストは病室から出て行こうとする。
そんなアジャストの背中に、プレシアは言った。

「必ず、帰ってきてよね。アジャスト」
「……分かってますよ。もう貴女を孤独にはさせません、プレシア」

そう告げると、アジャストは病室から出て行く。
その足で、そのまま病院の屋上まで向かう。
途中見知った顔を見たような気もしたが、構わずアジャストは屋上へ。

「……」

扉を開け放ち、彼は屋上に立つ。
そこから見える景色は格別で、夕日が彼の身体を照らしていた。
まるで、舞台の上に立つ役者を照らすスポットライトのように。

「さて、それじゃあ行ってみますか」

彼はそう呟くと、あの時と同じように右手を前に突き出す。
そしてその場所から何かがぐんぐんと広がって行く。
それは世界と世界がぶつかり合うことによって生じる歪み。
つまり彼は、再び何処かの世界に行こうとしているのだ。

「ちょっとした興味本位ですが、行ってみるのも悪くはありませんね」

彼が行こうとしてるのは、『リリカルなのはA's』という名前を被った並行世界(パラレルワールド)。
つまり、自分がいままで旅してきた世界のその後の世界ということだ。
彼は今までプレシアを助けたい一心で、『リリカルなのは』の世界ばかり行ってきた。
けれど、『リリカルなのはA's』の世界には一度も足を踏み入れたことがなかったのだ。

「どのような世界になっているのか、楽しみですね」

ただし、彼が行く『リリカルなのはA's』の世界は、上条当麻達が介入したことによって一部分が変わった世界ではない。
……実を言うと、アジャストが今現在いる場所は、もはや『とある魔術の禁書目録』とカテゴリーされた世界などではなくなっていた。
言うなれば、『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』とカテゴリーされている世界。
つまり、彼が今いる世界は『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』の正史だ。
彼らの介入があまりにも強すぎた為、たった数日の内にとうとう新たなる世界の『正史』を創り出してしまったのだ。
それでも、彼は構わなかった。
世界がどうなろうが関係ない。
ただ、目の前にいる大切な者が守れたのなら、それでも構わない。
アジャストはそう考えていたからだ。

「……では、向かうとしましょう」

アジャストは、歪みの中へ入って行く。
その身体は徐々に歪みの中に入って行き、やがてそこにはまるで最初から何もなかったかのように、彼の姿も歪みも消えていた。
……そしてその世界に入り、彼は知る。
これから彼女達に、どのような出来事が待ち受けているのか、を。



とある世界の魔法少女(パラレルワールド) 第二章
『闇の書事件』編、開幕。






[22190] A's『闇の書事件』編 1『再び』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/04/08 15:28
6月3日、PM09:05。
海鳴市中丘街。
電気もついていない薄暗闇な家の中を、一人の少女が車椅子で進む。
少女は電話の前まで来ると、点滅している留守電のスイッチを押した。

『留守電メッセージ、一件です』
「……」

何のことはない、それは機械から発せられる形式的(テンプレ)な言葉。
その後、機械染みた声は女性の物へと変わり。

『もしもし。海鳴大学病院の石田です。えっと、明日ははやてちゃんのお誕生日よね。明日の検査が終わった後、お食事でもどうかなと思ってお電話しました。明日病院に来る前にでもお返事くれたら嬉しいな……よろしくね』

一通り言葉を述べた後、電話はピーという音を発する。
その後再び機械染みた声に戻り。

『メッセージは以上です』

とだけ述べた。
少女はそれをしばらく見守った後で、自分の部屋へと向かう。
そしてベッドの横に車椅子を寄せると。

「……っ」

短い吐息と共に、少女はベッドに寝転がる。
視界を照らすのに十分な電気をつけた後、少女は本を読み始める。

「……」

しかし、どうにもその本に集中出来ない。
明日、6月4日はこの少女の誕生日だ。
せっかくの誕生日だというのに、この少女には祝ってくれる人が絶望的なまでに少なかった。
唯一、石田と名乗った女性の医者のみが、今現在彼女の誕生日を祝ってくれるただ一人の存在。
本当ならもう一人いるはずなのだが、その人物は今……。

「……何で。何であの日以降一回も顔を見せてくれへんの……?」

本を閉じ、シーツに顔を埋めながら、呟くように少女は言う。
彼女はとある人物のことを待っていた。
それも、かれこれ数ヶ月。

『何の予告もなしに、俺はお前の前から消えたりしないから……』

孤独だった少女を救ってくれた、短くて、暖かかった言葉。
だが少年はその言葉を裏切り、彼女の前から姿を消した。
いつか再会することが出来るまで待っていると誓った少女だったが、いくらなんでも解決したという報告くらいはしてくれてもいいではないか。
それがないということは、つまり……。

「嫌だよ……嫌だ……」

頭をよぎる、最悪の可能性。
何としても、その可能性だけは振り払いたかった。
だが、首を振る度何度も思い描かれる、妄想(げんそう)。
重くのしかかる、不安。

「甘えさせてやる言うたやん……一人にしない言うたやん……なのにどうして……どうしてなん?」

自然と、少女の頬を涙が濡らしていた。
彼女は今、この世でたった一人。
孤独と戦っていて、なおかつ少年を待っていて。

「う、うう……!!」

少女(はやて)は、自分の目の前に現れてこない少年(かみじょう)のことを想いながら、一人泣き続けていた。



どれだけ泣いていたのだろうか?
はやてが泣きやんだ頃には、すでに時刻は12時を回ろうとしていた。

「もうこんな時間なんやな……」

頬には今まで泣いていた跡がくっきりと残っており、はやてはそれに気付くことはない。
だが、そんなことを気にするよりも、もっと超常的な何かが起きた。

「……え?」

突然、はやての背後が紫色に光り出したのだ。
何もなしにそんな現象が起きることはない。
とすれば、そこには何かがあり、その何かが光を発していると言うことだ。
はやては後ろを振り向き、何があるのかを確認する。

「本?」

視界には、机の上に立てられた一冊の本が目に映った。
ただし、それはおよそ本とは形容し難いものであった。
確かに形は本そのものだ。
きちんと表紙もあるし、ページもある。
しかし、それは鎖で固く閉ざされている、不気味な代物であった。

「きゃっ!」

家全体が揺れ始める。
机の上に置かれていた本は、机の上から離れ、宙に浮いていた。

「あ、ああ……!!」

そのまま本は、はやての前までやってきて。
鎖が引きちぎられ、そのページが開かれて行く。

「封印を解除します(Releasing seal)」

突如として本はパタンという音を立てて閉じ、そしてはやての目線の近くまで近寄ってくる。
はやては後ずさりした。
身体が壁に当たるまで、下がれるまで下がった。
彼女の足は動かないので、それがはやてに出来る最大限度の逃避。
はやては今この状況に対して恐怖を抱いていた。
無理もないだろう、たかが9歳の少女が、たった一人でこんな超常現象に遭遇しているのだ。
これで恐怖を抱くなと言う方がおかしい。

「起動(Active)」

そんな彼女の心境などいざ知らず、本からはそのような言葉が発せられる。
言葉と同時に本からは光が発せられ……。



学園都市第七学区。
大きな事件が起きているということもなく、いつも通りの日常生活を送っている少年がそこにいた。
少年の名前は上条当麻。
なのは達の世界では行方不明扱いされている、ジュエルシード事件を解決に導いた人物の内の一人である。
そんな彼は現在、美琴や土御門、そしてステイルの前で。

「すみませんでしたァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

土下座をしていた。

「まったく君は。自分の身の危険を顧みずに突っ込んだりするから、命を落としかけるんだよ」
「アンタが虚数空間に落ちてから、なのはやフェイトがどれだけ悲しんだと思ってるのよ! それにアンタが行方不明になったって話を聞いて、アリサやすずかまで気を落としてたんだから!!」

呆れた表情を浮かべながら呟くように言うステイルと、誰から見ても怒っているなということを認識することが出来る程青筋を立てながら怒鳴る美琴。
そんな美琴の横では、土御門が別の意味で怒っていた。

「なぁカミやん……この際カミやんの命がどんなに危険な目に遭ってたのか関係なく、ただ一言言いたいことがある」
「な、何だよ……」

緊張。
上条の頭の中に響く警笛。
逃げろ、でないと殺される。
なのに身体は言うことを聞かない。
しかし土御門が言ったことは、上条を死に至らしめるものではまったくなかった。

「お前ばかりいつもいつも女の子にフラグ立てやがって……許さない!!」
「えぇ……」

思わず緊張が解けてしまった。
そんな馬鹿げた理由で怒れるなんて、どれだけ平和なのだろうか。

「それは名案やな~。何なら、ワイも参戦するで~」
「何でお前はここにいる青髪ピアス!!」

突如現れた青髪ピアス。
かみじょうは こんらんしている。

「いや~偶然この場所を通りかかったんやけど、なんや土御門がおもろそうなこと言うてたからな~。これに参戦しない道理はないと思うて」
「クソ野郎! こんな所でだけ空気読んでんじゃねえ!!」

上条は土下座の状態を解除して、勢いよく立ちあがる。
そしてそのまま、上条は走り出した。

「逃げたぞ! 追え!」
「イエッサ~!!」

その後を追う土御門と青髪。

「……えっと」
「まぁ、何だ? これはこれで、彼に対する制裁になるんじゃないか?」

そんな彼らの後ろ姿を、美琴とステイルの二人は見守っているしかなかった。
本日も学園都市は、概ね平和であった。



同時刻。
学園都市第七学区の別の場所では、こんなやりとりが繰り広げられていた。

「はぁ……来る日も来る日も仕事ばかり。どうしてこの頃こんなに書類が溜まっていますの?」
「仕方ないじゃないですか。連日謎の空間の歪みが生じてるんですから、それに関する調査資料とかがたくさんあるんですよ……」

学園都市には、治安を守るための二つの大きな組織が存在する。
一つは学園都市で教師をやっている人達によって構成されている警備員(アンチスキル)。
もうひとつが、今話していた少女二人も所属している風紀委員(ジャッジメント)。
そしてここは、風紀委員第七学区支部なのだ。

「謎の空間の歪み……そんなの調べたって何にも分かりやしないと言うのに、どうしてこう仕事としてこちらに舞いこんでくるのでしょうか……?」
「さぁ。けどこのせいで私とお姉さまの愛のスキンシップの時間が取れないというのは頂けませんわね……!!」
「ちょっ、白井さん……!!」

目を離した隙にこの場から逃げられるのではないかと不安になる初春。
一方で怒りのあまりに髪の毛が立っている白井は、その怒りの矛先を何処に向けたらいいのかもまったく分からず、ただ白井が慕っている美琴との時間がとれないことを嘆いていた。

「あ~もう耐えられませんわ! こんな仕事やってられませんわよ!!」
「ちょっと白井さん!!」

初春が手を伸ばしたのもむなしく。
白井は自身の能力である空間転移(テレポート)を使ってその場から何処かへ転移してしまった。

「もう、仕方ありませんね白井さんは……」

少しばかり愚痴を吐きながら、初春はパソコンを操作してキーボードを打っていた。
現在彼女は、自分の分の仕事は既に終わっていたので、とあることを調べている最中だった。
とはいってもあまり仕事の内容とは関係のない、友人である佐天とよく話している都市伝説についてだ。
案外こういった場所を見ることで空間の歪みについての情報も何かつかめるかもしれないとも思っていた。

「どんな能力でも打ち消す能力、怪異脱ぎ女……前の投稿とそんなに変わらないみたいですね」

以前都市伝説を調べる際に利用していたページを調べてみるが、やはりそこに載っている情報は何一つ変わっていなかった。
特に目新しい都市伝説があるわけでもなく、おまけに信憑性も薄いものばかり。

「魔法を扱う少女達に、並行世界は実在する?」

二つ程、どんなに頑張っても説明できないのではないかと思わせる仮説まで現れてきた。
それは科学側に所属する彼女達だからという限定の話ではある。
上条やインデックス、そして科学側についていながらも偶然巻き込まれた美琴なら、その二つの都市伝説についても説明することが可能なのだが、生憎この場にそのいずれも存在しない。

「まぁこれはどうでもいい情報なのでしょうね」

この時彼女はもう少しこれらの都市伝説について触れるべきだったのだ。
そうすれば、空間の歪みに関する情報を少しでも得ることが出来たと言うのに……。



「ハァ……」

昼の学園都市の路地裏を、一方通行(アクセラレータ)は一人で溜め息を吐きながら歩いていた。
大抵彼の後をついてくる打ち止め(ラストオーダー)は、現在黄泉川宅マンションにて留守番中。
現在彼は缶コーヒーを買いにコンビニに行った帰りなのだ。
たったそれだけなのにどうして彼が路地裏を歩いているのかと言えば、人混みがあまり好きではないからだ。
言うなれば彼は、暗部に関係する人間だ。
だから学園都市の表に、あまり興味を抱いていないのだ。

「来る前にあンガキが騒いだせいで、すっかり時間が遅くなっちまったなァ」

袋の中に入っている缶コーヒーが、彼が歩いて揺れることによってコツン、コツンと音を立てる。
もう片方の手に持っている松葉杖が、地面をコッコッと叩いていた。

「これだからクソガキは困る……クソッタレが」

思わず、この場にはいない打ち止めに悪態をつく一方通行。
口は悪いが、彼は打ち止めのことを決して嫌っているわけではない。
……まぁだからと言って好きというわけでもないのだが。
一方通行(アクセラレータ)。
かつて最強と呼ばれていた、学園都市超能力者第一位。
しかし8月31日に脳に大きなダメージを受けた為に、かつての演算能力を失ってしまった少年。
能力の本質はベクトル操作。
脳にダメージを負っていなかった時は、常にその能力を『反射』に回していたのだという。
故に、彼に手を触れただけでも死んでしまう可能性は十分にあった。
そんな彼に、

「一方通行(アクセラレータ)、だな?」
「アアン?」

誰かの声が、彼の背後より聞こえてくる。
声の質から想像するに、恐らくは男性。
一方通行が後ろを振り向いてみれば、想像通り男性が立っていた。
赤い髪の、見た目歳は40代の男性。

「貴様に話がある」
「何の用だ? 俺はテメェと話すことなンざねェんだけど」
「貴様になくても我にはある。それに、貴様とて聞いておいて損はない話だ」

どうやら一方通行の意思なんて始めから関係ないらしい。
そんなこと、この男にとっては些細なことにしか感じられないのだ。

「単刀直入に言おう……我々に協力しろ」
「いきなり何だァ? 目的も何も言わずにはいそうですかと首を縦に頷かせるとでも本気で思ってンのかァ?」
「思わないな。だが我々も貴様に目的を言うわけにはいかない。何をするのかは後で説明しよう」
「ふざけんじゃねェよ。そんな面倒なことに付き合ってる暇はねェンだ。とっとと失せろ」
「そう言うと思って、有効な交渉手段を取ることにしようと思う」

男はこうなることはすでに予測出来ていたみたいで、何かを材料として彼を何としてでも引き入れる作戦に出るようだ。

「お前の所は確か、チビがいたよな」
「チビ? ……ああ、あのクソガキのことか」

一瞬、彼の顔がゆがんだ気がした。
どうしてこのタイミングであの少女のことが話題に出るのだろうか。
そもそもこの男は何故あの少女のことを知っていたのだろうか?
いくつか疑問が湧きでるが、次の瞬間にはそんな疑問なんてどうでもよくなるような言葉が返ってきた。

「お前が我らについてこないと言うのであれば……そのチビを殺す」
「なっ……!!」

男からその言葉が発せられるのと、一方通行が彼の元に近寄って胸倉を掴んだのは、タイミングとしてはまさしくほぼ同時だった。
このままだと男に待っているのは、死。
しかし男は、そんな状況に立たされた今でさえ、笑っていた。

「バカな男だ……今この場で我を殺した所で、少女の死は変わらない。むしろ歯向かったと言うことで、待機している我の仲間がすぐにでもチビを殺しにいくことになっている」
「テメェ……!!」

悔しかった。
今こうして彼のことをすぐにでも殺せると言うのに。
この場で彼を殺してしまえば、あの少女どころか、少女のそばにいる二人の女性まで巻き込まれることになる。
彼にとって、それは交渉材料としては最悪なものであった。
どう傾こうが、彼は言いなりになる他ないからだ。

「……頭がいい少年で助かる。では、我らと共に来てもらおう」
「……ちっ」

悔しそうに彼は顔をゆがませる。
それ以外に彼女達が救われる道がないと、分かっていたから。



青髪と土御門からの追跡を逃れた上条は、現在街の中をあてもなくブラブラと歩いていた。
思えばこの学園都市をこうしてゆっくり歩くのは、久々のことでもある。

「つい最近までは海鳴市を歩いてばっかりだったからな……何だか随分と久しぶりに感じるぜ」

呟く上条の表情は、何処となく笑顔だった。
まぁ彼が表情を緩やかにしているのも分からなくはないが。
こうして学園都市をゆっくり歩くことが出来るということは、それだけ今の生活が平和だということを物語っているからだ。

「散々事件づくしだったし、たまには休息でもとりますかね……今すぐにでもアイツらの世界に行きたいけど、土御門曰く『機械』は調整中だって言うし」

上条は美琴達に土下座する前に、土御門より『機械』についての話を聞いていた。
土御門によると、『機械』は現在微調整をしている所であり、その調整自体はもう少しで終わるのだと言う。
つまりそれさえ直ってしまえば、上条達はいつでもなのは達のいる世界へ行くことが出来るということだ。

「アイツらに俺の無事を早く伝えないといけないしな」

思うのは、なのは達が悲しんでいないかということ。
特にフェイトは、母親まで失っているのだ。
そしてもう一人、上条にとって気になる人物がいた。

「はやて……」

一人寂しく一軒家で暮らす、八神はやて。
彼女とは、ある約束を交わしていた。
しかし、その約束は今現在破られている状態だ。
自分から一人にしないとか言っておきながら、かえって心配させているのも上条であった。

「早く『機械』の調子がよくならないかね……」

もう一度、その言葉を呟いた。
その時だった。

「うをっ!?」

突然目の前がグニャリと歪み始める。
上条はその現象の正体を知っている。

「まさか……また誰かが世界移動を!?」

そう。
世界と世界が衝突することによって発生する、世界の歪み。
『機械』が調整中である今、それを引き起こせる人物は上条の中だと二人しか存在しない。
一人は虚数空間から転落した際に出会った女性―――エリマ・キャデロック。
だが彼女はこう言った風に直接世界に干渉することは少ないだろう(あくまで上条の憶測でしかないが)。
そしてもう一人が……。

「上条当麻……貴方に話しがあります」
「え?」

歪みの中から現れてきたのは、黒い服を身に纏った一人の男性。
そう、アジャストだった。
アジャストは何やら息を荒くしていて、焦っている様子だった。

「貴方と、貴方の仲間を引き連れて、今すぐフェイト達のいる世界へ向かってください!」
「……詳しく事情を聞かせろ、アジャスト」

それがただ事でないことを理解した上条は、アジャストより話を聞くことにする。
……この時、アジャストは『リリカルなのはA's』の名前を冠むった別の世界に行っていた。
そしてその序盤を見て、彼はフェイトが傷つく姿を目撃したのだ。
……ただ、その姿に耐えられなくなり、彼はこの世界の全貌を見届けることを忘れてしまったのだ。
もしここで彼が冷静になり、この先どうなるか分かっていたとしたら、もう少し舞台進行は上手くいっていたのかもしれない。



「んで、君はその話を聞いて僕達をここに呼び寄せたというわけか」

皮肉気にステイルが言う。
現在、ステイル・美琴・土御門・インデックス・上条の五人は、上条当麻の招集の元、とある公園に来ていた。
理由はただ一つで、アジャストからフェイト達を助けて欲しいという連絡が入ったからだ。

「なのは達の住む世界と似ていて、それでいて少しだけ違う世界にアジャストが行って、そこでフェイト達が傷つく姿を目撃した、これでいいのよね?」
「ああ、その通りだ。アジャストは一足先にあっちの世界に行ってるみたいだし、俺達もすぐに向かわなければならないんだけど……」

美琴の言葉を受けての上条の言葉。
しかし不安要素が一つだけある。

「土御門、『機械』の方はまだ本調子じゃないのか?」

そう。
土御門が抱えている『機械』の調子がよくなっているかどうかにもよるのだ。
それに対して土御門は答える。

「まだ最終調整は終わってないが、これだけの人数で世界を行って帰ってくる位には行けるようになった。だから今からでも行こうと思えば問題はない」
「それじゃあ早速フェイト達の所へ行くんだよ! でないと、何があるのか分からないかも!」

インデックスが急かす。
アジャストから序盤の展開を聞いていた上条は、そのことをこの場にいる全員に説明した。
その説明を受けて、彼らはこうしてこれからなのは達の世界へむかおうとしているというわけだ。

「待ってろよ。今座標を打ちこんでるから……」

土御門が真剣な表情を浮かべながらそう言う。
思えば彼、今回は最初から仕事モードに突入していた。

「しかし、四人の騎士、か……」
「何のためになのはやフェイトを襲ったのかは知らないけど、少なくとも味方ではないことは確か見たいね」

ステイルと美琴が呟く。
四人の騎士。
それはアジャストの話の中に登場した、守護騎士(ヴォルケンリッター)と呼ばれる集団のことだ。
彼らがなのはやフェイトのことを襲い、そしてフェイトが傷ついた。
それ以上に、なのはは胸を貫かれて、何かを蒐集されたとのことだ。

「コアみたいなものを握られていたみたいだけど、それが一体何を意味するのかさっぱり分からない」
「相手の目的も分からず突っ込めということか……やれやれ、彼もなかなかに無茶なことをさせてくれるね」

呟く上条と、再び皮肉交じりにそう言うステイル。
ステイルの言う通り、今回も彼らはこれ以上の情報を得ることはなく、目の前の敵に対峙することになる。
出来ることなら、もう少し敵の情報を教えて欲しかったものだが、娘がやられているのを目撃して冷静な対応をとることが出来なかったのだろう。
今までのアジャストだと少し考えられない行動とも言える。

「アジャストも変わったのかもしれないよ? あの事件を機に」
「……そうだな」

アジャストのことを思いながら、インデックスは言う。
そんなインデックスの言葉を、上条は受け止めた。

「よし、これで準備完了だ。タイムウエイトは10秒。急いで入れ」

話している内に、土御門は座標を打ち込み終えていた。
瞬間、上条達の目の前に空間の歪みが生ずる。
それが出来たのを確認すると、上条達はゆっくりとその中に入っていく。
後はこれを完全に潜り抜ければ、その場所にたどり着くわけなのだが……。

「お姉様ぁあああああああああああ! やっと見つけましたわよぉおおおおおおおおおおおおお!」
「こ、この声は、まさか……!!」

最後尾にいる美琴が歪みの中に入ろうとした時、その背後から聞こえてくる謎の少女の声。
ステイルや土御門は聞き覚えのない声だったが、上条やインデックスはその声の主の正体を知っている。
というか、上条の記憶の中に、美琴のことを『お姉様』と呼ぶ人物は一人しかいない。

「仕事抜け出してきてお姉様の所まで来てみれば、なんですのこの歪みは!? まさかここで調書通りの現象に遭遇出来るなんて……それ以前に最近お姉様とのスキンシップの時間が足りませんの! だからこの場で愛の……」
「いい加減にしろ黒子ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

ビリビリビリビリ!
いつもより多めの放電を喰らって、それでも少女は満足そうな表情を浮かべていた。
少女の名前は白井黒子(しらいくろこ)。
これでも一応|大能力者(レベル4)の空間転移者(テレポーター)だ。

「!? 早くしろ! 歪みが閉まる!!」
「え、ええ!」

白井に構っている暇はない。
土御門の叫びを聞いて、美琴は慌てて歪みの中に入る。
だが。

「何処に行きますのお姉様! 私もついて行きますわよ!!」
「ちょっと! 黒子まで入ってくるんじゃないわよ!!」

なんと、白井は美琴についていく為に歪みの中に入ってしまったではないか。
ちなみに、先ほど土御門が言ったことを思い出してほしい。

『これだけの人数で世界を行って帰ってくる位には行けるようになった』

これだけの人数。
つまりその場にいた5人でもいっぱいいっぱいなのだ。
ということは、そこに1人加わるだけでも……。

「ちっ! 『機械』が不調をきたしてやがる!!」
「な、何だって!?」

土御門や上条の怒声が響く。
歪みの中には完全に入りきったのだが、何やらその様子がおかしい。
そして次の瞬間、事件は起きた。

「うわっ!」
「!? と、とうま!!」

突然、上条の身体がインデックス達から引き離されて行く。
……定員オーバーによる、『機械』の暴走。
それが今になってこうして起こり始めているのだ。

「ちょっと待て! これはまた何と言いますか……」

離れて行くインデックス達に右手をのばしながら、上条はお決まりの言葉を叫んだ。

「不幸だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

そのまま、彼らは世界移動を果たすことになるのだった。



12月2日。
海鳴市市街地上空。

「「……」」

対峙する、二人の魔法少女。
片方は、白いバリアジャケットを身に纏った少女―――高町なのは。
片方は、赤いバリアジャケットを身に纏い、頭に兎の刺繍がつけられている少女―――名前をヴィーダと呼ぶ。
しかし互いに相手の名前は知らない。
何故なら、なのはのことをいきなりヴィーダが襲ってきたからだ。

「Swallow Flyer」

ヴィーダのデバイスからそのような声が発せられる。
同時に、鉄球を取り出して。

「ふっ!」

それをヴィーダは、叩きつけた。
ヴィーダより低い位置にいるなのはは、その攻撃を障壁を作りだすことによって防ぐ。
ドォン! という音がしたと思ったら、辺りに煙がこもり始めた。

「おらぁあああああああああああああああああああああああああ!!」

なのはがいる位置までヴィーダは飛び、そしてハンマーのような形のデバイスで叩く。
しかしそこになのはの姿はなく、ただ煙が少し晴れただけ。
一方でなのはは、横に飛ぶことで事なきをえていた。

「いきなり襲いかかられる覚えはないんだけど……どこの子? 一体なんでこんなことするの?!」

一度停滞し、なのはは尋ねる。
しかしヴィーダは聞く耳持たず、次の攻撃に備えてすでに指の隙間に二つの鉄球を創り出していた。

「教えてくれなきゃ、分からないってばぁ!!」

なのはは右手を前に突き出し、徐にそれを横に振り払うようにする。
一見すると何の意味もないような動作に見えるが、この一連の動作にはきちんとしたわけがあった。

「!?」

ヴィーダは気付く。
後方より、桃色の魔力弾が二発迫ってきていることに。
速度が増し、それは徐々に近づいてくる。
一発目を避け、二発目はデバイスで防いだ。

「このやろぅうううううううううううううううううううううううううううう!!」

一気に速度をあげ、今度はヴィーダがなのはに接近する。

「Flash move」

レイジングハートからそう声が発せられたかと思うと、なのはの足より桃色の羽根が出現する。
そしてヴィーダがハンマーを振りおろした時には、すでにその場から飛んで逃げていた。

「Shooting Mode」

その後すぐさまレイジングハートを射撃形態へと変形。
すさまじいコンボである。
その速度はとても早く、つい半年以上前まで魔法に関してど素人だったとは思えない程の急成長ぶりだった。

「話を……」
「Divine」

レイジングハートをヴィーダに向ける。
その先には、魔力がどんどん溜まってきている。
間違いない、これは大きいのが一発来る。
ヴィーダの頭の中で、その考えが真っ先に思いつく。

「聞いてってば!!」
「Buster」

そしてなのはの叫び声と共に、それは撃たれた。
一筋の太い光線が、ヴィーダに襲いかかってくる。

「くっ!」

運よく直撃は免れ、真横に逸れてくれたが、その威力はなかなかの物だった。
一発当たっていただけで、死にはしないだろうが、戦闘不能になっている所だっただろう。

「あっ……!!」

回避した後、頭に手を乗せたヴィーダは、被っていた帽子がないことに気付く。
辺りを見回してみれば、少しボロボロになった帽子が道路の方に落ちて行くのが見えた。
……この帽子、実は主人である人物からもらった大切な兎の飾りがついていたのだ。
幸いにもこの兎には影響は及ばなかったが、それがついている帽子がヴィーダの頭から落ちたということだけで、ヴィーダは思い切り怒りを見せた。

「くぅっ……!!」

目の色が変わる。
それは明らかなる怒り。
見る物すべてに対等な印象を与える、とても強い瞳。

「うっ……」

その目で睨まれたなのはは、少したじろぐ。
ヴィーダは空中でデバイスを横に振る。
すると足元に三角形の魔法陣が展開し。

「グラーフアイゼン、カートリッジロード!!」
「Explosion」

グラーフアイゼンと呼ばれたデバイスはそう答えると、ハンマーの先の部分が上下に動く。
その数、三回。

「Missile Form」

そしてその言葉と共に、グラーフアイゼンは姿を変える。

「え? ……えぇええええええええええええええ!?」

なのははこれには驚いた。
見れば、先ほどまで単なるハンマーの形をしていたものが、片方は先が尖り、片方はブースターみたいなものがついているではないか。
なのははこれまで魔導師が持つデバイスというものをいくつか見てきたが、カートリッジなるものを使ったものは一つも見ていない。
それだけに、ヴィーダの持つグラーフアイゼンの変貌っぷりには、かなり驚かされた。

「ラケーテン……」

ヴィーダの呟きに応じて、ブースターに火がつく。
当然、そうすれば勢いが増す。
グルグルとその場で回転し、その勢いが十分に達したところで。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

叫び、一気にハンマーを振りおろす。
飛ぶことによる緊急回避は不可能。
ならば障壁を展開して防ぎきるしかない。
その考えに至ったなのはは、目の前に障壁を展開させる。
だが、グラーフアイゼンはその障壁をいとも簡単に壊してしまう。
ならば次にその先が襲うのは、レイジングハートの杖の部分。

「あっ!?」

崩壊して行くレイジングハート。

「ハンマー!!」

しかし勢いは衰えない。
そのままなのはを吹き飛ばすヴィーダ。
飛ばされたなのはは空中で何度か回転した後、街に立っていた高層ビルの窓を突き破り、壁に叩きつけられる。

「げほっげほっ!」

むせて、一気にせき込むなのは。
そんななのはを、容赦なくヴィーダが襲いかかる。

「でやぁああああああああああああああああああ!!」

先ほどの勢いをそのまま利用し、さらにヴィーダはなのはを攻撃する。
このままだと、なのははやられる。
レイジングハートは、持ち主であるなのはを守る為に、ボロボロであるにもかかわらず。

「Protection」

最後の力を振り絞り、なのはの前に障壁を創り出す。
当然、グラーフアイゼンの先はその障壁に激突する。
……先ほどの魔力が十分ある状態の障壁でもぶち破られたのだ。
こんなもろ刃の壁が崩れるのも時間の問題だろう。

「ぶちぬけぇええええええええええええええええええええ!!」
「Roger」

ヴィーダの叫びと共に、グラーフアイゼンのブースターはさらに出力を増し、そして……。

「きゃっ!」

リボンの部分をグラーフアイゼンの先端部分が掠める。
レイジングハートによる障壁が破られてしまった為、バリアジャケットが少し破壊される。
そのまま勢いに負けて、なのはは壁に激突した。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

地面にゆっくりと着地し、なのはを睨む。
その瞳は、すでに元のそれに戻っているが、敵意は相変わらずだった。
ヴィーダはグラーフアイゼンを一度振る。
すると先端部分から煙が噴出し、そこから薬莢みたいなものが数個地面に落ちる。
カランカラン、という音が、なのはの耳にも響いた。

「……」

ゆっくりと、座り込んでいるなのはに近づくヴィーダ。
なのははそれでも抵抗することをやめず、ちかちかと点滅するレイジングハートをヴィーダに向ける。
しかし攻撃することが出来る程、魔力も体力も残されていない。
視界が霞んでくる。
ヴィーダがどこまで近づいてきているのかも、詳しく判別することが出来ない位に。

「(こんなので……終わり?)」

心の中で呟かれるのは、諦め。
身体は抵抗を示しているが、心は若干諦めている。

「(嫌だ……ユーノ君、クロノ君、美琴さん、土御門さん、ステイルさん、インデックスさん、フェイトちゃん、上条さん!!)」

心の中で叫び、なのはは瞳をギュっと閉じる。
襲いかかってくる痛みに耐えるように、身体を強張らせる。
……だがいつまで経ってもそれは襲いかかって来ない。
しかも。

「人の友達に……何やってるのよ!!」
「!?」

ドォン! と言う轟音が何処からか響いてくる。
その音に反応するように、ヴィーダは慌ててその場から離れた。
しかし離れた先で、グラーフアイゼンが何かと激突する。
ギィン! という金属特有の音が響いた。

「……!?」

その音に驚いたなのはは、瞳を開けた。
するとそこにいたのは、黒いマントを揺らしながらヴィーダと対峙する、一人の金髪の少女。
そして。

「すまないにゃー。少しばかり出遅れたみたいだにゃー」
「どうやらピンチになっているのはなのはの方みたいだけど……なんにせよ、彼らと合流出来たのは何よりも好都合みたいだね」
「もう大丈夫だよ、なのは」
「土御門、さん……ステイルさん……インデックスさん……ユーノ君……」

なのはの肩に手を置くユーノを見ながら、なのはは彼らの名前を呼ぶ。
そこにはもちろん白井もいて、彼女一人だけがイマイチこの状況を完璧に把握しきれていなかったが、この場合どちらが悪いのかは理解することが出来た。

「正直言って夢でも見てるみたいで混乱していますけど、貴女が何かしでかしていることだけは、理解出来ますわよ?」

白井は金属矢を手に持ち、相手を警戒する。

「ちっ、仲間か!」

鍔迫り合いをしていたヴィーダが、その場から飛び退き、体勢を整える。

「……友達だ」

金髪の少女―――フェイト・テスタロッサは、ヴィーダの言葉に答えるようにそう告げる。
バルディッシュの先を鎌のような形状に変化させ、相手を威嚇する。

「民間人への魔法攻撃……軽犯罪では済まない罪だ」
「あんだテメェら……管理局の魔導師か?」

ヴィーダなフェイト達に問う。
そしてフェイトは答える。

「時空管理局嘱託魔導師……フェイト・テスタロッサ」

ここに、なのはを守る友達が、現れた。
ただしそこには、たった一人……上条当麻の姿は見当たらなかった。



次回予告
傷つくなのはを助けに来たフェイトと美琴達。
しかしその場に上条当麻の姿はなく、そのまま戦闘に突入する。
だが、次々と現れる守護騎士達に、フェイトやアルフは歯が立たなかった。
そしてその時、上条当麻は……。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『守護騎士(ヴォルケンリッター)』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。




[22190] A's『闇の書事件』編 2『守護騎士(ヴォルケンリッター)』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/04/11 17:53
「抵抗しなければ、弁護の機会が君にもある。同意するなら、武装を解除して」
「誰がするかよ!」

フェイトの言葉に応じず、ヴィーダはそのまま背後に飛び、飛び去って行く。
フェイトはその後を追う為駆け出し、その際に。

「ユーノ達はなのはをお願い」
「うん!」
「了解!」

ユーノと土御門が了承する。
それを聞いたフェイトは、そのまま窓から外に出て、ヴィーダの後を追った。

「なのは、大丈夫?」
「み、美琴さん……」

心配そうな表情を浮かべて、美琴が駆け寄る。
なのははそんな美琴の顔を見て、少し安心していた。

「良かった……美琴さん達、こっちの世界に来れたんですね」
「まぁな。色々あったが、何とかこっちに来れたにゃー。『機械』が原因で時間軸が少しズレてしまったが」

美琴ではなく、土御門が答える。
確かに、現在なのは達の世界では12月。
一方で上条達の世界だと大覇星祭が終わった辺りなので、まだ9月下旬と言ったところだろうか?
つまり、今彼らは夏服のまま。
そこでどのような出来事が起きるのかと言うと。

「……寒いですわね」

白井の言う通り、温度差の影響で寒くなるということだ。

「ところで、この方は?」

ユーノに治癒術をかけてもらいながら、なのはが答える。
思えば白井となのはは初対面なのだ。

「ああ、そういえばなのはは初めてだったわよね。私達の世界の住人である、白井黒子よ」
「白井黒子と申します。よろしくお願いしますわ、なのは」
「は、はい」

力なく返事を返すなのは。
先ほどまで派手に戦闘をしていたのだ、無理もないだろう。
何がともあれ、これにてこの場にいる誰もが初対面ではなくなった。

「ところで、君達はちょうどよいタイミングで現れてきたみたいだけど、一体何しに来るつもりだったんだい?」

ステイルがユーノに尋ねる。
確かに、いくら何でもなのはを助ける為だけにこっちに来た、と言うのは少し都合がよすぎる。
よほどのことがない限り、簡単になのはの状況なんて調べようとは思わないものだ。
ユーノは答えた。

「フェイトの裁判が終わったのを、なのはに知らせようと思ったんです。そしたらなのはと通信が繋がらないし、局の方で調べたら広域結界が出来ていて……」
「それでこうして慌てて駆け付けた、というところだにゃー?」
「……はい」

土御門ノ言葉を聞いて、ユーノは首を縦に頷かせる。
フェイトはあれから、裁判にかけられていた。
とは言っても、クロノの頑張りのおかげもあり、保護観察期間付きの無罪判決がほぼ決定していた裁判だったので、それほど重いものではなかった。

「一体何の話ですの? 私にはちょっと理解出来ません……」
「黒子はこっちの世界に来たのは今日が初めてだったわね。なのはの休息がてら説明してあげるわ」

そして美琴は説明した。
ある日突然変な男性に話しかけられて、そこからこの世界にやってきたこと。
そこでなのはに出会い、ジュエルシードというものを集めているという話を聞いたこと。
ジュエルシードを集めている途中で、フェイトと出会ったこと。
その二人が対決していた時に、クロノに出会ったこと。
そして管理局の存在を知り、ロストロ・ギアの危険性を知ったこと。
フェイトの母親であるプレシアより、フェイトの出生についての残酷な真実が告げられたこと。
プレシアと上条当麻が、落ちたら二度と戻ってこれないと言う虚数空間に落ちてしまったこと。

「ん? ちょっと待ってくださいお姉様。あの猿人類は私達と一緒にこの世界に来ましたわよね?」
「……え?」

白井の言葉を聞いたなのはが、愕然とした表情を浮かべていた。
……そう言えばなのは達の世界にいる人達はみな、プレシアや上条達のその後を知らなかった。
プレシアに関することは美琴達も知らないのだが。

「上条さん……生きてたんですか?」
「そうだよ! とうまったら私があれだけ心配してたのに、ひょっこり帰ってきてたんだよ!」

口では怒っているが、その表情は誰が見ても分かる通り笑顔だった。
嬉しさを隠し切れていないのがよくわかった。
そして、上条が生きていることを知ったなのはは……。

「……上条さん……良かった……」

涙を流し、そのことを喜んでいた。

「……罪な男だね、上条当麻。女の子を泣かせるなんて」
「何悟ってんだお前?」

突然何かを悟ったように呟くステイルに、土御門がツッコミを入れる。
……せっかくいい話で完結しそうだったのに、横槍が入ったおかげで台無しにされた気分だ。



「バルディッシュ!」
「Arc saber」

二人の対決は、空中で展開されていた。
フェイトとバルディッシュがそう言葉を発すると、鎌の刃の部分がブーメランのように飛び、ヴィーダに襲いかかる。

「グラーフアイゼン!」
「Swallow Flier」

対するヴィーダは、指にはさんだ四つの鉄球を宙に投げ、それをハンマー状のグラーフアイゼンで叩く。
互いの攻撃はぶつからず、それぞれの標的に襲いかかる。

「障壁!」
「Tank Barrier」

ヴィーダの言葉に応じるように、グラーフアイゼンは障壁を展開する。
フェイトの攻撃はこの障壁にぶつかると共に霧散する。
対するフェイトは、ヴィーダの攻撃を避け続けていた。
だがそれは誘導弾で、逃げる先に何処までも追いかけて行く。
しばらくの間ヴィーダはその様子を眺めていた、のだが。

「!?」

何かの気配に気付く。
今ヴィーダが相手しているのは目の前にいるフェイト一人のはず。
なのにどうして、二人目の視線を感じることが出来るのだろうか?
答えは簡単だった。

「バリアブレイク!!」

下方より、アルフが拳を突き上げる。
そしてヴィーダの周囲に張られていた障壁を破壊した。
……そう、相手は二人いるのだ。

「このっ!」

すぐさま体勢を立て直したヴィーダは、グラーフアイゼンでアルフを叩き落とそうとする。
咄嗟の判断でアルフは障壁を張るが、それでもヴィーダの攻撃の衝撃は打ち消せず。

「くっ!」

そのまま下に落下してしまう。
しかしそれだけでは安心出来ないのが現実。

「Horse Speed」

グラーフアイゼンからその言葉が発せられたかと思うと、ヴィーダの足は魔力が集まることによって小さな竜巻が起こっているような様子になった。
それは移動速度を速めるものであり、ヴィーダはすぐさまその場から飛び退く。
ヴィーダが元居た位置に、フェイトは鎌を振りおろす。
その刃は空気を切り裂くだけ……つまり外したのだ。

「ふっ!」
「!!」

下方にいたアルフが、ヴィーダの足にバインドをかけようとする。
だがヴィーダはそれを上に飛ぶことで事なきを得る。

「はぁあああああああああああああああああああああああああ!!」

フェイトは再びヴィーダに斬りかかる。
グラーフアイゼンを使って、その攻撃を受け止めた。
ギィン! という鈍い音が響く。

「(くそっ……ぶっ潰すだけなら簡単なんだけど、それじゃあ意味ねーんだ! 魔力を、持って帰らないと!!)」

敵を殲滅すること自体はそれほど難しいことではない。
しかし彼女には目的があった。
その目的を果たす為には、敵の完全撃破ではなく、ある程度余力を残した状態で、尚且つ戦闘不能の状態にもってこなくてはならないのだ。

「(カートリッジ残り2発……やれっか?)」

心の中でそう呟いた後、ヴィーダは速度をあげてフェイトに突撃する。
しかし、その動きは突然止められる。

「なっ!?」

突然ヴィーダの両手両足は、赤いリング状のものによって止められる。
……これはアルフの使用したバインド。
すなわち、ヴィーダはアルフによって拘束されてしまったのだ。

「終わりだね……名前と出身世界、目的を教えてもらうよ」

勝敗は決した。
フェイトがそう告げると、ヴィーダは悔しそうな表情を浮かべる。
……だが、それは敵が一人ならの話だ。

「!? ……なんかヤバいよ、フェイト!」

アルフは何かを察知して、フェイトに向かって叫ぶ。
……だが、その行動に出るにはあまりにも遅すぎた。

「!?」
「せいっ!」

剣を持った女性が、突如フェイトの懐に入り込む。
赤帯びたピンクの髪をポニーテールにしたその女性は、フェイトに斬りかかろうと剣で一閃しようとする。
だがその時、突然ドォン! という轟音が鳴り響く。
同時に、その女性の真横から、雷の槍が接近する。

「ふっ!」

それを飛ぶことで回避。
そして女性の視線の先には、ビルの上から雷を放ったと思われる、美琴が立っていた。

「何だかよく分からないけど……新たなる敵であることは確かみたいね」

美琴がそう呟く。
そんな美琴から視線を離さず、女性はヴィーダの元に歩み寄る。

「シグナム……」

シグナムと呼ばれた女性は、ヴィーダの方を見る。
そんな中、アルフの背後より新たなる人物が現れる。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「っ!?」

突然の雄たけびと攻撃ながら、アルフは最初の一撃を何とか受け止めることが出来た。
しかしジャブを防いだ後の右足から放たれた蹴りまでは防ぎきることが出来ず、勢いに負けて吹き飛ばされてしまう。

「レヴァンティン、カートリッジロード」

剣を空に掲げ、シグナムは告げる。
彼女の足元には、ヴィーダのものと似通った、紫色の魔法陣が展開する。

「Explosion」

レヴァンティンと呼ばれた、剣状のデバイスがそう答える。
すると持ち手の部分と刃の部分のちょうど境目の辺りが、ガシャンと言う音を立てて上下に移動する。
その瞬間に、薬莢みたいなものが一つ落ちて行くのが見えた。

「あれは……!?」

ステイルが叫びかける。
彼女の剣は、魔力によって練成された炎によって纏われていた。

「紫電一閃!」

その攻撃は、フェイトに向かって放たれる。
フェイトはそれをバルディッシュで受け止める……が。

「あっ!!」

それはいとも簡単に真っ二つにされる。
それでも、シグナムの追撃は止まらない。

「はぁっ!」

先ほどと同じく、フェイトの頭上から縦に斬り裂こうとするシグナム。
しかしその攻撃は空を切り裂くだけで終わってしまう。

「え?」

あまりにも早すぎる動きだったのか。
それともシグナムが目標を見誤っただけなのか。
いや、そのどちらでもない。

「……危なかったですわね」
「あ、貴女は……?」

何処か別のビルの上に、フェイトの身柄はあった。
……白井黒子(テレポーター)と共に。
そう、あの土壇場の場面で白井が空間移動をしたことによって、フェイトを何とか救いだしたのだ。

「フェイト!」

そんなフェイトの元に歩み寄ろうとするアルフだったが。

「こんの……邪魔すんな!」

その先に、先ほどアルフに蹴りを入れた男―――ザフィーラがいた。
どうやら彼は足止め役を果たしているみたいだ。

「まずい……助けなきゃ」
「俺達は空を飛ぶことが出来ないから何とも出来ないにゃ~」

ユーノの呟きに答えるように、土御門が答える。
この中で空を自由に飛び回れるのはユーノとなのはの二人だけ。
しかしなのはは魔力を大幅に消費した上に、レイジングハートは核の部分まですでにボロボロだ。
その一方でユーノはその魔力の量にまだまだ余裕がある。
……美琴は、自分の能力の力で磁力を生み出し、それを使ってビルを行き来すれば移動することは可能だが、遥か上空まで行かれてしまえばそれも無駄に終わってしまうだろう。
その分空間移動が出来る白井は即戦力と成り得るが、移動した瞬間がガラ空きになってしまうのに加え、相手に座標計算を邪魔されたらそのまま地面に激突してしまう。
ステイルと土御門、そしてインデックスに至っては、失礼な言い方をしてしまうがこの場合問題外だ。

「妙なる響き、光となれ。癒やしの辺のその内に 鋼の守りを与えたまえ」

ユーノが、指で何かを型どりながらそう詠唱する。
するとなのはの足元に緑色の魔法陣が広がる。

「回復と防御の結界魔法。なのはは絶対ここから出ないでね?」
「うん」
「皆さんも、どうかこの場から動かないでくださいね」

ユーノは全員に向かってそう告げると、答えも聞かないまま空に飛び上がる。

「どうした、ヴィーダ。油断でもしたか?」

そんな中、シグナムがヴィーダにそう問いかける。

「うるせぇよ! こっから逆転するところだったんだ!」
「そうか……それは邪魔したな。すまなかった」

二人のやりとりは、どうやら心が通じ合っているからこそ出来るものらしい。
この場合シグナムが謝るのかどうかは別として、シグナムは左手をヴィーダの前に突き出す。
するとその左手からは魔力の弾みたいなものが出来あがり、次の瞬間にはヴィーダを拘束していたバインドが、ガラスのようにパリン! という音をたてて崩れ去っていた。

「だがあまり無茶はするな。お前が怪我でもしたら、我が主は心配する」
「わぁーってるよ。それに……大切な人がまだ姿を現してくれないことも」
「そうだ」

『主』。
『大切な人』。
それらの言葉がどう交わるのかはここの段階ではまだ何も分からない。

「それから、落し物だ」

シグナムはそう言いながら、ヴィーダの頭に何かを乗せる。
……それはついさっきなのはの攻撃によってヴィーダの頭から落ちてしまった、兎の飾りがついた帽子だ。
よく見ると、ボロボロだったそれは元の綺麗な姿に戻っていた。

「破損は直しておいたぞ」
「……ありがと、シグナム」

ヴィーダはシグナムに目線を合わせず、頭に乗せられた帽子を気にしながらお礼を言う。
どうやら少し恥ずかしいようだ。
シグナムは、眼下に広がる光景を見つめ、そして言った。

「状況は……多少の助力があるとは言え、実質3対3。他の者達はこちらまで攻撃を届けることが出来ないから計算から外していい……そして、1対1なら、我らベルカの騎士に……」
「負けはねぇ!!」

二人はそう言った瞬間に、その場から一気に急降下する。
その際ヴィーダが何やら服の中を探って何かを取り出そうとする、が。

「あれ? 闇の書が……ない?」

目的のものは、彼女の服の中には存在しなかった。



何処かのビルの屋上にて。
一人の女性が、誰かに電話―――いや、指輪を使って会話をしている姿がそこにはあった。

『もしもし?』
「あ、もしもしはやてちゃん? シャマルです」

シャマルと告げた女性は、連絡先の少女に向けて優しげな口調で話す。
その口からは、確かに『はやて』という単語が聞こえてきた。

『どうしたん?』
「すみません……いつものオリーブ油が見つからなくって、ちょっと遠くのスーパーまで行って探して来ますから」
『ああ、別にええんよ。無理せんでも』
「出たついでにみんなを拾って帰りますから」
『そうか?』
「お料理、お手伝い出来ませんで、すみません」

シャマルは、少し申し訳なさそうな声色でそう告げる。
少女はそれに対して。

『あはっ♪平気やって』
「なるべく急いで帰りますから」
『あっ、急がんでええから……きぃつけてや』
「はい、それじゃあ」

そう告げると、シャマルは連絡を切る。
……彼女は少女に、優しい嘘をついていた。
それは少女を戦いに巻き込みたくないという、シャマルなりの優しさからくるものだった。

「なるべく急いで確実にすませます……クラールヴィント、導いてね」
「Year. Pendulum Form」

その手には、闇の書が抱えられていた。
彼女の指にはめられている二個の指輪から宝石が二つ宙に浮く。
その宝石に、シャマルは魔力で練成された紐を結び付ける。
その宝石は、まるで何かを狙っているようにも見えた。



「みんな今日は遅いんか……」

はやては一人、シチューを作りながらそう呟く。
車椅子に座っている為多少の不便はあるが、それでも一人で料理をする分には申し分ないくらいだった。
彼女こそがシグナムやヴィーダ達の主であり、闇の書の持ち主でもある。
……だが本人はそれに関する細かいことは何も知らない。
何故なら、彼女達がはやてに教えなかったからだ。

「……」

一人でいると、はやては思い出す。
あの寂しかった日々のことを。
今までも一人で生きてきたようなものなのに、それでも一度人と触れあうことの温かさを覚えてしまったら、そこから抜け出せないものなのだ。
にもかかわらず、間違いなくはやての一番近くにいただろう少年―――上条当麻は、結局12月になっても現れることはなかった。
もう半年も待ったのに、最後に別れてから一度も彼女の前に姿を現すことはなかった。
ここまで現れなかったということは、それはその人物が会えないような状態に陥っていると考えるのが妥当だ。
その一番最悪な可能性こそ……。

「……駄目や、駄目。あの時誓ったやないか。また必ず会うって! 私が信じないでどうするんや!」

あの日、彼女は誓った。
またいつか、上条が片づけなければならない問題がすべて片付いたら、再び会いに来ると。
信じなければ、それは叶わないのだ。
ならば……。

「とにかく、今はシチューを作らなあかんな」

今は一人じゃない。
一緒にいる『家族』がいる。
図書館で出会った友達もいる。
だから、寂しくはない。
それでも、辛い時はある。
彼女達が全員家から出払って、たった一人で過ごす時には、いつも上条のことを思い出してしまうのだ。
と、その時だった。

「……?」

何やら嫌な予感がした。
あの日、最初に闇の書が起動した時と同じような、そんな不安。
その不安は、的中する。

「!!」

突如何処からか、ドスン! という音が響き渡る。
……この家にはそんな大きな物音をたてるようなものは、ほとんど置いていない。
理由は単純で、はやてが車椅子生活を送っている為に、高い位置にものを置くことはまずないからだ。
けれど今、確かに音がした。
それこそ、まるで何処からともなく人が落ちてきたかのように。

「……いやいや、あらへんって」

現在この家にははやて一人だけ。
つまり、誰かが倒れるなんてこともないはずなのだ。
音の方角からして、恐らくその場所ははやての自室。
……尚更あり得ないことだ。

「まさか……泥棒?」

真っ先にその可能性を疑うのは当然とも言えた。
はやてはその疑問が正しいかどうかを確かめる為に、自室に戻る。
料理はとりあえずそこで一時停止だ。

「……扉は閉まってる」

誰かが扉から出入りした形跡はなし。
例えあったとしても、あんな派手な音が出るはずがない。

「うん、行こか」

意を決して、はやてはその扉を開けた。
中に広がっているのは、特に変わった様子が見当たらない自分の部屋だった。
窓も開いておらず、どうやら外からやってきたわけではなさそうだ。
ともかく、部屋は無事のようだ。
地面に誰かが転がっていなければ、の話だが。
ゴクリとはやては息をのむ。
車椅子を操作して、ゆっくりその人物に近づいて行く。
うつ伏せに倒れているのは、見た目少年だった。
ツンツン頭の、高校生らしき人物。
……正直な話、はやてにとってものすごく見覚えのある顔だった。

「まさか……」

はやては、期待と不安で胸がいっぱいになる。
もしかしたら目の前にいる人物は、自分が待ち焦がれていた人物なのかもしれないという期待と。
もし違っていたらどうしようという不安。
そしてはやては、その人物の顔を覗き込む。

「!!」

そこにいたのは……。



ユーノの助力もあって、何とかフェイト達は勢力を保つことが出来た。
実質3対3なのは変わらないが、それでも設けてもらえた時間は、斬られたバルディッシュの修復をするのに十分な時間だった。
そのバルディッシュを斧の形に変え、現在フェイトはシグナムと交戦中だ。

「くっ!」

鍔迫り合いが続く。
フェイトは体勢を立て直すという意味合いも込めて、後ろに下がる。

「Photon Lancer」

バルディッシュの言葉と共に、雷を帯びた金色の魔力弾が数個、フェイトの周囲に現れる。

「レヴァンティン、私の甲冑を」

だが体勢を立て直したのはフェイトだけではない。

「Tank Spirit」

レヴァンティンがそう告げると、シグナムの周りには紫色の魔力のオーラみたいなのが漂っているのが見える。
それが何を意味するのかは不明だが、少なくとも何かしたことは確かだ。

「撃ち抜け……ファイア!」

フェイトの号令に従い、金色に輝く魔力弾は目標(シグナム)目掛けて飛んでいく。
にもかかわらず、シグナムはその場から動かない。
目を閉じ、弾が自分に着弾するのを待っていた。
そして。
スピュン! という音と共に、フェイトの放った弾はすべてはじかれてしまった。

「え!?」

ただ驚くだけしか出来ないフェイト。
そんなフェイトに、シグナムは剣の刃を向けながら。

「魔導師としては悪くないセンスだ。だが、ベルカの騎士に1対1を挑むには……まだ足りん!」
「!?」

一瞬、フェイトの視界にはシグナムが歪んで動いているように見えた。
左右にぶれ、どこから来るか分からない。
だが、大抵その場合何処から攻撃がやってくるのかフェイトはある程度予測することが出来た。

「はぁっ!」

シグナムは上から現れて、フェイトを叩き斬ろうとする。
そう簡単に攻撃を受け入れる程、フェイトは弱くない。
障壁を張り、その攻撃を防ぎきろうとする。
……だがフェイトの張った障壁は簡単に突破され、結局バルディッシュで攻撃を受け止める結果となる。
その際、バルディッシュのコアの部分に少し亀裂が走ったような気がしたが、そんなことに構っていられる余裕はなかった。

「レヴァンティン、叩き切れ!」
「了解(Roger)」

シグナムの声と共に、レヴァンティンのスライド部分が上下に動き、ガシャンという音を奏でる。
そこから薬莢が一個落ち、魔力が高まっていることを物語っていた。
同時にレヴァンティンの刃の部分が炎を纏い、

「斬る!」

その掛け声と共に、シグナムはフェイトに斬りかかった。
フェイトはそれをバルディッシュで受け止める。
……コアの部分はもうすでに限界に達しようとしていて、このシグナムの一撃によって、まるでガラスが割れたかのように、ヒビが入って割れてしまう。

「っあああ!」

ズゴン!
勢いに負けたフェイトは、そのままビルに叩きつけられる。
瓦礫がアスファルトに落下して、パラパラという細かい音をたてていた。

「フェイト!」

その様子を眺めていた美琴は、思わず叫んでしまう。

「くっ……何も出来ないでただ見てろって言われる方がキツイですわね……」

白井も、悔しそうにそう呟く。
……実際、彼らは今のこの状況を目の当たりにしても何も出来そうになかった。
空中戦が出来そうな美琴や白井でさえも、ここまで上空に行かれてしまっては不可能に近いことである。
それに、空中で自由に動き回れる彼女達と違って、白井や美琴の戦い方では空中で隙が出来てしまう。
さらに言えば、美琴の場合はシグナム達がいる場所位高いビルがなければ戦闘に参加すら出来ないのだ。

「それにしても、どうしてここまで力の差が出るものなのかな……? 単純な魔力量で言えばそんなに変わりないはずなのに……」

インデックスは、彼女達の戦闘を見ながらそう呟く。
確かに、一撃毎の魔力を見比べてみると、両者共にかなりの差があるわけではない。
だが、彼女達が『カートリッジロード』と言う度、何か別の力が働いているかのように魔力量が一気に増幅するのだ。

「あの薬莢みたいなものがネックとなってるみたいだな。恐らくあれがドーピングのような作用をして、魔力を一時的に跳ね上げてるんだ。だからその一撃には大きな魔力が加わる」
「個人の魔力だけじゃあどうしても差がつかない場合がある。だからこその、あのシステムなんだろうよ」

ステイルと土御門が、憶測ながらそう答える。

「しかし……本当に私達に出来ることが何もないなんて……」
「おやおや、お困りのようだな」
「!?」

美琴がそう呟いた所で、何者かが彼女達の背後より声をかけてくる。
その声に反応して、美琴達は全員揃って後ろを振り向いた。

「お前……誰だ?」

土御門が尋ねる。
そこにいたのは、見知らぬ人物だった。
顔にサソリの刺青を入れた、不気味な雰囲気を身に纏う男だった。

「俺か? 俺は『世界の調律師』の一人、ゲル・エディアだ」
「『世界の調律師』? 何でまたそんな大層な組織がこんな場所に?」

『世界の調律師』の一人、ゲル・エディア。
その人物はこれまで美琴達が抱いていた『世界の調律師』に対するイメージを見事に崩壊させるような感じを持っていた。

「派手に荒らし回ってくれてるみたいじゃねえか。まぁ俺にとっちゃあそんなことどうでもいいんだけどさ」
「用がないなら僕達の前から消えてくれないか? 見ての通り僕達は今、君に関わっていられる余裕はないんだ」
「まぁそう釣れないこと言うなよ。ルーンの魔術師さんよぉ」

なれなれしく話すゲルに、ステイルは少しイラッときてしまう。
それ以前に、どうしてステイルを見ただけで『ルーンの魔術師』だと判別することが出来たのだろうか?

「それじゃあ貴方は、何をしにここに来たの?」
「おやおや、素直な子は嫌いじゃないなぁ、魔導書図書館さん?」
「……何処まで知ってるのよ、アンタ」

さすがにここまで来ると、違和感を感じざるを得ない。
先ほどからこの男、普通じゃ知りえない情報をたくさん喋っている。
まるで最初からその知識を持っていたかのように。

「おっと! これは失敬、常盤台の超電磁砲(レールガン)。自分の持ってる知識を少しばかり自慢してしまったようだ。今回はその為に来たわけじゃあない」

いやらしい笑みを浮かべながら、美琴に向かって嫌味を言ってくる。
だがその後で急にゲルは真面目な表情を作り、

「単刀直入に言う……お前達、この世界から立ち去れ」
「え?」
「この世界から……立ち去れ?」

あまりにも言い方が突然過ぎたため、インデックスと美琴は何のことやら一瞬理解が遅れてしまった。
それは彼女二人に限った話ではなく、この場にいる全員にも当てはまる。

「どういうことですの? この世界から立ち去れだなんて」
「『世界の調律師』として言わせてもらう。この世界がこれ以上改悪されたくないのであれば、お前達は即刻立ち去れ。それが俺の今回の目的だ」
「帰れって言われてもな……今僕達の手に『機械』はないし、帰ろうにも帰れないと言うのが現状かな?」

『機械』を使って世界移動をした時、ちょっとしたトラブルがあったおかげで、現在上条が『機械』を持ったまま行方不明となっている状態なのだ。
こうなってしまった以上、彼らは帰ることが出来ない。
もっとも、管理局に頼めば元の世界に帰してくれるのだろうが、今はその時ではない。

「それに、今この状況を見て、それでも貴方は帰れって言うのかしら? どう考えてもこれから何か大きな事件が発生する前の予兆(プロローグ)にしか感じられないんだけど?」

美琴の言う通り、シグナム達の出現はこの世界における事件の予兆にしか過ぎない。
むしろようやっと第一章に突入するような感じだろう。

「確かに彼女達……守護騎士(ヴォルケンリッター)が高町なのはやフェイト・テスタロッサと交戦するのは、事件の発端にしか過ぎない。それ以上に大きな事件が、後々待ち受けていることになっている……けど、悪いけどお前達がいなくても事件は解決すんの。分かったらとっととその『機械』とやらを持ってる少年探してこの世界から立ち去ってくんないかな……こっちも仕事すんの面倒なんだからさぁ」

先ほどまで見せていた真剣な表情は、どうやら本当に作りものの表情だったらしい。
ゲルは一転してだるそうな表情を見せながら、そう言ってきた。

「そうは言っても、俺達はここで退くわけにはいかない。何せアジャスト直々に助けて欲しいって連絡が入ってるからな」
「アジャストだと?」

土御門の口からその単語が出てきた時、一瞬ゲルは目を丸くした。
アジャストの名は、どうやら『世界の調律師』の間では結構有名な名前らしい。

「またもやアイツが関わってくるとは……やれやれ、ジュエルシード事件だけじゃなくて、今回の事件まで奴が関与してくるとなると、よほど面倒なことになりそうな気がするぜ……」

この男、実は結構面倒臭がりなのだ。
性格も結構乱暴で、ガサツな面が多いのだろう。
だから今回の『仕事』も、渋々と言った感じで受け入れたのだ。

「私達がこの世界にいることによって、この世界にどのような影響が及びますの?」
「いや、ただそこにいるだけならどうでもいいんだ。正直大きな事件に関与してくれなければ、世界が大きく動くことはねぇ。ただ……アンタ達はジュエルシード事件編の時に大きく関わりすぎてしまった。その結果、どのような事態が起きてしまったか、アンタ達は知ってるか?」
「え?」

突然吹っ掛けられた質問に、美琴達は答えられなかった。
その様子を見て、ゲルはやれやれと言いたげな表情を浮かべて、首を横に振っていた。

「まずアンタ達は、並行世界(パラレルワールド)の観念を知ってるよな?」
「ええ、知ってるわよ」

全員を代表して美琴が答える。
再会した日、上条からその旨は聞いていたのだ。
自分達の住んでいる世界が、『正史』と呼ばれる世界から分岐した並行世界(パラレルワールド)であること。
そして今自分達が来ている世界も、『リリカルなのは』と区分される世界の『正史』から分岐した並行世界(パラレルワールド)であることも。

「まぁそれ知ってたら、『正史』とか並行世界について詳しく教える必要はねぇわな。じゃあこの世界が新たなる世界の『正史』となっちまったって話も聞いてるわけだな?」
「うん、それもとうまから聞いたんだよ」

なのは達と強く関わり合いを持ち続けた結果、自分達の世界と、『リリカルなのは』の並行世界を結び付けた世界―――『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』という世界の『正史』を創り出した。
それらはやがて分岐し、並行世界をも創出した。

「世界が増える分には問題ねぇんだけどな……ただ、無意味に物語を改竄することだけはなんとかしてくれねぇかな……正直な話、その世界についてのレポート提出すんの面倒なんだわ」
「そんなどうでもいい理由で、俺達がこの世界から立ち去るとでも思ってるのか?」

土御門が威嚇するようにゲルに言う。
しかしゲルは怖気づいたりせず、相変わらず面倒臭そうな表情を変えず、頭をボリボリと掻き毟りながら。

「まぁ分かってるけどさ。けど知らないぞ? お前達がこの事件の歴史を塗り替えちまったせいで、俺達『世界の調律師』の中の過激派の奴らがお前達を消しに来ても」
「何?」
「どういうことなんですの?」

ステイルがそのことに疑問符を打ち、白井が尋ねる。
ゲルはその質問に対して、やはり面倒臭そうに答える。

「こっちの組織もさ、温厚派と過激派に別れてるわけなのよ。温厚派の連中は、世界が増えようがどうでもいい。増えたとしても害を及ぼさない限りは放っておいてもいいだろうって考えの持ち主なんだよ。例えば俺やエルマ、そしてかつてのアジャストのようにな」

温厚派は、武力による世界干渉を好まないらしい。
『世界の調律師』の中でもまともな部類に入る方なのだろう。

「けど過激派の連中は違う。アイツらは新しく創出された世界が害であろうがなかろうが、世界が無意味に増えること自体が気に食わないんだ。よってソイツらは正しき道に戻す為に、世界を壊しにかかる」
「世界を壊しにって……そんなこと、簡単に出来ないんじゃ……」
「いや、世界ってのは案外単純で、簡単に壊すことは出来んだよ。さすがに『世界の調律師』の事情は、禁書目録でも分からないってところかな」

上空では、まだフェイト達が戦っている。
今すぐにでも加勢しに行きたいが、その実ゲルの話も今後重要となってくる話だということも理解出来た。
だから彼女達は、動けなかった。

「知ってるか? 世界を壊すにはな……その世界の重要人物をぶっ殺してしまえばいいわけさ」

ゲルがその言葉を言った瞬間。

「あがっ!」
「!?」

誰もが驚いた。
誰かのうめき声が聞こえてきた。
タイミング的には、あまりにもドンピシャ過ぎて。
それが、尋常じゃない事態の発生だということに気付いて。

「な……なのは?」

美琴が、その少女の名前を呼ぶ。
なのはの胸は、何者かの腕によって貫かれていた。
今、なのははバリアジャケットを満足に身に纏っていない状態で、杖の状態となっているレイジングハートを使って、周囲に張られた結界を破る為にスターライトブレイカーを撃ち放とうとしている所だった。
そんな彼女の胸を、黄緑色の服に包まれた何者かの腕が貫いていたのだ。
もちろん彼女の背後に人がいるわけではない。
その現象の原因は……なのはがいるビルより少し離れた場所にいるシャマルだった。

「アイツ……何を!?」

驚いたような表情を浮かべつつ、土御門はその光景を目撃する。
ゲルは一方で、

「ああ、安心していいからね。あれは別に俺達の内の誰かがやったわけじゃないから、正真正銘、守護騎士(ヴォルケンリッター)がやってることだから。『リリカルなのはA's』の世界って言うのは、あれから始まるのね」
「何を、言って……だって、なのはの胸が、誰かの腕に貫かれて……」
「安心しろ。別にあれは死ぬわけじゃないから。ただ、あれは魔力を奪ってるだけだ」
「魔力を?」

愕然とするインデックスをまるで元気づけるかのように言葉を発するゲル。
その一方で、『魔力を奪う』というフレーズに少し違和感を覚えるステイル。

「細かいことは後でこの世界の連中にでも聞くんだな。俺はこの世界の細かい部分に関して知ってるわけじゃねえんだ。仕事上仕方なく『リリカルなのはA's』の世界に間接的に関わってきてたから、内容は人並以上に知ってるがな。もちろん今後どうなって行くのかも知ってるけど、教えちまうと何かと面白くねぇから、俺は何も言わねぇけどな」

それに、面倒だしとゲルは付け加える。
彼がそう言っている間に、腕は一度彼女の胸から消えて、もう一度別の場所から出現する。
するとその手には、何やら小さな光の玉みたいなものがあった。

「なのはぁあああああああああああああああああああ!」

フェイトは慌ててなのはに近づこうとするが、その行く手をシグナムとヴィーダによって阻まれる。
シャマルは、光の玉を握りながら。

「リンカーコア、捕獲」

シャマルは、指輪をはめている方の手で闇の書を触れる。
そして。

「蒐集開始!」

開かれた闇の書のページが光り出す。
すると、光の玉が紫色に輝き出すのと同時に、闇の書のページが埋まり始めて行く。
埋まっては、次のページに行き、また埋まってはページがめくれ……。
そうして、何ページも文字によって埋め尽くされて行く。

「あっ……ああ……!!」

恐怖のあまり、声すら満足に出ない。
その間にも、なのはのリンカーコアはどんどん小さくなっていく。
そんな中でも、なのはは……。

「スター……ライト……ブレイカー!!」

ドォン!
一気に音が響き渡り、一直線に上空に太い桃色の閃光が放出されて行く。
スターライト・ブレイカーは、周りに散らばったなのはの魔力を集めて撃つ攻撃なので、例え残り魔力が少なかったとしても、十分高威力の光線を放つことが出来る。
その威力は、アルフが何とか壊そうとしても壊れなかった結界を、簡単にぶち抜いてしまう程の威力だった。

「(結界が破られた。離れるぞ!)」
「(心得た)」

念話を通じて、シグナムとザフィーラが会話をする。
そんな中、シャマルの腕はなのはの胸から離れて、通じていた空間も閉じられる。

「(シャマル、ごめん。助かった)」
「(うん……一旦散って、いつもの場所でまた集合!)」

ヴィーダとシャマルの間でそんな念話がかわされて、彼女達はそれぞれバラバラに散って行った。
追跡を逃れる為というのが、一番大きな理由だろう。

「あっ……」

一方、スターライト・ブレイカーを撃ったことによって体力が極限まで尽きてしまったなのはは、その場に倒れてしまった。
よく見ると、ユーノが張っていた魔法陣からすでに外に出ている為、怪我の治りはよくない方向だ。

「なのは!」

慌てて美琴達はなのはに駆け寄る。
その隙に、ゲルは何処かへ立ち去ってしまった。

「ちっ! すぐに救護班に回さないとな……」

土御門は、小さくそう呟いた。
その間に、フェイトとアルフがなのはの元に駆け寄ってくる。
……彼女達は、完全に敗北を期したのだった。
それが、これから起こる事件の前触れにしか過ぎないことを知らないまま。



「ん……」

気がついた時には、上条は何処かの部屋の床の上にうつ伏せの状態で眠っていた。
見た感じ、そこは入ったことがない部屋だった。
周りに置かれているものから把握するに、少なくともこの部屋が女子の物であることがすぐに分かった。

「ここは……どこなんだ?」

起き上がる気も起きず、上条は寝転がったまま呟く。
上条の横に転がっている『機械』は、どうやらまだ正常に機能しているらしい。
ただ、あの時白井が乱入したことによって、座標通りの場所に辿り着いてはいないことは確かだった。
そんな時、突如として扉がギィッと音をたてて開かれる。

「!?」

咄嗟に上条は、『死んだふり』をした。
……いくら暗闇でも、死んだふりをする意味がはたしてどこにあるのだろうか?
この時の上条は、何処までも馬鹿らしかった。

「(この家の主か? だとしたら俺はどうなる? 今の俺は完璧に不法侵入者だよな? 不本意とは言え勝手に部屋に入り込んで、あまつさえ何故かこの場所で寝転がってるんだぞ? 警察とかに突き出されたらどうするんだ? 『異世界からやってきました~テヘッ☆』なんてやったら不幸どころじゃ済まねぇぞ! あ~もう! せっかくだから心の中でも言ってやる! 不幸だぁああああああああ!!)」

心の中で上条が葛藤する間にも、何やら車輪の音が上条に耳に響いてくる。

「(……車輪?)」

そこで、上条は疑問に思った。
ここは家の中だ。
少なくとも自転車や一輪車等で家の中を移動することはないだろう。
それなら第一に考えられるのは、車椅子だ。
そしてここは場所は分からずとも一応なのはの世界であることには間違いない。
ここまで来て、上条はある結論に達する。

「(もしかして、この家って……)」

その答えを確かにする為に、上条は顔を上げる。
上条が顔を上げたのと、誰かが上条の顔を覗き込んできたのはまさしく同じタイミングだった。
すなわち、眼と眼が合うということを指す。
そして上条の目の前には、知っている人物がいた。
車椅子に乗った、一人の少女がいた。

「は……はやてか?」

結論、ここは八神はやての家の、はやての部屋。
そして目の前にいる車椅子の少女は、八神はやて本人。
はやては最初、信じられないと言いたげな表情で上条の顔を見つめていた。
その後目からは涙があふれ出てきて。

「当麻さん……当麻さん……ほんまに、当麻さん?」
「あ、ああ……本物だ。間違いなく俺は上条当麻だ」

安心させる為、上条は優しくそう言う。
するとはやては、とうとう耐えきれなくなったのか。

「当麻さん!!」

車椅子から降りて、上条の身体に抱きついてきた。
……それはとても優しい、奇跡の瞬間だった。



次回予告
無事に上条と再会することが出来たはやて。
そんな上条の前に、戦闘から帰ってきた守護騎士(ヴォルケンリッター)達が帰ってくる。
彼女達は始め、上条に対して敵意を見せていたのだが……。
一方で、リンディ達は闇の書事件の調査の為に動こうとするも、肝心のアースラが使えずに、仕方なく本部を事件発生地周辺に臨時に設けることとなる。
その場所が……。
さらに、学園都市では『世界の調律師』の強硬派が動き出そうとしていた。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『引っ越し?』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] A's『闇の書事件』編 3『引っ越し?』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/04/13 16:11
12月2日、PM08:45
時空管理局本局。

「検査の結果、怪我は大したことないそうです」

エレベーターの中で、エイミィがそう報告する。
その報告を聞いて、美琴は安心したように溜め息をつく。

「ただ、魔導師の魔力の源―――リンカーコアが異様な程小さくなっているんです」
「そう……じゃあやっぱり一連の事件と同じね」
「一連の事件?」

リンディの発言に対して疑問を抱いたのは、土御門だった。
その疑問に対して、リンディは答える。

「一連の事件のことに関しては、なのはさんが起きてから全員に説明するわ。先にリンカーコアについて説明しておこうかしら」
「その……リンカーコアってなんなの?」

インデックスが尋ねる。
そもそもこの世界の人々が何故魔法を使えるのかと言った基本的なことすら、彼女達は知らないのだ。

「リンカーコアって言うのは、大気中の魔力素を吸収して、体内に魔力を取り込む魔法機関のことです。魔法を使う人はみんな、身体の中にこの機関を取りこんでいるんですよ」
「へぇ……具体的にはどういった感じでこのリンカーコアって言うのは身体の中に入り込むんですの?」

白井が尋ねる。
しかしエイミィは少し困ったような表情を浮かべる。

「それが……分からないんです。何せリンカーコアには分からないことが多くて、今でも調査が続いてる位なんです」
「なるほど……」

納得したような、してないような声で美琴が呟く。

「それにしても、管理局も大変だにゃ~。この事件のせいで休暇返上かもしれないんだぜい?」
「そうね……けど仕方ないわね。そういう仕事だもの」

笑顔で、リンディはそう答えた。



「うむ。さすが若いね。もうリンカーコアの回復が始まっている。ただ、しばらく魔法がほとんど使えないから、気を付けるんだよ」
「はい! ありがとうございます!」

医務室にて、なのはの診察をしていた妙齢の医者がなのはにそう告げた。
やはり若いと言うのはそれだけで利点になるらしい。
なのはは医者に対して元気よく返事をする。
すると医務室の扉が開いて、誰かが入ってきた。
なのはは少し顔を横に向け、医者は入ってきた人物が誰なのかすぐに分かった為。

「ああ、ハラオウン執務官、ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょう?」

入ってきたのは、フェイトとクロノの二人だった。
呼ばれたクロノは、真剣な表情を浮かべながらそう返答する。

「こちらへ」

医者はなのはの元から離れて、クロノ達がたった今入ってきたばかりの扉の元まで来て、外へ案内する。
それに従い、クロノは医者の後をついていく。

「実は例の件なのですが……」

すべてが聞こえる前に、その扉は閉ざされる。
その場に残ったのは、上半身を軽く起こしてベッドの上にいるなのはと、扉の前でなのはのことをじっと見つめるフェイトの二人だけとなった。

「……フェイトちゃん」
「……なのは」

少しの間静寂の時間が続いた後、互いの名前を呼ぶ。
すると二人の顔は、少しばかり笑顔になったのだった。
最初になのはが話を切り出す。

「あの……ごめんね? せっかくの再会がこんなので……怪我、大丈夫?」

こんなときでも、高町なのはは優しい少女だった。
自分の方が大きな怪我を負っているにもかかわらず、それでも他人の心配を第一にする。
簡単に真似出来ることではないだろう。

「あ、ううん。こんなの、全然」

フェイトはそう答えながら、包帯をしている左手を背中に隠す。
彼女も、なのはのことを心配させたくないのだ。

「それより、なのはは……」
「私も平気。フェイトちゃん達のおかげだよ。元気元気!」

身体を使って元気アピールをし、なのはは嬉しそうに笑う。
しかしその反面で、フェイトは少し暗い表情を浮かべていた。
……目の前で誰かが傷ついていたのに、結局自分は最後まで助けきることが出来なかった。
あの時と同じ―――上条当麻の一件の時と同じ。

「フェイトちゃん? ……あっ……」
「!? なのは!」

ベッドから降りてフェイトの所まで歩み寄ろうとしたなのはだったが、身体の方はまだ本調子ではなかった為、よろけて倒れそうになる。
慌ててフェイトがそれを受け止める。
おかげでなのはは地面に倒れることなく済んだ。

「にゃはは……ごめんね。まだちょっとフラフラ」
「うん……」
「助けてくれてありがとう、フェイトちゃん。それから……また会えて凄く嬉しいよ」

それはなのはの本心だった。
会えなかった友達と、半年ぶりに再会出来たのだ。
これを嬉しいと思わないで、何を嬉しいと思うのだろうか?

「うん……私も、なのはに会えて嬉しい」

フェイトが、目を一瞬見開いた後にそう答える。
しばらくの間二人は見つめ合って、そして二人は互いの身体を抱き合った。
心から、再会を祝すように。

「……これで当麻も一緒にいてくれたら、完璧だったのになぁ……」
「あっ、フェイトちゃん……上条さんのことなんだけど……」

ボソッと呟いた『当麻』という単語を、なのはは聞き逃さなかった。
だからなのはは、上条について何かを言おうとしたのだが。

「お? なのはも起きたみたいだな?」

その時、医務室に再び来訪者が現れた。
それを見て、なのはとフェイトは抱き合う体勢を解き、フェイトは優しくなのはをベッドの上に座らせた。
入ってきたのは、土御門達だった。

「なのは、もう怪我の方は平気なの?」

心配するような声色で、美琴がなのはに尋ねる。
なのはは先ほどフェイトに見せた動作と同じことをしながら。

「はい。おかげ様で元気です。あの、あの時は助けてくれてありがとうございました」
「大したことしてないわよ。私達だって結局動くこと出来なかったんだから」
「それでも、駆け付けてくれただけでも、私は嬉しいです」

謙遜して―――いや、本当に悔しそうに、呟くように言った美琴に対して、なのはが答える。
助けたいという思いが強く伝わってきただけで、なのはの心は完璧に折れずに済んだのだ。
近くに誰かがいたから、勇気が持てたのだ。
だからインデックス達がその場にいたのは、決して無駄なんかではなかったのだ。

「そう……そう言ってくれると、僕達としても嬉しいね」

ステイルが少し顔を赤くしながら答える。
そんなステイルを見て、白井が一言。

「あらあら。照れてますのね」
「て、照れてなどいない!」

真っ赤になって、ステイルが反論する。
そんなやり取りを聞き流して、土御門はフェイトにあることを伝える。

「そういえばフェイトはまだ知らなかったっけか?」
「え? 何を……?」

フェイトはそれが何のことを指すのかまったく理解できず、そんな反応をする。
当然と言えば当然で、それが当たり前の反応とも言えた。
土御門は、そんなベタな反応が面白くて、笑みを浮かべながら言葉を続ける。

「言いたくはないけど、フェイトがとっても大切に想ってる人のことについてだにゃ~」
「とっても大切に想ってるって……まさか……」
「まぁ誰なのか言わなくてもいいかもしれないけど……」

フェイトの反応を聞いて、美琴がそう言う。
すぐに理解することが出来た。
フェイトにとって『とっても大切に想っている人』は、限られた数しかいない。
なのはやアルフ、アースラ乗組員・美琴達・プレシア、そして……上条当麻。
特になのはやアルフ、上条については特別とも言っていい。
とりわけ上条に対して、フェイトは恋愛感情を抱いていた。
だからあの日、上条が虚数空間に落ちたその日……彼女は絶望したのだ。
ショックのあまり、しばらくの間立ち直れなかったとも聞く。
その後で、上条当麻を信じようと言う決意をすることが出来たのだ。

「とうまはね、この場所にはいないけど、今こっちの世界に来てるんだよ。とうまは生きてたんだよ!」

嬉しそうにインデックスがそう言う。
……その言葉に、フェイトが耐えられるはずもなかった。

「……本当? 本当、なんだよね?」
「ええ、本当よ。アイツ、何食わぬ顔して私達の前に姿を現したのよ。まったく、どれだけ心配かけさせるんだか……」
「……当麻……良かった……」

涙を流し、上条の無事を喜ぶフェイト。
それはフェイトの中で、いかに上条が支えとなっていたのかを物語っている光景でもあった。
それだけ、この世界において上条当麻という人物は重要となっていることも理解することが出来た。
彼女達は今、とても幸せだった。



「……で、なんでこのような状態になっているのでせうか?」

八神家では、ある意味異様な光景が広がっていた。
現在、上条は居間にいた。
守護騎士(ヴォルケンリッター)のメンバーも一緒だ。
単純に考えてみれば、ここははやての家なので全員でこの場にいるのは間違いではないだろう。
守護騎士達から見ればはやては大切な主だし、はやてから見れば守護騎士達は大切な家族だ。
だから家族がこうして一つの部屋に集まることに関しては、何の不思議もないだろう。
……ただ一人を除いて。

「オメェ、何で今更になって戻って来やがった! はやては泣いてたんだぞ! なのにどうしてこれまで一度もはやての前に出てこなかったんだよ!」
「落ち付け、ヴィーダ。怒りたくなる気持ちも分かるが、今は話を聞くべきだ。彼だって悪い人間ではない、きっと何か理由があったはずだ」

居間のど真ん中で正座している上条に怒鳴りつけるヴィーダ。
それを宥めているのは、シグナムだ。

「上条当麻さん……って言いましたっけ?」
「はい、えっと貴女は確か……シャマルさん、でよかったっすか?」
「ええ。それで……話してくれませんか? どうして今まではやてちゃんの前に現れなかったんですか? 貴方は優しい人のはずです。それなのにどうして……?」

ヴィーダを除く守護騎士達は、上条当麻という人間が優しい人間だということに気付いていた。
でなければ、はやての前に現れて、こうして優しげに言葉をかけることはなかったはずだ。
孤独から救ってくれたのだ、そんな人間が優しくないはずがない。
何より、上条の目が、裏がないことを証明していた。
何処までもまっすぐで、自分よりもまず他人のことを最優先するその目を、彼女達はじっと見ていた。
ただ、ヴィーダははやてのことが好きだったから、そのことに気付けなかっただけの話だ。

「……はやてには端折りながらだけど言ったけど、俺はこっちの世界の住人じゃない。別の世界から来た人間だ」
「は?」
「別の……世界?」

さすがに別の世界から来たという言葉を聞いて、ザフィーラとシグナムは動揺した。
……別の世界があることに関しては、彼女達だって知っている。
驚いた点は、こんなにも普通そうな高校生が、別の世界の住人だと言うことについてだ。

「こっちの世界で言う半年前に、俺とはやては出会ったんだ」

上条は話す。
半年前にはやてと会った時の様子と、半年前に自分が巻き込まれた事件の話。
そしてその結末。

「そうか……虚数空間に落ちて、それで連絡をすることも出来なかった、と」
「本当なら事件が終わってこの世界から元の世界に帰る時に、はやてに一回会って行こうと思ってたんだ。けど、それも叶わなかった。落ちた先に待ってたのが何もない白い空間で、そこで『世界の調律師』と名乗る女に出会ったんだ」
「『世界の調律師』? 聞いたことねぇ名前だな」
「それがこれまでの話とどう関係があるんや?

ヴィーダが疑問符を打ち、はやてが尋ねる。
上条はその質問に答える。

「ソイツから、次にこっちの世界に来る時には、半年時間軸がずれると言われた。元の時間軸には戻れず、大分時間が経過した世界にしか行けないってな。それが世界の影響力によるものだって」
「世界の影響力……とても強力なんですね」

感心したようにシャマルが言う。

「詳しくは知らないけど、俺がここに来れなかった理由は以上だ。すべて嘘偽りのない、正真正銘本当の話だ」

誰も、上条に反論出来る人物なんていなかった。
彼は想像していた以上に辛い事件に巻き込まれていて、そして最終的に一番の被害者となっていたのだ。
誰よりも他人の幸せを望む、たった一人の不幸な人間。
それが今、彼女達の目の前にいた。

「もうええ……もうええよ当麻さん。こうして私の前に来てくれただけでも、私は嬉しいんよ……」
「はやて……悪かった。一人にしないなんて言っといて、勝手に目の前からいなくなったりして。ずっと寂しかったよな……本当に、悪い」

守護騎士が来てから、はやてはその寂しさを紛らわすことが出来た。
本当の意味で『家族』が出来たような感覚がして、それはとても幸せな時間で。
しかしその裏では、はやては上条がいないことに対する寂しさも感じていたのだ。

「ううん、何も悪くない。当麻さんは巻き込まれただけやし、何も悪くない……!」
「そうですよ、上条君。貴方は何も悪くない。むしろはやてちゃんのことを想ってくれた、最高の人ですよ」
「……その、悪かったな。さっきは言いすぎた。事情も知らずに……悪い」

シャマルが励まし、ヴィーダが申し訳なさそうな表情を浮かべて謝罪する。
上条は、そんな二人に少し驚いたが。

「あ、ああ。別にいいって。俺も誤解するようなことしちゃったわけだしさ」
「さっ! こんな険悪ムードもここまでにして、お風呂に入っちゃいましょう! ヴィーダちゃんもはやてちゃんと一緒に入っちゃってくださいね」
「はーい」

少し重たくなってきた空気を緩和する為、明るくシャマルがそう言う。
シャマルの気持ちを汲んだヴィーダも、やはり明るくふるまった。
……だがシャマルがその行動に出た理由はもう一つある。

「シグナムはお風呂どうします?」
「私は今夜はいい。明日の朝にするよ(私はザフィーラと一緒に、上条当麻にこちらの事情を説明する。彼は主も信用している人間だ。事情を説明しておこうと思う)」
「そう(ええ、お願いね)」
「お風呂好きが珍しいじゃん(シグナムが説明を、ね……)」
「たまにはそういう日もある(物を含んだような言い方をするな)」

念話でシグナム・シャマル・ヴィーダの三人がそんな会話をする。
もちろん、幻想殺し(イマジンブレイカー)の力を宿している上条には、その会話の内容は聞こえない。

「ほんなら、お先に……当麻さんも後でゆっくり浸かってな?」
「ああ、そうさせてもらうよ」

ただ、念話の内容が聞こえなくとも、上条はそれとなく理解することが出来た。
こっちの事情は説明したのだ。
だとしたら、こちらの世界の魔法について知っている自分に、それに関係する話を持ってくるに違いない。
そして上条自身も聞きたいことがあった。
どうして守護騎士達が、はやての目の前にいきなり現れたりしたのかを。

「それじゃあ行ってきますね~」

はやてを抱き上げたシャマルが、二人にそう告げる。
……ちなみに、ザフィーラは現在青い犬型となって床の上に座っている状態だ。
上条は、三人が風呂場に向かったのを確認すると。

「……それじゃあ聞かせてくれないか。俺がいなくなった後、お前達がはやてに会ってからの経過を」
「ああ、そのつもりで私は残った」

上条はシグナムが座っているソファとは反対側のソファに座り、対面する
その顔は真剣そのもの。
これから彼女から説明を受ける話を、すべて受け止める姿勢だ。

「そもそも私達は、人間ではない。私達は闇の書と呼ばれる魔導書の主を守る守護プログラムだ」
「守護……プログラム?」
「その通りだ。闇の書の主に危険が及ばないように守るのが、私達の役目」
「そして今回の主が、主はやてだったということだ」

いつの間にかザフィーラは人型となっており、これにはさすがの上条も驚いた。

「うわっ! お前、人間になれるのかよ!」
「……この家には女性の比率が多くてな。男は私一人だったから、こうして獣の姿をしていただけだ」

それに加えて、はやてが犬を飼ってみたいという願望を打ち明けたから、というのもあるが。

「……で、そもそもその『闇の書』って言うのは何なんだ?」

上条は、そもそも闇の書というものを知らない。
だから上条はそのことを尋ねた。
シグナムが答える。

「『闇の書』は、666ページある魔導書のことだ。最初はそのページには何も書かれていないが、リンカーコアを吸収することでページが埋まって行く。最後まで埋まったその瞬間、所有者には絶大なる力が手に入ると言うものだ」
「絶大なる力……けど、はやてはそんなものに興味はあったのか?」
「もちろんなかった。だから主はやては、我らに『家族』になって欲しいと言ったのだ」
「家族……」

はやてのたった一つの願い……それは家族だった。
家族のぬくもりを知らなかった少女は、その機会をようやっと得たのだ。
例えそれが闇の書と呼ばれる魔導書の力だとしても、だ。

「闇の書の頁蒐集は行わない……私達はそう誓った。主はやての願いを叶える為に、平凡な日々を歩むことを決意したのだ。だが、そうも言っていられなくなった」
「え?」

シグナムが目をギュっと閉じ、そして告げる。

「主はやての病気は深刻化している。そしてその病気が進行しているのは、闇の書が深く主はやてと結びついているからだ。だから私達は、リンカーコアの蒐集を始めた。そして今日……私達は一人の魔導師からリンカーコアを蒐集した」
「!?」

この世界にいる魔導師の中で、海鳴市に住んでいる人物を、上条は一人しか知らない。
だが、出来ることならその人物であって欲しくなかった。
例え事情が複雑化していて、この方法をとるしかなかったとしても、それでも上条は信じたくなかった。

「そ、それってまさか……白い服を着た、ツインテールの女の子、なんじゃ……」
「……その通りだ、上条当麻」

上条の頭の中が、真っ白になった気がした。



「え? フェイトがリンディさんの家族になるんですか?」

美琴がエイミィに尋ねる。
現在、美琴達はエレベーターで別室に移動中。
その中で、エイミィが時間つぶしにと美琴達と話している中で、その話題が出てきたのだ。
ちなみになのは・フェイトの二人は、クロノに連れられてギル・グレアム提督という、フェイトの保護観察官と面接している。
裁判の結果、保護観察処分を下されたフェイトの、紙面上の監視係と言ってもいいのかもしれない。
……実際のところはどうなのかは不明だが。

「まだ本決まりじゃないんだけど、養子縁組の話をしてるんだって。あの事件でフェイトちゃん……天涯孤独になっちゃったし……」

この世界では、プレシア・テスタロッサは『死んで』いることになっている。
学園都市に入院していることは、こちらの世界の住人はもちろん、学園都市側の人間であるはずの美琴達もまた知らないのだ。
無理もないと言ってしまえばそれまでなのだが、ここまで不自然に誰も知らないとなると、裏で手が回されていると考えたくもなってしまうものだ。

「フェイトも今はプレシアの件があって心が不安定な状態だ。だからもう少し様子を見た方がいいんじゃないのかい?」
「ステイル君の言う通り、艦長もフェイトちゃんの心が安定するのを待ってるの」

フェイトは、まだ心の整理が終わっていない。
だからこの話を無理やり進めてしまうのも何だか可哀そうな気もする。
かといって、このままフェイトを一人きりにするわけにもいかない。
いくら使い魔としてアルフがいるとしても、それでもまだ足りないのだ。
彼女はまだ、『フェイト・テスタロッサ』として家族の愛に触れたことがない。
一度彼女は、家族と言うものの温かさを理解しなければならないだろう。
そうリンディは考えているのかもしれない。

「しかし、そうなるとクロノがフェイトのお兄さんってことになるんだよね?」

インデックスがその点に気付く。
そのことを聞いて、土御門が目を光らせた。

「ついにアイツも妹と言うものを得るのか。しかも義理……その素晴らしさを知ったら、存分に語り合うことが出来るぜい!」
「黙ってろシスコン軍曹が!!」

暴走しかけた土御門の頭を、ステイルが殴る。
ボカッと響いたその音は、聞いていてとても心地がよいものでもあった。

「痛っ! いきなり何すんだロリコン神父!」
「僕はロリコンなんかじゃない! それに痛さで言ったらお前の方が間違いなく大きいだろ!」
「義理の妹は正義! そして可愛いは正義! 俺だってフェイトの兄貴になってあげたいんだにゃ~!!」
「それ単なるアンタの欲望でしょうが!」

危ない発言を聞いて、美琴がツッコミを入れる。
……上条相手でもないのに、土御門に電撃攻撃を浴びせながら。

「お姉様! そんな輩に私だけの電撃を浴びせないでくださいな!」
「アンタはうっさいから黙ってろ!!」
「ていうかここエレベーターだから電撃は止めて!!」
「……アホばっか」

白井の歓喜の叫びと、エイミィの悲痛の叫びが響く管理局本局エレベーター内。
そんな中で、インデックスは一人、呆れたようにぼやくのだった。
上条当麻がいなくとも、この面子はどうやら大騒ぎのご様子で。



「……」

しばらくの間、上条は発言をすることが出来なかった。
なのはが襲われて、リンカーコアを吸収された。
その事実だけは、彼が何をしようとももう動かすことが出来ない真実。
そして、今すぐにでもフェイトやなのはの所へ駆け寄ってあげたいが、彼女達がどこにいるかも分からないというもどかしさ。
別に彼は守護騎士(ヴォルケンリッター)のことを怒る気はさらさらなかった。
事情を知らなければ怒り狂っていたかもしれないが、今は違う。
彼女達だって、最初はそれを望んでいなかったが、主であるはやてに命の危険が迫っていると知っては、そうするしか方法がなかったのだ。

「仕方ないのは分かってる。けど、何で他人まで巻き込んでるんだよ……お前達のことを怒る気はない。命に別条がないのは分かってる。けど俺は、仕方ないからって理由で人を襲って欲しくはないんだ……」

上条は心からそう願っていた。
はやてが信じる、はやてが大切に想う、大事な家族なのだ。
だからそんな人達には、手を汚して欲しくない。
それが彼の心からの願いだった。

「上条……だが私達は、この闇の書を完成させなくてはならない。闇の書を完成させて、主はやての命を救わねばならない」
「だったら、俺の右手で何とかならないのか? 俺がはやてに触れば、その呪いとやらも……」
「不可能だな」
「なっ!?」

ザフィーラが口を挟む。
そのことに驚いたわけではなく、上条の右手ですら闇の書の呪いを打ち消すことは出来ないと言ったことに対して上条は驚いていたのだ。

「その右手、幻想殺し(イマジンブレイカー)とか言ったな? それが異能の力なら、例え神の奇跡ですらも打ち消せるという代物らしい。だが、事実主はやての呪いは消せなかった。それが真実だ」
「そ、それは……まだ俺の右手がはやてに触れてないだけじゃ……」
「変な妄想はよせ。すでにその右手は触れている。それでも、何も打ち消せてなどいない」

ザフィーラの言う通り、上条は何度もはやてに触れている。
にもかかわらず、はやてにかけられた闇の書の呪いは打ち消せてなどいなかった。
もしそれが打ち消せるものなのだとしたら、最初に触れた時点で消せているはず。
思えば一番最初にはやてに触れた時は、図書館で握手をした時ではなかったのか?

「正確にいえば、打ち消してはいるけどその度に再生している、ということだ。闇の書本体がある限り、主はやてにかけられた呪いは永遠に消えることはない」
「そ、それじゃあ何か? 闇の書に俺の右手が触れれば、はやての呪いも……!?」

そこで、上条は気付く。
確かに、闇の書さえなくしてしまえば、はやてにかけられた呪いはあっという間に消せてしまうだろう。
けど、守護騎士達はどうなる?
守護騎士達は、闇の書の持ち主を守るための守護プログラム―――言わば、闇の書の一部だ。
本体がなくなってしまえば、彼女達だって目の前から消えてしまう。
そんなことをすれば、悲しむのははやて一人。

「……駄目だ、俺には出来ない。はやてを救いたいのに、一番の最善策がはやてを悲しませることだなんて……!!」
「……分かったな、上条当麻。それが、現実だ」

つまり、闇の書を完成させる以外に道がないということだ。
放っておくわけにもいかない。
だけど魔導師を襲わせたくはない。

「リンカーコアって言うのは、人間にしか宿らないのか?」
「管理世界に行けば、リンカーコアを持った他の生物達もいる。ソイツらから取るという方法もなくはない」

リンカーコアを保有しているのは何も人間だけではない。
その事実をシグナムから聞いた上条は。

「なら、ソイツらから蒐集しよう! それならお前らだって人を襲わなくて済むはずだ!」
「だが、量は明らかに少ない。それだけは確かだ」
「けど人を襲うよりは何十倍もマシだ! それに、集まらないわけじゃないんだ。焦って管理局の連中に目をつけられちまうよりよっぽどマシなはずだ! 犯罪者扱いされたくねぇんだよ、俺は……誰かの為に自分が犠牲になってる奴ってのを、俺は見てるから……」

被るのだ。
プレシア・テスタロッサの件のフェイトと被るのだ。
彼女も罪だと分かっていながら、母親の願いを叶える為に努力した。
守護騎士達だって同じだ。
彼女達もまた、守りたい人がいて、その人の為に手を汚している。

「……俺は幻想殺し(イマジンブレイカー)のせいで転移魔法は使えない。けど、『機械』を持ってるから、座標さえ打ち込めばお前達が向かう世界と同じ場所に行ける。だから俺にも協力させてくれ。闇の書を完成させる為にも、俺はお前達と強力したい」
「上条当麻……」
「上条でいい。フルネームで呼ぶのも疲れるだろうし」

シグナムにそう言い放つ上条。
そんな上条の態度を見て、シグナムはフッと笑った後。

「分かった。私達からもお願いしようと思っていた所だ。主はやてがもっとも信頼する人物……その者の協力があれば、百人力だ」
「むしろ私達からもお願いしようとしていた所だ」

シグナム・ザフィーラの順番で上条に言う。
彼女達も、上条には闇の書の完成に協力してもらえたらと考えていた。
自分達の主人であるはやてが大切に想う人物。
その人物には異能の力なら例外なく破壊できる力が備わっており、それはリンカーコアを蒐集する上で大きな武器となり得るものだ。
ただの武器としてではなく、信頼できる人物として上条を仲間に引き入れたかったのだ。

「けど、その代わり一つだけ約束してくれ。もう人からは、リンカーコアを蒐集しないって」
「……分かった、約束しよう。シャマルとヴィーダの二人にも、後で私から言っておく」
「感謝するよ、シグナム」

そう言いあった後で、上条とシグナムは互いの右手をがっちりつかみ、握手を交わす。
その上から、ザフィーラも手を乗せた。
……ここに、協力関係が成立した。

「けど、そうなると俺って何処に住めばいいんだろうか……」
「そう言えば、『機械』を使って自宅に帰れるのではないのか? 上条当麻」
「上条でいいよ、シグナム」

フルネームで呼ばれると、咄嗟に赤い髪の、身長2メートルのバーコード神父(注:ステイルのこと。とある少女を溺愛する者だけを指す)の姿が思い浮かんでしまうので、上条はシグナムにそう言った。
そしてシグナムの言う通り、『機械』さえあれば元の世界に帰ったり、こっちの世界に来たりすることは簡単なはず。
しかし上条は、右手で頭をボリボリと掻きながら、困ったような表情を浮かべてこう言った。

「それが……こっちの世界に来る時にちょっとしたトラブルに巻き込まれてな……本当なら他の奴らと一緒に別の場所に転移する予定が、俺一人だけ『機械』と一緒にここに来ちまったみたいだから……不具合が生じたみたいで、俺の世界の座標を入れても、上手く作動しないんだよ……」

前みたいなご都合主義的展開だが。
上条が『機械』に元の世界の座標を打ち込んでも、『ERROR』という文字が出てしまい、歪みが生じないのだ。
理由は不明だが、少なくとも元の世界にはしばらく帰れそうにないことは確かだった。

「そうか……」
「これから俺、ホームレス生活しなければならないのか……闇の書を完成させる為に協力するって言ったのに、その被害者であるアイツの家に泊めてもらうわけにはいかないし……路上生活をする必要があるか? ……不幸だ」

膝を落とし、手を床につけ、明らかに絶望状態になっている上条。
さすがにシグナムも彼のその態度が不憫に思えたのか。

「だ、大丈夫だ。きっと主はやてならこの家に泊めてくれるはずだ」
「いやいや、さすがにそこまでしてもらうわけには……」
「え? 当麻さん家出て行くん?」

その時、ちょうど風呂から上がったはやて達が、上条達の前に現れた。
それを受けて、ザフィーラはすぐに獣状態に戻る(注:つまりはしばらく出番なし)。

「あ、ああ。さすがにこの家に泊めてもらうわけにもいかないからな。結構な大所帯だし、俺がいても雰囲気ぶち壊しちまうだけだろうからさ」
「そ、そないな悲しいこと言わんといて……私、また当麻さんがいなくなってしまうような気がして、怖いんや……」
「あ……」

泣きそうになるはやてを見て、上条はしまったと思った。
上条としては、はやてのことを想って言った発言だった。
しかしはやてはそれ以上に、今は上条にはそばにいて欲しいと思っていたのだ。
余計なおせっかい―――いや、明らかなる失言だった。

「わ、悪いはやて。そんなつもりで言ったわけじゃ……」
「テメェ! 二度もはやてを泣かせるつもりか!」
「お、落ち付けってヴィーダ! 俺はだから、こんな女の子ばかりの家に男がいることが間違ってるって言いたかっただけで……」
「ザフィーラだって男じゃねえか!」
「う、うぐっ……」

反論する所がない。
はやてはここにいたいと言っている。
上条は女の子だらけの場所に男が混じることに対して気まずいと思っている。
その反面、男であるザフィーラはこうしてはやての家で暮らしている。
……さて、ここでどの選択肢を選ぶのが正しいだろうか?
上条に与えられた選択肢は三つ。
一つ目、事情をすべて隠した上で、何を聞かれるかも分からない状態で、なのはの家に泊まる。
二つ目、風呂もなく食事もない路上で、一人寂しくホームレス生活を送る。
三つ目、このままはやての好意に甘えてこの家で暮らすか。
まず一つ目は難しい所だろう。
闇の書の完成に協力すると言ったのに、恐らくはそれを阻止してくる側の人間であるなのはの家で寝泊まりするというのはあまりにもリスクが高すぎる。
二つ目に関しては、一つ目よりは難易度が低そうに見える。
しかし実際にはそれの方が一番難易度が高かったりする。
何故なら、今現在この世界における季節は冬。
下手すれば雪でも降って来そうな程寒いのだ。
昼間でも対して暖かくないのに、夜にそんな寒い場所で寝泊まりしていたら、闇の書を完成させる前に寒さでどうなってしまうか分からない。
だとすると、残された選択肢はただ一つ。

「……ここに、いさせてください」
「最初からそのつもりでしたから、大丈夫ですよ♪」

メンバーを代表して、シャマルが言う。
この時上条は思った。

「(ああ……負けた)」

と。



「さて、私たちアースラスタッフは今回、ロストロギア『闇の書』を捜索、及び魔導師襲撃事件の捜査を担当することになりました」

本局内の休憩所にて。
本来ならアースラ乗組員として乗船しているメンバー達が、リンディの号令に従いそこに集結していた。
そこには、なのは・フェイト・美琴・インデックス・ステイル・土御門・白井の姿もあった。

「ただ肝心なアースラがしばらく使えない都合上……事件発生時の近隣に臨時作戦本部を置くことなります」

リンディが言うには、アースラはしばらくの間使えないのだそうだ。
そして今回の事件の中心部となる場所が、なのはがいる世界。
その場所は本局からかなり離れていて、中継ポートを使わなければ転送出来ないのだそうだ。
事件発生する度に一々そんなことをしていては、面倒なことこの上ないし、時間がかかってしまう。
そこでリンディが出した提案とは、なのは達のいる世界に直接臨時作戦本部を立ててしまうということだった。

「分轄は……観測スタッフのアレックスとランディ」
「「はい!」」

名前を呼ばれたスタッフが、返事を返す。
この調子でそれぞれの分担が決められていく。

「ギャレットをリーダーとした捜査スタッフ一同。司令部は私とクロノ執務官・エイミィ執務官補佐・フェイトさん・御坂さん・インデックスさん・土御門さん・ステイルさん・白井さん……以上3組に別れて担当します」
「はい!」

フェイトが返事を返す。
美琴達は、リンディの言葉に真剣に耳を傾けていた。
そんなリンディは、少し勿体ぶるように間を開けながら、こう言った。

「ちなみに司令部は……なのはさんの保護を兼ねて……なのはさんのお家のすぐ近所となります♪」
「え?」

一瞬、なのはは驚いたように目を見開く。
そしてしばらくしてその言葉の意味が理解出来たなのは。
なのはとフェイトは目を合わせ、その後で。

「うわぁあ~♪」

なのはは大きな喜びを見せたのだった。



学園都市第七学区某所。

「ンで、俺は一体何をしたらいいわけ? ただ黙ってこンな場所をいつまでも歩いてろってわけじゃねェだろ?」

路地裏を歩きながら、一方通行(アクセラレータ)は尋ねる。
その一方で、一方通行の前を歩いていた男は、突如立ち止まり、振り向いてくる。
そして何をするかと思えば。

「……済まなかった」
「は?」

これには、一方通行も驚いた。
男は何をしたかと思えば、いきなり頭を下げて謝ってきたのだ。

「急を要するとは言え、あんな手荒な真似をして、本当に済まなかった。だが、上条当麻(イマジンブレイカー)がこの世界にいない今、頼れるのはお前以外いなかったのだ……」
「……話を聞かせてもらおうか。それ以前にテメェの名前を教えろ。いい加減どう呼んでやったらいいかわかンなくなってるところだからよォ」

真剣な表情で一方通行は尋ねる。
男は下げていた頭を上げて、それからこう言った。

「我の名前はゼフィア・アルデリート。『世界の調律師』温厚派の一人だ」
「『世界の調律師』? 『温厚派』? 何だそりゃ。何処のゲームの話だ?」

聞いたこともない単語が出てきたことで、一方通行は少し困惑する。
男―――ゼフィアはそれも想像の内だったらしく。

「『世界の調律師』とは、無数に存在する世界を、不確定因子から守る組織のことだ。例えば無駄に世界改変を企む奴がいたとする。ソイツらを排除するのが、我々の役目だ」
「……で、そんな連中が俺に何をお願いするってンだ?」

協力する前に、まずその事情を知る必要がある。
何事も、等価交換という奴だ。
そしてゼフィアは語る。

「色々説明しながら話そう。まずこの世界は―――本来ならば『とある魔術の禁書目録』とカテゴリーされていた並行世界の一つでしかなかった。しかし、数日前にとある事件が発生してしまったことから、『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』という、一つの『正史』となってしまったのだ」
「『正史』?」
「並行世界の基本となる世界―――言わば基礎となる物語進行をする世界ということだ。その世界の物語があるからこそ、選択肢が無数に生まれ、世界が分岐する。それが並行世界の原理だ。ただ、この世界とは違う、『リリカルなのは』とカテゴリーされる並行世界との関わりが強くなりすぎたおかげで、その世界もろとも、『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』という、統合された『正史』になってしまったのだ。それを良しとしない連中が……過激派と呼ばれる集団だ」
「過激派、ねェ……」
「奴らの目的は、この世界を『壊す』こと。その手段はただ一つ―――その世界における重要人物達を、例外なく殺すこと。つまり、お前や、打ち止め(ラストオーダー)もターゲットだということだ」
「!?」

打ち止め(ラストオーダー)という単語が出てきた時点で、一方通行の顔色は変わった。
構わず、ゼフィアは続ける。

「隣の世界には同じ温厚派のゲルが向かっている。あっちの世界の過激派の連中はまだ動きを見せていないが、こっちの世界に来ている過激派の連中は、徐々に動きを見せ始めている―――つい最近、首から十字架のペンダントをぶら下げていた女子高生が一人、事件に巻き込まれた。幸い命に別条はないらしいが、それは間違いなく連中が動きを見せ始めている証拠。だから一方通行には、その過激派の連中を見つけて、始末して欲しい」
「なるほど……世界を壊そうと企んでいる悪役達を、俺が正義の味方役として成敗しろってわけね……なンて愉快極まりない設定だよそりゃ」

悪態をつきながらも、頭の中では別のことを考えていた。
このまま放っておいたら、いずれ彼女の元にも奴らは現れるかもしれない。
それだけはやめたい。
彼は決意していたのだ。
彼女の前では、最強を語ると。

「……上等じゃねェか。協力してやるよ、テメェのやりたいことによォ」
「……協力、感謝する」

ゼフィアはただ、一方通行にそう礼の言葉を告げた。
……過激派による『世界崩壊』の危機は、徐々に迫り始めていた。



次回予告
しばらくの間はやての家に身を寄せることとなった上条。
守護騎士達と共にリンカーコアを回収する為、彼も動き出す。
なのはの世界に来たフェイトは、なのはの学校へ転入することになる。
そして学校の帰り道、単独行動をしていたある人物と―――。
学園都市では、暗躍する影との戦いが静かに始まろうとしていた。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『再会』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] A's『闇の書事件』編 4『再会』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/05/02 06:20
「か、管理局の財政力恐るべしってところね……」

とあるマンションの一室のベランダから外を眺めていた美琴は、思わずそう呟いてしまった。
そこから見えるのは、住宅街の中にあるなのはの家。
マンション自体も結構金のかかった作りであり、それは管理局がそれだけ財政力を持っていることを物語っていた。

「うわぁ~! 凄い! 凄い近所だ!」
「本当?」
「うん! ほら、あそこが私の家だよ」

美琴の横には、はしゃいでいるなのはとフェイトの姿もあった。
フェイトがすぐ近くに住んでいることが相当嬉しいらしく、なのはは輝かんばかりの笑顔だった。
その一方で、エイミィは部屋の中で色々チェックしたりと、作業をこなしていた。
同じ部屋で、ステイル達は興味深そうに中を散策している。
インデックスは、目の前にいる子犬とフェレットを見て。

「へぇ~二人ともこっちではその姿なんだね」

子犬の方はアルフで、フェレットの方はユーノだ。
フェレット形態のユーノはともかく、アルフの子犬姿は初めてのものだ。

「新形態! 子犬フォーム!」

ビシッ! という効果音が似合いそうな感じで、ノリよくアルフはポーズを決める。
ユーノはフェレット形態で器用に頭を掻きながら。

「なのはやフェイトの友達の前では、こっちの姿でないと……」

ユーノの言い分は確かに正しい。
いきなり金髪美少年姿ですずかやアリサの前に登場しても、ただ相手を驚かせるだけだ。
特にフェレットの姿で会ったことがあるすずかやアリサは尚更のことだろう。

「君らも大変なんだね~」
「いや、ソイツは違うぜい、エイミィさんよぅ」
「へ?」

突然何やら変なことを言い出す土御門。
そんな土御門の言動を聞いて。

「どうした? とうとう頭がおかしくなったのかい?」

心底馬鹿にするような感じでステイルは言う。
土御門はそんな言葉に動じることなく。

「いやいや、そんなことはないにゃー。俺はいつでも至って平常だぜい?」
「シスコンがそんなこと言いますか……」
「百合には言われたくないにゃー」
「なっ!? お姉様と私との愛を、そんな一言で片づけないでくださいまし!」
「怒る所そこじゃないでしょ」

呆れた感じでツッコミを入れるエイミィ。
構わず土御門は続ける。

「アルフはともかく、何故ユーノがフェレット形態をとってるかと言うとだな……それはラッキースケベを狙ってるからにゃー」
「なっ!? ち、違いますよ!!」

心の底から否定するユーノ。
そんなやりとりがあったなんて気付くことなく、美琴・なのは・フェイトの三人がベランダから部屋の中に入ってきた。

「アルフ、ちっちゃい! どうしたの?」
「ユーノ君、フェレットモード久しぶり~♪」

そう言いながら二人はそれぞれアルフとユーノに駆け寄り、抱き寄せる。
その様子を見ていたインデックスが一言。

「……やっぱりユーノは変態なんだよ」
「何でですか!!」

そんなどうでもいいやりとりも、彼らにとって本当に久しぶりなものだった。
ステイル達にとってみれば数日前の出来事でも、なのは達からしてみたら約半年経過した後での、こんな会話なのだ。
しつこいようだが、やはりこの中に上条は必要なのかもしれない。
節々で、なのはとフェイトの顔が暗くなるのを、土御門は見逃さなかった。

「今頃何処にいるんだろうな、カミやん……」

天井を見上げて、土御門は呟いた。



で、別世界ではこんなやりとりが繰り広げられていた。

「な、何故に私達はこのような何もない世界に来ているのでせうか?」
「何、ちょっとした余興だ。今日もリンカーコアの蒐集に行くのだ。その鍛錬だと思って、ちょっと付き合え、上条」

木々が立ち並ぶとある世界にて、上条とシグナムの二人が対峙している絵がそこにあった。
何故こうなったかという説明をすると、たった一行で済む。
『シグナムが上条の力を知りたかったから』だ。

「待て待て待て待て! 俺は右手以外は生身の人間なんだぞ! 非殺傷設定とか何だか知らないけど、そんな便利機能すら俺の右手は打ち消してしまうんだぞ!」
「大丈夫だ! みねで挑む」
「その武器にみねなんてないんですけど!?」

その言葉を開始の合図とみなし、シグナムは上条目掛けて突っ込んでくる。
そして上から、一閃。

「おわっ!」

上条はそれを後ろに下がることによって避ける。
だが後ろに避けるのはこの場合得策とは言えない。
若干不意打ちだったのもあり、いつもよりもあまり状況判断がうまく出来ていない様子だった。
だが、避けることに成功したという点では上条も評価出来る所があるだろう。
何せ相手は達人級の腕前をもつ剣士だ。
そんな剣士の攻撃を、初撃だけでも避けることが出来たのだから。

「はぁっ!」

そのままシグナムは、腹部目掛けて突きを入れる。
しゃがんで上条はそれを避ける。

「なっ!?」

しかし突きはフェイク。
本命の攻撃は、そのまま剣を上条の頭上から振り下ろすことにあった。
地面を転がることで上条はその攻撃をも回避する。

「ほぅ……今の攻撃をかわすとは。なかなかやるじゃないか」
「まぁ、こちとら伊達に修羅場乗り越えてきてねぇからな……」

上条はかつて何度も命の危機にさらされたことがある。
しかし剣だけで挑まれたことは、これで二度目だろうか?
今までの相手は己の能力を頼って攻撃してくるパターンが多かった。
だから右手を活用して、相手を攻めることが出来たのだ。
ところが今回は、神裂の時と同じく、純粋な剣の腕での勝負。
つまり、最初から上条に勝機なんてないも同然だった。
それでも上条は余裕そうな表情を浮かべる。
内心では、シグナムに対してかなりビビっていながら。

「(くそっ、避けるだけで精いっぱいだっつの。これで一発入れろったって無理な相談だろ?)」

そんな上条の心中などいざ知らず、シグナムは一度動きを止めて、上条に言った。

「ルールを再確認しよう。上条が空中戦をすることが出来ないから、私は空を飛ばない。そして武器の差もあるから、この剣のみを私は使用する。そして両者共に戦闘不能に陥るような一撃を入れることが出来たら勝利だ……もちろん寸止めだが」
「い、いや。さっきの攻撃、明らかに寸止めじゃなかったよな! 明らかに俺を本気で殺しに来てたよな!!」
「本気で挑まないでどうする。それじゃあ鍛錬の意味がないだろう!」
「コイツただの戦闘狂(バトルマニア)だ!!」

上条は叫ぶ。
……シグナムの表情を見ると、何処か楽しそうにも見える。
どうやらこの戦いを本気で戦っているらしく、それが何よりも楽しいようだ。
上条は命を取られまいと必死になっているが。

「それじゃあ……参る!」

ドン!
シグナムが地面を蹴る音が辺りに響き渡る。
上条は身体を強張らせた。

「ふっ!」

速度は明らかにシグナムの方が上。
それ以上に、上条の反射神経は高かった。
横薙ぎのシグナムの一撃を、上条は前へ突っ込む。

「む?」

わざわざ相手の攻撃範囲内に入るなど馬鹿げている。
だが上条のこの一手こそ、まさしく最善策だった。
何故なら上条の武器は拳ひとつなのだ。
つまり、射程距離内に入るには自分から突っ込むしかない。
そして今、シグナムは剣を横薙ぎにした後だから、多少なりとも隙が出来ている。
いくら達人と言えども、こればかりは避けようのない事実。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「!!」

だがシグナムの動きの方が速かった。
上条の拳がシグナムに届くよりも速く、シグナムは剣を鞘に戻し、バックステップをとったのだ。
瞬時に判断できるこの思考こそ、シグナムは強いのだ。

「危なかった……もう少しで私は敗北を期すところだった」
「くそっ……やっぱりそう簡単には当たってくれないか」
「当然だ。決着が早くつくのは本望ではないだろ?」
「いやいや、上条さん的には大変本望なのですが」
「何、そんなつまらないことを言うな。もう少し私を楽しませろ」
「もうアンタキャラ違ってね!?」

上条がツッコミを入れた所で、シグナムは再び動き出す。
剣を鞘から抜き、そして上条に斬りかかる。
今度は右上から左下への一閃。
上条は身体を捻ることでその攻撃を避ける。
ブゥン! と空を斬る音が上条の耳に届く。
シグナムはそのまま左から右へ剣を薙ぎ払った。

「ちぃっ!」

上条はシグナムの横をでんぐり返しの要領で転がる。
そして背後に回ると、そこから背中目掛けて思い切り右手拳を振りかぶる。

「甘い!」

だがシグナムは、あろうことかそのまま一回転して上条に斬りかかった。

「うげっ!」

妙な奇声を上げながら、上条は地面を転がる。
……しかし、それが上条の限界だった。
チャキッ、という音が聞こえてくる。
上条の目前には、先が光る剣があった。
つまり、上条に剣が突きつけられているのだ。

「……負け、か」

倒れている上条に、シグナムは剣の先を突きつけていた。
要するに、上条の敗北。
シグナムはその言葉を聞いた後で、剣を鞘に戻す。

「ふむ。なかなかの腕前じゃないか。初見であれだけかわされたのは初めてだ」
「褒めてくれてありがとよ……けどその前に、起こしてくれないか?」

未だに倒れたままの上条は、シグナムにそう要求する。
シグナムは笑顔でそれを承諾し、右手を上条の前に差しだした。
上条はその右手を掴む。
だが、立ち上がろうとした時にバランスを崩してしまい。

「「あっ」」

二人の声が重なる。
同時に、ドスンという音を立てながら、上条の背中が地面にぶつかった。
その時、急に視界が暗くなる。

「あ、あれ? 視界が急に暗く……」

慌てて上条は手で何かを探る。
ムニュッ。

「……………………へ?」

感じられたのは、柔らかい感触。
何やら触れたことのある、そんな感触だった。
よくよく考えてみれば、顔の辺りも何だか気持ちがいい。
二つの柔らかい何かが、上条の顔に当たっている。

「……上条」
「え? 何? どうしてシグナムさんはそんなに恐ろしい声を発しているのでせう?」

理解に困っている上条は、シグナムにそう尋ねている。
現在上条が陥っている状況を詳しく説明すると、シグナムの胸の中に上条の顔が埋まっていて、その手はシグナムの胸をこれでもかと言うほど揉んでいるという光景だ。
正直に言うと、ラッキースケベという奴だろうか。

「……成敗!」
「んぎゃああああああああああああ! 不幸だぁああああああああああああああああああああああ!!」

ゴツン! という鈍い音が鳴り響く。
上条の叫び声が、その世界に響き渡ったと言う。



「ユーノ君、久しぶりだね~」
「キュッ!」

場所を移し、今はなのはの家の喫茶店、つまり喫茶翠屋にいる。
あの後フェイトのマンションにアリサとすずかの二人もやってきて、初めて会ったフェイトと仲良く話をしていた。
ちなみに、土御門達がいるのに上条だけがいないことに関して、アリサは激怒し、すずかは心の底から心配していた。
彼がこの世界において行方不明となってしまっていることは、なのはの口からすでにアリサとすずかにも伝わっている。
だから二人とも早く上条に会いたいと思う気持ちは変わらなかった。

「しっかし、半年経っただけでも結構変わるもんだなぁ。結構可愛くなってるぜい」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
「と、当然じゃない!」

土御門に褒められて、素直に答えるすずかと、照れ隠しに強気の発言をするアリサ。
どうして同じ小学三年生なのに、ここまで反応が違うものなのだろうか。
ただ、欲を言うなれば……やはり上条に褒めて欲しかった所ではあるだろう。
と、その時だった。
金髪の青年がフェイトの前に現れて、包装が施されている箱を渡してきた。

「え? これって……」
「後でリンディさんに聞いてみな。きっとみんなも驚くから」
「……?」

それだけを告げると、青年はその場から立ち去って行く。
不思議に思うフェイト達だったが。

「とりあえず、開けてみましょ」
「そうだね……」

美琴の提案に従って、フェイトは包装を解き、蓋を開ける。
すると、そこには一着の服が入っていた。

「これは、なのはの学校の制服か?」
「あら、かわいらしい制服ですのね」
「ふぇ? でも、なんで制服が?」

真っ先に気付いたのはステイルだった。
白井は普通にその服の感想を述べ、なのははそのことに疑問を抱いていた。

「リンディさんに聞いてみようよ! それが一番手っ取り早いかも!」
「インデックスさんの言う通りよ。行きましょ」

インデックスの言葉を聞いて、アリサがそう答える。
フェイトを先頭にして、とりあえずフェイト達は喫茶店の中に入ることにする。
チリン、という鐘の音がなのは達の耳にも届いた。

「リンディていと……あ、リンディさん」

『提督』と続けようとして、フェイトは慌てて訂正する。
ここは管理局でも何でもない、ただの喫茶店だ。
そんなところまで仕事を引きずるのはよくないし、何よりも管理局―――魔法のことをなのはの家族やアリサ・すずかに教えるわけにはいかない。

「はい? な~に?」

なのはの両親―――桃子と士郎と話していたリンディが、笑顔でフェイトの方を向く。
フェイトは先ほど青年にもらった箱を見せながら、

「あの、これ……これって……」
「ああ♪転入手続きはとっといたから。週明けからなのはさんのクラスメートね♪」

嬉しそうに、リンディはそう告げる。
すると桃子と士郎が。

「まぁ、素敵♪」
「聖祥小学校ですか……あそこはいい学校ですよ。な! なのは」
「うん!」

士郎の言葉を受けて、なのはが元気よく答える。
桃子がフェイトのそばまでやってきて。

「よかったわね、フェイトちゃん」
「……うん」

箱を抱きしめて、顔を少し赤くしながらフェイトは照れたようにそう返答する。
これで、フェイトもなのはと同じ学校に通えることになった。
それはとても嬉しいことであったが、今後さらに二人にとって嬉しいことが訪れるなんて、この時知るはずもなかった。



「……当初の目的は達成出来ませんでしたが、これでよかったのでしょうか?」

建物の影から翠屋を見守りながら、アジャストは一人そう呟いた。
彼が見たと言う光景は、フェイトがシグナムによってボロボロにされるという場面までであった。
戦闘によって傷ついて行くフェイトを見て、彼はそれ以上その世界にいることが出来なかったのだ。
しかしその運命を変える為に向かった美琴達は、結局それを変えることは出来なかった。
今となっては、そんな些細なことなどどうでもよかった。
もっと大きな苦しみをフェイトが味わうこととなると知ったアジャストは、しかしそれでも行動に移せずにいた。

「彼女達にも事情があるんです。一人の少女を助ける為に仕方なくやっていること……それは分かっています。しかし、それでも納得がいきません……」

守護騎士(ヴォルケンリッター)達は、あくまでもはやてを助けたい一心で闇の書を完成させようと、リンカーコアを蒐集しているのだ。
そのことを知っていて、しかしその物語の過程でフェイトが傷つく姿を見たいとは思わなかった。
実は彼、あの後『リリカルなのはA's』の世界を見てきたのだ。
この先、どのような展開を迎えることとなるのか。
それをすべて知った上で、彼はここにいるのだ。
学園都市の病院で入院しているプレシアのことも気になるが、今は娘の危機にどう立ち向かうかが重要だった。
しかし、彼の出した結論は。

「……今回は、私が出る幕はなさそうですね。それ以前に、これ以上私が関わろうとするのはあまりよくありません」

彼が出る幕は、今回の事件に関して言えばないに等しい。
結末を知っている者が『この世界』の事件に関与したところで、はたしてその通りにいくかなんて、保証すら出来ないのだ。
事実、『この世界』ではプレシアは生きている。
虚数区間に落ちながらも、学園都市の病院に入院して今でも生きている。
それ以前に、上条達がなのはの世界に介入してきている時点で、すでにイレギュラーが紛れ込んでしまっていて、例えここでアジャストが登場したとしても、やれることなんてない。

「なら私は、学園都市に帰りますか」
「そうだ、そうしてくれっと俺も嬉しいんだけど」
「!?」

背後から聞こえてきた、男の声。
アジャストはその声に反応して、後ろを振り向いた。
そこにいたのは、顔にサソリの絵が描かれている男―――ゲルだった。

「何の用ですか? ゲル」
「まったく、お前のせいで『世界の調律師』内部はボロボロだぜ。内部分裂が以前よりも激しくなって困るのなんの」
「相変わらず面倒臭がりなのは直っていないようですね」
「ほっとけ。妻を溺愛していたが故に世界まで創り上げちまったお前に言われたかねぇよ」

皮肉たっぷりに、ゲルが言う。
彼の言う通り、アジャストがやったことは、結果的に一つの『正史』を創り上げたことに繋がる。
そして、そのせいで『世界の調律師』内部では激しい内部分裂が発生していることも。

「組織の事情なんて知ったことではありません。私はただ、プレシアが救えればそれでよかったのですから」
「そのプレシアが命の危機に晒されてるとしたら、お前はどうする?」
「!?」

プレシアが命の危機に晒されている。
まず最初にアジャストは、そんな馬鹿なと考えた。
上条達の世界に来ている以上、プレシアの命を取ろうと考えている人物はいないはずだ。
それに、なのは達の世界の住人の認識では、プレシアは死んだことになっているはず。
娘であるフェイトですら、プレシアが生きていることは知らないのだ。

「過激派の連中だよ。この世界を滅ぼそうと躍起になって、今『とある』の方では大変なことになってやがるぜ? ゼフィアの奴が一方通行(アクセラレータ)に協力を要請したはいいものの、それよりも前に誰かが一人やられちまったようだぜ? まぁ命に別条はないみたいだから、世界は変わらなかったけどな」

ゲルが頭を掻き毟りながらそう説明する。
アジャストは絶句した。
プレシアを助けたかったから、上条達の世界となのは達の世界を結んで、『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』と呼ばれる世界を創り上げたのだ。
しかし今、その世界を壊そうとしている連中がいる。
それを聞いたアジャストは、驚きと共に、後悔を抱いていた。
自分の行動のせいで、再び愛する妻が危険に晒されている。
そう考えたら、すぐにでもプレシアの元へ帰らなければならないという焦りが生まれた。

「済まない。今すぐ私は帰らなければならない場所がある」
「おう、行ってやれ。俺もこの世界のことは色々知ってる身だ。アイツらに帰る意思がないっていうのなら、こっちも見守るしかねぇってもんだろ? それに、そろそろ学園都市の方に来いって命令が下る頃かもしれねぇからな」
「そうですか……」

アジャストはゲルに背中を向けると、目の前に世界の歪みを生じさせる。
そしてそのまま、ゲルの方を見ずに、中に入って行った。
歪みが消えて、アジャストがその場からいなくなった後、

「あ~面倒臭ぇ」

ゲルは、心底面倒臭そうにそう呟いた。



翌日、AM06:30。
八神家。

「ん……」

上条の目は、その時間に覚めた。
シグナムに殴られた後、上条は疲れが溜まっていたおかげもあって、この時間まで起きることはなかった。
その間に守護騎士達はリンカーコアを回収しに行っていて、どうやら今回は置いてけぼりを喰らったようだ。

「腹減ったな……夕飯食ってないだけあって、結構ダメージ大きいな、これは」

そう呟きながら、上条は起き上がろうとする。
だが、身体が動かない。

「あれ?」

もう一度、起き上がろうとする。
しかし、やはり上条の身体は起きない。
まるで、金縛りにでもあったかのように、布団から出られないのだ。
それに、よく見るとその場所ははやての部屋ではないか?

「ど、どうしてシグナムはこんな所に俺を? つか、何で俺の身体は動かないわけ?」

何度も言うが、彼の右手には幻想殺し(イマジンブレイカー)が宿っているのだ。
だから彼には金縛りなんて呪い的な物は効かないので、何か外部からの圧力がかけられていることになる。
その何かを予測して、上条の身体かはら段々と嫌な汗がだらだらと流れてくる。

「い、いやいや、それはないだろう。ま、まさか、そんな素敵イベント、上条さんにはあり得ないのですの事よ?」

パニックのあまり、何やら解読不能なことを言い出す始末。
上条は自分の考えを確かにする為に、丁寧にかけられた掛け布団を思い切り剥いでみた。
すると……。

「うをっ!?」

そこには、上条の身体に思い切り抱きついて寝ているはやてと、そんなはやてに抱きついているヴィーダの姿があった。
半分微笑ましいが、半分奇妙な光景とも言えよう。

「つか、よく三人も入ったなこのベッド……ん?」

呟いた後で、上条ははやての顔を見る。
よく見ると、涙の跡のようなものが薄らと確認することが出来た。
もしかしたら、昨日はやては泣いていたのかもしれない。
その考えが思い浮かんだ時、はやての目も覚めた。

「ん……当麻さん! 気がついたんやね!」
「あ、まぁな。まだ身体は少し痛いけど……」

鍛錬の件はとりあえず黙っておく上条。
それ以前に、鍛錬のことは記憶から抹消してしまいたかった。
そんな上条の考えを余所に、はやてはヴィーダを起こさないようにゆっくりと離れると、そのまま上条の身体に抱きついた。

「もう起きへんかと思った……私、ずっと心配してたんよ?」
「悪かった、はやて。ちょっと今までの分の疲れが溜まってただけだ。ここ最近まともに休息とってなかったからな」

ほぼ連日と言っていいほど襲いかかってくる事件の数々。
なのは達の世界の事件の他にも、上条達の世界の事件も解決しなければならないとなると、上条一人の身体では足りなすぎる気がした。
それだけ、彼は動き回っているのだ。

「そうなん? じゃあ当麻さんは今日はゆっくり休むとええよ」
「いや、まぁ今日はとりあえずこっちの世界の日用品でも揃えようかなって思ってる。今度はちゃんと金持ってきたし、大丈夫だろ。いくらはやての家と言っても、さすがに俺に合う服はないだろうしな」
「それもそうやね。本当なら私も行きたいところやけど……」
「そういえばはやては今日、病院に行くんだったな」

はやては今日、検査をする為に病院に行くことになっている。
守護騎士達にもそれぞれ別に用事があるだろうし、本日上条は実質一人で行動することになる。

「(今日にでも翠屋に行って、顔見せてこようかな……少なくともなのはには会えるだろう)」

上条は、フェイトがなのはと同じ小学校に通うことになっていることをまだ知らない。
だから最悪なのはに会えればそれでいいか、という考えしかもっていなかった。
……もっとも、今会った所で何が出来るのかはっきり言って分からない。
なのはのそばにいられるわけでもないし、こちらのことも話すことは出来ない。
闇の書を完成させるのを手伝ってる、なんて言ったら真っ先に反対されることだろうし。

「……当麻さん?」
「ん? 悪い悪い。そろそろ起きようぜ。まだみんな寝てるみたいだけど、朝飯の準備位だったら俺も手伝うからさ」
「ええって! 私一人で十分やから」
「こう言う場合は男の力も借りるべきだぜはやて。上条さんは一応家庭料理スキルも持ち合わせているのです。料理苦手な女の子に教えてあげたことがある位なのですから」
「へぇ~当麻さんって料理上手なん?」
「はやてよりも全然下手だけど、家には居候がいるからな……料理出来なきゃ今まで生きてけなかっただろうし」

こう見えて上条は結構料理が上手だったりする。
ちなみに、彼の言う料理苦手な女の子というのは、フェイトのことだったりする。

「そうか……それじゃあお願いしようかな?」
「待ってました!」

やる気アピールを見せる上条。
ただし、寝ているヴィーダを起こさないように声のボリュームは落として。
その後上条は先に布団の中から出て、その後ではやての身体を持ち上げる。
車椅子にはやてを乗せると、そのままリビングへ直行。

「ん?」

するとソファに座り、そのまま眠ってしまっているシグナムと、その下で横になって寝ているザフィーラの姿があった。
どうやらヴィーダ同様夜遅くまで起きていた(蒐集していた)ようで、未だに起きる様子は見られない。

「早いとこ料理済ませちゃおうぜ」
「そうやね。当麻さんがいると人手が多くて助かるわ♪」
「その代わり、食費も結構馬鹿にならないみたいだけどな……悪いな、なんか」
「ええってええって。困った時はお互い様、やろ?」
「……そうだったな」

以前もこんなやりとりをしたことがあるような気がして、ふと上条は懐かしい感覚を得る。
そんな中、二人は料理を始めたのだが。

「ん……あっ」

はやてが鍋で味噌汁を作っている最中に、その音に気付いたのか、シグナムが目を覚ました。

「ごめんな、起こした?」
「あ、いえ」

はやての問いに対して、シグナムが少し眠そうにしながら答える。
上条は何となく申し訳ない気分になって。

「なんか色々済まなかったな、昨日は……」
「……もうそのことは忘れて欲しい。気絶させてしまった私も悪かった」
「そのおかげで疲れ取れたからいいさ。ここんとこ満足に寝てなかったしな」

そんな感じのやりとりをしながら、シグナムは布団を畳む。
その間にザフィーラも目を覚まし、口で器用に布団を畳んでいた。
まぁ人型にもなれるし、きちんとした思考もあるので、それ位当然ザフィーラなら出来るのだが。

「シグナム、昨日もまた夜更かしさんか?」
「あ、その、少しばかり……」

シグナムの言う『夜更かし』とは、リンカーコア蒐集のことだ。
この中ではやて一人だけが、彼女達がリンカーコアを蒐集していることを知らない。
と言うより、知られないように守護騎士達が心がけているのでそれは当然と言えるだろう。

「……」

シグナムは、テーブルの上に乗っているリモコンを手にとり、ボタンを押す。
するとピッという音と共に、リビングの電気がついた。
その際に、はやては膝の上にトレイを乗せ、その上にホットミルクが入ったコップを置き、シグナムの元へ向かうと。

「はい、ホットミルク。温まるよ」
「ありがとう……ございます」

シグナムはそれを受け取ると、笑顔を見せながらそう言葉を返す。
はやてはホットミルクを同じようにザフィーラにも与える。
そうしている内に、リビングへ繋がる扉が開いて、急いで何者かが入ってきた。

「すいません! 寝坊しました!」

入ってきたのはシャマルだった。
シャマルはピンク色のエプロンを急いで着ながら、台所へと向かう。
台所では、すでに上条がある程度の用意をしている最中であった。

「おはよう、シャマル」
「おはよう! ……ああ、もうごめんなさいはやてちゃん! それと上条君もごめんなさい!」
「別にいいって。俺もちょっくら手伝いたかっただけだし。何もしない位なら、何か手伝えることをしようかなって思って」

包丁で食材を切りながら、上条はそう答える。
シャマルはそんな上条の横につくと、はやてがやっていた料理の途中からやり始める。
その時。

「おはよう……」

パジャマ姿のままのヴィーダが、まだ眠そうな目をしながら入ってきた。

「うわぁ……めっちゃ眠そうやな」
「眠い……」

はやての言葉に対して、目をこすりながら答えるヴィーダ。
そこには、いつも見せているような元気な姿はどこにもなく、上条にとってそれはとてつもなくギャップに感じられた。
というか、素直に可愛いと思えてしまった。

「(ヴィーダって朝は弱いのな……)」

心の中で、そう呟いた。

「もう、顔洗って来なさい」
「うう……ミルク飲んでから」
「はい」

シャマルからミルクを受け取ると、ヴィーダはそれを持って椅子に座る。
それをゆっくりと飲み始める。

「なんか、シャマルってお母さんみたいな感じだよな……」
「あら、だったら上条君は私の夫って感じですか?」
「なっ!? そ、そんなことねぇだろ! 俺とシャマルじゃ釣り合わないって!」
「それは私がそんなに美人じゃない、ということですか?」
「違う違う! シャマルが美人だから、俺の方が釣り合わないってことだよ!」

泣き真似をしながらそう言ってきたシャマルに、困惑しながら上条が必死になって言う。
はやてはそんな二人のやりとりを見て、少し不機嫌そうな表情を浮かべていた。

「む~……シャマルそれはズルイよ!」
「あらあら、焼きもちですか?」

楽しそうに微笑むシャマル。
そんな彼女達のやりとりを眺め、手に持つホットミルクの入ったコップの温かさを感じながら、シグナムはこう呟いた。

「暖かい……」



同日。
フェイトは聖翔大付属小学校の制服を着て、本日が初めての登校日となった。
そして、時間は流れて放課後へ。
なのはが荷物をカバンの中に詰め込んでいると、携帯が鳴っているのが確認できた。
どうやらメールが来たようで、差出人はクロノだった。

『捜査は順調に進んでいる。君達ははこちらから要請するまでは普通に過ごしていてくれ。なのはは魔力がまだ戻っていないし、レイジングハートもバルディッシュも修理中だ。非常時は素直に避難するように』

この文面を、なのははバスに乗る前に見る。
また、メールには追記部分があり、

『追伸1。2機の修理は来週中には終了するそうだ。追伸2。フェイトに「寄り道は自由だが夕食の時間には戻ってくるように」と伝えてほしい』

どうやらクロノは立派にフェイトの兄を務めているようだ。
それだけ、フェイトのことを大切に想っているのだろう。
また、追伸1や、本文に書かれている通り、現在フェイトとなのはのデバイスは修理中だ。
前回の戦闘で壊滅状態に追い込まれてしまった為、現在本部の方で預かっているのだ。
だからそれまでに魔法関連の事件が発生した場合、彼女達は逃げる他ないのだという。
そして現在、バスから降りてなのはの家の中に入ろうとしている所だった。

「……あれ?」
「ん? どうしたのなのは?」

なのはが何かに気付き、そんななのはの様子を見てフェイトが尋ねる。
現在、フェイトの歓迎会を込めてアリサ・すずかの二人も一緒に居る。
さすがは親友、と言ったところだろうか?
話は逸れたが、今はなのはのことだ。
なのはが気付いたこと、それは……。

『翠屋の方に来てみて。きっとみんな驚くわよ 桃子』

そう書かれていたメモ帳が、扉の所にぶら下がっていた。

「喫茶店の方に? 一体何があるんだろう……」
「私達が驚くことって、何企んでるのかしら……」
「あ、アハハ……それってもしかして土御門さんのこと?」
「そうよ。あの人、ちょっと変態混じってると言うか……」

この場にいないのに、結構な言われようである。
アリサはどうやら土御門を一回見た時、変態という認識を得たようだ。
あながち間違っていないだけ、本人も救いようがない。

「とにかく、今は翠屋の方に行ってみようよ」
「そうだね」

なのはの言葉に、フェイトが頷く。
アリサとすずかの二人も、これには異議なしだった。
そして四人は揃って翠屋の方へ行く。
そう、これこそが、奇跡の瞬間だった。



数分前。
翠屋の前に、一人の少年が立っていた。
ツンツン頭の学生服の少年。
間違いない、彼は上条当麻その人だ。

「勢いでここまで来ちまったけど、いざ来てみると入りずらいな……」

手には、先ほどまで買い込んでいた日用品の数々。
はやてに告げた通り、彼は本日買い物に出かけたのだ。
守護騎士達はそれぞれ別の用事があり、はやてはシグナムと共に病院に居る。
そして上条は、生活に必要な最低限のものを買いそろえて、その帰りにこうして喫茶翠屋に寄ったというわけだ。
とはいっても、時間的に帰ってるか帰っていないかのギリギリの時刻。
正直、会える確証はなかった。

「こっちに来てから、まだはやて達以外に会ってないからな……」

思えばこの数日間、八神家にお世話になりっぱなしで、一度も他の人達と会ってないような気がする上条。
なのは達はともかく、一緒に来たはずの美琴達とすら会っていない始末だ。
無事なのだろうとは思うが、それでも一応心配ではあった。
結局、アジャストが言っていた、『フェイトの危機』の場面に上条は遭遇出来なかったわけだし。

「アイツらは多分ここら辺にいるはずなんだけど……」

美琴達は恐らくこの辺に居るはずだ。
少なくともどこかの学校に行っている、なんて展開はないことだろう。

「さて、入ってみますか」

意を決し、上条は翠屋の扉を開く。
チリン、という鐘の音がすると共に、いとも簡単に扉は開いた。

「いらっしゃいませ……って、あら! 上条君じゃない!」
「あ、桃子さん! お久しぶりです!」

なのはの世界の時間軸からしてみれば、上条と桃子はおよそ半年ぶりの再会となる。
桃子は上条の顔を見て、懐かしそうにした後、笑顔で上条の元へ近寄ってきた。

「久しぶりね……なのはから聞いたわよ? つい最近まで行方不明だったらしいじゃない?」
「ええ、まぁ、色々ありまして……」

恐らくなのはも、上条が何処かへ消えてしまったことを告げていたのだろう。
魔法関連のことは伏せているらしく、それに関する追及を受けることはなかった。

「それじゃあ上条君が見つかった記念でパーティーでも開こうかしら? フェイトちゃんもなのはと同じ学校に通えることになったみたいだし」
「え? フェイトもあの小学校に通うんですか?」
「ええ。今日から通ってるのよ」
「そうだったんですか……」

手間がある意味省けた。
どうしても、二人に会って謝らなくてはならない。
二人?
いや、四人の間違いだろう。
何故ならまだ、アリサとすずかがいるからだ。

「(あの二人も魔法とは無関係だろうけど、心配掛けさせちまったからな……)」

心配をかけさせた以上、ぴんぴんしてる姿というものを見せてあげないと釣り合わないだろう。
それに、上条としても彼女達がどうなったのかを見てみたいという気持ちがあった。

「それじゃあちょっと待っててね。私はちょっとしたサプライズの準備をしてるから。あ、なのは達はもうすぐ帰ってくると思うから、ここでゆっくりしてていいわよ?」
「あ、はい。そうさせてもらいます」

上条は近くの席に腰掛けて、袋をその横の席に置く。
桃子はある程度片づけをした後、上条とは別の客の接客を済ませた後、店の外に出て『臨時休業』というメモを貼り付ける。
最後の客も、その様子を見て何をするのかを悟り、桃子と上条に意味あり気な笑みを見せると、お金を払ってそのまま出て行ってしまった。
その後桃子は店の奥に消えて、しばらく店の方には戻って来ない。

「何やってんだろ、桃子さん」

ここまで来ると、さすがに上条も気にならざるを得ない。
何やらサプライズを仕掛けるらしいが、はたしてそのサプライズとは何なのか。
そんなことを考えていると、チリンという音と共に、扉が開かれる。

「あれ?」

さっき桃子が臨時休業のメモを貼ったはずなのに、まだ客が入ってくるというのだろうか?
さすがにそこまでして喫茶店に入りたい客はいないだろうなぁと思いながら、上条が入口の方に首を向けると。

「……と、当麻?」
「上条、さん?」
「フェイト、なのは……? それに、すずかにアリサまで」

目を丸くしたなのは達が、そこに立っていた。



学園都市では、一方通行とゼフィラが、学生達で群がるメインストリートとは別の、人気の少ない路地裏を歩いていた。
二人の目は真剣そのもの。
いつ襲ってくるか分からない敵を警戒しながら、ただ黙ってその道を歩いていた。
辺りには不良達らしき人物達も見受けられ、どうやらここは溜まり場となっているようだ。

「チッ」

思わず舌打ちをする一方通行。
彼としては、この空気は久しぶりだった。
打ち止めに会ってから、しばらくこの場所には立ち入ることがなかったからだ。

「……む?」

その時、ゼフィアが何かの気配を察知した。
一方通行にもそれが感知出来たらしく、二人はその場で立ち止まる。
ピコン、ピコンという音が耳に入る。

「この音……警備ロボットか?」

学園都市には、何体もの警備ロボットが治安維持の為に稼働している。
だからこの音がこの場所で聞こえてきても別に問題はなかった。
ただし、それが何体も、何十体分もの音が聞こえない限りは。

「これ、相当数がいるな」
「どういうことだ? 警備ロボットが複数体で取り締まってるなんて考えにくい……まさか」
「多分その通りだ。勘付かれたのだろう、我らの動きを『過激派』に」

ゼフィラの言葉と共に、様々な場所から警備ロボットが湧きでてくる。
その数、目に入るだけでおよそ20体程。
恐らく、それ以上に数はいるはずだ。

「おやおや。警備ロボットがこンなに集まって来るなンて、そう滅多にないことだぜ? これは一体何の冗談だ?」
「まずは数で制圧しようということか。頭の弱い連中が考えるようなことだな」
「となると、第一の敵は相当の雑魚って認識でいいンだな?」
「恐らくな。考えなしに突っ込んでくる、駄目なタイプだろう」
「そうかい。なら能力を使うまでもねェな。こんな警備ロボット、銃とかで十分だ」

一方通行は、8月31日の事件を機に、その能力の大半が失われた。
脳にダメージを負った彼は、その演算能力を失ってしまい、結果として演算を外部に任せているからだ(外部とはミサカ・ネットワークのこと)。
その使用時間は、わずか5分。
こんな所で無駄に消費してしまうよりは、来るべき相手にとっておくのが戦略と言うものだろう。

「そう言うと思って、いろんな世界から銃を持ってきておいた。受け取れ」

そう告げると、ゼフィアは何処からともなく大量の銃器を地面に落とす。
その数は、裕に10は超える。

「銃器マニアか? お前は」
「万が一の為だ。用意周到と言え」
「そりゃ結構な準備で。今から戦地にでも行くつもりか?」
「『行くつもり』ではない。『行く』のだ」
「そうだったな。これはもう一種の戦争だったな」

大量にばらまかれた銃の内、自動式の拳銃を一つ持ち、警備ロボットに標準を合わせる一方通行。
ゼフィアはリボルバータイプの拳銃を二つ持ち、右手と左手の両方でそれを持ち、構えていた。

「ま、これは前哨戦だ。軽く流せ」
「分かってるよ。ここから先、片道切符の一方通行だ。何人たりとも邪魔はさせねェ!」

一方通行の叫び声と共に、学園都市の路地裏に、何発もの銃声が鳴り響いた。



次回予告
ついに上条と再会したなのは達。
その一方で、学園都市では一方通行(アクセラレータ)がついに過激派の内の一人と対面する。
そして上条は、ヴィーダとザフィーラと共にリンカーコア蒐集に向かう。
その場所で、上条は……。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『激化する戦い(ターニングポイント)』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] A's『闇の書事件』編 5『激化する戦い(ターニングポイント)』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/04/22 16:00
上条は、その場から立ち上がって、ただ四人の顔を見ることしか出来なかった。
なのは達もまた、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。
というよりも、しばらくの間目の前の事実を認識することが出来なかったのだ。
こんなにもあっさりとした再会。
だけど、望んでいた瞬間。
そうであることには間違いなく、そしてなのは達が何も言えないのは、あまりにも嬉しすぎて言いたいことがまとまらないからだ。

「ほ、本当に当麻なの?」
「あ、ああ。間違いなく上条当麻だ……って、あれ? 何かこのやり取り、前にもやらなかったか?」

フェイトの問いに対して、ちょっと腑抜けた感じで答える上条。
こんな場面なのに、どうして上条は緊張感を持っていないのか。

「か、上条さん……」

なのはの目に、涙が溜まる。
アリサとすずかの表情も、喜びの物へと変わって行く。

「当麻!」

そして、とうとう耐えきれなくなったフェイトが、真っ先に上条の胸に飛び込んでくる。
上条はフェイトを優しく受け止める。
思えば、虚数空間に落ちて行く瞬間を目の前で目撃したのはフェイトただ一人だ。
それだけ、悲しさも人一倍あったし、実感も人一倍あったのだろう。
フェイトは今まで抱えてきた分の寂しさを、上条に吐き出すように胸の中で泣きだす。

「ずっと……ずっと待ってたんだから……当麻!」
「悪い、待たせちまったみたいだな。心配かけさせて、悪かった」
「本当だよ……どれだけ待ったか、当麻本当に分かってるの?」

泣きながら、フェイトは吐露する。
そんなフェイトの横になのは達もやってきて。

「上条さん……今まで、本当に寂しかったんですからね……その分、たくさん甘えさせてくださいよ」
「あ、ああ……まぁ、出来る範囲でお願いな?」

なのはの言葉を聞いて、戸惑いながら上条はそう言う。
いつまでもここにいるわけにはいかないので、さすがにそこは妥協案を用意する他ないだろう。
はやての件もあれば、闇の書の件もあるだろうし。

「今までどこに行ってたのよ! 私達に顔も出さずに勝手に行方不明になって!! 私達がどれだけ心配したか分かってるんでしょうね!」
「あ、アリサ……上条さんだって好きで行方不明になったわけじゃないんだから……」

泣きながら怒るアリサを、すずかが宥める。
そんなすずかの目にも、少し涙みたいなものが見え隠れしているのが上条にも分かった。
みんな、寂しかったのだ。
上条がいないのが、悲しかったのだ。
他の人はみんないるのに、上条だけがそこにいない。
それがとてつもなく、辛かったのだ。
もしかしたら永遠に会えなかったかもしれない。
そんな不安が、彼女達を支配していたのだ。

「本当に悪かった……」
「だったら、こ、今度一緒に出掛けてよ!」
「「「「え?」」」」

謝った所で、フェイトからのまさかの爆弾投下。
これには上条を含む他の四人も驚きの声を上げていた。

「アルフだって当麻に会いたがってたし、それにクロノ達にも顔を見せないと……」
「そ、その件なんだけどな……」

マズイ。
直感で、上条はそう感じた。
今管理局に向かったとしたら、そのまま手放してくれないかもしれない。
保護してくれる分にはありがたいのだが、今はそんなことをされている場合ではないのだ。
一人の少女の命を助ける為に、闇の書を完成させなくてはならないのだ。
そんなことを言ったとしても、闇の書を完成させること自体が罪だと考えている(というか、その通り罪なのだが)管理局は話を聞いてくれないだろう。
そのまま守護騎士(ヴォルケンリッター)達が捕まるという事態だけは、何としても避けたい。
だから上条は、今はまだ管理局のメンバーには会えないのだった。

「今はちょっと、他の奴の所に厄介になっててよ……今日もちょっと早めに帰らないとならないんだよ。それにソイツ、病気抱えててさ、なるべくならそばにいてやりたいんだよ。だからその話は、もう少し先にってことには……」
「上条さん、それってもしかして、女の子、ですか?」

発言を遮ってまで、なのはが尋ねてきた。
心なしか、少し雰囲気が黒いような気もしなくもない。

「あ、ま、まぁな」

ここで嘘を吐いたとしたら、確実に殺される。
そんな気がして、上条は正直にそのことを説明した。
だが、本当のことを説明したところで、その運命が変わるわけではない。

「すると何? 私達があれだけ心配してたにもかかわらず、アンタは別の女の子のところでイチャイチャしてたってわけ?」
「イチャイチャしてるわけじゃねえよ! どうして俺が女の子と一緒にいるだけでそんな考えが浮かんでくるんだよ!!」

アリサが青筋を立てて言ったことに対して、上条は否定の言葉を述べる。
必死ですずかはアリサを宥めるが、しかし宥めるべき相手はどうやらアリサではなさそうだ。

「上条さん……許してもいいですけど、その代わり一つ条件があります」
「いや、許してもって、別に何も罪になるようなことは……」
「条件があります」

ニコニコと、笑顔でそう言ってくるなのは。
そこに、拒否権がないということが暗示されていた。

「そ、それで条件とはなんでせうか?」

上条はなのはに尋ねる。
するとなのはは、少し顔を赤らめて、こう言った。

「その……キ、キスしてくれたら、許してあげても、いいです」
「「「「キスぅ!?」」」」

なのは以外の四人が声を揃えて叫ぶ。
そんな場面に、ちょうどよく桃子が現れて。

「あらあら。なかなか面白そうな展開になって来てるじゃない♪」
「ちょっ、桃子さん! 面白がってないで助けてくださいよ!」
「自分で蒔いた種なんだから、自分で回収しないとね~♪」
「鬼だ! ここに鬼がいる!!」

何気に今の状況を面白がっている桃子がそこにいた。
上条はそんな桃子のことをそう表現するも、今は別に解決しなければならない問題がある。

「なのは……いくら何でも、言っていいことと悪いことがあると思うよ?」
「フェイトちゃん、私達友達だよね? 友達だから、許してくれるよね?」
「親友(ライバル)である以上、私だってゆずれないわ!」
「お、落ち付いてみんな……」

誰かがストッパーにならないと、この場が収まらない。
だから四人の中で、唯一すずかだけが場を何とかしようとしているのだった。
当事者である上条は、その役が務まるはずもないので。

「もうこれは言えってことだよな! いいぜ、言ってやる! せ~の、不幸だぁあああああああああああああああああ!!」

本日一番の上条の叫びが、海鳴市中に響き渡ったという。



「これで……ラスト!」

ダァン!
銃声が鳴り響くと同時に、目の前にいた警護ロボットが木端微塵に吹き飛ぶ。
銃口から煙を吐く拳銃を投げ捨てて、一方通行(アクセラレータ)は残骸の横を素通りした。
その後ろを、拳銃を二丁持ったゼフィアがついて行く。

「さすがだな、一方通行。拳銃の扱いも手馴れていると見える」
「ありがたい言葉どうも。別に褒めた所で何も出やしねェけどな」
「そんなことは分かっている。我は素直に褒めているのだぞ」
「そうかよ」

不機嫌そうな表情を浮かべながら、一方通行は一言そう言った。
彼らの周りには、ここで倒した警護ロボットが何十体も転がっていた。
それらはもはや原型をとどめておらず、文字通りスクラップになっていた。

「どうすンだよ、これ。損害額半端ないぞ?」
「別にいいだろ。我らは被害者だ。金は向こうが払えばいい」
「ま、ソイツらが生きてたらの話だけどな」
「それもそうだな」

二人は本気で、過激派を殺すつもりでいる。
生かしておいたら、もう一度動いてしまう可能性もあるから、徹底的に抹殺してやろうと考えているのだ。
それに、一方通行が手加減したところで、重傷は間違いなしだろう。

「ところで、どうして過激派の連中は、ここまで俺達の世界に干渉しようとしてるンだ? それこそ、奴らが嫌いな『世界干渉』に繋がるンじゃねェのか?」

彼の疑問はもっともなものであるように思えた。
確かに、『世界の調律師』の目的は、あくまでも物語に直接影響しないような形で、危険因子を取り除くことだ。
自分達が物語に積極的に干渉しに行ってしまっては、本末転倒というやつではないのだろうか?
『正史』が無作為に創られるのを望んでいない『過激派』にしても、その信念だけは変わらないのではないだろうか?

「確かにその通りだな。我ら『世界の調律師』は、極力世界に介入しないように心がけている。しかし、過激派の連中にとって、この世界はもはや世界ではない。守るに値する場所ではない世界の人間など、彼らには興味ないのだよ」
「興味ない、ねェ……」

呟くように一方通行は言った。
興味がないから、守らない。
そんな単調で、本当にいいのだろうか?
『世界の調律師』の名前を語っているにもかかわらず、そんな簡単に信念を破れる物なのだろうか?

「単純故に恐ろしい。それが奴ら、『過激派』なんだ」
「単純故に恐ろしい、ねェ……もしかしたらソイツら、何か別の目的もあるンじゃねェか?」
「別の目的……例えばどんなものだ?」

ゼフィアにそう問いかけられ、しかし一方通行は何も答えることが出来なかった。
彼に『世界の調律師』の内部事情など把握できるわけがない。
すべて憶測の範囲内での発言にしかすぎない。
その分、『世界の調律師』の人間であるゼフィアの言葉には、説得力があった。
だが説得力があっても、どうにも納得が出来ない。
本当に、『正史』が無暗に出来るのが嫌なだけなのだろうか?
本人でもない彼には分かるはずもないことだが、疑う余地はありそうだ。

「まぁ、それはアイツに聞いてみるのが一番手っ取り早いのではないか?」
「そうだな……よく知ってそうだしなァ」

ゼフィアの後に続き、一方通行がニヤけながらそう言った。
彼らの目の前には、一人の青年が立っていた。
その青年は右手に棒みたいなものを持っていて、その先をゼフィアに向けていた。

「おい、ゼフィア……これは一体どういうことだ?」

男は短く、ゼフィアにそう尋ねる。
その発言から、彼が『世界の調律師』の内部の人間であることを、一方通行はすぐさま感知した。

「どういうことと言われても、そういうことだとしか答えられない。言葉で説明するとしたら、貴様らがやろうとしていることを止めようとしている、と言ったところか」
「何故俺達の邪魔をする? 『世界の調律師』として、この世界が『正史』となったことを見逃すわけにはいかないだろ!」

男からは明確な殺意が感じられた。
それは一方通行に向けられたものではなく、彼の隣にいるゼフィアに向けてのものだった。
恐らく、同じ組織の内部の人間に裏切られたのが、悔しかったのだろう。

「我らの目的はあくまでも、世界から危険因子を取り除くことだ。武力を行使して世界を壊すことではない」
「けど、この世界は出来あがってはいけなかった世界なんだ! これ以上無駄に『正史』が出来あがって、無駄に壊されるのは御免なんだ!」
「だが、君達がやろうとしていることは、その『壊す』に値することだ。矛盾に満ちた信念など、今この場で捨ててしまえ。そんなものをいつまでも持っていた所で、無駄にしかならない」
「黙れ! 俺達を惑わせるな!!」

男は吠えた。
だがゼフィアと一方通行は見向きもしなかった。

「おやおや、コイツはまた、悪質な噛ませ犬みたいだな」
「噛ませ犬、だと……!? 俺達はな、あのお方の意見に賛同して、こうして無駄に産出される世界を壊そうとしてるんだ! 『世界の調律師』にあのお方がいたから、俺達はついてきたんだ!」
「あのお方……どうやらテメェは『あのお方』とやらから本当の目的とか何やらを聞いていないみたいだな」
「何だと……?」

一方通行が挑発するようにそう言った。
目の前にいる男は、心から『あのお方』という人物を尊敬しているらしい。
『あのお方』の言葉に感銘を受け、こうして無駄に生み出される世界を壊そうとしているのだそうだ。
しかし、はたしてそれが真意なのだろうか?
『あのお方』は、もっと別のことを考えているのではないか?
ゼフィアと一方通行の頭の中では、そのような疑問が浮かんでいた。

「情けねェな……だからテメェは噛ませ犬で終わっちまうンだよ。他人の言葉をそのまンま聞き入れて、ホイホイついて行くから、テメェはここで命を落とす羽目になンだよ。分かンねェかな三下ァ!」

笑いながら、一方通行は言う。
男は、彼の言動に対してとうとうキレてしまった。

「ふざけんじゃねぇぞガキ……命を落とすのはテメェらの方だぞ? あまり人嘗めてっと、痛い目みんぞゴラァ」
「へェ、痛い目みるのは俺達の方ってか? アマちゃンだねェ、本当に」

ゆっくりと、一方通行は男に近寄ろうとする。
しかしそんな彼の動きを、ゼフィアが止めた。

「なっ!?」
「コイツの相手は我がする。だからお前は来るべき戦いに備えて準備でもしてろ。コイツは我の友人だ……せめて我の手で消してやりたい」
「そうかい……熱い友情だこと」

皮肉気にそう言うと、一方通行はすんなりと後ろに下がってしまう。
それに応じて、ゼフィアがゆっくりと男に近づいてきた。

「そういうわけだ……覚悟は出来てるな?」

銃口を男に向けながら、ゼフィアは告げる。
男はそんな動作では動じることはなく、未だにゼフィアに向けたままだった棒みたいなものを構えなおして、

「随分と偉くなったものだな、ゼフィア。テメェは俺を殺せるのか?」
「お前よりは弱くない。それだけは言っておこう。何故ならお前は、雑魚中の雑魚だからだ」
「ほざくんじゃねえぞ……大馬鹿野郎(ゼフィア)!!」

男の叫び声をきっかけに、二人の戦いは始まった。



喫茶店の件から数日が経過して。
あの日、上条は何とか色々言って、その場を切り抜けた。
ちなみに、誰ひとりとして上条とキスすることはなかった(残念そうにしていた彼女達の表情を、上条は忘れない)。
彼はすぐその場で、なのはとフェイトの二人から闇の書に関することを聞くことはなかった。
もっとも、アリサやすずか、それに桃子達がいる中で魔法関連の事件について話すことは不可能に近いのだが。
土御門や美琴達とも再会した上条は、正式に『機械』を上条が所有することで話を通した。
深い理由は言えなかったので省略したが、それでも土御門とステイルは何かを察したようだ。
恐らく、この二人は、上条が今何をしているか勘付いているのだろう。
そして今、上条はそれを使って別世界に来ていて、ヴィータとザフィーラと共にリンカーコアを回収する為、魔物と交戦中だった。
とはいっても、上条はあくまでもサポートに徹する。
魔物相手である為ヴィータにとっては魔導師を相手にするよりは楽だったのだ。
だが、如何せん彼女の戦闘数が多い。
正直言って、無理をし過ぎと言っていいほどだ。

「闇の書、蒐集」
「蒐集(Collecting)」

獣の姿となっているザフィーラが、闇の書を取り出して、リンカーコアを吸収する。
倒された獣から蒐集されたリンカーコアが、闇の書のページを埋めていく。
しかしその数、3ページ。

「今ので3ページか……やっぱりこういう奴ら相手だとページも少ないのな」
「あの白い魔導師から奪ったリンカーコアのおかげで相当埋まってはいるけど、テメェがこんな契約交わしたおかげで全然進まねぇじゃねえかよ。何度も言ってるけどよ、魔導師相手の方がリンカーコアの回収が効率よく行くんだよ。だから……!」
「けど、それでももう、俺は目の前で誰かが犠牲になるのは御免なんだよ……それに、お前達が人に手をかける姿なんて、見たくないんだ」

それはまぎれもなく上条当麻の本心だった。
なのはが傷ついたこと、フェイトが傷ついたこと。
そしてこれまで生きてきた中で傷ついてきた上条の仲間。
なにより、病室で見せたインデックスの涙。
もう見たくないのだ。
傷つくのは、自分一人で十分。
だからせめて自分の周りの世界だけでも、幸せであって欲しいと願っていた。

「……テメェに心配される程、こっちは弱くねぇんだよ。むしろその右手以外なんの力もねぇ奴が、あたし達のやり方に口出しするんじゃねぇよ!」
「うるせぇよ! お前も魔法使えるからって、無茶ばかりしてんじゃねえよ! 明らかに息荒いじゃねえかよ!」
「この位どうってことねぇよ! はやてが抱えてる苦しみに比べてみたら、こんなもの……!」
「そのはやてがお前が傷つく姿を見たら、どう思うか分かってんのか!!」
「!?」

上条が言ったことは、あまりにも卑怯だった。
ヴィータが、守護騎士達が大切に想っているはやてのことを引き合いに出されたら、どうしても引かないわけにはいかなくなる。
彼女を助けたい。
けれど彼女に心配をかけさせたくない。
両者は天秤で量れるものではない。
どちらも、重い。

「うっせぇな! 何と言われようとあたしはリンカーコアを蒐集する! 早くはやての命を助ける為にも、今止まるわけにはいかねぇんだよ!」
「慌てんじゃねえよ! 明日だってあるんだ、明後日だってあるんだ! けどお前がここで倒れちまったら、その明日は来ねぇんだぞ!」

このままリンカーコアの蒐集を続けさせていたら、いずれヴィータが倒れてしまう。
それは、はやてが悲しむことになる。
悲しむ姿なんて見たくないし、何よりヴィータが倒れてしまう姿も、上条は見たくない。
だから彼は必死になってヴィータを止める。
ヴィータ本人は、聞く耳持たずと言った感じで、彼の言葉に耳を貸そうともしない

「ザフィーラ、放っておいて次に行くぞ。まだこの世界にはリンカーコアを持った連中はいるはずだ」
「しかし、休まなくていいのか?」
「平気だよ。あたしだって騎士だ。この程度で疲れる程柔じゃねえよ」

そのまま、ヴィータは上条に背を向けて歩き出そうとする。
……だが、そのヴィーダの背後から、何かが迫ってきていることに気付いていなかった。

「!? ヴィータ!!」
「!?」

上条の叫びを聞いて、ヴィータは慌てて後ろを振り向く。
しかし、振り向いた瞬間には、怪鳥みたいな何かがヴィータに向かって突進していく姿が見えていた。
情けないことに、ヴィータはまったくその気配に気付けなかった。
それほどまでに、体力が低下していたのだ。
だが、そこで防御の姿勢を取ることが出来ただけ、まだ判断力は鈍っていなかったと見える。

「……あれ?」

来ると思っていた衝撃は、いつまでも経ってもヴィータの身体に来なかった。
何故なら……。

「ぐっ!」
「なっ……」
「上条!?」

上条がうめき声をあげ、ヴィータとザフィーラが叫びかける。
……そう、上条がその攻撃を一身に受けて、突き飛ばされたからだ。



「はぁあああああああああああああああああああああああああああああ!」

ドゴン!
地面が抉れる音が響く。
その音は、目の前の男が棒を振り下ろした為に発せられた音だ。
ただ、どう見てもその棒は、地面を抉ってしまうほど重い物には見えない。
ゼフィアは、その男の攻撃を避けながら、

「なるほど……質量変化か」
「その通りだ。この棒には能力がかけられていて、使用主の希望のタイミングで、質量が変わるようになっている。何の準備もしないでお前の前に現れるとでも思ったのかよ!」

叫びながら、男は棒を横薙ぎに払う。
ゼフィアは、その攻撃を足を蹴って後方に避けた後、懐から一丁の拳銃を取り出し、迷わずその引き金を引いた。
パァン! という音が響くと共に、弾丸は男を狙って放たれる。
しかし、男の身体には当たらず、わずかに横に逸れてしまった。
拳銃で相手を狙う時、動く相手には当たりずらいとされている。
本来弾丸を確実に相手の身体に着弾させるのであれば、相手の動きを止めるのが先決だ。

「貴様なりに準備したんだということはよくわかった……だが、その程度の武器で我に挑もうなど、百年早いわ!!」

ゼフィアは拳銃をもう一丁用意し、そして二丁を使って弾幕を張る。
ただし、この弾幕は相手を攻撃する為のものではない。
あくまでも自分の方に相手を寄せ付けない為の物だ。

「百年、ねぇ……現代兵器なんかに頼ってるお前に言われたくねぇな!!」

棒を振り回しながら、男は前に突っ込んでくる。
その棒は質量変化の影響で太さが変化しており、振りまわすだけで弾幕のすべてをはじいていた。
そのまま、相手の懐までもぐりこみ……。

「はぁっ!」

一気に振り下ろす。
しかし、ゼフィアもその攻撃を甘んじて受け入れる程人間が出来ていない。

「ふっ!」
「なっ……!!」

事もあろうか、何と拳銃を片方男に向かって投げつけてきたのだ。
男は慌ててその拳銃を棒を使って弾く。
その間に、ゼフィアはもう片方の拳銃で男を撃った。
パァン! という乾いた音は鳴り渡り、その弾は相手の足に命中する。

「ぐっ!」

痛みが身体を支配する。
拳銃の弾という不純物を取り入れた男の身体は、動きが鈍くなってしまっていた。

「(なるほど……自らの得物を相手に投げつけて、油断させた所に拳銃の弾を放つ作戦か……1対1なら相手の隙をつく奇襲作戦に成り得るかもしれない技ってわけか)」

一方通行は、彼らの動きを別の場所から観察しながら、心の中で分析する。
確かに、ゼフィアの攻撃は1対1なら応用が効くかもしれない技だ。
しかしこの技には二つ欠点がある。
一つは、自らの得物を投げつけると言うことは、それだけ手数を減らしてしまうのと同じと言うことだ。
武器を回収することが出来ない以上、こちらとしては手の打ちようもない。
この欠点を、ゼフィアは数で補った。
ゼフィアは『世界の調律師』だ。
つまり、並行世界から拳銃を引っ張ってくれば、それだけで数は十分に補えるということだ。
ただし、取ってくる拳銃の在り処は、『すでに滅亡しかけている世界』からということになるが。
現在進行形の世界からこれらの武器を取ってきてしまえば、それだけでその世界の命運が変わってしまう恐れがあるからだ。
そして、二つ目にして最大の欠点は。

「油断したなぁ……けど、その技はもう使えねぇぜ」

そう、この技は初撃だから通用する技だと言うこと。
要するに、一度見られてしまうと対策法を練られてしまうということだ。

「だがこれで攻撃は通った。どちらが上か把握出来たに違いないだろ?」
「ほざいてろ、大馬鹿野郎。テメェはまだ、世界が創り上げられる恐ろしさというものを知らないからそんなことが出来るんだよ! テメェも一度、『あのお方』のありがたいお言葉を聞きやがれ!!」

『あのお方』。
何度も聞くその単語。
その人物を、ゼフィアも一方通行も知っているはずがない。
だからその人物がどのような人物なのかを教えてくれない限り、話を聞くことも出来ないのが現実だ。

「さっきから『あのお方』って聞くが、ソイツはどんな人物なんだ? 聞き覚えがないのだが」
「『あのお方』を知らないのか? はっ! こりゃ傑作だ! だからこんな無茶な横暴に走れるってわけか! 未だに温厚派なんかについてると思ったら、そんなことだったとはな!」
「何だと?」

彼の発言を聞く限りだと、『世界の調律師』内部はすでに過激派の方が数が多いということになる。
そんな馬鹿な。
何故温厚派の方が数が少なくなると言う異常事態が発生しているのだ?
冗談じゃない、ゼフィアは心の中でそう呟いた。

「この世界にも過激派の連中は結構送り込まれているぜ? それこそ、テメェら二人だけで捌ききれる数だと思ったら大間違いだ。今後どれだけの数が現れるか分からないぜ? まぁその前に、俺がまずテメェをぶち殺すけどな!!」

そこで、テメェ『ら』と言えなかったのは男の弱さだろう。
彼も『世界の調律師』の一人として、『とある魔術の禁書目録』の世界を回ったことがある。
その世界で、すでに一方通行の強さを知っているが故に、彼を殺すことは自分には不可能だと認識していた。
だが、せめてこの場でゼフィアを殺すことが出来ればそれでいい。
友人の命は、自らの手で奪いたい。
歪んだ友情が、そこにはあった。

「……ほざいてろ、負け犬。だから貴様は、いつまで経っても成長出来ないのだよ」
「はっ! テメェこそこの一撃で仕留めてやるよ!」

男は確実にゼフィアを抹殺する為、棒を振りかぶって近づいてくる。
……そう、それこそが近戦武器の弱点。
相手に近づかなければ、自らの攻撃範囲内に入れることが出来ない。
だからこそこうして、自らの得物を持って、相手に近づかなければならない。
そしてこれこそが、ゼフィアが狙っていたタイミングだった。

「終わりだ」
「なっ……!?」

ダダダダダダダダダダダダダダ!
連続して放たれる、弾丸の音。
ただし、その音はゼフィアの手によって『直接』発せられた音ではない。
何故なら彼は、すでに拳銃を手にしていない。
ならこの弾丸は何処から?

「……テメェ、まさか……」
「ばーか、周りも把握出来ないのかよ。よく見ろ」

ゼフィアは言い捨てる。
男の周りには、いつの間にか用意されていたマシンガンがあった。
それらの引き金すべてに、何やら糸らしきものが繋がっていた。
……そう、男がゼフィアに近づいてきた瞬間、男の足が糸を引っ張り、マシンガンの引き金を引いたのだ。
それは巧妙に仕組まれた罠。
これらの仕組みは、何もしていないと思われていた一方通行が仕組んだ、罠だった。

「悪ィな。コイツ、最初から自分の友達だから自分の手で消してやりたいなんて情に溢れた思いなンて持ってなかったンだよ。あれは演技だったってわけだ」

一方通行の言う通り、ゼフィアには男に対するそのような情けの念なんて持ち合わせていなかった。
相手を確実に仕留める為に、わざと『1対1』という状況を作り出し、確実に仕留める為にもう一人の動きを隠したというわけだ。
それに、この作戦を実行するには、確実に相手を殺せてしまうかもしれない一方通行では駄目だったのだ。
一見すると拮抗出来る位の相手でなければ、罠は通用しない。
だからあの時、ゼフィアは一方通行を止めたのだ。
そしてその時、一方通行はすべてを悟ったのだ。

「て、テメェ……卑怯、だぞ……」
「卑怯? 戦場において相手を仕留める為に、一々正義だのなんだのと言っていたら、無駄に命を捨ててしまうようなものだ。元寇相手にわざわざ自分の侍魂を突き通した、当時の哀れな侍達同様に、な」

皮肉気にゼフィアはそう言うと、男に背中を向けて歩き出す。
一方通行も、ゼフィアの横に並び、そのままその場を後にする。

「く、そ……ゼフィ、ア……」

殺したかった友人の名を呟きながら、そこで男の生命維持活動は停止した。



「うっ……」

身体に突如として走った痛みが原因となり、上条は目覚めた。
覚醒状態に近づくにつれて、先ほど身体に負ったダメージが効いてきたのだろう。

「あ、目覚めましたね」
「しゃ、シャマルか?」

どうやら無事にはやての家に戻って来れたらしく、ベッドの横には何やら治療道具らしきものを持ったシャマルが立っていた。
上条は上半身を起こそうとするが、すぐに身体中に痛みが走り、それを止めた。

「はい。すぐに目覚めてよかったです。治療魔法が効かない時はどうしようかと思っちゃいましたよ」
「ああ、悪いな……俺の右手がそれらも例外なく打ち消しちまうみたいだからさ」

上条の右手は便利であると共に、不便だ。
異能の力ならどんなものでも打ち消す、右手。
その右手は、上条に癒しを与える力(げんそう)ですら、例外なく打ち消してしまう。
どんなに命の危機に瀕していたとしても、医療の力だけでなんとかしなくてはならないのも事実だった。
しかし、上条の身体の傷などの治りが早いのも、シャマルの手当てのおかげなのかもしれない。

「怪我の方は2、3日もすればすぐに治ると思います。身体の痛みも、筋肉痛や打撲というのが主な原因です。次の日には恐らく治っちゃってると思いますよ」
「そ、そうか……なんか悪いな、色々やってもらっちゃって」
「いえいえ。バックアップが私の役目ですから」

笑顔でシャマルはそう言った。
上条も、釣られて笑顔になる。
そんな中に、暗い表情を浮かべたヴィータが入ってきた。

「あ、ヴィータ……よかった、お前、無事だったんだな」

ヴィータの横には、獣状態のままのザフィーラがいた。
どうやらこの場で口を出すつもりはないらしい。

「よかった、じゃねえよ……お前、怪我したんだぞ? あたしのせいで、もしかしたら命落としてたかもしれねぇんだぞ? なのに『よかった?』だって? 全然よかねぇんだよ!」

ヴィータは叫ぶ。
その目からは、涙があふれ出ていた。

「悔しいけど……お前にもしものことがあったら、一番悲しむのははやてだ! はやてが泣く姿なんてあたしは見たくねぇんだよ! だから勝手にあたしを庇おうなんて考えんじゃねえよ! あの位の攻撃なら、何とか出来た!!」
「それは違う! あの時お前は完全に不意をつかれてた。だからあんなタイミングで攻撃されてたら、お前が大怪我を負ってたかもしれねぇじゃねえか! 俺はお前が目の前で大怪我負う所も見たくなかったんだよ!」
「なんだよそれ、結局ただの自己満足じゃねえか」
「自己満足でも、それで誰かが助かるのならそれでいいんだよ」

無理矢理上半身を起こし、ヴィータに視線を合わせるようにする。
身体はまだ痛みを発しているが、それでも上条は言わなければならないことがある。

「俺はただ、自分の周りの世界が幸せならそれでいいんだ。その為には、俺はどんなことだってする」
「けどそれじゃあ、お前が幸せじゃない……」
「いや、俺は幸せだよ。俺の『不幸』で誰かが幸せになるのなら、それだけで、俺は幸せなんだ」

上条は、自らが『不幸』な人間であるからこそ、何かの事件に巻き込まれ、そして誰かを救うことが出来る。
これがなく、何も知らないまま平和に過ごしていたら、救えたはずの命が守れなかったかもしれない。
その方が、よほど上条にとって怖かったのだ。

「俺の周りの世界には、お前らも含まれてるからよ……だから俺は、自分の持てる限りの力をつかって、お前達を守る。ただ、それだけだ」
「お前に守られる筋合いはねぇよ。あたし達は騎士なんだからな」
「それ以前にお前やシャマル、シグナムは女の子だ」
「……」

ザフィーラは、内心上条の言動に呆れていた。
どうしてこの人物は、ここまで他人のことを思えるのだろうか。
どうしてこの人物は、自らを不幸のどん底まで突き落としてでも、誰かを守ろうとするのだろうか。
同時に、ヴィータは怒った。
自分は騎士だ。
女である前に、騎士だ。
だから女扱いするんじゃない。
弱い者であるかのような扱いをするんじゃない。

「テメェ……」
「お前だって分かってるはずだろ。お前が傷ついたら、誰が悲しむのか」
「誰って、そりゃあ……!!」

そこで、ヴィータは気付いた。
そう、上条ははやてのことも、ヴィータのことも気遣って、このような行動に出たのだ。
自分は大丈夫だということを確信して、そしてヴィータのことを助けたのだ。

「気付いただろ? お前にはそれだけの価値があるんだよ。大切な家族が傷つけられるのがどれだけ辛いことなのか、お前にだって分かるだろ?」
「け、けど……!」
「それに、心配するのははやてや俺だけじゃない。シャマルだって心配してるわけだし、シグナムだってそうだ。ザフィーラだってあの時、お前を気遣っていたじゃないか」

騎士だから大丈夫。
そう思って、疲れを前に出そうとしないヴィータを気遣って、あの時ザフィーラは労いの言葉を述べたのだ。
ヴィータだって分かっていた。
自分の身に、疲れがたまっていると言う事実を。

「……」
「背負いすぎてるんだよ、お前は。もう少し、周りに甘えてみてもいいんじゃないか? その姿を見てると、まるでついこの間までのはやてを思い出すんだよ」
「はやてを……?」
「アイツも、孤独で寂しいのを必死にこらえて、一人で頑張ってきたんだ。それも、誰にも頼らずに、弱音も吐かずに、ずっとだ」

かつてはやても、今のヴィータのように誰にも弱音を吐かずに生きてきた。
周りに頼りに出来る人もいなくて、それでも頑張るしかなくて。
だが、ヴィータは違う。
守護騎士として召喚されたヴィータには、シグナムもいる、シャマルもいる、ザフィーラもいる、はやてもいる、そして……上条もいる。
周りに、こんなに頼りに出来る人がいるのだ。

「だからもう少し、お前は周りを頼りにしてやれ。焦りすぎてるんだよ、今のお前は」
「だって、早くしないと、はやての命が……」
「早くしないとはやてが助からない。お前は単にその気持ちを強く受け止めすぎてるだけだ。確かに人の命はいつ散ってしまうか分からない。助けたいって気持ちも分かる。けど、その前にはやてを信じることだって出来るはずだ」
「信じる……?」
「はやてがまだ生きていられる。元気な姿で、自分達の前に笑顔を見せてくれる。そう信じるんだよ。今のお前は、それを少し疑ってる。だからもう少し、信じてやれ」

助けたいと思うのは当たり前のことだ。
自分にはそれだけの力があり、やるべきことがある。
だから精一杯頑張るのは当たり前。
だが、頑張りすぎるのは身体に毒だし。
何より、はやてが死んでしまうと思いこんでいるのと同じだということに繋がる。
要するに、ヴィータは今、『八神はやてが闇の書の呪いに喰い尽されて、死んでしまう』と勝手に思い込んでいるということだ。
事実その通りではあるが、もはやヴィータのそれは脅迫概念に近いものであった。

「……お前の言うことも一理ある。確かにあたしは焦りすぎてたのかもしれない。けど、焦ることの何が悪い? 急ぐことの何が悪い? 早く治ってくれれば、それでいいじゃないか!」
「早く治ることを俺だって望んでる。だから精一杯のことをやるつもりだ。けど、やりすぎるのはよくないんだ。やりすぎると、途中で大きな失敗をして、余計に取り返しのつかないことになるんだよ」

早く終わりにしたい気持ちは分かる。
けど、気持ちが先走りすぎて、立ち止まってしまっては意味がない。
ならば、自分にできる限りの力で、少しずつでもいいから、確実に終わらせて言った方が効率がいいし、その方が早いかもしれない。
焦りからは、何も生まれない。
失うことの方が多い。

「……だから、俺達を頼ってくれ、ヴィータ」
「!?」

どうしてなのか、分からない。
上条にそう言われた瞬間、全身の体温が一気に上昇したような気持ちになった。
おかしい、こんなの絶対におかしい。
こんなのいつもの自分じゃないみたいだ。

「あらあら、ヴィータちゃんったら上条君のことが好きに……」
「わーわーそれ以上言うな!!」

シャマルが笑顔で言いかけたことを、ヴィータは必死に止める。
……そう、この瞬間。
ヴィータは騎士としてではなく、一人の女の子として、上条当麻という人間に触れてしまったのだ。
上条も、騎士としてではなく、一人の女の子としてヴィータを認識していたのだ。
もっとも、上条にとっては、シャマルも、シグナムも、そしてザフィーラに対しても、騎士として触れてはいない。
シグナムはシグナムという人物として。
シャマルはシャマルという人物として。
ザフィーラはザフィーラという人物として認識している。
それが、上条当麻という人間だった。

「……頼っていいんだな? その……トウマのことを、頼ってもいいんだよな?」
「……ああ、構わない」
「それじゃあ、早速一ついいか?」
「ん? 何だ?」
「……これからも、トウマが元の世界に戻るまでの間、あたし達のそばにいてくれるか?」

その問いに対して、上条はこう答える。

「ああ、いいぜ」

いつ元の世界に帰れるのかは分からない。
闇の書が完成したら?
あるいは、それよりも前に、後に?
それとも、更なる事件が待ち受けていて、それが解決したら?
ともかく上条は、目の前にいる女の子のそばにいてあげたいと、今はそう思っていた。



次回予告
一人目の男を倒した一方通行とゼフィア。
同じ頃に、イギリスにいたとある人物が、エリマと名乗る女性に出会い、なのは達の世界へと向かうことになる。
なのはとフェイトのデバイスは完全修復し、更に新しい機能まで備え付けられる。
だが、その時緊急召集がかけられて、現地に向かった二人は、そこで思わぬ人物に出会う。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『カートリッジ・システム』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] A's『闇の書事件』編 6『カートリッジ・システム』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/04/22 16:02
イギリス某所。
ジーンズを履いた女性が、街の中を駆け巡っていた。
腰には身長よりも大きいと思われる刀が掛けられていて、露出度が高い服装をしている。
ポニーテールのその女性は、いるだけでも違和感があるが、そんな女性が黒い服を着た男達に追われていると言う光景は、それ以上に異常であった。
ただ、この女性はわざとこの男達に追われているのだ。

「(こんな人の多い場所で戦うわけにはいかない―――!)」

女性は、第一に周りの人物のことを想っていた。
自分の戦闘に、周りを巻き込むわけにはいかない。
だからなるべう人気のない場所まで男達を誘いこむのが、女性の目的だった。
―――女性の名前は神裂火織(かんざきかおり)。
元天草式十字凄教の女教皇(プリエステス)であり、現必要悪の教会(ネセサリウス)所属の魔術師。

「ここなら、大丈夫でしょう」

やがて人気の完全にない場所までやってきた神裂は、突然立ち止まり、男達と対面する。
数は四人。
この程度の相手なら、神裂にとって敵ではない。

「……魔法名を名乗らせないでくださいよ。私はあの魔法名は、もう名乗りたくありません」

救われぬ者に救いの手を(Salvare000)。
それが彼女の魔法名であり、出来る限り名乗りたいとは思わない名前でもあった。

「!!」

男達は、各々の得物を取り出す。
正直な話、どれもチンケな武器であった。
この程度の人数で、しかも定番中の定番とも言える現代兵器を使用するなんて、あまりにも馬鹿げている。
しかも、目の前にいる人物は、世界に二十人しか存在されていないとされる聖人だ。
それだけの敵を相手にするのに、その程度の武器ではあまりにも役不足だろう。
それでも、男達は敵を確実に仕留める為に神裂目掛けて突っ込んできた。

「……七閃」

彼女の持つ日本刀―――七天七刀を引き抜くような動作をとる。
同時に、四方に渡って斬り傷のようなものが出来あがる。
ザシュッ! という殺傷音が響き渡る。

「ぐっ!」

男達の身体からは、噴水の如く血が吹き出る。
しかし、それでも男達は死に至ることはない。
何故なら、神裂は男達を誰も殺さないように、尚且つ確実に足を止めるように、その攻撃を放ったのだから。
実は彼女が放った『七閃』という技は、刀によって相手を斬る技ではない。
刀を抜くような動作の裏で、ワイヤーを使って相手に攻撃をするという技なのだ。

「……一体、この人物達は何者なのでしょうか? 突然私に襲いかかってくるなんて……」

倒れている男達を見ながら、神裂は呟く。
明らかに異常な事態に陥っている。
街中で突然男達に追いかけまわされるなんて経験、彼女程の人間ならまず経験しないことであろう。
しかし、今回その異常な事態が、当り前のように発生してしまった。
つまり、何かが起き始めようとしているということだ。

「やっと見つけましたよ、神裂火織さん」
「!?」

背後より声が聞こえる。
神裂の手は、自然に刀の柄の部分にかかり、その身体はすぐに後ろを振り向いた。
そこにいたのは、一人の女性だった。

「大丈夫ですよ、私はそこに倒れている男達とは無関係ですから」
「……貴女は、何者ですか?」

神裂は、それでも警戒心を緩まずに尋ねる。
女性は、ただ淡々とこう述べた。

「『世界の調律師』温厚派……エリマ・キャデロックです」



「で? 今の所他の場所での被害はどの程度なんだ?」

土御門は、臨時司令部―――マンションの一室にてエイミィに尋ねる。
エイミィは困ったような表情を浮かべながら、

「よくないね~今までより少し遠い世界で、野生動物が数体やられてる」
「野生動物? 動物にもリンカーコアというものは宿るんですの?」

すぐ近くに居た白井が、そう尋ねる。
彼女達は、こちらの魔法事情にはあまり詳しくない。
だからこのような疑問が浮かんで当然とも言えた。

「うん。リンカーコアって言うのは、生きている物なら何にだって宿る可能性があるものだからね。けど、大体は大型動物に宿ってるって感じかな?」
「なるほど……つまり相手は、魔力が宿っているものなら、どんなものでも構わないってことですのね」

白井の言う通り、リンカーコアが蒐集出来るのなら、それが人間でなくたって構わない。
それが、守護騎士《ヴォルケンリッター》の考え―――というよりも、認識だった。

「だが、ちっとばっかしおかしな話でもあるな。あの日いきなりなのはのことを奇襲してきた集団にしては、ここまで他の魔導師が狙われていないのは、話が違いすぎる」
「確かにそうだね……もしかして、誰かが人を狙って欲しくない的なことを言ったのかな?」
「かもしれないし、そうじゃないかもしれませんわね。しかし、考えを改めさせる事態が発生したと言うことは確かですわね」

エイミィの言葉に反応するように、白井が言う。
あの出会いを『考えを改めさせる事態』と呼ぶのだとしたら、そうなのだろう。
この時、土御門はすでに理解していた。

「(恐らく、あの守護騎士の元にはカミやんがいる。どうせカミやんのことだから、魔導師を狙うのはもうやめろって言ったに違いない。けど、このことを管理局に言ったら、カミやんまで犯罪者に仕立て上げらる可能性がある)」

この事件において、闇の書の持ち主を含めて、守護騎士達は犯罪者という扱いになっている。
ということは、守護騎士の元にいる上条もまた、共犯という扱いをされるのだろう。

「はぁ……闇の書事件についてもそうだし、未だに上条君は行方知らずだし、本当にここ最近いろんなことがあって大変だぁ……」

溜め息混じりに、エイミィは言う。
実の所、ここ最近エイミィはあまり休みがとれていなかったのだ。
理由はとても単純で、ここ最近でいろんな事態が集中しすぎているからだ。

「もう~! せめて上条君がひょっこり帰ってくれば、事が一つ解決するのに~!」
「まぁ私的には、あの猿人類がいないおかげでお姉様との熱い夜を過ごすことが……」
「うっさいわよ、黒子」

ガン!
突然白井は、何者かに後頭部を殴られる。
……だが白井にとって、この感触が繋がる感情は、快感以外の何物でもなかった。
何故なら、白井を殴った相手というのが……。

「お姉様~♪ここじゃああれなので、邪魔者がいない奥のベッドで……」
「一応ここ人の家なんだから、アンタは自重しなさいって言ってるのよ!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

ビリビリビリビリビリビリビリビリ!
白井の身体を、美琴の電流が駆け巡る。
見ていて卒倒してしまいそうな光景だが、それでも白井にとっては御褒美(?)にしか感じられない。
何とも歪んだ愛情である。

「ああ……♪何だか癖になってしまいそうですわ……」
「ひっ!」

ついにはこんなことまで口走る始末。
そんな白井に、美琴は本気で引いたそうな。

「……あの子達も、何だか楽しそうだね」
「……気にしない方が、身の為だにゃ~」

さすがにここまで露骨な百合っぷりを見せられた所で、何の興奮も湧かない土御門なのであった。



数日後。
管理局の本局にて検査を受けていたなのは。

「ありがとうございました」

そうお礼の言葉を述べて、なのはは医務室を後にする。
そんななのはの元へ、フェイト達は駆け寄ってきた。

「なのは! 検査結果はどうだったの?」

真っ先に声をかけてきたのは、インデックスだった。
なのはは、両手拳を握って、元気アピールをしながら。

「無事完治!」

そう、元気よく答えた。
フェイトも、笑顔でこう報告する。

「こっちも完治だって」

そう言いながら、フェイトは自分のデバイスである待機状態のバルディッシュを。
ユーノが、紐で繋がっている赤い宝石状態のレイジングハートを見せる。
先の戦闘でボロボロとなってしまった状態のそれらとは大違いで、傷もすっかり修復されていた。
なのはのリンカーコアも元の状態に戻ったことだし、これでなのははやっと元の状態に戻ることが出来たというわけだ。
これからは、魔法を使っての戦闘にも参加することが出来る。

「さて、そのことを司令部にいるエイミィに報告しなければいけないんじゃないかい?」
「あ、そうですね」

ステイルの言葉を聞いて、ユーノがそう言った。
とりあえずその場からまず移動をすることにしたなのは達。
2番目の中継ポートに来たところで、エイミィに連絡を入れる。

「こちらユーノです。なのはのリンカーコアは無事完治、二人のデバイスも完全修復しました」
『そう、よかった! 今どこ?』
「2番目の中継ポートです。後10分くらいでそっちに戻れますから」
『そう……じゃあ戻ったらレイジングハートとバルディッシュについての説明を……』

エイミィがその後も言葉を続けようとする。
だがその言葉は、突然鳴り響いてきたアラーム音によってかき消されてしまう。

「な、何が起こってるの!?」

美琴が叫びつつ、そう尋ねる。
エイミィも、焦ったような声でこう言った。

『至近距離にて緊急事態!』
『都市部上空にて捜索指定の対象2名を捕捉しました。現在強壮結界内部で対峙中です』
『相手は強敵よ。交戦は避けて外部から結界の強化と維持を!』
『了解しました』

無線機を通じて、それらのやりとりがなのは達にも聞こえてくる。
どうやら臨時司令部からかなり近い距離で守護騎士達を発見し、現在局員達が結界を張って対峙しているということだ。

「敵のお出ましってわけだにゃー」

緊張感がない声で、土御門は言う。
だが、次の瞬間、局員の口調が少し困ったようなものに変わる。

『ただ……結界内に、妙なことに一般人らしき人物が二名いるのですが』
『一般人? 二人も? 特徴は?』

尋ねているのは、恐らくリンディだろう。
局員は、リンディからの質問に答える。

『一人は、全身を黒い服で包んだ謎の男。もう一人は、ツンツン頭で、学生服の上から上着らしき物を着た少年です』
『ツンツン頭? 学生服の少年? まさかそれって……』
「か、上条さんのことじゃ……」

なのはが、呟くように言った。
そんなことがあってはならない。
何故なら、上条当麻がそこにいるということはつまり―――守護騎士達と共に、闇の書を完成させようとしていることに繋がるからだ。

「とうまのことだから、何か考えがあると思うんだよ。とうまが自分から犯罪行為に手を染めるなんて考えにくいし……」
「そうね。いくらアイツでも、何の事情もなしに闇の書を完成させようなんて思ってないはず。だけど、どうして……?」

彼女達は、どうしても分からなかった。
何故上条は、犯罪行為だと分かっているだろうに、その手助けをしているのだろうか。
そして、どうしてそのことを自分達に何も報告してくれないのか。

「とにかく、今は向こうに帰るのが先決だ! ユーノ、行くぞ!」
「はい!」

土御門の言う通り、今は臨時司令部に向かうのが先決だ。
中継ポートを通じて、彼らはその場所へと向かった。



「ちっ、囲まれたか……」

海鳴市上空結界内部。
ヴィータとザフィーラの周囲を取り囲むのは、管理局から送られてきた武装魔導師達だった。
彼らの動きを止めることくらい、ヴィータとザフィーラにとって決して難しいことではない。
だが、数が多すぎる上に、結界が固いのだ。

「管理局か……」
「けど、ちゃらいよ。こいつら……返り討ちだ!」

ヴィータがザフィーラにそう言葉を返す。
地上では、上条が結界を壊す為に、結界を張られたことによって誰もいなくなった街の中を疾走していた。
結界が張られている限界の所まで行き、到達することが出来れば、すぐに右手で破壊することが出来る。
だからこうして、地上を走りまわって、その場所まで向かっているのだ。

「(くそっ! 空中戦が出来るわけじゃないから、少しでもサポート出来ればいいと思ってたけど、この調子じゃ俺は何も出来そうにない……せめて結界を壊す位は!!)」

徐々に焦りを見せ始める上条。

「結界を壊すのは後回しにした方がいいんじゃないか? 幻想殺し(イマジンブレイカー)」
「何!?」

突然背後から声を掛けられて、上条は思わず立ち止まってしまう。
この場において、恐らく聞くことがない男の声。
聞き覚えはないが、それでも十分に理解出来た。
この人物は、決して味方ではないと。

「だ、誰だ?」

恐る恐る、上条は後ろを振り向く。
そこに立っていたのは。

「おっと、そんなにビビんなくてもいいじゃねえかよ。俺は少なくともお前さんの敵じゃねえんだからよ。俺の名前はゲルだ。『世界の調律師』温厚派の一人ってわけだ」

顔にサソリの刺青を入れた男―――ゲルだった。

「『世界の調律師』? ソイツが一体、何の用なんだ? それに温厚派って……」
「詳しい説明は、常盤台の超電磁砲(レールガン)達から聞きな。アイツらにはすでに教えてあるんでな。今はそんなことをとやかく説明してる暇はないの。つか、正直面倒だ」

そう述べた後で、ゲルは辺りを見回す。
一見すると、何もないようにも見えるその周囲からは。

「そうら、邪魔者のお出ましだ」
「邪魔者? ……!?」

釣られて上条も周囲を見回してみれば。
視界いっぱいに、正体不明の機械達が集まってきていた。

「コイツらは魔力が固まって出来た、言わば魔法機だ。お前の右手が反応して、大人しく消えてくれるだろうが……さすがにこれだけの数を相手にしてると、正直な話結界どころじゃすまなくなるだろ? 本当ならこんな事態になる前にさっさとお前達にはこの世界から出てってもらいたかったんだが、どうやらそうも言ってられなくなっちまったみたいだしよ」
「お前、何の……」
「ゴチャゴチャ言ってる暇があったら、さっさとソイツらの相手でもしてこい!」

ゲルは吠えた。
そして、自分自身も機械の前に立ち、己の持つ得物を取り出す。
取り出したのは、何やらステッキみたいなものだった。

「面倒だけど、これが俺の仕事だからな……一気に片付けさせてもらうぜ!」

地面を思い切り蹴ると、ゲルは杖を上に振りかざす。
そして下に振り下ろすその過程で、その杖は巨大なハンマーへと変化した。

「なっ!?」

これには上条は驚いた。
一見するとなんの変哲もなさそうな杖が、突如としてハンマーへと姿を変えたからだ。
そのハンマーの大きさは、地面を叩きつけたら周辺に震度5弱程度の地震を発生させることが出来るのではないかと思わせる程の大きさだった。
それを使って、ゲルは機械を思い切りたたきつける。
下敷きとなった機械は、間もなくハンマーの下で爆発を起こし、その場から消滅した。

「おい、ゲル! どうしてコイツらはこんな場所にうじゃうじゃといやがるんだ!」

上条は右手で機械を殴りながら、ゲルに尋ねる。
ゲルはハンマーとなっていた杖を剣の形に変えながら、答えた。

「お前達を消す為に、過激派の連中が用意したものだ!」
「俺達を、消す?」
「ああそうだ! この話に関しても奴らから情報を聞くんだな! 今はお互い悠長に話し込んでる場合じゃないって言ったばかりだろ!!」

ゲルと上条が地上で共闘している中。
ヴィータとザフィーラは、上条が結界を破ってくれるのを待ちながら、周りにいる武装魔導師達をどのようにして倒すかを考えていた。
だが、その考えはすべて無駄に終わってしまう。

「「なっ!?」」

何故なら、今まで周囲を囲んでいた魔導師達が、突如として後方に下がり始めたからだ。

「上だ!」
「!?」

ザフィーラの叫び声がヴィータの耳を貫く。
言われてヴィータは、上を見上げる。
そこには。

「スティンガーブレード・エクスキューションシフト!」

足元に魔法陣を展開し、空中に無数の剣を出現させている黒き魔導師―――クロノ・ハラオウン執務官の姿がそこにはあった。
クロノが杖を振りおろすと、今まで目標を定めていなかった剣が、すべてヴィータとザフィーラに向けられる。

「喰らえ!」

その掛け声と共に、剣達は二人を狙って一気に加速を始めた。
着弾するまでに、そう時間はかからない。
判断を誤ったら、その瞬間撃墜される。
ザフィーラはヴィータの前に立ち、障壁を張る。
ダダダダダダダダダダダダダダダダ!
障壁と剣がぶつかり合い、衝突音が繰り返される。
やがて魔力同士がぶつかり合うことによって爆発が生じ、辺りに煙が立ち込める。

「少しは……通ったか?」

クロノは煙の中にいるだろうと思われるザフィーラとヴィータを見ながら、呟いた。
次第にその煙は晴れていく。
その煙が完璧に晴れた時、そこにいたのは左腕に数本の剣が突き刺さりながらも、ヴィータを守っているザフィーラの姿だった。

「ザフィーラ!」

ザフィーラを心配するヴィータ。
しかしザフィーラは、

「気にするな。この程度でどうにかなるほど……柔じゃない!」

腕に力を込めながら、そう告げる。
同時に、刺さっていた剣がパキン! という音を放ちながら粉々に散って行く。

「上等!」

その言葉を受けて、ヴィータは笑みを浮かべる。
その後、クロノのことを睨みつけた。
クロノは、思わず苦い表情を浮かべる。
あれだけの攻撃を放ったのに、相手にあまり大きなダメージは与えられていなかったからだ。

『武装局員配置終了! オッケイ、クロノ君!』
「了解!」

その時、エイミィからの通信が入る。
そしてエイミィは、クロノにさらに次の言葉を告げた。

『それから今現場に助っ人を転送したよ』
「え? 助っ人?」

その言葉を聞いて、クロノは辺りを見渡す。
そして、とあるビルの屋上に目が止まり、そこにいる人物達を見た。

「なのは、フェイト!」

そこにいたのは、待機状態のデバイスを持つ二人の少女だった。

「レイジングハート!」
「バルディッシュ!」
「「セットアップ!!」

二人はそれぞれのデバイスを空にかざす。
すると二人の身体を包むように一筋の太い光が差し込んできて、彼女達の身体が宙に浮き始めた。

「Order of 『Set up』 was accepted」
「Operating check with the new system has started」
「Exchanged parts are in green condition」

しかし、どうも様子がおかしい。
二人の身体を、魔力が包み込むまでは前までと同じだ。
なのに、いつまで経ってもその身体にバリアジャケットを纏わせようとしないのだ。
それどころか、レイジングハートとバルディッシュはそう言いだす始末だ。

「え? これって……」
「今までと……違う?」

その事実に、ただ驚くばかりのなのはとフェイト。
何も驚いていたのは、二人だけではない。

「あれは一体、どういうことなの?」
「分からないわ……一体、二人のデバイスに何が……」

その理由をさっぱり理解することが出来ない、インデックスと美琴の二人。
そんな二人に分かるように、土御門と白井が言った。

「あの二人のデバイスは、生まれ変わったんですの」
「新しいシステムを搭載して、な」
「「新しいシステム?」」

二人は同時にそう言った。
レイジングハートとバルディッシュに、何やら新たな機能が追加されたという。
だが、それがどのような機能なのかまでは予測することが出来なかった。

「で、一体なにが追加されたわけよ?」
「まぁそれは見てからのお楽しみってな」

もったいぶる土御門に対し、もどかしさを感じずにはいられない美琴。

「Condition: All Green. Get set」
「Stand by. Ready」

バルディッシュとレイジングハートからそのような音声が発せられる。
そしてなのはとフェイトは、二つのデバイスの新しい名前を宣言する。

「レイジングハート・エクセリオン!」
「バルディッシュ・アサルト!」
「「Drive Ignition」」

二人の声は重なり、そして、二つのデバイスの音声も重なる。
瞬間、辺りに強烈な光が差し込んでくる。
その光の強さに、思わずヴィータ達までもが目を瞑ってしまった。
そして、光が晴れた時、そこにいたのは……。

「アイツらのデバイス……あれってまさか!?」

ヴィータが驚くような仕草をとる。
二人のバリアジャケットには、何の変化もなかった。
ただし、そのデバイスには見てよく分かる通りの変化が施されていた。

「あれって……カートリッジ・システム?」
「そう。すべて彼らが望んだことだ。レイジングハートと、バルディッシュがね」
「ま、まさか武器が自ら進化を望んだってこと!?」

ステイルの言葉を聞いて、美琴が驚く。
さすがに、主の為に自身の能力向上を計る武器なんていないだろうと思っていたからだ。

「彼女達のデバイスは、言わばインテリジェント・デバイス。人工知能(AI)が組み込まれているものなんだよ。だからその可能性も否定は出来ないだろうね」
「知能を持つ武器、か……凄いかも」

インデックスは、なのはとフェイトの姿を見てただ感心するばかりだ。
と言うか、『ジュエルシード事件』の時からずっと思っていたことがあるらしい。
それは……。

「あの姿……カナミンに似てるかも!」
「か、カナミンって……」

そう。
上条達の世界でやっているアニメ、『マジカルパワードカナミン』にそっくりなのだ。
ちなみに、どんな番組かはこの場においてインデックスしか知らないが。
閑話休題。
話を元に戻すとしよう。
二つのデバイスに搭載されたカートリッジ・システムの形態は、なのはのレイジングハート・エクセリオンはマガジン式・フェイトのバルディッシュ・アサルトはリボルバー式のものとなっていた。
フェイトは、ヴィータ達に言う。

「私たちは貴女達と戦いに来たわけじゃない。まずは話を聞かせて!」
「闇の書の完成を目指している理由を!」

まずは話を聞く。
どうして、闇の書を完成させようとしているのかについて。
しかし、ヴィータはジト目でなのは達のことを見つめながら。

「あのさ、ベルカの諺にこういうのがあんだよ」
「ん?」

横に居るザフィーラが、ヴィータのことを一度見る。
構わず、ヴィータはこう続けた。

「『和平の使者なら槍は持たない』」
「「?」」

二人は、分からないと言いたげな表情で、互いを見つめ合う。
言わなくても、念話をしなくても心は通じ合っていた。
『一体どういう意味?』と。

「ああ、なるほどね……」
「何? 何か納得出来たの短髪?」
「短髪って呼ぶな。美琴様って呼びなさい」

何か分かったかのような表情を浮かべた美琴に尋ねてきたインデックス。
美琴は一度そう切り返してから。

「つまり、話し合いに来たのに武器を持ってくるなんておかしいじゃないか……っていう意味ですわね? お姉様?」
「……その通りよ」

その先の言葉を白井に言われて少し悔しい美琴なのであった。
要するに、ヴィータはこう言いたいのだ。

「話し合いをしようってのに武器を持ってやって来る奴がいるか、バーカ、て言う意味だよ。バーカ」
「い、いきなり有無も言わさず襲いかかってきた子がそれを言う!?」
「一理あるな」
「確かにその通りだにゃ~」
「そこのギャラリーは黙ってろ!! 聞こえてんだよ!!」

なのはが反論し、その反論に便乗してヴィータを馬鹿に(?)するステイルと土御門。
しかしどうやらヴィータの耳は割といい方らしく、結構遠くに居るはずの二人の声も、きちんと聞こえていた。

「それにそれは諺ではなく、小話のオチだ」

ヴィータの横からは、ザフィーラによる駄目出しが。

「うっせぇ! いいんだよ、細かいことは!!」

反論する言葉も見つからず、結局ムキになる始末のヴィータ。
そんな中、上空から何かが勢いよく落ちてくるのが見えた。

「な、何だあれは!?」

思わずステイルは叫んでしまう。
その何かは、なのはとフェイトがいるビルの目の前のビルの屋上に、ドォン! という衝撃音と共に着地する。
辺りには煙が立ちこみ、それが晴れた時、その場に居たのは。

「し、シグナム」

そう。
守護騎士(ヴォルケンリッター)の一人、シグナムだった。
シグナムは、なのは達のことを……いや、なのはの隣にいるフェイトのことを睨む。
彼女は再びフェイトと対決しようと考えているのだ。

「みなさん! 手を出さないでくださいね! 私あの子と1対1だから!!」

なのはは後ろを振り向かず、美琴達(クロノやユーノを含む)に宣言する。
これはあの日の対決のセカンドマッチでもあるのだ。
戦う相手は、あの日戦った相手と同じでなくてはならない。

『アルフ、私も……彼女と』
『ああ、分かった』

フェイトとアルフの二人も、念話を通じて会話をする。
フェイトはシグナムとの再戦を。
そしてアルフも、ザフィーラとの再戦を。

「おい、クロノ。お前はこの間にやるべきことがあるだろ?」
「分かっている……闇の書の持ち主を探すんだろ?」

小さな声で土御門が話しかけてきたので、クロノも小さな声で返す。
そう、彼らが戦っている隙に、この結界外にいるだろうと思われる、現在闇の書を所有している人物を探すのだ。
守護騎士達が、結界内に閉じ込められているにもかかわらず、闇の書をその場で持っているとは少し考えにくいものがある。
……これで、各々が取るべき行動は決まった。

「つまり、私達もこの結界内にいるかもしれない、闇の書の持ち主を探せばいいってことね?」
「人探しならお任せください。風紀委員(ジャッジメント)でそう言った仕事に携わったこともありますので」
「私だって、その位なら役に立てるかも!」
「柄じゃないけどね、行くしかないね」
「それじゃあ、行動開始だ!!」

土御門が宣言したところで、彼らはそれぞれが成すべきことをやり始めた。
だが、彼らはまだ知らない。
この結界内にいる、あの機械達の存在を。



「くそっ! 何度ぶっ壊しても数が減らねぇ!」

上条とゲルは、未だに機械と対峙していた。
先ほど彼らがいた場所から、全然動いていないように見える。
その理由は、とても単純なものであった。

「コイツら……もしかして何処かで量産されてんじゃねえのか? んで、そこを叩かない限り、俺達に勝機はない、と」
「マジかよ。つまりこの機械達の包囲網を潜り抜けながら、その核をぶっ潰さなきゃならないってのかよ!?」
「ちっ、面倒臭ぇな……」

頭を左手で掻き毟りながら、ゲルがぼやく。
彼の周りには、すでに四方に渡って機械達が迫ってきていた。
どれも、相手を確実に殺す為に各々の武器をゲルに向けていた。

「魔力で練成されてる奴らだ。持ち主の魔力が枯れない以上、永遠にコイツらは量産されてくぞ」
「これだけの数を練成出来るってことは、ソイツは相当魔力が高いってわけか」
「そうなる……な!」

剣の形に姿を変えたステッキで機械を切り刻みながら、彼はそう答える。

「くそっ! うざってぇんだよ!」

上条の右手が機械と衝突する度に、パキン! という悲鳴が鳴り響く。
周りを埋め尽くすだけの機械を壊して先に進もうとするが、しかし進行速度は遅く、すぐに別の機械達によって埋め尽くされてしまう。

「せめて空でも飛べりゃあいいんだけどな……俺達は残念ながら空飛べねぇし」
「んなこと嘆いてる場合じゃねえだろ!!」

ゲルの言ったことに対して、上条はそうツッコミを入れる。
そう、今はそのことを嘆いてる場合ではなく、この機械達を如何に効率よく殲滅させるかが大事だ。
せめて後少し人がいてくれたらどれだけよかったことだろうか……。
上条がそんなことを考え始めていた、その時だった。

「とうま!」
「!? インデックスか!!」

背後から声が聞こえる。
振り向いたが、そこにいたのは武器を持っている機械だった。

「ちっ! 邪魔だクソ野郎!」

上条の右拳が、機械の身体に勢いよく衝突する。
悲鳴に近い音を響かせた後、その機械の身体は消滅した。
すると、その機械の後ろからインデックス・美琴・白井の三人がやってくる。

「一体どうなってるわけ? 闇の書の持ち主探しに下に降りてみたら、今アンタが襲われてたような機械が私達に向かって襲いかかってきたのよ……コイツらは一体何なの?」
「説明はあとだ。今はそれよりも、コイツを量産してる核をぶっ潰しにいかないといけない!」

美琴達に細かい事情を説明している余裕はない。
こうしている内にも機械は量産されていて、やがては今空中で戦闘しているなのは達にまで被害が及んでしまうかもしれない。
万全な状態の彼女達ならともかく、少なくとも戦闘中、もしくは戦闘後に狙われてしまっては、大幅に削られた体力が祟って、すぐに倒されてしまう可能性が高い。
だから今は自分達の手でなんとかする以外方法がないのだ。

「とにかく、核の方は俺が潰す! 白井、インデックスと御坂を何処か安全な場所へ連れてってやってくれ!」
「ちょっと待った! 私は戦うわよ!」

雷をバチバチと散らしながら、美琴は言う。
インデックスも、その場から離脱する気はなさそうだ。

「私は戦えるわけじゃないけど、せめて一緒に行動する位はさせて欲しいかも! 彼女達の仲間を探さないといけないし……」
「仲間を探す、か……」

上条としては、少し複雑な気分だった。
管理局側に居る美琴達の行動は、至極正しいことだろう。
しかし上条は、現在管理局と対立する守護騎士側についている。
だからこの三人とは一緒に行動を共にすることは、出来ないのだ。
ただ、今ここで三人と共同戦線を組まない限り、機械の量産を止めることは不可能。

「それで? あちらの殿方もご一緒で今までこうしてあの機械と戦っていたと言うことでいいですわね?」
「え? あ、ああ、その通りだけど……」

真剣な表情で聞いてきた白井に、上条は思わずドキッとしてしまう。
今まで別のことを考えていたのだ。
そんな中でいきなり声をかけられたら、誰だってそんな反応をとってしまうことだろう。

「それじゃあ、一先ず私達の成すべきことを変更致しましょう……目的を、機械殲滅に!」
「そうね……久々に暴れさせてもらうわよ!!」

瞬間、美琴の身体より高圧の電流が放出される。
それは味方である上条達の身体に当たらないように上手く調整されていて、機械達に当たると、すぐに機械は爆発した。
白井も、その場から空間転移し、気付けば機械の背後をとって、その身体に金属矢を埋め込んでいた。
それも、動力源となる部分を確実に射抜くような形で。

「へぇ……アンタら、結構やるのな」
「そっちこそ。この前話に来た時はただの面倒臭がりだと思ったけど、面白そうな武器持って戦ってるわね。それに、結構場馴れしてるじゃない?」
「生憎、こっちも仕事柄で戦闘する機会が多いわけよ……非常に面倒だが、仕事だから仕方なく引き受けてるけどな」
「だらしない殿方は女性からモテませんわよ?」
「別に構いやしねぇよ。女性とのお付き合い程、面倒なものはねぇからな」

ゲルと美琴と白井は、そんな会話を交わす。
彼女達からしてみれば、ゲルがここまで善戦していることが意外だったのだろう。

「よし、突破するぞ!!」

上条の叫び声と共に、彼女達は動き出した。



「なるほど……『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』という世界が生まれたことに不満を抱いている者達が反乱して、今その世界が大変なことになっている、と」
「その通りです。神裂火織さん」

何もない白い空間。
その中で、神裂とエリマは話していた。
内容は、今この世界で起き始めている『異常』についてだ。

「並行世界から独立して新たなる『正史』が生まれること自体はそう珍しいことじゃありません。しかし今回の場合、二つの並行世界が組み合わさって、新たなる『正史』が生まれたことは、かなり稀なことなのです。もっとも、それ自体は何も影響は及ばないのですが」

エリマは、真剣な表情で神裂に言う。
神裂も、エリマの言葉を聞きこぼさないように、すべて聞くようにする。

「貴女が今回襲われたのは、そんな考えを持っている……過激派の連中による仕業です」
「過激派、ですか」
「はい。ですが、いくら過激派と言っても、彼らも『世界の調律師』の一員であることには変わりないはずなのに、どうしてここまで積極的に、『世界の崩壊』に携わろうとするのでしょうか?」

前に述べた通り、『世界の調律師』とはその世界には極力干渉しないことを前提に考えている。
だから今回過激派がとっている行動を、イマイチエリマは理解出来なかったのだ。

「恐らく別の思考を持っている人物がトップにいて、その人物に感化されてこのような事態を引き起こしているのでしょう。つまり、過激派のトップは、『世界の調律師』にいながら、その考えに理解を示していない者。あるいは、『世界の調律師』自体に所属していない者の可能性がありますね」
「その可能性の内でなら、私は前者であると考えています」
「その理由は?」

神裂は、過激派のトップが『世界の調律師に所属していながら、その考えに理解を示していない』人物であると断言するエリマに、その理由を尋ねる。
するとエリマは、こう答える。

「過激派達は、口をそろえて『あのお方が俺達の所にいてくれて本当によかった』というのです。つまりこれは、トップが『世界の調律師』内部にいるということを示しています」
「なるほど……」

納得したような表情で、神裂は呟く。

「それで、私に頼みたいことと言うのは?」

神裂は、エリマからの要求をまだ聞いていない。
ここまで今回の事件に関する有力な情報を交換し合ってはいたものの、肝心のエリマからの要求の件は話に出ていなかったのだ。
というのも、今こうして神裂がこの空間に連れてこられたのも、エリマから『お願いがあります』と言われたからだ。
エリマは覚悟を決めたような表情を浮かべ、神裂の前で頭を下げて、こう言った。

「貴女が『聖人』と称されることを見越して、お願いします。どうか、上条当麻達がいる世界に……『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』における、『リリカルなのはA's』に位置する世界に向かってください!!」

こうして新たにまた一人、なのは達の世界に介入者が現れた。



「Master.Please order me to cartridge load」

レイジングハートが、なのはにそう要求する。
それはまぎれもなく、『カートリッジ・システム』が搭載されている証拠。

「うん!」

なのははレイジングハートを構えなおすと、

「レイジングハート! カートリッジロード!」
「load cartridge」

ガシャン、という音と共に、カートリッジがロードされる。
ロードされた瞬間に、レイジングハートは赤く発光する。

「Sir?」

その様子を見ていたフェイトに、バルディッシュから声がかけられる。
フェイトは分かっていた。
これからバルディッシュが何を要求するのか。
そして、それに対して自分は何と答えればいいのか。

「うん、私もだね……バルディッシュ、カートリッジロード!」
「load cartridge」

フェイトも、なのは同様にカートリッジをロードする。
宣言と共にバルディッシュのリボルバー部分が回転し、装填される。
これで、準備は整った。

「デバイスを強化していたか……機をつけろ、ヴィータ」
「言われなくても!」

ザフィーラの言葉に対して、少し不機嫌そうな表情を浮かべながらヴィータが答える。
シグナムは剣を構え、そして改めてフェイトを一瞥する。
一瞬、ほんの一瞬だけ静寂の時間が流れたと思ったら、次の瞬間には魔導師達が一斉に飛び立った。
なのはとヴィータ。
フェイトとシグナム。
アルフとザフィーラ。
それぞれ戦うべき相手は決まっている。



「ふん、結局やるんじゃねえかよ」

空を飛びながら、ヴィータがなのはに悪態をつく。
その後を追うなのはは、

「私が勝ったら話を聞かせてもらうよ! いいね?」
「やれるもんなら……やってみろよ!」

そして、二人の戦闘は始まった。
まず最初に行動をとったのは、ヴィータだった。
指の間に挟んでいた鉄球を四つ宙に浮かし、それと同時に足元に魔法陣を展開する。
……ベルカ式。
エイミィの調査により判明した、守護騎士達が使う魔法形態。
かつてミッドチルダ式と共に隆盛を誇っていたが、先天資質に対する依存が大きいこと、カートリッジシステムの扱いづらさ、ベルカの崩壊等の問題があり衰退した、古い術式形態だ。
それを、彼女達は扱っている。

「Schwalbe fliegen」

そしてグラーフアイゼンのその言葉が発せられた後、ヴィータは鉄球を思い切り叩きつけた。
鉄球は、なのは目掛けて綺麗な弧を描いて飛んでいく。

「Axel Fin」

なのはは足に羽根を生やし、宙に舞うことでそれを避ける。
……『Flier fin』の時とはケタ違いで、移動能力が確実に向上していた。
これが、カートリッジの力なのだろう。

「アイゼン!」
「Explosion」

ヴィータの声に呼応して、グラーフアイゼンはカートリッジをロードする。
そして。

「Missile Form」

あの時見せた、片方の先が尖り、片方にブースターがついた、あの形に変化する。
それは始めてなのはとヴィータが戦った時に、なのはが張ったシールドを壊した、あの技だ。

「でりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

遠心力を活用して威力を向上させる、ラケーテンハンマー。
回転し、どんどんなのはの方へ迫って行く。
なのはは驚いたような表情でヴィータを見る。
だが。

「Protection Powered」

レイジングハートよりその言葉が発せられる。
なのはは右手を前に突き出し、目の前に壁を創り出す。
……それは以前のものと比べて、姿も効力も変わっていた。
なのはの周囲を守るように展開したそれは、広範囲に渡って展開していて、尚且つ。

「か、かてぇ……!」
「あっ、本当だ」

ヴィータの呟きを聞いて、なのはは気付く。
そう、以前のものよりも、遥かに強い強度を誇っていたのだ。
だが、それだけではない。

「Barrier Burst」

レイジングハートがそう告げた瞬間。
二人の攻撃がぶつかり合い、そしてドォン! という爆音が響いた。

「うわっ!」

反動で、なのはの身体は後ろに少し飛ぶ。
一方、ぶつけた時の衝撃が強かったのもあるのか、ヴィータの身体はなのはよりも遥か後ろに飛んでいた。

「Let's shoot Axel Shooter(アクセルシューターを撃ってください)」
「うん」

レイジングハートに要求され、なのははアクセルシューターを撃つ為の準備を整える。

「アクセルシューター!」
「Axel Shooter」

足元に桃色の魔法陣が展開する。
なのははレイジングハートをヴィータに突き出すように構え、告げた。

「シュート!!」

レイジングハートから放たれたその弾は、ヴィータ目掛けて飛んでいく。
ただし、その数は以前のそれの二倍以上。
驚くべき変化だった。

「え?」

撃った本人ですら、思わず驚いてしまう程だ。
これほどまでに、レイジングハートは変わったのだ。

「なっ……!!」

ヴィータは、自分に向かって飛んでくる弾を見て、驚くような素振りを見せる。
それはまるで夜空に舞う花火を見ているかのような感覚だった。
だが、数が多いと言うことは、それだけ欠点もあることをヴィータは知っていた。

「Control please(コントロールをお願いします)」
「うん……」

なのはは攻撃の制御をする為に、精神を集中させる。
目を瞑り、ただアクセルシューターの動きを制御させることのみに集中させる。
アクセルシューターは、ヴィータの周りをグルグルと回転していた。
まるで地球の周りをグルグル回る月のように。

「アホか! こんな大量の弾、全部制御出来るわけが!」

ヴィータの言う通り、通常これだけの数の弾をコントロールするには、かなりの精神力が必要となり、結局すべてを制御しきることが出来ないのがオチとなる。
だが、レイジングハートは確信していた。

「You can do it, my master(制御できます。私のマスターなら)」

なのはの周囲には、いつのまにか四つの紅い弾が待機していた。
それは間違いなくヴィータの攻撃だった。

「……」

目を閉じながらも、場所を把握する。
イメージする。
集中する。
すべてを制御し、周囲に配置されているヴィータの攻撃をすべて撃墜する光景を。
そして。
ドンドンドンドン!
飛び交っていたアクセルシューターの内、四つの弾がそれらすべてに命中し、残りは未だにヴィータの周囲をグルグル回っていた。

「!?」

ヴィータは愕然としていた。
こんなバカな話があってたまるか。
これだけの数を、どうしてこんなにも上手く扱えるのか、と。

「約束だよ……私達が勝ったら事情を聞かせてもらうって!」

なのははそう宣言し、そして。

「アクセル……シュート!!」

その言葉と共に、ヴィータの周囲に配置されていたアクセルシューターが、一気に加速してヴィータ目掛けて突っ込んでくる。
対するヴィータも、何の対策も取らずにその攻撃を受け入れるわけがない。

「Panzer hindernis」

ヴィータの周囲に、紅い障壁が展開する。
それは彼女の身体を、全方位から迫ってくる攻撃からも守り通すことが可能な、彼女が持ちうる最強の盾。
しかし、そんな最強の盾は、アクセルシューターの猛攻を受けて、少しずつヒビが入って行く。

「くっ……このぉおおおおおおおおおおおおおおお!」

ヴィータの声が、辺り一面に響いた。



シグナムとフェイトのスピードはほぼ互角。
相手の動きにきちんとついていき、そして確実に攻撃を打ち合っている。
空に、金色と紫色の光が交差する光景が焼きつく。

「「はぁあああああああああああああああああ!」」

ガキン!
何度も響く、衝突音。
レヴァンティンの刃と、バルディッシュの刃がぶつかり合うことによって作られる、鉄の音。
そして続く、鍔迫り合い。
二人はその後距離を取り。

「Plasma Lancer」

バルディッシュの言葉と共に、フェイトの足元に金色の魔法陣が展開する。
そして、周囲には金色の弾が八発待機状態となる。
シグナムは、その攻撃を迎え撃つ為に、剣を振りかぶり、迎撃態勢を取る。

「プラズマランサー……ファイア!」

瞬間、すべての金色の弾が、シグナム目掛けて一気に加速し始める。
それは相手を撃墜する為の、確実な一手。
シグナムはその攻撃を。

「はぁあああああああああああああああああああ!!」

ギャイン!
炎を帯びた剣を横薙ぎにし、シグナムはそれらの攻撃をすべて弾き飛ばす。
本来なら、この段階ですでに魔力弾はその効力を失い、消滅する……はずだった。

「ターン!」

しかし、弾き飛ばされたそれらは、その場で消滅するのではなく、方向転換し、その刃先を目標目掛けてもう一度狙いを定めていたのだ。
ほぼ同時に、再びシグナムに迫りくるプラズマランサー。

「くっ!」

シグナムは、すべての弾が衝突してくる手前を狙って、上空へ回避する。
シグナムがいなくなった場所に、それらすべての攻撃は到達し、互いにぶつかり合う。
……それでも、それらは自分の攻撃で打ち消されることはなく、シグナム目掛けて三度目の追撃をかけた。

「レヴァンティン!」

叫ぶシグナム。
このままでは、いつまで経っても埒が明かない。
何度もこのようなやり取りをするのみだ。
だから、レヴァンティンのカートリッジをロードする。
一つの薬莢が、レヴァンティンから放出されて、下に落ちていく姿が見える。

「Sturmwinde」
「Blitz Rush」

レヴァンティンとバルディッシュの音声は、ほぼ同時だった。
バルディッシュの言葉に呼応するように速度を上げたプラズマランサー。

「せぇえええええええい!!」

シグナムは、炎を帯びた剣を振り払う。
瞬間、轟! という音と共に、炎の衝撃波がプラズマランサーを襲う。
各々の攻撃力がそこまで大きいわけではないプラズマランサーがその攻撃に勝てるわけもなく、そのまま蒸発するように打ち消されて行く。
……だが、これでフェイトの攻撃が終わったわけではない。

「!?」

何かに気付いたように、シグナムは横を見る。
そこには、すでに攻撃態勢をとっているフェイトがいた。
あの炎が目くらましとなって、フェイトがここまでやってきていることに気付けなかったのだ。

「Burning Form」

音声と共に、リボルバーが回転してカートリッジが一つ、ロードされる。
そしてバルディッシュの形態は、鎌みたいなものへと姿を変えた。
ただし、その姿は以前の物とは打って変わって、刃の大きさも増し、四つの羽根みたいなものも姿を現した。

「Schlange form」

姿を変えたのはバルディッシュのみではない。
レヴァンティンもまた、通常の剣の姿から、刃が何個もついた鞭状のものに姿を変えていた。
言わば、鞭状連結刃だ。
そして二人の攻撃が衝突し、周囲に爆風が舞う。
その爆風で姿は見えなくなる。

「「……」」

やがて爆風が晴れた時に、そこにいたのは。
左腕に二か所の切り傷が出来たフェイトと、胸元を切り裂かれたような跡を残したシグナムだった。
しばらく二人は、そのまま攻撃をせずに待機状態を保つ。
レヴァンティンも、その間に元の姿に戻っていた。

「強いな、テスタロッサ。それに、バルディッシュ」

騎士として、シグナムはフェイトとバルディッシュに賛辞の言葉を贈る。
お世辞なんかでは決してない。
それはシグナムが心から思った、本当の気持ちだ。

「Thank you」

バルディッシュは素直にその言葉を発する。

「貴女とレヴァンティンも……シグナム」
「Danke」

フェイトも、正直な気持ちを吐露する。
互いに相手を敬う気持ちを持っているのだ。

「この身に成さねば成らぬことがなければ、心躍る戦いだったはずだが……仲間達と我が主の為、今はそうも言ってられん……殺さずに済ます自信はない」

もしこの戦いが、何のしがらみもないただの決闘であったなら。
あるいはこの二人は、心からこの戦いを感じることが出来たのかもしれない。
胸に込み上げてくる熱い感情は、間違いなく興奮。
そう、シグナムは騎士として、この戦いを楽しんでいたのだ。
ただ、これは決闘ではない。
互いに賭けるものがある。
守るべきものがある。
だから、いつまでも戦いに浸っている余裕なんてどこにもないのだ。
シグナムは剣を鞘に収め、居合いの形を取る。
足元には、魔法陣が展開している。

「己の未熟を……許してくれるか?」

それは絶対なる勝利への確信から来る言葉だった。
確かに、戦いは楽しかった。
けど、この戦いに終止符を打つのは、自分だと言うことを信じているかのような、シグナムの言葉だった。

「構いません。勝つのは……私ですから」

対してフェイトも、バルディッシュを構えながらそう宣言する。
彼女も、信じている。
この戦いにおいて、勝者は自分である、と。

「ふっ」

自然と笑みがこぼれる。
どうしてなのかは、分からない。
けど、確かにそこには笑みが浮かんでいた。



「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

バリンバリンバリン!!
攻撃による衝撃波と共に、ビルのガラスが何枚も割れる。
アルフの拳はその勢いを増し、拳にはまるで炎でも帯びているかのようだった。
ザフィーラはその攻撃を、両腕をクロスに交えることで防ぐ。

「ぐぅっ!」

だが、その衝撃はとても強い。
重い拳だった。

「デカブツ……アンタも誰かの使い魔か!!」
「ベルカでは、騎士に使える獣を『使い魔』とは呼ばぬ……!!」
「!?」
「主の牙……主の盾……守護獣だぁああああああああああああああ!!」
「おんなじような……もんじゃんかよぉおおおおおおおおおおおお!!」

互いにぶつかり合う、それぞれの想い。
しかし、言葉は違えど抱える信念は共通している。
主を守る、動く壁になる。
その想いは、アルフもザフィーラも変わらなかった。

「「!!」」

ドォン! という爆音が響き、辺りに煙が立ち込める。
ザフィーラとアルフは、後方に飛び、間合いを取る。
一瞬、ザフィーラは空を見上げる。
空中では、ヴィータとなのはがちょうど対決している最中だった。
ザフィーラは念話を繋ぎ、話をする。

『状況はあまりよくないな……シグナムやヴィータが負けるとは思わんが……ここは退くべきだ。シャマル、なんとか出来るか?』

念話の相手はシャマルだ。
シャマルは少し困ったような感じでこう返答する。

『なんとかしたいけど、局員が外から結界維持してるの。私の魔力じゃ破れない……シグナムのファルケンかヴィータのギガント級の魔力を出せなきゃ……』
『2人とも手が離せん、こっちも今はなんとか話していられる状況だ……やむを得ん……上条当麻も今手が離せない状況みたいだし、「あれ」を使うしか……』
『分かってるけど……でも……』

『あれ』とは、闇の書のことだ。
この状況を打破するには、闇の書の力が必要だ。
闇の書程の魔力なら、この程度の結界を打ち破ることなど容易いはず。
だが、闇の書を使用するということは、今まで蒐集してきたページを削ることになってしまう。
そうなってしまっては、完成からまた程遠くなってしまう。
シャマルは、それが嫌だったのだ。
もちろん、ザフィーラだって出来ることならそれはしたくない。
けど、最善の方法はこれ一つしか残っていないのだ。

『ん?』

その時、ザフィーラは何か違和感を感じた。
その違和感とは、いつまで経ってもシャマルからの続きの言葉がこないことにあった。

『シャマル? どうした、シャマル!』

念話を通じても、ザフィーラが焦っているのが確認できた。
そして、シャマルは今どんな状況に陥っているのかと言うと……。

「捜索指定ロストロギアの所持・使用の疑いで、貴女を逮捕します」
「!?」

シャマルの背後に、杖が突きつけられる。
そこに居たのは、黒き魔導師―――クロノ・ハラオウンだった。



「魔女狩りの王(イノケンティウス)、すべてを焼き払え!!」
「ガァアアアアアアアアアアアアアア!」

轟!
辺り一面を、炎が包む。
巻き込まれた機械達は、たちまちその姿を維持できなくなり、その場で溶解されて行く。

「うざったらしいんだよ、こん畜生!!」

土御門は、AMG(アンチマジックグローブ)を両手に嵌めて、次々と機械を殴り倒して行く。
……しかし、正直な話それもいつまでもつか分からなかった。
AMGは相手の魔法存在を否定出来る代物だ。
ただ、その使用にはAMGに備わっている魔力を使わなければならないし、その魔力だって無貯蔵というわけではない。
制限はあるし、いずれその魔力も底を尽きることだろう。

「しょうがねぇ……ここはひとつ、あれをやるしかないか」

AMGを外し、ポケットに手を突っ込む。

「……ステイル。ちょっとこの辺の敵をお前に任せる。俺は進行先の敵をちょっくら減らす」
「……了解した」

その一言だけで、ステイルは土御門がやろうとしていることを悟ったようだ。
ステイルは土御門から少し距離を置き、しかしいつでも土御門の元へ行けるような最低限度の距離をたもち、機械を倒して行く。
その間に、土御門は自分の周囲に折り紙をばらまき。

「―――場ヲ区切ル事。紙ノ吹雪ヲ用イ現世ノ穢レヲ祓エ清メ禊ヲ通シ場ヲ制定
(それではみなさん。タネもシカケもあるマジックをご堪能あれ)
界ヲ結ブ事。四方ヲ固メ四封ヲ配シ至宝ヲ得ン
(本日のステージはこちら。まずは面倒臭ぇ下拵えから)
折紙ヲ重ネ降リ神トシ式ノ寄ル辺ト為ス
(それでは我がマジック一座の仲間をご紹介)
四獣ニ命ヲ。北ノ黒式、西ノ白式、南ノ赤式、東ノ青式
(働けバカ共。玄武、白虎、朱雀、青龍)
式打ツ場ヲ進呈。凶ツ式ヲ招キ喚ビ場ヲ安置
(ピストルは完成した。続いて弾丸を装填する)
丑ノ刻ニテ釘打ツ凶巫女、其ニ使役スル類ノ式ヲ
(弾丸にはとびっきり凶暴な、ふざけたぐらいのものを)
人形ニ代ワリテ此ノ界ヲ
(ピストルには結界を)
釘ニ代ワリテ式神ヲ打チ
(弾丸には式神を)
鎚ニ代ワリテ我ノ拳ヲ打タン
(トリガーにはテメエの手を)」

風水―――赤ノ式。
魔術師『土御門元春』が使える魔術の内の一つだ。
だが、彼が魔術を施行する際にはリスクがある。
タ重スパイとして学園都市にやってきた土御門は、学園都市側の能力開発を受けてしまっているのだ。
科学サイドの魔術行為は、身体に重い負担をきたす。
それは土御門とて例外ではない。

「ぐっ」

頭からは血が流れ出る。
だが、それでも彼は術式の発動を止めない。
一応、彼は無能力(レベル0)ながら肉体再生(オートリバース)と呼ばれう能力を保有している。
せいぜい破れた血管を応急処置したり、長時間かけて瀕死の重傷から復帰する程度の能力だが、それでもこれがあるおかげで、『魔術を使用出来ないわけではない』という位置に立つことが出来た。
ともかく、赤ノ式は長距離・広範囲攻撃だ。
要するに、先にいる敵を、この攻撃であらかじめ一斉攻撃してしまおうという魂胆だった。
そして、土御門の意思・体力に関係なく、術式は問題なく発動した。
土御門の周囲から放たれる、大きな光。
それはやがて一本の太い光線となって、土御門達が進む場所に着弾し、一気に爆発した。

「……ゴホッゴホッ!」

だが、その程度の威力の魔術を使用しておいて、土御門の身体が無事であるわけがない。
その身体からは血が流れ出て、口からも少量ながら血が吐き出された。

「……行くぞ、土御門」
「……ああ」

しかしステイルは、土御門のことを心配せず、ただ先へ行くことを促すのみ。
当然だ、この戦いにおいて互いの身体の心配をしていられる程余裕ではないのだ。

「カミやんが先に陣を壊しておいてくれれば幸いなんだがな……」

無事とは思えない身体を引きずりながら、土御門は先を行くステイルの後を追う。
彼の歩いた後には、点々と血の跡が残されていた。



「抵抗しなければ、弁論の機会が貴女にもある」

シャマルは、どうすることも出来なかった。
彼女の役割はあくまでもバックアップ。
戦闘要員ではない彼女は、この場においてクロノを撃退する術を持っていない。
だからと言って、このまま大人しく引き下がれるはずもない。
……万事休す。

「同意するなら武装解除を」

クロノはシャマルに宣言する。
これで、この事件に幕を下ろすことが出来る。
映像を通してその様子を眺めていたリンディとエイミィの二人もそう考えていた。
しかし、そこであり得ない事態が起きる。

「え?」

クロノの背後から、何かの音が聞こえてくる。

「あっ……!?」

クロノもそれに気付く。
だが、気付くにしてはタイミングがあまりにも遅すぎた。

「せぇえええええええええええい!!」

ドゴッ!
その何者かは、クロノを蹴り飛ばして、隣のビルにクロノの身体を激突させた。
……そしてクロノを蹴り飛ばした人物は、仮面を被った謎の男。
少なくとも、この場におけるどの人物の味方でもない存在だった。

「貴方は……?」
「……使え」
「え?」

シャマルの質問に答えることなく、男はそう告げる。
男は確かに『使え』と言った。
何を使うのか、一瞬シャマルは思い浮かばなかった。

「闇の書の力を使って結界を破壊しろ」
「でも、あれは……!!」

男の言葉を聞いて、すぐに理解した。
闇の書の力。
その力を使えと言っていたのだ。

「使用して減ったページはまた増やせばいい……仲間がやられてからでは遅かろう」
「!?」

男の言う通りだった。
何を躊躇しているんだ。
確かに闇の書の力を使えば、ページが減ってしまい、完成まで遠のいてしまう。
しかし、そんな悠長なことを言っている場合ではなかった。
あの時上条も言っていたではないか。
やられてからでは、集めることも出来ないと。

「……」

シャマルの決意は固まった。
シャマルは闇の書を手に持ち、そしてその力を行使することを仲間に念話を通じて伝えようとする。
が。

「「……え?」」

その時、さらにあり得ない事態が発生した。



上条達は、未だに街の中を疾走していた。
いくら探しても、機械達を複製している大元を見つけることが出来ないからだ。

「くそっ……どこだ。どこにある!?」
「落ちつけよ、上条当麻。慌てたって面倒なだけだ。疲れが溜まって自滅するだけだぞ」

徐々に焦りを見せ始める上条を、ゲルが宥める。

「しかし、妙ですわね……この辺りだけ機械が現れないなんて」
「そうね。それに、何やら爆発の跡みたいなものもあるし」

白井と美琴が着目したのは、辺りに広がる爆発の跡だった。
何か別の攻撃が加わったらしく、その辺りのビルは倒壊している。
もっとも、ここは結界内部なので、結界が解かれれば元通りに戻るのだが。
それに、もう一点気になることがあるとすれば、どうしてかこの辺りだけ敵が現れないのだ。
実はこのルート、土御門が先の魔術で破壊した場所なのである。
まだ彼らがこの場所まで到達していないだけで、どうやら向かう場所は一点のようだ。
もちろん、上条達がそのことを知っているはずがない。

「もしかしたら、地面ではなくてビルの屋上とかに……?」

インデックスの口より呟かれた、とある一つの可能性。
それは、この辺りにあるビルの内の何処かであるということだった。
もしそうなのだとすれば、これだけ街の中を走っているのに、それらしきものが見当たらないことに説明がつくだろう。

「だとしたら、私は屋上を回って捜索してみますわ。それらしきものを見つけましたら、すぐに連絡を」
「私も黒子と一緒に行くわ。そっちはアンタ達で何とかして」
「おう。お前らは屋上の方の捜索を頼む!」

ここで一度、上条達は二手に別れて捜索することにする。
上条・インデックス・ゲルの三人は地上を。
美琴・白井の二人は空中から。
白井は美琴の身体に手を触れると、すぐさまその場から姿を消した。
恐らく何処かの場所に転移したのだろう。

「俺達も行動再開だ! 何とかして機械の発生を止めるぞ!」
「うん!」
「おうよ。ああ面倒な仕事が増えちまったもんだな、本当」

上条達も、その場から動きだし、再び捜索に移る。
ふと空を見上げてみたら、なのは達が未だに戦っている姿が目に映った。

「(コイツらの戦いの邪魔だけは絶対にさせない……だから、何としてでも、これは俺達の手で、決着を……!!)」
「おい上条当麻! ボサッとしてないで後ろを見ろ!!」

上条が走りながら考えていると、突然ゲルの声が耳を貫く。
ゲルにしては珍しく、やけに焦ったかのような口調だった。
それもそのはず。
『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』における上条当麻は、言わば世界の中心となる人物の内の一人だ。
もしそんな存在がこの場で殺されてしまったとしたら、この世界はどうなってしまうのか分かったものではない。
そして上条の背後からは、機械が一機、ドリルを回転させながら迫ってきていた。

「!?」

上条の右手さえ触れることが出来れば、この機械は跡かたもなく消えてしまうだろう。
しかしあまりにも突然のことで、上条の身体は動かなかった。
否、動けなかった。
上条は咄嗟に目を閉じ、頭だけは守ろうと手をクロスにして頭の位置までもってくる。
気休めでしかないことは分かっていた。
そんなことをしても無意味だと分かっていた。
だけど、身体が勝手にそんな反応をしてしまったのだから、仕方がない。
ここで避けるように後ろに下がっていればよかったのに。
そんな後悔をしている余裕は、もうない。

「……?」

時が、止まった。
誰も、言葉を発することが出来なかった。
インデックスも、ゲルも、上条も……。

「あ、れ?」

おかしい。
何かが、おかしい。
痛みを感じない。
来るはずの死への恐怖が、襲って来ない。
不思議と、足が地面についている感覚を感じ取ることが出来る。
死んで、ない?
頭の中で湧きあがる、様々な疑問。
そしてそれらの疑問に対しての答えを得る為に、上条は目を開いた。

「……か、神裂?」

そこに立っていたのは、一人の聖人。
神裂火織、その人だった。

「こちらの世界にも、私と同じように命を狙う輩がいたようですね……遅くなりました、上条当麻」
「ど、どうしてこの世界に?」

目を丸くして、インデックスが尋ねてくる。
神裂はインデックス達の世界の住人だ。
『機械』もなしにこちらの世界にやって来れるはずがない。
あってはならない、イレギュラーな事態なのだ。
だから神裂は、最初にその疑問を投げられるだろうということを簡単に予測することが出来たのだった。
それに対する答えは、もう用意してある。

「『世界の調律師』エリマ・キャデロックと名乗る人に、ここまで連れてきてもらいました」
「エリマに、だと!?」

上条はエリマ・キャデロックという名前に聞き覚えがあった。
と言うのも、虚数空間に落ちた時に、その先で出会った人物が、エリマだったからだ。
何もない白い空間の世界に存在する、『世界の調律師』所属の女性魔術師。
何故その空間にいるのか、何が目的なのかは分からない。
そして、自分達の行動を何らかの手段を用いて見ているのだが、肝心なその手段というものが分からない。
けど、今はそんなことは関係ない。
それよりも、何故神裂がエリマと出会ったのかが問題だ。

「はい。彼女よりすべての事情は聞いています。そして、世界を救うように、頼まれました」
「世界を救う、ねぇ……なるほど。エリマの奴もなかなか粋なことをしやがるぜ、まったく」

元の姿に戻った杖を両肩の上に乗せて、口元を歪ませながらそう呟くゲル。

「この機械達が量産されている場所もすぐ近くにあるはずです。エリマからその情報は聞いています」
「エリマから?」
「はい。機械が大量発生し始めたその時に、エリマがその場所を特定したみたいです。彼女の情報を信じるならば、その場所ももうすぐのはず」

神裂がこの世界に来たのは、ちょうど上条達が機械と遭遇した後だ。
その間にエリマは何らかの方法でこの世界に干渉し、その情報を神裂に伝えたのだと言う。

「エリマならそれも楽勝だからな……アイツの世界移動能力は、俺達の数倍は長けてやがる。だからアジャスト以上に世界を飛び回ってるんじゃねえか?」
「そ、そんなに凄い奴だったんだな、アイツって……」

上条は、改めてエリマの凄さを思い知らされたのだった。
だが、今は感心している場合ではない。

「とにかく、今はその情報を信じて、前に進むべきかも!」
「インデックスの言う通りだな……よし、神裂。お前も手伝ってくれるな!?」
「そのつもりでこちらの世界に来ているのですから……当然です!」

神裂も加わったことで、上条達は四人パーティーとなった。
神裂の道案内もあり、彼らはすぐに目的地へと到達することが出来た。

「やっぱりこの辺りは敵だらけだよな……」
「最深部って言ってもいい位だ。そりゃあ守りを固めもするだろうな……面倒臭ぇ」

上条とゲルが呟く。
彼らの目の前には、何かを守るように敷き詰められた、大量の機械達がいた。
恐らくその先には、目的となるものがあるはず。
……よく見ると、それは結界が張られている限界の場所の一歩手前だった。

「(なんて好都合だ。ここで機械の発生を食い止めて、そのついでに結界も破壊することが出来る。けど、インデックス達もいるし、どうやって帰ればいいだろうか……)」

本来上条が果たそうとしていたことは、管理局員達によって張られたこの結界を破壊することだった。
だから今、こうして結界の目の前にいることはまさに好都合とも言えることだった。
しかし、周りには管理局側についているインデックス達がいる。
彼女達が何も言わずに上条を手放すわけがないだろうことは、上条にもすぐに理解することが出来た。

「とりあえず、ここから先は俺と禁書目録はこの場で待機してる。禁書目録は元々戦力としては向いていないし、俺はそんな禁書目録を守る護衛としてこの場に残る」
「んなっ! そこまで言わなくてもいいかも!」

もしインデックスが、この機械を生み出している人物の魔術形態を理解することが出来ていれば。
恐らくこの場において即戦力となり得ただろう。
しかし、残念なことにこの機械を生み出しているのが、なのは達の世界における『魔法』の力なのか、それともインデックス達の世界における『魔術』なのか、はたまたさらに別世界の『何か』なのか、それを理解することがこの段階では不可能だった。
まさに、未知との遭遇。

「とにかく、俺達はそういう風に行動する。後はアイツらが合流すれば上手く行くはずだ」
「アイツら……他にもこの世界に来ている人物が?」
「あ、そっか。神裂はこっちに来たの初めてだから、誰が来てるのか分かんないんだったな。土御門とステイル、それから御坂とその友人の白井がこっちの世界に来てる」
「土御門にステイルまで……それと、後半二人は貴方のご友人ですか?」
「ま、まぁそんな所だ」

神裂は、美琴と白井とは面識がない。
だからこのような疑問を投げかけてきたのだろう。

「よっしゃ! 行動開始だ!」
「お前な……動かない癖に指揮官気取るんじゃねえよ!」

ゲルの言葉に反論しながらも、上条はその場から走り出す。
その横を神裂が走る。
三人が通るだけですでにキツイ道だが、二人なら余裕がある。
神裂が刀を振るだけのスペースは十分にあった。
上条は巻き込まれない程度の距離を保つ。
先陣を切るのは、神裂だ。

「はぁっ!」

特別魔術的動作を含めない、正真正銘体力勝負。
神裂は鞘から刀を抜き、片っ端から機械を斬りつけていく。
ドォン! という派手な爆発音と共に、どんどん敵は破壊されて行く。
だが前方からどんどん機械が数を増して行き、一向にその距離が縮まることはない。

「くそっ! こんなんじゃキリがない!」

後ろからも敵はやってくる。
見れば、インデックスを守るようにゲルもまた戦っていた。

「ちょっとアンタ! 見つけたらすぐに連絡って約束、どこ行ったのよ!!」

その時、何処からともなく聞こえてきた少女の声。
間違いなく、その声は美琴のものだった。
声と同時に、巨大な雷が機械達を襲う。
10万ボルトもの電圧を誇る雷は、機械達にとって最大の弱点。
一瞬にして内部がショートしてしまい、その場で大きな爆発音と共に自らの身体を消滅させた。
美琴は磁力を用いて上手く着地し、その横に白井も着地した。

「空から眺めた時、確かにあの場所に何かの陣らしきものがありましたわ。恐らくあれを破壊すれば、この騒動は収まるかと」
「やっぱり当たりだったか……」

白井は屋上からその場所を確認したらしい。
エリマが神裂にもたらした情報が確かなものであるという証明は、これによって為された。
後は、言われた場所にある魔法陣を破壊するのみだ。

「カミやん! 俺達がサポートするから、カミやんはあの陣まで一直線に駆け抜けることだけを考えろ!」
「機械には構うな! 僕達が仕留める」

そしてその場所に、土御門とステイルも到着した。
ステイルは無事そうだが、土御門はお世辞にも無事とは言えない体たらくだった。

「なっ……土御門、お前血だらけじゃないか!!」
「ちょっくら無理しただけだ……この位大したことはない」

本当は、今にも倒れそうな位ボロボロだった。
しかし、ここで倒れるわけにはいかない。
今はこの機械達の行く末を見届けなければならない。
土御門はポケットからAMGを取り出し、それを両手に装着する。
残量は決して多くはない。
だが、最後を目前に控えた今の戦闘においては十分すぎる程の魔力だった。

「行くわよ!」
「……おう!」

そして上条達は、美琴の掛け声と共に一気に走り出した。
戦闘を神裂が走り、刀で前方の敵を切り裂いて行く。
左右の敵をステイルが切り裂き、土御門が殴り倒す。
後方の敵を美琴が撃ち抜く。
そして上条は……走る。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「活路が開けました! 急いであの魔法陣を!!」
「ああ! サンキューな、みんな!!」

神裂の言う通り、前方にはもう敵が残っていなかった。
これで、邪魔するものはなにもない。
後は魔法陣を壊すのみ。
その魔法陣からは、今にも新たなる機械を生み出されようとしていた。

「させるかぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

だが、その発生前に食い止める。
上条はそんな強い意志を抱き、そして……。
パァン! という破裂音が響いた。
上条の右手は、魔法陣に触れたのだ。
それと同時に、実にあっけなく機械達は消滅していく。
もちろん、魔法陣から生み出されようとしていた機械も、だ。

「……おわっ!」

しかし上条の勢いは止まらない。
あまりにも速度を出し過ぎたせいで、上条は前のめりとなってブレーキをかけられなかったのだ。
その先には、結界が。

「あ、危ない!!」

誰かが叫ぶ。
あのままだと、上条の右手が結界に触れて、結界が破られてしまう。
だが、これは上条の計算の内だった。
こうして勢いよく駆け、その反動で結界を壊したことにすれば、何の問題もないただの事故として処理される。
……どちらにせよ、上条がその場から逃げださなければならない事実に変わりはないのだが。

「(カミやん……やっぱりそれが目的だったか)」

しかし土御門は完全に上条の行動の意味を理解していたようで、だからと言って上条の動きを止める気にはなれなかった。
上条はそのまま勢いを殺すことなく、右手を結界に触れさせる。
瞬間、パリン! という派手な破裂音と共に、結界は破壊された。



「なっ!?」

男は驚いていた。
何故なら、シャマルが闇の書の力を発動する前に、何者かが結界を破壊してみせたのだから。
……管理局側の人間が、力を行使して結界を破壊したとは考えにくい。
それをするということは、犯人達をやすやすと逃がしてしまうことを意味するからだ。
それに、何か魔法を使った形跡はない。
とすれば、考えられる可能性はたった一つ。

「まさか……幻想殺し(イマジンブレイカー)か!?」

何故この男の口から『幻想殺し(イマジンブレイカー)』という単語が出てきたのかは分からない。
けれど、出てきたということは、少なくともこの男はその情報を知っているということだ。

「(おかしい。あの少年が守護騎士達の協力をするだと? それ以前に、彼は行方不明になっているはずでは……!?)」

実はこの男、プレシア・テスタロッサの件についての情報を知っていた。
そして、上条が虚数空間に落ちて、行方不明になっていたことも知っていた。
なのに、彼が生きている。
この矛盾は、はたして何なのだろうか。

『みんな、結界が破られたわ。今すぐ撤退を!』
『了解』
『トウマが何とかしてくれたんだな! やっぱトウマは頼りになるぜ♪』
『……ヴィータ、この数日間で一体何があったんだ?』

念話を通じて会話を交わす守護騎士達。
ただ、ヴィータの上条に対する接し方が、明らかに変わっているようにも聞こえた。
思わずシグナムがツッコミを入れてしまったほどだ。

『何でもねぇよ。ザフィーラ、トウマを回収してから撤退するぞ』
『了解した』

とりあえず、各人結界が再び張られる前にこの場から離脱することにする。
シャマルも、すぐさまその場から飛び去って行った。

「あっ……待て!!」

クロノは手を伸ばし、シャマルを掴もうとするが、そうするにはあまりにも距離が遠すぎた。
結局、今回の事件において守護騎士達を確保することは、出来なかったのであった。



結界が破壊された後、上条達はただ呆然とその場で立ち尽くしていた。
空を見上げれば、守護騎士達が撤退して行く姿が目に映る。

「……だから言ったじゃない。こうならないように気をつけなさいって」
「わ、悪い悪い……そんな急に止まれなくてな」

美琴が怒ったような口調で上条を責める。
この場合、上条は明らかに失態を犯したようなものだ。
何せ外見からすれば事故だったとはいえ、結界を壊して犯人逃走の助力をしてしまったのだから。

「まったく。とうまは……これは何かと罰が必要かも」
「返す言葉もございません」

牙を向けるインデックスに、上条は頭を下げてそう謝罪の言葉を述べた。
だが、内心では別のことを考えていた。

「(とりあえずこれでアイツらは逃げられただろう。けど、この後俺はどうすればいいんだ……? このままだと間違いなく管理局に連れてかれるだろうな。一度管理局に行って、それからはやての家に戻るべきか?)」

彼は今、あくまでも守護騎士達の味方だ。
だからこのままインデックス達と共に行くことは出来ない。
さらに、事情を述べるわけにもいかないというおまけ付きだ。

「とにかく、今まで何をしていたのかの事情を聞く為にも、僕達と一緒に来てもらおうか?」

ステイルは呆れた表情を浮かべながら、上条にそう告げる。
と、その時だった。

「ん? 何かがこっちに近づいてくる……?」

空を見上げていたゲルが、彼らの所に何かが迫ってくるのを見つけることが出来た。
それは青い光。
遠くに居る為、それが何なのかをすぐに察知することは出来なかった。

「……どうして、こっちに近づいて来るんですの?」

ピクピクと眉を動かしながら、白井が呟くように言った。
間違いなく、このままこの場にいるとあれに激突する。
理由はともあれ、彼らの考えは一致した。

「……退却ぅううううううううううううううううううううううううううううううう!!」

土御門の叫び声と同時に、彼らは動いた。
撃退させるにしたって、どう考えても今から行動をとるのでは遅すぎる。
だったら、被害を被らないようにせめてその場から離脱するのが先決だろう。
ただ、上条は一人、その場に残っていた。
いや、残っていたというよりは、行動が遅れてしまい、逃げられなかったと言う方が正しいだろう。

「ちょっ、これってまさか、まさかの……」

上条は、段々と不安に陥ってくる。
あの青い光の落下地点ど真ん中に、間違いなく自分がいた。
それはつまり……。

「ふ、不幸だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

上条の叫び声が辺り一面に響く。
同時に、ドォン! という音と共に辺りに煙が立ち込めた。

「うっ……」

思わず、全員目を閉じてしまった。
やがて煙も晴れて、彼らが目を閉じた時。
そこには。

「あれ? とうまが……いない?」

上条当麻の姿も、青い光の正体も、どこにもなかった。



次回予告
上条が結界を破壊したことによって逃走に成功した守護騎士達。
なのは達はクロノ達より闇の書や守護騎士達についての説明を受ける。
上条は守護騎士達より、はやてに出会ってからの半年間についてを聞く。
そして一方通行達は、二人目の刺客に遭遇した。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『半年間(おもいで)』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。




[22190] A's『闇の書事件』編 7『半年間(おもいで)』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/04/25 22:34
「ん……」

上条は、何度目か分からない気絶状態から目覚めた。
別段何処かに怪我しているわけではなかったのだが、あまりにも突然過ぎる展開に頭が追い付かず、思考回路がプツンと切れてしまって気絶してしまったパターンなのだろう。

「もしもし、私です、シャマルです。はやてちゃん、本当に……本当にごめんなさい! すぐ済むと思ってたんですけど、みんなとなかなか落ち合えなくて……それで時間がかかっちゃって……ええ……あの……携帯も置いていっちゃってて……ええ……今帰ってきたんですけど……はい……はい、みんな一緒です。その、もうなんて謝っていいか……」

上条の近くでは、シャマルが電話をかけていた。
恐らく、というか確実にはやてと連絡をとっているのだろう。
はやては、自宅に誰ひとりとしていなかったことから、現在すずか宅に行っていたのだ。
そこで何をしていたのかは、割愛させていただく。

「む? 目覚めたな」
「……やっぱり。いきなり俺を連れ去ったのはお前だったか、ザフィーラ」

どうやら自分はソファの上に寝転がっていたようで、ソファの下には獣状態のザフィーラが上条のことを見上げていた。
こうしていると、単なるペットにしか見えないと思ったのは、上条の胸の中に収めておくことにした。

「まったく、あんな勢いよく突っ込んでくるんだもの……少し、というかかなり驚いたぞ」
「すまなかったな。あの時はああするしかなかったんだ。何しろ転移魔法が使えないとなると、な」
「悪かったな、俺の右手のせいで転移魔法が使えなくて」

上条は少し皮肉気に答える。

「けど、何でそんな無理をしてまで俺をこっちに連れて来たんだ? 俺だったら一度管理局側に連れて行かれても大丈夫だったろうに」
「よく考えてみろ。お前がいなければ、この家では誰が一番悲しむことになる?」
「あ……」

ザフィーラの言う通りだった。
もし上条がこの家からいきなり出て行ったとしたら、一番悲しむのは家主であるはやてだ。
はやては一度、上条がいなくなったことで涙を流しているのだ。
上条はそのことを思い出し、自分の発言が不謹慎であったことを改めて感じたのだった。

「それに、ヴィータも激怒してたところだろうしな」
「ああ……なんとなく分かるかも」

上条の脳裏には、『はやてを泣かせやがって!!』と叫びながらグラーフアイゼンをグルグルぶん回すヴィータの姿が咄嗟に思い浮かんだ。
ザフィーラが言いたいこととは微妙に違うが、大体ニュアンスは合っていると言ってもいいだろう。

「ところで、そのはやてはどこに行ったんだ?」

シャマルから電話を受け取っているヴィータを見ながら、ザフィーラに尋ねる。
ザフィーラは答える。

「どうやら主はやては、友人の家に泊まりに行っているらしい」
「まぁ、家に誰もいないとなると、それが妥当だよな……」

少し前までなら想像出来なかったことながら、はやては本当に偶然、友達を作ることが出来たのだ。
ただ、上条ははやての友人が誰なのか知らない。
いつもはやてが友人に会いに行く時は、大抵上条は別行動をとっている為だった。

「しかし、我らも変わったみたいだな」
「ん? 変わったってどういうことだ?」

ボソッと呟いたザフィーラの言葉を、上条は聞き逃すはずがなかった。
だから上条は、ザフィーラにそう尋ねたのだ。
ザフィーラは、過去を思い出すような口ぶりで、こう言った。

「半年前までの我らなら、このような幸せな時間を過ごせるなんて想像も出来なかった。ヴィータも、シグナムも、シャマルもみんな、変わったと思う」
「お前は、変わってないのか?」

ヴィータからシグナムに受話器を回す姿を見ながら、上条は尋ねる。
ザフィーラは、考える間もなく答えた。

「変わったさ」

そしてザフィーラは、静かに語り出す。
はやてと出会ってから今日までの、半年間の物語を。



半年前。
闇の書の封印が解かれようとしている瞬間の話だった。

「起動(Activating)」
「ひっ!!」

はやては、本から発せられる機械染みた声に、ただ恐怖を抱いていた。
しかし、次の瞬間には恐怖は驚きに変わる。

「え?」

突然光り出した、はやての胸元。
それは、はやての身体の中にあるリンカーコアが、闇の書に反応したことによって発せられた光だった。
そのあまりの眩しさに、はやては思わず目を閉じた。
やがて光が晴れた時、はやてはその目をゆっくり開いた。

「!?」

そこには、宙に浮いたリンカーコアがあった。
それだけでも、十分に超常的現象だったのに、さらに予想を上回る展開がはやてを待ち受けていた。

「はっ!?」

大きな魔法陣の上で立て膝をつく、四人の人間。
皆一様に黒い服を身に纏い、はやてを前にして敬意を見せていた。

「闇の書の起動を確認しました」
「我ら闇の書の蒐集を行い、主を守る守護騎士でございます」
「夜天の主のもとに集いし雲」
「ヴォルケンリッター、なんなりと命令を」

彼らは守護騎士(ヴォルケンリッター)。
闇の書より生み出されし、主を守る騎士達。
名をそれぞれ、シグナム・シャマル・ザフィーラ・ヴィータと呼ぶ。

「……ん?」

いつまで経っても反応が見られないのが気になったらしいヴィータが、目を開けて、立ち上がる。
そしてはやてがいるベッドの近くに寄り、

「ねぇ……ちょっとちょっと」
『ヴィータちゃん、シーッ!』

はやてに呼び掛けるヴィータに、シャマルが念話でそれを止めるように言う。
しかしヴィータは止める様子もなく、念話を通じてこう言った。

『でもさ……』
『黙っていろ。主の前で無礼は許されん』

その言葉はシグナムによって遮られる。
騎士たる者、使える主の前で無礼を働くことは絶対に許されない。
それが尊敬するに値する人物なら尚のこと。
だがヴィータは、それよりももっと気になることを言ったのだった。

『無礼ってかさ……コイツ、気絶してるように見えんだけど』
『嘘っ!?』

シャマルが驚きの声をあげる。
その言葉を聞いて残りの三人も目を開けて、はやての元に近寄って見ると。

「きゅ~……」

そこには、目をグルグル回し、気絶しているはやての姿があった。
……これが、はやてと守護騎士達の、最初の出会いだった。



それから数時間後。
気絶したはやては、守護騎士達によって近くの病院に連れて行かれた。
一応、何か目立った外傷がないかを確認する為という意味を込めて。

「はやてちゃん。よかったわ、何ともなくて」
「アハハ……すんません」

医者である石田が、心底安心したかのような様子で言ってくる。
検査の結果、特に異常なしとのこと。
ただ目の前で起きた事態に対して驚いた挙句に気絶してしまっただけで、別段問題はないようだ。
はやては心配させてしまったことを素直に謝った。

「……で、誰なの? あの人達」
「え? ……あっ!」

何やら怪訝そうな表情を浮かべながら何処かを指差す石田。
はやてがその方向に首を向けてみると、そこには黒い服に身を包んだ守護騎士達の姿があった。
その守護騎士達を、病院関係者達が取り囲むような形で配置されている。
シャマルとヴィータは、少し戸惑っているように見えた。

「どういう人達なの? 春先とは言えまだ寒いのに、はやてちゃんに上着もかけず運びこんできて……変な格好してるし……言ってることは訳わかんないし……どうも怪しいのよ」

石田が疑うのも無理はないだろう。
彼女達の今の姿は、まさしく不審者そのもの。
疑うなと言う方がむしろ間違いだろう。

「あ……えっと、その……なんといいましょうか……」

もちろん、はやて自身もどう説明したらいいか分からない。
一応自分に関係のある人物なのだろうが、皆目見当もつかないと言った感じだった。
それに、出会った時のことを話した所で、信じてもらえそうにもないような非現実的な話だ。
少なくとも彼女だってそのことをあまり理解出来ていないのが現実だった。
ただ、非現実的な話の一部を、はやてが知っているのもまた事実。
それは並行世界云々の話であり、その話は彼女にとってとても大切な人が関わってくる話だから、鮮明に記憶に残っているのだ。
その人物は、はやてと別れてから未だに再会出来ていないが。

『ご命令を頂ければお力になれますが……いかがいたしましょう』
「え? ……ええ?」

はやては何処からともなく聞こえてきた声に戸惑う。
声の主がシグナムだということは分かったが(この時はやては守護騎士達のそれぞれの名前を知らない状態なので、正確にいえば『桃色の髪の女性』という認識だが)、何故口も開いていないのに、直接自分の頭の中に声が響いてきたのか、その仕組みがさっぱり分からなかったのだ。

『思念通話です。心でご命令を念じていただければ』
「ん……(コクリッ)」

はやてはシグナムからの説明を受けて、それを理解する。
そしてはやては、心の中で自分の伝えたいことを念じる。

『ほんなら「命令」というか「お願い」や』
『え?』
『ちょう、私に話合わせてな?』
『はい』

シグナムは首を縦に頷かせた。
それを合意の合図だと認識したはやては。

「えっと……石田先生」
「ん?」
「実はあの人達……私の親戚で」
「親戚!?」

石田はほぼ叫ぶ形で驚きを表現していた。
無理もないだろう。
何せ石田は、はやてには親戚はいないものだとばかり考えていたからだ(実際に親戚なんていないに等しいのだが)。
そんなはやての口から、『この人達は親戚です』なんて言葉が出てきたのだから、驚くのも無理はない。

「遠くの祖国から私のお誕生日をお祝いに来てくれたんですよ。そんでびっくりさせようと仮装までしてくれてたのに……私がそれにびっくりし過ぎてもうたというか……その……そんな感じで……なぁ?」

後半の方は、ほとんど言い訳にすらなっていなかった。
さすがにそれ以上何を言ったらいいのか分からなくなってしまったようだ。
それでも守護騎士達は。

「そ、その通りなんですよ!」
「……その通りです」

シャマルがぎこちない笑みを浮かべながら、シグナムが相変わらず無愛想な表情を貫き通しながら、そう言った。

「は、ははは……」

はやてはもはや、笑うしかなかった。
一応、その場は守護騎士達のことを『遠い親戚』とすることで決着がついたのだが、それでも石田の疑念は晴れなかったという。



その後はやての家まで戻ってきた守護騎士達は、はやてに様々な事情の説明をした。
闇の書のこと。
自分達のこと。
そして、魔法のことなど。

「そっか……これが『闇の書』ってもんなんやね」
「はい」

四人は最初にはやてと会った時と同じように、はやての前で立て膝をつき、頭を下げていた。
そのまま、事情の説明をすることにする。

「物心ついた時には棚にあったんよ。綺麗な本やから大事にはしてたんやけど……」

どうやら『闇の書』は、結構前からはやての自宅にあったようだ。
それがいつ、何処からやってきたものなのかは分からない。

「覚醒の時と眠ってる間に……闇の書の声を聞きませんでしたか?」

シャマルが尋ねる。
はやては少し考えるような素振りを見せた後で。

「う~ん、私、魔法使いとちゃうから漠然とやったけど……」

小物入れを探りながら、その問いに答える。
そして何かを発見したようで、自分の足の上に闇の書を乗せ、車椅子を動かし、守護騎士達の前に来ると。

「わかったことが1つある。闇の書の主として守護騎士みんなの衣食住……きっちり面倒みなあかんいうことや。幸い住むとこはあるし、料理は得意や。みんなのお洋服買うてくるからサイズ計らしてな?」
「「「「……?」」」」

そう言いながらはやてが取り出したのは、メジャーだった。
どうやらそれで彼女達の服の大きさとかを計るらしい。
だが、守護騎士達は戸惑った。
これまでの主の中には、自分達を道具として杜撰な扱いをする者達も少なくなかった。
だからはやての態度・接し方に対して少し戸惑っていたのだ。
目に見えて分かる通りの、愛情表現。
それに対する答え方を、彼女達は知らなかったのだ。
しかも一番の問題は、はやてが自分達に向けている感情の正体を彼女達自身が『知らなかった』ことにある。

「何だか楽しみやな♪」

はやてはそう言いながら、四人の服の大きさを計っていくのだった。
それからというものの、ソファにはたくさんの服が並べられるようになった。
それらの服は、みな守護騎士達のものだ。

「うわぁ~♪」

シャマルはそれらを手にとり、嬉しそうな表情を浮かべる。
どうやら彼女は、四人の中でも比較的感情表現が豊かなタイプだったようだ。
少なくとも、この段階では。
それからしばらく経って、はやてとヴィータの二人が一緒にお風呂に入っている時のエピソード。

「アハハハ♪」

はやてが浴槽からシャボン玉を飛ばす。
ヴィータはそれを物珍しそうな表情で眺める。
それらを目で追っていると、次第にはやての顔が映り始める。
やがてはやてと目が合った時、はやてはヴィータに対して優しそうに微笑んできたのだ。

「!?」

どれも初めての感覚だった。
ヴィータは自分の中にこみ上げてくる感情の正体を、まったく理解することが出来なかった。
風呂から二人が出て、しばらく時間が経過した後に、はやては夕食の準備をすべて整えることが出来た。

「さぁ出来た! 食べようか? いただきます!」

はやては両手を合わせて、ペコリと頭を下げる。
日本に伝わる、『いただきます』のあいさつだ。
シャマル・ヴィータ・シグナムの三人も、彼女をまねて同じことをしてみた。
ちなみにザフィーラは、この段階ですでに獣状態となっている。

「……」

ヴィータはまず、目の前に並ぶ食事を見る。
その後、慣れない手つきで箸を握り、それで料理をブッ刺して、口の中に入れる。

「!?」

その料理の味が、口の中にふわっと広がったような感覚を得た。
こんなに温かくて、おいしい料理は初めてだった。

「おかわり……」
「は~い」

オズオズとした感じでヴィータが食器を差し出すと、はやては笑顔でそれを受け取るのだった。



ある日のことだった。
いつもの習慣で図書館にやってきたはやて。
だが、この日はシャマルとシグナムも一緒だった。
どうやら付き添いとのことらしい。

「騎士甲冑?」
「えぇ。我らは武器は持っていますが、甲冑は主に賜らなければなりません」

どうやら守護騎士達は主がイメージした服をそのまま甲冑として用いるらしく、それをはやてがしていなかった為に、未だに彼女達の甲冑は存在しない状態となっているようだ。
ちなみに、甲冑とはなのは達が身に纏っているバリアジャケットのようなものである。

「そっか……そやけど私はみんなを戦わせたりせえへんから………あっ! 服でええか? 騎士らしい服、な?」

はやては守護騎士達のことを『家族』だと思っていた。
だから彼女達を戦わせようだなんて微塵も思っていなかったし、闇の書のことを聞いたその日から、一度たりともその完成を望んではいなかった。
だから、甲冑などと言う固いものではなく、敢えて服という形で彼女達に与えることにしたのだ。

「ええ、構いません」

シグナムははやてのその想いに答えるように、そう告げた。
するとはやては、笑みを浮かべながら。

「ほんなら資料探してかっこええの考えてあげなな~」

そう言ってはやて達がやってきた場所というのは……『といざるす』と呼ばれるおもちゃ屋だった。

「ここは……?」
「ええからええから♪こういうところにこそそれっぽい材料が……な?」

シャマルの疑問を華麗に無視して、はやてはどんどん先へ進む。
彼女としては、服をデザインするのが楽しくて仕方ないのだろう。
やがてはやてと一緒についてきていたヴィータが、その途中で何かを見つけた。

「ん?」

それはウサギのぬいぐるみだった。
何故だか知らないが、ヴィータはそのぬいぐるみに惹かれていた。

「ヴィータちゃん。どうしたの? ヴィータちゃん」

シャマルがヴィータのことを呼びかけるが、まるで聞こえていないかのようにずっとウサギのぬいぐるみを眺めていた。
そしておもちゃ屋から出て行き、その日の夕方のこと。

「いい風ですね」
「ほんまや」
「お天気もいいですし」
「絶好の散歩日和や♪」

シャマルとはやての二人は、仲良さ気に話していた。
その後ろには、紙袋を抱えながら無言で二人の後ろをついて行くヴィータの姿があった。

「ヴィータ」
「?」
「もう袋から出してもええで?」

はやてがそんなヴィータに言う。
それまで中身の分からなかった紙袋の中に手を入れて、ヴィータは中身を取り出す。
すると、さっき自分が見ていたウサギのぬいぐるみが出てきた。

「わぁ……」

ヴィータの顔がほころんだ。
そう、この時ヴィータは明確に『嬉しさ』を感じていたのだ。

「はやて、ありが……」

はやてにお礼の言葉を述べようとして、しかし二人が結構先の方まで歩いているのが目に映った。

「あっ……あはは!」

ヴィータは嬉しそうに、二人の後を追いかける。
この時彼女は、本当に幸せだったのだ。
そして、気付いたのだ。
はやてのことが、大好きなのだと。



その日の夜の話。

「わぁ~綺麗!」

シグナムに抱かれて中庭に出ていたはやては、夜空の美しさを見て感動していた。
そんなはやてに、シグナムが尋ねる。

「主はやて、本当に良いのですか?」
「ん? 何が?」
「闇の書のことです。貴女の命あらば我々は直ぐにでも闇の書のページを蒐集し、あなたは大いなる力を得ることが出来ます。この足も……治るはずですよ?」

闇の書のページをすべて埋められたなら、その持ち主は大いなる力を手にすることが出来る。
その力さえあれば、はやての足など簡単に治すことが出来るだろう。
あくまで予測の範囲を脱しないものではあったが、それでもほぼ確実だと思われる。
しかしはやては、首を振ってそれを否定した。

「あかんて。闇の書のページを集めるにはいろんな人にご迷惑をおかけせなあかんねんやろ? そんなんはあかん。自分の身勝手で人に迷惑をかけるんはよくない」
「あっ……」

ここまで来ても、やはりはやては優しい人だった。
そんな優しい人だからこそ、シグナム達は彼女のことを信頼し、尊敬していた。

「私は、今のままでも充分幸せや。父さん、母さんはもうお星様やけど……遺産の管理とかはおじさんがちゃんとしてくれてる」
「お父上のご友人でしたか?」
「うん、おかげで生活に困ることもないし……それになにより、今はみんながおるからな」
「……」

シグナムは嬉しかった。
自分達がいることを、ここまで嬉しく思ってくれる主は初めてだったからだ。
だが、はやてが少しだけ寂しそうな表情を浮かべているのを、シグナムは見逃さなかった。

「……どうかされましたか?」
「これで、あの人がいてくれたらなって思うてな」
「あの人?」

はやての口から初めて出た、『あの人』という言葉。
もちろんシグナムにはその人物が誰なのか皆目見当もつかなかった。
当然のことだろう。
なにせその人物は、はやての世界の住人でも、守護騎士達の世界の住人でもないのだから。

「シグナム達が来る前に、私のことを支えてくれてた人や。けど、ある事件に関わってから、一度も連絡してけーへんのよ。まったく、今頃何してはるんかな……」
「主はやて……」

口では平気そうな感じなのに、その目からは涙が出ていた。
彼女は『あの人』がいなくなってから、また一人で頑張ってきた。
だが、誰かと一緒にいるという安心感を得てからは、何度も泣き出してしまった。
彼の言葉を思い出しては、悲しくなるのだ。
胸が痛くなるのだ。
それがどんな感情なのかも、はやては分かっていた。

「おいシグナム! 何はやてを泣かせてんだよ!!」

そんな時、えらくタイミング悪くヴィータが入ってくる。
しかも、泣いているはやてと、その場にいたシグナムを見て、何やら勘違いしている様子だ。

「何を言う、ヴィータ。私が主はやてのことを泣かせるわけがないだろう。少し前の話を主はやてが思い出していただけだ」
「少し前って……何のことなんだ?」
「えっと、上条当麻さん言うてな……」

そこから、はやてが上条と出会ってからの数日間の話が始まる。
図書館でのこと。
自宅での決意。
そして、別れの瞬間。

「その『カミジョウトウマ』って奴が、あたし達の前にこの家にちょくちょく来てた奴なんだな?」
「そうなんや。ほんまあの時は楽しかったわ……けど、もうここ最近会ってないねん」
「そうだったのか……なんか、ごめん」

ヴィータは素直に頭を下げる。
そんなヴィータの頭を撫で、笑顔を見せながら。

「ええって。ヴィータ達は何も悪くないんや。悪いのは当麻さんを巻き込んだ事件やから」

そう言った時のはやての顔は、とても悲しそうで。
そんな顔をさせた上条のことを、この時ヴィータは憎んでいた。



「なるほどな。それがお前らがはやてと会ってから数日間の話ってわけか」

ザフィーラの話が一区切りついたところで、上条はそう呟いた。
彼女がここまで歩んできた半年間は、決して平穏なものではなかった。
むしろ、直接的に魔法と出会い、そして知らずに事件に巻き込まれていた。
だけどはやては『闇の書』の完成を望まなかった。
もし上条が前もって事情を聞いていなかったとしたら、ここで疑問を抱いていたかもしれない。
だが、上条ははやての願いを聞いておきながら、何故その願いを裏切っているのか、その理由を知っている。

「それからだったんだな。はやての身体が、闇の書に侵食されつつあることを知ったのは」
「……ああ、後は前に話した通りだ。あのまま放置しておけば、我々の意思とは関係なく、主はやては闇の書に侵食されて、最終的には命を落とすことになる。それを知った我々は、主はやてとの誓いを一つ破った。『戦わない』という、誓いを」
「仕方ないさ。それしかはやてを救えないのなら、戦うなという方がむしろ罪だ。けど、もうお前達は決して人に手をかけたりはしない。そう信じてるから、俺も喜んでお前らに協力出来る」
「協力、感謝する」
「固くなるなって。俺もただ、はやてのことを早く助けたいだけなんだ……お互い共通した想いを抱いているんだ。遠慮なしでやっていこうぜ」

上条は笑顔でそう答える。
ザフィーラは少し驚いたような表情を浮かべているような気がした(獣状態だから少し表情の変化が分かりにくいのだ)。

「なるほどな。その想いの強さがあるからこそ、主はやては惹かれたのかもしれないな……上条当麻」
「よ、よせよ。惹かれたってのがどういう意味なのかはともかく、俺はそんな大層な人間じゃない。俺はただの偽善者だよ」

自嘲したような笑みを浮かべながら、上条は言った。
前に誰かに言われたことがあった。
『お前はただの偽善者だ』と。
だが上条はその時こう答えた。
『偽善者でも構わない。それで誰かが救われるのなら、それでいいんだ』と。
結局、彼の中では助かる過程とか、助けるべき人物か否かなど関係ないのだ。
悪人も善人も関係なしに、困ってる人がいたら迷わず助ける。
よく言おうが悪く言おうが、度が過ぎたお人好しだということに変わりはない。

「偽善者か……だが、正義を振りまくよりよほどマシだ。『絶対正義』なんて言葉を大盤振る舞いしている連中に限って、裏で何をしているかわからない。お前みたいな裏のない優しさの方が、いいと思うけどな」
「そいつはどうも」

上条は素直にザフィーラの言葉を受け止める。

「にしても、その話を聞く限りだと、俺って第一印象結構悪くないか?」
「その通りだな。特に顕著に現れたのはヴィータだったな」

確かに、ヴィータははやてを泣かせた上条を恨んでいたほどだったのだ。
そんな上条がある日突然自分の目の前に現れれば、それは文句の一つや二つも言いたくなるだろう。
もっとも、シグナムやシャマル、ザフィーラは上条のことを悪人だとは思えなかったらしく、すぐに信頼したのだが。

「それだけヴィータも主はやてのことが好きなのだ。許してやってくれ」
「許してやるもなにも、悪いのは全部俺じゃねえか。俺が勝手にはやての前から消えたりしたから……」
「そんな悲しそうな顔をするな。主はやてを心配させてどうする」

上条が悲しそうな表情を浮かべていたら、はやても悲しくなる。
上条が何処か遠くへ行ってしまいそうで。
いや、遠くに行っただけならまだ耐えられるのだ。
ただ、一番不安なのは、遠くに行ったきり、二度と会えなくなることなのだ。
それが一番に現れたのが、前回のジュエルシード事件の時のことだったというわけだ。

「……そうだな。その通りかもしれないな」

上条は頷いた。

「ところで上条。もしこの事件に幕を下ろすことが出来て、元の世界に帰れるようになったとしたら、その時はどうするのだ?」

あらかじめ、ザフィーラはそれを聞きたかったのだ。
闇の書を完成させて、はやての病気を治すことが出来たとして、そして同時に元の世界に帰れるようになったとしたら。
その時上条は、どちらの道を選ぶのか?
上条の答えは、一つだった。

「俺は、元の世界に帰る。こっちの世界にいつまでもいれるわけじゃないし、巻き込まれた奴らもこっちにはいる。ソイツらと一緒に、この世界から帰らなければならない。あっちの世界には、俺の仲間もいるからな」
「……主はやては、どうするつもりだ?」
「!?」

その時、ザフィーラから少しばかり殺気を感じ取ることが出来た。
それは守護騎士として主のことを大切に想うが故に発せられる、殺気。
主を泣かせるようなことがあったら、絶対に許さないという強い想い。

「……俺は、はやても泣かさない。もちろん、こっちの世界にいる他の奴らのことも、泣かせたりはしない」

前の事件で、彼は何人もの人物の涙を流させてしまった。
だから今度こそ、誰もが笑って迎えられるハッピーエンドを目指したい。
誰もが命を落とすことなく、幸せな結末へ。
それが偽善と言うならば、彼のその想いは最高の偽善なのだろう。
しかし、最低の正義よりは、最高の偽善の方がいいに決まっている。
だからこその、上条の言葉だった。

「そうか。その言葉を聞いて安心した」

ザフィーラは先ほど上条に当てていた殺気を引っ込める。
同時に、上条の身体からは冷や汗が流れ出たような気がした。

「俺があっちの世界に帰ったからって、何ももうこっちの世界に帰れなくなるわけじゃない。だからちょくちょく暇を見つけてくるつもりだ……何せ俺も学生だから、単位とか結構危なくてな……何でか知らないけど、俺結構入院するから、出席日数が……」

そう泣きごとを言った上条は、何処にでもいるただの高校生だった。
言ってることはなかなか想像もしたくないことではあったが。

「まぁお前の事情は分かった。なら、その話をせめてヴィータ達にも言ってやってくれ。特にお前が元の世界に帰ると言い出したら、ヴィータがどんな行動に出るか分からない」
「……分かってる。時期が来たら言うつもりだ。だからお前は、この話をまだアイツらには言わないでくれ」

それは上条の精いっぱいの優しさだったのかもしれない。
勝手な不安を植え付けたくないからという、想い。

「了解した。ただし、約束するからには必ず最後まで付き合うんだぞ?」
「分かってるよ、俺はお前達と一緒に最後まで戦う」

そう言った後で、上条は天井を見上げる。
蛍光灯の光が、やけにまぶしく感じられた。



同じ頃、臨時指令室ことハラオウン宅では、カートリッジシステムについての説明がされていた。
なのは・フェイトの他には、美琴達の姿もあった。

「カートリッジシステムは扱いが難しいの。本来ならその子たちみたいに繊細なインテリジェントデバイスに組み込むような物じゃないんだけどね、本体破損の危険も大きいし……危ないって言ったんだけど……」
「なるほど。よほどレイジングハートとバルディッシュは、主人を守れなかったのが悔しかったってことね」
「デバイスには、AIが組み込まれているみたいですわね。個人の感情が芽生えても不思議ではないのでしょう」

エイミィの言葉を引き継ぐように、美琴・白井が言う。
彼らの言う通り、この世界で魔法を使う際に用いられるデバイスには、AIが組み込まれている。
だからデバイスが主人を守りたいという気持ちが生まれることも、不思議ではなかった。

「ありがとう、レイジングハート……」
「All right」
「バルディッシュ……」
「Yes sir」

なのはとフェイトの二人は、それぞれのデバイスに礼の言葉を述べる。
二人の持つデバイスからは、それぞれそんな言葉が返ってきたという。
その後、エイミィの説明が続いた。

「モードはそれぞれ3つずつ。レイジングハートは中距離射撃のアクセルと砲撃のバスター、フルドライブのエクセリオンモード。バルディッシュは汎用のアサルト、鎌のハーケン、フルドライブはザンバーフォーム」

エイミィが、二人のデバイスについて軽く説明を入れる。
それぞれどのようなモードなのかは、今後の彼女達の戦闘中に描写を入れていくとして。

「だけどフルドライブはなるべく使わないように……特になのはちゃん」
「はい?」

いきなり自分の名前が呼ばれたことに、少し疑問を抱くなのは。
そんななのはに、エイミィは真剣な表情で言った。

「フレーム強化をするまで、エクセリオンモードは起動させないでね?」
「はい」

なのははレイジングハートを見ながら、エイミィの言葉に頷いた。
その様子を見ていたクロノ達は、別のことを話しだす。
そこには、土御門とステイルの姿もあった。

「問題は、彼らが何の目的を持ってこんなことをしているのか、だな」
「ええ、その通りですね。彼らがまるで自分の意志で闇の書の完成を目指しているようにも感じますし……」

土御門の言葉に答えるように、クロノが言う。
しかし、そこにアルフが疑問を抱いた。

「ん? なんかそれっておかしいの? 闇の書ってのも要はジュエルシードみたくすっごい力が欲しい人が集めるもんなんでしょ?」
「その通りだとしたら、その力が欲しい誰かの為に彼らが頑張るのもおかしくはない話じゃないのかい?」

アルフとステイルの言っていることは正しい。
守護騎士達が主の為に忠実に働くということは知っている。
だったらその主の悲願を叶える為に自分達が活動するということはおかしくはない話ではないのだろうか?

「第1に、闇の書の力はジュエルシードみたいに自由な制御が効くものじゃないんだ」
「完成前も完成後も純粋な破壊にしか使えない。少なくともそれ以外に使われたという記録は一度もないわ」
「なるほど……」

これにはステイルも納得せざるを得なかった。
土御門は、前もって調べていたのか、ステイル以上の驚きは見せなかった。
そんな時に、ちょうどデバイスについての説明を受け終えたなのは達がクロノ達のところまでやってくる。
それを知ってか知らないでか、クロノがさらに言葉を続けた。

「それともう一つ……あの騎士達―――闇の書の守護者達の性質だ」
「彼らの性質? 使い魔か何かの類じゃないのかい?」

ステイルが尋ねる。
通常、考えられる可能性の一つとして、そのような可能性が浮かんでくるだろう。
だが、クロノはそれを否定した。

「いや、違う。彼らは人間でも使い魔でもない」
「闇の書に合わせて魔法技術で作られた疑似人格……主の命令を受けて行動する、ただそれだけの為のプログラム……ってところだろ?」

確信を突くような答えを、土御門は言った。
そう、守護騎士達とは、闇の書に組み込まれたプログラムそのものだ。
故に、人間とも呼べないし、使い魔とも呼べない。
AIを搭載したデバイスよりもう少し感情表現が豊かになった存在が、人型となって現れたと言っていいのかもしれない。
あくまで、その部分に関しては憶測でしかないのだが。

「その……使い魔でも人間でもない疑似生命っていうと……私みたいな」
「ソイツは違うぜ、フェイト」
「!?」

フェイトが悲しそうな表情でその言葉の続きを言おうとしたら、土御門によって止められた。

「土御門さんの言う通りよ。フェイトさんは生まれかた少し違っていただけで、ちゃんと命を受けて産み出された人間よ?」
「検査の結果でもちゃんとそう出てただろう。変なこと言うものじゃない」
「はい、ごめんなさい……」

リンディが優しげにそう言って、クロノが後から言葉を付け加える。
その言葉を聞いたフェイトが謝罪の言葉を述べたところで、少し場の空気が悪くなる。

「そ、そうだエイミィ! もにたーっていうのを使って説明してくれると嬉しいかも!」
「そ、そうね!」

場の空気を和ませようと、インデックスとエイミィが必死になる。
そしてエイミィがモニターを出すと、そこには闇の書を中心とし、その周りに守護騎士達の姿が映し出されていると言う感じの画像が出てきた。
それを見ながら、クロノ・エイミィ・リンディの三人が説明をする。

「守護者たちは闇の書に内蔵したプログラムが人の形をとったもの。闇の書は転生と再生を繰り返すけど、この4人は闇の書と共に様々な主の元を渡り歩いている」
「意思疎通の為の対話能力は過去の事件でも確認されているんだけどね……感情を見せたって例は今までにないの」
「闇の書の蒐集と主の護衛……彼らの役目はそれだけですものね」

その通りではあった。
守護騎士達の役割は、あくまでも主の為に働くこと。
それ以外の感情は必要ないし、話すことが出来ればそれだけで十分の筈。
だが、なのは達は彼女達に対して少し違った感情を抱いていた。

「でもあの帽子の子、ヴィータちゃんは……怒ったり悲しんだりしてたし」
「シグナムからもはっきり人格を感じました。『成すべきことがある』って。仲間と……主の為だって」
「主の為、か……」

最後のフェイトの言葉を聞いて、感慨深そうな言葉を残すクロノ。
その言葉を最後に、モニターは閉じられた。

「まぁそれについては、捜査にあたってる局員からの情報を待ちましょうか?」
「転移頻度からみても主がこの付近からいるのは確実ですし……案外主が先に捕まるかもしれませんね」

リンディの言葉を聞いて、クロノがそう言った。
彼女達の言う通り、事件の中心点となっているのはこの世界、この街だ。
だから主がこの街の中に潜んでいる可能性も極めて高いし、闇の書の力を手にしたいと考えているということは、普通の魔導師、もしくはそれ以下だということになる。
となれば、捕まえるのもそう難しくはないことなのだろう。

「それと問題はまだ二つある。まったくの別件になるわけだが……一つは、あの後カミやんが何処に行ったか、についてだ」

土御門から『カミやん』という単語が出てきた時、あからさまになのは・フェイト・美琴・インデックス・神裂の五人が反応を示す。
というか、この五人は俗に言う『上条属性』と呼ばれる存在達なのだろうか?

「青い光が見えたと思ったら、次の瞬間には上条当麻はいなかった……それが君達の証言だったね?」
「ええ、その通りよ。アイツの真上に青い何かが落ちてきたと思ったら、すでに青い光も消えていて、アイツもいなくなってたわ」
「普通に考えると守護騎士達の誰かが上条君を連れ去ったってことになるけど……連れ去った所で何か利益があるとは思えないし、むしろ上条君の能力的に、彼女達は敵となる存在のはずよね?」

リンディの言う通り。
上条の右手なら、闇の書に触れただけですぐさまそれを壊してしまうだろう。
そして闇の書と深く結びついている彼女達は、闇の書が破壊されてしまえば、すぐにその場から消えてしまうはずだ。
だとしたら、彼を自分達の元へ連れてくるなど、自殺行為に等しい。
……もっとも、それらはすべて上条の能力を知っていたらという仮説が立つわけだが。

「あるいは、とうまが最初に事故で私達とは別の場所に転移した時、転移したその先こそが、闇の書の主がいる場所だとしたら?」
「……それはないんじゃないでしょうか?」

インデックスの仮説に、神裂が否定の言葉を述べる。
その理由を、神裂はこう述べた。

「彼はそれが悪いことなら否定するタイプです。闇の書はリンカーコアを喰らってページを増やすものと聞いています。それは人間のリンカーコアとて例外ではないのですよね? だとしたら、そのことを黙っているでしょうか?」
「ねーちんの言う通りだな。カミやんなら協力するどころか、真っ先に闇の書を壊しにかかるような存在だ。だから何の理由もなしに協力するなんて考えられない」

もっとも、他に何か特別な事情があるなら話は別だけどな、と心の中で土御門は付け足す。
言葉とは裏腹に、彼は上条が闇の書の主のところにいるのではないかと考えていた。
管理局について行きたくなさそうな素振り、結界を誤ったかのように見せかけて壊したあの時の上条の行動。
それらは深く注意していなければあまり注目されない点だが、土御門の目はあまりごまかせていなかったようだ。

「それともう一点……なのは達が戦闘している間に街中に現れた、あの機械達のことだ」

ステイルがその言葉を述べると、部屋の中は一気に静かになる。
彼らの前に現れた、自分達を襲う機械達。
それらは誰かによって仕組まれた術式から、無貯蔵に出現してきた代物だ。
それだけ相手の魔力量が高いことを物語っている。

「ねーちんの話によれば、『世界の調律師』の過激派という連中が、俺達の存在を消そうと企んでいるとのことだろう?」
「その通りです。彼らはこの世界そのものを消してしまおうと企んでいるようです。具体的な方法は分かりませんが、少なくとも私達の命が狙われる可能性も否定出来ないでしょう」

『世界の調律師』。
新たに浮上してきた敵対勢力に、リンディは顔をしかめていた。

「闇の書で手一杯って時に、そんな集団まで現れてくるなんて……」
「……ちょっと待って。『世界の調律師』って確か、フェイトちゃんのお父さんが所属してた組織のことなんじゃ……」

後々、アジャストという存在を知ったエイミィがそう言った。
フェイトも、そのことに気付いたようで。

「なら、お父さんに会えれば何か分かるかもしれない」
「けど、アジャストに会うって言っても、今奴が何処にいるか分かったもんじゃないからな……」

実質、この件に関しては八方ふさがりということになる。
それよりも、今は闇の書事件の方を解決させるのが優先だろう。

「仕方ない。この件は僕達の手には負えないようだ。少なくとも、君達と共に機械達と戦っていた、ゲルという人物に話を窺う他はないようだね」
「みたいだね。ゲルはこの世界にしばらくの間留まり続けるって言ってたんだよ」

インデックスが言うには、ゲルはこの世界における『闇の書事件』の経緯を観察する為に、しばらくの間この世界に居続けるらしい。
ということは、少なくともゲルには話を聞ける可能性があるということだ。

「この件に関しては、神裂さん達に任せます。それでユーノ、君に明日から頼みたいことがあるんだけど……」

このクロノの言葉を機に、彼らのこの話はお開きとなったのだった。



「世話になったな、一方通行(アクセラレータ)」
「ンだよ、テメェのキャラじゃねェな。なンか調子来るっちまうぞ」

先ほどの男の死体を放置したまま、一方通行達は再び歩き始める。

「それは困るな。これから何人我らのもとにやってくるか分からないと言うのに」
「ハァ……」

思わず溜め息をついてしまう一方通行。
しかし、そんな彼らの前に。

「見ぃ~つけた♪」
「「!?」」

誰かの声が聞こえてくる。
ただし、その声は前に戦った時と同じような、男のものではない。
何処か幼さを残したような、そんな感じの少女の声だ。
声だけを聞けば、歳は十代……いや、それよりも低い位だ。

「この声……まさか」
「知ってンのか?」

ゼフィアが驚いたような表情を見せたので、一方通行が尋ねる。
ゼフィアは答える。

「ああ、知っている。その人物はわずか9歳にして『世界の調律師』に入り、過激派の一員として数々の世界を一人で破滅に追い詰めていったとも言われている少女―――」
「あっ! その顔はやっぱりゼフィアおじさんだね♪久しぶりだね~。『世界の調律師』の中でちょっと挨拶した位だったけど、おじさんの顔はよく覚えてたよ。おじさんも私のことを知っててくれたみたいだから、嬉しいな♪」

声だけを聞けば、何処にでもいる可愛げのある少女。
白くて長い髪・パッチリとした瞳。
そして歳相応の、可愛げのある顔立ち。
暗い闇の世界には似合わないような白いワンピースを身に纏うその少女の手には、何やら鉈みたいなものが握られていて。
何もかもが、不釣り合いだった。
その可愛さも。
その幼さも。
それらすべてが、この場にあってはならない存在。
それが余計に恐怖を煽っているような気がしてならなかった。
笑顔なのに。
見る者を癒すはずのその笑みは、見る者に恐怖しか感じさせない。
一言で表現するならば、その少女は『狂っていた』。

「ゼフィアおじさんの隣にいるのが、あの有名な一方通行(アクセラレータ)お兄ちゃんなんだよね? 会えて嬉しいな、お兄ちゃん♪」
「……何者だ? こンな所にガキが乗り込ンで来ていいとでも思ってンのか? それとも、テメェは俺達のことを誘ってるとか言ってンじゃねえだろうな? その貧弱そうな身体で、こっちは一ミリたりとも浴場したりしねェっての」
「酷いな~お兄ちゃんは。私、これでも結構お兄ちゃんのこと興味あるんだけどな~?」

一方通行に、少しも恐怖を感じていないらしいこの少女。
―――一方通行の能力は『ベクトル操作』だ。
彼の手にかかれば、こんな少女なんて一回触っただけでその生命活動を終わらせることが出来るのだろう。
だが、少女はそんな存在を前にしても笑っていた。
狂ったかのように、ニタニタと笑っていた。
まるで獲物を見つけた狩人のように。

「えっと、自己紹介がまだだったよね? 始めましてお兄ちゃん。私は『世界の調律師』過激派の一人、アリスだよ? よろしくね? お兄ちゃん♪」

その少女―――アリスこそが、彼らに放たれた二番目の刺客だった。



次回予告
一方通行とアリスの戦闘が始まる。
その一方で、上条達は八神家で一時的な平穏な暮らしを送ることになる。
美琴達を含めたなのは達はフェイトを連れて携帯ショップへ行く。
そしてアジャストは、プレシアの元へ行き、プレシアからある願いを聞く。
それを聞いたアジャストは……。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『狂気(アリス)』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。




[22190] A's『闇の書事件』編 8『狂気(アリス)』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/04/28 20:23
「私達の命が狙われてる?」

学園都市に引き上げてきたアジャストは、早速そのことをプレシアに伝えた。
プレシアは半信半疑ではあったが、つい最近発生した事件のことを説明すると、すぐに真剣なものに変わった。

「こっちの世界にも過激派が迫ってきています。ですから私達は、この世界とは無縁の場所へ……!!」
「助かるにはそうするしかないのね?」
「はい。今あっちの世界に向かったところで、過激派に襲われるだけ。いくら体調が良くなったとはいえプレシアはまだ完璧な状態ではない。そのような状態で彼らに襲われてしまっては、命を落とすのも時間の問題です!」

確かに、学園都市に来てからプレシアの身体は大分よくなった。
それこそ、健康体そのものと言ってもいいくらいだ。
しかし、だからと言って以前みたいな魔力量があるわけではない。
依然として彼女の中にあるリンカーコアの輝きは、前のそれよりも小さいのだ。

「その通りね。私はこのままだとその過激派という奴らに襲われて、何も出来ずにやられてしまうかもしれないわね」
「ですから、早くここから……!!」
「ええ、ここから出るわ。まだちょっと早いけど、動く分には何の問題もないみたいだから」

ベッドから出て、プレシアは横にかけてあったマントに手を伸ばす。
それを手にとり身体に巻き付けるような動作をとると、次の瞬間には以前フェイト達と対峙した時のそれとまったく同じ格好になっていた。

「けどその前に、お願いがあるの」
「お願い?」

プレシアからお願いがあるだなんて珍しいことだった。
もっとも、アジャストはプレシアよりも早くに死んでしまった『ことになっている』のだから、仕方がないと言えばそれまでなのだが。
そんなアジャストの疑問を余所に、プレシアはこう言った。

「私も、フェイトを助けさせて欲しいの」



「アハハハハ! こっちから行かせてもらうよ!! お兄ちゃん♪」

鉈を持って、一気に一方通行の元へ走り寄るアリス。
まるで兄の元へ飛び込んでくる妹のような無邪気な笑みだった。
しかし一方通行に対して何の策もなく飛び込んでくることは明らかなる自殺行為とも言えた。

「……チッ」

一方通行は、首元についているチョーカーの電源をONにする。
能力使用モード。
制限時間、15分。

「ハッ! 5分もかけねェで終わらせてやンよ、クソガキ!!」

そのまま一方通行は、一気に加速をつけてアリスの元へ飛び込む。
速度としては、一方通行の方が遥かに上回る。
アリスが一方通行に辿り着くよりも速く、一方通行がアリスの元へ飛び込んできた。

「うわぁ~! お兄ちゃんの方から来てくれたんだ。嬉しい♪」
「ンだァ? 甘えたい年頃ってかァ?」
「そうだよ。アリスは一緒に遊んでくれるお兄ちゃんのことが大好きだから、甘えてるの♪だから……死んで?」

ガキャッ!
あり得ない音が鳴り響いた。
一方通行の身体の中で、骨が折れそうな程の悲鳴があがった。
……おかしい、そんなことはあり得ない筈。
何故なら一方通行は、今チョーカーの電源を入れている。
そして能力を使用しているはずだ。
それなのに、アリスの攻撃は通った。

「な、何故だ? 何故コイツの攻撃が俺に届く?」

一方通行は混乱していた。
そんなことがあってたまるものか。
たかが十にも満たないガキに、怪我を負わされることになるなんて。

「まさかお前……前に『とある』の並行世界を訪れたことがあるのか?」

ゼフィアが辿り着いた一つの答え。
それはとても簡単で、しかし信じられないものだった。

「そうだよ、ゼフィアおじさん。アリスは一回お兄ちゃん達が住んでる世界の並行世界に行ったことがあるんだ。そこでね、アリスはとある科学者に出会って、お兄ちゃんを倒す為の方法の一つを教わったの。最初は全然わけが分かんなかったんだけど、勉強してるうちにお兄ちゃんを倒すことなんて簡単な位になっちゃったんだ♪」
「科学者、だと……?」

いくらなんでも、ほんの少し勉強しただけで一方通行の計算式に追いつけるはずがない。
彼は学園都市最強の超能力者であり、最高の演算能力を誇っているのだ。
彼の演算に追いつくには、彼の能力を開花させた人物、もしくは彼ほどの演算能力を持つ者でなければならない。
理屈だけを知ったところで、彼の演算の隙をつける程甘くはない。
ということは、話は簡単だ。

「まさか、その科学者から一方通行の演算方法を聞きだして、そのすべてを理解出来る程の頭が、備わっているだと?」
「そうだよ。アリス、実はこう見えても大学生なんだよ? お兄ちゃんよりも学年は上なんだよ♪」

心底楽しそうに笑うアリス。
これで手に鉈さえ握られていなければ、本当に何処にでもいそうな少女なのに。

「ヘェ、大層な頭してンのな、お前。けど、その余裕貫けるのもここまでだぞ?」
「やっぱりお兄ちゃんは強いね。さっきの程度の攻撃じゃダメージにもならないんだもんね」

あの時、アリスの攻撃は確かに一方通行に当たった。
しかしその威力自体は大したことはなく、一方通行の身体が悲鳴をあげただけで、機能が停止したわけではない。
それも恐らく、アリスが少女であったが故に力がなかったおかげなのだろう。
彼の演算の隙をつく……極論を言ってしまえば、彼の『反射』が成立する前にそのベクトルの向きを変えてしまう。
もっと簡単に述べると、彼の身体に直接攻撃せず、寸止めの要領で彼の身体の前で攻撃を止め、一気に引っ込める。
すると、彼は自然と自分の方にベクトルを向け、結果として自分の身体にダメージを負うことになる。
かつて一方通行の能力を開発した木原数多という科学者が生み出した、一方通行に対する攻撃方法だった。

「なるほど……その手は木原から教わったのか。あの野郎、こンなことまで思いつきやがって……クソったれが」
「木原さんのことをそんなに悪く言わない方がいいよ? その内お兄ちゃんは、木原さんにボコボコにされる運命なんだから」
「言うじゃねェか三下ァ……悪ィがこっから先は一方通行だ。テメェの行く先は、地獄ただ一つ。その貧弱な身体ひっ連れて、無様に地獄へ落ちやがれ!!」

能力による攻撃は不可能。
ならば、話は簡単だ。
一方通行はゼフィアに顔を向ける。
一瞬で、ゼフィアは彼の行動の意味を把握した。
彼は自らが作り出した異空間に手を突っ込むと、そこから二丁の拳銃を取り出し、彼に渡した。

「こっちのお兄ちゃんは銃を使うんだ。あっちのお兄ちゃんは、木原さんに対していつまでも素手で挑んでたって言うのに……」
「テメェは木原じゃねェからな。特別テメェの手でぶン殴りたいなンて思っちゃいねェ。テメェはただ殺す。そンだけだ」
「酷いな、お兄ちゃんってば。アリスはもう少しお兄ちゃんと遊びたいのに……」

寂しそうな表情を浮かべるアリス。
しかし一方通行は、そんなことで精神が揺らいでしまうほど甘い人間ではない。

「せめてあの世で遊び相手でも作りやがれ、クソガキが」

ダァン!
ゼフィアから受け取った拳銃で、一方通行はアリスを撃った……が。
ガキン! という金属音が響いたと思ったら、アリスが鉈でその拳銃を防いでいた。

「何!?」
「お兄ちゃんってば、こんなのでアリスを殺せるとか思ったの? まだまだ甘いな~お兄ちゃんは」
「コイツ……!!」

一方通行は、弾が切れるまで二丁の拳銃を使ってアリスを撃ち続けた。
繰り返し、絶え間なく撃ちこまれる銃弾。
しかしアリスは、そのすべてを鉈で弾き飛ばしていたのだ。

「(コイツ、弾の軌道と撃つタイミングを読ンでやがる―――!!)」

一言で言えば、戦場慣れしている。
それ以上にもっと恐ろしい何かを感じずにはいられない。

「安心して、お兄ちゃん。アリスがゆっくり殺してあげるから……お兄ちゃんは何もしなくてもいいんだよ?」

ブゥン!
頭上から振り下ろされる鉈。
一方通行は咄嗟の判断で横に飛んでそれを避ける。
目標を失った鉈は重力に逆らうことなく、そのまま地面にたたきつけられる。
すると、それはコンクリートに穴をあけて、ズガン! という轟音と共に先が突き刺さってしまった。

「……マジか」

ゼフィアは思わず呟いてしまった。
あんなに重くて殺傷能力が高い鉈を、彼女は片手で、しかも軽々しく振りまわしているのだ。
その力がどれほどのものなのか、彼にも判断がつかなかった。

「逃げちゃ駄目だよお兄ちゃん。あ、でも遊ぶんだったらもっと長く遊んでたいから……それでもいっか♪」
「ほざいてろ、ガキが」

一方通行はそう吐き捨てる。
先ほどの一撃は、彼が行動停止するには全然足りないものだ。
故に彼はまだ十分に動くことが出来る。
だが、その攻撃は悉くアリスによって防がれる。
これでは単に体力が削られるのみだ。

「戦闘経験で言えば、一方通行より上だ。この少女をあまり嘗め過ぎない方が身のためだ」
「分かってる。だからテメェはこの戦いに手を出すな。これは俺の戦いだ」

一方通行は悟った。
この戦いは、自分で決着をつけなければならない戦いであると。

「お兄ちゃんってば格好いい~! ますますアリスが殺してあげたくなっちゃうなぁ……♪」

アリスは一方通行のことを見て惚れ惚れとしている。
正直な話、これが戦闘をしている場面とは到底思えない程だ。

「(クソッタレが……コイツは確かに強敵だ。俺の手の内を完全に読ンでやがる。このままじゃこっちの攻撃が通らずにやられちまう……けど)」

だが、相手は少女だ。
純粋な体力では、一方通行の方が明らかに上回っている。
確かに力ではアリスの方が上回っているだろうが、それがいつまでもつかという話になるとまったく別の話となる。

「それじゃあ行くよ~! えい!」

思考している一方通行を差し置いて、アリスは鉈を大振りする。
一方通行はその攻撃をかわし、コンクリートのベクトルを操作してアリスの四方に大きな壁を創り出した。

「そんなことしても無駄無駄。何考えてるのかさっぱり分かんないよ~♪」

アリスは鉈でコンクリートの壁をすべて壊す。
ズガァン! という音が響いた後、アリスの視界には、アリスの手によって壊された壁によって作られた瓦礫と、その瓦礫の向こうにただ突っ立っている、ゼフィアの姿だった。
そこに、一方通行の姿はない。

「えっ? ……!?」

突然、アリスの後方より殺気が感じられる。
アリスがその方向を振り向くと、そこから鉄パイプみたいなものが飛んできた。
当然、アリスは鉈を使ってそれを弾く。
……しかし、その方向にもやはり一方通行はいない。

「どういう、こと? ……お兄ちゃん、何処から攻撃を……?!」

すると、今度は右側からアリスに攻撃が繰り出される。
同じように、鉄パイプみたいなものがアリスに投げられたのだ。
アリスがそれを壊したら、今度はアリスの頭位の大きさのコンクリート片が飛んできた。
それは先ほどアリスが壊したコンクリートの壁の一部だった。

「え? ええ? お兄ちゃん??」

アリスは少し困惑していた。
これまでアリスは、その圧倒的な力を使って、相手を悉く撃ち破ってきた。
それこそ、戦い始めてからわずか3手で相手を殺したことだってあった。
こんなに幼い子供なのに、彼女はこれまで何人もの人を殺め、いくつもの世界を壊してきた。
しかし、今回の敵はわけが違う。
いくら対処法を習った所で、それがまったく通じない攻撃戦法なら対処法も意味をなさなくなってしまう。
何故なら、飛んでくるコンクリート片は、能力によって作られたものでも、能力を帯びたものでもなく、能力を使用した結果発生した自然現象の一つでしかないからだ。

「お兄ちゃん? 何処にいるの?」

アリスは必死にコンクリート片を片っ端から壊して行く。
……だが、それらの攻撃は突然止まった。

「え?」

突然右手に襲いかかった謎の痛み。
それと同時に、アリスは鉈を地面に落してしまった。
慌てて拾おうとしたが、それは何者かによって遠くに蹴り飛ばされ、それをゼフィアが回収。
そして。

「……終いだ、クソガキ」

気付けば、アリスの首筋には先がとがったコンクリート片が突きつけられていた。
一方通行が、アリスの背後に周り、コンクリート片を突きつけているのだ。
これはゼフィアから支給された物でもなければ、彼がここに持ってきたものでもない。
それはアリスが壊したコンクリートの一部でしかない。
つまり彼は、アリスの目くらましとしてコンクリートを壁にしたわけではなく、それを壊すことも見越して、今回限りの武器として使用したということだ。

「あ~あ、アリスの負けか……」

勝敗は決した。
これ以上アリスが行動を起こした所で、一方通行がアリスの首を斬ってしまえば、出血多量ですぐにアリスの死が確定する。
後ろを取られた以上、殺し合いにおいて死は逃れられないのだ。

「お兄ちゃんになら勝てると思ったんだけどなぁ……お兄ちゃんに殺されるなら、アリス本望だよ?」
「うっせェな、クソガキ。俺はまだテメェを殺すつもりはねェ」
「え?」

首筋に突きつけていたコンクリート片を何処かへ投げ飛ばした後、一方通行はアリスから距離を置く。
自由の身となったアリスは、すぐさま一方通行の方を振り向いた。

「テメェには聞きたいことがある。生かすか殺すかは、とりあえず後回しだ」
「アリスに聞きたいこと? それってなぁに?」

アリスは不思議そうに首を傾げる。
こうしてみる分には、アリスは単なる少女にしか見えない。
一方通行は頭の中でそんな考えが浮かんだ自分を軽く見下した後、尋ねた。

「この世界を壊すと言ったな……どうしてお前達は、そンなことを企ンでやがる」
「どうしてって……アリスは壊すのが大好きだったからだよ」
「お前の事情はどうでもいいんだ。我らが聞きたいのは……」

見当違いなアリスの返答に、ゼフィアが思わず口をはさむ。
しかし、一方通行はゼフィアの前に右手を突き出し、静止の合図を出した。

「他の人だってそうだよ? 過激派に入っている人達の中にも、いろんな種類の人達がいるからね。単純に世界を壊したいって思ってる人もいれば、無駄に世界が増えてしまうのが恐ろしいことだと言って、やむなく壊す仕事熱心な人もいる。だけどみんな『あのお方』の意見を聞いて、世界を壊そうとしてるの」
「……『あのお方』って奴は一体何者だ?」

先の戦いで倒した男も口にしていた、『あのお方』という単語。
何度も聞く名前ではあるが、その人物のことを一方通行とゼフィアは何も知らなかった。
だから、知っている人物に尋ねる意外に方法はない。

「う~ん……そう聞かれても、アリスも『あのお方』の名前は知らないし、姿も見たことないよ?」
「「なっ……!!」」
「他の人だってそうだと思うよ。『世界の調律師』に所属していることは確かみたいなんだけど、声も変声機か何かで変えられて出し、アリス達が『あのお方』の演説を聞いた時も、声だけしか聞けなかったよ?」

アリスが嘘を述べているようには見えない。
それがもし本当なのだとすれば、『あのお方』に関する情報は何一つないということになってしまう。
つまり、八方ふさがりというところだ。

「じゃあ質問を変える。テメェは何故参加した?」
「アリスも『あのお方』の意見に賛同したからだよ、お兄ちゃん」

そう言ったアリスの目は、少し悲しそうなものだった。
恐らくそこには何かしらの事情があったのだろう。
だが一方通行は、その部分を追及するのは面倒だと思い、それ以上のことは聞かなかった。

「説明御苦労さン。用は済んだからさっさとテメェは家に帰って親のミルクでも飲んで寝てろ」
「……」
「……ァン?」

突如無言となってしまったアリスに、一方通行が少し困惑する。
アリスの目から、涙が流れ出た。

「お母さんもお父さんも、お家にはいないよ……殺されちゃったから」
「!?」
「そう……それが理由だよ、お兄ちゃん。アリスは、お母さんとお父さんを殺した世界が憎いんだよ。アリスのお母さんとお父さんは、世界から見離されたの」
「殺された?」

ゼフィアが疑問符を打つが、構わずアリスは続ける。

「アリスが6歳の時に、アリスの目の前お母さんもお父さんも殺されたの……それが世界の為だなんて言って、理由もなく殺されたの……アリスも殺されそうになったけど、そんな時に助けてくれたのが、『あのお方』だったみたいなの」
「『あのお方』? さっきテメェは会ったことないって……」
「うん、アリスはその時気を失ってたから、実際に『あのお方』の顔は見てないよ? けど、心から感謝してるの……そして同時に、この世界を憎んだ。アリスのお母さんとお父さんを見離したこの世界を、許せなかった。だからアリスは過激派に入って、世界を壊し続けたんだよ? そして今回はこの世界がターゲットとなった……ただ、それだけの話」

やり場のない怒りを、アリスは世界にぶつけていたのだ。
壊せるだけ壊し、そして次の世界に行く。
それを何度も繰り返し、しかし怒りは収まらなかったのだ。
彼女は結局、壊しても癒されることはなかったのだ。

「……一言、言いたいことがある」
「……何? お兄ちゃん」

アリスは涙をぬぐって、一方通行の次の言葉を待つ。
一方通行から発せられたのは、アリスにとって信じられない言葉だった。

「だからどうした、クソガキ」
「!?」

頭に血が上った。
今の一言は非常に不愉快だった。
ここまで話を聞いといて、結局返ってきた言葉が、拒絶をも意味しかねないものだった。
だがアリスは、次の言葉で一方通行の発言の意味を把握することになる。

「そンな思いまでしといて、関係ない奴らを巻き込むンじゃねェ」
「!!」
「……その辛い思いは、誰かに押し付けちゃいけないものだ。綺麗事を言っているようで悪いが、世界相手にお前自身の悲しみをぶつけちゃ駄目だ。ぶつけた所で両親が戻ってくるわけじゃない。殺した奴が裁かれるわけじゃない。それに君には力があったはずだ。過去に行けなくても、並行世界に行けるその力が」
「……知っちゃったから。アリスのお母さんとお父さんは、何をしても殺されることを、知っちゃったから……!! アリスだって何度も並行世界に行ったよ? お母さんとお父さんが殺されずに済む世界を探したよ? けど駄目だったの……どの世界に行っても、結局殺されちゃうの……」
「……だったら、その現実を受け入れろ。そして新たなる居場所(しあわせ)見つけて、そこで生きろ。古い居場所(しあわせ)は、頭の中でいつまでも残ってンだから、さっさとテメェは前を見ろ」
「前を、見る?」

そう、幸せの形なんてひとつじゃない。
人によって何通りでもあるのだ。
大切なのは、過去の幸せをいつまでも追い求めることではなく、今をどう幸せに生きるか努力すること。
そんな単純なことを、アリスはすっかり忘れてしまっていたのだ。

「とにかく、今はテメェ一人で考えてろ。俺達はやるべきことがある。答えが見つかるまで、一先ずお預けにしといてやる」

最後にそう言い残すと、一方通行とゼフィアはその場を立ち去る。
残ったのは、地面をじっと見つめて思考の世界に入っている、一人の少女だけだった。



上条当麻の一日は長い。
ただし、朝早くから起きているわけではなく、いつも通りに起きて、夜は守護騎士達と一緒にリンカーコア蒐集に向かっていると言ったところだ(もちろんはやてには内緒だが)。
ちなみに、蒐集しに行く時には大抵の場合はヴィータと共に行く場合が多いとか。

「ん……」

この日も上条はいつも通りの時間に起きた。
大抵この時間に起きれば、すでにはやてが朝食の支度をしている所だ。
もちろん本日も上条の予想通り、はやてはすでに起床していて、台所にいる。
ところで何故それが分かるのかと言うと、彼がソファの上で眠っているからだ。
さすがに上条は男なので、はやての部屋で一緒に寝るなどと言う誰もが羨ましがるシチュエーションは自分から拒否していた。
もっとも、その時のはやての悲しそうな表情は、今でも忘れられない。

「……まだ寝てるな」

床にはザフィーラが獣の姿となって横になっていた。
反対側のソファでは、上条と同じようにソファで眠っているシグナムの姿もあった。
二人とも、昨晩遅くまで行動していた結果、このように今の時間になって睡眠をとっているというわけだ。

「あ、おはよう当麻さん」

上条が起きたことに気付いたらしいはやてが、おたまを持ちながら上条のところまでやってくる。
もちろん、車椅子を動かしてだが。

「おはよう、はやて……なんか悪いな、朝早くから一人で色々やってもらって」
「ええってええって。私料理好きやし、シャマルに料理を任せたらどないなことになるか、当麻さんだって知ってはるやろ?」
「あ、ああ……まぁな」

実はここ最近判明したことなのだが、一度シャマル単独で食事をすべて作らせてみたら、ものの見事にその場にいた全員が危うく昇天しかかったという謎の異常事態が発生したのだ。
この日以降、シャマルは誰か料理が出来る人(主にはやてや上条)の監視がなければ料理をしてはいけないという、実質料理禁止令が出されたのだ。

「ところで上条さん、上条さんって携帯電話持っとらんの?」
「携帯電話? 一応持ってるけど、こっちの世界じゃ使えなくてな……」

世界が違う為、上条が所持している携帯電話は実質意味を持たなくなってしまっていた。
もちろんそれは美琴や土御門にも該当していて、こっちに来てから充電すら満足に出来ていないという状態だ。
何しろ彼らの携帯に合う充電器がないのだ。
だから上条はここ数日、彼らと連絡を取り合う手段をまったく持っていなかったのだ。
リンカーコアの蒐集だって、ある意味彼が携帯を持っていないから二人一組となって行動している節もあるのだ(もっとも、理由の大半はヴィータが上条と一緒に行きたいという願望なのだが)。

「せやったら、今日は携帯電話を買いに行ったらどうや?」
「携帯ねぇ……つっても、俺はいつまでもこっちの世界にいるわけじゃないし、第一誰が金払うんだ?」
「もちろんそれは私が払うで」

はやてが自分の胸を叩いて、自身あり気に告げる。
一方の上条は、小学生に色々お世話になりすぎだろと自分の不甲斐なさをここで改めて認識させられていたのだった。
内心、『小学生に携帯料金を払わせるなんて……』ということを考えていたりする。
とはいっても、彼が金を所持していないのは事実であり、はやてがこうして何の不満もなく、はやて自身を含めた六人が十分に余裕を持って生きていける金を持っているのもまた事実である。
ちなみにはやてが使っているこの金は、両親が残した遺産+父親の友人と名乗る人物からの養育費が主だったものだったりする。

「本当にすまないな……何から何までやってもらって……」
「困った時はお互い様やし、それに当麻さんはもう『家族』やから」
「家族、か……」

その言葉を聞く度、はやてには何だか申し訳ないことをしている気分になる。
上条はいずれこの世界から帰らなければならない。
とはいっても、彼とてそのまま帰りっぱなしというわけにはいかない。
自分達の世界に帰ってからも、ちょくちょくこっちの世界に遊びに来るつもりなのだ。
もちろんその時は、今でこそ敵勢力に位置しているおかげでそのことを言えない状態だが、なのはとフェイトの二人にも、はやてや守護騎士達のことを改めて紹介してあげたいと思っていた。
……その説明が省かれることになるのは、後々判明することである。

「何だかトウマとはやてって、夫婦みたいな感じだよな」
「「ふ、夫婦!?」」

そんな中リビングに入ってきたのは、眠そうな目をこすっているヴィータだった。
どうやら本日はシグナムやザフィーラ、そしてシャマルよりも早く目が覚めたらしいが、未だに眠そうにしていることに変わりはない。
そして、寝ぼけているからかどうかは不明だが、ヴィータから投下された爆弾発言。
上条はその言葉を聞いて焦り、はやてはその言葉を聞いて顔を赤くしてしまっていた。

「お、俺がはやての夫ってことかよ……つか、それって単なるロリコンじゃねえか!!」
「と、当麻さんが私の夫……はぅ~」

何を想像しているのかは不明だが、はやては目を回している。
爆弾発言をした当の本人はと言うと。

「待てよ、それじゃああたしは一体どこの位置に居ればいいんだ? 二人の子供? いや、なんだかそれじゃあ物足りないような……」
「真剣に考える必要ないからな!? ヴィータ、それ以上は考える必要はないからな!!」

上条は必死になってヴィータを覚醒させようとする。
きっとまだ寝ぼけているのだろう、とでも考えているのだろう。

「む……やけに騒がしいが……あ、もうこんな時間でしたか! すみません、主はやて!!」

上条の騒ぐ声を聞いて起きたシグナムは、まず自分が遅くに起きてしまったことをはやてに詫びる。
ここまで流れ作業のように出来るシグナムは、やはり忠実なる騎士と呼べるのかもしれない。
ザフィーラも、そんな流れの中で目覚め、自分の口を使って器用に毛布を畳んでいる所だった。

「おはよう、シグナム……今日はシャマルが一番遅いんやな」
「シャマルは昨夜私達よりも遅くまで起きていましたから……しばらく寝かせておいてあげましょう。きっと朝食までには起きると思います」
「ある意味それはそれで好都合だけとな……シャマルの料理はもう食いたくねぇ……」

上条の必死の呼びかけのおかげで、ようやっとヴィータは目が覚めたらしい。
それと同時に、シャマルの料理の恐ろしさを思い出したようだ。

「大丈夫だ、ヴィータ。今日ははやてのギガうま料理が食えるから」
「本当か!? それなら安心だ!!」
「そんなに喜んでくれると、私も嬉しいわ~」

笑顔でそう言いながら、はやては再び台所へと戻って行く。

「ところで、今日もはやては病院なのか?」

上条は料理を作っているはやてに尋ねる。
はやてはおたまで鍋の中身をかき混ぜながら。

「うん。今日もシャマルとシグナムと一緒に病院に行くことになっとるんよ。せやったら、当麻さんの携帯買いに行くのにヴィータもついてくか?」
「ついて行っていいのか!?」

ヴィータが身を乗り出して、上条に尋ねる。
上条は『近い……』と思いながらも。

「あ、ああ。一人で行ってもしょうがないし、たまにはそれもいいからな」
「よっしゃ! トウマと二人きりだ!!」

ガッツポーズをしながら叫ぶヴィータ。
以前まで上条に向けていた殺気は何処へ消えたのやら。
日に日に上条に対して何かしらの感情を抱いて行っているようだが(順調に『カミやん病』に感染して行っていると言えなくもない)。
そんなヴィータの様子を見て、はやては誰にも見られないように『しまった』と言いたげな表情を浮かべていた。
未だに上条と二人きりで出かけるというシチュエーションを経験していないだけに、はやてとしてもヴィータに先を越された気分になったのだろう。
もっとも、その状況を創り出したのが自分だと言うことも忘れてはいない。

「ごめんなさい! 遅くなってしまいました……って、もう食事がほとんど出来てるし……」

その時、焦った様子で入ってきたシャマルが、すでに仕上げ段階に入っている朝食達を見てがっくりしていた。
その様子を見て、上条は思わず安心してしまったと言う。

「遅くまで御苦労さん、シャマル」
「あ、ありがとうございます、上条さん」

シャマルに労いの言葉をかける上条。
上条の言葉が純粋に嬉しかったのか、若干顔を赤くするシャマル。

「さて、みんな揃ったところやし、朝食や!」

はやてが笑顔で全員に言った。
今日も八神家は、平和で少し騒がしい朝から始まった。
だが上条はまだ知らない。
これからもっと面倒な事態が発生すると言うことを。



午後3時近く。
小学生達の時間帯で言えば、恐らくは放課後と呼ばれる時間帯。
その時間帯に街の中を歩く、一組の集団があった。

「最近はどれも同じような性能だし、見た目で選んでいいんじゃない?」
「でもやっぱメール性能の良いやつがいいよね」
「カメラが綺麗だと色々楽しいんだよ」
「う~ん……」

先頭集団に、アリサ・なのは・すずか・フェイトの姿があった。
その後ろを、美琴とインデックス、そして白井がついてくるという形となっている。
ちなみにステイルと土御門、そして神裂の三人は、別の用事がある為今はこの場におらず、リンディは保護者ということで彼女達と一緒に後々やってくる予定だ。
そして彼女達が今向かっている場所は、携帯ショップだった。
今回携帯電話を購入するのは、フェイト・美琴の二人。
白井は別段必要ないと言い、インデックスは機械音痴もいい所なので持っていたところで正直意味がない。

「色とデザインも大切ですわね……お姉様の携帯電話のようなものですと、何と言いますか、その……」
「何よ黒子! 別に私がどんな携帯使っていようと構わないじゃない!!」

美琴が顔を赤くしながらそう訴える。
彼女が学園都市で使用している携帯電話は、裏で流行っているとかいないとかと噂になっている、『ゲコ太』をモチーフとした形の携帯電話だった。
どうやら彼女はゲコ太のファンのようで、携帯のストラップにもゲコ太がつけられているという始末だった。

「『けいたいでんわ』って、本当に便利なんだね~。科学が発展するとここまで便利になるなんて、考えつかなかったんだよ」

フェイトが読んでいる携帯電話の雑誌を横から眺めながら、インデックスが感心したように言った。

「後、外部メモリが付いてると色々便利でいいんだけど……」
「そうなの?」

すずかの呟きを聞いて、フェイトが気になった風に尋ねてくる。
その質問に対して、美琴が答えた。

「ああ、すずかちゃんの言うことも一理あるわね。写真とか音楽とかたくさん入れておけるから、携帯本体の容量を喰わずに済むしね。そうそう、保存した写真とかはメールに添付して友達に送ることも可能なのよ」
「へぇ~そうなんですか……」

フェイトは改めて携帯電話の凄さを思い知らされる。
これだけ便利なのだ、携帯電話という代物は。

「本来ならば私達もこちらの世界で使えるような携帯電話を用意しておいた方がいいのかもしれませんが、お姉様のように何度もこちらにやってくるわけではありませんし」
「そうね。黒子は今回巻き込まれた形でこっちの世界に来ただけだしね……」

事情はどうあれ、今回白井は上条達に『巻き込まれた』形でなのは達の世界にやってきたのだ。
故に、美琴達のように自発的にやってきた人達とは違って、今後こちらの世界に長期滞在する予定がない人物でもある。
風紀委員(ジャッジメント)として活動している以上、彼女は学園都市を長期にわたって空けるわけにもいかないのだ。

「それにしても、今頃上条さんはどこにいるんでしょうか……」
「当麻もこっちの世界の携帯を持っていれば、連絡を取れるのに」

なのはが上条のことを思い出して、フェイトがそれを受けて呟く。
連絡がとれないということがここまで不安なことだなんて、彼女達はこれまで考えもしなかった。
特に上条に関しては、いつどこで危険な場面に直面しているのか分からないような人物なのだ。
勝手に自分から事件に突っ込んで行って、結果的に自分は大怪我をするパターンが多いのだ。
前回のジュエルシード事件だって、最終的には死にかけた位だ。
そこまでの光景を見せつけておいて、心配するなと言う方が無理だろう。

「あ、そろそろ着いたかしら?」

アリサが携帯ショップを指差しながら、言った。
……そして、一同は見た。

「……え?」

呟いたのは誰なのかは分からない。
だが、彼女達はみな、同じことを考えていた。
その人物が携帯ショップから出てくることに関しては、違和感はないとも言える。
しかし。

「「だ、誰……?」」

アリサとすずかの二人は、その人物の『隣』にいる人物を知らない。
だからこの反応も当然と言えるだろう。
だがなのは・フェイト・美琴・インデックス・白井の五人は違う。
その人物の『隣』にいる人物を知っている。
だからこんな反応を取ったのだ。

「「「「「ど、どうして……?」」」」」

気付けば彼女達は、その人物達の所に駆け寄っていた。
そして彼らに近づくと、代表してなのはがその人物の名前を呼んだ。

「上条さん!!」

そこにいたのは、新しい携帯を買ったらしい上条と、その横で固まった笑みを浮かべているヴィータだった。



なのは達が上条と遭遇する数時間前。
時空管理局の本局に来ていたクロノ・ユーノ・エイミィ・土御門・ステイル・神裂の六人は、とある部屋の前で立ち止まっていた。
彼らは今回、『闇の書について調査する為に都合のよい場所の使用許可』を求めにやってきていた。
その場所がどのようなものなのかに関しては、名称と共に後々明かして行くことにして。

「闇の書の調査に関することで顔が利く二人組、ねぇ……クロノはソイツらとどのような繋がりがあるんだ?」
「それは会ってからにしよう……」

土御門の疑問の言葉に対してそう答えたクロノを先頭に、彼らはとある部屋の中に入った。

「ん?」

ロングソファが二つあり、何やらテレビのようなものが置かれた、広い部屋。
片方のソファには寝転がっている少女がいて、もう片方には、何やら本を読んでいる少女がいた。
二人の共通する点は、ネコミミとしっぽが生えていること。
彼女達は人間ではない。
アルフと同じく使い魔であり、彼女達の場合は素体が猫だったのだ。
名前をそれぞれ、ロッテ・アリアという。

「リーゼ、久しぶりだ。クロノだ」

ちなみにクロノが呼んだのはロッテとアリアの二人だ。
彼が二人のことを呼ぶときは、『リーゼ』と呼ぶのだ。
理由は単純で、彼女達のフルネームがリーゼロッテ・リーゼアリアだからだ。
ロッテは、クロノの姿を確認すると、クロノに飛びついてくる。

「クロスケ~! お久し振り振り~♪」
「ロッテ! うわっ……離せ、こらっ!」

クロノはロッテの胸に挟まれて、苦しそうにしている(若干顔が赤くなっている所から見ると、どうやら恥じらっている節もあるようだ)。
そんな様子を見て、ユーノが驚いたような顔をしていて、ステイルと神裂が無表情を貫き、そして土御門が激怒していた。

「おいクロノ! テメェなんて羨ましいことされてんだにゃ~! 俺と変われ!!」

土御門元春、明らかなる嫉妬である。

「土御門……」

ステイルは右手で顔を抑え、呆れたように呟いた。
そうこうしている内に、クロノはロッテに押し倒されていた。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「うっさいんだよ! 土御門!!」

とうとう神裂がキレた。
どうやら相当頭にきていたらしい。

「リーゼアリア、お久し!」
「ん~お久し!」

そんな中、エイミィはアリアの所に行き、互いの右手を叩き合い、再開の喜びをかみしめていた。
もちろん、クロノのことは超放置。

「始めまして、神裂火織といいます」
「あ、こちらこそ始めまして。リーゼアリアよ。あっちでちょっと暴走気味なのはリーゼロッテ」
「リーゼロッテ……彼女はとても大胆なんですね」
「我が双子ながら時々計り知れんことはあるな」

神裂とアリアがこんな会話をしている間も、クロノは助けを求め、土御門が発狂しかけていた。
ステイルはただ呆れ、エイミィはアリアと神裂の会話に参加。
そしてユーノは呆然と眺めているという、なかなかカオスな場となっていた。

「おぉ! エイミィお久しだ~!」

とりあえずクロノに一通りのことを済ませたロッテが、エイミィのことを見つけて飛び込んでくる。
そして、後ろの方に居るユーノのことを発見し。

「ん? 何だか美味しそうなネズミッ子がいる……ど・な・た?」
「うっ……」

目の前までやってきたロッテを見て、ユーノは思わずたじろいでしまう。

「何故だ! 何故クロノやユーノなんだ!!」
「もうお前は黙れ!!」

とうとう発狂した土御門を、ステイルが必死で止めている。
そんな中、顔中にキスマークが出来あがっているクロノが、何とかその場から立ち上がりながら呟いた。

「なんであんなのが僕の師匠なんだ……?」



閑話休題。

「なるほど……闇の書の捜索ね」

何とか場を収め、ソファに向かいあうように座るクロノ達。
片方にはリーゼ姉妹が座っていて、もう片方にクロノ達と言ったような感じだ。
そして今呟いたのは、ロッテの方だ。

「事態は父様から伺ってる。出来る限り力になるよ」
「……父様?」

神裂は、アリアの発言の一部が少し気になった。
その呟きを聞いて、エイミィが小さな声でユーノ・神裂・土御門・ステイルの四人に説明する。

「彼女達はクロノ君の魔法と近接戦闘のお師匠様達。魔法教育担当のリーゼアリアと、近接戦闘教育担当のリーゼロッテ。グレアム提督の双子の使い魔よ……見てのとおり素体は猫ね」
「な、なるほど……」

ユーノが先ほどから感じている謎の恐怖感は、相手が猫だからという部分が強いのだろう。
フェレット=ネズミ科の動物なので。

「2人に駐屯地方面に来てもらえると心強いんだが……今は仕事なんだろう?」
「うん……武装局員の新人教育メニューが残っててね」
「そっちに出ずぱっりにはなれないのよ、悪いね」

少し申し訳なさそうな表情を浮かべるリーゼ姉妹。
クロノはそんな二人に、真剣な表情を浮かべながらこう言った。

「いや、実は今回の頼みは彼らなんだ」

そう言って、クロノはユーノ達の方を一瞥する。
リーゼ姉妹もその動きに合わせて首を動かし、そしてロッテがユーノにターゲット・オンして、目を輝かせながら。

「喰っていいの!?」
「いっ!?」

さすがにこれにはユーノも動揺する。
それに対してクロノは、すまし顔で言った。

「ああ。作業が終わったら好きにしてくれ」
「なっ!? ちょっと、オイ!!」
「何だと!? お前なんて羨ましいんだ!!」

もう頼むから黙っててくれ、と土御門に言うだけの気力すら残っていないステイルと神裂なのだった。
一方でユーノは、自分が犠牲にされかけている状況を受けて、クロノに抗議しようとする。
もっとも、その場にいる女子グループ(土御門に対して呆れている神裂は除く)の笑い声を聞いて、身を引いたのだった。

「それで頼みって?」

アリアが尋ねる。
そしてクロノは、その名前を言った。

「彼らの無限書庫での調べ物に協力してやって欲しいんだ」



次回予告
携帯ショップにて偶然にも遭遇した上条達。
口論になるなのは達。
学園都市では、三人目の刺客に遭遇する前に、一方通行達は先ほど対決したアリスと再会する。
そして一人でアリシアの蘇生を試みる芹沢の元に……。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『不揃いの交響曲(シンフォニー)』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] A's『闇の書事件』編 9『不揃いの交響曲(シンフォニー)』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/05/02 06:36
「どうしてこうなったのか私には分かりません。これを読んだ貴方、どうか真相を解き明かしてください。それだけが、私の望みです」
「現実逃避してないで、さっさと目の前で起きてる光景を受け入れなさいよ」

頭を抱えながら何かをぼやいている上条に対して、美琴がそうツッコミを入れる。
その横では、なのは・フェイトとヴィータが睨み合っていた。
アリサとすずかはその様子を見守っていて、インデックスと白井は上条と美琴のそばにいる。
なかなかシュールな光景ではあるが、果たしてどうしてそのような事態となってしまったのか。
その解説を含め、数分前までさかのぼってみよう。



数分前。
上条とヴィータが二人で携帯ショップに入った後のこと。

「しかし、こっちの世界の携帯も結構充実してるのな」
「トウマの世界だとどんなのがあるんだ?」
「あんまり変わらないぞ。ただもう少しだけ機能が充実してるのもあったりするけど、俺はそんなに高いのは買えない身だから、結局こっちで買った今の携帯と同じ位の機能かな?」

それに何度も携帯壊してるし、と上条は心の中で付け足す。
ヴィータは上条の話を聞いて、何やら感心したように頷いていた。

「何だか今日はいい気分だ。きっとこれからいいことが起きるかもな!」
「トウマがそう言う時って、大抵面倒なことが起きるんだよな……」
「た、たまには上条さんだって不幸じゃない日もあると思いますよ?」
「どうだかな」

笑顔で上条に向かってそう言うヴィータ。
と、その時だった。

「上条さん!!」

という、誰かの声が聞こえてきた。
その声の方を二人が振り向くと、そこには携帯電話のカタログを持ったフェイトを先頭とした集団……つまり、なのは・フェイト・アリサ・すずか・インデックス・美琴・白井の七人がいた。
ヴィータは固い笑みを浮かべたまま、なのは達のことをじっと見る。
そのまま上条の方に首を向けて。

「……ほら、やっぱり面倒なことになったじゃねえかよ」
「ふ、不幸だ……」

本日一回目の、上条当麻による『不幸』発言が為された瞬間だった。
そして、冒頭部分に戻る。

「ど、どうして上条さんが、ヴィータちゃんと一緒に……?」
「そういう高町なねはこそ、どうしてトウマのこと知ってんだよ」
「なっ!? わ、私は高町なのは! なのはだってば!!」

とりあえず早速口論を始めたなのはとヴィータ。
そこにフェイトも参戦する。

「当麻とはどんな関係なの?」
「気安くテメェがトウマって呼ぶな! トウマはあたし達の『家族』なんだからな!!」

ピシッ。
そんな擬音が正しいのだろう。
確かに上条の耳には、そのような音が聞こえてきたような気がした。

「すると何? アンタはこの子達が心配してたって言うのに、また新しい女の子連れて『家族』だなんて呼ばせて……そんなに小さい女の子がいいかぁあああああああああああああああああああああ!!」
「違うわ!! ロリコンは青髪やステイルだけで十分だろ!!」

先ほどまで上条を宥めていた美琴からの、まさかの電撃。
上条はそれを右手で打ち消す。
彼らにとってはお馴染みの光景とも言えよう。

「大体こんな街のど真ん中でいきなり電撃ブッ飛ばしてくるんじゃねえよ! ここは学園都市じゃねえんだぞ!!」
「うっさいわね! アンタが余計なことしなきゃ済む話でしょうが!!」
「責任を俺に押し付けんなビリビリ!」

本来ならこのような場面を目撃したとしたら、アリサやすずかは驚くはず。
しかし彼女達は別段それを見たとしても驚く要素は何処にもなかった。
何故なら、以前二人が誘拐された時にも、美琴や上条はその能力を存分に奮っていたからだ。
彼女達は上条と美琴の事情というものを知っている。
故に、今更超能力を見たところで驚くことも何もないのだ(なのはやフェイトが魔導師だということは知らないが)。

「大体何でヴィータちゃんは上条さんのことを『家族』だなんて言ったのかな?」
「それはテメェには関係ない話だろ!? 口出ししてくんじゃねえよ!」
「そっかぁ……それじゃあ今ここで当麻を私達が連れて帰っても、問題なしだよね?」
「問題大ありだこの野郎! トウマを連れてくってんなら、容赦しねぇぞ!」

今にも戦う雰囲気バリバリな三人。
……結界もなしに、しかも魔法に関する知識を何一つ持っていないアリサやすずか、そして街の住人の前で、彼女達は今にもデバイスを出して本気の『O☆HA☆NA☆SHI』をしかけている。
一触即発。
今の彼女達にぴったりの四字熟語だろう。

「だぁあああああああああああああああああ! ちょっと待て、落ち着け!! まずは話し合おう!」
「大丈夫ですよ、上条さん。今から私達は『O☆HA☆NA☆SHI』をするんですから」
「それ絶対ニュアンスが違うだろ!お話と書いて殺し合いって読むだろ!」
「心配しないで当麻。当麻は絶対私達の所に連れて行ってみせるから。だから邪魔しないで」
「心配するわ! そんな色の入ってない目で見られても安心出来るか!!」
「トウマ……今ここでアイツらの所に行ったら……分かってるよな?」
「分かってるからヴィータも大人しく引いてくれ! 今コイツらに事情を話してやっから!!」

事態はどんどん収集のつかない方向へと迷い込んでいく。
このままだとこの三人は本気で魔法を使った戦いをし出してしまうかもしれない。
だが、この時上条は三人の心配をする前に、自分の身の心配をするべきだったのだ。

「とうまは……とうまはどうしていつもそうなの?」
「い、インデックスさん? 今はそんな場合じゃないのでせうが……」

牙をむき出しにしながら、上条の元へゆっくりと迫ってくる猛獣(インデックス)。
上条はその直感で感じた。
マズイ、このままじゃ死んでしまう、と。

「とうまの馬鹿ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「んぎゃああああああああああああああああああ! 不幸だぁああああああああああああああ!!」

上条の頭にインデックスが噛り付く。
そして上条は痛みを感じながら、本日最大の声量で、自らの不幸を嘆くのだった。
上条当麻、何とも哀れで不幸な人間である。



学園都市第七学区某所。

「過激派に襲われたって報告は、未だに来ていない……動きが鎮静化しているのか?」
「何にせよ、今はこっちから動くことは何も出来ねェわけだ。相手が来るのを待つしかねェ、か……」

ゼフィアの手に握られている無線機らしきものからは、常時誰かしらとの連絡がつくようになっている。
しかしそこから何の情報も得られないと言うことは、つまり過激派によって誰かが襲われたということはないということになる。
もっとも、この時すでに上条達が何者かに襲われてた後だったのだが(機械を使った事件のことを指す)。
なんにせよ、知らせがないのはよい知らせと言う。
つまり何も起きていない限り、無線機を通じて連絡を取る必要もないということだ。
わざわざ『異常なし』の報告を何度もしたところで効率が悪いだけなのだろう。

「しっかし分かンねェな……『あのお方』とか言われてる奴は、一体何がしてェンだ?」
「この世界ばかりを集中的に狙っている……そこに深い意味が本当にあるのだろうか」

気になることはただ一つ。
どうして『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』の正史にのみ、ここまで過激に干渉してくるのだろうか、という点だ。
この世界のように、どこかしらの並行世界が『正史』に成り上がる例は確かに少ないが、だからと言ってゼロというわけではない。
少数にしろ、この世界のような事例は存在するし、それが問題となることもなかった。
だが、今回の場合はどうだろう。
ここまで高圧的に世界を滅ぼしにかかるパターンというものが、はたしてあっただろうか。

「後一つ疑問がある」
「何だ?」
「本当にこの世界の重要人物を殺した所で、世界は滅ぶのか?」

一方通行が疑問に思ったことは、もっともなものだった。
ゼフィアから、世界とはどういったものなのかという仕組みをすでに一方通行は聞いている。
その話をまとめるならば、『正史』と呼ばれる中心軸が存在し、それから様々な可能性を導き出して作り上げられていったのが並行世界と呼ばれるものだという。
だから『正史』さえ滅んでしまえば並行世界も滅んでしまう、というのは納得がいかないわけではない。
国の中心が滅ぼされたら、その国そのものも滅んでしまうのと同じことなのだろう。
だが、解せない点もある。
その世界を滅ぼす方法というのが、『この世界の重要人物を殺すこと』という点だ。
アリスの例を出すのなら、彼女はかつて世界を滅ぼす為に何人もの人間を殺してきたという。
それだけでは、説明がつかないのではないかと一方通行は考えていた。

「『世界の調律師』内部の人間の半数以上が、『その世界の重要人物が死んでしまえば、世界は滅亡する』と考えている。もちろん我もその考えに同意しているが、ごく稀にそのような案を出してくる者もいる。しかしそれだけでは何の説明もつかないだろう。現に何度も世界は滅亡しているのだから」
「おかしいンだよ、その理論から行くと」

そして一方通行はその理由をこう述べた。

「『正史』ってのが様々な並行世界の中心軸なんだろ? 並行世界はその中心軸を元にして、可能な限りの選択肢をすべて再現してみせた世界ってところらしいな。だとしたら、『正史』に住ンでいる重要人物を一人や二人、数十人殺した所で、世界ってのは成立すンじゃねェのか?」
「と言うと?」
「つまり、世界ってのはたかが数十人の犠牲だけじゃ物語は崩壊しねェってことだ。例えば『醜いアヒルの子』の例を出すなら、その主人公である『醜いアヒルの子』一匹いなかった所で、また新たな物語が成立するってことだ。要するに、世界ってのは例えある一つの物語の重要人物がいなくなったとしても、別の物語を成立させるだけの力は持ってンだろってことだ」

各世界に物語は一つ、と決まっているわけではない。
一方通行はそう考えだしたのだろう。
故にその世界の『正史』の重要人物が殺された所で、それと世界が滅んでしまうことはイコール関係にならないと思ったのだ。

「第一、『正史』ってのは並行世界の本筋を作る世界のことを指すンだろ? だったらその世界で誰が死のうが生きようが、今後の物語に支障はねェってわけだ。そもそも『正史』の中だと、誰がいつどこで死ぬのかなンて誰にも分かンねェだろうが」
「確かにその通りだな。物語がどのように進むのか分からない。それが『正史』の特徴の一つでもある。だが貴様の話程そう甘く出来ていないのが『正史』と呼ばれるものなのだ」
「ァンだと?」

ゼフィアの言葉に、一方通行は眉をひそめる。
構わず、ゼフィアは言葉を続けた。

「貴様の言う通り、その世界毎に一つの物語しかないわけではない。だが世界というものは、その物語を構成するうえで、あらかじめ『登場人物』というものを何人か決めている。そして世界は、その登場人物達を使って『物語』を一つ創り上げるのだ。それこそ、始まりから終わりまでの、粗方の流れをな」
「何?」
「小説や漫画でよくつかわれる『プロット』と言うものを知っているか?」
「ああ。物語を作る上で必要不可欠ともされている、構成図みたいなもンだろ?」
「そう。『正史』もまた登場人物達や舞台設定をあらかじめ決めておき、プロットを立てるのだよ。そこら辺の本屋とかで並んでいる小説等の作家達と同じようにな」

各世界に用意される『物語』。
ゼフィアは世界がその物語の構成をあらかじめ創り上げていると言った。
それはつまり、『世界の強制力』とも言えるのだろう。

「それは一人や二人が消された所で、しかもその重要度が低ければ低いほど、何度でも修正は効くだろう。ところが、それがもし重要度がかなり高い人物―――例えるなら、そう、その世界の物語における『主人公』という地位を得たような人物が殺されたとしたら、その物語はどうなる?」
「新たな主人公を立てるか、その物語そのものを廃棄する……だろ?」
「確かに新たな主人公を立てて成立した『正史』もあった。だが、その主人公となり得る位の人物達が、世界が創り上げた物語通りの展開ではない、まったくのイレギュラーな事態でその命を落とすことになってしまい、主人公として立ち上げる程の人物がいなくなってしまったとしたら? 世界はどういう風な動きに出ると思う?」
「世界は物語を放棄して、自らを消滅させる……まさか!?」
「そう、それが世界消滅のメカニズムだ」

簡単にまとめると、重要度の高い人物から片っ端に殺して行けば、それだけで世界は破滅の道をたどって行くということだ。
世界の破滅……それはつまり世界自身が自滅するような状況を作ることが『世界の調律師』の過激派の思惑なのだ。

「世界滅亡のシステムはともかく、確かにこの世界にだけこれだけの過激派が集中するのもおかしな話ではある。何か別の野望でもあるのだろうか……」

ゼフィアが呟いた。
確かに、世界の滅亡の仕組みとは何の関係もなく、この世界には刺客が放たれ過ぎている。
それは否定しようがない事実だった。

「過激派の連中が何を考えているのかは知らない。だが、どうやら事態は過激派の連中が単に世界を滅ぼしたいが為にやっていることでもないのかもしれないな」
「他に大きなバックがいるってことか?」
「その可能性も否定出来ないだろう。あるいは過激派のトップが単独で何か大きな野望でも抱いているか、だな」
「『あのお方』ってのがポイントになンのかもしれねェな」

結局、『あのお方』と言われる人物との接触が叶わない限り、過激派が何を考えているのかはまったく分からないという始末だ。
このまま何も発展しなければ、それこそこの戦いが無意味に終わってしまうかもしれない。
と、そんなことを考えていた時だった。

「お兄ちゃん!!」
「「!?」」

背後から大きな声が聞こえてくる。
十代にも満たないような少女の声だ。
一方通行とゼフィアは、その声を聞いて声の主が誰なのかをすぐに理解することが出来た。

「ンだァ? 今更何しに来たってンだ? 今度こそ殺されに来たか? 言っとくが、次はねェ……」
「違うよ、お兄ちゃん。アリスはもうお兄ちゃん達と戦いに来たわけじゃないよ」

その人物は、先ほど一方通行が戦って勝利した少女―――アリスだった。
アリスは真剣な表情で一方通行のことを見ている。
その様子だけで、一方通行は戦う雰囲気ではないことを察知した。

「では我らに何の話がある?」

ゼフィアが尋ねる。
そしてアリスはこう答えた。

「あのね……アリスもお兄ちゃん達について行きたいの」
「はァ? ついて行くだァ?」

本当に嫌そうに一方通行は言った。
確かにアリスは強い。
だが、過激派の一員を入れるとなると、話は別だ。
なんにせよ、話がうま過ぎるのだ。

「貴様……何かよからぬことでも企んでるのではないな?」
「た、企んでないよ! アリスは単純にお兄ちゃん達に着いて行きたいって思っただけだよ、ゼフィアおじさん!」

必死で否定する分だけ、どうやらアリスは本当に裏で何かを企んでいるわけではなさそうだ。
何より、アリスは例え狂っている部分があるとしても、根は素直な少女だ。
まだ十歳にもならない少女に限って、裏で何か考えられる程の感情を抱いているものでもないだろう(アリス曰くすでに大学は卒業しているとのことだが)。

「アリスね、お兄ちゃん達に言われて気付いたの。アリスはお父さんとお母さんを殺された恨みを、ただ暴力に任せて晴らしていただけなんだって。確かに『あのお方』が言っていたことも素晴らしいと思ったよ。けど、それ以上にアリスはお父さんとお母さんと一緒にいた時間はとても幸せだったんだ。それに、お父さんとお母さんだって、アリスがこうなることを望んではいないはずだよね」
「子が間違った道を進むことを望む親など、この世にいるわけがなかろう」
「ゼフィアおじさんの言う通りだよ……アリスはようやっとそのことに気がついたの。それでね、アリスは持ってる力を使って、壊す為じゃなくて、大切な時間を過ごしたこの世界を守る為に戦おうって考えたの。古い居場所(しあわせ)は、アリスの頭の中でいつまでもあり続けるんだから……これからは、新しいい居場所(しあわせ)を守る為に、戦って行こうって思ったの」
「……」

一方通行はただ黙ったままだった。
彼とてアリスと同じように、人を殺したことがある人間だ。
しかも、アリスが殺した人数の比ではない量―――それこそ、万単位の人間を殺してきたのだ。
今更そんな人間が、表の幸せを望むことなんて出来ないと思ってもいる。
だが、闇に堕ちるのは自分だけで構わない。
他の奴らは―――打ち止めや目の前にいるアリスだけは、どうか表の世界で幸せに暮らして欲しい。
だから、一方通行の答えはすでに決まっていた。

「……分かった。そこまで言うならついてきて構わねェ。ただし、この戦いが終わったら、二度と俺に近づくンじゃねェぞ」
「嫌だ」
「ハァ?」

即座に否定された。
まさか即答されるとは思ってなかっただけに、さすがの一方通行も腑抜けた声を出してしまった。
そして即座に否定した理由を、アリスはこの一言だけで片付けた。

「だってアリス……お兄ちゃんのことがますます好きになっちゃったから♪」
「…………」

呆れてものも言えないという感じの一方通行。
その傍らで、ゼフィアは大きなため息をついてみせたのだった。

「(この先一体、どのような展開を迎えるのだろうな……)」

彼が抱えているのは、不安しかなかった。



閑話休題。
とりあえず何とか(というより無理矢理)その場を抑えた上条は、ヴィータに宣言した通り、なのは達に事情を話す。
ただし、闇の書に関する情報はスルーした。

「するとアンタは、あの日私達とは別の場所に転移して、そこで守護騎士達に会った、ってことね」
「でもどうしてとうまはそっちにいるの? 守護騎士達はロストロ・ギアを完成させようとしてるんだよ?」
「事情があるんだよ……今はまだ言えねぇけど、とても大切な、事情がな」

上条は顔を伏せながらそう答える。
美琴とインデックスは、そんな上条の様子を見て、何かを悟った。

「……分かったよ、とうま。もうこれ以上は何も言わない。けど、管理局は……なのは達はそれでも守護騎士達が闇の書を完成させようとするのを止めに来るよ?」
「ああ、それでも構わない。それがアイツらの仕事なんだから、仕方ないさ。俺はなのは達の邪魔をする権利はない。だから、なのはとフェイトにも伝えといてくれ……次に俺と遭遇してきた時には、俺に攻撃しても構わないってさ」

未だに睨み合っているなのは達を見ながら、上条は言う。
彼の、人を想う気持ちは誰にも真似出来ないだろう。
それほど彼は心が広く、そして自分を犠牲に出来るのだから。

「けど、あの子達は多分アンタのことを攻撃することは出来ないわね。アンタのことを、とても大切に想ってるんだから」
「みたいだな。さっきは思い切り『不幸だー』なんて叫んだけど、アイツらが俺のことでムキになってくれてるのがよくわかる」

なのはやフェイト、ヴィータ達が口論をしていた時、確かに上条は『不幸だ』と感じていた。
だが、自分が絡んだことで口論をしているということは、それだけ彼女達が上条のことを大切に想っているのと同じだった。
それがどんな感情から来るものなのかは分からなかったが、鈍感な上条でも『そこまで』は判別することが出来た。
やはり何処までも鈍感な為、彼女達が上条にどのような感情を抱いているのかまでは分からなかったが。

「それじゃあ、俺達は行く……あ、その前に渡したいものがあるから、紙とペンを貸してくれるか?」
「え? 別にいいけど……って、私じゃ持ってないわね」
「あ、私持ってますよ?」

そう言ったのは、先ほどまでなのは達のことを止めていたすずかだった。
未だにアリサが止めてる中、上条達の話が少し聞こえてきたため、役に立てると思ったのだろう。
彼女はカバンの中を探ると、ノートの切れ端とボールペンを取り出し、上条に渡す。

「すずか、サンキューな」

上条はすずかに礼の言葉を述べると、その紙にさらさらと何かを書き始める。
そして書き終えると共に、その紙を美琴に渡した。

「ほら、これがこっちの世界での俺の連絡先だ。フェイトもカタログを見てる辺り携帯電話を買うみたいだからさ、なのはやフェイト達にも、このアドレスを見せてやってくれないか?」
「分かったわ。けど、仮にも敵同士となる相手にアドレスを渡してもいいのかしら? バンバン情報聞き出してくるかもしれないわよ?」
「いいんだよ。どうせ俺からなのは達に与えられる情報なんてないんだし。アイツらだってそこまで仕事を出してきたりしないだろ」

上条は、ある意味でなのは達のことを信じていた。
だから、このアドレスを美琴に預けることが出来たのだ。
そして、アドレスを渡したのにはもう一つの意味があった。

「前回は、俺との連絡手段がなかったから招いた惨劇でもある。だからアイツらを安心させてやる意味でも、俺はアドレスを渡すんだ」
「了解。アンタって何処までもお人好しなのね」

呆れた様子で美琴はぼやく。
そんな様子を見ていた白井は。

「本当、無駄に優しい人間ですのね。けど、だからと言ってお姉様との交際は許しませんわよ」
「なっ!? く、黒子何言ってんのよ! 誰がこんな奴と交際なんか……」
「そうですわよね~。お姉様は私と禁断の愛を……ギャァアアアアアアアアアアアアアアアア! 痺れるぅううううううううううううう!!」
「お前は黙ってろこん畜生!!」

何かを言いかけた白井に、電撃による鉄拳制裁を加える美琴。
見ていてそれはかなり痛々しい光景だが、喰らっている白井はとても幸せそうな笑みを浮かべていた。
……この少女、美琴限定のドMなのかもしれない。

「話も済んだことだし、俺達はもう行く」
「まだ話は終わってませんよ? 上条さん」

そう言って、さりげなくヴィータの手を握ってその場から離れようとした上条。
しかしそんな二人に、なのはの声が聞こえてくる。
もちろん、止まらざるを得ない。

「いきなり帰ろうとするなんてひどいよ、当麻……」
「そうよ! 何アンタその子の手を繋いで帰ろうとしてるのよ!」

フェイトは瞳の輝きを失いながら、アリサは明らかなる怒りを見せながら、上条にそう訴える。
二人の背後では、すずかが何とかして止めようとしているが、言葉が見つからないと言った感じだ。

「少し……『O☆HA☆NA☆SHI』をしましょうか? 上条さん」
「これにて失礼いたします!!」

上条はヴィータのことをお姫様抱っこの状態にすると、そのまま一気に加速する。

「ちょっ……トウマ!?」
「少しの間我慢していてくれ、ヴィータ! 小言なら後でしっかり聞くからよ!!」

後方から訴える声が聞こえる中、上条はなんとかしてその場を離脱したのだった。
……まぁ後が怖いことに変わりはないのだが。



学園都市に存在する、学習装置(テスタメント)というものをご存じだろうか?
よく妹達(シスターズ)関連で登場する、知識や技術を電気信号として脳に直接記憶させるための装置である。
それを学園都市で最初に開発したのが、創造神(ゴッドハンド)と呼ばれる科学者―――芹沢敦敏である。
彼はこの学園都市で結構な役目を果たしてもいた。
それまで理論上不可能とされていた、多重能力(マルチスキル)に似た能力『複数回路(プライラルサーキット)』を発言させたのも、芹沢と言われている(能力保持者の名前は相原直行と呼ぶ)。
これまで彼には不可能はないと言われてきた。
だが、今回彼が行おうとしているものは『人体蘇生』だ。
それこそ、人類が願う最後にして不可能な願望だろう。

「やはり生命レベルでの蘇生は不可能……遺伝情報はともかく、記憶の完全継承・個体そのものの再生は不可能なのか……」

ベッドには、金髪の少女が寝かされていた。
少女の名前は、アリシア・テスタロッサ。
かつてプレシアがジュエルシードを使って、アルハザードへと旅立とうと思い立ったきっかけとなった少女である。
この少女は、すでに死んでいる。
アジャストによってプレシアが学園都市に送られてきた際、アリシアの亡骸を彼が引き取ったのだ。
理由は、『人体蘇生の実験をする為』とした。
もちろん、彼だって最初はそんな実験をする気はまったくなかった。
しかし、とある事件で彼の娘を失ってしまい、その経験談から人体蘇生が可能であるのか、不可能なのかに関する実験に、自らの生涯をかけていこうと決意したのである。
そんな時に、かつて大切にしていた娘と同い年の少女が、亡骸となって彼の前に現れた。
彼は強くそれを熱望した。
最初はその死体を見つけた『カエル顔の医者』は、彼にアリシアの亡骸を引き渡すことを渋った。
だが、芹沢の熱意はかなり強かった。
それに、芹沢によると、成功したとしても失敗したとしても、アリシアの亡骸はそっくりそのままお返しするとのことだ。
つまり、プレシア達にはなんの迷惑もかけないということ。

「くそっ! やはり記憶を保持したまま、元の姿のままで再生させることは不可能なのか……!!」

だが、やはり人体蘇生は簡単に事が運ぶわけがなかった。
彼が考えていた案は、悉く失敗して行った。
死滅した組織の再生・脳の強制再起動・心臓の人工的作動。
やれることはすべてやったつもりだ。
しかし、アリシアはそれでも復活することはなかった。

「どうしてだ……どうしてこの娘は蘇生しない! 私が長年をかけて組み立ててきた方法では、まったく不可能だとでも言うのか!!」

魔術の世界でも、死んだ者を蘇らせるなどという馬鹿げたことが出来るものはないのだ。
なのに科学の世界でそれをやろうなど、無理な話である。
たかが『機械』を創り上げたからと言って、それから必ずしも約束された成功の道を辿れるわけではないのだ。
人生には成功があれば、失敗もある。
失敗のない人生なんて、誰も経験しないのだ。

「随分と手間取ってるみたいだな」
「!?」

誰も入ってこれないようにセキュリティーをかけているはずの研究室より、芹沢のものではない第三者の声が聞こえてきた。
おかしい、そんなはずはない。
あの高度のセキュリティーを突破するなど、常人には不可能のはず。
彼は混乱していた。

「別に驚くことはない。何しろ俺は『直接』この部屋の中に入ってきたのだから」
「直接? まさか他の場所からこの部屋に何らかの方法でやってきた――――転移してきたとでもいうのか?」
「まぁその通りだな」

男の顔には、サソリの刺青が描かれていた。
それだけで、分かる者には分かるだろう。
『世界の調律師』温厚派、ゲルである。

「私に何か用事でもあるか? 人体蘇生なんて馬鹿げたことは止めろと言いに来たのか?」
「言ったとして、テメェはやめてくれるのか?」
「止めるわけない。この研究は私の人生のすべてを懸けた研究だ。こんなところで誰かの声がかかったからって、諦めてたまるか!」

ゲルの言葉を力強く否定する。
芹沢は、人体蘇生は『出来る』と考えていた。
今までだって『不可能』と称されてきたことを『可能』にしてきたのだ。
自分の腕にかかれば、人体蘇生という『不可能』だって『可能』に出来るに違いない。
自分の腕にかなり自信があるからこそ、そう思えるのだろう。
そして彼が研究を止めるには、彼自身が『挫折』しなければならないのだ。
彼が『もう駄目だ』と思わない限り、芹沢の研究は終わらないのだ。

「だろうな……まぁ結果から言ってしまえば、不可能ではないんだよなこれが」
「!? 本当か!?」

第三者から『不可能ではない』と言われたのはこれが初めてのことだった。
故に、芹沢は大いなる喜びを感じていた。
自らの研究に対して、希望を持つことが出来たのだ。
一方で、ゲルはそんな芹沢を哀れに思っていた。
確かに、彼の研究が成功する世界もある。
『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』と区分されている並行世界を、念のため確認してきた結果、『アリシア・テスタロッサが蘇生し、幸せな暮らしを送っている世界』もないことはないということが分かったからだ。
だがそんな世界は、百個ある内の一つのみ。
それも、この世界―――『正史』が歩んできている時間から言えば、アリシアが蘇生した時間軸はかなり前の話になる。
少なくとも、彼が試した方法の内のどれかによって、アリシアは蘇生する世界があったというだけだ。
この世界は、芹沢が何十年と温めてきた方法のすべてが試された後、アリシアが蘇生しなかった世界だ。
もしかしたら、『正史』が創り上げる物語では、アリシアは蘇生されないのかもしれない。
簡単な話、正規の物語にアリシアは存在しないということだ。

「確かにそれは本当の話ではあるが……それは並行世界のお前なら、という条件がつく」
「は? 並行世界? 何の話だ?」

訳が分からない、とでも言いたげな表情で芹沢はゲルを見た。
ゲルは頭を右手で掻き毟りながら、面倒臭そうな態度を取りつつ、こう言った。

「いや、まぁアンタが並行世界の概念を知らないのなら別にいいさ。単純に言っちまえば、別の世界のお前さんならアリシア・テスタロッサは蘇らせることが出来たかもしれないっていう、あくまでも可能性のお話だよ」
「な、何を言って……つまり、それはどういう……」
「簡単な話、この世界のアンタじゃ『無理』ってことだよ」
「んなっ!?」

地獄にでも突き落とされたような気分だった。
あれだけ『不可能ではない』と言っておきながら、『アンタじゃ無理』と否定されては、元も子もない。
矛盾している。
明らかに発言が矛盾している。
並行世界の概念を知らない芹沢は、そんなことを考えていた。

「なら他の誰かなら出来るってことなのか? 私以外の誰かなら、蘇生を試みることが出来るというのか?」
「いや、アンタ以外にアリシアを蘇生させることが出来る奴はいねぇよ。創造神なんて呼ばれてるアンタならではの研究だ」

ゲルが言っていることは正しい。
創造神(ゴッドハンド)とまで言われた芹沢が出来ないことは、他の科学者のほとんどが出来ない研究―――すなわちそれは『不可能』ということになる。
そしてゲルは、並行世界にて『アリシアが生き返る可能性』というものを見てきた。
だが、その可能性というのが……。

「いいか、よく聞けよ。アンタがアリシアを生き返らせることが出来た時間軸ってのは、もうとっくに過ぎてんの。つまり、細胞蘇生・脳の強制再起動・心臓の人工作動等のやり方で、並行世界のアンタはアリシアの蘇生を成功させてんだよ」
「ば、馬鹿な!? それらはすべて失敗した方法ばかり……」
「そう。アンタがすべて失敗に終わった方法だ。だがな、並行世界ってのはあくまでも『もしも』の世界だ。失敗した場合があるなら、成功した場合があっただけの話。けど、『人体蘇生』に関しては限りなく少ない可能性ではあるな。まぁゼロではないってことが分かっただけ、アンタは幸せな方でもあるけどよ」

だが、とゲルは付け加えた後。

「アンタにはとっとと研究止めてもらって、さっさとこの世界から立ち去ってもらいたいんだわ」
「なっ……!?」

研究を否定してきただけでなく、あまつさえ研究は止めろとまで言ってきた。
この男に何の権利がある。
何故芹沢にここまで言う資格があるのか。
芹沢はまったく分からなかった。

「アンタは今、狙われてんの。何しろこの世界が『正史』と成りあがっちまったきっかけを作った張本人なんだからよ」
「何を言って……それに、『正史』って……」
「『正史』がなんのことか分かる必要はアンタにはねぇ。ただ、アンタは世界移動を可能に出来る『機械』ってのを作っちまったじゃねえか。それを使って世界を移動した奴らがいて、ソイツらが面白おかしく世界を改変しちまったおかげで、アンタが今住んでいるこの世界は、ただの並行世界から『正史』にランクアップしちゃったってわけ」

そう。
すべてのきっかけは、芹沢が『機械』を作ってしまったことにある。
彼がもしそれを作らなければ、土御門達がなのは達のいる世界に紛れ込むこともなく、最悪でも上条と美琴の二人のみがなのは達の世界に入りこむだけで済んだ。
それだけなら、物語は大きく改変されることもなく、二つの世界が交わり、『正史』が出来あがることもなかったのだ。
だが、土御門達までもが入りこんでしまったことによって、物語が大きく変わってしまった。
なのはの世界の住人が―――プレシア・テスタロッサが学園都市に紛れ込み、そして生きながらえてしまった。
そこから、物語は大きく変わりだし、やがて世界はある一つの物語を新たに作り上げることで、新たなる『正史』を創り上げてしまった。
それから分岐するように、『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』とカテゴリーされる並行世界も出来あがってしまった。
芹沢の研究が、引き金となってしまったのだ。

「だからアンタは今、結構危ない位置にあるわけよ。それに、もしアリシアが復活してみぃよ? ソイツ、アンタよりも重要人物だからさ、真っ先に連中が殺しにかかるかもよ?」
「連中って誰のことなんだよ……どうしてこの娘が殺されそうにならなければならない!?」

蘇生させることが出来れば、誰もが幸せになれるはず。
そう考えていた芹沢にとって、ゲルから突きつけられた現実は、とても重く、のしかかってくるものであった。
ゲルは溜め息をついた後、こう続けた。

「アリシアはさ、本来なら死んだまま物語の舞台から消えるはずだったんだよ。まぁ『リリカルなのはA's』だと、フェイトが見る幻とかの形でもう一度登場するんだが、まぁそれはフェイトが見る幻想だから置いといて……本人が肉体を持った状態で登場する機会は、本当ならばとっくの昔になかったってわけ。だけど、アンタのおかげでアリシアはもう一度舞台に上がれる権利を持ってしまった。それを快く思わない連中もいるもんでさ、過激派の連中は殺せ殺せと躍起になってやがる……もしアンタがアリシアを蘇生させちまったら、真っ先にアンタ達の所に刺客が来るぜ? それを迎え撃つこっちにも身にもなって欲しいよ、面倒なんだからさ」
「迎え撃つ? 貴方は敵ではないのか?」

今まで芹沢は、ゲルのことを敵だと認識していた。
だが、彼の口ぶりからすると、どうやら少なくとも敵ではなさそうだと、認識を改める必要があった。

「ああ、敵ではねぇよ。むしろアンタの命を守る側の人間だ。俺達は世界が壊されるのを防ぐ側の人間だからさ、アンタ達が殺されるのをただ黙って見てるわけにもいかないわけなんでね。まぁアンタは何言っても研究止めてくんないよな……強情だしな」
「当り前だ。この研究だけは決して譲れない。それに、まだ試していない方法もある」
「そうかいそうかい……なら、ここで一つ取引をしないか?」
「取引?」

眉をしかめる芹沢。
構わず、ゲルは話を進めた。

「こっちとしては、アンタにはさっさとこの世界から立ち去って欲しいわけよ。けど、アンタはアリシアのことを蘇生させたい。だったらさ、上条当麻達が向こうの世界での事件を終わらせるまでに、アンタはアリシアを蘇らせてさ、この世界から立ち去ってくんないか? もっとも、アリシアを蘇生させることが出来たとしても、出来なかったとしても、上条当麻達が向こうの世界での事件を解決させたその瞬間に、アンタを別世界に飛ばすけどな」
「つまり、それは期限をつけるからその内にやりたければやれ、ということだな?」
「そうそう。何度も同じこと言うのは面倒だから、分かってくれて助かるわ」

心底安心したような表情を浮かべながらそう言うゲル。
本当に、いろんなことをするのが面倒なのだろう。

「で、アンタはアリシアを蘇生させたら、さっさとその身柄をプレシアに預けること。プレシア達も、間もなくこの世界から立ち去り、安全な場所に避難するそうだからな」
「分かっている。蘇生させることが出来ても出来なくても、私はアリシアをプレシアに返すつもりだからな」
「それならそれで構わない……交渉成立、だよな」

そう告げると、ゲルは芹沢に背を向けて、その場を立ち去ろうとする。
だがその前に、芹沢がゲルを止めた。

「おい!」
「何だ?」
「アンタを……信用して構わないんだな?」

その問いに対して、ゲルは一言こう答えた。

「ああ。構わねぇ」

そしてゲルは、その場から姿を消した。



次回予告
人がすまない砂漠の世界にて、リンカーコアの蒐集をするシグナムと上条。
そんな二人の元に、管理局からフェイトが送られる。
一方、別の世界ではなのはと美琴達が、ヴィータと遭遇していた。
そこで、更なる問題が発生する。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『仮面の男』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] A's『闇の書事件』編 10『仮面の男』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/05/06 23:18
時空管理局本局。
とある一室に、ユーノ達は誘導され、その場所に来ていた。
そこは無数の本が集まる無重力空間。
まるでそこだけは管理局の中でも別の空間みたいに思えた。

「管理局の管理を受けている世界の書籍やデータが全ておさめられた超巨大データベース」
「いくつもの歴史が丸ごと詰まった、言うなれば、世界の記憶を収めた場所」
「それがここ……無限書庫」

無限書庫。
名前に負けない通りの、恐ろしい程多き蔵書量。
四方至るところに本棚があり、どこまでも高く、どこまでも深い。
調べ物をする上で、これ以上の施設は何処にもないだろう。
だが、その多すぎる蔵書量故に欠点もある。

「けど、見た感じ全然整理が行き届いてみたいだが?」

ステイルの指摘通り、この無限書庫は整理が全然行き届いていない。
つまりは未整理状態なのだ。

「ここでの探し物は大変だよ~」
「本来ならチームを組んで年単位で調査する場所だしね」

ふわふわとその場で浮きながら、説明するリーゼ姉妹。
土御門達は、その説明を聞きながらもすでにいくつかの本を読み始めていた。

「過去の歴史の調査は、僕らの一族の本業ですから……検索魔法も用意してきましたし……大丈夫です」
「そっか。君はスクライアの子だよね?」
「スクライア……なんですか? 一体」

ロッテの言葉に疑問を抱く神裂。
無理もないだろう。
彼女はこちらの世界に来たばかりなのだ。
逆に知っている方がおかしいと言えるだろう。

「スクライア一族は、遺跡の発掘を専業とする一族のことだにゃー。ま、説明しちゃえばそれだけの話なんだが、今回はその一族としての力が役に立っている、ってわけだぜい、ねーちん」
「遺跡発掘を専業とする一族、ですか……」

土御門の言う通り、今回はユーノの力がなければ調査することすらままならなかっただろう。
クロノが無限書庫での闇の書に関連する書籍の検索をユーノに任せたのも、一概に彼の情報収集能力にある。
そこに、助手と言う形で土御門・ステイル・神裂の三人が投入されたというわけだ。
もっとも、神裂だけは扱いが別で、もしも『世界の調律師』の誰かが襲いかかってきたら、即座に出動できるように常にエイミィやリンディと連絡が取れるようになっている。

「私もロッテも仕事があるし……ずっとって言う訳にはいかないけど、なるべく手伝うよ」
「可愛い愛弟子クロスケの頼みだしね!」
「……チッ、リア充が」

アリアとロッテの発言を聞いて、土御門がそう呟いたのはここだけの話にしておこう。
誰にも聞こえていなかったので、ノーカウントにしてしまっても構わないだろう。



携帯電話を買い終えて、無事に八神家に引き返すことが出来た上条とヴィータ。
だが、未だに上条はヴィータをお姫様抱っこしている状態であり、抱かれているヴィータはもはや口をパクパクさせていて、顔も真っ赤っかであった。
今の状態をズバリ言い当てるとしたら、『ゆでダコ状態』と言うのが正しいのだろう。

「あ、わ、悪いヴィータ! 慌てててつい離すのを忘れちまった!」

玄関をまたいでから、ようやっとその事実に気付いた上条。
しかし、ヴィータから言葉が返ってくる様子はない。
何しろ今のヴィータは、かなり混乱している状態だ。
とてもじゃないが、まともな返事が出来るわけがない。

「い、いや、その、もっとしてて欲しい、って言うか……」
「へ?」

上条には聞こえない程の声で、ヴィータは呟く。
そんなヴィータの発言が気になりつつも、上条はヴィータの身体を優しく降ろし、地面に立たせた。
その時、ヴィータは少し寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに元に戻った。

「しかし、我ながらよく逃げ切れましたな~。うんうん、いつもながら不良に追われてるだけのことはありますな」
「何が不良に追われてるだよ。本当にトウマって日頃どんな生活してるんだよ……」
「まぁ、言葉では言い表せない程、充実した毎日だよ。不幸に、な」

どんよりとした空気を纏う上条。
とてもではないが、先ほどまでヴィータのことをお姫様抱っこするという行動に走ったとは思えない程だ。
ヴィータは先ほどの光景を思い出して、再び顔を赤くする。
気持ちが分かってしまってからと言うものの、ヴィータは気分が大分楽になったと感じていた。
ただし、ヴィータは自分が抱いている想いの本当の意味には気付いておらず、はやてに向ける感情と、上条に向ける感情は、あくまでイコール関係だと思っている。
だが、実際には違う。
彼女が上条に向けている感情は……。

「あ、もう二人とも帰ってたんやな~」

その時、扉が開いたと思ったら、はやての声が聞こえてきた。
どうやらはやて達が病院から帰って来たらしい。

「おう、おかえりはやて!」

ヴィータは笑顔ではやてを迎え入れる。
それに対してはやてもまた、笑顔で

「ただいま!」

と返事を返す。
はやての後ろからは、シグナムとシャマルが入ってきた。
そんな二人に、奥の部屋にいるはずのザフィーラから念話が入る。

『ついさっき、上条当麻がヴィータのことをお姫様抱っこしながら帰って来た』
『ぶっ! お、お姫様抱っこ……何故そのような状態になったのだ……』
『まぁまぁヴィータちゃんったら♪上条君も、大胆ね~♪』

シグナムは思わず噴き出しそうになってしまい、シャマルは笑顔でそんなことを考えていた。
もちろん、両者共に顔には出していない。

「みんな揃ったところやし、そろそろ夕食にするで~」
「久しぶりにみんなで揃った夕食が食べられるぜ」
「楽しみだな~はやての料理はギガうまだからな!」

嬉しそうな表情を浮かべる上条とヴィータ。
しかし、その裏では寂しい思いをさせているはやてに申し訳ないと思っていた。
事情も言えずに、ただ家を開けてばかりの毎日。
それだけに、はやてにとって全員で揃っての夕食というのは、貴重でとても大切な時間なのだ。
もちろん、それは上条やヴィータ、そしてシャマルにシグナムにザフィーラとて例外ではない。

「よっしゃ! 今日は何となく御馳走やで~!」
「まぁ♪それなら私も腕によりをかけて……」
「あ、はやて! 料理なら俺も手伝うぜ! 久しぶりに俺も料理作ってみたくなったからさ~」
「ほんまか!? ありがとうな~当麻さんがおったら百人力やで♪」
「皿を並べるのはあたしに任せろ!」
「私も出来る範囲のことはやります。だからシャマルは静かに私と待っていよう」
「うう……みんなが酷いです……」

ここまで過剰反応+何かしらの力が働いたかのように感じられるほどの見事なコンビネーションプレイが出来るのも、すべてシャマルの料理を食べたくないが為だ。
彼らにここまでのことをさせるとは……一体シャマルの料理はどれだけの効力を誇っているのだろうか?
むしろそこまで来ると試してみたくもなってきてしまう(試す気はさらさらないが)。
そんな小さな騒ぎを心の中で感じることが出来る、とても幸せな瞬間だった。



数日後。
小学校の授業も終わり、臨時指令室……つまり、フェイト宅へと遊びに来たなのは。
もちろんそこには美琴と白井、そしてインデックスの三人もいる。
土御門とステイル、神裂の三人は無限書庫に入り浸っているため、今はここにはいない。
また、リンディも用事があるらしく、今は自宅にはいない。
つまり、実質ここにいるのはなのは達だけなのだ。
なのは達はフェイトの実質に集まって、話をしていた。
何のことはない、ただの世間話だ。

「へぇ……アリサとすずかはバイオリンをやってるんだ」
「バイオリン、ねぇ……」

話の流れから、アリサとすずかが習い事としてバイオリンを習っているという話になった。
バイオリンが弾けると聞いて、美琴は少し言葉を漏らしていた。

「美琴さんも弾けたりするんですか?」
「私もバイオリンは弾けるわ。後はピアノも出来るかしら」
「けどお姉様は全然お嬢様っぽいことをなさらないから……暇さえあればコンビニで雑誌の立ち読みをしに行き、あの殿方を見つけますと、飽きもせずに夜中まで追いかけっこ……」
「な、何だか誤解を招くような言い方だよ、それ」

少しフェイトが戸惑いながらもそう言った。
確かに、『夜中まで追いかけっこ』というフレーズを聞く辺り、少しいやらしい感じがしなくもない。
本当に少しだけ、だが。

「あの猿人類め……私の承認なしにお姉様とイチャイチャイチャイチャ……!!」
「べべべべ、別にイチャイチャなんてしてないわよ!! アイツは……そ、そう! 私にとっては倒さなければならない相手なのよ! 私の電撃が効かないし、勝負挑んでも簡単にあしらってくるし! 気付けば女の子はべらしてるし! お人好しだし! なんだかんだ言っていつも駆け付けてくれるし! ちょっと格好いいし……」
「途中から暴言じゃなくて、完全に上条さんのことを褒めてますよ?」
「あ、あれ?」

なのはに指摘されて、美琴は顔を赤くしてしまう。
そんな美琴を見て、インデックスは上条のことを思い出しながら、一言。

「とうまはやっぱり、とうまなんだよ……」

まったく以て同感出来る台詞である。

「けど、当麻がお人好しなのは納得いくかも」
「あ~確かに分かる。ジュエルシードの事件の時も、しょっちゅうアタシ達のこと気にかけてくれてたしさ。それでいてなのはのことも気にしてたんだよ?」

子犬状態のままのアルフが、フェイトの後に発言する。
何だか見ていてシュールな光景ではあるが、今の彼女はフェイトやなのはの友人であるアリサやすずかと出会った時の為に、この格好をしているのだ。
何せ人の姿をしたら、温泉旅行の時の一件を思い出してしまうし、狼状態のままだったら、かつてアリサに保護された件もあり、怪しまれる可能性もあるからだ。

「上条さんらしいです……何だか少し、嬉しいです」

なのはは嬉しそうにそう言った。
好きな男性に気にかけてもらえることは、相当嬉しいことなのだろう。

「けど、当麻は見ていて危ないってイメージもあるかも……虚数空間に落ちた時なんて、一時は本当に駄目かと思ったよ……」
「あの時のフェイトは相当泣いてたよね……まぁアタシもかなり心配してたけど」
「真っ先にあの殿方と再会したのは、貴女でしたわよね?」
「そうなんだよ! せっかく私がとうまの部屋を守り抜くって決めたのに、決意を秘めた瞬間に、いきなり本人が姿を現したんだよ! それで『ただいま』って何もなかったかのように……どれだけ私達が心配したか気にもしないで!!」

口調から見れば怒っているように見えなくもないが、インデックスの表情は、少し喜びの色が見え隠れしていた。
もっとも、こうして笑い話としてこの話題を出せるのも、すべて上条が生きて無事な姿で帰ってきたからという条件がついてくる。
もし上条が虚数空間に落ちたまま、彼らの前に姿を現さなかったら。
もし上条があのまま死んでしまっていたら。
彼女達はどれだけの悲しみを抱くことになってしまっていたのだろうか。

「ただいま~」

そんな話をしていたら、買い物から帰ってきたらしいエイミィの声が聞こえてきた。
彼女は買い物袋をぶら下げたまま中に入り、そしてキッチンの上に食材の入った袋を置いた。
フェイト達も彼女の手伝いをする為に、自然とキッチンへと歩みを進めていた。

「艦長達はもう本局に出掛けちゃった?」
「うん。アースラの武装追加が済んだから……試験航行だって。アレックス達と」

リンディの用事とは、アースラの試験航行のことだった。
しかも、前回のアースラとは違い、今度はまた新たに強力な砲台が取り付けられたのだ。

「武装ってーと……アルカンシェルか? はぁ……あんな物騒な物、最後まで使わずに済めばいいんだけど……」

アルカンシェル。
今回アースラに追加武装された砲台であり、その威力はかなり大きいものらしい。
今は必要とされないものではあるが、今後のことを考えて念の為用意したとのことだ。

「クロノもいないし……エイミィさん、しばらくの間は指揮代行らしいですよ?」
「責任重大~」
「それもまた物騒な……」

美琴とアルフの言葉を聞いて、エイミィが手に持っているかぼちゃを撫でながらそう呟く。
現状、今の彼女はこの中で一番偉い。
そして、決定権を持つ者だ。
故に彼女に課せられる責任も大きく、もし重大な失敗でも犯してしまったら、即刻クビにされてもおかしくはないのだ。

「まぁ、とは言えそうそう非常事態なんて起こるわけが……」
「あ、その台詞……まさしくフラグが立ってしまいましてよ?」
「え?」

かぼちゃを持ったまま冷蔵庫に行こうとしていたエイミィに、白井がそう忠告(?)する。
すると。
ビービーという音と共に、スクリーンが現れて、『EMERGENCY』という表示が為される。
つまり、非常事態だ。

「あ……」
「ほら、やっぱり。起こってしまいましたわね……」

かぼちゃを落とし、唖然とした表情を浮かべるエイミィ。
そんなエイミィを見て、白井は肩を軽く降ろしながら、そんなことを言ったのだった。

「とにかく、コントロールルームに行ってみましょ。何が起こったのか、まずは確認しないと」
「そうね。みんな、行くよ!」

美琴の意見を取り入れ、早速一同はコントロールルームへと向かう。
そこにあるモニターで、今起こっている状況を把握する。
モニターには、誰もいない砂漠の世界で、巨大生物と戦っているシグナムとザフィーラの姿が映されていた。
モニターを見るからには、上条の姿は見当たらない。

「文化レベル0……人間は住んでない砂漠の世界だね」

キーボードを打ち込みながら、エイミィは言う。

「結界を張れる局員の集合まで最速で45分……まずいなぁ……」

本当にヤバそうに呟くエイミィ。
とは言え、彼女の情報処理能力は並の人間のそれよりもかなりずば抜けていた。
守護騎士達の現在地の特定・そこに向かうまでにかかる時間等。
これほどまでにすぐに算出出来たのも、もしかしたらエイミィだったからかもしれない。
もっとも、学園都市にはエイミィ並にコンピューターに精通している少女が一人いたりするのだが。

「……」
「……うん」

子犬の姿となってフェイトに抱かれているアルフと、そのアルフを抱いているフェイトは、目と目を合わせて、何かを決意する。
そしてフェイトが、エイミィに言った。

「エイミィ……」
「ん?」
「私が行く」
「アタシもだ」

そう。
相手はシグナムとザフィーラ。
彼女達にとって、因縁の相手とも言えなくもない人物達だ。
ここは、自分達が出るのがふさわしい。
そう考えたのだ。

「うん、お願い」

実際、今から職員を集めるよりも、今この場にいる彼女達に現場に向かってもらった方が遥かに早いし、効率もいい。
だからエイミィは、フェイトの申し出を快く受け入れたのだった。

「なのはちゃんはバックス、ここで待機して。美琴さん達も、なのはちゃんと同じく待機で」
「はい」
「了解!」
「うん!」
「分かりましたわ」

なのは・美琴・インデックス・白井がそれぞれ合意の意を示す返事をする。
その間にフェイトは自室に向かい、待機状態となっているバルディッシュを手に取る。
周りには補充用のカートリッジもあり、それをいくつか手に取る。
そして。

「……行くよ、バルディッシュ」
「Yes sir」

フェイトは、その場所からシグナム達がいる世界へと転移した。



物語は、ついに折り返し地点を迎えた。
大筋は世界が創り上げた『物語』通りに進んでいながらも、決定的な部分が違っていた。
それは、強力な結界に覆われた時に、シャマルが闇の書の力を使わなかったことだ。
その時は、上条が『わざと』結界を破壊した為に、闇の書の力をわざわざ使うことなく、無事にその場から離脱することが出来たのだ。
これから物語がどう動くのかは分からない。
だが、『リリカルなのはA's』の世界がかつて創り上げた『物語』通りに進むことは、もうないだろう。
何故なら、ここは『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』の『正史』なのだ。
そこでは新たなる物語が既に描かれていて、世界はその通りに動いている。

「分かってくれよな……それがこの世界の理……真実の姿なんだからよ。無理矢理世界を捻じ曲げて、破滅に追い込もうなんざ、面倒なことは止めてくんねぇかな……」

ゲルは、暗闇の中でそう呟く。
それは決して独り言ではなかった。
それは誰かに向けて発せられた言葉だった。
その言葉には、いつものけだるそうな雰囲気はなかった。
その言葉には、彼が今出せるもっとも大きな殺気が込められていた。

「アンタ達過激派の連中は、『また』繰り返すつもりなのか? これほどまで超規模の世界破壊となると、さすがに『アイツ』も出て来るはずだろ? 『アイツ』の存在をも恐れない『あのお方』ってのは、一体何者なんだ?」
「知らないわ。『あのお方』の正体なんて誰も知らないの。すべては完璧に闇の中なのよ。今の私の姿のように、ね」
「アンタの正体はすぐに分かる。何せこの闇は単なる飾りでしかないからだ。時期に晴れるし、アンタは勝手に自分から正体を現してくれるはず。『あのお方』だってそうだ……いつになるかは知らねぇが、いずれ時が来たら俺達の前に姿を現してくれるだろうさ」

『あのお方』の正体は、そんなにすぐには分かってくれない。
それを知るには、しばらく時間がかかる。
もしかしたら、分からないまま死んでしまうかもしれない。
けど、ゲルは同時に確信していた。
上条達が世界を大きく動かし過ぎてしまったら。
一方通行達が、彼らの世界に送り込まれた過激派の刺客をすべて倒してしまったら。
『あのお方』は、その姿を彼らの目の前に出すだろうということを。

「ところで……一つ聞きたいことがある」
「何かしら?」

先ほどの発言からも見てとれる通り、話相手は女性だ。
しかし、暗闇にいるせいでその人物がどのような姿をしているのかは分からない。
ただ、声を聞く限りだとかなり余裕そうな態度をとっていた。

「テメェは何のためにこの『戦争』に参加している?」

戦争。
今ゲルはこの状況のことをそう称した。
その表現は、正しい。
『世界の調律師』内部で繰り広げられているこの戦いは、まさしく内乱。
言わば、戦争だ。
それは他の世界まで巻き込み、それこそ文字通り世界規模となっている。

「私は単に世界を壊したいからよ。かつてのあの子と同じよ」
「あの子……アリスのことか。アンタはアリスのことを知っているのか?」
「まぁ、それなりに知ってるわよ。同じ『世界の調律師』の過激派の一員としてね。もっとも、今の彼女はどちらかと言うと貴方達側の人間みたいだけど」
「こっちとしては戦力が増えてくれるのは大いに助かる。俺の面倒も減るからな」
「相変わらず面倒なことが嫌いなのね、ゲル」
「そうなんだよ。俺は面倒臭がりだからな……アンタだって俺の性格をよく知ってんだろ?」

やがて少しずつ闇の中に光が差し込んでくる。
それはまるで、これからゲルの前に現れる、一人の女優に当てられるスポットライトみたいに。
ゲルの目の前にいる絶世の美女を、照らす。
緑色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。
整った顔立ちに、スッとした体系。
まさに、誰もが認める程の美人だった。
その女性は、ほほ笑みながらこう答える。

「ええ、知ってるわ。貴方とは随分と長い付き合いになるものね、ゲル」
「ああ、そうだな……サリエナ。『あのお方』の秘書さんよ」

長年対立してきた、最悪の親友。
彼らの関係を一言で表すなら、その言葉がぴったり当てはまっていた。
『あのお方』の秘書―――サリエナ・エレコッツィ。
かつてのゲルの親友であり、最悪の敵『あのお方』の秘書を務める、言わば過激派の重鎮の内の一人が、そこに立っていた。



砂漠の世界で、シグナムは巨大な蛇型の生物と戦っていた。
だが、相手はあまりにも大きすぎた。
故に、守護騎士達の中でも将とされているシグナムでさえ、肩で息をする位にまで力を出し切っていた。

「ヴィータがてこずる訳だな……少々、厄介な相手だ」
「おい、大丈夫かよシグナム」

シグナムは声のした方向……つまり、自分よりも下に首を向ける。
そこにはツンツン髪の学生服を着た少年―――上条当麻がいて、シグナムのことを心配そうな眼差しで見つめていた。
それに対して、シグナムはこう答える。

「問題ない。私のことは気にするな。今は目の前の敵に集中しろ」
「あ、ああ」

実際、彼の前にも敵はいた。
シグナムが相手しているものよりははるかに小さいが、何しろ量が多い。
それは以前街中で発生した機械と同じようなものだが、今回はどちらかと言うと生物に近い形だった。
恐らくこの砂漠の何処かに発生源があり、上条はまた、それを探しながら次々と敵を倒していた。

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「!?」

上条に気を取られている内に、魔法生物はシグナムの背後で咆哮し、姿を現す。
シグナムは咄嗟に上に飛んで何とか事なきを得ようとするが、相手が触手みたいなものでシグナムを絡め取り、そして宙にぶら下げる。
実質、シグナムは何も出来なくなってしまった。

「し、シグナム!」
「くっ……私のことは構うな! 上条は上条のやるべきことをやれ!」
「け、けど!」

助けに行きたいと思いながらも、上条の周りにも敵がいる。
それも、一体や二体のレベルではなく、もっと多くの敵がいる。
故に、シグナムの元へは向かえない。
上条は心の中で舌打ちしつつ、右手で目の前の敵を殴り続ける。
そうしている間にも、シグナムを締め付けている力は強まり、そしてとどめを刺そうと鋭利な尾を魔物が思い切り振りかぶる。
と、その時だった。

「Thunder Blade」
「!?」

声はまさしく誰かのデバイスから。
上条とシグナムは、その声を知っていた。
声とともに、上空より雷の刃が降り注ぐ。
そしてシグナムを締め付けていた触手に、突き刺そうとしていた尾を切り裂いて行く。
おかげでシグナムは自由の身となった。

「……」

改めて、シグナムは目の前で繰り広げられている状況を確認する。
突き刺す金色の刃。
そして、何か所か切り裂かれた巨大生物。
上空にたたずむ、一人の少女。
間違いない。
金色のツインテールの少女―――黒いマントを翻すその少女は、フェイト・テスタロッサだった。

「ブレイク!」

巨大生物に刺さった金色の刃は、フェイトの号令と共に電撃を走らせる。
それは御坂美琴の電撃の槍を複数本受けているのと同じ威力。
すなわち、相手を倒すのには十分すぎる量―――いや、明らかなるオーバーキルだった。

「グォオオオオオオオオオオオオオオオ……」

魔物は悲痛の叫びを残し、その場で絶命した。
死んでしまっては、リンカーコアを回収することはできない。
シグナムは助けてくれたフェイトに感謝の念を抱きつつ、心の中で悪態をついた。

「フェイト!」

一方の上条は、思わずフェイトの名前を呼んでいた。
呼ばれたフェイトは、上条がその場にいたことに関して驚きを見せていた。

「と、当麻!? 当麻もこっちに来てたの?」
「ああ。事情があってな……それよりフェイト、お前は何故ここへ?」

聞かなくても分かっているはずなのに、上条はフェイトにそう尋ねる。
フェイトが上条の質問に答える前に、エイミィからの通信が入る。

『フェイトちゃん! 助けてどうするの? 捕まえるんだよ!』
「あ、ごめんなさい……つい……」

今回フェイトがここに来たのは、モニターに映されたシグナム達を確保する為。
今の会話だけで、上条は十分に悟ることが出来た。
そんな上条にも、エイミィからの言葉が降り注ぐ。

『上条君も、どうしてそこにいるのさ!』
「だ、だからちょっとした事情が……」
『後でフェイトちゃんと一緒に来てもらうわよ! 貴方と話したいって言ってる人達が何人もいるんだから……』
「勘弁してくれ! 何故だか知らないが恐ろしい程の死亡フラグを感じるんだ!!」

必死に訴える上条の反応は、正しいものとも言えた。
何せ彼の身に感じられる危機感は、実際問題並のそれとは程遠い強さだったろうし。
その間、フェイトとシグナムはしばらくの間ただ見つめ合っていた。
やがて、シグナムが口を開く。

「礼は言わんぞ、テスタロッサ」
「お邪魔でしたか?」
「蒐集対象を潰されてしまった」

それはまぎれもない事実であった。
フェイトが魔物を倒したせいで、魔物から魔力反応が消えてしまったのだ。
蒐集対象として魔物を生きたまま戦闘不能の状態にしなくてはならない守護騎士達にとって、これほどの痛手はない。
とはいっても、フェイトがいなければあのままシグナムがやられていたのも事実である。

「……まぁ、悪い人の邪魔が私の仕事ですし」

バルディッシュをシグナムに向けて、フェイトは言い放つ。
シグナムは、カートリッジをレヴァンティンに装填しながら。

「……そうか。『悪い人』だったな、私は」

そう呟いた後、シグナムはレヴァンティンを構え、ある程度フェイトとの距離をとる。
……直感でフェイトは感じた。
もうすぐ、戦いが始まると。

「預けた決着は……出来れば今しばらく先にしたいが、速度はお前の方が上だ。逃げられないのなら……戦うしかないな」
「……はい。私も、そのつもりで来ました」

もはや彼女達に、これ以上の台詞は必要ない。
ただ己の全力を出し、相手を倒すのみ。
二人は同時に軸足に力を入れ、前へ飛ぶ。

「「!!」」

ガキィン!
速度はほぼ互角。
二人のデバイスは、音を立ててぶつかり合う。
そして、すぐさま体勢を変え、同時に次の攻撃を放つ。
すれ違いざまに、二人は攻撃をした。
シグナムの剣は、フェイトの障壁に阻まれる。
フェイトの攻撃もまた、シグナムの障壁によって阻まれた。
そのまま、二人は同時に地面に足を着ける。
……その後の動きは、フェイトの方が遥かに速かった。

「!?」

振り向いたと思ったら、その場に既にフェイトはいなかった。
咄嗟に背後を振り向けば、そこには攻撃態勢に入っているフェイトがいた。

「はぁああああああああああああ!」

フェイトはそのまま、バルディッシュをシグナムの頭上から振り下ろす。
シグナムは剣を鞘に収め、そのままバルディッシュを防ぐ。

「ふっ!」

防いだと同時に足に力を込め、身体を少し後方へ捻る。
その要領で鞘から剣を取り出し、フェイトに斬りかかる。
フェイトはそれをバルディッシュで受けるが、衝撃までは受け流しきれず、若干後方へ弾き飛ばされる。
その間に、シグナムはカートリッジをロードする。

「Schlange form」

瞬間、今まで剣状であったレヴァンティンは、連結刃へと姿を変える。
そしてそれはとぐろを巻き、まるで蛇が獲物に襲いかかるように宙を這い、フェイトに襲いかかる。
フェイトは自分にその攻撃が当たる寸前で横に飛ぶことで避ける。
その後、地面に着地すると共に、受け身をとり。

「Load cartridge. Haken Form」

バルディッシュの言葉と共に、今まで斧状だったそれは、金色の刃が創り上げられ、鎌へと姿を変える。
しかも、今バルディッシュはカートリッジをロードしている。
つまり、攻撃力は一時的に跳ね上がるということだ。

「ハーケンセイバー!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

咆哮と共に、シグナムは連結刃でフェイトの周囲を取り囲む。
囲まれたフェイトは、構わず鎌を横に振り払い、金色の刃を前へ飛ばした。

「!!」

刃は連結刃の間を見事にすり抜け、相手を切り裂く為にシグナムに襲いかかる。
その一方で、シグナムも何もしていないわけがなかった。

「はぁっ!」

シグナムはレヴァンティンを思い切り振るう。
すると、フェイトの周囲に配置されていた連結刃が、回転して一気にフェイトへと迫りゆく。
その勢いは、フェイトを中心としてその場に竜巻を発生させる程であった。
やがてフェイトがいるだろう位置まで集結したそれは、衝突と同時に砂塵を発生させる。
一瞬、目の前が見えなくなる。
その中から、先ほどフェイトが放った刃が飛んできた。

「……ふっ!」

シグナムは、攻撃が当たる直前で上空に飛ぶ。
だが、飛んだ先にはすでに二個目の刃をつけたバルディッシュを持つフェイトがいた。

「なっ!?」
「Haken Slash」

バルディッシュからそのような声が発せられると同時に、金色の刃はその輝きをさらに増し、威力が増幅した。
フェイトはそのまま、重力に逆らうことなく、むしろそれを利用して思い切りシグナムに斬りかかる。
体重が思い切りかかったそれは、ただでさえ攻撃力が上がっている刃に、さらに威力を付加している。
これで斬られたら、いくらシグナムとてかなりのダメージを負うはずだ。

「鞘!?」

しかしシグナムは、その攻撃すらも防いだ。
それも、本来なら剣を収める仕事をするはずの鞘でだ。
……その鞘には、本来なら全身を覆うはずの甲冑―――パンツァーガイストが纏われていたのだ。
だからシグナムは、フェイトの攻撃を防ぐことが出来たのだ。

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「くっ!」

シグナムは攻撃を受けたまま、フェイトに回し蹴りをする。
咄嗟に障壁を張り、直接のダメージは防いだフェイトだったが、それでも衝撃までは防ぎきれない。
威力高き蹴りは、フェイトの身体をその場から叩き落とすには十分すぎるものだった。

「Plasma Lancer」

だがフェイトは、その状態からバルディッシュをシグナムに向けて、一筋の金色の光線を放った。

「!?」

周囲に、ドォンという爆音が鳴り響いた。
上空には、シグナムがいた位置を中心として煙が立ち込める。
フェイトは空中で一度体勢を整えた後、そのまま地面に着地した。

「Assault Form」

バルディッシュの声と共に、鎌だったそれは元の斧状へと戻る。
その後、フェイトは一度前を見た。
上空からは、墜落してくるようにも見えなくもない体勢のまま、シグナムが落ちてくる。
だがシグナムは決してフェイトの攻撃を喰らっていたわけではなく、何とか凌いでいたのだ。
シグナムは地面に上手く着地すると、

「Schwert form」

レヴァンティンの基本となる片手剣のスタイルへと戻す。
フェイトはそれを見届けると、カートリッジを一発ロードした。
同じく、シグナムもまたカートリッジをロードする。
すると、フェイトの足元に金色の魔法陣が展開し、腕にはリング状になった魔力が纏われる。
そして手には、フェイト自身の魔力によって創り上げられた雷弾が出現する。

「プラズマ……」

一方のシグナムも、足元に魔法陣を展開させながら、剣を頭上に振り上げる。
そして、魔法陣からは紫色の魔力が噴出する。
それはシグナムを覆うように噴き出していて、まるで渦巻きのようであった。

「飛竜……」
「スマッシャー!!」

攻撃の手は、フェイトの方が早かった。
フェイトが創り出した魔力弾は、一気に膨大なる魔力を放出する集束砲へと姿を変える。

「一閃!!」

シグナムは、剣状だったそれを再び連結刃にして、それらに魔力を纏わせる。
そしてその魔力を、一気に放出した。
二人の魔力はかなり膨大なものだ。
それは二人の中央で衝突すると、轟! という轟音とともに、魔力が混じり合う。
そして渦を巻いた後、そのまま消滅してしまった。

「「はぁあああああああああああああああ!!」」

飛び上がるタイミングはほぼ互角。
二人はそのままカートリッジを一発ロードさせ、上空で衝突し合った。



「くっそ! あっちはもう戦いをおっぱじめてやがる!!」

上条は、フェイトとシグナムが上空で戦闘している場面を一瞥した後、そう呟いた。
だが、彼の周りには駆除しきれていない魔物達がウヨウヨいた。
それらは上条を殺そうと、その鋭い爪を思い切り上条に向けて振り下ろす。

「邪魔だ!!」

上条は身体を思い切り捻った後に、固く握りしめた右拳で、相手の身体を勢いよく殴りつける。
その威力は、生身の人間相手なら一発喰らったところでノックアウトにすることは出来ない程ではあるが、魔力のみで構成されている魔物相手なら十分すぎる程の威力だった。
殴られた魔物は、そのままその場で消滅する。
しかし、その数は一向に減ることなく、むしろ増加しているように見えなくもない。

「キリがねぇ……!!」

さすがに上条としても、一人だけでは対処しようがなかった。
異能の力を持つことが出来る右手を所持しているとはいえ、敵はその手の数を超える程の数だ。
すなわち、上条にも隙が出来てしまうと言うことだ。

「くっ!」

後方より、攻撃が迫ってくる。
気付いた所で、上条は避けることが出来ない。
だが、上条に痛みは襲いかかって来なかった。

「し、白井!?」
「不本意ながら、助太刀に参りましたわ。礼なら後でお姉様にたっぷり言うんですのね」

金属の矢を数本所持した白井が、上条と魔物の間に空間移動(テレポート)してきて、魔物の身体に金属矢を突き刺したのだ。
刺された魔物はそのまま絶命し、消滅する。
だからと言って、白井がすべての魔物を消滅させたわけではない。

「まだ来ますわよ! 油断なさらないで!」
「分かってるよ!」

上条はただ前を走り、襲いかかってくる敵をぶん殴る。
白井は上手く相手の攻撃を避けながら、その身体に金属矢を確実に刺して行く。
しかも、相手が確実に絶命する位置のみを的確に狙って、だ。

「エイミィさん、例の魔法陣の場所はどこに?」

無線機を取り出して、白井はエイミィと連絡を取る。
無線機からは、エイミィの声が聞こえてくる。

『上条君と白井さんの現在地から約200メートル離れた所に……え!?』
「どうかしましたの!?」

無線機からは、エイミィの驚きの声とともに、先ほどコントロールルームで聞いた、エマージェンシコールが鳴り響いているのが聞こえてきた。
そして。

『本命はこっち……? 今、別世界で闇の書を持った一人の女の子が飛んでる姿がモニターに映し出されてるの!』
「女の子?」
「まさか……」

ヴィータか。
心の中で上条は呟く。
上条の予感は正しかった。
現在エイミィ達が見ているのは、別世界の上空を、闇の書を抱えたヴィータが飛んでいる姿だった。
それを見たエイミィが、咄嗟に指示を出しているのが聞こえてきた。

『なのはちゃん!』
『はい!!』

どうやらエイミィは、ヴィータの元へなのはを送り込むようだ。
それは最善の選択とも言えよう。
この場合、動ける人間を即座に動かす方が正しいのだ。
しかもその人間は有能である方が望ましい。
その条件を両方とも兼ね備えていたのが、なのはだったのだ。

『とにかく二人はそのまま直進して! こっちは神裂さんに応援要請をしてみるから!』
「了解しましたわ! そういうことですので、遅れを取らないでくださいまし!」
「ああ! 承知してるっての!!」

上条と白井は、そのまま前へと直進を始める。
その勢いは衰えるはずがなく、目標が定まった今、その速度はむしろ上がっていた。



「かつてテメェの雇い主が『世界の調律師』の過激派を創立して以来、ずっと秘書をやってたはずだよな?」
「ええ、貴方の言う通りよゲル……けど、今更それが何になるっていうの?」
「とぼけんじゃねえよ。お前は知ってるはずだぞ、サリエナ。『あのお方』に一番近かったお前なら、『あのお方』が誰で、何を企んでいるのかを」

ゲルは、目の前で不敵な笑みを浮かべるサリエナに向かって尋ねる。
サリエナは、笑みを崩さぬまま、答えた。

「知らないわよ。『あのお方』が一体どういった方なのかは、私は何も知らないわ」
「何?」
「だって、『あのお方』は秘書である私にも一切その姿を現さなかったのだから」
「姿を現さなかった?」

いくらなんでも、自分の身柄の秘匿がうまく行きすぎている。
『あのお方』という人物は、本来信用を置くはずの秘書にまで、その姿を現さなかったという。
それだけ用心深い人物と言うことなのか、あるいは姿を現わせない理由があるのか。

「いつも私に用件がある時は、声が録音されたMDか、手紙が渡されるだけだったわ。秘書と言っても、ある意味『あのお方』のスポークスマンと言ってもいいかもしれないわね」
「だが、『あのお方』が何を企んでるのかだけは知ってるはずだ」
「……ええ、知ってるわよ」

やはり、サリエナはこの事件の姿を知っている。
それも、かなり重要なカギを握っている。

「教えろ。何を企んでいる。どうしてこの世界ばかりを狙う?」

思えばすべてが謎だらけだった。
どうして闇の書事件が起きている裏で、『世界の調律師』の過激派は行動を起こしているのか?
学園都市にも、海鳴市にも、あるいはなのは達の世界の、重要人物達がいる場所にも。
その至るところすべてに過激派の人間が現れて、行動を起こしている。
どう考えても過剰すぎる戦力だった。
一つの世界を壊すにしては、いくらなんでも過剰反応過ぎた。

「今までその例がなかっただけよ。今回がその新たな例となるのよ」
「嘘をつくな。『あのお方』程の人間が、そんな面倒な例を作り上げるはずがないだろ。本当のことを言え。こっちだって時間はねぇんだよ」

ゲルは己の得物をサリエナに向ける。
一方のサリエナは、それでも笑みを崩さないまま、こう答えた。

「そうね……一つだけヒントをあげるわ」
「ヒントだぁ? そんな面倒なことしねぇで、さっさと答え教えろや」
「まぁまぁ、それじゃあ面白くないじゃない。物語は常に意外性のある展開が望まれるのよ。ただ世界が作り上げた『物語』通りに事が進んでもつまらないだけじゃない」
「戯言言ってねぇで、ヒントでも何でもいいからさっさと言え」
「相変わらずせっかちなのね。女にモテないわよ?」
「結構。面倒なことは嫌いだからな」
「そうだったわね」

一通りの会話を終えると、サリエナは今回の事件のカギとなるかもしれない、とても重要なヒントを一つ述べた。

「ヒント……この事件は確かに『あのお方』が絡んでるけど、決してそれだけじゃないのよ」
「それだけじゃ、ない?」
「そう。上条当麻達が『リリカルなのは』の物語に介入してくることを望んでいない者達も、この事件に絡んでいるということよ」



なのはやフェイト達が事件解決に向けて現場で奮闘している頃。
時空管理局本局のとある一室にて、一人の若い女性と、一人の妙齢の男が話をしていた。
若い女性の方は、現在なのは達の世界に臨時指令室を置いている、リンディ・ハラオウン。
妙齢の男の方は、フェイトの保護監察官でもあるギル・グレアム。
二人はテーブルをはさんでソファに座っている。
二人を挟むテーブルの上には、紅茶の入ったコップが二つ用意されていて、リンディのコップの隣には、ティーポットが用意されている。

「久しぶりだね、リンディ提督」

最初に口を開いたのは、グレアムだった。

「ええ」
「闇の書の事件……進展はどうだい?」
「なかなか難しいですが、上手くやります」

そう言うと、一度リンディはコップに手をつけ、紅茶を少し飲む。
口の中と喉を潤す程度の、ほんの少量だ。
グレアムはリンディの行動を一度眺めた後、

「君は優秀だ。私の時のような失態はしないと信じているよ」
「……夫の葬儀の時申し上げましたが、あれは提督の失態ではありません。あんな事態を予測出来る指揮官なんて……いませんから」
「……」

頬笑みながらそう言ったリンディに対して、グレアムは何も言えなかった。
過去に起きた事件。
そこで一体何が起きたというのだろうか。



「へぇ、器用なもんだね。それで中が分かるんだ」
「ええ、その……まぁ」

無限書庫では、ユーノが魔法陣の上で座禅を組み、目を閉じて集中していた。
彼の周りには何種類もの本が開かれた状態で置かれており、どうやらその状態から本の中に何が書かれているのかを一気に読み取ることが出来るらしい。
ロッテにその様子を感心された時、ユーノは少し戸惑っていた(というのも、やはりロッテが猫だからというのが大きい)。

「俺達はこうして一冊一冊順番に見て行くしかないが、ユーノは便利だな」

ロッテが持ってきた本の内、何冊かを土御門は受け取る。
その横では、宙に浮きながらすでに何冊かの本を読んでいるステイルの姿もあった。

「あの、リーゼロッテさん達は前回の闇の書の事件を見てるんですよね?」
「そうなのですか?」

同じように本を読んでいた神裂が、ユーノの疑問に加わるように尋ねてくる。
ロッテは少し暗い感じを含めて。

「うん……ほんの十一年前のことだからね」
「その……本当なんですか? その時にクロノのお父さんが亡くなったって……」
「「「!?」」」

土御門とステイルと神裂に、少しばかりの緊張が走る。
ロッテは、悲しそうな表情を浮かべて、答えた。

「本当だよ。あたしとアリアは父様と一緒だったから、すぐ近くで見てた。封印したはずの闇の書の護送中のクライド君が……あ、クロノのお父さんね」
「はい」
「クライド君が……護送艦と一緒に沈んでいくところ」

ロッテのその言葉を聞いて、土御門は納得した。
クロノが闇の書についてあそこまで力を注ぐ理由。
闇の書のことを、憎き敵と認識している理由。
それは、十一年前にやはり闇の書に関わったクロノの父親が、その事件の最中で命を落としてしまったからだ。
クロノはその惨劇を引き起こさせないよう、全力で今回の事件に力を注いでいるのだろう。
闇の書が覚醒するその前に、リンカーコアの蒐集を止めさせたいのだろう。
と、その時だった。

「む?」
「どうした? ねーちん」

神裂のポケットの中に入っている無線機が、音を鳴らす。
土御門が尋ねる声を無視して、神裂はその無線機をとった。

「はい」
『フェイトちゃん達の向かった世界で、以前見られた謎の機械同様に、増殖していく生物が確認されたの! 場所を送るから、急いでその場所まで向かって!』
「!? 了解です」

連絡はエイミィからのものだった。
事件解決の為にフェイト達が向かっている世界で、以前発生したものと同様のそれが発生している。
つまり、過激派が動いているということだ。

「事件か?」
「はい。以前発生した形とは違うものですが、増殖して行く敵が現れたそうです」
「過激派の連中だな……ステイル・ねーちん。俺達も向かうぞ」

土御門の顔が、先ほどよりも真剣味を帯びたものへと変わる。
そして土御門は、

「ユーノ、ロッテ! この場はお前達に任せる!」
「了解~」
「はい!」

二人が返答したのを確認すると、土御門・ステイル・神裂の三人は、無限書庫の中から出る。
そんな三人を一瞥した後、ロッテが言った。

「しかし、闇の書事件の裏で別の事件も起きてるなんて……大変だねぇ」
「ですね。上条さん達がいるおかげでなんとかなってますけど……」
「上条さんって、上条当麻のことだよね?」
「え? 知ってるんですか?」

ロッテが上条のことを知っていたのは、ユーノにとって少し意外なことであった。
上条はこっちの世界の住人ではない。
だから資料に関してはまるっきりないはずなのに。

「前の事件の時の調書があたし達のところにも来てるからね。そこに、上条当麻っていう男の子の写真と一緒に、その能力の詳細とかも書かれてたよ」
「なるほど……」
「それにしても、この男の子……何だか女ったらしに見えるかも」
「あはは……」

ロッテが呟いた言葉を、ユーノは否定することが出来なかった。



一方、管理局本局の廊下を歩くクロノとアリアは、今回の闇の書の封印手段について話していた。

「封印手段はやっぱり……アルカンシェルになっちゃったな」
「他にないもんね、あんな大出力が出せる武装」
「あれは周辺への被害が大きすぎる……撃たずに済めばいいんだが」

アルカンシェル。
それは今回アースラに備え付けられた、追加武装のことだ。
その威力はかなり高く、周辺地域を一気に吹き飛ばしてしまうほどの威力らしい。
かつて一度闇の書が封印された時も、それが使われたらしい。

「主が見つかるといいんだけどね」

闇の書の主さえ見つけることが出来れば、もう闇の書を完成させることはやめろと言うことが出来るし、覚醒する前の段階でどうにか抑えることが出来る。
被害も最小限で抑えられるし、その方がいいに決まっている。
ただ。

「まぁ、例え主を抑えた所で闇の書には転生機能があるから、新しい主に渡るまで、ほんの数年ばかり問題を先送りに出来るだけだけど」

そう。
闇の書自体には転生機能が備え付けられていて、それがある限り、闇の書は何度でも復活するのだ。
だから十一年前に一度封印されたはずの闇の書は、こうして今になって改めて覚醒しようとしている。

「それでも……その場で大規模な被害が出るよりは、ずっといい」
「まぁね」

その場で修復不能な程の被害が出てしまっては、解決とは呼ばない。
多くの人を巻き込んで置いて、何が無事に解決だ。
やるなら、出来るだけ被害が少ない方法で。
それがクロノの考えだった。

「せめて上条当麻がいれば、もっと事はうまく運べるんだけど……」
「上条当麻って、幻想殺し(イマジンブレイカー)のこと?」
「ああ。その力が異能の力であれば、問答無用で消し去ることの出来る右手……それさえあれば、闇の書なんて一発で消せるだろうに。何を考えているのか、彼は守護騎士側についているらしい」

クロノの言葉を聞いて、アリアは少し驚いたような表情を浮かべていた。
当然といえば当然だろう。
なにせ前回の事件を見事に解決に導いたはずの少年が、今度は敵側についているのだから。

「何を考えてるのか僕には分からない。多分彼は何の考えもなしに守護騎士達についているわけではないんだろうけど、事件が解決した時に、どうにか事情を聞きださないと」
「……」

上条に対して少しばかり怒りを見せるクロノを見て、アリアは何も言葉にすることが出来なかった。



「ご主人様のことが気になるかい?」

今の今までシグナムとフェイトの戦いを見ていたザフィーラに、何者かが話しかけてくる。
背後からする声に反応するようにザフィーラが後ろを振り向けば、そこにはすでに戦闘態勢に入っているアルフの姿があった。

「お前か……」
「ご主人様は1対1。こっちも同じだ」
「シグナムは我らが将だが、主ではない」
「……アンタの主は、闇の書の主……って言うわけね」

ザフィーラも戦闘態勢をとる。
硬直状態が続く。
二人は目を合わせたまま、その場から動こうとしない。

「!!」

先に動いたのはアルフだった。
ザフィーラに向けて、鉄の小手を着けた右腕で殴りにかかる。
しかし、ザフィーラはそれを両手をクロスにさせて身体の前に突き出すことで防ぐ。
すかさず、ザフィーラはアルフの顔面目掛けて蹴りを入れる。

「当たるかよ!」

腕を引っ込めて、アルフは後方へ下がる。
そして、右手を突き出し……一気に突撃する。
ザフィーラもアルフ同様に前に突っ込んでくる。
両者の拳は交わり、だが互いにダメージは与えられない。
ここまで速度は互角。
背中を向き合っていた二人は、振り向くことでもう一度相手の顔を確認する。

「アンタも使い魔―――守護獣ならさ! ご主人様の間違いを正そうとしなくていいのか!?」

アルフは、ザフィーラ達のそんな態度が許せなかった。
闇の書を完成させる為にリンカーコアを蒐集させる。
それは誤った行動。
してはならないこと。
間違った道を進んでいる主人を正しき方向へ導く、それが守護獣としての役割なのではないか。
主の頼みを聞き、そして願いを叶える為にすべてを注ぐのも使い魔なら、そんな主が間違った方向へ歩もうとしているのなら、正しい方向へと導いてあげることもまた使い魔の仕事。
なのに、どうしてそれが分かってて尚、こうしてリンカーコアを蒐集しようとしているのか。
だが、ザフィーラの答えはアルフの想像とは遥かに異なっていた。

「闇の書の蒐集は我らが意思。我らが主は……我らの蒐集については何もご存知ない」
「なんだって? そりゃ一体……」

そう。
闇の書を完成させようと思っているのは、あくまで守護騎士達の意思。
そこに主である少女の意思は含まれていない。
すべては主の為に、主を救う為に守護騎士達が初めて抱いた、『助けたい』という意思なのだ。

「主の為であれば血に染まることも厭わず……我と同じ守護の獣よ、お前もまたそうではないのか?」

意思を確認するかのように、ザフィーラは尋ねる。
一度解いていた戦闘態勢を、もう一度取り直しながら。
アルフは少し戸惑いながらも。

「そうだよ……でも、だけどさ……!!」



「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

前方100m先に、敵を量産している魔法陣が見える。
だが、上条と白井がその場所に到達するには、あまりにも時間がかかりすぎていた。
それだけ相手の敵の量は多く、そしてどんどん数を増して行くのだ。

「しつこい!!」

上条はひたすら拳で敵を殴る。
殴られると同時に敵は消滅する。
だがまた新たに敵は生み出されて行く。

「あまりしつこすぎると、女にモテませんわよ!!」

白井は一度敵を刺した金属矢をリサイクルして、それをまた新たな敵に転移させる。
その場所は相手の命を奪うには的確過ぎる位置であり、刺された敵は瞬時に消滅する。
空間転移(テレポート)が出来る彼女は、上条よりも幾分か前を行くことが出来た。
だが、上条を魔法陣の所まで連れて行くことが出来なければ、敵が増殖していくのを止めることは出来ない。
何故なら、白井には魔法陣を壊す方法がないからだ。

「白井! 前方にいる敵だけを倒してくれ! 俺達の背後にいる奴らには構うな!! 迫ってきたら俺がなんとかしてやる!!」
「貴方に指図される筋合いはありませんが……今は仕方ありませんわね!!」

悪態をつきながらも、白井は上条の案を呑みこむ。
それを実行するかのように、白井はどんどん前にいる敵のみを蹴散らして行く。
上条は自らの四方を囲む敵を相手に、右手拳ひとつだけで立ち向かっていた。
そんな彼らに、助太刀が現れる。

「おいおいカミやん! こんな面白そうな舞踏会に招待してくれないなんて……さすがに酷いんじゃないかにゃー!!」

ドォン!
地面を抉るような音が響き渡る。
砂漠の為、砂が撒きあがる。
一瞬視界を奪われた上条だったが、すぐに今降りてきた人物が誰なのかを判断することが出来た。

「土御門!?」
「俺だけじゃないぜい。ステイルとねーちんも一緒だ」
「神裂もか!?」

ステイルだけではなく、まさか神裂まで来るとは思っていなかっただけに、さすがに上条も驚きを見せていた。
もっとも、この場合神裂が来ることの方が確率が高かったわけだが。

「まったく。君達はまた面倒なことに巻き込まれてるみたいだね……!!」

ステイルは周囲にルーンをばらまき、そして大きく十字を切るような構えを取る。

「灰は灰に……塵は塵に……吸血殺しの、紅十字!!」

瞬間。
轟! という音と共に、十字の炎がステイルより放たれる。
たちまち敵は灼熱の炎に焼かれ、消滅した。

「次を与える隙も与えません!」

増殖寸前の所で、神裂が斬りかかる。
ステイルが敵を一気に燃やしつくしたおかげで、魔法陣まで行く突破口が出来たのだ。
だから神裂は、その突破口を走り、敵が増殖する寸前に、日本刀でその敵を切り裂くことが出来たのだ。

「今です!」
「サンキューな、ステイル、神裂!!」

この瞬間しかない。
魔法陣を破壊するなら、今しかない。
上条は地面を思い切り強く蹴り、そして前へ進む。

「消えろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

右手を前に突き出す。
そして上条の右手は、魔法陣に触れた。
瞬間、パキン! という悲鳴とともに、魔法陣は跡形もなく消え去った。
彼らを囲っていた敵も、魔法陣の消滅とともに塵となって消える。

「あっという間だったな、パーティーの時間」
「まぁ、これだけ来れば戦力過剰にもなるだろうしな」

土御門がつまらなそうに呟く中、上条はそうツッコミを入れる。
確かに、彼らが来てからすぐに片方の戦いは終わった。
だが、もう片方の戦いはまだ終わらない。

「後は彼らが決着をつけるだけ、か」
「私達に出来るのは、見守ることだけですわね」

ステイルと白井が呟く。
混乱を招くイレギュラーを解決した今、正規の物語の進行を見届ける他に、彼らがするべきことはなかった。



『シグナム達が?』
『うん、砂漠で交戦してるの……テスタロッサちゃんとその守護獣の子と』

自然が広がる世界の上空を、ヴィータは闇の書を抱えながら飛んでいた。
念話の相手はシャマル。
現在のシグナム達の状況を、ヴィータがシャマルに聞いているところだ。

『長引くとマジィな……それに、確かシグナム達と一緒に、トウマもいるんだよな?』
『うん。上条君は確か、今日はザフィーラ達と一緒に砂漠に行ってるはずよ』
『管理局にトウマが連れてかれるのもマズイ……それに、そんなの絶対嫌だ! トウマを連れて帰る為にも、何としても急いでシグナム達の所に助けに行かないと……!!』

上条に対するヴィータの想いはとてつもなく大きい。
それに加えて、仲間であるシグナムとザフィーラのピンチ。
二人が負けるとは考えていないヴィータだが、それでももしものことがあるかもしれない。
だから早急にその場所に向かいたいと思っていた……が。

「……」
「くっ」
『ヴィータちゃん?』

突然ヴィータの動きは止まる。
理由は一つだけだった……目の前に、白いバリアジャケットを身に纏った、なのはが姿を現したからだ。
突然黙ってしまったヴィータに、シグナムが念話を繋げる。

『くそっ、こっちにも来た……例の白服……』

そしてヴィータは、なのはに向かって叫ぶ。

「高町なんとか!!」
「ふぇ!?」

どうやらヴィータはあの後、結局なのはの名前を覚えることはなかったらしい。
名前を忘れられたなのはは、目を大きく開けて白くした後、必死になって言う。

「なのはだってば! な・の・は!!」

両手をばたばたとさせてそう訴える姿は、まるで年相応の少女の動きだ。
いや、その言葉はなのはにとって失礼なものなのかもしれない。

「ヴィータちゃん、やっぱりお話聞かせてもらう訳にはいかない? もしかしたらだけど……手伝えることとかあるかもしれないよ?」
「!?」

一瞬脳裏をよぎった、はやての笑顔。
なのはは本気でヴィータの助けになりたいと思っている。
もしここでなのはの助けを借りたら、もしかしたらはやての身体を蝕んでいる呪いをどうにかしてくれるのかもしれない。
そんな希望を抱きかけたヴィータだったが、しかしすぐに正気を取り戻す。

「うるせぇ! 管理局の人間の言うことなんか信用出来るか!!」
「私、管理局の人じゃないもの。民間協力者」

両手を広げて、なのはは言った。
ヴィータは心の中で呟く。

「(闇の書の蒐集は魔導師1人につき1回……つまり、こいつを倒してもページにはなんねぇんだよな。カートリッジの無駄使いは避けたいし、それに今は早くトウマ達の所に行きたい……)」

その後、ヴィータが出した結論は。

「ブッ飛ばすのは……また今度だ!!」

叫びと共に、ヴィータの足元に魔法陣が展開される。
そして突き出された左手には、紅い魔力弾みたいなものが現れて。

「吼えろ! グラーフアイゼン!!」
「Eisengeheul」

ヴィータは紅い弾を、グラーフアイゼンのハンマー部分で叩きつける。
瞬間、それを中心として広範囲に紅い閃光が広がる。
それは目くらましには十分すぎる程の輝きだった。
だが、奪うのは視覚だけではなく、相手の聴覚もだ。

「うぅううううううううううううううううううううう!!」

なのはは目を閉じ、耳を塞いだ。
それを一瞥したヴィータは、その場から飛び上がり、脱出。
なのはからなるべく距離を取る為に、どんどん上へと飛んでいく。
だが、次の瞬間。

「え……?」

ドォン! という空気を切り裂く音とともに、ヴィータが放った光を、何かが切り裂く。
それは一筋の雷。
下方から放たれた、一筋の光線。
距離的な問題でヴィータには届かなかったが、それでもヴィータに驚きを植え付けるには十分なものだった。
超電磁砲(レールガン)。
今放たれたものは、まさにそれだった。

「まったく。人がせっかく説得試みてる時に、逃げてんじゃないわよ」

放たれたのは森の中から。
そしてその森には、今まさしく超電磁砲(レールガン)を撃ったばかりの御坂美琴が立っていた。

「ちっ、まだ仲間が居やがったか……うん?」

森の方を見て思わず舌打ちをしたヴィータだったが、前方に見える桃色の光に気付いて、咄嗟に前を見る。
遠くに離れているためはっきりとは見えないが、そこには足元に魔法陣を展開させ、レイジングハートをヴィータに向けているなのはがいた。
桃色の羽根らしきものが三枚、レイジングハートより生えている。
そう、なのははこの距離から砲撃するつもりなのだ。

「Buster Mode. Drive Ignition」
「行くよ!久しぶりの長距離砲撃!!」
「Load cartridge」

なのはの掛け声に合わせて、レイジングハートがカートリッジを二発ロードする。
ガシャンという音とともに撃鉄が降ろされて、魔力が付加された。

「まさか……撃つのか!? あんな遠くから!!」

ヴィータも驚きを隠せなかった。
そんなことは、今のなのはにとってどうでもよかった。

「Divine Buster Extension」

レイジングハートの先に、どんどん魔力が溜まって行く。
そして、限界まで溜めたところで。

「ディバイン……バスタァァァァアアアアアアアアアアアア!!」

瞬間。
溜まっていた魔力の球は一気に膨れ上がり、そして一筋の光となってヴィータへとまっすぐに突き抜けて行く。
その攻撃に対して、ヴィータはなんの動きも取れなかった。
ただ、その攻撃が自分に直撃するのを、待つしかなかった。

「!!」

ドォン! という派手な爆発音と共に、辺りに煙が立ち込める。
遠くから見ていたなのは達は、それがヴィータに直撃したように見えた。

「直撃ですね(It's a direct hit)」
「ちょっと、やりすぎた……?」
「いいんじゃないでしょうか?(Don't worry)」

あれだけの威力の砲撃をしておきながら、『ちょっと』で済むはずがないだろう。
それに対するレイジングハートのコメントも、少し飛んでいるように思えなくもない。
だが、それらはあくまでも『そのまま直撃していたら』の話だ。

「……え?」

煙が晴れ、そこに人影が見え始める。
一人はもちろん、なのはが砲撃を放った相手である、ヴィータのものだ。
だがその中には、もう一つの人影もあった。

「なっ……」

森の中からその様子を見ていた美琴にも分かった。
そこには、ヴィータを守るように前に立つ、一人の仮面の男がいた。

「あ、あんたは……?」

突如目の前に現れた、謎の仮面の男。
その男は、障壁を作り出し、あれだけの魔法をすべて受け切ったのだ。
いくら距離があるせいで威力が多少落ちると言っても、どれだけ固い障壁を張ればすべてを受け切れることが出来るのだろうか。

「行け。闇の書を完成させるのだろう?」
「……」

この男の正体がなんであろうと構わない。
敵ではないのだとしたら、十分だ。
ヴィータは目を閉じ、グラーフアイゼンを両手で持つと、足元に魔法陣を展開させた。
転移魔法を発動する気なのだ。

「させないわよ!!」

美琴は森の中から叫び、もう一度超電磁砲(レールガン)を放とうとする。
当てる気はない。
邪魔が出来ればそれで十分。
同様に、なのはもまた二発目のディバインバスターを撃つ準備をしていた。
だが。

「Master!」
「!?」

レイジングハートがなのはに注意を促した時には、もう遅かった。
男は二枚の白いカードを取り出し、それを宙に放り投げる。
瞬間、あり得ない事態が発生した。
一筋の光が、森の中に向かって放出されていくのと同時に、なのはの周囲に紫色の二つの輪っかが出来あがる。
その輪っかはやがてなのはの身体を縛り付け、バインドとなった。
光線は、森の中―――美琴がいる位置を確実に抑える形で放出された。
当然、美琴はその攻撃を避ける為に地面を転がる。
なのはは全身に力を込めてバインドを破壊したが、その時にはもう遅かった。

「……逃がした、か」

悔しそうに美琴が呟く。
すでに上空には、仮面の男もヴィータもいなかった。

「Sorry master」
「ううん……私の油断だよ」

謝罪の言葉を述べるレイジングハートに対して、なのはも悔しそうに答える。
こうして、なのは達の方は犯人を取り逃がす形で決着がついたのだった。



一方、砂漠が広がる世界では、フェイトとシグナムの二人がまだ戦っていた。
互いの身体はすでにボロボロ。
肩で息をする状態となってしまい、ところどころから血が流れ出ていた。

「(ここに来て……尚、速い。目で追えない攻撃が出て来た……早めに決めないと……マズイな)」
「(強い……クロスレンジも、ミドルレンジも圧倒されっぱなしだ。今はスピードで誤魔化してるだけ。まともに喰らったら……叩き潰される!)」

両者共に、互いの強さを認識していた。
少しでも油断したら、その瞬間に敗北が決定する。
そして、長期戦にもたれこんでも、体力が追い付いていかない可能性が出てくる。
二人はそれぞれ解いていた構えをとる。

「(シュツルムファルケン……当てられるか?)」
「(ソニックフォーム……やるしかないかな)」

どちらが勝ってもおかしくはない状況。
ここまできたら、そう評価せざるを得なかった。
上条達は、二人の戦いをただ見守るのみ。

「あの二人……どちらが勝つ?」
「分からない。けど、俺達はフェイトに勝って欲しいと思ってる」

上条の問いに、土御門が代表して答える。
彼らがフェイトを応援するのは当たり前だ。
ここまで彼らが知り合ってきたのは、フェイトのみだ。
シグナムが勝つことを望むはずがない。
だが上条は別だ。
どちらも知っていて、どちらも大切な存在だ。
故に、どちらか一人を応援することなんて出来なかった。

「(……二人とも、全力を出せ)」

心の中で、上条は二人に声援を送る。
そして二人は、動き出した。

「「!!」」

攻撃を当てる為、前に突っ込む。
……それで勝敗が決せられる、と思っていた。
だが、そこで信じられない事態が発生した。

「え?」

唖然とした声を出したのは、はたして誰だったか。
シグナムは目の前で起きた事態を見て、攻撃を止めその場で停止した。
フェイトの胸から、何者かの腕が突き出しているのだ。
それは以前、シャマルがなのはにした時と同じ。
その手には、フェイトのリンカーコアらしき輝きが握られていた。

「フェイトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

上条が、フェイトの名前を叫ぶ。
その腕の正体は、仮面をつけた男。
前にクロノがシャマルの居場所を突き止めた時に、その身柄の捕獲を邪魔した男だ。

「テスタロッサ!!」
「あ……あぁあああああああああああああああ!!」

恐怖。
痛み。
苦しみ。
それらすべてを感じているフェイトは、思わず叫んでしまう。
シグナムがフェイトの名前を呼ぶが。

「さぁ……奪え」

シグナムが何かを言おうとする前に、男はシグナムにそう告げた。
そう、フェイトはまだ一度もリンカーコアを蒐集されていない。
つまり、今ここでフェイトのリンカーコアを蒐集すれば、それだけでかなりのページが埋まるはずなのだ。
これは、『リリカルなのはA's』における本来のシナリオ。
ここでフェイトはリンカーコアを奪われ、闇の書はより完成へと近づくのだ。
だが、この世界ではシャマルが闇の書の力を使うことがなかった為、ページは本来のシナリオよりもかなり増えているはず。
……とはいっても、魔導師相手にリンカーコアを蒐集してこなかっただけに、結局前より少し増えているだけにとどまっているが。
それでも、今ここでフェイトの魔力を吸い取ったとしたら、本来の道筋のそれを遥かに上回る量となるだろう。

「テメェ……何すんだこの野郎ぅううううううううううううううううううう!!」
「!!」

だが、そんなことを許さない少年がいた。
どんな相手でも、どんな場所でも駆け付ける、とても勇気ある少年。
上条当麻が、いた。
上条はフェイトの胸を貫いている男に駆け寄ると、その顔面を思い切り殴りつけた。

「くっ!」

仮面は外れなかったが、それでもフェイトの胸を突きぬけていた腕は、フェイトの身体より抜ける。
それと同時に、フェイトは糸が切れたかのようにその場に倒れこんだ。

「白井! フェイトを頼む!!」
「了解しましたわ!」

上条の叫びと共に、白井がすぐさま空間移動してきてフェイトを抱きかかえ、再びフェイト毎安全な場所へ避難する。
その間に、上条は仮面の男と対峙していた。

「……シグナム、お前も少しの間離れていていくれ。すぐに追いつく」
「しかし……」
「コイツだけは、絶対に許せない……コイツは俺がやる」
「……分かった」

シグナムは、上条の決意を聞いて、大人しく身を引いた。
雰囲気が一気に変わる。
ここから、シナリオには書かれていない戦いが始まるのだ。

「オイ、テメェいきなり割り込んできて何しようとしてんだよ」
「私は彼女達が闇の書を完成させる助力をしているだけだ。それはお前とて本望なことではないのか? 幻想殺し(イマジンブレイカー)」
「お前……こっちの世界の住人の癖に、どうして俺のことを知ってる?」

上条は少し驚いた。
仮面の男は、どう考えても上条達の世界の住人でもないし、ゲル達が言うような『世界の調律師』に関係するようなイレギュラーでもない。
つまりこの男は、世界が用意した物語の登場人物であり、彼がこの行動に走るのはすでに決められていたことだということだ。
それを考えると、ますます上条の頭を怒りが支配すると共に、それならば何故上条のことを知っているのかという疑問もわいてきた。
男は答える。

「情報はすでに回っている。お前のことは、すでにこの世界でも広まっている。ジュエルシード事件における行動が原因でな」
「なるほど。俺も多少有名人になったみたいだな……けど、今はそんなことは関係ねぇ」

右拳を握りしめる。
上条は仮面の男を睨みつけて、そして言った。

「テメェが何を考えて闇の書を完成させようとしてるのかなんて知らねぇし、そんなことは関係ない。けどな、俺の大切な奴に手をかけたんだ。その報復……きっちり受けてもらうぞ!!」
「こい、幻想殺し。ここで貴様の存在を消させてもらう」

これまで彼の目的は、上条当麻というイレギュラーによって何回も砕かれてきた。
これ以上、自分達の行動を邪魔されては叶わない。
ならばいっそのこと、この場で上条を始末してしまえばいい。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「そんな腕一本で、攻撃が通るとでも思っているのか!!」

男は叫ぶ。
そして上条の攻撃を防ぐために、障壁を張った。
これだけ強力な障壁なのだ、いくら上条当麻の右手に不思議な能力が宿っているとはいえ、簡単に破壊されるはずが……。
この男の認識は、かなり甘かった。
そもそも『幻想殺し(イマジンブレイカー)』という名前を聞いた段階で、その能力の恐ろしさを理解するべきだったのだ。
パキン! という音と共に、障壁は跡形もなく壊される。
ただの一撃で、その障壁は無意味なものへと変わってしまったのだ。

「何!?」
「テメェの幻想は、俺が全部ぶち殺す!!」

上条の右手は、障壁を壊した所で止まらない。
そのまま、男を殴る為に勢いを増して行く。

「ならば、これならどうだ!」

もはや防御をすることなど考えない。
男もまた、拳を固めて上条に殴りかかる。
土御門は、その男の動きを見て思った。

「(コイツ……近接格闘に慣れている!?)」

同じように武力に力を注いできた土御門だから分かることだった。
男の動きは、明らかに素人のそれとは違っていた。
何かしらの訓練を受けてきたような、そんな動きだった。

「くっ!」

上条は防戦一方だった。
蹴られ、殴られ、また蹴られ。
それらを、すべてその身体に一身に受ける。

「カミやん! 一旦引け!! コイツはお前が相手をしちゃならねぇ奴だ!! 今はプライドや怒りを捨てろ!! 生きてればコイツをなんとかするチャンスはまた出てくる!!」

土御門は上条に向かって、そう叫ぶ。
だが、上条はそれでも止まらない。
止まるわけには、いかない。

「次っていつだよ……コイツは、今殴っておかなきゃ気が済まないんだよ……」
「!? まだ立てるのか」

男は驚いた様子だった。
あれだけダメージを受けておいて、それでも尚立ちあがろうとするそのしぶとさ。
身体の頑丈さだけは、称賛に値するだろう。

「フェイトを傷つけたテメェだけは、絶対に許せない!!」

上条の目が見開かれる。
右拳に力を注ぎ、そして男に向けて思い切り繰り出した。

「ちっ!」

男はそれでも、避けるように動作を取る。
……それでも、上条の想いが込められた拳は、男が防御したにも関わらず、彼の鳩尾に確実に入っていた。

「うぐっ!?」

信じられなかった。
近接格闘なら、上条なんかよりも遥かに力がある自信があった。
それだけに、上条の攻撃を喰らうことになるなどと、男は思ってもみなかったのだ。
とにかく、今は上条のことを気にかけている場合ではない。
戻って再び作戦を練り直さなければならない。
そう考えた男は、砂の地面を思い切り殴りつけ、辺りに砂埃を広げた。

「ぐあっ! 目が……!!」

目くらましの効果が与えられ、その間に男は転移魔法か何かの類で、その場から完全に立ち去っていた。

「……逃げられた、か」

悔しそうに、上条が呟く。
そんな上条の肩をシグナムが軽く叩き。

「……行くぞ、上条」
「ああ、ちょっと身体に力入らないから、『機械』の方に座標打ち込むの、頼むわ……」

そうシグナムに言い残すと、上条はその場に倒れた。
恐らく、先の謎の生物との戦いに加えて、仮面の男との戦いのダメージも身体に蓄積されていた結果だろう。
気絶しているだけなので、とりあえずは一安心だ。

「あ、おい待て!」

ステイルがシグナムを止めようとするが、制止の声など聞き流し、シグナムは上条を連れてその場から消えてしまった。
後に残ったのは、倒れているフェイトと、ただ呆然と立ち尽くすだけのステイル、フェイトを介抱している白井に、悔しそうに口をゆがめる土御門だけだった。



「よかった……お兄ちゃんがアリスのことを認めてくれて♪」

相変わらず学園都市の路地裏を歩き続ける、一方通行とゼフィア。
それに加えて、つい数分前よりアリスもついてくることになったので、まるで現在戦いが起きている最中だという自覚が持てずにいた。

「ったく、テメェといるとこっちまでどうにかなっちまいそうだぜ」
「そう? アリスはお兄ちゃんといるととっても楽しいよ♪」
「楽しいのは貴様だけだ……」

呆れた様子で、ゼフィアが呟く。
これでは保護者だ、と心の中で呟いていたという。

「ところで、こうして歩いてるわけだけど、お兄ちゃん達って次の敵の宛てとかあるの?」
「あるわけねェだろ。敵一人一人がどンな奴なのかも分かってねェのに、こっちから何かのアクションを起こせるわけでもねェしな」

そう。
それが今の一方通行達の欠点だった。
彼らは、敵がどのように動いていて、どの程度いるのかと言ったような情報がない。
つまり、アリスの時のように行き当たりばったりで戦闘するしかなかったのだ。

「確かにその通りだね。お兄ちゃん達は何の情報も持ってないもの。アリスだって同じ状況に置かれたら、そうするしかないもんね」
「ンだァ? まるで今なら別の方法があるとでも言いたげなその表情は」
「だってその通りなんだもん♪」

笑顔で見つめてくるアリスを見て、一方通行は思わず溜め息をついてしまう。
相手をするだけ面倒だと考えているのだ。

「そうか。今は貴様は味方になったんだったな。それなら、この世界に攻め行ってくる過激派の人数とかは分からないのか?」

ゼフィアは、アリスが過激派のメンバーの一員であったことを思い出し、尋ねる。
内部事情を聞きだすには、内部の人間から聞くのが一番。
特に、アリスは一方通行に対して多大なる信頼を置いている。
それは自分の間違いに気づかせてくれたという感謝の念から来るものであるが、それでも一方通行に対して特別な感情を抱いているのは、ゼフィアの目から見ても確かだった。
本人がそれに気付いているのか、あるいは気付いていてそれを受け流しているのかはまったく別の話になるが。

「う~んとね、確か第一陣だけだと4人位って聞いてるよ。あ、それはアリスも含めてね♪」
「4人、か……後2人ってことだな」

要するに、後二回は戦闘をしなければならないということだ。
逆に言えば、それだけの戦闘数で今回の事件は、一応解決ということになる。
だが、アリスはこう続けた。

「でもね、第一陣が全員やられることを想定して、第二・第三ってすでに編成が決まってるよ? それに、確かこっちの世界を襲わせてる間に、あっちの世界も誰かが向かってるはずだし……」
「何? つまりもう片方の世界にも、過激派の者がすでに侵攻を開始しているというのか?」

もし本当にその通りなのだとしたら、もはやこっちだけの問題ではなくなってくる。
上条当麻とかをターゲットにされた瞬間、世界のバランスが一気に崩れ始めるのだ。
それが上条当麻ではなかったにせよ、御坂美琴・インデックスの二人が消されただけでも、世界は思わぬ方向に進んでしまうかもしれない。
事態は、ゼフィアの想像以上に急を要していた。

「うん。さすがにどこに誰が行ってるのかまでは分からないけど……」
「もう十分だ。それだけ分かればそれでいい」

アリスの言葉を打ち切るように、一方通行は口を挟む。
正直な話、相手が誰だろうと構わなかった。
あの少女に危害が及ぶのであれば、どんな奴でもぶっ殺す。
ただ、それだけだった。

「それに……そろそろ第三の敵とやらもお出ましのようだしな」
「え?」

一方通行の視線は、遥か先の闇の中に向けられていた。
ゼフィアもアリスも、その先に誰がいるのかまったく分からなかった。
けど、一方通行には分かったのだ。
常人には放てない程の殺気が、その人物より発せられているからだ。

「……処刑。処刑」

声が聞こえてくる。
と、同時に先ほどまで闇の中に紛れていたその人物の姿は、あっという間に一方通行達の前に到達していた。
短い刃を指で四本ずつ挟み、全身を黒いタイツで包んだその男の目は……すでに狂人のものであった。
始めて遭遇した時の、アリスの狂気に染まった目なんかより、その人物は狂っていた。
まるで、『殺す』以外の感情を持ちあわせていないような、そんな印象だった。

「いいじゃねェか……俺の相手を務めるにはこの位の相手でないとなァ! いいぜ、最高にいいねェ……アンタ本当に最高だぜェえええええええええええええええええええええ!!」

一方通行は、男に向かってそう叫ぶ。
そしてチョーカーの電源を入れ、地面を思い切り蹴った。
二人の戦いは、何の会話もなく始まった。



次回予告
ついに三人目の刺客と遭遇した一方通行。
完全に狂いきっているその男を相手に、一方通行はどう戦う?
気絶した上条を連れてきたことで混乱する八神家。
だが、その次の日の夜に、はやての容態が急変する。
守護騎士達は、何か重大なことを忘れているような気がしながらも、はやてに残された時間がだんだん少なくなってきていることを悟っていた。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『決意』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] A's『闇の書事件』編 11『決意』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/05/10 15:20
「ひゃっはぁあああああああああああああああああああああああ!!」

狂った男は、一方通行の喉を切り裂こうとその刃を存分に振るう。
だが、能力を使用している一方通行に、そんな攻撃など通用しない。

「オイオイ、まさかその程度の攻撃が俺に届くなんて愉快な想像してるわけじゃねェよなァ?」
「殺す!」

一方通行の言葉など聞こえていない。
男はそのまま、指に挟んだ刃で一方通行の心臓を突き刺そうとした。
だが、一方通行の能力が働き、それらはすべて弾き飛ばされる。

「!?」
「わりィな、こちとらテメェの攻撃は通用しねェんだよ……!!」

地面を思い切り踏みつける。
瞬間、その部分のコンクリートが抉られ、破片となって男まで飛んでくる。
男はそれらすべてを刃にて完全にバラバラにする。
それに気を取られている内に、一方通行は相手の後ろに周り。

「ほらほら! 後ろがガラ空きだぞ!!」

そして、振り向いた男の顔面を思い切り殴りつけた。
通常の力だけでは、相手を気絶させることなんてとても不可能。
ところが、今の一方通行は能力の使用時間に制限があると言えども、その能力のおかげで力を付加させることが出来る。
故に、今の一撃は相手を沈めるには十分すぎる程の威力だったに違いない。
ましてや、一方通行に殴られた瞬間、男は頭をコンクリートに打ち付けているはずなのだ。
人間と言うのは、後頭部に強い衝撃が走った瞬間に、気絶、もしくは絶命するものだ。
だから、目の前の男が一方通行に殴られて尚立ちあがることなんて、あり得ない光景だった。

「ば、馬鹿な……あれだけの攻撃を受けても、まだ立ち上がるっていうのか?」

ゼフィアは驚きのあまりにそんな言葉を漏らしてしまった。
並の人間があれだけの攻撃を受けておいて、無事で済むはずがない。
そうではなかった理由は、この男の身体にあった。

「あの人は力を求め過ぎたあまりに、常人よりも遥かに頑丈になってるの。いくらお兄ちゃんの攻撃が通ってると言っても、相当攻撃を入れないと倒れないよ!」

アリスが言うには、今の男の姿は力を求め過ぎた代償なのだという。
つまり、この男は並大抵の人間とはわけが違う。
もっと恐ろしい何かなのだ。
その男を『人間』と呼んでいいのかすらも分からない。
男に、『理性』と言う二文字が存在しにからだ。

「なるほど……面白そうな相手じゃねェか……もっと俺を満足させろ、狂人(バーサーカー)!!」
「殺す! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」

念仏のように『殺す』と呟きながら、男は一方通行に向かって刃を振るう。
理性がない、故に理解することも出来ない。
今のこの男は、完璧に野生動物となっていた。
獲物を狩る為に、己の全力を出し切るだけのただのライオン。

「ライオンを狩る狩人か……いいねェ! 最っ高だよ!!」

一方通行は、この戦いを『楽しんで』いた。
遠慮なしに戦える相手ほど、望んていたものはない。
だが、彼の能力使用時間は限られている。
このままこの男と戦い続けていたら、恐らく四人目の刺客を相手する前にタイムリミットが来てしまうことだろう。

「さァて、そろそろ終わりにするとすっかァ……!!」

ドン!
地面を思い切り蹴り飛ばし、勢いをつけて男まで接近する。
男はそんな一方通行を撃墜しようと、その刃を構える。
そんな構え、一方通行の前で通用するわけがない。
一方通行の手は、そのまま男の腹部を貫いた。

「!?」

わずかに歪む男の表情。
だが一方通行は、構わず男の血の流れの『ベクトル操作』を行った。

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

ブシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
返り血を全身に浴びる一方通行。
勢いよく流れる男の血が逆流したことで、身体が耐えられなくなったのだ。
結果、破裂。
五臓六腑が辺りに飛び散り、地面を汚す。
それは常人が見ていたら間違いなく吐き気を催すような、そんなグロテスクな光景だった。
とはいっても、ここにいるのは戦闘慣れした者達ばかり。
特にアリスに至っては、果たしてどれだけの死体を目撃してきた頃だろうか(そもそも何人もの人を殺してきているわけであるし)。

「終わったんだね、お兄ちゃん♪」
「……まァな」

一方通行はチョーカーの電源をOFFにして、能力の使用を解除する。
残り能力使用時間は、約3分。
果たしてこの残り時間で、どれだけ戦うことが出来るのだろうか。

「アリス程強いわけじゃなかったんだな。我があの男と対峙していた場合は、どうなってたか分かったものではないが」
「そうだね。お兄ちゃんの能力があったからこそ、結構簡単に倒せたんだと思うよ」
「お褒めの言葉どうも」

面倒臭そうに言葉を返す一方通行。
そしてそのまま、二人を置いて前へ進んでいく。

「あ、待ってよお兄ちゃん!」
「……ハァ」

歩き始めてしまった一方通行の後を追い、その腕にしがみつくアリス。
そんな光景を見て、思わずゼフィアは溜め息をついてしまった。
地面に転がる死体と、少年にしがみつく10歳未満の純粋無垢な少女。
白いワンピースはあまりにもこの風景とは似合っておらず、明らかに浮いている。
……この光景を見るのも、一応は次で最後ということになる。
四人目の刺客を倒したら、次にこの世界に刺客が送り込まれるのはいつのことになるのだろうか。
そんなことを考えながら、ゼフィアは一方通行とアリスの後を追うのだった。



「ん……」

何度目の感覚だろうか。
ベッドの上で眠っている、この感覚。
上条はそれを全身で感じながら、目を覚ました。

「ここは……」

目を覚ますと、そこには見慣れた天井があった。
だから上条は、この場所が何処であるのかはすぐに分かった。

「はやての家、か?」

そう。
ここは八神家。
今ははやてのベッドの上に寝かされているという状態だった。
上条は今、男に殴られた所を重点的に、何枚ものシップが貼られている状態だった。
包帯を巻き、出血していた所はばんそうこうか何かで止血されている。

「目覚めましたか? 上条君」
「……シャマル、か?」

声のした方向―――つまり横を振り向いてみると、そこにはタオルを抱えたシャマルがいた。
恐らく、上条の治療を施したのもシャマルなのだろう。

「シグナムがボロボロになった上条君を抱えてきた時には本当に驚きました……ヴィータちゃんとはやてちゃんなんて、もう泣きそうな位でしたから」
「……すまなかった。心配かけたりして」
「いいんですよ。上条君が生きて帰ってきただけでも、十分です」

もしあのまま上条が命を落としてしまっていたとしたら。
果たしてはやて達は、どうなっていたことだろうか。
その想像をするのはあまりにも怖く、すぐに考えることを止めた。

「それにしても、仮面の男は何を考えていたんだろうな……」
「シグナムやヴィータちゃんからも話を聞きました。私達にとって敵なのか味方なのかは分かりません。けど、少なくとも闇の書の完成を望んでいることは確かでしょう」

シャマルの言う通り、仮面の男は恐らく闇の書の完成を望んでいる。
それがどういった理由から来るのかはともかく、邪魔しているわけではないようだ。
だが、上条は仮面の男の行動を許せなかった。
フェイトを後ろから奇襲して、リンカーコアをシグナムに蒐集させようとしたのだ。
そんなことをした仮面の男を、許せるはずもなかった。

「完成した闇の書を利用しようとしている、としたら話はつくんだけど……」
「完成した闇の書を奪ったところで、マスター以外の者は闇の書の力を使用することは出来ませんし……力を得た時点で、脅迫や洗脳に効果があるはずもないですし」

だから、闇の書を奪ったところで何の意味もない。
そのはずなのに、どうして仮面の男は闇の書を完成させようとしているのだろうか。

「まぁ、家の周りには厳重なセキュリティを張ってるし、万が一にもはやてちゃんに被害が及ぶことはないと思うけど……」
「一応、シャマルがはやての周りに居た方がいいだろうな。いつ敵が襲いかかってくるかも分からないし」
「シグナムにも言われました」

上条の身体を拭きながら、シャマルは言う。

「……ところで、ヴィータちゃんがこんなことを言っていました」
「ん? なんて言ってたんだ?」

少し暗い表情を浮かべて、シャマルはその時ヴィータが言った言葉を、そのまま述べた。

「『やっぱり闇の書を完成させてさ……はやてが本当のマスターになってさ……それではやては幸せになれるんだよね?』って」
「何言ってんだよ、アイツ……闇の書が完成すれば、はやてにかかっている闇の書の呪いも解かれるんだろ? だったらそれは、アイツの身体が治るってことに……」
「けど、ヴィータはちゃんはこうも言ったんです。『なんか大事なことを忘れてる気がするんだ』って」
「大事なことを忘れている……」

もしかしたら、ヴィータのその疑問はとても大切なことに繋がっているのかもしれない。
それが何なのかが分かったら、闇の書に関する秘密が何か分かるのかもしれない。
実の所、守護騎士という存在が居ながら、闇の書に関することはあまり詳しく分かっていなかった。
守護騎士達にも、覚えていないことがあったからだ。
例えば、主が闇の書を完成させた時のこととか……。

「それが何なのかは、俺にもお前にも、そしてヴィータ達にも分からないんだ。だから今は、はやての身体をなんとかする為にも、急いで闇の書を完成させる他ないだろうな」
「その通りなんですけど……」

上条とシャマルが暗そうな表情を浮かべながらそう呟く。
と、その時だった。

「当麻さん! 身体の方は大丈夫なん!?」
「トウマ! 目が覚めたのか!?」

どうやら上条が目覚めたことを誰かが二人に言ったらしく、慌てた様子で二人が部屋の中に入ってきた。
そのまま上条の横にやってくると、心配そうな表情で上条のことを見つめる。

「ああ。この通り傷だらけではあるけど、命に別条はねぇよ。心配かけて悪かったな」
「ホンマ当麻さんはいつもいつも心配ばかりかけさせてくれはるな……確か喧嘩に巻き込まれてボロボロにされてもうたんやって?」

上条ははやての言葉に少し驚くが、シャマルが目で『話を合わせて欲しい』と言ってきたので。

「あ、ああ。そうなんだよ。ソイツがあまりにも酷いことしたからムカついちまって……俺が介入したらこの様だ」

ある意味で、嘘は言っていなかった。
フェイトに酷いことをした仮面の男に対してムカついたのも事実だし、その男に戦いを挑んだのも事実だ。
その末にこんなにボロボロになってしまったことも、また事実。

「トウマは無茶してばかりなんだよ! そりゃあアタシだってトウマのことを頼ってるけどさ、もっと自分の身を大切にしてくれよ! トウマにもしものことがあったら、アタシ……アタシ……!!」

泣きそうになりながらも、ヴィータは訴える。
上条がいなくなったら、という恐ろしいIFを考えてしまったからだ。
それだけ、八神家にとって上条当麻という人物は重い存在になっていたのだ。

「……ありがとな、心配してくれて」

上条は上半身を軽く起こし、ヴィータとはやての頭に片方ずつ手を乗せ、優しく頭を撫でる。
少しくすぐったそうに、しかし気持ちよさそうに目を細めて、二人は上条の行動を受け入れた。

「本当に、当麻さんは心配ばかり……!?」
「ど、どうしたはやて?」

はやてが何かを言おうとした時、突然はやては胸の辺りを両手で抑え始め、苦しそうな表情を浮かべる。
そしてそのまま、車椅子から転げ落ちてしまった。

「!?」
「は、はやて!!」
「病院! 救急車!!」

ヴィータが慌てて叫ぶ。
せっかく上条が目覚めたというのに。
喜ばしき事態が起きたというのに。
どうしてこんな時に、病気ははやてのことを苦しめるというのだろうか。
これでは、はやてが救われないではないか。

「動かすな! そっとしておけ」
「う、うん」

いつの間にか人型になっているザフィーラが、はやての身体をゆするヴィータに制止の言葉をかける。
その間に、シグナムは電話を取り病院へ連絡をしていた。
シャマルは出来るだけはやての身体を動かさないように抱きあげ、上条は即座にベッドから抜ける。
誰もいなくなったベッドの上に、シャマルははやてを降ろす。
はやての身体からは汗が噴き出ている。
シャマルは新しいタオルを取り出すと、はやての身体を優しく拭く。

「無事でいてくれ、はやて……!!」

上条に出来ることはたった一つ。
はやてが無事でいることを、ただ祈るのみだった。



「『世界の調律師』に協力者がいる……それも、『この世界』の住人の中に、ということか?」

サリエナにそう告げたのは、ゲルだ。
サリエナからのヒントを元にゲルが導き出した答えは、こうだ。
『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』という世界における上条当麻という存在が、邪魔で仕方がないと思っている人物が『この世界』にいて、そしてその人物は上条がなのは達の世界に行き、物語を書きかえることを遺憾と思っている。
だからその人物は上条当麻を抹殺しようと、『世界の調律師』の過激派である『あのお方』とコンタクトをとり、行動に移させた。
自分から手を下すまでもなく、後は過激派の者達がなんとかしてくれるのを高みの見物で見ているだけ。
そんな者が、この世界にいるのだと考えていた。

「ええ、貴方が考えていることはまさしく正しいわ。この世界に、過激派に対する協力者がいるの。そしてその協力者は、本来の物語上の登場人物ではないけれど、『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』が作られたことによって世界に創出された、重要人物の一人よ」
「芹沢とかのように、本来ならクローズアップすら去れない筈の人物ってわけか」

世界が一つ作り上げられたことで、物語に深く介入してくる人物達も変わる。
『とある魔術の禁書目録』で重要人物だったはずの人物の中には、『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』が作り出した物語には何の関連性もなくなってしまった人物もいる。
それは『リリカルなのは』で重要人物だったはずの人物にも、同じようなことが言える。
そんな流れの中で、新たにその世界『のみ』が作り出した登場人物もいる。
今回で言えば、芹沢がその例だろう。

「そう。本来ならば本筋の物語に介入するはずのなかったものが、『世界の調律師』に深くかかわってきている……それはもはや異常事態を考えてもおかしくはないわね」
「それが異常事態かどうかはどうでもいい。とにかくその協力者とやらが『こっちの世界』にいるのであれば、ソイツをどうにかすればいいだけの話だ。まぁ俺から動くのは面倒だから、アイツらが何とかしてくれるのを待ってるけどな」

頭を動かし過ぎたせいで、ゲルは少し身体を動かすのがだるくなっていた。
だから肉体的な解決を、すべて他の者に任せたいと思うようになっていた。
実にどうでもいい話ではあるが、それでも彼にはこの位の休息が必要なのかもしれない。

「あらあら。貴方程の力があれば、結構すんなりとこっちの事件は解決するんじゃないかしら? 『リリカルなのはA's』の事件の方は、もはやここまで改変されたらどんな結末を迎えるか分かったものではないし」
「どうせそれでも闇の書の意思は復活する。そしてアルカンシェルをぶっ放して、それでハッピーエンドってわけだろ?」
「どうかしらね。この世界は果たしてその通りに物語が進行するのかしら」

笑顔を浮かべながら、サリエナは告げる。
思えばサリエナは、この笑みを崩したことがほとんどない。

「さぁな。そんなことはもう今となってはどうでもいい。どうせ俺の仕事はもう無意味だ。だったら後はこっちの方を片付けるだけでいい。はぁ……調書書くの面倒臭い」
「だったらサボってこっちに来ちゃえばいいじゃない。それなら破壊するだけで済むわよ?」
「魅力的な言葉だが、お断りだな。俺は破壊が嫌いだってこと、知ってるだろ?」
「ええ、面倒なことの次に、ね」
「違う。破壊することそのものが面倒なだけだ」

ゲルは心底面倒臭そうに、そう言った。
この男、実はとてつもない力を持っている、のかもしれない。
本当のところどうなのかは分からない。
だが、少なくともサリエナの認識だと、面倒臭がらなければそれこそ自分はすぐにでも殺されている、ということになっている。
つまりそれだけ、ゲルという人物は過激派にとって要注意人物でもあるのだ。

「ところで、貴方に一つ朗報よ」
「朗報だと? 不吉の予感の間違いじゃねえか?」
「まぁ貴方にとってはそうかもしれないわね……」

勿体ぶるように言葉を溜めて、それからサリエナは言った。

「過激派の中の……『正義の味方』が徐々に動きを見せ始めているわ」



「フェイトさんは、戦闘による魔力の激しい消費と、体力の消費によって倒れただけよ。リンカーコアに少し傷が残ったけど、異常はないそうよ」
「よかった……」

安心したように、なのはが呟く。
今、彼女達がいるのは時空管理局本局の会議室。
そこで、今回の事件に関することと、フェイトの容体についての話をしていた。
フェイトは今、本局の医務室にいる。
かつてなのはがヴィータに遭遇してシャマルにリンカーコアを蒐集された際に運び込まれた、あの部屋だ。
今はその部屋のベッドの上に、フェイトが寝かされている。
先の戦闘によって、彼女が傷ついてしまったからだ。

「アースラの稼動中で良かった。なのはの時以上に救援が速かったから」
「だね」

クロノの言葉に答えるように、アリアが言った。
既にアースラの修復が完了していたおかげで、フェイト救援が素早く出来た。
それは喜ばしきことである。

「2人が出動してしばらくして駐屯地の管制システムがクラッキングであらかたダウンしちゃって……それで指揮や連絡が取れなくて……ごめんね。あたしの、責任だ……」

悔しそうにエイミィが謝罪の言葉を述べる。

「んなことないよ。エイミィがすぐにシステムを復帰させたからアースラに連絡が取れたんだし」
「仮面の男の情報だって、きちんと残っているんだ。君は十分働いてくれたよ」

ロッテとステイルが、エイミィに労いの言葉をかける。
事実、彼女は十分すぎる程の働きをしていた。
ある意味では、エイミィの運が悪かったとしか言いようがない。
それに、指揮官がリンディだったとしても、同じような結果になってしまっていたかもしれない。
ましてやいきなり臨時で指揮官をやれと言われたエイミィに、完璧を求めるのはさすがに酷だろう。

「それにしても、変ですね……確か向こうで使っている機材って、本局で使っているものと同じシステムのはずですよね?」
「ええ、御坂さんの言う通り、なのはさんの世界に置いている機材は、こっちのと同じシステムで稼働しています」
「だとしたら、それはおかしくないですか?」

美琴の疑問は、核心をついているとも言える。
管理局で使われているものと同じシステムなのだとしたら、それだけ重要度も高く、その分セキュリティも高いはず。
それなのに、事件発生当時、何者かにそれをハッキングされた。

「防壁も警報も全部素通りでいきなりシステムをダウンさせるなんて……」
「……あり得ない、な」

エイミィの言葉を受けて、土御門が少し考えるように呟く。
彼は何かに引っかかっていた。
少し、話がおかしいのだ。

「ユニットの組み換えはしてるけどもっと強力なブロックを考えなきゃ」
「それだけ凄い技術者がいるってこと?」
「もしかして組織だってやってるかもね」

インデックスの疑問に対して、ロッテが答える。

「それにしても、シグナムというお方が最後に呟いた『すまない』って言葉……あれはどういう意味なんでしょう? あの殿方も連れていかれてしまいましたし」
「それに上条当麻は、フェイトのことを助け、仮面の男と対峙していた」
「悪役なのかそうじゃないのか……ますます分からなくなってきたわね」

白井とステイルの言う通り、シグナムはフェイト達に謝罪の言葉を述べたし、上条もまた、敵として彼女達と対峙していたわけではなく、むしろフェイトを助ける為に仮面の男と対峙した。
結果はともかく、これで少なくとも上条は管理局に対して敵意はないことが分かった。
だが、それでは何故上条は、守護騎士達の方についているというのだろうか。

「彼に何を言おうとも無駄ね……上条さんにも考えがありそうだけど、次に会った時は、戦いを挑まなくちゃダメかしら……」
「それは上条さんと戦う、ってことですか?」

リンディの言葉に驚くように、なのはが尋ねる。
彼女としては、上条とは戦いたくなかった。
いくら今現在敵側に位置しているとはいえ、彼に戦いを挑むことはできない。
彼を、傷つけたくないのだ。
それでも、管理局の司令官として、上条が敵意を示さなかったとしても、事件の捜査の妨害をしていないとしても、敵に居るからには何らかの行動を起こさないわけにはいかない。

「次に守護騎士達と一緒に彼が居た所を目撃した場合……それもやむを得ないと思います」
「そんな……」

なのはは思わず呟いてしまう。
もっとも、同じことをフェイトが聞いたとしても、やはり同じ反応が得られるのだと思われるが。

「アレックス、アースラの航行に問題はないわね?」
「ありません」

アレックスと呼ばれた男性局員は、リンディの問いに対してそう答える。
するとリンディは椅子から立ち上がり、

「では予定より少し早いですが、司令部をアースラに戻します。各員は所定の位置に」
「「「はい」」」

その場にいる、アースラの乗組員に指定されている者達が全員声を揃えて返事を返す。
彼らの返答を聞いた後で、リンディはなのはの方を向いて、

「それとなのはさんはお家に戻らないとね」
「あ、はい。でも……」

確かになのはは、家族に心配をかけさせるわけにもいかないし、今すぐ帰った方がいいだろう。
だが、気にかかることが一つある。
それは、未だに医務室で眠っているフェイトのことだ。

「フェイトさんの事なら大丈夫……私達でちゃんと見ておくから」
「……はい」

笑顔でそう言ったリンディに対して、なのはは渋々と言った感じで返事をする。
そんななのはの反応を見た後で、リンディは土御門達に顔を向けて。

「御坂さんとインデックスさん、そして白井さんの三人は、あそこのマンションで引き続き暮らしてもらうことになりますが……よろしいですか?」
「いいですよ。むしろそっちの方が、なのはの友達とかにも会えますし」
「アリサやすずかにも会いたいしね!」
「私も異論はありませんわ」

美琴とインデックスと白井は、引き続きあのマンションで暮らせることに対して少しだけ嬉しさを感じていた。
フェイトと一緒にいれないのは少し残念だが、それは仕方ないことだと割り切るしかなかった。

「土御門さん・ステイルさんの二人は、本局の無限書庫にて引き続き調査の方を依頼してもよろしいでしょうか?」
「構わない。もう少しユーノの手伝いをしたいと思っていたところだかな」
「僕も別に構わないよ。ここは少しばかり居心地が悪いからね」

皮肉気にステイルは言う。
彼にとってこのような場所はあまり好まない場所なのだろう。

「神裂さんは、引き続き『世界の調律師』関連の事件を任せても構わないでしょうか?」
「ええ。むしろ私はその為にこの世界に来ていますから」

神裂がなのは達の世界に来た目的は、二つの世界を跨いで発生している『世界の調律師』の過激派による事件を解決する為だ。
だからリンディがそのように申し出る方がおかしいと言えるのかもしれない。

「それでは今後、そのような方向で参りたいと思います。解散!」

リンディの号令の後、彼らは解散する。
部屋を出て行きながら、ステイルと土御門はこんな話をしていた。

「ステイル、今回のハッキングの件……どう思う?」
「管理局の本局と同じ位セキュリティのレベルが高いシステムを導入していたのだとすれば、外部からの犯行はばず無理だろうね。組織で行った犯行ならともかく、『世界の調律師』の何者かがやったとは少し考えにくい」
「やっぱりそう思うか……おかしいと思うんだよな。どうにも納得がいかない。外部からの組織絡みの犯行だとしても、これほどまで技術に優れた奴なんてそう簡単に現れるものじゃない。となると、考えられる可能性は一つ」

そして土御門は、その可能性の一つを、こう述べた。

「内部の人間に、犯人がいるってことだ」



場所は変わって、大学病院。
突然胸を抑えて苦しみだし、そしてそのまま倒れてしまったはやてを、上条達は病院に連れて行ったのだ。
そして、はやてのことをよく診てくれる医者である石田に状況を伝え、はやてを治療してもらった。
現在はやては、目も覚ましており、石田が聴診器で心臓の鼓動を聞いた後。

「もう大丈夫みたいね、よかったわ」
「はい、ありがとうございます」

石田の言葉に対して、はやては笑顔でそう言葉を返す。
それを聞いて、上条達はとりあえず一安心した。
ちなみに、ザフィーラは留守番の為ここには来ていない。

「はぁ……ホッとしました」

シャマルが心底安心したような表情を浮かべながら、そう呟く。

「せやからちょいめまいがして胸と手が攣ったって言うたやん。もうみんなして大事にするんやから」
「けどいきなり俺達の目の前で倒れたんだぜ? 驚くなって言う方が無理だろ」

はやては笑顔でそう取り繕うが、上条の言う通り、目の前で突然倒れられて、心配するなという方が難しいものだ。
はやてだって、目の前で上条が突然倒れたら同じような反応をするに違いない。
何しろ傷だらけで帰ってきた時だって、あれだけ慌てていた位なのだから。

「何かあってからでは遅いので」
「はやて、よかった……」

シグナムは相変わらずの無表情でそう言って、ヴィータは目から涙が出そうな勢いでそう言った。
はやてはもう一度、彼女達に笑みを見せる。
その後で、石田が言った。

「来てもらったついでにちょっと検査とかしたいから、もう少しゆっくりしといてね」
「はい」

とりあえずはやては無事に済んだので、後は多少の検査をして、今日は終わりにするつもりらしい。
はやてに対して笑顔でそう言った後、石田は上条達の方を向いて。

「さて、シャマルさん、シグナムさん、と、えっと……」
「あ、俺上条当麻です。わけあってはやての家に数日前から寝泊まりさせてもらってます」
「上条さんですね、分かりました。では三人共、ちょっと……」

少し上条に対して警戒していた石田だったが、上条の目を見て安心だと思ったらしく、シグナムとシャマルと共に廊下に出るよう言う。
思えば彼女と上条が出会うのは初めてのことであり、医者として上条の身体に包帯が巻かれている理由等を聞きたい所ではあったが、とりあえず今ははやてのことを優先的に考えることにする。
呼ばれた三人は、石田先導のもと、はやての病室より出る。
すると、石田の表情は少しだけ曇っていた。

「今回の検査では何の反応も出てないですが……攣っただけということはないと思います」
「やっぱりそうか。あれだけ苦しんでたんだもんな……攣っただけってのもおかしいし、そもそもめまいと攣りが同時に出る時点で、身体に何らかの異常が出てるに違いない」

普通なら、めまいと攣りが同時に発生することなんて、そうそうあることではない。
だから、はやての身体は少しずつだが弱まり始めているということに繋がる。

「麻痺が広がり始めているかもしれません、今までこういう兆候はなかったんですよね?」
「と思うんですが……はやてちゃん、痛いのとか辛いのとか隠しちゃいますから」
「確かにな……アイツ、みんなに迷惑をかけないように、辛いのを我慢する傾向にあるんだ。前にもう少し甘えてもいいって言ったんだけど、それでもアイツはやっぱり……」

痛いところを見せてしまったら、余計に心配させてしまう。
そう思っているらしく、これまではやては発作が起きたとしてもそれを隠してきていたのかもしれない。
それは上条達に分かる範疇の話ではない。
ましてや日頃からはやての家にいることがあまり少ない守護騎士達に、それを確かめる術はなかった。

「発作がまた起きないとも限りません……用心の為にも少し入院をしてもらった方がいいですね。大丈夫でしょうか?」

石田はシグナムに尋ねる。
彼女達の答えは決まっていた。

「はい」



その日の夕方。
病室にてはやてが入院することを報告したシグナム達。
その報告に、思わずヴィータとはやてが目を合わせていた。

「心配すんな。ただの検査入院だし、検査が終わったら家に帰れるみたいだからさ」
「いや、それはええねんけど……私が入院しとる間、みんなのご飯は誰が作るんや?」

瞬間。
病室の空気が一気に凍った気がした。
確かに、最大にして唯一の問題は、食事だ。
洗濯や掃除などの家事は、分担してなんとかしていけばいい。
だが、食事はどうだろう。
食事だけは、かなりの技能を有するし、そう簡単に事が運ぶものではない。
しかも、食事を取らなければ、いくら守護騎士とは言えエネルギーが足りなくなる。
人間である上条は尚更のことだ。

「それは、まぁ……なんとかしますから。私も頑張りますし……」
「シャマル、頼むからお前だけは絶対に包丁を握らないでくれ。俺がなんとかしてやるから」

懇願のまなざしで、シャマルにそう言う上条。
失礼な話ではあるが、シャマルの料理は殺人級だ(別の意味で)。
だから食べた瞬間、自分達の命が保証できるものでもない。
シャマルのプライドと、守護騎士達の命を守る意味でも、上条がこれから毎日食事を作って行くということで決定した。
それでも尚、はやては不安そうな表情を浮かべる。

「毎日会いに行くよ! だから大丈夫だって!」
「ヴィータはええ子やな……せやけど、毎日やのうてもいいよ。やることないし、ヴィータ退屈やん」
「う、うん……」

入院しているということは、それだけやることもないということだ。
そこに毎日お見舞いしに来たところで、ただ無駄に時間を過ごすだけになる。
そう考えたはやては、ヴィータにそう言ったのだ。
こんなときでも、はやてはやはり家族思いの優しい少女だった。

「まぁ、俺もちょくちょくヴィータと一緒にここに来るからよ。俺の不幸話でよかったらいつでも話してやるぜ」
「お? それはとても興味深い話やな。思えば当麻さんの話ってあまり聞いてこなかったから、楽しみにしてるで?」
「なんか逆に楽しみにされるのも、納得がいかねぇけどな……」

何しろ自分の不幸話を『楽しみにしている』と言うのだから、少しばかり傷ついてしまうものである。
とはいっても、はやてが笑顔を見せてくれるのであれば、こんな些細な不幸などどうでもいいと思っているのだが。

「そしたらウチは三食昼寝付きの休暇を過ごすわ……あ、あかん!すずかちゃんがメールくれたりするかも」
「あぁ、それでしたら私が連絡しておきますよ」
「うん、お願い」
「うん? すずか?」

シャマルとはやての会話を聞いていて、その中に登場した『すずか』という名前に上条が反応する。
上条の反応を見て、はやてが尋ねた。

「最近図書館で知り合った、紫色の髪の女の子なんよ。まさか当麻さん……気になるんか?」
「いや、多分ソイツは俺の知り合いでもあると思う。こっちの世界に来た時に、すずかの家の庭に入ったことがあるからな」

そこで『自宅に』と言わなかったのにはわけがある。
実はこの時上条はフェイトと共に行動をしていて、なのは達と共に正規に遊びに来たわけじゃなかったからだ。
つまり、不法侵入。
さすがにそこまではっきりと言えない為、言葉でお茶を濁したが、その部分に関してはあまり気にしなかったようで。

「……やっぱり当麻さんは当麻さんやな。知らないうちに女の子と仲良くなっとるし……」
「何回も聞くけどさ、『当麻さんは当麻さん』ってどういうことだよ!?」

天然フラグ体質上条当麻。
しかも本人は自覚なし。
女の子にとって、これほどまでに難攻不落な敵もなかなか現れるものではないだろう。
もっとも、そのおかげでこれまで上条は誰ともくっつかなかったわけなのだが。

「……えっと、そろそろ着替えを取りに戻るんだけど、いいかな?」

少し遠慮して、シャマルが上条にそう言う。
上条もはやてもまだ何か言いたげな表情だったが、そう言われてしまっては仕方ない。

「ああ、構わないぜ……じゃあな、はやて。また来る」
「楽しみに待ってるで……そして、次会った時は覚悟しときや?」
「何で少し怒ってんだよ!」

お前のせいだ。
守護騎士達は心の中で、揃ってそんなツッコミを入れていたそうな。



「ん……」

少しばかり身体が痛む中、フェイトは目覚めた。
目を開けて最初に見た光景は、自分のことを覗き込んでいるリンディの姿だった。

「フェイトさん、目覚めた?」
「リンディ提督……?」

あまりはっきりしない意識の中、フェイトはベッドから起き上がろうとする。
そんなフェイトの身体を、リンディは心配そうな表情を浮かべながら支えてあげる。
上半身がベッドから離れた段階で、ベッドに寄りかかるように寝ているアルフを見つける。
そしてようやっと、フェイトは意識が完全に覚醒したようだ。

「え? あれ……私……」

だが自分が置かれている状況まではよく分からないと言った様子だ。
辺りを見回して、それを確認している様子だった。
リンディが言った。

「ここはアースラの艦内。貴女は砂漠での戦闘中に背後から襲われて、気を失ってたの」
「!?」

そう。
フェイトはシグナムとの決着をつけようとした時、仮面の男に背後から襲われたのだ。
そしてその時、仮面の男にリンカーコアをむき出しにされた。
その時のことが、鮮明な記憶として頭の中に流れ込んでくる。

「幸いリンカーコアに小さな傷が残っただけで、蒐集はされてないみたいよ。すぐ治るって言うし、心配ないわ」
「え? 私……リンカーコアを蒐集されなかったんですか?」

意外な事実に、フェイトは驚きを見せる。
その理由を、リンディは笑顔を浮かべながらこう言った。

「上条さんが貴女のことを守ってくれたらしいの。『偶然』そこにいた上条さんが、ね」
「あっ……」

微かに覚えている記憶。
砂漠の中で、フェイトの意識が完全に闇の中に落ちる直前。

『フェイトを傷つけたテメェだけは、絶対に許せない!!』

その叫び声だけは、確かに彼女の耳に届いていた。
その前にも何か言っていたらしいことだけは覚えている。
けど、その言葉はフェイトの心に一番響いたのだ。

「上条さんはその後守護騎士に連れて行かれたけど、少なくともあの仮面の男との繋がりはなさそうね」
「そう、ですか……」

フェイトは安心すると共に、不安を覚えた。
もしまた仮面の男が現れたとしたら、上条はどうなってしまうのだろう。
自分を助けたことによって、命を狙われるのではないか。
それ以前に、まだ解決していない事項がもう一つある。
それは、『世界の調律師』の過激派の件についてだ。

「『世界の調律師』については安心して。調査の方は神裂さん達に任せているわ」

そうリンディが言った後で、フェイトは右手がぬくもりに包まれていることに気付く。
振り向いてみれば、リンディの手が優しく握られているのを見つけた。

「あ……」

思わず顔が赤くなる。
リンディはそんなフェイトを見て慌てて手を離し。

「あ、ごめんなさい。嫌だった?」
「いえ……嫌とかでは、その……」

嫌なわけがない。
人のぬくもり程、温かいものはないからだ。
彼女はそれを、上条で経験している。
だが、まだ慣れていないのだ。
ジュエルシード事件の時、フェイトは確かに上条に甘えてきた。
年が近かったからというのもあり、上条には素直に甘えることが出来た。
けれど、それでもフェイトは『母親に甘える』という行為を知らなかった。
家族になろうと言ってくれたリンディ。
フェイトはまだ迷っている。
そんな微妙な立ち位置にいる為、はたして本当にこのまま甘え切ってもいいのだろうかと、考え出してしまうのだ。

「少しうなされてたみたいだから……でも良かったわ。貴女が無事で」
「すみません……ありがとうございます」

フェイトは顔を赤くしたまま、上目遣いでリンディの顔を覗きつつ、軽く頭を下げて礼の言葉を述べる。

「学校には家の用事でお休みって連絡してあるから、もう少し休んでるといいわ」
「はい」
「お腹減ってるでしょ? 何か軽い食事と飲み物を持ってくるわね」

そう言って、リンディは椅子から立ち上がり、扉の所まで歩いて行く。
部屋を出る前に振り向いて、そしてフェイトに尋ねた。

「何がいい?」
「あ、いえ、そんな……」

フェイトは遠慮していた。
看病までしてもらったのに、そこまでしてもらうわけにはいかない。
そう考えていたからだ。
けれどリンディは笑顔で言う。

「いいから」

そしてフェイトは、伏し目がちにこう言った。

「えっと……お任せします」
「うん」

満足そうな表情を浮かべると、リンディは部屋から出ようとする。
そんなリンディを、フェイトが呼びとめた。

「あの!」
「ん?」
「なのは達は……?」

なのは達がどこにいるのか気になったらしい。
友達のことを気にするのは、当然のこととも言える。
フェイトの問いに対して、リンディはこう答えた。

「今はお家に返してるわよ。土御門さん・ステイルさん・神裂さんの三人はこちらに残ってるけど、御坂さん達はマンションの方に帰ってるわよ」
「そうですか……」

そしてリンディは、部屋から出て行った。
残されたのは、フェイトとアルフの二人だけ。
フェイトは優しくアルフの頭をなでる。

「ん……フェイト……」
「……フフッ」

アルフの寝言でフェイトの名前が呟かれた時、フェイトの頬は少し緩んだ気がした。



『ここまで分かったことを報告しとく』

無限書庫にて闇の書に関する情報を検索しているユーノは、その途中経過をアースラにいるクロノ達に報告することにした。
彼の周りでは、文献を読み情報を探っているアリアや、同じように一冊ずつ本を読んでいるステイルや土御門の姿もあった。

『まず闇の書ってのは本来の名前じゃない。古い資料によれば、正式名称は『夜天の魔導書』―――本来の目的は、各地の偉大な魔導師の技術を蒐集して研究するために作られた、主と共に旅する魔導書。破壊の力を振るうようになったのは、歴代の持ち主の誰かがプログラムを改変したからだと思う』
『ロストロギアを使って無闇やたらに莫大な力を得ようとする輩は、今も昔も居るってことね』

アリアが念話でユーノの後に続く。
この世界では、すでにジュエルシード事件が発生している。
その数年前に、闇の書に関する事件も発生している。
いずれもロストロギア関連の事件である。
莫大な力というものは、あるだけで人の欲望を煽る。
そして、周囲に残酷なまでの被害を与える。
それだけは、なんとしても避けたい事態でもあった。

『その改変のせいで、旅をする機能と破損したデータを自動修復する機能を舗装しているんだ』
『転生と無限再生はそれが原因か?』
『古代魔法ならそれぐらいはありかもね』

クロノとロッテが、アースラ内よりそう尋ねてくる。
ユーノは、文献を検索しながら答える。

『一番酷いのは、持ち主に対する性質の変化……一定期間蒐集がないと、持ち主自身の魔力や資質を侵食し始めるし、完成したら持ち主の魔力を際限なく使わせる……無差別破壊の為に』
『それじゃあまさか、歴代の主は闇の書を完成させたら……』
『ええ、すぐに……』

土御門がそのことに気付き、ユーノは言葉でその先をぼかす。
完成させた先に何があったのか、これ以上言わなくても分かってしまうだろう。
そう判断したからだ。

『停止や封印方法についての資料は?』
『それは今調べてる……だけど、完成前の停止は多分難しい』
『何故?』

完成する前にどうにかすること、それが一番の最善策だ。
だが、ユーノはそれは難しいと言った。
その理由を、こう述べる。

『闇の書が新の主と認識した人間でないと、システムへの管理者権限が使用出来ない。つまり、プログラムの停止や改変が出来ないんだ。無理に外部から操作をしようとすれば、主を吸収して転生しちゃうシステムも入ってる』
『なるほど……だから闇の書の封印は永遠に不可能と言われているわけか』

納得したように、ステイルが呟いた。
転生機能。
無限再生。
厄介なシステムを兼ね備えてしまった、ある意味被害者となった魔導書。
それが闇の書―――夜天の魔導書なのだ。

『元は健全な資料本がなんというかまぁ……』
『闇の書―――夜天の魔導書も可哀想にね』

ロッテとエイミィが、呟くように言った。

『けど、今は闇の書を完全に封印させるどころか、破壊する手段まである。上条当麻の右手さえ使えば、闇の書をどうにかすることが出来るんじゃ……』
『残念だが、カミやんはそれをすることを望まないはずだ』
『何?』

確かに、幻想殺し(イマジンブレイカー)さえあれば、闇の書を封印するどころか、破壊することまで出来る。
そうすれば、二度と闇の書絡みの惨劇が引き起こされることもないし、万事解決かもしれない。
だが、土御門は上条が自分から闇の書を破壊することはないだろうと予測していた。

『闇の書を破壊しちまえば、守護騎士達も消える。カミやんは今、闇の書の主の所にいる確率が高いんだ。それなのに今までカミやんは闇の書に触ろうともしていない。それが何故だか考えてみれば、一発で答えは導き出せるんじゃないか?』
『つまり、主は悪い人間じゃない……? そして、守護騎士達が消えることを望んでいない?』
『そう。主と守護騎士達が何か特別な絆で結ばれていて、その絆を断ち切りたくないから、カミやんは今の今まで闇の書を破壊していないんだ。もっとも、闇の書と守護騎士が分離しちまえば話は別だろうがな」

前にも述べた通り、闇の書と守護騎士達はリンクしている。
闇の書が新たなる主に移行すると共に、守護騎士達もまた新たなる主を守る守護者となる。
つまり、闇の書と守護騎士達は一心同体と言ってもいい存在なのだ。

『とにかく、そういうことだ』
『……捜査の報告は以上か?』

悔しそうな声をにじませながら、クロノはユーノに尋ねる。

『現時点では……まだいろいろ調べてるところ。でもさすが無限書庫……探せばちゃんと出てくるのが凄いよ』
『俺達にとっては、お前のその検索機能の方が凄いと思うけどな』
『確かにそれは言えてるよね』

土御門とアリアからの的確なツッコミが入る。
事実、ユーノの情報検索能力は素晴らしい。
神懸かっていると言ってもいい位だ。

『じゃあ、すまないが四人共、引き続き頼む』
『『『『了解』』』』

クロノの言葉に対して、四人は声を揃えて返事をする。
その後遅れてアリアがこう言った。

『あ、ロッテ後で交代ね?』
『OK、アリア』

そして四人は、再び闇の書に関する情報検索を始めたのだった。



海鳴市のとあるマンションの一室にて。
部屋の中で、美琴とインデックス、そして白井の三人は話をしていた。
臨時指令室であったこともあり、そこにはまだ撤去されていないモニターとかが用意されている。
こちらのモニターにも、なのはやフェイトのことを襲った仮面の男の映像が残されていた。

「それにしてもこの男……少しおかしいかも」
「どういう意味ですの?」

話しているのは、その男について。
インデックスが問題提起をするという形で、この話は始まった。

「なのはとフェイトは二人とも違う世界に行っていたはずなのに、どうしてあんなにも早く移動することが出来たのかな?」
「エイミィさん曰く、2つの世界は最速でも20分はかけないと転移出来ない距離らしいわね。なのはの攻撃を防いで、私の居所の近くに攻撃を放った後、なのはにバインドをかけて逃走」
「そのわずか9分後にはフェイトに気付かれずに背後から近づき……奇襲。確かにおかしいですわね」

彼女達が違和感を抱くのはたった一点。
行動がすべてにおいて、速過ぎる。

「それだけの使い手ってことにすれば一番話が通じるのですが……」
「いくら異世界の魔導師だからと言って、ちょっとあり得ない話かも。私もそんなに速く移動する手段を知らないんだよ」

そもそもインデックスが知っている魔術の世界に、長距離転移術式というのがあまり存在しないのだ。
上条達が目の前で見てきたものだって(実際には発生する前に食い止めたのだが)、天草式のものであり、しかも時間が限られている。
それに魔術師だって不可能なことが多い。
今回の件に関しても、魔術師側から見たら不可能だとするしかなかった。

「同じ世界の別の場所に転移するのならともかく、別世界へ転移するとなると話が随分変わって来ますわね」
「……普通ならここで犯人は二人以上いると考えるのが妥当だけど……」

臨時指令室へのハッキングの件も含めて、美琴は組織の犯行だと見ていた。
だが、白井はそれを否定した。

「組織で行うにしても、同じ人物が二人もいるなんて考えにくいですわね。仮面を被っていることから素顔が分かりませんから、その仮面だけを同じものにしてしまえば、後は別の誰かが二つの世界に居座ったとしてもおかしくはない話ではありますが……それにしては姿形が似過ぎてません?」
「というより、同一人物かも」

二つの世界に現れた、仮面の男。
どう見てもそっくり、と言うよりは同一人物という言葉がぴったり当てはまる感じだ。
それこそ、別人が成り済ましたの説明では過不足すぎる程だ。
どんなに物真似が得意な人物でも、背丈までは似せられないものだ。
だがこの仮面の男は、体格まで似ている。
というか、ほぼ同じだ。
モニターということもあり多少の誤差は生じるが、それでもここまでほぼ同じということは、もう同一体と認める他ないだろう。

「信じられないけど、私達の敵は相当強いってことは確かみたいね」
「不幸中の幸いとして、仮面の男は『世界の調律師』との関連が希薄ということだけですわね」

もしあれほどの敵が『世界の調律師』に所属しているのだとしたら、美琴達だってどのような目に遭っているか分からない。
つまり彼は別の目的があって行動しているのであって、その裏で起きている事件とは何の関連性もないということになる。
そこは安心していい点とも言えよう。

「とにかく今は、事件がやってくる前に何をしたらいいか考えるのが一番ですわね」
「そうね……」

その後、三人は数時間に渡り話し合いを続けた。
だが、一連の事件に対する有効な手段を見つけることは、出来なかった。



次の日の朝。
キッチンに立ち、上条が守護騎士達の分の弁当を作っていた。
前日からシャマルが必死に料理をしたいとアピールしてきたが、何とかそれを封じ込め、こうして台所に立つことが出来た。
はやてが家にいない今、料理が出来るのは彼くらいしかいない。
はやて程うまい料理は作れないが、それでも十分美味しいと言わせる自信はあった。
……メンバーがメンバーなだけに、仕方ないことではあったが。

「あ、すずかちゃん」

不機嫌そうに上条の料理している風景を眺めていたシャマルが、はやての携帯が鳴っているのを発見する。
相手はシャマルが言った通りすずかであり、どうやらメールが届いたようだ。

「ん? メールか?」
「はい。読んでみますね……えっと」

メールには、こう書かれていた。

『シャマルさんへ
こんにちわ、月村すずかです。今日の放課後、友達と一緒にはやてちゃんのお見舞いに行きたいんですが……行っても大丈夫でしょうか?』

シャマルはすずかに、はやてが入院したことを既に報告している。
だからそれを心配してお見舞いに行きたいとすずかが言ったことも、納得がいくことだった。

「相変わらず優しい奴だな、すずかは」
「本当ですね……けど、あまりはやてちゃんの前ですずかちゃんのことをべた褒めしない方がいいと思いますよ?」
「え? なんでだ? はやてにとってすずかは友達なんだろ? 友達が褒められることはいいことじゃないのか?」
「……鈍感もここまで来ると罪ですね」

ボソッとシャマルが呟いたが、やはり肝心な部分は上条の耳には届かなかった。
呆れながら携帯を操作していると、次の瞬間にシャマルは目を大きく見開いていた。

「どうした? シャマル」

気になった上条は、一度料理の手を止め、シャマルの所まで近づいてくる。
携帯には、すずかから送られたと思われる画像が映し出されていた。
少女四人が、『早くよくなってね』と書かれた紙を持ち、笑顔を見せている光景だ。
その中には、当然すずかの姿もある。
……だが、驚いたのはそこではなかった。

「なのはとフェイトまで写ってる……」

当然と言えば当然の話だ。
すずかの友人ということは、アリサやなのは、そしてフェイトがいる。
そして彼女達が写真に写っていることも、決しておかしいことではない。
……だがシャマルは、すずかの友人の中になのはやフェイトがいることを知らなかった。

「い、急いでシグナム達に報告しないと……!!」
「え? そんなに急を要することなのか?」
「当然じゃないですか! 私達は敵同士なんですよ?」
「……ああ、そう言えばそうだったな」

今の今まで忘れていたが、なのはとフェイトは、守護騎士達にとって敵対する関係だ。
つまり、もしなにかの拍子ではやてが闇の書の主だということがバレてしまったらどうなる……?

「私はすぐにシグナムに連絡を入れます。上条さんは今すぐ出掛ける準備を!」
「落ち付け! すずか達がはやての病室に見舞いに来るのは放課後だ! まだまだ時間はある!」

慌てているシャマルを、どうにかなだめようとする上条。
タイムリミットは後5時間前後。
それまでに、どうにかしなくてはならなくなってしまったのだった。



はやてが入院している病室の扉が、トントンという音を鳴らす。
誰かが扉をノックしたのだろう。

「は~い、どうぞ」

はやてが扉の向こうにいる人物―――正確に言えばドアの向こうにいる人物『達』に声をかける。
するとすぐに扉が開かれて、そこから四人の少女が入ってきた。

「「「「「こんにちは~!」」」」」

入ってきたのは、すずか・アリサ・なのは・フェイトの四人。
はやてはすずか達が入ってきたことにより、途端に表情が明るくなる。
これほどまでにぎやかな日は、久しぶりだったからだ。

「こんにちは! いらっしゃい!!」

笑顔ではやては四人に言う。

「お邪魔します、はやてちゃん。えっと……この後まだ三人程来る予定なんだけど……大丈夫?」

すずかが言った三人とは、美琴・インデックス・白井の三人だ。
彼女達は別の用事があるらしく、ちょっと遅れてはやての病室に来るそうだ。
ただでさえ賑やかなのに、これ以上人が増えるとむしろ大騒ぎになりそうなので、先にすずかは尋ねておくことにしたのだ。
するとはやては、

「全然構わへんよ! むしろ楽しくなりそうや!」
「そっか……よかった……」

はやての笑顔を見て、すずかは安心する。
恐らく、はやては遠慮しているわけではない。
本当に楽しくなりそうだから、ワクワクしているのかもしれない。
まだ見ぬすずかの知り合い。
一気に友達が増えそうな気がして、楽しみなのだ。

「あ、みんな座って座って~」
「ありがとう」

はやてはベッドの横に用意されている椅子に、フェイト達を座らせる。
代表してフェイトがお礼の言葉を述べ、四人は椅子に座った。
……残念ながら後三つの椅子は用意されていない為、インデックス達は自然と立つ形になってしまうが、まぁ仕方ないだろう。

「コート掛けはそこにあるから」
「分かった!」

アリサが返事をしながら、コートを掛ける。
季節が冬ということもあり、なのは達はコートを着てきていた。
けれど、病室の中は暖房がついている為温かい。
なので、なのは達はコートを掛けることにしたのだ。

「あ、これ家のケーキなの」
「そうなん?」

コートを掛けてから、なのはが箱に入ったケーキをはやてに差し出す。
もちろん翠屋で作られた手作りのケーキだ。

「凄く美味しいんだよ~」
「めっちゃ嬉しいわ!」

アリサが称賛した通り、そのケーキはとても美味しい。
その美味しさは、インデックスがホールを何十個も平らげてしまった位だ(さすがに食べ過ぎだと言うことである程度ケーキ代を支払う為にバイト紛いなことをさせられたが、それはまた別のお話)。
はやてはそんな評判を聞いて、とても嬉しそうな表情を浮かべながら、そう言った。

「「……」」

そしてそんな様子を扉の外から監視する、何やら怪しげな人物。
扉を少しだけ開いて、中の様子を窺っているその人物は、傍から見たらただの不審者でしかない。
特徴は、黒いコートを身に纏い、サングラスをかけた女性。
言うまでもないが、シャマルだった。

「先輩! アンパンと牛乳買ってきました!」
「シッ! 彼女達にバレたらどうするの?」
「はっ! すみませんでした」

シャマルの背後にやってきたのは、片手にアンパン二つと紙パックの牛乳二本が入った紙袋を持った、茶色の帽子を被り、帽子の色と同じサングラスをかけている、高校生位の少年だった。
……帽子から少しツンツンとした黒髪が出てる辺りから、容易にその人物が上条当麻であることは推測出来る。
上条はその袋の中からアンパンと牛乳を一つずつ差し出そうとしたが、声が少し大きかったため、シャマルに指摘され、小さな声で謝罪の言葉を述べた。
……何故この二人は刑事ドラマ風の小芝居をしているのだろうか。
もしこの場に別の守護騎士がいたとしたら、本当にはやてのことが心配なのか少し不安に思えてきそうな光景だ。
もっとも、シャマル自身本当にはやてのことが心配であり、これはある意味でシャマルの心を落ち着かせる為のものでもある。
そうでもしないと、今すぐに突入してしまいそうな雰囲気だからだ。

「マルタイの様子はどうです?」
「今の所は何の心配もなさそうね。むしろ楽しそうに笑ってるわ」
「なるほど……よほど友人達と会話出来ることが嬉しいんですね」
「そうね。けどいつ相手が動くか分からないわ。マルタイに危害が及ばないように、しっかりと監視を続けるわよ」
「了解です」

アンパンを食べ、牛乳を飲みながら二人は会話をする。
ところで、ここは病院だ。
いくら病室ではないにしろ、ここは人が何人も通る廊下だ。
つまり、何が言いたいのかと言うと。

「……何、してるんですか?」

こんな感じで、誰かに見つかってしまうということだ。

「「え?」」

二人は揃って後ろを見る。
そこには、何やら困ったような笑顔を浮かべている石田の姿があった。
二人の行動を見て、どう反応したらいいのか分からなくなってきているのであろう。

「あ、えっと、これはですね、その……私の心を落ち着かせる為に上条君と一緒にやっていた芝居というか、その……ご協力ありがとうございました、上条君!」
「いえいえ、こちらこそ! 結構楽しかったですし、えっとそれでですね、その……」

混乱して、何言ってるのか分からなくなる二人。
そんな二人を見て、石田は思わず吹き出してしまった。

「えっと……とりあえず中に入ってしまえばいいじゃないですか……というのは禁句みたいですね」
「は、はい。ちょっとした事情が……」
「フフッ♪面白い方々ですね」

そのまま笑みを浮かべながら、石田が言った。
シャマルと上条は、恥ずかしさと照れから、顔が少し熱くなってくるような感覚を得る。

「少し歩きましょうか? 何を心配しているのかは分かりませんんが、恐らくはやてちゃん達なら大丈夫ですよ」
「……そうですね」

シャマルは石田の言葉に納得し、変装を解く。
上条も帽子を取りサングラスを外し、とりあえずアンパンと牛乳は最後まで食べつくした。
無論、シャマルも同じように食べつくし、袋の中にごみを入れて、歩いている途中にあったゴミ箱の中に袋ごと入れてしまった。
そして三人は待合室まで移動し、そこで話し始めた。

「変な言い方かもしれないですが……はやてちゃんの主治医として、シャマルさん達には感謝しているんです」
「私達に……ですか?」
「もちろん、上条さんにもですよ」
「俺にも、ですか?」

シャマルと上条は目を見開いて、そう尋ねる。
石田は笑顔でこう続けた。

「皆さんと暮らすようになってからはやてちゃん、本当に嬉しそうですから」

事実、はやては守護騎士達や上条と一緒に暮らすようになってから、笑顔になる回数がとても多くなった。
以前まで一人ぼっちだった彼女にとって、家族や大切な人がいる温かい暮らしというのは、とてつもなく幸せで、そして楽しいのだ。
何より上条が再びはやてに会いに来てくれたことは、この上ない奇跡(しあわせ)だった。
一時はもう会えないかと思っていただけに、この奇跡はとてもありがたいものであった。

「はやてちゃんの病気は正直難しい病気ですが、私達も全力で戦ってます。その中で一番辛いのははやてちゃんです。でも皆さんやお友達が支えてあげることで、勇気や元気が出てくると思うんです。だから支えてあげてください……はやてちゃんが病気と戦えるように」
「……はい」

石田の優しい言葉に、シャマルの目からは思わず涙が流れてきた。
上条は、シャマルの横で優しげに微笑んだ。
……ちょっとしょっぱい空気になってきたが、そんな空気などお構いなしに。

「……とうま?」
「!?」

彼女達が、現れた。
シャマルは咄嗟にサングラスをつけて、事なきを得る。
その一方で、彼女の言葉に振り向いてしまった上条は、何の動作も取ることが出来なかった。
石田は彼女達の雰囲気を見て、シャマルを連れて別の場所へ行く。
簡単に言えば、その場から逃げたのだった。

「どうしてアンタがここにいるのよ。確かにアンタちょっと傷だらけだけど、すでに治療した後があるみたいよ?」
「えっとですね、これには事情があって……そう! この前言ってた奴が、ちょっと倒れちまってさ。だから一時的に検査入院って形で入院してるんだよ。だから俺はそのお見舞い。ついさっきまでその主治医と話をしてた所だったんだよ」

説明が足りない部分があるが、これはまぎれもなく事実だった。
嘘は言っていない。
だが、上条の言葉を聞いて白井は少し疑問を抱いたようで。

「何だか私達が今日見舞いに来た相手と事情が似てますわね……」
「確かすずかが言うには、家の中で倒れて、検査入院の為に少しだけ入院するってことだったよね?」
「ええ、そうね……ちょうどコイツの話と同じように」

白井はともかく、インデックスと美琴の周囲に、黒いオーラが纏っているように見える。
恐らくそれは上条の気のせいなんかではない。
彼女達は徐々に怒りを見せ始めているのだ。

「えっと……それは奇遇でせうな」
「アンタ……その知人の名前、言ってみてよ」
「え?」

ドスの利いた声で尋ねてくる美琴に、上条は思わずビクッとしてしまう。
美琴の後を、これまた同じく怒りを露わにしているインデックスが続けた。

「私達が今日お見舞いに来たのは、『八神はやて』って言うんだよ。とうまは今日、誰のお見舞いに来たのかな?」

上条が今日見舞いに来た人物ということは、すなわち上条が今現在気にかけている女の子ということになる。
これに対するイコール関係はすでに完成していて、さらに言ってしまえば、上条と守護騎士の関係もすでに結びついているということは。

「もしかして、はやてが闇の書の……」
「さらば二人共! 上条さんはこれにて失礼する!!」

上条当麻、逃走。

「逃がしませんわよ?」

しかり白井に回り込まれた!
上条当麻は後ろを向いて再び逃走。
だが進行方向に美琴とインデックスがいる。
逃げることが出来ない!

「待ってくれ! 分かった、話をしてやるから!!」

身体中に電撃を走らせる美琴を見て、上条は慌ててそう言った。
ただし、こう前置きを置いて。

「ただ一つ条件がある……このことは、なのは達には言わないでくれ。俺ははやてもなのは達も傷つけたくないんだ」
「傷つけたくないんだったら、隠さずに前に出して言いなさいよ」
「……そのことも含めて話す。これははやての身を守る為でもあるんだよ」

そして上条は、自分が知っているすべてのことを話した。
闇の書の主がはやてであること。
はやてが守護騎士達のことを家族と思っていること。
闇の書の呪いによって、はやての身が段々蝕まれていること。
守護騎士達に、魔導師を襲わないでくれと懇願したこと。
はやてを助ける為に、今まで守護騎士達の手伝いをしていたこと。
それらすべてを、今告白した。

「なるほど……それで貴方は、今の今まで管理局には何も言わずに、守護騎士達の所にいたんですのね?」
「ああ。あの時『機械』の不調であっちに飛ばされてよかったよ……何も知らなければ、俺はアイツらの邪魔をして、勝手にはやての身体を崩壊させちまうところだった」

もしあの時闇の書の持ち主がはやてだということに気付かず、家族同然と思っている守護騎士達の存在を消してしまっていたとしたら、はやては二度と立ち直れなかったかもしれない。
はやてがあれだけ笑顔を取り戻したのも、守護騎士達と共に過ごしてきた半年間があったおかげだ。
それがたった一瞬で壊されてしまったら、本当に彼女は笑わなくなっていたかもしれない。
上条はそれが怖かったのだ。

「とうまははやてを守る為に、今まで何も言わずに隠してきたの?」
「……そうだ。もし管理局に捕まったりしたら、はやての命を救えなかったかもしれない。けど、もうすぐはやての命を救えるかもしれないんだ。だから、今は黙って見逃してくれ……」

上条は頭を下げて、三人に言った。
さすがにこれには驚いた。
上条が頭を下げることはそんなに少なくはない。
むしろ多いと言ってもいいだろう。
だが、これほどまで真剣に頭を下げるのはそんなに多くはない。
それだけ上条は、はやてのことを大事に思っているのだろう。

「……分かったわ。今回だけは見逃してあげる。けど、次になのはがアンタに会った時は、戦いになるかもしれないわよ」
「分かってる。それは覚悟の上だ」

上条はそう告げると、美琴達の方を振り向かずに病院から出て行った。
美琴は、上条の後ろ姿を見ながら。

「アイツ、本当にお人好しね」
「そうですわね……もうここまで来てしまったら、後戻り出来ないのでしょう」
「ねぇ、とうまに言わなくてよかったの?」

インデックスが二人に尋ねる。
彼女達は、闇の書に関する情報をある程度把握している。
闇の書が完成した時、その主がどのような末路を辿るのか。

「……アイツも、そのことは知ってるはずよ。だからアイツなりに何か考えてると思う」

美琴はそう呟いて、はやての病室に向かって歩き出す。
……だがこの時、上条はまだ気付いていなかった。
歴代の主の、闇の書を完成させた時の末路を。
守護騎士達の、末路を。



「……へぇ。アイツ、雑魚の癖によくやるじゃん」

学園都市第七学区、某所屋上にて。
一人の男が、そう呟いていた。
彼は今、屋上に立ち、右手を前に出して、何かを見ている。
その右手には、何やらモニターらしきものが浮いていて、そこには誰かが戦っている場面が映し出されていた。

「ゼフィアも成長したねぇ。アリスの奴、ヒョロヒョロの仲間になりやがって……まったく、後処理させられるこっちの身にもなれってんだ」

男は四人目の刺客。
すなわち、一方通行が相手をする最後の男だ。

「俺がこっちの仕事についててよかったぜ……裏切り者にも粛清が出来るし、感謝感謝」

男はアリスを粛正するつもりだ。
過激派を裏切った者に対して、死をもって償わせようとしているのだ。

「さぁて、存分に殺せる時が来たみたいだ……アイツの撃退方法だって知ってるし、不敗伝説もこれにて終わるぜ、一方通行(さいきょう)」

男はそう呟くと、モニターを消し、その場から歩き去って行く。
そして彼は向かう。
裏切り者を粛正する為に。
この世界を、壊す為に。



そして、今回の話のオチ。

「ところで、すずかちゃんに一つ聞きたいことがあるんやけど……ええか?」
「ん? なにはやてちゃん?」

上条とシャマルがいなくなった後、美琴とインデックス、そして白井の三人も合流した。
そうしてしばらくはいろんなことを話して過ごしていたのだが。
ふと、はやてがすずかに尋ねてきた。

「当麻さんって、知っとる?」
「「「「「「「!?」」」」」」」

七人全員が、驚いたような表情を見せた。
美琴・インデックス・白井の三人は、ここに来る前にある程度の事情は聞いている。
だからそこまで驚くことはなかったのだが、それでもすずかに対してそんな質問をしてきたはやてが意外だったのだ。

「うん、知ってるけど……上条さんがどうかしたの?」
「それより、どうしてはやてちゃんが上条さんのこと知ってるの?」

てっきりなのは達は、はやてと上条とは何の接点もないと思っていた。
だからはやての口から『上条当麻』の名前が出るなんて思ってもみなかったことだったのだ。

「半年以上前に、図書館で当麻さんに会ったことがあるんよ。以降、色々お世話になったり、お世話したりしてんねん」
「……ちょっと待ってね、はやてちゃん」

なのはは状況を整理する。
半年以上前と言うと、ジュエルシード事件の真っただ中だ。
その時、上条は何回かフェイトの所にもなのはの所にも帰らない時があった。
確か『機械』を使って一人で何処かに行った時もあった。
それはつまり……。

「……当麻、まさかそんな前からはやてのことを……」
「アイツ……やっぱり一回殺した方がいいかしら?」

フェイトが呟き、美琴があからさまな殺気を見せ始める。
電撃をバチバチと飛ばしていることから、彼女がどの程度怒っているのかが窺えた(注:ここは病室です。電気の取り扱いには注意しましょう)。

「とうま……やっぱりあの時頭噛みちぎっておけばよかったかも」

今更ながら、上条を逃がしてしまったことを後悔するインデックス。
上条は、自分の命が結構理不尽な理由で狙われているとは、まだ知らない。



次回予告
上条とはやての関係がバレそうになるも、何とかごまかすことが出来た上条。
だが、そんな日々にとうとう終わりがやってくる。
なのは達の世界のクリスマス・イブの日、物語は一気に加速する。
物語はまさしく、誰もが望まない形に向かおうとしていた。
そして一方通行の元にも、最後の刺客が放たれて……。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『惨劇の夜(クリスマスイブ)』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] A's『闇の書事件』編 12『惨劇の夜(クリスマスイブ)』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/05/15 14:55
着々と近づいてくる、奇跡の夜(クリスマスイブ)。
賑やかになるはずの八神家には、上条とシャマルの二人だけしかいなかった。
理由は単純なもので、シグナムやヴィータ、ザフィーラが出払ってしまっているからだ。
これもすべて、管理局の追跡を逃れる為。
……管理局を完全に振り切りたいのであれば、どうして上条を連れて行かないのかという疑問も湧いてくるが、彼がはやての家にいないと、守護騎士達が帰って来ない時よりも深い悲しみを覚えてしまうからだ。
それに、以前ヴィータと約束した、『ヴィータ達のそばにいてやる』という言葉を忘れたわけではない。
彼は家で彼女達を待ち、そして彼女達が帰ってきた時に、笑顔で迎え入れてやろうと考えているのだ。

「シグナム達がこっちに戻らなくなってから、管理局がしつこく追ってくることもなくなった」
『そうか。ならよかった』

そして今、上条がシグナムに色々と報告している所であった。
シャマルは今、この部屋にはいない。

『主はやては……寂しがってないか?』

シグナムは申し訳なさそうにそう尋ねる。
はやてにとって、自分達がどれほどの存在なのか彼女は理解しているのだ。
自分達の行動が、はやてを悲しませていることも。
だが、はやての身の安全を保障する為には、こうするしかないことも。

「俺達には何も言って来ないけど、本当の所は分からない。はやての友達はよく見舞いに来てくれるし、そこまで寂しいってこともないだろうけど……」
『そうか……だがこれ以上心配させるわけにはいかない。数日中に戻る』
「ああ、そうしてやってくれ。何しろ後二日で、クリスマスイブだからな」

そう言うと、上条は電話を切った。
そう、クリスマスイブまでは後二日。
そんな奇跡の夜に、三人だけで祝うなんて少し寂し過ぎる。
だから、この日までにはシグナム達には一度帰宅してもらいたかった。

「ふぅ……」

自然と溜め息がついてしまう。
久しぶりの、一人の時間。
シャマルは現在入浴中なので、この部屋にはいない。

「闇の書事件、『世界の調律師』の過激派……」

この世界は、いろんな事件に巻き込まれ過ぎている。
もっとも、それらの事件は単なる序章にしか過ぎず、本当に恐ろしい事件はまだまだ先に待ち受けているのだが。
上条はこちらの世界に来ている為、学園都市で血生臭い殺し合いが起きていることを知らない。
もしかしたら自分もそんな事件に巻き込まれてしまう可能性もあることを知らない。
とにかく彼は、知らないことだらけであった。

「過激派が何を考えているのかなんてどうでもいい。あの仮面の男の目的が何なのか分かんなくたっていい」

ただ、と述べて上条は言葉を繋げる。
それは上条当麻の、意思表示。
あるいは、改めて行われる、宣言。

「けど、ソイツらのせいで誰かが危険な目に遭っているというのなら、俺は戦う。ソイツらが抱く野望(げんそう)を、ぶち殺す」

彼が戦う目的はたった一つ。
誰かを守る。
すべてを守る。
困っている人に、手を差し伸べる。
彼の周りの小さな世界を、守る。
それらの目的の為、彼は戦う。
と、そんな決意表明をしている時だった。

「キャッ!」
「!?」

風呂場の方から聞こえてきた、シャマルの悲鳴。
それを聞いて、上条は咄嗟に風呂場まで身体を動かしていた。
何かあったのか。
敵に襲われたのか。
あるいは、管理局に拘束されたのか。
いずれにせよ、あまりいいことがあったとは思えなかった。

「大丈夫か! シャマル!?」

上条は勢いよく扉を開けはなった。
しかし、シャマルの身に何かが起きているわけでもなく。

「え、ええ。ちょっとお湯が水になったことに驚いただけですから、特に問題はあり、ま、せん、が……」

最後の方がとびとびになる。
……現在二人が置かれている状況を把握してもらいたい。
上条は慌てて入ってきた為に、きっちりと目の前の光景を目に焼き付けている。
一方のシャマルは、現在シャワーを浴びていた為に、何も身に纏っていない状態。
簡単に言ってしまえば、裸ということになる。
それが何を意味するのか。

「……オウ。ザットイズベリーベリーグラマラスボディ」
「き……キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「あぶっ! 不幸だぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

相変わらず彼の不幸(ラッキースケベ)は、健在のようだ。



一日経過して、本日は12月23日。
だからと言って上条当麻達が本来住んでいる世界がその通りに動いているのかと尋ねられたら、そうではないと言う他ない。
あくまでこれは、なのは達の世界の時間軸での話だ。

「はい、どうぞ」

現在、フェイトを含めた美琴達は、なのはの家に厄介になっている。
さすがにマンションに居るメンバーの中で料理が出来る人が一人もいなかったので、こうしてお世話になっているということだ。
桃子お手製の料理は、彼女達を堪能させるには十分すぎる程だ。
特にインデックスは彼女の料理がとても大好きで、もう何十杯もおかわりしてしまう程だ。
そのおかげで高町家の家計が火車となったことは、今はもう昔の話……いや、現在進行形であるのかもしれない。

「フェイトちゃんは、今年のクリスマスイブはやっぱりご家族と一緒なのかい?」
「はい、えと……一応」

士郎がそう尋ねると、フェイトは少し顔を赤くしながらそう答える。
まだ多少の照れが残っていると共に、頭の中では少しばかりの寂しさもあった。
もしこの日に母親であるプレシアがいたら。
考えても仕方のない『IF』の話ではあるが、それでもそんなことを考えざるを得ない。
それに、上条のことだってある。

「もしかして、本当は上条君と一緒に居たかったとか思ってる?」
「「!?」」

明らかに反応を見せるフェイト。
それと、何故かなのはまで過剰な反応を見せていた。
そんな二人の反応を見て、美琴とインデックスは思わず心の中で『またか……アイツは』と呟いていた。

「なのはとフェイトの身の安全のために言っておきますけど、あの猿人類は止めておいた方がいいですわよ。見ての通りの女ったらしで、お姉様に危害を及ぼすかもしれないお方ですから……!!」

グッ、と拳を握りしめて、明確な怒りを見せる白井。
もしここが高町家の食卓でなければ、今頃美琴の電撃が彼女に襲いかかっていたところだろう。

「ところで、ももこもクリスマスケーキを作るの?」

そんな流れをブチ切るかのように、インデックスが尋ねる。
一通り上条に対する怒りが頭の中をよぎった後で、今度はクリスマスイブのケーキについて思いだしたのだろう。
ちなみに、彼女はイギリス清教の人間なので、クリスマスがどういう日なのかを知っている。
だが、それとこれとではわけが違うのである。
花より団子。
ニュアンスは微妙に違うが、その言葉がぴったり当てはまるような気がした。

「ええ。今年も家は大忙しなのよ」

桃子は笑顔でそう言った。
美琴は桃子の言葉を聞いて大喜びしているインデックスを見て、思わず呟いてしまう。

「少しは遠慮という言葉を覚えなさいよ……」

もちろんインデックスに聞こえているわけがない。
むしろこの場合聞こえていたら奇跡に近い。

「リンディさんからも予約頂いてるから、楽しみにしてるといいよ」
「はい……ありがとうございます!」

士郎の言葉を聞いて、フェイトは笑顔で頷いた。



「お兄ちゃん! アリス、そろそろ休憩したいんだけど……」
「アァ? 何言ってンだよクソガキ。勝手についてきてンのはテメェの方だろうが。勝手に休ンでればいいじゃねえか。ま、俺達はテメェを置いてくけどな」
「ああ、そうしてくれ。むしろその方が清々する」

一方通行の言葉に便乗するように、ゼフィアが言った。
正直な話、彼はアリスにウンザリしていた。
力だけは、かなりあるだろうと思われるこの少女。
だが、そんな少女でもこのように甘える仕草を見てしまえば、単なる10にも満たない可愛げのある女の子にしか見えなくなる。
簡単な話、この場に似合わなさすぎるのだ。

「ゼフィアおじさん酷い~! アリス、おじさんのことも結構好きなのに……」
「うっ……」

目の前でアリスに落ち込まれると、何だか嫌に罪悪感を感じてしまう。
それだけ、アリスは純粋な少女だということだ。
そしてゼフィアも、人並みには罪悪感を抱けるということでもある。

「……休憩する必要はねェよ。テメェらは永遠の眠りにつくンだから」
「「「!?」」」

声が聞こえた。
この場にはいない、第三者の声。
一方通行のものでも、アリスのものでも、ゼフィアのものでもない、謎の男の声。
それと同時に、一方通行達がいる目の前の空間が歪み始めた。

「空間が、歪ンで……!?」
「オイオイ、こンな程度でビビッちまってンのか? 一方通行(さいきょう)。ま、それでもいいけどさ。どうせテメェは、俺の前じゃ単なる雑魚だからな」

一方通行をあざ笑う声が聞こえてくる。
その言葉に、怒りよりも呆れを覚える一方通行。

「……哀れだな、オイ。本気で言ってンならテメェは何処までも哀れだな」

仮にも、学園都市最強の名前を手にしている少年だ。
そんな少年相手に、『雑魚』と言った男。
やがてその男は、いやらしい笑みを浮かべながら空間の歪みから出てきた。

「その言葉、そっくりそのままテメェに返してやるぜ? 一方通行(ザコ)」

黒いフードを被ったその男は、一方通行に言い放つ。
一方通行は、もうその男に対して遠慮する気持ちなんかなかった。

「言ってくれるじゃねェか三下ァ。後で這いつくばって地面嘗めて泣いて謝ったって許すこたァねェぞ! アァン!!」

その言葉をバネとして、一方通行は飛んだ。
チョーカーの電源はすでに入れられていて、彼はその男を最初から殺すつもりで挑んだ。
だが直線的な攻撃は、男によってすぐに避けられる。
その瞬間、男が被っていたフードが外れ、その素顔が明らかになった。

「なっ!?」
「え? どういうこと? お兄ちゃんが……二人いる?」

その男は、白髪。
そしてその顔は、まさしく学園都市最強の男そのもの。
おかしい。
同じ人物がこの世界に二人もいては、それこそまさしくイレギュラーな事態だ。
彼らの目の前には、間違いなく。

「何驚いてるンだ三下ァ。ブルっちまってンのかァ?」

よく聞けば、声の感じとか口調もほぼ彼そっくりだ。
そっくり、というよりもまったく同じ。
その男は間違いなく、一方通行そのものだった。

「ど、どうして俺が……」
「違う違う! 俺は確かにお前だけど、お前ではねェ。要は俺は、お前のもう一つの可能性。パラレルワールドから来た、一方通行という名前の男のもう一つの可能性ってわけだ」

男はそう言った。
そうなると、この男もまたかつては一方通行と呼ばれていたことになる。
というよりも、別世界の一方通行本人なのだ。

「俺は一方通行という名前を捨てた。チョーカーなンてチンケなもンはいらねェ。なくたって俺は能力を使えるからな」
「ハァ? これなしで能力が使えるだと? ……まさか、お前」

チョーカーなしで能力が使える。
一方通行にとって、それはあってはならない事実。
何故なら、このチョーカーは一方通行が打ち止め(ラストオーダー)を助ける際に脳に大きなダメージを負ったが故につけられたものだ。
それがないということは、つまり。

「俺はあの日、ラストオーダーを助けられなかった世界の一方通行。つまり、崩壊した世界から来たお前なンだよ。今の所、名前を『ドロップ』ってな」

ドロップは、不敵な笑みを浮かべながら告げる。
そう、この男こそ一方通行達に対する最後の刺客。
最後の刺客にして、最悪の対戦相手。
どう考えても、勝てる手立てが見つからない。

「まァ、お互いテメェの戦法は知ってる身だ。どうだ? ここは俺達で対決とでも行こうじゃねェか」
「上等じゃねェか……一度自分と戦ってみたいと思ってた所だ……精々楽しませてくれよなァ!!」

そして、戦いは始まる。
ある意味で、相性の最悪な二人の戦いが。



そして、運命の時がやってくる。
12月24日、PM04:25。
上条達は久しぶりにヴィータ達と合流し、現在はやての病室に来ていた。

「はやて、ごめんね……あんまり会いにこれなくて」

申し訳なさそうに言うのは、ヴィータだ。
ここ最近、彼女はリンカーコアの蒐集の為、そして管理局の追跡から逃れる為、あまりはやてに会いに来られなかった。
それはシグナムとて同じことだった。
上条とシャマルは、何度かはやての元へ来たことはある。
それでも、こうして四人で(ザフィーラはいつものように留守番)というのは本当に久しぶりのことだった。

「ううん、元気やったか?」
「めちゃめちゃ元気!」

ヴィータははやてに頭を撫でられながら、嬉しそうな表情を浮かべる。
そんな二人を、シャマルとシグナムは微笑ましそうにしながら眺めていた。
上条は、優しげな笑みを浮かべている。
こんな幸せが、いつまでも続けばいいのにと思っているのだ。

「そう言えば、当麻さんに会うのも随分久しぶりなんやて?」
「実はそうなんだよ……この所なかなか忙しくて、トウマに会えなかったから……」

少し寂しそうな表情を浮かべるヴィータ。
やはり単身で戦いに挑むというのは、何処か心細かったのかもしれない。
これまでなら、上条がそばにいる機会が決して少なかったわけではなかった。
しかし、『機械』という移動手段しかない上に、空を飛ぶことが出来ない上条は、今回に限ってはシャマルと一緒にこの場所に留まる他なかったのだ。
結果的に、しばらくの間ヴィータははやてのそばにも居られなかったし、上条のそばにも居られなかった。
それが彼女にとって、寂しさにも繋がったのだ。

「トウマ……その、抱きしめても、いいか?」
「え? あ、ああ。別にいいけど……」

ヴィータははやてから少し離れて、上条の元へゆっくり近づいて行く。
そしてその身体に、ゆっくりと抱きついた。

「(なんなんですかこの素敵ラッキーイベントは!? 上条さんはこんな幸せな瞬間を堪能したことは今までありませんのことよ!?)」

上条当麻、今世紀最大の幸せを感じる。
だが、彼はまだ知らない。
この後彼に、今世紀最大の修羅場が訪れることを。
前置きですでにネタばれとなってしまっているが、今回の場合は敢えて書かせてもらおう。

「トウマ……温かい」

その温かさをヴィータが堪能していたその時。
突然扉がコンコンという音を奏でる。
誰かがノックしたのだ。

「む?」

その音に、シグナムは少しばかり疑問を抱く。
今日はシグナム達だけがはやての見舞いに来るはずだ。
他に誰かがやってくるという報告など聞いていない。
だが、はやては構わず外に居る人物を迎え入れる。

「どうぞ~」
「こんにちは……」
「「「「!?」」」」

上条達は、思わず驚いてしまう。
何しろ外から聞こえてきたのは、はやての友人でもあるすずかのものだ。
そして、今までシャマルから聞いていた報告を照らし合わせると、すずかが友達を連れて見舞いに来たということは……。

「……やっぱりアンタも来てたのね。で、何でそこにいる女の子と抱き合っているのかしら?」
「とうま。ここで会ったが百年目だよ。前回の分と今の分、ここできっちりと精算してもらうかも」

当然美琴やインデックスの二人もいるわけで。
そして、なのはやフェイトもいるわけで。
ちなみに言うと、アリサや白井もいるわけで。

「……えっと、上条。達者でな」
「早速人を見殺し宣言ですかこの野郎!!」

とりあえず上条はヴィータを離し、その身柄をシャマルとシグナムに預ける。
さて、ここで問題だ。
この中で、上条に対して好意を抱いている人物は何人いるだろうか。

「……上条さん。色々聞きたいことはありますけど、とりあえずそんな過程をブッ飛ばして言いたいことがあります」
「当麻。嘘ついちゃ駄目だよ。正直に答えてね?」
「もし嘘ついたら……分かってるわよね?」
「大丈夫ですよ。素直に吐けばきっと楽になりますから」

明らかに瞳に光が宿っていない、四人の少女。
思わずシグナムやシャマルでさえもわずかばかりの恐怖を覚えてしまう位の、オーラの黒さだ。
その一方で、ヴィータはムスッとした表情を浮かべていて、はやては何故か爽やかな笑みを浮かべていた。

「当麻さん。すずかちゃんだけだと思ってたけど、まさかなのはちゃんやフェイトちゃん、それにアリサちゃんまで……さらには美琴さんやインデックスさんにまで手をかけてるとは思ってへんかったな……」

確かにはやては笑顔だ。
だが、目が完全に笑っていない。
というより、よく見れば他の少女同様に、光が宿っていなかった。

「ああ、俺死ぬのか……だったらこれだけはせめて言わせてくれ」

嫉妬に狂う少女達の中で、一人の不幸の少年は、叫んだ。

「不幸だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

結局、上条当麻は何処まで行っても不幸な人間だった。



とりあえず上条に対する制裁(O☆HA☆NA☆SHI)も終わり、ひと段落ついた所で、そろそろ本題に入ろうと思う。
床に転がっている上条(だったもの)はとりあえず無視の方向で。

「ところで、今日はみんなどないしたん? 確か今日は見舞いに来るって聞いてへんかったけど……」

何事もなかったかのように、はやてはすずか達に尋ねる。
その一方で、なのはとフェイトはかなりの驚きを見せていた。
以前、上条がなのは達に話した内容と、そんな上条が守護騎士達と一緒にいる事と、守護騎士達がはやての元にいたことをまとめると、一つの答えがおのずと出てくるのだった。

「(はやてちゃんが、闇の書の主……)」

そう。
八神はやてこそ、闇の書の今回の主。
そして、闇の書の呪いに身体を蝕まれている、悲劇のヒロイン。
闇の書に関することは、すでにクロノからユーノの調査結果を聞いているのである程度は把握している。
なのは達にとってショッキングなことが多かった程だ。
そんななのはとフェイトの様子には気付かず、すずかとアリサは話を進める。

「せーの……」
「「サプライズプレゼント!!」」

コートで隠していたプレゼントを見せながら、アリサとすずかの二人は声を合わせてそう言った。
はやては思わぬプレゼントに、かなり喜びを感じていた。

「わぁああああああああ♪」
「今日はイブだから……はやてちゃんにクリスマスプレゼント」
「ほんまか? ありがとうな!」

すずかの言葉を聞いて、はやては笑顔を見せる。
そんなはやてに、白井はこう付け足した。

「今日来たこのメンバーで選んだんですの。お気に召せばよろしいけど……」
「まぁ、後で開けてみてね」
「うん!」

美琴が繋げた所で、はやては大きな声で頷く。
よっぽど、プレゼントが嬉しかったのだろう。
一方、なのは達とシグナム達の間では、緊張が走っていた。
守護騎士達にとって、なのは達は敵以外の何物でもない。
特にヴィータなんか、なのはのことをあからさまに敵視していた。
先ほどの幸せな時間を邪魔されたこともあって(上条はまだ気絶しているが)、なおのこと怒りを露わにしていた。

「!?」

その視線の鋭さは、思わずなのはがその視線に気付いて、身体を震わせる程だった。

「なのはちゃん、フェイトちゃん。どないしたん?」

上条を制裁してからしばらくの間一言も発していないどころか、何処か緊張した面持ちを見せているなのはとフェイトにはやては尋ねる。

「あ、う、その……」
「ちょっと御挨拶を……ですよね?」
「にゃはは……」

取り繕うような感じで二人は言う。
やはり、何処か緊張している状態を抜け出すことは出来ない。

「ハイ」

一応、シグナムもはやてを心配させない為にも、なのはとフェイトの二人に話を合わせる。
けれど、何処かぎこちなさを感じずにはいられなかった。

「あ、みんなコートを預かるわね」
「「は~い」」

シャマルが笑顔でそう言うと、すずかとアリサの二人が返事をして、コートを渡す。
と、ここでフェイトがなのは達に念話を通じて何かを言おうとするが。

「念話が……使えない。通信妨害を?」

他の人には聞こえない位の小さな声で呟く。
その呟きに対して、シグナムがやはり小さな声で答える。

「シャマルはバックアップのエキスパートだ。この距離なら造作もない」
「……」

フェイトは何も答えなかった。
それだけ、守護騎士達が警戒心を露わにしているのは確かだと言うことは分かっている。
現に、ヴィータなんかじっとなのはの方を睨んでいる位だ。

「えっと……あの、そんなに睨まないで……」
「睨んでねーです! こういう目つきなんです!」
「おいおいヴィータ……さすがにそんな嘘はいかんだろ」

ようやっと復帰したらしい上条は、よろよろとしながらもその場に立ちあがる。
そんな上条の姿を見て。

「あ、起きたのね変態(ロリコン)」
「お前さぁ、なんでいきなりそんなに辛辣な言葉を俺に向けるわけ!?」

先程の一件もあり、明らかに美琴やインデックスの、上条に対する見方は完璧に変わっていた。
というか、態度がかなり厳しいものに変わっていた。
ジト目なのはもちろん、まるで女の敵でも見ているかのような感覚だった。

「あらあら。小さな女の子ばかりに手を出しまくるなんて、特殊性癖もいいところですわね」
「お前は黙ってろ! 大体俺はそんなにイカれた性癖はもっとらんわ!!」

どんどん立場が悪くなる上条。
しかし、そんな上条の態度こそ、この場を少し宥める役目を果たしたのかもしれない。
見れば、先ほどまで見られていた緊迫状態は解けていた。

「あの、ところで……お見舞いしても大丈夫ですか?」
「……ああ、構わない」

フェイトが尋ねると、シグナムは一言そう答える。
その言葉に安心したフェイトは、はやてに何かを話しかけていた。
穏やかな時間が、流れている。
こんな時間を、いつまでも送っていたいと上条は心の中で呟いていた。
だが、始まりがあれば終わりもある。
こんな幸せな時間にも、同様に終わりがあったのだった。



雪が舞う街の中。
土御門とステイル、そして神裂の三人は、およそ幸せな空間に包まれた街の中では浮いているような、真剣な表情で街を歩いていた。
特に神裂の格好は奇抜であり、こんなに寒い日だというのにいつも通りの服装にコートを羽織っただけであり、そして何より腰にさす日本刀は、周囲のざわめきを生む程だった。
だが彼女達はそんなことは気にしない。

「あの仮面の男の正体が誰なのか、それはまだ分からない。けど、カミやんが仮面の男を殴った時、わずかながらその姿がブレてた所から、あれは変装だということはすぐに分かった」

土御門が、真剣な表情で語る。
仮面の男がフェイトのリンカーコアを奪わせようとした時、上条は確かに仮面の男を殴った。
一発目は当たらなかったにせよ、二発目の鳩尾は確実に当たり、男が逃げる間際に、その身体がブレたようにも見えた。
恐らくあれは変化の術か何かを使っているのだろう。
土御門はそう予測していた。

「なるほど。つまり相手は自分達の正体がバレるのを恐れている、もしくは正体を隠さなければ動けない人物、ということになるね……」
「だとすれば、有力視されるのはやはり……」
「ねーちんの考えてる通り、管理局の人間だ」

神裂の立てた仮説を、土御門は肯定する。
仮面の男が、管理局の人間。
それが指す意味とは……。

「ということは、今回の闇の書には、管理局の意思が働いている?」
「可能性は否定出来ないな。八神はやての両親はすでに死んでいる。確かはやてはその後、両親の知人を名乗る者に引き取られ、そして今まで暮らしてきたと聞く。あまりにも話がうまく行き過ぎてないか?」
「まさか、その誰かが闇の書を……」
「そう。闇の書の封印を確実にする為に、はやての両親の知人を名乗る男は、はやての身柄を引き取って、不自由なく生活させていたんだ。はやて諸共、闇の書を封印する為にな」

決して間違った判断をしているとは言わない。
被害が最小限で済むのなら、その方法を取るのが組織のやり方。
一人の少女の命を犠牲にし、大勢の人間の命が守れるのなら、多くの人がそれを望むはず。
だが、土御門はそんな彼らのやり方に納得がいかなかった。

「後は、誰がはやての身柄を引き取ったかさえ分かれば、それで何とか深い所までつけるんだが」
「その人物は、彼女の前に姿を現したことはない、ということですか?」
「その通り。つまり、探す手立てがねぇってことなんだよ」

両手を上げて、降参を示すような格好をとる土御門。
しかし、ステイルは少し思い当たる節があるようで。

「闇の書……確かその事件が前に起きたのは11年前だったね」
「ああ、その通りだ。その時クロノの父親が事件に巻き込まれて、行方不明となった」
「その時事件に関わっていた人物の中で、一番闇の書に対する情熱を燃やしている人物を探せば、それですべてが分かるかもしれない。仮面の男は、はやての両親の知人を名乗る男の配下にいる存在だと思われる。今度会った時にソイツを捕まえることが出来れば……」

ステイルは、仮面の男とはやての両親の知人を名乗る男が繋がっていると考えていた。
つまり、そのパイプラインをどうにかしてしまえば、自ずとこの事件の核心部分が判明するのではないか。
だが、それをするには仮面の男を捕獲しなければならない。
なかなかに難しいことであった。

「けど、仮面の男はあり得ない移動速度・高水準の戦闘力を保持していると聞きます。私達は直接彼女達の戦闘に関われませんし、なのは達だけでそれが出来るかどうか……」

今回、神裂達が戦闘に参加できないのにはちゃんと理由がある。
それは、彼らもまた別の敵を相手しなければならないからだ。

「分かってる。『世界の調律師』の過激派の奴が、俺達の敵だ。ソイツは多分、今日も事件の裏で俺達を消そうとしてくる。そして、ソイツは恐らく、魔法陣の近くで俺達の行く末を見守ってるはずだ。そこを突くってことだろ?」
「分かってるなら、それでいいのですが」
「大体、その作戦を立てたのは俺だぜい? 忘れるはずないにゃー、ねーちん」

親指を立てて、自身あり気に言ったのは土御門だ。
そう、彼らはすでに次の攻撃パターンを読んでいた。
これまで、『世界の調律師』の過激派が彼らに襲いかかってきたケースは二度ある。
その二回とも、魔力を利用した敵の無限増殖という手段を取っていることから、一連の犯人は同一人物による犯行だということも理解していた。
そして、守護騎士となのは達の戦闘の裏で現れることから、今夜も恐らく襲撃してくるだろうと予測していたのだ。

「とりあえず、作戦の話は別にしよう。今は仮面の男の話だ」

仕切り直し、と言わんばかりに土御門が言う。
作戦に抜かりはない。
だから今は過激派の話はしなくても構わない。
そういう考えを抱いているようだ。

「あの仮面の男、さっき神裂が言った通り、かなり早い転移速度。そして戦闘能力。それだけではなく遠距離からバインドをしかけるあの魔力の高さと正確さ。どれをとってみても、彼女達に勝てる要素は見当たらない」
「いや、ところがそうでもないんだにゃー」
「「え?」」

声を合わせて、ステイルと神裂が思わず腑抜けた声を出してしまった。
先ほども言った通り、仮面の男は技術面等でかなり上を行っている。
それなのに、土御門は大したことがないとでも言いたげな表情を浮かべていた。
それが意味することとは、はたして……。

「どういう意味だい?」

尋ねるステイルに対して、土御門はこう答えた。

「あの仮面の男が、一人だけだと考えているからこうなるんだ。あの男は、二人いると考えればそれで説明がつく」
「二人?」
「そう、二人だ。近接格闘が主力の方と、魔法を使う方の二役に分かれる。そして、あたかも一人ですべてをやっているかのように見せて、相手を翻弄していたんだ」
「なるほど……」

納得したように、神裂が呟く。
だが、その作戦にはある決定的な欠点がある。
それは。

「けど、それはあくまでも体格が似通った者でなくてはならないじゃないか。例えば双子とか……双子?」
「そう、この作戦を通す上で、双子であることが望ましい。そして、管理局の中で双子と言えば……?」

それ以上は、土御門の口から言わなくても分かっていた。
仮面の男の正体、それは。



「……悪い。ここは一度、ひいてくれ」
「え?」

すずかとアリサが自宅に帰った後、屋上に呼び出されたなのは達は、開口一番に上条にそう言われて驚愕の表情を浮かべていた。
上条の口から告げられた、明確なる『邪魔をするな』宣言。
なのは達は、納得がいかなかった。

「そういうわけにもいかないのよ。私達は何としても、闇の書の完成を止めなくちゃならないの」
「悲願はもうすぐ叶う」
「邪魔をするなら、はやてちゃんの友達でも……」

上条を睨みつけながら言う美琴に対して、明確な殺気を醸し出すシグナムとシャマル。
そう、後わずかで闇の書は完成し、そしてはやての病気が……。

「待って! ちょっと待って! 話を聞いてください! 駄目なんです! 闇の書が完成したら、はやてちゃんは……!!」

なのはがすべてを言い終える前に、空から何者かが叫び声を上げながらなのはに接近する。

「はぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「?!」

見上げれば、ハンマーを振り上げながら接近してくるヴィータがいた。
確実に、この軌道はなのはに直撃するコースだ。
障壁を張ることでなんとかすることは可能だが、攻撃を受けないわけにはいかなくなるコースだ。
だが、その攻撃は。

「あらあら、私を忘れてもらっては困りますわね」
「なっ!?」

何処からともなく白井の声が聞こえてきたかと思えば、次の瞬間にはヴィータの頭上に大型車らしきものが落ちてくる。
恐らく、白井があらかじめ空中に転移させていたものなのだろう。
それが重力に逆らうことなく、地面にひきつけられるように落ちてきたのだ。

「ちっ!」

ヴィータはそれを避ける。
だが、避けたことで軌道上からなのはが消えてしまった。

「ハァアアアアアアアアアア!」
「!!」

その間にも、シグナムがフェイトに攻撃してくる。
前方からやってきたその攻撃を、フェイトは横に飛ぶことで避けた。
シグナムの剣は空を斬る。

「管理局に……我らが主のことを伝えられては困るんだ!」
「私の通信防御範囲から……出す訳にはいかない」

シグナムとシャマルが宣言する。
そう、ここではやてのことを言われるわけにはいかない。
ならば、どうするべきか。
ここで口封じをしてしまうほかない。
つまり……武力制圧をするほかはないということだ。
こんな形での決着となってしまうが、それは仕方のないことだった。
なのはやフェイトに信念があるように、守護騎士達にだって信念がある。
互いに譲れない信念を抱いていて、それを互いに守り抜くために、戦わなくてはならないのだ。

「……ヴィータちゃん」

未だにその場に立っているなのはが、空中にいるヴィータの名前を呟く。
そのなのはの横には、白井と美琴の姿もあり。

「邪魔をすんなよ………もうあとちょっとで助けられるんだ! はやてが元気になって、あたしたちのとこに帰ってくるんだ!! 必死に頑張ってきたんだ!! あとちょっとなんだから……邪魔すんなぁああああああああああああ!!」

目から溢れる涙を止めず、怒りにまかせてヴィータはグラーフアイゼンを振り下ろす。
瞬間、ドォン! という激しい衝突音と共に、ヴィータとなのはの周囲が一気に炎に包まれた。
白井が咄嗟に美琴の身体に触れて、転移したことで二人は無事だ。
だが、なのははその時白井の接触を拒否した。

「な、なのはは!?」

美琴は思わず叫んでしまう。
あの炎の中、もしかしたら巻き込まれてしまっているかもしれない。
だが、そんな心配は無用だった。

「「「!!」」」

炎の中で、悲しそうな目をする一人の少女。
その身はすでに白いバリアジャケットに包まれていて、手には杖と化したレイジングハートが握られていた。
その姿、まさしく白き悪魔の如き。

「悪魔め……」

ヴィータは仇を見るような目で、なのはのことぞ睨む。
そんな睨みで、悪魔(なのは)が動じるはずもない。

「悪魔でいいよ……」
「Axel Mode. Drive Ignition」

レイジングハートが、カートリッジを一発ロードさせる。
そしてなのはは、宣言した。

「悪魔らしいやり方で……話を聞いてもらうから」

後、なのははヴィータに向かってアクセルシューターを放つ。
もちろん、ヴィータとてその程度の攻撃を避けられない筈はない。
だが、そんな二人の前に。

「下がってろ! ヴィータ!!」
「え……?」

右手を突き出して、なのはが放ったアクセルシューターをすべて受け止める、一人の少年が立っていた。
パキン! という悲鳴と共に、すべてが破壊され。
そしてその場に立っていたのは、学生服を身に纏った、上条当麻(ただのこうこうせい)だった。

「上条、さん?」
「ヴィータ、ここは俺に任せろ。お前は御坂達の相手をしろ」
「……ああ。死ぬんじゃねえぞ、トウマ」
「大丈夫だ。俺は絶対に、お前達の前から消えたりしない。確証は出来ないけど、約束はしてやる」
「なんだよ、それ。信用に欠けるじゃねえか。けど、信じてる」

そう答えると、ヴィータはその場から飛び去り、美琴達が転移したと思われるビルの屋上まで向かって行った。
その場に残ったのは、なのはと上条の二人のみ。

「どうして、上条さん……」
「どうした、なのは。悪魔らしいやり方で俺達に話を聞かせるんじゃなかったのか?」

あくまでも敵として、なのはに言い放つ。
今回ばかりは、さすがに上条も黙ってみているわけにはいかない。
今ここでなのは達にはやてのことを伝えられては、困るのだ。
助かるかもしれない命を、ここで不意にするわけにはいかないのだ。

「か、上条さん! 誤解してます! 闇の書は……」
「……悪い、なのは。何を言おうと、アイツらは止まる気はないし、俺も止める気はねぇ。俺の右手で闇の書に触れればすべてが解決するんだろうけど、はやてから家族(アイツら)は奪えないんだ。だから、ここで俺と戦ってくれ。そして、お前が勝ったら言うことを聞いてやる。どうだ、文句はないだろ?」

上条当麻らしくない言葉であった。
こんな言葉、普通なら上条が言うものではない。
一人の大切な少女に対して言う言葉では到底なかった。
けれど、今は一人の少女の命がかかっているのだ。
止まるわけにはいかない、止めさせるわけにはいかない。
何としてでも、命を助けなければならない。
だから、それを邪魔する者ならば、どんな人物でも戦うしかない。

「……分かりました、上条さん。もし私が勝った時は、話を聞いてくださいね?」
「ああ、分かってる」

そして二人の戦いが始まる。
本来なら交わることのなかった二つの世界の物語の、それぞれの主人公同士の戦いが。



「やっぱり始まったみたいだな。アイツらの戦闘」

街の中から空を見上げ、土御門が呟いた。
見ればそこには戦っている魔導師達がいて、どうやらそれが守護騎士達となのは達の戦闘が始まった証拠となっていた。
ただ気になるのは、上条が何故かなのはと戦っていることだ。

「なにをやってるんだ、上条当麻は!」

思わずステイルはぼやいてしまう。
彼らは真っ向から敵同士というわけではないのに、己の身を削るようなことしかやっていない。
それは単なる仲間割れと同じようなことであった。

「彼らにも事情があるのでしょう。ですが、今の私達はそのことを気にしている余裕はありません」
「ああ、そうだったな」

屋上を見上げていた三人だったが、視線を上から前にずらす。
するとそこには、巨大な魔法陣が展開し始めていたところであり、その近くに、一人の魔術師が何かをしている場面があった。
恐らく、この魔術師こそ、この世界で発生している闇の書事件の裏で上条達を抹殺しようと企んでいた、『世界の調律師』の過激派の内の一人なのだろう。

「くっ……必要悪の教会(ネセサリウス)の輩か」
「ほう。俺達のことを知ってるとはな。お前達の世界でも、俺達のことは結構有名なのか?」

男は悔しそうに顔をゆがめる。
土御門は自分達のことが目の前の男にも行き届いていることに多少の驚きを感じながらも、それでも余裕の表情をまったく崩すことなく、男に言った。

「それに、日本刀を持っている方は聖人……戦力過剰にも程があるだろ、お前ら」
「ま、君は無限の仲間を複製出来るのだからそれでいいじゃないか」

魔法陣を一瞥して、ステイルが呟く。
その言葉を聞いて、男は高笑いをする。

「ハハハハハハハハ! 確かにその通りだ! 俺は無限に増殖し続ける仲間を持っている! 俺の魔力量を嘗めるなよ? どうしてそのことを知っているのかは分からないが、ここでお前達は潰させて……」

男がすべてを言い終える前に、土御門はグローブを装着して、静かに魔法陣のそばまで近寄る。
そしてその魔法陣が完成する前に、

「ふっ!」

ドゴン!
思い切りその魔法陣を殴りつけた。
瞬間、パキン! という音と共に魔法陣は崩壊し、効果を為さなくなった。

「ば、馬鹿な!? 幻想殺し(イマジンブレイカー)でもないのに、どうしてこの魔法陣を打ち破れた!?」
「悪いな。俺が今装着したグローブは、リンディ提督の配下の奴が作った特別製のグローブでな。AMG、略さずに言えばアンチマジックグローブって所だ。コイツはコイツ自身に込められている魔力を使用することによって、相手の魔法存在を否定するって代物だ。残念だが、これはお前らの使用する魔術にも当てはまる」

不敵な笑みを浮かべながら、土御門は言い放つ。
一方で、男の表情は絶望のものへと変わって行った。

「さっきまでの威勢のよさはどこに行ったんだい? 僕達を殺すつもりじゃなかったのかな? 無限の仲まで」
「くっ……」

実にあっけない終わりだった。
あっけなさ過ぎて、これで終わりでいいのかと疑ってしまう位だった。

「まぁ、まさかこの程度で終わりってわけじゃねえだろ?」

だから土御門は、男にそう言い放った。
こんな程度で終わってしまう程、この男が何も考えていないわけがない。
前回までの二パターンだと、敵は完全に姿を消し、土御門達が戦っている場面を高みの見物をしていたわけだ。
今回に限ってわざわざ敵の前に姿を晒し、そしてあっけなく魔法陣を破壊されるわけがない。
前回起きたジュエルシード事件のことを知っているのなら、尚更のことだろう。
ましてや、もしこの場に幻想殺し(イマジンブレイカー)を所有している上条当麻が来ていた場合はどのような対処をするつもりだったのだろうか。

「そうだな。この程度で済んだなら、お前達をわざわざこうして呼び寄せる必要もないってわけだ」
「私達を、呼び寄せた?」

男は笑みを浮かべながら、そう告げる。
そして両手を上にあげたかと思ったら、彼の足元に先ほどのものよりも大きな魔法陣が展開し始めた。
それは強い光を放ち、土御門達の目をふさぐ。

「なんだ……この光は?!」
「さぁ、わざわざこちら側に来てくれて感謝するよ。こちらも全力を以て相手をしよう。哀れな子羊達よ!」

瞬間。
光はより一層の輝きを放ち、そしてすぐに終息した。
土御門達は、光が収まったのを確認すると、ゆっくりと目を開く。
すると、そこにいたのは。

「な、何!?」

自分達と同じ姿をした存在。
そう、まるで鏡でも見ているかのように、そっくりそのまま目の前に三人の人が現れたのだ。

「これが俺の本当の魔術の正体だ! 『世界の調律師』としての力の一つでもある、並行世界(パラレルワールド)への移動手段を応用したもので、並行世界上にいる人間をその場にコピーする能力……それが今まで俺がやってきたことだ!!」

つまり、この男によって複製された敵が、一度目と二度目では姿形がまったく異なっていたのは、違う世界から敵を引っ張ってきていたからだ。
雑魚敵ならば何処の世界にも大量に存在し、複製するだけの魔力は少なくて済む。
それでもあれだけの敵を複製できるということは、それだけこの男の魔力量が多いということを意味するのだろう。
もっとも、人を三人も複製するとなると、さすがにその魔力の消費量は激しいらしく、これ以上は作れる様子もなかった。
だが、それでも十分すぎる程の戦力だった。

「悪いな。さっきのは本の余興だったんだ。俺の仲間達を呼び寄せて来れなかったのは残念だが、お前達には自分自身と戦ってもらう。果たして、力をつけた自分自身に勝てるのかなぁ?」
「くっ……」

いやらしい笑みを浮かべながら、男は土御門達に言い放つ。
状況は一転した。
今の流れは確実に目の前の男にある。
正直な話、土御門達はかなり不利な状況に立たされていた。

「さぁ、やれ」
「「「!!」」」

男の合図に合わせて、三人は動き出す。
対して土御門達も、己の虚像と戦う為に、足を前に踏み出したのだった。



上条となのはは、互いに見詰め合っていた。
そこにあるのは、敵意でもなく、殺意でもなく。
ただ、力比べをすることが出来るという喜びでもあった。
なのははこれまで、上条の力をその身をもって経験することは叶わなかった。
しかし、今こうして上条と対峙することで、それが叶っているのだ。
話を聞いてもらいたいというのもあるが、それ以上に上条との戦いを堪能しようという気持ちになっていた。

「アクセルシューター! シュート!!」

上条に放たれる、無数の桃色の光弾。
それはバリアジャケットを身に纏っていない上条に容赦なく襲い掛かってくる。
だが、上条は動じることはない。
タイミングがずれて襲い掛かってくるその光弾の一つ一つを、すべて右手で殴りつけた。
瞬間、パキン! という悲鳴が鳴り響き、すべての光弾が破壊される。
なのははそれでも動じることはない。

「ハァアアアアアアアアアアアアアアア!」

足に桃色の羽根を生やし、レイジングハートで上条を殴りにかかる。
それは上条がアクセルシューターを破壊している最中の出来事だった為、上条は少しばかり反応が遅れていた。
右手によるレイジングハートの破壊は出来ない。
何故なら上条の場合、破壊ではなく、殺してしまうからだ。
いくらこれが戦いの場であるとはいえ、なのはが今後魔法を使えなくなってしまうということだけは避けなくてはならない。
つまり、上条となのはの戦いにおける勝敗のつけ方とは、どちらかが力尽きるまでということになる。
上条の体力が減るのが先か、なのはの魔力が底を尽きてしまうのが先か。
あるいは、なのはの攻撃をすべて受けきれることが出来たら、上条の勝ちとなる。

「くっ!」

上条はなのはの攻撃をしゃがむことで避ける。
しかしなのはの攻撃はこれだけでは終わらない。

「シュート!」
「何!? もう次の攻撃が待ち受けていたのか!?」

その事実に驚きを見せる上条。
上条が攻撃を避けた後で顔を上げてみれば、すでに足元に魔法陣を展開させて、背後に無数の魔力弾を作っているなのはがいた。

「上条さん、ヴィータちゃん達は間違いを犯そうとしてるの! だから上条さんが止めてあげて!!」
「何を言ってんだよ、なのは! アイツらははやてを助けたい一心で、闇の書を完成させようとしてるんだよ。闇の書の一部でもあるアイツらが、一番闇の書のことを理解してるんだから、それは正しいことなんじゃないのか!? 確かにやり方は少し間違ってるかもしれないけど……!!」
「なら、どうしてヴィータちゃん達は、闇の書のことを本当の名前で呼ばないんですか!?」
「本当の、名前?」

上条はその部分に引っかかった。
闇の書というのは、それが名前ではなかったのか。
だが、なのはは闇の書の『本当の名前』と言った。
それは、どういう意味なのか?

「勝負の最中で申し訳ないですけど、もう言っちゃいます!」

その宣言と共に、なのはの背後に待ち構えていたアクセルシューターが、上条目掛けて宙を裂く。
上条はそれらの攻撃をギリギリまでひきつけて、そして壁に衝突させる。
避け切れなかった攻撃は右手で殺し、地面を転がりながらなんとかすべてをやり過ごした。

「闇の書の本当の名前は、『夜天の魔道書』。本来は、各地の偉大な魔導師の技術を蒐集して研究するために作られた、主と共に旅する魔導書だったんです!」
「主と共に旅する魔道書……それが、闇の書の―――『夜天の魔道書』の正体」

呟くように、上条は言った。
そして、疑問に思った。
闇の書の一部であるとヴィータ達は言っていた。
にも関わらず、どうしてその事実を言わなかった?
というより、その事実を知らなかったかのようにも聞こえる。
闇の書が完成すれば、莫大なる力が手に入るという話は聞いていた。
だが、技術の蒐集なんてものは、初めて聞く言葉だった。

「過去にデータを改竄されてから、闇の書は莫大なる力を得る為の物へと姿を変えてしまったんです! それに、闇の書は一定期間蒐集がないと、持ち主自身の魔力や資質を侵食し始める、完成させたら持ち主の魔力を際限なく使わせるんです!」
「じゃ、じゃあまさか……過去の闇の書の持ち主は、完成させた途端、全員……魔力を使い切って、無差別に物を壊して、そしてそのまま、死んだのか?」
「……」

それ以上、なのはは何も言えなかった。
無言の肯定。
上条はその事実を悟り、そして後悔した。
どうしてそのことを知らなかった。
知っていたら、彼女達のことを止めていたのに。
……はやてには申し訳ないが、闇の書を右手で壊していたというのに。
それで例え守護騎士達が消えてしまったとしても、はやての命が救えたのならそれでも良かったのに。
……いや、そんなわけない。
たとえその事実を聞いていたとしても、上条は同じ選択肢をとっていたに違いない。
はやてから守護騎士(たいせつなかぞく)を奪えるはずがない。

「悪い、なのは。それでも俺は闇の書の完成を協力していたかもしれない。だって俺は、はやてから大切な家族を奪えなかったから……アイツは楽しそうに笑ってたんだ。アイツの幸せ(げんそう)を、俺が壊していい権利なんてなかった」
「で、でも……!!」
「……迷ってる暇はない。なのは、実はお前、俺が相手だからと言って少しばかり手加減してないか?」
「え?」

言われて、なのはは驚く。
手加減なんてしているつもりはまったくない。
何故なら、なのはは上条と戦えることを誇りに思っているからだ。
なのに上条は、手加減をするなと指摘してきた。
明らかなる矛盾がそこに生じていた。
おかしい。
その指摘は明らかにおかしすぎる。

「不思議に思ってるなら聞いてやる。どうしてお前は、さっきから俺に合わせて攻撃してくるんだ? さっきから一度も、大技を見せてないじゃないか」
「!!」

そう。
先ほどからなのはは、アクセルシューターばかりを多用していて、他の魔法は一切使っていない。
なのはがもっとも得意とする、『ディバインバスター』とか、『スターライトブレイカー』等の攻撃を、一度も放っていない。
もっとも、それはなのはにとって奥の手ということもあるし、エイミィからあまり多用しないでくれという指摘も受けているから、当然といえばそれまでなのだが。
だが、上条の右手には幻想殺し(イマジンブレイカー)が備わっている。
ということは、そんな枷を自分にかけている場合ではないということだ。

「来いよ、なのは。お前の想い、すべて受け止めてやるぜ」
「上条さん……分かりました!」

なのはは一気に空中へ飛ぶ。
そして足元に魔法陣を展開させ、レイジングハートの先を上条に向けて、構える。
その構えはまさしく、前に一度フェイトに向けて放ったあの攻撃と同じパターン。

「Load cartridge」

なのはの声に合わせて、レイジングハートがカートリッジをロードする。
それはまさしく、なのはの十八番とも言える攻撃の内の一つ。

「Divine Buster Extension」
「上条さん……行きます!」
「来い、なのは!!」

互いに叫ぶ。
上条は右手を前に突き出し、なのはの攻撃を待つ。
そして、レイジングハートの先に限界まで魔力が溜められて。

「ディバイン……バスタァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

瞬間。
一気にその魔力は放出され、膨大なる力を秘めた光線は、上条に向けて一直線に伸びていく。
その攻撃を真正面から受ける上条にとって、それは恐ろしい光景にも見えた。
だが、上条はその場から逃げることは決してしない。
その攻撃(おもい)を、決して無駄にはしない。

「ぉオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

上条は叫び、なのはの攻撃を右手で受け止める。
瞬間、パキン! という音が響いて攻撃が一瞬壊される。
だが、レイジングハートを壊さない限り、なのはが攻撃を止めるまでは、ディバインバスターは止まらない。
上条は必死で受け続ける。
右手は少しずつ傷を負っていく。
所々傷が目立ち始め、そこから軽く血が流れ始める。
それでも上条は右手を突きつけたまま、その場から動かない。
やがてなのはの攻撃が収まるも、上条は未だに右手を突き出したままだった。
これだけではないことは、上条にも分かっているのだ。
この後に何が待ち受けているのか、どんな攻撃が待ち受けているのか。

「……それだけじゃないだろ、なのは?」
「はい、さすがは上条さんです。私の想いのすべてをかけた一撃が、まだ残っています」

辺りになのはによって使われなかった無数の魔力が見え始める。
それは小さな粒となって、なのはの元に集まってくる。
そう、それは間違いなくあの攻撃。
スターライトブレイカー。
辺りに散らばった魔力を集束し、一気に撃ち放つ最後の手段。

「この攻撃を受けきれたら、上条さんの勝ちです。上条さんが受け切れなかったら、私の勝ちです!」

この一撃こそ、上条となのはの勝敗を分ける一撃。
レイジングハートの先に、ドンドン魔力が溜まっていく。
上条は待ち構える。
その攻撃が放たれる、その瞬間を。

「行きます、上条さん。私の想いのすべてを、この一撃に!!」
「お前のその幻想(おもい)……すべて俺の右手が受けきってやる!!」

そしてなのはは、その技の名前を宣言する。

「スターライト……」
「……!!」

だが、その攻撃が放たれる前に、なのはの身体に突然バインドがかけられた。

「なっ!? バインド? 誰がこんなことを?」

上条は驚く。
なのはが溜めた魔力は、術者が構えを解き、魔法の発動を長時間止めてしまったため、再び辺りに散らばり始めてしまう。
なのはにかけられたバインドは、それだけ強力であり、なかなか壊すことが出来ない。
上条の右手なら一発で破壊することが出来るのだろうが、上条はビルの屋上にいて、なのはがいる空中まで行くことが出来ない。

「……くっ! か、上条、さん……」
「……なのは」

結局、上条に出来ることは、その場でなのはの行く末を見守ることだけだった。



「Barrier Jacket. Sonic Form」

バルディッシュの言葉と共に、今までコートを着ていたフェイトの身体が光に包まれる。
そして形状が代わり、黒で統一された短パン・ノースリーブというバリアジャケットに姿が変わる。
それはフェイトが速さを求めてきた末に見つけた、一つの答えでもあった。

「Haken」

バルディッシュのリボルバー部分が回転し、一発カートリッジがロードされる。
同時に斧状だったバルディッシュに、金色の刃が出現する。
そして鎌の形に姿を変え、フェイトはそれを構える。
足には金色の羽根が生えており、戦闘準備はこれで完了した。

「薄い装甲をさらに薄くしたか……」
「その分、速く動けます」
「ゆるい攻撃でも、当たれば死ぬぞ。正気か? テスタロッサ」
「あなたに勝つためです。強い貴女に立ち向かうには、これしかないと思ったから……!!」
「……くっ」

シグナムは、フェイトの言葉に悔しさを覚えてしまった。
これほどまで、最高の敵と渡り合ったことはかつて一度もなかった。
しかし、ただ純粋に『勝ちたい』と願い、その末に力を手にしていくフェイトを見ていると、この戦いが主を守る為の戦いであるというのに、その裏で勝負を楽しいと思えてしまう。

「……」

シグナムの周囲に紫色の魔力が纏い、そしてその姿を騎士服へと変えさせる。
シグナムは、まるで呟くかのようにこう言った。

「こんな出会いをしてなければ……私とお前は、一体どれほどの友になれただろうか?」
「……まだ、間に合います!」

構えをとったまま、フェイトは告げる。
友になるのに、早いも遅いも、そしてそれまでの過程すらも関係ない。
どんなに敵対していようとも、最後には友になることだって出来る。
かつてなのはと敵対していたフェイトだからこそ、分かることだった。
シグナムは剣を握りしめ、その先をフェイトに向けた状態で構える。

「……止まれ」

足元に魔法陣を展開させ、告げるシグナム。
その目からは、一筋の涙が零れていた。
最高の友になれたかもしれない相手。
だからこそ、ここで自分の手で殺したくない。
そんな終わりを、シグナムは望んでなんかいなかった。

「我ら守護騎士……主の笑顔のためならば、騎士の誇りさえ捨てると決めた……もう、止まれんのだ!!」
「止めます……私とバルディッシュが」
「Yes sir」

そしてフェイトの足元にも、金色の魔法陣が展開する。
そこから二人が攻撃態勢に入るには、時間を要しなかった。

「「ハァッ!」」

ガキン! という音を奏でる二人の得物。
互いの想いをすべて込めて、相手を討つ為に力を振るう。
純粋な勝ち負けを求める二人の、本気のぶつかり合い。
下手をしたら死ぬかもしれない。
だが、そんなことは関係ない。
自分の速さを確信しているからこそ、フェイトは装甲を軽くすることが出来たのだ。

「せいっ!」
「くっ!」

バルディッシュを振り下ろすフェイト。
シグナムはそれを受け流し、そのままの勢いで次の攻撃態勢に移る。
だが、その時にはすでにフェイトの姿はなく。

「なっ!?」
「こっちです!!」

いつの間にかシグナムの背後まで回っていたフェイトが、その刃を振るっていた。
だが、シグナムとて騎士。
その攻撃に対してなんの反応もとれないわけではない。
再び、ガキン! という衝突音を奏でる。
そして二人は、しばらくの間鍔迫り合いをする。

「……え?」

だが、その時にフェイトとシグナムは気付いてしまった。
上条と戦闘をしていたなのはの身体に、バインドがかけられている場面を。



その光景を、別の場所で戦っていたヴィータと美琴、そして白井の三人も見ていた。
見れば空中でバインドをかけられているなのはがいた。
あのバインドには見覚えがある。
確かあのバインドは……。

「まさか、あの男がまたここにいるっていうの?」

美琴は思わず呟く。
あの男。
このようなバインドを仕掛ける男を、彼女は一人しか知らない。
それはヴィータも同様であった。
彼女達は目を見開いて、なのはの行く末を見守る。
そんな中。

「Plasma Lancer」

バルディッシュの声が聞こえてきたと思ったら、いつの間にかシグナムから距離を取り、バルディッシュを構えているフェイトの姿が見えた。
フェイトは辺りを注視して、バルディッシュの先を動かす。
そして。

「そこっ!」

とある一点に向けて、バルディッシュを固定し、そこに向けて放出。
一発の雷が空間に向かって撃ち放たれる。
何もない空間に撃たれたのだから、そのまま雲を裂き、突き抜けるはず。
しかしその弾は途中で消失したかと思うと、次の瞬間にはその部分の空間が歪んでいた。
間違いない、そこに何かがある。

「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

そこに向かって、すでにカートリッジを一発ロードさせた状態の、金色の刃をつけた鎌状のバルディッシュを振り上げながら、フェイトが突っ込む。
そして、その歪んだ空間を、一閃。
瞬間、ザシュッ! という音と共に、確かな手ごたえを感じた。
そこには間違いなく、誰かがいる。

「くっ……」

空間の歪みが消失すると共に、その空間から腹部を切り裂かれた一人の男が姿を現した。
その姿は間違いなく、仮面の男。
あの時フェイトとシグナムの戦いを邪魔し、そしてヴィータが逃げるのを助力した男の姿であった。

「この間みたいには……いかない!」

宣言し、すでに元の状態に戻ったバルディッシュを構えて、男に突っ込もうとする。
……だが、ここで予想外の事態が発生した。

「うわぁああああああああああああああああああああ!!」
「なっ!?」

あまりに突然過ぎる出来ごとに、思わず美琴は目を疑ってしまう。
そう、フェイトは仮面の男によって蹴られたのだ。
それも、二人目の仮面の男に、だ。

「ま、まさか敵って……」
「もしかしたらそうかもしれないって思ってたけど、まさか本当に二人いたなんて……」

遠くで彼女達の動向を見ていたインデックスは、思わず呟いていた。
実は彼女も、ある程度仮面の男の正体について把握していたのだ。
戦闘パターンや移動手段から見て、どう考えても一人でやっている行動とは思えない。
そして、管理局本局のシステムと同等のコンピュータを堂々とハッキングして、連絡不能にさせることが出来る人物。
その人物を、インデックスはこう仮定した。

「リーゼロッテ・リーゼアリア……クロノの、師匠」

彼女達についてはあらかじめ聞いていた。
だからその答えに行きつくまでに、そこまで長い時間を有することはなかった。
だが、決定的な証拠が足りない。
映像証拠だけで人物を特定するのはあまりにも危険すぎる。

「この……フェイトに何すんのよ!!」

美琴は仮面の男に向けて雷撃の槍を放つ。
だが、それは仮面の男の障壁によってあっさり防がれてしまった。

「嘘!? 防がれた……?」

驚いている暇も与えない。
仮面の男達は、人数分のカードを取り出すと、それを使ってこの場にいる全員にバインドをしかけた。

「くっ!」
「これって……一体?」

空中で縛られているなのはが、そう呟く。
規格外にも程がある。
これほどの魔力を有する者がいていいものなのだろうか。

「この人数だとバインドも通信妨害もあまり保たん……早く頼む」
「ああ」

バインドをかけている方の仮面の男が、もう一人の男にそう要求する。
男は了承し、右手を天に突き上げる。
瞬間、そこに闇のオーラを纏った闇の書が現れた。

「嘘……いつの間に?!」

シャマルが思わず驚きの声をあげる。
この男達が、闇の書を持っているはずがなかった。
何故なら闇の書は普段、この場にいる守護騎士の内の誰かが所有しているもの。
それをこの男が所有していると言うことはつまり、何処かで盗まれたということを意味しているからだ。

「うがぁあああああああああああああああああああああああああ!」

ヴィータが苦しそうにうめき声をあげる。
男は闇の書の白紙のページを前に突き出すと、闇の書の効力によって、守護騎士達の中からリンカーコアを出現させる。
……守護騎士達のリンカーコアを吸収しようとしているのだ。

「や、止めろ!!」

いち早くバインドを殺して自由の身となった上条が、男達に叫ぶ。
だが、上条がいる場所から仮面の男達の場所まで向かうには、あまりにも遠すぎる。

「最後のページは、不要となった守護者自らが差し出せ」

男は冷徹にそう告げる。
それはまるで、守護騎士達に対して何の想いも抱いていないかのように。

「これまでも……幾たびか……そうだったはずだ」
「止めろ!!」

必死になって上条が叫ぶも、無情にも守護騎士達のリンカーコアは吸収され始める。

「う……あ……ぁあああああああああああああああ!!」

吸収され、徐々に姿が消えて行くシャマル。
リンカーコアを吸収された守護騎士達は、もうその場に残ることはできない。
闇の書の一部として戻り、その起動の源と還るのだ。

「呪われたロストロギア……こんなもので誰も救えるはずもない」
「「!!」」

そして、シャマル同様にリンカーコアを奪われ、シグナムの姿も消えてしまった。

「シャマル! シグナム!!」

消えてしまった仲間の名前を叫ぶヴィータ。
その目からは大量の涙があふれ出ており、目の前の男達に対する憎しみの念が彼女に襲いかかった。

「なんなんだ……なんなんだよテメェら!!」
「プログラム風情が知る必要もない」

男はそう言い放ち、そしてヴィータのリンカーコアも吸収する。

「うぁ……ああ……あああああああああああああ! トウ、マ……」
「ヴィータァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

上条の目の前で、ヴィータも消されてしまった。
その瞬間、その男に向かっていく一筋の青き光が見えた。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

その男―――ザフィーラは男に向かって籠手をつけた右手で殴りにかかる。
だが、仮面の男はいとも簡単に障壁を張り、その攻撃を易々と受け止めてしまう。
そして、ザフィーラの手からは血が噴き出た。

「うがっ!」
「そうか……もう一匹いたな」

呟くと、仮面の男はザフィーラのリンカーコアも吸収しだす。

「奪え」
「吸収(Sammlung)」

そして、ザフィーラのリンカーコアも、無情にも吸収されてしまった。

「……クソォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

上条は、とうとうなにも出来なかった。
守護騎士達が消えて行くのを、ただ地面に這いつくばって眺めているしかなかった。
幻想を殺すことが出来る右手も、守護騎士達の消失という幻想を殺すことは出来なかった。
後悔しかなかった。
どうして、あの男達の所まで行けない?
どうして、あの男達を殴れない?

「封じ込める」
「頼んだぞ」

先ほどまでバインドを維持させていた男が、なのは達を一ヶ所に集め、空中に飛ばす。
そして、一気に三角錐状の何かの中に閉じ込められてしまった。

「なのは! フェイト! インデックス!!」

その中には、なのは・フェイト・インデックス・美琴・白井の五人が閉じ込められていた。
皆一様にバインドをかけられた状態であり、しばらくはその中から抜け出せそうになかった。

「幻想殺し(イマジンブレイカー)はどうする?」
「構わない。あのまま放置しておいても、何か出来るわけじゃない。場所を移すぞ」

そう告げると、仮面の男達は場所を移してしまう。
結局、上条はこれから起きる惨劇も、指を咥えてただ黙って眺めているしかなかったのだった。



「ん……」

唐突に、はやては目覚めた。
辺りを見回してみれば、そこには空が広がっていた。
はやての身体はベッドの上ではなく、何処かのビルの屋上らしき場所に転がされていた。
動かせる上半身だけを起こし、はやては目の前で繰り広げられている光景を見て、思わず目を見開いてしまった。

「なのはちゃん……フェイトちゃん……? なんなん……なんなん、これ!?」

はやての足元には、大きな魔法陣が展開している。
そして彼女の前に、うつ伏せの状態で倒れているザフィーラがいた。
さらに、なのはとフェイトの二人が空中で浮いていて、その二人の間に、空中で縛り付けられていて、力なく項垂れているヴィータがいた。
この二人、実は仮面の男―――いや、アリアとロッテが変装している姿。
はやてはそのことを知らず、二人のことを本物の『高町なのは』と『フェイト・テスタロッサ』だと認識していた。

「君は病気なんだよ。『闇の書の呪い』って病気」
「もうね、治らないんだ」
「え……?」

言っている言葉の意味がよく分からなかった。
それよりも、フェイトの口から告げられた『治らない』という言葉が、はやての心にとても強く響いた。
どうして、友人の口からそんな言葉が発せられるのか。
分からない。

「闇の書が完成しても助からない」
「君が救われることは……ないんだ」
「!?」

二人の言葉はとても残酷だった。
友人から投げかけられる言葉に、はやての心はどんどん傷つけられていく。

「そんなん……ええねん……ヴィータを離して……ザフィーラに、なにしたん?」

自分の身のことよりも、目の前の二人のことを気遣うはやて。

「この子達ね、もう壊れちゃってるの」
「私達がこうする前から、とっくの昔に壊された闇の書の機能を、まだ使えると思い込んで無駄な努力を続けてた」
「無駄ってなんや!? シグナムは? シャマルは?」

そう言えば、二人の姿が見当たらない。
どうしてザフィーラとヴィータの二人がいるにも関わらず、残りの二人がその場にいない?
偽物のフェイトは、はやての後方に視線を向け、そこを見るように促す。
はやてはゆっくりと視線を動かし、そして、地面に無造作に置かれているシグナムとシャマルが着ていた服を見つけた。
風が吹き、彼女達の服を飛ばそうとする。
それが指し示す事実、つまり……。

「そんな……嘘や……」

信じられなかった。
いくら目の前で起きていることが真実なのだとしても、こんな真実を受け入れられるはずがなかった。
嘘だと言って欲しい。
当たり前の逃げの欲求が、彼女の頭の中に現れる。

「壊れた機械は役に立たないよね」
「だから壊しちゃおうよ」

各々の手が、黒く光り出す。
その手をヴィータの方に向けて、偽物のなのはとフェイトが言い放つ。

「止めて……止めてぇえええええええええええええええええええええええ!!」
「止めて欲しかったら」
「力づくで、どうぞ」

二人は止める気なんてない。
何故なら、これこそが闇の書を起動させる為の準備。
そして、闇の書を永遠に封印させる為の、最後の下準備だからだ。

「なんで!? なんでやねん!! なんでこんなん……!!」

言葉にうまくまとめることが出来ない。
感情が昂ぶって、それでも止めて欲しいという想いだけは絶対で。
友達だから、止めてくれるって信じている。
何処かで思い留まってくれるって、信じている。
だが、はやてが思っている人物とは違い、彼女達は本当の友人ではない。
所詮姿だけを変えた、ただの偽物でしかない。

「ねぇ、はやてちゃん」
「運命って、残酷なんだよ」
「止めて……止めてぇえええええええええええええええええええええええええええ!!」

はやての悲痛の叫びもむなしく、辺り一面に黒き光が発せられる。
そしてその光が収まった時には、ヴィータの姿も、ザフィーラの姿もどこにもなかった。

「あ……あぁ……」

彼女の目には、もう光なんて宿っていない。
力なく、ただその場に座り込んでいるだけ。
そんな彼女を中心として、三つの円によって結ばれた正三角形の魔法陣が展開する。
そしてはやての目の前に、闇の書が姿を現す。

「Guten Morgen, Meister」

闇の書の言葉と共に、彼女の足元に展開されていた銀色の魔法陣は、突如その色を変え、黒帯びた紫色の魔法陣へと姿を変える。
その間になのは達はクリスタルゲージから抜け出し、白井は咄嗟に美琴とインデックスの二人を抱えて、その場所から別の場所へと転移する。
上条は、はやてのその様子を別のビルから眺めているしかなかった。

「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

はやての叫び声が、辺り一面に響き渡る。
それは悲痛の叫び。
家族を失った少女の。
友人に裏切られた少女の。
行き場を失った少女の、悲しみの叫び。

「くっ!? なんだこの光は!?」

あまりにも強すぎるその光に、思わず上条は目を閉じる。
天へと伸びる黒帯びた紫色の魔力の筋の中に、はやてはいた。

「我は闇の書の主なり。この手に力を」

そう告げると、はやての手に闇の書が現れる。
間違いない、これこそ闇の書の復活の時。

「封印、解放」
「Freilassung」

瞬間、闇の書より煙が噴き出し、はやての身体に変化が起きる。
身体は成長し大人びて、茶色だった髪は、背中位にまで伸びて銀色へと染まり。
手足に拘束ベルトが巻かれ、頬に、腕にそれぞれ二本ずつの赤い線が刻まれて、黒いバリアジャケットを身に纏い。
そして背中より生える、黒き翼。

「はや、て……?」

その姿に、もはやはやての面影はない。
ただ破壊を繰り返すだけの、殺戮兵器としての存在がそこにあるだけ。

「また、すべてが終わってしまった。一体いくつの悲しみを繰り返せばいい?」

紅く染まった瞳を閉じ、両手を広げて訴える。

「我は闇の書、我が力の全て……」

頭部に小さな黒き羽根が生える。
右手を高く突き上げると。

「Diabolic Emission」

闇の書がそう呼応し、白く光り出す。
同時に、突き上げられた右手に、小さな魔力の塊が出来あがる。
そして、それはかなりの大きさへと代わり、辺り一面を壊すのに十分な程の大きさへと姿を変える。

「主の想い……願いのままに」

闇の書、覚醒。



次回予告
ついに起動を果たした闇の書。
闇の書の凶悪な力に、上条達は手も足も出なかった。
その裏で、過激派の男と戦う土御門達。
そして、フェイト達の前に、まさかの人物達が……。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『運命(きせき)』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] A's『闇の書事件』編 13『運命(きせき)』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/05/21 06:56
「くそっ! やりづらいったらありゃしない!」

思わず悪態をついてしまう土御門。
現在、彼らは自らの虚像を相手にしている。
自分達の虚像の後ろで、『世界の調律師』の過激派と思われる男は、腕を組んでいやらしい笑みを浮かべている。
この防衛ラインを越えられることはないと思っている、絶対的安心感。
強き者の虚像は、オリジナルと同じくらいに強い。
故に、彼らは困惑し、倒すのに苦労するのだ。

「くっ!」

神裂は、単純なる剣術勝負となっていた。
無駄に力を行使することは出来ない。
何故ならこの場所で聖人としての力を使用してしまったら、それこそ周囲を巻き込んでしまうからだ。
簡単な話、ステイルと土御門が近くに居る限り、彼女が力を完全に出しきることが出来ないのだ。

「「灰は灰に、塵は塵に。吸血殺しの、紅十字!」」

二人の声が重なり、十字の炎が同時に襲いかかる。
ステイルの戦い方もほとんど変わらず、ルーンを基本とした炎による攻撃だった。
魔女狩りの王(イノケンティウス)を出し、そして相殺する。

「くそ! キリがない!!」

ステイルは思わず悪態をついてしまった。
彼らが戦っている後ろでは、男が一人で高笑いしている。

「ひゃははははははは! いいぞ、もっとやれ!! 精々自分で自分の体力を減らしてるんだな、馬鹿共!!」

気分が高まってくる。
ここで必要悪の教会(ネセサリウス)の連中を叩けるということもあり、彼の気分は最高潮となっていた。
大きな手柄。
そして、世界崩壊への第一歩。
その偉大なる業績を、自分の手でつかむことが出来る。
『あのお方』に並ぶ程の、力を手にすることが出来る。
本当は、この世界がどうなろうとこの男には関係なかった。
ただ、過激派として上の地位に就きたいが為に、こうして上条達の世界を壊しにかかったのだ。
結果、その祈願がもうじき叶おうとしている。
このままいけば、自らが手を下すこともなく、この者達は勝手に自滅してくれる。
その瞬間を、ただ黙って待てばいいだけの話。
高みの見物とはまさしくこのことを指すのだろう。

「もっとだ、もっとやれ! 殺せぇええええええええええええええええええええええええ!!」
「ならお望み通り、貴方を殺してあげるわ」
「……え?」

男のテンションが最高潮になった時。
この場所にいるはずのない、第三者の声が彼の耳に届く。
その声は女性のものであったが、神裂の声ではない。
何より、口調が全然異なっている。

「な、何者だ……」

辺りを見回す。
しかし、周囲にはそれらしき人物は誰もいない。
土御門達が、自らの虚像と戦っている以外に、誰もいない。

「一体、何処から?」
「ここよ」

またしても声が聞こえる。
そして、声と共に、紫色の雷が彼に降り注ぐ。

「うがぁああああああああああああああああああああああああああ!!」

全身を駆け巡る雷。
それは彼が今まで経験したことがないほどの、高出力。
思えば彼は、自らが手を下すことがないのだから、その身に深手を負ったことすらないということになる。
ということは、これほどの雷を浴びておいて、彼の身がもつだろうか?
否、そんなことはないだろう。

「な、にもの、だ……」

そのまま、彼の心臓は止まり、生命維持活動は停止する。
それと同時に、土御門達が相手にしていた虚像達も、スッと姿を消した。

「今の雷は、一体……?」

神裂は、見覚えのない雷に戸惑いを感じる。
一方で、ステイルと土御門の二人は、その雷が見覚えがあるが故に戸惑いを感じる。
確かに、上条当麻が生存しているのだから、その人物が生きていてもおかしくはないだろう。
だが、あまりにもタイミングが良すぎるのではないだろうか。
そして、どうして今になって現れた?

「何とか間に合ったようです。私達の娘の本当のピンチには、まだ至っていない様子です」

聞き覚えのある男性の声が聞こえてきたと思ったら、突然土御門達の目の前の空間が歪みだし、そこから一人の男が現れる。
男は黒い服に身を包み、黒いフードを被っている。
その姿は、ステイルや土御門がかつて何度も目撃した、アジャストという魔術師の姿だった。

「アジャスト! どうしてお前がここに?」
「私達の娘を助ける為です。この仕事を終えたら、私達はまた遠い別の世界に行こうと考えています」
「私……『達』?」

土御門の問いに対して、アジャストは冷静に答える。
そんな中、神裂がとある一つの部分に対して疑問を抱いていた。
それは、アジャストが私『達』と言ったことだ。
ここにいるのはアジャスト一人だけ。
もし『達』と称したいのであれば、少なくとも後一人は必要だ。
それにアジャストは、『娘を助けに来た』と言った。
ということは、母親である存在が必要となるはず。

「……久しぶりね」
「「!?」」

その声に、土御門とステイルの表情が、驚愕のものへと代わる。
本来ならこの世界軸にいてはならない人物。
虚数空間に落ちて、以降行方不明となっているはずの人物。

「私の大切な娘(フェイト)はどこにいるの?」

娘を愛する母親《プレシア・テスタロッサ》が、杖を持ってそこに現れた。



「くっ! タイムリミットが迫って来てると言うのに、この娘を蘇生させる為の方法がまったく思い浮かばない!!」

ダン! と机を叩きながら叫ぶ芹沢。
その背後には、機械に繋がれた状態のアリシアが、ベッドの上で寝かされている。
机の上には、彼が立てた様々な方程式が書かれた紙が散乱していて、ところどころが黒いペンで乱雑に消されていた。
どれも試した。
計算段階で頓挫したのもあった。
実験する前に支障をきたして止めたものもあった。
最終的な段階まで来て、結局のところ蘇生しなかったものもあった。
かつて創造神(ゴッドハンド)と称されてきた男の限界が、そこにあった。

「どうしてだ……どうして蘇生しない!? 私の研究は不可能ではないのだろう? ならば何故、この娘の命は助からないんだ!!」

ただ目の前の命を助けたい一心で。
芹沢はその頭脳を使い、そして何度も繰り返し実験を行った。
しかし、いたずらに時間だけが過ぎて行き、彼の体力までも奪って行く。
思えばゲルが彼の前に現れてから、芹沢は一睡もしていないのだ。
寝る暇なんてなく、惜しげなくアリシア蘇生の為にすべてを費やしてきている。
これが創造神(せりざわ)の、科学者としての最期の研究と言わんばかりに。

「もう、あまり時間がないんだ……早くしなければ、彼が迎えに来てしまう」

いくら命を助けてくれると言っても、それは研究を続けられなくなることを意味する。
彼の研究は、この施設に置かれている高性能の機械があってこそ出来ること。
『機械』の設計図を組み立てた時も、精密な計算等をすべてここにある機械達によって行ってきたのだ。
それらも彼の作品であり、この研究所には彼が開発したもので溢れている。
だから、他人が作った機械で研究を続けることは不可能。
他の研究ならともかく、人体蘇生という偉業を成し遂げることは不可能なのだ。

「私はこの研究を終えることさえ出来れば、他に何もいらない。それこそ、私の命だって投げだせる覚悟だ! ……む?」

そこで、彼は引っかかるものを感じた。
命、投げ出す。

「……そうか。その方法はまだ試してなかったな」

ふと、彼は一心不乱にペンを走らせる。
白かった紙が、一瞬のうちに黒く染まって行く。
そこには計算式等がびっしり書き込まれていて、およそ彼にしか分からないものとなっていた。

「この方法があれば、もしや……!!」

『正史』の運命は、誰にも分からない。
並行世界は、各々の選択肢のすべてを当たっている為、その後の運命とかが予測しやすく、故に世界として独立した形を保っている。
しかし、『正史』は違う。
『正史』はその運命を予測することが出来ず、ある意味物語の進行は、登場人物達にかかっていると言ってもいい。
とはいっても、『正史』には世界が組み立てたプロットというものが存在している為、ある程度の物語構成はすでに完成している。
だが、ごくたまにその世界のプロット通りの展開にならず、その後の運命が大きく変わってしまう出来事がある。
どの脚本にも発生する、言わばアドリブ……もしくはアレンジという奴だ。

「命の元となる魂・記憶の両データを一度体内から投げ出し、身体のみを再生・修復。その後、二つのデータを元に戻す……片方ずつならやったことはあるが、両方いっぺんにというのはまだ試したことがなかったな」

脳の再生・心臓の再起動。
それらは独立した形で行ったことはある。
だが、両方を同タイミングで試したことはあらず、さらにはアリシアの魂・記憶をデータ化するということを試みるのは、初めてのことだった。
これが成功しなければ、彼にはもう打つ手がない。
恐らくこれが、最後の賭け。
彼はそれに、己のすべてを注ぐことにした。
この方法でアリシアが蘇生しなかった場合、潔く諦めよう。
そして、科学者として二度と名乗らないようにしよう。
それほどの覚悟だった。

「よし……幸い、これらに関する機械等は揃っている。後はこの娘の魂・記憶を解析し、それをデータ化する処理をして、心臓と脳の機能を同時に再起動させれば……」

そう決めた彼の行動は、素早かった。
アリシアの脳に繋がっている機械から記憶と魂を読み取り、コンピュータのキーボードを素早く打ち込んでいく。
画面には見覚えのない文字の羅列が並んでおり、それが彼の人間離れした解析能力を物語っているかのように思えた。
これらすべてを理解することなんて、常人には不可能。
創造神(ゴッドハンド)と呼ばれる彼だからこそ出来る技だ。

「私に、不可能なことなんてない……神すらも冒涜するこの不可能だって、可能に変えてみせる―――!!」

その後、彼は見事にアリシアの魂と記憶をデータ化することに成功。
データ化した魂と記憶を一度身体から抽出し、今度は身体の機能の再生にかかる。
心臓と脳に機械を直接つなぎ合わせ、再び別のコンピュータを使って文字を入力。
繋がっているコードに微弱な電流が流れる。
構っている余裕なんてない。
彼の脳内には、計算式が常に巡っていた。
この電流だって、想定内の出来事だ。

「よし、これで脳と心臓の同時再起動の準備は整った」

一度、芹沢の手が止まる。
コンピュータの画面には、『Ready?』という文字だけが点滅している。
後は、エンターキーを押せば機械は作動する。
ただし、問題はその後だ。
身体機能の再起動を計っただけでは、アリシアは蘇生しない。
身体機能が蘇生した瞬間、データ化した魂と記憶を同時にインプットしなければならないのだ。
つまり、時間こそ勝負の分かれ目。
ほんの数秒でも狂ってしまったら、この手段も失敗し、アリシアは二度と蘇生することが出来なくなる。

「失敗するわけには、いかない」

彼はもう一方のコンピュータで、記憶と魂のデータのインプットの準備をする。
そして、こちらの画面にも、『Ready?』という文字が点滅しだした。
準備はこれで完了した。
後は双方のコンピュータのエンターキーを押せば、蘇生が始まる。

「……行くぞ」

両手人差し指を、エンターキーに乗せる。
自然と、彼の指が震えている。
これを押してしまうことによって、天国か地獄かが決まるのだ。
成功すれば、彼の創造神(ゴッドハンド)としての偉業の一つに加わり、神を超えることになる。
失敗すれば、彼は二度と科学者として名乗れなくなり、堕落する一方だ。
それを踏まえれば、彼の葛藤は当たり前と言わざるを得ないだろう。

「……私は、神を超える」

その一言がトリガーとなり、彼は同時にエンターキーを押した。
瞬間、辺りに電気が放出され、アリシアの身体は発光しだす。
あまりにも強すぎる光に、思わず芹沢は目を閉じてしまった。
爆発にも近いその光は、一瞬彼の頭の中で『失敗』という二文字を再生させる。
だが、彼はまだ諦めていなかった。
これほどまではっきりとした反応があったのは、思えば初めてのこと。
もしかしたら、これこそアリシアが蘇生する瞬間なのではないか?

「頼む。この娘に、再びの命を……希望の灯を!」

彼は光の中、両手を合わせて祈った。
彼自身の願いの為ではない。
アリシアという一人の少女の、未来を想って。

「……収まった?」

やがてその光は完全に収束し、まるで何事もなかったかのように元の静けさを取り戻す。
その中で、彼は何かが変わっていてくれていることを祈っていた。
手ごたえがあっただけに、その結果何も起きていなかったと知ったら、どれほど彼が傷ついてしまうことになるか。
期待を裏切られるということが、どれほど辛いことなのか。

「……」

芹沢はゆっくり目を開けた。
そして、目の前で繰り広げられている光景を、直視した。

「あ……」

アリシアの目は、閉じられたままだ。
始め芹沢は、アリシアが眠ったままなのを見て、この策も失敗に終わったのだと悟った。
だが、次の瞬間に気付いたのだ。

「腹部が、動いている?」

微かにではあるが、腹部が上下に動いているように見える。
それはつまり、アリシアが呼吸をしていると言うこと。

「まさか……ついに、やったのか?」

しばらく芹沢は、アリシアのことを呆然と見守っていた。
ただ息をするだけの、アリシアを見て、不安を期待を抱いていた。
そして、アリシアは少し苦しそうに声を上げた後。

「あれ……ここ、どこ?」

辺りを見渡して、そしてそう言葉を口にしていた。
つまり、アリシアは……。

「ま、まさか……私はついに、ついに成し遂げたのか!!」

最初、彼は自らが成し遂げた偉業を信じることが出来なかった。
だが、時間が経つにつれて段々と理解することが出来、そして一気に喜びの感情が流れ込んでくる。

「やった……ついに私は、やり遂げたんだ!!」
「……?」

喜んでいる芹沢を前にして、アリシアは訳も分からず首を傾けることしか出来なかった。



管理局本局のグレアムの自室にて。
何枚かの資料を眺めながら、グレアムが思考にふけっていた。

「(私のミスだった……闇の書が艦船のコントロールを乗っ取るほどだとは、予想出来なかった……)」

心の中でそう呟くと、彼は一度机の上に立てている写真を眺める。
その写真には、幼き日のクロノと、その母親であるリンディ。
そして、かつて闇の書事件に巻き込まれて命を散らしてしまったクロノの父親―――クライドの姿もあった。
写真を見ながら、グレアムはかつての悲劇の日を思い出していた。
艦内に響き渡る、警告音。
そして、艦内に張り巡らされる、無数の枝のようなもの。
逃げまどう乗組員達。
そんな中、コントロールルームで一人キーボードを打ち、中の様子を探り、報告している男が一人いた。
その間にも、コントロールルームの様々な部分が爆破されていく。

「こちら……2番艦ヘスティア。闇の書の暴走止まりません! フロアもブリッジも奪われました!!」

男は頭から血を流しても、必死で報告を続ける。
その報告を聞いていたのが、当時闇の書の運搬を担当していた部隊の部隊長である、グレアムだった。

「ヘスティア、アルカンシェルのチャージ反応」

コンピュータを操作していたアリアが、首だけをグレアムの方に向けて、そう報告する。
どうやら闇の書の暴走が原因で、ヘスティアが制御不能となってしまっているらしい。

「発射軌道上に本艦隊!!」

局員が告げる、衝撃の事実。
その事実を聞いて、グレアムが未だに通信を繋いでいる男性局員―――クライドにこう訴えた。

「くっ……クライド提督、脱出を急げ! ヘスティアは……破棄する!」

だが、クライドは彼の言葉を聞いてか聞いていないでか。

「……先程、全クルーの避難を確認しました。こちらのアルカンシェルのチャージは、後1分程度で完了してしまいます……こちらのチャージのタイムのカウントを出します。発射前に……落としてください」

モニターの向こうのクライドは、敬礼しながらグレアムにそう告げる。
瞬間、モニターに砂嵐が流れ、そして音声にノイズが走る。
同時に、通信が途切れる。
そして、アリアが操作するコンピュータの画面に、クライドが宣言した通りにチャージタイムのカウントが映し出される。

「ヘスティア艦……チャージ終了まで、残り68秒! こちらはチャージ完了してます……いつでも撃てます」
「父様!」

グレアムの隣に控えていたロッテが訴える。
闇の書による被害を最小限にするには、今ここで決断を下さなければならない。
だが、局員を一人見殺しにするわけにもいかない。
彼は頭の中で葛藤した。
そして、葛藤した末に。

「……アルカンシェル、バレル展開……カウント0を向かえる前に、ヘスティアを……堕とす」

結局のところ、彼に下せる判断はそれしかなかった。
彼の宣言と共に、艦にとりつけられた砲台の先に、環状のバレルが三つ展開し、その先に莫大なる魔力が収束する。
そして、一つの大きな光となった魔力は、一気に放たれて、素早く宇宙空間を切り裂く。
そのままヘスティアに着弾すると、ヘスティアはその場で爆破。
最後まで艦内に残ったクライドと共に、消滅したのだった。
これが、過去に起こった事件のあらすじ。



「ディアボリック・エミッション」

右手を高く突き上げる闇の書(はやて)。
その先に集束していた黒き魔力が、さらに小さく凝縮される。
上条は、咄嗟に悟った。
これだけの力が一気に凝縮されたら、後は一気に爆発するしかない。

「空間攻撃?」
「闇に、染まれ」

涙を流しながら、そう呟かれる。
瞬間、凝縮されていた魔力は一気に膨れ上がり、周囲を闇に染めて行く。
その攻撃をまともに食らうのは危険だ。
各々の取るべき行動は―――とりわけ上条がとるべき行動は決まっていた。

「お姉様!」
「分かってる! 黒子、お願い!!」
「お任せください!!」

黒子は美琴の言葉に答えると、その場にいた美琴とインデックスの身体に触れ、そして安全な場所まで転移する。
空中に留まり続けているなのはは、同じく自らの背後にいるフェイトを背中に隠し、

「Round Shield」

桃色の魔法陣を展開させて、その攻撃を防ぐ。
その攻撃が上条のもとに来るのも時間の問題であり、なのはが防いでいる内に、上条の所にも闇の書による攻撃が届いた。

「はやて……」

涙を流す少女を見つめ、そして上条は右手を突き出した。
瞬間、パキン! という音と共にその攻撃は打ち消される。

「貴様……」

闇の書が、上条のことを見下ろす。
そこにあるのは明確なる拒絶。
同時に、敵意。
闇の書にとって、上条当麻という人間ははやてを悲しみのどん底に突き落とした要因。
はやてと共に時間を過ごしてきたからこそ分かるのだ。

「テメェ……はやてじゃないな?」

上条には分かっていた。
今目の前にいるのは、はやての身体を借りて表に出ている、もう一つの存在でしかないということを。

「私は主の望みを叶える為に、こうして現れた」
「主の望み? はやてがこんなことを望んでるとでも本気で思ってんのかよ!」

そうだ。
八神はやては破壊を望むはずがない。
闇の書の完成を望まなかった少女が。
リンカーコアを蒐集するという話を聞いた時、人に迷惑をかけるわけにはいかないと言った少女が。
こうして周りに被害を及ぼし、迷惑をかけるような展開を望むはずがない。
もしも何かの間違いでそのような幻想を抱いてしまっていると言うのなら。

「いいぜ……テメェがそんな間違った幻想を抱いてるのなら、まずはその幻想をぶち殺す」

右手を握りしめて、上条は宣言する。
それでこそ、上条当麻だ。
どんなに最悪な場面に遭遇したとしても、決してあきらめることのないその根性こそ、上条の人間性。

「本当なら貴方の存在を真っ先に消すべきなのでしょう。ですが……」

闇の書は上条をにらみながらそう述べる。
後に、

「愛おしき守護者達を……傷つけた者達へ……今、破壊します」
「Gefangnis der Magie」

彼女の横に控えている本が光り出し、そして彼女を中心に黒い何かが発せられる。
それは結界。
今は彼女の前に姿を隠しているなのは達を閉じ込める為の。
目の前の敵を逃さない為の、結界。
上条の右手では、この結界を壊すことは出来ない。
自らが結界の影響を受けずに、結界内で行動が出来るという特典がついてくるだけだ。
これを破壊するには、核を潰さなければならない。
以前の物とは、違うのだ。

「……見つけた」
「え?」

その時、上条にとって理解出来ない言葉が聞こえる。
彼女は『見つけた』と言った。
それはつまり。

「ま、まさか!?」
「スレイプニール、羽ばたいて」
「Sleipnir」

上条の目の前で、闇の書の背中に生えている黒き羽根が巨大化する。
そしてその羽根を羽ばたかせて、闇の書は空へと舞い上がる。
そう、彼女はなのは達を先に消すつもりなのだ。

「ま、待て!!」

上条は彼女の身体を掴もうとしたが、無情にも彼女はそのまま空へと消えてしまった。
こうなってしまった以上、彼に移動手段はない。
と、その時だった。

「トウマ!!」
「……え?」

一匹の紅い狼が、彼の前に現れた。



「彼らはもつだろうか?」
「暴走開始の瞬間までは、もって欲しいものだ」

闇の書達の戦闘を、仮面の男達―――リーゼ姉妹が眺めていた。
彼女達の最終的な目的は、闇の書の完全封印。
それも、八神はやて諸共。
闇の書を完全に封印するには、術者を介してその存在が前に出ている必要がある。
肉体を有している今なら、彼女達でも倒すことが出来る。
だからこそ、リーゼ姉妹ははやてにあれほどまでの悪夢を見せ、そして覚醒させたのだ。
だが、その時だった。

「「!?」」

突然彼女達の周囲に、小さな粒子が現れる。
瞬間、地面に大きな魔法陣が出現し、彼女達の身体をバインドらしきものが縛り付けていた。

「なっ……!?」
「ストラグルバインド。相手を拘束しつつ強化魔法を無効化する。あまり使い所のない魔法だけど、こういうときには……役に立つ」
「「!?」」

二人に話しかけてくる、一人の少年。
黒いバリアジャケットに身を包んだ黒い髪の少年は、杖を持ち、変装をしている彼女達に言い放つ。
クロノ・ハラオウン執務官。
彼がバインドを仕掛けた張本人だ。

「ぐっ……」
「あがっ……!」
「変装魔法も、強制的に解除するからね」

彼が次の言葉を言う前に、二人は苦しみ出す。
クロノはすでに、仮面の男の正体を掴んでいた。
土御門のヒントと、彼の独自の調査により、その正体を掴んでいたのだ。

「「あああああああああああああああああああああああああ!!」」

そして二人の変装魔法は解かれ。
彼にとって見慣れた服が。
彼にとって見慣れた髪が。
彼にとって見慣れた猫耳が。
そして、仮面が外れることによって、彼にとって見慣れた顔が現れる。
その姿はまさしく、ロッテとアリア。
かつてクロノに戦闘技術と魔法を教えた、クロノの師匠的存在だった。

「クロノ! このぉ!!」
「こんな魔法教えてなかったのにな……」

ロッテとアリアは、それぞれ悔しそうに言う。
クロノは少し悲しそうな表情を浮かばせて、

「一人でも精進しろと教えたのは……君達だろ? アリア、ロッテ」

弟子が師匠を超えた瞬間が、そこには繰り広げられていた。



「なのは、ごめん……ありがとう」

闇の書が結界を張る少し前の話。
とあるビルの裏に隠れていたフェイトとなのは。
先ほどの攻撃から身を守ってくれたなのはに、フェイトがお礼と謝罪の言葉を述べる。
なのはは少し手を痛めている様子だった。

「……大丈夫?」

心配そうにフェイトは尋ねる。

「うん、大丈夫。思ったよりも被害は少なかったし、それに上条さんが打ち消してくれたから」
「そっか……よかった」

その言葉を聞いて、フェイトは安心する。
やっぱり上条はこんな時にも頼りになる。
どんな時でも、助けてくれる。
そして、そばにいてくれるだけで、安心することが出来る。
だからこそ、彼女達の力のバネになる。

「……あの子、広域攻撃型だね。避けるのは難しいかな……」

フェイトの右手には、なのはのレイジングハートが握られている。
なのはが手を痛めてしまっているので、少しの間だけ彼女がもっているのだ。
そしてフェイトは、闇の書の攻撃パターンが広範囲に及ぶことを悟った為、

「……バルディッシュ」
「Yes sir. Barrier Jacket. Lightning Form」

スピード重視のバリアジャケットから、元の状態に戻すことにする。
黒いマントを羽織ったフェイトは、変化を終えると、なのはにレイジングハートを渡す。
渡されたなのはは、一度闇の書がいると思われる方向を見た。
その時だった。

「なのは!」
「フェイト!」

隠れていたなのは達のもとに、ユーノとアルフが飛んでくる。
二人とも人型であり、それぞれ心配そうな表情を浮かべていた。

「ユーノ君、アルフさん!」

二人の名前を呼んだなのは。
そしてユーノとアルフの二人がなのは達と合流したその瞬間に。
闇の書によって、あの結界が張られたのだ。

「何!? あの時と同じ……閉じ込める結界だ!」
「やっぱり……私達のことを狙ってるんだ」

アルフとフェイトが、少し焦るような感じで言う。

「今、クロノが解決法を探してる。援護も向かっているんだけど……まだ時間が」

ユーノ曰く、管理局からなのは達の元に応援が送られているらしい。
だがそれが完璧に済むにはまだ時間がかかり、つまりそれまでの間は。

「私達でなんとかするしかない、か」
「うん、そうなるね」

フェイトの呟きに答えるように、ユーノが言った。
そんな中で、なのはは何処か上の空で別の場所を眺めていた。
恐らくその視線の先に居るのは、闇の書―――はやてだ。

「なのは……?」
「え?」

そんななのはに、フェイトは心配そうに話しかける。
話しかけられたなのはは、一瞬戸惑ったような表情を見せたが、その後で。

「うん、大丈夫」

と答えた。
その後、アルフの方を見てなのはは言う。

「アルフさんは上条さんの所に行ってください。多分上条さんは、アルフさんの力を必要としてるはずです」
「何? トウマもここにいるのかい?」

その事実に、アルフは少しばかり驚きを見せる。
思えばこの場所に上条がいないので、当然来ていないものと考えるのが自然の流れなのかもしれない。

「……分かった。それまでの間、フェイト達はなんとかしておいてくれよ!」
「うん!」

フェイト達にそう告げると、アルフは上条がいると思われる方向へと向かって飛んでいく。
その間に人型から狼の姿へと姿を変えていた。
思えば今の今まで子犬フォームでいることの方が多かった為、彼女の狼姿は久しぶりかもしれない。
そして彼女のことを見送ったなのは達は、恐らくこの場所に来るだろう闇の書を迎撃する為に、各々の得物を構え、準備をしていた。



あの後、クロノはアリアとロッテの身柄を捕えたまま、管理局の本局へと戻った。
そしてグレアムの部屋に行き、グレアム本人を交えて取り調べを行っていた。

「リーゼ達の行動はあなたの指示ですね……グレアム提督」
「違う! クロノ!!」
「あたし達の独断だ、父様には関係ない!!」

二人の反応は当然とも言えた。
大切な主人を守る為に、身を挺することは当然とも言えた。
だが、グレアムはすべてを悟っているかのような表情を浮かべ。

「ロッテ、アリア、いいんだよ……クロノはもう、粗方の事を掴んでいる。違うかい?」
「……」

グレアムの質問に対して、クロノは何も答えない。
代わりに小型のコンピュータを机の上に置き、そのモニターを開いた。
そのモニターには、はやてと闇の書が映し出されていた。

「11年前の闇の書事件以降……提督は独自に闇の書の転生先を探していましたね? そして発見した。闇の書の在処と、現在の主―――八神はやてを」

クロノは一旦言葉を区切る。
その後で、さらにこう付け足した。

「しかし、完成前の闇の書の主を抑えてもあまり意味がない……主を捕らえようと、闇の書を破壊しようとすぐに転生してしまうから」
「……ふむ」
「そして提督は、まずとある方法を一つ思いついた。それは恐らく、上条当麻の力を利用した、闇の書の破壊」

上条当麻の右手には、それが異能の力なら例外なく殺せる右手―――幻想殺し(イマジンブレイカー)が宿っている。
それを使えば、もちろん闇の書だって簡単に壊せたはずだ。
もっとも、彼にその力が宿っていることを知ったのは、ジュエルシード事件の途中でのことだったのだが。

「ところが、上条当麻はジュエルシード事件を境に行方不明となってしまった。そこで上条当麻の力を利用した完全破壊が不可能と考えた提督は、永久封印の方法を見つけ、監視をしながら闇の書の完成を待った……違いますか?」
「両親に死なれ、体を悪くしていたあの子を見て心は痛んだが……運命だと思った。孤独な子であれば、それだけ悲しむ人は少なくなるから」

確かに、グレアムの言っていることは間違ってはいない。
はやては両親を亡くしていて、親戚もいない。
実質一人だった彼女が死んだところで、悲しむ人間がいるのだろうか?
グレアムがその思考に走るのは仕方のないことだと評価出来る。
だが、それとこれとではわけが違う。
クロノはそう考えながら、机の上にさらに別のものを置いた。
それは『グレアムさんへ』と書かれた封筒と、守護騎士達と笑顔で写っているはやての写真だった。

「あの子の父の友人を語って生活の援助をしていたのも……提督ですね?」
「永遠の眠りにつく前くらい……せめて幸せにしてやりたかった。偽善だな」

偽善ではあるが、それでもはやては幸せだった。
少ない期間ではあるが、はやては幸せになることが出来たのだ。
だから、もう十分だろう。
このまま放っておいても、闇の書の呪いの影響で身体を食いつぶされるだけ。
ならば、今後一生闇の書が覚醒しないように、はやて諸共封印してしまえばいい。
かつて闇の書の脅威をその身で感じたグレアムだからこそ、残酷な判断を下すことが出来たのだ。

「封印の方法は、闇の書を主ごと凍結させて……次元の狭間か氷結世界に閉じ込める……そんなところですね?」
「そう。それならば、闇の書の転生機能は働かない」

主と共に氷漬けにする。
つまり、それは主、または闇の書の死を意味するものではなく、生きたまま閉じ込められることを意味している。
これならば、闇の書は『死』を判断することなく、転生することもない。

「これまでの闇の書の主だって……アルカンシェルで蒸発させたりしてんだ! それと何にも変わんない!!」
「クロノ、今からでも遅くない。あたし達を解放して……凍結がかけられるのは暴走が始まる瞬間の数分だけなんだ!」

ロッテとアリアが、必死に訴える。
彼女達も、もうあの闇の書の悪夢を繰り返したくないのだ。
その一心で、彼女達はここまでのことをしてきたのだ。
だが、クロノはそれを否定した。

「その時点ではまだ、闇の書は永久凍結をされるような犯罪者じゃない……違法だ」
「そのせいで! そんな決まりのせいで悲劇が繰り返されてんだ……クライド君だって……あんたの父さんだってそれで……!」
「ロッテ」

バン! と机を叩いて感情を昂ぶらせるロッテを、グレアムは優しく諭す。
ロッテはそのまま、発言を控えた。
その様子を眺めてから、クロノが続けた。

「法以外にも、提督のプランには問題があります。まず、凍結の解除はそう難しくないはずです……どこに隠そうと……どんなに守ろうと、いつかは誰かが……手にして使おうとする。怒りや悲しみ、欲望や切望……その願いが導いてしまう……封じられた力へと」

そう。
闇の書を凍結させたところで、その解除は誰にも出来ないわけではない。
強大な力を持つ者ならいとも容易く出来てしまうだろうし、そこそこの力しかなくても、その力を求める者なら、意地でも解除させるに違いない。
それでは意味がないのだ。
だから、この方法は結局最善の一手でもなんでもなかったのだ。

「それに、この方法を彼が許すはずがありません」
「彼と言うと、やはり上条当麻のことだな?」
「はい。提督は上条当麻が生きていると発覚した時、その協力を求めようとしていた。違いますか?」
「その通りだ。私は上条当麻が生きていることを知り、彼のもとを尋ねようと考えた。だが、そこで気付いてしまったのだ」
「彼があの子と面識があるということはつまり、守護騎士達とも面識があるということ、ですね?」

上条は、グレアムの考えとは裏腹に、すでに守護騎士達と面識を持ってしまっていた。
故に、はやてが守護騎士達のことを家族同然に思っていることも知っていた。
そんな彼に、闇の書を破壊してくれなんて要求をすることは出来なかった。
上条だって、闇の書と守護騎士達がリンクしていることくらい聞いているだろう。
つまり、闇の書を破壊すれば、守護騎士達もそこでいなくなってしまうことを知っているのだ。
そんな状態で、上条がグレアムのことを聞いてくれるだろうか?
否、そんなはずはなかった。

「だから提督は、『世界の調律師』の過激派を名乗る男に、上条当麻の抹殺を依頼したんですよね?」
「……そういうことになる。もっとも、その男が私の前に現れたのは、本当に偶然だったのだがな」

つまり、こちらの世界に現れた『世界の調律師』の過激派の男は、グレアムと内通していたということになる。
だからその男がどんなにこの世界におけるシナリオを知っていなかったとしても、上条が現れる所を把握して、その場所通りに魔法陣を設置することが出来たのだ。
もっとも、その男は上条当麻以外の者も抹殺し、自分の手柄を立てようと企んでいたのだが、それはグレアムのこととは関係ない。

「……現場が心配なので……すみません、一旦失礼します」

一通り話し終えた後に、クロノはソファから立ち上がり、部屋から出ようとする。
そんな彼の背中を、グレアムは止めた。

「クロノ」
「はい?」

クロノは動きを止め、グレアムの方を見る。
そしてグレアムは、アリアにこう指示を出した。

「アリア、デュランダルを彼に」
「父様!?」
「そんな……」

アリアとロッテは愕然とした。
何しろ闇の書を封印する唯一の手段となる杖を、クロノに渡そうとしているのだから。

「私達にはもうチャンスはないよ。持っていたって役に立たん」
「……」

グレアムの言葉を聞いた後、アリアは無言でクロノに一枚のカードを差し出す。
銀色に輝くそのカードは、待機状態となっている氷結の杖(デュランダル)だった。

「どう使うかは……君に任せる」
「……分かりました」

それを受け取ると、クロノは部屋から出て行き、現場へと戻って行った。



「はぁっ!」

闇の書とフェイトの近接格闘が続く中。
ユーノが一瞬の隙をついてチェーンバインドを仕掛ける。
だが。

「砕け」
「Breakup」

パキン! という音と共に、いとも容易くバインドは破壊される。
だが、ユーノのバインドは単なる足止めでしかなかった。

「Plasma Smasher」

バルディッシュの言葉と共に、フェイトの足元に金色の魔法陣が展開される。
そしてフェイトは右手を広げて闇の書に向けると。

「ファイア!」

集束した魔力を一筋の金色の光線として放出していた。
反対側でも、なのはがレイジングハートを構えて、同じように攻撃態勢をとっていた。

「Divine Buster Extension」

レイジングハートから声が発せられる。
そして、その先端部分に桃色の魔力が集束し。

「シュート!!」

掛け声と共に、一気に放出された。
二筋の光線は、闇の書に向けて迷いもなく突っ込んでくる。
だが、闇の書はその場に直立不動で、逃げようともしない。
代わりに、両手をそれぞれの攻撃がやってくる方向に差し出し。

「盾」
「Panzer schild」

瞬間、二つの光線は闇の書を目前として不可視の壁に防がれる。
圧倒的過ぎる防御力。
その強さは、なのはとフェイトの高出力の魔法を軽々と防ぐ程だった。
そして闇の書は、攻撃を防ぎながらも。

「槍を撃て。血で染めろ」
「Blutiger Dolch」

闇の書の周囲に、赤く染まった小さな槍らしきものが現れる。
防御をしているにもかかわらず、そのまま攻撃に移れるこの圧倒的強さ。
そして、無数の赤き刃は、標的を切り裂く為に周囲にちりばめられた。

「「「!!」」」

三人は咄嗟に回避行動をとった。
そのおかげで直接的被害を被ることはなかったが、フェイトとなのはの攻撃はそこで止まってしまった。
だが、彼らの攻撃はこれで終わりではない。

「俺を忘れるんじゃねぇええええええええええええええええええええええええ!!」
「!?」

叫びながら突っ込んできたのは、狼状態のアルフの上に乗っかっている上条だった。
上条は右拳を強く握り締め、大きく振りかぶり、そして闇の書に向かって一気に殴りつける。
アルフのスピードも含まれ、上条の拳の威力は増していた。
だが、所詮はその程度のスピードしかなかった。
闇の書はすぐさま上に軽く飛び上がることで上条の攻撃を避ける。
そのまま右足を振りかぶり、アルフ目掛けて蹴りつけた。

「あぐっ!」
「アルフ!?」

蹴られたアルフは、苦しそうにうめき声をあげる。
その衝撃で、アルフと上条はなのは達の近くまで飛ばされてしまった。

「上条さん、アルフさん! 大丈夫ですか!?」

なのはは心配そうな表情を浮かべると共に、二人に尋ねる。
二人はなんとか首を縦に振り、大丈夫だということをアピールする。
が、そんなことで安心している場合ではなかった。

「咎人達に滅びの光を」

右手を高く上げ、闇の書が次の魔法の詠唱に入る。
……だが、その様子は少しおかしい。
彼女は守護騎士達と同じくベルカ式を用いるはずだ。
その証拠に、先ほどなのは達の攻撃を受けた際も、はやての身体を介して表に現れた時も、やはりベルカ式の魔法陣が展開していた。
だというのに、今回彼女が使用している魔法は、ミッドチルダ式の魔法陣を見せている。
しかもその色は桃色。
空中から散布している魔力を集め、それを集束させているその姿は、まるで……。

「まさかこれって、なのはのスターライトブレイカー?」
「そんな!? どうしてアイツが……?」
「とにかく、今はなるべく遠くに逃げるんだ! あんなものをまともに受けたらひとたまりもないぞ!!」

アルフが驚愕の言葉を述べ、上条が全員に指示をする。
なのはの放つスターライトブレイカーは、それだけでかなりの高出力だ。
故に、これだけの攻撃をまともに受けたら、身が滅んでしまうかもしれない。

「星よ集え。全てを撃ち抜く光となれ」

そんな中、闇の書によって詠唱はどんどん完了していく。

「貫け閃光」

彼女がその言葉を口にしている時、なのは達は全力でその場から離れていた。
なのはの技を闇の書が使っていることに多少の違和感を感じながらも、その理由についてとある一説が思い浮かんでいた。
それは。

「なのはは一度蒐集されている。その時にコピーされたんだ!」

闇の書は元は魔導師の力を保存し、それを次の主へと伝える、主と共に旅する魔導書―――『夜天の魔導書』だった。
その名残として、リンカーコアを蒐集した相手の技を扱うことが出来るのだ。
だから闇の書は、なのはの技であるスターライトブレイカーを撃つことが出来るのだ。

「左方向300ヤード、一般市民がいます(Sir, there are noncombatants on the left at three hundred yards)」
「何!?」

バルディッシュから伝えられるまさかの事実。
それは、結界内に一般市民が巻き込まれているということだ。
普段、結界を張る際に一般市民が巻き込まれることはまずない。
だが、今回は偶然に偶然が重なってしまい、このような事態に陥ってしまったのだろう。

「アルフ! 俺達の方でその方向へ向かうぞ! もしその方向に闇の書の攻撃が来たら大変だ!!」
「分かったよ!」
「アルフ、当麻、お願いね!」

上条がアルフに指示を出し、フェイトがそう頼む。
二人は息を合わせて首を縦に振り、バルディッシュが指示した方向へと転換し、そのまま勢いよく突っ込んでいく。

「見えた!!」

上条は叫んだ。
上条の視界にも、アルフの視界にも、件の一般市民と思われし人物が映る。
……そこにいたのは、紫色の髪の少女と、金色の髪の少女。
なのはやフェイトと同い年位のその少女は、まさしくすずかとアリサだった。

「アイツらだったのかい!」
「ここからだとさすがになのは達のこともバレちまうよな……」

なにせなのはとフェイトの二人は現在空を飛んでいる最中だ。
もし魔法に何の関連ももたない二人がその様子を見たら、どれだけ驚くことだろうか。
もっとも、なのはやフェイトが魔導師だということがバレたところで、別に命を取られるわけでも記憶を消されるわけでもないので別段問題はないが、それよりも今は、闇の書の攻撃が二人に当たってしまうことの方が問題だった。

「アリサ! すずか! 急いでその場から離れろ!!」
「え? この声……まさか」
「上条さん!?」

アリサとすずかが驚いたような表情を浮かべる。
その間にも、闇の書の攻撃準備がすでに完了していて。

「スターライトブレイカー」

呟きと共に、闇の書はなのはの大技―――スターライトブレイカーを放つ。
その威力は、辺りのビルなどを倒壊させかねない程のものであり、それは上条目掛けて一直線に伸びる。
別に上条だけを狙ったわけではないのだが、あまりにも攻撃範囲が広すぎて、彼のもとに来ているも同然だったのだ。
そしてその近くには、アリサとすずかの二人が。

「アルフ! 俺をあそこに降ろせ!!」
「む、無茶だ! いくらトウマでもそれは危ないって!」
「今はあそこの二人が優先だ! ゴチャゴチャ言ってる場合じゃねえだろ!!」

上条はアルフに向かって叫ぶ。
アルフは観念したように、指示された場所に上条を降ろす。
その場所は、まさしくアリサとすずかの目の前。

「いいか二人とも! 絶対そこから動くんじゃねえぞ!!」
「え、ええ!」
「分かりました!!」

二人は何が何だかよく分からなかったが、上条の真剣な声を聞く限り、今がまともな事態でないことを把握する。
大人しく指示通りにしていた方が利口だと悟った二人は、何も言い返すことなくただ黙って上条の背後に隠れる。
それを確認すると、上条は右手を突き出す。
同時に、スターライトブレイカーが彼に向かって襲いかかる。

「くっ!」

パキン! という音が鳴り響き、一度攻撃は打ち消される。
だが、集束する魔力の量はけた外れであり、一度打ち消した所ですべてを打ち消すことが出来るわけではない。
上条の腕に血が滲み始める。
先ほどの戦闘でなのはのディバインバスターをすべて防ぎきってからの、この攻撃だ。
もとは二発連続で来る予定だったので、今この場を以て防ぐ分には体力も回復しているし、そこまで難しい話ではなかった。
だが、それでもなのはのもつ最強の技だ。
簡単に終わることはない。
それでも、上条は決してひかない。

「こんなの……所詮なのはの技のコピーでしかないんだ! 偽物なんかに負けてたまるかぁああああああああああああああ!!」

いくら攻撃パターンが似ていると言っても、所詮はコピー技。
オリジナルの技を受けて倒れるより、コピーの技を受けて倒れる方がよほど屈辱的だ。
故に、この技はすべて彼の右手で受け切らなければならない。

「ちょ、ちょっと大丈夫なの?!」
「上条さん、血が……!!」
「大丈夫だ。もうすぐ終わる……」

抱き合って身体を震わせるアリサとすずかだが、それでも上条のことを心配するような言葉を発する。
上条はそんな二人に『大丈夫』と言った。
彼女達はその上条の言葉を信じることにした。
これまでだってどんな状況でもはねのけた少年だ。
誘拐されたときだって、どんなにボロボロになっても助けだしてくれた。
そんな彼の言うことだからこそ、二人は信じることが出来たのだ。

「うぐっ……おらぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

最後の叫び、と言わんばかりに上条は腹の底から声を出す。
瞬間、バキン! という悲鳴が響いたと共に、スターライトブレイカーは見事にすべて打ち消されたのだ。
上条はその瞬間、地面に座り込み、右腕を左手で抑える。
腕からは血が流れ出ていて、およそ大丈夫とは言えない状態だった。
だが、それでも上条はこの場で倒れることはない。
まだ、倒れるわけにはいかない。

「大丈夫ですか、上条さん!!」
「当麻! 大丈夫?」

その時、空中から声が聞こえてくる。
どうやら心配になって様子を見に来たらしい。

「ああ、なんとか大丈夫だ……」

上条はその声の主に言葉を返す。
しかし、アリサとすずかの二人は、その人物達の姿を見て、驚愕した。

「なっ……なのは!?」
「フェイトちゃん? こ、これは一体……」
「!?」

しまった、と言わんばかりの表情をなのはは浮かべた。
そこにいたのは自分の大切な親友達だったのだ。
これまで魔法のことを一切話さなかった、親友だったのだ。

「エイミィさん!」
『大丈夫! 今から安全な場所に転移させるから!』

アリサとすずかの言葉を半ば無視するように、なのはがエイミィと通信をとる。
その様子に、すずかとアリサが困惑し。

「ねぇ、なのはちゃん……フェイトちゃん……これは、一体……?」
「ねぇ、ちょっと!!」

二人が何かを言う前に、足元に転移用の魔法陣が現れる。
そしてそのまま、二人は何処か安全な場所へと転移されたのだった。

「……見られちゃったね」
「うん」

なのはが呟くように言って、フェイトが答える。
上条は少しばかり真剣な表情を浮かべる。
いずれバレることだったとはいえ、いざバレてしまったら何だか心が少し晴れない感じがしたのだ。

「……さて、二人ともアイツにお願いしたいことでもあるんだろ?」
「「……うん」」

上条の言葉に、二人は肯定の意の頷きを返す。
そしてなのはは、念話を通じてこう言った。

『ユーノ君、美琴さん達と一緒に二人の方を守ってあげてくれるかな?』
『……わかった』

その言葉だけで、ユーノはすべてを悟った。
本当ならば、ユーノも戦力として加われば、それはそれで心強い。
だが、気がかり(アリサとすずか)がいる状態で戦うのは、彼女達にとっても思い切り戦うことが出来ないことを意味するのだ。
だからユーノは、なのはの要求をすぐに呑んだのだ。

『なのはちゃん、フェイトちゃん! クロノ君から連絡! 上条君と一緒に、闇の書の主に―――はやてちゃんに、投降と停止を呼びかけてって!』

通信を通じて、エイミィがそう指示を出す。
三人は目を合わせ、そして悟る。
上条はいつの間にかそばに控えていたアルフの背に乗り、闇の書の所まで向かう。
一方、なのはとフェイトの二人は、その場で目を閉じ、念話を通じて闇の書に言った。

『はやてちゃん……それに闇の書さん。止まってください! ヴィータちゃん達を傷つけのは……私達じゃないんです!!』
『シグナム達と、私達は……!!』

だが、二人の必死の訴えも、闇の書はまったく聞き入れない。

「我が主は、この世界が……自分の愛する者達を奪った世界が、悪い夢であって欲しいと願った。我はただ、それを叶えるのみ……主には穏やかな夢の内で、永遠の眠りを。そして愛する騎士達を奪った者には……永久の闇を」

闇の書は右手を前に突き出して、足元に黒ずんだ紫色の魔法陣を展開させる。
瞬間、地面から無数の触手らしき物が現れて、なのはやフェイトの身体に纏わりついた。

「うぐっ!」
「あ、が……!」

苦しそうにうめき声をあげるなのはとフェイト。
だが、上条が右手でその触手に触れると、パキン! という悲鳴と共に触手は跡形もなく消え去る。
そして上条は、こう言ったのだ。

「……いい加減にしろ、闇の書」
「!?」

彼の眼はもはや通常時のそれではなく、明確な怒りを見せていた。
そうだ、この場を以て彼は言わなくてはならない。
闇の書が抱えている間違いを、正してあげなくてはならないのだ。

「確かにはやては、目の前で大切な奴らを奪われて、絶望の淵に立たされたのかもしれない。そして、そんなはやてを救ってやりたいって思ってるお前の気持ちも分からなくはない。けどな、こんなやり方で願いを叶えたところで、それで何になる!? お前は本当にそれでいいのか? こんなやり方で、はやてが喜ぶとでも本気で思ってるのかよ!?」
「トウマの言う通りだ! アンタのやり方は間違えてる。自分の主人の願いを叶えたい。主人の力になりたいって気持ちは私にも分かる。けど、そのやり方を決して間違えちゃいけないんだよ!」

アルフも、必死に闇の書に訴えた。
それは同じく主人がいるからこそ言える言葉だった。

「……私はただ、主の願いを叶えるだけだ」
「願いを叶えるだけだと? ならテメェは、主の願いを叶える道具だとでも言いたいのか?」
「その通りだ。我は魔導書……ただの道具だ」

そう言っている闇の書の目からは、涙が流れていた。
本当にただの道具なのだとしたら、決して涙は流さないはず。
彼女はただの道具なんかじゃない。
だからここで、彼女も救わなくてはならない。

「道具だと? ただ主の願いを叶えるだけの道具だと? それは違う! お前は道具なんかじゃない! お前は言葉だって使えるし、心がある! 本当に心がないただの道具なんだとしたら、こんな所で涙を流すはずがない!!」

心なき道具に、涙は現れない。
悲しみを抱いて涙を流せるということは、つまり彼女は道具なんかではないということを意味する。
それでも、闇の書は上条の言葉を否定した。

「この涙は主の涙。私は道具だ……悲しみなど、ない」
「悲しみなどない? そんな言葉を……そんな悲しい顔で言ったって誰が信じるもんか!!」

ようやっと苦しさから解放されたフェイトが、闇の書にそう言い放つ。
事実、闇の書はかなり悲しそうな表情を浮かべていた。
道具だと言い張るのなら、そんな悲しそうな表情を浮かべるはずはない。

「お前には心がある! 『悲しみ』という感情がある! 胸を張ってそれを言っていいんだよ!」
「あなたのマスターは……はやてちゃんは……きっとそれに答えてくれる優しい子だよ!!」

なのはも闇の書に必死の説得を試みる。
そして最後に、フェイトとなのはがこう言った。

「だから……はやてを解放して。武装を解いて。お願い!」
「それは貴女にしか出来ないことなの! だから……はやてちゃんを、起こしてあげて!」

だが、その時だった。
突如として地面が揺れ出し、そしてピシッ! という音を鳴らし、ひび割れる。
そしてひび割れた地面から、何本もの炎が巻きあがり、空へと伸びていく。

「早いな……もう崩壊が始まったか。私も時期、意識をなくす。そうなれば……すぐに暴走が始まる。意識がある内に、主の望みを叶えたい……」
「Blutiger Dolch」

彼女の言葉に答えるように、闇の書の本もまた、光り輝く。
そして彼女が手を突き出した瞬間。
なのは達の周囲に、赤き刃が滞空していて。

「闇に……鎮め」

闇の書の言葉と共に、一気になのは達に襲いかかった。

「「「「!!」」」」

なのは・フェイトの二人はすぐさま回避行動をとり、上条を背に乗せたアルフは、上条が刃を打ち消している隙に安全な場所まで逃げる。
辺りに煙が立ち込めている為、彼女にはそこまでの様子が分からなかった。
そして煙が晴れた時、そこには無傷のなのは達が居た。

「この……駄々っ子!!」
「Sonic Drive」

バルディッシュの言葉と共に、フェイトの手首と足首に生えている魔力の羽根がさらに多くの魔力が込められたことによりその強度を増し。

「言うことを……」
「……Ignition」
「聞けぇえええええええええええええええええええええ!!」

そのままフェイトは、バルディッシュを構えたまま闇の書へと突っ込んでいく。
だが、闇の書はその場で立ちつくしたまま、相手が来るのを待っているだけ。

「……お前も、我が闇の内で、眠るといい」

そして彼女の目の前に、魔法陣が展開する。
フェイトはそれが障壁か何かだろうと踏まえ、一気に破ろうと彼女に襲いかかる。
……バルディッシュの刃が闇の書の魔法陣に触れる、その直前のことだった。

「……え?」

突然、フェイトの目の前に紫色の雷が降り注ぐ。
フェイトは唐突過ぎるその攻撃に、思わず動きを止めてしまった。
そして、声が聞こえてくる。

「駄目よ、フェイト。今そのまま攻撃してたら、貴女も闇の書に吸収されていたわ」
「……う、嘘。この声、まさか……」

フェイトの顔が、驚きのものへと代わって行く。
その声は、もう決して聞けないと思っていた、大切な人の声。

「フェイト、助けに来ましたよ……」

優しげに語りかけてくる父親(アジャスト)の隣にいたのは。

「か、母さん……」
「助けに来たわよ、私の愛する娘―――フェイト」

そこにいたのは、かつて虚数空間に落ちたはずの、フェイトが大好きだった、たった一人の母親―――プレシア・テスタロッサだった。



学園都市第七学区某所。
二人の最強の戦いは、そこで勃発していた。
彼らの戦いは、文字通り最悪の戦いだった。
ただし、今回明らかに不利となっていたのは、一方通行の方だった。

「くっ!」
「おらおらどうした! 残り時間も迫ってきてるンじゃねェのかァ?」

そう。
『打ち止め(ラストオーダー)を助けなかった一方通行』であるドロップは、脳に大きなダメージを受けていないし、時間制限が設けられているチョーカーもついていない。
故に能力を無制限で使用することが可能なのだ。
しかし、一方通行はどうだろう。
『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』の一方通行も、他の世界線上にいる一方通行の例に漏れず、脳にダメージを負った上に、チョーカーも取り付けられている。
しかも運が悪いことに、ここまで至るのにそのチョーカーのバッテリーを使用し続けていた。
そのおかげで、ドロップと戦う時になると、すでに残り時間わずか5分というところまで来ていたのだ。
つまり、この戦いは5分で雌雄が決する。

「そういうテメェこそ、さっきから俺にこンな軽い傷しかつけられてねェじゃねェか! まさかこのまま雑魚っちィ攻撃だけ当て続けて逃げ勝ちするとか言うんじゃねェだろうなァ?」
「ンなわけねェだろ三下ァ! テメェは俺の手できっちり殺してやる。5分なンてハンデはいらねェ位だぜ!!」

お互いに牽制し合いつつも、それでも互いの攻撃は実は通っている。
しかし、元々殴り合いの喧嘩に対してそこまでの強さを誇っていない一方通行達にとって、自分と戦うというのがこれほどまでにやり難いことだった。
何故なら、互いにベクトル変換をすることが出来るということは、結局ベクトルを変換し合ってその威力を打ち消し、結局本人が本来持っている腕力勝負となってしまっているからだ。
例えば、ドロップが右拳を握りしめて思い切り一方通行に殴りかかったとする。
ベクトル変換が前方向に作用しているが故に、常人ならその拳を喰らっただけで簡単に気絶するか、最悪の場合死に至るだろう。
だが、一方通行はその攻撃を反射する為に逆方向のベクトルを発動させる。
そのベクトルを打ち消そうと、ドロップの方のベクトル変換が作用して……。
つまり、その繰り返しとなってしまうのだ。

「あの二人の相性はある意味最悪だと思っていたが、これほどまでとは……」
「……お兄ちゃん」

ゼフィアとアリスの二人は、ただ二人の戦いを見ている他なかった。
少なくとも、この五分間は手出しが出来ないのだ。
別に一方通行に『介入するな』と言われたわけではない。
ただ、二人は悟ったのだ。
この戦いに、横槍を入れてはいけない、と。

「いいねェ! 最っ高にいいねェ! やっぱりこうでないとな、一方通行!!」
「へっ! 自分の名前を自分が呼ぶなンて変な気分だな、おい!」
「その名前を俺は捨てたって言ったはずだぜ! 一方通行(ざこ)なンて名前はもういらねェんだよ!!」

彼はそう告げると、いきなりその場に立ち止まる。
そして何をするかと思ったら、足元に黒い魔法陣を展開させたではないか。

「なっ!?」

これには一方通行は驚いた。
しかし、考えてみればドロップのこの行動にも納得がいくのだ。
何故なら、彼は『世界の調律師』に所属した魔術師なのだ。
本来ならこの世界軸に一方通行の姿をした存在は二人もいない。
だが、そんな奇跡を可能にするだけの魔術を、彼はすでに持っているのだ。

「悪ィな! 最初から実力勝負だけで挑もうなンざ馬鹿げた考えは持ってねェンだよ! こっちにはこンな攻撃手段だってあンだからよォ、存分に使わせてもらうぜ!!」

ドロップはそう宣言すると、右手を大きく振りかぶり、そこで一度動きを止める。
そして、呪文の詠唱に入った。

「すべてをなぎ払う疾風の刃よ。我に集いて、彼の者の命を切り裂け!」
「……え?」

その呪文を聞いて、アリスはふと気になることがあった。
彼女はこの呪文を聞いたことがあるのだ。
そしてその呪文は、少なくともこの少年が使用すべき魔術ではない。
第一、もしドロップが述べたことがすべて正しいのだとすれば、『脳にダメージを負っていない』だけで、突き詰めてしまえばこの少年は一方通行と同一人物なのだ。
学園都市で能力開発を受けた人物が魔術を使用することなど不可能。
故に、目の前にいる一方通行の顔を持つこの者は……。

「ヒャアハハハハハハハハハハハハ! 堕ちろ……冥府の底へ!!」

そしてドロップは、振り上げていた右手を勢いよく振り下ろした。
瞬間、轟! という音と共に空間が切り裂かれ、その衝撃波が一方通行に襲いかかる。
彼に出来る行動は二つ。
避けるか、反射するかだ。
能力使用時間は後三分。
十分だ、それだけあれば目の前の男に勝てる。
何故なら、この男は……。

「お兄ちゃん!!」

アリスは叫んだ。
いつまで経っても回避行動をとらない一方通行に向かって叫んだ。
このままだと彼は攻撃を受け入れてしまうことになってしまう。
いくら彼に反射が備わっているからと言って、彼が攻撃を喰らうような場面を、アリスは見たくなかったのだ。

「……るせェな。この程度の攻撃で、俺がくたばるわけねェだろ―――!!」

一方通行は、最強を名乗る少年だ。
その名前が自分につけられていることに対してなんの思いも抱いていなければ、その名前を恥とも思わなかった。
だが、目の前の少年は違った。
彼は一方通行(さいきょう)の名前を捨て、挙げ句の果てに自分を堕ちた者(ドロップ)と名乗った。
そんな男に、一方通行(さいきょう)を名乗る自分が負けるはずがない。

「ハッ! 怖さで避けることも忘れたか三下ァ!」
「バーカ。この程度の攻撃なンざ避ける価値もねェんだよ」

パシュン!
実に府抜けた音が聞こえてきたと思ったら、一方通行の身体を弾いて何処か別の方向に行ってしまった。
そしてアリスは、今のドロップの行動にて、完璧に理解出来た。

「貴方……お兄ちゃんのもう一つの可能性だって話、嘘だよね?」
「……ああ、確かにそれは俺も思った。確かに、攻撃パターンとかを見比べたらまさしく俺だ。けどな、テメェは決定的なミスを犯してンだよ」
「何だと?」

ドロップはただ驚いていた。
自分は完璧に一方通行の姿をとっているはず。
だというのに、何をミスしたというのだろうか。

「学園都市で能力開発を受けている奴は、一人につき一つしか能力が与えられない。要するに、俺はベクトル変換しか出来ないのに、テメェはそれ以上のことをやってのけた。つまり、お前は俺じゃないってわけだ」
「補足説明をつけておけば、学園都市で能力開発を受けている者は、魔術を使用することが出来ないのだ。もし能力者が魔術を使えば、たちまち命の危機に瀕することになる。だが、お前は違った。魔術を使用したにも関わらず、無傷でそこに立っている。これが決定的な証拠だ」

そう。
ゼフィアは最初から気付いていたのだ。
彼が『世界の調律師』の過激派を名乗った時点で、どう考えてもおかしかったのだ。
何故なら、いくら並行世界の一方通行だと言っても、それが魔術を使える理由になどなり得ないからだ。
科学サイドの人間が魔術を使用出来ないことは、すでに実験で明らかになっている。
だからこそ、彼らが今こうして並んで地に立っていること自体おかしな話だったのだ。

「けど、ドロップって名前だけは本物だよね? 地に堕ちた幻想師―――ドロップ」
「……やっぱり最後まで騙しきることは出来なかったみたいだな」

ドロップは自らの顔を手で覆い、相手から見えなくする。
そしてその手を降ろした瞬間、彼の顔は素顔―――いや、何もない白い顔に変わっていた。
そう、これこそドロップの本当の姿。

「誰かの真似をし、その能力を複製する力―――それが俺の本当の能力の正体だ」
「やっと姿を現しやがったなァ。ンダァ? そのみっともない姿は?」

一方通行は挑発するように言った。
現に、ドロップの顔はおよそ人間の物とは言えないものだった。
何せ人間の顔を構成する為の必要要素が何一つ揃っていないのだ。
これこそ、彼がこの魔術を取得した際の犠牲だった。

「俺は様々な人間に化けることが出来る故に、自分の顔というものを忘れた。だからこれでいいんだよ」
「なるほど。つまりテメェはドッペロゲンガーってことか」
「この能力の欠点としては、一度変身を解除してしまったら、次に変身できるのは他の誰かに変身してからってことだけだ。まぁ、自分相手に喧嘩出来なくて残念だったな、一方通行(ざこ)」
「相変わらず雑魚呼ばわりすンだなァ、テメェは。種明かしした奇術師ってのは、後々糾弾されちまうものなンだぜェ?」

もはや一方通行に、負ける道理なんてない。
自らの最大の敵は、もう目の前にいない。
ならば、もう彼を邪魔する者などいないはず。

「……なら、お前を倒すとっておきの秘策を用意しよう」
「何?」

愉快そうに笑っていた一方通行の顔が、少し歪む。
対してドロップの顔は、相手に憎しみを植え付ける位に歪んでいた。

「さぁて、テメェはこの顔を殴れるかな?」
「……!?」
「姿、が、変化して行く……」

一方通行とアリスは、目の前の光景にただ驚いていた。
ゼフィアはあまりにも衝撃が強すぎて、声が出ない位だった。
ドロップの姿がどんどん変わって行く。
もはや原型もとどめない位に、彼の姿形が変わって行く。
顔だけではない。
その身長。
その体型。
そのすべてが変わって行く。
やがて彼が変化を終えた時、そこにいたのは……。

「なっ!?」
「こんなことも出来ちゃうんだよ、ってミサカはミサカは胸を張って貴方に言ってみたり!」

そこにいたのは、寸分違わずコピーされた、打ち止め(ラストオーダー)の姿だった。
一方通行が今回戦う理由として存在する、たった一人の少女。
そして、ミサカネットワークをすべる頂点的存在。

「どうして、よりによってその姿なンだよ……!!」
「……お兄ちゃん?」

不安がるアリス。
その近くに居るのは、ドロップに対して明らかなる殺意を見せる一方通行。
だが、今の彼にドロップを倒すことは出来ない。
何故なら、打ち止めの姿に傷をつけることなんて、彼には出来ないからだ。
一方通行は、打ち止めの前で常に最強を名乗ることを決めていた。
故に、彼女は守られるべき存在。
守られるべき存在を自らが傷つけてしまうなど、言語道断。

「何を言ってるの? ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」
「真似すンじゃねェよ……テメェがその姿をしてンじゃねェよ……!!」
「けど貴方にはミサカは殴れないでしょ? ってミサカはミサカはいやらしい笑みを浮かべながら聞き返してみたり」

純粋無垢な笑みは、そこにはなかった。
ドロップを殺したい。
なのに、手が動かない。
足が動かない。
身体が、動かない。

「……」
「最終的にダンマリ決めこんじゃうの? ってミサカはミサカは少し残念がってみたり」
「……お兄ちゃん、下がってて」
「は?」

これまで傍観に徹していたアリスが、一方通行の前に出る。
そして、目の前にいる打ち止め(ドロップ)に向かって、こう宣言した。

「お兄ちゃんをこれ以上傷つけないで。それ以上お兄ちゃんに傷をつけるって言うなら、アリスが絶対許さない」

これ以上ない程、決意を秘めたアリスの目。
ドロップの表情がわずかながらに歪む。
しかし、所詮その程度だった。

「怖い怖い! ってミサカはミサカはわざとらしく怯えてみたり」
「余裕ぶっこいてられるのも今のうちだぞ、ドロップ」

アリスの後ろから、ゼフィアの声が聞こえてくる。
そう、彼はすでに分かっていたのだ。
今のアリスが、はたしてどれだけ怒っているのかということを。

「お兄ちゃんはアリスに気付かせてくれたの。アリスを助けてくれたの。だから今度はアリスの番。アリスがお兄ちゃんを助ける。必ず貴方を、殺す」
「……」

アリスから発せられる殺気が、尋常じゃない程強いものとなっていた。
それは目だけで人を殺せるのではないかという程のものであり、それこそアリスが今まで他人に見せたことのないほどの怒りを見せていると言うことを意味していた。

「……私をやれるの? ってミサカはミサカは問いかけてみたり」
「うん、殺れるよ。だって、あなたはお兄ちゃんの大切な人の顔を借りて、お兄ちゃんを傷つけた本人なんだもの。許せるはず、ないよ」

鉈を構えて、いつでもアリスは攻撃できるようにドロップを睨む。

「……いいよ、心行くまでやろうよ、ってミサカはミサカは満面の笑みを浮かべながら言ってみたり!!」

打ち止めの顔を借りたドロップが、アリス目掛けて突っ込んでくる。
対するアリスも、ドロップへと駆ける。
そしてそれこそが、アリスという少女が、生まれて初めて大切な人の為に戦う戦闘となったのだった。



次回予告
役者がそろい、ついに闇の書との決着の時がやってきた。
アリスとドロップの戦いも勃発し、二つの絡まない物語は、ついに終幕へと向かっていく。
二つの戦いが終わる時、はたしてそこに温かな未来は待っているのだろうか。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『闇の書(なみだ)』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。




[22190] A's『闇の書事件』編 14『闇の書(なみだ)』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/05/28 21:34
闇の書を睨みつける、一人の母親。
娘はただ、そんな母親の背中を見て、驚愕と喜びが混じったような表情を浮かべていた。
母親が生きていた。
もう二度と会えないと思ってた母親が、自分を助けにきてくれた。
それがとても嬉しくて、思わず母親の胸の中に飛び込みたくなった。
だが、それは今行ってはいけないこと。
この場において、甘えは油断につながる。
故に、母親に甘えるのは戦闘を終えてからということになる。

「……邪魔をするな」

冷酷に言い放つ闇の書の意思。
プレシアは、そんな彼女に言い放つ。

「大事な娘がピンチに陥ってる時に、助けない親が何処にいるのよ?」
「……」

今の言葉を聞いて、上条は確信した。
もう、今のプレシアはジュエルシード事件の時の狂ったプレシアではない。
きちんとフェイトに向き合って、アリシアという幻想から解き放たれたのだ。
これで、例えアリシアが彼女の前に現れたとしても、もうフェイトを人形扱いすることはないだろう。
本当に幸せな結末が訪れていたことを、上条は感じていた。

「……おい、そろそろはやてを解放してやってくれないか?」

上条は、闇の書にそう言う。
しかし闇の書は上条の言葉を聞くつもりはない。

「我が主は今、醒めることのない眠りの内に……終わりなき夢を見る。生と死の狭間の夢……それは永遠だ」
「永遠なんてないよ。みんな変わってく……変わっていかなきゃいけないんだ! 私も……貴女も!!」

なのはの言う通りだった。
永遠なんてものはこの世には存在しない。
始まりがあるのなら、終わりだってある。
万物に共通する認識だった。
だから、はやての夢も、いつか終わりを迎えなければならない。
そして、闇の書もいずれは、変わって行かなければならない。

「私は、永遠に近い地獄を味わいました。何度助けようと思っても、その命が目の前で散って行く。何も分かり合えないまま、大切な人達が離れ離れになっていく。そんな辛い想いを、私はしてきました。だからこそ、私はもう、勘違いしたまま、ただ前へ突っ走ろうとする人を見過ごせないんです」

アジャストは、目の前で何度もプレシアが虚数空間に堕ちて行く映像を目の当たりにした。
フェイトと何も分かり合えないまま、ただアリシアの幻想に囚われて死んでいく一人の大切な妻。
しかし、この世界で彼女は救われた。
そこで、アジャスト・テスタロッサの、永遠に近い拷問は幕を閉じたのだ。
つまり、彼も知っているのだ。
永遠に『近い』ものはあっても、永遠『そのもの』は存在しない、ということを。

「否、永遠は存在する。戯言を抜かすな」

それでも、闇の書の意思の心には届かない。
彼らの重き言葉を以てしても、彼女は屈しない。
だったら、やることは一つだ。

「いいぜ。テメェがまだその事実を認めないって言うのなら」

上条は右拳を握りしめ、そして闇の書の意思を睨む。
アルフはそんな上条の意思を掴み取り、闇の書の意思へ向けて走り出す。
そして、上条は宣言した。

「まずは、そのふざけた幻想をぶち殺す―――!!」



「ん……」

一面に広がる闇の世界。
その場所で、八神はやては目を覚ました。
見覚えのない場所。
その世界で、彼女はたった一人だけ。
孤独だった。
そんな彼女の前に、闇の書の意思が現れる。
そして、優しげにこう言うのだ。

「そのままお休みを、我が主。貴女の望みは……全て私が叶えます。目を閉じて、心静かに夢を見てください」
「私の、望み……」

そう呟きながら、はやては再び目を閉じてしまう。
瞼の裏に焼きついているのは、守護騎士達との温かな暮らしだった。
みんな一緒に、幸せに過ごしてきたはずなのに。
どうして、あんなにも一瞬にして、そんな幸せが壊されてしまったのだろう。
どうして、大切な人はみんな自分の前から消えてしまうのだろう。
今この目を開いた所で、何かが変わるわけじゃない。
消えてしまったという現実を、変えることは出来ない。
だったらいっそのこと、このまま夢の中に堕ちてしまうのも悪くはない。
夢の中でなら、いつまでも幸せに暮らせるのだから―――。

「……え?」

それが、はやての望みなのか?
突如、はやては疑問を抱いてしまった。
これが、自分の抱いてきた望み?

「私は……何を、望んでたんやっけ?」
「夢を見ること。悲しい現実は全て夢となる……安らかな眠りを」
「そう、なんか?」

その言葉に、迷いが生じる。
本当にそうなのか?
夢を見ることが、本当に自分の望みだったのか?

「私が欲しかった、幸せって……」
「健康な体、愛する者達とのずっと続いていく暮らし……眠ってください。そうすれば夢の中では貴女はずっと……そんな世界にいられます」

そう、夢の中でなら。
はやては病気でいることもないし。
愛する者達といつまでも幸せに暮らすことが出来る。
それはなんて幸せな日々なんだろう。
考えただけで、心が温まりそうな位だ。
だが、はやては闇の書の意思の今の言葉を聞いて、気付いた。
だからこそ、無我夢中に首を横に振ったのだ。
何度も、何度も。
自分が抱いてきた幻想を、振り払うかのように。

『お前が甘えたいんだったら、甘えさせてやっても構わない。我儘言いたければ、思う存分言ってくれて構わない』

かつて、大切な少年が言ってくれた言葉。
そう、その夢は確かに幸せだが、その夢の中に、上条当麻(たいせつなひと)はいない。
だったら、そんな夢を見る必要は、ない。

「せやけど、それはただの夢やし……その夢の中に、当麻さんはおらへん。だから私、こんなん望まへん。それは貴女も同じはずや。違うか!?」
「私の心は騎士達の感情と深くリンクしています。だから騎士達と同じように……私もあなたを愛おしく想います。だからこそ、貴女を殺してしまう自分自身が許せない」
「!?」

闇の書と守護騎士達はリンクしている。
だとしたら、守護騎士達の感情が闇の書にそのまま移行していたとしても、何もおかしいことはない。
だからこそ、闇の書は自分が許せなかった。
大切に想っているのに。
守りたいと思っているのに。

「自分ではどうにもならない力の暴走……貴女を侵食することも、暴走して貴女を喰らい尽くしてしまうことも……止められない……」
「……覚醒の時に、今までのこと少しはわかったよ」

闇の書の意思の想いが、はやてに伝わってきたから。
それはとても悲しい想いで。
それはとても辛いおもいで。

「望むように生きられへん悲しさ……私にも少しはわかる! シグナム達と同じや! ずっと悲しい想い……寂しい想いしてきた」
「うん……」
「せやけど、忘れてはあかん!」
「!?」

はやては闇の書の意思の頬に手を添える。
そして、こう宣言した。

「貴女のマスターは……今は私や! マスターの言うことは……ちゃんと聞かなあかん」



「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

結界内では、なのは達と闇の書の意思が戦っていた。
先陣をきった上条が、アルフと共に闇の書へと向かって行く。
だが、直線的すぎるその攻撃は、闇の書の意思には届かない。

「Schwarze Wirkung」
「!?」

上条の目の前で、闇の書の意思の右腕が黒く染まる。
そして彼女はそのまま上条の顔面目掛けて、右腕を投げつけるかのような勢いで殴りにかかる。

「アルフ!!」
「あいよ!」

上条の言葉に合わせて、アルフが一気に急降下を始める。
そのまま闇の書の意思の下を通り過ぎ、上条達は別の場所へと向かって行く。
気付けばそこは、すでに海の上となっていて、街はそこにはなかった。

「土御門! 通信の方は任せた!!」
「分かったぜい、カミやん!!」

途中、ビルの屋上にて控えていた土御門に、上条が言う。
土御門はその要求を了承し、早速通信を繋ぐ。

「こちら土御門。現在カミやん達は戦闘場所を海上に移している。街の方の火災はそっちでなんとかしてくれ!」
『大丈夫、今、災害担当の局員が向かっているわ』
「そうか。ソイツは安心だな」

その後、二人の通信の中になのはが入りこむ。

『闇の書さんは駄々っ子ですが、なんとか話は通じそうです! もう少しやらせてください!!』

念話を通じての会話だったが、なのはは返事を待つ間にフェイト達と共に闇の書に立ち向かう。
そんななのはの様子を見て、リンディは思わずこう呟いてしまう。

『……無理しないで、って言える雰囲気じゃなかったわ』
「大丈夫だ。アイツらなら、きっとなんとかしてくれる」

土御門は、なのは達を……上条達を信じていた。
だからこそ、彼女達に対して無駄な応援はしない。
応援するだけ無駄なのだ。
何故なら、土御門は彼女達が闇の書の意思を説得することが出来ると確信しているからだ。

「行くよ、レイジングハート!」
「Yes my master」
「バルディッシュ……私達も!」
「Yes sir」

二人の魔法少女と、狼に乗る一人の少年は、戦う。
目の前にいる闇の書の意思(だだっこ)を説得する為に。
分からせる、為に。



「ふっ!」
「うりゃ!!」

ガキン!
二人の刃がぶつかり合い、金属特有の音を響かせる。
それはもし二人が何も得物を持っていなかったら、単に二人の少女が戯れていると思わせることが出来る程、この戦場においてあまりにも似合わなすぎる戦い。
だがそれでいて、最終局面にふさわしい、想いと想いのぶつかり合いだった。

「アリスが、お兄ちゃんの想いを守る! 今のあなたを傷つけられないお兄ちゃんの代わりに、アリスがとどめを刺してあげる!!」
「やってみてよ! ってミサカはミサカは挑発してみたり!」

打ち止めの姿で風を纏った剣を振るうのは、およろ見るに堪えない光景だった。
しかし、今の打ち止めの中身はドロップ。
変化する魔術師の、一つの姿でしかなかった。

「その口調で……その姿で……お兄ちゃんを迷わせるな!!」

ドスン!
鉈から発せられる音とはおよそ考えにくい音が鳴り響く。
それはアスファルトの地面がえぐれてしまったことによって発せられた音だった。
ドロップは彼女の剛腕に驚きながらも、しかし余裕の表情をなくすことはなかった。

「力が強いだけじゃミサカには勝てないかも! ってミサカはミサカは胸を張って自慢してみたり!!」
「キャッ!」

ガッ!
間一髪で攻撃を防ぐことが出来たアリスだったが、風圧に負けて身体が飛ばされてしまう。
そのまま壁に激突し、全身に痛みが巡る。
痛い。
苦しい。
もう立ちたくない。
それは今まで傷をつけられたことがなかった少女だからこそ抱いた感情。
様々な感情が彼女の心を支配するも、それでもアリスはすぐに立ち上がる。

「うわぁ~凄い凄い~! ってミサカはミサカは拍手をして心から褒めてみたり!」

実にアリスを馬鹿にしたような言い方だった。
だが、アリスは別にドロップが何を言おうと構わなかった。
自分がいくら馬鹿にされようと構わない。
だから、一方通行のことは馬鹿にするな。
一方通行が大切に想ってる子の姿をして、想いを踏みにじるな。
そんな奴は、今すぐここで―――死ね。

「!?」

気付けばアリスの目は赤く光っていた。
そして、アリスから『殺す』以外の感情が消えていた。
そこに、純粋無垢な少女の姿は何処にもない。

「……アイツ、様子が変わった?」

一方通行もすぐに気付いた。
おかしい、今のアリスは確実におかしい。
こんな状態になったことなどこれまで一度もなかった。
それはつまり、完璧なる暴走。
アリスという少女の身体の中で、何かが起きている。

「アハッ! ようやっと本気になってくれるんだねって、ミサカはミサカは動揺を隠しながらも強がってみたり!」

ドロップは、アリスの変化に戸惑っていた。
いくら裏切り者の制裁をしにきたとは言え、これはあんまり過ぎるのではないだろうか。
これほどまでの敵が相手などと、聞いた覚えはまるでない。
まさか、彼女は……。

「……さぁ、殺し合おう。きっと楽しい殺し合いになると思うよ? 偽物(ザコ)」
「……言ってくれるじゃない、ってミサカはミサカは怒りを露わにしながら言ってみたり」

ドロップの怒りは頂点に達していた。
いくら自分が他人の物真似しか出来ないからと言って、それを他人に指摘される際に『偽物(ザコ)』と評されるのは屈辱以外の何者でもなかった。
完全なるコピーは、もはや偽物ではない。
そこにあるのは本物になるはずだ。
そして、完璧なるコピーは、時に本物すらも凌駕する。
故に、決してザコである筈がない。
コイツの認識は間違っている。
ならば、分からせてやるまでだ。

「もう許さない……ってミサカはミサカは微弱な雷を飛ばしながら貴女に突っ込んでみたり!」

そしてドロップは、剣に多少の雷を纏わせた上で、アリスに攻撃をしかける。
彼女の武器である鉈は、所詮金属で出来ている。
なら、この攻撃で叩き折ってやる。
その想いを抱きつつ、ドロップは剣を振り下ろした。
……だが振り下ろした剣の刃がアリスの身体に触れる前に、アリスの身体が何処かに消えてしまった。

「「「……!?」」」

これには三人とも驚いた。
いきなり姿を消すなんて、常識外れにも程がある。
……テレポート?
いや、違う。
目に見えないような速度で、彼女が移動したのだ。

「……なんだ、こんな程度で終わりなんだぁ」
「!?」

気付けばアリスは、ドロップの背後で鉈を構えて待ち受けていた。
ドロップはその方向を振り向き、防御の為の壁を作りだそうとする。
だが、それはもう遅かった。

「……バイバイ、偽物(ザコ)♪」

ザシュッ!
そして、打ち止めの顔をしたドロップの首が、鉈によって切り裂かれた。
その首が斬られた瞬間に、打ち止めの顔から何もない白い顔へと姿が変わる。
そして気付いた時には、すでに打ち止めの姿はそこにはなく、全身を白で染めたはずのドロップが、赤い血によって汚れていく様子しか目撃出来なかった。
そんな中で、鉈についた赤い血を眺めながら、可笑しそうに高笑いをするアリス。
ゼフィアは、アリスのそんな姿に、思わず恐怖を抱いてしまった。
目の前にいる少女は、アリスなんかではない。
アリスの姿を借りた何者かだ。

「アハハ……アハハハハ……アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

狂ったように笑うアリスの笑い声だけが、いつまでも鳴り響いていた。



「お前達も……もう眠れ」

対峙する闇の書の意思が、なのは達に宣言する。

「いつかは眠るよ、だけどそれは今じゃない!」
「今ははやてを助ける。そして……」
「テメェもだ!!」

なのは・フェイト・上条の三人もまた、闇の書の意思に対して宣言する。
互いの想いのぶつかり合い。
それは激しさを増す、誰もが想像することが出来ないほどの戦い。
なのはとフェイトの二人は、宣言すると共にカートリッジを一発ロードする。

「行くよ、トウマ!」
「おう!」

上条を背中に乗せるアルフが、確認の意味を込めてそう叫ぶ。
上条が同意するのを聞くと、アルフはすぐさま闇の書の意思に向かって駆けだす。
彼一人の攻撃だけなら、避けることもそう難しいことではない。
しかし、闇の書の意思がその攻撃を避けられなかったのには、理由があった。

「はぁああああああああああああああああああああああああ!!」
「!?」

前方よりアルフと上条が。
後方より金色の刃を生やしたバルディッシュを構えるフェイトが。
挟み撃ちをしてくるかのように突っ込んでくるのだ。
どちらの攻撃を避けるかを考え、結局闇の書の意思はフェイトの攻撃に対してのみ障壁を張った。

「喰らいやがれ!!」

上条の右拳が、闇の書の意思まで向かう。
この攻撃に対する障壁による防御は不可能。
それが分かっている闇の書の意思は、上条の攻撃をギリギリの所でかわすと、

「堕ちろ!」
「あぐっ!」

アルフを蹴り飛ばし、上条を宙に浮かせる。
そしてそんな上条の背後に周り、身体を羽交い絞めにする。
そのままフェイトの方に振り向いた。

「!?」

簡単に言ってしまえば、上条はフェイトの攻撃に対する壁となっていた。
当然、次の攻撃を放とうとしていたフェイトは、その攻撃の手を止めることになる。

「槍を撃て。血で染めろ」
「Blutiger Dolch」

闇の書の意思は、そのままフェイトに攻撃を仕掛ける。
言葉と共に、フェイトの周囲には無数の紅い刃が仕掛けられていた。
そして、軽く右手を上げていた闇の書の意思が、その手を降ろす。
瞬間、その刃は獲物を捕えるべく一斉に放出された。

「!?」

攻撃を防ぐことは不可能。
故にフェイトは、真上に飛ぶことでその攻撃を避けることにする。
だが、避けきれなかった分が、フェイトの身体に切り傷を残す。
その傷からは、少量ながらも血が流れていた。

「くっ! フェイトに何するのよ!」

プレシアは、自身の杖を使って紫色の雷を放つ。
それは闇の書の意思に向けてまっすぐに伸びて行く。
闇の書の意思は、上条の身体を地面に向けて投げつけた後、その攻撃を障壁で防ぐ。

「……やっぱりまだ身体の方が本調子ではないんですね」

隣にいたアジャストが、プレシアの身体をいたわるように言う。
しかし、プレシアはこう言った。

「私の身体のことなんてどうでもいいのよ……今はフェイトを助けられれば、それで十分なの」

重い身体を引きずって、彼女は立つ。
アリシアという幻想から解き放たれ、フェイトという大切な娘の存在に気付いた、娘を愛する母親。
もしそんな彼女の元にアリシアがやってきた所で、フェイトに対する愛情も変わりないのだろう。
アジャストは、ここにようやっとハッピーエンドに辿り着くことが出来たという達成感を味わうことが出来た。
だが、目の前の事件はまだ終わりを迎えていない。
これからハッピーエンドを目指すべき物語は、まだ一つ残っている。

「トウマ!!」

堕ちて行く上条の元にいち早く駆け付けたアルフは、再びその身体を自らの背中に乗せる。
おかげで地面への衝突を避けられた上条は、アルフに礼の言葉を告げた。

「サンキューアルフ」
「いいってことよ!」

そう告げた後、上条とアルフは闇の書の意思を見つめる。
そして、なのはが攻撃態勢をとっていることに気付いた。

「レイジングハート! エクセリオンモード!! ドライブ……」
「Ignition」

瞬間、レイジングハートの周囲に魔法陣が展開し始め、その形状が変わって行く。
そしてレイジングハートの形状は、一言で言ってしまえば槍みたいなものに変わっていた。

「繰り返される悲しみも、悪い夢もきっと終わらせられる」
「……夢はいつか醒める。強い意志を持っていれば、悲しい夢も断つことが出来るんだ」

なのはとフェイトから紡がれる言葉。
悲しき悪夢は、自らの意志の力で破れるもの。
夢はいつか醒める。
ただ、醒める為には自分で努力しなければならない。
受け入れなければならないものもある。
けれど、それは決して難しいことではないから。

「俺達が、ちょっとだけテメェを救ってやる……だからもう二度とこんな過ちを犯すんじゃねえぞ、この大馬鹿野郎!!」

上条の叫びをきっかけとして、再び闇の書の意思との衝突が始まった。
なのはが無数の魔力弾を撃ち放ち、そして闇の書の意思がそれに合わせて魔力弾を撃つ。
その背後から、フェイトがバルディッシュを振り上げて、闇の書の意思まで突っ込んでくる。
構図的には先ほどの上条との挟み撃ちとあまり変わらない。
だが、今度は前方からだけではなく、プレシアの雷も飛んでくる。
数からして戦力過剰という感想を抱きたくもなるが、その戦力過剰を超える勢いで、闇の書の意思もまたそれらの攻撃をすべて防いでいた。

「ひとつ覚えの砲撃……通ると思ってか?」
「通す! レイジングハートが……力をくれてる! 命と心を賭けて応えてくれてる!!」

なのはの叫びと共に、レイジングハートがカートリッジをロードする。
そして、レイジングハートより桃色の羽根が現出し。

「泣いてる子を、救ってあげてって!!」
「A.C.S. Stand by」

瞬間。
彼女の足元に魔法陣が展開し、

「アクセルチャージャー起動……ストライクフレイム!!」
「Open」

言葉と共に、先端部分が尖った魔力の刃が現れ、

「エクセリオンバスターA.C.S」

六つ生えている桃色の羽根がさらにその大きさを増し、

「ドライブ!!」

その掛け声と共に、なのはは宙を蹴り、闇の書の意思まで一直線に突っ込んでいく。
その刃を闇の書の意思に向けて、まるで槍を持った女戦士のように勇敢に立ち向かう。
闇の書の意思は、その攻撃に対して右手を突き出して、障壁を展開させて防ぐ。
ガリガリガリガリ! という音と共に、刃と障壁がぶつかっている部分が火花を散らす。

「届いて!!」

ガシャンガシャンガシャンガシャン!
なのはは何発もカートリッジをロードさせる。
その魔力消費量は並大抵のそれとはわけが違う。

「ブレイク……」
「……まさか!?」

闇の書の意思が、何かに気付いたように呟く。
その呟きをすべて聞きとる前に、レイジングハートから生えている桃色の羽根が、闇の書の意思を包み切るかのように巨大化し、刃の先に桃色の魔力が集束する。
そう、なのはが放った攻撃は、決して槍による近接攻撃ではなかったのだ。

「シュート!!」

瞬間、闇の書の意思に向けて、ものすごい威力の砲撃が放出される。
なのはがやりたかった攻撃とは、つまりほぼゼロ距離からの砲撃だったのだ。

「す、凄い威力だね……」

その威力は、近くにいたフェイトが思わず感心してしまうほどだった。
上条も、いつなのはの攻撃の助力をしようかと考えていたところでの、障壁を突き破る程の勢いをつけた砲撃だった。
上条は、これほどの攻撃ならいくら闇の書の意思と言えども、大きなダメージを与えられただろうと考えていた。
しかし。

「なっ……!?」

上条達は、確かにその目で見たのだ。
あれほどの攻撃を喰らってもなお、上空に悠然と立つ闇の書の意思の存在を。
肩を抑えて、息を荒くしているなのはが、そんな闇の書を見て一言呟く。

「……もう少し、頑張らないとだね」
「Yes」



辺り一面に広がる、闇の空間。
その中に光る、二つの魔法陣。
それははやてと闇の書の意思の双方の足元に現れ、その光は彼女達を包み込んでいるかのようだった。

「……名前をあげる」
「……」

はやての言葉を聞いて、闇の書の意思ははやての前に片膝を立てて座る。
そんな闇の書の意思の両頬に、はやては両手を添える。

「もう闇の書とか……呪いの魔導書とか言わせへん! 私が言わせへん!!」
「!?」

はやての、家族に対する想いの叫び。
それは闇の書の意思の心にも届き、不思議と瞳から涙がこぼれていた。

「私は管理者や、私にはそれが出来る」
「無理です……自動防御プログラムが止まりません。管理局の魔導師や、上条当麻達が戦っていますが……それも……!」
「……止まって」
「!?」

闇の書の意思が何かを告げる前に、はやてが割り込むような形でそう言った。



「……え?」

突然、闇の書の意思の動きが奇妙なものに変わった。
悠然としてそこに立っているのは変わりない。
だが、まるで壊れた人形が無理矢理動かされているような、そんなぎこちない動き。
ギチギチという音を奏でて、闇の書の意思は動いていた。

「ど、どういうことだ?」

上条は思わず呟いてしまう。
だが、その疑問もすぐに晴れることとなる。

『そこの方! えっと……「管理局」の方!!』
「!?」

聞き間違えるはずもなかった。
闇の書の意思の声とは違う、なのはやフェイトと同い年位の、少女の声。
それは上条がこの世界に再び訪れてから居候していた家の家主の声。
そして、家族を目の前で奪われた、悲しき少女の声。

「えっと……そこにいる子の保護者、八神はやてです!!」
「はやてちゃん!?」
「はやて……はやてなの!?」

なのはとフェイトは驚いたような声をあげた。
中にいるはやてとの連絡が取れたことに対する驚きと、意識がはっきりしていたと言う喜びからだ。

『な……なのはちゃん!? それに、フェイトちゃんも!?』
「うん! なのはとフェイトちゃんだよ! 色々あって闇の書さんと戦っているの!! 上条さんもいるよ!!」
「はやて、俺だ! 俺の声が聞こえるか!?」

なのはに続いて、上条も叫ぶ。
すると、不思議とはやての声も柔らかくなってきたような気がした。
だが、それでもはやてはとある一つの願いを彼らに言わなければならない。

『ごめん、なのはちゃん、フェイトちゃん、当麻さん……なんとかその子止めてあげてくれる?』
「え?」
『魔導書本体からはコントロールを切り離したんやけど……その子が走ってると管理者権限が使えへん! 今そっちに出てるのは、自動防御のプログラムだけやから!!』

はやての意識ははっきりしている。
そして、しっかりとした意識をもって、闇の書の意思を助けて欲しいと告げている。
今ならいける。
恐らく、この状態ならば、主を救いだすことも……。

『なのは!! 今から言うことをなのはが出来れば、はやてちゃんは外に出られる!!』
「うん!」

なのはは遠い位置から念話で会話をしてきたユーノに返事を返す。
そして、ユーノはこう告げた。

『どんな方法でもいい、目の前の子を魔力ダメージでぶっ飛ばして! 全力全開!! 手加減なしで!!!!』
「さすがユーノ君! わっかりやすい!!」
「まったくです(You sure said it)」

レイジングハートが、なのはの言葉に対して同意を示す。

「上条さん! アルフさん!! 今から全力全開の攻撃を撃ちますから、下がっててください!!」
「おう、任せたぜなのは!!」
「ひと泡吹かせてやれ!!」
「はい!」

上条とアルフは、なのはにそう告げると後方に下がる。
そしてなのはの横に、いたフェイトとプレシアに、なのはは告げた。

「フェイトちゃん・プレシアさん。私が合図したら、すぐに……」
「……うん」
「ええ」

なのはの目を見て、二人とも上条達と同じ場所まで下がる。
それを見ると、なのはは魔法陣を展開させる。

「エクセリオンバスター、バレル展開! 中距離砲撃モード!!」
「All right. Barrel Shot」

レイジングハートの先に魔力が集束する。
そしてその魔力が完璧に集束した瞬間。
なのはは攻撃を放った。
それは衝撃波となって、闇の書の意思まで伸びる。
その攻撃を、闇の書の意思は難なく障壁で防ぐが、その程度でなのはの攻撃は終わらない。

「邪魔させるかぁあああああああああああああああ!!」

なのはの元に襲いかかろうとしてきた触手を、ユーノがバインドによって捕獲する。
だが、それでも捕獲しきれなかった触手が、なのは達目掛けて襲いかかろうとする。
……しかし、その触手はなのは達の所まで届かず。

「右方へ湾曲せよ(TTTR)」

突如少女の声が聞こえてくる。
その声に合わせて、なのは達の方に襲いかかってきた触手も、なのは達を逸れて右側へとずれて行く。
誰もいない空間に襲いかかる触手達。
そしてそんな触手達に、一筋の雷が襲いかかる。

「インデックス、御坂!?」

そう。
インデックスが強制詠唱(スペルインターセプト)によって無理矢理触手の方向を捻じ曲げ、その先に美琴が超電磁砲(レールガン)をぶっ放したのだ。
射程距離範囲内に入る為に、白井が美琴のサポートをして。

「今だぜ! お前達の全力の攻撃を、アイツに向けて放つんだ!!」
「土御門まで!?」

もはや防御は不要と考えたらしく、すでに何処かのビルの屋上に、ステイル達の姿があった。
彼らも、この戦闘に参加しようと言うのだ。

「エクセリオンバスター、フォースバースト!!」

なのはの言葉と共に、レイジングハートの先に魔法陣が出来あがる。
そしてなのはは。

「フェイトちゃん、プレシアさん! 攻撃お願いします!!」
「分かった!」
「了解!」

プレシアとフェイトの二人も、なのはの隣に立ち、各々の武器を構える。
二人の足元にも魔法陣が展開し、プレシアの持つ杖の先に、紫色の魔力が集束し出す。

「フォトンランサー……ファイア!!」
「ブレイクシュート!!」

なのはとフェイトの二人が叫ぶ。
そして二人の攻撃に合わせるように、プレシアも雷を放つ。
過剰すぎるその攻撃は、闇の書の意思に向けてまっすぐに伸びていく。
そして膨大な魔力は、衝突時に巨大な爆発を起こし、辺り一面を光に包んだ。

「くっ!」

そのあまりの眩しさに、誰もが目を閉じてしまった。
そして、次に目を開けた時には……。



「夜天の主の名に於いて、汝に新たな名を送る。強く支える者、幸運の追い風、祝福のエール……リィンフォース」
「……新名称『リィンフォース』認識。管理者権限の使用が可能になります」

闇の書の意思―――リィンフォースは、その名前を受理した。
そして、はやてに向けてこう告げる。

「ですが、防御プログラムの暴走は止まりません。管理から切り離された膨大な力は、じき暴れ出します」
「ん……まぁなんとかしよ。当麻さん達もおることやし、大丈夫や」

はやてがそう答えた後、目の前に闇の書本体が現れる。
はやてはその闇の書を握りしめ、そしてリィンフォースに向けてこう言った。

「行こうか? リィンフォース」
「はい。我が主」



「はぁ……やっと終わりか」

安心したように、ゲルが呟く。
彼が見ているのは、とある映像が映し出されているスクリーンだった。
その映像とは、なのはや上条が闇の書と戦っているものだった。

「俺的には随分と幸せな結末を迎えそうな気がするんだけど、それはあくまでも俺の気のせいなのか?」
「さぁね。けど、少なくとも彼はそこそこいい結末に持ってきてくれている気はするわね。裏で行われていた過激派の第一波は、アリスの寝返りもあって一方通行達によって討たれたし、なのは達の世界で動いていたのも、まさかその世界の住人に殺されるとは思ってもみなかったわ」

ある意味でイレギュラーな事態が次々と起こっている。
一方通行は、ドロップがあのまま打ち止め(ラストオーダー)の格好をしたままの状態で討たれているはずだった。
しかし、アリスが途中で一方通行達の方についてしまい、しかもアリスによってドロップが討たれてしまった。
すなわち、作戦失敗。

「これぞまさしく『正史』クオリティって奴だな。こっちとしては、面倒な作業が減ってくれて助かったぜ」

頭を右手でボリボリと掻き毟りながら、ゲルが面倒臭そうに呟く。
実際、彼は本当に誰一人として犠牲者が出ていないこの状況を嬉しく思っていた。
犠牲者が増えない以上、彼としても後処理をする必要もないし、そもそも誰かが傷ついて行くのを見たい程人間が出来ているわけではない。

「『正史』である以上、物語の展開が読みにくい。故にこういったイレギュラーな事態が起きやすい……分かってはいたけど、ここまで厄介とはね」
「まぁ、これも『あのお方』は予測してたんだろうけどさ」
「そうね。『あのお方』はこの二つの事件が同時進行して、そしてどちらも都合のいいように終わると予測していたわ。結果、片方はまさしくその通りになって、もう片方はその通りになろうとしている」
「さて、ここからどうするんだ? 過激派さん達は。まさかあの中に無謀にも突っ込もうって言うんじゃねえだろうな?」

口ではそんなことを言っているが、内心ゲルは最悪の可能性だと考えていた。
ただでさえ強敵が目の前にいるという状況の中に、第三勢力なんて入れたりしたら、たちまち戦力が分散し、結果的にどちらの敵にも負けてしまう。
上条やなのは達の負け―――それはつまり、彼らの死、もしくは世界そのものの死を意味することになる。
だから、もしこの場でサリエナがその可能性を肯定したとしたら、真っ先になのは達の世界に向かい、参戦するつもりだった。
だが、サリエナは首を横に振り。

「興味ないわ。こんなところで漁夫の利を得ようなんてしても、何の意味もないもの。それに、今あの場所に突っ込んで言ったとしても、私達まであの闇の書にやられるもの。だから今回の作戦は、闇の書の防衛プログラムの暴走が始まる前までって期限があらかじめ設けられていたのよ。けど、それももう意味がなくなってしまったし、あっちは失敗するし……次の機会に回すことにするわよ」
「……そうか」

その知らせを聞いて、一先ずゲルは一安心した。
これでしばらくの間は、過激派からの猛攻が来ることはない。
落ち着いて彼らも暮らせるし、自分にも大きな仕事が降りかからなくて済む。
後は芹沢を別世界―――というより『世界の調律師』温厚派に置いておけば、仕事は終わる。

「けど、あまり悠長にしていられないわね」
「何?」

そんなことを考えていたゲルに、サリエナは言い放つ。
そして、こう言葉を繋いだ。

「『正義の味方』が動き始めてるって話はさっき言ったわよね?」
「ああ、確かにそう言ってたな。けど、奴らだってこの状況下ですぐに乗り込むとは考えにくいんだが……」
「ええ、今すぐには行かないわね。行った所で、自分が被害を被るだけでしょうから。そう、今は、ね」

しきりに『今は』という言葉を強調するサリエナ。
ゲルな嫌な予感を抱いた。

「まさか、闇の書事件が終わったら、即座にでも奴らは出陣するつもりなのか?」
「ええ。予想外の出来事が起きてしまったからね……アリスの暴走という予想外が」
「アリスの暴走……ドロップを殺した時に現れた、あの兆候か」

アリスは確かにドロップを抹殺した時、瞳の色が赤くなり、纏う雰囲気もガラリと変わった。
そう、それはまるで生きる殺人兵器のように。

「彼女……『兵器(ドール)』よ」
「なっ!? そんな馬鹿な!! 『兵器(ドール)』は確か、何十年も前に全滅させられたはず。だというのに、アリスがその生き残りとでも言うのか!?」

兵器(ドール)。
それが何を意味するのかは分からない。
ただ、一つ言えることがあるとすれば。

「『正義の味方』は、『兵器(ドール)』であるアリスを殺すことを第一目標として、近々学園都市に乗り込むわね。そのついでと言ってしまっては悪いけど、恐らく『正義の味方』は上条当麻達を殺しに来る。世界の滅亡・『兵器(ドール)』の殲滅……まさに一石二鳥ってところね」

結果的に、ドロップが一方通行の弱点を突き、アリスを怒らせたことが、『世界の調律師』の過激派の……とりわけ『正義の味方』にとって都合のいい展開となったということだ。
これで、危険因子の排除という名目のもと、合理的に裏切り者を処刑出来るのだから。

「貴方は黙って見ているのね。これから起こる事件に、貴方を介入させるわけにはいかないのよ。貴方は面倒臭がりだけど、それ以上に強大な力を持ってるからね」
「言ってろ、ただの美人秘書さんよぅ。秘書に俺を止めることは出来るのか?」
「ええ、私じゃ出来っこないわね。けど、この世界は『あのお方』の意思が通っているの。貴方をここから出さないように念じれば、出ることは叶わないわ」
「……ちっ、面倒なことしてくれるぜ」

ゲルは一言そう呟く。
今から自分が何をした所で、この場所から立ち去らせてくれそうにないことは容易に想像がついた。
だからゲルはその場に寝転がり、ただ静かにスクリーンを眺めているのだった。



「管理者権限発動」
「防衛プログラムの進行に割り込みをかけました。数分程度ですが、暴走開始の遅延が出来ます」
「うん」

白く輝く空間の中。
はやてと闇の書が、向かいあうような形でそこにいた。
彼女達は、防衛プログラムと切り離されて、今は独立した存在となっている。
そして、はやての周りには、四つのリンカーコアが配置されていた。
それぞれに色がつけられていて、それが何のリンカーコアなのかすぐに理解することが出来た。

「それだけあったら、十分や」

これまで魔法の世界にほとんど関わってこなかったとは思えないほど、はやては闇の書のことを深く理解していた。
そして、彼女はこれから最初の奇跡を発動させる。

「リンカーコア送還……守護騎士システム、破損修復」

瞬間、リンカーコアがより一層の輝きを増す。
その輝きの中、はやては両手を広げて、まるで今まで何処かへ行っていた子供を迎える母親のような態度で、こう言ったのだった。

「おいで、私の騎士達」



黒く渦巻く空間より分離された、たった一つの白き空間。
上条達は、しばらくの間その空間を眺めていたが、

「な、なんだ!?」

突然、強烈な光が彼らを襲う。
その光の眩しさに、彼らは思わず目をつぶった。

「な、何が起こってるの!?」
「分からない……けど、あの白い空間から発せられてることは確かだよ!」
「はやてが何かをしているのか?」

ビルの屋上から、美琴・インデックス・土御門の三人がそう言った。
そしてやがて光が収まった時、一つの暖かな光の周りには、主を守る四人の騎士が立っていた。

「あ、アイツら……!!」
「ヴィータちゃん!」
「シグナム!」

上条となのはとフェイトの三人が、その存在を認識する。
そこには、シグナム・シャマル・ザフィーラ・ヴィータの四人が、主を囲うようにして立っていた。

「我ら夜天の主の元に集いし騎士」
「主ある限り我らの魂尽きることなし」
「この身に命ある限り我らは御身のもとにあり」
「我らが主、夜天の王、八神はやての名の元に」

そして光の中で、はやてが言う。

「リィンフォース、私の杖と甲冑を」
「はい」

すべての因果を終わらせる為。
自らの物語を始める為。
八神はやては、奇跡の力に手を伸ばし。
そして、その力を存分に発揮する。
彼女の宣言通り、今まで何も身に纏っていなかった身体に、甲冑が纏われる。
黒い服に身を包み、瞳の色は澄んだ青に変わり。

「……」

目の前に現れた杖を、はやては無言で掴んだ。
瞬間、パリン! という音が鳴ると共に、白き空間がガラスのように割れ、そして中からはやてが登場した。

「はやて!」
「はやてちゃん!!」

上条となのはが、その名前を呼ぶ。
そんな二人の姿を見て、はやてが笑顔を見せた。

「夜天の光よ、我が手に集え! 祝福の風リィンフォース……セットアップ!!」

十字の先の杖を空に掲げ、宣言する。
杖の先端部分が黒く、そして白く輝き、彼女の身体を守る騎士服を作り出す。
背中には黒き羽根が六本生え、茶色だった髪も銀色に変わる。
……これは闇の書の意思―――リィンフォースの髪が銀色だったからだ。
そして彼女は変身を終えた。

「……はやて」

涙目になりながら、ヴィータがはやての名前を呼ぶ。
どれだけ待ったことだろうか。
感動の再会の瞬間とは、まさしくこのことを指すのかもしれない。
一度は目の前で奪われた家族。
それが今、こうして自分の目の前にいる。
はやてはそれが嬉しかった。
そしてヴィータは―――守護騎士(ヴォルケンリッター)達は、はやてにもう一度会えて、本当に嬉しかった。
同時に、申し訳なさもあった。

「すみません……」
「あの、はやてちゃん。私達、その……」

シグナムとシャマルが、謝罪の言葉を述べようとする。
だが、シャマルは上手く言葉で表現することが出来なかった。
彼女達が謝ろうとしていること、それははやてに黙って闇の書を完成させようとしていたことだ。
闇の書の完成を望まず、いつまでも平和に暮らしていけたらいいと言ったはやて。
そんな彼女の意思に逆らって、はやてを助ける為にひたすら闇の書を完成させようとリンカーコアを蒐集していた守護騎士達。
しかしはやては、そのことを分かった上で、こう言ったのだ。

「ええよ、みんな分かってる。リィンフォースが教えてくれた。そやけど細かいことは後や。今は……お帰り、みんな」
「う……うわぁああああああああああああああああああああああああ!!」

笑顔でそう言ったはやてに、とうとうヴィータは耐え切れなくなった。
大粒の涙を流しながら、はやての胸の中に飛び込む。
はやては、そんなヴィータを優しく抱きとめる。

「はやて! はやて!! はやてぇええええ!! うゎあああああああああああああああああん!!」

ヴィータはただ泣いていた。
ひたすら、泣いていた。
泣かずにはいられなかったのだ。
もう、会えないと思っていたから。
それだけに、再会出来た喜びが、今になってどっと押し寄せてきたのだ。

「はやて」

そんな彼女達の元へ、なのはとフェイト、そしてアルフの背中に乗る上条がやってきた。
はやてはそんな上条達を見ながら、

「当麻さん達もごめんなぁ……うちの子達が迷惑かけて」
「ううん」
「平気だよ」

なのはとフェイトが、そんなことはないと言う。
上条は、右手で頭を掻き毟りながら、

「まぁ、俺もコイツらと一緒に協力してたわけだしさ。俺も黙ってて、ごめんな?」
「ええって。当麻さんだって、私のことを思ってやってくれたんやろ? なら、その気持ちを不意にすることなんて、出来へんよ」
「そっか……そう言ってくれると、嬉しい」

上条は笑顔でそう言った。
そんな中、上条達の背後に降り立つ、一人の少年がいた。

「すまないな……」
「ん?」

なのは・フェイト・上条・アルフの四人は、その声のする方向、つまり後ろを振り向く。
するとそこには、一枚のカードを持った黒きバリアジャケットを身に纏う少年―――クロノ・ハラオウンがいた。

「水を差してしまうんだが、時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。時間が無いので完結に説明する」
「お前なぁ……本当に空気が読めないよなぁ」

上条がそんなことをぼやきながらも、クロノは無視して話を進める。
そんな小言に付き合っている余裕など、今はないのだ。

「あそこの黒い淀み……闇の書の防衛プログラムが後数分で暴走を開始する。僕らはそれをなんらかの方法で止めないといけない。停止のプランは二つある」
「二つ?」

上条が聞き返す。
そしてクロノは、二つの停止プランの説明をした。

「一つ、極めて強力な氷結魔法で停止させる。二つ、軌道上に待機している艦船アースラの魔導砲アルカンシェルで消滅させる。これ以外に他に良い手はないか? 闇の書の主と、その守護騎士のみんなに聞きたい」

最初の方法とは、クロノがグレアムより受け取った氷結の杖(デュランダル)を使っての永久凍結だ。
主がいなくなった今、この方法を取ったところで困る人物は誰もいない。
故に、安心してこの方法をとることは出来る、が……。

「えっと、最初のは多分難しいと思います。主のない防衛プログラムは、魔力の塊みたいな物ですから」
「凍結させても、コアがある限り再生機能は止まらん」

シャマルとシグナムが、その方法を否定した。
そしてもう一つの方法も、今まではやての身体に抱き着いていたヴィータがはやてから離れて、強く否定する。

「アルカンシェルも絶対駄目! こんなところでアルカンシェル撃ったら、はやての家までぶっ飛んじゃうじゃんか!!」

自らの顔の前に大きな×印を作りながら、ヴィータは訴える。

「そ、そんなに凄いものなのか?」

思わず上条が尋ねてしまう。
その質問に対して、ユーノが答える。

「発動地点を中心に……百数十キロ範囲の空間を歪曲させながら、反応消滅を起こさせる魔導砲……って言うと大体分かります?」
「えっと、それって単純に言っちまうと……この辺一体がまとめて吹き飛んじまうってことか?」
「そういうことです」

上条やユーノの言う通り。
アルカンシェルをこの場で使ってしまえば、街が一気に吹き飛んでしまう。
それこそ、被害はかなりのものになってしまうだろう。

「あの……それ私も反対!」
「同じく絶対反対!!」

なのはとフェイトの二人も、その案を否定する。
もしそんな威力の砲撃がこの街に撃たれたら、自分達の家だけではなく、大切な友人達の家までも、最悪まったく関係のない人間の命までもが犠牲となってしまう。
そんなことだけは、絶対に避けたい。

「僕も艦長も使いたくないよ! でも……あれの暴走が本格的に始まったら、被害はそれより遥かに大きくなる」
「暴走が始まると、触れた物を侵食して無限に広がっていくから」

クロノとユーノがそう言った瞬間、彼らに通信が繋がり。

『はい、みんな! 暴走臨界点まで後15分切ったよ! 会議の結論はお早めに!!』

残り時間は15分を切った。
つまりその15分間の間に結論を導き出し、行動に移し、そしてすべてを終わらせなければならない。
あまり時間はかけられない。

「……何かないか?」

改めてクロノが尋ねる。
しかし、守護騎士達は首を横に振り。

「すまない……あまり役に立てそうもない」
「暴走に立ち会った経験は、我らにも殆どないのだ」

シグナムとザフィーラが、申し訳なさそうな表情を浮かべてそう言った。
このままただ黙って時間の経過を待つわけにもいかない。
だが、時間が経過しすぎてしまえば闇の書の防衛プログラムが暴走し、すべてを闇に包んでしまう。
かといって、アルカンシェルを撃ったら街は壊滅。

「……ん? ちょっと待って。トウマの右手で何とか出来ないのか?」

その時、狼状態のアルフがそんなことを言った。
新たなる方法を聞いて、なのは達は一斉に上条の方を振り向いた。

「いや、けど俺の右手が触れたところで、あれそのものを消すのは難しい……せめてコアみたいなものに触れられれば、すべては解決するんだけど……」
「なら、そのコアをむき出しにしちゃえばいいんだよ!」

その時、なのは達よりも下の方から……つまり、ビルの屋上から大きな声が聞こえる。
叫んだのは、インデックスだった。
どうやら彼らの会話を、エイミィの通信を通して聞いていたらしい。

「コアを、むき出しに?」
「全員で一気に力を合わせれば、それ位出来るんじゃないかな? そしてコアをむき出しにさせた状態で、とうまが右手でコアに触れれば、そのあるかんしぇるって奴を使わなくてもいいんじゃないかな?」
「なるほど……確かにその方法なら、上手くいけば防衛プログラムの暴走を抑えるだけじゃなくて、防衛プログラムそのものを破壊することが出来るかもしれないわね」

美琴がインデックスの言葉を聞いて、そこまで思いつく。
そう、上条の右手なら、そこまで出来るかもしれない。

「……分かった。その方法で行こう。そして、俺達の手ですべてを終わらせるんだ!!」

上条が宣言すると共に、一同のやる気はあがる。
そんな中、クロノはフェイトの近くにいたプレシアを見つめ、そして告げる。

「……プレシア・テスタロッサ。この事件に幕を降ろすことが出来たら、貴女の身柄は管理局に預からせて頂きます。それでも構いませんね?」
「……それは出来ません。私達はこの事件に幕を降ろした後、この世界から立ち去るつもりです」
「なっ!? 逃げる気ですか!?」

アジャストの言葉を聞いて、クロノが驚く。
だが、アジャストはそれでも冷静さを崩さないまま、こう告げた。

「これは貴方の身も、フェイトの身も思って言ってることです。プレシアや私がこの世界に留まり続ければ、真っ先に貴方達に被害が及ぶかもしれません。かといって、私達がいなくなった所で貴方達が狙われる可能性がなくなるわけではありませんが、それでも先延ばしにすること位は出来ます。ですから、どうか私達を見逃してください」
「……フェイトを傷つけるなんてこと、もう懲り懲りなの。だから、分かって頂戴」
「!?」

クロノはそこで改めて認識した。
この両親が、どれだけフェイトの事を愛しているのか。
そして、今まできつく当たってきた自らの娘に対して、愛情を注ぎ始めていることを。

「か、母さん……」
「心配いらないわ、フェイト。母さん達は、この通りちゃんと生きてるもの。だからフェイトは安心して。貴女を私達と同じ場所に連れて行くわけにはいかないから……辛い想いをさせてしまうかもしれないけど、でも……」
「……ううん、いいの。私は、大丈夫だから。みんながいるから、なのはやアルフ、当麻がいるから寂しくないよ」
「……ごめんね、フェイト」

プレシアは、フェイトのことをしっかりと抱きしめる。
最終決戦前の、ほんのひと時の幸せな時間。
だが、その時間をゆっくり味わっていられる程、今は残された時間は短い。

「……提督、見えますか?」
『あぁ、よく見えるよ』

二人が抱き合っている間に、クロノはグレアムに通信を繋ぐ。
そして、今こうして闇の書との最期の戦いをしようとしている場面を、グレアムに見せていた。

「闇の書は呪われた魔導書でした。呪いはいくつもの人生を喰らい、それに関わった多くの人の人生を狂わせてきました。あれのおかげで僕も母さんも……」

過去を思い起こしながら、クロノは呟く。

「他の多くの被害者遺族も……こんなはずじゃない人生を進まなきゃならなくなった。それはきっと貴方も……リーゼたちも……無くしてしまった過去は、変えることが出来ない」

時間は取り戻せない。
だから、過去に戻ってやりなおすことは出来ない。
かつてプレシアに言おうとした言葉。
クロノは手に持っていた銀色のカードを宙に投げる。
瞬間、そのカードから、

「Set up」

という言葉が紡がれ、やがてその姿を氷結の杖(デュランダル)へと変え。
クロノは、宣言した。

「だから今を戦って……未来を変えます!!」



『暴走開始まで、残り2分!』

エイミィの口から、緊迫した言葉が出る。
それを受けて、一同の身体も自然と引き締まった。
これは、最初で最後の、一発勝負。
失敗は許されない。
失敗したその瞬間、すべてが終わる。

「……シャマル」
「はい。皆さんの治療ですね?」

はやての言葉を受けて、シャマルが笑顔でそう答える。
そして。

「クラールヴィント、本領発揮よ」
「Ja」

指にはめていた金色の指輪に、唇で軽く触れる。
瞬間、彼女の周囲に緑色の魔力が現れ、足元に魔法陣が展開される。
そしてシャマルは、癒しの言葉を口にした。

「静かなる風よ。癒やしの恵みを運んで」

その言葉の後、上条を除く全員が、シャマルの魔力に包まれる。
気付けば、すでにその傷は治りきっていた。

「すげぇ……これがシャマルの力なのか? けどやっぱり俺は対象外なんだよなぁ……」

上条は感心した後、自分の右手に幻想殺し(イマジンブレイカー)が宿っていることを今更ながら後悔していた。
シャマルは笑顔でこう言う。

「湖の騎士シャマルと、風のリング『クラールヴィント』……癒やしと補助が本領です♪ただ、上条君は右手の影響で効きませんけど……」

最後の方で申し訳なさそうな表情を浮かべるシャマル。
上条は両手を横に振って。

「いやいや、とんでもないでございますよ! 私上条当麻の右手がいけないのですから!!」

必死に上条は言う。
だが、そんなことは今言うべきことではない。
今はやるべきことがあるのだ。

「!?」

黒き淀みの周囲に、天まで伸びる黒き柱が伸びて行く。
……いよいよ、始まる。

「夜天の魔導書……呪われた闇の書と呼ばせたプログラム……闇の書の、闇」

はやてがその言葉を口にした瞬間。
黒い柱も、黒い淀みもすべて消え。
海上には、黒き魔力を放つ今まで見たこともないような化け物が姿を現していた。
その化け物の身体からは、白き髪の女性の上半身が現れていて、その女性の声が、まるで悲痛の叫びにも聞こえた。

「いくぜ……最後の決着を、つけに行くぜ!!」
「ストラグルバインド!!」

上条の言葉と共に、ユーノが先陣を切ってバインドを仕掛ける。
本来ならばアルフもバインドを仕掛けたいところではあるが、上条のサポート役に徹している為それは叶わなかった。
バインドは、海面より現れているタコの足のようなものに絡みつくと、それを一気に引きちぎった。

「縛れ、鋼のくびき!!」

ザフィーラの目の前に魔法陣が展開し、何かが現れる。
その何かは、化け物の足らしきものを見事にぶった切って行く。
その一方で、切られなかった部分の触手が伸びて行く。

「上方へ変更せよ(CRA)」

なのは達の所まで伸びていたその触手は、インデックスによる強制詠唱によって無理矢理方向を変えられて、その先に待っていたのは……。

「灰は灰に、塵は塵に! 吸血殺しの紅十字!!」

両手をクロスにさせ、一気にステイルが振り下ろす。
瞬間、轟! という音と共に、二筋の炎が触手に襲いかかる。
切られた触手は跡形もなく燃えてしまい、そこには何も残らなかった。

「ちゃんと合わせろよ、高町なのは!」
「ヴィータちゃんもね!!」

空中では、ヴィータとなのはが二人で合わせて攻撃をする場面に移行していた。

「鉄槌の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼン!」
「Gigant form」

掛け声と共に、グラーフアイゼンの声も響く。
瞬間、そのハンマー部分はとてつもなく大きくなり、宙にそれを大きく振り上げた時、さらにその大きさを増す。

「轟天爆砕! ギガントクランプ!!」

超巨大なハンマーは、撓りながらも目標を叩きつぶす為に宙から降りる。
重力に逆らうことなく落ちてくるそれは、破壊力としては申し分ないものだった。
それは化け物が張った障壁に衝突すると、その一枚目の障壁を割る。

「高町なのはと、レイジングハート・エクセリオン。行きます!!」

なのははそう宣言すると、足元に魔法陣を展開させ、レイジングハートを宙に高く上げる。
その瞬間に、レイジングハートがカートリッジを四発ロードさせる。
ロードした後、レイジングハートには四枚の大きな桃色の羽根が生えていた。

「エクセリオン……バスタァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「Barrel Shot」

彼女の言葉に合わせて、レイジングハートの杖先より衝撃波が飛ぶ。
その衝撃波は、なのはに向かって攻撃してきた化け物の攻撃を切り裂き、そして消滅させる。
だが、なのはの攻撃はこれで終わりではない。

「ブレイク……」

さらにレイジングハートの周囲に環状の魔法陣を展開させる。
杖先には先ほどよりもかなり大きい魔力が集まり、そして。

「シュート!!」

その掛け声と共に、一気になのはの攻撃は放たれた。
まっすぐに伸びる一筋の光は、化け物が張った二枚目の障壁に衝突する。
そして、バリン! という音と共にその障壁を打ち破った。
だが、まだ障壁は残されている。

「シグナム! フェイト!! 御坂!! プレシア!! 次だ!!」

アルフの背に乗る上条が、上空の遥か彼方にいる二人に言葉をかける。
その先を見ると、シグナムが剣を構えている所だった。

「剣の騎士、シグナムが魂。炎の魔剣レヴァンティン、刃と連結刃に続くもう1つの姿!!」

シグナムは剣の柄の部分に、鞘を当てる。
するとその二つが紫色の魔力に包まれて、その姿を弓に変えていた。
それと同時に、カートリッジが一発ロードされて。

「Bogen form」

そう。
これこそシグナムの持つレヴァンティンの三つ目の姿。
彼女が純粋なる剣術の強さを求める為に見せることがなかった、第三の攻撃。
シグナムは魔力を使って弓矢を作ると、それを一気に引く。
その標準は確実に化け物に向けられていた。
化け物は迎撃する為に触手を海中から現す。

「駆けよ、隼!!」
「Sturm falken」

瞬間、弓矢に魔力が込められて、一気に放たれる。
放たれた弓矢は、三枚目の障壁に衝突し、突如として巨大な爆発をする。
ドォン! という音を立てたと思ったら、三枚目の障壁を打ち破る。
それと共に、四枚目の障壁も破られる。

「さぁフェイト! 私達の雷の力、見せてあげましょう!!」
「はい、御坂さん!!」
「私も忘れないで頂戴!!」

美琴はビルの屋上から。
フェイトとプレシアは宙で横に並んで、それぞれ攻撃の構えを取る。
プレシアは杖を化け物に向けると、そこに魔力を集中させる。

「フェイト・テスタロッサ、バルディッシュ・ザンバー、行きます!!」

空中で剣となったバルディッシュを大きく振ると、同時に足元に金色の魔法陣を展開させる。
そしてカートリッジを三発ロードさせた後、もう一度バルディッシュを大ぶりする。
すると衝撃波が化け物まで飛び、その触手を切り裂いて行く。

「フェイト達の邪魔はさせないわよ!!」

美琴が屋上より電撃を飛ばす。
その電撃は触手達に着弾すると共に、それを焼き切る。
美琴の攻撃によって攻撃対象を失った化け物。
その間に、二人の攻撃の準備はすでに完了していた。

「行くわよ、フェイト」
「はい、母さん」

プレシアの言葉に答えた後、フェイトはバルディッシュの剣先を上空に掲げる。
するとそこに一筋の大きな雷が落ちる。

「撃ち抜け、雷神!」
「Zeus Zanber」

準備は整った。
後は攻撃を撃つだけだ。

「「はぁあああああああああああああああああああああああ!!」」

二人の声が重なり、プレシアの雷とフェイトの剣が同時に化け物の張る障壁に当たる。
そしてその障壁を、いとも簡単に破壊してしまうのだった。
フェイトの剣が、障壁を切り裂くと共に化け物の身体も切り裂く。
化け物は悲鳴に近い声をあげる。
それと同時に、海中から更なる触手を出してきて、黒き魔力を溜めていた。
だが、攻撃を撃たせる暇なんて与えない。

「盾の守護獣ザフィーラ! 砲撃なんぞ、撃たせん!!」

ザフィーラが構え、目の前に魔法陣を展開させる。
そしてそこから何本かの棘を出現させ、触手を根元から切り裂いて行った。

「はやてちゃん!」

シャマルがその名前を呼ぶ。
はやては声を聞くと共に本を開き、そして呪文の詠唱を始める。

「彼方より来たれ、宿り木の枝。銀月の槍となりて、撃ち抜け」

詠唱後、杖の先より魔法陣が展開し、その前に七つの銀色の魔力の塊が出現する。
その後はやては、その攻撃名を言う。

「石化の槍、ミストルティン!」

はやては杖を振りおろす。
すると、それがまるで攻撃の合図となったかのように、一気に七本の槍が化け物を襲った。
化け物の身体に刺さった槍は、たちまち化け物の身体を石化させていく。
やがてその石化は全範囲に及び、女性の形をしていた部分が、石化すると同時に砕けた。
そして海の中へと、カケラとなって落ちて行った。
だが、化け物はその壊れた部分を修復するように姿を変える。
この程度の攻撃では、この化け物はまだ倒れない。

『やっぱり並の攻撃じゃ通じない! ダメージを入れたそばから再生されちゃう!!』

通信を通じてクロノに聞こえる、エイミィの声。
だが、クロノは確信していた。
通じていないわけではない。
変化せざるを得ない状況に立たされているということは、つまり……。

「だが攻撃は通っている。プラン変更はなしだ! 行くぞ、デュランダル!」
「Ok, Boss」

杖の形へと姿を変えているデュランダルが、そう返事をする。
クロノは目を閉じ、そして呪文の詠唱を始めた。

「悠久なる凍度。凍てつく棺の内にて、永遠の眠りを与えよ」

その言葉と共に、クロノの足元に魔法陣が展開される。
そして、化け物を中心に周りの海が凍り始め、化け物の身体まで凍り始める。

「凍てつけ!!」
「Eternal Coffin」

その言葉と共に、化け物の身体は一気に凍りつき、その身体の一部が欠けて、氷柱となって海の中へと落ちて行く。
だが、化け物はその氷をすぐに溶かしてしまい、次の瞬間にはすでに攻撃出来る状態となっていた。
ただし、化け物を守る障壁はもう、ない。

「今なら行けるはずだ……三人とも、そろそろやっちまえ!!」

土御門の声が響く。
その言葉を聞いた三人の中で、真っ先になのはが反応した。

「行くよ、フェイトちゃん、はやてちゃん!」
「「うん!」」

ここまできたら、後は彼女達がクライマックスに向けてのお膳立てをするのみだ。
希望の道を紡ぐ為の、最後の一撃。

「Starlight Breaker」

なのはがレイジングハートの杖先を化け物に向けて構えると、辺りに散らばっていたなのはの魔力が一ヶ所に集結しだす。

「全力全開! スターライト……」

なのはが攻撃準備をしている一方で、フェイトもまた攻撃の準備を整えていた。

「雷光一閃! プラズマザンバー……!!」

バルディッシュに電撃を落ち、その威力を高めて行く。
そしてはやてもまた、杖を構えて攻撃する準備をしていた。
その杖には、黒き魔力が集結して行く。

「ごめんな……おやすみな」

こんな終わらせ方でしか、暴走を止められないことに申し訳なさを感じながら。
はやては目を閉じ、そして少しの間その感情をかみ砕く。
そして目を開けた時には、すでにその表情は決意に満ちたものへと変わっていた。

「響け、終焉の笛ラグナロク!!」

瞬間、はやての前に巨大な魔法陣が展開される。
ベルカ式の魔法陣の特徴でもある三角形型の魔法陣。
その頂点となる部分三つに魔力が集まり、その魔力が肥大化して行く。
そして三人は。

「「「ブレイカァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」」

声を合わせる。
ドォン! という激しい衝突音を発し、化け物に衝突する三筋の光。
それは相手の身体を確実に消滅させる程の威力はあった。
コアを露出させる手段としては、十分すぎる程のものだ。
そして、大きな爆発音と共に、天に伸びて行く巨大なる炎らしき筋。
身体がなくなったその瞬間をねらって、

「本体コア、露出……捕まえ、た!!」

シャマルがクラールヴィントを使って、化け物のコアを捕獲することに成功する。
さて、そろそろ終焉の時だ。
いよいよ、長きにわたる闇の書の闇が、眠る時。

「上条さん、最後の締めは任せましたよ!!」
「ああ、分かってるよ!」

なのはが上条に言葉をかける。
上条は自分を乗せているアルフに、こう告げた。

「アルフ、あの塊の中に俺を投げ込め! 思い切りだ!!」
「分かったよ、トウマ! しっかり捕まってろよな!」

アルフは上条を一度降ろす。
もちろん上条の身体は、重力に逆らうことなく海面に落ちかける。
だが、すぐさま人型に戻ったアルフに腕を掴まれると、そのまま真上まで持ちあげられる。
上条の右手は、すでに拳が握り締められていた。

「覚悟はいいな、トウマ」
「ああ。思い切りやってくれ」

あまり時間は残されていない。
こうしている内にも、化け物はすぐに身体を取り戻し始めている。
なんて恐ろしい程までの再生能力の高さなのだろうか。
だが、まだその身体は不確かな状態だ。
今なら上条の右手で、打ち消せる。

「行けぇええええええええええええええええええええええ!!」

アルフは叫ぶと、思い切り上条の身体を投げた。
引力とアルフの力が加わり、上条の身体はどんどん速度を増して化け物へと突っ込んでいく。
途中の攻撃は、なのは達が打ち消す。
上条は、すべてを終わらせる為にただその拳をコアにぶつけるだけでいい。

「お前が抱えてきた闇を……お前が抱えてきた因縁を! お前に関わってきた奴の悲しみを、すべての幻想を、俺が全部ぶち殺してやる!!」

そして上条は、思い切り化け物のコアを、殴りつけた。
……一気に静まり返る。
まるで時間が止まってしまったかのような、緊迫感。
その後の動きが見られない。
やがて時が動き出したと錯覚したのは、そのほんの5秒後のことだった。
パキン! という世界の悲鳴が聞こえてきたと思ったら、化け物が巨大な爆発と共にその姿を消して行くのが見えた。

「上条さん!!」

なのはは上条の安否を確認したい気持ちに襲われた。
あれだけの威力の爆発に巻き込まれたのでは、たまったものではない。
もし彼の命がなかったとしたら、いくら暴走した防衛プログラムを止めることが出来たとしても、意味がない。

『……完全消滅。再生反応、ありません!』

通信を通して、エイミィの声が聞こえてくる。

『上条さんの安否は!?』
『今調べてる所です!』

リンディの慌てる声が聞こえてくる。
エイミィも即座に上条の安否を確かめようとするが、奈何せん攻撃や爆発の威力が強すぎて、通信が思うように上手くいかないらしい。
彼らは誰もが心配していた。
……やがて煙が完全に晴れた時。

「……と、とうま!!」

インデックスがその名前を叫ぶ。
そこにいたのは、狼の姿となったアルフの背の上に乗る、上条だった。
上条は全員に向けて右手を突き出すと、親指を立てて笑顔を見せる。
爆発も収まり、そこにはすでに化け物の姿はない。
つまり、それは……。

『現場のみんな! お疲れ様でした!! 状況、無事に終了しました!』
「よっしゃああああああああああああああああああああ!!」

エイミィの言葉を聞いて、上条が大げさに喜ぶ。
これで、すべてが終わった。
ようやっと、幸せな結末を迎えることが出来た。

『この後まだ、残骸の回収とか大地の修復とか色々あるんだけど……みんなはアースラに戻って一休みしてって』
「……はぁ」
「……ふぅ」

ヴィータとシグナムが、安心したかのように溜め息をつく。
雪が舞う中で、なのはとフェイト、はやての三人は笑顔でハイタッチをしていた。

「あ……そういえばアリサやすずか達はどうしたんだ?」

そこで、上条がふと思い出したかのように尋ねる。
思えばアリサとすずかは、結界内に迷い込んでいて、そして事件に巻き込まれていた。
その後の様子が気になる所ではある。

『被害が酷い場所以外の結界は解除してるから、元居た場所に戻したよ』
「そっか……それなら安心だな」

それはつまり、二人とも無事だと言う知らせだ。
上条はそれを聞いて、心から安心した。

「クロノ、お疲れ様」

すでにデュランダルをカード状に戻していたクロノに、フェイトが言う。
クロノはそんなフェイトに、こう言った。

「あぁ、よく頑張ってくれた……ありがとう、フェイト」
「……フフッ♪」

フェイトは、クロノの言葉を聞いて嬉しそうに微笑んだ。
だが、その時だった。

「はやて!」
「はやてちゃん!」
「!?」

ヴィータとシャマルの悲痛の叫びが、なのは達の耳に聞こえてくる。
聞こえてきた方向を見ると、そこにはぐったりと倒れているはやての姿があった。

「はやて! はやて!! はやてぇええええええええええええええええええええええええええ!!」

ヴィータははやての身体をゆすり、必死に起こそうとする。
だが、はやては目を瞑ったまま、起きる気配を見せなかった。

「……はやて、ちゃん?」

なのははただ、そんなはやてを見て名前を呟くしかなかったのだった。



次回予告
闇の書事件は幕を降ろした。
その裏で起きていた『世界の調律師』過激派による侵攻も、一時的な収まりを見せた。
すべてが幸せな結末を迎える中、奇跡の出会いの物語にも、別れの時がやってくる。
聖なる夜に一筋の涙が流れる時、少年達はとある一つの約束を交わした。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『スタンバイ・レディ』
科学と魔法が交差する時、物語が始まる。




[22190] A's『闇の書事件』編 15『スタンバイ・レディ』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/06/01 06:56
世界規模に渡る事件が幕を降ろす。
その時、また新たなる事件が、訪れようとしていた。

「第一グループの全員がやられるとはな……奴らの力を侮っていたのか?」

暗闇の空間にて、一人の男が呟いた。
彼は椅子に座っていて、黒いマントを身に纏っていた。
暗闇の中に居る為、その姿をはっきりと捉えることは出来ない。

「彼らはきっと、油断していたのでしょう。でないと、ドロップまでやられるのは予想外にも程があります」
「確かにその通りだな。過激派の中で、アリスが裏切るとはな……それを予測しろという方が難しいだろう」

椅子に座る男の前には、片膝をついて地面に座り込んでいるもう一人の男がいた。
この男は、どうやら椅子に座る男の部下らしき人物らしい。

「しかし、そのおかげでアリスの秘密が分かったのだから、よしとしよう」
「兵器(ドール)……すべて排除したと思ったら、まだその生き残りがいたんですね」
「ああ。しかも内部の人間にいたとは思いもしなかった。もっとも、本人もその事実に気付いていないだろうがな」

もし本人がそのことに気付いているのだとしたら、排除されるかもしれない可能性を考えて、こんな組織に所属することはないだろう。
いや、かえって『世界の調律師』に入ってさえいれば、自分は殺されなくて済むとも考えていた可能性もある。
だが、いずれにしろそれは自分の正体に関して気付いていたら、という条件が付く。
彼女は、自分が兵器(ドール)であることに気付いていないのだから、そのどれにも当てはまらない。

「私達がやるべきことは二つ、ということになりますね」
「ああ。ひとつは裏切り者―――そして兵器(ドール)でもあるアリスの排除。そしてもう一つが、上条当麻の、抹殺」
「彼の存在は、『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』においてもっとも重大な存在ですからね。彼さえいなくなれば、この世界の『正史』を含めた様々な並行世界も、消え去ってくれるでしょう」
「それが我々『正義の味方』の目的だからな。兵器(ドール)の惨劇を、世界複製の惨劇を、我々は二度と忘れてはならないのだ」
「その通りでございます」

かつて起きた二つの惨劇。
それは彼らの中で、二度と起こしてはならない惨劇としての共通認識を抱かせていて、それを防ぐ為にも、彼らはこうして武器を手にとり戦う道を選んだのだ。

「それと、何やらもう一つの世界が怪しげな動きを見せているのですが……」
「もう一つの世界だと? それはどのような世界だ?」

思ったよりも意外だった報告に対して、男は驚きを見せる。
ひざまずいている男は、顔を伏せたままこう伝える。

「何やら、この世界とはまったく異なる形の魔法少女が活躍する世界だとか……」
「だが、その世界から直接干渉することなんて考えられるのか?」
「分かりません。ですが、徐々にではありますが、その世界と『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』の『正史』が混ざりつつあります。このままだと、あの世界がさらに大きさを増してしまうことになるかと」
「早めに手を打っておいた方がいいだろうが、今はアリスと上条当麻の抹殺を最優先にする他ないだろう。その世界に関することも、『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』の『正史』さえ壊してしまえば、関係ない話になる」
「その通りですね」

男は同意を示す。
徐々に進行しつつある、様々な事件。
それらすべてを解決させる為にも、『正義の味方』は動かなければならない。

「いいか。これはあくまでも我々『正義の味方』が下す正義の鉄鎚だ。無差別的殺人でも何でもない。無関係な人物は巻き込むな。目的の排除、および重要人物と思われし人物の排除を最優先、邪魔する者は、容赦なく消せ」
「かしこまりました。では、何人かの者共を連れて、現場に向かいたいと思います」
「了解した」

その言葉をきっかけに、暗闇の空間から男が一人消えた。
残されたのは、椅子に座る男一人のみ。
片膝をついていた男がいた空間を見つめながら、何かを思っているようだ。

「……『正義の味方』、か。大層な名前をつけたものだな、上層部の連中も」

彼はその名前が気に食わなかった。
『正義の味方』、その名前を自分達が口にするのはあまりにもおこがましい。
むしろ嫌悪感すら抱いてしまうほどだ。
特にこの男に関しては、それが顕著に表れていた。

「正義……もっとも嫌いな、醜き言葉」

そう呟くと、彼はそれ以降何も言葉を口にしなかった。



「夜天の魔導書本体の……破壊?」

アースラ内部食堂にて、上条がその言葉を口にする。
上条の身体は、包帯でぐるぐる巻きにされていて、先ほどまでの怪我の影響がここまで来ていることがすぐに分かる。
本当ならばベッドの上で絶対安静ながらも、彼がそれを否定した。
恐らく、元の世界に帰った辺りでカエル顔の医者の元へ直行する羽目になるだろうが。

「どうして? 防御プログラムはもう破壊したはずじゃ……」
「防御プログラムは無事破壊出来たけど、夜天の魔導書本体が、すぐに防御プログラムの再生を始めてしまうのよ。そして、管制プログラム自身が、今度は八神はやてという少女を侵食してしまう可能性が高い。つまり、あの本が消えない限り、マスターへの危険は消えないってことよ」

プレシアが一通り説明をする。
さすがは大魔導師と呼ばれていただけはあって、この手の知識もそれほどにあるということなのだろう。

「だから闇の書は……防御プログラムが消えている今の内に、自らを破壊するよう申し出た」

クロノが少し苦そうな表情を浮かべると共に、呟くように言った。
その言葉を聞いて、なのはとフェイトが少し悲しそうな表情を浮かべる。

「他に方法がないというのであれば、それは確かに最優先すべき方法だな。犠牲は最小限の方がいい。ならばここでいっそのこと魔導書本体を壊しちまった方が身の為だろう。だが、一つ問題がある」
「何よ?」

土御門の言葉を聞いて、美琴が疑問を抱く。
その質問に答えたのは、ステイルだった。

「闇の書本体を抹消するということは、つまりそれとリンクしている守護騎士達の存在も消してしまうということになる。つまり……」
「シグナム達も消えてしまう、というわけですわね」

白井が結論を下す。
その結論を聞いて、なのはとフェイトの二人は今度は焦り始める。

「そ、そんな!?」
「シグナム達まで消えちゃうなんて……」
「いや、私達は残る」
「「!?」」

すると、女性のものらしき声が聞こえてくる。
その声の主が誰なのか、この場にいる全員がすぐに理解出来た。

「シグナム!」

シグナムを含めた守護騎士達が、食堂内に入ってきた。
彼らは少し暗い表情を浮かべている。
先ほどまではやてが眠っている医務室にて、リィンフォースの話を聞いていたのもある。
そして、すべての事実を聞いていた。

「どういうことだよ。シグナムが言っていたことって、一体……」

上条がそのことを尋ねる。
上条の疑問に答えたのは、ザフィーラだった。

「防御プログラムと共に、我々守護騎士プログラムも本体から解放したそうだ」
「なっ!?」

それはつまり、リィンフォースが一人だけ逝く道を選んだということになる。
そして今まで黙っていたシャマルが、上条に顔を向けて、こう言った。

「それで、リィンフォースから上条君に、お願いがあるって」
「え? 俺に?」

名前を呼ばれた上条は、少し驚いた様子だった。
そんな上条に、シャマルはリィンフォースから伝えて欲しいと言われた言葉を言ったのだった。



「これで、終わったのか?」

学園都市第七学区某所にて。
一方通行が、真っ先にゼフィアに尋ねる。
あの後、アリスは何とか元の意識を取り戻し、瞳の色も元の色に戻っていた。
先ほどまでの戦闘の間の記憶を失っている所から、何が起きたのかを聞くのは不可能だと判断した一方通行は、とりあえず今この状況が終わったのかを尋ねたかった。

「ああ。我々の仕事はこれで終了した。ご苦労だったな、最強」
「別に。俺はあのガキに危険が及ぶかもしれねェからやっただけだ。最初からこの世界がどうなろうと関係なかった」
「だろうな。お前に世界単位のことを求めるだけ無駄だと言うことは分かってた」

鼻で笑うゼフィア。
だが、一方通行は構うことなく、そのままゼフィアとアリスに背中を向けて、このままその場から離れようとする。

「アバヨ。出来ればもう二度と会いたくはねェぜ」
「こっちも願い下げだ。お前に会うということはつまり、それだけ大きな事件(やま)を抱えている時だということだからな。出来ればそんな事態には陥りたくはないものだ」

憎まれ口を互いに言いあう。
決して、この二人は素直に言葉を発することはない。
ある意味、似た者同士と言ってもいいのかもしれない。
このまま黙って見送れば、すべてが終わる。
そう、元の日々が、戻ってくるのだ。

「待って!!」

だが、一方通行を止める声が響いた。
言うまでもない、アリスの声だった。

「なンだよ。もうお前に用はねェ。さっさとテメェの居場所に帰ンな」
「居場所なんてないよ。アリスはもう、『世界の調律師』に居場所なんてないんだよ……だって、アリスは裏切っちゃったもん」

アリスは過激派を裏切って、反対に過激派のメンバーであるドロップまで討ちとってしまった。
つまり、内部では反逆者扱い。
見つかってしまえば、即始末されてしまうことだろう。
つまり、彼女はもう本当に帰る場所を失ってしまったのだ。
そんなこと、一方通行にだって分かっていた。
だが、彼はアリスまで連れて行くつもりはなかった。
というより、はじめから他人を自分の世界に連れ込むなんて考えもしなかった。
打ち止め(ラストオーダー)と、彼女を取り巻く世界だけで十分。
これ以上は、彼には抱えきれない。

「ゼフィアの野郎と一緒に行けばいいだろ。テメェだってそうするつもりだったンだろ?」
「難しい所ではあるがな……過激派からのスパイだと疑われる可能性だって十分に考えられるだろうに」
「だったらテメェが上手くやればいいだけの話だろ。言っとくが、俺はこのガキを引き取るつもりはねェぞ」
「言うと思ったよ。貴様が抱え込めるレベルの話じゃないからな、アリスに関することは」

ゼフィアは、先ほどの戦闘におけるアリスの豹変っぷりから、そのすべてが分かっていた。
アリスの正体が、兵器(ドール)であるということ。
そして、兵器(ドール)がどのような存在であるかを。
だからと言って、彼はアリスを見離すわけがない。
『世界の調律師』だって、兵器(ドール)の存在を認識していて、ただ黙って見過ごすわけがない。
となると、解決する為の方法はたった一つ。

「はぁ……これで我も抜け出すこととなるのか」
「え?」

ゼフィアの呟きに、アリスは分からないと言いたげな表情を浮かべる。
そしてゼフィアは、盛大に溜め息をついた後に、アリスに右手を差し出すと。

「来い、アリス。貴様と共に、我は堕ちる道を選ぼうではないか」
「で、でもゼフィアおじさん。アリスは……アリスは……」

泣きそうな顔で、アリスはゼフィアと一方通行の両方を見る。
ゼフィアはすべてを悟った。

「どうせ貴様は、そこにいる一方通行のことが好きになってしまったのだろう? だから一緒にいたい。そう思っているんだろ?」
「そ、そうだよ……アリスは、お兄ちゃんのことが、とても好き。ううん、愛してる」
「だったら、分かるよな? コイツが今後、どのような経緯をたどって行くのか。かつて『世界の調律師』として世界を旅した貴様なら、分かるはずだ」
「……」

アリスは分かっていた。
今後一方通行が、どのような道を歩んでいくのか。
そして、その為にすべてを失うことになることを。
戻れない闇の中に足を踏み入れ、そしてその身を堕としていく姿を。
彼女だって何度も目撃してきた。
元々抹殺対象だったから、何度も何度も見てきた。
だからアリスは、一方通行の元にずっといてはいけないことだって分かっていた。

「なら話は早い。我と共に来い。なに、別に今生の別れというわけではないのだ。またこの世界に来ればいだけの話だ」
「……」

そう、何もここで最後の別れとなるわけではない。
生きている限りは、いつだって会いに行ける。
一時的な別れでしかないのだ。

「……なら、ゼフィアおじさん。せめてお兄ちゃんにお別れの言葉と、約束の言葉を言ってもいい?」
「……ああ、その程度なら構わないだろう」

恐らくその約束は、叶わないものとなるかもしれない。
ゼフィアは、アリスをこの世界に戻すつもりなど最初からないからだ。
そんなゼフィアの考えなど分からないアリスは、一方通行の所まで歩み寄り、そしてその身体に静かに抱きついた。
一方通行は何も言わない。
ただ黙って、アリスの言葉を待つ。

「お兄ちゃん……アリスね、お兄ちゃんのこと、これからも、ずっと大好きだから。お兄ちゃんのこと、愛してるから……だからお兄ちゃん、アリスのことを忘れないでね?」
「……チッ」

一方通行は一度舌打ちしただけで、それ以外に答えることはしなかった。
だが、拒絶もしなかった。
それは彼なりの肯定なのかもしれない。

「後、約束があるの。必ずこの世界で、もう一度会おうって約束」
「二度とこっちに来ンじゃねェ……っつっても、どうせテメェは言うことを聞くつもりなンてねェだろ?」
「さすがはお兄ちゃん♪」

アリスは笑顔で答えたが、しかしその目からは今にも涙が流れ出そうだった。
アリスは涙を流すのを我慢して、最後まで言葉を紡ぐ。

「アリスはいつか、もう一度こっちの世界に来るから……いつかまた、お兄ちゃんに会いに行くから……だからその時は、アリスの分の居場所を、作って?」
「……」

答えられなかった。
一方通行には、アリスの分の居場所まで作るつもりなんてない。
だからと言って、見離すわけにはいかない。
何処か打ち止めと重なる表情を見ていると、守らずにはいられなくなってしまう。
故に、一方通行が出した答えは。

「……考えとくよ、クソガキ」

たった一言、そう呟いたのだった。

「……ありがとう、お兄ちゃん」

アリスは最後にそう告げると、一方通行の身体から離れて、ゼフィアの元まで駆け寄る。
そしてそのまま、ゼフィアと共に一方通行に背中を向け、どんどん光の道へと歩いて行く。
対する一方通行は、ゼフィアとアリスに背を向けたまま、闇の道を進んでいく。

「……う、うう……」
「……今の内に泣いておけ。そうすれば、きっと気分も晴れるから」

抑えきれなくなった涙が、アリスの目から零れて行く。
そんなアリスに、ゼフィアが優しく言葉をかける。
ゼフィアの言葉を聞いたアリスは、もう我慢することが出来なかった。

「う、うわぁあああああああああああああああああああああああああああん!!」

アリスは歩きながら、大粒の涙を流した。
いつまでも、いつまでも。
アリスは最後まで、泣いていたのだった。



「あれ、ここは……?」

アリシアが最初に目にしたのは、自分の目の前で泣き崩れている一人の白衣を着た研究員の姿だった。
研究員は言うまでもなく、芹沢。
芹沢は、自らの悲願を達成できたことに対する喜びと、少女が救われたと言う安心感から、涙を止めることが出来なかった。

「よかった……本当に、良かった……!!」
「えっと、貴方は……誰?」

アリシアは芹沢に尋ねる。
尋ねられた芹沢は、涙をふき、立ちあがり、そして未だにベッドの上に寝転がっているアリシアを見て、こう言った。

「私は芹沢敦敏。君を蘇生させた科学者だよ」
「私を、蘇生させた……?」

最初、アリシアは何のことかまったくわからなかった。
しかし、次第に記憶が蘇り、そして理解した。
自分はすでに死んでいた。
プレシアの実験の火種を受けて、自分は命を落としていた。

「そっか、私死んでたんだ……」
「君の話はすでに聞いている。君の母親が、君を蘇生させようとして狂ってしまったことも、すべて聞いている。そしてそんな母親も、とある一人の少年の言葉によって救われたことも、知っている」
「……その話、詳しく聞かせて」

アリシアは芹沢に、すべての説明を求めた。
芹沢は、かつてゲルに聞いたことをそのまま伝えた。
プレシアがアリシアを蘇らせる為に努力し続けてきたこと。
その過程で、フェイトという少女を作り出したこと。
しかしフェイトがアリシアでないことを嘆き、狂い始めてしまったこと。
そして、ジュエルシードに手を染めて、一人の少年と対峙し、心を救済されたこと。

「そっか。その人のおかげで、フェイトもお母さんも救われたんだね。私、その人に会いたいなぁ」
「……けど、それは叶わない願い。君は母親の元に届けられ、そして遠い世界で暮らすことになる。それが君にとって幸せな道となる」

そう。
ゲルとの契約により、アリシアの身柄をプレシアに返すことが条件となっていた。
それに、アリシアの蘇生に成功したなんてことが世界中に知られてしまえば、誰もが黙っていない。
この世界においておくのも、かといってなのは達の世界に送り返すわけにもいかないのだ。
出来ることなら、二つの世界とまったく関係のない世界で、平穏な日常を暮らして行かなければならないのだ。
幸い、アリシアに魔法の素質等はない。
だから別の世界に行ったところで、普通に暮らすことが出来るだろう。

「け、けど妹のフェイトに会いに行ったりとか、お母さん達を助けてくれた人にお礼を言いに行くとかは出来るんじゃ……!!」
「残念ながら、それは不可能だよ。お嬢さん」
「!?」

突如芹沢の研究所に現れる、時空の歪み。
そしてそこから現れる、一人の男。
見間違えるはずもない、その男はまさしく。

「ゲルか……」
「期限の時間だ。テメェと、そこにいる嬢ちゃんをこの世界から避難させる。もちろん、テメェと嬢ちゃんはまったく別の世界に行ってもらうけどな」
「構わない。その代わり、その子は母親と父親の元に届けてあげてくれ」
「最初からそのつもりだ。まさか本当に蘇生させるとは思ってなかったけどな」

ゲルは芹沢の根性と技術力を、改めて評価する。
これほどまでに一つのことに対して情熱を傾けた人物なんて、ゲルはそう滅多に見たことがなかった。

「貴方は、一体……?」
「そう怖がるこたぁねえだろうに。何も俺は敵じゃないんだしさ。勘弁してくれよマジで……」

顔に描かれているサソリの刺青のせいでもあることを多少自覚しながらも、ゲルは右手で頭を掻き毟る。
その後、その手を止めたと思ったら、両手を前に突き出して、目の前に二つの空間を出現させた。

「右は芹沢の行く世界。左がアリシアの行く世界だ。さっさと行ってくれ。でないと俺が面倒だからな」
「……」

芹沢は黙ってその指示通りに歩みを進めようとする。
だが、アリシアはただ黙って呆然と見ているだけだった。

「どうした嬢ちゃん。さっさと行ってくれないと、空間閉じちまうんだけど。まぁ何度でも開こうと思えば開けるけどさ」
「まだ、フェイトにも会ってないし、お母さんにも……」
「大丈夫だ。この先にお前の母親も待ってる。いずれ、テメェの妹や、テメェの母親救ってくれた奴にも会えるさ。その時まで、ずっとそこで待っとけ」
「……」

納得はしていない様子だったが、理解はした。
ようはこの空間を通らなければならない。
この先に、プレシアがいる。
だから、アリシアが歩むべき道は、一つだった。

「……分かった。私、この道を行く」
「物分かりがいい嬢ちゃんは好きだぜ?」

ゲルはアリシアの背中をポンと軽く押すと、歪みの中へとアリシアを入れる。
時空の歪みに入ったアリシアと芹沢に一瞥すると、ゲルは二人にこう告げた。

「それでは、よい旅を。お二人さん」

その言葉を最後に、時空の歪みは完全に閉じた。
そこに二人の姿はすでになく、ゲル一人だけが取り残される形となった。

「ふぅ。任務完了っと。これで俺もやっと帰れるぜ……」

そう呟き、ゲルは研究所から歩いて出て行く。
扉を開いて外に出た瞬間。

「……おやおや、これは大層なお出迎えで」

自らを囲む、無数の兵士達。
それは恐らく、『世界の調律師』の過激派から派遣された、異端者、もしくは邪魔者を排除する為に派遣された部隊。
それぞれ銃器を持っていて、狙いを外さないようにゲルにしっかりと標準を向けていた。
そこに、感情は持ち合わせていない。

「まったく。せっかくあっちの世界から出してもらえたと思ったら、この仕打ちかよ……やってくれるじゃねえか、サリエナ。『あのお方』の意思ってのは、そういうことかよ」

目を閉じ、観念したとでも言いたげな表情を浮かべ。

「さぁ、撃てよ。撃ってとっとと、この面倒臭い世界から俺を解き放ってくれ」

ダァン!
何十発にも及ぶ銃声が、街の中に響き渡る。
やがて兵士達が完全にその場から消え去った時、そこにいたのはたくさんの血を流す、一匹のサソリだけだった。



降り積もる雪の中。
その中にたたずむ、一人の銀色の髪の少女がいた。
少女の名前はリィンフォース。
闇の書―――夜天の魔導書の管制プログラムだ。

「……」

彼女はただ、高台から黙って街を見下ろしていた。
そんな彼女の耳に、複数に渡る足音が聞こえてくる。
雪が踏まれる音にリィンフォースは反応し、後ろを振り向く。
そこには、何処か悲しげな表情を浮かべている上条達がいた。

「来てくれたか」

リィンフォースは、上条達が来てくれたことに対して、礼の言葉を述べる。
上条は、呟くようにこう言った。

「リィンフォース……」
「そう、呼んでくれるんだな」
「当たり前だ。はやてがお前につけてくれた名前だ。とってもいい名前だと思うし、そう呼ばないでどう呼べって言うんだよ」

口ではそう言っておきながらも、上条は悲しみの念を押し殺せずにいた。
なのは達も、今にも泣き出しそうな勢いだ。
これからリィンフォースがどうなるか、彼らは知っているのだ。
それを知っているからこそ、彼らは覚悟を決めなければならない。

「お前を……空に返すの、俺でよかったのか?」
「お前だから頼みたいのだ。お前達のおかげで、私は主はやての言葉を聞くことが出来た。主はやてを喰い殺さずに済み、騎士達も生かすことが出来た。それに、主はやてが一番信頼を置いていた人物……そんな人物の手で、私は最後の幕を降ろしたい」

もうこんな悲しみを繰り返したくないから。
大切なはやてをこれ以上傷つけたくないから。
はやてのことは大好きだ。
だからこれからもずっとそばに居たいと考えてもいる。
だが、それでは駄目なのだ。
自分が居たままだと、はやてのことを傷つけてしまう。
もう、余計な夢は見てはいけない。
今までの罪の清算を、ここで果たさなければならない。
これらはすべて、リィンフォースが抱いた想いだった。

「はやてちゃんとお別れしなくていいんですか?」
「……主はやてを、悲しませたくないのだ」
「リィンフォース……」

フェイトが悲しそうな表情で呟く。
フェイトの隣にいたプレシアは、そんな気持ちが分からなくもないと考えていた。
自分の娘に対して、自分は何も言わずにそのまま立ち去るつもりだった。
あの時上条が必死に説得していなければ、フェイトを娘だと認識していなかっただろうし、もし仮にフェイトを娘だと認識出来ていたとしても、その気持ちを押し殺して、最後まで悪役を突き通そうとしていたに違いない。
だからこそ、リィンフォースの気持ちを理解することが出来たのだ。

「そんなの悲しいよ! やっぱりはやてに何か言ってからお別れした方が……!!」

インデックスが必死に訴える。
しかし、リィンフォースは首を横に振り。

「お前たちにもいずれわかる。海より深く愛し、その幸福を守りたいと想える者と出逢えればな」
「……」

そう言われてしまった以上、上条達はもはや何も言えなくなってしまった。
彼女の覚悟は、相当のものだ。
もう、誰にも邪魔することはできない。

「……逝かせてやろう。それがリィンフォースの意思なら、俺達はもう何も言うことはできない」
「……そうですわね。これ以上何か言うのは、折角決めた意思を捻じ曲げることになりかねませんわ」
「黒子の言う通り、ね」

土御門・白井・美琴の三人は、リィンフォースの意思を尊重することを強調した。
ステイルは、何も言わずにただ煙草を吸っている。
その目を閉じ、神父としての最後の仕事を果たそうとしている。
同じように、神裂もリィンフォースの方を向きながら、静かに目を閉じていた。
そんな彼らに、四つの足音が近づいてくる。
言うまでもなく、守護騎士達のものだった。
彼らがここまでたどり着いてきたことを受けて、リィンフォースは宣言する。

「そろそろ始めようか? 夜天の魔導書の終焉だ」
「……本当に、いいんだな?」

上条が、最終確認と言わんばかりに尋ねる。
リィンフォースは、その問いに対して首を縦に頷かせる。
……いよいよ、最後の時が始まる。

「……シャマル、リィンフォースのリンカーコアを抽出してくれ」
「……はい」

上条の手が直接リィンフォースの身体に触れたところで、何の意味もない。
確実にリィンフォースを消す為には、リンカーコアを破壊しなければならない。
上条の右手によって破壊されたのなら、管制プログラムは二度と再生しない。
すべての異能を破壊する幻想殺し(イマジンブレイカー)だから出来ることだった。

「リンカーコア、抽出」

シャマルは自らのデバイスを使って、リィンフォースのリンカーコアを抽出させる。
あくまで優しく、痛みを残さないように。
これは蒐集の時とは違う。
安らかでなければ、何の意味もない。

「短い間だったが、お前達にも世話になったな」
「……気にすることはない」
「良い旅を、リィンフォース」

ステイルと神裂が、そう答える。
リィンフォースの胸には、一点の光が灯されていた。
それは間違いなく、リンカーコアの光。
この光が打ち消された時、リィンフォースの命は、終わる。

「リィンフォース! みんな!!」
「!?」

だがその時だった。
リィンフォースの名を、みんなのことを叫びながら、一人の少女が車椅子を漕ぎ、ここまでやって来る。
八神はやて。
リィンフォースと言う名を与えた、一人の優しき少女。
そして、リィンフォースのマスター。

「はやてちゃん!」
「はやて!!」

シャマルとヴィータは、その名前を叫ぶ。
そしてリィンフォースも、声を高々とあげて叫んだ。

「動くな! 動かないでくれ……」
「あかん、やめて! リィンフォース、やめて!! 破壊なんかせんでええ! 私がちゃんと抑える!! 大丈夫や! こんなんせんでええ!! 当麻さんも、こんなんせんでええから!!」

リィンフォースと上条は、はやての悲痛の叫びを聞く。
だが、上条は聞いたところで何かはやてに言えるわけがなかった。
自分は今、はやての目の前で大切な家族を殺そうとしている、ただの極悪人にしか見えない。
もしかしたら、一生はやてに恨まれるかもしれない。
それならそうでも構わないと、上条は考えていた。
もう、何を言われようと構わない。
それで誰かの不幸が取り除かれるのなら、十分だ。

「主はやて、良いのですよ」
「良いことない、良いことなんかなんもあらへん!!」

はやては必死に訴える。
せめてリィンフォースが思い留まってくれるように。
もう目の前で家族を失う経験をしたくはないから。
だが、リィンフォースは止める。

「随分と長い時を生きてきましたが……最後の最後で、私は貴女に綺麗な名前と心を頂きました。騎士達もあなたの傍に居ます。何も心配は入りません」
「心配なんて、そんなん……!!」

はやての目から、大粒の涙がこぼれ出る。
堪え切れない悲しみが、声となって現れる。

「ですから……私は笑って逝けます」
「話聞かん子は嫌いや! マスターは私や!! 話聞いて! 私がきっとなんとかする! 暴走なんてさせへんって約束したやんか!!」
「その約束は、もう立派に守って頂きました」
「リィンフォース!!」
「主の危険を払い、主を守るのが魔導の器の務め。あなたを守る為の……最も優れたやり方を私に選ばせてください」
「せやけど……ずっと悲しい想いしてきて……」

涙が頬を伝う。
はやては、泣いている。
自分が寂しいからもあるが、それだけではない。
目の前にいるリィンフォースと言う名の少女が、今までどれだけの悲しみを背負ってきたのかを考え、そして、泣いている。

「やっと……やっと……救われたんやないか!!」
「私の意志は……貴女の魔導と騎士達の魂に残ります。私はいつも貴女の傍に居ます」
「そんなんちゃう!! そんなんちゃうやろ!! リィンフォース」

違う、はやてが望んでいたのはこんな形の結末ではない。
彼女が想い抱いてきた幸せは、みんなが笑って過ごせる未来。
そこにリィンフォースだけがいないなんて、おかしすぎる。

「駄々っ子はご友人に嫌われます。聞き分けを……我が主」
「リィンフォース!!」

はやてはリィンフォースにさらに近づこうと、車椅子を漕ぐ。
しかし、その車輪は雪で隠れていた石にぶつかる。
バランスを崩し、はやての身体は雪の上に投げ出されてしまった。

「なんでや…? これから……やっと始まるのに……これからうんと、幸せにしてあげなあかんのに……!!」
「……シャマル、一旦止めてやれ」
「は、はい」

上条は、シャマルにそう言って、一度リンカーコアを抽出させるのを止めた。
リィンフォースは、それを確認するとはやての元まで歩み寄り、目の前で足を止める。
そしてしゃがみ込み、優しくはやての頬に手を添えた。

「大丈夫です。私はもう世界で一番幸福な魔導書ですから」
「リィンフォース……」

そしてリィンフォースは、あるお願いを告げる。

「主はやて。一つお願いが」
「……」

はやては何も答えない。
だが、構わずリィンフォースは言った。

「私が消えて……小さく無力な欠片へと変わります。もし良ければ、私の名はその欠片ではなく、貴女がいずれ手にするであろう新たな魔導の器に送ってあげてくれますか? 祝福の風、リィンフォース……私の魂は、きっとその子に宿ります」
「リィンフォース……」
「はい、我が主」

最後にリィンフォースははやてに笑顔を見せ、元の場所に戻る。
そしてシャマルに向かって、こう告げる。

「……リンカーコアを」
「……はい」

シャマルは再びリィンフォースのリンカーコアを抽出した。
それを見た上条が、ゆっくりとリィンフォースの近くまで寄る。

「上条当麻(イマジンブレイカー)……どうか私の幻想を、その手で」
「……ああ」

最後に、リィンフォースははやて達のことを一瞥して、そしてこう言葉を残した。

「主はやて……守護騎士たち……それから、勇敢なる者達……ありがとう……そして、さようなら」
「……!!」

上条は、目を閉じてリィンフォースのリンカーコアを、右手で握る。
瞬間、パアン! という音と共にリンカーコアは破壊され、そしてリィンフォースの身体は、ゆっくりと光となって空へと昇って行く。
リィンフォース、消失の瞬間だった。

「……え?」

リィンフォースが消えた後、空から何かが落ちてくる。
それははやての目の前に落ちてきて、はやてはそれを拾い上げる。
見るとそれは、金色に光る十字のネックレス。
その形はまさしく、はやてが攻撃手段として使っていた杖と形状が同じものだった。

「うぅ……!!」
「……はやて」

そのネックレスを握りしめ、自らの身体を抱きしめるはやて。
上条はそんなはやての身体を、ただ優しく抱くことしか出来なかった。



それからの日々は、本当に大変なものであった。
アリサやすずか、そして高町家の人達に魔法のことを話したり、上条達の本当の正体を説明したり。
だが、彼女達はあっさりとその存在を受け入れてくれた。
代わりに、どうして今までそのことを説明してくれなかったのかと責められたりしたが、過ぎてしまったことをいつまでも追求することもなかった。
はやてはリィンフォースの意思を汲んで魔道師の道を歩むことを決意し、守護騎士達と共に嘱託魔道師としての道を歩むことになった。
それはある意味では、はやてと守護騎士達が共に生きていく唯一の方法だったのかもしれない。
守護騎士達の罪も、どうやらそれで清算されるようだ。
続いてはフェイトに関してだが、フェイトは引き続き嘱託魔道師としての道を歩んでいくらしい。
いずれシグナムとの決着をつけることにもなるかもしれない。
その話を出した時、シグナムに大して全員から『このバトルジャンキーが!』というツッコミが帰ってきたことは語るまでもなかったことだろう。
プレシアはあの後、フェイトに何も告げずにこの世界から去って行った。
その知らせを受けたフェイトは少し悲しそうな表情を浮かべていたが、それでも納得した。
生きているとわかっただけでも、十分だったのだろう。
そして、話は上条達が元の世界に帰る場面から始まる。



「もう行っちゃうんですね」
「ああ。『機械』の調整も終わったし、こっちの世界でやるべきこともないしな。後はいい加減元の世界に帰らないと、単位がまずいことになる……」

神裂やステイル、インデックス達とは違って、上条・土御門・美琴・白井の四人には学業が待ち受けている。
要するに、学校に出席しないと本気で留年とかあり得てしまう訳で。

「上条達にも上条達なりの事情があるのだろう。まぁ許してやってくれ」

獣型のまま、ザフィーラが言う。
他の人達は渋々といった感じではあるが、それでも理解はしていた。
しかし、ヴィータだけは上条の身体にしがみつき。

「何でだよトウマ! まだ帰るこたぁねえだろ!」
「け、けどなヴィータ。俺達も俺達の世界でやらなきゃいけないことが……」
「んなの後回しでいいじゃねえかよ! 帰っちまうなんて寂しいこと言うなよ!!」

どうやらヴィータは、上条がいなくなってしまうのが寂しいようだ。
ただ、その様子を眺めていたインデックス達のオーラが、どこか黒くなってきているような気がしなくもない。

「とうま……どうしてその子がとうまの身体に抱きついているのかなぁ?」
「アンタってさ、結局小さい子なら誰でもいいわけ?」
「人として最低ですわね」
「テメェら人をなんだと思ってやがる!!」
「「「ロリコン」」」
「ロリコン言うなやこらぁ!!」

さすがの上条も、インデックス・美琴・白井の三人にまとめてそんなことを言われると、落ち込みたくもなってしまう。
どうやら女性陣からそう言われるのは本気でショックらしい。

「ほらカミやん。ぼさっとしてないでさっさと行くにゃ~」
「他人事だと思って適当に流してんじゃねえよシスコン軍曹!!」
「だって他人事だぜい?」

そういいながら、『機械』に座標を打ち込んでいく。
上条の不幸を心から嬉しく思っている証拠なのだろう。

「当麻。また、会いに来てくれるよね?」

フェイトが泣きそうなのを堪えて、上条に尋ねる。
上条は少し困惑した表情を見せながらも、しかし笑顔でこう答える。

「ああ。絶対にまた会いに来てやるから。前みたいに悲しい別れじゃないんだし、今回ばかりは笑って見送ってくれよ」

なにもこれが今生の別れというわけではない。
生きている限り、この世界が繋がっている限り、何度でも会いに行ける。
それはフェイト達を安心させる要因ともなっていた。

「そっか……せやったら、今回は安心やね」

はやてが笑顔を見せてそう言った途端。

「打ち終わったぞ。早く歪みの中に入れ」

ステイルが上条達に告げる。
上条達は、ステイルの言葉に従って歪みの中に入っていく。

「じゃあね、みんな。また会いに来るから」
「今度はおいしいご馳走を用意してほしいかも!」
「食べることしか考えてませんのね……この世界も面白い世界でしたわ」
「じゃあな! またこの世界に遊びに来るにゃ~」
「……また会おう」
「それではみなさん、お元気で」

美琴・インデックス・白井・土御門・ステイル・神裂が順番に挨拶の言葉を残していく。
そして最後に上条が。

「元気でな! お前ら!!」

という言葉を残し、歪みの中に入っていく。
後はこの歪みが閉まってしまえば、上条達は元の世界に帰ることになる。
だが、その前に。

「待って! 上条さん!!」
「え?」

上条のところへ、なのはが慌てて駆け寄ってくる。
そして。

「「「「「「……え?」」」」」」

誰もが驚いた。
なのはの行動に。
目の前で繰り広げられていることに対して、驚きを見せていた。
何故なら、上条の唇に、なのはの唇が重ねられていたからだ。
唇同士が触れるだけの、軽いキス。
だが、上条にとっては記憶の中で初めてのキス。
もちろん、なのはにとっても初めてのキス。
やがてなのはは上条から離れて、歪みが完全に閉まってしまう前にこう言った。

「必ず来てくださいよ、当麻さん!」

涙目だが、笑顔でなのはは言った。
その言葉を最後に、上条達は元の世界へ帰っていく。
残されたフェイト達は、ただなのはのことを凝視することしか出来なかった。



とある平和な世界にやってきた、プレシアとアジャスト。
その世界では、見た感じでは魔法など無縁の世界で。
まるで海鳴市のような平和な街であった。
街の名前を彼らは知らないが、それでも構わないとプレシア達は考えていた。
歩いていると、赤毛の青年と、その隣で笑顔を見せている銀色の髪の少女が通り過ぎて行った。
その姿を見て、思わずプレシアは笑顔になる。

「よかったのですか?」

アジャストは、笑顔を見せるプレシアに尋ねる。
プレシアは言った。

「いいのよ、これで。あの子の気持ちも、分かるような気がしたから」

プレシアは笑顔でそう返すと、再び前を向いて歩き出す。
しばらくの間、二人は無言だった。
やがて彼らは、自分の家となる場所までたどり着く。
鍵穴に鍵を差込み、そして中へ入っていく。
いつも通りの、内装。
一軒屋にふさわしい、控えめな装飾。
だが、その中に一際目立つ金色が見えた。

「「……え?」」

二人は驚いた。
なぜ、この場所にこの子がいるのだろうか。
そもそも、どうやってこの場所に来たのか。
いや、それ以前になぜこの子が生きているのか?
いろいろな疑問を抱いていたが、やがて少女―――アリシアが笑顔でこう言ったことで、そんな疑問などどうでもよくなってしまった。

「お母さん、お父さん! お帰りなさい!!」

(闇の書事件編 了)



闇の書事件編、終了です!!
いやぁ今回は結構長かったですよ……何しろ学園都市での描写も結構多かったですし、オリジナル設定の『世界の調律師』がこれでもかって言う位出てましたしね……。
一方で、今回はそこまで原作に介入させてあげることが出来なかった上条達。
StrikerS編ではどうなってしまうことやら……。
ちなみに、当小説はまだまだ中盤でいろんな話を取り入れるので、StrikerSにはまだ入りません。
あまり長い間話しているわけにもいきませんし、そろそろ次章予告でもいってみますか!

次章予告
学園都市に帰ってきて、平穏な暮らしをしていた上条達。
その裏で、『正義の味方』と名乗る組織が、学園都市に攻め入ろうと企んでいた。
その知らせを聞いて、一方通行の元へ向かおうとするアリス達。
だが、それこそ『正義の味方』の思う壺だったなどと、彼女達は知らなかった。
そしてそんなことになっていることも知らないまま上条達の世界を訪問してきたなのは達。
彼女達が意識しないまま、事件はどんどんと進展を迎えていくことになる。
次章、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『正義の味方』編。
科学と魔法が交差するとき、物語が始まる。




[22190] オリジナル『正義の味方』編 0『正義の味方』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/06/13 07:42
あれから上条達は、無事に元の世界に戻ってくることが出来た。
そして、まず最初に確認したのは、自分達がいつの日に戻ってきたのかと言うことだった。
調べた結果、それは9月27日であることが分かった。
自分達がなのは達の世界に行ってから、全然日数が経過していないのだ。

「世界線を移動する度に、時間軸の進行がおかしくなってるな……これはちょっと改良の余地がありってところか?」

土御門がぼやく。
恐らく、この『機械』の設計者も考えつかなかったであろうバグ。
『機械』はあくまでも世界軸を移動する為の物であって、同時間軸の世界にしか行けない筈なのだ。
だが、今回上条達は自分達の時間軸など完全に無視されて、12月のなのは達の世界に行った。
これはおかしいことなのだ。
本来ならあり得てはいけないことなのだ。
土御門達は知らないことではあるが、『機械』は創造神(ゴッドハンド)とも呼ばれている芹沢が作り出したものだ。
だからその設計に狂いはないはずなのである。
ということは考えられることはただ一つ。
世界そのものが、上条達を選別しているということだ。

「逃げるんじゃないわよアンタ!!」
「誰だってそんな般若みたいな形相を浮かべてる奴らを見たら逃げたくもなるわ!!」

だが、そんなことも知らない上条は、現在御坂美琴・インデックスの両名に追われていた。
理由はとっても簡単で、そして彼女達にとってはあまりにも重すぎることであった。

「最後になのはとキスするなんて……!! とうま! さすがに今回は許さないかも!!」
「アメリカでのフレンチキスは日常会話的な挨拶なんだから、なのはのそれだってそうだと解釈するのもOKだろ!!」
「なのはは完璧なる日本人だし、そもそもあっちの世界もこっちの世界も日本よ! 日本にそんな習慣があるかぁあああああああああああああああああああああ!!」
「おわっ!」

上条に向けて、雷撃の槍が容赦なく放出される。
上条はその軌道を読み取り、上手く避ける。
美琴は舌打ちをして、インデックスは未だに牙をむき出しにしていた。

「もうなんなんですかこの不幸は!!」
「うるさい! とっととやられて死ね!!」
「酷い! もはや生きて捕えてもらうことすら出来ない!?」

あいも変わらず騒がしい連中である、と思う人もいるかもしれない。
だが今の彼らは、追う側も追われる側も本気だ。

「うひゃっ!」
「よそ見してる暇があるのかしら!!」

明らかにインデックスよりも美琴の方が危険因子っぽく見えるこの状況。
現在美琴が放った電撃が、上条のすぐ隣に着弾した模様だ。
喰らった所で美琴が本人も意識しない内に加減している為死にはしないだろうが、恐らく捕まった途端にデッドエンドになってしまうことだろう。

「畜生! このままじゃ……!!」

上条は走りながら思った。
このままだといつまで経っても埒が明かない。
その上体力的に負けてしまい、最終的には捕まってしまう可能性もある。
ただでさえ身体がボロボロだというのに、これはあまりにも厳しい状況だろう(とは言っても身体中に撒かれている包帯は切り傷等を治すものであり、この後冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)のところに見せにいったらすぐに治る程度のものではあるが)。
ちなみに土御門・ステイル・神裂・白井の四人はすでにこの場にいない。
白井に至っては、『そのまま殺されていなくなってしまえばいいんですわ』なんて過激な一言をもらいうけた位だ。
もうこんな状態じゃあ上条だって泣きたくもなる所だろう。

「くっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

逃げながら、上条は叫ぶ。
二人の怒りは、とても凄い。
特にインデックスの怒りはすさまじい。

「とうま~! 今日はその頭を噛みちぎってあげるんだから……!!」
「怖ぇよ! ある意味で狂ってたプレシアとかよりよほど怖ぇよ!!」

今のインデックスからは、昨今話題になったホラー映画『リング』でも彷彿させるような匂いがする。
それだけ彼女が抱えている雰囲気と言うのが重いのだ。
美琴の怒りも凄いが、それを上回るような勢いだった。
もし怒り度センサーなるものが存在していたとしたら、美琴はMAXで、インデックスは測定不能のレベルまでもっていかれることだろう。

「やっほ~。何やら楽しそうなことになってるね~」
「って、テルノア!?」

首からX十字のペンダントをぶら下げたその少女の名前は、テルノア。
上条達がなのはの世界に旅立つ前に学園都市に侵入してきた、本人曰く『元』魔術師であり、学園都市の壊滅を目的にやってきた人物であった。
しかし上条の説教により改心し、その後は学園都市から立ち去った……筈だった。
もちろん彼女がこの場にいるのは、オルソラの時と同じでまったく以て意味が……。

「ちょっとした事情があってね~。仲間の一人がこっちに来ちゃってるって話だから~」

ないわけではなかった。
というか、意味が物凄いあった。

「へぇ、テルノアの仲間がね……って、それって結構マズイことになってるじゃねえか!!」

上条の中で、次の方程式が成立していた。
テルノア=魔術師=厄介事。
テルノアの友人=同宗派の人間=魔術師=厄介事。
ようは、サラッと学園都市に魔術師が侵入してきたことを、このテルノアという少女は言ってのけたということだ。

「そうだね~。実は凄く大変なことかもね~」
「相変わらずその口調なんだな、おい!」

ちなみにこの間の会話は、何故かテルノアも上条と同じスピードで走ることにより成立していた会話。
必死に追いかけている美琴とインデックスには、二人の会話なんて聞こえるわけがなく。
つまりそれは、彼女達の火に油を注ぐようなものであり。

「アンタはまた別の女とイチャイチャイチャイチャとぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「今度はテルノア!? とうまは何処まで女ったらしなの!?」
「どっひゃああああああああああああああ! さらに二人が大変なことに!!」

上条は二人の顔を見て、さらに速度を上げる。
でないと、どう考えても殺される勢いだ。

「じゃあね~。私は引き続き捜査の方に戻るから~」
「ああ、そうしてくれ! 出来れば次に会う時はコイツらがいない時にしてくれ!!」
「とうま! 早速密会の約束を取り付けてるかも!!」
「何でこういう部分だけは聞きとれるんだよお前達は!! 耳の構造がどうなってるのか聞いてみたいわ!!」

割と本気で上条は叫ぶ。
彼の叫び声は、学園都市第七学区中に響き渡るような勢いだった。
だが、誰一人として上条に手を差し伸べる人間はいない。
何故なら、街の人の大半は『またか』と思っているからだ。
彼が大声をあげて街中を疾走している場面なんて、第七学区ではよく見る光景とも言えるからだ。

「くっ! 行き止まりか!!」

そして気付けば、すでに上条に退路がない状況にまで陥っていた。
八方塞がり。
後ろは壁、横も壁。
前からは般若が二人。

「さぁ、アンタ……覚悟はいいかしらぁ?」
「大丈夫だよ、とうま。きっと痛みなんて忘れちゃうから」
「ヤンでる! この二人確実にヤンでる!!」

今の二人の目に、光は宿っていない。
このままだと、本気で殺されてしまう。
何か打開策はないのか。
上条は必死に考える……が、そんな案など思い浮かぶ筈もなく。

「それじゃあとうま……いただきま~す♪」
「んぎゃあああああああああああああああああああああ! 不幸だぁあああああああああああ!!」

上条の頭に、インデックスが噛り付く。
その後インデックスが離れた所に、美琴が電撃を纏わせた右ストレートを放ち、さらにその後も二人による攻撃が続き、KO。
はい、お後がよろしいようで。

「まったくよろしくないんだけど!!」



「はぁ……」

思わずなのはは溜め息をついた。
今回はきちんと別れの言葉を言えたが、次はいつ会えるのかと言ったような確証はない。
上条がこちらの世界に来ない限り、なのは達は上条とは会えないのだ。
もちろん、上条だけではなく、その仲間である美琴とか白井と言った他のメンバーとも会話をしたいと思っていた。
ジュエルシード事件の際のアースラ艦内での会話を(その時白井はいなかったが)、なのはは『楽しい』と感じていたからだ。
あの瞬間、孤独を感じることはまったくなかった。
あまり会話に参加していなかったにもかかわらず、それでも十分に楽しめたのだ。

「次に上条さんが来るのはいつなのかな……」
「もしくは、貴女の方から行ってみますか?」
「!?」

突然なのはの部屋に声が響く。
現在この部屋には、以前までフェレット状態でいたユーノの姿もない。
となると、まったくの別人がそこにいることになる。
だが、なのは以外の人影は見えない。
となると、一体……。

「これは失礼いたしました。今そちらの方に窺いますね」
「窺うって……!?」

どうやって?
と、なのはが尋ねる前に、目の前の空間が突如として歪み始めた。
そしてその歪みから、一人の女性が現れたのだ。

「え? ええ?」

混乱するなのは。
同時に、その移動方法は上条がやったのと同じような感じだということを思い出し、そして目の前の人物を見た。
始めて見る人であった。
白い服に身を纏い、頭にフードを被った、どうやら女性らしき人物。

「始めまして、高町なのはさん。私は『世界の調律師』に所属する、エリマ・キャデロックという者です」

そう。
ジュエルシード事件の終盤で、上条が落ちたあの白い空間の住人、エリマ・キャデロックだった。
彼女は『世界の調律師』として様々な世界を旅したことがある。
故に、今回のようになのはの所へ来るのも決して困難なことではなかったのだ。

「それで、貴女達は上条当麻に会いたい、という認識でいいんですよね?」
「はい。けど、私達は当麻さん達のいる世界の世界軸を知らなくて……」

そう。
上条達が住む世界軸を、なのは達は把握していなかった。
つまり、例え世界を移動する手段を持っていたとしても、なのは達では上条の世界に行くことは不可能だったと言うわけだ。

「それを可能にするものが、ここにあります」
「!? それは……当麻さん達が言っていた、『機械』?」

エリマがなのはに差し出したもの。
それは上条達が持っていたのとまったく同じの、『機械』だった。
ただし、この『機械』は上条達が所持しているものと少し違う点がある。
それは。

「この『機械』は、貴女達の世界と上条当麻の世界を繋ぐものです。つまり、これを使って別の世界に向かうことは出来ません。その点に関しては、貴女達の世界の技術でどうにか出来るでしょう?」
「多分……」

恐らく、その辺に関しては管理局の技術力を考慮すれば大丈夫だろう。
だからこそ、なのははその『機械』に頼りたくなったのだ。

「この『機械』を……受け取りますか?」
「……」

考えた。
なのははずっと考えた。
そして悩んだ末に、一つの答えを出した。

「……はい。それを受け取りたいと思います」
「分かりました。では、これを受け取ってください」

答えは、YESだった。
エリマはそのまま『機械』をなのはに渡す。
そして最後にこう告げたのだ。

「いずれ貴女達の力が、彼らの世界でも必要になる時が来ます。その時の為に、その『機械』をとっておいてください。有効活用して頂ける事を、祈っています」

エリマはその言葉を最後に、なのはの世界から消えた。
残されたのは、『機械』を手に持つなのは一人となった。

「いずれ私達の力が、当麻さんの世界で必要となる時が来る……」

なのははその言葉を呟く。
同時に、この『機械』を使って上条達に自分達から会いに行けることを実感し、そして胸の奥にしまったのだった。



「ここが学園都市って場所か……」

とある時間の某所にて。
一人の青年が、目の前に広がる科学の街を眺めながら、そんなことを呟いていた。
彼は学園都市を、さもそこに自分がいるのが当然であるかのように歩いていた。
しかし、誰も彼を気にすることはない。
黒いローブというおかしな格好にも関わらず、それを咎める者は誰もいない。
その理由は簡単だった。

「意識に刷り込みを入れ、この状況がさも当然であるかのように仕向ける……まさかこれほどまでこの学園都市の者にそれをするのが簡単だったとはな」

そう。
彼は自分のような格好の者がいることが日常となっている状況を、他の者達に刷り込んだのだ。
これは彼が使える魔術の一つでもあり、ある意味では恐ろしい物であった。
何故なら、意識に刷り込みを入れられると言うことは、それを使って……。

「さて、粛清対象を探すとするか」

彼がこの街に来た目的は、別にこの学園都市自体の壊滅ではない。
そんなものには最初から興味ないし、そもそも彼が壊したいものは、もっと大きくて、一般的には壊すのが不可能と言われているものだった。
それは―――この世界そのもの。
その為に彼は。

「粛清対象、上条当麻……もしくは、その地位に準ずる者。『正義の味方』、行動開始」

街中に放たれた『正義の味方』の組員達に向けて、男はそう指示を出す。

『しかし、本当にうまく行くんでしょうか?』

無線機越しに、誰かが心配するような声が聞こえてくる。
その声に対して、男は答える。

「大丈夫だ、心配するな。奴らは必ず現れる。最優先事項は上条当麻の抹殺だが、我々が学園都市に来たという連絡を受ければ、兵器(ドール)は必ず現れる。だから安心して、上条当麻を殺す機会を窺っていればいい」
『了解しました』

彼らの目的は二つ。
一つは、この世界を破滅させる為に主人公級のキャラを『正史が作り出した物語』以外のイレギュラー事項で殺すこと。
そしてもう一つは、生き残っている兵器(ドール)の除去。
そう、ここからが今回の物語の始まりだ。



「何? 『正義の味方』の連中が動き出しただと?」

仲間からの定時報告を聞いて、ゼフィアは驚いていた。
しばらく『世界の調律師』の過激派に動きはないと思っていただけに、その連絡はさらに驚きを増させるものとなっていた。

「どうしたの? ゼフィアおじさん」

近くで鉈の整備をしていたアリスが、無垢な表情でそう尋ねてくる。
……しかし、改めて言わせてもらうと、なんて似合わない姿なのだろうか。
幼き少女が、笑顔で殺傷能力のある刃物を研ぐ。
あまり想像したくはないものであろう。

「……分かった。こちらでも対応させてもらう。しかし悪いな。こっちとしては『世界の調律師』を抜け出した身なのに」

あの日、アリスを引き取った日以来、ゼフィアは『世界の調律師』からアリスと共に脱退した。
別に彼にそれほど重い罪はない。
だが、温厚派であるゼフィアが、過激派であるアリスと共に行動しているという時点で、すでにどちらのトップからしてみても、容疑をかける対象となり得てしまう。
故に、『世界の調律師』から脱退し、別の道を歩むことにしたのだ。
これもすべて、アリスを守り通す為に。
アリスも、ゼフィアの決意を知っていた。
自分のせいで、ゼフィアに迷惑をかけていることを悟っていた。
だがそれでも、彼はアリスに何も言わなかった。
責めもしなかった。
ただ、甘えていればいいと言った。
だから、アリスはもう謝ることをしなかった。
謝るのは、ゼフィアの好意を無駄にすることになるから。

「それで……何かあったの?」

連絡が終わったタイミングを計って、アリスはゼフィアに尋ねる。
ゼフィアは少し重い気持ちを抑えながら、告げた。

「『正義の味方』が、動き出したらしい」
「!? は、早すぎる……この前私達が動いたばっかりだって言うのに、いくらなんでもそれは速過ぎるよ!」

アリスは元々頭の回転はいい。
だから今回の侵略行為に関して、それがおかしなことであるとすぐに理解することが出来た。
そう、あまりにもおかしすぎるタイミングだ。
まるで最初から第一陣の攻撃が失敗すると予想していたかのように……。

「まさか、私達はもしかして、捨て駒だったってこと?」
「かもしれないな。もっとも、第一陣に期待するほど、組織というものはあまくはないというわけか」

ゼフィアの言う通り、『世界の調律師』の過激派達は、最初からアリス達に期待などしていなかった。
彼らは所詮、過激派においても下層部に位置する存在。
あのアリスにさえそのような認識を抱いていたのだ。
……『あのお方』がどのような認識をしているのかは定かではないが、少なくとも、その配下につく上層部の連中は、恐らくアリス達のことを重要視していたわけではないだろう。
だからこのタイミングでの、『正義の味方』の出陣なのだ。

「場所は? 場所はどこに送られてるの?」

アリスにとって、それはとても重要な情報だった。
もしその場所が学園都市だというのであれば、大切な人の命が再び狙われることになる。
彼が死ぬとはあまり考えられないが、それでも心配だったのだ。

「……想像通りだ。恐らく、最悪の可能性ではあるだろうがな」
「!!」

それだけを告げる。
瞬間、アリスの疑問は確信へと変わった。
そして、決意しなければならなかった。
何もせずに大切な人を失う経験は、もうしたくない。
両親が死ぬという運命を変えられなかったアリスは、もう二度と大切な人を失わないと決めたのだ。
だとしたら、アリスが取るべき行動は一つだけだった。

「おじさん。アリス達も行こう。学園都市に」
「……言うと思った」

ゼフィアは全身を軽く手で払うと。

「……行くぞ、アリス。守りたい者を、守りに行くんだろ?」
「……うん!」

こうして、二人は再び学園都市へと歩みを進める。
それが『正義の味方』の思惑だとも知らずに……。





[22190] オリジナル『正義の味方』編 1『報告』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/07/04 07:47
「ねぇなのは。どうして私達を集めたの?」

海鳴市のとある公園にて。
理由も聞かずになのはに呼び出されたフェイトとはやて、そしてアルフに守護騎士達。
さらにクロノやリンディ、エイミィやユーノといったアースラチームもいた。
彼らもまた、どうして自分達が呼び出されたのかと言ったような理由を聞いてはいない。
先陣を切ってなのはに尋ねたのは、フェイトだった。

「みんなにお話があるの。重要なお話」
「どんな用件でしょう?」

リンディが尋ねる。
するとなのはは、一瞬言葉を溜めた後で、ある物を差し出した。

「そ、それはまさか……」
「……うん。『機械』だよ」

ユーノが驚きを見せたのも無理はない。
何故なら、なのはが『機械』を所持していたからだ。
本来これは、上条達が持っているはずのもの。
だというのに、それをなのはが持っているのは異常なことであった。
彼女がそれをどうやって手に入れたのかといったことから、解決しなければならなくなるのだ。

「な、なのはちゃん。それ、どうやって……」

はやてが尋ねる。
なのはは真剣な表情を浮かべて、受け取った時の状況をそのまま話した。

「『世界の調律師』の人から受け取ったの。いずれ私達の力が、当麻さん達のいる世界で必要になるからって」
「当麻のいる世界で、私達の力が必要になる……」
「それってつまり、当麻さん達に危険が及ぶっちゅうことと違う?」

フェイトが呟き、はやてが可能性の一つを提示する。
そう、あの時エリマが言っていたこととは、つまり上条当麻達に危害が及んでいることを意味していたのだ。
ただ、彼女達には具体的に何が起きているのかをあらかじめ把握する手段はない。
故にそこで何をすればいいのか、彼女達には分からないのだ。
だからこそ、本来ならば行動は慎重にとらなければならない。

「……僕としては、本来ならば向こう側からの連絡を待つべきだとは思うけど、そんな悠長に待ってる余裕はないんだろう?」
「多分。事態は急を要すると思うから」

クロノの言葉に、なのはは肯定する。

「『機械』によって上条当麻達の世界に行くのは、なるべく多い人数の方がそれだけ効率はいいけど、今回の場合に限っては、何人かこっちの世界に残って、こっちの世界の守備も固める必要がある。以前のように『世界の調律師』の過激派と名乗る者がいつ現れてもおかしくない状況だからね」

クロノの言う通り、全員で上条当麻達の世界に向かってしまっては、こっちの世界の守備がおろそかになってしまう。
こっちの世界の守備も固めつつ、上条当麻達に襲いかかる未知の脅威を排除する為に、向かうのは必要最低限の人数でなければならない。

「そういうわけなので、今回はなのはさん・フェイトさん・アルフさん・はやてさん・守護騎士達が向こうの世界に行ってもらいます。残りの私達は、こっちの世界で待機。定時連絡用として、世界を挟んでも連絡が通じるように加工された無線機を渡しておきます」
「はい、どうぞ♪」

リンディの言葉に続くように、エイミィが各々に無線機を渡す。
それらを受け取り、彼女達は真剣な表情を浮かべていた。

「トウマの身に何が起きようとしてんのかはわかんねぇけど、ぜってぇ引き留めて見せる!」
「あらあら。ヴィータちゃんったら上条君に夢中ね♪」
「当たり前だ! トウマは大切な『家族』なんだからな!!」

シャマルの言葉を華麗に流し、その上で上条のことを『家族』と称した。
それだけ、ヴィータの中での上条といのは重い存在となっているのであろう。

「けどね、ヴィータちゃん。当麻さんはヴィータちゃんだけのものじゃないんだよ。そこは分かってるよね?」

背景に『ゴゴゴ』という効果音でも付きそうな程の勢いで、なのははヴィータに言い放つ。
その恐ろしさは、ユーノやクロノの身体を軽く震わせる程のものだった。
恐らく、この頃から『管理局の白い悪魔』と呼ばれるにふさわしい程の勢いを持っていたのかもしれない。

「なのはの言う通りだよ。でも、当麻はなのはのものでもないよ? それは分かってるよね?」
「フェイトちゃんこそ、当麻さんを譲る気はあらへんよ?」

……どうしてこうなった。
思わずそんなことを呟いてしまいそうな程、彼女達の周りだけ黒いオーラが漂い始める。
関係ない者達は、いっそのことこの場から逃げ出してしまいたいという衝動に襲われる。
が、いつまでもそうしているわけにもいかないので。

「とりあえず、なのはさん達にはすぐに上条君の世界に行ってもらいます。『機械』の方の操作方法とかは分かってるんですか?」

リンディが早めに指揮をとる。
そうすることで、険悪なムードはすぐに晴れた。
このあまりにも早い身の変わりように、周囲の者達は若干驚きつつも、安堵の溜め息をついていた。

「はい。あの人から一応の操作は聞いています。ですから問題はありません」
「そうですか。なら今すぐその世界に向かってもらいたいと思います」

さて、いよいよなのは達の仕事が始まる。
なのはは『機械』を抱えると、そこにあらかじめ指定された『上条当麻達の世界』の座標を打ち込んでいく。
そして打ち終えた時、なのははフェイト達の方に顔を向ける。
無言ながらも、その表情だけで何を言いたいのかはすぐに分かった。

「……行くよ!」

なのはは掛け声と共に、エンターキーを押す。
瞬間、彼女達の目の前に、世界の歪みが生じる。
そしてその中に入り、全員が完全に入り切った時には、すでに『機械』によって生じていた歪みは消え去っていた。

「幸運を祈ります、皆さん」

リンディはその歪みに向かって、そう呟いた。



上条当麻の日常は、波乱に満ちたものである。
これまで『とある世界の魔法少女(パラレルワールド)』で描かれてきたように、彼に幸運な瞬間などほとんど訪れた試しがない。
例えちょっとした幸せがあっても、それを上回る勢いの不幸が彼に襲いかかってくるのだ。
結果、プラスマイナス0、むしろマイナスと言ったような感じだ。
なのは達の世界と関わりを持つようになってからも、『P・T事件』や『闇の書事件』に巻き込まれて、さらにはそれに乗じて襲いかかってきた『世界の調律師』の過激派とも戦った。
特に『P・T事件』においては、プレシアと共に虚数空間に落ちて、危うく命を落とす所だった。
そんな状況下で命だけは助かったのは、ある意味不幸中の幸い、いや、彼にとってある意味の『不幸』だったのかもしれない。
さて、上条当麻に関する前置きはここまでにしておこう。
こうしてみると、上条は余程不幸な人間らしい。
それだけに、事件も幕を降ろし、こうして元の世界に戻って来られたこの瞬間こそ、上条にとっては至福のひと時でもあった。

「いやぁ~やっぱり自分の世界というのはいいものですなぁ」

街の中を歩きながら、盛大な独り言を噛ましているのは、ご存じ我らが主人公、上条当麻その人である。
ここ最近動いてばかりだった為、こうして平和なひと時を過ごせるのは彼にとって貴重な時間であった。
……もっとも、この時すでに自分の身の回りで事件が動き出していることを、彼はまだ知らないのだが。
ちなみに、インデックスはこの場にはいない。
それもそのはずで、彼女は今自宅でノビノビとしているのだ。
さらについでに言ってしまえば、上条は買い物に行っている最中の為、今ここでインデックスがついていくわけにはいかないのだ(店を荒らされてしまってはたまったものじゃないので)。
さて、それはともかく、もう一度言うが上条当麻は不幸な人間だ。
くどいとは思うが、これはある意味でこの物語を進める上で重要な情報でもある。
つまり、何が言いたいのかと言うと……彼に純粋な平和なんて訪れるわけがないということを指し示したいのだ。

「あ、上条君じゃない~。ここで合流出来てよかったよ~」
「…………へ? テルノア?」

ここで一つ、思いだして欲しい点がある。
前日、上条はインデックスと美琴に半殺し(笑)にされかけたことがある。
その時彼女達から逃げていた上条は確かにそこでテルノアに出会った。
その時テルノアが言っていた言葉の中に、こんな言葉があった。

『ちょっとした事情があってね~。仲間の一人がこっちに来ちゃってるって話だから~』

テルノアの仲間とは、つまり他の魔術師を意味する。
要するに、この学園都市には魔術師が忍び込んでいるということに繋がるだろう。
ということは……。
魔術師の侵入=学園都市のピンチ=自ずと上条に話が舞い込んでくる=不幸。

「せ、せっかくもうこれ以上事件は発生しないと思ってたってのに……なんて、不幸だぁああああああああああああああああ!!」

もう頭を抱えてそう叫ぶ他ない上条。
そんな上条を眺めながら、楽しそうに笑うテルノア。

「笑ってんじゃねえよ畜生! どうせ俺にも協力しろとかいう話だろ!?」
「さすが上条君だね~。分かってるじゃ~ん」
「……不幸だ」

改めてボソッと小さな声で呟く。
ここまで来るとあっぱれとしか言いようがなくなってしまうだろう。

「それで、侵入してきたお前の仲間ってのは、どんな奴なんだ?」

とにかく犯人の特徴が分からなければ、捜査のしようがない。
上条は速効で事件を解決させる為にも、テルノアから重大な情報を聞き出すのだった。
テルノアは、特に困った様子を見せることもなく、答える。

「青くて長い髪と、釣り目がちな青い瞳が特徴の女の子だよ~。首にはもちろんX十字をぶら下げていて、名前はアイリー・エルフェーヌ。私とは同期に値するね~」
「了解。それじゃあ俺はとりあえずその姿形に合った奴を探せばミッションコンプリートってわけね」
「その通りだよ~」

頼んでいる人の態度とは思えないほど、テルノアの声は間延びしている。
というか、半分やる気をそがれるような、そんな声だった。

「分かったよ。そのことに関しては俺も協力してやる。けどその代わり、仲間捕まえたらもう二度とここに来るんじゃねえぞ」
「それはどうかな~? この街には結構気になる人がいるから、ちょくちょく来るかもよ~」
「はぁ? 気になる奴だぁ?」

ポカンとした表情でテルノアを見る上条。
そんな上条を意味深な笑みを浮かべながら見つめるテルノア。
傍から見たら、どう考えてもテルノアは上条のことが気に入っているとしか思えないのだが、人の好意にとことん気付けない上条にとって、それは単なる疑問の対象でしかなかった。

「じゃあ早速捜査開始だね~」
「……ああ、不幸だ……」

上条はそんなことをぼやいていたのだった。



「おいおい、これはちっとばっかしやりすぎなんじゃないのか? この世界の『正史』は何を考えている?」

上条とテルノアのやりとりを眺めていた一人の男が、そんな独り言を言っていた。
男は『正義の味方』に所属する魔術師であり、名前を『ジャスティス』という。
まるで『正義の味方』に所属する為に生れてきたような人物ではあるが、今はそんなことはどうでもいい。
オレンジ色の髪を持つその男は、目の前で起きた『自分達にとってのイレギュラーな事態』に、内心戸惑っていた。

「勘弁してくれよ。アイリーとかいう魔術師が侵入してくるのは、『とある都市の破滅計画(フォールプラン)』での話だったはずだろ? すると何か? この世界には相原直行とか、『フォール』の連中とかが存在してるってのか?」

『世界の調律師』として並行世界(パラレルワールド)を巡った事ある彼だからこそ立てられた推論だった。
本来、『とある魔術の禁書目録』の物語に、アイリー・エルフェーヌという少女は存在しない。
彼女が存在するのは、その並行世界に位置する『とある都市の破滅計画(フォールプラン)』と呼ばれる世界だけだ。
今の所そこでしか目撃されていないし、それ以外の世界で出現する可能性は極端に低かった。
だが、今こうして彼女が現れている。
内容が若干書き換えられてはいるものの、すでにその事件が起き始めているということは、つまりその裏で動いていた『フォール』による事件もまた、動き始めていることを意味していた。
要するに何が言いたいのかと言うと。

「この世界は、狂ってやがる……」

多くの世界が混ざりすぎて、物語の進行がどんどん読めないものになってきている。
それはこの世界を荒らして回る彼らにとっては致命的なことであり、物語が読めなければ、どのようなイレギュラーを生じさせてよいのかまったく分からなくなってしまうのだ。

「まったく。神がいるのだとしたら、なんて面倒なことをしやがる。これほどまで削除が難しい物語も生まれて初めてだぞ」

彼らの意思とは裏腹に、どんどん進んでいく『正史』の物語。
一体この先、どのような事態が待ち構えているのだろうか。

「とにかく、このことは報告しておかないとな。もう伝わってる可能性もあるが、それでも一応報告だけはするべきだろう」

ジャスティスはズボンのポケットから無線機を取り出すと、そのことを『正義の味方』の長に値する人物に報告をする。
……誰もが予測出来ない物語が、動き始めようとしていた。



「この街は腐ってる。粛清するのだとしたら、今がまさにその時だと思うんだが……お前達はどう思う?」

とある廃ビルの中で、五人の学生が集まっていた。
その中の一人の、赤い瞳の少年―――二階堂敦(にかいどうあつし)は、残りの四人に尋ねる。
四人の意思は、固まっていた。

「今更何言ってんだよリーダー。迷う暇さえないはずだぜ?」

オレンジ色の髪を掻き毟りながら、野々村直輝(ののむらなおき)が答える。

「僕も早く行動したいと思ってた所ですからね。むしろ何故今までその話が出ないのだろうと思ってた位ですよ」

あくまでも丁寧な口調で話すのは、メンバーの中では一番身体が細いと見受けられる少年、中島公平(なかじまこうへい)だ。
彼は戦闘向けには見えないが、この組織の中でも重要な立ち位置にいる存在だ。

「まったく。野暮なリーダーもいたもんだ。俺達に反対意見を求めようなんざ、今更にも程があるだろ」

今藤輝一(こんどうきいち)が、諭すような口ぶりで言った。
現に彼は、リーダーである敦の言葉に賛同していた。
この街は、狂っている。
何かが、狂い始めている。
能力なんてものが存在する時点ですでに普通の街ではないが、それ以前に何か不穏な空気が漂っていた。
このままだと、何か嫌な予感がする。
だからこそ、外部からの侵略者を待つよりも、内部から壊しにかかったほうがいい。
それが、『フォール』全体の意見だった。

「まぁ俺も反論する気はねぇけどさ、一体俺達は何するわけ?」

茶色でボサボサの髪を掻き毟りながら、大川陽介(おおかわようすけ)が尋ねる。
敦は両手を組んで目を閉じ、それからこう言った。

「この学園を統括する統括理事会の壊滅、もしくは理事長を殺す」

最大の目標は、人間『アレイスター』の抹殺。
学園都市全体を統括する唯一の存在にして、その姿をほとんど現さない謎の人物である。
敦は、その人物こそ学園都市に纏わりつく『闇』を知る者だと考えていた。
表も裏も、それ以外のことも知っているだろうと思われるアレイスター。
これまでのことだって、彼が何かしらの形で手を出しているに違いない。
つまり、これ以上何かを起こさない為には、アレイスターを殺すのが一番。
敦はそう考えていた。

「学園都市はこのままだと戦争を引き起こす。周りの国がピリピリしてきてるのを見れば、そんなこと分かりきったことだろ」

敦の言う通りだった。
これまで学園都市で起きてきた事件の数々。
表には出なかったが、裏の世界ではその事件の一部が流出していた。
曰く、外部からの侵略者によって一度壊滅状態まで追い込まれたらしい。
曰く、大覇星祭に乗じて何らかの取引をしようと企んでいた者がいたらしい。
科学サイドからでは説明がつかないような能力を所持している者もいると言われている。
そんな情報が表に出たとしたら、はたしてこの学園都市はパニック状態にならずに済むのだろうか。

「なるほど。まずはその理事長がいるとか言われてるビルを探せばいいわけね」
「そこまでは言ってないが、まぁその通りだ」

陽介の言葉に、敦は呆れた感じを含めつつ答える。
やることはすでに決まっていた。
だが、そこまで至るにはいくつも問題がある。
その内の一つに……。

「しかし、この件を風紀委員(ジャッジメント)が掴んだとしたら、結構面倒なことになりそうだぞ」
「そうだな……風紀委員には確か、奴がいたはずだ」

輝一と陽介が言う。
本来の風紀委員は、眼中にもないと思っている彼ら。
しかし今回に限ってそれは別の話となっていた。
何故なら、今の風紀委員には……。

「奴に会い次第、始末しろ。『フォール』を抜け出した奴には、昔程の強さなんて持ち合わせていない。大した脅威になりやしない」
「ですね。僕はリーダーの言葉に賛成です」

敦の言葉に、公平が笑顔で続ける。
そう、今の風紀委員にはかつて彼らの仲間だった存在が入っている。
『フォール』を抜け出した理由、風紀委員に入った理由は不明だが、少なくとも敦は、自分達から抜け出したことで、その人物が弱くなっていると考えていた。

「アイツを殺すなんざ簡単なことだ。それほど気に病む必要もねぇだろう」
「かもしれないし、そうじゃないかもしれない。けど、俺達にはそんなこと関係ない。今はただ、目的を遂行するだけ……そうだろ? リーダー」
「……ああ、その通りだ」

彼らは立ちあがる。
この街を壊す為に。
学園都市破滅計画、実行開始。



一方、『機械』を使用していたなのは達は、無事に上条達のいる世界に辿り着くことが出来た。
行きついた先は、何処かの学校らしき場所。
彼女達は知らないが、そここそが上条達の通っている高校だった。

「ここが、上条当麻達のいる世界……」

辺りを見渡しながら、シグナムが呟く。
一見すると、特に海鳴市と変わった点がないようにも見える。
だがそこは確実に自分達のいる街と違っていて、驚くべき点もたくさんあった。
例えば街中に見られるお掃除ロボ・警備ロボの数々。
例えば自動販売機の中身。
例えば街全体に何らかの科学の力が行き届いている点。

「凄い。何だかこの街、凄く科学が発展してる……」

感心するようになのはが呟く。
技術力だけで言ったら、この街も時空管理局の本局と同じ位はあるのかもしれない。
そう考えた後、自分達のするべきことを思い出す。

「とにかくまずは当麻に会うのが先決だと思う」
「フェイトちゃんの言う通りや。当麻さんに会わないと意味があらへん」

上条の身に何らかの危険が迫っていることを伝えなければ、今回こっちの世界に来た意味がない。
いや、上条に会いに行くだけでも十分意味はあるのだが、仕事として来ている以上はそうしないといけないのだ。

「トウマは何があってもアタシが絶対守る。今まで守られてばっかりだったんだ。今度位、アタシが守ってやる」
「ヴィータちゃん、貴女だけじゃないわ。私達もいるのよ?」
「その通りだ。我らもついているそしてもちろん、テスタロッサ達もだ」

ヴィータの言葉に、守護騎士であるシャマルとシグナムも反応する。
彼女達だって、上条には恩がある。
主であるはやての心を救ってくれて、危機を取り除いてくれて。
感謝しきれない程の恩を抱いていた。
そして彼女達自身にも、心を与えてくれた。
ヴィータなんて、今まで感じたこともないような感情を抱いたのだ。
それだけ上条の影響力は高かった。

「じゃあ何人かに別れて探すか? そっちの方が効率がいいだろう?」

アルフが提案する。
確かにそちらの方が全員で行動するよりも、よほど効率がよいように思われる。
何せ今回は、獣化しているザフィーラを含めたら、八人もいるのだ。
それだけの大人数で動くとなると、結構面倒だろう。

「なら二手に別れようよ。私とフェイトちゃん、そしてアルフさんのグループ。それからはやてちゃんとヴィータちゃん達のグループで」
「うん、私は文句ないよ」

なのはの提案に真っ先に同意を示したのはフェイトだった。
この分け方に対して反対する者は誰もいなかった。
恐らくこの分け方が一番無難な分け方だったのだろう。

「なら私達はこっちを探してみる。なのはちゃん達はそっちを頼んでもええか?」
「うん。それじゃあ連絡はこの無線機を通じて、ということで」

なのははエイミィから受け取った無線機を取り出す。
この無線機はアースラにいるエイミィ達に繋がるようになっているのと同時に、現在上条当麻達がいる世界にいるなのは達の間にも繋がるように設定されている。
要するに、例えばなのはがフェイトやはやてに無線を繋ぐことも可能だと言うことだ。

「それじゃあ、また後で!」

こうしてなのは達は、二手に別れて上条達を探すこととなった。
……この分け方こそ、後々彼女達が巻き込まれて行く事件を左右することになるとも知らずに。



「まったくよぅ……たまには仕事を休みにさせてくれたっていいじゃねえかよ。人手不足だか何だか知らないけど、非番の人間を仕事に引っ張り出すなっての」
「仕方ないじゃない。私達はコンビで行動してるんだから。竜平がいなきゃ何の意味もないもの」

愚痴をこぼしながら街を歩くのは、耳にピアスをつけた金髪の少年だった。
少年の名前は打島竜平(うちじまりょうへい)。
一見するとただの不良にしか見えないが、こう見えても彼は風紀委員(ジャッジメント)である。
その証拠に、腕に風紀委員の腕章がつけられていた。
彼の隣にいる少女の名前は、塚本綾音(つかもとあやね)。
紫色の髪の毛の少女であり、信じられないことにその少女は竜平と同じく高校一年生なのだという。
まったく以て信じがたい話だと思わせる程、綾音の背は小さかった。
恐らくその歳の少女の平均身長を遥かに下回る勢いだろう。
しかし、右腕につけられている腕章を見る限り、彼女も風紀委員であることに違いはなかった。

「人手不足って、どうせ最近頻繁に見られる謎の歪みの調査についてだろ? 白井達も言ってたけど、あんなもの調べたところで何か分かるのか?」
「それが、黒子ちゃんの話を聞いたら、その歪みについて分かったことがあったみたいなの。というより、その中に入ったことすらあるみたい」
「なんだって!?」

竜平はかなり驚いた。
驚きたくなる気持ちも分からなくもないだろう。
なにせ風紀委員の中で最初に事件を投げ出したのは白井だったからだ。
その白井が、誰よりも早くその正体に気付いたのだ。
これで驚くなという方が難しいだろう。

「あれは、異世界に繋がる歪みみたい」
「…………は? 異世界だって??」

一瞬、竜平の思考回路がショート寸前まで至った。
異世界なんて摩訶不思議なことがあっていいのだろうか。
いや、摩訶不思議なこと自体はあってもおかしくはない。
だが、異世界まで飛躍するとなると、話は別だ。

「まさか、冗談だろ?」
「本当の話よ。黒子ちゃん本人が体験したことだし」
「……まぁそれを肯定したら、第三位が突然学園都市からいなくなった時のことも説明がつくけどな」

美琴が突然学園都市から跡形もなく消え去ったことを思い出し、竜平は呟く。
綾音はなんのことだかさっぱり分からないらしいが、竜平はそんなことに構っている暇などなかった。

「(つまり何か? 御坂美琴が消えて大騒ぎになったあの日、本人はこの世界からいなくて、別の世界に連れて行かれていたということか? けど、それなら学園都市中を探しても見つからなかったって話に納得がいくな。事件性も何もなかったおかげですっかり忘れてたけど、今後重要となる話かもしれないからな。後できっちりと記録しておかないとな)」
「……竜平?」
「ん? あ、ああ悪い塚本。ちょっと考え事してた」

綾音に話しかけられていたことにようやっと気付いた竜平は、少し申し訳なさそうにそう言った。
その裏で、竜平はこんなことを考えていたという。

「(しかしコイツといると、二人でパトロールしてるって感じがしないんだよな……なんというか、まるで子守りしてるような気分になっちまうぜ)」
「……今、明らかに変なこと想像してたでしょ?」
「へ?」

女の勘というのは時々恐ろしいものに姿を変える。
たまにタイミングよく鋭くなるからだ。
今回もその例に漏れず、綾音の勘は鋭かった。

「いやいや、別に変なことなんて考えてないぞ? 塚本の背が小さいことと、か……」

哀れ竜平。
今の彼の発言は、明らかに自滅したとしか思えない言葉である。
もはや言い逃れることは不可能。
この状況下で、果たして竜平に何が出来るというのだろうか。

「やっぱり竜平はそんなことを考えてたんだね私が背のこと気にしてるの知ってる癖にまだそのことを追及するんだねまぁ竜平にデリカシーがないのはいつものことだからいつまでも引きずったところで治るわけじゃないし一々突っかかってたらこっちの体力まで減らされちゃうわけなんだけどさやっぱりムカつくものはムカつくんだよねというわけで竜平には首掴まれて苦しんで死ぬか首斬られて楽に死ぬかのどちらかを選ばせてあげるから覚悟しなさいこの野郎」
「怖ぇよ! 頼むからどこかで句読点をつけてくれよ!! よくもまぁ息を止めずに長々とそんな台詞が吐けるよな、おい!」

竜平は身体を軽く震わせながら必死に訴える。
だが、目の前にいる鬼は、既に臨戦態勢をとっていた。
となると、竜平がとるべき行動はただ一つ。

「というわけで……戦略的撤退!」

そう、この場からの脱走だ。
ある意味最終手段とも言えるこの行動だが、それが竜平にとっての最善の選択でもあった。
ところで、一つ気になる点がある。
竜平が脱走を試みたというのに、何故綾音はその場から動こうとしないのだろうか。
一見諦めたようにも感じられるが、それは違う。
綾音は、竜平の背中を見て笑っていた。

「よし、このままなら逃げ切れる……!!」

竜平は綾音が笑っていることも知らずに、自分は逃げ切れると確信していた。
これだけ距離をとっていれば、いくら綾音とて追いつけまい。
だが、竜平のこの認識は完全に誤っていた。

「このまま真っ直ぐ……ふがっ!?」

道が続いていた筈なのに、竜平はいきなり不可視の壁にでもぶつかったかのように、動きを止められる。
頭から思い切りぶつかった為、視界がチカチカして仕方ない。
やがて完全に意識がはっきりした時、竜平の視界にコンクリートの壁が現れていた。

「あ……あれ? 確か俺は道を真っ直ぐ……」

確かに竜平は、道を全力で駆け抜けていた。
だが今いる場所は、どこかの路地裏。
どう考えても行き着く筈のない場所だった。
意識しない内に方向転換でもしていたのだろうか。
そんなことを考えている内に、背後から鬼がやって来ていた。

「忘れたの? 私の能力が何なのかを」
「……そうか、俺が見ていたのは、お前が見せてた幻影か」

納得したように、竜平が呟く。
レベル2の虚実映像(ソリットビジョン)。
綾音の持つ能力の名前である。
相手の脳に干渉して、見せたい映像をそのまま相手にインプットするという能力だ。
ただしまだ能力持続時間が短いことや、対象相手が一人のみという条件が重なり、今のところレベル2に収まっているといった感じだ。

「大正解♪さて、お仕置きの時間だよ?」

笑顔を見せながらそんなことを告げる綾音。
おかしい、普通なら可愛いと思える筈の笑顔が、どう見ても悪魔の微笑みにしか映らない。
竜平が己の死を覚悟した、その時だった。

「あ、あの……」
「「ん?」」

女の子の声が聞こえてきた。
二人はその声の主が気になり(竜平は助かったと思っている)、その方向を向く。
そこにいたのは、三人の少女―――アルフにフェイト、そしてなのはだった。



次回予告
無事に上条達の世界に辿り着いたなのは達。
暗躍する『世界の調律師』。
侵入する魔術師。
そして静かに行動を始める『フォール』。
じわじわと迫り来る脅威に、上条はまだ気付いていない。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『相原直行』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] オリジナル『正義の味方』編 2『相原直行』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/07/24 08:31
「ったくよどうしてアイツらの失態を俺がフォローしてやらなきゃならないんだっつの」

愚痴を零しながら街を歩くのは、先ほどテルノアと遭遇して、『アイリー・エルフェーヌ』という魔術師の少女を確保する為に半強制的に働かされている、上条だった。
彼とてさすがにこう言ったことから逃れたいなんてことを考えていた。
とは言っても、学園都市に被害が及ぶようでは大変なので、彼は文句を言いながらも手伝いはするのだった。

「しかし、特徴を言われただけじゃあ、なんとも探しようがないな」

せめて一度遭遇出来たらいいのに。
もっとも、遭遇した瞬間即確保が今回のミッションなので、見逃すわけにはいかないのだが。
街はまだ昼時だというのに人がほとんど見受けられない。
静かすぎるのが、逆に不気味さを演出していた。

「……え?」

その時、上条はふと疑問を抱いた。
おかしい、どう考えてもそれは異常だ。
ここは学生の街だ。
休日ならば遊びに来ている学生達で溢れる程いるはずだ。
だというのに、今日は違う。
というより、この場所だけ異様な空気を放っている。

「ま、まさか……人払いの結界?」

思いつく可能性はその一つ。
これだけ人が寄りつかないとなると、それ以外に考えられるものはない。

「アイリー・エルフェーヌ……?」

今学園都市に侵入してる魔術師は、アイリー以外には聞いていない。
故に、上条はその可能性を視野に入れていた。
だが、それはおかしな判断でもあった。
相手は今この場に上条がいることを知らない筈だ。
彼が来たタイミングでこの結界を張ることが出来るなんて、それではまるで最初から上条がこの場に来ることを予見していたみたいではないか。

「残念ながら違うな。そんな可愛げのある魔術師の名前など、私は持っていない」
「!?」

上条の背後より聞こえてくる声。
その声の主を確認する為に、上条は後ろを振り向く。
そこに居たのは、黒いフードを被り、全身を黒い服に包んだ、一人の青年だった。
身体つきがよいその青年の髪の色は、白。
得物も持たず、ただそこに立っていた。

「お前……誰だ?」
「貴様程度の相手に名乗る名前など持ち合わせていない。どの道貴様はここで死ぬのだ。せめて今から辞世の句でも読んでいるがいい」

青年から発せられる殺気は、尋常じゃないものだった。
歴戦を潜り抜けた者だけが出せる殺気。
上条がくぐりぬけてきた修羅場など可愛いものに思えてくるほどの物だった。
感覚だけだが、青年の身体からは血の匂いが漂ってくる。
それだけで、上条は認識した。
この青年から、今すぐ逃げ出さなくては。
立ち向かうべき相手では、ない。

「……くっ!」

上条は背中を向けて、思い切り走りだす。
戦略的撤退。
上条が取るべき手段はその一つだけだった。
だが、青年はその行動を許すはずもなかった。

「哀れだな。背中を見せて逃げるなど、正義の味方を語る貴様がやるべきことではない。くだらない理想を抱いた者が、この程度の人間だとは思わなかったよ」

青年が小さな声でそんなことを呟く。
すると次の瞬間、今まで何も握られていなかった彼の両手に、白と黒の双剣が握られていた。
その内の黒い方を、上条に向けて投げつけた。

「!?」

上条は咄嗟に腰を低くすることでその攻撃を避ける。
そのまま走る勢いを殺さずに、何とか活路を目指す。
……だからと言って、人が多すぎる場所もマズイ。
この男は、どんな場所でも彼を殺す気だ。
今でこそ人払いの結界を張っているが、目的を排除する為なら手段を選ばない可能性がある。
故に、この青年から逃げられることさえ出来れば、人気のない場所ならどこでもよかった。

「な、何!?」

だがそれに関して思考している最中に、先ほど上条が避けたはずの黒い剣が、回転による勢いをつけて再び上条目掛けて飛んでくる。
上条はそれに驚きながらも、何とか身体を捻ってやり過ごす。
その行動によって剣を避けることは出来たが、上条は身体の動きを止めてしまった。

「はぁっ!!」
「くっ!」

そこを突くように、青年は白い剣を勢いよく振り下ろす。
上条は青年が剣を完全に振り下ろす瞬間をねらって、ギリギリで回避する。
回避した先に待っていたのは、青年の右足だった。

「ぐはっ!」

青年は、最初から上条が剣による斬撃を回避することを予測していた。
だから彼は、わざとこの攻撃を回避させ、鳩尾に蹴りを入れることで相手の動きを封じようと模索したのだ。
結果、彼の考えは的中する。
上条は蹴られた勢いでコンクリートの壁に激突し、双方からの打撃を喰らう。
身体が悲鳴を上げ、口からは酸素が一気に放出される。

「この程度か? 上条当麻(イマジンブレイカー)。張り合いがないではないか」
「て、テメェ……」

絶え絶えの呼吸になりながらも、上条は言葉を紡ぐ。
青年はそんな上条を見下すと、

「邪魔なのだよ。貴様のような存在がこの世界に居続けると、私達の邪魔になる。だからここで、死ね」
「!!」

青年は一気に日本の剣を振り下ろす。
上条にそれを避ける手段はない。
……だが、条件反射で咄嗟に右手を突き出した。
そんなことをしても、なんにもならないと考えながらも。
ところが、上条が無意識のうちに右手を突き出した瞬間、バキン! という悲鳴をあげて、その刃は完全に崩壊してしまった。

「……え?」

この事実に驚いたのは、上条の方だった。
これまで幾度となく幻想を殺してきた上条だったが、さすがに武器が崩壊する場面を見たのは今回が初めてだったからだ。
それより、壊された側である青年の方が何の驚きも見せていない方が斬新だった。
いや、恐らく彼は最初から分かっていたのだ。
自分の剣が、目の前に立つ男の右手によって殺されてしまう幻想だということを。

「やはりその右手の力は本物のようだな。ますます気に食わない」
「何を、言って……」
「しかしそれ以外は無力だ。貴様の力では、結局誰も救いきれやしない。いつか何処かでその人を失うこととなる。大切な人を、泣かせることとなるだろう」
「お前……それはどういう……」
「それでも尚、貴様はその道を歩みたいと望むのなら、抱いたまま溺死しろ」

男の手には、いつの間にか先ほどと同じ剣が握られていた。
形状も色も、本数もまったく同じ。
消せる幻想。
だが、上条の身体は動かなかった。
隙がないのだ、この青年には。
少なくとも、背後からの奇襲をかけない限り、彼を倒す手段は得られそうにない。
上条は覚悟を決めた。
ここで、自分は倒されてしまうということを。
だから上条は、思わずその目を閉じてしまったのだ。
……しかし、いつまで経っても、その痛みは訪れてはこなかった。

「……まったく。主人公がその様でいいのか? 貴様にはこれから、どれだけの逆境が訪れると思っているんだね?」
「!?」

新たなる男の声と共に、剣を振りおろそうとしていた青年の背後から、無数の銃弾が飛び交ってくる。
それは確実に青年の生命維持活動を停止させようとしていて、尚且つ上条には一発も当たらないように計算し尽されている。
あまりにも正確すぎる射撃に、上条は思わず見惚れていた。

「この銃撃、まさか……」

青年はその銃撃を、剣によってすべて弾く。
彼にとってこの程度の弾数は大したものではない。
避ける分には容易い位だ。
だが、それよりも驚くべき事実がある。
このような弾幕攻撃を仕掛けてくる男を、彼は一人しか知らないのだ。

「久しぶりだな、『正義の味方』。まさか貴様達まで動いているとは思わなかったよ」
「やはりお前か……ゼフィア」

そこにいたのは、無数の銃を周囲にばら撒いた、一人の魔術師―――ゼフィアだった。
彼はアリスと共にこの世界に訪れて、現在は単独行動をとっている。
理由はとても単純で、少しでもアリスが一方通行と一緒にいれる為に時間を設けたからだ。
もっとも、彼女が一方通行の元に辿り着くことが出来ていたら、という条件付きではあるが。

「随分と楽しそうなことをしてるな。君は何か? 正義の味方を目指す者、もしくはそのような道を歩んでいるような者には粛正する癖でもついているのかね?」
「戯言を抜かすな、魔術師(ゼフィア)。今は貴様に用はない。私はコイツを消し去って、さっさと持ち場に戻らなければならない」
「それは出来ない相談だ。こっちとしては、貴様ら過激派の連中の方が邪魔なんでね。今から数揃えて貴様を打ち滅ぼすことだって可能なのだぞ?」
「なっ……!?」

過激派という言葉を聞いて、上条は驚いた。
ゼフィアが『正義の味方』と呼んだその青年が、実は『世界の調律師』の過激派の人間だなんて思いもしなかったからだ。
とはいえ、多少考えれば想像はつかなくもない話でもあった。
いくらなんでも上手すぎるタイミング。
名前と能力名を知っている知識量。
そして、魔術師という点。
それらは世界を何度も渡り歩かなければ積み重なることのないものも数多く存在する。
すなわち、彼は『世界の調律師』に関係ある人物ということになる。

「……今回はここで引き上げるとする。だが、私達のような輩はこの世界にごろごろ転がっている。以前君達が倒した数とは比べ物にならない位にだ。精々あがくがいい」

最後にそう言い残すと、青年は歪みを作り、何処かへ消えてしまった。
残されたのは、上条とゼフィアの二人のみ。
青年が消えたことで人払いの結界は完全に効力を失い、やがてこの場には人がたくさん集まってくることだろう。
上条は先ほどの青年が消えた場所を睨み、そして一言こう呟く。

「不幸だ……」

二つの事件に巻き込まれてしまった上条。
果たしてこの先、どのような展開が彼を待ち受けていると言うのだろうか。



「トウマ~! ト~ウ~マ~!!」
「街中で大声で叫ぶな。迷惑になるだろう」
「うっせぇザフィーラ! 犬の形してる奴が喋ったら、それこそ奇妙だろうが!」

学園都市の街中を歩く八神一家。
上条がなかなか見つからないことに苛立ちを感じてきたヴィータが上条の名前を叫び始めた所、ザフィーラがそれを咎めたのだ。
そしたら、ザフィーラが獣型であることをヴィータが指摘し、現在に至るというわけだ。
確かに犬耳の男が街中を闊歩している姿を目撃したら、怪しい趣味の人かと勘違いされてしまうかもしれない。
その分、アルフはまだある意味有利な方でもあった。

「当麻さんのことやからな。また何か事件に巻き込まれていたとしてもおかしくはないで?」

述べ忘れていたが、はやてはすでにリハビリを終えていて、自分の足で歩ける位には体力が戻っていた。
ただ、走ることはまだ出来ず、歩くスピードもゆっくりだ。
守護騎士達も、そんなはやてに合わせて歩くスピードをいつもより落としている。
内心はやては彼女達に申し訳ないと思いつつも、同時に感謝もしていた。

「確かに上条君は不幸の塊ですからね。その可能性も否定できません」
「そしてまた別の女性にフラグを建てる、と……」
「不穏なこと言うなよシグナム! 確かにその通りかもしんないけどさ……!!」

少し困ったような表情で、ヴィータが訴える。
そんなヴィータを見て、シグナムは思わず笑ってしまった。
騎士らしくもない、心の中で自分に対してそんなツッコミを入れながら。

「笑うな!!」
「ええって、ヴィータ。心配になる気持ちは私にもよう分かるから。当麻さんは私達の知らない所でフラグを建てるのが好きみたいやし、ライバルは増えて行く一方や」
「……(ある意味同情する、上条当麻)」

ザフィーラは口には出さず、心の中でそんなことを呟いた。
もしこのタイミングで上条が彼女達の前に姿を現したとしたら、それはそれである意味パニックを引き起こすこととなるだろう。
主に上条の命にかかわることに関して。

「なんや? 自分らカミやんのことを探してるんか?」
「へ?」

と、その時だった。
一人の少年が、彼女達に話しかけてきた。
その少年は、青い髪で耳にピアスをつけている男子高校生。
通称、『青髪ピアス』。
制服から見て、上条と同じ高校に通う生徒なのだろうと彼女達はすぐに把握した。

「さっき『カミやん』とか叫んでたから、そうなのかな~と思うて」
「あ、はい。ちょっとした事情がありまして……」

魔術や魔法に関する話は伏せておいて、とりあえず『用事がある』ということにしておくシャマル。

「しかし、女の子がこんなに仰山おる状況なんて初めてやな! ひょっとして今、わいのハーレムちゃう?」
「「「ちゃうちゃう」」」

思わずはやて・ヴィータ・シャマルの三人が片手と首を横に振って、そうツッコミを入れる。
シグナムとザフィーラは、固い笑みを浮かべながらそんな動きを見ていた。

「それじゃあお宅ら、カミやん目当てっちゅうことでええんやね?」
「はい。そうですけど……」

はやてがそう答えると、青髪ピアスの目が突然光り出す。
それこそまるで、何かが覚醒したかのように彼が纏うオーラが変わりだした。

「な、なんだ?」

思わず声を出してしまうヴィータ。
そんな彼女達に背中を向けると、青髪ピアスはポケットから携帯電話を取り出して、何処かに連絡を入れる。
そして通話を始めた。

「私だ。たった今、被告人ナンバー1、上条当麻に密会を要求している女性グループを確認した。ロリ二人、お姉さん一人、騎士系一人だ。獣を連れている。これは我々に対するナンバー1による精神攻撃だ。ナンバー1を見つけ次第、至急捕獲。後処刑するように」
『ラジャー。報告感謝する』
「了解。では報告を終わりにする」

突然口調が変わったことにはやて達は驚きつつも、やはり彼が上条の友人であることは把握した。
……およそ上条が何処にいるのか聞き出せる状況ではないが。

「それじゃあわいはちょっとした用が出来たからこの辺でお暇させてもらうで~。ほなまた何処まで会いましょか~」
「あ、はい。また何処かで」

口調こそ最初と変わらないものになっていたが、彼のオーラは、はやて達にも分かる位に怒りの色に染まっていた。
そんな彼の背中を見送りながら、彼女達は心の中でこう呟いた。

「「「「「(……頑張れ、不幸な少年)」」」」」

心の中で、八神一家の意見が一致した瞬間だった。



「ふん……雑魚が」

某所路地裏にて。
一人の少年が、赤く染まった自らの身体を払いながら、そう呟く。
足元に転がっているのは、先ほどこの少年に襲いかかってきた不良達だ。
4、5人はいたはずの不良達を、彼はたった一人で全員倒したのである。

「う、うう……」
「黙ってろ。テメェらは大人しくその場で寝てな」
「ぐふっ!」

うめき声をあげた不良の一人の腹を、少年は思い切り蹴りつける。
蹴られた不良は、体内の酸素を勢いよく吐き出し、苦しそうに身体を縮こませた。

「……はぁ、邪魔な連中だな」

少年は呟くと、不良達をその場に放置してそのまま歩きだす。
少年の名前は相原直行(あいはらなおゆき)。
黒くて短めの髪。
細くて鋭い瞳。
背はその年の男子生徒とほぼ同じくらい。
学生服を身に纏っている相原は、『とある脳の複数回路(プライラルサーキット)』の彼とは少し違う展開を見せていた。
『複数回路』の世界では、彼は上条当麻と対峙し、そして敗北している。
そして宇津木春菜(うづきはるな)という少女を傷つけそうになったという罪の意識から、彼女から遠ざかるという選択肢を取り、そのまま闇の世界に消えて行ったのだ。
だが、この世界における彼は、上条当麻と対峙していない。
さらに言うと、春菜は上条当麻の学校に転入しておらず、そのまま相原と共に高校生にあがっている。
中学の頃に初めて知り合った彼らは、互いに少しずつ友人関係としての絆を紡いでいた。
ただ、あの日が来るまで……。

「……ちっ」

春菜のことを思い出し、相原は思わず舌打ちをした。
彼女は相原にとって、守らなければならない存在だった。
……『この世界』の相原直行と宇津木春菜が、その人生を大きく左右することになるきっかけとなった事件を語る為に、この場を借りさせて欲しい。
本来なら語られることのない番外的な話だが、今後のこの話を進行させる為にも、必要不可欠な話であるのだ。



数日前。
本来『とある脳の複数回路(プライラルサーキット)』の世界軸で上条当麻と対峙するはずだった期日に、相原はとある組織と対峙していた。
その組織とは……『フォール』だった。
そこに至るまでには、このような話があった。

「私、この学校であまり友達っていなかったんですよね。その時、相原君の噂を聞いて、友達になれたらなって思って……」

彼らが出会ったのは、相原が『フォール』と対峙するほんの数ヶ月前のことだった。
偶然相原の通う学校に転入してきた春菜が、ずっと一人でいる相原のことが気になり、勇気を出して話しかけたのだ。
だが彼は当初春菜を拒絶した。
もとより人と関わることを嫌っていた相原に、友人など必要なかったのだ。
それでも春菜は諦めなかった。
何度も何度も話しかけ、そして相原もとうとう心を折った。
これ以上何かを言ったとしても意味がない。
なので、相原は春菜の友人となる道を選んだのだ。
それからの彼は、少しずつ変わり始めていた。
相原の中で、次第に春菜の存在が大きくなりはじめていたのだ。
それだけに、彼の中である不安もあった。

―――俺なんかといて、楽しいのだろうか?―――

たった一つだけ抱いている不安。
それは自分の存在が、春菜の中で邪魔になっていないか。
あるいは、恐怖の対象になっていないかということだった。
元々彼と春菜とでは、生きる世界が違いすぎた。
光の世界に居過ぎた少女と、闇の世界に浸かり過ぎた少年。
こんな二人が、はたして釣り合うのだろうか。

「なぁ宇津木。何で俺に話しかけ続けたんだ? 最初俺はお前を突き放したんだぞ?」
「えっと、嫌でしたか?」
「……別に」

そっけない感じで答えたが、相原は内心驚いていた。
この少女は、そんなに深いことを考えていなかったのだ。
たった一言だけで、それが掴みとれてしまったのだ。
幼い時から実験動物的扱いを受けてきた相原。
能力を芹沢に発現してもらってから狂い始めた、彼の人生。
いくつもの研究所に彼の身柄は送られ続け、最終的には人体実験までさせられそうになった。
相原は自分に関わってきた研究所を一つ残らず破壊しつくした。
レベル3というそこまで高いレベルではないにしろ、彼の能力自体がすでに凶悪なものだった。
金庫(バンク)にはレベル2の水使い(アクアマスター)として登録されている彼の能力だが、実際の能力名は、複数回路(プライラルサーキット)。
レベル3の能力であり、彼はその能力を行使することで、いくつもの能力を使用することが出来るのだ。
簡単に言ってしまうと、複数回路(プライラルサーキット)とは脳の複数思考回路化だ。
通常の人間の脳は、一人につき一つの思考回路を持っている。
しかし相原の場合は、その能力が加わっていることで常時分割思考をすることが可能なのだ。
それゆえに、彼は一つ一つの思考回路を使って、別の能力をいくつも使用することが出来る。
……理論上不可能とされてきた、多重能力(マルチスキル)に近い能力だった(ただし限りなく『近い』だけで、『そのもの』にはなっていない)。
そんな珍しすぎる能力を、研究所が見逃すわけがなかった。
そのようなことが起きたが故に、彼は人と関わることを諦めてしまった。
そして一人、孤独の世界に身を寄せることとなったのだ。
そんな闇の中に差し込んだ、宇津木春菜という一筋の光。
彼にとって、その光は眩しすぎた。
だから不安に思ってしまうのも、無理はない話だった。

「お前と俺じゃあ生きてる世界が違う。だから……」
「そんなの関係ありません。友達になるのに、理由なんていらないですよね?」
「!?」

そうだ、その通りだ。
どうして友達になるのに、そこまで深い理由を求めていたのだろうか。
何か利害関係があったのか? 違う。
何か目的でもあったのか? 違う。
何か知りたいことでもあったのか? 違う。
彼の能力について探りを入れたかった? 違う。
彼女はそのどれにも当てはまらない。
それどころか、春菜は相原の持つ能力を知らない。
そんなことを最初から求められるはずもなかった。
春菜には、何の目的もなかった。
何の目的もなしに相原に話しかけ、そしてそのまま友人となったのだ。
敢えて理由を述べるのだとしたら、春菜が相原と友達になることを望んだから、彼女は話しかけたのだ。

「……なぁ、宇津木」
「なんでしょう?」

そして相原は、そのことを理解したうえで、こう尋ねた。

「俺達、これからも友達でいられるんだよな?」

縋りたい気持ちがあった。
これまで誰にも弱さを見せて来なかった少年の、初めての甘え。
ようやっと得た、『友達』という絆。
彼はそれを手放したくはなかった。
だから春菜にそう尋ねたのだ。
そして春菜は、その質問に対して笑顔を浮かべながらこう答えたのだ。

「もちろんですよ」

春菜のその言葉に、もちろん嘘偽りはどこにもなかった。
だから相原は、その言葉を安心して聞きいれることが出来たのだ。
……その後、彼らの絆が自然と消えてしまうことも知らずに。



決定的な事件が発生したのは、その日から数ヶ月が経過したある日のことだった。
春菜と友人関係となったとしても、彼の周りには相変わらず不良が溜まる。
中にはその力を求めて歩み寄ってくるスキルアウトの連中もいた。
もちろん彼はそんな集団に堕ちるつもりは最初からなかった。
無視するか、そのまま戦闘に入って相手を倒すのみ。
この日だって例外ではなく、たった今彼は自分に歩み寄ってきた不良を倒したばかりだ。
そんな時に、彼の携帯電話が、ズボンの中でバイブを鳴らしていた。

「ん? 宇津木か……」

画面を確認しなくても、彼はそう理解することが出来た。
何故なら彼の携帯には、宇津木春菜という名前以外に登録されている名前がないからだ。
他に友人がいないのだから、無理もない話ではあるが。
彼はポケットから携帯を取り出し、画面も見ずにそのまま通話ボタンを押した。

「もしもし?」
『相原直行、だな』
「……あ?」

知らない男からの電話だった。
まったく以て聞き覚えのない男からの電話。
相原はすぐに画面を確認した。
そこには確かに『宇津木春菜』と書かれている。
だが、声の主は間違いなく別人だった。
……嫌な予感がする。
彼は心の中で自然とそう呟いていた。
そしてその不安は、現実のものとなる。

『この携帯の主である宇津木春菜は俺達が預かった。返して欲しければ、単身で第七学区にある「レディス」という廃ビルに来い』
「!?」

春菜が誘拐された。
その事実だけが相原に突きつけられる。
どうして春菜が捕まったのかなんて、相原には分かっていた。
要は彼女を使って無理矢理にでも仲間に引き入れるつもりなのだ。
だが、ここで一つ疑問が生じる。
どうしてこの電話の人物は、相原と春菜の関係性を知っていたのだろうか。
春菜と相原が友人同士であることを知る者は、確かにゼロではない。
しかし、大抵は春菜の友人絡みであり、少なくとも脅迫してきそうな男の知り合いなど、彼女は作っていないはずだ。
だとすると、別ルートで関係性を知られた可能性がある。
ともかく、指定され場所に行かなければ、春菜の安全に支障をきたすかもしれない。
相原はすぐに指定された場所まで駆け付けた。
その場所は、電話で言われた通りの廃ビル。
すでにほとんど崩壊している状態ではあるが、確かにそこには人気が感じられた。
相原は自動ドアの前で立ち止まり、そしてそれが既に動いていないことを確認した。
力任せに、相原は自動ドアのガラスを蹴破る。
瞬間、バリン! という音と共にガラスは割れ、辺りに破片が散らばった。
それを気にすることなく、相原は奥へと歩いて行く。
そして、見つけてしまった。

「う、宇津木……!!」
「あ、あいはら、くん……?」

椅子に縛り付けられていたのは、間違いなく春菜だった。
ほぼ毎日顔を見てきたのだ。
間違えるはずはない。
故に、間違いであって欲しいと願った人物でもあった。
しかし事実は残酷だった。

「来たな、相原直行」

声が聞こえてくる。
その声の主は、数人を引き連れて相原の元まで近寄ってくる。
相原はその声のした方向を向く。
そこに居たのは、五人の少年だった。

「……何が目的だ?」
「ほう。まず最初にそれを聞くとはな。なかなか話が分かるじゃないか」
「うっせぇな。テメェらが何処の誰かなんて興味はねぇんだよ。だから理由だけ答えろ。どうして宇津木を連れ去った?」

相原の答えに対して、『フォール』のリーダーである敦はこう答えた。

「お前を、仲間に引き入れる為だ」
「俺をテメェらの仲間に? 冗談だろ?」
「冗談なんかではない。お前の力が、俺達には必要となる。複数回路(プライラルサーキット)なる力があるのなら、有益に使う他はなかろう?」
「……どうしてそのことを知ってやがる?」

公式の見解だと、相原は『水使い(アクアマスター)』ということになっていることは、すでに述べてある。
だが、この少年達がそれを通り越して『複数回路(プライラルサーキット)』の名前を知っているのはおかしい。
暗部に関係する人間、と言うべきなのだろうか。

「そんなことはどうでもいいんですよ。ただ、貴方が僕達の仲間になるかならないかで、この子の命が決まります」
「……安っぽい脅しだな、おい」

相原は公平の言葉に呆れすら感じていた。
この程度の脅しなど、彼に通用するとは到底思えない。
何か裏でもない限り、それは不可能だ。
スキルアウトの連中位、相原一人で何とかなる。
そう、思っていた。

「俺達の言葉を聞き入れないつもりか?」
「ああ、そのつもりだ。俺はテメェらの仲間になるつもりもねぇし、宇津木も殺させない。二人で無事に帰って、元の世界に戻ってやる」
「そうか。残念だよ。君達は今から死ぬことになるそうだ」

敦はゆっくりと右手を前に差し出す。
そして、右手の親指と中指を、パチンと音を立てて弾いた。
瞬間、そこから小さな炎の塊が放出される。

「!?」

相原は一瞬驚いたが、すぐさま回避行動に移る。
彼は地面を転がり、無理矢理その攻撃を避けた。
そして避けた後で、その場所が一瞬にして燃えた様子を見た。

「……発火系の能力か」
「そうだ。発火系能力である、瞬間燃焼(ショートバーニング)。それが俺の能力だ」

瞬間燃焼(ショートバーニング)。
通常よりも圧縮された炎を放出することで、対象物を一瞬のうちに燃やしつくしてしまうというものだ。
それが小さいものなら小さい程、簡単にすぐに燃えてしまうというわけだ。

「そして俺達は、スキルアウトなんかとは違う……『フォール』という組織は、能力者によって固められた組織だ」
「!?」

そう。
彼の周りにいる少年達は、皆同様に何らかの能力を所持している。
故に、相原がこの場において勝つ確率は、極端に低下していた。
だが、それでも相原は後悔していない。
むしろ、これこそが最善の選択だったと考えている。

「……それがどうした?」
「は?」

敦は思わず口をポカンと開けてしまった。
構わず、相原は言葉を続ける。

「テメェらが能力者だとか、何かの組織だとかまったく関係ねぇ。けどな、宇津木に手を出した時点で、テメェらは俺の中で排除対象となった」
「何を言うかと思ったら、そんなことを言いだすのか……あきれたね」

本当に心底呆れたような表情を浮かべながら、今藤が呟く。

「いいか。今すぐテメェらをこれ以上堕ちることのない奈落の底まで突き落としてやる。だから、ちょっとばっかし俺と付き合え」

そして相原は、地面を思い切り蹴り飛ばし、真っ先にリーダー格である敦の元まで突っ込んでくる。
敦は別に彼の攻撃を避ける気はなかった。
むしろ、突っ込んでくる相原のことを、恰好の餌だとも考えていた。
敦はゆっくり右手を突き出すと、指をパチンと弾いて炎を作り出す。

「へっ! んなチンケな炎が効くかよ!!」

相原は突如その場に立ち止まると、自分の周囲に水の壁を作り出す。
その大きさは、およそ自分の身長の二倍以上。
その壁によって、敦の炎は消火される。

「ほう。水の壁を作り出して炎を消したか」
「所詮炎は炎だ。水をかけてやれば消せる」

相原はそのまま周囲に巡らせていた水の壁に右手を触れる。
瞬間、その水はたちまち凍りついてしまった。

「?!」
「さぁて、氷の破片をとくと味わうがいい!!」

相原がそう叫んだのと同時に、氷の刃は一気に周囲にまき散らされて、敦達目掛けて飛び散った。
敦達はもちろんその攻撃を避ける。
避ける分に関しては大したことのないものだったからだ。
だが、相原はその攻撃を単なる目くらまし程度にしか考えていなかった。

「なっ……!?」
「まずは一人だ……死ね」

右拳を固く握りしめ、公平の顔面目掛けて勢いをつけて殴りかかる。
公平は直撃を免れる為に目の前で腕をクロスにする。
……だが、相原は最初から殴るつもりなんてなかった。

「バーカ。誰が殴るって言った?」
「は?」

相原は公平の目の前で右拳を解くと、そこから炎混じりの雷を放った。
……炎混じりの雷?
そう、これこそが彼の能力の特徴とも言えるものだった。
例えるなら、それは電球だ。
普段の相原は、豆電球一つを照らす為に、並列つなぎにした状態で乾電池、すなわち思考を並べる。
こうすることにより、脳に対する負担を軽減することが出来る。
そして、いざという時に、その思考を直列に変更。
何個もの能力を組み合わせることにより、一つ一つは弱いものの、それらを補うことが出来るのだ。
つまり、炎と雷を組み合わせるという、本来ならありえない組み合わせを実現させることも可能と言うわけだ。
ただし、直列にするということは、それだけ脳に負担をかけることと同じである。
これを使用した時、相原の頭は徐々に悲鳴をあげていくのだ。
だが、そんなことは今は関係ない。
目の前にいる少年達を殺して、春菜と一緒に帰ることが出来れば、それで問題はなかった。
……しかし、その攻撃を受けても尚、公平は倒れなかった。

「なっ……!?」
「あ、危ないところでした……僕の能力がなければ、今頃僕は命を落としていたでしょうね」
「な、何をした……あれだけの電撃喰らっておいて、無傷でその場に立ってるなんて信じられねぇぞ!!」

手加減したつもりなど微塵もなかった。
だというのに、公平はその攻撃を受けても尚、その場に立っている。
その理由を、公平はこう説明した。

「これこそが僕の能力なんです」
「能力、だと?」
「攻撃吸収(リバースダメージ)……この能力は、相手から受けるダメージを蓄積させて、そのダメージを……」

公平はゆっくりと近づき、相原の肩に手を乗せる。
瞬間、相原の身体に炎による熱と雷による身体の痺れが襲いかかってくる。

「ぐわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
その感情だけが、相原の身体に襲いかかってくる。

「どうですか? 自分の攻撃の味は……くっ」

笑顔を見せてそう言った後、公平は少し身体をフラフラと揺らしていた。
この能力を使用したとしても、結局彼の身体にダメージは少し残ってしまうのだ。
こればかりはどうしようもないことであった。
だが、相原に相当のダメージを与えることが出来たのなら、それで十分だった。

「……苦しんでる所悪いんだけどさ、君にいいことを教えてあげるよ」
「何?」

ゆっくりと相原の近くに来て、今藤はそう宣言する。
そして続けてこう言った。

「3秒後に君は自分の右拳で自分の顔面を殴る」
「は? いきなり何を言って……」

バカじゃねえのか?
そう続けようとした瞬間、相原は無意識のうちに自らの顔面を殴っていた。
そう、自分の右手で。

「ぐっ……!」

痛みを訴える身体。
それと同時に、疑問を抱く脳。

「2秒後に、君は自らの身体に雷を放出する」
「お前、何をした……!?」

そして相原は気付いてしまう。
今藤の言葉通りに、自分の身体が勝手に動いているという事実に。
相原は慌てて身体を捻り、雷を避ける。
直撃こそ免れたが、少し喰らっただけでも十分に身体が悲鳴をあげるに十分な程の威力だった。

「これが僕の能力……未来確定(オールエンター)の力だよ」

未来確定(オールエンター)。
数秒先にある無数の未来の中から一つを選び、その未来を捻じ曲げ無理矢理確定させる能力らしい。
つまりは、無数に散らばる並行世界(パラレルワールド)から一つを選んで、強引に未来を変えてしまうという、何とも恐ろしい能力なのだ。
ただし、実用性はあまりなく、能力者自身の未来を『捻じ曲げる』ことは不可能らしい。

「ありえねぇ能力だな、そりゃあ」
「だけど、それがあり得てしまっているんです。現に僕が使用しています。並行世界(パラレルワールド)という観念は、実際に存在するんですよ」

もしこの場に『世界の調律師』がいたとしたら、彼の能力をどう判断するだろうか。
危険因子としてこの世界から除外する?
いや、そんな真似はしないことだろう。
恐らく、無理矢理にでも仲間に引き連れるに違いない。
とにもかくにも、今はそんなことは関係ない。

「まったく、困ったものだぜ、おい……」

そう呟いて、相原が前に一歩踏み出した時。

「あ、れ……?」
「あ、相原君!!」

春菜が叫ぶ。
……相原は、その場に倒れこんでしまったのだ。
今までのダメージが蓄積されたこともあって、とうとう身体の方が限界を迎えてしまったのだ。

「終わりだな。ならもうここで……死ね」
「くっ……!!

―――ここで、俺は死んでしまうのだろうか。それだけは御免だ。俺は、まだここで死ぬわけにはいかない……!!―――

心の中で、相原は訴える。
そうだ、今は死ぬ時なんかじゃない。
まだ守りたい奴がいるのに。
守り通さなければならない少女がいるのに。
そんなこと、あってたまるか。
こんな結末なんて、誰も望んでいない。

『ナラ、チカラノツカイカタヲオシエヨウカ?』
「……は?」

突如として相原の頭の中に響き渡った、『ノイズ』。
それが何故今このタイミングで現れたのかは分からない。
それは相原の分割思考が生んだ副産物であることは間違いない。
だからと言って、本人が知らない力の使い方を知っているというのだろうか?
……もうそんなことを考える余力なんて、相原自身にはなかった。

「あっ……」

『相原』の意識は次第に薄れて行く。
それと同時に、身体が何者かに奪われていくような感覚を得る。
最後に相原が聞いたのは、自分の声で言葉を発している『何か』だった。

「サァハジメヨウ。ウタゲノハジマリダ……ヒャハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

……この事件を境に、相原と春菜は、自然と離れ離れになってしまったのだった。



次回予告
謎の男からの奇襲を受けた後、ゼフィアに遭遇した上条当麻。
その裏で、なのは達は未だに上条達を探していた。
一人街の中を歩くアリスに迫る魔の手。
そしてさらに並行して発生する、『フォール』による学園都市破滅計画。
アイリー・エルフィーヌの行方もつかめないまま、魔術師によるものと思われる事件がさらに勃発する。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『魔術師』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。



[22190] オリジナル『正義の味方』編 3『魔術師』
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2011/07/24 08:32
「ところで、さっきは本当に助かったよ……」

あの後上条は、命を救ってくれたゼフィアに素直に礼の言葉を述べた。
ゼフィアは別に構わないと言いたげな表情を見せていたが、ここは受け入れておかないと先に進めなさそうと判断したため、

「ああ、別に構わない」

とだけ答えておいた。

「それにしても、アンタは一体何者なんだ? それに、『正義の味方』というのは一体……?」

上条が知りたいことはたくさんあった。
先ほど自分が対峙していた相手のこと。
今回運よくその場に居合わせたゼフィアのこと。
双方共に『世界の調律師』の関係者らしいというのは判別出来た。
だが、肝心なことはまだ何も分かってはいない。
この世界で何が起きようとしているのか。
そしてあの青年は、どうして上条を襲ったのか。

「順を追って説明しよう。我の名はゼフィア。『世界の調律師』の温厚派の者だったものだ」
「温厚派、か……」

上条は第一に、助かったと思った。
温厚派の人間であるのなら、少なくとも上条にとって敵ではないということになる。
つまり、よほどのことがない限りは襲いかかってくることがないと言うことだ。
この際、文末の『だった』には反応を示さないでおくことにする。

「詳しい説明に入る前に、貴様に伝えなければならないことがある」
「伝えなければならないこと?」
「……温厚派であり、前回の事件の関係者であるゲルが、消された」
「なっ……!?」

その知らせはかなり驚きのものだった。
あれだけ深く関わってきた人物の、突然の死亡宣告。
信じられないという想いが彼の頭の中を支配しかけていた。
だが、考えてみればゲルも相当危険な立場にいたはずだ。
過激派の人物がいる中を、彼はずっとかいくぐってきたのだ。
それで過激派に命を狙われない方が、逆におかしい。
アジャストの場合はすでに『世界の調律師』から脱退しているので、多少は見逃してもらっている傾向がある。
ゲルはその例に当て嵌まることがなく、消された。

「奴らは目的の邪魔となる存在を悉く消して行く。それが内部の人間でも構わず、な」
「……目的はこの世界の消滅、だよな?」
「分かってるなら話は速い。世界が壊されないよう、くれぐれも自らの命だけは守り通すよう努力してもらいたいものだ」

皮肉を口にするかのようにゼフィアは言った。
だが、上条にとってそれしかとるべき行動がないというのも事実。
そして、誰かが命の危険に晒された時は、迷わず……。

「その場に向かってソイツの命を助けてやろう、なんてふざけた考えは抱かない方がいい」
「なっ!?」

心を読まれたかのような言葉。
それ以前に、そんな上条の言葉を否定するような言葉を口にしたゼフィア。
上条の頭の中で、『怒り』の二文字が支配し始める。

「そんな想いはただの幻想だ。まやかしにしか過ぎない。結局人間と言うのは、自分の命が助かるのだとしたら相手を平気で捨てる愚か者だ。そんな者を助けて何になる?」
「テメェ……もう一度その台詞を言ってみろよ」

ゼフィアの言う言葉も間違ってはいない。
確かに人間は傲慢だ。
助けてもらった時は素直に礼を言うし、自分の命が天秤に掛けられている時は、迷いもなく相手の命を斬り捨てるだろう。
結局、最終的に人間と言う生き物は自分の命が一番大切なのだ。
そんなこと、上条にだって分かっていた。
分かっていたからこそ、許せるはずがなかったのだ。

「だからどうしたってんだよ……だからってそんな奴らを助ける意味なんてない? ふざけんじゃねえよ! どうして『助けて』と訴えてる奴のことを見捨てなくちゃならねぇんだよ!! 俺にはそんな真似出来るはずがねぇだろ!!」
「だろうな。貴様は今までそのような生き方をしてきた。誰かの為に、頼まれもしないのに行動を起こす。だが少し冷静に考えてみろ。その先誰かに裏切られる可能性は考えたことあるか?」
「誰かに、裏切られる?」
「助けた誰かに裏切られる可能性だよ。つまりあの青年が言いたかったことというのは、そういうことなのさ」

『最後まで守り通せない』。
その言葉の意味と言うのは、様々なものを含んでいたのだ。
それは最後にその人物が命を落としてしまう瞬間を意味し。
それはその人物の心の救済が出来ていなかったことを意味する。
助けた人間に殺されるなんて、愚かな話だと思われる。

「それでも俺は、助けを求める奴に手を差し伸べる。不幸を背負うのは、俺一人で十分だ」
「……」

ゼフィアはもはや何も答えなかった。
ただ、心の中で『似ているな』と呟いていた。
それが誰に似ているのかは分からない。
しかし、確実にそう思ってしまっていた。

「……こんな無益な話をいつまでもしていては時間がもったいない。今回貴様は、二つの事件を同時に片付けなければならないはずだからな」
「ああ。さっきの奴のことと、アイリー・エルフェーヌのことだな……って、どうしてアイリーのことまで知ってるんだ?」
「我らをなんだと思っている?」

ゼフィアのその一言だけで、上条は把握した。
つまりゼフィアは、過去にアイリーが学園都市に侵入してくる世界というものを、すでに目撃したことがあるということなのだ。

「なら、他の世界でも俺はアイリーと戦ったってことなのか?」
「そういうことになる。ただし、それはあくまでも『正史』での出来事ではなく、そこから派生した『とある都市の破滅計画(フォールプラン)』という名前で括られたパラレルワールドでの出来事だ。本来とは少し道筋が離れたシナリオながら、世界って奴はそのシナリオまでこの世界にとりこみやがった。おかげで今この世界は、三つの問題を抱えちまってるってわけだ」
「三つ? 二つじゃないのか?」

少しばかり違和感を覚える。
上条が現在抱えている事件は二つ。
なら、ゼフィアが言うもう一つの事件とは一体何なのだろうか。

「ひとつは、貴様がすでに関わってきたアイリー・エルフィーヌの侵入事件。ひとつはたった今より貴様が関わることになった、『正義の味方』という組織による貴様らの抹殺計画。そしてもう一つは、『フォール』という組織による、学園都市破滅計画だ」
「なっ……学園都市の、破滅?」

簡単に言ってしまえば、現在の学園都市はまったくもって不安定な状態だということだ。
これほどまで事件が重なる学園都市というのも、ある意味奇跡に近い状況かもしれない。
『正史』にてこの後発生する『0930事件』でさえ、表と裏の二パターンしか存在しなかったというのに。

「もっとも、第三の事件に関しては貴様は関わる必要はない。その身にこれ以上抱えるのも酷な話だと思うし、第一その事件にはすでに別の出演者が関わっている。貴様が出るとしても、エキストラでの役目しか果たされないだろう」
「つまり、その事件には関わるなってことか?」
「関わるな、ではない。関われない、だ。『破滅計画』の世界でも、貴様はアイリー・エルフィーヌの方のみに専念していた。今回もそうでなければならない。貴様が関わった瞬間、その物語は崩壊してしまう」
「何を、言って……」
「要するに、世界が描いた物語から外れるような道を、わざと選ぶなということだ。一人で何もかもを背負いすぎたその瞬間、貴様は派手に命を落とすことになる。これは忠告だ。貴様が関わるべき事件は、せいぜい二つまでに抑えておけ」
「……」

それ以上、上条は何も言えなかった。
ゼフィアが上条の身を案じてその言葉を言っていることが、上条にも分かったからだ。
……ゼフィア本人が、上条のことを本気で心配しているのかはこの際どうでもいい。
ただ、上条が『フォール』の事件に関わってはいけないということだけは理解出来た。

「忠告はしておいた。それでも尚、『フォール』の方にも足を突っ込むのだとしても、我は止めん。どうせ一つの『正史』が滅びるだけだ。『世界の調律師』ですらなくなった我にはもう興味のない話だ」
「……一つ教えてくれ。その事件は、必ず解決するんだろうな?」

上条が尋ねたのは、『フォール』が関わる事件は、解決する事件なのかどうかということだ。
ゼフィアは上条に背中を見せ、そしてこう答える。

「……当然だ。そうでなくては、物語が成立しない」

さも当然のように告げるゼフィアの言葉に、上条は安心した。
そんな上条の姿を横目で眺めると、ゼフィアはそのまま学園都市内を歩き始めた。



「はぁ。上条当麻っていう人物を、ね……」

竜平と綾音に遭遇したなのは達は、早速上条のことについて知らないか尋ねてみた。
彼らに話しかけたのは、以前白井がなのは達の世界に来た時につけていた腕章と同じものを、彼らもつけていたからだ。
それも当然な話だろう。
何せ彼らは白井と同じ風紀委員(ジャッジメント)であり、配属されている部署もまったく同じなのだから。

「塚本、お前知ってるか?」
「ううん、知らないけど……特徴とかを言ってもらわないと……」
「特徴でしたら……」

なのは達は綾音と竜平に上条の特徴を述べる。
だが、二人はそれでも検討がつかなかった。

「すまない。俺達はソイツを知らないようだ……」
「そうですか……」

フェイトは少しがっかりした様子で項垂れていた。
もしかしたら関係している人物かもしれないと思っていただけに、残念がるのも無理はないのかもしれない。

「ごめんなさい。力になれなくて」
「いいんだよ。アタシ達が勝手にやってることだしね。むしろ話を聞いてくれただけありがたいさ」

アルフが綾音にそう言った。

「にしても、アンタの格好妙だな。頭から耳生えてるぞ? 犬耳か?」
「アタシは狼だ!!」

竜平が疑問に思うのも不思議ではなかった。
確かに街中で頭から耳を生やした人物がいたら、尋ねたくもなるだろう。
もっとも、学園都市という地理上、何もゼロではないだろうと憶測がついてしまうのも事実なのだが。
そうじゃないにしても、なのはとフェイトの年齢を見る限り、どう見ても小学生である。
この学園都市で、小学生を見るのは結構珍しいことである(いないわけではないのだが、どちらかと言えば中学生・高校生が多く見受けられる為)。
ただでさえ目立っていると言うのに、アルフの格好がそれを余計に際立てているも同然だった。

「あ、アルフ落ち着いて……」

フェイトは若干興奮しているアルフを抑える。
アルフはフェイトの言うことを大人しく聞き入れて、黙っていることにした。

「しかし、その上条当麻っていう男もまた粋なものだなぁ。こんなにも可愛い嬢ちゃん達がいるなんて。こっちはただのロリ鬼だからな」
「誰がロリ鬼ですって?」

本人がいるにも関わらず、思わず口を滑らせる竜平。
もちろん、竜平の言葉を綾音が聞き流しているわけがなかった。

「い、いや違うぞ綾音。それは言葉の綾というものであってだな……」
「言葉の綾で『ロリ』と『鬼』が重なるかぁあああああああああああああああああああああああ!!」
「アベシッ!!」

ドゴッ! という打撃音と共に、竜平の身体の中で何かが砕けるような音が響く。
綾音が竜平の鳩尾に拳を一撃入れたせいだ。

「次またその台詞言ったら、殴るわよ?」
「殴ってから言うなや、おい……」

腹を抑えながら、竜平は苦しそうに訴える。
なのは・フェイト・アルフの三人は、そんな二人の行動を見て、どう反応したらいいのか分からず、戸惑っていた。

「あら、ごめんなさい。見苦しい所を見せてしまって」
「い、いえ。それは別にいいんですけど……」
「この人、何だか苦しそう……」
「つか、完全に殴ったよな、今?」

なのは・フェイト・アルフの順番で反応を見せて行く。
だが綾音は、笑顔でこう言ってのけたのだった。

「え? そうかしら?」
「「「(お、鬼だ……)」」」

上条を巡っている時の自分達を差し置いて、今の綾音のことを素直に『鬼』だと称することが出来た三人。
もしその言葉を口にしていたとしたら、はたして綾音はどのような反応を見せていたのだろうか。

「じゃ、じゃあ私達はこれで失礼します……」
「ご協力、感謝します」

とりあえずなのはとフェイトは、一刻も早くこの場から立ち去る為に、綾音にそう言った。
アルフは竜平に降りかかる惨劇を予想しつつ、心の中で合掌していたという。

「ええ。また機会があれば会いましょう。その時には、その人も連れてきてね」
「は、はい!」

そしてなのは達は、上条を探す為に再び歩き出す。
……そうしている間に、竜平はようやっと苦しみから解放され、大きく深呼吸をしていた。

「ふぅ……やっと苦しみから解き放たれたぜ……」
「あら、じゃあそろそろいいかしら?」
「な、何をだ?」

分かってはいる。
分かってはいるけど、認めたくはない。
誰だって、処刑寸前に立たされたら同じような気持ちを抱くことだろう。

「さっきの発言と今の『ロリ鬼』という発言に対する制裁を加えようと思っているんだけど竜平は一体どういった処刑を望んでいるのかしら頭から真っ二つに切り裂かれたいかそれとも永遠に近い苦しみを味あわせて行くかああどちらにしても最高に気持ちよさそうね悲鳴をあげる竜平は可愛いだろうなぁというわけでさっさと戻って処刑コースへご案内♪」
「段々キャラ崩壊していってるからな! お前はそんなにヤンデレではなかったはずだ!! いつからそんなに暴力好きになった!?」
「だって竜平が怒らすこと言うからいけないんじゃない……さて竜平、覚悟は決まった?」
「うっせぇ! 決まってるわけねぇだろ!!」

そう言って、竜平が再び逃亡生活をスタートさせようとした……その時だった。
突如、何処からかドォン! という爆破音が聞こえてきたのだ。

「え? 今の爆破音は……なんだ?」
「分からない……けど、結構近かったよ」

一気に仕事モードに入る二人。
これは遊びなんかじゃない、立派な事件だ。
こんな所で油を打っている場合ではない。

「いくぞ、塚本。風紀委員の出番だ」
「分かってるわよ、竜平」

二人の風紀委員は、爆破音の正体を掴むために、現場へと向かって行ったのだった。
……それこそが、彼らを物語へと誘うシグナルだとも知らずに。



「お兄ちゃん~? どこにいるの~?」

学園都市の中を一人さまよう、一人の少女。
白いワンピースに身を包む少女の名は、アリス。
かつて学園都市に訪問し、過激派の第一波の一員として一方通行の首をとろうとした少女である。
現在彼女は『世界の調律師』を脱退し、ゼフィアと共に身を隠しながら生活をしている。
そんな彼女がこの世界にもう一度足を踏み入れた理由、それは……。

「お兄ちゃんを、守らなくちゃ……!」

『正義の味方』がこの世界に紛れ込んでいる。
その情報を掴んだゼフィアについてくるように、彼女も来たというわけだ。
この世界に守りたい人がいる。
その為なら、自分の命を張ってでも、その人を守りたい。
そんな想いが、まだ10代になったばかりの彼女の心に、強く宿っていたのだ。

「それに、さっきから感じるこの気配……」

アリスは気付いていた。
先ほどから、自分は何者かにつけられている。
それこそ、一人なんかではない。
その視線は、多数。
鉈を持つ手に、自然と力が入る。
その鉈は、アリスが手にするには似合わな過ぎる程まがまがしいものだった。
どう考えても、こんな小さな少女が持っていてよいものではなかった。

「……!!」

アリスが感じていた視線が、段々と強くなる。
敵が近付いてきている。
一瞬でアリスはそのことを理解する。
そして、立ち止まる。
目を閉じ、近づいてくるのをじっと待っている。

「……そこっ!!」

振り向きざまに、アリスは鉈を横に大きく振りまわす。
瞬間、ザシュッ! という音と共に何かが切り裂かれる音が響いた。
それはまぎれもなく、人の胴体。
アリスによる力強い斬撃で、たった今人が一人死に至ったのだ。

「やっぱりアリスのこと狙ってたんだ」

切り裂かれた上半身を見て、アリスは呟く。
その人物の手には、短刀が握られていた。
恐らく、背後から慎重に忍び寄り、アイスの首を取るのが目的だったのだろう。
その中の一人が、アリスによって討たれた。
もう忍び寄る必要もない。
場所が場所なだけに、公の場で殺し合いをすることだけは避けたかった『彼ら』にしても、アリスが路地裏まで来てくれたからには、思う存分暴れ回ることが出来る。
故に、その姿を前面に出してもおかしくはない。

「ついに姿を現したね、『正義の味方』……!!」

アリスの周囲に、無数の白い服の集団が現れる。
彼らが手にしているのは、刀や短刀といった近接武器。
鉈を振り回すアリスとは、相性がいい武器であった。

「でも、その姿を見ていると、『正義の味方』というよりは、悪の結社の下っ端って感じがするよ……正義の味方って言葉の意味、分かってる?」

挑発するように、アリスは言う。
だが、男達は無口のまま、各々の武器を構えてじっと待ちかまえていた。
数だけで言えば、男達の方が勝っている。
その余裕からか、初撃をアリスに与えるということなのだろう。

「あ~あ、お兄さん達知らないよ? アリスに情けをかけてるつもりなんだろうけど、その情け……命取りになるよ?」

アリスは笑顔でそう告げる。
瞬間、アリスは目にも見えない速度で、すぐ近くにいた男の上半身と下半身を切り離してしまった。
簡単な話、一瞬のうちに一人を片付けたということだ。

「!!」

男達は一斉に飛びかかる。
たった一人の少女相手に、手間取ってたまるか。
そんな強い意志が、彼らの目を見て窺えた。
だが、意志の力ではアリスも負けてはいない。

「アリスには、守りたい……大切な人がいるの。こんな所で、邪魔されてたまるか!!」

重い武器を抱えて、それを振り回すアリス。
ひたすら、相手を切り裂いて行く。
横に、縦に、斜めに。
だが、斬っても斬っても、キリがない。
相手の数は未知数。
時間だけは、どんどん喰われて行く。

「くっ……このっ!!」

ガキィッ!
鉈と刀がぶつかり合う音が響き渡る。
独特の金属音を響かせる。
アリスは手に力を込めて、押し負かそうとする。
だが、相手は一人だけではない。
一人相手に手間取っていると、背後から忍び寄る敵に反応出来ない。

「ぐっ……!?」

ザシュッ!
致命傷こそ避けられたが、アリスは背中を切り裂かれる。
襲いかかってくる、痛み。
だが、こんな痛みなんて何度も経験してきた。
彼女が『世界の調律師』の過激派として働いていた当初、この程度の傷なんて当たり前だった。
背中の痛みなんて、痒み程度にしか感じられない。
そうでないと、戦場において生き残れないからだ。
それはアリスにとって、ある一種の暗示みたいなものだった。
……だが、彼女の正体を知る者が、今の彼女のことを見たらこう言うだろう。
『それこそまさしく、兵器(ドール)の力だ』と。

「調子に……乗るな!!」

傷ついてでも、相手を倒す。
何しろ、こんな傷は傷ですらない。
アリスはそう念じ、そして相手を力でねじ伏せて行く。
一人、また一人と切り裂いていき。
いつしかその目は……赤く染まっていた。

「殺す……!!」

『殺す』。
アリスを次第に支配し始める、一つの感情、あるいは一種の快楽。
目的がどんどん変わり始める。
一方通行を守りたいという観念が、消え始めている。
心の片隅に残ってはいるものの、大部分を別の何かが支配している。
そしてアリス本人は、そのことに全く気付いていない。

「これで、最後!!」

最後の敵をたたき割り、一先ずアリスの戦闘は終了した。
数が多かっただけあって、さすがのアリスも肩で息をしている状態となっていた。
いくらアリスと言えども、これほど多くの敵を相手にしたのはある意味初めてだった。
彼女の周りに転がっている死体の数は、数えられるだけでおよそ50。
それ以降は数えることすら諦めてしまう程の数が、地面に横たわっていた。
上半身と下半身が分裂している者。
左右に別れてしまっている者。
それらを果たして『人間だったもの』と換言してよいものなのだろうか。

「……ふぅ」

いつの間にかアリスの目が元の状態に戻っていた。
染まっていた赤は、何処かへ消えてしまっていた。
アリスは死体をそのまま放置し、一方通行の元へ行こうとする。
だが、その時だった。

「いやいや、同朋をここまでコテンパンにされて、幹部の人間が見て見ぬフリをするというのは気分が悪いからね。悪いけど、ちょっと君には相手になってもらうよ?」
「だ、誰!?」

突然聞こえてきた、謎の声。
アリスは周囲を見渡してみるが、その声が何処からやってきているのか分からない。
前後左右に敵はいない。
となると、後一つ考えられる可能性は……。

「ほらほら、こっちこっち」

ドォン!
大きな爆音が聞こえてきたかと思ったら、上空より一筋の光線が延びてくる。
そう、相手は上空にいるのだ。
アリスは咄嗟にそれを避け、そしてすぐさま上を見る。
そこにいたのは、一人の赤髪の少年だった。
ただの赤い髪の少年だというのであれば、もしかしたらそこら辺にいたかもしれない。
ただし、彼の場合はその例に漏れる。
一本の杖を持ち、それをアリスに向けている時点?
……いや、何の力もなしに上空に停滞している時点で、彼を普通の人間と称するべきではないのだろう。
少なくとも、現在彼が何らかの力を行使していることは確かだ。
超能力?
いや、そんなものではない。
ならば魔術か?
この世界の魔術師は、空を飛ばないという。
ならば何なのか?

「ごめんごめん。紹介が遅れたね。僕の名前はガルダス・ウィーズ。魔導師だよ」

魔導師。
それはすなわち、『リリカルなのは』の世界の力を行使するものということだ。
そして、そんな力を使う彼は。

「『正義の味方』……」
「ご名答。僕は『世界の調律師』過激派、『正義の味方』の一員だ。今回僕達がこの世界に派遣された理由、分かってるよね?」
「この世界の滅亡、そして、重要人物の殺害、だね」
「正解。というわけで、君の存在は僕達の計画を実行する上で邪魔となる存在なんだ。そういうわけだから、早々に消えてくれないかな?」

得物を構え、ガルダスは告げる。
アリスも鉈を構え、そして言い放つ。

「簡単にはいどうぞって言ってあげる程、アリスが優しい人間に見える? アリスはお兄ちゃんを守るために、ここで貴方を倒して見せる」
「そっか。交渉決裂だね。まぁ、元から君は殺すつもりだったし、別にいいんだけどさ……」

ガルダスがそう呟くと同時に、彼の周囲に無数の魔力弾が停滞する。
ガルダスはアリスを見下ろし、そして言った。

「痛みを味わいたくなかったら、そこで足を棒にしていてくれないかな? そうすれば、精々痛みを感じない程度に、その存在を消し去ってあげるからさ」

彼らの戦いは、今ここで開幕の合図が告げられた。



「……え?」

爆発音が聞こえてきた方角に走ってきたはずの綾音と竜平だったが、気付けば自分達が元居た場所に戻ってきてしまっていた。
おかしい、そんなことはあり得ない。
普通に前を歩いていたら、元の場所に到達することなんてないはずなのに。

「どういうこと? 私達、なんでまたこの場所にいるの?」
「分からない。けど、何かしらの邪魔が入ってるというのは確かなのかもしれない」

それがなんの力によるものかは分からないが。
もしかしたら何かの力が働いているのかもしれない。
そしてそれは、その場で起こっている出来事を内密にしたい時だということを指し示す。
要するに、それは事件が発生しているという確かな証拠でもあった。

「まったくもって面倒なことが起きたもんだよな、畜生……」

頭を掻き毟りながら、竜平がぼやく。
そんな時、竜平のポケットの中の携帯が、ブザー音を鳴らしながら揺れ始めていた。

「おっと、電話か?」

すぐさまそのことに気付いた竜平は、ポケットの中より携帯電話を取り出す。
そして画面を見る。
そこには『初春』と書かれていた。

「初春からか……何か仕事関連の連絡か?」
「だと思うよ。早く出てあげたら?」

初春から竜平宛てに電話を入れることなんてなかなかない。
大抵の用事は綾音が受け取るし、その内容もそこまで大きな話ではない。
だが、話の規模が大きくなるにつれて、その電話を竜平がとる可能性も大きくなってくる。
普段竜平の方が綾音より頭が回るというのもその理由の一つだ。
竜平は通話ボタンを押し、その電話に出た。

「もしもし?」
『打島先輩、時間の方を少しもらっても構いませんか?』
「ああ、別に構わないけどよ……何か話があるのか?」
『はい。街中で噂になっていることを耳に入れておこうと思いまして』
「噂?」

竜平は少し顔をしかめる。
その程度の話なら、綾音相手にしても問題ないのでは?
だが、それを差し置いて竜平に話を繋げるということは、その噂話というものが大きなものなのかもしれない。
その可能性を考え、竜平はそれ以上追及することはしなかった。
初春は続ける。

『はい。最近街中で、学園都市を殲滅させる組織が存在しているという噂が出回っています』
「学園都市を殲滅させる組織、ねぇ……で、それがどうかしたのか?」
『噂によると、学園都市全体の破滅を狙った、学生集団ということらしいのですが、これってちょっとおかしくないですか?』
「……何故秘密裏にやった方が効率のよさそうな組織の存在が、表に出回っているのか、ということか?」
『そうです』

竜平の言う通り、その目的が大きければ大きいほど、組織の存在は秘密裏でなければならない。
その方が効率がいいし、第一目立ってしまっては目をつけられてしまうからだ。
だが、その組織の存在は、はっきりとはしない形ながらも、噂という形で存在だけは示唆されている。
それほど考えていない連中だったのか。
あるいは……。

「ソイツらの余裕の現れ、もしくは邪魔となる存在を引きずりだす為に、わざとその存在を表に出したか……」
『その可能性は大きいと思います。くれぐれも用心してくださいね』
「ああ、分かってる」

プチッ。
電話はそこで切れる。

「初春……なんだって?」
「学園都市殲滅を計る組織が現れたとの情報だ。ソイツらにくれぐれも用心しろよって話だ」
「組織……」

『組織』という言葉を口にする竜平の顔が、少し悲しそうなのを綾音はいつも感じていた。
竜平が『組織』という言葉を嫌っているのは、綾音には分かるのだ。
何故なら、竜平もかつてある『組織』というものに属していたことがあるからだ。
風紀委員(ジャッジメント)も組織と言ってしまえばそれまでだが、善と悪とではわけが違う。

「まさか……いや、気のせい、だよな」
「……」

呟く竜平の気持ちを、綾音は読み取れてしまった。
もう、あの頃の竜平には戻って欲しくない。
せっかく光の世界に辿り着いたと言うのに、またあの深い闇の中に竜平が戻ってしまうことだけは、なんとしても避けたい。
綾音は心の中でそう呟いていた。

「……とりあえず俺達はパトロールの続きだ。行くぞ」
「う、うん」

先を行く竜平の背中を追いかけるように、綾音も歩き出す。
その背中は何処か寂しそうで、そして遠く感じられた。



次回予告
動きを見せ始める、それぞれの戦い。
竜平と綾音は、ある一人の少年に出会う。
アリスは魔導師との戦いに苦戦し。
そんな中、はやて達は突然謎の洪水に見舞われる。
そして、彼女達の前に……。
次回、とある世界の魔法少女(パラレルワールド)。
『絡み合う戦い』
科学と魔法が交差する時、物語は始まる。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
2.6027460098267