<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[22075] 【完結】ジャン×カトレア(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/03/23 23:07
 初めて父に連れられてやってきた隣の領地で。
 どんなに泣いてもわめいていも、死んだものは絶対にかえってはこないということを、彼に最初に教えたのは彼女だった。
 ひっそりと作られた動物達の墓地……そこで、少女は涙をこぼしてその存在の死を悼んだ。瞬間、彼の中で「たかがウサギ」だったそれは、この上もなく美しく悲しい何かに変わってしまった。
「私がここに来るのを、みな嫌うのよ」
 二人の背後には、侍女がいく人か控えている。侍従もいるようだ。まさか、彼女がここで、悲しみのあまり倒れてしまうとでも思っているのだろうか、だとしたらとんでもない侮辱だと、彼は幼いながらに思った。
 彼が出会った中で、彼女は2番目に強い女の人だ。1番目は母だ。ちなみに、この家の奥方には強いというよりも、恐ろしいものを感じたのだが。
「死から遠ざけたところで、死から逃れられるわけがないのにね?」
 屈託のない微笑だった。
 彼は知っている、彼女がこの家でもっとも死に近しい人間であることを。大公爵家の次女は生まれ落ちたその時から、砂時計の砂が落ちるように死に向かって歩んでいた。ささいなことで高熱を出し、少しの傷が膿みあっという間に、それでなくても少ない体力を奪っていく……隣接した領の跡取り息子である彼は、何度も何度もその話を口さがない者から聞いていた。
 政略結婚の道具にすら使えぬお荷物の令嬢だと。確かに魔法の才はあるようだが、使うたびに死にそうになるなど問題外だと。
「今日はここまでつきあってくれてありがとう、ジャン」
「い、いえっ、そんな……ことはありません、カトレア様」
「もう、私のことはカトレアでいいと言ったでしょう? お隣さまなんですもの」
 これでも、これでも、彼的にはかなり譲歩した方なのである、最初はぎっちりとミス・ヴァリエールと呼んだのだ、呼んでいたのだ。だが、それだと姉さまと区別がつかないともっともなことをもっともらしく言い切られ、名前呼びにされてしまった。
 だが、だがしかし、身分が違うッ! と、頭を抱えて叫びだしたい気分である。ヴァリエール公のひと睨みで、彼の生地のような小領はふっとんでしまうだろう。
 厳格ながらも優しい父、凛として美しい母のためにも、こんなところで粗相をしてしまうわけにはいかないのである。
「それは困ります、カトレア様」
「カトレア」
「ですから、カトレア様……」
「カトレア」
「あの……」
「カトレア」
「だから……」
「カトレア」
「……承知いたしました、カトレアさん」
「もう! ジャンは頭が固いのね。まあいいわ、それで」
 そうやって少し怒ったふりをした彼女は、使えぬお荷物の令嬢などではなく、母に匹敵するほどに心優しく美しく誇り高い「カトレアさん」だった。彼が思い描いていた病弱な深窓の令嬢というイメージは、素晴らしく派手にぶち壊されたのだが。
 大人には大人の話があるということで、なんとはなしにご招待されてしまったこの彼女の小さな離宮、猫やら犬やら鳥やらその他色々幻獣やらに囲まれてお茶をしながら、彼は姉と妹がまったく似てない件を、熟考するはめになった。身分に厳しく、礼儀に厳しい彼女の姉は、実に、あの奥様にそっくりだった。
 かと言って、公爵とカトレアさんが似ているかどうかというと、それはそれで、違うだろ、である。
「ジャン・ジャックも何か言いなさい!」
「ジャンは関係ないわ、私がお誘いしたんですもの」
「えーと、このたびは何故だか急に、変わった所にお連れいただいて……」
 この返答はマズかったらしく、彼女の姉のまなじりが、キリキリキリと釣りあがった。
「そう、そうね、確かに動物達の墓地なんて変わった所以外のなにものでもないわねっ! それから、大人の話についていけない子供がふらふら歩き出して、そこでヒマをもてあましていたもう一人の子供に捕まるのは時間の問題だったわねっ!」
「姉さま、動物達ではありませんわ、あの子はアドリアン、あの子はセレスタン、あちらの子はエーヴです。それと……」
「カトレア、ごまかさないで。わかっているのでしょう? 私が心配しているのはあなたが昨日また熱を出したということよ。本当なら、今日も自室でずっと横なっているという約束だったわ」
 白い顔の長いまつげがばさりと閉じられた。
 彼のレディ(勝手に)のために何か言うべきだという思いだけが、心と頭を走り回って、現実には何一つ口から言葉は転がり出てくれない。
「ごめんなさい、姉さま」
 小さな声。
 それを耳にしたとたん、彼は立ち上がっていた。
「あの、シュゼットがもう危ないと使いが、その、あの」
「灰色ウサギの命とヴァリエールの娘の命は同等ではないのよ、ジャン・ジャック」
 ムチ打つような低い声だった。
「その使いをやった者を罰することはしません、母さまにも父さまにも告げ口はしないわ。だから今回だけにして、カトレア」
「それはできませんわ、姉さま」
 きっぱりと、にっこりと、そして愉快になるほどあっけらかんと彼女は言い切った。もう、立ち上がったはいいのだが、どうすればいいのかどうするべきなのか、わけもわからず彼はパクパクと周りの急に冷たく薄くなった空気を胸に取り入れる。
 しばしの沈黙の後、いからせたままぶるぶると震えていた彼女の姉の肩がすとんと落ちた。
「でも、姉さまを心配させてしまったことは謝ります。ごめんなさい、姉さま」
 でも、朝よりずっと気分がよくなったと続く妹の言葉を軽く耳のあたりで手を払って姉はやめさせた。無言で席を立つ。
 彼をして、彼女の姉を追いかけさせたのは、その姉妹の間にある、お互いを思いやる……思いやりすぎる、痛いほど張りつめた絆の形を察したせいなのかもしれない。
 少なくとも、彼は、「シュゼット」が「灰色ウサギの名前」だと知ったのは、つい先ほどなのだ。
「ミス・ヴァリエール!」
 呼び止めて、後悔する。
 今日会ったばかりの彼が、かける言葉、なんて。
「いないのよ……」
「はい?」
「カトレアは同年代の友人がいないの。学校にも行けない、外も出歩けないんだから、当然だけど」
「……」
「だから、お前がなりなさい!」

 命令形。

 後から考えるといかにも彼女の姉らしかった。

「……僕が?」
「……あんな楽しそうなカトレア……久しぶりに見たわ……」

 ……僕で?

 答えはない。答えがない。そもそもこういうものは命令されてなるものなのだろうか。そんないくつもの疑問符が浮いて沈んで。とっくに結論は出ていたというのに、ただぼんやりと浮いて沈んで。
 隣の領地といったって、平民達の隣家と違ってそうそう簡単に会えるわけがない、それにもうしばらくしたら、自分の将来の身の振り方だって決めなければいけない、のに。
 できないことを、100あげつらって、会えなくても手紙はかける、そうだ使い魔を鳥にしようそして、彼女の所まで飛ばして視界を共有すればいい、とか、100以上のできることを考える。

「御意! ミス・ヴァリエール!」
「?」
 真剣な気持ちを伝えたくて、父の蔵書で見た真面目あふれる返答をしたはずなのだが、かえってきたのは、微妙な沈黙だった。
 なぜだろう。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア2(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/09/22 23:28
 次の一冬を越すことなく、彼は彼女に再び出会うことになった。

 彼女の妹、ヴァリエール公の三女が生誕し、そのお披露目パーティが開かれることになったのだ。国のお歴々、重鎮がこぞって出席する中に、隣のよしみで彼の一家も招かれたのである。彼の父は、有力者(この場合はもちろん公だ)にとりいって栄達という発想が困ったほどにない人物で、ここぞとばかりに集った大貴族達につなぎをつけることもなく、身分に見合った祝いの品物を用意し、身分に見合った祝辞を述べた。
 その姿を誇らしいものを見る目で見る母が、彼は誇りであり、大好きだった。
 カトレアは、どこにもいない。
 妹が生まれたと書き記した彼女の手紙は、幸せいっぱいで、読んでいる彼自身も幸せになるようだった。
 妹のルイズが、どんなに愛らしくて愛らしくて愛らしくて愛らしいかをこれでもかと書き連ねた手紙に、申し訳程度に己の近況が末尾に書き込まれていた。
 少し調子がよくないらしい。
 これは彼女特有の表現で、実際は長らく体調が悪いのだと知れた。別ルートで手に入れた彼女の近況は、臥せったまま、と言っていいほど寝たり起きたりの状態が続いているという。
 無理をされないでと書いた自分の手紙が、陳腐だということは、彼にも理解できる頭はあった。
 今日も、漏れ聞いた話だが、一昨日から咳が止まらないと。あまりにもひどくて、喉が切れて血を吐いたと。
 どこにも口さがない者はいるもので、そんな話が列席者の間をゆらゆらと漂っていた。人垣の中心に、本日の主役、小さな令嬢が白いレースのフリルがびっしりついたおくるみにくるまれて、静かに眠っている。
 確かに、愛らしくて愛らしくて愛らしい赤ん坊だった。大貴族ヴァリエールの令嬢として、彼女には安泰な未来しかありえないだろう。みなが、その可愛らしさを誉めそやし、将来の魔法的才能を嘱望する段になって、彼は耐えられなくなった。

 彼女は、あの小さな妹をこの上なく愛する彼女は、きっとこの場にもっとも居たかった人物なのだ。

 同じヴァリエールの令嬢なのに、まるで存在しない者のように、名家の汚点のように丁寧にかつ残酷に話題から避けられている様が、辛かった。
 「見て、ジャン。この子が私の妹のルイズよ、可愛いでしょう?」と、彼女は自ら彼にそう言って見せびらかしたかったはずなのだ。赤子には罪はない、だがその立ち居地は本来、彼女が持っていた立ち居地なのだ。
 そんなことを考える自分が、とんでもなく勝手で下劣な人間になったようで、彼は少し落ち込んだ。
「ジャン・ジャック」
 もそもそと大広間の端っこで目立たないようにオードブルをつついていると、一番上のミス・ヴァリエールが近づいてきた。
「半時だけ、顔をお出しなさい」
 誰に、とか問わずともわかった。
「あの、お体の具合は? よろしくないとお聞きしたのですが」
「今日の朝から小康状態といったところよ。本人はコレに出たがったけれど、家族全員で止めたわ」
「そう……ですか。あ、あ、あのっ、ルイズ・フランソワーズ様ご生誕おめでとうございます」
「とってつけたようね」

 ようねも何も、その通りだった。

 彼女のことで頭がいっぱいで、本来すべきお祝いの言葉をかけ忘れた。ものの見事な失態。だーらだーらと、こめかみから、背中から汗がしたたり流れ落ちる。
「申し訳ありません、不調法な、もので」
 長いため息、なぜか、彼女の姉は、とても疲れているようだった。

「あの方たちの……」
「?」
「何人が、私に、カトレアのことを尋ねてくれたのかしら」
 言葉が出ない。
 それは、ゼロだ。
 あの愛らしい赤子が生まれたことで、彼らの中で彼女の「価値」は、また一段と下がった。そういうことだ。
「早く行きなさいっ!」
「はい!」
 飛び出した。
 腹が立った。
 腹が立って悲しくて、しょうがなかった。
 このことに対して彼が腹が立っているということを彼女が知っても、彼女は絶対に腹を立てないだろうとわかることが、何よりも無性に腹が立ってたまらなかった。

 いつもの彼女の離宮に行き着くと、何やら騒がしかった。
 水のメイジを、お医者様を、薬を、という言葉が飛び交っている。
「カトレアさんは?」
 なんとか、右往左往する侍女を一人つかまえることに成功した彼は、人前では様、もしくはミス・ヴァリエールと呼称することも忘れて、たずねた。
 お嬢様を名前呼びする彼に一瞬うろんげな顔を向けた侍女だが、腰にさした杖に気づき身をしゃちほこばせる。
「少しめまいがするとおっしゃられただけです、はい。ただ昨日一昨日のこともあり大事をとり……」
「そう……か」
 顔が見たかった、だが、そういうことであればしょうがない。彼はもうしばらく両親と滞在するし、また機会もあるだろう。
「では、カトレア様にジャンがまた来ると言っていたと伝えてくれるか。それだけでわかるから」

 そう言いながらも、彼は彼女に会いたくてたまらなかった。

 今。

 すぐに。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア3(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/09/23 22:52
「私が死んだ時には、皆に泣いてほしくないの」
 年端もいかない少女が自らの死をあっさりと口にすることは、異様ではあったが、彼女の育ちを考えると当たり前のことでもあった。生まれ落ちてすぐ、死に向かって突き進む彼女にとっては、他の子供がぼんやりと考えるとりとめのない「死」よりも、もっとも近しいものであっただろう。
「だって、私は可哀想でもなければ、不幸でもないんですもの。もし平民に生まれていたならこんな風に手厚く治療も看護もしてもらえなかった。もっと幼い時に死んでしまったに違いないわ。それに、私には愛する両親がいる、厳しいけれど私のことを心から思ってくれる姉さまがいる。大好きな大切なルイズがいる。とても仲の良いお友達のジャンがいる。これのどこが不幸で可哀想なのかしら? ああ、カトレアは満足してて逝ったのだ。カトレアは本当に幸せだったのだ。そう言って笑って送り出してほしいの」
 男女の精神の成熟度の違いなのか、そのままずばりの育ちの違いなのか、その時の彼には、彼女が言っていることの半分程度しかわからなかった。
「僕は……泣きます」
「……」
「カトレアさんがいなくなったら、泣きます」
「……」
「ものすごく、泣きます。か、さ、さびしいから」
 悲しいから、という言葉はなぜか口にすることがためらわれた。頭にぼんやりとしか像を結ばない「死」というイメージだったが、カトレアの不在は、まざまざと想像できた。誰もいないこの離宮は、空想の中のことなのに、ぞっとするほど、冷え冷えとしていていた。
「泣きます」
「ごめんなさい、ジャンを困らせるつもりではなかったの」
 いたたまれない沈黙が彼と彼女の間に落ちた。
「あ、あの、そういえば、ここに入った時から尋ねようと思っていたのですが、あの猫は何でしょう?」
 あまりの気まずさと自分の女々しさに、耐えられなくなった彼は、無駄に快活に部屋の右隅暖炉わきに陣取っている白と黒のブチ猫を指差した。
 まあ何でしょう? と、問われたのならブチ猫です、と答えるしかない猫なのだが、
「一昔前の貴族のような立ち襟があるのですが?」
 ぐるりと首の周りを固め(おそらく芯材が入っている)な布で覆われていた。上か、斜め上から見ないと顔すら見えない。宮廷の廊下に飾られている昔の大貴族の肖像ががこんな感じだった。何をどう間違ったのか、最初はあごにつくかつかないかだった、ささやかな飾り立ち襟が、最後のほうになると、どっちが主役なのかわからなくなるほど存在を自己主張し、顔全体が埋もれ加減というアレだ。

 彼女が、吹き出した。

「ひ……一昔前……そうね、その通りね。なんだか私にも、高貴なアンリ様に見えてきてしまったわ。もう、今度からアンリにはシュヴァリエの称号をつけようかしら」
「カトレアさん」
 くすくす笑い続けている。
「あれはね、前足の傷をなめないようにつけているものなの、動物はどうしても傷口をなめてしまうから。大事なお薬をなめとってしまわないようにしているのよ」
「そうなんですか」
「そうなんですよ」
「……」
「……」
「カトレアさん」
「なんですかジャンさん」
「カトレアさん!」
「だから何ですか? ジャンさん」
「やめていただけませんか」
「では今度こそ、カトレアって呼んでくださいね」
「考えておきます」
「まあ、ジャンったら、いつの間にそんな言い回しを」
「いつの間にかです。今度、魔法衛士隊に入隊志願しようと思いまして」
「あら」
 本当は水の属性があればよかったのに、と思ったことは彼女には秘密である。彼女が苦しむ時、それを少しでも己の魔力で緩和できないかと思ったことは。残念? なことに彼が手にした力は風だった。攻撃にも守りにも使えるだろう変幻自在の風。
「晴れて隊員になられたら、何かお祝いの品を送るわね」
「そんな、もったいない」
「ジャンは知らないでしょうけれど、父様も母様も結構評価してらっしゃるのよ。稀に見る魔法の才がありそうだって」
 ありそう……また微妙なセリフである。
「ルイズは?」
 カトレアにはさんづけで、ルイズは呼び捨て、このあたりもカトレアがむくれるところなのだが、年が離れていて、彼を実の兄のように慕う少女にさんとか様はつけがたかった。周りが容認してくれたせいもあるが。
「相変わらずなの」
 すなわち、魔法が使えない。
 将来を嘱望され、公爵家の期待の星だった三女は魔法が使えなかった。
 幼いころにその発現がないというのは、貴族の家にもままあることだったが、王家の血を引くもののなかでそんな事例はない。そのことが長姉を焦らせ、母親をして厳しく当たらせてしまった。カトレアがこうである今、公爵家の一員として屋台骨を背負っていかねばならないという幼子には惨いとさえいえる重責。
 その緊張こそが魔法の発露を妨げているのではないかという家宰からの進言もあり、ルイズは最近まで公爵家の避暑地で静養していたはずだった。
「ヴァリエールのご令嬢ですから、きっとすぐに立派な魔法を使われますよ」
 この言葉のすべては真実ではない。
 ルイズがこのままで、大した魔法が使えなければ、カトレアの存在価値は上がる……そんなことを心の隅で考える自分に彼は吐き気を催した。
 ルイズを可哀想だと思う心に偽りはない。
 トリステイン貴族のはしくれとして、強力なメイジは多いほうがいいと考える心にも偽りはない。

 だが。

「そういえば、私にもジャンがびっくりする話があるのよ」
「何ですか?」

「どうやらお父様、ジャンとルイズを婚約させようと思っているみたいなの」

 彼は、よろめいた。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア4(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/09/24 22:02
 彼女の爆弾発言は、いたく彼を驚かせたが、後でそれとなく家の者や両親に話を伝えると、あくまでも親同士の口約束だということがわかった。
 書類として残したわけでも、仰々しい結納の品々を送りあったわけではなく、あくまでも「こうだったらいいですなあ」程度の、酒宴での話し、らしい。そこまであの大貴族が自分をかってくれているのかと、誇らしくもあり面映い気持ちになったのは一瞬で、後に残ったのは、なんともいえない苦い、やりきれない思いだった。
 あの、あの奥方が自分の義母になる……想像するだけで目の前が真っ暗になるほどの恐怖と絶望が襲ってしまった。
 それはともかくとして、ルイズのことは好きだ。大好きだと言い換えてもいいほどに、彼はあの少女が好きだった。けなげに努力し、とつとつと必死に難しい理論の本を読み進める姿を見て、その思いはさらに強くなった。だから彼に出来ることがあれば力を貸してきたし、このまま魔法が使えなくてもいいという自らの相反した感情をもてあましつつも、応援していた。
 彼女を除く同年代の女性というものに、なんとなく気後れしてしまう彼にとっては、ルイズはとても接しやすく、心安い相手で、見たことも話したこともない相手と即結婚という貴族間の婚姻よりもよほど恵まれているものだとは、思う。
 だからこそ、普通の人ならばわからないであろう、大公爵の父としての感情が透けて見えて、彼を落ち込ませ、気を滅入らせた。
 彼女と仲の良い彼がルイズと結婚すれば、もし、もし万一家督を継ぐようなことになっても、彼女を決してないがしろにはしないだろう……
 そんな父の愛情が混ざらなければ、絶対におかしいとまでは言わないが、無理のある婚姻である。
 ともあれ、この少しばかり不釣合いな婚姻の話は結局文書にも何にもならず、あいまいなまま宙に浮くことになった。

「お願いがあるの」
 ラ・ヴァリエールから分家に出てラ・フォンテーヌとなった彼女が、その、ほぼ身内だけのお披露目パーティで、最初に彼に向かって口にした言葉。
「何ですか?」
「ルイズを見てきてほしいの」
 そういえば、先ほどまでちいねえさま、ちいねえさまとまとわりついていた姿がない。何人かの学者然とした男達に囲まれていたようだが、その男達はばつの悪そうな顔で、壁脇にたたずんでいた。彼らは食客……ヴァリエール公が彼女のため(対外的には水の魔法の医療技術の向上のため)集めている水メイジたちだ。
「何があったんですか?」
 二人してそっと柱の影に移動しながら、彼も声を落としてたずねる。今日この日のために惜しげもなく水の秘薬を使い倒したせいか、彼女の体調はかなりいいようだった。
「ええ……それが」
 顔を曇らせた彼女が語るところによると、水メイジがおもちゃを持ってきた、と。
「おもちゃ?」
「そう、簡単なおもちゃよ。ちょっとしたロックの魔法で連鎖的に動くからくりおもちゃ」
 ちょっとした、ロックの、魔法の、おもちゃ。
 ロックの、魔法。
「ルイズは……っ」
「彼らを責めることはできないわ、研究所に入って間もない水メイジの方で、ルイズのことは知っていたけれど、本当にその通りだということは知らなかったのよ」
 大人たちに囲まれてロックの魔法を強要されたルイズはどうしただろう、何を思っただろう、全員の視線に晒されて。我知らず、彼は、強く強くこぶしを握り締めた。
「いつものところですか?」
「いつものところよ。私ではだめなの、お願い、ジャン」
 最初に彼女にルイズを慰めることをお願いされたのはいつだっただろう、ルイズはその努力を運命にあざ笑われるように、本当に、魔法が使えなかった。逃げ出した彼女の行く先を、当然ながら彼女は知っていて、自分ではだめだから、と彼を行かせた。
 小舟の中で、ひざを抱えて肩をふるわせる少女は、痛々しすぎた。
 強くあらねば貴族ではない、魔法が使えなければ貴族ではない、そんな根本からの思考をゆるがせるほどに。
 貴族とは、弱き者を守るものではないのだろうか。
 魔法の使えない貴族の少女、体の弱い彼女、確かに王家の、王国の「役には立たない」だろう。そんな彼女達を守ろうとする自分は、間違っているのだろうか。
 彼は英雄ではない、手の届く範囲のものしか守れない。
 魔法衛士隊に入隊して、父も母も喜んでくれた。最初は彼も嬉しかった、だが、月日がたつ内に、そのガチガチに凝り固まった血筋第一の貴族主義が、虎視眈々と相手の弱みを握り、引きずり落とそうとする姿が、横行する常習の賄賂が、嫌になってきてしまった。彼が求めたのは神話の勇者とまではいかないまでも、弱きを助け強きをくじく、人民と王家の守護者……だった。

 はず、なのに。

 出る杭は打てとばかりに、無理と無駄を省く彼の進言はことごとく無視され、能力の高さゆえか、陰湿で執拗な嫌がらせを受けた。さらにいまいましいことに、彼の実家がヴァリエール家と懇意だという情報がもたらされるなり、手の平をかえしたように態度が変わった。
 隊の規律の清廉を信じている母には、とても言えない。
 一見美しいだけのトリステイン、しかし内部は確実に貴族達の長き支配で腐っていたのだ。

 何も出来ない。

 力がない。

 自らの魔法に磨きをかけることすら虚しくなるような無力感。
 結局、心に巣食った懊悩をどこにも吐き出すことができないまま、彼は日々を過ごすしかなかった。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア5(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/09/25 22:14
 母が死んだ。

 違う、と、彼は否定する。
 母は殺された。
 そうだ、と、彼は肯定する。
 その通りだ。母は殺された、愛する息子に殺されたのだ。
 違う、と、もう一度彼は否定する。
 母はとっくの昔に死んでいた。公的には死んでいた。病死だった。病死ということになっていた。彼の父が死んで後、ある日いきなり母はおかしくなってしまった。いや、いきなりではなかったのかもしれない、彼の母親は奇妙なことを言い出す以前、ひどく塞いでいたり考え込んでいたからだ。夜中に大声をあげて寝室を飛び出し、廊下の端で震えだすこともあった。
 そんな異常を長い間見て見ぬふりをしていたのは、「大丈夫よ、ジャン。ジャンだけは守ってあげる。絶対に守ってあげる。方法はあるの!」という言葉だったのかもしれない。母は少しばかり疲れているだけで、すぐに元に戻るはずだと信じたかったからかもしれない。
 しかし、貴族の体面というものがあり、対外的に母は病死したということにされ、そのまま館の中に幽閉されることになった。
 これは、彼女も知らないことだ。
 彼の母が「亡くなった」時、丁寧なお悔やみの信書が届いた。彼女に嘘をつく後ろめたさに、心が痛んだが、これも母と家を守るためだと彼は自らを奮い立たせた。

 何もかもが無駄だった。

 気が狂ったように(ように、は不要なのかもしれない)聖地や虚無を語り、ギラギラと何ものかに憑かれた目をした母。そこには優しい母の面影は欠片も残ってはいなかった。守ってあげる、大切なこと、信じられないかもしれない恐ろしいこと、でも方法はある、それは……

 彼も疲れてしまっていた。

 グリフォン隊の副隊長に異例の抜擢をされ、水面下に潜った執拗な嫌がらせに、横行する愚劣な貴族達の所業を見ることに、本当に本当に疲れてしまっていた。
「本当よ、本当のことなのよ。ジャン、お願い、母様を信じてちょうだい! アカデミーに、陛下にお知らせしなくてはならないの! 教皇猊下に聖戦を発動していただかなくてはならないの! 本当よ、本当のことなのよ。わたしは大切なジャンを死なせたくない!」

 ふつりと彼の何かが切れた。
 それは愛情か思いか絆か何か他の大切なものだったのか、それはもうわからない。

「もう黙れ! 黙ってくれよッ!!」
「ジャ……ンッ」
「黙ってくれよ……もう黙ってくれよ……母様……お願いだから……」
 怒りと憤りだけが支配して、火のような瞬間が過ぎ去った後に残っていたのは、冷たい母の体だった。
 押さえつけられた羽根枕の下から必死に空気を求め続けていたのだろう、ライトの明かりの下に青黒く腫れ上がったひどい顔があった。だからだろうか、目の前にある亡骸は彼の母ではなく何か別の物体めいていた。
 母は死んだ。
 誰よりも彼を愛し、誰よりも彼を苦しめた母は、死んでしまった。気のふれた奥方の噂の一つも漏れぬよう選び抜かれた家令達に守られ、魔法で厳重に封じられた離れで、実の息子に殺されてしまった。実の息子、そう、彼のことだ。
 膝から急に力が抜け、彼はみっともなく尻餅をついた。
「は……ははっ……ふっ……くっ」
 目の前のことが、あまりにも現実離れしていて、夢だと知覚している夢の中にいるようで、彼は笑った。とびきりの冗談だ。たとえ頭がおかしくなったとしても、あれは母様だ。誰よりも愛する母様だ。自分が愛する母様を殺すわけがない。殺すわけが。
 殺すわけなど。
 ひとしきり「狂ったように」笑った後、彼はゆるゆると今は動かない母に膝立ちでにじりよった。
「母様、見てください。ジャンは髭をたくわえてみました。副隊長に……なるので……少しでも……貫禄が……父様のように、出る、かも、と、かんが、え……て……」
 耳に口をつけるように、彼はしゃべり続けた。いつしか細く筋張ってしまった母の手を両手で包み、優しくなでさすった。
「母様が、父様の髭がとても格好よくて好きだと……以前、おっしゃっていたではないです……か」
 母の冷えた頬に己の頬を押し付けて彼は、途切れることが恐ろしいのか、ただ言葉を口にし続けていた。昔のこと、今のこと、父のこと、グリフォン隊のこと、隣の領地の3人のレディ達のこと……
 それでも終わりはやってくる。
「どうして……どうして、お返事をいただけないのですか、母様」

 沈黙。


 直後、彼は床に頭を叩きつけて号泣した。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア6(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/09/26 13:09
 彼女は彼の変わりように驚愕したようだった。

 めったにない彼女の驚きの表情を見て、彼は喉の奥で乾いた笑いをもらした。
 領地を立つ前に鏡で見た自分の姿は、頬はこけ、眼窩は落ち窪み、顔色は土気色、さながら今まさに墓から抜け出してきた幽鬼のようだった。
 思い出したようにあれ以来伸び放題だった髭をあたってみたが、ぼんやりとしていたせいか幾度も剃りそこねて、傷だらけにしてしまうことになった。
 だが、賢明な彼女は「何があったの? ジャン」などと愚かしいセリフは口にせず、つとめてごく普通にお茶と茶菓子をすすめた。
 ふわりと湯気と香りが室内に広がる。にこりと笑った彼女が差し出した蜂蜜漬けのオレンジに手を伸ばす気力も食欲もどこにもなかったが、何だか彼の周りの少しだけ空気が軽くなったような気がした。
「私ね、ジャンが前に言ってくれたこと、少しずつ実行に移しているのよ」
 彼は、よく働かない頭でただ思うように考えた。前に? 何か言っただろうか。
「シュヴァリエのアンリ様の時よ。ほら、その後動物がお腹を壊した時に食べる木の皮とか草とかの話をしたでしょう? ここに怪我をした動物を連れてきてくれる人が話してくれる話は本当に面白いという話よ」
「……ああ……そうですね」
「その時、動物にも効くなら人間にも効くかもしれませんねって、ジャンが言ったから、私こっそり自分の体で試してみたの、でも、一度してみたら、ちょっと……その、効きすぎたみたいで」
 余計にひどくなって効果がわからなかった、と、彼女は屈託なく笑う。出入りの水メイジにはさすがに相談できないので、侍女の持病を口実に呼び出した医師や薬師に考えを打ち明けると、そういった民間伝承的なものをなるべくたくさん集めてくださいということになったという。
「決してご自分のお体で試そうなどとなさらないように! って、釘を刺されてしまったわ」
 以降、彼女はせっせとそういった話を集めて、書物として書き記しているという。
「私の体ではだめだったけれど、もしかしたらこの中に本当に病気に効くものがあるかもしれないでしょう。私のささやかな努力……努力というほどでもないのだけれど……で、将来病に苦しむ人が救われるかもしれない。そうでなくても、水メイジにかかれない人たちがもっと安価で健康を取り戻すことができるなら、素晴らしいことだと思うのよ」
 彼がまっすぐ見つめられないほど、カトレアは高貴で眩しすぎた。
 自分も苦しいだろうに、他者の幸せを考える。おかしくなってしまった母も、息子のことだけは愛している守ってあげると繰り返していた。
 比べて自分は何だろう。惨めで、情けなくて、醜悪。しかも、親殺しの大罪人。
 すぐにでも立ち上がってこの場から走り去りたい気分にかられる。このままでは、どうにも取り繕うことができず、何もかもあったことすべてをぶちまけてしまいそうだった。
 彼女の前に居続けるには、彼は汚れすぎていた。
「ジャンがあの時ああ言ってくれなかったら、私、こんなことをしようとも思わなかったし、考えもつかなかった。私はただここで寝たり起きたりを繰り返すカトレアではなくなったわ、立派な薬草の研究者見習いよ、本当に、ありがとう」
 彼女が頭を下げるのを、彼はやっぱりぼんやりと見て、急に我にかえった。おやめください、いえやめませんというはたから見れば実に馬鹿馬鹿しい押し問答が続き、何の拍子か手と手が触れ合った。
 転びそうになったカップを互いに止めようとした、瞬間、雷にうたれたように彼は手を引いた。
 かろんと状況にそぐわない間抜けな音をたてて、カップは横倒しになり、少しだけ残っていた中身がテーブルクロスに、じわりと染みをつくる。
 彼は自分の所作に驚愕していた、あまりにも無作法だ。だが、手が、彼女の手が、あまりにも冷たくて、あの時の母の手を思い出させてしまった。連鎖的に出てくる、忌まわしい記憶に我知らず呼吸が荒くなる。手の平に爪をたてて、震えだす体を、激しい頭痛を押さえ込もうとして、失敗した。

「死んでしまうと思ったんです」

 何もかも失敗した。

「僕の、大切な、大切な人が死んでしまったら、僕はきっと胸が張り裂けて、絶対に死んでしまうと思ったんです」
 何もかも? 何もかもだ。
 彼は、告解する自分の声を遠く聞いた。
「なのに、死んでないんです。僕の思いはそれくらいだったのでしょうか、その程度だったのでしょうか」
 あんなにも愛した母が死んだのに。
 彼は死なず、夜が来て、朝が来てしまった。それの繰り返しだった。死ななければならない、死ぬはずだ、死なないとおかしい、死ななければ。罪の重さと思いの深さに死んでしまうはずだった。

「昔、本当に前のことだけれど、私が初めて飼った小鳥がいたの」
 今考えると、飛べる小鳥を籠に閉じ込めるなど、ひどい事をしたものだと彼女は言う。
「私は、本当に本当にその小鳥が好きだったわ。大切だった。外で遊ぶこともできない私の、大切なたった一人のお友達、言葉は通じないけれども心は通じていたと信じ込むほどに。私は、自在に飛べる小鳥がうらやましかった。好きな時に好きなことが出来る姉様を見るのが辛かった。そうね、きっと心の中では、どうして私だけ……と妬んでいたのかもしれないわね。本当は母のことも憎かった。私をこんな体に産んでひどいと恨んでいた」

 彼にはわからなかった。

 彼女が何を言おうとしているのか、何を言い出したのか。
「でも小鳥の寿命は短くて……ある日私の友達は、籠の中で冷たくなっていた。泣いて泣いて、泣き続けたわ。高熱を出して意識不明になっても小鳥の名前を呼んでいた。なのに、私は生きているのよ。あの子がいなくなって、私は心が張り裂けて病気が重くなってそのまま死んでしまうと思った。でも、生きているのよ。夜が来て、朝が来て、また夜が来て、私の世界すべてとも言うべき小鳥がなくなってしまったのに、世界は壊れもせずにただそこにあって、変わらずそこにあって、何もなかったように続いているの」
 実際、何もなかった。
 彼や彼女の世界そのものが根底から崩壊するようなことがあっても、それは、本当に、世界にとって何でもないことだった。

 彼にはわからなかった。
 否、わかってはいたが、わからないふりをした。
 人が、これだけ! と思い至った愛する存在を失ってもただ生きていけることを。
 だから、もう一人の、たった一人の深く思う存在である彼女が「未だ」存在する、そのことが彼をして生に固執させているのだと考えた。

 瞬間、彼の思考は停止し、すべてが彼女に帰着した。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア7(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/09/27 23:22
 春が来て、冬が来て、また春が来て、月日は幾度も巡った。

 自らの命を顧みず、困難で危険な任務ばかりを選んで赴いていた彼はいつしか一目置かれ、数多くの賞賛と敬意を受け、風のスクエアメイジとして[閃光]のふたつ名を得た。また、グリフォン隊の隊長という栄誉な職にもつき、心の痛みはそのままだったが、それなりに周りを取り繕う術を覚えた。
 ただ黙々と王家の剣としてふるまい、ほどほどに不正を見逃すこと、彼が年月をかけて覚えた処世術である。最初の頃こそ、あれもこれも許せないと規律をたてに色々くってかかったものだが、そんなことをしても無駄だと悟ったのだ。
 彼のように、一介の軍人にできることなどたかがしれている。
 表面に出てくるのは、小物ばかりで、本当のトリステインの膿たちは、下に深く深く潜っているのだ。それらを暴き、捕縛することは、困難であろうことは、マザリーニ枢機卿を見ていれば、おのずと知れた。
 トリステイン人ではなく、ロマリア人だがその人柄に彼は好感を抱いていた。巷ではトリステインの乗っ取りをたくらんでいる、などと噂されることの多い男だが、実際に会い、その政務ぶりを見れば、そんなことは根も葉もない嘘だとわかるだろう。
 同じ根も葉もない噂なら、もっと異次元の、それこそ、実はマリアンヌ大后に懸想していて……という怪しげな地下情報の方が納得できた。不敬ではあるが。

 もう、いいのではないかしら?

 彼女の声がふと、聞こえたような気がした。
 ヴァリエール公の根回しか、枢機卿の手回しか、己の実力か、隊長などという重責についてしまった。今度からは、責任を取るのは自分なのだ。隊員の命を、任務の成否を。彼を信頼するいくつもに、応えなければいけない。
 危険につっこんでいって、勝手に死ぬことは許されないのだ、もう。
 いつまでもあの記憶にこだわり続けてはいけない。罪の深さを忘れることは一生ないだろう、この苦しみは永遠に続くだろう、しかし、もう、歩き出してもいいのではないかと、彼は思った。

 昇進休暇で、久しぶりに領地に帰った彼は、密葬を行った後一度も入らなかった母の部屋へ足を踏み入れた。誰も足を踏み入れるなという厳命を誰もが守り、豪奢な地下牢の中は、ほこりがつもり、くもの巣がはり、かび臭く、人の手がふれた様子はない。ゆっくりと辺りを見回して、我知らず止めていた呼吸に彼は驚いた。
 寝台と寝具だけは直視できず、目をそらしてしまう。
 それ以外は、予想し、覚悟していたほど、母の気配は残っていなかった。ここにあるのは部屋という名のついた空洞。
 掃除をして……彼は考えた。掃除をして……中のものをすべて外に出して、燃やしてしまおう、この部屋は二度と使えないように封印し、扉に強力な固定化とロックをかけよう。そして、己の罪を刻みこむために母の細密画を首飾りに入れて懺悔し続けるのだ。
 生きているとは、まことに勝手なものだった。
 生きていってしまえるということは、容赦なく何かをそぎ落としていってしまうことなのだろう。
「母様……」
 ただ一言なのに、顔がこわばった。
 ふと、シーツの端から何か茶色いものがのぞいていることに彼は気がついた。舞い上がるほこりに咳をしながら、引っ張り出してみると、それは寝台の下にぞんざいに放り込まれた皮袋だった。重さはそんなにはない。それ自体は大したものには見えなかったが、その場所が問題だった。
 いかにも、何かを大急ぎで隠した、そんな感じである。
 震える手で中身を取り出すと、見慣れた母の字と、日付が飛び込んできた。紙の束は日記で、それを知った彼のこめかみから嫌な汗が流れ落ちた。
 最初こそ、整った美麗な文字で綴っていた母だが時がたつにつれ、揺れ、歪み、通読が困難になってきた。彼は、地学や採掘はあまりよくわからない、しかし今目にしているものが、単なる妄想ではなく、何かしらの根拠のあるものということがわかった。
 数値、数値、数値。
 推測、仮説、推察。
 実験。
 実証、実証、実証。
 風石。
 地震、破壊、絶望。
 破滅。
 虚無、聖地、希望。
 母の涙の後なのか、字が滲み、擦れて読み進めることができない。否、字が滲んでいるのは彼のせいだった。彼の涙の。

 母は、愛する母は、大切な母は、

 狂ってなどいなかった。

 日記の日付は、あの日で終わっていた。

[ああ、恐ろしいわ。なんて恐ろしいんでしょう。
 私は狂人とされている、でもこれを伝えなくては、教皇様に、聖戦を発動してもらわなければ。あなた、お願い、力を貸して。ジャンを助けるの……ジャン、母様を信じてちょうだい。時間がない。時間がない。時間がない。
 今日こそ、おお、今日こそジャンに話を聞いてもらわなければいけないわ。ブリミル様、お願いいたします。私はどうなってもいい、でもジャンを助けてください。お願いお願いおねが……]





[22075] 【習作】ジャン×カトレア8(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/09/28 22:22
 母の汚名を返上しなければ、と、彼は考えた。

 急に愚かなことを言い出した狂った子爵夫人ではなく、誰よりも聡明で有能な女性であったと証明し、アカデミーの除名を取り消させ、名誉を回復するのだ。
 それこそが無様に生き続ける自分への罰だった。どれほどに困難で先の見えない遠い道のりであろうとも、母への贖罪のために茨を背負って歩いていかなければならないと、彼は誓った。。
 わずかでも、幸せになっていいのではないかと思った自分が愚かだったのだ。
 親殺しの罪人に、そんな贅沢が許されるわけがない。罪にまみれ、嘘にまみれ、虚栄と虚飾、血と死にまみれて底辺をのたうちまわっているのが自分には似合いだと彼は自嘲した。のしかかる「生きる責任」は、あまりにも重い。
 だが、彼には別に「生きる理由」もあった。
 彼女を守りたい。生きて在る彼女の世界を、生活を守りたい。彼女を、彼女だけを。もはや彼にとって大切なものは、それしか残っていなかった。自分は幸せになる資格も権利もないけれど、彼女には生ある限り幸せに笑っていて欲しかった。
 責任を果たすことで理由もまっとうされる、なんと素晴らしいことだろう。

 まず手始めに彼がやった事は、虚無について調べることだった。
 しかし、研究者ですらない一般人たる彼が手に入れることのできる書物などでは大した情報を得ることはできず、ただ徒労感を募らせただけとなった。
 あと、亡母の残した物を整理していたら出てきたので寄贈させていただきます、と、適当な書物や実験道具を持ってアカデミーに赴いてはみたが、慇懃無礼な態度による門前払いをくらってしまった。
 軍人すなわち粗野な人間という認識でもあるのだろうか、それとも除名者のことなど、なかったことにしてしまいたいのか、おそらく両方なのだろう。
 砂をかむような思いで帰途につきながら、現在アカデミーにいるミス・ヴァリエールの紹介でもあれば、もっと態度が軟化したかもしれないとは考えたが、そこまでしては逆に変に勘ぐられるだろうに思い、これ以上の接触を断念した。
 魔法学院や王宮に収められている蔵書……それを閲覧することは可能だろうが、誰をも納得させる「閲覧の理由」が思い浮かばなかった。
 彼とても、部下にある日突然、ブリミル様の足跡をたどる巡礼を考えているのです! つきましては、より深くその御技を理解したいので虚無と聖地について調べたいのですが! できましたら、ロマリアまで足を伸ばしたいので長期休暇をいただきたい! などと言われたら困惑する以外にない。

 そんなこんなで、しばらくあれやこれや試行錯誤を繰り返していた彼が最終的に頼ったのは、王家の血を引く名家である隣の領地を頼ることだった。トリステイン、ガリア、アルビオン王家は、始祖の血を引いている。
 魔法の才は血に受け継がれる……ならば、ヴァリエール家も虚無の力を血に秘めているということだ。そして、これまでに培った両家の絆がある、本来なら門外不出な古い書物も、もしかしたら閲覧させてくれるかもしれない。

「もしかしたら、か」

 彼女と、その父親たる公爵に手紙を書きながら、彼は笑った。
 欺瞞だ。
 本当は、彼女に会いたいだけなのに、理屈をつけている。
 重大な秘密を抱えたまま、周りに誰も頼れる人がいない、信じられる人がいない、下手に口にしたら狂人扱いされる……母が常にさらされていたであろうその苦しみと孤独を彼も痛いほど感じていた。


 いつものお部屋でお待ちです、という顔見知りの侍女頭の案内を受けて扉を開けると、確かにカトレアの姿があった。しかし、何かがおかしい。
 思わず二人して顔を見合わせ(グリフォン隊の隊長が間抜けな話ではあるが)、次にそっとそっと、室内に足を踏み入れていく。毛足の長いじゅうたんが、二人分の足音を容易く吸い込んで消していく。
 彼が予想した通り、彼女は椅子にもたれるように眠っていた。
 お起こしいたしましょう、いや、もう少しこのままでという意見が小さな声で幾度か交わされ、結局侍女が折れた。
「後ほど、また参ります。お茶をお持ちすることになっておりますので」
「レディの寝顔を見るなど無礼にもほどがあるな、私も少し温室でも歩いてこようか」
「そうお考えなら、お起こしして下さいませ。カトレア様はこたびの訪問、とても楽しみにしておられたのです」
「それは身に余る光栄だ」
 侍女頭は、丁寧に最後の言葉を無視して深く頭を下げ、出て行ってしまった。どちらにしろ、こんな体勢で寝入ってしまっては、後が辛いだろう。彼は、再び近づいてそっと声をかけた。
「カトレアさん」
「……んっ」
 今の今まですこやかな寝息だったのが、急に乱れた。
「カトレアさん?!」
 何か、苦しげな吐息とともに言葉をもらしている。彼はその内容をもっと詳しく聞くべく腰をかがめ、膝をつき、耳を近づけた。
「……!」
 何のタイミングをとらえたものか、不意に体勢を崩した彼女の目がぱちりと開いた。よって、不可抗力であったとはいえ、吐息がかかるほどの至近距離で彼と彼女は見つめあうことになってしまった。
「……」
「……」
「ジャン、なんだかこの体勢はよくないような気がするのだけれど」
「き、奇遇ですね。僕も、そう思います」
「1、2、3でお互いにゆっくり離れましょう」
「現実を見据えた、堅実かつ建設的なご意見です、カトレアさん」
「言っていることがよくわかりませんよジャンさん」
「はい、1、2………………カトレアさん?」
 ゆっくり離れていくはずだった彼に、彼の頭に、ぽふんと彼女の手がのった。そのまま、まるで小さな子をいい子いい子するように動かされる。
「やっていることが意味不明なのですが、カトレアさん」
「なんとなくです」
「なんとなくですか」
「なんとなくです。ああ、しいて言えば」
「言えば?」
「アデールが、殿方はいつまでたっても子供だと常々言っていたからかしら」

 にこりと微笑むその姿は、母性というよりもいたずらっ子のようだった。
 ちなみに、アデールとはあの侍女頭の名だ。
 どうしようもなく情けない、だが愉快な気分になって、彼と彼女は少し笑った。前は暗く未来は闇の中だったが、何かを察した彼女の気遣いが、彼は嬉しかった。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア9(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/09/29 22:04
 彼は、彼女の妹と二人、館の庭を散策していた。
 以前であった時よりも、また少し背が伸びたルイズは、どこから耳ざとく聞きつけてきたものか、彼の訪問を知るやいなや早速やってきて、王宮の話などをねだった。
 最初はそのまま離宮の客間で話をしていたのだが、少し疲れたので休むから二人で散歩にでも行ってらっしゃいなと、彼女に送り出されて今ここである。
 天気はよく、絶好の散歩日和。遠出できない主のためにこじんまりとしていながら、四季折々の花々が楽しめる美しい庭。貴族好みの計算されつくした美しさを誇るがっちりとした幾何学模様ではなく、自在に咲き誇る花と、のびのびとした緑が、彼女の趣味と嗜好を如実に物語っていた。

 アンリエッタ姫殿下とは、ルイズいわくケンカもしたことがある幼友達だそうで、特に王女の近況を聞きたがった。
 あの楚々とした姫殿下が、とっくみあいのケンカ……想像がつかないが、ルイズが言う以上本当のことなのだろう。同性の友人だけに見せる顔があるというのは、いいことだと彼は思った。将来の大貴族の一員と女王が、腹を割って話せる仲というのもいいことに違いない。しかし、そろそろ王族としての責任感を見せて欲しいのも本音だった。
「そう、姫様も大変でいらっしゃるのね」
「ああ、お疲れだと思うよ」
 マザリーニ枢機卿が、と、心の中で彼はこっそりつけ加えた。

「あの花、きれいですね」
「そうだね。桃色がかかって、カトレアさんやルイズの髪の色にも少し似ているね」
「あの色、変わってますね」
「そうだね、決してきれいとは言えないけれど、他の花の色を引き立てるみたいだ」
 うつむいて黙り込んでしまったルイズが再び口を開くのを、彼は辛抱強く待った。おそらく妹思いの彼女は、こうなることも察していたのだろう。
 はたしてルイズは、自分の足元を見つめながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「ワルド様……私、魔法使えないんです」
 無言で先をうながすと、我慢に我慢を重ねていたものが、爆発した。
「全然っ、だ、だめなんです。貴族だったら、ほんの子供でもできるロックも! フライも! 何もかも! 何もできなくて、私、失敗してばかりで。一所懸命練習して、練習して、私の力が足りないんだって、努力が少ないんだって、朝から……っ、夜まで、頑張ったのに、隠れて真夜中まで頑張ったのに、頑張ってるのに、何もかも失敗してしまうんです。父様や母様、エレオノール姉様が、がっかりするのが……悪くて、辛くて、悲しくて、申し訳なくて。こんなことじゃいけないって、たくさん本も読んで必死に……頑張ってるのに。ちいねえさまにも、約束したのに、立派なメイジになってちいねえさまの病気を治してあげるって……こんな、弱気なことじゃだめって、わかってる、のに」
 ぽたぽたと小さな足の足元に水滴が落ちていった。いくつもいくつも。
「駄目なんです!」
 ルイズは激しくかぶりをふった。
「本もたくさん読んで、何度も練習をして、先生にもたくさん教えてもらって……私、私、もうどこをどう工夫すればいいのか、どこをどうやって努力すればいいのか……わからなく……なってしまいました」
「ルイズ……」
「魔法が使えなければ貴族じゃない。私、私は、貴族ではないわッ!!」
 泣きじゃくるルイズの涙をそっと彼はふいてやった。
「魔法を使えなければ貴族ではない、ならばルイズの大好きなちいねえさまは貴族ではないということかな」
 静かな彼の問いに、しゃくりあげながらルイズは答えた。
「そんなことない……わっ、ちいねえさまは、ま、魔法が使えるもっのっ」
「でも、魔法を使えない、そうだろう?」
「それは、お体が弱くて負担になるからよ」
「しかし、使えないことには変わりない。それどころか普通に領地を視察することすらできないよ? ルイズの理論では、こういうのは貴族ではないということじゃないか」
「違うわ、ちいねえさまは、立派な貴族よ。離宮に勤める平民達も、本家の家臣達もみんなちいねえさまのことを、大切に思ってる……ケイアイしてるんだから!」
「だったら、魔法を使えなければ貴族じゃないという理屈は少しおかしくないかい?」
「う……」
「そうだろう?」
「ワルド様ずるいです! うまくごまかされたような気がします。ば、罰としてこのハンカチは綺麗に洗われて返されます刑と、明日私を遠乗りに連れて行く刑に処します」
 彼が処罰を受けることを誓うと、ルイズにやっと笑顔が戻った。泣きはらしたこの顔では戻れないために、もう少し時間をつぶすことにする。

「……ワルド様はちいねえさまのこと、どう思ってらっしゃるの?」
「もちろん、幼馴染で大切な友人だと思っている」
「ちいねえさまと同じことおっしゃるのね」
「それは光栄だ。殿方はいつまでも子供と言われたばかりなのに」
「まあ、ワルド様はお子様ですか」
「そうらしいよ」
 ルイズは、しばらく口の中でぶつぶつ「そういう意味ではないのに、ちいねえさまもワルド様もずるい、絶対ずるい……」などと呟いていた。子供の素直さと正直さに、彼は苦笑を浮かべる。彼と彼女がそういった意味で結ばれることは決してない。
 それでなくても短い彼女の命を、さらに縮めるようなことを公が許すはずがないし、なにより双方の家にとって、害こそあれ、なんら利益のない取り合わせだった。
 ヴァリエール公が、政略結婚に使えない病弱な娘を新進気鋭の若い子爵に権力で押し付けたともとれる構図であるし、野心溢れる子爵がさらなる栄達を狙い、大貴族の姻戚となれるよう、うまく立ち回ったともとれる構図だった。(ルイズとの婚約はあくまでも口約束。内々のことである。)

 そんなことは実は全て後付の理由で、そもそも、彼に幸せになる権利などないのだ。

 結局、ヴァリエール公爵領行きで「虚無」についての収穫はまったくなかった。
 唯一心にひっかかったのは、彼女から聞いた、昔、何代も前に、ルイズと同じように「魔法の使えない」者が王家にいたらしいという話だけだった。
 王家の強い魔法力の反動として、何代かに一人魔法の使えない者が生まれるようになっているのだろうか? 不才の自分が勝手にたてた仮説とはいえ、これが本当のことなら、ルイズがあまりにも可哀想すぎた。

 都に帰って幾日か過ぎた。
 しかし、その小さな疑問はいつしか大きくなり、常時彼の頭の中に居座るようになった。
 どうして「魔法の使えない」者が、始祖ブリミルの直系たる王家に存在するのか? 答えを出すべく彼は、なんとか閲覧許可を得ることができるようになった宮廷書庫に収められている蔵書を紐解いてみた。
 だがしかし、当然のことながら、魔法の使えない者は貴族にあらずの世界で、そんな王家の恥部のようなことがわざわざ残されているわけがない。
 またも無駄足だったかと、本を閉じた時、彼にひらめくものがあった。
 テーブルに手をついて、思わず立ち上がってしまったほどの衝撃が、彼の全身を貫いた。

 どうして、こんな簡単なことに気づかなかったのだろうか。
 昔のことを調べる必要など、どこにもなかったのだ。
 始祖の血を引くものは、トリステイン王家だけではない。
 噂でしか知らないことだが、ルイズの他にも始祖の血を引き、なおかつ「魔法の使えない」者がいる。
 噂だ。
 あくまでもそれは噂でしかない。
 だが、噂というものは真実を含むものも多い。

「ガリア王……ジョゼフ1世陛下……」

 彼は、我知らずその人物の名を呟いた。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア10(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/09/30 23:32
「隊長、さきほどの演習の時の最後のエア・ハンマー、本気だったでしょう!」

 初めてとっかかりらしいとっかかりを見つけた虚無のことで彼の心ははやったが、毎日の職務は当然としてこなさなければならない。王家と王城を守ることが衛士の主任務であり、当然事あるときは、最後の盾となる存在である。
 彼は、自分の職に誇りと責任を感じていた。もし……本当にもしもの話だが……自分が母のため、彼女のために、この隊を離れなければならないような事態に陥った時、混乱を最低限に留めたかった。
 若輩の身たる彼を信頼し、隊長職を退き譲った先代のためにも、せめて。
 隊長の代替わりと共に隊員も大幅に若返り、おそらく、三つある魔法衛士隊の中で平均年齢は一番若いだろう。そのせいか、任務を離れた時の気安さともいった人間関係の風通しはかなりいい方だ。
 少し古参の衛士は皆、彼のことをよく知っていて、場所柄をわきまえながら、軽口を叩くことすらする。
「そうか、君は[閃光]の本気のエア・ハンマーをそんなに受けてみたいのか」
「すみません、許してください。両面同時エア・ハンマーくらったら、自分水メイジのお世話に直行です」
「遠慮するな、右と左方向からも撃ってやろう」
「本当、本当すみません。許してください」
 長い回廊を談笑しながら彼らが歩いていると、反対側から同じように歩みを進める集団があった。数は5人。
「あっ」
 彼の部下が小さな声をあげる。彼は嫌な相手に会ったものだと思ったが、それは相手も同じだろうことは表情を見ればわかった。いかにも貴族らしい中年の男の顔が歪んでいる。軽く会釈する彼を無視して、ヒポグリフ隊長は二人を押しのけるようにして通り過ぎていった。
「ふん、昨日は姫殿下の知遇を得て、その前はヴァリエール公爵にへつらい、あろうことか鳥の骨にすら擦り寄って、色男は立ち回りがうまいことだな」
 こびるように付き従う4人の男達が笑った。
「[閃光]というのは、女を篭絡する速さだというぞ」
「大貴族の隣領というだけで、大きな顔をして」
「まさに火竜の皮をかぶるトカゲだな」
 空気のように彼らを無視したまま、言いたい放題の悪口に彼ではなく部下が切れた。
「このっ!!」
「関わるな」
 方向転換してつめよろうとするのを、彼は視線を前に固定したまま、肩を押さえてとどめた。
「しかし隊長っ! あ、あいつら隊長のことを……」
「関わるなと言った」
「……っ!!」
 鉄の規律を持つマンティコア隊の隊長ド・ゼッサールならばこんなことはしない、そもそもそういう発想すらないだろう。新隊長就任式の時も、何かあれば相談にのると言ってくれたほどだ。
 王軍の花形たる魔法衛士隊、ここも、また、トリステイン王家が内部から腐っている証があった。

「そういえば、姫殿下の知遇を得たというのは、どうされたんですか? 自分、昨日は非番でおりませんでしたので」
「大したことではない。姫殿下に献上された鳥が逃げた、それを捕まえた。そうしたら、いたく姫殿下がお喜びになった。それだけのことだ」
 確かに言葉にするとそれだけのことだった。
 とある地方貴族から献上された美しい鳴き声と体色を持つ、つがいの鳥の片方が王女の油断で逃げ出してしまったのだ。馬鹿馬鹿しいことに、王女宮の者がほぼ総出で、庭を飛び回る一羽の鳥を追いかけ回すはめになった。
 何の因果か、その時の護衛番はグリフォン隊で、とんでもないことに、本来の護衛職務から離れて鳥捕獲をしろという命令を下された。驚き呆れたのは隊員達だ、すぐさま詰め所にとって返して、机に向かい黙々と事務作業をこなしていた隊長に報告。
「なんというか……馬鹿みたいな状況ですね。おっと」
 不敬ともとれる言葉に、部下は口を抑える。
 驚き呆れたのは彼も一緒だった。王の盾に、王軍の精鋭に、よりにもよって、鳥が逃げたから護衛なんかどうでもいい早く捕まえろ、などと、王女が言い出したのでなければ、情けなくて涙が出そうな命令である。
 とりあえず、手の空いた者だけ来い、他は持ち場を離れるなと言い置いて、彼は自ら鳥の捕獲に参入した。

「風の魔法で、なんとかできなかったのですか?」
「姫殿下に献上された鳥、つまり王家の持ち物だぞ、魔法でまかり間違って怪我をさせたり、最悪死なせてしまったら」
 彼は首をかき切るふりをする。
「うわぁ、それは手が出しにくいですね。で、どうなんですか? 隊長はどうされたんですか?」
 目が輝いている。後ろめたいものを持っている彼には、その、崇拝にすら近い視線がいたたまれなかった。
 彼らを、裏切るかもしれない。置き去りにするかもしれない。母のために、母の名誉を回復するために。そして、彼女の幸せを守るために。虚無と聖地の謎にに近づくため、地位を利用しているだけなのだ。親殺しの大罪人だ。そんな信頼を、尊敬を得られるほど立派な人間ではない。
 彼は、叫びだしたかった。

「人払いをお願いして、もう一匹の入った籠をお借りした。後は、フライでそっと近寄れば簡単に戻ってきた。くだらん話はここまでだ、着いたぞ」

 大切なものは少ない方がいい。
 それは弱さに直結する。
 どれもこれも守ろうとしても、どれもこれも守れるわけがない。
 彼は弱い人間だ。

 彼は罪人だ。

 許されることのない。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア11(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/10/01 23:00
 どうしてこうなったのだろう。
 彼は自問した。

 やはり、この間の鳥脱走事件の生なのだろうが、あれはあれで姫殿下から直接ねぎらいと感謝のお言葉をいただき、それで終わったはずだった。なのに、今日になって姫付きの女官が詰め所までやってきて、この間のお礼も兼ねて、お茶をするのでお招きします、と。
 彼が忙しい中綿密に予定をくんでいた午後の作業のあれやらこれやらは、容赦なくふきとんでしまった。
 あまりといえばあまりのことに、一瞬真剣に気が遠くなりかけたが、すぐさま考え方を変えてみる。これでまた、うるさい輩はうるさく喚くだろうが、王家に近づくことで、もっと深く虚無と聖地の謎に近づくことができる、と。
 それでも、名だたる家のご令嬢達に珍獣よろしく取り囲まれるのは、苦行じみたものがあった。
 傍から見れば、羨ましがられることこのうえない状況なのだろうが、どうにもこうにもいたたまれない。彼が好ましいと感じる女性の条件は、まず頭がよいこと、そしてそれをひけらかさないこと、なのだ。
 にっこり笑ってそつなくこなしているつもりだが、そろそろ頬の筋肉が痛くなってきた彼である。
「鳥は本来とても臆病な生き物です。多分、あの鳥も、籠を乗せた台が倒れたことに驚いて飛び出しただけで、少ししたら戻ってきたはずでした。つがいの相手もおりますし」
「それを、皆が追いかけ回したから、恐ろしくなってわけがわからなくなってしまったのですね、本当に可哀想なことをしてしまったわ」
「なんにせよ、この美しい声をまた聞くことができるのは、子爵様のおかげですわね、アンリエッタ様」
「ええ、本当に」
「もったいないお言葉です」
「さ、こちらのお菓子はいかが? 私もまさか、子爵様がこんなに動物や植物にお詳しいとは存じ上げませんでしたわ」
「友人の受け売りです」
「まあ、もしかしてアカデミーにご友人が?」
「そのようなものです」
「私、書物をたくさん抱えた子爵様を拝見したことがありましてよ、遠くからですけれど」
「武芸だけでは飽き足らず、そちら方面まで」
「本当に努力家なのですね、グリフォン隊隊長は」
「まさに、魔法衛士隊の鑑ですわね」
「お茶を、もう一杯いかがかしら?」
「もっと色々お話を聞かせていただきたいわ」
「……」
 言葉を差し挟む隙がない。

 疲れた。

 噂好きでおしゃべりで、典型的宮廷の女性達の相手は、非常に疲れた。彼は内心で、深く深くため息をついた。
 相手が彼女だったなら……もっと、ずっと、長く、いつまでも話し続けていたいと願うだろうに。

 もしかしたら夜まで終わらないのではないだろうかと、彼が危惧し始めた頃、やっと姫殿下のお茶会はお開きとなった。既に陽はかたむき、外は薄暗くなりつつある。せめて、明日の朝が期限の書類を決裁しておこうと彼が足を速めたとき、別の複数の足音が聞こえた。
 1人、2人、3人、4人。
「これはこれは、グリフォン隊隊長殿」
 そして、5人。
 4人の部下を従えて、ヒポグリフ隊の隊長はことさらにゆっくりと歩いてきた。
「先日は失礼をした」
 まったく失礼と思っていない顔で、眼前の男が言う。狡猾な、陰湿な微笑を浮かべて。彼を取り囲むように4人のヒポグリフ隊メイジが展開していた。
 火と水と地と風、何のこだわりか、この男は全種類をそろえたらしい。
「ついては……ぜひともそのおわびをしたいと、待っていたのだよ」
「私闘は禁じられているはずですが?」
 ことさら感情をこめず彼は言ったが、もとよりそんなことは相手は百も承知のことだ。
「何を言っているのだね? [閃光]のワルド子爵。君の高名を耳にした我が精鋭たちがぜひとも手合わせしたいと願っているだけだよ? まあ……」
 にたりと笑う。下種な笑いだ。彼が吐き気を覚える類の笑いだ。
 あまりにも汚い。
 このことがもしも公になることがあれば、部下の暴走として事を収めるつもりなのだ。
 自分は手を汚さず、配下の者をけしかけ、いざとなったら切り捨てる。目もくらむような怒りに、彼はギリリと奥歯をかみしめた。実力四割、縁故六割で手に入れた地位がそんなにも大切なのか。
「少しばかり力あまって、もしかしたら、怪我をしてしまうことはあるかもしれないけれどねえ」
「もしかしたら、ですか」
「その通り、よっぽど運が悪ければ大怪我をするかもしれない。もちろん、よっぽど運が悪ければ、だよ」
 少しずつ少しずつ体勢を変えながら、彼は辺りを伺っていた。確か、今日の護衛番はマンティコア隊だ、しかし、この辺りはヒポグリフ隊の詰め所近く、よほどのことがなければこんな所までは来ない。
 いつの間にか、4人のメイジたちは、距離を置いて彼を取り囲むように立ち、杖を握っていた。演習用の、分厚い皮の鞘を被せた杖ではない、真剣を構えている。距離をとったのは呪文詠唱のためなのだろう、男達は全方向でそれぞれのトライアングルスペルを叩き込めばどうにかなると考えているらしい。

「おめでたいことだ」
「何だと?」
「単純でおめでたいことだと言ったのですよ」
「貴様ッ!」

 くいついた。
 詠唱も止まる。

「この私が、本当に「私」だと思っているのですか?」

「……? っ! まさか、遍在ッ?!」

 一瞬の隙だったが、彼にはそれで十分だった。
 杖を引き抜きながら、ヒポグリフ隊長に向かって正面から突き進む。と、同時に魔法の詠唱の始める。難しいものではない、簡単で短いものだ。
 標的たる彼の向こうには、彼らの隊長がいる、巻き込みと誤射を避けるため4人のメイジは魔法を唱え攻撃することができない。さらに、隊長自身もまさか彼が己につっこんでくるとは考えていなかったようで、次の行動が遅れた。
 彼は、フライをかけながら、地を蹴った。
 飛び越えて後ろを取るつもりかと、隊長が後ろ見るのを、彼は上空から眺めた。もとより、攻撃するつもりも逃げる気もなかった彼の狙いは、マンティコア隊の警備にひっかかること、だった。
 王城への侵入を防ぐため、フライの魔法は特に警戒されている、そんなところへ高く飛ぶ存在が現れたらどうだろう? マンティコア隊は、ここに来ずにはいられなくなる。この場をこのまま逃げることは不可能ではない、だがそれでは形を変えて同じことが繰り返されるだけだろう。
 だから、ド・ゼッサール殿には申し訳ないが、彼は今後のことを考え、もう一隊を巻き込むことに決めた。

 彼の真意を悟ったヒポグリフ隊は、今さら逃げだすわけにもいかず、視線で殺せるものなら殺したいといった表情で、彼を見上げていた。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア12(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/10/02 23:09
 例の一件以来、彼は姫殿下の覚えめでたくなってしまったようで、今日も今日とて城下で人気の歌劇のお忍び観劇につきあわされていた。

 マザリーニ枢機卿を経由して回ってきた任務だが、アンリエッタ王女のゴリ押しがあっただろうことは予想に難くない。その、高貴なるレディは二階正面の貴賓室から面を隠す眼鏡をつけて、他のレディ達と一緒に、舞台を見つめていた。
 始祖ブリミルの血を引く高貴な王家の王位継承者……のはずなのだが、俳優達の演技に一喜一憂して歓声をあげるさまは、眼下の平民たちとなんら変わらない。さりげなく虚無や聖地の話をしてみたが、何でしょうその昔話は? という態度であっさりと聞き流されてしまった。
「ああ、ギョーム、あなたは何故ギョームなの?」
 舞台にしつらえられた豪華なバルコニーの上で、女主人公が切々と訴える。
 物語の舞台は、ここより遠くのどこかの港町、そこを二分する名家の一人娘と一人息子が恋に落ちた。対立しあう両家を和解させ、結婚を認めてもらおうと奔走する二人だが、やることなすこと全て裏目に出てしまい、ついに……という内容である。
 最後の場面、神の御前で誓いを交わした二人が、結局命を落としてしまう、死せる二人を見て、敵対していた両家が涙を流して後悔する……ここにきて、この貴賓室も涙涙の大盤振る舞いになってしまった。
 当然といえば当然だが、アンリエッタ王女も、目と鼻を真っ赤にしてしきりに涙を拭っていた。
 舞台ではカーテンコールが行われている。先ほどまで死ぬだ殺すだ言っていた役者達が、にこやかな笑顔で手と手をとりあい、喝采を受けているさまは、彼の、所詮は絵空事という思いを強くさせたのだが。
「私、感動いたしましたわ、姫殿下」
「私も。特に最後のところ、もう、涙で舞台が見えませんでしたもの」
「愛し合う二人の悲劇……切ないですわね」
「でも、私もあれくらい強く殿方に思われたいものですわ」
「まあ、ミス・ネリニったら。私もそう思いますけれど」
「そう……ですね、あれほどに強く愛しいと思う殿方に思われたなら……私も、そう、思いますわ」
 彼は、姫殿下の発言にひっかかるものを覚えた。今の舞台の感想ではなく、それは、もっと別のことを言っているように感じられたのだ。しかし、そう感じたのは彼だけだったようで、すぐさま他のレディ達の話題の中に取り込まれていった。

 月日がすぎ、彼が王家に近づくに比例するように、嫌な噂が流れ始めた。出所はほぼ明らかだが、表立って糾弾はし辛い、そんな嫌らしい相手である。
 噂の一つ目は、彼がアンリエッタ王女を誑かし、取り入っているというもので、彼にそれなりの身分があることと、マザリーニ枢機卿とマリアンヌ大后が黙認しているのが、さらに事態をややこしくさせていた。
 当の姫殿下が、まったく気にしていないのが救いであるとも言えるし、余計に悪いとも言える。
 最初は困惑し、さすがに距離を取ろうとした彼だったが、もしかしたらマザリーニ枢機卿とマリアンヌ大后は、彼を使うことで、アンリエッタ王女の「本命」から世間の目をそらそうとしているのではないかという考えに行き着いて、考えをあらためた。
 そして、王女の「ウェールズ様……」という呟きを聞いて、確信した。トリステイン王国王女アンリエッタ殿下の思い人は、アルビオン王国皇太子ウェールズ殿下だと。
 トリステインとアルビオンは、あの歌劇の二人の家のように、現在敵対しているわけではないが、それぞれがたった一人の世継ぎ同士、婚姻は難しいかと思われた。
 しかも、アルビオンはモード大公の事件以来、政情が不安定である。漏れ聞く話ではレコン・キスタなる一団が、人々の支持を集めつつあるという。
 王女の恋は成就することはほぼないだろう、彼は冷めた心で思った。

 そして二つ目の噂、こちらの方が彼には耐え難いものだった。
 アカデミーを除名された狂った女の息子、ごてごてした装飾を取り払うとこれだけの言葉。
 グリフォン隊隊長には、気のふれた女の血が混じっている、そういった血は子供にも受け継がれることが多いらしい、そんな爆弾のような奴を王家の側近くに置いておいて大丈夫なのか、いきなり王宮内で乱心してカッター・トルネードなどを唱えられたらどうする、などなど影で言いたい放題である。
 こちらは、それがまったくの嘘ではないことが、事態を余計に悪化させていた。
 彼の母が、アカデミーを除名されたことも、心の病を得て(実際には違ったのだが)領地で療養していたことも確かなのである。
 そういった話は、どんなに情報を遮断しているつもりでも、いつしか伝わってしまうもの、ある程度あきらめていた彼だったが、今回のこれは、あまりにも悪意を持って流されすぎていた。

「隊長、飲みにいきませんか?」
「下町の店なんですけどね、魅惑の妖精亭っていう、その、我々には、こう、たまらない感じの店なんです」
 ぼんっとなって、きゅっとなって、ぼーんです、しかも危険ちらりです、絶対の空間とはああいったものなのですね、隊長! という発言は正直アレだったが、彼は、部下の心遣いが嬉しかった。
「払いを全部俺が持て、というのではないだろうな?」
「もちろんです」
「そうか、ならば……」
「隊長のお支払いは9割です。残りの1割は、我らの割勘です」
「……1日中座りっぱなしたっぷりの書類仕事と、エア・カッター乱れ撃ちをよける訓練、どちらがいいんだ?」
「まあ、冗談はこれくらいにしまして、どうですか?」
 諾しか認めませんの表情と声音で、副隊長が尋ねた。

 思えば、これが重要な人生の岐路だったのかもしれない。その時は気づかないものだが、後々になって彼はそう考えた。この時、彼らの誘いを断っていれば、彼はあの男に出会うことはなかっただろう。しかし、こうも考えるのだ、もしこの時あの男に会わなくても、彼らは彼に接触をしてきただろうと。
 二次会に向かう部下達と別れて、宿舎に戻ろうとした時、彼はその男に会ったのだ。中肉中背、容貌もとりたてて特徴のない、40がらみの男。ふっと視線をそらせば、そのまま忘れ去ってしまいそうな男、が。

「虚無と聖地に興味がおありですか?」

 世間話をするような口調だった。





[22075] 【習作】ジャン×カトレア13(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/10/03 23:01
 危険な相手だ。
 それは、わかっていた。
 この、一見印象の薄い男は、彼が虚無と聖地について調べていることを知っている。同じ隊にいるものや、書庫に勤める者ならば、薄々察してはいるだろう。きっと、ワルド子爵は勉強熱心ではあるが変わった趣味をしている……程度の認識で。
 彼が、そう、仕向けたのだ。あえて少しだけ見せる、その方が真意が隠せると。
 しかし、眼前の男は、たった一言で、ずばりと彼の心の中に切り込んできた。
「ここで立ち話は何ですので、どこかでお話をいたしませんか? 私はマクドネルと申します」
 男はにこにこと笑っていた。笑って立っていた。辺りを伺うが、自分を注視している者は誰も居ない。彼は、困惑した。目の前の存在が危険なことは、わかる、だが差し迫る脅威は感じない。
 今も、ではこちらの用意した店でお話を……ではなく、彼が動きだすのを待っている。絶対に相手は己の話を聞いてくれるという確信をもって。
 おそらく、背中を向けてもいきなりグサリとやられることはないだろう、かわりに、にこにこと微笑みながら付いてくるに違いない……彼には、その方が逆に恐ろしく感じられた。
 薄気味悪さを感じながら、彼はなるべく人通りの多い方へ向かって歩き始めた。

 ややあって、上でも下でもなく、最初に目に付いた中どころの店に彼と男は腰を落ち着けた。食欲はなかったが、葡萄酒とチーズを注文する。男は、嬉しそうに店のお勧め料理を尋ね、平パンときのこのシチューを頼んでいた。
「実は、私、夕食がまだだったんですよ」
 のらりくらりとかわしているわけではない、ただ、この男はそういう風でそうなのだ。
 小さく祈りをあげ、マクドネルはパンを口にはこぶ。
「美味いですなあ、まあ、貴族様のお食事はもっと素晴らしいのでしょうが」
「……用件は?」
「簡単なことです。あなた様が、虚無と聖地についてお調べなら、我々がお力になれるのではないかということですよ」
 我々、個人ではなく、組織。彼が虚無と聖地について調べているという情報を得ることができるほどの、組織。

「申し遅れました、我々はレコン・キスタと申します」
 拍子抜けするほどあっさりと、マクドネルは自らの正体を明かした。
 レコン・キスタ……「聖地」の奪回と貴族の共和制による統治を目指す、国境を越えたメイジ達の組織である。
 組織の中心があるアルビオンでは厳しく取り締まられているらしいが、ここトリステインでは、活動が目立って行われていない、厳しく罰すると寝た子を起こすような状態になる、などという理由で、あえて放置されている。
 だからといって容認されているわけではないのだ。
 この警戒心のなさはいったい何だろう。彼が男を官憲に突き出さないという自信は、いったいどこからくるのだろう。
「聖地は、奪回せねばならない。なのに、どの王家の者もエルフ怖しの腰抜けぞろい、今の地位にのんべんだらりとおさまって、もっとも大切なことを成そうとしておりません。ならば我々が立ち上がり、聖地を目指す、そういった者たちの集まりでございます」
 彼は知っていた、一刻も早く聖地を奪回しなければならない理由を、しかし、レコン・キスタの者達は知っているのだろうか。
「始祖ブリミルの血に弓を引こうというのか?」
「必要とあらば」
 マクドネルは微笑んだままだ。最初から、この男が他の表情をした所を見たことがない。じっとりと手の平に汗をかいていることを彼は自覚した。男を殺すことも、捕まえることも彼には簡単にできる、だが、できない。レコン・キスタは王家を転覆しようとしている、魔法衛士隊として、今すぐに捕縛するべきなのに。
「それに、こちらにも大義はございます。始祖の末裔のお言葉に従っておりますよ」
 始祖の血統に現れる、虚無の魔法。
 ガリアのジョゼフ1世、トリステインのルイズ、アルビオン……アルビオンは確かに聞いたことがない。現王も、ウェールズ皇太子も、普通にメイジだったはずだ。現在の王室の例に漏れず、血族の数は少ない。
 ならば答えは限られてくる。

「モード大公の血族のものか?」
 それならばアルビオンがレコン・キスタの中心となったことも理解できる。その人物を旗頭にすれば、他の国よりは平穏に貴族共和制へと移行できる可能性があるだろう。
「素晴らしい、そこまでの見識をお持ちとは。予想以上です、閣下」
「世辞はいらん」
「お世辞ではございません。本当に、たった一人で、よくぞここまで虚無と聖地の謎に近づかれたものだと、心より賞賛しております」
 場所柄もわきまえず、本気で手を叩きそうな勢いである。いい意味でも悪い意味でも、マクドネルという男には裏表がない。誰だか知らないが、彼を相手にするのにもっとも適した人物を送ってきたものだと少し感心する。
「実は、モード大公の血族の方は生きておられます。妾腹のご子息が。あの恥知らずの大公はエルフに篭絡されて人間を裏切り、王位を簒奪しようとした結果失敗し、一族郎党皆殺しとなりました。その時、たった一人難を逃れたお子様がいた。このことはレコン・キスタでも限られた者しか知りません。まだ幼い方なのです。ですので、我らが盟主クロムウェル様が、その力を代行しております」
 初めて彼が知ったモード大公事件の真相は、恐るべきものだった。始祖の血を引く王族が、あろうことかエルフと通じる、など!
「その方は、父を誑かし道を誤らせたエルフどもを心の底から憎んでおられる……本当にお可哀想なことだ」
 父を失い、母を失い、何もかも失ったその少年、復讐したくても「魔法が使えな」くてできなかったのだろう。泣きじゃくるルイズの姿が脳裏に浮かんだ。手に豆をつくり、さらにその豆をつぶして血だらけになりながら、杖を振っていたルイズ。

 やはり、王家は既に腐っていたのだ。

 衝撃と共に彼は理解した。

 もう、とっくに見限ってしまってしかるべきだったのだ。ひたひたと足元から絶望がおし寄せているというのに、表面の享楽ばかりを追い求めている貴族達、そして王家。それらはもうどうなってしまってもいい、自業自得というものだ。だが、部下を、ルイズを、彼女を、守りたかった。彼女の生ある限りの幸せを守りたかった。
 母の汚名をはらすすべも、世界の救いも、すべてが聖地に在る。そして、あの王女は絶対に聖地奪回などしないだろう、ならば。

 憎まれても、呪われても。
 裏切り者と罵られても。

 軽蔑されても。

 彼は茨の中に足を踏み入れた。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア14(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/10/05 00:01
「おい、こら、待っ……」
 主の言葉をあっさりと無視して、長い長い間特別仕立ての馬車におしこめられてきたグリフォンの子供は、檻の扉を開けたとたん喜々として転がるように飛び出していった。まだ子供とはいえ、その大きさは子牛ほどもあり、飛びついて押さえ込もうにも難しいものがある。
 理由があり飛び立つことはできないが、その代わり足の速さは普通の幼鳥以上だ。キュルルルなどと可愛らしげに鳴いてはいるが、戦にも使う騎獣らしく、意外に豪胆で凶暴である。追いかけようとする彼と彼の家の者たちを、ぎこちなく威嚇してくる。
「嬉しいのはわかるが、大人しくしろ!」
 口に手をあてて彼が指笛を鳴らすと、しばし威嚇ポーズで停止していたグリフォンは、渋々といった様子で翼をおろし、どてどてと傍まで走って戻ってきた。
 よしよしと頭をなでてやる。理由はわからないが、彼はどうしてか幻獣になつかれることが多かった。隊長が王立のグリフォンの放牧場に行くともみくちゃになって埋まる、といういいんだか悪いんだかという伝説を持っている。
「本当ならお前は処分されていたんだ。僕はいいが、カトレアさんに感謝するように」
 グリフォンはわかっているのかいないのか、一声鳴いて、ばっさばっさと羽根をうちおろした。その右の羽根は奇妙に曲がっていて、貧弱な筋肉しかついておらず、一見して処分されるという理由を表していた。

 彼が騎乗していたグリフォンの子供だった。
 本来、グリフォン隊の騎獣をしているグリフォンが繁殖することはない、厩舎でもそういうことがおこらないように、注意に注意を重ねて雄雌をわけている。だが、彼のグリフォンは秋口からしつこい皮膚病にかかり、放牧場で療養していた。
 結果が、これ、である。
 皮膚病は治りました、元気になりました、受け取りにいけば、これ。管理不行き届きで厳重処罰も可能だったが、二個の卵をしっかりと抱きかかえて温めているのを見て、やめた。元々が隊長の騎獣を勤めるほどに有能な獣である、生まれる二匹も出来がいいだろうという理由をつけて、彼はこの件を不問にした。

 だが、大方の予想を裏切って、卵二個のうち、一個は生まれることはなく、もう一個は生まれはしたものの、翼に障害を持っていた。
 飛べないグリフォンなど役にはたたない。そして、トリステインの厳しい財政で、役立たずを育てる余裕などない。

「感謝するんだぞ、本当に」
 ここにきて、彼は己の本心を認めないわけにはいかなかった。わかっていたことだった、手紙でグリフォンが処分されようとしてる、などと「わざわざ」かつ、「さりげなく」書けば、彼女が引き取ると言い出すことなど。
 本当は、そう、彼女がそう言ってくれることを確信していて、その優しさに、経済力に甘えてしまった。成長したグリフォンの食い扶持はすさまじい。
「せめて、馬のかわりに畑を耕してみるとか……オークへの番鳥にしてみるとか……」
「それは無茶よ、ジャン」
 無理だ! と、自分で自分に駄目出しをする前に、声がかかった。
「カトレアさん、こんなところまで出歩いてはだめです」
「あら、新しいお友達が増えるのに、出迎えにいかないなんてことできません」
 彼が、背後に付き従う侍女達を見遣ると、何か、悟ったような表情だった。気の毒に思うほど気の毒な表情である。
 と、侍女頭のアデールが彼の服の裾を軽く引っ張った。潜められた声は、彼女の主に聞かせないようにするためだ。
「カトレア様は、一月前自室で倒れられて、丸三日意識が戻られなかったのです」
 彼女が、さらに痩せているように見えたのは、やはり気のせいではなかったのだ。否、わかってはいたが、彼は気のせいにしたかったのだ。
「お嬢様の、望むことをさせてあげてくださいと先生はおっしゃいました。ヴァリエール公爵様ご夫妻も姉君も、同じお考えです」
 彼女の命の炎を灯すろうそくが、確実に残り少なくなっていた。

「ジャン、この子に名前はあるのかしら?」
「いえ、まだ」
 処分してしまうはずだったグリフォンだ、そんなものがあるわけがない。
「カトレアさんがつけるといいと思います」
「そうね……では、フランシス」
「……」
「何か?」
「……」
「ジャン、言いたいことは言ってしまった方がいいと思うの」
「では言わせていただきますが」
「どうぞ」
「嫌味ですか?」
「何をおっしゃるの、恩人の名前を敬意を持って貰うのは当然のことではないかしら」
「僕は恩人ではありません」
「でも死ぬはずだったこの子の命を拾われたでしょう」
「それは僕ではなくて、カトレアさんです」
「でもこの子雄なのだけれど」
「そういう問題では、ありません」
 アデールが軽く咳払いした。
「失礼ながら申し上げます。カトレア様、ワルド様の御名を動物につけるのはいかがかと思われます」
「動物ではないわ、お友達です。でも、二人が反対するのだったら、残念ですけどフランにします」
 はっきり言って、根本的解決にはまるでなってないのだが、彼と侍女頭は顔を見合わせて力なく笑うしかなかった。
 この時間が永遠に続けばどんなにいいだろう。彼女が目の前で生きて笑っているこの瞬間を、彼は固定化できるものならしたかった。できないので目に焼き付けた。
「帰りましょう」
「私、少し調子に乗ってしまいましたね」
 彼女の、踏み出した足が大きくよろけた。すぐさま腰に手をまわして支える。細くて軽い、人間ではなく、妖精か精霊じみた生の気配だと彼は思った。
「大丈夫です。ゆっくり歩いて帰……きゃっ」
 彼は、軽く勢いをつけて彼女を抱き上げた。
「びっくりしました。事前におっしゃってください」
「このまま……」
「え?」
「どこかへ、行きたくなりますね」
 どこかへ。どこか遠くへ。彼女を連れて、どこまでも。何もかも忘れて、捨てて。

 不可能だ。

 胸元でロケットが揺れる。

「そうですね」
 疲れたのだろう、ゆっくりと身を預けてきた彼女は、小さく呟いて肯定した。





[22075] 【習作】ジャン×カトレア15(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/10/05 23:55
 ルイズが使い魔を召還した。

 レコン・キスタにルイズが虚無である可能性が高いという情報を与えたのは彼であるが、実際に魔法学院に入ってから少女に関する情報を集めていたのは、組織だった。一人では色々難しかったことが、確かに楽になったと、彼は思う。荒唐無稽な夢を追い求めても、一人ではないということは、やはり心強い。マクドネルのように、盟主クロムウェルに心酔するようなことはないが。

 ルイズが召還したのは、やはり人間だという。
 それはそうだろう、虚無の魔法は四系統魔法とはまったく違うものだ。神の盾となって剣を手にするにしても、幻獣に騎乗するにしても、マジックアイテムの使い方を説明するにしても、人間もしくは人間に準ずる形のものがいいに決まっている。
 召還された使い魔は、ガンダールヴか、それともヴィンダールヴか、はたまたミョズニトニルンなのか、さすがにレコン・キスタの情報網もそこまではわからなかったようだった。
 だが、記すことすらできない使い魔ではないことは確かである。
 最後の使い魔は、すでにアルビオンにいる。モード大公の遺児の使い魔は、死んだ人間を蘇らせる。それこそ記すことさえできない、死も怪我も恐怖しない恐ろしい戦士を量産するのだ。敵を殺せば、その敵すらも取り込んで肥大していく死人の群れ……
 これならばエルフに数で対抗できる、さすがは虚無の力だとは思うが、彼は生理的嫌悪感を感じ得なかった。

 以前、マクドネルが、この力が必要ですか? と聞いたが、彼は首を振った。母も父も亡くなって長い、しかも、戦場で死んだ父などは、遺体が人間の体の形をまずしていなかった、母は自らの罪を直視する恐怖のあまり、骨も残らない火葬にしてしまった。そして彼女はまだ生きている。
 生きているのに、そんな話をするのは、さらに彼女の生命を削り取るような気がして、彼は、その時強引にその話題を打ち切った。

 ルイズは、喜んでいるだろう。
 レコン・キスタのワルド、ではなく、隣領の旧知のワルドとして、彼は少女の魔法の成功を喜ばしく思った。
 虚無の使い手となったルイズを組織に引き込みたい気持ちも、母の汚名をはらすためにルイズを利用したい気持ちも、魔法が使えないと泣いていたルイズがやっと成功したことを嬉しく思う気持ちも、どれもが真実だ。
 バラバラに崩壊する寸前で、なんとか微妙に均衡を取って留まっている彼の思い。
 彼は、今すぐにでもとんでいって、ルイズを褒め称え、平民の少年のルーンを調べたいところだったが、さすがにそれは思いとどまった。いくらなんでも、その行動はおかしすぎる。歯がゆいことこのうえないが、学院に下働きとして入り込んでいる者のさらなる連絡を待つしかなかった。

 その後のルイズと使い魔の行動を彼は、二人の人物から聞くことになった。一人は組織の者、もう一人は彼女である。
 ルイズは、使い魔召還が成功したことを、愛する姉へ手紙で知らせたらしい。平民の男で、ぱっとしないとか、がっかりしたとか、コントラクト・サーヴァントはしたけれどあれは絶対契約よ契約しただけよとか、本当は竜がよかったのにとか、しっかりこれからしつけなきゃ、などなどなどなど、文句と不満が山ほど書かれたその下に、ドットメイジの貴族を倒した、とあった。
 彼女も、どういった意味かはわからなかったらしく、ほんの一行触れた程度で、後はフランがどうした、シモンがどうした、アデールに怒られたといった話が続いていた。
 平民の少年が、貴族を、倒した。
 ドットやラインというのは関係ない。
 大事な所はただの一つだ。
 戦って。戦って、倒した。
 組織からの報告書を詳しく読み、彼はルイズの使い魔が「何」なのかを理解した。

「ガンダールヴ……」

 手の中の書類には、使い魔の名前だけでなく姿絵まで書き込まれていた。奇妙な服を着ているが、とりたてて変わったところのない平凡な少年。この少年が、グラモン元帥の息子を決闘で倒した。魔法を使うことなく、メイジを倒した。まさに神の盾だ。
 あの、泣いてばかりだった少女は、伝説になった。

「サイト・ヒラガ……か」

 彼は、呟いた。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア16(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/10/06 23:20
「本当に長い間お待たせしてしまいました」
 毎回最大限の注意を払って接触を続けている相手は、まことに申し訳ないという顔を固定したまま深々とのっけら頭を下げた。

 上でもない下でもない、本当に中間どころのどこにでもありそうな酒場である。その右片隅のテーブル席に二人は居た。
「用件を言え」
 互いに目立たぬ服を身につけている。さらに彼は、貴族の証たる杖を地味な長剣の鞘にいれ偽装していた。
 衛士たるもの、魔法のみに頼らない体術は必須であり、なくてもそれなりに戦える。よって、いっそ万が一を考えて逆に持たない、という選択肢も選べないわけでもなかったが、下手に平民のふりをしても、その身のこなしから簡単に看破されるだろうことは間違いなく、それはやめた。
 ならば流れ者の傭兵のふりをした方がいい。そして、その考えはあたっていた。
 誰もが一瞬うさん臭げに店に入ってきた彼を見るが、すぐに目をそらしてしまう。
 もしも彼が、しょっちゅう城下に繰り出すような人間ならば、とっくに顔が売れてしまっていて、さらに色々面倒な偽装を考えなければいけなかっただろうが、幸か不幸か、鍛錬、任務、また鍛錬、そして任務、たまの休暇は領地へ最近は書庫で調べ物三昧、たまに出かければもっと格式の高い店での接待……の生活で、こういった所に来ることはめったになかった。
 それが今役に立っている、皮肉なことである。

「我らが盟主に近しい方をお連れいたしました」
 彼が、レコン・キスタに協力することを約した時の条件、互いの距離や立場があるので直接会うことは難しいが、せめてクロムウェルの側近と話がしたい、と。見たことも会ったこともない人間を信用しきることは、彼にはできない。
 それが今夜、ついに面会できるという。
 マクドネルの言では、その人物が待っているのは、ここから少し歩いたところ、俗に言う花街通りの連れ込み宿だという。高貴な方々もお忍びで来られるそこは、確かに職業柄口は堅く、ある意味安全には違いない。逆に、ギルドを通し金を積めば、どんな寝物語の情報も流されてしまうという所でもあったが。
 非常に短い距離だが、わざわざ馬車を仕立ててあったのは、念には念をいれてということなのだろう。確かに、相手はレコン・キスタの幹部で、こちらもまたトリステインの中枢にある存在である。注意に注意を重ねることは悪いことではない。

 そのまま馬車に乗っていったマクドネルをしばし見送った後、彼が案内された先は、こういった店特有の、ぐねぐねと折れ曲がり無駄に扉の多い通路のそのまた奥の奥だった。
 あえて抑えられた魔法の照明、ここでディテクトマジックをかけたら、サイレンスやロックが反応するだろう。
 金で縁取られた赤いプレートのある黒い扉の前で、終始無言だった店の男が中に入るよううながす。
 扉の向こうには、女が居た。
 漆黒の髪を長くたらした異国的な女である。何のまじないなのか、目じりに少し刺青がいれてあるようだ。
「こんばんは」
 口元だけ微笑んだ女は、シェフィールドと名乗り、椅子をすすめながら自らも座った。
「盟主クロムウェル様の秘書をしております」
 秘書とは名ばかりで、間違いなく事実上の幹部だと彼は考えた。
「ワルドだ。酒はいい」
 黒檀の艶やかなテーブルの上におかれた高級品らしき葡萄酒をあけようとするシェフィールドの手を遮って椅子に腰掛ける。
「毒など入っておりませんよ」
「そんなことをする必要はないだろう」
 見れば見るほど奇妙な女だった。クロムウェルにもっとも近しいというのは本当なのだろうが、マクドネルのような、どこか妄信的な雰囲気がない。いや、ないわけではない、ただ、その心がクロムウェルに向いていないような気がしたのだ。
 お互い確信に触れない会話は滞りなく続いている。女はレコン・キスタの創始者の一人でもあり、組織の現状をありのままに話した。
 彼もまた、トリステインの今の姿をなるべく知りうる限り正確に話す。いくつかの情報が行き来して、ふいに女が黙り込み、直後ずばりと切り込んできた。

「異国の女が聖地を目指すのはおかしいですか?」
「奇妙だとは思う」
「もう茶番はたくさん。よいでしょう、子爵の知りたいことを教えてさしあげます。レコン・キスタの盟主クロムウェル様がモード大公の遺児にして虚無の使い手を匿っているのはご存知の通りです。これは組織でもごく限られた者しか知っておりません。あの方には清くあっていただかなければならないので」
 つまり、レコン・キスタで地ならしして、その後しずしずと旗頭を担ぎ出そうということなのだろう。それまでに数多くの血を流そうとも、かぶるのはクロムウェルただ一人というわけだ。
「対外的にはクロムウェル様が虚無ということになっております」
「あの力は血で受け継ぐものだぞ」
「何代も遡れば、王家の血などどうなったものかわかりませんよ。そうではないですか?」
 彼としては無言で肯定するしかない。
「正確には、あくまでも虚無のようなもの、として言葉を濁しておりますけど……ああ、力自体はかの遺児のお力ですので、虚無に間違いはありませんね」
 現王家を廃し、新しい国を作る。大公すらエルフに堕ちた王国だ、どこもかしこもあの種族に取り込まれているに違いないとシェフィールドは強い口調で言った。
「友好国トリステインや利に聡いゲルマニアが、そんなアルビオンのごたごたを、のんびり黙って見ているとでも思っているのか?」
 彼は、レコン・キスタの幹部に会うことがあれば聞こうと思っていたことを、口にした。組織の展望はあまりにも楽観的すぎると、彼は常々思っていたのだ。
 聖地の奪回と貴族の共和制の実現、などとお題目は美しげにしているが、これはそのまま武力による権力闘争だ、アルビオン王家に友軍を出すことを枢機卿は渋るだろうが、あの王女がゴリ押しする可能性は高い。
 そして、ゲルマニア、ここぞとばかりに武器や物資を双方に売り出すことだろう、隙あらば双方の間をうまく立ち回りアルビオンの領地をすら手に入れようとするかもしれない。
 一番動きが読めず、気味が悪いのがガリアだ。虚無の使い手の王をいただくあの国は、いったい何を考え、どう出てくるのだろう。
「後ろ盾はあるのです、ワルド子爵」

 すぅっとシェフィールドは微笑みながら、前髪を軽くはらった。
 見間違えるはずはない、ルーンだ。使い魔のルーンが、人間の額にに刻まれている。

「先ほどおっしゃいましたね、異国の女がこんな所にいるのは奇妙だと。そう、私は、召還されたのです。遠くロバ・アル・カリイエから」
 辺りを照らす淡い魔法の灯りよりも、女のルーンは明るく輝いていた。
「私を召還された方の御名はまだ口にはできません。ただ、信じていただきたいのです。

 「ロマリア」は、レコン・キスタの味方である、と」

 組織はもっとも重要なカードを切ってきた。彼はそれに見合うものを提供する責任が発生したことに気づいたが、もう遅かった。そもそも後戻りできる話でもないのだが。
「トリステインの虚無の使い手を必ず我々の元に、お願いいたします」
 言葉だけはお願いの形を取っているが、間違いなく命令だった。
「では、申し訳ないのですけれど、これで失礼いたします。実に有意義な時間を過ごせました、子爵」

「そうだな、ミョズニトニルン」

 彼の不意をついたつもり一撃は、一撃ですらなかったらしく、女は口の端を少し歪めただけで、去っていった。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア17(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/10/07 23:52

 その女を初めて見た時、彼は、それをボロ布だと思った。
 何か恐ろしい手違いがあって、フーケはこの牢獄を出されてしまったのだと。

 一瞬、既に処刑されたのかとも考えたが、グリフォン隊隊長の自分の耳に入ってないのだから、それはないはずだ。ならばさらに下層に移送されたのか、しかしこれ以上下にあるものとなると、もう何年も使われていないスクエアクラスの犯罪者に対応した牢獄しかない。
 土くれは確かその名の通り、土のトライアングルだったはず……と、遍在でここまでやってきた彼は当惑した。
 あるものは、粗末な寝台とその下のボロ布の山、申し訳程度のしきりと壊れた便器。こびりついた汚臭が、鼻を刺した。
「……あんたが、助け手って……わけ?」
 今の今まで、彼がボロきれの山だと思っていたそこから、ひどく掠れてくぐもった声がした。
「土くれか?」
 魔法の光で照らす。
 疑問ではなく、確認だった。

 彼が組織から「お願い」されたこと、囚われた女盗賊を救い出し、手ごまとすること。

 どういう意図と選択で、女を手ごまにするという話になったのかは知らない。彼が知っているのは、この盗賊が、ルイズとガンダールヴを相手に戦い、敗れたということだけだ。ガンダールヴの戦い方、破滅の杖の謎、オールド・オスマンの考え、それらを彼は知りたいと思ったが、シェフィールドや、レコン・キスタはそんなことはないだろう。
 純粋に力のあるメイジを戦力とするためなら、こんな危険をおかす必要はないはずだ。いっそ、死んでから死体を盗み出し復活させてしまえばいい、それこそ虚無の力で。

 何か裏がある、だがそれがわからない。
 それが、彼をイラつかせ、不安にさせていた。

 ここに至るまでに、すでに組織の手の者によって手はずは整えられていた。
 金と女と権力とマジックアイテムの力で。実際にフーケを連れ出すことと、権力でほんの少し監視を緩める時間をつくるのが彼の担当だった。ここに出向く用事は適当にでっちあげればそれですむ、遍在を作り出すことも簡単だった。
 レコン・キスタの息のかかったものが巡回番の時に、彼の遍在がフーケを連れ出し、衛士隊の馬車に隠して外へ連れ出す。
 発見を遅らせるため、フーケの身代わりに、声を録音することができるマジックアイテムを置いておく。その間本体の彼は、ここの監視員の責任者とどうでもいい話を談笑するという手はずである。
 まさか衛士隊長の馬車を調べる者などいないから、フーケは堂々と出られるという計画であった。

 そんなにうまくいくものか? いくらなんでもトリステインの警備をなめているのではないか、と、彼は思ったが、ここまですんなりきてしまった。彼が思っていた以上に、トリステインの警務というのはひどい事になっていたらしい。
 これが自分が忠誠を捧げていた国の真の姿か、と、彼は苦い思いでいっぱいになった。罪人の処刑や監獄の官吏は、必ず必要な仕事であるとはいえ、人にあこがれられることもなければ好かれる仕事でもない。特に首吊り役人は、その高給に比して率先してなる者もおらず、ほぼ世襲制になっていた。
 しかし、トリステインの財政事情が逼迫しているせいで、彼らの給料も頭打ち……そこに責任をかぶるものと金銭があれば、あとはこの通りだ。
 フーケを逃がした罪で、幾人かの首が飛ぶことだろう。だが、そのほぼ全員が「聖地奪回のための礎となるならば」と、喜んでそうした、と彼はマクドネルから聞いた。

「ぼさっとしてないで。起こしてもくれないのかい? 時間がないんだろ」
「動けないのか?」
「愚問だ……ね」
 なんとか肘をついて起き上がろうとするフーケは、傷だらけだった。服だったボロきれを身にまとわりつかせている。空咳とともに、女盗賊は血を吐いて、やっとおこした上半身を再び冷たい床の上に横たえる。そこでやっと彼は、女の全身を視界にいれることになった。ひどい拷問を受けたようで、目が見えないほどに顔がはれているし、いたるところに鞭跡と乾いた赤黒い血がこびりついていた。
 マントをかけて、覆い隠すように抱き上げると、傷にふれたのか押し殺したうめき声が漏れる。
「気が利かない組織だね、水メイジくらいよこしなって……あんたメイジだろ、か弱い乙女が苦しんでるんだ、なんとかしなよ」
「治癒魔法は不得手だ」
「使えない」
 下手をうった盗賊に言われたくないと彼は思ったが黙っていた。フーケの体が熱を持ち、息が荒いのに気づいたからだ。トライアングルメイジといえば、どこに仕官してもうまくやっていけるだろうに、この女は何をどう間違えて貴族相手の盗賊などをしているのか。

 詮索だ。
 フーケにはフーケの事情がある。

 彼は思考を停止し、自称か弱い乙女を抱えたまま手はず通り上を目指した。レビテーションをかけたのは、響く足音を小さくするためで、重かったからでは決してない。
「あいつら、すぐにでも処刑される女だ自由にしていいだろう、なんて言いやがって……」
 高熱によるうわ言のようだ。
「黙っていろ」
「わたし……私は、帰らなきゃ……だって」
「……」
「だって、あの子が待ってる……」
「……土くれ?」

 完全に意識を失ったらしく、それきり女盗賊は沈黙した。力を失ってゆらゆらと揺れる腕、その先の手の爪がすべてはがされている。土くれは単独犯ではないという話もあった、それ故の拷問だったのだろうか。本来なら、それを取り締まり処罰する側の彼だったが、女の精神の強靭さには驚嘆するしかなかった。
 あの子のためなのだろう。
 その考えは、すとんと彼の腑に落ちた。
 誰よりも愛する大切な存在のために、血と汚物にまみれ、自らは泥の中でのたうちまわってもかまわない。
 彼は、眩しいものを見るように、フーケを見た。
 指名手配の凶悪犯で、ルイズを傷つけようとした女、だが、助けることができてよかった。
 本当によかった。

 そう思ってしまった自分自身を、彼は嘲笑した。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア18(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/10/09 00:21
「で、あたしに何をさせようっての?」

 あの後、隠れ家に待機していた水メイジの力によって、女盗賊の怪我は癒された。意識を取り戻して、しゃべられるようになった最初の一言がこれである。どうせロクなことじゃないでしょ、という意思を言外に滲ませた女は、寝台から身をおこして、のろのろと椅子に座った。傷の表面は塞がれても、内側はまだ傷むらしく、顔をゆがめているが、ここにきても、可能な限り弱みは見せたくないらしい。
 テーブルの上には、服用されなかった鎮痛薬が水と一緒にそのまま置かれていた。それをどかして、薄めた葡萄酒と、根菜の入ったシチューを置く。
「頭がぼんやりするのは嫌いなんだ」
 飲まなかったのか? という彼の視線を受けて女は答えた。
 たった一人で貴族達をきりきりまいさせてきた盗賊は、能力も、精神力も水準以上だ。だからこそわからない、どうして危険な盗賊家業を続けてきたのか。この女が最後に得た表の職業は、魔法学院の秘書、そのまま黙って大人しく勤めていれば食うに困らない給金は出るだろうに。盗んだ金銭やマジックアイテムは多いはずなのだが、土くれから羽振りのいい雰囲気はない。噂では、全てを金か換金しやすい小ぶりな宝石類に変えて、どこかに溜め込んでいるというが。

「とりあえずここで体力を戻せ。また連絡をする」
「ふん、とりあえず、ね。あたしがもし逃げ出したらどうするのさ。見たところそれらしい見張りなんてのもいないみたいだし」
「お前はそんな愚かしいことはしないだろう」
「……素敵な買いかぶりだ。嫌になるね」
 女盗賊は、鋭い視線で一度睨みつけてくると、ゆるく目を閉じて開いた。次に彼を射たのは、情をそぎ落とした抜け目のない取引をする者の瞳。その中に仮面の男が映っているのを見て、彼はひそかに嘆息した。盗賊相手に容貌を隠さなければならないとは。
「あたしだって命を助けられたことは感謝してるよ。こう見えても義理堅い方じゃないかって思ってる、信じる信じないは勝手だけどさ。でもね、なんであたしなんだい? 他にも使えるメイジなんてたくさんいるだろ?」
 それは、彼自身が知りたいことだった。
「命令だ」
「誰の? もしくは何の?」
 その問いに答えるか否かは、彼に任されていた。正確には、女盗賊を助け出して、ここに匿えと言われただけで、それ以上何も言われなかっただけだが。
「土くれ、俺はお前の知っていることが知りたい。それと交換だ」
「それも命令?」
「独断だ」
 確かに独断だった。レコン・キスタからはガンダールヴの能力や戦い方を調べろなどと、一言もお願いされてはいない。だから、この取引は彼が勝手にやることだった。ルイズとサイト・ヒラガがいかにして戦ったのか、それが知りたい。
 思い出すのも嫌のようで、土くれは顔をしかめたが、それでもぽつぽつと語り始めた。この女盗賊にしては、杜撰すぎる計画とその結果は、確かに口にするには恥ずかしいことだろう。
 内容は、もちろん彼女を経由したそれよりもずっと詳しく生々しいものだった。ゲルマニアの貴族、しかもヴァリエールの天敵とも言われるツェルプストー家、外見からしてどこをどう見ても王族に連なるガリア人留学生が、どうして共闘しているのかという疑問がまず浮かび、ルイズの無茶な振る舞いに心配からくる怒りを覚えた。
 そして。
 破壊の杖を使いこなしたガンダールヴ。
 ロバ・アル・カリイエから召還されたガンダールヴ。もしかしたら、そのさらに遠くから。
 シェフィールドの姿が彼の脳裏に浮かんだ。虚無の使い魔はすべて、ここではないどこかから召還されるものなのだろうか。
 なにより驚いたのは、あの学院の固定化がかかった壁を壊すルイズの虚無の力。間違いなく、虚無は系統魔法を越える力を持っているのだ。

 口をつぐんだ土くれに、薄めた葡萄酒の瓶を押しやりながら、彼は女が知りたいと思っていることを口にした。
「レコン・キスタだ」
 フーケは目の前で、酒瓶を取り落としかけた。

 何日かたって、体が回復してくるに従って、女盗賊はヒマをもてあまし始めた。確かにそれはそうだろう、これといった予定も知らされず、ただただ狭い室内で無為に時を過ごさせられる。想像するだに退屈な日々だ。
 だから、義理堅いといった土くれの言葉を信じたわけでもないが、彼はこの界隈だけの自由を与えることにした。フーケはああ言ったが、ここに出入りするかなりのものが、組織の息のかかったものなのである。そうでなければ、逃亡犯を匿う場所に選ばれるはずがない。
 女は、レコン・キスタのどの部分に驚いたのだろうと、彼はあれ以来考えていた。会うたびに注意深く話を振りながら観察したが、相手もさるもので、あの時以来露骨な感情表現を見せない。
 もっともフーケはフーケで、彼が何者なのかを言葉と態度の端々から探っている様子だったから、お互い様というべきだろう。

 それでも察する部分はあるわけで、ある日、定刻通りやってきた彼は、扉の前で待ち構えていたフーケに言い切られた。
「あんた、ヴァリエールの関係者だろ」
 驚くには値しなかった。彼とてもルイズのことをたずねる時、力が入っていたと認める。だから返す刃で切り込んだ。
「お前はアルビオン出身の元貴族だろう」
「……」
「……」
 沈黙は、肯定だ。だが、彼も女も、これ以上踏み込みさらなる情報を引き出すカードはない。土くれは、両の手の平を軽く上にあげると、椅子に座った。
「面白くない男だね、ここは演技でもええーとか何ッとか言うところだろう」
「お前を面白くするためにいるわけではないからな。どこで手にいれたんだ」
 テーブルの上に、揚げ菓子がある。自由は許したが、金銭までは渡してはいない。
 今は残り少なくなってしまっているが、フーケはこれを5袋も買って、手当たり次第に子供達にやっていたのを、彼は見た。
 一瞬、逃亡するために手なずけているのかと思ったが、そういうわけでもないらしく、また彼に気づいていないようだったので、そのまま見送った。
「喜んで貰ってやったんだよ、どうしてもって言うから」
 何をしたという愚問はしなかった。だから、別の質問をした。
「子供が好きなのか?」
「それは答えなければならない質問なのかい?」
「いや、普通に疑問に思っただけだ」
 この界隈は貧しい家が多い、少し歩けば物乞いも多い。もっと以前、彼が都に出てすぐの時、自分と同じか、すぐ下の年頃の子供達が物乞いをしているのが哀れで、彼は時々金銭を恵んでいた。
 そんな話をすると、

「馬鹿だね」

 フーケは、彼の行為を鼻で笑った。
「お前も、子供達に揚げ菓子をやっただろう」
「大違いさ。金なんかやったって、ここいらを牛耳ってる奴にすぐさま取り上げられちまう。じゃなきゃあ、飲んだくれ親父の酒代に消えるのがオチさ。だけど食い物なら、その場で食べちまうしかない。まあ、家族と分けるからって走ってく子も多いんだけどね」

 らしくなく柔らかく笑う女盗賊を、彼はただ見ていた。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア19(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/10/10 00:36
 この目の前の女性は何を言っているのだ。

 彼は一瞬、頭の中が真っ白になった。

 おそらくは間抜けな「は?」という一言でももらしてしまったのだろう、眼前の高貴なるレディはもう一度同じ事を繰り返した。
「ですから! ルイズ・フランソワーズと共に、アルビオンに行って欲しいのです」
 トリステインの王女殿下は、人払いをしたその部屋で、真剣そのものの顔をして詰め寄ってきた。信じられない。
 これから、徐々にルイズに近づき、説得してレコン・キスタへ引き寄せるつもりだった。ちゃんと計画も立てていたのだ。座学では主席で、何かと言えば貴族が! 貴族の誇りが! というルイズだったが、根は素直で優しく聡明な少女なのだ、時間をかけてきちんと話せばわかってくれるはず、それなりの自信もあった。
 なのに、その綿密な計画を、目の前の女性がたった一言でめちゃくちゃにしてしまった。

「姫殿下、失礼ながら申し上げます」
 怒りと憤りで震える声をなんとか平静に保とうと努力しつつ、彼は言った。
「今現在アルビオンは、レコン・キスタなる逆賊と交戦中です。そんな所へ軍人でもない戦闘経験もないレディ……しかも殿下に近しい大貴族の令嬢を、送り出していかがするおつもりですか」
「ですから、ワルド子爵にお願いしているのではないですか!」
 めまいがする。事の重大性をわかっているようで、まったくわかっていない。
「……つまり、私一人でヴァリエール家のルイズ・フランソワーズ嬢を、戦闘真っ只中のアルビオンの中枢まで護衛しつつお連れして、なおかつ今現在どこにいらっしゃるのかわからないウェールズ皇太子殿下を探し出し、手紙をお受け取りするということでしょうか」
「ルイズの使い魔も一緒ですよ」
 隠すことなく彼はため息をついた。不敬にあたるが、せずにはいられなかった。
「姫殿下、そういうことでしたら私に、私一人にお命じ下さい。魔法衛士隊グリフォン隊隊長ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド、単身アルビオンに赴き、アルビオン皇太子ウェールズ殿下から手紙を受け取って参れ、と。ミス・ヴァリエールは……姫殿下の親しいご友人とお聞きしております、私も護衛の任を受け取りましたら死力をつくす所存ではありますが……なにぶん、あの国は今本当に戦乱に荒れているのです、何がおこるのかわかりません」
 言外に死を滲ませると、さすがにアンリエッタ姫殿下の顔色が変わった。
 さらに容赦なく、戦の厳しさ恐ろしさについて言うと、演劇ではない、本当の親友の死というものがじわじわとだが、やっと頭の中に入ってきたらしく、蒼白になった。
「わ……わたくし……何ということを。いえ、でも、ああ、そうです。でも、やっぱり、違う、違いますわ」
 しばらくうろうろと、部屋の中を歩き回っていた王女は、不意にぱっと椅子の座面に身をなげだして、はらはらと涙を流し始めた。
 良い意味でも悪い意味でも、ある程度心を許した相手には感情表現が豊かな女性なのだと、彼は思った。下々の女ならば美点の一つにもあげられるのだろうが、この地位にある女性には、問題がありすぎる。

 おそらく、手紙の奪回というのは口実で、本当の目的は、ウェールズ皇太子にトリステインへ亡命して欲しいと説得することなのだろう。だからこそ、枢機卿には何も言えなかったのだ。
 恋する女というならばこれはこれでいいのかもしれない、だが為政者としては……彼は落胆した。幻滅したといってもいい。
 平和な時であれば、よき王妃となっただろう、だが、今はそれでは困るのだ。
「わたくし……なんて浅はかなことを……」
 そもそもどうやって広いアルビオンからウェールズ殿下を探し出すつもりだったのか、彼のようにレコン・キスタから情報を得ていてもおそらくの場所しか掴めていないというのに。よしんば、偶然に奇跡が重なって会えたとして、どうしたらトリステインの使者だと信じてもらえるのか。その後いかにしてアルビオンを脱出するのか。
 いや、それ以前の問題で、戦時下のアルビオンに身分がばれないように入国することすら困難だ。

「わかりました。あなたのおっしゃる通りです、子爵。これからすぐに魔法学院へ行き、ルイズ・フランソワーズから水のルビーを受け取り、その後アルビオンに発ってください」
 ややあって、目元を拭いながら姫殿下は立ち上がり、言った。

 準備もあるでしょう、と、控えの間をさがることを許された彼は、この任務はさして悪いものではないかもしれないと思いはじめてきた。
 単身任務ならば、周りの目を気にする必要はない、盟主クロムウェルを実際にこの目で見ることができる。やはり一蓮托生となる相手だ、実際に言葉を交わしてみるのは大切なことだと彼は思う。
 そして、レコン・キスタの情報があれば、ウェールズ皇太子と接触することも難しくはないだろう、フーケを連れて行けば、地の利はあるはずだ。手紙に関しては、あまり趣味ではないが、もう処分されていたとでも言って秘匿し、政争の道具にすることも可能である。

 しかし、彼の予定はこの後さらに狂うことになった。

 まず、レコン・キスタから、トリステインの虚無の使い手、ルイズ・フランソワーズを、そのままアルビオンにつれて来い、という「お願い」があったこと。

 それから、姫殿下の手紙を手に入れろと、組織からさらに「お願い」されたこと。

 最後に、アルビオン皇太子、ウェールズを弑逆せよという「命令」。

 そういったもろもろが、恐ろしいほど短時間でグリフォンを準備する彼の元へと、もたらされた。
 レコン・キスタがルイズの身柄を預かるということだ。
 姫殿下の手紙を政争の道具にするということだ。
 おそらくは、皇太子を虚無の力で蘇らせ利用するということだ。

 そして、自分は間違いなくトリステインに帰ることができなくなる。
「裏切り者……か」
 自らすすんで選び取った道だ。何よりも誰よりも守りたい人がいる。汚名をはらすのは自分の義務だ。後悔はしていない、するはずがない。たとえ理解されなくても、罵られても憎まれても、恨まれても、進み続けなければいけないのだ。
 だが、彼は、ひどく打ちのめされた気分で、グリフォンの体に額を押し付けた。あまりにも急で、何もかもが急で、すべてが遠かった。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア20(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/10/11 09:42
「いくらワルド様のお言葉でも、そんなことはできません!」

 予想できたといえば、予想できたルイズの言葉だった。
 トリスタニアをまだ暗いうちに発ち、一路魔法学院を目指した彼は、いそいそと馬で出立の準備をしているルイズをつかまえることに成功した。最初は、旧知の彼の急な出現に、驚き慌てて、それでも少し喜んだ彼女は、彼の用件を聞くなり怒り出した。
「私が直接姫殿下から命ぜられたことです。ワルド様は関係ないではないですか」
「ルイズ、僕も姫殿下から昨日遅く拝命したんだ。魔法学院のルイズ・フランソワーズから水のルビーを受け取り、単身アルビオンを目指せと」
「き、聞けません。直接姫様からお言葉をいただかないと」
「ルイズ、時間がないんだ、わかるだろう」
「ですから、私も行きますと、言っているではないですか!」
 さっきから時間の無駄を絵に描いたような押し問答だった。ルイズをアルビオンへ連れて行くことはあくまでも「お願い」であることをいいことに、彼は少女をここに残していくつもりだった。やはり戦地は恐ろしいと強く抵抗されたので、そのまま置いてきたといえばいい話だ。うまく立ち回れば、トリステインへ、そ知らぬ顔で帰還することもできるかもしれない。それからまた改めてルイズを説得すればいいのだ。

「ルイズ……」
「できませんといったら、できません!」

 だが、彼の心中など知るよしもないルイズは、きっぱりはっきり言い切った。
 ここにきて、彼もまた、自分の中に未だ大切な人々から軽蔑されたり憎まれたりしたくないと思う弱い心が存在することを、認めないわけにはいかなかった。
 アンリエッタ王女の手紙を盗み、ウェールズ皇太子を殺し、その後何事もなかったかのように彼女やルイズに会う、と?

 できない。
 そんなことができるわけがない。
 それをやってしまったら、彼は彼でいられなくなるだろう。
 ならば、選ぶ道は一つしかない。裏切り者は裏切り者らしく、ルイズをアルビオンに、レコン・キスタに連れて行くのだ。

 ルイズは必要だ。
 ルイズが必要だ。ルイズの虚無の力が必要だ。
 母のために、彼女のために、ルイズ自身のために。

 彼がここに着いた時、軽くルイズからガンダールヴの紹介を受けた。本当にインテリジェンスソードを振り回してあの土くれを倒したのか? と、信じられない思いにかられるほど、ごく普通の少年がいた。
 まじまじと観察するのもおかしいだろうと、ざっと見た程度だが、身のこなしも何もなっていない、王宮に出入りする商人の書記と身体能力については同程度という感じだ。
 逆に言えば、ガンダールヴのルーンは、フーケを倒すほどの戦闘技術を、剣もろくに振ったことのない平民に与えてしまうほど力を持っているということでもある。
 虚無の使い魔のルーンの威力のすさまじさに、彼は心の中でうなった。

 やはり神話は真実だったのだ。

 伝説のガンダールヴを間近で見て、彼は己が虚無の力を、こんなにも信じたがっていたという事実に驚愕した。
 やはり心の奥底に、自分の方が狂っているのではないか、本当は虚無やあの恐ろしい秘密はまったくの妄想ではないかという恐怖が巣くっていたのだろう。
 奇跡が目の前にある。
 母は間違ってなどいない。虚無と虚無の使い魔が実在するように、この大陸の地下にあれがあるように、聖地に救いが存在すると信じることができる。
 ロマリアの介入がある、アルビオンの虚無は旗頭だ、ガリアは……まだいいだろう、そして、ルイズが必要だった。
 全ての虚無の力が揃えばエルフを圧倒できる。聖地を奪回できるのだ。

 しかしそれは、妹のように大切に思う少女に、血みどろの戦争を陣頭に立ってしろ、と言うことでもあった。レコン・キスタに連れて行くということは、ルイズを戦争の手ごまにするということだ。
 今は、土くれを倒したという興奮と、ゼロではなくなったという自負で高揚していて、戦うことのもう一つの側面に気づいてないだけなのだ。
 自分よりも、ずっと位が高くメイジとしても実力が上の存在が、自分を頼ってくれたという喜びに舞い上がって他のことを考えることができないだけなのだ。。
 だから、自分の明確な意思と力をもって「相手を殺傷する」ということを、真の意味で実感していない。
 この意味でも彼は、フーケが生きていてよかったと思う。たとえ重罪人でも、初めて人を殺した時のことは長く傷となって残るものだ。忘れられない。冷たい、冷たい、母の頬。

 直接であれ間接であれ、たくさんの人を殺せば、彼女の愛する妹は、傷つき、苦しみ、迷い、悩み、怒るだろう、それを見守る彼女も、傷つき、苦しみ、迷い、悩み……怒る、そしてそれをもたらした存在を心から憎むだろう。
 生ある限り、彼を憎み呪い続けるだろう。

 ルイズを連れて行きたい、責任を果たし世界の未来を繋げたい。ルイズを連れて行きたくない、大切な人に憎まれることは耐え難い。
 どちらの思いも、等しく彼の心の中にあり、ぶつかりあい、せめぎあい、ぎりぎりと軋みをあげる。進んだ道は、とっくに後ろで崩れ落ちてしまっていたというのに、捨てきれない半分の心が悲鳴をあげていた。

 我知らず、彼は衣服の上からロケットを強く握り締めた。

 忘れるな、己の罪を。

 忘れるな、自分はこんな、ルイズの、信頼の視線を受け取る価値などない人間だということを。
 罪人は罪人らしく、卑劣な裏切り者になればいい。大切な人に憎まれるのが恐ろしいなどと何を生ぬるいことを言っているのか、そんなことを親殺しの重罪人が言う権利はないのに。
 もっともっと憎まれてしまえ、それが罰だ。
 堕ちればいい、どこまでも。
 一人で。

「わかった」
「ワルド様!」
 ぱっとルイズの顔が輝いた。
「一緒に行こう。だが、彼はだめだ」
「え?」
 彼の視線の先には、やけに力の入った家訓入り自己紹介をしてくれたグラモン元帥の息子がいた。ルイズと姫殿下の話を聞いていて、騎士道精神を発揮した結果、ついてくる気まんまんになっている。
 とりあえず、彼は微笑を浮かべながら、近づいていった。
 ぎこちない会釈が返ってくる。
 笑顔を固定したままどんどん近づいていって、彼は、そのまま力いっぱいみぞおちに拳を叩き込んだ。
「さあ、これでいい。行こうか」
 無言で倒れたギーシュという少年を傍らによせて、彼は言って振り返った。
「え……ええ……」
「な、なあルイズ、これって、ちょっと……」
「足手まといは少ない方がいい、違うかい? 使い魔くん」
「使い魔くんはやめてください」
「だ、黙んなさいよっ! ワルド様はね、エラいのよ、強いのよ、すごく強いのよ」
「それはわかる。というか、今すごく色々な意味でわかった」
「ならば、君もさっさと荷物になってもらおうか」
「荷物って?」
「荷物?」
 二人で同時に聞いてくるので、彼は連れてきた二匹のグリフォンを指差した。
「君もルイズもグリフォンには乗れないだろう。ルイズは僕と一緒に乗るとして、問題は君だ」
 丸く人間の頭大にくりぬかれた頑丈な布袋の登場を待たずとも、二人とも察しがついたようで、一人は笑いだし、もう一人は引きつった。
「こちらのグリフォンは大人しい性格で、荷物の運搬が得意だ。よほど暴れない限り振り落としたりはしない」
「そういう問題じゃないっ!!」

 ガンダールヴは、普通の青年だった。
 彼は少し、笑った。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア21(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/10/14 00:19
 空の旅は快適とはいえないものの、まあまあのものだった。
 荷物になっている少年には気の毒だが、これが一番早く確実な移動手段なので、しょうがない。
 それはそれとして、同乗しているルイズが、恐らくは不安を紛らわそうとしているのだろう、ひっきりなしに話しかけてくるので、港に着く頃には声がかれているのではないかと少し心配した。
 ヴァリエールの家のこと、魔法学院のこと、使い魔のこと。話はくるくる変わったが、結局は使い魔の話に戻ってしまうのが、微笑ましかった。バカよ、犬よ、愚犬よ、駄犬よ、と散々けなしながらも、グラモン元帥の息子との戦いや、土くれとの戦いのことを臨場感たっぷりに話すときは、己の口元がほころんでいることに気づいているのかどうか。
「あああ、あいつってばダンスもろくにできないしっ!」
 ルイズを全面的に肯定する、ルイズの、ルイズだけを守る使い魔。何があろうとも、絶対にルイズの味方だ。
 たとえ彼が裏切り、手ひどく少女の心を傷つけたとしても、少女の傍にはそれを支える杖がある、もう小舟の中で一人泣いたりしないだろう。
 それでいい。

「カトレアさんは?」
「……ちいねえさま……最近ちょっと具合が……あ、大丈夫よ! 本当に大丈夫、そう、全然大丈夫よ」
 ぶんぶんと首を縦に振り続けるルイズに、彼はそれ以上何も言えなくなった。

 長距離を飛ぶグリフォンの負担を軽くするために、幾度か風の魔法をかけなおしたが、それでもラ・ロシェールに着いたのは夕暮れ時だった。街の外でグリフォンから降り、荷物を外に出すと、妙に悟ったような表情をした少年が、少しだけ鞘から抜いた剣を抱いて転がり落ちてきた。
「な……長かった、長かったよデルフ……」
「何言ってるのよ、馬で来るよりずっと速かったじゃない。あんたが気持ち悪いっていうから、途中で何度も何度も休憩取ったし」
「揺れるし、獣臭いし動けないしもう最悪……」
 虚ろな目で、ごきんごきんと腕や肩を鳴らしている。鼻歌が入った。
「その、らぢおたいそうというのは何だろう、使い魔君」
「使い魔君やめてください」
 奇怪な動きに彼は素直に疑問を表したが、望んだ答えは得られなかった。グリフォンが急に甲高い鳴き声をあげて、二匹とも飛び立ったのである。
 瞬時に杖を引き抜きながら、ルイズを背後にかばう。今までぶつくさ言っていた少年も、顔を引き締めて空を見上げ、剣を抜こうとして、止まった。

 上空で二匹のグリフォンに今しも襲い掛かられようとしているのは、一匹の風竜である。風の竜なのに動きが妙に冴えないのは、背中に見える者のせいなのだろうか。いずれにせよ、風竜を騎獣とする存在など、只者であるわけがない。
 レコン・キスタがこちらに手を出してくるはずがない、末端まで正しい情報は伝える必要はないし、伝える必要もないが、「手を出すな」の一言はあったはずだ。王党派? こんなところまで手ごまを送る余裕などない。ならば、最悪の可能性、トリステインに裏切りがばれてしまった? まさかガリアが動いていたということは? それにしては風竜などと派手すぎる。
 あらゆる可能性を瞬時に考えながら、じっとりと見えない所に汗が浮かぶのを彼は感じた。

「はぁーい! ヴァリエール! 悪いけど、このグリフォンをどうにかしてくれないかしら?」
 あまりと言えばあまりな言葉に、彼はしばし固まった。風竜から身を乗り出してきたのは、褐色の肌と赤い髪が印象的な女性だった。その後ろ一瞬ちらりと見えたのは、もっと小柄な姿。そちらは青い髪だった。彼女からの手紙の内容を思い出す。
 ゲルマニアの貴族に、ガリアの王族、ある意味彼が考えうる限りの最悪の相手であり、展開だった。
「ツェルプストー! なんでこんなところにいるのよっ!! あ、あの、ワルド様、一応あの二人は敵ではありません。そのう、そういうわけなんです」
 同じ空路でも、グリフォンに乗り、休みを多く取りながらやってきた彼らと違い、ルイズの同級生達は速さに特化した竜である風竜で、しかもほぼ休みなしでここまで飛んできたのだ。出立した時間は違っても、追いつかれるのは当然だった。
 アンリエッタ姫殿下の秘密は、もう既に秘密ですらない。
 これもぬるま湯につかった王家の弊害なのだろうか。
 怒りを通り越して呆れ果てながら、彼は指笛を吹いて、二匹のグリフォンを呼んだ。

 幸いなことに、と言うべきか、彼女達はルイズの目的までは知らなかったようだ。簡単に自己紹介だけをすませて、彼は考える。
 土くれの討伐で仲間意識でも目覚めてしまったのだろうか、そのあたりはわからないが、ゲルマニア女性の、面白そうだから着いていくという言葉の裏が、本当になかったことに彼は困惑した。
 これでも隊長という職にあり、人を見る目というのはそれなりにあると信じていたが、その自信が揺らいでしまった。
 ヴァリエールとツェルプストーの家の確執は隣領ということでよく耳に入っている。
 なんでも、ツェルプストーの家の者は、ヴァリエールの家の者に自慢ができる機会があれば絶対に見逃さない、らしい。
「こちらが、グリフォン隊の隊長さま? 素敵ね」
 流し目には少しの熱がこもっていた。半分は本気、半分はルイズの反応を引き出したいがためだろうと彼は考えた。
「残念ながら、僕はこのルイズ・フランソワーズ嬢の許婚なんだよ」
「えっ?!」
「まだ、覚えておられたの?!」
「覚えていてはいけないのかい?」
「父様が勝手に決められたことですもの。正式なものでもないし」
 ルイズは明らかにとまどっていた。飼っていた犬がある日急にエサを食べなくなりました、程度のとまどい方で、ゲルマニア女性もどこに話を転ばせていいのかという微妙な表情になっている。一番激烈に反応していたのが、使い魔の少年だった。
「ちょっ、年齢っ?! いや、俺だって昔の貴族はすごい年齢差で結婚してたとか聞いたこともあるけど、これは犯ざ……うわっ」
 何故か使い魔の少年はルイズに足を踏まれていた。
 彼が見たことがない少女の一面。ややあって、少年の足の甲から靴のかかとをどかすと、ルイズはこほんと小さく咳払いをして、ビシィっと、赤髪の女性を指差した。
「そういうことにしておくわ、だからワルド様に色目を使っても無駄よ、ツェルプストー」
「そういうことにしておくって……あなた……まあ、いいわ。なんだか気が抜けちゃったし」

 この三人はもう放っておくことにして、彼は最後の一人に目をやった。タバサといういかにも偽名らしい偽名を名乗った少女は、ガリアの王族特有の鮮やかな青い髪をしている。「雪風」という二つ名を持ち、実力はトライアングルと聞いた。確かに、ルイズ達と違い、場数を踏んだ者の気配を彼は感じた。
 使い魔は風竜、子供のような外見からは想像もつかない優秀なメイジ。その少女がどうして、ルイズに興味を持ち、ゲルマニア貴族を連れ、行動しているのか。考えられることはただ一つ、ガリアの介入である。ガリアの虚無の王は、同じ虚無同士でわかるとでもいうのか、魔法学院にトリステインの虚無が存在すると気づき、留学と言う名目で強力な手ごまを送りつけてきたのだ。
 そして見張っていたルイズが、夜中にトリステイン王女の訪問を受け、アルビオンに赴くという、間諜なら追いかけないわけがない。しかも、土くれ戦で共に戦った同士だからという理由をご丁寧につければ、魔法学院の生徒達ならさしておかしいと思わないだろう。いい意味でも、悪い意味でも裏表がないツェルプストーの女性に比べて、ガリアの少女は裏を感じすぎた。
 もっと勘ぐれば、なぜ彼女達の出立を、オールド・オスマンは見逃したのか、という疑問が浮かぶ。三人とも出自からして大切な生徒達のはず、慌しい旅の準備をあの老獪な狸はおかしいと思ったはずなのだ。

「ここで話をしていても何だ。行こう」
 彼女達を連れて行くことはできない、なんとかこの街に置いていかなければ。グリフォンの手綱を引きながら、彼は考えた。

 土くれにひと働きしてもらおう。





[22075] 【習作】ジャン×カトレア22(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/10/16 00:02

 街の外で、出立前に伝令を飛ばし事前に話を通してあったトリステインの者に、彼はグリフォンを預けた。
 さすがにグリフォン隊の徽章は外しているとはいえ、こんな目立つものを連れ歩いていては、自分達は王都からやってきた者でございますと吹聴して回るようなものだ。
 風竜の方はどうするのかと思っていたら、その辺りで適当に、ということになっていた、使い魔なのだから視界の共有もできるし、不測の事態もないだろう。確かにいい方法だ。
 それにしても、よほど主と離れ難いのか、きゅいきゅい鳴いてすりよっている様は、使い魔と主人というよりも家族、姉妹のようだった。
 そのままを何の気なしに口にすると、一瞬だけ無表情な少女の眉毛が跳ね上がり、「……鋭い」という小さな一言が返ってきた。
「お腹がすいているのか」
 彼が、グリフォン用に持ってきた干し肉の残りを袋から取り出して、恐れ気もなく風竜の口元にやると、ぱくりと一気に飲み込んだ。
 と、同時に少女の軽い平手打ちが風竜の体に飛んだ。
「節操がない」
「こういった大きな幻獣は食欲旺盛なものだから、しょうがないよ」
 残りの肉を全て取り出しながら彼は言った。本当は、グリフォンにやるつもりだったが、後でエサを十分貰えることはわかっているのだし、この妙に飢えている風竜にやってもいいだろう。
 そして、考える。もしも自分が、サモン・サーヴァントを行っていたとしたら、何がやって来たのだろうか。少女のような風竜? それとも馴染み深いグリフォンか。そして、コントラクト・サーヴァントを行って、少女達のように深い絆を持つことになったのだろうか。
 なぜか、彼には使い魔を使役する自分の姿というものが、想像がつかなかった。
 幻獣達は、彼女の周りで楽しげに動き回っているか、自然の中で自由にしているのが正しい姿で、自分の妄執にも似た願いに付き合わせるのはおかしい……そんなことを考える自分がおかしいとも思ったがしょうがない。
 使い魔を道具の一種として割り切る心を、とうの昔に彼女に無くされてしまっている。

 戦が近いせいか、ラ・ロシェールは一攫千金狙いの人々ごった返していた。強盗と紙一重の荒くれどもが通りを練り歩き、酒場は粗野な傭兵達であふれている。商人達は、ここぞとばかりに商談を抱えて駆けずり回り、男達の落とす金目当ての女が集っていた。
 下手に身分を偽ってもすぐに看破されることは間違いないので、逆に貴族であることを強調しながら彼は、上の上とされる宿の部屋を取った。
 姫殿下からのなけなしの軍資金と、レコン・キスタの財力が、軍需暴利に答えてくれたのは幸いだった。

「でもワルド様、一室というのは?」
「ルイズには申し訳ないが、何が起こるかわからない、離れるのは得策ではないだろう。使い魔君とは交代で寝ずの番をするが、カーテンを引くか何かしてレディの秘密にはなるべく配慮するよ」
「寝ずっ?!」
「高級と言われる宿をとったが、絶対ということはないんだよ、使い魔君」
「でしたら私達も一緒に大部屋を取って、一緒に番をしたらいかがかしら? ミスタ。睡眠不足はお肌の大敵、それにいざという時頭もうまくまわりませんわよ?」
「なかなか魅力的な申し出だ、ミス。しかし、ゲルマニアとガリアの人間をそこまで信用できないこの自分の狭量さを許してくれないだろうか」
 しかも、彼らの行き場所を知ったのは、グラモン元帥の息子を締め上げたからだとも聞いたし、と心の中で続ける。もちろん、名を誇りに思う少年はそのものずばりは口にしなかったのだろうが、結局バレてしまっては意味がない。グラモン元帥には申し訳ないが、正直格好だけで、内実が追いついていない印象だった。

「……ヴァリエール、頭固いわよ、あなたのワルド様は」
 ルイズの方に向き直り、やれやれという風に肩をすくめがら言うツェルプストーの女性に、君の、君達の方が頭が柔らかすぎると、彼は反論したかったが、不毛な言い争いになりそうだったので、黙っていた。
「でも、確かに彼の言う通り」
 今の今まで黙っていたガリアの少女が、ついっと赤毛の美女の服の袖口をひっぱった。
「別の部屋を取る」
「タバサがそう言うならいいけど……」
 ツェルプストーには悪いが、彼はガリアの人間と同室というのは絶対に避けたかった。ルイズのことだ、この二人に強く言われたら、一緒にアルビオンへ行こうということになってしまうに決まっている。

「ルイズ、すまない」
 部屋に入って荷物を降ろしながら彼は言った。
「君の友人に失礼な態度だった。謝罪する」
「あのなあ、キュルケもタバサも、トリステイン人じゃないけど、絶対に俺達を裏切ったりなんかしない!」
 裏切りというガンダールヴの言葉が、ぐさりと感情を隠す彼の心に突き刺さった。そう、外国の少女達ではなく、裏切ろうとしているのはトリステイン人である自分だ。
「バカ犬、あんたは黙ってて! ゆ、友人なんかじゃありませんっ! ……あの、ね、ワルド様。大切な任務だということはわかってるわ、でもあの二人は、そのう、今まで何度もわたしを、た、助けてくれたような気がするの。フーケの時も、1ドニエの得にもならないのに一緒に戦ってくれたわ、命だって危なかったのに、だから!」
「そう、だから、だよ、ルイズ。僕はルイズの大事な友人まで危険な目にあわせたくないんだ」
 六割の本心と、四割の嘘。
 どんなに言葉でごまかしても、ルイズがあの少女達を大切に思っていることは伝わってきた。長く魔法学院で孤立してきたであろうルイズが、初めて心の繋がりを持てた友人。ガリアは怪しい、ゲルマニアは不可解だ、それでも彼女達が妹のように思う少女の友人であることは間違いないと思いたかった。
「あれはツェルプストーです! 友人なんかじゃありません!」
 真っ赤になって否定すればするほど、真実だと肯定しているようなものなのに、まったく変わらないいじっぱりなルイズを、幼いときの姿と重ねて、彼は少し笑った。
 視界の端では、同じような表情を浮かべた使い魔の少年がいた。相手も彼の視線に気づいたようで、なんとなくの気まずさにお互い顔をそらす。
「明朝出るアルビオン行きの船のことを調べてくる。夕食もこの部屋に持ってくるように頼んだから、ここで待っていてくれ。もし僕が帰ってこなかったら、無理をせず魔法学院まで帰るんだ」
「帰ってこなかったらって?!」
「念のためだよルイズ。だからこれだけは約束して欲しい、絶対に勝手に行こうとはしないでくれ」
 拒絶するかと思ったルイズだったが、渋々ながらも頷いてくれた。少しばかり思い込みが激しいきらいはあるが、聡明な少女は、この任務の重大さ、危険さをようやく理解し始めてきたらしい。
「では、後は頼んだよ使い魔君」
「だからその使い魔君って……ああ、はいはい、わかりましたー、いいですいいです……って、痛ッ」
 ルイズが、後頭部を思いっきり平手打ちしていた。
「だからあんたは、どうしてワルド様にそんな失礼な言い方を、す、る、の!」
「だからって、叩くことないだろ」
「これでも手加減してあげてるのよ、優しいご主人様に感謝しなさいっ」
「どこが? どこを? どんな風に?!」
「うるさいうるさいうるさあああい!」
「うるさいのはそっちだああああ!」
「……」
 これ以上放置すると、言ってはいけないことまで口走りそうな二人に向かって、彼はためらいもなくサイレントをかけた。


 馬をとばしにとばして、やっとラ・ロシェールに到着した女盗賊の第一声は「冗談じゃないよっ!」だった。ゲルマニアとガリアを引き離すために、あえてゴーレムで攻撃をしてくれと言ったら、この激烈な反応である。よほどガンダールヴ達にひどいめにあわされたのだろう。
 しかし、同情はするが、容赦はできない。
「やるんだ。お前の仕事だぞ土くれ」
 レコン・キスタの隠れ家ともいえるその部屋のテーブルに、どかりと金の入った袋を置くと少しだけ態度が軟化する。
「やることやったら尻尾まいて逃げ帰ってもいいんならね」
「稀代の盗賊が尻尾をまいて逃げ帰るのか」
「命あっての物種って言葉は、今このためにあるってことさ。おお、嫌だ嫌だ。あんな暑苦しい仲良しこよしのお嬢ちゃんたちとやりあうのは一回で十分だよ」
「真正面から馬鹿正直に戦えとは言ってない、お前の魔法は、見かけは派手だが逃走しやすいという利点があるからな。要はタイミングだ。船が出る瞬間を狙ってくれ、女二人を絶対に乗せるな。やり方はまかせる」
「……最後に一つ聞かせなよ」
「何だ」
「これは……」
 土くれは、金袋を掴んで持ち上げた。
「経費込みなのかい?」
「込みだ」
 さすがに元学院秘書らしい言葉だと思った。思っただけだったが。そもそもこういったものの使用内訳をどうやって証明するというのかこの女は、と、彼は思う。
「……嫌味もききゃあしない……あたしの人生ケチのつき始めで後は坂道を転がり落ちるがごとくってね」

 なぜか、本当になぜか、ふと「友人」とルイズの姿が思い浮かんだ。なぜか。そしてグリフォン隊の者達、領の皆……彼らは金では繋がらない動かない。
 その絆を切り捨てたのは自分だった。
 レコン・キスタは目的を同じくする同士ではあっても友人でも仲間でもない。不意に室内の気温が一気に下がったような気が、彼はした。

「好きにするがいい……だが、忘れるな、土くれ。だれがお前をあの監獄から出してやったのかを、な」
 親しい人々の残像を振り切り、彼は冷たく言った。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア23(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/10/19 23:55
 トリステイン魔法衛士隊としての彼が地道に足で集めた情報では、今現在、アルビオンへの航路には空賊が出るということで、どの船の持ち主も、出航したくてもできない状況が続いているということだった。
 平時ならば、各個に襲われないよう大船団を組み、さらに護衛の船がつくところなのだが、もちろんそんな余裕はあるわけがない。また、大抵そういった賊には、裏ルートともいえるものがあり、別で金を払って見逃してもらうということも出来るはずなのだが、そういった話はついぞ聞かなかった。
 捕まった者がラ・ロシェールでもそこそこに名の売れた大金持ちで、これは絶対に身代金を取られると思ったのに、何故だかその他大勢と一緒に積荷だけ奪われて放置されてしまったという話もあった。
 空賊としては少し不可解な行動が多いが、賊は賊、結果、大きな儲け口が目の前に転がっているが、船主は指をくわえて見ているだけというのが、ここのところの表向きの情勢だった。

 一方、レコン・キスタの同士としての彼が受け取った情報では、どうやら空賊というのは王党派であり、しかも王族自らが、火事場泥棒のような真似を行っているという話だった。
 アルビオンは浮島、風石以外これといった資源もなく、どうしても色々なものを国外からの輸入に頼っている。特に貴重なものが水だ、食べるものがなくても人はまあ少しは生きられるが、水はそうはいかない。
 王党派は、そういったものを遮断し、略奪することによってレコン・キスタ軍に損害を与えているつもりなのだろうが、彼には、末端まで食料がまわらず暴徒化する人々の姿が見えるような気がした。しかも、行き場所がない。
 大地が浮き上がっているということは、それほどまでに恐ろしいことなのだ。大地が浮き上がってしまうということは、間違いなく絶望だろう。
 彼は、衣服の上からペンダントを握り締めた。くせになってしまっているそれは、一時の安寧と永劫の責め苦を同時に与えてくれる。今ここに母が自分の傍にいるような安寧と、罪の記憶を何度も蘇らせる責め苦と。

 ともあれ、レコン・キスタが急いで用意した船はなかなかしっかりしたものだった。これは偽装もしっかりしたもの、という意味でもあり、「空賊を恐れて皆がびびっている隙に出し抜いて、一攫千金を目指そうとしている野心家の若い船長とその部下の船」という設定は、真にせまっていた。多分、半分ほど本気に違いない。
 当日の打ち合わせをして、帰路につくと、もう当日は本日に変わっていた。なるべく目立たないように宿に入り、あらかじめ取り決めたリズムで扉を叩くと、何か重いものが動く音が聞こえ、鍵が外され、引き戸の向こうからルイズを顔を出した。
「ルイズ、眠ってなかったのか」
 室内では、件の使い魔が毛布を体に巻きつけ長いすに横たわり、すぴすぴと熟睡していた。思わず杖でつついて起こそうとする彼を、ルイズが腕にぶら下がるようにして止める。
「わ、わたしが言ったの、わたしもこの任務に選ばれた一員だから寝ずの番の一人になるって」
「しかし」
「大丈夫。調べ物とか勉強とかで、意外と夜通しはなれてるのよ」
「お肌の大敵じゃないのかい?」
「う……こらあ、犬、起きなさいよ! ワルド様が帰っていらっしゃったのよ! さっさと交代しなさいっ! ご主人様をさしおいて、いつまでも寝こけてるってどういうことよっ!」
「いや、そのまま寝かせておけばいい、後番で交代してもらおう。ルイズも休むんだ、明日はかなりきついぞ」
「船が見つかったのね!」
「かなり足元を見られはしたがね。さあ、詳しい話は明日……じゃないな今日のの朝だ。眠れないなら横になるだけでも体を休めることができるから」
 即席の衝立の向こうに、実はとても疲れていますの顔をした少女を追いやろうとすると、その少女が足をとめて、おずおずと剣を一振りさしだしてきた。
「インテリジェンスソードなの。まあ所詮は剣だから眠る必要はないし、一人で起きてると怖……ひまだし」
 不安を抱えたルイズは、剣相手に話をしてそれを紛らわせていたのだろう。それはそれとして、よく考えてみれば、この状況で眠ることができるガンダールヴというのはすごいものだと思った。彼が新兵のころは、とてつもない緊張と恐怖で、一睡もできなかったというのに。
 実際にしたとしたら、会話がうるさくて眠れないだろうと彼は思ったが、せっかくの好意なので礼を言って受け取った。
 よほど疲れていたのだろう、しばらくするとルイズの規則正しい寝息が聞こえてきた。ランプの傘を下ろして、光量を調節する。明かりにランプではなく、ライトの魔法というあたりが宿のランクを知らしめたが、一方で普通のランプも備わっているあたり、ここに宿泊する平民も多いのだろうと彼は考えた。
 ゲルマニアほどではないが、トリステインも力を持つ平民は増えてきている。姫殿下のお気に入り、アニエスといった名前の娘だっただろうか、あれも平民だった。
 この国はどうなってしまうのだろうと、思ってから、もう自分には口を出す権利はなくなったのだと自嘲する。
 胸に手をあてて、母の名を呟いて、彼は少しだけ目を閉じた。

 すっかりぬるくなってしまったお茶を飲みながら、もうそろそろ交代時間かと立ち上がった彼は、今思い出したように傍らにあったインテリジェンスソードを見た。
 言っては何だが、ぱっとしない。伝説のガンダールヴが持つにしては、地味というか古臭いというか。
 ルイズの様子を伺ってから、そっと彼は鞘から引き抜いてみた。

「ぷっはー! やっと俺っちを……」

 うるさかった。

 思わず一挙動で、再び鞘に押し込んでしまった。
 インテリジェンスソードというものをあまり見たことはないが、こんなものなのだろうか。もう一度、少しだけ引き抜いて、今が夜であること、二人が眠っていること、静かにすることを早口で言い聞かせると、静かになった。それなりの知性ある剣らしい。自己紹介までされてしまった。獣ではないが、彼女に見せたらとても喜ぶだろうと、ふと考えて思わず少し笑ってしまう。
 動物に話しかけるように、無骨な剣に話しかける彼女、中々の構図だ。
「お、あんたメイジだけど結構な使い手だな、俺っちにはわかるぜ。それと……ああ、うん」
「何だ?」
「ん、うん、ああ、何でもねえよ」
「だから何だ?」
「いやあ、怒るなよ、旦那。俺っちこれでも長いこと剣やってるわけだ、もちろん何人にも何十人何百人とこの身を振るわれてきたわけた。オーク、竜、サラマンダー、もちろん人間だってあらぁ、だから、な、何となくわかるんだよ」

 彼は、何だ、とは聞かなかった。
 ただ、そのまま使い魔の少年に近づいて、肩をつかんで揺り起こした。

 当日は今日だ。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア24(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/10/23 22:44
 問題は、タイミングだ。

 朝食を部屋に運ばせて、三人で取りながら、彼は考えた。
 そう、出港する直前に土くれに襲わせて、ガリアとゲルマニアの少女達を置きざりにしてルイズと使い魔と共に船に乗る。これがもっとも理想的な状態だ。
 最悪、ルイズだけは確保したかった。どうやらガンダールヴは、ミョズニトニルンのように遠くから召還されたのか、こちらの社会情勢に明るくないようだ。主がいなければガンダールヴとはいえ平民一人、後からどうにでもできるだろう。
 食事をしながら、今晩の予定や空賊のことを説明する。今晩の出立なら、あんなに急いでグリフォンで来ることなかっただろ、などとぶつぶつ少年が言っていたが、彼が何か言うまでもなく、容赦なくルイズに黙らせられていた。
「空賊なんて、以前はそんなことなかったのに」
「この政変で、アルビオン空軍も哨戒任務なんて出来ないんだろう。それと、最近荒らしまわっている空賊は、かなり性能のいい船を使っているとも聞いたよ」
 王党派の船だ、それはそれはいい船に決まっている。もしかしたら御座船かもしれない。
「でも、ワルド様、もし、もしもだけれど、万が一空賊に捕まるなんてことになったら……」
「今はそれは考えないでおこう。どちらにしろアルビオンに行かないわけにはいかないんだ。まあ、もし捕まっても身代金を払えば釈放してくれると思う。ああいった連中は玄人だ、余計な殺しはしない」
「身代金?」
 ざーっとルイズの顔が青ざめ、ついで真っ白になった。おそらく頭の中ではヴァリエール公爵と公爵夫人とミス・ヴァリエールがルイズを囲んで大説教中なのだろう。気の毒だがしょうがない、そして少女の想像が現実になることは絶対にない。
 どんなに身代金をつもうと、レコン・キスタが虚無の使い手を手放すわけがない。

「そういえば」
「へ?」
 斜め前の席に座った伝説のガンダールヴは、聞いているのかいないのか、さっきの話の間も終始無言で白パンに必死にジャムを塗りたくっていた。
「ルイズから聞いたんだが、君はグラモン元帥の息子を倒したそうだね」
「グラモン……? ああ、ギーシュのことか」
「呼び捨ては関心しないが」
「いや、でも、なあ?」
 少年は、優雅に隣で紅茶を飲んでいたルイズに話をふった。もちろん少女のまなじりがきゅっと釣りあがる。
「ご主人様に向かって、なあ? とは何よ! まあいいわ、そのう、色々とあったんですワルド様」
「色々と……か」
 素晴らしく端的に略されてしまったが、どういった色々かは、今は尋ねる余裕はなかった、もっと大切なことがある。
「それはそれとして、実は最初に会った時から疑問だったんだが、僕が見るところ使い魔君は武術の素養がないように見えるんだ。なのに、ドットとはいえメイジのミスタ・グラモンを倒したというのが、どうも腑に落ちなくてね」
 あらゆる武器を使いこなすというガンダールヴ、その力の一端を発揮した結果なのだろうが、やはり目の前の普通の少年を見ているといまひとつぴんとこない。疑っているわけではもちろんないが、納得しづらいとでも言おうか。
 あの土くれが、あんなにも恐れる虚無の使い魔の力が知りたかった。彼とても、伝説をこの目で見たいという誘惑には抗いがたい。
「土くれのフーケを倒したというその手腕、少し見せてもらえないだろうか」
「ワルド様?!」
「時間はまだ少しある。それに一緒に任務を遂行する相手の実力を知らないというのは落ち着かないんだ」
「でもっ」
「大丈夫、魔法は使うつもりはない。派手なことをして目を引くつもりはないし、この宿を壊しても悪いしね、場所は……ああ、中庭でいいかい? 使い魔君が嫌ならやめるが」
「別に、少しでいいんなら。でも、食べてすぐ動くと横腹痛くなるような」
「確かに」
「この駄犬がっ! ……もう、好きにすればいいのよっ!」

 文句を言いながらもやっぱり見に来たルイズに中庭の見張りを頼み、昨晩から用意してあった木刀……というにもおこがましい、木の枝に毛が生えた程度の品を投げ渡す。傭兵達が鍛錬でもしているかとも思ったが、そういうこともなく、朝早いということもあり静かで人気がなかった。好都合だ。
 ガンダールヴは、軽く何度か木刀を振り、左手の甲を眺めていた。
「メイジだから魔法で戦うぞ、文句はないだろうとか言っちゃうんだよな」
「いや、さっきも言っただろう、魔法は使わない。だから杖も使わない。僕は君の力が見たいだけで、君を叩きのめしたいわけじゃない」
「でもこれ観光地で売ってる木刀より、質悪いんだけど。まあ、いいか、俺だって魔法衛士隊ってのがどんなに強いか見てみたいだけで、あんたの面目を丸つぶれにしたいわけじゃないからな」
「言ってくれる」
 ルイズが何事か叫んでいたようだが、もう何も聞こえなかった。ガンダールヴが構えたと思った瞬間、すでに眼前に迫っていた。

 速い。

 予想以上に速い。

 慣れない木刀で、初太刀を受けきれたのは、衛士としての彼の長い経験と風のメイジとしての能力があってのことだ。少年の目の動き、足さばき、そして風の流れ、それらから、どちらの方向から攻撃がくるかはわかる、後はその攻撃に対処すればいいだけだが、いかんせん、踏み込み、剣の振り回し、すべてが人間離れして速すぎた。
 しかも、重い。
 崩れた体勢からの無理やりではなく、的確に打ち込んでいるという証拠だ。
 いつもならば高速詠唱の魔法を織り交ぜて距離を取り、自分に有利な間合いと体勢にもっていくのだが、今回は使わないと約束している。
 二撃、三撃を受けて、その勢いを利用して、後ろへ飛ぶ。足を止めることなく、さらに後退する。
 十分に間合いを取ってから、彼は体を斜めにし左手をまっすぐに突き出し、右手の剣を隠すように構えた。ガンダールヴに渡したものとは違い、彼の木刀は、短めで刀身が細く、いつも使っている杖に似た形状になっている。剣は基本、切り払うよりも突きぬく方が速い。
 しかし、相対する少年の速さは、基礎的な速度というものが違いすぎた。

 さすがだな。

 心の底から、感心する。始祖のルーンというのはこんなにもすさまじいものだったとは。
 さきほどまで、パンにジャムを塗っていた少しばかり頼りない少年が、熟練の剣士のたたずまいをもって目の前に存在する。
 中段の構えに、隙がない。
 思わず本気になってしまいそうだった、杖を置いてきてよかった。
 彼は待った。打ちかかる瞬間、その時だけはどうしても、どんな剣士でも隙ができる。それを狙う。

 風が、ゆれた。

 押し迫る気配に、もはや実体があるかのように吹き付ける気迫に、そのまま剣を刺突しようとして、やめる。
 うなじの毛が逆立つような嫌な感触。彼はその感覚に従い、突き出そうとしていた剣の軌道を無理やりそらしつつ、横に飛び退った。
 目の前、ぎりぎりの所で刀身が行き過ぎていく。
 ガンダールヴは、彼の突きを体を沈めてかわしたのだ。しかも、ただ普通に体を沈めただけではなく、かわしながら、死角に跳んだ。
 そして、下から切り上げてきた。

 ここまでだ。

 彼は剣をおろし、さらに追い討ちをかけようとするガンダールヴを手をあげて押しとどめた。
「驚いたよ、使い魔君。いや、サイト・ヒラガ、見事なものだ」
 彼は素直に賞賛の言葉を口にした。もちろん、今のこれは彼の全力ではない、当然ガンダールヴの全力でもない、だがその一端は確かに感じ取れた。恐るべき虚無の使い魔のルーンは、確かにただの平民をメイジ殺しに格上げしてしまうのだ。

 まさに、神の盾。神は確かに在り、世界は救われる。彼は思った。





[22075] 【習作】ジャン×カトレア25(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/10/30 21:48
 スヴェルの夜は、もっともアルビオンが近づく時だ。

 思った通り、ガリアとゲルマニアの少女達はついてくると言い切った。
 これが何の裏も感じ取れなかったならば、美しい友情だと思ったかもしれないが、相手の出身国が出身国だ、申し訳ないが、彼としては疑うしかない。
 ゲルマニアはともかくとして、やはりガリアだ。
 色々と考えた結果、やはりこの少女は、ガリア王家の、公的に認められていない庶子ではないかという彼なりの結論に達した。もしくは、廃されたオルレアン家の係累。ならば、王家の血を引く髪色を持ちながら、こんな危険な任務についていることに納得できる。

 彼は、そんなもろもの思考を押し隠し、外見だけは穏便に、そこまで言うのならばしょうがないね、ルイズもいい友人を持ったものだ、などと心にもないことを薄っぺらな笑顔で言い、土くれが動くのを待った。資金を渡しただけで、手段はすべてまかせてある。多少、不安に思わないでもなかったが、今は土くれの意外と義理堅い部分を信じるしかない。

 持っていく荷物の最終確認をする。ルイズの荷物は、年頃のレディにしては、驚くほど少なかった。どうやら、あれもこれもといったんはつめこんで、つめこみすぎて、サイト・ヒラガを潰してから、今度は、あれもいらないこれもいらないと取り去った結果らしい。
 極端から極端に、いかにもルイズらしい。
「やっぱりもう少し持ってくるんだったわ……服とか服とか服とか」
「あらぁ、ヴァリエール、だったら私のを貸してあげましょうか? ま、胸があまってあまってずり落ちてしまうでしょうけれど」
「あんたの脂肪の塊はいつか垂れるわよ、ツェルプストー! 見苦しく、それはもう見苦しくねっ!」

 ゲルマニアの少女がさらに反撃しようとした時、轟音が響き渡った。

 ゴーレムだ、でっかいゴーレムが出た! という何人もの叫びが広がったと同時に、武装した男達が、扉を破壊し、宿の中になだれ込んできた。
 何がおこったのか、わけがわからないまま、ぽかんと立っていたルイズの腕をその使い魔が掴み、引き寄せて、その前にあったテーブルを蹴倒して簡易の盾にするのを、彼は視界の端で見た。
 彼自身も、受付係の頭を押さえながらとっさにカウンターの中に飛び込み、とりあえず難を逃れる。その頭の上を、鈍い音を響かせながら、クロスボウの矢が行き過ぎていった。
「上っ!!」
 誰かの悲鳴が聞こえたような気がしたが、それはすぐさま壁が崩れる音と、窓が壊れる音にかき消されてしまう。土くれのゴーレムが、宿の上部分を派手に殴り飛ばした。上級の宿といえど、屋根などに固定化も硬化もかけることはない、見事にふっとんでいく。あのガンダールヴの力の一端に触れた後は、やりすぎだとは、思わなかった。それどころか、よく逃げなかったものだと密かに土くれの義理堅い部分に感心したぐらいだ。
 天井がなくなったために、ゴーレムの姿よく見える。

「フーケ……生きていたの?!」
 驚愕したルイズが思わず立ち上がり、男たちの攻撃の的になりかけたが、ガンダールヴが庇うように前に飛び出し、けん制しつつ後退する。彼は、戦っているふりをしながら、事態を把握しようとした。
 ゲルマニアとガリアの少女は、二人ともルイズ達のようにテーブルを盾にして魔法で攻撃をしている。風と炎、同じくトライアングル、実に息のあった攻撃だった。ただ、ガリアの少女ほどゲルマニアの少女は「人間に対して攻撃する」経験はないようで、術に若干ためらいが見えた。
「はっ、生きていたのとは、ご挨拶だね、お嬢ちゃん達。あんた達が、あたしをあの地獄に放りこんでくれたんじゃないか」
 目元だけを露出させて他の部分をフードとマスクで覆った土くれは、ゴーレムの肩の上に立っていた。
「そうさ、あのままなら確実に死んでただろうね。でも、あたしはここにいる、あの時の借り、返させてもらうよっ!」
「させない」
 青い髪の少女がウィンディ・アイシクルを唱えようとするが、そうはさせじと乱入者である男達が、手に持っていた油瓶に火をつけて放り込んできたため、アイス・ウォールの呪文に変更せずにいられなくなってしまった。しかも、瓶は火をつけたまま、氷の壁にはじかれて砕かれ、予想外の所に転がって炎をぶちまけた。ご丁寧に、その炎めがけて何か草を乾燥させて束ねたものが投入される。
 ぶわっとその場で急速に広がるそれを、彼は知っていた。対メイジ戦を想定したその武器は、継続時間こそ短いものの、目や鼻、特に喉を刺激する煙を無差別に拡散させていく。ミョズニトニルン謹製のおもちゃは、呪文を封じることによって、魔法を封じ込めた。

「吸ってはダメ!」
「ごふっ、何これ……こっちはわたしが何とかするわ、タバサはあのオバサンをやってちょうだい!」
「……オバサンだって……? クソガキの分際でッ!!」
「あら? 本当のことですわよ、オバサン」
「死にな」
 土くれの声は、恐ろしいほど平板だった。
 隠している遍在を使い、彼は風を操り、煙を土くれの優位になる方向へ押し流す。風の系統を持つ青髪の少女が、動きに気づいてはっと顔をあげたが、もう遅い。煙を吹き散らせるのに、さらに一挙動。その間も男達は絶え間なく攻撃をしかけてくる。ほとんどが単なる平民上がりの傭兵達とはいえ、数は多い、しかもほぼ全員が使い捨てミョズニトニルンのおもちゃを持っている。
 逃げ出そうとする宿泊客と従業員、乱入してくる男達、たちこめる煙、燃え広がる炎、ぶつかりあう魔法と魔法。
 そのどさくさにまぎれて、彼はルイズと使い魔を、カウンターの影に呼び寄せた。

「ルイズ、時間がない。ここは二人にまかせて裏口から出よう」
 彼の提案に、座り込んだまま幾度か杖を構えつつも、すぐに降ろして震えていた少女は首を振った。
「で、でもツェルプストーとタバサが……」
「君が姫殿下から受けた任務は何だ? 今を逃したら次に出る船はいつだと思ってるんだ?」
 逡巡は一瞬だった。ルイズは、ぎゅっと唇をかんでから言った。
「……わかったわ、行きます」
「何言ってんだよ、ルイズ! キュルケとタバサを見捨てるつもりなのかよ!」
「わ、私はトリステイン貴族なのよ! 姫様の、姫殿下のご命令を遂行するのが一番の……優先順位に決まってるじゃない!」
「だからって……嫌だぞ、俺は嫌だ!」

「では君はここに残るのか?」

 ガンダールヴは、今初めて見るもののように彼を見た。

「君の主を、ルイズを「見捨てて」ここに残って彼女達を助けるのか、使い魔君? どうしよう、僕はこんなご立派な使い魔を見たことがないよ、ルイズ」
「ワルド様、やめて」
 この状況で、この状態で、この立場で、彼は激怒していた。
 本当の妹のように大切な少女、彼女の愛する妹、それを守ってくれるのだと信じていた。たとえ何もかもに裏切られ、世界全てを敵にまわそうとも、ガンダールヴだけはルイズに付き従い、害をなすすべてのものから守るのだと。
 それが、もう小舟の中で泣いていた少女を見守ることすらできなくなる彼の、慰めの一つだった、のに。
「行こう、ルイズ」
 朝の手合わせで感じた連帯感のようなものは失われ、その部分を失望が埋め尽くしていく。
「使い魔君は、ここに残りたいそうだ」
 念のために張ったエアシールドを、強化しながら彼は言った。
「違……っ、そうじゃなくて、いや、そうだけど、そんなんじゃなくて!」
 ガンダールヴは、せわしなくルイスを見て、少女達を見て、ゴーレムを見ていた。
「ごめん、キュルケ! ごめん、タバサ!」
 愚かしい、中途半端な良心だった。少なくとも彼はそう思った。
 ガンダールヴが大声を出してしまったことで、巧みに身を隠していたはずなのに男達に見つかってしまう。土くれはともかく、彼女に金で雇われたものが裏のからくりを知っているわけがない、メシの種がいることに気づけば全力で襲ってくるだろう。
「行きなさいよ、ヴァリエール、私はこのオバサンに自分がオバサンなんだってことを教え込まないとダメだから!」
「時間がない、行って」
「キュルケ……タバサ……」
 強力な魔法の連撃で、二人ともかなり疲弊していることは見るだけでわかった。彼とても、ルイズの友人……殺す気まではなかったが、万が一のことがあればしょうがない程度には割り切っていた。
「早く」
 土くれの任務は、あの二人を足止めすること。彼がルイズと使い魔を連れて乗船すれば、もうここで無駄な戦いをする意味はなくなる。もちろん口には出せないことだが、急げば急ぐほど、死という最悪の結末からは遠くなるのだ。
 ルイズとガンダールヴは、もう振り返らなかった。

 目的の船を桟橋の向こうに見つけたとき、思わず安堵してしまったのが彼の油断だったのだろうか。橋の中央に、この場いてはならない存在を見て、愕然とする。
「ギ、ギーシュ! どうしてここに?!」
 使い魔の少年が、全員の疑問を代弁するかのように叫んだ。
 そう、そこにいたのはグラモン元帥の息子、ギーシュ・ド・グラモンその人だった。全身の疲労感をあらわにしながらも、顔と目を輝かせている。彼を見ると、思わずという感じで顔をしかめたが、引き下がることはしなかった。
「追いかけてきたんだよ、当たり前だろう! 時間はかかったけどね。そうしたら今晩出る船が一隻だけあると聞いて、あたりをつけて待っていたんだ」
 得意げな少年の言葉のほとんどを聞き流しながら、彼は必死に考えていた。
 あの二人が危ないと言って援護に向かわせる? だめだ、この少年もまた姫殿下の命令を受けてしまっている。しかもグラモン元帥の息子だ、この状況でわざわざ異国の人間を助けに行くことなどしないだろう。ならば、ここで倒すか? 遍在を使えば出来ないことはない。だが、ルイズとガンダールヴがいる、そしてここは遮るものがない、確実にするためには姿を現さないわけにはいかない。

 あと少し、ほんの少しだ。もう少しで、船が出るのに。
 どうする? どうすれば、あの二人だけを連れて行くことができる?

 彼は、後を追わせていた遍在を動かした。
 ルイズは、彼が遍在を使えるスクウェアメイジだということを知っている。仮面こそつけているとはいえ、姿形は彼自身のものだった。もし今、双方を関連付けられたら後がない。
 手の平にじっとりと汗が浮かんだが、もう止めることはできなかった。グラモン元帥の顔が浮かんだ、許されないことをしようとしている。謝罪すらできない恐ろしいことを。だが、それは今さらだ。
 中途半端な術では、この二人は友人を助けるために動いてしまう。

「ライトニング・クラウ……」
「敵っ?!」
「ギーシュッ!!」

 まさか。

 まさか、まさか、まさか。まさか。

 あまりの衝撃に、彼は遍在を維持するための集中力すら失った。仮面をつけた遍在が風のように消え去るのがわかったが、どうしようもなかった。
 まさか、使い魔が、虚無の使い魔が、主ではない人間を守るなんてことが。足元から、根底から何かが崩れるような気がした。頭を特大のハンマーで殴られたような気持ちだった。
 ガンダールヴは、遍在のライトニング・クラウドをその身に受けて倒れた。攻撃の目標だったギーシュという少年を突き飛ばして。
 直撃こそ免れたグラモン元帥の息子も、さすがにただではすまなかったらしく、ぐったりと倒れている。

「サイトッ!! サイトォッ!」
「ルイズ、だめだ、行こう。間に合わない!」
「嫌ッ! サイトォオォオ!」

 彼は泣き叫ぶルイズを、力ずくで引きずりながら走った。

 終



[22075] 【習作】ジャン×カトレア26(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/06 10:08
 ルイズは、船に乗り込んでしばらくした後、泣きつかれて眠ってしまった。

 狭い船室で、何度も何度も、サイトは死んでないわよね? ワルド様。大丈夫よね? 絶対に大丈夫よね? と、彼にしがみついて確認をするルイズは、あまりにも痛々しくて、見ていられなかった。この時ほど、スリープ・クラウドを使えることができれば……と思ったことはない。
 そして、そんなルイズのことを思い、気遣えば気遣うほど、ガンダールヴへの抑えきれない怒りが、彼の中にこみあげてきた。度を過ぎた感情の高ぶりは、目を曇らせ、判断を誤らせる。しかし、いかに冷静であろうとしても、次から次へと憎悪の泡はふつふつとわきでて、臓腑の中で煮えたぎるようだった。
 とても眠れそうにないので、ルイズの眠る寝台の傍に椅子を引いて腰掛ける。急遽、貨物室を改造したらしいこの船室は、窓もなく、あるものといえば、寝台とサイドテーブル、椅子くらいで、冷え冷えとしていた。

 思考はどうしても、先ほどのことに戻ってしまう。
 どうして、何故、ガンダールヴはギーシュという少年をかばったりしたのか。友人が大切だから? 思わず体が動いた? それもいいだろう、それはそれで美しい友情だ。

 普通の平民としてならば。

 これも知性ある人間という生き物を、使い魔とすることの不利益なのだろうか。
 複雑な人間の感情は、始祖のものとはいえ、使い魔のルーンでは御し得ないものなのかもしれない。

「だとしたら!」
 彼は思わず両こぶしを、強く握り締めた。
 手の平に爪が食い込むほど、強く。
 だとしたら……恐るべき始祖のルーンで強化された化け物が、主の制御を離れて自由意思で動き回ることもあるのではないか……ありえないことではない、現に彼はさきほどガンダールヴにその片鱗を見てしまった。可能性としては低いのかもしれない、だがないとは言い切れない。ならば、最悪を想定するのは当然だった。

 主人が、聖地を目指そうとしても、使い魔が反対したらどうする?

 彼は、己の思考にぞっとした。
 ルイズと、それなりに絆ができていただろうあのガンダールヴの少年ですら、あんなことをした。ならば、聖地奪回に反対する使い魔がいてもおかしくない。
 聖地奪回の助けどころか、邪魔になる使い魔。

 そんなものは、排除するべきだ。

 導き出された明快な結論。
 彼にとって大切なのも必要なのも、あくまでも虚無の使い手であるルイズただ一人である。今の今まで、主たるルイズを説得すればガンダールヴも当然従うと彼は考えていた。しかし、その考えは根底から覆された。
 人間の使い魔は、主に絶対服従ではないのだ。
 あの少年の行動は、彼には理解できない。味方だと思っていた彼が背後に控えていたからという心理的余裕があったのかもしれないが、敵が目の前にいる状態で、ルイズ以外を庇うだなどと。しかも、そのせいで戦闘不能になるとは、許されない、信じられない。
 使い魔が死亡した時は主にも何らかの影響が出るという、ルイズの反応を見る限りおそらく少年は生きているのだろう。
 あの使い魔の思考は危険だ。聖地奪回の妨げにしかならない。

 彼は、決意した。

 少年が、目的の邪魔をしてくるのならば、今度は全力で倒すことを。
 現在のガンダールヴを排したところで、次に召還される使い魔が、道理をわきまえているかどうかはわからないが、あれを存在させ続けているよりは、ましだろうと考える。
 よしんばうまく召還できなかったとしても、ルイズはレコン・キスタの最精鋭が守ればそれでいい。
 メイジ殺しとして最高の能力を持ちながら、あまりにも甘い考えの持ち主。エルフと戦う、たくさん人が死ぬと聞いただけで、そんなことはやめようと、言いだしかねない。
 殺すか殺されるか、死ぬか生きるか、どちらかしかない。そのほかの道を探すには時間がないことを、彼は知っている。今、この瞬間にも大陸が、破壊と死を撒き散らしながら浮かび上がるかもしれないのだ。ならば、己が大切だと考えるものを守るために、その他全てを犠牲にするのは当然だった。
 立ち止まれない、立ち止まったら、失ったものの重さに押しつぶされて、そこで終わってしまう。
「母様」
 細密画の母は、何も言わない。ただ微笑んでいる。生前の、あのままで。無私の愛情を注いでくれた母の命を断ち切ったのは自分だ。
「カトレアさん……」
 二度と会えない、彼女。思い浮かぶのは、やはり笑顔だけだ。聡明でどこまでも優しい彼女の信頼を、裏切ったのも自分だ。

 彼が望むものはたった二つ、母の汚名を返上することと、彼女が平穏に生きてあること。
 あの使い魔を殺したら、ルイズは泣くだろう。ルイズが泣くことで彼女も悲しみ、傷つくだろう。
 だが、しょうがない、英雄ではない彼は、全てを救うことなどできないのだから。
 母を手にかけたあの時から、彼は英雄どころか人ですらなくなった。

 いつの間にか、少し寝入ってしまっていた彼を、空賊が現れたことを伝える伝声管の声が叩き起こした。
 すぐさま立ち上がって、まだ横になったままぼんやりしているルイズを揺すりおこし、廊下に飛び出す。窓の外、自船の斜め右前方に、確かに立派な空賊船が見えた。やたらと表面を安っぽく見せているとはいえ、その速度、駆動力、大きさ、よほどの手だれがいるのだろうと知らしめるなめらかな操舵、どれをとっても、空賊らしくない空賊船が。
 装備している風石の数や純度も関係あるのだろう、あっという間に距離をつめてくる。遅れて船室から走り出てきたルイズが、外を見て息を呑むのがわかった。

「ワルド様、あれ……」
「そう、空賊だ。まずいな、追いつかれる」
 応戦は無理だと判断したのか、船が一段と速度をあげるのがわかったが、性能の差は埋めようがない。すでに、舷側に開いた穴から出た大砲が、こちらを狙っているのがわかるほどの距離である。
「貴族派かしら? ど、どうしたら……どうしよう……」
「捕らえられてもすぐに殺されることはないはずだ。落ち着いて、様子を見よう」
 間違いなく空賊は王党派の船だ。レコン・キスタが、彼らが乗っている船に仕掛けてくることはない。
 ここで王党派に捕まってしまうというのも、それはそれで予想の範囲内だった。逆に、アルビオンに降り立ってから、地道にウェールズ皇太子の居場所を探すという第一案よりも楽かもしれない。
 ややあって、接舷されたらしく、船全体を大きな衝撃が襲う。
 よろめくルイズを支えると、その体が小刻みに震えているのがわかった。無理もない、ヴァリエールの令嬢として、大切に大切に育てられてきたのだ。血なまぐさい暴力も知らず、陰湿な宮廷闘争も知らない、そのルイズを、今、戦争の只中に引き入れようとしている。
 彼は、ほぼ無意識の動きで服の上からロケットを握り締めた。

 貨物船は、戦うことなくあっさりと降伏した。
 もとより、船自体の攻撃手段はないよりはマシ程度で、乗っていた船員たちも戦闘には不慣れな者達ばかりだった。それが何故、のこのこと、こんな所まで出てきたのかという疑問は、持たれて当然だが、あえて口にするものがいなかったのは、彼の幸いだった。本当の目的は、彼と虚無の使い手をアルビオンに降ろすことなのだが、それはレコン・キスタの上層部のものしか知らない。

 空賊達により、彼とルイズは杖を取り上げられて、船員達と一緒に甲板に並ばされた。
 船長が打ち合わせ通り、船籍と船名を名乗っている。
 その一方で、荒くれ男相手にひるむことなく、「私達は貴族よ! それなりの対応を要求するわ!」とか「船に乗った目的? 観光に決まってるじゃない!」と、言い張っているルイズを複雑な気持ちで眺めながら、彼は、己の考えを確信に変えていた。
 いかに下卑た態度をとろうとも、統制の取れた動きは明らかに軍人のものだ。そもそも、たかが空賊に、こんなにたくさんのメイジが存在するこことがおかしい。中途半端に隠そうとしている杖が、逆に悪目立ちしていることに気づいているのだろうか。
 脇目も振らない王党派の最後のあがき、と、彼は思った。そういったことに気を配ることができないほど、奴らは追い詰められているのだ。

 この場にいる男達は、すべて一人の男の下に集っていた。
 相手が遠すぎて、彼からはよく見えないが、眼帯をして、髭をはやしている。
 なぜか、どこかで見たような気がした。どこかで。もっと近くでよく見るべく、どうにかして、眼帯の男をこちらへ来させることができないかと彼が思案していると、ルイズが爆弾発言をした。

「薄汚い反乱軍と一緒にしないで! 私達は王党派よ!」

 誰もが黙り込んだ。

 彼さえも、唖然として声が出なかった。
 まさかこの時点で、そのものずばりをルイズが言うとは思ってもみなかったのだ。予定としては、身代金が取れる貴族の捕虜として、空賊船に乗り込み、なんとか手を尽くして船長なり責任者に目通りできるようにする、だったはずなのに。
 口からこぼれ出てしまったものは、再び戻すことは出来ない。どうすることもできず、立ち尽くしていると、相手が先に動いた。
「……バカ正直なガキだ。こんなバカが本当に王党派なわけがない」
 眼帯のメイジだ。
「おおよそどこかの貴族のバカガキが、王家を救う英雄の幻覚でも見て、のこのことやってきたぐらいのものだろう」
 近づいてくる。
「それでも貴族は貴族、身代金くらい取れるだろう、つれて来い」

 思い出した。

 出立前、アンリエッタ姫殿下に見せられた、もっとも最近の皇太子の姿絵だ。
 眼帯と髭を取り去れば、見事に重なるはずだ。髪の色は違うが、そんなものはささいなことだ。
 ウェールズ皇太子を弑逆せよ。
 レコン・キスタから下された命令を、彼は思い出していた。




[22075] 【習作】ジャン×カトレア27(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/16 23:07
 王党派の船に、身代金の取れる貴族として乗せられた彼とルイズは、船倉に放り込まれていた。荷物と同等の扱いである。
 荷造りされているもの、むき出しになっているもの、彼には用途不明な何か……そういったものが、雑然と積まれている。最低限、食べるものと戦闘用のものだけはわけてあったが、きちんと管理できているのかどうかはわからなかった。
 これで王党派全てを賄うのは、不可能だろう。今は空賊業も、実入りが少ないらしい。
 積荷をゆっくりと見て回って、彼はそう結論付けた。

「これからどうなるのかしら……」
 しゃがみこんだルイズが、小さく呟く。
「わからない」
 下手に取り繕うことをせず、彼は正直に答えた。ルイズは馬鹿ではない、自分が思わず口にしてしまった事の重大さに気づいてしまっている。今更元には戻せず、そのまま押し通すしかない。
 相手は、少女の王党派だという発言を、その時こそさらりと流したが、どう受け取ったのかまでは定かではないのだ。
 空賊が王党派、しかも探し人であるウェールズ自身がその首領だということを、彼はルイズには言っていない。知ったが最後、ここを出せ、話をさせろと言い出すのは目に見えていたので、彼としてはこういった形で接触をさせるのは避けたかったのだ。ウェールズ皇太子の人となりは未だわからないが、空賊の頭に対する部下達の対応は、相応の敬意が含まれていたように思う。

「ルイズ」
 黙りこんでしまった少女に、彼はそっと声をかけた。
「貴族派……レコン・キスタをどう思う?」
「反逆者よ」
 明快な答えがかえってきた。
「始祖の血統に弓引くからかい?」
「そうよ」
 迷いがない。ためらいがない。貴族社会の暗部を見たことのない少女には、当然の答えだろう。そういえば、盟主クロムウェルに心酔しているマクドネルもまた、ルイズとは真逆の方向で迷いがなかった。
 彼は慎重に言葉を選びながら、話を続けた。

「……東方の国に、とても強くてとても恐ろしい王がいた。楽しみで人を殺し、気まぐれで残虐な刑罰を課した。ある時、ついに暗君の暴虐に耐えかねた人々が集まり、力を合わせて王を追い出した。人々は言った、もっとも功をあげた一人が次の王になるべきだと。だがしかし、その人物は、自分の子孫が今の気持ちを忘れてしまい、愚かな王に堕ちないという保証はない、と、ここに集まった者の多数決で国を動かしていこうと言った」
 受け売りである。彼にとっては、貴族による共和制の実現よりも、一国が軍隊を動かして聖地を求めるという方が大切なことなのだ。
「ウェールズ殿下も、姫殿下も、そんな恐ろしいことはなさらないわ!」
「もちろんだ。アンリエッタ姫殿下は心優しい、本当に可憐な方だよ。だが、殿下のご息女やご子息がそうであるとは限らない、そんな話さ」
「つまり、貴族派の言い分にも一理あるということ?」
「力ずくでというのは、どうかとは思うけどね」
「わたしには、納得できないわ。王家は始祖ブリミルの直系ですもの、それを否定するなんて、ブリミル様を否定するようなものじゃないかしら?」
「レコン・キスタの指導者クロムウェルは虚無だそうだ。これは始祖ブリミルの思し召しではないのかい?」
「それは、そうなのかもしれないけれど……でも、今のアルビオン王家を廃するというのは、間違っていると思うわ」
 ルイズは、自分に言い聞かせるように言って頷いた。自分の目で見たわけでもない、よくわからない虚無よりも、幼い頃から知っている姫殿下を、心情的にも優先してしまうのは彼にも理解できた。

 現アルビオン王家を廃した後、モード大公の遺児を玉座に据えて、貴族達による共和制を行う。うまくいけば、あともう少しで、今まで見たこともない政治形態を持つ国ができあがる。そして、盟主クロムウェルのもと、聖地を目指す。
 あくまでもこれは、もっともうまくいった場合の話である。
 まず、貴族による共和制というものがうまくいくのかどうか、彼にはわからない。貴族派というものが、実は現在のアルビオン王政に不満を持つ、単なる烏合の衆で、クロムウェルの指導者としての器と、背後のロマリアの力で持っているという可能性も高いからだ。政権は取りました、次は聖地を目指しますと旗を振って、どれほどの者がついてくるのだろう。
 いかに崇高な目的であろうとも、絵に描かれたパンでは、民衆の腹は膨れない。
 ゲルマニアの例を挙げずとも、始祖の血統というものは、もう既に絶対のものではなくなっている。

 それでも。

 それでも、聖地を奪還しようと言う意思がある限り、彼はこのレコン・キスタという船から降りるわけにはいかないのだった。

「では、虚無については、どう思ってるんだい?」
「伝説でしょう? よくわからないわ」
「聖地については?」
「ロマリアの教皇様が、聖地を奪還するとおっしゃってるのは知ってるわよ」
 それがどうかしたのかしら? なぜ今頃こんなことを? という表情で首を傾げる少女を見て、彼はこれ以上の会話を諦めた。今ここで全てを打ち明けたとしても、ルイズが信じないことはわかりきっていた。
 ならばせめて、虚無の系統だということを教えてやりたいと彼は思ったが、ワルド様までわたしを馬鹿にするの?! と、怒りだすことは明白だった。だが、少しでも心に留めておいてくれればいいと考え、話しかける。
「ルイズ、落ち着いて聞いてく……」

 扉が開いた。

 太った男が、無言で顔を出したかと思ったら、すぐに引っ込んでしまう。
 どうやら扉の外に何人かいて、話し込んでいるらしい。途切れ途切れに、トリステインやメイジ、貴族、という単語が聞こえた。そして、王党派という言葉。
 ややあって、最初に顔を見せた太った男ではなく、髭と眼帯の男が二人の部下を連れて入ってきた。思わず杖に手をやろうとして、取り上げられていることを、思い出す。
「名乗れ」
 船長ではなく、副官らしき男が言った。
「わたしは貴族よ。名を尋ねるなら最初に名乗りなさい」
 まっすぐにルイズは、眼帯の男を見ていた。
「王党派だと言ったな」
「そうよ」
「トリステインのか?」
「ええ、大使よ」
 ルイズは、空賊の頭が皇太子だというこを知らない。それなのにこのセリフとは、彼は少女の豪胆さに驚き呆れた。
 男とルイズは視線を合わせたまま、微動だにしない。
 長い長い沈黙の後、空賊の頭は急に笑い始めた。我慢できないといった風で、腹まで押さえている。
「いや、失礼、まさかこんな愛らしいレディが……」
 笑いながら男は、髭をはがし、眼帯を外す。最後にかつらをとって、だらけた着方だった服装を整える。現れたのは、紛れもなく絵姿で見たあの姿。
 すべてはあっという間の出来事だった。

「では改めて自己紹介しようか、勇気あるお嬢さん。私はアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダー。どうやら護衛の彼は気づいていたようだがね」
 ルイズの目が見開かれ、口がぽっかり開いていた。あまりといえばあまりなことに、完全に動きが止まっている。彼は、申し訳ない思いでその姿を見てから、こちらも居住まいをただして、他国の王族に対する正式な礼をし、答えた。
「確信はしておりませんでした。こちらはトリステイン王国全権大使、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢。私はトリステイン王国魔法衛士隊グリフォン隊隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドと申します」
 ぎぎっと音がしそうなほど、ゆっくりゆっくりとルイズが彼を見た。乙女の背後に、羞恥と怒りのオーラが見えるようだ。口元がひきつっている。
「席を設けてあるので、そちらで話を伺おう、大使殿」

 案内の副官を残し、皇太子達が船倉を出て行った後、やっと復活を果たしたルイズは、ポカポカと彼の背中を殴った。女性の力とはいえ、骨の部分を狙ってくるのでかなり痛い。
「痛いよ、ルイズ」
「痛くしてるの! どうして言ってくださらなかったんですか! ワルド様ッ!!」
「確信が……」
「信じませんっ!」
 さすがに悪いという意識はあったので、彼はしばらく殴られることにした。

 杖と私物を受け取った彼らが案内された所は、船長室だった。
 ルイズは、緊張した面持ちで、まっすぐ前だけを見つめて歩いていた。まるで、よそみをしたが最後、この偶然の幸運が消えてしまうと思っているかのように。
「改めて私から自己紹介いたします。トリステインのアンリエッタ王女殿下より任じられました、全権大使ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します」
 小さなテーブルを挟んで対面する皇太子とルイズ。
 皇太子の背後と、扉の横には二人の副官兼護衛が立っている。彼もルイズの後ろに、一歩分の距離を開けて立った。

 まず最初に失礼ながらと、ルイズが始めたのは自己紹介と、王家に伝わるルビーで本人を確認することだった。王女に預けられた水のルビーと、皇太子の風のルビーの間に、虹がかかる。
 彼も初めて見る王家の秘宝である。
 確かに美しい。美しいことは美しいが、秘宝と言うには何か奇妙な気がした。

 皇太子は、懐かしそうに目を細めて、水のルビーを見つめていた。
「これが殿下よりお預かりして参りました、親書でございます」
 ルイズが、恭しく封書を取り出し、差し出すと、ウェールズ皇太子はアンリエッタ殿下その人であるように、愛しげに手紙を見つめ、慎重に封を開き中の手紙を読み始めた。

 レコン・キスタの敵ではあるが、彼には、皇太子が腐敗した奢り高ぶる王族には見えなかった。
 目の前にいるのは、めったに会えない、公にもしづらい恋人から手紙を受け取り、喜ぶ普通の男だった。喜ぶといっても、それには適度に抑制がきいていて、己の立場や境遇を熟知している者の、それだったが。
 これすらも演技だというのなら、この皇太子は天才だと彼は思った。もしかしたら本当に、モード大公の事件の裏のからくりを何も知らないのか、とも考えたが、知らないこともまた罪なのだと思い直す。
 殺さなければいけない相手に好感を抱いてどうするというのか。少なくとも、この男がアルビオン王位を継いだとして、聖地奪回しようと行動し始めることは絶対にない。

 表情を消したまま、そんなこんなを思い煩う彼の前で、「結婚するのか……」と、寂しげに呟きつつも、王子は最後まで読み終えた。
「大使殿、用向きはわかりました。私としても、すぐに姫の手紙をお返ししたいところだが、実は今手元にはないのです。ご足労をおかけして申し訳ないのだが、ニューカッスル城までいらしていただけないだろうか」




[22075] 【習作】ジャン×カトレア28(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/01/02 00:37
 彼とルイズを乗せた空船は、雲に紛れるようにしながら海岸線にそって進み、数刻後にはニューカッスル城に到着した。
 途中、素人目には絶対に無理だ、衝突する、と思えるような難所をいくつも通り過ぎ、全権大使たる少女を見事な涙目にしていた。
 最初こそ、空から望む美しい景色に感嘆していたのだが、徐々に青ざめてきて、最後にはぶつぶつと「わたしもう二度とアルビオンなんて来ない……来ないったら来ない……」と呟きながら、背中を丸めて柱にしがみついていた。

 彼とても、長年の経験によるカンというものがどの職にも存在し、視界ゼロの状態でも突き出た岩場の間を飛行することは可能である、ということを頭で理解していても、小回りのきくグリフォンではない巨大な船が、自分を乗せてそんな曲芸まがいの飛行をしていれば、さすがに背中を冷たいものが伝うのはしょうがなかった。
 雲の切れ間から覗いた光景、まさしく目と鼻の先に突き出た岩場を見つけて、想像を絶する近さに思わずのけぞりかけたこともある。
 まさにギリギリ、見事な操船技術だった。

 ここまでの技能を持っていないレコン・キスタは、この難所に阻まれて、城の裏側とも言える場所に近づくことは出来ない。
 ただ城の上空を制圧して、示威行為をしながら飛び回っていると彼は皇太子から聞いた。かつてのアルビオン旗艦「ロイヤル・ソブリン」今は「レキシントン」を、レコン・キスタが手に入れたという情報は、彼も既知だ。それをあからさまに見せ付けながら、時折砲弾を撃ってくるらしい。
 アルビオン王家を守る一の盾にして槍が、一番の敵となっている今の状況、実に皮肉だった。

 城にたどり着いた彼は、ルイズと共にウェールズの私室へと案内された。
 かつては活気ある美しい城だったのだろうニューカッスルは、今現在、ひどく荒れ果てた印象だけを与えてくる。しかも、皇太子自らが、護衛の一人も連れず、最高機密でもある城内を案内するという、平時ではありえない状況だ。迎えに現れた近侍にも、二言三言小さく話しかけて追い払ってしまった。
 ガランとした、空虚な場所。
 手入れが行き届かず、端々汚れの残る長い廊下を、表面だけを取り繕った、妙に明るい表情の人々が幽鬼のように通り過ぎていく。

 国が落ちる、王家が終わるというのはこういうことなのか。

 彼は思わずトリステイン王宮が「そうなったところ」を、想像してしまい、我知らず身を震わせた。もう、かけらも忠誠心など残っていないはずなのに、金目の物が持ち出された無人の謁見室で、ぽつんと王女が玉座に座っている様を思い描き、胸に刺すような痛みが走った。
 確かにアンリエッタ姫殿下は、為政者としてはどうかという人物だが、決して悪人ではない。むしろ、それよりもやっかいな、思慮の足りない善人だが、これほどの罪を背負わされてしまうほどの大罪人なのだろうか。
 知らないということが、現実と向き合っていないということが罪ならば、この大陸の、世界の真実を知らない人全てが「知らないという大罪人」ではないのだろうか。
「……」
 揺れ動く思考を止めるために、彼は服の上からペンダントを握り締めた。
 そう、そんなことは、今の彼には、知ったことではない。

 皇太子の部屋は、一国の世継ぎであることが信じられないほど簡素なものだった。
 確かに使ってある家具や調度は品質の高さを伺わせるものばかりだったが、華美な装飾部分はほとんどなく、たまに見かける凝った作りの贅をこらしたものは、長い年月を感じさせた。
 最新の流行という観点から見れば、ラ・ロシェールのホテルにも劣ってしまうかもしれない。
 さすがにここは、掃除がゆきとどいていた。
 重厚な漆黒の机の引き出しを銀の平鍵で開ける。
 無言で傍らに立つ二人の前で、ウェールズ皇太子は、赤を基調として、表面に大小の宝石を散りばめた小箱を、中から取り出した。
「私の宝箱だ」
 笑いを含んだ声で、王子は言い、中に納めてあった文の束を、最初からゆっくりと読み始めた。
 何度読み返されたのだろう、その、ぼろぼろになった手紙の束は、読み終えた端から机に置かれ、どんどん残り少なくなり……さきほどルイズが手渡した最後の一通を残すのみとなった。それには目を通さず、そのまま静かに微笑んで、皇太子は手紙の束を丁寧に赤い紐で結わえて、ルイズに手渡した。

「明朝、非戦闘員を乗せて、最後の船が出ることになっています。それに乗船してください。最後にアンの……アンリエッタの手紙を読むことが出来て嬉しかったです、大使殿」

 ちらりと見えた小箱の内蓋には、王女の姿が描かれていた。

「確かに、拝領いたしました」

 両手でしっかりと手紙を受け取り、深々と頭を下げる。そして下げたままルイズは低い声で言った。

「殿下は……討ち死になさるのですか?」
「敵は五万、我が軍は三百、もう勝ち目はないでしょう。しかし、ただでは死ぬつもりはありません。必ず一矢報いてやるつもりです。王家の嗣子として」
「では、これを最後と……無礼を承知で申し上げます! これは……わたしの持ってきた姫殿下の手紙、これは、もしかしてっ」
「ルイズ!」
 とっさに名前を呼んで制する。
 これ以上は言ってはいけないことだった、絶対に口にしてはいけないことだった。
 あの、心豊かな姫君が、己の感情に流されて大局を見失い、落ちようとする国の王子に、自国にとってまったく益にならない亡命を勧めるなどということは。
 ありえないことではない、姫と皇太子、この二人の結びつきを間近で見て、彼は強くそう思った。
 彼の任務としては、ウェールズ王子が、トリステインに亡命しようがしなかろうが関係ない、ここで殺害してしまうのだから、だが、言わずにはいられなかった。何かに突き動かされるようにルイズの名を呼んでしまっていた。これが、平素ならば、トリステインが、アルビオンが、こんな状況でなかったならば、自分がレコン・キスタでなかったならば、この縁組を、素直に祝福できただろうに。

「……大使殿が察っせられた通り、確かにこれは恋文だ。だが、この手紙は違う、決別の手紙だ。国のため、民のために、自らの責務を果たしましょうと」

 それは誰の目にもわかる、愛する人を守るための美しい嘘だった。
 逆に、そのあまりの美しさに、彼は自らの想像が正しかったことを知った。そして、亡命と言う甘い言葉に乗ることを潔しとしない皇太子に、彼をして、自分を突き動かした何か、が、王子への敬意であることに気づいた。

 その人物を殺さなければならない己の任務。

 悲壮な決意を固める青年を、戦場で華々しく散らすこともさせず、闇から闇に葬り去ろうとしている。まさに下種の所業だ。
 言葉の裏を察して、ルイズは黙り込んだ。ゆっくりとあげた顔は、涙が滲んでいた。
「申し訳ありません、わたしにはわかりません、わたし……わたしは……」
「アンリエッタには、ウェールズは立派に戦って死んだと伝えて欲しい。そして、幸せになるように、と」
 皇太子は笑っていた。
 廊下ですれ違った人々が、顔に刻んでいた笑い。
 全てを諦め、達観した笑いだった。死を覚悟した者だけが持つ、静かな表情。
「承知いたしま……したっ」
 それだけを叩きつけるように言うと、ルイズは辞意を告げることもせず、顔を隠し小走りに部屋を出て行った。

「素直な方だなミス・ヴァリエールは。率直で、正直だ。勇敢でもある。アンはいい友人を持っているのだね」
 ルイズの後姿が消えた、扉を見やりながらウェールズは言った。
「殿下、先ほどの手紙の件ですが」
「その話は終わりだ。君は任務を果たした、それでいいではないか? この後はパーティを予定している、是非最後の賓客としてミス・ヴァリエール共々出席いただけたら嬉しいよ」
「それには、よろこんで出席させていただきます。それから」
 彼は声を小さく低くしながら、皇太子に一歩近づいた。
「内密のお話です。実は、私は殿下から別の任務を受けております。ミス・ヴァリエールはご存知ではありません」
「アンリエッタから?」
「おかしいと思われたでしょう、大貴族の令嬢とはいえ、まだ学生のミス・ヴァリエールが全権大使であることに」
 沈黙は肯定だ。

「このことは枢機卿閣下もご存知です」

 皇太子の顔が、驚愕に彩られた。
 嘘と言うものは、意外であればあるほど逆に信憑性が増すというのは、本当らしい。意外ともいえるセリフだが、口にしているのは、魔法衛士隊の隊長だ、信じないわけがないだろう。
 ここで疑われてしまっては、計画の全てが崩壊する。慎重にことをすすめるしかない。何より、この風のトライアングルメイジである皇太子を油断させ、なおかつ一対一にもっていかなければならないのだ。
「お忙しいことは重々承知しております。しかしパーティの後で、少しだけお時間をつくってはいただけませんか? ほんの少しで結構です。姫殿下よりお預かりしたものもございます」
 ウェールズの視線が揺れていた。今まさに心を残すまいとした相手からの、思わぬ申し出だ。何はともあれ内容を知りたいと思うのは当然だろう。
「わかった。最初の挨拶より1刻後に、この城の礼拝堂でお会いしよう」
「ありがとうございます、殿下。くれぐれも御内密に」
 彼は深く頭を下げた。今は、王子の顔を見ることができなかった。


 トリステインを裏切ると決めた時から、後悔はしないと誓った。
 ルイズには、少し気分が悪くなったので、席を外すとだけ伝えて別れ、今、ウェールズ皇太子の到着を待っている。パーティは実に盛り上がっていた。誰もが笑顔を浮かべ、上下の別なく肩を叩き合う。国王も王子も、穏やかな……笑みさえ浮かべてそれを見ていた。わざとハメを外し、わざと笑い転げる。虚しさと恐怖に直面してしまわないように、ただひたすら楽しくおどけていた。
 ここにいるのは、本当の王家に忠誠を誓ったものか、もうどこにも行き場のないものか。
 礼拝堂にずらりと並んだ長椅子に腰をかけて、彼はひたすら待った。準備はすでにできていた、二つのグラスと一本の葡萄酒瓶。そして、杖。
 大広間の喧騒もここまでは聞こえてこない。

 ややあって、あわただしい足音を響かせながら、待ち人が現れた。少しだけ軍服を着崩した王子は、晴れやかな表情のまま近づいてくる。
「遅くなって申し訳ない」
「いえ、わざわざのご足労ありがとうございます。まずは私からの一献、受けていただけますか?」
 並々と葡萄酒をついで、彼はグラスの一つをウェールズに差し出した。
「明日の御武運を」
「ありがとう」
 軽くグラスを掲げ、一気に飲み干す。王子のグラスが空になったのを確認して、彼は話を切り出した。
「姫殿下のお話です。実は、私は姫殿下のお傍近くあることを許されて、観劇にも供を命ぜられたことがございまして、殿下はご存知でいらっしゃるかどうかわかりませんが、少し前トリスタニアでは、とあるミシェル・カレという者の書いた悲劇がはやっていたのです」
 何を言い出したのだろうという王子の怪訝な表情をあえて無視して、彼は物語のあらすじを語った。ここより遠くのどこかの港町、そこを二分する名家の一人娘と一人息子が恋に落ちた。対立しあう両家を和解させ、結婚を認めてもらおうと奔走する二人だが、よかれと思ってしたことがすべて失敗し、ついに双方とも死んでしまうという内容である。
「姫殿下は、目を真っ赤にされて、劇を観覧しておいででした……」
「……」
「それからしばらく後のことでした、水魔法にたけた者を探して連れて参れという非公式のご命令があったのは」
 何名かの水メイジが集められ、日夜王女とともに、研究をされているようでした、と話を続ける間、王子はずっと黙っていた。
「人を仮死にする薬、だと殿下はおっしゃいました」
「……子爵ッ?!」
 片手を長椅子の背もたれに置いた王子は、こめかみから滝のように汗を流し、ぶるぶると震えていた。
「わたしは「ただの」ウェールズ様がいらっしゃればそれでいい、と、アルビオン皇太子であるウェールズ様を「殺して」、連れて来いと………………嘘ですが」
 自由にならない体をなんとか動かして、もう片方の手で、懐から小瓶を取り出した王子だったが、それ以上はどうにもならず、手にしたものを取り落としてしまう。

「全て嘘です」

 何もかも。

 彼は、王子がもしもの時のため、に、肌身離さず持っていたであろう水の秘薬入りの小瓶を踏み割った。さすが王族だ、やはり持っていた。相手の隙をつけず、一撃で死なない場合ということを考えて、彼はこの汚い方法をとった。後悔はしていない。後悔など。
 瓶の破片に覆いかぶさるように、持ち主が倒れこむ。衝撃でグラスと瓶が落ちて砕け、葡萄酒の匂いが立ち込めた。

「きみ……っ、は……」
「これは仮死の薬などではない、致死の毒です。先に謝っておきます、申し訳ありません。本当に申し訳ありません。どうぞご存分に私のことをお恨みください。殿下はレコン・キスタの間者に暗殺された、私はその場に来たが間に合わなかった……そういう筋書きです。蔑んでいただいてもかまいません。疑心暗鬼に陥って内部分裂でもしてくれれば」
「こ……のっ裏切りも……ッ」

 全てを言わせず、
 ブレイドをかけた杖で、彼は皇太子の心臓を貫いた。

 次の瞬間、

「いやああぁあぁあぁあぁあああぁっ!!」

 ルイズの悲鳴が、もっとも聞きたくなかった声が、礼拝堂に響き渡った。




感想レスは、物語を完結させてからまとめてさせていただきます。すべてありがたく読ませていただいています。
あと、二話(最後の一話はエピローグになります)、おつきあいいただけると嬉しいです。



[22075] 【習作】ジャン×カトレア29(ゼロの使い魔)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/01/08 00:30
 彼は、ひどく間延びして感じる時間の中で、少女の悲鳴を遠く聞いていた。

 どうして、ルイズがここにいるのだろう。
 最初に頭に浮かんだことは、それだけだった。虚無の使い手、トリステイン全権大使、妹とも思う少女は、あのパーティにそのまま出席していたのではなかったのか。
 明日のない兵士達のために、必死で悲壮な笑顔を浮かべていたルイズは、今は、彼の視線の先で真っ青な顔をしたまま、両手で口元をおおい、いやいやをするようにゆっくりと首を振っていた。
 ドレスを選ぶ自由もない中、せめてもの手向けとして、精一杯美しく愛らしく結い上げた髪の先が、ぶるぶると震えている。
 思わず一歩足を踏み出すと、同じ速さで、ルイズは足を一歩引いた。怯えと恐怖、困惑と驚愕といった感情が、ぐるぐると表情を変えている。

「ルイズ……」
 自分のものだということが信じられないほど、低くしゃがれた声が出て、彼は驚いた。
 打たれたように、呼ばれた少女の肩が跳ね上がり、その勢いでさらに二、三歩後ずさる。
「……ど……して……どういうこと……どういうことなの?! ワルド様?! 何があったの?! どういうことなのっ?!」
 両方の手を拳にして握りこみ、胸のあたりまで下ろしたルイズは、何度も息継ぎをしながら叫んだ。目の前の事象を信じたくないという意識の現われなのか、視線は落ち着き無く長椅子の縁をなぞっている。

「一緒に来てくれ、ルイズ! 僕には君が必要だ! 君の力が必要なんだ! 頼む」

 考えていた万の説得の言葉も、千の懐柔の言葉も、もはや意味がない。理由を語る言葉すら失い、どうしようもない事態に口をついて出てきたのは、あまりにも受け入れ難い、バカのように自分の望みだけを口にする、単純そのものの言葉の羅列だった。

「わからない……わからないわ……」

 ルイズの瞳から涙がこぼれおちて、彼の心を切り裂いた。いっそ、裏切り者と叫んで断罪してくれた方がマシだったと思えるほど、虚無の使い手たる少女は、落ちる涙もそのままに「どうして?」だけを繰り返した。
「どうして? どうして姫殿下を裏切ったの? どうしてトリステインを裏切ったの? どうして……わたしを騙したの?」

 答えはあった。
 ルイズの問いに答えるだけのものは、確かにあった。しかし、それが今、いったい何になるだろう。もどかしい思いのまま中途半端に手をのばすと、顔をそむけられた。

「とりあえず一緒に来てくれ、そこで説明する」
「ねえ、ワルド様……」
 こんな状況になっていてさえ、未だ自分のことを様をつけて呼んでくれるのか、と、心を緩めたことが油断だったのだろう、ルイズの次の言葉は、彼の動きを止めた。

「……ちいねえさまは……どうするの……?」

 どうして、ではなく、どうするの、ほんの少しの言葉の違い。
 瞬間、固く鎧っていたはずの彼の心の中に、彼女の声、彼女の姿、彼女の眼差し、彼女の指、彼女の笑顔、全てが、一気にあふれ出した。
 余命短い彼女の、儚い優しい笑顔。
 守りたいものだった、今、この世に生きてある全てのものの中で、彼が心の底から、何を犠牲にしても守りたいと願うものは、それしかなかった。
 大陸が隆起すれば、それは実際の寿命よりも早くに失われる。

「……ミス・フォンティーヌは……君の父上と、君に近づくために利用しただけだ」

 嘘だ。
 全て嘘だ。つい先ほどから、彼は嘘しかついていないような気がした。しかも、今度のは最悪の嘘だった。この嘘を、ルイズが信じてくれることを、彼は心から願った。裏切り者で暗殺者の、最低男が、愛する姉と親しい友人であっていいわけがない。ああ、自嘲の笑いが、薄笑いに見えるといいのだが。

「嘘つきっ!」

「……」

「嘘つきっ! 嘘つきっ! わ、わたしが、何もわからないとでも思ってたら大違いよ! ……ねえ、教えてワルド様、何か理由があるのでしょう? どうしようもない理由があるのでしょう? あるのよね?! そうだと言ってッ! お願い……お願いよ、ちいねえさまを悲しませないで……」

「バカなこと言うな、ルイズ! そいつは裏切り者だっ!」

 礼拝堂に、今宵4人めの闖入者が現れた。虚無の使い魔は、インテリジェンスソードを構えたまま扉を蹴り倒し、ものの数歩で主の前に立った。怒りと憎しみの感情を隠すこともせず、彼を睨みつけてくる。生きていたガンダールヴは、彼が友人の命を狙った仮面のメイジだということに気づいたようだった。
 ここにきて、動転していてすっかりおろそかになっていた遍在とのつながりを彼は強化しなおした。
 パーティが始まる前、レコン・キスタの総攻撃が楽になるように内部工作するため、火薬庫と武器庫に待機させた二体の遍在達が、ニューカッスルにたどり着いた風竜の存在を伝えてくる。考えるまでもない、ガリアの娘の仕業だ。船やグリフォンでは難しくとも、風竜ならばあの難所を越えることは可能かもしれない。
 使い魔が生きていたことを知ったルイズが、目を丸くして、今度は喜びの涙を流している。飛びつかんばかりのそれを、制して、ガンダールヴは油断なく主の手を引き、己の背後に押し戻した。

「死んだと思っていたよ、使い魔くん」
「あいにくと往生際が、悪いんだ」

 共に風竜で来たのは、ガリアとゲルマニア、そしてグラモン元帥の息子。どうやらガンダールヴだけが先行してやってきたらしいが、異変を感じればすぐさま彼女達も、城の者も集まってくるだろう。もはやためらっている時間は無い、彼は火薬庫と武器庫に油をまき、火をつけた。風を送り、さらに燃え広がるようにする。
 なるべく派手に、城に残った者の多くが集まってくるように。城内を混乱させる。その間も、彼は時間を稼ぐために、使い魔の少年とくだらない会話を重ねていた。
 遍在二体は、そのままガリアの少女達の行動を阻害するとして、出せる遍在はあと三体ほどだろうか。

「主であるルイズを放りだして、あの少年を庇ったくせに、「今度は守る」とは、いったいどの口が言うのだろうな」
「あんたに言われたくないぜ」

 遍在二体を維持していた時間が長すぎたのか、魔力の消耗が予想以上に大きい。
 隠れて行動するために、かなり時間をかけて仕込んでいたのがこの場合裏目にでたということだろう。今も、細い川筋のようにゆるやかに、だが確実に魔力が流れ出していくのがわかる。二体をいったん消して、ここで再構築するかとも考えたが、すぐに却下した。ガリアもゲルマニアも一筋縄でいく相手ではない。その行動を制御するすべを失うわけにはいかなかった。

「来い、ガンダールヴ。今度は全力で相手をしよう」
「うるせえ、地べた這いつくばるのは、お前の方だっ!」

 使い魔は、突き飛ばすようにルイズをさらに後に押しやると、長椅子の上に足をかけて飛び上がり、はるか頭上から剣を振り下ろしてきた。

「エア・ハンマー」

 前だけを見ていて、隙だらけのガンダールヴの右横腹を狙い、彼は魔法を撃った。しかし、さすがは伝説の使い魔らしく、驚愕の表情を浮かべながらも、体をねじり剣を風の塊にぶつけ、その衝撃を受けてあえて自ら左横に飛ぶ。その着地地点で彼は待ち、ブレイドをかけた杖を薙ぐように振りぬいた。
 じぃんという硬い金属音が響く。
 あの体勢で、杖を受け止めたのだと理解するより前に、彼はさらに動いていた。エア・カッターを、死角に入りつつ連打する。
 少しだけ、時間と軌道を変えて重ねるように放たれたそれは、一撃目を受けるにしろ、かわすにしろ、二撃目に対応するのは難しいものだ。

「せぇいっ!」

 振り返ることすらせず、振られた剣。
 発動したはずの魔法が、消えた。
 吸い込まれたようにも、見えた。
 ガンダールヴの持つ、剣。
 デリフリンガー。

「伝説の……剣か」
「遍在っていうの? 本当になんでもありだな、マホウノクニは」

 魔法を無効化する、まさに伝説の、ガンダールヴのための剣だ。
 それはそれで見事で素晴らしいものだが、敵対する彼にはやっかい極まりないものだった。魔法の優位があまり当てにならなくなった今、残っているのは数の優位だけだ。しかし、全力で戦える時間は、刻一刻と少なくなっている。
 戦いの妨げになるので、例の二体とのつながりは切っているが、どうやら戦闘に巻き込まれたらしく、どんどん魔力が引き出されているのだ。
 ちらりとルイズを見ると、未だ迷った表情ながら、いつでも魔法を使えるようにしっかりと杖を握っていた。使い魔を、守る気なのだろうか。

 不意に、とてつもない徒労感が、彼をおそった。
 自分はいったい、ここで何をしているのだろう。

 戦場での迷いはそのまま隙になる。鋭くそれを察したガンダールヴは、すぐさまそこに切り込んできた。剣を振りかぶり、まっすぐに突っ込んでくる。
 彼は、避けずに、こちらから向かっていった。
 その背中を、ウィンド・ブレイクの呪文を使い、前に弾き飛ばす。始祖のルーンで強化された人間よりもさらに早く動くには、これしかなかった。
 しかし、それすらも足りないと感じた彼は、その勢いのまま、ブレイドをかけた杖を矢のように打ち出した。これで武器はなくなり、魔法は使えなくなる、だがこれは遍在、役に立たなくなれば、そのまま消してしまえばいい。
 狙うのは、使い魔の心臓。

 しかし、届くはずだったそれは、至近距離で爆散した。
 攻撃手段を失った遍在が、伝説の剣に裂かれて消える。

「ち、やっぱコピーの方かよ。ルイズ、ありがとな、助かった」
 視線は油断無く彼に固定したまま、声だけは明るく、ガンダールヴが言う。それを聞いて、再び彼をどうしようもない徒労感がおそった。使い魔としてはあり得ない考えを持つガンダールヴを、ルイズは信頼しているらしい。二人の間には、確かに絆のようなものがあった。そして今、使い魔はルイズを守ろうとしている、大切な存在として。
 ならば自分もまた同じだけの思いで応えなければならないと、彼は考えた。聖地を望むために、母の汚名をそそぐために、彼女を守るために。
 ルイズの虚無の力、それが聖地へ行くための、大隆起を防ぐための鍵になる。

 彼は、最後の遍在を作り出した。城内のかく乱に使っていた二体も、いったん解除して、ここで構築しなおす。自身をいれて、5人、その内の一人で、床に倒れたままの皇太子の遺体を担ぎ上げる。
「ウェールズ殿下をどうされるのっ?! もう亡くなっていらっしゃるのよ!」
「持ってこいと命じられただけだからな、何に使うのかは知らない」
「そんな……ひどい」
「だから言っただろ、ルイズ。こいつは裏切り者だって!」
 命令は、アルビオン皇太子、ウェールズを弑逆せよだけだった。今のは彼が勝手に作った命令にすぎない。こうすれば頭に血の上ったガンダールヴは、ウェールズを抱えた遍在に向かっていくと考えたのだ。このまま逃走する様子を見せれば、間違いなく使い魔もルイズも、「ウェールズを抱えた自分」が本体だと思うだろう。
 それが狙いだった、ガンダールヴが近づいた時、ウェールズ皇太子の遺体と遍在を巻き込んでカッター・トルネードをかける。伝説の剣がどれほど魔法を吸い込めるものかはわからないが、スクウェア・スペルで導き出された竜巻全てを無効にできるはずがない。もしできたとしたら、直接使い魔を狙わず、城壁を叩き壊して、外に放り出す。
 落下の物理的衝撃はさすがの魔剣も、どうしようもないだろう。

 考え付いた全てで、彼は相対した。

 そして、敗北した。

 やめて、と、叫んだルイズに。

 捨てたはずのどんな心が残っていたのか、今はもうわからない。

 左腕を切り落とされて。



 大混乱の中、どこをどう歩いてここまできたのか。
 瓦礫の中に、少しだけ開けた場所を見つけ、彼は腰をおろした。応急処置として簡易な水の魔法薬で出血だけは止めたが、流れ出た血は想像以上に多かったようで、体が変に重く、視界が暗い。生き物は、怪我で死ぬのではなく、怪我をしたという衝撃で死んでしまうことがある……と、教えてくれたのは彼女だった。
 戦闘は既におこっているはずなのに、何も聞こえない。魔法を使いすぎたことによる疲労もあり、頭と目の奥がじんじんと痛む。呼吸することすらおっくうになりながら、彼は中々思った通りに動かない手を、肌身離さず身に着けているペンダントを取り出した。
 ふと、今なら、誰もいない今ならば、ずっと心の奥に秘めていたことを、口にすることが出来るような気がした。
 愚かなことをしているとは思ったが、開いた口は閉じてはくれなかった。

「カトレア……

 愛してる……あいし……てる……」

 ペンダントの中、母の画の下にずっと隠してきた、愛する女性の細密画を見つめて、彼は小さく囁き、そのまま意識を闇に落とした。





[22075] 【習作】カトレア×ジャン30(エピローグ)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/01/09 00:14

「カトレア様、風が出てまいりました。そろそろお帰りくださいませ」

 侍女頭のアデールに声をかけられて、ぼんやりとしていた彼女の思考は現実に引き戻された。
 今日は、珍しく天気のよい日で、しかもこれまたあまりないことに体調もよく、大勢の動物と侍女と近侍達を連れて、彼女は近くの野原まで散策に来ていた。
 しかし今、到着した時には澄んだ青だけを見せていた空が、白と青のまだら模様になっている。確かに、風も強くなっていた。ほとんど力づくで無理やり着させられた厚い上着についたのフードを飛ばすほどではないが、首筋から飛び出した髪を乱雑に吹き流そうとしている。

「そうね……でも、もう少し一人にしておいてくれるかしら?」

 忠義な召使は、目を伏せて一拍おくと、了解した旨を伝えて静かに下がった。あの事件以来、彼女は館の誰にも、腫れ物を触るように扱われている。見張られているようで、うっとうしくもあったが、気遣われていることがわかるだけに、辛さが先にたった。

 ワルド子爵領は、トリステイン王家直轄地となり当面の間の管理は、宮廷の人材不足ということもあり、隣領でもあるヴァリエール家に一任されていた。
 仕えていた使用人たちの大半は、レコン・キスタとの繋がりを入念に調査された後無罪放免となり、ヴァリエール公の格別の厚意もあり、いくばくかの金銭を持たされ館を去っていった。
 ルイズは……何もかもを見ていたはずのルイズからは、「きっと何か理由があった」ことを強調する短い手紙だけが届いた。
 裏切り者の隊長を戴いていたグリフォン隊は解隊され、ある者はそのまま職を辞し、ある者はマンティコア隊に入ったという。

 辛く、寂しく、悲しいことは確かだったが、その奥底で、彼女の心は少しの喜びを感じていた。

 これで、もう、ルイズの隣に立つ彼を見なくてすむのだ。

 まず最初に思ったことはこれで、直後、彼女はそんな醜い自分の心を恥じた。だが、恥じて隠そうとしても、自分自身に嘘をついて隠し切ることなどできなかった。
 彼女は妹に嫉妬していたのだ。
 本当は、叫びだしたかった。「あなたには、丈夫な体があるじゃない、どこにでもいける足があるじゃない、未来だってたくさんあるでしょう?! 大好きな人の子供だって産める……だから、お願い、わたしからジャンを取らないで!」と。
 愛する妹、本当に心から愛している、ルイズの笑顔が大好きだった。だが、それと同時に憎んでもいたのだ。

 口に出すことは、もちろんできない。
 未来ある彼を、先のない彼女が邪魔するわけにはいかなかった。重荷になど、なりたくはなかった。だからこそ、自らルイズを彼に近づけた、何くれとなく理由をつけて、彼らを二人きりにしようとした。自分が無理ならば、せめて自分が愛する妹と幸せになってほしかった。たとえ義理の姉弟でも、そこに確かな繋がりができるから。
 二人が仲良く言葉を交わすたびに感じる胸の痛みを、無視し続けた。
 彼女が「お願い」をすれば、父はどんな手を使ってでも、娘をワルド子爵夫人にしたことだろう、だがそんなことは絶対にしたくはなかった。幸薄い娘にかける親の愛情とはいえ、権力で彼を縛る、そんなことはできなかった。

 今更に悲しみが満ちてきて、彼女は両手で顔をおおった。
 どうしてあの時、自分はついていかなかったのか、わたしも一緒に行く、との、ただひとことが、言えなかったのか。次の日にこの身が冷たくなったとしてもいい、たった一度の彼の本心……今となってからわかることだが……に、どうして応えなかったのだろう。

「もう……会えないの……ジャン?」

 何もかもが手につかない、見せる約束だったあの書物の執筆さえ。
 あれからまたさらに彼女は痩せてしまっていた。食欲も無く、生きる意欲もなく、このまま花がしおれるように亡くなるのではないかと誰にも危惧されていた。

「会いたいわ……会いたいの……」

 ふと、動物達がざわめいた。漣が走るように奇妙な何かが、伝播していく。
 さすがに何事かと思った彼女は、敷物の上に立ち上がって頭をめぐらせた。特に変わった様子はない、風がさらに少しだけ強くなったぐらいだ。気のせいだったのだろうかと、再び腰をおろそうとした時、フランが鳴いた。

 二度、三度。

 彼女は、呆然としてそれを聞いていた。

 鳴かない。

 フランは、あんな甘える声で鳴いたりしない。

 自分と、

 彼、

 以外には。

 彼女は、思わず体のことも考えず、走り出した。アデール達が何か言っているが、もうそんなことはどうでもよかった。
 フランの前に、銀色の鏡のようなものがあった。使い魔召還のゲートだと、知識でしか知らないことだが、彼女はそう理解した。この向こうに彼がいるのだ。嬉しそうに鳴いているフランは、ためらいもなく銀盤に体をつっこんでいった。

「ま、待って! いかないで! お願いッ! ジャン! ジャン!」

 消える。
 消えてしまう。
 なのに、ここにきて体が思うように動かない。
 間近まできて、倒れこんだ彼女は、必死に手を伸ばしたが、掴まるものもなく、むなしく空を切った。
 後ろから抱きあげられて、振り払おうとして失敗する。
 彼がレコン・キスタに通じていたと聞いた時ですら出なかった涙が、こぼれて、溢れて、視界が歪んでぼやける。

「わたし……待っているから。ずっと待っている、そしてどこかへ一緒に行きましょう。どこまでもついていくわ、どこにでも……」

 グリフォンの尾羽を飲み込んで、銀の円盤は、ますます小さくなり、人の頭ほどになり、拳ほどになった。
 声は届いたのだろうか、どの書物にもそんなことは書いてはいなかった、だが彼女は絶対に伝わると信じていた。

「ジャン、愛してる……愛してるわ……」

 召還ゲートが、彼女の目の前で静かに閉じた。





 ありがとうございました。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.022515058517456