自身を偽って生きていたと、最後になり悟る。
己を捨て我欲を捨てて、御国のために体を張れる男だと。
それが務め。男児たる矜持だと。
御国のため、天皇のため。
それすら体の良い言い訳であった。
分かって見れば、否分かってはいたのだ。
単純なこと。ただ愛する者が、守るべき者がいた。ただそれだけ。
待つ意味も無い、待つ意味“が”無い。何故ならこの任務に帰り道など無いのだから。
言い聞かせても只ひたすらに待っていますと言い張る人に、お幸せにと一言残して背を向けた。
己を律して、誇り高く死んでいけると思っていた。
恥じることなく、思い残すことなく逝けると思っていた。
……死にたくないと、貴女の側にいたいと最後の最期で思ってしまった。
只々自分が情けなかった。
……その日一つの若い命が空に散った。
――2010年、日本。
とある街中を一人の青年が歩いていた。
彼が明確な意識を持ったのはいつの頃だったか。
一つか二つ、まだろくに言葉も喋れない歳である。既にその時、彼には明確な意思と幼児にしては膨大な──膨大過ぎる記憶があった。
記憶を保ったままの転生。
事態を理解したのは少し後。初めは困惑し焦躁し恐怖した。
それもやがて消え、最後に苛立ちだけが残った。仏を罵り神を呪い絶望した。
戦争に負け、神は人になり、国は発展した。
時代が変われば人も変わる。今の世の気風が嫌いな訳ではない。正直苦言を提したいこともあったが我慢出来なくはない。
英霊になりたかった訳ではないし、輪廻が嫌だった訳でもない。
だが何故、何故記憶を残したのか!
彼の人の笑顔を思い出す……
待っていますと言う言葉も五十年が過ぎれば時効であろうと。分かってはいる、分かってはいるのに。
幸せになっていて欲しい。その気持ちに偽りはない。
だがあの笑顔が他の人に向けられている姿を見て、自分は果たしてそれでも祝福出来るだろうか。
疑問に思う時点でそれは嘘偽りなのではないのか。
彼女の幸せより自分を待っていて欲しい、そう思っているのではないのか。
そもそも行方が知れるとも限らない。
そして行方が知れないかもと思いホッとした自分がいるのを知り、また自己嫌悪する。
醜い記憶を持ったまま醜い男そのままで転生してきた。
運命を呪い、己を呪った。
難しい顔で悩み続ける彼の幼児期は幸福なものでは無く、周りからも特異な子だと心配された。
だがそんな彼も小学生にもなると、それなりに忙しくなる。
何より同年である少年少女達は危なっかしくて、とても黙って見てはいられないかった。
その頃には妹と弟も出来て、自然面倒を見るはめになる彼は、やがてそれに忙殺される。
幸い人の世話をしている間は悩むこともなく、段々と本来の性格を取り戻していった。
中学に上がり第二次成長を迎えると、自分にもまだ精神的に成長する余地があるのだろうかと思い一人苦笑した。
そして高校を出て過去の自分より年上になった時、漸く彼は迷いを捨てた。
嘆くのを止め、過去を忘れ、新しい人生を歩いて行こうと一人決心した。
今度こそは今生こそは誇り高く、恥じることなく生き抜いてみせると。
そんな折、一人の少女に告白をされた。
幼な友達ではあったが妹の様にも、娘の様にも思っていた少女であった。
いや既に彼女は少女と呼ぶのは失礼な年齢であるが。
今までだって女性を避けて来た訳ではない。
真面目で泰然とし面倒見も良い、さらに際だって大人びていた(当然である)彼は、嫌う輩もいたがそれ以上にモテた。
当然何度も告白されたが、彼は誰とも付き合うことはなかった。
それは彼女らの精神が幼く見えたのもあろうが、何より真剣だとは到底思えなかったからだ。
女性に対して興味も性欲も人並みにあったが己を律して生きる彼が、己を恥じて生きる彼がそれを表に出すことはなかった。
よく言えば古風、悪く言えば堅い男であった彼は、未だ誰とも男女の関係を持っていなかったのである。
幼い頃から隣にいた少女は当然そんなことは承知しているはずだ。
だからこそ本気であると思った。
伊達や酔狂でこんなことを言い出す性格でないのは自分がよく知っている。
真剣に考え、受け止めなければならない。
そして真剣に考えれば思い出すのは当然……
彼の人の笑顔……
待っていますと泣いてた顔……
今でもそれは脳裏に焼き付いている。
そして彼は今、過去に決別し現代(いま)を生きるためこの街に来ていた。
彼女の消息を探る。それがどんな結末があろうとも受け止めて見せる。
そして、そしたら、あの少女に返事をしようと。
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