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[21917] 【習作】タキシードとおとぎばなし(Muv-Luv×GunSword)【不定期更新】
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:cd0c2f37
Date: 2012/01/01 22:15
 前書き・表題・目次のページです。

 この作品は【冒頭・本編・ネタ枠】の構成となっており、またネタ枠に関しては時系列不明のため階級や登場人物の性格が変わっていることがあります。

 その他改変もあるかと思いますが、アンチを意図したものではありません。

 内容に関しては物足りないと思われるかもしれません。

 またGunSword側に関しては物語終了後ですのでネタバレを多少含みます。

 読まれる際は時間の消費とそれらの点をご了承下さい。



 [9/15]に初投稿
 [9/22]に前書き作成
 [10/14]に【ネタ】を表題から削除
 [12/9]にご指摘があり【習作】を表題に明記[同日22:40]
 [5/21]に更新再開【不定期なのは変わらず】
 [1/1]に更新再開【相変わらずの超不定期】



[21917] タキシードとおとぎばなし 1
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:cd0c2f37
Date: 2010/10/14 21:08





 遠く遠い宇宙の辺境、光でさえも絶望するほど離れた僻地。

 荒野に夢、町に暴力が溢れるならず者どものパラダイス。

 惑星エンドレス・イリュージョン。

 所詮は、宇宙の吹き溜まり。

 しかし、流刑地であったこの星には世界規模で騒乱があった。

 復讐者と底知れない善人との物語である。

 怒りを知らず愛を説く男と愛を失い怒りに生きる男の夢である。

 だが、そのどちらの夢が叶ったにせよ、男たちのその後を想像することは出来ない。

 目的を果たし、失い、叶え、水泡に帰した後、彼らは一体何を見るのか。

 ここは宇宙の最果て、惑星エンドレス・イリュージョン。

 かつて復讐に生きた男は、目的を喪失しながらも彷徨い続け……

 唐突に、その消息を絶ったのだった。

 男の知り合いは誰もがいつものことと笑い、帰ってきたときを思って話に花を咲かせていた。

 その期待を裏切ることなく、一年後。

「何か食い物と……調味料を、ありったけ……それとミルク、も……」

 などと言いながら長身をばたりと倒す男の姿を皆で笑うのだった。






 男は荒野に転がっていた。

 冷たい感触と土の匂いから目の前にある青色が空だと分かるまで数秒を要し、理解が及ぶや否や空腹を思い出した。

 ひょろりとしたその痩身は枯れ木を連想させ、こけた頬や生気の無い瞳がまるで死人のようであった。生きていることを表す唯一の主張なのか、

腹の虫だけは男の様相に似合わず元気だ。

 どう見ても行き倒れであるが、黒のタキシードを着た行き倒れというのは早々あるものではない。ましてや、男の腰にはそこそこ値の張りそうな

銃のようなものが下がっているのだから、無一文というのも怪しい。

 服と同様黒いテンガロンハットを押さえながら男はフラフラと立ち上がり、燦々と照りつける太陽をしばし睨み付け……ふと気づいた。

「ここ……どこだ……?」

 記憶にある日差しと比べて随分弱弱しい太陽に首を傾げ、眠そうな目を正面へと向ける。長身だが猫背故にそれほど高くない視界で周囲を探り、砂煙を見つけた。

 歩いていけば半日はかかりそうな距離で起こった砂埃だったがそれは徐々に男へと近づいてきており、ぼんやりとしていた男はさり気無く腰のモノへと手を伸ばしていた。

 凄まじい速度で近づいてきたのは、見上げるほどの巨大な物体だった。傍にいるだけでその大きさに威圧されそうなものだが男は変わらずとぼけた様子である。

「あの~……すいませ――」

《どうしてこんなところに民間人がいる……貴様、一体どこから紛れ込んだ!?》

 巨大な人型から発せられる怒声に男は肩を竦め、ボソボソと返答する。

「知らない。気がついたらいただけだ。すぐ帰る」

《帰る!? まもなく戦場になるこの場所から生身で生きて帰るつもりか……ハハッ、ルーキーなどよりよほど腹が据わっているな!》

 怒声の中には、愉快と取れるような明るい声質が混ざっていた。

「それじゃそういうことで……んぁ?」

 独りで納得を始める何かに男は踵を返し、その途端に地中から飛び出してきたソレへ怪訝そうな声を上げた。

 黄色がかった歯が異様な、人型に近いがパーツとは関係なしに化け物と呼ぶより他にないソレ。

《兵士級ッ、いつの間に……い、いけない、逃げなさい!》

 戦慄した声が拡声器に乗って大気を渡る。網膜投影システムが血の惨劇を届けるまで最早幾許もないと彼女は信じ、己の不手際を呪いながら照準を向け、

「おいおい、食うならともかく食われるのはごめん、だな」

 男がいつの間にか手にしていた蛮刀でその強靭な顎による噛み付きを防いでいるのを目撃するのだった。

《うそでしょ……?》

 意味も無く目を擦ってみるが地味に痛いだけで映像に変化は無かった。そうこうしているうちに男はソレの顔を横殴りに蹴飛ばし、蛮刀を開放するや相変わらず

眠そうな目を彼女へと向けた。

「思わずやっちまったが、どうすりゃいい?」

《ば、馬鹿なこと言ってないで早く殺しなさい! 貴方死にたいの!?》

 女性の声を受けるようにソレは間髪入れずに立ち上がり、男へ再び牙を向いて襲い掛かる。が、それさえ先ほどの焼き増しか、

茫洋とした雰囲気からは考えられないほど俊敏に動く彼の敵ではなかった。

「……だとよ。そういうわけだから、てめぇに恨みは無いが……」

 ギリギリと音を立てるソレであったが男はビクともせず、訥々と言葉を紡いで蛮刀を振るう。彼女から見れば剣術の"け"の字さえ見えない荒々しい一振りは、

しかし、彼女が知る中で最上級の切れ味を披露し、兵士級と呼ばれたソレは二つに両断されて地へと転がった。

 装備と呼べるものを殆ど持たずに人類の天敵を打ち倒した男に対して女性は戦慄を禁じ得ず、思わず己の頬を抓る。

 無論、痛い。

「なんだ、やけに柔らかいな」

 そんな女性の衝撃など露知らず男は絶命した何かをちょんちょんと突いていた。

《あ、貴方……一体何者……?》

 震える声が堪らず口からこぼれ出た。拡大されたその声を聞いて男は振り返り、

「俺か? 俺はヴァン……人呼んで、夜明けのヴァンだ」

 何でもないように応えた。

 その動作に、ハットに結わえられたリングが涼しげな音を立てる。

 始まりか終わりを告げるように。










 以下はネタとした浮かんだものを徒然と。




「初めて聞いた時は、『ああ、働かせすぎて壊れたか』って思ったわよ。だってそうでしょ? 生身で刀一本で兵士級を難なく倒す男だなんて

……そんなの真面目に報告されたって、ねぇ。んなこと出来るのがいるだなんて聞いたことはあったけど、ホラばっかだと思ってたし。

けど、まさかこの目で見ることになるなんてね。ま、あたしはこの目で見たものまで信じないような馬鹿じゃないし、それはそれで話が早くてよかったんだけど。

無職で困ってたみたいだし向こうにしても渡りに船だったんじゃない? ……にしても、あの味音痴だけはどうにかならなかったのかしら。

おいしくないのは分かるけどあそこまでされると流石に引いたわね」




「今までのループにはいなかったあの人のことが、俺はあまり好きじゃなかった。向こうもどういうわけか俺のことを

いきなり馬鹿兄貴呼ばわりしてきたし、彩峰以上の規律違反に協調性絶無ときて仲良くなれないとあの時は思ったんだ。

先が読めない不安とか他にも色々あって余裕が無かったし、そうこう悩んでる俺の横であの人は高鼾か知恵の輪遊び。

頭にきて修正してやろうと思っても白兵戦の実力は折り紙つきでちっとも敵わず仕舞い……けど、だからって負けを認めたわけじゃないんだ。

俺は、いつか絶対にあの人に勝つんだって。……強さの秘訣って牛乳だったのかなぁ。毎日飲んでたし、あの人」




「私にとってリーディングは忌むべき能力でしたが、同じくらい頼りにもしていました。けれど、あの人の心は殆ど読めなくて焦りました。

いえ、正直に言えば恐ろしかったです。BETAと生身で戦えるだけの力を持った人の考えが分からないというのは。

それが普通なんだとタケルさんは言ってくれました。あの時のことは今でも思い出せる大切な思い出の一つです。

たまに読めた時に見えたあの人の暖かい色と冷たい色……あれは一体誰を思っていたんでしょうか。強く、強く人を好きに思って。

ソレと同じくらい憎く恨んで。今でもよく分かりません。……あと、あの人が時々言っていたドーテーってなんのことでしょうか?」





「剣で負けることなどそうは無いと思っていたが、あの者は凄まじい腕前であった。剣術とは口が裂けても言えぬような獣めいた剣であったが、

あれが恐らく彼の者が戦場を生き抜きながら磨き上げた己が牙だったのであろう。その雄雄しさを前に術理がどうだと小手先の技が

どうだと言っていたのが私の敗因に違いない。あの者に出会わず戦場に出ていれば私はいずれ命を落としていただろうと、

時折見る夢を前に思うのだ。今でも私の剣が届くようには思えぬが、さて、あの者は変わらず傍目には気の抜けた様子で

立体パズルとやらを弄っているのであろうな。……しかし、結婚か。幸せで、幸せで、幸せの絶頂……ううむ、よい言葉だ」





「何だか馬鹿にされてるような気がして合わないと思ってたわ。こっちが真面目に頭使ってるときにもあの人は食べるか遊ぶか寝ている始末で、

教官も手を焼いていた感じだったし、後の無い私たちにどうしてこんな荷物を……って、正直言って副司令のことを恨んだわ。

彩峰だけでも頭が痛いって言うのに、そこに白銀とあの人、地獄のトリオよ、全く……でも、三人ともやるときはやるから、

今の私が昔に戻れたら茹だってる自分に力を抜けって言えると思う。私が考える以上に三人は結果を出せるんだって。

皆でやれば出来ないことはないんだって。……なによ、少しくらい綺麗事を言ってもいいでしょ。ええそうよ、始末書とかもういいのよ!」





「戦場においては上官、基地においては教え子でした。白銀と並んで扱い辛い人だったわ。始めは夕呼の嫌がらせかと思うくらい色々と……

い、色々と。ぅん、まあ今だから笑って言えるようなことがあれやこれやと。でも白兵能力だけは極東一……いえ、世界一だったのかもしれないわね。

突撃銃で撃ち込んでも全部切り払えるとか、初めてみた日は夕呼の改造人間かもしれないって本気で思ったもの。

普段のボーっとした姿からは考えられないくらいカッコい――ん"ん"ッ、凛々しくて、あれで追っかけになった子も多いんじゃないかしら。

……て、手は出さなかったわよ! そこまで私だって飢えてないし……ほ、ホントよ?」




「私にとってあの人はちょっとおかしくて冷たくて、強くて優しい人でした。花を植えるのを手伝ってくれたのにあの狙撃の時は何も言ってくれなくて……

そうですね、タケルさんとはまた違った優しさのある人だったのかもしれません。あの人はよく自分のためだって言ってましたけど、

それだけの理由で戦えるとは今でも思えなくて、皆のことを助けてくれたのは事実ですし……ああ、やっぱり始めの訂正します。

あの人は優しくて強い人です。どうしようもなく不器用で花を植える時ももう無茶苦茶で……あのパズル、ホントに解いたことあったんでしょうか」




「ボクよりサバイバルが得意な人なんて父さんくらいだと思ってたけど、意外にいるんだね。あの人、飲まず食わずでも割と平気だって言ってたし、

遭難しても間違いなく生存確率が高いよ、うん。胸に大きな痣があって手術した後だって言ってたけど、アレってきっと刺青だよね。

胸を開くような大手術してあんな立ち振る舞いが出来るわけないもん。あ、でも、よくタケルが模擬戦だぁ、って

突っかかってたのをあしらってたし、もしかしたら獅子の心臓とかに入れ替えてたのかも。って言うかそうじゃないと納得いかないことが多いんだよね、あの人。

……どうしたの、そんな顔して?」





「あの人は本物の一匹狼だった。あたしはきっと独りじゃ生き続けられなかっただろうけど、あの人は周りがどうなっても

どこででも生きていける……そんな気がしてた。タケルみたいにお喋りじゃなかったからあんまり詳しいことは皆も知らないけどそれだけは確信してる。

だって、殴られたら殴り返すって、殴られなくなるまで戦うって、それだけははっきり即答してた。あたしは、そこまでなれない。

そこまで強くならなくてもいいって……ごめん、今のなし。

ん、なに? ああ、あの人のこと? タケル考案のヤキソバパンっていいね。飢えた狼だってイチコロデスヨ」








[21917] タキシードとおとぎばなし 2
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:b0544997
Date: 2010/10/14 21:08




 横浜基地には亡霊がいる。

 そんな噂が流れたのとほぼ同時期に男はやってきた。

 黒のタキシードとテンガロンハットをナナフシに着せたような痩身猫背、味覚については破滅的であり着任早々に食堂で問題を起こした奴といえば

基地中が知っている。

 階級こそ少尉と新任たちと変わらないが副司令の直轄なので指揮系統が違う。非社交的な性格も相俟って彼と親しい――と言えるかは疑問であるが――のは、

同じく副司令下のA-01の面々くらいなものだろう。

 消耗率も著しく激戦区を転々とする彼女たちは、ポッと出の男に対して最初は疑惑を。次は諦観、最後は敬意にも似た感情を抱くこととなる。

 どこの馬の骨とも知れない、恐らくは難民だったであろう男である。

 軍服にも袖を通さず、野良猫のように徘徊する男を最初から信じられるものなどそうはいない。

 そして、男は馬鹿だった。それはもう馬鹿代表と呼べるほどの馬鹿であり、新しく何かを覚えようという気概が無いのも相乗効果に馬鹿だった。

 彼は戦術機に乗れなかった。体質的にはギリギリ合格ラインに届いていたと副司令の言葉にあるが、操縦を覚えられなかったのだ。

 その結果が戦域管制の護衛である。

 装備もなしにBETAと戦えるという白兵能力は戦術機と共に戦場に出てもさほど助けにならず、一際強い歩兵程度にしか思わなかったのだから

彼女たちで無くとも感情の発露は同じようなものだっただろう。

 それらは男が現れてから暫く続き、程なくして一変した。

 原因は剣である。それはもう馬鹿でかいほどの剣が空からやってきて戦場を引き裂いたのだった。





「ここいらに穴が開いてもいいような空き地とか無いのか?」

 数々の問題を引き起こしながらあまり悪びれて見えない男は、そんな言葉と共に研究室へ立ち入ってきた。

 ちょうど白銀を追い出したところであった夕呼にしてみれば頭痛の種がもう一つというところで、案の定、鈍痛を発するこめかみに指を当てた。

 研究について現状は行き詰まりなので、あの坊やと同様に新たな切り口となり得る男を無碍にあしらうことも出来なかった。

「今度は何? 私はもうおばちゃんに愚痴を聞かされたりまりもに絡まれたりするのは嫌なんだけど。聞けば随分好き勝手にやってるみたいじゃない、夜明けのヴァン?」

「それは昔の名だ。今は無駄遣いのヴァンで通っている。それより、空き地はあるのか、ないのか」

「はいはい、グラウンドでも裏の山でも好きに使っていいわよ。けど、空き地に穴あけて何するつもりなわけ?合成食品がまずいから野菜を育てようとか言うんじゃないでしょうね?」

「そいつも悪くは無いんだが……そろそろ限界なんでな」

「限界……?」

 男には似合わない弱音から夕呼は眉を潜めた。味覚はともかくその他の身体能力は著しく高く帯電体質であることを除けば頑強な兵士よりも数段は強靭な男が……

「ああ、そっか。アンタ、改造してるんだっけ」

 思考を巡らし、思い至る。その身体能力を大きく向上させる改造手術を、目の前で眠そうにしている男は受けていると聞いていたのを思い出す。

 無論、初めて聞いたときは根掘り葉掘り聞いたものだが、如何せん相手が悪すぎだった。ヴァンは学が無く、知恵も無く、

自身の体のことでさえ碌に知らなかったのだから。改造された経緯までは聞かなかったが、そもそも彼女の研究は人間が相手ではないので忘却することにしていた。

「その体の限界とやらを抑えるのに、穴でも掘って埋まるわけ? だったら、訓練校の連中にさせたらいいじゃない」

「違う。穴が重要なんじゃなくて、穴が開いちまうかもしれないってだけで……とにかく、いいんだな?」

「なにが?」

「俺の体を直すのにダンを呼ぶんだよ。あれは空から降ってくるから穴が開くかもしれないって――」

「それってあんたが言ってたヨロイとかいう奴のことよね。……人目があるのはまずいわ。確か廃棄された演習場があったはず。そこでやってちょうだい……ああ、それと」

「はい?」

 聞くや否や部屋を出て行こうとするヴァンを呼び止める。並行して引き出しを探りキーを掴み、内線を繋ぐ。

「ああ、ピアティフ。少し用事があって出てくるから後のことはお願い。……さ、行きましょうか。たまには自分で運転しないとね」

「そうですか」

 心なしかヴァンの声質が翳ったように聞こえたが、夕呼はあえてそれを無視するのだった。



 男は腰に巻いた布と銃のようなものを抜き払う。その途端に紫電が布を走り、柔らかだったソレは鋼さえ切り裂く刃と化した。

「どういう素材で出来てるのかしら……ねぇ、それ――」

「これは貸せない。アンタには関係ないものを暢気に調べて作ってる暇なんて無いんだろう?」

「それもそうね。白銀の無茶な注文も聞いちゃったし、流石に人手が足りないか……ちぇっ」

 指を鳴らし、舌打ちする夕呼を他所にヴァンはテンガロンハットに結わえられているリングへ指を通し、反対側まで180度回す。

 すると、見る見るうちに分厚く飾り気の無かった蛮刀は虫が食ったかのような穴が次々と並んで開き、男はその反応が終わるや虚空を二度斬りつけた。

 一体何の意味があるのかと怪訝そうな目をする夕呼であったが、切り上げるのと同時に空へと目を向けた男へ倣って見上げた。

目を凝らさなければ分からない何かが、確かにこちらへ向かってくるのが見えた。

 空を奪われた人類にとって空を飛ぶ何かは希望に見えたのかもしれない。衛星軌道から落下してきたソレを誰の目にも入れないなどということは出来ず、

この日のことを忘れられない者は決して少なくは無かった。

 それは剣の形をしていた。白く輝く刃が蒼天を割り、どこからとも無く放射される光線級のレーザーさえものともしない速度で地上へと舞い降りた。

「ッ、――」

 否、突き立った。

 轟音と土煙が濛々をたち込め、その直前に目前にあった夕呼は柄にも無く悲鳴を上げた。それが僅かで小さかったのは彼女のプライド故だろう。

 煙が晴れたそこにいたのは戦術機ほどの大きさの白亜の巨人だった。

 軽鎧を纏った蛮族とでも言うべき作りであり、肩にあるのは剣の形態だった時の刀身であろうエッジが、手にも鋼のように見える刃を持った何か。

 膝立ちの姿勢で佇むそれへ、開かれた胸部へとヴァンは一足に飛び乗るとヨロイと同じ膝立ちの姿勢になり、手にした蛮刀を逆手に握って突き立てる。

 刃の表面にあった穴は瞬く間に塞がり、ヴァンの腕に取り付けられていたガントレットが銃のような意匠の鍔に迫るように彼の手を覆い隠していく。

 唯一露出しているのは突き出した人差し指だけである。

「ウェイク・アップ、ダン」

 ヴァンの囁きに応じてロボットの体内は淡く輝き、胸部は彼を取り込むと頑丈に封鎖された。

「これがヨロイ……?」

 飲み込まれるように塞がった胸部を、ヴァンを見上げて夕呼は呆然と呟く。

 その巨体が流暢に立ち上がる様子に驚愕しながら。









「空から降ってきたロボット、ダン・オブ・サーズディって言ったかしら。今にしてみれば時間を作って調べておくべきだったわね。

後悔なんて柄じゃないんだけど……それはともかく。あの馬鹿さは天才の私には理解出来なかったわ。ろくすっぽ人の名前は覚えない、

すぐに名前を変える、戦術機の操縦さえ覚えない。前の二つはともかくあんなもの体で覚えるもんだって衛士は言ってるのにね。

言葉遣いも無茶苦茶だったし……良くも悪くも印象深い男よ。あたしは違うけど、コナかけた他の女が相手にもされていないって

言うのは聞いてたけど、だからって名前くらいは覚えて欲しいものよね。これだからドーテーは……――」




「なんでまた俺のところに。まあいいけど。あの人のことね。前も言ったけど好きじゃなかった。第一印象がアレだったし、

よく突っかかってこられて、いや、そりゃ確かに俺の方が突っかかったこともあったけど……はい、すみません、その通りです。

いや、でも、いきなり『裏切り者』呼ばわりされたんだぜ? そんなの、基地中の男の大半が裏切り者で……何の話か分からないならそのままでいろよ?

とにかく、俺にだけ風当たりが強かったような気がして仕方ないんだよな。何て言うか、こう……キャラが被るというか。

……え、あの一途さが俺にも欲しい? 馬鹿、違うって! 話聞けよ!」




「あんな男は今まで見たこと無いね。こっちが丹精込めて作ってる料理を調味料塗れの台無しにして、初めは喧嘩を売ってるのかと思ったくらいさ。

それで『辛ーい!』って当たり前だろうに……あたしもまだヒヨッコなのか、ああいうことされて辛抱出来るほど人間が出来ちゃいなくてもう大喧嘩、

あの時の皆には悪いことしたね。それにあの男……ヴァンとか言ったかね。あれだってまだ若いのにああいうことをするようになった

経緯とか全部無視して随分と言っちまって……聞いた話じゃ夕呼ちゃんの実験の被害者だって言うじゃないか。それじゃ仕方ないってもんだよ。

……おや、違うのかい?」




「『誰あいつ?』と言うのが皆の意見だったことは間違いない。あの男を拾ってきた私が言うのも何だが、久しぶりに"しまった"と思ったほどだ。

どういうわけか副司令は興味津々だったものだから余計に始末が悪かった。碌な戦力にもならない昼行灯が何故、とな。

確かに白兵戦で我々は誰も敵わなかったが、それだけの男だろうと。大体、いつもやる気の無いような抜けた顔をしているのが良くなかった。

いないものとして扱ってからはストレスも減ったが……今思い出しても腹立たしいな。速瀬と相乗効果で私の胃によく穴が開かなかったものだと……

ん? 今はどう思っているかって? そんなことは聞くまでも無いだろう」




「冥夜様の傍にフラっと現れた要注意人物だった。そういう意味では白銀少佐と同じだったが、奴の場合は事情が違う。

我らの監視にどういうわけか気づき、殺気を漏らせば数十倍にして返してきたのだから警戒するなと言う方が無理な話だ。

人たらし、と言う意味では白銀少佐に敵うべきも無いが、あれでいて場を作るのが上手いというべきか、駄目過ぎて放っておけないと言うか……んんっ、

とにかく、我らとしては疎ましい男だった。冥夜様の優しさに漬け込む無頼漢などこの手で、と考えたのは数え切れまい。

だがまあ、感謝してもいる。あの者の飾らない言葉が冥夜様の助けとなったのだろう。

……頭が痛い。睡眠薬をきつい酒で飲み下したい」




「あたしがアイツのことどう思ってたか……か。嫌な話を振るわね。随分と古い話を持ち出してあたしを弄ろうって魂胆なのかしら? 

そりゃあの時は意地でも死ねないとか、仇をとるんだって強さに執着してたわよ。あと、国のためとか世界のためとかも。

でも、あいつはそういうこととはまるで無縁で、ちっとも戦おうとしないのにあたしたちよりずっと強かったのよ、昼行灯の癖に。

頭にこない方がおかしいでしょ。ま、まあ、おかげで強くなったとも言えるし、色々あったしね。今は感謝してるわ。

……か、感謝だけよ? あんなダサいのよりは白銀の方が……ってなに言わせるのよ! ああ、もう、今のなし! 消しときなさいよ!?」




「私は、傍にいた分だけ皆よりも知ってるかもしれません。何せ私たちの護衛としてあの人はいましたから。

直接助けてもらったのは一度だけですけど、あの噂は誇張表現なんかじゃなかったんですね。拳銃一つでBETAと遭遇した時はもう駄目だと思ったけど……

今こうして話していられるのは間違いなく彼のおかげです。初めのうちは皆に嫌われていましたけど、

今じゃ皆も同じようなこと考えてるんじゃないでしょうか。味覚音痴の昼行灯、って悪口みたいですけどね。

ああ、あと一途な人です。亡くなったっていう奥さんを今でも愛してるって言ってのけるほどでした。……えっ、ドーテーなのに結婚? 

わ、私もちょっと意味分かんないかなぁ、あはは……」




[21917] タキシードとおとぎばなし 3
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:b0544997
Date: 2010/10/14 21:09
 傷だらけの夢が、風に吹かれて転がっていく。

 絶望の嵐が小さな幸せを吹き飛ばす。

 太陽系第三惑星、チキュウはそんな星。

 運命が変わる瞬間、人はその音を聞くという。

 だが、それが祝福の音だったのか、弔いの鐘だったのかは、死ぬ時でないと分からない。

 今日この日、この夜が明ける時、全てのヒトの運命が変わる。

 他ならぬヒトの手によって。

 明けるのか、はたまた閉ざすか。

 それを知る者は少ない。





『ねぇ、怖くは無いの?』

 どこか怯えた調子で少女が問いかけた。己の周囲を取り囲む鋼を通してなお、一人の人間が持つには強大な力を得てもなおその緊張を解くには至らない。

衛士になったとはいえ戦場へ出た経験が無いのだからその恐れは当然であった。そして、その感情の揺れは口に出さないだけで彼女だけではない。

 しかし、問いかけられた男は無愛想に一言で返す。

「別に」

 その男は最新鋭の戦術機に乗っているというわけでもなかった。

 体を守るモノも身につけず武器も手にした蛮刀が一振りだけである。その装備を思えば戦域管制の周辺の方がまだ強固であろう。

 だが、大気を伝わって届く敵の数を思ったところでヴァンの気持ちは揺らがない。敵のことを知らないわけでもないが、

彼にしてみればそんなものはいつものように知ったことではなかった。

 敵が分からないのもこっちが少数なのも慣れ親しんだ状況である。それも含めてのペイなのだから、何を言っても意味が無いことだけは彼も知っていた。

 それもこれも、元より用心棒か護衛か、荒事でしか生きられないのを悟っているからだった。

『ホントに? BETAのこと、一緒に勉強したのに?』

「覚えてない。それに、いつもと変わらない。敵を倒せばそれで終わりだ」

 それきり俯き、ヴァンは手にしたパズルを無言で弄り始めた。

 彼の様子に少女は呆れたように息を吐き、肩の力が抜けたことだけは胸中で感謝していた。

 程なく夜が明ける、その直前であった。






 襲来当初からBETAが戦略を駆使することは無かった。それゆえに物量で全く敵わない人類はどうにか戦線を後退させながら維持して来られたのである。

 だが、それが未来永劫変わらない保障など一体誰がしたというのだろうか。

 人類で言えば浸透戦術と呼ばれるだろうそれを行われた時、彼女たちはは己の思考停止を何よりも悔やんでいた。

「くそっ、身動きが取れない……!」

 忌々しげに吐き捨て、伊隅は網膜に投影された醜悪なシルエットを撃ち抜く。戦場でないより多く仲間を食い殺してきた赤い化け物が弾け飛ぶのを

視界の端に収めつつ、次を探す。数で言えば圧倒的不利なのだから丁寧に戦っていたのでは到底間に合うはずも無かった。

 しかし、遥か後方のHQが襲われていても救援に動くことは出来なかった。元より雲霞の如きBETAの数を前にして数機で安全の確保など考えていたわけでもないが、

いざとなればどうにかできる彼女たちとHQの面々ではあまりにも状況が違う。

 勿論、より死に近い場所にいるのは最前線で戦術機を駆る彼女たちである。しかし、BETAを目前とした時の死亡率を言えば歩兵が遥かに上回る。

『……キリー・マムからヴァルキリー――』

 無数のノイズ混じりに届く悲鳴のような声がより一層苛立ちを募らせる。迫りくる喪失の恐怖は何かに縋りたくなるほどであったが、

無常な戦場に神は存在しないことを彼女は良く知っていたがために祈りはしなかった。だが、ここで折れるつもりも無かった。

「向こうにはあの役立たずしかいないというのに、こんなところでッ!」

 恐怖を覆い隠すために怒りをくべて照準を定める。脳裏に過ぎるのはふてぶてしいあの男の腑抜けた顔だった。

 何をするにも無気力で要領が悪く、副司令を味方としているせいか規律規範をものともしない、無教養のヴァン。

 手にした蛮刀だけが頼りだといわんばかりに周囲に溶け込もうとしないあの馬鹿者。

 あんなものにさえ縋らなければならないなど断固として否定すると、伊隅は奥歯を噛み締めた。

 その意識の隙を縫うかのようである。同胞の骸の陰から飛び出してきた突撃級に彼女は直前まで気づかなかった。

「しまっ――」

 気づいたときには手遅れ、というものは初めてだった。

 景色は遅く流れ思考は凄まじい速度で巡るというのに体は動かず、迫り来る超硬度の衝角の先端を絶望と共に受け入れ――、

 横殴りに吹き付けた爆風が彼女の機体諸共に突撃級を横転させたのだった。

 振動と轟音が通常の速度に戻り、途端に揺れによる三半規管の混乱と痛みがやって来る。それらに顔を顰めながらレーダーに目を向けるが、

近隣に爆風を発生させる装備を持ったモノなど見当たらなかった。

「一体、何が……?」

 すぐさま機体を起こしながら周囲を見渡す。と、そこにはデジャヴュを覚えるモノがあった。

 投擲されたであろうミサイルの残骸の上に立ってはいたが、それ以外は彼女の記憶に寸分と違わない。

 黒いタキシード姿の男が背中を向け、その手に刀だけを携えて立ち尽くすその光景、その姿。

「ヴァン、貴様が何故ここに……?」

「やぁれやれ……」

 それは呆然と呟く伊隅への返答、ではなかった。

 ヴァンは手にした蛮刀を軽やかに中に投げて左手に掴み直し、右手で帽子のリングに触れる。その仕草にも声にも恐れは無く、どこか愉快そうでさえあった。

「やっぱり楽な仕事ってのは、ないもんだ」

 そして、虚空に描くVの字の斬撃。その行動の意味を知る者はこの世界にはまだ一人しかおらず、伊隅は二人目となる。

 否。二人目となったのはこの戦場にいた全てのヒトだったのだろう。

 空より現れた巨大な剣は絨毯のように敷き詰められたBETAへ円形状の穴を穿ち、局地的な振動と砂煙を上げて地上へと降り立つ。

 その姿は既に剣にあらず、白亜の巨人である。白が美しい装甲と、その合間で輝く蒼と黒の輝きがヒトの手によって作られたものとは思えない神秘性を纏っていた。

「ウェイク・アップ、ダン」

 巨人の胸中でヴァンが呟くや蒼く点滅していた間接部は黒く変色し、その面に浮かぶ蒼の双眸は闘争を前に赤く染まる。

 手にした刀を確かめるように一振りし、切っ先を眼前の敵に突きつけるように構えた。剣術のどの流派にも見当たらないような奇妙な構えが、

伊隅には何よりも鋭いモノと映っていた。

 だが、彼女が抱いた空白の時を共有したのは人類だけだった。

 ヒトであれば突如としてやってきた乱入者に対して躊躇するところだろうが、しかし、相手はBETAであった。

穴を埋めるように波の如く押し寄せる色彩豊かな敵を前に白い巨人は悠然と待ち構える。

 と、不意にその波が割れた。それが何の前兆かを経験から知る伊隅は慌てて通信を入れ、

「光線級が――」

 皆まで言わせないとでも言うように、ダンは放射されたレーザーを受け止めて霧散させた。

「な……に……?」

『おっ、やっぱり電磁シールドでも防げるみたいだな。思ったよりも大したことない……な!』

 軽口と共に、力強く刀を一文字に振るう。引き起こされた突風はBETAの群れを横転させ、ぶつかり合って交通事故のような同士討ちを多発させる。

風の音と共に伊隅は自分の脳裏から常識が崩れていく音を再び聞いたような心境になった。

 それでも間髪入れずに立ち直ったのは彼女の教官の錬成の賜物か、はたまた彼女の性格か。我に帰るや再び通信を開く。

「そこの白いの! 貴様、HQの護衛はどうした!?」

『撤退がどうとか言ってたんでさっさと帰ってもらった。今頃は基地でミルクでも飲んでるだろうよ』

「ヴァルキリー1よりサーズディ! 真面目に応えろ!」

『こっちは真面目に言ったんだが……とにかく、さっさと片付けよう。俺も早く帰って飯が食いたい』

 一騎当千の動きを見せるその姿とは裏腹に声は普段のように抜けたものである。何よりも硬いはずの突撃級の前面装甲を難なく切り裂き、

光線級のレーザーは見えない何かで拡散させ、二本の足で生身の人間のように縦横無尽に戦場を駆け巡っていた。

 あるいは背面のスラスターで滑空し、無手で小型種をなぎ払い、手にした刀を分割して二刀流にし、死が溢れる河を踏み破っていく。

 その侵攻が留まることを知らないと悟れば大地を引き裂き、戦術機用の塹壕と呼ぶより他にない巨大な轍がBETAの速度を緩やかにしていくようだった。

 その動きに武術の流れは見当たらない。人類史を調べた者ならば類似した動きを知っているかもしれない、遥か古代の闘争技術である。

 力を叩きつけ、速さで駆け抜け、重さで押し潰す。

「……ありえない」

 どうあっても戦術機では取れない動きに伊隅はおろか同じ戦場にいた誰もが呆気に取られたことだろう。

 それでも認識が足りないと知った時、彼女たちは何を思うのか。

 ダン・オブ・サーズディとは彼の囚人惑星において武力鎮圧を目的とした最上級の力の具現である。

 同じものがあと六つあると知った時、この星のヒトは何を思うのか。

 この日、この戦場が明けた時。

 彼女たちは確かにその音を聞いていた。

 鈴のような美しい音を、巻き上がる轟音に紛れて、確かに。







「だからなんで俺のとこにばっか来るんだよ。あの人のことが知りたいっていうなら他の人に……え、一番詳しいのは同じ男の俺だって皆に言われた? 

そりゃ確かに皆より接点が多かったけど、あれだけソリが合わない人っていうのは俺にとってもレアだったんだぜ? 

まあ、頭脳派の俺と本能派のヴァンさんじゃなかなか……どこに笑うツボがあったんだよ、相変わらず失礼な奴だな。話戻すぞ、ったく……

俺にだって一途で純真なところはあるわい。それを、人のことを浮気男だ女たらしだと……え、じゃなかったらただのおっきなガキだって?

違ぇよっ、同属嫌悪なんかじゃないっての!」




「あの日の報告を受けた博士は笑いすぎて苦しんでいました。リーディングしなくても分かるほど面白そうに。それから博士はあの人に向かって

『好きにやれ』としか言わなくなりました。あと『馬鹿につける薬は無い』とも。けれど、あんなに楽しそうに笑った博士を見たのは初めてですごく驚いたのを覚えています。

あの時の博士の気持ち……今なら少しだけわかるような気がします。何とかなる、とでもいうのでしょうか。あれがきっかけで博士は何かを吹っ切ったんだと……

私も、今はそんな風に思ってます。何があってもどうにかなるんじゃないかって」




「ああ、あの日? 久しぶりに夕呼がお酒も飲まずに馬鹿笑いしてるのを見たわね。珍しく一緒に飲みたいって呼び出されたんだけど、

部屋に着いた時からもうベロンベロンで、とうとう壊れちゃったのかとあの時は焦ったけど……いや、失礼とか言ってるけど普通はそう思うわよ。

だって、あの夕呼よ? そんなの、ずっと一緒だった私がよぉく、よ~く知って……知って……あ~、うん、コレは秘密ってことで。

聞かれたらどんなイタズラをされることか……ちょ、何で貴方が狂犬の名を!? ……え、夕呼じゃなくて白銀から?

へぇ……やっぱり錬成が足りなかったみたいね……あの子は……!」




「新任にはもう少し優しくても良かったと思うが、まあ、白銀ならいざ知らずあの男にそんな器用さを求めるのは酷というものだっただろう。

激励こそ無かったが緊張は解して貰ったようだしな。しかし、普段はぼんやりしたあの男が戦場では一騎当千の兵だとはな。

あの白いロボットの力だろうと、当時は嫉妬塗れの意見が良く飛び交ったものだが、今思い出しても醜い限りだ。

まあ、あれが風評を気にするような神経の持ち主とは到底……あれでいて一途だから妬みと同じくらい好意も寄せられていたらしいが……

エレナという女性が羨ましいものだ。ああまで思われるのは女冥利に尽きる……そうは思わないか?」




「あの人のこと、ですか? そうですね……美冴さんとは随分と相性が良くなかったかと。いえ、速瀬中佐のように美冴さんに

からかわれていたと言うのではなくて、むしろ、からかえていなかったといいましょうか。皮肉が通じない人にはどうにも弱いようで、

相手にされなくてしおらしい美冴さんは珍しくて今でもよく覚えてます。ああ、私自身ですか? いえ、特に嫌っていたということもありませんよ。

確かに粗野な方でしたけれどそれが不快ということはありませんでしたし。子供のように純真だったんです。

私はあのように正直な人を嫌いにはなれませんでした。……これでよろしいでしょうか?」




「いやぁ、あの時のこと思い出してって言われると色々恥ずかしいこともあるから勘弁したいんだけど……ま、他ならぬ戦友殿の頼みだしね。

ああ、でも初陣のことはホントごめん、無理。え、私なら平然としてたんだろうって? ひっどいなぁ……誤解されてるみたいだから言っとくけど、

何を隠そうあの日にヴァンさんに弱音を吐いたのは私なのさ! そういうのは多恵か茜のキャラだと思ったんだけど、今思えばすっごい緊張してて……

あ、結局喋っちゃったか。とにかく、私も中身は繊細な乙女だってことだけは忘れちゃ困るわけよ。お嫁さんとかにも憧れるしね。

あ~、私もヴァンさんみたいに一途な旦那様とか欲しいなぁ。……他意はないよ?」





[21917] タキシードとおとぎばなし 4
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:cd0c2f37
Date: 2010/10/14 21:09
 それは宇宙の底で輝くおとぎばなし。

 荒野に死、町に絶望が渦巻く死神どもの理想郷。

 人はそこをこう呼ぶ。

 太陽系第三惑星、チキュウと。

 白い剣が降ろうがミサイルの雨が降ろうが彼らは今日を生きている。

 寄せては返す終焉を断ち切るように、自らが生み出した文明という名の剣を携えて。

 運命の嵐に翻弄されつつも抗い続けて人類は今日も生きる。

 だが、嵐の後には凪がある。

 ……最も恐ろしい凪が。




「アンタ、当分はヨロイに乗るの禁止……いいっ、絶対ッ、絶対よ!?」

 血走った目で隣の区画にまで届かんばかりの大声を副司令があげていたのはつい先日のことだった。

 正体不明のロボットを彼女の研究の成果だと早とちりした連中の相手やその他諸々の折衷に東奔西走せざるを得なかった夕呼の心境は察するに易い。

 そのことがよく分かる武は新型OSの開発の次をついぞ言い出せないまま、その日を迎える事となった。

 彼の記憶のままに、ちょっとした騒動と共に。

「ちょっとしたっていってもやっぱり勘弁してほしいんだけど……」

「何か言ったかね?」

「ハッ! いえ、何でもありません!」

 体に染み付いた敬礼と共にハキハキと答えを返す。彼が知るもう一人の老人はただの親馬鹿でしかなかったが、目の前にいるのは肩書きに見合うだけの

責任を負った一人の男である。……親馬鹿でもあるが。
 
「うむうむ……青年とはかくあるべし、だ。君にならば壬姫を任せてもいいだろう」

「ハッ……その、過分なお言葉はありがたく存じますが、私は――」

「式はいつが良いかね? 私としては是非とも白無垢を着た壬姫を見たいんだが……ああ、しかし、ウェディングドレスというのも捨てがたい!

いや、それも勿論見たいが私ももう歳だ、速く孫の顔が見たいのだよ、ま・ご・の・顔が」

 畳み掛けられた武は言葉を飲み込まざるを得ず、そうなってしまえば末路は彼の記憶をなぞるままである。

 ゆらりと青年の背後に立つ少女たちのオーラは既に歴戦の勇士と比肩するほどであった。

「タケル……少し良いか……?」

「いや、出来れば待って欲しいような――」

「もう離さない」

「いやちょっと待て、しおらしい言葉と裏腹に極まってる!」

「そんなの小さなことじゃない。ゆっくり話が出来るところにいきましょう?」

「違う! その顔は話をするって顔じゃない!」

「うぅ……ボクだって好きで小さいわけじゃないのに……タケルだって……」

「意味深に頬を染めるな! 違う、俺は違うぞ! ああ、そういう意味じゃなくて、神様ーー!!」

 寸劇と共に退場していく一行を珠瀬国連事務次官は朗らかな笑みと共に見送り、傍らに残った一人へと目を向けた。

「歓迎の出し物としては随分愉快だったが、君は行かないのかね?」

「興味ない」

 目の前の老人が誰なのか、男は肩書きをまるで無視した様子で手の中のパズルから目も離さずに応答した。

「なるほど。まあ、確かに男同士というのは非生産的だ。私としても壬姫の夫が衆道に手を出すような人物というのは避けたい」

「俺は童貞だ」

「……良ければ、どこか紹介してやらんでもないが」

「いらん」

「そうか」

「ああ」

「……君、名前は?」

「ヴァンだ。不真面目のヴァンって呼ばれることもある」

「そうか……」

「ああ」

「……そのパズル、そんなに難しいのかね?」

「ああ」

「そうか」

「…………」

「…………」






 鋭く激しい剣戟は大気さえ揺らしているようだった。闇夜であれば盛大に火花を散らせていただろうほどの訓練は、傍目から見れば決闘のようでもある。

 刃引きされているとはいえ当たれば怪我は免れない、のだが。

「真面目にやんなさいよ!」

「断る」

 頭に血を上らせんばかりになって攻め立てる速瀬とヴァンの態度はあからさまに違う。白兵の訓練である以上は剣だけに頼るのもおかしな話ではあるが、

ヴァンは手にした模造刀を武器として使うことは一度も無い。刀身が当たれば負け、などと言われなければ受け止めることにさえ使いはしなかっただろう。

 のらりくらりと避け、受け止め、気の抜けた蹴撃が幾度となく刀を弾き飛ばすだけである。攻勢に出られない焦りなど微塵も向けられない。

 対する速瀬は一方的に打ち据えながら胸中を焦がされていた。彼女が今まで費やしてきた時間や今は亡き仲間を思えば、目の前の宿六に負けることなど

認めるわけにはいかないという想いが、矜持が刃を更に猛らせて行く。

「なぁ、えっと……なんつったっけ、アンタ」

「速瀬よ! いい加減覚えなさいよ! アンタあたしのこと馬鹿にしてるでしょ!?」

「……すみません」

 言葉に合わせるように、首元を狙う横薙ぎを避けるように腰を折る。唐突の謝罪とみょうちくりんな言葉遣いに彼女の張り詰めた気は緩み、

繰り出された足払いに気づいた時には彼女の視界は空しか映っていなかった。

「なっ……この、ずるいじゃない! 卑怯者!」

「ずるくない。……これで俺の勝ちだな」

 ヴァンは喚き立てる速瀬の体を膝で押さえつけて手刀を首へ突きつけ、周囲へ問いかける。

「ああ、しかし……速瀬が負けるとは。貴様は何か習っていたのか?」

「覚えてない。それより、約束通り俺は飯にさせてもらう。いい加減、俺だって疲れるんだ」

「嘘言いなさい! あんなに抜けたやり方で疲れるわけ無いでしょ!」

「嘘じゃない。けど、本当なんだろうな、負けた方が飯を奢るって?」

「あたしに二言は無いわよ! 奢ってやろうじゃないの! たらふく食って豚みたいになればいいのよ! ……な、何よ?」

 不意に振り返ったヴァンの目を初めて正面から見ることになった速瀬は饒舌だった口を閉ざした。ボーっとしているように見えても目の前の男は自分よりも強く、

軍規も法律も無関係に生きている人間だということを改めて思い出した。

 だが、彼女の怯えを裏切るように、ヴァンは口元を緩めてボソボソと言う。

「アンタ……良い奴だな」

「はぁ!?」

 その男に他意など無いことをまだ知らない彼女たちは誰もが揃って声を上げた。

 そして、邪推と共に食堂へ同行し、彼に新たな二つ名をつけることとなる。

 つまりは、"食い倒れのヴァン"と。






「えぇと、あの日って言うと……ああ、事務次官が来た日のことね。どっかの馬鹿が火遊びしようとしてたから止めるので忙しくて外のことは知らないんだけど

何かあったわけ? へぇ、そう、白銀が……面白いものを見そびれたかしら。ああ、でも、事務次官とあの馬鹿が一緒になって床に座り込んでパズルに

頭捻ってる姿は即倒モノだったわね。おかげで第一発見者のピアティフが部屋に篭っちゃって余計に仕事が捗らなくて困ったのなんのって。全く、あの馬鹿と

一体どこで気が合ったのやら。……まあ、おかげで根掘り葉掘り聞かれなかったと思えば、あのストレスも安いものだけど。にしてもアンタも暇よねぇ……」




「へ、へへっ、タイルは冷たくて気持ちいいぜ……じゃなくてだな。え、相変わらずの馬鹿だったのかって? あのな、今だからこういう風に言えるだけで、

あの当時の皆はもっと真面目で空気も張り詰めててだな。その中の清涼剤的なイベントというかその先の激戦を前にしてのブレイクタイムだったんだよ。

その影でXM3のデータ収集とかデバッグとか俺は真面目にやって……真面目だったに決まってるだろ! 俺のせいでもしかしたら誰かが死ぬかもしれないってのに

手が抜けるか! ……言い過ぎたけど、謝らないからな。あの人もいたから、結果的に生き残ってるだけなんだよ。俺だけの力じゃ……」




「おお、そんな泣きそうな顔をしてどうしたのかね。……ふむ、白銀少佐と口論になったと? 娘を思えばそのまま疎遠になってもらったほうが良いのだが、

こんなところで妙な知恵を回したことがバレても困るか。皆で仲良くというのがあの子の願いでな……そうだろうそうだろう、壬姫は優しい子で気遣いも出来る、

私の妻と同じように迎えれば素晴らしい結婚生活が送れるのは確定なのだが、それを説明しに彼のところへ出向いてもなかなか会うことが出来なくてな。

それに、そう、他の子のこともある。壬姫の戦友であり、得がたい友人である君たちのことが。だが、その心配も最早必要ないだろう。近いうちに殿下から……

いや、これは言わぬが花だろう」




「目の敵! って感じでした。茜ちゃんが目標にしている速瀬ちゅう……中佐のことをあの人は倒しちゃったので。もしかしたら倒された中佐よりも悔しがってた

かもしれません。どう見たって真面目にやってるようには見えませんでしたし、そういう性格も茜ちゃんと馬が合わなかったんじゃないかな。

え、私? 私は別に敵意とかそういうのはなかったよ。他の人みたいに私のむ、胸をジロジロみたりしなかったし。だから男の人って言うよりお兄さん的というか、

お父さん的な人で……ひゃわ! ち、ちょ、どこさ触って、や、やめてくんろ! 自慢なんてしてなぁっ」




「あの日のことは思い出したくありません。世にも恐ろしいものを見てしまいましたので。いえ、アレはきっと私の夢だったに違いありません。この世のものとは……

はい、そうして頂けると助かります。代わりに他のこと、ですか? ……そう言えば、彼は下戸だったというのは知っていますか?

いつのことだったかは正確に覚えていませんが、あれは確か速瀬中佐に絡まれてワインを飲まされた次の日ですね。獣のように唸りながら頭を押えて徘徊する彼を

私も見かけましたが、まるで使い物にならないと副司令がぼやいていました。ワインなど水みたいなものでしょうにたったのビン一本であのようでは……ええ、

私は一気飲みくらい出来ますが何か?」






[21917] タキシードとおとぎばなし 5
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:b0544997
Date: 2010/10/14 21:09
 傷だらけの夢が、風に吹かれて転がっていく。

 絶望の嵐が小さな幸せを吹き飛ばす。

 太陽系第三惑星、チキュウはそんな星。

 それでも人類は幸せを求めて歩き出し、守るために剣を取る。

 誰かのために戦う時、人は己の意味を知るだろう。

 その尊さこそが人足りえるのだと。




 ブスリ、と。

 突き刺して食べる様子は、二本の木の棒で食べられるほど器用ではないので当然だが、それを差っぴいても綺麗な食べ方とはいいがたい。

「不法帰還者の立ち退き? 俺が?」

 相変わらず調味料塗れの食事を前に、ヴァンはフォークを止めた。元は煮物のはずだが傍目には極彩色のペーストのようにしか見えなかった。

 相席することになったまりもの顔は引き攣りに引き攣っていて哀れでさえある。

「あ、ああ……本来であれば国連の仕事ではないのだが、副司令が引き受けたとのことだ。いつ噴火するとも知れない火山へ人を派遣するのもどうかと思うが、

貴様ならばその心配も必要ないだろう。日本と国連の確執を思えば、ちょうどいい機会には違いない」

「熱いのはごめんだ。それに、俺が行って何をすりゃいいんだ? こう言っちゃなんだが、説得なんて俺には出来ないぞ……うまーい!!」

 ブツブツと呟いて食事を再開、奇声を上げるヴァンの様子に、まりもは湧き上がる頭痛をねじ伏せて言葉を続ける。

「……とにかく、だ。副司令曰く、他の訓練兵たちを派遣するよりはいい結果になるだろうとのことだ。出発は0750だ、遅れるなよ」

「んぐ……なんだ俺一人じゃないのか」

「お前一人で行かせるのなら私が行くわ! 少しは自覚しろこの食い倒れ!」

「その名は捨てた。今は卑怯者のヴァンって名乗ってる」

「偉そうに名乗るな馬鹿者! ああ、もう頭が痛い。勤務時間じゃなかったら絶対飲んでるわ……とにかく、遅れるなよ!」

 いきり立ったように立ち上がり、足早に去っていく女性の背中にヴァンはヒラヒラと手を振る。間違っても教官に対する態度などではなかった。

「へーい……からーい!!」

 しかし、咎めるものは既にいない。軍人は体力の無駄遣いを極力避けるものだった。





「アンタ、ホントに来たのか」

「う、ううるさい! 適任者が他にいなかっただけだ!」

 そんな会話と共に始まった任務であった。

 まりもの運転で麓まで行き、土砂崩れで分断された先は徒歩である。どちらも体力の有り余った軍人なので山越えもさほど時間を必要とはしなかったが

彼女たちの帰還は夕刻となっても果たされてはいなかった。

「ありゃ口で言っても無理だぞ。どこもかしこも爺さん婆さんってのはああなのかね」

「貴様に言われるまでもない。だが、強制立ち退きというのは最後の手段だ。観測に拠れば噴火までまだ幾許かの時間もある。追加の人員がやってくるまでに

ケリをつければいい話だ」

 宛がわれた家に戻り、ぼやき合う。場所というものに執着したことの無いヴァンにしてみれば彼らの主張は全く理解出来なかったが故の無関心さで呟き、

日本国民としてその心情を汲むことが出来るまりもは苦虫を潰したように切々と言い返す。

 と、彼女の物言いにヴァンが目を向ける。いつもへの字にひん曲がっている彼の口元はどことなく柔らかに緩んでいる。

「な、なんだ?」

「アンタ、優しいな」

「バッ、馬鹿者! きき、貴様っ、こんなときに何を!?」

「いや、そう思っただけだ。きっとアンタは良い育ち方をしたんだろうな。……俺にはどう頑張ってもそんな風に考えられない」

 ギシリ、と体重をかけられた柱が思いのほか大きな音を立てた。

「向こうは我侭を通そうとしてるだけで、こっちもこっちの都合でやろうとしてるだけだってのに、アンタはあっちのことも考えてる」

「そんなことは当たり前だろう。こちらが無理を言うのだから誠意を見せるのは当然だ」

「当たり前、か」

 それきり、ヴァンは帽子を深く被り直すと口を硬く閉ざした。当たり前という言葉にある壁を、改めて意識したかのように。

 程なくして漏れ出す寝息に、まりもは怒声を上げはしなかった。

 ただ、自分の言葉が彼の何に触れたのか、まりもは少し気まずそうに身じろぐ。

 難民の出であろう、無教養でケモノのような男は、眠っていながら腰のソレから手を離してはいない。

「貴方にとって他人は敵でしかないのね……良い育ち、か」

 レーションが一際不味く感じ、女性は八つ当たりするようにそれを飲み込む。

 山の端には月が昇り始めていた。

 今日は静かな夜になるだろうと、これ以上の口論の意味を見出せなかったまりもも床につく。

 彼女たちは、自身が程なくして叩き起こされる事など知る由も無かった。

 星の動きを予測しようとする人の傲慢さを嘲笑うように、それは起こる。






 直下型と分類される振動、藍色の空に吹き上がる灼熱、抑圧への反逆を吼える轟音。

 眠れる火山の目覚めであった。

 強制覚醒を齎された二人が外へ飛び出すと遠くに臨む山が赤々とした火を吐き出していた。

 遠目に見れば緩やかに流れる溶岩ではあるが、その速度は人の足など比べ物にならないほど速い。もたついていては諸共に全滅するのは一目瞭然である。

「噴火はまだ先じゃなかったのか?」

「私の方が聞きたいくらいだ! くっ、まだ住民の避難も済んでいないのに……」

 己の手際の悪さに唇を噛む。頑なに残ると言い張っているのは一組の老夫婦だけだが、他の住民の避難自体がまだ完了してはいなかった。

「そうだ、ヴァン。貴様のあのロボットで住民を乗せていけば――」

「ヨロイは車やバイクじゃない。それに、乗せるって言ってもどこまで運ぶつもりなんだ? そんなに長い時間は無理だし、何より、あの女に止められてる」

「あの女?」

「奥の方で威張りちらしてる白衣の女だよ。名前忘れたけど」

「自分の雇い主の名前くらい覚えなさいよ! 仮にも副司令なのよ夕呼も!」

 それはそれでどうかという言葉を無意識に吐き出すまりもを尻目に、ヴァンは視線を巡らせる。

 轟音に驚いて飛び出してきた住民たちであったが、混乱した様子は見当たらない。その理由を理解出来ないヴァンは住人の一人へ近づいて言う。

「アンタらは逃げないのか? いくらなんでも溶岩相手に人は勝てないぞ」

「それも覚悟して戻ってきたというのに、一体どこへ逃げるというのかね? わしらにはこうなる運命しかなかった、ということじゃろうて。それに、

もしそうでないと言うのなら御守岩の神様が守って下さるじゃろう」

「なんだそりゃ? 岩が動くのか?」

「そうではない。古い言い伝えじゃよ。ほれ、あそこの岸に突き出ている岩がそうじゃ。わしらに生きる運命があるのならあの岩に宿る神様がここいらを

守って下さる」

 老人の指の先へヴァンも目を向ける。地図で言えば旧天元町の北側に当たる山間に突き出た大きな岩がそれだが、当然ながらヴァンが知るはずは無い。

「ふぅん……アンタら、馬鹿だな」

「人間など根っこは馬鹿なもんじゃよ。同じ馬鹿ならやりたいようにやる……お若いのにはまだ分からんかの?」

「そんなもんか……いや、そうかもな」

 屈託無く笑う老人にヴァンも笑って言い返し、踵を返す。

 迷い無く歩き出すその背中に、老人は何を見出したのか。

「湯でも沸かしておこうかのぅ……あの若いの、茶が飲めんということも無かろうて」

 独りごちて家の中へと戻るのだった。



 


「岩を斬る、だと?」

「ああ、そうだ」

 無線でどうにか連絡を取ろうとしていたまりもの元へ戻ってきたヴァンは開口一番そう言った。

 ちなみに無線であるが、近隣ならともかく基地までとなるとノイズが多くて使い物にならなかった。麓までやってきていた追加の部隊への連絡だけは取れたが、

それだけではまだ救助にしても間に合うか怪しいところだった。

 眉を潜めるまりもの前に引っ張り出した地図を置き、指差しながら言葉を続ける。

「噴火した山がこれで、溶岩流はこう……来てるわけだから、この岩で流れの先を変えてやれば」

「字が読めないならそう言え、馬鹿者。……だが、確かにこの周辺の地形の高低差から考えれば、谷の入り口を塞いでしまえば……丹ノ瀬地区の枯渇したまで川まで

誘導出来れば被害も少なくて済む。しかし、どうやってやるつもりだ? 追加部隊には戦術機もあるが、74式長刀では無理だ」

「任せろ。これでも縁の下の力任せって呼ばれたこともある。ダンでやりゃ楽勝だ」

「副司令の命令を無視するつもりか」

 険しい表情を上げたまりもであったが、その先にある不敵な顔は微塵も揺らがなかった。

「関係ない。俺は俺がやりたようにやるし、生きたいように生きる。これまでも、これからも」

 いつも抜けた顔をしている男に覇気があった。どこか嬉しそうに笑って言いながらヴァンは立ち上がり、蛮刀を抜き放って歩き出す。

「待て、ヴァン!」

「嫌だね。あの爺さんの話が俺はもっと聞きたいんだ。助ける理由だ、俺の理由だ。誰にも文句は言わせない」

「馬鹿やめろ!」

 制止の声も届かず、ヴァンはテンガロンハットのリングへ指を通し、反対側へ移動させた。

 次々と穴の開く蛮刀で虚空を切り裂けば、最早彼を止める事は出来なかった。

 その動きはレーダーで夕呼にも知れることだったが、まるでしがらみを感じさせない様子でヴァンはダンへと飛び乗る。

「ウェイク・アップ、ダン。……石ころの一つだ、さっさと済まそう」

 胸部が閉じてしまえば、まりもの声など届きもしなかった。




 


「あの人の命令違反を聞いた時の博士はしばらく放心していました。その後は仕事を放り出してお酒を暴飲、私も部屋を追い出されてしまったので

どうなったのかは知りませんが、扉越しにすごい音が聞こえたのと翌日の備品を見れば大体想像はつきます。博士もストレスがたまっていたところでしたし、

仕方が無かったんだと思います。また睡眠時間が、と呟く博士の姿は恐ろしいものでした。あの人はそんな博士を見ても、恨み言がどうして向けられているのか

分からなかったようです。ああ、そう言えばあれもあの事件の後でした。民間人を基地に連れてきたことが問題になったのも。

……はい、私もあやとりを教えてもらいました。ぶぃ」




「聞くな、問うな、思い出させるな。なんだってあの時のことなんか……はぁ、どうせ夕呼に聞いたんでしょ。今でもからかうネタにされてるんだから、

いい加減飽きて欲しいものよね。私にも監督責任があったから帰りは命を覚悟してたわよ。夕呼は友達だったけど、そういうプライベートを仕事に持ち込むほど甘くは無いって知ってたし。

営倉入りで済んだ時は、それこそ耳を疑ったわね。え、聞いたのはそこじゃないって? ……ばっ、ち、違うわよ! 別に私、二人っきりだったからって何も……

あの後やけに優しかったって、当の夕呼が拘ってないのに私だけガミガミ噛み付いても仕方ないでしょう。誤解よ誤解。……うん、誤解なのよ」



「知らせを聞いた時は我が事のように嬉しかった。詳しいことは報道されなかったが、今まで痛みを強いてきた民に報いることが出来たのだから当然であろう。

私も後に続かねばと決意して……うむ、力ある者は常にその使い方を考えねばならない、ということだ。……あの者は他人を省みることが無かったが、

力の使い方を誤った事はなかった。あれだけの力を持ちながら、我欲のままに振舞っているというのに、だ。だが、あの者に人は集まる。白銀と似ていた事と

言えばそこであろう。私はそれが羨ましかったのかもしれぬ。……そなたには分からぬか。馬鹿になれなかったということだ。あの頃は、な」




「『人は国のために成すべきことを成すべきである。国は人のために成すべきことを成すべきである』……父さんの言葉、私の心の支え。

でも、私たちが色々考えて胸に刻んだ言葉もあの人には全然伝わらなかった。あの人は自分が思うようにしか動かなくて、他人の言葉に振り回されたりしないから。

羨ましいとも思ったけど、それってやっぱり悲しいことだと思う。あの人でなきゃ独りぼっちになって、どこかで惨めに死ぬだけ……うん、あたしが意地を

張ったままだとそうなってたかもしれないね。……違い? そんなの簡単。馬鹿じゃなきゃダメってこと。ただの馬鹿じゃないよ。そう、人類の馬鹿代表。

……ブンブン、貶してないよ」





「帝国軍としては業腹な事件だったが、結果的には良い結末を迎えた。冥夜様がとても喜ばれていたのも踏まえて、それだけはあの女狐に感謝してもいいだろう。

事実、その後の国連軍との関係は悪いものではなく、新型OSについても協力的だった。そのおかげで完璧な形での佐渡島奪還が叶ったのだから良い切欠であった。

……なんだ、私が素直に認めるのがおかしいか? ……確かに融通の聞かない性格だとは自分でも思うが、これでも改善した方なのだ。冥夜様のご友人に

このような口の利き方が出来るようになったのがその証拠……ま、まだ硬いと言うのか? どうして私の周りには無理難題ばかり……

これでは戦っていた時の方が楽だったではないか」







[21917] タキシードとおとぎばなし 6
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:cd0c2f37
Date: 2010/10/14 21:09

 それは宇宙の底で輝くおとぎばなし。

 荒野に死、町に絶望が渦巻く死神どもの吹き溜まり。

 人はそこをこう呼ぶ。

 太陽系第三惑星、チキュウと。

 白い剣が降ろうが火山弾の雨が降ろうが彼らは今日を生きている。

 寄せては返す終焉を断ち切るように、自らが生み出した文明という名の剣を携えて。

 だが、ヒトは時に愚かである。

 争わずにいられないのは遺伝子に染み付いた気高き性か、はたまた醜き欲望か。

 彼らは今日も今日とて武器を取る。

 此方の同胞の為に、彼方の同類を穿たんために。






「クーデター? なんだそりゃ?」

 基地内が騒然となった一夜から明けて食堂に顔を出した彼は間抜け面でそう言った。

「帝国軍の一部が今の政府に物申すってことさ。言うことが分からないでもないんだけど、あのやり方じゃあたしは賛同は出来ないね……はい、定食お待ち!

キツイ味にしたからアンタでも調味料なしで食べられるだろ?」

「それはどうも……甘ーい!!」

 ヴァンは手渡されたトレイの上へ手を伸ばし、煮物を手づかみで口に放り込むと奇声を上げた。その反応に京塚曹長は満足げに頷き、顎で空席を指して言う。

「どうだい、あたしの腕もなかなかだろ? ……さ、他にも待ってる人はいるんだ、ちゃっちゃと食べてしっかり働きな」

「へーいへい……よく分からねぇ」

 首を傾げながら席に着く。食堂に備え付けられたテレビは昨日からクーデターの話題ばかりで、いつもは食堂で話していることが多い他の軍人たちも

食事を終えるやそそくさと持ち場に戻っているようだった。

 ここ横浜基地が国連所属にもかかわらず帝国軍によって封鎖するように取り囲まれている現状で暢気に食事、という選択を出来るものは決して多くない。

「……おっ」

 その数少ない例外を見つけたヴァンは小さく声を上げる。会話に飢えているなどということはないが現状把握くらいはしておこうと思い立ち、

気配を絶って近づいた。

 一行の数は普段より一人少ない五人。男一人が少女に囲まれていい気なものだという視線が集まらないでもない状態だが、立ち込める雰囲気はそんな

甘ったるいものではなかった。

 討論していると言えばそうかもしれない。だが、それにしても殺伐としているようだった。

「……結果的には良かったかもしれないけど、それだって失敗してたらBETAと戦う貴重な装備を失っていたかもしれないのにか?」

「軍は民に痛みを強いてきたのだ! 民の生命財産を守るためならばそれも当然であろう!」

 青年が冷めた表情で箸を進めながら応答し、対面の少女が声を荒げて反論する。残る三人はオロオロと気まずそうにしていて食事も進んでいない。

「その結果で人類が負けたらどうするんだよ。責任がどうとか主権がどうとか、拘るところがおかしくないか?」

「それすらなくば軍などただの強盗であろう! 如何にタケルと言えども今の物言いは――」

「よぅ、馬鹿兄貴! またワケ分かんねぇこと言ってんなぁ、おい」

 今にも食って掛かろうとする少女より早く、横から伸びた手が青年の頭にヘッドロックをかける。ヴァンが極める前にすぐさま武は抜け出すがそこに

先ほどまでの冷めた表情は無く、額には青筋が浮いているようだった。

「俺はアンタの兄貴なんかじゃないって何回言えば分かるんですか」

「じゃあ馬鹿だな、馬鹿」

「……で、一体何のご用でしょうか。こっちは今立て込んでいるんですが、ヴァン少尉?」

 こめかみを揉み、怒りをどうにか飲み干して武が問いかける。横では冥夜が一触即発の表情で睨んだままだが、彼がいては話の続きをする自信がなかった。

 対するヴァンも不快感を露に眉を顰める。

「また妙な呼び方しやがって……俺はヴァン、規則破りのヴァンだ。大体、その澄ました言い方どうにかならねぇのか。それにちょっと頭がいいからって

ワケ分かんねぇこと並び立てやがって、まるきりあの馬鹿兄貴じゃねぇか。声も似てるし」

「ご用件は」

「けっ……どいつもこいつもピリピリしやがって。クーデターとやらがそんなに怖いのかよ」

「……どういう意味です?」

「お前ら皆だよ。グダグダ他人の言うことに流されてビビってるだけじゃねぇか。向こうが好き勝手にするって言うならこっちもそうすりゃいいじゃねぇか。

気に食わないなら叩きのめしゃいいだけのことだろ。それを、他人のしたことにまでケチつけて、小せぇ男だお前は」

「ぐっ……それが出来るなら初めからそうしたさ。この話はそんなに単純じゃないんだよ」

「お優しくて泣けてくるな、おい。……用件は済んだ。後は勝手にやってくれ」

 つまらなそうに吐き捨てて立ち去るヴァンを五人は揃って見送る。水を刺された口論を再開させるのも今となっては道化のようだった。

 理屈で考えなければ確かに、クーデターであろうと日本政府であろうと。オルタネイティブ4であろうと根底にあるのは自侭な感情なのだろう。

 こうあらねば、我らが、この計画こそが、と。

 その理由に他者や国、人類といった大きなものもあるだけで、全ての理屈を排除すれば残るのはヴァンが言うような"好き勝手"に違いない。

 それでも、と。

 悲しみをこれ以上見たくないからと戦うことを選んだ彼は先に進むことを選ぶ。

「……冥夜の言い分だって俺も分かるんだ。でも、もうそんな余裕、人類には無いんだよ……!」

 人の潰える瞬間を、これ以上重ねないために。







 久しぶりに研究室に呼び出されたヴァンは部屋に入るや鼻腔を突き刺すような強い香水の匂いに顔を顰めた。鼻を摘んだまま奥へ足を進めると目の下の隈が

前に会った時よりも随分と濃くなった夕呼が不機嫌全開と言った様子で待ち構えていた。

「やっと来たわね。私も暇じゃないからすぐに来てもらわないと困るんだけど」

「そりゃ悪かった……けど、この匂いは何だ? 酷い匂いだ、鼻が曲がりそうだ」

 フガフガと呟くヴァンの様子に寝不足夕呼の堪忍袋の緒は耐え切れず弾け飛んだ。目を見開くや忌々しげにタキシードの襟に掴みかかり、噛みつかんばかりに

声を荒げる。

「あ・ん・た・のせいであたしにゃシャワーを浴びる時間も無かったのよ! あたし言ったわよね、人前でヨロイに乗るなって! 基地の中なら私の権限で

どうにかなるから好きにしてもいいけど外に出た時は大人しくしろって! いくら馬鹿なアンタでも覚えてるわよね!?」

「……すみません」

 帽子で目線を隠して俯くヴァンに、夕呼の総身からは力が抜けてその場に崩れ落ちた。

「もーやだ……これならまだ白銀の我侭の方がマシよ……あたしは副司令なのよ偉いのよオルタネイティブ4の責任者なのよ言う事聞かない人間の方が

少ないのよ……あたしの常識、どこいったのかしら……」

 床に"の"の字を描き出す夕呼の姿には控えていた霞も言葉をかけられず、彼女自身が立ち直るまでの数分間はメソメソとした空気が垂れ流しとなっていた。

 発奮する起爆剤はアルコールであったが、ここは彼女が法の独立自治区。そうまでしなければ現実と折り合いがつけられない彼女に同情するものこそあれ、

咎めるものは誰もいない。

「呼び出した理由だったわね。アンタ、地図を渡せば知らないところにも行けるって言ってたわよね?」

「そうでなきゃ旅なんて出来ないからな。この辺は山が多いから少し時間がかかるだろうが、まあ問題ない」

「んじゃ決定。アンタには白銀たちとは別ルートで帝都に向かってもらうわ。クーデターなんてどうでもいいんだけど、このまま防衛線に穴が開いたままって

言うのはいくら温厚な私でも譲歩し切れないしね……アンタは今から塔ヶ島離城へ行って頂戴。そこで出くわした人物の護衛、この基地まで連れ帰ってくるのが

仕事よ。人間一人の護衛ならあのヨロイを使わなくても出来るでしょ?」

「多分な。あの戦術機とかいうヨロイが相手だと流石に自信がないけど」

 ヘラっと笑って言うが、実際のところは相手取るだけなら問題ないと彼は考えていた。刀で切り落とされると再生する自信はないが、銃で撃たれるだけなら

何の問題もない。多少の傷であれば即座に回復し、ダンと一心同体の彼はそう簡単には死なない身体となっているからである。

「そんな事態になった時は白銀たちの部隊と合流させるわ。アンタはそこで白銀に目標人物を引き渡して帰還。状況に応じて白銀たちと同様にまりもの指揮下に

入る必要は無いわ。いい、必要ないのよ? そんなことしないでアンタはまっすぐ帰ってくるのよ? 帰ってくるのよ?」

「へいへい、分かりましたよっと……えぇと」

「……あたしのことはいいからさっさと行きなさい。覚える気もない人間に何度も名乗るほど私も優しくないのよ」

 諦めたように呟く夕呼の声は彼女に似合わない儚さを纏い、退室する男にも届かず四散するのだった。









「思い出したくもないわね、クーデターがあった時の事でしょ? あの頃のあたしってホントに余裕がなかったから、ぶっちゃけ自分でも何してるんだか

分かんない時間があったりして記憶が跳んでるのよね。馬鹿の後始末に白銀の情報の確認、新型OSの導入の段取りと佐渡島奪還の作戦の草案もあの頃だったし、

人間の限界に挑戦してたわね。あたし自身、あんなに体力があるとは思ってなかったわ。いえ、精神力かしら。えっ、白銀が使えない奴だったらって?

あたしは間違いなく発狂してたわね。首吊ったか拳銃咥えたかは知らないけど、言い切る自信があるわ。……あたしが沙霧中尉に冷たいって、そりゃ別の問題よ」



「あの頃の博士と言えば脈絡なく笑い出したり大声で怒鳴ったりしていたので、私はあの部屋にいることの方が多かったです。私では博士の助けになることは

殆んど出来ませんでしたし……いえ、本音を言えば怖かったです。だって、凄みのある笑顔で『アヒャヒャヒャヒャ』と笑う博士ですよ?

怖いに決まってます。初めてリーディングをしたくないと思ったのは、きっとあの時だったと思います。あの時の博士の心を想像、ですか? きっとたくさんの

色が混ざり合ったモザイク画のようなものだったのではないでしょうか。……私は、二度と見たくありませんよ」



「私が彼の者と初めて出会ったのは白銀少佐よりも後、塔ヶ島の離城付近のことだ。彼はどういう感覚を持っているのか、秘匿されていた隠し通路を見つけて

遡ってきたものだからあの時同行していた侍従長が酷くうろたえておられたのを記憶している。……私が本筋から話すのがそんなに珍しいかね?

私の元々の性格はこちらなのだよ。あれは彼のリーディング能力に対抗するための訓練の成果……いや、本当のことを言えば誰彼構わず豆知識を披露するのは

止めろと言われてしまってね。私としてはせっかく身についた芸を失うのも勿体無く……何故そんなに離れるのだね?」



「ケモノ、でしょうか。あの者を一目見たときに私が感じたのは。いえ、武様のような"ケダモノ"とは違います。そうではなく、あの時は難民の出だと紹介

されましたが、恐らくそれも違うのでしょう。あの者は確かに人の姿をしておりましたが、私には群れを逸れて彷徨う餓狼のように見えました。粗野な立ち

振る舞いや奇妙な言葉遣いも個性に過ぎません。本質的なところであの者は私たちとは起源を異としているのではないでしょうか。……武様にあの雄雄しさが

加われば私も望むところでございますのに。後宮を作るのも英雄の器、私は妻として武様を支えて……どうかなさいましたか、突然拳など握り締められて?」



「おおぅ、そのような形相で如何されたのだ? ……なに、白銀少佐が後宮を? わっはっはっ。なるほど、彼の者ならばそれくらいの気概があってもおかしくは

ないが、そなたにはあまり愉快な話ではないか。あいや、待たれい。その拳を振り抜くのを止めはせぬが、冤罪を見過ごしてはわしも目覚めが悪い。……うむ、

一夫多妻制だ後宮などと言い出したのは実は殿下よ。箱入りに育てたのが悪かったのか我侭の言い方があの者のようになってしまってな。いやいや、一国の主が

謙虚過ぎては民も安心出来ぬと言うもの。奴の物言いも世の真理の一端に違いあるまい。……そうかそうか、ならばその拳をどうするかもそなたの勝手か」



[21917] タキシードとおとぎばなし 7
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:cd0c2f37
Date: 2010/10/14 21:09
 太陽系第三惑星、チキュウ。

 そこは絶望と希望が行き交う生命淘汰の最前線。

 この星のどこかに、同じ志を抱く者がいる。

 ほんの少しの触れ合いで、彼らは同じ夢を見る。

 しかし、その一方で戦わなければならない者もいる。

 それは果てしなき夢の壁、山のように高く聳え立つ。

 だが、壁を踏破してこそヒトは夢を見る資格を得る。

 己の夢に良しと頷くための証は、今、ここにある。







 そろそろ日付が変わりそうな頃合である。平時であれば旅人の目を釘付けにするであろう景観は無骨にして剣呑な巨人によって無残なものへと変えられていた。

 だが、不思議と自然の残っているこの塔ヶ島離城よりも凄惨な景色となってしまった日本国土を思えば、戦術機に踏み荒らされてなおこの雪景色は美しい。

 深々と降り続く白が、柔らかに降り積もる雪が音さえも飲み込むようである。

 散開し、警戒態勢の彼らもその厳かな雰囲気に息を潜め、神妙な心持にさせられていた。

『降って来たな……』

 不意に、思考に沈んでいた武に通信が入った。いつも張り詰めた様子の彼女らしからぬ声に、その理由に彼は思い至る。

 彼女に"いた"とされる姉の安否が、クーデターの発表以来情報が途絶えている帝都のことが気がかりなのだろう。しかし、他の件でツテを持っている武にしても

続報は入ってきておらず、安い気休めを言うことも出来ない。

「……けど、BETAの占領下だったって割には綺麗なままだな」

 口から出たのはあからさまな話題の転換。だが、その不器用さでも冥夜は僅かでも胸のつかえが取れたようだった。

『本州侵攻の際もこの塔ヶ島城には斯衛軍が踏みとどまったそうだ。もっとも、本州が奪還されるまでの数ヶ月の間にも小規模な戦闘が数回あっただけと

聞いている』

「数ヶ月……そうなのか」

『だが、如何に将軍の守護がその任であるとはいえ、離城を守るためだけに踏みとどまったと言うのは度が過ぎよう。殿下がそのようなことをお望みになるとは――』

「それは違うだろ」

 訥々と言葉を紡ぐ冥夜を遮る。その亡とした口調に、彼女が何を思っているのかが武には手に取るように分かった。

 将軍の望まないことを行った部隊と今回のクーデターが彼女の中で重なって見えているのだろう。だが、斯衛がここを守ったこととクーデターとでは

是としたことがまるで違うと彼は感じていた。

「ここはそれだけの価値がある重要な場所だった、って考えられないか?」

『しかし……』

「ま、じきに分かるだろうさ……で、どうしたんだ?」

 並行して回線を秘匿に変える。一介の少尉が私用で秘匿通信を利用するなどあるまじきだが、彼や彼女については特に事情が違ってくる。尤も、その事情さえ

あの男にかかれば"勝手"の一言で片づけられてしまうだろうが。

「……さっきのことか?」

 思い出すのは出撃準備中にあった口論のことである。彼自身が持つ世界を先に考える思想と、国を思う冥夜や月詠中尉の思想では衝突するのも当然だった。

『うむ……そなたの言うことも分かるのだ。だが、そなたの言うように結果が全てと言うのは、やはり……』

「多分、前提が違うんだろうなぁ……俺も冥夜たちもBETAの殲滅って目的が入ってるから同じに思えるけど。クーデターを起こしたあの沙霧ってのもそうだけど、

二人も、今のままBETA殲滅が達成されたら世界の覇権は米国のものとか思ってないか? そうなる前に日本の主権を復活させないと、とかさ。まず日本が立ち

直らなきゃ世界を立て直せない、っていうと妙な言い方になるけど……そこから違うんだろな」

 半ば独白のように武は言う。彼はクーデターのような問題もなく夕呼の計画通りに事が進めば日本は主権云々を超えた立場にまで飛躍することが出来ると確信していた。

 だが、それが夕呼のオルタネイティブ計画を知るものにしか出来ない思考であるとは彼自身気づいてはいない。世界規模で極秘に進められてきた計画を

将とはいえ一介の兵士に知れと言うのは流石に無理が過ぎる話だっただろう。

「ま、こればっかりは中々決着がつく話じゃない。それを力ずくでどうにかしようっていう幼稚な考えじゃいけないって事だけは確かだと思うぜ?」

『……普段はあの者と一緒になって童のようなことばかりするそなたがよく言う』

 ことさら明るく言ってのける彼へ、冥夜は少し声色を和らげて言い返す。

 その様子に武はホッと胸を撫で下ろし、純白が降り続く夜空へと目を移した。

 まだ、音は聞こえない。






 埃っぽいのは否めなかっただろう。だが、それにしても唐突であった。

「っくしょぃ!」

 口元を押えるような仕草もなかった。その不躾さに同行している中年女性は顔を顰め、歳若い少女はカラカラと笑ってみせる。

「まぁ、大きなくしゃみですこと。やはりお寒いのではありませんか?」

「何という……鎧衣、他に適任者はいなかったのですか?」

「いえ、もう一人いるにはいるのですが、彼には別の用件があったので……まぁ、そう目くじらを立てなくても良いのではありませんか。侍従長どのは難民の一人

ひとりにまで教養を求められるので?」

 話を振られた最後尾の男は肩を竦めて返事をする。その人を食ったような物言いに女性は憤慨するが、鼻息を荒くするだけでそれ以上何かを言うことはなかった。

「別に寒くない。どっかの誰かが俺のこと噂してたんだろうよ……っつうか、何でそんなに近づくんだ。動きにくいからもう少し離れてくれ」

「この暗がりにあまり離れては逸れてしまいますわ。それに、近くにいた方がそなたにとっても都合が良いのでは?」

 しゃなりと言って少女はタキシードの裾を掴む。だが、その手に触れられるなどという栄誉を賜る男は無礼も甚だしくうっとうしげにするだけである。

「殿下、その者の言う通りでございます。そう軽々しく殿方の身体に触れるものではありません」

「身体には触れておりませんわ、裾ですもの。……しかし、そなたは不思議な方です。無法者のヴァン、でしたか?」

「それは昔の名だ。今は鼻摘みのヴァンだ。なぁ、おい。アンタからも言ってやってくれ」

「ははは、一介の課長に過ぎない私に何を言えというのだね、変わり者のヴァン。それに君はこの国の男子全てが羨む栄誉を賜っているのだ、

もう少し嬉しそうにしたまえ。それが淑女を前にした時の男の礼儀だ。そんなことでは女性の一人も口説けはしないぞ」

「笑ってる場合か……っつうかアンタにまで変わり者とか言われたかないんだけど。それに俺は童貞だ」

 心なしか普段よりも小さな声でボソボソと言う。だが、その音量であっても吐き出された単語はしっかりと皆に届いていた。

「どーてー……ですか? ああ、それは――」

「悠陽様! はしたのうございますぞ!」

「いやはや、君は英雄の器だな。何ともはや末恐ろしい」

 三者三様、悲喜交々に一向は足を進める。

 暗く深い闇に鈴の音が木霊していた。







「えー、はい、12・5事件の時ですね。僕たちは……え、普通に話せって? だったらその手は止めろ! ったく、少ししおらしくしてたかと思うとすぐこれだよ。

心配したこっちが馬鹿らし……なんだよそのニヤニヤした顔、話し聞きに来たんじゃないのかよ。だったらその顔止めろっての。……あー、あの事件ねぇ……

俺がどうしたって起きたことだとは思うけど、やっぱり俺は納得出来ないんだよなぁ。いや、沙霧中尉の言い分だって分からないわけじゃないんだ、あの人自身も

悪い人じゃないしさ。でも、やっぱ人が纏まるのって難しいんだよな。その点、悠陽は一致団結させるのが巧くて……あ、あの?

何故に指をポキポキとならされているのでせうか?」





「貴方たちも飽きないわねぇ。いい加減にしないと白銀にも威厳とか色々問題あるから控えて欲しいところなんだけど、ま、無理か。相変わらずの馬鹿っぷり

だけど、彼も私たちと同様に部下とかいるんだけどね。っていうかあれが私たちの同期で一番の出世頭って……べ、別に寂しくなんかないわよ?

あんなのの面倒見て始末書書かされていたのを思えば今の方が天国よ。皆素直できちっと規則を守ってくれるからもう楽で楽で……え、鬼メガネが怖くて大人しい

だけ? へぇ、誰かしらそんなこと吹聴して回ってるのは……いいわ、別に言わなくても。どうせ彩峰と白銀でしょ。

……誰が鬼メガネかぁッ!! あ、こら、待ちなさい白銀!」




「白銀は尊い犠牲となったのだ、南無。……って今だから言える冗談だよね。え、ボクならあの時でも言ってたんじゃないかって? 酷いよ、まるでボクが空気

読めないみたいじゃない。これでも色々考えて喋ってたんだからね。あ~、でもヴァンさんはあんまり考えて無かったかも。って言うかあの人も素直じゃないよね。

ボクのこと『うざい』とか言って足蹴にしてきたけど照れ隠しにしちゃ激しいよね。それにちっとも名前で呼んでくれなかったし、いつもいつも

『お前、ジョシュアみたいだな』って別の人の名前を引き合いに出したりしてさ。もっとタケルみたいに素直になったらいいのにね。

……あれ、苦笑いするとこあったかな?」




「私にあの事件のこと聞くなんて、Sだね。凄いドSだ。変態のタケルと一緒……ごめん、嘘。でも、そんなに首振らなくても……うん、やっぱりそうかも。

あのレベルの変態と一緒にされるのは私も嫌。……あの時の私も逃げてるだけだったから、あんまり変わってないのかも知れない。後悔が綴られた手紙なんか

欲しくなくて、でも、あの時は読んでればって後悔して……うん、まだ会いに行けてない。どんな顔して何を話せばいいのか分からなくて……随分簡単に言うね。

ううん、別に怒ってないよ。私はそんな風に考えられないから羨ましい。そういうとこ、ヴァンに似てるかも」




「お急ぎの用件はもうお済みになられたのですか。何やら慌てて飛び出されてしまったので何もお渡し出来ずに申し訳ありません。いえいえ、あの時の私は

ただの女、そなたと対等だというのに何の気負いが要りましょうや。友との語らいに身分を持ち出すような無粋は必要ありませんでしょう? 私もあの方のことを

思い出す良い機会ですし、いつも楽しみにしているのですよ? ……まぁ、武様がそのように私のことを? ああ、是非ともこの耳でお聞きしたかったのですが

……どうかしましたか、月詠? ここに録音? 素晴らしいですわ、流石は私のめいどです! ああ、武様……」



[21917] タキシードとおとぎばなし 8
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:cd0c2f37
Date: 2010/10/14 21:09
 太陽系第三惑星、チキュウ。

 そこは絶望と希望が行き交う生命淘汰の最前線。

 夢を遮る壁がある。

 高く険しく、冷たく厳しい。

 そこに潜む魔物は進む足を切り裂き、立ち止まる者の後悔に喉を潤す。

 人が夢を目指す時、その足には無数の恩讐が渦巻いている。

 そこで止まるか、進むのか。

 決意の声は、誰にも届かない。





 離城へ続く細いトンネルを抜けると雪国であった。

 白銀を黒が覆っていた。付近にある戦術機の姿が目に留まった。

「あのヨロイ……っつうことは、ここまでか」

 そのカラーリングに覚えのあったヴァンは頭を掻きながらボヤき、物珍しそうに周囲を見渡す少女へ視線を戻した。不躾なその態度は相変わらず後方の

中年女性を怒らせるに足るものだったが、当の悠陽は気にも留めないようだった。隣からの物言いたげな視線に気づき、柔らかな微笑と共に見つめ返す。

「どうかなさいましたか?」

「いや、俺の仕事はここまでなんでな。後のことはあっちの奴に言ってくれ……あれ、あのおっさん、どこだ?」

「確かに私はおっさんかも知れないがそう明け透けなく言われては切ないものだ」

 見渡す男の背後にふらりと姿を現せる。消え失せた時には一人だったはずが、今はどういうわけか二人になっていた。

 もう一人のことはヴァンも、一点を除いて、良く知っていた。

「……お前、誰だっけ?」

「白銀だ! アンタ、ホントに脳みそ入ってんのかよ!」

「俺が知るかそんなもん。……こいつがこっから先のアンタの護衛だ」

 面倒くさそうに呟き、ポンと少女の背中を軽く叩く。が、平静を装っていても寝不足と疲労でフラフラだった悠陽は不意打ちのその衝撃に耐えられず、

前のめりに白銀の方へと倒れ込む。

「あっ……その……ゆ、許すがよい……」

「いえ……」

 間一髪で抱きしめるように受け止めた青年も受け止められた少女も、その心境は穏やかならざるものであった。白銀はすぐさま身体を離して遠ざけるように

手で支え、悠陽は初めて触れた男の逞しさにドギマギしていた。

「……ま、後は好きにやっとくれ。俺ぁ帰る」

 ラブコメ全開な二人は最早視界にも入れず、ヴァンはさっさと踵を返す。仕事は既に終わり、後のことも彼にとってはどうでもよかった。

「待ちたまえ」

 しかし、そんな彼を呼び止める者がいた。

「若者たちの青春が見るに耐えないのは全く同意するが、だからと言って無言で立ち去るのは冷たすぎやしないかね、鼻摘みのヴァン」

「今は変わり者のヴァンだ。で、用件は? 俺ぁさっさと帰ってメシにしたいんだけど」

 どこかくたびれた様子で腹を擦る。事実、どうにも近い位置にまで踏み込んでこようとする少女の相手で彼は疲れていた。

 彼のこれまでの人生で、そんなに近づいてきた者は決して多くはない。ヴァンがその中身を少しでも曝け出したとすれば、力と金だけを頼りに生きてきた彼を

変える切っ掛けとなった一人と、目標が同じであったが為に旅に同行していた一人くらいなものだ。……どちらも芯の強い女性であったが。

 それはともかく。不慣れからの疲労は否めなかった。この上の小言は御免被りたいところである。

「ふむ。食事ならばこの後で私が好きなだけ奢ろう。だから一つ、頼まれ事してはくれまいか?」

「アンタに護衛なんざ必要ないだろ」

「それはとんだ買いかぶりというものだ。私ほどひ弱な人間もそうはいないと思うのだがね。……少し時間稼ぎをしてもらいたい。連中の足が想像よりも早いのだ」

 飄々と笑っていた表情を強張らせて話し、鎧衣は明後日の方角を見やる。ヴァンも真似るように同じ方向へと目を向け、ややあって深々と息を吐く。

「……却下だ。これ一本であの戦術機とかいうヨロイの相手は流石にしんどい」

 腰の下げている銃に似た装飾の何かに触れて言う。それにかかれば鋼であろうと両断出来るが、生憎と彼の身体は何十機もの戦術機を相手取れるほど

超人的ではない。

「君には白い戦術機とやらがあるのではなかったかね?」

「ダンを使うとあの女がうるさいんだよ。……じゃあな、おっさん」

 今度こそ、とヴァンは歩き出す。

 取り付く島もない彼の様子に鎧衣は肩を竦めた。難民の出にしては貪欲さが欠落しているようなヴァンの真意は彼にしていてもまるで見当がつかず、

かといってこのまま右に左に"さようなら"ではあまりにもおしい戦力だった。

 どうにか出来ないものかと思考を巡らせ、思いついて、その背中へと言葉を投げる。

「横浜基地へ帰るのならば伊豆スカイライン跡を通って戻るといい。山伏峠を越えた方が君の足ならば速いだろう」

「そりゃどーも」

 振り向かず気の抜けた様子で手を振るヴァンの背中を見送る。言葉が伝わったか彼の進路は鎧衣の意図した通りの方角へと向けられていて、

ホッと胸を撫で下ろす。

 その行く先はこの国連軍の部隊が進むだろう場所であり、恐らくは悠陽殿下を追うクーデター軍も通る土地であった。

 そんな場所をこの時勢に一人で出歩く男が不審でないはずもない。

「悪く思わないでくれたまえよ、ヴァン少尉」

 深々と帽子を被り直し、まるで冗談のように嘯く。

 彼の名は鎧衣左近、帝国情報省外務二課の課長。

 帝国のためなら、この程度のことは何の心痛さえもたらさない。





 それを見つけたのは偶然であった。

 レーダーに映る国連軍の部隊だけを見ていては気づかなかっただろうが、雪景色の中に染みのように浮かぶ男の黒い姿はどう見ても怪しい。

 この冬の夜空の下でありながら着衣はタキシードとテンガロンハットのみ。寒さからか背中を丸めて歩く様はあまりにも情けないが、

手荷物もなくこの時勢を考えれば観光などという選択肢は欠片も浮かばない。

 不審者だけで済めばいいが、と吐き捨る。元より彼にとっては国連軍などワケが分からない仮想敵でしかないものの、あからさまに怪しい男を野放しにするほど、

ここまで底抜けのアホを飼っているとは考えたくはなかった。

 通信を入れてから男の前へと機体を着地させ、その硬直が解けると同時に銃口を男へと向ける。

「そこの貴様、何者だ! 所属と――」

「またかよ……あのおっさん、わざとこっちの道教えやがったな」

 彼が言い終えるよりも速く不審者がぼやく。命の危機にある男が取る態度にしてはあまりにも似合わず、コケにされたのかと瞬時に頭に血が上る。

「ふざけるな!」

「別にふざけちゃいないが……あん? その色、アンタ……国連とかいうのじゃないのか」

「貴様、やはり国連軍の!?」

 今更と言わんばかりであった。男に自分の言葉が失言であったことを気づいた様子はないが、彼の応答に目の前が何であるかは思い至ったようだった。

 傾げた首を元に戻して銃口を覗き返す。

 戦術機を見上げた男の顔に浮かんでいたのは怯えや後悔などではなかった。

 深々とため息をつく男にそんなものがあるはずは無かった。

「なぁ、アンタ。俺ぁさっさと横浜基地に帰りたいだけなんだ。アンタらの邪魔はしない。このまま通しちゃくれないか?」

「……売国奴の仲間が何を抜けぬけと」

 全く予期しない言い草に彼は怒りを通り越して呆れてしまった。横浜基地に帰ると言っている時点で所属が国連であるのは明白だというのに、

あろうことか見逃せと。

 馬鹿にするにもほどがある馬鹿野郎の発言は、彼のセーフティを三つばかりすっ飛ばした。

「一度だけ言う。抵抗せずこちらの指示に従え。しからざれば命の保障はしない」

「邪魔しないっつってんだろうが、ワケ分かんねぇこと言いやがって……俺を巻き込むんじゃねぇよ」

 相変わらずブツブツと呟く男の周囲へ一発だけ。発砲された男は消し飛んだ雪と抉れた地面を交互に見やり、改めて戦術機を見返す。

「やりやがったな」

 ニヤリと笑う男の手には、どこからいつの間に取り出したのか、肉厚な刀身の蛮刀が握られていた。

 彼は眼前の敵対行為に反射的に引き金を引く。今度は威嚇などではなかったが、目の前のアホがザクロのように弾け跳ぶことはなかった。

「嘘だろ……」

 戦術機の主武装たる三六ミリを、男はあろう事か手にした蛮刀を身体の前で回転させるようにして全て切り払う。曲芸として手中で棒やら刀を回す技術は

彼も知っていたが、所詮は見世物、大道芸だと一笑していた。

 ここまで来ると確かに大道芸とは呼べないが、それにしても、現実離れしすぎである。可能の是非を問えばまず不可能に転ぶはずであるのに、彼の目の前には

不可解しか存在しなかった。

「アンタがアンタの都合を押し付けるなら、俺も俺の都合で通してもらう」

 そこにあったのは、呆れと諦観が綯い交ぜになったシニカルな笑み。





「何にしてもあの馬鹿がいるだけで計画とか予定なんてぶち壊しってことよね。あたしもそれを悟るまで色々と足掻いちゃったりして、思い出しても馬鹿なこと

してたわ。アイツはね、計画に加えてなくても周りのこと引っ掻き回すのよ。『そりゃそっちの都合。俺は知らない』ってね。ワガママもあそこまで行けば

大したモンよねぇ……ガキがガキのまんま大きくなったような奴よ。アレに比べりゃあたしなんて可愛らしいモンよ。……ああ、白銀もガキっちゃガキなとこ

あるけど、アレよりはマシよ。少なくともあたしの前ではいっぱしの男の面してたわ。……なに、その顔? もしかしてあたしに妬いてる?

そんなの余計な心配よ、馬鹿馬鹿しい」



「博士が落ち着いたのはクーデター事件の後というよりは佐渡島の作戦が決定された後だったと思います。差し迫った事柄もなく理論の方も区切りがついたので

余裕が出来たのがあの辺りだったような……今でもたまにあの笑い方してます。私は博士オリジナルの笑顔って呼んでます。怖いです。あの時の博士には

近寄らない方が身のためですよ。……博士、ですか? きっと博士も白銀さんのことは嫌いじゃないと思います。向こうの世界から理論を持って帰ってきた時には

抱きついてキスしてました。あ、でも、年下には興味ないって言ってました。でも、繰り返した時間だけ歳を取っているのなら博士よりも年上と

いうことも……あがー」



「ワガママばっかりだと他の人とは仲良くなれないって思ってたんですけど、あの人は別でした。自分の好きなように動いてやりたいようにしかしないのに、

でも、不思議と怒る気はしないんですよね。なんかもう、私は、仕方ないかなって。べ、べ別に馬鹿にしてるわけじゃないんですよ? 羨ましいところも

ありましたし……あの人って嘘とか取り繕うとかないんです。だからかもしれませんね、付き合ってみると仲良くなれる人が多いのって。ああ、仲良くなるって

言えばあの事件の時でしたね。私がイルマさんと知り合ったのは。あの時は少尉でしたけど、今頃どうしてるんでしょうか……」



「無能な味方は敵よりも恐ろしいが、それよりもバカは敵味方関係なく恐ろしいものだということを痛感した。日本人が謙虚で奥ゆかしい性格だということは

あの事件の折に知ることが出来たが、アレは一体どういう人種だったのか未だに分からん。あの時は何も知らない難民風情がと憤ったものだが、

今思い返してみると私は物事を難しく考えるきらいがあったのかもしれん。時にはあのようなシンプルさが功を奏することもあると知れただけでも意義はあった。

祖国の意向がどうであれ、な。予ねてから興味あった日本の文化も知ることが出来、殿下の拝謁も賜り、武士の心意気に触れることが出来たのだ。

感謝せねばなるまい」




「ああ、キミは……確かミキの友達でしょ? 手紙にもよく書いてあったわ、みんなで一人の男を取り合ってるって。あのシロガネっていう子でしょ。

確かにXM3の開発者で若輩ながら既に少佐と出世頭の代表、横浜の魔女と懇意だけど性格は割と好青年。けど馬鹿なとこもあって可愛らしい子よね。

違う違う、今のは私の主観じゃなくて昔の仲間の意見よ。まあ、言葉の通りなら私も狙ってみようかなって思いはするけど、家族を置いてはいけないしね。

それに、ミキをライバルにするっていうのもちょっと、ね。……そう言えばもう一人のバカは今頃どうしてるのかしら? 彼も随分と可愛らしかったけど……

え、男の趣味が悪い? そんなこと無いと思うけど……」



「オリジナル笑顔、ですか。なるほど、言い得て妙です。あの笑顔の時の副司令は怒り心頭と言いますか、感極まった状態と言いますか……笑みが本来は攻撃的な

意味合いを持つということの証明ですね。オルタネイティブ5陣営の妨害が多かった頃は度々していましたが、最近はようやく落ち着いて……はい、あの頃は人類

そのものの存続が危ぶまれていたのも係わらず今のようなことをしていたのです。一概にあの人のことをバカと呼ぶことは出来ないのではないでしょうか。

ヘタレと呼んでも差し支えはない思われますが。明け透けな彼女たちも如何なものかと思いますが、女に恥を掻かせるのはやはりヘタレかと。

……もちろん、一般論ですが」



[21917] タキシードとおとぎばなし 9
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:cd0c2f37
Date: 2010/10/14 21:09

 傷だらけの夢が風に吹かれて転がっていく。

 絶望の嵐が小さな幸せを吹き飛ばす。

 太陽系第三惑星、チキュウはそんな星。

 所詮は、死神たちの遊技場。

 人は出会い、別れ、そしてまた出会う。

 広大な世界の上でちっぽけな偶然に弄ばれながら、今日もまた。

 どこかで誰かが誰かに、別れを告げている。

 また会おう、と。

 誓いの言葉は空に溶け、やがて、消える。







 意識の空白というものは、本人が思うよりもずっと刹那である。ましてや、戦場に生きる兵であれば更に。

 瞬く間を、短くない一生を振り返るだけの時間に引き伸ばし、音速に迫るモノの動きを"止めて"見ることさえ可能である。

 だが、信じがたい事実に連続して直面した時は、その限りではない。

 戦術機に刀一本で立ち向かってくる男など、精強と名高い彼の部隊にもいなかった。

「くそっ、くそくそっ! なんなんだお前は!」

 BETAよりも小さな標的は捉えられず、視界の端には残弾数の警告が踊っている。

 むろん、標的は兵士級のような緩慢な動きではない。それでも突撃銃の連射速度でも捉えられないほどではない。

 異常なのは男の身体能力よりも、手にした武器であった。

「よっ、と……やっぱり脆いな」

 一足で戦術機をよじ登り、弾倉装填に動いていた副腕が斬り飛ばされる。その口調の軽佻さが労力を物語っているかのようである。

 合金さえアルミのように切り裂く蛮刀を手に、男は戦術機を切り刻んでいく。

 やがて銃も両断され、放り捨てたその隙に胸部へと男は切っ先を突きつけていた。

「このペラペラの装甲ごとぶっ壊されたくなったら大人しくしろ。……ったく、こっちは疲れてるってのに無駄に動かすなっての」

「くっ……殺すなら殺せ! 誰が貴様の情けなど――」

「あぁん……アンタ、バカじゃねぇのか。誰がアンタの命なんか欲しがるかよ。んなもん、一文にもなりゃしねぇ」

 言われ、彼は瞬時に己の血液が沸き立つのを感じた。身命を賭して国の為にと思う己を金銭で量られ、あまつさえ価値がないなどと!

「貴様、嬲るか……」

「言ってる意味分かんねぇよ。大体、アンタらの仕事はあの気色悪いのと戦うことじゃねぇのかよ」

 一際低くなった彼の言葉に、男はため息混じりに言い返す。

「アンタらの理屈とやらは、聞いたって俺ぁ分かんねぇが、やっぱおかしいんじゃないか? 仕事放り出しといて、こんなもんまで持ち出してよ」

 ゴンゴン、と乱雑な手つきで男は戦術機の装甲を叩き、呆れたように肩を竦めると何も無かったかのように踵を返して戦術機から飛び降りる。

 手にしていた刀は既に無く、男の装いに鞘のようなものは何故か見当たらなかった。

「アンタの趣味の邪魔して悪かったな。じゃあな」

 深々とテンガロンハットを被り直し、男は悠々と歩み去っていく。

 彼は、その気になれば長刀を放り投げるなどして男を殺す手段が無いわけではなかった。

 しかし、出来なかった。

「くそ……くそ!」

 悪態をつき、操縦桿を思い切り叩きつける。

 何度も、何度も。


 



『――白銀少尉、殿下のご容態はどうだ?』

 同行しているウォーケン少佐からの通信で白銀は改めて悠陽を見た。

 白く美しい肌は更に血の気を失って青白く、桜色だった唇はもはや紫色に近い。先ほどまではまだ会話する余裕も残っていたが、閉ざした瞼も力なく震えている

現状では容態は伺わずとも一目瞭然である。

 少しでも楽になるようにと、細い身体を固定していたハーネスを緩めて楽な姿勢を取れるようにしてハッチを開ける。

 外気を取り込むと苦悶に満ちた表情は幾分か和らいだようだった。

「重度の加速度病です。殿下の回復のため、休息時間を取るべきかと」

『そんな余裕はない。白銀少尉、殿下にトリアゾラムを投与しろ。然る後に行軍を再開する』

「現状において薬の再投与は承服しかねます。睡眠時に嘔吐すれば窒息の危険が――」

『それは可能性の問題だ。今の我々にとって最良な選択は一刻も早く戦域を離脱することだ……一度は目を瞑ろう、白銀少尉』

 冷静なウォーケンの声に白銀は苛立っていた。

 彼には、どう見ても精神力だけで耐えているような彼女を眠らせてしまえば、状況が悪化するようにしか思えなかった。

 しかし、他に手立てはない。彼自身が囮となって時間を稼ぐ、というのも悠陽を同乗させている時点で出来ず、ましてや彼は一介の少尉でしかない。もっと

言えば、少尉という階級も今回の件に係わるための対外的なものであり、実際にはまだ訓練兵でしかない。

 言いくるめる手が思いつかないわけではないが、自分が少佐の立場だったとして部下の進言をそこまで認めるかと言われればやはり出来ない。

『長考に見せかけた時間稼ぎのつもりか少尉。私は、二度目を許すほど寛大ではないぞ』

「白銀、構いませぬ……私に……」

 ウォーケンの威圧に、悠陽の嘆願に白銀はきつく唇を噛んで頷こうとし、

『……先の命令は撤回だ少尉』

 苦々しい口調で続けて入ったウォーケンの声に止められた。その声色と空気を伝う轟音から不穏な気配を感じてレーダーを見やれば、航空輸送隊の接近が

確認出来た。

 識別信号は帝国軍の六七一航空輸送隊。その所属は厚木基地だが、悠陽たちと出会った頃には既に陥落しているはずだった。

『この空で空挺作戦だと……カミカゼのつもりか奴らは!?』

 ウォーケンの叫びには怒り以外のものが含まれているようだった。武自身も、安全が確保されてない空を飛んでくるという選択をしたクーデター軍が、

そうまでする沙霧たちがBETAのことを軽んじているような気がして気分が悪かった。呆れなどとっくに通り越している。

『国連軍指揮官に告ぐ』

 オープンチャンネルでの通信だった。その声に聞き覚えがあった彼は記憶を掘り起こし、該当者を見つける。

 真面目実直といった様子の男……クーデターの首謀者、沙霧自身であった。

 その内容は相変わらずだったが、要点だけ言えば――

 一時間の猶予をやる。死にたくなければ悠陽を引き渡せ、と。






 空を飛ぶ大型輸送機、An-225。戦術機を二機同時に搭載輸送することが可能な図体ゆえに匍匐飛行など出来るはずもなく、その運用は酷く難しい。

 それをあえて使用したクーデター軍は、まさしく鬼札のように逃げ延びようとする白銀たちを手中に捉えることが出来た。

 が、しかし。

「あの竹とかいう木、よくしなったなぁ……」

 誰にとってもジョーカーと呼び得る男がすぐ傍らに張り付いていた。

 否、ぶら下がっていた。

 銃のような意匠の柄から伸びる布状の刀身が翼に巻きつき、黒い男が風に揺れていた。

「これで中に入れりゃ完璧だったんだが……もう少しゆっくり飛べよ。上がれねぇだろ、この風じゃ」

 帽子を片手で押さえ、ヴァンは口を尖らせていたのだった。







「あはははははははははははははッ!! この期に及んでまだあたしの邪魔しようっていうのね、あンのボンクラども!! いいじゃない、やったろうじゃない全面

戦争よ! プラットフォームの技術は買ってたから生かしといたのに恩を仇で返すなんてね、あはははははアヒャヒャヒャヒャヒャ! どいつもこいつも言う事

聞きゃしないし仕事もしない! こっちの邪魔してる暇があるなら真面目にやんなさいよ、これなら仕事するだけあの馬鹿の方がマシよ! あの馬鹿より馬鹿とか

人間止めなさいよね、バーカ! あはははははは!! ピアティフッ、社ッ! 資料持ってきなさい、アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」



「……だから止めたんです。今の博士はオリジナル笑顔発動中なので会話が成立しません。一頻り暴れ回って喉が枯れるまで声を上げて落ち着くまでは避難して

置いた方がいいですよ。私もピアティフさんもそうしてます。ずっとそうしてきました。逃げなきゃダメなんです。二時間ぐらいはあのまま暴走モードに入った

ままだと思いますよ。いえ、ヴァンさんがいた時は二回くらいだったと思います。あの時はまだここまで酷くなかったですし……はい、あの人がいる時の方が

今よりはストレスがマシでした。理屈が要らないって意外と爽快ですよ、見てるだけなら」



「そうか、副司令がまたあの状態に……そろそろ月の奪還作戦が行われるはずなんだが大丈夫だろうか。いや、副司令を笑ったわけじゃないんだ。ただ、あと十年は

ないと言われていた人類が、今は月を取り戻そうとしていると思うと感慨深くてな。私もいつまで軍人でいるかと思っていたが、どういうわけか未だに隊長役だ。

そういう意味では白銀の方が正樹よりもずっと先輩だな。こっちはいつになったら決着をつけてくれるのやら……あたしだって適齢期とか気にして……ああ、いや、

なんでもないのよ。んん、いや、何でもない。次の記念日は私も月にいるだろうからこの機会に言っておこうか。……おめでとう」



「おや、キミは確か慧の……こんなところに女性が一人で来るのは感心しないな。白銀少佐は一緒ではないのか? ……キミが私にある用件といえば慧のこと

だろうが……生憎ともう振られてしまったのか、会いに来てくれないものでね。今更私がノコノコとどの面下げて会いに行けばいいかも分からず今のような状態と

いうわけだ。それに、私自身は彼女を幸せに出来るとも思えないし、自分が幸せになりたいとも思っていない。あれだけの事件を起こしたけじめとして、我が命は

この国に捧げるつもりなのでね。……お互い、生きてさえいればそれでいいと、そう思うのだよ。もう少し私が、彼のように、馬鹿だったら違った

結末もあっただろうな」




「あの事件のことを帝国軍はそれほど悪感情を持って見てはいない。沙霧中尉ほどの実力であればその血を望む家もあろう。子を成し、次世代を育てるのも兵の

勤めだと私は思うが、あの真面目な男のことだ、部外者がどれだけ言っても意味は無かろうな。私とて女だ。そういう願望が無いわけでもない。だが、今は色々と

はっちゃけてしまった冥夜様のめいどとやらで忙しい。我が従姉妹も悠陽様のめいどとやらで随分と多忙なようだが、アレはアレで楽しんでいるのだろうよ。

私も、自分の幸せはこちらがケリをつけてからゆっくり探すとしよう。

……だから、頼む。もう胃薬と頭痛薬と睡眠薬ときつい酒が欠かせない日々は嫌なのだ」



[21917] タキシードとおとぎばなし 10(前編)
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:cd0c2f37
Date: 2010/10/14 21:10



 傷だらけの夢が風に吹かれて転がっていく。

 絶望の嵐が小さな幸せを吹き飛ばす。

 太陽系第三惑星、チキュウはそんな星。

 所詮は、死神たちの遊技場。

 出会いは別れを生み、別れは孤独の母となる。

 孤独に抱かれた人は新たな出会いを求めて手を伸ばすが……

 その手が何を掴むかは誰にも分からない。

 手中にあるのは、新たな縁か更なる孤独か。

 分からないからこそ、人は闇へと手を伸ばす。





 風の唸りに紛れて聞こえる男たちの会話は、ヴァンに一人の男を思い出させた。

『お前の復讐は優しいな』

 見慣れない服装をした、同じ男への復讐を求めた一人の男、レイ・ラングレン。

 ヴァンにしてみれば最後まで争う相手だと思っていたが、彼が惑星E.I.へ戻った時にはもう死んだと聞いて少なからず驚いたのを覚えている。

 しかし、あの男もまた復讐を果たしたのだと弟ジョシュア・ラングレンから聞いていた。命を奪った彼と同じように、レイは奴から夢を奪ったのだと。

 その死に顔は夢を叶えたが故に穏やかなものだったと。

 どこまでも自分の為にひた走った、同じく愛する女を殺された男としてその心境には同意出来た。

 誰に諭されようと止められようと曲げられることではなく、勝手気ままと言われようがそうしなければ前に進めない。

 それが彼にとっての復讐だった。

 それこそ彼が得た力と命の意味だった。

 しかし、同じく復讐を目的にしているだろう中の連中から聞こえてくる会話には全く共感を得られない。

 恩人の汚名を雪ぐだ、国のためだ、大義だのと言われてもまるで意味が分からなかった。

 この中にいる男たちは一体何がしたいのか。これだけ大掛かりなことをしておいて、その理由が男たち自身に無いように思えて全く理解出来なかった。

 これだけの人間全てが身内と言うのは無理があるだろうし、赤の他人というならなおのこと。お人よしにもほどがある。

 かつて同行していた面々もそんなことを言っていたが、誰かの為になどというのは今になっても分からない。

「……ま、俺にゃ関係ないか」

 呟いて気持ちを切り替え、眼下へ視線を移す。

 見覚えのある色のヨロイが一纏まりになって、その足元で何やら話し合っているのが見えた。つい先ほどまで一緒だった少女が集まった

皆に語っているようである。

 飛行機がこれ以上進む様子は無い。楽というほど楽は出来なかったが、運んでもらっただけよしとするべきだろう。

 一つため息をつくと、ヴァンは巻きつけていた蛮刀を解いて下の集団目掛けて落ちていくのだった。






 
 自ら打って出るという悠陽の意見で部隊は真っ二つに割れていた。

 殿下の意見を尊重する斯衛軍に冥夜のような日本人と、これまでの経過からそんな行動には了承出来ず一刻も早い離脱を考える米軍や国連軍の一部。

 殿下が赴くのは危険だからと、瓜二つの冥夜が替え玉になるという提案が出て話は更に硬直している。

 その中でどちらかと言えば武も悠陽の意見には反対だった。

 包囲されて進退窮まった現状というのもあるだろうが、ここでクーデター軍の前に行くのであれば逃げようとしていた今までの意味が無い。

 それに万が一、悠陽の身に何かあれば事はこの部隊やクーデター軍だけで収まるわけも無い。どうにかして包囲を抜け出す方がまだ良策のように思える。

 無論、悠陽や冥夜の考えていることは分からないでもない。被害者を出したクーデター軍に対して悠陽が是と言うはずも無く、せめてその手で処断することで

今回の件に決着をつけようという優しさはこの少ない時間の間でも窺い知れた。

 そして、冥夜はそんな決意を汲み取って、かつ危険な役目を引き受けようという魂胆だと。

 そんな危ない橋を渡るくらいならば悠陽を降ろした自分がと思う。

 自惚れが過ぎるかもしれないがXM3に対応したこの吹雪でならば斯衛軍であろうと相手取る自信がある。

「けど、三十もいるんじゃ……ん?」

 つい口をついて出た弱気を遮るように小さな影が差した。クーデター軍の輸送機から真っ逆さまに落ちてくるようだが、そのサイズはどう考えても

戦術機ではない。

 強化外骨格よりもまだ小さく、兵士級か生身の人間程度の大きさだった。

 クーデター内部で仲間割れかと顔を顰めながら空を見上げる。点でしかなかったソレは見る見るうちに武へと迫っており、その速度は増しに増していた。

 点は粒、粒は図形、姿となってようやく視認し得る形を取る。

 冬の寒空を舞う黒いタキシード姿の男は手にした蛮刀の切っ先を突き立てるようにして真っ逆さまに落下してきていた。

「はぁ……ち、ちょっ、なんでこっち来るんだよ!」

 ボーっとその様を眺めていた武だったが、その矛先が自分と分かるや慌ててその場を飛び退く。避けたら避けたでヴァンが潰れるかもしれないという考えが

脳裏を過ぎったが、生存本能の前では水のように流されてしまった。

 そして、着弾。しかし、誰もが轟音やら衝撃やらを覚悟して身構えていたが、それらは全く発生しない。

「よぅ、やっと追いついたみたいだな」

 帽子を押えながら草臥れた様子でヴァンは言い、蛮刀の硬化を解いて腰へ巻きつける。その伸縮性がゴムのように柔らかくたわみ、落下の衝撃を全て

吸収したようだった。

「貴様、何者だ!?」

 拳銃を手に、ウォーケンが怒鳴る。輸送機から降って来た男が味方と思えるわけはないのだから当然の行動だが、彼に庇われるように後方へ追いやられた

悠陽はカラカラとおかしそうにヴァンのことを笑って見ていた。

「俺か? 俺はヴァン。人呼んで変わり者のヴァンだ。そういうアンタは国連とやらじゃないみたいだが?」

「私は米国陸軍第66戦術機甲大隊指揮官、ウォーケン少佐だ。民間人が一体何の目的があって――」

「ヴァン様……お帰りになられたのではなかったのですか?」

 ウォーケンの詰問を待たず、悠陽の声が割って入る。また良好とはいえない体調でか細い声量だったが、彼の言葉を止めるには十分だった。

「帰ろうと思ったんだが、足止めされてな。そういうアンタこそ具合悪そうだが、こんなとこにいると余計に身体壊すぞ」

「そう、ですね……」

 肩を竦めて飄々と言い返すヴァンに悠陽は弱々しい笑みだけで答える。その思わしくない様子に彼は帽子を深く被り直して武へと向き直った。

「なぁ、おい、白銀」

「……なにか?」

「あの女がまだここにいるのも、上の連中が邪魔してるからか?」

「そりゃ向こうの目的は殿下だから当然だ。あれだけの数に囲まれてると迂闊に手は出せないし、向こうも手荒な真似できないからって膠着状態になってるんだよ」

「とにかく上の連中さえ片付いたらさっさと基地に帰られるってことだな」

「それが出来れば誰も苦労は……アンタ、何するつもりだよ?」

 どこか苛々した様子で蛮刀を抜き払うヴァンへ怪訝そうな目を向ける。彼としてはまた勝手なことをさせて夕呼先生がキレて話も出来ない状態になるのは

勘弁だった。

 だが、そんな心境など露知らず、ヴァンはテンガロンハットへと手を伸ばす。

「何をするって決まってるだろ。上の連中のぶっ倒してさっさと基地に帰るんだよ。あの偉そうなこと言ってた沙霧とかいう野郎をとっ捕まえりゃ解決だろ」

「ちょっと待てッ、他に方法があるかも知れないだろ!? アンタがまたあのロボット呼んだら夕呼先生が!」

「関係あるか。大体、上の奴らのこたぁ始めっから気に食わなかったんだよ。野郎が寄って集って女の尻追い回しといて偉そうなこと抜かしやがって」

「だから落ち着けって! 今から冥夜の作戦で上手く行くかもしれないのに――」

「そっちはそっちでやってくれ」

 そっけなく言い、ヴァンはリングを反対側へと移動させる。

 手にした蛮刀には瞬く間に穴が並び、取り押さえようと近づく白銀よりも早く虚空を二度斬りつける。

 その行動の真意を知る者は諦観を、知らない者は疑問を抱いてヴァンへと視線を送るが、後者への答えは空からもたらされた。

 巨大な純白の剣が空から降り注ぎ、輸送機の一機を掠めて地表へと突き立つ。舞い上がった土煙が晴れた後にあったのは剣ではなく白亜の巨人だった。

 突然の訪問者に周囲がざわめく中、ヴァンは佇む巨人の開放された胸部へと飛び乗ると膝立ちに屈み、逆手で握った蛮刀を突き立てる。

 ガントレットが手を覆い隠し、凍傷で傷だらけだったヴァンの肌は瞬時に再生していく。

「ウェイク・アップ、ダン」

 呟き、胸部が閉じる。蒼く輝いていた体の節々が一際強く光を放って黒く変色し、穏やかな青を湛えていた双眸は戦いを望むかのような深紅へと変わる。

 剥き出しの刃を手に巨人は立ち上がる。ヴァンの意思に従って。

 切っ先を輸送機に突きつけ、宣言する。

「俺はお前らのやることが気に食わない。だから、お前らの計画は俺が全部ぶっ壊す」






【To be continued】



[21917] タキシードとおとぎばなし 10(後編)
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:cd0c2f37
Date: 2010/10/14 21:10

 切っ先を突きつける巨人の声に沙霧は疑問を禁じ得なかった。明確な根拠もなく、ただ気に食わないから邪魔をすると言われたのも初めてである。

 だがしかし、敵対すると明言された以上は取るべき行動は一つしかない。

「沙霧大尉、まだ約定の一時間には早いですが……」

 副官が時計を指して言う。予定よりもまだ十分ばかり早く、殿下の名に誓った約定を破ることは出来ない。

「包囲はそのまま維持しておけ。あの白い奴の相手は離れたところで私がする。……しかし、あの戦術機は何だ? 国連の新型か?」

「そのような情報は入っておりませんが……随分と滑らかな動きですし、例の新型OSの搭載機でしょうか?」

「XM3か……俄かに信じがたいが、あの吹雪の部隊も随分と良い動きをしていた。事実なのだろう。……行って来る」

「ご武運を」

 敬礼に送られ、沙霧は格納庫へ鎮座している自機へと乗り込む。主機に火が入り計器類が光を灯していくのを見つめていると、ふと脳裏に一人の姿が過ぎった。 

 だが、その少女の姿も直ぐにかき消す。

 個人の情はこの事を起こす時に捨てた。大義の前に矮小な己の事情など関係ない。

 ただの鋼が一個の兵器として目覚めるのに合わせるように、意識を全て切り替える。

「何であろうと邪魔するのならば……斬る」

 この身はただ一つの刃なれば。







 ヴァンは輸送機から一機だけロボットが降りてくるのを眺めていた。

 一斉に襲い掛かってくることを警戒していただけに拍子抜けだったが着地の動作をとっても他とは違う巧さが垣間見え、知らず口角を吊り上げていた。

「へぇ……あの動き難そうなヨロイでよくやるもんだ。……アンタが沙霧か。お仲間と一緒に来るもんだと思ってたぜ」

『約を違える訳にはいかん。だが、貴様は何者だ? 何故我々の邪魔をする?』

「あぁ? アンタらのやり方が気に入らないだけだ。それと、俺はヴァンだ。人呼んで変わり者のヴァン」

 ジリジリと、周りを傷つけないように場所を移そうとする沙霧を追いかける。輸送機へと飛び乗った付近まで戻ることになったが、

ヨロイにかかれば数十秒の距離だった。

『……ヴァンといったか。背中から斬られることも覚悟していたが、卑劣漢ではないようだな』

「背中から斬りつけるような奴にラッキーは来ないらしいからな。そっちも不意打ちくらいはしてくると思ってたんだが」

『そのような卑怯な真似は出来ん。……だが、我々の計画を阻むというなら、この場で斬る。全ては大義のため!』

 抜刀する不知火を前に、ダンもまた刀を握り直す。構えらしい構えを取らず切っ先は下ろしたままだが、視線は真正面に沙霧を捉えていた。

「大義とか知ったこっちゃ無いが、お前を倒さなきゃ基地に帰れないんで、なッ!」

 対する沙霧の熱とは反対に冷めた様子で言い返し、背部スラスターを吹かして一気に近づく。

 近づく勢いも乗せて大刀を投げつける。だが、不知火は直線的なそれを難なく避けて長刀を振り抜く。

 だが、BETAであれば難なく切り裂く長刀は見るからに脆そうな露出したパイプで受け止められていた。

 ダンの隅々を流れるG-ER流体が高濃度に循環しているパイプは、一見は弱点のように見えるがその硬度はどの部位よりも優れている。

 ギチギチとたわむパイプにも構わず強引に押し返し、無造作に殴りつける。押し切られた長刀が宙を舞い、不知火の背後の地面に突き立った。

「ハッ、古い割りに良く動くな」

『そういう貴様の機体は国連の新型か。そんな戦術機は見たことが無い』

 互いに得物を拾い上げ距離を置くが、僅かな硬直がある沙霧とは違うヴァンは間髪入れずに再び肉薄する。

 一合、二合と刀が交差するが、硬直がある沙霧もダンに遅れず刀を振るう。相手の動作を先読みし、入力を細かく砕いて硬直するのを最小限に抑えた操作術は、

XM3ならぬヨロイインターフェイスシステムで殆ど遅滞なく動くダンへと追いすがるものだった。

「生憎と俺のは特別製でな。にしても意外とやるじゃねぇか」

 大振りで一撃、大気をも引き裂く横薙ぎで間合いを開けさせて嘆息する。積雪が吹き飛んで舞い散る中、ダンは片手で扱っていた大刀を両手で握り直した。

 そして、一閃。先ほどよりも力強い風が辺りの雪を全て吹き飛ばし、剥き出しの大地をしかと踏みしめて構える。

 切っ先を突きつけるように、柄は顔の横に。

 諸共に刺し穿つように。

『勝負に出るか……だが、私は負けん』

 対する沙霧も長刀を八相に構え直す。縦横無尽に駆け抜け敵を斬り伏せる攻勢の構えであった。

 視線が目に見えるのならば盛大に火花を散らせていたことだろう。

 わき目も振らず一途なまでに相手を見据える一機と一機は、夜の冷気にも身じろぎ一つしなかった。

 先手を取ったのはヴァンだった。

 地を蹴り、スラスターを吹かせて一瞬のうちに距離を詰める。切っ先は置いていかれるように背後へ回り、大きな弧を描いて刀圏に捉えた不知火へと迫る。

 が、それより早く沙霧の剣は奔る。先の攻撃よりも小さな軌道で振るわれた長刀はヴァンの一撃をその手諸共に斬り伏せ、通り過ぎた。

 背中合わせに通り過ぎた二体だったが、不知火は何事も無かったように振り返り、ダンは青く輝く液体を腕から滴らせて膝をついた。

「ちっ……避け切れなかったか」

 蛮刀を通じて損傷を感じたヴァンがぼやく。即座に傷は流体が硬化して塞がるが、一撃入れられたという事実は大きかった。

『当然だ。気に入らないなどという個人的な理由で私を阻むことなど出来はしない。……大義のために全て捨てたのだ。今更この命を惜しむものか』

 悠然と見下ろして言い捨て、長刀にこびり付いた流体を振り払うと再び構える。

 だが、ダンがそのまま倒れ伏すことは無かった。

「そうかい、アンタは全部捨てたってか……道理でな」

 誇るように言い放つ沙霧の言葉にヴァンは聞き捨てられないものを聞き、再び立ち上がって刃を向けていた。

『浅かったか……だが、次は無い』

「ああ、そうだな。次は無い。俺が勝ってそれで終わりだ」

 互いに傲然と宣言する。突き刺すように正眼に構える不知火へ、ダンは脇構えのように切っ先を身体の後ろへ隠すようにして地を踏みしめる。

『その驕り諸共に断ってくれる』

「そりゃ無理だ。何かを捨てるような奴に俺は倒せない」

 ジリリと、空気が張り詰める。

 衝突の前触れか二体の背部はスラスターの熱で揺らぎ、降り注ぐ雪が積もることなく溶けていく。

 と、大きな音を立てて超重量に蹴られた地面が崩れる。

 先の返しとばかりに先に仕掛けたのは沙霧の不知火だった。

 速度を生かした鋭い突きはダンのわき腹へと突き刺さる。白亜の装甲は砕け、背面に長刀の切っ先が覗いていた。

『このまま引き裂いて……ッ!?』

 押し切ろうとした長刀を取り巻く流体が一気に硬化して刃を止めていた。

 引き抜こうとしてもビクともせず、慌てる様子を見ながらダンは太刀を振り上げる。

『まさか、貴様このためにわざと』

「悪いな。捕まえるのが面倒だったんで、なッ!!」

 振り下ろされた大刀は不知火の頭部を両断し、首もとの装甲で止まる。内部にある強化外骨格で大刀が引っかかっていた。

『こんなところで、何の理想も義も無い男に負けるわけには……』

 殆ど二つに切り裂かれながら、それでも不知火は長刀を引き抜こうと動いていた。手を離すことも武器を変えることも沙霧の脳裏には無かった。

「言っただろ。捨てる奴には俺は止められない」

『こんな形で我々の義挙が潰えるなど……!』

 ギシギシと軋みを上げる外骨格の音を聞き、沙霧は叫ぶ。

 その声に込められた無念を感じても、ダンの腕は止まらない。

「やり方変えて出直すんだな……チェェェェストォォォッ!!」

 気合一陣、ダンの一撃は強化外骨格をも切り裂きコックピットの沙霧へと肉薄する。

 が、それより前に不知火が崩れ落ちる。

 上からの負荷に耐えかねた不知火の主脚が壊れなければ両断されていてもおかしくは無かった。

 静寂を取り戻した雪の夜空に、鈴のような音が冷たく響いていた。







「ダン・オブ・サーズディって言ってたっけ。戦術機を初めて見たときも驚いたけど、あっちはあんまりロボットって感じじゃなかったんだよな。脚は裸足の

人みたいな作りだし、戦術機よりも稼働時間が短いっていうんじゃ使い道がなぁ……ああ、そうそう、そう言えばあの人とダンって切っても切れない

関係なんだと。あのロボットの青い液体がヴァンさんの身体にも流れてて定期的に搭乗しないと死んじまうんだとさ。銃で撃たれても死なない身体に憧れは

したけどそういう制限がついて回るんじゃちょっとな。操作のために改造手術もしたとか言ってたし、俺はXM3の戦術機がいいよ」




「ヴァンさんのロボットの制限時間は博士曰く、叛乱防止のためだそうです。強すぎる力への対処として制限時間がつけられていたのではないかと。あの裸足の

ような脚のデザインもあくまで駒に過ぎないということを表していたのではないかと推察していました。一週間くらいしか乗らずにはいられないというのも

逃亡防止で、非人道的な改造手術はその過程に過ぎないと。真相は、あの人も知らなかったので分かりませんが……はい、博士も気晴らしに考えていただけだから

本気にするなと言っていましたので。……あの、冗談です。面白くなかったですか?」



「聞いたよ。尚哉のところに行ってたんだって? ……そう、そんな風に言ってたんだ。相変わらず自分勝手で少しもこっちのこと考えてないんだね。

勝手に自分で納得してそれでおしまい。あの事件の前からちっとも変わってない。私のことなんて父さんのことがなければどうでもいいみたい……そんなこと

ないって? だったら、手紙なんかじゃなくて直接会いに来て言うべきなんじゃないかな。合わせる顔がないとか、そんなの男のプライドの問題。タケルだって

そういうところあるし。……でしょ? そう、これだから男って奴は……ああ、ヴァンは別。あれは大きいだけの坊やですよ。

……意味分かんないならそのままでいた方がいい」




「ようやく終わって基地に帰ったと思ったらいきなりMPに連れて行かれて独房入りだもん、参っちゃうよね。そう言えばあの頃の父さんってどこで何してたんだろ。

貿易会社の課長だって言ってたからどこか他所の国にいたんじゃないかな。いっつも妙なお土産を送ってくるから置き場所に困っちゃって。トーテムポールとか

部屋に入んないのにね。タケルもヴァンさんもなんか貰ってたみたいだけど何貰ってたのかな。お守りとかだったら効果はバッチリだからまた買ってきて

ほしいとこだけど……そう言えば今頃ヴァンさん、何してるかな。もう少し素直になってるといいんだけど」




「おお、如何なされた。殿下ならば今日は公務で……なに、ワシに用? ……あの男のことを? 直接手合わせしたことが無いので断言は出来ぬがそれでも

構わぬか? そうさな……殿下が仰ったかも知れぬが、奴はケモノのような男であったな。理念や大義、誰かのために力を振るうという事を知らぬ無法者。

奴にとって他人は敵かそうでないか、力を振るうのは己のため。ふむ、列挙すればまるで悪党のようだがあの性格じゃ、粗野で野蛮だが捻くれてはおらんから

迷惑をかけることはあっても意味無く誰かを害することはなかろうな。……ほう、お主にかかればあやつは犬か。ワッハッハ、流石は殿下のご友人。

剛毅なことじゃ」



[21917] タキシードとおとぎばなし 11(前編)
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:cd0c2f37
Date: 2010/10/14 21:11

 

 太陽系第三惑星、チキュウ。

 そこは絶望と希望が行き交う生命淘汰の最前線。

 何故戦うのか? 何故前へ進むのか?

 道は険しく、結末は悲しく。

 その行程はあまりにも苦しい。

 それでも、立ち止まろうとはしない。

 彼はその記憶がなくとも知っている。

 自分を曲げた後悔は死よりもその身を苛むものだと。

 その信念なくば、ただただ生きる己など価値は無いのだと。

 だからこそ、明日を生きるために死地へと赴く。




 クーデター後の風聞曰く、横浜基地にはかつての住人たちの怨念が渦巻いている、と。

 夜と問わず昼と問わずどこからともなく響いてくる音域が狂ったような哄笑を聞かされ続ければそうなるのも無理は無い。

 その声の主は女性であり地下フロアから浸透してくるものだったが、そこの主たる二人はこの件に関しては黙秘を貫くのだった。

 閑話休題。

 結果を見ればクーデターの制圧はほぼ予定の通り終息したと言って良かった。首謀者以下の半数以上が生きたまま逮捕され、抵抗したモノや某国の息がかかって

いたであろう工作員らしきモノを捕らえるのは叶わなかったが、米軍に余計な干渉をされることなく煌武院悠陽殿下の復権が成されたのだから御の字であろう。

 さぁ、これからは一致団結してBETAと……とは、しかし、いかなかった。

 突如として乱入してきた白亜の巨人。戦術機にしてはあまりに有機的な動きをするソレを目撃したものはあまりに多く、度々挙がっていた発見例のこともあって

隠蔽は如何なる超法規的措置を取ろうと不可能となっていた。

 自身でも判明していないことを報告するのは夕呼のプライドを酷く傷つけたが、その所属を明らかにせねば何処の誰何に良いように掻っ攫われるのは

目に見えている。

 彼女の研究に直接的に助けとなることはなかったが、言うことも殆ど聞かないが、光線級を物ともしない戦力を手放すわけには行かなかった。

 そして、疲労困憊かつ精神高揚状態にあった夕呼は、後年に自身の汚点とする報告書を作り上げるのだった。

 ダン・オブ・サーズディ及びその操縦者はオルタネイティブ4の研究の一環とし、所属はA-01部隊と同様に夕呼の直轄とするという旨の文章が徒然と並び

立てられたものだが、所々に涙の後が滲んでいたという。

 そして、その末はこう記されている――バカはBETAよりも怖い、と。

 この一言が、如何なる事態に直面しようと強気な姿勢を崩さなかった天才が他人に見せた唯一の泣き言だというのだから笑えない。





『──コード991発生、繰り返す、エリア2にコード991発生!』

 XM3のお披露目を終えた頃、前線からはまだ遠いはずの横浜基地にけたたましい警報と通信が響き渡っていた。

 911とはBETAの出現を表すコードである。だが、XM3のトライアルが始まる前も昼食の時も防衛線が突破されたという情報は無かった。

 捜査網にかかることなく侵攻して来たのであれば、ここに至ってわざわざ発見されるというのも解せない。多くの戦術機が演習用の武装しかない丸腰の状態では

あるが、それらが装備を改めて再出撃するまでそれほど時間はかからない。

 他の目的があって潜んできたのであればそもそも見つかるというのは何のメリットも無い。

 マップ上にはBETAを現す光点が赤々と灯っていく。その数は、やはり隠密行動をとっていたにしては不自然なほど多く、基地の壊滅が目的というには

あまりに少ない。

「こいつら一体何処から……くそっ、せっかく上手くいってたのに……!」

 悪態をつき、武は傍にいたBETAの一団へと飛び込んでいく。突如として現れた敵性体にBETAが反応して群がり始めるのをあしらうが、

演習装備では数を減らすことは出来ない。

 周囲を見渡せば混乱に対処出来なかったのか、はたまたXM3に不慣れだったからか、無残に転がる戦術機がいくつか見て取れた。

 最前線から遠いという認識が彼らの意識に緩みを生んでいた。部隊の反応や展開速度が緩慢なのはそのツケだった。

 通信で順次下がるように伝えながら、彼は囮を続けていた。入れ替わりハンガーから武器を持ってくるまでの間を逃げ続けるだけならば、XM3で思うままに

戦術機を動かせるようになった武にとっては大した苦にはならなかった。

 禁忌とされる空を飛び、光線級のレーザーをかいくぐって着地し、大型のBETAさえ盾にする。

 己に備わった高い適性を武器に戦場と化したエリアを縦横無尽に駆け巡り、BETAを引きつけていく。

 網膜に映る光景に既視感を覚えて僅かな頭痛も感じていたが、そんなものは気にならないほど彼の意識は高揚していた。

「お前らなんかにやらせるもんか……って、はぁッ!?」

 赤で埋め尽くされていたマップに一点だけ友軍のマーカーが灯っていたのを見つけてそちらを見やり、武は絶句した。

 そこにいたのはタキシード姿で刀をもっているだけの男であった。一体どうやって上ったのか、膝立ちのまま大破した戦術機の上に立って群がるBETAたちを

払い落としているようだった。

 その刃は時に鋭く、特に柔らかくBETAを切り刻み、打ち据える。幾度となく見た光景だが不思議な素材の蛮刀ということを改めて認識させられるようだった。

 だが、それ以上に不思議なのはこの男である。

「そこのバカ! アンタ何してんだよ!」

『誰がバカだ! ……ってテメェ、白銀か! 散歩してたら急に襲われたんだよ! くそっ、今日の祭りにこんな出し物あるんなら先に言えよな』

 インカムから答えが返ってくるが、相変わらずどこか緊張感の抜けた物言いに彼の脳裏は赤く染まった。

「ふざけてる場合か! 速くあのロボット呼べば良いだろ!」

『あぁ!? こいつら俺が壊しちまっても良いのかよ……コレ、お前らの訓練だろ?』

「非常事態のコードくらい覚えとけバカ! 訓練でも出し物でもなくて緊急事態なんだよ! こいつら倒さないとヤバいんだよ!」

『なんだ、そういうことなら先に言えよな。全く、気ぃ回して損したぜ』

 とぼけたように肩を竦めてヴァンは帽子のリングを反対側へと回し、蛮刀でVの字に宙を斬る。その隙に噛みつこうと飛び掛ってきた赤い影は、しかし、

頭上から襲い掛かった衝撃にすり潰されて絶命した。

 踏み潰したのは白い巨人。正式な許可を貰って自由に使うことが出来るようになったヴァンの半身、その力の具現たるロボットだった。

『こちとらワケ分かんねぇ連中にベタベタされて鬱陶しかったから出て来たってのに人の散歩の邪魔しやがって……テメェら相手で憂さを晴らさせてもらう!』

 全身を紫電が走り、青く輝く。手にした大刀を頭上で旋回させればたちまち竜巻が発生し、周囲を群がっていた小型種は砂礫と諸共に宙へと放り出されていく。

「デタラメすぎだろ! っつうかこっちまで巻き込むな!」

 吸い寄せられそうになる吹雪をどうにか制御して怒鳴る。暴風が止めば周囲には傷だらけの中型・大型のBETAとバラバラにされた小型種が死屍累々の態で

転がっていたが、騒ぎを聞きつけたのかマップでは他所のエリアからBETAが集結してくるのが分かった。

「くそっ、また新手だ」

『ありがとう、いっぱい出てきてくれて!』

 続々と姿を現せるBETAには武も流石にゾッとする思いだったが、ヴァンから返ってきた答えは楽しそうに弾んだ声だった。



【To be continued】



[21917] タキシードとおとぎばなし 11(後編)
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:cd0c2f37
Date: 2010/10/14 21:11



 白亜の剣が空へと返っていく。ミサイルもかくやという速度で舞い上がる一振りの鋼は光線級の斉射も物ともせずその姿を藍色に染まる彼方へと消していった。

 ダン・オブ・サーズディも加わった戦線が立ち直るまでそれほど時間はかからなかった。囮を買って出た武の尽力もあって被害は出たものの最小限で済み、

日が沈む頃には敵性を現す赤いマーカーがマップに灯ることはなくなっていた。

 それでも、被害はあったのである。戦線から遠く到底精鋭とは言えない彼らではあったが、だからといってこんなところで死んでいい人材ではなかった。

 ヒトは既に窮地に立っている。子供が最低限の兵士になるまでかかる費用を考えれば不意を撃たれて死ぬことも、ましてや"八分如き"で死んでいいはずも無い。

「くそっ……」

 最早全ての部隊が撤収した斜陽の荒野で、武は無残な骸を晒す戦術機の前に佇んでいた。

 その拳を硬く握り、歯は砕けんばかりに噛み締めて。己の無力がとにかく煩わしかった。

 俺さえいれば、XM3さえあればと浮かれていた自分が情けなかった。ほんの数時間前の自分を殴りたい気分である。

 どれだけ画期的な発明をしようと、その戦闘機動が常軌を逸したレベルのものであっても、所詮は一人なのだと思い知らされていた。

 たった一人では戦場を変える事など叶うはずもない。かつての記憶が頼りにならないことも含めて腹立たしい。

 と、歯噛みする武の脳裏をまたいつものように見覚えの無い……否、今見たばかりの光景がぼんやりと浮かんできた。

 演習中に突如として現れるBETAの群れ。半狂乱になってペイント弾を撃ちまくる自分。気味の悪い詩と歪んだ視界、潰れた戦術機。

「今頃思い出してどうするんだよ……!」

 時折、夢や現実に垣間見えるかつての自分。今よりも無力で無邪気で、天狗だった己が挫折する姿だった。

 記憶の中の自分は同じように佇み、同じように後悔に涙していた。

 視界は滲み、夕日の赤はゆらゆらと揺れている。背後から伸びた影も同じである。

 この記憶がせめて今朝に蘇っていれば被害を出さずに済んだかもしれないと思うと悔恨の情は一層激しくなっていく。

「白銀……」

 いつだってこの記憶は役に立たなかった。

 事が終わってから蘇る前回の事象など何の意味もなく、定かになっているのはXM3のことや自分がループしているという感覚だけである。

 夕呼先生の理論についても覚えてはおらず、解決策として元の世界に戻って取ってくればいいというお粗末極まりないものであった。

 兵士として最低限完成された肉体と染み付いた戦闘センスだけは助けになっているが、根本的な解決に向くかと言われればちっぽけなものでしかない。

 大事なところが片手落ちな己と、更には強大な力を持つ見知らぬ男の登場。

 ふらりと現れて基地に住み着き、絶大無比な身体能力と荒唐無稽なロボットで、前回以上の記憶よりも強引に、けれど不思議と綺麗に問題をぶち壊す縁の下の

力任せな人物、その名はヴァン。

 初めて会った時に名乗った夜明けのヴァンというその二つ名の通り、彼のロボットは現れる度に死の荒野に光を灯している。

 翻って自分はどうか。類稀なる才能を持った彼女たちを導いた自負こそあるがその戦績は殆どない。

来るべき反撃の時のためにあれやこれやとおぼろげな記憶を頼りに開発に口を出したりはしているものの、だからこそじれったく思っていた。

 本当に自分が世界を救えるのか、救う力になれるのか、武には自信がなくなっていた。

 半ば恨み言の混じった嫉妬を向ける男はもういない。暴れるだけ暴れるとさっさと食堂へと引っ込んでしまっていた。

「貴方は最善を尽くしたわ。あの状況で貴方以上に上手くやれた人なんていないし、貴方がそう思っているならそれは傲慢よ」

 気を遣ってであろう、あえて優しい口調で話しかけてくるまりもへ首を振る。

「俺は、この日がくることを、知っているはずだったんですよ。本当なら覚えてなくちゃいけなかった。思い出さないと俺がここにいる意味なんてないんですよ」

「どう、いう……?」

「俺が無力だってことは知ってるはずだったんです。だから手の届く範囲で、誰も犠牲にしたくないって、そう思ってたはずなんです」

 次々に脳裏を過ぎる見たことの無い記憶の数々が、夕呼以外には分からない言葉の羅列になって飛び出していく。

 どうしてループしているのか。何のために戻ってきたのか。

 それさえ覚えていないのであれば繰り返す意味は無い。

 それを終わってから思い出すのは何の意味も無い。

「なのに、俺は……」

 と、その時不意に視界が色を失った。瞬く間に色彩が消滅し、強烈な感情と共に真紅に染まっていく。

《弱い俺がまりもちゃんを殺したんだ》

 酷く虚ろな男の声が耳朶を打つ。

《俺がウジウジと悩んでたせいでまりもちゃんは!》

 声とは裏腹に胸を焦がす激しい怒りと自己嫌悪。いつかどこかの自分が抱いたであろう感情と決意。

 そして、既視感。言いようの無い不安が武の脳裏を占める。

 遅れて蘇ってくる自身の記憶でも彼はトライアルの後で今のようにまりもに慰められていた。

 神宮寺軍曹ではなく彼が慣れ親しんだ"まりもちゃん"のように優しい言葉をかけられて立ち直りかけていた。

 だから、涙は拭いて礼を言わなければと立ち上がって振り向き――

「まりもちゃん!」

 記憶とは違う、怪訝そうな表情の彼女の背後に白い異形が今まさに襲いかかろうとしているところだった。

 突然の声に驚いて振り向くまりもに兵士級の顎が迫る。由なく宙に伸びていた彼女の手を引き寄せながら駆け寄り、武はホルスターから銃を引き抜く。

「あぐっ!」

 だが、無傷には間に合わない。引き寄せられた際に伸びた反対側の腕は兵士級に噛み千切られ、肘から先は既に彼女のものではなくなっていた。

 胸元で上がる悲鳴と何かを咀嚼する音に、世界が赤と白以外の色を取り戻す。

 目のように見える部位に向けて発砲し、怯んだ隙に距離を取ると弾倉にあるだけ全て撃ち込むと兵士級は奇声を上げてその場にひっくり返った。

 まりもから手を離してリロード。そして、全弾発射。まりもを庇うように前に出ながら、動かなくなってもなお撃ち続け、中身が露出するほど抉れた兵士級の

骸を前にようやく彼は息を吐いた。

 ハンドガンで一体とはいえ兵士級を倒せたのは偶然が重なった結果だった。

 たまたま今回の自分は大口径を趣味で携行しており、撃ちまくった弾が偶然に急所と思しき場所を穿ったということである。

 何故そうしようと思ったのか、何故今回だけ直前とはいえ思い出せたのかは分からないが、いくつもの偶然……否、奇跡が重なったことだけは感謝した。

 今回は間に合ったという安堵。それでも遅かったという後悔。そのどちらも打ち捨ててまりもへと近づく。個人的な感情など二の次でよかった。

「まりもちゃん……」

「BETAの討ち漏らしがあるとは思わなかった私のミスよ。死ぬところだったのを助けてくれた貴方が気に病むことじゃないわ。

それより、このことを早く知らせないと」

「そうか、警報が無いってことは……でも、まりもちゃん」

「腕の一本、くらいなら、止血すれば何とかなるわよ。……さて、どうしますか白銀少尉?」

 器用にも片手と口で傷から上を縛りながらまりもは言う。その顔には痛みから汗が浮かんでいたがまだ土気色には遠く、声にも生気が漲っている。

「なら俺が注意を引きつけてる隙にまりもちゃんが司令室へ。俺なら強化装備を着てるし負傷したまりもちゃんがBETA相手に囮が出来るとも思えません。

二人一緒に行動するよりはその方が勝率が上がるはずです」

「では私の銃も少尉に預けます」

「いえ、念のためまりもちゃんも持っていてください。討ち漏らしがあれだけとは限りません」

「了解しました。……ご武運を、少尉」

「軍曹が速くたどり着けばそれだけ俺の生存率も上がりますよ。そっちこそ気をつけて」

 互いに不恰好ながら堂に入った敬礼を交わし、二人はそれぞれ反対の方向へと駆け出していく。

 一人は基地へ、一人は荒野へ。

 どちらの足にも迷いは無かった。







 そんな決意を、彼は知る由もなく。

「好きだーーーー!!」

 調味料で料理を陵辱し終えた男が口に含むや奇声を上げるが、普段のような苦笑や無視といった周囲からの反応は無い。

 BETAの基地襲撃という大事件を生き延びた彼らではあったが知り合いに犠牲者がいないものなどいるはずもなく、ヴァンにかかずらっている余裕が

あるものはいなかった。

 よくよく周囲を見渡せば負傷した衛士の姿があちらこちらに目に付くほどである。

 しかし、その彼らが負っている雰囲気は暗いものばかりではない。今まであった緩みが全て戦意に転換したように、活気というよりも怒気に近しい

オーラが漂っている。

「ふん……なるほどな」

 ブスブスと箸で突き刺して料理を食べながら、これだけ劇的な事件がなければ変わらなかった連中に呆れながら、ヴァンは独りごちる。

 BETAが何の目的で現れたのか。どうして散歩中の自分が、基地の中から奴らが現れたのを目撃したのか。

 奇しくも、何気なく白銀に言った通りだったわけである。

 味方さえ騙すようなやり方を訓練と呼ぶのであれば、ではあるが。

「訓練にしちゃやり方が随分と汚いな」

 箸を置き、言いながら目の前で料理をパクつく女を見やる。多少目つきが険しくなるのはどうしようもなかった。

「そういえばアンタには見られたんだっけ。バカの割りに頭は回るわね。……で、どうする? このことを知らせようっていうなら無意味よ?」

「別にどうもしやしない。アンタは雇い主だ。そうした理由も分からないでもない。……不愉快だがな」

「仕事は仕事、ね。そういう奴の方がこっちとしても助かるわ。正面突破だけがやり方じゃないってことを分かってるのは少なくてねぇ」

「まどろっこしい奴だなアンタも。いつか痛い目見るぞ」

 気取った様子で口元を拭う夕呼に、ヴァンは鼻を鳴らして睨み返すのだった。







「まりもちゃんの腕は義肢になって衛士としては再起不能、俺の方は大きな怪我もなくてそのまま特別任務だったってわけだ。

俺の次にXM3を使いこなせてたまりもちゃんがいなくなったのは痛手だったけど、それを聞いた時の俺はさ、酷い言い草だけど安心したんだよ。

こう思ってたのはまりもちゃんだけってわけじゃないけど、俺が言ったってその意思を帰られるはず無いのは分かってたからさ……俺たち衛士はいつ死んでも

おかしくないだろ。そういう舞台から死なずに降りられたって思うと、さ。教職に就きたいっていう夢も知ってたし……ああ、そうさ、酷い奴だよ俺は。

本音を言えば皆を戦わせたくないんだよ。……今でも、な」





「神宮寺軍曹の腕を奪ったのが我々の捕獲したBETAだと知った時は目の前が真っ暗になったほどだった。A-01の皆があの人の練成を受けて衛士に

なったのだから、あの衝撃は私だけではなかっただろう。あの時の本音を言えば、すぐにでも病室に駆け込んで土下座して腕を差し出したかった。恩を仇で返す

ような真似を死んで詫びねば気が治まらなかった。私には血の繋がった姉がいるが、軍曹も私にとっては姉同然だったのだからな。だが、我々にそのようなことは

許されない。軍曹の負傷も私で真実を止めるように言われてしまった。……副司令の指示があったからこそ今こうして語ったが、今更だな。そのような資格が

私にあるはずも無い」




「軍曹のことっていうと……ああ、そう、佐渡島の頃だったわね。あの頃って言えば色々と無茶苦茶なことが重なってて私には結構印象深いんだけど、貴方は?

あら、そう……白銀はトライアル事件の直後に特殊任務でいなくなるし、軍曹はあの事件の負傷で衛士を引退することになったし、あのバカは相変わらずだったし、

思い出しても頭が痛くなるわ。そう、そうよ、あのバカ。あんな戦術機隠し持ってるのは黙ってるし、規則をちっとも守らないし、もう最悪よ。白銀が

間に合わなかったらあの状態で佐渡島作戦だったと思うと血の気が引くわ。ま、いずれにせよ過ぎたことよ。今は……噂の撲滅! 彩峰ッ、逃がさないわよ!」




「なんで千鶴たちがあんなに変わったのか不思議だったんだよね。私たちだって訓練してたのにXM3の錬度はあっちが上だったし……流石だなって思ったけどさ。

まぁ、負けてやる道理は無いし一緒の部隊になってからは色々聞いたりして……そうそう、ヴァンのせいだって。千鶴ってばアレのせいで白髪が増えるし

堪んないって言ってたっけ。私たちだってあんなのに負けっぱなしじゃいられないから死に物狂いで特訓したりしてね。目の仇には……うん、してたね。

だって、あの昼行灯だよ? もう少しやる気とか見せてくれたら違ったのにさ。……ニヤニヤしてるけど、別に深い意味なんかないんだからね」






[21917] タキシードとおとぎばなし 12
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:cd0c2f37
Date: 2010/10/15 05:03
 傷だらけの夢が風に吹かれて転がっていく。

 絶望の嵐が小さな幸せを吹き飛ばす。

 太陽系第三惑星、チキュウはそんな星。

 所詮は、死神たちの遊技場。

 それでも生きる者がいる。

 それでも残る者がいる。

 同胞の遺志を継がんとするのは愚直なまでの、ただの男である。

 人並みに優しく、人並みに愚かで、人並みに強く。

 彼は世界を渡ってしまっただけの唯人である。

 




 BETA襲撃の翌朝にも拘らず、基地内に武の姿は無かった。

 すわ脱走かと表情を凍らせる面々もいたが、特務任務でいないと聞けば今度は顔色を蒼く染めて声を荒げる。

 彼女たちは生身一つで兵士級と戦った後だというのに休息を与えられない彼の身を案じていた。

 その優しさを微笑ましく思うも頬を緩めることはなく、ただただ事務的に通達する。

 それはようやく訪れた反撃の時。

 人類にとって、そして、何よりも日本という国にとって大きな意味を持つ作戦である。

 そのための準備となれば、どれだけ期間があっても余る事は無い。

 これから参加するであろう大作戦に戦意を燃やす彼女たちは伝令を聞き終わるや何処へか駆け出していく。

 そんな後姿にようやく強張らせていた表情を解し、彼女はそっと窓を見やる。

 BETAより奪い返さんとするその場所は、かつて佐渡島と呼ばれていた。







 XM3とその使用に耐え得る新型の並列処理装置を搭載した不知火は、既に戦術機とは呼び難いほど遅滞の無い動きをしていた。

『新人の癖にやるじゃない!』

 その動きはもやは人に近しいレベルである。一定のパターンしかなかった長刀の扱いも個々の流派さえ見とれるほどの妙を見せ、

戦術機が戦術機を放り投げるなどという驚天動地な真似をやってのけた。

 だが、ファジーさを獲得したが故に余剰分は消え失せ、入力に関しては何度が劇的に上がってしまってもいる。

 所謂ところの"遊び"に当たる部分が殆んどなくなり、乱雑な入力はそのまま粗末な行動となって現れるわけである。

 今までの感覚で歩行しようとすればその入力の強弱で無様に転んだり一歩にならず足踏みになったり……というわけだ。

 他にも姿勢制御入力に対する柔軟性の獲得、キャンセルと呼ばれる独自の概念によって戦術機は"倒れながら反撃する"ことも可能となり、

長刀を振りかぶっている内に敵が遠退けばすぐさま銃に持ち変えて追撃することも出来るようになっていた。

『ああ、もう! そういや動けるんだっけ!』

 つまるところ、操縦者たる衛士の技量を戦術機にそのまま生かすことが出来るようになったということである。

 そのことを始めから知る彼女らの動きが頭一つ飛びぬけているのは当然のことであった。

「へぇ、速瀬中尉ってばかなり"まじ"ですね」

「先任の矜持もあるからな。お前たちのように負けるワケにはいかないだろう……にしても、何だ、その"まじ"というのは」

 模擬戦を見ながら言葉を交わす。既に一戦終えた少女の顔には疲労が浮かんでいたが持ち前の笑顔がそれを覆い隠し、口をついて出る

軽口が飄々とした印象を周囲に与えていた。

「白銀少尉の口癖で『本気』とか『真剣』って意味だそうですよ大尉。というかそりゃ言いっこなしですよ」

 少女はハンドタオルで汗を拭いながら口を尖らせる。

「無論、先任全員に対してだ。ここで奮起しないようならもう一度訓練兵からやり直した方がいいだろう……が、それにしても凄まじいな。

少尉になりたての新人が速瀬に近接戦闘でここまで追いすがるか」

「開発者から直々に手解きされてたらしいですから当然じゃないですか? 訓練兵だった頃も確かに飛びぬけてましたけど」

「そう言えばお前たちは同期だったか……と、どうにか面子は保てたようだな」

 隊長たる女性の言葉に演習場へ目を向ければ見知ったナンバーの不知火が満身創痍ながらも勝ち残っていた。

 よほどギリギリの勝負だったのか取り繕うともせず戦術機がガッツポーズをとっているのが見えていた。

「速瀬め、あとで腕立てだな」

「アハハ……それって私たちもですよね?」

「お前たちは特別メニューだ。嬉しかろう?」

「なんかヤな予感……」

 ニヤリ、と端正な顔に浮かぶ悪意ある笑みに少女は己の顔が引き攣っていくのを止められなかった。







「なぁ、おい。まだ続けるのか?」

 気だるそうな声が閉鎖空間に木霊する。手にした蛮刀も布のように力なく垂れ下がり、態度に至っては言うまでもない。

 一大作戦を前にそれぞれが奮起している中でも彼は通常運行であった。

「まだだ! まだやれる!」

 対する武は痣だらけの顔を上げて吠え立てていた。土の上ではなく格納庫内で何度も転んだ為に擦過傷こそ無いが青く腫れた頬は痛々しい。

 だが、その痛みでさえ武には物足りなかった。肉体的な痛みがどれだけあっても自己嫌悪を覆い隠すには不足していた。

 自分が結果的に純夏を殺す手助けをしていたと聞いて、この世界から逃げ出そうという考えが僅かでも浮かんだことが腹立たしかった。

 覚悟したと思っていても揺らいだ自分の性根が可笑しかった。

 それでも人の形の彼女と再会出来たことを喜ぶ自分が浅ましかった。

 せめて訓練でもして自分を痛めつけなければ遣る瀬無かった。

 とはいえ、00ユニットの調律の為に地下に缶詰状態だった彼と組み手の出来る者はヴァン以外にはおらず、

向かっては一蹴されての繰り返しであった。

「そうかよ……てめぇの後悔につき合わされちゃこっちは迷惑なんだよ。自分の女のことぐらい自分でケリつけろ」

「アンタに何が分かる!」

「知るかそんなもん。けどな、俺と違ってお前の女はまだ生きてるだろ。こんなところでグダグダ悩んでるよか傍にいてやれよ」

「……どの顔下げて会えばいいんだよ」

 掴みかかろうとした手がだらりと垂れ下がり、自身の顔を掴む。

 うな垂れた彼の心境をヴァンが理解することは出来ず、八つ当たりじみた言葉を返すだけだった。

「ハッ、贅沢な悩みだ。大体、俺が知るわけ無いだろ。エレナはもういないんだ」

「……ッ!? そうか、アンタも……」

 ハッと顔を上げた武には、歩み去ろうとする黒い背中しか見えなかった。

「お前は幸せだよ。お前の女は、どうであれ生きてるんだからな」

 トボトボと、いつものように猫背で遠ざかるその姿はどこか普段よりも寂しそうに見えるのだった。





 

「00ユニットが人間として生きているとは定義出来ないけど、あのバカにしてみればそんな難しい理屈は関係なかったんでしょうね。その単純さが白銀の救いに

なったみたいだから、ま、よかったんじゃないの? アレも自分の女を結婚式に殺されて復讐したらしいし、野蛮の考えなしで行動基準も単純だけどそれなりに

修羅場を潜って来てるんでしょ。……こっちとしては人類の進退に関わることを男と女の観点で語られちゃ堪んないわよ。というかあんなのでも結婚して

やろうって言う女がいたことの方が驚きよね。それこそ正真正銘の聖女さまじゃないと無理……僻み? ハッ、あるわけないじゃない。

あたしに結婚願望なんてないし……しつこいわね」




「えぇと、確か……エレナさん、って言ったかしら。既婚者って聞いた時はたまげたわ。まさかそんな人が他に……こほん、んんっ……なんでも、あのダンとかいう

戦術機の研究者の一人だったとか言ってたわね。彼はそのテストパイロットとしてその人に雇われたのが始まりだとか……ええ、結婚式の当日に襲われて

エレナさんは亡くなったそうよ。鉤爪の男……だったかしら。その時の大怪我が切っ掛けで改造手術を受けることになって、紆余曲折あって仇は取ったって。

そうしないと前に進めないって。そこまで一途に思われてる彼女は女としては幸せよね。……適齢期? 何のことかしら、そんなの知らないわよ」





「婚約しただけの女の為に命をかけるなんて一途な男じゃないか。今時じゃ一夜を共にしたってそこまでの情が生まれるか怪しいもんさ。特に国連軍じゃかなり

オープンだからねぇ……食堂で猥談されるのは正直うんざりだよ。他に場所が無いから仕方ないのかもしれないけどさ、どうしてこう男どもってのはバカ

なのかねぇ。いや、今じゃ男に限らないか……まぁ、優秀な人間が独りでいるのも勿体無い話だって分かっちゃいるけどね、合理性なんて野暮なことは言いっこ

なしだよ。そういうロマンが一つくらいあってもいいだろ? 特にこれから先はさ。……しっかりしなよ、アンタも」




「乙女の純情返せってとこかな。ガチガチの緊張解して貰って、危ないところを助けてもらって、こりゃ脈ありかなって思っても不思議じゃないでしょ?

いや、まあ、こっちが勝手に想ってただけだけどさ、まさかもう結婚してて奥さんに操を立ててるとは思わなかったもんだからワケ分かんなくなっちゃってねぇ……

これでもそれなりの自信はあったんだけど一発玉砕なんて酷くない? あー……もう、今思い出しても腹立つ。ドーテーだから何さ。私だって……おお、

そー言えばあの頃だっけ? 私と違って幸せ全開なカップルが出来たのって。ま、色々あったよねぇ……」






[21917] タキシードとおとぎばなし 13
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:cd0c2f37
Date: 2010/12/10 19:15

 太陽系第三惑星、チキュウ。

 そこは絶望と希望が行き交う生命淘汰の最前線。

 生とは何か、死とは何か。

 かつてあらゆる学者は研究の末にその難問へと辿り着いた。

 決して解けない方程式は彼らのモノであった。

 生とは、死とは。

 今は万人のものである。

 彼方になく此方に、裏と表となり、友よりも親しげに寄り添い立つ。




 香月夕呼が提唱した案に発するオルタネイティブ4とは、つまるところ今まで――特に前回の――計画の延長線上にあるものだった。

 それまでの計画では、1ではBETAの調査、2はそれを踏まえて生態解明、3では新たな意思伝達機能を保持する人工ESP発現体によるコミュニケーションを

目標としていたわけだが、生態の調査解明は思わしくなくESPでもってしてもコミュニケーションは成立しなかった。

 前の計画によってBETAは炭素系生命体であることが判明したものの、同系列の生命体であるはずの人類は生命体として認識していなかったのである。

 そこで考案されたのが00ユニットを要とする4だった。

 生体反応、及び生物的根拠がゼロの擬似生命体であればBETAも生命体と認識してコミュニケーションが行えるのではないか、と。

 人間よりも機械類に多くの反応を見せることを根拠に進められた同計画は肝心の00ユニット開発が滞っていたため凍結を目前に控えていたわけだが……






「ま、自力で解決出来なかったのが心残りって言えば心残りだけど、これでようやく計画が進められるってワケ……アンタには分かんないでしょうね」

 嘯き、鼻歌混じりに爪の手入れをしていた夕呼は視線を横へと流す。無作法ながら机の上に惜しげなく晒された足もリズムを取って揺れていた。

 その流し目にも脚線美にも全く動じる様子はなく、男はテンガロンハットを被り直すだけである。こちらもソファの上で仰向けに寝転がっているので室内の空気は

だらしないものだが、女性の仕草には妙な緊張が混ざっていた。

そんな女性の機微を察するほどの鋭さだけはないのか、はたまたあっても無視しているのか男は己の用件を繰り返す。

「アンタの言葉は難しすぎる。大体、俺が聞きたかったのは00ユニットとかいう奴のことじゃない」

「鑑純夏と00ユニットは今や同義よ……というか、アンタが関心を持つなんて珍しいわね。同情でもした?」

「まさか。親のいないガキなんざ別に珍しくもなんとも無いし、意味不明な言葉を喚き立てるヤツだって山ほど知ってる。白銀のヤツが妙に拘ってるから

気になっただけだ」

 鼻を鳴らし、天井を睨む。手の中で立体パズルを弄ってはいるが、その動きはどこか上の空だった。

 思い返してみれば、彼自身も親のことなど覚えてはいない。一応は人の子なのだからどこかに親がいるのだろうが探そうとは思わないし会う理由も無い。

 それに、人と出会えば敵か味方かだけを区別して敵は叩き潰す……そんな生き方をしていれば気の触れた連中とのニアミスだってそれなりにあった。

 安静にしたところで治る見込みも無い輩ばかりだったが親身になってやろうなどと考えたことも無い。

 どちらにも拘る理由はなかった。そうなった時に親身になって助けようと思う人はもういない。

 だからこそ、少しばかり興味がわいた。今まで会った事のないタイプの人間がどうするのか眺めてみるのも、生き急ぐ理由の無くなった今ならば悪くない。

 そうとしか言いようの無い奇妙な気持ちであった。

「それを同情というのよ、変わり者のヴァン」

「その名は捨てた。今はヴァン・ザ・ワントラックだ」

「アンタの場合は一途っていうより愚直でしょ」

 揶揄するように口角を吊り上げ、視線は壁の向こう――00ユニットと彼がいる部屋へと向けられていた。

「さて、話の続き……まぁ、色々取っ払って言えば00ユニットっていう作り物の身体に"運良く"BETAの襲撃から生き延びた鑑純夏の人格を移したのよ。

ま、作り物って言っても内臓やら何やらはそのままに作ってあるから見た目は人間と変わらないわけだけど」

「そりゃまた面倒なこった。っつうか、それのどこが問題なんだ?」

「見た目は人間と変わらない。でも、生体反応も生物的根拠もゼロ。アンタに分かりやすく言うと……妙な言葉になるけど『機械仕掛けの生きていない人間』って

ところかしら。それに、00ユニットに精神を移すっていうことは、人間の身体の死とイコールなのよ。あと私の推論通りなら、かつて白銀がいた世界の

鑑純夏もこちらと同様の状態……良くて半死半生、まず間違いなく因果の逆流が起きて何らかの事象によって死亡しているでしょうね。でなければあの精神状態に

説明がつかないもの」

 剣呑な単語にヴァンは目を細める。少なくともこの部屋においては馴染みの無い言葉だった。

「なんだそりゃ……双子みたいなもんになるわけじゃないのか?」

「残念ながらね。こっちはまるで解明出来てないんだけど、同じ人間が二人いるっていう事象は因果量子論で言うところの不安定で――」

「分かったもういい。聞いても分かんねぇことだけは分かった。ついでに、アンタや白銀が気にしてることも」

 足を跳ね上げ、振り下ろす反動で立ち上がる。痩身から想像出来ないほどの強靭さで行われたその動作に合わせて鈴のような音が室内に響く。

「……参考までに聞いておきましょうか」

 どこか寒々とこぼれ出た彼女の言葉を彼は笑う。馬鹿馬鹿しいとでも言わんばかりに。

「アンタらは死んだと思ってるから今"生きてる"アイツのことが真っ直ぐに見れないわけだ。そりゃそうだ、死んだ人間は絶対に生き返らないんだからな。

幽霊とかそういうもんと同じに見えて気味が悪いんだろうよ」

「ああ、そう……あたしはアンタの理解能力を買いかぶっていたようね。はぁ……いいこと。あの部屋にいるのはそっくりなだけ人形同然の作り物なの。そして、

その材料に生きていたあの子の命を使ったのよ。これを殺したと言わずになんていうのよ、言ってごらんなさい」

「んなもんを決めるのは当人だろうよ。だがな、科学的根拠とやらが無けりゃ生きてちゃいけないってんならそりゃ傲慢だろ。大体、どんなナリでも動いて喋って

メシ食って、そうこうしてるうちは生きてるんじゃないのか? 死んだ奴は喋らないし笑わないし怒りもしない、そういうもんだろ」

 肩を竦めてうそぶき、踵を返す。一応の用件が済んだ以上、長居する理由も無い。

「それなら」

 と、今まさにドアをくぐろうとしていた背中に言葉が投げられた。振り返るのも面倒臭そうに首だけで振り向くと、険しい表情の夕呼がジッと鋭い視線を

向けていた。

「あたしが貴方の記憶を頼りにエレナさんを00ユニットとして作ったら、それは彼女として生きていると言えるの?」

「そりゃ話が違うだろ。生きてた人間が違う身体になったって話と死んだ人間の話が無茶苦茶だ。……いいか、死んだ人間は生き返らない。

生き返るはず無いんだよ。白銀もアンタもまだ目の前で"生きてる"奴を見るべきなんじゃないのか」

 話は終わりだと言わんばかりに手をヒラヒラと振り、ヴァンは振り返らずに歩き出す。

「……そう言えば、アンタも"元"人間だったわね」

 背後の言葉は、何にも突き刺さらずに消え逝くのみだった。





「おい馬鹿止めろ! 自分が昔からちっとも変わってないからって俺も忘れてたような昔の話とかするなよな、スミカのくせに!」

「だってみんなの話を聞いてたらタケルちゃんってばなんか凄い人みたいなんだもん。馬鹿でねぼすけでエロいくせに生意気だよ!」

 始めは合流したばかりの純夏の自己紹介やら親睦会を含めていた昼食はいつしか幼馴染による暴露大会に代わり、"一緒にいなかった時間"よりも前の幼少期の

恥部を晒された武の我慢が限度を超えたのも無理は無かった。

 馴染むという意味ではこの上なく親しくなるであろう少々みっともない言い合いをして見せる二人への評価は、言わずもがなであろう。

「なにを!」

「なによ!」

 互いの鼻が擦れんばかりに顔を近づけて威嚇し合う。その様子は年頃の恋人同士などではなく子供の喧嘩である。

「……どうやらお互いに認識のズレがあるようですなぁ。あと証拠もなくエロいとか言うな」

「どんなになってもタケルちゃんじゃない。あと、証拠ならベッドの下に――」

「ないからな。探しに行ってもないからなお前ら」

 口論の隅でコソコソと食堂を出て行こうとする同期たちに釘を刺す。

「わ、私は別に」「あはははは……」「野暮だねタケル」「だから止めようって……」「そういう千鶴さんが先頭だよね」「……お黙り」

 気づかれていたことにバツの悪い顔をする少女たちの反応に、純夏の表情は更に険しくなっていく。

「……タケルちゃんの女たらし、浮気モノ、節操無し、ドーテー。一緒にお風呂に入ってあげたのにこんな仕打ちだなんて」

「だからガキの頃の話だからな。……大体、あの時だってお前の方から乱入してきただろ。あとヴァンさんどこだ」

「お腹一杯だから訓練まで寝るって部屋に……というか、なんで彼なの?」

「任務で一緒だったからな。あの人が純夏にあることないこと教えたに決まってる……というわけで、勝負は預けたからな、純夏!」

 力強く指差すや音を立てんばかりの急反転で食堂を飛び出す。入り口付近で一組の衛士とぶつかりそうになるものの同階級と知れば非難の声だけで済んだ

ようだった。

「この後で大尉たちとの模擬戦があるんだから遅れないでよ! ……はぁ、まるで子供じゃない」

「でも、あれでこそタケルさんって気がしません?」

「まだまだヒヨッコですよ」

「だが、我らはそのタケルにまだ一度も勝てず……精進せねば」

「なんか珍しく千鶴さんと慧さんの意見が一緒だね」

「……むむむ」

 残された少女らはそんな彼の行動に首を傾げながら、何とは無しに再び席についていた。

「ところで……冥夜はどれがあることか聞きたそうだね」

「? 意味の分からぬ言葉が混じっていたからそれを尋ねたいだけだったのだが……珠瀬は分かったのか?」

「あはは……ノーコメントで」

「ミキさん、その反応じゃ知ってるっていってるようなものだよ」

「ぐぬぬぬぬ……タケルちゃんの馬鹿……」

 顔を赤らめて笑う仲間の様子に純夏は眉間に皺を寄せて低く唸るばかりだった。







「調律前の00ユニットは酷い有様だったわよ? 何の反応も示さないと思ったら急に暴れだして、二言目には「殺す」だの「復讐してやる」だの剣呑この上

なかったし……とはいえ、その行動さえ白銀に任せる前は稀だったんだけど。社の力でもウンともスンとも言わなかったくせにアイツが来た途端あれなんだから、

ああやだやだ。あたし相手に惚気たって何もでないって言うのに。こういうと胡散臭いけれど、やっぱ世界を救うのは"愛の力"なのかしらね。そんなつもりなんか

微塵も無くて、あたしの科学で世界を救うつもりだったってのにさぁ……馬鹿どもに救われてちゃこっちの面目丸つぶれよ」





「何だかんだ言ってても本心は嬉しいんだと思います。博士からしてみれば、あの人もタケルさんも手のかかる子供みたいなものでしたから。オルタネイティブ4に

目処が立ってからは博士にも余裕が出来ていたようでしたし……いえ、今のようにはっちゃけてはいませんでした。流石にヴァンさんもいるのにストッパーが

いなくなるのはマズいと思っていたんだと思いますよ。オルタネイティブ4の責任者にXM3の開発者、それにBETAを物ともしないロボットの持ち主……それぞれが

無視出来ない力を持っていますし三人が三人とも暴走なんてした日にはピアティフさんが過労で倒れてしまいますから。……ところで、労災って何ですか?」






「労災とは労働者災害補償保険の略称で労働者が業務上の負傷・疾病・死亡などの際にそれらに対して災害補償を行うことで労働者の保護を図る制度のことだが……

不思議なことに私はこの制度と縁が無くてね。いやはや、宮仕えの辛いところだ。私など幾らでも代えの利く駒に過ぎないのだから、まぁむべなるかな。

現在進行形で軍に属している君たちにはあまり関係の無いことだが、雇用契約だけはきちんと目を通した方が良いと忠告しておこうか。そういう心配がない娘の

ような息子……おや、逆だったか。ともかく、アレに関してはその問題もないことだしね。将来有望な若者たちへのおじさんからのアドヴァイスということさ」





「軍では何をするにしても厳然たる順序というものがある。作戦のブリーフィングで疑問を覚えようが一介の少尉には異議を唱える権利はなく、作戦に反対

するならば相応の力を持たなければならない。軍において力とは地位であり階級である。平和となった今では昇級の切っ掛けも少ないが、それがどれだけ恵まれた

ことか……諸君ならば分かっていよう? どれだけの挺身の果てに今があるということを、今の新兵どもは理解していないのだ。……そのことを私がどう思って

いようと、今の地位が私を縛り付けるのだよ。それゆえの発言権というわけだ。だが……それが軍というものだ。いずれは、彼とて納得するだろう」




「白銀少佐の場合、かつては少尉でありながらその人脈によって比類なき力を持ち合わせていました。如何にXM3の発案者であっても少尉に過ぎない彼が佐渡島

奪還作戦や桜花作戦において作戦立案に関わっていたのは副司令の部下であり00ユニットの調律者……いえ、対存在とでも呼ぶべきでしょうか。そういった背景が

あったからこそです。そうでなくとも軍という体制に疑問を禁じえなかったようですが……えぇ、ヴァンさんは対称的でした。彼に関しては階級や発言権に問題が

生じたことはありませんね。副司令を雇用者として仕事を遂行するスタンスでしたので。その分、費用は随分とかかったようですが。

……あれだけ食べても細いままだなんて妬ましい」






[21917] タキシードとおとぎばなし 14-1
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:a1415711
Date: 2011/05/21 18:22
 この世は地獄と誰かが詠う。

 この世の希望を誰かが紡ぐ。

 地獄を前に復讐する者がいる。

 希望を後に挺身する者がいる。

 ここは太陽系第三惑星、チキュウ。

 かつては蒼と緑に恵まれた星である。

 今は争と力に包まれる星である。




 闇が味方すると思っていたのだろう、夜も更けた時間に人目を忍んで動く人影があった。

 影のシルエットの起伏から考えれば女性。明かりの絶えない通路とは違って真っ暗な室内をそろりそろりと足音を消して、イビキをかく男へ近づいていく。

 暗闇の中でも男の顔が判別できるほど近づいても別段変わった反応は無かった。

「起きてない、っぽい……わよね……?」

 就寝中も外さないテンガロンハットに呆れた目を向けつつ、緊張で乾いた唇を湿らせる。他に見る者がいれば獲物を前に舌なめずりするようにも映ったことだろう。

 そして、深呼吸。無音を心がけたソレに如何ほどの意味があったか、侵入者は気合を入れて頷くや一息に男の帽子へと手を伸ばし、

「――ッ!」

「動くな」

 寸前で男の手によって制止せざるを得なくなった。

 侵入者の喉元ギリギリに突き出される肉厚の刃は身体を僅かでも前へ動かせば鮮血を呼ぶに違いなかった。如何に対刃性に優れたモノを着込んでいようと、

BETAさえ切り刻むと言われている刃物相手に性能テストは出来なかった。

 死への緊張で硬直する彼女とは対照的に男は寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こしていた。その間にも牽制は忘れていないが、その行動はもはや無意識のうちに

行っているとしか思えないほど自然であり、彼自身の緊張感とは直結していない。

「ったく、またか……こっちはいい加減ゆっくり休みたいんだが……って、何やってんだ、アンタ?」

 ブツクサと文句を言いながら侵入者へとようやく目を向け、それが誰か分かるや胡乱そうだった目を丸くする。

「そんなことよりはやくソレ仕舞いなさいよ、うわっ、ちょっ、こっち動くな刺さる!」

 ピリッと生地の裂ける音が響いて侵入者――もとい、速瀬の声がいよいよ余裕を失う。潜めていた声も形振り構わず上げて、その時になってようやく退けばいいことに

思い至って飛び退く。

「ちょ、それ何で出来てんのよ物騒な! 強化服切り裂くとかありえない!」

「ありえないのはアンタだ。ったく……俺ぁてっきりまた余計なことしにきた連中かと思ったじゃねぇか」

「は?」

 目を白黒する彼女に、ヴァンは視線を逸らしながら小さく舌打ちする。寝ぼけているせいだろうが、余計な事を口にしたといわんばかりに不味そうに

顔を顰めて扉の方を顎で指す。

「……何でもない。アンタのことだ、どうせ罰ゲームかなんかで意地になって来たんだろ? さっさと戻ったらどうだ。明日は大変なんだろ」

「う……その通りよ。黙って入ったのは謝るわよ、じゃなくて、またってなによ。アンタ、そんなに夜這いされてるわけ?」

「言うなはしたない! ……大方、あの白衣の女の計画とやらの邪魔がしたい連中の仕業だろうよ。俺はまだ他の連中より"手が出しやすい"だろうからな」

 投げやりに言って帽子を被り直す。殺伐とした内容を話しながら、だが、その様子に苛立ちや怒りは見えない。

「副司令の計画の妨害……? オルタネイティブ5の?」

「さあな。どこの誰だろうと興味ない。これも仕事のうちだからな。ノコノコ来た奴は片っ端からとっ捕まえて"ご質問"ってわけだ。聞くのは他の奴だがな。

……アンタもそうだってんならいつも通りにさせてもらうんだが?」

 肩を竦めてのたまう男へ速瀬は瞬時に頭頂まで湧き上がる熱のままに怒鳴る。

「ふ、ふざけんじゃないわよッ! こ、このあたしを裏切り者呼ばわりするつもり!?」

「……だから捕まえてないだろ。用が済んだんならさっさと帰ったらどうだ、あ~、えぇと……何つったっけアンタ?」

「速瀬よ! いい加減覚えなさいよこンの馬鹿! お邪魔しました!」

 気まずげに指差す男へ速瀬はピシャリと応えて足早に部屋を飛び出す。その胸中には、久しぶりに男の部屋に入った緊張感も気まずさも既になく、

何処からともなく湧き上がる怒りだけが燃え盛っているようだった。

 その心境を表すかのような荒い足音が遠ざかるのを聞きつつ、ヴァンは鼻を鳴らして天井を見上げるのだった。

「覚えとくよ、自信ないけど……」







 かつては植生に富んだその姿も、冬の冷気に凍えるかのようにどこか物悲しげであった。

 人が住まなくなった土地は荒れ果て、自然が蘇るほどの力を持たない土塊が無残な骸を晒しているが如き様相であった。

 だが、それもほんの数十分前までであった。

 決して明るいとは言えなかった空だが今は重金属の雲が覆い隠し、轟音と硝煙の臭いが垂れ込める鉄火場と化していた。

 コクピットを戦車級に集られた戦術機が崩れ落ち、両断され倒れ伏した要撃級が土煙を上げ、通信は怒号に紛う声が飛び交う戦場である。

 海上からの支援砲撃も枯れ果てた大地ごとBETAを爆砕していくが、地獄から沸き上がるそれらの数が減っていく様子は未だにない。

 それを誇示するかのように天を貫かんばかりにそびえる地表構造物は、どれだけの衛士の心を折り、また怒りを呼んだことだろうか。 

 彼方に見ゆるそれらはこの地のかつての名に因んでこう呼ばれる。

 佐渡島ハイヴ、と。





 
「にしても戦力に数え難いわね。推進剤を吹かしたら一時間も戦えないとか製作者は何考えてんだか」

 遠方であろうと伝わる緊張感に粟立った腕を擦りながら呟く。サイが投げられた今では彼女に出来ることも殆どないが、思考停止などという贅沢もまたするわけにはいかなかった。

 考えるべきことは山ほどあったが、その中でも特に異様なものにリソースを割くことに決めたのは必然だった。

「俺が知るか。けどな、吹かさなけりゃダンは幾らでもいけるはずだぞ。一緒に戦うとなるとそっちのヨロイの弾が切れるだろうよ」

 その異様なものを一番知っているはずのバカの返答は率直だが彼女が意図するものではなかった……が、聞き逃せない単語もあった。

「ヨロイじゃなくて戦術機だと何度言えば……って、ちょっと待ちなさい。今なんて?」

「そっちのヨロイの弾が切れるって」

「その前よ。エネルギー自体は幾らでも、ですって? あの馬力と機動で? ヨロイってのはみんなモンスター揃いなわけ?」

「ダンは特別だからな。他のヨロイは歩けない奴の方が多いし強さもピンキリだ。オリジナル以外で強かった奴って言えば……お、思ったより多いな」

 指折り数えて片眉を上げる。人――特に女性――の名前は覚えない彼ではあるが、ヨロイやヨロイ乗りに関しては忘れている方が少ないのだった。

「あのすかした野郎のヴォルケインにプリシラのブラウニーだろ、あと爺さんたちのエルドラ。鉤爪の野郎のヨロイも割と梃子摺った方だったっけな……金ピカドクロのヨロイとか。

アイツのはゴールデンクレイドルだったっけか……ふん」

 つらつらと思い出し、腑抜けていたことまで思い出して顔を顰める。後にも先にも復讐を忘れそうになったのはあの一度きりだったのだから思い出すのも業腹であった。

「ヨロイの総数は?」

「さぁな? 流石に人の数ほどは無いだろうが町の数ぐらいはあったんじゃないのか?」

「その無数の原点がアンタのダンってこと?」

「ダンも、だな。オリジナルセブンって呼ばれてた連中がそれぞれ持ってた7つの一つだからな。俺は生憎とそんなもんに入った覚えは無いが」

 懐かしい呼称を口にして、ふと一人の男の姿がヴァンの脳裏に浮かんだ。

 巌のような、厳しく頑固で大きな男。ヴァンにダンの動かし方を教授した、昔の仲間かつ目の前に立ちふさがった壁。

 あの事件を引き起こした張本人だと言われたことも良く分からず、敵として現れても嫌いにはなれなかったヨロイ乗りの先達。

 今もあの町で墓標のようにディアブロが佇んでいると思うと少し寂しい気持ちになるようだった。

「あれだけ過剰な武力を七つも一グループが持ってたって事実自体が剣呑この上ないわね。どんだけ無法地帯なのよ、アンタんとこ」

「あ~……誰だったか『町に暴力、荒野に死』とか言ってたな」

「……その通りだとでもいうつもりなのかしら?」

「いいや、全然。その程度で済むなら幸せだろうよ」

 吐き捨て、らしくもなく揶揄する。

 それが嫌だとあの男は言っていた。それを正すのだとあの馬鹿は叫んでいた。そこに幸せを分け与えるのだとヤツはほざいていた。

 他の連中も似たり寄ったりだったのだろう。だからこそ一緒になって行動していたわけだし、そこに命もかけていた。その意志の強さだけは概ねヴァンも認めていた。

 だが、それは彼らの都合であり、ヴァンの都合ではなかった。だからぶつかり、互いの幸せを潰し合った。

 そうじゃないのはほんの一握り。変人か変わり者か、子供か年寄りか。

「……ハッ、これだから頭の良い奴は始末が悪い。アンタはマシだといいんだがな」

 だから、こぼれた言葉も、意味を持つはずもない。

「仮にもクライアントにその口の聞き方はいかがなものかしらね。……まあいいわ。使えるなら使うまでの話だし、ちゃんとアレが稼動しているのならアンタの出番はお出迎えだけよ」

「そりゃまあそうだ。しっかし、あんなデカブツが宙に浮くとはな。あの野郎のデカブツもクソ固くて面倒臭かったが……スサノだったか?」

「誰の名前よそれ。スサノオよ、ス・サ・ノ・オ。00ユニット運用のおまけに過ぎないけど、その力は篤とご覧あれ……ってところかしら。ま、その性能のせいで

生身の人間には使えない代物ってレッテル貼られてお蔵入りしてた欠陥品『だった』けど、00ユニットの性質と合わされば……」

 自慢げなその言葉に合わせるように、雷光が辺りを覆う。

 ついで轟音。まさしく神の雷が落ちたと思わさんばかりの凄まじさに誰もが息を呑み、その威力に目を剥いた。

 ハイブにおいては硬度でも上位に位置する構造物は、もはやどこにもなかった。

「……なるほど、こりゃすごいな」

 誰もが絶句する中で唯一驚愕の表情を浮かべていなかった男もまた、テンガロンハットを押さえて声量小さく肩を竦めるのだった。
 



 それを指す適切な言葉はないが、ここでは彼と呼ぼう。

 資源採掘、その他を司る作業ユニットの中枢たる彼は今も昔も静かに思考し、指示し、統括していた。

 原生生物による活動妨害が激しさを増していようと、その中に異物が紛れ込んでいようと、それらが彼を揺らがせるには至らない。

 揺らぎはしない。そのような命令は組み込まれていないが故に。

 そう。

 だからこそ、最近になって目立つようになった妨害と同じものを回収したところで歓喜に踊りだすようなこともない。

 その色は純白には程遠い灰。細く鋭利なアレとは違う無骨なシルエットに破壊力だけを重視したような大斧。

 一応の解析と動かすだけのモノを揃えた今となっては思考にノイズが生まれるはずもなく、であればこそ、次にどうするか。

 その考えを見計らったかのように遠東の施設へと原生生物が終結しているという知らせが入る。

 慌てるようなこともなくいつものように伝達し、ソレも動かし、彼は再び思案に沈む。

 より効率のいい原生生物の駆除方法と、そのための手段を。

 いつものように、今までのように。




 To be continued...



[21917] タキシードとおとぎばなし 14-2
Name: 師走一姫◆1e50d36d ID:e009eaa5
Date: 2012/01/01 22:14


 彼女には夢があった。幼馴染であり、憧れのお兄さんでもあった男性と添い遂げて家庭を持ちたいというささやかな物だった。

 そのささやかな願いが未だに実現していないのは、姉たちもまた夢を同じくしており、渦中の彼がいま一つ決断してくれないためでもあった。

 その優柔不断さ、ないし優しさこそが彼を想う要因の一つである以上はそれすらも愛おしかった。じれったさに胸を焦がしながら、姉たちに負けてなるものかと奮起しては、

女であって良かったとそれすらも幸せに変えてかみ締めて。

 いずれ訪れる決着までをすごしていくものだと思っていた。

 それが夢のままで終わってしまう恐怖が、今の彼女を捕らえて放さない。

 次々に応答しなくなる同部隊の隊員たちの断末魔が耳朶を穿ち、吐き気を催す真紅の絨毯が倒れ伏す鋼の骸を蹂躙する。嫌悪か恐怖か、いずれかの感情に突き動かされて空へ舞い

上がった者が瞬く間に奔る光に貫かれて爆散する様が映り、それがより一層の孤独感を呼ぶかのようだった。

 そしてそれは、圧倒的な物量で持って人類へ迫るBETAを前にして抱いてはならない感情であり、そうならないように訓練し実戦を経た仲間たちであるはずだった。

 また一つ潰えた仲間の戦術機を弄ぶ要塞級の触手を斬り飛ばし、副腕に弾丸を再装填させて周辺にバラ撒く。小型種が弾け飛ぶ様には目も向けず動き出し、突貫してくる突撃級を

かわして背面へと刃を突き立てる。

 その程度の技量ならば誰もが持ち合わせた部隊だった。むしろ、彼女はその中では一際劣っていたほどでさえあった。

 だが、もはや誰もいない。

 苦しいと泣いてみても、悔しいと憤ってみても、誰も。

「こんなところで……ッ、まだまだァッ!!」

 武器はある。弾丸も残っている。怒りは胸を焦がしているし、そのくせ頭は驚くほどの静謐さを保っている。

 負けない。否、負けられない。

「まだ返事も聞いてないのに、死んでたまるか!」

 誰もが死ねない理由を抱える中で彼女だけが生き残ったのを、誰が運だけなどと言えようか。

 技術は無くとも教えがあった。度胸は無くとも意地があった。

 守られたという過去があり、託されたという覚悟があった。

 なればこそ生き残らねばならないという決意もまた。

 だからこそ――

「――くッ」

 偶然であろうと視界の隅に躍った触手に気づき、紙一重で避けることは出来た。その事実に一瞬ながら気を緩め、死骸の陰から飛び出した突撃級は見えていなかった。

 ダイアモンドに匹敵する硬度の前面装甲が凄まじい速度で迫ることに気づいた時には、既に回避出来る時間は無かった。

 ゆっくりと近づいてくる死の一撃を前に彼女は目を閉じた。せめて最後は愛する人の顔が見たいと願って。

 それさえ叶わないのが、この戦場である。

「うそ――……」

 直下型の衝撃と轟音が辺り一面に響き渡るのを最後に、彼女の意識は途絶えるのだった。

 突撃級が巨人に踏み潰されるわけはないのだから、機械仕掛けの脚部は今際の夢と信じて。






 そんな衝撃が現れるよりも少し前のことだった。

「あのぐーたらがあんな反応……もしかして、関係者なのかしら……?」

 このまま仕事も無く終わるかとだらけていた男が、目を疑うほどの速さで部屋を飛び出していったのはつい先ほどのことである。

 ワケを聞く暇も無いとはあのことだった。

 おそらく、そのきっかけとなったのはあの一報。

「斧を持ったダンみたいな戦術機、ねぇ……」

 味方と勘違いした部隊が数分と持たずに壊滅させられたという報告が何を意味するのか。

 雇われている以上は味方だといったヴァン自身の真意や目的について今の今まで聞こうとしなかった自身の迂闊さを呪いながら、外面は慌てた様子も無いように装いながら

夕呼は目を細める。

「スサノオは妙な様子だし、何がどうなってるんだか……」

 ぼそりと呟く、その手は苛立ちに震えていた。







 ダンのような、と言われて思い浮かぶものは、彼には一つしかなかった。

 ヴァンでなければ無数の候補に頭を悩ませて動くことさえ出来なかったかもしれないが、彼にはそう思い至った根拠が珍しいながらもあったのだった。

「今のダンのベースはディアブロの……ってことは……」

 ヨロイの修復と保管を兼ね備えるサテライトベースとオリジナルのヨロイは決して切り離せない関係にある。より正しく言うならばベースのない状態では長期的な運用は非常に

困難であり、ヨロイの不調がそのまま乗り手の体調に直結し生命さえ脅かしかねない以上は依存と言っても良いほどである。

 別たれる事が無かったからこそヴァンは生きていると言っても過言ではない現状で、殆ど無い脳を働かせて考えれば、その答えにもたどり着けよう。

「ダンだけじゃなくてディアブロも来てるかも知れない……ってことか、ガドヴェド……!」

 この手で殺したはずだった。二度と動くことなくモニュメントとしてあの町に佇むだけだと信じて疑わなかった。

 もし、もし、仕留めてなかったのなら、そうだとしたら……そんな思いを振り切るように駆け出し、宙に向けて蛮刀を振るう。

 数多の光線を切り裂いて突き立つ白亜の刃へと飛び乗り、呟く言葉には思いが宿る。

「ウェイク・アップ、ダン。……化けて出たってんなら、送り返してやる」

 死者は蘇らない。そんなはずはないのだから。

「どっかの別の誰かなら……ヘッ」

 どちらにせよ、やることは変わらない。

「まだ同じ夢の話をするには早いんだよ……ガドヴェド!」

 佇むそれは、鈍色の巨人。





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