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[21808] 黒須ちゃんビートする(Angel Beats!×CROSS†CHANNEL)
Name: ウサギとくま◆e67a7dd7 ID:e5937496
Date: 2010/09/28 06:14
CROSS†CHANNELとAngelBeats!のクロス小説です。
主人公は黒須太一。
プロローグ以降は一人称になります。
基本的には本編のギャグ寄りになっています。



※ちょっとアレだったので、八話すぐに消しました。



[21808] 一話 黒須ちゃん起きる
Name: ウサギとくま◆e67a7dd7 ID:e5937496
Date: 2010/09/13 19:50
――この空が消えてなくなる、その日まで








「……うーん、やめてくれー、曜子ちゃん。そこはっ、そこだけはっ! そこだけは勘弁――っは!?」

ムクリ、とその少年は目を覚ました。
人目を惹く外見である。
女性的な相貌、猫の様に真っ赤な瞳。
そして何よりも老人の様な真っ白な白髪。

「ひ、酷い夢だった……まさか曜子ちゃんがアッチ方面でも超人的だったなんて……」

夢の話である。
少年――黒須太一はあくびをしながら体を起こした。
そして周囲を見渡す。

「……なぬ?」

夜である。
しかし彼の特異な瞳はそれを問題としなかった。
意識することで宵闇の中でも視界はクリアだ。
見知らぬ場所であった。
地面である。
そしてその地面には白線は引いてある。
いわゆるグラウンドであった。
そして見える大きな校舎。
それだけなら別におかしな話ではないと言える。
彼が寝床にしていた祠まで大分距離はあるが、まあ寝ている間にゴロゴロと学校まで転がってきた、その可能性はある。
が、しかし。

「群青……じゃない」

グルリと周囲を見渡す限り、彼が飽きるほど見てきた学園と全くの別物だった。
彼が長い時間をおいた学園の特徴が無い。
檻の様な巨大な門もない。

「どこだ、ここ? うーむ、寝ている間に隣町の学校まで転がったのか?」

ウンウンと唸る。
そしてザワリ、と何かの存在を感じた。
生き物の気配。

「……え?」

ありえない、と思いつつも感覚を鋭敏にする。
感覚を広げる。
気配を感じる。

――いるはずが無い。

しかし彼の卓越した感覚は確かに人の気配を捉えた。

「まさか……いや、そうなのか? 戻ってきた……いや、でも……」

何かおかしい。
長く人と接していない彼だが、人間が待つ気配というものは決して忘れていない。
彼が今感じている気配は、人間とは少し違うのもだった。
近い、だが違和感がある。
この感覚に覚えがあった。

「うむむ」

腕を組み唸る。
分からないことだらけだ。

と、その彼に背後から近寄る人影。
二つにくくった金色の髪は夜の中でも鈍く輝く。
足を忍ばせている。
それなりに訓練された動きだ。
体重移動、音を立てない足行き、可能な限り薄くした気配。
ジワジワと太一の背後に迫る。
そしてそのまま胡坐を組む太一に接近し――

「そこだッ!」

唐突に背中から地面に対して倒れこんだ太一に「ひっ」と小さな悲鳴をあげて驚いた。
彼女にとっては意味不明の行動である。
しかし太一にとっては意味がある行動だった。
近づいてきた少女、スカートは短い。
故に倒れこんだ太一からはその扇情的な布布したものが目に入ったのだ!

「やった! ピンクだ!」

子供の様に目を輝かせて、喜ぶ太一onグラウンド。
対して、シークレット布を見られた少女は、混乱していた。
冷静に思考する。
目の前の少年――彼女は最初その白髪から老人だと思ったが……その少年を。
自体を把握していないのか。
現状に混乱して、この様な意味不明な行動へと至ったのか――そう判断した。

「あの……よろしいですか?」
「わー、いいなー、やっぱり履いてるのじゃないと駄目だよな、うん。一回先輩の家にお邪魔して舐める様に眺めたことあるけど、やっぱり履いているのとはまた別格だなー」
「……」

聞いていない。
ただ、頭上の秘密の布を眺めることだけに従事している。
少女は少し頬を染めつつ、その無表情な顔を僅かに歪め、後退した。
パンツを見られない位置まで。

「に、逃がさんっ!」

しかし少年は寝そべったまま、進行方向へと移動した。
ホバー移動の様な動きだった。
何が彼をそこまでさせるのか。

「……っ!」

再びパンツを見ることが出来る位置まで移動した太一。
少女は得体の知れない恐怖に襲われ、背後へと疾走した。
そして再びズリズリと後を追う太一。
想像してみるといい。
ひっくり返ったゴキブリが自分の後を追う光景を。
今、少女はその様な恐怖を味わっていた。

「……っ! ……っ!」
「はぁ……はぁ……!」

おおよそ人間の動きではないその動きは、大量の体力を消耗するのか、太一の口からは疲労が呼吸となって漏れ出ていた。
でも、追いかけることやめない。
それが彼である。

そしてその追いかけっこは半刻ほど続いた。
グラウンドへと降りるための階段に少女が昇ったため、太一が頭を段差へとぶつけたためだ。

そして頭を抑え転がる太一と、それを冷ややかな目で見下ろす少女、という図式が出来上がった。
少女は僅かに口を吊り上げ、「勝った」と思った。
そして自分がここに何をしに来たかを思い出し、ブンブンと頭を振った。
自分を戒めるつもりで咳を一つ。
目の前の少年を警戒しつつ、

「落ち着きましたか?」
「……ああ、落ち着いた。非礼を侘びよう、先ほどまでの行為、紳士として到底許されざる行為だった」

のそりと体を起こし、パンパンと体から土を叩き落す。
紳士っぽく頭を下げ、丁寧な口調で侘びる太一。
少女はまたしても混乱した。
先ほどまで自分の下着をホラー映画のように追いかけてきた人間とは思えない。

(……頭を打ったせいで)

そう納得することにした。

「私の名前は遊佐といいます。あなたは?」
「愛奴隷……」
「あい、なんですか?」

眉尻を下げ、聞き返す。

「あ、いや、うん。今の無し。今の俺は紳士を極めたジェントリ伯爵――黒須太一」
「黒須太一さんですね」
「出来れば『たいちん』といやらしく呼んでほしい」
「嫌です」

にべも無く断った。

「ここがどこか分かりますか?」
「それなー。うん、もしかして……天国とか?」
「……え」
「……え?」

太一は冗談で言ったつもりだった。
その後「君の様な天使カワイイ女の子がいたからネ!」何てお洒落に続けるつもりだった。
そして相手がツンデレなら「バ、バカ!」と平手打ち、相手が照れ屋なら「……え、そ、そんな……///」となって太一万歳、そういうオチをつけるつもりだった。
しかし目の前の遊佐の反応はそのどれとも違う反応だった。
「どうしそれを?」の様に驚いた反応だった。

「なに、え……そうなの?」
「ええ、はい。死後の世界、という意味でなら」

ポカンと大口を開ける太一。
え、何?俺死んだの?マジで?
そう言いたげな顔である。
そしてそんな馬鹿な、と笑った。

「う、嘘ダー! 冗談キツキツだよ、それ。俺が今履いてる貞操体よりキツイよー、ハハッ」

何故履いているのか。
またしても家を燃やしてしまったからです。
自分専用の下着が無くなったため、仕方なく曜子ちゃんが残した貞操体を履いていたのだ。

「……」

対する遊佐は無言。
慣れているのだろう。
死を突きつけられた人間の反応に。

「そ、そういえば、目の前のガールも七香と同じ気配……」

ふと思い至る。
そして自分の気配も同じ気配を纏っていることに。

「……そんな……嘘だろ……」

ガクリと体の力が抜け、地面に突っ伏す太一。
その姿を見て、何ともいえない哀れな感情を抱いた遊佐は、太一に近づき、地面に肩膝を立て、太一の肩に手を置いた。

「大丈夫です。あなた一人ではありません、ここにはたくさんの仲間達がいます」
「……」
「そして戦っているんです。理不尽な人生を私達へと強いた神と。……太一さん、あなたの力を貸して下さい」

遊佐は目の前の少年に心から同情していた。
目を惹く白髪。
恐らくは生前、その様な髪の色になってしまうほど辛い目にあったのだろう、と。
先ほどまれの奇行は、その時のことが原因で人との接触を絶ったためだろう、と。
そう推測した。
そう考えた。
自分の幸せで無かった人生と共感した。
もう一方の手で、太一の白髪に手を通す。

「もうあなたは一人じゃありません。私が、私達が傍にいます」

遊佐の顔は変わらず無表情だったが、その胸中には確かに慈愛の心があった。
目の前の少年。
目に見えて不幸な人生を送っていただろう少年に対しての慈愛。

「……うぅ」

対する太一。
泣いていた。
ポロポロと涙を。
伏せた顔から落ちた涙は、グラウンドに小さな小さな池を作っていた。

「太一さん……」

それがまた遊佐の心を刺激した。

「こんな、こんな……」

太一の慟哭にも似た声が口から漏れる。
怨嗟の声か。
人生の理不尽さを嘆く声か。

いや、違う。

「こ、こんなっ、こんなっ……ふふ」

笑っていた。
我慢できない笑みで顔が綻んでいた。
伏せたと思われていた、その視線が向かっているのは遊佐。
正確に言えば、ほぼ密着している為、遊佐の顔は見えない。
だが、彼女は今、肩膝を立てている。
つまりはどうだ。

「こ、こんな至近距離で……ピ、ピンクの……バンザーイ! バンザーイ!」

そういうわけだった。
喝采していた。
小さな声で。
知らぬは彼女ばかり。
太一が自分の下着を凝視しているとは露知らず、ただ目の前の少年に感情を注いでいた。

こうして、太一の二度目の人生はスタートしたのである。





[21808] 二話 黒須ちゃん駄弁る
Name: ウサギとくま◆e67a7dd7 ID:e5937496
Date: 2010/09/13 19:50
俺こと、二十世紀最後の砦、黒須太一は死んでしまった。
ああ、しんでしまうとはなさけない。
いや、まあ実際どうなんだろうね。
何で死んだんだろうか。
その辺りが非常に曖昧だ。
確か、いつも通りにしていたはずだ。
いつも通りアンテナ作って、いつも通りDJして、いつも通り飯食って(冬子ん家に潜り込みキャビアおいしかったです)、いつも通り日記書いて、いつも通り自慰に耽って(オカズはflower's)、いつも通り祠のテントで寝たはずだ。
特に外れた行動はしていない。
ありふれた一週だったはずだ。

まあ行動をテンプレ化してしまうと、体が自動的になってしまい思考が鈍くなるので、出来るだけ週ごとに変わったことをしていたわけだが。
たまに全裸で活動してみたり。
たまに車乗ってみたり。
友貴の部屋に忍び込んで、ベッドの下探ったり。
大人のオモチャを一通り部屋に並べてみたり。

まあそれは置いといて。
特に死亡した原因は思い至らない。
……あの世界が終わってしまったのかもしれない。
そして俺は死亡扱い、と。
それならそれでいいさ。
やることはやった。
自分も最後まで保てたし。
言うことは無い。

あとはこの世界でどうするか。
死後の世界。
同じ様な人間がたくさんいるらしい。
その連中と一緒につるむ?
……うーむ。
少し怖い。
もう擬態せずとも普通の人間の中では生きることは出来るはずだ、多分……うん。
俺の中にあった黒い衝動は既に無い。
無くなってしまったか、それとも奥深くに沈み込んでしまったかは分からないが、それがあった場所はポッカリと穴が開いている。
その中に詰め込んでいくのだ。
それが望みだったはずだ。
健全な精神で健全に過ごす。
しかし、いざそうなると怖いなぁ。
今の俺コミュ経験地ほぼゼロだし。

「……何を考えているんですか?」

隣を歩く遊佐っちが、声をかけてきた。
アイロンビューティな表情からほんの少し、こちらを気遣う様な感情が感じられる。

・アイロンビューティ
太一語。アイロンをかけた様なまっさらな無表情を持つ美少女。
ちなみに曜子はロードローラービューティ(淫乱社製)

健全な人間関係なら、こういう時どう返すべきなのか。
普通に返せばいいんだ。
普通普通。

「あ、いやちょっとね。女性が自慰行為を始める年齢について少々考察を」
「……? ……じい?」

童女の様に聞き返された。

「おおう!? ち、違いますです! こ、ここっここの場合のじいとはつまりG! いつ頃からゴキブリを撃滅する行為を行っていたか、という質問ですはい!」
「はぁ」

お、おおう危ない危ない。
常識的に考えてほぼ初対面の相手に自慰行為の開始時期を聞くのはナンセンスだよきみぃ。
ミキミキと話すノリで話ちゃあ駄目の駄目駄目だ。
下手すりゃポリスメンズに取り囲まれるわ。
……いや、いるのかな、ポリスメン。

「ゴキブリ、ですか? そうですね……」
「び、美少女がゴキブリ……何か凄い背徳感を感じちゃうっ」
「……え?」
「あ、いや! ハーイ!トッカーン!ってわけでねっ、黒須太一突貫してまいります!みたいな、ネ!」
「……」

いかんいかん。
少し油断したら、本能的な部分が漏れ出てしまうぞ。

<理性を手放すな!>by太一

うむむ……これはいかんな。
今まで変態的なキャラに擬態することで群青内での適度な距離感を得ていたが……。
擬態する必要が無くなった今じゃあ、素がこんな性格になっているな……。
このままじゃ普通なんてほど遠いんじゃないのアンタ。
自分を戒めねばならぬな。
自戒自戒。
普通の人間関係求む。

「あの……何か私に気を遣っていませんか?」
「むぐっ」

ズバリ言われた。
どうにもこの遊佐っち、かなり洞察力がある。
無表情の奥で、人を分析しているのだろう。
いや、しかし。
ある程度の自重せねば、普通のコミュニケーションなど……。

「いいんですよ。あなたに何があったかは分からないですが、もうここにあなたを縛るものはありません。あなたは自由に生きていいんです」
「……自由に?」
「ええ」

あ、そうか。
そういうことか。
気にする必要なんてないのか。
普通ってのはそういうことなのか。
一々人に合わせて態度を変えなくていいのか。
演技する必要なんて無い。
擬態してきた俺の殻だけど……これを使ってもいいのか。

「じゃあ、いいかな?」
「ええ、何ですか?」

俺は、初めて。
普通になって初めて。
素の自分の、心からの質問をした。


「パンツとブラの色はお揃いなの?」
「……」


返事は腰の入った殴打だった。



††††


「しかし、アレですな」
「……」
「こう全く、死後の世界とは思えんね」

殴打された頬を押さえつつ歩く。
非常に腰の入った一撃だった。
冬子の一撃がリフレインされた。

「……あなたが考える死後の世界とは?」
「こうカワイイ天使が一杯いて、札束の入った風呂でシャンパン飲んだりすんの。で、目の前で女教師ルックの閻魔様が太股を組み替えつつ、俺の罪を数えたりすんの」
「一回死んだ方がいいのでは?」

死んどりますがな。
しかし本当にここは死後の世界とは思えない。
人の気配が違うのを除けば、現実と変わりないように思える。

「では一度試してみては?」
「はて、試すとは?」
「この拳銃で額なりなんなりを撃ち抜いてみてください。既に死んでいるあなたは死にません」
「ギョギョッ!」

拳銃を取り出した遊佐っちを見て、俺はのけぞった。
さすがに拳銃を目の前で見せられると本能的に恐怖する。
反射的にナイフを取り出そうとした俺を止めたのは、徐々にその領域を広げつつある理性だった。
昔なら、拳銃が見えた時点でナイフをスラッシュないしはインサートしていたかもしれない。

「ノーガン! ノーガン!」
「いえ、撃つ気がはありませんが……どうです? 自分で引き金を引いてみますか?」
「俺が引き金を引くのはベッドの上だけさ、へへっ」
「ここをベッドにしましょうか?」
「あひぃ!?」

カチリと引き金を引く音に思わず犬が行う服従のポーズを取ってしまった。
腹を相手に向けて、屈辱を味わう。
ああ、確かにこれは敗北者のポーズだ。
だが、ことこのエリートソルジャー黒須太一に限りこれは勝利のポーズになりえる。
何故ならこの体勢だと、合法的にパンツを見ることが出来るわけだ!
わーい! やったね!

「いえ、冗談ですから。撃たないです、早く立って下さい」

呆れつつも、情けない敗北者を見る目で俺を見る遊佐っち。
ぷぷぷっ、自分の方が敗北者とは思わず、ぷぷっ。


「ちょっと君たち」


とそんなやり取りをしていると、第三者の声が聞こえた。
男の声。
それなりの歳を経た声だ。
視線を向けると、懐中電灯を持った、恐らくは警備員であろう男がそこにいた。

「こんな時間に何をしているんだ? もうすぐ消灯時間だろうに」

巡回か。
まずいな。
何か上手い言い訳を考えないと。

「ちょっと野外プレイを」
「……は?」

警備員はポカンと大口を開けた。
やった、成功だ!
あ、いや違うか。
ポカンとさせるのが目的じゃないんだ。
この場を上手く誤魔化さねばならんのだ。

「……太一さん、行きますよ」

次の言い訳を考えていると、腕が遊佐っちに引かれた。
そのまま道の先へと引っ張られる。

「あえ? で、でも警備員が……」

このままじゃまずいんじゃなかろうか。
普通の学園なら、夜中に生徒を見つけたら、教師に報告をするもんだろう。

「構う必要ありません。アレはNPCですから」
「……NPC?」

また聞きなれた言葉が出てきたなぁ。
NPC?
完全にゲーム用語じゃないか、それ。
要するに人が操作していないキャラだろ。
……ん?
あれ、良く見るとあの警備員、何かおかしいな。
薄い。
ただでさえ薄い俺達に輪をかけて薄い。
まるで機械みたいだ。

「この死後の世界には3種類の存在がいます。まずは私達。これは未練を残したままこの世界に来たものです」

宵闇の中を手を引きつつ、遊佐っちは言う。

「そしてNPC。NPCは元々この世界にいる存在です。話しかければ反応はしますし、攻撃をしかければ自衛しますが、魂がありません。ゲームによくあるNPCと同じものと思ってもらって構いません」
「三つ目は?」
「天使です」

……天使、ねぇ。
ますますもってあの世っぽくなってきたな。
未練を残してここにやってきた人間に天使、か。
こうなんか、アレだな。
ラノベちっくな設定だ。
そして後半に実は死後の世界では無く、ネットゲーム内の出来事だった、とか重大な事実が明かされたりするわけだ。
おお、こ、これは中々いいんじゃないか?
ここには問題を抱えた人間が集まる。
そしてなんやかんやで解決。
現実に戻ってハピハピしたり。
ネチョネチョしたり。

「なんつって」

ありガチ過ぎる。
そんなどんでん返し流行らん流行らん。

「そもそも何だけど……」
「はい」
「俺達ってどこに向かってるわけ?」

グラウンドからの道すがら、全く聞いていなかった。
これはいかん。
新手の勧誘かもしれんのに。
ホイホイついていったら、素人男優としてAVにさせられたり。
ま、まあそれならそれで……

「そういえば言ってませんでしたね。私達が向かっているのはSSSの本部です」
「SSS?」

略称か?

「S(死んだ)S(世界)S(戦線)。神に抗うための人間が集まった組織です」
「(……ネーミングセンス無いなぁ)」

心からそう思った。
全く、つけた人間の顔が見てみたい。
あ、そうか。
今から見に行くのか。
どうせアレだろ。
こんなネーミングセンスの持ち主は、顔にも生き方にもセンスが無いに違いない。
弛んだ頬に黒ぶち眼鏡、勘違いダークファッションにオシャレサンダル。
口癖は「わけわかしまづ」
趣味は少年少女の靴下を採集する様な人間に違いない。
おお、怖い怖い。
新世代のニューセンスを担う俺としては、まず敵対するであろう相手だ。
会った瞬間に襲い掛かるかもしれんね。





[21808] 三話 黒須ちゃん出会う
Name: ウサギとくま◆e67a7dd7 ID:e5937496
Date: 2010/09/13 19:50
「ここです」

遊佐っちに校舎を連れられ、一室の前に来た。
随分と立派な扉だ。
まるで校長室のようだ。
というか校長室だった。

「ここは校長室じゃ?」
「ええ、昔は。今はSSSの本部になっています」

うーむ。
校長室を乗っ取っているのか?
想像していたより無法者の集団っぽい。

「むーん」

室内の気配を探る。
6人……いや、7人かな。
一人猛烈に気配が薄いのがいる。
意図的に薄くしているみたいだ。

「では」

遊佐っちが扉を開け、その後に続く。
室内に入ると、複数の人間の視線が俺に集まった。
あわわ……み、見られてる……!
俺は基本的に人から顔を見られるのが好きでは無い。
初対面の人間が俺に向ける視線は、奇異なものを見る目だからだ。
自分が異端であることは分かっている。
異端は集団から弾かれることも。
でも、俺は集団に入りたかった。
昔のように自分を維持するためじゃない。
今は心からそう望む。
群れたい。
個はもう嫌だ。
交差したい。

「ようこそ、死んだ世界戦線へ」

俺を迎えたのは、机に足を投げ出した勝気そうな少女。
ベレー帽を被っている。
そして室内には他にも数人の少年少女。
俺をここに連れてきた遊佐っちも、壁際に立っている。

「あ、そんなに緊張しなくていいわよ」
「ゆりっぺさん、それは流石に無理かと」

軽く言ったゆりっぺとやらに、遊佐っちが口を挟んだ。

「え、何で?」
「完全に自分の現状を理解していない上に、見ず知らずの人間達に囲まれています。緊張するな、という方が無理かと」
「うーん、それもそうね。……っていうか今日は良くしゃべるわね遊佐さん」
「……」
「いや急に黙らなくても……ま、いいわ」

じゃあ、と言ってゆりっぺは周囲を見渡した。

「黒須君、だったわよね」
「うぃ、うぃー」

俺は緊張していた。
複数の人間、それも普通の人間に顔を見られているのだ。
今までに無い経験だ。
未知の体験は怖い。
思わずストリップショーを始めてしまいそうになる。
で、でもしたらドン引き確定だ。
我慢我慢。
あ、ああ……で、でも顔見られてる……!
醜い顔が見られちゃってるぅ!
ギ、ギブミーガスマスク!

「先にあたし達が自己紹介するわ。まずはあたし、仲村ゆりよ。ゆりっぺって呼んで」

もう呼んでる(心の中で)
しかし美人だ。
かなりレベルが高い。
Aランクフォルダに仕舞っておいて、後でコラっちゃおう。

「この死んだ世界戦線のリーダーをやってるわ」
「えぇッ!? ダ、ダークファッションは!? ださいサンダルは!?」
「いや、何言ってるの? え、っていうか急にどうしたの?」

驚かずにはいられなかった。
俺が予想していたリーダーと目の前のゆりっぺは全く違った。
こ、こんな美少女があのローセンサーだったなんて……!
……い、いや、まあいい、うん。美少女だし。
ここで黒須太一が一言。

<美少女はジャスティス!>

美少女なら何をやっても許されるのだ。
多少センスが残念でも問題は無い、美少女なら。

「い、いえ。少々乱心をば。気にせず続けてたもれ」
「あなた結構わけわかしまづね」
「……え」

そ、それ流行ってるの?

「じゃ、次。日向君」

ゆりっぺがソファに座る青みがかった髪の男を指す。
男は友好的な表情で片手を挙げた。

「よっ、俺日向。ここじゃ結構古株だから、困ったことがあったら俺に相談しな」
「何よそのつまらない自己紹介。『趣味はノーロープバンジーでーす』とかぐらい言いなさいよ」
「何だよその趣味!? 俺が超ドMみたいじゃねーか!」
「え、違うの?」
「違うよ! 何でちょっと意外そうな顔してんだよ!?」
「……とまあ、こんな感じのツッコミ役だから」

続くツッコミをサラリと流してゆりっぺは続けた。
次に差したのは、ほんのり茶髪の少年。
特にこれといって特徴は無い。
特徴が無いのが特徴、みたいな少年だ。
少年は突然自分に振られて、驚いた様子だ。

「え、ぼ、僕!? ぼ、ぼく大山です! えっと、あの……よろしくね?」
「……」

ゆりっぺがとてもつまらなそうな顔をした。
俺もちょっとした。

「え、ええー……しゅ、趣味はその……えっと……ひ、人と話す、こと、かな?」

無茶振りに弱いキャラのようだった。
趣味になっていない。
ゆりっぺはため息をついた。
右手で額を押さえつつ、部屋の隅にいる少女にバトンを回した。
……来た。
この部屋に入った時から、彼女のことは気になっている。
どうしても曜子ちゃんを連想してしまう彼女。
一目見て只者では無いと思った。
まあ見た目からして忍者だったしネ!

「……」

そして無言。
鋭い視線は何を見ているのか。
全く理解出来ない。
……ん、いや待てよ。
気のせいか俺の制服のアップリケ(以前破った際に自分でつけた熊の物)を見ている……気がする。
いや、気のせいか。

「……椎名」

それだけだった。
自己紹介の最下層に存在するであろう自己紹介であった。

「あー、まあいいわ。じゃあ次。そこの、えーと……眼鏡の人」
「高松です」
「ああ、うん。じゃあ高松君」

眼鏡の人は眼鏡をくいと指であげ、俺を見た。
そして自己紹介。
特に取り立てて変わったところの無い、普通の自己紹介だった。
そして俺は何となく、この男は人気が出ないであろう、そう思っていた。
最早眼鏡キャラの宿命だ。

「はいありがとう眼鏡の人。次は――」
「おいゆりっぺ! そろそろ俺に自己紹介させてくれ! 俺の名前は野田だ。いいか? 一つ言っておくがな、俺は貴様をこれっぽちも信用していない。ちょっとでもふざけた真似や、ゆりっぺに色目使ってみろ? この俺のっ! 鍛えた肉体と! ハルバードで――」
「野田君」
「な、何だゆりっぺ?」
「うるさい」
「……」

ハルバードを持ち、直情的と分かりやすいキャラ設定な彼だが、どうやらゆりっぺには頭が上がらないらしい。
ゆりっぺが机のボタンを押すと、突然現れた鉄球により半ば自動的に窓の外へと排出された。
周囲は特に反応していない。
これが日常なんだろう。
俺も適応することにした。

「さっき飛んで行ったのは野田君。ちょっとうるさいけど気にしないで」

他者紹介になっていた。

「そうね。取り合えずはこんなものね。今日は松下五段やTKもいないし……あと岩沢さんもいないわね、これで主だったメンバーは全部、か」
「いやいや! 俺俺!」

長ドスを持った、目つきの悪い男は声をあげた。
正直キャラが薄い、と俺は思った。

「あー……高松君?」
「藤巻だよ藤巻!」
「ああ、そう。ちょっと藤巻君キャラが薄いのよ、ごめんね」

キャラが薄い人間には恐ろしく扱いが悪いようだ。
それで藤巻某の自己紹介は終わった。
最早他者紹介以前の話だった。

「ていうか松下五段達はどこ行ったのよ?」
 
少し苛立った口調のゆりっぺに、遊佐っちが応えた。

「松下五段とTKさんなら、二人で出かけているところを目撃されています。岩沢さんは新曲が浮かびそうらしいので、部屋に篭っています」
「ああ、そうなの……っていうかあれね。松下五段とTK仲良すぎじゃない? もうホモね。きっとそうよ」

なるほど、松下五段とTKはホモ、か。
覚えておこう。
俺って男好きする顔らしいし。

「ま、こんなもんね。言っておくけどキャラが薄い人間はどんどん画面端になっていくから。黒須君もその辺覚悟をしておいてね? ……まあ、見た目である程度はキャラ稼いでるから当分は大丈夫だと思うけど」

俺はその言葉を胸に刻んだ。
気をつけよう。
俺もちょっと世間的にシャイボーイな分類に入る草食系男子なので、他人事じゃない。
個性を押し出していかねば……!
しかし何であの世にまで来て、若手お笑い芸人のような振る舞いをしないといけんのだろうか。
これが普通の人間関係ってやつなのか。

「じゃ、そろそろ本番。黒須君、自己紹介して」
「……」

ついに来た。
自己紹介。
自分の紹介だ。
しかし、どうすればいいんだろう。
今までまともに自己紹介なんてしたことが無い。
ちょっとジョークなどを交えつつ、ウィットに富んだ自己紹介にすべきか。
ガスマスクが無いことが悔やまれる。
あ、いや待てよ。
俺のジョークは少しセンスが高すぎて逆に受け入れられないかもしれない。
ウィットも過ぎるとウィットレスというわけだ(これが言いたかっただけ)
う、うーん。
こ、こうなったら……!
シスコンを司る神、友貴神よ!
今こそ俺に力を貸してくれぇ!
今こそお前のギャグセンスを俺に!

「く、黒須太一です。くろす(暮らし)安心の精神で……まあ、皆さんと仲良く……出来たらいいな……と思っています」

と、友貴神は邪神だ!
見ろ! 何てこったい!
みんながみんな手が顔を覆っているジャマイカ!
『これは酷い……』
ってみんなの心の中が伝わってくるよ!
馬鹿! 友貴神の馬鹿! シスコン童貞! 
呼ぶ神間違ったな、こりゃ。

「……はい、ありがとう。えー、これからもよろしく」
「ど、ども」

ゆりっぺはため息を吐きつつ、やる気の無い声で言った。
ジトっとした目でこちらを見てくる。
残念なものを見る目だ。
そして顎に手を当て、何らかを考えているポーズを取った。

「ちょっとねー、このままじゃ流石にねえ」

その視線の先は俺だ。
盛大にスベった俺にまだ試練を重ねようと言うのか。

「……そうね、黒須君。あなた――何か一発芸をしなさい」
「……っ!?」

その言葉に反応したのは、何故か遊佐っちだった。

「ゆ、ゆりっぺっさん。流石にこれ以上太一さんに苦行を強いるのは、どうかと」
「別に嫌がらせで言ってるんじゃないわよ。流石にここで終わると、黒須君の戦線内での立ち位置があまりにも酷いことになりそうだから、もう一度チャンスをあげるのよ」

さっきの自己紹介、そんなに酷かったのか……。
全く友貴のギャグセンスと来たら、ほんとあの世でも受け入れられないなんて……。
アイツのジョークが大受けするのは、最早笑いキノコを食った人間相手だけじゃないか?

「ここでスベれば弄られキャラ、万が一大受けしたら盛り上げキャラとしての位置を得られるでしょう? 今のままだと彼、最悪空気キャラになるわよ」
「……そ、それもそうですね」

言ってることは間違ってはいないんだが、それを本人の前で言うのはどうか。
俺の胸に次々と言葉の短剣譜が突き刺さっているんだが。

「いい黒須君? 実はこの組織に入る為には一発芸を披露するという通過儀礼があるの」
「俺初耳だぞ!?」
「日向君、黙りなさい。あなたもほら、やってたじゃない。……ノーロープバンジー」
「やってねえよ!」
「ちょっとは空気読みなさいよ! ほら早く!」
「ちょっ、ちょ、おい!? マジかよ!? 今やんのか!?」

日向とやらが、ガンガンと窓のへと追いやられていく。
ほぼ抵抗していない辺り、これが日常に一部であると見られる。
ノロープバンジーを強要される日常か……この世の物とは思えん日常だな……。

「わ、分かったから! 行くから!」
「それでいいのよ。飛ぶ時は何か面白いことを言ってから飛びなさい」
「ここに来てまさかの追加無茶振り!? い、いいよ! やってやんよ!」

日向は窓枠に足をかけ、俺の方を見た。
そして親指を立て、ニコリと笑った。
漢の笑顔だった。

「俺さ、もしここから飛び降りたら……結婚するんだ。オラァーーーーーーーー!!!!」

日向は笑顔のまま窓枠から飛び降りた。
死亡フラグを立て、飛び降りる。
これは中々レベルが高い。
助かろうという意思を感じない。
個人的に中々好きな部類のネタだ。

「……イマイチね」

しかしゆりっぺは厳しかった。
いや、ネタ云々より日向自信に厳しいのかもしれない。
日向はいいやつだ。
ああいう人間と友人になれたら、多分幸せなんだろう。

「じゃ、次そこでガクガク震えてる大山君」
「ええええーーーー!? 何で!?」
「特に理由は無いわよ。ほらあなたも一発芸持ってたじゃない。あのほら……」
「ぼ、ぼく腹話術が出来るんだ!」
「却下よ」
「ええええーーーーー!?」
「それからその『えええーーーーーーー!?』っていうのありきたり過ぎてつまんない」
「えええええーーーーーーー!?」

それに関しては俺も同意だった。
ネタを固着してしまうと、発展性が無くなる。
ここでなら動きをつけるべきだろう。
驚きながら、地面に対して垂直に飛ぶとか。
コミック力場が展開していたなら、月まで飛んでみるとか。

「じゃ、じゃあぼくどうすれば……?」
「そうね。……あなたさっき人と話すのが趣味って言ってたわよね」
「う、うん」
「今から校内中の女性徒に話しかけてきなさい」
「えええ……あ、でもまだ出来るレベルだ」
「全裸で」
「えええええええええーーーーーーーー!?」

ほほう。
そうか。
一発芸ってのはそういう方向でいいのか。
参考になった。
愚息を露出することに抵抗が無い俺だ、それぐらいなら容易い。
しかし大山は抵抗があるようだ。
あまり自信が無いのだろう。

「む、無理だよ! そんなことしたらぼく死んじゃうよ!」
「もう死んでるじゃない」
「もっと死ぬよ!」

もっと死ぬときた。
深いな……(思ってみただけで特に深くは無い)

「ちっ、じゃあ下半身のみ露出でいいわよ」
「そっちの方がより犯罪ちっくだよっ!?」
「あー、うるわいわね! じゃあ上半身だけ裸でいいわよ、全く……死ね!」
「や、やった! な、何で死ねって言われたのか分からないけど! これなら出来る!」

そう言って大山は喜んで上半身裸になり、勇んで部屋から出て行った。
次いで廊下から聞こえる悲鳴。
実に楽しそうだ。

「それから今まさに上着を脱ごうとしている眼鏡の人」
「ふふ、眼鏡の人、ですか。だが、これを見てもまだ、眼鏡の人と――」
「別に見たくないわ」

ゆりっぺが再び机のボタンを押した。
鉄球が眼鏡の人と、何故か藤巻を巻き込んで「何で俺もー!?」と窓の外へと飛び出した。

「さ、これだけ減れば大丈夫でしょう」
「……ひ、酷い目にあった」
「あら日向君、戻ってきたの?」
「おかげさまでな!」

ボロボロの体で日向が戻ってきた。
これで室内は随分と少なくなった。
俺、ゆりっぺ、日向、遊佐っち、椎名。
もしかして気を使ってくれたのだろうか?
シャイボーイの俺のことを。
……心が揺れた。
これは感動、なんだろう。
何気ない気遣い。
こういったものが欲しいんだ。

「……ああ」

満ちる。
ポッカリと空いた場所に何かが満ちていく。
情緒というものなのか。
嬉しい。
期待に応えたい。

「黒須太一……一発芸やります!」

やる気はある。
しかし何をするか、だ。
ゆりっぺはあまり俺に期待はしていないんだろう。
それを見返してやりたい。
あっと言わせたい。
以前の俺には無かった感情だ。

全裸で校内を走る。
いいだろう。
インパクトはある。
しかし大山とやらが既に似たようなことをしてしまった。
正直ネタ被りは寒い。

それなら俺に出来ること。
何をやる。
今俺が出来る何か。
今の俺に出来る最高の一発芸。


――パラシュート・デス・センテンス




[21808] 四話 黒須ちゃん放つ
Name: ウサギとくま◆e67a7dd7 ID:e5937496
Date: 2010/09/16 04:08
――パラシュート・デス・センテンス

俺が放ちうる最高の極技だ。
しかし、最後に人間相手に放ってから長い時間が経った。
鈍っているということは無い。
研磨し続けた。
錬度は高め続けた。
誰もいない世界でも、空いた時間の合間に練習は続けた。
抱き枕にスカートを履かせ、ひたすら研磨した。
故に鈍ってはいない。
それどころか以前より鋭さはましたはずだ。

「さ、黒須君。一発芸よ。言っておくけど温いものだったら容赦なく爆破するわよ?」

ば、ばばばっば爆破!?
ボ、ボンバーされちゃう!

「黒須君ちょっとキャラ薄いからねぇ。ここらで一発凄いことやっとかないと。見た目だけで生きることが出来るほどこの戦線は甘く無いわよ?」

や、やっぱり俺キャラ薄いんかな……。
俺っていわゆるギャルゲー系な優柔不断系前髪ボッサ主人公だからなぁ。
や、やってやんよ!
今世紀最高のパラデを魅せてやる!

「ばんわー! お邪魔しまーす!」

俺が精神を集中させていると、部屋の扉が開く音がした。
視線を向けると、ちんまいピンク髪の全体的に悪魔なファッションでキメた少女がいた。
ゆりっぺが額に手を当て、思案顔で応対。

「え? 誰? あ、そういえば……ガルデモの……雑用の子だったっけ?」
「ええ、まあ雑用には違いないんですけど、そこはアシスタント、と」
「同じじゃない」
「まあ同じっちゃあ同じなんですけど、譲れないものがあるっていうか」
「はぁ……で、何の用?」
「岩沢さんの代理で来ましたです、はい」

ビシリと可愛らしく敬礼をする少女。
一人、増えたか。
まあいい。
進化したパラデ、五人までなら可能!

「まあいいわ。あなたも見て行きなさい」
「はぇ? なんの話です……ってうわ! 超絶美人!」

美人って言われたぜ。
お世辞と言われても、顔が綺麗と言われたら嬉しい。
まあ、本音を言うと「キャ! イケメン! 速やかに抱いて!」とか言われた方が嬉しいんだけどネ。

「え? アレ男の人なんですか? うわー勿体ないなぁ」

勿体無いって言われたぜ。
何が勿体ないか詳しく聞きたいところだ。
まあ、今はいい。
今は奥義に集中せねば。

まずは位置関係の把握。
今いる俺が位置が部屋の中心。
机を挟んで正面にゆりっぺ。
南西の隅に椎名。
東に遊佐っち。
南に新人。
あと日向がソファにいるがこれは除外。

「え、一発芸するんですか? 何で? アホなんですか?」

あ、アホて言った。
ふふふ、貴様には他のヤツより数倍のリキを込めてやる。
俺の精神は限りなく極限まで高まった。
肉体には既に火が灯っている。
肉体は始動を急かすように、今か今かと震えている。
溢れそうになる力を体に押し込めるように、漏らさぬように口を開いた。

「一発芸――パラシュート・デス・センテンス」
「へー? なに、結構面白そうじゃない。……これでスベったら最悪だけど」
「ですよねー。ここまで格好つけた名前で、もしただの宴会芸レベルの代物だったら、ユイにゃん一生この人指差してバカにしてやんますよっ」

く、言ってくれる。
だがこの妙技。
既に宴会芸レベルなど超越している!
コォォォと息吹。
両腕を前に。
あ、その前に。

「ゆりっぺ、ちょいと椅子からスタンダップ」
「え? 立たなきゃ駄目なの? ま、いいけど」

ゆりっぺが立ち上がり、机の左横に立った。
これで条件は整った。
進路方向に障害物は無い。

――パラシュート・デス・センテンス!

俺は目をカッと開き、前のめりに倒れこむようにしながら、走り出した。
短距離をより高速で駆け抜けるように、爆発的な加速力を得るために。
地を蹴る。
低い体勢で疾走。
一気にトップスピードに。
すぐにゆりっぺの目の前に来た。

「え?」

突然目の前に向かってきた俺に、判断能力が追いついていないのか。
素の表情を浮かべるゆりっぺ。
俺はそのゆりっぺに正面からぶつかる様にして、ギリギリで真横をすり抜けた。
その瞬間。
すり抜ける瞬間に。スカートの端を掴む。
そしてほぼ同時に全身二十四箇所の関節を同時駆動。
超小規模の乱気流をスカート内に発生させる。
爆発が起こったかの様に一気にまくれあがるスカート。

――アケスケー(効果音)

「……はぁ!?」

ゆりっぺが驚愕の声をあげるが、その瞬間に俺は既に駆け出していた。
机を迂回して、東の壁際にいる遊佐っちの元へ。

「ちょっ! な、なによこれ!? ス、スカートが浮き上がって、押さえてるのに!? どうなってんのよ!?」

大混乱に陥っているであろうゆりっぺ。
パラシュート・デス・センテンスによる乱気流はおよそ7秒――いや、特訓によってパワーアップしたその効果は10秒を超え、対象の下着を衆目へと晒し続ける。
一方を押さえても反対側が浮き上がる。
放置すればクラゲ状にスカートが広がる。
今思いついたが、このパラシュート・デス・センテンスによって引き起こされる現象を<モンロー効果>と名づけようと思う。
無論あの超有名女優にあやかってだ。

ゆりっぺの悲鳴を聞きつつ、疾走。
瞬く間に遊佐っちの前に。

「……っ!」

先ほどからのゆりっぺの痴態を見たからか、遊佐っちは俺を警戒して、スカートを既に押さえつけている。
しかし無駄。
無駄なのだ。
この奥義、防ぐことは出来ない。
発動したが、最後スカートを掴んだ時点で俺の勝ちだ。

「ヒャオゥ!!」

伝承者の様な掛け声とともに、スカートをめくりあげた。
遊佐っちはスカートを押さえているが無駄だ。
既に乱気流は発生している。
スカートはモンロー効果により、押さえつけていない部分がめくれ上がった。

「な、なんで……!?」
「ちょっと、こらっ! 何よこれ!? ちょっと日向君!? なにジッと見てんのよ!? 目抉り取るわよ!?」

遊佐っちとゆりっぺの悲鳴がシンクロする。
しかし、ここで満足して立ち止まってはいけない。
まだ標的は二人残っている。
遊佐っちの前を通り過ぎ、ボケーとした顔で棒立ちになっている小悪魔系ファッションのピンク髪少女の下へ。
最高速を超え、体が軋みをあげる。
無視。
ピンク髪少女の正面を通り過ぎるその刹那、

「ジョイヤー!」

剛の拳を股下から一気に振り上げる。
バサリと何の抵抗も無くスカートはめくり上がった。

「はえ? ――な、なんじゃこりゃー!?」

反応が鈍い。
少女は淑女にあるまじき悲鳴「ギャオー!?」とか「ひぎぃ!?」とかをあげつつ、何とかスカートを押さえつけようとしている。

これで三人。
まだ時間にして疾走を始めてから二秒も経っていないはず。
思考だけが引き伸ばされていく。

「……」

視線を最後の一人。
部屋の隅の壁に寄りかかる椎名へ。
椎名はこの惨状を見ても、特にこれといった反応はしていない。
相変わらず腕を組んだまま、黙している。
余裕の現れだろうか。

椎名に接近。
一気に射程距離まで近づく。
至近距離まで近づいても、何のアクションも起こそうとしない。
……試しているのか、俺を?
この黒須太一を。
ならいいさ。
慢心しているうちが一番やりやすい。
確かに目の前の忍者は曜子ちゃんに匹敵する技能を持っているかもしれない。
そういう超越した存在感がある。
だが、この俺の真・パラシュート・デス・センテンス。
曜子ちゃんにも回避されたことがない。

正面から特攻。
無防備なスカートを――

「……なに!?」

掴もうとした。
確かにスカートの端を正面から掴もうとした。
しかし俺の手は空を切った。
遅れてやってくる手の甲への鈍い痛み。

弾かれた、だと?

いや、しかし。
全く見えなかった。
そんな馬鹿な……。

次いでもう一度チャレンジ。

「……っ」

再び空を切る。
真横を半ば転がる様にして突進、すれ違い様にスカートのサイドを持ち上げようとする。
しかし弾かれる。
相変わらず椎名は正面を向き、腕を組んだままだ。
見えない。
パリィが見えない。
恐らくはパラデにリソースを割きすぎているからもあるだろう。
普段の俺なら見えていたはずだ。
しかし、今の俺はパラデという超奥義の発動にほぼ感覚を間接に集中している。
しかしそれがあっても早すぎる。

正面の壁を蹴り、後ろ宙返りをしながら、スカートに腕を走らせる。
弾かれた。
着地と同時に、体を地面スレスレまで倒し、顔面スライディングの体で、下から一気に掬い上げる。
弾かれた。
体を起こす隙をバックステップでキャンセルし、フェイントを混ぜつつ、両腕から十一手放った。
全て弾かれる。
体勢を立て直し、再び椎名の正面へ。

「……あさはかなり」

嘲笑の篭った椎名の言葉。
その表情は俺が室内に入った時から変わらず、獲物を狙う鷹のような鋭い視線だ。
しかしマフラーで隠された口元は愉悦に歪んでいるのだろう。
一泡吹かせてやりたい……!

俺は脳内コンビューター<曜子ちゃんXP>が現状を打倒しうる策を演算した。
そうだ……!
思いついたが即行動。
俺は制服に貼り付けていたアップリケを毟り取った。

「あ……」

椎名の口調からか細い声が漏れた。
切なげな表情でアップリケを見る椎名。
やはりそうだ。
攻防の最中も、彼女はこのアップリケを目で追っていた。
まさかとは思ったが……。
これは使える!

俺は足元にそのアップリケを落とした。
椎名が動き出す。
早い。
一目散に足元のアップリケへ駆け寄って来る。
好機……!
すれ違い様にパラシュート・デス・センテンスを発動。
さっきまでが嘘のようにクリティカルヒットした。
一気にまくれあがるスカート。
太ももにクナイのような物がいくつも見えた。
しかしまだ終わりではない。

そのまま背後に回りこむ。
背中の中心、やや上部分を人差し指で押す。
ミリ単位で指を振動させ、ホックを外す。
そして制服の裾から中に素早く手を突っ込んだ。

「せやっ!」

相手に気づかれる隙も無く、行動は終わった。
腕を引き抜く。

「……っ!?」

ここでようやく自分の痴態に気づいたのか、椎名はスカートを押さえつつ、ちゃっかりアップリケを胸に抱え、部屋の隅へと退避した。
押さえても押さえても、別の場所が膨れ上がるスカート。
何を思ったか椎名は太もものクナイを取り出し、両腕に装備した。
そのまま自分の太もも真横を這う様にクナイを振り下ろした。
クナイはスカートを貫通し、そのまま背後の壁へ突き刺さる。。
なるほど。
クナイでめくれ上がるスカートを昆虫の標本のように壁へ押さえつけたのか。
凄まじい判断能力だ。
あとは正面のスカートを押さえれば問題は無い、と。

「……フ」

不敵に笑みを浮かべる椎名。
勝ち誇っている。
しかし俺もその笑みに負けない様に、不敵な笑みを浮かべた。

「……?」

敗北者たる俺がそんな笑みを浮かべる意味は分からない、という顔。
次いで俺が手にした物を見て、目を見開いた。

――ブラ~ン(効果音)

ブラである。
黒いブラである。
あの一瞬の攻防の間に、ブラを外し抜き取ったのだ。
この黒須太一、その手の技能に関して右手に出る者はいないと自負している。
ブラジャーの抜き取りはその技能の一つだ。

「……っ。あ、あさはかなり……!」

顔を歪め、胸を押さえる椎名。
微妙に頬が染まっている気がしないではない。

「ああああ! もうっ! このスカート荒ぶりすぎでしょ!?」
「……ま、まさかここまで変態だったとは……」
「ぎゃー! 何じゃこりゃー! ユイにゃんのおパンが丸見えですよこれ!? そこのお前見物料払えやー!」
「あさはかなり……!」

室内に響き渡るスカートのはためきの音、そして嬌声。
部屋の中心でその音に耳を傾ける俺。
今の俺はさながらオーケストラの指揮者だった。

「ああもう! っていうか日向君! いつまで見てんのよ!? 死ね!」
「ええ? はは……うぼぇっ!」

ゆりっぺの蹴りにより、日向が窓ガラスをぶち破って外へ飛び出た。
日向は笑っていた。
桃源郷を垣間見たものの顔だった。
とても幸せそうだった。

「ははは、大成功だ」

俺は誇らしかった。
みんな喜んでくれたようだ。
一発芸は大成功。

そして俺は忘れていた。
パラシュート・デス・センテンスの終焉を。
何をもって終焉とするのか。
パラシュート・デス・センテンスは対象の羞恥心を極限まで高めることによって、その後、技を放った人間に対する報復の度合いを引き上げる。
技を錬度を高めれば高めるほど、技の後の報復が増幅することを。
長きに渡り抱き枕相手に練習を行っていた俺は忘れていた。

――その後、俺を襲った報復は、かつてないほど恐ろしいものだった。 



[21808] 五話 黒須ちゃん反省しない
Name: ウサギとくま◆e67a7dd7 ID:e5937496
Date: 2010/09/17 20:08
「とても面白い一発芸だったわ。……とてもね」

椅子に座り腕を組み、瞳を閉ざし言うゆりっぺ。
言葉こそ賞賛であれ、その額には青筋が浮かび、頬は引き攣っている。

「きょうえふひごく」

紳士らしく応えようとしたが、不幸にも俺の体はうつ伏せに地面に倒れ伏しており、先ほどからユイとかいう少女に馬乗りにされている。
少女は「てめえー!」とか「一辺死ねやー!」とか叫びつつ、ポカポカと俺の背中に拳骨を落としている。
そして遊佐っちは俺の前にしゃがみ込み、無言でぐいぐいと頬を引っ張っている。
痛い。
とても痛い。
でも満足感はあった。
これだけ報復されるということは、それだけ俺の一発芸が受けたからだろう。
そして背中には成長期の少女特有の柔らかいヒップの感触が。
視線の先には遊佐っちの桃色空間が。
それが痛みすら帳消しにするほどの幸せだった。

「全くとんでも無い変態ね、あなた。てっきりそんな髪の色になるまで虐めを受けて、人間不信になった内向的な草食系男子だと思ったのに……全くっ、とんだド変態ね!」

二度も変態と言われた。
悪口に感じられない俺は勝ち組だ。

「ていうか、遊佐さん。あなたこの男の性格見抜けなかったの?」
「いえ。私もここに来るまでに散々セクハラされましたので、彼の性格は痛いほど理解しています」
「じゃあ言いなさいよっ! あなた『性格にこれといった特徴も無い人です』って報告してきたじゃない!?」
「私だけセクハラされるのもシャクだったので」

ゆりっぺの剣幕に淡々と応える遊佐っち。
何となく二人の関係が分かる光景だ。

「……はぁ、まあいいわ。椎名さんにあれだけのことを出来るほど運動神経はいいみたいだし……変態だけど。まあ使えない人材ではないわね」
「……あさはかなり」

ゆりっぺの発言に椎名が反応した。
自信の失態を恥じている、といった風だ。
そんな彼女の手には熊のアップリケ。
そして俺の手には彼女の黒いブラ。
言葉は交わしてこそいないが、彼女との間で物々交換が成立した。
しかし、自分のブラより可愛いアップリケの方が大切なんて……。
曜子ちゃんといい、超越している人間には特定の何かを偏愛する気質でもあるのかね。

「改めてようこそ、黒須君。リーダーとして歓迎するわ……あ、ちなみにここであったこと他で話したら殺すから」
「な、なして?」
「当たり前でしょう。新人に為すがままに辱めを受けたなんて知られたら、組織の士気に関わるでしょ? ていうか言ったら多分、野田君辺りに殺されるわよ?」

な、なるほど……。
いらんことは言わない方がいいらしい。
ゆりっぺへのセクハラも控えた方がいいかもしれない。
黒須太一の存在意義に関わるが仕方あるまい。
セクハラよりも自分の命だ。
昔の俺なら命を賭してでも、セクハラを行ったかもしれないが、今の俺は違う。
命を大事に。
死んでるけど(笑)

「この組織の目的は聞いたかしら?」
「ああ。神がどうとか……」

遊佐っちはそんなことを言っていた。
しかし具体的にどうのこうのは聞いていない。

「そ、神に抗うの。ここに来ている以上、あなたも生前、何かしら理不尽や悔いを抱えていたんでしょ?」

理不尽。
抱えていた、か?
確かに俺の境遇は決して、普通のものとは言えなかっただろう。
しかし、それは俺の群青が原因であり。
その原因も家庭環境が要因に過ぎない。
もし、恨むべき人間がいるとしたら、そんな環境に産み落とした母親を恨むべきなのだと思う。
しかし、それは出来ない。
感謝している。
何よりも。
この世に生んでくれたことに。
自分の命を賭して、俺をこの世に誕生させてくれたことに。
故に理不尽は感じていない。

ただ、理不尽は無くとも悔いはあった。
俺の中の衝動は無くなって、人を傷つける必要は無くなった。
思うままに人と交差できるようになった。
まあ、その時には交差するべき人間はいなかったわけだが。
そして今、この世界には人間がいる。
健全な関係の中で健全に行動する、それをしたい。
この死後の世界で。

「……どうしたの?」
「あ、いや」

色々と思案に耽っていると、訝しげにゆりっぺが声をかけてきた。

「その、ゆりっぺにもあるのか? 理不尽」
「ええ」

はっきりと。
真摯な瞳で彼女は言った。

「あたしは許せない。あんな理不尽な生をあたしに強いた神を」

言葉が強い。
強い意志を感じる。
心に響く。
感情の篭った言葉だ。

「こんな世界を用意した神を。あたしは絶対に許せない。だからね、あたしは神に会って一発ぶんなぐってやんのよ」

トクンと。
俺の心を揺さぶる。
彼女の心からの言葉。
キレイだと思った。
キレイなものを好む俺の性質は変わっていない。
それは直接的に衝動とは関係無い。
俺の原初の記憶だ。

「ふざけんなって。お前の思い通りの人生なんてまっぴらだって……そう言ってやんのよ」

ニヤリ、とゆりっぺは笑った。
ああ、これはいい。
彼女はいい。
自身の世界と戦っている。
そういうものは好きだ。
相手が何であれ、戦っている人間はキレイだ。
周囲の外圧と戦っていた冬子然り。
純粋過ぎるが故に見えてしまう世界の悪意から必死で身を守っていた霧然り。

「さて。色々と聞きたいことはあると思うけど、もう夜も遅いわ」

今が何時かは分からないが、先ほどの警備員の発言から考えると、消灯の時間はとっくに過ぎているのだろう。

「聞きたいことは明日までにまとめておいて。じゃ、今日は解散……と、その前に」

立ち上がりかけたゆりっぺが、動きを止めた。
真剣な目でこちらを見る。

「この世界で生きるのに一番大切なことを教えるわ。……模範的行動を取らないこと」
「うん?」
「真面目に授業を受けて、先生の言うことをハイハイ聞く。そういう模範的な行動を取っていたら……消えるわ」

消える?

「そ、消えるの。消滅。そうなりたくなったらくれぐれも模範的行動を……って、あなたなら大丈夫そうね」
「どゆこと?」
「そういうことよ」

だから一体どういう事なんだ……。
模範的な行動か……。
気を付けんとな。
模範的なセクハラも控えよう。

「じゃ、解散!」


†††


「では、今から部屋まで案内します」

本部から出た俺に遊佐っちが言った。

「部屋?」
「はい。既にあなたの部屋が寮に用意されています」
「も、もしかして遊佐っちと同じ部屋で『ドキドキ!初めての同棲生活!?』みたいなっ?」
「違います」
「……ちえー」

真に残念だった。
恋人未満の女性と一つ屋根の下で暮らすのは、男性なら誰でも妄想するだろう。
俺もかつては、クールな姉的先輩とクラスメイトの強気っ娘と隣の家の妹的存在と密かに俺を慕っている後輩とちょっとした事情から一つ屋根の下で暮らす妄想ストーリーを執筆をしたことがある。
無論ハーレムEDだった。
妄想世界限定のEDだった。
残念ながらハーレムEDは現実世界に存在しないのだ。

「では私の後に――」
「ちょぉっと待った!」

遊佐っちの言葉を遮って、日向が唐突に現れた。
服がボロボロだ。
まるで三階の高さから落ちたかの様な体だった。

「……何の用ですか、日向さん」
「遊佐に用があるわけじゃねえよ。黒須に用があるんだ」

俺?

「寮に連れて行くんだろ? 俺が連れてってやるよ」
「……何故ですか?」
「別に意味はねーよ。ただ……男同士の話ってやつだよ。へへへ」
「……ひッ!」

俺は思わず尻を押さえて、遊佐っちの後ろに隠れた。
身の危険を感じたのだ。
正確には貞操の危機をだ。
俺の怯えが伝わったのか、遊佐っちは警戒を含んだ声で日向と向き合った。

「……日向さん。太一さんにはそっちの趣味は無いようですが」
「俺もねーよ!」
「……」
「いやいやマジでないって! え? 俺ってそっち系に思われてたりするの!?」
「……組織内では有名な話ですが」
「マジかよ!? ああ、最近なんか大山があんまり絡んでくれないと思ったらこれが原因かよー!」

日向は頭を抱えた。

「……太一さん、行きましょう」
「いやいやいや! 俺マジでそっち系じゃねえって! さっきのゆりっぺの下着見てメチャクチャ興奮したっつーの!」

すげえ大声でカミングアウトしたな……。
面白い。
正直好感が持てるキャラだ。
純粋に世話焼きなんだろう。

「いいよ遊佐っち。俺、日向と行くよ」
「……太一さん、そっちの趣味が?」
「ノーアナリズム!」

俺は同性に興味は無いよ、という事を伝えた。

「遊佐っち男子寮には入れないだろ? 日向に連れて行ってもらった方が手間掛からないと思うし」
「……そうですか」

遊佐っちは少し言いたいことがありそうな顔だったが、俺と日向に背を向けて去った。
そして残った俺と日向。

「じゃあ行こうぜ黒須。い、言っとくけど俺マジでそっち系の趣味ねえから」

必死で否定すると逆に信憑性が増すという法則を知らんのだろうか。

†††


男性寮に向かう道すがら、日向と話をした。
日向は非常に人懐っこいキャラだった。
どことなく桜庭が思い出される。
まあ、アイツはもう人懐っこいと通り越して人大好き人間だけど。

「いや、正直な。初めてお前見た時は、ちょっと絡みづらそうなやつだなーって思ってたんだよ。あ、気悪くしないでくれよ?」
「まあ慣れてるよ。こんな髪だし」
「まあ第一印象はな。でもお前すげーよ! あそこでスカート捲りとか常人じゃまず無理だぜ?」
「……それ褒めてるのか?」
「いや褒めてる褒めてる。おかげでゆりっぺの下着見れたし……ふひひ」

日向は思い出し笑いをした。
通報レベルの崩れた笑顔だった。
ゆりっぺの下着で思い出したことが一つ。

「俺ゆりっぺのおパンは見れなかったんよ。何色だった?」
「凄かったぜ……黒のレース付き」
「黒!?」

黒かぁ。
俺はゆりっぺの下着に思いを馳せた。

「ふへへ……」
「くふふ……」

俺達は同じ夢を共有した。

「これからよろしくな! お前とは仲良くなれそうだぜ」

手を差し出してくる日向。

「……?」
「いやいや、何不思議そうな顔してんだよ! 握手だよ握手!」
「あ、ああ……そうか。『今すぐお前の履いてるブリーフをよこせ!』って意味かと……」
「だから俺そっち系じゃねえよ!」

握手、握手か。
つまりは友人関係の一歩ってことだ。
友人。
ふと、元の世界にいるであろう友人達を思い出した。
友貴、桜庭。
元気にしてるかね。
桜庭辺りは旅先でうっかり崖から落ちて、こっちの世界で会えるかもしれんが(不謹慎)

「ああ、よろしく」

ぎゅっと手を握り返した。

「分からないことがあったら俺に聞けよ? ……それにしてもお前」
「ん?」
「すげえ指、綺麗だな……」
「……俺の半径三メートルには近づかないでくれたまへ」
「冗談だよ!」

楽しかった。


†††

日向に連れられ、男子寮に入った。
寮長らしきNPCに言われ、日向と別れ指定の部屋へ。
ちなみに日向は大山と同室らしい。
扉の前には表札があり、俺の名前が書いてあった。

「どーもー」
「こんばんは。君が僕のルームメイトだね。よろしく」

ルームメイトはNPCだった。
さて、よくよく考えてみると、NPCと普通に話すのはここに来て初めてだ。
どんなもんなのかね。

「俺は黒須太一、二十一世紀を背負って立つ超執事的存在(オーラバトラーと読む)だ」
「そうなんだ。僕は田中。ベッドは上を使ってね」

……おおう。
ノーリアクションか。
そして何という個性の無い名前(全国の田中さん、ごめりんこ)
日向から聞いた通り、NPCには人間が持つ個性といったものが感じられなかった。

「ところで、俺って実は一人で寝れないんだよね。一緒のベッドで寝てもいい?」
「あはは。黒須君おもしろいね」

んー。

「田中君、全体的にドラムカンっぽいね」
「あはは。黒須君おもしろいね」
「趣味は?」
「本を読むことかな」
「スニー○ー? 電○文庫? ガ○ガ?」
「うん、本を読むが好きなんだ」

なるほど。
基本的に行動が決まってるのかね。
こりゃ、ちょっとしんどいな。
これと一緒の部屋ってのは……心が麻痺しそうだ。
会話をしても心が刺激されない。
楽しくない。

「うーむ」
「消灯時間は10時だから」
「……自慰する時はどうするの? 片方が空気を読んで部屋を出るとか?」
「あはは。黒須君はおもしろいね」

うわー。
ユーモラス寄りの言葉は全部そう返すのかー。
つまんねー。
まだ、最近のゲームの方がよっぽど賢いぞ。
無視して過ごす……のも無理だな。
NPCとはいえ、人型のものが近くにいたらコミュニケーションを取ってしまう。
仕方ない。

「あれ? 黒須君、こんな時間にどこに行くの?」
「実家に帰ります。探さないで下さい」
「あはは。黒須君はおもしろいね」

先ほどから全く同じ笑顔と、声の調子でそう言うNPCに背を向け、部屋を出た。
部屋の中に動きは無い。
俺がいようが、いまいが行動は変わらないのだろう。
そのまま寮を出た。



†††


真っ暗な道を歩く。
空には星が浮かんでいた。
死後の世界も、人がいなくなった世界も、人がいた世界も――星の輝きだけは変わらないんだねby黒須・ロマンス・太一。

「よーし、ここで寝よう」

舗装された道の端。
草むらに寝転んだ。
寝袋が無いのは残念だが、今日は暖かい。
凍死することも無いだろう。
……そもそも、この世界って四季とかあるのか?

「うおー、寝るぜー!」

無駄にじたばたした。
元気が無駄に有り余っていた。

「ぎゃーす! のぎゃーす!」

吠えた。
一回吠える度に数値化した元気をから10G(ガッツ)を消費できるのだ。
数値化はいい。
便利だ。
この世の全ての事象が数値で表せたらいいと思う。
あとどれだけ足にダメージを受けたら疲労骨折するのとか、あと何回ピストン運動すればオルガズム大尉を討ち取れるの、とか(大人ジョーク)
人間関係も数値できたらいいと思う。
あとどれくらいで友達から恋人になれる、とか。
他人が自分に向ける好意を数値化したり。
悪意を数値化したり。
そりゃあんたこんなこと考えてたらバーチャル世代とも言われちゃいますよ。
実際人間関係が数値化されたら、俺みたいな人間には生きやすいかもしれない。
俺に一から健全な人間関係を作る能力は皆無に等しい。
今までは実験的な関係しか作ることをしていなかったからだ。
もし数値化された社会ならば、その数値を調整するだけで友人になれたり愛人になれたりするのだ。
簡単である。
まあ現実、社会は数値化されていないので、自力で何とかするしかないのだが。

「人生は難しいぜー、こんちくしょうという感じだぜー」

みみみ先輩の名言を借用した。
ま、手探りでいくしかあるまい。
明日から頑張ろう!




[21808] 六話 黒須ちゃん天使と出会う
Name: ウサギとくま◆e67a7dd7 ID:e5937496
Date: 2010/09/22 15:44
『ふふふ、せんぱぁい。気持ちいいですかー?』
『せ、先輩の……凄い』

夢を見ていた。
これ以上ないほどのグッドドリームだった。
俺の目の前には美希と霧。
flower's。
その二人で俺にご奉仕しているのだ!
こりゃたまらんなー!

『……ほぅら、霧ちん。私が気持ちよくしてあげゆー』
『え? ちょ、ちょっと美希?』

うわーい!
夢に見たflower'sのメシベ同士プレイだー。
ヒュゥ……それにしても美希が上手い。
む、さてはこの美希。
タフガイだな!
恐らくは経験地を荒稼ぎした美希に違いない。
良く見ると胸が少し大きい。
いやー、美希はお得ですなー。
レベル1バージョンとレベル99バージョンで二度おいしい。
まるでメインヒロイン級の扱いだ。

『ふふふ……霧ちん、かーわいい』
『だ、だめ……! せ、先輩が見てる……!』

穴が空くほど見ますとも。
ふふふ……ウチの愛奴隷、すげえ可愛いぜ。

『ほら、先輩。見て下さいー。霧ちんの潮吹きならぬ、霧吹き……なんつって』

酷い!
さすがにそれは酷いよ美希!
もうお前オッサンやないか!

『じゃあ、そろそろ三人で楽しみましょー』

イエイ!

『チャカチャカ……っと』

お、おや?
美希隊員。
君は一体何を装備しているのかね?

『ペニーバンドー』

ほ、ほほう。
なるほどなるほど。
そ、それを使って霧ちんを上から下から縦横無尽に……

『いえ。これを使って先輩の処女を頂きます』

ぎゃー!
やっぱりー!?
お、落ち着きたまえ美希君!
ち、ちみは少し疲れているのだ。
落ち着いてその凶器を……

『ふ、ふふ……逃がさないですよ。先輩』

いやー、霧ちーん!?
まさかの奴隷下克上!?

『レッツインサ~ト』

ひ、ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーー!



†††


「起きて」
「う、う~ん……う~ん……や、やめてくれ美希ー……」
「起きて」
「ど、どこでこんな技術を……え? 曜子ちゃん? な、なるほど、納得……ぐぅ」
「起きて」

うん?
んん……ああ、夢を見てたのか。
途中まではいい夢だったのに……。
しかし、途中で夢が中断されたような感覚。
身体が揺すられている?
……ああ、誰かが俺を起こしているのか。
隣の家の幼馴染?
いや、しかし。
俺に家の隣には俺を慕ってくれていた少女がいるが、ここは俺の家じゃない。
ああ、そうだ。
ここは死後の世界だ。

「起きて」

平坦な声。
感情が篭っていない。
限りなく無感情な声だった。
怒りも苛立ちも悲しみも何も無い。
そんな声だった。
しかしよく透る声だ。
不思議と胸の内に染み渡る。
この声の主。
恐らくは、古来から脈々と続く無感情系キャラに連なるものだろう。
ル○とか、レ○とか最近だとイ○とか。
古いのだとカ○ュア。

「起きて」

徐々に意識が覚醒していく。
自分を起こそうとしている存在を補足。
NPCじゃない。
俺達と同じ雰囲気。
仕方ない、そろそろ起きよう。
俺は目を開けた。

「……おぁざぃまぁす」

自分で発しておきながら驚いた。
何て不明瞭なボイス。
恐らくは肉体が覚醒しきっていない。
言語を司る部分は半分寝てる。
思考はこんなにもクリアなのに。
周囲に人がいる安心感に、つい普段よりも深く寝入ってしまったのだろう。
故に肉体の覚醒が追いついていない。

「おはよう」

未だ靄のかかる視界で、声を発した人間を見た。
少女。
とても華奢な少女だ。
身長もかなり低い。
恐らくは成長期が殆ど存在しなかったのではないか、それほどまでに小さい。
そして目立つのは頭髪。
白い。
しかし俺のそれとは違い、日の光を受け銀色に輝く美しい髪だった。
肌も白い。
そして何より、可憐。
完成されている。
美術品めいた印象を受けた。

「ここで何をしているの?」

平坦な言葉で尋ねてくる。
不思議そうなものを見る目で。

「……寝てまひた」
「どうしてこんな所で?」
「……ままならぬ事情ゆえ」
「……?」

少女は可愛らしく首を傾げた。
その可愛らしさで、俺のレッドスネークが自主規制なことになってしまいそうだったが、命がけで自粛した。
こんなところで無垢な少女に波動砲の照準を向けるほど、俺は終わってない。
はっきりと開かない目をこすり、立ち上がろうとする。
上手く力が入らない。
地面で寝たので、身体を痛めたようだ。

「……あなた見ない人ね。名前は?」
「おはようからおやすみまでで暮らしを見つめる黒須太一でございます」
「……そう。あなた転校生ね」

うわーい。
完全にスルーだこれ。
基本ボケにはスルーに徹するのが、古来からの無感情系キャラの鉄則だ。

「私は立華奏。生徒会長」

生徒会長、か。
こんな世界にもそんな役職があるんだ。
この子も戦線のメンバーかね。
あの時部屋にはいなかったけど。

「……それで、どうしてこんな所で寝ているの? ……虐められているの?」

こ、この子俺を心配してくれてる?
こんなブサ面な俺を?
す、凄くいい子だ。
こんないい子を心配させるなんて、紳士として失格だ。
ここは紳士らしくジェントリに答えるべし。

「ちょ、ちょっと寝相が悪くて……気づいたらここで寝てました。えへっ」
「……そう」

うむ、紳士らしい応対が出来たぞ。

「……ぬぬ!?」

と、ここで俺は凄いことに気づいた。
気づいてしまった。
今の俺の状況。
俺は地面の上で仰向けに寝ている。
そして俺を見下ろす少女。
そこから導き出される答えは?

「パ、パパパッパパッパンツァー!?」
「パン? パンが食べたいの?」

そ、そうでは無く!
パンツが!
クリスマスに降る雪の如く白いパンツが!
見えてる!(見えてる!)
パンツが!(パンツが!)
背徳感!(幸福感!)
絶頂!(会長!)
だ、駄目だ! 天使の様な穢れない彼女をこの俺の汚れた眼で見てはいけない!
でも見ちゃう。
何故なら俺は黒須太一だから。

「食堂の場所は分かる?」

首を横に振る。
まだこの学園の地理には詳しく無い。

「……そう。じゃあ、ついてきて」

案内してくれるのか?
こ、こんな俺を……。
汚れた視線を向けた俺を……。
ええ、子や!
この子はほんまええ子や!
これからこの子のことを天使ちゃんと呼ぶことにしよう(心の中で)

丁度空腹感を感じていたので、大人しくついて行くことにした。

「ところで立花さんはこんな朝から何を?」
「……お花に水を」

生徒会長は草花を愛する、心優しい少女だった。


†††


俺は天使ちゃんに連れられ、食堂にやって来た。
食堂内は朝食を取るために来たであろう生徒でひしめき合っている。
生徒にぶつからないようにスルスルと間をすり抜けていく天使ちゃん。
俺はストーカーになった気分で背後にピッタリとくっついて行った。
そして自動販売機の様な機械の前。

「ここが食券販売機」

機械を指差す。

「ここで食券を買うの。お金は事務所で奨学金として貰えるから」

そう言うと、彼女はスカートのポケットの中から、デフォルメされた白猫が描かれた財布を取り出した。
その中から硬貨を取り出し、俺に差し出してくる。

「今日はもう間に合わないから、これを使って」
「え、ええ!? 奢ってくれるの?」
「……私は生徒会長だから。困っている生徒がいたら、助けるのが仕事」
「……!?」

ちょ、ちょっと聞きました皆さん!?
こんないい子現代にいませんよ?
この事なかれ主義が万年するこの世の中! 彼女の様な他人に優しく出来る人間はとても貴重だ。
いくら生徒会長だからって、初めて会ったブサ面に優しく飯を奢るなんて……!
もう、これが怪しい宗教の勧誘の手口だとしても俺騙されてもいいや。

「壷百個買います!」
「……?」

い、いや落ち着け黒須太一。
彼女は心からの親切心から言っているんだ。
怪しい壷の販売員じゃない。

「ではありがたく……」

俺は恐る恐る彼女の手の平に載せられた硬貨を受け取った。
彼女は硬貨を持った俺を見つめている。
俺が食券を買うまで、見てくれているんだろう。

「……うーん、種類が多い」

販売機の前に立ったはいいが、食事に種類が多い。
優柔不断系な俺はとしては迷わざるをえない。

「……これ」

販売機のボタンの上で指を迷わせていると、彼女の白くて細い指が横から出てきて、一つのボタンを差した。
麻婆豆腐だった。

「これ、おすすめ」
「じゃあこれにしよう」

俺は迷わず麻婆豆腐を選んだ。
究極紳士(アルティメットジェントリ)である俺は、少女の好意を裏切ることはしないのだ。
販売機から出てきた食券を取る。

「それをカウンターに持って行けばいいから。……他に分からないことは?」
「大丈夫。――このご恩は一生忘れませぬ。もしあなたが悪漢に襲われた際は、小さな声で小生の名を呼んで欲しい。どこにいようと駆けつけましょう」

俺は食堂の床に膝をつき、さながら騎士の如く頭を垂れた。
これは心からの言葉だったりする。
嬉しかったのだ。
初対面の人間に優しくされたことが。
例えそれが自身の立場から出た義務感からの物であれ。
彼女は俺の奇行にも、特に表情は変えず……いや、少しだけ、ほんの少しだけ、ミリ単位で笑顔を浮かべて

「……あなた、変な人ね」

そう言った。


†††

彼女とはそこで別れた。
正直、共に食事をしたかったが、自重した。
人間関係は緩やかに構成すべきだ。
急いた人間関係の構築は、表面上はらしく出来てても内面で破綻する。
それは今までの人生で理解している。
幸い時間ならいくらでもある。
急がなくてもいいのだ。
時間制限があるわけでもない。
のんびりと近づいていけばいい。

「さて、食事食事」

カウンターのおばちゃんから受け取った麻婆豆腐を持ち、俺は食堂に立っていた。
周囲を見回す。
机はNPCの集団で埋まっている。
流石にその集団の中に割ってはいる自身は無い。
一人で食事をしているボッチNPCを探すが、目に見える範囲にはいない。
群青にいた頃は食堂にはぼっちが大量発生していたが……困った。
どこで食べようか。
これ、外に持って行ってもいいのかね?

「おーーーい! くろすーーーー!」

そんな俺を呼ぶ声。
声の元を探す。
少し離れたテーブルからブンブンとこちらに手を振る人間がいた。
日向である。

「こっちだこっちーーー!」

NPCの視線が集まる。
NPCとは言え、多数の人間の目に晒されるのはキツイ。
そこまで心に余裕は無い。
周囲の視線から逃げるように、日向の元に向かった。
日向は相変わらず人懐っこい笑顔を浮かべ、俺を迎えた。
 
「いや、お前人ごみの中ですっげえ目立つのな」

笑いながら、椅子を引く日向。
そこに座れってことだろう。

「やーやー」

礼を言いつつ、椅子に座る。

「いやな、今日の朝お前の部屋に迎えに行ったんだけど、お前いなくてさー。つーかお前朝からどこ行ってんだよ」
「趣味が朝の散歩なんだ」
「へー。変わった趣味だな、おい」

別に本当のことを言う必要はあるまい。
無駄に心配かけるのもアレだし。

「おはよう、黒須君」

視線を前に向けると、大山がいた。
相変わらずこれといった特徴の無い少年だ。
三人で食事を取ることになった。

「お前その麻婆豆腐すげえ色だな……」
「う、うん。見ているだけで暑くなるよ……」

二人の言葉に改めて麻婆豆腐を見るが、確かに凄い色だ。
赤い。
どれほどの香辛料を使っているか分からないが凄まじい。
どう考えても致死量レベルの辛さだろう。
しかしこれをオススメしたのはあの天使ちゃんだ。
おいしいのだろう。
それはもう素晴らしく美味なんだろう。

麻婆豆腐をスプーンで掬い口へ。

「イクぅっ!」

痙攣した。
辛い。
熱い。
痛い。

「あばばばばばばばばばば!」

体が振動した。
思わず皿をひっくり返してしまいそうになる。
スプーンを手放しそうになって、何とか思いとどまった。
脳裏に浮かぶは天使ちゃんの満面の笑み(提造)

「ちょ、ちょっ黒須!? お前やべえぞ!? あ、汗が滝のように……!」
「ゆ、揺れてるよ!? 食堂が揺れてるよ!?」

身体の振動は止まらない。
危険信号が脳内にうるさく響く。
しかし食べる。
食せねばならない。
彼女の笑顔(提造)を裏切らない為に!
幸い俺は自動的に身体を動かすのが得意だった。
そういう仕様だった。
腕は自動で動き、豆腐を口に運ぶ。
自動で咀嚼。
嚥下。
運ぶ。
咀嚼。
嚥下。
この行程を自動で行うことが出来た。
思考はしない。
既に意識も放棄している。


†††


「ごちそうさま」

目の前には空の皿が一枚。
意識が戻った時には、既に完食した後だったようだ。
口をナプキンで拭う。

「ひ、ひぎぃっ!?」

ビリリと鋭い痛み。
な、何この痛み!?
痛い!
痛い!

「そ、そりゃ痛てえよ。……ほら」

日向が鏡をこちらに向けてくる。
腫れ上がった唇。
二倍近くの大きさになっていた。

「もう食事というより、処理って感じだったよ……僕も見ていて汗が……」
「俺も。……麻婆豆腐は絶対に食べないようにするわ」

しかし無事に食事を終えることが出来た。
満足感。
食事をしたという記憶は無いが。
満腹感のみが残った。
その後、食事を取った二人と雑談をした。
色々と聞くことはあった。

まずは戦線内での一日の過ごし方。

「基本自由だぜ。作戦とかミーティングがある時以外は何しててもいいぞ」
「うん。あ、でもたまに合同訓練とかもあるね。そういう時以外は各々自由にしてるよ」
「TKはダンスしたり、松下五段は柔道の練習、俺は昼寝したりしてんな」
「野田君はいつも川原でハルバード振ってるよね」

なるほど。
特にこれといって拘束時間が多いわけじゃないようだ。
基本自由時間か。
定期的に召集される部活動みたいなもんか。

「黒須も暇だったら、俺んとこ来いよ。人数揃えばマージャンとか出来るぜ」
「あとトランプとかね」

本当に自由なんだな。
そうか……模範的な行動が取れないなら、授業を受けちゃ駄目なんだよな。
授業を受けない以上、自由な時間が多い。
時間を潰す方法を探すことも検討しないとな。
うーむ、家庭菜園でも作るかね。
……しかし、少し残念だ。
授業受けてみたかった、と少し思う。
健全な人間の中で授業を受けるのも、いい経験だと思ったが……。
まあ、出来ないならしょうがない。

「飯食う方法は分かるか……って、もう分かってるか。基本的に学内で使う金は事務所から貰えるぜ」
「基本的?」

基本的じゃない方法があるような言い方だ。
俺のその言葉に日向は少し、意地が悪そうな顔をして、隣の大山を見た。

「あ、あはは……基本的じゃない方法はいずれ分かるよ」
「んー?」

何やら含みがある。
まあ、悪意は感じない。
俺を驚かせる為に、今は語らないのだろう。
種類の違う笑みを浮かべる二人。

「はははっ、まあそのウチ分かるぜ。な、大山」

ポンと、日向が隣の大山の肩を叩いた。
途端に

「ひ、ひいっ!?」

悲鳴をあげ椅子から立ち上がり、日向から距離を取った。
何事かと、周囲のNPCの視線が集る。

「ちょ、ちょっと何だよ大山。ちょっと肩叩いただけだろ? 何ビビってんだよ」
「え、いや、うん。ちょ、ちょっと……な、なんでも無いよ」

何でも無い様子では無かった。
大山はオドオドとした表情で日向を見ている。
何故か日向をを怖がっているようだ。
日向はそんな大山を見て、何か思い当たるかのように、表情を強張らせた。

「お、おいお前もしかして……」
「ち、違うよ! べ、別に日向君がホモだってことをまだ信じているわけじゃないよ!」
「滅茶苦茶信じてるじゃねーか!」

どうやら先日遊佐っちが言っていた、日向ホモ説は本当に広まっているようだ。
立ち上がり、大山に詰め寄る日向。
距離を取る大山。

「だから言っただろ! アレは根も葉も無い噂だって! おい大山。冷静に考えてみろよ。今まで俺がお前や、他の男メンバーにそれらしい視線向けたことあるか?」
「え、いや……そ、それもそうだね」
「だろ? 誰が言い出したかしらねーけどな。なあ黒須?」

日向が同意を求める視線を向けてきた。
俺は頷き、いい笑顔で答えた。

「昨日さ。日向が俺の手握って『お前の指、綺麗だな』って」
「黒須てめえええええええ!」
「や、やっぱり日向君……!」

顔を青ざめさせて、日向から更に距離を取る大山。

「お、おい大山。ちょっと落ち着いて話そうぜ、な?」
「お、落ち着いてって、どこで!? 人気の無い体育倉庫!? そこで僕に何するの!?」
「何もしねーよ! ちょ、ちょっと座れって大山……うおっ!?」

後じさりする大山に日向が迫った。
そして日向は椅子に足を引っ掛け、前のめりに倒れた。
大山を押し倒すように。
押し倒される大山。

「……」
「……」
「……」

一瞬の静寂。
食堂の時間が止まった。

「いやあああああああああああああ!」

大山の悲鳴が食堂に響いた。
大量のNPCと少しの人間の視線が集まるテーブルから俺はそそくさと離れた。
さて、校内を散策するか。



[21808] 七話 黒須ちゃん音楽キチと出会う
Name: ウサギとくま◆e67a7dd7 ID:e5937496
Date: 2010/09/28 06:15
食堂の喧騒から離れ校内を散策していると、無性に喉が渇いた。
よくよく考えれば、マーボーの様な辛い食物を水無しで食べたのだ。
そりゃ喉も渇くっちゅーねん。

「み、みず……みずをくれ……」

何となく砂漠を放浪する旅人風に廊下の壁にもたれながら歩いた。
水が欲しい。
今は他のどんなものよりも水が欲しい。

「プリーズミーモアウォーター!」
エキサイト訳:『以上が水をやらせる私をお願いします!』

実際にここは砂漠ではないので、それこそトイレに行けば好きなだけ蛇口から水は出る。
しかし、トイレの水を飲むような非紳士的行為を取る訳にもいかない。
俺は黒須太一。
全世界の少年達の憧れるスーパー紳士なのだ。
休日ともなれば、手術を控えている少年の元を訪ね、ホームランの約束をする。
そんな俺が情けなくもトイレの水道に齧り付いて水を飲むなどという、野蛮このうえない真似をするわけにもいかない。
真似。
まね。
マネー。
そう、マネーだ!
確か天使ちゃんと日向が言っていた。
事務所に行けば、奨学金が貰えると。
そうとなれば、すぐさま事務所に言ってマネーを貰おう。


†††


「あ~、金は天下の回り物~、マネーが無くちゃ何も出来ないこの世の中ー、ハーハーン♪」

事務所に行くと、特に面倒な手続きも無く、ただ名前を名乗るだけで金の入った封筒を貰えた。
どういうシステムかは分からないが、既に俺はこの学園の生徒として登録されているらしい。
封筒を弄びながら即興で歌を紡ぎながら歩く。

「……お。あそこに見えるは自動販売機」

丁度いいや。
あそこで飲み物を買おう。

「さあ、この黒須太一の前に平伏し、その身に宿す水分をよこすがよい」

自動販売機の前に。
お茶、紅茶、炭酸、スポーツ飲料。
色んな種類の飲み物があった。
突然だけど、自動販売機って凄い世界っぽい。
全く違うの味の物が一つの箱に詰められているところとか。
一つの大陸に色んな人種が住んでいる俺達の世界を彷彿とさせる。
こうなんていうか、一つの完結した世界だよね。
こんな感じに世界を自動販売機に例えたりする俺のポエマー度はかなりのものだと思う。

「よし。せっかくだから俺はこのKEYコーヒー……の隣のFlyingShineコーヒーを飲もう」

何か惹かれるものがある。
硬貨を投入。
学園価格なのか、硬貨一枚で購入可能だった。
ボタンが点灯。
目的のコーヒーのボタンをプッシュ。

「……?」

あれ?
おかしいな。
出てこない。

「……そしてボタンが消灯した」

……。
……ふーむ。
これはあれか。
飲まれた、ということか。

「……ま、いいさ」

これもまた運命。
百円飲まれたくらいで、怒る黒須太一ではない。
世間では仏の太一と呼ばれている俺だ。
いや、実際元の世界で仏壇に写真が飾られてるかもしれんけど(死後ジョーク)

「別のにしよう。じゃあこの……KIDコーヒーだ」

再び硬貨を投入。
ボタン点灯。
ボタンプッシュ。
無反応。
の・ま・れ・た(二回目)

「ビーーーーーッチ!!!」

怒った。
仏の顔は三度までならぬ、黒須の顔も二度までだ。

「何枚も何枚も咥え込みやがって、この淫乱自販機がー!」

自販機にしなだれかかり、釣り銭レバーを三三七拍子のリズムで上下させる。
カチカチカチカチ。

「俺の汗水が染み込んだマネーを返せよぅ!」

自販機を揺する。
ガタガタガタ。
別に俺が汗水流して得た金では無いが、そうしておいた方が悲壮感が増すのだ。

『……』

自販機は当然ながら無反応だった。
そして俺には彼(擬人化)がこちらを嘲笑っている様に思えたのだ!(喉が渇きすぎて錯乱している可能性アリ)

「返す気は無いか。ならば戦争だ! ウオー! ウォー!」

あちらから仕掛けてきたから、こちらには大義名分がある。
ボコボコにして、倍額払わせてやんよ!

俺は自販機を正面に見据え、カラデの構えをとった。
ここで俺が習得しているメタアーツ、カラデについて語ることはしない。
既に大衆に認知されつつあるこれを説明することなど時間の無駄だからだ。
さて、このカラデ。
自動販売機相手に通じるのか、という疑問があるだろう。
本来カラデとは、地球外生命体(エイリアン)を相手取る為のアーツ。
機械に通用するのか?
A,します。
カラデとは体内の水分に衝撃を与えることで内部から相手の肉体を破裂させるアーツ。
体内に水分を、だ。
自動販売機とは何だね?
そう、水分を放出する機械。
人間なんかとは比べ物にならない量の水分をその内に保有している。
こうかはばつぐんだ。
カラデは自動販売機の天敵と言えよう。

「せっ!」

裂帛の気合とともに突きを放った。
顎(に当たるであろう部分のペットボトルが並べられている場所)に右拳を打ち込む。

「せやっ!」

連続して、ほぼ真下。
股間(に当たるであろう取り出し口)に左拳を打ち込んだ。
微動だにしない自販機。
硬い。
尋常じゃなく硬い。
しかしカラデに表面的な防御力は問題ない。
カラデは内部にダメージを与える格闘技だ。
一見無傷でも、そのダメージは蓄積されているはず。

「さいっ……ぁん!」

突きが釣り銭のレバーに直撃したため、情け無い声が出てしまった。
ぐ、ぐぅ……狙う場所も選ばないとこちらが自滅しかねん……!

「ぱいっ!」

引き続き比較的柔らかそうな場所を狙う。
相手に傷一つ付かず、こちらの拳には傷が刻まれていく。
しかしめげない。
少しづつ積み重ねれば、いつかは倒せるはず。
そも相手は攻撃をしてこない。
文字通り棒立ちだ。
こちらの一方的な攻撃。
仮に相手のHPが9999あり、こちらの打撃で1しかダメージを与えられなくても、9999発打ち込めば倒せる。

「ここだッ!」

直感で、釣り銭取り出し口を狙った。
吸い込まれる様に狭い入り口の中に入る右拳。
内部からズンという鈍い音。
どうやらより内部に近い場所に攻撃したことで、深いダメージを与えたらしい。

「ククク……ここが弱いのかい?」

突き込んだ拳をグリグリと中で回転させる。
気分は傷口に銃口を突きつける西部のガンマンだった。

「へへへ、じゃあもう一発お見舞いしてやんヨ!」

釣り銭口から右手を引き抜き、今度は左手を突き込もうと――

「……んん。あ、あれ? お、おかしいな」

引き抜く。
引き抜く
引き抜く。

「ふんっ、ぬんっ……ぐぬぬぬ! うーおーがーがががががががが! スキャンティー!」

色々と掛け声を変えつつ、引き抜こうとする。
しかし右拳は抜けない。
釣り銭口という名の、三段締め風名器の如き圧力が俺を逃さないのだ。
な、なんということだ……!
一見無抵抗だったこの自販機。
それはフェイクだったのだ!
そして俺はまんまとその罠にかかり、こうして捕えられてしまった!

「オーエス! オーエス!」

釣り銭口が低い位置にあるので、座って引き抜こうとする。
どれだけ思い切り引っ張っても抜けない。
自販機の正面を地面に見立てて、足を立て引き抜こうとするがやはり抜けない。

「ふんぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」

え、えらいこっちゃ。
ほんとに抜けない、冗談抜きで。
いや、マジでこれやばいよ。
抜ける気配が全く無い。
こ、こういう時はフレンズメモリーを使うんだ……!

<フレンズメモリー>
そのまま友人との記憶である。
太一の記憶にある友人達の言動、行動からその人間がその状況で言うであろう言葉を再現するのだ。
記憶が鮮明であれば鮮明であるほど、再現度は高い。

よーし。
えーとじゃあ、冬子だ。
こういう時冬子ならどう言うか。

冬子『フフフ……腕、斬っちゃえばいいんじゃない?』

怖い!
本当に言いそうで怖い!
あー、いやしかし、それも一つの手段としてはアリじゃないか?
死なないらしいし。
い、いやいや……親からもらった健康の体、そんな簡単に切ったり繋げたりしちゃいかんでしょ。
そんな密室脱出系の映画じゃアルマーニ。
よしじゃあ友貴だ。
俺達三人仲良しトリオの参謀役だったアイツならこの状況を何とかしてくれる案を出してくれるはずサ!

友貴『石鹸だよ石鹸。こういう時は石鹸を使うに限るね』

普通!
何だよお前。そこでそんな普通の案出されても反応に困るんだよ!
これだったら冬子の前にしておいた方が良かったっつーの。
インパクト弱すぎ!

友貴『そんなこと言われても、わけかわしまづだって……』

ほ、本当に言いそうだなアイツ。
もう友貴は駄目だ。あいつはクビだ。
家で仲良くシスコンしてればいいさ。
じゃあ〆はラバだな。
全くもって期待はできんが、オチ的には期待できる。

桜庭『……困ったぞ太一。オレも右足が嵌った』

はいオチきた!
ラバらしい!
っていうか何で足が嵌るんだよ!
どういう状況なんだよ!

桜庭『……照れるな』

照れんなよ!

「……ふぅ」

ま、こんなもんだろう。
たまにはこうやって記憶の整理をしておかないと、薄れていくからな。
さ、そろそろ真面目にどうにかしないと。
いや、しかしマジでどうしようか。
うーん、むむむ。


「く、くふふふふふ……あはははは……っ」


と、突然背後から笑い声が聞こえた。
女の声だ。
拳を抜くのに必死で、気配に気づかなかったらしい。
NPC……の気配じゃない。
振り返る。

「フ、フフッ……」

同い年くらいの少女だった。
赤い髪と背負った大きなバッグが非常に目を惹く。
少女は口を押さえ笑い声を抑えているが、押さえ切れていないのか、断続的に笑い声を発している。
無論俺を見て、だ。

「……失礼だが、人を見て笑うのはどうかと思うがね、レディー?」

あくまで紳士的に対応する。
右拳を釣り銭口の中に突っ込んだままという状況ではあるが。

「あ、ああゴメン。アンタがあんまりおかしくって……ふふっ」

懲りもせずに笑う。
目の端には涙が浮かんでいた。

「あー、ほんとにゴメン。うん。もう大丈夫。笑って悪かった」
「いや、構わんよ。お名前を伺っても?」
「ああ。ガルデモ……って、ガルデモって分かる? 陽動部隊なんだけど」

ガルデモ……知らないな。
陽動部隊……聞いたような、どうだろう。
この少女も戦線のメンバーか。
そういえば戦線にはどのくらいの人間がいるんかね。

「そのバンドのボーカルをやってる岩沢。よろしく」

とても美人だったので、握手をするフリをして転びスカートを覗こうとしたが、残念ながら俺は自販機に囚われたままだった。
本当に残念だ。
岩沢。
戦線の本部で聞いた名前だ。
さて、名乗られたからには名乗らねば。

「よろしくレディ岩沢。小生の名前は――」
「黒須、だろ。黒須太一」

なんと。
既に俺の名は広まっていたようだ。
恐らくは紳士然としたイメージが広がっているんだろう。

「見た目で分かるって聞いてたけど、本当にすぐに分かったよ」

視線は俺の髪に。
しかし全く不快さを感じさせない視線だった。
俺の髪を見ても、特別気を遣わないのは正直嬉しい。
そういう性格なんだろうか。
クールな姉御っぽい印象を受けた。

「して、小生のイメージは一体どんな風に広がっているので? も、もしかして抱かれたい男ナンバー1だったり?」
「いや。ユイって子が『あの男とんでもねえ変態ですぜ! 初対面でこちらを妊娠させに来ましたよ! 岩沢さんも気をつけて下さいよ!』ってさ」
「なぬ!?」

そ、それだと俺は変態じゃないか!
い、いやまあ変態な面があることは否定しないこともないこともないですけど……。
いくらなんでも初対面の女子を孕ませようなんてせんわ!
そのユイとかいう野郎……俺に恨みでもあるのか?
こっちに来てそんな恨みを買うことをしてないし……。
と、とりあえずその不穏なイメージを払拭せねば……!

「い、いやいや! そ、それは根も葉もない噂ですぜ! 本当の太一君は誰にでも優しい、地球にも優しいエコ少年ですヨ! も、もう失礼しちゃうワ!」

必死に弁解する。
その必死さが通じたのか、特にこちらへ侮蔑の篭った視線を向けたりはしていない。
それどころか面白いものを見るかの様に笑っている。

「いや、さっきから後ろで見てたけど……ふふっ、本当に面白かった」

思い出したのか、クスクスと小さく笑う岩沢さん。
み、見られてたのか……。
これは恥ずかしい。
思わず両手で顔を覆う……が、片手は釣り銭口なので左手で顔を隠す。
目の辺りだけしか隠れないので、雑誌の素人投稿コーナーみたいになってしまった……。

「それでどうかした? さっきから自販機にえらく当たってたみたいだけど……ふふっ」

よっぽどツボに嵌ったのか、名残り笑いを浮かべる。
ちなみに名残り笑いは造語だったりする。

「い、いやね。このコシャクな自販機めがマシンの分際で人間に牙を向いてくるとですよ。私は果敢に立ち向かったが、相手の装甲を突破するに至らず、それどころかこの身を囚われてしまう次第で。ハハッ、かつて群青学園の愛貴族と呼ばれ民衆に慕われていた俺が……情け無いね、ハハッ」

仄かに過去を匂わせつつ、自嘲する。
黒須太一流女を落とすテクニックその一だ。
ちなみにこのテクニックで落とせたのは桐原さんしかいません。

「ふーん、どれどれ」

岩沢さんが近づいてくる。
近くで見れば改めて分かるが、やはり相当な美人だ。
生前はモテたに違いない。
顔立ちでいえば、曜子ちゃんに近いかな。
少し近づきがたい見た目だが、性格は思ったより柔らかそうだ。

「……釣り銭の取り出し口から手が抜けないんだ?」

小さく笑い、結合部を見ながら言った。
これは本当に恥ずかしい。
何か初めて自慰を親に見られたとき見たいな恥ずかしさがある。
まあ、そんな経験は無いんだけど。

「ふーん、見事に嵌ってるね。ってこれ……ふふっ」

何かに気づいたかの様に言った。

「な、なにか? ま、まさか腕を切断しないと抜けないとか……!?」
「あ、いやいや。そうじゃなくて、黒須さ。壷から手が抜けない猿の童話とか知ってる?」

む。
それはこの黒須太一のインテリジェンスを試そうとしているのかね?
フフフ、この黒須太一、ヤングアダルトを目指すために様々な知識を脳内に溜め込んでいる。
その中にはさきほどの童話も無論入っているさ。
確か、壷の中で金平糖を握っているから抜けないのであって、手を開けばあっさり抜けるという童話さ。
人間に当て嵌めると色々と面白い風刺だ。
手を離せば苦しみから逃れられるのに、離そうとしない。
ちょっと曜子ちゃんを思いだす。
俺を切り離せば遥かな高みへと至っていたであろう曜子ちゃん。
彼女は何故俺を手離そうとしなかったのか。

まあそれはそれとして。
その話が俺の今の状況の何か関係があるのか。
首を傾げて疑問符を頭上に浮かべていると、岩沢さんは再びクスクスと笑うのだった。



[21808] 番外編 孤独・上
Name: ウサギとくま◆246d0262 ID:e5937496
Date: 2010/10/14 15:01
目が覚めると、人がいなくなっていた。
合宿から帰った次の日、俺を待っていたのはそんな光景だった。

「……んー?」

家から出て、家の周囲を散策する。
人の気配は無い。
全く無い。
微塵もだ。

「どういうことかね?」

首を傾げる。
動物の鳴き声すらしない。
暖かい季節だというのに虫の鳴き声すらも。
無音。
無人の中の無音。
耳が痛くなる。

「おじゃまじゃまー」

一応断りを入れて、遊佐ちゃんの家にお邪魔した。
当然ながら人はいなかった。
ただ人がいた形跡はあった。
不思議なことに。
まるで先ほどまでそこには人がいて、急に消えてしまった、そんな痕跡があった。
外に出る。

「うーん」

腕を組み唸る。
これは一体何事だろうか。
集団消失現象でも起こったのだろうか。
知覚を鋭敏にしながら、学校方面へと歩いていく。
道路には車が一台も走っていない。
無音。

――ぎゅるるるるおおおお

無音の世界に突如音が響いた。
ぶっちゃけ俺の腹の音だ。
今日はまだ何も口にしていない。
普段なら曜子ちゃんが朝食を置いていってくれているはずなのに(睦美さんがいない時限定で)
曜子ちゃんで気づいたが、彼女の気配も無い。
俺を一日中縛る彼女特有の粘っこい視線が感じられない。

「ストーカー業はお休みなのかね」

無くなったら無くなったで寂しく……ならない。
そりゃそうだ。
常に監視されているのは不快でしかない。
日頃監視に気づく度に、やめるように彼女には言っているが、そうなると彼女は俺に気づかれないように監視方法を変えるだけだ。
そして無駄に気配を察する能力が高い俺が監視に気づく。
曜子ちゃん新たなる監視へ。
イタチごっこだ。

田崎商店にて食料を購入。
メモも貼っていく。
他にメモは無かった。
普段ならそこには美希やらラバのメモがあるはずなのに。
胸騒ぎがした。
根拠の無い胸騒ぎだ。
ここに来ても俺はこの異様な状況にこれといって危機感を覚えていなかった。
ただ人がいないだけだ。
自分に害は無い。

「もしや俺抜きでみんな隠れんぼでもしてるのか!?」

町内行事とかで。
それならこの状況にも納得がいくぞ。
……。
まあ、隠れんぼは無いか。

意識せずとも足は学校へ向かった。
この状況でも普段通りの行動を取ろうとする辺り、俺の人間らしい擬態は上手くいっている。
異様な状況でこそ人間は普段の行動を取るように出来ているのだ、多分。
実際はどうか分からんけど。
美希辺りだったら泣き喚いてるかもしれない。

「おーい、誰かー」

一応隠れている人がいることを想定して、定期的に大声を出す。
返事は無い。
これはそろそろ焦るべきかもしれん。
学校まで来てみたが、やはり人は全くいない。
いないのだ。
我が母校の校門をくぐる。
いつもは厳しい顔でそこに在する警備員はいない。
檻の様な校門は警備員がいないことで若干その窮屈さを緩和していた。
嘘だ。
檻は檻であり、そこにあるだけで俺達の精神を拘束する。
酷い学び舎だ。
檻だぞ檻。
俺たちゃ動物か!
まあ人間は動物だけど。
そしてその動物の中でもかなり凶暴だ。
精神が。
だから檻で閉じ込められる。
まあ俺はしょっちゅう抜け出してたけどね。

「うはははは」

笑い声が虚しく響く。
ところで警備員のいない檻は何だか、下着を履いていない少女の様だ。
その心は?
ホイホイ体を開く安い女。
うまくねー!
全くうまくねー!
何一つとして捻ってねー!
そして友貴の突っ込みが恋しくなった。
ケラケラを笑いながら、校内へ。
無人の廊下に俺の足音だけが響く。
自分の教室へ。
ドアを開け、前転をしながら教室に飛び込む。

「うおー!? バナナの皮で滑ったー!」

ちなみにバナナの皮なんてこの世に存在しない。
コミカルに机を倒しながら、冬子の席へ。
丁度座っている冬子のスカートが見える位置に転がり込んだ。
顔をあげ、紳士的に微笑む。

「冬子お嬢様におかれましては今日のスキャンティーのお色加減はいかがですかね?」

罵声とストンピングが襲来することはなく、帰ってきたのは静寂のみだった。
何も無かった。
魅惑的で蠱惑的で扇情的な俺を翻弄する憎い布は無かった。
別に冬子が何もノーパン健康法に目覚めた、という話ではなく、そこには誰もいなかったのだ。
文字通り影も形も無い。

「……」

そこにあって、外界との関わりを拒絶していた氷で出来た彫刻のように美しい彼女はいなかった。
彼女を見て心を潤すのが俺の日課だったのに。
美しいものが好きな俺の趣味の一つだったのに。

「冬子は休みかね」

現実逃避交じりの言葉。
いや現実逃避なんかじゃない。
きっと家にはいるはずだ。
そうだ。
昨日まで一緒にいたのだ。
虚ろな交流を経たあの合宿、それはまだ昨日のことだ。
たった一日で人が消えるはずが無い。

「先輩ならいるはずだ」

あの人は真面目だからな。
規律の人だ。
確実に学校に来ているはずだ。
ああ、認めよう。
確かにこの状況はおかしい。
人がいない。
もしかしたら俺達が合宿に行っている間に何かがあったのかもしれない。
そうだ。
俺達はたまたま合宿に行っていたせいでその何かから逃れたのだ。
よくよく考えると、昨夜から何かおかしな感じはしていた。
あれは人の気配が無かったからだろう。
先輩なら。
先輩ならこの状況でも学校に来ているはず。

屋上へ向かった。
屋上入り口のドアを開く。
外気で押し付けられている重いドアを押す。
流れ込んでくる外気と共に俺の目に屋上の光景が入ってきた。

「……」

無人の屋上。
そこに先輩の姿は無かった。
屋上には何も存在していない。
何も。

「さて、と」

屋上に座り込んだ。
考察タイムだ。
この集団消失現象について。

「分かったぞ!」

俺は瞬時に解を弾き出した。
超早い。
ミステリー小説だったら物語が破綻するレベルだ。
俺の導き出した答え。

「俺の紳士脳は三つの答えを用意した!」

正確に言うなら、一つに絞り込めなかったということだ。
良く言えばあらゆる可能性を否定しなかったということだ。

答え1。

「やはり集団隠れんぼか」

未だこの答えを捨てることは出来なかった。
ロマンがある。
たまたま俺達が合宿に行っていた間に、町内会議で集団隠れんぼを決定したのだ。
期間未定。
隠れる場所無限。
つまり町内の人間は既にこの町から逃げたのだ。
そして鬼はそれを追っている。
ほら解決。
俺には探偵の才能があるらしい。

「俺も参加したかったなー」

人を追うのは好きなのだ。
原初的な部分で。

答え2。

「おのれー! グレイどもめー!」

キャトルシュミレーション!
この言葉をご存知だろうか?
ずばり未確認生物が行うキャトル(捕獲)シュミレーション(模擬実験)のことだ。
詳しくは文献なりネットで調べて欲しい。
恐らくはこの集団消失現象、宇宙人が起こした大規模キャトル。
俺達がいない間にその恐ろしい実験は実行に移されたのだ。
なんとも恐ろしい行為。
人の尊厳を省みない冒涜的な行いだ。
ここで俺は宣言する。
宇宙人と断固徹底抗戦をすることを!
地球の平和を守ることを!

「ウィーアーザッワールドッッ!」

もしこの答え2が確定した場合、俺は残された人類代表として戦う。
宇宙人との孤独な戦いの日々だ。
これはそういうルートだ。
このルートを選ばなかった場合、自動的にキャトルシュミレーションの事実は消失する。
代わりに選択された他の答えが公式になるのだ。
ゲーム世界でしかありえない現象である。

答え3。

「……うーん」

正直この答えに関しては、少し……。
何というかこの答えを選んでしまうと何でもアリになってしまう。
思考放棄に至ってしまうのだ。
それほどまでに超常現象なのだ。
これを許容してしまうと、さらに選択肢が増えてしまう可能性がある。
それほどまでに危うい。

ずばり神隠し。

「……ぷぷっ」

思わず笑ってしまう。
神隠して。
そんな、ねえ。

「ぷぷぷっ」

ないない。
今日びそんな神隠しなんて流行らないよきみぃ。
答えとしても邪道だ。
超能力が許容されてしまうミステリー小説ぐらい邪道だ。
これはない。
まあ根拠としては、突然人が消えてしまった様な痕跡があったからだが。
神隠しというのは、目を離した隙にほんの数秒で人がいなくなってしまう現象らしいし。

取り合えず答えは保留することにした。
急いてはことを仕損じると言うし。
ここはのんびり行こう。
逆に考えるとこれはいいんじゃないか?
人がいない。
つまり普段は人がいる為できないような行動を堂々と出来るというわけだ。

「ヌーディストキングが出たぞぉー!!」

全ての衣服を脱ぎさって、俺は校内を走った。
凄まじい開放感。
途轍もない全能感。
普段からどれだけ人間が抑圧されているかが分かる。

「いやっほーう!」

ブルンブルンと暴れ狂う息子をなだめもせず、ただ思うがままに走る。
今の俺はかつて無いほど幸福だった。
この幸福感に包まれていたら、俺はそれだけで絶頂してしまう。
しかし人に見られるという危機感が無いのが惜しい。
この幸福感と危機感は両立しえないのだ。
両立させたならば、イントゥーザピッグボックス(豚箱へ)だ。

「らいほーらいほー」

無駄にスキップをしながら霧達の教室へ。
霧と美希はいない。
お花ちゃんたちがいない教室は、さながら荒れた荒野の如き様相で俺の心を渇かすのだった。
それはそれとして。

「ここに霧が座っているのか……ゴクリ」

普段霧の薄いヒップが押し付けられている椅子。
恐る恐る座る。
普段なら座ることさえ嫌悪される俺だ。
裸のまま座るとなったら霧はどんなリアクションを取るのだろうか。
下手したらボウガンで襲ってくるかもしれない。
それを想像するだけで俺は昂ぶるのだった。

全裸のまま外へ。
流石に学校から外へ出るのは理性が邪魔をしたが、密度が薄くなっている今の状況では、その理性も強襲用MSの装甲並みに薄かった。
普段通っている通学路を歩く。
足の裏が痛い。
せめて靴下は着用しておくべきだった。
そういうニーズもあると言うし。

「みなさーん! ここにストリーキングがいますよー!」

商店街に響き渡る声。
普段なら集まるであろう視線は皆無だ。
少し物足りない。

「……ふぅ」

結局全裸のまま家に戻ってしまった。
自室にて着物に着替える。
やってる時は楽しかったが、いざ家に帰ってみると充足感は無かった。
やはり観測者がいないからだろうか。

飲み物を飲もうと冷蔵庫を開けたが、冷気を感じなかった。

「電気が止まってる?」

テレビやその他電化製品も同じだった。
隣接する家にお邪魔して、電化製品をつけてみる。
しかし反応は無い。
辺り一体の電気が止まっているようだ。

「……変だな」

そうなると状況は変わる。
電気が止まっているということは発電所が止まっているということだ。
つまり発電所を止めるような時間があった。
集団が一斉に消えたというわけじゃないのだ。
少しずつ、緩慢に消えていったと推測される。

「えー、アブダクションじゃねーの?」

早くも宇宙人説は否定されることになった。
だとすると隠れんぼか、神隠し。
神隠しはありえないとして……

「やっぱ隠れんぼかー」

しかし隠れんぼにしても、わざわざ発電所を止めていくなんて、気合の入ったことだ。
まあ、隠れんぼなら少し待っていれば人は戻ってくるはず。
それまで一人きりを堪能しよう。


†††


人がいなくなって六日が経った。
相変わらず人はいない。
俺は人がいたならば出来ないようなハレンチな行為をしつつ、日々を過ごした。

「逃げない奴はよく訓練されたヘイダー!」

水鉄砲を乱射しつつ、練り歩く。
撃ち返してくる相手はいない。
徐々に思考も薄くなってきた。
世界が希薄になっている今、必要以上に深く思考する必要が無いのだ。
怠慢とも言う。
表情を作るのも手を抜き始めた。
だって見る人なんていないし。

「太一」

透き通った、それでいて胸の内から発せられる様な声が俺の背後からかけられた。
久しぶりの自分以外の声。
緩慢に振り返る。
そこには自転車に乗った少女が一人。
不思議なことに少女の姿を見ても、俺の心は沸き立たなかった。
求めていた数日振りの人間なのに。

「どちらさん?」
「祠」

祠?
すげえ名前。
親は何考えてその名前付けたんだ?

「ところで君さ、この異常事態について何かご存知かね?」
「時間が無いから……祠に。これって可能性だから」

話通じねー!
電波さんが出たぞー!

「祠祠って君。あれか? 祠教の信者かなにか?」
「この選択は太一にとって酷な選択かもしれない。……でも、このまま何も知らないまま永遠に繰り返すのは……もっと残酷だと思うから」

少女の言葉は相変わらず意味不明だったが、何故か心に染み渡った。
少女は悲しげな顔で近づいてくると、ギュっと俺の頭を胸に抱えた。
柔らかな胸の感触を感じるが、不思議なことに邪まな気持ちは沸いてこない。
ただ暖かさを感じた。
包み込まれるような。
絶対的安心感。

「ごめんね太一……ごめん」

少女は泣きそうな声で呟いた。
俺も泣きそうになった。
急展開だ。
いくらなんでも展開が謎過ぎる。
何故に初対面の女の子にこうも心を動かされねばならんのか。
いや、もしかすると初対面じゃないのかもしれない。

「君もしかして俺と会ったこと……あれ?」

顔を上げると少女の姿は無かった。
辺りを見渡すがどこにもいない。
ありえない速度で消えた。

「……ゆ、幽霊?」


†††


幽霊少女の言葉に従い、俺は祠へと向かった。
正直いい予感がしない。
何せ幽霊だ。
祠に着いた途端俺に取り憑く気かもしれん。
しかし彼女の言葉の真摯さは俺を動かした。
彼女の言葉には無条件に従うべきだと俺の本能の深い部分が告げていたのだ。
本当に不思議な少女だ。
もしかしたら死に別れの妹かもしれない。

「妹の幽霊かぁ……ゴクリ」

合宿帰りに皆で下った山を独り登る。
今思えば最悪の合宿だった。
互いが互いを嫌悪している状況なのだ。
うまくいくはずがない。
それでも俺はあの合宿で再びみんなが一つになって欲しいと望んだ。
でも無理だった。
だから俺はあの帰りの山道想ったんだ。

「……想った?」

何を?

「――おわ!?」

考え事をしながら歩いていると、何かに躓いた。
道の中心にあった障害物に躓いたようだ。
全く、こんな人が通る道にゴミを置いたのは誰だ!
環境の配慮しない人間は†ぞ!
†?
†って何だろ。

障害物を跨ぎ、前進。
どうやらこの障害物があったのは祠のすぐ近くの地点であったらしく、数歩で目的の祠に到着した。

「ふーむ、ここがホコラかー」

森に囲まれたどこか神秘性を感じる祠。
静寂に包まれた世界の中でも更に際立って静けさを感じる場所だ。
しかしそれだけだった。
そこには祠しか無い。
幽霊少女もいなかった。

「祠の中に何かあるのか?」

もしかしたらあの祠の中には、俺以外の部活メンバーが隠れているのかもしれない。
そ、そうか。
みんなしてここで隠れていたんだ!
ず、ずるい!

「俺も混ぜてくれー!」

観音開きの扉を開く。

「……」

まあ、ある程度は予想していたが、その中には何も無かった。
ノートの切れ端が一枚落ちているだけだった。

「何じゃこりゃ?」

何の変哲も無いノートの切れ端だ。
不思議だ。
何故こんな祠の中にノートの切れ端が……。

「うーむむむ」

謎は深まるばかりだ。
この異常事態を解決するキーパソンであろう幽霊少女の言葉に従ってここまで来たが……手がかりはこのノートの切れ端。

「手がかりが足りんなー――っ!?」

――そして俺は圧倒的な重圧に襲われた。

背筋が凍る。
鳥肌が立つ。
脳内に警報が響く。
何か良く分からない得体の知れない現象が俺を襲っている。
祠を出て空を見上げた。
そこには違和感の正体。

「急に夕暮れに……!?」

さっきまで普通の青空だった空は赤く、強烈な血の色をイメージさせる空に。

「……っ」

眩暈がした。
立っていられない。
俺はフラフラと祠の中に座り込んだ。
目を瞑り、耳を塞ぎ、この現象が終わるのを待つ。


†††


そして朝になった。
あの急に空が夕暮れになる不可思議現象は収まり、俺の中の警報も止んだ。

「何だったんだ……」

まるで世界が作り変わるような感覚。
初めてだ。

「……町に下りてみよう」

もしかしたらこの状況に何かしらの変化があったのかもしれない。

町を歩く。
相変わらず町は静寂に包まれていた。
あの現象が起こる前と差異が無い。
差異が無い?

「んんー?」

空腹を感じて田崎商店に入った時に何か引っかかりを感じた。
その引っかかりの原因はすぐに明らかになった。
メモが無い。
俺が貼ったメモが消失していたのだ。

「誰かが剥がしたのか?」

これはポジティブな考え方だ。
人がいる可能性がある。
しかし……

「剥がしたってより無くなったっぽいよなぁ」

元から無かったように。
それこそ今の状況に相応しい、突然消失した様な感じだった。


†††


それから三週間が経った。
その間、一人も人間を見つけることは出来なかった。
ただ、週末になると幽霊少女が現れ、俺に祠に行くよう誘うのだ。
彼女の正体は分からない。
しかし別のことは分かった。
この集団消失現象の正体だ。

「神隠し、ねえ」

俺に手には一冊の日記帳。
一週間かけて町中の家の中を散策した時に見つけたものだ。
その中に書いてあった事実。
それはこの集団消失現象の答えそのものだった。
世界中の人間が原因不明の神隠し現象にあったらしい。
よりのもよって神隠しだ。
まだ宇宙人のアブダクションの方が信憑性がある。

「……あー」

しかしおかしい。
俺達が合宿に行く前にはそんな現象、全く起こっていなかった。
俺達が合宿に行っている間に爆発的に起こったのか?
それは無い。
日記によるとかなり長い時間をかけて消失していったらしいのだ。
だとするとどういう事なんだろう。

「うー」

思考のみが洗練されていく。
言語を用いる頻度は減少していた。
何せその言語を向ける相手がいないのだ。

「……†††」

まずい傾向だ。
この稀薄になった世界は俺を『俺』に近づける。
何度『ソレ』を飲み込んだことか。
いつ爆発してもおかしくは無い。


†††


何週間経ったか分からない。
俺はほぼ自動的になっていた。
人間を探す。
週末に祠へ帰る。
それの繰り返しだ。

「人間、人間、人間……誰かー」

意識して声を出すようにした。
しかし返ってこないのが分かっていて声を出すのは辛い。
面倒になってくる。
もう放棄してもいいんじゃないか?
何を?

この世界は俺にとっては非常に都合がいい世界だ。
傷つける相手がいない。
俺は人を傷つける為の存在だからこれはとてもいい世界だ。
『俺』は?
『俺』には他人が必要だ。
無論傷つける為に必要だ。
†するとも言い換えれる。
†。
†。
†!
――†
†?

†††††。

「……おっと」

一瞬危うかった。
危ない危ない。
気を抜くとすぐにこれだ。
あーやだやだ。
しかし甘美な誘惑が俺を誘う。
開放すればいいじゃない?
『俺』になればいいじゃない、と。
そうすればきっと楽なんだろう。
もうこうやって耐える必要は無くなる。
†することだけを考えればいいんだ。
しかし開放したくても出来ない。
もう俺は限りなく『俺』に近づいている。
しかし後一押し。
一押しが足りない。
イきそうでイけないもどかしい。

週の終わりに祠に戻る。
相変わらず障害物が邪魔だ。
いつか撤去しよう。

「ふーふーん」

祠暮らしにも慣れた。
祠近くに誰が設置したか分からないが、テントを見つけたのだ。
食料も溜め込んでおり、つい最近まで誰かが使っていたらしい。

「あー暇だ。誰かいないのかー、俺はここだぞー。††」

『俺』に近づいていくにつれ、俺の五感はみるみる鋭くなってきた。
いや、元に戻りつつある、と言うべきか。
普通の生活を送る上で不必要だったその性能が元に戻りつつあるのだ。
今なら数百メートル先の物音だって聞こえる。

「すごいぜー、かっこいいぜー、俺! がおーん! ぐるるるるる!」

ふと。
ふと鋭敏になった俺の眼が何かを捕らえた。
動く物じゃない。
見慣れた祠近くの草むらに違和感を視た。

「くろぉぉぉぉすアァァァァァァイ!(黒須アイ)」

眼を見開き、草むらを見つめる。
隠蔽された形跡アリ。
通常の俺では見破れない類の隠蔽工作だった。
草むらの地面に何かが埋めてある。

「掘るぜー」

ガツガツ掘る。
しかし見事な隠蔽だ。
今のスーパー俺じゃないと見抜けないとは……。
十中八九曜子ちゃんだろう。
曜子ちゃん……ああ、曜子ちゃん。
会いたいなぁ。
もう曜子ちゃんでもいいから逢いたいよ。
これは末期だな。

掘り当てる。
土に塗れてあったのは、防護された紙だった。
しっかりと防腐処理がしてある。
慎重に梱包を解き、中身の紙を取り出した。

手紙。
曜子ちゃんの文字。
久しぶりの曜子ちゃん。

手紙はこう始まっていた。

『残された太一、もしくは私へ――

と。


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