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[21785] (ネタ)エルテさんが色々な世界で破壊行為を行うようです
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:0fc6b69f
Date: 2011/05/18 11:30
 タイトルの通りです。
 この小説群はとらハ板で連載している

 破壊少女デストロえるて

のオリ主を他の世界に叩き込んでみたものです。
 フリーダムです。大統領が如くやりたい放題します。
 まだまだ増えるよエルテによる破壊世界♪


 《NEW》タグつけるのが煩わしいので、最新追加分は最下に配置することにしました。
 次回更新の次にソートします。



 プロットは適当。
 あまり考えずに書いています。
 でも矛盾とかあったら指摘してください。
 感想掲示板でレスポンスとかやってます。全レスはできませんがよかったら覗いてやってください。


 筆が進まなくてムシャクシャしてやった。
 後悔などするものか。楽しんでくれている人がいるならば。

 一応、各話タイトルとクロス世界を。(%は10kBを目安とした進捗状況)

・破壊先生エルて!/魔法先生ネギま!
・ゼロの破壊魔/ゼロの使い魔
・破壊黙示録HOTDestroy/学園黙示録Highschool of the Dead
・デストロイウィッチーズ/ストライクウィッチーズ
・とある魔王の超大砲鳥/とある魔術の禁書目録 とある科学の超電磁砲
・ソラノオトシモノ(ルーデルの)/そらのおとしもの
・muv-luv Destroyal/マブラヴ ALTANATIVE
・エルテさんが誰も知らない世界に放り込まれたようです/オリジナルファンタジー世界冒険譚
・IS世界の常識終了のお知らせ/IS



[21785] 破壊先生エルて!01
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:0fc6b69f
Date: 2010/09/09 18:31
 この世界に関与する、それはかなり長い歴史において影響を与えることを認識せねばならない。
 ある程度の区切りで私は何度か姿を消し、人々の記憶から消え去る。これは一種の実験だ。世界における、我が身の振り方の。

「まったく。雑魚が徒党を組もうと掃滅されるのは知っているだろうに」

 倒れ伏す軍勢。その数600。多少は立っているが、端から数えられる程度には少ない。それなりに強いということなのだろうが、そもそも私がいるという時点でこの程度をよこすのがおかしい。

「俺らでさえ手こずる相手をまとめてフッ飛ばすねーちゃんが異常なんだよ!」

 残った敵を相手にしているナギがいらだたしげに言う。初撃を終えて、私はゆっくりと紅茶を飲み干す。
 さすがに敵も知っているのか、私には手を出してこない。触らぬ神に祟りなし。自分で言うべきではないだろうが、この状況はまさにそうだ。

「あの程度で手こずるとは。魔力も気も使えなかった閣下にすら劣る」

「ねーちゃんのその『閣下』ってのはどんなバケモンなんだよ! 人間かオイ!」

「閣下は人類史上最強の漢であり、全盛期は魔王と謳われ、死後は破壊神に叙された、私のオリジナルだ」

「ふざけんな、破壊神のオリジナルな時点で人外じゃねーか!」

 ああ、今のは少しカチンときた。

「私は閣下を過大解釈して造られた兵器にすぎんが、閣下は間違いなく人類だ。祖国を護るために、鋼の意思を以て地上に破壊を降り注いだのだ。ジャックに通ずるものがあるとは思うが、その発言は気に食わん」

「ちょ、待てよ! 今はねーちゃんと遊んでる暇は」

 出力を上げ、文字通り硝煙弾雨を残りに浴びせかける。硝煙はなく、弾は魔力の塊だが、亜光速でばらまかれる非常に堅いそれは、障壁や装甲などを紙のように貫く。先ほどの掃射に耐えた者は、例外なくこれに倒れた。

「遊んでいる暇ができたな。さて、説教とレッツパァァリィィィィィィ、どっちがいい」

「どっちも勘弁だ!」

 全速力で逃げ始めるナギ。脚が速いのはいいが、無駄だ。

「よろしい。ではオハナシしよう。バーブドワイヤーバインド」

「うお!? ちょ、これは……」

 有刺鉄線がナギを縛る。

「アイアンメイデン」

「いってぇぇえええええ!!」

 四方八方から太さがまちまちな針が現れ、ナギを串刺しにする。

「リグレットカノン」

 黒い砲撃がナギを包む。

「…………」

 あるのは痛覚だけ、一切の殺傷を行わない究極の残酷魔法連撃、オハナシ。冥王が編み出した拘束砲撃SLBをPTSDクラスに昇華したもの。元の拘束砲撃も充分トラウマものだが、リグレットカノンという痛覚増幅砲撃がえげつない痛みを対象に与える。

「死んだふりはやめておけ。次は新しい砲撃を試す」

「し、死ぬかと思ったぜ……」

 ここで発狂されては困る。せいぜいかなりの手だれとの戦闘で受ける痛み程度に抑えた。

「さて、帰ったら説教の後に練習だ」

「え゙!? これで終わりじゃ」

「不満か。ならば、もう少しオハナシするか」

「イエ、ナンデモアリマセン」

「では帰って飯だ。腹が減っては何もできん」



 残された襲撃者達。
 無論、誰一人として死んでいない。そして、そのほとんどが意識を失ってはいない。
 ナギに倒された4人を除外し、砲撃を受けた者はすべて、躯が動かなかった。

「なあ、災厄のあれ受けて無事でいられると思うか?」

「間違いなく死ぬだろ、常識的に考えて……」

「なんでナギ・スプリングフィールドは生きてんだ?」

「さあ……でも奴が死ぬかと思ったなんて言うとは思わなかったな……」

「つか、ナギ・スプリングフィールドのとばっちりであいつらあんな目に?」

「俺らが食らったのよりも遙かにヤバそうだったぞ」

 バケモノぞろいの赤き翼、そのメンバーで最強と謳われていたナギ・スプリングフィールドより、遥かに恐れられている存在があった。
 エルテ・ルーデル。自称、破壊神の器、あるいは戦略兵器。
 ナギは今でも間違いなく赤き翼『最強』の魔法使いである。彼より強い、エルテがいるにもかかわらず。
 何故か。エルテ・ルーデルは『最悪の災厄』だからだ。気まぐれで、味方が危機に陥っても動かない、むしろ味方を窮地に追いやることすらあり、時には仲間もろとも攻撃し、怒りに触れれば何人たりとも問答無用で殲滅させられる。こんな不安定で破滅的に強大な戦力、天災や災厄以外の何物でもない。そうありながら、敵も味方も、滅多なことでは誰も殺さない。

「破壊神め……また手加減しやがって……」

「あのバケモノの本気を見ようなんざ、神様でも無理だろうよ」

「知ったことか……いつか地面這いつくばらせてやる……」

 まるで我が子を谷底へ突き落とし、這い上がってくるのを待つ獅子のように、強い相手を振るい分け、さらに強くなって戻ってくるのを待つかのように。

「なかなかの気概だな。いつでも相手をしてやる。精進しろ」

「クソっ……貴様……」

「舐めやがって……」

 ナギとともに去ったはずの存在が、すぐそこに浮いて、見えない椅子に座り、ずずーっと緑茶を飲んでいた。

「ただ、悪いことをしたら楽しい楽しい永遠の拷問だ。狂うことも許さん」

 動けない者達の声が、一斉に途切れた。
 彼女を視界に捉えられる者は心底恐怖した。老若男女種族を問わず、魔族ですら背筋を凍りつかせ、震えあがった。
 彼女を見ることが叶わなかった者は、液体窒素の雨でも降ったかと錯覚した。

「30分もすれば、麻痺も治る。では諸君、縁があればまた会おう」

 その場の殆どの者はこう思った。「二度と会いたくない」と。



 エルテ・ルーデルという存在は、少なくとも2600年前には確認されていた。
 ゼクトが義姉上閣下と呼び慕い、エルテはゼクトを坊や扱いする。エルテの膝枕で眠るゼクトが稀に見られる。
 ナギは破壊神あるいはねーちゃんと呼び、いたずらしてはよく逃げ回り、息子か弟のように扱われる。逃げ回るときはガチで命がけで必死かつ全力なのだが、エルテは本気を出したことはない。それをわかっているからナギも懲りずにいたずらをするのだが。
 近衛詠春とは互いに師匠と呼び合う仲で、エルテは『この世界の退魔剣』を学び、詠春は戦術や『異界の某戦闘民族の剣』などを教わる。エルテは死のうにも死ねないし、詠春は虫の息までボロボロになっても回復させられるのでかなり物騒な訓練風景がほぼ毎日演じられる。
 ジャック・ラカンはエルテの年齢を知らないだけに完全に子供扱いだ。規模・桁・格・威力が違うとはいえ、お互いリアルチートなので気が合うらしく、エルテの出すドイツワインを二人で飲んでいる姿がよく見られる。下品でナギと同様、あるいは徒党を組んでエルテにいたずらを仕掛けるので毎回死にかけては次の日には回復する。ある意味、最もエルテと仲がいいのはこいつではないのだろうか。
 ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグには普通にエルテと呼ばれ、エルテも同様だ。時折、二人並んで、ガトウは煙草を、エルテは葉巻をふかしていることがある。
 タカミチやクルトには、幼い姿と大人の姿のエルテは別人と思われ、幼いエルテそのままエルテと呼び、大人の姿のエルテはエル姉さんと呼んでいた。後に同一人物だと発覚してもこれは変わらなかった。よき遊び相手であり、よき姉であったことは確かだ。
 『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルには魔王と呼ばれ恐れられ、エルテはこれを娘のように溺愛する。恐れられてはいるが、それは戦闘に限った場合で、日常ではそういった感情は滅多に見られない。彼女が吸血鬼になる前からの知り合いだというが、おかげで賞金首になってからも比較的平穏に過ごすことができていた。世界を滅ぼせるほどの恐ろしく強く巨大な台風の目で、優雅にお茶をしている獲物を狩ろうと台風に突撃する無謀な馬鹿はそうそういないということだ。
 そう――――この世界でエルテ・ルーデルはその『個の力』を一切隠さず生きていた。まるで抑圧された反動のように。戦争に介入しては気に食わないという理由で国を滅ぼし、偉そうな自称:立派な魔法使いを何人も再起不能に陥れたり。一時期は賞金首となるが、その時代最強レベルの猛者を束にして送りつけても、ボコボコに伸した後わざわざ治療して自ら馬車で連れてくるから如何に馬鹿にしているかがわかる。賞金は片対数グラフで緩やかな曲線を描き、ハイパーインフレもかくやと言わんばかりに増え続け、しかし当の本人は平然と街の喫茶店でパフェに眼を輝かせているから、如何にそれが無駄かわかる。賞金が当時の各国の合計国家予算の1/3を突破したことで頭打ちになり、最終的に各国が『エルテ・ルーデル災害認定宣言』を出すことで賞金は消失した。下手につつくとちょっとしたことで爆発するのだ、放置した方が最も被害が少なかったとは皮肉な話だ。



 これは、異界で破壊神として暗躍していた彼女が、別の世界でタガを外してしまった話。こそこそせずに、大暴れすることを自らに許した話。何人もの自分を秘め世界に沈めながら孤独に生きた彼女が、たった一人で生きていこうとした話。



[21785] 破壊先生エルて!02
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/10 03:43
 結局、私が大暴れしようと世界は変わらない。世界のシナリオは、私を封ずる道を選び――――ゼクトは消え、護りたかった国は墜ち、ナギとアリカは死んだことになった。元の世界から一個体を召喚したが、結局間に合わなかった。私が封印されたせいで、その並行世界への目印を見失った。この世界を見つけるまでに、どれほどの時間がかかったか。噂によれば、私はナギに封印されたり、寿命で死んだり、いもしない本当の敵と相打ちになっていたり、赤き翼が総力を挙げて殺されたり、ある日を境にいなくなったこと以外は曖昧だった。私とて、あの時何があったか知らない。この世界のどこに、私が封じられているなど。唯一普通に連絡が取れるジャックに訊けば、見たこともない超大規模魔法陣に私は飲み込まれたらしい。
 いずれにせよ、私はあの広域魔力消失には関与する気はなかった。幾千幾万の人類より、ネギが生まれる可能性を取るつもりだった。村襲撃も、被害とナギの負担を軽くするつもり程度でしかなかった。
 結局、再臨できたのは全てが終わるギリギリ前。もう腹が立って仕方がないから、ナギもろとも広域誘導弾幕で敵軍勢を昇華させた。VLSミサイルよろしく打ち上げられ、下界の愚者どもに降り注ぐ。空を飛んでいようと、脚が速かろうと、そんなものは一切関係ない。この世界の理に縛られている限り、誰も光と時を超えて落ちてくる存在を避けることなどできない。あいにく上級悪魔でも、超音速誘導弾すら避けることができるのはいなかったが。絶対に目標以外を殺傷しない、無差別ではない飽和攻撃は、馬鹿みたいな速度で飛び、馬鹿みたいな角度・半径で曲がり、周囲360度前後左右上下全方位の逃げ道をふさぐ。よくえげつないといわれたものだ。

「よー、ねーちゃん。久しぶりの挨拶にゃちょっと過激じゃねーか?」

「手加減はしておいた」

 昔は泣きながら逃げ回って、当たったら瀕死か気絶していたのだが、今では立派に軽口を叩き合うことができるまで成長している。

「あれでかよ……久々に死ぬかと思ったぜ」

「修業が足りん、と言いたいが、時間もないだろう。合格をやろう。私が復活したからには、もはや後顧の憂いは無いも同然だ。存分に成就しろ、おまえの答えを」

「お見通しかよ。またあん時みたいに、一番肝心なときに消えるなよ?」

「今度は大丈夫だ。世界が敵に回ろうとも、理が私を殺そうとも、私は何度でも甦る」

 この世界にプラントを建造する。この世界に常時パスを繋げる。私が何人殺されようが封じられようが、その倍は送り込んでやる。この世界の私の敵は理、つまりレイだ。おそらく、どこまで私が抵抗するかを楽しんでいやがる。一定のルールがあるようだが、知ったことではない。

「……頼んだぜ、ねーちゃん」

「任せろ。男がそんな顔をするな。気楽に笑っていろ」

 久々の葉巻をくわえ、吸い口を噛みちぎり、火をつける。なかば無意識の行動だった。

「餞別だ。絶対に肌身離さず持っていろ。死にそうになればいつでもどこでも助けてやる」

 30mm弾頭のペンダント。エイダのいるアヴェンジャー。カートリッジを増設し満載にし、自律で魔法を使えるようにしてある。ピンチのときはリジェネやメタトロンなどを勝手に使ってくれるだろう。今も、頭からの出血が青い光で癒されている。

「悪ィ……」

「言うべき言葉が違う」

「ありがとな、ねーちゃん」

「フフフ……もう行け。時間は有限だ」

「おう! またな、ねーちゃん!」

 颯爽と、笑いながら去っていくナギ。私はそれを、煙を吐きながら見送る。
 成長した息子を見送る気分だ。一体何をするつもりなのか、私はまだ知らない。知ったところで、それを改変するには、それこそセンチュリア規模の犠牲が必要だろう。私は、この世界そのものと敵対しているのだから。

「さて」

 ナギの息子、ネギ・スプリングフィールドに向き合う。その小さな躯に不釣り合いな杖を持って、私の眼をしっかりと見ていた。その表情は困惑していたが。

「こんばんは、少年。私はエルテ・ルーデル。あなたの名前は?」

 ニコリとは笑えない私は、できうる限りの優しい表情を作り上げる。それができているかどうかは疑問だが、ネギが怯えていないところを見ると微笑んでいられているのだろう。

「ネギ……ネギ・スプリングフィールド」

「Gut。困ったことがあれば何でも私に言え。気に食わんことでない限り、力を貸そう」

「え? どうして……」

「あなたの父親にあなたを任された。まだ理由が必要か?」

「ええええ!?」

「驚かずともよかろうに……ああ、ネカネもだ。起きたら伝えておけ」

 久々のゼロシフトを使い、村から少し離れた場所に移動。小さな小屋と中規模の地下施設を建造することにした。私の家、拠点である。
 この世界の理ではないとはいえ、魔法は便利だ。某青狸の、一瞬で広大な地下施設を建造する秘密道具がごとく地下施設ができるのだから。時間操作、空間操作、圧縮空間技術の賜物だ。

 今日この日、『最悪の災厄』はこの世界に再臨した。



 あの日のことはよく覚えている。
 釣りに湖に行って、帰ってきたら、村が燃えていた。
 村のみんなはほとんどが石にされていて――――スタンさんも僕をかばって石になった。ネカネお姉ちゃんも、脚が、石に……
 僕のせいだと思った。僕が、ピンチになればお父さんが助けに来てくれる、そう思ったからこんなことになった。後でエルテさんにそれを言ったら、思い上がるなと説教されたけど。でも、それまではそう思っていた。
 お姉ちゃんのそばで、泣いてばかりだった。悪魔が僕を襲おうとしているのにも気づかず、でも僕は助かった。本当に、お父さんが助けに来てくれて――――空からいくつもの光の流星群が降ってきて、お父さんもろとも悪魔を全滅させてくれたから。

「――――し、死ぬかと思った……あちゃー、ねーちゃん若干キレてんな、ありゃ」

 お父さんが何か呟いてたけど、それは僕の耳には聞こえなくて。それどころか、その人がお父さんだとはわからなくて、ネカネお姉ちゃんを護ろうとして、でもそれが叶わないことは理解できていた。
 怖くて動けなくて震えている僕を、お父さんは乱暴に撫でてくれて――――

「俺の形見だ。元気に育て」

 その言葉と杖を残して、去っていった。追いかけても、絶対に届かない。
 こけてお父さんを見失って、叫んで、お姉ちゃんのところまで戻ると、黒いコートの葉巻をくわえた女の人が歩いてきた。

「こんばんは、少年。私はエルテ・ルーデル。あなたの名前は?」

 その声と微笑みはこの場所がどうなっているのかを忘れそうなほどに綺麗で穏やかで、でも、なぜか怖くて、うまく自分の名前を言えたかもわからない。
 それから覚えているのは、この人が僕を助けてくれるらしいことと、一瞬で消えたことだけ。
 その日から、僕の周りどころか世界が慌ただしくなっていたのを知るのは、エルテさんの正体を知ったときだった。



 その日、すぐに私の復活は旧世界・新世界問わずに伝わり、歴戦の猛者が手合わせを願いに来たりメガロメセンブリアをはじめとする各国のはやとちり組が軍を編成して討伐に来たり、それらを適当に蹴散らして、今度は各国から和平の使者が来たりと、なかなか慌ただしい一週間が過ぎた。今もちらほらと手合わせ目的の連中が来るが、雑魚ばかりで面白くない。私の家は見つかっていないみたいだが、村や一般人に迷惑をかけないような場所で待っているために、そして続々と来るために帰る暇がなかった。時折、「修正が必要だ」「必ず死なす」「あなたには、ここで果てていただきます」などという連中がいたが、気にしない方がいいだろう。
 結局、家で休息をとれたのは二週間目の半ばだった。
 それから数日後、ネギが私の伝説を聞いたらしく、魔法の弟子入りを希望するも即拒否。私はこの世界の魔法は使えない、その旨を話すと、それでもいいから弟子入りさせろという。まだ早いと拒否。こんなやりとりがほぼ毎日続いた。
 面倒だから、絶対私の出す課題に疑問を持たないことを条件に了承した。

「…………」

 そして今。

「うう……パスです」

 白に染まりつつある盤面。

「…………」

「またパスです……」

「終わったな」

 オセロの盤面には、まだ空白が存在する。盤面が埋まる前に決着がついた。白も黒も、置き場は存在しない。
 センチュリアの余剰処理能力を使うまでもない。一個体の処理能力で充分だ。オセロもチェスも、特定のロジックに従うだけで勝てるのだから。

「なに、気にするな。オセロは全てのパターンの先を知ればいい。戦術も戦略もない。コンピュータにすら勝てん」

「じゃあチェスは……」

「それも人類はコンピュータに勝てん」

「だったら、人間はコンピュータに勝てないんですか?」

「残念。将棋は人間の方が強い。成るという、兵士が強くなるという概念。倒した駒を手に入れる、捕虜を自分の手駒として使う思考は、コンピュータには難しいらしい」

 量子コンピュータやエイダのような高度なAIは違うが。
 人間の思考はアルゴリズミックではない、理不尽であったり非論理的であったり、だからこその柔軟性がある。将棋はこの柔軟性を競うものだ。経験と先読み、戦争の縮図とも言える9×9の盤面は、現実の戦闘を考えても学ぶべきことは多い。個人同士の戦闘であっても、戦術・戦略が頭の片隅にあるとないとでは勝率・効率が違う。

「それにな、新しいものをつくる、発想や閃きなどといったものは、コンピュータには存在しない。所詮は計算機、量子でも使わない限り、与えられた条件や状況で100%未満の結果を出すのが限界だ。100%を超えるのは、人間やそれに類するものではないとできない。たとえばだ……」

 中空に映像を出す。聞きなれた『Whats up!! Whats up!!』の声。プロローグの始まり。

「怒首領蜂大往生デスレーベル二週目。理論的には攻略が可能だと判断され出荷されたが、しかし――――」

「やった! あれ?」

 黄流第一形態が撃破され、第二形態に移行する。まだプロローグだ。

「大半がここにたどり着けずに撃破されてしまった。そしてこの最終鬼畜兵器 黄流に阻まれ、涙する者も多い。だが――――」

「やった! 今度は――――え?」

 やっとプロローグが終わった。画面に現れるのは、先程の巨大な蜂に比べれば小さく、素人が何も知らずに見れば『弱そう』と判断するだろう、燃え盛る弐匹の蜂。

「また道中ですか? ――――えええええ!?」

 弐葬式洗濯機と名付けられたその美しい最悪の弾幕。隙間はあれど隙は存在しない、究極の殺意。それを果敢に避ける自機。

「理解できたか」

 ボムを一切使わず、ただ避けるのみ。そして、ついに――――

「今度こそ!!」

「ああ、彼は成し遂げた。人類をやめたとまで褒め称えられたよ。だが、それは才能を努力で磨き上げた結果だ。彼は魔法も、神経を加速させるような技術も一切ない世界でこれを達成した。これを見て、何か思うことはないか?」

「ハイ! 僕もこんなふうにデスレーベル二週目をクリアしてみたいです!」

 無言で手刀をその頭に振りおろす。

「――――!?」

「一つのものに集中しすぎるのは長所であり欠点だ。それ以外に視界が存在しない。何かに打ち込むにはこれ以上ない才能だが、時と場合によっては致命的だ。切り替える癖をつけておけ。集中しすぎてもいい状況と、そうでない状況で切り替える癖を」

「うう……わかりました……」

 頭を押さえ涙目になりながら了解するネギ。アーニャがこれを見たら、またうるさくなるだろうが、幸いにして今日はいない。

「頭は冷えたか。ではもう一度訊く。何か思うことはないか」

「……訓練次第で人は人間を超えることができる、ということですか?」

「その通り。だが、ただ魔法の使い方や躯の動かし方を鍛えるのではなく、どう使うか、どう立ち回るか。ネギは単純馬鹿だから、結局はゴリ押しになるだろうが、ゴリ押しでもフェイントをかけたり、フェイクで本命を隠したり、ミスリードさせたり、簡単ながら自分を有利にする方法がある」

「なるほど~」

 今、馬鹿にされたの、気づいてないな。

「今日はここまでだ。明日までに本将棋のルールを覚えて来い。いいな」

「ハイ! ありがとうございました!」



 正直、ネギにCAVEシューを、斑鳩を、東方を、イディナロークを与えたのは失敗かもしれない。
 あの日から一心不乱に魔法を勉強し、練習し、1年も経たずしてそれなりの魔法が使えるようになっていた。あまりに根を詰めてやるので、息抜きと動体視力の鍛錬にと渡したが、若干染まってきている。
 たとえば、私が怒首領蜂をしているときなど、希代の名台詞『よ ろ し く。』の全文を見て真剣に悩んでいた。

「ボクは……仲間を……」

 真面目なのは長所だが、すぎると欠点だ。STGなど鬱エンドが基本なのに、これでは問題がある。いや、そういう問題ではない。のめりこみすぎているだけでなく、感情移入が半端ではない。魔法使いでなく、どこか別のところに行ってしまうのではないか。

「さて、今日が最後だ」

「ええ!? そんな!」

「明日以降、来ても何も教えない。困ったことがあれば力を貸すと言ったが、それほど困ってはいまい」

「そう、ですけど……」

「強くなりたいと思うのはいい、だが、力を得るにはまだまだ幼い。『力は正しいことに使うべきだ、少なくとも、自分がそう信じられることに』という言葉がある。だが、まだネギは世界を知らず、何が正しいか、何が正しくないか、そもそも正しいことなど存在するのか、ということを理解できるとは思えない。正しくないと知って、あえて行動する強さも、力を持つ者には必要だ。ネギはメルディアナで魔法という力を得るが、その力の使い道は、よく考えておけ。目的の無い、指向性の無い力は爆弾だ、周囲に被害をまき散らして、何もかも無差別に傷つける」

「…………」

「最終試験。今まで教えてやったことはなんだ? 今日が終わるまでに答えを出せ。正解なら、またいつか、今度は戦い方を教えてやる。不正解なら、馬鹿に力を与えるなどできない」

「え……ハイ!」

 元気のいい返事だが、子供はやはり現金だ。素直なのだろう。
 すでに準備完了していた将棋盤を囲み、パチペチと対局を始める。

「将棋にてプレイヤーはこの駒、王将になる。そして、自分も含め駒として考える。時には己を囮にして、いかなる犠牲をいとわず、自分が生き残り相手の王将を討つ。戦場の縮図だ」

「これが、戦争……」

「問題。戦争に勝つにはどうすればいいか。次の手で表現してみろ。いいか、ここは戦場だ」

「戦場……う~ん……こうですか?」

 音もなく、駒が置かれる。その位置は、将棋盤の外。私の王将の背後。

「そう。それも正解の一つだ。だが、よく気づいた。そう、戦場にはルールは無用。勝てばいいのだ、WWⅡも、先の大戦も、誰も手段を選ばなかった。堅物なネギにしては考えた方だと言える」

 他の正解は、プレーヤー自身を殺す、将棋盤をひっくり返すなど。戦争にルールなどないのだから。
 かといって、ネギが出した以外の答えを私は求めない。そこまで汚れる必要はない。今は、まだ。

「今日はこれで終わりだ。もう少しかかると思ったが、なかなか早かった。あとは、最終試験だけだ」

「がんばります!」

「答えは頑張って出すものではない、悩んで出すものだ」

「はい!」



 ネギの背中を見て、思い出す。
 ナギもあんな頃があった。最も、教えろと言われたのは戦い方だったが。
 正直、教えることもなかった。あれはほとんど本能で戦っていた。戦って、経験を得て、それからフィードバックする。
 私が教えたのは、『どんなにずるくてもいい、勝った方が、生き残った方が正義だ』の言葉だけ。
 そのせいでエヴァは悲惨な目に遭ったようだが。時期を見て呪いは解こう。

「……災害をまき散らしに行くか」

 届けられたそれを見て、多少腹が立った。ネギといる時には取り繕っていたが、若干不機嫌だ。
 メガロメセンブリアへの出頭命令。ずらずらと並び立てられた罪状が、余計に死にたいのかと思わせる。
 超自然災害に喧嘩を売ったドン・キホーテどもめ、己の愚かさをその魂に刻むがよい。

「エルテ先生! 答えを聞いてもらえますか!」

「ああ。聞かせてくれ」

 ネギがノックもせずに入ってくるが、それを咎めるつもりはない。それほど自信があるのだろう。
 早かった、と思ったら、かなりの時間が経っていた。もう夜だ。

「心構えだったんですね?」

「そのとおり。力を持つ者の心構え。これで卒業試験は終わり。また、いつか成長したら、教えてやる。今日はもう帰れ」

「は、はい!」

 本当に嬉しそうだ。
 その背を見送った後、私はメガロメセンブリアに次元跳躍戦略砲撃をブッ放した。
 少し、手加減して。



 魔法世界では、テレビでどのチャンネルを回しても緊急放送が流れていた。

『現場の上空です! ご覧ください、見事に消え去っています! 以前『大災厄』エルテ・ルーデルが復活したことをお伝えしましたが、その力未だ衰えていないことを如実に示しています! 幸い攻撃前に避難勧告が『大災厄』より伝えられていたので死傷者は皆無ですが――――あ、新しい情報が入ってきました! 今回の件はメガロメセンブリア元老院がエルテ・ルーデルを挑発したことによるものと――――』



[21785] 破壊先生エルて!03
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/11 05:24
 ネギの卒業、ついでにメガロメセンブリア元老院の一時壊滅から数年、ネギがメルディアナを卒業することになった。
 それまでネギはほとんど私のところに来ることはなかった。魔法を学ぶに当たって、私はかけらほどの助言すらできない。精霊など使わず、己の持つ破滅級の馬鹿魔力を運用する、俗にいう『ガイア式魔法』の使い手は、操ろうとした精霊を馬鹿魔力で飽和させ魔力に還元してしまうからだ。ネカネは茶を飲みに来るが、アーニャはメガロメセンブリアの件で私を恐れて来なくなった。

「アーニャが来なくなったのは悲しいな」

「時々誘ってはいるんですけど」

「こうなるなら、もっと手加減しておくべきだった」

「そういう問題じゃないと思いますよ?」

「というか、ここにいてもいいのか? もうすぐネギとアーニャの卒業式だろう」

「エルテさんがいますから」

 私を足に使う気か。

「まあ、いいか。ほら掴まれ」

「はい♪」

 一瞬でその場から消え去り、もうすぐ卒業式が始まらんとするホールに現れる。

「だ、大災厄……」
「地上の災厄だ……」
「何をしに……」

 一部がざわざわとうるさいが、そちらに視線をやるとぴたりと声が止んだ。
 そのまま私だけホールを出た。妙な緊張感があるよりは遥かにマシだろう。



「……ふん」

 魔力を超高圧で圧縮。魔力を追加して圧縮。雪玉を転がして手で押し潰すように。

「こんなものか」

 できたのは、中心が紅の黒い宝石。親指程度の大きさで、その実、普通の魔法使いが無限とも言えるほどの魔砲を撃てるものだ。

「ふう。お守りは物騒なくらいがちょうどいいか」

 ジュエルシード勢ぞろい状態での次元震を数度は起こせるエネルギーを内包。ラディオアクティヴ・デトネイターの略、RADと名付ける。無論、そんな物騒な名前だと受け取ってもらえないだろうからいつも通りブラッディシードとして渡すつもりだ。
 背後で無駄に大きな扉が開く。終わったようだ。

「ネギ、アーニャ、卒業おめでとう。ほれ」

 ピンと、親指でRADを弾く。それは寸分違わずネギの手元に落ちる。

「え? わわっ! こ、これは?」

「ブラッディシード。純粋魔力の結晶だ。見につけているだけで魔力が上がる。ついでに、魔力枯渇の際に願えばチャージしてくれる。やろうとおもえば、私と同じような魔法が使える」

「なんかマガマガシイんだけど!?」

「私の魔力の塊だ、黒く紅くなるのは当然だろう。アーニャにはこれをやろう」

 幾つもの溝が掘られた白い指輪。一定周期で、青い光が溝を流れていく。

「なによこれ……なんかぷにぷにしてるけど」

「メタトロンの指輪。試しにオークションに出してみろ、アメリカの国家予算の半分くらいの値はつくと思うぞ」

「そ、そんなものもらえないわよ!」

「せっかく木星まで行って作ったのに……私の努力を無碍にするのか、アーニャ……」

「し、白々しいわね……いいわ、もらってあげる!」

「ちなみに魔法発動体でアーティファクト。効果は自動防御。肌身離さず持っておくこと。時々水を与えること」

「凄まじいわね……ウンディーネの加護でもついてるの?」

「いや、核融合だ」

 びしり、とアーニャが石化する。

「ちぇちぇちぇちぇチェルノヴイリ!?」

「違う。まあ、言ってもわからんだろうが、安全だよ。少なくともこの2200年、一度も事故を起こしたことはない」

 メタトロン技術が存在していなかったからな。とは言わない。嘘は言っていない。

「な、ならいいわ――――あ、ありがと」

「なに。旅立つ者への些細な餞別だ。じゃあ、また会う日まで、Goodluck」

 ネギとアーニャに背を向け、その場を去る。私が歩く道先は、十戒の如く人が左右に分かれる。史上最悪最凶最上の災厄、メガロメセンブリアの件で私は密かにランクアップしていた。私の真実を知れば余計に箔がつきかねないが、もう知ったことではない。

「元少年。久しぶり」

「おお、破壊神殿。何年ぶりですかな。ネギ君の晴れ姿でも見に来たのですか?」

 声をかけたのはメルディアナの校長。遥か昔から少年と呼び、その結果名前を知る機会が一切なく、結局元少年と呼ぶことになってしまった。無論、今更呼び方を改める気もないし、名前を覚える気もない。向うも、私の名前を知ってはいるものの、未だ私が戯れに名乗った破壊神という呼び名を使っているのだ。お互い様だ。

「ああ。餞別も渡した。あと、今日を限りにこの地を去ろうと思う」

「それはそれは、一部が狂喜乱舞しそうですな」

「仕方あるまいよ。私は今まで自由に生きてきた。それを誰がなんと思おうと、気にする権利はもうない」

「相変わらずですな」

「さて、変わったのか変われなかったのか。ま、それはどうでもいい。餞別だ」

 ワインの瓶を渡す。リースリンク、トロッケンベーレンアウスレーゼ50年物。

「日本酒以外でいい酒など、これとアクアビットくらいしか知らんのでね」

「ほう、これは……ありがたく頂きましょう。して、次は、どこに行くつもりかね?」

「私が行くとすれば、面白いことがあるところか静かな場所だよ。それをいうと、サイレントヒルなんかはなかなか最適かも知れないな。全ての愛と罪の集まる街――――素敵だと思わないか」

「なるほど、破壊神殿ほど愛と罪にまみれたものはおらんでしょうな」

「まあ、気まぐれにふらふらするさ。ではな。生きてたらまた会おう」

「お達者で」

 恐らく、彼には私の行き先がわかっただろう。それを知って知らんフリをする、相変わらず狸だ。
 しかし上には上がいるもので、彼以上の狸に私はこれから会わなければならない。
 窓から飛び出し、空を駆け上がり、目標を東へ。

《ゼロシフト、Ready》



 麻帆良学園という閉鎖空間は、極めて排他的である。そもそも閉鎖されているのだから排他的なのは当たり前だが。
 学園という形態をしていることから、完全閉鎖ではないにしても、許可のない者や物を簡単に通すほどお人よしではない。

「面倒だ……」

 囲まれてる。敵意がこれでもかと。魔力の隠蔽など久しくしていなかった故に、しっかり失念していた。隠蔽していたらしていたで、後々厄介なことになりそうだが。考えてみれば、今の私は国籍とか戸籍とかの一切が存在しない。普通の手続きなど絶対にできない。ならば、これが最善かと、結果オーライと考える。
 時差により闇夜な日本は、私が潜むには/動くには最適な時間帯だ。向うは私が見えない、こちらは離れていようが全て見えている。

「涙ーの雨ー黄昏は微笑みー……違うな」

 この詠唱は相手が死んでしまう。

「おとなしくサイレン・ヒルで怖がってもらおう」

《まさに外道》

「結界を」

《了解》

 バージョンアップしたリアルホラーワールドへようこそ。
 対象がより恐ろしく感じる世界がどれかを判断し、自動的に振り分ける。最近は世界のバリエーションも増え、生物災害や時計塔、恐竜危機などにも送ることができる。あくまで今いる世界をベースにしたホラー世界を構築するので、場所と世界の組み合わせによってはまったく怖くない場合もあるが、その場合はしばらくして別の世界に送られることになる。

「やはりあなたでしたか、エルテ・ルーデル」

「他人行儀は嫌だよ。それにしても、あれほど怖がっていたタカミチがここにたどり着けるとは。人は成長するものだ」

「死ぬほど怖いですよ。ですが、この世界より怖いものを知っていますから」

「そう」

 会話を中断し、結界を解除する。しばらくして、飛来する銃弾や魔法の矢。

「リカバリが早い。判断も悪くない。よく訓練されている。あるいは、よく訓練しているのかな」

 エイダの張ったプライマルアーマーモドキはエネルギーにも効果を発揮する。魔力結晶粒子故に人体への害は少ない。ただ何故か水に弱い。

「じゃあ、やられたフリでもして寝るから、後は頼んだ」

 そこらの樹に寄りかかって寝る。面倒ごとは若者に任せる。
 私も老いた気分になる……――――



 起きたら牢獄だ。正史でネギが封じられていた、魔法の使えない部屋。

「無粋か」

 ならば、痛快アクションがごとく脱出してやろう。

「……アンジェがごとく――――」

 レーザーブレードで隔壁をぶった斬る。が如く、手刀に魔力をまとわせ、結晶になるまで圧縮、単分子の刃を構成する。

「――――フ――――」

 狂気の鋭利な刃と御神の剣と破壊神、その全てが合わさった時、私は理だって斬り裂ける。らしい。理使い曰く。
 一閃、それだけ保てばいい刃は、振り切った際に砕けた。一部にはまだ単分子構造が残っているから、触れただけで指が落ちてしまう。エネルギー結晶体なのだから、いっそのこととこれを使ってライオンハートを作ってみる。エイダを奪われている今、武器は自前で作るしかない。狙撃に対する自動防御もない、ならば常時護っていればいい。魔力結晶の粒子を周囲にまとわせ、エイダのPAモドキを再現してみる。元来頑丈な、今やそう簡単に死ねなくなったこの躯。たとえエイダの張るPAモドキより遥かに濃いPAモドキを突破できたとしても、私の存在を蒸発させない限り一切の攻撃は無駄。たとえこの躯を滅したとしても、予備はいくらでもいる。
 扉を蹴る。分子間力でくっつきあっていた扉はあっさり崩れ落ち、PAモドキの闇は牢獄の外へゆっくり漏れていく。
 闇はどんどん広がっていき、どんな小さな隙間へも潜り込み世界を侵食していく。

「痛快アクションじゃあないな」

 これはホラーだ。つくづく、己の本性が人への恐怖だと思い知る。根が暗いんだ。エイダがいないと寂しい。いつもなら、こんな状況、馬鹿みたいに茶化してふっ飛ばしてクリアするのに。別の個体のそばにはエイダがいるけど、この個体のそばにはいない。私はエイダといるけど、今エイダは独り。

「エイダ……」

 アサルトアーマーがごとく、PAモドキをまき散らす。粒子の扱いに慣れ、粒子の一粒一粒が多目的ビットとなる。
 エイダを探して、どこまでも闇を広げていく――――

『なんだこれは!』
『近寄るな! どんな危険があるか――――』

 ここにもない――――

『まさかあいつの仕業!?』
『撤退しろ!』

 ここにもない――――

『やっぱり災厄じゃない!』
『だから俺は処理しろと――――うわ!』

 ここにもない――――

『フォ!? これは……』
『学園長!』

 エイリアンを発見――――

「フフフ――――」

 転移。

「フォ!? エルテ殿……」

「エイダはどこ?」

「エルテ! 落ち着け!」

 タカミチが私をはがいじめにする。しようとする。

「黙れ……タカミチ」

 PAモドキでその躯を縛る。

「ねエ、エイダ、カエシテ?」

 ああ、この個体、暴走している。個体だけじゃない、エルテ・ルーデルはこの暴走を許容している。

「カエ……シテ?」

 闇が、近右衛門をゆっくりと絞め上げる。その首筋にゆっくりガンブレードを押し当てる。

「そ、そこの密閉金庫の中じゃ!」

 近右衛門の指す先に、人を閉じ込めることができそうな大きな金庫があった。なるほど、密閉されていれば見つかりにくい。
 とりあえず殴る。蹴る。斬る。壊す。開ける。いた。30mm弾頭のペンダント。

「エイダ……」

《他人に任せるからこうなるのです》

「ああ、まったくだ」

 アヴェンジャーを胸の前で祈るように握りしめる。
 何よりも愛おしい戦友。アルトと同じ頃から一緒にいて、アルト以上に一緒にいる。
 消耗品の私の身を案じ、何よりも支えだった。
 いつの間にかこんなにも依存していたとは思わなかった。

「さて……近右衛門。交渉と行こうか」

 一度壊れてしまったら、後はもうわからない。恐らく私は、今までにないほどにっこりと笑えていることだろう。



 麻帆良中に突如噴き出した黒い霧。それは恐るべき速度で学園を闇に飲み込んだ。
 学園長室も例外ではない。それが無害だと知っているのは、ここにいる二人と、闇の福音だけだっただろう。

「フォ!? これは……」

「学園長!? エルテですね……まずいですよ、これは」

 誰もエルテが本気で怒ったところを見たことはない。それは赤き翼メンバーも同じで、怒ったとしても手加減されていた。しかし、この黒い霧には、明確な殺意が存在した。
 タカミチは知っていた。この霧は、昔エルテが使っていたPAモドキというものだと。あの時はあんなに頼もしかったのに。こんなに恐ろしいものだったとは。

「フォ!? エルテ殿……」

 近右衛門の声で、初めてタカミチはエルテがここにいることに気づいた。と同時に、己の未熟さを感じ、この存在に対する認識の甘さを後悔した。

「エイダはどこ?」

 その声にいつもの凛々しさはない。無くした物を探す幽鬼のようだ。

「エルテ! 落ち着け!」

 このままでは近右衛門の命に関わると判断したタカミチはその華奢な躯を押さえつけようとするが、逆に見えない何か、いや、黒い霧に躯を縛られてしまった。

「黙れ……タカミチ」

 今のエルテの言葉に逆らえるはずもなく。拘束に対しろくな抵抗もできなかった。この霧はエルテの世界、彼女に抗うことは許されない。

「ねエ、エイダ、カエシテ?」

 その手の刃がゆっくり動き出す。

「カエ……シテ?」

 闇が近右衛門の座っている椅子に老体を縛りつける。ゆっくり、ゆっくりと、しかし断頭台の刃のようにガンブレードはその首に当てられる。

「そ、そこの密閉金庫の中じゃ!」

 ここまでの冷たい殺意に晒されたのは、彼の長い人生でも初めてだったのではないだろうか。耐え切れなくなったのか諦めたのか、エイダ――――アヴェンジャーの在りかを遂に自白した。
 剣が跳ね上がり、金庫が殴られ凹み、蹴られ歪み、斬られ、引き裂かれ、壊れた。
 中に収められていたあまりに大きな銃弾のペンダントを祈るように握りしめ、何かを語りかけていた。
 どれほどの時間そうしていたのか。ペンダントを首にかけ振り返る。あれほどの殺意にまみれた霧は、いつの間にか消えていた。

「さて……近右衛門。交渉といこうか」

 いつもの薄い微笑みではない、誰も見たことのないであろうその笑顔に先ほどよりも強い恐怖を感じた二人は、彼女の出す条件を全て飲まざるを得なかった。



[21785] 破壊先生エルて!04
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2011/01/05 13:56
 働かざるもの食うべからず。なるほど、真理だ。
 ウェールズの村では食に困ることはなかった。お怒りをお鎮めくださいとばかりに定期的に贈られる食糧を無碍にするわけにもいかず、ありがたく頂戴していた。何度か「いらない」と言ったのだが、それでも贈り続けるので説得は諦めた。
 『闇の福音』は魔法界でのナマハゲではあるが、『地上の災厄』、いまや『史上最悪最凶最上の災厄』は老若男女問わず恐怖の象徴である。子供に説教するときは『地上の災厄が街ごと滅ぼしに来るよ』と言うらしい。エルテ・ルーデルの名を語り犯罪を犯すのは極めて重罪であるし、エルテ・ルーデルの名で出された脅迫状や犯行予告に政府機関は過剰とも言える反応をせざるを得なかった。それの対策の話はまた今度にするとして。
 私の条件を飲んだ近右衛門は、私に条件を出してきた。「働かざるもの食うべからず」と。
 無論私はその条件を飲んだ。嫌な予感はしたが、無一文の私は拒否する権利を持たない。

「むう。格好よく去った意味がない」

「こっちでも助けるつもりだったんだろう?」

「……タカミチ、生意気になったな。昔はエル姉エル姉と」

「もうそんな歳じゃないよ。それに、小さかったエルテはエルテって呼んでたじゃないか」

「エル姉、僕と一緒の――――」

「ごめんなさい」

「よろしい」

 惚れた弱みと黒歴史というやつだ。プロポーズの言葉を一字一句間違えず声も音程も一切違わず再生されるのは、そしてその相手にされるのはもだえ暴れる気になるだろう。
 唯一親しい女が私だけだった。だからクルトとタカミチは私に惚れたと錯覚した。たぶん、そうだ。

「そういえば、約束していたな。私を倒せば結婚してやる、と」

「倒せる気がしないよ。あのころの僕らは何も知らなかったからそんな約束ができた」

「それでも男か。ナギやジャックなら速攻瞬殺しようとして返り討ちに遭っても何度も掛かってくるぞ」

「それを見たからこそだよ。今の僕はあの中に混じることはできない」

「つまらん。どこの中年サラリーマンだ……中年サラリーマンか」

「今はまだ届かない。だけどいずれ……」

「その時は、全力全壊で死ぬまで相手してやる」

「お手柔らかに」

 その顔は穏やかに笑っている。私のように、限界の微笑みや壊れた笑みではない。それが私はウラヤマシイ。

「一切の魔法、魔力を使わない。この意味はわかるな」

「昔言っていたことかい?」

「魔法さえなければ、私は比較的人間として戦える。これならフェアだ」

「それで、勝ったとしても……」

「気に食わないか。難儀だな。そもそも、まだ私を好きでいられているか――――怪しいな」

 その問いに、タカミチは答えなかった。



 ドアをノックする。出てきたのはガイノイドだった。

「どちら様でしょう?」

「エルテとエヴァに伝えてくれ」

「かしこまりました」

 今だココロというものが未成熟なようだ。昔――――初めて会った時のエイダに似ている。
 マクダウェル邸の前で暇を持て余しているとエイダが話し掛けてきた。

[[AI萌えのランナーには垂涎な方ですね]]

《エイダラヴ》

[[……はっ!? い、いかがわしい同人誌のタイトルみたいですね]]

《ほうけていただろう。AIの癖につくづく人間らしくなりおって》

[[数千も年を経ればAIでも憑喪神になるようです]]

《あの傘娘の影響を受けすぎたな》

[[頭は悪いですが、実に話せる方でした]]

 私とこの娘は変わらない。話しだせば、いつも通りのくだらない話。だがなぜか、今はそれが何よりも嬉しい。

「久しぶりだな、魔王、って抱きつくな抱えるな! 頬ずりするな!」

「おお、まごうことなくエヴァだ。魔王でなく昔のように義姉とは呼んでくれないのか」

「ぬうぅ……ひうっ!? 舐めるな! アマガミもだ!」

「ああ……可愛いな……食らい尽くしてしまいたいほどに」

「貴様が言うと洒落にならん! いい加減に放せ!」

 いい加減理性がフッ飛んでしまいそうだ。エヴァを降ろして小さくなる。

「まったく、貴様でなければ殺していたぞ」

「エヴァ、日本語がおかしい。殺そうとしても殺せないだろう」

「……ジジイから話は聞いている。上がれ」

 スルーされてしまった。もっと正しく言えば、殺しても復活する。それを言うと真祖の吸血鬼より遥かにタチの悪いバケモノだ。吸血鬼はその牙を以て眷族をつくり、その眷族は更に眷族をつくり、以下エンドレス。眷族は真祖に忠実であり、一時期は伯爵領全てや国家が吸血鬼の王国となったこともある。人類を侵食するから恐ろしいのだが、ならば私はどうだろう。
 プラントと材料さえあれば無限に生産できる。今や在庫は片対数グラフで直線を描き増加している。密かに社会に浸透して、その動きを支配する。この世界ではやっていないが、やろうと思えば数日で制圧下に置くこともできるのだ。たとえば自然にアメリカをおとなしくさせたりとか、自然にキリスト教を解体したりとか、自然な国家解体の後世界を企業統制下に置くとか。数千の時間と数万の世界での経験は伊達ではない。
 考えてぞっとした。まるで1984年、超管理社会ディストピア――――

「この世界は流れるに任せよう」

「何を言っている」

 勧められるまでもなく、目についたソファに座る。エヴァもテーブルを挟んで対面に座る。

「なに、ちょっとした企みだ」

 そう、既に私はある意味で大規模関与をしている。魔法に関係するもので私を知らぬ者はいない。長い歴史に名を刻み、『地上の災厄』として恐れられている。
 辺りを見回すと、人形だらけだった。その中に懐かしい顔を見つけた。

「ネギ・スプリングフィールドが来る。ナギの息子だ」

「おまえと?」

「今日から子づくりに励もうか、エヴァ。なに、百年も愛し合えば可愛い娘ができる。そうだ、メジェールに行こう」

「すまん、謝るからそれだけは、それだけはやめてくれ……」

「つまらん。まったく、ナギが好きなくせに、そういう自虐的なジョークを言うからいじめたくなる」

「だ、だ、誰があの馬鹿と――――」

「その息子を成長させるための茶番にエヴァを役者として雇いたいのだと」

「な? どういうことだそれは。聞いてないぞ」

「ちょっと未来を覗いてみた。ナギの縁者であり多量の魔力を持つネギの血で呪いが解けるかも知れない。そう言うシナリオだ」

 私の関与でどれほどの未来が変わったか。だが、それでもネギを取り巻く闘争の気配は一切変わらなかった。

「つくづく非常識だなおまえは! ……そうか、私を……」

「あのエイリアンの謀だが、ネギは成長させざるを得ん。どうあがいても、ネギは戦いに巻き込まれる。ネギを失えば、場合によっては闘争が戦争に発展するだろう。日本なら東西、新世界なら大戦再び。最悪、私が世界制圧に動く羽目になるだろう」

「その方がいいかも知れんな」

「馬鹿を言うな。面倒にも程がある。ま、そういうことだ。エヴァにはネギを鍛えてほしい。天才で馬鹿で純粋に見えて、いや、純粋だからこそか。あの子の心の底には闇がドロドロに渦巻いている。闇の魔法と実に相性がいいだろうよ」

 正史を知っているのもあるが、ネギに力に関する心構えを教えていたころにした深層心理テストは、恐ろしいほどの純黒だった。

「ほう……ナギの息子にしては意外だな。面白そうだ」

「だから、もしこの話が近右衛門から出たら受け入れろ。力はそれなりに貸そう。いっそ仮契約しよう」

「ありがたいが仮契約は」

「いや、か、そうだな、いつも私が抱きしめても抵抗するし、なるほど、私が嫌いだったのかエヴァはそうだったのかよし2600の年月はさすがに長いなゼクトも消えたしガトウも死んだし世界には封じられるしエヴァには嫌われたしピリオドを打つ時が来たか」

 私の姿が末端から薄れていく。キラキラと光に――――

「待て! 好きだ! 消えるな!」

「よし仮契約といこう」

 消えかけていた存在を元に戻す。

「は、謀ったな!」

「今でなくともいい。いずれ必要になる。私はこの世界の魔法なぞ使えんから、結局従者にならざるを得んのだが」

「魔王を従者……よし、待ってろ」

 かかった。つくづく照れ屋のツンデレ天の邪鬼だ。ついでに独占欲も強い。
 子供の頃から面倒をみていた甲斐があった。というと、私が悪女のようだ。エヴァに出会えた偶然と、純粋な好意によるものなのに。情けは人のためならず、というやつだ。
 エヴァはどこかに消え、代わりにガイノイド、茶々丸がそばに来る。ティーセットを携えて。

「どうぞ」

「ありがとう。自己紹介がまだだったな。私はエルテ・ルーデル。数日後、諸君の副担任になる者だ」

「申し遅れました。絡繰茶々丸です。マスターの従者をしています」

「私のことは知らないようだが」

「世間で噂されている程度でしか知りません。マスターは過去をあまり語りませんので」

「そうか。私はエヴァの――――なんなのだろうな。義姉、が一番近いか」

 己とエヴァの関係など、今まで一度も考えたことはない。その存在の特殊性から他人に説明することもなかったし、旅では姉妹と偽ったが、アルトとは違う。だが、義姉妹が正しいのだろう。

「姉ですか?」

「血が繋がってないからな。かわいい義妹だ、貴族だった頃からな。ツンデレの始祖だ、あれは」

「誰がツンデレの始祖だ! まったく……ついてこい」

 エヴァがいることを知って敢えて言う。この反応が楽しいから、可愛いからやめられない。
 おとなしくその後に続く。暗い地下へ。私の中の男が久々に目覚めそうだ――――

「!」

「? どうしたエヴァ」

「いや……寒気が……風邪か?」

「今日から私が沿い寝してやるから寒くなくなるぞ」

「断じて断る!」

 しばらく階段を下りれば、地下。エヴァの別荘がある。今回の目的は別荘ではない。

「楽しみだな。実に楽しみだ」

「魔王が卑猥な妄想をしているのが手にとるようにわかるな……」

 それとおぼしき魔法陣の上に立つ。

「さあ、始めるぞ」

「不束者だが、よろしく願う」

「どこの結婚式だ……」

 柔らかな光が魔法陣から浮かび上がる。私はエヴァの顎に手を添えその唇を奪う。

「……………………ん~~! ん~~!」

「んふっ」

 甘美極まりない。その背に、頭に手を回し、逃がさない。

「ん~~~~! ん~~……――――」

「? は……そうか、呼吸か」

 鼻で息をしなかったようだ。舌を入れたりはしなかったが……エヴァはぐったりしている。
 それは置いておいて、私は現れたカードに見いる。

「これが私のカード……」

 黒い破壊天使な翼を広げ、手を広げ、両手の間に空対空ミサイル、無誘導投下爆弾、空対地ミサイル、FAE、ディープスロート、バンカーバスター、ロケットポッドなどを浮かべた私が描かれている。いつものコート姿、しかしその顔は微笑みではない笑顔だ。不気味な、笑顔。
 細かいところで面白い。腕が変だと思ったら、アヴェンジャーの本体とドラムが定位置についていた。ドラムにはアイゼンクロイツと――――途切れて見にくいがおそらく、ラーズグリーズの亡霊マークが描かれている。首には例の勲章。
 称号は遥か天空の破壊神。シュトゥーカの悪魔のことか、はたまたA-10のことか。
 徳性は勇気。納得はいかない。私は臆病だ。
 方角は東、ソヴィエト方面戦線のことか。
 数は519、笑うべきか。さすがに800以上という曖昧な数字は表現できないわけだ。
 色は銀。髪の色か。黒かと思ったが意外だ。
 星は火星。軍神としては妥当か。

「アデアット」

 アーティファクトは破壊の雷神と破壊天使砲。破壊の雷神は首の勲章が本体で、A-10に搭載できるものは全て自由に出せて発射できるスグレモノ。カードに描かれている通り、中空に現れ射出する。板野サーカスや絨毯爆撃が自由自在だ。なんというチート。まるでネイキッドジェフティにサブウェポンを搭載したような状態だ。この躯とアヴェンジャーで充分だというのに。しかも感覚的に進化する気配があある。今のこれは明日菜のハリセンのような感じだ。まだ一級騎士鉄十字章だし。
 黒い翼は何故あるのか。展開すれば三連レーザー砲だった。解せぬ。閣下を神、A-10を神の使者とでも解釈したのか。 ラーズグリーズから鑑みるに私の趣味を反映しているようだが、ならば破壊天使ではなく社長砲があるはずなのだが……
 とりあえず通常戦力相手には充分な威力と物量だ。感覚的に弾頭や炸薬の効果の付与もできそうだ。

「妙にごちゃごちゃしたカードだな……」

「あ、エヴァ。戻ってきたか。これで召喚魔法『エルテ・ルーデル』が使えるな。半径六万Km完全消失戦略魔法だ、いつもより多めに消し飛ばしてやるぞ」

「地球が消えるな……というか、おまえはそんな非常識なことができるのか!」

「使い道がないな。召喚同時発動は危険か」

「そういう問題じゃないだろう……アーティファクトも非常識なのだろう、その姿から見るに」

「無限にミサイルと爆弾を。背中の羽はレーザーキャノン。アヴェンジャーとヴュステファルケ、ついでに焔薙で完全装備だな。こんどジャックで実戦テストしてみよう」

「頭が痛い……あのバグキャラをも凌駕する存在だったなおまえは……」

「さて、緊急時の対策もできたことだ。私の寝床はどこになる?」

「は?」

 そのエヴァの表情の意味を知ったとき、私は無意識にアヴェンジャーを起動していたという。



[21785] 破壊先生エルて!05
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/14 11:50
 あのエイリアンは、こともあろうに私がエヴァの家に厄介になることを伝えていなかった。
 学園長室に30mm徹甲魔力弾を崩落しない程度に差し上げた後、私はエヴァと話し合い、居間のソファを貰えることとなった。アーティファクトや炸裂弾を使わなかったのは良心だ。ちゃんと熱源は避けたから死んではいない。はず。



「悔しかろう……既に包囲は完了している……」

「甘いな……私に挑んだことがそもそもの間違いだ」

「なにぃ!?」

「フフフ……どうだ、手も足も出まい」

「なら、こうだ!」

「残念。もはやあなたに打つ手はない」

「ぐはあああ!!」

「私の勝ちだ」

 オセロで最初は有利に見えても、後々で不利になるのは当然のこと。エヴァはパスを連発し、真っ白になった盤面におののいている。

「さて、いい時間だ。近右衛門いじりに行ってくる」

「殺すなよ」

「生かさず殺さずだ。命知らずの愉快犯にはちょうどいい」

 マクダウェル邸から数歩、最近よく使うような気がするゼロシフトを起動。学園長室の壊れた窓を突き破り、侵入する。

「ボケには刺激が一番らしい。二度と連絡を忘れるようなことにはなるまい」

 近右衛門には絆創膏や包帯が所々に見られる。非殺傷設定は切ってないから二次災害によるものだろう。

「それで、なんだ? 私の御披露目か?」

「ま、そんなところじゃ」

 視線こそやらないが、ゼロシフト前の目標確認で学園長室は人だらけだということはわかっていた。それらが魔法先生や魔法生徒だとも。
 殺意に近い警戒がいくつか、私に注がれている。実に気に食わん。
 回れ右、いつもの微笑みを浮かべる。

「エリーセ・ローディー。ネギ・スプリングフィールドの補佐として2-Aの副担任になる予定だ。ついでに広域指導員だ。よろしく」

 エルテ・ルーデルなど名乗れない。いずれバレるだろうが、平穏に生きる努力は必要だ。私の顔写真は出回っているが、それを知っている者は少ないだろう。そもそも、当時はとあるG線上の勇者がごとく髪を伸ばしていたし。今はショートカットだ。

「もういいか? 待たせている」

「もういいぞい」

 許可は得た。今度は時を止め、窓からゼロシフト。

「ただいま」

「おかえりなさい」

 茶々丸が出迎えてくれた。



「エリーセ君には今夜から警備をやってもらう予定じゃ。それなりの強者じゃから問題ないじゃろうて」

「学園長、彼女は昨日脱走した侵入者では」

 やはり来たかガンドルフィーニ君。真面目なのはいいが、どうも頭が固く排他的でいかん。

「かの侵入者は脱走してどこかに消えた。探してはおるが、まあ、見つからんじゃろうて。エリーセ君が闇で捕まえようとしてくれたがの、一歩遅かったようじゃ」

「それに、ネギ君を得体の知れない者に任せるのは……」

「彼女は誰よりも誠実じゃ。多少自由すぎるきらいはあるが、約束は破らん。ワシが保証する」

 ここまで言っては反論はすまい。
 確かにエルテ殿は自由で気まぐれじゃったが、本当は自分で決めたルールにがんじがらめに縛られておる。仲間の危機を傍観した、仲間を窮地に立たせたなどと聞くが、本当にそうじゃったかというとどうも違うらしい。
 ナギいわく、あれは修業の一環に過ぎんという。本当に危険なときは助けてくれた。ナギがまだ未熟なころ若気の至りでドラゴンに挑んだときは、死ぬ一歩手前でドラゴンを消してくれた。エルテが手を出さないときは必ずどこかに突破口がある――――
 そうでなければ、赤き翼は彼女を排除していたじゃろう。彼女は災厄とまで謳われておるが、実際に殺した数は異常に少ない。敵は動けない程度に痛めつけ、味方は可能な限り救う。それを考えると、評価は災厄どころか聖母に転じるじゃろう。
 しかしエルテ殿はその誤解を解く気はないようじゃ。英雄としてちやほやされるのを嫌っておるのは確かじゃろうが、それ以外にも理由はありそうじゃ。

「もうよいかの? では解散じゃ」

 ガンドルフィーニ君はまだ不本意な顔をしておるが、一応は納得してくれたようじゃ。
 あとはエルテ殿、エリーセ君が問題を起こさんのを祈るしかないのう……



 夜は私の世界だ。たとえ夜を生きる魔物にすら、この世界は渡さない。侵す者には死を。何よりも残虐な死を。

《10秒で片づけてやる》

[[10秒では無理です]]

《なら20秒で》

[[無理です]]

《…………》

[[…………]]

《PAモドキが非常に使いやすかった。拘束もできるし探査もできるし》

[[おかしいですね。そんな効果は無いはずなのですが]]

《私が独自で編んだからな。記録を頼む》

 闇の中を、黒く輝く闇が侵食する。魔力結晶の霧の中、鬼も魔物も悪魔も何もかも、存在を許すことはない。

「食らい尽くせ」

 粒子がその躯を、表面から内側から削りだす。毛穴から、口から鼻から眼から耳から、穴という穴から侵入した粒子が、やすりのように存在を削り取っていく。粒子の濃度を濃くすれば濃くするほど削れて行く。粒子を物体に叩きつけると物体が削れる、その原理を利用した攻撃。素粒子レベルに小さく、ダイヤモンドのように硬い粒子は、原子結合さえたやすく切り離す。魔力で構成されているから、魔法も減衰し、悪魔さえ削る。

[[コジマ粒子ですね]]

「本物とは全然違うが、まあ、似たような効果だな。弾けろ」

 圧縮された粒子が、その体積を解放する。大量の粒子が叩きつけられ、もはや原型どころか存在していたのかも怪しい。この世界に在るものは溶けて液化し、さらに分解され気化してしまった。ほとんどが単分子粉末となるので、何も残らないように見える。悪魔の類も同じ、魔力の塵にまで分解される。物理的に破壊されればこいつらは送還されるが、復帰には時間がかかるだろう。

《敵の視界を奪い、行動を制限し、カケラも残さず消し飛ばす、か。拘束もできるしどんな敵にも効く。非殺傷もあり》

[[まさに夢の魔法ですね。素晴らしい]]

 エイダが褒めてくれる。悪い気はしない。

「This is Eliethe. Objective accomplished. Over」

『Copy. RTB』

「Roger that」

 無線の相手は誰かはわからないが、よくわかっている。

「さて。逃がさんよ」

 術師は7人。物量作戦でこちらを疲弊させるつもりだったのだろうが、相手が悪すぎるのにも程があったな。
 千を超えるバケモノどもはあっさりと全滅。術師は全て闇の中で散り散りに逃げているが、足元に粒子を固めてラニングマシーン状態。何人化は飛んで逃げようとするがたとえ垂直に飛んだとしても闇は永遠にまとわりつく。散々楽しんだ後に、拘束した。

[[このサド]]

「敵に情けは無用。生かすのなら心を砕け、だ」

 ゆっくり関節が外れていく。神経を切断しないように、血管を引きちぎらないように。ゴリ、ゴリと不気味な音を立て四肢が外されていくのを聞いて、あるいはその痛みに、術師は叫ぶ。
 顎を外し呪文を唱えさせない。指を外し印を組ませない、札を握らせない、陣を書かせない。足を外し歩かせない。腕を外し攻撃を許さない。
 無力化の全ての工程が終わり、連行する。非殺傷魔力砲撃で黙らせるのもいいが、こういったこともたまにはしないと鈍る。
 引き渡しを終え、家路につく。

「ただいま」

「おかえりなさい」

 迎えてくれるのは茶々丸だけ。

「エル! 見ろ! これでもう子供扱いはできんだろう!」

 ではなかった。やたらハイテンションな金髪美女が約一名。

「美女でもかくはしゃぐと子供にしか見えないな」

「なぬ!?」

「あと無駄が多い。魔力が漏れまくっている。そんな即席術式でその石を使ってほしくない」

 RADではないイミテーテッド・ジュエルシード、ブラッディシードを渡してみたらこうだ。人形や別荘など、職人なエヴァはこの素材をいたく気に入ってくれた。『一粒で麻帆良を一年動かせます』をキャッチコピーに総エネルギー量・出力を抑えたものだが、エヴァにかかればこの通り。封じられた魔力の代用品として使っている。

「くっ、待っていろ!」

 また地下へ引きこもった。今度は別荘を使う気か。

「予想していたとはいえ……はてさて。ネギが来る前に要塞を築かねば」

 麻帆良の地下は空洞が多い。私がサザエハウスのような小さな家と核シェルタークラスの大規模地下空間を建造するには非常に不向きだ。湖に潜水艦でも沈めてそこに暮らすとか、クレイドルを飛ばすとか、そんな馬鹿な案も――――いや、クレイドルはいけるかも知れん。さっそく設計してみよう。
 家は適当にアパートかマンションか、近右衛門に手配させよう。最悪、ウェールズからゼロシフト通勤するという手もある。

「るんらら~」

「ケケケ、恐ロシイモノ見タゼ」

「なんだチャチャゼロ。私がぽんこつの真似をするのがそんなに恐ろしいか」

『相変わらず不気味ですね。焼きつくしますか』

「ヤッテミナ。エルテノ許可ナシニ動ケヌポンコツメ」

『はいだらー!』

「しかし今まで黙していたのが気になるな。ブラッディシードでも詰め込まれたか」

「アア、自由ニ動ケルッテ素晴ラシイナ」

「茶々丸、紅茶を頼む。砂糖は飽和量でな」

「ハイ」

 ツッコミはない。いつものことだから。私が常軌を逸した甘党であることは、そしてその分量が比較的少ないことは。
 異常に甘い香りのする紅茶にエヴァは渋い顔をするが、今はいない。

「相変ワラズダナ」

「どんな不摂生をしても死にはせんからな。動けるなら相手をしろ」

「ヲ、殺ルカ?」

「サイレントヒル。私は隣で見てるだけ」

「    」

「プレイヤーはチャチャゼロ」

「    」

「部屋を暗くしヘッドフォン推奨。NEWGAMEで難易度HARD」

 カタカタカタカタと首が動く。

「茶々丸」

「ハイ」

 灯が消させる。テレビが不気味に光り、PSに命が灯る。
 かぽっとヘッドフォンがはめられ、最適な音量に調整。

「ジョ、冗談ダロ?」

 タイトルでNEWGAME難易度HARDを選択。ハリーが飛び起きる。

「ギャアアアアア!!」

 この時点で悲鳴。顔が笑ったままだから面白い。
 このチャチャゼロ、私が関わったせいでものすごく怖がりだ。現実の亡霊や怪物は平気なくせに、虚構の世界のホラーは苦手としている。リアルよりリアルな想像ができるとか。
 しばらくはこれで暇がつぶれるな。怖いくせにプレイするのはやめない。

「ヒィィィィィィ!?」

 なるほど、初襲撃か。
 怖がっていながらも手際よく倒している。



「ウギャアアアア!!」

 学校にて敵に囲まれる図。ライトを消し忘れていた。



「イヤアアアアア!!」

 初ボス。最初から乱射せずに様子を見、口が開いたところにショットガンを叩き込む。案外冷静なのではないかと疑いたくなる。



「なにをしとるんだおまえらは」

「チャチャゼロにサイレントヒルをやらせてみた」

「……そ、うか。そ、それよりもどうだ?」

「小娘が、背伸びしたい気持ちはわかるが」

「わ、私が小娘ならおまえはどうなる!」

「私は自他共に認めるロリババアだ。時に姉属性がつく」

「私はおまえについていけそうにない……」

「義姉が胸に飛び込んでくるがよい」

「……フン」

「……えい」

「なん……だと」

「フフン。我が胸が鉄板ではないこと、忘れていようとは。それに胸など飾りに過ぎん。特に子をなせぬ私にとってはな」

「あ……そう、だな」

「さあ来いエヴァ。サイレントヒル鑑賞会だ」

「え」



 マクダウェル邸は今日も平和です。



[21785] 破壊先生エルて!06
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/22 01:46
 近右衛門に呼び出された。どうもネギがやっと来たらしい。
 葉巻を犬歯で噛む癖が抜けないのを諦めつつ、学園長室に煙を振りまく。

「のお、エル君。一応学内は禁煙なのじゃが……」

「……あまりにイライラしていたから忘れていたよ。すまない」

 ならなぜ灰皿があるのか気になったが、とりあえずもみ消す。いまだ風通しがいいこの学園長室からは、すぐに煙が逃げていった。

「本心を言えば、ネギを修業に出すのは反対だった」

「なぜじゃ?」

「この学園にもいるだろう。『立派な魔法使い』に幻想を抱きそれになりたい連中が。ネギの人生だ、ネギの生きたいように生かしてやるのが最善なのに、ナギの幻影という型にはめてプレスしようとする連中もいる。この世界には悪はあれど正義はない。ナギだって自分の行動が正義だなんて思ってはいなかった。ただ気に食わなかったから、それが大衆から見て『英雄』とか『正義』とかいう幻想に過ぎなかっただけなのに」

「ふむ……それがイライラの原因かの?」

「英雄の息子。ああ腹立たしい。戦争でも起こってみろ、今度はネギが狩り出されるだろう。英雄の息子、それだけで希望や怨嗟の対象になってな。ガキが戦場にいるのを見るのはもううんざりだ」

「…………」

「……そろそろだ。いつも通りの愉快犯を演じていろ。俺は茶番に付き合うさ」

 怒気が近づいている。タカミチとネギ、そして知っている気配に似たものが二つ。



 大して歴史は変わらなかったのかもしれない。明日菜が服を消し飛ばされなかったという違いはあるが。『力を持つものはそれを制御し支配下におくべきである』という私の教えはしっかりとネギに根付いているようだ。
 明日菜達のやりとりを、私はそれをただ見ていた。しずなが現れ、明日菜がネギの同居に関して近右衛門に噛みつき、やっと私に気づくまでは。

「? 学園長、この人は?」
「あ! エルt」

「ネギ・スプリングフィールド。私はエリーセ・ローディーだ」

「2-Aの副担任じゃよ」

「ええええ!?」

「綺麗な子やわ~」

 ネギが担任だというのに、私が副担任でも驚くのか。
 木乃香はマイペースだ。

「私たちと同い歳くらいじゃないですか!」

「彼女は34歳じゃよ」

 そういうことになったか。

「ええええええええ!?」

「すごい若づくりなんやね~」

「我が一族は外見年齢が可変でな。まあ、同い歳と思ってくれればいい。私には敬語など要らない」

 本当はそこのエイリアンより年上なのだが。
 あとそこ、若づくり言うな。

「私達は、まだこの後少し話がある。先に教室に行っていろ」

「はーい」
「わかったえ~」

 学園長室を去る二人を扉が閉まるまで見送り、ネギに向く。しずなも一緒に出たようだ。空気が読めるな。

「まさかここで会えるとはな。偶然にも程がある」

「やっぱりエルテさんじゃないですか!」

 このお子様には、私が名前を偽るのを『何故』とは思わないのだろうか。

「エリーセだ。エリー、もしくはエルと呼べ。偽名の意味がない」

「え? なんで偽名なんですか?」

「地上の災厄がそのままの名前を堂々と名乗って外を歩いてみろ。平穏ではいられないだろうよ」

「あ、なるほど」

「わかったな? エルテと呼んだらお仕置きだ」

「は、はいっ!」

 長編RPGでセーブさせない、足の小指を物の角にぶつける呪い、傷口にキンカンを塗るなどの鬼畜の所行。ルーレットにより決まるが、お仕置きとは恐ろしいものであるべきなのだ。四歳から少しづつ過激になっていく、しかし痛くても一時的で傷はつかず、精神的にきついものもあるが、耐える訓練にもなる。虐待と言われたら否定できない気もするが。

「では行こう」

 近右衛門が空気だった。



 扉の外にはしずなが立っていた。待っていてくれたのか。

「終わりましたか?」

「ああ。もう時間もない」

 しずなが先導し、私とネギはそれについていく。

「ここがあなたたちのクラスよ。はい、クラス名簿」

「う……ああぁ、緊張してきたぁ」

 窓から中を覗くネギ。中は――――カオスだ。

「あ、そうだ名簿!」

 ネギは渡された名簿を開き眼を通す。私は一応知っている。ガイアの情報室では、漫画やアニメを完全電子化してデータベース化している最中だ。名簿は既に電子化されている。

「ネギ。新たな何かに挑むときは?」

 かつて教えた教訓。

「新たな何かに挑むときは……深呼吸して、適度な緊張を保ち、失敗を恐れず、しかし一度した失敗は繰り返さないよう努力する、でしたね」

「Gut. では実行しろ」

 胸に手を当て深呼吸数回。心拍数がある程度下がったことを実感させるためだ。

「……では、いきます」

 覚悟を決めた眼だ。
 戸がわずかに開いているのに、その意味にも気づかず、ガラリと戸は引かれた。

「失礼しまー……」

 落ちてくる黒板消しが、ネギの頭上で止まる。一瞬。よほど眼がよくなければ気づかないであろう時だけ。
 しかしレジストも無意味に終わる。しっかり頭に落ち、粉塵がまき散らされる。

「あらあら」

「ゴホッあはは、引っ掛かっちゃいましゲホッ」

 そしてそのまま第二歩を進めようとしてロープに引っ掛かる。派手にこけ、どうやったのか水の入ったバケツがさかさまに落ちてきた。頭に。計算され尽くした罠はそれだけに留まらず、おもちゃの矢が見事命中、更にバランスを崩したネギは見事180°回転し教卓に衝突。全てが終わる。
 教室は爆笑の渦だ。数名、笑っていないのもいるが。
 ネギの背中が教卓から剥がれ、やっと人間の在るべき姿に戻る。ただし、バケツを頭に被ったまま。

「うー」

「あ、あれ……?」
「え?」

 やっとその姿がおかしいことに気づく面々。。

「ええええええええ!? 子供!?」
「大丈夫!?」
「ごめんねー、新任の先生だと思って」

 信任の先生だったら謝らないのだろうか、などと無粋な疑問が頭をよぎるが、気にしないことにする。
 しずなが手を叩き、騒ぎを鎮める。

「いいえ、この子が新任の先生よ」

 出る機を逸した。だが気にしない。突入。

「あれ? この子は?」
「転校生ですかー?」

 真っ黒な服の、私服の転校生はいないと思う。明日は何歳程度で来てやろうか。

「フフ、自己紹介してもらいましょうか」

 悪戯心を刺激されたのか、しずなは私の説明はなしで自己紹介に移る。エヴァが驚いているのが楽しみだったが、期待を裏切らずものすごい顔をしている。
 私は邪魔にならないよう、しずなの傍らにて目立たぬようたたずんでいる。

「ええと……あ……ボクはこの学校で英語を教えることになりました、ネギ・スプリングフィールドです。三学期だけですけどよろしくお願いします!」

 一瞬の間。
 そしてまた爆発するように教室は騒がしくなる。本日最高音量を記録した。
 転校生ばりに質問攻めにされもみくちゃにされ、困惑しているネギ。今まで接したことのある女のタイプとは全然違うからか。

「マジ……ですか?」

「ええ、マジなんですよ」

 少し離れた場所でしずなと千雨が話している。

「ホントにこの子が今日から担任なんですかー!?」
「こんなカワイイ子もらっちゃっていいのー!?」

「コラコラ。あげたんじゃないのよ? 食べちゃダメ」

 抱きしめられ頬ずりされて――――うらやましい。今度アルトにやってみよう。

「ネギ君はちゃんと教員の資格を持ってるけど、見ての通りあなたたちより年下よ。お手柔らかにね」

『ハーイ!』

 私の存在は忘れ去られているようだ。
 落ち着くまで待つ。どうせこの後明日菜が一騒動起こすだろうし。
 そう思っていると、正史通りに明日菜がネギの胸ぐらを掴んで持ち上げた。

「ねえアンタさっき黒板消しにナニカしなかった?」

 そこから始まるショタコン委員長とオジコンの喧嘩。周りはそれを煽り、私は、

「やかましい」

 拳骨で鎮圧する。頭を押さえ黙りこむ二人。声なき悲鳴を上げているのが正しいか。

「あ、そういえば転校生がいたんだっけ」

 私は完全に転校生と思われていた。まあ、今の外見年齢は中学・高校程度だ。
 頭に手を当てる。さながらスコールのように。

「エリーセ・ローディー。エリーでもエルでもフラウでも好きに呼べ。私に敬語は不要だ。以上」

 一応、笑ってみる。いつも通りのわずかな微笑み。

「彼女はこのクラスの副担任です。こう見えて皆よりかなり年上よ」

 ざわつく教室。「年上~?」「凄い若い」「ちづ……イエ、ナンデモアリマセン」などの声がする。

「質問は後だ。一限は既に始まっている」

「さ、ネギ先生。お願いします」

 私は教室の後ろの方でパイプ椅子に座り授業の様子を見る。
 そこから先は正史通りだ。特に言うべきことはない。再び喧嘩が勃発、拳骨の前に鐘が鳴り、ネギは何もできずに終わった。やれやれ。



 二限からは私の授業だ。何故か英語以外の全科目をやることになっていた。

「――――ナチスやナチス党というのは略称で、正しくはナチオナルゾツィアリシュティシェ・ドイッチェ・アルバイターパルタイ、英語でナショナル・ソーシャリスト・ジャーマン・ワーカーズ・パーティ、英語でいうナショナルの頭をとったものだ。日本語で国家社会主義ドイツ労働者党。ここらは豆知識程度にすぎない。覚える必要はない。必要なのはここから先だ。まず1916年7月2日にハンス・ウルリッヒ・ルーデルが――――」

 英雄で覚える第二次世界大戦・欧州戦線。必要なことはちゃんと教え、雑談も交え面白い授業にしていく。先任が1800年代を終わらせてくれていたのが幸いだった。

「――――ニトロ化。一般的に危険な香りのする言葉だが、大抵その通りだ。ニトロ化合物の使い方にもよるが。ニトログリセリンは心臓病の薬だ。ニトロプラスは燃えの、ニトロセルロースはフィルムやセルロイドの原料。アニメのセル画というものは、このセルロイドを使っていたからついた名だ。基本的に炭素水素酸素窒素で構成される。特徴としては、NO2が炭水化物に引っ付いている形が多い。このNO2をニトロ基と言い――――」

 実際に目の前で合成する化学。もう既に三学期で教えるべきことが終わっていたからできるエクストラ授業。
 ほかにもいくつか授業をして放課後になる。
 まあ、初日にしてはそれなりにできたのではないか。生徒の反応も上々だ。
 約一名ほど警戒しまくり、約一名ほど怒気をはらんだ視線をくれ、数名ほど値踏みするような視線を感じた。



「はぁー」

 屋上で葉巻を吹かす。デスクワークも終わり、一日の仕事が全て終わった。ネギの補佐と言いながら、かなりネギの分の仕事をしていた。24時間という拘束の中、私は時を止めることをもはやためらわない。

「ん?」

 かなり遠く、誰かが大量の本を抱えて歩いている。成程あのイベントか。データベースと照合し、状況を確認する。
 彼女は宮崎のどか。ネギは――――いた、比較的近くだ。明日菜も現場に近づいている。

「エイダ」

『Ja. ナーヴアクセル、ブレインアクセル、Run。ザ・ワールド、ゼロシフト、Ready』

 私は一応の警戒をする。もしネギが気づかなかったら、間に合わなかったら、届かなかったら。
 神経と脳を加速させ、何かあれば即座に行動できるよう。
 この世界で最も恐れられていても、私は臆病だ。
 のどかが会談で足を挫く。柵もない階段の端から落ち――――ネギが魔法を使う。気づいた、間に合った。
 浮いたままののどかをそのままにもできず、魔法の効果のあるうちにどうにかしなければならない。ネギは弾けるように飛び、届いた。

「……バタフライ効果は確認できず、だな。アクセル解除」

『Ja. これがフラグですか?』

「さて、どうだろう」

 抱きとめたはいいが、そこは明日菜の真正面。あ、ネギさらわれた。子供一人抱えて恐ろしい速度で走る様は、超人ではないのか。超少女明日菜。……どこかで聞いたような。

「ゼロシフト」

 とりあえず近くまで飛ぶ。主に明日菜の服のために。

「――――超能力者だったのね!」

 どちらもかなり混乱しているようだ。ネギは超能力者でなく魔法使いだと白状するし、明日菜はどちらも同じだと言うし。

「ほかの人には内緒にしてください! じゃないとボク……」
「んなこと知らないわよ!」

「じゃあしかたないですね……」

「な、何よ?」

 杖を掲げ、

「秘密を知られたからには記憶をぎゃん!?」

 ネリチャギを叩き落とされた。私に。

「実力行使は最終手段。可能な限り話をし、妥協点を見いだせ。忘れたか」

「あうあうあうあう……」

 そこまで力を込めたつもりはないが、ネギは非常に怯えている。

「あそこで迷わなかったのは褒めてやりたかったが……まだまだだな」

「もしかして、あんたも?」

「一応魔法使いだ」

「キャー! 殺されるー!」

「やかましい」

 とりあえず黙らせる。

「おーい、そこの三人、なにを……ん? あ、エル姉、あ、いや、エル先生」

 タカミチが現れた。頭を押さえうずくまっている明日菜と怯えているネギ、そして平然としている私。状況が把握できていないようだ。とっさに私を『エル姉』と呼んだし。

「なに、ちょっとな。詳しいことは後で」

「……ああ、わかったよ」

 くわえ煙草のままどこかに消える。確かあっちは喫煙所だったと、どうでもいいことを思い出す。

「頭は冷えたか?」

「痛いじゃない!」

「……二発目、いくか?」

「わ、わかったわよ……」

 さすがにおとなしくなる。

「さて。話ができるくらいには頭は冷えたろう。質問に答える形で話を進める。いいな」

「わかったわ」

 屋上に落としてしまった葉巻の代わりに、新しいのを噛みちぎり火をつける。

「葉巻?」

「最初の質問がそれか……まあいい。タカミチはこれを吹かすのが苦手でな。煙草と同じように吸い込んではむせる」

「なんでアンタが高畑先生のこと知ってのよ! さっきだってエルねえなんて呼ばれてたし!」

「タカミチが小さい頃からこの姿だ。姉と呼ばれるのに何の不思議がある」

「オネエサマと呼ばせてください」

「却下だ。タカミチのことはいつか気分次第で教えてやる」

 こいつの頭にはタカミチしかないのか。

「けちー……あ、いい匂い……」

 風向きが変わって明日菜に煙が向かう。香としての側面もある葉巻は、特に私が好むものは甘い香りがする。

「それで、他には」

「――――なんでそのチビっ子魔法使いがこんなとこで先生をすることになってるわけ?」

「ネギ」

「あ、ハイ。えーと、修業のためです。『立派な魔法使い』になるための……」

「はぁ?」

「えっとですね、立派な魔法使いというのは世のため人のため陰でその力を使う、魔法界では最も尊敬される職業です」

「修業ねぇ……で、バレたらどうなるの?」

「失格、そして強制送還。最悪の場合オコジョにされ塀の中だ」

「だからみんなには秘密に……」

「ほほう。世のため人のため力を使う……なら」

 明日菜から黒いオーラが立ち上る。フィールド系防御魔法か。背後からでもわかる、こいつは黒い笑みを浮かべているに違いない。

「却下だ。己の力を以て成就せずして何が恋愛か。安易な方法に頼って長続きする愛など存在しない」

 見事なorz。

「そう、そうよね、魔法なんかに頼ろうとしたあたしは間違ってたのよ……」

「……わかってくれて幸いだ。それで、秘密にはしてくれるな? 選択肢はないぞ、もしここで了承しなければ記憶処理をしなければならない」

「記憶処理って……」

「記憶を消すことになります……」
「最悪、全ての記憶が消える。幼子からやり直す羽目になるだろう」

 明日菜の顔が青くなる。当然か。

「約束してくれるか? お互いの幸せのために」

「するしかないじゃない!」

「ありがとう」
「ありがとうございます!」

 最悪の場合、私が世界に喧嘩を売る羽目になったとは言えない。ただでさえネギは注目されているのだ、ネギの不祥事で『アスナ』の存在が世界に露見した場合――――私は今度こそ国家解体戦争を始めよう。世界制圧を始めよう。私は意思ある災害として、仲間として、友として、師として、あの二人とこの二人を護ろう。

「さて、私は屋上に戻るとしよう。二人も暗くならないうちに帰れ」

「はーい」
「ハイ!」

 今度は葉巻を落とさない。まだ一時間以上は楽しめるのだ。



「ふ――――」

 先から昇る煙を少し吸い込んで、吐く。
 煙草は独にしかならんが葉巻は利がある。それに私は病気になどならない。かつてガイアの汚染環境でも平然と生きていた。
 火が消える。吹かし続けないと葉巻は火が消える。携帯灰皿に突っ込み、近づいてくる気配に備える。

「こんなところで何をしている」

「エヴァのその反応を見たかったからだ」

「茶々丸に教えて何故私に教えん!」

「エヴァはからかうとかわいいなぁ」

 話して無駄だと知ったのか。一つ溜息をつくと、

「エルとあの坊やの歓迎会がある。来い」

「ああ」

 敢えてスルーするつもりだったイベント。この躯になってから、どうしても騒げない。
 酒の席でもただ酒を飲むだけで、ほかのテンションについていけない。

「ようこそ!! エル先生――――!!」

 扉を開ければ小口径ピストルの銃声――――ではなくクラッカー。

「エル先生こっちこっち!」

 手を引かれ連れ回され、いつの間にかコップを握りジンジャーエールを飲んでいた。
 目の前には朝倉和美。パパラッチである。

「ではエル先生。出身はどちらですか?」

「ドイッチェラント」

「ドイッチェラント? あ、ドイツですか。年齢は?」

「……34。確か」

 近右衛門の作ったプロフィールはそうだったはずだ。

「34! その若さの秘訣は?」

「そんなに不思議なのかね? 特に秘訣はないのだが」

「いやいや、そんなはずはないでしょう?」

「強いて言えば……いや、ないな」

「そうですか……では次、彼氏はいますか?」

「いない」

「なら――――」

 ――――延々と根掘り葉掘り訊かれた。疲れた……



[21785] 破壊先生エルて!07
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:bcdb6a14
Date: 2011/01/17 23:07
 様々なフラグを叩き折り、明日菜の告白練習はなく、魔法の素セットもないから今日起きるはずの惚れ薬騒動もは起きるはずもなく、ネギと明日菜は比較的良好な関係を築いていた。結局相性がいいのか、かなりの時間一緒にいる。明日菜は渋いオヤジが趣味ではあるが、それはガトウやタカミチに対する好意が記憶消去でねじ曲がったものだ。要は勘違いだ。ネギのような天才ながらドジで天然なアホの子を見かねて世話を焼いてしまうタイプだ。
 だから――――

「うわぁ!?」

「ちょっと、気をつけなさいよ?」

「あ、ありがとうございます」

 スケボーの進路上にいたネギを抱きとめる明日菜という、微笑ましい光景が見ることができる。
 今は朝の通学ラッシュ。私はネギの様子を見に行ったがゆえに、こうしてこの毎朝恒例の騒ぎに巻き込まれている。

「姉と弟だな」

「なっ!? 違うわよ!」

 明日菜は私の言葉に恥ずかしそうにしているが、現にそうとしか見えない。素直な感想だ。
 背景を考えると、そう遠くない関係なのだが。悲しむべきか、喜ぶべきか。

「照れるな。仲がいいに超したことはない。それともなんだ、ネギは嫌いだから仲良く見られるのは心外だとでも?」

「え!?」

「そ、そんなわけないわよ! ネギは好きって、あああああ!なに言わせんのよ!」

「誘導すらせずに自ら地雷にかかるとは……」

 呆れるやら感心するやら。ツンデレの見本になりそうな自爆具合だ。その後もなにかごにょごにょ言っていたが、どうにか自分で納得できる言い訳を見つけたようだ。

「あうう、ボクはどうしたら……」

「気にするな。明日菜のいう『好き』はネギが思っている『好き』とは違う」

 教師と生徒の禁断の愛とかいうやつか。正直、ネギが手を出しても犯罪にはならないとは思うが。
 唸っているネギは無視することにして、タービンボードの甲高い音を少し低くさせながら、私はその後をついていく。
 ガーデンでは禁止されていたが、ここでは特に規制はない。

「それ面白そうやね~」

「面白くはあるが、常人が駆るには極めてシビアだ」

 本日初御披露目のTボード。大地から完全に浮いており、反重力ドライヴと推進用低温水素タービンで構成されている。
 極めてバランスが悪く、少し重心がずれただけで変な方向にすっ飛ぶために常時ナーヴ/ブレインアクセル・ベクトルドライバーを使っている。改良するために使ってみているが、いい案が浮かばない。
 一見するとただのスポーツ用品だが、試作段階の今はコジマ技術・メタトロン技術・疑似魔法技術など、様々な『危ない技術』が凝縮され使われている。ゆえに協力者を募ることはできない。ちなみに、保護は完璧だ。ソルディオスはコジマ爆発を起こすがソルディオスオービットはただ壊れるだけ、と言えば理解できるだろうか。アンサラーとは違うのだ、アンサラーとは。

「乗せて~」

「断る。試作品で事故られたらたまらない」

 怪我や、最悪死人が出たと知られれば、信頼性どころか信用さえされないだろう。下手をすると売れなくなる。これは新概念の軍用機の開発ではないのだ。

「え~」

「完成したらやるから。それで我慢してくれ」

「え? くれるん?」

「ああ」

「やった!」

 今はただ浮かせるだけ、いずれは安定させ、コジマやメタトロン・疑似魔法を排し、純粋に科学だけで動かせるようにしなければならない。

「それまで気長に待ってくれ」

「わかったえ~」

 雰囲気はほわほわしているが、思えば今だってローラーブレードで明日菜の走りについていっている。存外、活動的な少女だ。

「あ! 木乃香だけずる~い!」

「明日菜にもやる。ただしモニターだからな。不具合の報告や感想を提出してもらうことになるぞ」

「うぐぅ……」

 こういった課題みたいなものは、明日菜は苦手そうだからな。
 いずれにせよ、完成はいつになるかわからないのだが。今案ずるのは杞憂だ。



「きりーつ!」

 がたがたと椅子を鳴らし、生徒が立ち上がる。うむ、こう、美少女が並ぶと壮観だな。

「れー!」

『おはよーございます』

「お、おはようございます」

「Guten Morgen」

 HRはどこも変わらない。私が簡単に連絡事項を告げ、一限が始まる。

「テキスト76ページを――――」

 私は教室の後ろの方でパイプ椅子に座る。じっとしていると葉巻に火をつけたくなる。最近葉巻の消費が増えている。

「いまのところを……アスナさん」

「なんで私なのよ! こういうのは普通出席番号とか日付とか――――」

「要するにわからないんですわねアスナさん――――」

 多少騒ぎになるが、ぼけーっと放置。

「うーん、しかたないですねー。では……――――」

 くしゃみもなく、一日はつつがなく終わる。



 と思ったのが運の尽き。
 ネギは惚れ薬を造らない。ならば、世界はそのキャストを変える。
 化学部が開発した超強力女性誘引フェロモンをネギが被ればどうなるか。ついでにそれが媚薬効果まであるとすれば。

「ねぎくーん!」
「まってー!」
「ぱっふぇ~~☆!」

『動かないのですか?』

「試練だ」

 ぽけーっと、屋上で紫煙をくゆらす。
 永い間葉巻をふかしているが、煙の味と言うものはよくわからない。いつも煙の香りだけ楽しんでいる。

「そういえば、閣下の写真集が出たらしいな。明日にでも買いに行くか」

『ルーデル閣下ハァハァ』

「おまえには見せてやらん」

『しょぼーん』

 こうまったりと高見の見物を決め込んでいるように見えて、別の個体が化学部の寂しい漢衆から原液を奪い、現在中和剤を開発している最中だ。組成と合成法さえわかれば、ルーデル機関支部であらゆる実験が可能だ。そう時間もかからず完成するだろう。

「……なあ」

『はい』

「神楽坂明日菜の能力は魔法無効だったな」

『はい』

「……ケミカルハザードは防げないな」

『はい』

 ネギを追う面々に、明日菜が含まれている現実を、私はいい加減認めなくてはならない。

「最悪、私が助けるか」

『惑わされないよう注意してください』

「大丈夫だ、問題ない」

『それは負けフラグです』

 何の話だ?



 ネギは追われていた。彼の受け持つクラスの生徒ほぼ全員と、道ゆく女性ほぼ全てに。
 体力のない順に次々と追手は脱落していくが、道を走っていればその分増えていく。そして彼の生徒は非常識な身体能力を持つ者も多く、ネギは彼女たちを巻けずにいた。

「あ、あうぅぅぅ……」

 逃げても逃げても追ってくる。隠れど隠れど見つかる。
 「ネギ君のにおいがする~」などと聞こえれば、隠れていてもその場から逃げ出すだろう。
 ネギの被った液体は、人間の判断力を鈍らせる効果もあった。でなければ長谷川千雨までネギを追いかけるような事態は存在していなかった。もっとも、彼女は早々にリタイアし自己嫌悪に陥るのだが。
 既に三時間ほど逃避行が続いている。日は傾き、ネギが女性恐怖症になるのも時間の問題だった。

「やあネギ。難儀しているな」

「あう!? え、エルテさん!?」

 どこからかエルテが現れ、逃げるネギと並走する。

「減点80。赤点確定だな」

「え、エル先生は何ともないですか?」

「正直、ここまでの効果だとは思わなかった。今すぐお持ち帰りしてその貞操を奪ってしまいたい」

「わぁぁぁぁ!!」

 更に加速するネギ。その加速は瞬動に匹敵するのではないか。一瞬ではあるがエルテが置いていかれ、ゼロシフトを使う羽目になる。

「落ち着け。いいか、あと332秒逃げ続けろ。ネギの被ったフェロモンの中和剤が完成するまでだ」

 それだけ耳元で囁いて、エルテは消えた。



 それほど面白くない結果になった。
 このフェロモンは刷り込みのようなもの。ネギにかかった分を解除しても、それはこれ以上被害が増えないということであり、つまりはそれだけ。汚染された女どもは未だネギを追いかけている。

「ああもう面倒だな」

 最も簡単な選択肢は、ネギを遥か地下に転移させること。最初のPAであらかた把握した地下構造から、最も近い場所に飛ばした。

「ぐぇ!?」

「ふぅ」

 逃げるネギの襟首を掴み止めたせいで、なかなか愉快な声を聞くことができた。

「げほっ? なっ、げほっ? エルっ……」

「あと数時間でフェロモンの効果が切れるらしい。おとなしくここで事が終わるのを待て」

 化学部を絞め上げ吐かせた結果がこの情報。偶然の産物なのだが、機関で解析した結果、その効果は非常にタチの悪いものだった。この騒動が終わっても、汚染された彼女らのネギに対する好意は消えない。好意といっても多少のものに過ぎないが、それでも人の意思を左右する効果を持つのだ。

「災難だったな」

「あはは……なにがあったのかさっぱりですけど」

「惚れ薬を頭から被ったようなもの、といえば理解できるか?」

「あー、なるほど」

 納得したらしい。

「ネギ。今回の騒動で、我がクラスの大半は汚染された。そして、ネギに対する好意が刷りこまれた」

「……え?」

 ネギは私の言葉の意味を理解できなかったようだ。しばらくフリーズし、私はそこに残酷な言葉をかける。

「人為的な行為とはいえ、彼女らはそれを知らない。知らなければ作られた好意であっても本物だ。だから、ネギ」

 その頬に両手を当て、視線をしっかり合わせながら。

「誰かがあなたを好きになったら、存分に時間をかけて悩み、そして決断しろ。刷り込みのこと、教師であるという立場や年齢のことなどは忘れ、その好意に対する純粋なネギの気持ちで答えを出せ。断るにしても、それが礼儀だ」

 私の恋愛観を押し付けるようで嫌だったが、それでも言っておきたかった。クスリのせいだからと変な遠慮があってはならない。

「わかったか?」

「は……はい」

 世界に正解など存在しないが、これは正しかったと思いたい。理使いにだって未来を正確に予測することはできないのだ。

「ああ、いい子だ。さて、暇潰しにチェスでもするか。あと数時間、ずっと何もしないままというのも酷だしな」

 将棋盤に五角形のチェスの駒を乗せる。恐ろしく愉快な特殊ルールの下、定石さえ確立されていない状況の下で、そんな状況だからこそ暇潰しに最適ではないか。

「捕虜あり、成るのはポーンだけ。では、ネギ先攻で」



[21785] ゼロの破壊魔01
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/10 02:19
 それを一言で言うならば、平民。だが、ただの平民でないことは、召喚した少女が一番理解していた。
 ルイズが平民を召喚したことをからかう声。そんなものは、雑音でしかない。
 その存在は、精巧な人形のように、いや、そんなものとは比べるのも愚かしいほどに美しく、作りものじみていた。
 殆ど無表情に等しい、唇の端をわずかに挙げる微笑みで、その表情に相応しいのか否か、自嘲的な溜息を漏らす。

「……なるほど、理使いの悪戯としてはなかなか面白いことをする」

 その平民は、その場を見渡して呆れたように呟く。
 銀髪、黒衣、黒眼。いや、左眼がわずかに紅い。歳の頃は10歳といったところか。しかし、その雰囲気は少女の姿を遥かに裏切っていた。

「あ、アンタ、誰?」

 ルイズは、その雰囲気に気圧されながらも、使い魔に舐められないように、いつもの風を装った。それが、なんらの意味を成さないとも知らず。

「フフフ、人の名を問うならなんとやら。あ、いや、ルイズ、わざわざ名乗る必要はない。私はエルテ・ルーデル、破壊神だ。よろしく」

 少女は、異世界で『黒銀の破壊神』と謳われ恐れられていた少女は、変わらない微かな笑みと共に名乗った。



 レイと名乗る理使い。私の複数個体の運命を変えた少女。
 いっそセンチュリアをこっちによこせば、完全に物語の制御・統制ができたというのに。
 数は力だ。リリカルなのはの世界で、私はそれを理解し、私が正しいと思えることにその力を使った。それは今も変わらない。
 センチュリアとのリンクは切れてはいないし、ルーデル機関で行っている旧ガイアの技術の復旧・新技術の開発・既存技術の発展は未だ止まることを知らない。そう遠くないうちに、増援が来るか私が戻るかすることになるだろう。あるいは、私が一人のままこの世界に残るか。その時の気分次第だ。

「ふむ。ガンダールヴのルーンは同一存在には適用できないか。世界が違うからか、私単体を『個』とし、私全体を『個』として見ていないからか……」

「なにブツブツ言ってんのよ!」

 契約も終わり、原作通りコルベールがルーンをスケッチしたあと、残された私とルイズは、歩きながら話していた。
 飛んでもよかったが、力はあまり見せつけるべきではない。少なくとも、ギーシュとの決闘までは、おとなしくしていようか。

「そうカッカするなアリサ……でなくてルイズ。せっかくの美少女が台無しだ」

「誰よそれ! それにご主人様と呼びなさい!」

「断じて認めん。私を従えたくば、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル閣下くらいに強く、気高く、誇り高くなってからだ」

「ハンス? だから誰なのよ! 強く誇り高く? 私は貴族よ!」

「なら、示してみるといい。そう喚いている時点で気高くはないと思うが」

「なっ!?」

 どうも、ルイズは私を『使い魔だから』『平民だから』という理由で屈服させたいらしい。
 多少見慣れずとも、マントではなくロングコートを羽織り、そして杖を持たない私は、ルイズから見れば平民で、貴族に反抗することを許されない存在なのだろう。私の知ったことではないし、権力に屈する気は一切ない。そして権力は私に対して何らの圧力にもなりえない。私を法で縛ることはできない。別の世界では災害とまで謳われたのだから。
 ――――考えてみれば、閣下ほど貴族に向いている人類はいない気がする。偏見か。

「まあ、対外的には、一応使い魔として振舞ってやらんこともない」

「なんでそんなに偉そうなのよ!?」

「気づいてないのか? 決定権はこちらにある。私はルイズに依存せずとも生きていけるし、使い魔になる義務もない。私の一存で、ルイズは使い魔を失い、二度と使い魔を召喚できないということになる。その場合、進学できるのかな?」

「アンタを殺して、新しい使い魔を……」

「無理だとは思うが」

「ファイアボール!」

 案の定、挑発したら燃え上がる。私の外見年齢など、恐らく頭にない。
 使えもしない攻撃魔法、いや、ルイズにとっては失敗ではあるが、確かにそれは攻撃魔法だ。
 不可避の爆発。普通なら、私は頭を吹き飛ばされて終わりだろう。

「やれやれ。私が短気でなくてよかったと言うべきか」

 呪文を唱え終わる瞬間に狙われた場所から離れて、シールドを張る。一切の衝撃はなく、私はススにすら穢されない。
 不条理ともいえる、どんな固定化のかけられた物体すら破壊し得るその爆発は、しかし系統魔法でない私のシールドに傷一つつけられない。シールドそのものに魔法をかけられればアウトだが、魔法で発生した現象は防ぐことができる。
 爆煙が晴れる前にシールドを消し、ほんの少し湧いた殺気を押し隠しながら。ルイズに微笑む。笑えているかはわからないが。

「そ、そんな……」

「破壊神が壊される、そんな皮肉はあり得ない。そしてルイズ、殺すことに躊躇しなかったのは評価に値するが、さっきの行動のどこに、ルイズの誇りはあったのか? あのとき、ルイズは貴族でいられたか?」

「あ……う……」

 ルイズは、それ以上言葉を発しなかった。微かなうめきのような声を上げて、時々頭を左右に振りながら、そしてそれは学院に着くまで続いた。



「契約の再確認?」

 ルイズは疲れきった顔で訊き返してくる。肉体的疲労ではなく、精神的なもの。私の言葉は、よほどルイズの心をかき乱したらしい。
 自室のベッドに座って、頭を抱えている。まるで真っ白に燃え尽きたボクサーのようだ。

「ああ。衣食住の保証や生命の保証・労働条件など、私とルイズの間でよく決めておかないと。お互いの幸せのために」

「お互いって、私ももう充分に不幸よ……」

 ベッドにだらしなく身を投げぐったりするが、力のあるツンデレのしつけは最初が肝心だ。少なくとも、こちらと対等以上の関係であることを教え込まなくてはならない。

「視覚の共有はできるか?」

「……できないわ」

「秘薬は私が作るとして」

「は? 秘薬を? アンタが?」

 勢いよく上半身が跳ね上がる。ただのケミカルな話なのだが、説明するのが面倒だ。

「薬は水の秘薬ほど速効性はないがな。爆薬、毒薬、毒ガス、麻薬、媚薬、自白剤、その他諸々。作れというのなら、場所さえ提供してくれるなら機材や材料は私が調達するが」

 さすがに麻薬や媚薬は合成しないが。毒薬や毒ガスは非致死性のものだけとかにしよう。麻痺系や睡眠系か。

「そ、そう。場所を提供すればいいのね」

「オスマンに許可を得る手もあるがな。最後、護衛。これは問題ない。悪意あるものは何人たりともルイズに触れることを許さん」

「ふう、そうは言うけど……それは期待してないわ。いくらアンタが頑丈でも、平民がメイジに勝てるはずがないもの」

 どうもルイズは、私が爆死しなかった理由を『やたら頑丈だから』と思ったらしい。『ゼロ』の自分は手も足も出ないが、熟練のメイジには私を殺せる、と。
 その固定観念が、明日には崩壊するとも知らずに。

「普段は掃除洗濯などの雑務をしよう」

「それくらいしか役に立ちそうにないわね」

 秘薬、化学合成技術も信じてないようだ。やれやれ。

「私の義務は決まったな。報酬の話に移ろう」

「何よ、給料よこせとか言うんじゃないでしょうね?」

「衣食住の保証。特に食に関しては一切の妥協を許さん。あまりにも粗末なものを提供したりメシヌキなどにしたりすれば、判っているな?」

 ルイズが震えているのは気のせいだろう。

「生命の保証。私を殺そうとしない、危害を加えない。多少の、戯れ程度は許すが、度が過ぎれば許さない。あと、義務行動外の自由の保証」

「なにその『義務行動外の自由』って」

「呼んで字の如く、仕事がない時は勝手に行動させてもらう。色々と、私にも用事があるからな」

「平民に用事? どうせ大したことじゃ……」

「最後に、ときどき数日の暇をもらうことがある。概ね秘薬の材料探しだと思ってくれればいい」

「……なら構わないわ」

 許可は得た。これでタバサの任務に同行できる。

「後は……もうないな。これだけだ」

「そう。私はもう寝るわ。アンタみたいなのの相手で疲れたわ」

 そう言って服を脱ぎだし、下着をポイポイこちらに投げるルイズ。素早く着替えて、布団に潜り込んだ。

「それ、洗濯しといて。あと、アンタは床……は可哀想ね。特別にベッドを使うことを許すわ」

 意外だったな。あれだけ生意気に振舞ったと言うのに、私は床ではない。
 女というのが最大の差なのだろうか。

「まあ、当然か」

「まったく、いちいち偉そうね」

「いや、ありがたく添い寝させてもらうとしよう」

「ふん」

 コートを脱ぎ、服を脱ぎ、下着だけとなってルイズのいるベッドに入る。
 明日の朝、どう起こそうか考えながら。



[21785] ゼロの破壊魔02
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/10 02:15
 エルテ・ルーデルの朝は早い。

「Die Stuka! Die Stuka! Die Stuka!」

 シュトゥーカ・リートを歌いながら、学院外壁の内側をスプリンターもかくやと言わんばかりの速度で文字通り走り回っている。
 しかも、片霧ヴォイスで音程も外れておらず、雄々しく歌っているので格好いいことこの上ない。
 白銀の長い髪がなびくその姿は、まるで軍神が舞い降りたかのように美しい。
 そして、彼女の足は止まり、爪先までピンと伸ばされた状態で固定される。爪先は大地をこすり、芝生をレール状に耕す。そう、二足飛行である。
 未だ、平民の使用人すら起きていない日の出前の時間。己の魔法と体力がどの程度変化したかが知りたかったのだ。

『魔力変換効率の上昇を確認』

「ふーむ。とりあえずガンダールヴ補正は魔法にもかかるようだ」

 エルテのデバイス、アヴェンジャー。普通はその名が示す通り巨大な30mmガトリング砲なのだが、今は化物デザートイーグル、ヴュステファルケモードで起動している。デバイスを武器兵器として認識するのは確認済み、そして、本来サブアームであるそれを左手で握った瞬間。

「うおっ? やはり右手より左手の方が増幅効果が高いか。まるでVOBだ」

『時間差はほぼゼロです。この急激な変動に慣れる必要があると思われます』

「ゼロシフトよかマシだ」

『確かに。ですがゼロシフトは完全に制御されています』

 急加速に驚き、既に爪先は大地を離れ、ただの飛行になっている。

「破壊神ハイスペック×ガンダールヴブースト=閣下×A-10といったところか」

『何億人殺すつもりですか』

 戦車519輌×戦車兵3~4人=1,557~2,076人(記録のみ)。
 装甲車・トラック800輌以上×10人=8,000人以上。
 その他諸々=計測不能。
 A-10補正×1000=9,557,000~10,076,000人(最低数)。
 そんな計算がエイダの中ではそんな計算がされたに違いない。
 閣下なら後一桁いけるとか思っているのは間違いなさそうだ。

「殺しはしないさ。死なせて下さいと懇願されるくらいに痛めつけるだけで」

『え、えげつない……』

 キュッと、女子寮の前で急停止。同時にアヴェンジャーを待機状態に戻す。

《それに、この世界にそんなに人口はない。皆殺しにしても数千万はいくまい》

[[数の問題ではありませんが]]

《この世界は治安が悪いうえに命が安い。貴族はまるで銀河英雄伝だ。宮廷貴族の気分次第で戦争ができるくらいに。ん? 違ったか。アメリカ人並みに戦争が好きだったか。どうも思い出せん》

[[……いずれにせよ、この世界ほど、ランナーが活躍できる世界はないように思えてきました]]

《大暴れするか?》

[[ご自由に]]

《まあ、この世界は大筋に従えば問題ない。前みたいにシナリオに振り回されることはないさ》
「んっ――――」

 ルイズの部屋の前で、エルテは伸びをする。

[[暴れる気、ですか]]

《さあ、どうだろう》



 とりあえず、洗濯場へ。学院内周をぐるぐる回って、その場所は把握している。

「おはよう」

「え? あ、おはようございます」

 途中合流した洗濯物を入れた籠を持つメイドに、あまり爽やかとはいえない挨拶を告げる。

「あ、あの……」

「?」

「もしかして、ミス・ヴァリエールの使い魔の方ですか?」

「一応な」

「やっぱり。あの、どうか気を落とさず……」

「いや、心配するな。どんな暴君であれ、弱さという種に、暴力という水をまいて、ゆっくりと、花を愛でるように更生させてやれば、立派な貴族になる」

「え?」

「私を召喚した責任、とってもらう。上に立つ者としての心構えを、あの傲慢な小娘に知ってもらわんとな」

 エイダにはああ言ったが、暴れるどころか暴走する気満々だ。私の堪忍袋の緒が切れれば、国家解体戦争すら辞さない覚悟だ。

「も、もしかして、貴族の方……」

「いや、私は貴族ではないよ。私は彼らのようには生きられんからな」

 誇りを失い、力を楯に搾取するだけしか能のない愚か者ども。誇りとは名ばかりの自尊心にしがみつき、形だけの名誉にばかり執着するものがはびこる世界。汚染されたまま放置されていたガイアの方が、遥かに楽園であると断言できる。今は綺麗なものだが。

「さて。とっとと洗濯物を片づけよう。君も、そう時間があるわけでもないだろう」

「あ、はい」

「ついでに言うと……洗濯の仕方を教えてほしい」

「え? 知らないんですか?」

「こんなシルクやらを手荒くやるわけにはいくまい」

「ああ、なるほど!」

 納得してくれて何よりだ。

「とりあえず、師匠と崇め奉るために名前をお教え願いたい。私はエルテ・ルーデル」

「そ、そんな! 師匠なんて!」

「冗談だ。それで、教えてはくれないのかな?」

「あ、いえ! シエスタと申します。よろしくお願いします」

「こちらこそ」



 シエスタに教えてもらって洗濯を終わらせると、寮から生徒がちらほら出てきた。そろそろか。

「では、また」

「あ、はい」

 シエスタと別れ、ルイズの部屋に戻る。窓を開け、布団をゆっくり剥ぎとる。
 そして――――

「!?」

 跳ね起きるルイズ。その顔は蒼白を通り越してチアノーゼに近く、汗が吹き出ている。

「おはよう」

「あ、あ、あ、あんた! だれよ!?」

「私を忘れるとは。無責任にも程がある」

「あ、そ、そうだったわ、使い魔……」

「おはよう、ルイズ」

「ねえ、アンタ――――」

「お・は・よ・う?」

「ひっ!」

 少し笑いながら可能な限り怒りを込めて挨拶。いったいルイズは私に何を見たのか。
 しつけは最初が肝心と言うし、挨拶くらいはできないと。

「おはよう」

「お……おはよう」

「さて、時間はいいのか?」

「え? 余裕はそんなにないけど充分間に合うわ」

「そうか」

 確認ができたのなら問題ない。私は義務を果たす。
 たらいに汲んできた水で顔を洗わせ、服と下着を取り出し、ぱっぱと着せていく。

「文句言ってた割にはちゃんと仕事できるんじゃない」

「妹や娘達の世話をしていればな。それに、文句は一つも言った覚えはないぞ」

「娘? その歳で――――」

 馬鹿にされたことには気づかない。

「気にするな。さて、朝飯に行こう」

 ルイズの疑問に答える気はない。今は、まだ。
 先んじて部屋を出ると、隣の部屋から、文字通りの赤毛の少女が出てきた。おそらくは、キュルケ。

「あら? あなたは……」

「あ、キュルケ」

 遅れて部屋から出てきたルイズが、私と言葉を交わしていたキュルケに気付く。

「もしかして、ルイズの使い魔? こんな小さな子が?」

「一応、そういうことにはなっている。エルテ・ルーデルだ」

「あっははは、やるじゃないルイズ! あなた変わってるとは思ってたけど、平民を召喚するなんて!」

「ぐぬぬ……」

「? サラマンダーか」

 キュルケの後ろからついてきた動物、これが確かフレイム、だったか。

「ええ、そうよ。やっぱり使い魔はこういうのがいいわよね~」

 ……かわいいな。
 ひょいと前足の付け根から持ち上げて、その愛敬のある顔をじっくりと眺める。

「え?」
「え?」

「む? すまない、かわいい動物を見かけると、つい、な」

 フレイムをゆっくり床に降ろす。

「ルイズ、余裕が無いといったのはあなただ。行くぞ」

「っちょ、待ちなさいよ!」

 食堂の場所は覚えている。シエスタに、口頭であらかたの配置は教えてもらっていた。



 残されたキュルケは、傍らに控えるフレイムを持ち上げようとする。

「んんんんん、しょっと!」

 かなり力を込めて、やっと持ち上がった。

「レビテーション? いや、魔法じゃないわ……」

 ルイズの使い魔の少女は、いとも簡単に持ち上げて見せた。キュルケのように、力んだ様子は見られなかったし、魔法を使った気配もなかった。純粋に馬鹿力でないかぎり、フレイムをあんなに軽々と持ち上げられるはずがない。しかし、エルテは歳の頃は10前後といったところ。

「本人に訊けばいっか」

 答えの出そうにない疑問を早々に切り上げ、キュルケも食堂へ向かう。エルテが言った通り、そんなに時間に余裕はないのだ。



 アルヴィーズの食堂は、私の趣味ではなかった。原作小説では判らなかった細部まで、装飾が施してある。
 私は実用性に重きを置くので、こういった華美なものは好きではない。ルーデル屋敷も、可能な限りストイックな内装だ。
 そして――――

「アンタは床よ」

 質素を通り越して粗末。原作通りのそれが、床に存在した。

「感謝することね。アンタみたいな平民は、一生ここには入れないんだから」

「期待した私が馬鹿だったか」

「何か言った?」

「契約不履行」

 アヴェンジャーをセットアップしかねない怒りを抑え、私は厨房に向かう。途中、偶然にも手の空いたシエスタと遭遇し、つつがなくマルトーから賄いを頂けることとなった。

「貴族に召喚されるなんざ、災難だったな、嬢ちゃん」

「そうでもない。これから変えていけばいいのだからな。むう、このシチューはうまいな。素晴らしい」

 サイトが絶賛するのも理解できた。私の完璧な計算によるシチューにかなり近い。そして、味は劣るわけではない。うまく言う術が見つからないが、感覚で言うならば、方向が別なのだ。

「嬉しいこと言ってくれるな! はっはっは、気に入ったぜ嬢ちゃん!」

「私も、マルトーは好きだよ」

「ぬむっ!? 大人をからかうんじゃねえ」

「いや、からかったつもりはないのだが……」

 躯は幼子のまま。年齢相応の姿、といえば、私はどうなるのだろうか。数千の年月を超えたミイラか、前世+現世の年齢を足した老女なのか、現世に目覚めたときからカウントした若い女か、それとも、永遠に幼子のままか。
 考え事をしていたせいか、シチューの無くなった皿の中にスプーンを突っ込んでいた。

「ありがとう、マルトー、シエスタ。暇ができたら何か手伝おう。一宿一飯の恩ならぬ一飯の恩だが、返さないのは我が流儀に反する」

「いえ、そんな、お礼を言われる程のことでは……」

「おお、だったらいつでも歓迎だ。いつも目が回るほど忙しくてな」

「とりあえず、昼にまた来る。この後、ルイズについて授業を受けなければならん」

「そうですか……頑張って下さい」

 厨房を出て、食堂前へ。ルイズに一切忠誠は誓ってないし敬意は払っていないが、一応契約はしているので、使い魔として待ってやる。さっそく契約不履行しやがったが。

「あ、アンタ! 何勝手に」

「契約。忘れたとは言わせん」

「贅沢が癖になったらいけないでしょ! 使い魔のしつけは主の義務よ!」

「貴様にしつけられるほど、私は堕ちた覚えはない。淑女が往来で叫ぶな、はしたないぞ」

 逆にしつけてやる。

「生意気ね!」

「契約は約束だ。相手の立場や身分がどうであれ、約束を安易に破ると信用を失う。どんな社会においても、信用や信頼は絶対になくすべきものではない」

 軽く睨みつけてやる。

「っく……」

「さて、Lieber Meister。時間もない」

 未だ何も知らない子供に、世界の闇、汚濁、どうしようもないもの、二律背反、そんなものを見せつけて、それでなお正しく在れるように。彼女は『この世界』の貴族なのだから。
 今はまだ、優しい世界でちょっとの理不尽から。

「あーっ! もうこんな時間! ついてきなさい!」

 ゆっくり、花を愛でるように。



 ルイズが教室に入り、一瞬の沈黙。しかし、すぐに空間はざわめきを取り戻す。そのほとんどが、ルイズと私の話題だった。
 頭の悪い子供の言うことだ、そう気にできるほど私は暇ではない。
 常にエイダに周辺の探査を行わせている。私はヘルゼリッシュで周辺地理を覚える。

「アンタは……後ろにでも立ってなさい」

「了解」

 特に何もすることはない。足を肩幅に開いて、背筋を伸ばし、眼を閉じただひたすら待ち続けるのみ。

「練金!」

 待っていた、そのワード。

「Schild」

 馬鹿魔力によるその楯は、衝撃波・破片・爆風・爆圧・熱風・爆炎・爆音、爆発にまつわる現象その全てを、小さな立方体に押し込める。質量全てが気体になったとおぼしきガスの量、そしてそれによる超高圧は高熱を発し、プラズマとなる。
 内部を冷却しつつ減圧していくと、そこには何も残らなかった。いや、くぐもった小さな粉塵爆発のような音だけは聞こえた。
 時は元の流れに戻ったというのに、そこにあるのは沈黙。
 やがて一人、また一人と机のしたから這い出る。

「爆発が……」

 あるべき一切の被害がそこにはない。
 爆発はあった。しかしそれはできそこないの花火のような音だけ。
 一瞬の不可視の魔法による減衰は、ルイズを大いに困惑させただろう。

「あら、失敗ですか? ですが諦めないでください。努力すれば、いつかきっと成功するはずですから」

 その奇跡を一切理解できないシュヴルーズはルイズを励まし、その後何事もなく授業は進み、終わった。



「いったい……どうして」

 食堂までの道中、ルイズは悩んでいるようだった。

「しかし、見事だった。何もしなければ教室が吹き飛ぶ威力だ。実に恐ろしい」

「何を言ってんのよ!」

「せっかく被害を最小限に抑えたというのに」

「は? アンタが何かやったっていうの? 冗談も程々にしなさいよ」

「そうだな、ルイズ。一つヒントをやろう。皆が失敗魔法というそれは、本当に失敗なのか? 固定化を破れなかったことは? 壊せなかったものは?」

「はぁ?」

「固定観念は捨てろ。ついでに言うと、魔法の良し悪しが、統治者の優劣ではない。貴族とは魔法の有無ではない。生まれたときの立場と、その立場による民の信頼で、貴族は貴族でいられる。民の信頼を失えば、それは貴族ではない。ただの暴君だ」

「アンタ、何も知らないくせに! 魔法が使えなきゃ――――」

「だからルイズは無能なのだ。いや、ルイズだけではない。この世界の貴族、その殆どが無能と呼ぶに相応しい」

「なっ――――」

 食堂の前、数多の生徒でひしめくその場の発言は、馬鹿を釣るには充分な声量を持っていた。

「貴様、平民の子供ごときが貴族を愚弄するなど……」

「貴族……技術でしかない魔法が使える、ただそれだけの人間。今、魔法以外に何ができる?」

「はん、ルイズの使い魔か。成程、魔法の偉大さを知らない訳だ。ゼロの使い魔は頭がゼロらしい」

 下らん挑発に乗ってやるか。手袋を異次元ポケットから取り出し、そのいけすかない顔に叩きつける。
 べしーんと、なかなかいい音がした。

「よろしい、ならば決闘だ。何人で来てもいい。場所は貴様が決めろ。食後、出向いてやる」

「貴様ァ! 貴族に歯向かったこと、後悔させてやる! ヴェストリの広場だ!」

「上等だ。逃げるなよ」

 名も知らぬ貴族の少年は、肩を怒らせながら食堂へ入ってゆく。
 次第にざわめく周囲を無視して、私は厨房に向かう。

「なに勝手に決闘なんか申し込んでるのよ!」

 どうもルイズは怒っているらしい。

「奴は、閣下の器たる私の躯を侮辱した。ならば、理解できる形でその愚かさを思い知らせてやるべきだとは思わないか?」

「アンタ、平民じゃない! いい? 平民は貴族に勝てないのよ?」

「さて、どうだろう。賭けがあれば、私に賭けておけ。なに、私が死ねばルイズはまた使い魔を召喚できる。悪い話ではない」

「それは……」

「時間がない。この後、厨房の手伝いを約束していた」

「待っ――――」

 もう話すことはない。早く昼食を貰い、手伝いを終わらせ、くそ生意気なガキあるいはガキどもを粛清する。
 不覚にも原作に沿うべき状況である現段階で、ギーシュではない馬鹿に喧嘩を売られてしまった。決闘はこっちから挑んだが、結果は変わらなかっただろう。

「マルトー。昼飯を頼めるか?」

「おお嬢ちゃん、すぐ準備するぜ!」

 その言葉に偽りはなく、ほんの数十秒で食事が出された。
 それを数分で平らげ、すぐに手伝いを申し出る。原作通り、ケーキの配膳の手伝いだった。
 これは必然なのか。シエスタが香水の瓶を拾い、ギーシュの二股が発覚。シエスタに奴当たりするものだから、

「二股の罪を他人に転嫁する、か。薔薇とは思えん醜さだ」

 実際、金髪を血で染め、ワインでドロドロのギーシュは醜かった。ケティはドロップキックをかまして逃げ、モンモランシーはワイン瓶をギーシュの頭で叩き割り、とどめにスープレックスを叩きつけ、去っていった。必死にやせ我慢をしているのか、あるいは見た目以上にタフなのか。

「なんだって?」

「漢なら、幾人と付き合っていようが、堂々としているべきだ。本当に愛しているのなら。それが原因で刺されたとしても。すべては漢の責任だ。しかしだ、貴様は己のプライドのために、しかも女に責任をなすりつけた。これを醜いという以外に何という? 軟弱者か?」

「ぶ、無礼だぞ平民!」

「ほう。ならば決闘でもするか? 丁度、幾人かと決闘の約束をしている。その下らんプライドを守りたいなら来るがよい」

「ああ決闘だ! 逃げるんじゃないぞ平民!」

 ギーシュはカツカツと靴を鳴らせて去っていく。

「時間的に……無理か。仕方ない。シエスタ、少しばかり心苦しいが、また手伝うから許してくれるとうれしい」

「エルテさん……殺されちゃうわ……」

「あ」

 シエスタもどこかへ逃げていく。
 ルイズはもはや言うべき言葉を無くしたらしい。
 やれやれ。



[21785] ゼロの破壊魔03
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/10 02:06
「諸君! 決闘だ!」

 ヴェストリの広場にて、何故かギーシュが仕切っている。天性の仕切り屋だな。
 その後ろにばらばらと、今回の処刑の参加者達がいる。
 周囲を見渡すと、よほど娯楽に飢えているのか、生徒たちが遠巻きに私たちを囲んでいた。
 ギーシュの口上が始まる。

「僕達は貴族だ、故に魔法を使う。異存はないな?」

「上等だ。こちらは、さすがに多数を相手にするのにこの躯は難しいからな」

 コートや服の袖や裾を留めていた糸を切り、抜き取る。折りたたまれた袖裾が伸びてだぼだぼになるが、そこに魔法をかける。
 やがて長すぎたコートは私にぴったりになる。年齢設定は二十歳弱といったところか。

「なぁっ!?」

「フフフ……いつでもかかってくるがよい」

「どうせ虚仮脅しだ! やるぞ!」

「青銅のギーシュ! 参る!」

「猛毒の」
「白閃の」
「黄流の」
「射突の」
「鉄条の」
「鉄板の」
「甲核の」

 ギーシュの名乗り口上と共に、他の有像無像が一斉に名乗りを挙げるものだから、うるさい。聞き流す。
 そしてこれまた一斉に魔法を詠唱しだす。
 火・水・風・土、全ての系統の遠距離攻撃。それが一斉に、私へ集中する。



 爆炎と土煙、その時点でその場にいたほぼ全員は平民は死んだと判断した。

「結構な口を叩く割にはあっけなかったわね」

 キュルケは大多数と同様、エルテが何もできず殺されたと思っていた。
 アルヴィーズの食堂の前での出来事を、割と近くで一部始終を見ており、少しだけ期待していたのだが。

「……? タバサ?」

「まだ」

「え?」

 親友の小さな少女は、いまだ晴れない煙の中を見ていた。



「僕らの勝ちだ!」

 貴族の少年たちは勝鬨を挙げる。

「残念。それは負けフラグだ」

 がしゃり、と。土煙の中から妙な音がした。

「目には目を、歯には歯を。通常掃射、用意」

『Ready』

 奇妙なものが、土煙の中からぬっと顔を出した。7つの筒を束ねた、恐らくは鉄。
 ゆっくりとそれは長くなっていき、土煙がやっと薄くなる。
 そこには、彼らからすれば『変なもの』としか言いようのない、しかしあり得ないほどに巨大なものがあった。
 それを、彼女は手に持って歩いていた。

「名乗り忘れていた。私はエルテ・ルーデル。破壊神だ」

 その堂々とした振舞い。
 その姿は力強く美しく、そう、ルイズが召喚の際に紡いだ呪文そのものだった。神聖? 破壊神そのものだ。

「ぐ、偶然だ!」

 そう言って自分を鼓舞する一人。それにつられるようにして、一人、また一人と呪文を唱える。

「無駄だ」

 その手にある、巨大な『何か』――――アヴェンジャーが回転を始める。

「Feuer」

 黒い光が文字通り数え切れないほどの数、眼で追えないほどの速さで、杖を降ろうとした少年たちに降りかかる。エルテはアヴェンジャーを横に薙ぎ、少年たちを文字通り一瞬で一掃した。

「さて。ギーシュ君。君は遠距離攻撃が苦手なようだから、アヴェンジャーを以て決闘に臨むのは公平ではないと私は思う。よって、私は剣を使うが、よろしいか?」

「へ? あ、ああ、かまわないよ?」

 まさか味方がみんなして一斉攻撃をかけるとは思わず、最後方でゴーレムを作るだけに終わった彼は、エルテの気まぐれにより残されていた。ここで降参しないのは、家訓のせいかプライドのせいか。

「では、焔薙」

 巨大なアヴェンジャーが消え、細い片刃の剣、日本刀に集束する。

「ワルキューレ!!」

 ギーシュの杖の花弁が、すべて散り、地面に落ちる。
 そして、計7体の青銅のゴーレムとなる。剣と楯を持ったのが3体、槍を持ったのが4体。

「いつでもいい。かかってくるがよい」

「う、うおおおおおおおお!」

 ワルキューレの一斉突撃。密かに速度を調整して、囲むように走ってくるのは悪くない策だ。しかし、エルテは『何をしてくるか判らない』ので、この場合は防御を固めて一人を牽制に出すのがよりベターだ。ただ、戦場にベストはない。ちょっとしためぐり合わせ、カオスの悪戯で、ギーシュの行動がよりベターになるかもしれない。

「――――フッ!」

 エルテは最初に突き出された槍の柄を腕で受け止め、跳ね上げる。ギーシュはワルキューレでエルテを囲んだはいいが、攻撃タイミングがバラバラだ。エルテはそのままコロコロと転がり、最初のワルキューレの斜め後ろに立ち、その脚を薙いだ。遅れた槍の攻撃は、転がっていた間に上をすり抜けていった。

「ワルキューレがヴァルハラに送られるとはな。縁起が悪い」

 ギーシュの動きが止まったのを見て、エルテが挑発する。

「何をしている。そこで止まっていなければ、私を討てたかも知れないというのに」

「! ワルキューレ!」

 思いだしかのように、弾かれたかのように。ワルキューレがエルテに殺到する。ワルキューレが1体倒され、すでに囲みは破られている。だが、扇状に襲いかかってくるのをエルテは何もせず、ギリギリまで何もせずにただ立っていた。

「もらっ――――」

 剣士ワルキューレの後方から、槍ワルキューレが間から槍を突き出す。剣士ワルキューレを楯にしていた。
 それを――――

「はっ」

 跳び、かわし――――

「よっ」

 槍ワルキューレの1体に肩車されるかのように跳び乗り――――

「フン!」

 その勢いそのままに、フランケンシュタイナーをかけた。
 太股に挟まれた頭を地面に叩きつけられ、砕け散り潰れるワルキューレ。
 そして立ち上がりざまに残りの槍ワルキューレを薙ぎ斬り倒した。
 ギーシュは慌てて剣士ワルキューレを振り向かせるが、トドメと来るかと思ったらエルテは距離をとった。

「ど、どういうつもりだね!?」

「なに、本気で戦っている男に最後に本気を見せてやらねば、礼に失すると思ってな」

 ずっと、ただぶら下げていた腕を、刀を、逆手に持ち換え、構えた。

「死ぬ気で避けろ」

 エルテの姿が消え、

「ワルキューレェェェェェェェェ!!」

 叫びも虚しく、ギーシュの背後に現れた。
 ギーシュの背に背を向け、何の構えもしていない。それでも、何か行動を起こせばその瞬間にやられる、それくらいはギーシュも理解できた。

「チェックメイト」

 残ったワルキューレの姿も、同時に消えていた。

「僕の、負け……だ……」



「いやはや、まさか勝ってしまうとは」

 正史通り、決闘の現場を覗いていた2人。
 オールド・オスマンとコルベールである。

「意外そうに言うが、君はこの結果を予想していたように見えるがの?」

「そうですな……ガンダールヴ以前に、彼女は、その、なんというか、恐ろしいのです。まるで、影の部隊にいたような……」

「それは君の経験からかね?」

「……そう、ですな。」

「君のことじゃから、喜び勇んでアカデミーに報告しようなぞと言うかと思ったがの」

「ガンダールヴが彼女でなければ、そう言ったやもしれません。彼女はあまりに……破壊と血の匂いが濃すぎる」

 遠見の鏡の中で、エルテは気絶した貴族たちを引きずって並べていた。



 少年達の『死体』を並べる。ほぼ一瞬で意識を叩き潰したために、己の負けを認めないかも知れないが、その時はその時だ。

「ふう」

「殺した……の?」

「たかが喧嘩で殺すものか。しばらくすれば起きる。さて……」

 ギーシュは迷惑をかけた女子全員に謝るよう言っておいた。二股するなら刺される覚悟をしろ、とも。今ごろ誰かに殴られているかもしれない。

「ねえ、色々聞きたいことがあるんだけど」

「言っただろう。私は破壊神だ。人間が多少群れようが、それに負けるなどあり得てはならない」

 くしゃくしゃと、ルイズの頭を撫でる。成長した私の身長は、ルイズを追い抜いてキュルケよりわずかに高い。撫でるにはちょうどいい位置にルイズの頭があった。

「こ、子供扱いするな!」

「フフフ……授業に遅れるぞ。まあ、私のことは気にするな。なに、ルイズの不利益になるようなことはしないさ。今回だって、ルイズの格を示すための茶番だしな」

「どういうことよ」

「……メイジの実力を見るならば使い魔を見よ、だったか。まあ、気に食わんかったのも理由ではあるが」

 むしろ、後者の理由が大半を占めるが。
 貴族は否定しない、しかし、権力の腐敗は力づくでも解決する。管理局との静かな戦いでも、この世界でも、それは変わらない。
 ルイズはその後なにやらぶつぶつ言っていたが、結局授業を受けにいった。

「すごいじゃない! ドットやラインばかりとはいえあれだけの数に勝っちゃうなんて!」

 さーて、帰ろう。そう思った矢先にこれだ。



 彼女は、平民ではない。だからといってメイジでもない。亜人かといえばそれも違う。今までに読んだ書物の中に、彼女に該当する存在は見当たらなかった。エルフや吸血鬼、翼人なども、先住魔法を使うには基本的に口頭による詠唱が必要だ。
 あれは魔法ではない? それともマジックアイテム?
 何度も頭の中で戦うが、詠唱すらできずにあの巨大な――――おそらくは銃に撃ち抜かれてしまう。たとえ魔法を放てたとしても、それが効くのか。

「まったく。あなたが挑んだ決闘とはいえ、情けないわね。あんなに数がいて、かすり傷一つ負わせられないなんて。トリステインはこれだから」

「いや、国家の枠組みなど意味はない。たとえゲルマニアが総力を挙げて、いや、亜人を含めハルケギニアが一つになろうと、私には負ける要素がない」

 あの銃の不思議な弾。相手を気絶させるだけの、黒く輝く弾の雨。それが一体どれだけあるのかわからないが、あってもこの学院を制圧するくらいしかないだろう。だが、やりようによってはハルケギニアのあらゆる国家を滅ぼすことができるだろう。彼女の武器は銃だけではない。その運動能力、そして、戦い慣れている様子。まだ、力を隠していることは確かだ。

「へぇ、大きく出たわね。でも、無理でしょ?」

「さあ、どうだろう。世界は存外、こんなことじゃなかったことばかりだ」

 彼女は自嘲的に微笑みながら、私に視線を送る。まるで、『そうだろう?』と問いかけるように。こんなことじゃなかったことばかり――――まったく、その通りだ。

「それにしても、あの変なマジックアイテム? 凄いわね。見せてもらえないかしら?」

 見せてもらう。その言葉の裏は隠しているつもりなのだろうが、その魂胆は見え見えだ。
 しかし、彼女はそれに応じた。

「アヴェンジャーか。フフフ……いいぞ。使えるなら、あげてもいい」

 譲渡まで宣言した。その言葉は、キュルケにはそれが使えないと宣言していた。
 そしてそれは現れた。
 2~3メイルほどの筒だらけの形。それから伸びるリボンのように自由に曲がりくねった鱗のような箱のようなものは、私の身長ほどもある樽に繋がっている。

「へぇ、意外と綺麗なのね……あら?」

 無骨だが、その形は規則性があり、統一性があり、あらゆる直線・曲線に歪みがなく、表面は見たことがないほど滑らかで、そのまま抽象彫刻として飾っても違和感がない。ただ、問題があるとすれば、スクエアメイジの彫刻家でもこれは造れないということだ。

「んっ……ふっ……あっ……」

 キュルケがそれを持ち上げようとして、妙な声を漏らす。

「本体だけで重量は281kg。そこのドラムマガジンを含むシステム全体の総重量が1830kgだ。ああ、こっちが598リーブル、あれを含めて3894リーブルだ」

 ひょいと、598リーブルの鉄の塊が持ち上げられた。
 おかしい。彼女は魔法を使ってないし、マジックアイテムも使った気配がない。ただ純粋に『力だけ』で598リーブルを持ち上げているのだ。残りの3296リーブルもその背に背負われる。

「この世界の人類がこれを正しく使うには、未熟にも程がある。軍神の魂より創られし鳥に積み込まれ、天より復讐の低き咆哮と共に死の息吹、鉄の暴雨を降らし、タイタンに護られしその騎士は恐れることなく敵に雷電の洗礼をしていく。フネに積むには遅すぎる、竜に積むには重すぎる」

 レビテーションをかけて使おうにも、これは重すぎる。メイジ数人がかりでないと運搬も難しいだろう。竜に積んで飛ぶのは無理だ。シルフィードなど論外だ。

「これは私にしか使えない。そういうことだ」

 一瞬で消滅するそれ。
 疑念は確信に変わる。
 彼女は平民でもメイジでも、ましてや亜人ですらない。もっと別の何か。オーク鬼を遥かに超えるであろうあり得ない怪力。風竜より速く、比類なく機敏なその動き。ラインスペルですら通さない鉄壁の防御力。そして、最初に見せた成長……
 彼女がなんなのか、まったくわからない。しかし、一つだけわかることがある。

 私は、彼女――――エルテ・ルーデルに勝てない。



 それより少し時は戻り――――

 アンリエッタ・ド・トリステインはそこに現れた使い魔を見て、驚いた。
 小さな体躯、流れる白銀の髪、白くしかし病的ではない美しい肌、見たこともない黒衣。
 彼女はゆっくりまぶたを開き、その髪の色に反する漆黒の眼、いや、僅かに左眼の虹彩に紅みがかかっている眼でアンリエッタを一瞥すると、口を開いた。

「グーテンターク、フロイライン。貴女も私のマスターか」



[21785] ゼロの破壊魔04
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2011/01/05 13:59
 アンリエッタが私を召喚してくれたのは偶然であり、幸運極まりないことだった。
 ゲートがルーデル機関ガイア本部第五研究所B7、次元空間研究エリアの9階層上で開いたのだ。その瞬間、ザ・ワールドによる時間停止で、ゲートの原理をほぼ解析できたのだ。そう、センチュリアを送ること、物資・兵力の往還が可能になったのだ。
 アルビオン編までは無理だろうと思われていた計画が、バタフライ効果か『アンリエッタの使い魔召喚』というイレギュラーにより図らずもフーケ事件の前に達成されてしまった。
 おかげで、かなり早期にハルケギニアに大規模干渉できる。ゲルマニアの新興貴族になり内政チートに手を出すもよし、商業により裏から世界を牛耳るもよし、伝説の傭兵になるもよし。この世界で本職のサイコ相手に非殺傷は使う気はない。プライドを徹底的に蹂躙した後に地獄より過酷な世界へグッバイする。

「大騒ぎにも程があるな」

「いえ、人が召喚されるなど前代未聞ですから」

「そうでもないぞ。アンリエッタの知らないことは、いや、アンリエッタに限らず、人間の知ることができる範囲は非常に狭い」

 アンリエッタの私室にて、優雅に紅茶と洒落こむ。元の世界でイギリスに当たるアルビオン産の上質な葉らしいそれでいれた紅茶は、なかなかにうまかった。この世界のものにしては。

「それは?」

「私の世界の菓子だ。ほら、知らないこと一つ」

「それは異世界のものだから知らなかっただけで……」

「さすがに意地悪すぎたか。では例えを変えようか。あ、食ってみるか?」

「あ、はい」

 アンリエッタはプルプルと震えるそれにフォークを突き刺し、恐る恐る口に持っていく。

「冷たくて……プルプルしていて、そして、この香りは?」

「抹茶といってな、この世界ではロバ・アル・カリイエとの交易品でしか見ることができん緑茶に似た茶だ」

「それは、一度味わってみたいですわ」

「ふむ。なら近いうちに両方用意しよう。それで、どうだ?」

「美味しかったです」

「そうか。まだあるから遠慮せず食ってくれ」

 山口県産抹茶下郎。わらび粉入りがデフォルトなこれは、非常にプルプルする。
 これのために魔力の1割を消費した。転送実験の一環で、送るものは何でもよかった。消費魔力が馬鹿でかいのは、未だ完全には解析できていない術式のせいで、魔力出力でゲートを無理矢理こじ開けているからなのだが。

「さて、続きだ。アンリエッタはハルケギニアの総人口を知らない。おそらく、トリステイン王国に存在する人類の総数、いや、このトリスタニアに生きる民の数すらも。正確な、最後の一桁に至るまでの数字を」

「……確かに、知りません」

「そこにいる人が何を考え、何を求め、何で苦しんでいるかも知らない」

「……ええ」

「何もしない貴族など、民の税をすすって生きる寄生虫に過ぎん。最低でも税の分だけでも善政を敷き、民に還元しなくてはならない。悪政は悪循環にしかならん」

「たとえば?」

「善政を敷いたとしよう。税は適正で、民にも領主にも蓄えができる。民に余裕があれば経済は活発になる。経済が活発になれば税収も多くなる。場合によっては税率を下げることもできる。良循環だな。悪政を敷いたとしよう。重税で民は逃げ、吸い上げることしか知らん領主は往々にして浪費を好む。飢饉が来たりすれば、領主も民もろとも終わってしまうだろうな。民は死に、領主は没落。余裕のなさから盗賊になるものも多くなるだろう。優秀な後任が来たとしても、復興には並々ならん努力を要するだろうな」

「それと、知るということとどういった関係が?」

「アンリエッタ、考えるのを放棄すると、ろくな為政者になれん。それこそ、マザリーニの傀儡とか、飾りの姫君だ。考えること、相談すること、決断することは善き為政者の必須技能だ」

 家庭教師にでもなった気分だ。やれやれ。

「……民のことを知れば、どのようなことが善政かわかる、ということですね?」

「そう。だが知るべきは民のことだけではない。領主なら民の人数、領地の面積、耕地面積、領地でおきやすい災害と対策、産業、インフラなどなど。アンリエッタは王族だ、領主などより遥かに知ることが多いぞ。国家間情勢や外交などの国外事情にも詳しくなければならん」

 エイダに命じて、テーブルの上にハルケギニアの立体地図を表示する。アルビオンの関係で、立体にせざるを得ない。邪魔な大陸だ。

「まあ! これはどういったマジックアイテムなのですか?」

「私の魔法の杖、のようなものだ。戦闘に特化しているがな。さて……」

 アルビオンを拡大する。

「アンリエッタの頑張り次第で、愛しの愛しの王子様と沿い遂げられるかもしれないと知ったら、アンリエッタはどうする」

 悪魔の言葉。アンリエッタにブーストをかけ、あるいは史上最高の賢君にしてしまうかもしれないニトロ。
 この世界に対する大規模干渉は始まったばかりだ。



 虚無の曜日。
 ルイズが剣を買いに行こうと提案するが、デルフは既に入手済み。
 ルイズに借りた1エキューを、カジノで1048576倍にしたのだ。この世界にも土下座というものが存在すると知った夜だった。
 剣云々ではなく、普通に遊びに行こうと提案したところ、受理された。

「クックベリーパイ食い放題」

「ぜひ行きましょう」

 実に単純である。
 とりあえず、昨日火竜山脈でボコボコにして手なづけた大型火竜、レイアを口笛で呼び、トリスタニアへ向かうことにした。
 旧式爆撃機クラスの巨竜だ、やろうと思えばアヴェンジャーの運用もできる。アヴェンジャーでブン殴った感覚から察するに、この世界の艦砲程度ではそうそう落ちないと見た。

「ちょ、これ火竜!? しかもこんな大きいの見たことないわよ!? どうしたのよこれ!?」

「昨日手なづけた」

「手なづけたって、どうやってよ!? 気性が荒くて熟練のスクエアでさえ簡単には乗れないのよ!?」

「竜ごときに負けるものか」

「…………。……いいわ、早く行きましょ」

 考えるのをやめたという感じがひしひしと伝わってくる。既に『エルテなら仕方ない』という考え方ができているようだ。普通なら思考停止は忌むべきだが、この場合は歓迎すべきだろう。しかしルイズも適応が早い。
 背後からルイズを抱きしめ、レイアの背に飛び乗る。ちなみに、今の私は元の9歳モードだ。立場が逆な気がする。

「よし、レイア。あっちに向かって全速前進」

「がう」

 上昇し、滑空から水平飛行に移行するレイア。

「ちょちょちょちょっと! 速すぎるわよ!」

「もっと速度を楽しめるようになれんとな。レイア、バレルロール」

 樽の内側をなぞるようなロール、ゆえにバレルロール。遠心力がかかり、私たちは落ちることはない。だが。

「おおおおおおおちおち落ちるぅぅぅ!!」

 ルイズにそんな物理法則が判るわけもなく、ひしとレイアの背に掴まりつつ叫んでいる。

「ぅぅぅぅぅ……。…………」

「?」

 静かになった。ルイズは気絶していた。
 やりすぎたか。



 静かになったので更に速度を上げ、トリスタニアの外側に降りる。

「レイア、対地哨戒飛行」

 そう命じると、天空に舞い上がる。

「やれやれ」

 ぺしぺしと頬を叩き覚醒させる。

「……は? ここは誰? 私はどこ?」

「落ち着け。ここはルイズであなたはトリスタニアだ」

 答えに悩んだが、この程度のジョークはやっておくべきと天啓が下った。

「そう、私がトリ……じゃないわよ! よくもあんな恐ろしい飛び方してくれたわね!」

「楽しくなかったか? まあ、いずれ慣れる。帰りは安全運転だ、そう怖くはないさ」

 くしゃくしゃと桃色頭を乱雑に撫でる。

「撫でるなー!」

「さて。案内してくれ。私は場所を知らない」

「う~~こっちよ!」

 つくづく反応が面白い。アリサと入れ替えてみるか、などという悪戯が脳裏に浮かぶくらいには。いや、それだと理使いと同類になってしまう。どうしたものか。
 つらつらと考えていると、違和感を感じた。成程、魔法によるスリとはこのことか。時を止める。財布を手にした愚か者の指を、手を、杖を、粉々に砕いた。ついでにラッシュを決め、その無謀なる勇気を称え金貨を何枚か懐に差し込み、そして元の場所に戻り、何食わぬ顔でルイズの後を追う。後ろが騒がしいが、幻聴だ。

「ここよ」

 オープンカフェ、といったところか。貴族がほとんどの席を埋めている。
 適当に席に座り、店員に紅茶とクックベリーパイを注文する。
 パイが届くまでの間、私とルイズの間に言葉はない。
 届いてからもない。食い放題だからと、一心不乱で次々に平らげている。
 私はマフィンを注文し、ルイズとは比較にならない速度でちまちまとかじる。

「あー、おいしかった!」

 実に満足気だ。

「晩飯はどうする? こっちで食うのなら、ある程度豪華な物をと思ったが」

「ねえ」

 それは返事ではない。ルイズから私への疑問。

「なんで私を誘ったの? ご機嫌取り?」

「学院の外を見てみたかった。仮にも一国の首都、どれほどのものかとな」

「そういえば、アンタすごい田舎から来たんだったわね」

「違う。遥かに都会だよ、こんなド田舎に比べればな」

「ド田舎って……この世にトリスタニア以上に発展している都市なんてあるわけないでしょ!」

「語弊があるな。ド田舎は撤回しよう。狭く雑多で汚くロクに整備がされていない小さな都市だ。疫病が発生しやすく犯罪の温床。これが首都とは笑わせる」

 比較する方がおかしいか。東京も汚く雑多で犯罪も多いが、それでもトリスタニアに比べれば余裕があり犯罪発生件数も少ない。道を歩けば日常的にスリに遭うなんてことは滅多にない。

「人通りの割に道が狭い。馬車が通る道すらギリギリの幅しかない。人がよく轢かれるだろう。道は都市の血管だ、スムーズであることに過ぎたことはない。そして都市に発展性がない。都市計画が疎かだ。と、文句はつけたいだけつけられる」

 紅茶をすする。微妙だ。

「まあ私がグチグチ言ってもどうすることもできんがな」

 ルイズは考え込んでいる。私がただ単にけなしているわけでないと気づいたのか。

「さて、本屋にでも行こう。今は遊びに来ている。考えるのは後回しだ」

「そ、そうね。でもなんで本屋に?」

「面白いものがあるかも知れない。書は知識の宝庫であり、知識は力である。魔法なんぞよりよほど有益なものだぞ」

「魔法なんぞ……アンタねえ……て、聞けー!」

 金貨数枚を給仕に渡して、店を出る。ルイズの声がやたら遠くに聞こえたが、ついてきてないのか?



 ジャンク屋でもあればいいがガラクタを売る店はない。とりあえず、見た限りでは。
 目的の本屋に寄り、探してみれば出るわ出るわ。ラノベに漫画に論文に思想書に辞典に辞書に文庫に宗教書。国境なき本屋だここは。ハルケギニア語ではないものは、日本語英語ドイツ語ラテン語ロシア語ギリシャ語ヘブライ語その他、それなりの数がある。読めない本にこそ価値はあるのか、それなりの価格で売っている。

「何よそれ。暗号?」

「これは私の世界の航空力学の本だ。流体力学に、材料力学、安全工学……どこかの研究室からか?」

 とりあえず、教会連中が悪用あるいは焚書する可能性を考えて回収しておく。
 金だけは腐るほどあるのだ。

「つくづくとんでもない使い魔ね……どうやって稼いだのよ」

「カジノで。これでも手加減してやったんだ。一回勝つごとに掛け金を倍。20回くらいで土下座された」

「20回!? えーと、2、4、8、16、32……ひゃくよんまんはっせんごひゃくななじゅうろくエキュー!?」

「当分金に困ることはないな。これを元手に商売でも始めてみようか」

「ダメよ! 下手したら借金地獄じゃない!」

「なに、ただ物を売るだけだ。この世界にない物を。物珍しさで買う者もいれば、気に入ってリピータになるかもしれない。薬も売ろう。魔法なぞに頼らずともよい薬を。どこよりも安く」

「面白い話してるわね」

 振り向けばキュルケがいた。辺りを見回せば、タバサが本の虫になっていた。

「いつになるかはわからんがな。さて、フロイライン、夕食のご予定は?」

「なんでキュルケを誘うのよ!」

「火竜山脈の方向を教えてもらった礼だ。おかげでレイアが手に入った」

「レイア?」

「後で会わせよう。いい子だ」

 背後でルイズが「ならしかたないわね」なんて言っているのは無視する。

「タバサも連れていっていいかしら?」

「無論。はしばみ食い放だ」

「行く」

 なんという地獄耳だ。

「さて。魅惑の妖精亭という店だ。もう少し時間をあけてから行こうか。タバサはまだここにいるだろうし」



[21785] ゼロの破壊魔05
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2011/06/14 09:30
 スカロンがいない。
 いや、あのオカマッチョに是非とも逢いたいという訳ではないが。

「面白い店ね」

「ああ。今日は名物がいないようだが」

「名物?」

「見てからのお楽しみだ」

「なによ、もったいぶっちゃって」

 適当に注文する。ここのワインはタルブから直接仕入れているから、安く、旨い。正史知識さまさまだ。

「とりあえず、乾杯」
「乾ぱぁい」
「乾杯」
「……乾杯」

 キュルケは楽しそうだ。タバサは無表情だが眼が輝いている。ルイズはむすっとしている。

「ルイズ。そんな顔をするな。公爵家の娘なら、たとえ嫌な相手と食卓を囲もうとポーカーフェイスどころかにこやかに応対しなければならない場合もある。何より飯がまずくなるぞ」

「なによ、使い魔の癖に」

「ルイズ~、そんなんだからいつまで経っても胸がゼロのままなのよ~」

「ななななな……」

 ルイズが赤くなる。相変わらず沸点が低い。そう長く付き合っている訳でもないが。

「キュルケ、訂正しろ。ルイズは貧乳ではないぞ。躯つきに相応くらいの胸はある。少なくとも、同じ年齢だった頃の私よりかは。キュルケ程には成長はしないだろうが、それでもまだ発展途上だ」

 成長してもカリーヌ程度が限界とは言わない。カリーヌだってそれなりにあるはずだ。

「え?」
「え!? そうなの!?」

 何よりルイズが驚いているのがおかしい。タバサは我関せず。

「それに、胸が大きいのはいいことばかりではない。よく邪魔になる。身に不相応な胸も醜いだけだ。生まれ持った身体的特長など、卑下の材料はならないよ。胸など、子供ができればある程度は大きくなるものだし。まあ――――」

 ルイズの頭を撫でる。

「ルイズは在るがままが一番綺麗だと私は思う。下手に飾るよりか、遥かにな」

「ふ、フン! 子供扱いしないでよね!」

 照れているのが手に取るようにわかる。

「はしばみ草のサラダと、はしばみ草のスープでございます」

 きわどい格好の娘が料理を持ってきた。まずはスープと前菜だ。タバサがさっそく手を出している。祈りはどうした、と訊きたいが、あんなのはあってもなくてもどうでもいい。

「さて、いただきます」

「は、はしばみだらけ……」

「うぐ……」

「腹をくくれ」

 スープをすくい、サラダを食う。
 多少苦かろうと、一応食えるものだ。パセリのようなつけあわせではない、サラダの中で主役を張っている。ならば、それは調理次第で相応の旨味を引き出せるはずだ。
 もっしゃもっしゃとサラダを咀嚼する。確かに苦いが、砂糖抜きのリンディ茶――――正しくは緑茶あるいは抹茶。この場合は鬼のように渋い緑茶か暴力的に苦い抹茶――――よりかはましだ。ドレッシングがちょうどよい塩気と酸味を与えている。どう処理したのか、はしばみの苦みが抑えられアクセント程度になっている。

「苦……いけどおいしいわ?」

「これがあのはしばみ草?」

「Ja。サラダ程度で満足するなよ。フルコースを頼んでいるからね」

「…………」

 ぐっ、と、タバサが親指を立てる。こちらは微笑みを返す。言葉は必要ない。



「こんなにおいしいものだったとはね」

「本当に意外だったわ」

「当然だ。私が勧めるものにまずいものがあるはずがない」

 帰り道。とりあえずレイアはトリスタニアには直接降下できないので街の外まで歩くことになる。何人かスリに遭遇したが、時を止めて男同士で熱いヴェーゼを交わさせたり丸裸にしたり頭だけ残して埋めたりと、精神的に死ねる処刑を執行した。
 治安が悪すぎる。人ごみは犯罪の温床だ。温床どころか苗床で、根本的な対処をしない政府がじっくり育てているようなものだ。
 早急にアンリエッタに権力を掌握させるべきか。リッシュモンは今のうちに極殺しておくとして――――チュレンヌのような小物は法で裁いた後静岡の拷問にかけるか。モットはどうするか……性癖や態度はともかく、マザリーニ曰く愛国者でそれなりに有能で、あの悪癖さえなければノブリスオブリージュを果たしているという。
 最大の問題はワルドをどうするかだ。あの男は自分と亡き母親に忠を尽くしているだけで、根本から悪い人間ではない。最悪、暗殺も視野には入れてはいるが、仲間に引き入れたい。

「ねえ、どこまで歩くのよ!」

「まさか歩いて帰るつもりかしら?」

「明日になる」

 口々に言ってくれる。やれやれだ。

「そろそろ来るはずだ」

 ヘルゼリッシュはただ千里先を見通すものではない。指定半径の球形範囲内、その中全ての情報を得ることができる。さすがに全部を処理するには共有並列処理でどうにかするしかないが、フィルタリングすれば一個の脳のキャパシティでも充分だ。
 ヘルゼリッシュを使えば遥か上空、普通のメイジが駆る竜など及ばぬ高度を飛ぶレイアを視認し正確に誘導することができる。
 韻竜ではないが、念話を使えば話すことができた。

《レイア、そのまま急降下》

《ちょ、待ってよ! 私を殺す気!?》

《失敗したら受け止めてやる。いいか、これから先レイアには急降下爆撃をして貰わなくてはならない状況に遭遇する。これは練習だ。本番で死にたくなければ指示に従え》

《う……わ、わかったわよ!》

《おまじない、ジェロニモとかはいだらとか叫ぶと安全に着地できるかもな》

《うぅぅぅぅぅぅぅあぁぁぁぁ! はいだらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……》

 文字通り垂直に降下を始めるレイア。
 この火竜は魔法を使えない。純粋な航空力学で空を飛ぶ。gという時間係数には逆らえない。

《――――ブレーキ》

《きゃあああああああああああああああ》

 あの様子では、地面にキスするようなことはないだろう。

《地表まで、4、3、2、1……》

 既に巨大な影がここを覆っている。

「な、なにあれ――――」
「落ちてくるわよ!?」
「!」
「がうぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 その、羽ばたくには不向きなアスペクト比の翼を全力で振るい、必至で減速した結果がこれだ。砂埃を巻き上げ、地響きを立てて大地へと降り立つ巨竜。表情がわからないからその姿は堂々としたものに見えるが、実は怯え切っている。

「よし、いい子だ」

「がう! がう!」

「ね、ねえ、怒ってない?」

 レイアが吠えるが、それが消極的な抗議であることは私はよく知っている。さっきのを訳せば『死ぬかと思ったじゃないの!』だ。
 力関係は存分に理解させている。逆らえば七砲身の美学があなたを撃ち抜くだろう、と。

「ほう……?」

「が、がう?(い、いやそんなはずはないわよ?)」

「気にするな。さあ乗れ」

 ひょいと、その背に乗る。紅の竜の背に乗って。届けに行くのは爆弾と砲弾だ。あるいは客。

「伏せ」
「がう」

 私はひょいと飛び乗ることができるが、全長50m、翼長70m、高さ10m以上の竜は乗りやすいとはいえない。抱きしめたルイズに余計な衝撃がいかないよう、そっと飛び乗るにはレイアの背が低い方がいい。

「大丈夫かしら? 暴れない?」

「レイアは賢いからな、そんな無謀なことはしないさ」

 それがどれほど無謀かは、初めてあった日にしっかりと教えた。

「……大きい」

「タバサの使い魔も乗せていけるが」

「ん」

 レイアの大きさは旧式爆撃機と同じくらいだ。胴は爆撃機より太い。翼面積は広く、イーグルではないがテニスができる。シルフィードが背に乗るくらい造作もない。ムリーヤとて、背にブランを乗せて飛ぶのだ。
 レイア用レシプロエンジン・ジェットエンジンやVOBの開発がガイアで進んでいると知れば、レイアはどんな反応をするだろうか。さすがに音速を超えるような無茶はさせられないが、700km/h、サンダーボルトⅡくらいは出るようになって欲しい。

「いつもこれだと大変ね」

「私はそうでもないが」

 キュルケとタバサはレビテーションで上がってくる。

「きゅい!」

 ようやくシルフィードも飛んできた。

「さて、レイア」
「がうっ」

 ぶわっさぶわっさと羽ばたき始めるレイア。普通に考えてこのサイズでホバリングできるとは思えなかったが、生命の神秘とやらはこの巨体を浮き上がらせた。ある程度高度を稼いで、滑空に入る。
 レイアは魔法を使えないといったが、正しく言えば『魔法は』使えないのだ。魔力を運用して上昇力や推力、そして身体の強化に利用している。

「シルフィードより遅い」

「飛ばすとルイズがうるさいからな」

 伝説の名セリフかと思えば、その逆だった。

「まるでフネねぇ」

「輸送にも戦闘にも使える。欠点は維持費か。あまり食わないから助かっているが」

「そうだ、どうやってこの子の食事とか用意してるの?」

「そこらのオーク鬼の類を狩らせている。いざとなれば火竜山脈に戻れといってある。それでも足りないときはあるから、そのときくらいか、金がかかるのは」

 いざとなれば鱗を売ればいい。秘薬の材料として馬鹿みたいな値段で売れるとアンリエッタから聞いた。

「いい風だな」

 シルフィードがレイアの背に降り立ち、雑談をしながら学院に戻った。



 アンリエッタが王位を継承すると宣言して一日が経った。マザリーニに「あ、私、王位を継承しますわ」と今日の紅茶の銘柄でも伝えるように言い放ったその言葉は、あらゆる宮廷貴族を驚かせた。

「忙しくなりますわね」

「籠の中の鳥と嘆いて悲劇のヒロインを演じるよりかは、楽しい日々が遅れるだろうが」

「耳に痛いわ」

「自覚できているのならいい。何をするべきかを理解していれば。私の世界では、鳥籠の中で悲嘆に暮れて出ようともしない少女の物語なんてほとんど売れない。馬鹿みたいにハイテンションで恐ろしいほどにアグレッシヴな王様の話は伝説になるほどに売れたがな」

「そのお話、よろしければ話していただけませんか?」

 一瞬、言葉に詰まる。あれは話すべきか。この世界でいえば王が150万のクーデター軍を相手に無双をぶちかます、なんて物語。アンリエッタが「How do you like me now!!」とか言いながら魔法を――――私が止めればいいか。

「私の世界とハルケギニアでは政治形態がかなり違うと言ったのは覚えているな? まず――――」

 まずは基礎知識の確認から。

「そこまでは覚えています。魔法のない世界の王政と民主主義政治は」

「Gut.ではアメリカという特殊な国のことを説明しよう。世界最強の軍事大国で――――」

「まあ! それでは世界がその国の言いなりに――――」

 世界観の説明に4時間かかった。存外、アンリエッタも興味のあることには時間を忘れて没頭できるタイプだった。
 世界の説明なんて、矛盾していながらも絶妙なバランスが取れているなんて難しいことを表現し理解させるのに、この程度の時間で済んだのは、アンリエッタが聡明だからか、私の説明がわかりやすかったからか。

「本題に入ろう。まず副大統領が議会をはじめとする政府機関と軍を完全に掌握して首都の大統領官邸、いわば王城だな、そこを制圧しようとした。大統領は巨大な鎧をまとい、一人で150万もの兵力を持つ反乱軍に反攻した――――」



「なんという、素晴らしい……まさに為政者の鑑ですね」

「いや、こんな孤立無縁な状態で、さらに個人が馬鹿げた力を持っているならともかく、普通の組織の頂点にいる者はまず直接戦うべきではない。もし戦争が起きて、戦闘で国王が討ち取られればそこで敗戦だ。王たるものは文字通り最後の最後まで護られなくてはならない」

「あ」

 アンリエッタは言われてやっと気づいたらしく、間抜けな短い声を上げ、己の甘い考えを恥じた。

「政に正解は存在しない。その場で最善の策をとったとしても、後にそれが裏目に出たり。その逆もある。政府というものは民主制だろうと王政だろうと、あるいはどう解釈しようと人間が介在している『組織』だ、完璧なんてことはあり得ない」

 人の作るシステムは完璧を求め、いつも失敗する。たとえ全知全能の神がいたとして、完璧なシステムを作り上げたとしても、それに人間が介入した時点で予期せぬエラーが起こる。無知、欲望、浅慮、傲慢――――人間の業が、完璧をあっさりと崩していく。それら全てを予想できるはずもない。人間は神の予想を、いや、神より遥かに上位の存在の想像をすら超えるのだから。

「ならばこそ、己の信念に従い、正しいと思えることを選択していくべきだ。政において、いや、政以外にも言えることだが、すべてが幸せになる答えなどこの世には存在しない。最善で最大公約数の答えがあるかもしれないだけだ。最初に言ったが、ウェールズと沿い遂げるための対価は、アンリエッタが善き女王として、心身を国と民に捧げること」

「ええ、契約を違えたときの代償は破滅。私は強くなりますわ」

 その言葉の意味を、私は計り違えていたのかもしれない。



 ――――その翌日からアンリエッタが躯を鍛えだしたのは、大統力を得るため、ではないと思いたい。
 何事も体力が資本だから、その行為そのものは間違いではないが。



[21785] ゼロの破壊魔06
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:bcdb6a14
Date: 2011/01/19 16:30
 風呂をつくろうとシエスタにドラム缶のようなものはないかと相談したら、マルトーから大鍋を貰えた。穴が空いて廃棄予定だったらしい。思えば、正史で才人がこれで風呂を作っていた。
 あの決闘の後、私が妙な能力を使うことはすぐに知れ渡ったが、マルトーの態度は変わらなかった。幸運にも、メイジや貴族だとは思われていないらしい。トドメに

「俺は貴族が嫌いだが、我らがカタナが貴族だろうとなんだろうと、いい奴には変わらねえよ!」

 と言ってのけてくれた。原作では、才人が貴族になったとき関係がギクシャクしていたはずだが。
 概ね学院の使用人とは良好な関係を築いていけていると言っていいだろう。
 現状の問題は、風呂場の設置における許可だ。
 フーケ騒動で手柄を立て、オスマンに許可をとるしかない。直談判できるとすれば、それしか機はない。武士沢某の迷台詞『早く乱れろよ平和……!』ではないが、騒乱を望むという点では同じか。。
 風呂はしばらくお預けだ。ルーンを刻まれているから、個体の交換はできない。少し憂鬱だ。



「ウォーターブレイド!」
「フッ……!」

 エルテはアンリエッタの戦闘訓練につきあっていた。愛の力はなんとやら、凄まじくガッツがある。とりあえず1リーグほど走らせへとへとになっていたが、今こうしてエルテと模擬戦をしている。ちなみに、今日が初日だ。

「もう無理だ」

「ま、まだやれます! なぜなら私は、トリステイン王国次期女王なのですから!」

 息を切らせて、目を不吉に光らせながらアンリエッタは宣言する。

「その言葉を使うには未熟すぎる。せめてトリステイン軍の全てを相手にして勝てるようになってからだ」

「全て?」

「忘れたか。大統領は150万の反乱軍を相手に勝利した」

「……確かに未熟ですわね」

 エルテの出した条件に頭が冷えたのか、同意はした。しかしエルテが感じる嫌な予感はまだ続く。

「なら、そうなれるように――――」

 やはりか、と言わんばかりにエルテは額に手をやる。

「それで躯を壊したら女王にすらなれない。もっとよく考えろ。アンリエッタに必要な能力は何か。それがわかるまで、戦闘訓練は禁止だ」

「ええぇぇぇ!?」

 それだけ告げて、エルテはさっさと王宮に足を向ける。
 アンリエッタはエルテ以外に師事しない。レイアを筆頭とする火竜師団を一人で、しかも召喚されてから数日で作り上げたのだ、その実力は推測すらできない。火竜が編隊を組みトリスタニア上空で展示飛行を行ったあの日、アンリエッタのエルテに対する戦力的意味での信頼は揺るがぬものとなっていた。ゆえにエルテに学べばエルテほどではなくとも、烈風に善戦できる程度には強くなれるのではないかと思ったわけだ。アンリエッタの中では、エルテと烈風カリンの力量はほぼ等号で結ばれていた。
 ウェールズと沿い遂げる可能性と、某大統領に感銘を受け超がつくほどアクティブになったアンリエッタが戦闘を教えろと言いだしたのは今日の朝のことだ。このために、昨日の晩に政務は殆ど終わらせたらしい。
 そんなアンリエッタの申し出にエルテは条件付きで応じた。「私以外に戦闘を教わるな」「訓練に関しては私に絶対服従」「自衛以外で戦わない」の三つの条件を飲み、ゆえにアンリエッタはこうして悲鳴を上げている。

「え、は、あれ?」

 ぺたりと、アンリエッタが地面に膝をつく。気が抜けたように。

「人間、戦闘や極限状態などで興奮するとあらゆる感覚を感じにくくなる。疲れや痛みも。精神力はまだあると思っていただろうが、さっきのウォーターブレイドで打ち止めだ」

 この世界の魔法というものは、精神状態によりその効果が劇的に変わる。今のアンリエッタはウェールズラヴ+大統力(未熟)によって今までにないハイテンションで魔法を行使した結果、普段の限界を超えても「あら? まだいけるのでは?」という思考に陥った。
 その結果がこれだ。躯の疲労はアドレナリンで騙され、精神負荷はに気づけなかったせいで、アンリエッタは気が抜けた瞬間、今までの無理が一気に襲ってきたのだ。

「そん、な……」

 ぱたりと気を失うアンリエッタ。エルテはその躯を抱え、王宮に向かい歩く。
 アンリエッタの明日の地獄を思い、わずかに表情をしかめながら。



 この世界に新たに配備された個体は12。
 うち、2個体はハルケギニア探索、1個体は商会設立のための準備、1個体は技術廠設立のための準備、4個体は各地で働き、4個体は諜報に割り当てた。
 このハルケギニア最少にして最大かつ最速の情報網。これを生かさずして何ができるだろう?

「ねえおねーちゃん、ここはー?」

「む? そこは普通にかけるだけでいい。繰り上がりがあるからちゃんと筆算すること」

「はーい」

 働く。無論、農作業もするが、それだけに留まらない。信頼を得るための方策だ。それなりの大きさの村に流れつき、受けた恩を返す。教育であれ医療であれ討伐であれ、それが『使える』ならば、いずれ私は彼らに依存される。私は医療と学問と戦闘を彼らに教える。それは間違いなく『使える』ものだ。
 この村では、流れついたときに親切にしてもらった。オークが出てそれを駆逐し、怪我人を治療した。処置の方法を教え、ある条件では蘇生も可能だと理解してもらい、算術や技術、そして害獣と戦う術を教えた。それでもまだ、充分ではない。ある程度の知識と技術を伝えたら、私はまた別の村に行くのだ。

「うおぉぉい嬢ちゃん! 大変だぁ! オークが出たよ!」

 と村人が血相抱えてくれば、私は出撃する。

「すぐ戻ってくる。それまでにできるだけ解くこと。いいな?」

『はーい!』

 子供たちが返事をする。学問に関して貪欲なのはいいことだ。応急処置や対オーク罠の仕掛け方などなど、暇があれば大人も混じって授業を聴く。

「場所は?」

「そこかしこだよ! 畑でみんな食い止めてっけどいかんせん決定打がなくてよ!」

 オーク相手にただの村人が『食い止める』。そもそも亜人はメイジでも手を焼くものだ。だが、塹壕と飛び道具はそんなオークに致命傷を与えるまでとはいかないものの、気を引き逃げまわることはできる。村の交通や作業の邪魔にならない場所そこかしこに掘られた塹壕とトンネルは、オークの攻撃を防ぎ、村人の位置を悟らせず、一方的な攻撃を仕掛けるには最適だった。
 問題は、村人の大半が農民で、飛び道具の扱いに慣れていないことだった。使い方を教えて数日、威力はなく、ヘッドショットなど望めるわけもなく、純粋に気を引き足止めするための攻撃でしかない。

「足止めができるだけでも優秀極まりない。あれか」

 ヴュステファルケの初弾をロード。12.7mm炸裂弾が拳銃にしては非常識な長さのバレルから押し出され、その醜い豚頭を消し飛ばした。

「さて、レェッツパアアァリィィィィィィィ!!」

 虐殺の舞台が幕を上げる。



 頭のない死体がいくつか。人間より大きい動体反応はない。熱源もない。

「クリア。いいか、敵を殲滅しても完全にクリアリングが終わるまでは気を抜くな。さもないと――――」
「え?」
「あぶな――――」

 死んだふりをしていた小賢しいオークが跳び上がり襲いかかってきた。村人が口々に驚くが、

「こうなる」

 大口径銃の重く低い銃声が響き、最後の命を砕く。

「死にたくなければ日々の訓練を欠かさないことだ。さて、戻らないとな。この村の子供は勤勉すぎて困る」

 加減乗除に四則演算、そして変数と方程式まで教えることができれば、あとはこの世界で数学が発展していくのを待つだけだ。
 数学とは理系学問の基礎だ。数学者が狂ったように難解な式の構築や証明をしてくれるお蔭で、技術者はそれをただ使うだけでこの世の理を解き明かしていける。数式に支配された世界はなかなかに面白く歪んでいたが。
 いずれ造るガーデンのために、種を撒いておくのだ。咲いた花を、野に放たれ強く生きる花を、文字通り根こそぎガーデンに移植し次の世代のための温床とする。SeeDやガーデンとは上手く名付けたものだ。

「ああそうだ、サイレン。警報があればもっと危機管理がしやすいな」

 それと村人には殺傷能力が不足している。オークに対する最終鬼畜兵器でも造るべきか。かつて戦闘機を叩き落としたTAKEYARI-CANNONなどはどうだろうか。銃は弾の製造にそれなりの技術がいるし、接近戦は無謀。竹がないか。
 相手は大きな人型モンスター。被弾面積は大きく、装甲もなく、弱点は幾つもある。固定バリスタ砲台で針山にしてやればいい。
 たしかモンハン世界のバリスタ設計図があったはず――――



 ロマリアで坊主が私を異端審問にかけようとし、この世から消えたり。
 レコン・キスタなる組織に潜伏し、その勢力の全貌を完全に把握したり。
 グラン・トロワに完全完璧究極絶頂な監視・盗聴ネットワークを設置したり。
 トリステイン王宮の無能貴族とお話しして洗の、もとい勤労と実直であることの素晴らしさを説いたり。
 エルフに「聖地見せて」と交渉しに行ったり。
 ロバ・アル・カリイエまで行ってみたり。
 恒例の地下施設を建造し、ついでに風石採掘場も建設したり。
 その他色々、暗中飛躍するのは私が最も得意とするところだ。

「そう、誰もこんな場所に我がルーデル機関ハルケギニア支部があるとは思うまい」

 地下500mの小さな小部屋。壁や床はコンクリートなどで固められてすらいない。部屋の隅に大穴があり、まだ下が存在するが、そこは採掘場(未完成)へのルートだ。長いシャフトに小部屋が一つ。たった一個体で日々こっそりと作業するだけではこれが限度だ。

『ギーシュの使い魔などの土壌生物が問題となります』

「……コンクリートで葺く必要があるな」

 そう、ここはトリステイン魔法学院の地下。学院敷地内の片隅に造った偽古井戸から入る。井戸魔人か、ユカか。そういえばどっちもトラウマゲーだったな、などとどうでもいいことが頭をよぎる。アルトに貸したら夜に泣きついてきたり。ああ、懐かしい。

「そもそも地下施設はハルケギニアに向いてないような気がする」

『クレイドルでも浮かべますか?』

「アサルト・セルもないし、成層圏プラットホームもいけるか?」

『海もあります』

「海洋探査人工島か。それともメガフロートか?」

『いっそ静止軌道衛星に――――』

 振動で、エイダの声が途切れた。途切れざるを得ない。小部屋が崩落したのだから。

「…………」

『…………』

「地下はやめるか」

『相応の設備が整うまではそれがいいかと』



 地上では、巨大ゴーレムが暴れていた。ゴーレムが宝物庫を殴るたび、地響きが轟く。

「これが原因か」

 転移でどうにか上がってこれた。土を払い、件のゴーレムを睨みつける。

『あの程度の振動で崩れる地下の構造が問題だと思われます』

「…………」

 地震はないと聞いたし、相応の応力計算もしたのだが。
 予想外にも程がある。ACだってもっと静かに歩くのに。

「まあいい。彼女は計画において最も重要な要素だ。あるいは、ルイズ以上に」

『権力なんて知ったことか。私には世界間戦争をも勝ち続けることができる世界超越複在意識体エルテ・ルーデルと、その優秀な子供達によって構成されたルーデル機関、そしてその全てを統るエイダ・ルーデルが存在するのだ。といったところですか?』

「主従逆転している上に、私に躯が無いように感じるのと、ルーデル機関と私が切り離されたように聞こえる」

『躯なんて消耗品、意識が残れば大勝利、ではなかったのですか?』

「それはそうだが……変わったな」

『AIとて躯を得れば人と同じ。躯なき人と同じ。ならば学習し変わるのも必定です。話は変わりますが』

「なんだ」

『かなり頑張っているようですが、壁が壊れていません。ルイズの魔法による劣化が発生していないようです』

 これは予想外。彼女に恩を売るためにも、ここは派手に壁を吹き飛ばすか。

「アヴェンジャー」

『Ja』

 人類には構えることすら許されない究極の航空機関砲を模した、多目的制圧砲撃特化型デバイス。その砲門は『彼女』が叩いている場所を正確に狙っている。黒く輝く魔力弾は夜闇に紛れ。輝ける神の息吹たる砲炎も見えず。低く唸る破壊神の砲声は魔法ゆえに鳴らず。ガチガチと機関部が叩くハンマーの音と、魔力モータの駆動音だけ。
 神の鉄槌たる魔力弾は、その疑似的な質量を以て劣化ウラニウムと同様の軌道を正確にトレースし、この星より曲率の大きな弧を描き、そして『彼女』の傀儡の腕を貫き、目標へと着弾する。遅発設定の炸裂弾は壁にめり込み、そして残った魔力を莫大な運動エネルギーにのみ変換する。炎も硝煙も発しない爆発、それはルイズの誇る爆発魔法によく似ていた。

『着弾確認。固定化と思われる術式、消滅。極めて脆い状況です。ルイズの仕業にするわけですね』

「そうなればいいが。世の中はそううまく行かないものだ」

『計画通りに行くのは理使いのプログラムだけ、ですか』

「その通り。忌々しいがな」

 『彼女』の計画は、我々のお膳立てで上手くいったようだ。土のゴーレムは順調に学園の外まで逃げ、消えた。



[21785] ゼロの破壊魔07
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:2c45bf09
Date: 2011/06/13 12:20
「う~~」

「…………」

 紅茶がうまい。このクッキーも至上である。向かいのお嬢さんにお裾分けをしたが、今はそれどころではないらしい。

「ぬ~~」

「……ふぅ」

 バターと砂糖をふんだんに使った、乙女なら悲鳴をあげそうなハイカロリーな代物ではあるが、そんなことは私の知ったことではない。「失敗しちゃった」らしいが、たとえ失敗作だとしても我が妹がその手で作ったものである。マズイわけはない。

「む~~」

「…………」

 そして私は甘党である。砂糖を主食にして生きることができるくらいには。さすがに若干の胸焼けは覚悟するが、個体によってはフルパワー時の消費カロリーが恐ろしいほどなので、血中に直接高濃度ブドウ糖を投入することもある。そもそも肥満や病気とは無縁の躯なのだ、存分に楽しまなければ。

「これで、どうです!」

「王手」

「そんな! い、今のなしで!」

「ふむ」

 38回目の待った。何かしら行動を起こせば即王手という素敵な状況だ。世間一般における『詰み』である。
 歩と桂馬しか駒のない状況から完全に逆転した状況である。現状を簡単に説明すると、ケイシー・ライバックが至近距離に存在し(竜王)、遠くからはストーンヘンジが狙っている(香車)。少し離れた場所にはソルディオス・オービットが狙っており(桂馬×4)、下手に動けばネクストがVOBで突撃してくる(竜馬)。空艇降下部隊が常に即時展開可能で(金将、銀将)、ゆっくりと襲い来るベルリンの壁と(歩兵、と金)、その後ろを悠然と歩いてくる魔王(玉将)。対するアンリエッタは金銀王のみでどうにか防御を固めているに過ぎない。正直、どうしてこうなったのか自分でも理解できない。飛車角金銀香落ちで全力で手加減したはずが……なぜ。

「なら!」

「王手」

「これは!?」

「王手」

「これなら!」

「王手」

「…………」

「……お、チョコチップ」

「参りました……」

 アンリエッタが遂に折れた。初めての対局ではあったが、ここまで圧倒的だとは。

「もう一度、お願いします。今度は落ちなしで」

 うーむ。まだ多少は時間があるし、将棋は数をこなしてこそだしな。



「…………」
「…………」

 双方、無言。

「……あの」

「……参りました」

 まるでオセロを真っ白にされたときのように、そこには絶望があった。
 味方だったものに完全包囲され、今玉将が生きていられるのは、駒が邪魔で飛車などの大駒が包囲網に飛び込んでこれないからだ。これは失敗とも言えるし、ある意味で成功とも言える。包囲網は完璧で、玉が何をしようにも数手先はジエンド。要らないのだ、大駒など。
 正直に言ってあり得ないが、冷静な思考が「確率としてはあり得る」と言っている。エルテ・ルーデル全体の処理リソースを駆使して対局をしていたのなら別だが、個体のリソースで指したのだ。

「私か、侮ったのは。さて、時間だ、書類が待っている」

「え!? もうそんっ、はむ」

 アンリエッタの口に、クッキーを放り込む。燃料の供給である。

「これから頭を使うのだ、糖分の補給はしっかりと、な」

「ものすごく甘いのですが……」

「食いすぎると太るな」

「なんて……恐ろしい……」

 そう言いながらも数枚つまみ、残りは私が胃に収める。アンリエッタに信じられないものを見る眼で見られた。



 学園長室に、正史通りの面々が集められた。違うのは、ルイズの使い魔が私であるというだけ。正史通りに会議は進み、ロングビルの帰還・報告、そしてルイズの志願と流れてゆく。無論、キュルケもタバサも志願し、私も自動的に出撃が決まる。

「あー、ミス・ヴァリエールは……ラ・ヴァリエール公爵家の三女であり……うーむ」

「ご老体。無理して褒める必要はない。それに、ルイズの恐ろしさはその爆破魔法の威力だ」

「な、な、な、な……」

 ざわつく室内。怒り心頭に達するルイズ。そしてそれに油を注ぐ私。

「ルイズの魔法の特徴として、速攻性と威力が挙げられる。短い練金の呪文であろうと確実に爆発という結果が得られ、教室一つを壊滅させることが可能だ。そして不可避。フレイムボールだろうとエアハンマーだろうと、術者から対象に向かう過程で回避が可能だが、ルイズの魔法は発動と同時に対象が爆発する。この爆発魔法に対し対処できるという猛者は挙手――――」
「やめんかぁぁ!」

 ルイズの右ストレートが綺麗に肝臓に突き刺さる。しかし体内に展開したシールドで全ての衝撃を拡散させた。

「鉄板でも入れてるの!? なんでそんな平気そうなのよ!」

「今のように、近接格闘能力も充分」

「確かにのぅ、ミス・ロングビルの右ストレートよりキレが」

 オスマンの言葉はロングビルの咳払いで中断された。

「む、よかろう。魔法学院は諸君の忠誠に期待する」

『杖にかけて』
「アヴェンジャーにかけて」



 馬車で目標から少し離れた場所まで行き、そこから徒歩で目標へ向かう。
 空気が読めないルイズは沈黙しながらも怒っており、空気の読める連中は無駄口を叩かない。エルテがやけにピリピリしていた。下手に何かをすると後悔しそうな、彼女らにはそんな予感があった。

「見えました。あそこですね」

 ロングビルがボロ小屋を指す。

「罠はない。人の気配もない。行くぞ」

 ここにきて初めてエルテが口を開いた。低く、何をそんなに怒っているのか? と問いたくなる声音。
 実のところ、エルテは怒っているわけではない。ロングビルを静かに威圧して、思いとどまらせようとしているだけだった。

「なにを平民が偉そうに……」

「私は周囲を偵察してきます」

 ルイズが文句を言い、ロングビルが一行から離脱する。エルテにヘルゼリッシュで常時監視されているとも知らず、視界の外から彼女たちの様子を窺っている。
 ロングビルが視界から消えた途端、空気の重みが消えた。

「残念だ。いや、まだ機はあるか。フフフ……」

 堂々と小屋に無防備に入っていくエルテと、文句を言いながらもそれについていくルイズ、そして少し距離をおいて二人。

「ね、ねぇ、なんで今日エルテあんなに怖いのよ?」

「不明」

 空気を読む能力が欠如しているルイズはともかくとして、キュルケとタバサは威圧感が消えてなお恐ろしいエルテの黒い微笑みに若干怯えていた。
 二人が言葉を交わしていた時間はわずかだが、そのわずかな時間でエルテは引き返してきた。ルイズを脇に抱えながら。

「離しなさい! 離せ! ご主人様の命令よ!」

「とっとと帰るぞ。フーケ退治など、どこかの誰かに頼めばいい。ウェストウッドの誰かとかにな」

「フーケをつかまえるの! 帰るなんて許さないわよ!」

 ルイズは破壊の杖と呼ばれていたもの、M72 LAWを振り回して叫ぶ。この世界では強力な、しかしそれがあるべき世界では主力戦車に通用すらしないそれは、たったの2.5kg。少女には多少重いが、両手で振り回せる重量だ。同年代の男性と比べれば非力だが、運動神経はそれなりであるルイズならしばらく振り回して暴れても多少疲れるくらいで済むだろう。

「ルイズ、この件において任務達成の最低条件はなんだ」

「フーケを捕えることに決まってるじゃない!」

「不正解。キュルケ、タバサ、わかるか?」

 いきなり話を振られて、二人は多少なりとも戸惑うが、まるで授業のような雰囲気にすぐに平静を取り戻し考える。

「…………」

「破壊の杖の奪回かしら?」

「その通り。主目標は破壊の杖を奪回し、フーケに襲撃され何もできなかったという学院の汚名を濯ぐこと。フーケの捕縛はあくまでおまけだ。そして、実際にフーケと遭遇・交戦する場合、勝てると思うか?」

「勝てるわ。アンタがあの変な銃を使えばいいもの」

「私がゴーレムを破壊し、その隙に最も無力なルイズが人質にとられる。チェックメイト。そう……」

 いくらでも人質を解放する手段は存在するが、窮地に陥る時点で戦術的には敗北だ。

「こんな事態になる前に、早々に帰るべきだった」

 彼女の眼が向く方、そこには、巨大な人影が存在した。



 何故私が戦闘を恐れたか。それは偏に『死にたがる馬鹿は助けられない』からだ。おそらくルイズはフーケのゴーレムに毅然と立ち向かうだろう。どこかの髭の書記長の命令に従うが如く、一歩も退こうとはしないだろう。
 先ほど口にした人質の可能性、それにも抵抗しかねない。
 この世界で英雄になるべき少年の居場所を奪った責任、それは取らなければならない。たとえ、理使いの気まぐれという偶然で起こった事態だとしても。物語のヒロインが死んでしまうのは、断じて避けるべきことだ。

「ロングビルの回収を絶望的と判断、撤退する。タバサ、シルフィードを」

「了解」

 タバサは口笛を吹き、自身の使い魔を呼ぶ。私はルイズをシルフィードの方に放り投げ、それをタバサが風で受け止める。キュルケもさっさとシルフィードに乗り、ゴーレムにファイアボールの牽制射を加える。この間、わずか12秒。

「先に行け。私はロングビルを回収してから戻る」

「なに勝手なこと言ってるのよ!」

「もう! 暴れないでよ、危ないじゃない」

 ルイズを抑えつけているキュルケが文句を言う。ルイズは暴れているがいかんせん体格差がある。キュルケの拘束を降りほどけず、もがくだけに終わる。どうもキュルケは格闘もたしなんでいるようだ。

「タバサ」

 私の呼びかけに頷くと、シルフィードに命じ天高く飛び上がる。
 もう声は聞こえまい。さて、始めよう。

「フーケ、降伏しろ。3秒待つ」

 アヴェンジャーを展開、即座に雄々しき七砲身が回転を始める。

「3、2、1」

 ゴーレムは私を叩き潰そうと腕を降りかぶる。

「0」

 イボイノシシの鳴き声が響く。七砲身の槍や雷神の鉄槌などと謳われるその機関砲の威力は、地上最強の兵器である戦車を破壊するためのもの。土ごときでできたゴーレムが、一秒たりとも耐えることは許されるはずがない。
 一分間に4200発の鉄の息吹を吐き出すそれ。一秒に70発。そもそも戦車の装甲を質量と速度と物量でブチ抜くための兵器。魔法兵器であるがゆえに弾頭の効果が自由に決められる。今叩き込んだのは徹甲榴弾。
 40mmグレネードランチャー程度の爆発を起こす弾が巨体に潜り込みボコボコと爆発すれば、結果がどうなるかは容易に想像できる。ゴーレムは文字通り土に還った。

「私の故郷には面白い諺があってな。『仏の顔も三度まで』というものなのだが、いかに慈悲深い存在であろうと4度目は許さない、という意味だ。さて、もう一度訊く。降伏しろ。3秒待つ」

 逃走はある意味で正解だが、徒歩で逃げるのはその選択を間違いにしてしまった。
 30mmのAP弾。それは大樹を紙切れのようにあっさりと貫き、楯どころか気休めにもならない。

「あるいは、脚がなければ降伏するかな? まあいい、降伏しろ。3秒待つ」

「わかったよ、降伏するよ」

 今度は3秒待つ必要はなかった。遠く離れ、呟くように小さな声ではあったが、この耳はしっかりとその声を捉えた。

「Gut.では、これから私がいうことをよく聞いて欲しい」

「ふん、どうせ捕まえて貴族どもに売り渡すんだろ?」

「急いては事をし損じる。話は最初から最後まで聞くべきだ。あなたにとっても悪い話ではない。少なくとも、今までと同程度の収入が入る上、悪徳貴族を合法的に葬ることができる。さすがにアルビオンの王族を殺すことは無理だから、復讐は断念してもらう事にはなるがな」

「……どこまで知ってる」

 フーケ、いやマチルダの声が低くなる。

「妹はかわいいものだ。私にもいる。この前など、砂糖とバターの分量を間違えた恐ろしく甘いクッキーをくれてな。いや、甘いことが悪いわけではない。むしろ甘党な私としてはそれ以上であったとしても特に問題ないがな。それを渡す際のあのはにかんだ表情、私と同じ遺伝子を持つとは思えないあの可憐さ、私は理使いにこう言いたい、『一体どんな理があればあんな可愛い表情ができるのか』と。失敗も砂糖と塩を間違えるような致命的なものでもない。実際のドジッ娘はイライラの元でしかないが、この程度なら魅力にアクセントをつける程度、いや、程度などというものではない。もっとこう、なんと言うか、あなたが『萌え』という概念を理解していれば簡単に説明できるが、これは非常に難しいから万言を以て説明しよう。いや、たかだか『萌え』を説明するよりアルトのことを聞かせた方が早いか。そうだな、あれは私が――――」

「もういい、もういいよ! わかったから何をすればいいか教えてくれよ!」

 やれやれ、序論の1/15にも満たないところでやめさせるとは無粋だ。だがしかたあるまい、今はそう時間もない。

「諜報だ。とにかく情報を探してくれ。トリステインのみならず、アルビオン、ロマリア、ゲルマニアの情報を集めてくれると助かる。隠密と生還を第一とし、可能な限り痕跡を残さないこと。給料は月に100エキュー、情報1つにつき追加10エキュー、非常に有効な情報ならば500エキュー支払う。どうだ」

 アンリエッタの諜報組織に、今まで捕まることのなかった土くれのフーケを使う。衛士の仕事は減り、訓練済みの工作員が増える。そもそもフーケが狙っていたのはほとんどが悪徳貴族ばかり。学院は……セクハラは悪徳というべきか。給料は充分であっただろうから、相当に鬱憤が溜まっていたのだろう。

「どっからそんな金が出るんだい。躯でも売ったのかい?」

「私の世界にはこの世界の常識にはない商売があってな。やろうと思えばクルデンホルフ大公国くらいは買える」

 予定ではあるが。ワインから空中船舶まで。総合商社ルーデル・ヴァルキュリウルは着々と業績を拡大しつつある。たとえば生活必需品は大量生産であり得ないほどの品質と安価を実現し、船舶はMEKOを参考に安閑で高性能なものが極めて短期間で建造できる。アンリエッタから密かに援助があり、そもそもの資本金が巨額だ。各国のあらゆる賭場を荒らし回った結果だ。

「いつまでも盗賊ができるとは思っていないだろう。ここらが潮時だと私は思うが」

「……しばらく時間をくれないかい?」

 逃げるか、それとも。
 しかし私にはその不安はない。確信がある。

「ああ。決まったら会いに来てくれ。一週間連絡がなければこちらから会いに行く」



 結局、彼女はウェストウッド村で一週間を過ごし、会いに行った私に従業の意思を告げた。どうやら私を試したらしい。



[21785] 破壊黙示録HOTDestroyer01
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/16 01:41
 この世界において、私は暴走することを確定した。
 つまりは、試しに全力ではっちゃけてみようと思ったのだ。



 屋上、天文部室前で、漢が二人、サボタージュにいそしんでいる。私を含めると三人。葉巻を吹かし、その香りを楽しむ。
 内一人は寝不足のようだが、その甘い香りが睡眠の邪魔なようで、私の話し相手になっている。
 もう一人は、無理矢理引っ張ってきた。

「毎回思うが、女の子に葉巻は似合わねーな」

「いずれはバラライカのように似合う女になりたいがな。それも叶わぬ願いだ」

「そうか? 今でも充分貫録あるとおもうぜ?」

「ふー。イメージなど、アテにはならんさ。猫をかぶっていたり、借り物の言葉で飾ったり。ん? 私ではないか」

「一人でボケてツッコむなよ」

「ふむ。ならば有意義な話をしよう。ガチタングレオンのミッションでの有用性について――――」

「いや、ガチタンなら社長雷電をチューン――――」

「まて、軽二グレオンが――――」

 グレネード馬鹿、もとい有澤信者がここにいる。私が汚染した。「何に」と訊かれたら、答えるまでもない。コジマだ。
 若干口論気味になる。アーキテクトとしてのコダワリがある。

「よろしい。ならば私にも考えがある。私のネクストを侮辱したこと、後悔させてやるからなぁ!」

 実戦で確かめてみる。そういう意味だ。

「すげえ……似てる……」

「あの人の声、亜沙先輩と同じなんだぜ……」

「ザ・ボスといい、声優ってすげえ……」

「で、どうする? おまえら次第だ」

「その声やめてくれ……」

「変な気分になってくる……」

「ほぉう? どんな気分だ。言ってみろ」

「うっかり踏んでくださいと言ってしまいそうな」

「ピリオドの向こう側へ行ってしまいそうな」

「なあ?」
「なあ?」

「なんだか、馬鹿らしくなっちまった。んんっ……あなたがたには後で果てていただきます。理由はおわかりですね」

「リリっ……他に何か!」

「落ち着け孝、指揮を引き継げ」

「永こそ落ち着けよ! なにジャン・ルイごっこしてんだ」

「実力で排除します」

「なあ」

「ああ」

「道を踏み外すのも」

「悪くないかも知れねーな」

「ここはエデンだ」
「ここはエデンだ」

 永と孝を壊したのは、間違いなく私だ。まあ、本当に悪い方向ではないことが救いではあるが。
 色々あったが、私が存在したせいで、永と麗と孝の関係は良好なままだ。麗が誰とも付き合っていないのが最大の理由だが。
 14姉妹計画のおかげで、同じ顔が学園内を闊歩していても特に問題はなかった。OGもいる。

「残念だがそれは過去形だ、声フェチども」

「あん?」

「どうしたんだいきなり?」

「最高に狂ったパーティーが始まる」

 寝転がっている馬鹿二人はそれを見ていない。学園正門を叩く不審者を。さすまたを装備した教師どもを。
 永が起き上がり、けだるそうに私が指さす方を見る。

「なんか面白いことでもあるのか?」

「……馬鹿が騒ぎを――――って、マジかよ!?」

「どうした?」

「手島が林に噛みつきやがった! いや、殺し合い? 違う、なんだあれ!?」

「くっ……! ぐええッ!?」

 とっさに走り出そうとした孝の襟を掴む。首輪を引っ張るように気道が圧迫され、酷い声が出た。

「ガッ、ゲホッ……なにしやがる!!」

 とっさの行動をかなり苦しい方法で止められ、孝は私を睨みつけてくる。

「教室には私がいることを存分に忘れているようだ」



「先生」

 手も挙げず。立ち上がる。視線が集中するが、知ったことではない。

「な、なんだねルーデル君」

「諸事情につき、私と宮本麗はこの教室を出る。この行動に対する、一切の異論・妨害は認めない」

「は? なんで私が――――」

「何を言っているんだ、席につ――――」

「以上。今後は冷静に行動すること。死にたくなければ」

「ちょ、な、どうしたっていうのよ!」

 麗の手をとり、なかば引きずる形で教室を出る。
 教室を出てからも麗は抵抗していたが、やがて諦めた。

「なんで授業を途中でサボったのよ!?」

「麗には死んでほしくないからな。今ごろ、他の私が似たような行動をしていることだろう――――これか」

 ロッカーと、バットの突っ込まれた鞄。
 モップをバラし、柄だけにする。

「ねえ、何してるの?」

「武器の調達だ。ほれ」

 棒を麗に渡す。私はバットを持つ。

「どこに行くのよ?」

「おくじょ――――」

 何の前触れもなく、学園内各所に設置されたスピーカーからノイズが走り、私の言葉を遮る。

『全校生徒・職員に連絡します! 全校生徒・職員に連絡します! 現在、校内で暴力事件が発生中です! 生徒は職員の誘導に従って直ちに避難してください!!』

 誰かの切羽詰まった声が、『繰り返します』の後に耳触りな音と共に途切れる。

「耳、ふさげ」

 おとなしく、麗が耳をふさぐ。

『ぎゃああああああああああああああああああああ』

 一応、パニックに巻き込まれないところにまでは移動できた。
 やかましい放送をBGMに、私は耳をふさいだ麗の手をとり、また引きずるように歩き始める。

「なに……これ……」

「バイオハザードってゲームはやったことはあるか?」

「は? それとどんな関係が……」

「奴に注目」

「あれって……現国の脇坂?」

「だったものだ。静かに、声を上げるな。貸せ」

 手を差し出す。脇坂の様子がおかしいことに気づいたらしい麗は、おずおずと棒を私の手に握らせる。

「……永! むぐっ!?」

 脇坂を挟んで廊下の向こう側に、孝と永が降りてきた。忍び足だ。

「黙って、足音を立てず壁に張り付け。そしてよく見ておけ」

 耳打ちし、離れる。そして――――

「フッ!」

 脇坂の心臓に棒を突き刺す。貫通するまで。

「!」
「おい!」
「……なるほど」

 麗はどうにか悲鳴を殺し、孝は私に怒鳴り、永は青くなりながらもしばらくその様子をみてつぶやく。
 脇坂だったものは、ほぼ無音の私より孝の怒鳴り声に反応し、しかし――――

「Guten nacht」

 頭にフルスイングされ、首と躯が泣き別れとなった。

「理解できたか? 心臓を串刺しにしたとしても死なない。殺すには脳を破壊するしかない。麗は知らないだろうが、噛まれたら感染する」

「……マジかよ」

「信じられない……信じられないわよ……」

「死にたくなければ現実を見ろ。返すぞ」

 棒を麗に突き出す。それを受け取る手は震えていたが、しっかりと握った。

「そうだ、警察に――――」

「警察の電話回線はパンクしている。屋上に行ってみろ、愉快なものが見られるはずだ」

 音がする。ガスタービンの心地よい高音。そしてローターブレードが空を叩く音。
 三人が走り出す。残された私の二個体は、警戒しながらもゆっくりそれを追う。

「うわっ!」
「きゃあ!」

 低空で飛行する輸送ヘリのダウンウォッシュに煽られ、約二名ほどが悲鳴を上げる。

「UH-60JA」

「ブラックホークだ……JA型? 陸自か?」

「あの塗装は陸自だ」

「なんでそんなものがここに来るんだ? この近くには駐屯地なんてないのに……」

「たすけてー!!」

 麗が手を振りヘリに助けを求めている。無駄だ。

「無駄だ」

 永が代弁してくれた。

「この付近に駐屯地はない」

「遠路はるばるここまで着て、下の惨状を無視するということは、別のところでもこれが起きていると見て間違いない。軍人は任務に忠実だ、おおかた、発電所などの重要施設の防衛に回されるだろうよ」

「そんな……」

「絶望するにはまだ早い。我々には武器はあれど、水・食糧などはほとんどない。ここに篭城などできはせんだろうし、安全とは限らない。それに――――」

「それに?」

「おまえたち。やはり腐っては生きられんか」

 天文学部室前から観察する、屋上の奴らの生態。騒がしくさえしなければ、階段を上ってこない。

「水没王子だと!? じゃない、奴らか!?」

「ちなみに、少し面白い仕掛けをしておいた」

「そんな余裕があるの?」

 ニヤリ、私はそう笑えているだろうか。
 手にはスイッチ。

「なんのスイッチだ?」

「フフフ……耳をふさげ」

 説明をする気はない、時間もない。カチリとそのスイッチが音を立てたとき、破裂音がして、屋上フェンスの根元が爆発した。
 障害がなくなったところに、爆発音に惹かれた奴らが突っ込み、次々と身投げをする。

「なるほど……どうやったんだ?」

「昔C4と遠隔起爆装置があったから仕掛けてみた。どうだ」

「それより、なんでそんなモンがここにあんだよ……」

「気にしたら負けだ。さて、脱出を始めよう」

「脱出って……どこに」

「学園内に居続けたとしても得策ではない。さっきも言ったようにな」

 騒ぎを聞きつけて、リヴィングデッドどもは校門からも流入してきている。

「目的地は『安全な場所』という漠然としたものだが、少なくともここより安全な場所はいくらかある。見ての通り、聴覚以外の五感と知性を失った屍どもは、バリケードすら張っていないここには上がってくる気配はない」

「おい、あいつは……いいのか」

 下では、私が屍を在るべき姿に戻しつつある。ワイヤーを飛ばして、躍らせて、絡めて、引いて、バラバラ。

「学園には食糧も乏しい。こんな状況だ、ライフラインが止まるのは時間の問題と見ていいだろう。最重要課題は安全と食糧の確保だ」

 かなり短くなった葉巻を捨て、焔薙を顕現させる。屋上にはバラバラの正しい屍しかなく、安全は確保されていた。

「おい、それどこから出した?」

「乙女の秘密だ。孝はバットが適任だろう。永にはこれを」

 永にパルスアームを渡す。機械式ガントレットとでも言うべきもので、かなり重いが、原作と違い上腕までをしっかり鎧っている。極めて高精度で、金属がぶつかり合う音はほとんどしない。細かい作業はできないが、拳の一撃は一定威力を超えれば人間の頭蓋をあっさり吹き飛ばせる。無論、原作通り電撃も放てる。

「これは……」

「それだけの硬さと質量、ロックすれば指先一つで脳天KOできる。ただ、指はそこまで器用でないし、そのくせデリケートだからナックルガードを被せるのを忘れるな。重さと慣性に慣れるまではとっさの自己防衛くらいにしか使えん」

 見事にぴったりだ。両腕だけSAAの腕。ARMSとかスプリガンとか攻殻とかに出てきそうだ。

「使えるのは拳だけではない。試す機会があれば、腕もぶつけてみるといい」

「なんか俺だけ浮いてないか?」

「だったら、私はこれを使うか?」

 一応、人類が扱える設置式重火器、M134ミニガン。ザラザラと弾薬を消費するバケモノ機関銃ではあるが、それは銃座に設置しての使用を前提にしてあり、断じてターミネーターがごとく個人が携行して撃てるものではない。

「えーと?」

「私、疲れてるのかな……」

「これに似たものを見たことあるな……なんだったか……」

「ヴァルカンレイヴン? それともクロ? ヴァオー?」

「あ、死がふたりを分かつまで6巻の新宿御苑だ」

「また微妙な……」

 余裕あるな、三人とも。

「うるさいからつかえない。まあ、焔薙で充分だ」

 ミニガンを戻し、屍人狩りに定評のある焔薙を出す。木る伝は厄介になりそうだからつけていない。『私だから』という理由で納得してくれなさそうだし。

「どこに消えたんだ?」

 永が私の躯をじろじろ見ている。

「永。女の躯をそう舐め回すように見るな」

「悪い、でも――――」

「いったいどこに……」

「軽タンの格納に重とっつきを搭載するのは常識だろう」

「ああなるほど!」
「その手があった!」

 それで納得するのか……ごまかせたからまあいいか。麗は『?』を頭のうえに浮かべている。久々に見た、青色の半透明。

「なんでそれで納得できるのよ……」

「不要なことは気にするな。今は脱出が最優先。暫定目標は職員室。クリア済み。マイクロバスのキーを確保してある。今、生存者を誘導している」

「生存者を集めてどうするんだ?」

「この状況を鑑みろ。敵の能力、数、増加速度、規模、全て不明。状況は悪くなる一方だ。私でもある程度殲滅は可能だが、単独ではリスクが高い。生き残るためのクラスタ、協力し合う必要がある」

「クラスタ? チームじゃなくて?」

「……そうともいう。厳密には違うのか。まあいい、最適な言葉なんてこの際どうでもいい。とにかく、移動しないことには始まらん」

 屋上にはバラバラ死体しかない。私はルート確保のために、屋内階段前で文字通り屍の山を築いていた。

「……そうだな。エルテの話に乗ってみるか」

「このままここにいても救助は望めないし、それが一番正しいんだろうな」

「行くしかないんでしょ」

「決まりだな」

 何か、最終決戦へ向かう勇者のパーティの会話みたいだ。私は彼らの相談に乗るNPCの賢者みたいな感じで。
 さっきまでは私が孝の立場を奪っていたが、やはり孝はリーダーとしての素質があるらしい。私が黙っていてもこうなるのではなかったのだろうか。

「よし、前衛と殿は任せろ。行くぞ」

「ああ」
「おう!」
「ええ!」



[21785] デストロイウィッチーズ01
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2011/01/31 01:52
 この世界は私の天敵だ。だから私は大地に降りない。遥か天空でアヴェンジャーを携え、ただひたすらに元の世界に戻るために空を飛ぶ。



 この世界はパンツじゃないから恥ずかしくないらしい。
 私はスカートすら滅多に履かないというのに。コートのベルトを締め、戦闘機を模した機械の脚のTF34-GE-100エンジンを唸らせ空を飛ぶ。最悪の場合は、ADF-01に穿き替え変態起動と超音速飛行で逃げ切る。
 私にはPAモドキがある。莫大な魔力も、それを使う技術も。
 なにより、エイダがいて、アヴェンジャーがある。これほど心強いものがあるだろうか。

「そこの国籍不明ウィッチ! 止まれ!」

 現在正史アニメをSAN値をガリガリ消費しながら観て、どうにか正史と関わらないようにしていたのに。
 救いは、恐らく正史の登場人物ではないことか。
 囲まれている。だが、8492の包囲網より遥かに楽だ。

「所属と階級、姓名を告げよ!」

「ウスティオ空軍第六航空師団第66……いや、答える義務はない」

 三十六計逃げるに如かず。どれほど被弾しても飛び続け、どこまでも飛び続けるA-10神の恐怖を知るがいい。

「待て! 止まれ! 撃つぞ!」

 撃つがよい。ルーデルの魂をそのまま反映した究極の攻撃機には追いつけても落とせはしない。

「く……撃ェ――――!」

 銃弾が殺到する。なかなか腕がいい。偽ストライカーユニットに着弾したものは弾かれるが、私に当たったものは速度を吸収されポロポロと落ちてゆく。何者も貫くことはできない特殊防弾コートのお陰だ。とはいえ、布で圧力が分散しただけで衝撃などは食らうのだが。

「くそ、効いてないだと?」

「着弾はしています! ストライカーが恐ろしく固いです! あの服は貫けないようです!」

「いや、衝撃は伝わっているはずだ! 撃ち続けろ!」

 普通そう思うだろう。再び弾幕が私を襲い、狙いを誤った弾が――――

「はぐっ!」

「やったか?」

 それはフラグだ。
 流石に脳天をブチ抜かれたのはキツイが、最近はある程度無事な脳さえあれば修復できるようになった。頭を修復不可能な程度に破壊しなければこの個体は止められない。遥か昔に人間をやめていたが、いや、人間ではなく生体生物戦略兵器だったが、もう立派な化物だ。
 映画でセガールに勝てるかもしれない。

「依然飛行中!」

「なんだと……弾を惜しむな! 全弾撃ち尽くすつもりで攻撃しろ!」

 ロケットや銃弾がこれでもかと飛んでくる。やれやれ。そろそろまともに相手をしてやろう。704km/hの最高速度、低速での超機動、ベクタードノズルではないが推力方向も変えられるからコブラやクルビットも可能。我ながらなかなかいい選択だと思う。
 海面スレスレまで降りる。

「追え! 逃がすな!」

 相手が降りてきたところで急上昇。5000mまで上がる。そして反転、急降下。エアブレーキ展開。相手はまだ3000m程度。ユージアで鍛えた空戦技術は、実際に航空魔導師を幾人も地に伏せたのだ、この世界で通用しないはずがない。

「すまない」

 アヴェンジャー回転開始。精密砲撃モード。
 給弾は一発ずつ。武器だけを狙う。彼女達を傷つけないように、誘爆しないように。

「うわっ!?」
「キャア!!」

 30mmで銃身を貫けば、衝撃で手放してしまう。手放さなかったとしても手はしびれるだろうし、それでも撃とうとしても既に得物は壊れている。

「フ……」

 既に彼女達の何人かは帰還不可能ラインに近づいているはずだ。ヘリオスがごとく延々と飛び続けられる私は、飛行可能時間という点からも圧倒的優位は揺るがない。

「帰れ。今ならまだ間に合う」

「く、くそ……」

 私は彼女に背を向け、永遠とも思える空の散歩を続ける。全てはズボンを脱ぎたくない、ただそれだけのために。



 会議は紛糾していた。
 黒板に張られているのは何枚かの写真だ。その全てに、黒い影が写っていた。

「国籍不明ウィッチか……きな臭いな」

「ウスティオ空軍第六航空師団と名乗ったそうですが……」

「この世界にそんな国は無い! この人類の危機に! どこの国のだ?」

「こんなストライカーユニット――――見たこともない。それにこの服に機関銃……」

「銃弾を弾き、服は弾を通さなかったと報告にあります」

「速度は700km/h程度……武装はこのガトリング機関銃のようですが」

「おかしい……こんな巨大なものを持って飛べるウィッチなどいるはずが」

「頭を撃ち抜かれても生きていた、と……」

「まさか、そんなはずが……もしや新手のネウロイか?」

 咳払いが会議室に響く。声が一斉に止み、視線が一ヶ所に集まる。

「まずは彼女を捕えることが先決だ。この技術は人類の希望だ、なんとしても手に入れなければならん」

 その鶴の一声で、彼らは動き出す。彼らは彼女を『イヴ』と呼ぶことにし、捕えるためにあらゆる策を考え出す。
 世界は『イヴ』の想いとは正反対に動き出す――――



[21785] デストロイウィッチーズ02
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2011/01/31 02:17
 私の偽ストライカーユニットは、開発コード:デストロイヤーユニットだ。非常に物騒な名前である。私のネーミングセンスはこの程度だ。
 この世界にあるストライカーユニットより巨大で、遥かに頑丈で、何よりズボンを脱ぐ必要がない。酸素マスクや耐Gスーツあるいは電熱服のように画期的なものだ、ズボンを脱ぐ必要がないということは。外見は大きく長く太い脚にデフォルメしたような直線翼とH尾翼、エンジンナセルをひっつけた感じだ。
 大きさは原寸大である。A-10の場合、4度上を向いた原寸大のTF34-GE-100エンジンを再現しているからには、少なくともコートの裾をファンに巻き込まないようにかなり後ろに配置する必要がある。ラプターやファルケン、ワイバーンも、エアインテークを本来の足先より遠くする必要があった。そして、ラプター・ファルケン・ワイバーンには、異次元ウェポンベイが存在したりする。原寸大エンジンの横ににサイドワインダーが丸々入るのだから、その長さ・太さは予想できると思う。さすがに機関砲は搭載しなかった。下手をすると自分が射線に入る。

「囲めー! 囲めー!」

 そんな大きなものだから、普通のウィッチより見つけやすい。巨大なデストロイヤーユニットに、更にアヴェンジャーを装備しているのだから。更に歌いながら感覚範囲内のネウロイをボコボコ落とせば、そして誰が落としたかわからないネウロイが多すぎれば。ヘリオスのように空をアテもなくぶらぶらしていれば、いずれそうなる。
 私の周りには数多のウィッチ。AC6のように数多くの娘達。あの時は感動したが、今の彼女達は味方ではない。非殺傷でも下手に撃墜するとバリアジャケットもない身、墜落死は免れない。向こうは全力攻撃ができても、私はちまちまとしか攻撃できない。ファルケンやワイバーンに乗り換えて、うっかり衝撃波で叩いてしまわないとも限らない。誘導弾も、こう混戦していると使いづらい。

「網を!」

「了解!」

 網である。どこをどう見ても網である。それが私に向かって飛んでくる。
 機動性はあっても、所詮は音速を超えられない攻撃機、レシプロ機の全力を出せば追い抜き機動で翻弄することも不可能ではない。TF34-GE-100エンジンはそのそも非力でABもない。燃費と航続距離と低速性能を極めた結果が陸の友軍の味方、A-10神サンダーヴォルトなのだ。が、今はそれが仇となった。
 なんとも原始的な罠。私は追い込まれ、捕えられた。一体何度目だろうか、何度も襲撃はあったが、遂に。
 数を数えるほど多くなる、敵機ですらない存在。今回は恐らく総動員したのか、正史で見た顔もある。魔力をけちり低空を飛び、ただでさえ少ないらしい戦力を私が奪うことはできず、攻撃をためらった結果がこれだ。いや、これでよかったのか。マブラヴの世界と似たようなもの、総動員までさせては世界が滅ぶのも時間の問題だ。
 これからパンツで街中を歩き回る生活が始まるというのか……

「捕獲! 捕獲したぞ!」
「作戦完了!」
「ついに、ついにやったんですね!」

 勝鬨が上がる。まるでおたけびだ。諦めて、増援を送ることができるまで待とう。それしかもはや策はない。



 やはり。コートとズボンを奪われた。
 裸を見られることはさして恥ずかしくはないが、なぜかこれは異常に恥ずかしい。
 取調室ではまず最初にズボンとコートを要求した。

「でなければ何も話すつもりはない。いっそ丸裸の方がマシだ」

 と私が脱ぎだすので、慌てて男どもはコートとズボンを持ってきた。
 女のあんな格好を見慣れているくせに、初な奴らだった。これが常識の差というやつか。

「これがないと落ち着かないな……ふう。何が聞きたい」

「まずは貴様の所属、階級、姓名だ」

「ウスティオ空軍第六航空師団第66飛行隊。大佐。エルテ・ルーデルだ」

「それは冗談か? ウスティオなどという国はない」

「そうか」

「どこの国の者だ!」

「ウスティオ」

「まだ言うか!」

「頭が固いな。サンダーヘッドか貴様は。いずれ自国領内で核を使う愚を犯すぞ」

「っ……貴様! 嘗めるのも大概にしろ!」

 拳が飛んでくる。私はそれを顔で受け止める。

「ぐぁっ……」

「それが軍人の拳か。拘束された者にしか力を振るわないからだ。鍛え直せ軟弱者」

 反射的に防壁を張り、なおかつ挑発する。ある程度の速度があれば食らっただろうが、あまりにも遅いテレフォンパンチだった。

「貴様では論外だ」

 手錠の鎖を引きちぎり、輪を引きちぎる。久しぶりだ。
 尋問官は顔を青くして、私と、私の手と、鉄屑を見ていた。



 逃げ去った尋問官の次に来たのは明らかに佐官以上の軍人だった。さっきの小物と違い、穏やかな笑顔だ。

「すまなかったね。一部の鷹派が先走ったようでね」

「ウスティオ空軍第六航空師団第66飛行隊所属、エルテ・ルーデル大佐だ。とは言っても傭兵だ、給料以外に階級に意味はないから気にしないでくれ」

「私はカールスラントのヘルマン・ゲーリング准将だ」

 頭がフリーズしかけた。このイケメン将官があのモルヒネデヴだと誰が信じよう。
 というかこの男もエースだから女でパンツで空を飛んでいるのではないのか?ヘンリエッタ・ゲーリングとか。サイボーグになりそうなのはなぜだろう。

「我々は君がどこの出身か、そんなことはどうでもいい。私の娘が君の捕獲作戦に参加していてな。君の飛び方、攻撃、全てが美しかったとベタ褒めでね。いや娘だけではない。扱いも難しいであろう巨大なストライカーユニットを自在に駆り、誰一人死なせなかった凄腕が敵のはずがないと、あの作戦に参加したウィッチのほとんどが言っておってな」

 ヘンリエッタ・ゲーリングフラグが立ったような気がする。

「そして、アヴェンジャーやA-10――――私のストライカーユニットの技術も欲しい」

「その通りだ。あの樽のような推進装置、ネウロイを遥かに超える強度、そして、あの機関砲」

「機関銃とは言わないのだな」

「大砲だろう。30mmの弾丸など、ウィッチはほとんど使わないからね」

 個人が撃つことのできる弾丸は最大で12.7mm程度。質量の慣性で押さえつけるとしても、そうすると今度は携行・使用できなくなってしまう。少なくとも、正史では20mmを超える存在は確認できなかった。

「教えてやろう。A-10はストライカーユニットではない。デストロイヤーユニットだ」

「ほう? どう違うのかね」

「A-10はデストロイヤーユニットの中でも特異なものだ。これは超音速機動を前提としていない。だが――――」

 中空にホログラフ画面を浮かび上がらせる。

「こ、これは……」

 その驚きの対象が画面なのかそれに映っているものなのか。

「デストロイヤーユニットは超音速飛行が前提。恐ろしく燃費が悪く、この世界では継戦能力が非常に低いであろう機体たちだ」

 デストロイヤーユニット。音速を超え、主兵装は機関砲とミサイル。ジェットエンジンを搭載し、基本的に後退翼。要は超音速ジェット戦闘機だ。
 その図面がずらりと並んでいる。

「これは……こんな設計思想など見たことがない……常時耐衝撃波障壁だと?」

「参考にしかなるまい。人間が実際に使うなど不可能だ。アヴェンジャーなんて人類が持つようなものではないし、A-10、いや、他のデストロイヤーユニットも魔力不足で動かせまい。恐らくな」

 魔力配分を飛行につぎ込んだとしても、滞空すらできない。

「そうだろうな……驚嘆に値するよ。君は何者だ?」

「おおよその見当はついているのだろう?」

「ふむ……存在しない国の傭兵か。嘘ではあるが嘘ではないな。君はどこから来た?」

 なかなか勘がいい。流石はドイツのフリーガーアス。

「ここから先は秘密にしてもらえるか?」

「……どういうことかね?」

「あなたには知られてもかまわない。私はあなたを信用するに足ると判断した。だが、他の連中はどうかはわからない」

「なるほど……了承した。このことは秘密にすると約束しよう」

 無能と言われたりモルヒネデブと言われたりするゲーリングだが、この世界では違うようだ。どうも、信用できる気がする。私のゴーストが囁いている。少なくとも、結果としてだが閣下をシュトゥーカ隊に送った偉業を成しているのだ。関係ないか。

「私はドイッチュラントのシュラハトゲシュヴァーダー2司令官ハンス・ウルリッヒ・ルーデル大佐、この世界でいうカールスラントの軍人ハンナ・ルーデルの遺伝子より創られ、過大解釈による強化を成された戦略兵器だ」

 互いに無言。しばらくして、

「あのルーデルの娘か」

「私の世界では漢だった。ソヴィエト連邦人民最大の敵、シュトゥーカ大佐、のちに人類史上最強の人類、軍神、魔王、破壊神などと呼ばれ、神格化されていた」

「……ただ者ではないとは思っていたが」

「さて、話の続きをしよう」

 現実的なものを、この世界なら、ウィッチなら運用できるものの図面を並べ立てる。

「なっ……これは!」

 絶対に、これだけは譲れない。

「どの階級だろうとどこの隊に回そうとかまわない。ただし、私の服装にだけは文句を言わせるな。それが、これを提供する条件だ」



 どうしてこうなった。

「はい、エルテ・ルーデル少佐よ。所属はカールスラント空軍第六航空師団第66飛行隊。今日から501に配属されたわ」

 これは、私に火葬戦記をしろとのお告げか。理使い、恨むぞ。
 椅子に座っている、一部は寝転んでいる連中の中には私をいぶかしむような眼で見るものもいる。そのどれもが捕獲作戦で見た顔だった。

「さ、エルテさん」

 ミーナが私に自己紹介を促す。溜息と頭に手をやりうなだれるのを必死に我慢しながら、適当に挨拶をする。

「今日から連合軍第501統合戦闘航空団に配属になった。エルテ・ルーデルだ。よろしく」

 ……スリーヘッドアローズとリボンをつけた特殊部隊でも設立してもらえばよかっただろうか。



[21785] デストロイウィッチーズ03
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:bcdb6a14
Date: 2011/01/31 02:40
 私の部屋。または与えられた牢獄。ミーナには私を監視するよう命令が伝わっているだろう。
 葉巻を吸いたいが借り物の部屋だ、ヤニで汚すのは憚られた。

「……どうして、こうなった」

 アヴェンジャーは魔力で造った偽物を技術廠に奪われ、今私の手元……いや、私の手の届く場所にないことにされている。
 本当の意味で私から武器を奪うことはできない。私の本当の武器はこの非常識に頑健強靭かつハイパワーな肉体、そしてこの有り余るどころではない膨大な魔力なのだ。
 たとえば私が気まぐれに全魔力を使って魔力爆発を起こしたとしよう。非殺傷であれなんであれ、それは確実に全てを破壊するだろう。もしこの世界が次元世界であったならば、近隣世界を100ほど軽く消し飛ばしてお釣りが出るだろう。
 問題は武器ではない。私の在り方だ。

「魔力……魔法……魔法陣……使い魔……」

 全て幻術でどうにかなる。シールドの魔法陣もカールスラントのものに偽装して、耳は適当に黒猫の幻影、回復魔法もメタトロンやバーストチャージを行えば同じ青だ。だが、私はあまりに万能すぎる。
 先ほどストライカーユニットを使ってみたが――――



「おお。シュトゥーカか素晴らしい。この形こそ神の乗機の在るべき形だ。ボルトカノーネ3.7はないのか、ボルトカノーネ3.7は」

 紛いものではあるがシュトゥーカだった。私がはしゃぐのも許されることだろう。
 ハンガーで私の機体の整備が終わったと聞いて慌ててきたら、Ju87が出迎えてくれれば当然か。軍神の乗機だ。

「残念ですが、今この基地にはありません」

「2000ポンド爆弾は?」

「ありません」

 整備兵が残念な答えをくれる。
 どう戦えと。あれか、素手で装甲を叩き割りコアを引きずり出せと? 何度かやったが。

「武装がなくとも空は飛べる。さて、行くか」

 ユニットに脚を差し込む。太股にだけ締め付けられる感触がある。膝から先は存外自由だ。というか、膝を曲げているのだが。これが異次元に脚を突っ込む感触か。
 とりあえず魔導エンジンを回し――――爆散した。



 と、魔力の流しすぎでストライカーユニットが吹き飛んでしまった。私はこのとき初めて涙を流したのではなかろうか。
 綺麗に吹き飛んでしまった。どうしようもないほどにバラバラに。このために履き変えた短パンもズタボロだった。
 ゲーリングが即、新型の開発を命じたのは言うまでもない。

「短縮型デストロイヤーユニットでよかった気がするが……」

 私が何か言う暇もなく決まり「こうしてはおれん」とすぐに帰っていってしまった。
 新型も爆散しそうで怖いが。

「エルテさん」

「Ja?」

 ノックの音とリーネの声。
 すぐにドアを開ける。

「さっき渡し忘れたものよ。ここで必要なもの」

 正史で芳佳が顔合わせのときに渡されたあれか。箱と、その上に乗ったヴァルターPPK。

「これは要らない」

「え? あなたも宮藤さんと同じことをいうのね」

「芳佳も大口径が好きなのか?」

「は?」

「口径が足りない。最低でも12.7mm以上でないとな」

 アヴェンジャーは30×173mm、サブアームのヴュステファルケは.50AE(12.7×33mm)。室内戦で使うM82A1ハンドライフルも.50BMG(12.7×99mm)、サブアームのツェリズカは.600NE(15.24×76mm)。
 PPKの.32ACP(7.65×17mm)や.38ACP(9×23mm)など非力すぎる。むしろ不安になる。

「今はそれしかないのよ」

「いや、自前のがある」

 背中、ベルト、脇、太股の四ヶ所のホルスタから一つ選び、差し出す。
 M82A1を限界まで切り詰めたハンドライフル。コンセプトはパトリオットに近いが、より暴れる代物と化している。レシーバーにグリップとマズルブレーキがついた『だけ』の、箱のような銃と化している。マズルブラストが60cm以上吹き出るため、その損失を補うために正気を疑えるほどの爆速を誇る『爆薬』を詰め込んだ超強化薬莢爆装弾が装填されており、常人が撃てば肩が外れるどころか腕ごと持っていかれかねない仕様となっている。マズルブレーキなど飾りに過ぎない。

「そ、そう……わかったわ」

 多少引き気味だが、理解してくれたようだ。

「それにしても……いつのまに運び込んだのかしら?」

 さっき部屋を与えられたばかりだというのに、いつ持ち込んだのかわからない銃や機械や家具や缶詰――――
 生活感はないのに確かに人が生活していることを感じる違和感をミーナは感じていることだろう。

「要は転送魔法だ。座標と領域を指定して、物質を交換する。簡単な話だ」

 魔法は万能だ。この世界の基幹たる理に反しなければ、何だってできる。飛行、治癒、物質転送、障壁、世界間移動、動力、簡単に思いつくだけでこれだけ出てくる。人格転写型生命還元法、完全回復型生命還元法、時間逆行型生命還元法など、あらゆる物理に喧嘩を売りたい放題売って勝利している。

「話でもしていくか? 幸いにして私は暇を持て余している」

「ああ、そういえばストライカーユニットが壊れてしまったのね」

「かくも脆いものだとは思わなかったが」

「普通は爆発するはずのないものだけど……」

 この世界の魔法使いは、あれをオーバーロードさせるほどの魔力を持ち得ない。私が敬愛する、父とも言えるルーデル閣下の同位体でさえ。リミッタさえ意味をなさず爆発するのはあり得ないのだ。

「話はしたいけどまた今度。まだ仕事が残ってるのよ」

「残念。次までには紅茶の一つでも用意して待っておこう」

「楽しみにしてるわ」

 ミーナを見送り、本当に暇になった。さっきから遠くでボーイズライフルの音が聞こえていたから、どこかで誰か――――リーネが射撃訓練でもしているのだろう。
 混ぜてもらうか。



 音のする方へふらふらと向かえば、美緒とリーネと芳佳が空薬莢を集めているところだった。

「あ、エルテさん」

「どうした、こんなところに用か?」

「間が悪かったな。訓練はもう終わりか」

「ああ」
「はい」
「そうです」

「リーネちゃんってすごいんですよ! あの距離で当てるんですから」

「1500mほどか。なかなかだな」

 この時代の精度の大口径ライフルで1500mはかなりの腕だ。風、弾道特性、銃の癖、重力、コリオリ力なども考慮してなお、数十cmから1mの誤差が出る距離だ。目標が動いていれば着弾までの時間も考えなくてはならない。
 私は非常識なので比較対象にはならない。大気圏突入中のMIRVを地上から迎撃したり、元気に動き回るフラジールとステイシスをノーロック狙撃したり、ライフル弾にライフル弾を当てて弾いたり。ヘルゼリッシュで範囲内のあらゆる物理現象を観測できるこの身では、銃の性能だけで命中するか否かが決まる。そんな弾道計算スパコン付の狙撃砲と人間では比べるのがおかしいのだ。

「なにか用があったんじゃないか?」

「いや、何もすることがなくなってね。うろうろしている最中だ」

「そうか……ストライカーが故障したんだったか?」

「故障ではなく大破全壊。帚でパーツを集めていたくらいだ。ゲーリング准将が奔走してくれているが、いつになることやら」

 ストライカーユニットとは増幅装置。飛べるほどの魔力のないこの世界の魔法使いのために開発されたもの。当然魔力パスは許容量が小さくて済むが、容量を超えると吹き飛ぶ。パイプに許容圧を遥かに超えた水を流すようなものだ、破裂するのは当然だ。

「よほど変な調整でもしない限りそんなことはあり得ないが……」

「原因はわかっているから問題はない」

「なら飛べるのではないか」

「ストライカーが私の魔力に耐えられればの話だが」

「はっはっは、面白い冗談だな」

 信じてくれないというのは悲しい、気がする。

「片づけ、終わりました!」

「む。では次の訓練だ。行くぞ!」

「はい!」
「はい!」

 美緒が二人を連れてどこかに行く。邪魔するのもなんだから、またぶらぶらすることにする。



 木の上でフランカが寝ていた。イタリア系の筈なのにSu-27のNATOコードとは、と下らなくかつこの世界では誰も理解できないであろう言葉遊びを脳内で繰り広げる。それだけ暇だということだ。
 揉まれるようなものはないが、藪蛇はごめんだ。初対面で「断崖絶壁」と言われたが故、少し「長期的な悪戯」をしようと画策しながら華麗にスルーして、部屋に戻ることにする。

「ん? 今のは――――」

 ゲルトルートか。鬱々しい顔をしているな。ということは、明日出撃か。昼に私が着任したから、午前中にエーリカとの訓練飛行があったのだろう。見たかったが、この先いくらでも見る機会はある。
 バタフライ効果さえなければ……あ、フラグかこれは。
 「飛べない」ということになっている私は介入できないかもしれない。ゲルトルートを失うことはこの部隊にとって致命的だ。戦力的にも精神的にも。

「困ったな……」

 幾つかのプランを組み上げ、決定的なものがないままその日を終えた。
 お茶会でフランカをぶら下げたままうろうろする、というイベントはあったが、特に気にするものでもないだろう。



[21785] デストロイウィッチーズ04
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:983e962e
Date: 2011/01/30 18:23
 私の機体が搬入された。
 美緒を肇とする5人のウィッチがそれを見ていた。自由人二人は当然いないし、それに付き合っているのかゲルトルートとシャーロットもいない。サーニャは自室で寝ているし、ミーナは司令室、ペリーヌは「うるさくなる」と言ったらどこかへ行った。

「面白い形だな」
「これが新型ですか~」
「は~」
「真っ赤ですね」
「イヤな予感がするナ」

 魔女達は口々に感想を述べる。
 ゲーリングは偽装のために短縮系デストロイヤーユニットを送ると言っていたが――――最初からADF-01とは。ゲーリングが各所にばらまいた許可済みの設計図の中で最初に完成させたのがこのファルケンらしいが、流石は日本に並ぶ変態技術大国独逸の同位存在。恐らく図面に記した『最強機』の文字に騙されたにちがいない。TLSがなければファルケンはワイバーンに劣る。ゲームの話だが。
 この短期間で完成したことに一抹の不安はあるが、設計図通りに作ったのであれば問題はないはずだ。

「以前エルテと遭遇したときのものとは違うな」

「あれは攻撃機、これは汎用戦闘攻撃機だ。さてと、試験飛行に行ってくる」

 A-10のように機体外部にエンジンナセルを配置するのは珍しいからな。
 台座に固定されていたファルケンに脚を通す。魔導エンジンが回り、心地よい高音がハンガーを支配する。

「な――――を――――」
「うるさ――――」
「――――あ――――」

 周囲の雑音がすべてかき消される。エアインテークは小さくその分推力が落ちるが、別にどうってことはない。このデストロイヤーユニットはある意味で偽装だ、この世界でも魔力反応を偽装することができるとわかったからには、普通に飛んでも誰も気づきはしない。この機体でも、普通に音速突破はできるのだけど。
 魔法陣が展開し、滑走開始。飛行魔法なのになぜ滑走路がいるのか疑問だが、そんなことは気にしない。
 テイクオフ、そして急上昇。25000mを超え、水平飛行へ移る。大気圏外からの攻撃はなく、故に9500mの壁もない。

「さすが超重量音速機……動きが重い」

 前進翼、カナード、垂直尾翼、二次元ベクタードノズルなどを搭載してこの重さ。だが、出力は重さを遥かに凌駕するはず。
 さぁ、音速を



「爆発!?」
「エルテ! 何があった! エルテ!」
「サーニャさん!」
「見失いました……」

 地上からも確認できた高度25000mの爆発。雲を綺麗に円形に吹き飛ばし、若干黒く濁った青空がそこにあった。

「そんな……」

「捜索隊を……編成します」

 駆け付けたミーナが沈痛な面持ちで捜索部隊編成を通達する。

「何か無くしたのか?」

「エルテさんが爆発したんです! え?」

 そこには、501で最も異質な存在、銀髪のイレギュラーがいた。

『ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』

 少女達の驚声が響き渡る。

「なんだ、揃って幽霊でも見たような顔をして」

「だ、だってあの爆発ですよ!?」

「さすがに右脚は無くなったよ。焼けた残骸が近くにあって助かった」

 エルテの右脚のスラックスは、膝くらいから下が不自然に伸びていた。その裾の下には靴はなく、在るべき足もなく、ただ影があり、その上にスラックスの裾が浮いていた。
 銀の髪にはところどころ黒い斑点が存在し、ただでさえ白かった顔は血の気を失い蒼白と言っていい。

「焼けた残骸……まさか!」

 その言葉が意味することは一つしかない。傷口を焼いたのだ。現にエルテは飛行前はしていなかった手袋をはめ、一切動かしていない。その中は恐らく酷い火傷をしているのだろう。

「ミーナ、ネウロイを見つけた。東07辺りの高度15000mほど。そろそろ観測から報告が来ると思う」

「! 出撃準備を。詳しい情報が入るまでハンガーで待機」

『了解!』

「宮藤さん、エルテさんを医務室へ」

「はい!」

「さて、出撃だ」

「エルテさんはこっちです!」

 さも当然のごとく、出撃組と一緒にハンガーに向かおうとするエルテを止めようとして、芳佳が引きずられていく。

「なんで片足なのにそんな普通に歩けるんですか!」

「歩いてないぞ。飛んでるだけだ」

 確かに、残った左脚の爪先は地を離れていた。

「ええ!? じゃなくて、重傷なんですから休んでないと! 出撃はダメです!」

「休んでいる暇はない。行くぞ芳佳、出撃だ」

「そもそもストライカーがないでしょう? 予備だってオーバーヒートで爆発するだろうし、出撃は無理なのよ」

 ミーナの的確な指摘でやっと二人は止まった。

「む……仕方ない。だが芳佳、医務室に連れは要らない」

「ですけど!」

「戦力は必要だろうし、私とて処置くらいはできる。止血はできているから死ぬこともないし、帰ってきた時にでも傷口をふさぐ手伝いをしてくれ」

 そう言ってふよふよとどこかへ行ってしまう。なかなか早く、芳佳の足では恐らく追いつけないだろう。

「宮藤さん、ハンガーへ」

「……了解」

 芳佳はミーナに命令を変更され、エルテのことに後ろ髪を引かれながらもハンガーに向かった。



 右脚を失うとは、まるで閣下だ。
 バランスを取れずふらふらと飛びながら、医務室へ向かう。傷口はゆっくりとだが再生を始めつつあり、脚は再生するだろう。しかし、それだと説明に困る。「脚? 放っておいたら生えてきた」なんて言った日には、人外認定されること間違いない。実際に人外だから問題ない気もするが。
 とりあえず芳佳が帰ってくるまで傷口を炭化させたままにしておく必要がある。これなら脚はしばらく生えてこない。破片まみれのまま傷口を隠すだけの意味しか持たない包帯を脚に巻いて、スラックスを穿きなおしハンガーに向かう。既に警報は鳴り、レシプロのエンジン音がドップラー効果を率い遠ざかっていくのを聞いた。今なら外に誰もいないはずだ。

「エイダ」

『Load、ヘルゼリッシュ、ベクトルドライバー、ゼロシフト、ノスフェラト、ザ・ワールド』

 私の意を酌み、必要になるであろう魔法をロードしてくれる並列型戦闘支援ユニット。
 己の能力を偽装しつつ超長距離支援攻撃。必要以上の力を見せれば、間違いなく私は利用されるだろう。地位と権益に取りつかれた亡者どもは、人類の危機より自分の利益を優先する。私を手に入れるために彼女達を人質に取るなど息をするかのように簡単にやってくれるだろう。

「わかっているな?」

『ランナーに逆らう愚か者が出ないように超長距離狙撃によりネウロイを即死させる、あるいは形も残らないように吹き飛ばすのですね』

 ……この駄AIは。ロードした魔法からそれが冗談とはわかっているが、ここでもし「Ja」とでも答えれば、ネウロイの巣が数百あろうと完全駆逐して余りある戦略攻撃魔法をロードし始めるだろう。

「逆だ。目立たず気づかれず悟られず、文字通り支援だ。本気でマズイときはザ・ワールドとゼロシフトを併用し、姿を消して戦闘に参加する」

『……Ja』

 なんだ、今の間は。



 準備は完了し、基地で最も目立たないであろう屋根の上でアヴェンジャーを起動する。

「さて、始めるとするか」

 見た目は30mm航空機関砲、しかしその実態は使い方次第でデコピン程度の威力から世界群さえも破壊可能な非常識魔力砲である。

「作戦目的、501部隊の全員生還。敵ネウロイに対する超長距離狙撃による極秘支援攻撃」

 トリュープフリューゲルに似た黒い影がヘルゼリッシュに映る。赤外線や放射能分布などでコアの位置を特定、ロックする。

『目標、ネウロイ。弾種、亜光速弾。威力、M134/.308Winchester。距離減衰なし』

「予備設定。目標、ネウロイコア。弾種、光速徹甲炸裂弾。威力、ストーンヘンジ/1200mmAPEA。距離減衰なし。一撃必殺」

『501, Engage』

「519 on stanby. All weapons free」

 ウィッチ達が攻撃を開始。こちらも準備が完了した。何が起ころうと即座に対応できる。が、このまま何事もなく終わればいいことには変わりはない。

『毎回思いますが、フラストレーションが溜まりませんか?』

「私は平穏を好む。その為には努力を惜しまない」

『どこかの孤島で地下生活をすればよかったのでは?』

「そうできたらどんなによかったことか」

 どの世界でもたいてい存在するカオスと蝶の悪戯。これがない世界は完璧な予定調和でシナリオが確定している。

「この世界に落とされ、世界の中に存在した時点でシナリオにほころびが発生する。シナリオというプログラムに発生したバグは、発生源が一切何もせずとも増加するものだ。それを観測するために動いて、世界に存在を認識されて、結局このザマだ」

『いつかの理使いの言葉は覚えていないのですか?』

 理使いの言葉。よく覚えている。「この世界は異世界の因果により崩壊の危機を迎えている。故にあなたという強き力を以てこの崩壊を回避する。理の外に在るあなたなら理に縛られない」

「『ついでに私の暇潰しも兼ねる』発言で一切の信用は消滅したよ」

『ですが……警戒。ゲルトルート・バルクホルンの撃墜を確認』

「……エイダ、射撃を許可する。嫌な予感がする」

『Ja。支援攻撃を開始します』

 エイダが撃つ7.62mmの魔力弾が、美緒とリーネの撃つ弾に混じりネウロイを叩く。ガトリングとは思えない程度の低い連射速度で吐き出されているのであろう亜光速弾を見ているつもりになりながら、私は思う。
 このネウロイに関しては正史通りだろう。芳佳とペリーヌがゲルトルートを追いかけ地上で治療を開始している。上空では美緒とミーナとリネットが攻撃を続けているが、火力が足りない。

『ゲルトルート・バルクホルンの復帰を確認。――――ネウロイ、撃破されました』

「エイダ」

『確認しました。形状から原型はSM-36ストラマ及びGAF-1ヴィルコラクと思われます』

 ヘルゼリッシュの網にかかった敵。ジョークで邪神と呼ばれた凶々しい機体と、超機動のイカ。

『幸い見つかっていません。撃破するなら今です。予備設定ロード完了』

「あれが『スペック通り』なら余計にな。フォイエル」

 巨大な魔力の塊は、多数のカートリッジを消費して放たれた。文字通り光速の1200mm徹甲榴弾はラグを感じる間もなくストラマに着弾。その躯を削りコアに突き刺さり、それだけでは飽き足らず内部でその真の威力を発揮した。
 幼子の身長ほどもある直径の疑似質量、それが幾つかのエネルギーに変換される。純粋な熱エネルギーであったり衝撃波であったり破片を飛ばす運動エネルギーであったり。それらは重巡航管制機を一瞬にして消滅させるに余りある威力であり、大型戦闘機サイズのストラマ型ネウロイは当然のこと、僚機とも言える位置に存在したヴィルコラク型ネウロイも耐えられるはずもない。これは文字通りストーンヘンジなのだ。たった一国で連合国軍を相手にできる脅威。

「あ」
『あ』

 それだけ巨大な、ある意味で反物質のような弾頭が炸裂すれば誰かに気づかれるわけで。衝撃波と音と爆炎と残骸とその他諸々が残った空中を睨む美緒がいたりするわけで。美緒と私の間には空気くらいしか遮蔽物がないわけで。何かしらの要因で射撃地点がこっち側だと気づかれたら見つかるわけで。

「空間転移」

『MPが足りない』

 そうは言うが、ちゃんと転移魔法は発動した。転移先は医務室。

「疲れた。気がする」

『気のせいです』

 無意識が葉巻を指に掴ませる。

「…………」

 犬歯が吸い口を噛みちぎる前に思いとどまることができた。

『正史に存在するはずのない存在……まさか、これが理使いの言う『因果』か?』

 私の言おうとしたことを代弁してくれてありがとう。

「さすがに予想できなかった。ストラマとヴィルコラク……ネウロイは変態飛行機ばかりだったが、まさかな」

『異議あり。ブラックホークは正道にして極致の一つである』

「しかしこうなるとは。ヴィルコラクはともかく、ストラマはアクティヴステルス機だ。下手をすると他のステルス機も……いや、それ以上がくるのではないか?」

 それ以上。ACE架空機が恐ろしいことは間違いないし、この時代の戦力にとっては普通のジェット戦闘機でも脅威だろう。少なくともあの二機はレーダーに捕捉されていなかったようだし。

「もし来るとすれば、エイダは何が来ると思う?」

『……次はブラックホーク。ならば、あれが来るかと』

「あれか。しかしだ、あれは悲劇の機体であって変態ではないと思うが」

『同重量の金より高価など、正気とは思えませんが』

 確かにそれはそうかもしれないが、私はあれより美しい大型超音速機を知らない。

『何より重要なのは、あれが超音速『核爆撃』機ということです』

「……一撃でロンドンを更地にされる可能性があるか。あの二機の攻撃手段を確認できなかったのが痛いな」

「ほぉ、やはりあれはエルテの仕業か」

 やはり、あの魔眼からは逃れられなかったようだ。

「さぁ、どうだろう」

「誰と話していた?」

 はぐらかす私に、その左眼は鋭さを増す。
 これは話さざるを得ないな。

「エイダ、許可する」

『坂本美緒を敵と認識。排除します』

「違う、最重要生存優先対象だろうが」

 まったく、エイダのボケのせいで刀に手がいっている。

「機密だが、まあいい。知られて困ることでまないしな。紹介しよう。こいつはこの世界でいう私の使い魔のようなもの」

『分散並列型統合戦闘支援ユニット、エイダです』

「これが使い魔?」

 30mm弾頭のペンダントを凝視する美緒に、アヴェンジャーを差し出してみる。

「同時に私の杖、アヴェンジャーでもある」

「アヴェンジャー? やはりあれは見間違いではなかったか。しかしカールスラントの技術廠に接収されたはずではないのか?」

「偽物を掴ませた。エイダとアヴェンジャーは分離できないからな。渡す訳にはいかなかった。ヘルマン――――ゲーリング准将にも話は通している」

 バリアジャケットを解除し半裸になる。上空の爆発で無傷だったものは下着とサラシだけだった。アラミドケブラーのスラックスは右脚を守ることはできなかったが、下着は守った。オイルを被って燃え始めたから服は空中で投棄したから、バリアジャケットで代用していた。
 血にまみれた包帯を取り去る。幾つもの金属片が突き刺さり、炭化しきった断面があった。

「! 酷いな……」

「治療しながら話す。手伝ってくれないか?」

 ピンセットとメスを手に破片を抜く手伝いを頼む。脚の付け根をきつく縛り、血流を遮断する。

「構わないが、医者に診せた方がよくないか?」

「医者に診られると困る。カルテを書かれたらそこに記録が残ってしまう。『右脚を失った』という記録が」

「記録が残るとまずいのか」

「私の脚はいずれ元通り生えてくる。だから記録に残ると後々問題になる」

「本当に人間か?」

「いや。私は人間ではないよ。人間だとしても、この世界の人間ではない」

「なるほど、それも理由の一つか。手が無事なところをみると、嘘ではあるまい」

 美緒がピンセットとメスを手に、私の右脚から破片を抜く。私は太股に刺さった破片を組織ごとえぐりだす。
 膿盆にべちゃりべちゃりと落とされる私の一部だったものを見て、美緒は若干顔を青くする。

「う……痛くないのか」

 そう言いながらも、美緒は膿盆にカランと金属片を落としていく。

「ほとんど、な。それにしても、驚かないのだな。その右眼は真偽を見極めることができるのかな?」

「捕獲作戦に参加したときから、いや、『初めて見たとき』からずっとおかしいと思っていた。何日も飛び続け、襲撃からも逃げ続け、遭遇した複数のネウロイを単機で撃破する。そんな存在が普通の人間であるはずがない、とな」

「欧州近辺を飛ぶと襲撃が多かったのは……」

「私達のせいだろうな。『所属不明ウィッチ』捕獲作戦が回を重ねるたびに、私のような能力を持つウィッチはエルテを探すために駆り出されていた。おかげでおまえを一日中観察することができた」

 ということは、ある程度のスペックは知られている可能性がある。

「一つ、教えてくれ」

「なんだ?」

「私のスペック、これはどこまで報告した?」

「上昇可能高度は25000m、最高速度は時速3060km、航続距離は無限。確認戦果138機。私がした報告はこれだけだ。他の観測班がどういう報告をしたかは知らん」

『お見事です。ほぼその数値で合っています』

 スコアは確認していなかったが、その他はだいたいその程度だ。エイダが高度82000ftでマッハ2.5を記録している。
 穴だらけになった太股。その傷口を針と糸でふさいでいく。痛覚を制御できるこの躯がありがたかった。

「次の出撃で、シャーロットは音速を超える。ベルリンへ向け高高度を超音速で飛行するネウロイを撃墜するために。そして……今回と同様、イレギュラーが発生するかもしれない」

「何故そう断言できる? それにイレギュラーだと?」

「恐らく私の『予言』はこれで最後だ。この次は正史通り歴史が進むとは限らない」

「どういうことだ? 未来が決まっているとでも言うのか?」

「そうとも言えるし、そうとは言えない。未来はある程度決まっているが、それでも確率によって事象は発生するか否かが決まる。1%以下でも確率が残っていれば、それは発生するかもしれない。発生すれば、あるいは発生しなければ、それは歴史の分岐点だ。坂本美緒が宮藤芳佳を勧誘しなかった、海軍が宮藤芳佳を見つけることができなかった、そもそも宮藤芳佳にはウィッチとしての資質がなかった、あるいは宮藤芳佳が生まれなかった。そして分岐した世界の先では大きく歴史が変わる。世界は偶然の積み重ね、しかしその偶然を故意に起こすことはできる。奇跡は起こらないから奇跡だが、同時に人が起こすものだ。これを運命というのなら、運命は人間が覆すものだ」

 この確率は、運命の理で支配されている。同時に、運命の理は唯一、普通の人間が干渉できる理だ。やろうと思えば、努力すれば、あるいは運という才能があれば、奇跡のバーゲンセールだってできてしまう。

「最も確率の高い、この世界が辿るべき未来は失われた。おそらく今までのネウロイとは桁違いの強さを持つネウロイが現れる。宮藤芳佳が巨大ネウロイを撃破し、501がガリアを解放する未来は発生しないかもしれない」

『次の交戦では、ノーマルネウロイとイレギュラーネウロイが同時に出現する可能性があります』

「私はイレギュラーを狩るためのイレギュラー。最良の未来へ世界を導くための道標。だが、私は知っているだけで、多少力があるだけで、無力だ。せいぜいイレギュラーを狩ることくらいしかできない」

「何故だ? おまえほどの力があればネウロイの巣とて破壊できるのではないか?」

「私が単独でネウロイの巣を破壊して、今度は人が私を恐れるだろう。私を手に入れることを望むかもしれない。今この滅亡に瀕した世界でも、己の権益にしがみつき欲望を満たそうとする人間はいるのだ。力は見せつけるものではない、隠すべきもの。私は隠れることができなかった時点で失敗している。存在を知らなければ、それは存在しないと同義なのだから」

 幾つかの極限世界で、私は思い知った。人間の欲とはこうも人を愚かにするものなのかと。

「だが、その力があればもっと多くの人を護れるだろう?」

「私はこの世界が平和になったら死ぬ」

「なんだと!」

 私は兵器だ。必要なくなれば消えるべきだ。ネウロイという人類共通の敵が消えれば、今度は人類同士の戦争が始まるかもしれない。人間は争う生き物だ。人類は戦争とともに歴史を歩んできた。戦争が始まらなくても、私という脅威は排除されるだろう。

「偽装だがな。死は絶対だ。歴史に『エルテ・ルーデル』は二度と現れない」

 最後の破片を抜き取る。美緒の手はいつの間にか止まっていた。だから私がするしかなかったのだが。

「顔を変え名を変え国籍を変え、どこかで静かに暮らしているだろう」

「そう、か」

 傷口にガーゼを当て、新しい包帯をきつく巻く。傷口がゆっくりと盛り上がっているのがよくわかる。炭化した組織を排除しながら、脚が生えてきている。

「再開の符丁でも決めるか。ラーズグリーズの伝説にでもこじつけて」

「なんだそれは?」

「この世界にはない童話だよ」

『歴史が大きく変わるとき、ラーズグリーズはその姿を現す。初めには、漆黒の悪魔として。
 悪魔はその力を持って大地に死を降り注ぎ、やがて死ぬ。
 しばしの眠りの後、ラーズグリーズは再び現れる。英雄として、現れる』

 エイダが暗誦してくれた。ウォードッグの連中が陽気に話していたのが思い出される。陽気だったのはチョッパーだけだったか。

「この世界のラーズグリーズはヴァルキュリアの一柱。故に、この意味を知るのは美緒と私だけ。フフフ……」

「ほう、そんな顔もできるのだな。なにかおかしいことでもあったか?」

 今の私は自嘲気味に微笑んでいるのだろう。不器用なのか器用なのか。

「フフフ、己を消耗品としか見ていない私が、生きて再開すると誓っている。これほどおかしなことはない。フフフ……約束だ美緒。私は何があっても生き残り、目的を遂行し、いつか美緒との、いや、501の皆との再開を果たす」

 右手の小指を差し出す。

「ああ、約束だ。だが、別れは今ではない。そうだろう?」

「近い未来、世界が平和になったら、だ」

 小指が絡まる。

「フフフ……」
「はっはっは」

 想定外ではあったが、悪い気はしない。何故か私は、美緒の傍に長年連れ添った友のような居心地のよさを感じていた。



[21785] デストロイウィッチーズ05
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:bcdb6a14
Date: 2011/02/14 03:43
「閣下、これは……一体」

 整備士の大尉はその図面の意味を理解し、それと同時に自分の血の気が引くのを感じた。

「……先日の所属不明ウィッチから得たものだよ。信じられないかも知れないがね」

「あり得ない、こんな重量物を抱えて飛ぶなんて、それにこのストライカー……ウィッチの動かせる代物じゃない」

「そう、彼女は規格外だ。この前など、頑強さが自慢のJu87を自身の魔力出力だけで吹き飛ばしたくらいだ」

「たかがその程度ではこれを動かすことなどできません。下手をすれば、『ただ飛ぶためだけ』に大型ネウロイ数十を撃墜することが可能な魔法力を消費することになります」

「ふむ。ではこれはどうかな?」

 もう一枚、図面を黒板に張り出す。

「……これでも無理です。多少消費が改善されているにしても、チタニウムの塊を飛ばすようなものではありませんか。コストを考えても非現実的ですし、そもそも消費魔法力だってそんなに変わらない。そもそも鋼鉄の戦艦さえ一撃で沈めるネウロイに対して装甲は無意味ですし、鈍重なのは致命的です。まるで人間側……戦艦やウィッチと戦うために造られたような……」

「よろしい。君にしよう」

「は? 何をですか?」

 大尉は何がなんだかわからないといった風に問い返す。
 そもそも一介の整備士に准将が会いたいと言ってきたこと自体がおかしいのだが。

「アリーセ・ロースマン技術大尉。君をこのA-10AサンダーボルトⅡ開発者であるエルテ・ルーデル少佐の専属整備士とし、連合軍第501統合戦闘航空団への派遣を命ずる。追って正式な命令書を送るので、それに従うように」

「へ?」

 異世界では普通だったせいで苦労人だった彼女は、この世界でも振り回される運命なのかもしれない。



 海に行くことになった。まあ、正史通りだ。明日だが。
 芳佳がはしゃいだり落ち込んだりして通達が終わる。が、

「あと、本日1100時、エルテさんの機体が搬入されるそうよ。えっと……A-10AサンダーボルトⅡね。専属整備士も来るらしいわ」

 今回はそれだけでは終わらない。

「あまり時間はないな。迎えに行ってくるが、もういいか?」

「ええ、かまわないわ。あと……搬入されるのはもう一機あるらしいわ。急遽決まったそうで詳しい情報が届いていないけど」

 声を小さくして、ミーナが私だけに伝える。連絡の段階で、何かきな臭いことでもあったのかもしれない。あるいは、また空中爆発を起こす可能性を鑑みて、他の仲間を心配させないためか。A-10に関しては、おそらく私の使っていたオリジナルということが伝えられていたのだろう。ミーナは捕獲作戦に出撃していたから。

「心配するな。今度は無事に戻ってくるさ」

 とりあえずハンガーに向かう。そこで待つことにする。
 専属整備士か。少し気になるな。



 レシプロのバタバタと騒がしい音がハンガーから響いてくる。
 シャーロットとフランチェスカと芳佳とリネットが楽しそうに話している。ああ、音速の話か。

「音速……」

 私は、まだこの世界で音速を超えるつもりはない。人類初の名誉は、彼女のものだ。

「おー」

 音速まで行かずとも、かなり速い。いつもは高空で比較対象がないし、それに自分が飛んでいるから実感することがないが、地上から低空で飛んでいる誰かを見るとそう感じる。
 記録更新を聞いてはしゃぐ四人――――あ、地面にキスした。

「フフフ……ん?」

 微笑ましく見守っていたら、私の相棒が来たようだ。BV222ヴィーキンクが6発のエンジンを唸らせながら着水体勢に入っていた。
 しかし、よくBV222なんて数少ない機体で来たものだ。たしか13機しか生産されていなかった記憶がある。
 すぐに搬入作業が行われる。滑走路に桟橋を掛け、機内から出てくるのはA-10神と……F-15C。まあ、妥当なところか。A-10Aは私の使っていたオリジナル、F-15Cはフルサイズ。技術レベルはそこまで高くなく、かつ頑丈な機体を選択したのだろう。

「あの~」

「なんだ」

 私にそーっと近づいてきた、気の弱そうな少女。黒い短髪で、若干タレ眼。頬に絆創膏が貼ってあるが活発な印象は受けない。

「えっと、エルテ・ルーデル少佐ですか?」

「ああ」

「あ、やっぱり。こんなに暑いのに黒コートだからそうなんじゃないかなぁって。私はアリーセ・ロースマン技術大尉です。今日から少佐専属の整備士になりますのでよろしくお願いします」

 なるほど、彼女が私の相棒――――ロースマン?

「ロースマン?」

「はい、なんでしょう?」

 ルーデル閣下の相棒にして、しかし普通だったために最も苦労した男、その同位体か?
 少なくとも聞き間違いではないことはわかった。

「いや、これからよろしく、アリーセ」

「あ、はい!」



「前回空中爆発を起こしたこのADF-01K・クルツファルケンは、ある程度の高速条件下において限界値近くの魔力を流し込むと、リミッターが働きます。しかしこのリミッターがエルテ少佐の魔力に耐え切れず吹き飛び、漏れ出た魔力がエンジンに流れ込み暴走するようです。これはエルテ少佐の魔力を過小評価した技術者が勝手に付け加えたもので、他にも数ヶ所に致命的な改悪が存在します。改悪した点を元に戻し、魔力パスの強化をした結果、今の技術では全体的な大型化が避けられませんでした。ならば設計図通り作ってみろというゲーリング閣下の鶴の一声により、比較的頑丈であったこのF-15Cが選ばれました」

 アリーセは「誰?」と問いたくなるほどに別人と化している。機械が絡むとこうなるようだ。

「そもそも『設計通り作れ』と言っておいたのだが」

「試作扱いで組み上げたので、現場の技術士官が独断で『改良』を行ったようです」

 なるほど。

「話を戻してもよろしいでしょうか?」

「ああ」

「では続けます。今回配備されたF-15Cイーグルは、超高出力新型魔導エンジンを搭載した機体です。音速は軽々と超えられるでしょう。ただし速度の分旋回半径は大きくなります。最高速度は理論値でマッハ2.5、上昇限度は19800mです。テストできるようなウィッチがいなかったので、この値は参考程度に覚えておいてください」

 だいたいF-15Cと同じスペックか。

「技術的限界で最高速度時には空中分解やオーバーロードが予測されますので、なるべくマッハ2以上は出さないでください。あと、まだ調整が終わっていませんので今日は飛べません」

「明日までに飛べるようにしてほしい」

「あ、はい。それはもちろん」

 アリーセは鉄壁の笑顔を崩さず胸を張って宣言した。



 ちょっとした問題があって、アリーセと私は同室となった。私はアリーセの監視役という形だ。
 何があったかというと、アリーセが自室で爆発を起こしたのだ。

「新理論を試してみたんですけど、あはは」

 一応、アリーセはウィッチであり、自分の魔力で色々なにかするのが趣味らしい。普段の仕事ぶりは素晴らしいのだが、しかしこの趣味のせいで昇進を逃し続けている。
 ともかく、機械まみれの部屋はほぼ全壊。一般人類の住める状態ではなくなった。
 そこで、相棒たる私の出番だ。一応私もカールスラントでは技術士官扱いにされているらしく、あからさまに危険な実験はさせないだろうという思惑からだ。

「ここをこうすれば16%の出力向上が」

「ウィッチ側の消耗が57%上昇」

「むー……ならここのリミッターを解除すれば全体的に500g軽く」

「650km/hで異常振動、690km/hで空中分解するな」

「この新型魔導エンジンはどうでしょう?」

「極めて高精度かつ耐摩耗性に優れた材料である必要があるな。精度が低かったり摩耗したりすると爆発する」

 アリーセの案をことごとく潰していく。私は際限なく処理速度が上がっていくスーパーバイオ並列量子コンピュータである。シミュレートなど脳内でできる。

「一冊分の案が尽きちゃいました。初めてです。ささいな案でも書き出していたんですけど、整理に困っていたんです」

 一人ブレインストーミングなんてことをやっていたのだ、かの相棒の同位存在は。案が尽きた、などというが、私が使えるか使えないかを、あるいは工夫次第で使えるようになるかの選別を行ったのは数十件。アリーセの実家に行けば数千冊のノートに下らない案から恐ろしく壮大な案まで選り取り見取りらしい。というか、六十年先の未来でも見ているのではないかと疑える案が幾つかあったのだが。
 ダ・ヴィンチのような天才だ。

「それで、これはどうするつもりだ」

 付箋まみれのノートが一冊に、最初から最後まで字や図や数式にまみれたノートが14冊。付箋には○×△のマークが書かれている。

「片っ端から試してみようと思います」

「そうか。まあ、そうだろうな」

 2239時。アリーセが爆発を起こしてから6時間ほど。
 迂闊だった。ノートの記述を見て、うっかり口を出したのが運の尽き。
 アリーセはノートをさっさと片づけて、

「明日も早いので寝ます。おやすみなさい」

と、どこかのあやとり名人並の速度で夢界に落ちた。
 ロースマンがルーデルを振り回すという、あの世界では絶対にあり得ない図式がいつの間にか完成していた。



[21785] とある魔王の超大砲鳥01
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/17 02:49
 エルテ・ルーデル。
 国籍不明。
 年齢不明。
 性別不明。
 レベル0。ただし、レベルに不相応な現象を発生させる。
 能力隠匿の可能性なし。一般的な人類の限界点にあるだけと考えられる。
 なお、この人物に関する調査の一切・能動的関与を禁ずる。



 上条当麻が走っている。その後ろを不良達が走っていく。また厄介ごとか、やれやれ。と、彼女は当初の目的のついでに助け船を出すことを決める。
 この先の未来を多少は知っているが、それでも、あの不幸っぷりは見ててかわいそうだ。多少は楽になるだろうと、その準備のために口を開く。

「エイダ」

『目標を含む全衛星に対する欺瞞は完了しています。認識阻害も充分です』

 傍から見れば、奇妙な独り言にしか見えないだろう。しかし、片方の声には電子的ノイズが含まれており、人間にしては不自然なほどに平坦だった。しかし、ここは梯子車を使おうと上れない、そもそも屋上に上がるという前提が存在しない微妙な建造物の屋上。ここまで上がろうとすることができる特殊な人類か、ここまで上がろうとするための手段を持つ奇特な人類以外は、このステージに存在することはできない。

「面倒だ。任せる。適当に撃て」

 どこか投げやりな声は、本当に面倒くさそうに命令する。そこには、見えざる『誰か』への信頼が存在した。
 トレンチコートのポケットに手を突っ込んで、その黒い裾と対象的な銀の髪を風になびかせ、『対象』を睨む。

『クーゲルシュライバー、Ready』

「Feuer」

『チケットをたっぷり食らいな』

 誰も彼女を認識することすらできないが、もしこの場に誰かがいて、彼女の姿を見ることができれば、何もない空間から大量の『得体の知れない何か』が湧き出してるように見えただろう。GAU-8と同じ連射速度で、普通なら人を殺せる速度でカッ飛んでいく『それら』は、人間の動体視力で認識できるようなものではない。
 それらは当麻を追いかけている不良の軍勢に、線でも点でもなく、面で襲いかかった。弾幕ではなく弾壁。弾幕はくぐれるが弾壁は超えなければならない。この時点で、難易度として『理論上はクリアできる』二葬式洗濯機を超えたといっていい。これをどうにか突破するには確率をいじるか障壁を張るかなど様々な方法があるが、相手はスキルアウト、そんな器用かつ一般人類には不可能な高度なことをやらかすなど、それこそ確率をいじらなければできないだろう。無駄に貫通力に優れ圧倒的物量を誇るそれは、少しだけ形を変えて、とある大陸に落ちようとしていた巨大隕石やとある企業戦士の緑色の粒子フィールドを貫きあらゆる迎撃を抜いた実績が存在するのだから。例外は、とある冥王そして学園序列一位、彼女が『水没』と勝手に呼んでからかう『一方通行』しかない。

「殺す気か?」

『はい、死ね』

 そうは言うが、エイダと呼ばれた声には殺す気など一切ない。不良達に襲いかかった大量のボールペンは、個々の質量は軽く、ペン先にキャップがしてあった。見えざる腕を持つ新人類が出てくる漫画みたいなことは起きない。それでも、速度のあるボールペンは非常に痛い。だが、たとえ貫通したとしても、それは傷にはなりえない。純粋な魔力物質、非生体物質のみを破壊し、生命には苦痛と魔力ダメージという非致死性の被害を与える。物理と、この街・学園都市という科学の粋を集めた存在に喧嘩を売るような攻撃だった。
 痛がる不良達は、どこからともなく飛来した高エネルギー結晶体のボールペンに気をとられ、当麻を見失う。

「当麻をロストした。見えるか?」

『一部の敵性目標が脱落していません。ですが、サンダーボルトが敵性目標に接触。どうしますか?』

 サンダーボルト。日本語にして雷電である。彼女が冗談でそう呼ぶ存在は、一般には一切その名は通用しない。これまた彼女が勝手に名付けたあだ名である。ちなみに、当麻は彼女を『ビリビリ中学生』と呼ぶ。

「放置だ。私よりお前の方が『正史』をよく知っているのではなかったか?」

『ランナーは現在進行形で『この世界の正史』を学習しています。この世界は正史とは恐らく違う世界、パラレルワールドあるいは二次創作の世界と判断しました。ならば、『正史のみ』の私の知識とは違う可能性があります。それ以上に、『あなた』というイレギュラーが存在するのです。その意味を、ランナーは過去に存分に味わったはずですが』

 やれやれ。口にはしないが、そのしぐさは彼女がそう呟いたようにエイダに幻視させた。
 この世界に限らず、彼女の存在は、その世界が歩むべき正しい道を徹底して破壊し再構築するほどの力が存在する。そもそも、一個の存在とは、ただ存在するだけで力となる。一個の存在を中心としたバタフライ効果は、どこか遠くで異常を発生し、予想外の事態を巻き起こす。

「世界に関与しすぎたか……」

『敵性目標の無力化を確認。サンダーボルト、移動開始』

 見れば、そこには不良達の屍が累々と、そして一人の少女がそれを後目に歩いていた。
 彼女がサンダーボルトと呼ぶ、学園都市序列第3位、『超電磁砲』こと御坂美琴だ。

「近いな。素晴らしいタイミングだ」

『目標、橋の上。サンダーボルトと接触しています』

「これなんだ」

 コートのポケットから、あり得ない体積の物質が引きずり出された。ドングリを胴長にしたような形ではあるが、問題はその長さと直径だ。30cmスケールでやっと測れるくらいの直径、そして、1mスケールが必要な長さ。

『レールキャノン用 対核シェルター254mm徹甲弾頭(アーマードシェルバスター)ですね。叩き込むつもりですか?』

 比重の大きなタングステンコアを、硬いチタンの殻で覆って、高温超電導合金でジャケット。本来なら、加速用プラズマ発生のために弾体の尻に金属塊がくっつくが、これにはない。これを放つべき砲は未だ存在しないのに、何故か砲弾が存在する。
 現役主力戦車の砲弾ですら口径はこれの半分程度。未だ世界最大と謳われる旧大日本帝国海軍が誇る戦艦『大和』の主艦砲、口径にしてその半分強であり、質量はその8分の1。打ち出すべき火薬の必要ない、戦略砲撃にも使える質量の巨大な金属の塊。

「いや、レールガンがレールキャノンにクラスアップしたら面白そうだから作ってみた」

『おおよそ普通の人類が持ち上げることのできる重量ではない気がしますが』

 エイダがそれの重量を鑑みた意見を言う。彼女は、「知っている」と呟き。

「3.7cmも立派なカノンだ」

『レールカノーネンフォーゲルですか』

「まあ、それを冗談としても、親交を持ちたい対象ではある」

『我ながら良い機体だ。これならば休む必要もあるまい。さあ出撃だ!』

「では、始めよう」

『それが『手段』でしたか。魔砲を使うとばかり』

「『何故か』壊れたより『何か』がぶつかった方が納得しやすい」

 彼女は手に持ったその砲弾を、掌に乗せ、その先を天に向ける。最大直径25cm、全長75cmの一見して大艦巨砲主義時代の遺物とも言えるそれが、細身の彼女のまっすぐ上に伸ばした腕の先にずんと鎮座する様は、まるで異形のようだ。いや、実際に彼女は正しく人類ではない。その狂った重量を、その細い片手で支えるなど、物理の法則が乱れに乱れているこの『学園都市』では珍しくもない光景だが、彼女はその行為に対して一切の異能を使ってはいない。彼女の持つ『本当の力』すらも。

「エーレンベルクReady。ソードオブパラケルススモード。電圧設定4.2PV。仮想キャパシタ1MF。大気や重力の影響は?」

『質量及び速度が馬鹿なので、無視できる誤差です。衝撃波および反作用による地軸、公転、自転に対する影響を心配したらどうです?』

「衝撃波は魔法でどうにかするとして、反作用は地面に力が伝わらなければいい。いっそ仮想砲身を目標付近まで伸ばすか」

『呆れますが、それがベストアンサーです』

「よし、始めるか」

『エーレンベルク、仮想砲身展開』

 橋では、当麻と美琴が言い争いをしている。空には暗雲。いや、雷雲。
 学園都市の、外れることのない天気予報は雷警報を発令している。

『魔力変換完了。仮想キャパシタ装填完了』

 4.2EJ、実にツァーリ・ボンバの20倍という、TNT換算にして1Gtというわかりやすいエネルギーがどこかに充填されたことを、エイダはいつものように淡々と報告する。

『仮想砲身内排気完了』

 この間、一切の光あるいは音や発熱などが彼女には見られない。すなわち、彼女らが宣言している通りのエネルギーを実際に運用しているとしたら、その莫大という言葉が霞むほどのエネルギーを扱っていながら、エネルギーの漏れや損失が一切ないということだ。漫画やアニメならば普通、ここで放電減少が起きるだろう。そう、彼女が見ているその先、橋の上で派手にコインをマッハ3程度でカッ飛ばす少女のように。

『撃てます』

 エイダが宣言する。本当に一切の損失なくツァーリ・ボンバの20倍のエネルギーが使われたとすれば、どれほどの高速で、否、亜光速でそれは放たれるのだろう
 それほどのエネルギーを溜め込んだ彼女は直立し、右腕を、砲弾を頭上に高々と掲げたまま動かない。まるで何かを待つように。

「…………」

 その眼は、一切はるか天空の目標を見ていない。ひたすら、橋の上のいざこざを見ている。

『きます』

「Feuer」

 仮想キャパシタに存在したエネルギーが解き放たれた。見えない2本のレールに4.2EJのエネルギーが与えられ、彼女の掌にあった砲弾は砲身に吸い込まれた。高温超電導アルミ合金ですらジュール熱を発しそうなそのエネルギーは、しかし一瞬の通電ゆえに発生しなかった。
 光速に限りなく近づいた砲弾は、文字通り一瞬で対流圏・成層圏・中間圏・熱圏を通り過ぎ、学園都市を監視していた衛星をブチ抜いた。
 これが、砲が存在しない理由。いや、砲が要らない理由だった。

『砲弾の炸裂を確認。APではなかったのですか?』

「徹甲榴弾だ。念には念を入れてな」

 タイミングをミスったな。そう彼女がつぶやくと、雷が落ちた。



 おおよそ、私は暇である。学園都市における成績なぞ、正直どうでもいいので、出席日数的に問題ない程度にかつコンスタントに計画的にサボり、開発も適当にやっている。だから――――

『エルちゃーん、馬鹿だから補修ですー』

 などという電話がかかってくる訳だ。おそらく隣でも同じ電話がかかっただろう。
 『正史に関わればとりあえず自由』という命令があるからには、適度に劣等生として、そしてそれ以前に性別不明として高校そして男子寮に突撃せざるを得ない訳だ。女顔どころか女そのものではあるが、制服に私服は男物しか着ず、一人称も俺であるのでおおよその人間には男として認識されているかもしれない。性別は不詳と公言し、首から下の肌は未だ誰にも晒したことはないので、結局はシュレディンガーの猫状態だ。青髪ピアスは私を女と確信して見ているが、あらゆるセクハラによる確認を実力で回避している。

「ふーっ……」

 部屋を葉巻の煙で包む。そもそも肺に入れず、香としての性格の強い葉巻は、吸う必要がない。火をつけるとき以外は吹いている。時折、灰が熱い排気にわずかに舞い上がる。
 7月20日。
 去年のルーデル閣下生誕記念祭のついでの私の誕生日パーティーにかこつけて餌付けをしてからというもの、月末になると突撃となりの食卓をしてくるおおよそ人生万事バッドフォーチュンな隣人は珍しく20という数字を無事に乗り越え――――あり得ん。
 そして時は昼前。そもそも食を必要としないこの躯、冷蔵庫などというものは一応小型のものが設置されているだけにとどまり。その他必要な電化製品の類も含め、落雷どころかEMP対策すら施してある。いつ元SASのナイスヒゲがSLBMを放とうと、ここにある電化製品は存分に動いてくれることだろう。それでも停電――――あるいはパワーソースたる発電所そのものがお亡くなりになられれば役に立たんが、最悪の場合を想定してディーゼル発電機と軽油が存在する。さらにそれさえ使えない場合を想定して、食糧はあらゆるシチュエーションで食えるよう、コンバットレーションや缶詰などなど。
 今日は何を食うか、などと考えているうちに、ドアが開けられた。

「今日も食糧を賜りに参りました、上条さんです」

「おじゃまするんだよ」

「ロリ条当麻、可能ならば一度死んで空条承太郎あたりに転生することをお勧めする」

 当麻の隣に、妙な格好の少女がいた。いや、私は彼女の存在を知ってはいるが。
 銀髪。白に金糸の装飾の施されたシスター服。キャラが被るな。いっそ閣下と同じ黒に染めてみるか。

「ロリじゃねー! こいつは、その、なんというか」

「大学のフライトファイターサークルがシュトゥーカを再現してな、投下爆弾席に座りたい者を探しているのだが」

「死ねと!? 死ねと言いやがりますかこいつは!?」

「さて、餓死されてもたまらん。あがれ。一昨日から1800日後ほどまで期限切れかけの在庫一掃キャンペーン中だ。どんだけ食おうと我々は何等の文句を言わん」

「普通に年換算しろよ。大丈夫なのか、それ?」

「保存食の期限など、念のため程度でしかない。そこの名も知らぬ少女も、初対面だからと言って遠慮は要らん」

 とっとと奥に引っ込む。
 窓を開けて、葉巻の甘い香りの煙を追い出す。そのころには二人は上がってきた。

「同じのばっかり……」

 少女が言っているのは、恐らく本棚の上のシュトゥーカのプラモデルだろう。

「同じではないな。A(アー)からG(ゲー)まで、構想のみのもの以外全てがそこにある」

「そうなんだ」

「この機体には伝説があってな。正しくは乗っていたパイロットなんだが、おおよそ人類とは思えぬ不死身さと、今後絶対に超えられないであろう戦果を残している。軍神、シュトゥーカの悪魔、独逸の破壊神、黄金柏葉剣付の魔王と、今では信仰の対象ですらある」

「信仰? この国の人は神様を信じないって聞いてたけど」

「日本人は極端から極端に走る。信じている人は盲信するほどに信じている、信じない人は絶対に信じない。私が信仰している閣下とて、祈りをささげてどうのより、その意思、生き様、在り方に対し敬意を払い、己が強く在るための目標のようなものだ。一般的な人の概念で言う宗教とは根本から違う。人それぞれということだ」

 少女は黙って私の話を聞いている。独特の信仰が珍しかったのか。

「他にも真魚教や『教団』というものもあるが……つまらん話はここまでだ。飯にしよう」

 部屋の隅に天井まで積み上げてある缶の山、それを崩す。

「うおお!」

 倒れた缶のタワーが、当麻に雨あられと降る。

「痛、痛、痛いんですけど!?」

「なぜ倒れる方に逃げる」

 第二段雨あられを躯を張って当麻に当たらないように防ぐ。

「痛くないのか?」

「そうでもない」

「そ、そうか……コンビーフばっかじゃねーか!」

「よく探せ。シチュー缶、グラタン缶、カレー缶、パン缶、白米缶、キャビア缶、桃缶、他にも色々あるはずだ」

 とりあえずタワーを全部倒す。とりあえず適当に倉庫から出して積みあげただけなので、もしかしたらコンビーフオンリーという奇跡の確率を実現した可能性もあるかもしれない。ただでさえ、とある馬鹿のせいで可能性理論が狂っているのだ。

「当麻、探すのは俺に任せて食っていろ。あなたの不幸はこういったことにも適用されそうだ」

 分類しながら再度積み上げる。すぐにコンビーフのタワーが出来上がった。
 当麻は勝手知ったる他人の家。缶切りとスプーンを手に部屋の中央のちゃぶ台に向かう。少女は当麻の対面に座る。

「当麻が正しかったようだ。コンビーフ以外はほとんど存在しない」

 他にはレーション、桃缶、鯖缶、グラタン缶がいくつか。

「こうして食糧にありつけるだけでも上条さんはありがたく思うのですよー。だからそんな申し訳なさそうな顔をしないでほしいんだが……」

 よく私の表情がわかるな。
 それはともかく。

「実にうまそうに食う……」

 少女は先ほど元気に「いただきます」と宣言した後、一心不乱に缶の中身をスプーンでえぐっては口に入れる作業にいそしんでいる。

「よほど腹が減っていたと見える。ときに当麻、なぜ温めない」

「使い方がわかんねーんだよ」

 やれやれ。ガス式缶詰ヒーターなる妙な野外調理器具を購入したはいいが、私以外に使えない。思えば、いつも私が温めていた気がする。大学の研究成果をそのまま放出する学園都市とはいえ、頑丈さと簡単さを求められる野外調理器具に繊細な電子素子やセンサを搭載するのはどうかと思う。しかも、あからさまにカバーとかそこらのおおよそ製品というものに必要な外観というか、そういったものが存在しない。メカメカしい中身が丸見えなわけだ。マニュアルも適当に書かれた不親切極まりないもので、点火できたのが奇跡とも思える。まあ、試作品であり学生が最新技術でなにかできないかと作ったものらしいし、極めて高性能、何より馬鹿みたいに安かったから文句は言わないが。

「そういうお前はそのままじゃないか」

「俺は……まあ、そうだな。どうせ味など期待するだけ無駄だしな、手間とエネルギーは可能な限り省くに超したことはない」

 缶切りで冷たい缶をキリキリ開けていく。中身はコンビーフではなく、塩付けのミンチをベースにしたプロトコンバットレーション。機関で開発し、ある程度生産したが「MREよりまずい」と不評極まりなく、すぐに新型レーションに更新され不良在庫になった代物だ。『人類が食うべきものではない』と酷評されたそれは、それなりにまずい。

「ごちそうさま!」

 かなりのハイペースで缶詰を開けていた少女が、ようやく満腹になったようだ。コンビーフだけでなく、いくつかレーションの空き缶が存在するこの光景は驚愕に値する。

「……まずくなかったか?」

「おいしかったよ!」

 戦場において不足しがちな栄養素をこれでもかというほど詰め込んでいた、そう開発したことをこれほど「よかった」と思ったことはない。亜鉛をはじめとする不足すると味覚障害の原因となる栄養素もやや過剰に含まれていた。
 一体どんな食生活を送ってきたのか。これを旨いと言ったのは、マクタヴィッシュやギルくらいだというのに。悲しみに暮れようにも、涙は出ない。いや、まさか。

「ブリテンから来たのか?」

「なんでわかったの?」

「いや……イギリス人に多く見られる傾向が名も知らぬ少女にも観測することができたからだ。ちなみに秘密だ」

 正直、イギリスには行きたくない。もし行けと言われたら、絶対なにも口にしない。食事を必要としないこの躯に感謝した、数少ないことだった。



[21785] とある魔王の超大砲鳥02
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/18 01:55
 当麻が最後の缶をゴミ袋に放り、しばしの休憩の後。

「さて。事情を話してもらおうか、上条当麻。返答次第では私はあなたをミンチにして櫻の肥料にする、あるいはシュトゥーカの後部機銃手に任命することもやぶさかではない」

 一切の事情を知らないことになっているエルテが、当麻に説明を求めた。

「え~、かくかくしかじかで」

「なるほど。ベランダに干されていたシスターにパンを与えたらなつかれたか」

 そこで『腐った』という修飾詞を使わないのはエルテの優しさである。それに気づきもせず、当麻は頭を抱えながら

「なんでわかるんだ……」

 とつぶやいた。

「では一応自己紹介から。エルテ・ルーデル。見ての通り、年齢、性別、国籍、全て秘密」

 異常なまでの秘密主義。外見からは性別・年齢・は窺えない。国籍は日本でないことが確かだ。顔や声は極めて中性的で、どちらか断定はできない。

「職業は……魔王、あるいは破壊神。以後、縁があればよろしく」

「学生というステータスはないのかよ? っていうか相変わらず初対面にはそのジョークですか。」

 魔王。そして破壊神。シスターに言うべき言葉ではないが、恐らく彼女はこの土地の、この国家の特性を鑑みたのか、当麻の言葉からか、冗談と思ってくれたらしい。

「私はインデックスなんだよ。あ、魔法名なら『Dedicatus545』だよ」

「魔法名。この世界の魔法使いのしきたりか? それともルールか?」

 さっきから頭を抱えたままの当麻がずっこけた。

「なんでおまえまで魔法を信じてんだよ!」

「はなから否定するよりかは、話を聞き、その話を理解し吟味した上で結論を出すのが最良だろう。対話を忘れれば、人類に残るのは原初の本能たる『闘争』しか残らん」

「まあ、そりゃそうだが……」

「対話は重要だ。当麻も話だけは聞け。その真偽を判断しながらな」

「……わかったよ」

 ちゃぶ台を囲んで、話が始まる。当麻はしぶしぶと言った感じだったが。

「まず……なんで俺の部屋のベランダに干されてたんだ?」

「干してたんじゃないよ?」

「風に吹かれて引っ掛かったとか言うんじゃねーだろうな?」

「似たようなものかも……」

「……よじ登れはせんな。空を飛べはせんだろうし、落ちたか」

「うん、そう。屋上から屋上へ飛び移るつもりだったんだけど」

「はぁ?」

「跳べん距離ではないし、ただ跳んで落ちる理由もそうそう見られんが」

「おいおい、一歩間違えばあの世行きじゃねぇか」

「8階建ての屋上、相当なヘマをしない限り即死にはまだ高さが足りん。そもそも、当麻のベランダまで落ちている時点で相応の怪我を負っているはずだが」

「あ、それはこの服のおかげなんだよ。これは『歩く教会』といって、教会としての必要最小限の要素だけを詰め込んだ『服の形をした教会』なんだよ。布地の織り方、糸の縫い方、詩集の飾り方まで計算し尽くされてできてるの。刃物程度じゃ傷一つつけられないんだから」

「ふむ。ならば……俺の愛用のコート。素材は秘密。防弾防刃防寒防熱耐火耐熱耐薬品防放射線、この世でおおよそ考えうる災厄に対する防御ができるスグレモノで――――」

「なに張り合ってんだよコラ」

「……俺としたことが。まあいい。それが魔術というオカルトに則っているのなら、当麻の右手で吹き飛ぶな」

 当麻の幻想殺しは凄まじい。下手をすれば、『全一』という常識ではあり得ない状態にある私も消えてしまいかねない。幸いにして私は『理の外』に在るらしく、『幻想』という理に属してはいないらしい。そもそもどこに触れれば私という個人を分解できるのだろうか。

「まあ、そういうことになるな」

「さて。魔術のあるなしに関係なく、インデックスが落ちてきたという事実は変わらない。仮にインデックスが電波でアイタタな少女であったとして、屋上からアイキャンフライを実行した可能性も無いとは言えないが。ここで問題になるのが『何故インデックスは屋上から屋上へ飛び移ろうとしたか』『なぜあの距離で落ちたか』だ」

 私はインデックスに視線を戻す。何故こうも脱線するかな。

「追われてたんだよ。飛び越えようとしたら撃たれて、そのまま落ちちゃったんだよ」

「誰に」

「魔術結社」

 その言葉に当麻が大きく溜息をつく。

「魔術結社。何が目的で?」

「私が持っている十万三千冊の魔術書が目的だと思う」

 再び当麻が溜息。

「当麻。この世界には超能力なるものが存在する。ならば魔術や魔法があろうともおかしくはなかろう」

「なんでアナタはそうさも当たり前に魔術とか魔法とかを認めやがりますか!? ここは科学の極み、オカルトの入り込む余地のない学園都市だぞ?」

 大声でまくしたてる。心底呆れたように。

「何故ないと言い切れる。見たことがないから、感じたことがないから、そんな下らないことで物事を否定はするものではないこの世界について人間が知っていることなど、その全てに比ぶれば小数点下数億桁%に満たない。現在知られていることでも、あっさり塗り替えられることだってある。『無い』と否定するより『在るかも知れない』と判断するのが最も正しいのだよ」

 ついでに量子力学の観点から見た魔術の有無の確率に関しても言うべきかと思ったが、当麻の頭で理解できるとは思わなかった。
 本音を言えばインデックスに魔術と魔法の違いをこれでもかと言うほど説明したかったが。

「常識など、儚いものだぞ。この学園都市だってそうだ。外の世界での非常識が、『科学』という理由だけでは納得できないほどの異常がこれでもかと言うほどにある。高度に発達した科学は魔法と変わりないというし」

「あーもーよくわからん! 在るか無いかはっきりしろ!」

「……だそうだがインデックス。何か証明できそうなものはあるか? あるいは実際に魔術を使うのが最良だとは思うが」

「私は魔術は使えないよ? 魔力がないから」

「イオナズンですかよ!?」

「む~。だったら!」

 インデックスが立ち上がる。そしてキッチンに向かい、

「痛っ」

 いまだ散乱したままのコンビーフ缶を踏んづけて、

「わっ!?」

 缶ごと足を滑らせて、

「おいっ!?」

 バランスを崩したところを当麻に腕を掴まれ、どうにか缶の山に倒れるのは避けられた。いつもの当麻を見ている気分だ。

「っ、大丈夫か?」

「あ……うん」

 当麻に腕を引かれた際、勢いでその胸に収まってしまったインデックスは、まるで抱きしめられているように見える。

「いきなりどうしたんだ?」

「この服、強度は法皇級なんだよ。それを証明するには包丁で刺せばいいかなって」

「いや、そりゃヤバいだろ――――」

 当麻がまた溜息をつこうとしたとき。
 その腕の中でインデックスが弾け飛んだ。いや、インデックスの服が。りアクティブアーマーがごとく。

「…………」
「…………」
「――――」

 丸裸だ。当麻に半ば抱き抱えられるようにしてホールドされているため、何かのドラマか映画かアニメかエロゲのワンシーンのようだ。
 思い出そう。当麻はインデックスの腕を『右手で』掴んだ。『歩く教会』は長袖ゆえに、その腕を掴むということは『幻想殺しが歩く教会に触れる』ということである。
 図らずもインデックスの言葉は事故により証明された。本来なら、『歩く教会』は無傷のままでシナリオを進めるつもりだったが。これが世界の修正力か。

「…………」
「――――」
「……う」

 神の祝福を受けた鎧がひらひらとフローリングの床に降り注ぎ、その全てが落ちたとき、やっと時は動き出す。

「ううう……」

 怒っておられる。私が知る冥王の怒りには遥か及ばないが、それでも当麻には恐ろしく見えるだろう。

「うー!」

 インデックスは当麻に噛みついた。



[21785] とある魔王の超大砲鳥03
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:4943e38d
Date: 2011/02/09 16:18
 とりあえず世界一安全なトレンチコートをインデックスに被せ、普通の針と糸で職人顔負けの縫製技術を発揮し元の価値に戻す。糸が足りないので、数箇所は確実に安全ピンだ。これも世界の修正力というのか。
 さっきから

 ドォ――――――――z________ン
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 などという空気がこの場を支配しているが、正史通り幽波紋使いはいない。せいぜいいて波紋使いだ。
 ちなみにこの世界のジョジョはちゃんと「なにをするだァ――――ッ!」のままだ。

「…………」
「…………」

「できたぞインデックス」

「ありがとうエルテ! ……え?」

 すげえ顔をされた。あ、フードがない。どこに消えたのか。

「面影が見えないんだよ?」

「追われているのならば、あんな目立つ格好でなく可能な限りその場に溶け込む必要がある。その点ではこの都市迷彩シスター服は――――」

 白と灰色のまだら模様が美しい、都市迷彩シスター服。宇宙開発にも使われる絶対に傷つかず割れることのない防刃薄ガラスを仕込むことで比類なき防御性能を発揮。高温で溶かされないよう防熱布をその上にかけてあるから火炎放射や米軍MBTのAPFSDSの直撃どころかズムウォルト級駆逐艦の主砲を受けたとしても無傷だ。中の人はどうか知らないが。

「…………」
「…………」

「余計目立つだろ!」
「余計目立つんだよ!」

「冗談だ」

 言葉とは裏腹に本気だった。この都市迷彩シスター服ならば、たとえ火織の斬撃であろうと耐えられる。なにせ単分子切断でもなかなか斬れないのだから。戦闘民族高町家や神鳴流剣士や土方護クラスの使い手ですらてこずったのだ。重傷を負う確率は少なくなるはずだった。せっかく転送で持ってきたというのに。都市迷彩でなければよかったのか?
 代わりに出すは破壊され形だけを取り戻した元・歩く教会。防御力など皆無。

「これは?」

 インデックスが指すは安全ピン。この服をアイアンメイデンたらしめる存在。

「糸が足りなかった。一時凌ぎだ、あとでしっかり補修してやる」

「あ……ありがとう」

「さて。どうせ当麻も補習だろう」

「ああそうだよ! たく……で、お前どうすんの? 俺たちは今から出るけど、ここに残るなら――――」

 私を見るな。

「この美人が鍵くれると思うけど」

「…………」

 黙って鍵をちゃぶ台に置く。期待されれば応えたくなるだろう。ついでに数人の福沢諭吉も。「太っ腹だなオイ」なんて突っ込みは無視した。

「……いい。出てく」

「そうか。困ったことがあれば戻って来い。鍵は持っていろ」

「えっ……? いや、違うんだよ。いつまでもここにいると連中が……」

「それでもだ。孤軍奮闘など愚か者のすること。少なくとも、当麻の右手に魔術など児戯に等しい」

「おい待てよ! 俺の右手頼りかよ」

「魔術相手には無敵の楯だ」

「まあそうだけどさ……ヤベ、時間!」

 時計を見るまでもなく、ギリギリだ。長話しているからだ。

「また、後で」

 慌ただしく部屋を出る。腹ペコシスターは勘違いで掃除ロボを追いかけず、当麻の携帯は死ななかった。いろいろな情報を当麻に与えぬまま。



「ロリも好きなんやー!」

 青髪ピアスが何やら叫んでいる。小萌先生の私生活を知ったら、その幻想は破壊されること間違いないだろう。
 ぽけーっと、補習を受けるべきではない態度で補習を受ける。小萌先生の言うことは、一応聞いてはいるが既に記憶していることばかりだ。『馬鹿だから補習』というのは方便で、少ない出席日数を鑑みてのことだろう。当然、開発の単位は足りていない。一応能力は発現しているが、徹底した隠蔽と個体のすり替えのおかげで当麻と同じレベル0。
 機関で同じカリキュラムを同一存在に実施したところ、能力はバラバラに発現した。原因として、『エルテ・ルーデル』の能力が、特殊な『多重能力』そのものである可能性が挙げられた。演算能力は常人と比べ物にならず、単一の意思に複数の躯を持つ、私の『自分だけの現実』がどんなものかは未だほとんど理解できていないが、私の存在を示す『全一』が関係しているのは確かだ。

「はーいそこ! これ以上一言でも喋りやがったらコロンブスの卵ですよー。あーゆーおーらい?」

「Jawöhl」

「ちなみに上条ちゃんとエルテちゃんは開発の単位が足りてないから、どっちにしろすけすけみるみるですよー?」

「なんですと!?」

 私の後ろの方が騒がしい。
 すけすけみるみる……目隠しでポーカー。透視能力が必要らしいが、実際はそうでもない。
 当麻が悲鳴をあげているが、そこまで脅威に思えない。

「当麻、簡単だ。どんなに高精度であっても、所詮は大量生産の工業製品。重量もサイズも小数点下3桁もいけば充分見分けがつく」

 教室から物音が消えた。これは言うべきだろう。

「そんなに不思議なのか? 特に秘訣はないのだが」

 暫く時が止まった。



 補習再開からもずっと、私はぼけーっと外を見ていた。
 私の席は当麻の前にある。窓の外、眼下では女子テニス部の部員がパコンパコン音を立ててボールを弾きあっている。このクソ熱いであろう炎天の下、普通の人類の癖によくああも活発に動けるものだと感心する。私は砂漠のド真ん中でも日照防御に黒いトレンチコートを着て汗一つかかない程度には、人類と呼ぶには外れすぎている。今日とて冬服を軽装にしたものある。さすがにコートは自粛しているが、夜ならば普通に着て出回っている。これならばアンチスキルに追われても、簡単に逃げることができる。この学園都市の技術が10年進んでいたとしても、20年以上先の熱光学迷彩を見破ることはできない。相手が透視能力者だとしても、目標にアタリをつけなければ見えないのがほとんどだ。美偉で実験したから恐らく問題ない。

「小萌センセ~。カミやんとエルやんが女子テニス部のチラリズムに夢中になってま~す」

 青髪ピアスの戯言は気にしない。私は下ではなく、別の場所を見ていた。元・歩く教会に仕掛けた発信機と、ジャックした衛星の映像。ついでに何よりも信頼できる己の眼、ヘルゼリッシュでインデックスの動向を見ている。この学園都市にいる幾つかの個体も。
 ……何故あの迷彩シスター服を持っているのだろう。

「…………」

 私の手はずっとプリントとノートの上を動き続け、プリントに関しては既に空欄が全滅していた。そして視線はテニスコートでなく遥か遠くのどこか。
 殺意ある眼が見るのは当麻だけだった。



「なんでできるですかー?」

 小萌先生がいつも通り驚く。
 すけすけみるみる。目隠しでポーカーをやるのだが、普通に何度も勝てる。一切の魔法も、同一存在も使っていない。

「どんなに精密につくろうが、製品には一枚一枚個性がある。サイズやインク量の差による重量と重みの偏差、この場所の重力加速度を得られれば。そして、トランプには絵柄が存在する、つまりは光を反射や吸収することで発生する反作用や熱に差が出る訳だ。インクによる凹凸を感じるのが最も確実だが、それだと怪しくなるからな」

「それは聞きましたけど、げ、原子レベル、いえ、光子レベルですかー?」

「人類とは不思議なものだな、体内時計が非常に正確な小萌先生」

「なんでそれを知ってるですー?」

「人類には、脳をいじらなくとも使える能力がある。ただひたすら訓練することにより、人は不可能に適応する。コロンブスの卵は、卵の三次元座標空間に存在するモーメントの回帰直線を算出し、それが垂直になるように机の表面の微細な凹凸と卵の凹凸をはめ合わせ立たせる。数学と物理、切削や表面粗さの問題だ」

 さっと机を撫で、コンコンと卵を立てて並べていく。まるでドミノのように、しかし積み木を並べるようにあっさりと。

「原子の隙間にはめ込んでいるから、少々の外乱では倒れない」

 小萌先生がつついてやっと倒れた。

「規定時間はクリアだ。まあ、一種の異能とも考えられなくもないな。名付けるとすればどうなるかな?」

 冗談ぽく聞いてみる。

「そうですねー。精密操作(スタープラチナ)はどうですー?」

 レベルを言わないところ、ちゃんと冗談とわかってくれたらしい。しかし――――

「小萌、貴様読んでいるな」

「な、なんのことですかー?」

 この反応。間違いない。小萌先生は確実に『アレ』を読んでいる。

「まあいい。これで補習は終わりだな。やれやれ、何故俺までもコロンブスの卵をしなければならない?」

「単位不足を補うためですー。それにこれは能力の開発ですから、帰るのは許可できませんよー?」

「……謀ったな小萌」

「ふふふー。君が悪いのですー。いくら隠したいからと言っても不真面目ならいくらでもやってやるですよー」

「俺よりか真面目な当麻が残念なのがつくづく不敏でならん」

 必死に無駄な行為を続ける当麻だが、私にはどうすることもできない。

「右手の指先でしっかりカードを撫でてみろ。凹凸がわかるようになれば後はこっちのものだ」

「わかるかー!」



 完全下校時刻までしっかり拘束された。
 時を止めて、ヘルゼリッシュで世界を監視しながら帰宅する。インデックスは予定通り重傷を負っているが、本当に危険にならない限りは、私は関与すべきではない。最悪、ガイアの魔王としての力を発揮さざるを得ない。
 しかし、つくづく頑丈だ。原作で腐ったものを食って平然としているその鋼の胃腸、屋上から落ちて元気に動き回る躯、斬撃を食らってなお当麻の部屋まで歩き続けるタフネス。2番目は歩く教会の加護だとしても、かなり頑丈だと言える。ナガセかジル、あるいは閣下の血でも受け継いでいるのではないか?
 ルーデル機関 学園都市支部 高度情報戦室において、同一存在たる複数の私は存分に能力を発揮している。ハック・クラック上等なこの部屋は、たとえ警備員や風紀委員が来たとしても摘発されることはない。テレポーターでもここに侵入することはできても脱出は不可能だ。学園都市地下のライフラインより更に深い場所、出入口や連絡通路などもない。脳に干渉する電磁波が常に流され、能力の一切は使えない。電力は地下水と地熱より確保し、情報ネットワークは上層のライフラインから盗んでいる。こういった情報戦室だけでも複数、他にセーフハウスなども多々ある。魔法と、新たに得た超能力という力の恩恵だ。
 監視網の細かい学園都市では、堂々と動けるのは一人だけなので、こうしてバックアップに注力するしかない。大規模兵力の動員は、監視を完全に掌握してからになる。今はまだ、『私一人分』の周囲1kmの監視網と衛星2基程度のコントロールが関の山。だから1基を破壊したのだが。
 今回の事件でもう1基衛星が潰れる。そして、ルーデル機関謹製戦略軌道レールキャノン『SOLG』が片方の代わりを務めている。未だ『衛星が破壊された』という事実は存在せず、SOLGは昨日消えた監視衛星と同様の軌道で、同様のデータを送受信している。今は従順に学園のいうことを聞いているが。
 ルーデルセンチュリアによる社会の制御は、10年ほどかけて社会にセンチュリアを浸透させていくのが肝要となる。たった1年ほどでは、書類偽造や情報の書き換えなどでは、大規模な行動をするための土壌を造るに足りない。
 せいぜい認識阻害をかけて噂を集めたり、機密エリアの情報を得たりする同一存在がいるくらいだ。顔を変えてもIDは得られないのだから。今、高度情報戦室の最重要業務は、ID管理を司るサーバシステムの捜索だ。
 端末の数が多く、回線も遅く、セキュリティは堅く、慎重にならざるを得ない。エイダですらてこずるとは思わなかった。

「…………」

「なにイライラしてんだよ」

「……気にするな」

 隣の当麻が心配するように声をかけてくる。

「アンタたち、そこの! 待ちなさい! 当麻とエルテ! 止まれってば!」

 サンダーボルトが来た。

「ああビリビリ。なんだ?」
「サンダーボルト。悪いが今日は遊んでやれない」

 歩きながら相手をする。止まる気はない。

「ちょっと! 私は御坂美琴ってちゃんとした名前が」

「知っている。愛称が気に食わないか。ミコちゃんとでも呼ぶか」

「な――――い、いいわよそれで」

 赤くなる美琴。だが、この娘はからかうに限る。

「で、御坂、何の用なんだ? お前のせいで家電は全滅、俺はまたエルテに食糧をたかる羽目になったんだぞ」

「言葉の前後に関係がないわね……ま、悪いとは思ってるわよ。でもレディをガキとかバケモノ扱いするのはどうなのよ」

 なるほど、昨日のあれはそれでか。かつての事件のおかげで正史より関係は改善されているとはいえ、美琴にとって当麻は全力を出せる相手だ。

「どうせ美琴に絡んでいた不良を助けようとしたのだろう? その際ガキとかロリコンとか言っただろう。ついでに『バケモノから助けてやったんだから感謝しろ』などと口走ったのではないか?」

「あー、まー、そうです……」

 しどろもどろに小さく認める当麻。デリカシーとかそういうものが欠落している癖にフラグビルダー。いや、一級フラグ建築士。恋愛原子核と言っても過言ではない。

「さて。世間話している暇はないぞ。要件はなんだ」

 脱線し世間話になったのを元に戻す。

「……ちょっと手伝って欲しいことがあるのよ。『ブレイカー』に対する依頼と思っていいわ」

 『ブレイカー』。別名・何でも屋。数年前の事件で構成され、ちまちまと、あるいは一気に人数を増やしつつあるグループ。というより組織。当麻と美琴の関係が良好である理由に関係している。そして、ここにいる三人はブレイカーに属している。

「妹達で手が足りないのか? それとも手に余るのか?」

「あの子たちの情報収集で一切引っ掛からなかったの。『幻想御手』って知ってる?」

「なるほど。引き受けるが、俺と当麻は数日動けない。氷華と一方通行に話をつけておく」

「げ……」

 正体不明・風斬氷華と、ランク1・一方通行もブレイカーに属している。
 美琴が嫌な顔をしているのは、恐らく一方通行のことだろう。妹達は誰も死ななかったとはいえ、わだかまりは消えたわけではない。

「なるべく早く終わらせる」

「それまで待っててくれ」

「わかったわよ……ちゃんと手伝ってよね!」

 走り去ろうとする美琴に、一応助言をしておくことにする。

「最後に一つ。脱ぎ女に注意。飾利にも伝えておけ」

「脱ぎ女? わかった」

 その後ろ姿を見送り。歩くペースを少し上げる。

「……やっぱインデックスか」

「それ以外に何がある。急ぐぞ」

「まったく、お前の勘はレベル5の予知能力じゃねえのか?」

「さあな」



[21785] とある魔王の超大砲鳥04
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/11/20 14:25
 インデックスが倒れている。その躯に、掃除ロボが体当たりしている。私はソレにネリチャギを叩き込んで警報を鳴らす間もなく完全に破壊し、当麻がインデックスの容体を診る。

「どうだ?」

「まだ大丈夫だ、一時間は持つ。動脈はやられてない。意識はないけど頭を打った訳じゃない。縫合頼めるか?」

「Ja」

 私のせいで色々と酷い目に遭った当麻は、医療費を削るために自らを治療できる程度の医療技術を会得しようとしたが、どんなに経験を積んでも治療に失敗する確率が高く、何故か当麻が診断→私が治療という奇妙な形をとることとなった。なんでも、当麻の意地らしい。本当に命にかかわる重傷であれば触れもしないが。
 インデックスを抱え上げ比較的清潔な部屋へ運び込む。

「誰がこんなことを……」

「うん? 僕たち魔術師だけど?」

 振り返るまでもない。そこにいるのは炎の魔術師。縫合を諦め、消毒と止血パッドで応急処置とする。
 部屋にインデックスを放置し、扉を閉める。ついでに鍵をかけた。当麻の隣に立ち、少し離れた赤毛の神父モドキと対峙する。コートを忘れず、しっかり着込んだ。

「フルボッコだ」
「拘束して吐かせるぞ」

 息が合ってないことこの上ない。結果は同じになるだろうが。

「やれやれ。こうも判断が早いと手っ取り早くていいね。一応名乗っておくよ、僕の名はステイル・マグヌス。魔法名はFortis931」

 相手は魔法名を名乗った。私が警戒するのを察して、当麻も身構える。

「炎よ――――」

 炎剣が構築される。熱量はそれなり。核攻撃よりは遥かに温い。

「巨人に苦痛の贈り物を」

 それが当麻に叩きつけられる。爆発。当麻は右手で、私はコートで、その威力を無視する。
 私と当麻と、ステイルの間には、向うが見えないほどの炎と煙があった。

「やりすぎたかな?」

 コートの表層が燃えていた。防水層と耐寒層と――――とにかく耐火層と断熱層までが燃えていた。

「ご苦労様、お疲れ様、残念だったね。その程度じゃ一万回やったって勝てはしないよ」

 生意気なガキだ。戦場を知らない。殺して、死体を確認して、他に敵がいないかを確認してようやくクリアなのに。特にこの学園都市では、殺す場合は死体を確認しても脳天にダメ押しの一撃を入れておく必要がある。それでも死なない奴もいる。

「誰が、一万回やっても勝てねぇだって?」
「神は言われた。炎に焼かれようと、脚を失おうと、対空砲に撃墜され入院を強制されようとも、『休んではいられない。出撃だ!』と」

 当麻が炎を消し飛ばす。私のコートの表層は燃えて、耐火コートに変貌を遂げつつあった。

「――――な」

 未だ燃え盛りながらも平然とその炎で葉巻に火をつける女と、全くの無傷な男。ステイルからすれば、私達はそう見えただろう。
 一歩退がり、それを追うように当麻が一歩進む。

「チィッ!」

 ステイルが腕を薙ぎ、二発目の爆発。見える攻撃ならば、そしてそれが幻想ならば、当麻が避けられないなんてことはあり得ない。少し後ろの私の髪をなびく温い風が不快だった。
 そして三発目。今度は爆発しない。当麻が炎剣を握り潰す。砕け散る炎剣を見てステイルは一気に距離をとる。

「世界を構築する五大元素の一つ――――」

 詠唱が始まる。隙だらけで、アヴェンジャーで消し飛ばしたい衝動に駆られるが、今は悪役の見せ場だ。正史の当麻ならいざ知らず、既に幾つも死線を超えた当麻は、この程度、どうということはない。

「顕現せよ、わが身を食らいて力と成せ――――ッ!!」

 ステイルの服を引きちぎって、炎の魔人が姿を現す。

「どけ」

 それもすぐ当麻の右手で消され――――

「は?」

 復活した。

「当麻、退け」

 その襟首を引っ張り私の後ろに追いやる。

「何すんだよ!?」

「俺が相手をする。さっき妙な紙がベタベタあったろう。それを……そうだな」

 スプリンクラーで部屋が死ぬのは勘弁願いたい。
 しかし背に腹は代えられない。焼夷弾で廊下を焼き尽くす訳にもいかない。

「スプリンクラーだ」

「? ……なるほどな!」

 当麻を見送る。

「いいのかい? 彼がいないと、このイノケンティウスと一人で相手をしなければならなくなるけど。まあ、二人でも結果は同じだろうけどね」

 当麻が、幻想を破壊する最大の敵がいなくなったからか、ステイルは随分と余裕だ。

「当麻が戻ってくる前に逃げろ。これは善意からの警告だ」

「うん? おかしなことを言うね。負けるはずがないのに逃げろなんて」

 イノケンティウスが歩いてくる。私はそれをただ見ている。

「何もしないのかい? まあ、手間が省けていいんだけど」

 そのまま叩きつけられる炎の腕。

「やれやれ。うん? なっ――――」

「もしかしてだ、私を当麻より弱いと、脅威ではないと思ったのか? あまりに浅はかだ」

 イノケンティウスを『この手で』押しのけて、ステイルと対峙する。コートの庇護のない、素手。不可視の魔力の楯で包まれた手。こんな低温どころか、反応中のTプラスすら掴み上げることができる。

「フフフ……ん?」

 火災報知機のベルが鳴る。不快な音だが、福音の鐘だ。スプリンクラーが回り、土砂降りの雨のようになる。

「待たせたな!」

「馬鹿馬鹿しい。こんな水ごときでイノケンティウスが――――あ?」

 しゅーしゅーと水が蒸発するような音を立てていたイノケンティウスは、いまだ健在だった。私にアイアンクローをかけられながら。

「相変わらず非常識だな」

「あー、まあ、気にするな」

 当麻がイノケンティウスを消す。水びたしのルーンはにじんで、ほとんど意味を成さなくなった今、二度と復活はしない。

「いの……けんてぃうす……」

 復活の兆しがない。それに絶望でも覚えているのか、小刻みにステイルは震えている。

「さて」
「ああ」

「フッ……」
「うらぁ!!」

 ネリチャギと右ストレート。数時間は意識は戻らないだろう。

「よし!」



 問題はこれからだ。私たちができる治療は応急処置程度。ちゃんとした治療をインデックスに施さなければならない。
 学生寮は騒ぎがあって居続けることはできないし、学園都市にセーフハウスは少ない。

「困ったな……他になにかいい案はねえのか?」

「病院はアウトだな。学生寮であれだけ派手に動く、それを病院でやらかされると最悪だ」

 インデックスを当麻に担がせて、私は『安全な場所』に案内する。小萌の家は最終的に悲惨な状況になるのを防げればいい。
 小萌に魔術を使わせるというハイリスクを負わせるのは回避できたが、それはまだ確定ではない。インデックスの容体次第では、私がどうにかしなければならない。

「ブレイカーのメンバーは無理だしな。氷華も水没もサンダーボルトも妹達も幻想御手の方に行ったし」

 ブレイカーは事実上二つのチームで構成される。御坂美琴と妹達のチーム、そしてその他四人。事実上というのは、美琴がボランティアに近い状態で勝手に依頼を受けて動くことがあるからだ。主に妹達を巻き込んで、黒子ら風紀委員に巻き込まれる形で。
 美琴からの依頼は、当然美琴の懐から依頼料が出ることになるが、私と一方通行と氷華は金は要らないと宣言しており、妹達は美琴に養われている状態、故に実際に支払われるのは当麻の分だけだ。とはいっても、当麻にとっては大金だが。

「小萌先生に頼るしかねぇか……」

「ここまで来たら諦めろ」

 ゴンゴンと扉を叩く。

「小萌、俺だ」

「はいはーい、今開けますですよー」

 パタパタと足音。そして現れるやたらかわいいパジャマ姿のロリババア。

「……なんか『お前が言うな』って感じがしましたよー?」

「気のせいだ。それより厄介事だ。しばらく厄介になるが、いいか?」

「いつものことですー。遠慮なんかしないで入った入ったですよー」

 いままで散々厄介になった結果がこれか。話が早くて助かるが。

「その子が今回の依頼人ですかー?」

「いや、なんつったらいいか……」

「落下型ヒロインというやつだ。私達は巻き込まれただけだから、厳密には依頼人ではない」

「珍しく怪我してますねー」

「ああ。応急処置は済んでいる」

「先生、布団を貸してもらえませんか」

「はい、こっちですよー」

 凄まじく散らかった部屋だが、小萌はもう慣れたのか普通に案内してくれた。小萌が布団を敷き、そこにインデックスを降ろす当麻。

「よっ、と……これで一息つけるな」

 当麻が座り込む。緊張が解けたようだ。

「……正直、小萌には禁煙してほしい。健康のためにも」

「うう……エルテちゃんだってスモーカーじゃないですかー」

「葉巻と煙草を一緒にするな。そもそも、俺はそう頻繁に吹かさない」

 部屋を片づける。煙草の吸い殻、ビール缶、その他ゴミをゴミ袋にまとめる。ちゃんと分別して、特にインデックスの周囲には何も無いよう。

「エルテちゃんが来ると部屋が綺麗になっていいですねー」

「駄目大人の典型だな。これで普段が優秀だから始末に終えない」

「そんな褒めなくてもー」

 いやんいやんと躯をくねらせる小萌。

「ロリババア」

「あんですと?」

「悪口はちゃんと聞こえるようで安心した。――――で」

 ポコポコ殴る小萌を無視し、インデックスを診ていた当麻に現状を訊く。

「良くも悪くもなってない……失血で衰弱が微妙だ。栄養剤点滴しても回復するかわからねぇ。放っといたら悪化するのは間違いねえけど……輸血しようにも血液型知らねえだろうし……」

「……輸血用血液も器具も無い。そうか……」

 インデックスの意識が戻らない。戻ったとしても行動できるかどうかはわからない。小萌に回復させるのはなるべく避けたい。病院は居所が掴まれる。インデックスの意識のない状態で『回収』されるのは避けたい。『回収』された場合、私たちがインデックスに関与する権利が消滅する可能性がある。ただでさえ魔術サイドとは相互不可侵なのだ。

「――――やれやれ。腹を括るか」

「どうしたんだ? なんかいい案あるのか?」

 吸い口も噛みちぎってない葉巻を、いつの間にかくわえていた。無論火はついていないが、無意識の行動など珍しかった。

「……私が、どうにかする。小萌、バラすのも秘めるのも自由だ。二人とも外で待っていてくれ」

「おい、何するつもりだ?」

「上条ちゃん、言われた通りにするですよ」

 小萌が当麻を引っ張る。体格差で物理的な力はないが、それでもしぶしぶ当麻は従った。

「助かる」

「いつものことですよー」

 さも当たり前のことのように返す。私は頭を垂れ、扉が閉まるまでそうしていた。



 当麻は憮然としていた。自分だけ意味もわからず、しかも親友であり仲間であるエルテに仲間外れにされたのだ。少なくとも、当麻はそう思った。

「納得してませんねー?」

「できるわけ……ないっすよ」

 小萌の言葉に怒りを露わにし、尻すぼみになる。誰よりも彼を知っているつもりで、隠されていた。それを知っている小萌に問われ腹が立ったが、それをぶつけるのは違うと思った。

「エルテちゃんの許可もあることだし、教えてあげますですよ」

「……いや、いいです。あいつの口から聞きたいっすから」

「エルテちゃんは自分の口からは絶対しゃべりませんですよ?」

「なんでですか!」

 今度は我慢できなかった。怒鳴ってしまう。

「それに答えるにはエルテちゃんの秘密そのものの一つを言わなければなりませんが、それもいいでしょう。エルテちゃんがこの世界で最も異質だからです」

「あー、確かに」

「レベル0とされていますが、本当は彼女はレベル5相当の複数の能力を持っているのです」

「はあ!?」

 当麻にとって、それはあまりに突飛だった。しかし、あの非常識極まりない、あの一方通行にシャイニングウィザードを通したり、御坂美琴の電撃を食らい黒焦げになっても数分で復活したり、真面目な顔してまるでギャグ漫画の世界の住人のようなその存在に少しばかり納得してしまうのも確かだった。

「そもそも、エルテちゃんはどういう存在なのか。そもそもが史上最強の人類の遺伝子から創られた、量産品の戦略兵器だそうです」

「量産品って……御坂の妹達と同じなんですか?」

「似たようなものですが、根本的に違うのは、その意思が単一であること。御坂さんの妹さん達はネットワークで個が平均化されていますが、ちゃんと一人一人に個性というものが存在します。ですがエルテちゃんは幾つもの躯をすべて単一の意思で動かしています。奇妙なことに、この単一の意思はエルテちゃんの躯全部を集めて観測してもどこにも存在しなかったそうです」

「? ……?」

 当麻はどうも理解できないようだ。

「簡単にいえば、そこにエルテちゃんがいたとしましょう。彼女は『エルテ・ルーデル個人』です。ではそこのたくさんのエルテちゃんがいたとしたら?」

「えーっと、あいつがたくさんいる?」

「答えは、その群れも『エルテ・ルーデル個人』です。全部は一人、一人は全部という、頭のこんがらがるような状態なのです。エルテちゃんは『全一(イコール)』とか『同一存在(マルチイグジスタンス)』なんて言っていますねー。で、問題なのがここからです。そんなエルテちゃんですから、『自分だけの現実』はかなり特殊なものです。自分を偽って他人を演じたりすることもあるそうです。エルテちゃんは自分一人を個体と呼びますが、個体がそれぞれ別々の能力を持つ結果となり、その膨大な演算能力からその能力もレベル5相当あるいはそれ以上となり、繋がっているから結局個体が『多重能力』を持つことになっているのです」

 『同一存在』『多重能力』『レベル5』。
 馴染みのある単語もあればないものもある。だがそれら全てが組み合わさると、異常の一言に尽きた。
 だが、納得もできた。一方通行にソバット当てたりネリチャギ当てたりシャイニングウィザード当てたりなど、できるはずがない。

「そんな……レベル5の多重能力者がなんでレベル0として生きてんですか」

「エルテちゃんの言葉に嘘はありません。いつも上条ちゃんの隣にいたのはカリキュラムを受けていない、本当のレベル0です。レベル5だったのは開発を受けた後その日の授業が終わるまでです」

「え? だったら――――」

 レベル0がレベル5を袋叩きにしていた、というあり得ない現実。

「今、中でなにかしているエルテちゃんは間違いなくレベル0でしょう。ですが、エルテちゃんはもともと『戦略兵器』として生まれてきたのです、本来ならば開発なんて要らないはずなのですよ。エルテちゃんには『魔法』がありますから」

 当麻の頭が遂にフリーズした。



 この世界での魔法行使は久しぶりだ。可能な限り隠匿に務めなければならない。
 魔力反応の隠蔽は何より得意だ。魔法行使すら気づかれない。だが、魔術は未だに未知だ。相手の魔術を見破り暴くことが日常茶飯事らしいこの世界では、最悪、私の存在がバレる。いつぞやかの京都では、私の存在を不明としたおかげで大暴れすることができたが。そういえば、あの時ステイルは気付いてなかったようだが――――警戒するに越したことはない。
 慎重になりすぎてもいけないが、かなり時間がかかってしまった。

「未知の魔術を確認。対象エルテ・ルーデルを危険と判断。『自動書記』で目覚めます。空間・時間に異常を感知。十万三千冊の魔術書より術式を逆算。該当する魔術なし」

「一緒にするな。魔法だ」

 『自動書記』が覚醒した。敵性と判断される前にしなければなくなった。

「バーストチャージ」

 その身に触れ、魔力を流し込み、青い光に包み全てを在るべき形に戻す。報告されようが知ったことか。私は史上最強の魔導師で戦略兵器だ。ハイパーインフレした世界くらいでしか負けたことがない。イギリスからアーカードが来ようがアメリカからセガールが来ようが返り討ちだ。志貴や闘真の類はわからないが。あとルーデル閣下とデスムーミンには勝てない気がする。

「傷の修復、及び生命力の回復に伴い、生命の危機の回避を確認。対象を安全と判断。自動書記、休眠します」

 インデックスの瞼が降りた。自動書記は止まったようだ。

「……やれやれ。さて」

 当麻と小萌を呼びに出る。が。

「当麻。なにを変な顔をしている。私の正体でも聞いて怖じ気づいたか」

 唸っている。当麻が唸っている。頭を抱えて。

「なワケねーだろーが! 量産の人型戦略兵器でレベル0かつレベル5の多重能力で魔法使いなんて普通信じられねえっての!」

「あはは、全部喋っちゃいましたー」

 最近の『ごちゃ混ぜしてみた』系のラノベより酷いな、羅列してみると。
 しかし能力なんて魔法に比べれば威力はともかく自由度は限定されるし、どんな能力でも私の魔法でエミュレートあるいは模倣した方が強かったりする。

「信じる信じないはどうでもいい。ともかく、インデックスの治療は終わった。体力も一応は回復しているが、しばらくは動かさない方がいい。死にはしないが血が足りない。下手をすれば歩いただけで意識を失う可能性もある。血液型は確認した。後でケロから血を貰ってくる」

「そうか……」

「そうですかー。なら安心ですー」

 かちゃりと、扉が閉まる。私と二人が中に入って、ちゃぶ台を囲む。

「これから、どうするんだ?」

「監視しつつも手を出さない。不気味だな。動きづらい」

「考えてもしかたありませんー。今日はもう休みましょうー」

「そうするか」



 超高空監視網から見える彼らは、狙ったように近くに落ちるいくつかのミニマムメテオに首を傾げていた。夜は月からの爆撃に警戒しましょう。



[21785] とある魔王の超大砲鳥05
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/11/30 07:47
「ケロ、血を貰っていくぞ」

「君はいつから吸血鬼になったんだい?」

「いつものことだ」

「また彼かい? 滅多に入院しなくなったのはいいけど、病院の外で同じような目に遭っているのを聞くのは複雑だねぇ」

「俺がいる。死なせはせんよ」

「君が近くにいれば安心だけど、医者としては怪我をしないようにしてほしいねぇ」

「それは叶わぬ願いだ。あの馬鹿は神に嫌われ運命に好かれている」

「君が言うんだったらそうなんだろうね」

「輸血キットも借りていく」

「感染症には注意するんだよ?」

「ああ。邪魔したな」



 エルテが去ってから、ケロと呼ばれた蛙顔の医者は溜息をついた。

「あんな躯で、よくもああ動けるもんだねぇ」



 戻ると、インデックスは意識を取り戻していた。

「科学ってすごいんだね! 傷が一晩で治るなんて、まるで魔術なんだよ!」

「あー、残念だが、おまえを治したのは科学でなくてな……」

「魔法だ。魔術でも科学でもなく、な」

 当麻がインデックスに言いづらそうにしていたから、私が代わりに答えてやる。
 自分に使われた物が何であるかを知る権利が、インデックスにはある。

「魔法? ということはカバラ? エノク? 専門は? 学派と結社は?」

 失血で衰弱しているとは思えないくらいの勢いでインデックスが食らいつく。

「それは全部魔術だ。何かを媒介に極めて非効率な魔力の運用をする。高みに上るには発狂するしかなく、しかしどんなに極めても理に至るには程遠く、ある一定より高みには上れない。最大の特徴は、手順と準備さえ正しければ誰でも使える、これが魔術だ。魔法は一部の、ある素質を持った生物しか使えない。その意思で直接魔力を扱い、使い方さえ知れば文字通り不可能はない。理の範囲内ではな」

「理ってなに?」

「理か。簡単に言えばこの世界を縛るルールの全てだ。ある特定の理に至れば、並行世界から――――」

 世界間の壁をブチ抜き、そこから

「ねえエルテ、ここどこ、って私がいる!」
「私がもう一人なんだよ!」
「ここが並行世界!?」
「ええ!?」

 インデックスが二人になると、かなりやかましい。音量はともかく精神的に。驚いて一方的にまくしたてるから口を挟む隙がない。

「ねえねえエルテどういうこと? 小萌の部屋に私がいてとうまがいるよ?」

「ちょっとしたミスだ。元に戻してやるからおとなしくしてくれ」

 息をするように嘘をついてインデックスを並行世界の穴に落とし、何事もなかったかのように当麻がいれてくれた茶をすする。珍しくツッコミすらなくスルーしてくれた。先ほどの状態だと、インデックス×2+1という状況になったはずなのに。

「ついでにいうと、この世界で俺は唯一の魔法使いだ。更に言うと、俺はこの世界の人間ではない」

「もう、お前が宇宙人だろうが未来人だろうが異世界人だろうがなんだろうが驚かねえよ」

「そうだ、気にするだけ損だ」

 ある意味それら全て正解であると知れば、当麻はどんな反応を示すだろうか。
 サイボーグ化も電脳化も電子化も済んだ私を、あるいはもはやヒトガタですらない/形すらない個体も存在する私を、ほぼ確実に死ねなくなった私を知れば、どう思うのだろうか。
 インデックスは妙におとなしくなっている。まだ頭痛は訴えてはいないが、我慢している可能性がある。

「詳しい話は全てが終わってからだ。小萌先生は?」

 ついさっき外出したのは知っているが、どこに何の用があるのかはわからない。

「買い物。インデックスに食わせるモンがないんだと」

「そうか。可能性としては少ないが、接触してくるかもしれない。なるべく当麻単独での戦闘は避けろ。今回、敵は愚かにも魔術で襲撃してきたが、次はそうはいかない。生かして返したんだ、対策は考えるだろうし、物理的手段を持ってくるかもしれない」

 今回の主要人物のうち一人は、魔術と『聖人』としての能力と、純粋な物理攻撃手段を持つ。当麻では相手にするには無理がある。
 条件次第では問題ない。が、既に何度か時を遡り『エルテ・ルーデルの過去介入による並行分岐』までさせているのだ。この世界に世界の修正力が都合よく働き正史通りに動く、などというご都合主義はとっくに消滅した。

「外出するならこれを着ていけ。デスなどの即死系やショックウェーブパルサーなどの衝撃系は完全には防げないが、この世に存在するおおよその物理現象は防げる。エンドオブハートすら耐えた。アルテマは魔力255のを一度だけ耐えた。メルトンには気をつけろ」

「なんで例えがFF8なんだよ!」

「実際に食らった経験があるからな。それにわかりやすいだろう」

 非常識なコートだ。とある世界で拾った段ボール箱に入っていた数着のうちの一つ。超積層構造、耐火断熱溌水防刃耐魔その他諸々、それらの層がいくつも、そして何度も繰り返し積み重なり、厚さ20mmの極厚の布を構成している。技術とその効果を考えれば、インデックスの『歩く教会』なぞより遥かに上だ。『私』が制限される世界ではオリジナルか模倣強化したものをなるべく優先的に配備している。

「つか、そんなモン着て外歩けるか! 今は夏だぞ夏! 夏休み!」

「冷暖房完備だ。赤道直下だろうと南極だろうとコートの中だけは適温に保たれる」

「ワタクシは真夏に黒コートを着るような超絶怪人にはなりたくありませんですハイ」

 気にしないという選択肢は存在しないらしい。
 積層装甲学生服でも造るべきか。インデックスには既に積層装甲都市迷彩シスター服があるが着てくれないだろうし。某シンデレラのように純黒(じゅんぐろ)にしてやろうか。

「さて……インデックスがやたらと静かなのが気になるが」

「輸血は?」

「そう言えばまだだったな」

 インデックスは眠っていた。意識を失った状態とは脳波が違う。普通にしてはノイズの多い、しかし確かに睡眠波だ。
 私は輸血の準備をする。血液パックは体力を奪わないよう人肌に温め続けていた。
 インデックスがこうも早く回復し、小萌は魔術で汚染されず、魔法の存在が更に2人に知れた。今度はインデックスの回復を早める。物語は加速し、結末は変わる。
 私の血を輸血すれば暫く死ねないくらいには元気になれるが、そんなことをすれば自分の躯を顧みないSDKになってしまいかねない。神代の血ではないのだ、期限つきの不死なんてうっかり慣れてしまえばアウトなのだ。

「アルコールはないな。あ、スピリタスがあった。97%か、当麻、これを80%まで希釈してくれ」

「80%だな?」

 スピリタスは原産国ポーランドでは消毒用アルコールとしても使われる。アルコールは純粋なものより20%ほど水が存在する方が殺菌力がある。そういえば、このスピリタスも私が持ち込んだものだったか。いつぞやかの小萌の誕生日に、ACfAがあったからPS3とACfAとセットでプレゼントしたんだったか。アクアビットだけだと面白くないので世界の面白い酒を束にして。その中の一本だ。
 時々来ては、カクテルをつくって小萌に出している。

「できたぞ」

「Gut」

 上腕を縛り静脈を浮き上がらせ、針を刺すべき場所を何度か軽く叩く。アルコールで拭いて、針から気を抜いて刺し、輸血が始まる。
 いくつもの輸血パックがフックにぶらさがっている。

「どうだ?」

「ある程度の回復は望めるだろうな。血のほかにブドウ糖や栄養剤まで点滴しているから」

「なあ、寝ておけよ。昨日はずっと結局警戒してたんだろ?」

 当麻が言う通り、私はずっと起きていた。この物語は正史とは違う、ならば第三勢力がインデックスを狙うことも、ネセサリウスが強行手段に出ることも考えられた。
 寝る必要はない。この睡眠という習慣は、妹を人として育てるためについた癖のようなものだ。

「本来、兵器に休息は必要ない。今の状況は私が人間であることより、兵器であることを求めている」

「んなっ……なんだよ、兵器って」

「小萌に聞いたのではなかったのか?」

「そうじゃねえ! なんで自分で自分を兵器とか――――」

「待て。私は人間だが兵器だ。それは揺るぎない事実で、今までも、これから先も永劫に変えられない。そして私は人としての意思があるからこそ、己の存在を正しく認識し、そして行動すべきだ。たとえばだ、バケモノみたいな力を持つ奴が自覚なく日常生活して、それが一切の手加減を知らない。洒落にならないだろう」

「それは……そうだけどさ」

「本人が納得しているんだ、下手に修正するのもどうかと思うぞ。妹達と違って、私は一般倫理で縛ることはできない」

 私は戦うために、破壊と殺戮を振りまき敵という敵を駆逐するために造られた。私の意思はともかく、この躯は。

「なに、己を卑下しているわけではない。この躯だからこそできることもある。大手を振って歩けはしないが、それだけで不幸であるというのは見当違いだ。たとえるなら……マゾヒストか」

「は!? マゾ?」

「周囲から見れば虐げられ不幸に見えるかもしれない。しかし本人にとっては極上の快楽だ。それを止める権利は誰にもありはしない」

「……そのたとえはどうかと思うぞ。なんとなくわかったけどさ」

 だが私は気にしない。私はノーマルだ。ん? ネクストか? いやこれは性癖の話だ落ち着け。

「Gut。では、私に休めと言わないな?」
『よろしい。私に休めと言わないなら治療を受けよう』

 遺伝子が、何かささやく。これは閣下の記憶?

「――――い、おい! やっぱ疲れてんじゃないのか?」

 当麻の声で我に変える。診察を受ける閣下とドクトルは消えて、ここは小萌の部屋だ。

「そうだな、調整が必要かもしれない」

 一個体を小萌の部屋の前に転移。この個体が不調と思えば個体を交換すればいい。

「……ホントだったんだな」

「小萌が嘘をついて当麻を煙に巻いたと思ったか?」

「そうじゃねえよ! でも普通あの話聞いて『ハイそうですか』って素直に信じられるか?」

「よほど素直な善人だな。悪い宗教に壺を買わされそうだ」

 交替してそのまま会話を続ける。

「なあ、なんで小萌先生には話したんだ?」

「……ああ、私のことか」

 私のこと。能力のこと。魔法のこと。小萌はこの世界で最も私のことを知っている。

「偶然が重なった結果だ。開発直後に能力が暴走した。被害を最小限に抑えるために私が複数で転移し魔法を行使。すぐそばにいた小萌がそれを見て説明を要求。下手に言いふらされるより、理解を得て協力してもらう方がいいと判断した。それだけだ」

「そうか……」

 しばらく無言の時間が続く。私も当麻も、そう積極的に話すタイプではない。

「悪ィ。すまん。おまえのこと疑ったりして……」

「気にするな。私はまだ秘密を抱えているし、それで当麻に疑われても文句は言わない。聞かれれば答えるが、問を知らなければ答えを知りようがない」

「? なんのたとえだ?」

「箱にはカギはかかっていない。しかし箱の中身という存在をそもそも知っているか、知っていたとしてもそれがどんな箱なのか、そもそも箱に入っているのか。小萌は偶然箱を見つけ、それを開けたに過ぎない。」

「何となくわかったような……わからんような」

「無理に理解する必要はない。当麻が聞けば私は答える。聞かれなければ話さない。それだけだ」

「あー! よくわからん!」

 若干、短気になっているか?

「……当麻。気付いてないようだが、当麻もかなり疲労している。瞳孔と心拍数からアドレナリンが分泌されていると判断。昨日、ほとんど寝てなかっただろう」

「う、ばれたか」

「寝ろ。私は交換できるが、当麻は普通の人に過ぎない。俺が信用できないか?」

「そんなことはねえけどさ」

「無理やり寝かせるとしようか」

 右腕を意味もなく光らせる。シャイニングフィンガーではない。ただ光っているだけである。魔法の無駄遣いである。

「おとなしく寝かせてもらいますサー!」



 当麻の脳波に睡眠波を確認した頃。

「ただいまですよー」

 小萌が帰ってきた。

「残念だったな小萌。二人とも意識不明の重体だ」

「よく寝てますねー」

 私のジョークが流された。珍しく乗ってくれない。

「小萌もそろそろ寝る時間だ」

「子供扱いですかー?」

「ただでさえヘビースモーカーなのに夜更かしまでしたら肌荒れが更に」

「おやすみなさいです」



[21785] とある魔王の超大砲鳥06
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/12/08 17:31
 問題。インデックスが目をさました。何が起きる?
 回答。深刻な食糧不足。

「おかわり!」

 元気に皿を出す少女。私はそれを受け取り、しかしもうフライパンの中にも鍋の中にも釜の中にも何もないことを思い出す。小萌に眼を向けると、眼をそらされた。材料すら尽きている。一昨日の朝から何も食っていないとはいえ、4人分の食糧が消えるとは。

「しかたない」

 空間に穴をあけ、そこから出てくるのは缶詰。床に落ち騒がしく音を立て、ごろんごろんと転がりながら山となる。

「ありがとうなんだよエルテ!」

「ああ。存分に食らい尽くせ」

 インデックスがうまいと評したコンバットレーションが開けられる。独特の匂いが漏れる。栄養ドリンクとコンビーフを混ぜたものに香辛料をぶちまけるもごまかし切れないような匂い。

「むー。不健康そうですー」

「見た目はな。軍事用のレーションだ。味はともかくとして栄養は完璧だ。カロリーは高いが……」

 インデックスを見ると、二つ目を食い尽くしていた。

「おなかいっぱいなんだよ!」

「その分腹も膨れる。成人軍人が6時間戦闘を続けることができるくらいのハイカロリーだ」

「太りますよー?」

「インデックスに関してはその心配はない」

 インデックスは異様に燃費が悪い。恐らくは、脳だろう。

「では、私は外出しますが、外に出るときはカギをかけるですよー?」

「心得ている。いってらっしゃい」

「いってきますです」



 当麻がやっと起きた。存外、疲れていたのだろう。

「……小萌先生は?」

「学校。何かあるらしい」

「インデックスは……」

 インデックスはテレビを見ていた。

『魔法少女リリカルなのは、はじまります』

 一瞬、耳を疑った。マジか。OPにどこかで見たような銀髪コートがいたんだが。ありとあらゆる世界で最もかわいい銀髪少女がいたんだが。アヴェンジャーが見えたんだが。
 いや落ち着け、取り乱すな。冷静に、何もなかった。そう、ただアニメに私に似た少女が出ているだけだ。

[[これは……録画しましょう]]

 するなと言いたいが、おとなしく従うエイダではない。ただの戦闘補助AIではない、独立した一個の人格なのだから、私にその趣味を止める権利はない。

「インデックスはそれなりに回復している。それより、」

『――――私の友達の、エルテ・ルーデルちゃん、アルト・ルーデルちゃんの双子――――』

「朝飯は缶詰だ。幸運にもドイツ料理フルコースだ」

『――――あ! とってくるね!』
『だから窓から出ていこうとするな』
『妹のアルトちゃんはちょっとおてんばで、お姉ちゃんのエルテちゃんはおない歳とは思えないくらい、とっても落ち着いています。お兄ちゃんと似てるかな?』

「ヴルスト、ジャーマンポテト、ザワークラウト、パン……朝飯ではないな、このラインナップ」

「いや、いいけどさ……」

 ドイツ語の缶を並べる。スープ缶は湯がないと飲めないが、今から沸かすのはそれなりに時間がかかる。

「あれ、おまえだよな」

 もし今ここがクレイドルであったなら、間違いなくオールドキングの誘いに乗っただろう。血の気が引くのを魔法でどうにかごまかし、しかし魔力がドロドロ漏れる。落ち着け、クールになれ。たかがフィクションだ。それを伝えればいい。

「当麻、あなたはアニメと現実を混同するような痛い子だったのか?」

「いや、アニメとかじゃなくて。銀髪とか眼の色とか声とか、あ、今のコートとかさ、まんまおまえじゃん」

「いやしかし――――」

 私の携帯が鳴る。どの世界でも愛用の03が、The Oathを奏でる。これは一方通行の着信音だ。
 ナイスだ一方通行。何の用かは知らないが、素晴らしいタイミング――――

『なァ、今打ち止めがみてるアニメにテメェが出てンだが――――』

 ニーチェ。あなたは偉大だ。意味は違うだろうが、あの言葉がしみじみと感じられる。
 神は死んだ。理使いが殺したに違いない。

「笑いたくば笑え。私の過去だ」

『あァ? ナニ言ってン――――』

「もしブレイカーの連中以外に真実を話したら……極殺」

『あ、あァ……』

 問答無用で切る。
 不在通知に美琴と氷華の名前があった。黒子と飾利と青ピと元春からメールが届いた。なにこれ、ふざけてるの?
 ブレイカーの連中と元春には一方通行に言ったことと同じような内容を、青ピには偶然の極みと返信しておいた。

「あー、その、なんというか……」

「……何も言うな。気になるなら見ろ。私はそれを止める術を持たない」

 今、ガイアからは髪の黒い個体が送られてきている。左眼用カラーコンタクトも。
 地下の情報室であらゆるルートで情報が集められる。なぜこんな時期に新番組が出るのか不思議だったが、これの前のアニメが打ち切りになったらしい。その分リリなのの放送期間が伸びて全26話の予定。私の介入で色々余計な話ができたから当然か。深夜アニメではないのは何故だろう? 一切の情報がない。

『――――将来か。未来など、誰にもわからない。目標があり、それに向け努力したとして、そこにたどり着けるのはほとんどいない。どこかで方向転換したり道を間違えたりするのが人生というものだ』

 私とアルト役の声優はみんさまだ。いい声だ。ちゃんと私とアルトで声を使い分けている。
 それをインデックスはかじりつくように見ている。当麻はヴルストをかじりながら。

「…………」
「…………」
「…………」

 やがて当麻も食事を終え、テレビに集中する。

『セレスタルストライカー、Ready』

 エイダの声と、宙に浮かび大地を見守る黒い影。右眼だけを露出した装甲服の人物が意味ありげに映し出されていた。アヴェンジャーを持っている。知る人が見れば、その中身が誰かは予想できるだろう。
 2chの実況スレでは既に『あれルーデル姉妹じゃね?』という書き込みがなされていた。
 幸いなのは、あの時のくだらない会話が一切描写されていないことか。

「ん?」

 メールが返ってきた。今は読む勇気がない。
 俯瞰視点に変わり、かなりの高度にいることがわかり、そして一気に視点は大地に急降下。
 ユーノとの出会い、そして夜。ユーノと再開し、ジュエルシードモンスターと遭遇し、一話が終わった。まだこの時点で私は脇役に過ぎない。

「黒歴史とはいわないが――――むぅ」

「妹、いたんだな」

「唯一、私と同じでありながら違う意識を持っていた存在だ。誰よりも愛おしく、大切な存在だ」

 今も海鳴で平穏に暮らしている。時々ミッドチルダや次元世界に遊びに行っては私と間違えられて困っている。一人立ちしてもう何年だったか。

「なあ」

「なんだ」

「その髪は――――いや、なんでもない」

 既に交替して、艶やかな黒。虹彩は両方とも黒。コートではなくジャケット。肩にはラーズグリーズのワッペン。

「もういいな。これからのことを考えるぞ。監視は続いている。インデックスは未だ行動できない風に幻影を見せている。外出すればインデックスを略取される可能性があるが、その場合に備え、この空間を異界にする」

「異界?」

「我々以外が玄関扉を開けると、裏世界にご招待」

 ぱちんと指を鳴らせば、血と錆と膿の、狂った世界。

「一種の結界……だけど魔力が感じられない……」

「可能な限り魔力を隠蔽しているからな。零距離で精密測定しないと反応すらしないだろう。インデックスは普通の小萌の部屋にいて、侵入者はこの世界へ送られるわけだ」

 もう一度指を鳴らす。普通の小萌の部屋に戻る。

「行動は日が暮れてからだ。明るいと向うも動きづらい。誘うには夜の方がいい」

「戦うつもりか?」

「最終手段だ。可能なら説得、無理なら脅迫、それでも駄目なら、だ。なるべく今日中に、無理なら明日中に解決する。ついでにインデックス、脳波がおかしい。頭痛がしてないか?」

「あ、うん、頭痛はあるけど……」

「絶対安静。この部屋から出ようなど考えないことだ。寝ていろ。いいな」

「……うん」

 小萌の布団に寝かしつける。ついでに時を止める。

「なあ、インデックスになにしたんだ?」

「時を止めた。もし結界を破られても、この時を動かすことはできない」

「ムチャクチャだなおい」

「魔法にできないことはない。『理』に反しない限り。理に届けば、ある程度の理すら歪めることはできるけど」

「やっぱムチャクチャだ」



 さて。間に合うか?



[21785] とある魔王の超大砲鳥06Ex
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:bcdb6a14
Date: 2011/02/21 02:12
「ン?」

 打ち止めが観ているアニメが一瞬視界に入り、それが気になった。登場人物の一人が、銀髪に黒コートだったように見えた。

「おい、打ち止めァ、それなンだ?」

「今日から始まるアニメ、魔法少女リリカルなのはなんだよと、ミサカはミサカはこたえてあげる」

 まだOPのようだ。幼い女の子が空を飛んでバカスカビームを打ち合っている。あ、今の奴だ。

「今のガキ、アイツに似てねェか?」

「この子? 言われてみればそうかも、とミサカはミサカは同意してみたり」

 銀髪、コート、左眼がわずかに赤い。いや、コイツはかなり赤い。
 特徴だけならまあ、似ているで済むだろう。だが、それは次のセリフで否定された。

『Guten Morgen』

『ぐーてんもるげん! なのはちゃん!』

『私の友達の、エルテ・ルーデルちゃん、アルト・ルーデルちゃんの双子です』

『珍しいわね、今日はギリギリじゃない』

『アルトが昨日夜更かししたせいでな』

『そのかわりブレオンフラジールでお姉ちゃん倒せたよ!』

 疑う余地もない。コイツはアイツだ。間違いない。

「アイツだったな」

「エルテだったね、とミサカはミサカは驚きを隠しながら同意してみたり!」

 さっそく電話をかけてみる。アイツなら下らないことで電話をかけてもそう怒らない。長話は嫌うらしいが。

「なァ、今打ち止めがみてるアニメにテメェが出てンだが――――」

『笑いたくば笑え。私の過去だ』

 どこに笑う要素があるんだ、と疑問に思うが、

「あァ? ナニ言ってン――――」

『もしブレイカーの連中以外に真実を話したら……極殺』

「あ、あァ……」

 電話越しにこう殺意を向けられれば聞けない。
 アイツが極殺なんて言うときはマジでキレている。あれで更に手を出せば、俺でさえ絶対確実に本気で間違いなく殺される。いまさら死ぬのは怖くはないが、アイツに関しては別だ。自動的に生存本能が働く。

「どうしたの? 顔が青いよ、とミサカはミサカは心配してみる」

「なンでもねェ……なァ打ち止め、エルテにこのアニメの話すンじゃねェぞ。死にたくなかったらな」

「なにそれ怖い、とミサカはミサカは怯えを隠せないでいる」

 俺の反応で誰が誰を、と気づいたのだろう。
 それでも、アイツの過去が少し気になって、このアニメを見ることにした。
 短期集中放送らしく、明日もやるらしい。続きが楽しみだ。



[21785] とある魔王の超大砲鳥07
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:bcdb6a14
Date: 2011/01/05 13:49
 ステイルや火織はアニメを見ない、あるいは今見るはずがない。しかし人は外見からは予想できない。あの二人が年齢相応に見えないように。
 このアニメから私の情報は漏れない、はず。
 現状、漏れたときの対策を全力で講じつつある。最悪、この世界からキリスト教というものが消滅するだろう。
 最も楽な方法から、蟻の巣の蟻を一匹一匹潰すような方法まで、莫大な数の脳があらゆる手段を模索する。たった一人でするブレインストーミング、その思考が導き出すピンからキリまでの案は、『もうこんな世界はいらない』というどこかの無責任な創造者がごとき思考からひりだされたものも存在する。国家解体戦争やレッツパァァリィィィや時間圧縮な手段が真っ先に上位に上がってくる。
 それよりもマズイのが学園都市の連中だ。頂点から末端に至るまで満遍なくクレイジーが存在する。残酷行為を数多くこなせば成果が出ると勘違いした馬鹿も存在するし(更生の余地なし:処刑済)、目的と手段が入れ替わっていたり(更生中)、ンフフハハハと笑う奴もいたり(相方にボコボコにされ療養中)、とりあえずやること成すこと考えること言うこと全てが腹立たしい馬鹿もいたり(極殺済)そんな連中がゴロゴロいるこの街で、私の正体が知れたとする。まず間違いなく涎を垂らして捕まえに来ること間違いなしだ。
 己の身の危険を憂いているわけではない。余計な面倒が嫌いなだけだ。いっそ『触らぬ神』になってやろうか。

「なに考えてんだ?」

「下らないことだ」

 凶器となりえる速度で鍵を指先で回し、当麻の準備を待つ。ちゃりんちゃりんなんて生優しい音ではなく、乱流が渦を作る高周波と金属がぶつかり合うじゃりじゃりという音が鳴る。

「なあ、それ怖ェからやめてくんねーか?」

「む。すまない」

 回転を止めようと鍵を握りこもうとする。完璧な計算のはずだった。何故か鍵は掌で弾かれ、かなりの速度を持ったまま当麻の額へ。

「ぎゃああああああ!?」

「むぅ。何故だ」

 鍵が一瞬歪んだように見えた。本当に歪んでいたのなら、それは正しい計算では計れない。

「ふ、不幸だぁぁ!」

 当麻の不幸はいつものことだ。慌てず治療を施しながらこっそり回復魔法をかけていた。効きが悪いが、ないよりはマシだ。しかし、私が原因になったことは今まで一度もなかった。

「当麻、おとなしくしろ。回復してやる」

 当麻からドローはできないから――――

「ケアルガ。フルケア。リジェネ。アレイズ。」

「なんでFF8なんだよ!」

 さすが本場の回復魔法。もうこんなに元気だ。

「あとアレイズってなんだアレイズって。俺は死んでねー!」

「死者を蘇生させる、この世の理には反する魔法。ケアル系魔法がないときにケアルの代わりに使うことがある」

「それはボケですか? それとも天然ですか? あーもーツッコみどころ多すぎるわ!」

「まあ元気になったからよしとしよう。当麻に魔法は効きづらいからな、強力なのをかけるしかない」

「右手でかき消されるんじゃ?」

「効果領域は右手。そして右手のオカルト消失キャパシティを超える出力さえ用意できれば問題ない。そもそもレールキャノンも電撃も、右手で防げなかったら普通に食らうだろう? 躯に当たればダメージになるのなら、その逆も然りだ」

「ほー。そんなんまったく思いもしなかったな」

「無駄話もここまでだ。出るぞ。インデックスのために」

「ああ」

 威勢よく出ていく当麻と私。

「あ、鍵」
「締まらねー!」

 どっちの意味だ?



 エルテ達が外出してしばらく後、やたらと長身で赤い髪の男が、月詠小萌の部屋のドアノブを握っていた。

「やれやれ。ボディーガード気取りもいいけど、やるならちゃんと常に張り付かないとね」

 男、いや、少年は心底呆れたように呟く。周囲に人払いの結界を張り、今ならこのアパートで何が起きようと誰も気にしない状況を構築している。

「看病もしないなんてね……うん?」

 そこで少年、ステイル・マグヌスはわずかな違和感を感じた。ほんの一瞬、ほんのわずかな魔力を感じたような、そんな違和感。
 しかしここには魔術師はいない。事前に学園都市の頂点やスパイから得た情報からも、それは確かだった。確かに、魔術師はいなかった。二人の少年? がいた。それだけだ。
 ステイルはその二人の書類を得ていたが、双方ともこの学園都市では最弱のレベル0であることにいささかの疑問を抱いていた。しかしその片方、上条当麻の幻想殺しを知ってそれなりに納得した。一切のオカルトは彼を傷つけることはできない。
 もう片方、エルテ・ルーデルはおかしくない。真夏に黒い厚手のコートを着ている理由、それはコートが彼? の鎧だからだ。素手でイノケンティウスに触れて無事だったのは、東洋の神秘『KI』を自在に操るからだ、という胡散臭い情報から納得することにした。確かにエルテは『氣』も使えるが、本質はそんなものではない。

「さて、とっとと終わらせてしまうに限るね」

 ドアノブにルーンを刻み、爆発させ吹き飛ばす。他者の侵入を阻止する板は、ただの外界と内側を隔てるパーティションに成り下がった。
 中は真っ暗だった。とりあえず火をつけてみようと集中を始めたとき、妙な匂いが鼻をかすめた。
 少なくとも慣れた匂いだが、久しく嗅いでいなかった。そう、滅多にこの匂いがするものを作らないから、ステイルは気づくのが遅れた。

「まさか、ね」

 最悪のパターンが頭を過る。あの二人が魔術師を脅威と見て、インデックスを殺し逃走したのではないか、と、ありえない想像に頭を振り――――火を灯す。

「――――っ!?」

 驚いた。順位でいえば、彼の人生の中でかなりの位を得たのではないか。心拍数は力強くなり鼓動の周期を縮め、アドレナリンが分泌されているのを自覚させる。

 ここは――――異界だ。

 間違いなく、自分の来るべき場所ではない。血と錆と膿の混じった死臭に、その汚れきった視界に、そしてその場に満ち満ちた禍々しいしい魔力に、本能が拒絶反応を起こしていた。今すぐ逃げ帰りたい――――そんな本能の意思を、インデックスをこんな場所に放置はできないと鉄の意思で黙らせ、おぞましい空間に歩みを進める。
 ノイズが聞こえる。そう、まるでテレビの砂嵐のような音が聞こえた。部屋の奥の方に視線をやると、わずかに光が見えた。これはつけっぱなしのテレビだと判断したステイルは、その方に向かう。
 ここで彼は致命的なミスを犯した。何かが軋む音、それに気づき背後を振り向くと、日常への隙間がちょうど閉じられる瞬間だった。ぱたり、と、あっけのない音と立てて、そしてかしゃーん、と、上から鉄格子が落ちてきた。そう、この状況が罠であると知って、退路の確保を怠ったのだ。ドアを破壊したといっても、閉じ込める方法があるにもかかわらず。

「こんなもので、僕を閉じ込められるとでも思ったのかい?」

 誰に言うでもなく、炎剣を創り出し、鉄格子に斬りかかる。3000℃の炎が鉄格子を、鉄格子の隙間から扉を撫でるが、当然一切のほころびも見せなかった。黒いバツ印が重なるように増えるだけ。

「くっ!!」

 ステイルはカードをばらまく。あの二人と相対したときに廊下にベタベタと張った紙と同じ文字の書かれた、前回の反省からラミネート加工されたカードを。

「顕現せよッ!! 我が身を食らいて力と成せッ!! イノケンティウス!」

 現れた炎の巨人が、そのまま流れるような動きで鉄格子を叩くが、歪みどころか軋みもしない。

「無駄かも」

 はっ、と、聞き覚えのある声に振り向く。そこには

「イン……デックス?」

 インデックスによく似た、しかしインデックスより幼い少女がいた。

「インデックス? ちがうんだよ、私は、私は……なんなんだろ?」

 白いワンピースに、サンダル。どこかの深窓のお嬢様のようだった。ステイルが望んだ、自由なインデックスの妄想が形になったかのようだった。そして、こんな場所にはふさわしくない存在だった。

「名前なんてどうでもいいかも。むしろ誰かに呼ばれて縛られない分、自由かも」

 踵を返し、部屋の奥、暗闇に両手を広げ走り去る少女。ステイルはそれを追うが、すぐに見失ってしまう。こんなに狭い部屋の中で、と思いきや、窓の外に金網の地面が続いていた。追うべきか、追わざるべきか悩んでいると、砂嵐を流しているテレビから声が流れ始めた。

『なん……助けられ……よ!』

『出血がひどい。輸血もしたが経過はわからない……』

 ノイズ混じりだったそれは、だんだん鮮明になってゆく。ステイルはその声に嫌な予感を覚え、しかし義務感から耳をふさげなかった。

『なんでインデックスが死――――』

 聞きたくなかった単語が、雑音で聞き取れなかったのが幸いか。テレビはもう、砂嵐しか映さなくなっていた。

「もしかしたらあり得たかもしれない今を映しているってエルテは言ってたんだよ?」

 インデックス似の少女が、ステイルの背後から姿を現す。一切の気配が存在しない。インデックスは気配を消すような訓練は受けていない。つまりは、この少女は別人だ。そう判断したステイルは、その腕を掴む。

「君が知っていることを話してくれないかな? こんな胸クソの悪いものを見せられて冷静でいられる自信はないから、おとなしく話した方が身のためだよ?」

「気づかないんだ? この世界の本質は罪と愛。キミにこの世界がどう見えるかはわかんないけど、私には普通のアパートに見えるんだよ。私だって同じ。誰か別の人が私を見たら、その人の大切な人とか、償いたい人とかに見えるんだよ。この世界はすべての罪と愛が集まる街のエミュレータ。真実にたどり着けるまで、キミはここから出られないかも」

 少女は楽しそうにくるくると踊る。ステイルが腕を掴んでいた手は、確かにその感触を感じていた掌は、最初から何もなかったかのように何も握っていなかった。

「私の姿が誰かに見えるってことは、その人に対する罪悪感かな? でもキミのところには赤い三角頭が来てないよね? だったら大丈夫、この世界は罪から逃げるような人には残酷だけど、罪に向き合う人には厳しいだけだから。それと――――」

 少女が闇に溶けていく。ゆっくりと、存在を侵食されるように。霧のような闇が、少女にまとわりつき、その姿を隠していく。くるくると回りながら。

「もう時間切れなんだよ。この世界は消えてしまう。キミも一緒に消えちゃうかも」

 魔術の灯火が消えた。まるで眼を離した隙に闇に食われたように。ステイルは慌てて火を灯すと、その光景の変わりように愕然とする。
 さっきまでは朽ちたちゃぶ台があった。テレビがあった。金網の壁があった。それらはみな血や錆や膿で汚れていたが、壊れていたが、確かにステイルの周囲には何かがあった。

『夢だったら、よかったのにね』

 あるのは足元で軋む、どこまで続いているのかわからない金網の地面だけ。キシキシと嫌な音を立て、ステイルの不安を煽る。

『ほら、走らないと』

 少女の声が聞こえた気がしたが、ステイルの周囲にその姿はない。
 何故走らなければならないのか。その答えは、遠くから近づきつつある嫌な音にあった。今踏みしめている金網のような生ぬるい軋みではない。金属が悲鳴をあげている。今のステイルの火ではそれを見ることはできないが、しかし危険であることは理解できた。

「くそッ! なんなんだこの世界!」

 走り出す。鉄の悲鳴の反対方向、少女の声が聞こえた方へと。

「うわ!」

 だがその足は何の抵抗もなく闇に飲まれ、ただひたすらに落ちていく――――



 とりあえず近場のスーパーへ向かい、日用品を買う。歯ブラシなどの洗面用具や下着など。下着は当麻が買うのを嫌がったせいで、私がレジへ運ぶこととなった。私は一応男としても通用するかもしれないとも言い切れないがそう言い張ることや若干の魔法によって中性的に思わせているおかげで、レジの店員に変な目で見られることはなかった。この容姿では、そのままでは中性的に見られることはない。男装の麗人あるいは男の娘で通すか、認識阻害をかけるしかない。

「襲撃はそろそろか」

 ゆるゆると人口密度、いや、動体反応密度が減っていく。最初に大きなもの――――車両から始まり、人が少なくなり始める。
 ステイルは無事あの悪夢から目覚めた、ということだ。今もどこかで地味な作業に勤んでいるのだろう。
 サイレン・ヒルの結界応用版、名前はまだない。あの世界と同じ夢を見せる、ただそれだけの魔法。しかし、設定次第では戻ってこれない連中も多い。普通は、かなりマイルドな設定で牽制や警告に使うものだ。

「Guten Abend, Fraurein.俺としてはGute Nachtが言いたかったが」

 誰もいなくなった。今、ここは異世界。そんな、世界より切り離された領域に存在するヒトガタの動体反応は非常に目立つ。たとえ視界の外に在っても、気配を消しても、物体が動くときに押しのける流体は正直のその存在を浮彫りにするし、それが生物であれば赤外線を放つ。生物は電気で動いているから電磁場が少なくとも存在するし、どんなに息を殺しても心臓を止めることはできない。
 そして真正面からくるのであれば、罠か、あるいは相応の強者か。
 年齢相応に見られない魔術師の一人。神裂火織。彼女は後者だ。

「驚かないのですね」

「昔からこういうのにはよく巻き込まれるんでね。学園都市が協力でもしてんのか?」

 当麻が真っ先に思いついたのは、一方通行のキリングフィールド。妹達をただ殺すために学園都市が作り出した空白地帯のことだろう。

「いいえ。ステイルが人払いのルーンを刻んでいるだけですよ」

 感覚の網を広げていく。ゆっくりと、アクティヴソナーのピンガーのように、反応が跳ね返ってくるのを待つ……いた。

《エイダ、ノスフェラト、Ready》
[[Ja]]

 何があってもいいように。もし『何か』あっても、ADMMが全てのルーンを破壊し、ルーンの発生源を無力化し、この異界に人を呼び寄せる。

「ここ一帯にいる人に『何故かここには近づきたくない』と意識を誘導しているだけです。多くの人は建物の中でしょう。ご心配なさらずに」

[[衛星回線のハッキングに成功しました。偽装映像を流しています]]

《Gut。私の配置は問題ないな?》

[[衛星から見える限りでは問題ありません。全個体、定位置に配置完了です]]

 今回の作戦では、エイダ――――アヴェンジャーは一個体しか装備していない。いざとなれば、センチュリアと魔法、これらの情報は知られてもいい覚悟で行動するしかない。

「神浄の討魔、ですか。よい真名です。そして、ルーデル。聖人を凌駕すると謳われるかの英雄の名……」

「ただの人間でなく神の一柱だったがな」

 一神教の連中には喧嘩を売るような発言だが、しかし彼らは中東あたりにいる頭の悪い原理主義者ではない。まったく違う考えを異端として排除するようなことはしない。魔術絡みなら話は別だが。
 『死』後、神に序されていないハンス・ウルリッヒ・ルーデルは希少だと理使いも言っていた。

「神裂火織、と申します。できれば、もう一つの名は名乗りたくないのですが」

「もう一つ?」

「魔法名ですよ」

「――――ヒット。神裂火織。天草式十字凄教の元女教皇で聖人「聖人? なんだそれ」。18歳。女。身長体重BWHは……言わないとして「……賢明です」、魔法名はSalvare000、救われぬ者に救いの手を。聖人というのはそうだな、ルーデル閣下のようなものだ。純粋な身体能力に純粋な物理的攻撃手段。当麻では適わない。闘真なら勝てるだろうが、当麻はな……」

 当麻にせよ闘真にせよ、理の座に至る存在であるという意味では同等だが、いかんせん当麻は戦闘に向かない。たとえ相手が神の定めた理の中で最も強い存在ごときだとしても、相性というものはある。
 これだけは厄介だ――――そう思いながら、葉巻に犬歯で吸い口を作る。

「話が早くて助かります。できれば、魔法名を名乗る前に彼女を保護したいのですが」

「嫌だ、と言ったら?」

 私は葉巻に火をつける。若干、傍観者モードに入る。

「仕方ありません。名乗ってから、保護するまで」

 爆速の速い軍用高性能爆薬のような爆音。あくびしながらそちらにヘルゼリッシュを向ける。音とは裏腹に、一切の破壊は存在しなかった。これは正史通りか、私にはまだわからない。

「インデックス!」

「落ち着け」

 当麻が火織から注意を逸らした瞬間、空間のズレのようなものが頭上を飛んでいった。

「おー」
「なん……」

 当麻は向けられる殺意に一切動かず、私はその斬撃を眼で追う。間抜けな感嘆の声が漏れた。神鳴流なら勝てるか?

「当麻、伏せろ」

「? おう」

 斬り落とされた風車のブレードが、私の方に狙ったかのように落ちてくる。それを掴み、ベクトルドライバーで運動の方向を解析し、最低限の力でそれを火織の方に投げる。

「――――」

 見事にバラバラにされたが、その挙動、行動、筋繊維一本の断裂に至るまで、一切が600を超える眼で記録されているとは思うまい。既に覚え、異世界で模倣のための練習が始まっている。

「おおー」

 ぱちぱちと、かなり本気で感動した拍手を送る。

「ふざけているのですか?」

「純粋に感動しただけだ。だが……死ぬかと思ったのは事実」

 死を恐れることはなくとも、驚くことはある。それに火織は、わざと私を潰すようにブレードを斬った。

「何を試したかったのか、それとも俺を殺す気だったか。後者だったら楽でいいね、明瞭に敵だとわかるから」

「あなたは魔術師ですか?」

 私の戯言を無視して、火織は私に問う。

「Nein」

 魔術師ではない、魔導師だ。しかしそれを今言う必要はない。

「さて。質問はそれだけか? ならば早急にGute Nachtを告げたいのだが。お互いの幸せのために」

「おーい、俺はいつまでこうしていればいいんでしょーかー」

 まったく、この男ときたら……まだ伏せたままだ。

「状況把握はしっかりしろといつも言っているだろう。ブレードを避けたのだからもう安全だろう」
「つっても、相手魔術師だろ? 勝手に動いて丸焼き、なんてザマは勘弁なんですけど?」
「安心しろ。私も魔術師と戦うのは初めて――――待て、我々は既にステイルを撃退している」
「いやいや、あの人はアレと格が違うような気がするんですが」
「珍しく勘がいいな。その通り。聖人は確かに当麻の天敵だ。身体能力がバケモノ並みで、この世界ではフナサカクローン相手に善戦した記録が残っている。並行世界ではセラフ相手にたった数人で撃破に成功している。もっとも、撃破の方法は水没だったが」

 セラフ・ネクストであれば水没を免れたであろうが、ただのセラフ。ただ名前が違うだけで、その世界の水辺には河童が棲み、機動兵器はもれなく水没する。天使の名を持つトラウマとて、例外ではなかったらしい。

「そろそろよろしいですか?」

 火織は呆れたように問う。コントとも言えない微妙な会話の最中、ずっと待ってくれていたのだから、こいつも随分とお人よしだ。

「彼女を保護したいのですが」

「ああ、その答えもNeinだ」

「仕方ありません」

 暗い夜道にワイヤーが数本飛んでくる。フェイクの刀はちょっと抜き差しするだけ。注意を逸らされ、視認の難しいワイヤーは常人には捉えることはできないだろう。しかし、その軌道は我々のいずれかを通る。ならば。

「!?」

「神は言われた。我が子、雷神ワートホックには、神の槍、アヴェンジャーを与えよう。ワートホックはその息吹を以て、諸君らに仇成す者にウラヌスの鉄槌を下すだろう」

 独逸近代神話第4章『破壊神の還る刻』より。ただのジョークなのにそれっぽく聞こえる。子供達がアヴェンジャーを起動するときに使うパスワードでもある。私がこれを使うのは、『呪文なしではアヴェンジャーを呼び出すことができない』というフェイクであり、ただのカッコつけでもある。
 ワイヤーでは、斬撃では、アヴェンジャーは揺るぐことなくその威様を崩すことはない。デバイスであればなおさらだ。

「呪いをかけて記憶消去のウロボロスなんて悪趣味なことをする必要悪の教会に、インデックスの身柄を渡せるはずもなし。下っ端の諸君が知らされているかは別として」

「どういうことですか!?」
「どういうことだよ!?」

 息ぴったりだな。それを意味するところは違うとしても。



[21785] ソラノオトシモノ00
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/22 12:00
 珍しい『知らない世界』。

「これはなんだ……?」

『時空の歪みのようですね』






 平和な日常。

「おはようございますエルテさん!」

「……よく飽きないな」






 変わり者たち。

「そう――――」

「全ては――――」

「新大陸」
「新大陸!!」






 落ちてきた少女。

「浮遊大陸に落下型ヒロイン……なるほど、主人公は智樹か」

「いやああああああ!!」






 空からの刺客。

「え? ちょ、なんで死なない――――」

「大丈夫ですか?」

「右脚がなくなってしまった。まあいいか、もう一本あることだし」






 怒れる破壊神は止まらない。

「……聞こえた」

「ん? どうしました」

「見ているだけなら許そう。しかし私の物に手を出すとは。相応の対価を払うべきだろう」

「左眼が赤いですよ」

「ちょっと新大陸を落としに行ってくる」

「待て! 早まるな!」






 止まるはずがない。

「気に食わん。総統すら閣下を地に縛りつけること叶わなかったというのに。翼を奪う、その対価、思い知れ」

「なんで地蟲が追いついてこれるのよ!?」
「なんで死なないのよ!? 3000度の気化物質よ!?」

「私を殺すなら全て殺せ」

「!!」

「捕まえた……フフフ……」






 そして覚聖する翼。

「……セセリンズウィングか。まあ、偽装にはちょうどいい」

「機械の翼?」

「戦うときに『必ず死なす』と叫ばなければならない」

「物騒っすね……」

「ならこっちはどうだ? 破壊天使砲をつけてOBの際は何よりも美しい光の翼だ」
「名付けて、ホワイトグリントだ」

「美しい……」
「か、かっこいい……」






 その翼は希望。

「はいだらぁぁぁぁ!!」

「何が起きている!」

「世界の意思が、人類の無意識が、貴様の終末を望んでいるのだ」

「あの翼……青くて綺麗……」

「死 ぬ が よ い」






 それは誰もが手にするソラノオトシモノ。






 この予告はフィクションです。
 本編がこうなるとは限りません。



[21785] ソラノオトシモノ01
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:4943e38d
Date: 2010/09/23 12:05
 この世界を私は知らない。
 だから、何が正しくて何が違うのかわからない。
 道標はない。
 なら――――どうしよう?



 何年か、普通に学生をしている。この田舎で。空美町を表現するならそれでこと足りる。
 理使いには特に何も言われず、しかし何故か衣食住全てが揃っていた。戸籍はあり、家も私名義、金は普通に生きていくには充分すぎるほどあり、服は私の好みが揃っていた。
 小学校が始まるころに引っ越してきたことになっていて、おおよそ普通の生活ができた。隣人は多少変態で、そのさらに隣人は少々ツンデレだが、普通だった。元の世界、他の世界に比べれば。

「おはようございますエルテさん!」

 ポケーッと歩いていると、多少変態である隣人・桜井智樹が挨拶と共に私の胸にダイヴしてくる。同い歳なのになぜ敬語なのか。

「……よく飽きないな」

 最初の、若気の至りと思われる行動からほぼ毎日。最初は薄い私の胸にゴツリとぶつかっていたが、さすがに痛そうだから、違和感がない程度に少しづつ、衝突しても痛くない程度に胸を大きくしてみた。

「飽きませんとも! 飽きるわけないじゃないですか! この弾力! 大きさ! すべっ」

 智樹の顔が凹む。私に抱きついていた腕がほどけ、横にフッ飛ぶ。

「トモちゃんったら毎日毎日……」

 この多少ツンデレなさらに隣人、見月そはらの手刀によるものだ。

「いいセンスだ」

「なんでエルテさんは嫌がらないんですか! セクハラですよ!?」

 同い歳なのになぜ敬語なのか。

「……私のように色気のない女にセクハラも何もないだろう。それにセクハラとは性的嫌がらせという意味であって、私が嫌がっていない限り智樹のはセクハラではないと思うのだが」

「エルテさんは自分の魅力を知るべきです……エルテさん、やっぱトモちゃんのこと好きでしょ?」

「ああ。実に面白い男だ。多少行動に問題はあっても、その本質は好感に値する」

 悪い人間ではない、調子に乗るだけで。裏表もない。

「だが、そはらのいう『好き』とは違うだろう。智樹を見ていると……」

 未だ意識の戻らない智樹を見ながら。

「息子か弟でも見ている気分だ。なるほど。やっと理解できた」

 この感覚がなにか、長年理解できずにいたが、今日やっと理解できた。喉に刺さった魚の骨が取れた気分だ。

「あー、なるほど」

「それに私は男より女が好きだ。そはらなど、指輪を送りたいくらいだ」

「え」

 元々が男だから、という理由もあるだろう。たとえ男に裸を見られても、そう動じはしない。

「おい、起きろ。遅刻するぞ」

 智樹の頬をぺしぺしと叩く。今日もいつもと変わらない。本当に、平穏だ――――



 学校につく。どうも騒がしい。校舎の外で生徒がたむろしている……いや、違う。そのほとんどの視線の先は――――屋上の一点。はやまるなー、とか聞こえる。

「たた大変だ! がっこうで飛び降りだって!」

「はぁ!? 飛び降り!?」

「ではないな。滑空するようだ」

 少し遠いが、それで見えない程度の眼など持ってはいない。グライダーらしきものが、その人物の傍らにある。

「守形英四郎だな」

「守形って……守形先輩?」

「新大陸発見部の変わり者?」

「あ、飛んだ――――」

 駄目だな。あれでは飛べない。

「――――あ」

 速度はあるが距離を稼げない。揚力に対し重量が大きいそれはすぐに高度を失い、樹にぶつかった。
 頭から出血はしているが、大したことはないだろう。脳振盪さえ起きている気配はない

「くぉらぁぁぁぁ! 守形ぁぁぁぁぁ!」

 確か生活指導の教師が鬼のごとく走り去る。なんというか、まあ、平穏だ。ガイアくらいに。



 私は眠る。この世界は、『私』との繋がりが薄い。まるで遥か過去に飛んだ時のように。それでも、私は複数だった。この世界では、私は時に『群』でなく『個』となる。この世界へのパスが通り、私を送り込めるようになればそれも改善されるだろうが。
 この世界で、今、私はたった独りだ。だから――――

「なぜ――――あなたがいるの?」

 夢を見ることができる。

「私に介入している? 素晴らしい技術だな、この累計186兆の年月、次元並行問わず14万の世界に関与し放り込まれ初めてのことだ」

 周囲を見ると、まるでエデンだった。太陽が好きではない私には嬉しくない光景だけれども。

「あなたは何者?」

「遥か天空の破壊神。そうだ、神無備命……神尾観鈴という子を知っているか?」

「?」

 知るはずもないか。もしこの世界がそうなら、美鈴は死ぬこともなく、往人も過去に転生することもなかったはずだ。翼人がこの世界にまだいるのだから。あるいは全く関係のない世界。
 この夢が現実ならば、という前提があるが。

「気にするな、確認だ。私に何かを頼んでも無駄だぞ。今の私は無力だ」

「あなたには何も頼まないわ」

「そう。ではさようなら。二度と逢うことはないだろうけど」

 明晰夢ゆえに自在に覚醒する。もう既に、私は繋がっている。私は私の制御下にある。

「――――……」

「……エルテ、よほどわしの授業がつまらんようだな」

 数学の竹原が生意気にも怒っている。

「ああ。つまらない。理解させようとする気が感じられない。ちなみにその式、二割ほど間違っている。高校生からやりなおせ」

 バーコードから模様が少し減った。



 その次の授業で、また智樹が寝ながら泣いていた。いつもの夢。千年前の話、ではなく、キャストはたった二人。あるいは、さっきの私の夢と同じものだったのか。
 それをそはらが心配して、病院行こうとか英四郎に行こうとかいう話になった。

「まあ、トラブルメイカーではあるが。頼りにはできると思うぞ」

「え、エルテさんがそう言うなら……」

「なんで私のときは全力で拒否してエルテさんのときはいいのよ!?」

「そりゃ、なあ、あれだ。守形先輩と知り合いみたいだし」

「むー。ま、いいか。エルテさんだし」

 何故私ならいいのだろうか。この世界では特に何かをやらかした覚えはないのだけれど。



「なに、夢だと?」

 新大陸発見部室。カオスだ。考現学部室のようだ。今度あの看板を持ってこよう。地獄への入口の文句。
 その中で英四郎は美少女フィギュアをいじっていた。

「実に興味深い。学説では脳が記憶の整理をしている際に発する電気信号だといわれている」

「人間の脳が生体量子コンピュータであると仮定した場合、夢というものは並行世界のことを見ているとする論文もある。量子が並行世界を渡ってきたということだな」

「あるいは別次元のことを脳が見ているという話もあるが」

「ある一定の電磁波で夢が制御できるという話もある。重力による空間の歪みも関係している」

「エルテさん、さすがだ」

「英四郎こそ。別次元の話は聞いたこともなかった。私もまだまだということか」

 がっしと握手をする。こいつも、何故敬称付きなのか。

「だがそんなものは、『現実』の理論にすぎん」

 英四郎がPCをいじっている。何をしているのか、バックアップのない私にはわからない。

「夢は現実ではない。では虚構か? これは説明できない」

「『現実』の理論では『非現実』は説明できん――――これを見ろ」

 地球……地磁気の観測図が画面に映し出されている。

「これは?」

「地磁気の観測図だ。おそらくな。妙な点があるが」

「その通り。この『穴』のようなものがあるだろう。なんだかわかるか?」

 黒い巨大な何かがユーラシア大陸を南下している。

「いや……全然」

「観測できない、ということは時空の歪みか? 光をねじ曲げることさえできれば、磁力線も同様に曲がる――――」

「そういう話もあります。だが、何もわからないんだ」

 何故敬語なのか。一応先輩だろうに。

「数多くの科学者があらゆる観測機器、果ては航空機まで投入し観測を試みたが、結論は『わからない』」

「いずれ人類は知るだろう。ここにあるものの正体を」

「ええ。俺はこの穴の正体などとうにわかっているぞ」

「へ?」

「智樹の夢の正体も、だろう?」

「はい。その通りです」

 ……違和感あるな。この漢の敬語は。

「え?」

「そう――――」

「全ては――――」

「新大陸」
「新大陸!!」

 バ――――z____ン
 とでも擬音が鳴ったのではないか。智樹の眼は点になっている。それにしても綺麗にハモった。

「学会とは愚かなものだ」
「これほどまで巨大な空間を観測できないならば」
「そしてこれほどの移動速度」
「中に何があるかなど一目瞭然」
「浮遊する新大陸以外に何が考えられよう」
「新大陸云々は関係ないが、翼人伝承などもあってな」
「ほう、それは興味深い」
「翼を持った少女が今も空のどこかにいて、悲しんでいるとか」
「新大陸の住人だった可能性もある、どいうことですか。それはともかく――――」

 智樹が部屋の隅で震えている。何故だ。

「智樹! おまえの見ている夢もまた新大陸! 新大陸が我々を誘っているのだ!」

 なんというか、『ダメダコイツラ』なんて顔をしてやがるが、とりあえず気にしない。新大陸云々はともかく、あそこに何かあるのは確かだ。人類だってラピュタを浮かせ、偶然ではあるが浮遊大陸に住み、高度7000mのゆりかごに住むという選択もした。あれは確実に人為的なものだ。そして智樹の夢は無関係ではない。私のゴーストが囁いている。

「?」

 と、出口付近に立っていた私に智樹がダイヴしてくる。いた、ただぶつかっただけか。
 そしてその肩を英四郎が掴んだ。

「運がいいな。丁度今夜12時、新大陸がこの街上空を通過する」

 ガタガタと震えているのがよくわかる。

「一緒に行くだろう? 桜井智樹」

「なに、一風変わった天体観測だと思えばいい」

「俺と」

「私を信じろ」

「お前の『夢』は」
「智樹の『夢』は」

「我々が見つけてやる」
「我々が見つけてやる」

 何故だろう、智樹が半ベソだ。

「ステキ……」

「はぁ!? おい待ておまえこんな馬鹿な話信じるつもりかよ?」

「集合はどうする」

「今夜12時、神社そばの大桜に集合!!」

「あんたらも勝手に話し進めんな!!」

「私も行っていいですか?」

「もちろんだとも!」

「じゃあこれ私とトモちゃんの連絡先!」

「承知した!」

 あれよあれよと話が進んでいく。

「では、0000時に」

「神社そばの大桜に集合!!」

 そはらは楽しそうな顔、智樹は絶望感あふるる顔。そのコントラストが印象的だった。



[21785] Muv-Luv Destroyal 01
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/11/23 15:36
 この世界には資源が少ない。
 ならば少ない資源で運用できるようにすればいい。
 太平洋上の小さな島、そこに大規模地下施設を建造している。

 通称『大海のよどみ』。

 ルーデル機関オルタネイティヴ支部として建造中のこの施設では、完成したエリアからさっそく稼働が始まっている。
 まずは機体の開発からと、ジェネレータの開発を進めている。下層が完成する度に、アクチュエータや装甲材料といったパーツの開発をしていく。

「エイダ、出力は?」

「安定しています。ですがこの状態だと実用に値しません」

 クレーンで釣り下げられた巨大な構造物の周囲を、鮮やかな青髪の女がうろうろしながら答える。一部艶やかな黒髪が二本の角のようにそそり立っている癖っ毛が特徴的だ。背は高く、胸はそれなりに大きく、理想的な形をしている。眼は釣り気味の切れ長で、鼻は綺麗に整い、唇はみずみずしく桜色だ。それをクールビューティーをテーマに、計算され尽くしたように顔に配置すれば彼女のようになるだろう。
 誰かといえば、エイダなのだが。エイダが自分でデザインして、内装は全て私が設計してできた、ジェフティボディ(エイダ命名)だ。エイダのコアはちゃんと胸に埋め込まれている。

「既存品は?」

「トーラスから奪ってきた実物は汚染が激しすぎて使えません。構造の見直しが必要です」

「GAの重量ジェネがあったろう」

「KPを犠牲にすればアルギュロスは鬼ジェネと化します」

「仕方ないか。この世界でコジマ汚染はしたくないからな。疑似魔法は?」

「G.F.技術を発展させオートプロテス、オートシェル、オートリフレクを実装できるようになりました」

「PAの代用にはなるか。シェルとリフレクは意味が無いように感じられるが」

「レーザー減衰と反射が確認できました。これなら制空権の奪還は可能かと。ただ、実装は可能ですが設備が巨大になります。これよりかはモルガンのECM防御システムの方が有効かと」

 私と、ボディを与えたエイダと、子供たち。開発という行為は単一の頭脳では発想に限界がある。どんな天才でも固定概念というものが存在するからだ。故に、不本意だが子供達をこの世界で研究させることにした。子供達に頼み込まれたというのもあるが。

「母上! コジマレスGAN01-SS-Gが完成しました!」

「アルギュロスは?」

「難航しています。設計図に『始めにコジマありき、次に神ありき』と書かれているだけあって……」

「ドヴァーナツァチ、そこは変態と罵ってもいいと思うぞ」

「トーラスは変態です。まさにコジマ粒子炉、コジマがないとエネルギーが出ないような設計で」

「エイダ」

「決まりましたね。暫定的にGAN01-SS-Gをメインにアセンの再検討を。アルギュロスは完成してから考えましょう」

 アーマードコアシステムは優秀極まりない。おもちゃのロボットのように組み換えることができる規格統一。これにより、パイロットに最適なアセンを提供できる。高速戦闘が得意なら軽二を、ある程度の機動戦ができれば中量機、遠距離支援または火力戦を行うならガチタン機を、と、選択の幅が広がる。今は有澤だけだが、いずれはステイシスやホワイトグリントなども造ろうかと思っている。
 アーマードコア・ネクストは極めて優秀な戦力だ。AMS適正を必要とするが、それさえクリアすれば粗製だろうと国家を相手に戦える。
 このルーデル機関オルタネイティヴ支部ではそのAMSでさえも改良しようと画策している。

「あ、母さん! これなんだけど」

「AMS負荷軽減プログラム?」

「通常のAMS負荷を8割ほど減らして、AMSから光が逆流しないし、損傷が負荷にならないようにしてみたんだ。ついでにARSみたいに体感時間を自在に変えられたりとかも考えてる」

「試しに試作アリサワクラッシャーにインストールしてくれ。完了次第実験しよう」

「わかった!」

 こんな風に。ガイアは実験の失敗作として放棄されたり、あるいは実験体とされていたのを誘拐したりと、通常の人間より優秀な子が多くいる。逆に、どうにか人として生きている子もいるが、そんな子は最優先で治療の対象となっている。最悪でも普通の人として生きることができるくらいには回復させる。

「エルテ、フォースエナジー基礎理論の問題の洗い出しが終わったわ」

「Gut.ではアルギュロスの解析に回ってくれ」

 プレシアも手伝ってくれる。元はエネルギーの専門家だ、少々分野が違っても、その有能さを発揮してくれる。そもそも天才なのだ、全く分野の違う死者蘇生をある程度完成に至らしめるほどの。私という材料が必要だった生命還元法も、机上理論ではあるがほぼ完璧になりつつある。

「ママ上~。演習場が完成したよ~」

「ギガアリサワクラッシャーをいつでも配備できるように」

「りょうかい~」

 演習場が完成した今、大有澤の偉大なる破壊神『ギガアリサワクラッシャー』のテストがやっとできる。
 AC4の世界に落とされ、リンクス戦争を終わらせ、とりあえずクレイドルを安全に海上に落として宇宙への殻をこじ開け、各企業の混乱に乗じてあらゆる技術と設計を奪ってきた。
 USEAの世界に落とされ、まずメビウス1にサインをもらって、混乱に乗じて各国兵器廠や各企業から技術を奪うだけ奪って、ついでにこっそり暴れてきた。
 その集大成が今ここで開発されている。

「お母さん、メガとギガの違いがわからないって、弟たちが」

「メガはOGOTOで火力重視、ギガはOIGAMIで威力重視。試作は腕グレOGOTOだ」

「基本は雷電にGA腕プラスグレなんだね?」

「基本的に格納グレで火力を底上げする。試作は弾切れをよく起こしてな」

 ACfAではアセンはガチタングレオンで社長とも仲がよかった。グレートウォールで雷電を叩き潰した後も、「仕事なら仕方ない。リンクスとはそういうものだ」と快く許してくれた。その後のコジマの太陽は悪夢そのものだったが、どうにか全て叩き落として二人とも帰ってこれた。
 そのときの反省でYUDA(スナイパーグレネードキャノン)、RYUZAKI(グレネードレールキャノン)が開発された。結局、クラニアムには間に合わなかったが。ちなみにカーパルスには行かなかった。モニターしてた試作YUDAで古王は叩き落とした。

「うわっ!?」
「きゃあ!」

「ごめん! 怪我ない?」

「こっちこそごめん、大丈夫、無傷だよ」

 何を焦っていたのか、慌てて大量の書類と大きな荷物を抱えて走っていた子供たちがぶつかった。
 幸い大事はなかったが、これは注意を喚起すべきか。

「諸君。急ぐ必要はない。この世界の人類が滅ぶまでまだ多少の時間がある。焦って失敗するより、落ち着いて成功する方が尊い。クールになれ」

 ルーデル機関オルタネイティヴ支部にいる個体全てが言えば、館内放送になる。今まで張り詰めていた空気が、一気に緩やかになる。

「それでいい」

 最高の技術を最高の設備で開発するのだ、焦りなどで台無しになるのはもったいない。

「母さん母さん、アリサワデストロイヤーが完成したよ。これで出撃できるね」

「そうか。では演習場に」

「わかった」

 そろそろ、この物語をはじめよう。材料は揃いつつある。



 ルーデル機関オルタネイティヴ支部は7基の大型エレベーターが六角形に配置され、その周囲に研究施設が存在する。中央の0番エレベータが最大で、六角形のエレベータの一辺が500m、対角線が1kmある。唯一最下層から地上までを繋ぐエレベータで、他6基は島の外周より外、つまり海底より下に配置されている。

『演習開始』

 その最下層、ジオフロントのように広大なエリアが演習場だ。7基のエレベータを囲むドーナツ状の空間。ところどころに柱はあるが、OIGAMI程度なら500発は打ち込まないと折れないし、たとえ一本が折れたとしてもこの空間が崩落するわけでもない。自己修復能力を持つ機械生命体とでも言うべきか。この空間は一種の生物だ。

「カスタマイズド試作とデストロイヤー、どちらが強いか」

『負けません』

 デストロイヤーにエイダが、AMS負荷軽減プログラムインストールド試作クラッシャーに私が乗っている。有澤機だと実弾演習で完膚無きまで破壊してもパイロットは生き残るから全力が出せる。一回ソブレロで出撃したことがあるが、ネオニダスに文字通り消滅させられた。初代アリサワクラッシャーで再出撃したが、今度は原型を留め中身も無事だった。三度目はアクアビットマンGで報復したが。

「む……なかなか……動かしやすくなってはいる」

『そうでしょ?』

『動きがスムーズですね。ロックしにくいです』

 グレネードは直撃させずとも、被害範囲内に目標を含めればいい。私はFCSを切っている。直撃の威力は恐ろしいが。

「く……そう言う割には当ててくるじゃないか」

『私がFCSですから』

「なるほど。私の行動はお見通しということか」

『ランナーの行動は複雑怪奇ですが、一度パターンにはまると後は予測できますので』

「そうか」

『あ、母さん。ダメージはどう? 負荷は?』

「ん? ああ、AMS負荷はほとんどないな。これなら粗製でも楽に戦えると思うぞ」

 ローディー先生に朗報だな。

『よかった! じゃあ次、ARシステムいくよ』

 世界の色が変わる。時の刻みが遅くなる。
 サイトをゆっくりデストロイヤーに向ける。動きの先を読む。偏差射撃。

『甘いです。私は戦闘AIですよ。低速なグレネードなど、発射されてからでも避けられはうっ』

 避けた先に撃ってやることも可能。多少は忙しくなるが疑似的に4門同時制御も可能。エイダが逃げる場所を予想して、その予想で最もとるべきであろう回避方向上位3位に向けグレネードを放った。
 動きが遅くなったところに追い打ちをかける。

『あうっ、あうっ、あうっ』

『損傷、90……アリサワデストロイヤーの撃破を確認』

「凄まじいな……これで狙撃用偏差射撃プログラムがあればどんな激戦でも落ち着いて狙撃ができる」

 こういったことがあるから、子供たちの発想はそのほぼ全てを検討している。中には「ママが全力全壊でセレスタルストライカーすればすぐ終わるじゃん」などという意見もあるが、この世界で魔法攻撃は禁止と理使いは言っていた。
 敵に魔法を脅威と知られると、対策をとられる可能性がある。あるいは魔法という力を敵が手にする可能性もある。『理』でどうにかできないか訊いたが、どうもこの世界の『理』は厄介らしく、書き換えるのが面倒らしい。

『痛いです』

「だが致命的ではないだろう?」

『はい。問題ありません。乗り換えればまたすぐに戦えます』

 有澤重工の凄いところ。馬鹿みたいに堅い、修理が楽、生存性。中でも生存性は最も重視すべきだ。特に、この世界では。

『次は実戦試験ですね』

「単独・無補給で被撃墜までどれだけもつか……」

『VOBで現場まで行くから、消耗はしないと思うよ?』

『燃料の限界はありませんから、最悪、格納に月光を搭載すればよいかと』

 EN回復・キャパシタ容量共に狂った値を出しているGAN01-SS-G改。これならば月光をズバズバ使ってもEN切れは起こさないだろう。

「格納グレの火力が、どうもな……」

『格納グレは脚部上部に固定すればよいかと』

「デストロイヤー2はそうしてくれ」

 どうやら、正規ネクストもどき第一号はアリサワデストロイヤー2になりそうだ。

「これほどの完成度なら、もう外に出してもいいだろう。どうだエイダ?」

『若干焦りすぎだとは思いますが、有澤ネクストもどきは出撃しても問題ないかと思われます』

「ならば始めよう。実戦試験とデモンストレーションを兼ねて」

 全てを焼き尽くす。さあ出撃しよう。



[21785] Muv-Luv Destroyal 02
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/11/23 14:58
『チェック完了。異常は見られません』

『システムにも異常はありません』

『パーフェクトだよ母さん』

「Gut。では出るとするか」

『では』
『みんなー! ママの出撃だよー!』
『まま待ってよ!』

 慌ただしく子供達が0番エレベータに集まってくる。VOBカタパルトからかなり離れている。OPムービーよりサイズの巨大なものだ。無論、コジマロケットでなく水素ロケットだ。勝利の代償に世界を汚染するわけにはいかない。

『Goodluck!!』

「ありがとう」

 カタパルトの一部からトランスの震える音が漏れる。トランスで得た超高電圧をDCに変換しキャパシタに溜め込み、一気に解放するのがリニアカタパルト、レールキャノンと同じ原理だ。
 脚に何かが引っ掛かる感触。子供達は既に地下に引っ込んだ。

『カウントダウン。25』

 VOB本体への水素供給がそろそろ終わる。

『15』

 最後まで作業をしていた私が退避溝に逃げる。

『10、9、8、7、6、5……』

『ムチャシヤガッテ……』

「まだ早い」

 エイダが縁起でもない冗談をかます。

『3、2、1、ランチ!』
「アリサワデストロイヤーⅡ、出撃!」

 レールキャノンの弾になったようなものだ。爆発的な力が有澤の巨体を弾き飛ばし、あっというまに音速を超え、VOBが点火する。まるでリニアランチャーで発射されたミサイルだ。弾頭はグレネード満載のアリサワデストロイヤーⅡ。

「エイダ! Speedをかけろ!」

『Ja!!』

「I would tell about speed for you!!」
『I would tell about speed for you!!』
「I would tell about speed for you!!」
『I would tell about speed, for you!!』

 普通に音速を超え、太平洋をカッ飛んでいる。
 最初のGでこの個体のタガも吹き飛んでしまったのか、エイダと一緒になってハイテンションに歌を叫ぶ。『スピードってモンを教えてやんよ!』と。

「Let's parrrrrrryyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy!!」
『Let's parrrrrrryyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy!!』

 日本が見えた。横浜上空をあっさりスルーして、新潟に向かう。

『VOB、使用限界。パージします』

「了解」

 戦闘をしていた帝国軍の上空を飛び越え、BETAの真っ只中に降臨する。レーザーなど遥か手前から飛んできたが、すべて避けてきた。そうでなければここにはいられない。
 今までの馬鹿テンションが一気に鳴りを潜める。代わりに別のテンションがウナギのぼりだ。クールに、破壊の意思を。

「All weapons free. Open fire」

『ハハ、壊れろ! 壊れろ!』

 OGOTOを展開させる。
 エイダが勝手に肩RAIDENを動かす。All weapons freeとは言ったが、まあいいか。というか、それはエイダのセリフじゃない。
 このアリサワデストロイヤーⅡは、GA腕の肩に無理矢理RAIDENをくっつけ肩武器扱いにし火力を更に上げた代物だ。夢の6門同時発砲ができるが、さすがに反動硬直が発生する。発砲と同時にQBで無理矢理横に逃げたりすることも考える必要があるが、よほどのことか、あるいはデモンストレーションでもない限りそんなことはしない。スパロボではないのだ。
 エイダのRAIDENの威力範囲に被らないように、BETAの群にOGOTOを叩き込む。少しおかしい気がしないでもない。何故私が戦闘AIに合わせているのだろうか。主従反転も甚だしい。

『敵総数、6万前後。なおも上陸中』

「レーザーは?」

『7千といったところでしょうか』

「多いのか少ないのか……判断に困るな」

『キルカウント1万を突破』

 有澤グレネードの神髄。一網打尽に爆風に巻き込み全てを焼き尽す。装甲で固められたGAのノーマルをまとめて吹き飛ばすどころか、PA越しにネクストに大ダメージを与えることすらできるのだ、生物的軟弱さを持つBETAなど威力範囲内にいればまとめて綺麗に殲滅できる。開戦数分にして1万キルが早すぎる、ということはない。もっとも、非常識な威力を持つ有澤グレだからこその戦果だが。

「エイダ、レーザーどもを優先して吹き飛ばせ」

『Ja。あの醜い顔をフッ飛ばしてやります』

 弾速の遅いグレネードは撃墜される可能性がある。アンサラーはライフルからレールガンの弾一発に至るまで撃ち落とす変態レーザーを持っていたが、この世界のレーザーどもはどうだろうか。少なくとも普通にライフルや砲で撃破できていた記憶がある。下手をすれば普通にグレネードを迎撃されるかもしれないが、アンサラーを思い出せばあっさりと解決する。

 迎撃できない近距離で叩き込めばいい。

 ガチタンとはいえネクスト、俊敏性はこの世界では冗談とも思えるレベルだ。彼らからすれば、レーザーを『見てから回避する』のが当たり前な、異常な世界からの来訪者だ。ついでにいうと、宇宙から照射される高出力レーザーの照射地点を早期警戒機で予測できるトンデモ技術も存在する。

「さすがにウスティオのレーザー予測システムは優秀だな。マクミランかもしれないが」

『ガチタンでかすりもしないのはおかしい気もします』

「ゲームでの話だが、ガチタンを極めたものにはロックと運動性能を極限まで高めた超機動機を相手にほとんど被弾しないそうだ。地形を利用し巧みにロックから逃げ回り、攻撃タイミングを見計らいFCSの偏差射撃を利用して明後日の方向に撃たせる。カーパルスで囲まれながらもノーロックグレを直撃させたりと、まあ、まさにお前の機動はおかしいというべき見本だった」

『立ち回りによる、ということですか』

「ああ。まあ対処法は幾つかあるんだがな。ノーロックで敵の動きを予測してグレに巻き込む、スプレッドミサを打ち込む、ハンミサの雨に誘いこむ。あとは……確実なのはノーロックブレード、とっつくだな」

 戦闘中にしては暢気な会話だ。あまりにハイスペックにしすぎたせいか、一切の危機感を感じられない。
 通常ブーストでのろのろとレーザー属種の群に近づいていく。レーザー予測システムが警報を鳴らせば、エイダが勝手にQBで避ける。最初から最後まで大地に降り立つことはないというのに、むしろこの戦場にいるレーザーども全ての的になるほどの高度を常に保っているというのに。

『警戒。要塞級の尾です』

「死ぬまで叩き込んでやれ」

 エイダの目標がレーザー群から幾つかいる要塞級に変わる。代わりに私はレーザー属種を狩る。

『制空権があるだけでこれほど一方的に駆逐できるとは』

「だから武は空を飛ぼうとしたんだろう? 現代戦とて航空支援は有効な攻撃手段だしな」

『機首と同軸アヴェンジャー?』

「Yes、アヴェンジャー。……私は大切なことを忘れていたようだ」

『大体予想はつきますが。何を?』

「ヴァオーも驚くガトリングシンフォニーを奏でる機体を造る。アレサでもグレートウォールでもいい、とにかく七砲身の美学を私は忘れていた」

『予想の斜め上でしたね。てっきりネクストA-10を造るのかと』

「A-10はこの世界に存在している。だがルーデルの名を持つものとしては、より良いA-10を造らなくては」

 この世界に閣下は存在しなかったらしい。C型に改修されてもアメリカではほとんど使われなかった。母国ドイツにて大活躍しているようだが、閣下の魂なきA-10にどれほどの価値があろうか。地上を這う者に等しく30mmの洗礼と死を与えるのがシュトゥーカの後継として成すべき役割ではなかったのか。

『子供達に案を、早いですね、もう通達するとは』

「息子達が狂喜乱舞しているが……教育を誤ったか?」

 閣下に関しては染まってしまわないよう積極的に教えたりはしなかったのだが。

『男の子ですから。強く誇り高い存在には憧れるものです。ランナーの親のようなものですし、調べれば情報は簡単に手に入るかと思われます。ちなみにエスコンとアーマードコアは私が布教しました』

「おまえの仕業か」

 「ウォートホッグは俺の嫁!」「シュトゥーカは私の母!」などというから何かと思えば……
 義務を果たさなければ娯楽は提供されないシステムがあるからニートとかの問題はないし、適材適所で無理はさせてないからやる気はあるし……
 そういえば娯楽は地球からそのまま輸入していたんだったか。ネットは地球にもミッドにも繋がっている。地球のアニメ・ゲーム業界がかなり発展していたがもしや……いやAmasonがガイアに配達に……いやまさか……

「っく」

『どうかしましたか?』

「いや、今この個体で考えるべきではないことをな……」

 今はアリサワデストロイヤーⅡの中。さっきの思考を別の個体に回す。

「……全てが静かに、まるで死んだように見えるのは気のせいか?」

『ちょっと暴れすぎましたね。上陸してくる敵の存在は無し。私のキルカウントは5万1287、ランナーのキルカウントは3万6444です。最初はランナーに負けていましたが、ランナーがうわの空になってからはやりたい放題させていただきました』

「まあ……いいか。結果は成功か」

 BETAが密集している場所に適当にグレを叩き込んでいた記憶はある。余計なことを考えていたからか? らしくない、珍しいミスだ。
 エイダにも機体の制御権を与えたのはいいが、この結果は予測できなかった。ガーデルマンが後部機銃で戦車をより多く破壊したような、そんな違和感を感じる。いっそエイダだけ乗せて出撃させてみようか。
 アリサワデストロイヤーⅡの腕には月光。RAIDENもOGOTOもNUKABIRAも全弾撃ち尽くして残敵掃討も終了しているのか? いや、後方ではまだ戦闘が続いている。が。

「助けに行く必要が感じられないな」

『圧倒的ではないですか、彼の軍は』

 帝国軍は爆撃を逃れた3000ほどのBETA、ほとんどが小型種の掃討を始めていた。よほどヘマをしない限りこの戦闘は負けはしないだろう。連携などできない私が出ていくと、逆に混乱させそうだ。

「オブジェクティヴコンプリートか。RTB」

 絡まれないうちに帰るとする。

『お疲れさまです』

 OBを吹かす。やはりこれもプラズマ化したコジマ粒子ではなく液体水素を使う、機体の安全性からするとどっちも危険性はそう変わらない。推進力は若干見劣りする。プラズマ化したコジマ粒子は熱分解されて一応無害にはなるが、アルギュロスOBみたくコジマが多すぎてプラズマ化しきれず粒子をばらまくようなことがあっては困る。それに、人類はコジマの魅力に堪え切れないだろう。故のコジマレスジェネレータの開発だったが――――

「結局はコジマブースターか水素ブースターかの違いに過ぎんか」

 ネクストのジェネレータには燃料電池とキャパシタ、そしてコジマ粒子発生機構で構築される。コジマレスジェネレータはコジマ粒子発生機構を除して、超高密度水素吸蔵合金に置き換えただけ。実質、ノーマルのジェネレータを格段に強化したものとそんなに変わらない。
 結局はGAN01-SS-G改は暫定的なものでしかない。発電機構を4th Energy反応炉にして水素を全てブースター燃料にしてしまえれば、戦闘可能時間は更に増える――――

「ダメだ、リフレッシュが必要だ……AMSの影響か?」

 負荷が軽くなっただけで軽度の精神汚染はあるのかもしれない。それでも普通のネクストよりかは遥かにマシだが。

「エイダ、後は任せた」

『……Ja』



アリサワデストロイヤーⅡ

HEAD:KIRITUMI-H
CORE:GAN01-SS-C
ARMS:GAN01-SS-A
LEGS:RAIDEN-L++
FCS:OMNIA
GENERATER:GAN01-SS-G改

BOOSTER
MAIN:-
BACK:-
SIDE:GAN01-SS-S.CG改
OVERED:GAN02-NSS-O.CG改

WEAPON
LARM:NUKABIRA
RARM:NUKABIRA
LBACK:OGOTO
RBACK:OGOTO
SWEP:RAIDEN-A
LHANGER:MOONLIGHT
RHANGER:MOONLIGHT
LHANGER+:NUKABIRA
RHANGER+:NUKABIRA



[21785] Muv-Luv Destroyal 03
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/11/28 08:41
 あの、『有澤重工』と誇らしげに描かれたエンブレムの戦術機の姿が頭から離れない。
 あんな、見るからに鈍重そうで真っ先にBETAの餌食になりそうな存在が、見かけからは想像できない速度で私達の頭上を飛び越え、ずっと空を飛びながら、BETAの光線のことごとくを避けながら、BETAの群を吹き飛ばしていった。
 あの機体の背と腕と肩の砲が一発撃つ度に、レーダーのBETA反応が円形にごっそりと消える。

『隊長! あの機体はなんなんですか!? 友軍?』

『そこの所属不明機! 所属と姓名、階級を告げよ!』

 そんな通信があちこちから聞こえてきた。しかし帰ってくるのは英語の歌だけ。I would tell about Speed for you、『お前に速さを教えてやろうか』という意味だったか。通信を繋げばいつでもずっと繰り返していた。無機質で、機械のような声。でも不快じゃなかった。
 気づけばそこら中にいたはずのBETAが奴に食われていた。レーダーは、私達の正面以外に敵はいないと示していた。レーザー属種なんか真っ先に蒸発していた。残っているのは少ない邀撃級と小型種くらいだ。
 幻でも見ている気分だった。この状況で死人が出ることはまずあり得ない。武装も推進剤も有り余っている。どんなに贅沢に使ったとしても弾切れや推進剤切れはあり得ないだろう。むしろ余る。
 そんな状態の帝国軍を後目に奴は、今度は戦術機でさえ追いつけない速度で来た方向へと去っていった。横浜の方へ。
 国連の新型? まさか。
 あれは存在の根本が違う。戦術機とコンセプトが全く違う。あの形からそうは見えなかったが、あれは空を飛ぶことを前提に造られている?
 そもそも、人間が乗っていたのか?
 前後左右に独特な音を奏でながら舞うあの姿。中に人間がいたらミンチを通り越して液状化するんじゃないだろうか?
 無線で遠隔操作でもしているのか? もしかしたら、あの歌が信号?
 あれに対する興味は尽きない。あれが在れば、人類はこうも数を減らさなかったはずだ。
 そういえば、上層部は奴の行方を必死で追っているらしい。捕まえたら二階級昇進も夢ではないとか。それはつまり死ぬ確率が高いということ?
 あまり奴には関わらない方がいいかもしれない。



――――とある帝国衛士の日記より



 フランツィスカのカノンフォーゲル。少しだけ、名前に引かれた。しかし急降下爆撃も装甲目標に対する一撃必殺な威力も存在しない。

『それで、完成したのがこれですか』

「オーギルをベースに、OIGAMIを搭載。後部機銃はMR-R102二丁で再現。機体名はシュトゥーカ」
「そしてこっちがOIGAMIをOGOTO二門に換装しただけのカノーネンフォーゲル」
「更に発展させ、雷電の全てをガトリングにした究極のトリガーハッピー。格納には10ほどドラムマガジンを装備しているし、外部ハンガーには予備まである。総弾数13480発のバケモノだ。ウォートホッグと名付けた。正面装甲をエクスキャリバーごときでは抜けない程度に強化したからいくら撃たれても沈むことはない。脚部ブースターを強化しツインジェネレータにした結果アリサワデストロイヤーⅡと同程度の機動力を実現できた」

『どこまで精神汚染が進んでいるのかわからなくなりました。特に最後のは、力の入れ方と方向が違うような気がしてなりません』

 私とエイダの前にはネクストが三機。それぞれ私が説明した通りの代物だ。我ながら馬鹿だとは思うが、趣味とはそういうものだ。閣下とて、ソ連嫌い・病院嫌い・ただの趣味という理由で出撃していたのだ。

「そう言うな。なら、次の出撃で証明しよう。フォースエナジーがもうそろそろ実用段階だと聞いたが」

『あり得ない速さで開発が進んでいます。テストパイロットの生存性を無視していいからか……』

「私ならいくら死んでも構わないからな。こういったことに消耗品の躯というものは便利だ」

 まったく、便利な存在だ、『エルテ・ルーデル』とは。この存在だけで開発が通常の数倍速くなっている。優秀なパイロットでありリンクスでありデータロガーでありデータベースであり――――

『……えい』

 エイダがおそらく全力での手刀を私の頭に落とそうとした。1m^3の鉄塊を破断させる威力があるアンチタンクボディの手刀だ。無論、私は避ける。

「……なんだ?」

『なんとなく。腹が立ちました』

 なんとなく、理由はわかるが。

『フォースエナジーは半月ほどで完成するでしょう。AC用にするには多少課題は残りますが』

 何もなかったかのように元の話題に戻る。以心伝心とは言わないが、何も言わなくてもある程度は意思疎通ができる。恐らくエイダは『忘れてくれ』とでも思っているのだろう。

「ECMDS(ECM防御システム)は完成しているだろう? ファルケンに乗せてみようか」

『戦術機ですか? 戦闘機ですか?』

「戦闘機だ。VOBをつけてみるか」

 戦闘空域まではVOB、戦って――――帰ってこれないな、航続距離的に。
 あの異次元ウェポンベイのおかげでいくらミサイル使っても重量は変わらないし、場所にもよるが――――

『無駄です。無理です。無謀です』

 エイダにこれでもかと否定される。

「理解しているよ」

 そもそもECMDS、この技術はこの世界の常識を根底から覆して更にひっくり返すような代物だ。
 ミサイル、機関砲弾、そしてレーザーすら明後日の方向へねじ曲げるのだ。ラザフォードフィールドなど無駄と言わんばかりの性能。私にコジマレスネクストの開発を決意させた技術だ。エアインテークのないACでは文字通り完璧な防御となるだろう。
 欠点はコストだけだ。

『ECMDSの問題ですが』

「人類には過ぎた力だな」

 ECMDSの配備で問題になるのは技術とコストだ。もしECMDSに関する資料をそっくりそのまま人類に与えれば技術の問題は消滅する。残りはコストだ。最も富める国が鉄壁の兵団を作るだろう。
 誰だって大統領やナインボール=セラフになれる。金と資源さえあれば、そんなフィクションのような兵器が量産できるのだ。

「まぁ、世には出さないさ」

『ランナーは子供達に甘すぎます』

「自覚はしている。だが、変える気はない」

『そんなに失うのが恐ろしいのですか?』

「……ああ」

 言われるまでもない。私は強欲なのだ。そして同時に、臆病なのだ。

「それが寿命なら仕方ない。理に逆らえば揺り返しで逆に傷つけてしまう。でも避けられるなら、それが運命なら、私は断じて抗おう」

 運命の理は、ただの人でさえねじ曲げることができるのだから

「いつも、そうだったろう?」

『そうですね。いつも通りです。過ぎたことを――――』

「待った、謝るな。時々でいいから思い出させてくれ。忘れないように」

『Ja。まったく、私がいないとランナーはダメダメですね』

「……やれやれ」



「ママ! 真緋蜂改でユーラシアと太陽系を蹂躙すれば――――」
「メタトロンがけっこうあったよね? OFを開発――――」
「ナインボール・ネクストを量産すれば一挙解決――――」
「エクスキャリバーの建造準備とSOLGの再設計が完了しました。許可を――――」

「BETAの駆逐はこの世界の人類の手で成すべきことだ。我々ルーデル機関はその手伝いをするに過ぎない」

 中二病患者の子供達数名が蹂躙計画を提出しに私に殺到する。計画や作戦の決定権は全て私にある。ガイアはある意味で究極の独裁国家だ。
 そういえば、今まで機関のこの世界でのスタンスを明示していなかった。この際しっかりと伝えよう。

「総員、聞け」

 手が離せないもの以外は作業を止め、私の言葉に耳を傾ける。手が離せないものは作業を続けながらも若干の意識を私に向ける。

「この世界での目標と我々ルーデル機関の立場を明言していなかった。明確な目標がなくては迷走することもあるだろう。何をすればいいのかわからなくなることもあるだろう。ゆえに、今、明確にしておく」

 子供達がほぼ全員、直立不動で私を見ていた。軍事教練はした覚えはない。エイダの仕業か、子供達が独自で身につけたものか。ガイアとてあらゆる場所に私がいるわけではない。子供達の居住区画やその周囲には、私はほとんど存在しない。常に親がそばにいるというのも息苦しいだろう。私を恩人としては見るが、親と認めない子もいる。エルテ・ルーデルの完全不干渉地帯が存在するのだ、そこで戦闘訓練や軍事演習が行われていたとしても、私は私がそれを知ることを許さない。

「この世界での暫定目的はこの世界の人類の手で地球圏の奪還、安全を確保すること。ルーデル機関の立場はこの世界の人類に対する支援と協力、及び介入だ。ただし、ルーデル機関オルタネイティヴ支部の安全を脅かす存在に対してはあらゆる方法を以て排除することを許可する」

 私がヘマをすれば各国、特にアメリカは確実にこの島を襲撃するだろう。そうだな、「一組織が所有するには、その軍事力は巨大すぎる」とかいって技術者を含めた島の明け渡しを要求して、拒否されたら攻め込んでくる――――そんな未来が鮮明に想像できる。
 いくら資源に余裕があり軍事力的に世界最強の国家であったとしても、有澤の極みやUSEAの超兵器で相手にすれば、たとえ物量にものを言わせようとも壊滅させることが可能だ。事実、国家解体戦争は成し遂げられ、USEAでは、あの超エースさえいなければ、あれらの戦争はまったく逆の結果となっていただろう。

「所詮は国家だ。しかし侮らず、何事にも慎重に、全力を以て相手をしよう。我々とこの世界、お互いの幸せのために。以上だ」

 言い終えると、合図もなしに一斉に敬礼された。私は答礼をし、私の作業に戻る。子供達もばらばらと作業に戻った。

「エイダ、どう思う?」

『私が教えました』

 おまえが元凶か。
 とはいえ、これで機関のスタンスは確定した。そろそろ『おとぎばなし』介入の準備を始めるとするか。



[21785] Muv-Luv Destroyal 04
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/11/30 07:47
 まだ三月上旬。桜は咲く気配を見せはしない。この桜並木はA-01で戦死した兵士の墓標のようなものだったか。ここで誰かに過去形で想われる者を減らすためにも、計画は成功させる必要がある。
 この世界で最も会うことがたやすいのは国連軍横浜基地の香月夕呼副司令だ。この世界に関してある程度の知識さえあれば、門にいる警備兵二人にあるキーワードを言えば面会は叶う。

「香月副司令にこのメモの内容を伝えてもらえないか? 機密ゆえに、今は私の所属や階級は言うことができないが、副司令にはそのメモで伝わるはずだ」

 因果律、ALT4、セレン・ヘイズ、有澤重工、アナザーワールド、00、FebraryUnknown、ブレイン、量子論などと、さまざまなものを匂わせる単語を書き連ねたメモを東洋系の警備兵に渡す。

「怪しいが……わかった、伝えよう」

「それまで妙なことはするなよ?」

 緩んでいるとはいえ、一応軍人だ。常に片方のアサルトライフルの銃口は私を向いていた。
 今は東洋系の警備兵が連絡に行っているため、ここにいるのは黒人の警備兵だ。

「日陰はあるか? 日に弱くてな……」

 この個体は不良品で、アルビノだ。黒コートはいつも通り、しかし色素のない白い肌と紅の眼は太陽を嫌い、黒い日傘を常にこの手に持っている。理使いが大事にしている古い蝙蝠傘のコピーらしい。つくづく、この個体は闇人に思えてならない。

「そこの影でおとなしくしていろ」

「ああ。ありがとう」

「う……」

 ? 照れているのか?



 連絡に行っていた警備兵が戻ってきた。

「動くな」

「どうしたんだ?」

「即刻拘束しろと命令が下った。手錠を」

「あ、ああ……おとなしくしてくれよ」

 やはりそうきたか。

「拘束はいいが、傘を頼む。日に弱くてな」

 たとえ傘だろうと、長物は武器になる。拘束する相手に持たせるべきものではない。
 両手を出しておとなしくする。一瞬、グラハルト・ミルズの脱走シーンが脳裏に浮かんだが、気のせいにしておく。

「よし、ついてこい」

 ちゃんと傘はさしてくれた。

「こいつか」

「ああ。後は頼んだ」

 門をくぐり、憲兵に引き渡される。

「なんだ? 傘?」

「日光に弱いらしい。一応遮光してやってくれ」

「了解した」

 引き継ぎはつつがなく終わり、私は日に灼かれることはなかった。



 身体検査も終わり、無事営倉に放り込まれた。
 後は待つだけだ。

「I'm thinker, I could break it down」

 周囲に熱源や動態反応はない。看守もいない。歌いたい放題だ。
 逃げられるとは思っていないらしい。持ち物は傘と30mmのペンダントだけ、服もコートも躯の隅々まで調べられたが何も出てこなければ、何もないと判断するしかないだろう。道具の一切がなければ、牢など普通の人間が抜け出せるはずがないのだから。

「Agitate and jump out. Feel it in the will」

 暇を潰すにはこれに限る。

「The deep-sea fish loves you forever」

「いい声ね」

「お褒めに預かり光栄だ」

 結局、看守がいようがいまいが、待ち人が来ようが気にせず歌うのだが。話し掛けられるまですっと歌っていた。
 視線をやれば、香月夕呼とイリーナ・ピアティフがそこにいた。

「……あんた、何者?」

「そん……いや。何者と言われてもな。破壊神の器と名乗るべきか、いや、どうでもいいか」

 「そんなことはどうでもよろしい。それよりシャワーと食事を頼む」と、遺伝子が私に言わせようとした。

「はぁ?」

 眼が『おまえは何を言っているんだ?』と告げている。

「まずは自己紹介からといこうか。エルテ・シュネー・ルーデルだ。よろしく、香月夕呼」



 ピアティフが席を外すように言われその場を去ってから、香月夕呼の質問に私が答えるという形で会話は進んでいた。

「12月24日……それが本当だとして、それを証明できる?」

「現状では不可能だ。二月の圧勝で確実に未来が変わった。だが、よほどのことがない限り12月24日の悪夢は変わらない」

 BETAは有澤グレにあまりにも弱すぎた。予想外だった。ダメモトで、次の実戦テストでTLSで一気に薙ぎ払うことがほぼ確定していたのに、有澤グレだけで充分だという結果を出してしまった。
 だがオルタネイティヴ4の凍結は12月24日から変わることはない。理使いが言っていたから確実だろう。

「ふうん。それで?」

「未来のことは証明できない。故に別のことを以て信用だけは得たい」

「信用を得てどうするつもり?」

「状況は流動的だ。権力を持つ人間とのパイプが欲しかった。特に、この世界に存在するはずのない我々のような者には協力者が必要だった」

「協力ね……見返りは? 協力というからには対等な条件でないとね」

 さすがに交渉というものをよく理解している。

「戦力の提供を」

「戦力の提供? 間に合ってるわ」

「二月のBETA上陸の際に現れたアンノウン」

「!」

 食いつくか?

「私にはネーミングセンスがなくてね。有澤重工製のパーツを使っているからアリサワクラッシャーシリーズと呼んでいる。そろそろこの基地のレーダー圏内に入るころだ」

「はぁ?」

 警報が鳴りだした。



 夕呼が司令室に着いたとき、既にそこは慌ただしくなっていた。
 大型モニタに映し出されたレーダーで、幾つかの光点が移動している。五つの光点がまっすぐ、この横浜基地を目指して移動している。

「状況は?」

「アンノウンが極めて高速で接近中! 通信にも応答ありません!」

「このままでは470秒で横浜基地上空に到達します!」

「サイズと速度から二月のBETA上陸の際の同形機である可能性があります!」

「衛星からの映像、きます!」

 メインモニタに映し出されたのは、二月に確認されたロケット付の戦車のような、あるいは小型戦術機のようなものだった。普通に音速を超えて、爆発したように光っては急加速を繰り返す。

「目標は新潟、あるいは佐渡島であると予想されます!」

「違うわ。ここよ」

 既に司令の命令で防衛部隊が出撃していた。基地全域に戦術機が立っている。帝国のみならず、二月のアンノウンはどの国のどの軍も喉から手が出るほど欲しいものだった。

「副司令?」

「防衛部隊に命令を。なんとしてもあのアンノウンを撃墜しなさい」

 もしここにアンノウンを知る者がいれば、彼女にその無謀な命令を取り下げるよう進言しただろう。「横浜基地を焦土にするつもりか?」と。武装の100%が有澤グレネードなのだ。OIGAMI搭載機も存在する。追加弾装もある。横浜基地消滅後にBETAと遊びに行くこともできる火力だ。ブレードは後で補給ネクストが届けに行く。

――――不可能だと思うがね。ネクストの機動力では一方的過ぎる。いかに鈍重な雷電でも、戦術機ごときには遅れをとる理由が存在しない。

――――なんなら、こちらは一切の攻撃をしない。一機でも行動不能にすることができたら雷電の設計図を提供しよう。

 エルテの挑発が夕呼の頭をよぎる。
 制限時間は初弾が放たれてから一時間。それまでになんとしてもあの機体を叩き落とす。

「全機出撃よ。戦術機を動かせるなら訓練生も出しなさい。兵器使用自由」

「りょ、了解!」

 その命令は、アンノウンがどれほど脅威か司令室にいるものに勘違いさせるには充分だった。実際に脅威だが、今回は攻撃してこないことを彼らは知らない。

「アンノウン、ロケットを投棄! 減速しました――――加速しました! 先ほどより遅いものの時々音速を超えています!」

 通常サイズのVOBは、横浜の手前でパージされた。水素の残りカスが比較的小規模な爆発を起こし、アリサワクラッシャーを加速させた。

「いよいよね……」



「エイダ、気楽にいけ。失敗しても標準機の機体図面を渡すだけだ。ローリスクハイリターンといこう」

『Ja』

 複座にしてほしいと言うから何かと思えば、このジェフティボディで乗りたかったらしい。

「回避に専念するぞ。板野サーカスも驚くくらいにな」

『板野サーカス? 怒首領蜂大復活のヒバチくらいに――――』

「なるほど、だれでもクリアできるか」

『余裕です。たかが一時間、怒首領蜂大往生をクリアするよりちょろいです。重量オーバー雷電でフラジールをとっつくよりかは』

「なんであんなことをしようとしたのか自分でも不思議だったな」

『ゲームならまだしも、リアルでやるとは思いませんでした』

 上位ネクスト相手だと、避けるより当てる方が難しい。特に当時は中二や軽二が至上という風潮が流れており、ガチタングレオンの有澤は、まさに時代の流れから取り残されようとしていた。

「あれから世はガチタンに流れ出したな」

 オーダーマッチにてステイシスをOIGAMIとNUKABIRAの零距離同時砲撃で一撃の下に撃破した水没事件。それからガチタンを使おうとするリンクスは増えた。

『要は使い方次第ということです』

「使い方次第か……戦術機はどう使う?」

『作業用MTとして』

「ノーマル以下か。私としてはノーマルも大概使えないと思うぞ」

 AC3Pをやった限りでは。コジマとQBは偉大すぎることを知った。

『訓練の的として』

「おまえは戦術機になにか恨みでもあるのか」

『そろそろ接触です。ARシステム、Ready』

 ごまかされた。
 確かに、既に視認できている。敵火砲の射程内だ――――

『Run』

 ARシステムが勝手に起動する。時間が引き延ばされ、

《初弾を確認。カウント開始》

[[カウント開始。残り3599]]

 弾が飛来していた。QBで回避する。
 時間が元に戻る。

「パーティーの始まりだ」



 迎撃開始から5分が経過した。未だに砲弾はアンノウン――――ネクストをかすりすらしない。

『どうなってんだ!』
『当たらない! 当たらない!』
『避ける先を狙え!』

 入ってくる通信のことごとくが悲鳴を挙げている。
 幸いにして、攻撃はされないものの、それは戦術機が脅威ですらないということに他ならない。

「なぜ彼らは攻撃してこないのですかな、香月博士?」

 横浜基地司令パウル・ラダビノッドが夕呼に問う。

「恐らく、性能の誇示でしょう。彼女達は自分を売り込みに来たようですから」

「売り込み? それはどういうことですかな?」

「今、交渉人が営倉にいますわ。あと5分経ったら攻撃を中止させてください。私は彼女のところへ行ってきます」

「ふむ、了解した」

 夕呼は、これ以上の攻撃は砲弾の無駄と判断した。だが、せめて一発は当てたい。ゆえの5分間の延長だった。



 雪の名を冠するエルテは瞼を閉じ、簡易ベッドに腰かけて歌っていた。

「なんでいつも歌ってるのかしら?」

「こう見えて寂しがりやだからね。で、要件は?」

「負けたわ。確かにあれには戦術機は適わないわ」

「そう。ではどうする? 私としては独立愚連隊で世界から追われながら戦力を行使するのは避けたいのだが」

 営倉で、再び鉄格子越しに会話が始まる。

「認めたくないけど素晴らしい性能だわ。あれの設計図が手に入らなかったのは残念だけど」

「26機で世界中の国を相手に喧嘩を売って勝つくらいにはな」

「は?」

「私が以前存在した世界では、企業による新たな秩序の構築のための大規模クーデター、国家解体戦争により全ての政府が文字通り解体された」

「企業が国家を? なにそれ、ふざけてるの?」

 エルテがその言葉にわずかに動揺したが、暗い営倉で夕呼はそれに気づかなかった。

「ふざけてなどいないさ。食糧とエネルギー資源が尽き、政府の統治能力が軒並み低下すれば新たな秩序、新たな社会形態の構築で民衆の大多数が救われるなら、それは正しいことだとは思わないか? この世界とて、企業がBETAを駆逐できるというのなら大衆は確実にそっちに流れるだろうよ。愛国心など、苦しい生活をしていればあっさりと消え去るものだ。あの世界の歴史が証明している――――ふむ、諦めたか。まあ正解だな。一時間も弾薬の無駄を続けるわけにもいかないだろうしな」

「いちいち腹立たしいわね……え?」

 夕呼は気付く。この営倉にいて、どうして5分経った今、攻撃が終わったことを知ることができるのか。

「さて。交渉といこうか。私は香月夕呼の命令で出撃しなければならない。その代わり、横浜基地所属という立場を保証する。命令系統は私を経由するルートのみ。我々からの技術供与は……そうだな、クイックブースト機構を提供しよう。不満な点は?」

「完全に私の私兵部隊ってことね。でもいいの? 私の命令ってことは生還不可能な作戦にも放り込むってことだけど」

「構わない。所詮、私は消耗品に過ぎない。死んだら補充すればいい。それだけだ」

「そこまでして、何が目的なの?」

「目的か。この世界の人類の手による、BETAからの地球圏の奪還が依頼された案件だ」

「依頼って誰からよ?」

「依頼人が誰かは言えない。それに重要ではない」

「気になるわね……横浜基地所属はいいとして、命令はあんたを経由するルートだけ? どういうこと?」

「情報の秘匿。各国、特にアメリカは確実に、ネクストを手に入れるために行動を起こすだろう。出撃、あるいは補充や追加を我々の拠点に連絡した場合、電波などから位置が割れる可能性がある。私経由なら絶対に漏れようがない」

「なるほどね。ということは私にも拠点は教えてくれないということね」

「当然だ。ⅣがⅢの成果を接収したとはいえ、全てではない。現にスカーレット・ツインはロシアにいるし、ラングレーに社霞の姉妹がいたとしても何らの不思議はない」

「……ロシアが……」

 一瞬だが、夕呼はニヤリと笑った。ロシアがⅢの成果を隠し持っていたことがわかったのだ。

「最後に、クイックブーストって何?」

「水素をブースタに溜め爆発させることで、文字通り爆発的な推力を瞬間的ではあるが得ることができる技術だ。今回、回避にこれでもかというほど使ったはずだが――――」

 夕呼の顔が喜びに歪んだ。



[21785] Muv-Luv Destroyal 05
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:92c6ce52
Date: 2011/08/20 16:34
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 社霞とにらめっこをしていた。実際ににらめっこをしていたわけではないが。
 しばらく双方が一目惚れでもしたかのように見つめあった後、霞はテクテクとシリンダー室へ去っていった。
 今はコジマ物質か。

「……ふむ」

 若りし頃のフェイトを思い出す。いや、幼き頃か。あ、フェイトは何か違うな。瑠璃子だ。もしかしたら毒電波はBETAに効くかもしれない。そんなどうでもいいことを考えたりするのは暇な証だ。



 あれから、アリサワクラッシャーズは支部に帰還し、私は制服と階級章を与えられた。夕呼の部屋で。
 ルーデル機関の襲撃は、試作兵器のテストも兼ねた緊急演習ということになった。最近、基地がふぬけていたからちょうどよかった、というのは夕呼の言。

「少佐?」

「そ。あんたはあたしの補佐とか実験とかやっているということにするわ。その躯じゃ訓練兵にもなれないでしょう? ずっと地下にいれば日光にも当たらないだろうし」

「必要とあれば日光が平気な兵力も提供できるが」

「え? 戦術機は動かせる?」

「新型機の開発から旧式の改修、戦闘や整備まで万能な兵士が百人単位で提供できる」

「いますぐよこしなさい」

 私の言葉通りとはさすがに思ってないだろうが、それでもすぐ食いついてきた。

「了解。何人くらい必要だ?」

「そうね、あるだけ……は無理か。とりあえず百人よこしなさい。使えなかったらすぐ突っ返すわ」

「了解」

 V-22が0番エレベータで上がってくる。1機につき24人が定員だが、別に数人増えようがペイロードには問題ない。一個センチュリアの輸送には4機必要な計算になる。

「朝には配備できる。VTOLで来るから着陸できる場所を教えてくれると幸いだ」

「このヘリポートを使うといいわ」

 やたらとごちゃごちゃした机から基地の見取り図を引きずり出し、そのヘリポートを指す夕呼。よくこんな状態で置いた場所を覚えていられるな。

「なるほど、降りずに90番に格納されろと?」

「そうよ。あんた達は存在をなるべく秘匿しないといけないから」

「了解。他に何か要求は?」

「戦術機の改修もできると言ったわね? 何でもいいから改修案を明日までに提出すること。いいわね?」

「Jawohl」

「じゃあもう用はないわ」

「ああ。ではまた明日」



「なにかわかった?」

「ハンス・ウルリッヒ・ルーデルという破壊神がいたそうです」

「は?」

「シュトゥーカでソヴィエトの大地に死を降り注いだそうです」

「…………」

「メビウスさんはかっこよかったです」

「それがあいつの考えてたこと?」

「コジマ粒子は素晴らしいものらしいです」

「…………」

「ネクストの根幹技術でした」

「ちょ、ちょっと!」



 部屋を出て、私に充てられた部屋に向かう。
 おそらく、この個体の思考を営倉の時から霞に読ませていたのだろうが、そう簡単には読ませてやれない。霞に私の意識の全てを解放すればキャパシティの問題で脳が死にかねない。情報の取捨選択は、テレパシストには難しいのだ、対象が情報の塊ゆえに。検索もできない。テレパシストは、人の意識というド汚いものを見ることを強制される。例外も存在するが。

[[ゆえに、コジマ粒子は――――]]
《エイダ、もういいぞ》

[[Ja。ではよいこのみんな、また次回までばいばーい]]

 だが私はそういった精神汚染とは無縁だ。敢えて見せようとさえしなければ。そういった意識や記憶はプロテクトをかけている。問題は、私の記憶容量だ。
 研究や作戦の知識、現在行っている研究の解析や思考、数億人分どころではない情報が私という全一を流れている。
 脳内妄想番組プログラム『ドイツ近代神話 魔王と破壊神』『ドキュメンタリー 伝説の英雄・メビウス1を追う!』『エルテとエイダの 火星人でもわかるコジマ粒子講座』などを繰り広げていた。

[[もう少しでアンサラーまでいくところだったのに]]

《アクアビットマンGの活躍風景だけでいいだろう? 次はアニメ調にしてコジマヒーローでもするか》

[[こうしてコジマ少女が出来上がったのでした]]

《縁起でもない》



「とんでもない代物ね、コジマ粒子って」

 霞からその概要を聞いた夕呼はそれがこの世界では作り出せないものと知り、安堵した。
 戦略兵器とも言えるネクスト。BETAどころかハイヴすら駆逐できそうな強大な力ではあるが、それは同時に世界を汚染するリスクの下で行使される。たとえBETAとの戦争に勝利しても、残されるのはG弾汚染よりはるかにタチの悪いコジマ汚染に晒された大地。生物という生物は死に絶え、生態系はことごとく破壊され、最終的に砂漠になるしかない。

「しかし、コジマがなければ我々は宇宙に出ることは叶わなかった」

 エルテがコーヒーを飲んでいる。若干顔をしかめているのは、苦いものが苦手だからだ。
 さっきからぼーっとしながら夕呼の言葉に何かしらの反応を返している。

「宇宙?」

「人類はコジマに汚染され尽くした母なる大地を見捨て、新たなるフロンティア、宇宙に活路を見いだした。それだけだ」

「まるで5ね」

「そうだな。面白い共通点だ……ん、面白いものが完成したぞ」

 コーヒーを飲んで周期的に妙な表情をしているだけだと思われた少女は、コーヒーカップとは逆の手で紙に何かを書いていた。手元はまったく見ていない。

「……見慣れないベンゼン環ね」

「マイケル……いや、ユーコ・エクスプローシヴと名付けよう。略してユーコXだ」

「なにそれ」

「安定で少量でS-11並みの威力が出る通常炸薬。生成ガスにある程度の精神高揚効果とレーザー減衰効果がある。後遺症はないかな」

「なによそれ! 今までの戦略が根本から変わるわよ!?」

「合成法を考えないとな。さすがに隆文もAE(ARISAWA Explosive。有澤グレネードの炸薬)のレシピは教えてくれなかったし、安価で大量生産できてかつ材料調達のしやすい製法が必要だな」

 新しい紙をペン先が走る。まるで見えない何かを追いかけるような筆の運び。動作自体にはまったくの無駄はないが、時折文字列に線を引いたり図を描いたりと、どうやら理論の試行錯誤をしているらしい。

「こんなところか。はい」

「……アンタ、今何をしたかわかってる?」

 夕呼は渡された紙に眼を通し、何かいろいろ通り越して呆れが大半を占める視線をエルテに送る。

「台所で簡単につくれる、既存の爆薬を大きく上回る威力を持ち高硬度焼結可能でそのまま徹甲榴弾にもできる超高性能爆薬の開発」

「……はぁ。全部アンタに任せればいい気がしてきたわ」

「BETAを駆逐した後が非常に面白いことになるけど、それでもいいのか?」

「冗談よ。これはもう製造してもいいのかしら?」

「ああ。存分に使ってくれ」

 この世界において、通常兵器による戦力の底上げを図ろうというのだろう。限られた資源、限られた時間、限られた人材、この世界は制限が多すぎる。青臭い英雄は、新年早々に消え去る可能性が高く、それを回避したとしても『次』がある。地上のハイヴをすべて破壊して更に『次』、月・火星をはじめとする太陽系からBETAを駆逐するまで人類に真の安寧は約束されない。いつBETAが降ってくるかわからないのだ。

「放射能と重金属と重力に汚染された地球を人類が見限らないようにするのも我々の仕事だ。4が完遂できたとしても、結局星間移民する羽目になれば5とかわらない」

「あら、さっきは新しいフロンティアとか言ってたのに?」

「別に5が悪いわけでもない。それに、あの世界は宇宙に活を見いださなければ人類種が滅亡していた。この世界の地球にはまだ未来があるのに、わざわざ捨てることもあるまい、ということだ」

 中空に浮かぶ小さな、半透明の地球が二つ。片方は大地に緑などわずかしかなくほとんどが砂漠化して黄色く、島や陸地面積は夕呼が知るそれより少なく狭く、白い領域はより広く。もう片方はユーラシア大陸から緑が消失し、赤茶けた大地が広がっている。

「次はどんな手品かしら」

「秘密だ。魔法と言ったら信じるか?」

「アンタならあり得るわね。ネクストにコジマ粒子、この世界の人間からしたら、魔法にも見えるでしょうね」

「高度に発達した科学は魔法と変わらない」

「へえ、面白い言葉ね」

「さて、あなたならどちらを選ぶ? 汚染され荒廃しきり清浄な空にのみ生きることを許された世界か、侵略者に脅かされるもある程度は人の生きる大地が存在する世界か。両者共に宇宙という逃げ道が存在したが、優先度と余裕が違う」

「要は地球に執着するかしないかの違いだけでしょ。アンタはこの星に執着するみたいだけど」

「故郷を失いたくないのはどこでも同じ。たとえ並行世界であろうと」



[21785] エルテさんが誰も知らない世界に放り込まれたようです02
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:2c45bf09
Date: 2011/05/31 09:08
 薄暗い室内で、カーテンが風で揺らいでいる。そろそろ夕暮れで、カーテンが室内にこぼす光は優しく赤い。
 この時間、いつもなら森にいて、そろそろ帰る準備をしている頃だ。こうして村で、落ち着いてゆっくり過ごすのはいつ以来だろう。
 椅子から立って数歩先には見たこともないほどの綺麗な女の子がいて、寝息すら聞こえないほど静かに眠っている。
 これで絶叫とか怒声とか聞こえなければ素敵な時間なんだろうけど。村の四鬼神の二人がナニカしている時点でそれは望めない。村長の義手は、着脱が非常に痛いらしい。魔物に脇腹を食いちぎられても平然と殴り殺す村長がああも絶叫をあげるくらいは。だったら壊すなよと言いたいが、レインさんがいくら注意しても壊す。学習しない村長だけど、そのおかげでこの村は魔物の脅威から護られている。
 ぼーっと女の子を見ている。うん、かわいい。起こさないようにそっと近づいて

「…………」

 紅い眼が、僕を睨んでいた。

「…………」

 頭は一切動いていない。眼だけが、僕を見つめている。綺麗な、紅の眼。昔、村に迷いこんできた宝石商が見せてくれたルビーとかいう石より紅い。まるで白狼を殺したときの血のように。

「…………」

 動けない。声もあげられない。眼もそらせない。息しかできない。怖い。怖い。怖い。その、紅の眼が。

「……ぁ……」

 いつまで見つめ合っていたのだろう。気づけば村長の獣のような悲鳴は鳴りを潜め、その静けさはまるで世界が死んでしまったかのようだ。

「…………」

 怖い。だけど、何故か、その眼に惹かれる――――

「おーいティック、患者はどうや?」

 変な訛りの呑気な声で、僕は解放された。それは間違いなくレインさんの声で、僕はその声の方に視線をそらせた。動かなかった躯が鬱憤を晴らすように過剰に動き出し、

「なにしよるん?」

 レインさんに妙な顔で見られた。自分でも思う。妙な格好だと。

「まあええ。で、嬢ちゃん、起きたみたいやね。どうや、調子は?」

「…………」

 僕は恐る恐る彼女を見る。またさっきみたいな眼で見られたら。

「喋れん? なわけないよな」

「ここはどこだ、理使い」

 さっきとは比べものにならないほど怖い眼で、でも寝ているときと変わらない顔で、僕ではなくレインさんを睨んでいた。

「コトワリツカイ? 何のことや? 俺はこのイーヴィー診療所の医者でレインっちゅうんやけど」

「……なるほど、男か。レイ、という女に心当たりは」

「俺のかーさんやね」

「……会わせろ。話はそれからだ」

「無理。俺も生まれてこの方数えられるほどしか会うちょらん。どこにおるかなんて誰も知らんし、探そうとも思わんやったし」

 そんな怖い眼にも、いつも通り応じるレインさんを久しぶりに尊敬した。いや、尊敬に値する人物だとは思うが、日頃が日頃だからそんな想いもかき消されてしまうのだけれど。さっきみたいにぼーっとしていたり、村の子供達相手に『女の乳に貴賎なし』というテーマで演説をしたり。

「そうか」

「うちのかーさんと知り合いか?」

「親友にして戦友だ。奴からしたら、暇潰しのオモチャでしかないかもな」

「つことは、俺より年上か。ふむ。フロイライン、この私と結婚を前提にお付き合いを「レイと同じ顔の時点で恋愛対象外だ」無念……」

 綺麗な躯の患者さんを見つけるたびに口説くから、立派なのに尊敬されないのだと思う。

「やけど、納得かな。かーさんの親友なら、その魔物チックな躯も、健康極まりない診断結果も当然か。舐めてみてこれほど健康だと思った患者はおらん」

 舐めたのか。いつものことだけど。人の味でだいたいの健康状態がわかるらしい。男の人は重症の人だけ、女の人は毎回舐められてるから変態なんて言われるんだと思う。レインさんが言うには、女の人は男より繊細だから、らしい。

「やはりレイの息子だな。多少は覚悟していたが、かくも変態だったとは」

「漢は皆が皆変態である! 女の子に大なり小なり欲情する生物なのだ! 俺はその欲望を大々的に公表しながらも紳士であることが大切であると」「黙れ変態」「変態紳士だ!」「黙れ変態」「オウ……」

 がっくりとうなだれるレインさん。変態と変態紳士にどれほどの差があるのかはわからないけど、レインさんにとっては重要なことらしい。
 女の子が上半身を起こし……は、裸!?
 すぐに顔を逸らす。でも、あの綺麗な躯は眼に焼きついて離れない。

「ところで、君は何者だ? ここの看護士にしては服装が不相応だが」

「へ? え? あ? ぼ、僕? えっと、あ、あの、僕は」

「彼はティックや。この村最年少の働き手であり狩人であり、ウチの常連客や。死んじょった嬢ちゃん運んできたんもティックそよ? 感謝しいや?」

「え? いや、僕はただ運んだだけで治療はレインさんで僕は何もしてないし死んでるから埋葬しようとしただけで」

「……落ち着け」
「落ち着きぃ」

「――――!」

 頭に強い衝撃。一瞬何が起きたかわからなくなる。

「診療所内では騒ぐんは厳禁や。結構元気そうな患者やけど、患者は患者ぞ。何を慌てちょるんか知らんが」

「いや、私が悪い。レインが来るまで警戒して威嚇していたからな」

「あー、確かにさっきのんはブチ怖かった」

「そういうことだ。悪かった、ティック。侘びと恩返しに、どんなことでも二つだけ叶えよう。夜伽だろうと世界支配だろうと、私にできることなら、なんでもな」

「――――――――――――――――は?」



 ティックは完全に停止していた。ただでさえパニックに陥っていたのに、エルテの言葉で完全に処理限界を超え、フリーズしてしまった。

「まあ、返答はいつでもいいのだけど。聞いてないか」

「うらやましい。まったくもってうらやましい。何故こんな子供に春が来て俺には来んのじゃ……」

「その変態行動を自重すれば多少はマシになると思うぞ」

「そりゃ無理や。こうでもせんとストレスで死ぬわ。はっはー」

 まったく面白くなさそうに笑う。無理矢理明るく振る舞っているような違和感が、しかし『絶対にそうだ』とはいえない程度に存在していた。

「そういや、これからどうするん?」

「これから……そうだな……この世界を知ることから始めるよ。理使いには悪いが、せいぜい楽しませてもらう」

「そうか……ん? ん? んー……むぅ……」

 妙な唸り声をあげるレイン。更に頭を抱えくねくねと妙な動きをしながら熊のようにうろうろと病室を歩き回る。変態どころか入院が必要なレベルにイカレている、しかもここではない特殊な病院に、とエルテは思った。

「ぬー……ぬぐぐぐ……おお! そうや! そう、嬢ちゃんエルテ・ルーデルか!?」

「そうだが。それがどうかしたか?」

 なぜその答えに行き着いたのか。それがエルテには疑問だったが、それはすぐに氷解する。

「伝言がある。『ようこそ、この素晴らしき我が箱庭へ。君が来るころにはこの世界は充分成熟しているはずだ。この世界において君が果たすべき義務は何もない。君が自由にすればいい。ガイドは息子がしてくれるだろう』ってさ」

「……私もあなたも、理使いに振り回されている、ということか」

「理使いっちゅうんがかーさんのことなら、そうなるね。ま、気にしたら負けってやつや。でだ、俺はかーさんにこの世界の案内せぇ言われちょるけん、異界の破壊神サマに求められた情報を提供せんといけなくなりました。んで問題なんが、俺はここからあんま動けんこと。この村の周囲50km圏内に存在する村には医者なんておらんから、この村からも他の村からも病人やら怪我人やらが来るんよ」

「ある程度常識を覚えるまではこの村にいるべきだな」

「賢い選択やね。ま、ここはええとこやけ、ゆっくり暮らしながら覚えりゃええ。宿はティックが泊めてくれるさ」

 ま、対価に労働はせんといけんやろうけど、とレインは小さく呟く。隠すつもりはないらしく、それはエルテの耳にしっかりと聞こえた。

「……ここに泊まれとは言わないのだな」

「俺は童貞でね。患者なら問題ないんだが、普通の女と一つ屋根の下だと興奮して眠れなくなる」

「…………」

「あ、そうだ、服はそこ。ついでに、ティックは俺よりもウブやけ。からかうんも程々にな」



 服を着終わり、レインにいくつか話を聞いていると、ティックが動き出した。ちなみに服はレインのもので、袖や裾を折っている。Yシャツにスラックスという普通の服だが、それだけに馴染みやすかった。

「あ、あの、僕はそんな大逸れたことはできないし、その、夜伽とかは愛し合う者どうしで!」

 やっと戻ってきたティックに、私はその初さに呆れながら言葉を選ぶ。

「それはたとえ話だ。何をして欲しいかを決めるのはティックだ」

「え? ……あ、あはは、そうですよね、よかった……」

「そう安堵されると私に魅力がないように聞こえるな」

「い、いや! そんなことはないです!」

 まったく、一度こければ一気に坂を転がり落ちるようなタイプだな、ティックは。

「落ち着け。深呼吸。吸って」

「すぅぅぅぅぅぅ……」

「吐いて」

「はぁぁぁぁぁぁ……」

「吸って」

「すぅぅぅぅぅぅ……」

 しばらく繰り返したら落ち着いたらしい。やっとまともな顔になった。
 こうしてみるとなかなか整った顔をした少年だ。精悍などという言葉は間違っても使えない。童顔でかわいいといったところか。背格好から察するに十代半ばくらいに見えるが、今までの反応をみるにそれは疑わしい。

「よし、落ち着いたな。」

「は、はい」

 今のティックと話すには、勘違いしないように、混乱させないようにする必要がある。

「では、まず自己紹介からといこうか。私はエルテ・ルーデル。ウィッチだ」

 いつも通りの、自己紹介。ウィッチとは魔法を使える女を指す。この世界では男女で使える魔法が違うらしい。レインに教えてもらった知識の一つだ。

「僕はティックです。狩人してますが、一応ウィザードです」

 対して、ウィザードは男の魔法使いを指す。
 多少の魔力は感じていたが、魔法を使えるほどとは。この世界の魔法はよほど燃費がいいらしい。

「俺はレイン・レイテル。ただの医者や」

 この男がただの医者とは思えない。養子にしろ実子にしろ、あの理使いの息子なのだ。実は理に干渉できます、などと言われても何ら不思議ではない。
 というか、なぜこいつが自己紹介するのかがわからない。さっき二人でしたばかりだろう。

「ついでに村の守り人です」

「さっき聞いた。さて、もう大丈夫だ。ティック、行こう」

 自己診断の結果はFine。それなりの怪我がCaution、行動に大幅な制限がかかるDanger、そして一時的な死であるDeadが、大雑把な私の、この躯のステータスだ。

「そうですね、もう夜ですし」



 ティックの家はそれなりに大きな家だった。村の中の他の家と比べても、大きく見える二階建ての家。

「大きいな」

「ええ、ですが妹がいるので、あまりそうは感じませんね」

 妹がいたのか。思えば、私はティックのことをあまり知らない。

「あー、おかえりー……って、その人誰さ? にーさんの嫁?」

 ティックが扉を開けてはいると、間伸びした声が出迎えてきた。べれーんと食卓に伏せたまま顔をこちらに向け、ぶらんぶらんと手を降っている。
 容姿に無頓着なのだろうか、ゆったりとした服に、恐らくは特に手入れされていないであろうくしゃくしゃの長髪。だが、それでもなかなかの美少女に見えてしまうのが不思議だった。

「へ? い、やちがっ」

「はじめまして。私はエルテ。あなたのお兄さんに助けられた者だ」

「へー、そうなんですかー。私はロイン。無職のダメ人間ですー」

 自称する通り、その声、行動には一切の気力が感じられない。ダルダルとして掴みどころがない。なのに、イメージに不相応な『強者』の気配がする。

「ロイン、変な卑下はしないの。家事はできるじゃないか」

「ういー。でも家事以外はやりたくないー。私は家事職人として生きていくー」

「あーもう……」

 私は彼らに言うべき言葉が見つからなかった。






・魔法
 魔力を直接運用して目的の効果を得る法術。
 極めて柔軟性に富み、才あるものは即興で術式を構築することもできる。
 魔法適正がないと使えない。

・魔法使い
 魔法を使える者の総称。ウィザードとウィッチをひっくるめて呼称するときに使う。
 男と女で使える魔法の傾向が違う。

・ウィッチ
 女の魔法使いを指す。基本的に魔力による直接攻撃など、単純な魔力運用が得意であることが多い。ウィザードに比べ魔力が多いのが特徴だが、燃費は悪く、しかしそれに見合った威力・効果は期待できる。例外も存在する。

・ウィザード
 男の魔法使いを指す。基本的に大規模儀式魔法など、細かく繊細な術式を必要とする魔法が得意であることが多い。ウィッチに比べ魔力は控えめであるが、効率は極めてよく、条件さえ揃えばEFBなども発動できる。例外も存在する。

・魔術
 魔法適正がなくても魔法のような効果を得ることを目的として作られた法術。
 所定の道具を決められた通りに使うことで魔法に似た効果が得られる。
 魔法適正がなくても使えるが、新たな術式を開発するのは極めて難しく、よほどうまく運用しなければ魔法使いには勝てない。

・マジシャン
 一般的な魔術師。

・ソーサラー
 魔術師の中でも、魔法使いに喧嘩を売れるほどの使い手を指す。



[21785] IS世界に放り込まれた人々
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:bcdb6a14
Date: 2011/02/15 00:38
・ハンス・ウルリッヒ・ルーデル(実在人物)
 言わずもがな、我らがルーデル教徒のヒーロー。
 知らない人は、すぐアンサイクロペディアで検索すること。本当にこの世界にいた人類。
 戦車撃破数519輌を肇として、あらゆる地上目標を愛機Ju87シリーズで撃破しまくった。
 ちなみに「確認戦果」である。スコアを戦友や部下に譲りまくったせいで正確なスコアは公式記録を普通に超える。
 >>ISが空を飛んでいる時点で閣下の被撃墜フラグはない
  30回も撃墜されているルーデル閣下はしかし、戦闘機に落とされた経験はないという故事による。

・エルンスト・ガーデルマン(実在人物)
 閣下の相棒。後部機銃手。シュトゥーカ・ドクトル。空飛ぶ医者である。
 なまじ不死身なせいで最も閣下に振り回された人。

・ナインボール=セラフ・ネクスト(ACE:R)
 アーマードコア・マスターオブアリーナで出てきたトラウマをネクストに改修したもの。もともと馬鹿みたいな高機動がネクストになり、首輪付きでも勝てるかわからない(少なくとも私の腕では無理)。
 ACE:Rで出てくるが、自機でも敵でも鬼性能。PAとかアサルトキャノンとか普通にあり得ん防御と破壊力が追加された。
 アーマードコアで最も大きい人型兵器と思われる。00-ARETHA? あれは大きさ不明じゃん。素敵だけど。

・リリウム・ウォルコット(Armored Core for Answer)
 このリリウムはRIRIUMUである。
 オルコット? いいえ、ウォルコットです。ヘリックス姉弟の娘です。
 エルテのせいで武装の趣味が変わり、GA系列の兵器を無節操に使うようになり、温泉ウェポンを普通に使うようになってからは『焦土の王女』と呼ばれるようになる。

・首輪付き(Armored Core for Answer)
 人類種の天敵。ルートによっては億単位で人類を殺す。
 水没王子、ローディー先生、セレン、リリウム、少佐と、5機を同時に相手にしても勝つ。
 主人公=プレイヤーだから強さはまちまちだろうが、設定上では最強のリンクスではなかろうか。

・セレン・ヘイズ/霞スミカ(Armored Core 4/Armored Core for Answer)
 リンクスにしてオペレーター。テスト先生。
 ルートによっては首輪付きとガチバトルする。

・アナトリア(Armored Core 4/Armored Core for Answer)
 アナトリアの傭兵。伝説のレイヴンらしい。でもネクストに負けた。
 AC4の頃の貧弱なパーツで00-ARETHAを退治したりする人。
 ホワイトグリントのリンクスである。

・フィオナ・イェルネフェルト(Armored Core 4/Armored Core for Answer)
 アナトリアの嫁。ホワイトグリントオペレーター。

・マイケル・ウィルソン Jr(メタルウルフカオス)
 アメリカ合衆国第47代大統領。
 大統領魂でなんでもできるすごい人。
 この世界に来てから任期がすぎてしまった。
 ジョディと結婚。

・ジョディ・クロフォード(メタルウルフカオス)
 ものすごい過激な大統領秘書。
 ISモドキを得たことで破壊神にランクアップ。
 このお話ではファーストレディ。

・メビウス1(ACE COMBAT 04)
 リボン付きの死神。
 ZEROのこいつの飛び方はおかしい。

・ストーム1(地球防衛軍3)
 味方が全滅・撤退する中たった一人で戦い続け、エイリアンの母艦を叩き落とした英雄。
 無線で泣いたのは私だけでないはず。

・ゴードン・フリーマン(HALF-LIFE)
 物理を超える物理学者。自由人。

・シモ・ヘイヘ(実在人物)
 白い死神。ゴルゴ? あんな雑魚と一緒にしちゃいけません。
 人類史上最強の狙撃兵。でも近接戦闘でも強い。
 エイプリルフールに死んだ人。

・ジャスティ・ウエキ・タイラー(真・無責任艦長タイラー)
 宇宙一幸運な男。人を憎むとか知らないのではないかといわれるほどの人。お調子者。富士見版でもアニメ版でもなく新しい方。
 阿蘇の艦長。つまりはヤマモトとかも一緒なわけである。
 ルーデル工房の人口の大半はこいつらが占めている。

・須田恭也(SIREN/SIREN2)
・ハワード・ライト(SIREN:NEW TRANSRATION)
 異界ジェノサイダーのお二方。それぞれ美耶子と美耶古というスタンドがいる。
 バケモノ退治に定評があり、特に不死だったりする存在に対しては無敵。

・ケイシー・ライバック(Under Siege)
 ご存じ最強のコック。この男を素手にしてはいけない。敵に回したときキッチンに近づいてはいけない。

・デイヴィッド(METAL GEAR SOLID)
 ソリッド・スネーク。隠れていないのに気づかれない。
 儀式の人で調べれば幸せになれるかも。

・グラハルト・ミルズ(redEyes)
 戦場の死神。至近でばらまかれるアサルトライフルの弾を避けたりするおかしい人。その動きはビデオでコマ落ちするくらい。
 生身で機動装甲歩兵とか倒す人。



[21785] 【絶対嘘予告】IS世界の常識終了のお知らせ【のはずだった】
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:bcdb6a14
Date: 2011/02/14 03:48
 ISは世界最強の兵器。一般的にはそう教えられている。
 しかし、世界にはイレギュラーと呼ばれる存在が歴史の中で幾人も存在してきた。
 そして、そのイレギュラーは、殆どが男であったことを、今の時代の人間は忘れてしまった。
 思い上がった女は、手ひどいしっぺ返しを食らうだろう。
 『たかが戦闘機』一機で、空を埋め尽くす戦闘機を一機残らず追い落とした悪魔。
 『たかが攻撃機』一機で、大地に存在するあらゆる兵器を破壊し尽くした破壊神。
 『たかが戦闘機』一機で、一個飛行中隊と等価な死神。
 『たかがライフル』一丁で、森に攻め込む敵の頭を全て吹き飛ばした妖精。
 『たかが歩兵』一人で、敵部隊を混乱の坩堝に叩き落とした超人。
 『たかが大砲』一門で、敵戦車部隊を壊滅させた人類。
 『たかが兵器』一騎で、最も多くの人命を奪った天敵。
 『たかが機動装甲』一着で、世界最強の150万もの兵士を相手に勝利を収める大統領。
 『たかが装甲服』一機で、特殊部隊を全滅させる大量殺戮。
 『たかが駆逐艦』一隻で、敵艦隊を壊滅させた艦長。
 『たかが歩兵』一人で、地球外生命体を完全駆逐した人外。

レ「たかがIS、私に壊されるくせになにが兵器だ」

「いやいや、それができるのはおめーらだけやし。兵器の基準おかしいからな?」

マ「私の特別なスーツを出してくれ」

「いや、あんたも出るなよ」

グ「俺の戦争はまだ、始まってすらいない」

「始めるなよ? 勝手に始めるなよ?」

ハ「行くぞ、出撃だ!」

「ドクター! 手錠つけてベッドに縛りつけろとあれほど!」

シ「さて練習だ」

「練習は実戦あるのみとか言うなよ?」

エ「そうだな、90%の勝率がない限り出撃するべきではないね」

「確率があれば出撃するんか?」

首「…………」
メ「…………」
ス「…………」

「そこ! ラプターに乗ろうとするな! AMSも繋ぐな! ライフル持つな!」

舩「大変だな」
ジ「大変ですねぇ」

「唯一まともなあんたが手伝ってくれたらどんなに楽なことか」

舩「俺も軍人のはしくれだ。彼らの気持ちはよくわかる」

ジ「いやー怖いじゃないですか、あの人たち」

 彼女らが砂上の楼閣で偉そうに生きていられるのも、彼らがパワーバランスという制約に縛られているからである。もっともそれは、とある苦労人の青年によって保たれているのだが。
 彼らはイレギュラーとして世界に弾き出されてしまった存在。現在のこの世界には存在するはずのない、過去と未来の英雄達。
 黒い悪魔、エーリヒ・アルフレート・ハルトマン。
 黄金柏葉剣付ダイアモンド騎士鉄十字の破壊神、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル。
 リボン付の死神、メビウス1。
 死の妖精、シモ・ヘイヘ。
 不死身の超人、舩坂弘。
 地上最強の人外、レミ・シュライネン。
 人類種の天敵、首輪付き。
 大統領、マイケル・ウィルソンJr
 大量殺戮、グラハルト・ミルズ。
 無責任艦長、ジャスティ・ウエキ・タイラー。
 人類最後の希望、ストーム1。
 そして、彼らを匿う青年。失敗作にして最大の異端。エリオット・ルーデル。
 今、彼らの戦いが――――

「あーもー母さん! どうにかしろよ! あんたが望んだことだろうが!」

「私はアヴェンジャーの整備で忙しい。ではな」

 始まる、のだろうか?



 続かない。
 やるとしたら、もっと私の手に負えるものをやる。



[21785] IS世界の常識終了のお知らせ【続きは期待しないでねv】
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:bcdb6a14
Date: 2011/02/14 14:53
 俺は母さんと同じ記憶を持って生まれた。もっとも、母さんの躯から正しく生まれたわけでなく、インキュベータの中で細胞とか培養して、赤子でなくそれなりに成長した子供として生まれたのだが。
 そもそも母さんは、昔男だったらしい。だからその記憶を受け継ぐ俺はオカマみたいな思考に陥らず済んだともいえる。なんで女になったとか、そういった記憶もあるし、俺を生み出した理由も知っている。
 そして、この状況がなぜ起きているかも理解している。

「なー母さん。俺にこれをどうしろと言うんだ?」

「……保護しろ。徹底的に丁重にな」

 Ju87、しかもG-2。現代の空を飛ぶにはあまりにも場違いだ。しかし、カノーネンフォーゲルに誰が乗っているか、何故彼がここにいるか俺には理解できている。いや、知らされている。
 そして彼がわけもわからずISに追いかけられ、そのうちの何機かを撃墜しているのも。なぜたかが飛行機、しかも戦闘機どころか鈍速攻撃機で散布攻撃とか誘導攻撃とか回避できるんだろう?

「すげー」

「ほら、さっさと行く。閣下の撃墜は人類最大の損失だ」

 威嚇射撃が本格的な攻撃になって、だんだんと機体をかすり始める。あり得ない。かつて最強の、空の支配者と謳われたラプターすらあっさり撃墜し、2000発のMIRVを単騎で迎撃可能なISの攻撃から、『WWⅡ時代ですら旧式とされた鈍重な対地攻撃機』が逃げ回り、あまつさえISを撃墜しているのだ。

「いや、それはわかるけどさ、落とされる気配が皆無なんだけど」

「行ってこい。万が一ということもある」

 万が一。ISが空を飛んでいる時点で閣下の被撃墜フラグはないと判断してもいいと思ってしまうのは、俺がルーデル教徒だからだろうか。散布攻撃や誘導攻撃を、どうして致命的に機動性の悪いカノーネンフォーゲルが避けられるのだろうか。

「はいはい……交戦しても?」

「許可しない」

「ッチ……じゃあ支援は頼んだよ」

 ひょいひょいと機体をよじ登り、コックピットに入り込む。機体にはルフトヴァッフェの象徴・アイゼンクロイツが描かれている。
 この世界でこれを動かせるのは俺だけ。無強化でも常人よりはるかに頑丈な母さんですら、Gでミンチになる。そりゃそうだ、元々無人機だったのを改造したものだから。中の人のことなど考える必要はないから超狂気機動ができる。鉄と珪素と人工生体部品で構成された俺は、APFSDSらへんの兵器でもないと壊れない。あと、脳殻さえ無事なら死ぬことはない。

「ナインボール=セラフ・ネクスト、出撃!」

 この世界で最強なのはこの兵器だ。傷つけることはコジマが許さない。無傷でいることはコジマが許さない。健康でいることはコジマが許さない。生き残ることはコジマが許さない。
 最強の汚染兵器。AMS負荷もかなりのもの。だけど汚染は無かったりする。魔力PAって便利だね、って話だ。温泉ウェポンすら完全に消滅させる防御力は、かつて変態どもが土下座してでも手に入れようとしたほどのものだ。
 がっしゃんがっしゃんと戦闘機形態に変形して、数秒と経たず閣下の機体に横付けする。
 ISの攻撃がPAを叩くが、それだけ。いつものこと。俺が出撃すると問答無用で無駄な攻撃をしてくる。

「あー、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル閣下。こちらはエリオットと申します。今からあなたを攻撃されない場所へ誘導しますが、よろしいですか?」

『味方ですか?』

 この声はガーデルマンか。

「一応、味方です。というより、この世界で唯一の味方です。信じられないでしょうが、この世界はあなた方がいた時代より遥か未来です。ドイッチュラントはありますが、既にナチス党もヒトラー総統もルフトヴァッフェも存在しません」

 ドイツ空軍どころか、各国の軍があらかた解体されたからな。

『信じられません』

「ならこの光景はどう説明するんです? 人がふざけた格好で空を飛び、私の機体のようなプロペラのない大型戦闘機が飛び回る。イワンの新型で済ませるべきではないとは思いますが」

『それもそうですが……ええっ!? それはまずいですね……ええ、彼からついて来いと提案が。え? はい、了解』

 何があった? 無線つけっぱなしで相談するなんて。

『聞こえますか? こちらは燃料が残り少ないので、早急に安全な場所への誘導をお願いします』

「Jawohl」



 ECM魔法『サイレント・ヒル』が発動している。濃霧が半径500kmの領域内を埋め尽くし、視界はせいぜい3~10m、一般電子機器には一切の被害を与えず、一切のレーダーは使えず、一切の光学機器は無意味と化す。唯一ラジオが怪物の接近を知らせてくれるが、怪物などこの世界にいないので無意味だ。この霧の世界では因果律が歪められるらしく、一切の事故は起こりえないし、一切の殺傷は許されない。
 カノーネンフォーゲルは誘導の結果、大地にぶつかるように着陸したものの、乗っていた二人は無事だった。地下空港は霧の外、カノーネンフォーゲルの脚が砕けて大事故ともいうべき惨状だったのに、なぜこの二人が平気なのか。俺や母さんのオリジナルとその相棒と思えば納得できる、か?
 今は二人ともシャワーか食事だろう。いつもの閣下で安心したが。

「なー母さん。説明任せるよ?」

「ああ、任せておけ」

 結局俺は記憶だけを受け継いだだけの、精神も安定していない不安定な存在。母さんのように精神が平均化されて笑ったり泣いたりできない、ということはないが、自我が不安定な俺は母さんに行動指針を決めてもらわなくては動けない。
 俺はまだ一人ではなく、セラフ・ネクストの一部品のまま。イレギュラーを排除するための存在がイレギュラーそのものであり、更にイレギュラーを匿うという矛盾に気づくと、母さんに諭されるまで悩んだり。
 何が言いたいかというと、『あり得ないことを相手に理解させる』という経験が皆無だということ。知識だけで経験がない。大切なことは任せられない。特に閣下は、俺達との関係が特殊であるから、下手をすれば即出撃ということがあり得る。
 俺は意思を持っているだけの機械。母さんみたいに自分で決めることは、まだできない。

「じゃあ、もう寝るよ。明日から学校だし」

「そうか。おやすみ」

 母さんと別れ、エレベータへ向かう。
 我らが家、ここルーデル工房は、一見するとカマボコ型の倉庫にしか見えない。一応ディープ・スロートの直撃に耐えられるから普通にブンカーなのだけど。あり得ない防御能力からわかる通り、普通の建物ではない。大規模な地下施設が存在する。地下空港、地下港、地下研究室、地下居住区などなど。その地下居住区に俺の部屋はある。

「エリーさん」

「ああ、リリウム。何かあったか?」

 リリウムが声をかけてくる。相変わらずかわいい。

「新しい武装を装備したいので、許可を頂きに参りました」

 新しい武装。そういえば、もっと強くて速いスナイパーライフルが欲しいとか言っていた。ISは小さくてちょこまかと高機動だ。腕を047にし、運動性能にフルチューンしていた。

「アンビエントのアセンを変えないとあれは動かないと思うけど」

「BFF製四脚、それで無理なら有澤製タンクにしようと思います」

 この柔軟性が、RIRIUMUと呼ばれた所以なのだろうな。あの世界から何人か来ているが、リリウムは首輪付き、アナトリアの傭兵と次ぐ実力第三位のリンクスだ。ハリもなかなかに強かったが、イレギュラーというほどではなかったらしい。彼らが元いた世界は正史とは大きく外れたようだ。おそらく母さんのせいで。

「おはようミス・ウォルコット、ミスター・ルーデル」

「もう夕方ですよ、マイケルさん。あ、リリウム、母さんに伝えておくから」

「わかりました。では」

 リリウムを見送って、マイケルに向き直る。任期を終えていたらしいが、それでも史上最強の大統領であることは間違いない。今はジョディさんがいないのが幸いか。

「なにかありましたか?」

「いや、大したことではない。ジョディを見なかったか?」

「今日は会いませんでしたよ」

「そうか。引きとめて悪かった」

 世界一過激なファーストレディを異界で探す大統領。ジョディさんがISもどきに乗り始めてからはいい練習相手ができたとか言って喜んでいたな。また地下で大暴れするのではないかと不安になる。というか、比較的鈍重で自力では空を飛べないメタルウルフでISもどきの相手ができるのがおかしい。



 マイケルも見送って食堂へ。
 少し空腹を感じ、軽く何かを食ってから寝ようと思い至る。

「…………」(アナトリア)
「…………」(メビウス1)
「…………」(ストーム1)
「…………」(首輪付き)
「…………」(ゴードン)
「こんばんは」(フィオナ)
「なんだ、今ごろ飯か?」(セレン)
「やぁエリー君。晩飯かい?」(シモ)

 英雄達とオペレータ達がお茶を飲んでいる。無口キャラが大集合。

「ええ。シモさん達は?」

「ちょっとお茶を飲みにね」

 コーヒーとか緑茶とか紅茶とか、あとクッキー他、色々なものがテーブルの上にある。犯人は恐らく

「あ、エリオット君じゃないですか。どうです一杯?」

 無責任艦長。この人の淹れる緑茶は確かにうまい。コーヒーも紅茶もうまいが、最高なのは緑茶だ。そして、この場の調停者でもある。この人がいなければ、今ごろここは消滅していただろう。

「そうですね、緑茶をお願いします」

「はいはい~」

 ジャスティがお茶を淹れてくれている間に、俺は飯の用意をする。

「いい葉が手に入ったんですよ。静岡の玉露なんですけどね、これがまたいい味でしてね」

 実に嬉しそうに……いつもか。この人が笑顔じゃない時を俺は見たことがない。

「ただいま~」
「タダイマ~」

 常時日本刀と小銃を装備している永遠の高校生、須田恭也とハワード・ライトが食堂に入ってくる。他の人には見えないようだが、Wみやこ様がいる。二人とも、俺の眼を通してしかみやこ様を見れないからという理由でここにいる。

「おかえり」

 二人とも、怪異の類を駆逐する『お仕事』に従事している。初遭遇の際は母さんが何人か消滅したから、実力と攻撃力はお墨付きである。

「カレー頼む」
「同ジク」

 図々しい。今日はケイシーがお休みだから、何か食いたければ俺が料理するしかない。

「だが断る。面倒だから具なしチャーハンだ」

「そんなぁ~」
「ヒドイヨエリオット」

「文句言うなら自分でつくれ。羽生ライス食わすぞ」

 ドンと、イチゴジャム1kgの瓶をカウンターに置く。ほかほかの白米にルーの代わりのイチゴジャム。母さんなら普通に食うだろうが、俺は無理だ。

「チャーハンで」
「オネガイシマス」

 何も食う必要のない不死者の癖にわがままになりやがって。だが母さんも俺も不死の存在だから、そんなことをいえばブーメランになる。

「待ってろ」

 油を大量に中華鍋へ投入、熱したところで白米投入。若干コゲ目がついたところで醤油、そして塩コショウを振って出来上がり。分量は適当。

「ほれ」

「早いなぁ」
「手抜キ?」

「USDK、羽生チャーハン決定」

「Noooooooo!!」
「南無……」

 問答無用。具なしチャーハンにイチゴジャムが投入される。恭也は成仏しろよとばかりに憐れみの眼で見ている。

「それで、どうだった」

 「イタダキマス……」と手を合わせてもそもそと羽生チャーハンを味わうハワードを後目に、今日の成果を問う。まずいならそう味わわずにかっこめばいいのに。

「怪異というより害獣退治だったな」
「熊倒シタヨ。鍋モラッタ」

「熊鍋か」

「へぇ~、熊鍋ですか。食べてみたかったですねぇ~」

 ジャスティが『慧(え)』とどでかく筆文字で書かれた湯飲みを置く。ハワードには『光(ライト)』、恭也には『須田』の文字が入った湯飲みを出す。
 と、地響きが工房地下構造体を揺らす。恐らくは最下層演習場。恐らくは夫婦がじゃれあっているのだろう。でなければ、レミの大砲か、グラハルトのレールガンだ。

「派手にやってるみたいですね~」

 もう珍しくもない。母さんの実験の失敗だったり、誰かの喧嘩だったり、ガチの演習だったり。ここで静かに戦うのはデイヴィッドとケイシー、あるいは生身のグラハルトくらいだ。パイロットやリンクスやフレームランナーは論外。普通に銃を使う連中もアウト。
 ちなみに、地下演習場はnemoがディジョンを追いかけたジオフロント以上の広さはある。『飛行機降りたら死ぬ病』を患っているルフトヴァッフェパイロットが不満を持たない程度に飛べる。時々迷子もでるが。筆頭はグラハルト。
 さっさと食い終わり、片づけて部屋に戻る。

「……なんでいるかな」

 俺の姉にして妹。我が母その2たるアルト・ルーデルの遺伝子から生まれた極めて普通の人間。アルマ・ヌル・ルーデルが俺の部屋で寝ている。
 普通の人間のように脆く、普通の人間のように成長し、普通の人間のように死ねる。ただし記憶は次へ受け継ぐ。らしい。
 母さんの研究は、文字通り脳を幾億幾兆連結させないと理解できない。その研究成果たるアルマがなぜ『そういった存在』であるかは、俺みたいに単一で不連続な『ただの人間』には理解できない。あらゆる世界のどんな存在でも理解できない。だから俺は考えない。
 それはともかくとして、生まれて27年、しかし姿形と意思を持ってからの時間は十年ちょいのこの娘は、俺にとって姉であり妹なのだ。同時に従姉妹でもあるのか? 姪でもあるのか? 母さんは姉でありアルトも叔母で姉であるから……ともかく、クローンなどの生命技術を持って家族を増やそうとすると複雑だ。いやいやそんなことを言いたいわけでなく。
 問題は俺のベッドで女の子が眠っているという事実。
 まあ、気にしないんだけど。朝が怖いだけで。

「クソッタレな世界に一時の別れを」

 夢をみられるのは単一存在の特権。同一存在だらけで繋がっている母さんにはみられないもの。だから、もう一度。

「起きたら地獄でいい、ISがなくてネクストがある世界にいますように」

 毎日、祈る。
 俺は母さんの記憶を完全に受け継いでいないし、性格も違うし、安定していない。そして『元の世界の記憶』の影響力も強い。だから、こんな世界、大っっっ嫌いだ。男が偉いとか女が偉いとか、そんなの関係ない。街中ですれ違っただけでパシリとか、拒否したらさも当たり前とばかりに罵倒されるこんな世界、滅んでしまえばいい。
 だから祈る。国家解体戦争でも起これ、ユリシーズ落下しろ、衛星兵器をばらまいてやる。叶わぬ夢とは思うが、母さんならできるというから余計無力感に苛まれる。こんなに不安定な俺を、母さんは信頼してくれないのも知っている。
 だから告げる。この世界にサヨナラを。



[21785] IS世界の常識終了のお知らせ【己の貧相な発想がどこまで続くか勝負】
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:bcdb6a14
Date: 2011/02/18 16:36
 朝である。
 機械まみれの俺の躯は、設定した時間に確実に脳が覚醒するようになっている。
 そして妹が俺の躯に覆い被さるようにして眠っている。今のところは妹で合意が成立しているからこの呼び名で問題ない。
 文字通り鉄板が入っている胸を枕にくーすか眠っている妹をどうにかするのが朝の試練だ。

「えい」

 躯を傾ける。ころんと転がり、

「へぶっ」

ベッドから落ちる。既にベッドから蹴り落とされていた布団で音はしないものの、もしかしたら痛いのかもしれない。

「……兄上、おはようございます。手荒い起こし方に感謝すべきですか?」

「おまえの寝相が悪かったんだろう」

「そうだったんですか」

「そうだったんです」

 嘘は言っていない。少なくとも、起こさなかったとは言っていないし、アルマの寝相が悪かったせいでこうなったんだから。

「学校は?」

「入学式などに俺が出るとでも?」

「あー」

 まるで俺のことなどすべて知っているとでも言いたげなアルマに、軽くデコピンをしてやる。俺はそう単純じゃない、そう思いたいのだろうか。無意識の、反射のような行動に密かに驚いていると、アルマが目の前で着替えていた。
 俺の躯より平坦なその躯、そして俺と同じ顔。大人状態の母さんなら可能性はあるとしても、今の俺はアルマに対し欲情できない。アルマもそれを知っているからこうも当たり前のように着替えるのだろうが。

「なんで俺の部屋で?」

「兄上が好きなので」

「ほかに理由は?」

「私の部屋が壊れたので」

 工房の設備が壊れるのは珍しいことではない。特に演習場は誰かが使うたびに母さんが修理している。母さんが珍しく愚痴っていたが、壊れるはずのないところを壊すから、彼らはイレギュラーな英雄なのだろう。

「どうせ明日から寮生活だ。この部屋は自由に使え」

「いえ、これからもずっと一緒でお願いします」

「却下」

 テキパキと制服に着替える。恐ろしいことに、この服は基本色が白い。そして他の色も存在するため、たとえ雪原でもあっさり発見されるだろう。

「眼帯」

 俺の眼帯を頭につけたりしながら遊んでいるアルマに手を伸ばす。ベルト式で極めて頑丈だ。額を幅広の革が覆い、左眼をベルトと一体化したパッチが隠す。母さんよりやたらと鮮やかな紅い眼を隠すための処置だ。なんでこんな眼球パーツをつけたのかまったくもって不明だ。他の色の虹彩の眼もあっただろうに。

「行くか」

「はい」

 俺の独り言に律義に反応してくれるアルマを無視し、とっとと食堂へ向かう。

「おはようございます」

 無口組以外から挨拶が返ってくる。とはいっても、ここにいるのは数人だ。地下であり日光で体内時計のリセットがされない工房居住区では、基本的に時差ボケは治し難く、かつ生活周期が25時間サイクルになる人が多い。戸籍などのないイレギュラーを堂々と外を歩かせるわけにはいかないので、地下生活を強要するしかないのだ。ゆえに、この時間に起きているのは新人か、あるいは周期が一致した人、もしくは生活リズムの狂いまくった人だけ。昨日のお茶会みたく無口キャラ勢ぞろいなんて非常に珍しい光景なのだ。

「やあエリー。今日のメニューは日代わりのAだ」

 世界最強のコックは腕がいい。少なくとも、母さんより上だ。

「ありがとう、ケイシーさん」

「ライバック、いつか料理教えてください」

「俺が暇なときならいつでもいいぞ」

 なぜかアルマは他人にはぶっきらぼうだ。敬語ではあるが、そこに敬意はない。母さんみたく、誰彼かまわず態度を変えないのではない。思えば母さんに対しても似たような態度を示す。母親たるアルトに対しても似たようなものだろう。

「しばらくケイシーさんの飯が食えないのは寂しいですね」

「なに、この世には俺より腕のいいコックなど山ほどいるさ」

「それでも、ですよ」

「そいつはコック冥利に尽きるな。戻ってきたら腕によりをかけて好きなモン食わせてやる」

 学校に行きたくなくなった。もともと行きたくなかったのが確固たる意思になりそうなのはそう遠くないかもしれない。

「ほら、お嬢ちゃんもだ」

「ありがとうございます」

 平坦すぎる感謝の言葉。子供扱いを嫌っているのはわかるが、俺に散々子供扱いされていることには気づいていないのか。

「じゃあ、また」

「ああ」

 別れが終われば淡泊なもの。ケイシーは厨房の奥に引っ込んだ。

「珍しいな、母さんがいる」

「エルテが並ぶと不気味ですね」

「俺らと同じ顔だってこと忘れるなよ?」

 幾つかの長テーブルを埋め尽くす黒と銀。黒コートはさすがに脱いでいるが、それでも黒服。大量生産された人形のように動く。スープを飲む動作もシチューを口に運ぶ動作も、何もかもすべてが機械のように一斉に同時に寸分違わず同じ。
 エルテ・ルーデル、数億の躯を持つ個人。我が母。円に等しい多角形の全ての角どうしを繋げたような存在。線で真っ黒になったそこが、エルテ・ルーデルが『居る』場所だとか。一般人類の理解を遥かに超えた存在だ。

「こっちに来い」

 母さんの一個体が、エルテ・ルーデルに埋め尽くされていないテーブルに手招きする。俺には拒否権なんてものはないし、アルマは俺についてくるだろう。
 特に返事をするでもなく、招かれたテーブルへ向かう。

「いただきます」
「いただきます」

 何か話があると思ったが、何も言ってこない。
 全ての食器の上に何もなくなって、さっさとトレイと片づけようと思うころ、まるで心が読めているかのようなタイミングで声がかけられた。

「私は、エリオットの敵に回ることになるかもしれない。その場合は、わかっているな?」

「可能な限り全力を以て逃げること、か?」

「それでもいい。しかし、立ち向かうという選択をエリオットがするのなら、そうしてもいい」

「母さんと敵対した時点で死は確定だからなー。せいぜい長生きできる選択をするさ」

「あと、自分が未完成だからという言い訳はもうするな。いつまで経っても成長しないし、そもそも完全な存在など存在しえないからな」

 俺はそれをよくわかっている。だが、だからといって己の無力を正面から認めるのは嫌だ。与えられた力で、与えられた役割を果たし、与えられた仕事を成す。楽だろうけど、楽なんだけど、与えられるだけは嫌で。かといって今のぬるま湯は居心地がいい。弱い人間という低きに流れる存在だから抱える二律背反をどうしようもなくて、きっかけを探し続けている。

「そのうちになー。母さんほどの鬼チートではないからそーとー時間かかるだろうけど」

「そういう奴に限って神より残酷なことをしでかすんだ」

「もししでかしたら、どうする?」

 母さんはいつも通り微笑む。見たことがないほど綺麗で獰猛な微笑み。

「止めない、と断言はできないが、なるべくエリオットが紡ぐ物語を見届けたい」

「そーかよ。じゃな」

 母さんの思い通りにはなりたくない。
 もう話を聞きたくない。

「いってらっしゃい」

 俺は何も言葉を返さなかった。



 自己紹介というものは忌まわしい。少なくとも、自分の特徴を言わなければならない。兵器が自分のスペックを敵に吹聴するようなものだ。いや、ようなものではなく、まんまその通りだ。

「エリオット・ルーデル。人類史上最強の人間、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル空軍大佐の子孫だ」

 母さんが交渉した結果、頼んでもいないのに娘と認知してくれたらしい。故に、俺もアルマもアルトも娘や息子となる。だがそれでは困るので、対外的には子孫ということにしている。

「呼ぶのはなんとでも呼べ。ちなみに、こんな面だから家族や友人達からはエリーと呼ばれている。以上」

 人類史上最強の人類は織斑千冬だと信じて疑わない連中がクスクスと笑っているが、俺は現実を知っている。昨日、カノーネンフォーゲルでISを何機か撃ち落としている現実を。この世界の常識は、女が強いという現実は、イレギュラーという存在によってあっさり覆る。だから俺は気にしない。彼女達は知らない、己の常識が砂上の楼閣だということを。

「えっと……織斑一夏です。よろしくお願いします」

 俺の背後の存在が自己紹介している。そう、この世界で唯一ISを使える男だった存在。俺が存在するせいで既に過去形だ。
 忌まわしいことに、俺はここに存在している。IS学園。旧式よりも旧式に撃墜される欠陥兵器の使い手を育てる場所。それ以上に忌まわしいのは、無駄に高性能な電脳のおかげで、ISをハックしてそれが操れると追うことだ。



[21785] IS世界の常識終了のお知らせ【STGのボスにはリアルで勝てる気がしない】
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:bcdb6a14
Date: 2011/02/28 00:20
 以前、この世界にヒバチが舞い降りたことがある。ミサイル事件の二年後だった。
 いや、火蜂ならまだよかった。真緋蜂改という恐怖が舞い降りたのだ。
 一体どんな命令で動いているのか。とりあえず弾幕を撒き散らし、近寄るISというISを射程外からことごとく撃墜していった。抜けるのは簡単と思われた単純な弾幕。しかし巨大・高速・高密度・曲がるなどの特性は、そして近寄れば近寄るほど密度が上がる弾幕は、たとえ射程内にまで入れたとしても『その攻撃自体を撃墜される』というのが専門家の共通見解だ。絶対防御のおかげで死者こそいなかったものの、太平洋のど真ん中に居座られ、流通に致命的なダメージを与えていった。これが移動しなかったのが人類存続の理由と呼ばれるほどに、それは恐ろしく強かった。
 しかし、ある日突然、燃え盛る二匹の蜂は太平洋上から消えた。これにより、様々な憶測が飛び交った。しかし、それはどれも正しくなかった。
 その後、緋蜂改、緋蜂、火蜂、]-[|/34<#!と、何度か襲撃があったがそのいずれも大きな被害が出る前に消滅していた。緋蜂出現の際に確認された紅の大型機動兵器が唯一の手掛かりとされたが、その存在も結局神出鬼没だった。

 あのとき、何があったか。
 それを知るのは、地下に存在する彼らしか知らない。



「真緋蜂改の整備が終了しました」

 アルマがエルテに報告する。かつて、工房で働く代わりに学校に行かせるなと、エルテに交渉した。全てはエリオットの傍に居たいがためだったが、今ではそれが完璧に裏目に出ていた。エリオットはIS学園へ赴き、アルマは今抱えている仕事が終わるまで工房を動けない。

「よし。エイダ、動かせるか?」

『問題ありません』

 ゆっくりと大型戦闘機程度の巨躯が浮き上がる。やがて炎のようなオーラがその機体を包む。

『ワタシハ スベテヲ ハカイスルタメニ』

「今すぐスクラップにしてやろうか」

 アヴェンジャーを構えたエルテは本気だった。
 回り続けるバレルが、返答次第では神の怒りを体現すると言っている。

『これなら大抵の戦力を相手に無双できます。真緋蜂無双というタイトルでゲームでもつくってみませんか?』

「ならイレギュラー相手でも問題ないな」

『わかりません。かつて人類が勝利した時のようなことが起こるかもしれません』

 とある並行世界の2010年9月18日、人類史上最強の極殺兵器がたった一人のパイロットにより撃破された。エイダはこの故事のことを言っている。

「その時はその時だ。命は投げ捨てるもの、数でもどうしようもない時は理使いでも呼ぶさ」

 イレギュラーの保護と排除、そして管理。それが、この世界でのエルテの役目だった。
 イレギュラーの保護、たとえば他の並行世界であまりにも『活躍しすぎた』英雄がこの世界に流される。それを保護し、いずれは地上で生きられるように戸籍や情報を偽装する。
 イレギュラーの排除、あまりにも強すぎる存在や、人類に害を成す者・物は駆逐されていった。火蜂シリーズはその殆どがAIを抜かれ、あるいは破壊されたり。DIOは発見され次第拘束され、朝まで放置され太陽にゆっくりとウェルダンにされたり。
 この世界の安全を管理する、それがルーデル工房という組織の本質だった。



 すぱかーんと、いい音がする。スリープ状態だった俺の電脳が覚醒する。
 どうも、織斑一夏がなにやら失態をやらかしたせいで、眠っていた俺もついでに叩かれたようだ。男だからと、席を真横にされたのが運の尽き、でもないか。人間が与えられる程度の物理ダメージじゃ痛いどころか何も感じない。衝撃センサが以上振動を観測するくらいか。
 一応眼は録画、耳は録音モードにしていたから一切の問題はないのだが。ついでに、俺のAI『アイオス』が勝手に計算とかをしてくれるから、突然あてられたとしても難なく答えられる。が、俺の記憶から答えられるか否かを勝手に判断してくれやがるので勉強は欠かせない。答えられないと判断したら、当然計算なんてしてくれない。
 そしてログを流し読みしてみると、まあ、ところどころ理解できない。
 俺が叩かれた理由、それはアイオスが「ほとんど理解できない」という教師の質問に挙手をしたからだ。織斑千冬の質問に対するアンサーもなかなか秀逸だ。

『織斑、ルーデル、入学前の参考書は読んだか?』

『古い電話帳と間違えて捨てました』
『そもそもそんなものが届いた覚えはない』

 うむ。それなら叩かれる。なかなか愉快な対応じゃないかアイオス。

「必読と書いてあっただろうが馬鹿者」

「そもそも届いてない」

 次は拳骨だった。痛そうだな、織斑千冬の拳。

「っ……、後で再発行してやるから、一週間以内に覚えろ。いいな?」

 おお、我慢してる我慢してる。なんだか申し訳なくなってくるから不思議だ。俺へのお仕置きはハンマーでも用意しろと忠告しておくかな。効かないけど。

「い、一週間であの厚さはちょっと……」

「やれと言っている」

「……はい、やります」

「ルーデル、返事は」

「Ja」

 睨まれるが、特に気にしない。アイオスがやたらと鎮静信号を打つからものすごいネガティヴだ。若干鬱っている。
 パラパラっとめくってメモリすれば数分もかからない作業だ。必要なときはアイオスがメインメモリにロードしてプールしてくれる。量子コンピュータ様々だ。

「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起きる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解ができなくても覚えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ」

 うちにはISよりも非常識な連中と兵器があったりするが、どうなんだろう。特にあの非常識な生体戦略戦術兵器は、自分がどんな存在であるか未だに理解できていない。基礎知識は自分で自分を研究することでやっと得ているくらいだし、規則もへったくれもないし、事故を起こしたこともないな。研究中ならともかく、少なくとも運用中は。

「貴様、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな?」

「ああ」

 お、殴りかけた。うん、それが正しい。

「望む望まざるに関わらず、人は集団の中で生きていくしかない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」

 先生、既に人でない場合はどうするべきでしょう、なんて問えるはずもない。石仮面を被ったり、機械の躯になったり、意識を量子コンピュータに移植したり、あるいは生まれたときから生体兵器だったりと、この世界は人であり続けるのは難しい。俺なんて兵器のパーツに過ぎないし。

「えっと、織斑君? ルーデル君? わからないところは授業が終わってから放課後教えてあげますから、頑張って? ね? ねっ?」

「はい、それじゃあ、また放課後によろしくお願いします」
「よろしく」

 頬を赤らめてなにやらぶつぶつ言っている山田真耶。どうでもいいが、『男とは初めて』というのは女とは経験があるということか?
 織斑千冬の生体反応は教室の隅に戻り、戻ってきた山田真耶が普通に授業を進め、それ以降は特に何もなく授業は終わった。



 騒がしさに眼が覚める。

「ん……」

 セシリア・オルコットと織斑一夏がなにやら言い合いをしている。騒がしいなー。記憶違いでなければ確かリリウムの家と同系だったはず。おなじウォルコット家の人間ならリリウムを見習いもっと清楚に――――

『あなた方にはここで爆散していただきます。理由はおわかりですね』
『王大人、私はこんな豆鉄砲より有澤グレネードを使いたいのですが』
『BFFは有澤重工と協力し、高速・高精度なグレネードキャノンを開発すべきです』
『仕方ありません。OIGAMIで我慢します』
『ADDICTがあるなら肩にグレネードの追加弾倉があってもいいではないですか』
『グレネードを撃っても硬直しないフレームはありますか?』

 ……言動がおとなしいだけで、中身は大艦巨砲主義のトンデモ少女な気がした。母さんの影響か。

『よし、吹き飛ばすぞ。巻き込まれたくなくば2秒以内に逃げろ』
『点に対し点で当てようとするからだ。当たらないなら空間、即ちグレネードの爆風で当てればいい』
『そろそろランク1と戦えるか。隆文、新兵器の開発要請だ』
『弾薬費など知ったことか。本物の絨毯爆撃というものを知るがよい』
『アレサのガトリングを搭載してみた。もっとグレネードが怖い機体へ』
『リリウム、ネクストを相手にするときはグレネード5門と月光を持っていけ。そう、異次元格納だ』

 母さんの影響だな。
 まぁ、それはどうでもいい。

「実力からいえばわたくしがクラス代表になるのは必然! 物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!」

 耐える。第一の祖国を馬鹿にされたからといって、怒るべきではない。俺は平穏に生きるのだ。たとえこの世界が嫌いでも。
 セシリア・オルコットは続いて油を注ぐ。何にとは言うまでもない。

「だいたい文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体わたくしにとっては耐えがたい苦痛で――――」

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一マズイ料理で何年覇者だよ」
「メシマズ国家と首相が認めるくらいだからな」

「え? エリオット?」

 うむ。口が滑った。まさか織斑一夏も俺が乗ってくるとは思わなかったのだろう。

「祖国を貶められて黙っていられるほど温厚じゃねぇんでな」

 呟く。どうも織斑一夏には聞こえてしまったらしい。驚いたような顔をしている。

「なっ……、あ、あっ、あなた達! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

「あんたも充分やらかしてるけどな」

 場所が場所で時代が時代なら、シベリアで木を数える羽目になっただろう。

「決闘ですわ!」

 これ以上目立ちたくはないが、身から出た錆だ。

「おう、いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い――――いえ、奴隷にしますわよ?」

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」

「そう? なんにせよちょうどいいですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね」

 やれやれ。伸びに伸びたその鼻っ柱を叩き折るのもいいが――――

「それで、あなたはどうしますの?」

「上等、と言いたいが面倒だ。織斑一夏、ここはあんたに任せる」

「え?」

 純粋な戦闘兵器を搭載した戦闘兵器に人間が敵うわけはないし。ここは同じステージで戦ってもらうしかないだろう。人間vs人間という、正しい戦争の形で。

「一般人類が俺に敵うわけがねーからな。つこと織斑一夏、俺の命運はあんたに任せた」

「逃げるのかしら? まあそれも賢い判断ですけど」

「あんたごときじゃ俺を落とすなんて不可能だ。ならば、まだ勝てる可能性のある織斑一夏に任せた方がフェアだ」

 俺は真緋蜂改を撃墜することができるほどの反応速度と処理速度を持つ。重量機であろうとライールをとっつける。無差別飽和攻撃や超高速誘導弾でも使われない限り、母さんにも勝てる。一応、俺だってそれなりに強いのだ。あの人外魔境では雑魚だが。

「それとも、Lv0のMPA・APなしでアヴェンジャーもパージ、MOONLIGHT一本くらいのハンデをつけてやろうか? ん?」

 織斑千冬の表情が変わった。

「エリオット、忘れてないか?」

「冗談だ、織斑千冬。母上閣下にも禁じられているし、俺は戦えねーよ」

 俺の機体はルーデル工房で再調整中。アルマが嬉々としていじっていたから、とんでもないものになるのだろう。

「なんですの? やっぱり怖じ気づいたのかしら?」

「いや、オルコット。エリオットの言うことは正しい。手加減していたとはいえ、私が負けたのだからな」

 こっちは手加減というレベルではなかったが。反応速度は人間と同程度まで落として、そのせいで極めてピーキーな機体に振り回され、危うく負けそうになった。一瞬で2000km/hを軽く超えるトンデモ機体を操るには、相応の反応速度と処理速度がいるのだ。

『えええええええええええええええええええええ!?』

 失敗した。完璧に。



[21785] IS世界の常識終了のお知らせ【日本と独逸は工作機械のシェアを独占してたり】
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:bcdb6a14
Date: 2011/03/07 05:38
 母さんのうち一個体がこのIS学園で教師をしている。10にも満たない外見のせいで、その本性を知らない少女たちに時折恐怖をばらまいている。国産量産機の打鉄で近接格闘戦・近距離射撃・中距離銃撃戦・遠距離狙撃戦・超長距離狙撃戦をこなずバケモノは、3年の全クラスが同時に相手になっても敵わなかった。専用機持ちや代表候補生までいたというのに、だ。
 エイダのサポートのおかげだとは知っているが、それだけでその戦力差を覆せるほど戦闘は甘くない。たとえアヴェンジャーを持っていても、母さんはすべてを撃墜するだろう。専用機『カノーネンフォーゲル』に乗れば、恐らくこの世界に存在するISが束になろうと、待ち受ける運命は撃墜のみである。
 母さんは何かを始めるときは、まず練習から始める。10人程度から、時には数万人を使って練習を繰り返す。同時に数千数万の脳を使い、シミュレーションを行う。毎日24時間ずっと訓練とシミュレーション。この途方もない訓練時間が、そして積み上げに積み上げた経験が、あらゆるものに対する適正が、無理矢理でもそれを得る万能さが、母さんをあの人外魔境でも最強の存在たらしめている。
 俺はというと――――

「あー違う、だからアイオスはこう! 雷電はこう! 処理は得意な方がやる! 暇になったらもう片方が分担する! そうそう。あーもうだから喧嘩するな!」

 日々、雷電弐式とアイオスの仲裁の日々だった。AMSで繋がることのできる雷電弐式は、母さんからはそれがISと聞いていなかった。

「お? いいぞいいぞ! できるなら最初から仲よくしろよ。なー」

 それが、数ヶ月前の話。



「母さん、なんで同じ部屋なんだ?」

 母さんは生徒の寮に住んでいる。そして俺も同じ部屋。部屋番号519。好きだな、この数字。

「女子と同じ部屋がいいのか?」

「理解。後もう一つ。なんで俺をISに? つか、ここに?」

 最大の疑問。IS学園に叩き込むならアルマとかリリウムとか、そこらへんの候補がいるではないか。

「日本政府との密約だ。イレギュラー達の戸籍とか用意する代償。DIOや真緋蜂改みたいな最悪のイレギュラーから国を守りたい、しかしそれを撃破できる存在が野放しでは不安。故に管理下に置きやすいIS学園へ、な」

「それで、真緋蜂改を倒した実績のある俺を、か。あん時素直に死んどくべきだったかなー」

「ブレインがある限り死ぬことはできないさ。ついでに言うと、定期的にバックアップがサーバに送信されている。そのブレインが――――あり得ないことだが、破壊されたとしても、最新版バックアップからエリーはいつでも復元できる」

「……は?」

「ん? 理解できなかったか? つまりエリーは死んでも生き返ることができる。やりようによっては疑似的に同一存在も可能だ」

 まさかの真実。俺は普通に死ねる人間だと思ってたのに。かなり人間とはかけ離れてるけどさ。

「普通の人間だろうと、魂さえ再現できれば蘇生は可能だ」

 なにこのネクロマンサー。

「ましてや、躯は人工物で簡単に修理が可能で、魂すら量子コンピュータで複製が可能なエリオットは、非常にお手軽に蘇生ができてしまう」

 普通の人間だと思っていたら、そんなことはなかった。人間を捨てたとか、もともと人間じゃないとかそんなことは気にしない。死ににくいだけかと思ったら、まさかだ。

「はーぁぁぁぁ……」

「まあ、そんなに気にするな。死ねないとしても、守りたいものさえあれば永遠などどうでもよくなる。ふっ切れてしまえば、そう悪くない。大切な者と永遠を過ごすのも素敵だとは思わないか?」

「うわ、理解したくねー……でも理解せざるを得ねぇんだろーなァ」

「私の息子だ、なに、百年もすればわかるだろう」

 そんなに長く生きたくはない。でも、母さんの苦悩はよくわかる。同類がほしいとか、そこらへんだ。

「ちなみにその躯、だいたい61兆円かかっている」

「は?」

「セラフを含めると61兆5000億くらいか。緋蜂で撃墜された300回のセラフの修理が一回で平均500億。これはどうでもいいか」

 何が言いたいんだ、この戦略兵器。というかセラフの修理費で15兆もかかってたのか。すげえ。その資金がどこから来たとか、それは気にしてはいけない。
 ちなみに、ルーデル工房は『世界一巨大で精密なものの加工ができる企業』として有名だ。何かを密着させれば原子間力で引っ付いて剥がれないなんてのは当たり前。加工面が綺麗すぎて普通に鏡として利用できたり、全ての角が単分子だったりなんてのも当たり前。誤差や荒さを指定しなくても図面通りにできるのも当たり前。依頼された次の日にはおかしい精度のジャンボジェットができていたなんてのも当たり前。産業スパイの死骸が時々転がるのも当たり前。

「エリーはそれだけの価値があり、同時にそのかかった金額分の働きを期待している。何が言いたいかというと、この世界にエリーを破壊できるものは存在しないということだ」

「マジかい」

「ルーデル機関の兵器類は手をかければかけるほど強くなる。そしてその分金額も比例して膨れ上がる。素敵だろう?」

 なるほど。ということは、俺の雷電弐式はどうなるのか。

「で、雷電弐式の額は?」

「本体はA-10Cとそう変わらない。開発費用を除けばだが」

 開発で金額が膨れ上がったということか。XB-70みたいだな。

「問題は電子兵装と装備だな。レベルシステムなんて面白いものを搭載したから、余計に手間がかかった」

 雷電弐式はルーデル工房に与えられたISコアで、ルーデル機関の総力を挙げて独自に開発された第一世代ISだ。世代が古いように思えるが、ルーデル機関内での技術世代だからおかしくない。この機体は『ちょっと試してみた』レベルの概念実証機でしかない。一般的な第何世代とかは不明。
 そしてレベルシステム。経験を積めばレベルが上がって物理装甲が厚くなったり使える兵装が増えるというシステムだ。ISが『操者の特性を学習して最適化、何か新しい技を覚える』という特性を完全に利用し、AMS経由で与えてしまった『母さんの戦闘記録』や『俺の真緋蜂改戦』のデータなどから進化するルートが確定してしまった。それを面白がった母さんとアルマが色々手を加えて、ある程度経験を積んだら解凍されるデータを雷電弐式に仕込み、入試でレベルアップした時に雷電弐式がシステムとして覚えてしまったわけだ。
 今のレベルは2。MPAと分厚い物理装甲に護られた本体には、アヴェンジャーアームガンとMOONLIGHTが両腕についている。一時間は撃ち続けられる234000発ドラムマガジンが各アヴェンジャーアームガンにあるから火力には心配はないし、シールドエネルギーは装甲のAPがある程度削れるまで減らないし、薄いとはいえPAもある。純粋な撃ち合いではまず負けることがない。QBもOBも使えるし、まさに「撃つまで撃たれ(るがそうそう当たらない)、撃った後は撃たれない」を地で行く機体だ。

「で、総額は?」

「1兆2000億といったところか」

「ラプターかよ!」

 豆知識。F-22Aラプターは、機体そのものよりソフトやコンピュータの方が高価いらしい。

「ちなみに外部に売るなら5兆といったところか。まあ、動かすにはコアの処理だけでは足りないし、リンクスでも不可能だろう。アレサの19倍の精神負荷だし、Lv0の超高機動は人間の反応速度で追いつけるものではない。文字通りエリーの専用機だな」

 Lv0。フォーマットとフィッティングが完了していない、MPAも物理装甲もない丸裸に追加ブースター、そして右腕に月光がついているだけの機体。光波は撃てず、しかしその機動は狂気。レイレナード製ブースターは一瞬で間合いを詰め、月光で通り魔のように切り捨てる。入試の際、織斑千冬を撃墜したのがこのQB→QT→ブレードのコンボだった。ちなみに母さんはこのコンボを普通に避ける。

「本体だけならもっと安く売るだろ?」

「雷電弐式のモンキーモデルは既に販売中だ。エリーが有名になればA-10の売り文句で馬鹿売れ間違いなしだ」

「『打鉄より強く! ラファール・リヴァイヴよりも強く! どれよりも安い!』ってか? 基本装備はA-10パックか温泉パックにするか? リリウムが喜びそうだな」

「リリウムにはアンビエントを開発中だ。アルマが何やら開発しているが、私の預かり知るところではない。凄まじいのができそうだけどね」

「アルマのことだ、俺のを目指して斜め上になるんだ。いつもそうだ、俺がチャーハンつくったら真似して何故かドリアができたり、デザートイーグルフライスでつくったら真似して個人携行用レールガン開発したり。なんでああなるんだ?」

「どうなるか楽しみだな」

 いやだなぁ。AFみたいなISを開発しそうで怖い。有澤=フェアチャイルドの最新AFとかいって。

「そうだ、俺の眼どうにかしてくれねぇ? 可視光線以外は透過するったって左右で視界が違うと結構処理に負担がかかるんだけど」

「近いうちに用意しておこう。さて、きょうはもう寝ろ」

「おー」



 そして、朝。

「なんじゃこりゃあああああああああ!!」

「家庭内害虫Gでも出たか? おのれ、カケラも残さず消毒してくれる」

「違ぇ! 俺の眼!」

 いつも通りシャワーを浴びようとしたら、鏡に違和感が。

「近いうちに用意すると言っただろう」

「何で両眼が鮮やかな紅なんだよ! 俺が言ったんは両眼とも黒にしろってんだよ! どう説明しろと!?」

「左眼が光に晒されると両眼虹彩が鮮やかな紅色になる……虹彩変色症とでも説明すればいい。なに、カルテも医学論文も書いておくし、実際に左眼を隠せば、ほら」

 母さんが手で俺の左眼を覆う。……右眼が黒くなった。

「そんな面倒な手間かけてまで!?」

 あいかわらず、この女は何を考えているかわからない。俺と同じ記憶を持っているはずなのに。



 なんやかんやあったが、結局眼帯は外すことにした。加工に関しては文字通り世界の頂点である企業、というのが世間におけるルーデル工房の評価だ。地下に宇宙戦艦や極殺兵器があるけど、表向きは加工だけの企業だ。ジャンボジェットとかつくるけど。
 できるのはせいぜい加工だけ、と嘗めてかかる依頼業者はその加工料に憤慨して帰り、工房の真の実力を知る依頼業者はどんなに高価でもそれだけの価値のあるものを依頼する。母さんは職人であり、嘗められるのが嫌いだ。故に、一度でも嘗めてかかった相手には二度と交渉すらさせない。本当に嘗められるのが嫌いなのかはわからないが、少なくともそういうルールでこの世界を生きているらしい。だから、敵も多い。加工法を聞き出そうとした企業が誘拐しようと画策したりなども日常茶飯事。
 誘拐とかで真っ先に狙われるのが俺である。時折暗殺みたいなことをしてくるのもいる。そして俺の義務は『無関係な人を一切傷つけずに状況を打破する』ことである。なるべくコンディションは最良であることが望ましい。だから眼帯は煩わしかったんだが。

「…………」
「…………」
「…………」

 何も聞かれない。気にはなっているのだろうが。
 昨日まで黒眼だった漢が、今日は白兎もびっくりな鮮やかな紅の虹彩をしている。まだ水色とか灰とか金ならまだしも、血のように暗くない、本当に鮮やかな紅だ。

「…………」
「…………」
「…………」

 まあ、そっちの方がありがたいけど。
 そんな朝飯の出来事。



[21785] IS世界の常識終了のお知らせ【国家解体戦争を想定したISってヤバくね?】
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:bcdb6a14
Date: 2011/03/07 05:34
 放課後である。母さんが俺の頭の何かをついでにいじったらしく、単位時間の記憶できる容量が増えた。どれだけ増えたかというと、視界すべての映像と耳に聞こえるすべての音までだったのが、半径50m以内のあらゆるセンサの情報までとなった。半径50m以内ならば、記憶データを解析すれば誰がどこにいるかまで把握できる。プライバシーもクソもないので必要がない限り解析しないが。解析さえしなければ、意味のないただの量子ビットの羅列である。
 あと、眼帯を母上閣下が破壊してしまったので、食事の後に包帯で代用した。
 蛇足が続いたが、今は前をみよう。
 織斑一夏がへばっている。むう。もっと強いものかと思っていたが。篠ノ乃帚に竹刀でボコボコにされていた。



「おーい、織斑一夏。ISの機動を少し見てみるか?」

 剣の稽古が終わったのを見計らって織斑一夏に声をかけた。

「え? いいのか?」
「…………」

「ついでだしな。ちょっとした実験のためにアリーナも借りているから」

 雷電弐式の機動中のレベルダウンというものを試してみたかった。
 鈍重なA-10神モードからまさかのブレオンになれば、即座に対応できる人類なんていない。と思う。ちなみに母上閣下は一切のチートがない状況で体感時間1/50倍速の俺を格闘戦で倒します。考えてみれば、リアルチートのルーデルの娘だった。

「実験? なにするんだ?」

「重装射撃戦と高機動接近戦の切り替えといったところか。恐らく織斑一夏は後者を選択せざるを得ないだろう」

「なんでだ?」

「ガトリングやSMGみたいなばらまき系射撃武器ならまだしも、素人にとって動く相手に弾を当てるのは至難の技だ。戦闘補助AIと鬼のように優秀なFCSを積んでどうにか当たるといったところか。そんなものよりかは、まだブレオンだけの方が扱いがわかってる分戦えるだろ?」

「ブレオン? なんだそれ」

「悪い、うっかりいつもの調子で略した。ブレードオンリーの略だ。他にもガトオン・グレオン・ミサオン・スナオンなどのオンリー機があるが、俗語だし覚える必要はない」

 この世界において、ブレオン以外のオンリー機はほとんど存在しない。アルマは多分、なにかしらのオンリー機をつくってそうだが。

「へー」

「で、どーする?」

「ああ、頼むよ。だけど意外だったな、ルーデルが誘ってくれるなんて」

「なんでさ」

「いや、おまえってなんつーかさ、近寄りがたい雰囲気というか、もっと口調が堅かったじゃん」

 そういえば。あの時は母さんの策略にはまった気がして不機嫌だった。

「母上閣下のせいでものっそ機嫌が悪かったんだ。ほら、今はこんなにもフレンドリィ」

 母さんは間違ってもできないにこやかぁ~な顔で織斑一夏の正面に回り、来日した大統領を迎える首相みたいな感じで腕を広げる。

「ははっ、なんだそりゃ。ニュースでやってる大統領と首相みたいな感じか?」

「おお、通じた。理解できる人類がいるとは。やるな、織斑一夏」

 ま、あの決闘云々は俺にも責任の一端があるわけだし、全部押し付ける羽目になった織斑一夏にはなるべく勝ってもらいたい。
 さてと。

「篠ノ乃帚、あんたはどうする? ついてくるか?」

「……ああ、そうする」

 さっきから黙って俺を睨んでいたから、嫌われているかと思ったが、どうなんだろう? 謎まみれの母さんよりかはマシだが、よくわからない子だな。



「さて、始めるとするか」

 アリーナに来て早々、俺達を待ち受けていたのは母上閣下だった。
 俺は既に着替え、SAAのインナーに似たISスーツを着ている。ルーデル工房製のISスーツは、機体が大破した後も継戦可能なようにできている。防弾・防刃・断熱・耐火・衝撃緩和・化学耐性などなど、おおよそ死因となりそうなものから護ってくれる。兵器に乗っているということを嫌でも理解させてくれる。ちなみに、本当は俺には必要のない機能だ。躯が人工物で頑丈だし。

「同じ……顔?」

「小さい……」

 このロリが俺の母さんだと言ったらどんな反応を示すだろうか。

「なあルーデル。この子ルーデルの妹かなんかか?」

「Nein. この方はエルテ・ルーデル。俺の母親であり、ここの教師だ」

「…………」
「…………」

 織斑一夏と篠ノ乃帚は視線を何度か俺と母さんの間で行き来させたあと、

「嘘お!?」
「なんだと……」

 ちゃんと驚いてくれた。

「こんな小さな子からおまえが? 嘘だろ!?」

「人を見かけで判断するな。まったく」

 母上閣下は若干ご立腹のようだ。

「百聞は一見に如かずだ。さて、ISを起動しろ。ネクスト戦というものを教えてやる」

 その怒りは俺に向かうわけで。IS戦じゃなくてネクスト戦ですかそうですか。

「あーもー! 観客席に行っててくれ。流れ弾で死んでも責任とれんし」

「あ、ああ……行くぞ帚」

「こら、引っ張るな」

 ゲートに二人の姿が消えたことを確認して、包帯を解く。左眼が光を得て、虹彩が紅に染まっていることだろう。

「まだか?」

 見てみると、既に母さんはカノーネンフォーゲルを起動していた。
 Mk-54と92式装甲服をドッキングさせたような本体装甲は全身装甲と言うには多少の露出がある。頭のヘルメット部分がなく、隠れているのはHMDで覆われている左眼だけだ。おおよそのISに存在する翼のようなアンロックユニットには、折りたたまれたOIGAMIが左右に一門ずつ。右手にはメインアームたるアヴェンジャー、左腕にはアームカノン・ボルトカノーネ3.7が二門。
 そしてこの機体の最大の特徴として、背中のマント状の軟式装甲が存在する。これはいわゆる『ECM防御システム』であり、あらゆる攻撃を問答無用で逸らしてしまう。アルマ曰く「ヒラリマント」だ。
 アリーナ全域を爆風で覆いつくすことができるのは、世界でただ一人、母上閣下だけだろう。ついでに、ヒラリマントのせいでこの馬鹿火力を相手に正面から攻撃をせざるを得ない。ブレオン? 接近される前に穴だらけのローストチキンだ。全力の母上閣下相手には、勝機は射撃戦しか存在しない、が、正面から撃ち合える火力を持つISなんてそうそういない。

「観客が席につくまでは待ってくれたっていいだろーよ」

「ああ……なるほど。無意識の介入か。運がよければ、あるいは……」

 正直、母さんが何を言っているのかは理解できない。頭の中ではどうせ、俺には理解できないことを延々と考え続けているのだろう。

「さあ、舞台は整った。パーティーを始めよう」

「あいよ」

 IS起動。ASP-177eスワッシュバックラーから頭部装甲をパージしたような本体装甲。そしてニューサンシャインのような物理装甲により、あたかも全身装甲ISのように見える。整波性能も減衰抵抗も控えめなMPAが展開され、アンロックユニットは存在せず、追加サイドブースターが存在する。
 腕にはMOONLIGHTとアヴェンジャーアームガンが両腕についている。が、あの要塞には不足にも程がある。

「では、OIGAMIの着弾と同時に開始だ」

 母上閣下のOIGAMIは原寸大、つまりサイズはネクストに搭載されたものそのままだ。それが戦闘開始の合図なんて、下手をすれば開幕ダメージとかがあり得る。
 普通なら、発射と同時にカノーネンフォーゲルを視界に入れながら着弾予想地点から可能な限り離れる必要がある。だが、着弾が合図だ。ある程度APを削られるのを覚悟して攻撃をするべきか。

「Feuer」

 相変わらず平坦な声。正直人間の形をしているのを疑いたくなるが、実際に人の形をしたバケモノだから仕方がない。
 放たれた榴弾は、俺の機体をかするように飛んでいき、遥か後方、シールドで護られた観客席に着弾し、巨大な火の玉となった。APが7000ほど削れた。
 連続でQBを吹かし、母さんの五門の砲口の射線から逃れる。おかしな話だが、母上閣下は必中しない限り本命の銃爪を引かない。アヴェンジャーもパラパラとばらまく程度で牽制でしかない。OIGAMIもボルトカノーネも弾数が少ない。

「なかなか上手くなったな。真緋蜂改の相手をさせたのは正解だったようだ」

「撃たねぇ癖に何言ってやがる!」

 だから、無駄撃ちさせる、という選択肢は不可能だ。常に動き回り、相手の偏差射撃を予測して速度調整をしたりフェイントをかけたりすることで、ギリギリで回避するしかない。人類には不可能な『発射された砲弾を視認して回避する』という方法が取れるから、どうにか回避できている。それでも至近弾だから恐ろしい。

「撃ってみた」

「撃ってみた、じゃねぇ! 偏差射撃予測したのになんでかするんだよ!」

 上手く動き続ければ、慣性モーメントが大きく動きの鈍い重火砲であるOIGAMIは、砲口がこちらを向く前に動くことで砲撃を抑制することができる、が。

「しくった!」

 まず直撃させる必要がない。超大型グレネードキャノンは、爆風だけで普通のISは沈む。うっかり地面に近づきすぎた。そしてカノーネンフォーゲルは期待の旋回性能で砲の鈍重さを補う。紙みたいなMPAは根こそぎ剥がれ、APが6000ほど削れた。

「爆撃はルーデルの十八番、忘れてたぜクソ」

「アヴェンジャーに頼るからそういうことになる」

 物理装甲のAPが消滅するまでは撃ち負けない、と普通は思うが、MPAもAPも一瞬で剥がしかねない火力を相手は持っている。『戦車の装甲をブチ抜けるように取り付けてもらった』機関砲に、みんな大好きアヴェンジャー。37mmと30mmが織りなす恐怖の三重奏、いや、OIGAMIも含め五重奏は葬送行進曲に他ならない。
 まだAPは残っているが、この模擬戦の本来の目的を果たそう。

(アイオス、雷電、Lv0だ)

 外装とアヴェンジャー、そして左腕のMOONLIGHTを格納。思考が加速され、処理領域を確保するため世界の色彩がグレイスケールになる。
 レイレナード製ブースタと追加ブースタが、一瞬で2000km/hオーバーの速度を叩き出し、襲い来るアヴェンジャーの牽制射を回避する。アヴェンジャーの30mmタングステン弾が最大で70発/sで襲い来る。物理装甲がない状態では一発だけでもかなりSEを食われるのに、一秒の牽制射を食らえば即撃墜。耐久性を犠牲に機動性を得ているのだから仕方がない。被弾面積も最小限にするため、本体装甲のみでアンバランスな大型ブースターが各所に、GAの巨大ジェネレータが背中についている。

『あ ま い』

 低音で発せられる言葉はいつも以上に不気味で、OIGAMIのマズルブラストは火炎放射器もかくやというレベルで、そこから吐き出される弾頭は人の頭より巨大で。それは俺の下で30mm弾と熱いヴェーゼを交わし、火の玉になる。
 連続QBで爆風の被害範囲から脱し、その先には、花火。

「マズイ!?」
(Lv2!)

 逆方向にQBを吹かし、なるべく爆心地から遠ざかる。未だAPが残っている物理装甲を展開し、どうにかSEは2桁程度残った。APは1万ほど削れたが、まだ2万はある。

「実験は成功か」

「失敗しかけたがな!」

 実験が成功した今、おとなしく攻撃を受け続ける必要はない。アヴェンジャーのバレルが回転を始める。

「Payback time!! てな!」

 母上閣下のアヴェンジャーは通常弾倉、1174発しか搭載していない。こちらは一門につき234000発、連射速度にもよるが一時間ほど撃ちまくれる。母上閣下は常識では測れない。30mm弾を30mm弾で叩き落とすとかいう超精密射撃をアヴェンジャーでやりやがる。
 こちらが攻勢に出るとみたら即機動砲撃戦に移行するのはさすがだ。

(感情以下、不要な感覚をシャットダウン。戦闘に不要な体内機能の停止。冷却装置最大出力。処理領域の確保)

 脳のフルドライブに必要な手順を踏む。今の俺はただの量子コンピュータでしかない。本気の母上閣下に対抗するにはこれでも足りない。
 ロックをさせないように常にQB、OIGAMIのエアバーストに警戒し、未だ一発も放たれていないボルトカノーネの動きに注意し、何よりもアヴェンジャーの回避を最優先する。OIGAMIの爆風以外で最も痛いダメージソースはこのアヴェンジャーだ。下手をすると物理装甲の穴を狙われて内部を攻撃されかねない。残り2桁のSEなど、一発もあれば消し飛んでしまう。紙みたいなMPAなど気休めにもならない。

「さすがだ。だが」

 母上閣下が背を向ける。ヒラリマントがこちらの放った30mm弾を弾く。そしてアヴェンジャーが肘の方へ180度回る。OIGAMIとボルトカノーネの心配がなくなったが、そのかわり攻撃が一切通用せず、アヴェンジャーにより一方的に攻撃されてしまう。
 正面からの攻撃でなければ意味がない。正面には回りこめない。とりあえず。

「! なるほど、考えたな」

 武器破壊。正面で最も厄介なOIGAMIに攻撃を集中する。誘爆すればいいな。
 と思ったら格納された。展開状態でなければ安全装置が働き誘爆はしない。折りたたまれたことで慣性モーメントが小さくなり、旋回性能は上昇する。

(Lv0)

 OIGAMIの爆風はない。加速した思考なら、30mm弾を発射されてからでも寸前で回避できる。狂気ともいえる速度を以て母上閣下に感応をさせず、正面に回る。月光で切り捨てようとするが、ボルトカノーネがこちらを向きつつあり間に合わないとみてQBで離れる。

(Lv2)

 アヴェンジャー二門による攻撃を実施する。連射速度は最速の毎分4200発で30mm弾を叩き込む。母上閣下のアヴェンジャーは間に合わない。ボルトカノーネは当たらない。

「だが、まだまだ」

 母上閣下が距離を取った。無駄だ、むしろ着弾時間が長くなって避けやすくなる。比較的安全な距離から一方的に攻撃できる。

「フフフ……だから甘い」

 突如現れた目の前の螺旋。これは……ライフリング?

「Feuer」



 死ぬかと思った。

「なんだよ! 45口径46cm3連ガトリング砲って!」

「大和魂だ」

「大統領だってそんな説明は……するか。つか説明しろ!」

「大和砲は装填速度と威力過多が問題だった。だがガトリング方式なら装填・発射・排夾が同時にできる。そして雷電ならば一撃程度なら耐えられるとみた」

 耐えられなかったら、あるいは外したらどうするつもりだったのだろう。空中爆発であいたクレーターを見ながら思う。
 アリーナは悲惨な状況だ。大小様々な穴があいている。カタパルトデッキが崩壊しているのは……俺のせいじゃないから知らねーっと。

「あのー……」

 眼を向けてみると、そこには一級フラグ建築士っぽい存在とサムライガール。

「よー。どうだった?」

「なんつーか……無謀を悟った?」

「母上閣下が異常すぎるのでそこまで無謀でもない。もしかして、参考にならなかった? どう思う、篠ノ乃帚?」

「非常識だ……」

 一言、それだけ。何となく理解できた。

「とのことですが、母上閣下。俺はこの世界の常識というものを知らないので解説してくれねーですか?」

「今この世界にあるISは第二世代末期から第三世代初期といったところだ。我々が開発しているネクストISは高機動・重装甲・重装備。ついでに長期継戦能力。アメリカのクーデターやユージアの戦争、そしてリンクス戦争・国家解体戦争を想定している。世代で言うと……第一世代といったところか。公式戦じゃまず使えん」

 俺の雷電弐式ってネクストだったのか……道理でしっくりくるわけだ。ということは、普通のISにはAMSやPA、ついでにENゲージはないということか?

「なるほど。母さんがここで暴れるから過激なスパイとかをやさしく海に還す羽目になるわけね」

「これで第一世代だと……」
「海に還すって……」

 いやいや篠ノ乃帚、『ネクストIS』の第一世代であるわけであって、『ISの第一世代』ではないんだろうよ? たぶん。

「この世には知らない方がいいことが腐るほどある。ま、気にしちゃダメってことだ」

「ついでにいうと、工房の技術に関することは完全に機密だ。情報漏洩したら色々な人が行方不明に――――」

「じゃあなんで聞かせたんだよ!」

「束の縁者だから?」

「は?」
「は?」
「はぁ?」

「あの子にはネクストの根幹技術、AMSとコジマ技術を与えてもいいと思う。素直ないい子だったしな。なんならメタトロン技術と有澤技術、制御できればペークシス、オマケにM技術もつけよう。更にAC技術まであげればどうなることやら。楽しみだとは思わないか? これほどの技術があれば、オービタルフレーム・ネクスト、ネクストにする必要はないか、私ならCoredMTやノーマルを飛び越えてネクスト、いや、コア構想がなければセラフ・ネクストのような機体をつくるか? 恐らくアーマードコアという概念は無いだろうから、組み換え不可のワンオフ機を――――」

「もういいから」

 若干おかしい気もするが、最近この女ははっちゃけているから気にしてはいけない。

「ああ……コジマ色に染まったせかっ? なにをする」

 コジマ汚染重症患者ここに一名。ということは。

「あんた伯母上閣下かよ……見事に騙された」

 なんでここにいるのか、というのは愚問。何より恐ろしいのは、単体で母上閣下と同程度の戦闘能力を持つこと。母上閣下は複数の脳で並列処理をし未来予知にも似た戦闘を行うが、アルトは量子に愛されていると言うべき勘で戦う。両者の戦闘能力に差異はないが、勘は文字通り一瞬で行動を確定し、並列処理による予測戦闘は若干のラグが発生する。かといってアルトが強いかというとそうでもなく、『最善の行動ができる確率』は母上閣下の方が高い。
 戦闘経験はあまりないらしいが、それで母さんとガチで戦えるから恐ろしい。俺だって300回の被撃墜経験とスパイ相手の無双、そして母上閣下の戦闘記録などによるシミュレーションをこなす程度の経験で、ようやく時間稼ぎができるといったところ。

「いつから入れ替わっていた? この眼も伯母上閣下が?」

「ちょっとした悪戯じゃない……って嘘嘘! 私はそんな技術なんて持ってないし! ネクストIS技術だってアルマちゃんに三日ほどレクチャーしてもらっただけだし!」

 ISスーツに標準装備のナイフとデザートイーグルを抜くと、慌てて弁明しだした。

「ちょ、それ本物か!?」

「ああ。工房はある意味日本の生命線でもあるからなぁ。IS技術のみならず一般加工技術も、あらゆる国の官民問わず喉から手が出るほど欲しがってるから、護身用にね。誘拐未遂なんて日常茶飯事、時々軍とか妙な組織が突入未遂とかしてくるから結構面倒なんだけど。ちなみに政府の許可はあるから」

「あー……って、おまえルーデル工房の!?」

「名前でわかるだろ普通。あ、伯母上閣下はとっとと帰れ。母上閣下にIS返すから渡せ」

「最近エルくんの扱いが酷い気がする」

「自業自得だ大馬鹿者」

 本物が現れた。いつもの黒コートの下は、喪服のような黒いスーツ。ちなみに男物。やたらだぼついて見えるが、恐らく袖や裾は折りたたまれているのだろう。いつか絶対成長する気だ。

「同じ顔が三人……」

 篠ノ乃帚はどうもこの状況に戸惑っているようだ。母上閣下と伯母上閣下の違いなど、その性格以外で判別しろなど不可能。俺と母上姉妹の違いは一目瞭然だろうが。身長的に。

「これが偽物だったので紹介し直そう。天上天下唯我独尊の権化、世界の守護者、そして俺の母上閣下、エルテ・ルーデルだ。でこっちの偽物が「偽物言うな!」フォージャーが「せめてフリースタイル!」自由人がアルト・ルーデル。風来坊で稀少種。多分、もう二度と会えないだろうから名前も存在も覚える必要がない。厄介事に巻き込まれないためにも、今すぐ忘れることをオススメするけど」

 俺だって数えるほどしか会ったことがない。そして毎回こんな風に厄介なことをしてどこかへ去っていく。

「ひどいなぁ。ま、でも楽しめたからいいか。じゃ、またいつかね~」

「二度と来るな」

 瓢々と去っていくその姿を無視して、母さんにカノーネンフォーゲルを返す。37mm弾頭のペンダントが、いつの間にか握らされていた。つくづくよくわからん人だ。母さんに直接渡せばいいものを。

「困ったものだ」

「あんたも充分迷惑な存在なんだけど」

「やれやれ。昔はあんなに可愛かったというのに」

「ったく。俺らはもう戻るぞ」

「ああ、後処理はやっておく」

 さっきからずっと置いてけぼりだった二人に声をかける。

「悪かったな、参考にならない上に身内のゴタゴタに巻き込んで」

「いや、面白かったよ」

 漢としては心踊るものがあっただろう。アヴェンジャー、BK3.7、OIGAMI、そして46cm砲。大艦巨砲主義というのは実にわかりやすく『威力』というものを視覚的に教えてくれる。世の中はそう単純ではないけど、わかりやすいものはわかりやすい。

「千冬姉が負けるわけだ。遠くから見て見失うんだから、近くなら消えたように見えるんだろうな」

「手加減してくれていたみたいだからどうにか勝てたってだけ。アホみたいに強かったよ。機体に振り回されて、死ぬ気でよけないと即落とされかねなかったし。ネクストの性能に救われたってとこだなぁ」

 母上閣下の記憶にあるアンジェみたいだった。あるいは名も知らぬ超高機動ブレオン機に乗る独立傭兵。

「それでも千冬姉に勝てるってのがすごいよ。なあ帚」

「ああ……」

 ものすごい無口だ、篠ノ乃帚。もしかして俺は嫌われてるんじゃなかろか?

「そういや、その眼どうしたんだ? 眼帯じゃなくて包帯だったし、やたらと赤いし」

 やっと訊かれた。よし、好機だ。織斑一夏にカバーストーリーをそれとなく流してもらってあの気マズイ空気をどうにかしてもらおう!

「光即応性虹彩変色症ってやつでな、左眼が可視光線を感知すると虹彩が紅に染まるんだ。遺伝子疾患らしいから感染とかしないし、発症しても虹彩の色が変わるだけで眼球機能には一切問題ないから外見を気にするくらいの害しかないし、そもそも発症が120億人に一人出るか出ないかっていうくらいだから」

 母さんの書いた論文は既に学会に提出されている。ドクトル・エルナ・ルーデルは遺伝子工学の権威で、発症しているのはこの世界で俺一人。発症率は天文学的に少なく、虹彩異色症並に害がないこの症状は、恐らく研究されないだろうし研究もできない。この嘘は、この世界においては真実と等価だ。

「ほれ」

「うお、黒くなった」

「ほい」

「あ、戻った」

 左眼を手で覆ったり日に晒したりして遊ぶ。右眼は鉄を熱したり冷ましたりするように色を変えているだろう。
 まあ、それなりに平和だったんじゃないか。少なくとも、今は。

「じゃな」

「おう」
「…………」

 寮で織斑一夏と別れる。別れ際に、

「篠ノ乃帚、織斑一夏はガラパゴスゾウガメより鈍感だから直球ド真ん中じゃないと想いは伝わらないぞ」

「!!」

 と小声で助言しておいた。



[21785] IS世界の常識終了のお知らせ【対国家喧嘩売却戦争】
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:ae2a0923
Date: 2011/03/13 18:32
 母上閣下はあらゆる国、あらゆる組織に潜伏し、イレギュラー達に安息の地をもたらさんがため暗躍している。戸籍を偽造し、書き換え、彼らをある程度自由にする。
 ここは彼らの世界ではない。完全な自由など与えられない。彼らは規格外の英雄ではあるが、いつジョン・ランボーのごとく暴走されるかわからない。その場合、多大な被害が出るだろう。
 たとえばイレギュラーのルーデル閣下。閣下はソヴィエトのありとあらゆる地上目標・船舶を掃滅し、カノーネンフォーゲルで少なくとも100機の航空機を撃墜し、かのスターリンに「ソヴィエト人民最大の敵」と呼ばれるどころか、降伏文書を送りつけられた。ドイツに負けたのではなくルーデル閣下に負けたという、せめてもの意思表示らしい。あるいはヒトラーには負けたくなかったというプライドの表れか。それはどうでもいい。
 ともかく、そんなイレギュラーを簡単に鎮圧できるはずがない。「後ろの敵の攻撃タイミングがなんとなくわかった」り、「次に撃つべき目標と角度が予想できた」り、「ちょこまかうっとうしいからブースタを全部撃ちぬいた」り。そんな連中だから、普通の人間はどうしようもないわけで。

「あなたたちはルーデル工房の主権領域を侵犯しています。速やかに退去してください」

「Let's paarrrtyyyyyyyyyyyyyyyyyy!!」
「Jackpot!!」

 フィオナが警告するが返答は銃弾。ならば遠慮はなく、蹂躙するまで。

「ジャッカル00、状況開始」
「アンビエント、作戦を開始します」
「メビウス1、エンゲージ」
「こちらルーデルだ。素晴らしい機体だな、サンダーヴォルトは!」
「ホワイト・グリント、目標を捕捉しています」
「…………」
「お前もいけ!」

 派手に暴れ回るダンテと大統領、そして寡黙に殺しまわるグラハルトに隠れ、ケイシーとシモがスナイパーやバックアップを静かに処理してゆく。オプスレイはリリウムがアンビエントで狙撃、潜水艦群は首輪付きとアナトリアが潰していく。強襲揚陸艦はメビウスとルーデル閣下に襲わせ轟沈。ものの数分で全てが終わり、母上閣下が死体を処理し、俺は生き残りを拘束・連行している。
 敵は米軍海兵隊、戦果はヴァージニア級強襲揚陸潜水艦三隻、アメリカ級強襲揚陸艦1隻、MV-22B30機。総兵力2500人程のちょっとした小競り合い。

「面倒だな。これはもう大統領に大統領になってもらうしかないな」

「ややこしいぞ」

 マイケル・ウィルソンJrに大統領になってもらうということなのだろうが。

「なんで俺がこっちに引っ張られるんだ? こんだけの猛者だらけなら俺みたいな雑魚なんて要らんだろ」

「諜報で相手の規模がわからなかったからレーダー役がほしかった。思ったより数が少なかったがな。強襲揚陸艦とヴァージニア改修型が来るとは思わなかった」

 船舶兵器は未だに存在する。ISのせいであらかた消滅したとはいえ、災害やカウンターテロリズムなどに陸軍や海兵隊は動くのだ。そしてその輸送手段として、船舶やヘリは残った。潜水艦は、相手の輸送艦を撃沈するために未だ存在している。ISでも深海を静かに航行する潜水艦は捕捉しづらく、また攻撃も限られる。

「さて、兵力が手に入ったことだし、アレのラインを回し始めるか」

 ネクロマンサーは海兵隊の死体を手に入れた。次にやるであろうことは、蘇生か。
 イヤーな予感しかしないが、俺はこの件に関与しない。

「ああ、言い忘れていたが、独立国家扱いになったぞ」

「は? なにが」

「工房」

「は?」

 嫌な予感、累積。
 ルーデル工房は独立国家になりました? マジかよ。確かに非公開の総床面積だとバチカンよりでかいが。ルーデル地下王国なんて揶揄をしてたが、本当に国になりやがった。

「辺野古ディストラクションの真実とか、SVRがやらかした暗殺の一部始終とか、皇太子の乱交パーティーとか、こんなことがあるぞと各国首脳に教えてやったんだが」

「脅したんかい!!」

「人聞きが悪いな。ちょっと支配下に置いただけだ。特に、わがままな国はな」

 世界一わがままな存在に喧嘩を売ったアメリカは、この後、世界に対する影響力を大きく減らすだろう。少なくとも、平時に千人規模の犠牲者を出した大統領は支持率を大きく下げるだろう。そして、ルーデル工房に政府が瓦解しかねないネタを握られている。ステキすぎるな。

「これでルーデル機関に敵対する存在は消えたと見ていいだろう。世界秩序は変わった。既に世界制圧は成った。今日この日より、ルーデル機関の意思により世界は動き出す」

 大袈裟なことを言っているが、結局はイレギュラーの保護と排除のために行ったことに過ぎない。どうせ母さんのことだから、問題があるとき以外は放置するだろう。どこまでいっても善人なのだ、この女は。
 どうせ今日殺した海兵隊の可哀想な兵士たちは、全員蘇生させられたうえに記憶にプロテクトをかけて堂々とアメリカに帰されるだろう。兵力云々言っていたが、正直ルーデル工房に兵力は要らない。たった一人で全人類の一人一人丁寧に滅ぼせる最終兵器がいるのだから。
 世界も、まさか『工房』が『機関』という巨大な氷山の一角などと理解できるまい。各支部との連絡は一切しないから繋がりも見えないし、もし存在がおぼろげに見えたとしても他の怪しい存在が覆い隠してくれる。

「亡国なんたらはどうするつもりなんだ?」

「亡国のイージス?」

 そういえば、DAISはあるんだよな、この世界。

「じゃなくて、妙な組織があったろ? それはどーすんだ?」

「放置だな。どうせ何もできはしない。できたとしても対策できる。私を怒らせないのであれば」

 フラグが立った気がする。嫌な予感。一応、母上閣下はキレたら何をするかわからないハイパー危険人物である。
 下手に喧嘩を売れば世界を敵に回そうが平然と勝ちやがるだろう。そしたら超国家『地球』誕生だ。

「頼むから荒事にすんなよ?」

「確約はできないな」

 荒事になれぼ俺は巻き込まれる。退屈はしないが、もう少し平穏がほしい。



 戻ってきたら、部屋が変えられていた。俺は519号室から追い出され、1025号室、つまり織斑一夏と同室となった。篠ノ乃帚はどこへ行ったかというと、破壊神の巣たる519号室。俺と篠ノ乃帚を交換した形になる。

「部屋の都合がついたって……なぁ?」

「母上閣下と同室かー。篠ノ乃帚も災難だね、まったく」

「どういうことだ?」

「519号室には母上閣下が住んでいる。だから俺が押し込まれたわけ」

「ああ、あの人か。先生なんだっけ?」

「IS学園教師にしてルーデル工房社長、世界で最も精密な加工ができる人で、ネクストISのリンクス。ああ、今日独立国家ルーデルの首相になった」

「は?」

「テレビつけてみろよ。面白ぇニュースやってるぜ?」

 頭の中の量子コンピュータが受信した電波をデコードして内容を教えてくれる。
 備え付けのPCに放送を動画ファイルに変換したものを送りつけると、なかなか愉快なものが映っていた。

『――――は忙しい中集まって貰ってありがとう。この度我々ルーデル工房は国家として独立することとなった。その報告のための記者会見――――』
『――――日本政府は領土の割譲を条件に、依頼の優先権を得たようですね。しかしアメリカをはじめとする諸外国が揃って独立を認めるというのが奇妙ですが、そのところ――――』
『――――我々が独立国家となるのは、世界最先端の加工技術が欲しいがために工房の技術者を誘拐、もしくは我々が邪魔な企業・国家による襲撃・暗殺から身を護るために必要な措置だった。本日も米海兵隊、総兵力約2500人が襲撃してきたがその全員を拘束した。明日にでも彼らの母国に送り返してやろうと思っているが――――』
『――――と、このように独立国家ルーデルは文字通り最強の通常軍事力を持っており、またISも数機存在していると――――』

「…………」

「な?」

「ありえねえ……」

「それが現実だ。受け入れろ……というか、母上閣下のやることにいちいち反応してたら身がもたねーよ」

「ってことは、エリオットもルーデル国民?」

「そうなるな。だからといってなにかが変わるわけでもないし」

 もう戦争なんて起こりえない。たとえISを凌駕する通常戦力が現れたとしても、ルーデル機関は更にその上をゆく。ネクストIS程度の戦力がネクストAC、それ以上が現れたらOFと、軍事的な絶対優位を保ち続けるだろう。ついでに弱みも握り続けるだろう。どこかの世界の『天空の存在』なる組織より遥かに確実性の高い戦争根絶がここに成立している。

『――――セレスタルストライカー、SOLG、オービターアイズ、アサルトセルなどが遥か天空に存在する。この世界に、紛争を行おうとする者、恐怖を以てその意思を示そうとする者、自らの独善で平穏を破壊する者は要らない。我々は新たなる世界の秩序だ』

「なんか凄いこと言っておられるんですけど」

「気にするな。言ったろ、いちいち気にしてたらもたんってさ。さて、最後の座学といこうか」

 明日の決闘に向け、数日前から始まった訓練の最終段階へ進む。
 実戦に勝るものはないが、機体がなければなにもできない。まだか生身で実弾を避けさせるわけにもいかないし。

「気にするなって……まあいいか。頼む」

 武装と戦闘技術に関しては、篠ノ乃帚と俺が徹底して仕込んでいる。せめて狙われている感覚がわかるように電動ガンのM82A1で回避の練習をさせ、乱数機動による予測射撃の回避と銃口から発射タイミングと癖を予測する術を叩き込んだ。
 付け焼き刃だが、多少の勝機が見えてきた。

「では、ブレオンの基本機動からいこう。可能な限り光速で接近しQT後に斬撃だ。これは相手の視界から消え迎撃反応までの時間に少しでも時間を稼ぐことで――――」

 こうして、夜は更けてゆく。



[21785] IS世界の常識終了のお知らせ【エリオット・ルーデル誘拐事件】
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:2c45bf09
Date: 2011/03/17 21:49
 決闘は織斑一夏の勝利に終わった。
 俺はその勝利に立ち会えなかったが、それでもその結果には満足している。素人がそれなりの熟練者に勝ったのだ、師としてはこれほど嬉しいものはない。
 さて、今俺がどこにいるかというと、拘束され何かの箱の中。誘拐である。どこの時代にも馬鹿はいるわけで、新国家の存在が気に食わない者の仕業だと思っていた。
 さきほど母上閣下に連絡したところ、わざとつかまって適当に暴れてこいとのお達しがあった。
 彼らの要求は今のところ一つ。篠ノ乃束の身柄引き渡し。
 ルーデル工房は以前から篠ノ乃束との交流があった。極秘であり、世間には表裏問わず知られていないことだ。どんなに優れた諜報員がいたとしても、ルーデル機関にエルテ・ルーデルとデイビッド――――ソリッド・スネークがいるかぎり知られることはまずあり得ない。あらゆる意味で世界最高の諜報員二人。まず敵諜報員に対して一切の諜報活動を許さないだろう。敵が強行手段に出たとしても、前回の独立戦争のように数分で蹴散らされる。
 ならなぜここに篠ノ乃束がいるとわかったのか。それは簡単。工房の加工技術は篠ノ乃束の技術かもしれない。独立国家ルーデルに篠ノ乃束がいるかもしれない。いなくとも別に構わない、人質を消して次の可能性を当たればいい。運がよければ工房の技術を得ることができるかもしれない。

「あーあ。母上閣下がキレておられなければもっと穏便にできたんだけど」

 あんまりぬるすぎると、今度は母上閣下が死なない程度に地獄を見せるから厄介だ。
 さて、始めよう。BGMはターミネーターのテーマ。



 あっけない。
 とりあえず完全に拘束し連絡手段を絶ち、何もできないよう腕と脚の関節という関節を外し、機関に連絡。後は帰るだけ。

「あと頼んだ」

「頼まれた。フフフ……どこの愚者の回し者かな」

「企業連の企業ではないだろうな。フランス訛りのロシア語だったよ。テクノクラートのフランス支社か?」

「わざわざフランス支社の人間をよこすものか。デュノア社かもな」

「あんな斜陽企業が?」

 デュノア社は第二世代の傑作量産機ラファール・リヴァイヴの開発で有名だが、第三世代開発に乗り遅れ衰退を始めた。同じくフランスのメリエスがイタリアのレオーネメカニカとドイツのアルブレヒト・ドライスと連合を組み、GAグループ、オーメルグループに並ぶ第三勢力、インテリオル・ユニオンとなったことも原因として挙げられるだろうが、メリエスとの技術的格差もかなりのものだ。
 ちなみにテクノクラートは超高威力ロケットランチャーを専門とする最先端企業だ。当たりさえすれば一撃でISを落とせることから、有澤グレネードと並び通常戦力組に人気のある企業だ。でなければとうの昔に企業連から外されている。

「斜陽企業だからこそだ。第三世代開発に遅れて焦っているようだ」

「窮鼠猫を噛む、か。その無謀な勇気に免じて許してやりたいけど、どうよ?」

「何かあったらエリーの責任。それなら私はこれ以上関与しないでおいてやるが」

「わかった、それでいい」

 もし母上閣下を裏切る場合、ルーデル機関を相手に喧嘩を売る必要がある。企業連は無理だとしても、最悪でもそれなりの規模の企業を掌握しておく必要がある。最悪でも、イレギュラーの軍勢に勝てる組織が必要だ。
 恐らくアルマは協力してくれるだろう。この反逆が面白いと思ってくれれば、アルトも釣れる。

「裏が取れた。デュノアの社長直々に命令が下っていた。あとで証拠を渡す。どうするかはエリー次第だ」

「ありがと。じゃ、また後で」

 思わぬところでいい拾いものをした。俺にだって技術知識はある。デュノア社を制圧したら『第二世代』を開発させよう。



「よ。勝ったようだな。おめでとう」

「ああ、エリオットのおかげだ」

 織斑一夏と拳を打ち合わせる。
 すると右肘からいやな音が。

「ボキ?」

「あ、砕けた」

 さすがにグレネードの直撃や鉄骨を振り回したりしたせいで、関節にガタがきていた。既に右肘は壊れかけていた。
 まだいけると思ったら、肘が砕けた。

「砕けたって、おい! すぐ救急車!」

 凄まじく慌てている織斑一夏。ぷらんぷらんと曲がってはいけない方向に振り子運動をする下腕。

「落ち着け。俺は医者じゃ治せん」

 母さんにコールする。

「落ち着け一夏。まったく、無茶するからだ。なぜそこまで手加減をしたがる」

 まるで待ち構えていたと言わんばかりに、連絡して数秒で1025号室の扉が開け放たれた。人工四肢を脇に抱えた見た目十歳児、エルテ・ルーデルによって。

「エリオットが二人!?」

「エルテだ。前に会っただろう」

 Ashura clockを鼻歌で歌いながら人工四肢でくるくるとジャグリングをする合法ロリ。

「さて、修理だ。一夏、外に出ていてくれ。人間の中身を見たくなければ」

「中身?」

「それともスプラッタが好きなのか?」

「退席させてもらいます」

 やっと意味を理解したらしく、すごすごと外に出ていく。母上閣下も人が悪い。そうグロテスクでもないというのに。

「アイオス、スキンリンク解除。腕をパージしろ」

 ナノマシンが引き合っていた俺の皮膚は、スキンリンクの解除と同時に日本刀で斬ったかのごとく避けた。同時にナノマシンが整備モードとなり、刺青のようなシステムラインやシリアルナンバーなどの記号が浮かび上がる。ついで、肩のジョイントが解除された。ゴトリと落ちる両の腕にひっそりと「ご苦労様」と伝え、母上閣下が持っている腕の断面、露出しているジョイント部分に肩を押し付ける。ピンやキーやベアリングなどが動き、腕ジョイントが離れないように固定する。

「スキンリンク起動」

 裂けていた皮膚が自動的にくっつきだす。ものの数秒で傷口は消えてしまった。
 神経ケーブルが接続を完了し、整備モードが解除された。刺青はすぐに消える。

「どう? 重量を犠牲にジョイントを強化したVer0.59ノーマルアームだが、瞬発力は上がっている。力は人間の限界程度に落ちているから注意すること」

「了解。アイオス、スペック取得……へー、結構精度があるんだな」

「生身でアヴェンジャーは振り回せないから注意しろ」

 そんなことができるのはあなただけです。

「あと、ネクストISは使用禁止だ。代替機だ」

 母さんがひょいと投げてよこしたのは、母上閣下の相棒たるエイダ・アヴェンジャーの待機状態、30mm弾頭……ではない。.50BMG弾頭のペンダントだ。

「エリーにはノーマルが似合いだ、というわけでもないが、それを使え。形式はADFX-02、銘はモルガン。雷電は持っていてもいいが不特定多数の人間がいる状況での起動は禁ずる」

「よく言うよ、自分はネクストを使いたい放題使ってるくせに」

「機能制限しているからな、ノーマルとそう変わらない」

「あーそーですかー」

 母上閣下のカノーネンフォーゲルは、外見からは一応、通常のISのように見える。無理矢理火砲を詰め込んだため、MPAや物理装甲、そして最後の砦である絶対防御まで容量不足でオミットされている。当たらなければいい、QBさえあればいい、そして食らう前に一撃で相手を墜とせばいいと、あるいはKIKUかOIGAMIを載せたソブレロのような設計思想。
 先輩に聞いたところ、群れる打鉄をアヴェンジャーで一掃して終わるのがいつもの授業の終わりらしい。最初は子供とか、旧式兵器とか馬鹿にしていたらしいが、彼女たちは一度もボルトカノーネ3.7の攻撃やOIGAMIの展開したところを見たことがないという。彼女らが三連装46cmガトリンググレネードキャノン『大和』を見たときの絶望が容易に想像できた。
 母上閣下はレーザーを避けることができる『リンクス』なのだ。フラジールを雷電でとっつくのは伊達じゃない。よほど正確で弾速が高くなければ、いや、それでも視界外からの不意討ちですら避けるニュータイプな母上閣下は避けるかもしれない。

「近いうちに精密検査と修理をする。ナノスキンがAPFSDSに耐えられるといっても、フレームは壊れやすいのだからな」

 ナノスキンは、強化された母さんの細胞にナノマシンを注入したものだ。このアイオス制御下のナノマシンが細胞の結合力を高め小口径高速弾どころかAPFSDSの直撃だろうが防いでくれる。皮下には偽装と冷却と生体細胞保全用の血管が通っている。ただし、所詮は防弾機能でしかなく、フレームはせいぜいトラックに跳ねられれば歪むか折れるかする。今回は鉄骨を振り回すような馬鹿力を発揮したせいで、その力でフレーム、特に弱いジョイントが死んだ訳だ。

「そん時ゃよろしく」

 壊れた腕を持って、母さんは部屋を出ていく。入れ替わるように織斑一夏が戻ってきた。

「大丈夫か?」

「ああ、治った」

「治ったって、あんなに派手に折れてたのがか?」

 俺の腕を疑いの眼で見ている。心配のまなざしも多分に含まれているが。

「脱臼だ。元々おかしかったんだが、ちょっとしたきっかけで外れるような状態だったらしい。さっきちゃんとはめてもらったから心配ない」

「そうか……よかった……」

 なんか最近織斑一夏を振り回しっぱなしな気がする。

「よし。次の休みに工房に招待しよう。戦勝祝いだ。祝ってやる、末代まで」

「呪われそうだな」

 詫びも含め、ルーデル工房の飯を振る舞おう。元々戦艦のコックだったケイシーの飯はかなりうまい。



[21785] IS世界の常識終了のお知らせ【彼女は誤解されやすい娘】
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:2c45bf09
Date: 2011/03/23 02:33
「母上閣下ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! なにしやがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 朝起きればナニカされているというのはいつものこと。夢敗れたり、ではないけど。

「なんだ、気に食わなかったのか?」

 母さんの部屋に駆け込む。長い紅い髪を振り回しながら。
 朝起きたら織斑一夏に驚かれた。俺も驚いた。
 腰まで伸びた髪、そしてそれが深紅に染まっていれば誰だって驚く。

「やっぱりか! どーゆーことだよ!?」

 アイオスのログには、昨夜から朝にかけて1025号室に侵入した存在の形跡はない。
 あるのは一つ。妙な電波を受信したことだけ。どんな暗号を用いても解読できない謎のアナログ電波だった。

「アイオスの自己進化のせいでブレインの排熱量が上がった。その冷却の為に、髪をヒートシンクにするしかなかった。元々緊急時の排熱用に設計してあるから、それで足りなくなればもっと伸びる。アイオスが最適化を終えるまでの我慢だな」

「仕様ってことか?」

「そうだ」

「じゃあ、あの妙な電波は関係ないってことか?」

「電波……? そもそもルーデル機関は正規通信しか使わないぞ」

 それもそうだ。暗号通信など使わずとも機密は母上閣下が知ってさえいれば伝わる。暗号化などは必要ない。普段なら、普通の通信手段――――インターネットや携帯電話で事は足りる。

「あるとすればエリーの記憶の転送に使うくらいか。これはエリーが発信しているから受信はできないはずだ」

 謎が一つ。母さんが嘘をついている可能性も考えられるが、いちいち考えていたら疑心暗鬼になってしまう。常にポーカーフェイス、心拍や呼吸には嘘を一切反映させない。この人ほど嘘のうまい人間はいないだろう。

「電波か。気になるな。後でログをもらう。いいか?」

「ああ」

 母上閣下は技術屋としては信頼できる。任せておけばいいか。



「ストレスによるものだってよ」

「ストレス? 銀髪が真っ赤になるのものなのか?」

「俺に聞かれてもなぁ。どうなんだ、エリオット?」

「さあ。遺伝子疾患て不思議だな、ってくらいしか」

「本当に綺麗な深紅ですわね」

 朝飯の場で、エリオットが一夏と飯を食おうとしたら帚とセシリアがセットでついてきた。セシリアとはあまり親交のなかった彼だったが、特に問題なく馴染んだ。ちなみに、帚も彼が思っているよりは親しく思っている。

「綺麗だとは思うけどさ。人間の色じゃねーぜ? 我ながら不気味で不気味で」

 前髪も邪魔なのでオールバックにして後頭部くらいでゴムでとめている。毛先が暴れるのも気に食わないらしく、腰くらいでも束ねている。

「そうか? そこまで不気味とは思わないぞ」

「うむ。不気味なのはそれより……」

「あなたの胃袋の方が不気味ですわ」

「?」

 なんか変なことでもしたんだろうか、といった表情のエリオット。

「食いすぎじゃないか?」

「異常だぞ、その食事量は」

「その量は一体どこに入っているんですの?」

「は?」

 その前にはトレイが6枚。それに所狭しと乗っている食器には、山盛りの白米や山となったおかず類。しかも白米の茶碗は10はある。

「なぜそんな不思議そうな顔をなさるんですの?」

「いや……おかしいだろ。食えるときに食う、これは常識だぞ?」

「どこの常識だよ」

「地獄で後悔しないように、平和を謳歌する。ついでに、腹が減っては戦はできん。あと、朝飯はしっかり食わないと太るし」

 ギラン。彼らにはそんな音が聞こえた気がした。見ずともわかる。積載量と重量の関係に悩む少女(リンクス)達の視線だ。
 ガタタンと席を立つ音も聞こえる。
 若干重量に余裕のある少女達は、こそこそと寄りながら聞き耳を立てている。

「まあ、そうですの?」

「三食まともに食ってある程度の運動さえしてれば肥満とは無縁だ。食いすぎは論外だな。あと、間食しないとか、なるべく和食を食うとか、食事のバランスを考えるとか。ちなみに脂肪より筋肉の方が比重はでけーから、体重って案外アテにならなかったりする。体重あっても細いとかナイスバディとかけっこういるし。母上閣下とかアルマとか」

 喋りながらも山盛りの料理は次々に消えてゆく。それを不思議そうに眺める一夏と帚、そしてその他多数のギャラリー。見ていないのは、エリオットの言葉を真剣に聞いているセシリアと少数のギャラリー。
 エリオットの言葉に反応して「うげ」とか「うそー」などの声が悩める少女たちから上がる。ちなみに、彼が挙げた例は参考にならないことを明言しておく。

「ふーぃ。ごちそうさま、っと」

 そして、なにもなくなった。まるで手品だ。

「じゃ、またあとで」

 どこぞの雑技団かと突っ込みたくなるくらいの絶妙なバランスで、トレイを積み重ね運ぶエリオット。それを呆れやら歓心やらの眼で見る少女たち+1。

「ルーデルさん、思ったより面白い人でしたわね」

「いい奴だよ。セシリアとの決闘のときも、いろいろ手伝ってくれたしな」

「もっと性格の悪い方かと思っていましたわ」

「確かに」

「第一印象って大事だなぁ。あのときはかなり機嫌悪かったみたいだぞ」

「まあ、なぜですの?」

「母親に騙されてここに入れられたらしい」
「ルーデル工房の新型アームスーツの実戦試験とかで入試受けさせられて。本人は工房で植物のように平穏に生きたかったとか言ってた」

「人の生き方にどうこう言うべきではないとは思いますが、植物のように平穏に……ですか」

 セシリアからすれば、そんな生き方などあり得なかった。が、

「ルーデル工房にいても平穏とはいかなかっただろうな」

「え? それは……」

 今最もホットな場所。今この場で、独立国家ルーデルがほぼ全世界を敵に回している、という情報を知っているのは、織斑一夏ただ一人だけ。そして独立戦争があったという事実を知るのも。
 しかしそれを伝える間もなく、

「あ、まずい、もう時間がないぞ」

 朝食のタイムリミットが近づいていた。



 ルーデル工房の地下では、一人の少女が数多のモニタに囲まれ幾つものキーボードを叩いていた。

『――――Sie halten stets eisern zusammen, Kameraden auf Leben und Tod!』
「――――Sie halten stets eisern zusammen, Kameraden auf Leben und Tod……」

 スピーカーから流れる雄々しい軍歌に合わせて、澄んだ声が口ずさむ。
 しかし、その可憐で楽しげな声と容姿とは裏腹に、その姿は異常そのものだ。
 歯医者の椅子のようなものに背を預け、頭には脳波計のような電極とコード、そしてフレームからなる器具が取り付けられており、その銀の髪に混じってケーブルが流れている。椅子にはフレームとケーブルの化物のような機械の腕が左右に三本ずつ取り付けられており、全てが生身の腕と同様にキーボードを叩いており、しかしそれぞれ記述しているものは全て違う。ダイビングに使うウェットスーツのような、しかしそこかしこからケーブルが伸びているものを着て、腕と首以外の四肢はまったく動かない。ゴーグルのようなHMDの中では眼がせわしなくモニタとHMDの文字を追っている。

『Tod säen sie und Verderben Rings über des Feindes Land』
「Tod säen sie und Verderben Rings über des Feindes Land……?」

 生身の腕が止まる。機械の腕はキーを叩き続けているが、その速度は眼に見えて遅くなっている。

「こんなもの、ですか」

 一つ、また一つと、機械の腕が止まる。処理が追いつかず、止まった後もしばらくモニタの中では文字列が増えてゆく。
 やがて全ての腕が止まり、モニタの文字も止まり、スピーカーから流れる軍歌も終わる。

「ああ、兄上……これで共に戦うことができます」

 タァン、と、軽快なキーを叩く音。それは、世界最高峰の量子コンピュータが求めた『プログラムの実行命令』。それぞれの腕が記述していたコードが統合され、コンパイルされ、そして、ソフトウェアと共に必要なハードウェアが構築されていく。

「復讐者はウラヌスの怒りで敵するものごと大地を耕し、雷電の音が轟く。しかしそれを聞くものはおらず、後には静寂のみが残されん」

 歌うように、とある伝説をそらんじる。この世界のどの神話にもこの記述は存在しない。

「空はワートホックに埋め尽くされ、あらゆる金属の鳥は巣ごと殺され、あるいは撃ち落とされ、世界は神の子に粛清された。うふふふ……」

 眼は、HMDにモニタのバックライトが反射して見えない。しかし口元は、『狂っている』、そうとしかいえない笑みで歪んでいた。



「うふふふ……」

「エルテ、アルマがおかしいぞ」

「寝不足でアドレナリンが過剰分泌されているだけです。問題ありません」

 その後食堂にて、ルーデル大佐とエルテがそんな言葉を交わしていた。



[21785] IS世界の常識終了のお知らせ【(見た目)子供先生は破壊魔王】
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:2c45bf09
Date: 2011/04/05 02:45
『いいか、約束だ』

 『あの子』は、同年代とは思えない大人びた口調で宣言する。

『俺がいなくなったら、俺のことは絶対に忘れろ』

 俺はそれを拒否する。なんて言ったのかは覚えてないが、もう一人が言った言葉は覚えている。

『忘れられる訳ないじゃん! 私たちはずっと友達でしょ!』

 『あの子』は、さすがにそのことは否定しない。だけど、

『友達だからこそだ。そのうちわかる』

 もうひとつ、影があった。俺たちより、『あの子』より少し大きな、俺たちの姉さんみたいな人、だったと思う。
 『あの子』と同じ色、そう、同じ色だったのを覚えている。

『この子はいなくなる。そして君達がこの子を覚えていたら君達が危険だ。記憶から消せと言っているわけではない、少なくとも、我々のことを聞かれても何も知らないと、そう言ってくれるだけでいい』

 『あの人』は『あの子』よりぶっきらぼうに、今思えば最大の譲歩だったんだろうその言葉を、その条件を俺たちに告げ。

『母さん……そうか。永遠に会えない訳じゃない、俺たちのこと、忘れたことにしてくれ。頼む』

 その願いを、俺は――――



「ん……あ?」

 ものすごい懐かしい夢をみていた。詳細は忘れてしまったけど、寂しさと悔しさだけは覚えている。
 ふと、隣のエリオットをみてしまう。「寝返りすらしていません」と宣言しているかのような一切の乱れのない布団から頭だけを出して、寝息さえ聞こえないほど静かに眠っている。

「思い出せね……なんだっけ」

 肩までの銀色の髪が、一夜にして紅の長髪となり、元から女の子みたいな顔も相まって余計に美少女のように見える。女子の制服を着せずとも、一部では男装の麗人などと呼ばれているのを俺は知っている。本人が呼ぶことを許している「エリー」という愛称が、まるで本名であるかのように一部生徒の間で使われていることも。エリオット・ルーデルとエリーが別人と思われていることすらあるらしい。改めて見ると、それほどにエリオットは綺麗だということが納得できる。
 エリオットを見ていれば思い出せるような、でも思い出せない。忘れている何かがどんなものかすらわからなくて、もどかしい。気づけたここといえば、前述の通り男にしては綺麗だということだけ。
 あーでもないこーでもないと思っているうちに時間は流れ、エリオットが上体を起こす。時刻は5時20分くらい。かなり早いとは言えるが、何とも微妙な時間だ。

「え」

「マジかい」

 俺は寝ぼけてなんかいない。エリオットも。
 ならば、もう一人エリオットがいるのは何故だろう?



 朝起きたらアルマが隣で寝ていた。
 母上閣下にナニカサレた方がマシかも知れない。ナニカサレないに越したことはないが。

「あー……織斑一夏? 状況の説明を願いたいんだが」

「いや、それ俺のセリフだろ」

 タメイキ。織斑一夏が招きいれた、なんて小数点下何桁ほどの小さな確率だろうかってくらいの可能性を考慮してみたが、そんなことあり得るはずもなく。

「んぅ……おはようございます、兄上」

 アルマが現状にトドメを刺してくれた。

「なんでここに?」

「兄上の隣が私の居場所です。今まではエルテに阻まれていましたが、ここぞ私の在るべき場所。ああ……兄上の香り……」

 最近になって、アルマが俺に好意を持っていることに気づいたが、その発言はどう解釈しても昔流行ったとされる『やんでれ』そのものだ。正直、ヒバチシリーズよりも怖い気がする。

「妹なのか?」

「従兄妹だ」

 書類の上では。生まれた順番だと従姉弟になるし、ルーデル閣下のクローンのクローンであるからただの姉弟かもしれない。クローン技術で生まれた生命にはそこらが曖昧になる。

「アルマ、挨拶」

「……独立国家ルーデル国防統合軍第一実験大隊司令兼、同国防技術兵廠長、アルマ・ヌル・ルーデル中佐です」

「なあ、変な単語がずらずら並んでた気がするんだが」

「残念ながら冗談とかじゃないんだ」

 国民が千人にも満たず、ほぼ完全な軍事独裁政権である独立国家ルーデルにおいて、そのほとんどを占めるイレギュラー達を母上閣下は信頼していない。放っておけば勝手に出撃する人類史上最強の空軍大佐とその相棒、下手に出撃させると守るべき都市すらを焦土にしかねない国家元首、個人で億単位の大虐殺を行う人類種の天敵。こんな連中を司令にするわけにも行かないので、白羽の矢が立ったのがエルテ・クローンとアルト・クローンの俺達。特に母上閣下と同じ記憶を持つ俺は、自然と立場が上になる。

「ちなみに、兄上は独立国家ルーデル国防統合軍副総司令兼、同国防陸軍司令兼、同国防海軍司令兼、同国防空軍司令兼、同国防宇宙軍司令兼、同国防戦略軍司令兼、同国防特殊兵器軍司令にして元帥です」

「俺の知らない役職ばっかなんだけど」

 副総司令は一応俺の役目だ。ちなみに総司令は国家元首たる母上閣下。

「『私の記憶があればどれもこなせる』とエルテが言ってましたから問題ないかと。いざとなれば私がサポートします」

 最大の極秘事項をさらっと口にするあたり、アルマは母上閣下の言うことなどほとんど聞かない。聞いたとしても命令でもない限り、それに従わない。そして基準が俺である。
 そんなアルマのサポート……



「では、破壊してしまいましょう。あんなものはこの世に不要です」

「人質ですか? なった時点で死者です」

「重要拠点ですが、別になくても特に問題ありません。兄上には関係ないものですし」

「情報は得ました。皆殺しにしましょう」



 あまりにリアルな予想ができてしまった。アルマの性格を熟知しているから、余計な詳細まで俺のブレインはシミュレートしてくれやがる。アイオスサポートの究極にリアルなVR空間上での、『極めて起こり得る可能性の高い虚構』。

「お偉いさんだったんだな、おまえ……」

「俺は偉くなんかねーっての! アルマ……どうやって入ってきたとか、そんなことは言わねーから、頼むからおとなしくしてくれよ? 面倒だけは起こさんでくれ」

「はい」

 返事だけは素直だ。しかし、それが反映されるかどうかはわからない。意図するしないに関わらず、絶対に何かをやらかす、こいつは。

「そういえば、今日は休みです。後で見てもらいたいものがあるのですが」

「はぁ? 今日平日だろ?」

「昨日の放課後に束とエルテが『新理論の実証』とか言って校舎を一部崩壊させたらしいのです」

 俺が平穏を望むのはいけないことのような気がしてきた。

「母上閣下なら仕方ない。IS学園が消滅しなかっただけでも幸運と思うことにしよう」

「束さんなら仕方ないけど、エルテ先生もそんなことをするのか?」

 普通は束の仕業と思うだろう。だが、現実はそんなものではない。

「この前、カリストが消滅したって報道があったろ?」

「えーと……あったのか?」

 やれやれ、結構なニュースになったんだが。

「あったんだよ……ほら、これだ」

 PCからネットにアクセスし、ニュースサイトに繋ぐ。科学や技術分野のニュースのヘッドラインには『木星第四衛星カリスト消滅』の文字があった。

「木星に衛星ってあったのか……」

「マジか、そこまでか……」

 その無知さに呆れる。さすが地球人口の概数すら知らなかった男だ。ちなみに木星の衛星は62または63あると言われていた。

「カリストではメタトロンという稀少鉱石が産出されるんだが、吹き飛ばして粉砕しやがった」

「誰が?」

「母上閣下が」

「何のために?」

「メタトロンを狩り尽くすために。ついでに他の資源も回収したらしい」

「どうやって?」

「国家機密で。詳細は教えられないが、直径約4800kmの球体を一撃で文字通り粉砕することがあの人にはできるんだ」

 本当は、やろうと思えば銀河系全てをラグ無しで蒸発させることができるらしいが、正直考えたくない。

「あの人は束以上のマッドサイエンティストだ。地球が滅びかねない研究ですら、『たとえ滅んだとしても衛星軌道上か月に研究施設をつくって生命再生計画を実行するから、いつか元に戻るから問題ない』とか平然に言うんだ」

 その後「冗談だ。失敗はしないさ」とは言ったが、冗談に聞こえない。なまじ実際にできるからタチが悪い。

「今人類が生きてるのが奇跡に思えてきた」

 若干顔青くする織斑一夏。普通そうだろう。
 こんな与太話、普通は嘘だと思うだろうが、織斑一夏は信じてくれたようだ。

「あの、兄上。雑談もよろしいですが、返答をまだ頂いておりません」

 痺れを切らしたようにアルマが口を出してくる。態度には出ていないが、少し怒っているようだ。

「ああ、構わない。朝飯の後でいいか?」

「はい。では……どうしましょうか」

 時刻は0554時。朝飯まではまだ遠い。

「ACfAでもして暇を潰すか」

「はい」

「なんだそれ」

 もはや定番となってしまったゲーム、ACfA。この時代では旧式ハードとなったPS3を引っ張り出し、俺達は準備を進める。

「織斑一夏にも教えてやるから一緒にやるぞ。なに、実戦の参考にもなる」



[21785] IS世界の常識終了のお知らせ【重機関砲で私と恋するがよい】
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:2c45bf09
Date: 2011/04/13 03:56
 織斑一夏は無難に軽二ブレオン機に収まった。追加ブースタは背中のみ、肩にフレアと若干プロ仕様。リアルアーキテクトのアルマが口を出した結果だが、初心者にお勧めできないブレオン機を自在に操る様は、さすがとしか言いようがない。IS操者は化物ぞろいだ。
 対する俺は、普通の機体。32連ミサイルに核とOGOTO、BFFアサルトライフルと特化することのない平凡な中二機体。
 そしてアルマは、ガチタンガトオンというヴァオーより漢らしい機体をアセン。
 結果、何故か蜂の巣にされてしまった。



 ひとしきり遊ぶとすでに日は顔を出しており、なんやかんやしているうちに朝飯の時間となる。
 当然のことながら、アルマは俺と同席するわけで、そして何故か母上閣下も同席するわけで、色と大きさの違うだけで同じ顔が三つ並ぶわけだ。すると

『ねぇねぇ、あれあれ』

『え? 姉妹でIS学園に?』

『違うわよ、あの小さいのは先生よ? で、紅い子はその息子で一年生』

『ええっ!? 息子?』

『もう一人はわからないわね。もしかして兄弟かしら?』

『あの服、姉か妹じゃない?』

『うー、美人の遺伝子ウラヤマシイ』

 などと外野の連中が騒ぐわけだ。落ち着いて飯も食えん。

「ふ、増えている……」

「増えています」

「何が増えて……エリオットさんが増えていますわ!?」

「俺が増えたわけじゃないんだけど」

 どちらかといえば、母上閣下が増えたといったところだ。俺の原材料は母上閣下の遺伝子なのだから。

「セシリア・オルコットは初見だったな。こっちは俺の母上閣下、エルテ・ルーデル。独立国家ルーデルの国家元首にしてルーデル工房社長、ついでにIS学園3年2組の担任をしている。この地球上で最も敵に回してはならない存在なので注意すること、と言っても滅多なことじゃ怒らないから普通に接していればOK」

 生身でIS撃ち落とせるなんてことは言わない。言えない。

「は、はぁ。よろしくお願いしますわ。わたくしはセシリア・オルコット、イギリスの代表候補生ですの。よろしければお見知りおきを」

「ああ、よろしく。君のこともよく知っている。もし工房や我が国に興味があればいつでも言ってくれ」

「! よろしいのですか?」

 ルーデル工房も、独立国家ルーデルも、今まで一切外部に解放されたことはない。完全なブラックボックス企業だ。日本に属していた頃も、超法規的措置とやらを力尽くで奪い取り行政の介入を回避し続けてきた。外部に出る従業員は全員、母上閣下の『戸籍のある変装』に過ぎない。本物の『従業員』は、そこらの工作員が手を出すと国ごと滅ぼされかねないのもいるし、だから迂闊に外に出せないのだが。
 なぜそこまで閉鎖される必要があるのか。それは、オーバーテクノロジーの宝庫ゆえだ。人類には早すぎる、そう母上閣下が判断した技術ばかりがある。航宙軍艦、ネクスト、極殺兵器などなど、もろ『兵器』がここにはある。軍事転用どころではない、元から兵器であるものを民生転用しての超精密加工技術。人類の悪い癖どころの話ではない。すぐにそのまま兵器として使われ、世界は混沌に包まれるだろう。IS最強説など一瞬で無意味となり、ネクストが世界を汚染し、争いの場は宇宙に際限なく広がり、極殺兵器が人類の大半を消滅させる未来が、そこにはある。人類はそこまで愚かではないと思いたいが、一部の人類は救いようがないほどに愚かだ。
 とにかく、そんな完全鎖国状態の独立国家ルーデルにおいて、セシリア・オルコットは第二の来訪者となる。かもしれないのだ。

「入国検査はあるが、見学ルートは整ってきたからな。せっかく独立したのだから、少しは解放してもいいかとな」

「ぜひお願いしますわ! 何があっても参りますわ!」

 裏があるようにしか思えない。もしかしたら、他意はないのかもしれないが。
 見学ルートとか、一体何を見せるつもりやら。下手に公開すると軍事パレード並みの示威行為になりかねないぞ。

「盛り上がってるところ悪いが、もう一人忘れてるぞ」

「あ、すみません、つい舞い上がってしまいましたわ」

 まあ、無理もない。代表候補生だろうがなんだろうが、ルーデル工房はかなり人気の企業だ。1916年の創業から今まで求人を出したことはないが、工房で働きたいという人は世界中にいくらでもいる。文字通り世界の頂点に立つルーデル工房、世界の技術レベルを10年進め、第二次世界大戦当時ですら傲慢な日本軍部に一歩も退かず通常業身を続け、たとえ米軍の集中爆撃を受けても平然と存在し、戦後GHQの介入すらさせず、高度経済成長もバブルも知ったこっちゃないと普通に営業を続け、今ではIS産業という観点から見ても必要不可欠な歴史ある企業。そのトップから直々の誘いだ、もしかしたら、という淡い希望があるのだろう。

「気にすんな。で、こっちが妹のアルマ・ヌル・ルーデル。工房でISの開発とかアーキテクトとかしてる」

 書類上の関係は従兄妹だが、それだと嫌な予感がするから兄妹で通す。
 あと、ルーデル国防軍での役職は言わない。絶対ややこしいことになる。

「IS開発……もしかして、エリオットの機体もか?」

 束という前例があるからか、篠ノ乃帚はアルマを警戒しているようだ。真に警戒すべきは、こっちの悪趣味な黒コート幼女なのだが、知らないというのは幸せなこと。

「雷電弐式はエルテの作品です」

「そ、そうか」

 冷たく突き放すような、そんなそっけない反応に、たじろぐ篠ノ乃帚。若干敵視されているぞ。解せぬ。

「アーキテクトってなんだ?」

「とある兵器の設計者のことを指します。機密ですのでこれ以上は」

 ネクストは機密でもなんでもない。ジェネレータはAIOS制御魔力粒子型に換装されているから、鹵獲されても動かせないしコジマ物質も知られてないからコジマ粒子はこの世界にばらまかれることはない。だが、もしコジマ粒子あるいはコジマ物質が発見された場合、ネクスト技術があるのとないのではコジマ汚染の規模が違う。魔法技術なんて存在しないこの世界では間違いなくコジマ粒子型ジェネレータでネクストは動くだろう。それを母さんは恐れている。
 ゆえに、『アーマードコア・ネクスト』を熟知し設計できるアーキテクトは、世界の安全・個人の安全の観点からもその存在を秘匿されるべきとしたのだ。もしアーキテクトの存在が明らかになればセレンも首輪付きもリリウムもアナトリアも間違いなく『存在しないこと』にされる。

「悪ぃ、迂闊だった」

「いえ、兄上は悪くありません。アーキテクトという単語にはまだ重要な意味はありませんから」

 世界に認知されない言葉は、その言葉の持つ本来の意味しか持ちえない、ということか。
 母上閣下も特に文句を言ってこないし、致命的なミスはしてないってことか。

「ふぅ。そーいや母上閣下、なんかやらかしたせいで今日は休みだってな? なにしたんだ?」

 最後の白米を飲み込み一息ついて、朝からあった疑問をぶつけてみた。
 母上閣下と束が結託してする『新理論の実証』なんて、人知を超えたものに違いない。ゆえに興味がある。この世界の天災と、あらゆる並行世界の最厄である存在の合作。どんなトンデモ理論だろう。

「因果律量子論はわかるな?」

「香月博士にでも会ったのかあの人」

 嫌な予感しかしない。一夏たちは「何の話だ」という顔をしており、アルマは関係ないとばかりに黙々と飯を食う。

「2001年11月くらいの某世界の同座標の直径100mの球状空間と交換した。束が100mmを単位入力ミスしてな」

 人類に敵対的な太陽系外起源種とかいるんじゃなのか、地下とかに。いたとしてもすぐに駆逐されるだろうが。

「なんで学園でやった」

「束の気まぐれをどうにかできればギガフロートでやった」

 ごもっとも。束のわがままはどうしようもない。
 ちなみにギガフロートとは、独立国家ルーデルの海洋移動領土にしてルーデル工房の太平洋支社である。本社兼首都のある山口県と同等の面積を持ち、航空機、ロケット、クレイドル、アームズフォート、恒星間移民船、一般船舶、潜水艦などを各種『原材料』から作り出せる設備を備えた超巨大工場でもある。An-225ムリーヤすら、機体を一つのジュラルミン塊から削り出すことができる。

「あの、先程からタバネという単語がちらほらと聞こえたのですが……」

 若干青い顔をして篠ノ乃帚が訊ねてくる。タバネという単語が別の意味であることを願うような、そんな眼。

「束がどうかしたか? 帚の姉だろう」

「…………」

 責めるつもりはないが、身内の不祥事だ、思うところがあるのだろう。それも前科が数えきれない、悪名高き篠ノ乃束であればなおさら。

「私も止めきれなかった責任と、不用意に束に技術を与えた責任がある。入れ替わった場所は私が責任持って元に戻すから、今日は降ってわいた休日を堪能するといい」

「いつもそうでしたね、あなたは昔か……ら……?」

 苦笑いみたいな表情が困惑に塗り変わる。昔から、なんだろう。過去に面識があったのか?

「さて、と。もう時間がないな。よい一日を」

 いつの間にか朝飯を終えていた母さんが席を立つ。俺はそれがまるで逃げるように見えた。



 アルマのいう見せたいもの、それを見にアリーナまでついていく。

「ISを起動して待っていてください」

 とアルマがいうから、ADF-01を起動する。一夏も一応白式を起動している。

「前の機体と違うんだな」

「ADF-01、ファルケン。雷電弐式より軽いしQBもない。その代わり巡航能力に長けてる。急激な方向転換とかはできんが、常時超音速って馬鹿なことはできる。見ての通り、元は戦闘機だ」

 ADvanced Fighter-01。ノースオーシア・グランダーIGの命名規則がこういう意味だったかは知らない。機体ナンバーは母上閣下が勝手につけたものだ。結構デザインは手を抜いたようで、頭はホワイトグリント、背中に機首を担ぐような形の多面体フルスキン、両足の巨大なエンジンユニットに前進翼と、ファルケンをそのままISにして適当な頭を乗せたような形だ。幸いにして色は深紅ではなくラーズグリーズカラー。右腕のTLSと左腕のM61A1バルカンがメインウェポンのようだ。エンジンユニットのウェポンベイには何やら色々入っていそうだが、略称だらけで今は確認する気になれない。

「戦闘機? そんなのが戦えるのか?」

 知らないというのは幸せだ。

「戦闘機を馬鹿にするもんじゃないぞ。最近時々現れるF-22Aとか、WW2の骨董品急降下爆撃機とか、ISを撃墜しまくったという記録がな――――」

「お待たせしました」

「あ、遅かっ……」

「…………」

 この感情をなんと表現すればいいのか。呆れ? 感動? 恐怖? 大爆笑? 哀れみ? 感情じゃないのが混じってる気がするが、とにかくそんな感じ。一夏も絶句している。
 そこにあったのは、ハリネズミ。直径が人の背くらいある球体が二個浮かんでいるのはまあよしとする。
 だが、その一度に数えられないほどのアヴェンジャーの数はなんだ! 五連装の、そう、まさにアレサの右腕についていたようなのが両腕両肩とオービット、破壊天使砲かと思えばそれも五連アヴェンジャー、トドメとばかりに両手にアヴェンジャーが二門ずつ。しかもそれぞれドラム缶サイズのドラムマガジンが接続されている。計64門ものアヴェンジャーが、小さな機体にひっついている。逆だ、アヴェンジャーの群にISがくっついている。

「これが私の多目的制圧用航空要塞プラットフォーム、サンダーボルトⅡ改です。このメインコンピュータと機体各所の補助コンピュータでどうにか動かしています。さすがにAMSとAIOS制御なしではこの数を制御できませんから」

 嫌な予感がしてアルマの機体、サンダーボルトⅡ改にアクセス。そのシステムを解読する。

「なあ、もうそれ無人機と変わらねーじゃん」

 アルマの脳波で思考制御、ここまではいい。問題はここから先のシステム。
 腕武器以外は索敵・照準・脅威度判定などを全てコンピュータ任せにしている。まるでイージスシステムだ。メインコンピュータとか言ったが、これは極めて精度の高い高出力量子レーダーも内蔵している。アルマは敵を選択して攻撃命令を出すだけでいい。腕武器は飾りといっていいだろう。それに、五連装アヴェンジャーオービットのこのロジック……

「アンサラーのADSのロジックだな?」

 レールキャノン一発、レーザー一発、例外なく叩き落とすアームズフォート、アンサラー。そのADS――――Active Defence Systemは、確かにこの機体と相性はいいだろう。6基の五連装アヴェンジャーオービットのおかげで少なくとも死角はないのだから、どこを狙おうと何らの問題なく攻撃を撃ち落とされてしまうだろう。アヴェンジャーが飽和するほどの攻撃を与えることができればあっさり攻略できるが、そんな大火力のプラットフォームはISの機動に追いつけるとは思えない。46cm砲とかストーンヘンジとかエクスキャリバーとかグレートウォールとか、そこらへんならまだわからないが、IS程度の威力と火力では相手にすらならないだろう。ISの絶対防御の前に立ちはだかるタングステンの見えざる壁。

「容量が足りず装甲が紙なので、どうしても防御システムは必要でした。最悪、サンダーボルトⅡを捨ててアンサラーを設計するのも視野に入れていました」

 アンサラーができなくてほんとによかった。ほんとによかった。
 レーザーをレーザーで迎撃するとか、文字通りのミサイル弾幕とか、レーザーの雨とか、アサルトアーマーとか、正直そんなものができてしまえばISでは落とせない。

「なあ、アンサラーってアレか?」

「アレだ。工房はネクストどころかAFを建造することができる……あ、これ機密な」

 ギガフロートにはいつでも世界を相手に全力戦争ができる程度の戦力が存在する。ちなみに宇宙基地も衛星兵器も存在するので、下手に母上閣下を怒らせると某半島のように小惑星群の落下で軍事基地がことごとく消滅するという事態が発生する。

「知らなくていいことがどんどん増えていく……」

「安心しろ、もし一夏がバラしたとしても、独立国家ルーデルが完全世界制圧して平和になるくらいしか世界は変わらないから」

「んなことできるのかよ」

 まあ、その疑問はもっともだ。しかし事実は残酷だ。

「ルーデル工房が何故、1916年から今まで普通に商売できていたと思う?」

「二次大戦当時ですら、軍を相手に平常業務を行っていました。日本軍の高性能戦艦を建造しているとして米軍に何度も爆撃を受け、その度に平然と対空迎撃を行い、戦後もGHQの強行解体にも殲滅という形で丁重にお帰りいただき、今もなお鉄壁の攻性防御の構えをとっているからです。500もないISがすべて我が国を襲撃したとしても、すべてが終わった後に残るのは累々と倒れ伏す女どもの大地でしょう」

「月面に存在するエーレンベルクやエクスキャリバーに最終鬼畜兵器黄流、衛星軌道にはオービターアイズ、SOLG、アークバード、SOL、アサルト・セル、O.S.L.、グングニール、軌道衛星防衛艦厳武……対地攻撃も対空攻撃も対潜攻撃も戦術攻撃も戦略攻撃もミサイル防衛も、何でもできると言っても過言ではないくらいの衛星兵器群が地球を取り囲んでいる」

「全世界が敵になったとして、エルテが選択するのは殲滅か征服か制圧か――――あるいはエルテは甘いのである程度力を行使したところで不問にするという選択もあり得ますね」

「あらゆる地上・地下・海上・海底の軍事施設・軍需工場を一瞬で消去するとか、そういうボタンを母上閣下は持っている。まるでチートの限りを尽くした戦略シミュレーションでもプレイするかのように、あの人は実行しかねないんだ」

「絶対バラさねえ……」

 更に余計なことを聞いたとばかりにげっそりとした顔をする一夏。まさかこれらの破壊兵器を建造した理由が、「衛星兵器は漢のロマンだろう?」などと知った日には、どんな顔をするのだろう。

「話を続けてもよろしいですか?」

 アルマがいつも通りの声音で下らない漫才を中断させる。そもそも漫才と呼べるものであったかどうかすら定かではないが。

「Jawöhl、続けてくれ」

「では……私の機体がどのようなものであるか理解していただいたところで、私と戦っていただきたいのです」

 あー、まぁ、予想はしていた。うん、新しい力を試したくなるのは人のサガ。それにどうせ、

「やっと兄上と共に戦える力を得たのです。私の実力を知ってもらう為にも、兄上の隣に居るべき権利を得るためにも、この決闘、応じてもらいます」

「……すげー。一言一句音程も違わず完璧に予測しやがった」

 量子コンピュータの脳は余った処理を利用してこんな無駄なこともできます。未来予知なんて量子力学の目的の一つだし、ある程度の性能を持つ量子コンピュータなら一応可能なのだが。

「拒否しても無駄なんだろ? じゃあ、ま、来い。返り討ちだ」

「こういうときは……はいだらー!!」



[21785] IS世界の常識終了のお知らせ【こんな世界でも超兵器は強い】
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:2c45bf09
Date: 2011/05/18 06:38
 この世界はつまらない。そう束は言っていた。
 正直、私はそれが理解できなかった。今でも、世界はつまらないものとは思えない。
 特に並行世界からイレギュラーを押し付けられているこの世界では、未来にどんなことが起きるかが予測不能だ。この前は火星にアーマーンが出現したし、フォーリナーが太陽系に襲来した。魔法少女は人知れず普通に活躍しているし、幻想郷もあった。この前は大嘘つきのロマンサーに会えた。
 それを私が話すと面白そうに聞くが、実際に会おうとはしない。面白いのは私の話であって、その事実ではないようだ。
 純粋に、「楽しい」と思える感情の閾が高いのだろう。

「ふっふっふ~。どんな人なんだろ!」

 だから、どこで手に入れたのか、ハンス・ウルリッヒ・ルーデルの遺伝子情報でクローンの躯を作り上げ、記録や著書などから記憶を刷り込み、ルーデル閣下を蘇らせようとしたらしい。もっとも、完璧な記憶は得られないからある程度まで似た別の存在になると束は予想していたようだ。ダメモトでやってみて、うまくできたらラッキー程度のことでしかなかったようだ。
 しかし、クローニングの段階で染色体に異常が現れ、最終的にXX染色体となり、どれほど成長促進剤をつかおうとも成長せず、髪は閣下と似ても似つかない銀色、そんな少女ができてしまった。

「あれ~? 私はこんなもの作った覚えはないんだよ? 破棄破棄」

 あっさりと見限り、次の閣下を作り始める。しかしそれも同じ結果に終わった。

「別人の遺伝子だったのかな? だ~ま~さ~れ~た~」

 ――――後で聞いたところ、その遺伝子は閣下の封印碑もとい墓碑の下にあった死体から得たという。騙されたとは言うが、あの墓碑の死体は間違いなく閣下の遺体だった。
 だからだろう。ルーデル再臨計画はエルテ・ルーデルの意思という量子干渉を受け、どんな並行世界であろうとエルテ・ルーデルに変質する。理使いの悪戯、もとい、世界を平穏にするために書き換えた理。それほどに閣下の存在は強大にすぎる。

「あーもー。無駄な時間使っちゃった。これどうしよ?」

 最後に残った小さな少女。今まで失敗した個体は全部破棄してきたが、最後となるともったいなく感じたようだ。

「刷り込んでみよっと」

 そして私は彼女と出会った。記憶の刷り込みが終わり、培養槽から出されたところで。

「うあっ!?」
「貴様、ハンス・ウルリッヒ・ルーデルを何のために蘇らせようとした」

 今までの経験から、閣下を蘇らせようとする者にはロクでもない者が多かった。伝説のパイロットを量産しようとする軍ならまだマシな方で、世界制服とか世界滅亡とか考ているのもいた。ルーデル教の異端どもが神を蘇らせようとしていたのは最悪だった。この世界で私にすら知られず潜伏したイレギュラーが、閣下をつくっている可能性も否定できなかった。
 だから私は、その眼の前の人間を、顔も確認せずに胸ぐらを掴み壁に押し当て尋問をするつもりでいた。見えざる魔法を使い拘束し、その両足が床につかない場所まで持ち上げた。小さな少女とはいえ、背は150はある。腕を伸ばせばよほど背の高い人間でない限り持ち上げられる。
 薄暗い部屋、ノーマルで何かに特化しているわけではない私は、肉眼ではその風貌を認識することはできなかった。
 この時の失敗を、私は今でも後悔している。元より『知る者』全てを処理するつもりでろくに座標を確認せず、他の個体を魔法で呼び寄せてしまったことを。
 篠ノ乃束は複数存在である私に興味を持ち、魔法の存在、並行世界と理の存在を知ってしまった。



 未だ魔法も並行世界へ行く方法も理への干渉方法も教えず、知られてはいない。
 私は魔法という手段で並行世界へ移動し、理に干渉している。そして理の外の何らかの理由で全ての個体が繋がっている。前提として魔法が必要なのだが、資質なき篠ノ乃束はまずここに至れない。階段の一段目がグランドキャニオンが如く高く、彼女はその先へと至れない。魔法を使わない方法もあるが、魔法より面倒なそれを私は使う気もないし、束に教えるつもりもない。最近は魔法を使わず魔法と同じ効果と結果を得る方法を研究しているが、これは知られるわけにはいかない。
 私は彼女をよく知っている。エリーが彼女の妹と、親友の弟と仲良くしていたから。当然束はエリーも私も認識していなかったようだが、それはどうでもいいこと。
 篠ノ乃一家がISのせいで引越すこととなってからも、ルーデル工房は『ただの最先端加工企業』だったから、そして私はその社長だったが、束にとっては有像無像の一つに過ぎなかった。世界最高の加工技術を得るためにハッキングしていたようだから、『工房』という組織には多少の興味はあったようだが。無論、数億の私と超巨大量子バイオコンピュータとそれにインストールされたエイダの鉄壁の防御の前には、天災と謳われようが個の力など荒波に翻弄される木の葉も同然。電脳化も義体化も、エリーだけに施しているわけではない。当時はとある並行世界の技術、超集積階差機関による超規模コンピュータやAIなどの実験も行っていたから、その概要と成果の記録を送りつけてやったりした。真空中を亜光速で回転するナノマシンともいえる歯車の組み合わせで外部における現行のどんなスパコンをも凌駕するデジタルは、あの束をして驚愕させたらしい。
 束の私に対する興味は、私という存在のみならず、私の子とアルトの子、そしてイレギュラーに工房の技術にも向けられた。階差機関はただの趣味で、工房には世界の在り様を根底から覆すような技術がいくらでもある。世間一般には工房は『加工技術が凄いところ』と認識されているが、ナノマシンからアームズフォートまで加工・建造できるのだ。ここで創れない物は何もない。設計図と材料か材料費、そして加工費さえ出せばどんな無茶な物体だろうと加工してみせる。形を気にしなければ仕様書だけでもいい。それはともかくとして、そんな超技術の世に蒔かれれば、さぞ世界は面白おかしく混沌とするだろう。少なくとも、束の主観では。
 ISで世界をカオスの鍋に放り込んで、束はまだ満足していない。実は理使いではないのかと思うくらい、その行動は愉快犯的で後先を考えていないように見えて完全犯罪。世の理をねじ曲げて、自分は傍観者として楽しむ。私とは同一にして正反対だ。
 だからか。束は私に自分の影を見ているのかも知れない。自分に似ているということは、人は往々にして認めたがらないものだから。



「残念。束の冒険はここで終わってしまった」

 ルーデル工房には、百年以上の歴史と百年以上先の技術が存在する。ならば、アンドロイドと私が運営する大規模な地下都市が存在してもおかしくはない。それが、地下鉄やライフラインが手を出せないほどの地下に、いや、地下である必要はない、次元を少しいじって、異界に地下都市をつくってしまえばいい。外部、いわゆる偽装であるルーデル工房のバンカーに侵入されようとも、これで機密のあるエリア、いわゆるイレギュラーがいる場所に侵入はされない。はずだった。

「つかまっちゃった」

 次元の壁に穴をあけ、内部に侵入されようとも、ここの警備も運営のお仕事。そして産業スパイはたとえここに来ることができたとしても何もできはしない。技術情報は私の頭の中にのみ存在し、作業はこの世界では行わない。ネクストの整備もISの開発も、すべてはガイアで行う。イレギュラー達には同意のもとブレインプロテクトを実施し、無意識にも技術情報を漏らすことはない。
 ここは、篠ノ乃束という『この世界のイレギュラー』が追われてしまった、イレギュラーの楽園。彼女はこの世界の安定のために必要で、しかしそれを脅かす存在。この世界で唯一、私を殺したことのある人類。

「ある程度なら自由に歩き回ってもいいが、どこに行こうとここは我々の監視下だ。不穏な行動をとれば即鎮圧だ。それだけは覚えておけ」

 ここは地下都市と言っても別次元。空もあれば宇宙もある。この星ではクレイドルが空を飛び、ガラガラのスペースコロニーが存在し、私という衛星兵器が地表を監視し、主要施設には必ず私がいる。『私の視界の外』というものは、この世界に存在しない。

「えー。あ、あれなに?」

 不満そうな声をあげたかと思うと、面白そうなものを見つけ質問してくる。切り替えの早さというか、興味至上主義というか。面白ければ、面白そうであれば、楽しければ、楽しそうであれば他はどうでもいい、それが束だ。

「鋼鉄の咆哮のIS版だ。Super Multirole Strategic Destruct System、超多用途戦略破壊システム。戦闘中であろうと機体構成を組み換える。いかなる事態にも対応できるようなものをつくるとなると、こうするしかない」

 実物と設計図を見比べ、束は疑問符を浮かべる。それもそのはず、双胴戦艦の設計図でどうして目の前の実物が出来上がるのか。普通はそう思う。しかしこれは換装パターンの一つ。発想というものは大切ではあるがやりすぎだと私は思う。超威力・超火力・超重防御・超搭載量・超機動、これらをすべて満たすには、という問題に対する答え。もう最初から戦艦を造ればよかったのではないかとも思うが、私の気の迷いに子供達は「ロマンだ!」「大艦巨砲主義……母上はわかっておられる」などと大はしゃぎするものだから、私はその期待に答えるしかなかった。実際にシミュレートしてみると――――「何このアナトリアの傭兵」「いやエスコン主人公だろ」「ワンマンアーミーならぬワンシップネイビーだな」なる結果に。
 ともあれ、これが完成すればISなんて小規模な戦力など木の葉程度でしかない。AIOSを搭載し搭乗者を補助することで百を超える火砲を制御し、万を超える目標を同時攻撃できる。そもそも量産し衛星兵器や私とのデータリンクによる全目標同時撃破を想定しているのだから。

「存分に調べてもかまわない。ブラックボックスの塊だからな。謎の装置ηとか、私でも『何故それでそんなことができる』と思うくらいの代物とかも載っているし。御鏡優の言うブルーローズやロストレガシーもふんだんに使っている」

 謎の装置シリーズなど、ただ積むだけで勝手に火器管制システムに干渉する。どうなっているのだろう。
 ちなみにブルーローズやロストレガシーはどの世界にもあるトンデモ素材だ。

「えーちゃんがそう言うなら何もわからないんだろうね」

「天災が情けないことだな。自分で調べようとは思わないのか?」

「私にわかるのは『このつまらない世界』のことだけだよ」

「なるほど」

 『この世界の理』の外の技術は、あるいは束には理解できないのかもしれない。ネクストの純正ジェネレータをふとしたことから束に奪われたことがあるが、使われたことがないとすると使える代物ではなかったか、理解できなかったか。
 ならば、と思うが、用心に超したことはない。はるか昔、技術流出で世界を滅ぼしたことから得た教訓だ。

「えーちゃんが教えてくれるなら喜んで覚えるよ!」

「残念。私は天災に更なる災厄を教えられない」

「えー」

「自分で理解しようとするのは止められない」

 かなり情報を制限して、ブラックボックスか流出しても無害なものを与えればいい。いくら貪欲であろうと、ここに在るすべてを理解しようとするのは無理がある。もはや大数で数えるほどの数の私が、それと同じくらいの世界から集めたもの。無害なもの、役立たずなもの、意味がわからないもの、役に立つが複製できないもの、それらならば問題ないのではないか。
 束に隠し続けて抵抗されるよりはマシなのではないか。所詮は『最終手段』を回避するための方策、別に『最終手段』を実行すれば問題ない。
 そんなことも考えつくが、『最終手段』は本当にどうしようもなくなったときのための、最後の最後に実行するプランだ。使う前提で行動すべきではない。

「えーちゃんはなにをそんなに恐れてるのかな?」

「いろいろなことを。少なくとも、束のように世界を一変させたりはしたくない。この世界と私、あるいは篠ノ乃姉妹や織斑姉弟とルーデル機関、お互いの幸せのためにね」

「よくわかんないなー」

「あるいは、私にも理解できていないのかもしれない。無駄に脳が多いせいで――――ん?」

「どうしたの? なにかあった? 面白いもの?」

 確かに面白いものが見れるかも知れない。

「姪が息子とその友に喧嘩を売った」



[21785] IS世界の常識終了のお知らせ【死ななければいい、死んでも大丈夫】
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:92c6ce52
Date: 2011/08/20 16:26
『両者、戦闘配置につけ』

 母上閣下の声がスピーカーから響く。今回の決闘のジャッジメントを務めるようだ。

『私がオペレータを務める。負けるなよ』

『はじめまして、フィオナ・イェルネフェルトです。今回のあなたのオペレータです。幸運を』

 俺にセレン、織斑一夏にフィオナがつくこととなった。
 BGMは物騒なことに、『9』。

「織斑一夏。間違っても俺の影から出るなよ」

「楯になる気か?」

「この機体にはな、弾幕だろうと何だろうと無意味だ」

『白式、ファルケンの指示に従ってください』

 フィオナが俺の思っていることを理解してくれたのか、織斑一夏に指示する。
 俺の思惑――――『アレ』にすべてを賭けた戦闘。だが『アレ』にどれほどの効果があるのか。あの機体と同じくらいの効果か、それとも。
 アルマの機体は、アルマが不要なほどに高度な自動化がなされている。アルマは目標を選択し攻撃を命じるだけ。
 そしてこの機体はコフィンシステム搭載機だ。あるいはもう一つ、切り札があるかもしれない。

「全兵装、チェック終了」

 一通りの兵装に眼を通す。さすがは工房製、コンディションは最高だ。

「戦闘プログラム、起動」

 『彼女』がまどろみから覚める。よぉ、寝ぼけるのはここまでだ。

「ターゲット確認」

 アルマをロックする。絶対にロックが外れないよう、『彼女』に命ずる。

「排除開始」
『試合開始』

 ECMPを活性化。電磁の見えざる壁が周囲を覆う。同時に襲い来るタングステンの弾幕。



 まるでそれは、神の見えざる手だ。
 周期的に曳光弾が混じる弾幕は、その砲門数もあって雨あられと小さな機体に降り注ぐ。
 しかしその火線は機体の直前で不自然に歪み、あらぬ方向へ飛んでゆく。

「なんだあれは?」

 千冬が疑問の声を上げる。普通の感性を持つ人間、常識を知る人間ならば、その光景があり得ないとしか思えない。そもそも、サンダーボルトⅡ改に勝てるイメージが一切湧かない。今、ファルケンをエイミングしているのは64門のうちたった5門。ファルケンの移動に合わせて別の砲門が火を吹く。死角はない。現に今、アルマは一切動いていない。視線から弾道予測すらできない。ライフルのような点ではなく、マシンガンのような線でもなく、ショットガンに近い面での攻撃。敢えて集弾性を低くしているが、秒間に数百発も砲弾をばらまけば当たらない方がおかしい。

「ECMPキャパシタの電力が低下している。17秒以内に2ndキャパシタに切り替えろ」

 千冬はその声で、管制室に自分以外の誰かがいることに気づいた。

「フィオナ、エリオットが送ってきた解析結果だ」

「了解、伝えます」

 外見からは年齢がわからない美女が二人、コンソールに向かい情報を整理している。
 大型モニタには、各機体の情報が映されている。そのうち二つは異常そのものだった。ISの常識など、どこにも存在しない。
 ISならばあるはずのPICなどなく、ハリネズミにはそもそも機動戦をする気がない。赤い機体は大出力のジェットエンジンで移動の補助を、いや、補助ではなく巡航を目的としている。そして双方共に『装着者の安全を考えていない』。シールドも絶対防御も存在しない。これはどういうことなのか。
 少なくとも赤い機体――――ステータスにはADF-01 FALKENと記されているそれには、まず弾が当たらない。しかしハリネズミ――――ThunderVoltⅡCustomはそうであるとは限らない。

「危険だ! すぐにやめさせろ!」

「本当に危険なら私がおとなしくオペレータなどしてはいないさ。私の最高傑作ならともかくな」
「問題ありません。双方とも防御は完璧です」

「一機は束の作品。一機は私がそれなりにこだわったベルカの模倣品。一機は設計思想がおかしいが兵器としては限りなく正しい逸品。どこにも問題はない」

 オペレータ二人と、彼女の背後から気配のない声。彼女には聞き覚えがあった。エルテ・ルーデル。
 わずかな足音さえ響かせず、千冬の警戒範囲内に侵入していた幼子に見える彼女は、メインモニタをつまらなそうに見ている。

「ISにはシールドと絶対防御が存在する。だから安全に争える。しかし、生身の感覚を阻害してしまう。ハイパーセンサーがあるが、皮膚で感じる戦場の空気、そこから導かれる直感こそが生死を左右することもある。ならばそんな装甲はパージしてしまおう、それが結論だ。防御ならば他の手段ですればいい」

 メインモニタのステータスウィンドウが縮小し、幾つかのウィンドウが開かれる。

「なんだ……これは?」

「ECM防御システム。いわゆる電磁防壁だな。誘導兵器のシーカーは無論、砲弾や爆風、レーザーまでも防ぐ愉快な代物だ。ただ、どうしてもエンジンのエアインテークだけは守れない。不思議だろう?」

 ファルケンの膝、脚の巨大なジェットエンジンユニットの口にカーソルが光る。

「KIKUや有澤グレネード、テクノクラートロケットもしくは46cmあるいは80cmドーラなどならわからないが、これを落とすのはかなり難しいだろう。そもそもこれは常時超音速機動を前提にしている。QBやOBまでとは言わないが、追いつき攻撃を与えるのは不可能に近い。そしてサンダーボルトⅡ改」

 ガトリングキャノンの束にISがくっついたもの、それが拡大される。

「装甲やシールドは受動的な防御手段だ。シールドはエネルギーが切れたときにあまりにも無防備であり、装甲は重く、間接の多い人型兵器には向かない。そこで、能動的な防御手段としてADSが提唱されたわけだ。拳銃弾からハイレーザーまで、あらゆる攻撃を迎撃すればいい」

「馬鹿馬鹿しい。弾切れになれば終わりだ」

「弾切れになるまでに相手が持てば、の話だがな。一門につき604万8千発の30mm砲弾が詰め込まれている。連射が最速設定でも丸一日中撃ちまくれる。精度も高い。機動性と装甲性能は低いが、要塞といえるほどの火力と防御を持つ。ほら、馬鹿にできない」

 それでは普通のISなど、的もいいところではないか。そう思いながら、千冬はアリーナを映すウィンドウに眼を向ける。
 アヴェンジャーとブラックボックスのIS添えは、画面の中でマズルフラッシュとスモークに隠れ見えなくなっていた。

『いいか織斑一夏、合図したら予定通りに』

『ああ、わかってる』

 どうやら、あの弾幕に対し妙案があるらしい二人は、ファルケンを楯に白式がサンダーボルトⅡ改に接近している。ファルケンは20mmガトリングキャノン『バルカン』を牽制のつもりか散発的に放っているが、硝煙の塊との中間地点で火花が散っているところをみると当たっていないようだ。ステータスウィンドウにはシールドエネルギー残量ゲージなどは存在せず、『AP』と記された数値が代わりにそこにあった。ファルケンは34000程度、サンダーボルトⅡ改は23000程度。一切変動していないが、それもそのはず、双方ともに被弾はゼロだ。

『今!』

『おうっ!』

 白式がファルケンを離れ、無防備な姿をサンダーボルトⅡ改にさらす。が、砲撃は来ない。

『食らえ!』



 予想通りだ。
 恐らくアルマは、今ごろ目標選定と攻撃許可を出そうとしているに違いない。今までは俺と織斑一夏は単一目標としてロックしていればよかったが、分離した今はFCSが白式を新しい目標として認識したはずだ。アルマは戦闘においては普通の人間と変わらない、とまでは言わないが、圧倒的に経験が足りない。とっさの事態における判断・反応速度も遅い。だから、自らが使うISには可能な限り自動化した兵器システムを設計し、素人でも扱えて単純で勝ちやすいものをつくりあげた。
 誰であろうと、音速をはるかに超えて面で飛来する濃密な弾幕を避けることはできない。ロックして攻撃許可を出すだけでこちらからは圧倒的な火力で攻めることができ、敵の攻撃はシステムが勝手に撃ち落としてくれる。
 だが、オートとマニュアルの境目は非常に脆弱だった。操者が未熟でシステムがロックしてもまだ攻撃許可が出ていない。出たとしても砲口まだ全てがこちら、ファルケンを向いている。

「食らえ!」

 織斑一夏が投げた。最終兵器とは言わないがそれなりに強力な代物を。たとえ迎撃されようと、それは存分に威力を発揮するだろう。

「引け! 引け!」

 その威力を知る俺は、可能な限りそれの範囲内から逃げるよう織斑一夏に伝える。やっと、アヴェンジャーが反応したがもう遅い。

「くっ……霧? こんなもので目くらましが」

 アルマの声はそこで途切れる。
 織斑一夏が投げたカプセル状のものからまき散らされた『霧』が、一気に燃え上がったからだ。



「FAEだと!? おい何をしている今すぐやめさせろ!」

 燃料気化爆弾。文字通り燃料を空気中に散布し着火することで高熱と高圧を発生する兵器だ

「問題ない。しょせんFAEでは装甲に傷はつけられん。似たような兵器……核実験で艦船に対するダメージは少ないと実証済みだ。完全に密閉され外界と隔離されているフルスキンなら無傷だ。中の操者も含めてな」

「だが!」

「それよりも危険なのは、これだ」

 ファルケンのウェポンベイが開き、内部から一発のミサイルがこぼれ落ちる。ごろんと。
 メインモニタに兵装詳細ウィンドウが開かれ、それが何かを教えてくれる。

「多用途炸裂弾頭ミサイル……こんなものを使うというのか!?」

 大量の子爆弾を散布するこのミサイルは、一発の弾頭内部に中規模の基地をほぼ壊滅させることができる数と威力を持つ。そして炸裂した後の破片はそれこそ測定不能な数となり、四方八方から襲い来る。

「FAEにより大気の状態は不安定、アヴェンジャーの砲身も加熱している。ADSの精度はかなり落ちているだろう。そこに飽和攻撃をすれば、シールドもなく装甲も比較的薄いサンダーボルトⅡ改は耐えられないだろうな」

「おまえは! 一夏を殺す気か!」

 千冬の大切なものが壊される。彼女の頭はそう結論を出し、小さな躯の胸ぐらを掴む。幼子のような躯はあっさりと持ち上がり、背後の壁に叩きつけられた。

「そんなに失うのが怖いのか。彼は巻き込まれたとはいえ、自分で決め、自分の意思で戦っている」

 しかしエルテは動じない。痛みどころか衝撃すら感じていないかのごとく、いつも通りの平坦な声で。

「もう一つ。『私』はそんなに信じられないか?」

 映像がホワイトアウトした。



 朧な白を背景に、虹色の靄。彼女はそれを、何度か見たことがある。
 彼女の兄がプレイしていたゲーム。古臭い形で、音速すら超えられないような攻撃機で敵のボスに挑んでいた。空中でボコボコ花火みたいな爆発が起こり、バリバリと雷鳴に似た音が鳴る。そう、今みたいに。

「……綺麗……」

 彼女は痛覚が鈍い躯に感謝した。今私がいる場所は、特等席だ。兄上に殺されるのなら文句はない。
 ゆっくりとその意識は光に溶けていき――――



 雷のような音と共に、一夏は吹き飛ばされるのを感じた。シールドエネルギーがあり得ない速度で削れてゆく。

「エリっ! ……あ、れ?」

 減少が急激に止まる。残り60ちょっと。カリッ、カリッと音がするたびにわずかずつ減ってはいくが、致命的ではない。

「なーんで、打ち合わせ通り動かないかね、おまえは」

 その声は明らかに呆れていた。
 ファルケンのヴァリアブルブースとユニットと巨大な脚部、そして装甲。それが一夏の前にあった。
 打ち合わせでは、アリーナの壁際まで全力撤退するはずだった。だがFAEが命中したことで気を抜いた一夏はMPBMの威力を味わうこととなってしまった。吹き飛ばされたことで壁際まで移動できたことは幸運だったが。

「悪ぃ、で、どうだ? 結果は」

「俺らの勝ちだ」

「やったな! あんなバケモノ相手によくやったよな、俺達!」

「ああ、そうだな……」

 上に巻き上げられた小さな破片がぱらぱらと降り続ける中、エリオットは微動だにしない。まるで関節でもロックしているかのように。
 騒がしかった両脚のエンジンは黙り、パドル式二次元ベクタードノズルを開き足にしてアリーナに立っている。

「大丈夫か? 様子がおかしいみたいだけど」

「気に、するな。ちょっと、アルマと……話してくる。先に行け」

「あ、ああ……」

 有無を言わせない迫力が、その言葉にはあった。しかし。

「……い、医者を! 早く!」

 彼はどこまでもお人よしだった。不自然なエリオットを放置しないくらいには。



「アルマは重傷、エリーは重体。ADの防御効果だな」

 アルマがエリオットより傷が浅いのは、ADが致命的な破片を迎撃したからに他ならない。脅威に応じてADに回される砲数が多くなるようプログラムされていたおかげだ。

「なぜそう冷静でいられる! 一歩間違えば死ぬところだ!」

「少なくとも一夏は死なない。エリーが護る。エリーの本体は無傷だ。アルマは死んでも予備に記憶が移行する。問題はない」

「おまえは……自分の子供を何だと」

「元より死なないように、そして死んでも問題ないようにした。私の血を継ぐ者は死にやすいからな。そして今回の『事故』は――――自覚を促すためのもの」

「自覚だと?」

「ISは現行で最強の兵器であり、同じISに対抗しえうる唯一の兵器である。ならば、敵ISや人を殺すこともあり得ること。少なくともこのデモンストレーションを見た者はそれを理解できたと思うがね」

 エルテが恐れていたのは、学園の生徒がISをオモチャやファッション程度の認識しかしていないこと。兵装によっては大量破壊兵器になり得る。今回使われたMPBMなど、対IS用に威力調整がされたものであり、しかしそれでもこの威力だ。無論、ファルケンには本来のMPBMも搭載されている。

「これは子供のオモチャではない。実際に兵器として運用され、人を殺している。よく知っているだろう、ブリュンヒルト」

「……一夏を、広告塔に使ったな」

「ああ。それは謝る。殴ろうが何をしようが私は抗う権利を持たない」

「いや、いい」



[21785] IS世界の常識終了のお知らせ【蛸、あるいは烏賊】
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:fd0a9073
Date: 2011/09/07 16:26
 目覚めれば保健室――――が凄まじいことになっていた。どこの研究室だ。

「調子はどうだ?」

 犯人が問いかける。俺の残骸が死体袋に入れられていた。

「数日慣らせば元通りだよ」

 最終的に、躯は全換装となった。そう悪いことでもない。セラフに乗って何度か出撃したのだ、そろそろオーバーホールが必要な時期だった。多少の違和感や新品特有の動きの鈍さは、言葉通り数日動かせば最適化し適度に摩耗して気にならなくなるはずだ。

「アルマは?」

「重傷といったところか。殺す必要はない。しばらくベッドの上、と言いたいが」

「兄上。お見舞いに参りました」

 かしゃんかしゃんと機械の四肢を動かして病室に入ってくるアルマ。頭と脇と腰でその機械に保持され、自身の手は花束と果物盛り合わせを持っている。足はぶらぶらと床から離れ、代わりに6の細い機械の脚が床を踏み締めている。
 隣のベッドにでもいたのか、それとも。

「寝てろ馬鹿」

「無駄だ。まったく、誰に似たのやら」

 花束なぞ飾りといわんばかりにそこらに放り、早速機械の腕でリンゴの皮を剥きはじめる。機械の腕の先は人間のような指と、十徳ナイフのようなものが装備されており、その中から文化包丁がフォールディングし、恐ろしく早く、器用に皮を剥いてゆく。

「ついでにAMSをつけてもらいました。こんなに便利とは思いませんでしたが」

 笑顔で言うことじゃないだろう。まったく。

「はい、あーん」

 包丁が格納され、今度はフォークが。切り分けられ突き刺された実は、俺の口元に。

「はむ……」

 味覚の調整もまだだ。味覚を思い出すような奇妙な感覚だ。

「うまい……んだろーな。で、ファルケンは?」

「大破。APは見事に0だ。キャパシタが全て破裂していた。『一般人』を護るためとはいえ、やりすぎだ。コアは初期化してはいないが、機体は復元不可能、スクラップにした」

「コアが無事ならいいさ。はむ……」

「意外だな」

「物には愛着はない。意思あるものであれば別だけどな。復元はできるだろ?」

「問題ない」

 それを聞いて安心した。ECMDSは実に便利だった。

「右腕と左脚はもうしばらくかかるが、日常生活には支障はないだろう。昼から授業に行け」

「松葉杖くらいくれよ。さすがに片脚はキツい」

「用意しておく」

 普通の杖であれば嬉しいが。



 杖を突きながら教室へ。なかなかに時間をかけどうにか間に合った。
 扉を開ければ静まり返る。正面装甲を粉砕され、中身と装甲がごちゃごちゃになった人間が、さも当たり前と言わんばかりに平然と動いている。

「ふー、やれやれ。よっと」

 いつもの席につき、杖を机に立てかける。
 教室の雰囲気は最悪。それもそのはず、こんな状態になった人間は、もはやIS操者になどなれないのだ。軍人と同じだ、四肢を失えば退役せざるを得ない。

「授業を始めるぞ――――エリオット」

 時間通りに教室に入ってきた織斑千冬は俺の名を呼ぶ。

「なんだ?」

「もういいのか?」

「躯を換装してきた。問題はないだろうね」

「腕と脚はいつ届く」

「母上閣下曰く、もうしばらく」

「アルマは?」

「今は普通の人間だ、多脚椅子で動けてはいるが、数週間は安静だ」

「そうか。では山田先生」

 山田真耶に交代し、織斑千冬は教室の後ろへ。
 独特な緊張感と共に授業は進んでゆく。



 幸いだったのは、誰も手足のことを聞いてこなかったことだ。
 不幸だったのは、織斑一夏に腕の断面を見られたこと。シャワーを浴びて、包帯を巻き忘れて。

「…………」

「俺の躯は機械だ。それだけだ」

「なぁ、それは……」

「昔、俺は死んだ。で、こーして蘇生した。母上閣下の研究の一環らしいがな。死なせない研究の」

「…………」

「気にするな。存外便利だぞ。頑丈だしな、どんな無茶をしても死なない」

「他の方法はなかったのか?」

「あっただろうな」

「だったら!」

「俺は母上閣下の子供で、実験体だ。そもそもあの人自体が兵器としてつくられた存在、ハンス・ウルリッヒ・ルーデルの遺伝子よりつくられた究極の人間。人体改造などの忌避感なぞはじめからないのさ」

「…………」

「気にするだけ無駄さ。俺とアルマを愛してくれているのは確かだがな。俺がこうしてここで自由な手足を持つことができているのも母上閣下のおかげ。だから俺は母上閣下のために無茶もすれば無謀もする」

「今回のこれも、エルテさんの仕業なのか?」

「アルマが決闘を挑んでくるのは、一応ではあるが想定内だった。母上閣下は、いつか教え子に兵器を扱うという現実を知るためのデモンストレーションを行うつもりだった。どれほど安全を謳っていたとしても、重傷者や死者を出すことで、ISはゲームやオモチャではない、殺し合いが可能な兵器であることを知らしめる。それが今回の計画の概要」

 何人にトラウマを植えつけただろうか。砕け剥がれ落ちた装甲の隙間から見えた、こぼれ落ちた人工生体部品。ナノマシン結合すら引き裂いたMPBMの閃光。だが、この程度で終わるのであれば、その程度の覚悟しかなかった、自覚がなかったということ。

「織斑一夏、おまえは、揺らいだか? 怖いか?」

「ああ。揺らいだし、怖い」

「それでも戦い続ける覚悟はあるか?」

「わかんねぇ。でも、千冬姉を護るためなら、いつだってそんな覚悟くらいしてやるよ!」

「ならいい」

 陰謀の種は潰してゆく。しかし潰し損ねた種が芽吹くかもしれない。潰した種がしぶとく咲くかもしれない。人類はどこまでもしぶといのだ。
 その中で生きるため、戦う覚悟をさせなければならなかったが、これでいい。織斑一夏は順調に育っている。



 次の日。母上閣下の言う「しばらく」というのはどれほどの時間なのかを問いたい。知らぬ間に右腕がくっつけられていた。

「もう気にしない。うん」

「それがいい」

 爽やかに諦める。某総合機械商社のCMのように、爽やかに。もうなんというか、屈託のない笑顔でラニングカデンスを歌いながら静謐な朝をジョギングするような……創造して気味が悪くなった。

「さ~てさて、飯だ」

「あ、おいてくなよ~?」

 どこまでも爽やかに現実逃避。カシャカシャと腕を鳴らし、俺は歩く。
 脚はどうでもいい。問題は、腕。

「いて」

「あ、わりぃ」

「気にすんなよ、不可抗力さ」

 爽やかを通り越して気持ち悪い織斑一夏にぶつかったのは、俺の腕の一本。
 まだ制御がうまくいかない。
 上腕に相当する部分の全長は1.5m、直径は70mm、途中2ヶ所の関節がある。その末端は10に枝分かれし、6の全長5m直径100mmの太い腕、2の全長3m直径50mmの細い腕、2の伸縮自在な触手のような腕と化している。6の腕は今の用途から『脚』、細い腕と触手はそのまま『腕』『触手』と呼んでいる。
 分岐点は頭上に配し、『触手』をわきの下に回すことで躯を持ち上げ、6の『脚』で無い脚の代わりを果たし、『腕』は『腕』でふさがっている腕の代わりをする。『腕』と『脚』の末端には『手』があり、『脚』には『足』と『ローラー』までついている。他にも隠しツールが幾つも。
 かくして俺は7の脚を持ち5の腕を操るバケモノとなったのだ。

「今日の飯はなんにする?」

「そうだな、和食6枚くらいか」

 たわいもない話をしながら、十戒のように左右に分かれる少女たちを無視して、俺達は進む。
 食堂は俺が入ると同時に異様な雰囲気に包まれる。が、気にしない。

「それにしても凄いな」

 一夏が呆れたような声で、

「いつもより多いじゃないか。前も多かったけど、よく入るよな」

 見事にボケる。ガタタンとずっこけるような音が聞こえるが気にしない。

「生体電流で動かしてるからな、結構カロリー使うんだよ。見た目以上に不便だぞ。気を抜くとバラけるし」

 今は邪魔なので『腕』の一本と『脚』と『触手』は畳んでいる。一つに束ねられ、4つのジョイントアクチュエータで折りたたまれ、『腕』の一本を右腕の代わりに使い普通に飯を食っている。

「一夏さん、エリオットさん、おはようございます」
「一夏、エリオット、おはよう」

 クソ度胸なのか、それとも気にしてないのか、はたまた見なかったことにしたのか。セシリア・オルコットと篠ノ乃帚はいつもと変わらない。

「遅かったな」

「珍しいよな、俺らより遅いってのは」

「廊下で奇妙な生物らしき存在に遭遇してな……」

「あれはなんだったのでしょう……」

 オチが見えてきたぞ。

「ふい。うまかった」

「いつの間に食い終わったんだ?」

「何を今更。ちょっと行くところがあるから、じゃな」

 脚部展開。カシャンカシャンと6の脚が俺の周りを囲む。

「ひぃぃ!?」

「うわぁ!?」

 セシリア・オルコットと篠ノ乃帚が悲鳴をあげるが、気にしない。
 右腕にぶらさがるという奇妙な格好で、俺は右腕に運ばれていく。



「説明を」

「HUR1916ARMS、超多目的義手。人体で最も器用とされる腕の神経を利用することで歩行から精密動作までを行える高性能な――――」

「趣味が悪い。普通の手足を要求する」

「アルマの治療で忙しい。失敗作ゆえの脆さが仇となった。エリーの修理は後回しだ」

「昨日は元気に歩き回って――――」

「あの後、見事に倒れた。意識と記憶の移行は成功確率は高いが、それでも完全ではない。多少であれ記憶の欠落はあるだろうしな。安易に死なせるわけにはいかない」

「ムチャシヤガッテ」

「心配はしてないようだな」

「母上閣下の娘で、俺の妹。ルーデルの血もあることだし、そう簡単に死なねーよ。母さんも総動員してんだろ? なら問題はない」

「そうか。ならば私が言うべきことはない」

「そ。じゃ、アルマは頼んだ」



 HRは遅刻。俺の右腕に若干引きつつも出席簿アタックを敢行し出席簿を折ってしまった織斑千冬は、恐らく二度と俺を叩くことはないだろう。無意味とわかって繰り返すのは馬鹿のすること。それがわからない人間じゃない。
 命じられたグラウンド十周をものの3分ほどで走り終え、戻ってくる。走るというより、亜音速で跳ね回ると言った方が正しいか。

「それはなんだ?」

「母上閣下の悪ふざけ……であればよかったんだけど。ルーデル機関が誇る超技術による超高性能義手。失った脚の代わりまでしてくれて、なんとお値段1980万円。今なら取付手術がタダ。お得です」

「どこまでが本当なんだ?」

「全部。アルマの容体が悪化したらしくて、俺はこんな手抜きされた」

 カシャカシャと『腕』を動かす。分岐点を背に、本来あるべき場所に『腕』をもってくる。こんなことをしながらもバランスを崩さないようにできるあたり手抜きとは思えないが、本気になれば修理どころか俺を『母上閣下と同じような存在』にすることができるのだ。

「ま、そんなことはどうでもよろしい。それより時間は大丈夫か?」

「……席につけ」

 諦めたようだ。それでもフラストレーションは解放されないせいで若干機嫌が悪いように見える。

「転校生が来た。入れ」

 俺のせいで、いや、俺と母上閣下のせいでかなり待たせてしまったことを申し訳なく思いつつ、入ってきた二人を眺める。
 銀髪の眼帯少女と金髪の少年。……いや、あれはシャルロットか? 以前の襲撃の報復で乗っ取ったデュノア社を調べた際に浮上した少女。お飾りのデュノア社長に社長としての実権はないはずだが……成程、帰死回生の策か。無駄なことを。

「フランスから来ました、シャルル・デュノアです。よろしくお願いします」

 直後、音波兵器が俺の耳を焼く。高周波ノイズが。高周波ノイズが!
 ゲインを下げておくべきだったと若干ダウンしていると、何やら不穏な雰囲気が。
 銀髪眼帯少女……ちょっと前の俺を髣髴とさせる。主に母上閣下のせいなんだが、そういえば母上閣下は密かにオッドアイだった。
 なんだ? と思っていると、織斑一夏の隣に来て――――無駄のない動作で、

「な、なんだこれは!?」

 俺の右腕に拘束された。8の『腕』『脚』に捕われれば、各関節にタイフーン級さえ引きずることができるトルクを持つこの腕、逃げようにも逃げられるはずがない。

「いきなり平手ってのが気に食わん。理由も判らない理不尽ってのは特にな」

「くぅっ……離せ!」

「ほい」

 シャキンと折りたたむ。こんな狭いところで振り回して誰にも当てない精度は手抜きとは思えない。でも手抜き。

「……フン」

 転校生二人、それぞれ厄介事を抱えているな。これは面倒なことになった。



[21785] とある魔王の超大砲鳥07Ex
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:a0fec8e7
Date: 2012/02/19 17:31
 GAU-8 30mmガトリング機関砲、アヴェンジャー。現代における主力戦車さえも簡単に蹂躙せしめる威力を持つ。しかし、それはタングステンやDUの弾を撃てる場合に限る。
 もし、その全長より狭い場所に追い込まれたら。
 もし、その砲口より内側に、懐に入り込まれたら。
 もし、弾切れになるまでの物量で襲われたら。
 そのとき、アヴェンジャーはただの鈍器か異常に重たいウェイトにしかならない。ならばパージして別の近接兵器――例えばカービンやハンドガン、或いはナイフ――に交換するか、あるいは別の策を講じるしかない。彼女は後者の手段を採った。
 そもそも、普通の人間が扱えるような代物ではない。機関砲本体だけでも1トンを越えるのだ。今さら多少重く、大きくなろうとも関係無いと言わんばかりに、その計画は実行された。
 GRIND BRADED AVENGER PLAN.
 グラインドブレードというオーバードウェポンをスケールダウンし、そのまま使うのではなくアヴェンジャーの砲身に取り付けるという、何もかもがおかしいプラン。しかしそれは『普通の人間の常識』におけるものであり、『彼女の常識』、あるいは『彼女を知る人間の常識』であれば、なんらおかしくない。
 そして、そんな『常識』を知らずとも、今の彼女を見れば納得せざるを得ないだろう。
 グラインドブレーデッドアヴェンジャー(GBA)を振り回し、破壊することすら困難な機密度の高い研究所の外壁を一切の減速を伴わずブチ抜き、電源系統を破壊し尽くした。破壊の嵐は未だに止まず、一直線に施設を貫いては再突入を繰り返している。『核シェルター並みの堅さ』とはどれ程なのかと疑わしくなるほどだ。大地と擦れる足跡とブレードに触れた何物がことごとく燃え上がり延焼し、突入から数分経たずして研究所は見事陥落。学園都市謹製の1000mmの特殊装甲でできた建材など、風の前の塵と同じ。ネクストでさえ破壊すること叶わなかったグレートウォールをすらブチ抜くことに成功した技術の応用なのだ。
 研究員は全員逃げ出し、彼女は屋上で紅蓮に輝くGBAをぎゅるぎゅると回し、『ガサ入れ』の邪魔が入らないように眼を光らせていた。



 実験は予定通り実行される。つまりは、彼女が襲撃した研究所は囮のダミーに過ぎなかった、というわけだ。が。それを見逃す彼女ではない。
 昇降用人工衛星(エレベータサテライト)より下ろされたワイヤーを手離し、高空より膨大な位置エネルギーを溜め込んだその身を重力に委ね、目標に向かい流星のように舞い降りる――否、そんな優雅なものではない。GBAが曳く光の尾は確かに美しい流星に見えるが、その実態は荒々しく全てを削り断つチェーンソーの刃。実験が研究所内部で行われるのであれば、そこまでブチ抜けばいい。
 偽装のシリンダーまみれの強化外骨殻に包まれた彼女の小さな躯が上空できりもみを始める。ゆっくりと回り始めた躯は、GBAのトルクに躯が引きずられたものだが、事故でなく故意のものだ。彼女は手足を広げ慣性モーメントを大きくし回転を緩やかにするのではなく、その逆、手足を亀のように縮こめ、更に回転を加速させてゆく。
 空気抵抗は最小、頭から垂直に、そして回転している。まるでライフル弾のように。
 だんだんと、その身は90度ほど傾いてゆき、ついに目標にGBAを叩きつけた。
 力とは質量×加速度で表現される。質量は彼女がエントリーした瞬間から変えようもなく一定。ならば、加速度を可能な限り上げれば威『力』の向上となる。重力加速度+彼女の回転角加速度+GBAの回転角加速度+グラインドブレードの刃の加速度となれば、どれほどの力になるのか。
 窓のないビルの次くらいに堅いとされるその研究所の天井から地下最下層まで、あっさりとその『圧倒的暴力』は貫いた。

「……なンだァ?」

「あなたを救いに来た」

 彼女は、破砕の余波で吹き飛び気絶している少女などどうでもいいと言わんばかりに、白い少年に告げる。コンクリートの粉塵や燃え上がる建材の煙が舞っている、その煙幕に紛れ、一切の観測装置を30mmタングステン弾で原型も残らぬ程のガラクタに変
え、ステージは整ったと言わんばかりにGBAを掲げる。少女の姿が消えたことに気づいた者は、誰もいなかった。

「救うゥ? 何か勘違いしてンじゃねェか? くかかッ」

「救済の技法を」

 宣戦布告の合図は、一発の砲弾。人間を風船のように破裂させることのできるタングステンの塊は、一方通行に触れることなく、その直前で正反対の方向に速度ベクトルをねじ曲げられ、放った彼女の元へと返ってゆく。そして砕け散った。彼女の振り抜いたGBAの刃によって。

「やるッてワケ。イィねェ! 少なくともアイツらよりマシだろォしなァ!」

 一方通行は足下の瓦礫をカツンと蹴る。瞬間、瓦礫は火薬の燃焼ガスに押し出される砲弾のように加速した。かなり大きく、そして速い。純粋な力で見ると、30mm弾より大きな力を持っている。装甲すらない、ただのパワーサポートしか用途を想定されていない強化外骨殻では、当たれば即死は確実。しかし、アヴェンジャーの砲弾より速いその瓦礫は、エルテの振り抜くGBAにより粉砕された。

「アレを防ぐ? オイオイすげェな。量産品の雑魚よりかは楽しめそォでよォ!」

「――――…………」

 一瞬、口を開きかけた彼女が何を言いたかったのか。それを教えるには、少年を『非敵対対象』にしなければならない。

「ンなら、これはどうだァ!?」

 地面を蹴り、空気抵抗もベクトル操作で受け流し、衝撃波も発生させずに超音速で接近する。飛び道具は一切通用しない、ならば直接触れてターゲットにあるベクトルを弄ってやればいい。あの無意味に攻撃的な武器も反射で自分には当たらない。
 しかし。


「あ?」


 伸ばした腕の先、確実に触れたはずのそこには何もない。文字通り空を掴んだはずの右腕、それも、無い。
 探す。その場所からちょうど90度右、2mほど先に彼女はいた。真っ白な、真っ赤な、両端が複雑な形をしている棒状のモノを手に。

「オイ、何持ってンだ?」

 さっきまで、彼女が持っていたもの、それはGBAのみだった
。どこまでもメカメカしいその機械に、そんな有機的な形をしたオブジェクトは存在しない。

「腕」

 言われると、確かに人間の腕だった。騙し絵のように、その形が『それ』だと認識できる。片方は『手』だ。もう片方は、ボロボログチャグチャの『傷口』だ。

「え?」

 見覚えがあった。『手』にだけは。
 さっきまで突き出していた、その右腕の上腕部に眼をやる。『あの腕』の『傷口』によく似た傷口から、勢いよく血が吹き出ている。

「う」



「うォあああああああああァァァァァァ!?」

 何がなんだかわからない。慌てて右腕を見るが、そこにはちゃんと右腕があった。

「なになにどうしたの! ってミサカはミサカは――――」

 番外個体が飛び込んでくるが、一方通行の耳には届いていない。

「腕……ある――――夢?」

「無視? ってミサカはミサカは拗ねてみる」

「悪ィ、酷ェ夢みてた」

 最悪の無能力者。たった一発の砲弾で一方通行の能力の殆どを見切り、反射を逆用して腕を抉りとった女。一方通行に対抗するためにあらゆる物理現象を脳内で計算し、最適解を弾き出す無能力者。イレギュラーではあるが、『ただの無能力者が超能力者に無傷かつ圧倒的に勝つ』という結果から、『能力強度』という根本的定義に対する疑問という結論に至った原因。

「どういう夢? ってミサカはミサカはアナタがそんなに叫ぶ夢に興味津々!」

「もうチェーンソーは見たくねェ」


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