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[21709] 【習作】蓮タンがナンバーズ入り(リリカルなのはシリーズ×Dies×パラロス)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/11/26 20:43
SS投稿掲示板を見ていくうちに触発され、自分でも作ってみようと思い載せてもらいます。

これはDies iraeの主人公、蓮の魂の残滓がナンバーズの13番目として転生するお話です。

独自解釈や独自設定があります。

同社のパラダイスロストもクロスしました。

話の筋はsts編ですが、サウンドステージXやvivid、Forceの一部設定も追加。



[21709] 一話 誕生
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/12/18 11:07
「おお、これが・・・・・・」
 ジェイル・スカリエッティ、無限の欲望という二つ名を持つ天才科学者は古びた布を手に、感嘆の声を上げていた。
 一見古びた布にしか見えないそれは、よく見てみれば生地に何かが染み込んだ跡がある。室内がもっと明るければ、赤い染みだとわかったはずだ。
「はい。これこそが彼の聖王の血が付着し、現在まで残り続ける聖骸衣です」
 スカリエッティの目の前には妖艶な雰囲気を持つ金髪の美女だ。
 ドゥーエと呼ばれる彼女は聖王教会に侵入し、聖遺物管理者を誘惑することで厳重に封印されている聖王の遺伝子情報が刻まれた聖骸衣を手に入れてきた。
「ご苦労だったね、ドゥーエ。大変だったろう?」
「いいえ、ドクターの為ならばこの位。それに簡単な仕事でしたわ。あのエロオヤジときたらちょっと色目使ったほいほい引っかかって。もう本当に男って馬鹿。あはははっ。あっ、もちろんドクターは別ですから」
(外で何があったのかしら・・・・・・)
 外から帰って来た妹の性格が少しおかしくなっている事に心配を隠せない紫色の髪をした女性がため息をつく。
 彼女の名はウーノ。スカリエッティの補佐を勤める秘書のようなものだ。
 ――――カンッ、カッ、カラカラカラ
「・・・・・・・・・?」
 その時、奇妙な音がした。静かな施設内によく響き、金属音。音からして何かが落ちて、転がっていくような音だ。
 一同は予想外の音のした方に視線を向けると、床に見たこともない金属片が転がっていた。
「これは、何でしょうか?」
 黙って二人の会話聞いていた長身の女性が足下まで転がってきたそれを摘み上げる。
「トーレ、私に見せてくれるかい」
「はい」
 トーレと呼ばれた女性が金属片をスカリエッティへ手渡す。
「ふむ、私でも見たことのない金属だね」
 スカリエッティの指先に摘まれた金属片は闇に溶ける程の黒い色で、一筋の赤い線がはしっていた。欠けたにしては断面が非常に滑らかで、鋭い鋭角を形成している。その鋭角の部分に糸くずが引っかかっている。
「どうやら、聖骸衣の糸の解れに引っかかっていたようだね」
「申し訳ありませんドクター。まさかそんな物が紛れ込んでいたとは・・・」
「いや、かまわないよ。聖王と何か関係あるのかもしれないし、何よりこのような金属は見たことがない。好奇心が刺激される」
 スカリエッティは普段浮かべている笑みとは違う、玩具を見つけた子供のような、気が狂ったかのような、どちらとも付かない笑みを浮かべた。
「興味深い。実に興味深い」


ーー数週間後ーー

「ウーノ、生体ポットの調子はどうだい?」
「製作中の7~9、11、12のポットは正常に稼働しています。3のポットではトーレが得た戦闘経験を元に調整を行っています」
「予備のポットはどうなっているかな?」
「そちらも定期的にメンテナンスを行っているので、すぐに使えます」
「そうか、ありがとう」
「いえ。しかし、生体ポットがいかがしました?」
「いや、なに、面白いことを思いついてね。ポットの予備を使おうと思ったのさ」
「面白いこと?」
「聖骸衣についていた金属があっただろう。暇を見て少しずつ調べていたんだが、興味深いことがわかったよ」
 スカリエッティはウーノに背中を見せ、部屋のコンソールを操作し、巨大なモニターにあるデータを映し出した。
「これは・・・・・・人の遺伝子情報」
 ウーノが驚きの声を上げる。
 モニターに映し出されるのは例の黒い金属片のデータだった。構成物質などミッドチルダでも確認の取れていない金属で、僅かに魔力残滓がある事を知らせていた。
 だが、なによりウーノを驚かせたのは金属そのものに人の遺伝子情報が含まれている事だった。
「骨か歯、もしかすると尻尾。あるいは我々にない器官を持っている種だったのか。ともかくこの金属は人の一部だったのは間違いない」
「ドクター、まさか予備ポットを使って?」
 スカリエッティが振り向く。その顔は、数週間前同様の子供のような、狂人のようなどちらともつかない笑みを浮かべる。まるで、黒い金属片に魅入られたかのようだ。
「ああ、これを復元しようと思う」


 ーー更に数週間後ーー

「へえ~、これが例の十三番目」
 コードやパイプが隙間なく敷き詰められた円形の部屋に、四人の少女がいた。
 青いショートカットの少女が、液体の満ちた生体ポットの周りを歩きまわり、ポットの中身を好奇心に満ちた瞳で見ていた。
「サンプルを丸ごと使うなんて、ドクターにしては珍しいね。普通、必要な分だけ削って使うのに」
「何をやっても粉末さえ削り取れなかった。姉のISも効かなかった」
「暇つぶしに実験してるだけだから~、きっと無くなってもいいと思ってるのよ」
 青い髪の少女の後方、ポットから少し離れた所では三人の少女が並んで立っている。
「え、でも、わざわざナンバーズ用の調整に設定しているはずじゃあ」
 茶色の髪が外に跳ねている少女、ディエチが隣の少女に疑問の声を上げる。
「設定変更するのって意外に手間なのよね~。だからそのまま利用したわけ。何が生まれてくるか分からないモノをナンバーズになんてしないわよ~」
 メガネの少女、クアットロは若干馬鹿にしたようにその疑問に答えた。ディエチは気にしていないのか、気付いていないのか、それに対して「そうなんだ」の一言を言ってポットを見た。
 生体ポットの中央には黒い金属片が浮かんでいる。断面は鏡のように滑らかで、鋭角になった鋭い側面にディエチは刃物の印象を受けた。
 その周囲ではマニュピュレイターが落ち着きなく動きまわり、金属片に何か作業をしている。一体何をしているのか、この四人の中ではクアットロしか理解できていない。
(何でこんな得体の知れないものにスカリエッティ因子を・・・・・・)
 クアットロは表に出さないが、予定にはなかった十三体目の戦闘機人製作に不満があった。特に№1から№4までしか与えられていないスカリエッティの因子を組み込むのに憤りも感じている。
 現在生体ポット内ではその準備が行われており、数分後にはスカリエッティの因子が組み込まれるはずだ。
 クアットロの心情に露ほども気付かない他の三人は珍しそうにポットの中身を見ている。
「あれって欠片らしいけど、元はなんだったんだろ」
「ドクターは爪や骨の一部だと言っていた」
「あんな黒い爪とか、どんな人類なんだか…」
「もしかしたら怪獣とかー?」
「それはない」
 ナンバーズの中でも取り分け明るい性格のセインは怪獣に期待しているようだった。
「姉には刃に見えるがな」
「刃?剣とか槍とか?」
「ああ、それもかなりの大きさだ」
「ふーん」
 稼動歴が長く、実戦経験も豊富な姉が言うのだからそうなのだろうとディエチは思い、なんとなく自分の知っている刃のついた武器を頭の中で思い浮かべてみる。
 剣や槍型のデバイスなど珍しくもなく、様々な武器が頭の中で思い浮かんだが、あの欠片ほど分厚い武器に合うものはなかった。
 段々と武器から離れたものを連想するようになり、偶然にも、本当に偶々だが、ディエチは正解を引き当てた。
 次の瞬間、背筋が凍り付いた。意味もわからず反射的に自分の首に触れてみる。
 ――何も変化はない。
「どうした?」
 四人の中で一番小柄な灰色の髪をした少女がディエチを見上げていた。無表情で感情を読み取れないところはあるが、チンクがディエチの体を気遣っているのがその心配そうな瞳から十分伝わる。
「いや、何でもないよチンク姉」
「しかし、すごい青ざめている。ドクターに見てもらったらどうだ?」
「大丈夫だよ。そこまで大げさなものじゃない」
「それならいいんだが・・・・・・」
 まだ心配そうに見てくる姉に対して強がりながら、ディエチは再びポットの中の金属を見た。
 今度は何も感じない。
(気のせいだったのかなぁ・・・・・・)
 戦闘機人にはらしくもない汗を拭う。
 ディエチが思い浮かべたのは剣でも槍でもなく矢でもない。ギロチンという、武器には程遠く処刑にのみ一点特化した処刑具だった。もし、ディエチの想像通り欠片がギロチンの一部なら、それは体からギロチンの刃を生やした生き物ということだ。
 ありえない、とディエチは思う。一体どこの世界に首を切る為の刃を生やした生き物がいるというのか。そんなもの、ただの化け物だ。
「ねえねえ、これってクローンなの?」
 ポットのガラス部分をバシバシと叩きながら、青髪の少女セインが三人に振り向く。
 チンクがそれに対して注意するが、セッテは聞いている様子はない。
「一応欠片の遺伝子情報を元にしてるけど欠損が多すぎて、純粋なクローンは無理よ。純粋培養の要領で遺伝子情報を補完するしかないわね」
「ふ~ん・・・・・・つまりどういうこと?」
「赤の他人に近い同一人物が誕生するってこと」
「ふ~、ぅ、ん?」
 首を傾げるセインに、クアットロは肩をすくめて説明するのを諦めた。
「うっわ、今なんかスゴく馬鹿にされた気がした!」
「だって馬鹿じゃん」
「ディエチまで!?私お姉ちゃんなのにっ」
「それならもっと姉らしい事してみせてよ」
「ディエチより胸がある!」
 威張るように胸を張るセイン。確かに平均値より上かもしれないが、姉妹間の上下には全く関係なかった。一名を除いては。
「・・・・・・・・・」
 チンクは自分の体を見下ろすと、顔にすだれがかかった。
「あっ、チンク姉がショック受けてる!謝りなよセイン」
「・・・大丈夫だ、姉は・・・・・・この程度じゃ負けない・・・・・・」
「それにしても声が震えてるわね~」
「うぐっ・・・・・・」
「ああっ、チンク姉!?」
 とうとう地面に手をついたチンクをディエチが慰める。
「ねーっ、ねーっ、十三番目って事は名前は・・・・・・ト、ドゥ、トゥ?・・・なんだっけ?」
「マイペース過ぎる・・・・・・」
「トゥーレよ。さっきも言ったけど成功するかもわからないし、成功したとしてもナンバーズには含まれないわよ。実験なんだし」
「え、このままチンク姉放っておくの?」
「へえー、そうなんだ。じゃあ、名前無いのか」
 言いながら、セインはポットほ表面を指先で撫でる。
「あなたのお名前なんて~のっ?なんちゃってぇ」
 ――ゴボッ、ゴボゴボゴボッ!
「え?」
「な、なんだ?」
「はれ?」
「・・・マジで?」
 四人の視線が一カ所に集まる。突如として生体ポットの中で異変が起きた。金属片が小刻みに震え大量の泡が発生している。
「セインーーーッ!」
「し、知らない!私何もしてないもん!」
「いいから離れるんだ!」
 チンクがポットからセインを引き離す。その間にもポット内の異常は続く。



「ふむ、一体何が起きてるのかな?ウーノ」
 予期せぬ事態にも関わらず眉一つ動かさないスカリエッティはモニターに映る生体ポットの様子を見ながら背後に控えるウーノに状況を問う。
「私の因子を注入しようとしたところで、それが弾かれたかように見えたのだが」
 アジトのCPUと繋がっているウーノはポット内で起きている異変の情報を収集、処理して解析していく。
「はい、その通りです。ドクターの因子を組み込もうとしたら、それを拒絶。今まで何の反応を見せなかった断片が活動を開始しました」
「活動?」
「僅かに残っていた魔力が活発化、増大していきます。F……D……C……え?これは……」
「どうしたんだい?」
「ま、魔力量今だ上昇中……AAAランクを超えても止まりません!」
 ウーノの声に焦りの色が混ざり始めた。
「私にも詳細なデータをリアルタイムで表示してくれたまえ」
 スカリエッティの目の前にいくつものモニターが同時に表示される。その間にも魔力の上昇は続き、とうとうSSSランクを超える。
「測定許容範囲をオーバーしました……」
「まさか、レリックをも超えるエネルギーを持っていたのか」
「!?ド、ドクター!」
 冷静沈着なウーノにしては珍しく動揺した声を上げる。
「どうしたんだい?」
「ハ、ハッキングを受けています!」
「何?」
 自らモニターを表示させ、スカリエッティはアジトのCPUの状態を確認する。表示される情報から、生体ポットから信じられない情報量が流れ出し、CPUへと侵入していく。
「あらゆる情報を無作為に検索しています。そんな、何重もの防壁が足止めにもならないなんて…………。ポ、ポット内にも変化が!」
 欠片の入った生体ポットの中で目に見える異変が起きていた。マニュピュレイターが狂ったように動き出しはじめ、欠片に何らかの作業を行っている。
 そして、欠片の形が変わっていく。黒の色が薄くなり、形も丸みを帯びたかと思うと、次は凹凸を増やしていく。
「これは、まさか……」
 一つの生命体が誕生しようとしていた。
「今まで無作為に侵入していたのが、戦闘機人に関するデータと製造に必要な素材の管理データのハッキングのみに変わりました!遺伝子プールからも遺伝子情報を選択し、ポットに送り込んでいます」
「自らの意思で誕生しようとしているのか」
 モニターに映る映像には既に欠片から胎児にまで成長した生命があった。アジト内のデータベースから戦闘機人の製造に関するデータだけを収得、必要な遺伝子情報を取捨選択し、必要な素材を次々とポット内に送り込んでいる。
「――――――く、くくっ、ははははははははっ!」
 モニターに表示された随時送られてくる生命体に関する情報を見て、スカリエッティが突然笑い出した。
「ドクター?」
「見たまえウーノ!アレは遺伝子情報を吸収し、ナンバーズのデータを元に自らを創造している。生への執着、人としての本能だ。それが今私達の目の前で形として現れている。これほど貴重の現象はない!」
「では?」
「ああ、このまま様子を見る。ポットの傍にいる四人にもその事を伝えておいてくれるかな。おそらく、誕生に必要ない部分のハッキングは解かれているはずだ」
 スカリエッティの言うとおり、アジトへのハッキングは戦闘機人製造に関する以外のものは解かれていた。それを確認してからウーノが妹達に通信し、様子を見るよう指示する。
「フフッ、最初から生まれようとしていただけで、それ以外には興味などなかったようだ。ここまで徹底していると、まるで自分を創り出す為に私の所に来るようあらかじめ決まっていたかのようだ」
 それは利用されている、という意味でもあったがスカリエッティの瞳には怒りどころか歓喜の色が浮かんでいた。



「様子見だって~」
 クアットロがウーノとの通信を切り、三人の妹に振り向く。
 生体ポットのある部屋にいたナンバーズ四人はポットから離れた場所まで移動していた。チンクが他三人の前に、何が起きようとも対処できるよう構えている。
「戦闘にはならないんだ。ていうか、セインは何で私の後ろに隠れてるのさ?」
「いや、だってほら、あれ……」
 顔を背けながらセインが指差す先は生体ポットの中身を指していた。
「……まあ、たしかに初めて見るけど」
「…………」
「みんな初心よね~」
 クアットロが肩を竦めた時、部屋のドアが開いて外からトーレが駆け込んできた。
「話は聞いている。念の為に私も来た。何が起こるかわからないからな」
「トーレ姉、あれってなんなの?」
「さあな。レリックのような高エネルギーの結晶体かもしれん。クアットロ、セイン、ディエチは下がっていろ」
 トーレがチンクと並んで前に出た。クアットロとセインは近接戦闘に向いておらず、ディエチは固有武器のイノーメスカノンを持っていない。何かあった場合対処できるのはトーレとチンクのみだった。
「人の遺伝子を持ったレリックって冗談じゃないわね~。破壊した方がいいじゃないかしら」
「それは駄目だ。レリックと同系統のロストロギアなら下手に刺激するのは危険だ」
「う~ん、確かにそうなのかもしれないけど……」
「不満そうだな、クアットロ」
「だって得体が知れないじゃないですか。ドクターの為にも今の内処分した方がいいですよ~」
「ドクターが様子を見ると言ったんだ。それにそんな言い方をするな。確かに予期せぬ事態だが、ナンバーズのデータを元にして作られている事には変わりない。我々の新しい妹になるかもしれないんだぞ」
「妹、ねえ」
「……どうした?」
「トーレ姉さん、あれ。あれよく見て」
 ディエチがトーレにポットの中身をよく見るよう促す。
 セインがディエチの後ろに隠れてチラチラとポットの中身を見ている事が気になったが、トーレはディエチの言うとおり、よく目をこらして中身を見る。
 ポット内はマニュピュレイターの動きと培養液の急激な消耗・追加で気泡だらけになっていて中身を正確に確認できない。だが、肉体の構築をもう終了したのかそれも徐々に収まり、その姿を顕わにする。
 中には黒い髪を持った人間がいた。元は小さな金属片とは思えない変化だ。
 その姿を見て、トーレは違和感を感じた。何かがおかしい。
 まず、背が高い。トーレも女性としては背が高いが、ポットの中の人間はトーレを超えているかもしれない。そして、なんだがゴツイ。細くはあるが、女性的な柔らかさもない。特に胸の膨らみが無い。無いどころかがっしりとした胸板をしている。
 よくよく観察して、ようやくトーレがソレに気付いた。
「男、か」
 ポットの中にいる人間は男性体だった。
 1から12までいるナンバーズは全て女性体であるせいか、ポット内の人間もつい女性だという先入観があった。顔も女性的であったせいで気付くのが遅れた。
「完成しちゃったみたいね~」
 ポット内の培養液が抜かれ、蓋が開いた。
 中から腕がのび、ポットの縁を掴むと中にいた人間が上半身を起こす。
 濡れた艶のある黒髪が揺れ、周囲を見渡すと、入り口付近に固まっているナンバーズに視線が固定された。
 黒味の強い蒼色の瞳が五人を見る。
「――――ッ」
 思わず、戦闘体勢を取るナンバーズ。相手がどんなリアクションを起こすかわからない為に下手に動けない。
 黒髪の男は五人の様子を見て呆れたように濡れた前髪をかき上げると、口を開いた。
「とりあえず、何か着る物くれないか?姉さん達」



[21709] 二話 トゥーレ
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/10/30 19:15
 「ディエチ」
 自分の名前を呼ばれ、ディエチが後ろを振り返るとトーレが立っていた。
 アジトの薄暗い廊下、僅かな光源だけがある。暗いためにトーレの顔に影が差し、そのせいかとても怒っているように見える。
「トゥーレを知らないか?」
「さあ?今日はまだ会ってないよ。……もしかして、また?」
 トゥーレという名詞でディエチは見間違いではなく本当に姉が不機嫌な事がわかった。
「ああ、私との訓練のはずだったんだが、また逃げられた。どこへ行ったんだか」
「ミッドチルダじゃない?暇を無理やり作っては美術館巡りしてるし」
「まったく、あいつはナンバースとしての自覚はないのか。ディエチ、トゥーレが戻ってきたら私に伝えろ。決して私が探してるなんて言うなよ。また逃げられる」
「わかった」
 ディエチが頷くと、トーレは踵を返し暗闇の中へ消えていく。歩き方からしてかなり怒っているようだった。
「ほんと、トーレ姉達を怒らせる度胸はすごいよね」
 ディエチも前に振り向き、廊下を歩いていく。
 №13、トゥーレが誕生してから半年が経っていた。特異な生まれ方をしたために検査、検査、また検査と研究室に缶詰にされたトゥーレは、ようやく外に出ると、鉄砲玉のように出歩き回っている。
 アジトならともかく外に出てはミッドチルダや管理外世界を歩き回っている。ミッドチルダでは美術館や博物館、管理外世界では誰の目に触れられない遺跡を巡っている。
 トゥーレはスカリエッティから自律行動を許されていた。管理外世界でロストロギアや研究施設として利用できそうな施設を見つけて来る事もよくあるので、ナンバーズ達もあまり強く言えなかった。それに、律儀にもその日の内には帰ってきている。
 ディエチがイノーメスカノンの調整の為に武器整備室に入ると、一人の男がいた。
「………」
「よう」
 黒い艶のある髪と黒に近い蒼色の瞳を持つ青年は顔を上げず、組んだ足の上に乗せた画集に視線を下ろしたまま挨拶した。ワイシャツに黒のジーンズとラフな格好だが、足を組むその姿はなんだかふてぶてしい。
「トゥーレ、いたんだ」
「ああ、まあな」
 自然を装いながらディエチはイノーメスカノンを作業台に置きながらこっそりと姉のトーレに連絡を入れる。
「何読んでんの?」
「読むというより見るものだな」
 膝の上に乗っていた画集を広げる。
「何それ?」
「大昔のミッドチルダ出身の芸術家が描いた絵の写真集みたいなもんだ。当時は評価されなかったが最近になって評価されはじめた」
「ふ~ん」
「どうでも良さそうだな」
「うん、割と。そういえばさ、ちゃんと訓練してる?」
「してない」
 きっぱりと、堂々と言い放つトゥーレにディエチは呆れた。
「トーレ姉にまた怒られるよ」
「また?」
(あっ、やば……)
 今の会話でトーレが探している事に感ずかれたと思い、ディエチは内心焦る。だが、トゥーレは少し考えるように首を傾げると、何事もなく再び画集のページを捲る。
「別に俺は訓練が嫌だとか怠けているとかじゃないんだ」
「じゃあ、何?」
「トーレと訓練するのが嫌なんだ」
「……本人の前で言ったら殴られるよ?」
「前に殴られた。ライドインパルスの加速つきで。五十メートルぐらい吹っ飛ばされた」
「……よく生きてられるよね」
「頑丈なのが取り柄だからな。だからって視認できないスピードで殴るって、殺意マンマンだよな。腹立ったんでライドインパルスの加速追い抜いてやったら何か対抗心燃やしたみたいで、あれから訓練に付き合わされる回数が増えた」
「自業自得じゃん」
「末弟にムキになるなよな。……俺はそろそろ行くけど、この本預かっててくれ」
「え、何で私が」
 無理やりディエチに画集を押し付け、トゥーレはドアを開けて廊下に出た。
「俺は今から逃げる。――IS発動」
「は?」
 トゥーレが扉の向こうで突然ISを発動した事にディエチが驚くと、更に別の声が廊下の方から聞こえた。
「逃がさん――IS発動、ライドインパルス!」
 視認できないスピードで、二人の男女がアジト内を爆走し始めた。



 ――スコン、――スコン
 アジトの地下深く、訓練スペースにてナイフの刺さる音だけが寂しくなっていた。
 一人、訓練スペースでナイフを投げ続ける少女がいた。チンクだ。
 チンクは遠く離れたダーツボートに向かって、機械的にスローイングナイフ「スティンガー」を投げ続けている。
「…………」
 本来ならトーレとトゥーレも混ざって合同訓練を行うはずだったのだが、トゥーレが逃げた。トーレも弟を捕まえるためにこの場にいない。
「…………寂しくなんて、ない」
 ボソリと、ナイフの表面を見ながら呟く。――綺麗に磨かれ鏡のようになったナイフの表面にある物が映った。
 チンクが振り向くと、訓練スペースの床から人の『腕』が生えていた。一つだけ真っ直ぐにのびた人差し指の先には小型のカメラが付いていて、チンクの方を向いていた。
「………………」
「………………」
 チンクの周囲にスティンガーが大量に出現。空中で滞空するそれは一斉に刃先を腕に向けた。
「わーっ!わーっ!!ワザとじゃないんだってばチンク姉ーーっ!」
 スティンガーの雨が逃げ惑う『腕』を狙って床に降り注ぐ。いくら無機物に潜行できるとはいえ、床ごと爆破されてはひとたまりもない。ランブルデトネイターによる爆発が蛇の尾のように続く。
「ぬわーーーーっ!」
 とうとう追いつかれて爆破の余波を受けるセイン。
「うぅ、ひどいや。いくらトゥーレのおかげで頑丈になったからってIS使うのなんてずるい」
 床から煤だらけの顔を出したセインは若干涙目だった。
 ディープダイバーにより更に地下へと潜ったために爆破の直撃を受ける事を回避したものの、やはり痛いものは痛い。
「覗き見するからだ」
「ワザとじゃないって。暇だからアジトの中ウロウロしていたらチンク姉が一人で寂しそうに訓練してたから声かけようかなーって」
「別に寂しいわけじゃ――」
 チンクの言葉は突如起きた爆発により途切れた。チンクのISではない。訓練スペースの外から音と振動が伝わってくる。
「え、なに?今日は基地内爆破デーなの?」
 歪んだ訓練スペースの扉がチンクとセインの後ろを吹っ飛んでいき、廊下から黒い煙が出ていた。そして、煙の中から二つの影が飛び出してくる。
 トーレとトゥーレ、ナンバーズの3と13だ。
 トーレはトゥーレに馬乗りになった状態で弟の頭を鷲掴みにしている。飛び出した勢いのままトゥーレは体を床に打ちつけ、頭を押さえられた状態のまま床に引き摺られていく。
 よほど勢いがあったのか、二人は入り口の反対側、訓練スペースの壁にぶつかる事でようやく止まった。
「だーっ、三女と四女が揃って末弟をDVなんて裁判モンだぞ!」
「お前が訓練をやらないから強硬手段を取ったんだ。普段から真面目にしていれば私とてこんな事はしない」
「トーレお姉様の言うとおりよ~、トゥーレちゃん。貴方がちゃんとしないから、私達は涙を呑んで……」
 二人の横に、クアットロの姿が映し出されたモニターが出現していた。
「嘘つけよ。絶対嬉々として罠仕掛けただろあんたは!俺の進行ルートの床全部地雷にするなんて普通しねえよ!せめて非殺傷設定ぐらいしとけよ!」
「やだ、トゥーレちゃんコワ~い」
「腹黒に言われたくねぇ……」
「クアットロにあたるなトゥーレ。お前が悪いんだからな」
「…………くっ、わーったよ。訓練に参加する。ちょうど訓練スペースにも来たしな」
「最初からそうしていれば良かったんだ」
 トーレが手を離し、上から降りた事でようやくトゥーレの体は自由になった。
「はぁ、酷い目にあった」
 立ち上がり、服についた埃を払う。一見ボロボロのように見えるが、ダメージはないようだった。
 チンクがトゥーレに近づき、見上げる。
「また訓練をサボろうとして、駄目だぞ。ちゃんと姉の言う事は聞くべきだ」
「…………ああ、そうだな」
「…………何故私の頭に手を置く?」
「いや、なんか置きやすかったから……イッテェ!」
 チンクがトゥーレの手にスティンガーを突き刺した。
「お前ら本当に俺に容赦ないな!」



「仲良きことは美しきかな」
 訓練スペースの様子が映るモニターを前に、スカリエッティは紅茶の入ったカップから口を離し、歌う様に言った。
 円テーブルの座る彼の左右にはウーノとドゥーエがいる。スカリエッティ同様目の前には紅茶のカップが置かれている。
「末弟の誕生は他のナンバーズに良い影響を与えているようだ。ドゥーエのおかげだ」
「いえ、偶然ですよドクター」
「その偶然を掴み取り私の元に連れてきてのは君だ。改めて礼を言おう。そんな君にまたして欲しい任務があるんだが……」
「なんなりと、ドクター」
「すまないね、聖王教会から聖骸衣の入手に続いて危険な任務をさせてしまって。今すぐ、というわけではないが管理局に潜入してもらいたい。その準備はウーノがしている」
 スカリエッティがウーノを見ると、ウーノは一つ頷きモニターをいくつか表示させる。
「ドクターの計画の為、これから管理局の情報が必要不可欠。貴女には管理局員として潜入してほしいの。複数の部署の名前を変え、姿を変え、立場を変えて潜入して情報を集めてちょうだい」
「わかったわ。私のISもその為にあるのだから」
「任務が任務だから他のナンバーズに詳しい内容は話せない。長期の独立行動になるだろうから、まだ完成していない姉妹達と会う事はしばらくできないわ」
「そう、それは少し残念ね。まだポットの中に眠ってるあの子達に会うのは楽しみだったのに」
「ごめんなさい。連絡は主に私とね。それかトゥーレ……」
「あの子が?」
「ええ。トゥーレが度々ミッドチルダに行っているのは知っているわね?一般社会に難なく溶け込んでいける彼が通信傍受の対策としての連絡役になるかもしれないわ。現に今もミッドチルダ内で貴女のセーフティハウスとなる場所をいくつか探してもらっているわ」
「遊んでいただけじゃなかったのね」
「遊びの割合が大きそうだけど」
 ウーノが珍しく溜息をついた次の瞬間、訓練スペースで激しい戦闘が行われた。モニターの中、意図せず姉達の神経を逆撫でしたトゥーレが対高速機動戦力の模擬戦闘という名の下ボコボコにされていた。
「天然で地雷踏んでいるのか、解っていながら誤魔化して結局地雷踏んでいるのかわからない子ね」
 トゥーレが逆切れし訓練スペースの壁に大きな亀裂を作った。
「あの子達はまた派手に暴れ回って、トゥーレが完成してから騒がしくなったわ。基地は大丈夫なの?」
「あの程度問題ないわ。あるとすれば、トゥーレの攻撃力ね。今回だって実際に壁を壊したのはあの子だから」
 ウーノの片手が宙に向かってなぞる様に動く。すると、トゥーレがトーレから逃げ回っている際に破壊した壁が映し出された。
「ちなみにこれがその時の映像よ」
「……壁が勝手に壊れたように見えるわね」
「あの二人のISは通常の視力では視認できないほどのスピードを発揮する。トーレも自分と同等のスピードを出せる弟が出来たせいか、無自覚に張り合ってISの効率を上げているわ。……それでもトゥーレの方がまだ速いけど」
「それほどのスピードとあの頑強さがあればとてつもない破壊力を発揮するわけね。でも、基地を壊すのはいただけないわ。後でオシオキしなくちゃ、フフフッ」
 いつのまに取り出したのか右手のピアッシングネイルが怪しく煌めいた。ドゥーエはどういうわけか弟をピアッシングネイルで引っ掻く癖がある。引っ掻いても傷一つ付かず、痛いとしか言わないトゥーレの方にも問題があるのかもしれない。
「いいじゃないかドゥーエ。彼のおかげでナンバーズ達の改良は飛躍的に進んでいる。そうだろう、ウーノ」
「はい」
 ウーノが新しいモニターをいくつも表示させる。その内の一つにはトゥーレの詳細な情報が載っている。
「基礎フレーム、知覚器官は基地にある戦闘機人のデータを参考に作られた……自ら作ったせいか他の姉妹達と比べて僅かな差異しかありません」
「その差異が性能差に繋がっているのだがね。まるでこれほどの設備と素材があってその程度のスペックの物しか作れないのかと、哂われた気分だよ」
 自嘲気味に言うスカリエッティだが、その顔は大いに嬉しそうだった。
「生体部分を含む体全てに未知の金属反応があった。それのせいもあるのだろうが、彼の肉体増強レベルは当時のトーレを大きく上回る」
 トゥーレの構造はすぐに解析され、姉妹達の改良に当てられた。それは今までの研究成果と実験で得られたデータを上回り、ナンバーズの肉体増強レベルは一段階上昇した。
「なにより、彼の在り方が興味深い」
 スカリエッティの手の動きに合わせて、モニターが入れ替わる。一見すると神経の構造を映したものだが、もしこの場にデバイスマスターがいれば驚嘆の声を、或いは悲鳴をあげていたかもしれない。
「彼はある意味人型のインテリジェントデバイスと言えるかもしれない」
 人としての機能を残しながら、デバイスの機能も保有。有機物と無機物の融合ともいえるそれは悪魔の所業だった。
「先天固有技能、稀少技能、どれをとってもこの世に二つとない素晴らしいものだ。ああ、全くもって素晴らしい。研究者として、技術者としてこれほどのものに出会えた事に私は喜びを隠し切れない」
 スカリエッティの笑い声が木霊する。そんな中、訓練スペースを映し出すモニターには、土煙の中、右腕に黒く巨大な三日月型の刃を生やした青年が立っている。






 ~後書き&捕捉~

 二話目です。正直言うと蓮タンの性格を上手く出せず自己嫌悪です。蓮タンとロートスさんの中間、みたいな性格を目指していますが難しいです。
 
 捕捉ですが、蓮タン(SS内ではトゥーレ)のデータを元にしてナンバーズの身体スペックは上がっています。ただ、上がっているのは身体能力のみで、IS自体が強化されたわけではありません。(話の進行上あるかもしれませんが未定)
 下記に、なのは世界で戦闘機人として誕生した蓮タンのスペックを表記します。未定や決まってない部分もありますので悪しからず。
 
 №13 トゥーレ IS:???(名前が決まってないだけで能力はDies原作の『創造』です。流出は当然しません。したら世界が凍る。原作よりスペック低。フィナーレまで行くかは未定)
 肉体増強レベル:SS+(素の身体能力。なのは原作のトーレの2.5段階上だと思って下さい。ガジェットより頑丈です) 能力:高速戦闘&近接戦
 役割:未定。今のところドゥーエの潜入工作補助。 飛行・空戦:魔法により飛行可能。空戦も可。
 固有装備:???(右腕のギロチンです。固有というか、生えるというか。蓮タン固有の武器といったらこれしかありません。これも名前が決まってないだけです。Dies原作通りの名前にしようか悩み中)
 稀少技能:???(これも名前未定。能力はまだ秘密です)



[21709] 三話 何気ない出会い
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/10/07 18:47
 ミッドチルダ北部、臨海第八空港の近隣にある都市に、二人の若い男女が腕を組んで歩いている。黒髪の青年と青髪の女性だ。
 どちらも人目を容易に引くほどの容姿をしており、時折二人の横を通り過ぎる通行人の中には嫉妬と羨望の眼差しを向ける者も少なくない。
「良い天気ね。絶好のデート日和だわ」
(私と腕を組んで歩けること、ドクターに心から感謝しなさい愚弟)
 青髪の女性が隣の青年に笑顔を向ける。
「そうだな。姉さん達も連れてくれば良かったかな」
(そう言いながら腕を握り潰そうとするの止めてくれませんかねえ、ドゥーエ)
 青年も女性に対して笑みを浮かべた。
 一見カップルに見えるがその正体はトゥーレと変身偽装したドゥーエだった。外は仲の良さそうなカップルを演じつつ、長期潜入任務に就く予定のドゥーエの為に下見をしているのだ。更に水面下ではトゥーレの腕が潰れるかどうかの姉弟喧嘩が起きている。
(それにしても、あんな埃だらけの所よく見つけてくるわね)
(埃だらけって事は長い間人の手が加えられてないってことだ。緊急時の避難場所には丁度いいだろ。文句言うなよ)
 二人は何気ない会話の中、本題を念話で話し合っている。
(今日見てまわった所は一時的な潜伏場所だ。場合によっては物資とか置いておく。調整ポットについてはウーノと相談だな)
(それはいいんだけど、この都市って……)
(気付いたか?景観はと裏腹にかなりの数の次元犯罪者がいる。うちの変態博士と一緒な連中だ)
(あんなのとドクターを一緒にしないでくれる?)
(だからイテェって。他から見たら同じ犯罪者だ。危険度が違うだけで)
(フンッ。それにしても多いわね。目障りだから今度潰そうかしら)
(どっかの誰かが聖王の遺伝子情報ばら撒くからだろ……。おかげで違法な研究する連中が増えて、管理局は頭抱えてるらしいぞ)
(知ったことではないわ。それに、それがあったから貴方が生まれたのよ)
「生まれた、ねえ」
 思わず呟き、トゥーレはベルカ自治領の方角を見た。聖王教会を直接みる事ができる距離ではないが、視線はその上空を向いている。
(聖王の血族ってわけじゃないんだよな)
(聖骸衣から採取した遺伝子情報と比較しても全くの赤の他人ね。もしかしたら傍にいた騎士かもしれないわよ)
(ギロチン持った騎士ってかなりシュールだよな)
(…………貴方自身、何か感じるところでもあるの?)
「ないな。俺はあの時あの場所で生まれた。それ以上でもそれ以下でもない。何を元にしたところで今ここにいる俺が俺だ」
「何を言っているのかわけ解んないわね。……まあ、いいわ。それってちゃんと私の弟として自覚しているってことだから」
「オイ、いきなり考えを改めたくなるようなこと言うなよ」
「あらあら、どういう意味かしら?」
「だから笑顔で腕を捻るな。……さて、そろそろカップルのフリが限界に近づいたところで今日の仕事は終了だ。約束、覚えてるだろうな?」
「覚えてるわよ。下見が終わったら、でしょう」
「覚えてるなら閉館する前に行こうぜ」



「カビ臭いわね」
「埃よりはマシだろ」
 下見を終えた二人は都市区画にある図書館にやって来ていた。トゥーレがドゥーエと共に任務に行く条件として、帰りに図書館に寄る事を要求した結果だった。
「貴方、よく紙媒体で文字読んでるけど不便じゃない?」
「ベージを手で捲るのって楽しくないか?」
「全然」
「そうかよ」
 ドゥーエの返事を気にせず、トゥーレは美術関連の書籍を見てまわる。時折、背表紙のタイトルを見ては本棚から取り出しては中身を確認しては、本棚に戻すか手に持ったまま移動する。その後ろをドゥーエがついて来る。
「そういえば近くに訓練校があったわね」
「襲撃するなよ」
 図書館に行く途中に第四陸士訓練校があるのをドゥーエは確認していた。陸戦魔導士の卵達が通うその学校はドゥーエ達からしてみれば将来敵として立ちはだかる可能性が高い。
「そこまで軽率な事はしないわ。ただ、候補生にしては高い魔力の子が何人かいたわね」
「あっ、聖王教に由来する彫像の一覧がある」
「人の話聞きなさいよ……」
「聞いてるって。魔力量があるからって決して強いわけじゃないだろ。候補生にまでそんな警戒してたら身が持たないぞ」
「貴方は緊張感ないわね」
「使い分けできるからいいんだよ。ところで、さっきから人の周りウロチョロして、正直言うと……邪魔」
「あらぁ」
「ヒールの踵は止めろ。せっかく来たんだから何か小説でも探してみたらどうだ?」
「興味ないわね」
「もしかしたらドクターの役に立つ物とかあるかもよ。紙媒体だから以外に掘り出しも…の……」
 ドゥーエの姿は消えていた。
「速ぇ……まあ、丁度いいか」
 邪魔者がいなくなったところでトゥーレは集中して本を物色し始めた。

 ――数十分後、だいたい選び終わったトゥーレは風の如く消えたドゥーエを探して図書館内を歩き回っていた。
「どこ行ったんだかあのドS……」
 ドゥーエがいたらきっとピアッシングネイルで引っ掻かれてもおかしくはなかった。ナンバーズの中でも自分のペースを崩さないトゥーレはさすがに少し困ったような顔をした。
 いくら探しても見つからないのだ。一番可能性のあった魔法技術関連の書籍が置いてある本棚にはおらず、少しでも関係のありそうな場所を探したがドゥーエの姿はなかった。念話でも話しかけたが応答なし。
「まさか訓練校に殴り込みに行ったんじゃ……」
 さすがにそれはないなと思いつつも、トゥーレは最終手段の『迷子のお呼び出し』でも見つからなかった行ってみようと決めた。
「う……んしょ……しょっ」
 受付に行こうとしていたトゥーレの目の前に少女が爪先立ちになって必死にジャンプしているのが見えた。少女が跳ぶたびに長いツーテールの金髪が揺れる。
 本棚の高い所にある本を取ろうとしているのが誰の目から見ても明らかだった。トゥーレはさすがに見ていられずに声を掛ける。
「この本か?」
「あ……いえ、その二つ右です」
 少女に言われるまま二つ右の本を抜き出す。その時、本のタイトルが見えた。
「ほら」
「ありがとうございます」
「法律の本とは小さいのに難しい本読んでいるんだな」
 少女が取ろうとしていた本は法律関係のものだった。
「私、執務官を目指してるんです」
「それで今から勉強しているのか。偉いんだな。俺の姉共に爪の垢でも飲ませたいよ」
「いえ……あなたも凄いんですね、色々と」
「え、何でだ?」
 少女の視線がトゥーレの左手にいく。
 そこには分厚い本が積み重なり、本棚の上を越したタワーが左手の上に建っていた。
 本人は自覚していないが、大の大人が両手で持てる数でも重さでもない。戦闘機人の腕力を無駄に発揮している。
「ん?その格好、もしかして陸士訓練生なのか?」
 少女は陸士訓練生の制服を着ていた。
「はい。第四陸士訓練校の生徒です」
「…………ふうん。なら、青髪の腹黒そうな女を見てないか?こう、笑顔の裏に何か怖いこと考えてそうな……」
「い、いえ、見てません」
「そうか。じゃあ、邪魔したな。暗くなる前に帰るんだぞ」
 そう言うと、トゥーレは踵を返して少女から離れていく。
(まだ十歳くらいか?あの歳で訓練校入りなんて、よっぽど優秀なのか……)
 などと思いつつ、受付に向けて歩いていくと以外にも目的の人物の後姿が見えた。
「…………」
 すぐには声をかけず、本棚の横に書いてある本の分類を見る。彼女が立っている場所はフィクション物の小説を中心に置いてある本棚だとわかった。
 静かに、無言で近づき、ドゥーエが立ち読みしている小説のタイトルを知覚器官、ズームレンズ機能で見た。
「ドクター……」
 何だか怪しい笑みを浮かべて艶のある声でスカリエッティの呼称を呟くドゥーエに少しビビりながらも、トゥーレは無表情で本のタイトルを覗き見る。
 恋愛小説だった。
「………………」
 何を思ったのか、トゥーレはその様子を写真記憶した。



「おまたせ、なのは」
 金髪の少女、フェイト・T・ハラオウンは探していた本を借りると、出口の前で待っていた友人の高町なのはの元へ駆け寄った。
「探してた本見つかったんだ」
「うん」
「それじゃあ、寮に戻ろっか」
「そうだね、結構遅くなっちゃった」
 二人は第四陸士訓練校の速成コースに通う魔導士だ。共に将来を期待され、訓練も順調に進んでいる。
「そういえば、すごく力持ちの人に会ったよ」
「力持ち?」
「うん。この本もその人に取ってもらったんだけど、私やなのはよりも高く積んだ本を片手で持ってたんだよ」
「えー、本当に?すごーい」
 ちなみに、二人はちょうど外に出た為に気付かなかったが、図書館内では肉を打つ音と共に本のタワーが崩れる音が注目を浴びていた。



「ただいまー」
 アジトに戻ったトゥーレを最初に出迎えたのはセインだった。
「おっかえりー。ねえねえ、お土産は?」
「ほらよ」
「やったー!」
 『お土産』を受け取った途端、セインの表情が固まった。
「なにこれ?」
「料理本」
「……お菓子は?」
「食いたかったら自分で作れ」
「お姉ちゃんに対してこの仕打ち……」
「姉を思ってだ」
 突っ伏すセインを放ってトゥーレは他の姉達の方へ近づく。
「おかえり。仕事の方はどうだ?」
 チンクがトゥーレを見上げた。
「問題なし。ところでこれは全員へのお土産。ホールサイズのケーキだ」
 トゥーレが白い箱を掲げた。
「えー、なんでぇ!?」
 セインが箱に飛びつくがトゥーレは素早く腕を上にのばして届かないようにした。
「一人だけケーキを要求した罰だ」
「謝るから私にもー!」
「ほらよ」
「わーい!」
「あら?ドゥーエお姉様は~?」
 クアットロがトゥーレの後ろを見やるが、一緒に出掛けたはずのドゥーエがいない。
「さあ?部屋の隅で一人妄想してるんじゃないのか?」
「モウソウ?」
 ディエチが首を傾げるが、その疑問に答えるものはいなかった。
「トゥーレ、ウーノが呼んでいたぞ」
「トーレが代わりに行ってきてくれ」
「何故そうなる。お前の能力について実験するそうだ」
「能力?……ああ、アレか。面倒だな」
「面倒でもやるんだ。お前の能力はどれも貴重だ。ドクターとしても試してみたい事が多いのだろう」
「はいはい。またナンバーズ総出で追いかけっこはしたくないからな。――はあ、面倒な能力持っちまったなあ」





 ~後書き&捕捉~

 管理局の雇用制度ってどうなってるんでしょうかねえ?訳ありとは言えエリオやキャロが普通に機動六課入りしてたりするんで、その辺りの設定はテキトーにお茶を濁しつつ書いていこうかと思います。
 次回はオリジナルストーリー?としてトゥーレに一発ドカンと戦闘してもらう予定です。戦闘描写の練習と確認、そしてStS本編の時系列になった際になのは達と比べてどの程度実力があるのか確認するためです。念のため書くと、現段階でのなのは達とは戦いません。



[21709] 四話 樹海(前編)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/12/18 11:08
「遅い。ってか一匹逃してる」
 高層ビル程の高さがあろう巨木の上で、トゥーレは真っ青な空の果てを見ながら隣にいるディエチを叱った。
 トゥーレの視線の遥か先には直射砲により無残にも魔法生物の焼き残しが地上に落ちているところだった。
 通常では点としか見えないその光景も、木の上にいた二人にはしっかりと認識できる。
「チャージと照準合わせるのにも時間かかりすぎ。エネルギー抑えて連射させてみたが……駄目だな」
「しょうがないだろ。アウトレンジからの狙撃用に調整されてるんだから」
「だからってトロ過ぎるだろ。穿った性能にするならチート能力じゃないとすぐに足元掬われるぞ。現に一発外してるからな。これで敵に居場所気付かれて高速接近されたら終わるぞ」
「チート能力?」
「絶対回避とか絶対命中とか絶対破壊とか……」
「ありえないから、それ」
「ふと思いついただけだ。話戻すが、外したり防がれたりしたらどう対処するんだよ」
「だから観測員としてクアットロとコンビ組んでるんだよ」
「…………俺からしたらそれが一番心配なんだけどな」
「え?なんで?」
「なんでもない。いいから次撃て、次。また外したら帰っても洗浄なしな」
「えぇ~」
「泥だらけのまま一日過ごせ。図太くなれるぞ」
「なりたいとは思わない……」
 トゥーレ、ディエチの二人は管理外世界にて射撃訓練の真っ最中だった。
 キッカケは、トゥーレの失言からだった。
 長距離射撃の訓練をしていたディエチに対しトゥーレは
「止まってる的撃ってるだけじゃ訓練にもならないだろ」
 と言った。
 訓練スペースでは狭い為にアジトの長い直線となった通路を射撃場代わりに使っていたのだが、ICを持っているディエチには訓練にならないと言うのだ。
「そこまで言うならお前が訓練に付き合ってやれ」
「……なんでそうなる?っていうか、マウントポジション取って拳振り上げた状態で言われると脅されているとしか……」
 結局、トーレの説得によって、管理外世界に頻繁に行くトゥーレが動く的のいる世界にディエチを連れて行くことになった。
「外いいなー。私も行きたーい!」
「セインは姉と一緒に奇襲の訓練だ」
「えぇ~」
 ズルズルとチンクに引きづられていくセインを置いて、二人は管理外世界に来た。
 人の手が加えられていないそこは辺り一面が緑の、まさに樹海と表現するには相応しいものだった。樹の海から所々に塔のような巨木が聳え立ち、時折翼を持った魔法生物が羽を休めている姿も確認できた。
 トゥーレはまず巨木の一つにディエチを連れて行き、そこから時折樹海から飛び立つ魔法生物を撃たせている。四枚の翼を持った蛇に似た魔法生物は細く、蛇行するように飛ぶので動きを捉え辛い。
「よし、今度は全部命中だな」
「ふぅ……疲れた」
「少し休憩するか」
「うん」
 ディエチは人が寝そべれる程の枝にイノーメスカノンを置いて、座りなおす。トゥーレは懐から単庫本を取り出すと、樹の幹に寄りかかって読み始めた。
「…………」
 チラリと、ディエチは横に立っているトゥーレを盗み見る。
 ディエチは正直言って弟のトゥーレが少し苦手だった。嫌いだとかそう言ったものではなく、恐怖に近い感情だ。
 トゥーレが誕生する前、まだ金属の欠片の状態だった時に脳裏に映ったギロチンがまだ印象に残っている。現に彼は時折本を持つその右手にギロチンを出現させる。
 それを見る度にディエチは首に違和感を感じてしまう。
「ん?どうした?」
「…なんでもない。それよりよくこんな世界見つけたね」
「ここ、古代ベルカの遺跡あるんだよ」
「……納得」
「遺跡と言っても小屋同然だけど。訓練に使う為にこの世界を利用していたらしい。ここの魔法生物も案外、ベルカが連れて来たものが勝手に繁殖したのかもな」
「ふうん」
「しばらくしたら練習再開するぞ。次は……そうだな、俺を狙撃してみろ」
「ええっ!?」
「適当に歩き回ってるから、お前は俺を見つけて撃て。ちなみに撃ってきたら追いかけるから」
「なんだよそれ……」
「高速戦闘できる魔導士戦を想定してだ。ある程度近づけば撃ち返すからな。お前はそれを迎撃するなり逃げるなりしろ」
「トゥーレを撃つなんて無理だよ」
「能力的に?それとも心情的な意味で?」
「両方。トーレ姉さんより速いし、弟を撃ちたくないよ」
「…………もし俺が敵になったらどうするんだ?」
「……え?」
 一瞬、トゥーレの言う事が理解できなかった。
「分からないだろ?俺はナンバーズの中で唯一あの変態に反抗的だ。俺が裏切る可能性は大きい」
「そんな……」
「まあ、あくまで可能性の話だ。それに、戦場では何がいるか何を命令されるか分からないからな」
「…………」
「…あー、なんだ、何が言いたいかって言うと、どんな奴が出てきても敵として割り切れって言いたいんであって」
「…………」
 黙ったままのディエチにトゥーレは何も言えなくなった。
「悪い、変な事言った。訓練、続けようぜ」
「…………うん」
「じゃあ、先行ってるから。三十分後に開始な」
「……わかった」
「……IS発動」
 トゥーレはISを発動し、一瞬にして樹の枝から姿を消した。



 地平線の果てまで移動してからトゥーレはISを解いた。同時に傍にある樹に頭突きをくれた。樹が縦に割れた。
「別にあんな顔させるつもりはなかったんだがな……」
 軽く自己嫌悪した。
「何であんな事言ったんだか……」
 戦場では何が起こるかわからない。
 ――友が敵として現れ殺し合うことだって。
 そう思ったらつい出た言葉だった。
「気にしてもしょうがないか……」
 そう言って、トゥーレは止まっていた足を動かした。目の前には樹海の中に溶け込むようにして建てられた木造の小屋があった。長い年月が建っているせいか周りの樹の成長で一体化しているようにも見える。
 一見小さく見えるが、中は広く簡易ベッドがいくつも置かれている。壁にある棚には古代ベルカの騎士が忘れていった携帯食や医療品が残されたままだ。
 古代ベルカの騎士が使用していた訓練場だと思われるこの管理外世界には似たような小屋が点在している。他には集合場所だと思われる人為的な広場があった。それら全ては時の経過で自然と見分けがつかなくなっているが、その手の知識があるものには当時の様子が簡単に想像できた。
 トゥーレは簡易ベッドに腰掛け、狙撃対策の為にプロテクションを張ってからディエチが自分を見つけるのを待った。
 
 当のディエチは先の場所から動かずに樹海を見下ろしていた。
 トゥーレを探していないわけではない。その高い観測能力でその場から動かずにトゥーレの居場所を探していた。
 ただ、あまり集中できていない。先程のトゥーレとの会話が頭の中で反復される。
 ナンバーズの十三番目。計画には無かった異例の戦闘機人。その成り立ちからか他の姉妹とは色々と違う面が目立つ。
 身体、能力もそうだが特に精神的なところで違っている。
 生みの親であるドクターに対し平気で暴言を吐く。前に一度、声を上げて笑っていたドクターの背中を蹴っていた事もあった。
 ナンバーズはどちらもしないし、しようとも思わない。ドクターのやる事に疑問を抱かない。何より『敵になったら』なんて発想は普通できない。
 ドクターやナンバーズに敵意を抱いているのかもしれない。だけどトゥーレはドクターの命令は聞いているし、姉妹達との仲は何だかんだ言って良好だ。
 発言と行動が一致していないように見える。
「よくわからないな……」
 考えが堂々巡りし始めたその時、ディエチの知覚器官が魔力反応を捉えた。
「トゥーレ?いや、違う。これは……」
 空を見上げ、ズームレンズ機能を最大にする。
 空に黒いバリアジャケットを身に纏い、裏地の赤い黒のマントを羽織った金髪の少女がいた。

「この世界だね。バルディッシュ。魔力反応は?」
『魔法生物のものが多数。異常魔力反応なし』
「……そう」
 無人世界でもあるはずのこの管理外世界に大規模な魔力反応が管理局によって検知された。反応はすぐに縮小したものの、次元犯罪に関係あるのかもしれないと魔導師フェイト・テスタロッサ・ハラオウンを派遣した。
「このまま魔力探知を続けて」
『はい』
 フェイトは眼下を見回す。辺り一面緑で溢れかえり、海という表現が似合う。空に遮蔽物はないが、地上の探索は非常に困難だろう。
 とにかく、空を飛びながら魔力探知によって異常反応を探すしかないと判断したフェイトは空を巡回し始めた。
 その時、樹海からいくつもの影が飛び出してきた。
 四枚の翼を持つ蛇だ。人を丸呑みにしてもまだ余るほど口を開け、フェイトに向かって飛行してくる。
「……ハーケンフォーム」
 フェイトのデバイス、バルディッシュ・アサルトが変形し、垂直となったヘッドの部分から魔力刃が伸びた。

「うわぁ……速い」
 遠くの空で行われている戦闘に、ディエチは驚きの声を上げた。金髪の少女に襲い掛かった魔法生物は少女のスピードについていけずにあっと言う間に切り倒されていく。
 数分もしない内に戦闘は終了し、少女は何事もなかったかのように飛んでいく。
「どうする?撃つ?」
「撃つなよ」
 ディエチがモニターを出現させて問いかけると即座に返事が来た。
 モニターに映るのは木製の壁に寄りかかったトゥーレだ。
「その魔導師はこの世界の調査来ただけだろ。敵じゃない」
「私達を探しに来たのかもよ?結構撃ってたし」
「いや、確かにSクラスの砲撃しまくってたが……。違うだろ」
「何で断定するのさ」
「心当たりがある。何で訓練場としてここ選んだかわかるか?」
「いいや」
「魔法生物が異常発生してるんだよ。何食ったらネズミより繁殖能力が上がるのか……」
「つまり?」
「いくら撃っても沸いて出る」
「ふうん……それでどうするの?あの魔導師」
「ついでだから気付かれないよう潜伏する訓練でもするか」
「それはいいけど、そっち行ってるよ」
「――――は?」
 念話による通信でトゥーレの所在地が判明できた。そして、金髪の少女は明らかにトゥーレの居場所へと向かっていたのだ。
「…………あっ、プロテクションの魔力に気付いたのか」
「どうする?まだ撃ち落せる距離だけど?」
「だから撃つなよ」



 魔法生物とは違う魔力反応を感知し、その反応のすぐ近くまでフェイトは瞬く間に移動していた。先程の戦闘が無かったように疲れも見せていない。
 地上に降りてみると、目の前に小屋のようなものがあった。樹から小屋が生えてるのか、小屋から樹が生えてるのか区別できない。入り口らしき長方形の穴と、窓らしき正方形の穴があったから小屋と判別できた。
 魔力反応は小屋の中からした。
 フェイトは警戒しながら慎重に小屋の中に入る。小屋には光源がなく、入り口からの光でなんとか内部を大まかに把握できる程度だ。
 小屋の中には平行に二列に並ぶたくさんの簡易ベッドと、そこに座って本を開いている男がいた。
 黒い髪に、黒みの強い蒼色の眼をしたその男は小屋に入って来たフェイトに気付くと、本を閉じた。
「えーと、どちらさん?」

「あ、私……嘱託魔導師のフェイト・テスタロッサ・ハラオウンです」
 少女、フェイトは明らかに不審人物の人間に対して丁寧に自己紹介をした。
「嘱託……管理局のか。それで、管理局の魔導師がどうしてこんな所に?」
(白々しい……)
(うるせえ黙ってろ)
 ディエチの念話をあしらうって、トゥーレはフェイトの顔を見た。どこかで見たことのある顔だった。
 プロテクションの魔力を感知されてしまったトゥーレは、ディエチに身を隠すよう言い、自分は一般人としてシラを切るつもりでいた。
 逃げようと思えば簡単に逃げる事は可能だったが、逃げてしまっては逆に怪しまれる上に魔導師が一人だけという保障は無かった。ならばいっそ見つかって一般人のフリをしようと決めたのだ。
 無理がある。しかし、わざわざ敵対する気も無いトゥーレはなんとか誤魔化そうとしていた。
「この世界に異常な魔力反応があって、それを調査しに来たんです。そういうあなたは?」
「ああ、俺?俺は観光」
(うわぁ……)
(だからお前黙ってろ)
 一体どこに魔法生物が大量発生している樹海に観光しに来る馬鹿がいるというのか。しかし――
「そうなんですか。でも、ここは危ないですよ」
 フェイトは信じた上にトゥーレの身を案じた。
(信じるんだ……)
(育ちが違うと人間こうも違うのかね)
「魔法生物ぐらいなら逃げ回れるさ」
「でも、やっぱり危ないです。送りますので、ついて来てください」
「…………」
 十歳程度の子供に大の大人が送り届けられるというのはどうなんだろう、と思いながらトゥーレは仕方なく腰掛けていたベッドから立ち上がった。一見ボーッとしているような少女だが、その瞳には強い光があった。
(この手にタイプは頑固だからな)
 稼働暦が二年にも満たないトゥーレは、まるで他に似たような人物を知っているかのようにそんな事を思った。
「そういえば、どっかであったか?」
 フェイトと共に小屋から出てから、トゥーレは先程から引っ掛かっていた事を聞いた。
「え?――――あっ」
 光源の強い外に出たことでトゥーレの顔がはっきりと見えた。その顔を見て、フェイトは思い出す。
「図書館にいた人……」
「図書館?……あー、あの時の」
 トゥーレも思い出す。ミッドチルダの図書館で法律の本を取ろうとしていた少女だと。
「あれ?確か訓練校の生徒って言ってなかったか?どうしてこんな所に……」
 卒業するには早いし、卒業したとしてもいきなり単独で管理外世界で任務というのはおかしい。
「速成コースだったので、もう訓練校は卒業しました」
「……その歳で速成コース。優秀なんだな」
「いえ、そんなわけじゃ……」
「いくつ?」
「え、と。十歳です」
「はあ、そうか……。もしかしてこの世界に一人で来たのか?」
「そうですけど、それがどうかしました?」
「いや、なんでもない」
 言いながら後頭部を掻いた。速成コースで訓練校を出た上に調査とはいえ管理外世界に一人で任務。優秀であるが故なのだろうが、トゥーレは十歳の子供がこんな危険な場所に仕事で来るというのに何となく不快感を感じていた。
「それでは、魔法で中継ポートに送りますのでじっとしていて下さい」
「ん、ああ、ちょっと待ってくれ。次元転送なら俺でもできる。実際ここに来てるわけだしな」
「はあ……」
「手間取らせたお詫びって言ったらあれだけど、魔力の異常反応、心当たりがある」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ。だからそこまで案内する」
「でも、危ないですよ」
「魔法なら身を守る程度使える。こっちだ」
 そう言って、トゥーレは樹海の中をズンズンと先に進み始めた。フェイトは躊躇したが、小走りでその後を追った。





 ~後書き&補足~

 すいません嘘つきました。前回では今回戦闘するつもりだったのが、予想以上に文章量が増えたので前後編に分けて、戦闘は後編にあります。
 そろそろナンバーズ達との絡み書こうかな、と思い立って予定外の加筆していたら長くなってしまった……。そのまま投稿しても良かったかもしれませんが、前回までの文章量と比較しても長いと思ったので分けたんです。

 余談ですが、蓮タンと相性いいナンバーズって誰なんでしょうね?実は未だにイマイチ性格が掴めていないナンバーズが一部います。せっかくナンバーズ入りしているのだから、フラグ立てないでも今後ある程度各人関わりを持たせたいと思っています。




[21709] 五話 樹海(後編)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/09/12 03:57

(いいの?あんな事言って)
(とっとと帰ってもらった方がいいだろ)
(そうかもしれないけど……)
 念話でディエチと会話しながら、トゥーレは慣れた足取りで自然の中を歩いていく。地面、というよりも樹の根の上を歩いていると言った方が正しい。
 時折、立ち止まりながら後ろを振り向く。
 トゥーレの背後ではフェイトがついて来ている。長い時間歩いているが、訓練校を出ただけあって体力はあるようだった。ただ、二人の歩幅に大きく差があった。
「大丈夫か?」
「はい、この位大丈夫です」
 確かに汗はかいているいるものの息は乱れていない。しかし、巨大な樹の根を歩くのは慣れていないようで、歩きにくそうだった。飛行すればいいのに、トゥーレに合わせて地上を歩くのは彼女の真面目さ故なのか。
 トゥーレも飛行してやればいいのに、悪いと思いつつ実力を隠して飛行しなかった。飛行魔法は先天資質がなくとも訓練によって会得できる。だが、それには時間も資金もかかる。管理局に登録されていない魔導師が飛べば怪しまれると思ったからだ。
「もう直ぐ着くからな」
「はい。……あの」
「ん?」
「お名前、まだ聞いてない…」
「ああ……、…………トゥーレ、だ」
 偽名を使おうか迷ったが、結局実名を言う事にした。
(いいの?名前教えてしまって)
(別に教えたって困るわけでもなし。別にいいだろ)
「トゥーレ、さん。トゥーレさんは魔導師なんですよね」
「管理局とは無縁だけどな。魔導師全員が管理局に所属するわけでもないから俺みたいなの珍しくもないだろ」
「はい、それはそうなんですけど……。トゥーレさんがあの小屋で使ってたの、プロテクションですよね?どうして防御魔法を?」
 狙撃対策とはさすがに言えなかった。
「いくら室内だからって魔法生物が襲って来ないとも限らない。念のため、休憩しながら防御魔法使ってたんだ」
「……そうですか」
「それがどうかしたか?」
「私、強い魔力反応を感知したんですけど、プロテクションにしては魔力が強かったような気がして……」
「…………」
(やっぱりトゥーレが一般人って無理があるよ)
(いちいち突っ込みいれんな)
「そうなのか。案外、魔導師としての才能高いのかもな。それよりもさっきから気になってたんだが、いいか?」
 それ以上突っ込まれないうちにトゥーレは話題変換を試みる。
「はい、なんでしょうか?」
「その格好、何?」
 トゥーレはフェイトの頭の天辺から足の爪先まで見る。斧のような形をしたデバイスは気になるが、両手でデバイスを持った金髪の少女は可愛らしく見える。しかしそれよりもトゥーレはその格好が気になった。
「へ?これはバリアジャケットですけど……」
「いや、それは分かってる。そのデザインだよ」
「はぁ……デザイン、ですか?高速機動用にデザインしてあるんですけど、何かおかしいでしょうか?」
「誰かの趣味じゃなくって?例えば紫色の髪した白衣の変態とか」
「違います」
「…………そうなのか」
(俺の姉連中の格好も大概だが、十歳でこの格好はありえねえ)
(なんだよ)
(まだお前らの方がマシだって褒めてんだよ)
「フェイト、だったな」
「は、はい」
「駄目だ。そんな歳からそんな趣味に走ったら。治すなら今のうちだ」
「え、え?何だか凄く心配されているように見えて馬鹿にもされてるような……」
「気のせいだ。それよりも、着いたぞ」
 適当に相槌をうって、トゥーレはその場所を顎で指し示した。
 フェイトが駆け足でトゥーレの傍まで来、その光景を見て息を呑んだ。
 目の前には緑一面の樹海とは違う、荒れ果て、砕け折れた木々は散乱していた。根元から巨大な樹が倒れ、その地面を顕わにしている。
 そして、むき出しになった地面には巨大な穴がいくつも蜂の巣状にできていた。
「これは……」
「あんまり近づくなよ。夜行性だから昼間は地面の中だが、何がキッカケで起きてくるかわからないからな」
「起きてくる?」
「この穴だらけの地面は魔法生物の巣だ」
「これ全部ですか?」
「ああ。魔力異常は多分こいつらが原因だ。異常発生してその数を増やしている。一箇所に集まって子を作る習性があるせいか遠くから魔力を感知するととんでもない魔力量に見えることもある。管理局が感知したのはそれじゃないのか」
「なるほど……」
「原因も解かった事だし。帰るか」
「いえ、先に帰って下さい」
「……なんで?」
「念のためもっと調査をしますから。この事、教えてくれてありがとうございます」
「いや、そんな頭下げられても……危ないぞ?」
「私、嘱託魔導師ですから。それに、こう見えても結構強いんです」
「いやいやいや、そういう問題じゃなくてな…………」
「…………」
「…………わかった。じゃあ、俺は帰るから」
 きっと、いくら言っても聞かないだろうと判断したトゥーレは溜息をつきながら顔に手を当てた。
(えっ?私はどうやって帰れば!?)
(後でちゃんと迎えに行く)
「ちゃんと暗くなる前に帰るんだぞ」
「はい」
 やけにはっきりとした返事に、トゥーレは逆に不安になった。



『ねえ、まだ帰らないの?』
「帰らない」
 次元転送により帰ったフリをして、トゥーレは戻ってきていた。そして、ディエチにフェイトの監視をするよう言い、自分は再び小屋の中にいた。
 壁の棚を開けては中の物を確認している。
「魔導師は?」
『まだ空飛び回ってる。何度か魔法生物に襲われてたけど、簡単に倒してたよ』
「そうか……もう日が暮れるってのに。っと、あった」
 トゥーレは棚から白い箱を見つけ、中を漁り始める。
「薬に消費期限ってあるのか?あるよなあ。大丈夫か、これ…………」
『さっきから何してるの』
 トゥーレの顔の横で表示されるモニターにはディエチの訝しげな表情が映ってる。
「念の為にな。あいつ、やっぱまだ帰らないのか?」
『帰らないね。でも、そろそろ終わりにするんじゃないかな。最後にトゥーレが教えた魔法生物の巣に向かってる」
「何?くそ、これなら教えなきゃよかった」
『そんなに危険なの?その魔法生物』
「単純な強さで言えば、そこそこ。だけど厄介で面倒な奴なんだよ……」
 トゥーレが後ろの出口を振り返ると、紅い夕日が完全に沈み、一瞬にして周囲は暗闇に支配された。

「やっぱり、ここが原因なのかな」
 あらかた樹海を飛び回って魔力反応を調べていたフェイトは最後にトゥーレに案内された魔法生物の巣の上空へとやってきていた。
 樹海に生息する魔法生物の数は確か多かった。しかし、管理局が感知するほど異常な魔力反応は見られなかった。
「危ないかもしれないけど、調べてみようバルディッシュ」
 トゥーレが言っていた事が本当なら、魔力異常の原因はこの巣の中にある。そう思い、フェイトは穴に向かってゆっくりと降下した。
 空は月の青白い光があるというのに穴は光さえも吸い込んでいるかのように黒く、深い。
 フェイトの爪先が暗闇に入ったその時、置くから四つの赤い光が煌めいた。
「――なっ」
『ディフェンサー』
 バルディッシュが防御魔法を自動使用。その直後、赤い四つの光がフェイトに迫り、フェイトの小さな体を大きく空へと弾き飛ばした。
 空中で体を回転させ、フェイトは体勢を整え、自分を攻撃してきた存在を見る。
 それは蛇の魔法生物だった。しかしその大きさはフェイトを幾度も襲った翼の生えた魔法生物の比ではない。穴から出したその首は巨大で、空に浮かんでいるフェイトにまで届いている。蛇、よりも龍に近い。
「これは……」
 空を飛ぶ自分を見下ろすのは魔法生物の赤い四つの瞳だ。それは完全に敵意の色に染まり、魔法生物の喉から威嚇するような唸りが聞こえてくる。
「……来る!」
 フェイトの言うとおり、四つ目の魔法生物がその巨大な顎を開き、襲いかかってくる。フェイトはマントを翻し、回転しながらその牙から逃れる。
『ハーケンフォーム』
 バルディッシュがカートリッジを一発ロード。ヘッドが持ち上がり本体と垂直になると、ヘッドから魔力刃が生成される。
 フェイトは横を通り過ぎる魔法生物の胴めがけて魔力刃を振り下ろして切る。
「っ!?硬い!」
 魔法生物の鱗が予想以上の強度を持っていた。金色の魔力刃は思うように通らず、浅く切っただけに留まった。
 痛みに暴れ回る魔法生物から距離を置くフェイト。それを魔法生物の首が追う。
 フェイトはその自慢の機動力で一気に距離を置くと、Uターン。再びデバイスを構え、魔法生物へと直進する。狙うは先程切り傷をつけた部分だ。
 向かってくるフェイトに対し、魔法生物は喉を膨らませ、口を大きく開いた。そして、喉の奥から大量の煙が吐き出される。
 一瞬にして視界を覆った煙にフェイトは目を細める。だがフェイトは煙の中を一気に突き抜け、魔法生物に肉薄、魔力刃を力の被り振り下ろす。
「はああっ!}
 最大の加速がついた魔力刃が魔法生物の胴を真っ二つに切った。
 魔法生物の首と長い胴が力を無くし、重力に従って落下する。
 フェイトはその様子を上空で見下ろす。その視線は落ちていく魔法生物を通り過ぎ、その下の地面に開けられた多数の穴を見る。
 穴からは赤い光がいくつも現れ、地面の底から唸り声が聞こえる。
『魔力反応増大』
「トゥーレさんが言ってたとおりだ……」
 穴の中から新たに這い出ようとする魔法生物に備え、バルディッシュを強く握ろうとしてフェイトは突然眩暈を覚えた。
「う……な、に…」
 眠気のようなものが襲い掛かり、急激に力が抜けていく。
 力を無くし、制御もままらなくなったフェイトが落下した。それを待っていたかのように穴の中から四頭の先と同じ魔法生物が姿を現した。その鋭い牙を見せ付けるように魔法生物達は口を開いた。
 バルディッシュが防御魔法を自律発動するが、あの巨大な魔法生物にどこまで持つかわからない。しかも落下予想地点は奴らの巣にある。
 その時、遠くの樹海から一条の光が放たれた。
 光は落下するフェイトに牙を向ける魔法生物をまとめて消し炭にした。脅威が取り除かれ、自由落下するフェイトに更に変化が起こる。
 赤い光を放つ魔力光がフェイトを包み、落下速度が低下し、ゆっくりと地上に――いや、男の両腕に抱きかかえられた。

(言われた通りに撃ったけど、私の事気付かれたんじゃない?)
(俺がやったと思わせればいい)
(Sクラスの砲撃、できるの)
(やった事はない。だけど、やれると相手に思わせれば十分だ)
 念話で会話しながら、膝を折ってその上にフェイトを乗せ、片手でフェイトの頭を持ち上げる。ポケットから小さなビンを取り出すと、蓋を開けて中身をフェイトに飲ませる。
「ベルカの騎士の置き土産だ。効き目があるかわからないが、無いよりマシだろ」
『ありがとう』
 バルディッシュが礼を言う。だが、トゥーレは無機質の声に警戒の色を感じとっていた。それに僅かに苦笑する。
「心配でな。あの魔法生物は即効性の神経ガス吐いてくるんだ。だが、少量しか吸い込んでないから、時間が経てば回復するだろう。高速で通過したのが幸いしたな」
 意思のあるインテリジェントデバイスとはいえ、弁明する自分に更に苦笑重ねてトゥーレはビンを投げ捨てる。
 フェイトの顔は赤く、呼吸は荒くなっている。だが、薬が効いたのかそれ以上の症状の進行はない。
「これで一安心、ってわけでもないんだよな」
 トゥーレの足元が大きく震えている。乱入者に対し、怒りを表現するかのように大地が震え、振動が地表に向かってくる。
「えっと、お前名前は?」
『バルディッシュ・アサルト』
「よし、バルディッシュだな。少し悪いがお前を使わせてもらうぞ」
 そう言ってトゥーレはフェイトの手からバルディッシュを取る。
 バルディッシュの宝玉が不満そうに点滅する。
「そう怒るな。主人以外に使われるのは不満だろうけど、お前のご主人様を守る為だ。力を貸してくれ」
『…………』
 その無言を了承と受け取り、トゥーレはバルディッシュを片手で構える。
(アレ、やるの?)
(ああ。さすがにISや凶器出すわけにもいかないからな。それに、ウーノからデータが欲しいって言われてる)
(なら、援護はいらないよね)
(そこで見てろよ)
 言って、力を入れる。
「バリアジャケットは――さすがにあれは無いから作るか。別枠で作るから安心しろ、バルディッシュ」
『――!?』
 珍しく驚きの様子を見せるバルディッシュ。それに合わせて地面から魔法生物の首が伸びた。その数は十数体。それら全てが鎌首をもたげ、自分達の巣の上に居座るトゥーレに敵意に満ちた眼で睨みつける。
「えっと、こうなって……。これが、あれで……」
 囲まれている状況の中、トゥーレは別段慌てる様子もない。
 それに怒ったわけではないだろうが、魔法生物達の内一体がトゥーレに襲い掛かる。巨体を生かした体当たりは人間が受ければ容易く潰され、半端な魔法防御では弾き飛ばされる。
 だが、それは球体のバリアによって逆に弾かれた。
 悔しがっているような魔法生物の雄たけびの中、トゥーレの体が赤い光に包まれ、一瞬にしてその姿を変えた。
 フェイトが普段しようするバリアジャケットとは違い、それは黒を基調とした軍服調のバリアジャケットだった。
 身を包む黒服は堅牢そうな色合いとは逆にスマートなデザインで動きを阻害するものがない。両手には白い手袋、左腕には赤一色の腕章がある。
 適当にイメージして即席で作ったバリアジャケットの感触を確かめるように両の手を閉じたり開いたりした後、トゥーレは左腕でフェイトを抱きかかえたまま立ち上がる。
 魔法生物達が一斉に動き出した。巨体に似合わないスピードで長い胴を動かし、トゥーレに挑もうとする。
「……フォトンランサー・マルチショット」
 バリアを解き、代わりに現れたのは三十を超えるフォトンスフィアだ。それらが槍型の魔力弾を一斉発射。狙いも何もない金色の魔力弾はマシンガンのような連続発射によって、周囲の魔法生物の硬い鱗に突き刺さり爆発する。
『――――』
 黙したままであるが、バルディッシュは戸惑っている。バルディッシュはフェイトのインテリジェントデバイスであり、当然彼女に合わせて調整が施されいる。バルディッシュの了承が得られたと言っても他者が簡単に扱えるものではない。
 しかし、トゥーレはバルディッシュのスペックを十分に発揮していた。
 トゥーレは周囲に魔法生物がいなくなると、飛行魔法により空を高速で飛んだ。それを追う影、地面から新たに出現する。
 水平になるほど顎を開き、魔法生物の一体が上昇するトゥーレ達を追って来る。
 トゥーレはその大きく開かれた口に向かってバルディッシュの先端を向ける。その先から圧縮された魔力の塊が一つ、いや、三つ生まれた。
「悪いが、巣は壊させてもらうぞ。――プラズマスマッシャー」
 環状魔方陣がいくつも生成され、発射された。三つの直射砲撃が追って来る魔法生物を焼き滅ぼし、地上に命中する。巨大な爆発が生まれ、まだ穴の中に潜んでいた魔法生物ごと巣を破壊する。
 トゥーレはその結果に目もくれずに水平飛行を開始した。
 バルディッシュは気付いていないが、今のトゥーレはバルディッシュを扱う為のデバイスと化している。スカリエッティが絶賛したトゥーレの体質、己自身がデバイスでもあり他のデバイスを使用する際に己の魔法資質をデバイスに合わせる事ができるのだ。同時に、例え意思のあるインテリジェントデバイスであろうと操る事ができる。
 水平飛行するトゥーレの真下、追従するかのように地面が揺れる。木々が揺れ、倒れ、地面が盛り上がる。その軌跡は何本にも伸び、トゥーレを追う。
「しつこいな……」
 バルディッシュをデバイスフォームからハーケンフォームへとカートリッジ無しで切り替える。
 地面から再び巨大な蛇の魔法生物が現れた。完全に敵と見なしたのであろう。その数は三十を超え、トゥーレの正面から扇状に広がっている。
 トゥーレはバルディッシュを回転させる。ハーケンフォームの魔力刃から多数の刃が射出される。射出される度に魔力刃が新たに生成される。
 高速回転により円状になった刃は次々と魔法生物へと襲い掛かる。更に、ハーケンフォームからザンバーフォームへと形態変化。
 目の前に迫る魔法生物の下を潜るように回避、回転し、大剣でその首を断った。
 自動誘導によるハーケンセイバーの刃が同様に魔法生物の胴を切り裂き、切り裂き切れなかった刃は突き刺さった状態で爆発する。
 次々と倒れていく魔法生物達の中、ある一体がトゥーレに向かってガスを吐いた。トゥーレはバリアタイプの防御魔法を展開、ガスの侵入を一切許さない。
 だが、ガスを吐き出し終えた魔法生物が、強く口を閉じた時に予想外の事が起きた。
 口を閉じた際に牙どうしの接触により火花が発生し、ガスに発火する。
「なっ――」
 ガスに囲まれていたトゥーレは大規模な爆発に飲み込まれた。
「くそっ」
 防御魔法に強く魔力を注ぎ込みながら、爆発の勢いに押し出され、トゥーレは中空で静止する。
「そんな事もできたんだな」
 その間にも魔法生物が更に増え、トゥーレ達を取り囲む。
『…………』
「……すっげえ不満そうだな。悪かった。やっぱり主の傍がいいよな」
 バルディッシュの感情をどう読み取ったのか、トゥーレは右手からフェイトを抱える左腕にバルディッシュを持ち変える。そして、ザンバーフォームの魔力刃を右手で掴んだ。
 魔力刃が手袋を裂くが、トゥーレの手は浅く切る程度だ。しかし、手の平と指から血が噴き出す。それでも構わず、トゥーレは魔力刃を引き抜いた。そのまま強く握り締め、大剣の形が長剣へと無理やり形を変える。
「お前は主人を守ってろ」
 刃の無くなったザンバーフォームからデバイスフォームへと戻し、バルディッシュを中心にフェイトを包むかのようにシールド魔法を展開。ガス対策の防御魔法も忘れない。
「一気に切り抜けるぞ。――サンダーブレイド」
 右手に雷の力を持つ刃と、左手に少女を抱えて盾を持ち、トゥーレは一直線に飛んだ。
 空に一条の雷の光が輝き、大地を照らした。



「ここなら平気だ。魔法生物はこの樹から出る臭いが嫌いで近づこうとしない」
『ありがとう』
 魔法生物達との戦闘を終えて、トゥーレは雲に届くほどの大樹の天辺まで飛行していた。
 太い枝の一つに抱きかかえていたフェイトを下ろす。
 フェイトの顔は先ほどと違い、ゆっくりとした規則正しい呼吸をして、顔色もよくなっている。この様子ならしばらくすれば目も覚めるだろう。
「じゃあ、俺は帰るよ」
 デバイスモードのバルディッシュをフェイトの横に立て掛ける。そこでふと思いついたのか、バリアジャケットの上着を脱ぐと、フェイトにかける。
 同時に上着以外のバリアジャケットが消失し、元のワイシャツとジーンズという格好に戻った。
 トゥーレは一度フェイトの汗を拭き取ってやると、立ち上がって枝から跳び下りた。

(悪い遅くなった)
(やっと終わったの?)
(ああ、今からそっちに行く)
(うん、わかった)
 トゥーレとの念話を終え、明かり一つない暗い森の中、ディエチは傍にあった樹の幹に寄りかかって座った。
 先の光景が思い浮かぶ。戦闘機人の観測能力でなくともトゥーレと魔法生物達の戦闘が凄まじいものだったと分かる。遠くからでも分かる程の爆発に地上から伸びる魔法生物の首。そしてそれを切り倒していく金色の光。
 そして、少女を守りながら戦うトゥーレの姿を思い浮かべる。
 ディエチの知る限り、トゥーレのあのような表情は見たことが無かった。厳しい表情ではあるが、トーレが妹達を叱る時に見せるもの似ているが違う。同時にチンクが時折見せる優しい表情とは真逆なのに感じが似てる。
 必死、というのだろうか。あの時見せたトゥーレの表情は。
 考えても結論が出ず、ディエチは首を傾げる。結局は、やはりトゥーレはよく分からないという結論に行きかける。
 その時、眼の体温察知器官が巨大な熱源を探知した。
 咄嗟にイノーメスカノンを手に取る。だが、地震のような揺れに手から落としてしまう。
 慌てて拾おうと手を伸ばした時、足元の地面が盛り上がってディエチの体が吹き飛ばされる。
「ぅわあぁぁっ!」
 地面に転がりながらも受身を取って立ち上がる。すると目の前には先程トゥーレが戦っていた魔法生物と同じ固体がいた。
「なっ……」
 しかし、その固体の大きさは一段と巨大だった。鱗も色素が薄く、牙も一際大きい。威嚇するかのように上げる魔法生物の鳴き声は耳を塞ぎたくなるほど大きい。
 取り損ねたイノーメスカノンは魔法生物の後ろに転がっている。なんとか、それを取ろうと足の動きだけでディエチは移動するが、魔法生物の方が行動は早かった。
 ディエチに向かい、顎を開き突進してくる。
 防御魔法を展開するが、魔法生物は防御魔法に喰らいついたまま離さない。それどころか徐々に防御魔法を圧迫し、守りを破ろうと牙が食い込んでくる。
 狙撃に特化したディエチの防御では長く保つ事はできず、いとも容易く破られる。
 目を瞑り、来るであろう牙に身を硬くした。
 が、予想したものは来なかった。代わりに何かが断ち切れるような音と、巨大な物体が自分の横を通り過ぎる風の動きを感じた。
「大丈夫か?」
 聞き覚えのある声に目を開く。
 そこには、首の無い魔法生物とその前に立つ、右腕をギロチンから生やしたトゥーレが立っていた。
 思わず後ろへ座り込んでしまうディエチにトゥーレが駆け寄る。
「おい、もしかしてどこか怪我したのか」
 トゥーレは心配そうに上からディエチの顔を覗き込んでくる。
「……あっ、うん、ちょっとびっくりしただけ」
「そうか。お前、油断し過ぎ」
 そう言いながらも、トゥーレの顔は安堵した表情になる。それも一瞬で、すぐにいつもの表情に戻る。
「ほら、掴まれ」
 差し伸ばされた手をディエチは掴み、立ち上がる。トゥーレのギロチンは既に消えていた。
「……ありがとう」
「まったく、気をつけろよ」
 ディエチから手を離すと、トゥーレは後ろの魔法生物の亡骸へ振り向いた。
「デカイな、この魔法生物。もしかすると、群れのボスだったか?」
 体の端から魔法生物は砂のように消えていく。
「ん?これは……」
 消えていく魔法生物の中から、ある物を見つけ、それを摘み上げた。
 それは、赤い宝石のような物質だった。





 ~後書き&補足~

 一応、戦闘描写頑張って見たけどどうですかねえ?っていうか、なのは世界に合わせて戦闘機人化させて力も一部のはずなのにトゥーレってば強過ぎにしてしまったような気が……。
 魔法を操れる分、汎用性が上がって逆に隙が無くなったような……。どうする、機動六課!?
 機動六課強化として今後の案がいくつかあるのですが、まだ決めかねています。下にその一部を表記。

 ①トゥーレのうっかりで機動六課パワーアップ
 ②パラレルワールドの司狼が機動六課入り
 ③新たに他作品のキャラをなのは側に味方させる
 ④なのは世界順守の聖槍十三騎士団が登場(マテ
 ⑤天狗道現る(モットマテ

 ①はトゥーレのうっかりで機動六課の経験値がアップしたり熱血バトルみたいに猛特訓で強くなります。②はDies世界の司狼とよく似たパラレルの司狼を登場させます。デジャブは無いですか厨二っぷりは健在。なんでもハイレベルでこなせるので多分魔導師としても優秀だと思います。何より一人増えただけでも戦力は底上げされますから。③はトゥーレに対等に戦えるキャラを他所の作品から引っ張ってきます。(例:デモベの九朔&紅朔
 ④、⑤はネタです。本気にしないでください。④は②のようにパラレルなキャラ扱いすればできそうではありますがヤバイ予感しかしません。⑤は論外。



[21709] 幕間 ウーノの日記?
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/08/22 22:53
 
 皆様はじめまして。ドクターこと世紀の大天才ジェイル・スカリエッティの美人秘書、ナンバーズの一番ウーノです。
 ドクターの脚本通り挨拶したのですが、何か問題ありましたでしょうか?
 トゥーレが誕生してから早一年になります。ナンバーズ初の男性型であるため、ナンバーズとして上手くやっていけるのか不安でしたが、どうやらそれは杞憂のようでした。仲は概ね良好。
 ただ、本人の性格故に時折騒ぎを起こす事もありますが。

 さて、いきなりですが今回はトゥーレ誕生から一年間のナンバーズの様子を振り返ってみたいと思います。



 まずは№2のドゥーエ。彼女は今現在長期の潜伏任務に就いている為にアジトにおりません。任務の内容が内容なので、詳しい事を知っているのはドクターを除き、ナンバーズでは私とトゥーレだけです。
 アジトから離れる為に調整を受けられないドゥーエの為にトゥーレが物資運搬。他にも連絡役として活動し、私がドゥーエの得た情報を整理します。
 そういえば、ドゥーエが潜入任務に就く前夜、しばらく会えない事からドクターが飲み会を開くという提案をいたしました。さすがのお心遣い。
 トゥーレを買出しに行かせて、その夜パーティーは行われました。妹達が危険な任務に赴くドゥーエに言葉を送ったり、ドクターがこっそり練習していた手品を見せてくださいました。
 そんな中、一人だけ空気読めないというか、空気読まない人物が一人。

「二度と戻って来んな」

 ビールをジョッキでグビグビ飲んでいたトゥーレがそんな事を言いました。
 おかげで感動ドキュメンタリー物だったパーティーの雰囲気が一気に白け、ドゥーエとトーレによる弟折檻ショーが始まりました。

「お前はどうしていつもそんな事を言うか」
「止めろ、ボディは止めろ。お前どうしてそんな体育会系のノリでボディブローしてくる。女捨てすぎだろ」
「あら、反抗的な態度ね。ゾクゾクするわ」
「お前もお前でピアッシングネイルで眼をピンポイントで突付くな!刺さらなくても痛ェ!!」

 トゥーレが反抗的なせいか折檻の時間は伸びに伸び、更にその後でチンクのお説教タイムを受けていました。どうしてそうなると分かっててやるのでしょうか、あの弟は。



 №3のトーレは訓練に余念がありません。ナンバーズで初の前線向き戦闘機人だけあり、経験豊富でその戦闘能力はナンバーズの中でも屈指のものです。
 トゥーレのISと戦闘能力が分かると更に己を鍛え上げているようで、このまま本当に女として何か捨ててしまうんじゃないかと姉として少し心配です。
 自分にも他人にも厳しいながらも大雑把な彼女でも、さすがに自分以上の加速をする弟の存在は無視できなかったようで微妙にトゥーレをライバル視しているようです。
 それも仕方無いかと。移動による加速だけならまだしも、弟は運動性能など体の動きそのものが加速されているわけですから。しかしトーレはその感情を己の能力の向上に繋げているようなのでさすがと言うべきかと。
 同じ前線、近接戦闘タイプからかチンクと、ついでにトゥーレとよく訓練しています。しかし、トゥーレはよくサボります。その度にナンバーズ上げての大捜索&捕獲作戦が開始されます。実はそれが訓練なのではないかと思うほど本格的です。

「なあ、お前らそんなに弟虐めて楽しいか?グレてもおかしくないレベルだぞ」
「お前がいつもいつも逃げるからだ」
「そうよ~。トゥーレちゃんが訓練サボったりするからよ」
「…………前にもこんな会話したな」

 トーレもその訓練? を経て、自分と同等以上の速度を持つ相手との戦闘経験と加速機能の効率化により高速機動の底上げに成功。更にはドクターのトゥーレ素体構造解析による肉体のバージャンアップで更に加速が可能に。
 ……なんだか弟ありきな感じがしますが、高速機動戦を得意する者同士影響し合うのは当然の事。



 №4クアットロ。彼女は最近後方指揮の勉強をし始めました。共に情報処理を行っていたので、彼女の分析力と『幻惑の銀幕』があれば非常に優秀な後方指揮官になれるでしょう。
 ただ、トゥーレがクアットロの勉強中によく横やりを入れてきます。的を得ていたり得てなかったりする指摘をするので、邪魔かどうか判断し辛いです。
 これはその一部なのですが、クアットロが戦略シミュレーターにてあそ――練習している時なんか、いつの間にか自作したユニットとAIをコンピュータの中に入れてクアットロをボコボコにしていました。

「トゥーレちゃん、シミュレータに訳の分からないデータ入れるのやめてくれるぅ?」
「何でだよ。やり応えあるだろ?」
「こんな時代遅れの質量兵器を仮想敵にしても意味ないわよ」
「フッ、勝てない癖によく言う」
「………………」
「………………」

 見詰め合って仲が良い様で。ちなみにトゥーレが作ったユニットは爆撃機と戦車でした。AIが変態性能なのか、やたら避けてたくさん撃ち落します。爆撃機で空戦魔導師沈めたり、一発で複数の陸戦魔導師を倒すというのはどういう事でしょうか?
 トゥーレはよくあるとか言っていましたが……。



 №5チンクはナンバーズの中で一番小柄です。きっとこれからもそうであり続けるでしょう。え? 伸びませんよ? というか、伸ばさせません。
 クアットロよりも稼働暦が長く、冷静な性格でいて面倒見の良い性格なので次に起動予定の妹の教育係にする予定です。
 施設破壊や殲滅戦に適し、前線組だけあってトーレ、トゥーレとよく訓練しています。しかし、二人とも背があるので時折鬱ってたりしています。クアットロとトゥーレがよくその低さをからかっては挙動不審に陥ったりと見ていてかわ――哀れです。
 トゥーレは口に出さずに小さい事を指摘するので、なんとも苦労しているようです。例えばアジトのライブラリーにて――

「悪いんだが、そこにある赤い本取ってくれるか?チンク姉さん」
「――ッ!? 初めて弟に姉と呼ばれた! 姉に任せろ、この本だな! ――ヌッ! ――ッ、――ッ!」
「………………」
「――ッ、――ッ、――ッ!」
「………………」
「……ん? チン姉、なに跳ねてんの? トゥーレも何で無表情で見てんの? チン姉じゃ届かないんだから代わりに取ってやりなよ」
「~~~~ッ!?」

 トゥーレは至極真面目な顔で人をからかったり爆弾投下してくるので対応し辛いところが厄介です。そして純粋なチンクはそれにいつも騙されています。



 №6のセインはいつもはしゃいでいます。壁や床をスルーしています。突然変異によって生まれた貴重なIS『ディープダイバー』という無機物に潜れる彼女は隠密性に優れ、敵地に侵入し要所を制圧する事に優れています。まあ、レア度は弟の方がレアなのですけど。
 火力が足りない所は道具でカバーしています。最近になってトゥーレからトラップの仕掛け方を教わっているようです。ただ、アジトに仕掛けたままにしておくのは止めてほしいですね。前にトーレが引っ掛かってセインが怒られていました。
 最近では料理にも凝っているようです。トゥーレが外に行く度にお菓子をねだって悉く期待を裏切られるのでとうとう自作し始めました。まだ形が不揃いだったりしますが、ドクターのお茶請けに使える程度には成っているので賞賛します。
 
「トゥーレ、トゥーレ! クッキー焼いたんだ。食べてみてー」
「はいはい。――もぐ…………すっげえ辛いんだが?」
「やーい引っ掛かったー。これも罠の一つだよねえ」
「…………トーレにセインからの差し入れだって渡してくる」
「ああぁっ、止めて止めて! 謝るからそれはやーめーてー!」

 トゥーレとは仲が良いようで偶に悪戯を仕掛けますが、直ぐに反撃を受けるという事は中々学習しないようです。



 №10、ディエチ。一点特化の為、ナンバーズの十番にしては早い稼動です。強力な砲撃と観測能力により後方からドッーン、とヤってくれます。
 単純ながら強力なので戦力として申し分ない筈なんですが、トゥーレに言わせるまだまだなそうで。トゥーレは絶対に当てろとか、当てたら塵も残さず消し去れとか十代前半の子供みたいな事を言っています。
 このままじゃ砲撃(笑)と言われるぞ、など意味不明な事も。ディエチは渋々といった感じで素直に言う事を聞いています。
 最近では、何か思い悩んでいるようでボーッとしている事が多く、セインの回収し忘れたトラップに引っ掛かっています。トゥーレに相談している事があるらしく、偶には私に相談して欲しいですね。

「よし、ディエチ。今からイノーメスカノンの耐久力テストを始めるぞ。すげえ面倒臭いが」
「それはわかったけど……何で野球で? っていうか、鉄屑をボール代わりにするのはどうかと思う」
「その辺に浮いてたから。それよりも行くぞ。通路狭いから外すことはないだろ」
「私に当たりそうで怖い――っていきなり来た!?」
 ――――ガンッ!
「…………折れた」
「――おい、変態。全然駄目じゃねえか。作り直せ」
「うわぁ、メチャクチャだこの人」

 それ以後、狙撃砲で打撃もできるようになったとか。



 と、まあ現在稼動中のナンバーズは以上です。え? トゥーレですか。あの子はどこにでも出て来たので省きます。あえて言うなら本読んで遺跡巡りして訓練をサボっています。あんまりサボっていると姉は怒りますよ?

「ウーノ」
「あら、どうしたの? 煤だらけじゃない」
「トーレとチンクで模擬戦。殺されるかと思った」
「飄々としてる癖によく言うわね。それで、何か用?」
「換えの服がない。この際スカリエッティのでいいから服貸してくれないか?」
「サイズが合わないわ。でも、この前貴方の予備用に買った服があるわ」
「気が利くな。じゃあ、それくれ」
「――はい」

 トゥーレは私から受け取った服を受け取り広げると、凍りつきました。

「おいテメェふざけんな」
「似合うと思うわよ?」
「男がミニスカ似合うわけないだろ!! つうか、カメラ用意してんじゃねえ!!」





 ~後書き&補足~

 番外編みたいなもの。だからウーノがちょっと変です。鈍器になるライトノベル買って読んでいたのでその影響かも(責任転嫁)。
 転ぶ嫁と書いて転嫁。昔の人がよほど女性に苦労されたんでしょうか。トゥーレみたいに。



[21709] 六話 十三番目
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/09/16 23:53

 空戦用訓練スペースにて、風を切る音が幾重にも重なる。その音を作り出しているのは高速で空中を動き回る二つの物体。
 魔導師と機械の融合により驚異的な戦闘能力を誇る戦闘機人だ。エースと呼ばれる空戦魔導師さえも凌駕するスピードで二人は互いに連撃を繰り返す。
 そう、連続で攻撃しているのだ。飛行魔法による空中戦闘をよく知るものには信じられない光景だ。足場のない空中では姿勢も取りづらく、近接戦闘に重要な足腰の溜めができない。その為、空中での接近戦は擦れ違い様に一撃を入れるか鍔迫り合いになる程度だ。
 しかし、今空中で戦っている二人は時折空中で静止し、どちらかが一方を追尾しながら、なんと格闘を行っている。

「うわー、何か漫画みたい」
「こんな異色な戦い方、他の人見たら驚くだろうなあ」
 トーレとトゥーレの様子を観戦スペースで仲良く体育座りして見ているセインとディエチ。二人の体は爆発に巻き込まれたかのような状態だった。
「そもそも、こんな戦い方は想定していないだろう。空戦魔導師の天敵だな」
 その後ろではチンクが一人立っている。座っている二人と違い、多少の傷はあるがほぼダメージは無いと言っていい。

 空中での静止や急旋回は大きな隙が生まれる。格闘による連撃など踏みしめる地面が無いとろくにダメージにはならない。そんな攻撃をしていれば相手に付け入る隙を与えてしまう――はずなのだが、どういうわけか静止している時以外はスピードが遅くなる事は無く、それどころか連撃の一つ一つが大きな威力を誇っている。
「――ストライカー級の魔導師?」
「そうだ。秘匿命令を受けた部隊を統べる隊長だ。それが最近我々の事を嗅ぎ回っていてな、もしかするとプラント施設を見つけてしまうかもしれない」
「あの施設か。別に今更一つや二つどうって事ないだろ」
「そうなのだが、さすがに調子付かせるのも癪だ。それにクライアントの意思もある」
 信じられない光景を生み出している二人は、平然と会話などしている。
「クライアント? ああ、アレか。デカくなり過ぎた組織には大抵いるもんだよな」
 言いながらトゥーレが右ストレートを放った。空中でありながら速く、鋭く、力強いものだ。
 トーレはそれを両手で受け止め、同時に身を捻りながら右足によるハイキックを行う。だが、トゥーレは左手で受け止め、弾くとトーレの足元を潜り抜けて立ち上がり様に拳を放った。
 どちらも、地上で行っているかのような動きだ。
 トーレの場合、それは力技でなしている。基礎フレームの駆動骨格の間接部位を部分的に動かし、手足の加速装置によってスピードを上げる事で可能にしている。損耗の激しい動きで、例え戦闘機人でもそんな事をすればすぐに各部位が壊れてしまう。最高の肉体強度と強固な基礎フレームを持つトーレだからこそできる荒技だ。
 反して、トゥーレの場合は反則技だった。彼は今、己のISを使ってトーレのライドインパルスに対抗しているのだが、そのISが問題だった。
 犯罪者ではなければ偉大な研究者として名を残すであろうジェイル・スカリエッティによれば、IS発動中のトゥーレの時間軸と通常我々が過ごす時間軸とは長さが違うらしく、通常の時間軸にいる者にとってトゥーレが加速しているように見えるが、トゥーレからして見れば我々が減速しているように見える。当然だ。一人だけ違う長さの時間を行動していれば周りが遅くなったように見える。彼にとってスローになったのは人や物だけでなく、現象も同様に減速している。重力に従って落下する物体も然り。
(などと、ドクターは説明してくれたが、さすがにこれは見ていても信じられる光景ではないな)
 急旋回し、距離を離すトーレ。トゥーレはそれを鋭角に軌道を曲げて追いすがって来る。無理な方向転換は急な停止が必要で、とても相手に追いつける程ではないはずなのに、トゥーレは付いて来る。
 方法は簡単だ。足場を作って蹴ったのだ。トゥーレが方向転換した空中から、小さく透明な物体が勢いよく落ちる。
 遥か下の床に落ちたそれは、手の平に収まる程度の氷だった。他にも床には大量の氷が落ちている。これが、トゥーレの空中戦に用いる足場だ。
 空中に浮かせているわけでもない魔力で作ったただの氷。本来足場などにはできない。氷共々落下するのが普通だ。しかし、IS発動中のトゥーレは自分以外の時間をおいていく。落下していく氷はトゥーレにとって十分に力を込める事のできる足場となる。
「はあっ!」
 インパルスブレードでの斬撃を、トゥーレはステップでかわした。
「まったく、空を飛んでいる私が馬鹿に思えてくる」
 トーレが駆動骨格を使ってどんな体勢からでも、例え無動作からでも手足を動かせるようにしたのは、空戦としてありえない動きをするトゥーレに対抗する為だ。今現在十分に戦っているように見えるが――
 互角のように見えて、トーレは始終押され気味だった。つまり、これだけ強化してもまだ自分は末弟に届いていない。
 そう思考すると、トーレは何だかもの凄く腹が立った。
「うおっ、危ねえ!」
 インパルスブレードがトゥーレの首筋を掠めた。
「俺を殺す気かよ……」
「――チッ……避けていたじゃないか」
「その前の舌打ちはなんだコラ」
『二人とも、今日はここまでにしよう』
 二人の間にチンクの映ったモニターが割り込んで来た。
『こちらの訓練はもう終わっている。続きは明日にして休もう』
「あー、もうこんな時間か。結局一日中トーレに付き合わされたな」
「たまにはいいだろう。お前はすぐに怠ける癖がある」
「はいはい」
 二人は腕を下ろし、並んで訓練スペースを出る。通路にはチンク、セイン、セッテが待っていた。
「お疲れ様ー」
「ああ。お前達もな」
「チンク姉に殺されるかと思った……」
「姉はちゃんと手加減したぞ」
「俺の方は殺意満々だった」
「殺すつもりはない。壊す気だったがな」
「どうしてくれようこのDV女」
 五人はゾロゾロと廊下を歩いていく。
「それにしても最近訓練ばっかりで飽きてきたなあ」
「そう言うな。これから忙しくなる」
「訓練中に言っていた事か?」
「ああ。例の部隊と交戦もありえるかもしれん」
「へ? 二人とも会話なんてしてたの?」
「全然聞こえなかった」
「ふーん。もしそうなったら誰が出るんだ?」
「前線には私とチンク、それにトゥーレ、お前だ。対魔導師戦は初めてになるか?」
 トーレは後ろを振り返り、トゥーレの顔を窺った。
「本当にその部隊とやるならな」
 そう言いながら、トゥーレは首の切り傷を撫でた。そんな事よりも傷の方が気になると言った様子だ。
「稼動中のナンバーズの最高戦力総出かあ。楽勝じゃない?」
 セインが楽観的に言う。
「そうでもない。姉達でもさすがにストライカー級の魔道師と戦った事はない。複数で当たらなければ危険かもしれない」
「チンクの言う通りだな。それに管理局は組織だ。そいつだけじゃなくて部隊で来るはずだ。俺達総出で戦わないと逆に勝算はない」
「総出なら、私達は?」
「お前やセインは直接戦闘は苦手だからな。相手がプラントを狙っているならおそらく室内戦になる。お前の得意な狙撃もできないだろう」
「……なるほど」
「隊長格と部隊を引き離して数人掛かりで各個撃破するのが理想だが、後衛はやっぱりクアットロなのか、トーレ?」
「………………」
「どうしたお前ら?」
 いつの間にか先頭にはトゥーレとディエチが並んで歩いており、他の三人は立ち止まってトゥーレの顔を凝視していた。
「トゥーレって頭良かったんだ」
「はあ?これぐらい誰でも考えるだろ」
「いや、正直私も以外だった」
「姉もだ」
「お前ら全員まとめて良い度胸してるな」

「ドクター。オモチャの方、調整終わりました。後は実戦データ取るだけですね~」
 トゥーレが姉達を睨んでいる頃、アジトの別の場所ではスカリエッティとウーノ、クアットロがいた。彼らの目の前には複数の足と鎌の腕を持つロボットが鎮座していた。
「ああ。AMFがあるとはいえ、組んだプログラムがどこまで魔導師に通用するかテストしなければね。まあ、二、三人戦闘不能にできれば上出来という程度だろうね」
「Ⅰ型は既に量産体制に入っています。そちらのデータはいかがしますか」
 ウーノが鍵盤のようなコンソールを指先で叩く。すると、カプセル型の機械とそれの生産工場が映し出された。
「クアットロの実験には間に合わないだろうから、次の機会に運用するさ。計画は順調かい?」
「ええ、順調です。と言っても、丁度管理局の武装隊が異世界で任務を行うようですから、その帰り際にちょっかい出す程度ですけどね」
「一人で大丈夫? クアットロ」
「大丈夫ですとも~。後方でオモチャの性能を確認するだけですから。何より、ドクターが作ってくれたシルバーケープもありますしね~」
 クアットロはそう言うと、体を一回転させた。クアットロの動き合わせ、白いケープが舞う。薄地ながらもステルス性能と対魔法攻撃のある後衛向きの武装だ。
「ただ、もう一つの方が不安と言えば不安ですね」
「例の部隊の事かしら?」
 新たなモニターが表示される。そこには秘匿命令を受けたと思われる部隊の詳細と、その隊長の姿が映っていた。隊長は大柄な男で、手には槍型のデバイスを持っている。更にその横に彼の戦闘力について詳細なデータが載っている。
「確かに彼らと対峙するのは危険が大きい。だが、私は私の作品達が負けるとは思っていない。オモチャの方も量産できている頃だろう」
「それは信用していますが、№13がちょっと不確定要素で……」
「あら、どうして? 彼の強さは知っているでしょう」
「そうなんですけど~。彼、ドクターに反抗的な所があるじゃないですか。研究の方も快く思っていないようですし」
「彼が裏切ると?」
「そこまでは言いませんけど~。…………あまりこういう事は言いたくないのですが、ドクターは何故トゥーレをナンバーズに?」
 トゥーレの機体構造は確かにスカリエッティの戦闘機人のものではある。しかし、スカリエッティの理論を更に昇華させた機体でもあった。何よりトゥーレは製作過程から調整まで一切スカリエッティの手が加えられていない。
「そうだね。確かにトゥーレは私の作品とは言えないだろうね。だが彼は約束してくれたのだよ」
「約束、ですか?」
「ああ。彼が誕生してすぐに行った検査の時、二人っきりで話す機会があってその時にね」
「それは私も初耳ですね。一体どのような話を?」
「なに、私の夢を話しただけさ。トゥーレは私のやり方に不満を抱きはしても、私の願いは肯定してくれた。そして一つ約束してくれたよ。私の願いが叶うか、潰える時まで協力してくれると」
「それでナンバーズに?」
「そうさ。ナンバーズは私の作品であると同時に理解者だ。故に、私の願いを理解し協力してくれる彼は番外とも言える13番目のナンバーズなのさ」





 ~後書き&補足~

 最初の、トゥーレのISの活用法の説明で大分困りました。端的に言うと飛行魔法とISを併用してついでに魔法で足場作ってるだけなんですけどね。
 空にぶっ飛んだ馬鹿でかい瓦礫の上を走るアクションとかゲームやアニメでよく見ますが、自分よりも明らかに軽くて小さい物体の上を飛び跳ねるってあまり無いと思います。
 ただ、一人だけ時間軸違うならできるだろうと思ってそんな空中戦を表現してみました。Dies原作でもやってたはずだし。
 まあ、あの世界では水の上普通に走ったりしますし、中には手足の動きだけで衝撃波起こして空中移動するデタラメな白い子がいたりしますからね。

 今後の予定としては、なのは達との絡みや、聖王教会との関わりも書きたいと思っています。六課強化案もいくつか思いつきましたしね。
 ただ、聖王教会のカリムとかカリムとかシャッハ、ヴェロッサの年齢が分からぬ……。



[21709] 七話 VSゼスト隊(前編)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/09/21 01:33

 ゼスト・グランガイツは自分のオフィスにて書類仕事に精を出していた。
 背筋を伸ばし、厳しい表情でデスクワークをこなす彼は管理局の制服もあって軍人または騎士然とした雰囲気を持っていた。
 書類もある程度片付いた頃、来客を知らせるメッセージとモニターが電子音と共に彼の目の前に現れた。
『クイント・ナカジマ、メガーヌ・アルピーノ、両准陸尉入ります』
「……ああ」
 短い返事の後、扉が開き、二人の女性が入ってきた。二人はゼストが座る机の前に並び、敬礼する。
「二人に来て貰ったのは――」
「例の戦闘機人プラントですね」
 ゼストの言葉より先にクイントが核心を言う。
「上から圧力が掛かっているようで、ゼスト隊長は完全に抑え付けられる前に捜査したいところですか?」
「……話が早いな」
「まあ、圧力云々はメガーヌが調べた事なんですけどね」
 そう言ってクイントは朗らかに笑った。隣のメガーヌも微笑みを浮かべながら手の平で宙を撫でるようにモニターをいくつも表示させる。
 モニターにはプラント施設と思われる場所と、その根拠や周辺地域の情報、そしてその施設に送られていると思われる資源ライン等の情報が詳細に映し出されている。
「状況証拠ばかりですが、突入捜査するには十分かと思います」
「つくづく優秀だな。助かる」
「いいえ。せっかく苦労して捜査して来たのに、理由も分からず打ち切りされてはせっかくの苦労が水の泡ですからねー」
「あの子達の為にも戦闘機人の研究やってる犯罪者を捕まえたいですから」
「しかし、いいのか?」
「何がですか?」
「私が今回行おうとしている突入調査は危険だ。施設の内部情報もそこを稼動させている組織についても未知数だ。子供のいるお前達には――」
「それ以上言うのは無しですよ、ゼスト隊長。私達は生半可な気持ちで捜査官なんてやっていません」
「そうですよ。それに、私達が抜けては逆にゼスト隊の危険が増えます」
「そうか……すまないな。そしてありがとう」
 そう言うゼストの表情は始終変わらず厳しいものだったが、視線は柔らかいものがあった。

「機嫌が悪そうだな、トゥーレ」
 自分の固有武装の点検をしながら、トーレは隣に座るトゥーレを見た。
 トゥーレは武装のチェックに余念の無い姉と違い、弟はいつもと変わらないラフな格好で、本を読んでいた。
「そうか? いつも通りだとは思うけどな」
「ディエチが怖がっていたぞ。セインでさえしばらくお前に気を使っていた」
「……そうだったのか。悪い、気をつける」
「クアットロが任務に帰ってきてから……いや、その後に戦闘データを見てからだな」
「別に……それは関係ねえよ。たまたま虫の居所が悪いだけだ」
「……そうか」
 二人は今、アジトとは別の場所にいた。明かりのない暗闇の、二人以外誰もいない部屋には埃の溜まったコンピューターがあり、壁の一面はガラス張りとなっていた。ガラスの向こうには広い空間の中に多数の生体ポットが規則正しく並んでいた。
 部屋の扉が開き、灰色のコートを羽織ったチンクが入ってきた。
「二人とも、そろそろ時間だ。配置につこう」
 座っていた二人は立ち上がった。
「シェルコートの調子はどうだ?」
「問題はない。トゥーレも姉達のように武装を作ってもらったらどうだ?」
「俺はいらない。元から頑丈だし、武器なら最初から持ってるからな」
 トゥーレは本をしまう。
「そうだったな」
 その時、三人の前にモニターが現れた。
『みんな~、そろそろ例の部隊が到着しますよ~」
 別の部屋にいるクアットロが映っている。その背後には大量のロボットが並んでいた。
「こちらも準備は出来ている。後方指揮は任せたぞクアットロ」
「お任せくださ~い。お姉様方も頑張ってくださいね」
 言い終わると同時にモニターが消えた。
「ゼスト隊……確か、ノーヴェのオリジナルもいたな」
 トゥーレはまだ稼動前の姉の姿を思い浮かべた。
「ああ。陸戦ランクAAの魔導師だ。もう一人AA級がいるな」
「オーバーSにAA級が二人。地味に厄介だな。……何か嫌な予感がする」
「作戦通り行けば大丈夫だ。姉達を信じろ」
「信じてないわけではないが……。まあ、言っててもしょうがないか。配置につく」



「何か……すごい不気味なんだけど」
 クイントが周囲を警戒しながら、呟いた。
 戦闘機人プラントと思われる施設に潜入したゼスト隊。その道中は容易いものであった。施設内のセキュリティなどは働いていたが、簡単に突破できるものであり、ゼスト達にとっては拍子抜けするほどだ。
 クイントの隣にいるメガーヌもこの状況をおかしいと思っているのか、厳しい表情だ。
「罠かもしれないわね。どうします? ゼスト隊長」
「…………」
 ゼスト自身この状況に違和感を感じていた。しかし、これを逃せば何時調査を止めさせられるか分からない。せめて、何かしらの手掛かりを掴みたいところだった。
「ゼスト隊長。この先が中心部のようです」
 部下の魔導師の報告に、ゼストはとにかく中心部を制圧し情報を入手しようと決めた。
 そのまま先に進み、大きな扉をこじ開ける。
 ゼストとクイントを戦闘に、ゼスト隊は施設の中心部に侵入した。

『さあて、罠だと知らずに捜査官達がやってきたわよ』
「いや、罠だとバレてるだろ」
『トゥーレちゃん、どうしていつも興が削がれる事ばかり言うのかしら?』
「さあな。とにかく、来たんだ。任務開始だ」
『それ、私のセリフ~』
「知るか」
 多脚型とカブセル型のロボットが起動する。
 トーレは何時でもライドインパルスが発動できるよう準備し、チンクがスティンガーを指の間に挟んで構える。そして、
「ボア・ド・ジャスティス」
 トゥーレの右腕にギロチンが落ちた。

 中心部に辿りついたゼスト隊が見たものは、等列に並べられた生体ポットだった。しかし、中身が無い。
「やられたわね。もう撤去した後だったなんて」
「いえ、これは……」
 メガーヌがポットや床の指先でこすると、大量の埃が付着していた。
「……撤退するぞ」
 ゼストが槍型デバイスを構えるのとソレが来たのはほぼ同時だった。
 天井から多くの鉄の塊が落ちてきた。空の生体ポットを踏み潰し、ゼスト隊を取り囲む。それは多数の足を持った蜘蛛を思わせるロボットだ。カメラアイが動き、胴体についた鎌を振り上げる。
 振り下ろされた鎌を避け、隊員達が一箇所集まって円陣を組む。
「何こいつら!? 突然現れたわよ」
「まだ来るわ!」
 蜘蛛のロボットの背後から、隠れていたのか今度はカプセル型の浮遊するロボットが多数現れ、ゼスト隊に向かって突進してくる。
「はあぁっ!」
 ゼストが自分に向かってきたカプセル状のロボットに向け、槍を突き出した。
「っ!?」
 ロボットに槍が命中する直前、槍の穂先にかけていた強化系の魔力付与が突如消失した。ゼストは魔法の効果が消えるのに気付くと、槍を引き、回転して石突の部分でロボットを突き飛ばす。カプセル型のロボットは装甲を歪ませ、蜘蛛型ロボットにぶつかった。
「魔法が無効化された?」
 ロボットに向けて射撃魔法を放った隊員達が動揺の声を上げた。
 ゼストは再び穂先に魔力付与を施した。そして、先程突き飛ばしたロボットに向かって駆ける。過剰とも言える魔力量で突き刺す。無効化でも完全に打ち消されない程の魔力はカプセル型共々蜘蛛型を貫く。
「無効化できる魔力量には限界があるぞ!」
 槍をロボットから引き抜き、爆発から逃れる為に後ろへ下がったゼストが珍しい大声を上げると、動揺から気を取り直した隊員達が一斉に動き出した。
「メガーヌは補助魔法を。クイントは私と殿だ。陣形を崩すな!」
 ゼストの指揮の下、隊員達が連携し始める。魔力を無効化するAMFの発生装置を持つロボット達だが、メガーヌのブーストにより強化された魔導師達の攻撃に、その単調な動きで徐々に破壊されていく。
 だが、更にロボットの数が増えていく。残骸の数だけ後から蜘蛛型、カプセル型が現れる。
「キリが無いわね」
 クイントが魔力付与攻撃をカプセル型に叩き込み破壊する。
 爆散し、完全に破壊されたカプセル型の後ろから飛び込んでくる影があった。
 クイントは咄嗟にシールドを展開する。防御魔法に羽のような刃が喰い込んだ。
 周囲のロボットとは違う攻撃。高速で接近してきたその影は、薄暗い為に容貌は分からないが、人の形をしていた。
「くっ!? まさか……」
「クイントッ!」
 メガーヌがクイントにブースト魔法を掛ける。
 強化された防御魔法が逆に刃を食い止める。
「はあっ!」
 クイントがローラーブーツ型デバイスで相手を蹴り飛ばす。そして右拳のデバイス、リボルバーナックルのナックルスピナーが高速回転し始める。
 圧縮された魔力が拳を強化、襲ってきた人影に打撃を加えようとクイントの右拳が放たれる。
 だが、相手が上に跳んだ為に空振りに終わる。人影は天井にまで上昇すると、高速で後ろへ飛んでいく。
「外したっ」
「クイント! 横だッ!」
 隊長のゼストの声に、追撃しようとしたクイントは自分に近づく新たな影を察知した。すかさず体の向きを変え、迎撃しようと――――する頃には相手の黒塗りの武器が首目掛けて振り下ろされていた。
 一瞬にして詰められた間合い。回避も防御も間に合わない。長大な黒い刃はクイントの首を容易くに断つだろう。
 刃がクイントの首を跳ね飛ばそうとする直前、クイントと刃の間にゼストが割って入る。槍の柄を盾代わりにクイントに迫った刃を防ぐ。
 同時に展開していた防御魔法が刃に対し僅かな膠着を見せたが、切り裂かれようとしている。
 ゼストは防御魔法が斬られる前に、槍を下から回し、石突を振り上げる。黒い刃の持ち主は防御魔法から刃を放し、石突を避けた。すかさず追撃を加えるゼスト。
 その場から動かずに、片手で槍による突きを繰り出す。二度、三度、火花が散って影が大きく後ろへ跳躍してゼストの間合いから逃れる。
 ゼストはそれを追わなかった。深追いを避けたというのもあるが、その影が跳んだ直後にその後ろから大量のナイフが飛んできたからだ。
 ゼストの後ろでクイントがバリア魔法を行使する。ナイフはあっさりとバリアに阻まれ、弾かれて宙や床に跳ね飛ばされた。
「――ッ! 総員、退避!」
 ゼストが叫んだ直後、弾かれたナイフが爆発を起こした。

 チンクのランブルデトネイターによって起きた大爆発を、トゥーレは天井の剥き出しになった鉄骨の上に立って見ていた。
「さすがに仕留めきれないか」
 拡がる爆煙の中からゼスト隊の魔導師達とその隊長であるゼスト、クイントとメガーヌが煙の外に出て、中心部の部屋から出て行くのが見えた。その後を残った鉄屑達が追っていく。
 トーレは既に違う道から待ち伏せする為に移動している。チンクも先程後を追い始めた。ゼスト隊の逃走ルートは何通りから予想しており、各所にはカプセル型、蜘蛛型のオモチャを配置させてある。
「ここまでは順調……しかし、やっぱり隊長各の一人はここで落としたかったな」
 そう言って右腕を横に振る。ギロチンの刃に付いた血が跳ねて壁に付着した。
 トゥーレはISを発動させると、姉達とは違うルートで移動を開始する。



 ゼスト隊は来た道を逆に辿っていた。
 後ろからは先の戦闘で残っていたロボット達が追って来る。それどころか、数が増しているようにも思える。
「ゼスト隊長、その傷は!?」
「あの黒い刃の者と交戦した時だ……メガーヌ、治癒魔法を」
「はいっ」
 走りながら、ゼストは左腕に受けた傷の治療を受ける。黒い刃を受け止めた後の連続攻撃の際に、左腕を深く切られていたのだ。
「止血程度です。また動かすと傷口が開いてしまいますが」
「十分だ」
 左手は動くし、腕も上げられる。だが、無理に動かすと再び傷口が開いてしまうだろう。
 途中、どこか部屋に隠れていたのかカプセル型の浮遊するロボットが現れる。廊下という狭い空間の為か、ほぼ一列にやってくる。一機ずつの為、対処がし易い。
「あの影は……」
「ああ、おそらく戦闘機人だ。相手の能力が分からない以上、ここに留まるのは危険だ。急いで脱出を」
「待って、何かおかしいわ」
 先頭は走っていたクイントが突然立ち止まる。
「私達、こんな道通ったかしら?」
 今自分達が通っている道は侵入したルートでもある。だが、似たような廊下ではあるが何か違和感を感じる。同時に、廊下という狭い空間だというのに圧迫感を感じない。
「まさかこれって……」
 クイント達が違和感の正体に気付く前に、隊列の中央いた隊員達の悲鳴が上がった。
 壁から鎌が生えていた。蜘蛛型の鎌が、壁を貫通したのではなく、直接生えているように見える。
「幻術か!」
 ゼストが槍を鎌の生えた壁に向かって突き出す。槍は壁を素通りし、壁の中から金属を貫く感触が伝わってくる。ゼストはそのまま壁に向かって突進した。
 壁に衝突する事もなく、ゼストの体はすり抜けて壁の向こう側に移動した。
 そこは、狭い廊下とうって変わって広い空間だった。背後を振り返れば、廊下の模様を裏返したような長いモノが続いている。
「ゼスト隊長!」
 そこからゼストの後に続いて隊員達が出てくる。廊下のようなモノはもう役目を終えたと言わんばかりに掻き消える。
「幻術だったなんて……一体何時から?」
「ロボットと戦いながら逃走している最中にだな。誘導されていたんだ。……皆、来るぞ!」
 貫かれて機能停止した蜘蛛型から槍を引き抜き、ゼストは槍を構える。
 周囲は既に大量の正体不明のロボット達に囲まれていた。

「フフッ、私の幻惑の銀幕はいかがでしたか管理局の皆さん」
『向こう、聞こえてないだろ。イタイぞお前』
「だから~、どうしてそういう事言うかなあ?」
『クアットロ、トゥーレ。喋ってないで作戦行動を続行しろ』
「はぁ~い、トーレお姉様」
『へいへい』
 クアットロがコンソールを操作すると、小さなモニターに映っていたロボット達が一斉に動き出す。プラント施設に偽装したこの建物の各所に待機させてあったものだ。それら全てを動かし、計画通りに迎撃体制を取らせる。
 一方、一際大きなモニターに中ではリアルタイムでゼスト隊の様子を映している。使い捨ての為数が多く、集まれば集まるほどAMFの効力を強めるロボットに苦戦を強いられていた。
 今、カプセル型の熱線の一斉射撃を受け、陣形が打ち破られ隊員達が散り散りになる。これにより、オーバーS魔導師と隊員達の分断は成功した。

 クイントとメガーヌ、そしてゼスト隊の隊員達は爆発から逃れ、傍にあったドアから廊下へと逃げ込んでいた。
「駄目だわ。妨害されてる」
 走りながらメガーヌがゼストと通信を試みるが、クアットロのジャミングによって完全に遮断されていた。
「隊長は他の隊員と一緒に別の出口に行ったのを一瞬見たわ。きっと大丈夫よ」
 先頭をローラーブーツでクイントが走り、その後ろをメガーヌ、ゼスト隊隊員達が続く。
「問題は私達よね……」
 廊下の先から蜘蛛型がやって来るのを見、クイント達はすぐ近くの角を曲がる。
「誘導されているわね。どうしよう……」
「どうするったって……私、考えるの苦手じゃないけど面倒なのよね」
「ちょっと、クイント!?」
「相手の思惑通りに行くのも嫌だから――突き破るわよ!」
 言った途端、ローラーが高速回転し加速する。
 待っていたかのように、廊下の先に再びロボットが現れる。
 クイントは構わず加速。左腕を振り上げる。
「カートロッジ、ロード!」
 リボルバー式カートリッジから薬莢が一つ排出される。
「ナックルダスターッ!」
 蜘蛛型如向こう側の壁を突き破った。





 ~後書き&雑談~

 ナンバーズVSゼスト隊です。ガチで戦います。トゥーレも真面目に殺しにかかっています。
 後半はちょっとグロいかも?

 関係ないですが、トーレとセッテってスカリエッティより背が高いんですね(番号札持ってナンバーズが並んでいる画像から)。ウーノやドゥーエが約160センチと聞きました。
 女性にしては背が高い。しかし、Diesだと174センチとか180センチの女の人がいます。
 更に初期メンバーの男連中は白い子除いて最低でも179センチっすよ。すげー威圧されそう。



[21709] 八話 VSゼスト隊(後編)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/12/07 21:52
 トゥーレは廊下の先に眼を凝らす。
 ゼスト隊の前線分隊長の二人と隊員数名が視線の向こうで数機のロボットと戦っていた。
 予想外の接触だ。計画では特定のポイントでほとんどの蜘蛛型とカプセル型で制圧し、オーバーSのゼスト・グランガイツを三人で相手するはずだった。
 戦闘機人の知覚機能によって遠距離からでもその暗闇で行われている戦闘がよく視えた。僅か数機のロボットでは相手にならず、じきに全て破壊されるだろう。
 ゼスト隊隊員達の背後の壁には大きな穴が開いていた。
「壁突き破って来たか」
 非常識だ、と思ったが自分達はアジト内でよくやっていたなと思い直す。
 ともかく、放っておくわけにはいかない。偶然か意図的か分からないが、隊員達の進路はゼストの進路とかち合う。
 オーバーSの魔導師には念の為三人がかりで相手する予定だった。ウーノとクアットロの計算では一人で対等との事だ。二人でも十分だと言えば十分だが、不安が残る。
 しかし、このまま分隊長達を放っておいて合流されては勝率が下がる。だからトゥーレはすぐにトーレとチンクに簡単に通信を行ってから、魔法を発動させた。

 蜘蛛型がクイント達を囲み、カプセル型がその上を浮遊している。
 一見囲まれて不利に見えるが、層が薄い。クイントの突破力ならば簡単に貫ける。現にそうしようとクイントが魔方陣を展開させた時、クイントの眼に見覚えのあるモノが見えた。
 ロボット達の背後、何も見えない暗闇に円形の中正方形が回転するミッドチルダ式の魔方陣が浮かび上がる。血を思わせるような赤い魔力光。その輝きの上に人がいた。
「みんな! 防御を!」
 クイントが叫んだ瞬間、砲撃が来た。
 青い雷光を伴う直射型の砲撃魔法。それが二発、AMFの隙間を縫ってクイント達が展開したシールドに直撃する。
 メガーヌのブースト魔法により強化された防御魔法は砲撃に耐え、弾かれた魔力とその余波で周囲のロボットが破壊される。
「気を付けて! 敵に魔導師がいるわ!」
 その時、クイントの隣にいた隊員の一人が前のめりに倒れた。
「どうし――っ!?」
 倒れた隊員を見る。首が無かった。
「クイントッ! 上よ!」
 メガーヌの叫びにクイントは上を見上げた。いつの間にか魔力光と同じ光を宿す、赤い文様のある刃を持った――否、右腕から直接生やした人間がいた。
「まさか、自分で撃った砲撃を追い越して来たというの!?」
 人影の左腕が伸び、青い電撃が纏われる。
 単純に魔力を電気に変換した攻撃が、但し圧倒的な魔力でものを言わせた電撃がクイント達に降り注がれる。
 防御が間に合わずに全身に電撃が襲い掛かる。
 全身を焼く電撃を浴びながら、クイントは背後に断首の音を聞いた。
 味方がまた一人死んだ。
「くぅ……こん、のぉ!」
 歯を食いしばり、振り向き様に拳を音のした方へ放つ。だが、拳は空を切り、同時に別の場所から再び首が断たれる音がした。
 速い。捜査官として潜入捜査で戦い続けてきたクイントとでも捕らえられない。
 再び雷撃が降り注いだ。
「うああぁぁーーっ」
 攻撃を行った直後の硬直を狙われ、防御魔法を行使する暇が無かった。
 全身を焼かれ、クイントは自分から漂う焦げた臭いを嗅いだ。
 次に首を切られるのは自分だと確信する。無様に電撃を喰らう自分を逃すほど甘い敵ではない。
 クイントは自分の死を覚悟した。
 その時、自分の前に飛び込んで来る人がいた。メガーヌだ。
 防御魔法が間に合った彼女はクイントの前に立ち、クイントにバリアを掛けると同時にシールドを展開した。
 メガーヌのシールドにギロチンが喰い込む。一瞬、拮抗してみせたシールドは次の瞬間あっさりと破られ、メガーヌごと袈裟切りに切られた。
「メガーヌッ!!」
 思わずクイントは手を伸ばす。だが、メガーヌは胸から大量の血を流しながら、その血を空中に置き去りにしながら後ろへと倒れた。
「ぅ……あ、アスクレピオス…………」
 倒れる直前、メガーヌのグローブ型ブーストデバイスの宝玉が一瞬輝いた。
「うおおぉっ!」
 クイントは伸ばした右とは逆の左拳で反射的に空を殴る。敵がどこにいるのか分からない。感情任せの拳。だが、それは偶然にも命中した。
 ギロチンの鍔に防がれたが、相手は警戒してか距離を取った。
「…………メガーヌ……皆……」
 いつの間にか、生き残っていたのはクイント一人だけだった。ローラーブーツに仲間の血によって赤く濡れる。
 隊員達は尽く首を刎ねられ、メガーヌは胴を深く切られ血の池に沈んでいる。
 ――次は私かしら?
 敵は一切の容赦も無い。離れたのは先の攻撃を警戒してだ。油断も無い。シールドを容易く切るギロチンに視認できないスピード。
 暗闇の中、ギロチンを持つ剣呑過ぎる敵の姿を確認できない。例えどこにいるのか分かっても、どこから来るのか分かっても、あのスピードでは防御が間に合わない。間に合っても防御如切られてしまう。避けるなど論外。
 クイントは死を覚悟した。
 ――が、死ぬ気もない。
「はあっ!」
 クイントは拳に硬質フィールドを生成、横に振り向き、両手でソレを受け止めた。
 敵がどこから来るのか分からなかった。刃がどの角度から来るのかも、タイミングなど計ってもいない。正直言うとただの当てずっぽう。無理やり言うと経験と勘。
 だが、どんなに言葉で言ったとしても、クイントがギロチンの刃を両の手で受け止めたのは事実だ。先の相手に防御させた一撃が偶然、奇跡の類ならばこれは奇跡に奇跡を重ねた所業。
 クイントはこの奇跡を逃さなかった。
「おおおおおっ!!」
 ギロチンを白羽取りされた驚きからか、一瞬硬直した敵に向かって、ギロチンを挟む両手を支えに跳び蹴りを与える。
 当然のように、左腕で受け止められる。
「まだまだァ! ウイングロードッ!!」
 蹴った足、ローラーブーツの裏に帯状の魔方陣が現れる。ギロチンから両手を放し、クイントはその魔方陣の上でローラーを回転させ、体が横になった体勢のまま半回転。頭と足の位置が逆になる。
 そして――
「捕まえたぁ!」
 クイントは敵の右肩を左手で強く掴む。
 横に半円を描いていたウイングロードが直角に曲がり地面に落ちる。腰を捻り、地面に向け加速しながらクイントの体は地面に着地し、敵を掴んだまま前進する。この機を逃さない。
 全身全霊を持って、倒す。それが今のクイントにできる事だ。
「フルドライブッ!!」
 安全機構を全て無視。過負荷など考えない。
 クイントは相手を掴んだまま全速。途中にある支柱をいくつも砕き、壁に到達。壁面に亀裂が走る。
 敵を壁に減り込ませて、右手だけを離す。そして、腰のポーチから弾倉を二つ宙に投げる。
 右手のリボルバーナックルのカートリッジシステムを使用。弾丸全てがロードされ、歯車上のパーツ、ナックルスピナーが狂ったように高速回転する。
 右拳で相手にストレートを打ち込む。更に相手の体が壁に沈む。
 右のストレートが当たると同時に掴んでいた左手を離し、右のリボルバーナックルと同じく全てのカートリッジを使用。
 敵との距離はギロチンの間合いの内側、完全にクイントの領域だ。
「あああああああああぁぁぁーーーーッ!!!」
 全ての魔力を身体強化に費やす。高速機動と攻撃力に特化させ、打撃を連続して叩き込む。
 シューティングアーツの打撃コンビネーション。訓練生時代から練習し続け、体が覚え最早反射同然。
 クイントは相手にも自分にも容赦しなかった。体もデバイスも悲鳴を上げている。だが、敵は補助魔法無しでクイントの蹴りを片手で受け止めた。
 敵を人だと思わない事にした。人造魔導師や戦闘機人とも思わず、怪物相手に嵐のような打撃を加え続ける。
 更に、両のリボルバーナックルの弾倉を排出。そして、宙から落ちてきた新しい弾倉をコンビネーションの動きのみでリロード。
 訓練でもした事の無い曲芸染みた芸当だが、クイントは成功させた。再び全弾をロード。続けて打撃を加える。
「これで、終わりだあぁぁっ!」
 最後に両拳を敵の胸にぶつける。そして、残った魔力を放出する。藍色の魔力が敵の体を包み、壁を崩壊させる。
 だが、クイントの限界を超えた膨大な魔力放出を切り裂くモノがあった。
 ギロチンが藍色の魔力を切り裂き、クイントの腹を貫いた。
 声の代わりに血を吐く。ギロチンは魔力放出に圧されクイントの腹から引き抜かれると、持ち主ごと壁の向こうへ吹っ飛んだ。
「――――ギンガ、スバル……」
 自分の流した血で体を濡らしながら後ろへ倒れる。
 娘の名を呼び、愛した男の顔を思い浮かべながら――
 クイントは踏み堪えた。
 既に破損しボロボロになったローラーブーツを無理やり動かし、その場から離れる。バインドで腹を巻いて無理やり出血を抑える。クイントはまだ生きる事を諦めていない。
 歯を食いしばったのは痛みだけではない。仲間達の亡骸を横目に、クイントは死に掛けの体で走り続けた。



 チンクは炎に囲まれた部屋の中でオーバーSの魔導師、ゼストと対峙していた。
 トゥーレの通信からトーレと連携しゼストとその部下を挟み撃ちするよう予定を変更したが、相手はこちら想定していた以上の行動に出た。
 ゼストが後ろから接近してくるチンクに気付き、隊員達を先に行かせ、自分は逆送してチンクを逆に迎撃し始めたのだ。
 先に行かせたゼスト隊隊員は今トーレと戦闘を行っている。本来ならトーレの相手になる魔導師達ではない。だが、隊長の元へ行かせんとする隊員達の動きはトーレに苦戦を強いていた。
 苦戦をしているのトーレだけでなく、チンクも同様だ。追従してきたロボットはゼストとの戦闘で既に破壊されている。トゥーレによって傷つけられた腕の負傷がありながら、信じられない奮闘ぶりだった。
 ――これで、決まるか。
 互いに疲労している。おそらく、次の一撃で決着が付く。どちらかが死ぬか、あるいは互いにか。
 チンクはナイフを一本だけ構えた。もう予備はない。体格、武器の長さからリーチの不利はある。だが、ゼストも腕の負傷を始めに部下を庇った怪我やこれまでのチンクとの戦闘によって、機動力は落ちている。
 ゼストも同じ考えなのか、片手だけで槍を正眼に構える。
「…………」
「…………」
 互いに機先を制しようと僅かに動く。小さな動きで相手の動きを誘い、動揺を与えようとする。
「…………」
「…………」
 しかし、通じない。次に行動を起こした時には決着が付いている。焦りが生まれるが、読み違えば待つのは死だ。
 膠着状態が続く中、周囲の炎が室内の温度を上げていく。
 その時、転がる鉄屑の一つが爆発した。
「――っ!」
「ッ!」
 二人は同時に踏み出した。爆発によって生まれた煙が互いの視界を遮る。
 ゼストが黒煙に向かって槍を一突き。それは正確にチンクの位置を狙うが、チンクは煙の中見事に回避運動を行う。
 だが、ゼストの槍が急に引き戻され、その動きに起きる勢いを利用して一回転。槍で薙ぐ。チンクは槍を跳びながら避け、ゼストの左側を通過。擦れ違い様にナイフをゼストの首目掛けて振るが首を捻る事で避けられる。
 一瞬、背中を見せ合う形になる。
 チンクは着地と同時に振り向き、槍の間合い内でゼストの胸目掛けてナイフを突き出す。同時にゼストも振り向きながら槍を回転させて穂に近い柄を逆手に持ち、チンクを間合い内に入れる。
 必殺の一撃が互いに命中した。
 右目を突き進む槍の感触を感じながら、チンクは自分が破壊されると思った。このまま行けば右目どころか頭部を貫通し脳が破壊される。
 ――だが、道連れだ。
 自分のナイフもゼストの胸に刺さっている。このまま脳が貫かれ機能停止する前にISを発動させて爆発に自分ごと巻き込ませる。
 ISを発動させる。発動のタイムラグの内に槍はチンクの脳を破壊するだろう。
 爆発が起きた。ゼストの体が爆発の直撃を受け、後方に吹っ飛ぶ。
 そして、チンクは――
「お前、何勝手に死のうとしてんの?」
 男の腕の中にいた。
「――――え?」
 よく知った顔。しかし、この場にはいない筈の人間だ。それが、床に片膝を付いた状態で自分を抱きかかえている。
 何が起きたのか分からず自分がいた筈の場所に視線を向ける。ゼストの体が転がっている。そのすぐ傍には穂の砕かれた槍がある。そして、床は人の足跡のように点々と砕かれた跡があり、それはチンク達二人の所に続いている。
「ト、トゥーレ?」
 自分の弟の名前を呼ぶ。あのタイミングでゼストの槍を砕き、爆発からチンクを救出できる者など一人しかいない。
「なんだ?」
「どうして……?」
「姉を助けて何が悪い。――だけど、右目が……。すまない、間に合わなかった」
 チンクの顔を見て、トゥーレはそう言った。
 チンクが一度も見たことのない顔だった。まるで自分のせいだと言わんばかりだ。こうしてチンクを助けたと言うのに、トゥーレは自分を責めていた。
 悲しげな弟の表情に、チンクは手を差し伸べる。
「おい、何で笑ってんだよ」
 毒づいて来たが、以前表情は悲しみのまま。そんな弟の様子を見てチンクは笑みを強くした。
「何故かな? 不謹慎だとわかっているが、トゥーレが私を心配してくれたと思うと何だか嬉しくて……」
「そんな事より自分の心配しろよ。女が顔にそんな傷付けて……」
「生きているんだから、いいさ。そういうお前こそ――~~ッ!?」
 チンクはトゥーレの首から下を見て絶句した。
 トゥーレの胸が、形容しがたい状態になっていた。
「ト、トト、トトトトトゥーレ!? ど、どうしたんだそれェ!?」
 よく見れば無傷かと思えた顔には血を拭き取った跡があり、髪は血に濡れていた。
「あーー…情けない事に負けてしまった。あのアマ、非殺傷設定切りやがった……」
『大丈夫かチンク!?』
 その時、トーレからの通信モニターが二人の前に現れた。
「ト、トト、トーレ! トゥーレが! トゥーレが死ぬ!」
「いや、死なないから」
『トゥーレ? お前もいたのか。分隊長達は?』
「悪い、一人逃がした。クアットロに鉄屑で追わせてる。それよりも、迎えに来てくれないか? もう指一本動かせない」
『どこか怪我を――って、何だソレは!?』
「だからトゥーレが死ぬ!?」
「落ち着け。っていうか、暴れずにじっとしててくれ。正直メチャクチャ痛い」
「うわあーーーーっ!?」
 チンクの叫びが木霊した。





 ~後書き&補足~

 クイント叫び過ぎじゃね? とか書いておきながら思いました。トゥーレを加えた状態でのゼスト隊壊滅を自分なりに書いてみました。タイマン時は比較的にスムーズに書けるんですが、そこまで行く過程が難しかった。

 スバルとギンガの母であるクイントが強かったですが、このクイントにはミハエル補正が付加されています。
 実は、この二次小説を書き始めた頃からトゥーレVSミハエルのアイディアがあって、ゼストとは気が合うんじゃないかとか、流派違うけどクイントの格闘技の先生だったとかニヤニヤしながら考えてたりしてました。
 そして、リリカルなのはの設定とか調べてると、同じ事件でゼスト、メガーヌ、クイントが死んだ(実際は二人死んで、内一人は蘇った)らしく、何かが閃いた結果クイントにミハエルの代わりをやってもらいました。
 両手にリボルバーナックルとかできっとマッキーを連想したせいだと思います。



[21709] 九話 厄日
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/02/17 22:53
 誰もいない打ち捨てられそのままになっている廃ビルの地下にてトゥーレは木箱に座り、薄い雑誌をめくっていた。
 彼の横には、裸体の女が目を閉じ、旧型の医療ポットのような物に横たわっている。
 トゥーレは時折雑誌からポットの上に表示されたモニターへと視線を移す。モニターにはポットで横になっている女の健康状態や破損チェック、動作データの更新状況を知らせている。
 何も異常が無い事を確認すると、トゥーレは再び雑誌へと視線を戻す。
 そんな事を何度か続けると、モニターが電子音を発し、全ての項目の終了を伝えた。同時にポットの蓋が開く。
 ポットの中にいた女、ドゥーエが目を開けて状態を起こした。
「異常なし。動作データの更新も無事完了だ。ご苦労さん」
 トゥーレがモニターと共に空中に現れたコンソールを片手で操作しながら言う。
「そう、ありがとう」
 ドゥーエはポットから降り、折り畳んで置いておいた衣類を手に取ると着替え始めた。
「動作データを更新するのはいいが、体そのもののバージョンアップはスカリエッティと相応の施設が無いとできない。共有していてもいずれ体が付いていけなくなるから気をつけろよ」
「ええ、わかっているわ。潜入任務だから戦闘になるなんて事は滅多にないし、気を付けていれば済む問題よ」
「一応、チンクのシェルコートのような防御重視の武装を考えているそうだ」
「へえ、それは楽しみね・・・・・・」
 そう言って、ドゥーエは何を思ったのか突然トゥーレの膝の上に乗った。
「・・・・・・お前、何してんの?」
 怪訝そうなトゥーレをドゥーエは無視する。
「ウーノとの定時連絡の時聞いたわよ。貴方、負けたんですってね」
「・・・・・・・・・・・・まあな」
「しかも、結局例の捜査官は生きている」
「ああ」
 トゥーレは二週間前の事を思い出す。

 任務終了後、治療を終えたトゥーレ達はアジトの一部屋に集まっていた。他にもスカリエッティや任務に参加していないナンバーズもいた。
 大きめのテーブルに皆が集まり、セインが作ったクッキーをお茶受けにそれぞれの前に紅茶が置かれている。だが、任務に参加した四人は手を出していない。
「――以上から、任務はざっくり言って失敗です。クライアントはお怒りですね」
 ウーノが任務の状況などを一通り話し、本当にざっくりと言った。
 トーレは腕を組み、憮然とした表情で目を閉じ黙っている。クアットロとチンクはうなだれている。トゥーレはと言うと、椅子から落ちそうなほど浅く座った状態で背もたれの上に頭を乗せ、顔を天井に向けていた。何だか今にも死にそうな感じだった。
「・・・・・・悪い、俺のせいだ」
 トゥーレが身を起こしながら言う。
「俺があいつを倒していれば任務は成功していた」
「そう自分を責めなくていいさ、トゥーレ」
 スカリエッティがカップから口を離して置く。
「君のおかげでチンクは右目を犠牲にしたものの、オーバーS魔導師を倒した。君が、即座に相手を追わずにチンクの所に助け行ったからだ」
「もの凄いスピードでしたね」
 ウーノが記録された戦闘データを開く。
「転送魔法使うより速く移動しています」
 トゥーレがクイントの攻撃を受け、壁を貫通して激突した場所とチンクがゼストと戦っていた場所の映像が流れる。
 モニターの中でトゥーレが瓦礫から這い出ながら姉達の状況調べ、クイントの事をクアットロに知らせると、モニターから忽然と姿を消した。次の瞬間、チンクを映し出してモニターにその姿が確認できた。
「どうやら、トゥーレのISは精神状態によって加速度が増すようだね」
「つまり、チンク姉がすごく心配だったって事?」
 ディエチがトゥーレの方を見た。トゥーレは視線を逸らす。
「なんだよ照れるなよ~」
 トゥーレの隣に座っていたセインがその様子を見て、からかうような口調で言いつつ肘でつつく。傷口に当たって地味に痛かったが無視する事にした。
「・・・・・・とにかく、逃がしてしまった事には変わりない。全責任は俺にある」
「だからそう責めなくともいいさ。老人達の小言など聞き流せばいい。それに、彼女の生命としての生存本能が我々の予測を大きく上回った結果だ」
 ウーノが展開するモニターの一つに、体もデバイスも使い物にならない寸前となったクイントが映し出された。
 彼女は追っての蜘蛛型やカプセル型を破壊しながら、なんと施設を抜け出すことに成功している。
「フフッ、素晴らしいじゃないか。一生命体としてどこまでも足掻き、諦めず突き進む姿はかくも美しい。彼女の遺伝子を元に作ったノーヴェの稼働が楽しみになってくるよ」
「ああ、そう・・・・・・」
「それに良い素体も手に入った。クライアントも不満ばかり言っているが、私達の仕事にある程度満足している。わざわざ素体を一つ送ってくれるそうだ」
「素体?」
「君が斬ったメガーヌ・アルピーノ、今は仮死状態だが、彼女は人造魔導師としての適正が非常に高い。その娘も適正が高いという事で最高評議会がわざわざ手回ししてくれるそうだ」
「…………」
「ゼスト・グランガイツは死亡しているが、死者素体として使える。ちょうど、彼に合ったレリックもある事だしね」
「…………」
「さて、今日はもう休むとしようか。特に任務を終えた四人は疲れているだろう。ゆっくりと休息するといい」
 スカリエッティの言葉にウーノとトゥーレを除いたナンバーズが席を立って去っていく。
「ふむ、何か不満そうだね、トゥーレ。今回の素体について何か不満でも?」
「……別に。ただ、さっきクイント・ナカジマの生存本能を賞賛していた奴が今度は死んだ奴を生き返らせようというのは、矛盾しているような気がしただけだ」
「老人達が死者素体のレリックウェポンに興味を持ったからだよ。一応、スポンサーでもあるのだから意は汲まないとね。それに、おそらく稼動に成功するだろうが長くは持たないだろう。生存者素体であるルーテシアは母と同質の資質を持っている。成功率は高い。何より、この私が貴重な素体を無駄にするわけないじゃないか」
「…………」
「これで少しは君の不満が解消されたと思うんだが、どうかな?」
「…………別にって言っただろ。俺も休む」
「ああ、君は特に重傷なのだから安静にね」
「そのつもりだ」
 トゥーレは立ち上がり部屋を出て行った。
「やれやれ、怖いものだね」
 スカリエッティはそう言いながら自分とウーノの紅茶、そしてセインの作ったクッキーが積まれた皿を器用に持ち上げる。
「ドクター?」
 スカリエッティの行動の意図が分からなかったウーノだが、次の瞬間テーブルが真っ二つになって倒れた。
「――あの子ったら!」
「いいんだよ、ウーノ。彼自身、自分の意思なのかそれともオリジナルとなった存在の感情なのか分からずに悩んでいるのだから。ジーンとミーム、遺伝子と知能の葛藤、人という生命ならではの揺らぎ。本当に飽きさせてくれないものだ」

「ちょっとトゥーレ聞いてるの?」
「ん……ああ、聞いてる。で、何だっけ?」
「貴方、またドクターを蹴飛ばしたわね」
「爪で動脈押さえんな痛ってえの。だってあいつ幼女目の前に薄ら笑い浮かべてたんでなんかムカついたんだよ。つーか何で知ってるんだ?」
「ウーノが教えてくれたわ」
「女が結託しやがって……。つうか、そろそろ降りろ重いんだよこの痴女」
「痴女ぉ?」
「首絞めるな。いいから着替えろよ、風邪引くぞ」
「まったく……」
 ドゥーエはトゥーレの上から下りると着替えを続行した。
「貴方が負けたその捜査官だけど、意識を取り戻したらしいわ」
「……そうなのか?」
「保護されてから意識不明の重体だったけれど、今は集中治療室から出て一般病棟にいるわ」
「放っておいていいのか?」
「また捜査とか上に訴えかけられたら面倒だけど、意識を取り戻した早々管理局に辞表を出したわ」
「捜査官を辞めたってのか……」
「ええ。クライアントも向こうから引いて来たのだからこれ以上の事するつもりは無いみたいね。薮蛇になるのを警戒しているのかもしれないわ」
「……そんな甘い女じゃないだろアレは」
「それで痛い目見るのは私達ではなく管理局自身よ。どうでもいいわね」
 管理局の制服に着替え終えたドゥーエはISによりその容姿を変える。
「私は仕事に戻るけど、貴方はどうするの?」
「俺はこのポット解体してデータの消去しとかないといけないからしばらく残ってる。そのまま置いておくわけにもいかないからな」
「そう、それじゃあね」
「ああ……」



 データを消去し、ポットを解体し一部を破壊、残ったパーツを所々に隠した後、トゥーレはある場所まで来ていた。
「……何をやってるんだか、俺は」
 ある病院前で立ち止まり、病棟を見上げる。
 トゥーレは一人溜息をついて、止まっていた足を逆方向へ向け、踵を返した。
 病院はクイント・ナカジマが入院している場所だった。別に襲撃するつもりではなく、なんとなく足が病院の方へと向いたにすぎない。
 クイントは突入捜査中全滅したゼスト隊の生き残りである。だが、メガーヌは仮死状態で生体ポットの中で眠っており、隊長のゼストは敵の手でレリックウェポンとして生き返ったとは誰も知らない。彼女はそれを知ったらどう思うのだろうか。
 トゥーレは後頭部を掻きながら、来た道を戻ろうとして、人とぶつかりそうになった。
 相手は背の低い子供で、余所見をしていた事もあり寸前まで気付かなかった。
「悪い――あ」
「いえ、大丈夫で――あっ」
「あの時の……」
「トゥーレさん!?」
 ぶつかりそうになった子供は、偶然にも異世界でトゥーレが助けた金髪の少女だった。

「あの、この間は助けてもらってありがとうございました」
「いや、まあ別に……それはいいんだけどな」
(何故俺はここにいる?)
 トゥーレは金髪の少女、フェイトと共に病棟の廊下を歩いていた。
 自問してみるが答えはない。強いて言えば、フェイトのお礼が言いたい、それと友達を紹介したいと言われ断りきれずに連行されていた。
「その友達、怪我は酷いのか?」
「はい……」
 いきなり空気が重くなった。
「あー……そういや、執務官になりたいとか言っていたな。どんな調子だ?」
「試験、落ちました……」
 更に重くなったような気がした。
「……執務官はエリートなんだろ? 一度や二度落ちたくらい気にするなよ。逆にその歳で試験受けられただけでもすごいだろ」
 なんとか言い繕う。が、あまり効果はなかったようでフェイトの顔は暗いままだった。
 何だか、執務官試験以外に何か気掛かりがあるような様子だった。
 そこに、廊下を走りフェイトの方へ駆けて来る赤毛の少女がいた。
「フェイトッ!」
「ヴィータ、どうしたの?」
「あいつが、なのはがまたいなくなってるんだ!」
「なのはが!?」
「何があったんだ?」
「そ、その、友達が」
「いなくなったのか。看護師には?」
「知らせたさ!」
 よほど感情的になっているのか、初対面のトゥーレ相手に対しても声を荒げている。
「病室にもリハビリ室にもいない!」
「怒鳴るなよ。手分けして探そう。戻ってくるかもしれないから、一人は部屋に残っていた方がいい」
 トゥーレはそう言うと、廊下の先に進む。まるでその場から逃げるように。

「まさか、クイントの他にもいたとは……」
 二人の少女の視界から逃れたトゥーレは廊下を当てもなく歩き回る。
 先の赤髪の少女を見たことがあった。クアットロがオモチャの戦闘データを収集するための単独任務をした時の戦闘時の映像記録に映っていた。
 赤毛の少女は血だらけになって倒れている同じ位の歳の少女に対し必死に名前を呼んでいた。
(あの子供があんな心配になって病院内を探し回っていたって事は、十中八九あの時の子供だな。確か、なのは、と言っていたな)
 クイント・ナカジマ、そして直接ではないとは言え怪我を負わせてしまった少女がこの病院にいる。直ぐに抜け出すべきだが、フェイトに見つかっている。ここで突然いなくなる方が怪しまれるだろう。
 廊下にあった見取り図を見て構造を把握し、一階から上の階へ探して廻ろうと決める。
 それにしてもあんな怪我をした人間が一人でにいなくなるものだろうか。誰かに連れ去られた、という可能性も考え始めたトゥーレは、視界の隅に人影があるのを見つけた。
 振り返った先は病院の中庭、人が倒れていた。
 廊下の中庭に続く窓を開けて飛び越える。
 近づくと、倒れているのが髪の長い少女だと分かった。少女は苦悶の表情を浮かべながらも、必死にその細い手足を動かし、体を起こそうとするがすぐに糸が切れたように倒れる。かと思えば、再び起き上がろうとし、倒れる。それの繰り返しだ。
 ――壊れている。トゥーレは少女の様子を見てそう思った。
 精神が無理やり肉体を動かそうとして、体がそれについていけないでいる。おそらく、とてつもない激痛と疲労があるはずだ。それなのに少女の心は体を動かそうと命令する。
 肉体は素直に痛みという危険信号を送っているにも関わらず少女の精神は体に命令を送っている。大人だろうと指一本動かせないはずなのに。
 心と体が釣り合っていない。
 精神のブレーキが壊れている。そして体のブレーキを無視し、酷使している。
 クイントは限界を振り絞り、それを超えてトゥーレを倒した。だが、それは生命の危機という外的要因があったからこそ肉体は一時的について来たに過ぎない。
 だが、トゥーレの目の前にいる少女の周りには危機が無く、死に直面してもいない。しているとすれば、肉体を無理に動かし自ら命を縮めるような今行っている行為だ。
 だからトゥーレは壊れているという印象を少女に持った。
 倒れ、また体を起こそうとする少女の襟首をトゥーレは掴み、乱暴に持ち上げた。少女の手足が地面から離れ、だらりと宙にぶら下がる。
「――え?」
 いきなりの事で少女は驚いたような顔し、自分を持ち上げた男の顔を見た。
「あ、あの、誰でしょうか?」
 少女の顔は汗だくで、疲労の色が濃い。服は埃と泥で汚れ、手足に巻かれた包帯は傷口が開いたのか赤く染まっている部分がある。
「這いずって来たのか……」
 トゥーレは少女の疑問に答えず、少女に治癒魔法を使用する。メガーヌ・アルピーノの持っていたブーストデバイスから得た魔法だ。
「フェイトって名前に聞き覚えは?」
「私の友達です。……もしかしてフェイトちゃんのお知り合いの人ですか?」
「まあ、そんなところだ。そのフェイトが必死こいて探していた。赤い髪した子供もな」
「ヴィータちゃんまで……そっか、もうそんな時間…………」
 日が暮れ始め、中庭では影が濃く長くなっている。
「お前さ、友人にそこまで心配されて何してんだ?」
「リハビリです。早く治して皆を安心させなきゃ」
「どこがリハビリだよ。マゾかお前。っていうか、何が安心させなきゃ、だよ。現に心配されて探し回られてるじゃないか」
「そうですけど……でも、早く治せば!」
「…………お前、何様のつもりだ?」
 トゥーレの冷たい視線が少女を射抜く。
「そこの人、何してるの?」
 その時、背後から女性の声が聞こえた。トゥーレが振り返るとそこには、車椅子の座った女性、クイント・ナカジマがいた。
「ふむ……倒れてる女の子を見下ろしてた男がいたから虐待でもされているのかと思って慌てて来たんだけど、どうやら違うみたいね」
 クイントは両手で車椅子のタイヤを動かしてトゥーレ達に近づいてきた。トゥーレが先程から治癒魔法を少女に掛け続けているのに気付いたようだ。
「あら? もしかして君がなのはちゃん?」
「は、はい。そうですけど、どうして私の名前を?」
 トゥーレは会話しやすいよう少女をクイントの前に突き出した。何だか飼い主に差し出される猫のようで、妙な構図になった。
「看護師さんが探してたわよ。それと、可愛いお友達も。なのはー、なのはーって。駄目じゃない、勝手に抜け出したりして」
「…………あぅ」
「貴方は……この子のお兄さん?」
「違う。成り行きで探していただけだ」
「ふうん。そうなの……ともかく見つかってよかったわ。なのはちゃんも病室に戻らないと」
「でも、まだ……」
「お医者さんが絶対安静って言ってたらしいじゃないの。それで無理しても逆に悪化するだけよ。さっ、皆の所へ戻るわよ」
「う…………はい」
「………………」
 トゥーレとしてはクイントに早々から立ち去って欲しいところだが、何だか付いて来そうだった。逆に、クイントになのはを預けて立ち去るのも不自然だ。
 少し考えてからトゥーレは車椅子に乗るクイントの上になのはを乗せた。
「え、何?」
「あんたが運んでやれ。襟掴んだまま持っていくのは変な目で見られそうだからな」
「私も怪我人なんだけど……。それに男ならおんぶなりお姫様抱っこなりして上げなさいよ」
「こいつ苦手なタイプだ。だからあんまり触りたくない」
「うわっ、女の子相手に酷い事言うわね」
「子供という定義に入れていいか悩む相手だからな。車椅子なら俺が押してやるから、あんたはこいつを抑え付けとけ」
「あ、暴れませんよ」
「嘘付け。俺が持っている時でも手足動かそうとしていたじゃねえか。いいか? お前が動くと同じ怪我人にもダメージ行くからジッとしてろよ」
「私は人質かい」
「暴れる怪我人を安静に運ぶ為だ。協力しろ」
「だから私も怪我人だって……」
 トゥーレはクイントの言葉を無視し、車椅子の後ろに回り、押していく。
 なのはは先のトゥーレの言葉を信じたのか大人しくしている。いや、知らない大人二人に囲まれて緊張しているのかもしれない。
 クイントは呆れたような表情をしているが黙ってなのはの体に腕を回して車椅子に固定する。
「そういえば、私と貴方どこかで会った? 見覚えがあるような気がするんだけど」
 クイントはトゥーレを見上げる。
「そうか? 俺はあんたと会った覚えがないな。あんたみたいな美人なら一目見ただけでずっと覚えていそうだけど……」
「あら、顔のわりにキザなセリフ言えるのね。ちなみに私既婚者よ」
「周りの男が放っておくわけないからな。予想できてた」
「……意外と面白いわね、貴方。名前は?」
「……トゥーレ」
「私はクイント・ナカジマよ。よろしくね」

 それからトゥーレとクイントはなのはを連れてなのはの病室に戻った。病室にはフェイトが落ち着きの無い様子で待っていて、なのはを見た途端泣き出し、更には赤髪の少女も戻ってきて収集がつかない事になった。
 なのはは医者や看護師にこってりと叱られ、友人二人にも涙目で怒られた。
 トゥーレとクイントはその間病室の隅でその様子を眺めていた。
「もう勝手に抜け出すなんてしちゃ駄目よ?」
「……はい」
 絶対抜け出すだろうとトゥーレは確信した。
 今病室には五人の人間がいた。上半分が背もたれとして持ち上がったベッドの上ではなのはがおり、向かいのソファにはフェイトと赤毛の少女、ヴィータが肩を並べて眠っている。そしてベッドの横でパイプ椅子に座ったトゥーレとその隣に車椅子に座ったクイントだ。
「えーっと、なのはって言ったな。お前さ、何がしたいんだ?」
「……え?」
「早く治そうとする気持ちがあるのは分かる。友人に心配かけたくないというのも分かった。なら、どうしてあんな無茶をする」
「それは――」
「治したい、安心させたい。だけどお前がやっていた事とは矛盾する。あれはリハビリでも何でもない自殺行為だ。それが分からない程頭足りないようには見えない。なのにどうしてそこまでする?」
「…………私は、普通の人より魔力が多いから……その分皆の力になれるから私は……」
「それであんな無茶を?」
「はい、私の力は皆を守れるから……」
「皆を守る、か。まあ誰もがそういう気持ちはあるよな。家族、友人、恋人、皆守りたいものがある。それが普通だ。何の悪い事でもない。だけど、お前のは他の奴見下してるよな」
「そんな、私は見下してなんかいない!」
 トゥーレの言葉になのはが言葉を荒げた。トゥーレはそれを気にしたふうも無く続ける。
「見下してるじゃねえか。自分は強い、他の連中は弱い。だから自分が守ってやらないと駄目だ、と言っているようなもんだ」
「違うもん!」
「違わねえよ」
 トゥーレは立ち上がり、なのはの胸倉を掴んだ。
「ち、ちょっと……」
 クイントが止めるがトゥーレは聞かない。
「何一人で格好つけて治そうとしてんだ? 医者やお前の友人を何故頼ろうとしない。それをしないって事はこいつには無理だと言っているようなもんだ」
「違う! フェイトちゃんもヴィータちゃんも強くてッ、でも、優しいから、私の事心配して無理しちゃうかもしれないから!気を遣わせちゃうかもしれないから!」
「俺の手を払いのける所か腕も持ち上がらない癖に粋がるなよ。その自己矛盾がより周りを不安させてるって事気付いてるはずだろ。もっと信用してやろうって気はないのかよ。誰もお前みたいな子供にそこまで期待してるわけないだろ」
「不安にさせてるって分かってる! 信用もしてる! でも、じっとしている事なんて出来ない!!」
「頑固なガキだな、本当――――ッ」
 トゥーレは突き出されたそれを咄嗟に左手で掴んだ。
「――テメェ、なのはに何してんだッ!」
 見れば、ヴィータが己のデバイス、グラーフアイゼンをトゥーレに向けてその先端を突き出していた。その後ろでは、支えを失ったフェイトが丁度ソファに倒れて目を覚まし、目の前の状況に目を白黒させていた。
「起きてたのか……」
「そりゃあ、なのはがあんな大声出してればな。いいからなのはから手を離しやがれ」
 敵意に満ちた瞳がトゥーレに向けられる。
「あっ、ヴィータちゃん、違うのっ」
「ちょっと、こんな所でデバイス振り回すの止めなさい」
 なのはとクイントが宥めようとするが、ヴィータは依然トゥーレに対し牙を向いている。
「…………はぁ」
 トゥーレは溜息をつき、なのはとグラーフアイゼンから手を離すと倒れるように椅子に座った。
「我ながらおかしな事だが子供に棒突きつけられて頭冷えた。確かに大人げ無かったな。だけど、謝る気はないからな」
「何だとテメェッ!」
「ヴィータ!」
 何が起きたのか分からなかったフェイトだが、とにかく一人だけ暴れだしそうなヴィータを止めに入る。
「止めるなフェイト。こいつがなのはに――」
「何もしてない。ただ頑固者に説教垂れただけだ。まあ、頑固過ぎるから効果は無かったみたいだけどな」
 ヴィータから凄まじい敵意を向けられているのに対し、トゥーレは平然としている。その態度がヴィータの神経を逆撫でしているようだ。
「……俺がここにいたら迷惑そうだな。帰るわ」
 そう言って、トゥーレが椅子から立ち上がる。
「二度と来るな!」
「お前らも夜遅いからとっとと帰れよ。子供は歯磨いて寝る時間だ」
「あたしはガキじゃねえ!!」
「ああ、それと最後に……」
 トゥーレはヴィータの怒りに全く意を介さず、部屋の出口で立ち止まる。
「なのは、お前がどうしようもない程意固地で曲がる事も止まる事もしないのはわかった。だけど、これだけは覚えておけよ。お前が他人を想うのと同じ位に、お前の友人もお前の事を想っている。そして、お前の行動はそれを裏切っているんだ。もう少しその辺りの事考えろよ」
 それだけ言うと、トゥーレは今度こそ部屋から出ていった。
「何なんだアイツは!」
 トゥーレの姿が消えてからも、ヴィータは怒り心頭のようだ。
「えっと、何があったんですか?」
 一部始終を見ていないフェイトがクイントに訊ねる。
「あの人がなのはちゃんに怒っていたのよ。無理しすぎだって。まあ、他から見たら虐めてるようにも見えたかもね」
「あの人、すごい怒っていました。でも、私は……」
「んー……、つまり、なのはちゃんはもう少し人に甘えた方が良いわね」
「甘える、ですか」
「そうよ。彼も同じ事言いたかったはず。自分一人で何でもしようとしないで、家族や友達に甘えるの」
「甘える……」
「そうそう、人いうのは頼られたりすると意外に安心したりするのよ。自分はこの人に信頼されてるんだなって。……さっ、暗くなるような話はお終い。私も自分の病室戻るけど、貴女達も早く帰りなさい。お見舞い時間とっくに過ぎてるわよ」
「あっ、はい。ほら、ヴィータも」
「くっそ、あいつ次に会ったらぶっ飛ばしてやる」
「元気ねえ。なのはちゃんも大人しく寝てなさい。慌てる気持ちはわかるけど、生き急ぐと後悔するわよ。これ、経験談だから」
「はあ……」
 クイントは車椅子を動かし、なのはの病室から出て行った。

「あの魔力光……」
 人工の光の中、クイントはトゥーレと言う青年について考えていた。
 なのはの体を癒す為に治癒魔法を使った時、彼の足元には赤黒い魔力光を放つ魔方陣が現れていた。血のような赤、クイント達ゼスト隊を襲った人物と同じ色だ。
 しかし、同じ色の魔力光など大勢いる魔導師の中で探せばいくらでもいる。それに、クイントのいる病院にわざわざ来るだろうか。仕留め損ねたクイントを再度殺す為なら意識不明の時にいくらでも出来たはずだ。
 それに、半信半疑ながらも鎌掛けで見覚えがあるなんて言ってはみたが、トゥーレに怪しい反応は無かった。長年捜査官をしていたクイントは人の僅かな表情で相手が隠し事をしているなど直ぐに分かる。
 クイントが自分の病室の前に着くと、ドアが開けっ放しになっていた。そして、部屋の中には、クイントの夫であるゲンヤが暇そうに椅子に座っていた。
「あなた、来てたの」
「ようやく戻ってきたか。どこへ行っていたんだ?」
 ゲンヤはそう言いながらクイントの背後に回り、車椅子を部屋の中に押していく。
「ありがと。ちょっと面白い子達がいたんで、遊びにね。入院中は暇かと思ったけど、そうでもなさそうだわ」
「そりゃあ良かったが、向こうにあんまり迷惑掛けるなよ?」
「ちょっとぉ、それどういう意味よ」
「無理はするなって意味だよ」
「まったく、もう……」
「ところで、例のメガーヌの娘さんだが……」
「見つかったの!?」
 クイントの問いにゲンヤは黙って首を横に振った。
「親戚が既に預かったと、そう言われた。一応その親戚とやらを調べてみたが、駄目だった。個人情報がどうだので詳しく調べられなかった」
「…………一体どこに、行ったのよ」
「さあな。だが、探し出してみせる」
「ええ、ありがとう、あなた。私はゼスト隊の生き残りとして、なんとしてでも真犯人を見つけるわ」
「……やっぱり、レジアス・ゲイズを?」
「ええ。私達を一番疎ましく思っていたのは彼だし、立場的にも突入捜査の情報を簡単に得られる。まあ、バックボーン的なものがあるのかもしれないけど」
「どうしてそう思う?」
「女の勘よ」
「勘か、なるほど。だけど、焦るなよ。正直言うとお前が管理局を辞めてくれたおかげで俺は安心しているんだ。ギンガとスバルも寂しい思いをしなくて済む」
「大丈夫。焦って失敗するのはもうコリゴリだから。これから子育てに専念するわ。だからあなたが頑張ってちょうだい」
 クイントの笑顔を見て、ゲンヤが苦い顔して唸った。
「おいおい、俺の心配はしてくれないのか」
「いつも想ってるわよ。でもあなたなら私よりそこの所上手くやれるでしょ。私は子育てしながら……もっと、強くならなくちゃね」
「…………俺に全部任せる気にはなれないのか?」
「ごめんなさい。でも、やっぱり部隊の皆の仇を討ちたいのよ。時間は掛かるだろうけど、私は諦めない。その時までは……」



 アジトの薄暗い廊下をトゥーレは歩く。
 今日会った人間達の事を考えていた。ゼスト隊の生き残りであるクイント・ナカジマ。直接関わっていないにしても重傷を負わせてしまったなのはと言う子供。
 どちらも酷い怪我を負っており、トゥーレが堂々と顔を見せれる立場ではなかった。何より、あんな十歳前後の子供相手に感情的になり、言えた立場でもないのに説教染みた事を口走った事に後悔していた。
 酷い自己嫌悪。
 そう言えば、前にも似たような鬱になった事があるような――
「トゥーレ、お帰り」
 廊下の先に、ディエチがいた。
「ああ、そっか。お前だ」
「え? 何突然」
「いや、何でもない」
「……なんだか機嫌悪いね」
「そうか? 機嫌が悪いわけじゃないさ。…………そういえば、お前って俺の事怖がってなかったか?」
「そりゃあ、怖い時もあるけど……そうじゃない時の方が多いし。それに、最近になって気付いた」
「何がだよ?」
「トゥーレが本当に怖い時と怖くない時がある」
「さっき言ったのと同じ内容じゃないか」
「違うよ。怒った時はとても怖くて、不機嫌な時は怖くない」
「……言ってる事、自分で分かってるか? 怒りと不機嫌は一緒だろ」
「だから違うよ。トゥーレが他人に怒ってる時は近くにいるともの凄く汗が出て寒気がする。でも、不機嫌な時はトゥーレは自分に怒ってる事が多いから傍にいてもなんともない」
「………………」
「トゥーレって、自己完結してるよね。だから本音を口にしないし、興味無い事にはとことん興味無い。でも、一線は厳しく引いてて、誰かが入って来ると容赦しない」
「…………何でそう思うんだ?」
「ずっと観察してみて、自分なり結論出して見た」
「ストーカーかよお前」
「違うよ。って、何で距離取るのさ」
「なんとなくな。ところでお前何してんだ?」
「ああ、それが――」

 アジトの中、一人の男が徘徊していた。紫色の髪に金の瞳、白衣を着たスカリエッティだ。彼は床下や天井、物をどかしては何かを探しているようだった。
「どこ行ったんだい?」
 壁の下の方に取り付けられた正方形をした金属の蓋が付いたダストシュートを開ける。
「ルーテシア~、どこ行ったんだ~い」
「そんな所にいるわけないだろ」
 いつの間にか現れたトゥーレがスカリエッティの背中を蹴り飛ばした。
「うおっ!?」
「ド、ドクター!」
 ディエチが慌てるが、スカリエッティは上半身がダストシュートに飲み込まれながらも足の踏ん張りだけで何とか脱出した。
「帰ってきたのか、トゥーレ」
 服に付いた埃を払いながらスカリエッティが何事も無く振り返る。
「ルーテシアが行方不明だって? 教育係はクアットロだろ。何してたんだよ」
「それがだね、本来ならもう寝てる時間のはずなのだが、寝室にはいなくなってたようだ。ベッドには抜け出した跡もあった」
「なるほど。ウーノは? あいつならアジトの事把握できるだろ」
「ウーノは今バージョンアップ中でね。クアットロに代わりをしてもらっているが、やはりウーノほどの情報処理能力は無い」
「…………まったく。大人が揃いも揃って」
 トゥーレは早足で廊下を歩み始めた。
「手伝ってくれないのかい?」
 トゥーレはスカリエッティを無視し、先に進んでいく。ディエチがそれを駆け足で追った。
「どこにいるか分かるの?」
「分かるわけないだろ」
「何だよそれ……」
 しかし、早足で歩くトゥーレは迷いは無く進んでいく。
「この先は素体の……」
「ああ、生体ポットがある所だ」
「母親の所にならチンク姉が真っ先に調べたよ」
「だろうな」
「なら、何で……」
 トゥーレは以前無言のまま歩き続ける。扉を開け、生体ポットが並ぶ場所に着くと、スピードを落として歩く。今度は探すように首を左右にめぐらして行く。
「いた」
「えっ!?」
 トゥーレが突然立ち止まり、生体ポットの間にある暗がりへと方向を変えた。
 そこには、枕を抱きしめたまま眠る小さな子供がいた。
「どうして?」
「子供の足で行ける範囲ってのぐらい分かれよ」
 子供を抱き上げながら、トゥーレが言う。
 スカリエッティのアジト内は広大だ。それを子供の足で歩くには無理がある。
「母親に会おうとして、途中で疲れて眠ってしまったんだろ」
 言い終えた後に、トゥーレは盛大に溜息をついた。一筋の涙を流し、寝言でも母を呼ぶその子供を見て、自嘲するように呟く。
「今日は厄日だ」





 ~後書き&補足~

 今回トゥーレが感情的で説教臭くなっています。何か複線になるかなーとか無謀な事考えてなのはと接点持たせましたが、どうでしたでしょうか?

 時系列的になのはStS本編から八年前ですが、これから「最初」のレリック回収事件までの四年間はスカリエッティ側の活動の情報がないので、本編と関わりのないオリジナルストーリだらけになると思います。
 例えばルーテシア関連やナンバーズのノーヴェ、六課戦力拡大の為の複線とか、その辺りになりますかね。スカリエッティ側だけでなく、トゥーレとなのは側の人間との話もやりたいと思っていますが、その話は短いか回数少ないと思われます。何か思いついたら別ですけどね。

 



[21709] 十話 第三勢力?
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/09/27 00:28
 ジェイル・スカリエッティの前に三人のナンバーズが並んでいる。トーレ、セイン、トゥーレだ。
 セインは手に持っていた金属製のケースをスカリエッティに渡す。ついでにトーレは何故かドラム缶のような機械を担いでいる。
 ケースを受け取ったスカリエッティがケースを開けると、中には赤色の結晶体が入っている。
「三人ともご苦労だったね」
 三人はある犯罪組織からレリックを強奪する為に強襲任務についていた。
「そう言うならとっとと部屋に戻らせてくれ。疲れた」
 疲れたとトゥーレは言うが、そんな様子も無い。他の二人も多少の疲労の色は見えるが、今すぐにでも休まなければならないというほどでは無かった。
「そうだね。今日はゆっくりと休むといい」
「ところでお前は何してるんだ?」
「いや、ノーヴェに君とトーレの格闘戦のデータを元にして、稼動前に大々的にバージョンアップさせようと……」
「そうなのか。ならそこに映ってるのは何だ?」
 トゥーレが指差す先に大型のモニターがあり、ノーヴェの基本フレームと何かの設定図が重ねて映し出されている。
「俺の見間違いじゃ無かったらドリルに見えるんだが?」
 見間違いでもなんでもなく、実際ドリルだった。というか、ドリル以外の何か別の物に見えた方が色々とマズイ程分かりやすい図だった。
 しかも、ノーヴェの手と入れ替わって装着される設計だった。
「…………」
「無言で親指立てるなテメエ脳味噌洗って出直して来い」
「いや、何となくだがマッドサイエンティストとしてドリルは基本かな、と」
「自分でマッドとか言うな。いいから止めろ」
 トゥーレの反対により、ノーヴェにドリルを付ける計画はお蔵入りになった。

「アホかあの男は」
「いや~、でもドリルって何かカッコいいよ?」
 スカリエッティの研究室から出てセインとトゥーレが並んで歩く。トーレはウーノに任務の詳細な報告をする為に二人とは別れた。
「カッコいいとか言う以前に、格闘型に手の代わりにドリル付けるなんて致命的じゃねえか」
「ふ~ん、そういうもんかなあ。でも、ドクター諦めてなかったよね」
「しつこいからな、あいつ」
 雑談しながら二人が歩いていると、反対側からトレイを両手で持ったチンクが歩いてきた。チンクの右目には黒い眼帯が付けられている。
「チンク姉、ただいまー」
「お帰り、二人とも」
「ゼストの食事を運んでいるのか」
「そうだ。姉が係だからな」
「俺も行く」
 そう言ってトゥーレは食事がのったトレイをチンクから奪った。
「あっ、こら、姉の仕事だぞ」
 チンクの言葉を無視し、トゥーレはゼストの部屋へ歩き始める。ついでにチンクには届かないようトレイを高く持ち上げる。
「とこれでチンク姉、聞いて聞いて、面白い事があったんだよ」
「お前ってフリーダムだよな……」
 トレイの奪い合いをする二人などお構い無しにセインが話し始める。
「今回の任務でさ、例の組織が街中にあったでしょ? だから襲撃前に一般人のフリして街に入ったんだけど……」
 トゥーレ達三人はスカリエッティの命令により、ある非合法な研究を行っている研究機関から超高エネルギー結晶体であるレリックの強奪任務を行った。
 都市区画の地下に機関の研究所があったため、ディエチの援護は不可能だった。故に高速での接近戦が可能で狭所でも戦える前衛組のトーレとトゥーレ、ディープダイバーによる隠密行動が出来るセインの三人が任務に就いたのだった。
「セインは外に出られると喜んでいたな。楽しかったか?」
「うん、楽しかったー。それでね、三人で歩いていたらチンピラに絡まれちゃった」
「何だと? 大丈夫だったのか?」
「戦闘機人三体どうにかできるチンピラがいたら見てみたいもんだな」
 案外ノリがいいのか、チンクはセインの話に耳を傾けていた。どうやらトゥーレからトレイを奪うのを諦めたらしい。先頭を歩くトゥーレは現場にいたから話の続きが予想出来、こっそりと通信回線を開く。
「両手に花とは羨ましいのォニイチャンとか言ってきて」
 微妙にイントネーションの違うモノマネをし出すセイン。
「ほう、他から見たらやはりそう見えるのか。良かったなトゥーレ」
「俺に振るな。チンクの場合は娘さんとか妹さんとか言われ――背中を刺すな」
「それがなんと、そのチンピラ達、トーレ姉を男、トゥーレを女と間違えてたんだよ――って、あれ? チンク姉どうしたの?」
 トゥーレの背中をナイフで刺していたチンクがセインの方を振り返った体勢で硬直していた。その視線はセインの頭一個分上に向いている。
「一体どうしたの――」
「面白い話をしているな、セイン」
「ヒィッ!?」
 いつの間にかセインの背後にトーレがおり、セインの肩をガッチリと掴んでいた。
「ど、どうしてトーレ姉がここに……あっ!? おねーちゃんを売ったなトゥーレ!」
「テメェ、俺にも喧嘩売ったって事自覚してるか?」
「トゥーレの鬼、悪魔、ツンデレ!」
「……トーレ、とっととそいつ連れ出せ」
「言われずともそうする。さあ、セイン、ちょっとこっちで話がある」
「うわーっ、助けてチンク姉ーっ!」
「すまん、姉は力になれない」
「見捨てられたな」
「そんなっ!?」
「喚いてないで行くぞ」
 ライドインパルスの超加速により、セインの姿と悲鳴が急速に遠ざかっていった。
「あれで良かったのだろうか……」
「自業自得だ。放っておけ。それに着いたぞ」
 ドアの前にトゥーレが立ち止まる。
「おい、ゼスト。トゥーレだ。メシ持ってきたぞ」
「私もいるぞ」
 ドアをノックしながら呼びかける。すると、中から男の低い声がした。
「開いている」
 トゥーレがドアを開けて中に入ると、ベッドの隅でゼストが座っていた。部屋の中は質素な造りで調度品も何もない。ただベッドとテーブル、椅子が二つあるだけだ。
「体はもう大丈夫なのか?」
「ああ、もう一人で歩ける程度まで回復した」
 騎士ゼスト。彼はトゥーレ達との戦闘により死亡したはずではあったが人造魔導師としての適正があり、レリックウェポンの死者素体として都合が良かった。最高評議会の依頼もあり、スカリエッティが復活させた。
「だが、それ以上の運動は無理だな」
「しようとしても止めるぞ。騎士ゼストは客人なのだからな」
 蘇生そのものは成功したものの、能力は存分に発揮できず、生命維持にも支障をきたしている。蘇生してからしばらくは歩けずにいた程だ。
「客人、か……」
 ゼストは複雑そうな顔をした。
「お前はスカリエッティの配下じゃなくて評議会の駒扱いだからな。こっちとしては客人なんだよ」
 目覚めてすぐにゼストは最高評議会の三人と話す事になった。スカリエッティのアジトで通信による会話だった為にトゥーレもその場にいた。全てを知ったゼストはトゥーレが警戒したような暴走を見せず逆に冷静な態度を取っていた。そして、戦闘機人事件の情報とメガーヌの娘ルーテシアの安全を引き換えに、評議会の言う事を聞く立場となった。
「……なあ、一つ聞いていいか?」
 食事をテーブルの上に乗せてトゥーレがゼストに向かって問いかけた。
「あんたは一体何が目的なんだ?」
 トゥーレにとってルーテシアの安全の保障を取引してくるのは予想していたが、ここまで大人しく言う事聞き、アジト内でもじっとしているのが不思議だった。逆に不安を抱くほどに。
 彼の今の冷静さに、トゥーレは何か明確な理由と目的があるのだと思ったのだ。
「……それをお前達に話すとでも?」
 予想していた答えが返ってきた。ゼストがスカリエッティ及びナンバーズを警戒しているのは誰の目に明らかだ。トゥーレも素直に答えてくれるとは思っていない。
「まあ、そう言うだろうな。だけど少し訂正すると、これは俺が疑問に思った事であの変態や姉達は関係ない。単純に俺個人の疑問だ」
「…………」
「…………だんまりか」
 肩を竦め、トゥーレが部屋を出て行こうとする。二人の雰囲気に黙っていたチンクもそれに続く。だが、トゥーレは部屋を出て行く直前に振り返る。
「そうだ。ルーテシアなら元気にやっている。レリックとの適合も正常であんたみたいに生命活動に問題が起きる事はないだろう」
「そうか……」
 その言葉でゼストに僅かながら表情の変化が現れた。
「……気になるなら部屋に閉じこもって会いに行けばいいだろ。ここであんたの動きを制限するものは無い。何よりあんたの取引のおかげでルーテシアの安全が確保されたんだ。その権利はあるだろう」
「…………」
「じゃあな」
 今度こそ二人はゼストの部屋から出て行った。
「優しいんだな」
 ゼストの部屋からしばらく歩いてからチンクがトゥーレの背中に向かって言う。
「さっきの会話で一体どこに優しさがあったのか果てしなく疑問だな。やっぱり右目治した方がいいんじゃないのか?」
「いや、いいんだこのままで」
「……ああ、そう」
 その時通信が入り、トゥーレが通信用モニターを開く。映っているのはウーノだった。
『トゥーレ……チンクも一緒なのね。丁度いいわ。二人とも悪いのだけど、今すぐ私の所まで来てくれかしら』
「何かあったのか?」
『少し、ね。稼動中のナンバーズ全員を召集しているから詳しい事は皆が集まってから話すわ』
 ウーノの様子はいつもと違い、歯切れが悪いようだった。
「わかった」
 通信を切り、トゥーレはチンクの方へ振り向く。
「だとよ」
「ああ、急いで行こう」
 チンクは早足で廊下を進み始めたが、歩幅の違いからかトゥーレは普通に歩いて行った。

 ウーノのいる部屋に着いたトゥーレの視界に一番入ったのは鍵盤のようなコンソールを慌ただしく操作しながらステップして回っているクアットロだった。これはいつもの事なので無視し、次にトーレの隣で正座し膝の上にカプセル型のロボット、Ⅰ型を乗せて半泣き状態のセインが視界に入った。
「何やってんのお前?」
 量産ラインに投入されたⅠ型に体重を掛けながらトゥーレがセインを見下ろした。
「一体誰のせいだよ~、っていうか手を乗せるなぁ! お~も~い~」
「トゥーレ、止めてあげなさい。それとⅠ型をどかして頂戴。トーレもセインの事そろそろ許して上げて」
「そうだな。このままじゃうるさくてかなわん」
 トゥーレがセインに乗っていたⅠ型を蹴り飛ばし、トーレが飛んできたそれを殴り飛ばした。二発で正真正銘の鉄屑になった元Ⅰ型が床に転がる。
「素手で壊れる物なんだ、あれ……」
 先に来ていたディエチが二人の身体能力に呆れている。
「二人とも~、ゴミを散らかさないで下さ~い」
「そういうお前は創作ダンスか?」
「違うわよ。トゥーレちゃんが持ってきた記録媒体の中身を解析してるのよ。結構な量でウーノお姉様と一緒にやってもまだまだ時間掛かりそうなのよ~」
「ああ、あれか」
「帰りに記録媒体ごと渡されたのは驚いたぞ」
 トーレが溜息混じりに言う。
 先の任務時、レリックの強奪ついでに相手組織の研究データを回収するよう命令を受けていた。数分で組織のメインコンピュータに辿りついたトゥーレは面倒臭くなって記録媒体ごと引き抜いて来たのだった。
「で、ナンバーズ全員集めて何の話だ?」
「その記録媒体と関係があるんだけどね。まずはこれを見て」
 部屋の大型モニターにある研究データが表示される。それはナンバーズにとって見慣れた戦闘機人の設計図だった。
「戦闘機人だね。あの組織、戦闘機人の開発もしてたんだ。全然気がつかなかった」
「でも、何か違う。ドクターの技術が使われているけどコンセプトが違うように思う」
「ディエチの言う通りだな。あの変態ワザと技術流出させてるから、どっかの馬鹿がその情報手に入れてアレンジ加えててもおかしくはないだろ」
 スカリエッティは自分の技術の一部を意図的に外部に流す事で技術革新を起こす事がある。自ら天才と自負する彼だが、全ての面で他者より優れているとは思っていない。他者に己の研究結果を渡し、それが自分とは別の思想・設計で発展を遂げたのならばその技術を吸収し更に改良、再び流出するなどを繰り返している。
 聖王の遺伝子情報をばら撒いたのもそういう思惑が元となっていた。
「いや、待て。この設計図完成されていないか?」
 トーレがそれの完成度を見て言った。前線向きの彼女にはウーノ程の知識は無いにしても今までの経験や学習によりある程度は理解できるようになっていた。そして、そのある程度の知識で理解できるほどその設計図は完成されていた。
「その通り。私達ナンバーズに並ぶ程の完成度だわ」
 言いながらウーノが次々に新たなモニターを表示させていく。トゥーレ達が襲撃した研究機関の組織図、下部組織や物資の流通、情報のやり取り、構成員の情報が載っている。
「さっぱり分からない……」
 セインが言うように情報量が多く、整理し切れない。なのでウーノが大まかに説明し始めた。
「貴女達三人が襲った研究機関は詳細は不明だけれどどこかの犯罪組織と繋がりがあったみたい。この戦闘機人の完成図もそこからの情報提供よ。そして、メールや通信、データのやり取りから推測するにその犯罪組織は……戦闘機人だけではなくレリックを始めとしたロストロギアや聖王の遺伝子情報、人造魔導師の研究まで行っている」
「…………つまり?」
「分からんかセイン。もう少し頭を使え」
「トーレ姉ひどっ」
「ドクターと研究内容が被ってるよね。レリックも集めてるようだから、いずれ戦うかもしれないって事?」
「ディエチの言うとおりだな。つまり俺達は知らずに競争相手に喧嘩を売った事になる」
「え、何でぇ?」
 セインが不思議そうな顔をした。
「協力関係にあった研究機関が潰されたんだ。同じ研究をしているなら目的も同じ可能性が高く協力体制を敷けたかもしれないが、知らずとは言えこっちが先に攻撃したんだからな。面子とか色々ややこしい事もあって向こうは黙っていないだろう。…………潰した機関の事前調査はクアットロの担当だろ。何してたんだよ」
「ちゃんと調べたわよ。でも、巧妙に隠蔽されてて気付けなかったのよね~。規模の小さい機関だったから油断したわ」
「お前それでいつか死ぬぞ?」
「この前魔導師一人に殺されかけた人に言われたくないわね~」
「…………」
「止めろ二人とも。話が進まん」
 トゥーレとクアットロが睨み合ったところをトーレが止めた。
「ウーノ、その組織の情報は?」
「今それをクアットロと二人で調べているわ。そもそもトゥーレが研究データだけじゃなく記録媒体ごと持って来てくれなければ気付けなかった事だから、あまり詳しい事は分からないかもしれないわ。一応後でドゥーエに連絡して管理局側が何か情報を持ってないか調べてもらうわ」
「何か三人とも真剣だけど、いつもみたいに倒せばいいじゃん」
 他の六人が無言でセインを見た。
「え、えっ? なに?」
「セインちゃん。もうちょっと頭使う事覚えましょうね」
「うわっ、クア姉までトーレ姉と同じ事をッ!?」
 ショックを受けてうな垂れたセインをチンクとディエチが慰め始める。三人を放って比較的冷たい他の四人は話を再開する。
「ドクターはこの事について何と?」
「ノーヴェの調整で楽しそうにしていたから簡単に報告だけはしたわ。私達の判断に任せるそうよ」
「相手がどう出てくるかわかりませんもんね~。もう少し情報を集めてみないと……」
「あとは相手がこっちの事をどこまで知っているかが問題だが……」
 淡々とこれからの事に話し合う四人を他所に、セインがチンクの腰に泣きついていた。
「皆冷たい……」
「よしよし。セイン達が襲撃した研究機関が別組織と何かしらの繋がりがあったのは理解できたな?」
「うん」
「その組織は戦闘機人の研究を行っていて、しかもそれが完成している事も理解できたか?」
「うん。完成図持ってるからそういう事だよね?」
「何だか幼児退行してない? セイン」
 姉が妹をあやしているだけなのだが、身長差もあってディエチにはとてもシュールな光景に見えた。
「そうだ。そしてそこから横の繋がりか下部組織だったのかは分からないが他所に戦闘機人の設計図を渡せる余裕がある程大規模な組織である事が推測できる。同時に、既に数体の戦闘機人を所持しているだろう。姉達が警戒しているのはそれだ」
「数体の戦闘機人を所持している……」
 言葉を反復したセインに対し、優しい笑みを浮かべていたチンクの顔が若干真剣味を帯びたものに変わる。
「我々ナンバーズと同等の戦力を保有している可能性が高い」





 ~後書き&補足~

 原作に無い犯罪組織を出すことでStS本編までの間を持たせようと思いつき(愚策)しました。我ながら無謀です、ハイ。
 ただでさえトゥーレというオリキャラに近い主人公なのに、オリジナルの第三勢力とか危うい以上に危険が危ないとか言ってしまいそうなレベルです。
 しかし、これによりナンバーズ達の活躍や、犯罪組織と対立するなのは側のキャラを出しやすくなると思います。
 ただ問題なのは本当に思いつきなのでオリ犯罪組織の詳しい設定が決まっていない……。



[21709] 十一話 1,2,3
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/11/17 00:14
 スカリエッティ及びナンバーズ達の朝は意外にも早い。
 日の光の入らない地下で、雰囲気が出るからというスカリエッティ個人の理由で薄暗くされた証明(一部除く)に時計という物が無く、更に言うなら犯罪組織故に主に深夜での活動が多いはずなのだが、その割には皆規則正しい生活を送っている。
 いつの間にか料理担当にされたセインが朝食をテーブルに並べていく。それをディエチが手伝う。そんな働く二人を横にトゥーレは本を片手にコーヒーを啜っている。手伝う気はゼロのようだ。
 料理ができる頃には早朝の訓練とその後の洗浄を終えたトーレとチンクがやってくる。その後にスカリエッティだ。
「皆おはよう」
「お前朝ぐらい白衣脱げよ」
「トレードマークだからそれは無理な相談だね」
「なんだよそれ……」
「セイン、私にもコーヒーを」
「はーい、わっかりましたー」
 次にウーノがまだ眠たそうなルーテシアを連れて来て席に座る。本来ならもっと早く来れるのだが、ルーテシアを起こすのに手間取っているらしい。
 最後はクアットロだった。眠たそうに瞼を擦っている。
「眼鏡はどうしたのさ、クアットロ」
 席についたディエチがクアットロが普段付けている眼鏡が無い事に気付いた。
「あ~……忘れてきちゃったわ」
「前々から疑問に思ってたんだが、何で目悪くないのに眼鏡なんてしてんだ?」
 トゥーレが本を閉じながら聞いた。クアットロの視力は悪くない。というより戦闘機人なのだから悪かったら問題だ。
「それはね~」
「そうか、お前眼つき悪いもんな」
「聞いておいて一人で納得はしないでくれる~?」
「そういえばゼストはどうした?」
「スルーなんていい度胸ね……」
「騎士ゼストなら一人で食べるってさ」
 セインがトレイに乗せた食事をⅠ型に渡す。Ⅰ型はコードを器用に動かしてトレイを持ったまま部屋を出て行った。
「それでは皆、いただこうか。せっかくセインが作ってくれた料理が冷めてしまう」
 スカリエッティの言葉でそれぞれが食事に手をつけた。
 食器のぶつかり合う音がカチャカチャと鳴る。
「ルーテシアお嬢様、好き嫌いはいけませんよ」
 ルーテシアがサラダのトマトを避けて食べていた。隣に座るウーノがなんとか食べさせようとする。
「んー……」
「ルーテシア、ちゃんと食わないとチンクみたいになるぞ」
「どういう意味だ!?」
「…………あむっ」
「そんな理由で食べないでくれ!」
「セインちゃ~ん、私にもコーヒー。砂糖とミルク多めでね~」
「はいはーい」
「トゥーレ、この後だが――」
「断る」
「まだ何も言っていないだろう」
「模擬戦なら一人でやってろ」
 騒がしい食卓だった。
 トゥーレとトーレは手早く済ませて睨み合って互いに牽制している。
「それではお前は今日何をするつもりだ?」
「用事があってミッドに行く」
「私との訓練を放棄するほどの用事か?」
「ああ」
 皆がテーブルから退避した。ルーテシアの食事はチンクが持ち、ルーテシア本人はウーノに運ばれる。
「美術館だ。ベルカ諸王時代の美術品が展示されているんだ。お前の訓練なんかに付き合ってられるか!」
 テーブルの上で嵐のような組み合いが始まった。



 大人気ない姉弟喧嘩から更に大人気なく勝利を得たトゥーレは無事に美術館へと辿りついた。
 美術館内は当然のように静寂に満ちている。独特の空気の中、トゥーレは館内をゆっくりと歩き、時折美術品が納められたガラスケースの前に立ち止まる。
 公にされてはいないが聖王の聖遺物が盗まれてから聖王教会で保管されていた遺産や美術品、歴史的価値のある物の管理は徹底され、時折行われた展示会も行われなくなった。しかし、魔法技術に関係の無い歴史的価値しかない美術品のみの展覧会が行われた。
 トゥーレは、聖骸衣に張り付いていた自分の元となった欠片の事など本気でどうでも良く、美術品の見学を楽しんでいた。
「随分と熱心に観ていますね」
 横から声を掛けられ、トゥーレが振り向くとそこには十台半ばと思われる。金髪の少女がいた。
「すいませんお邪魔してしまって。つい、声を掛けてしまったんです……」
「いや、別にいいよ」
 そう言って前に向き直る。目の前には古代ベルカ時代に起きた戦乱の世で使われた甲冑が展示されている。少女はトゥーレから数歩離れた距離で立ち止まり、トゥーレ同様展示品を観る。
「こういった物、お好きなんですか?」
「遺産の事か? それなら好きだな」
「そうなんですか……」
「どうして俺に声を?」
 顔は向けず、目だけ動かして少女を見て問いかける。
「少し、気になったので……」
「気になった?」
 まさか戦闘機人だと気付かれた、という警戒心が起きた。戦闘機人自身は何の罪も無いが、製造目的と過程は明らかに犯罪に関与している。逆に警戒されるのも当然だ。
 しかし、少女は隙だらけでトゥーレに対して何も警戒していない。
「ええ。ここには色んな人が来ます。単純に芸術品が好きな方、美術を専攻していて勉強の為来る学生、中には学校の課題で嫌々来る子も」
 そこで少女は小さく笑った。
「貴方は前者二つの方のような熱心さです。でも、何かが違う……」
「何か?」
「ええ……。そうですね、他の方はその古代遺産の奥を見ているんです。どうやったらこんな絵が描けるのか、とか。昔の人は凄いんだな、という美術品の後ろに存在する制作者に対して尊敬の念があります。だけど貴方の瞳にはそう言ったものがない」
「…………」
「代わりに、今目の前にある物だけを視ている。作り手を視ず、美術品のみ見ている。それは何と言うべきか……憧れ、でしょうか?」
「憧れ、ね」
「あっ、すいません。初対面の方に馴れ馴れしくこんな事を」
「いや、気にする必要はないさ。それに、あんたの言ってる事合ってるかもな。俺も何でか分からなかったんだが……なるほど、そんな考えもできたな」
 再び視線を戻して目の前の展示物を見つめる。そんなトゥーレの様子に少女は小さく笑う。
「どうした?」
「いえ、ごめんなさい。何だか子供みたいだなあって」
「子供か。確かに童顔だけどな」
「あ、いえ、そういう意味ではなくて。また私ったら失礼な事を」
 うって変わって慌て始める少女。その様子を見て、トゥーレはおかしくなった。
 その時、館内に軽い足音が響いた。
「カリムー」
 ショートカットの小柄な少女が館内を走りながら金髪の少女に向かって手を振っていた。その隣には銀髪の小人のようなものが宙を浮いている。
「こらっ、はやて。走ってうるさくしちゃ駄目でしょ」
 はやてと呼ばれた少女は注意された事で急停止した。
「わっとっと、ごめんカリム」
「ごめんなさいです」
 少女と小人が同時に謝る。
「まったくもう……。あ、ごめんなさい、騒がしくして」
「まあ、この部屋には俺達しかいないからいいんじゃないのか?」
 トゥーレは全く気にしていないようだった。ただ、次の展示物を見るために少し移動しようとし――
「あっ! SSの人や!」
「はあ?」

「えっと、つまりはやてはフェイトやなのはの友人で、バルディッシュから俺が戦っている時の映像を見たと?」
「はい」
 三人は美術館内の休憩所に移動していた。長椅子にトゥーレ、はやて、カリムの順だ。小人ははやてとカリムの間で浮いている。
 トゥーレは自販機から買った缶コーヒーに口をつける。
「トゥーレさんのバリアジャケット、私がいた次元世界の昔の軍服と細部はちごうたけどそっくりだったんですよ。それでつい大声で……」
「その場で適当に作っただけなんだけどな。そんなに似てたのか?」
「はい、そりゃあもう」
 既に自己紹介を済ませている。二人の少女は共に古代ベルカ式の魔法を使い、去年の初めに知り合い友人になったのだそうだ。そしてはやての隣で浮く小人はリインフォース・ツヴァイという誕生してまだ間もない融合デバイス。
 融合型デバイスを持つ魔導師などトゥーレにとって初めての存在で驚きと物珍しさがあると同時にある懸念が沸き起こる。
「なあ、カリム。こいつもあれか。無茶するタイプか」
「あっ、わかります? 大人しそうな顔して無茶苦茶なんですよこの子。友人として心配で心配で」
「えっ!? なんやのそれ。私そんな無茶してへんで!」
「はあ……こいつもか」
 大げさな程にトゥーレは溜息をつく。
「あー……もしかしてなのはちゃんやフェイトちゃんの事ですか?」
「ああ。どういうわけかあいつらに会うと頻繁に溜息が出る」
「あの二人ほど無茶してへんよ? 私は」
「確かその二人ははやての親友なんでしょう? よくはやてから話は聞くけれど、そんなに無理をしているの? 今は入院中だって聞くし……」
「そうや、病院や! 今日クイントさんが退院する日や」
「クイントととも知り合いかよ……」
 どういう巡り合わせなのかと自分を呪いたくなったトゥーレだった。
「なのはちゃん通じて知り合ってん。私もこれから行くとこやったし、トゥーレさんもどうかな?」
「いや、俺は……」
 はあ? 何で俺が、と言いたかったが何故か瞳を輝かせるはやてに見上げられて口ごもる。
「ヴィータと喧嘩した事気にしてんの? それなら誤解ってわかっとるよ」
「いや、そうじゃなくてだな……どうしてそんなに俺を誘うかってことでな……」
「SS軍服だから」
「え? そんな理由でか?」
「ほらほら、クイントさん行ってまうで~。ほなカリム、また連絡するな~」
「いやいや、ちょっと待てこの野郎。何強引に連れて行こうとしてんの? 離せよコラ」
 ヤンキーみたいなトゥーレの物言いに動じずに彼の袖を掴んで引っ張っていく。
「行くですよー」
 生後一年足らずのリインフォース・ツヴァイもはやてのマネをしてトゥーレの袖を掴む。その際、トゥーレの肌と一瞬だが触れた。
「――はれ?」
「ん? どうしたん、リイン?」
「いえ、何でもないですよ。多分気のせいです」
「…………」
「そうか? ほな、カリムまたなー」
「あんまり迷惑掛けちゃ駄目よ?」
「手振ってないであんたも止めろよ!」
(トゥーレ、聞こえているかしら?)
 突然頭の中で声が響いた。ウーノによる通信だ。
(……ちょっと待ってろ)
「悪いが、俺はこれから用があるんだ。この手を離してくれ」
「えー?」
「はやて、駄目よ。無理強いしちゃ」
「あんたが言うなよ。……まあ、そういうわけだからまたの機会にな」
「それじゃあ、連絡先教えてください」
「…………」
 デバイスも通信端末も持っていないトゥーレだった。ナンバーズ間ではデバイス無しで通信でき、自分自身デバイスの機能を持っているトゥーレにとってどちらも不要なものだからだ。だからと言って『自分』のアドレスを教える気もない。
 故にトゥーレが取った行動は――
「じゃあな」
 逃走だった。
「あーっ! 逃げたーっ!」
 身長差による歩幅と、十代前半の少女と戦闘機人の身体能力では当然差がありすぎて、トゥーレはあっと言う間に走り去ってしまう。
「最近のガキはああまで強引なのか?」
 そんな事を言いつつ二人、いや三人の姿が見えなくなった距離でトゥーレは走りを歩みながら、人気の無い場所へ移動する。美術館からも出、街中の影へと身を隠す。
 そして、通信用モニターを表示させた。
「人の楽しみ邪魔しやがって、と言いたいところだが今回は助かった」
『何かあったの?』
「いや、変なのに絡まれただけだ。それよりもウーノがいきなり通信を入れてくるなんて珍しいな。何か緊急か?」
『ええ、そうね。例の組織について少し分かった事があるの。それについて貴方に協力して欲しいから悪いのだけどアジトに戻って来てくれる?』
「了解」
 その一言で通信を切る。同時に転移魔法を発動。スカリエッティのアジト近くまで跳ぶ気なのである。転移が開始される直前、トゥーレは自分の手を見る。
 リインフォース・ツヴァイと触れた部分だ。トゥーレは彼女が融合型デバイスだとは一目で気がついていたが、その繊細さまでは分からなかった。
「危うくプログラムに介入する所だったな……」
 呟いた直後、誰の目に触れる事無くトゥーレの姿が消えた。



 日付が変わりかける時間帯、無限書庫内の一般に開放されている区画は暗闇の中に静まり返っていた。当然と言えば当然の事だ。しかし、無限書庫の職員達は違う。
 最近になって整理され混沌となっていた領域が減り始めたものの、それでも無限書庫は混沌の名を欲しいままにしていた。
 無限書庫では職員達が時間帯など関係なしに日夜整理を続けている。
 大人達が大量の本やデータを抱えて螺旋階段を歩き回り、浮遊しながら移動し目録を付けていく中、その中央にまだ十代前半と思われる小柄な少年がいる。
「スクライア司書、このデータはどこに?」
「ああ、それはミッドチルダ史担当の人に渡してくれるかな」
 少年の名はユーノ・スクライア。歴史調査を本業とするスクライア一族であり、検索魔法と探索能力を買われ、彼は若くして無限書庫の司書として働いている。
「わかりました、スクライア司書」
「うん――あっ、閲覧禁止レベルの物が何でこんな所に!? 誰か急いで回収お願い!」
 意外な所から危険な物が時折見つかるために油断できない職場だった。
 ここ最近のユーノは無限書庫の整理に忙しかった。彼の友人である高町なのはの見舞いに行っていた遅れを取り戻そうとする勢いだ。
 見舞いなら時間が潰れるとしても半日程度で、仕事は多少遅れるが深刻な程ではない。しかし、ユーノは何日も病院に通い続けていた。それは重傷を負った友人が心配だったというのもあるが、おそらく罪悪感からなるものの方が大きい。
 彼女の怪我はアンノウンによるものではあったが、彼女の体に累積したダメージはそれ以前の過度な訓練、カートリッジシステムの反動、そして常人には無理な砲撃魔法による後遺症によるものが大きい。
 高町なのはにデバイスを渡し、魔導師としての才能を開花させてしまった事にユーノは責任を感じていた。
 そんな彼が今無限書庫にて遅れを取り戻そうと働いているのは、大雑把に言えば追い出されたからだ。
 クイント・ナカジマ。なのはと同じ病院に入院し、あるキッカケで仲良くなったという大人の女性。彼女は頻繁に来るユーノやフェイト、ヴィータなど、なのはの友人達を強引に追い出したのだ。
 ――仕事があるなら仕事しろ。学校あるなら学校行け。君らがそんなに世話焼いても怪我が早く治るわけでもなし。それとも医者の仕事とる気なの?
 キツいようで、言っている事はもっともだ。ユーノ達はなのはの様子が気になりながらも自分達の事を再開し始めた。
 当然、なのはの様子が気になり手がつかない日もあったが、間を空けて見舞いに行ってみると追い出されもしなかったし、なによりなのはが無茶をしていなかった事に安堵を覚えた。
 お人好しで頑固者のなのはがまた無理をしてしまう事がユーノを初めとした友人達の心配の種だったのだが、クイントという大人が傍にいる事で歯止めになってくれている。ユーノが無限図書に行く途中に立ち寄った際、なのはがバインドでベッドごと簀巻きにされていたのはさすがに驚きはした……。
 彼女は本日退院したらしいが、毎日昼にはなのはの病室に通うという事だった。頼れる大人としてクイントがいるおかげで、ユーノは罪悪感など凝りを残しながらも仕事に集中できるようになった。
「――ん?」
「どうしました? スクライア司書」
「あっ、いや、何でもないよ」
 一瞬感じた違和感。それでつい周囲を見回してみたが、何もおかしな所は無く、いつもの無限書庫で職員達が真面目に仕事をしているだけだった。

「おいおい、今のは危なかったんじゃないのか?」
 危ない、というわりに楽しそうな若い男の声が人気の無い無限書庫の一角でした。
「集中力が途切れ、周囲に意識が向いたようですが予測範囲内です。問題ありません」
 感情が感じられない少女の声が若い男に答える。
「だが、思ったよりも鋭いのは確かだな。騒ぎになる前に回収を急ぐぞ」
 低い声が二人を急ぐよう促す。
 それは奇妙な三人組だった。赤いロングコートを羽織った若い青年に白に近い薄い水色の髪をした小柄な少女、そして黒いコートを羽織った厳つい男だ。
 彼らは足音を消し、気配を消しながら無限書庫内を歩く。その先は閲覧禁止の区画だった。
 どう見ても職員ではない。しかし、それを咎める者は誰もいない。すぐ横を通り過ぎたとしてもだ。
「便利だな、その能力」
 青年が目の前を歩く少女に軽い調子で言う。三人は少女を先頭にし、並んで歩いている。後ろの男二人は、少女が歩いたルートを寸分の狂いも無く辿っている。
「応用しているだけです。人の目を一時的に誤魔化せても機械は無理です。しばらくすれば気付かれてしまいます」
「ああ、だから俺達が護衛として連れられたのか」
「フィーアがもう少し早く稼動していれば二人だけで十分だったのですが……着きました」
 少女がデータベースのある項目の前に立ち止まる。男達はその少女を守るかのように背後に並んだ。
「おいおい、フィーア一人で護衛が務まるなら俺かアインどっちかで良かったんじゃないか?」
「貴方達の能力が穿ち過ぎです。加減しながらもあらゆる事態に対応してもらうには二人一緒に護衛して頂いた方が被害が少ない。どちらか一方だと、無限書庫自体破壊しかねませんから」
 青年は少女の背後で肩を竦め、大男の方は黙ったままだ。
 少女が両の掌を宙に翳し、コンソールとモニターを表示させる。
「それではお二人とも、これから私はクラッキングに集中します。私が闇の書事件のデータを得るまで護衛は任せましたよ」





 ~後書き&補足~

 皆さん黒円卓大好きなようで。やっぱ良いよな!
 ですが、第三勢力は黒円卓ではありません。一応整合性とか無視したIfルートを考えていたりして、そこで黒円卓を出そうと考えてたんですけど、要望多いなら無理やりオリジナルキャラ+黒円卓連中で出しますよ? ただ、そうなるとStS本編で最終的に黒円卓VSスカリエッティ組VS機動六課の三つ巴戦になって六課が大変な事になります(強化案はある)。
 第三勢力はまだ正確な人数やキャラは決まっていませんが、一部はナンバーズのライバルと、そしてなのは達をいぢめる人として決まっています。今回出た三人とまだ出てない二人だけです。それ以外に関してはおいおい決めます。 

 ちなみに考えているIfルートでの黒円卓の設定としてはDies本編そのものではありません。戦力バランス取れないからです。なので、なのは世界用、設定に遵守して転生したような黒円卓となります。
 エイヴィヒカイトがミッドとベルカとも違う魔法体系として、聖遺物がデバイスとなっています。それでもオーバーS?なにそれ?みたいな戦力差ですけど……。
 Ifルートでもニートはいません。介入もしてません。黒円卓(首領と大隊長含む)がトゥーレより先にミッドにいてヒャッハーしてます。戒兄さんとベアトリスは何でか聖王教会にいます。兄さんモテモテです。



[21709] 十二話 前座
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/12/07 21:55
「娘達よお、私は帰って来たァーーッ!」
「お母さん、それ昨日も言ってた」
「違った。愛娘達よ、久々の私の手料理はどうだァ!」
「ちょっと焦げてる・・・・・・。それにまだいただきますしてないよ」
 クイントと娘、ギンガがテーブルの上に乗った朝食を微妙そうな顔で見て言った。
「お母さん、入院してからちょっと変」
 もう一人の娘であるスバルが悪意無く自らの母を変と宣った。それはつまり率直な感想という事だ。
「入院中にはやてちゃんから貰った映像データの影響かしら・・・・・・。まあ、料理に関して少し我慢して頂戴ね。直ぐに勘を取り戻すから」
 そう言ってクイントはエプロンを外し、テーブルを挟んだ娘達の向かい側へと席についた。
 昨日付けでクイント・ナカジマは退院した。意識不明の重体となった胴の傷もほぼ完治し、フルドライブとカートリッジシステム多用による後遺症もリハビリによって解消した。
 今日が専業主婦として記念すべき第一日目だった。
「それでは、いただきます」
 母の言葉に続いて娘達も元気よく言って朝食に手をつけ始める。
「お父さんは?」
「お父さんは夜中呼び出されて結局午前様みたいね。元局員として同情するわ」
 ゲンヤはクイントを病院に迎えに言った後オフだったのだが、深夜にいきなり通信が来て管理局へ向かう事になり、結局朝になっても帰って来なかった。
「お母さんはずっと家にいるんだよね」
「そうよー。お母さんはこれから主婦兼自宅警備員なの」
「警備員・・・・・・」
 クイントの言葉にギンガが視線を逸らした。既に仕事の合間を縫ってシューティングアーツをクイントから教わっていた彼女は家に忍び込む泥棒を想像して同情した。
 局員を止めたと言っても陸戦魔導師AAランクは変わりなく、格闘技を扱う武道派。これ以上ない位の警備員だった。
 その時、玄関のドアが開いた。同時にゲンヤが顔を出し疲れたような表情で帰宅の挨拶をする。
「あー、ただいま。まだメシは終わってないよな?」
「あら、お帰り。一応ご飯は用意してあるけど食べる?」
「おう、ありがたく貰おう」
「お父さんお帰りー」
「お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
 ゲンヤは制服のネクタイを緩めながらクイントの隣に座る。
「相変わらず凄い量だな」
 テーブルの上には朝食が山盛りとなっていた。妻と娘達は当然の事のように山を削り食べていく。
「病院食は量が少なくて困ったわよ。さすがに他の患者さんの奪うわけにもいかなかったし」
「そもそも奪うという発想がおかしいだろ」
「うーん、やっぱりそうかしら? なのはちゃん達にも同じ事言われたのよねー」
「そういえばあの嬢ちゃんの怪我はどうなんだ?」
「怪我そのものは治ってるんだけど、後遺症がねえ。リハビリしていけば後遺症も残らないらしいんだけど、あの子無理する癖あるから。今日のお昼にも様子見に行くわ」
「いいなあ、私もなのはさん達と遊びたい」
「こら、スバル。お母さんは遊びに行くんじゃないわよ」
「え? 遊びに行くんだけど?」
「・・・・・・・・・・・・」
 ギンガのフォローは見事に無駄に終わった。
「いいないいなー」
「今度連れてって上げるわよ。ギンガも来るでしょ?」
 小学生の娘のフォローを台無しにした母親は朗らかに笑う。
 久しぶりの家族全員での朝食は騒がしいものだった。

「行ってきます」
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃーい」
 二人の子供が家を、通学路を進んでいく。その後ろ姿をナカジマ夫妻が見送る。
「それで、何か事件?」
 ギンガとスバルの背中が見えなくなり、夫妻が家に入った途端クイントは口を開く。
「まあな。無限書庫が襲われた」
「えっ、無限書庫って本局内じゃないの。確かユーノ君が働いてはずだけど・・・・・・」
「あいつなら無事だ。確認したからな。職員は全員無傷、警備の人間除いてな」
「ふうん。でも、無限書庫の管轄は本局でしょう。というか、内部だし。地上部隊のあなたがどうして夜中に叩き起こされたのよ」
「襲撃犯が俺の管轄区域に逃げ込んだからだ」
「あーらら。本局の無限書庫襲ってデータ盗むような犯罪者の捜索をする羽目になったのか」
「まったく、せっかくしばらくは親子水入らずで過ごせるかと思った矢先にこれだ」
 大きな欠伸をしながらゲンヤが苦々しく言う。
「昼にまた部隊の指揮執らないといかん。少し仮眠取るぞ」
「食べてすぐ寝ると体に悪いわよ」
 そう言いつつも止める気はない。ゲンヤは本当に眠そうで、朝食の時も無理矢理起きていたようだったからだ。
「そういえば、盗まれたデータって何なの?」
 寝室に向かうゲンヤの背中に問いかける。
「詳しくは機密事項なんで教えてくれなかったが、闇の書というロストロギアとそれに関する事件のデータだとよ」

「それ、ホンマなん?」
「うん。クロノには既に連絡した。もしかするとそっちに護衛を送る事になるかもしれないって」
 無限書庫の外、ユーノ・スクライアが通信モニターを開いていた。相手は八神はやて。モニターにはリインフォース・ツヴァイも映っている。
 深夜、無限書庫を襲った犯罪者に関してユーノははやてに報告していた。彼女は闇の書、夜天の書の正式な主だ。無限書庫から盗まれたデータの内容からして伝えるべきだと思ったからだ。
「もう少ししたら管理局から正式に連絡が行くと思うよ。シグナム達がいるから護衛は十分過ぎると思うけど、注意してね」
「ああ、わかっとるよ。それにしてもまだあの事件を掘り起こそうとする人がおるとは・・・・・・。犯人はどんな奴なん?」
「三人組。驚いたよ。いつの間にか閲覧禁止区画にまで侵入されていたんだから」
 ユーノは昨夜の事を思い出す。
 検索魔法で書庫の整理を行っていた時、突然警報が鳴りだした。警報はいきなり無限書庫の重要区画に侵入者がある事を伝え、職員達は大混乱だった。
 職員には当然魔導師もいたが戦闘向きではない。何より、重要区画には今自分達が作業している場所を通り過ぎなければならないのだ。そんな不審者など、誰も見ていない。
 ユーノは職員を避難させながら、侵入者がいると思われる区画に急いだ。直接戦闘こそは苦手だが、結界魔導師として侵入者を足止めできると思ったからだ。
 途中で追いついてきた警備の魔導師達と合流し、その場所へ行ってみると、明らかに管理局の局員でも無限書庫の職員でもない三人組がいた。
 道を阻むように大男が立っており、その後ろでは壁に寄りかかっている若い男。そして奥には背中を向けているが不法アクセスしている張本人と思われる小柄な少女がいた。
 彼らに警告を発したものの、見事に無視され、いざ捕らえようと魔導師達が動こうとした瞬間、いきなり撃たれた。それも射撃魔法ではない、実弾だった。
 それからが悲惨だった。質量のある弾丸の雨で牽制され、近づこうとすれば大男が炎熱魔法で壁を作る。バインドを仕掛けてもバインドが燃やされた。
 ユーノの防御魔法のおかげで被害は抑えられたが、魔導師達は悉く倒され、無限書庫にも被害があった。しかも、侵入者はデータをまんまと手に入れ脱出まで成功させている。
「とにかく気をつけて。犯人は闇の書事件以外にも色々と盗んでいった。それと・・・・・・」
「なのはちゃんには内緒やね。わかっとるよ」
「うん・・・・・・」
 なのはは未だにリハビリ中だ。ようやく松葉杖で歩ける程度まで回復したというのに、闇の書に関する情報を盗んだ者がいるとわかればはやての所へ行こうとするだろう。
「それじゃあ、また」
「うん」
 通信を切り、ユーノは両腕を上げながら大きく伸びをし、背中と肩から骨の鳴る音がした。
 休息を取る為に仮眠室へ向けて廊下を歩く。現場に来た管理局の捜査官に昨夜の事を話していた為に徹夜明けだ。徹夜は既に慣れてしまっていたが戦闘の緊張感で普段よりもユーノは疲労していた。



 刺すような熱線が降り注ぐ砂漠に三人分の足跡が続いていた。前方に二人、少し遅れて一人。日除けのロープをそれぞれ羽織っている。
 熱による陽炎が風景をぼやけさせ、地平線がゆらゆらと弛めているようにも見える。視界には砂と空気しかなく、同じ風景ばかりが並びいる者の感覚を狂わせる。
「あ~つ~い~」
「うるせえ黙ってろ」
 猫背になっているセインの前でトゥーレがモニターに映し出されたマップを見ながら叱咤する。
「セイン、だらしない」
 その隣では無表情のディエチがいる。
「だって熱いんだもん。トゥーレ飛べるんだから運んでよ~。何で一日も掛けて歩くのさ~」
「何がいるか分からないからな。極力目立つのは避けたい」
「え~」
 三人はウーノが解析した情報を元に正体不明の犯罪組織が使っていたと思われる研究施設へと向かっていた。情報が古く、既に撤去されている可能性が高かったが、組織について何か手掛かりが掴めるかもしれないと調査に向かっているのだ。
 出発は昨日なのだが、管理外世界に詳しいトゥーレに意見により飛行せずに三人は徒歩で研究施設を探している。おおまかな座標は分かっているが目印となる物が無い砂漠世界。既に夜を越し、丸一日が経過しようとしていた。
「昨夜の星、綺麗だったなあ」
「人間がいないだけであんなに透き通るもんなんだな」
「あの時は寒かったー」
「お前熱いだの寒いだのうるさい」
「だってそうなんだもん。普通の人ならとっくに干乾びてるよ。どうして二人はそんな平気そう…な……トゥーレ何それ!? 一人だけズルイ!!」
 セインが指差した先、そこにはトゥーレに左手があり、氷が握られていた。
「何が?」
 見せ付けるように左手に持つ氷の一角を噛み砕く。凍結魔法で作った氷だ。
「その氷だよ!」
「欲しいのか?」
「うん! っていうか寄越せ」
「それが人に頼む態度か」
「ちょうだ~い」
 途端に甘えたような声を出しながらトゥーレに寄りかかる。同時にさりげなく腕を伸ばしてトゥーレの持つ氷を奪おうとする。
「――フッ」
 セインの手から逃れながら、一笑。
「うわっ、鼻で笑われた!」
「色気が足りねえ出直して来いガキ」
「お姉ちゃんに向かってひどい!」
「……二人とも元気だよねえ」
 呆れながら二人を振り返るディエチ。その手にはトゥ-レ同様に氷が握られている。
「えーっ、何でぇ、何でディエチだけ貰ってるの!?」
「普通に頼んだらくれたよ……」
「ずるい!」
「お前が妙なしなを作るからだ」
「やっぱ胸? 胸なのか!?」
「…………こいつ熱で脳がやられたんじゃないのか?」
「そう思うなら意地悪しないであげなよ」
 ディエチに言われ、犬に骨でもやるかのようにトゥーレはセインに氷を投げ渡した。
「うおーっ、冷たーい」
「さて、と。ウーノが解析した情報だとこの辺りなんだけどな……」
 モニターへと振り返ったトゥーレを辺りを見回す。辺りは変わらず砂が広がっている。
「何もないけど?」
「地下だろうな。わざわざ無人世界で地下施設作るとは大した念の入れようだ。うちの変態にも見習わせたい」
 スカリエッティの顔や声は意外にも管理局に記録され時空犯罪者として指名手配されている。ほとんどアジトに引きこもって人前に姿を現さないのだが、破棄した施設に会話記録や映像など残っており、それが管理局の潜入操作により回収されたからだ。詰めが甘いのか、自己顕示欲が強くワザと残したのかは不明だ。トゥーレは後者だと思っている。
「セイン。ディープダイバーで地下を調べてくれ」
「はいはーい」
 氷を手に入れて機嫌が直ったのか、セインは元気よく返事をしてローブを脱ぎ、ディエチに手渡す。
「IS発動、ディープダイバー」
 テンプレートが足元に出現し、セインの体が地面の中へと沈む。
「相手の組織、私達と同じ戦闘機人がいるんだよね。どれほどの規模なんだろ」
「さあな。だが、あの設計図をスカリエッティに見せたら不備が見当たらない成功作品だと言った。ムカツク事にあいつの科学者としては本物だ。そのスカリエッティと同等の戦闘機人を作れるならかなりデカイと考えた方がいい」
「ふーん」
 二人がしばらく砂漠の真ん中で突っ立っていると下からセインが顔を出した。
『あったよ』
 セインから通信が入る。
「早かったな」
『うん、ビンゴだった。この下に研究施設みたいなのがあったよ。もう廃棄したのか大分寂れてたけどね』
「そうか……一度戻って俺を連れてってくれ。中を調べてデータベースが残ってるか調べよう」
『了解』
 トゥーレは自分のローブをディエチに渡す。
「ディエチは念の為どこかに隠れてろ」
「わかった」
 トゥーレは新たに魔法で氷を作り、ディエチに渡す。そして、砂から上半身だけを出して戻って来たセインの手を掴むとそのまま下へ沈んでいった。

 トゥーレとセインは研究施設だったと思われる地下施設の廊下を歩いている。長い事放置されていたらしく、埃が降り積もっていた。
 二人が足を踏み出す度に床の埃が舞い、雪原のように足跡が残った。
「中枢はここみたいだな」
 エリアサーチによって生成したサーチャーを回収し、二人は立ち止まる。
 廊下の突き当たりにあった扉をトゥーレが蹴破ると、コンピュータが立ち並ぶ部屋だった。
「ここは俺が調べる。セインは他の部屋調べてくれ」
「りょうかーい」
 セインが部屋を出て別の場所を探索し始める。トゥーレは一度部屋を歩き廻ると奥にあったコンソールに触れる。
「やっぱエネルギーは供給されてないな」
 トゥーレは足で床を踏み抜くと穴に手を突っ込んで床下の配線を漁り始めた。そして、エネルギー供給ケーブルを引っ張り出すと魔法で電気を流し始めた。
 打ち捨てられていた機械が目を覚ました。
 コンソールに積もった埃を振り払い、トゥーレはコンピューター内部に残ったデータを検索し始めた。
 データは当然消去されてはいたが、断片は残っていた。
「時間掛かりそうだな……」
 また記録媒体如抜いてウーノ達に押し付けようかとトゥーレが思った時、セインから通信が入った。
『何かあった?』
「ぼちぼちな。そっちは?」
『生体ポットが四つ。一つ除いて空っぽ』
「一つ除いて? それには何があったんだ?」
 少し言い淀んで、セインがポットの中にあった物を口にする。
「……そうか。他に何もないようならお前はディエチの所に戻ってろ」
『トゥーレは? っていうか私いないと帰れないじゃん』
「出口ならもう見つけた。デカイ荷物もあるからそこから出るさ」
『そう? なら先に戻ってるね』
 通信が切れると、トゥーレは記録媒体を手に入れる為に壁を破壊し始めた。

「ただいまー」
 セインは地上に戻るとディエチが出迎え、セインが羽織っていたローブを返した。
「どうだった?」
「目ぼしい物は何も無かった。ただ、トゥーレが記録媒体持ち帰る気でいるみたい」
「ふーん。……え、一人で? セインのディープダイバーなら直ぐなんじゃないの?」
「重いだろうし、出口もサーチで見つけたから自分で運ぶってさ」
「そっか。それで出口ってどこ?」
「えっと、多分あっち」
 セインがモニターを表示させて確認しながらある方向を指差した。その指差す方向とセインのモニターを覗き見たディエチは困った顔をする。
「遠いね」
「中が広かったからね」
「一応、迎えに行こうか」
「そだね」
 二人が歩き出そうとした時、光の柱が突如出現した。
「えっ?」
「――これは、伏せろ!」
 セインとディエチはその場で身を伏せる。
 光の柱は二人が向かおうとした座標、研究施設の真上に落ちて来ていた。
「砲撃魔法!?」
 光は柱では無く、砲撃だった。しかも一つだけではない。最初の熱線から幾条もの熱線が施設の上へと降り注ぐ。
 砲撃による熱線は砂を抉り、施設に破壊をもたらしながら幾度も爆発する。衝撃の余波で砂が大量に舞い上がり、セインとディエチの上へ降る。
 爆発による地面の振動がなくなり、落ちてきた砂の雨が止むと、二人はようやく砂に埋もれた身を起こす。
「一体何が……」
 ディエチは爆心地を見る。そこは砲撃の連射を受けて大きなクレーターを形成していた。
「……そうだ、トゥーレは!?」
 施設の中にはまだトゥーレがいたはずだ。しかし、通信が繋がらない。
「くっ……ISはつど――」
「待ってセイン。誰かいる」
 ディエチの視線の先はクレーターから上空へと向いている。その空には人がいた。
 二人からは背を向けているので顔は分からない。しかし、真っ赤なコートに金の髪という目立つ特徴があった。その人物はゆっくりと下降し、クレーターの中へと降りて行った。
「あいつが砲撃を?」
「多分。行ってみよう。どのみちトゥーレを助ける為に地下施設には行かないといけないわけだし」
 二人はローブを脱ぎ捨てて駆け出す。ディエチはイノーメスカノンを巻いていた布も解いた。
 クレーターの淵の砂が盛り上がっている場所まで来ると、二人は身を低くし寝転ぶようにして淵の部分に身を倒す。頭だけ出してクレーター内部の様子を伺った。施設の壁や天井の破片なのか、金属の塊が辺りに散らばり火を噴いていた。
 そしてクレーターの中心に砲撃したと思われる金髪の男がいた。
「やれやれ、下請け業者が壊滅したんで念の為に関わりのあった基地を破壊しろ、なんて面倒な任務を押し付けてくれるよな」
 長身痩躯の男は誰もおらず、独り言を言っていた。
(何者だろう?)
(例の組織の人間、かな。ともかくさっきの砲撃は私達を狙ったものじゃない)
(じゃあ、交戦する前にトゥーレを回収して撤退しようか)
(うん、それがいいと思う。さっきの砲撃からして相当強い)
 声が男に聞かれないよう通信にて二人は会話する。
「前回の任務から一日も経っていないっていうのに人使いが荒くてしょうがない」
 セインがISで地面の中に潜ろうとする。
「キミらもそう思うだろ?」
「――!?」
 ディエチは咄嗟に潜りかけたセインを自分の傍まで引っ張り上げる。同時進行でバリア系の防御を展開。ほぼ同時に張ったバリアに凄まじい衝撃が襲った。盛り上がっていた砂が全て吹き飛んで二人の姿が顕わになる。
「だけど、前の任務よりはやり応えがありそうで嬉しいよ」
 男の手にはいつの間にか拳銃が握られており、銃口が二人に向けられていた。銃口から立ち上る硝煙が二人を撃った証拠だ。
「実弾!?」
 バリアに弾かれて周囲に散らばった鉛を見てディエチは相手の武装を確認した。
「実弾であの連射!?」
 管理局で禁止されている質量兵器。その使い手がいたとしても二人が驚く事はない。同じ穴のムジナであり、ディエチのイノーメスカノンも実弾を装填する機能はある。多少面食らってもそれほど驚くものではない。
 しかし、男は一瞬で二人の周囲にある砂を吹き飛ばす程の連射を行ったのだ。実弾ならば物理的に装弾数は決まっているはずだが、男の持つ拳銃は構造上有り得ない連射を起こした。リロードを行った様な隙も無い。
「くっ」
 ディエチはイノーメスカノンで足元を撃った。
「へえ」
 セインとディエチの目の前で砂柱が舞って男の視界から二人の姿を隠す。砂柱が落ちる頃には二人の姿は消えていた。
 そして二人が消えた場所から違う方角、クレーターの外側から砲撃が空に向かって伸びた。
 砲撃は上空で機動を変えて男の方へと落ちていく。
「これは中々楽しめそうだ。前回と違って手加減しろと命令は受けてないんでね。こちらも出し惜しみは無しだ」
 男は銃口を落ちてくる砲撃へ向ける。銃身に環状型のミッド式でもベルカ式でもないエネルギー制御陣形が現れた。
 高エネルギーを纏った実弾が砲撃を撃ち落す。
 それを予想していたのか撃ち落される前に新たな砲撃がいくつも発射されて男へと落ちていく。
 男はメチャクチャな構えでそれらを全て撃ち落し、突然銃口を上ではなく横に向けて撃った。直後、男の横で爆発が起きた。
「相手の視線を上に向けさせ、その隙に別方向から狙撃か」
 いつの間にかクレーターの淵に登っていたディエチの顔に驚きの色が浮かぶ。男が言うように相手が上を向いている隙に横から直射射撃による狙撃を行ったが、男はそれさえも撃ち落してみせた。
「それで本命はこっちか」
 横に向けた銃口を更に後ろの足元へ向けて連射した。
 弾丸の雨で砂が抉れて舞う。そして、砂の中からディープダイバーで潜っていたセインが跳び出して弾丸の雨から逃れる。
「へえ、無機物の中に潜る能力か。魔法じゃないな。と、すると戦闘機人か」
 セインは砂の上に着地して、二の腕を押さえた。弾丸をかわし切れずに負傷したのだ。
「どうして私の位置が!?」
「勘だよ」
 答えになってない答えを言って、男は銃口を再びセインに向けた。
「セイン!」
 ディエチが淵から飛び降り、クレーターの斜面を滑りながら男に向けて直射砲を撃ちまくる。セインは男の気がディエチに逸れたのを見ると、再びディープダイバーで潜った。
 それに対して男は哄笑し、銃口をディエチに向きなおす。
「いいね、同じガンマンだ。ここは一つ派手に撃ち合おうじゃないか」
 機関銃の連射がディエチを捉える。
 環状型のエネルギー制御陣形によって弾速、威力共々上昇されている。ディエチはシールドを展開しながら不安定な足場からそれを撃ち落し、相殺していく。だが、連射速度に圧倒的な差があった。
 ディエチが一つ撃ち落す間に相手の銃弾はシールドに何十も命中する。しかもシールドの効果範囲から僅かにはみ出たディエチの体に対しても正確な射撃が行われ、ディエチの体が抉られていく。
 とうとう耐え切れずにディエチの体勢が崩れ、斜面の上を転がっていく。それを逃すほど男は甘くは無く、容赦なく弾丸の雨をディエチに与えた。咄嗟にイノーメスカノンを盾にする。
 イノーメスカノンは男の射撃に耐えてはいるものの、それも時間の問題だった。弾丸の威力により、狙撃砲の装甲が破壊され、周囲には衝撃で砂埃が舞う。
「ディエチッ!」
 ディープダイバーで潜っていたセインが砂の中から腕を伸ばしてディエチを掴むと砂の中に引っ張り込んだ。そのままディエチの盾になるよう抱えて砂の中を移動する。だが、砂の壁など男にとって紙同然だった。
 雨など生易しい表現では表し切れないほどの連射が砂ごと二人を射抜いていく。
 周りの砂など全て吹き飛ばし、二人の姿が顕わになる。男が射撃を止めると砂埃が止んだ。二人の体は既にボロボロになり、セインに至っては左肩から先が半壊し、歪んだ基礎フレームが皮膚の下から見えるほどだ。
「さっきの銃といいキミ達は意外に頑丈なんだな」
「う……くっ…………」
 セインに庇われたディエチが体を起き上がらせようと身を捩る。
「まだ動くとは感服するよ。だけどこれ以上やると弱い者イジメしてるようでオレも気分が悪い。これでサヨウナラだ」
 男が下ろしていた銃口を二人に向ける。
「レスト・イン・ピース」
 一つしか聞こえない銃声に四つの弾丸が放たれた。それぞれ二人の頭部と心臓を正確無比に命中する射線。貫くどころか吹き飛ばしかねない威力を持って二人に襲い掛かる。
「――っ!?」
 突如、倒れる二人の前に巨大な砂柱が立ち上がり四つの弾丸を飲み込んだ。
 加減も甘えも無い必殺の弾丸はたかが砂程度では意に介さず二人を貫くはずだ。だが、砂が舞い落ちる音と共に聞こえたのは金属同士がぶつかり合い、質量の軽い方がはじかれた音が四つした。
 空に立ち上った砂柱が全て落ち、埃も風で振り払われた先には長大なギロチンがナンバーズ二人の盾になるよう構えられていた。
「へえ……」
「……てめえ」
 黒いギロチンを右腕から生やした彼は軍服風のバリアジャケットに身を包み、金髪の男から二人を守るよう立ちはだかる。額から血を流しながらも、顔には怒りの表情があった。
「なに俺の姉ボコってんだ、殺すぞ」





 ~後書き&解説~

 原作の名シーンをあざとくパクリました。名台詞も。『姉』が『女』に変換される日は来るのだろうか……。

 予想していましたが、皆さんどうやら黒円卓の弱体化は反対なようですね。まあ、あくまでIFルートの案なので本筋には関係ありませんので黒円卓参入はしばらくIFは見送りに。
 一応、弱体化させず、なのは側をきっちり目立たせる(戦闘面ではなくストーリー的に)大まかな設定案はある事はあるのですが、自分の脳のスペックを明らかに超えていて今まで以上にしっかり練らないと成り立たないという書く側しては地獄の設定だったりします。どのみちIFはお預けですが。



[21709] 十三話 ツヴァイVSトゥーレ
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/12/07 21:56
「なに俺の姉ボコってんだ、殺すぞ」
「それは悪かった。だが、これも仕事の内なんでね」
 金髪の男は肩を竦めながら言った。
「知るかよ」
 関係無しと言わんばかりに男を睨みつけるトゥーレは後ろを振り返らずセインとディエチに話しかける。
「動けるか?」
「う、うん。でもセインが……」
「私も大丈夫。だけど損傷激しくてまともに動けない」
「ISは?」
「潜るだけなら」
「なら、ここからなるべく離れろ。お前達気にして戦えるほどの余裕はない」
「わ、わかった」
「おいおい、オレの事無視するなよ。寂しいじゃないか」
 男がトゥーレに向けて発砲する。トゥーレはそれをギロチンで受け止めてゆく。
「早く行けっ!」
 ディープダイバーによりセインとディエチの体が砂の中へ沈んでいく。四肢が動かないセインの代わりにディエチが手足を動かして推進する。
 直後、地表から凄まじい振動と音が地中にまで伝わってきた。

 ナンバーズ二人がその場から離れて数瞬、クレーターでは冗談のような戦いが繰り広げられていた。
 クレーターの円の中、砂柱が生き物のごとく何本も立ち上がる。爆発が起きているわけではない。たった一丁の拳銃が起こす衝撃で高層ビル並の砂柱が上がっているのだ。
 男の銃は大口径ではあるが、それほどの衝撃を生むわけではない。だが、銃身を包むエネルギー制御陣形が射出される弾丸のスピードと破壊力を倍増されている。リロード一切無しで機関銃のような連射、狙撃手並の命中精度、更には自ら撃った弾丸同士を衝突させ跳弾による攻撃も行うというデタラメさだった。
 もしこれが市街地などで行われていたのなら生物、無機物問わず問答無用で穴だらけにされ果てには塵となるだろう。一人で戦争を行っているようなものだ。
 魔人の銃撃乱舞。それに付き合うのも魔人と言えた。
 幾千もの銃撃が襲い掛かる中、トゥーレ未だ健在だ。正確無比な射撃に点というより面と言えるほどカバーされた弾幕、それら全てを走り回りながら尽く回避していく。視界外からの跳弾さえも勘のみで察知しかわす。その速さは人が捉え切れるものではない。
 砂が踏み込まれた事を後で思い出したかのよう舞い上がるが、その様も遥か後方に置いていく。トゥーレの蹴り上げた砂が超高速で蛇行する蛇のように見えるが、蛇はトゥーレに追いつけない。
 二人の戦いは均衡していた。
 男はトゥーレの速度に反応はかろうじて出来てはいるが捉え切る事はできないでいた。同様にトゥーレも男の弾幕と跳弾による結界のせいで攻め倦ねている。
 一方は少しでも手を緩め弾幕を薄くすれば首を断たれ、もう一方も同様に少しでも速度を落とせば蜂の巣にされる。
「ハハハハ、アハハハハハハハハッ」
 男は瞬き一つで死に直結する状況の中、哄笑する。
「こんな愉快な戦闘は初めてだ」
 発砲の音に打ち消され声など聞こえるはずはないのだが、男は構わず喋り続ける。
「いや・・・・・・初めてか? 初めて、ではないな。そう初めてじゃあない。だがオレにとっては初体験だ」
「なに一人でラリってやがる」
 互いに決め手が掛ける中、最初に仕掛けたのはトゥーレだった。
 高速で走りながら、左手に魔力を集中させる。集まった赤色の魔力があるものを形作っていく。それは柄の長い小鎚の形をしていた。
 真横から襲いかかる銃弾を見づもせずに頭を下げただけで回避しながら、正面四方向から来た銃弾を鎚の一振りで弾く。
 横の一振りで無効化された弾は赤い魔力に球状に包まれた。そして、射手に向かって飛んでいく。
 銃弾の網をかい潜って飛ぶ誘導弾と化した銃弾は逆に四方から男を襲う。
 男は当然それを軽々と撃つ落とす。その間にトゥーレは立ち上がる砂柱によって持ち上がった施設の破片を鎚で叩く。銃弾の時よりも二回り以上大きな新たな誘導弾が男に向かって行った。
「こっちは牽制と防御で手一杯だっていうのに反撃する余裕があるとは、恐れ入るよ」
 そう言いながらも男の顔には余裕の笑みがある。
 その笑みがただの強がりではないと見せつけるように、誘導弾の迎撃とトゥーレへの牽制を同時に行ってみせる。
 次の瞬間、男の表情が一瞬焦りに変わった。
 撃ち落としたはずの誘導弾。それがまだ生きていた。包んでいた魔力は剥ぎ落ちていたが、三つの破片は蛇のように鎌首をもたげ、軌道を描き、男へ向かっていた。
「もう少し魔法の勉強をしておけ」
 トゥーレはギロチンを盾代わりに銃弾を防ぎながら避ける為の走りから攻撃する為の疾走に変える。
 男の銃は大口径と言え、あくまでも拳銃。過剰な攻撃力ではあるが射出される弾丸は人が携帯できる武器の範疇だ。その弾丸が驚異的な威力と速度を誇る直射弾となっているのは環状型のエネルギー制御陣式によるものだ。
 対してトゥーレが打った誘導弾は実体に誘導性持たせ、魔力でコーティングしたもの。迎撃されても核となる実体が無事ならば誘導性は失われない。
 男の直射弾とトゥーレの誘導弾がぶつかり合ってそれぞれ覆っていたエネルギーは相殺されるが、破片を使った実体弾そのものに誘導性があるために弾丸を一方的に砕き、未だ誘導弾として生きている。
 先の四発の弾丸を打ち返した際、完全に相殺となったのは同じ弾丸、同じ質量だったからだ。研究施設の破片をそのまま使った誘導弾は鉛玉よりも重い。
 男はすぐに破片を撃ち落とす。魔力のコーティングを失っていた破片はたやすく砕かれる。
 だが、二度手間の迎撃で起きた刹那程の間はトゥーレにとって十分なものだった。
 一瞬にして男の死角に回り込み自らの距離に男を捉え、ギロチンを振り降ろす。
 男は首を断つギロチンの黒い刃を第六感で避けてみせた。タイミングは完璧だが、トゥーレの方が速く、完全には避けきれずに首の三分の一が切られた。それだけでも人間には致命傷であり、現に男の首から噴水のように血が噴き出る。
 誰もが死んだと思うだろう。しかし、トゥーレは攻撃の手を休めなかった。振り回したギロチンの遠心力をそのままに振り向くようにして今度は鎚を横に振る。
 柄の長かった鎚はその長さを急激に短くすると同時に鎚の部分の全長がトゥーレの身長を越える。赤色だった鎚は青色となり電撃が迸った。
 男に直撃した巨大な雷の鎚は周囲全ての砂や施設の破片を吹っ飛ばし、電撃が四方八方に飛び散ってまだ立ち上がっていた砂柱を貫通する。
 男の体は焦げ、電流によって痙攣する。そして、再びギロチンが痙攣する男を断首するため迫る。
 徹底的且つ容赦が無い。男の首からは既に致死量の血液が噴出している。放って置いても死ぬだろうし、雷の一撃も必殺に相応しい威力を誇っている。だが、トゥーレはこれでも目の前の男は死なないと直感していた。
 実際に男は生きていて、あり得ない事に回避行動を取って見せた。
 痙攣しまともに動かせない体で銃の引き金だけを引く。銃口はトゥーレに向いておらずデタラメな方向だ。しかし、男は銃の反動をワザと受けて体を横に曲げ、ギロチンを下に潜って避ける。
 代わりに、男の右腕がギロチンによって切断され、風車のようにクルクルと回転しながら飛んだ
 男は痙攣が止むと後ろへ大きく跳んでトゥーレから距離を取ろうとする。
 当然トゥーレがそれを許すわけもなく追撃しようと、足を踏み出し――男の傷口を見た途端に横に移動した。
「追いかけて来ないんだな。気づいたのか? それともただの勘か?」
 トゥーレから十分な距離を取った男の首と右肩の出血は既に止まっていた。首の傷あたりの血管がボコリと瘤のように膨れたのが見える。
「・・・・・・お前、一体何を飼っているんだ?」
「さあね。オレのオリジナルがどうやってコレを手に入れたのかオレ達も知りたい程なんだ。一体何だろうな、コレ」
「オリジナル・・・・・・やっぱり人造魔導師か」
「その通り。元々戦闘機人になる予定だったがこの有様でね。オレの博士が言うには骨格に金属やら機械を入れるよりも生身の方が効率が良いらしい」
 男の傷口が泡だったかのように膨れると次の瞬間首の傷は治っていた。腕を無くした右肩から先の傷口も生き物が蠢いているように肉と血が膨れる。
「気持ち悪い奴だな」
「そう言うなよ、傷つくじゃないか。見た目は悪いが色々便利だ。理論上、オレは不死身らしい」
「だからどうした?」
 不死身だという程度で俺に勝てるつもりか、という意味が多分に含まれたトゥーレの物言いに男は笑った。
「いいね。そう来なくっちゃ嘘だよな。キミならオレの空虚を満たしてくれるかもしれない。ずっと空っぽだったんだよ。ここはオレが求めていたものが無い世界だと何故か思う。それが何なのか分からない。オレの遺伝子が言っているのかどうかなんてどうでもいい。ともかく無いんだよ」
「意味不明なんだよガイキチ野郎。脳に蟲でも湧いてんじゃないのか」
 互いに一歩砂上を踏み出す。もし第三者がこの場にいたのならば二人が生み出す殺気に神経がやられていただろう。
 しかし、右腕と共に銃を失った男に何が出来ると言うのだろうか。だがトゥーレは逆により男の事を警戒する。
 一触即発の中、突然男の殺気が薄れた。
「おいおい、今良い所なんだ。横やり入れるなんてマナーがなってない女だな」
 男は虚空を見つめながら独り言を言っている。おそらく念話による通信なのだろうが、男は口にも出して会話している。
 通信を終えたのか、男はトゥーレに視線を戻すと肩を竦めた。
「残念だが今すぐ帰れと上からの命令だ」
「ならとっとと消え失せろ」
 トゥーレもギロチンを出したままではあるが、殺気が消えていた。
「来ないのか? 襲ってきてくれたらオレも撤退する為に迎撃するしか無かったと言い訳できるんだけどな」
「お前の都合なんて知るか」
「ああ、なるほど。さっきの二人が気にかかるんだな。優しいんだな、キミは」
「・・・・・・・・・・・・」
「そう睨むなよ。最後に、自己紹介しようか。オレの名はツヴァイ。キミの名は?」
「・・・・・・トゥーレ」
「それじゃあトゥーレ、また会おう。次は邪魔の入らない所で決着といこう」
「断る。一人で死ね」
 男――ツヴァイは再び笑みを作ると飛行魔法によって空の彼方へ飛んでいった。
 男の姿が見えなくなるまで空を見上げていたトゥーレが地上に視線を戻すと、切り捨てた男の腕が視界に入る。
 ツヴァイの右腕は黒く変色し加速度的に腐っていく。そして見る間に腕の形を無くし、とうとう塵となって吹き荒れる砂漠の風に吹かれていく。
 残ったのはロングコートの袖と銃だけだった。



「これが例の組織の戦闘機人が使っていた銃かい」
 スカリエッティは大型の拳銃をしばらく手に持って眺め回した後、テーブルの上にそっと置いた。
「いや、あれは生身の人間だったな。まともな人間ではないだろうけどな」
 その向かいではトゥーレがチンクによって治療を受けていた。セインとディエチの治療は別室の生体ポットにてウーノが担当している。
 あれからトゥーレは負傷した二人と銃を回収し、アジトに戻っていた。調査していた研究施設は砲撃により全壊。回収しようとしていた記録媒体も文字通り消滅した。
「だろうね。この銃は発射と弾を装填する機能しかないのだが、装填機構には液体を吸い取るような細いチューブがあった。おそらくそこから血を吸い取り、弾代わりにしてたのだろうね。一応大気中の金属分子と結合して消費する血液は抑えてあるだろうが、トゥーレからの報告だと何万発も撃っていた。普通なら出血多量だが……」
「傷とか直ぐに再生していた。腕ブッタ切ってやったが、多分それも再生してるんじゃないのか」
「なるほど……後でその時の映像を見せておくれ。おそらくは体に何か飼っているはずだ。一応確認したい」
「再生、か。そういうお前も傷の治りが早いな」
 トーレが言うように、チンクの治療を受けてはいるもののトゥーレの怪我は既に瘡蓋となって端の部分は赤い痣程度まで治っていた。
「誰かさん達のおかげで頑丈に育ったおかげだな。セインとディエチの怪我は逆にどうなんだ?」
 スカリエッティが二人の生体情報のモニターを表示する。
「ふむ……基礎フレームは特に損傷を受けてないが生体部分の治療が必要だなこれは。特にセインの左半身が重傷だが、機能停止は免れたようだ」
「そうか……」
「後で姉と一緒にお見舞いに行こう」
「いや、それは遠慮する」
「何故だ? ……もしかして姉と行くのが嫌なのかっ!?」
「いや、そうじゃなくて、怪我人に嫌な思い出しかなくて……」
 トゥーレが何を言っているのか意味が分からず、チンクは首を傾げた。
「それにしてもトゥーレちゃんって負けたり逃がしたりで強いんだか弱いんだか分からないわね~」
 クアットロがテーブルに置かれた銃を持ち上げて言った。悪気はあるのかないのか分からない言い方だったがトゥーレは気にしないで書籍を開き始めた。セインとディエチが無事と分かって後はもうどうでもいいようだった。
「うっわ~、この銃口私の指より大きいわよ」
「ああ、クアットロ。その銃にはまだ数発弾丸が残っているから扱いは丁寧にね」
「はぁ~い」
 スカリエッティの忠告を受けてクアットロが銃をテーブルに置きなおす。しかし、銃の持ち方が悪いのか銃自体がおかしいのか弾丸が発射された。
「………………」
 銃弾は真っ直ぐにトゥーレの持っていた本を貫いた。場に嫌な沈黙が訪れる。
 本から顔を上げたトゥーレの前には握り拳があった。トゥーレがそれを開くと原型を無くした銃弾が床に落ちて甲高い音を立てた。
「………………」
 穴の開いた書籍を見て、それから細い煙を銃口を見て、最後にクアットロを見た。
 目が、据わっている。
「ト、トゥーレちゃん?」
 クアットロがトゥーレに呼び掛けた次の瞬間に、二人の姿が忽然と消えた。
「……二人はどこへ?」
 唯一見えなかったスカリエッティが残ったナンバーズ二人に尋ねる。
「多分、超高速でアジト内を走り回っているかと」
「クアットロはきっと弟に引き摺られながら……」
 後方支援型のクアットロにとってトゥーレの加速は酷だ。
 三人がクアットロの無事を祈った時、ルーテシアが現れた。ルーテシアは廊下の先を見つめる三人の横を通り過ぎるとテーブルに置かれた銃に気がついた。
「…………おー」
 ルーテシアはあろう事か銃を両手で取って、恐ろしい事に引き金に親指を置いて、危険な事に銃口を覗き込んだ。
「ルーテシアッ!?」
「お嬢!?」
「わーーーーっ!!」
 トーレがライドインパルスで銃口をルーテシアから離すのと銃弾が発射されたのは同時だった。
「何だこの銃は!? 安全装置の『あ』の字もない!」
 チンクがルーテシアから銃を取り上げながら叫んだ。規格外の人間?が使っていた銃だ。安全装置など当然と言わんばかりに撤去してあるに決まっていた。
「これは私が預かろう……」
 疲れた顔をしてスカリエッティがチンクから銃を受け取る。その時、目を回したクアットロを脇に抱えてトゥーレが戻って来た。
「何してんだお前ら?」
「いや、管理局が質量兵器を禁じた理由を再認識していたんだ……」
「はあ……。まあ、いいや。それとさっき報告し忘れていたんだが……」
「何かな?」
「情報は消滅したが、データ漁ってる時に辛うじて単語をいくつか拾えた。それにセインがある物を見つけている」
「ほう、聞こうか」
「セインが見つけたのは四つの生体ポット、その内の一つに……聖王のクローンと思われるマテリアルがいた。破棄されていたようだけどな」
「ほう……。まあ、違法な研究をしているとなるとその可能性もあるだろうね」
「それで、俺が拾った単語……と言うか、制作者のサインを見つけた。そのサインが――アルハザードと書いてあった」



 長身痩躯の金髪の男、ツヴァイは白い床を音を立てながら歩いていく。そこは壁も床も天井も白一色の汚れ一つない場所だ。肌寒い程度に調整された空調が内部の空気を乾燥させ、無機質な、隔離施設のような清潔感がある。
 ツヴァイが歩く廊下の先、そこに小柄な少女が立っていた。白に近い薄水色のショートカットに赤い目。白いボディスーツの上にこれまた白いケープを羽織っている。
「手ひどくやられましたね」
「ああ、まいったよ。自分の力不足を痛感した」
 そう言うツヴァイの顔には依然笑みが張り付いたままで何を考えているのか分からない。それに、やられたと言うわりには男の体は無傷で、おかしな所と言えばコートの腕の部分が無く、右腕の素肌が露わになっている点だけだ。
「そういえば、アインの姿が見えないな。彼はどうしたんだ、ドライ」
「アインはフィーアの最終調整が終わったと同時に例の炎のテストを行っていました」
「つまり、また腐り燃えたわけか。彼も難儀な遺伝子をしているが、それを使いこなそうと努力し続ける姿勢には敬意を抱くよ」
「そう思っているのなら貴方もやるべき任務をきちんとこなして下さい。それに、烈火の剣精の研究が進めばそれは解決するでしょう」
 ドライと呼ばれた少女は無表情の顔から冷ややかな視線をツヴァイに向けた。
「ちゃんとオレ達の痕跡を残す施設は全部跡形も破壊して来たさ」
「それは知っています。だけど報告は正確に。イレギュラーの敵性体との戦闘データが抜けています」
「ああ、忘れていた。ほら、これが戦闘時の映像データだ。それ以上は望まれても出てこないから。オレは観測型じゃないんでね」
 コートの内ポケットからデータチップを取り出し、ドライに向けて投げ渡す。
 事も無げにドライは鉄の爪が填められた手甲を付けたままそれを器用に受け取る。
「お話中申し訳ありません。ツヴァイ、ドライ」
 ツヴァイの背後から背の高い少女がやって来た。青紫色の長髪をした少女は入院着のような薄い質素な服を着ていた。
「どうしました? フィーア」
「私の武装はどこでしょうか? 最終調整を終えた後探したのですが見当たらないのです」
「貴女の武装ならドクターが調整を加えて既に訓練スペースの控え室に置いてあります」
「そうですか。ありがとうございます」
 そう言ってフィーアはきびすを返して来た道を戻っていく。
「真面目だな、フィーアは。もう少し肩の力抜かないと面白味の無い人間になる」
「最初期型の我々と違い、彼女は未知の要素の無い戦闘機人です。安定している点で完成型に近い。くれぐれも変な影響を与えないように」
「手厳しいね。まるでオレが悪影響しか与えないような言われようだ」
「その通りです。よく分かりましたね」
 ドライの言葉に、ツヴァイは苦笑混じりに肩を竦めて見せた。
「貴方はしばらく自重して待機です。その間の任務は代わりにフィーアと修復次第アインが担当します」
「了解。キミはどうするんだ?」
「私は無限書庫で手に入れた情報を元に、闇の書復元の下準備を始めます」





 ~後書き&補足~

 レスト・イン・ピース!
 とか言いつつ本話で分かる通り、三人ともご本人ではありません。皆さん非常に期待されていたようですが、まことに申し訳ない。言うのが遅れたのはネタバレ防止と皆パラロスに凄い期待しててそれを裏切る根性が自分には無かったからです。ごめんなさい。

 ちなみに、今現在言える範囲で相手組織の登場人物↓

 アルハザード?:相手側のドクター。変更が無い限りオリジナルキャラです。
 アイン:例の人のクローン培養で出来た戦闘機人。ただし、遺伝子情報の欠損が激しくクローンと言うより純粋培養に近いです。
 ツヴァイ:皆大好きジューダスのクローン培養で誕生した人造魔導師。アイン、ドライの中で一番遺伝子情報の保存状態が良かった。
 ドライ:アストちゃんマジ天使。クローン培養による戦闘機人。魔鏡故に性質が悪い仕様になっています。
 フィーア:オリジナルキャラ。戦闘機人。クローン培養。
 ???:ヒント……なのは側強化の鍵。

 以上、六人。あくまで暫定で、過去に書いた話と矛盾が生じない限りは変更したりキャラ増えたりする可能性有り。参考程度に留めておいて下さい。



[21709] 十四話 親と子
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/12/07 21:57
 トゥーレは本を閉じると立ち上がった。時刻は正午を少し過ぎた程度。今日は特に任務も訓練も無くゆっくりとできる日だった。最近は頑固な少女と一悶着あったり戦闘で面倒な目にあったりで、暇そうに見えて忙しかった。だが、今日のトゥーレは完全に自由。午前は一人本を読み漁り、これからの午後は前回全て廻り切れなかった展覧会の続きを観る予定だ。
 読んでいた本を壁にある本棚に戻し、部屋のドアを開ける。
「…………」
「…………」
 部屋の外にゼストとルーテシアがいた。
 寡黙な大男と無表情な幼女が見詰め合うというシュールな光景にトゥーレは一瞬言葉を失った。
「……何やってんだお前ら?」
 二人が同時に振り返る。
「あ……私は本を借りようと」
 ゼストは基本的にトレーニング以外に部屋から出ようせず、スカリエッティやナンバーズとは必要以上に関わりを持とうとしない。だが、さすがに暇なのかたまに書庫で本を借りている。
「ルーテシアも本を借りに来たのか?」
「ううん。トゥーレにお願いがあって」
「お願い? まあ、とにかく二人とも入れよ」
 二人を書庫に入れ、トゥーレとルーテシアは備え付けの椅子に座る。
「私は勝手に選んでいるぞ」
「ああ、好きにしろよ。騎士ゼスト」
「……ゼスト?」
「ん? ああ、ゼストだな……って、まさかゼストと会うの初めてなのか?」
「うん」
 トゥーレは振り返ってゼストを見る。
「…………」
「お前なあ……。まあ、いい。それでルーテシア、用件は何だ?」
「魔法を教えてほしいの」
「魔法を? クアットロにでも教えてもらえよ」
 ルーテシアの教育係はクアットロだった。
「魔法が一番使えるのはトゥーレだって」
「いや、まあ、そうなのかもしれないけど……」
 トゥーレはデバイスに触れるだけでそのデバイス内に記録されている魔法が使えるのだから、量と質どれもがトップクラスの魔導師を越えていた。
「何で魔法を教えて欲しいんだ?」
「レリックを探すため」
「レリックを?」
「うん。十一番のレリックがあれば、ママが生き返るってドクターが……」
「あの野郎……」
 トゥーレは視線だけを動かしてゼストの方を見る。案の定、手を止めてルーテシアの話を気にしていた。
「だからってお前が直接探す必要は無いんだぞ。レリックの捜索はナンバーズの任務の一つだ」
「自分でも探したい。それに、あんまりドクター達にたよってばかりじゃ、だめだから」
「五歳にもなってない子供が何言ってんだか……」
 だが、幼い少女の瞳には強い意志があった。そんな眼が出来るのは彼女の環境のせいか、それとも本来この少女が持って生まれたものなのか。
 どちらにしても、トゥーレは引き受けるしかなかった。何故なら、例えトゥーレが教えなくとも魔力があるならば魔法など簡単に覚えられるし、スカリエッティが膨大な魔力を持つルーテシアをこのまま放って置く筈がない。何より、こんな眼をする少女を最近よく見ている。この手のタイプは無茶をして自滅しかねない。
「……わかった。だけど、条件がある」
「じょうけん?」
「ああ、これを読めるようになれ」
 そう言って、トゥーレは本棚から分厚い書籍を取り出してテーブルの上に置く。
「ん……」
 鈍器でも十分いける厚さの本に小さなルーテシアは開くのもやっとようだった。
「読めない」
「だろうな」
 本に書かれている文字は古代ベルカ語だった。
「これを全部訳し終えたら魔法を教えてやる。一人じゃさすがに無理だろうから……そうだな、ゼストに手伝ってもらえ」
「なっ……」
 突然自分に矛先が向いたせいか、さすがにゼストの顔に驚きの表情が現れた。
「ゼスト、手伝って」
 ルーテシアが振り返る。
「…………分かった」
「参考になる資料や文献はこの部屋にあるから勝手に使え。それじゃあ、俺は出掛けて来るから二人で頑張れ」
 トゥーレはそう言い残し、二人を残して書庫から出て行った。
 古代ベルカ式の魔法を使うゼストとは言え、あの本の内容全てを訳し切るのは一日二日ではとても足りない。少なくとも二週間以上かかるだろう。
 そう思いながら、トゥーレは展覧会へ行く為に誰もいない廊下を歩き始めた。
 


 展覧会を十分楽しんだトゥーレは満足そうに公園のベンチに座って本を読んでいた。顔にこそ出ていないが、とても機嫌が良さそうだ。今度は誰にも邪魔されずに展示物をゆっくりと鑑賞できたおかげだろう。
 入館してしばらくは、はやてを初めとするなのはの関係者が現れないかと警戒していた男とは思えない程だ。
 帰りに古本屋で探していた書籍を見つけた事も大きいのだろう。道すがら自販機から缶コーヒーを買い、近くの公園のベンチに座ってさっそく買って来た本を読んでいる。
 ベンチに浅く座り足を組んで、片腕を背もたれの上に乗せて本を読んでいる姿は近寄り難いというか、とてもだらしなく行儀が悪い。
 時たま思い出したかのようにコーヒーを一口飲む。その時、視界の隅で激しく動き回る影があった。
 書籍から顔を上げると、公園の広いスペースをローラーブーツで滑りまわる短髪の少女がいた。手足の肘にサポーターを付け、器用に滑っている。
「ギン姉ーーっ」
 少女が滑りながら手を大きく振る。その視線の先には少女の姉だろうか、二歳ほど年上と思われる長髪の少女が地面に座ってローラーブーツを足に付けている最中だった。
 姉妹仲良く遊んでいるのか、と思いながらトゥーレは再び本に視線を戻す。姉妹の事はもう眼中に無い。
 だが――打撃音が気になった。
 ローラーが滑る音と共に聞こえてくる打撃音、というか殴打の音は何なのか。さすがのトゥーレも気になって顔を上げた。
 そこには先程の姉妹がローラーブーツで走り滑りながら殴り合っていた。たまにローラーブーツで蹴りもする。
「・・・・・・・・・・・・」
 思わず目頭を揉んで再確認。結果は変わらず姉妹は殴り合っている。手にグローブを填めている事から喧嘩ではなく模擬戦なのだろう。だが、その動きは十にも届いていなさそうな女子ができる動きでは無い。
 ミッドチルダには総合格闘技、ストライクアーツと言うものがある事はトゥーレは知っている。年齢に関係無く幅広く行われている事も知っている。だから別に幼い子供が習い事として格闘技をやっていようとおかしくな無い。
 おかしくは無いのだが、姉妹の動きは初心者クラスの域を越えていた。それどころかより激しく、容赦がない、実戦的な動きだ。
「最近のガキは怖いな・・・・・・」
 冷ややかな視線で姉妹の動きを見ていたトゥーレは今まであった少女達の姿を思い浮かべながら呟いた。どう考えても今まで会った人物が特別なだけだった。
「それにしても変わってるな。ローラーブーツを付けたまま格闘なんて・・・・・・ん?」
 そこで思い出す。もうじき稼働予定の身内に同じようなのがいた事を。というより、一度殺し合った人物にローラーブーツを使った格闘戦を得意とする者がいた。
 トゥーレは姉妹の顔を再確認する。やはり、似ている。
「ギンガー、スバルー」
 その時、女の声がした。姉妹が同時に模擬戦を止めて振り返る。そこには長い髪を後ろでひとまとめにしたクイント・ナカジマがいた。Tシャツにジーンズというラフな格好で大型バイクに跨っている。
 1800ccのモンスターマシンから降りた主婦はヘルメットをハンドルに引っかける。バイクの後ろにはスーパーのビニール袋があった。
「・・・・・・・・・・・・」
 トゥーレは姉妹に話しかけるどこかおかしい主婦のクイントから逃れるように本で顔を隠し、ベンチから立ち上がる。
「あれ? もしかしてトゥーレ? 久しぶりー」
 速攻で気づかれた。
「・・・・・・・・・・・・」
 トゥーレは無視して早足になる。
「ん? おーい聞こえてないの?」
 ついてきた。
「ヘイ、ユー! 君のコトだよ。っていうか聞こえてんでしょうが」
「・・・・・・・・・・・・」
「おい、コラ、私を無視するなんていい度胸ね。牽き倒すぞコノヤロウ」
「止めてくれ」
 とうとう観念してトゥーレは振り返る。
「最初から素直に返事すればいいものを。聞いたわよ。私が退院した日にはやてちゃんと会ったんでしょ? はやてちゃん、逃げられて残念がってたわよ」
「逃げたわけじゃなくて用事があったんだ」
「ふうん。それならしょうがないわね。あっ、そうそう、この二人は私の娘ね」
 そう言ってクイントは後ろの方にいた少女二人を手招きする。
「ほら、自己紹介しなさい二人とも」
「ギンガ・ナカジマです」
「スバルです! お母さんのお友達ですよね?」
 見た目通りの対照的な自己紹介だった。
「友達なのか? まだ会って二度目だよな」
「友達なんじゃない? 回数なんて関係ないわよ」
「あっそう・・・・・・」
「えっと、お友達でいいんですよね?」
「ああ、それでいい」
 スバルと名乗った少女は大人二人の微妙な会話に一瞬顔を暗くしたが、トゥーレの言葉に再び明るい顔に戻った。
「背、高いですね」
「そうか?」
「はい! お母さんより背の高い女の人初めて見ました!」
 場が一瞬凍った。
「・・・・・・・・・・・・」
「ぷっ、くくくっ」
「おいコラ、なに肩震わせてんだ」
 大人達の反応に意味が分からないスバルは首を傾げた。その横で彼女の姉ギンガが妹の袖を引っ張る。
「こら、スバル。いきなりそんな事言ったら失礼でしょ。背が高い事気にしてるかもしれないでしょ」
「あっ、そっか。ごめんなさい!」
 最も重要な部分は勘違いされたままだった。
「あははははははははっ・・・・・・く、くはは、あはははははははははっーー、くっ、げほげほっ」
「お前笑い過ぎ」
 咽る程笑うクイントにトゥーレはキレかかった。少女二人の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。

「ご、ごめんなさい! 女の人と間違えてしまって」
「いや、気にしてないから頭上げろ」
 トゥーレが男と知ってギンガとスバルは必死に謝った。必死なのは、トゥーレがクイントに向けた冷たい視線が怖かったからだ。
「キレイな顔してるもんねー。スカート履いてみる? きっと似合うわよ」
「ああ゛?」
「気にしてないんじゃなかったの?」
「あ、あの、喧嘩は駄目っ」
 スバルの言葉にトゥーレはとりあえずクイントを睨みつけるのは止めた。
「はぁ、何か無駄に疲れたな。俺はそろそろ帰――」
「あっ、どうせ暇ならちょっと付き合いなさいよ」
「・・・・・・あんた結構強引だな」
「たまに言われるわ。私、この子達に格闘技教えてるんだけど、私が一人の相手している間にもう一人の方の相手してくれない?」
「二人同時に教えてやれよ」
「基礎はもうだいたい教え終えちゃったのよ。後は反復練習して、ちゃんと使えるのか模擬戦して悪いとこ直すだけなのよね」
「俺は格闘技の心得なんて無いぞ」
「ミット持って構えててくれればいいわよ。たまにミットで牽制するぐらいはして欲しいけど」
 言いながらクイントはギンガが先ほどまで座っていた場所に置かれた荷物から手に填めるタイプのミットを取り出した。
「誰もやるとは言ってないだろ」
「若い男が一人公園で本読んでるなんて暇な証拠じゃない。練習相手になったって罰は当たらないわよ」
 ミットを押しつけられ、観念したかのようにトゥーレはそれを手に填める。
「体格差あるけど、どうするんだ?」
「大丈夫よ。この子ら結構ぴょんぴょん跳ねるし」
「自分の娘をカエルみたいに言うなよ・・・・・・」
「それに、男と女じゃ体格差あって当然よ。相手が自分に合わせてくれるわけないし、慣れておかないと」
「それもそうか」
 何だか妙に納得し、トゥーレは少し離れた場所へ移動する。
「よーし、最初にギンガは私と。スバルはトゥーレとね」
 少女達は元気よく挨拶すると、それぞれ構える。
「スバルー、全力で行きなさい」
「はーい。それじゃあ、トゥーレさん、行きます!」
「あーはいはい」
 まさに元気一杯と言った感じのスバル。逆にトゥーレはやる気が無さそうに生返事をした。
 よくよく考えると、今日はオフのはずなのに何で他人の格闘技の練習に付き合わなければならないのかと、疑問に思ったトゥーレだった。

「はいこれ。お礼代わりのジュース」
「どうも」
 スバル、ギンガと続けて二人のサンドバック代わりになったトゥーレは缶ジュースを受け取ると再びベンチに座った。その隣にクイントが座る。
 彼女の娘達はまだ元気が有り余っているのか、組み手を行っている。
「あー、疲れた」
「そう言うわりには疲れてなさそうよ」
「顔に出ないタイプなんだよ。・・・・・・最近の子供はあそこまで強いんだな」
 格闘技に詳しくないトゥーレでも、少女達の格闘技の腕は同じ年代の子供よりも明らかに突出していた事は分かった。
「ギンガには前々から教えてたけど、スバルはまだ学び始めたばかりよ」
「才能か・・・・・・」
「私の子だからね」
 自慢そうに言うクイントだが、トゥーレは遺伝以外の要素も含んで「才能」と言ったのだった。
 ドゥーエによる報告でトゥーレは彼女が過去に二体の戦闘機人を保護し、養子にした事を知っていた。
 ギンガとスバル、おそらくこの二人がその戦闘機人なのだろう。育ちはどうあれ、生まれた際のコンセプトが戦闘目的なら必然的に一般人と比べて身体能力が高いはずである。
「・・・・・・あんたって意外と凄いよな」
「何よいきなり」
「気にするな」
「思わせぶりに言われたら気になるわよ。・・・・・・まあ、いいわ。それよりもなのはちゃんの退院の目処がたったらしいわよ」
「へえ、あの頑固者ようやく退院できるのか。どうせ無理矢理な運動とかしてたんじゃないのか? あの歳で被虐趣味はヤバいよな」
「そうそう。フェイトちゃんのバリアジャケットも露出高くて将来が心配――って、違うわよ。変なノリツッコミさせないでよね」
「俺のせいかよ・・・・・・」
「変な事言うからでしょう。貴方さ、なのはちゃんが退院する前にでも会いに行きなさいよ」
「それこそ変な事だな。あんた現場にいただろ。会いに行ってどうするんだよ。また険悪なムードを作れとでも?」
「険悪と言うより気まずいムードにはなりそうよね」
「それが分かっててどうして俺をあいつと会わせようとする。あのはやてとか言う子供もそうだったし」
「はやてちゃんがどう思ってたのか知らないけど、私の場合は何だか面白そうだからよ。それに、あんな中途半端に終わってお互い気分悪くない?」
「どうだろうな。また喧嘩するだけだと思うぞ」
 トゥーレはそう言ってベンチから立ち上がる。
「ジュース、ごちそうさん。じゃあな」
 缶を傍にあったゴミ箱に投げ捨て、トゥーレはその場から離れていく。今度は止められなかった。



 適当にミッドを歩きまわり、夜になってトゥーレがアジトに戻ると湯上りのスカリエッティと出くわした。
「やあ、おかえりトゥーレ」
「ああ、ただいま」
「ルーテシアに課題を出したようだね」
「手伝うなよ?」
「それは君と騎士ゼストに任せるよ。ただ、彼女に何か資質が現れたら教えて欲しい。せっかくレリックウェポンとしての成功例なのだ。まだ眠っている力があるかもしれない」
「資質があったらな。それよりテメエ、十一番のレリックがあれば母親が生き返るとルーテシアに言ったらしいな」
「何か問題でもあるかな?」
 トゥーレの鋭い視線を受けてもスカリエッティは平然としている。
「嘘が混じってるだろ」
 ルーテシアの母、メガーヌは仮死状態なだけで完全に死んだわけではない。トゥーレはその事を言っているのだ。
「嘘も方便、さ。クライアントは彼女が生きている事を知らない。知られれば彼女は本当に殺されてしまうだろう。老人達はあくまでも死者素体として私に寄越したのだからね。レリックウェポンで無い限り彼女の存在は認められないという事だ」
「…………」
「それにルーテシアにも希望が必要なのさ。天涯孤独となった彼女には生きて行動する為の目標がね。胸打たれる話じゃないか。娘が母の為に行動を起こそうというのは」
 顔に笑みを浮かべるスカリエッティに目を細めたトゥーレは踵を返した。
「君も洗浄してきたらどうだい? 今、他のナンバーズが入っている頃だ。セインとディエチの様子も気になるだろう?」
「断る。風呂は普通男女別々に入るもんなんだよ」
「ならば後で洗浄したまえ。それと、これを貸してあげよう」
 スカリエッティが風呂桶から何かを取り出してトゥーレの手の平の上に置いた。
「中尉殿だ。ナンバーズ達にはどういうわけか不評でね。是非とも湯船に浮かせて遊んで欲しい。心が実に和む」
 赤目に白いカラーリングの、非常に眼つきの悪いアヒルのオモチャだった。
「こんな吸血鬼カラーのアヒルなんていらん! テメエ空気読めてんのか!?」





 ~後書き&補足~

 いいよね、アヒル。
 それはともかく、トゥーレをもっとなのは側と絡ませたいと思っているのですが、中々上手くいきません。特になのはと相性悪い……。どーしよこの二人。

 トゥーレは現在使える魔法は、バルディッシュ(A's時)、グラーフアイゼン、アスクレピオスに保存してあったものです。武器の形状に魔法が関係するものは、そのデバイスが無くても圧縮した魔力を固形化させる事で代用します。



[21709] 十五話 預言
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/11/17 00:17
 ミッドチルダ中央、街の一角にあるオープンカフェ。その一席にサングラスをかけた女がいた。カールの掛かった茶髪をしたその女は一人で暇そうに紅茶を飲んでいる。
 その女に話しかける二人組がいた。若く、流行の服を着た軽薄そうな男達だ。彼らは女に話しかけるが、女の方は気にも止めておらず、無視する。女の様子に段々と腹が立ったのか男達の語尾が荒くなる。
 女が笑みを浮かべ、口を動かした。
 二人組を馬鹿にでもしたのだろう。怒りで顔を赤くした男がテーブルを強く叩き、怒鳴る。今にでも女に殴りかかりそうな勢いだ。そして、女の胸倉を掴もうと手を伸ばす。
 その時、横から男の手を掴む者がいた。艶のある黒髪に黒みの強い青い目をした青年だ。
 青年は男の手を捻るようにして引っ張り、二人組を睨みつける。そのまま手を離してやり、突き飛ばす。二人組は青年の凄味に怯えたのか、悪態を吐きながらもその場を逃げるようにして去っていった。
 青年は二人組の後姿を見送ると、呆れたような表情して女に向かい合うよう座った。
「人の連れ、ねえ……」
 からかうように口の端を吊り上げ、女はサングラスを僅かに下げて向かいに座った青年を見た。女はライアーズ・マスクにより変装したドゥーエだった。
「ナンパ目的なんだろうから、男連れだと分かれば諦めるからな」
「そう言うわりには脅してたじゃない」
「あんたも無闇に喧嘩売るなよ。面倒じゃねえか」
 青年はウェイトレスを呼んでコーヒーを注文する。
「ところでトゥーレ」
「……なんだよ?」
「ウーノから聞いたわよ。セインとディエチに怪我させたんですって? 貴方がいながら何やってたのよ」
 久々に会う姉との会話はまず説教からだった。
「また姉共が連携しやがって……つかハイヒールの踵が痛い。それ最早凶器だろうって捻じ込むな馬鹿」
「あら? 言い訳でもするつもり?」
「……いや、そうじゃない。悪かった」
 トゥーレの顔を見て、ドゥーエは足を離した。
「そういう所は素直だから強く怒れないよねえ……」
「足の甲ごっつい踏まれたんだが。普通の人間なら貫通してるってほどに……」
「足の踵に爪の付いた武装、ドクターに頼んでみるのもいいかもしれないわね」
「止めてくれ。間違いなく最初の被害者は俺だ」
 ウェイトレスが運んできたコーヒーを啜りながらトゥーレはウンザリとした様子で言う。
「それよりも、連中について何か解かったのか?」
 ドゥーエは例の犯罪組織とその構成員だと思われるツヴァイと名乗った人造魔導師について、管理局側のデータベースを調べていた。
 今日この二人が会ったのはその報告の為なのだが――
「駄目。管理局のデータベースからは何も」
「管理局でもか……」
 管理外世界の地下施設、その施設を破壊し直接戦闘が苦手とは言えセインとディエチを圧倒した人造魔導師。それを造る程の組織なのだから規模は当然大きいはずだ。それほどの規模ならば僅かでも管理局が情報を持っているかも知れないと思っていたのだが、期待が外れたようだった。
「ただ……これを見てちょうだい」
 トゥーレの前にモニターが表示される。他者からは見えない、ナンバーズの感覚器官でのみ見る事が出来る用特殊なフィルターが掛けられている。
 モニターに画像を見て、トゥーレは眉をひそめた。
「こいつだ。間違いない。この場所……どこかの図書館か?」
「無限書庫よ。そう、やっぱりこの連中なのね」
 モニターには笑顔で銃を乱射する赤コートを着た金髪の男が映っている。
「時空管理局が誇るデータベース、無限書庫は何時からこんな狂人が嬉々として銃撃戦かます戦場になったんだ?」
「冗談言わないの。報告にあったこの赤コート以外に仲間と思われるのが二人いたわ」
 モニターにツヴァイの画像以外にも別の人物を映した画像が新たに表示される。
 黒いコートを着た大男、そして逆に小柄な白い少女。
「すげえ嫌な色の組み合わせだ……」
「何か言った?」
「何でもない。それでこいつら何しに無限書庫へ? まさか本借りに来たんじゃないよな?」
「永久に借りて行ったわね。これが、こいつらに借り出されたデータよ」
 三人の画像が消え、別の物が表示される。
「これは……デバイスか?」
 モニターに映ったのは一冊の書物だった。表紙にはベルカを代表する剣十字がデザインされている。画像の横にはその魔導書型デバイスについての情報が文字列となって下から上へと流れていく。
「闇の書と言われるロストロギア級の古代ベルカ式デバイスよ。結構情報量が多いから後でウーノに渡しておきなさい」
「ああ、わかった」
 モニターを見ながらドゥーエから詳細なデータを受け取る。
「貴方、傍目からはデバイス持ってないように見えるから便利よね」
「まあな。……受け取り終了。それじゃあ俺は帰るから」
 そう言ってトゥーレは席を立つ。
「送ってくれないの?」
「あんたから一般人守るのも骨が折れる。ナンパされたく無いなら、今度からはもっと地味な格好にするんだな」
 トゥーレは手をヒラヒラと振りながら、カフェから離れていった。
「――――あっ……コーヒー代…………」
 トゥーレが去ってから、テーブルに残ったコーヒーを見てドゥーエは呟いた。



 トゥーレはカフェから離れるとミッドチルダにある古書店へと来ていた。
(ドゥーエは怒ってるかな……)
 通行人に八つ当たりしているかもしれない、と思いつつトゥーレは本棚を物色していく。
 この店は一見すると寂れた様な本屋で、立地条件も悪く、店内が薄暗く床にまで本が積み重なっておりお世辞にも綺麗な店とは言えない。
 トゥーレは本棚からルーテシアの為に応用魔導学の学習書を探していた。
 ルーテシアに課題を出して五日後、ルーテシアは何かやり遂げた表情をしてトゥーレにレポートを提出した。そこに書かれた物は古代ベルカ語で書かれた書籍を翻訳したものだった。ゼストの協力があるとは言え、少なくとも二週間は掛かると思っていた翻訳作業をルーテシアは五日でやり遂げたのだ。まだ子供故か単調な文章ではあったが誤字も少なく十分に合格範囲と言えた。提出された際に目の下に隈が出来ていたゼストと逆にハイテンションなルーテシアが気になったものの、トゥーレは約束通りに魔法を教える事となった。
 そして、もうじき基礎も終える程になっている。尋常ではない魔力量もあってか異常な学習能力で、スカリエッティは嬉しそうに笑い、ゼストは苦虫を噛み潰したような表情で、トゥーレは最近の子供はどうなっているのかと心底思った。
 基礎から応用に移る際にルーテシアの資質に合った魔法を修得させようとトゥーレ思っているのだが、その魔法について苦労していた。
 ルーテシアは母親譲りなのかブースト系魔法の適正があった。それはいい。問題は予想外な事に召喚士としての資質に目覚めていた事だった。基礎の習得中にルーテシアを検査していたスカリエッティが言っていたのだから、トゥーレはおおよそ間違いないと思っている。
 ただでさえ稀少な召喚士、その魔法についてのデータはスカリエッティのラボでもやはり少ない。何よりルーテシアは召喚対象と暮らしている召喚士一族でもない。召喚魔法は対象となる生物との交流が重要なのだが、ルーテシアは交流が無い所か周囲の環境として真逆の位置にいる。
 おかげでここ最近のトゥーレは召喚魔法についての情報を収集する事に明け暮れていた。
 古びた紙の臭いのする店内をトゥーレは歩き廻る。店の中は本棚が壁となりまるで迷路のように複雑化している。本棚との間が人一人が通れる程度のスペースしかなく、客である人間よりも本の収録を優先させているとしか思えない。明らかに閑古鳥が鳴いている。だが、今日は客が多いのか、トゥーレ以外にも人の気配はあった。
 トゥーレが本を読み漁っていると、床を鳴らす足音が二人分聞こえていた。本を探しているのか足音は途中で止まってはまた鳴り出すを繰り返し、時折人の話し声が小さく聞こえてくる。こういう所ではどういうわけか周囲に人の影が無くとも声を潜めてしまうのは何故だろう。
 近づいてくる声にトゥーレは聞き覚えがあった。つい声にする方に振り向くと、丁度声の主が本棚の影から出てきて目が合う。
「え……トゥーレ、さん?」
「ああ、展覧会以来だなカリム」
 声の主はカリム・グラシアだった。彼女はこんな所でトゥーレと会うとは思っていなかったらしく驚いた顔をした。そのカリムの後ろから本を抱えた若い男が現れる。
「義姉さん?」
「あっ、ヴェロッサ。この方はトゥーレさんよ」
「どうも。……姉さん? 姉弟か」
「ヴェロッサ・アコースです。小さい頃にグラシア家に引き取られたのでカリム義姉さんとは血の繋がりはないんですよ」
「そうか。……それにしてもすごい量だな」
 ヴェロッサが抱えている本を見てトゥーレが言う。だが、トゥーレもトゥーレでかなりの量を片手で持っていた。
「そうなんですよ。この人見た目に反して結構人使い荒くて」
「ヴェロッサ?」
「ち、ちょっと姉さん、本の上に手置かないで!?」
 ヴェロッサの持つ本を上から圧す事で義弟に肉体的疲労を与えながら、カリムが笑顔でトゥーレに振り返る。
「奇遇ですね、トゥーレさん」
「そうだな」
「そういえば、あの後はやてに会いました?」
「いや、会って無いけど……それがどうかしたか?」
「どう、という訳でもないんですけど……あの子の友達が今日退院するそうですよ。ほら、初めてお会いした時にはやてと話してたじゃないですか。お見舞いがどうのこうのって」
「そういう事か。悪いが、会う気は無い」
「そう、ですか……」
「ところでトゥーレさんも色々と本を持っているけど、何かお探しですか?」
 事情を知らないヴェロッサが二人の間に出来た気まずい空気を振り払うように質問してきた。
「ちょっと召喚魔法についてな」
 隠しても持っている本のタイトルで解かると思い、トゥーレは隠さずに言う。
「普通に流通してるのじゃ中々無くてな、こういう所で探す羽目になってるんだ」
「召喚魔法とは、これまた稀少なものを……。トゥーレさんはもしかして召喚士何ですか?」
「俺じゃなくて知り合いの子がな。召喚士一族でも無いからその辺りのノウハウが無くて困ってるんだ。……そう言うあんたらは何を探してるんだ?」
 トゥーレは言いながらヴェロッサが抱えている本のタイトルを見た。ほとんどが古代ベルカ語についての本だった。中には古代ベルカ語そのもので表記された物もある。
「……翻訳でもしたいのか?」
「ええ、そうなんです。ちょっと仕事上必要で。ここの本屋は穴場らしくて探して廻っているんです」
「確か、カリムは教会騎士だったな。教会の騎士がわざわざ資料集めを?」
 初めて会った際の自己紹介時にカリムは自分が教会騎士の一人だと名乗っていたのをトゥーレは思い出した。だが、仕事とは言え騎士が直接自分で資料探しとは何だが違和感がある。
「色々事情がありましてね。責任者は私ですし、人手不足もあって時折自分でもこうやって何か参考になる物を探しているんです」
「その度に義弟が荷物持ちにされるわけか」
「ああっ、とうとう僕にも理解者がっ!」
「俺も姉から酷使されたりDV受けたりするからよく解かる」
「わ、私は家庭内暴力なんてしませんよ!」
「資料探しにしたってその手のは聖王教会にたくさんあるだろ。そんなに難解な物があるのか?」
「え? あの、私の話無視しました?」
「何だかトゥーレさんとは仲良くなれそうな気がしますよ。――ええ、僕は関わっていないんですが、スタッフの皆はとても苦労しているそうですよ」
 姉を持つ者同士、何だか結託しつつあった。
「へえ、何やってるか敢えて聞かないが、大変そうだな。わざわざ古代ベルカ語で書かれた覇王の回顧録を買う程なんだし……」
「…………」
「…………」
 そこでカリムとヴェロッサが驚いた顔をし、お互い見合ってからヴェロッサの抱えてる本の内一冊に目を向ける。そこには確かにミッドチルダの言語で書かれていない古代ベルカ語の回顧録がある。だが、古代ベルカ語のタイトルを見てソレだと気付ける人間は少ない。
「もしかして、古代ベルカ語に詳しいのですか?」
「詳しいって程じゃないと思う。ただ、美術館巡りしているとやっぱり古代ベルカ語の文字をよく見るからな。古文書も然りだ。だから少し勉強した程度だよ」
「だからって一目見ただけで解かるなんて……」
「義姉さん、トゥーレさんに一度見せてみたらどうかな?」
「ええ、そうね」
「ちょっと待て。何を調べてるのか知らないが部外者に見せていい物じゃないだろ」
「単語だけですから平気ですよ。その単語の意味が解からなくて……協力してくれませんか?」
「……分かった。力になれるかどうかは分からないけどな」
「ありがとうございます。調べている単語はこれ何です。おそらく名詞なんだと思うんですけど……」
 そう言ってカリムは古代ベルカ語のある単語をモニターで表示させた。
「――これなら見た事あるな」
「本当ですか!? 一体どこで?」
「ここ」
 トゥーレが床を指差した。
「え? ここって、この店ですか?」
「ああ。この店の、この山の中」
 言われ、カリムとヴェロッサがトゥーレを指差す方向を見た。そこには本棚ではなく床に詰まれた本の山があった。
「誰かに買われてなければ二番目に高い塔の上から四冊目だな」
「何気に細かいですね……」
 とにかくカリムはしゃがみ込んでトゥーレが指示した場所を探し、ある赤黒い本を塔から引き抜いた。
「この本ですか?」
「それだ。ベルカの戦乱時代、とある女領主が書いた日記だな。戦争時だからこそセンチメンタルになるのか、詩的な文章ばかりで解かり辛いかもしれないが、この本にそれと同じ単語が何度か使われている」
「すごい……」
 呆然とした表情でカリムがトゥーレを見上げる。
「たまたま知っていただけだよ」
「あ、あの、それならこれは解かりますか?」
 カリムが新たにモニターを表示させる。だが、そこには先程の一単語と違い文章となっていた。
「いきなり要求度が増したな」
「あっ、ごめんなさい……」
「まあ、力になるって言ったから別にいいんだけど」
 言いながらトゥーレはモニターの文章を読んでみる。その文章はひどく抽象的でいかようにも解釈出来てしまうものだった。さすがのトゥーレもこれには眉を顰めた。
「やけに曖昧な文章だな……詩文にしては物騒な表現が多い。正直何とでも読めるし、いくらでも解釈できる…………これってもしかして予言とかそういう類か?」
「よく分かりましたね」
「いつ、どこで、何が起きるのか、それらを示唆しているのは確かだからな」
 しばらくモニターの文章を見つめたが、トゥーレは諦めたように顔を離した。
「無理だな。単語だけ拾って解読もできるが抽象的で何を指しているのか解からないな。これは専門家が数人掛かりで挑むものだ」
「そうですか」
 やはり若干の期待はあったのだろう。カリムの顔に影が差し込む。
「悪いな。力になれなくて」
「いえ、無理を言ったのはこちらですし。この本の事を教えてくれただけでも有り難いです」
 そう言ってカリムは例の赤黒い本を掲げる。
「そういえば、トゥーレさんは義姉さんが探していた単語の意味を知っているので?」
 抱えている本に新たな一冊を置かれ、なんとかバランスを取りながらヴェロッサが何気なく聞く。
「別に難しいもんじゃない。ミッドでもベルカでも馴染みの無い言葉だろうから、意外と誰も知らなかっただけだろ」
「それは?」
「天使、だよ」
「……天使?」
「そうだ。その予言はまるで性質の悪いジョークだよな」
 トゥーレは何でも無いかのように、それこそ性質の悪いジョークのように預言書に書かれた詩文の大まかな内容を口にした。
「クリミナル・パーティー……地獄に近い日を天使が演出した挙句に本当の地獄が現れるとは、大した予言だよな」



 第97管理外世界、海鳴市。
 八神はやてが夜風に当たりながら海鳴臨海公園の敷地をゆったりと歩いている。その周りにはヴォルケンリッターの面々がいる。今はもう眠っているが、はやての持つ鞄、通称おでかけバックの中にはリインもいる。
 彼女らは高町なのはの両親が経営する翠屋からの帰り道だった。なのはが無事退院を迎え、彼女の家で退院祝いをしていたのだ。ユーノやクロノは来れなかったがフェイトやアルフらが参加し、八神家の面々を加えればかなりの大人数という賑やかなものだった。
「今日は楽しかったなあ」
「なのはも思ったより元気そうだったし、ようやく一安心ってとこだなー」
「ヴィータってば、ずーーっと気にしてたもんな。さすが優しいなあ」
「べ、別に優しいってわけじゃ!」
 先頭でははやてがヴィータをからかって遊んでいる。その後ろでは従者のように犬の姿のザフィーラが付いていき、更にその後ろにはシグナムとシャマルが続く。
「どうしたの、シグナム? もしかして例の事を考えているの?」
 シグナムの隣を歩くシャマルが心配そうに顔を覗き込む。
「……ああ」
「やっぱり、どうしても気になっちゃうわよね。でも、ずっと気を張っていたらいざという時に使い物にならなくなるわよ」
「分かっている」
 二人にはある気掛かりがあった。無限書庫を襲ったという三人組。彼らが盗んでいった闇の書に関してのありとあらゆるデータだった。その中には当然『闇の書事件』に関する情報もあり、守護騎士ヴォルケンリッターの主であるはやてについても同様だ。
 当の本人であるはやても、他の守護騎士であるヴィータやザフィーラ、リインもそれは知っている。彼女らは盗まれたデータが気掛かりではあったが普段通りに振舞っている。それは先の退院したばかりの何も知らないなのはに気付かれないようにする為でもあった。
「そうだな。せっかくあいつがリハビリからようやく復帰して主はやても喜んでいる。私だけ暗い顔をしているわけにもいかんな」
 そう言った矢先、はやて達の進行上に人影が現れた。
 普通ならただの通行人。そう思うはずなのだが、シグナムは直感的に危険と判断し、あろう事かその場でバリアジャケットを装着し、レヴァンティンを構えながらその人影の前に立ちはだかる。
「シグナム!?」
 突然の事で驚くはやて。だが、シグナム同様に何かを感じ取ったのかヴィータもバリアジャケットを装着して、手にグラーフアイゼンを持つ。寡黙で冷静なザフィーラでさえ人影に向かって低く唸り声を上げる。
「はやてちゃん……」
 後衛故か他三人と違い、シャマルは何も感じなかったようだが、三人の経験則は知っている。警戒しながらはやての傍に寄る。
「な、なんなん? いきなり皆して……」
 実戦経験が少ないはやてのみがこの状況に戸惑っている。
「う~ん、皆どうしたですかー?」
 はやての持つ鞄からリインが顔を出して、寝起きの間の抜けた声を出す。
「貴様、何者だ」
 シグナムがレヴァンティンを構えながら、近づいてくる影に問う。
 その問いに答えるわけではないだろうが、人影は立ち止まり街灯の光の下にその姿を晒す。
「いきなり戦闘態勢とはご挨拶ですね。まあ、仕方ないと言えば仕方ないのですが……」
 影の正体は小柄な少女だった。人形のような冷たい雰囲気を持つ、赤い瞳の少女。場違いな白いボディースーツとケープを着ているが、その細い体躯には一見何の脅威も感じられない。
 しかし、シグナムの本能は彼女が化物だと警報を発し続けている。
「もしかして無限書庫を襲った時空犯罪者か?」
 ようやくはやての顔にも緊張が走った。クロノに以前見せてもらった無限書庫襲撃犯の三人組。その内の一人に間違いなかった。
「その通りです。私の名前はドライ。今夜は闇の書と守護騎士ヴォルケンリッターの主である貴女にお願いがあって来たのです」
「お願いやって?」
「ええ。貴女の力、写し取らせてもらいたくて」
「写し取る?」
「そうです。一応前もって言っておくと別に怪我をするわけでも後遺症が残るわけでもありません。一瞬で終わります」
「ふうん。どうやるんか知らんけど、私の力を写し取ってどうするつもりなん?」
「簡単です。闇の書が欲しいのですよ」
「何だとッ!?」
 今まで黙っていたヴィータが一歩踏み出して怒鳴る。
「落ち着いてヴィータちゃん」
「……もし断ったらどうするつもりなん?」
「面倒な上に手間も掛かるので避けたかったのですが、その場合は――」
 古代ベルカの守護騎士達とユニゾンデバイスのロードである魔導騎士を前に、何でもないかのように続きを口にした。
「邪魔者を消してから、無理やりにでも……殺してしまったとして、リンカーコアが消滅する前に写し取れば済む問題ですから」
 直後、轟音と共に臨海公園が火に包まれた。





 ~後書き&補足~

 ルーテシアもとうとう魔法を学び始めました。愉快な事思いついたんで原作よりほんのちょっと強化されます。具体的には言いませんが、ルーテシアが仲間の支援と召喚のみを行うフルバックと断定すると痛い目見ます。
 それと、今後の展開でなのはとトゥーレを無理に引き合わせて友好を築かせるのは諦めました。ええ、諦めました。何かキッカケがあると良いのですが、そのキッカケが難しい。

 それにしても中尉の人気にびっくりしました。酔っ払いながらあるゲームをしてた時に「ぴよぴよファクトリー」(うろ覚え)という単語がゲームに出て閃いたネタなんですけどね。関連性が全く無いです。どうしてあんな閃きが起きたのか未だに謎です。



[21709] 十六話 夜天の魔導書
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/10/14 23:04

 臨海公園を囲む炎が意思を持つ生き物のようにのたうち、地面を這う。臨海公園は既に公園としての外観を炎の蛇により失い、はやて達は左右を水と火の海に挟まれていた。
 そして、前方には件の白い少女ともう一人、大剣を手にする黒コートの大男。更には――
「いつの間にか囲まれた……」
 ヴィータがはやての後ろを守る位置に移動し、新たに現れたその人物に鋭い視線を向ける。いつの間に現れたのか、はやて達の後方に青いジャケットを着た青紫色の髪をした少女がいる。青いジャケットを着、両手に手甲と両足にローラーブーツを装着している。
 八神家の面々は既に全員が臨戦態勢を取っている。ザフィーラも犬の姿から人型へと変身し、リインもまた着慣れないバリアジャケットを装着している。
 正面、大男の方が動き出した。地面に強く足を踏み出したかと思うと、後方に爆発を残し凄まじい勢いではやて達に迫る。同時にはやて達の後方から青紫色の髪の少女がローラーブーツで走り出す。シグナムが前に出てレヴァンティンを、ヴィータが後ろの少女に対してグラーフアイゼンをそれぞれ相手に向けて構えた。

 大男が相対するシグナムに対し、手に持つ大剣を片手で振り降ろす。シグナムはレヴァンティンでそれを受け止めた。
「――ッ!」
 咄嗟に向きを変えて鍔に沿って受け流しつつ、男のがら空きになった横腹を狙う。だが、男の体から炎が吹き出された。
 烈火の将の二つ名を持ち、炎熱の魔力変換資質を持つシグナムにとって眼くらましにもならないが、男の目的は炎による妨害ではなかった。
 大剣を持つ手元が勢いの強い炎を出しながら、振り降ろした直後の硬直状態を無理やり解いて、シグナムに向け横薙ぎに剣を振る。
 シグナムはレヴァンティンの狙いを男の腹からその剣へと矛先を変えると同時に後ろへ跳躍、剣同士がぶつかり合い、シグナムの体が大きく後ろへと下がる。
「くっ・・・・・・」
 シグナムの両手が痺れていた。レヴァンティンを両手で持ち、後ろへ跳ぶ事で勢いを殺したにも関わらずこの有様だ。最初の一合の際も受け流していなければ圧し負けていた。
 男は一度はやて達に視線を向けるが、すぐにシグナムに向き直るとゆっくりとした動作で歩き出す。どうやらはやて達に向かっていき、シグナムに背中を見せるような危険を犯す気はないらしく、シグナムの相手に専念するつもりのようだ。
 そして、男は歩きながら奇妙な行動に出始めた。

「ハアアァーーッ!」
 ヴィータがグラーフアイゼンを大上段で振り降ろす。相手となるローラーブーツを履いた少女がそれをかわしながら上へ跳び、ヴィータに向かって蹴りを放つ。
 少女の蹴りはシールドによって呆気なく弾き返され、ヴィータはグラーフアイゼンで再び少女に向かって攻撃を繰り出す。だが、少女は器用に宙で体を回転させてまた回避する。
「フラフラフラフラしやがって」
 ヴィータが悪態をつくが、少女の方は地面に着地するとローラーブーツで右へ左へとその場をゆっくりとだが細かく往復する。まるで肉食獣が獲物の隙を窺っているようだ。
「テメェらが何者か知らねえが、はやてに手出しはさせねえぞ!」
 ヴィータが目の前に鉄球を四つ出現させ、宙に浮いたそれらをグラーフアイゼンで弾き飛ばす。鉄球は打ち出されると同時に魔力でコーティングされ、少女に向かって弓なり状に飛んでいく。
 少女は手の平に魔力弾を同様に四つ作り出して発射した。魔力弾は鉄球に正確に命中するが、相殺したのはコーティングされた魔力のみで鉄球はまだ生きている。少女は左足で内一つを蹴り砕き、更に右回転しながら右の手甲で続く鉄球を砕き、続いて左の拳、最後にはなんと頭突きで四つ目を破壊した。
「・・・・・・・・・・・・」
 二重の意味でヴィータは馬鹿だと思った。
 手足に武装があるとは言え、少女は強化魔法無しで飛来する鉄球を砕いた。それに対しては驚きの意味で「馬鹿な」と思ったし、頭突きで砕いた事に関しては「馬鹿だろこいつ」と純粋に思った。
 ヴィータの心境を知らない少女は何事も無かったかのように先程と同じくローラーブーツで滑っている。
「お前頭悪いだろ」
「・・・・・・・・・・・・」
 少女は答えない。変わらず無表情のままだ。
 そんな少女に対してヴィータはやり難さを感じていた。先の白い少女と違い本能的な危険を感じないものの、攻めたかと思うとすぐに退いてこちらの様子を窺うという戦い方はこちらを苛つかせる。
 更に機動力は向こうが上。無闇と突っ込めば、下手をすると少女をはやて達の所へ行かせてしまう事になる。
 はやての傍にはザフィーラやシャマル、リインがいるので、少女がはやてに届く事はないだろうが、まだ例の白い少女がいる。彼女らに白い少女を警戒してもらう為には少女を行かせるわけには行かなかった。
 その時突然、周囲の様子が突然一変した。

 はやて達はシグナム達が戦っている中、白い少女――ドライから目を離さなかった。正面で戦っていたシグナムと黒いコートの男は横に移動した為、睨み合う格好になる。
 闇の書を蘇らすというドライに対して鋭く睨みつけるはやて達の視線をドライは意に介した様子も無く、目の前に相手がいるというのに、徐に視線を明後日の方向に向けた。
 そんな隙を見逃す騎士達では無かった。シャマルが拘束魔法の戒めの鎖でドライを拘束し、リインが短剣状の射撃魔法を発射する。
「ウオオォーーッ!」
 ザフィーラが雄叫びを上げると同時に魔力で出来た杭がドライの足下から生える。
 三人の同時攻撃に対してドライは魔法を使わずに肉体のみでそれらに対処した。シャマルの拘束魔法を力付くで引きちぎり、リインとザフィーラの魔法を手袋に付いた爪でいともあっさりと払い、砕いてしまった。
 そして、ドライは片手を天に向けて伸ばす。足下に複雑な模様のミッド式でもベルカ式でもない全く別の魔法陣が現れる。
 掌の上に強大な魔力が収束・圧縮し始める。その密度と量を見てはやてが叫ぶ。
「まさか広域攻撃魔法!?」
 僅かな時間で大魔力による広域魔法を高速処理したドライに驚くと同時に、今ここであんな規模の魔力で広域魔法など使えば仲間どころか自分さえも巻き込む。
「いきなり道連れするつもり!?」
「そんなつもりはありません」
 ドライが否定すると同時に圧縮された魔力が上空へ放たれた。
 空へと撃ち出された魔法はある程度の高さに達すると、込められた式に基づいてその力を解放する。
 雷雲が現れた。
 空に、ではない。ドライを中心とした数キロメートルをドーム状となった分厚く黒い雷雲が覆ったのだ。
 蠢きその模様を常に形を変えながらも一つの隙間も無く臨海公園に蓋をする。生物の腹の中にいるような錯覚が起き、腹の音かのように雷雲から雷が鳴り響き、紫電が迸る。
「これで逃げる事は不可能ですよ」
 ドライの声がはやて達の上から聞こえた。いつの間にか彼女は上空に浮いていた。ドライの周囲にスフィアがいくつも生成され、光弾をはやて達めがけて発射した。

 周囲の景色が一変した事に気が付いたものの、シグナムは黒コートの男から目が離せない状況になっていた。
 男の武器である大剣が迫り、シグナムはレヴァンティンで受け流す。すかさず反撃しようとするが再び大剣がシグナムを襲う。
 シグナムは男との戦いに苦戦を強いられていた。古代ベルカの、守護騎士として長年戦い経験豊富な彼女にしては珍しい光景だった。
 得物のサイズは違うが同じ剣士。今まで怪力を武器にしている者とも幾度となく戦ってきた。決定的に不利な要素は無いはずである。それなのに決定打を打てずにジリジリと追いつめられ、少しずつはやて達から引き離されていく。
 その理由は男の戦い方にあった。男は己の身長ほどある大剣を片手で「8」の字に振り回しているのだ。しかも、腕を使わずに手首の動きだけでだ。使ってない腕で、豪快な風切り音を出す回転を自由自在に方向転換させる。普通、そんな事をし続ければ重量の軽い武器でも手首を痛め、疲労するはずなのだが男にそんな様子は無い。
 迂闊に攻撃すれば回転する大剣で迎え打たれ、受け流してもすぐに軌道に戻って反撃される。受け止めるなど論外だ。男を無視し、はやて達の助けに入る事も考えたが、男には最初に見せた爆発による急激な加速がある。半端な行動に出れば容赦なく切り捨てられるだろう。
 ただの力任せな戦法に見えて、男は見た目に反した計算高さでシグナムの機先を制止し、確実に一歩ずつ追いつめていた。

 はやて達は防御に徹していた。ドライが放つ光弾は一発一発が重い上に数が多い。しかも直射型かと思えば誘導弾も混じっており、はやて達は全方位に防御魔法を展開させるしかなかった。
 一見不利に見えるが、盾の守護獣であるザフィーラに援護向きのシャマルがいる。防衛において理想の組み合わせだ。このまま守りに徹していればいずれは。
「貴女のご友人なら来れませんよ」
「――え?」
 考えていた事を読まれた事と、それを否定した言葉にはやては驚きの声を上げる。
「守りに徹して時間稼ぎをしても、高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンはこの結界内に入って来れません」
「闇の書事件の事だけじゃなく、なのはちゃん達の事まで調査済みやったとは・・・・・・」
「当然ですよ。管理局だって、下調べはするでしょう? それと同じです」
「まあ、それはそうやけど・・・・・・。それはともかくどうして二人が来れないって言い切れるんや?」
 まさか、魔導師ランクAAAのあの二人でも破れない程この結界は強固とでも言うのだろうか。
「高町なのは、彼女の砲撃ならばこの結界を破ることも可能でしょう。ただ、砲撃できればの話ですけどね。私達がいつ三人だけと言いました?」



 なのはとフェイトは鳴海市に感じた強大な魔力を感知し、まだ翠屋からの帰り道の途中だったフェイトが飛行しながらなのはと合流し、急いで現場に向かっていた。
「なのは、復帰したばかりだけど大丈夫?」
「大丈夫だよ、フェイトちゃん。ねっ、レイジングハート」
『問題ありません』
「そう言いながら二人して無理するから心配だよ」
「あはは……」
 笑って誤魔化しながらフェイトと並走し飛行するなのは。リハビリ中は管理局の仕事や魔法の訓練はしていないが、体がある程度動くようになってからはクイントの監視の下簡単な魔法なら使っていた。クイント曰く、「体で覚えてるから魔法の使い方忘れる事はないだろうけど反応は遅れてしまうもの。なのはちゃんって復帰した途端に全力行動しそうだから、反応遅れてまた怪我しないように少しでも前に戻す位はしておかないと」との事だった。さすがに武装隊にいた時ほどではないが、クイントのおかげで魔導師としての勘は退院直後だと言うのに取り戻しつつある。
 そういう点ではフェイトはクイントに感謝しつつ大丈夫だと思っていたが、別の事で一つ気掛かりがあった。それはユーノから聞いた無限書庫襲撃の件。闇の書事件を初めとしたデータが盗まれた事だ。犯人の目的が何にせよ、守護騎士の主であるはやても無関係ではいられない。
 フェイトはなのはの退院前に執務官試験に合格していた。まだ正式な手続きは終了していないが、闇の書事件の関係者という事もあって無限書庫襲撃事件の担当になる事が決まっている。その為、盗まれたデータの内容を知っていたのだ。
 魔力反応があった場所が、はやての帰り道上だったのが、フェイトの胸に嫌な予感を過ぎらせる。連絡を取ってみたものの、繋がらない。それが余計に不安を増長させる。
 距離が近づいて来てようやく二人は異変を目視した。
「何これ?」
「……雲?」
 眼下にはドーム状の黒い雲が渦巻いている。
「これも魔法、なのかな?」
「多分……。とにかくもう少し近くに――」
「行かない事をお勧めするぞガキ共」
 背後から声が聞こえ、二人は咄嗟に振り返る。だが――
「それと後方注意だな」
 それよりも早く高速弾が眼前にまで迫っていた。二人ともシールドにより防御し、爆散による風圧を受けて後ろへ下がる。途端、全身に電撃を浴びた。
 デバイスが主に代わってバリア魔法を展開し、その隙に二人は横に飛んで声の主と背後から突然襲ってきた雷とも距離を取る。後ろを振り向けば、雷雲から紫電が舞っていた。
「だから言ったろ? 後方注意だってなあ」
 含み笑いのある声が聞こえた。振り返ると、口の端を歪ませた若い男が宙に浮いている。青黒い髪に金の瞳を持つ、黒いジャケットを着た全身黒ずくめの男だ。
「その結界は内外関係無しに境界線に近づく奴を無差別に攻撃する。下手に近づけば丸焦げになるぜ?」
 忠告しているのか、からかっているのか、おそらく後者なのだろう。男はニヤついた顔でなのはとフェイトを見下ろしている。
「あなたは……誰ですか?」
 フェイトがバルディッシュを構えながら男を見上げた。
「誰? 誰かって? クッ、クハハ、カハハハハハハハハーーッ」
 男が狂気染みた笑い声を上げる。
「誰? 俺が誰か!? お前ら攻撃受けといてそんな事聞くのか!? 笑わせんなよ馬鹿だろお前ら。そんなの――敵に決まってんだろォ!!」
 男が叫ぶと同時に、なのは達の視界一面に環状魔方陣を取り巻いた魔力刃が一斉に出現し、その一つ一つがなのは達に刃先を向けて発射された。



 雷雲の結界内では、はやて達が攻撃魔法の雨に晒されていた。何時まで続くのか分からないドライの魔力弾は尽きる事を知らず、はやて達を地上に釘付けにしていた。
 ドライの周囲にスフィア以外に新たな魔法陣が出現し、表面から砲撃魔法が発射された。白く輝く光線はザフィーラの防御魔法を貫通して地上に着弾し、爆発と共に粉塵をまき散らす。
「はやて!?」
 青いジャケットの少女の拳をシールドで防御していたヴィータが叫ぶ。
 粉塵の中からはやて達が上空へ逃れるのが見えた。
 それを見た少女が拳を引き、ヴィータの頭上を飛び越える。
 ヴィータが飛行魔法で飛んで撃墜しようと追うが、少女はその更に上を走った。
「その魔法は!?」
 少女の足下には青紫色をした帯状の魔法陣が光の道があった。少女はローラーブーツで道を滑りながら拳を後ろに引き、手に環状型魔法陣を展開させる。その視線は空を飛んで無防備になったはやての背中にあった。
 同時にドライも砲撃魔法の照準をはやて達に合わせる。
「ヴィータ! ザフィーラ!」
 シグナムが騎士の名を呼びながらカートリッジを一発だけロードする。名を呼ばれたザフィーラが後ろに振り向いて空を走る少女の前に立ちはだかる。
『シュランゲフォルム』
 シグナムはレヴァンティンを鞭状の連結刃へと変形させて大きく振り回す。鞭の行き先は黒コートの男ではなく、ドライだった。連結刃はドライを取り囲んで逃げ道を無くす。
 男が爆音と共に走り出し、防御を崩したシグナムへと迫る。だが、少女の方を相手していたはずのヴィータがいつの間にか横から接近していた。
「アイゼン!」
『ラケーテンフォルム』
 グラーフアイゼンのハンマードの片方がスパイクに、反対側には推進剤噴出口に変形する。
「吹っ飛べーーっ!」
 男は大剣を盾にするが、ハンマーの攻撃に耐えきれずにヴィータが叫んだ通りに吹っ飛んだ。
 同時にシグナムの鞭が囲っていたドライに向かって引き絞られ、魔力の爆発が起きる。
 鞭を剣の状態へと戻しながらシグナムは爆発の中心に向かって飛ぶ。あれで倒せたとはシグナムは思っていない。現にドライは健在でバリアタイプの防御魔法で身を守っていた。
 一度剣へと戻ったレヴァンティンを鞘に収める。カートリッジを再びロードし、鞘の中でレヴァンティンに圧縮された魔力が込められる。
「紫電一閃!」
 炎を纏った剣が鞘から抜かれ、バリアを破り炎上する。そのまま払い倒されたドライの体は大男が吹っ飛んだ方向へと墜落していく。
 はやての傍にいたシャマルが後方でザフィーラと戦っていた少女に対しバインドを掛けて動きを封じ、ザフィーラがその機を逃さず少女をドライに続いて大男の倒れている場所へ蹴り飛ばす。
 同じ場所に集められた三人が立ち上がろうとした時、彼女らの頭上に黒いスフィアが出現していた。
 はやての足元と正面にベルカ式魔方陣がいつの間にか展開されていた。彼女の姿、騎士甲冑が共に白くなっている。
 シグナムがドライに攻撃を仕掛けたと同時にリインと融合し、詠唱を開始していたのだ。
 魔法の余波から逃れる為、守護騎士達がはやての傍にまで退避する。
「遠き地にて、闇に沈め――デアボリック・エミッション!」
 発動トリガーの言葉により、遠隔発生されたスフィアを中心に純粋魔力攻撃が発動した。真下に飛ばされたドライ達は逃れるタイミングを完全に失い、背後の雷雲如魔力攻撃に晒される。
 はやてを含め、守護騎士の誰もが敵の撃破を確信する。だが、次の瞬間拡がっていく魔力攻撃が弾け、四散し、中から漆黒の炎の柱が噴き出した。
 はやて達が驚愕の表情をする。
 黒炎の柱が噴き出たと思われる場所に黒コートの男が右手で大剣を地面に突き立て、左腕を上へと伸ばした格好で立っている。天へと伸びた腕は先程の柱と同じ黒炎が纏っている。
 男は左腕に黒炎を纏ったまま地上から飛び立ち、はやて達へ向かって突進する。
 主が狙われて、不気味な気配を漂わせる黒炎に躊躇する訳にもいかない。ザフィーラが前に出てシールドを展開させるが――
「何だとッ!?」
 盾の守護獣のシールドが紙屑同然に燃やされた。
 男が右手の大剣を袈裟切りでザフィーラに叩きつける。直撃を受けたザフィーラは臨海公園の歩道に落下し、クレーターが出来上がる。
 シグナムとヴィータが男を迎え撃つ。それぞれのアームドデバイスによる二方向からの近接攻撃。そこに、男の背から青いジャケットの少女が飛び出し、男の前に出て二人の攻撃に対して手の平を向けた。。
 両腕を交差させて受け止めた手には強化魔法も防御魔法も張られていない。だが、少女の足元には光の道とは別に幾何学模様の制御陣形が現れていた。
「インヒューレントスキル――振動破砕」
 初めて口を開いた少女の言葉は自分の特殊能力名だった。
 少女の手に触れたレヴァンティンとグラーフアイゼンが呆気なく砕けた。
 自分の相棒とも言えるデバイスが破壊された事に、二人の思考が一瞬停止する。その空白を突くように、少女が交差させていた腕を戻し、それぞれシグナムとヴィータの胸に掌を軽く当てた。それだけで、二人の体は臨海公園と海面へと吹っ飛んだ。
「クラールヴィン――」
「させません」
「シャマル!?」
 最後に残った守護騎士も、突如現れたドライによって砲撃魔法を零距離から撃たれ、後方の海面へと倒れる。
「くっ――」
 はやてが魔法を発動させようとするが、シグナムとヴィータを倒した少女がそれよりも速く接近してはやての首を掴んだ。
「う……く、うぅ…………」
 少女は片手ではやてを持ち上げる。融合状態のリインがはやての周りに氷の短剣を生成するが、ドライの爪によって破壊されてしまう。
「主が大切なら無意味な抵抗は止めた方が賢明ですよ」
 ドライは爪ではやての騎士杖シュベルトクロイツを破壊し、次に夜天の書を突き刺してはやての手から離させると海に放り捨てた。
「抵抗しなければ、こんな事にはならなかったんですよ」
 言いながら、ドライがはやての胸元に手の平を向けた。すると、はやての体内からリンカーコアが抜かれる。ドライはリンカーコアに触れた。
「……もういいですよ、フィーア」
 ドライはリンカーコアから魔力を抜き取る事もせず、そのままはやての体内に戻しながらはやてを掴む少女に向かって言う。フィーアと呼ばれた青紫色の髪の少女は、はやてから手を離す。はやてはフィーアの光の道の上に落ちて咳き込んだ。
「闇の書の主はどうしますか?」
「放っておきなさい」
 言った瞬間、雷雲が晴れて空から桃色の光が差し込んだ。



「オラァッ! それでもランクAAAなのかよテメェらはァ!」
「きゃあっ!」
「なのは!?」
 黒いジャケットの男による範囲攻撃を受けてなのはが悲鳴を上げる。助けに行こうとフェイトが飛行するが、進行上に男の手から攻撃魔法が放たれる。
「くっ」
 熱量を伴う破壊魔法は迂回して飛ぶフェイトを追うように男の手から放たれ続けている。攻撃魔法に追い立てられたフェイトの前に、黒いカードが何枚も舞っていた。
「しまっ――」
 カードが爆発し、それに巻き込まれるフェイト。
「フェイトちゃん!」
 攻撃魔法からやっとの思いで逃れたなのはがフェイトの名を叫び、男に向けて強い視線を向けるとレイジングハートを構える。
「ディバイン――」
「ノロマが」
 なのはにいつの間にか誘導弾が飛来していた。なのははディバインシューターを放つと同時にバリアを展開させて誘導弾を防ぎながら魔力弾を誘導操作させる。
「だから言ったろ。遅いってーの」
 事も無げに男は誘導させる前に魔力弾を撃ち落し、更にはなのはに向けて高速弾を発射する。光の弾丸はバリアを貫通してなのはの肩を浅く切り裂いた。
「おお、上手い上手い、直前でかわしたか」
 男はからかうように手を叩いて笑った。
「この人、強い……」
 なのは達は戦闘開始から始終翻弄されっ放しだった。使ってくる魔法は決して強力なものではない。だが、男はその軽い調子とは裏腹に、的確且つ迅速な魔法運用でなのはに対して照準と砲撃をさせまいと妨害し続け、フェイトに対しては高速飛行する彼女の移動先に合わせて魔法によるトラップが仕掛けている。二人とも、完全に男にペースを握られていた。
 これは、魔力量や資質の差では無い。決定的な経験の差だった。
 爆煙の中から姿を現す。無事ではあったが疲労が激しいのか肩を上下させて呼吸も荒い。
「何だよその様はよお。こっちはせっかくニアSと戦えるってんでわざわざこんな世界まで来てやったてのに、あんまり退屈させんなや」
 再び男の周囲に魔力刃がいくつも生成される。
「そろそろ死ぬか?」
 男がトリガーを引こうとした時、突然動きが止まる。男は眉を顰めると雷雲の結界へと視線を向けた。
「結界の外からでも分かるこの気配……ハッ、アインの野郎か。良かったなあ、お前ら。あの世でお友達が先に待っててくれているぜ」
「――それって、どう言う意味ですか!?」
「お前らのお友達は全員、腐って死んだって事だよ。カハッ、これで寂しくないなぁ」
「――!?」
 男の物言いに、なのはが感情的にレイジングハートを向ける。
「阿呆が」
 なのはの手元に、一枚のカードが落ちてきた。カードは込められた魔法を発動させて突風を巻き起こす。
 風圧により、なのはの体が後方へ吹き飛ばされて雷雲の雷を受けてしまう。
「ああああぁぁっ」
「なのは!」
 悲鳴を上げるなのはを助けに行くフェイト。だが――
「お前らそればっかりだな。他人の心配よりテメェの心配しな」
 男の周囲に浮いていた魔力刃が全てフェイトに向けられ一斉発射される。フェイトは何とか直撃を避けるが、追尾してくる魔力刃に阻まれなのはの元に行けなくなってしまった。
「さて、と。もう少し遊べるかと思ったが、そろそろ殺しとくか。中はもう終わるみたいだしな」
 男の顔は薄ら笑いから一瞬にして無表情なものに変わり、殺意の込められた視線を雷を全身に浴びているなのはに向けられた。
 なのはは未だに電撃を身に受け続けながらも腕を伸ばしレイジングハートを真っ直ぐに構える。だが、奇妙な事に杖先は男の方と真逆だ。
「ああ゛?」
 男は怪訝そうな声を出しながらも射撃魔法をなのはに向かって放つ。
 射撃魔法が結界の雷で無効化された。
「チッ、面倒くせえ……」
 雷を貫通できる攻撃魔法を男が発動させようとする。しかし、なのはに魔力が収束し始めるのを見て手を止めた。
「お前、まさか……そのまま結界壊すつもりなのかよ!」
 いつでもバリアを展開して雷雲から逃れる事はできたが、なのはは敢えて雷雲のすぐ傍に留まり、至近距離から結界を破るつもりだった。雷雲からの雷がなのはを苦しめると同時に男からの魔法を妨害している。
 男はそれを理解すると笑い出した。
「――ハハ、ハハハハハハハハッ! すげえなお前。すげえ馬鹿だな! 大した大馬鹿者だ!! いいぜぇ、撃てよ。待っててやるからよ!」
 そう言って静観を決め込む。
 魔力の収束を終えたなのはが、雷撃に身を晒しながら叫ぶ。
「スターライトブレイカー!」
 星の光が雷雲を貫いた。
 結界の機能が破壊され、同時にドーム状の雲がなのはを中心に晴れていく。本物の星空から月の光が差し込む。
 なのはが振り返って臨海公園を見ると、公園とその周囲はは見る影もない程に炎に焼かれ、焼け野原になっていた。次に目に映ったのは、光の道の上に倒れているユニゾン状態のはやてと、その前に立つ正体不明の三人の姿だった。
「はやてちゃん!」
 なのはの叫びを聞いて、フェイトがその光景を視認すると同時にバリアジャケットを換装させてソニックフォームとなる。徹底的に速度を重視したそのフォームでフェイトは追尾してくる魔力刃を一気に引き離す。
「バルディッシュ!」
『ザンバーフォーム』
 魔力刃の大剣と変形したバルディッシュでフェイトは追って来た邪魔な魔力刃を全て薙ぎ掃った。そして、一直線に光の道へと高速移動する。
 はやての前に立つ白い少女――ドライに向けて大剣を振り下ろした。しかし、ドライは難無く片手でそれを受け止める。
「予想値より速いですね」
 ドライが呟くと同時にフィーアがフェイトに向かって拳を放つ。フェイトはそれを避けて光の道に着地すると、はやてを抱きかかえて三人から離れる。
「はやてちゃん、大丈夫?」
 空中で合流したなのはがはやてに呼びかける。
「私は大丈夫……」
「何があったの、はやて?」
「あの白い子が、私の力写し取るって……」
「写し取る?」
「さっき、リンカーコアを……いや、それよりも皆が……」
 二人ははやての視線の先を辿り、唖然とした。焼け野原や海面に傷ついたヴォルケンリッター達が倒れている。
「そんなっ」
『大丈夫です! 皆、まだ生きてます』
 はやての中、ユニゾンしたリインが守護騎士達の生体反応を感じ取っていた。
『でも、早く治療させないと……』
 悲痛なリインの声。
「フュンフ、貴方は何をしていたのですか?」
 ドライの横に黒ジャケットの男がゆっくりと飛んできていた。責めるようなドライの視線に、フュンフと呼ばれた男は逆にドライを睨み付ける。
「そう言うお前こそ何だよ。全員まだ生きてるじゃねえか」
「思ったよりも頑丈だったのですよ。それに、今回は殺人が目的ではないので」
「なら目的のモノは手に入ったのかよ」
「今からですよ。異常に気付いた管理局が来る前に片付けてしまいます」
 彼女らはもうなのは達など眼中にないかのように会話をする。それに憤るわけではないが、なのは達はどうするべきか迷った。
 守護騎士達の救援に向かおうものの、それを許してくれるような相手か分からない。向こうは四人で、隻腕となっている大男以外に負傷どころか疲労さえも見えない。逆になのは達はまだ動けるものの、疲労の色は濃い。
「それでは、闇の書を復活させます」
 言うと同時に、ドライを中心に幾何学的な模様がいくつも出現し、絡み合い、複雑な立体となる。
「闇の書の復活!? でも、あれは私達が破壊したはず……」
 なのはの声に、ドライが振り向いた。
「確かに破壊したのでしょうね。でも、欠片を残していては完全な破壊とは呼べません。本当に破壊したいのなら徹底的に、それこそ無に帰すつもりでやらなければ」
「……欠片? 私の力を写し取るって、もしかして――」
「私は最後の夜天の主として貴女に託された力が欲しかったのです。闇の書と恐れられていたデバイスも所詮はプログラム――式さえあれば復元など容易い。それにこの世界は夜天の書が破壊された場所。僅かながら残滓も残っている」
「そんな……。私でもプログラムを切り離すしか出来なかったのに、主でも無い人がそんな事を」
 はやての言葉を否定するかのように、ドライの目の前に光が集まって来ている。夜天の主であるはやてには光の中に確かに存在するモノを感じ取っていた。
「あの子が、いる」
「あの子? まさか――」
「リインフォースが……」
「言ったでしょう? 写し取ったと。私も、夜天の主です。そして、私には貴女に無い力がある」
 ドライの周りにある術式が更に強い光を放ち始めた。
「夜天の光よ我が手に集え――――来たれ祝福の風。
 モード”夜天の主”より、リインフォース実行――蘇れ、夜天の魔導書よ」
 式が完成すると同時に、ドライの手の平には正真正銘の夜天の魔導書があった。
「リインフォース!」
 はやてがフェイトの腕の中から抜け出し、夜天の魔導書に向かって飛び出す。
「闇に沈め……デアボリック・エミッション」
 なのはとフェイト、そしてはやての中心に黒いスフィアが出現した。
 溜めも詠唱も無い、高魔力による広域殲滅魔法がなのは達を包み込んだ。





 ~後書き&補足~

 こんな圧倒的でいいのか? と書いてて思いました。でも、強敵だったのが主人公達の強化イベントによってあっさりやられる、なんて展開よくあるので大丈夫です。多分。きっと。
 集団戦、書いてて苦労しました。前回のトゥーレVSツヴァイのタイマンはノリノリで書いてたので早く書き終わりましたが、今回は色んなキャラが喧嘩していて大変でした。

 下はフィーアと新キャラフュンフの情報です。

 フィーア:本文読めばモロ分かりですが、クイントさんのクローンでした。ISはエアライナーと振動破砕です。振動破砕は使用者と装備へのダメージも甚大で、スバルはマッハキャリバーと協力して振動拳を放っていますが、フィーアは体内に振動を打ち消す機能があります。ARMSの”ネクスト”みたいな感じです。……誰か分かるかな?
 フュンフ:オリジナルキャラ。戦闘機人。クローン培養。チンピラ。こいつはこいつでなのは達には無視できない設定があります。ヒント無しで当てる事ができたらちょっと嬉しい気分になれるかも?
 



[21709] 幕間 それぞれの方針
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/10/21 00:23
「――だから多分――――だと思う」
「――の書は本当に?」
「ああ、間違―――。でも、あ――術式――事がない」
 人の話し声になのはが目を覚ました。最初に視界に入るのはすっかり見慣れてしまった白い天井だった。ここは、もしかして、と思った瞬間に意識が覚醒して上半身をバネ仕掛けのように起きあがらせた。
「みんなは!? ――って、いたたっ」
 途端、全身に痛みが走り、顔を歪める。
「皆さん、なのはさんが起きましたです」
 リインの言葉にはやてとフェイトが駆け寄り、なのはの体を支えた。なのはは二人の顔を見てひとまずは安心した。
 そこは管理局本局にある医務室だった。なのはは部屋のベッドの上に寝かされており、横にははやてとフェイトがいる。そして、ベッドの反対側にはパイプ椅子に座ったクロノ・ハラオウンとユーノ・スクライアがいた。
「じっとしていた方がいい。三人の中で一番怪我ヒドいからな」
「どうしてクロノ君とユーノ君が?」
「友達の心配をして悪いのか?」
「あ、ごめんなさい」
「・・・・・・いや、こっちも言い方が悪かったよ。とにかく、みんな無事で良かった」
「ヴィータちゃん達は?」
「シグナムとヴィータは一番ダメージが酷かったが、意識もはっきりしているし命に別状はない。次にザフィーラの怪我だが、守護獣だけあってあんな怪我でも無事だ。ヴォルケンリッターって言うのは皆頑丈だな。一番軽傷なシャマルでさえ、普通の人間なら半死半生だって言うのに一人で立って歩いているよ」
 それを聞いて、なのはは体の力を抜いた。
「皆の無事を確認したばかりで悪いんだが、これからの事を考えないとな。相手がどういうつもりで闇の書を復元したのか分からないが、強敵なのは確かだ。警備の厳重な無限書庫を襲い、はやてを含む守護騎士達も――」
「・・・・・・無限書庫を襲い?」
 なのはが首を傾げた。その反応を見て、クロノがユーノに振り向く。
「教えて無かったのか?」
「だって、リハビリ中だったから、教えない方が良いと思って」
「まあ、そうだろうけど・・・・・・」
「ちょっと待って、無限書庫が襲われたなんて初耳だよ。ねえ?」
 なのはがフェイトとはやてに同意を求めるように振り向くと、二人は気まずそうに視線を逸らした。
「え、もしかして二人とも・・・・・・」
「ほ、ほら、私は夜天の主だし、狙われる可能性があったんよ。現に襲われたし。だから翌日には聞いてたんよ・・・・・・」
「わ、私は執務官としての初仕事が無限書庫襲撃事件に内定していて・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「仲間外れにしたわけじゃないんだから、拗ねるなよ」
「・・・・・・拗ねてないもん」
「はあ・・・・・・とにかく、今回の事件で皆大騒ぎだよ。何の目的で闇の書を復元したのか目的も分からないし、足取りも掴めない。しかも空戦のエース二人と歩くロストロギアに古代ベルカの騎士も負けてしまったしね」
「私、歩くロストロギアなんて言われてたんか・・・・・・」
「クロノ、さっきから君が口を開いては誰かを沈めてない?」
 わざとらしい咳払いをして、クロノは続きを話した。
「相手が正体不明で手かがりが一切無くてね、さっきまで先に起きたフェイトとはやてに話を聞いてたんだ。なのはの方も何かないかな?」
「ううん。手がかりになりそうなのは何も・・・・・・」
「そうか。なら、彼女に当たってみるしか他にないかな」
「彼女?」
 聞かれ、クロノは一つのモニターを表示させる。そこに映る画像を見て、クロノを除いた四人が驚きの顔を見せた。
「クイントさん!?」
「知り合いだったんだな。ここに来る前にヴィータから聞いたよ」
「まさかクイントさんを疑ってるの?」
「いや、事件に関わっているとは思っていない。アリバイもあるしね」
「しっかり調べてはあるんだ」
「フェイトも執務官になるんだ。その位はするよう心掛けないと駄目だ」
「・・・・・・はい」
「皆の話を統合すると、はやて達を襲った次元犯罪者は戦闘機人の可能性が高い」
「戦闘機人って確か……」
「そうだ。本来なら禁忌とされていた技術だが、それを研究している者は多い。少なくとも四人の内二人が戦闘機人だと思う」
「リインが記録した映像から戦闘機人特有の能力が見られたんだ」
 クロノが複数のモニターを表示させてその時の様子を映し出す。
「この二人は魔力とは別エネルギーを使って能力を使っていた。それに、足下には魔法陣形とは違うエネルギー制御陣形もあるからね」
「クイント・ナカジマは戦闘機人事件の捜査官だったんだ。彼女がいた部隊は壊滅し、唯一の生き残りである彼女は退職してしまったが一番戦闘機人と関わりがある人物に違いない。それに、シグナムとヴィータを一撃で倒したあの少女と無関係では無さそうだ」
「どういう事?」
 クロノは青いジャケットを着た少女が映るモニターを指差す。モニターが拡大され、空中で敷かれた光の道を走る様子が良く分かった。
「この光の道を作る魔法は先天性の魔法だ。術式も普通とは違う。これを使えるのは限られている」
「もしかしてクイントさんがその魔法を?」
「ああ。先にヴィータから話を聞いた時、この魔法について教えてくれた。ヴィータはクイント・ナカジマの戦闘データの映像記録を見た事があったらしくて覚えていたらしい。だから一応身元を調べたんだ。それで、多分この戦闘機人は彼女の遺伝子を元にしたと思われるんだ」
「すごい、クロノ君……」
 短時間で調べたクロノになのはが感心する。
「ヴィータが覚えていたからだよ。それにこの手の戦闘機人には前例があって……」
「前例?」
「――いや、これ以上はいいだろう。とにかく、後日本人に会って色々と聞く必要がある。――――頼んだぞ、フェイト」
「えっ? 私?」
 いきなり矛先が向いてフェイトが驚く。その様子にクロノは呆れたように言う。
「僕も無関係ではないけど、本来この事件は君が担当する事になってるだろう。君が、執務官として彼女に会いに行くんだ」
 執務官、という単語を殊更強調する。
「う、うん。わかったよ」
「私も一緒に行ってええかな? 多分、特別捜査官として出向扱いにできると思う」
「なら私も――」
「なのはは駄目だ」
「ええっ?」
「君はリハビリを終えたばかりでまた怪我をしているんだ。自重しろ。それに、教導隊の配属が決まっているだろう? 捜査は君の仕事じゃない」
 すっぱり言い切られ、なのはは反論も出来なかった。
「それじゃあ、僕はこれで帰るよ」
 そう言ってクロノは医務室のドアを開ける。
「皆の無事を確認できたから僕も帰るよ。僕の方でも戦闘機人について何か解かったら連絡するね」
 ユーノがクロノに続いて部屋を出て行った。

 医務室から出て廊下をしばらく進むとクロノは背後を振り返った。
「やっぱり、フェイトは気付かなかったか……」
「似てると言ってもね、多分イメージしていたのと全然違うから分からなかったんだよ」
 隣を歩いているユーノがある画像を表示させる。
「普通は気付かないよ」
 クロノとユーノが見ているのは黒いジャケットを着た金色の瞳を持った男が映っている画像だ。はやて達を襲った彼らの会話を拾った所、男の名はフュンフと言うらしい。
「僕だって最初は気付かなかった。でも、間違いない……クローンだ」
「戦闘機人といい、闇の書といい、一筋縄でいかないみたいだね」
「ああ。特に無限書庫を襲ったあの二人が要注意だ」
 黒いコートの大男と白い少女。この二人は常軌を逸していた。他の二人は魔力とは違う別エネルギーを戦闘機人ではあるものの、攻撃や機能は常識内だ。対して、黒いコートのあの炎は何だと言うのか。はやての広域魔法を一撃で破壊しザフィーラの防御魔法もあっさりと引き裂いた。術式も何も解からない謎の黒い炎。映像越しでもその禍々しい瘴気が伝わってきた。それと白い少女の術式も有り得ないほど複雑で、管理局の解析班も匙を投げる程だ。はやての蒐集行使と似たような能力なのか、彼女から夜天の主としての資質を写し取った挙句に僅かな時間で夜天の魔導書を復元させた。一体どれほどの尋常ならざる魔力と術式がそれを可能するのか想像もできない。
「そうだね。これも無限書庫で調べてみるよ。……危険な相手だよね。なのは達、無茶しないといいんだけど」
「無理だろうな。それに最近分かったんだが、本人が望んで無くても大事件の渦中にいるタイプだ。きっと厄介事の方がなのは達を放っておかない」
「うすうす気付いてたけど、やっぱりかぁ……」
 もう色々と諦めたような表情をするユーノだった。
「ねえ、ああいう無茶って男がやるもんだよね」
 丁度、なのはが雷雲の雷を浴びながら結界を壊すシーンがモニターに映っている。
「最近の女子は愛嬌だけじゃなくて度胸や根性もあるみたいだな」
「なら、男には何が残ってるのさ?」
「さあな」
 何となく、廊下を歩く二人の背中に哀愁が漂う。



「――以上が無限書庫襲撃事件の詳細となります」
 スカリエッティのアジト、その一室に四人の男女が丸テーブルを囲っていた。スカリエッティ、ウーノ、クアットロ、トゥーレの四人だ。
「そうか。ありがとうウーノ」
 スカリエッティの目の前にはトゥーレが今朝の内にドゥーエから渡された無限書庫襲撃事件のデータがあった。
「楽しそうだな、お前」
 一人、モニターでは無く手に持った書物に視線を落としながらトゥーレはスカリエッティの顔も見もしないで言う。今は冷静だが、ウーノに渡す前に中身を確認し、無限書庫で盗まれた闇の書事件に関するデータを見た際に咽かけた。関係者の一覧には見知った少女達がいたのだから。
 子供とは思えない使命感を持つなのは、一人で管理外世界の調査や執務官試験を受けていたフェイト、稀少なユニゾンデバイスを持っていたはやて。彼女達のプライバシーを覗き見た申し訳なさと同時にその特殊さの一端が見えたと思っている。
「ああ、楽しいとも。私以外にもこれほどの作品を作る者がいたんだ。一体どのような理論と技術が使われているのか心躍るよ」
「言っておくが、生きて捕獲しようとは思うなよ」
「あら? どうしてかしら?」
 隣に座っていたクアットロがトゥーレの顔を覗き込む。彼女はドゥーエからの情報を元に今後についてどうするか作戦を練っていた。
「逆に聞くが、どうしてこんな既知外どもを生け捕りできると思うんだ」
「ほう、君でも無理かな?」
「無理だ。多分、戦ったら殺すか殺されるかだ。俺とツヴァイとか言う奴との戦闘時の映像見たんだろ?」
「確かに、彼とまともに戦えるのは君ぐらいだろう。わかった。生け捕りは諦めよう」
「生け捕りは、か……」
 嫌味を込めてトゥーレがスカリエッティの言葉を繰り返すが、当の本人は涼しい顔だ。
「でも、今後どうしますぅ? 放っておく、としても相手の目的が分かりませんし」
「そうだねえ……」
「いや、放っておこう」
 トゥーレの以外な言葉に他の三人の視線が彼に集中した。
「セインとディエチがボコボコにされた時はあんなキレてた人の言葉とは思えないわ。意外と淡白なのね……」
「うるさいよ。っていうか日記に書きとめようとすんな」
 ウーノの手を叩く。
「どうしてだい? 別にウーノが日記を書こうとしてもいいじゃないか」
「お前ワザとボケてるだろ。……相手も同じ穴の狢だ。だから互いに探ろうとしてもシッポは掴めない。何より連中はあんな人造魔導師造っておいて今まで俺達の情報網にさえ引っ掛からなかった。正直俺達が調べても何も掴めないだろう」
「そうだね。でも、いずれ相対するがどうするんだい? 私達は下部組織を潰し、一度は戦闘までしたんだ。敵となる者の情報は多いほうが良い」
「決まってる。本職に任せればいいんだよ」
「…………ああ、なるほど」
「犯罪者の俺達が飯の種にはなっても仕事を奪うわけにはいかないだろ」
「フフッ、確かにトゥーレの言う通りだ。人の仕事を奪うのは良くない」
「それにプライドもあるだろ。何も言わなくても必死に見つけてくれるだろうよ」
「ああ、そうだね。顔に泥を塗られたのだから、面子を保つ為にも頑張ってくれるだろう」
「ウーノ姉様。何だかとっても黒い感じですね」
「今更よ」
「だとすれば、我々は彼らの奮闘に期待しながらゆったりと待つとしようか」
「ああ、そうしてくれ。ルーテシアの勉強もあるんだ。俺の怠惰な日常を乱さないでくれよ」
 小さく邪な笑みを浮かべて紅茶を飲み始めるスカリエッティと先の会話が嘘のように読書に戻るトゥーレ。
 クアットロがそんな二人を視界の隅に捕らえながら、予定表の敵対組織の諜報活動を全てキャンセルしてドゥーエとの連絡予定を増やし始めたウーノに擦り寄っていく。
「肝心な所言わずに方針が決定しちゃいましたけど、何の情報も無かった管理局に何が出来るんでしょうかね~?」
「今まで知らなかっただけで、もう管理局は彼らの存在を知ったわ。なら、期待は出来るでしょう。プロフェッショナルの集まりなんだから」
 トゥーレとスカリエッティは管理局に丸投げしようと言う考えだった。スカリエッティとナンバーズは所詮犯罪者集団。しかもその成り立ちと組織の有り方のせいで横の繋がりも無い。調査などと言ったものは不得手である。だが、他の犯罪組織には無い情報収得手段がある。それが管理局だった。クライアント及び潜入中のドゥーエから管理局の情報は筒抜けだ。つまり、自分達は楽して情報だけを横から掻っ攫う気なのだ。
 クアットロは今まで何も知らなかった管理局が果たして敵対組織の情報を調べられるのかと疑問した。だが、管理局は無限書庫襲撃によりその存在を知った。無から有に変わった。それは大きな違いだ。事件捜査や各種調査のプロ達の集まりであり、組織の規模で言えばスカリエッティと比べ物にならない管理局は例え僅かな手掛かりだろうと犯人を見つけ捕まえるだろう。何より、本局内の無限書庫に侵入され情報を盗まれたという事実は無視できるはずも無く、何としてでも彼らを探し出すはずだ。
 故にスカリエッティ達は何もせずに待っていれば良いのだ。





 ~後書き&雑談~

 今回は短いです。これからの彼らの指針というか、そういう感じのを書いただけですからね。
 次回からはちょっとダラダラ書きながら、ノーヴェがトーレに地獄の特訓されたり、クイントが暴れたり、トゥーレがナンバーズやルーテシアの先生やったり、うっかりなのは側を鍛えたりしちゃったり?します。そしてフェイトが虐められます(ここ重要)。

 まあ、そんな自分のSSはどうでも良くて、なんとパラロスが再リリースですよ。しかも新作の体験版付きですよ。テンションマジ上がりです。



[21709] 十七話 ノーヴェ
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/10/21 00:16

 ナンバーズの九番目、№9、ノーヴェ。クイント・ナカジマの先天性魔法をISとして発動させる為に、ある特定の能力を意図して得られるかという実験も含まれ開発された彼女の稼働率は概ね予想通りであり、エラーも無く順調だった。
 チンクからの教育を受けながら稼働テストを繰り返し、躰と認識のズレを修正。基礎フレーム及び感覚機能も問題無く、ISも望んだ結果のものとなった。
 最前線での格闘戦を主眼に置いたノーヴェの身体スペックはトーレとほぼ同等である。ISによる限定空戦も可能で、走るという機能強化の為のローラーブレード型武装も問題無く使いこなし、おそらくは地上戦ならばトーレを越えるだろう。ただ、未だ経験値の低い彼女にはまだ無理な話であった。
 ノーヴェ、今の彼女の視界には天井があった。
 天井が直ぐに下へ移動し、次に逆さまになったチンク、セイン、ディエチが驚いたような顔をしているのが見えた。次に起きたのは視界の移動では無く、衝撃だった。躰の芯そのものが揺さぶられる感覚がして、その後で背中が床にバウンドしたとノーヴェは気づく。
 床で跳ねたノーヴェは次に、腕をまっすぐ突き出した格好のまま、しまった、という顔をしているトーレの姿を見た。
 それも一瞬。再び視界がグルグルと回転し、もう一度床にバウンドしてからノーヴェは壁にめり込んだ。
「いったああぁぁぁっ!」
 痛い、では済まない筈だが彼女の耐久力はナンバーズの黒一点のお陰で頑丈だ。
「大丈夫か、ノーヴェ!?」
 チンクが駆け寄ってノーヴェを壁から引き剥がそうとする。
「あー、私がやるよ」
 床を背泳ぎして来たセインがノーヴェに触れると、めり込んでいた躰があっさりと抜けた。
「あ、頭がグラグラする・・・・・・」
 頭を押さえてノーヴェが立ち上がる。
「すまない、ノーヴェ。損傷は無いか?」
 遅れてトーレが駆け寄って来た。
「いや、大丈夫。特に壊れてない」
「頑丈だよね。すっっっごい吹っ飛んでボールみたいに跳ねたのにさ」
「うっせぇぞセイン」
「怒鳴るなよー」
「トーレ姉が加減失敗するなんて珍しいよね。私やセインと模擬戦してもこんな風になる事ないのに」
 ディエチがトーレに振り向く。トーレは自分の手を閉じたり開いたりした後、ぼつりと呟いた。
「もしかしたら私は加減が下手なのかも知れない」
「え? でも、私達相手だと加減できるじゃん」
「お前達は弱いからな。逆にチンクやトゥーレなら加減など必要ないが・・・・・・」
 セインは潜入型でディエチは狙撃型だ。どちらも接近戦での戦闘能力は低い。チンクは近~中距離での戦闘を主にしているが単純に強い。
「そういえば、トーレとまともに格闘戦が出来るのはトゥーレだけだったな」
 チンクは記録を掘り返してみる。格闘戦など近距離での戦いにおいてトーレと戦えるのはトゥーレ一人だ。訓練で他のナンバーズとも、もちろん接近戦を行うがやはり実力が足りない。
 トーレは実力差がある者としか戦った事がないのだ。
「つまりどういう事?」
 セインが首を傾げる。
「弱くは無いけどチンク姉みたいに強くもないから加減がしにくいって事じゃない?」
「ああ、ノーヴェは中途半端に強いのか」
 接近戦の弱い者相手ならば慣れているが、負けないまでも油断できない相手に対して加減するのは今のトーレには難しかった。
「誰が中途半端だ!」
「弱いって言ってるわけじゃないからいいじゃんかよ」
「そうだぞノーヴェ。少なくともトーレとの実力差はそれほど無いと言うことだ。誇ればいい。それにさっきのはおしかったじゃないか。とても初めて戦った者とは思えなかったぞ」
 ノーヴェが吹っ飛ばされる直前、格闘戦でトーレを相手にノーヴェはガードを崩す事に成功し、最大の一撃を与えかけた。稼働したばかりだと言うのにそこまで出来た事は単純に凄い事だった。
「その代わりすっごい反撃受けたよね」
「何だとっ」
「いちいち怒るなよ。セインもからかい過ぎだって」
 セインがからかい、ノーヴェが怒鳴り声を上げ、ディエチが宥める。
 ノーヴェが訓練スペースの床を跳ねて壁に激突したのは、トーレの反撃を受けたからだった。
 トーレはカードしていた両腕が上に跳ね上げられ、体勢を崩した状態でカウンター気味に右ストレートをノーヴェ当てたのだ。反射的な行動だったので全力では無かったが手加減もなかった。
「トーレ姉もおかしいよね。どうしてあんな状態から高速パンチ放てるんだろ。まるで別の生き物みたいに動くよね・・・・・・」
「無動作状態から一気にトップスピードで動けるよう訓練したからな。それより、これからどうする?」
 訓練の事だ。先の一撃で無理そうなら中止しようと言いたいのだ。
「無理なようなら・・・・・・」
「いや、やれる」
 そう言ってノーヴェは構えた。その様子にトーレは満足そうに頷く。
「どっかの誰かにも見習ってほしいものだ」
 訓練が再開された。

 一時間後――肩を上下させ床に座り込んだバテ気味のノーヴェがいた。トーレは平然としている。
「うわあい、トゥーレ殴っている以外にあんな満足そうなトーレ姉初めて見る」
「容赦なかったよね。耐えきったノーヴェも凄いけど」
 セインとディエチは完全に観客に成り下がり、隅の方でジュースを飲んでいた。
 チンクはトーレに駆け寄り何か話し込んでいる。
「どうだった?」
「今までの動作データのおかげもあるだろうが、良い動きだった。ただ、やはり隙が大きいな」
「やっぱりか。トゥーレと戦わせてみたらどうなると思う?」
「反骨心が強いのは今日ので分かった。ノーヴェにとって良い経験になるだろうな」
「やっぱり、今日出掛けていたのが悔やまれるな」
 チンクは最初トゥーレにノーヴェの相手をさせるつもりだった。だが、トゥーレはミッドに出掛けていて留守にしていた。その代わりをトーレが自分から申し出たのだった。
「・・・・・・ねえ、チンク姉」
 ノーヴェが下を向いていた顔を上げて、二人の姉を見上げる。
「ん? どうした?」
「トゥーレって強いのか?」
「戦闘データ位は見た事あるだろう? トゥーレは強いぞ」
「でも、戦闘機人じゃない私のオリジナルなんかに負けたんだろ?」
 ノーヴェの言葉にトーレとチンクが互いの顔を見て沈黙した後、ノーヴェに視線を戻す。
 ノーヴェはチンクの教育を受けている時に他のナンバーズについて教えて貰ったし、戦術の勉強の際も分かりやすい例として姉妹達の話題も出していた。しかし、その手の参考としてトゥーレの名前は出ていない。一度ノーヴェがチンクにその事を聞いてみると、トゥーレは参考にならないから、と言われた。それをノーヴェは弱いから参考にならないと理解してしまっていた。
「クアットロもトゥーレは負けるか引き分けって言ってた」
「あいつは・・・・・・わざと誤解されるよう言っているな」
「そういえばこの前喧嘩していたな。あれが原因か?」
「あっ、はいはーい、セインさん知ってるよー。あの時ね、ドクターと私とクア姉、トゥーレで麻雀していたんだけど、トゥーレがクア姉ばっかねらい打ちしてとうとうキレたんだ」
「何をやっているんだあの愚弟は・・・・・・」
 トーレが自分の額を押さえる。
「ノーヴェ、トゥーレの強さが気になるなら帰って来た時に模擬戦に誘おう。そして、戦ってみて強いか弱いかは自分で判断してみるといい」
 そう言ってチンクはノーヴェを立ち上がらせる。
「・・・・・・うん、わかった。でも、いつ帰って来るんだ?」
「夜には戻るって言ってたね。でも、夕飯時には帰って来てるでしょ」
「いや、お嬢の教本を探すと言っていたから遅くなるだろう。あいつは古書とか漁り出すと長いからな。明日、誘ってみた方がいいだろ」
 姉達がトゥーレの帰宅時間を予測する。ノーヴェはまだ稼働して日が経っていないので他のナンバーズも含めて行動パターンを掴めていない。
 それに、トゥーレとは未だに話した事もなかった。教育係のチンクとはよく話すし、チンクと仲の良いセインも同様。その次にディエチ、トーレ、クアットロ、ウーノと続く。だが、トゥーレはルーテシアの教育係をやっていて忙しいらしく、話した事も無ければ顔を合わせる機会も少なかった。ノーヴェの記憶にあるトゥーレと言えば、ルーテシアとゼストの二人と一緒にいる姿や一人で本を呼んでいる姿を遠目でしか見た事がない。
「あれ? 私には遊びに行くって言ってたよ」
 セインがポツリと呟いた。
「・・・・・・・・・・・・」
「私の時には美術品専門のオークションがあるからひやかしに行ってくるって・・・・・・」
 次にディエチが違う内容を言った。
「・・・・・・あの男は」
 誰の目にも、トーレの頭に怒りマークが見えた。



「・・・・・・何か嫌な予感がする」
 トーレの怒気を過敏に感知したトゥーレが左右を見回す。場所は図書室。読書机に座るトゥーレの近くには誰もおらず、本棚の方にも僅か数人の人間しかいない。
「どうしたんだい、トゥーレさん?」
 本棚の間からヴェロッサが顔を出した。
「いや、何でもない。それよりあったのか?」
「この本に数ページだけ書いてあったよ」
「サンキュ」
 本を受け取ってトゥーレはページをめくり始める。ヴェロッサがページ数を教える前に目的のページを見つけ、もう一つの開いたままの本と見比べながら読み進めていく。
「知りたい事は見つかったかい?」
「ああ、おかげ助かった。それにしても悪いな、教会の書庫に入れてもらって」
「大した事はしてないよ。ここは教会関係者なら誰だって入れるからね。ただ、貸し出しはしていないけど」
 トゥーレはルーテシアの召還魔法について様々な書店を歩き回ったが、やはり戦闘や高度な魔法についての資料となると一般には出回っておらず、召還魔法については僅かな情報だけだった。
 少なくとも簡単な召還魔法には成功し、召還対象とな魔法生物の型は判明した。後は地道に召還対象を探して契約していくしかない。
 そして、召還対象となるような魔法生物についての資料も一般には無く、どこに生息しているのかも分からなかった。いっそ無限書庫に忍び込んで本探しながら例の赤コートに罪を擦り付けてやろうか、などとトゥーレが考え出した時、たまたまヴェロッサと街で出会った。
「魔法生物に生息地について知りたい? 教会の書庫にその手の事典がたくさんあったはずだよ」
 その言葉通り教会の書庫にはやや古いものの魔法生物についての資料がたくさんあった。トゥーレは虫型の魔法生物の事典をまず手に取り、その記述を元に生息地の詳しい情報などを調べている。
「手際がいいね」
「そうか?」
「慣れている感じがする。古本屋の時といい、もしかして考古学関係の仕事に就いているのかい?」
「いや、別に。そういうヴェロッサは何の仕事してるんだ?」
「僕は管理局の査察官だよ」
「それって、エリートって事だな」
「いや、僕の場合は査察官向きな能力を持っているからね。自分で志願したとは言え、多分能力のおかげで贔屓されているんだと思う」
 言いながら、ヴェロッサは壁に寄りかかって窓から外の様子を窺った。
 直後、ヴェロッサは窓から離れて外からの死角に移動した。
「・・・・・・何やってるんだ?」
「ちょっと厄介な人がいてね」
 トゥーレはヴェロッサに並んで、窓から外を見る。
 外には聖王教会の庭が広がっている。時折、騎士らしき者やシスターなどがそこを通っている。そして、ヴェロッサの視線の先にはある一人のシスターがいた。
「何で尼さんがトンファー持ってんだ?」
「彼女はシスターでもあるけど騎士でもあるんだよ」
「どっちかはっきりしろって感じだな」
「全くだよ。陸戦AAAのシスターってどう思う?」
「物騒だな。いっそ騎士でいいだろ。・・・・・・それで、どうしてお前は隠れてるんだ?」
「追われているから」
「何したんだよ?」
「ちょっと怠けただけだよ」
「ふーん・・・・・・もしかして、俺悪い事したか。本当は逃げて街にいたはずなのに」
 教会のシスターに追われていると言うのなら、教会に戻って来るのは危険だ。最初は街にいたのだから、トゥーレを教会の書庫に案内しなければそのまま逃げる事が出来た筈だ。
「気にする必要は無いよ。もう僕の行動パターンは読まれているから、あのまま街にいても見つかっていたさ。現に見つからなかったから教会に戻って来たんだろうし」
 窓から見えるトンファーを持ったシスターは周囲に油断の無い視線を向けている。誰か捜しているようにも見えるが獲物を探しているようにも見える。
「おっかないな・・・・・・」
「義姉さんと僕の教育係だった人でね。いい人なんだけど体育会系というか」
「なるほどな」
 体育会系という言葉だけで大凡の事を把握したトゥーレはシスターに近づく人影がある事に気づいた。
 管理局の制服を着、長い赤髪を後ろで一括りにした背の高い女だ。女はシスターに声を掛けた。
 赤髪の女とシスターがしばらく話し合っていると、赤髪の方が突然書庫の窓、トゥーレの方を振り向いた。
「・・・・・・・・・・・・」
 ヴェロッサは慌てて窓から顔を離したが、トゥーレはそのままじっとしていた。赤髪の女と目を合わす格好となったが互いに動かない。しばらくすると赤髪の方が先に視線を逸らし、シスターと共に庭から去っていく。
「・・・・・・あれが守護騎士か」
 ヴェロッサに聞こえないよう呟いて、トゥーレは窓から離れた。

「どうしたんですか、シグナム?」
「いや、何でもない」
 先ほど、シグナムは異質な気配がしたような気がして振り返って見ると、窓から庭を眺めている男と目が合った。
 異質な気配、それは前に自分達を襲った戦闘機人の中で黒コートの男と白い少女からしたものと似ていた。だが、似ていたような気がしただけで、窓にいた男の雰囲気と違っており、シグナムが振り返った時点で気配は消えていた。
 ――やはり、気のせいか?
 あまりにも一瞬だった為、シグナムはそれ以上の事は考えなかったが目が合った黒い髪の男の顔はしっかりと記憶した。



「それでこれは一体何のマネだ?」
 夜、教会の書庫で得た情報を記憶しトゥーレがアジトに帰ると、いきなりトーレに間接極められて訓練スペースに連行された。
 そして、中央で何故かノーヴェと対峙している。
「お前とノーヴェで模擬戦して貰おうと思ってな」
「だったら普通に頼めよ! 腕折れるかと思っただろ」
 弟の突っ込みをトーレは無視した。
「とりあえず、地上での格闘戦のみとした限定戦だ」
「地上での格闘戦って、普通地上でしか格闘ってできないよね」
「二人の異常さがよく分かる発言だ」
「うるさいぞ外野」
 セインとディエチが隅の方にいた。
「よし、それでは始め!」
「いきなりかよオイ。そもそもやるとは――」
 ノーヴェが一瞬で間合いを詰めて飛び膝蹴りをトゥーレの顔面を狙って仕掛けて来ていた。
「危ねえな……」
 トゥーレがそれを片手で受け止め、ノーヴェはガードされた直後にそのまま拳を放つ。
 だが、トゥーレは膝蹴りを防いだ手を前に突き出してノーヴェの膝を押した。
「――え?」
 膝が強い力で動かされたせいでバランスを崩し、空中で前転した。当然、放った拳は見当違いの方向へ行く。トゥーレはバランスの崩したノーヴェの腕を掴むと後ろへ投げた。
「くっ、エアライナー!」
 宙に投げ出されたノーヴェの足元に光の道が現れ、弧を描いてトゥーレの方へと伸びる。ノーヴェは道に沿ってローラーブレードで走り出す。
「自分の足元だけ伸ばせよ。でないと利用されるぞ」
 トゥーレが逆にエアライナーを駆け上って来た。予想外の行動にノーヴェの体が一瞬硬直し、トゥーレの蹴りが炸裂した。自分が作った光の道から落とされ、歯噛みするノーヴェ。怒りのままエアライナーを見上げると、そこには既にトゥーレの姿が無かった。
「――ッ!!」
 頭に血が上ったノーヴェはいきなり背後に向かって回し蹴りをした。勘、というか本能に近かった。
 ローラーブレードの踵部分に装備されたジェットノズルから火が噴く。そして、人に当たった感触が伝わってきた。
 途端にノーヴェはしまった、と思った。全力の蹴りをつい放ってしまったと。戦闘機人は人を超えた身体能力を持っている。それに噴出推進によって加速された蹴りは防御魔法を張っていたとしても大ダメージを受けるはずだ。しかし、足から伝わって来たのは防御魔法では無く人の体だった。
 だが、次におかしいとも思った。今の蹴りなら当たった瞬間に相手の骨を砕き派手にぶっ飛ばしているはずだ。だが、今もジェット噴射を続けているのにも関わらず、足は振り切る事もなくその場に止まっている。
 僅かな時間で思考し、後悔と疑問が入り混じりつつ、今目の前で起こっている事を視認する。
 そこには片腕でノーヴェの蹴りを防いでいた。
 唖然とするノーヴェにトゥーレは蹴りを防いでいた手でノーヴェの足を掴んでそのまま勢い良く持ち上げた。
「うわっ!?」
 ノーヴェの体が再び宙に浮いたが、今度は投げ出される事無く床に叩きつけられた。
「ぐっ――ったぁ……」
「こっちも痛いんだけどな。全く、本気で蹴りやがって……」
 言いながら腕を摩る。
「ちょっと奥さん聞きました? 痛いですって。痣一つないくせによく言うわよねぇ」
「誰か奥さんか」
「外野うるさい」
 セインとディエチを睨みつける。何で私まで、とディエチが呟いたがトゥーレは無視し、床に倒れているノーヴェに手を差し出す。
「蹴り主体なのは分かったが、隙が大きすぎる。もっと小技とかコンビネーションとか考えた方がいいぞ。まあ、最初の飛び込みは良かったな」
「ど、どうして?」
「はあ?」
 トゥーレによって引っ張り上げられ、立ったノーヴェが見上げてきた。
「どうしてって、何が?」
「いや、だって、あれ喰らって生きてる……」
「お前まで俺を殺す気だったのか。サド女と言い、男女と言い、どうして俺の周りの女共は……」
「男女とは私の事か?」
「自覚あったのか。正直驚いた」
 喧嘩になった。
「テッメ、エネルギー刃でマジ切ろうとしやがったな」
「薄皮一枚程度男がごちゃごちゃ言うな」
 人の視力では捉えきれない喧嘩だった。
「…………」
 ノーヴェはそんな二人を呆然と眺めている。
「短い手合わせだったが、どうだったノーヴェ?」
 横からチンクが声を掛けて来る。
「一応、知ってはいたけど……」
 トゥーレは基礎身体能力が他のナンバーズとかけ離れている。耐久性も運動能力も高い事はノーヴェもデータ上では知っていた。しかし、自分の全力を片手で受け止めて怪我一つしていないのはさすがに驚きを隠せなかった。トゥーレは防護服となるボディースーツどころかバリアジャケットも身に着けていない。つまりは素の耐久力で耐え切ったという事だ。
 それに今目の前で繰り広がれている高速機動戦はデタラメだった。格闘主体のノーヴェは目で追う事はできるが、その動きについていけるかは疑問が残る。もし、先の模擬戦でトゥーレが本気で動いていれば自分は何も出来ずに倒されていただろう。
「トゥーレは強いと思ったか?」
「うん。……私のオリジナルはあのトゥーレに勝ったんだよね……」
「そうだな。でも、私を助けに行かなければトゥーレが逆に倒していたかもな」
「そう、なんだ……」
「ノーヴェもいずれトーレのようにトゥーレ相手でも戦えるようになる」
「……うん」
 ノーヴェはただ頷く事しかできなかった。





 ~後書き&雑談~

 そういえばトゥーレって元が至高の十四歳のくせに負けたり引き分けしたりで強そうに見えなくね? とか思ったりしました。
 でもこの人がマジで戦うと相手は首チョンパなんですよ。そしてギロチン使わない魔導師モードでもチート。Diesキャラは厄介ですね。



[21709] 十八話 ガリュー
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/10/23 21:50
 死にかけた世界があった。乾燥し緑一つ無い赤茶色の大地。崖と山が聳え、大昔に川があったと思われる窪みが道となって続いていた。
 そんな世界の中、窪地となった場所に二つの人影があった。ただし、片方の人影は人型をしているだけで明らかに人では無かった。
 人影はまだ幼い少女と、人の形をした虫だった。
 少女――ルーテシアの両手にはグローブ型ブーストデバイスが填められている。時折グローブの甲の部分が光り、少女を乾いた風によって舞い上がった砂と高熱とも言える気温から守る。だが、さすがに少女自身の不注意からの事故は防げないらしく、ルーテシアが地面に躓いて転びそうになる。
 それを後ろにいた人型の昆虫がルーテシアの腕を掴んで引き留める。
「ありがとう、ガリュー」
 ガリューと呼ばれた人型の昆虫は小さく頷くだけで言葉は返さない。喋る為の器官が無いようだが、ルーテシアの言葉を理解出来る程の知能はあるようだ。
 四つの目に体の所々から攻撃的で鋭角な突起物が刃のように生えている。黒を基調とした紫の甲殻もあって凶悪そうに見える。だが、纏っている空気は非常に穏やかなもので、ルーテシアの歩みに合わせて歩いている姿は姫を守る騎士のようにも見える。
 一人と一匹は特に会話もせずに枯れた大地を散歩でもするかのように歩き続けている。
 そして、その様子を眺めている者達がいた。

 切り立った崖の上にトゥーレとゼストがルーテシアとガリューを見下ろしていた。いや、正確に言うとゼストがじっと一人と一匹を立ったままじっと見ており、トゥーレは足を崖の外に投げ出した状態で目を閉じ、寝転がっていた。
「心配なのも分かるけど、あんまりじっと見てると疲れるぞ」
 うっすらと瞼を開けたトゥーレが言った。どうやら寝ていたわけではないようだった。
「二人は何度も交流を持った。ガリューの方からルーテシアを傷つける事はないし、ルーテシアもガリューに気を許している。危険はないって」
 三人はトゥーレが調べた召還獣に関する情報を元に、この世界へ何度も訪ねてきていた。
 ルーテシアの召還対象となる召還獣は虫だ。そして、人の言葉を解する程の知能とルーテシアを守れる程の力を持っているのが人型の昆虫であるガリューだった。最初三人が来た時はさすがに警戒していたが、徐々に慣れてきたのか今ではルーテシアが来ると自分から姿を現すようになっていた。
「・・・・・・いや、別の事を考えていた」
 ゼストの視線はルーテシアとガリューの二人に向けられてはいるが、考え事に集中していて視界に入っても見ていないも同然だった。
「何考えてたんだ?」
「メガーヌの事だ」
「・・・・・・・・・・・・」
「十一番のレリックがあればメガーヌは生き返るとルーテシアは言っていたが、本当の事なのか?」
「・・・・・・正確に言うと、メガーヌは仮死状態だ。設備の整った場所なら目覚めさせる事もできる。ただ、評議会はメガーヌは完全に死んでいると思っているから・・・・・・」
「生きていると分かればルーテシアが危険、か・・・・・・」
「ああ。でも、レリックウェポンという研究成果の一つとして蘇生されたのなら何も言ってこないだろう」
「・・・・・・・・・・・・」
 トゥーレは立ち上がり、眼下を見た。ルーテシアが地面に座り込んで土をいじり、後ろではガリューがその様子を見守っていた。
「このままいけばルーテシアは単独でレリックを探せるようになるが、あんたはどうするつもりなんだ? ずっとスカリエッティの所にいるつもりはないんだろ」
 ゼストは既に戦闘行為が可能なまで体を回復させている。一人で訓練スペースを使っている事もデバイスの槍を修理してある事もトゥーレは知っていた。
「ルーテシアの手伝いをするつもりだ」
「それだけか?」
「・・・・・・・・・・・・」
 ゼストは一瞬躊躇したが、やがて口を開いた。
「レジアスに会って真意を問いただすつもりだ」
「レジアス・・・・・・もう一人のクライアントか。その真意を聞いてどうするつもりだ。望まない答えなら殺すつもりか?」
 ゼストは小さく首を横に振った。
「分からない。だが、昔語ったあの理想をあいつが忘れているのか、それを聞かなければこのまま死に戻る事もできない」
「死に戻る、か」
「おかしいか?」
「いや、的確だと思った。まあ、頑張れよ。協力できないが応援はさせてもらう」
 ちょうどその時、ルーテシアがガリューに抱えられて空を飛んできた。真っ直ぐにトゥーレ達の所まで来る。
「もういいのか?」
「うん」
 ガリューがゆっくりとルーテシアを地面に降ろした。
「じゃあ、帰るか」
 トゥーレが次元転送の魔法を開始する。トゥーレ、ルーテシア、ゼストの足下に転送用魔法陣が現れた。
「待って」
「どうした?」
「ガリューも来るって」
 そう言って、ルーテシアはガリューの手を掴んだ。
「・・・・・・いいのか?」
 ガリューは今いる世界に住んでいる種だ。それがついて来ると言う事はーー
「もうおわかれは済ませたって」
「そうか・・・・・・」
 トゥーレはガリューの足下にも魔法陣を出現させ、四人分の次元転送を開始した。

 アジトに戻るとゼストはすぐに自分にあてがわれた部屋に行ってしまった。
 残った二人と一匹は――
「お腹空いた」
 ルーテシアの一言でキッチンのある休憩スペースに向かった。その部屋には大抵セインが何か作っているか作り終えた菓子が置いてあるからだ。
 そして行ってみると、ナンバーズ達がダラケていた。ついでにスカリエッティもいる。
「おお、爆殺キック。ノーヴェもやってみなよ」
「無理に決まってんだろ」
「ちぇっ、つまんないのー。必殺キックの一つや二つ持ちなよ。そんなんだから勝てないんだよ」
「なんだと!?」
「イチイチ怒るな。セインもからかっては駄目だぞ」
「うへーい」
「この紅茶すっごく甘い・・・・・・。入れたのクアットロでしょ」
「あら、どうして分かったの?」
「こんなに甘くするのクアットロ以外にいないから。・・・・・・太るよ?」
「ディ~エ~チ~ちゃ~ん?」
「この程度の糖分、ちゃんと訓練していれば消費できるだろ」
「トーレ、クアットロは後衛向きなんだからしょうがないわよ。毎日トレーニングしている前衛の貴女と一緒にしない」
「あのベルトいいなァ。作ってみるのもいいかもしれないね」
 テレビの前のソファで八人+一人がそれぞれ思い思いの時を過ごしている。テレビには怪人をボコり終えた特撮モノの変身ヒーローが映っている。
「・・・・・・何見てんだお前ら」
「あっ、お帰ーーうわっ、怪人だ!!」
 セインがガリューを指さしながら叫んだ。
「はあ? 怪人なんて本当にいるわけーーいた!?」
 続いてノーヴェが騒ぎだして、部屋にいる全員の視線がガリューに集まった。
「とりあえず落ち着けよ馬鹿二人」
「馬鹿って私の事かよ!」
「せめてファイティングポーズ解いてから反論しろ。こいつはルーテシアの召還獣だ」
「ほう、これが・・・・・・」
 スカリエッティが興味深そうにガリューを上から下へと眺めた後、トゥーレに振り返る。
「私が作った虫取り網と虫篭は役立ってくれたかな?」
「あれなら粗大ゴミとして出しといた」
「非道いね君は。力作だったのに……」
「何でそう無駄な所に力入れてんだよお前は」
 研究が行き詰っているのか知らないが、スカリエッティは最近無駄な発明に力を入れていた。
「セイン、お腹空いた」
「ケーキありますよ。イチゴ乗ったやつ。お嬢様も食べますか?」
「うん」
 セインがキッチンの方へ移動したのと入れ替わりにスカリエッティが何やら白衣のポケットの中を探りながらルーテシアの前に移動する。
「ルーテシア。この前言っていたのが完成したよ」
 そう言って、あるモノを取り出した。
「ん、ありがとうドクター」
「いやいや、どういたしまして」
「――お前、何て物渡していやがる」
「これはルーテシア本人から頼まれた物さ。召還獣を得て喜ばしい限りだが、やはり身を守る手段は一つでも多いほうがいい。安心したまえ。セーフティー機能はしっかり取り付けてある」
「だからってコレはないだろ……」
 ルーテシアの小さな手に不釣合いなその武装を見て、トゥーレは嫌そうな顔をした。



 白い部屋の中、椅子に座る男がいた。彼の目の前には巨大なモニターがあり、砂漠が映っている。そして、突如雲一つ無い空から紫色の砲撃が地上へと幾本も伸び、砂漠に穴を開けた。
「またそれを見ているのですか、ドクター」
 白い空間に溶け込むように白い少女。ドライが現れた。彼女の背後にはこれまた白い廊下が続いている。
「ああ、ドライか」
 ドクターと呼ばれた男は僅かに首を動かしただけで、モニターの映像に集中している。
「烈火の剣精の試験データと夜天の魔導書に記されたアルハザードの情報を持ってきました」
「ああ、ありがとう」
 男はドライからデータを受け取り、簡単に流し見る。
「剣精は相変わらずか。まあ、アインの炎熱制御には良いデータなのだが……。こちらもさすがにロストロギア扱いされている夜天の魔導書でもアルハザードに関する情報は少ないか……」
「あれだけ派手に奪取を行ったのに、これでは割が合いませんね」
「構わんさ。いずれ老人達とは相見える事になったんだ。遅いか早いか、それだけさ。……ところでドライ」
 男は夜天の魔導書の詳細な情報を開き、ある項目を指差す。
「この機能何だけどね」
「ああ、それは正直邪魔なので近々修正しようと思っていたプログラムですが」
「それは中止してくれ。同時に例のマテリアルの破棄も中止だ」
「あの失敗作をですか?」
「その通りだ。この狂ったプログラムを見ていたら、ふと思いついてね。上手くいけば鍵以外の使い道があるかもしれない」
 ドライは男がやろうとしている事に大凡察しが付き、少し眉を顰めた。
「正直、何が起こるかわかりません。ゆりかごの位置も分からぬ今、危険の大きい事は――」
「ドライ」
「はい、何でしょうドクター」
「私はね、生まれてこの方予定通りにいった事は無いのだよ。計画が杜撰だと言われればそれまでだが、私の人生は常に波乱と未知に溢れている。だが、どんな結果になろうと私を楽しませて、喜ばせてくれるのは確かだ。だからね、ドライ。私はもっと色々な事がしてみたいのだ。例えそれが身の破滅に成ろうとも、私を楽しませてくれるのなら、より多くの驚きと喜びがあるのなら望んで死のう。こんな傲慢な私を満足させてくれるのなら、ね」
 口の端がつり上がり、狂人染みた笑みを浮かべる男の横顔を見たままドライは黙って頷いた。
「ドクターがそう望むのなら」
「ああ、期待しているよドライ。君はアイン、ツヴァイと同じでその予想外の事象から誕生した者の一人だ」
「はい」
 その時、巨大なモニターから閃光が起き、一瞬だけモニターが白色に包まれる。次の瞬間には砂漠に出来たクレーターの中でツヴァイが右腕を切られるシーンが映る。
「ああ、もしかして彼も君らと同じ存在かな?」
 モニターの中、無くした腕から血を流すツヴァイに相対する青年がいた。それは軍服風のバリアジャケットに身を包み、右腕から長大なギロチンを生やしている。
「…………」
「フフッ、ツヴァイでも捉えきれない程の高速移動。これはただの加速では無く、おそらくは自分の時間を加速させているのだろう。彼には周りが遅くなったように見えるだろうけどね」
「…………」
「……ふむ。ドライ、君は彼を見る度に不機嫌そうになるが、何か思う事でも?」
 そこでようやく男の顔がドライの方へ向いた。金色の眼がドライの心を探るようだった。
「いえ、何でもありませんドクター」
「そうかい。ところで話は変わるが、ツヴァイはどうしている?」
「……彼なら、邪魔な組織の切り捨てに行ってもらっています」



 陸上警備隊第108部隊隊長のゲンヤ・ナカジマは思わず顔を顰めた。ゲンヤで無くとも誰もが見れば不快さでそうなってしまうだろう。
「――うっ」
 ゲンヤの隣にいた若い局員が口を押さえて部屋の外へ走っていった。
「こいつは……どう言っていいか分からんな」
 ポケットからハンカチを取り出して口と鼻を押さえる。部屋の中にいる他の局員も同様であり、中にはとうとう耐え切れなくなって先程の若い局員と同じく外に出て吐きに行っている者もいる。
「聞くまでも無いと思うが、生存者は?」
 ベテランの局員が報告する。不快さを隠そうともせず――いや、隠す事ができない光景なのだからしょうがない。
「一応、この部屋だけでなく建物中探しても見つかりませんでした。先に言っておきますと、死者の数は分かりません」
「衣服とかで数くらい分かるだろ」
「持ち主共々細切れになっていますよ。ジグソーパズルみたいに張り合わせようにも、燃え尽きている部分もあるので正確な人数はちょっと……」
「まあ、そうだろうな。……犯人の手掛かりは?」
「施設に設置してある監視カメラの映像があります」
 そう言って局員がその映像を見せる。赤いコートの男が、恐ろしい程のスピードで銃を乱射し、人一人をミンチにした映像だった。
 ゲンヤは一層顔を顰めて、もういい、という意味を込めて顔を背けた。
 ゲンヤ率いる108部隊はある犯罪組織の調査中だったのだが、部隊が突入する直前に施設内から何か爆発するような音がいくつも聞こえてきた。予定を早め、部隊を突入させてみれば、施設内には戦闘を行った跡があり、戦場となったと思われる部屋には血と火薬の臭いが立ち込めていた。床や壁、果てに天井には組織の構成員だと思われるモノが撒き散らされており、既に人としての原形を留めていなかった。
 ゲンヤは部屋を出て廊下を歩く。建物のどこからでも血臭が立ち込め気分が悪くなる。時折廊下で吐いている者を見掛けるが、さすがに現場を汚すななどと言える状況ではなかった。
「まったく、ここ最近のミッドは一体どうなってんだ……」
 無限書庫襲撃事件、闇の書復活、そしてその二つと関わりがある赤コートの男。この前も見知った人物が戦闘機人についてクイントを訪ねて来ていた。
「あの嬢ちゃん達には関わらせたくない相手なんだがな……」
 未だ根の深い戦闘機人事件に、ゲンヤは顔を曇らせた。





 ~後書き&補足~
 
 次回はツヴァイとフュンフが大暴れします……すると思うよ……うん、するはず。
 ルーテシアになのは本編には無い武装を追加させます。理由は特になし。強いて上げればやってみたいからですね。

 それはそうと、ナンバーズの最後発組の三人の稼動時期を本編より数年早めてみようかと思っていますが、どうしましょう。特にセッテは番号的にトゥーレと関わって欲しいですし、本編で僅かに登場して倒されたら刑務所にずっといるせいか大分印象が薄くて可哀想ですから。
 アニメ制作者よ、さすがに十二人は多いのでは? 二次SS書く方も大変です(言い掛かり)



[21709] 十九話 舞台入場
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/11/17 00:18
 ノーヴェが床に座り込んで荒い呼吸を繰り返していた。
「良い勝負だったな。しかし、あんまり根を詰め過ぎると体に良くないぞ」
 チンクがストローの付いたドリンクをノーヴェに渡す。ノーヴェは礼を言ってから受け取り、一気にそれを飲み干した。
「ぷはぁっ、生き返るー」
「オヤジくせぇ」
 その様子を見ていたトゥーレが聞こえるか聞こえない微妙な音量で呟いた。
「何だと!?」
 しっかりと聞こえていたようでノーヴェが怒鳴り立ち上がる。
「気にするんならもっとお淑やかになれよ。このままじゃお前トーレみたいになるぞ」
「またそういう事を言って。あまり姉達をからかうなトゥーレ」
「・・・・・・ああ、うん、そうだな」
「言いながら何故私の頭に手を置く」
「丁度良い高さだったからだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「スティンガーを構えないでくれ。それよりもノーヴェ」
「何だよ?」
「確かにチンクの言う通り今回は良い勝負だったな。ルーテシアのサポートが付いたガリューと対等だったんだからな」
「べ、別に大したことねえよ」
 ノーヴェ達はさっきまでチームワークの練習で2対2のチーム戦をしていた。ノーヴェが戦っていたのはルーテシアとガリューのコンビだった。
 ルーテシアはトゥーレから戦闘技術と魔法について教わり、ついに召還獣を手に入れた。今ではナンバーズと一緒に訓練を行う程になっている。
 ちなみに勝負の結果は、
「じーくはいる」
 ルーテシアがガリューに両脇を抱えられながら両手を天高く伸ばし、明後日の方向に向けてVサインをしていた。
「・・・・・・まあ、ノーヴェはともかく相方だったこいつは・・・・・・」
 トゥーレはルーテシアから床へと視線を移す。そこにはノーヴェとコンビを組んでいたセインが胎児のようなポーズで転がっていた。彼女はガリューと格闘戦していたノーヴェとは別にルーテシアを狙っていたのだがーー
「こわい・・・・・・むしこわい・・・・・・・・・・・・」
 トラウマを植え付けられかけて半泣きにされていた。
「情けねえ。それでも戦闘機人かよ。それで教育係が務まるのか?」
 セインはもうすぐ稼動予定である№11のウェンディの教育担当となるのが決まっていた。
「なあ、チンク姉。こいつ本当にあたしの姉なのか?」
「まあ、うん、そうなる」
 皆の冷たい反応にセインが高速で起き上がった。
「何だよ皆して。だってだって、ルーテシアお嬢様って明らかにポジション的にウィングバックじゃん? それなのに何アレ? 何なのアレ? ガードバックも真っ青じゃん! 初見殺しじゃん!! それなのに皆して言いたい放題で!」
 矢継ぎ早にまくし立てる。
「グレるぞ!?」
「どんな脅しだよ。それに文句なら変態に言え。あいつが改造しなかったらあんなマネできなかったからな」
「無理だよ。嫌だよ。なら強くなればいいじゃないか、とか言って魔改造されるのがオチじゃん」
「よく分かってるじゃないか」
「最近のドクターは戦闘機人以外の研究に没頭しているからな」
「チンク、言葉を選ばなくてもいいと思うぞ。正直に暇持て余し過ぎて暴走してるって言えよ」
「あたし、他のナンバーズより早く稼働していて良かった・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 腕にドリル取り付けられそうになっていた事は、黙っていようとトゥーレは思った。
「――あっ、トゥーレ。そろそろ時間」
 ガリューに支えられたままのルーテシアがトゥーレと同じ目線で言ってきた。彼女のデバイスが現在時刻を表示する。
「ん? ああ、もう昼前か」
「そういえば、二人は今日出かける予定だったな」
「ガリューも一緒」
「ああ、それはすまなかった」
 チンクは優しげに微笑んで、ガリューを人数に含めなかった事を謝った。
「いいなー、二人ともミッドに行くんでしょう?」
「うん。ミッドチルダ観光」
「違うからな。お前がレリックを探すとなるとミッドに慣れておかなきゃ難しいから、慣らす為に行くんだよ」
「うん、わかった。ところでセインのクッキーはお菓子に入る?」
「全然分かってないな」
「私も任務以外でお外行きたーい」
「うっとおしい」
 腰に抱きついてきたセインをトゥーレは引き剥がす。
「とにかく準備して来いルーテシア」
「うん」



 ビルとビルの間、人通りの無い狭い路地裏の先に廃ビルが一つあった。三階立ての小さなビルで、周りの高層ビルに囲まれている為か上空から見ても存在感が無い。
 そんな忘れられた建物の中、三人の男女がいた。支柱と壁しか無いその部屋ではそれぞれが好き勝手に座っている。
 青みのある黒い髪をした男が資材ゴミの上に寝そべった状態で忌々しく壁を蹴った。
「どうしたフュンフ。そんなにイライラして」
 支柱によりかかって立つ、赤いコートを着た男がいた。
「誰のせいだと思ってんだよツヴァイ。テメェが監視カメラなんぞに映るから本来必要ないフォローを俺がするはめになったんだぞ」
 フュンフが再び壁を蹴った。今度は穴が開き、コンクリートの欠片が床に落ちた。
 壁を蹴破る音で窓際に座っていた青いコートの少女が二人に振り向くが、興味無さ気にすぐ窓の外へ視線を移した。
「まさか隠しカメラがあって、それを後で来た管理局が見つけるとは予想外だった。油断していたよ」
 言いつつ、ツヴァイは肩をわざとらしく竦めてみせた。
「下手な嘘付いてんじゃねえよ目立ちたがりが」
 フュンフは上半身を起こし、懐から白い棒を取り出して口にくわえた。
「煙草は体に悪い。それに周りの害になる」
「テメェが言うなよ害虫野郎。それにこれは電子タバコだ」
 先端から水蒸気が出ている電子タバコを口から離し、深々と煙と一緒にフュンフは息を吐いた。
「どうしたんだ? イラついているな。一応オレは兄にあたるから相談に乗ろうか?」
「ざけんなボケ。テメェもドライも信用ならねェんだよ」
「ドライも?」
「フュンフはドライに隠し事をされたのです」
 今まで黙っていたフィーアが二人の方に振り向いた。
「隠し事? ああ、あのフェイトとか言う少女の事か」
「遊びが入るだろうと、戦闘能力以外の情報は伏せられていました」
「黙ってろフィーア」
 フュンフの鋭い目がフィーアを射抜く。その視線に怯んだのか、それとも単に命令として受け取ったのかフィーアは黙り込んだ。
「フン、まあいい。とにかくとっととこんな仕事終わらせるぞ」
「キミもドライも人使いが荒い」
「知るか。文句あるなら労働組合でも作って自分で訴えろ。だいたい潰してる組織はお前に関わりのあるものだろうが。テメェのケツはテメェで拭け」
 そう言って、フュンフがツヴァイの目の前にモニターを表示させた。次のトカゲの尻尾切りとなる犯罪組織の情報が載ってあり、その組織の資金源を見てツヴァイは薄く笑った。
「残念だがコレはドクターが勝手にオレの血で作った物だ。オレに言われても正直困る」
「俺も知った事じゃねえ。だが命令は命令だ。とっとと行って来いよ」
「場所も場所だから少し遊んで行ってもいいかな? 最近は退屈な任務ばかりで正直気が滅入っていた。ここでストレス発散しておかない――」
「ふっざけんなテメェ!」
 フュンフが足下にあったコンクリートの欠片をツヴァイに向かって蹴り飛ばすが、ツヴァイはそれをあっさりと避けた。
「いや、待てよ……」
 避けられた事を気にした風も無く、フュンフは突然黙り込んだ。そして窓際に座るフィーアを見る。
「いいだろう。好きにしろ」
 先程のイラついた声と違い、静かな声でフュンフが言う。
「おおっと、正直好きにしろなんて言われるとは思わなかったよ。一体どういう心境の変化だい?」
「うるせえ。テメェが派手に暴れてくれれば少なくとも陽動にはなるだろうと思っただけだ」
「そういえば彼女はどうしてここに? まさか彼女も俺のフォローをしてくれるのか」
「あいつにそんな器用な事できるわけねえだろ。あいつは別任務でロストロギアを回収するんだ」
「ああ、レリック……だっけ。高エネルギー結晶体とか言う古代技術」
「そのレリックを丁度お前が潰す予定の組織が持っている。精々大暴れして汚い花火でも打ち上げてろ。その間にフィーアがレリックを回収する」
「オーケー、了解。それなら盛大に花火を上げさせてもらうとするよ」
 軽薄そうな笑みでツヴァイが応えた。



「よく来たな嬢ちゃん達」
 ゲンヤ・ナカジマは自分のオフィスにやってきた二人を歓迎した。
 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンと八神はやてが挨拶し、ゲンヤに勧められるままソファに座った。
 二人はそれぞれ執務官と捜査官の制服を着ている。
「さっそく何ですけど、今回の調査について説明をお願いできますか?」
「おう、ちょっと待ってろよ」
 ゲンヤが端末を操作して部屋の中央にモニターを表示させる。ミッドチルダの西区にあるホテルの画像やその周辺地域の地図が映る。
「108部隊は前々かある密売組織の調査をしていてな、今日このホテルで幹部達の会合があるという情報を手に入れた」
「情報の信憑性は?」
「突入捜査できる程度にはな。この会合では商品のレートやら組織の経営について話し合いが行われるんだが、嬢ちゃんの目的はそんな話じゃないんだろ」
 フェイトとはやてが108部隊の隊長であるゲンヤのオフィスにわざわざ来たのは夜天の魔導書を復元した戦闘機人に関する調査の為だった。
 密売組織と謎の戦闘機人がどう繋がるのか。それは単純な事で、資金だっだ。戦闘機人の研究は当然ながら金が掛かり、何かしらの資金源があってしかるべきなのだ。そして、その資金源となっているのがゲンヤの部隊が捜査している密売組織の可能性が高い。
 フェイトとはやては例の戦闘機人とその組織について調査を続けているのだが、全くと言えるほど進展が無かった。あれほどの戦闘力を誇る戦闘機人を数体有するのならばかなりの規模であるはずで、フェイトはユーノの協力で無限書庫や海鳴市の事件以外にも何らかの活動の跡があると思って調査していた。
 だが、活動の跡など何一つ無かった。突然降って沸いたわけでもなく、管理局が察知していない可能性もあるが痕跡一つ無いのも奇妙な話だ。
 はやても色々な面で、それこそ無いと思われるような所まで調べ回ったが自分達が狙われた事件以外に有力な情報は無い。
 二人の調査は八方塞がりとなっていた。しかし、ある時犯罪組織のいくつかが突如壊滅する事態が発生し、周辺地域の聞き込みによる目撃情報や施設内の監視カメラの映像から無限書庫を襲った赤コートの仕業だと判明した。
 何か情報が掴めるかもしれないと、フェイトとはやては壊滅した組織の調査をしていた部隊の隊長を勤めるゲンヤに調査協力を申し込んだのだった。
「前にフェイト嬢ちゃんに報告書送ったろ。アレについての話も行われるようだ」
「アレ・・・・・・麻薬、でしたね」
「ああ。エリキシル、とか言う名前のな。これがまた正体不明なんだよ。俺も実物を見たことがない」
「そんなもの買う人いるんですかね?」
 はやてが疑問を口にする。名前だけが一人歩きしているような正体不明の麻薬に需要があるのか疑問に思うのは当然だった。
「中毒になって死ぬ奴がいるんだ。人気あるんだろ。特に金持ちにな」
「うっわぁ・・・・・・」
 はやてが嫌そうな顔をする。
「そのエリキシル。嬢ちゃん達が調べてる戦闘機人と何らかの関わりがある可能性が高い。嫌な顔しても知る必要があるぞ」
 ゲンヤの言うとおり、エリキシルと呼ばれている麻薬は例の戦闘機人と関わりのある可能性が高かった。何故なら、赤コートが潰している組織というのがそのエリキシルを取り扱っている麻薬組織が大半だったからだ。
「私は名前だけ聞いたんやけど、そのエリキシルってよっぽどなもん何ですか?」
「あっ、私もその辺りが気になります。事前に貰った資料では曖昧な部分というか、誇張されているような所があって・・・・・・」
「どんなん? 私にもその資料見せてくれる?」
 フェイトはその資料を表示させ、はやてが覗き込む。
「・・・・・・これ、漫画やアニメに出てきそうな設定やね」
「うん、まあ・・・・・・。それで、ゲンヤさん。エリキシルは具体的にどんな作用が?」
「いや、そのデータ通り」
「え?」
「だから、嬢ちゃんに送った資料には誇張されている箇所は一切無いって事だよ。サンプルなくて解析できないから曖昧な部分があるのは確かだけどな」
 はやてはもう一度そのデータに視線を移した。表示させたはずのフェイトまで確認する。
 一定時間精神と肉体が超人と化す。
 常用者の中には血液が猛毒となる。
 概ねそんな事が書かれていた。
「マジですかこれ?」
「マジだ。この前エリキシルの常用者を逮捕したんだが、捕まえる時に苦労した。拘束魔法を腕力だけで破るわ壁に穴開けるわで部隊に死人が出なかったのが奇跡だった。しかも壁や床にぶつけて自傷した傷口から強酸とも思える血を流して床に大穴開けやがった」
「あの、その人は結局どうなったんですか?」
「クスリが切れて精神崩壊を起こして死んだよ」
 部屋に沈黙が降りた。
「女子供にする話じゃないとは思っているんだが、これも仕事だ。二人とも慣れていた方がいいぞ」
「……はい」
 影が差し込む二人の少女の表情にゲンヤは話題を変える事にした。
「そういや、はやて嬢ちゃんの騎士達はどうしてる? 襲われてまだ日が経ってないだろ。心配して付いて来てないのか?」
「……三人ほど」
 少し照れたようにはやては同伴している守護騎士の名前を言った。リインフォース・ツヴァイにシャマル、そしてザフィーラだった。本局付きのシグナムとヴィータは通常通り勤務している。
「少し前まで大変だったんですけど、夜天の魔導書を手に入れたからもう私が標的にされる事はないと、そう説得して通常の仕事にやっと戻ってもらいました」
「それでも三人も付いて来てるよね」
 フェイトの指摘にはやては顔を赤くする。保護者同伴、という感じで少し恥ずかしいのかもしれない。
「いいじゃねえか。大切にされてるって事だ」
「悪い気はしないんですけどね」
「よっし、あんまり保護者を待たせちゃあ悪いな」
「からかわないで下さいよぉ」
「はっはっはっ……待合室にいるんだろ? 迎えに行くか」
 軽く笑いながら言い、ゲンヤが立ち上がった。

 フェイトとはやて、そしてゲンヤがオフィスを出て、待合室に行くと思いがけない人物がいた。
「でさー、私としてはあんまり局員になって欲しくないんだけどギンガ本人が陸士訓練校入る気マンマンで」
「は、はあ・・・・・・」
「局員になりたいのなら私の屍を超えて行けって言ってやったの」
「バトル物の漫画やゲームじゃないんですから。しかも女の人がそれを言うのはちょっと・・・・・・」
 クイントが椅子にふんぞり返った状態で喋り続けていた。聞き役のシャマルはやや疲れた表情をし、リインは犬の姿となっているザフィーラの上で眠っていた。
「そしたらマジで殴りかかって来やがったの」
「え? あのギンガちゃんがですか?」
「そうなのよ、私も意外で吃驚した。反抗期かしら? ショックだったわあ」
「即座に迎撃して家の外まで殴り飛ばした奴が言う科白か」
 今まで黙っていたゲンヤがとうとう突っ込んだ。
「あら、あなたいつの間に」
「わざとらしい・・・・・・。それよりもどうしてお前がここにいる?」
「社会科見学。そしたらシャマル達がいてつい話し込んじゃったわ」
「元捜査員の主婦が社会科見学か?」
「そうよ!」
 一切躊躇無く自信満々に答えるクイントにゲンヤは溜息をついた。
「クイントさん、こんにちわ」
「あの時はご協力ありがとうございました」
「ああ、別にいいのよ」
 そう言ってクイントは片手をヒラヒラと左右に動かした。
「市民は捜査に協力する義務があるもの。また何か聞きたい事あったら何時でも来なさい」
 立ち上がりながらそう言うと、クイントは夫のゲンヤに向き直る。
「あなた~、今日は遅くなるのよね」
「まあな」
「仕事だからってお酒飲んじゃ駄目よ? 例えばどこかのホテルのバーとかで」
「飲むわけないだろ」
「うん。そうよね。それじゃあ私はそろそろ帰るわ。これ以上いたら仕事の邪魔になるしね。フェイトちゃんとはやてちゃんもお仕事頑張ってね」
 クイントはそれだけ言うと、知り合いの108部隊の隊員にちょっかいを掛けたりしながらあっさりと帰っていった。
「クイントさん、どうしたんですか?」
 フェイトがクイントの様子に違和感を感じた。
「あいつ、まだ引きずってんのさ」
「戦闘機人事件、ですか?」
 フェイトとはやては前に一度捜査の為にクイントの家を訪れ、戦闘機人事件について話を聞いた。その時も何だか様子がフェイト達の知っているものと違っていた。
「ギンガとスバルの事は?」
「・・・・・・知っています。クイントさんの口から聞く前に・・・・・・すいません」
「気にする事じゃねえよ。戦闘機人に関して捜査するなら当然知っちまう事だ。ある意味、最も戦闘機人と関わりのある人間だからな、色々思う事があるのさ」
 保護した戦闘機人のプロトタイプ。今では二人の娘となったギンガとスバルはどういう偶然かクイントの遺伝子を元に造られた存在だった。そして、新たにクイントの遺伝子を継ぐ戦闘機人が現れた。クイントが今どのような心境か、それは本人にしか分からない。
「あの、ゲンヤさん」
 はやてがゲンヤに振り向く。
「クイントさんの最後の任務、何か聞いてませんか? あの突入捜査の報告書には正体不明の敵対戦力が襲ってきた事しか書かれてなかったんですけど」
「あいつは何て言ってたんだ?」
「突然襲われて混乱していた上に、怪我のショックでその時の記憶が曖昧とだけ・・・・・・」
「なら、そういう事だ」
 クイントはゼスト隊が全滅した事件の全てを管理局に報告したわけではない。戦闘機人との戦闘など二、三伏せて報告し、詳細などは怪我を負ったショックで思い出せないなど言い訳していた。本来通る筈の無い言い訳だが、どういうわけか上層部からはそれ以上の追求は無かった。
「そうですか・・・・・・。うん、そういう事もあるよね・・・・・・。はい、よく分かりました」
 前半は独り言のように小さく呟き、最後は聞き分けの良い子供のように元気良くはやては返事をした。
「・・・・・・・・・・・・油断できねえな」
 ゲンヤは、どう判断するべきか迷うはやての笑顔に呆れるしかなかった。
「そろそろ出発するか。時間はまだあるが、他の隊員達はもう配置に付いてる。隊長が遅刻ってのは格好つかんからな」
「私達はどうすればいいですか?」
「悪いが一応部隊としての面子があるからな。嬢ちゃん達はあくまで協力者として俺と一緒に指揮車両で待機だ。まあ、何か不測の事態が起きれば出動してもらうけど」
「そん時は任せてください」
「できれば嬢ちゃん達が出るような事態は起きて欲しくないんだけどな・・・・・・」



 西部にある繁華街を大型バイクが疾走していた。ミッドチルダではまずお目にかかれないモンスターマシン。その大きさと威圧感は自ずと人目が集まり、更にそれに乗っているのが女という事が人々を驚かせていた。
 そんな周囲の様子にクイントはすっかり慣れてしまっていた。管理局を辞めた後に買ったこのバイクはクイントのお気に入りだった。
 夫の祖先がいたという管理外世界出身のなのは達と知り合い、はやてがクイントに地球の各分野の雑誌を見せた事が始まりだ。特に乗り物に興味を持ったクイントは、はやてを通じたコネを使いまくってモンスターマシンを輸入し、挙句にミッドチルダ内でも使用できるよう性能は落とさずに燃料機関をミッドで使われているものに改造している。
「――――ッ!?」
 突然クイントはブレーキしながらバイクを横にして急停止する。道路にタイヤの跡が焦げ臭い臭いとともに黒く残った。
「今のは・・・・・・」
 走行中、一瞬だけ視界に入ったものを探してクイントは反対側の歩道を見つめる。後ろからクルマのクラクションが鳴るが気にしない。
 停止させたバイクを再び走らせ、狭い横道を無理矢理移動する。
 クイントが見たものは、親友のメガーヌによく似た少女だった。クイントはメガーヌとは学生時代からのつき合いだが、その時のメガーヌをもっと幼くした感じの容姿を少女はしていた。
 クイントの頭の中にメガーヌの娘、ルーテシアの名前が浮かんだ。親子は必ず似るものではないし、ルーテシアを直接見たのはまだ赤ん坊の時だった。確証は無く、ただ似ているというだけだ。
 だが、あの事件以降ルーテシアは行方不明。成長していれば丁度あの位の歳だ。
 大通りに出て再び周囲を見回す。すると人込みの中に長い紫色の髪が見えた。咄嗟にバイクを降り、急いで駆け寄る。だが、人が多いせいか上手く前に進めない。
「ちょっとごめんなさい、どいてどいて。――どきなさいよこの酔っ払い!」
 通行人を押し退け、何とか前に進む。そして後姿だけだが、何とか少女の姿を捉えた。
 顔は見えない。しかし、少女が手に嵌めているグローブが目に飛び込んできた。見覚えがあるどころではない。そのグローブ型のデバイスは間違いなくメガーヌが使っていたグローブ型ブーストデバイスのアスクレピオスだった。
「待って!」
 もう通行人にいちいち謝るなど面倒な事はせず、人々を押し退けながらクイントは突き進む。時々文句を言ってくるが完全に無視。
 走っている途中、ルーテシアと思われる少女の右手が誰かと繋がっているのが見えた。人の波でその人物の姿は見えない。その時、少女の顔が手を繋いでいる人物を見上げた。幼いながらも人形のような可愛らしくも無表情な顔であるが、遠くからでも瞳を輝かせているのが分かる。
 そして、二人は角を曲がりその姿が見えなくなった。
 何とか人の波を掻き分けて二人が曲がり角へと追い付き、二人の姿を捜す。
 だが、大通りと違い人が少ないにも関わらず、少女の姿はどこにも無かった。
「…………」
 喪失感のようなものがクイントの心に出来た。せっかく見つけた親友の忘れ形見。それを簡単に見失ってしまった事によるものだ。
「――フン!」
 クイントは突然自分の両頬を強く叩いた。
「――…いったぁ……よし、行くとしますか」
 次の瞬間には普段の彼女に戻っていた。そして何事も無かったかのように、両頬を赤くしたまま乗り捨てたバイクの元へと戻る。
 ルーテシアが生きていて、あの様子からは健やかに成長している事が分かっただけでも僥倖だ。少なくとも最悪の状況ではない。ならばいつかまた会う機会があるだろうし、無くても作る。
 クイントはそう割り切り、あっさりと気分を変えていた。
「いちいち止まっていられないものね」
 バイクに乗り込み、エンジンに火を入れる。
 バイクが走り出す。向かう先は、個人的な調査によって判明したとある密売組織の会合が行われるホテルだった。



「どうしたルーテシア?」
「――ううん、何でもない。それよりトゥーレ」
 トゥーレとルーテシアはミッドの繁華街で手を繋ぎ歩いていた。最初は手など繋いでいなかったのだが、ルーテシアがフラフラと歩き回る為に仕方なくトゥーレはルーテシアの手を掴んでいた。
「お腹すいた」
「駄目だ。お前食い物の臭いがする所じゃ必ず言うよな。それにもうすぐ夕飯時だ。今食ったら食べられなくなるぞ」
「じゃあ、晩御飯は豪勢に」
「こいつ……。まあ、たまにはいいか」
 呆れながらもトゥーレはルーテシアに意見に賛成する。
「ウーノが珍しく金くれたからな」
「……トゥーレは普段どうやってお金を手に入れてるの? みんな不思議がってた」
 トゥーレは任務でミッドに行く際は活動資金としてスカリエッティから金を受け取っていたが、それ以外については自腹だった。戸籍の無い人間がどうやって金を手に入れているのか、セインに言わせれば七不思議だそうだ。
「…………」
「どうして顔をそむけるの?」
「子供の教育に悪いから秘密だ」
「ミッドに来たとき顔の怖い人が話しかけて来たけど、それと関係あるの?」
「…………」
 トゥーレを女と勘違いした挙句に男だと分かると逆ギレしたガラの悪い男達は皆路地裏に寝かされている。彼らは目を覚ました時になってようやく自分の懐が軽くなっている事に気付く。
「それはともかく飯はどこで食うか?」
 露骨な話題転換だったが、ルーテシアは素直に何を食べるか考えた。
「んー……トゥーレ、あのキラキラした大きな建物なに?」
 ルーテシアが指差す先、遠くからでも分かるほどに他の建造物と比べても高く、過剰なイルミネーションが施された建物があった。ヘリポートがあるのか、丁度ヘリがその屋上へと着陸するのが見える。
「ホテルだな。丁度いいからあそこにするか。レストランぐらいあるだろうし」
「うん。ガリューも一緒に食事できる?」
「それはちょっと無理があるな。帰りに新鮮なキャベツでも買うか。ついでに姉どもの土産も」
「……うん」
 二人はそうしてミッドチルダ西部でも数多くあるホテルの一つへと向かって歩き出した。

 それぞれの目的や思惑が重なり、幾人もの人間が一箇所に集まろうとしていた。それ自体は存外によくある現象であり、ホテルなど人が集まる場所では必然、いつもの事である。だが、今夜起きるのは恐怖劇であり殺戮劇。地獄顕現の前座だと知るのは誰もいなかった。





 ~後書き&補足~

 次回予告なんてするもんじゃないですね。ジューダスもといツヴァイの活躍は次になります。ほんと嘘予告してすいません。
 第三勢力とかのせいで人間関係やら複雑になって来て自分でも混乱したりします。しかも戦闘がこれまた同時進行。自分はどうやら自殺願望があるようです。

 ちなみに「エリキシル」ですが、原作では非常にトンデモ麻薬ですがこの小説では劣化しているので何千度の炎じゃないと浄化できないとかありません。酸も弱くなっています。ただ、再生能力はあります。



[21709] 二十話 死の舞踏(Ⅰ)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/11/23 15:18
『ターゲットがVIPルームへと入りました。手にはスーツケース』
「スキャンできるか?」
『僅かに魔力反応が検知できましたが、それ以上は分かりません』
「そうか。引き続き監視を続けろ」
『了解』
 貨物トラックに偽装された指揮車両の中、ゲンヤはホテルの内外にいる隊員達からの報告を受けていた。フェイトとはやて、リイン、シャマルは壁際に立ち、その様子を見ていた。ザフィーラは車両の外で周囲を警戒している。
 車両の内部にはいくつものモニターが表示されており、一般客を装いホテル内部に潜入している108部隊隊員達が持つ隠しカメラからの映像が映っている。
「まだ逮捕はしないんですか?」
 フェイトがゲンヤの指示が終わるのを見計らって聞いてみた。
「まだ幹部全員が集まっていない。今作戦は組織の幹部全員を一斉逮捕し、組織としての機能を失わせる事だ。でかい組織ほど頭がなくなれば脆いもんさ」
「なるほどなぁ。勉強になるわ」
 はやてが感心したような表情をする。
「はやて嬢ちゃんはもしかして指揮官とか目指してるのか? キャリア試験をクリアしたのなら、当然そういう機会もまわってると思うが」
「今はまだ捜査官の仕事で手一杯ですけど、いずれはそういった仕事もしてみたいと思ってるんです。シグナム達の事もありますから」
 はやては夜天の書の主として、局員としてではなく個人としてシグナムら守護騎士達を従える立場にある。いわば王だ。その王が指揮能力が無いというのは格好がつかない。
 何より、先の夜天の魔導書復活において自分がもっとしっかりとしていれば皆が怪我する事も無かったと思っている。
「・・・・・・慌てる必要は無いと思うけどな」
『こちらアルファ01――隊長、少しよろしいですか?』
「どうした?」
 レストランに潜入している隊員から通信が入り、ゲンヤはそちらに集中した。
「何か問題が起きたか?」
『いや、それが・・・・・・奥方が』
 意外な言葉が出てきて、指揮車両の中に微妙な空気が流れた。
「・・・・・・アルファ01のカメラをモニターに」
 何とも表現し辛い表情でゲンヤは部下に指示する。情報管制をしていた隊員は慌ててコンソールを操作し、モニターの映像を切り替える。
 切り替わった映像には、カウンターの所で一人ワインを飲んでいるクイントが映った。
「・・・・・・・・・・・・」
 ゲンヤは懐から携帯端末を取り出し、電話をかけた。
 その直後、モニターの中のクイントがジーンズのポケットから着信音の鳴る端末を取り出して、出た。
「何をやっとるのかお前は」
『たまには一人でお酒飲みたい気分だったのよ。私って意外とセンチメンタルな生き物なの』
 突然の電話に動じる事無く、それ所かあらかじめ予想していたのか余裕がある。
「・・・・・・邪魔はするなよ?」
 クイントの様子からもう大凡の事は理解したのだろう。ゲンヤは釘を刺した。
『協力はしても邪魔なんてしないわよ。私を誰だと思ってるの? それに、基本傍観に徹するから、よほどの事が無い限り私は一般人よ』
「お前が出ばるような事が起きない事を祈るよ」
 そう言って、ゲンヤは電話を切った。
「クイントさん、もしかして・・・・・・」
「嬢ちゃん達を襲った戦闘機人を待ちかまえてるんだろうな。まったく、隊舎にいた時からもしやと思っていたが・・・・・・」
 まだ作戦は始まったばかりだと言うのに、ゲンヤは疲れた顔をした。
「一体どうしてここが分かったんやろ」
「一応言っておくが俺は何も喋っていないからな。あいつはあれで交友関係広いから、独自で調べたんだろ」
「交友関係広いで片づく問題なんかな?」
「さあ・・・・・・」



「へえ、このホテルはいくつか飲食店があるんだな」
 ホテルの入り口付近に設置された案内板を見ながらトゥーレが呟いた。傍らにはルーテシアもいる。
「肉食べたい」
「段々あからさまになって来たな・・・・・・。子供はお子さまランチでも食べてろよ。栄養バランスもしっかりしてるぞ」
「トゥーレも同じの頼むならいいよ」
「さて、どこで食うか・・・・・・」
 無視して、どの飲食店で食べるかトゥーレは考え出す。
 バーなど酒飲み専門は当然除外。一階にはかなりの人数が入れるレストランがあり、時折レストラン内のステージで歌手などが歌っているそうだ。もう一つは比較的小さく、喫茶店も同然の店だった。
「ここにするか」
 そう言って、トゥーレは案内板を指さした。ルーテシアは特に反対する事も無く頷くと、トゥーレに引っ張られながらその店へと向かった。
 そして、入れ違いにホテルに入ってきた人影があった。
 人影は案内板を軽く流し見ると、レストランの方へ真っ直ぐに歩を進めた。



「ターゲット、全員確認しました」
「よし、各員最終チェックだ」
 ターゲット全てがレストランのVIPルームに入ったのを確認した隊員達はそれぞれデバイスや隊員の配置、何かイレギュラーな要素が無いか最終確認を行う。
 VIPルームはレストランの二階部分にあり、壁の一面がガラス張りになっている。ガラスから広いレストランのほぼ全体を見下ろせるようになっており、レストラン奥に設置されたステージもよく見える。逆に、外からではガラス部分が黒く、中の様子がわからない。
 次々と通信でチェック完了の報告が伝えられる。
『ベータ01、最終チェック完――』
「・・・・・・? どうしました? ベータ01」
 ホテルの表玄関の監視をしていたチームが急に黙り込んだ。通信の向こう側から息を飲む気配だけが伝わってくる。
『い、今玄関口から例の戦闘機人と思われる男が入るのを確認』
 指揮車両の中で緊張が走った。フェイトとはやては思わず身を乗り出す。
「――チーム・ベータはそこで待機。シータ、そこからその男が確認できるか?」
 今まで黙って隊員達の報告を聞いていたゲンヤが指示を出す。
『シータ01、肉眼で視認しました』
 ホテルの内部でレストランの出入り口を監視していたチームから即座に返事が返ってくる。
「映像、来ます」
 モニターの映像が切り替わる。
 各隊員達からの映像が一人の男を多角的に映している。赤いコートを着た男だ。
「この人は・・・・・・」
「間違いない。無限書庫を襲った犯人の一人や」
 現在確認出来ている戦闘機人は五人。その内の四人ははやて達が戦闘し、その戦闘能力の恐ろしさを味わった。
 そして、今ここに残る一人が現れた。これはある意味最悪とも言えた。
 四人の能力は知っている。能力の片鱗しか見せていない可能性もあるし、油断できないのは確かだ。しかし、知っていると知らないとでは大きな違いがあり、少なくともある程度の対策は取れる。
 だが、赤いコートの男は無限書庫で、ミッドチルダでは禁止されている質量兵器の大口径拳銃しか使っていない。まさか、五人の内一人だけ何の特徴も無い拳銃使いというわけではないだろう。その実力は未知数だ。
「シータ01、男はどこへ向かっている?」
『真っ直ぐにレストランへ向かっています』
「やっぱりか」
 今夜の作戦は密売組織を一網打尽にするチャンスであると共に、赤コートの男の手によって犯罪組織が壊滅する前に情報を入手する為のものだ。
「作戦プランAからCに変更。シータはそのまま男を監視し、レストランに入ったら入り口を固めろ」
『了解』
 戦闘機人が乱入する事は想定していた。だが、顔が知れ渡っている者がこうも堂々と現れるとはさすがに予想外だった。
「四人とも、悪いが手伝ってもらう事になるかもしれん」
 ゲンヤが後ろのフェイト達へと振り返った。
 フェイト達は厳しい面持ちで頷いた。



 クイントはつまみを口に入れて、店内を見回した。
(何かあったのかしら)
 客を装っている108部隊の隊員達の雰囲気が変わっていた。先ほどは突入を開始するのかと思ったが、隊員達に動きは無く、それどころかより緊張感が増したよう気がする。
 さりげなくVIPルームを見上げる。入り口には二人の黒服がボディーガードよろしく仁王立ちしており、VIPルームには質の良い服を着た者達と共に同様の黒服達が入って行ったのを何度か見た。
 他にも明らかにカタギではない人間が店内を彷徨いているが、局員には気づいていないようだ。なら、この緊張感は何なのだろうか。
 夫に連絡してみようか、とも一瞬思ったがさすがにこれ以上迷惑をかけるわけにもいかない。クイントは黙ってグラスに残っていたワインを口に含んだ。
 店内で拍手が起こった。同時にステージ上でデュエットしていた若い女性達が頭を下げる。
 店内の奥に置かれたステージではイベントでプロの歌手が歌い、それ以外の時は奏者達が楽器を引いて店内を音楽で満たし、たまに一般客が店に希望してステージ上で歌う。これはこの店の特徴と言えた。
 先ほどまで歌っていた一般客の女性達がステージから下り、入れ替わりに丁度店に入ってきた金髪の男がステージの上に立った。まるで事前に打ち合わせでもしていたかのようなタイミングだった。
 金髪の男は長身痩躯で派手な赤いコートを着ていた。そんな派手な格好が似合うほど男は整った顔立ちをしている。
「何? あいつ・・・・・・」
 女性なら誰でも見惚れてしまうほど端正な顔をした男に対し、クイントは剣呑な気配を感じた。
 一度でも放たれれば誰ふり構わず縦横無尽に抉り、貫く銃弾。
「・・・・・・何考えてるのかしら私は」
 頭の中に浮かんだイメージを振り払うかのようにクイントは頭を振る。
 ステージの奏者達に弾いてもらう曲を指示した男はマイクの前に立ち、一度ステージ上から店内を見渡す。
 男の碧眼を見てクイントは思わず席から立った。
 その時、携帯端末に通信が入る。ステージを油断無く見たままクイントは通信に出る。相手は確認しなくとも何となく分かった。
『クイント――』
「何よあの男。ヤバ過ぎるわよ」
 通信の向こう、夫のゲンヤが喋るよりも先にクイントは言葉を続ける。
「まさか、あなたの捜査と関係あるの?」
 ゲンヤはクイントに事件のおおまかな事は語ったものの、詳細までは話していない。特に映像記録など情報量と重要性が高いものは見せていなかった。
 だからクイントはあの男の正体を知らない。
『・・・・・・あいつは無限書庫を襲った犯人の一人だ』
「ちょっと待って。無限書庫襲撃事件の時、死傷者はいなかったんでしょ? それは、おかしいわよ」
 奏者が楽器を鳴らし始める。
『どういう意味だ?』
 先の女性達が歌った曲とは違う、派手で勢いのある音が連鎖し空気を震わせる。
「アレが相手で死人が出ないなんて、おかしいって言ってるのよ!」
 赤コートの男が歌い出した。
 鼓膜どころか脳まで揺らす、人が出せるとは思えない高音域。聞く者の心臓を高ぶらせ、魂までも震わせるような歌。理性も何もかも切り刻み吹き飛ばしかねない魔歌。客の誰もが男の歌に身を任せ感情を昂ぶらせる。中には落ち着き無くテーブルを叩き出す者もいた。
 店内に破壊衝動が包み込む。嵐のような魔音は楽器や曲が作り出すものではない。全ては、一人の男の所業だ。
 クイントの頭の中に最大限の警報が鳴り響く。
 その時、VIPルームのドアが開け放たれ中から黒服達が現れた。そして、一階へと続く階段に並び、それぞれがカードを取り出しデバイスの待機状態を解除、本来の銃型デバイスの姿を晒す。
「あいつらッ! 皆、伏せなさい!」
 黒服達の射撃魔法が一斉に赤コートの男、ツヴァイに向けて発射された。
 客達の悲鳴が上がるが、射撃魔法の着弾による爆発で悲鳴はかき消された。
 次々と犯罪組織を壊滅させているツヴァイの情報は当然同じ穴の狢である彼らも知るところである。
 故に、殺られる前に殺る。
 周囲の被害や混乱、その後の事など一切お構い無しに攻撃を仕掛ける。人一人に対して過剰なほどの攻撃を加え、爆発による煙でステージの上が全く見えなくなってようやく彼らは攻撃の手を止めた。
 煙が晴れ始め、穴だらけになったステージが露わになる。運の悪い奏者達は巻き添え食って床に倒れ、物言わぬ死体と成り果てた中、その原因となった当人だけは平然とステージの上に立っていた。
 黒服達の間に動揺が走る。あれほどの数の魔法を浴びて、何故生きているのか。防御魔法を使ったにしては魔法陣が見えなかった。
「マナーが悪いな。ブーイングにしては度が過ぎる。まあ、過激なのは嫌いじゃあない」
 ツヴァイの右手に異形の銃が現れるのと黒服の一人が全身に穴を空けて倒れるのは同時だった。
「レスト・イン・ピース――管理局の案山子連中も雁首揃えているようだし、そっちがその気ならこっちも相応に応えなきゃな」
 一体いつの間に引き金を引いたというのか、大口径の大型拳銃からは蛇のような硝煙が昇っていた。
「ついでに自己紹介しよう。オレの名はツヴァイ――さあ、踊ろうか犯罪組織の有象無象と管理局の狗。今夜は地獄に近い日なんだろ?」
 ツヴァイが言い終わるや否や黒服達が再び攻撃を開始した。店内は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図となり、一般客達が我先にと出口へ駆け込んでいく。
「Let's Dance Macabule――ッ」
 血煙の旋風が巻き起こった。



「チーム・シータは客の避難を優先しろ! アルファは護衛と足止めだ! いいか、倒そうとか捕まえようと考えるな。足止めし、時間を稼げ!」
 ゲンヤは次々と指示を飛ばす。
 予想していたが、赤コートの男――ツヴァイの戦闘能力は無限書庫襲撃の時と段違いだった。質量兵器である実弾を撃つ銃の使い手という、管理局にとって未知に近い武器という事を考慮してもツヴァイの攻撃は人の常識を超えていた。銃口に浮かぶ環状型のエネルギー制御式陣によって魔力コーティングし弾速を上げた実弾による連射。言葉にすれば単純であるが、命中精度が違った。連射速度がおかしい。
 魔法資質を持たず、魔法による技術の便利さを知っているゲンヤにとってツヴァイの魔技は性質の悪い冗談、悪い夢のようだった。幸いにもまだ自分の隊に被害は及んでおらず、犯罪組織の構成員達と戦闘しているのが救いだった。
 だが、呆けている場合でも無く、ツヴァイの戦闘能力については危険性以外の疑問を一旦忘れて指示を飛ばす。最優先事項は一般客の避難と密売組織幹部の捕獲だ。犯罪組織を守るというのも奇妙だが、この場で殺され情報を失うわけにはいかない。
「ベータ、ホテル内に突入して幹部達を問答無用で捕まえろ! 屋上に向かった奴はデルタに任せとけ」
 密売組織が逃走路として使う場所は既に隊員を配置していた。ホテルの屋上にあるヘリポートも同様だ。これでツヴァイを足止めしながら幹部を捕獲し連行すれば成果は得られる。欲を言えばツヴァイも逮捕するべきなのだが、指揮車両のモニターに映る戦闘を見ればそれが不可能な事は誰の目に明らかだ。それどころか足止めさえも無駄かも知れない。
「ゲンヤさん、はやてちゃん達がホテルに到着しました。すぐにチーム・アルファの援護に付きます」
 ゲンヤの背後にはバリアジャケット姿のシャマルが、クラールヴィントから振り子を出した状態で立っていた。はやて、フェイト、ザフィーラは現場へと赴き、彼女は指揮車両に残ってサポートに務めている。
「嬢ちゃん達を当てにするってのは気が引けるが、この際しょうがねえか」
 自分の隊ではツヴァイを抑えきれない。ランクAAA以上の魔導師であるフェイトとはやてに期待するしかなかった。クイントも現場にいるので、ツヴァイ一人相手なら倒せなくとも倒される事は無いと判断した。
 そこでふと、ゲンヤは疑問を感じた。
 ――本当に一人なのか?
「……屋上に待機してるテームはどうしてる?」
 情報管制の隊員はいきなり屋上待機の隊員について聞かれるとは思わなかったのか慌てて報告する。
「え……あっ、はい、ヘリポートにて待ち伏せたままです。もうすぐ、逃亡した密売組織と接敵します」
「そうか。……航空隊に応援要請。同時に周囲をサーチし、他に戦闘機人がいないか調べろ」
「は、はい!」
「シャマル、嬢ちゃん達にも伝えてくれ。伏兵がいる可能性もあるとな」
「わかり――ッ!? いつの間にこんな近くに!?」
「どうした!?」
 突然慌てだしたシャマルにゲンヤが振り返る。
「近くに魔力反応が!」
「まさか、先にここを潰しに来たのか!?」
 ゲンヤが叫んだ直後、車両の天井部分が赤熱し、溶け出した箇所から炎が溢れ出した。



「騒がしいな……」
 ホテルにもう一つある、VIPルームのあるレストランとは別の飲食店でトゥーレは店の出口の方に顔を向けた。テーブルの向かい側ではルーテシアが自分の頭部より大きいジャンボパフェ相手に孤軍奮闘している。
 ホテルの手前から管理局の存在に気付いていたトゥーレだったが、何食わぬ顔でホテルの中へ入った。トゥーレ達の立場からして避けるべきなのだが、管理局の監視の中突然引き返せば逆に怪しまれると判断し、同時に彼らの意識はホテルの前に停められた高級車から出てくる人物に向いていた事にも気付いて自分達には関係ないと判断。そのまま普通の客として店に入ったのだった。
 きっと騒がしい原因は管理局の捕り物のせいだろう、と思いつつもトゥーレは店の店員や他の客から見えないようモニターを表示させる。
「なにをやってるの?」
「傍聴。一応、俺達と無関係か確認しておこうと思ってな」
「もしかして管理局の? そんな事できるの?」
「まあ、現場での短距離通信ぐらいならな。今度やり方教えてやるよ」
「うん」
 傍聴した通信からはやはりホテル内で戦闘行為が行われ始めたようだった。
 ふと、指揮系統と思われる通信が突然途切れた。それを疑問に思った矢先に通信が入った。ナンバーズの一番上であるウーノからだ。 
「どうした?」
『トゥーレ、ルーテシアお嬢様の実地勉強中に悪いのだけど……今ミッドのどこにいるのかしら?』
「西区だ。今夕飯を食っている」
『そう、丁度いいわね。実はレリックの反応が西区にあったのよ』
「レリック反応が?」
「…………」
『今クアットロ達を向かわせるから貴方も合流してちょうだい』
「面倒な……しかもココじゃねえか」
 モニターの隅に表示された、レリック反応のあった座標を見てトゥーレは頭を抱えそうになった。
「でもなぁ、ルーテシアもいるし……」
 ルーテシアを連れて既に戦場となっているホテル内をうろつき回るのは嫌だ、と含ませた物言いをしながら、トゥーレはそのルーテシア本人に振り返る。
 そこに、ルーテシアの姿は無かった。
「あいつ……」
 ついでに言うと、パフェも消えていた。
「スニーキング技術なんて教えるんじゃなかった」
『どうしたの?』
「ルーテシアが我先にとレリックは探しに行った」
『……まあ、そうなるでしょうね。でも、大丈夫なの?』
「自分の身を守る技術はもう教えたし、ガリューもいる。それに念の為ピーコンを付けてある。すぐに連れ戻すが……レリックの方は諦めた方がいいぞ」
『どうしてかしら?』
「例の戦闘機人が来てる。いや、いたって言った方が正しいな。レリックのある場所に偶然現れたってのは考えにくい。狙っている可能性がある。だとするとレリック回収はかなり困難だ」
 局員の通信を傍受して聞こえてきた相手の特徴で、戦闘を行っているのがあの拳銃使いだとトゥーレは確信した。だとすると、管理局の手には負えない。
「クアットロ達が向かってると言ったが、他に誰が?」
『セインとディエチ、それに実戦を経験させるつもりでノーヴェの四人よ。それにオモチャの方も……』
「クアットロとディエチだけでいい。鉄屑も含めて他は帰せ」
 騒ぎがとうとうホテル中に行き渡り、避難警報が鳴り響いた。
「ツヴァイとかいう戦闘機人がいる上に管理局もいやがる。このままだと三つ巴だ。それに……」
『それに?』
 慌てて避難していく客達を尻目に、トゥーレはゆっくりと椅子から立ち上がって窓の外を見た。ホテルから離れた道路から何か爆発でもしたのか、夜だと言うのに黒い煙が濛々と昇っているのが見えた。同時にトゥーレは知覚機能の望遠を最大にして夜空を見た。空の向こうから、いくつもの点がホテルへと向かって来るのが確認できた。
 空戦魔導師のみの少数精鋭部隊である航空隊だ。
「ここはもうすぐ戦場になる。向こうにその気が無くてもな」



「ほらっ、こっちよ! 局員の指示に従って避難して!」
 レストラン内、クイントは先に潜入していた108部隊の隊員達と共に客の避難を誘導していた。
 目の前ではツヴァイによる虐殺が行われており、黒服達が次々と体中に風穴を開けて倒れていく。こちらに標的が移るのは時間の問題だった。
 その時、踊り場にいた黒服の一部が一般客を誘導するクイントと局員達に向いて銃型デバイスを構えた。
「――ったく、向こうに攻撃しなさいよ!」
 直射型の射撃魔法が放たれ、局員達が客の前に立ちはだかって防御魔法を展開させる。そして、クイントは局員達の前に出た。
「クイントさん!?」
 顔見知りに局員達が戸惑いの声を上げる。撃った側である黒服にも動揺が走る。クイントは防御魔法を発動させるどころか前へ、更に前へと黒服達の射線上を走ったのだ。バリアもシールドも無しで、例えバリアジャケットを装着していたとしてもそれは自殺行為に等しい。
 そして、クイントは自分に当たる射撃魔法を手で逸らした。
 手首から先に魔力を集中させて手を『硬く』する。その状態で襲い掛かる魔法の手の甲や平で弾き、射撃魔法の軌道を逸らす。魔法は誰もいない壁や床に当たってその効力を失う。
 驚きの声が敵味方関係無く上がった。クイントは魔法を弾き落としても足を止める事無く、踊り場にいる黒服達へと接近する。
 クイントの行動に唖然としていた黒服達が慌てて銃口を向け直すが遅い。クイントは一番近くにいた黒服を蹴り飛ばし、その後ろにいた者の顎を殴って気絶させ、更に後ろの者に対して急速して腹を思いっきり殴って吹っ飛ばす。一気に三人を倒してもクイントは走る。ツヴァイに向かって射撃を続けていた、VIPルームの前にいる黒服達が仲間がやられたのに気付き、踊り場を走るクイントへ魔法を撃つ。
 クイントは高く跳躍し魔法を避けると同時に壁を蹴った。三角蹴りで黒服達との距離を詰め、それぞれ一発ずつ攻撃して気絶させた。その時、ツヴァイに穴だらけにされた黒服が視界に入る。数人が生きており、体に空いた穴から流れる血が床を溶かしていた。
 ――エリキシル中毒者。その効果は知っていたが、あの状態で生きておりしかも流れる血が大気と化学反応を起こして強酸になるなど目にするまで信じられなかった。本当にアレは人と言えるのだろうか?
 そんなクスリを商品として取り扱う組織など潰されて当然と思いながらクインドはそのままの勢いでVIPルームの扉を蹴破ると、部屋の中を確認した。倒れたソファとテーブルの上に置かれた酒や食べ物を一瞥し、中に誰も残っていないか確認した。ついでに密売組織の幹部を確保しようと思ったが、さすが保身には長けているようで既に逃げ出した後だった。
「ハハッ、中々やるじゃないか」
 場違いな拍手が聞こえてきた。クイントがVIPルームから顔を出し、拍手のする方へ振り返る。そこには未だステージの上から下りていないツヴァイがいた。
「貴方が撃たなかったおかげでスムーズに進んだわ」
 黒服達に接近戦を仕掛けるという事は、ツヴァイの攻撃の巻き添えを喰う事でもあるのでクイントは当然ツヴァイの銃弾にも意識を向けていた。だが、予想していた攻撃は来ず、クイントが黒服へ近づいた時にはツヴァイは攻撃を止めていた。
「そうか。それは良かった。ところで――君はオレと踊ってくれるのかい?」
 異形の拳銃がクイントへと向けられる。
「クイントさん!」
 客を非難し終えた局員達が駆け出そうとするが、クイントはそれを手で制した。
(ここはいいから貴方達は幹部を追いなさい)
 視線をツヴァイに向けたまま、クイントは念話で局員に話しかける。
(フェイトちゃん達もこっちに来てるんでしょう? その間までの時間稼ぎ位できるわよ)
(し、しかし……)
(この場での優先するべき事は密売組織幹部の確保よ。こんなイカレた奴に人員を割くのは愚策。それに、悪く言うと足手まといなのよ)
(わ、わざわざ悪く言わなくても……)
(いいから行ってきなさい)
「打ち合わせは済んだかな?」
 念話を切ると同時にツヴァイが話しかけてきた。
「ええ、バッチリ。とりあえず、かかって来なさいトリガーハッピー。貴方の相手なんて私一人で十分なのよ」
 ハッタリをかましてクイントは二階から飛び降りた。
「ハハ、アハハハハハハハハッ!」
 狂った笑みを浮かべ哄笑しながらツヴァイは引き金を引く。マシンガンのような連射が拳銃から行われ、一階の床へと落ちるクイントに銃弾の雨が襲い掛かる。
 クイントはウイングロードを発動。中空で足場を形成し着地し、ヴイングロードの直ぐ下を通過した銃弾に目もくれずに足場を作りながら横へと走る。
 すかさずツヴァイは射線を逃れる横移動で銃弾を避けるクイントへ銃口を追わせる。魔法による足場の形成は知っている。ツヴァイの妹にあたるフィーアはその能力目当てにクイントの遺伝子情報を元に作られたのだから、そのオリジナルであるクイントについてツヴァイが知らないはずはない。
 だが、ここまで楽しめそうな相手だとは知らなかった。
 虐殺は嫌いではないが、さすがに飽きてくる。やはり、戦うのなら殺すか殺されるか分からない対等な相手でなければならない。ツヴァイはそんな相手と長く会う事は無かった。身内であり自分と同じような誕生をしたアインには期待が最初あった。しかし彼は違うと感じた。ドライはそもそも食指が動かない。フィーアとフュンフでは力不足。
 だが、最近になってようやく望むべき相手が見つかった。右腕に長大なギロチンを生やす戦闘機人。彼の殺意を浴びてツヴァイは生まれて初めて死の予感を感じた。彼なら自分を満足させてくれると確信した。
 そして今夜、思わぬ所から期待できそうな人物が現れた。クイント・ナカジマ。既に管理局を退職した魔導師。最初は店内に転がる案山子共よりはマシな程度だと、そう思っていたが中々楽しませてくれる存在だと気付いた。もしかすると彼女で二人目となるかもしれないという予感があった。





 ~後書き&補足~

 また原作のシーンをパクr――オマージュしました。本当は歌詞も書こうかなと思ったけど内容がなのは世界と関係ないし長いので省略。
 それにしてもクイントはヤバイのに目付けられました。大分前から狙ってたけどね! ぶっちゃけると言うか、やっぱりと言うか、クイントはなのは側強化の一因となります。ある種のジョーカーでもあります。

 前に次回予告は止めると言いましたが、次はとにかく混戦です。あっちで戦闘こっちで戦闘。皆暴れて一般人がヒェーッてなって大変な有様になります。自分も処理しきれるかわかりません。参ったね。



[21709] 二十一話 死の舞踏(Ⅱ)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/11/17 00:26
 ホテルからいくつかの建物を挟んだ道路の上で煙が濛々と昇っていた。発生源は運搬トラックに偽装した指揮車両。それは車の形をしておらず、もはやただの鉄の塊で、上半分は溶けかかっていた。
 その煙を出している鉄塊から少し離れた所に、ゲンヤ達がいた。
「助かった、シャマル」
「いえ、私がもう少し早く気がついていれば・・・・・・」
「それを言ってもしょうがねえだろ。おい、皆無事か?」
 部下達の無事を確認する。幸い全員が無事であった。
 シャマルは車両が攻撃されると同時に自分を含めた全員にバリアを張る事で攻撃魔法の直撃を免れたのだった。
「攻撃して来た奴は・・・・・・追撃をして来ないところを見ると、もう行っちまったみたいだな」
 ゲンヤ達、指揮車両にいた者全員が生きているのに攻撃を仕掛けて来ない。おそらく、狙いはゲンヤ達ではなく、指揮系統を攪乱する為だけに指揮車両を攻撃したのだろう。
「急いで各チーム・リーダーに連絡を。・・・・・・現場の判断に任せるしかないか」
 攻撃があった直後にも関わらず、すぐにデバイスを取り出して連絡を取る隊員達。シャマルも魔法に治癒を彼らに施し始める。
「隊長、クイントさんが戦闘機人と交戦を始めたようです!」
 レストランにいたチームからの通信を受けて隊員が叫ぶように言った。皆の視線が一瞬、ゲンヤに集中する。
 ゲンヤは大きく息を吐いた。ある程度予想していたとは言え、本当にあんなのに挑むとは我が妻ながら呆れていた。
「俺達を襲った奴がホテルに向かってるかもしれない。レストランの事はいいから、周囲の警戒をするようチーム・アルファに言ってくれ」
「は、はい・・・・・・」
「あの、心配じゃないんですか?」
 シャマルがゲンヤに近づき問いかける。
「心配さ。だが、ここで心配したって始まらないし、嬢ちゃん達が援護に向かっているんだ。それに・・・・・・クイントなら大丈夫だろ。強ぇから」
「そんな、強いって理由だけで・・・・・・それにいくら何でもクイントさんだけじゃ・・・・・・」
 別にシャマルはクイントの実力を見くびっているわけでは無い。管理局にいた頃のクイントの魔導師ランクはAA。相当な実力者なのは間違いない。だが、それ以上のランクを持つなのは達でも歯が立たなかった戦闘機人の仲間を相手に果たして戦えるのかは疑問がある。
 ランクの高さが戦闘能力の高さに直結するわけではないと分かってはいるが、さすがに差はあるものだ。それに、クイントは管理局を辞め、現場を離れてから既に長い時が経つ。
「根拠は無いが大丈夫だろ。それに、あいつ管理局にいた頃より強くなってんだよ」
「――え?」
「しかも、何か穿った方向にな」



「あそこや、フェイトちゃん!」
「うん!」
 フェイトとはやて、そしてリインとザフィーラの四人はホテル内を飛行し一直線にレストランへと突入した。
 そこで彼女達はとんでもない光景を目の当たりにした。
 レストランの入り口付近には客を逃がし終えた108部隊の隊員達がおり、揃って唖然としていた。彼らの視線の先には、ツヴァイとクイントの一騎打ちが行われているのだがーー
「な、何やのこれ・・・・・・」
 はやてが絶句した。
 ステージ上で踊るように銃を撃ちまくる男がいた。放たれた弾丸はレストランの壁や床に空け、テーブルやイスを粉微塵にしている。指揮車両で見た映像よりも凄まじく、リロードをする素振りも無く無限に弾丸があるとも思える連射によって、レストランの中で鉛玉による竜巻が起こっているようなものだった。
 入り口に固まっている隊員達はそれ故に近づく事も出来ず、時折来る流れ弾から身を守る為に防御魔法を維持し続ける事しかできなかった。
 そして、陸戦魔導師達が見上げる先に、同じ陸戦魔導師であったクイントが竜巻の中を空中で走り回っていた。
 人が視認できない銃弾の竜巻の中、彼女は光の道を作り足場とする先天性魔法によって銃弾をかわしながら、床や壁、空中を縦横無尽に走っているのだ。足場となるウイングロードの展開は必要最小限。跳ねたり走ったり空中でしゃがんだりなど、最早足場を作っていると言うよりは大気を踏んでいるようにしか見えない。
「――はっ、フェイトちゃん。援護に行ける?」
「・・・・・・無理かもしれない」
 高速機動を得意としているフェイトがこの竜巻の中に入るのは無理だと言った。それはつまり、この場にいる誰もがあの戦いに介入するには不可能だと言う事だ。
「なら、私達であの人にバインドをかける。その隙を突いて行けるか?」
「うん、それなら」
「よし。リイン、ザフィーラ」
「はいですー」
「了解」
 それぞれが魔法を行使しようとした時、はやてはクイントと目があった。

 ――まったく、よく生きてるわよね私ってば!
 クイントは自画自賛しつつ、はやてから目を離す。同時に肩の肉が飛び交う銃弾によって僅かに抉れた。
 痛みを感じつつ痛覚による警報を無視し、クイントは動きを止める事なく回避行動を続行する。
 今、クイントがミンチにならずにツヴァイの攻撃を避け続けているのは奇跡としか言いようがない。
 クイントは致命傷を何とか避けているだけの状態で、銃弾は必ずしも命中していないわけではない。体の機能が阻害されない程度になんとか避けているだけだ。このままでは体力も保たない上に、いずれ大量出血によって体が動かなくなるだろう。
 だからそうなる前に決着を付けるべきなのだが、致命傷を避けるだけで精一杯のクイントに、ツヴァイに接近する余裕は無かった。
 ただし、それはクイント一人だけの場合だ。
「逃げ足は速いみたいだな」
 ツヴァイの分かりやすい挑発に、クイントは元管理局員とは思えない返答を返した。握り拳に親指だけを立てて、下に向けたのだ。
「――ハッ。やってみせてくれ」
 跳弾をも計算したツヴァイの射撃がクイントに襲いかかる。
「やってやるわよ」
 必要最低限で済ませていたウイングロードを、クイントは突然周囲に展開した。光の道がクイントの片足から店内を埋め尽くす程現れ、花開くように四方八方へと伸びた。
 クイントの姿がウイングロードによって隠れる。当然、ツヴァイの銃弾によって大半が破壊されるが、クイントの姿はそこには無かった。
 勘でツヴァイは銃口を幾条にも伸びたウイングロードの一つに向ける。
「うおおおおぉっ!」
 その時、ザフィーラが雄叫びを上げて床から杭をいくつも出現させる。
 同時にリインが氷結魔法による拘束魔法を行使する。
 ツヴァイはリインの魔法を回避しながら、床から生える杭を銃弾で砕く。
「プラズマ――ランサー!」
 フェイトのプラズマランサーがツヴァイの回避行動に合わせて放たれる。
 だが、直撃間違いなしのタイミングで放たれた、電撃を帯びた砲撃魔法は簡単にかわされた。
 銃の反動で無理矢理移動し、砲撃を紙一重でやり過ごしながらツヴァイは発射された魔法に沿って腕を伸ばして銃の引き金を引いた。
 当然その先には砲撃魔法を撃った直後の硬直で無防備になったフェイトがいる。その前に進み出る影があった。
 はやてと108部隊の隊員達だった。
 彼女らはフェイトの盾となって一斉に防御魔法を発動させる。威力と弾速のみを強化したツヴァイの銃弾は並のシールドなど簡単に貫通するが、魔力量にものを言わせたはやてのバリアと隊員達の何重にも及ぶシールドによって阻まれた。
 その直後、店内中に張り巡らされたウイングロードの影からクイントがツヴァイの斜め後ろから飛び出した。そして、ツヴァイの首を狙って蹴りを放つ。
 音も気配も完全に消した一撃だった。確実にツヴァイを捉えたと思われる不意打ちはこれまたあっさり首の動きだけでかわされてしまった。
「外したか。咄嗟に送った念話でのチームワークながらイケると思ったんだけど……よくも、まあ器用に避けるわね」
 穴だらけになったステージの上に着地したクイントは大して残念そうも無く言った。
 クイントとツヴァイがステージの上で対峙する格好となる。
「どういうわけ昔からそういうのが分かるんだ。そういう君はどうなんだ?」
「ああ、私?」
 クイントは言ってから首を横へ傾ける。すると、ほぼ真上から銃弾が落ち、先程までクイントの頭があった場所を通過し、床に穴を開けた。
 クイントの頬から血が流れる。
「前に一度臨死体験したせいか、それとも貴方みたいな規格外を相手に戦った事があるせいか。とにかく数年前から勘が冴えちゃってね」
「へえ、オレみたいなのをね・・・・・・」
「そうなのよ。腕からギロチンを生やす戦闘機人と戦ってね。もしかして貴方の身内なんじゃない?」
 探るような鋭い視線がクイントから放たれる。
 その視線を浴びても飄々とした態度でツヴァイは肩を竦めて見せた。
「残念ながらオレの身内にはいないが、彼の事なら知っている。そして、彼はオレの獲物だ」
 言って、銃を構えるツヴァイ。
「はぁん、なるほどねぇ」
 クイントも同様に構えを取る。二人は周囲にいる他の人間など視界に入っていない。
 その時、二階部分から物音がした。隊員の悲鳴に似た驚きの声が上がる。
 死体が立っていた。
 一階と二階を繋ぐ階段の上でツヴァイに撃たれ人の形を失っていた黒服が、あろう事か二本の足で立っていたのだ。
「あれは・・・・・・」
 フェイトの呟きに答えるように、隊員の一人が、エリキシルと言った。
「あれが、エリキシル中毒者?」
 死体と思われていた黒服の手には簡易型注射器が握られていた。それが体から流れる血によって溶け始める。
 胸を穴だらけにし、本来なら即死。もしくは確実に消えゆく命だった黒服はエリキシルの力にて、起き上がっていたのだ。流れる血から強烈な強酸の臭いが漂い、床に落ちた血が周囲の物を溶かしていく。
 クイントによって気絶させられた黒服の仲間が悲鳴を上げる。不幸な事に、倒れて気絶していたせいで顔から強酸を浴びてしまったのだ。
 生きているならば死なないという驚異の麻薬は、人を化け物へと変貌させていた。
 銃撃の音と共にエリキシル中毒者の黒服が更にその形を変えて吹っ飛ばされ、壁や床に強酸をまき散らした。
「やれやれ、空気をもっと読んでほしいよな」
 黒服を倒すどころか更に被害を広げたツヴァイが銃を仕舞った。
「丁度撤退命令も来た事だし、オレはここで退かせてもらうよ」
「逃げる気?」
「個人的にはこのまま続けたいところだけど、これでも宮仕えの身でね。一応命令には従わないと」
「難儀な事ね」
「まったくだ。まあ、近々好きにさせてくれると言われてるし、ここは我慢するよ」
「ちょっと、それどういう意味よっ」
 クイントが聞き返すよりも先に、ツヴァイは後ろへ跳んで、銃弾によってボロボロになった壁を破壊して逃走した。
「待て!」
 フェイトがツヴァイを追って破壊された壁の中へと飛んでいく。
「あっ、フェイトちゃん!?」
「待ちなさい、はやてちゃん」
 はやてが慌てて追いかけようとするが、クイントに止められる。
「貴女じゃ彼女に追いつけないわ。それに、アレを何とかしないと」
 クイントが視線を階段に向けた。ツヴァイによって肉片と変えられたモノ以外にも、エリキシル中毒者の黒服達が立ち上がるところだった。
「なっ!? まだおったんかいな」
「アレに半端な魔法撃っても効かないわ。精神がブッ飛んじゃってるし、非殺傷設定で気絶しない。拘束魔法も怪力で無理やり解いてくるわよ」
「そんな、ならどうやって止めれば」
 はやてが疑問を口にした時、108部隊の隊員達が中毒者達を囲むようにならんで一斉にバインドを掛けた。黒服が転び、一時的に行動不能にするが、すぐにエリキシルによる腕力で無理やりバインドを解く。そこに隊員の一人が射撃魔法でバランスを崩させ、他の隊員が改めてバインドを掛けた。
「ああやってエリキシルの効果が消えるのを待つしかないわ。拘束檻の使えるザフィーラもいる事だし、はやてちゃん魔法量多いでしょう。手伝ってちょうだい」
 言って、クイントが中毒者にバインドを掛けた。
「でも、フェイトちゃんが……」
「それは、ホテルに散らばった局員達に任せるしかないわね。私達は私達で今やるべき事、やらなきゃいけない事をしなくちゃね」
 クイントの言う事は最もであった。しかし、それでもフェイトが気掛かりなはやての傍にザフィーラが歩み寄る。
「主はやて。ここはクイントの言うとおりこの場に集中しよう」
「ザフィーラ……」
「こいつ等が振り解けない程の強固な魔法を掛け、それからテスタロッサを追いかければいい。主はやてならば出来るはずだ」
「……うん、そやね。なら、早く済ませてしまおうか。リイン、行くで!」
「はいです!」
 はやての合図と共にリインフォース・ツヴァイが融合機としての機能を発揮させた。
 


 ホテル屋上、ヘリポートとしての機能を持つその場所には当然のようにヘリが一機着陸していた。そのヘリは密売組織の幹部の一人が所有する物であり、逃走手段だった。
 ヘリの前には青紫色の髪をした、ジャケットを着た少女が一人いた。その足元にはヘリの持ち主である男が胸から血を流して倒れている。男だけではない。ヘリポート上では男の護衛と108陸士部隊の魔導師達が倒れている。今屋上で立っている者は少女一人だけだった。
 少女――フィーアは倒れた男の傍に転がるケースを屈んで手に取ると、ケースのロックを解いて中を確認する。中には、封印処理を施された赤色の結晶体があった。
『フィーア、そっちはどうだ?』
 突然浮かんだモニターにはフュンフの顔が映っている。
「問題ありません。レリックも無事手に入れました。ただ……」
 フィーアは言いながら空を見上げた。視線の先には航空隊と思われる空戦魔導師達が一直線にホテルへと向かって来ているところだった。後数分もせずに彼らはホテルへと到着するだろう。
『航空隊か……チッ、邪魔くせぇな。応援呼ばれる前に頭潰すつもりだったが、あの目立ちたがりのせいで一歩遅れた』
「指揮官の撃破に失敗したのですか?」
『狙いは通信の妨害だ。別に指揮官の命でもどうでもいい。それよりも、だ。レリックの回収に成功したのならもうここに用はねえ。撤退するぞ』
「了解しました。ホテルの中層で合流、で良かったですね?」
『そうだ。ツヴァイにも合流するよう連絡済みだ。とっとと来やがれ』
 乱暴に言い放たれ、フュンフからの通信が乱暴に切れる。
 フィーアは気分を害した風も無く、レリックの入ったケースを持ち直すと屋上の出入り口に向かう。
 ヘリと出口の中間まで歩いた時、突然出口へのドアがふっ飛んできた。
「――ッ」
 何か強い力が加えられ、形を歪ませたドアは真っ直ぐにフィーアの方へ飛んでくる。フィーアはケースを抱えていない左腕で鉄製のドアを叩き落とす。ドアは更に形を歪め、床に陥没する。
 フィーアは原因を探る為に、ドアを失った出入り口に顔を向ける。すぐに階段が続くそこには、誰の姿も無く、代わりに背後で気配を感じた。
 フィーアが咄嗟に振り向くが、それよりも早く背中に衝撃を感じして屋上の床に転がった。
「ノーヴェと同じタイプか……」
 床に転がりながら受身を取り、直ぐに起き上がったフィーアの視線の先には、軍服のパリアジャケットを着た若い男が立っていた。
「っ!? ケースが……」
 いつの間にかフィーアの手からケースが無くなっており、男の手へと移っていた。男はケースを開けてレリックを見ると顔を顰め、溜息を吐きながらケースの蓋を閉じる。
「そのケース、返してもらいます」
 構えを取るフィーアに対し、男は気に留める風も無くヘリポートを見回す。
「なあ、ここに長い髪した子供来てないか? こう、何つーか、別の星とチャネリングしてそうな子供」
「……知りません」
「そうか。まったく、ピーコンまで外しやがってどこ行きやがったんだ? ここじゃないとすると……」
 フィーアは男の言葉を無視しローラーブレードのホイールを回転させ、一気に男の懐にまで飛び込んだ。胸部に向かって拳を放つ。タイミングとして避けるのは不可能。そう思われる一撃だった。だが、フィーアが感じたのは拳から伝わる人を殴った感触ではなく、自分の腹部に来た重い衝撃だった。
「かっ!?」
 男がフィーアの腹に掌打を打ち込んでいた。
 男は無防備に立っていただけだ。なのに、フィーアは反撃を受けた。拳が当たる直前までは男の姿を認識していたはずなのに、当たる瞬間に男の姿は消え逆に攻撃を受けている。一体何故と思考するよりも速く、肩を掴まれた。
 そして、そのまま腕力だけで投げられた。
 ボールでも投げたかのように人が飛ぶ。
 空中で回転し、フィーアはヘリの側面へとぶち当たる。装甲が人の形に窪み、その衝撃でヘリが傾き、フィーアをへばり付けたまま倒れた。
「――くっ」
 フィーアは痛みに顔を歪ませながら装甲にめり込んだ自分の体を力づくで引き剥がす。伊達に戦闘機人ではない。この程度、ダメージはあっても損傷にはならない。
 起き上がり、男の姿を確認する。軍服を着た男はフィーアに見向きもしないで、ドアが無くなった出入り口から姿を消すところだった。
 突然背後に回っていた事といい、予備動作も無い状態からの反撃といい、ありえないスピードだった。まるで、あの男の流れる時間だけが違うような。
 それはともかくフィーアが急いで立ち上がり、追いかける。だが、フィーアが出入り口の前に着いた時には既に男の姿は無くなっていた。



「ああっ、レリックを奪われただと?」
 ホテル中層。避難警報によって部屋を取っていた客達がいなくなった廊下にフュンフの怒鳴り声が響き渡った。
 食事時でほとんどの宿泊客が下層のレストランか外へ食べに行っていたおかげか、避難そのものは滞りなく進み、108陸士部隊の隊員達も密売組織の幹部が泊まっていない部屋など見張る必要などなくフュンフ以外の人影も無い。
『申し訳ありません、フュンフ。軍服のバリアジャケットを着た男に奪われました』
「軍服のバリアジャケット? ……ツヴァイと互角に殺り合ったとかいう奴か」
『おそらくは。男の動きにまったくついて行けませんでした』
「チッ、とにかく合流しに来い』
『レリックの奪還はどうしますか?』
「外にはもう航空隊が来てるだろうし、飛んで逃げた可能性は低く、まだホテルに残ってる可能性はあるだろうが――もう知らん。テメェは帰ってドライにでも詰られろ」
『…………了解しました』
 通信が切れる。
「クソがッ、予定外な事ばかり起きやがる」
「どうしたんだフュンフ。荒れているじゃないか」
 廊下の先にツヴァイが現れた。
「フィーアがレリックの回収に失敗した」
「へえ……彼女がねえ」
 フュンフは敢えてその失敗となった原因を伏せ、ツヴァイを睨みながら問いかける。
「お前はどうなんだ? 組織の幹部共全員殺したのか?」
 フュンフの問いにツヴァイは飄々と答える。
「失敗した」
「…………」
「おや、責めないんだな」
「ハッ、もういい。本気でどうでも良くなった。もうここに用はねえ。外には航空隊が集まっている。これ以上長居は無意味だ」
「なんだ、もう帰るのか? もう少し居ても良いと思うんだけどな。今夜は面白い出会いが沢山あるっていうのに」
「知るか。暴れるなら一人で暴れろや」
「そうか、それは残念だ。せっかくキミの為に客を連れて来たっていうのに」
「ああ?」
 歩き出そうとした足を止め、怪訝そうにしたフュンフがツヴァイに振り向くと、ツヴァイは横に移動し自分の背後にある廊下の先を見せた。
 見計らっていたかのように、廊下の角から金髪の少女が現れる。
「待ちなさい!」
 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。フュンフにとって二重の意味で関係の深い少女だった。



 フェイトはツヴァイを追ってホテル内を飛行していたが一度振り切られ、見つけたと思ったら再び振り切られる。それを何度か繰り返しとうとうホテルの中層にまで来ていた。完全に見失ったのなら彼女も諦めただろうが、本気で逃げる気がないのかツヴァイはフェイトから付かず離れずを繰り返している。
 またツヴァイの姿を見失い、周囲を捜索したフェイトは廊下に倒れる108部隊の陸士達を発見した。
「大丈夫ですか!?」
 倒れている隊員の一人に駆け寄って呼びかけてみる。隊員は呻き声を発するだけで返事を返さない。だが、ダメージを負ってはいるものの生きてはいるようだった。他の隊員達も同様で、死んではいなかった。
 フェイトでは治癒魔法を使えない。応援を呼ぼうと通信しようとした時、タイミング良くシャマルから通信が来た。
 モニターを開くといきなりシャマルが怒鳴ってくる。
『フェイトちゃん、無事なの!? 今どこにいるの?』
「あ、えっと、今ホテルの中層に」
『無事なのね、良かったぁ。はやてちゃんから一人で先行したって聞いて心配したんだから』
「……うん、ごめん」
 そう言って謝ると、今度はモニターの中、シャマルを押し退けてゲンヤの顔が映った。
『嬢ちゃん、ホテルの内部でうちの隊員達を見なかったか? 中に配置していた連中と連絡が取れない。屋上の方は駆けつけた航空隊が保護したんだが……』
 ゲンヤの応援要請が突然切れて不審に思った航空隊はホテルの屋上に到着していた。そこで彼らは密売組織の人間と108部隊の隊員達を発見・保護していた。
「丁度それについて連絡を入れようと思っていました。彼らを発見。負傷していますので、急いで救援を。座標送ります」
『……よし、確認した。すぐに部隊を再編して向かわせる。それと、所々でエリキシル中毒者と交戦中だが幹部の半数は逃げ出す時に捕らえた。最低限の成果は上げたから、あまり深追いはするなよ』
「でも、戦闘機人を逃がしてしまいます」
『それは航空隊に任せろ。結界を張って閉じ込めるそうだ。うちにはホテル丸ごと囲む結界魔法を使える奴がいないからな』
「……わかりました」
『本当にわかってるのかねえ? まあ、とにかくそこにいろ』
 通信が切れる。
 ツヴァイを見失った今確かに無理をして対象を探す必要は無い。そう思い、フェイトが一息ついた時、廊下の奥から人の声が聞こえてきた。
「…………」
 バルディッシュを持ち直し、耳を澄ませる。声はすぐそこの廊下の角から聞こえてきた。音を立てないよう忍び足で廊下を進む。
「――もう―――用なねえ。外――航空――――っている。これ以上――は無意味だ」
「―――、――帰るのか? ――――居ても良いと思う――――」
 二種類の男の声。そのどちらもフェイトには聞き覚えがあった。会話の内容は不鮮明だが、ここから逃亡しようとしているのは確かだ。航空隊の存在にも気付いているようで、声の落ち着きようからするとホテル内に閉じ込められても逃げる算段があるのかもしれない。
 ゲンヤから深追いするなと言われているが、ここは黙って見逃すわけにはいかなかった。
 フェイトはバルディッシュを握り締め、廊下の角から飛び出した。
「待ちなさい!」
 廊下には壁に寄りかかったツヴァイとフェイトに振り返っていたフュンフがいた。
「ク、クハハ、ハハハハハハハハーーッ!」
 突然笑い出したフュンフにフェイトは不審そうな目を向ける。フュンフはそんなフェイトの視線を意に介した風も無く笑い続ける。
「クッ、クク、テメェも偶には気の利いた事しやがるなァ、ツヴァイ!」
「オレばっかりなのも悪いと思ったのさ」
「ハッ、よく言うぜ。まあ、いい。テメェはフィーアと合流して行けや。散々暴れて満足しただろ」
「満足、とはいかないまでもまあまあ楽しめた。好きに暴れるといい。それとも、オレからの施しじゃ不満か?」
「いいや、ありがたく貰ってやるぜ」
「それは良かった」
 ツヴァイがコートを翻し、フェイトから背を向けて歩き出す。
「させない!」
 フェイトが逃がすまいとソニックムーブにより一瞬でツヴァイのすぐ傍まで移動する。バルディッシュの先端を突きつけようとして――
「おいおい、俺は無視かよ」
 フュンフが横からフェイトの突きをシールドであっさりと受け止めた。魔力のぶつかり合いで光が迸る。
「・・・ブレイク」
 フュンフの一言によりシールドが指向性を持った爆発を起こしてフェイトに襲いかかる。
 フェイトは一瞬で後ろに跳び退き着地する。生じた粉塵からカードが飛び出して来るが、射撃魔法で撃ち落とす。しかし、今度は煙の中からフュンフが姿を現した。
「そのスピード、邪魔くせぇなァ、やり辛いなァ、おい」
 言いながらフュンフは腰のカードホルダーから四枚のカードを抜き出して投げる。カードはフュンフの手から離れた瞬間に込められた魔力を噴射させ、デタラメな軌道で曲がりながらフェイトに向かって行く。
 フェイトは撃ち落とすのは無理だと考えバリアを発動。カードはバリアに触れて爆発した。
 このままではジリ貧だった。狭い廊下ではフェイトの機動力は発揮できず、避ける事は出来ない。
 そうこうしている内にツヴァイの背中が遠のいていく。彼はエレベータホールを素通りし、非常階段の方へと消えていく。
 焦燥が起きる。遠回りになるが迂回して追おうかとも考えたが、後ろの廊下の先には気絶した隊員達がいる。フュンフが追って来た場合、彼らに危害を加えないとも限らない。何より乱暴な言動をしながらも人の行動を予測した戦術を取るこの男に背中を見せるという事は愚策にも程がある。
 フュンフが立て続けに射撃魔法で攻撃し、フェイトが防御魔法でそれを防ぐ。完全に防戦一方だった。
「クハハハッ、頑張るねえ。……後ろを気にしているようだが、そんなに俺が倒した連中が気掛かりか?」
「――ッ!?」
 彼らを倒したのはやはりフュンフだった。だとしたら、108部隊の隊員の場所は知られているわけで、フェイトは自分から戦闘行為に走ったにも関わらず人質を取られているようなものだった。
「はっ、それで思うよう戦えないっつーのなら、その足枷――壊してやろうか?」
 言われた言葉を理解するよりも早く、フュンフが掌の上に魔力光弾を生成し、放った。放たれた光弾はフェイトを素通りして廊下の先へ飛行する。
「――まさかっ!?」
 ソニックムーブを発動させ、光弾を追う。フュンフが放った光弾は廊下の角を正確に曲がり、螺旋の軌道を描きながら倒れている隊員を狙う。
 フェイトはその機動力を生かし、光弾を追い越しながらバルディッシュをハーケンフォームへと変形、魔力刃で光弾を破壊した。
「敵に背を向けるとは余裕だなァ!」
 隊員が無事なのに安堵する暇も無く、フュンフがフェイトに追い付き、射撃魔法を撃つ。
『プロテクション』
 主の代わりにバルディッシュが防御魔法を発動する。その声にフェイトは振り向き対峙しようとするが遅い。バルディッシュの防御魔法を貫通して魔法がフェイトの左肩を貫いた。
 反動で後ろへ倒れそうになるが踏み堪え、フェイトはフュンフを睨みつける。
 その視線を楽しむようにフュンフは笑った。
「おいおい、そう睨むなよフェイト・テスタロッサ。お前は家族にもそんな視線を向けるのか?」
「貴方は私の家族じゃない」
「そうだなァ、血の繋がりはねえな。だけどある意味俺達は家族なんだぜ? 何たって、同じ研究から生まれたんだからよォ」
「同じ……研究……?」
「そうだぜ。プレシア・テスタロッサが娘のアリシアを生き返らそうと研究していたプロジェクトFだ」
 フェイトに動揺が奔る。ここで、その名前が出てくると思わなかったからだ。
「まさか、貴方も・・・…」
「ああ、その通り。もっとも、俺はプレシアが完成させた技術とも製造思想も違う。そう、アリシア・テスタロッサの代わりとして生まれた――失敗作のお前とは違うんだよ」
「――っ!」
 思わず、バルディッシュを握る手に力が入る。
「それで聞きたいんだがよ。失敗作の烙印を押され、プロジェクトの名前を付けられ、母親と思っていた人間に捨てられた気持ちって言うのは、どんな感じなんだ?」
「――はあああっ!」
 カートリッジがロードされ、バルディッシュの形が大剣へと変形する。半実体化した魔力刃が天井を切り裂きながらフュンフめがけて振り落とされた。対するフュンフは余裕の笑みを、嘲うかのような笑みを浮かべながら今まで使っていた物とは違うカードを懐から取り出す。
 上段からの切り落としを避け、カードが光を放ちながら杖の形へと変形する。それはカード状の待機状態を持つ杖型のデバイスだった。
 フェイトが構わす横に薙ぎ払う。しかし、フュンフは杖の先から二又に分かれた魔力刃を形成し、十手のような魔力刃で剣を受け止める。
「結構激情家だな。ハハッ、そんなに偽物扱いが嫌か。いや、違ったな。偽者にも成り得ない、失敗作だったなァ」
「……黙れ」
「さっきの問いに答えろよ」
 互いの魔力刃がぶつかり、魔力光が周囲に散る。
「母親と思っていた奴から見捨てられてどう思ったよ? 俺には親がいねえから解からねえんだ。だから教えてくれよ」
「黙れっ」
 フュンフを睨みつけながらフェイトは魔力の出力を上げる。体に掛けている身体強化魔法が更にその効果を上げ、体格差をものともせずにフュンフ圧し始める。
 それでもフュンフは笑みを浮かべたままだ。
「悲しかったか? 辛かったか? それとも憎かったのか? ――ああ、そうか。憎かったんだな。だってお前、母親殺してんだからよォ! ハハハハハハッ!」
「違うッ!」
「違わねぇよ」
 フェイトの左肩、傷口の部分にフュンフの蹴りが命中する。痛みでバルディッシュを握る手が緩んだ。
 フュンフはすかさず手首を動かし、痛みで握力が弱った瞬間を狙い魔力刃で挟んだバルディッシュを旋回させて、フェイトの手から取り上げた。
 無手となったフェイトに、容赦なく射撃魔法が浴びせられた。
「――ぐっ、か、はっ」
「違わねえ。違わねえよ」
 フュンフはバルディッシュに武器無力化のシーリングロックを掛けながら、自分が吹っ飛ばして床に転がるフェイトに近づいていく。
「管理局と手を組んで、プレシア・テスタロッサの邪魔をした! その結果プレシアは娘の死体と一緒に虚数空間へと身投げ! テメェが殺したも同然じゃねえか。クハハハッ!」
「そん、な……ちがッ!」
 起き上がろうとしたところを、上から頭部を踏まれて金色の髪が床に広がる。
「一体どこが違うってんだ? 事実、テスタロッサ家の人間は死体ごとこの世から消えて無くなり、今やテスタロッサを名乗るのはハラオウン家に入ってもその姓を捨てていないお前ただ一人。オリジナルの死体を消して、自分を造ったプレシアも消した。これはつまり、自分に失敗作の烙印を押した復讐とも取れるよな。本物と母親を消す事で、テメェは唯一のテスタロッサになったわけだ? これはすげえや!」
「ち、ちが――」
 更にフェイトの顔を強く踏みつける。同時にフュンフの顔から狂った笑みが消失し、人形のような無表情へと変わる。
「さっきから黙れとか違うとか、それしか言えねえのか? あー……やっぱお前と俺じゃあ違うわ」
 彼の周囲に魔力刃がいくつも生成され、その矛先が足元のフェイトへ向けられる。
「見苦しい醜態晒したまま死ねや。せめて、義理の家族の魔法で殺してや――?」
 フュンフが魔法を放とうとした時、チン、という場違いな音が聞こえた。
 振り返ると、エレベータホールにあるエレベータの一つが二人のいる階層に到着し、両開きのドアを開くところだった。
「…………」
 魔法が発射される。それは足元のフェイトにでは無く、今まさに開こうとしていたエレベータのドアに向かってだ。
 こんな非常時にエレベータという密閉された物を使う馬鹿は管理局にもいないし、ツヴァイやフィーアも使わない。だとすると逃げ遅れた宿泊客か。
 何にせよ攻撃する事に越した事は無い。管理局ならそいつは只の愚か者で、身内なら死ぬ奴が悪いと言い張る。一般人はどうでもいい。万が一、敵勢力だった場合を考えれば攻撃する事に変わりないのだから。
 そして木っ端微塵に破壊される自動昇降機。中には誰の姿も無く、死体というモノも無かった。
「…………」
 しばらく観察しても何の変化も起きないエレベータからフェイトに視線を戻し、新たに魔力刃を生成する。その時、突然すぐ隣の壁が崩壊した。
「なっ!?」
 外側から崩壊した壁の向こうから、腕が伸びてフュンフの顔を鷲掴みにする。
「くっ、テ、テメェはっ!」
「まったく、じゃじゃ馬娘探してたらこれだよ。今日はツイて無いな」
 頭から足が離れ、聞き覚えのある声に反応してフェイトが顔を上げると、そこには軍服のバリアジャケットを着たトゥーレが立っていた。





 ~後書き&補足~

 登場するタイミングを心得ているトゥーレさん。
 なのは側や管理局から正体隠している為にこんな突発的というか、美味しいタイミングでの登場が多くなってしまう。

 しかも今回クイントが自重していない。というかやり過ぎてしまった感があります。厨二化する人妻ってどうなんでしょう? ねえ?
 クイントの勘や戦闘の技術に関して言えば、前々から決めていました。トゥーレと戦ったせいで人として踏み出しちゃいけない領域に近づきつつあるクイント。
 魔力とか魔法の素質がパワーアップするのではなくて、精神や体術が人の限界に行く感じです。



[21709] 二十二話 死の舞踏(Ⅲ)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/11/17 00:28
『これが外から見た映像ね~。もう逃げ場なしって感じ』
 表示されているものはホテルの映像だった。地上には陸士部隊が集まり、空には空戦魔導師が浮いている。
「航空隊か。この様子だと、結界で閉じこめてから一気に地上と空から制圧するつもりだな」
『これ、どうやって抜け出すつもりなの?』
 トゥーレは剥き出しの鉄製のフレームの上で、壁に寄りかかりながら、ミッドチルダに到着したクアットロとディエチから通信を受けていた。
 彼がいる場所はホテルの煌びやかな内装とうって変わって壁は鉄のフレームが、照明が無いせいか天井も見えず、床も底が知れない。そしてトゥーレはその空間を左右に区切るようにして前と後ろの壁を繋ぐフレームの上に立っている。その左右の中空には鋼鉄製のワイヤーが何本も天と地を結ぶよう伸びていた。
「まずは、ルーテシアを見つけないとな。お前らもこっち来て手伝ってくれるか?」
 最後の部分を冗談で言う。
『嫌よ。猛獣の巣に入るものだわ』
『そうだね。脱出の援護ができる後方支援型じゃないと。でも、セインなら連れてきて良かったんじゃないの?』
 セインのISならば壁や床など関係無しに移動が可能だ。潜入・脱出の手段としてこの上ないものだ。だが、
「もう管理局に囲まれている上に壁は研究施設とか違ってあまり頑丈じゃなく薄い。力押しされると意味が無い」
 下層のレストランにクイントがいる事を知っているトゥーレは、あの主婦なら容赦なく壁や床を壊しながら追ってくると思っていた。
 トゥーレの周りには通信用モニター以外にも、ワイドエリアサーチの魔法でホテル中に放ったサーチャーからの映像が映し出されたモニターが浮かんでいる。
 最初はヘリで逃げる連中を追いかけて屋上に行ったのかと思ったら、屋上にはクイントに似た戦闘機人がいて、入手を最初っから諦めていたはずのレリックがあった。
 とりあえずレリックの入ったケースを奪って、サーチャーをバラまきながら、一階から最上階まで一直線で繋がっているエレベータの内部に忍び込んだ。
「一度通信を切るぞ」
『わかったわ。頑張ってね~、トゥーレちゃん』
『じゃあね、トゥーレ』
 二人からの通信が切れ、トゥーレはルーテシア捜索に集中する。ルーテシアは小柄な子供故に狭い所を通ったり隠れたりするのが得意だった。特にガリューという召還虫を手にしてからは、暗闇の中では更に見つけにくくなった。
 魔法の手ほどきをして、ゼストと共に戦闘技術を教えたトゥーレは複雑な気分だった。
「もしかして、地下か?」
 そう思い、サーチャーの数を増やして地下駐車場へ向かわせる。
「まさかあいつ・・・・・・」
 トゥーレは脱出するなら最悪地下からだと決めていた。そして、例の戦闘機人達も地下のあるルートを使うだろうとも。ルーテシアがそれが解っててそちらへ向かったのだとしたら、予想以上にルーテシアは成長しているのかもしれない。
 ホテル中層を探索していたサーチャーから映像が送られてくる。そこには廊下で倒れたまま動かない管理局の人間達がいた。
「――――……」
 屋上にいた戦闘機人の仲間にやられたのだろう。生きているのか、死んでいるのかはさすがに分からない。しかし、周囲の戦闘痕からおそらくは背後から襲撃に会い、瞬く間に壊滅させられたのだと分かる。
 よくある光景だ。そう、武器を手に持ち者としてよくある光景であり、それこそ誰もがそうなる可能性のある終わり方だ。
「…………」
 トゥーレはそれをしばらく見てから、無言で別の映像へ視線を移そうとした。
 その時、映像の中でいきなり廊下の角から魔力光弾が飛んできた。
 ――気づかれた!? そう思うのもつかの間、それを追って光弾を切り落とす少女の姿が見えた。
 柄の長い斧のような黒いデバイスを手に持ち、黒いマントを羽織った金髪の少女だ。見覚えがあり、記憶していた年格好よりも成長している。
 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。彼女は青黒い髪の男と対峙し、戦闘を開始する。
 送られてくる映像からはフェイトの不利が明らかだった。廊下は狭く、彼女の武器である機動性を活かせない。対峙する男は攻撃の手を緩めない徹底とした容赦の無い攻撃を与え続けてフェイトを確実に消耗させている。見るからに経験差が出ていた。
「……何やってんだか」
 フェイトが床に倒れた同時にトゥーレは足場にしていたフレームから飛び降り、エレベーターを操作する。
「あいつは、もうちょっと考えて戦う事覚えろよな……」
 言いながら、トゥーレはフェイトを助ける為に行動を開始した。
 


「ぐっ、くそ! テメェ!」
「まったく、じゃじゃ馬娘探してたらこれだよ。今日はツイて無いな」
 突然現れたトゥーレに顔を鷲掴みにされた挙句軽々と持ち上げられたフュンフは驚きで目を見開いた。彼の重さはジャケットなどの防護服や装備を含めて百キロは超えている。それをトゥーレは軽々と片手で持ち上げていた。
 フュンフの視線が乱入者の顔を見るために下に向く。若い黒髪の男の顔と同時にトゥーレが左手でもつケースが視界に入る。
「テメェがツヴァイと戦ったせんと――ッ!」
 言葉を遮るように、フュンフは持ち上げられた状態から壁に叩きつけられる。
「吹っ飛べや!!」
 フュンフは叩きつけられた状態で怒鳴ると同時に魔法を発動させる。彼はレリック入りのケースを見た瞬間、フェイトを甚振っていた個人的な感情から即座に任務遂行の為の頭へと切り替えた。
 至近距離での魔法の使用は自分を巻き込むが、そうでもしないと手を離さないと判断し即実行へと移す。現に魔法の発動と共にトゥーレの手がフュンフから離れる。そして後ろへ飛び退きながら短剣型の魔力刃を射出、狙いも何もない攻撃だが牽制にはなる。
 トゥーレは片手からシールド魔法を展開し、魔力刃に叩きつける事で矛先をずらす。魔力で出来た刃は床や壁に刺さり爆発を起こす。
 爆発の余波を利用し、トゥーレがフュンフに接近する。
 トゥーレのスピードを予め警戒していたフュンフは既に防御魔法を展開させていた。防御面に触れればその箇所から爆発が起きるというカウンター機能が付加された防御魔法だ。例えフュンフと同じ戦闘機人と言えども指どころか手が無くなるという凶悪な魔法だった。
 だが、トゥーレの伸ばされた右手が防御魔法に接触する直前に血管のような赤い紋様が何筋も伸び、黒く変色した。鋼鉄を思わせる黒色の手は防御面に接触し、爆発を浴びても破壊されるどころかそのまま突き進んでフュンフの防御魔法を突破する。
「何だとっ!?」
 胸倉を掴まれ、再び持ち上げられたかと思うと今度は床に強く叩きつけられる。
「かはっ」
 肺の中の空気が強制的に吐き出されながらも反撃しようとする。だが、それよりも速く胸倉を掴むトゥーレの右手から砲撃魔法が撃ち下ろされた。

「……仕留め損ねたか」
 床の大穴を見下ろしトゥーレは呟く。穴は下の階どころかいくつもの天井と床を貫通して遥か下まで続いていた。そして、その終着点である一階の床にはクレーターがあるだけでフュンフの姿は無かった。おそらくは無理やり砲撃の中から抜け出したものと思われる。
 穴から視線を外して背後を振り返る。その先には床から起き上がって座り込んでいるフェイトがいる。殺されかけ、寸前で助けられた反動か放心しているような状態だった。
「おい、大丈夫だったか」
 しゃがみ込んで目線を合わせる。
「あ……ト、トゥーレ…さん……」
 返事はするものの、心ここに在らずといった感じだ。それが気になってトゥーレはフェイトの目の前で手を振ってみたり、指を鳴らしてみたりする。反応は薄い。目の焦点も合っていない。
「ふむ」
 サーチャーから聞こえた会話の内容が思い出される。盗み聞きは趣味では無かったが、聞こえてしまったものはしょうがない。
 トゥーレはこの場から早く離脱する必要があった。いつ他の管理局員が来るかもわからないし、ルーテシアを探して逃げ出さないといけない。だからと言ってこの弱い少女を放っておくのは流石に気が引ける。
 だからトゥーレは手っ取り早い方法を取った――――フェイトの頬を引っ叩いたのだ。
「――っ!? な、何を……」
「痛みに反応できるって事は、まだ壊れちゃいないな……フェイト・テスタロッサ・ハラオウン」
「は、はいっ!?」
 フェイトは立ち上がったトゥーレに見下ろされる。
「お前の今の所属と役職は?」
「あ、えっと、時空管理局の本局執務官、です」
 トゥーレが軍服風バリアジャケットを着ており、自分よりも背の高い彼に見下ろされているせいか、まるで上官のような威圧感を感じた。
「なら、執務官殿。今の任務は?」
「む、無限書庫襲撃事件と、や、闇の書復活のそう――」
「違うだろ。それと、そういう事を民間人に話すな」
「は、はいっ」
「言い方が悪かったな。今、お前がやるべき事は何だ?」
 今、という言葉を強調してフェイトの背後にあるものに視線を向ける。
 トゥーレの視線を追ってフェイトが後ろを振り向く。
「あ……」
 背後には、傷つき倒れた108陸士部隊の隊員達が倒れている。幸いにも先程の戦闘による巻き添えは受けていない。いや、トゥーレが受けさせなかった。フュンフの射撃を避けずに、わざわざ弾いて床や壁に当て爆発させたのだ。
「彼らを保護し守る事だろう。それを忘れて呆けるな」
「はい……」
「あの男に何言われたのか知らない。興味もないしな。だが、お前は管理局の人間だ。執務官なんて地位は嫌々なれるもんじゃない。目標と意思があったからお前は管理局の執務官になった。違うか?」
「ち、違いません」
「なら、今やるべき事をしっかりとやれ。自ら志願して局員になったのなら、職務を全うする事に集中しろ。悩むなんて個人的且つ周りからして迷惑なモンは後からいくらだって出来る」
 そう言って、バルディッシュに掛けられたシーリングロックを外す。
「返事は?」
「は、はい!」
「よし。……掴まれ」
 フェイトは目の前に差し出された自分よりも大きな手を掴み、引っ張り上げられた。
 フェイトを立たせたトゥーレはバルディッシュを拾い上げ、掛けられたシーリングロックを解除して持ち主に手渡す。次に、ミッドチルダ式魔方陣を展開させて治癒魔法をフェイトを含む倒れた隊員達に掛けた。
「気休め程度だが、救助が来るまでは持つだろう。……ん? あいつ、やっぱり……」
 サーチャーからの視覚情報を受け取ったトゥーレは、もう用は無いと言わんばかりにフェイトに対して背を向ける。
「あ、あの、一体どこへ?」
「逸れた連れを迎えに。安心しろ。見つけたら速攻で避難するさ。じゃあな」
 フェイトが止める間も無く、トゥーレは行ってしまった。
 自分が苦戦した相手にあれほどの戦いを見せた人物が、避難という言葉を使った事に不謹慎だが可笑しいと思い、熱を持った頬が僅かに緩む。そんな事を考えるだけの余裕をいつの間にかフェイトは取り戻していた。



「本当にフュンフを置いてきて良かったのですか?」
「大丈夫だろ。それより、それ本当なのか? 彼がいたっていうのは」
「ツヴァイが戦闘した際の映像を見ていないので、断言できませんが、聞いていた特徴と一致します」
「へえ、何でまたこんな所に」
「・・・・・・駄目ですよ」
「駄目って何が?」
「彼を捜して自ら戦闘行為に走る事です。ドライから止めるよう言われています」
「やれやれ、相変わらず厳しいな」
 ツヴァイとフィーア、二人は今ホテルの地下駐車場にいた。当然の事ながら二人以外の人はおらず、薄暗い照明の下何台もの車が停まっているだけだ。
 外では既に航空隊が到着しており、周辺の空は完全に塞がれている。地上にも陸士部隊がいる上に、ホテルは結界によって封鎖されている。
 ホテルから逃げ出す事、少なくとも気付かれずに逃げる事など不可能な状況だ。
 そんな状況で、更に逃げ場のない地下において二人は散歩でもするかのように悠々と歩いている。
「ここですね」
 モニターを開き、周辺地理のデータを見たフィーアが呟き立ち止まる。ツヴァイも彼女の背後で足を止める。
 突然、フィーアは腕を振り上げ、床に向けて拳を振り下ろした。振動による接触兵器となった彼女の拳が駐車場の床を豪快に砕き、周囲に亀裂を走らせて大きな穴を開けた。
 砕かれた床の先には、フィーアが空けたものとは違う、明らかに人の手が加えられた細長い縦穴が地下深くへと続いている。大きさは人一人が通れるほどで、縁から錆びた鉄の梯子が穴に沿って続いている。
「さすが、フュンフの言った通りだな」
 穴の先にはミッドチルダの用水路だった地下施設がある。ミッドチルダの主な生活都市区画の地下には必ずあると言っていい施設の中には。老朽化や生活区域の建造状況による効率化の為に放棄された物がいくつかある。
 二人の真下には、もう使われなくなった地下施設があり、整備用通路の縦穴に蓋でもするかのようにホテルが建てられていたのだ。
「急いで退却しましょう」
「二人して任務失敗の上、フュンフも鬱憤が溜まっていたのか暴走中。帰ったらドライに詰られるな」
「・・・・・・」
 フュンフとあの少女を会わせたのは一体誰だったか、常に無表情だったフィーアもさすがに呆れた様子だった。
「・・・・・・行きましょう」
 何を言ってもこの狂人は気にしないだろう。組織内では既に共通の認識の為、フィーアは何も言わず縦穴へ入ろうとする。
「ああ、ちょっと待ってくれ」
 呼び止めるツヴァイに振り返ると、ツヴァイは駐車してある車の方に視線を向けていた。
「そろそろ出て来たらどうだ?」
 誰もいない、誰も乗っていない車に向けてツヴァイは話しかける。
「オレ達が来た時には既にいたんだろ? 誰かと待ち合わせなのか?」
 返事が返ってこない。誰もいないのだから当然だ。しかし、ツヴァイは銃を取り出すと暗がりに向かって一発撃った。
 放たれた銃弾は暗がりを撃ち抜く事無く、何かに弾かれて直ぐ傍の車の窓を割った。
 自分とツヴァイしかいないと思っていた空間に、他に誰かいた事に驚きながら、フィーアが暗がりに向かって構える。
「・・・・・・どうして分かったの?」
 暗がりの中から、少女の静かな声がした。そして、暗がりから現れたのは小さな子供だった。その後ろからも、少女を守るように人型の魔法生物が進み出る。
「気配は完全に消えてたんだが・・・・・・そんな物持っていれば臭いでわかるさ」
 よく見てみれば、少女は両手で大きなグラスを持っていた。内側にクリームが付いている事から、パフェの容器かもしれない。
「・・・・・・・・・・・・」
 少女はグラスを一度見て、少し考えてから容器を車のボンネットに置いた。そして何事も無かったかのように振り返る。
「そんな所にゴミを置いたら駄目じゃないか」
「何のこと?」
 ツヴァイの真っ当な注意に無表情でトボケる少女。それがおかしかったのか、ツヴァイが笑う。
「ハハッ、おもしろい少女だな。ところで、さっきの質問に答えてくれるかな?」
「・・・・・・レリックを探してるの」
「レリックを、ねえ」
 こんな幼い少女がロストロギアであるレリックをどうして探すのか疑問は起きるが、先ほどの気配の消し方といい、油断無くツヴァイ達を見る魔法生物を従えている事といい、只者では無いのは確かだった。
「一度手に入れたんだが、怖い人に取られてね。今から逃げ帰る所なんだ」
「そう・・・・・・」
 少女は、二人に対する関心を失ったのか、そっぽを向いて歩き始める。
「あのまま行かせても?」
 フィーアがツヴァイに聞くと同時に、少女が立ち止まって振り返る。
「あっ、そうだ」
 少女は長い髪に隠れた腰から、
「一発は一発だから・・・・・・」
 異形の銃を取り出した。
「へえ・・・・・・」
 その銃を見て、ツヴァイは嬉しそうな、感心したような表情を浮かべる。それはツヴァイがトゥーレと初めて戦闘をした際に、切り落とされた右腕ごと砂漠に置いてきた銃だった。
 大の男の手でも大きな大口径の拳銃であり、少女が両手で持っても不釣り合いだ。そもそも、実弾を撃つ銃であるならば反動が当然あり、少女の細い腕では銃を支えるどころか撃った時の反動で骨が折れてしまうかもしれない。
 銃口の周りに環状型魔法陣、少女の足下に正方形の魔法陣が出現する。小さな体から信じられない魔力量を二人は感じる。
 少女、ルーテシア・アルピーノが引き金を引いた。
 指向性を持った魔力の塊が高速で撃ち出される。実弾ではなく魔力光弾の為か、それとも最小限に抑える機能でも付けたのか反動はほぼ無いようで、ルーテシアの毛先が僅かに揺れる。
 意外にも様になっている射撃姿勢の為か、直射する魔力光弾は正確にツヴァイの胸目掛けて一直線に空気の壁を突破して迫る。しかし、弾丸同時の跳弾による攻撃をこなしてしまうツヴァイにとって欠伸が出る程であり、軽々と避けた。
 だが、ツヴァイはルーテシアの射撃を避けた直後だと言うのに、いきなり転がるようにして横に移動する。ルーテシアの第二射を警戒したわけではない。その答えは直ぐに出た。
 直射弾を避けた直後のツヴァイがいた位置に無数の光弾が襲い掛かったのだ。それも、ルーテシアからでは無い、彼の背後からだ。
 誰もいない空間を過ぎた無数の光弾は一直線にルーテシアの方へと戻る。撃った本人に当たると思いきや、光弾は円運動をし始め、ルーテシアを避ける。それどころか円運動によってUターンした光弾が再びツヴァイに襲い掛かる。
「なるほど、これはさすがに驚いた」
 全ての光弾を紙一重で避けながら、ツヴァイはその光弾の正体を知る。
 ツヴァイが光弾を回避していく中、フィーアがルーテシアを敵と認識し襲い掛かる。その間に無骨な召喚虫が割って入ってルーテシアの盾となった。腕から杭のような爪を生やす。
 拳と爪がぶつかり合い、互いがその衝撃で後ろへと下がる。フィーアは直ぐに踏み止まってガリューに迫り、格闘戦が開始される。だが、ガリューの脇下からルーテシアが銃口をこちらに向けている事に気付き、飛び退く。
 発射される一発の光弾。
 フィーアはその光弾を、直射されたあと拡散し誘導弾となる変則的な性質を持つ魔力光弾と予測し、拡散する前に叩き落とそうと魔力付与した拳で撃墜する。
 次の瞬間、叩き落されたはずの魔力光弾からいくつかの光弾が飛び出してフィーアを襲う。
「……?」
 予想外の事に疑問を感じながらもフィーアは光弾をかわす。ツヴァイを襲っているものよりも少ない光弾が床にまるで虫食いでもされたかのような穴を開ける。
「カタパルトってとこかな」
 ルーテシアのものとは違う銃声が地下駐車場に響き渡り、ツヴァイを襲っていた光弾が撃ち落とされる。
「お嬢さんは、召喚士だったのか。ハハッ、ただでさえ稀少な召喚技能に改良を加えているなんて初めて見たよ」
 撃ち落された光弾の下にバラバラになった虫の死骸が転がっていた。フィーアが拳を叩き付けた場所も同様に、何匹かの虫が潰れて落ちていた。
 ツヴァイが落としていった異形の銃はスカリエッティによって改造されていた。ツヴァイが普段使っている魔力による実弾強化の機能を応用し、高速化と硬化という限定された魔力付与ながらも魔力を注ぎ込むだけで直射型の射撃魔法が撃てるだけで無く魔力付与を受けた召還獣を射出する射出機としての機能も持つ。元の銃より大量に魔力は消費するものの、大魔力と召喚技能を持つルーテシアの固有武装だった。
「しかし、一発って言うのは嘘なんじゃないのか?」
「一発は一発」
「確かに――」
 ルーテシアの返答に小さく笑ったツヴァイは突然後ろを振り返る。赤いコートが翻り――
「――ようやくお出ましか」
 嬉々として銃を乱射する。
 誰もいない駐車場奥に発射される銃弾。気が狂ったとように思える行動。だが、そこにいる者全員がその理由に一息遅れて気付く。
 人の視認速度を凌駕したスピードで雨のような銃弾を避ける影があった。
「ガリュー!」
 ナンバーズの十三番目、トゥーレが怒鳴るように人型の召喚虫の名前を言う。
 名を呼ばれたガリューは意図を察してルーテシアを抱き上げるとフィーアに向かって突進する。当然迎撃されるが、ガリューは肩から角のような突起物を出し、フィーアの拳をいなしながら横を通り過ぎる。
 同時にツヴァイの足元、床の下から突如光弾が現れ彼の体を貫いた。フィーアを攻撃しようと床に穴を開けた召喚虫はまだ生きていたのだ。
 胸に穴を開けられ血を吐くツヴァイにトゥーレが一瞬にして接近し、フィーアを巻き添えにして蹴り飛ばす。その隙にガリューが主を抱えたまま縦穴へ飛び込み、トゥーレがそれに続く。
「ルーテシア、デカイのブチかましてやれ!」
「うん」
 高速で縦穴を下降する召喚虫に抱えられたまま、少女は銃口を真上に向ける。上には同様に降りてくる青年がおり、その更に上には急速に遠ざかる丸い光がある。
「あうふ・う゛ぃーだーぜん――なんちゃって」
「――おい。誰だ、そんな事教えたのは…………俺か?」
 銃口から魔力の塊が発射される。発射された魔力はトゥーレと縦穴の隙間を通過し、真っ直ぐに地下駐車場へと直進する。
 駐車場では、フィーアと胸から血を流すツヴァイが丁度起き上がるところだった。二人は縦穴から出てきた魔力を視認する。
 魔力の塊が天井と床の中間にまで来ると急停止、その刹那塊だったそれが突然膨れ上がり、中から巨大な甲虫が現れた。
 巨大甲虫――ルーテシアによって地雷王と命名された召喚虫は雷撃と振動による局地的な地震を地下駐車場中に起こした。



「ん? 地震? 珍しいわねえ」
 ホテルの外にてクイントは揺れた地面を見下ろす。地震かと思われた振動は唐突に止まった。
「確かこの下ってホテルの駐車場だったわよね。何かあったのかしら……」
「さあな。一応出入り口は見張らせているが……それよりも」
 ゲンヤが腕を組みながらも呆れた表情でクイントの隣に立っていた。彼は指揮車両が破壊された後、シャマルの治療を受けながらもホテルの近くまで来ていた。そこで合流した部下と共に周囲を封鎖。民間人の避難と航空隊との連携の指揮に追われていた。
「お前退職した身だろ。何で最前線で戦ってるんだよ」
「防衛よ防衛。正当防衛。いやあ、犯罪者って怖いのねえ」
 クイントはレストラン内でエリキシル中毒者を拘束してからは無理にツヴァイを追おうとはせずホテルの外へ移動していた。これ以上現場にいては他の隊員の立場が無いと考えたからだ。
 はやてはシャマルと合流しホテル中層にいるフェイトと負傷した隊員達の救助へ向かっている。
「どの口で怖いなんて言うのかねえ」
 大袈裟とも言えない溜息をゲンヤが吐く。
「照れるわ」
「…………」
「そっちこそ首尾はどうなのよ?」
「だいたいの幹部連中は捕まえた。まあ、一番上が殺されてたけどな……」
 航空隊が到着した際に着陸した屋上には横倒しになったヘリと密売組織の構成員、108部隊の隊員達が倒れていた。特に組織のトップは確実に息の根を止められていた。
「結局、そいつが持っていたケースが何なのか分からなかったな」
「爆弾だったりして」
「恐ろしい事言うなよ。だとしたら未だ中にいる奴ら全員が危険だな」
 そう言ってゲンヤは航空隊の結界に閉じ込められたホテルを見上げる。
「そうねえ……ん? 何かしら?」
 相槌を打ちながら、クイントは再び地面を見る。
「どうした?」
「何か嫌な感じが…………ちょっとちょっと!?」
「一体どうしたってんだ?」
 突然慌てだしたクイントに訝しげな表情を浮かべるゲンヤ。夫の表情など構わず叫んだ。
「急いで皆を退避させて! 何かヘンなの来るわよ!」
「変なのはお前だ」
 言いつつも、ゲンヤは退避命令を全員に伝えた。根拠も何もないが妻の勘が第六感と言えるほど信用できるものだと彼が一番知っているからだ。



 地下にある下水道の天井から大量の埃が振り落ちた。
「おー……」
 既に地下施設へと避難したルーテシアはその様子を見上げている。その横にはガリューとトゥーレが並ぶ。
「おー、じゃねえよ。勝手に単独行動はするなよ、ルーテシア」
 明かり代わりのスフィアを浮かべたトゥーレがルーテシアを叱る。
「ごめんなさい」
 即座に頭を下げて謝ったルーテシアに呆れ、それ以上言えなくなったトゥーレは溜息を吐きながら持っていたケースをルーテシアに渡す。
「ほら、レリックだ」
「ん」
 受け取ってケースを開けると、赤い水晶がケースの中で浮いている。その土台に刻印された数字を見て、無表情だったルーテシアの顔が曇った。
「十一番じゃない。……いらない」
「捨てんなよ!」
 ケースを放り投げようとするルーテシアを慌てて止める。
「まったく、どうしてこんな性格になったんだか……」
「育て方まちがったから?」
「自分で言うな。……とにかく、もう用は無い。とっとと逃げ――」
 呆れ顔だったトゥーレの表情が突然真剣なものになり、天井を見上げる。天井の向こうには崩壊したであろう駐車場があるのだが、当然は見えはしない。だが、彼には何か感じ取れたのか天井の一点を見つめて、
「逃げるぞ! ガリュー、ルーテシアを抱えてここから直ぐに離脱しろ。外の森林地帯にクアットロとディエチがいる!」
 そう言って、トゥーレはISを発動しながらルーテシア達から離れた。



 ホテルの地下駐車場では照明が全て割れ、残っていた車の殆どが潰れた挙句に壁や天井に亀裂が走っていた。支柱も幾つかが倒れている。
「ああ? 何があったんだ、こりゃあ。なあ、おい、フィーア」
 脱出の為に地下駐車場へ来たフュンフが、天井の一部が崩れて瓦礫が積み重なった箇所に向けて問いかける。彼の言葉に反応したのか中から瓦礫がどかされてフィーアが姿を現す。
「戦闘を行いました。お互い、負傷しているようですね」
「黙れや」
 二人とも戦闘によって体の所々を負傷していた。常人なら立つこともできない怪我をしていながら二本の足でしっかりと立っているのはさすが戦闘機人と言ったところか。
「チッ、これじゃあ予定していたルートは使えねえじゃねえかよ」
 フュンフは入り口が潰れた地下施設へ繋がる縦穴を見下ろし、忌々しげ呟く。
「強行突破するしかねえな。空は無傷の航空隊がいる。疲労している部隊のいる地上から行くか。おい、そこのマヌケ。とっとと起きやがれ」
 一台の車が横倒しに壁と衝突していた。そして、その間からは夥しい程の血液が流れている。だが、異様な事に血から強烈な酸の臭いがし、床と車を溶かしている。
「――ハハ、アハハハッ」
 壁と車の間から、人の笑い声が聞こえた。
「ああん?」
 潰れているであろうツヴァイの身を案じる事もしない二人が視線を向ける。車の裏側は急速に溶け始め、ツヴァイの笑う声がより鮮明に聞こえて来る。
 そして、二人は互いの目線を合わせると――全力でその場から逃げ出した。



 それは突然起きた。
 ホテルの上空を警戒する航空隊の空戦魔導師達は、はっきりとその目でホテルが崩れたのを目撃した。
 一瞬の出来事だった。内部からの衝撃か、外へと拡がって崩れていくホテル。更には内部からの脱出を阻むはずの結界が一撃で粉砕される。何十もの階層を持つビルがあっと言う間に爆裂し、一筋の炎が破壊を行った存在を追うように真上へと昇っている。
 炎の柱は結界を越え、空戦魔導師が滞空するよりも高く高く昇っていた。そしてその頂には――
「化物……」
 空戦魔導師の誰かが呟く。
 誰も彼もがその正体を知ろうと上空を見上げ、唖然とする。
 空には血のように赤い霧を纏う真紅の長身がいた。踊るように旋回し、歌うように狂笑している。誰の目から見ても正気ではない。姿もまた普通では無い。右肩の後ろの部分から黒い異形の翼を広げている。右腕が丸ごと黒く禍々しい砲身となっている。
 眼下で立ち尽くす人々等無視し、異形の姿へと変わったツヴァイは右腕の銃口を、既に見る影もないホテルの残骸へと向ける。
 ――失せろ。有象無象の案山子ども。貴様らに用は無い。オレが求めるのは踏めば潰れる下等な存在で無く、彼のような、彼らのような対等の存在だ。
「レェェエエスト・イン・ピィィイイス!!」
 超高熱のプラズマが火の柱となって爆裂し、ホテルの残骸ごと地下を粉砕した。





 ~後書き&補足~

 まだまだ続く死の舞踏。
 トゥーレさんがフェイトを叱りました。本当になのは側と喧嘩するな、この男は。馬鹿娘という単語も使おうかなと思ったけど自重。どこぞの戦乙女クラスにはまだ遠いですから。
 次は八神家をイジめるか。さて、どうしよう……。
 
 そしてネタ化が進むルーテシア。君はどこへ行くつもりなのか……。
 ルーテシアの強化として銃を与えてみました。大した強化じゃないですよ? いや、本当に。魔群入れるよりマシです。



[21709] 二十三話 死の舞踏(Ⅳ)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/12/07 21:59
 巨大なモニターに映し出された街の様子は悲惨なものだった。巨大な炎の道が元ホテルだった所から今もなお伸び続けている。モニターの中で、空から光の柱が幾本も伸びて地上を火炙りにしているのが確認できた。
 望遠にして見なくてもそれを行っているのがドライには分かった。分かりたくは無かったが。
「ク、ククッ、ハハハハッ」
 ドライの隣では白衣を着た若い男がいる。何がおかしいのか笑っていた。
「ドクター、笑い事ではありません」
「ク、クク、いや、そうは言うがね、これほど派手なのは久しぶりでね。ミッドでこれほどのものは…………そう、質量兵器が禁止された時以来かな」
 見た目の若さに反し、七十年以上も前の出来事を男はまるで見たことがあるように話す。
「しかしこのままでは西区が滅びます。別に滅びても構わないのですが、私達の所まで被害が及ぶ可能性があります」
「ん? ああ、そうだね。もう少しデータを取りたかったんだが、欲張るのはいけない。第二セクションには可哀想だが、そろそろ止めさせるか」
 男は映像を見て笑いながらもしっかりと研究員達に連絡して災害を起こしているツヴァイのデータを取るよう指示していた。
 エリキシルの元となる血を保有し、死なない肉体を持つツヴァイの戦闘データは貴重であった。彼の銃の腕前は魔技と言えるものだが、恐ろしい事にそれは魔法や何らかの技術では無く彼が磨き上げた技であった。
 規格外な技でもそれは科学者達が求めるものと違う。彼らが求めるのはツヴァイが体内で飼うロストロギアのデータだった。
「アインに行ってもらおう。君はまだ作業が残っているからね」
「プログラムの方はもう少しで終わりますが?」
「君には別の任務を与えるからちょっと待ってほしい。それに、ついさっき第一セクションからアインの炎熱変換の強化が終了したと報告があった。最後は線香花火のように盛大に燃やすのもいいだろう」



「ちょっとちょっと、何よアレ? 何なのアレ? どこのモンスターよ。ゲーム世界に帰れ!」
「落ち着けクイント」
 避難命令に首を傾げる隊員達を無理矢理ホテルから引き離し途端、ホテルが中から瓦解した挙げ句に翼を生やしたツヴァイが真下に向かって砲撃した。皆が突然の事に呆気に取られる中、クイント一人が騒いでいる。
「落ち着けって言われてもね。見たでしょう、あいつの腕と背中。変身してたわよ変身! 中にいたフェイトちゃん達は脱出間に合ったのかしら? なんかカッコイイなあチクショウッ!」
「本気で落ち着け」
 思った事をそのまま口にしているせいか支離滅裂だった。そのくせ手は携帯端末を操作してフェイト達との通信を試みている。端から見ていると頭と手が別の生き物に見える。旦那は旦那で自分の妻がフェイト達へ通信しているのを見ると、そっちは妻に任せて自分の隊の被害状況と他の隊との情報交換を始めた。
 フェイトのいる中層へ救援に行っているはやて達にも、もちろん退避するよう連絡したが、あまりにも唐突だった為に間に合ったかどうか疑わしかった。
「――繋がった! あなた!」
 クイントはフェイト達との通信に成功し、彼女達の安否をモニターでざっと確認するとすぐさま夫に端末を投げ渡す。
「お前達、無事だったか」
 端末の画面に映ったのははやてだ。その後ろには108部隊の隊員達とフェイトがシャマルによる治療を受けていた。
「はい。ゲンヤさんの指示が無かったら全滅でした。ありがとうございます」
「いや、そっちだって俺の部下達を守ってくれてるんだ。それよりそっちの状況は? 今どこにいる」
「ホテルの裏口が……あった所です。壁を突き破って、結界の境目の所まで逃げて来たんです」
「そうか……とにかく一度こっちに戻って来てくれ。こうも状況がコロコロ変わっていたらこっちも追いつかん」
「わかりました」
 通信を切ったところで、いつの間にか隣にいた妻の姿が無い事に気づく。まさか追いかけて行ったのかと、ツヴァイが飛び去った方角へ視線を向ける。
 空が赤かった。
 ツヴァイは旋回しながら何かを追うように砲撃を地面に向けて撃ちまくっている。さすがにあの腕ではレストランで見せた連射は出来ないようだったが破壊力が桁違いだった。一撃でいくつもの建物を破壊し、周囲を火の海に変えていく。空戦魔導師達が追跡し止めようと奮闘しているが無視されている始末だった。
 救援隊にも応援を要請しているが、彼らが来る頃には一体どれほどの犠牲者が出ているのだろう。
「ゲンヤさん」
 名前を呼ばれ振り返ると、はやてがやって来ていた。その隣にはリインがおり、後ろには108部隊の隊員達、フェイトと二人の守護騎士がいる。
「とんでもない事になりましたね」
「ああ、まったくだ。今俺の部隊の連中に周囲の避難誘導と救助活動させているが、原因を叩かないと被害は収まらんだろうな」
 航空隊が頑張ってはいるが、無視されている時点で止める事はできない。もっと強力な魔法が撃てる者ではないと無理だ。
 フェイトなら高速移動による接近戦で強力な一撃を叩き込む事ができる。しかし、報告によれば彼女は肩を負傷している。装甲の薄い彼女では掠るだけでも危険だ。
 そこでふと、フェイトが飛び出さないか心配になったゲンヤは彼女に視線を向ける。
 フェイトはバルディッシュを握りしめ、悔しそうな顔をしている。それでも飛び出さないところを見ると、自分の状態をしっかりと把握しているようだった。ホテル突入前と様子が違う事は気になったものの、ゲンヤはツヴァイの対策を考える。
 はやてならばどうだろう、とも思ったが彼女の魔法は広域魔法が主なので、まだ避難が完了していない街中で使えば被害がより広がる可能性がある。もう他の部隊任せにするしか無いと諦めかけた時、背後から聞き覚えのあるエンジン音がした。
 ゲンヤが振り返って見てみれば、大型バイクに跨ったクイントが笑顔ではやてに手招きしていた。



 トゥーレは地下施設の中を縦横無尽に走り回る。天井、壁、床など関係無しに、足場となった場所が砕け陥没する。そして、その次の瞬間に天井から熱線が降り注いだ。
 追うようにして熱線が次々と天井から落ちてくる。その威力は凄まじく、トゥーレが通った下水道は爆発によって火に包まれ、その火力はいとも簡単にコンクリートが溶ける。
 トゥーレは頭上から落ちてくる驚異を避けながら頭の中で地上の都市部の地図を思い浮かべ、自分がどこの地下を走っているのか予想する。そして、なるべく人の少ない場所や避難され誰もいない場所の真下を通るように走り、少しでも前に進まないようなるべく横移動する。
 彼を追って降り注ぐ超高熱の柱は地上から放たれ貫通して来ているものだ。だとしたら、今頃地上の都市はどんな有様だろうか。
 トゥーレが逃げれば逃げるほど被害は拡大していく。それが分からない彼ではないが、他人の事を気にする余裕は無い。地下にいるトゥーレに向かって正確に落ちてくる攻撃を避けるのに精一杯だ。
 ここで足を止めて防御に専念すれば雨どころか滝の如く砲撃が落ちてくる。地下施設の壁を破壊しながら移動も出来るが、減速してしまって攻撃を受ける事になる。このままではじり貧だった。
「……しまった!」
 今トゥーレが進んでいる通路の先は居住区のエリアの真下だった。このまま行けばより多大な被害が出る。管理局が何ブロック先にも避難警報を出していたとしても短時間で避難が完了している訳がない。
 自分の失策に歯軋りしながら、トゥーレは覚悟を決めた。
 右腕に長大な黒いギロチンが落ちる。
 ツヴァイの攻撃を正面から貫きながら地上に昇り、相手の首をはねるつもりだ。
 賭けである上に、管理局に自分の姿が見られる可能性もある。そうなった場合、クイントとも戦う羽目になるだろう。だが、このまま居住区を火の海にするわけにはいかない。
 トゥーレが振り向き、天井へ向かって飛ぼうとしたその時、突然砲撃が止んだ。



 空から砲撃を続き、ホテル周辺どころか都市部そのものに甚大な被害が及んでいる。
「撃てェッ!」
 航空隊が居住区を背にし、ツヴァイに対して一斉射撃を試みる。彼らは必死な表情をしていた。それは当然で、このままツヴァイを行かせてしまえば居住区はあっと言う間に壊滅してしまう。中には家族がそこに住んでいる者もいるだろう。
 だが、彼らの健闘も空しく、ツヴァイは防御するどころか射撃魔法を全身に受けても止まる様子が無く、航空隊を完全に無視して空を飛び彼らの横を通過する。その際に生じるソニックブームが航空隊の空戦魔導師達を吹き飛ばした。
 砲撃は次々とビルや道路を破壊、業火を巻き起こす。彼の通った跡は炎に包まれ廃墟となっている。
 そして、居住区に異形と化した右腕、その砲身が向けられた時、背後の炎の海から飛び出してくる影があった。
「ヘイ、そこの色男! ちょっと待ちなさい!」
「ア、アカン! アカンアカンアカンアカン!? し、死ぬ! 死んぢゃう!? いやや~~~~っ!!」
 大型バイクを酷く荒っぽい運転で乗り回すクイントと、その後ろにユニゾン状態のはやてが座っている。ウイングロードに乗って火の海の上をバイクは轟音を轟かせながら爆走する。
 その荒っぽい運転は飛行できるはやての目を回すほどだ。
 ツヴァイが旋回し、方向を変えた。それを追ってバイクが方向転換――――していない。ウイングロードを伸ばし、捻れを入れて、地面と平行だった道を壁のように縦にした。カーブすると減速してしまうために、直進しながらも別方角へと行くためだ。
 当然、バイクが地面と平行になる。
「のわぎゃああぁぁぁぁっ!」
 飛行魔法ではない、重力の支配下にある物理運動なのでメッチャ怖い。
 背中に聞こえるはやての悲鳴を無視してバイクがビルの中に突っ込んだ。バリアジャケットで守られるとは言え、横顔に落ちてくるガラス片にはやてはビビる。狭い室内を三次元的な動きで爆走。いつ事故を起こしても――いや、起きてないのが不思議だった。
「あの男、見向きもしないわね。はやてちゃん、殺っちゃいなさい」
 ビルの中から非常口のドアをブチ破ってクイントが怒鳴る。目を回しながらもはやてはしっかりと頷く。
「やっちゃいなさい、の発音が気になるけど分かりました。準備はええか? リイン」
「だ、大丈夫ですー。処理完了してます」
 はやての影響を受けて中にいるリインも大変な事になっていた。
「よし、それじゃあ突っ込むわよ!」
 落ちないようにはやての腰と自分の腰をバインドで縛って固定してから、クイントはツヴァイの背へと突っ込む。同時にはやてが魔法を唱える。
 はやてはアウトレンジからの大魔法を得意とする魔導騎士だ。と言うよりも、それしか出来ないと言っていい。詠唱中はその場で滞空し続け、移動もできない。
 高速で飛行するツヴァイを撃墜するには強力な広域魔法を撃つしかないのだが、周囲にはまだ民間人がいる。いくら非殺傷設定があるからと言って撃てるわけがない。通常の射撃魔法も撃てるが、ツヴァイを相手にするには心許ない。
 だから攻撃手段は砲撃魔法を選択、周囲に被害を及ばせずにツヴァイを狙う位置につくための移動手段としてクイントのバイクに乗せてもらっていた。
「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け。石化の槍――ミストルティン!!」
 二輪車に乗せられた大砲が火を吹く。
 白い魔力刃が七本、ツヴァイの背に突き刺さる。後ろからの攻撃に長身が揺らぐ。
 その後ろからクイントが突っ込み、バイクの前輪をツヴァイの後頭部にブチ当てた。
「ち、ちょちょちょっと!? クイントさん! それはマズいですよ!」
 追撃と言わんばかりに後輪を背に押し当て、駆け上がるようにしてツヴァイを飛び越してからはやてが背中から叫ぶ。
 ウイングロードの上でドリフトしながらバイクを止めてからクイントはツヴァイから視線を外さず言う。
「正当防衛よ」
「何でもそれ言えば済むと思ってません? 過剰防衛って言葉、知ってます?」
 対象を石化させる魔法も容赦ないが、石化を解除できる分クイントが行った攻撃よりもマシだった。下手したら二度殺してしまっている。
「……本当に過剰なら良かったんだけど」
 そう呟くクイントの視線の先にはツヴァイが滞空している。普通なら後頭部の骨が陥没して死んでいてもおかしく無い攻撃にツヴァイは平然としている所か後頭部の傷が完全に癒えていた。治癒魔法を使ったにしても、異常な再生速度だった。
 しかも、ミストルティンの刃が刺さった部分から始まるはずの石化が傷口の周りのみしか起きていない。その石化もすぐに解け、刃が破砕する。
「ほ、ホンマに人間かあの人……」
「うーん、ただの戦闘機人じゃないと思ってたけど、さすがにこれは私も驚きだわ」
 傷口が再生し終えたツヴァイがクイント達の方を見る。慧眼だった彼の眼は血の赤色になっていた。
「やっとこっち見たわね。何か色々ブッ飛んでるようだけど、会話する理性なんて残ってるかしら?」
「さあ? 試してみたらどうだい」
 銃口がクイント達に向けられる。
「ああ、そういえば最初から狂ってたわね」
 バイクが落ちるように下降した。
 何条にも分裂したプラズマがクイント達に襲いかかる。クイントはウイングロードの制御と運転、後ろのはやてがブラッディーダガーによる射撃で反撃する。
 ツヴァイの真下を通り、元来た道を逆走しながらウイングロードという自分の好きな場所に道を創る魔法で砲撃を回避する。同じ場所に再び爆発が起きるが、市民は既にその周囲にいない。ツヴァイが今まで通った道が大通りなのが幸いし、二次災害はあるものの密集地帯だった場合と比べれば被害は軽微だった。
「イザヘル・アヴォン・アヴォタブ・エルアドナイ・ヴェハタット・イモー・アルティマフ」
「……詠唱?」
「ヴァイルバシュ・ケララー・ケマドー・ヴァタヴォー・ハマイム・ベキルボー・ヴェハシュメン・ベアツモタヴ」
 ツヴァイの不可思議な詠唱が続く。本能的に危険を察知したクイントは珍しく余裕の無い表情でバイクを操る。
「すっごい嫌な感じがするわ。何とか止めないと」
 だが、手段が無い。生半可な攻撃を受けても平然とし、強力な魔法を撃ってもすぐに再生されるのでは手の打ちようが無い。
「呪いを衣として身に纏え。呪いが水のように腑へ、油のように骨髄へ纏いし呪いは、汝を縊る帯となれ
 ゾット・ペウラット・ソテナイ・メエット・アドナイ・ヴェハドヴェリーム・ラア・アル・ナフシー」
「アカン、間に合わん!」
 魔法とは別系統の高エネルギーが集まるのを肌で感じたはやてが悲鳴のように叫んだ。
「暴食のクウィンテセンス。肉を食み骨を溶かし、霊の一片までも爛れ落として陵辱せしめよ
 死に濡――ッ!?」
 突如、地上の火の海の中から赤黒い鎖が何本も伸びてツヴァイの手足に絡まる。魔力で出来たその鎖から電流が流れツヴァイを襲った。
 詠唱が途中で中断され、高まっていた異質なエネルギーが霧散する。
「な、なんや!?」
 クイント達のいる上空からでは火の海にいる人物の姿が確認できない。

 炎の中、赤い鎖を握りしめ、魔力を電気変換するトゥーレの姿があった。
 彼は砲撃が止んだ瞬間に地上まで開けられた天井を伝って昇って来ていたのだ。
「――ハハハッ、やっぱり無事だったかッ!」
 全身に電撃を浴び、背後から手足を縛られながらツヴァイが嬉しそうに笑った。そして、右腕でもある砲身が、骨の折れる音を残しながら間接とは逆方向に曲がり、トゥーレをポイントする。
 銃口に光が集まる。
 プラズマが放たれる瞬間、横から別の光弾がツヴァイの砲身に当たり、照準を狂わせた。プラズマがトゥーレの横を通り過ぎる。
 攻撃を邪魔され、光弾が飛んできた方向に顔を向ける。超人的な視力を持ったツヴァイは、都市から遙かに離れた森林地帯の丘に茶髪の少女を発見した。
 伏射体制で狙撃砲イノーメスカノンを構えたディエチだ。
 ディエチはもう一度引き金を引く。発射された直射砲撃は寸分違わずツヴァイの背にある異形の翼を消し飛ばす。
 翼を失ったせいか飛行能力が落ちた時、トゥーレは全力で鎖を引っ張り、地上へと引きずられるツヴァイの心臓めがけて背中越しに魔力刃を突き刺した。
「ガハッ!」
 ツヴァイの口と貫かれた胸から強酸の血が吐き出され、背中に刃を突き立てるトゥーレが頭からそれを被る。
 だが、酸によって体から煙を出しながらトゥーレは魔力刃を離さない。
「くたばれ」
「――ッ」
 刃に込められた魔力が膨張する。同時にツヴァイが自分の胸に銃口を押し当てた。
 魔力刃と、銃口から発射された砲撃が共に大爆発を起こした。

 爆発の余波から身を守った二人が最初に見たのは、ポッカリと開いたクレーターだった。街を焼いていた火災も爆風により、逆に吹き消えてしまっている。それだけでも爆発の威力が窺えた。
 はやてがクレーターの中と周囲を見回すが、この大爆発を起こした張本人達の姿を見つける事は出来なかった。
「跡形もなく粉微塵になったかしら」
「そんな縁起でもない……」
「冗談よ。一度、隊に連絡を入れましょう。あの男以外にも戦闘機人はいたようだし、救助活動しながら哨戒する必要があるわね。通信頼める?」
「はい」
 はやてが通信を行っている間、クイントは眼下の街を注意深く見回してから、遠くの森林地帯の方へ視線を向ける。
「あの狙撃は一体……。下にいた人の援護?」
 結局、ツヴァイをバインドで拘束した人物の姿は炎と煙に阻まれ確認する事は出来なかった。



 目標を失ったものの、被害が拡大する可能性が減った事で航空隊の面々は犯罪者の捜索と救援隊の援護に分かれて動き始めた。
 隊員の一人である空戦魔導師が今、あるマンションの前へ空中で停止した。
 マンションは直接ツヴァイの攻撃を受けたわけでは無いが、余波による衝撃によって窓ガラスが全て割れ、壁に穴や亀裂が出来ている。火災も起きており、このままいけば全焼し見る影も無くすだろう。
 魔導師は迷い無くマンションのある一室へと飛び込んだ。火はまだ廻ってきていないが、下の階からの煙が充満していた。火災による被害は火そのものよりもそこから生じる煙を吸ってしまう事でなる一酸化中毒の方が危険だ。
 魔導師は有害ガスなどを防ぐバリアを自分の周囲に張って部屋中を見て回り、玄関口で倒れている子供を発見した。
 その子供を抱き上げ、呼吸している事を確認。生きている事に安堵しながら子供を抱き上げたまま急いで窓から外へ出る。
 火災のある場所から少し離れた場所へと移動し、子供に問いかけて意識があるか確認する。そして、子供が自分に視線を合わせ、返事をした事に安堵した。
 その時、人の気配と共にあろう事か火の中から人影が現れるのが見えた。咄嗟に物陰へと隠れる。
 火の中から現れたのは、この惨状を作り出した赤いコートの化け物だった。
 ホテルを壊しながら現れた時と違い、翼も無ければ右腕が人のそれへと戻っていたが間違いない。
 物陰からその男の様子を窺いながら空戦魔導師は抱きしめた子供を念のために少し離れた場所へと避難させる。返事はしたものの、まだ意識が混濁としている子供は火も煙も届かない場所へと連れられる。そして、子供をその場に残し、赤コートの男を監視しながら仲間との通信を行おうとする。
 自分一人では捕まえるどころか殺されてしまう。何より今は一般人を保護したばかり。仲間に連絡し応援を求めるのは当然であり、正しい判断だった。
 しかし、連絡を取るよりもこの場は子供を担いで即座に離脱した方が、まだ助かった可能性が高かった。あくまでも、可能性の話だが。
 自分の背中に影が差し込んだ事に気づいた空戦魔導師は訓練で培った反射速度と経験で、銃型デバイスを構えながら後ろへ振り返る。攻撃されようとしても反撃できるようにだ。
 誰もが感嘆を覚える一連の動作は、その相手にとっては何でもない、大した事の無い速さだった。
 次の瞬間、首と胴が分かれ、ティーダ・ランスターの人生は呆気なく終了した。

「来てたのか」
「まあ、な」
 ツヴァイは大剣の血を拭き取るアインに声を掛ける。彼の足下には一撃で命を落とした隊員が倒れている。
「冷静になってるようだな。まだ暴走状態だったのなら、頭を爆破するつもりだった」
「それは酷い。ところで、わざわざ首を斬ったんだ?」
「頭を潰すか首を斬ればその途端動けなくなるからな。こいつの指は既に引き金を引き絞っていた」
「ふうん。ところで、後ろ気をつけた方がいいぞ、アイン」
 ツヴァイの発言に訝しげな表情を浮かべたアインは、とっさに大剣を後ろに回す。
 凄まじい金属音が鳴り、己の武器が切られていく感触を手で感じ取ってすかさず大剣を身代わりにして自分は前に前転する。
「ぐっ……」
 熱い――そう錯覚する痛みが背中を襲うのを感じながらアインは周囲に爆発とも言える炎を噴出させる。それによって起きる爆風によって距離を取りながら後ろを振り返った。
 爆炎の中心に立つ軍服姿の男がいた。右腕には長大なギロチンが伸び、炎の光で黒い光を反射させている。
「また新手か……」
 アインを睨みつけながらトゥーレは吐き捨てるように言った。
「なるほど、これがツヴァイでも苦戦した戦闘機人か」
 こちらも鋭い視線でトゥーレを睨みつけながら、背中の傷口を自らの炎で焼いて出血を止める。
「……どいつもこいつも頭のイカレた奴しかいないのか」
「キミに言われたくはないな。でも、褒め言葉として受け取っておくよ」
 トゥーレに銃口を向けるツヴァイ。その周りには瘴気とも言える血風が集まりだす。だが、アインがそれを手で制す。
「ドクターから撤退命令だ。退くぞ」
「ここまでしておいて退かせると思うか?」
 一歩踏み出し、右腕のギロチンを構える。
「後ろの少女がどうなってもいいのなら邪魔するといい」
「何?」
 戦闘中に後ろを振り向くほどトゥーレは馬鹿では無い。だが、背後に人の気配を感じた為に意識が一瞬そちらへ向く。その隙をついてアインは自分を中心に炎を発生させる。隣のツヴァイの事など気にせずにだ。
 ツヴァイが発射した砲撃による二次災害の火災で火の海になった街は、今度は炎の津波に襲われる事になった。
 アインを中心に拡がる津波。それをもう止める事はできないと判断したトゥーレは反転。実際に後ろの方で倒れる少女を発見し、ISで高速移動し左腕で抱きかかえる。胸から伝わる少女の温もりと微かに聞こえる呼吸音で生きている事を確認しながら迫る炎の津波から逃げた。
 その途中、少女が涙を流しながら兄の名を寝言のように呟くが、トゥーレにはその涙も声も聞こえていなかった。



「真っ赤っか……」
「うん、凄い光景だよね」
 西区郊外から離れた森林地区に三つの影があった。イノーメスカノンを抱えたディエチとルーテシア、そしてガリューだった。
 火山の噴火でも起きたのか、という具合に西区は混乱を極めていた。街が丸ごと燃え、黒い煙が星空を覆い隠している。
 ディエチは残念そうに黒い煙に覆われた空を見上げる。
「任務でとはいえ、せっかくこんな澄み切った夜に外出できたのに……星が見えない」
「うん」
 二人が空を見上げていると背後から草を踏む音が聞こえ、振り返る。
「あーもう、煤だらけ」
 クアットロが伊達眼鏡をハンカチで拭きながら現れる。その後ろにトゥーレが続く。
「お帰り。珍しく、疲れた顔してるね」
「まあ、な。偽善活動はするもんじゃないな」
「は?」
「いや、何でもない」
 トゥーレはあの場所から逃げた後、少女を手当てしてから救援隊が見つけやすい場所に放置してクアットロと合流した。彼女のシルバーカーテンによって誰にも咎められず、発見されずに帰還してきたのだ。
「それじゃあ、帰りましょうか。あっ、ルーテシアお嬢様ぁ、そのレリックいらないならくれますか~?」
「うん、いいよ」
 そう言ってガリューに視線を向ける。ガリューは一つ頷いて持っていたケースをクアットロに手渡した。
「ありがとうございます~」
 受け取って飛び跳ねるクアットロを尻目にトゥーレは未だ燃え続ける街を眺めるディエチに近づく。
「さっきはありがとな」
「ううん、トゥーレの指示があったから……」
「そうか。それよりもどうした? こんな光景なんて見てもつまらないだろ。それに、直ぐに終わる」
 ディエチが問いかける前に街に変化が起きた。炎の赤一色に染まっていた街が突然白へと塗り変わる。氷結系の広域魔法を使った消火だった。
 オーバーSの魔導騎士が放った魔法は一瞬にして火災を消し止める。空に昇りきった黒煙は風によって霧散し、夜の闇色に溶け、星空が顕わになった。
「良かったな。少しだけでも空見れて」
 ディエチが小さく頷いた。
「二人とも~置いていくわよ~」
 背後からクアットロの急かす声が聞こえてきた。





 ~後書き&補足~

 ジューダスもといツヴァイの活躍がもっと見たい。何言ってんの? クリミナルパーティーはもっと先ですよ? そしてトゥーレがガチで殺しに来ます。 蓮の殺気マジ怖い。

 というわけで引っ張るに引っ張った死の舞踏は呆気なく終わりました。ティーダの命もね。
 ティーダの扱い、どうしようか大分迷っていました。というか、二十話書いてる時に存在を思い出した。クイントのように生存させるか、それとも原作通り死んでもらうか。結局は後者に納まってもらい、ティアナには原作以上にやる気を出してもらう事に決定。復讐心というスパイスでティアナが鬼化? …………死の舞踏が終わったせいかアホな事書いてますね。うん。

 そしてまた、なのは側に妙なフラグを立てた感のあるトゥーレ。原作でもヒロインの半分が敵側(ルサルカ入れると半数以上)という事を考えると、この男実は身内より敵にフラグ立てやすいのか?



[21709] 二十四話 ウェンディ
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/11/21 21:43
 厚い雨雲が空を覆い、まだ昼間だと言うのに外は暗い。更に大粒の雨が降り注いでいた。
「さっきまでは晴れだったのに……」
 クイント・ナカジマは黒い空を見上げた。途中で買ったビニール傘を差して、ゆっくりとした動作で歩道を歩く。
 目的の場所へたどり着いた時、入り口から喪服を着た人間達がゾロゾロと出ていく。彼らは黒い服に身を包んではいるものの、葬式という鬱な雰囲気は無く、あるとすれば突然降ってきた雨に対してのものだった。
 クイントが彼らの横を通り過ぎた時に聞こえたのは――――
「まったく、恥晒しめ――」
「――妹を助けようとして」
「火災なんぞに巻き込まれ――」
 侮蔑や怒りが込められた会話だった。
 クイントは雨に濡れていく彼らの背中を見送った後、目的の場所である墓地へと振り返った。
 等間隔に並ぶ墓石の内、ある一つの前に少女が一人座り込んでいた。
 服が地面の泥で汚れ、雨で髪が濡れている。顔は地面に向けられ、濡れた髪が彼女の表情を隠している。
 クイントはその背中をしばらく見つめ、少女の傍まで歩いて、持っていた傘に彼女が入るようにする。
「風邪引くわよ」
 少女の首が動き、黒くくすんで生気の無い瞳がクイントを見上げる。
「…………誰?」
「私はクイント・ナカジマ。そういう貴女の名前は?」
「……ティアナ・ランスター」
「そう。ティアナちゃん、ね」
 クイントは墓石に刻まれた名前を盗み見る。
「ティーダ・ランスター」
 家族が死んだのだろう。先ほど通り過ぎた集団の会話から、おそらく管理局の魔導師。そして、時期も考えるあの西区での事件で死んだのだろう。
「あなたは、お兄ちゃんの知り合い?」
「いいえ、違うわ。久しぶりに友人の墓参りに来たのよ。そうしたら女の子が一人でいるじゃない。それで気になって声を掛けたの。……ごめんなさい、迷惑だった?」
「いえ……」
 そう言ってティアナは前に向き直る。
 何だか目の前にいるというのに、存在感が酷く薄い。今にでも消えて無くなってしまいそうだ。
「お兄ちゃんが、死んでしまったの」
 ポツリと、少女が話し始めた。
 何故突然話し始めたのか。誰でもいいから聞いて欲しい事があるのかもしれない、それとも単に言葉にしたかったのか。
 ともかく、クイントは口を挟まず相づちを打つ。
「私を助けようとして、逆に火災に巻き込まれて……」
 クイントはその日の事を思い出す。ツヴァイが何者かに拘束され突然爆発を起こした後、街が炎の津波に襲われた。それは炎熱系の広域魔法なのか、ある一点から周囲に広がり街を飲み込んだ。
 逃げ遅れた民間人や救助活動をしていた局員達が炭と化し、壊れていなかった建造物が押し潰された。
 火災は何とかはやての広域魔法により消火したが、被害は甚大だった。
 少女の兄も、炎の津波に巻き込まれたのだろうとクイントは予想する。
「でも、違うんです」
「え?」
「私、見たんです! 一瞬だったけど、お兄ちゃんのそばに人がいて、その人の腕からギロチンが生えていて……」
「ギロチンが……」
「誰も、誰も信じてくれない。でも、私はたしかに見たの、真っ黒な刃に血がついていて、何でか分からないけどギロチンだって思って!」
 クイントは自分の記憶の中にある戦闘機人の存在を思い浮かべる。
 そう、三日月のような形をした長大な黒い刃物。腕から生える奇妙で凶悪な刃。見ただけで何故かそれは首をはねる為に存在する断首刃だと直感してしまう。
 少女の慟哭のような言葉が続く。
「それでそれで! お兄ちゃんの首が転がってて! 体から離れていて! う、あ、ああぁぁぁっ!!」
 泥だらけの手で頭を抱えて少女が暴れ始める。クイントは慌てて少女を背中から押さえつけた。
 クイントは腕の中で暴れ続ける少女を取り押さえながら、この子と自分は似ているが違うと思った。
 大切な人を失った者同士であるが、クイントは大人で彼女はまだ十にも届いているかどうかだ。そして何よりも、クイントには夫と娘達という大切な存在がまだいるのだ。
 ティアナ・ランスターの周囲には大人の影はクイント以外に無い。たった一人で墓の前にいた事から、彼女は孤独となってしまったのだと理解できた。
 まだ守るべきもの、支えてくれるものがあったクイントと違い、少女のまだ小さな体と心の周りには何も無いのだ。
 暴れ疲れたのか、精神的に耐えられなくなったのか、錯乱し暴れ続けていたティアナの力が段々と弱まり、最後にぐったりと体から力が抜けた。
「ちょっと、ティアナちゃん? ティアナちゃん!?」
 大粒の雨が降り注ぐ中、クイントはティアナを背負って走り出した。



 レジアス・ゲイズは自分の執務室からプライベート回線でスカリエッティと通信を行っていた。
「何故無理なのだ!」
 レジアスは机を拳で力強く叩き、怒鳴り声を上げる。
『何故、と言われてもね』
 対する、モニターに映るスカリエッティは涼しい顔で余裕のある笑みを浮かべている。
『私の作品達は確かに高い戦闘能力を誇っている。集団戦に持ち込めば、あの大火災の原因となった赤コートの男も倒せると言い切ろう。だが、さすがに捜査活動は専門外なのだよ』
 レジアスはスカリエッティに赤コートとその男が所属している組織を壊滅せよと依頼してきたのだ。だが、スカリエッティはそれをあっさりと拒否した。
『相手の居場所を掴んだから壊滅して来い、と言われたらリスクとリターンを考えて返事をさせてもらうが、捜査込みになると話は別だよ。断らせてもらおう。それに、捜査は君達の仕事だろう』
「くっ……」
 スカリエッティの笑みに再び頭に血が昇りそうになるが、堪える。
 スカリエッティの言う事はもっともであり、レジアス自身スカリエッティの戦闘機人には最初から戦闘能力に関して要求していたのだ。突入捜査など戦闘の可能性があるような場合は魔導師は必須だが、直接犯人と相対しない通常の捜査では魔力を持たない者でも十分活躍できる。なのでせっかくの戦闘機人をただの捜査に使うのは惜しい。
 陸での魔導師不足は未だ深刻だ。才能ある者、特に空戦魔導師のほとんどは本局に行く。大きな事件を扱い危険が大きい分、魔導師として活躍でき、功績が増えて出世も早くなる。故に皆が空に憧れるのは理解している。だが、だからと言って地上を疎かにしていい理由にはならない。
 本局と比べ施設も待遇も良くなく、小さな事件ばかり扱う地上に行きたがる者は少ない。故に人材不足となり、その人材の不足から起きるミスと過酷な仕事は更に人を遠ざける。悪循環だ。それに、小さな事件と言われても、ミッドチルダには全員では無いにしても魔法の資質を持つ者が多い。ただの喧嘩や酔っ払いでも魔法を使われれば大きな被害の出る可能性がある。何も、優秀な魔導師全てが管理局にいるわけでは無いのだから。そしてミッドチルダは管理局の発祥の地。他の次元世界からの住人や技術が自然と集まり、発展と共に犯罪者の危険度が増す。質量兵器を禁止しているとは言え、地上部隊の危険は増すばかり。
 地上の問題に対処する為にレジアスは様々な手を打った。地上部隊待遇の改善、武力強化として強力で量産が利くデバイスや防護服の開発資金援助、優秀な魔導師の発掘と教育。色々な事をやった。汚い事もしてきた。
 だが問題は、結局人材の少なさに集約される。
 それを補う為に、レジアスは自身が嫌う次元犯罪者のスカリエッティを利用し、非人道的な研究である戦闘機人の開発を行わせている。個人の資質に左右されやすい魔導師と違い、安定した戦力を量産し地上を守る。それがレジアスの目的だった。
 だからこそ、戦闘機人が街で暴れまわり、歴史に残る程の破壊を行った事が我慢ならなかった。
 スカリエッティは金や権力に全く興味の無い、良くも悪くも生命操作技術を研究したいだけのマッドサイエンティストだ。故にレジアスはある程度信用し、嫌いな犯罪者の為に裏から手を回し、管理局に捕まらぬよう彼を庇護し、戦闘機人の研究を行わせている。必要とあらばスカリエッティが起こした事件にも目を瞑る。それが例え自らの友人を殺したとしてもだ。あの時、事後承諾のような形でゼスト隊の事を知った時もレジアスはスカリエッティを怒鳴りつけながら事件の詳細を隠蔽工作で揉み消した。
 逆に言えば、自分の利益しか追求しない犯罪者が戦闘機人を保有し、地上の平和を脅かす事が許せない。戦闘機人は、地上を守る為に必要なものであって、犯罪者が私利私欲の為に使うものでは無い。
「――まあ、いい。ならば、奴らの所在が分かれば動くと言うのだな?」
『ああ、その通り。私自身、向こうの技術に興味があるからね』
 より狂気染みた笑みを浮かべたスカリエッティをレジアスは侮蔑の色を込めた目で見ながら、話を続ける。
「ならば、判明したら行ってもらおうか。それと、そちらの戦闘機人の事なのだが――」
『現在№1から6と9から11が稼動中だよ。それ以外はまだ調整中だ』
「何時になったら稼動できる?」
『純粋に戦闘特化だからね。これが難しく、実戦レベルまではまだ数年掛かるだろう』
「……時間が掛かり過ぎだ」
『それは仕方が無いさ。扱いの難しい戦闘向けな上にあくまで戦闘機人の技術は稼動に問題が無いというレベルだ。安定した戦力を得るには実践と検証が圧倒的に足りない。技術者との関わりが深い貴方になら理解できるだろう?』
 新たな技術を実際に使用するには、あらゆる事を想定し本当に使えるかどうか調べなければならない。地上の武力強化の為に研究施設などに莫大な資金を提供し直接依頼しているレジアスはそれを理解していた。
「フン――なら、稼動中の戦闘機人のスペックは?」
『これだよ』
 新たに表示されるモニターには現在稼動中である戦闘機人のデータが載っていた。
「…………予定通り、いや、それ以上だな」
『ああ、順調だとも。実際に稼動した際には当然のように想定しなかった事態は起こるが、それに対処し改善していくのも科学者の務めさ。私の作品達は順調に育っているよ』
「ならばいい。また連絡する」
 そう言って、レジアスは返事も聞かずに通信を切った。



「あのおじさん、カンカンでしたね~」
 レジアスとの通信が切れたのを見計らってクアットロが口を開いた。
「まあ、彼も大変なんだろう。西区の街をあれほど壊されたのだから」
 会話していたスカリエッティの後ろ、通信用モニターに映るか映らないかの場所にウーノとクアットロが並んで立っていた。そしてその更に後ろにはトーレとトゥーレがいる。
「それで、俺達呼んだのはその事と関係あるのか?」
「ああ。彼にはああ言ったのだが……トゥーレ、君はあのツヴァイという人造魔導師をナンバーズが倒せると思うかい?」
「無理だ」
 トゥーレは即答した。
「……誰も否定しないんだな」
「あれほどの不死性を見せられてはね」
 トゥーレがミッドチルダ西区の街で戦ったツヴァイとの戦闘データはスカリエッティを始め他のナンバーズも見ている。
「だが、君のギロチンならば殺せるんじゃないのかい?」
「………………」
「ふむ、その無言は肯定とみなすよ。良かったよ、クライアントに対し嘘をつく事にならなくてね」
「いや、お前嘘付きまくりじゃねえか」
 そう言ってトゥーレはスカリエッティの上空に浮かんだモニターの一つを指さした。レジアスに見せた、ナンバーズのスペックが表記されたモニターだ。
 ウーノがワザとらしく咳払いしてモニターの表示を変更した。
「いや、今更元に戻されてもな」
 レジアスに見せたデータは、当初の予定通りと言える数値だった。だが、実際はそれ以上の数値を叩き出している。それに、何より十三番目の存在が明かされていない。スカリエッティはトゥーレの存在をレジアスにも最高評議会にも教えていなかった。
「そんな事よりも二人を呼んだのは頼み事があるんだ」
「何でしょう、ドクター?」
「俺の言葉は無視かよ」
「後発組の事なんだけど、正直言うと行き詰まっている。特に先天固有技能の部分がね。この調子で行くと最終調整が終わるのは五年後だろう」
 スカリエッティの計画は存外に悠長なものだ。それは聖王のゆりかごの鍵となりえる存在がまだいない事もあるが、クライアントから研究成果をせっつかれる以外には特にタイムリミットなどないからだ。
「しかし、あの犯罪組織の戦闘機人の事もある。戦力の増強はなるべく早くするべきだと思ってね。とりあえず、まだ調整中だが稼働させようと思う」
「動作データを先に蓄積させる気か」
「その通り。それで二人には後発組であるセッテ、オットー、ディードの教育係になって欲しくてね」
「分かりました」
「断る」
 皆の視線が同時にトゥーレに集まった。
「一応理由を聞こうか、愚弟?」
「拳握りしめながら聞くなよ。普通に脅迫だぞ。理由は簡単だ。ルーテシアの教育に忙しい」
「いつも遊び歩いてる癖に~」
 クアットロがボソリと小さく呟いたのをトゥーレは聞き逃さず彼女を睨みつけた。
「ルーテシアお嬢様の教育はもう終わったと言っていいのではないかしら? あの戦闘機人、ツヴァイに攻撃を通した程なのだし」
 視線で火花を散らす二人を無視し、ウーノがホテルでのルーテシアが行った戦闘データを開く。
 管理局の魔導師がツヴァイに対しろくにダメージを与えられなかった事を考えれば、ルーテシアの戦闘能力は高い。良くも悪くもトゥーレの授業は成功と言える。
「まだ算数を教え終えていない。店で買い物する時困るだろ? それに常識も無い」
「………………」
 場がいきなりシラケた。後者の部分に対してトゥーレ以外の誰もが、非常識の固まりみたいな癖して何言ってんのこいつ? という感想を抱き、前者は確かに必要だがルーテシアはまだ小学校に入学する年齢に達していないから別にいいのでは、と思った。
「……お嬢様のお勉強は私が代わりにするわ」
 きっと、トゥーレが教育係を嫌がっての言い訳だと判断したウーノは突っ込むのを止めて、外堀を埋める事にした。
「ルーテシアお嬢様に関しての教育は戦闘以外私とクアットロが行うわ。戦闘技術などや外に関しては騎士ゼストに頼めば協力してくれるでしょう。だから、妹達の教育をトーレと一緒に頑張ってちょうだい」
 早口で言い切ると、トゥーレが面倒くさそうな顔をした。やはり、適当な口実でサボろうとしていたようだった。

「凄く面倒だ……」
「ドクターからの命令だ」
「その名前出されると胡散臭さが増してもの凄く嫌になるな」
 後発組の教育係を任命された二人は薄暗い廊下は歩く。その手には三人のナンバーズのデータがある。
 №7、セッテ――遠近両用での戦闘が可能な空戦型。肉体強度レベルSS、純粋な戦闘能力ではナンバーズの中でもトップクラス。故に出力と肉体強度に難航中
「単純な能力で言えばダントツだな。数少ない空戦型だからトーレと組んでの任務が多そうだ」
「そうだな」
 №8、オットー――後方支援型。肉体強度レベルは低いが、今現在応用力の高いIS『レイストーム』の調整中。
 №12、ディード――奇襲型。瞬発力なら数値上トーレを超え、それによる高速移動による奇襲を行う予定。瞬間加速による負荷で空中分解しない為に必死で調整中。
「この二人は確か遺伝上双子同然だったな。それより最後の部分は何だよ。必死でって……そんなに危ないなら別の能力にしろよ……」
「こちらも空戦は可能だが、高速戦は無理なようだ。誰かと組んで力を発揮するタイプだ。ノーヴェ達との連携を重点に教えた方がいいな」
「真面目だな……ん? 感情抑制? 何だこれ」
「それは確か、クアットロがドクターに提案したものだな。私も詳しくは知らない」
「額面通りに受け取るなら感情を抑制する事で純粋な戦闘マシーンとして機能させる、って主旨なんだろうが……単に喧しいのが増えて欲しくないだけだろうな」
「お前な……」
「だってよ――」
 立ち止まり、トゥーレが談話スペースのドアを開けた。
「イッエェーイ! お姉ちゃんの勝ちーっ」
「これだぞ?」
 親指を部屋の中に向ける。その先にはゲーム機の前で騒いでる少女が三人いた。
「………………」
 ドアを開けた瞬間に水色の髪をした少女が小躍りして勝ち鬨を上げていた。
「あたし二位~」
 ピンク髪の少女もそれに続き、二人でハイタッチ。
「ぐ、ぬぬぬぬ……」
 唸るのは赤髪の少女。頭に怒りマークを浮かべているのが傍目からでも分かり、手に持つゲームのコントローラーがミシミシと音がする。
「今のは無しだ、無し! あんなハメ技はノーカンだっ!」
 コントローラーを床に叩きつけてノーヴァが怒鳴った。
「別にいいよ。どうせ普通に勝てるし」
「ノーヴェ弱いっスもんね~」
「ねェ~」
「何だとこのっ! ブッ壊してやる!」
「説得力抜群だろ?」
「確かにな。静かにしろお前達」
 三人が追いかけっこを始めてからようやくトーレが動いて、それぞれに頭に拳骨をお見舞いした。
「いったぁ~」
「ぬお……お…、脳髄に響くっス」
「ぐっ、何であたしまで……」
「まったく、お前達ときたら。チンク、ディエチ、どうして止めなかった」
 トーレが振り向いた先、テーブルにはチンクとディエチが紅茶を飲んで椅子に座っていた。
「元気が良くていいじゃないか」
「面倒だから右に同意」
「……」
 呆れ果てるトーレを置いて、トゥーレがテーブルの所まで行く。
「チンク居たんだな。視界に入らなかった」
「その言い方だとまるで私が小さすぎて見えなかった、と言っているように聞こえるのだが?」
「何だ、自覚していたのか。てっきり現実逃避で認めていないと思ってたんだが、違ったみたいだな」
「そうやってからかっても無駄だぞ。姉は大人だから、そのような手に乗らない」
 胸を張って余裕の表情を見せる。
「そうか、大人か。なら、ジャンプーハットはもういらないな。処分しておくか」
「な、なな何故だっ!? あれが無いとシャンプーが目に入るじゃないか」
「あんなもん子供が被る物だろ。まさか、大人であるチンクはあれが無いと洗えないとは言わないよな」
「い、いや、別に姉は必要ないぞ? でも、その……そう! ルーテシアお嬢様が困るだろ?」
「ルーテシアは付けずに洗えるぞ」
「な、なんだと……」
「あたし起動してからあんまり建ってないから分かんないっスけど、いつもあんな感じっスか?」
 後ろでは、頭部のダメージから復活したセインとウェンディが姉弟のじゃれ合いを眺めていた。
「トゥーレってツンデレだから」
「ああ?」
 チンクの頭に手を置いてスティンガーをかわしていたトゥーレが耳聡く聞きつけ、セインの方を振り向く。
「誰がツンデレか」
「だってそうじゃん。聞いて聞いて、ウェンディ。私とディエチが前に負傷した時、トゥーレってば何て言ったと思う?」
「おお? 実にソソられる話題っスね。是非とも教えて欲しいっス」
「凄く怒った顔を敵に見せながら、俺の――」
「喋んな、この痴女」
「痴女ぉ!? ちょっと、誰が痴女なのさ」
「お前だよお前。てめえこの前人の風呂覗きに来たじゃないか。十分に痴女だろ」
「また言ったぁ。それにあれは覗いたんじゃなくて、忘れ物を更衣室に取りに行っただけだもん。いるとは思わなかったし」
「でもお前その後もジロジロ見てきただろ」
「あ、あれは、そのぅ………………」
「今日も絶好調だね、トゥーレ……」
 隣で二人の様子を眺めていたディエチが紅茶を口に含みながら呟いた。
「なあ、そんな事どうでもいいからそろそろ訓練行こうぜ」
 殴られた頭をさすりながら、ノーヴェが立ち上がる。ナンバーズが談話スペースに集まったのは皆で戦闘訓練を行う為だった。
「ノーヴェは、姉のシャンプーハットが無くなってもいいと言うのか……」
「えっ、話がそこまで戻るの? って、そうじゃないんだチンク姉! セインが痴女なのがどうでもいいって意味であって」
「ちょっと、私がどうでもいいってヒドくない?」
 今度はノーヴェを巻き込んでセインが騒ぎ始める。そして、普通に部外者のフリしてトゥーレが傍観を決め込んでいた。
「騒がしいよな」
「誰のせいだと思っている。だいたい、お前は裸見られても気にしないだろ。私と一緒の時だって……」
「ああ、そういえば女だったっけ?」
 姉弟の取っ組み合いも始まり、談話スペースの中は騒がしいというレベルでは無くなった。
「何だか色々と凄いっスね~」
「うん、まあ、たまにこんな感じになる」
 賢明なのか、慣れているだけなのか、ディエチとウェンディの二人は壁際に避難していた。
「ところでディエチはトゥーレとお風呂入った事あるんスか?」
「………………」

「そういやウェンディの訓練見るの初めてだな。って、それは何だ?」
 訓練スペースに着いた一行は最初にウェンディが持つ大きな盾に視線を向けた。ウェンディは一人だけ皆とは別ルートから訓練スペースで合流してきた。その際に、談話スペースで持っていなかった盾を持ってきた。
「これ? ふふん、とうとうあたしの固有武装が完成したっス。って言っても、まだ試作品だけどね~」
「ふ~ん」
 徐にトゥーレが盾を奪い取り、裏返したりして検分し始める。
「確か、お前の先天固有技能ってディエチの前衛版みたいなもんだったよな?」
「ディエチがアウトレンジの砲撃型なら、あたしは前衛での射撃型ってとこっスね」
「ふ~ん。……鉄屑と同じ技術で造られてるのか。そういや、Ⅱ型がやっと量産ライン行ったよな」
「その通りっス。ちなみに、盾や銃だけじゃなくて、これに乗って移動もできるんスよ」
 自慢げにウェンディが自分の固有武装『ライディングボート』の機能を説明する。
「なるほど、やっぱり盾か。――よし、来い」
 そう言ってトゥーレは盾を持って構えた。そして、格闘戦が得意なトーレとノーヴェも構える。
「へ?」
 何が起きるのか理解できなかった持ち主がマヌケな声を上げるが、遅い。
「フッ」
「オラァッ」
 気合を入れた二人の声と共に、ライディングボートに二つの衝撃が襲う。殴打と蹴りが炸裂したボートの表面に大きなへこみが出来た。
「な、なにするんスか!?」
「駄目だなこれ。脆い」
 無残に変形したボートを見ながら、取り返そうとウェンディを余裕で避けるトゥーレ。
「あの変態、毎度中途半端な仕事するな」
「まだ試作なんだから当然っス。それよりも早く返して欲しいっス!」
 ようやく取り返した武装の損傷を見て項垂れる。
「よし、訓練するか」
「そういえばお前と戦うのは久しぶりのような気がするな」
「今日こそ一撃入れてやる」
 原因である三人はさっさと訓練の為の準備を始めた。
「うわっ、あたしの悲しみ完全無視!?」
 ディエチがイノーメスカノンを担いで横を通り過ぎる。
「すぐに慣れるって」
「姉からの助言だ。トゥーレは結構容赦が無いぞ?」
 チンクはコートを羽織って、スティンガーの準備をしながら四人の後を追う。
「う、うう……皆して冷たいっス――ん?」
 泣き崩れかけるウェンディの肩を叩く者がいた。振り返ると、セインが慈愛の眼差しを向けていた。
「――セイン姉ッ!」
「ウェンディ!」
 互いの体を強く抱きしめ姉妹は絆が深まるのを感じた。
「………………」
「トゥーレ、無表情だが何考えてるか丸分かりだ」
「すまない、セイン、ウェンディ。姉には見守る事しかできない……」





 ~後書き&補足~

 何かこの回だけでセインとウェンディの立ち位置が決まったような気がする。そしてトゥーレが何かSっぽい。長い事戦闘ばっかしてたからストレス溜まってたんでしょうか?

 前にも言いましたが、数の子の最後発組を早めに登場させます。もうキャラが増えて、てんやわんやです。話のネタはありますが散発すぎてどうしようかと思案中。
 先になのは側特訓イベントしようかな?



[21709] 二十五話 最後発組
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/12/18 11:06
「いやー、爆発しまくってるっス」
「くっそ、よく見えないな」
「ふっ、きたない花火……」
「誰だ? またお嬢に変な事吹き込んだのは? 今なら拳骨一発だけで勘弁してやるぞ」
 今日も今日とてナンバーズ達とルーテシアは訓練に明け暮れていた。
「革命」
「うわっ、ディエチちゃんずっるーい」
「ふっふっふ、ならば私は秘技・革命返し!」
 一部ではカードゲームにも集中していた。
 現在、西区の事件からミッドチルダ中の地上部隊がパトロールに力を注いでおり、外に出るのは危険だった。そのせいでナンバーズ達は任務も控え、目立つような行動を慎んでいる。
 ぶっちゃけ全員暇を持て余していた。
「どうだお前達。二人の戦いは」
 トーレが後ろを振り返ると、壁際に三人の少女達が並んで立っていた。ナンバーズの最後発組であるセッテとオットー、ディードの三人だ。
 彼女達は最終調整がまだ終えておらず、ISも使用できないよう制限されている。フィジカルトレーニングなどは行っているが、模擬戦になると彼女達は観戦スペースから見学するしか無い。
「………………」
「よく分かりません」
「というか、見えません」
 三人――いや、二人の言葉はもっともだった。
 観戦スペースから窺える訓練スペースの様子は爆発の一言に尽きた。チンクのIS、ランブルデトネイターによる爆破が部屋中に絶え間無く起こっている。最早一分の隙もない爆発の連鎖は近くで見ることも出来ず、模擬戦を行っている二人以外は観戦スペースに避難してきたも同然だった。
 爆発は模擬戦が始まってから十分も経つと言うのに収まる気配は無い。それはつまり、チンクの対戦相手がこの爆発の中で未だ健在だと言う事だった。
「あっ、チンク姉だ」
 画面に張り付いていたノーヴェの言葉に、全員が振り返る。
 黒い爆煙の中からチンクが中空へと飛び出したところだった。全身のバネを使って体を回転させ、同時にスティンガーをばら撒く。そして、至近距離にも関わらず爆発させた。
 シェルコートの防御機構により無傷とは言えなくも、大したダメージは無く、爆風によって彼女の体が後方へと飛んでいく。
 それを追うようにして床からの爆発から新たに飛び出してくる影があった。右腕にギロチンを生やしたトゥーレだ。彼は姿を現した途端に空中で姿を消す。同時にチンクが自分の周りにナイフを配置し、爆発させた。
 巻き起こる爆風と爆煙。だが、完全に広がる前に横一閃に切り裂かれ、煙が一瞬だけだが晴れる。しかし二人の姿は無く、今度は別の場所で爆発が起きた。
「なかなか決着つかないね」
 ディエチがカードを片づけながら呟く。チンクはトーレのように高速機動が出来るタイプではない。だから、決着は早々に着くと思っていたが、予想以上に姉は善戦していた。
「ならこのセインさんが決着を付けてあげようじゃないか。勿論、トゥーレの敗北で」
 不適な笑みを浮かべてセインが立ち上がって、手に持つそれらを皆に見せるようにして掲げる。右手の指の間に計五本の手榴弾が挟まれ、手首にはワイヤーを巻いており、左腕は板状のプラスチックを何枚か抱えている。
「敵は一人とは限らない。フッフッフッ、今こそ積年の恨み果たしてくれる」
「セイン姉、がんばれっス~」
「なんだか死亡フラグっぽいけど……がんば。骨は拾ってあげる」
「ありがとう、ウェンディにルーテシアお嬢様。お姉ちゃん、頑張るよ」
「どうせすぐに負けるだろ」
「ノーヴェ、本当の事だからって言って良い事と悪い事があるんだよ?」
「セインちゃん。例え機能停止しても、ちゃんと後で新型地雷のレポート出してね~」
「うわーい、こっちは冷たいよぅ」
 言いながら、セインはディープダイバーによって床へと潜っていく。
「トーレお姉様、新型地雷と言うのは?」
 姉達の会話を聞いていたディードが問いかける。
「セインが小さな板のような物を抱えていただろう。あれが新型地雷だ。爆発による攻撃ではなく、指向性のある爆風によって小さな鉄球を飛ばして攻撃する。他にもある仕掛けがあるんだが……我々には効果の無いものだな」
 トーレの説明が終わると同時に訓練スペースから今までとは違う爆発音がした。それは間隔を置きながら、チンクが起こす爆発に混じって轟く。
「トーレ、二人のバイタル値はどうなっているのですか?」
 セッテの質問に、トーレはクアットロに視線を向けた。
「はいは~い。これよ~」
 全員が見やすいように拡大されたモニターが室内に表示される。トゥーレとチンクの今現在の状態を数値化したものが映る。
「チンク姉、結構ダメージ受けてるな……」
「逆に、今まで保ってたのがすごいよ」
 自分の至近距離で爆発させているのだから、当然自らも爆発によるダメージを受けていた。シェルコートがあるとは言え、一度だけで無く何十と受けていれば当然だ。
「一方、トゥーレはっと……何スかこれ?」
 ウェンディが間抜けな声を上げる。
 チンクの状態がレッドゾーンギリギリだとすれば、トゥーレは余裕で安全圏に収まっていた。
「やはり避けていたか」
「非常識ね~」
「いつも通りとも言えるよね」
「おー……オレ超強ぇ状態」
 見慣れている四人は当然と言わんばかりの反応だった。
「ありえねぇ……」
「チートっス」
 実力は知っているものの、まだ慣れていない二人は呆れ果てていた。
 チンクが自爆覚悟でスティンガーを周囲に投げながら爆発を起こしているにも関わらず、目標となっているトゥーレ本人は爆発をほぼ完全に避けきっていた。おそらくは、ごく僅かな爆発のタイミングのズレをついて移動しているのだろうが、言うほど簡単なものでは無い。
 稼働してまだ日の浅い最後発組の三人も言葉が出ない。と言うよりも、元々無口なのが更に無口になった。
 突如、爆音が止んだ。元となった爆発が止んだ為、煙が段々と薄くなっていく。そして、訓練スペース内の様子が露わになる。
 そこには壁際に追いつめられ首元にギロチンを向けられたチンクと、彼女を追いつめたトゥーレがいた。

 一呼吸置いた後、トゥーレがギロチンを引き戻して武装を解除した。チンクは大きく息を吐いて、肩から力を抜く。
「また負けてしまったな」
「まあ、もっと狭い所ならこっちが負けてたんじゃないか?」
「そうかな?」
「そうだろう」
「ふむ……。それにしても、ギロチンを使うと訓練とは言えやはり緊張感が増すな」
「知らない奴が聞いたら不思議に思うだろうな」
 言って、トゥーレは後ろを振り向いて歩き出す。その先には、拘束魔法で身動きが取れなくなったセインがいた。
「ちぇー、今回こそは勝てると思ったのになぁ」
「お前、余裕あるのな」
 蓑虫のような状態で彼女は右へ左へと転がる。
 その時、訓練スペースの扉が横にスライドした。
「……騎士ゼスト」
 槍型デバイスを持ったゼストは室内の惨状を見渡した。
「呆れた顔するなよ」
 常に無表情に見えるゼストだが、トゥーレはどうやら判別が可能らしい。
「さすがにな……」
 訓練スペースはチンクのISによって煤だらけの上に所々破壊されていた。
「止めるか?」
「……」
「そうか。俺は昼から用事があるから、それまで付き合ってやるよ」
 会話は短いが、どうやらそれだけでコミュニケーションは成り立っているようだった。
「次、俺とゼストで模擬戦するからあっち行った」
「あっ、ちょっと、転がさないでよ!」
 トゥーレに押され、転がるセインをチンクが受け止めて肩に担いだ。身長差からして持ち上げられるわけがないのだが、戦闘機人だけあり腕力は見た目以上なのだろう。軽々と持ち上げた。
「それでは、姉は少し休むぞ」
「ああ、わかった」
「ところでさ、私のバインド解いてもらえないの?」
「ルーテシアに解いてもらえ」
 そう言ってトゥーレは突然二人の髪に触れる。
「うわっ、いきなり何?」
「じっとしてろ」
 彼は二人の髪についた煤を払う。チンクはじっとしていたが、セインはくすぐったいのか身を捩らせて暴れる。
「暴れんなよ」
「だって~」
「もっとキツく拘束しとくべきだったな……
「え? トゥーレって縛り系の趣味あいたたっ!? 止めて止めてっ、本当に痛いっ!」
「もう少し考えて発言しろよ。……よし、取れたぞ」
「ありがとう」
「でも、よく考えたら私がこんなになったのってトゥーレが転がすからだよね?」
 トゥーレはセインの言葉を無視してゼストに向き直った。
「待たせたな。それで、どんな形式でやる?」
 ゼストはチンク達が訓練スペースから出るのを見届けてから返事をする。
「――対魔導師戦で頼む」
「……わかった」
 トゥーレの返事を聞くと、ゼストは槍型デバイスとは別に持っていた杖型デバイスを投げ渡す。管理局の地上部隊に支給されている標準的なストレージデバイスだった。
 トゥーレは戦闘訓練の際にISや魔法を同時に使用しているが、時折自分を管理局の魔導師と見立てた仮想敵として魔法しか使わずにナンバーズ達の相手をする。
 あらゆるデバイスを使えるトゥーレは空戦、陸戦、砲撃型から格闘型まで様々な魔導師として戦える。その為に対魔導師戦にはうってつけなのだ。
 そして、今回ゼストはトゥーレを戦闘機人としてでは無く魔導師として戦うよう言った。それはつまり――
「管理局に刃を向ける気か……」
「なるべく戦いたくはないがな……」
 ゼストが槍を正眼に構え、トゥーレは自分の周囲にスフィアを複数生成する。
 オーバーS魔導師の戦いが始まった。

 訓練スペースにて行われている魔法戦に、ウーノは眉をしかめた。二人の戦闘能力の高さに危険を感じている、というわけでは無く、単に戦闘によって施設が壊れるのを嫌がっての事だった。
 訓練スペースで壁や床が壊れるのは当然だし、対魔法障壁や取り分け頑丈な造りが施されてはいる。だが、チンクが行った空間内全域の爆破やトゥーレのギロチンによる切り傷など、耐久力低下の後でオーバーS魔導師が戦っているのだ。
 アジト内のCPUと繋がり、管理するウーノが頭を痛めるのは当然だった。
『どうしたの?』
 通信用モニターからドゥーエの声がした。彼女達は定期連絡の最中だった。
「またトゥーレがやんちゃしているのよ」
『なるほどね』
 何でも弟のせいにするのが、長女と次女が共通するところだった。
「それで、管理局の捜査状況はどうなっているの?」
『あまり進んではいないようね』
 ドゥーエは潜入した管理局がどこまで敵対する戦闘機人について捜査出来たのか調べ、ウーノに報告していた。
『ただ、壊滅した犯罪組織のデータを解析してようやくアルハザードの名を見つけたみたいよ』
「ああ、あの明らかに偽名の……」
 過去にトゥーレ達が持ち帰った犯罪組織の記録媒体にあった戦闘機人の設計図と共にあった制作者の名前だ。
 アルハザード。一般人がその名を聞けばおとぎ話に出てくる名称と知られ、科学の道を歩む者やロストロギアに関わる者ならそれは過去に存在していたと思われる次元世界だと知っている。
『誰が見たって偽名だとわかるわね。そんなフザケた名前なんて他にいないわ。でも、過去にアルハザードと名乗っていた科学者がいたらしいわよ』
「まさか同一人物?」
『管理局が創設された頃――質量兵器がまだ禁止されていない時代の犯罪記録だから決めつけるのは早計ね。でも、管理局の捜査員はどんな些細な繋がりからでも調べるつもりのようだから、それについてはその内分かるかもしれないわ』
「大変ね。管理局の捜査官は」
『そうね。トゥーレの言うとおり、面倒な事は管理局にやらせて正解よね』
 言いながら二人は薄く笑った。



「遠路遙々ようこそいらっしゃいました、クロノ提督」
「直に会うのは久しぶりだな、カリム」
 聖王教会のある一室をクロノ・ハラオウンは訪ねていた。管理局の小将でもある教会騎士カリムがそれを出迎え、彼を窓際にあるテーブルへ座らせる。テーブルの上には紅茶のセットが用意されていた。
「ミッドには何時まで?」
「しばらくはいる。航空艦の整備とか色々あるからな。久々の休暇だと思ってゆっくり書類を片づけるさ」
「それ、休暇だと言わないわ」
 ワーカーホリックのようなクロノの科白にカリムは紅茶を入れながら呆れる。
「はやてやヴェロッサに会って頂戴ね」
「ヴェロッサとはたまに会っているし、はやて達とはこの前会ったばかりだ。それに、通信とかはよくしている」
「相変わらずね。そうだ、何なら今日会って行く? ヴェロッサは今日一日家にいるし、はやて遊びに来るみたいだから」
「いや、遠慮しておく。実はまだ片付いていない書類があるからな」
「そうなの。なら、さっそく本題を話しましょうか」
 コンソールを操作し、部屋のカーテンが閉められ部屋の中が薄暗くなる。そして、二人の目の前に詩編が載ったモニターが表示された。


『堕天使の塵と原初の欲望が巣食う海
 深い闇の空から天使達が、飛び立つ大地に舞い降りる
 翼を求める天使の舞踏が開かれ、地獄に最も近い日が訪れる
 欠けた王冠を贄に黒き羽がはばたき、地獄が顕現せり』


 その詩編をクロノは興味深そうに見つめる。
「これが噂の予言か」
 教会騎士カリムはレアスキル『預言者の著書』を所有している。その預言の的中率は本人に言わせればよく当たる占い程度。しかし、大規模な災害や事件に関してよく当たる為に、決して無視できるものではない。
「天使、か。詩編形式で抽象的だとは聞いていたが、さすがに天使という単語が出てくるとおとぎ話だな。それで、解析班の解釈は?」
「ミッドに大災厄が起きる」
「話が大きいな。それに、曖昧じゃないか?」
「そう取るしかないのよ」
 困った顔をして弁明する。
「地獄が顕現するだなんて、良くない事が起きるとしか思えないもの」
「それもそうか。しかし、素人解釈なんだが、これは天使がその地獄を引き起こすと書いてあるんじゃないのか?」
「ええ、今日来てもらったのはその天使についてなの」
 天使の一般的なイメージとしては神の御使いであり、その姿は白い翼の生えた人である。神秘的な印象のある存在が地獄を作るとは奇妙な話だった。悪魔や堕天使なら話は分かりやすかったかも知れない。
「これを見て」
 新たに五つのモニターが表示される。それぞれにある人物達を撮した画像だ。
「戦闘機人……」
 無限書庫とはやて達ベルカの騎士を襲い、そしてついこの間起きた大火災の原因である五人の戦闘機人の顔がクロノの視界に入る。特に、フェイトと同じプロジェクトFから生まれたと言うフュンフの顔に視線が行く。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。それで、もしかして彼らが天使とでも?」
 だとしたら冗句にもならない。小柄で人形のような白い少女なら翼が生えていればそう見えたかも知れないが、彼らは犯罪者集団。男達の人相的にも天使という柄では無い。
「彼ら、というか詩編に黒い翼ってあるでしょう」
 言いながらカリムが画像を新たに表示させる。それには赤いコートの男、ツヴァイが映っている。ただし眼が赤く、右腕が砲に成り、右の背から異形の翼を生やした姿だった。
「確かに、黒い翼を生やした天使に捉える事もできる。天使と言うよりは堕天使か悪魔だけどね。しかし、だとするとこの予言は既に達成されたと取れるが?」
 ツヴァイが行った大破壊、それに続いて炎の津波。幸いにも避難警報が早かった為に、破壊の規模から考えて人的被害が少なかった。それでも街一つが完全に破壊され、人々に忌まわしい記憶として残ってまだ新しい。
「それだと予言に載っていた単語のいくつかが当てはまらないのよ」
「アレ以上の事が起きる可能性があると?」
「ええ。それに、黒い翼についてもう一つ心当たり、と言うか気がかりな事があって」
 言いにくそうに、カリムは視線を下に向ける。カップの中にある紅茶に己の顔が写った。
「はやての事なんだけど……」
 その名前を聞いた途端に、クロノは気づいた。
 八神はやて、彼女が騎士甲冑を纏った際、その背には黒い翼が出現する。そして夜天の書の管制人格である初代リインフォースも同様であり、その夜天の書は白い戦闘機人の少女によって復活し奪われている。改悪された闇の書のままなのか、本来の夜天の書なのかは定かではないが、どちらにしてもロストロギア級のデバイスである彼女の力は測り知れない。
「・・・・・・風当たりが強くなりそうだな」
「個人的な事だけど、どうしても心配になって」
 彼女は歩くロストロギアなどと言われているが、それは古代技術並に危険だと言う意味でもある。闇の書事件の最重要人物であるはやてを未だに犯罪者呼ばわりし、危険視する局員もいる。
 彼女の事をよく知る人間であるならば、そんな事を思う者などいないのだが人というのは多様だ。全ての人間に認められる事は無い。何より、本人が望まずとも陰謀の渦中に投げ込まれる事可能性もある。闇の書事件もはやてが望んだ事では無い。
「わかった。こちらでフォローしてみるよ」
「ありがとう。ごめんなさい、個人的な事を頼んだりして」
「いいや、構わないさ。身内同士疑心暗鬼になって捜査が遅れる事を考えたら当然の事だ。逆にこっちからお礼を言いたい。情けない事に夜天の書を知らず知らずの内に端に置いていた。言われなかった気づかなかったかも知れない」
 フェイトとは違うプロジェクトFから誕生したフュンフ、規格外の銃使いツヴァイ、そして彼らが引き起こしたと思われる、街一つ飲み込んだ炎の津波。
 忘れていた訳ではないが、それらインパクトが強すぎて夜天の書について後回しにしてしまっていた。
 カリムが表示していたモニターを全て消去し、カーテンを開く。昼の日差しが再び室内に入り込んだ。
「しかし、予言の方はもっと詳しく分からないのか?」
「あれ以外にも預言はあるもの。スタッフの数が足りないわ。私個人で協力する事もあるけどさすがにね……」
「ふむ、なら無限書庫の司書長に取り次いで手伝わせようか?」
 少し冷めた紅茶に口をつけ、友人の顔を思い浮かべる。
「司書長? 確かスクライア一族の方だったわよね?」
「そうだ。本とか古代遺物が好きな奴だから、古代ベルカ語にも精通している。使えると思うぞ」
「申し出は嬉しいんだけど、さすがに無限書庫の職員まで要請するのわね……。向こうも毎日のように膨大なデータの整理をしてるらしいし。それに当てはあるのよ? 一応」
「へえ。でもその言い方だと局員でも教会の関係者では無さそうだな。一体誰なんだい?」
「うーん……ちょっとミステリアスで普段何してるか不明なのよ。でも、知識が豊富で彼の協力があったからさっきの預言も翻訳できたの」
「そうなのか――」
 一応身元調査するべきなのでは? と、執務官だった時の癖で用心するよう言おうとしたクロノだったがそれ以上口が開かなかった。
「ほんとにどこも人手不足で特に古代遺物に関して知識持ってる人が少ないから、ああいう人がうちにいてくれれば助かるのよ。幸い彼の趣味は分かっているし、信仰に芸術は付き物だし、上手くやれば教会に引き込めると思うの。ただ、頑固そうな所があるからどう言いくるめるかが問題なのよ」
 普通の、雑談の最中に浮かべる華のような笑顔で、何だか不穏な事を早口で言い始めた教会騎士を抑える自信はクロノに無かった。代わりにまだ見ぬその彼に同情した。



「――……」
「どうした?」
「いや、何か嫌な予感がした。例えるなら、金髪の宗教関係者に目を付けられたような……」
「何だそれは」
 ゼストとトゥーレの模擬戦を終えたのを見計らってナンバーズ達が訓練スペースに戻って来ていた。
 ノーヴェとウェンディが言い争いを繰り広げながらルーテシアとガリューに挑んで行く中、最後発組の教育係に任命されている二人は射撃魔法が飛び交う中平然と戦術の講義を始めようとしていた。と言っても、トゥーレは出掛ける予定があるのですぐに出て行くのだが。
 セッテは、せめて準備の手伝いだけでもさせようと弟に指示しているトーレの横で、先程までトゥーレが使っていたストレージデバイスをじっと見ていた。
 セッテの瞳の中から淡い光が輝き、それに呼応するかのようにデバイスが床の上で振動する。揺れ幅が段々と大きくなり――――トゥーレがデバイスを踏みつけた。
「………………」
「……セッテ、ISの使用は禁止していたはずだろ」
「申し訳ありませんトゥーレ」
 淡々と言い、セッテは頭を下げる。
「ほら、とっととトーレの講義受けてこいよ。姉達の拙いコンビネーションを見本として教えてくれるぞ?」
「わかりました。失礼します」
 セッテがトーレの方へ向かうのを見ながら、トゥーレはデバイスを拾い上げる。
 その途端、ストレージデバイスの中で高まっていた魔力が霞のように消え去った。
「……あの変態め、面倒な改造施しやがって」
 最後発組のセッテ、オットー、ディードは遅く生まれただけあり純粋な戦闘機人と言える性能を持っている。感情が薄く、全員飛行能力を持ち、ISも戦闘向きだ。
 そして、何よりセッテのIS『スローターアームズ』はある意味スカリエッティの挑戦と言える。
 元々は固有武装の制御をする技能だったがトゥーレの特殊性を知ったスカリエッティによって、魔導師としてのトゥーレの再現、つまりはあらゆるデバイスを操る技能へと後付の改造を行われていた。まだ試作段階であり、どう転ぶかわからない技能ではあるが、もし成功すればセッテはトゥーレ同様に対魔導師として最強の能力を持つ戦闘機人に成るという事だった。





 ~後書き&補足~

 最後発組登場。公式で出番少なく(特にセッテ)、感情の薄い三人。それがどんな風に性格が破綻するのか自分の腕の見せ所? いや、本当に日常部分でどう扱っていいものか困ります。
 そして、ブーメランブレードを操るだけのISってしょぼくね? 七番だからトゥーレと関連性持たせたいな、という憐れみと欲から『スローターアームズ』に魔改造入りました。StS編入ったら管理局が本当にヤバイです。

 次回、とうとうなのは達を強化させるお話を展開させるつもりですが、本当にどうしよう。スバルとティアナは中二奥様のおかげでStS編は強くできます。お子様二人は……本編じゃ成長期だから後で色々できるので大丈夫。
 問題はなのは達ですね。Forse(未読)では何かSFチックな兵器を使ってるとかどうとか……。それをいきなり登場させるという手もありますが、自分としては彼女達自身成長して欲しいので、どう強化しようか迷っています。浅ましいですが、誰か案下さい。あっ、エリキシルとかは無しの方向で。さすがに魔法少女が薬中なのは問題ありますから。多分。



[21709] 二十五・五話 そうだ、オフトレに行こう
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/05/15 16:39
「この部屋なんだけど……」
「これはまた、凄い量だな」
 トゥーレは午前の訓練を終えた後、グラシア家の屋敷に来ていた。ヴェロッサからある頼み事をされたからだ。ルーテシアの召還魔法の資料探しの件もあった上に、個人的に興味があったトゥーレはその頼みを聞き入れ、その為に北区にまで足を運んだ。
 二人が今いるのは屋敷の地下にある部屋の前だった。部屋は倉庫なのか、両開きの扉は大きく天井も高い。
 そして、部屋の中には無数の骨董品が収められていた。
「いいのか? 俺みたいなのに任せても。教会になら専門家なんてたくさんいるだろ」
「義姉さんが言うには、さすがに家の事を頼むのは気が引ける、と」
「なるほどな」
 カリムが聖王教会でも高い地位にいる事を最近知ったトゥーレは感心したような、どうでも良さそうな判別しづらい様子で返事をした。
 彼はヴェロッサからグラシア家の倉庫にある骨董品の整理を頼まれていた。物が物だけに何があるかわからない。なるべく専門的な知識のある人間に正しく整理してもらいたい、との事だった。
「ただ、俺は歴史的価値なら大凡解るが、美術的な価値は解らないぞ?」
「そう言ったものは既に別の倉庫にあるから大丈夫だよ」
「そうか」
 トゥーレは壁が見えなくなった倉庫の中に入り、興味深そうに見回した後、木棚の中に縦にして収められた、紙に包まれた板上の物を引っ張り出す。包装されている紙を丁寧に開くと、中から一枚の絵が現れた。
「ん? その絵、どこかで見たことがあるね」
 その絵は風景画だった。それを見て、ヴェロッサが考え込む。
「教会関連の美術館のやつだろ」
「ああ、思い出した。確かに一度見たことがあったよ。……ちょっと待ってくれ、何でそれが家にあるんだ」
「そりゃあ模写したからだろ」
「……まさか贋作?」
 義姉の家に贋作があるなどと思って見なかったヴェロッサの顔が驚愕の色に変わった。
「ショックを受けている所悪いが、贋作じゃない」
 絵をひっくり返したりしていたトゥーレが、また木棚から絵を取り出す。
「え、でも、本物は美術館にあるんだろ? じゃあ、これは偽物って事じゃないのかい?」
「偽物でもない。この絵のままだと単なる練習として描いた絵だ。上手いけどな。でも、例えばこれに古く見えるようちょっと古色を付けて、いい加減なサインでも書けば、贋作になる」
「ああ、成る程」
「先人の真似をして技術を学び、磨くなんてよくある事だ。同じ絵だからと言って反応していたら切りがない」
 言いながら、また新たに絵を取り出して包装を取り外す。その時、倉庫の入り口に人影が現れた。
「ヴェロッサ、何をしているのですか?」
「やあ、シャッハ」
 人影は、前にヴェロッサを追っていたトンファーシスターだった。
「ほら、この前言っただろ。倉庫の片づけに助っ人を呼ぶって。彼がそうだよ」
 自分の方に話題が来たので仕方なくトゥーレがシャッハへと振り返る。
「トゥーレだ」
「シャッハ・ヌエラです。今日は来て頂いてありがとうございます」
「いや、別に礼なんていいよ。ところで、今日はロッサの事追いかけないのか?」
「え?」
 トゥーレの言葉に、シャッハの顔が羞恥の赤に染まり、次の瞬間ヴェロッサを睨み付ける。ヴェロッサは丁度倉庫から抜け出す所だった。
「ヴェロッサ! 貴方、何を吹聴したのですか?」
「はっはっはっはっ……さて、そういえば仕事がまだ残っていたような気がするなあ」
 視線を合わせる事も無くヴェロッサが逃亡を図り、シャッハはそれを追いかけて行った。
「元気だな」
 元凶は他人事のように呟いてから、整理を再開した。片付けという仕事ではあるが、これだけの骨董品を只で見れる事にトゥーレは満足していた。
 しかし、後になってヴェロッサの頼みを聞いた事を後悔する事になるとは、この時のトゥーレは想像さえしていなかった。



 翌朝、グラシア家では珍しく姉弟が揃って朝食を食べていた。
「えっ? トゥーレさん、まだ倉庫にいるの?」
 パンにマーガリンを塗る手を止め、カリムが驚く。
「うん。休むよう僕も行ったんだけど、凄い集中力でね」
「まあ、確かに凄く集中してくれていたみたいだけど……」
 彼女は昨夜帰宅し、トゥーレが来ていると知って、聖王のお導きに感謝しながら宗教勧誘の思惑が多分に満ちた食事に誘ったりしたのだが、あっさりと断られていた。一応シャッハが食べやすいサンドイッチを持って来たが、食べたかどうか不明だ。一応、皿の上は空になっていたが、倉庫から鼠が出たらしいのでそっちの腹に入った可能性もある。
 倉庫整理の経過はと言うと、廊下に大量の骨董品が、日干しや修繕が必要なもの、価値があるかも知れない物に仕分けされていた。
 カリム達も当然手伝おうとしたが、狭くなった倉庫内では逆に邪魔となってしまうので、仕分けされた物の移動や修繕の手配などをした。
 夜中近くになるとヴェロッサが泊まっていくよう提案。元々一日で終わるような量では無く、数日掛かりの仕事だったので当然の配慮だった。
 そして、次の日の朝トゥーレはまだ倉庫に残っていた。
「本人は好きでやってるからいい、とは言っていたけど何だか逆に悪いわね。朝食はちゃんと勧めたの?」
「うん。だけどもう少しで終わるから後で貰うってさ」
「もう終わるの? 早すぎない?」
「きっと一日中籠もってたんだろうね。……ちょっと様子を見てくるよ。終わってるかも知れないし」
「ええ、分かったわ」
 ヴェロッサが立ち上がり、席から離れていく。
 カリムはトゥーレに申し訳ないと思いつつ、やっぱり教会に欲しいなぁ、と考えていた。その時、外から車のエンジン音がし、窓から見てみると友人のジープがやって来るのが見えた。
「はやて? ……そういえば、オフトレに行く前に寄って行くなんて言っていたわね」
 ジープを運転しているのはシグナムで、後部座席にはザフィーラがいる。そして二人の主であるはやては助手席で酔っぱらいのような笑顔を浮かべていた。
 カリムも席から立ち上がり、妹のような友人を出迎える為に玄関へと向かう。

「おっはよーさん! カリムゥ!」
 正面玄関を開けて入ってきたはやては何故かハイテンションだった。
 いきなり胸を鷲掴みしようとして来たので、はやての腕を掴んでガードしながらカリムは遅れて入ってきた二人に問いかける。
「朝から酔っているの? 駄目よ、はやてはまだ未成年なんだから」
「いえ、主は徹夜明けなのでちょっと気分が高ぶっているのです」
 申し訳なさそうにシグナムが言った。
「何でまた……」
「引き継ぎの書類整理と今日のオフトレが楽しみで興奮して眠れなかったと」
「あらあら。初めて遠足に行く子供じゃないんだから」
「子供やあらへん! もう立派な大人や! 私の周りの成長度合いがおかしいんや! ――この世に神様なんておらへん」
 いきなりテンションがダウンし、はやては力無く床に座り込んだ。
「手に負えないわね。そんな調子だと現地に着いた途端に倒れちゃうわよ? シャワーでも浴びて目を覚ましてきたらどう?」
「……うん、そうするわ。使わせて貰ってええ?」
「はい、どうぞ。タオルはいつもの場所にあるから」
「うん、ありがとな」
 何度もグラシア家に来たことのあるはやては迷う事なくシャワールームのある部屋へとフラフラした足取りで向かって行った。
「心遣いありがとうございます」
 シグナムははやての背が消えると、カリムに向かって頭を下げた。その横にいる、狼の姿のザフィーラも同様に頭を垂れる。
「いいのよ。私にとってはやては妹のようなものなんだし。それより、今日から特訓なんでしょう?」
「はい。知り合いの元局員の人間が手配してくれた訓練場で数日間のトレーニングを行う予定です」
「折角の休日を使って訓練だなんて大変ね」
「一連の事件で自分の力不足を感じましたので。数日の訓練で大幅に強く成れるとは思っていませんが、久々に皆が揃うので何かキッカケでも掴めれば、と」
「なるほどね。私でも何か力になれる事があれば遠慮無く言ってちょうだいね」
「ありがとうございます」
「何ならシャッハでも連れていく?」
「いえ、彼女も仕事があるでしょうし」
「大丈夫よ。上司の私が許可すれば喜んで行くだろうし、足も速いから何かあればすぐに呼び出せるし」
「い、いえ、そう言うわけにも……」
 シグナムが返答に困りだした丁度その時、ヴェロッサが姿を現した。
「おや、シグナム達じゃないか。今日は確かオフトレに行くとか言っていたけどどうしたんだい?」
「その前に寄ってくれたのよ。トゥーレさんの方はどうだったの?」
「倉庫整理終わったって。驚いたよ、以前とは見違える程綺麗になってた。そのせいか埃だらけだったんで、シャワー浴びてもらってる」
「そうなの。なら、朝食の準備を――――シャワー?」
「うん、シャワーだね。どうしたんだい、三人とも? あれ、そういえばはやてはどこ行ったんだい?」

 八神はやての注意力は寝不足により散漫していた。だから脱衣所で服を脱いでいる最中に、足元の籠に入っている男物の服が視界に入っていながら気にしなかったし、バスルームの電気が付いていてシャワーの音がしていても何も考えずにそのドアを開けた。
 ドアが開かれ、室内に篭もっていた水蒸気が一気にはやての方へと吹き付け、水気を浴びた事によって彼女は僅かにだが目が覚める。そして最初に認識したのが黒い髪を濡らした端正な顔立ちの人物だった。
 綺麗な人やなぁ、と本人が聞いたら顔を顰める事を半覚醒の頭で思いつつ、知っている人物だと思い出すのに数秒。
「いきなり開けるなよ」
「え? あっ、う……ぇ……」
 先客の声でようやく誰か思い出し、脳が覚醒すると同時に混乱する。声にならない声を上げつつはやての顔が赤くなっていった。視線が上へ下へと激しく上下に往復し、頭に血が昇って更に判断能力を喪失していく。
「今俺が使ってるから、もう少し後にしてくれ」
「ぅあ、えと…あの、その…………」
「どうした?」
「い、いや、あの…な……へぅ…………」
「何時までそこに突っ立ってるつもりだ。……もしかしてお前」
 言いながら、トゥーレはシャワーを止める。
 濡れた髪を頬に張り付かせたまま、はやてを見ながら口を端を吊り上げた。
「一緒に入りたいのか?」
「へ? …………――え、遠慮しときますぅーーーーっ!! ぬぅわあああぁぁぁあああぁぁぁ!!」
 ドアを思いっきり閉めて、奇声を発しながらはやては服を掴むと脱衣所から逃げ出した。
「所詮、子供だな」
 木霊するはやての声を聞きながら、トゥーレは何事も無かったかのように再びシャワーを浴び始める。

「責任取って下さい」
「意味が分からん」
 トゥーレがシャワールームから上がり、朝食が用意されているという居間に行くといきなりはやてが開口一番言ってきた。まだ顔が赤く半泣きだった。
「乙女の純情踏み躙った責任を取って下さい」
「何でだよ。被害者は俺の方だろ」
「うわぁ~~ん、カリムー、私もうお嫁に行かれへん」
「お前、猥褻罪が男にだけ適用されると思うなよ? それより一体何ではやてがここにいる」
 席に付き、朝食のパンを食べながらトゥーレは冷めた目でカリムに泣きつくはやてを見ていた。
「休暇前に寄って来てくれたの。ごめんなさい、トゥーレさん。まさか貴方が入ってるなんて知らなくて私がはやてにお風呂を薦めたのよ」
「その事については別に気にしてないが……」
「私、もう穢れてしまったのやね」
「こいつがウザい」
「あ、あはは……」
「主、もうそろそろ時間です」
 黙って見ていたシグナムが時計を見て言う。彼女は状況が解かっていたので口を挟まずにずっと黙っていたのだ。
「もうそんな時間? まだ責任取らせとらんのに」
「まだ言うか」
「あっ、そうだ!」
 トゥーレが食べ終えたその時、名案を思いついたと言わんばかりにはやての顔が明るい笑顔へと変わる。
「飯をありがとう。俺は帰る」
 何となく嫌な予感を覚えたトゥーレは席を立って早足で玄関の方へ向かう。
「シグナム、ザフィーラ、確保ッ!」
 主の命で渋々と言った表情をしながらも守護騎士の行動は迅速且つ的確だった。
「離せ! カリム、ロッサ、見てないで助けろ」
「ごめん、僕には無理だ」
「倉庫の整理、ありがとうございます。また今度お礼をしますので、また家に来て下さいね」
 救助を放棄するヴェロッサと目の前の誘拐現場を見て見ぬフリをしてお辞儀するカリムに見捨てられたまま、トゥーレは守護騎士によって拘束され拉致された。



 カリムの家から十数分後、北区の街道を走るジープの後部座席でトゥーレは疲れたような顔で空を見上げていた。胴体はバインドで拘束され両腕が塞がっている。その気になれば解けるのだが、本気を出してまで逃げる気にもなれなかった。向こうも最初ははやての暴走による拉致行為だったので、トゥーレが本気で嫌がれば開放してくれるだろう。
「それで、今から休暇を利用しての訓練合宿に行くのは分かった。でも何で俺まで行かないといけないんだ?」
 俺は強引な女に弱いのか? と思いつつはやてに話しかけた。
「同じ相手とばかり訓練してると慣れが入るやろ? だから、偶に違う人と一緒にやった方が効率上がると思うて」
 助手席からはやてが振り返る。
「まあ、一理あるが……。局員でもない一般人をボコッて楽しいか?」
「そんな事言うて、トゥーレさん本当はメッチャ強いやん。フェイトちゃんをまた助けた時だってそうやったし」
 西区のホテルでフェイトを助けた場面は当然記録されていたようだ。バルディッシュはシーリングロックが掛けられていたが、映像記録程度は出来たかも知れないし、フェイトの背後で倒れていた陸士のデバイスが記録していた可能性もある。
「シグナムもそう思うやろ?」
「そうですね。戦闘記録を見る限りかなりの使い手だと……。実は言うと、トゥーレとの模擬戦が楽しみです」
 移動中、一応初対面だったシグナムとザフィーラとの自己紹介は終わっている。
「模擬戦まで参加するのは決定事項なのかよ……」
 何もかも諦めたと言う風にトゥーレは顔を横にして通り過ぎていく町並みを眺める。
 今頃アジトはどうなっているのだろうかと思案する。一応泊り込みだと言う事はカリムの家で倉庫整理の仕事を始めた時から連絡していた。しかし、あまり遅くなると後で三女に折檻されそうで非常に憂鬱だった。
「あっ、見えて来たよ」
 はやてが指差した先にトゥーレが視線をやると、そこは駐車場で、一台のバスが止まっていた。その周囲には十人近い人数がいる。
 はやて達が訓練する場所はミッド郊外の山岳地帯にある訓練場だった。ミッドで一度集合してから、皆でバスに乗って行こうという手筈だ。
 守護騎士との自己紹介の後で一応それを聞いていたトゥーレは相変わらず気だるい表情で何となく集まった人物達に視線を向けて行くが、ある女性の所で嫌そうな顔をした。
 ジープがバスから少し離れた所で止まる。
「ごめん、待たせてしもうたな」
 謝りながら、はやては自分の荷物を担いでジープから降りる。シグナムとザフィーラも降りて荷物を取り出し始める。
「…………」
 トゥーレは自分に向けられる視線を感じていた。同時に居心地の悪さもだ。はやての友人であるなのはやフェイトは予想出来ていたので別にいい。資料として見た事ある守護騎士のシャマルは知らない人が来たという程度の視線で、ヴィータは睨みつけて来ているが気にしない。リインも物珍しそうに見ているが無視。だが――
「おやおやぁ、珍しい人が面白い格好で来たわねぇ」
 クイント・ナカジマの珍獣を見るような視線はうっとおしかった。
「何でいる?」
「訓練場の手配したのは私よ。それに、それはこっちの科白よ。まあ、その愉快な格好見れば大体の事は理解できるわ。大方、はやてちゃんとバッタリ出くわして拉致されてオフトレに参加させられたってとこでしょう」
「させられたって……参加すらしてねえ」
「でも、抵抗せずに来たんじゃないの?」
「…………」
「ところで、何時までその格好なのよ。早く降りなさい」
「はぁ……」
 溜息を付きながら、トゥーレは自分を拘束していたバインドをあっさり破るとジープから降りた。
「トゥーレさん、あの時はありがとうございました。二度も助けてくれて」
 地面に立ったトゥーレに駆け寄り、フェイトが礼を言う。
「別に……気にすんな」
「お久しぶりです」
 続いてなのはが挨拶する。
「そうだな。……お前ら背伸びたな」
 何となく気まずくなったトゥーレは彼女達の身長を見て言った。そこでふと、赤毛の少女の方へ視線が行く。
「……何だよ」
 ヴィータがトゥーレを警戒するように睨んでくる。
「………………」
「何だその哀れむような目は!? 言いたい事があるならはっきり言いやがれ!」
「いや、まあ、何だ? まだ成長期だろうから、気にする必要なんてないぞ? 後になって急に成長する可能性だってあるからな」
「どういう意味だ。それにあたしは子供じゃねえ!」
「より絶望的だな。おやつ買ってやろうか?」
「お前わざとやってんだろ!」
「まぁまぁ、ヴィータ落ち着いて」
 グラーフアイゼンを振り回し始めたヴィータをはやて達が止めた。
「貴方って意外とSなの?」
「違う。そういえば、いきなり一人追加だなんていいのか?」
「大丈夫よ。こっちには戦技教導官、特別捜査官、執務官がいるのよ。それに向こうの管理人は私の後輩だし多少の無理は平気よ」
 言いながら、クイントは携帯端末でどこかに通信を始める。
「――ああ、私よ私。……切ったら抉るわよ? それでね、今からそっち向かうんだけど、一人追加したからよろしく。――え? 知らないわよ。そっちで書類誤魔化しときなさい。――いいわね?」
 最後の言葉を低く言ってクイントは通信を切り、笑顔で親指を立てた。
「とんでもない女だな。本当に元局員かよ……。それにしても、見知った顔ばかりだな」
 周囲を見回す。なのは、フェイト、八神一家にクイント、それに場違いとも言える子供が三人。
「ギンガとスバルだったな。それと、そっちは……」
 三人の子供の内、二人はクイントの娘達だった。しかし、三人目の少女には見覚えが無い。――いや、見た事はあった。その少女は西区の事件の際、トゥーレがアインの炎から守った茶髪の子供だった。
「三人目か?」
「頑張ったわ」
 トゥーレの冗談をクイントは平然と返す。
「違います」
 否定の言葉は少女本人が発した。
「ティアナ・ランスターです。今日はどうぞよろしくお願いします」
「トゥーレだ。無理やり連れて来られた身だから無視してくれていいぞ」
「え? ……は、はぁ」
 どうやら自分の事は覚えていないようだった。トゥーレが救助した時には気絶していたので当然ではあるが。
 説明を求めるようにトゥーレはクイントを見る。
「この子はちょっと訳あって私が後見人になってるの」
「ふうん。しかし、子供を訓練場に連れてくつもりなのか?」
 後見人という言葉に引っ掛かりを覚えたものの、深く追求せずにトゥーレは話題を変える。
「夫が仕事で数日家にいないのよ。別に親が留守でも大丈夫な子達だけど、さすがにね。それにギンガは陸士訓練校に入りたいらしくて、勉強になると思ったから」
「へえ、ギンガは局員になりたいのか。頑張れよ」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
 何気なく言ったトゥーレの声援に、ギンガは言った本人が言うほど大きな声を出した。
「ティアナちゃんもまだ先の話だけど空隊に入りたいって言うから」
「なるほど。しかし、そんな歳からもう将来の話か。凄いな」
「いえ、別に……」
「…………」
 無表情なティアナを見下ろして、トゥーレは少女の瞳に危険なものを感じた。
 感情が表に出ておらず、やや虚ろにも見えるその眼にはギラギラとした明確な意思があった。
 少女の瞳の奥から垣間見える輝きは、何か大事なモノを奪われそれ故にある一点のついて突き進む為の危険な輝きだ。
 それに対し、何故か近しいものを前に見た気がするトゥーレは黙したままティアナ・ランスターを注視し続ける。
「……? あの、何か?」
「…………いや、何でもない」
 その時いつの間にか仕切り始めたはやてに呼ばれ、彼らはバスに乗り込んだ。





 ~後書き&補足~

 風呂ネタ再び。きっと数の子達との遭遇もこんな感じ。逆だろ普通。

 そしてちょっと強引にトゥーレになのは側のオフトレに参加して頂きました。オフトレは漫画のvivid読んでたらやってみたかったから。それと、これで別になのは達が一気に強化される訳ではありません。キッカケ程度ですね。
 そのキッカケでなのは達はどう強くなっていくのか。それが肝だと思っています。つまり、一度チートにボコられてみる? といった感じ。

 強化案によくあったデバイスの魔改造ですが、あんまりやるとオリジナルデバイス化しますので、やるとしてもほんの少しですね。まあ、数の子とかで結構オリジナル要素入りまくりですが……。

 さすがに黒円卓化はしませんが、やはり雷を使うフェイトの強化はイメージしやすい上に、自分よりももっと速いトゥーレがいるので、トーレのように単純にスペックが上げられると思います。



[21709] 二十六話 オフトレ(Ⅰ)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/11/29 20:13
 ミッドチルダ郊外の山岳地帯。そこには陸士訓練校に付属する訓練場がある。訓練場と言っても宿泊施設と医療施設だけがある建物としては小規模な物だ。しかし、高所にある為か大気が薄く、自然の地形をそのまま利用したアスレチックフィールドは地上を走り回る陸士の訓練としては最適であり、坂を下った所にある平地は周囲の被害を気にせず魔法訓練が行える。
 ただ、交通の不便や施設の老朽化により利用する訓練校は少なくなっていた。
「そこを私が無理矢理使わせてもらえるよう頼んだのよ」
「正直どうでもいいんだが」
 バスに乗って数時間、目的の場所へ着いた一行は宿泊所に荷物を置くとさっそく運動しやすいスポーツウェアに着替えていた。
 トゥーレは拉致られた身なので、いつもの格好で施設前にてザフィーラと共に待っていたのだが、いち早く着替え終えたクイントに訓練場の説明を聞かされていた。
 彼女は最初、自分の後輩だったと言う訓練場の管理者に絡んでいたのだが、飽きたのかトゥーレとザフィーラ相手に一方的な雑談をしていた。
「みんな遅いわね」
「あんたが早いだけだと思うぞ」
「あら、ようやく来たわね」
 建物の中からゾロゾロとなのは達が出てきた。
「集まったわね。それじゃあ、軽いロードワークからやりましょうか」
「それはいいんだが、こっちはどうするんだ?」
 そう言って、トゥーレは三人の少女達を指す。
「どうせ俺は部外者なんだから、面倒見てもいいぞ」
「ああ、私が見るわよ。私だってもう管理局辞めちゃってるしね。なのはちゃん達は気にせず訓練していてちょうだい」
「はい、わかりました」
 なのは達は先に走り出した。彼女達は訓練の為に来ているのだから、さすがに子供の足に合わせて走っては意味が無い。必然的に、管理局を止めたクイントと自称一般人のトゥーレが少女達の面倒を見ることになった。
「もしかして俺は子守の手伝いのために拉致られたのか?」
「期待されてるのは魔法戦の相手でしょ。聞いたわよ。貴方、なのはちゃんとフェイトちゃんの二人掛かりでも倒せなかったのを一人で倒しちゃったんでしょう?」
「倒してない。逃げられた」
「逃げるだけはあるって事でしょ。それじゃあ皆、走るわよー。まず二十キロ程度ね」
 言われ、トゥーレは今から走るであろう道を見上げる。二十キロと言っても急な坂道が占められている。子供には酷なのではと思い、少女達を見下ろす。
「はい」
「うん!」
「……わかりました」
 特に問題は無さそうだった。
 クイントを先頭、トゥーレを最後尾に五人は走り出した。

 ――数十分後。
「ギン姉ッ! キツネがいる!」
「こら、スバル。ちゃんと前見て走りなさい」
 母親の後について走る姉妹は至って元気そうで、
「…ハァ……ハァ、ハァ…」
 少し後方を走るティアナは肌に汗を浮かべ、呼吸のペースが乱れていた。
 ティアナの体力が無いのではない。逆に、同年代と比べると体力はある。前を走る二人が異常なのだった。
「ティアナだっけ? お前大丈夫か?」
「だ、大丈、夫です」
「とても大丈夫なようには見えないぞ。もうすぐ終わりだから頑張れよ」
「は、はい……」
 トゥーレはティアナに合わせて隣で走っていた。
 彼らは折り返し地点を既に通過し、施設まで戻る途中だった。現に建物が見え、そのすぐ側でなのは達が筋トレを行っている。
 さすが現役で管理局に働いているだけあって疲労している様子は無い。
「はい、とうちゃーく」
 ナカジマ親子が走り終え、少し遅れてトゥーレとティアナの二人が到着する。
「二人とも、どうぞ」
 シャマルがタオルとドリンクを配っていた。
「あ、ありがとう、ござい、ます……」
 ティアナは荒くなった呼吸を調えてから受け取ったドリンクを一気に飲み干した。
「ティアナちゃん平気?」
「平気です」
「うーん、やる気はあるのは良いことだけど、怪我したら本末転倒だから気をつけるのよ」
「はい」
 ふと、ティアナが視線を向けるとスバルが意味も無く走り回っていた。山の中がそんなに珍しいのか興奮気味だ。逆にギンガは大人しくしていたが、肩で息をしていても汗をかく様子も無い。
「……」
「なあ、クイント。お前の娘の事なんだが、何であんなに体力あるんだ?」
「私が鍛えたから」
「ああ、なるほど」
 何故か妙に納得してしまったトゥーレだった。
「あれ? 自分で言っておいて何だけど、さりげなく失礼じゃなかった?」
「気のせいだろ」
「……お二人も、息一つ切らしてないですね」
 ティアナがタオルで額に浮かんだ汗を拭い、大人達を見上げる。
「私は管理局辞めてもトレーニングは続けてたから」
「大人と子供の差だな。別に俺がすごいわけじゃない」
 二人とも大した事ない風に言ってのける。
「あの、クイントさん。私達アスレチックに行って来ますね」
 なのは達三人が筋トレを止めて立ち上がっていた。
「はいはい、こっちは気にせず行ってきなさい……。ねえ、ところでさ」
「はい、何でしょう?」
「走ってる姿見て思ったけど背嚢は付けないの?」
 心底不思議そうにクイントが言った。
「背嚢って重りの事ですよね? 付けませんけど。ねえ、なのはちゃん」
「うん」
「う、嘘っ? 普通背嚢ぐらい背負うでしょ。ねえ?」
「ああ」
 一般人と言い張っている癖に、トゥーレはさも当然と言わんばかりに同意する。
「なのはちゃん達速成だけど訓練校出たんでしょう? その時ももしかして背嚢無し?」
「は、はい。なのはも私も、それに他の人も付けていませんでした」
 フェイトの答えに、クイントは大袈裟とも言えるリアクションで驚いて見せた。
「そんな……私が訓練生だった時は二十キロは当然だったのに! ハッ、もしかしてこれがゆとり教育の弊害!?」
「ゆとりじゃありませんよ!」
「ゆとり?」
 駆け回っていたはずのスバルがいつの間にか戻って来ており、知らない単語に首を傾げて姉を見上げる。姉のギンガも意味が分からず視線を彷徨わせてから一番近くにいた大人を見上げる。スバルの視線もそちらへ向き、ついでにティアナのも加わった。
「……ミッド出身のお前等には一切関係ないから覚えなくていいぞ」
「トゥーレさんこそ何で知ってんの?」
「黙れ覗き魔」
「ぬわっ!? 覗き魔ちゃうもん! そ、それにあれは不可抗力で、べべ別に好きで見たわけじゃ・・・・・・えっと、うぅ」
 今朝の事を思い出したのか、はやての顔が耳まで赤くなっていく。
「何でそこで口ごもる」
「何々? 何だかゆとり云々より面白そうな予感がするわ。詳しく話しなさいよ」
「はやてが変質者だったって話だよ」
「違いますぅ。覗いてへんもん!」
「はやてちゃん……」
「とうとうやっちゃったんだ……」
「え、何で二人とも遠ざかるん? しかも、とうとうってどういう意味? 私ら友達だよね? ねえ、ねえっ!?」
「はやてちゃん、いくら同性だからって犯罪行為は駄目よ。女性が女性をストーカーして捕まった事例だって一応あるんだから」
 どうやらろくな説明が無いためか、覗かれたのがトゥーレだと思われず、はやては女子の着替えを覗いたような印象が与えられていた。
「何なのこの精神的フルボッコ。この私が総受けに回るなんてありえへん……」
「いいからとっとと訓練再開しろよ。他の連中待ちくたびれてるだろ」
「発端の人が何言うてんの……」
 何時か倍返しにしてやる、とぶつぶつ言いながらはやては離れた場所で待っていたヴォルケンリッターの面々の所まで駆け寄って行き、なのはとフェイトもそれに続いた。
「さあて、小休止にしてはなかなか充実な時間だったわね。筋トレでもやりますか」
「お前、子供イジって楽しむなよ」
「貴方には言われたくないわ」
「……あの、ギンガさん。皆さんはいつもこんな調子何ですか?」
「他の人の事は知らないけど、お母さんは平常運転ね」
 問いにさらりと答えたギンガに対し、ティアナはただ沈黙するしかなかった。

 訓練場のアスレチックフィールドは正に天然モノだった。切り立った岩場は不安定の足場を跳びながら移動しなければならず、崖をよじ登ったり降りたり、太い木の枝から垂れ下がっているロープを使って自分の手足だけで登り、地面と平行になったロープを伝って別の場所に移動したりと他の訓練場には無い環境だ。
 訓練校にも人工森林による訓練用のフィールドはあるが、ここまで過酷では無い。何よりミッドチルダでは主に都市での事件が多く、必然的に市街戦を想定した訓練に重点が置かれている。他次元世界での活動は地形の影響を受けずに行動できる空戦魔導師が中心になっているので、山岳地での訓練はあまり行われていない。
 そのせいで、ここの訓練場には人が来ないのだろう。
「さすがにキツいわ。なのはちゃん達はスイスイ行っとるのに……。私も速成で訓練校入っとけば良かったかな?」
 途中、はやてが前を進むなのはとフェイトの後ろ姿を見ながら呟いた。
「つうか、なのはちゃん昔は運動苦手とか言ってなかったっけ?」
「頑張ったら、結構出来るものだよ?」
 前を向いたままなのはが答えた。
「頑張ったらで片づけられるんが凄いわ」
 彼女達は一度立ち止まり、崖を登り始める。
「クイントさんには感謝しないといけないね」
 フェイトが登り終えて、自分の次に登って来たシグナムに言う。
「そうだな。ミッドではこんな所は滅多にないからな」
「教導隊の訓練の時、たまに無人世界でやるけど、さすがに山の中の物をこんなに利用したりはしなかったかな」
 続いてなのはが登り終える。
 はやては苦戦しながら登り、その少し上にヴィータ、隣にシャマルがいる。リインは最初から浮いているので関係無い。ザフィーラは人間の姿ではあったが、万が一主が落ちた場合を考えてか崖下にまだいた。
「そういや、ヴィータさっきから機嫌悪そうやな。トゥーレさんの事そんなに嫌い?」
「嫌いだ」
「即答やな」
 ようやくはやてが登り終えて、最後にザフィーラが登って来る。
「だってあいつ怪我してるなのはを殴ろうとしたんだぞ」
「違うよ。それに、あれは随分昔の話だよ」
 なのはが苦笑いする。ヴィータは初めて会った病院での出来事を根に持っていた。なのはやその場に居合わせたクイントから説明を受けて誤解だと解っているのだが、怪我人のなのはの胸倉を掴んでいた光景が頭から離れず、ヴィータは未だにトゥーレを快く思っていない。
「はやてー、何であんな奴誘ったんだよ」
「う~ん? クイントさん同様良い刺激になるう思って。ほら、私達って特定の相手としか訓練せえへんから」
 なのは達と対等に戦える相手となると、管理局の中でもその数は限られてくる。
「それに、興味あるでしょ?」
「興味?」
 ザフィーラが追いついてから一行は再び走り、その後も崖をあらかじめ設置されてあるロープで降りる。
「最初にフェイトちゃんを助けた時、あの人は他人のデバイスを、しかもフェイトちゃんのバルディッシュをいきなり使いこなして見せた」
 崖から降りたはやては確認するようにフェイトを見る。
「確かに、ストレージデバイスなど一般的なデバイスならともかく、バルディッシュみたいなインテリジェントデバイスは扱いが難しいね」
「更に、ホテルの時はあのフュンフって言う戦闘機人を呆気なく撃退してしもうた。他人のデバイスを操る技術、あの魔力量、どう見ても並の魔導師じゃない。でも、そんな人を管理局が今まで見つけられなかったのはちょっと不思議やね」
「あの人の魔力量はさっき見た感じじゃそんなに多くは無かったわよ。ギンガやスバルちゃんの方が多いぐらい」
 何時の間にかシャマルは魔力検知により、トゥーレの魔力量を測っていた。
「シャマル……仕事ならともかく、そう勝手に調べるのは関心できないぞ」
 走りながら、シグナムが冷めた視線を送って来たのでシャマルが言い訳する。
「だって、はやてちゃんが……」
「主……」
「嫌やなぁ、さすがに調べたんわ魔力量ぐらいやって。プライベートな事は全然やよ。何でそんな疑わしそうな目で皆見るん? ともかく話戻すよ」
 皆の視線を避けながらはやては話を無理矢理戻す。
「トゥーレさんとはミッドで遭遇したり、フェイトちゃん助けてくれたりして貰ったけど、どこに住んどるのか、何の仕事をしとるのか、私らあの人の事何も知らん。この機会に知っとくのも良いと思って」
「そうだけど、さすがに詮索するのはどうかと思う」
 二度も助けられたフェイトも彼の事は何も知らない。だからと言ってあれこれ詮索する気にもなれなかった。
「別にプライベートな事まで無理に聞こうとは私も思わんよ。でも、せっかくやし何かの縁やと思うて。もっと仲良うなるのも良いかなって」
「あたしは別に仲良くしたくねー」
「ヴィータちゃん……」
 頑なにトゥーレを拒むヴィータになのはが苦笑いする。
「どうせ何かやましい事でもあるんだろ」
「それは言い過ぎだって」
 彼女達はそれからアスレチックに集中し、障害物を乗り越えていく。慣れぬ山岳での運動はさすがの彼女達にも疲労の色を与えた。
「ようやく終わったね~」
 アスレチックを終えたなのはが僅かにだが肩で息を切らし、大きく息を吐く。
「み、皆バケモンや……」
 一番疲労しているはやては足を震わせながらようやく終着点までたどり着く。
「はやてちゃん、大丈夫?」
「大丈夫やない。シャマル、悪いけどヒーリング」
 はやてに言われ、シャマルが魔法を掛ける。体力は回復しないが負担がかかった足腰を癒すには十分だった。
「あっ、ここから全部見えるみたいだよ」
 フェイトが自分達が辿ったルートを振り返りながら言った。
 どうやら終着点からアスレチックフィールドの様子を見る事ができるようだった。訓練場として作られたのだ。当然監督する者の都合を考え、障害物を乗り越える様子を監督できるよう作られていたのだろう。多少距離はあるが、何かあっても魔導師が魔法によってすぐに駆けつけられる距離だ。
「ん? あれはクイント達じゃないか」
 シグナムの声に全員が同じ方向を見ると、崖の下にクイント達五人の姿があった。
「さすがに十歳にはキツイとちゃうか?」
「時間掛ければなんとかなるんじゃねーの?」
 なのは達は訓練で来ているので、ペースを早くして挑んでいた。もう少しゆっくりとやれば余裕だったかも知れない。
「最初はクイントからやるようだな」
 崖の下、クイントが後ろの四人に振り返って何か言っているようだった。声はさすがに聞こえないが、遠目に見ても張り切っている様子だ。
 なのは達が見物しているとも知らず、クイントは崖の方に振り返ると――いきなり跳んだ。
「……は?」
 誰かが間抜けな声を漏らす。
 クイントはあろう事か、崖をよじ登るのでは無くジャンプして登って行った。本来なら足を掛け、手で掴む崖の起伏を足場に跳躍だけであっという間に登りきる。
「そういえばクイントさん、ホテルの時……」
「ああ、そうやったね……」
 ツヴァイの銃弾をかわしていたクイントだ。出来てもおかしくはない、とフェイトとはやては自分に言い聞かせる。
 クイントの次は少女達が登り始める。ギンガとティアナはさすがにまともな登り方だったが、スバルが母親の真似をして落ち、トゥーレに受け止められていた。
「何か、スバルの将来が不安になってきた」
「にゃはは……」
 ヴィータの言葉になのはは返答に困ったのか笑って誤魔化す。
 少女達が登り終えると次はトゥーレの番だった。どうやらザフィーラと同様に安全を考えて最後まで残っていたようだ。
「何かトゥーレさん、うんざりしてない?」
「クイントさんが崖の上で何か言ってるね」
「挑発しまくっとるね、あれは」
 そして、皆の視線が集まる中、トゥーレは崖を走った。
「………………」
 今度は誰もが無言だった。
 垂直の壁である崖をトゥーレは簡単に登――走り終える。なのは達の位置からでは正確な事は分からない。クイント同様起伏を利用して小刻みに登ったのか、本当に壁を走ったのか。どちらにしてもあり得ない事だ。
 その後もクイント、そしてトゥーレの奇行は続く。
 崖を下る時でもクイントは登ってきた時と同じように下り、トゥーレはそのまま飛び降りて平然と着地。別の障害物では、木の上に結ばれ地面と平行になったロープで向こう側に渡る時、クイントは奇声を上げながらロープの上を二本の足で滑り、トゥーレは歩いて渡る。切り立った岩場の上の時も、二人は話しながら何事も無く飛び越える。勢いをつけて跳ぶとか、瞬時に跳べそうな足場を判断するとか、それ以前の問題だった。
「…………」
 もう誰も声を出せず、その日の午前は終了した。

「あの、トゥーレさん……」
 正午、施設の食堂で用意された昼食をトゥーレが食べている時、隣のテーブルにいたフェイトから声を掛けられた。
「何だ? ……つうか、何で他の連中はこっち見てんだ?」
「えーと、それは、その……」
 答えにくそうにフェイトが苦笑いを浮かべる。
「まあ、いいか。それで、何か用か?」
「トゥーレさんって、普段何してるんですか?」
 八神一家で囲んでいたテーブルではやてが喉を詰まらせそうになった。
(フェイトちゃん直球過ぎ。しかもついさっきの事いきなり実行かい! それに、こういうのはじっくりネチネチと聞き出す方が楽しいやんか)
(はやて…)
(はやてちゃん、その性格直した方がいいと私は思うの)
(いいやんか別に。それに、トゥーレさんには今朝の恨みもある。ここは報復の時!)
(はい? 報復?)
(……)
(……)
 八神一家が何かコソコソ話しているのをトゥーレは横目で一度見て、フェイトに振り返る。
「普段と言われても曖昧だ。もっと限定して聞けよ」
「すいません。それなら、えっと、お仕事は?」
「テスター」
 あっさりと短く言われた言葉に皆が振り返る。
「テスター?」
「デバイスとかの武装のな。地上部隊付属の研究所で作ってる試作品を試してその不具合とか使い勝手の報告をしてる」
「貴方、そんな仕事してたの?」
 トゥーレの向かい側に座っていたクイントが意外そうな顔をした。トゥーレのテーブルには午前中に一緒にいたクイント達が座っている。
「……まあな」
 実際にそのような研究所はある。地上部隊中将であるレジアスの息が掛かった研究施設で、表向きでは新型デバイスなどの開発を真面目に行いながらも、裏ではスカリエッティへの資金や物資の提供を行っている。レジアスの表と裏がそのまま現れたかのような研究所はトゥーレにも都合が良く、多少面倒でもドゥーエの潜入捜査の下準備と比べれば自分の存在を捏造するのは簡単だった。
 トゥーレは何故か外を歩けば高確率でなのは達の関係者に出会う為に、念のため身元を調べられても誤魔化せる程度の偽装は行っていた。研究所についてもレジアス直属とも言える所だ。本局付きの彼女達でもそうそう詳しい事まで調べられない。
「地上部隊付属という事は、トゥーレさん実は局員なの?」
「違う。外部からのテスターだ。局員でも無ければ正式な職員でもない。だから結構気楽な仕事だ」
「なるほどなぁ。そのテストしてるデバイスって今持っとる? 興味あるわぁ」
「悪いが守秘義務がある。それにデバイスは研究所だし、俺自身デバイスは保有してない」
「なんやぁ、そっかあ」
 残念そうにはやては昼食をフォークで突付く。
 それからフェイトから色々な事を聞かれたが、トゥーレはどれも普通に答え、プライベートな事は簡単にかわしていった。フェイトも全てに答えてもらおうとしていた訳ではなく、単なる興味からのものだったので特に気にせずに会話は終了した。
「女って、どうしてお喋りが好きなんだろうな」
「そういうもんよ」
「……俺の知ってる女って生き物はそんなに大飯喰らいじゃないけどな」
 ナカジマ親子の前に積まれた食器の山を見て、トゥーレは呆れたように言った。
「貴方こそ男の癖に小食ねえ」
「あんたが食ってる量と比べるとな」
 そこでふと、ティアナの方が気にかかって視線を移すと彼女は指先を痙攣させつつスプーンを握って慎重にスープを飲んでいた。
 別にスープが嫌いな訳ではない。さすがに十にも行っていない少女には山岳でのトレーニングは酷だったのだ。まだまだ余裕そうなナカジマ姉妹がおかしいのであって、ティアナが普通なのだ。
「大丈夫か、お前」
 何だかそればかり言っている気がするものの、見かねてトゥーレはティアナに声をかける。
「……大丈夫、です」
 変わらず無表情だが全身が痙攣していた。
「……」
 トゥーレは口に出さずに、勝手に治癒魔法をティアナに掛ける。明らかに無理をして筋肉に負担が掛かりすぎている為、筋肉痛どころか下手したら筋を切ってしまうかもしれない。
「あ――。……ありがとうございます」
「別に……って、何見てんだ?」
 クイントがじっとトゥーレを見ていた。
「いや、魔法資質どうなってんのかなぁって思って」
「俺の事か?」
「他に誰がいんのよ。人間得手不得手がある。魔法だとそれは顕著に出てくるわ。私が射撃魔法苦手みたいにね。けど、貴方って射撃も近接も、それどころか補助魔法も使ってるじゃない。だからちょっと不思議に思ってね」
「訓練すればある程度カバーできる。苦手だからってそのままにしとくと、小賢しい奴に足下すくわれるぞ」
「私はちゃんと対策してるわよ。問題なのは……」
 そう言ってクイントがちらりとはやての方を見た。二人の会話が聞こえていなかった彼女はスプーンをくわえたまま首を傾げる。

 食後の休憩を挟んで、皆は魔法訓練場に集まった。訓練場と言っても広い岩場で有り、その周囲には不自然なほど緑が溢れているので何かしら手を加えて作ったのかも知れない。
 トゥーレと少女達の四人以外はバリアジャケットを着込んでいる。
「それがあんたのデバイスか?」
 トゥーレはクイントの足を見て言った。数年前、クイントと戦った時と今の彼女の姿には差異があった。
 彼女は昔ジャケットのバリアジャケットを着ていたが、今はそれの代わりに長く分厚いコートを着ている。そして何より変わっていたのは両手にリボルバーナックルを装着していない所だった。
 それを疑問に思ったトゥーレは、さすがに直接聞けるわけがないので遠回しにローラーブレードがデバイスなのかと聞いたのだ。
「んー、一応これもデバイスだけど本来は別に近代ベルカ式のアームドデバイス持ってるわよ」
「何で使わない?」
「ちょっとね…」
 言葉を濁し、クイントは娘達のいる方向を見る。
「ギンガの訓練校入りもあるし……シューティングアーツ自体は止める気ないけど、ね」
 何か理由があるのだろうと、トゥーレはそれ以上聞き出そうとせずに、代わりに別件で気になっていたことを聞いた。
「ティアナ・ランスターの事なんだが、あいつは……」
「家族が死んだの」
「……」
 トゥーレの言いたい事を分かってか、クイントは続ける。
「西区での事件、貴方もホテルにいたんでしょう。それならその後で何が起こったか知ってるわよね。まあ、ニュースとかで大々的に報道されてたけど……」
「あの火災と関係あるのか……」
 クイントはティアナの後見人と言うことは、ティアナに親類がいないと見ていい。ならば、あの火災で家族が死んでしまい天涯孤独の身となったと簡単に想像できる。トゥーレが彼女を助けた際、その周囲には誰もいなかった。彼女一人だけが逃げ延び、途中で気絶してあの場にいたのだろう。
 しかし、そうだとしても彼女の虚ろな眼の奥から窺える意志にトゥーレは違和感があった。あれは家族を失った悲しみや憤りにしては少し剣呑過ぎる。
「あいつ、あのまま育つと危険だぞ。わざわざあんたが後見人になったのはその為か?」
「それもあるけど、ちょっと思うところがあってね。これ以上は女の秘密よ。目指せ、ミステリアスな女!」
「ああ、そうかい」
「それに、今はあんなんでも子供だから、まだまだこれからだと思うのよ。大人と違って作れる未来がたくさんあるもの」
 二人の視線の先では、ティアナのデバイスにスバルが目を輝かせてあれこれ聞きながらハシャいでいる。無表情だったティアナもしつこいスバルの質問に声を荒げ始めるが、本気で嫌がっていると言うよりその様子は子犬に懐かれて戸惑っているような光景だった。
「さて、と。私はヴィータちゃんの訓練に付き合うんだけど、貴方はどうするの?」
「適当」
「ふうん。――ヘーイ、そこのロリ騎士! 掛かって来いやーっ!」
 クイントはヴィータを挑発しながら駆け出し、トゥーレから離れる。
「誰がロリだ! あたしは大人だ!」
「そんな事はどうでもいいわよ。早く始めましょう。この陸戦ランクAAの私に勝てるのならね!」
「あたしは空戦ランクAAA+だ」
「魔導師ランクで勝ち負けが決まるなんて言っている内はまだまだよ!」
「先に言い出したのはそっちだろ!」
「……二児の母とは思えないハシャぎっぷりだな」
 ヴィータとクイントが模擬戦を始めた頃になると、他も同様に魔法訓練を行い始めた。
「俺は、どうするかな」
 手持ち無沙汰になり、トゥーレが本でも持ってくればよかったと後悔した。何だか近接型二人の視線は感じる気もするが面倒だと言わんばかりに無視。
 その時、横から声を掛けられた。声のした方を見下ろすとギンガが見上げていた。
「あの、トゥーレさんも魔導師何ですよね?」
「ああ、そうだけど」
「なら、スパーリングに付き合ってくれませんか? 訓練校入りに向けて魔力付与の練習をしたいんですが」
「まあ、別にいいけど」
「ありがとうございます」
 ギンガが頭を下げる横でいつの間にかスバルが現れる。
「あっ、それなら私も!」
「駄目よスバル。魔法使うんだから、危ないわ」
「妹は魔法使えないのか?」
「いえ、魔法資質もあるし使おうと思えば使えるんでしょうけど、この子興味が無いらしくて」
「まあ、別に資質あっても必ず使わないといけないって訳じゃないからな。……魔法戦って言っても母親と同じで拳だろ?」
「はい。射撃魔法とか苦手で」
 言われ、そういえばノーヴェも射撃が苦手だったとトゥーレは思い出した。もしかすると遺伝子レベルで遠距離攻撃の素質がないのかも知れない。ノーヴェが初めて射撃を行った際、弾はあらぬ方向へ飛んでいきトーレに怒られていた。
「なら、魔法の使えない妹に当てなきゃいいだろ。局員目指してるなら、周辺に民間人がいる事想定して戦って見るのもいいかも知れないぞ? 何かあれば俺がフォローするし」
「……それなら、よろしくお願いします」
 トゥーレが頷いた所でスバルが喜び、急いでローラーブレードを取りに行く。
「喧嘩が好きなのか? 妹は」
「き、嫌いな方です」
 トゥーレはクイントのいる方角を見る。クイントは楽しそうにヴィータに接近戦を果敢に挑んでいた。その顔はもう輝いてると言っていいほど楽しそうな笑顔だった。
「……喧嘩が好きなのか?」
「………………」
 ギンガは顔を赤くして俯いた。

「おりゃああ――――わぷっ」
 スバルがローラーブレードで得た加速を拳に乗せて、トゥーレに殴りかかったが簡単に避けられて足払いを掛けられる。顔面にトゥーレの持つミットが当たり、同時に転けそうになった所を支えられる。
「力み過ぎ。力有り余って自爆するぞ」
 そのままミットを持つ手を前に押し出すと、スバルの体が後ろに倒れそうになる。彼女は両手をバタバタと動かすが尻餅を付いた。
 妹の影からギンガが飛び出して素早いコンビネーションを繰り出す。スバルと違い、身体強化系の魔力付与を使っている。
 不意打ちに近い攻撃はあっさりと受け止められ――
「――え?」
 両の二の腕に衝撃が来たと思った途端、コンビネーションの途中でギンガの両腕が万歳をするような格好になった。
「妹と比べると隙は少ないがまだ荒いな。それに、大技は相手の隙を作ってからの方がいいぞ」
 全てガードされるとは思っていたが、まさかコンビネーションを途中で妨害されるとは思っていなかったギンガは額をミットで小突かれて、後ろへ数歩下がった。
「そろそろ休憩にするか?」
「――あ、は、はい!」
 呆然とした姉妹は同時に頷いた。次の瞬間、
「トゥーレさんって凄いんですね!」
 スバルが眼を輝かせていた。
 本当に犬みたいだな、と失礼な事を思いつつトゥーレはギンガの方に助けを求めるように視線を向けた。
「もしかして何か格闘技やってたんですか!?」
 犬が二匹に増えた。
「……」
「初めてお会いした時はミット支えてもらってただけですけど、こんなに動けたんですね! 私のコンビネーション妨害したのは一体どうやったんですか? 全然見えませんでした!」
「……」
「スバルに足払い掛けた時もすごく自然で、やっぱり何かやってたんですか? それとも、もしかして我流だったりしますか? すごいです!」
「……」
 さすが姉妹だった。ノーヴェも訓練時はもの凄い意欲が有り、戦い方についてトーレやチンクに質問ばかりだったところから、クイントの遺伝子が原因のようだ。
「あらあら、何だか楽しそうね」
 元凶が現れる。
「そっちも終わったのか。で、勝って来たのか?」
「当然勝ったわよ! さすが私、空戦AAA+に勝ったわ!!」
 天高らかに叫ぶクイントの声に反応して、離れた所にいたヴィータが振り返って睨み付けてくる。相当酷い目に遭ったのかバリアジャケットが損傷していた。
「お母さん、陸戦なのに空戦でニアSに勝ったの?」
「すごーい!」
 スバルはランクの意味を知らないが、姉のニュアンスから凄い事は伝わったようだ。
 トゥーレは姉妹の興味が母親に移ったのを良いことにそこから離れた。二人の質問やら騒がしさから脱出したかった事もあるが、某ベルカの騎士が闘る気マンマンの目をトゥーレに向けていたからだ。
 自分の姉と同じ臭いを感じ、逃げ出した先にティアナがいた。彼女は森林を僅かに拓いて作られた射撃場で黙々と射撃魔法を撃っている。
「熱心だな」
「別に、それほどでも……」
 返事をしながらも、ティアナは手を止めない。片膝を付いて銃型デバイスを真っ直ぐに構えると、銃口の先に魔力が集まり、球体を形作り、引き金を引くと同時に発射される。
 発射された魔法は複数用意されたどの的とは見当違いの方向へ発射されるが、突然その軌道を変え、的の端に命中する。
「……」
 ティアナは一瞬眉をシカメると、再び誘導弾を発射。今度は的の中心近くに命中した。
「――ふぅ」
 さっきよりな満足のいった結果なのか、ティアナは息を吐き出し、また誘導弾を作成する。
「誘導弾の練習か」
「……はい」
 銃口に球体の魔力の固まりが作られ始める。
「向いてないな」
 銃口の先に完成しつつあった誘導弾が霧散する。
「………………」
「言い方が悪かったな。下手くそだ」
「もっと悪くなった気がしますよ」
 背後にいるトゥーレを振り返る。
「だから、こうして練習を繰り返しているんです」
「まあ、反復学習は大切だからな。とりあえず、直射射撃してみてくれ」
「……わかりました」
 少しの間無言で見上げていたが、向き直ると集中し始める。そして、左側の的から順に四つの標的に向かって撃ち始める。
 誘導弾より早いスピードで作成した四連射は弾速も速く、威力も高いようで、四つの的は大きく震えた。
「……お前、以外と直情家だろ」
「え?」
「誘導弾練習するのはいいが、直射撃てるようになってからにしろよ」
「今の見てなかったんですか? ちゃんと撃てます」
 トゥーレの物言いに機嫌を損ねたのか、語尾が段々と荒くなる。
「的に当たってるだけだろ。それで満足せずに真ん中当てろ」
 トゥーレの言うとおり、ティアナが撃った魔法は的には当たっているものの、真ん中に命中しているものは無く、中にはギリギリ命中しているものもあった。
「それに、的に向かって銃口止めて引き金引いてたら遅いぞ。相手は普通動いてるもんだからな。なぞるように動かして、標的に重なった瞬間に撃つんだ。貸してみろ」
 引ったくられるようにデバイスがトゥーレの手に移る。そして、ティアナが抗議の声を上げる前に銃型デバイスを構え、撃った。
 ティアナよりも段違いの速度と威力で標的を撃ち抜いた。射撃魔法が命中した的はその真ん中に黒々と焦げ痕を残して穴が空いている。
「速い……それにすごい威力」
「あれと比べればマシだろう」
 トゥーレが背後の訓練場を指差した。
 丁度、白いバリアジャケットを身に纏ったなのはが空から地面に向けて砲撃魔法を撃つところだった。杖の先端から桜色の魔力光を発する極太の砲撃が放たれ、地表に大爆発を起こしていた。
「戦技教導隊の高町なのは二等空尉……すごい人ですよね。九歳の頃に初めて魔法を使って、それでAAAランク。ランク試験にも合格してとうとうオーバーSなんですから」
 ティアナが顔を空に向け、空で戦っている様子を眺める。なのははシグナムと戦っているようで、激しい空中戦を繰り広げていた。
「シグナムさんもニアSの古代ベルカ式の使い手……エースオブエースのなのはさんと互角に渡り合えるなんて」
「憧れているのか?」
 トゥーレはその光景に背中を向けたままで、ティアナのデバイスを見回している。
「憧れというか、私もあれだけ強くなりたい、とは思ってます」
「止めとけ」
 トゥーレは視線をデバイスから離さずに続ける。
「英雄って存在に憧れたりするのは別にいい。だけどな、成ろうとはするな。俺達凡人は英雄と共にあっても、英雄じゃあない」
 ティアナの視線が空から地面に立つトゥーレに移る。相変わらずトゥーレは手元のデバイスを見ているが、その声色は今までと違う何か真摯なものだ。そして、哀しみの感情が垣間見えた。
「それって、どういう――あっ! 私のデバイス!」
 ティアナはトゥーレの手元を見て大声を上げる。トゥーレの手の中で、銃型デバイスが分解されていた。
「……お前、結構大声上げれるのな」
「そんな事言ってる場合じゃないです。返して下さい!」
「あー、はいはい。今返すよ」
 言いながら、デバイスを組み立て直し始める。その手は何の躊躇いも無く動き、正確にデバイスを組み立てていく。そして、十数秒で元の姿に戻った銃型デバイスをティアナに投げ返した。
「……そういえば、テスターって言ってましたね。もしかしてデバイスマイスターの資格持ってるんですか?」
 不備が無いことを確認し
「いや、デバイスについてはさっぱりだ。でもそれ、銃型だったから何となく解体できるかなって……」
「そんな、何となくで人のデバイスを解体しないで下さい!」
「悪かったって。それより、射撃訓練の続きやれよ」
「誰のせいで中断したと……」
 ――いや、言い返すのは止めよう。何だか泥沼に嵌りそうな気がする。
 そう思い、ティアナは射撃訓練を再開しようと片膝を付いてデバイスを構える。
「姿勢悪いな」
「~~~~ッ」
 やはり言い返そうとした時、トゥーレはティアナのすぐ傍まで移動していた。
「もっと右腕伸ばせ。左肘も内側に。照準ズレてるぞ」
 言いながら手を伸ばし、ティアナの射撃姿勢を正せる。
「え、えっと、こう?」
「違う。それじゃ固定できてない。お前より年下の子供の方がちゃんと出来てるぞ。 ――だから、こうだって」
 後ろに回り、背後から抱きしめるようにしてティアナの両手を包む。見上げれば、すぐ近くに女性と間違えそうな端正なトゥーレの横顔があった。
「これで固定されてブレないから。引き金を絞るのもいきなりやるんじゃなくて、少しずつ絞るようにして引け」
「…………」
「聞いてんのか?」
「――あっ、はい、大丈夫です。でも、トリガーはカートリッジロードの為だし、銃口から直接魔法が出るわけじゃないんで無理に照準を合わせる必要はないんです」
「はあ? じゃあ何で銃型何だ?」
「兄が銃型デバイスを使っていたから……」
「おいおい。まあ、いいか。要はイメージだ。イメージがしっかりしていれば自然と命中率も上がるだろ。だから中途半端な姿勢じゃなくて正しい姿勢で撃て。デタラメな撃ち方で当てれるのは馬鹿だけで十分だ」
「は、はあ……」
 適当に言ったトゥーレの言葉にティアナはとりあえず、そのままの姿勢で直射型魔法の射撃を続ける。確かに、目線と銃口の先が共に中心で重なっているので狙い易い。
 しばらくそうして射撃練習を続け、その横でトゥーレがその様子を見ているとクイントが現れた。
「こんな所にいたの」
「どうした?」
「フェイトちゃんが呼んでるわよ。対戦、したいそうよ? って、そんな嫌そうな顔しない」
「何で俺が」
「貴方、その為に拉致されたんでしょう?」
「どうしてもやらないといけないのか?」
「男らしくないわねえ。ウダウダ行ってないで来なさいよ」
「断ったら?」
「殴る」
「…………」
 笑顔で言われ、トゥーレは渋々クイントについて行こうとする。
「あの、見学させてもらってもいいですか?」
「いいわよ。良い勉強になるんじゃない?」
「おい、勝手に……」
「減るもんじゃないし良いじゃない。私の娘達もいるから、仲良く見てるといいわ」
「はぁ……しょうがないな」
 トゥーレが溜息を付いたところで、ティアナは立ち上がって二人の後を追った。

 岩場の訓練場へ行くと、どういわけかフェイトでは無くシグナムが臨戦態勢で待機していた。
「……俺を呼んだのはフェイトじゃなかったか?」
「代わって貰った」
「代わって貰った?」
 トゥーレが顔を横に向け、訓練場となっている岩場から離れた場所に全員が集まっていた。その中にフェイトの姿も当然有り、落ち込んだ様子で手をグーやらチョキ、パーにしていた。
「……何でだ?」
「トゥーレと言ったな。お前の強さに興味があったからだ」
「……バトルマニアとか言われないか?」
「違う」
「……そうか」
 何となく姉のトーレを思い浮かべ、更にトゥーレのテンションが下がった。
「準備が出来たなら始めよう」
「あーはいはい」
 やる気無さそうにトゥーレは軍服のバリアジャケットを纏った。
「デバイスはどうする? 訓練用デバイスなら置いてあるらしいが?」
「要らない。いいからとっとと始めようぜ」
「私としては、本気で相手して欲しいが……急な事だったからな。今回は諦めるか」
 デバイスが無くとも魔法は扱えるが、やはり魔法のプログラムを溜め込んだり、代わり演算処理をしてくれるデバイスは有るのと無いのとでは大きく違う。
「女相手に本気になれるかよ」
「…………」
 小声ではあったが、しっかりとシグナムの耳に届いていた。
「これでもベルカの騎士だ。嘗めてもらっては、困るな!」
 言い終わると同時にシグナムは一瞬でトゥーレとの間合いを詰めて剣を振り下ろした。





 ~後書き&補足~

 ルーテシアといい、何か子供の相手ばっかりしてるトゥーレさん。

 訓練風景や銃の撃ち方の所は超適当なのであまり深く突っ込まないで下さい。
 そしてようやく始まった模擬戦。最初はシグナムが相手です。ある戦い方を再現する事を思いついたので、ついでにそれ書いてみようかと思います。多分、近接主体のベルカ式を使う騎士じゃあ苦戦すると思います。
 頑張れ、シグナム姐さん。



[21709] 二十七話:修正版 オフトレ(Ⅱ)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/12/07 22:01
 レヴァンティンを袈裟に掛けて振り下ろす。
 対するトゥーレは防御魔法を発動させず、それどころかシグナムに向かって足を踏み出した。
 相手が始めていいと言ったものの、その一撃は不意打ちに近い。避けるか受け止められるとシグナムは思っていたが、さすがに前進してくるとは思っていなかった。
 何をするつもりか想定していた間合い、剣を振り下ろして最も威力のある間合いの内側に入られ驚いたが、シグナムは構わずレヴァンティンを振り下ろした。
 眼前に迫ったレヴァンティンをトゥーレは体の向きを横にして紙一重でかわし、その動きに続いて流れるような動作で拳をシグナムに叩きつけた。
 鈍い音と共にシグナムの体が後ろへ飛んだ。だが、何事も無かったかのように足を地面に付けて体を支えるとすぐさま斬り返した。トゥーレの拳はシグナムの体に直撃せず、彼女が剣を避けられたと同時に展開したパンツァーシルトの魔法によって遮られたのだった。
「はぁっ」
 振り下ろされるレヴァンティンをトゥーレは左腕を伸ばし、シールドを展開させて受け止める。
 盾と剣がせめぎ合い、魔力の火花が飛び散る。
 トゥーレは空いた右手をシールド越しにシグナムに向け、同時に足元にミッドチルダ式魔法陣が現れた。彼の魔力が高まると同時に掌の先に魔力光弾が生成される。
 火花の散る視界の中、魔力光弾の光を見たシグナムは一旦離れようと足を動かす。が、地面に縫い付けられたかのように足が動かない。
 見れば、トゥーレを中心にして周囲の地面に氷が張り、シグナムの足は地面と共に凍らせられていた。
 シグナムがそれに気付くと同時にトゥーレの魔力光弾が発射され、シールドを内側から貫通。シグナムに命中した。
「くっ」
 爆発の衝撃で足元の氷が砕け、シグナムの体は爆煙の中から身を後ろへと引き下がる。続いて煙の中トゥーレが地面の氷を滑りながら彼女に追い縋って来る。
 振り上げられた拳が真っ直ぐにシグナムへと放たれる。拳圧により煙が拳を追うようにして巻きつく。
 シグナムは腰からレヴァンティンの鞘を外し、拳を受け止めた。
 重みのある音と共に、岩でも受け止めたかのような衝撃がシグナムの手に伝わって来た。いくら魔力付与により強固となった拳だろうと、トゥーレの体型からは信じられない重さだった。
 その理由を考える暇も無くトゥーレが第二撃を放つ。シグナムはそれに向かってレヴァンティンを振る。
 放った二撃目を剣の鍔に当て、逸らし、胴に向かって蹴りを放つ。
 蹴りを鞘で受け止め、軌道を逸らされたレヴァンティンを引き戻して僅かな溜めで突きを繰り出す。
 点の攻撃である突きを上体の動きだけでかわしながらトゥーレは素早い足捌きでシグナムの左側に回り込み、させまいとシグナムが鞘を横に振ると同時にその勢いを利用して体を回転させて、片足を軸に円の動きでトゥーレの側面に回りこむ。
 拳と剣、蹴りと鞘、得物に違いはあれど二人は踊るような足捌きで立ち回り、互いに激しい攻防を繰り広げる。
「――ッ! 魔法よりは、こっちの、方がっ、得意そうだなッ!」
「まぁ、なッ!」
 トゥーレの動きに慣れてきたシグナムに喋る余裕が出てきた。だからと言って具体的な対抗策は思いつかなかい。
 シグナムの剣技は夜天の書の守護騎士として培った経験によるものが大きく、明確な型や技などなく、相手に向かって斬るという単純である意味真理とも言えるものだ。
 一方、トゥーレも同様に型など無い肉弾戦だった。クイントのように特定の格闘技を学んだわけではない我流ではあるのだろう。獣染みた攻撃性では無く必殺を思わせる刃のような鋭い攻撃で、動きは無駄がある癖に不思議と最善に近い。何よりレヴァンティンの刃には決して触れない事だ。
 いくら魔力付与で拳を強化しても剣であるレヴァンティンに直撃すれば斬られる。鍔に当て逸らしたりはするものの、その見切りはシグナムも思わず関心してしまう。
 だが、そこで疑問が生まれる。我流は所詮我流。先人達の積み重ねによって昇華されてきた技と比べれば勢いはあっても隙だらけで強者には遠い。我流だけでそこまで昇り詰めるには尋常ではない経験を積まなければいけない。そう、元はプログラムで人よりも長い時を生きてきたシグナムのように。
 ならば、目の前にいる青年はどうなのだろう。童顔であるが、おそらくは二十代前半、多く見積もって三十手前。それだけの年数で、果たして拳でシグナムに対抗できるものだろうか。戦闘経験で言えば人間よりも膨大なシグナム相手にリーチ差をものともしない戦いを続けるトゥーレ。
 戦いの熱による心地よい汗とは別に、一筋の冷や汗が流れる。
 単純に才の差か、外見年齢以上に修羅場を潜り抜けてきたのか――――
「考え事か?」
 トゥーレの言葉に我に帰ると、片足が動かない事に気付く。右足が再び地面如氷漬けにされていた。
 自分の迂闊さと戦いながら気付かれずに魔法を行使したトゥーレへの驚きを一旦置き、シグナムは魔力を炎へと変換して体中から放出。
 氷が一瞬にして蒸発し、炎がトゥーレを包み込む。
 だが――
「なにッ!?」
 温いと言わんばかりに、何の躊躇も無くトゥーレが炎の中突き進んで来た。
 苦し紛れにレバァンティンを振るうが、トゥーレは白刃取りで剣を挟み、体から電気を発した。
 電流はレヴァンティンからシグナムの体へ流れる。
 電流による体の痺れがシグナムに致命的な隙を生んだ。
 トゥーレの雑で乱暴、故に容赦の無い蹴りがシグナムの腹部に命中する。
 痺れにより自由の利かないシグナムの体はレヴァンティンとその鞘から手を離してしまい、後ろへ大きく蹴っ飛ばされる。
 硬い岩場を二回バウンドした後、転がりながらシグナムは地面に手をついて瞬時に立ち上がる。
「今ので気絶しないのかよ」
 嫌そうな顔してトゥーレは纏わり付く炎を氷結魔法で消化し、奪ったレヴァンティンを鞘に収める。
「そちらこそ、人とは思えない一撃だったぞ」
「魔力付与してるからだよ。それに、こう見えても鍛えてるんだ」
 レヴァンティンがシグナムへと投げられ、回転しながら飛んでくるそれを彼女は片手で掴み、腰へと戻す。
 そして、再び鞘からレヴァンティンを抜く。
「……まだやるのか」
「少し、欲が出た」
 腰を落とし、瞬時に飛び込めるよう足に力を込める。
 トゥーレは呆れたような顔をすると、右腕を伸ばし、掌の先に魔力を集めた。

「次は私の番だったのに……」
「ほら、まだ時間はあるんやし、落ち込まんといてフェイトちゃん。にしても無茶苦茶やなぁ、トゥーレさん」
 少し離れた所で観戦していたなのは達は訓練場での二人の攻防に驚きを隠せないでいた。
「普通、あんな火の中飛び込むかな?」
「チャンスなら突き進むべきでしょ」
 はやての呆れ混じりの疑問にクイントが当然だと言わんばかりに答えた。
「リスクとリターンが見合えばってか? だからって実戦じゃ無謀にも程があんぞ」
 グラーフアイゼンを肩に担いだヴィータが反論する。
「普通ならね」
「……まあ、クイントは普通じゃないよな」
「失礼ね。私は至ってノーマルな一般人よ?」
 その場が微妙な空気に包まれた。一人だけ、ギンガが恥じ入るように俯く。
 限定的ながら空戦が出来るとは言え現役航空隊のニアSに勝てる人物を、果たして一般人に分類していいものか。しかも、クイントは高速戦を得意とするフェイトでも避けきれないようなツヴァイの魔技に対抗してみせた。
「何よ皆してその視線は。さすがの私も傷つくわよ」
「そういや、クイントはあたしにも特攻仕掛けて来たよな」
「格闘型だからね。近づいてなんぼよ」
「高ランク魔導師って言うより、クイントさんの場合はすっごい格闘家って感じやもんね。トゥーレさんもそんなんやな」
 夜天の主としてはやてはシグナムの強さをよく知っている。だが、トゥーレは烈火の将であるシグナムに対して主に体術で対抗し、一撃を入れた。クイントもヴィータとの模擬戦の時は無謀とも言える特攻で接近して勝っていた。
 何となくだが、やはりちょっと悔しい。明らかに身内びいきな思いではあった。
「……シグナムーッ、負けたらアカンよー!」
 だから、とりあえずシグナムの応援をはやてはする事にした。

「あいつ……」
 シグナムを応援するはやての声にトゥーレは眉を顰めた。別に応援して欲しかったわけでもないが、まずいのは応援された側のシグナムだ。
 明らかにテンションを上げていた。
 彼女は剣を構えたまま何の変化も起きていないように見えるが、トゥーレはしっかりと彼女のやる気が更に上がっていたのを感じ取っていた。
「バトルジャンキーに忠を加えると劇薬になるよな……」
「何を言ってるんだ?」
「更にやる気になってるなあ、と」
「主はやてからあのように言われたらな。いくら訓練でも、騎士として負ける訳にはいかなくなった」
「……」
 力み過ぎでミスをする二流でも無く、先ほどの蹴りを受けて先ほどの油断は見せてくれないだろう。
「正直、苦手なタイプだよ、あんたは……」
 言って、トゥーレの右手首に環状型魔方陣が巻きつき、手の周りに六つのスフィアと掌の先に一つのスフィアが生まれる。そして、六つのスフィアが順にシグナム向けて発射された。
 正確にシグナムへと射られる魔力光弾に、彼女は左手でシールドを展開。初撃を反らし、次に来る二撃目をレヴァンティンで斬り落としながら歩を進める。
 トゥーレの六連射をシグナムは正面から叩き伏せ、一直線に走る。
 直進してくるシグナムに向け、トゥーレは掌のスフィアを発射した。先の魔力光弾よりも一回り大きいそれはボールが投げられたように非常に緩やかな弧を描く。
「――これは…」
 七発目の攻撃に、シグナムは斬り落とす事もシールドで反らす事もせずに突然直進していた走りを止めて横を大きく跳んだ。
 シグナムの進行上一歩手前にて落ちた魔力光弾は、地面に触れた瞬間に大爆発を起こした。
「やはり、炸裂弾かっ」
 生半可な射撃魔法ならそのまま突き進んでいたが、さすがに炸裂弾を突っ切るわけにもいかず、足元に落ちるよう計算された弾をかわしてそのまま進めば背中から爆発の余波を受けていた。
 横に跳んで着地したシグナムは足を止めず再びトゥーレに向かって走る。だが、トゥーレも走り出していた。
 シグナムとの距離を縮めず、一定の間隔を保ったままに彼の左手には先ほどと同じように六つと一つのスフィアが生成されていた。
 連続発射される六つの直射弾とタイミングを計って撃たれる炸裂弾。それが尽きると再び右手に同じく計七つのスフィアが作られ、発射。弾が尽きればその間に作られた反対側の手に浮くスフィアを撃つ。リロードの隙が無く、速度と連射の利く直射弾に威力と範囲が高い炸裂弾はシグナムを接近させないでいた。
「……先ほどは接近戦で勝負してきたと思えば、今度は射撃か」
 絶え間ない射撃の間に撃たれる炸裂弾も厄介だが、トゥーレの身体能力も同様に厄介だった。シグナムが直射弾の中を斬り進んでもトゥーレは余裕を持って距離を取り、急激な横移動を繰り返しても対応してくる。何よりシグナムの動きに合わせているのだから、当然トゥーレの動きも激しいものなのだが、そんな不安定な体勢からでも正確に撃ってくる。
 更には、六発の直射弾の後に炸裂弾を撃つ、そのパターンが変わる。いきなり炸裂弾が撃たれ次に直射弾が連続して撃たれたり、三発撃った後に炸裂弾が来たりする。
 見極めが難しく、迂闊に接近できない。遠距離攻撃を持たないシグナムは何とかして近づく方法を考えなければならなかった。
 だが、彼女はベルカの騎士だ。魔導師では無く、真っ直ぐに打ち砕く騎士であった。
「レヴァンティン!」
 カートリッジがロードされ、レヴァンティンの形が変わる。いくつもの刃を持つ連結刃へと。
 柄を振り回し、連結刃が伸びながら曲線を描き、シグナムに迫る射撃魔法を打ち砕く。炸裂弾も刃に断たれ二人の中間地点で爆発した。
 障害となる物が無くなった事でシグナムは全速力で駆けた。その周囲には蛇のように連結刃がのた打ち回り彼女を守る。
 トゥーレは後退しながらも射撃を続けるが、連結刃によって阻まれた。
 シュランゲフォルムの射程内にトゥーレが入った瞬間、シグナムはレヴァンティンを持つ右手を真っ直ぐに伸ばした。剣の柄を指揮棒として、その動きに従った連結刃が不規則な軌道を描きながらトゥーレへと襲い掛かる。
 トゥーレはそれを斜め横へと跳んで避ける。軍服のバリアジャケットの背が斬られ破けるが、不規則な動きに対応して見せた。
 そして、岩場に着地した瞬間、目の前にシグナムが右腕を背に回るほど大きく振りかぶった体勢でいた。
 彼女の手にはレヴァンティンの柄しか無い。だが、柄を振ると同時に連結刃が急速に手元へと戻り、剣の形へと姿を変える。
 トゥーレへと届く頃には完全な剣となったレヴァンティが振り下ろされた。
(――浅い!)
 完全に入ると思われるタイミング。しかし、トゥーレはそれを後ろへ下がってギリギリで避けた。バリアジャケットの前が斬れただけで本体には届いていない。
 振り下ろした剣を直ぐに斬り上げへと軌道を変える。
 トゥーレは右手から魔力刃のナイフを作ると剣を防ぎ、左で拳を作ってシグナムに向けて放つ。
 シグナムも左手を伸ばし、掌でシールドを作り拳を受け止めた。更に、攻撃の勢いを利用して後ろへと跳んだ。
「飛竜――」
 跳びながらカートリッジをロード、再び連結刃へと姿を変えたレヴァンティンが、高熱の炎をその刃に纏わせてトゥーレの周囲を円を描きながら下から上へと囲んだ。
「――一閃ッ!」
 円を描いていた連結刃の先端が突然上空へと伸び、鎌首を擡げて円の中心にいるトゥーレへと急速降下した。
 逃げ場のない必殺の攻撃。
 トゥーレは躊躇いも無く上へ跳んだ。
「なっ!?」
 シグナムが驚きの声を上げるのも無理は無かった。逃げ場の無い空間の中、敢えて最も力の強い連結刃の先端へと自ら飛び込んだのだから。トゥーレの実力ならばそれが解からない筈が無い。
 自棄になった――それにしては躊躇が一切無かった。
 そして、トゥーレが衝突し魔力による爆発が起きる。
 次の瞬間、爆破の余波で外へ落ちるトゥーレの姿があった。いや、落ちるのではなくそれは降下だった。
 無防備となったシグナムへとトゥーレが空から急降下してくる。
 シグナムは急いで連結刃を戻しながら鞘を手に取り、上からナイフを掲げたトゥーレに備える。
 だが、トゥーレはナイフと鞘がぶつかる瞬間に空中で身を捻り、体を回転させると鞘を持つシグナムの手首に蹴りを放つ。
 鞘がシグナムの手から離れて、空高く飛ばされる。
 彼女の足元に手を付いて着地すると、トゥーレは左腕でシグナムの肩を掴んで押し倒した。
 硬い岩場に背を打ち付け、息を吐き出した時には既にシグナムに馬乗りになったトゥーレは魔力刃のナイフを高く掲げていた。
 ナイフが振り下ろされる。
 ――が、ナイフの先端はシグナムの喉元に届く直前で止まった。
「…………」
「…………」
「……引き分け、でいいか?」
「ふむ……」
 トゥーレの体には連結刃が巻かれ、使い手の命令を待っていた。
 互いに少しでも動かせば相手を倒せる状態だ。
「もういっ――」
「駄目だ」
「……わかった」
「やれやれだな」
 長い溜息を吐いて、トゥーレは魔力刃を消す。シグナムも連結刃をトゥーレから放して剣へと戻す。
「ほらよ」
 シグナムから降りて先に立ち上がったトゥーレが足元のシグナムに手を伸ばす。
「ああ、すまない」
 その手を掴み、シグナムも体を起こした。

「戦った相手に敬意を評し手を差し伸べる……スポーツマンシップね! 格闘家の基本ね!」
「あたしの時は思いっきし馬鹿にして来なかったか?」
「いや、あそこはからかった方が面白いかなって」
「おい!!」
 模擬戦終了と同時にクイントがヴィータをからかった。
「ようやく私の番……」
 フェイトがバルディッシュを持ち直し、訓練場の二人へ駆け寄ろうとする。
「あら、駄目よフェイトちゃん」
 それをクイントが止めた。
「だって、もう夕食の時間よ」
「え?」
 いつの間にか陽が沈みつつあった。



「あー、疲れた」
 訓練場の食堂でトゥーレは八神一家と席を共にしていた。クイントもおり、その目の前には食後のデザートが別腹で入っていた。
「全然疲れたようには見えないんだけど。貴方、あれだけやっておかしいんじゃないの?」
「俺は飯の後にそれだけ甘い物喰うあんたがおかしいと思ってる」
「疲労には糖分が良いのよ」
「ああ、そうかよ……」
 見てるだけで胸焼けしそうなのか、トゥーレは目を逸らして紙コップに入ったコーヒーを飲んだ。
「うぅっ、私のシグナムがどことも知れん馬に押し倒されて……」
「お前、そのネタいい加減にしろよ? 正直飽きるぞ」
 視線を逸らした先でははやてが嘘泣きをしていた。
「主はやての言う押し倒す云々は置いておいて、また明日も闘りたいところだな」
「断る」
 シグナムの誘いを速攻で蹴る。
「あの~、ちょっといいですか? トゥーレさん」
 浮いていたリインがトゥーレに近づく。
「どうした?」
「氷や雷出してましたけど、魔力変換資質持ってるですか?」
「いいや、持って無い」
「はぁ!? 嘘でしょう?」
 クイントが信じられないと言った感じで声を上げる。
「別に資質持って無くても変換位はできるだろ」
 魔力変換資質は特定の魔力変換を自然に行える才能であって、その資質を持っていないからと言って魔力変換が行えないと言う訳では無い。しかし、資質所有者と比べるとその変換効率は下がる。
「みんなが収得してませんから、リインも氷結系魔法を覚えてるんですが、トゥーレさん程変換効率はよくないです」
 リインの傍にモニターが現れてトゥーレが氷結系の魔法を使役した際の魔力変換効率がデータとして表示された。
 いつの間に測定していたのか、と思いつつトゥーレは紙コップに入ったコーヒーに口をつける。
「練習しろ練習」
「でも、コツとかないです?」
「コツねぇ……イメージじゃないか? 訓練するにしたって何も考えずにやるより、明確な意志があれば効率が違うからな」
「イメージ、ですか? 例えば、トゥーレさんは凍結への変換の場合、どんなイメージしてるんですか?」
「停止」
「停止、ですか……」
 トゥーレの言葉が意外だったのか、首を傾げるリイン。
「俺の場合はってだけだから、人それぞれだろ。あんまりその考えに固執する必要は無い」
 言って、トゥーレは立ち上がって食堂の出口に向かっていく。
「どこ行くのよ?」
「風呂入る」
「なのはちゃん達が入ってるからって、覗いちゃ駄目よ?」
「誰が覗くか。それを言うならはやてに言え」
「うえっ!?」
「ほほう?」
 クイントに追究されるはやての慌てる声を背中で聞き流しなら、トゥーレは食堂から出た。
「これじゃあ、愚姉達と訓練してるのと変わらないな……」
 コーヒーを啜りながら廊下を歩くと、フェイトが向こう側から歩いて来た。
「あっ、トゥーレさん、丁度いいところに」
「どうした? なのは達と風呂入ってんじゃ無かったのか?」
「いえ、トゥーレさんに頼みたい事があったので」
「頼みたい事?」
 紙コップから口を離して聞き返す。
「あの、付き合って欲しいんです」
「悪いが中学生は対象外だ」
「え? ――――あっ! い、いえ、別にそう言う意味じゃなくてですね!」
 即答された言葉の意味を理解するのに若干の時間が掛かったフェイトが顔を赤くして否定する。
「解かってる。少しからかっただけだ。それで、何に付き合えって?」
「あぅ……。く、訓練にです。……い、嫌でしたか?」
 トゥーレが思わずウンザリした顔をしたのでフェイトが慌てる。
「いや、別にいいんだけどな。明日じゃ駄目なのか?」
「明日でもいいんですけど……」
「けど?」
「私、早く強くなりたいんです。どうしても、負けたくない相手がいるから」
「……人間、数日の訓練じゃ強くはなれない。そういうのは積み重ねが大事だからな。まぁ、例外はあるが……」
 最後の部分を聞こえないよう呟く。
「分かっています。でも、じっとしてられなくて……」
「昼の訓練だけじゃ物足りないってか? はぁ、分かったよ。訓練に付き合ってやる。ただし、少しだけだぞ」
 空になった紙コップを握り潰し、トゥーレは呆れたように言う。
「はいっ、ありがとうございます」
 フェイトは深々と頭を下げた。それを見てトゥーレは溜息をつきながら紙コップをゴミ箱へと投げ捨てた。





 ~後書き&補足~

 修正版です。
 考慮して無かったんですが、はやてアンチみたいな内容になってしまったので一対多からシグナムとの一騎打ちへと内容を変更しました。
 アンチみたいな事はしたく無かったのにこの体たらく。読んで下さった方々には非常に申し訳ありませんでした。



[21709] 二十八話 オフトレ(Ⅲ)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/12/16 22:58
 まだ陽が上に昇りきっていない頃、訓練場の角に男女が集まっている。
 施設から引っ張って来たのかホワイトボートが鎮座している。その前にはスポーツウェアのクイントが立ち、対面には自分の娘二人とティアナ、そして夜天の主が正座している。
「さあ、クイントお母さんの楽しい戦闘講座はっじまるよーっ!」
「いい歳して恥ずかしくないのか?」
 四人の生徒の後ろではトゥーレがスコップ担いで傍の木に寄りかかっている。
「黙れ男女」
「あぁ?」
「あぁん?」
「うわっ、喧嘩したらあかんよ二人とも」
「命拾いしたわね。ともかく、元局員の私が貴女達に初心者でも分かりやすく戦い方を教えてあげるわ」
「あの、私これでも並の局員よりも強いんやけど……」
 はやてが小さく手を上げて主張する。何故か彼女だけが正座している。リインも一応はやての肩の上で正座していたが、すぐに崩した。
 彼女は超長距離攻撃を得意としているが、だからと言ってそれ以外できない訳では無い。
「近接戦闘できないんでしょ? 高ランク魔法もいいけど、使い道が限定されてるから他のも少しは覚えておいた方がいいわよ」
「でも、苦手なスキル伸ばすより長所を伸ばした効率がええしし」
 クイントははやての言葉を聞いて少し考えるように唸ってから、トゥーレに視線を向ける。
「使えねぇ」
 トゥーレは容赦無く言った。
「ひどっ」
「だってお前、その得意分野って長距離から砲撃と広域魔法だろ。立ち止まってしか使えない上に詠唱に時間掛かってるじゃねえか。しかも効果範囲広すぎて仲間巻き添えにしてしまう可能性もあるわけだ」
「うっ……」
 はやてがうなだれた。
「まあ、そういう欠点もあるから万が一の事考えて他の部分もそこそこ出来るようになろうって話なのよ」
「はい……」
「それじゃあ、まず近接戦闘に関して始めるわよ」
 少女達の視線を集めながらクイントはホワイトボートに向き直り、油性ペンを取り出す。
「ところで何でホワイトボートなんですか? モニターとかの方がやりやすいと思うんですけど」
 ティアナの問いにクイントは雰囲気、とだけ答えてペンで文字を書く。
「敵と遭遇したら、まず大声を上げる」
「それは痴漢対策だと思います!」
「痴漢も敵だから一緒よ。近接戦闘は相手と直接対面するから、緊張によって体が硬直してしまい普段よりも動けないなんて事が経験の浅い人間にはよくあるわ」
「言ってる事は最もですね」
「次は遠距離戦闘」
「はやっ!?」
「ネタなんだからさっさと進めるわよ」
「ああ、やっぱりこの講座自体ネタだったんですね」
「休憩中だから暇なのよ。さあ、しかと聞きなさい!」
「あんたの娘二人して座ったまま寝てるぞ?」
「――起きろコラァッ!」
 母が木々よりも高く娘を投げ飛ばした。

 エセ講座から少しして、個人指導へと切り替わった。
 指導と言ってもティアナは無理矢理ギンガとスバルにシューティングアーツの手ほどきをされて、はやてとリイン、クイントとトゥーレは向かい合って座っている。
「それじゃあそろそろ真面目にはやてちゃんでも指導しようかしら」
「それよりも、俺が居る必要はあるのか?」
「シグナムから逃げ延びて暇してるんでしょう? いいから居なさいよ。えーと、はやてちゃんは別に広域魔法以外にも多くの魔法覚えてるのよね」
「はい。でも使い慣れてないのばっかりやし、資質の有無の関係で使えないものもあるし。高速処理と並列処理が苦手なんよ」
「大魔力とそれらは衝突するのが当たり前なんだけど……貴方は何か意見ないの?」
 クイントが振り向いた時、トゥーレは暇そうに空を見上げていたところだった。
「いきなり俺に振るなよ。今までの話を要約すると、つまりアレだろ? はやては重いんだな」
「重い!?」
「女の子に言う科白じゃないでしょう、それ。何が言いたいのか分かるけども……」
「リインはユニゾンデバイスなんだろ? なら、高速運用の肩代わりくらいできるだろ」
「うっ……実はリインも高速・並列処理が苦手です。魔法の展開をお手伝いする事ぐらいしかできないです」
「……」
「ちょっとトゥーレさん、家の子をそんな蔑むような目で見んといて」
 はやてがリインを手元に引き寄せてトゥーレの視線から隠した。
「別に蔑んでねえよ」
 逆に呆れたような視線をはやてに向ける。
「何とか処理速度上げればいいんじゃないのか?」
「だから、大魔力は高速・並列処理と衝突するんですって」
「そんなの無視しろ」
「はぁ?」
 トゥーレの言葉にはやてとリインが首を傾げた。
「あれね。衝突なんて甘えです。人間なら限界超えろってやつね」
「何ですかその中学生思想。さすがにありえへんですよ?」
「現役女子中学生に言われたく無いわ。それに理屈で駄目なら屁理屈で理屈を覆すしかないわよ。ねえ?」
 クイントの言葉にトゥーレはそうだな、と頷いた。
「何でそんなところは気が合うんやろ、この二人」
「人間行くとこまで行けるもんだよ。ただ、その場合死ぬ事が多いだけだ」
「そんな無茶苦茶な。それに、死んでしまったら意味ないですやん」
「それをなのはに言ってやれ」
「――っ」
 突然出てきた友人の名前にはやては身を固くした。
「昨日、リインと魔力変換について話したが、ある意味あいつは砲撃の変換資質を持ってると言っていいかもな。周囲の魔力を収束し圧縮する手順が滑らか過ぎる。ただでさえ体内で圧縮魔力を溜めるのは体に負担が掛かるのに、カートリッジシステムの多用。俺とあいつが初めて会ったのは病院だが、それが原因じゃないのか?」
「・・・・・・そうです。体への負担が溜まって、それで普段通りの実力が出せず怪我をしてしまったんです」
 はやてが俯き、クイントは少し離れたところで騒いでる少女達、ティアナへ視線を移した。
「人ってのは弱いからな。強さと引き替えに何かを失ってしまう事が多い。なのはの場合は自分の命の勘定を忘れている。どんな理由で強くなりたいのか知らないが、強くなった時の周りの影響を考えた方がいいぞ。それが嫌なら地道に努力しろ。それで失うのは時間だけだ」
「………………」
 僅かに黙った後、はやてが顔を上げた。
「トゥーレさんも、何か棄てたんですか?」
「棄てた覚えも無いし、強くなりたいとは思った事もない」
 本当に無いかのようにトゥーレは言う。自覚が無いだけなのか、それとも本当に棄てた事が無いのか。もしそうだとしたら、逆に人間性が無い。
 はやてはクイントを盗み見る。彼女は相変わらず顔を背けたまま子供達の様子を見ていた。

 訓練場では、二人の魔導師と二人の騎士が息を乱し、肩を上下させていた。
「四人ともお疲れさまー」
 シャマルが四人にタオルを手渡した。
「クイントさん達はどうしたんだろ?」
 なのはが周囲を見回す。
「確かはやてちゃんを連れて……」
 シャマルが森の方を向くと同時に轟音が全員の耳に届いた。次の瞬間には森の中にある木の一本が倒れるのを確認できた。
 そして、クイントの高笑いが森の中から聞こえた。
「なにやってんだ、あいつ?」
「そういえば、今朝私が起きた時には既に起床して穴を掘っていたが、あれは一体何だったんだ?」
 シグナムとヴィータは騎士としてクイントの事を優秀な魔導師だと思っているが、時に言動が意味不明になるので評価は微妙だった。
「そろそろお昼だから、はやてちゃん達と合流しましょう」
 シャマルの言葉で、皆足を揃えて訓練所へ戻って行った。

 正午になり、はやて達がなのは達と合流し訓練所の食堂に帰ってきた。ただし、クイントとトゥーレの姿が見えない。
「一体何してるんだろうね?」
 昼食が乗ったトレイをテーブルに置き、見えもしないのになのはが外の森が見える窓を振り返る。
「そういえば朝も地面掘ってたなぁ。トゥーレさんに手伝わせて一体何をするつもりなんやろ」
「彼女の考えている事はイマイチ分からない」
 シグナムがお茶を一口飲んで言った。
「あはは……」
「シグナム達は午前の模擬戦どうだったんや? コンビ戦してたんやろ」
「はい。久々に高町と戦いましたが、楽しかったですね」
「相変わらずやね、シグナムは。ヴィータはどうやった?」
「別にあたしはシグナムほど楽しんじゃないけど、最近負け続けてたから今回は勝ったぜ」
「まあ、苦戦していたがな」
 シグナムがヴィータから目を逸らしながら言った。その言葉にヴィータが嫌そうな顔をする。
「うっ……しょうがねえだろ。なのはは相変わらず堅いし、フェイトも前より速くなってたしよ」
「あ~、フェイトちゃん昨夜はお楽しみやったから気合い入ってんのやね」
「お、お楽しみって何!? 別にそんなんじゃないよ!」
「またまたぁ、私知っとるんよ? 昨夜トゥーレさんと二人っきりで外出ていってしもうて。しょうがないよね、二度もおいしい所で助けられて、フェイトちゃんにとってあの人は白馬の王子様みたいなもんやし」
 明らかにからかって遊んでいる笑みをはやてが浮かべる。
「し、しょうがないって何が!? 違うよ、ただ模擬戦の相手をしてもらっていて……」
「照れんでもええって」
「だから、違うって~」
 なのはやヴォルケンリッターの面々は、はやての性格を熟知しているのでフェイトをただからかっているのだと分かっている。
「ねえ、ギン姉。お楽しみって? フェイトさんとトゥーレさん昨日遊んでたの?」
「え!? う、うん、そうなんじゃ、ないかなぁ?」
「……白馬の王子様…………」
 意外にもストッパー役として機能していたトゥーレがいないので、はやての性格をまだ把握していない少女三人は若干勘違いしてしまっている。
「主はやては今日の午前中クイントと一緒にいましたが、どうでしたか? 彼女は戦闘講座などをすると張り切っていましたが……」
 そろそろ止めた方がいいと判断したシグナムが話題を変える。
「んー、あの講義自体はネタみたいなもんやったし……」
 そこで、はやてはなのはを一瞬だけ見て。
「後半はクイントさんがスバル達の方行って、違うわよスバル。本当の打撃とはこういうものよ! とか言いながら木を倒壊させとったし」
「あれはやっぱりクイントさんだったんだ」
 なのはが苦笑いし、はやてもつられて笑う。
 笑いながら、トゥーレが言っていた事が気になっていた。
 強さと引き替えに何かを失う。
 確かになのはは自己防衛という生命として当たり前のものが欠けているような気がする。それは彼女の友人なら誰もが気付いている事で、皆が心配している。なら、トゥーレが言っていた事を伝えるべきなのかも知れない。
 だけど、はやてはそれを躊躇う。
 もし、なのはにそれを教えてしまったら、例え彼女がそれを否定したり、もっと自分の事を案じるようになったとしても、有事の際に危機的状況が起きればなのはは己の身を省みないだろう。
 無知、無意識、無自覚だった彼女が知り、意識し、自覚してしまったら。
 そして、強さと引き替えに――。
 初めてトゥーレが見せた彼の内面から出された言葉はまるで言霊のようになのはに残り、彼女は危機を脱する強さと引き替えにもう手遅れな所まで行ってしまう。はやてはそんな気がしてならなかった。
 何の根拠も無く、あり得ないと笑い棄ててしまっても言い想像だが、とてつもなく嫌な予感がする。
 だからはやては皆の前でトゥーレの言葉を言うのを止めた。
(あの人はやる気無さそう態度かと思えばいきなり人からかうし。かと思えばとんでもない言葉を私に言うんやし、本当に困るわぁ)
 トゥーレは彼なりに心配して忠告のつもりで言ってくれたのだろうが、逆にとんでもない爆弾を手渡されたような気がする。

 昼食も終わり、ギンガとスバルが訓練場へ行き、ティアナは一人で射撃の練習をしに行った。
 そこでなのは達は食堂の角で集まり、対策会議を行い始めた。対策というのは、当然五機の戦闘機人に関してだ。
 三人の子供に聞かせる内容でも無く、クイントはホテルの事件に関わっているだけで無く、戦闘機人事件の捜査をしていた元局員ではあるが、今は部外者に変わりない。トゥーレはそれ以上に管理局と関係が無い。
 局員では無い五人が今いないので、なのは達はあれから何度目かの対戦闘機人の話し合いを行う事にしたのだ。
「それじゃあ、一度おさらいしておきましょう」
 シャマルの操作によってテーブルの中心に大きなモニターが表示され、戦闘機人五機の画像が映し出された。
「無限書庫襲撃の際に最初に姿を現したのはこの三人。それぞれ仮に№1から№3と呼称するわね。そして、夜天の書復活の時に新たに現れたのを№4、№5とするわ」
 五機の画像にそれぞれ番号は割り当てられ、今までで得られた戦闘情報を元に話し合いが行われた。
 既に何度か行われた事なので本当におさらい程度の内容ではあった。しかし――
「問題はこの二人だよね」
 なのはが真剣な表情で白い小柄な少女と金髪碧眼の赤コートの画像を見つめる。
 №1の黒い大男は大剣と炎を使う。ここまでだとシグナムと似たベルカ式のスタイルだが、はやての広域魔法を一瞬にして破壊した得体の知れない黒い炎が厄介だった。しかし、極端な話それにさえ注意すれば良い。
 №4はクイントのクローンらしくウィングロードを使い、近接特化である。触れただけでデバイスを破壊し守護騎士達を倒した相手ではあるが、後の解析で振動による接触兵器だと判明。こちらもそれに気を付けていれば良い。
 №5はプロジェクトFで作られたクローンだとホテルの時に判明。思うところもあるが、戦闘面だと対策は取りやすかった。彼が使う魔法はそれほど強力なものでは無く、戦術面でなのはやフェイトを圧倒していた。万能で隙が無いと言えるが、逆に自分の土俵に上げて即座に勝負をつければ勝てる相手でもある。
 三機共油断の出来ない強敵ではあるが決して勝てない相手では無い。だが――
「この二人、能力的に隙が無いって言うか、どう対処すればいいのか……」
 フェイトの言葉に誰も否定できなかった。
 №3の白い少女ははやてのリンカーコアに触れた後に夜天の書を復活させ、はやての魔法を使用した事から蒐集行使と同じ能力を持っていると考えていい。更に夜天の書が完全に復元されたとしたら、過去のなのはやフェイトの魔法も使えるかも知れず、他にも蒐集している可能性が高い。何より広域魔法を一瞬で発動させた処理速度や雷雲の結界など未知数の魔法を使う。
「特に金髪の人がヤバイんよなぁ」
 特に№2の赤コートの男は規格外だった。質量兵器の実弾を環状型魔方陣で威力と速度を上げている事に関しては対処できる。だが、魔法の力を使わずにマシンガンのような連射をリロード無しで行い、銃弾同士の跳弾を計算しての攻撃。これを避けれるのは今の所クイントのみで、フェイトやシグナムがスフィアを使っての再現で挑戦しても未だに避けきれない。
 だが、それだけなら、屋内では無く屋外ならば大きく迂回するように銃弾の嵐を避けて攻撃を仕掛ける事もできる。しかし、ホテルでの事件で最も性質の悪い脅威が発覚した。
「これが問題だな」
「戦闘機人ってサイボーグみたいなもんなんだろ? なら人間ではあるわけだ。だけどこいつ、本当に人間かよ」
「うぅ、とっても怖いです」
 シグナム、ヴィータ、リインが赤コートのある姿を映し出したモニターを見てそれぞれ感想を漏らす。
 碧眼が赤く、右の背に黒い翼、そして右腕が砲身になった異形の姿だ。
「私のミストルティンも効かへんかったし、クイントさんの攻撃もすぐ再生してもうた」
「確か、バイクの前輪でその……頭部を破壊したんだよね」
「止めてフェイトちゃん。私直で見たせいで……うわぁ、思い出してしもうた! またしばらく肉食えへんよぉ」
「ご、ごめん、はやて」
 その時の光景を思い出してはやてが口を押さえ、フェイトがその背中を摩る。
「高速再生の能力か……魔法ダメージで気絶させる事は可能じゃないのか?」
「それがね……」
 シグナムの疑問に、シャマルが新たなモニターを表示させながら説明する。
「クイントさんがある予測を立てて、バイクのタイヤについていた血痕を採取して調べたんだけど……」
 クイントのバイクが表示され、その前輪部分が拡大される。その画像には分厚いゴムの部分とホイールの一部がまるで溶けたように無くなっていた。
 そして、その熔解部分に見覚えがあったフェイトとはやて、リインが小さく声を上げる。ザフィーラも同様で、声には出さないが反応を示す。
「これって、もしかして……」
「そう、エリキシル中毒者と同じ強い酸性の血で溶けているわ」
「なら、№2もエリキシル中毒者?」
「と言うより、オリジナルかも。濃度が比べ物にならないほど濃かったわ」
「オリジナル? という事は、エリキシルはこの人の血から作られたって事?」
「ええ。その可能性が高いわ」
「だとすると、あの再生力にも説明がつくが物理攻撃も魔法ダメージも通用しない事になるな」
 エリキシル中毒者は出血すれば徐々に再生しながら強酸をばら撒き、魔法ダメージで気絶する事も無い。拘束魔法で動きを止め、動かなくなるまで待つ位しかできない。
「拘束しようにも、簡単にさせてくれないよね。この砲撃、多分防御魔法じゃどうにもできないと思う」
 なのはがモニターの画像を指差す。
 赤コートが右腕の砲を地表に向けて砲撃しているシーンだ。局の鑑識が調べた結果、撃たれた場所は完全に蒸発し、遥か地下にある放棄された施設にまで届いているとの事だった。
「なのはちゃんなら同じ位の砲撃ができる?」
「壁抜きなら出来るけど、こんな一転集中して蒸発させる位になると無理かな……」
「化物や……」
「あれ? 何で私と比べてからそう結論するの?」
 なのはの視線から逃げるようにはやては顔を背ける。
「高町が怪物かどうか置いておくとして、この砲撃の威力に再生能力。どう対処するかが問題だな」
「……闇の書の闇みたいに皆で攻撃した後にアルカンシェルで、とか?」
「……シャマルの言う通り、出来ない事もないね。ただ、それやと私ら全員に誰かがユーノ君やアルフみたいな援護できる人、それにアルカンシェル装備の巡航艦が必要やね」
「さすがにミッドで撃つわけにもいかないよね」
「それに、疑問ではあるが一応相手は人間だ」
「シャマルさん、意外と物騒……」
「えっ、いや、私もアレを地上で撃とうなんて考えてないわよっ」
「フェイトちゃん、シャマルって意外と怖いんよ。気をつけんといけんよー」
「もうっ、はやてちゃん!」
「あははっ、まあ、こんな風に難易度は高くても打つ手が無いわけじゃない。もうちょっと突き詰めて考えれば他に方法はきっとあるはずや」
 はやての言葉で、会議は一応終了となった。本当におさらい程度の内容ではあったが、各自その為の対策を練って訓練をしているのだから問題は無かった。
 訓練所の紹介の事もあったがクイントを連れてきたのは同じ格闘型で彼女のクローンである№4を想定しての事であるし、トゥーレを半ば誘拐同然で連れ去ったのは№5を倒した実力を見込んでの事だ。
「そういえばフェイトちゃんの方は調査どうなってるの?」
 モニターが全て消された所でなのはが聞いてきた。
「それはまだ、かな。ホテルの事件で密売組織を捕まえた時に気になる単語があったんだけど、それをオフトレが終わった後にはやてと一緒に手分けして調査する事になってる」
「ほんの些細な手掛かりやけどな。何か、知ってそうな人の予定が詰まって話を聞けるのは数日後なんやって」
「すぐに聞けなかったのかよ、はやて。捜査だって言えばすぐに会えるんじゃないのか?」
 ヴィータが椅子から降りながらいうった。
「令状持ってるわけじゃないし、話聞きに行くだけやからな。いくらなんでも向こうの都合無視する訳にもいかんよ。それに丁度オフトレが終わった後の日やったからこうして参加できるんやけどな」
「ふうん。ちなみにどこに行くんだ?」
「おっきな企業をいくつか。そこの科学者さん達とね。日程が大分被ってるからフェイトちゃんと手分けしていくんよ」
 はやてが説明しながら椅子の背もたれで伸びをした時、食堂の入り口にクイントとトゥーレが現れた。
 二人して手が土で汚れていた。
「二人ともどうしたんですか? そんな土だらけで」
「いやぁ、ちょっと昔を思い出してね。トゥーレに手伝ってもらったのよ」
 頬に土を付けたクイントは笑みを浮かべたままだ。その手には正方形の箱を持っている。
「それ、何ですか?」
 フェイトの疑問に、クイントは笑みを崩さずに箱をテーブルの上に置く。
「これはね、タイムカプセルよ」
「タイムカプセル?」
「そうよ。私が訓練生だった時に一度ここに来ててね。卒業前最後の訓練合宿だったからコンビ組んでた相棒と一緒に埋めたのよ。正直言うと昨日の夜思い出してねぇ」
「朝から穴掘ってたんはその為やったんか」
「そうよ。決して落とし穴掘ってた訳でも罠設置してた訳でもないわよ?」
「いや、そんな事思ってませんて」
「でも、やりそうだよな」
 食堂の水道で手を洗いながらトゥーレがポツリと呟いた。
「はいそこ黙らっしゃい。とにかく開けるわよ」
「私達も見ていいんですか?」
「いいわよ。私も何入れたか忘れちゃったし皆で見ましょう」
「別にいいけど、黒歴史とか出てきても知らねえぞ」
 手を洗い終えたトゥーレが戻ってくる。
「無いわよ黒歴史なんて」
 言いながらクイントは箱に付いた鍵を前にする。どうやらダイヤルを回して特定の数字で鍵が開く仕組みのようだった。ダイヤルは六つ。クイントは鍵に手を伸ばして握り潰した。
「………………」
「おい待てコラ」
「……だってしょうがないじゃない! 番号忘れたんだもん!」
「もん、じゃねぇよ。思い出の品なら覚えておけよ。本当にあんたのかよ!」
「私のよ! だってわざわざ木が成長して根に絡まるよう埋められてたのよ? わざわざ木の根の下に埋めるのは私ぐらいよ」
「その通りだな。まさかあんな所にあったとは思わなかった。だから逆に腹が立つ」
 実際にタイムカプセルは木の根に絡まっており、取り出すには樹木ごと引っこ抜かなければならなかった。
「とにかく開けるわよ」
 破壊した鍵を取り除いてクイントが箱を開ける。中には束になった写真といくつかの小物が納められていた。
「うわぁっ、クイントさん若い!」
「あはははっ、私は今でも若いわよなのはちゃん?」
「うぐっ……はい、ごめんなさい。クイントさんは今でも若いです」
 笑顔で肩を掴まれ、なのはが後退する。強い力で掴まれているわけでもないのに、まるで万力で締め上げられているような錯覚に陥る。
「それにしても懐かしいわね」
「写真とか訳の分からない小物ばっかりだな。黒歴史の定番とも言える将来の夢がタイトルの作文とかないのかよ」
「そんなのないわよ」
 学生時代の写真だろうか。訓練校の制服を着たクイントの他に同じ服を着た学生達と一緒に映っている物も多くある。
 箱から写真の束が出され、クイントはそれをテーブルの上に並べていく。
「この人、よくクイントさんと一緒に写ってますけど、ご友人ですか?」
 フェイトがある一枚の写真を指差す。紫色のロングヘアーに両側の髪を一房ずつ黒いリボンで結んだ少女が写っている。その少女がクイントと一緒に写っている写真が多かった。
「ああ、コンビ組んでたからね。珍しいブースト系の魔法使ってて、格闘一辺倒の私と相性良かったのよ」
「…………」
 トゥーレは何枚かある学生時代の写真を見て、箱に未だ入ったままの小物に視線を移す。中には黒いリボンが二枚ある。
「保存状態がどれもいいですね」
「通販で買ったタイムカプセル用の箱だから日持ちするんでしょ。宣伝だと百年経っても中の物は当時のままだとか」
「百年以上生きる気かよ」
「それに、頑丈さに自信があるんだとか。確か……Aランク砲撃受けても大丈夫が売りだったかしら」
「Aランク砲撃……」
 クイント以外の全員の視線が壊された鍵に集まった。
「……所詮、宣伝よね。鵜呑みにするべきじゃないわ」
「今更誤魔化しても遅いぞ」
「そ、それにしても今は美人でも昔のクイントさん、まだ顔立ちが幼くて可愛いんやねぇ」
「あら、ありがとうはやてちゃん。あっ、ほら、これはアマチュアの大会に出た時の写真よ」
 気分を良くしたクイントが次々と写真をなのは達に見せながら当時の事を話し始める。写真を見て次々と記憶が掘り起こされるのか、滑らかだ。
「ん?」
 ふと、一枚がテーブルから宙に舞って落ちる。トゥーレは床に落ちる前に写真を受け止めた。
「……何だこれ」
「んー、どうしたの?」
 小さく呟いたトゥーレの言葉にクイントが反応する。それを見てトゥーレは拾った写真を皆に見えるよう掲げた。
 写真には、地面に埋まり顔と手だけ外に出したクイントの姿が写っていた。
「あー……、そんな事もあったわねぇ」
「いや、そんな思い出に浸る顔されてもな。一体どういう状況なんだよ、これは」
「さっき言ったコンビ組んでた子と喧嘩してた時期があってね。これは、その時罠にはまった時の写真ね。お淑やかそうな面してやる事は結構エグいのよねえ」
(蛙の子は蛙か……)



「――クチュン」
「ルーテシアお嬢様、風邪ですか? 一度お休みになりますか?」
 スカリエッティのアジト、ルーテシアとナンバーズ達が一カ所に集まっている。
 心配する声はルーテシアの背後に立つセッテのものだが、顔が無表情であるため、機械的に聞いているだけで本当にルーテシアの身を案じているのか微妙だった。
「ううん、平気。多分トゥーレが噂してるんだと思う。私、人気者」
「……そうですね」
「まぁ、気を取り直して……いざっ」
 言って、ルーテシアは油性マジック片手にノーヴェへとにじり寄る。
「いざっ、じゃねえぇ! コラッ、離せテメェら!」
 ノーヴェは四人の姉妹達に羽交い締めにされていた。
「観念するっスよ~」
「……命令だから」
 両腕を掴んで拘束しているのはオットーとウェンディだ。
「落書きぐらい大丈夫大丈夫。私なんてお嬢様お手製の青汁だったんだし。それと比べると全然マシ」
「ノーヴェお姉様、お覚悟を」
 ノーヴェの癖の悪い足をセインとディードが押さえつけている。
「ちなみに、青汁ってどんな味だったんスか?」
「苦虫を噛み潰したって表現がピッタリ合う」
「正解」
「――え?」
「冗談…………多分」
「多分ッ!?」
「さあ、セッテ」
「はい」
「ちょっと、本当に青汁の原料気になるんだけど!?」
 無視して、セッテがルーテシアの両脇を掴んで持ち上げ、ルーテシアの手がノーヴェの額に届くようにする。
「は~な~せ~っ!」
「額に落書きは基本中の基本だけど……肉って書くだけじゃちょっと面白味が無い」
「面白く無くてもいいっつーの!」
「負け犬って書けば?」
「敗北主義ってのはどうっスか?」
「セイン、ウェンディ、後で覚えてろよ!」
「ふむ……じゃあ、こうしよう」
 少し考えて、ルーテシアは一単語をノーヴェの額に落書きした。
「何て書いたんですか、お嬢様?」
「恥って」
「うがぁーーっ!!」
 書かれた本人が獣ように暴れ始める。
「大丈夫、古代ベルカ語で書いたから普通の人は分からない。分かるのは考古学の知識ある人だけ。でも、逆に印象に残って後で調べられるかも知れない」
「質悪ぃいいぃぃーーっ!」
 額に古代ベルカ語で「恥」と、デカデカと書かれた少女は錯乱したかのように手足を必死に動かした。
「暴れるなよー。ほら、こちょこちょこちょ~」
「あはははっ――や、止めろよセイン!」
 セインに脇腹を擽られる。続いて拘束していた他の三人がそれに混ざる。
「ほらほら~、ここはどうっスか?」
「…………つんつん、つんつん」
「あら、ノーヴェお姉様背中が弱いんですか?」
「ギャーーッ、止めろバカァッ!」
 そして、それを離れた所で傍観する二人がいた。頭を押さえて呆れる長身の女性と、眼鏡を掛けた少女だ。
「何だあの頭の悪い集団は……」
「あれぇ? どうして最後発組の三人があの中に・・・・・・あれぇ~?」





 ~後書き&補足~

 何でだろう。ナンバーズ書いてると癒される。不思議。
 
 なんだかオフトレのネタが無くなって来たので多分次回か次々回でようやく終わると思います。それから悪役達を輝かせるお話書きたいと思ってはおります。主に、第三勢力のドクターが輝く方向で。



[21709] 二十九話 オフトレ(Ⅳ)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/12/13 21:28
「で、一体何の用だ?」
 そう言ってトゥーレがスコップを下ろす。
「あの、何でスコップをまだ持ってるんですか?」
「何故か懐かしくて……。スバルの遊び場も作れたし、ギンガの練習相手にもなれるから別に良いだろ」
 タイムカプセルの為に掘った穴を繋げて塹壕が作られ、スバルはその中をローラーブレードで走っていた。そして、ギンガは武器を持った相手を想定した訓練を行っていた。
「スコップで、ですか?」
「スコップで、だ」
「…………」
「聞きたい事はそれだけか?」
「あっ、いえ、違います」
 クイントの学生話を途中で打ち切った後、皆はそれぞれ訓練へと戻って行った。
 トゥーレはフェイトやシグナム、ヴィータ、クイントから対戦を持ち掛けられたが遠慮した。想像していた以上に彼女達が強くしつこい為、いくらISや武装を使用していないとは言っても長く続けていれば普段の癖が出てしまいそうだった。クイントとは一度、それこそ命を懸けて戦った事があるだけに、癖を見られると正体がバレる可能性があった。
 だから不本意ながら少女三人のお守りをする事にしたのだが、なのはがトゥーレに近づいて話しかけて来た。
「えっと、何だか避けられているようで・・・・・・良かったら少しお話しませんか?」
「断る」
 何故か未だに持っているスコップを担ぎ直すトゥーレ。
「あぅ……」
「避けてはいない。ただあんまり関わりたくないんだ」
「それ、避けてるって言っているの同じじゃないですか」
「なら、お前見てるとイライラする」
「うぅ……」
「冗談だ。自分から聞いておいて落ち込むなよ。それにお前自身を嫌ってるわけでも無いんだ。ただ――」
「……ただ?」
「……いや、何でもない。じゃあな」
 そう言ってトゥーレは背を向けた。
「えぇっ!? そんな途中で止められたら気になります」
「お前といい、フェイトといい……しつこいのは男でも女でも嫌われるぞ。それにお前訓練の途中じゃないのか?」
「それもちゃんとしてますよ」
「ちゃんと、ねぇ……」
 トゥーレは向き直ってなのはの顔を覗き込む。一見何でもないように見え、顔色も良い。だが、それは慣れてしまっているからそういう風に見えるだけで、なのはには確実に疲労が溜まっていた。
 慣れてしまうとそれが普通だと思い込み、その状態が通常だと誤認してしまう。一見顔色が良くても体に負担が掛かっている事には変わり無い。
「し過ぎだろ。お前、昼にはやてから言われなかったのか?」
「はやてちゃんに? 特に何も」
 訓練場の方に視線を向ければ、はやてが心配そうな顔で見ている事にトゥーレは気付いた。何か理由があって言っていないと判断して、話題を変える。
「なのはは部隊のポジションって何だったっけ? 俺、陣形とかそう言うの知らないんだが」
「センターガードですけど……」
「一番狙われやすいな」
「え?」
 そんな事を言われたのは初めてだった。
「ちゃんと自分の身は守れるのか?」
「は、はい。防御能力に自信があります」
 身を守る、というのなら常に接敵するフロントアタッカーなのでは、と思う。だが、それよりもトゥーレの疑っているような視線が気になった。
「本当かよ……。少し、テストしてみるか?」
「はい! よろしくお願いします」
「よし。じゃあ、行くぞ」
 言われ、なのはが身構えた瞬間、左肩に衝撃があった。
「――え?」
 手で軽く押された程度の衝撃ではあるが、明らかに攻撃を受けた際のものだった。現にトゥーレの腰の位置には彼の右手があり、掌にはミッドチルダ式魔法陣が展開していた。
「ず、ずるいですよ!」
「敵が空気読むわけないだろ」
「うっ……もう一度お願いします」
 同じ轍を踏まぬように言いながらバリアを展開する。強度はAAと、生半可な攻撃を受け付けない。が――
 鈍い音と共になのはのツインテールの右側が風に煽られ揺れる。
「…………」
 視線を右向ければ、顔の横をスコップの金属部分が通り過ぎていた。持ち手を辿っていけば、当然トゥーレへと続く。
「駄目じゃないか」
 プロテクションEXをスコップが貫いていた。
 もし、それが顔にでも当たっていればどうなっていた事か。想像すると背筋が震えた。
「俺なんかの攻撃防げないようじゃこれから先どうするつもりだ。訓練より先に勉強し直して来い。また後で相手してやるから」
 スコップを引き戻して、トゥーレは今度こそ背を向けた。

「すごいですね」
「何がだ?」
 トゥーレがなのはから歩き去ってギンガの所まで戻ると、彼女は開口一番言ってきた。どうやら、先ほどのやり取りを見ていたようだった。
「なのはさんの防御突き破れるなんて。シグナムさんとの模擬戦でも使っていましたよね? あれってベルカ式の魔力付与攻撃ですか!? 良かったら私に教えて下さい!」
「お前、意外と喋るよな……。教えるてもいいが、お前が訓練校卒業できたらな」
「そんなに難しい魔法なんですか?」
「いや、簡単だ。ぶっちゃけ貫通性にのみ特化させているだけだからな。ただ、術者本人の保護をしていない」
 トゥーレがスコップをギンガの目線の位置にまで持ち上げる。なのはのバリアを通過した部分が燃やされたかのように煙を上げている。
「力技だから、下手すると防御魔法との境界で腕が吹っ飛ぶ。なのはみたいな強固な防御魔法だとなお更な」
 言って、スコップの金属部分に触れる。触れた部分が、亀裂でも入っていたかのように砕けた。
「せめて一人前にバリアジャケット作れるようになれば……」
「そうすれば教えてくれるんですねっ!?」
「あ、ああ……」
「わかりました。私、頑張ります」
 早まったか、とトゥーレは後悔した。

 フェイトは一人空で飛行訓練を行っていた。
 彼女ほどのレベルでは飛行に関して一切問題は無く、体が鈍ってもいない限り無駄に近い行いだった。
 それでもフェイトは一人で青空の下を飛び続ける。その速さは風を超え、普通の人間がそれを見ても人だと認識できない程だ。だが、それでもフェイトは遅いと思った。
 昨夜、トゥーレに仮想敵を依頼した彼女は新しいバリアジャケット、インパルスフォームに身を包んでいた。前と違い、装甲の薄さをカバーしたバランスの良いバリアジャケットだ。
 ちょっとトゥーレの感想が気になったが、彼は特に何も言わなかった。ただ、ソニックフォームになると哀れむような視線を向けられた。
 トゥーレに相手を頼んだ際、フュンフの戦闘データを渡し、あらかじめスフィアによるトラップを配置して再現してもらった。
 結果は、反撃できる程度には戦えた程度だ。それを踏まえてフェイトが考えた対抗策はもっと速くなる事だった。策とも呼べず、いつもと変わらない考えだが、彼女なりの考えがあった。
 遠近両用の魔法を使い、速度重視の戦いをするフェイトはこれ以上装甲を厚くする事はできない。作戦を立て、戦術を考えるにしてもフュンフに対抗できるか分からない。
 乱暴で雑な言動と違い、フュンフの戦い方は相手に合わせて欠点を突く隙の無いものだ。これに対抗出来るほどの経験を持たないフェイトが出来る事は自分の最大の武器を持って一気に決着をつけるしかない。
 彼女の最大の武器、それはスピードだった。
 トゥーレにそれを話すと呆れらたが、否定はされなかった。
 フェイトは飛行しながら真っ直ぐに前を見つめる。彼女の目の前に黄色に輝くミッドチルダ式魔法陣が縦になって現れる。
 体が魔法陣を潜ると、フェイトの速度が上がる。
 今朝から組み立て始めた試作プログラムなので無駄とムラがある。魔力消費量も多い。
 何度も試してデータを取り続ける。魔法陣を潜る度に加速用魔法陣に使われた魔力の残滓がフェイトの後を追う。
『事件に巻き込まれた子供を保護、ねえ』
 疾走しながら、昨夜の訓練の小休止での会話を思い出す。
『はい。古代遺産関連の事件にはよく稀少資質持ちの子達が犠牲になるんです。そういう子達を救助したり……』
 執務官として、フェイトは一つの事件にばかり関わっているわけではない。古代遺物専門の執務官として別世界を行き来し事件の捜査をしている。その時に保護した子供達の写真をトゥーレに見せた。
『保護したりねえ。その歳で子持ちかお前。大変だな』
『こ、子持ち……』
『まあ、いいんじゃないか? そういう事は男よりも女の方が適任だ。いや、女にしか出来ない事かもな。子供を、先に続くものを育むってのは』
『そう、ですか?』
『ああ。お前のおかげで子供達が今を、長い人生の刹那を、一生懸命に生きていけるようになったんだからな。立派だよ』
 その時、彼の顔は何か懐かしむような、同時に美しいものに見とれ憧れるような、とても穏やかな表情を一瞬ではあるがしていた。
 フェイトはその顔に見惚れていたのを自覚している。まるで閃光のように、一瞬の出来事だったけれで強くフェイトの印象に残る。
 ――羨ましい。私もいつかあんな穏やかな顔が出来るようになるだろうか。
 羨望を思い描きながら、フェイトは光の軌跡を残しながら空を飛び続ける。

「トゥーレさん、お願いします!」
「しつこいなお前」
 なのはが再びトゥーレの前にやって来た。
「よし、行くぞ」
 言いつつ、なのはがシールドを展開させる前に射撃魔法で撃つ。
 だが、トゥーレが撃った魔法光弾はバリア魔法によって遮られる。更に、バリアの下にシールドを展開させる。
「どうですか? これで合格ですよね!」
 いつの間に試験になっていたのだろうかと思いながら、トゥーレが貫通性の強い射撃魔法を撃った。
 バリアが貫通されたが、シールドに食い込むだけで魔力光弾が制止する。
 それを見てなのはが嬉しそうな顔をした。その瞬間、シールドに食い込んだ魔力光弾が爆発して煙がなのはの体を包んだ。
「はい失格。出直してこい」
「えぇっ!?」
「もうちょっと頭使え。出力頼みの魔法なんて意味ないぞ」
 なのはは俯きながら小さく返事をすると、トボトボと去っていく。
 なのははトゥーレの言葉通りに対応を考え、思いつく度に挑み掛かっている。
「避けるとか、撃たせないようにするとか、そういう発想が浮かばないのかあいつは……」
 なのはの後ろ姿を見ながらトゥーレは呆れを通り越して疲れた表情をした。これ以上過度に肉体的疲労を与えないようにする為に、咄嗟に浮かんだ雑な方便だったが、逆にトゥーレが疲れを感じてしまう。
「すごいですね……」
 傍にいたティアナがトゥーレを見上げていた。彼女はまたトゥーレに射撃の指導されていた。
「お前達はそれしか言えないのか?」
「え?」
「いや、何でもない。射撃魔法の強みは付加と射撃する時のスピードだからな。誰だって練習すればできる」
「私も、ですか?」
「お前もだ。その前に、まともに撃てるようにならないとな」
「……はい」
 自分は平凡で射撃ぐらいしか出来ないと早々に気づいていたティアナはトゥーレの言葉に素直に頷いた。しかし、教わっている内に、トゥーレの射撃の感覚と魔法による射撃の感覚が違うような気がしてきた。
 それについて聞こうとした時、先にトゥーレの方が口を開いた。
「そういえば、シューティングアーツはどうした? スバルに教えてもらってなかったか?」
「……あの子と私じゃ基礎体力も反射神経も大きく差があるので、あまり……。それに、射手がローラーブレード履いて走り回るのはちょっと」
「そうは言っても、戦場はずっと立ち止まって撃てる程優しくはないぞ」
 戦場、という言葉は気になったが、確かになのはのように強力な防御魔法を持っていないので、実践で立ち止まったまま居れる訳がない。
「敵と接近戦する可能性も考えて、教えて貰えよ」
「そう、ですね。でも、私は常にデバイスを手で持っていますから、相性は良くないと思います」
 さすがにアームドデバイスでも無いデバイスで殴り合う訳にもいかなかった。そんな事をすればデバイスの方が保たない。
「それもそうか……。なら、ナイフの使い方教えてやろうか?」
「ナイフ、ですか?」
 頷いて、トゥーレは刃の短いナイフ型の魔力刃を作った。
「このサイズなら今のお前でも作れる。両利きだから銃も持てる。身を守る程度の技術なら俺が教えてやれるけど、どうする?」
 しばし考え、ティアナは二つ返事で返し――
「トゥーレさん!」
 なのはが再び現れた。
「しつけぇ。ってか、早すぎるだろ……」



 あれから散々なのはの相手をしてあっと言う間に夜になった。訓練所の大浴場でトゥーレは深い息を吐いて、湯船に浸かりながら文庫本の細かい文字を目で追っていく。本は訓練所の休憩室で埃を被っているのを発見した。
「…………」
「…………」
 ザフィーラもその体を湯に沈めていた。
「…………」
「……こんな所で読むと、本が濡れてしまうぞ」
「一枚一枚に防水処理がされてるから平気だ」
「そうか……」
 二人の背後の壁一面にはミッドチルダ中央区首都にある地上本部の画像が映し出されている。
「…………」
「…………」
「訓練以外は犬の姿なのに、何で今は人の姿に戻ってるんだ?」
「犬では無く狼だ。……あの姿だと背中に手が廻らないからな。それに、湯船に浸かるとどうしても体毛が」
「なるほど……」
「…………」
「…………」
 二人の目の前を蒼い仮面を付けた大きなアヒルのオモチャが通り過ぎる。何だか見覚えがあったトゥーレは本から目を離す。
「……何だコレ?」
「主はやてがフリーマーケットで・・・・・・」
「わかった、もういい。何かそれだけで納得できた」
「そうか……」
「…………」
「…………」
 隣の女湯から騒ぐ声が壁越しに伝わってきた。さすがに会話の内容まではわからないが、黄色い悲鳴と笑い声が聞こえてくる。
「……上がるか」
「そうだな……」
 男二人は黙って大浴場から上がった。

「――九十八、九十九、ひゃーっく!」
 スバルが飛び跳ねるように湯船から勢いよく上がる。大きく湯が跳ねて隣にいたティアナにかかる。
「こーら、他に人が入ってるんだから波を立てないの」
 浴槽の縁に座っていたクイントが娘に注意する。
「ごめんなさーい」
 スバルは一言謝ってから大浴場から走り去る。その後を追うようにしてギンガ、ティアナが浴場を出ていく。
「元気が有り余ってるわね」
「とても迷子だったとは思えない元気ですよね」
 シャマルが困ったような笑みを浮かべる。
 スバルはトゥーレが作った塹壕内を探索した後、森の中で迷子になっていた。幸いサーチャーを取り付けていたので大事には至らなかったが、それでも堪えていないあの明るさは驚きだった。
「あの子ったら、一体誰に似たんだが」
 クイント以外の全員が同じ人物を思い浮かべたが、賢明にも口には出さなかった。
「ヴィータちゃんも、ちゃんと百数えるのよ?」
「子供扱いすんな! あたしはクイントより年上だっ!」
「そう言えばそうだったわねー」
「言いながら頭撫でんなっ! くっそう、明日の個人戦見てろよ!」
 クイントとヴィータの模擬戦は三勝二敗二引き分けでクイントが勝ち越していた。
「いや、明日からはシグナムとやるから、悪いけど別を探してちょうだい」
「勝ち逃げする気かよっ」
 ヴィータの言葉にクイントは笑って返して相手にしない。
「クイントさん、ヴィータちゃんを相手に勝つなんて凄いですよね。しかも射撃魔法無しだなんて」
 なのはがクイントを見上げる。
「クイントの場合は魔法云々では無く、身体能力と体術による所が大きいな。ヴィータが敗北するのはグラーフアイゼンの間合いよりも内側に入られた場合だったからな」
 シグナムの言うとおり、クイントの三勝は彼女が自分の距離にヴィータを捉えた場合でのものだった。
「クイントさん、魔導師や騎士より格闘家の方が似合ってんなぁ。単純な肉弾戦なら負け無しかも知れへんね」
「鍛えてるからね」
 はやての言葉にクイントが自慢気に返事しながら腰に手を置き、胸を張る。
 冗談めかして言っているが、彼女の体にはその鍛錬による傷が無数にあった。湯船に浸かり、体温が上昇している為か白い傷跡が浮き彫りになっている。
 本人はまだ自分が弱いから無駄な怪我をすると言ってはいるが、どれほど自分の体を痛めつければ、どんな過酷な鍛え方をすればそれほどの傷が付くのかなのは達には想像できない。
 特に、彼女の腹部には縦に奔る長い傷跡があった。他のどんな古傷と比べものにならない程大きく生々しい。長い髪に隠れた背中にも、前面よりも短いが同じ傷跡がある。
 何か鋭利な刃物で貫かれた傷跡だ。だが、剣や槍では大きさが足りない。一体どれほど鋭利で長大な刃で傷つけられたのか。
 自然と集まった皆の視線に気づいたのか、クイントは俯いて自分の傷を見下ろした。
「これ? これはね、最後の仕事での傷よ」
「最後の仕事……」
 詳細は知らなくとも、この場にいた皆はクイントの最後の仕事である戦闘機事件について大まかながらも知っていた。
 当時、ゼスト・グランガイツとその部隊はある施設へ突入捜査を行い、アンノウンの襲撃を受け、ただ一人を除いて全滅した。
 唯一生き残ったのが、なのは達の前にいるクイントだった。
「ゼスト隊長に隊の皆、そして私の相方……」
「相方、ですか?」
「ええ。タイムカプセルの写真見たでしょう。訓練校の時からずっとコンビ組んでたのよ」
「…………」
「生き延びたのは私だけ。この傷は、その時の呪い……みたいなもんね。これを見る度にあの時の事を思い出すわ」
「……まさか、管理局を止めても強くなろうとしているのは復讐の為か?」
 シグナムの問いにクイントは肩を竦めてとぼける。
「さあ、どうなのかしら。まぁ、生きる理由は別にあるから、貴女達が心配する事じゃないわ」
 言って、クイントが立ち上がった。
「何だか暗い話になっちゃったわ。この話はここまでにしましょう」
 浴槽から完全に体を出すと、クイントは浴場を出ていってしまった。

「ここからは大人の時間よッ!」
「はい?」
 なのは達が大浴場から出ると、先に上がっていたクイントがいきなり叫んだ。
「さっきので皆のテンションだだ下がりになっちゃったからここいらで盛り上げるわよ」
「はぁ……」
 大声で喋るクイントはどこから持ってきたのか酒瓶を抱えている。
 食堂には既にツマミが用意されており、トゥーレが文庫本片手に黙々とアルコールとツマミを消化していた。
「飲酒できる人は付き合いなさい。子供組はパジャマパーティーでもしているといいわ」
 酒瓶がテーブルに置かれる。
「おい、明日も訓練があるんだぞ? 酒なんて飲んで大丈夫なのかよ」
 ヴィータが腕を組んで言った。
「そんなヤワじゃないわよ。子供にまで飲めなんて言わないから、ウチの子達と休んでなさい」
「子供は歯磨いて寝ろ」
 間髪入れずにトゥーレが背中を見せたままヴィータを子供扱いする。
「子供じゃねぇって言ってんだろっ!? いいぞ、付き合ってやろうじゃねぇか」
「なら、私もご相伴に預かろう」
 シグナムが自ら進んでコップを手に取る。
「ほんなら私も~」
「はやてちゃんは駄目」
 シャマルが止めた。
「え~、皆ばっかりずるいで。私も飲みたいんよ」
「まだ未成年でしょ」
「う~ん、しょうがないか。数年後の楽しみにしとくな」
 あっさり引き下がり、はやてが食堂を出て行こうとする。
「酒瓶は置いて行けよ」
「うっ!?」
 トゥーレの一言にはやての体が硬直する。その手にはいつの間にかクイントが持ってきた酒が握られていた。
「あぁっ、はやてちゃんったら!」
「そいつ、縛り上げて部屋に放り込んだ方がいいんじゃないか?」
「束縛プレイ?」
「……この手の馬鹿はどこにでもいるんだな。なのは、フェイト。こいつ部屋に閉じこめとけ。局員が未成年飲酒なんてマズいだろ」
「そう、ですね」
「ほら、はやてちゃん。こっちだよ」
「堪忍してやなのはちゃん。何か怖いんやけど。って、痛っ、引きずらんといて!」
 なのはに引きずられ、はやて達は食堂から消えていく。最後にリインがお休みなさいです、と言って後を追っていった。
「さあ、お子様はいなくなったわ。飲みましょうか。シャマルもザフィーラも飲みなさいよ」
「えっと、でもぉ……」
「さすがに六人でもこの量は、な」
「ザフィーラの言うとおり。この量は多すぎるぞ」
「あら、ヴィータちゃん逃げるの? ベルカの騎士が逃げるの?」
「ぐっ……フンッ、そんな挑発には乗らなねーからな」
「ノリが悪いわねぇ」
 半ば強制的にコップがそれぞれの手に行き渡り、並々と酒が注がれる。乾杯をするにしてもトゥーレが既に飲み始めていたので、皆が好きなようにコップに口を付ける。
「シグナム、飲み比べしましょうか」
 少しして突然クイントが切り出してきた。
「わかった。受けよう」
「受けるのかよ……」
 即答したシグナムに対するトゥーレの突っ込みは無視されてテーブルの真ん中に透明な液体の入った瓶が置かれた。クイントとシグナムが向かい合って座る。
「大丈夫かしらクイントさん。シグナム、もの凄く強いわよ?」
「私だって強いわ。さあ、始めましょうか」
 不敵に笑い、クイントが自分のコップに酒を注いだ。
 ――数時間後。
「結局こうなるか……」
 食堂は死屍累々と言った有様だった。
 クイントとシグナムはテーブルの上に顔面を押しつけて眠っている。二人とも手にはしっかりとコップが握られていた。後でトゥーレが確認した所、二人が飲んでいたのは酒と言うよりアルコールそのものに近い度数だった。
 二人の勝負の間に、他の守護騎士達はクイントに絡まれて無理矢理飲まされていた。ザフィーラは早々に避難したがヴィータとシャマルは手遅れとなり、酔い潰れてしまった。
「美人三人に囲まれて酒を飲む。言うだけならオツな物だが、この有様だとな……」
 とりあえず朝までまだ時間がある。なのは達が起きて来ても目を覚まさない様ならタバスコでも撒き散らそう。そう考えながら、トゥーレはテーブルに置かれたままのタイムカプセルに手を伸ばす。
 昼に喋っただけでは物足りなかったのか、それとも何があったのか、クイントは酷く酔いながら訓練生当時の思い出話ばかり話していた。当然話題の中にはコンビを組んでいたメガーヌの話も頻繁に出た。
 箱の中から、トゥーレはメガーヌが写る一枚の写真を手に取った。
 そろそろ帰らないと拙かった。ルーテシアの召喚虫、契約しておきたい一匹がまだ未完了だし、長い間あのアジトを放っておくと姉達が何を仕出かすか分かったものでは無い。それに、トーレ辺りからお小言も来そうだ。
 せめて、挨拶だけして帰ろうと思いながら、トゥーレは残っていた酒を一口飲んだ。




 ~後書き&補足~

 技のギンガ、力のスバル、中二のクイント――――すいません。言ってみただけです。
 駆け足気味ですが、訓練終わりました。というか、予想以上に話数を使ってしまった。
 各話の文章量をもっと増やすべきでしょうか? それとも、だいたいこの位の文章量で良いでしょうか?

 オフトレの目的が原作主人公のなのは、フェイト、はやての強化キッカケですので、とりあえずそれらしいフラグだけ立てました。彼女達の実力は完成されているようなものなので、新魔法とかデバイスの強化位しか思いつきませんが、頑張っていこうと思います。

 余談ですが、ロートスさんは士官学校を出ていて、ティアナは落ちてから陸士訓練校に入ったそうです。
 ……あれ? トゥーレに勉強教われば士官学校入れてスバルとコンビにならなくなってしまう……?



[21709] 幕間 トゥーレ帰宅
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/12/14 05:59
 照明の落とされた長く広い廊下。左右の壁には生体ポットが列を揃えて並べられている。
 スカリエッティが人造魔導師の素体として集めたサンプル達。死亡し防腐処理を施された者、意識が無く眠り続けている者、そして仮死状態の者。
 暗い廊下、ポットからの光源しか明かりが無い中、ルーテシアはポットの一つを見上げていた。自分の母親、メガーヌが眠る生体ポットだ。
「こんな所にいたのか」
 声を掛けられ振り向くと、廊下の先からトゥーレが歩いていた。
「お帰り。何時帰ってきたの?」
 隣で立ち止まった彼へ、ルーテシアは視線を移す。
「ついさっきだ。また、見てたんだな」
 トゥーレはメガーヌを見上げる。彼女の長い髪が半透明の液体の中で漂っている。クイントが掘り起こしたタイムカプセルの中に入っていた彼女の写真と比べ、当然の事だが、若さによる可憐さ薄まっているが大人特有の美貌があった。
「――いてっ」
 ルーテシアに足を蹴られた。
「何すんだよ」
「スケベ」
「……いや、あんな物に入ってたら色気もクソもないんだが」
「それでもダメ。こっち来る」
 トゥーレの手を掴んで、ルーテシアは生体ポットが並ぶ廊下から出ようと引っ張って行く。
「あー、わかったから引っ張るなよ」
 二人はポットが並んでいない廊下へと移動して、ようやくルーテシアはトゥーレから手を離した。
「何か怒ってないか?」
「怒ってない」
「怒ってるじゃないか」
「しつこいよ。怒ってないったら怒ってない。……撃つよ?」
「銃口向けんな。これやるから機嫌直せ」
 そう言って、トゥーレは懐から写真とリボンを取り出してルーテシアに手渡す。
「これって……」
 クイントのタイムカプセルに入っていた、訓練生時代のメガーヌが写っている写真数点。そして、メガーヌが当時付けていた黒いリボンだ。
「ちょっとくすねて来た。そのリボンもメガーヌが使っていた物らしい」
「……ありがとう、トゥーレ」
 若し時の母の写真とリボンを握りしめ、じっと見つめ、ルーテシアは呟くようにお礼の言葉を言った。相変わらず無表情そうに見えるが、その瞳には明らかに喜びの色があった。
「結婚して」
「………………お前、日増しにヒドくなってるな。そういえば、俺がいない間にセインやウェンディが問題起こしてないだろうな」
「……無視された。二人は平常運転だったよ……」
「つまりいつも通り馬鹿やってる、と」
「それよりも、このリボン付けて」
 ルーテシアが黒いリボンを掲げるが、トゥーレは困ったような顔をした。
「付けてって……結び方なんて分からないぞ、俺。ナンバーズの誰かに頼んだ方がいいな」
 助けを求めるように周囲を見渡すが、広いアジトの中で誰かが都合良く通るはずも無い、とトゥーレは思っていたが都合良く廊下の角をセインとディエチが曲がって来たところだった。
「あれ、帰ってきてる」
「あっ、お帰りー」
「ああ、ただいま。ちょうど良い所に来たな。ルーテシアにリボンの結び方教えてやってくれないか?」
「リボンの?」
 ルーテシアが二人に黒いリボンと、母の写真を見せる。
「ママと同じように結んで欲しい……」
「これって……うん、わかったよ」
「おーっし、セインさんに任せなさーい」
 二人が屈んで、ルーテシアの髪の両側にそれぞれ黒いリボンを結び始める。
「ディエチはともかく、セインがそんな事できるのは驚いたな」
「ウーノ姉の次に家事できるのって、何気にセインなんだよね」
「セインさんは実は出来る子なんです」
「自分で言うなよ……。ウーノで思い出した。帰ったら顔出すよう言われてたんだった」
「ウーノ姉ならドクターと一緒に研究室にいるよ」
「わかった。ちょっと行って来る」

 研究室では、スカリエッティが結婚式場のパンフレットを眺めており、ウーノは何故か白いドレスを縫っていた。
「――何やってんだ、おい」
 静かな声に確かな怒りを滲ませながら、トゥーレは一瞬で移動しスカリエッティの胸倉を掴んだ。
「やぁ、トゥーレ。お帰り。やはり式場は北区にある聖王教会管轄の方がいいかな? ここなんて、由緒あるが人目につきにくい。我々でも式を開く事ができると思うよ」
 持ち上げられて足が床から離れているのにスカリエッティはいつもと変わらない様子で笑みを浮かべている。
「そうじゃねぇだろ。テメェ、盗聴してんじゃねえよ!」
「私達の性質上、内輪だけの式になるが、神父役は任せたまえ。自分で言うのも何だが、似合うと思うよ」
「ああ、怪しさ倍増でさぞかし似合うだろうよ! ってか聞けよ人の話!」
「潜入任務中のドゥーエには二人の写真を送ろう。なに、きっと陰謀渦巻く地上本部の中でも祝福してくれるさ」
「そうね、きっと哂ってくれるわ」
「……おまえら、マジでいい加減にしろよ、オイ。だいたい、ルーテシアはまだ子供じゃねえか」
「先に式だけでも挙げてしまえば良いじゃないか。そしてその事実をネタにお願いを聞いてもらうとか、どうだい?」
「それは脅迫だッ! それに、それだと脅迫されるのは俺の方じゃねえか!?」
 スカリエッティを持ち上げたまま、激しく揺さぶる。笑い声が木霊し、足が振り子のように揺れる。
「男が細かい事を気にしては駄目よ? とりあえずドクターを下ろしなさい、トゥーレ。でないとトーレを呼ぶわよ?」
「既に脅されまくってるな、俺……。ウーノもそれ縫うの止めろよ」
 掴んでいた襟を離すとスカリエッティは直立したまま床に着地した。
「顔見せるんじゃなかった……」
 心底疲れた顔をし、トゥーレは部屋から出ようとする。だが、ウーノに止められた。
「貴方が遊び回っていた間にドゥーエからいくつか報告があったの。他の皆はもう知ってるけど、貴方だけいなかったから、聞いて行きなさい」
「――わかったよ」
 トゥーレは立ち止まると近くにあった椅子を引き寄せて座る。
「例の敵対組織、どうやら管理局が頑張っているようよ。もしかしたら、それほど待たずして正体が判明するかもしれないわ」
「まあ、あんなに派手に暴れたんだ。管理局も面子ってのがあるんだろうしな」
「そうね。それと、ここからが問題なのだけど……聖王教会がレリックの捜索を始めたわ」
「聖王教会が?」
 トゥーレが訝しげな表情をする。聖王教会も管理局同様にロストロギアの調査と保守を行っている。なのでレリックの捜索を行ってもおかしな所はないのだが。
「レリックだけに特定してか?」
 いきなりレリックだけを特定して探すと言うのは、唐突なような気がする。レリックの存在自体は文献を漁れば見つかるだろう。だが、やはりその突然さに違和感がある。
 それに、管理局ならばホテルでの密売組織が持っていたレリックについて捕まえた幹部達から何か聞き出し、捜索するのなら分かるが、聖王教会が探しているという事にトゥーレは疑問を感じる。
 弟の怪訝そうな表情に気付いたのか、ウーノが説明する。
「預言者の著書、という稀少技能は知っているかしら?」
「いや、知らない」
「聖王教会の教会騎士団カリム・グラシアが保有する能力よ。簡単に言ってしまうと預言書を作成する能力ね」
「………………」
「詳しい内容は不明だけど、どうやら予言の内容にレリックの事が載っていたようなの。今は聖王教会が独自に捜索しているみたいだけど、カリム・グラシアは管理局にも籍を置いているわ。じきに管理局までレリックの回収を行うかも知れないわね」
「そうなったらレリック争奪戦の始まりだな」
「驚異では無いわ。ただ、面倒な事になりそうよ。レリック回収の任務、もっと注意深く行うよう気を付けましょう」
「各地に散開させてある鉄屑はどうするんだ? あいつら、何も考えず勝手にレリックの方直進するだろ」
「アレらなどどうでもいいさ。ただのオモチャ。せいぜい君達を際立たせる為の、演出の道具だよ。管理局の諸君にはAMF対策で頭を悩ませておけばいい」
 自分の椅子に座って、スカリエッティがどうでも良さそうに言う。それよりも式場選びの方に関心が向いていた。
「まだ見てるし……。あっ、そういえばあのアヒルはどういう事だ?」
「アヒル? 中尉殿の事かい?」
「それも気になるが、外で似たようなアヒルを見つけた。蒼い仮面付けたデカいアヒルだ」
「ああ、あれか。あれは試しにドゥーエに送ってフリーマーケットに出してもらったのだよ。そうしたら思いの外好評で、シリーズ化してしまった」
「アホだな。シリーズ化する方もする方だが、買う方も買う方だ」
 両方知っているトゥーレは交友関係を改善した方がいいのではと自問する。
「今はこれを作っている」
 変態科学者は懐から小柄なアヒルのオモチャを取り出す。
「アロマ効果でリラックスさせる匂いを出すのだが、効果がありすぎて使用者が眠ってしまい、風呂の底に沈んでしまう事件が発生した」
「破棄しろ。っていうか誰に試した?」
「ナンバーズ」
「身内を実験台にすんなよ……」

「うおぉっ、ノーヴェがいつの間にか沈んでるっス!」
「ノーヴェ、寝るな。寝ると死んでしまうぞっ! 姉の声をしっかり聞くんだ!」
「まったく、たかが香りで眠るとは……」
「トーレお姉様。つい先程オットーも眠って沈みかけました。溺れる前に何とか救出しましたが……まだ寝てます」
「――セッテ、やってしまえ」
「了解」
「――――ってぇええええぇぇぇっ!! 誰だ今殴った奴は!?」
「――――…何事?」

 温水洗浄施設から聞こえる叫び声に気付いたトゥーレだったが、無視して談話スペースの扉を開ける。
 部屋の中ではルーテシアとセイン、ディエチ、そしてクアットロがいた。
「お帰り、トゥーレちゃん。外は楽しかったかしら~?」
「疲れたのは間違いないな。ところで、食いすぎるとまた太るぞ」
「うっ……どうしてそうデリカシーの無い事ばかり言うのかしら?」
 口に運ぼうとしていたクッキーを皿に戻し、恨めしそうにトゥーレを睨み付ける。
「注意してやってるのに怒るなよ。お前、目つき悪いぞ」
「大きなお世話よ」
 その時、トゥーレは袖を引っ張られる
「トゥーレ、見て」
 ルーテシアがトゥーレの入室に気付くと同時に駆け寄って来ていた。そして長髪の両側で結んだリボンを見せびらかす。
「良く似合ってるぞ、ルーテシア」
「うん。ありがと」
「トゥーレ、外からのお土産はお姉ちゃん達には無いの?」
 セインがソファに寝そべったまま見上げる。期待に満ちた目であった。
「ほら」
 トゥーレが上着のポケットに手を突っ込み、中から取り出した物をセインに手渡す。
「わーい――って石と草じゃん! いらないよ!」
「やっぱり駄目だったか?」
「当たり前じゃんか。石や草がお土産なんて普通あり得ないって」
「ペナントじゃない分マシだと思うけどな」
 実際に訓練所で売っていた。
「だいたい、遊びに外出てるわけじゃないから」
 トゥーレ以外の全員が疑わしそうな視線を一斉に向けた。
「わかった。お前等が俺を普段どういう風に見ているかよく分かった」
「普段の行いが悪いからだ」
 背後からの言葉と共にがっしりと肩を捕まれ、トゥーレの表情がもの凄く面倒くさそうな物になる。
「お帰り、愚弟」
「……ただいま」
「お前が帰って来るのを私は今か今かと待っていた」
「言葉だけならある意味色っぽいが、声色が怖いぞ」
 振り向くと、トーレが無表情で立っている。風呂でも入っていたのか髪が濡れている。
 その後ろには他のナンバーズ達もいる。
「そう思うのは罪悪感があるからか? よくもまあ、私に三人の教育を押しつけたな」
「数日外泊しただけだろ。それに、ちゃんと連絡したぞ俺は」
「一日だけと私は聞いたぞ。子供じゃあるまいし、どうしてこんなに遅くなった」
「子供じゃないから遅くなったんだろ」
「わおぉ、トゥーレっておと――――いえ、何でもないっス」
 トーレに睨まれてウェンディが押し黙る。
「? どういう意味だ?」
「つまりコレですよ、ノーヴェ姉様」
「なっ!? そ、そそそれって……」
 ディードが小指を立てて、ノーヴェが真っ赤になり俯く。
「一体どこで覚えた。姉はそんなの教えてないぞ?」
「……眠い」
「見ろ。お前が数日サボっただけで後発組が悪影響を受けてしまった」
「それ、俺のせいなのか?」





 ~後書き~

 三十話書いてたら会話とネタばっかりになってしまい、次に続かないので短編として投稿しました。
 これでアヒルと風呂ネタは置いといて、しばらく真面目な話書きます。本当ですよ?

 ディードがおかしなキャラに成りつつあります。まだ修正の余地はある、か……?



[21709] 三十話 アレクトロ社
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/12/16 22:57

 時空管理局本局付き執務官、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンはある会社のロビーで椅子に座っていた。
 彼女は受付で名前とアポがある事を伝えると、ロビーの壁側に設置してある椅子に座って待ってもらえるよう言われたのだった。
 無限書庫襲撃、闇の書の復活に強奪、そして西区の大火災。一連の事件の調査をしていた彼女は西区のホテルで陸士108部隊が逮捕した密売組織の幹部達から得た情報――アルハザードと呼ばれる個人――について調べている。
 アルハザードという名称は二種類の意味を持つ。一つは御伽噺での名前で、その世界ではあらゆる望みが叶うのだとか。そしてもう一つ、太古に存在した高度な文明を保有していた次元世界。
 前者は唯の御伽噺。後者は観測結果に実在していたという科学的な証拠はあるものの、そこへ行く事は未だ不可能。どちらも次元世界の名称であり、アルハザードへ航行した事のある人間はいないとされている。
 そして、一個人としてアルハザードの名前が出てくるのは初めての事だった。
 たまたま同じ名前なのか、次元世界の方に肖って名乗っているのか、ともかくそのアルハザードという人物が密売組織にエリキシルと違法研究に手を貸していた事が判明した。
 連絡は文面による通信のみ、エリキシルの受け取りの際も仲介者が代わりに来ただけで直接の面識は無く、名前とその技術力ぐらいしか分からなかったが管理局のデータベースで過去の資料を徹底的に洗い出した結果、興味深い情報があった。
 アルハザードという名の個人は、何十年も前、質量兵器がまだ使われていた時代から存在していた。資料は少ないが様々な技術や魔導器の設計図に、年代や所属していた組織がバラバラながらもその名前を見ることができた。
 更に、彼或いは彼女に犯罪歴は残っておらず、特定の組織に属さずにフリーの技術者としてあらゆる所で技術開発を行っていたらしく、今現在一流企業としてミッドに存在する企業は過去にアルハザードを雇っていた痕跡があった。
 問題なのはデータベースに載っていた名と現在で密売組織に技術提供をしていたアルハザードが同一人物かどうかだ。管理局のデータベースでは約五十年前から突然その名を見ることはできず、同一人物で生きていたとすれば齢百を超えているかも知れない。
 どちらにせよ、僅かな手がかりから調べていくしかない。一連の事件の調査をするフェイトとはやてはアルハザードについてもっと情報を集める為に、過去にアルハザードを雇っていた当時の記録が残っていないか各企業に出向いて情報を探していた。
 そして今フェイトがいるのはミッドチルダ北区、高層ビル群が並ぶ一角。その中でも特に大きく目立つとある企業の本社ビルだ。
 次元航行艦の動力部や都市のエネルギー循環機構など、主にエネルギー技術について開発している大企業で、その始まりは管理局が発足された時期と前後する。
 ビル群が並ぶ都市から海に面した整備区画を見る事が出来る、そこに建設された臨海空港で離着陸を繰り返す船に使われている動力部も大半がその会社の製品だ。
 その会社の名はアレクトロ社――過去にプレシア・テスタロッサが魔導技術開発者として勤め、彼女が道を踏み外すキッカケとなった魔力駆動炉の事故が起こった企業だ。
 はやては訪問する会社の担当を交代しようか、と言ってくれたがフェイトはそれを断った。過去を避けてばかりでは自分は先に進めないと、そう思ったからだ。
「すいません、テスタロッサ・ハラオウン執務官でよろしかったでしょうか?」
 ロビーの椅子に座っていたフェイトは声を掛けられ立ち上がる。
「お待たせして申し訳ない」
 紫色の頭髪に黄金の瞳。そして愛想の良い笑顔を浮かべる白衣の青年がフェイトの目の前に立っていた。

「インスタントですが、コーヒーをどうぞ」
「ありがとうございます」
 テーブルの上にコーヒーの入ったカップが置かれ、フェイトは礼を言う。
 青年は僅かに微笑むと、同じくカップを片手にフェイトの反対側にあるソファに座った。
 ロビーから案内されたのは彼の執務室らしいのだが、見事に何も無かった。来客用と思われるテーブルとソファ。執務机はあるが、上には何も置かれていない。装飾も無く、部屋の隅に申し訳程度に観葉植物だけが置かれている。
 フェイトの義兄のクロノの執務室も質素であるが、それと比べても何もなさ過ぎる。義兄のは機能美というものがあったが、この部屋はそれ以前に未使用の、誰も使っていない部屋と言ってもいい。それなのに掃除は行き届いて埃一つ無く、白い壁紙のせいでより広く感じる。不気味に感じ、不安感が沸き起こる。それは部屋に入った瞬間、フェイトが一瞬目眩を起こしたほどだ。
 そんなフェイトの様子を察したのか、青年が苦笑いしながら説明する。
「恥ずかしい話ですが普段は研究室に引きこもっていまして、立場上このような部屋を持っていますが使う機会など無かったのですよ」
 ロビーでもそうだったが、愛想の良い好感を持てる青年だった。ロビーでの挨拶の後、青年は名刺を渡そうとしたがその時になって名刺を忘れて来た事に気づいていた。
 何とも頼りなさそうだが、人を不快にさせない雰囲気を持っている。
 青年はフェイトよりは年上だろうが、地位を考えれば若い方だ。ただ、それはフェイトの主観であって見た目に反して意外と高齢なのかもしれない。
 フェイトは古代遺物専門の執務官として勤めてきて気付いた事だが、技術者や科学者という人種は外見年齢が当てにならない。若く見えて高齢だったり、年老いているように見えて若かったり、外見と中身はちぐはぐだ。
「やはり似てますね」
「――え?」
 青年の気に当てられたのか緊張感を無くしたせいでフェイトが下らない事を考えていると、突然目の前に座る青年が口を開く。
「アリシアちゃんに実によく似ていらっしゃる」
「――――」
 不意打ちだった。アレクトロ社に行けばその話題が出ることは覚悟していたはずなのに、横から突然殴られたようなショックを受けた。
「あの子があのまま成長すれば、きっと貴女のように可憐に成長していたでしょう。当然と言えば当然なのですが」
 青年は他愛のない世間話のしているような様子だ。
「あ、あの……」
 何とか不意打ちのショックから立ち直り、言葉を発しようとする。だが、その前に青年の方が慌てだす。
「あっ、いや、申し訳ない。デリカシーの無い事を言ってしまった。見ての通り研究一筋の唐変木で、そう言った、何といいますか、人の気持ちを察する能力が低い人間なんです。この通り、謝ります」
 真摯に頭を下げる青年を見た途端、強ばったフェイトの体から力が抜ける。
「大丈夫です。気にしてませんので頭を上げてください」
「……そうですか? そう言って貰えると助かります」
「私の事について知っているのですか?」
 青年の態度を見ている内に余裕が出来、フェイトは自分から話を続ける。
「知っている、というか予想ですね。一般に公表されているPT事件の内容と事故後のプレシアさんを見ていれば、その手の知識があるものは分かってしまいますね」
 青年は何か思い出しているのか天井を見上げる。
「当時私は入社したばかりの新米でして、遠くから時折姿を見かける程度でしたが会社の経営側との軋轢の中彼女はよくやっていました。けれど、あの事故が起きて変わってしまった」
「………………」
「――ああ、暗い話になってしまいましたね」
「いえ、こちらから聞いたんですから気にしないで下さい」
「いや、それでも人の過去をべらべらと喋るのは良くない。それよりも、本題に入りましょう。本日は我が社の過去の研究についてお聞きしたいのだとか?」
「はい。事前に連絡してあったと思うのですが……」
「ええ、調べておきました」
 青年は一度ソファから立ち上がり、執務机の裏側に廻るとアタッシュケースを持って戻って来る。
「執務官ほどの方とのお話は本来なら私のような人間では無く、事務屋の偉い人が代わりにやってくれるのですが……物が物でしてね」
 アタッシュケースを置き、座り直す。そしてケースに付いた鍵を開ける。
「年代物な上に、これ自体開発部の資料室の奥深くに眠っていた物でして止む終えず私が直接説明する事になったんですよ」
 ケースの中には一枚の大きな青写真が入っていた。
「これは次元航行艦の駆動炉……ですか?」
 青写真には何かの機械の設計図が描かれていた。
「さすがですね。その通りです。今では当たり前の機構ですが、記録媒体を見て分かる通り新暦が始まってまだ間もない時期の物です」
 青年の指が青写真に触れ、滑るようになぞって行く。すると設計図の幾何学的な模様が変わり、大まかな仕組みや細かいパーツの寸法へと内容が変化する。
「当時の技術力を考えれば、これは革新的な設計と言えます。――っと、これですね」
 設計者の名前が隅の方に小さく現れた。
「アルハザード……」
「ええ。最初にお話を聞いた時には正直笑ってしまったのですがね。実際に古い記録を漁って調べてみれば、本当にあの古代世界の名と同じ開発者の設計があるんですから驚きましたよ」
 設計者の名前は確かにアルハザードと書かれている。しかも、筆記体では無く手書きによる署名だ。
「……こちらをしばらくお借りしてもよろしいですか?」
「どうぞ」
 青写真が再びアタッシュケースの中に収められ、テーブルを滑りフェイトの手へと渡される。
「うちの社ではアルハザードという個人に関しての情報はその記録媒体だけでした。一応、設計者の連絡先を調べてみたのですが、なにぶん古い物でしてね。記録は残っていませんでした」
「こちらのだけでも大変参考になります。ありがとうございます」
「いえいえ、お力に成れたのなら幸いですよ。……少しよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょうか?」
「捜査の機密に関わる事なら勿論答えて貰わなくてもいいのですが、そのアルハザードという人物は一体何者でしょうか? 私のような技術者にとって一度は渡航してみたいと思う世界、それがアルハザードです。ミッドよりも高度に発達した文明を誇っていたと言われている古代世界。一種の信仰対象とも言えます。それと同じ名を名乗る人物には大変興味がありますね」
「興味、ですか?」
「ええ。好奇心が湧き出てきてしまう。その道を志す者として伊達や酔狂で名乗れる名では無い。例え犯罪者であろうとも、技術者ならば会って話してみたいとそう思ってしまう」
 青年の金色の瞳は子供のような好奇心に満ちた輝きでフェイトを見ている。
「なるほど……」
 技術者として、アルハザードという名は大きなものに違いない。目の前の青年同様に誰もが興味を抱き接触を試みる。もしかすると、それが目的でアルハザードと名乗っているのかもしれない。
 参考になる話が聞けたと、フェイトは思った。自分達管理局すれば事件と関係していると思われる参考人だが、別の一面から見た場合は考えた事がなかった。
「でも、申し訳無いですけど、私もそれを調査しているので……」
「ああ、そうですよね。だから我が社にいらしたんですよね」
 照れたように、彼は自分の後頭部を掻いた。そして、小さく、独り言を呟く。
 ――彼女はどうだったのかな。
「――――それは、どういった意味でしょうか?」
 青年の独り言が聞こえたフェイトは、思わず反応してしまう。青年の、彼女、と言うニュアンスが何故だか母のプレシア・テスタロッサを指すような気がしたからだ。
「あっ、えっと、その……また失言をしてしまったようだ」
「いえ、良ければ聞かせて下さい」
「……失礼な事を言いますが、よろしいですか?」
「はい」
「そこまで言うのなら、無礼を承知でお話しますが……プレシアさんの事です」
 やはり母の事だった。フェイトは青年に先を促す。
「先程も言いましたが、PT事件については一般公開されている範囲しか知りません。ですが、彼女が何を目的にあのような事件を起こしたか分かります。次元震を意図的に起こす事で彼の次元への扉を開こうとしていたと……」
 PT事件の発端はアリシア・テスタロッサの死であり、青年の言うとおり彼女は娘を生き返らせる手段を探してアルハザードへ渡航しようとしていた。
「答え合わせは要りません。私が今言っているのはただの想像。妄想、妄言の類です。……アルハザードの存在は次元観測により存在している事は一応科学的な証拠はありますが、本当にそれが我々の言うアルハザード程の文明を築いていた世界かは疑問が残ります。けれども彼女はその存在を確信していた。何故、どうやって確信する事ができたのでしょうか。あの方は犯罪に手を染めてしまいましたが、科学者として超一流です。そんな方が確証も無しにそんなリスクの大きい事件を起こすでしょうか?」
「…………」
「いくら愛娘の死でショックを受けているとは言え、彼女の知能は過去の業績からも明らかです。それに、違法とは言えプロジェクトFの研究を後に成功させているのですから」
「…………」
「それほどの科学者が観測できた程度で、次元震を起こすとは思えない」
「……アルハザードへ行ける根拠があったと?」
「そうとしか考えられません。そこで、アルハザードと名乗る個人に繋がるんですよ」
 青年は話している内に感情が高ぶってきたのか、言葉に熱が込もり始める。フェイトを見つめる眼にも爛々とした輝きがある。
「アルハザードを名乗るなんて相当己に自信があるんでしょう。だけどこうも考えられます。次元世界アルハザードの叡智を所持しているから、と」
「それはアルハザードに行ったことがあると言う事に……」
「さすがにそこまで言いませんが、少なくとも観測だけの間接的なものでは無く、何か直接触れる事が出来たのではないでしょうか。そして、プレシアさんがその人物と接触していたとしたら?」
「…アルハザードの存在を確信し、渡航を試みる……」
「ええ、ええ。そうです。彼女が会社を退職し事件を起こすまで空白の部分があります。管理局ならばその辺りも調べているのでしょうが、もう一度洗い直してはどうでしょう。特に資金源に関して。プロジェクトFの実験や時の庭園の維持・改造を行うのに膨大な費用が掛かったはずです。退職金代わりにアレクトロ社から手に入れた資金だけではとても足りない。素人考えですが、なかなかイイ線だと思うのです。どうでしょう?」
 青年は、これ以上無いというぐらいに笑みを浮かべた。



「フェイトちゃん、大丈夫かな?」
 南区の企業からアルハザードと名乗る人物が描いたと思われる古い研究資料を借りてはやては早々に陸士108部隊隊舎に戻ってきていた。
 108部隊は無限書庫襲撃事件の犯人の逃亡先が西区であったり、火災の時に現場にいた事から一連の事件の捜査をするフェイトとはやての全面的な協力を行っている。
 空いているデスクを占領したはやては椅子の下で足を揺らし、デスクの上に片頬を付けている。目の前にはモニターが浮き、映像を流していた。
「さっきから何を見ているです?」
 リインフォース・ツヴァイが購買から紅茶を運んできた。
「ありがとぉ、リイン」
 紙コップに入った紅茶を受け取る為に顔を上げる。
「これはな、ホテルでの事件からあの火災が起きるまでの録画した映像やよ」
 西区にあるホテルのレストランでの戦闘から、ツヴァイが異形の姿になって砲火する映像が早送りで流れている。
「何か気になる事でもあるですか?」
「ちょっとだけやけどなぁ」
 そう言って紅茶を受け取り、息を吹きかけて少し温度を下げる。
 ホテルでの戦闘で不可解な点がいくつかあった。ホテル内の監視カメラの映像が内部からのハッキングにより消去されていたせいもあるのだが、はやて達が追っている戦闘機人の行動、特にツヴァイの行動には奇妙なところがある。
 それはツヴァイがホテルを破壊し、その後も飛行しながら地面に向かって砲撃した事だ。
 レストラン内でクイントと戦闘した時も見せなかった異形の姿を突然見せ、誰もいない地面に向かって砲撃。それは何かを追って撃っていたようにも見える。
 そしてその後にツヴァイを拘束した魔法に砲身の照準を狂わせた狙撃。
 以上の事から、ツヴァイら戦闘機人は陸士部隊や航空隊以外との勢力とも戦闘を行っていた可能性が高い。ならばそれは一体誰なのか。
 考えても答えは出ない。手掛かりはないのだから。
 しかし、クイントは何か知っているようだった。レストランでのツヴァイとの会話。はやてには聞こえていた。

 ――――腕からギロチンを生やす戦闘機人と戦ってね。もしかして貴方の身内なんじゃない?
 ――――彼の事なら知っている。そして、彼はオレの獲物だ

 その事に一度聞いてみたがはぐらかされた。ホテルへ行く前のゲンヤとの会話からして彼女が局員を辞めたキッカケとなった戦闘機人事件と関係があるのは確かだ。ならばはやて達が捜査している事に関係するので話してくれてもいい筈だが、彼女もゲンヤも戦闘機人についての情報はくれるが詳細は口にしない。まるではやて達を巻き込ままいとしているかのようだ。
 頑な態度から、はやてはそれ以上追求するのを止めた。オフトレの時に気づいたのだが、クイントが局員を辞めた後でも体術に磨きをかけて来たのと関係があると思ったからだ。
 元AA陸戦魔導師でそんな彼女が未だに鍛え続けて、ツヴァイの魔技をかろうじてとは言え避けて見せた程の強さを持つ彼女が未だに修練を積んで目指すものとは一体どれほどのものなのだろうか。
 そこでふと、はやてはトゥーレの顔を思い出す。
 数日前、彼はオフトレの途中で帰ってしまった。その後でクイントがタイムカプセルの中に顔を突っ込んで首を傾げながら、まさか彼が、とか言っていたがはやては何の事か分からなかった。
 ともかく、トゥーレも高い戦闘能力を誇る戦闘機人のフュンフを撃退している。シグナムとの模擬戦でも対等に戦って見せた。
 ――まさかトゥーレさんが?
 ツヴァイを拘束した鎖を思い出す。炎の中からだったので使用者の姿は確認出来なかったが、拘束魔法の魔力光はトゥーレと同じ赤黒い色だった。
 魔力光だけで断言するのは早計だが、状況から考えて彼である可能性が高い。だとするとツヴァイが砲撃した相手や遠くからの援護狙撃をしたのは彼の仲間だろうか。
 しかし、ツヴァイが地面の炎の中に引きずり込まれた後、クレーターが出来る程の大爆発が起き、挙げ句に都市一つ巻き込む炎の津波。戦闘機人であろうと無傷で済むはずがない。
 しかもその数日後に会った彼は負傷している風は無く、うっかり風呂を覗いてしまった時に見てしまった彼の体は傷一つ無い綺麗なものだった
「――ブッ、げほ、ごほごほっ!」
 自分で思い出して蒸せた。
「うわわっ、はやてちゃん大丈夫ですか!?」
 何も知らないリインが心配する。
「ごめんなさい。紅茶熱かったですか?」
「へ、へへへ平気やよ。べべ別にやましい事思い出しとらんよ! ホンマに!」
「もの凄く声が上擦ってるです……」
「はやて?」
「うわひゃぁらあっ!?」
 帰ってきたフェイトに背後から声を掛けられて奇声を上げた。
「えっと…顔が赤いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫。ちょっと驚いただけや」
 深呼吸を繰り返し、はやては落ち着きを取り戻す。
「お帰りフェイトちゃん。何か進展あった?」
「うん。例の人が描いたらしい設計図と面白い話が聞けたよ」
「ホンマに?」
「調べてみる価値はあると思う」
「へぇ、なら早速聞かせてくれる?」
「うん。実はね――――」



 何も無い執務室で、フェイトを対応していた青年が一人ソファに座って冷めたコーヒーを啜っていた。
「うん、不味いな」
 冷めたせいもあるのだろうが、お世辞にも美味しいとは言えない味だった。眠気覚まし代わりなら十分だが、接客として出す味ではない。
 目の前のテーブルに視線を向ければ、フェイトへと渡したカップの中にはコーヒーが半分以上残っている。
「やれやれ、久々に人前に出てみれば失敗だらけだ」
「本当にその通りですね」
 青年しかいない部屋で、少女の声が突如聞こえた。そして、まるで最初からそこにいたかのように、青年の背後に白い少女が立っていた。
「一体何をお考えなのですか、ドクター。あのような、管理局にヒントを与えてしまってよろしいのですか? こちらの痕跡は消していますが、プレシア・テスタロッサ側で残っている可能性があります。管理局が見つけるのも時間の問題でしょう」
「見つけて欲しいと、私は願っているのかもしれないよ?」
 笑って答える青年の顔は好青年の明るい笑顔から想像できない程の冷たい笑みを浮かべていた。
 白い少女――ドライは呆れたように小さく息を吐く。
「フフッ、最近自殺願望が働いているのか自滅する事など厭わなくなっている。長く生きてきたが、どうやら私は自分が思ってたより短慮な性格なようだ」
「……」
「それに、プレシア・テスタロッサには時の庭園やプロジェクトFなどの貴重な情報をくれた恩がある。その娘である彼女にはちょっとしたサービスをしたくなってね。まあ、プレシア・テスタロッサは彼女を最後まで娘として見ていなかったようだが」
 付き合っていられないと言った風にドライは目を伏せる。
 その気配を察知したのか、青年は肩を竦めると話題を変える。
「彼女の経過はどうなってるかな?」
「順調です。融合により欠損し生体情報の補填も拒否反応無く成功しています。管制プログラムは僅かな抵抗を続けていますが、無視できるレベルです」
「天使は?」
「生産に問題はありません。鎧や盾は劣化していますが・・・・・・」
「それは仕方がない。無限再生機能を本来と違う目的で使用しているのだ。動くだけ上々。だけども、一度は外地で使用してデータを取る必要はある」
「今、管理外世界でレリックの捜索を続けています。発掘の際に連れて行きましょう」
「それがいいね。運用に問題が無ければ、闇の方も……」
「分かりました」
 背後からの返事を聞きながら、青年は冷めたコーヒーを飲み干す。
「あんなに人と会話したのは何年ぶりだろう。おかげで、昔の事を色々と思い出せた。歳を取るとどうも記憶力が劣化する。記憶を引き出すにも時間が掛かる」
 三十も超えてなさそうな青年は、まるで老齢のように膝の上に両肘を乗せ、背筋を曲げる。
「彼らのように脳髄だけになっても生き延びようとする精神力が無いせいか、最近どうも昔と比べて欲が無い。未だに理想に向かって突き進む彼らが羨ましい」
「都市一つを火の海にさせた方が何を言っているのですか」
「おや、これは手厳しいね。まあ、それよりもFの遺産と会話した事で思い出した」
 そこでようやく青年は背後を振り返り、ドライの小さな顔を見る。
「ツヴァイが砂漠で戦った戦闘機人。アレを造った者に私は心当たりがあったよ」
 青年の瞳には妖しい輝きがあった。顔や動きには変化は無く平然としている。だがその眼には狂と喜の色が織り混ざった狂喜に染まっている。
「アンリミテッド・デザイア――どうして今まで彼の事を忘れていたんだろうなぁ。ああ、まったく、歳は取りたくないものだね……フ、フフッ、クハハハハッ!」
 眼には相変わらずの狂喜を、裂けそうな程の笑みを口に浮かべて青年は狂ったような笑みを浮かべた。





 ~後書き&雑談~

 今回、映画で判明した会社の名前を使用しました。公開されてなかったら「イルミナティ」という名の会社にしようとしていたのは秘密です。
 第三勢力に関わる話でしたが、時折無闇やたらと複線張ってちゃんと回収できるのかと不安になります。でも、ツヴァイがまたヒャッハァーする頃にはちゃんと回収します。
 ちなみに、このキャラとこのキャラを戦わせて欲しいとか言う要望は皆さんありますでしょうか? あるなら、予約済みな対戦以外可能な限り戦わせます。頑張りますよ?
 正直言うと対戦カードに悩んでいます。キャラ多すぎるんだもん…………。

 リリカルなのはって意外と媒体多いので設定とか見逃し多く、チグハグな所もありますがご容赦を。指摘下されば直したいと思います。



[21709] 三十一話 ユニゾンデバイス
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/12/25 10:55
「我々戦闘機人は人の身体に機械を融合させた存在だ」
 照明が落とされた扇形の部屋。扇の先端部分にトーレは立っており、その後ろには戦闘機人に関して載っているモニターが中に浮かび上がっている。
 トーレの目の前にはセッテ、オットー、ディードが椅子に座っている。
「機械部分のおかげで通常の人間には無い感覚機能や身体能力が向上し、魔力とは別エネルギーの運用によってインヒューレントスキルをAMF内でも使用できる」
 彼女達三人はトーレから講義を受けている最中だった。
「インヒューレントスキルについては当然知っているな? 私の場合は加速装置と駆動系の使用によって高速機動ができる。お前達はまだ調整中で実践できないが、いずれ試す機会もあるだろう」
 モニターに映る画像が切り替わり、ナンバーズ達がISを使用している場面が映し出される。
「ISはそれぞれ目的と用途が明確に決められ造られている。……まあ、一部想定外のISを持つ奴もいるがな」
 トーレが後発組の後ろに視線を向ける。そこには椅子の背もたれにもたれ掛かり、足を組み、広げた本を顔の上に乗せたトゥーレがいた。寝ているのか、フリなのか微妙な所だ。更にその隣ではセインとウェンディが木造のブロック崩しを真剣な表情で遊んでいた。
「あぁ~~っ、ズルイっスよ。ディープダイバーで中からブロック抜くなんて!」
「勝てばいいのだよ。勝てば!」
「……」
 無言で机を掴むと、床との固定具を腕力のみで引き剥がしてトーレは机を投げつけた。
 悲鳴を上げながらセインとウェンディは咄嗟に避けた。トゥーレはと言うと、隣で机と椅子が破壊されて床に埋まっているにも関わらず指一本動かしていない。
「お前達、一体何を遊んでいる……」
 青筋を浮かべるトーレにセインとウェンディがトゥーレの後ろに隠れながら答える。
「だって戦闘機人の話ならもう習ったし」
「そうっスよ。おさらいする必要もないっス」
「人を盾にしながら言うなよ…」
 やはり起きていたようで、トゥーレは顔から本を取る。
「ちゃんと覚えているか怪しいものだからな。それとトゥーレ。お前も怠けるんじゃない。お前だって後発組の教育係だろ」
「そう言われてもな。ルーテシアと違ってそんなに教えること多くないから、トーレ一人で十分だろ」
「そういう考えが堕落の一歩だ、馬鹿者。まあ、いい。セッテのISはお前が協力しなければ完成しないのだから、どのみち教える事になる」
「そういえばそうだったな……」
 トゥーレがセッテの方を向くと、無機質な眼がトゥーレを見ていた。
 セッテのISはトゥーレのデバイスを操る能力を再現させた物だ。トゥーレのようにデバイスに触れるだけで記録されている魔法を全て覚える事や変換資質・保有能力まで使える事はできない。スカリエッティはいずれそのレベルにまで改良を施すつもりだが、今はデバイスを操作する能力を完成させるのが目的だ。固有武装以外に複数のデバイスの同時操作。それがセッテのIS。トゥーレ無しでは完成しない。
 他の二人、オットーとディードもISが調整途中ではあるがセッテほど深刻ではない。
「ちょうどいい事にこの後三人に基礎訓練させるつもりだったからお前も参加しろ」
 トーレが言いながらコンソールを操作すると、証明が付き部屋の中に明るさが戻る。
 トゥーレはあからさまに嫌そうな顔をした。
「これから約束があるんだが?」
「本当か?」
 嘘だったらボコる、と顔に書いてあった。
「……いや、嘘だ」
「…………」
「…………」
 トゥーレが出口に視線を向けた次の瞬間、二人の姿が消えて部屋のドアが破壊された。
「まぁーた始まったよ」
「二人とも飽きないっスね」
 部屋に残されたセインとウェンディは役目を果たせなくなったドアを乗り越えて廊下へと顔を出すと、長い廊下の奥からISのテンプレートの光と魔力光が一瞬輝くのが見えた。



 ――ク、ルナ……来る、な……
 白色の壁に囲まれた部屋には白衣姿の研究者達がいた。部屋も白なら人も白だ。不気味な程に白に満たされた空間は広く感じられ、空間を把握する感覚が狂う。
 そんな狂った部屋の中でドライが部屋の中央に設置されたケージを見上げていた。
 実験用の大きなケージの中には小人がいた。白い部屋の中では目立つ赤色の髪をした小人は透明なケージの中央にて拘束されている。
 烈火の剣精と呼ばれる古代ベルカの融合器。本家本元、純正のユニゾンデバイスは、ここにいる研究者にとって貴重な実験体でしかなかった。
 融合器の瞳は虚ろで下を向いているが、その眼には何も映っていない。抵抗する事を止め、逃げ出す事を諦め、感情も気力も失っている。
 ――哀れなものですね。
 ドライは融合器を哀れみ目を伏せる。だからと言って助ける気など無く、同情もした訳では無い。
「ドライ。これが最新のデータだ」
 横から一人の研究者が声を掛けてくると同時にユニゾンデバイスのデータを渡してくる。
 言葉は横暴だが、データを渡す研究員の手は微かに震えていた。研究者にとってドライもまた研究対象・実験体ではあるが、同時に畏怖の対象でもあった。
「これで融合率が上がればいいのですが……」
 そんな研究員の態度を気にせず、データの確認を行う。
 その時、ケージ内で変化が起きた。
「――ぅ、あ、ああ……あああぁぁあああああぁぁぁッ!」
 糸の切れた人形のようだった烈火の剣精が絶叫を上げながら自らの周囲に炎を発生させる。
 一見ガラスで出来ているように見えるケージは対炎熱処理などが施されており、ユニゾンデバイスが中から破壊するのは不可能だ。そのぐらいの事は分かっていそうだが、烈火の剣精は炎の放出を止めない。
 その様子は先の無気力さとは打って変わって必死だった。まるで何かに怯え、恐れ、身も守る為の抵抗を行っているようだ。
 実験の時でさえ無抵抗なユニゾンデバイスが、これほどの反応を見せる程のものとは一体何なのだろうか。
 炎が最大の勢いと熱を持つと同時に研究室のドアが開いた。
 中央に赤色を置いた白い部屋に、新たな色が加わった。
 白でも無く赤でも無い、人の形をした漆黒が研究室に入る。
「……またか」
 全身黒尽くめの大男は中央のケージの様子を見て眉を顰めた。
「アインですか」
「ドライか……。どうしてここにいる」
「データを受け取りに。話には聞いていましたが、本当に烈火の剣精に嫌われているようですね」
「俺じゃない。俺の持つ炎に恐れているのさ」
 炎に満たされたケージの中、炎の渦の隙間から時折見えるユニゾンデバイスの眼には恐怖しかなかった。
「例のマテリアルの計画は進んでいるのか?」
「順調です。他セクションの協力もありますから。後は実戦に出して最終調整を行うだけですね」
 二人は自分達を見る恐怖の視線をものともせず、それどころかそれが当然だと言わんばかりの様子で淡々と会話を行う。

 ――誰か……誰か……
 烈火の剣精が苦し紛れの威嚇を試みている時、同じ施設の別の区画で同様に誰にも聞こえない悲鳴を上げている存在がいた。
 その区画には列を成して白い物体が並んでいた。卵のように見えるが、それは人型の何かが膝を抱え背中から生えた翼で己を包んでいる姿だった。
 そして、隊列の如く並ぶソレらの一番奥には、玉座のようにあしらえた椅子に寄りかかるようにして座る一人の少女の姿があった。
 まるで軍団を見下ろす王のようだ。
 ――誰か……誰か……
 王の背中には黒い翼が生えており、時折その白い肌を伝って流れる汗のように羽が一枚ずつ抜け落ちる。
 落ちた羽は足下に浮かぶ三つのベルカ式魔法陣の内一つへと落ち、魔法陣の魔力光がより一層強くなる。
 その度に少女はうめき声を上げ、苦悶に満ちた顔から玉の汗を浮かべて長い銀髪が顔に張り付く。うっすらと開いた眼は美しい緑と赤の瞳だが、光無く濁っている。
 ――誰か……私を、止めてくれ……
 深い深い闇の中で自分を浸食する影に僅かばかりの抵抗を見せる少女の中にいるもう一人の少女。
 彼女の声は届く事は無い。過去に戦を共にした騎士にも、敬愛する存在にも決して。
 それでも彼女は泥のような意識の中でも必死に外に向かい訴え続ける。願い続ける。諦めずに、不屈の精神で抵抗を続ける。
 それは僅かな時しか共にいなかった主から存在の為に、再び災いを与えてしまう事を恐れての、他者を想う心故の願いだった。



「お前等、容赦無さ過ぎだろ」
 焼き焦げ、穴の開いた上着を見せながらトゥーレが不満そうに姉達を睨み付けていた。
 場所は訓練スペース。ナンバーズ達が集まっている。
「素直にトーレ姉の言う事聞いてれば良かったんだよ」
「お前の砲撃で服が燃えたんだけどな」
 誤魔化すようにディエチが顔を背けた。
 トーレとトゥーレの鬼ごっこは他のナンバーズの協力もあって結局トーレが弟の捕獲に成功し訓練スペースへの連行に成功していた。その際にチンクやディエチのISによる攻撃でアジト内の一部が火事となってしまい、その被害をトゥーレはもろに受けた。
「自業自得だ。文句を垂れてないでさっさと準備しろ」
 トーレは冷たく言い放たれ、トゥーレは渋々訓練の準備をする。準備と言ってもバリアジャケットを纏って、管理局から横流しされたストレージデバイスを持つだけだった。
「トゥーレ、あたしと勝負しろ!」
 デバイスを持つと同時にノーヴェが掴みかかって来た。
「はぁ? いきなり何言ってんのお前」
「いいから勝負だっ!」
 ノーヴェの瞳は怒りに燃えていた。
「何でそんなに怒ってんだよ」
「アジト内を逃げ回っていた時、ノーヴェが道を塞いでたのは覚えているか?」
 チンクが代わりに説明する。
「ああ、いたな。素通りしたけど」
「それが気に食わなかったらしい」
「そんな理由で喧嘩売るなよ」
「うるせぇ!」
「丁度いい。トゥーレ、ノーヴェと戦え」
 話を聞いていたトーレが言った。後ろには後発組のセッテ、オットー、ディードがいる。
「基礎訓練するんじゃなかったのか?」
「まず見本を見せた方がいいだろ。ただ、対魔導師戦を想定したものにしろ。お前がデバイスを使う様をセッテに見せてやれ」
「見せ物じゃないんだが?」
「見て学ばせる為だ。知識だけあっても十全に使えるわけがない」
「……わかった」
「よし……行くぞッ!」
 三女が認めた事でノーヴェはさっそく拳を握り、構えた途端にトゥーレに挑み掛かった。
 接近戦を挑むノーヴェの対し、トゥーレは距離を取りながらミッドチルダ式の射撃魔法で攻撃する。
 セッテはその二人の戦いを眼で追いながら観測用プログラムを起動させる。トゥーレのデバイス運用のデータを取る為だ。
 だが、トーレの手がそれを遮った。
「データなら自動で収集されている。お前はデータを見るのでは無く、最初は自分の眼で見て考えろ」
「わかりました」
 セッテは素直に頷くとプログラムを終了し、もっと全体を見れるように後ろへと移動しながらトゥーレの動きに集中する。ただ、それはどこまでも機械による観測に近いものだった。
「…………」
「どうしたのだ?」
 観測するセッテに視線を向けていたトーレにチンクが声を掛ける。
「少し機械的過ぎると思ってな」
「セッテの事か?」
「ああ。戦闘機人としては完成度が高いがそれでは鉄屑と同じ機械と変わらん。生命と融合させる必要は無い。せっかく脳があるのだから少しは自分で考える事を覚えさせないとな」
「クアットロの思惑とは外れるがいいのか?」
「戦闘に関して確かに余分な感情は邪魔だ。だが、それを抑制し制御する事が出来るのもまた人間だ。我々のようにいかなくとも、せめてディエチのように割り切れば問題ない。それに……」
 トーレは弟と妹の戦いに視線を移す。
 果敢に攻めるノーヴェだが、どれもトゥーレに避けられ、魔法による攻撃を受け続けている。ノーヴェが弱い訳でも遅い訳でも無い。
 見た目通り直情型のノーヴェだが、格闘戦においてフェイントを駆使し、間の外し方を覚えつつある彼女は並の魔導師では相手にならない程強く、格闘家としても一流になりつつある。だが、それでもトゥーレに届く事ができない。
「セッテはドクターがトゥーレを見て急遽改良を加えた戦闘機人だ。つまり、セッテの最終形はトゥーレだ。だが、いくら肉体強度上げ、ISで奴の性質を再現しようとも機械では意味が無い」
「ほう……何故だ?」
「上手く言えないが、トゥーレは人間だからこそあそこまで強いのだと思う。ヒトだからこその、人間の一線を越えてもヒト故に強いのだと……。自分で言っていて意味が分からんがな。しかし、生命という概念に固執するドクターがトゥーレを気に入っている理由の一つとしてそれがあるような気がする」
「ふむ……」
「だからセッテにはもう少し自分で考える事を覚えさせないとな。同じになるだけではあいつを超える事はできんが、近づく事はできる。まずは近い所にいないと話にならんから……何だそのにやけた顔は」
「いや、普段は乱暴に接しているわりにはよく見ているんだな、と思って」
「愚弟とはよく訓練するから、必然的に接する時間も長くなるんだ」
「ふふっ、そうだな」
 変わらず仏教面のトーレを見上げながらチンクは笑みを浮かべた。
「ぐっ――」
 ノーヴェが床に倒れ、デバイスを突きつけられた。
「ちっくしょう……」
 勝負はトゥーレの勝ちで終わった。
「保った方か」
 トーレが戦闘時間を見て言った。
「そうだな。ノーヴェも成長しているようで、姉として嬉しい限りだ」
 トーレとチンクの評価は悪くない。だが、ノーヴェはそれでも納得していないようだった。
「もう一回!」
 腹筋の力だけで起き上がると、ノーヴェが拳を握りながら再戦を挑んでくる。
「却下。付き合わされる身にもなれよ」
「手加減されて負けたままいられるか」
「手加減って……手抜きした覚えはないんだが?」
「トゥーレ、武装も出してねえじゃねえかッ!」
「お前にはまだ早いって」
「いいや! アレに立ち向かえなきゃ意味が無い!」
「何でそんなに力説してんだよ……」
「やれやれ……後が支えてると言うのに」
 二人の様子を見ていたトーレがノーヴェを止めようと一歩足を進めた時、それよりも早くディードが二人に近づいて行く。ディードの後方では何か期待に満ちた視線を向けるセインとウェンディがいる。
 嫌な予感が、した。
「少し休憩してはどうでしょうか? はい、ドリンクです」
 二人に近づいたディードの手にはドリンクが二つ握られている。その内の一つをノーヴェに突き出すようにして無理やり手渡す。次にトゥーレの方を振り向いて残ったドリンクを差し出した。
「どうぞ――」
「ああ、悪いな」
 差し出されたドリンクをトゥーレは受け取ろうと手を伸ばす。
「――トゥーレ兄様」
「――――」
 何もかもが停止した。
 唯一、床に落ちたドリンクだけが転がり、音を立てる。
 もう何もかもが止まった。というか、凍りついた。
「――――」
 どのくらいの時が経過しただろうか。もしかしたら一瞬だけかも知れないが、まるで長い停滞を味わっているようだ。そして――
「うわはははははははははははっ!!」
「あはははははーーーーッ!!」
 セインとウェンディの笑い声で時は動き出した。
「――ディード、何だその呼び方は……。どうしてそんな風に……」
 ようやく自分を取り戻したトゥーレは冷や汗をかきながら目の前の姉に訊ねる。
「製作順は私の方が上ですが、稼動したのは№13の方が遥かに早く、長いのですから兄と呼んでもおかしくは無いと――セイン姉様とウェンディが」
「あいつら……」
「うわはははははは――ごほっ、げほっ」
 元凶達は咽る程爆笑していた。腹を抱え、床を転がりまわっている。
「駄目でしょうか? オットー共々そう呼ぶよう言われたのですが……トゥーレ兄様」
「止めろ! ジャンル違いなんだよ!」
「あははははっははははっはははーーっ!!」
「……お前ら、覚悟はいいな」
 転がりまわる姉達に鋭い視線を向ける。
「きゃーっ、トゥーレ兄が怒ったー。逃げろー。わははははっ!」
「お兄ちゃんがいじめるっスー。あははははっ!」
 転がりまわっていた二人が蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。
「――IS発動」
「うわっ!? 大人げ無い!」
 末弟はマジギレしていた。
「何だかフラグな予感がした!」
 ルーテシアが突如現れた。
「転送してまで来んな!」
「何をやっとるんだ…………」
 思わずトーレは頭を抱えた。





 ~後書き&補足~

 妹キャラって定番に近いですが、蓮ほど『兄』が似合わない主人公もいないですよね。
 戦闘機人の年齢設定やナンバーズ間の姉・妹というのがどうなってるのか不思議に思って思いついた話でした。稼動順じゃなくて製作順にするからややこしい事に……。

 それと、対戦カードですが愛憎バトルはもっとねかしてからにしようと思ってます。そういえば、某ゲームでドロデレってのがあったなぁ。
 今、色んな対戦カードを妄想していますが、一番派手になりそうなカードを組んだら臨海第8空港とその近隣の市街地どころかミッドチルダ北区の地図を大部分描き直す必要が……主な原因は意外にもはやてだったりします。



[21709] 三十二話 白天王捕獲
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/12/31 18:02
 山々が聳え立ち、麓には背の高い木々が生え、緑豊かな次元世界があった。多種多様な魔法生物による生態系がなりたっているその世界は時空管理局の定義で言えば管理外世界であり、人という種が存在しない無人世界だ。
 だが、今そこに異邦者がいた。そしてそれの相手をしているのは、その世界の生態系の頂点に立つ生物だ。
 第一種稀少生物。同種の個体が確認できず、一体だけ存在する人造では無い自然発生した魔法生物である。
 その魔法生物は巨大で、山ほどの大きさがある。人のような形をしているが白い外殻を持ち、背中には虫の羽のような透明な翼がある。
 巨大な魔法生物は喉の奥から雄叫びを上げ、大気を震わせる。同時に腹部にある透明な水晶が輝きを放ち、高圧縮の魔力が放出された。
 山々を砕き、地面を抉り、森を焼く。
 強力無比な砲撃を避ける影が二つ。影を追って砲撃は射線が移動するが、一つは追われながらも砲撃から逃れ、残る一つは撃ち出され続ける砲撃に沿って魔法生物の懐へ接近する。
 接近する影の手にはポール型のアームドデバイスが握られている。カートリッジ機能が作動し、装填していた弾丸を全てロードし空薬莢を排出する。
 魔法生物の胴にまで近づいた影が胸に向かってデバイスで突く。白い殻を破る事は出来なかったが、凄まじい衝撃が襲い、魔法生物の上体が僅かに後ろへと反れる。
 腹部の水晶から放たれていた砲撃が地から天へと射線を変える。
 そして、砲撃に追われていた方の影が大きく弧を描いて飛行していたかと思うと急激にカーブし、仰け反った魔法生物の背後へ接近する。
 魔力付与された槍型デバイスを羽の付け根に突き立て、飛行しながら一気に斬り進む。
 魔法生物が怒りに満ちた唸り声を上げ、上半身を捻りながら腕で横薙ぎにする。
 槍を持った影ーーゼストは巨体を持つ魔法生物の動き一つで起こる気流の乱れに逆らいながら紙一重で回避する。だが、体の大きさに反して思いの外素早い魔法生物の腕の振り回しはそれだけでも突風を引き起こし、風に巻かれてゼストは体勢を崩しながら宙に放り出される。
 魔法生物を仰け反らせたトゥーレも乱気流に巻き込まれ動きを封じられてしまう。
 魔法生物の腕がトゥーレに向かって伸ばされる。
 壁同然の張り手がトゥーレを捉え、そのまま背後の山の中腹に叩き付けられた。山と大地が揺れ、土砂崩れが起きる。
 引き返してきたゼストがその腕に向かって槍で斬りつけるが、分厚い外殻に小さな傷を付けるだけであった。
 サイズが違いすぎる。人が虫に刺されても気づかないように、巨大な魔法生物にとって魔導師の攻撃など針が刺さった程度にしか感じない。
 だが、針と言えど煩らわしく、針の一刺しが致命傷になる事もある。それが毒針の類ならばどうなるか分かったものではない。
 魔法生物の意識がゼストに向けられる。
 その瞬間、魔法生物は己の首に鋭い痛みを感じた。
 首筋の上にガリューの姿があった。手首から生えた爪が魔法生物の首筋に深々と突き刺さっている。
 痛みに首を左右に激しく振ってガリューを振り払うが、今度は手に熱を感じた。
 トゥーレを山に押しつぶしていた手の平が鋭い刃物で切られたかのように多数の切り傷が刻まれていた。
 手に込める力が弱まり、その隙にトゥーレが魔法生物の手から逃れ、飛行する。ギロチンは生やしていないものの、右腕が黒く変色していた。
 山に叩きつけられた衝撃で壊れたデバイスを投げ捨てる。そして、トゥーレの頭上に小さな虫が集まって短杖型のストレージデバイスを二つ運んで来ていた。
 魔法生物の腹部が再び魔力光を発し始める。
 そこに、ゼストが槍の石突部分でその腹部を全力で突いた。斬るのでは無く単純に衝撃を与える攻撃は魔法生物の巨体を大きく揺らす。
 腹部の水晶から放たれた砲撃はトゥーレの横を素通りする。トゥーレは自分の横を掠めた砲撃に眼もくれずに虫達からデバイスを受け取ると魔法を行使する。
 短杖型デバイスがそれぞれ電気と炎を纏う。
 帯電するデバイスが高速で魔法生物の肩に突き刺さり、紫電が迸った。
 全身の神経に伝わってくる電流に魔法生物が悲鳴に似た叫びを上げる。更に炎を宿したデバイスが砲撃の弾と化して顎を下から撃ち上げた。
 巨体を仰け反らし後ろへ倒れかけるが、魔法生物は何とか踏み堪え、自分よりも小さな生物である人間を睨み付ける。
 その時、魔法生物の視界に入ったのは、何も無い空間で槍を大きく振り回すゼストの姿だった。
 そこへ魔法生物を見下ろす程上空にいたトゥーレがゼストの元へ真っ直ぐに落ちていく。そのまま落下すればゼストの槍に巻き込まれてしまう。
 だが、トゥーレは落下途中で体を回転させると槍の柄の上に乗った。その状態で、ゼストは槍を大きく振り切った。
 ゼストがカタパルトと成り、トゥーレの体が魔法生物に向かって発射される。初速を得て、魔法で更に加速したトゥーレが魔法生物の眼前にまで迫り、黒色の右腕を振り上げる。
「いい加減…倒れろっ!」
 魔法生物の顔面にトゥーレの右拳が振り下ろされ、山程の巨体が地に落ちた。
 山にめり込み、大地が地響きを上げた。

「ゼェ、ゼェ……やっと倒れたか」
 乱れた呼吸を整えたトゥーレが地上に降りて、目の前で倒れている魔法生物を見上げる。
 トゥーレの一撃で第一種稀少生物は目を回していた。
 少し遅れてゼストとガリューも地上に降りてきた。さすがに疲労の色が濃い。
 山の中、伸び放題になっている植物の葉をかき分けてルーテシアが現れる。その後ろにはセッテが付いてきていた。
 ルーテシアは魔法生物の顔を見上げると、
「あい、あむ、うぃなー」
 声高らかに勝利宣言をした。
「お前は何もしてないだろ!」
「したよ。たくさん。皆にブースト掛けたりガリューで攪乱させたり、トゥーレの使うデバイスも運んだし。ブーストを使う魔導師として正しい在り方」
「それは、まあ、そうだけど……」
 何となく釈然としないトゥーレは後ろの巨大な魔法生物に振り返る。
 第一種稀少生物。白い外殻をしたこの魔法生物は分類上一応は虫だった。二足歩行で歩いているのはガリューも同じなのだが、とても虫には見えない。背中の羽が辛うじて昆虫のソレではある。
 どちらにしてもルーテシアが意志疎通を行えたのだから、召喚虫として使役できるのは確かだ。トゥーレは管理外世界を放浪している時に見つけたこの魔法生物をルーテシアの最後の召喚獣として使役させようと決め、今回繋がりを作る為に来たのだが――
「なあ、本当にこいつ、自分を倒せば召喚獣として従うって言ったのか?」
 ルーテシアの使役できる召喚獣は『虫』であり、意志の疎通ができるのは彼女だけである。なので交渉はルーテシア自身で行わなければならず、トゥーレとゼストは万が一の為の保護者としているのだが、どう言う訳か戦う事になってしまった。
「言った言った。少年漫画みたいなノリでオレを倒せば仲間になってやろうって。決して態度が図々しくて腹が立った訳じゃないよ?」
 何とも怪しい。だが、ルーテシアの顔は無表情なので顔で読み取るのは難しい。
「本当かよ……」
 本気で疑わしくなった時、魔法生物が弱々しくも低い唸り声を上げた。
 とっさにセッテとガリューがルーテシアを守るように前に立ち、トゥーレとゼストは振り向く。
 意識は戻ったようだが、魔法生物はうっすらと開けた眼でトゥーレ達を見下ろすだけで体を起き上がらそうとしない。
 ルーテシアが魔法生物の顔の前に移動し、喋り掛ける。魔法生物が何を言っているのか誰も分からないが、ルーテシアだけには通じているようだった。そしてそのルーテシアも無表情な為、どのような会話がなされているか分からない。そんな時、ルーテシアが突然振り向く。
「トゥーレ」
「何だ?」
「気付けが足りないみたいだからもう一発殴ってやって」
「…………」
 魔法生物の巨体が一瞬震えた。
「――そう。うん、わかった。この子、協力してくれるって」
「いや、お前恐喝してんじゃねえか」
「違うよ。交渉だよ」
「交渉って、お前……」
「……どうしてこんな風に育ったのだ」
 ルーテシアの成長ぶりに言い表せない程複雑な心境に陥ったゼストが空を見上げていた。
「任務が終了したのなら、ドクター達の所に戻りましょう」
「そういえばあいつらもいたな。もう、ほっといて帰ろうぜ?」
「だめ」
 トゥーレ達と一緒にスカリエッティや他のナンバーズ達も一緒に管理外世界に来ていた。
 セッテはトゥーレがデバイスを使って戦闘するという事なので他の姉妹とは別行動を取ってルーテシアの護衛をしながら戦いの様子を見学していたのだ。
「この後、川辺で水遊びするから一緒に来るの」
「お前、もしかして楽してたのは泳ぐ為に体力温存するためか?」
「……さあ、れっつごー」
「おいコラ」



「ハーッハッハッハァ!! フィィィィイッシュゥゥーーッ!!」
 トゥーレ達が集合場所に戻って来た途端、目に入ったのが大魚を見事に釣り上げるスカリエッティの姿だった。
 彼は水面からの反射光を防ぐ為のサングラスを付け、アロハシャツにハーフパンツというスタイルで釣りを楽しんでいる真っ最中だ。
「…………」
「…………」
「ひゃっほーーっう!」
 トゥーレとゼストが無言でいると、森の岩場から川へと水着姿のウェンディが飛び込んでいた。その結果、大きな水飛沫が起こり川で泳いでいたノーヴェの顔に直撃する。
「ウェンディ!? この、何しやがる!」
「何って、飛び込みっスよー。ノーヴェもやってみたらどうっスか?」
「やらねぇよっ!」
「こらこら、喧嘩するんじゃない。せっかく皆で遊びに来ているのだからな」
 浮き輪に乗って水面に浮いているチンクが喧嘩し掛ける二人の妹を止める。ディエチもすぐ近くにいたが、無言で川に浮いて漂っていた。
 その横ではディードがオットーに泳ぎを教えている。
「おりゃっ」
 川の中に潜っていたセインが飛び出し、いきなり背後からオットーの胸を鷲掴みにした。
「何か用でしょうか?」
「反応薄くてつまんないなぁ。もうちょっと恥じらい持とうよ」
「オットーの胸部を揉むのを止めて下さい、セイン姉様。邪魔です」
「クールだねえ、二人とも」
 と言いながらもセインは更にディードの胸に手を伸ばすが叩き落とされる。
 そんな妹達を無視してトーレは黙々遠泳に没頭している。
「あら~、皆お帰りなさーい」
 トゥーレ達を見つけたクアットロはパラソルの下で長椅子に寝転がっていた。
「……何やってんだ、お前ら」
「何って、水浴びよ~」
「聞いてないぞ」
「私はちゃんと伝えたわよ~。ルーテシアお嬢様に」
 トゥーレがジト目で背後にいるルーテシアに振り向く。
「じゃ~ん」
 いつの間にかルーテシアが水着を着ていた。隣にいるセッテもいつの間にか水着になっていた。
「…………」
「どう?」
「おいそこの変態。これはどういう事だ」
 無視した。
「相変わらずつれない……」
 釣り上げた魚に墨を塗っていたスカリエッティに詰め寄ると、変態は清清しくも胡散臭い笑顔を浮かべてトゥーレを出迎える。
「ああ、お帰りトゥーレ。その様子だと第一種稀少種との契約は無事済んだようだね」
「お前の目には無事に見えるのかよ」
「ルーテシアが無傷なのだから無事に済んだ事には変わりないだろう」
「……」
「それよりも二人とも、協力してくれないかい? お昼の食材が足りなくてね」
 そう言ってスカリエッティはどこからか釣り竿を二つ取り出してトゥーレとゼストの二人に付きつける。スカリエッティの後ろではウーノがバーベキューの準備をしていた。
「偶にはのんびり釣りというのも悪くないだろう?」

 スカリエッティから渡された釣り竿は二種類あった。トゥーレの持つ一つは、やけにメタリックな竿でレールが車輪のような形状をしており、糸の代わりに細い鎖、そして鎖の先にあるルアーは何故か狼の頭部を模したデザインだった。
 もう一つのゼストが持つ竿は紅一色な事を除けばレールも糸も普通の物と変わらない。ただ、ルアーが紅蜘蛛だった。虫な分、トゥーレのよりマシだ。
 ちなみにスカリエッティの持つルアーはトゥーレの物と同じ狼の頭部をしていたが何故かバイクと融合していて顎が動いている。魚を釣る、というか逆に噛みついていた。
 トゥーレは竿を見て嫌な顔をしたが、ゼストはあまり気にしていないようで、ナンバーズが泳いでいる場所から離れた場所で釣りを始める。トゥーレも少し迷いながらその隣で釣りを開始した。
 ナンバーズ達の騒音を余所に男二人は岩場に座って黙々と釣り糸を垂らす。
「……」
「……」
 獲物が掛かる様子は無く、二人はその場を動く事無く水面に見つめながらボーッとしている。
 しばらくするとゼストが口を開いた。
「ルーテシアはいつからレリック集めを?」
 予定していた召喚虫との繋がりは無事結ぶことが出来たので、ルーテシアの教育はこれで完全に終了となった。ならばルーテシアはいつまでもアジトにいるわけが無く、自分の母親を蘇生させる為に一刻も早く旅立ちたい筈だ。ゼストはそれに連いていくつもりなので、その日程が気になっていた。
「三日後だな。そういえばあんたに渡す物があったんだった」
 トゥーレはポケットから二つ折りにされた紙を取り出してゼストに手渡した。
「ルーテシアは外行っても時々帰って来そうだが、あんたは一度出れば二度とアジトに戻って来る気はないんだろ。これに俺が外で使ってる隠れ家をいくつか書いてある。スカリエッティも知らない場所だ。雨風ぐらいは凌げるぞ」
「すまないな」
 メモを受け取り、一度内容を確認するとメモはコートのポケットへと仕舞われた。
「それにしても紙媒体で情報のやり取りとは、アナログだな」
「手で書く方が慣れてんだ。それに、情報の保持や漏洩防止はアナログな方が優秀なんだぞ」
「確かに、そうだな」
 滓かにゼストの口の端がつり上がる。笑っているのか判断し辛い顔だ。
「……一つ、気になっていた事がある」
「何だ?」
「ルーテシアは、メガーヌを斬ったのはお前だと知っているのか?」
「……知ってる。というか、知っていたな」
「知っていたのか……」
「メガネのせいでな。それであいつ、その話は母親を蘇生してから本人に言えだと。十にも届いて無い子供が言う事じゃないよな……」
 トゥーレがルーテシアのいる方に視線を向けると、彼女は一人で川の中をぐるぐると泳いでいた。
「そう、だな……」
 再び二人は沈黙し、釣り糸を眺め始めた。

「あの二人、まーた黙りこくっちゃったスね」
 ウェンディは男二人の様子をこっそりと観察していた。その横にはセインとディエチもいる。
「いっつもあんな感じだよね、二人って」
「せっかく皆で外に出たんだから、もっと楽しめばいいのにねー。ドクターみたいにさ」
 セインが言った途端、別の場所で釣りをしているスカリエッティの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「セインはハシャぎ過ぎだと思う。さっきトーレ姉に拳骨貰ったばかりでしょ」
「いやー、泳ぐのって気持ちいいし、ついつい。でも、拳骨は痛かった。うぅ、トーレ姉の拳骨は基礎フレームにまで響く……」
 セインを叱ったトーレは再び川を泳いで特訓していた。セッテも同様に姉と並んで泳いでいる。
「あっちはどこでもいつでも訓練っスね」
「そうだっ。今度はセッテに兄さんとか呼ばせてみようよ」
「故障したかと思われるっスよ? それに、ああ言うネタは間を置いて使うのが良いんじゃないスか」
「うーん、それもそっか」
「三人とも、楽しみ方は人それぞれなのだからあまり気にしては逆に失礼だぞ」
 チンクは三人の所まで泳いで来た。ビーチボールを両手で持っている。
「それより向こうの浅瀬で遊ばないか? 人数が奇数でチーム分けができないんだ。お前達が入ってくれれば丁度八人になる」
 チンクの後ろにはオットー、ノーヴェ、ディード、それにルーテシアがいた。
「うん、いいよ。でもちょっと待って」
 そう言ってセインはトゥーレの方へ泳いで行く。
「どうしたんスか?」
「トゥーレって泳げたのか気になってー」
 言いながらあっという間にセインは三人から離れてトゥーレの傍まで泳いで行き、トゥーレと何やら話し始めた。
 数分後、全力で川を泳ぐセインの横をトゥーレが水面の上を走って追い越して行った。
「…………」
「トーレ、対抗心燃やすのは結構だけどやろうとしないでちょうだい。水飛沫が凄いわ。セッテも真似しては駄目よ」

「少し、よろしいでしょうかドクター」
「どうしたのかな?」
 スカリエッティが六匹目の魚を釣り上げたところでウーノが静かにやって来た。
 他のナンバーズ達とルーテシアはそれぞれ水遊びを楽しみ、トゥーレとゼストは揺れもしない糸を川に垂らしてそれを眺めているだけだ。時折会話しているようだが、言葉が異様に少ない。
 ウーノはスカリエッティにだけ聞こえる程度の小さな声で喋り始める。
「ドゥーエからの連絡で気になる事が。例のアルハザードと名乗る人物についてです」
「それは君に一任しているのだが……わざわざ報告するという事はよほどなのだろうね。それで、どうしたんだい?」
「この前お渡しした報告書にあったようにその人物は過去、多数の企業にて技術提供を行っていたようです。そして、ある時期からその名前が見られなくなっています」
 スカリエッティは魚を足元のボックスに入れながらウーノからの報告を聞く。
「その時期というのが……ドクターが誕生した時期と被るのです」
 竿を振り上げようとしたスカリエッティの手が一瞬止まる。
「違法技術の研究に手を出していた痕跡が多くあるにも関わらず逮捕歴など無く、プロフィール等詳細な情報が綺麗過ぎるほどありません。これはまるで……」
「今の私の立場と似ているね」
 薄っすらとスカリエッティが笑みを浮かべる。
「成る程、少し不思議に思っていた事の解答が得られそうだ。いくらあらゆる次元世界の技術や情報を持つ管理局とは言え本当にあの老人達だけで私を造れたのか……一度気になっていたが小さな事だと捨て置いた疑問だったのだが。フフッ、もしかするとそのアルハザードと名乗る人物こそが私の創造主、親だという可能性があるわけだ」
「レジアス中将に対し騎士ゼストと言う首輪をつけるような者達ですので、ドクターの誕生に関わっている者が生きている可能性は低いと思われますが……一応ドゥーエに評議会を探るよう命令を」
「いや、それには及ばないよ。ドゥーエには無理せず通常通りに任務を続行するよう伝えてくれれば良い」
 そう言ってスカリエッティは釣り竿を振る。ルアーが水へと沈み、小さな波紋が広がる。
「私自ら調べよう」
「――それは危険過ぎますドクター!」
「それは承知の上さ。しかしそれでも会ってみたい。本当に私の親と言える存在ならば話し、語り合いたい。そして私の作品達と我が親の作品、どちらが優秀なのか是非とも比べたいじゃないか」
 スカリエッティは声に出さず、大きく笑みを作りながら竿を引く。糸が張り詰め、竿が曲がる。
「おや、大物がかかったみたいだね」
 言いながら、スカリエッティは力強く竿を引いた。





 ~後書き&補足~

 戦闘機人は所謂サイボーグですが、水に浮くのでしょうか?
 今回ナンバーズ達(ドゥーエ欠席)が水着姿なんですが、どんなのかは各自で想像して下さい。自分、水着の種類なんて知りませんし海に泳いだ事もないので書けませんでした。申し訳ない。

 臨海第八空港の火災へと時期が近づいて来ました。既になのは本編から大きく話が脱線していますが、適当に理由付けて火災を再現したいと思います。



[21709] 三十三話 第162観測世界
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/01/07 22:48
 一割が森、九割が荒野の広がる世界に三人、いや四人が空を飛行していた。
「久しぶりに皆で任務だね」
 並列して飛ぶ中、高町なのはが楽しそうに言った。
「そうやねぇ、皆それぞれ忙しいもんなぁ」
「私達よりもはやての方が大変でしょ。指揮官研修しながら事件の捜査なんだから」
「あはは。まぁ、そうなんやけど充実しとる日々送っとるよー」
 フェイト・T・ハラオウンの言葉を受けて八神はやては小さく笑った。
 三人は合同任務として第162観測指定世界へと来ていた。その世界は無人の何も無い世界ではあるが、古代遺跡が複数見つかり、管理局による観測基地が建てられている。
 今回の三人の任務は発掘現場にて発見された古代遺物の回収を行い、次元航行艦船アースラへと運ぶというものだ。別地点にはシグナムとザフィーラも向かっている。
 本来ならフェイトとはやてはその任務に同行する予定は無かった。二人は戦闘機人が起こした三つの事件を調査中である身だが、発掘現場で掘りこされたロストロギアが二人の捜査する事件に関係する物だったので任務に参加したのだった。
「レリックだっけ? そのロストロギアの名前」
「うん。ミッドチルダ西部のホテルであの戦闘機人は密売組織が持っていたレリックを狙っていたようなの。調べれば何か手掛かりが見つかるかも」
「もう本当に行き詰っててなー。どんな些細な事でもいいから手掛かりが欲しいところなんよ」
 二人はアルハザードという次元世界と同じ名前の人物についてあらゆる面で調査していたが、どれも過去の事で現在の犯罪に繋がる情報は未だ見つかっていない。
 フェイトの母親、プレシア・テスタロッサが過去接触していた可能性も有り彼女が時の庭園で飛び立つ前の動向を改めて洗い出している最中なのだが、拠点としていた時の庭園が無くなり、活動していたアルトセイム地方に残った僅かな痕跡を情報解析中で結果待ちであった。それと平行して管理局に残る過去の違法研究をしていた犯罪者のリストも調べているのだが、一向に進展が見られない。
 ただ、管理局のデータベースには一見すると気付かないが妙に綺麗な空白なデータが存在し、まるで情報操作が行われたような跡があった。あくまで、そう見える痕跡な為に二人ともそれ以上の情報収集が行えずにいた。
「ん? どうしたんフェイトちゃん」
 突然フェイトが地上を見下ろして見回し始めていた。
「もしかしたらトゥーレさんがいるんじゃないかって思って……」
「何でトゥーレさんが?」
「初めて会った時もこんな世界だったなって。ここよりも自然が豊富だったけど、誰もいなくて古い遺跡だったから、つい……」
 フェイトはトゥーレと初めて会った世界、魔法生物が大量発生していた管理外世界を思い出していた。
「そういえばあの人何であんな何も無い世界におったんやろ」
「遺跡巡りだって言ってた」
「あー……ロッサが家の骨董品を片付けて貰ったって言うとったし、そういうの好きかも知れへんね」
「私達が会ったのも聖王教会主催の展覧会でした」
 はやての肩に乗っていたリインフォース・ツヴァイが当時の事を思い出す。
「強かったり、デバイスのテスターしてたり、遺跡好きだったりほんっとうに不思議な人やなぁ。だからってさすがにこの世界に来てる事はないやろ」
「やっぱりそうだよね。さすがにいるわけないよね」



「誰かが俺の噂をしている気がする」
「そういう時はくしゃみをするものだよ、トゥーレ」
 ハンドルを片手にトゥーレは雲一つ無い快晴の空を見上げた。
「何か嫌な予感がするな……」
「止めてよ。トゥーレのそういう勘って当たるんだから」
 助手席に座るディエチの突っ込みを受ける。彼女は布に包まれたイノーメスカノンを肩で支えながらモニターで地図を確認している。
 トゥーレは第162観測指定世界の荒野でジープを走らせていた。元々は管理局の地上防衛隊に配備されている物だが、横流しで入手した上でスカリエッティの手で改造されて最早別物と言っていい性能を持っていた。AMF機能は元より魔力検知からも身を隠すステルス性能も装備されている。
 後部座席にはノーヴェ、ウェンディが座っている。
 トゥーレを含め、ナンバーズの全員が茶色い外装を纏っている。それは自分達の姿を隠す意味があった。
「まだ着かないんスか? いい加減この何もない景色にも飽きたっスよ~」
「暴れんなよっ」
「二人とも喧嘩しないの」
「この世界には管理局の基地があるからなレーダーに引っ掛からないよう遠回りしてんだよ」
 五人は観測指定世界にて発掘されたレリックを奪取する任務に就いていた。最近になってレリックを捜索・回収し始めた管理局よりも先に手に入れる為に、本来ならⅡ型まで量産が進んでいるオモチャ任せにしていたレリック回収をナンバーズが直接次元世界にまで移動して行おうと言うのだ。
 観測指定されている次元世界の為、観測基地以外には施設が無く、戦えるような局員も配備されていないがツヴァイとの遭遇の件があった為にそれなりの人数で行動している。ちなみにトゥーレは最初渋っていたが結局古代遺跡の名に釣られた。
「それなら空飛んで行けばいいじゃないっスか。Ⅱ型に乗って移動しても良い訳だし。何でわざわざ車なんスか?」
「変態が、せっかく改造したのだから使ってくれ、だとよ」
「ならもっと速く走れよな」
 そう言ってノーヴェが運転席のシートを軽く蹴った。
「蹴るな馬鹿」
 トゥーレはハンドルを思いっきり横に切ると、急カープした勢いでノーヴェが車から振り落とされた。
「えっ? ――って、うわあぁっ」
 転がりながら地面に着地し、ノーヴェは慌ててジープを追いかけてしがみ付く。
「おお~、速攻で戻って来たっス」
「もう少し我慢しろ」
 必死に戻ってきたノーヴェを一瞥する事も無くトゥーレは淡々としている。
「てんめぇ……」
 ノーヴェはウェンディによって引っ張り上げられながら再び後部座席の上に腰を下ろす。
「ねえ、そろそろ目標ポイントに着くよ」
 ディエチが表示しているマップには発掘現場の一つに近い森林地帯が映っている。
「もう一つの方はオモチャ達が行ってるんだっけ? あいつら頭悪いから大丈夫かよ」
「一般人相手なら十分過ぎるだろ。俺達もそろそろ準備するぞ」
 トゥーレが言うと同時にジープは走る方向を変えて森の方へと移動した。

 十数後、森にジープを隠してから発掘現場付近まで近づいたトゥーレ達は森の中で身を隠しながら発掘現場の様子を窺っていた。
「何で誰もいないんだよ」
「さあな。ディエチ、様子は?」
 現場からかなり離れた場所にナンバーズ達はいるが、強化されている知覚器官により十分に発掘現場を目視出来ていた。特にアウトレンジからの狙撃を主とするディエチの観測能力は高い。
「人っ子一人いない。でも、慌てて逃げたって様子じゃないから私達が原因じゃないかも」
「レリックの危険性を考慮して避難したのかもな。最近の聖王教会の動きを考えれば不思議じゃない」
「レリックを放置したままで?」
「後で専門家が回収するんだろ。何にせよこっちとしては都合が良い。回収部隊が来る前に手に入れるぞ。念の為警戒しながらな」
「了解。ならこのセインさんの出番だよね」
「ちょっと待つっス」
 ディープダイバーで地中に潜ろうとしたセインをウェンディが止めた。彼女は別地点へ向かっていた機械兵器とリンクしていたのだが、焦った表情をしていた。
「ドクターのオモチャがその回収部隊にやられたっス!」
「なんだと? AMFを展開できるんだぞ。並の魔導師で勝てないはずだが……」
「ウェンディが設定ミスしたんじゃねえの?」
「失礼っスね! あたしはちゃんと設定したっスよ!」
「見せてみろ」
 ノーヴェを押し退け、トゥーレはウェンディの前にあるモニターを見る。
「…………」
 そして帰りたくなった。
 機械兵器が破壊される直前まで記録していたデータには当然映像もある。その映像に映っていたのはトゥーレの知っている少女三人が自分達の実力を如何無く発揮してAMFを持つ機械兵器を倒していく姿だった。
(よりにもよって三人まとめて来なくたって……。はやてがいて、ユニゾン状態って事は守護騎士の四人もいる可能性がある。どうするか)
 本当にこのまま帰りたい衝動に駆られながらも、手ぶらで帰った場合の姉達の対応が面倒だった。
「皆、こっちにも誰か来るよ」
 一人、周囲を警戒していたディエチが発掘現場に飛行しながら近づいてくる者達の存在に気付いた。
「ピンク色の髪をした騎士甲冑姿の女の人に、なんか蒼くて大きな犬」
 報告された特徴に心当たりがあったトゥーレは嫌な顔をしながらも、トゥーレは身を低くする。
「少し離れて様子を見よう。風下に移動しろ」
 守護騎士との距離はまだ大分離れていたがナンバーズ達は素早く森の奥へと移動する。その時、ディエチはウェンディのモニターから金髪の少女の姿を見つけ、一度トゥーレに視線を向けるが、トゥーレは一度目を合わせただけで直ぐに目を逸らした。
「…………」
 ディエチも何も言わず、前を向いて走り出した。



「ここだな」
 発掘現場に到着したシグナムはザフィーラと共に空から地上の様子を見下ろす。
「安全を期して避難警報が出ていたのは幸いだったな。主はやての所に所属不明の機械兵器が出たようだ」
 移動中、シグナムははやてから機械兵器の襲撃について報告を受けていた。まだシグナム達の方には現れていないが、機械兵器の目的がレリックと呼ばれる古代遺物だとすれば何時来てもおかしくは無い。
 念のためにヴィータとシャマルに応援を頼んだ後、シグナムは古代遺物を納められたケースのある仮設保管庫へ視線を向ける。
「先に古代遺物を回収してしまおう」
「了解し――」
 ザフィーラが相槌を打ったその時、二人のいる高度よりも更に上空に魔力反応があった。
 二人が空を見上げれば、転送用魔法陣が現れ一人の人物を呼び込んでいた。
「烈火の将に盾の守護獣ですか。奇遇ですね」
「お前はあの時の!」
 魔法陣から現れたのは、はやて達を襲い闇の書を復活させた白い少女、ドライだった。
 即座に構えて臨戦体勢を取るシグナムとザフィーラ。逆にドライは何か思考するように瞳を閉じた。
「夜天の書を返して貰おうか」
「返す?」
 瞳を開いたドライは不思議そうに反復した。
「夜天の魔導書の所有権はこちらにあります。持ち主の手の中にあるというのに返せ、と言われても一体誰に返せばいいのでしょうか」
 少女の物言いは守護騎士の主であるはやてを侮辱するものだった。
「それに、貴女達こそ夜天の守護騎士ならばこちらに来るべきでしょう。守るべき書はこちらにあるのですから」
「断る。我らが主はただ一人だ」
「そうですか。残念です」
 さして残念でも無さそうに言うと、視線を移動させる。その先は守護騎士達でもなければ発掘現場でも無く、遠い地平線の向こうだった。
「……まさか」
 ドライが何を見ているのか気づいたシグナムは急上昇し、ドライに斬り掛かる。ザフィーラがそれに続く。
「覚えのある魔力が三つ、いえ四つ。もう一つのレリックは彼女達が持っているのですか」
 気付かれたと思う以前にシグナムは自分の迂闊さに嫌気がさした。
 先の会話はドライが次元世界を観測する為の時間稼ぎだったのだ。あの短い時間でなのは達を探知するとは、驚愕する程の観測範囲と処理速度だった。
 しかしよく考えて見ればそれが彼女の本領なのかもしれない。鳴海市での戦闘で詠唱無しの大魔法を放った戦闘能力に注目ばかりして、無限書庫からデータを盗み夜天の書まで復元した彼女の情報処理能力を見落としていた。
 ドライは二人の攻撃をシールドでたやすく受け止める。
「他の守護騎士もこちらに向かっていますね。これは、運用試験には丁度いいですね」
 同時にドライの周囲にいくつもの魔法陣が浮かび上がった。
 守護騎士はそれに警戒し一旦ドライから距離を取る。
 魔法陣はドライが現れた時のと同じ転送用の物だった。シグナムは仲間の戦闘機人を呼ぶのかと思ったが、魔法陣の数が多い。魔法陣の規模で複数を転送できる事を考えればその数は異様だった。
 そして、白い魔力光を放つ魔法陣から現れたのは戦闘機人ではなく、卵のような形をした白い物体だった。
「何だアレは……」
「気をつけろ。強い魔力を感じる」
 二人が警戒する中、卵が割れて左右に分かれ、中から白い四肢が伸びる。
 それは白い翼を生やしたヒトガタ――天使だった。
 巨人とも言える大きさのモノから人と何ら変わらないサイズのモノ、手に武器を持っているモノや四肢が獣のようなモノまで多種多様な天使達は一斉に翼を広げると、ドライとシグナムの間に滞空する。
「……これは――」
 異形の天使達が持つ気配に覚えがあった。
 その時、後方から応援として呼ばれたヴィータとシャマルが二人に合流する。
「どういう状況だよ、シグナム!」
「これは、ナイスタイミングって言っていいのかな」
 明らかな異常事態に到着したばかりの二人は天使達の向こうにいるドライを睨みつける。
 ドライは涼しい顔で敵意ある視線を受けると、右腕を横に振る。すると、指揮棒に従うように天使達の一部が観測基地の方角に向かって飛翔する。
「待ちやがれ!」
「待て、ヴィータ」
 追おうとするヴィータをシグナムが止める。
「何でだよ? あいつらはやての所に行っちまうぞ!」
「主はやてはもう守られるだけの主では無い」
「なのはちゃんやフェイトちゃん、それにリインもいるしね」
「そういう事だ。私達は自分に課せられた任務を全うするぞ」
「……しゃーねえな。とっととこいつらぶちのめすぞ」
 ヴィータは気を取り直すと、グラーフアイゼンを構えた。
「気を付けろ。こいつらはもしかすると……」
「わかってるっての。ムカつく気配が充満してしやがる」
 対峙する四人の騎士と幾多の天使達。最初に仕掛けたのは天使だ。
 先頭にいた巨人の天使が手に持つ大鎚をシグナム向けて飛行しながら振り上げた。
 体躯の大きさもあって巨人の動きは鈍いと言ってよかった。シグナムは天使の巨体と自分に向かって振り下ろされる鎚に威圧される事なく懐に飛び込み、レヴァンティンで袈裟斬りにする。だが、目に見えない壁がレヴァンティンの刃を防いだ。
「この障壁は……やはりそうかッ!」
 振り下ろされる鎚をかわし、僅かに距離が離れるが再び懐に飛び込む。カートリッジがロードされ、レヴァンティンが刀身に炎を纏う。
「紫電一閃ッ!」
 大上段から振り下ろされた剣の一撃は天使の障壁をガラスが割れたような音と崩壊の跡を残して破壊する。
「ハァッ!」
 返す刀で巨人の胴に剣を食い込ませる。想像以上に堅い胴に眉をしかめながらシグナムは天使を二つに別れさせた。
 天使は悲鳴も上げずに絶たれた所から消えていき、魔力の残滓となって消える。
 その横から別の無手の天使がシグナムへと飛びかかるが緑色をした紐状のバインドにより動きが止められる。
「アイゼン!」
 ヴィータは言うと同時にデバイスが応え、カートリッジをロード。グラーフアイゼンの鎚の部分が変形し鋼鉄の杭と推進噴射口が現れる。
 噴射口から火が吹き出し、ヴィータは回転しながら拘束された天使に向かってグラーフアイゼンを叩きつけた。
 先端の杭が見えない障壁に阻まれる。だが、ヴィータはそのまま力一杯に振り回す。
「うおりゃああぁぁぁっ!」
 障壁が砕け、天使の胴に命中して他の天使を巻き込んで吹っ飛ばされる。
「もう気付きましたか。さすが元々は同じモノだけありますね」
 シグナムの対応の早さとヴィータの攻撃方法を見てドライは守護騎士達が天使達の正体に気付いたと想像する。
「あんなのと一緒にすんじゃねえ!」
「酷い言い様ですね。元は同じ夜天の魔導書の中にあるプログラムでしょうに。まあ確かに、改悪され暴走するプログラムなど最悪と言えるでしょうが」
「と言う事はやっぱりここにいる天使モドキって……」
 ヴィータが吹き飛ばした天使の胴体は深く抉れてはいたが、遅くは無いスピードで再生し始めていた。
「その通りです。貴女達が闇と表現した夜天の魔導書の防衛プログラムの一部です。無限再生機能を応用し、兵士を増殖するように設定しました。当然、爪の先程度とは言え防衛プログラムと変わりませんので、劣化しながらも再生機能と障壁を備えています」
 闇の書事件の最後、闇の書の闇をアースラのアルカンシェルで破壊する前になのは達が闇の書の闇に向かって総攻撃を仕掛けた。
 その際に四重の防御障壁を破壊し、再生し続ける防衛プログラムに向かって全力で攻撃し続け、ようやくの事で核を剥き出しにする事に成功した。
「つっても、所詮は一部だろ。あたしらの敵じゃねー」
「でも、ヴィータちゃんの攻撃を喰らって破壊されなかったわ。他に何かあるのかも」
「湖の騎士の言うとおりですね。倒し損ねたくせによく吼える」
「んだと、てめぇ!」
 ドライの言葉にヴィータがグラーフアイゼンの先端を向けて怒鳴る。ドライの顔が無表情なせいか、より怒り心頭と言った感じだ。
「相手の口車に乗るな」
(シャマル、ザフィーラ。私とヴィータでここを食い止める。お前達は古代遺物を)
(ええ、解かっているわ)
(ここは任せた)
「ああ。行くぞ、ヴィータ」
「わぁーってるっての!」
 念話での会話を終え、シグナムとヴィータが前へ出る。
「作戦会議は終わりましたか?」
「随分と余裕じゃねえか」
 ヴィータが鉄球を八つ中空に出現させる。
「それに、前と比べて随分お喋りじゃないか」
 シグナムは両手で持っていたレヴァンティンを右手だけに持ち直す。
「少しムシの居所が悪くて、つい他人を見下したくなったのですよ。良かったですね。勝てる勝率が無から有に変わりましたよ?」
 ドライは片手を守護騎士達に向けると天使達が一斉に翼を羽ばたかせる。
「思ったよりも嫌な性格だな」
「その腐った根性共々まとめてブッ潰す!」
 シグナムとレヴァンティンが連結刃へと変わり、魔力を伝わらせた刃が天使達のいる空間を覆う。同時にヴィータが八つの鉄球をグラーフアイゼンで叩き撃つ。
 無策に二人へと襲い掛かる天使達に連結刃が繰り出されバリアが破壊され、鉄球が命中する。それでも天使達は傷を負うものの怯む事無く傷を再生させながら二人に飛び掛る。
 劣化したバリアに再生能力。闇の書の闇が持っていた能力だが、ヴィータの攻撃を受けて倒れない頑丈さは他に理由があるのだろう。夜天の書は敵の手にあり、天使の事を考えてもどんな細工をされているのか分かったものでは無い。
 だが、守護騎士の二人は躊躇いも見せずに天使達を迎え撃つ。シグナムのレヴァンティンが天使達を斬り裂き、ヴィータのグラーフアイゼンが吹っ飛ばす。
「どうやら、叩き潰すより剣で真っ二つにした方が効果はあるようだな」
「なら、コナゴナにしてやるよ! アイゼンッ!」
 グラーフアイゼンのハンマーヘッドが巨大な物へと変形する。
「ギガントハンマーッ!!」
 仲間に巻き添えが行かないようにする為か名前と比べコンパクトなサイズのハンマーはそれでも十分な大きさと質量を持っており、障壁ごと天使を複数まとめて粉砕した。
 二人が天使達と戦う中、シャマルとザフィーラが地上の仮設保管庫へと急降下する。ドライも後を追うかのように降下するが、その動きはゆったりとしたもので、攻撃さえもしてくる様子は無い。
「余裕を見せているつもりなのかしら?」
「どちらにせよ好都合だ。空は二人に任せ、先に古代遺物の確保を急ぐぞ」
「ええ」
 しかし、急いで降下する二人に追い抜く影があった。人と変わらぬサイズで翼の大きな天使達だ。彼らは二人を追い抜くと制止し、振り向き様に素手による攻撃を仕掛けてくる。
「はあぁっ!」
 狼の姿から人へと変身したザフィーラが同様に拳を放つ。
 天使と守護獣の拳がぶつかり合う。
「――くっ」
 ザフィーラの顔が僅かに歪む。天使の拳が想像以上に硬いのだ。
「ハァッ!」
 単純なぶつかり合いは不利と見たザフィーラは拳を引きながら逆の手で天使の腹部に拳を当て、身体が僅かに浮き上がった所へ肩による当身をぶつける。
 続いて迫っていた他の天使を巻き込み、更にザフィーラが急接近しまとめて蹴り落とす。そしてザフィーラの足元にベルカ式魔方陣が展開されると地上から杭が現れ天使を串刺しにする。
「ザフィーラ、まだ来るわよ!」
 言いながら、シャマルが拘束魔法で天使達を拘束する。そのサポートを受けてザフィーラが格闘によって天使達を撃墜していく。
「ズルイ!」
 倒しても次々と襲い掛かって来る天使達の壁は厚く、シャマルとザフィーラはそれ以上進むことができない。上で戦うシグナムとヴィータも倒す度に現れる天使達に手こずり始めていた。
 その原因はゆっくりと降下するドライにあった。彼女は降りながら魔法陣をいくつも展開させ、天使を呼び出している。
「これじゃあ近づけない!」
 何体天使を保有しているのか不明だが、こうも際限無く呼び出されてはこちらが一方的に消耗していくばかりだ。それに――
「こいつら、賢くなってんぞ」
「それだけでは無い。武装も強化されている」
 背中合わせになったシグナムとヴィータの周囲に天使達が群がっている。だが、先程のように愚直な突進を仕掛けるのでは無く、相手の隙を窺う程度の知恵を見せ始めていた。
 それに、後から呼び出された天使達は最初に呼び出された天使よりも精巧な造りをしていた。手足は装甲に覆われ、蝋人形のような脆そうな体の造りが生物に近い体へと変わっている。そして手に持つ武器は荒い造りから洗練された武器へと変わっている。
 更に一部の天使が手から光線のようなものを出して遠距離攻撃を仕掛け始めた。狙いは甘いが、それでも厄介なのは確かだ。
「ちくしょうっ! このままじゃ取られちまうぞ」
 光線をシールドで弾きながらヴィータが怒鳴る。
 ドライはもう地上に降り立っていた。回収に向かったシャマルとザフィーラも天使達の妨害で進む事ができずにいる。
「何とかするしか無いな」
「何とかって、どうするんだよ?」
 天使の持つ剣と鍔迫り合いになりながらも、シグナムは鞘で天使の頭部を潰す。
 彼女達ヴォルケンリッターは典型的なベルカ式の使い手で、接近戦に特化している為に複数の敵をまとめて排除するような術は少ない。
 大技を繰り出せるような数ではなく、シグナムの連結刃やヴィータの鉄球なら複数の敵を攻撃できるが天使本体に当たる前に障壁に衝突してしまう。シグナム達が負けるような相手では無いが、倒すのに手間が掛かり、生半可な攻撃では再生してしまう。非常に厄介な相手だった。



「うっわ、何スかアレ。守護騎士っスか? あの人ら劣勢っスね」
 発掘現場から離れた森の中でナンバーズ達は天使と守護騎士の戦いを観戦していた。
 戦いを直視しているのはノーヴェ、ディエチ、ウェンディの三人だ。セインはジープに寄りかかりながら観測指定世界のマップをモニターに映しながら眉に皺を寄せている。
「えっとぉ、天使が向かった先から護送部隊の転送ポートがあるのはここら辺で、観測基地はここにあって周辺の地形から観測範囲はこの位でー……あーっ、もう、面倒だぁ!」
 どうやら、発掘現場以外の現状と周辺環境をチェックしているようだ。ディープダイバーというレア能力を使う関係上建物の構造や地形を把握する必要のある彼女は意外にも周辺環境把握能力に長けていた。
 トゥーレはと言うと、運転席で暗号通信でウーノと相談中だった。
「本気でやるのか?」
『ええ。ドクターは楽しそうに準備しているわ。……そんな嫌そうな顔をしないの。ともかく、あのドライと呼ばれる戦闘機人がその世界にいる今がチャンスよ。この機会を逃せないわ』
「そうだろうけどよ。他に方法があるだろうに。どうしてあいつはそんなに自己主張が激しいんだ」
『私達はただドクターの思うまま動くのよ。多少の無駄や危険なんて承知の上』
「多少ってレベルじゃないよな。まあ、いい。分かった。こっちはこっちで何とかやってみるさ」
『任せたわね。もし妹達に怪我があれば罰として女装させるから』
「ざけんな! ちょっと待て、おい、俺だけ何でそんな罰ゲーム染みた――切るなテメェッ」
 通信が強制終了させられた。
「………………」
「通信は終わったっスか?」
「それでどうすんだよ。このまま黙って見てるのか?」
 ノーヴェとウェンディが後ろを振り返って青筋を浮かべる弟に問う。
「このままじっとして嵐が過ぎ去るのを待ちたい所だが、不本意ながら動く。セイン、オモチャの残りは?」
「自動追尾でレリックを持ってる護送隊に向かってる。このスピードだと天使より早く着けるよ。まぁ、追いついた所で壊されるだろうけど」
「発掘現場の戦況は?」
「守護騎士達は天使に圧勝してるけど数多くて動けないでいる。その間にあの白い子が保管庫に今にも入りそうだよ」
 眼の良いディエチが答える。
「それじゃあ、引っかき回すか」
 言いながら、トゥーレは足下に魔法陣が展開させた。



 地面に足を付け、ドライが空を見上げる。
 恐怖が無いのか天使達は守護騎士を襲い続けるが効果は薄い。
「やはり、今のままではせいぜい時間稼ぎが関の山ですか。いえ、ヴォルケンリッターを相手にしているのですから善戦していると言っていいかもしれませんね」
 戦闘行為を始めてやらせているのだ。それを踏まえれば天使達の出来は上々と言っていい。何よりこの戦いで更に天使は強くなれる。
「闇の書と呼ばれていた頃の防衛プログラムを切り離した彼女達が、今度はその糧となると言うのは皮肉な話ですね」
 独り言を呟きながら、ドライは新たな転送用魔法陣を三つ展開させる。
「彼女達にも経験を積ませましょう」
 言って、魔法陣から背を向けて仮設保管庫へ入ろうとする。本来よそ見をし、別の行動を行える程転送魔法は難易度の低い魔法ではないのだが、ドライの並列処理能力は通常の魔導師の比ではない。
 転送しながらドライは保管庫へと足を踏み入れる。部屋の隅には白い布の上に発掘された何かの欠片あ古びた洋皮脂などが並べられており、中央の大きなテーブルの上には木製のケースが置かれていた。
 木製のケースからレリックの反応を感じると同時に、魔力を感知した。
 保管庫からでは無く、外の守護騎士からでも無い。少し離れた森の中からだ。ドライは保管庫の壁越しから森の方向に顔を向ける。
 外から車のエンジン音と木々が崩れる音が聞こえた。そしてエンジン音が段々と保管庫向けて近づいて来る。
「……突っ込んで来る気ですか?」
 バリアを張った瞬間、ジープらしい車が壁から生えるように現れた。
「――っ!?」
 ドライは一瞬眼を見開く。てっきり壁を破壊して飛び込んで来ると思った。しかし、ジープは壁を破壊せずに素通りして来た。
 ジープに乗っているのは五人。誰もが正体を隠すようにローブを羽織っている。その内一人はボンネットに片膝を付いて乗っており、ローブの下から右腕だけ出していた。
 ドライは直感で何重ものシールドとバリアを同時に展開させる。
 ボンネットに乗る人物の右腕から長大なギロチンが生えた。



「一体何が起きた!?」
 天使と戦っていたシグナム達は突如起こった出来事に驚いていた。
 森の中からジープが突然出てきたかと思えば、保管庫の壁に潜ってしまった。その直後、保管庫の天井部分が中から破壊され二つの人影が一瞬で発掘現場から飛び去ってしまい、再びジープが壁を素通りして保管庫から出てくるとそのまま走り去ってしまう。
 天井から出てきた影は速すぎて、戦闘中だった事もあり人影の正体が分からなかった。しかし、誰もいなくなった保管庫とジープに乗るローブ姿の人数が一人減っていた事からドライが何者かの攻撃を受けて飛び去ったのだと解る。
「おい、シグナム。どうすんだよ?」
「あの車を追うぞ」
 古代遺物を持っているのはおそらくジープに乗る四人組。ドライは追いつける距離から遙か先に行ってしまっているが、車程度の速さのものなら今からでも十分追いつける。
 天使の数も、転送魔法を行うドライがいなくなった事で数を減らしていっている。まだ転送中の魔法陣が三つあるが、このまま壁の薄くなった箇所を突破すれば良い。
「待って。さっき森の中から魔力反応があったわ。同時に機械兵器の反応も」
「んだよっ! 次から次へと!」
 ヴィータが苛立たしげに怒鳴る。簡単な護送任務かと思えばAMF装備の機械兵器が現れ、かと思えばドライに天使、そして突然の乱入者に再び機械兵器。ヴィータで無くとも怒鳴りたくなる程の混迷ぶりだ。
「味方で無いのは確かなんだ。機械兵器共々斬り進む事には変わりはない」
「それもそうだな。うっし、ならブチ抜いてやる」
 守護騎士らが己が武器をそれぞれ構えた。森の中からなのは達からの報告にあった機械兵器が群れをなして迫って来る。彼女達は天使の一団まとめて突破しようとする。
 その時、ドライが残した転送魔法が転送を完了し、三つのある存在を呼び出した。
「なっ――」
 守護騎士達の動きが止まる。
 三つの魔法陣から現れた三人の内一人は出現すると同時にジープを追って即座に飛行する。
 次に、もう一人が上空の守護騎士達を眼だけで嘲い、別方向へと飛行する。その方向はなのは達の進行ルートだった。
「て、てめぇ、行かせるかよ」
 ヴィータが慌てて追いかけようとするが、最後の一人がヴィータの目の前に一瞬で移動し立ちはだかる。
「そこを退きやがれ!」
 ヴィータの怒声に、毛先の黒い青いツインテールを揺らしながら立ちはだかる少女はクスリと笑った。



『再びアンノウンの機械兵器が出現、更に転送して来た謎の人物と守護騎士ら四名が交戦。もう一人が護送隊へと接近中。白い戦闘機人とレリックを奪ったと思われるジープに乗った四人組、そして最後の一人の所在は不明です』
 観測基地のグリフィス・ロウランからの報告を受けて、第162観測指定世界の衛星軌道上に浮かぶアースラの艦船内部にいるクロノ・ハラオウンは腕を組んだまま苦い顔をしている。
 現場とアースラとの通信はドライが現れた直後に発生したジャミングにより取れなくなっている。その為観測基地を通して現場の状況を把握していた。
 未確認の機械兵器、数々の事件を起こした白い戦闘機人、天使、そして第三の介入に、新たに現れた三人の少女。指揮官としてこれほど混乱した状況をまとめるには頭が痛くなりそうだった。
「クロノ君、この子達って……」
 通信指令のエイミィ・リミエッタが不安そうにクロノを見上げる。
「分かってる。相手が夜天の書を手に入れたのなら、可能性としてはあった」
 あったが、想像にすら出来なかった。
 なのは達護送隊を追って飛行する少女の姿がアースラのモニターに映し出されている。その姿はクロノ達がよく知る少女に似ている。似ているが――
 モニターに映っていた少女の視線がクロノ達の方へ向いた。眼が合ったと、モニター越しにありえない感覚を覚えてエイミィの身体が強張る。同時に少女の顔に幼い顔立ちからは信じられないほどの冷たい笑みが浮かび、モニターがノイズに満たされた。
「視ている事に気付かれたか。観測基地。そのまま逃亡した四人組と戦闘機人の捜索を続行しつつ、護送隊のサポートを頼む」
『了解しました』
「エイミィ。転送ポートは?」
「大丈夫。ちゃんと使えるよ」
「なら、僕も出撃する」
「ええっ!? 司令官自ら出ちゃうの?」
「相手の戦力が分からない現状、迂闊に飛び出すのはリスクは高いがこのまま見ている訳にもいかない。転送ポートを破壊して閉じ込める可能性もあるからね。防衛ぐらいはしないと……」
 言って、クロノは待機状態のデバイスを取り出す。
「念の為、救援隊と局員を残して発掘員や一般人を避難させておいてくれ。最悪、アースラに収容する」
「了解。でも、気をつけてね」
「ああ、分かってる」
 クロノが通信室から出て行く。
 誰もいない廊下で、苦々しい表情を浮かべながらクロノは白い杖状のデバイスの柄を強く握り締めた。
 闇の書――クロノの父親が死んだ原因であったが数年前の闇の書事件で解決したと思っていた。だが、ドライと名乗る戦闘機人により復活。フュンフと言う戦闘機人に先程の三人の少女の存在。どこまでも自分達に纏わり付いてくる物にクロノは苛立ちを隠せないでいた。
 アースラ内の転送ポートへ到着すると、スタッフには連絡が届いていたのかすぐにでも転送できる状態であった。クロノはその上に立ち止まり、転送するよう命令する。
「なのはやはやて達の為にも、早く何とかしないとな――クロノ・ハラオウン、出撃する!」



 荒野の広がる世界で、四つの戦場が出来ていた。
 一つは右腕からギロチンを生やす青年と人形のような無表情の白い少女。
「直前に彼女達を呼び出しておいて正解でしたね。貴方相手では守護騎士の相手などしていられない」
「あいつ無茶しやがって……。発掘品が壊れたらどうするつもりだったのか。後でシメてやる」
「…………ここまで連れてきておいて無視とはその神経を疑いますね」
 眼を細め、少女の周囲にいくつもの魔方陣が浮かび上がる。どれ一つ取ってもランクAAAを超える魔力が込められていた。
 対して、青年は右腕のギロチンだけで戦うつもりなのか、何時でも振れるようギロチンを振りかぶる姿勢を取った。
「ちょうど確かめたかった事もあります。それが終わった後、死になさい」
 何十という砲撃の怒りと一枚の殺意がぶつかり合う。

 二つ目はレリックをまんまと手に入れ逃亡するナンバーズ達とそれを追う少女。
「うひゃあっ! おっかないっス!」
「悲鳴上げてないで撃てよ、このグズッ!」
「セイン、もっと丁寧に運転してよ!」
「そんな事したら蜂の巣だって!」
 セインがジープを運転し、ノーヴェがレリックの入ったケースを抱え、ディエチとノーヴェが上空にいる少女に対して撃ち落そうと射撃を繰り返す。
「止まりなさい。そしてレリックを渡して下さい。でないと撃ち殺しますよ」
 地上からの射撃をかわしながら、ショートカットの少女は繰り返しジープに向かって射撃魔法を撃ち続ける。
「止まる気配無し。ならば撃ち抜きます。行きますよ、ルシフェリオン」
 赤と黒のバリアジャケットを纏う少女は黒い杖型デバイスの先端をジープに向ける。
「この私、星光の殲滅者が貴女達を消し去ります」
 杖の先端から眩しい程の光が奔り、何条にも奔る魔力光弾が撃たれた。
「あの子供、言ってる事とやってる事が超おっかないっスーーっ!!」
「とにかく撃ちまくって、ウェンディ!」
 ディエチのイノーメスカノンからの砲撃が少女の魔法を相殺し、日が昇っている空よりも眩しい爆発が起きた。

 三つ目は天使と機械兵器に囲まれた守護騎士とそれに対峙する青い少女。
「あいつと似たような姿しやがって……」
「きっと、防衛プログラムの構成素体よ。気をつけて皆」
「魔力だけなら本人以上かもしれんな」
「構わん。外見が同じ、魔力が高い、それだけだ。本物を超える理由にはならん」
 四人それぞれの言葉に、目の前の少女は不満そうに口を尖らせる。
「皆して酷いなぁ。元は同じ夜天の魔導書のプログラムなのに。まぁ、いいや」
 少女は鎌のように魔力刃を生成したデバイスを振り回し、名乗りを上げる。
「ボクは雷刃の襲撃者! ボクとこのバルニフィカスがキミ達を打ち倒す!」
 青い少女が高速飛行により守護騎士達との間合いを一瞬でゼロにした。

 最後、四つ目には護送隊のなのは達と彼女達を見下ろす冷たい眼をした少女がいる。
「その姿は……」
「どういうこと?」
「はやてちゃんが二人いるです!?」
「違う……あれは闇の書の闇や…………」
「小鳥でも、さすがにそれ位は感じ取れるようだな」
 右手に十字の付いた杖を持ち、左手には剣十字の装飾を表紙に付けた黒い本型デバイス。はやてとよく似た、今のはやてを幼くしたような黒い少女は外見から想像できない程の恐ろしい威圧感を放っていた。はやてとは対照的な冷たい瞳でなのは達を見、愚者でも眺めるような嘲いの笑みを浮かべる。
「我は闇統べる王。遊んでやろう塵芥共。せいぜい我を飽きさせんように踊れ」
 言うと同時に、なのは達四人の中心に広域魔法が遠隔発生した。





 ~後書き&補足~

 上記の三人出す為にゲーム買いました。苦手なアクション(格闘?)ゲームやりました。
 出した理由は第三勢力って質はともかく数では足りないからです。天使も出して、モブ局員対策もバッチリです。
 ……なのは側が積んだ気がしなくもないですが、大丈夫だと思います。ミッドチルダが第二のソドムになる事はないと思います。多分。
 実力の程は次回をお楽しみに。

 敵味方揃って登場人物多いです。誰がどんな能力持ってるか忘れたり混ざったりする時もあります。しかも強化したりしてますんで更に混乱します。
 一度、各キャラの強化具合の解説を投稿しようかな……。

 余談ですが、冒頭のジープ。書いてる途中で戦車に乗らせようかなぁ、と二日程悩みました。一応なのは本編でアインヘリアル防衛隊の中に戦車があったので、出しても違和感無いかもと思ったからです。
 でも、某個人主義者が戦車に乗り移りそうになったので止めました。



[21709] 三十四話 前哨戦(前半)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/01/13 17:27
 トゥーレのギロチンがドライの首を刎ねようと迫る。
 だが、彼女の白い肌に触れる直前にトゥーレは刃を戻して高速移動によりドライから離れた。その直後、ドライを中心に魔力の爆発が広がる。
 太陽のような光と同時に空が焼け、熱された大気が奔流を起こして突風へと変わる。
 爆心地の規模を大きくしながらドライは中心で魔法をトゥーレに向かって連射した。射撃魔法のような連射性と砲門の数だが、ドライが放った魔法は砲撃魔法だった。
 空間を埋め尽くす程の砲撃魔法の弾幕をトゥーレは全てかわしていく。僅かな隙間を掻い潜り、氷の足場を作ってそれを蹴る事で直角に曲がり、時には砲撃の速度より速いスピードでバックする。
 爆発の広がりがようやく終わりを見せた処でドライは空を飛ぶ。ドライの背中から左翼だけの白い翼が生えていた。
 ソニックブームを巻き起こしながらドライは次々と魔法をトゥーレに向かって放ち始める。射撃、砲撃、魔力刃、拘束などと言った魔法がドライとトゥーレの間の空間を満たし、その全てがトゥーレただ一人を倒す為に襲い掛かる。
「……やはり、違いますね」
「何が違うって?」
 ドライの呟きをトゥーレは聞き逃さなかった。数十もの魔法が襲ってきているにも関わらず、彼にはまだ余裕があるようだ。
「さあ、何が違うんでしょうね」
「……何を訳の解らない事を。電波受信してんじゃねえぞ」
「自分でも分からないのですよ。貴方の顔を見ていると何かが頭の隅で引っかかる。でも、こうして直接会ってみて貴方は違うという確信を持ちました」
 言いながら光弾を放ち、手の平の上に六つのスフィアを作り出す。
「ですが、貴方の顔を見ているとヒドく苛ついてきます」
「失礼な女だな」
「似ていると、そう感じるのですよ。私の神経に障るナニかに。だからなのか、つい叩き潰したくなる」
 無表情で平淡な声ではあるが、眼には嫌悪感がありありと見えた。しかし、その視線はトゥーレを向いていない。トゥーレと重ね、別のナニかを視ているようだ。
「精神上良くないので、消えてください」
「無茶苦茶な女だな。ヒステリーな女は嫌われるぞ」
 ドライの手の平にあったスフィアが消え、トゥーレの周囲に現れた。東西南北、天と地、完全に六方向にスフィアは出現しトゥーレを囲んだ。
 そして、檻を外から内へと潰すように六つの広域魔法が発動する。
 囲まれたトゥーレはギロチンを前に突き出しながら、広域魔法の一つへと躊躇いも無く突進した。
 ギロチンの刃はカタカタと震えながらも高密度な魔力を斬り裂き突き進む。そんな彼に向かってドライは新たな砲撃魔法を撃ち続けた。
 もし、管理局の魔力探知システムがドライの魔力を感知していれば複数のロストロギアによる連鎖的な魔力爆発か、故障かと思っていただろう。
 常識を逸した二人の戦いは荒野を戦場跡のような悲惨な光景へと変えていく。



「パイロシューター」
 星光の殲滅者、なのはによく似たショートカットの少女は地上を走るジープにデバイスの先端を向ける。杖の先から生成されたスフィアが八つに分かれ、誘導弾としてジープの車輪を狙った。
「セイン姉ッ、右、いや左ッ! やっぱり右!!」
「どっちなんだよ!?」
 ウェンディの指示に文句を垂れながら、セインはハンドルを回し、ジープが蛇行走行する。
 セインの運転技術が良いのか、それとも姉妹故の以心伝心なのか誘導弾を避ける事に成功していた。
「ディエチ、とっとと撃ち落としてよ! スッゴい怖いんだから!」
「こんな不安定な、しかも揺れまくってるのに当てれるわけないよ。ていうか、セイン運転下手くそ。トゥーレはもっと上手だったよ」
 言いながら、ディエチは助手席の背もたれに足を乗せ、イノーメスカノンを撃つ。
「マニュアルも見ずに座席に座って、何か運転出来そう、で本当に運転しちゃった人と一緒にしないで! それに、初めて運転するんだもん……」
「えっ?」
 全員の視線が一斉にセインに向いた。
 その拍子に引き金が引かれ、イノーメスカノンから放たれたエネルギー弾が空を飛ぶ少女に命中した。
「あっ、当たった……」
「そんな事より早く降りるっス! セイン姉の運転じゃ絶対事故るっスよ!?」
「だから暴れんなって! だいたい空飛べるだろ、お前」
「あっ、そっか。なら安心っスね」
 ウェンディはISの能力でライディングボートに乗って空を飛べる。その気になればジープから降りて飛んで逃げる事もできる。ノーヴェも限定的ながら光の道を作るエアライナーで空戦が出来る。
「いや、それだと私はどうすればいいのさ」
 この場で空を飛べないのはセインとディエチの二人だけだった。
「よし、ウェンディ。ちょっと空飛んで一発ぶちかまして来て。その間に私達逃げるから」
「囮っスか? 嫌っスよそんなのぉ。特攻するならノーヴェの役割でしょ」
「あたしは今レリック持ってて無理だ。潔く散って来いよ」
「何それ酷い!? こうなったらノーヴェも道連れっスよ!」
「抱きつくな馬鹿!」
「………………」
 ディエチのエネルギー弾をシールドで弾き、ジープの上で繰り広げられるやり取りを星光の殲滅者は呆れた顔で見ていた。
「緊張感というものが無いのでしょうか……」
「おい、敵にまで呆られてるぞ」
「ノーヴェはお馬鹿さんっスから」
「あたしじゃなくてお前だろ、ウェンディ。って、だれが馬鹿だ!」
「どっちでもいいから応戦して。トーレ姉にチクるよ?」
「……はい」
 小声で言ったはずがどうやら彼女達の耳にはしっかり聞こえていたようだ。
「…………」
 殲滅者は口を閉じ、レリックをどう取り返そうか思案する。眼下の四人組は悲鳴を上げたり怒鳴ったりしているが緊張感は無く、わざとフザケているようにも見える。
 だが、対空として撃って来る弾の数々は回避運動を取らなければ当たっていた。逆に空からの攻撃は未だに一発も当たっていない。それに、ジープの進行方向に先回りで設置型の拘束魔法を仕掛けてもそれに掛かる事は無く避けて、車は横切ってしまう。
 態度に反して手強い相手だと少女は認識を改める。
 その時、イノーメスカノンが突然沈黙した。
「今ですね。パイロシューターッ!」
 少女は自分の周囲に八つ、杖の先端に十六、計二十四の誘導弾を発射する。
 何もただジープに向かって撃ち続けていた訳では無い。攻撃を加えながらも相手を観察し分析していた。
 遠距離攻撃が出来るのは二人だけ。二人とも各武装に魔力とは別のエネルギーをチャージさせ、撃つ際にエネルギー性質を変えているようだった。
 盾のような武装を持つ方は威力と射程は低いが連射が利き、すぐに再装填出来る。逆に狙撃砲を持つ方は威力と射程がある分連射が遅く再装填にも時間が掛かる。
 そして今、狙撃砲のエネルギー残量は尽き、対空射撃の弾幕は薄くなった。
 ウェンディがエネルギー弾で少女の魔力光弾を撃ち落とそうとするが誘導性のある魔力光弾はエネルギー弾を避け、ジープへと迫る。数からして避けきれない。
「ポチッとな」
 セインがハンドル下にあるスイッチを押した。
 ジャマーフィールドであるAMFが展開され、魔力光弾がかき消された。
「あれは……ならばこうするまでです」
 殲滅者は再び二十四の魔力光弾を生成する。今度は弾一つ一つに魔力による殻で覆う。
「もう対策取られた!?」
「こちらでも研究はしていますから。ただ、実用段階には至っていませんが……」
 二度目の斉射はAMFを貫通する。その直前に運転するセイン以外の三人が動いた。
 ウェンディがライディングボートで防ぎ、ディエチがイノーメスカノンで叩き落とし、ノーヴェがジープからジャンプしながらケースを後部座席に放り投げて続く魔力光弾をローラーブレードで蹴り飛ばした。
 魔力光弾が爆発し、直接撃退したノーヴェの周囲が爆煙に包まれる。ディエチがイノーメスカノンの長い砲身を煙に向けるとノーヴェが煙の中から飛び出し、砲身の上に乗って滑りながらジープの上に戻って来る。
「器用な……」
 それ以前に精密機器である狙撃砲をそんな乱暴に扱って良いのだろうか。
 そう思っているとチャージが完了したのかディエチが撃って来る。先ほどと変わらない精密性だった。
「出鱈目な人達ですね」
「おっ、もしかして褒められたっスか?」
「いや、馬鹿にされたんだと思うよ?」
「……バカウェンディ」
「……イノシシノーヴェ」
「二人ともこんな時に喧嘩しないのっ」
 車内は相変わらず緊張感が無い。
「AMFに対空能力、面倒ですね。レリックを持っていなければ地表ごと焼き尽くして差し上げたのに……」
 少女は少女でマイペースに物騒だった。
「あの子、すげぇ怖い事言ってるっスよ!?」
「ウェンディ、やっぱり特攻して来いよ」
「嫌っス! 車から離れたら絶対狙い撃ちにされるっス!」
 事実、星光の殲滅者は一人でもジープから離れれば砲撃魔法を撃つつもりでいた。
 レリックを盾にされている以上、破壊力が高い魔法は撃てない。レリックに何かあれば大規模な魔力爆発が起きて巻き込まれてしまう。
「仕方ありませんね……」
 少女は一発も使用していないカートリッジの入った弾装を外すと、新しい弾装を取り出す。中に装填されているカートリッジは白色をしていた。



 三メートルを超える天使にカプセル型の機械兵器四体が体当たりする。AMF装備の機械兵器に囲まれ、天使の障壁が薄くなる。同時に体の各部にある鎧のような外殻が崩れた。
 機械兵器から熱線が発射され、天使の体を焼き貫く。
 天使を倒した戦闘兵器が今度はヴィータ達に襲いかかる。だが、発射される熱線は彼女達に掠りもせず、逆にグラーフアイゼンによって破壊された。
「何だこいつら。連中が来てから弱くなってねえか?」
 ヴィータはグラーフアイゼンの柄を肩に乗せ、周囲を見渡す。こいつらとは天使の事で、連中とは機械兵器の事だ。
 発掘現場は今や天使と機械兵器と守護騎士による三つ巴の混戦状態だった。
「AMF装備の機械兵器と純魔力の塊である天使は相性が悪いみたいね。私達にとっては好都合だけれど」
 AMF内に入った天使は障壁の密度が薄れ、その動きを鈍くしていた。シグナムのレヴァンティンでも切れにくかった身体もその強度を弱めている
「シグナムの方も決着が着きそうだ」
 言ってザフィーラが視線を向けた先にシグナムとフェイトによく似た容姿をした少女――防衛プログラムの一部がそれぞれの得物で接近戦を行っていた。
「くっ、当たらない!」
 少女の攻撃は全てかわされるかシールドによって受け流されている。逆にシグナムの激しい剣撃に少女は受け止めるだけで精一杯と言った様子だ。誰の目から見てもシグナムが優勢であった。
「蒐集したテスタロッサの情報が元なのだろうが、同じなのは外見だけのようだな。スピードも技の冴えも当時のテスタロッサにも劣る」
 レヴァンティンの刃が鎌状の魔力刃に食い込み、砕く。その勢いで杖を持つ少女の両手が上へと弾かれた。
「はあっ!」
 当然、その隙を見逃す訳が無く魔力付与が掛けられたレヴァンティンの刃が振り下ろされる。
「うわああぁぁっ」
 直撃を受け、少女の小さな身体が地上へと叩きつけられ、砂柱が立ち上がる。
「よし、片づいたな。ならとっととはやて達の所へ戻るぞ」
 ヴィータは待てないと言った様子で飛び立とうとする。周囲では大量にいた天使と機械兵器の大半が倒され、発掘現場から何時でも離脱できる状態になっていた。
「……いや、まだだ」
 だが、シグナムは空中に浮いたまま動こうとせず剣を構えたまま少女が落ちた地上を見据える。
「いたたっ……よくもやってくれたなっ!」
 砂柱が落ち、砂埃が舞う中少女は大声を上げながらあっさりと立ち上がる。
 その身体には土埃を被っているだけで傷一つ見られない。シグナムの剣が直撃し、砂柱が立つ程地面に叩きつけられたにも関わらず、少女は全くの無傷だった。
「今のは加減してやっただけだ。少し本気でやって上げるよ!」
「……お前達は先に行け」
 地上で喚く少女を無視し、シグナムは後ろにいるシャマルに振り返らずに言った。
「ここは私一人で十分だ」
「大丈夫なの?」
「心配無用だ。天使や機械兵器もいなくなった事でしな」
「……そう、わかったわ。行きましょう、皆」
「古代遺物の方はどうする?」
「もう探査範囲の外だから今から追いかけるのは無理よ。一度、はやてちゃん達と合流しましょう」
「了解した」
 ヴィータ、シャマル、ザフィーラがその場から離れようとする。それを見た青い少女が地上から手足をバタバタと動かし怒鳴った。
「逃がさないよ! 皆、回り込むんだ――って、誰もいない!?」
 発掘現場にはもう天使の影は無く、破壊され本当のガラクタと化した機械兵器の残骸が煙を上げて転がっていた。
「付き合ってらんね」
 ヴィータが呆れ、シャマルが苦笑いする。
「あっ、逃げるな!」
 逃げてねえよ! と反論するヴィータを見上げながら少女はデバイスのカートリッジを外すと別のカートリッジを新たに装填する。
 そして六発のカートリッジが連続して使用される。
「何をする気だ?」
 戦闘中、少女はカートリッジシステムを一度も使用しなかった。それなのに全カートリッジを捨て、新たにカートリッジを装填するのは奇妙な行動だ。
 斧のような杖を掌の上で回転させ、地面スレスレに振り下ろす。同時に彼女の周囲に六つの魔法陣、白い魔力光を放つ転送用魔法陣が現れる。それは、ドライが使用していた魔法陣と同じものだった。
「さあ、闇の先兵達よ! 彼女達を包囲し、ここから逃がすな!」
 魔法陣から天使達が出現し、翼を広げ、地上から飛び立った。
「まさか、カートリッジに術式そのものを込めていただなんて!」
 驚くシャマル達を包囲しようと左右から迂回しながら天使達が上昇して来る。
「さあ、第二ラウンドだ。手加減しないよ!」
 そう大声を上げた瞬間、少女の姿が地上から消えた。
「――っ!?」
 シグナムは直感で背後を振り向きながらレヴァンティンを振り上げる。ほぼ同時に剣が何かとぶつかり合う感触が伝わり、次にシグナムは自分のすぐ後ろに青い少女が鎌を振り下ろしていた事を知った。
 シグナムは驚きで目を見開くがすぐに厳しい表情に戻ると、鎌の曲線を描く刃を受けながら少女の腹部を狙って蹴りを放つ。
 だが、蹴りは空を切り、少女はシグナムから離れて上昇していた。
「……速い」
 その飛行速度は現在のフェイトと同等かそれ以上だった。
 少女は旋回しながらシグナム達守護騎士らへと片手の掌を向ける。
「電刃衝ッ!」
 少女の周囲に大量の環状型魔法陣とスフィアが現れ、スフィアから射撃魔法が撃たれた。
 フェイトのプラズマランサーに酷似したその魔法は守護騎士達へ降り注ぐ。
 ザフィーラが前に出、障壁魔法を展開させてシグナム達を庇った。
 無数に発射される射撃魔法は容赦無くザフィーラの障壁にぶつかり爆発する。さすがの盾の守護獣もその重圧に圧され、呻き声を上げた。
 射撃魔法がようやく止む。だが、それと同時に左右から天使達が、そして天から少女が突進して来た。
「戒めの鎖よ!」
 シャマルの拘束魔法が自分達に向かう敵を拘束しようと展開される。
 天使達は即座にかわそうと反応するが、逃げきれずに足や翼が魔力の紐によって絡め取られる。
「そんなスピードじゃ、僕は捕らえられないよ!」
 少女は紐が現れ束縛される前に更なる加速で拘束魔法を抜け出した。
「本当に手加減されていたみたいだな」
「んな事言ってる場合じゃねーだろ、シグナム」
「ああ、わかっている」
 レヴァンティンのカートリッジがロードされ、剣から連結刃へと形を変える。
「はあぁッ!」
 連結刃が伸び、周囲の天使達に向かって牙を剥く。
 障壁がある為に二回攻撃する手間はあるものの、シグナムの連結刃は周囲の天使達に障壁破壊の為の一撃加え、続けて本体破壊の二撃目を与える。
 そしてヴィータが自分達へと一直線に飛んでくる少女を迎え打つ。
「おらあああぁぁっ!」
 飛行による加速と自分ごとグラーフアイゼンを回転させる事によって得る遠心力で最大最速の一撃が振るわれる。
 グラーフアイゼンのハンマーヘッドが確実に少女を捉えた。当たる、とヴィータを初め誰もが確信する。
 ――少女がヴィータの背後に移動するまでは。
 少女は、グラーフアイゼンの動きとスピードに合わせて共に動き、鎚に当たる事なくヴィータの背後へ回り込んだのだった。
「雷刃爆光破ッ!」
 ヴィータは背に雷撃が直撃する。
「うわああぁっ!」
「これで、トドメだ!」
 少女が魔力刃を生成したデバイスを高く持ち上げる。
「ヴィータちゃん!」
「くっ――うおおおぉぉっ!」
 シャマルが二人の間にバリア魔法を展開させ、ザフィーラが少女に向けて拳を放つ。
 少女はデバイスを引き戻しながら身体を回転させ、あっさりとザフィーラの攻撃を避けると距離を取った。
「大丈夫、ヴィータちゃん?」
「ああ……大丈夫だ。シャマル」
「でも、その傷は……」
 本人が言う程ヴィータの傷は浅くは無かった。
「これは予想以上に厄介だな・・・・・・」
 シグナムがヴィータを守るように制止し、少女を見る。
 逆に少女は守護騎士達を睨みつけるように鋭い視線を向けてくる。その周囲には、シグナムの連結刃を耐えきったか無理矢理致命傷を避けた天使が集まって来ている。
 天使達は転送される度に強化され、フェイト似の少女の戦闘能力は本物のフェイトと比べても遜色が無い。
「早くはやての所に戻らねえと……」
 シャマルから治癒魔法を受けるヴィータ。
「他の二人も同等の力を持っているとすると、テスタロッサ達でも万一の事があるかもしれん」
「しかし、我々も油断できる状況では――」
「んなの関係ねぇ!」
 ザフィーラの言葉をヴィータが遮る。
「あらゆる害悪を貫き敵を打ち砕く! それがベルカの騎士なんだろ! シグナム、オメーが散々言ってる事じゃねえか」
 声を張り上げ、ヴィータがグラーフアイゼンを構え直す。
「とっととこの偽物ヤロウブッ倒してはやてんとこ行くぞ!」
「……フッ、そうだったな。守るべき者を守るのが騎士の務めだ」
 シグナムもレヴァンティンを持ち直す。
「そうね。あの子のスピードは私達より上だから、まずあの子を倒してからね」
「…………」
 シャマルとザフィーラも改めて身構える。
 四人の視線が少女に集中する。
 同時に――悪寒が走った。
「――――……よ」
 先の子供っぽい言動から信じられない程の殺気が少女から放たれていた。
 殺気が感染したかのように天使達の様子も変わる。機械のように感情を持たず淡々と攻撃を仕掛けていたが、明らかに天使の目に殺意の色が浮かび上がっていた。
「ずるい、よね。君達は」
 静かに、だが明確な怒りが少女の声に込められていた。
 バルディッシュと同じ型である少女デバイス、バルニフィカスの形状が変わり始める。柄が短くなり、大剣の形をした魔力刃を形作る。
「六年前、君達は僕等を切り捨てた。今度は君達が切り離される番だよ」
 静かな声と対照的に、少女の体から激しい電流と風圧が放たれる。
「守護騎士システムはもう要らない。闇に吸収する必要も無い。夜天の書を守れず、自分達だけ消滅から逃れた君達はもう要らないんだ。僕達マテリアルが夜天の書の矛と成り盾と成る!」



「ディバインバスターッ!」
「――アロンダイト」
 桜色の砲撃魔法と灰色の広域魔法がぶつかり合い、互いに相殺される。
「駄目、もっと強い魔法じゃないと……」
 カートリッジをロードしようとするが――
「させると思ったか? 撃て」
 はやてに似た防衛プログラムの少女が命令を下す。すると腕が砲身と化している天使達がなのはに向け一斉射を行った。
 バリア魔法で弾幕を防ぐが、続けて放たれる攻撃になのはは身動きが取れなくなる。
「なのは!」
「なのはちゃん!」
 フェイトとはやてが友人を助ける為に援護しようとする。しかし、フェイトには武器を持った天使が襲いかかり、はやてには高速飛行する天使がそれを邪魔する。
「く、う……バリアバーストッ」
 防御魔法が砕けると同時に指向性を持った爆発が起こり、一瞬だけだが弾幕に僅かな間が生じる。その隙になのはが射線から逃れ飛び、続けざまにアクセルシューターでフェイトとはやてに群がる天使を撃つ。
 障壁を砕け無いまでも気を逸らす事に成功し、フェイトは大剣となったバルディッシュで障壁ごと天使を切り伏せ、はやては魔力量にものを言わせた魔力放出と融合状態にあるリインのフリジットダガーにより撃ち落とす。
「ごめん、なのは」
「ううん、気にしないでフェイトちゃん」
 二人はすぐになのはの傍まで移動する。
「助かったわあ……にしても、これはちょっとマズい状況やね」
 三人と敵対する集団。防衛プログラムの構成体である少女と彼女が転送召還した天使達。その強さは圧倒的と言わないまでも、オーバーSの魔導師であるなのは達三人と対抗できる戦力だった。
 天使一体の実力はやはりなのは達と比べると遙かに劣るものの、障壁と身体の強固さ、再生能力によるタフさが有り、集団での行動がなのは達を苦しめる。天使にも種類があるようで、白兵戦型、射撃型など役割分担がされ、それぞれの特性を生かしての攻撃を仕掛けてくる。
 そして、それを指揮する少女は天使の数が減れば新たに転送召還を行って来るのでキリが無かった。
「こういう場合は発生源を叩くべきなんだろうけど……」
 少女の前には立ちはだかるように天使が隊列を成して空中に浮かんでいる。
「どうした、来ぬのか? 所詮、塵はいくら集まっても塵と言う事か」
 少女は嘲い、左手に持つ魔導書型のデバイスを開く。ページが独りでに捲れ、光を放つ。
「ならば、こちらから行くぞ」
「来るよ!」
 なのは達が一斉にその場から離れる。直後、先ほどまでなのは達がいた空間が広域魔法によって飲み込まれた。
 天使の集団戦が手強いと言うのもあるが、何より厄介なのが少女の魔法だった。術式の処理速度が早く、即座に演算に時間を掛ける筈の広域魔法を、しかも遠隔発生で突然すぐ傍で発動されるのだ。
「逃がさぬよ」
 散ったなのは達に向かって天使が射撃による牽制を行いながら、それぞれ三方向に分かれて襲いかかる。
 一人に付き十体以上。不可応無く彼女達の動きが止まった。
「足が止まっているな」
 少女の言葉と共に数十の短剣型の魔力刃がなのは達の周囲に突然出現し包囲する。
「エルシニアダガー」
 魔力刃がなのは達に浴びせられ、爆発を起こした。
「…………その程度か」
 魔導書を閉じ、少女は溜息は吐いた。
 その時、光が走り天使の一体が左右に真っ二つになった。
「ハァッ!」
 フェイト・T・テスタロッサがザンバーフォームのバルディッシュを構え、その巨大な刃を天使に向かって振るっていた。
 爆煙から出てきた様子は無い。彼女は少女の魔力刃が当たる直前に抜け出していたのだった。
 フェイトは魔力刃を別の天使に向かって叩きつける。刃は障壁を突き破り、天使ごと切り裂いていく。
 他の天使が切り裂かれた仲間の背後から手に持つ剣でフェイトに斬り掛かる。高速機動に特化した天使なのかその動きは速い。攻撃した直後の硬直でフェイトは避け切れない。受け止めるしか無かった。
 しかし、突如フェイトの姿が右横へと消え、天使の攻撃が空振りに終わる。
 いつの間にか、フェイトの左側にはミッドチルダ式魔法陣が縦に展開されていた。
 フェイトは剣を持つ天使を切り捨て、新たな魔法陣を展開させる。彼女は自分から魔法陣へと飛び込む。すると、一瞬にしてフェイトの身体が魔法陣の表側へ向かって加速する。
 元から高速機動型だったフェイトに急加速が付加され、消えるように移動し続け天使達を一撃で絶って行く。
「スターライト――」
 別の場所、桜色の光が中から煙を照らし出した。序々に晴れる爆煙の中から周囲の魔力を集めるなのはの姿があった。
 バリアジャケットとレイジングハートの形が汎用性の高いアグレッサーモードからエクシードモードへと変わっていた。
「――ブレイカーッ!!」
 極太の砲撃魔法が撃たれ、天使達を襲う。
 砲撃魔法は障壁共々天使を消し炭にする。
 残った天使が射撃魔法でなのはを狙うが、魔力光弾がなのはに当たる直前に小さなシールドが現れ、ピンポイントで魔力光弾を弾いて行く。
 先ほどまで優勢だった筈の天使達は二人のエース級魔導師によって加速度的にその数を減らし、壊滅状態へと追い込まれていく。
「……つまらん」
 天使が次々と倒されている中、はやてに似た少女は二人の戦いに見向きもせず、眼下にある物体を見下ろしていた。
「小鳥どころか雛鳥にも劣る」
 少女の視線の先、はやてのいる筈の場所に人一人程の大きさの大きな氷の固まりが浮いていた。滑らかな球体をしていたと思われるそれは魔力刃の攻撃のせいで表面に傷が付き、ヒビが入っている。
「管制プログラムの代用品だったか。その融合騎は面白い魔法の使い方をする……だが、力不足だな」
 少女は手に一本の魔力刃を生成し、氷塊へと投げる。
 短剣型魔力刃は深々と氷に突き刺さり、ヒビを広げさせ氷塊を砕いた。
 中から、ユニゾン状態のはやての姿が現れる。
「リインは代用品ちゃうよ……」
「そうだな。代用品にも劣る。せめて、もっと管制プログラムに近づかなければ代替とも名乗れぬ」
「………………」
「夜天の書が一部とは言え所持している癖にその程度のデバイスしか作れぬとは、それでよく書に選ばれたものだ。管制プログラムやヴォルケンリッターもどうしてこのような雛鳥に影響を受けたのか……」
「……リインフォース、そうやリインフォースを返してもらうで!」
「リインフォース? ……ああ、管制プログラムの事か。祝福の風とは、また不釣り合いな名を受け取ったものだ。アレなら今は闇の中だ。温く、深く、音も無い静寂の闇の中で本来の機能を取り戻そうとしている」
「本来の機能?」
「決まっている。夜天の書として、魔法技術を収集する事だよ」
「魔法技術の収集……」
 夜天の書は元々魔法技術収集用のデバイスであり、それは確かに本来彼女が持つ役割であり機能であった。しかし――
「防衛プログラムの再生機能が残ってるっちゅう事は」
「ああ、そうだな。お前達塵芥風に言う闇の書に近いな。だが、暴走などと呼ばれ封印しようとする管理局から付け狙われる日々とは違う。我ら防衛プログラムは意思を持ち、新たな主は転生し続けありとあらゆる次元世界を渡り歩きその知識を吸収する。旅をする機能は失ったままだが船の用意はある。ようやく我々は本来の役割へと戻る事が出来るのだ」
 少女の冷たい瞳の中、歓喜に満ちた色が浮かんでいた。
「新しい主……ドライとか言う戦闘機人か?」
「一時はそうだったが、彼女はそれを放棄した。まあ、あれほどのスペックならば夜天の書など必要ないだろう。ある意味彼女は収集蓄積型ストレージの完成形だからな。まったく……嫉妬と羨望が同居してしまって困ったものだ」
「なら、新しい主は……」
「フッ……意思も無く、抵抗する気概も見せん人形だよ」
「な、なんやソレ!?」
「歴代の主と違い改悪もしなければ貴様のように下らない言動をしない。夜天の書の為に闘い、躊躇無くリンカーコアから魔力を集め、愚痴も言わず旅をしてくれる。我らに取って最高の主さ」
「その人の意思は!? そんなん、絶対認められんよ!」
「意思? 再生機能が無ければどうせ死んでいた欠陥者だ。意思どころか思考すらままならんよ。認められない? 一体誰の許可がいると言うのだ。これが夜天の書の正しい有り方だ。本来の役割をまっとうしようとする我らに意見を挟める者はおらんよ。いたとしても、叩き潰すまでだ」
「そんな……」
 今の夜天の書の主の状態と少女――防衛プログラムの意思を聞き、はやてはショックを受ける。
「そういえば、管制プログラムも我らの行いを拒否し闇に飲まれたな。ようやく元の形に戻ると言うのに何が不満なのか」
「不満? 十分あるわ! 主を操り人形にして良い訳あるかいな!」
 珍しく怒号を発し、はやては自分と鏡写しの少女を睨みつける。
「リインフォースが拒否したから闇の中に放り込んだ? 何様のつもりや! あの子には心があるんよ。闇の書だった事を悲しんどった。ヴィータやシグナム、シャマルにザフィーラ、守護騎士の皆だってそうや。それなのに、あんたらは人に迷惑掛けて、無理やり従わせようとして! 意見を挟める者はおらん? 私が言ったるわ! 主の意思を無視し操り人形にし、自分勝手に蒐集活動を行おうとする防衛プログラムなんか認めん! 逆に叩き潰したるわ! あの子の覚悟を、自分から消滅して闇の書の復活を止めたあの子の最後を見届けた私が、最後の夜天の主がそんな暴挙は許さへんよ!!」
 管制プログラムが生きている限り闇の書の原因となった防衛プログラムは再生し暴走してしまう。故に自ら消滅を望んだ管制人格リインフォースの最後を見届けた彼女は最後の夜天の主としての自負があった。元のプログラム、本来の夜天の書に戻るのならばいい。しかし、リインフォースの意思を無視し、傀儡としようとする防衛プログラムの行動は許せない。
 滅多に出さない怒鳴り声を上げたせいか、言い終わった後、はやては肩で息をした。
「はやてちゃん……」
「はやて……」
『はやてちゃんが怒鳴ったのなんて、初めて見たです……』
 闇統べる王を挟み込んでいたなのはとフェイトは勿論、ユニゾン状態のリインフォース・ツヴァイも驚いていた。
「………………フ、フハハッ、ハハハハハハーーッ! ――ならばやって見せるがいい。口先だけならいくらでも言えるからなあ!」
 天使が壊滅し、なのはとフェイトに左右を挟まれていると言うのに少女の顔からは余裕が消えない。
 少女の魔導書が再び開く。
「させない――トライデントスマッシャー!」
「ディバインバスター!」
 なのはとフェイトが同時に砲撃魔法を放つ。両側から迫り来る砲撃に少女は眉一つ動かさず口だけを動かす。
「――エクスカリバー」
 少女を中心に、広域魔法が放たれる。球体の形に大きくなっていく魔法は二人の砲撃魔法をも飲み込んで行く。
「デアボリック・エミッション!!」
 なのはとフェイトさえも飲み込もうとした時、はやての魔法詠唱が終了し同規模の広域魔法が発動した。
 せめぎ合う二つの広域魔法が空を、大地を飲み込み、巨大な魔力爆発を起こした。





 ~後書き&補足~

 セインとウェンディを書くと戦闘中であろうとどうしても緊張感が無くなってしまう……。

 今更ですが新キャラ、と言うか防衛プログラムの天使やマテリアルについて。下手に設定決めると自ら首を絞めかねませんが、自分自身忘れる可能性もあるので……。矛盾点やここはおかしいぞと言う点があれば遠慮なくおっしゃって下さい。

 天使の機能として
・再生機能(無限では無く、真っ二つにされたり大穴が開けば消滅してしまう)
・複合バリア(なのは達からすればうっとおしい程度だが、モブでは苦戦する程度の硬さ)
・???(身体が頑丈・武器化。現闇の書の主に関係している)
・転生(?)機能(防衛プログラムは元は復元機能としてバックアップを持っている。その為、天使は破壊されても直ぐに生成され、しかもその時の戦闘データを元に強化される)

 マテリアルは元となった人物を基本としているので、天使のような再生機能と複合バリア、???は持っていません。
 ただし、PSP版と違い闇の書の残滓では無く闇の書の闇から直接作られたと言うか、天使を含め防衛プログラムそのものなので強くなっています。
 さすがに夜天の書が完全で、ドライがいて、スカさんの関係者と思われる科学者がいるのに強さがPSP版のままだったらかませも良いトコなんで大分強いです。
 ……あれ? なのは陣営勝ち目ない?



[21709] 三十五話 前哨戦(後編)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/02/17 22:53
 ジェイル・スカリエッティは楽しんでいた。
 街の賑わいをオープンカフェから眺め、喧噪を聞きながらコーヒーを一口飲む。
「いやはや、この前のキャンプのように大自然に触れ合うのも良いが、騒がしいながらも賑やかな都会の風景を眺めるのも中々良いものだね」
 ミッドチルダ北部の居住区で広域指名手配犯はのんびりとしていた。
 その両隣には私服姿のトーレとチンクが座っている。それぞれ目の前にはサンドイッチとパフェがテーブルの上にある。
「ご注文お待たせいたしましたー」
 ウェイトレスが営業スマイルを振りまきながらオムライスをトレイに乗せてやって来る。
「ああ、私だよ」
 オムライスをテーブルに乗せ、ウェイトレスは去っていく。
「ほら、二人とも見てごらん」
 スカリエッティがテーブルの中央にある備え付きの調味料が入った籠からケチャップを手に取り、素早くオムライスに掛けた。
 オムライスにⅠ型の絵がケチャップで描かれた。
「お上手ですね」
「ありがとう、チンク」
「…………」
 トーレは黙ったままだった。
 ドゥーエから管理局の監視網の情報を入手し、クアットロがそれを元に管理局に見つからないよう細工を施しているとは言え、トーレは何時見つかってしまっても良いように警戒を怠らない。
「トーレ、気を張るなとは言わないが、もう少し楽しんだらどうだい? 別に街での任務は初めてじゃないだろう?」
「……はい」
「チンクはリラックスしてるよ」
 チンクは目の前のパフェは小さなスプーンで少しずつ掬って食べている。ただ、その動作が速いので結構なスピードで中身が消えていく。
「……チンク。お前この店に来たことがあるだろう?」
 チンクの手が止まり、不自然に視線を逸らした。
「さ、さあ? 一体何を根拠に」
「妙に慣れている様だった。それに注文する時メニューを見ずにすかさずそれを頼んでいたな」
「うっ……」
「一体何時の間にそれほど馴染んで――トゥーレか」
「いいじゃないかトーレ。彼だって良かれと思って外に連れ出しているのだから」
「ドクターがそう言うのなら……」
「ありがとう。軽く食事を終えたら、移動しようか」
「分かりました。それにしても、本当に相手は現れるのでしょうか」
「さあ、どうだろうね」
 スカリエッティが街中を堂々と歩いているのは、向こうから自分を見つけてもらう為だった。
 アルハザードと名乗る人物。それがもしスカリエッティ誕生に関係する人物であるならば、彼を見つけた場合放っておくはずが無い。相手の素性も居場所も知れない為に、スカリエッティは計画とも作戦とも言えない杜撰さでそれを実行している。
 前日にトゥーレがそれを聞いた時の何とも表現し辛い馬鹿にしたような顔を思い出し、トーレは一人苦笑した。
「可能性としては北か南。中央は無いだろうね。東はトゥーレの縄張り同然だし、西は大火災が起きたばかり。アジトの近くであんな破壊を行うわけが無い。いや、敢えてあんな風にしたという可能性もあるね。おや、候補が三つに増えてしまった」
 さして困った風も無くスカリエッティが笑う。
「北には聖王教会がありますが?」
「あそこは治安維持や遺跡の調査は出来ても管理局と違い捜査能力は無いに等しいよ。それに北部には企業の密集地がある。匿われながら資金援助や技術開発するには都合の良い場所だ。最も可能性が高い」
 だとしてもこの広いミッドチルダでスカリエッティの姿を見つれるものだろうか。それに、例え偶然発見したとしても、向こうが接触して来るかも疑問だった。しかし、そういった不安はあるもののトーレはスカリエッティの言う事を聞き護衛としての務めを果たす。
(ドクター。少しよろしいですか~?)
 少し経った時、クアットロから念話が入った。
(なんだい、クアットロ)
(都市の監視カメラの一台がさっきからドクターの事をじっと見てるんですよー)
 ミッドチルダには各所に魔力探知のセンサーの他に人口密集地の公共道路に犯罪防止用の監視カメラが設置してある。
 トーレとチンクは視線だけを動かして道路の標識の上や信号近くにある監視カメラを探す。
 すると、違反車両をチェックする為に道路へと向いているはずのカメラが一台、オープンカフェのスカリエッティ達の方を向いているのを見つけた。
(管理局か?)
(違うみたいですよ~。ハッキングされているみたいです。センターの方では同じ映像がループで流れているみたいですねぇ)
(と言う事は……)
「フフッ、思わぬほど早く見つけてくれたものだね」
 言って、スカリエッティは顔を歪め薄く笑った。



「状況はどうなっている?」
 アースラからの転送で第162観測指定世界に到着し、吹き荒れる突風で巻き上がる砂から目を庇いながらクロノ・ハラオウンは空から観測基地の入り口に着地した。
「クロノ提督!」
 グリフィス・ロウランがそれを出迎える。
「発掘員や一般勤務の者は避難完了しています。ただ、護送隊や守護騎士の皆さんとは通信が途絶したままです」
「そうか……。ところでこの風はなんだ? この世界でこんな強風が吹くなんてデータは無かったぞ」
「それが突然大規模な天候異常が起きました。シャーリー……シャリオ通信士によると、大規模な魔力爆発か天候に干渉する魔法が使われている可能性があります」
「どちらにしても、尋常な魔力じゃないぞ。そんな事ができるのは……まさか輸送中のロストロギアが?」
 聖王教会の騎士カリムから受け取った今回の古代遺物――レリックのデータでは、レリックは高エネルギーの結晶体となっていた。ケースから無理な開放や強い衝撃を与えなければ暴発の危険は無いとの事だったが、今護送隊は戦闘中でレリックを守りながら戦っている筈だ。
「それはわかりません。ジャミングのせいで正確な魔力探知が出来なくなっています」
「……よし、局員もアースラの輸送ポートへ向かってくれ。何が起こるか分からない以上、この世界に留まるのは危険だ」
「了解しました」
「僕は護送隊の救援に行く。シグナム達との通信が回復したらそう伝えてくれ」
「分かりました」
 返事を聞くとクロノがすぐに飛び立つ。
 フィールド魔法で突風から身を守りながら、クロノは真っ直ぐに妹達が戦っているであろう場所へ飛行する。
「皆、無事でいてくれよ」



 竜巻が発生していた。それも一つだけで無く、三つ、四つと細い竜巻が発掘現場を荒らし回る。それだけで無く、竜巻から時折紫電が走って地上に落ちた。
「ハアアッ!」
 雷刃の襲撃者が竜巻の間から飛び出す。
 天使達と攻防を繰り広げていたシグナムがそれに気づき、レヴァンティンを正眼に構えた。
「電刃衝!」
 魔力によって形成された大剣を手にした少女は高速飛行で接近しながら直射型の射撃魔法を連射する。
「クラールヴィント、お願い守って! 風の護盾!」
 マシンガンの如く発射される魔力光弾はシグナムの前に現れた緑色の壁によって遮られる。
「そんな壁じゃ止められないよ!」
 少女は大剣を突き出すようにして持ち、射撃魔法を撃ち続けながら壁に向かって突進して来る。しかも魔力刃と少女の全身から電気が迸り雷光が周囲を照らす。
 シャマルが展開する魔法の壁を大剣が突き破り、シグナムへ標的を定めた。
 少女の速さはフェイトを越えており、空は竜巻による気流の乱れで飛行魔法でも満足なスピードで動けない。ザフィーラがとっさの判断で間に入ってシグナムを守ろうとするが、少女のスピードの方が速い。
 避けきれないと判断したシグナムは剣を振り下ろす。
「――ぐっ!?」
「うおっ!?」
「シグナム! ザフィーラ!」
 大剣の切っ先がレヴァンティンの刃に受け止められる。だが、雷刃の襲撃者の速さは凄まじく、レヴァンティンが弾かれてシグナムの体が吹っ飛び、割り込もうとしたザフィーラ共々少女の体から発せられる電撃を全身に浴びてしまった。
 少女は高速飛行を続けながらシグナム達から離れ、弧を描きながら飛びつつ射撃魔法を再び撃って来る。
「しつっけぇ!」
 ヴィータが交戦していた天使の頭を潰し、少女の射撃魔法の射線上に移動すると鉄球を空中に出し、グラーフアイゼンのハンマーヘッドで叩く。
 魔力付与された鉄球が発射され、少女の射撃魔法とぶつかる。魔力付与された分の魔力と魔力光弾が相殺し爆発を起こした。そして実体のある鉄球が爆発の煙の中から飛び出し、少女へと向かっていく。
 しかしそれも続く少女の射撃魔法によって破壊された。
「くっそ、これじゃ手の出しようがねえ」
 雷刃の襲撃者は高速飛行を続けながら遠距離で高速弾の射撃魔法を撃ち続け、近距離では大剣と体に電流を纏わせた突撃を行うヒット&アウェイの戦法を取っていた。
 ベルカの騎士の遠距離攻撃の手段は少なく、ヴィータの攻撃では届かず追いつけない。相手が速すぎて飛んで追いかける事も出来ず、周囲の竜巻が邪魔だ。しかも天使達はまだ現在しており、数が減ると少女が再転送してくる。
「完全に詰められたわね」
 天使からの射撃を防ぎながら、シャマルの額から汗が流れる。
「……いや、方法はある」
 再び守護騎士らに矛先を向けた少女を見上げながらシグナムが鞘を取り出す。
「囮なら私がやる……」
「防御と攻撃を同時に行うから私の方が向いている。それに、来るぞ!」
 ほとんど話す間も無く少女が接近していた。
「何が守護騎士だ。その程度の力で、夜天の書を守れなかったくせに騎士を名乗るなんて……身勝手なんだよ君達は!――これで、終わりにしてあげるよ!」
 大剣から眩しい程の雷光が奔った。
 シャマルのバリア魔法が再び反応し発動されるが、雷刃の前に砕ける。
「これでも、喰らえ!」
 大型の鉄球がヴィータによって撃ち出された。
 少女の攻撃はほぼ直進であるため、軌道を予測しての攻撃だ。だがそれも魔力刃で真っ二つに割れた。
 それでもバリアと鉄球を砕いた少女のスピードは僅かに減速した。
 その瞬間を狙ってシグナムが自ら少女へ正面から飛び出す。左手に持つ鞘を逆手に持ち、炎熱を纏わせる。
「……身勝手、か。確かにお前の言うとおりなのかもな。だが――」
 鞘と刃、炎と電気が激突した。
「どんな罵りを受けようと、我らは決めたのだ」
 シグナムは大剣をそのまま受け止めるのでは無く、受け流す。
 金切り音のような削れる音が鞘からし、魔力変換による炎と電気がせめぎ合う。
「夜天の最後の主、八神はやてを見守り続けると!」
 シグナムが鞘で大剣を受け流すと同時に魔力刃の鍔に沿ってレヴァンティンを横に振る。
 レヴァンティンの刃の先には少女の顔があった。
 雷刃の襲撃者は驚愕に眼を見開きながら頭を下げて刃を避ける。だが、無理矢理体勢を変えてしまったせいでバランスを崩し斜め下をへと体を回転させてしまう。
「うおおぉぉっ!」
 そこに、ザフィーラが少女へと一気に間合いを詰めて拳を放つ。
「うわっ!?」
 少女は体を捻りながらかわす。ザフィーラの連撃が続いて襲って来るが、少女は素早い身のこなしで回避する。
 回避するが、反撃ができない。大剣のリーチが長すぎて格闘戦を仕掛けるザフィーラに攻撃ができないのだ。それに、雷刃の襲撃者の姿は闇の書事件当時のフェイトのもので、体格からしてザンバーフォームは大きすぎる。
 ザフィーラの右拳が顔面向かって放たれる。少女は咄嗟に避け、同時に左脇腹に衝撃が来た。視界が迫り来る拳に遮られ、遅れて放たれたザフィーラの蹴りが見えなかった。
「うっ――」
 体がよろけた。その隙を見逃さずザフィーラの左拳が来る。
「はあっ!」
 悲鳴にも似た声を上げながら、少女が全身から大電流を放出する。至近距離にいたザフィーラに直撃し、皮膚を焼き神経を痺れされる。
 しかし、ザフィーラは止まらない。
「ウオオオオォォォォーーッ!」
 雄叫びを上げながら、ザフィーラは雷刃の襲撃者の顎を打つ。
 左アッパーが直撃し、少女の小さな体はその勢いで高く飛んだ。
「こ、このぉっ」
 勢いを無理矢理殺して空中で制止する。
「捕まえた!」
 シャマルの声と同時に少女の周りに魔力の紐が現れ、今度こそ捕らえる。
「くそっ、こんなもの――」
 力付くでバインド魔法を外そうとする少女に巨大な影が差す。
 見上げると、長い長い柄の先にビルが刺さったような巨大なハンマーを振り上げたヴィータがいた。
「ブッ潰れろォ――ギガントシュラークッ!!」
 巨大な鉄槌が振り下ろされて、雷刃の襲撃者は叩き潰された。



 天使は両膝を撃ち抜かれ、地面に両膝を付いた。そして、目の前にジープが迫り轢き潰された。
「うっわ……」
「魔法生命体で良かったな。でなきゃ今頃グロい光景見る所だった」
 ウェンディとノーヴェが轍と化して消えていく天使を振り返る。
「二人とも頭下げる」
 ディエチの言葉と共に二人が頭を下げて後部座席に身を沈めると同時に頭上を柱のように太い腕が横切る。更に空から天使が急降下して来た。
「邪魔だっつーの!」
 ノーヴェがケースを構えたままシートに片手を付いて、逆立ちするようにして降ってきた天使をローラーブレードで蹴り飛ばす。
 そこにウェンディがライディングボートの銃口を向けて蜂の巣にした。
「キリが無いっスね」
「セイン、まだ着かないのかよー」
「まぁだだよ……って言うかさ、運転してるこっちにもなってよ! 頭上からバンバン撃たれるわ天使に殴り掛かれるわで怖いんだよ!」
「避けてるから平気でしょ?」
「怖いから避けてるの! ――うわっ!?」
 ジープの前に天使が落ちて来て巨大な腕で車両を正面から受け止めた。
「うわああっ!」
 ジーブの前が持ち上がり車体が浮く。ハンドルを握ってシートにちゃんと座っていたセイン以外のナンバーズがジープから落ちかける。
 四輪駆動であるジープの前輪が空振りを続け、後輪は空しく土を抉る。
「もう、何やってるんだよ」
 地面と垂直になりかける助手席のシートからディエチが跳び、ボンネットとフロントに足を乗せる。そして狙撃砲を回転させ、槍どころか破城槌のように天使の顔面突き刺した。
 本来なら障壁に阻まれるが、ジープのAMFによって弱められた障壁は容易く狙撃砲に貫かれる。
 ディエチが引き金を引く。密着状態から放たれたエネルギーは天使の頭部と胸半分を消滅させた。
「ナイス、ディエチ!」
 前が僅かにバウンドし、車体が元に戻りながら前進する。だが、前方の地面に射撃魔法が降ってきた事でセインはジープは急ブレーキを掛けた。
 車体が一瞬前に傾き、止まった。
「ようやく止まりましたね」
 空に星光の殲滅者が浮かび、杖の先をジープに向けていた。ディエチとウェンディも少女に銃口を向けているが、既に天使達に包囲されている。
「レリックを渡しなさい。素直に渡すのならこれ以上の危害は加えません」
「えぇー、マジっスか?」
「マジです」
「だって。どうするっスか?」
 ジープの上で姉妹は円陣を組み相談し始める。ディエチだけは狙撃砲を上空の少女に向けたままだ。
「さっきまで撃ちまくってた人が言うセリフじゃないよね。それに、撃ち抜いてでも止めるとかどうとか言ってなかった?」
「でも、言動が物騒なだけで嘘付くタイプには見えないっス。どうせレリックなんて他にもあるんだし、今日の所は引き上げてまた次にリベンジするってのいいんじゃないスか? ぶっちゃけると早く帰りたいっス」
「あたしはそんな事より、トーレ姉の説教が嫌なんだけど?」
「………………」
 三人の頭に、自分達に正座させて説教をする三女の姿が明確に浮かんだ。
「まあ、しょうがないよね」
「しょうがないっスよね。だって怖いんだもん」
「すっげえ、嫌だけどな……」
「それで、どうするの?」
 ディエチは視線だけ動かして姉妹達の方を見る。
「こうする」
 セインがノーヴェからケースを掴んでシートから立ち上がる。
「ほうら、受け取れー」
 言って、ケースを空に浮かぶ少女に向かって大きく放り投げた。
 少女はジープに向けていた杖を下ろすと片手でケースを受け止めた。
「最初から渡して頂ければこんな面倒な事をしなくとも良かったのです。お互いに時間を無駄にしましたね」
「あー、それならもう帰っていい?」
「まだです。中身を確認してからです」
「しっかりしてるね……」
 セイン達から視線を外し、ケースの鍵を開ける。元々重要視されていたのか頑丈そうなケースだった。しかし、所詮発掘員が施した封の為か鍵は簡単に開けられた。
「なっ――」
 ケースの中にはレリックが入っておらず、代わりに手榴弾が入っていた。蓋を開けた時に外れたのかピンが外れている。
 空で爆発が起きた。
「やっりぃ!」
 セインが両手を上げて万歳し、すぐさま後ろ足でハンドル下のボタンを押した。
 ジープの両サイドが開き、中から三つずつミサイルが発射される。機械兵器のⅠ型の強化武装として試作されたミサイルランチャーをそのままジープに流用したのだ。そのせいで見た目に反してジープの積載量は少ない。
 計六発のミサイルは一度高く上昇すると空中で向きを変え、包囲していた天使達に向かって落下し直撃する。
「くっ、やってくれましたね」
 直前にバリアを展開させ難を逃れた星光の殲滅者は爆発により生じた煙を振り払う。地上にいた天使達も障壁に守られて無傷だった。
 煙から脱出した少女が見下ろすと、ジープは走り出している。
「逃がしません」
 少女が追おうとした時、突然ジープが沈んだ。
 水の中に飛び込んだわけでは無い。地面の中へ、潜るように車両が沈んでいく。その車両の真下には幾何学的なテンプレートが輝いていた。
「ISですか……」
 無表情な顔に僅かな焦りの色を浮かべながら射撃魔法を放つ。天使もジープの後を追って飛びかかった。
 だが、着弾する直前にジープは沈みきってしまった。天使が地面に腕を振り下ろすが、穴が出来るだけでジープの影すら見当たらない。
 少女は即座にサーチャーを周囲にばらまき探索を開始した。天使達も四方に散って探し始める。
 逃げられた、とは少女は思っていなかった。物質に潜る能力があるのならば最初から使っていたはず。その能力を使わなかったのは何かしらの制限があるからだ。例えば使用時間や共に潜れる人数や重量など、限界があると推測できる。ならば、その場から動かず周囲に注意を向けていれば自ずと現れる筈だ。
「――…………いた」
 数分後、少女の予想通りジープが地表に現れた。
 そんなに距離が開いていない。十分に射程距離であった。
 星光の殲滅者は杖を即座にジープに向け、周囲の魔力を集め収束する。
 もうレリックがどうとか言っていられなかった。次元世界の大気が明らかに異常を来している。雷刃の襲撃者は天候を操作できるがそれは局地的な物でこれほど広範囲に影響するものではない。
 ならば一体誰の仕業か。心当たりは一つしか無い。闇の書と呼ばれていた頃のプログラムを更に手を加え自分達マテリアルが生まれるきっかけを作ったドライだけだ。
 天候が変わらない事から、恐るべき魔力と演算能力、記憶領域を持つ彼女が今もまだ戦っているのだろう。彼女が戦っている相手は、データだけ見ただけだが、あの狂人のツヴァイとも戦い負傷させた戦闘機人。
 そして、少女が今追っているのは彼の仲間の戦闘機人。侮ってはいけない相手であり、現にさっきからいいようにやられている。このままではレリックを奪うどころか逆にやられかねない。
 だから、少女はこの一撃で決めようと思った。全力では無いが容赦無しの本気の砲撃。レリックに当たって爆発したとしても自分は安全圏にいる。レリック消滅の咎を受けたとしても適当に言い訳すればいい。管理局以外の勢力がこの場にいる時点で十分イレギュラーな事態なのでどうとでも言える。
「ルシフェリオン――」
 高速で周囲の魔力を収束し、いざ撃とうとした。しかし――
 ――足りない?
 ジープに乗っていた四人が、三人に減っていた。あと一人は一体どこに、と疑問に思ったその時、真下からエネルギー反応を感知した。
「しまった!」
 急いで杖をジープから真下へ向ける。デバイスの先端に集められた魔力も同様に移動し、砲門が地面の下にいるであろう存在に狙いを付けた。
「ブレイカーッ!」
 発射される砲撃魔法。同時に、地面の下からも砲撃が発射された。
 衝突する二つの砲撃は互いに相殺し合いながら中空で大爆発を起こす。
 少女は砲撃後の硬直が解けると爆煙で視界が覆われているにも関わらず射撃魔法を撃つため魔力光弾を作り出す。
「させるかぁっ!」
 声に反応し振り返ると、ノーヴェがいつの間にか星光の殲滅者の目の前にいた。足下から伸びる光の道から跳び、跳び蹴りの体勢にある。
 少女が反射的にシールド魔法を展開させる。
 ローラーブレード型の武装ジェットエッジのスピナーが唸りを上げて回転しノーヴェの跳び蹴りがシールドと激突する。
 ジェットエッジの車輪部分から火花が、シールドからは魔力が削れ散る。
「ぐ、うぅ……」
 シールド越しに伝わるノーヴェの蹴り重圧に圧され、少女が苦悶の症状を浮かべる。対してノーヴェは――
「ブッ壊っすッ!」
 怒号。同時にシールドが割れた。
「がっ――」
 胸に盾を突破したノーヴェの蹴りが炸裂する。悲鳴も上げれず、星光の殲滅者は矢のように吹っ飛んだ。



 闇統べる王が放った広域魔法エクスカリバー。その威力は、はやてのデアボリック・エミッションと打ち消しあった。強大な魔力がぶつかり合った余波が衝撃波となって周囲の大気を震わせる。
 吹き荒れる風にはやては腕で目を庇いながら、向こうにいる少女の姿を見る。爆発の光で相手の姿がぼやける。
 強烈な光の中、闇統べる王の口元が不気味に歪むのがはっきりと見えた。そして、はやての目の前に新たな広域魔法が発生した。
「二発目、だ」
「そんなっ!?」
 驚きの声を上げながらもはやては反射的にその場から離れる。
 少女が広域魔法を高速処理する事は分かっていたが、続けざまに放つ事ができるとは思っていなかった。先程の戦闘でも少女は連続して撃つ事は無く、一定の間隔を空けて撃っていたからだ。
「まさかあれが私の実力だと思っていたのか? そんな訳が無いだろう。ク、クク、ハハハハハハッ」
 哄笑する少女。はやては歯噛みしながらエクスカリバーの効果範囲から退避しようと飛行するが、広域魔法の広がる速度の方が速い。
「はやてちゃん!」
「はやて!」
 二人の友人がはやてを助けだそうと動き出す。フェイトがはやてを抱えて効果範囲から脱出し、なのはが少女にエクシードモードのレイジングハートを向ける。
「スターライト――」
「芸の無い塵芥だ」
 なのはが砲撃魔法を撃とうとした瞬間、彼女の周囲に短剣型の魔力刃が生成される。同時に砲撃魔法の魔力の収束が滞った。
「これってまさか」
「周辺の魔力が別の魔法に使われては、ソレは撃てぬだろう」
 スターライトブレイカーは収束型砲撃魔法。周囲の魔力を集め、術者の魔力は発射の際に使用する。周辺魔力が別の魔法に使用されれば、撃てたとしてもその威力は知れている。
「直射型にしておくんだったな塵。と言っても、それではエクスカリバーを貫く事は出来ぬか」
 不敵な笑みを浮かべ、少女は杖を横に振る。
 周辺魔力で作られた大量の短剣が矛先をなのはに向けた。
「なのは!」
 はやてを抱えたフェイトが振り返る。
「フェイトちゃん、前!」
 天使達がフェイトの隙を突いて接近し二人を掴んだ。そして、掴んだまま飛び続ける。その先は広がり続ける広域魔法だ。
「道連れにするつもりかいな!?」
 天使は消滅してもすぐに新たな天使が防衛プログラムによって生まれる。特攻兵器として利用したとしても何の問題は無い。
 天使に捕まれた二人は引き剥がそうと抵抗する。だが、天使には障壁が有り、身体能力は並の人間では足下に及ばない。
「自らの非力さを呪え。塵共」
 周囲を埋め尽くす魔力刃がなのはに襲いかかり、フェイトとはやてが広域魔法に飲まれようとしている。
「スナイプショットッ」
 その時、男の声と共に三つの魔力光弾がなのはを中心に螺旋を描きながら取り巻く魔力刃を砕いた。同時に同様の魔力光弾が二つ、天使達を貫いていった。
「エターナルコフィン!」
 再び魔法を唱える声と共に爆心地が広がりつづけていた広域魔法が一瞬にして凍り付いた。
「この魔法は……フンッ」
 氷付けにされた自分の魔法を見下ろした闇統べる王は右後方に魔力を纏わせた杖を振る。
 いつの間にか少女に迫っていた六発目の魔力光弾が撃墜された。
「塵がまた一つ増えたか」
「随分と人を馬鹿にした言い方だな」
 暗雲の下にクロノ・ハラオウンが宙に浮いていた。手には白と青の杖型デバイス、デュランダルが握られている。
「純魔力の固まりであった防衛プログラムを一瞬で凍結させた魔法なら、我の魔法も凍らせる事は可能、か」
 巨大な氷の固まりとなった広域魔法にヒビが入り、粉々に砕ける。
「始めまして、かな。英雄殿の息子、クロノ・ハラオウン艦長。フュンフが会いたがっていたぞ」
「それなら管理局に連れてきてくれないかな。歓迎するよ。たっぷりとね」
「ハッ、ならば土産に貴様の首でも持って帰ろう」
「物騒だね。それに、そう易々と首を取らせるとでも?」
「今すぐ取ってやってもいいのだぞ? 貴様はせっかくの好機を逃した。先の不意打ち、塵芥共を庇って魔法に撃つのでは無く我を撃つべきだった。凡夫の貴様では、あと何発撃てる?」
「………………」
 凍結系魔法の最高峰であるエターナルコフィンは魔力の消費が著しい。はやてと比べ魔力量で圧倒的に劣るクロノでは易々と広域魔法を撃てない。
「ありがとうクロノ君。どうしてここに?」
 助けられたなのはが油断無く少女を警戒しながらクロノの傍による。
「救援に来た。レリックは?」
「はやてちゃんがちゃんと持ってるよ」
「そうか……」
(僕が隙を作る。なのはとはやては転送ポートへ。発掘員や局員達はアースラに避難した。僕達もこの世界から避難する)
 クロノが三人に念話を送る。通信妨害の為、連絡が取れない状況だったがそう遠く無い距離での念話は通じるようだった。
(でも、この子を止めんと……)
(今は状況が混乱してる。次元世界の天候もおかしくなってるし、ロストロギアを持ったまま戦うのは危険が大きい)
(……わかった)
(シグナム達は?)
(通信が繋がらない。あの四人の事だから無事だろうけど……フェイト、一番機動力のある君が直接行って知らせてきてくれ)
(うん、わかった。でも、隙を作るって言ってもどうやって?)
(何とかやってみるさ)
 クロノの傍に、先に放った魔力光弾が五つ集まった。
「スナイプショット」
 トリガーとなる言葉を唱えると魔力光弾が一斉に少女に向かって発射される。
「ハッ」
 それを見て少女は鼻で笑い、杖を振る。同数の魔力光弾が現れ、クロノの魔力を撃墜する。
「五つ……私が最初に潰したものを含めれば六つか。六つの射撃魔法を操りながら広域魔法を撃った器用さは認めてやるが、力不足だな塵芥」
「違うな。僕達は塵じゃない。それと、六つじゃなくて七つだ」
「――なに?」
 怪訝そうな表情をする少女。その直後、何かに気づくと空を見上げた。
 いつの間にか、七つ目の魔力光弾が真っ直ぐに落ちてくるところだった。
「チッ」
 舌打ちと同時に上へシールドを展開させて防ぐ。
 そして、クロノが着弾すると同時に少女に向かって飛ぶ。フェイト並の高速飛行によりほぼ一瞬で間合いを詰め、デュランダルの先端を向ける。
 闇統べる王は前方にシールドを再展開させようとする。だが、すぐに杖の向きを変えると上へ向けなおす。
 目の前まで来たクロノを無視し、クロノの頭より上を見上げる。
 そこに、クロノの後ろからもう一人のクロノの姿が飛び出してきた。
「小賢しい真似をしたものだな」
 前方から来たクロノの姿が、霧が晴れるように消えていく。幻影魔法によって一気に間合いを詰めたように見せかけ、本体は幻影の影から少し遅れて死角から攻撃しようとしていのだ。
 死角から現れたクロノの顔が歪むが、止める事はできずそのままデュランダルを突きつける。だが、少女のシールドは既に展開されており止められるのは目に見えている。
 デュランダルはシールドによって止められ――クロノの体ごと消えた。
「なに!?」
 驚きと共に背中に固い金属の感触があった。
「君なら、一つ目は見抜くと思ってたよ」
 闇統べる王の背後に、本物のクロノが杖を突きつけた状態で浮いていた。
 幻影は二つあった。一つ目は通常の戦闘時に使用している幻影。二つ目は、観測基地からのカメラを見破り破壊した闇統べる王に対して設定した高度な幻影だ。
「ブレイクインパルス!」
 デュランダルの先から振動エネルギーが送り込まれ、少女の体が吹っ飛んで行く。
「今だ、三人共!」
 クロノの声と共になのはとはやて、フェイトがそれぞれ別の方向に向かって飛び出していく。クロノは吹っ飛んで行った少女の方向を一瞥してからなのは達の後に続いて飛行して行った。
 魔力放出を受けて地面に落下していく少女は、空中で体を捻り、体勢を立て直すと宙え制止する。
「ふむ……」
 バリアジャケットが破れているが、少女の顔に疲労は無い。服についた埃を叩き、去っていくなのは達を見上げる。
「実戦経験の差、と言ったところか。なるほど、フュンフの設計思想も捨てたものではないな」
 クロノの攻撃が直撃したにも関わらず少女はまだ余裕の笑みを浮かべていた。
「逃がさんよ、塵芥」
 闇統べる王が杖を掲げ、魔導書型デバイスが宙に浮いて一人でにページが捲れる。
「――――」
 だが、少女は突然杖を下ろすとなのは達が去っていった方向とは別の方角に顔を向ける。視線の先には荒れ果てた大地の地平線と、黒々とした雷雲が集まり絶え間なく雷が落ちている空しか無かった。
 少しの間少女が地平線の向こうの雷雲を見ていると、暗雲が晴れ始め、吹き荒れていた風も徐々に収まりつつあった。
「……仕方あるまい。二人にも良い土産が出来た事だし、退却するとしよう――二人とも、戻って来い」
 魔導書を閉じる代わりに少女の目の前に三つのモニターが現れた。一つは二分割された画面で星光の殲滅者と雷刃の襲撃者の顔が映っている。そして残る二つにはそれぞれなのはとフェイトの先の戦いの映像が映っていた。



 異常気象の中心、その上空には分厚く黒い積乱雲のようなものが渦を巻くよう捻った形で浮いていた。縦の長さもそうだが、その大きさは街一つ飲み込んでも余りある。そして、その真下にて常に雷が雨のように降り注いでいる。
 それだけでは無い。地表付近には広域魔法が永久展開され一つの太陽が出来ていた。
 太陽と間違うほどの広域魔法の中心では射撃魔法の気軽さで砲撃魔法が連射されている。
「これでも避けますか……」
 天候操作、広域、砲撃、多重シールドを駆使しながら現象の中心でドライは憎々しげに呟いた。
 彼女の相手はたった一人。大隊規模の魔導師達を相手にするような魔法を行っていてもたった一人の相手を倒せないでいた。
 ダメージは与えている。相手の動きを計算し拘束魔法や広域魔法の遠隔発生、魔力変換では無く天候操作で本物の雷を落とす事で手傷を負わせる事に成功していた。相手も時折魔法を使ってくるが、魔法素質はドライが圧倒している為に問題ない。
 しかし、決定打は一切無い。相手の頑強さは度外れており、少なくともニアSランクの魔法でないとダメージは与えられない。何よりスピードが速すぎる。百手打って当たるかどうかだ。
 逆にドライは一撃で終わる。
「くっ――」
 顔を歪め、ドライは高速飛行を行いながら光弾を撃つ。常に展開される広域魔法に突っ込んできた敵――トゥーレは右腕から生えるギロチンを構え、ドライを追いかける。
 とうとう追いつかれ、ギロチンの刃が首めがけて振るわれる。
 ドライはシールドを多重展開し、同時にいくつもの砲門を生成し至近距離で発射。
 多重シールドを破った刃がドライの首筋を僅かに掠め、血が滲む。それだけで済んだのは広域魔法内で僅かに速さが鈍り、光弾を避ける際の軌道を予測してシールドを張ったドライの演算能力があっての事だ。
 いくつもの砲撃を避けながらトゥーレが広域魔法の範囲内から一瞬で距離を取った。当然それを追って光弾が発射されるが掠りもしない。
 ドライは額から冷や汗を流す。首筋にはギロチンによる切り傷がいくつもあり、しかもそれが回を増す度に傷が深くなる。彼女の白い衣装は首から流れる血によって赤く染められていた。人間なら大量出血で死ぬところだが、生憎彼女は人ではない。この程度では死なない。
 皮肉な事に、逆にそれが精神的な恐怖となっていた。ギロチンが来る度に言いようのない死の予感に囚われかけ、常人ならば避けるなどの問題以前にそれだけで逆に首を差しだしかねない鋭い重圧を与えてくる。
 一見互角に見える傷も、実は最も死に近いところにいるのがドライだった。
 しかし、彼女にも勝算はあった。今までの戦闘で行動パターンをほぼ掌握。必殺の一撃を放つ為に、彼女は反撃に出る。
「ATEH MALKUTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM AMEN」
 ドライの腕が宙に十字の印を刻む。
「我が前に我が前に五芒星は燃え上がり、我が後ろに六芒星が輝きたり―――
 されば神意をもって此処に主の聖印を顕現せしめん―――」
 白い少女の口から紡がれる術式はミッドチルダにもベルカにも無いもの。彼女のオリジナルが使っていたと思われる高度な術式だ。秘匿級のロストロギアと言っても過言では無い魔法の大量の情報をドライは一瞬で処理する。彼女の両手に輝く枷が出現する。
「モード“エノク”より、サハリエル実行――」
 その瞬間、トゥーレの体が白い光を放つ鎖によって拘束された。
 いくら彼でもこれで数秒の隙が生まれる。その僅かな時間でドライは新たな式を紡ぐ。
「虚空より、陸海空の透明なる天使たちをここへ呼ばわん、この円陣にて我を保護し、暖め、防御したる火を――」
 式の途中で彼女の脳に警告が起きる。
 彼女自身の危険ではない。彼女と繋がれた基地のCPUからの危険信号。何者かが、基地へハッキングを仕掛けている。
「こんな時に……」
 術式は途中で中止された。再び行おうにも、トゥーレが直に拘束から解放されて今度こそ間違い無く首が刎ねられる。
 躊躇してる間に拘束具が軋りを上げた。
「……仕方ありません」
 せっかくの好機だが、ドライは防衛プログラムに撤退の信号を送ると転送魔法によって観測指定世界から消えた。
「………………バレたか」
 拘束が外れ、トゥーレは術者がいなくなった事で晴れていく空を見上げた。
 ドライと違い、トゥーレは別段悔しがっていなかった。本気で殺す気ではあったが、本来の目的はドライを戦闘に集中させてウーノの敵本拠地と思われる場所へのハッキングをバレないようにする事だ。今頃、自分の思惑通りに進んでスカリエッティが薄ら笑いを浮かべている頃かもしれない。
 これで今まで所在地が不明だった敵対勢力の基地が分かれば十分に元が取れる。
「あいつら無事だといいんだが」
 すっかり地形の変わった大地に降り、トゥーレはナンバーズと連絡を取る。ドライがいなくなった事で通信は回復していた。
「無事だったか?」
「無事じゃないよ、もう」
 モニターにセインの顔が映し出された。その背後には他の三人もいる。ひどく疲れた顔をしているが、無事だと分かったのでセインの言葉は無視した。
「レリックは?」
「ちゃんとあるっスよ」
 これで、最低限の成果は得られた。と言うより、元々はレリックが目的だったのだ。
「これでトーレ姉の説教は免れたね」
「それはいいんだが、ディエチ。何でノーヴェの機嫌が悪いんだ? つか、お前も何で砂だらけなんだよ」
 モニター越しでもノーヴェがイラついているのが見て取れた。そして、ディエチの格好は砂に塗れていた。
「放っておいてよ。ノーヴェは、戦ってた相手が蹴られても立ち上がってさ」
「……どんだけ頑丈なんだよ」
 突破力で言えばノーヴェはナンバーズで最も高い。そんな彼女の蹴りを受けて無事な相手とはどんな化け物なのだろうか。
「さすがに無傷じゃなかったけどね。相手もどこか転送されちゃったし。でも、ノーヴェは納得してないみたいで拗ねちゃって……」
「拗ねてねぇ!」
「どうでもいいから帰ろうよ~。私もうクタクタ。帰ってお風呂入りたい」
「そうっスね。あたしも早く帰りたいっス。もう埃だらけで」
「私も砂だらけで早く洗い落としたいよ。そういう事だから迎えに来てくれる? 転送使えるのトゥーレだけだし」
「ああ、わかったよ」
 通信が切れ、トゥーレは四人を迎えに行く為に転送魔法を発動させる。
「向こうは上手く敵の居場所、突き止めたかな……」



 カフェのテラスにて、スカリエッティはすっかり冷めて不味くなったコーヒーを飲み干した。
 テーブルの上に表示されているモニターにはウーノの顔が映っている。
「大丈夫だったかい?」
「寸前でネットワークを切り離しましたので、逆ハッキングは防げました。そして、敵本拠地の座標を得る事に成功しました」
「それは良かった。それでは、用も済んだ事だし帰ろうか、二人とも」
「はい」
「了解しました」
 護衛として付き合っていたトーレとチンクが椅子から立ち上がる。
「久々にゆっくりとした時間を過ごせたよ。時間を無駄にする、と言うのも逆に有意義な使い方かもしれないね。向こうも、見てるだけで無く通信の一つでもくれれば良かったのに」
 トゥーレ達が観測指定世界で戦っている間、スカリエッティ達はカフェの隅で時間を過ごした。監視カメラからの視線を受けたまま。おかげでカメラからの回線を使って、現存するスーパーコンピューターを凌ぐ演算能力を持つドライがいない隙を狙ったハッキングに成功はしたが、スカリエッティは少々物足りなさを感じていた。
「直接会う事は無くとも、会話ぐらいはしてくると思ったんだけどね……」
 スカリエッティがカフェから出ようとした時、突然店内のテレビが大音量を出した。
 店員が慌てて音量を下げ、チャンネルを変えようとする。先程まではニュースが流れっぱなしだったのだが、突然別のニュース番組に切り替わっていた。音量だけで無くチャンネルも変わっていたようだ。
 しかし、ボリュームは下がってもチャンネルは変更されず、店員は困惑していた。しかも、モニターにはニュースは同じ場面ばかりがリピートして流れる。
「…………」
 それは新型航空機のお披露目が二週間後に臨海第八空港にて行われるというニュースだった。
「……クッ、クハハハッ」
 珍しく呆然とした表情でモニターを見上げていたスカリエッティが笑う。
「成る程、それならば是非ともその招待を受けようじゃないか。楽しい祭りにしてくれるんだろう? なあ、我が父よ――」





 ~後書き&雑談~

 正田卿の新作PV見ました。ある二人のキャラが女体化した蓮タンと傾奇者化した司狼に見えた自分はもう駄目な人間です。あと、ベイ中尉主役抜擢おめでとう。

 集団戦が辛いです。あと、正体不明にし過ぎたせいでどうやって第三勢力のアジト突き止めようか考えた末にアホな方法しか取れませんでした。頭良い人ってマジ尊敬します。
 これでも、もっと厄介な集団戦が控えていますが、何とか盛り上がる戦闘シーンを書けるよう努めて行きたいと思います。

 資料集めも兼ねて今更「Force」の単行本買いました。皆、ガンダムだの言ってましたが確かにメカメカしい。なのはにサバーニャごっこさせても問題無いような気がしてきました。
 AEC装備ってデバイスって言うよりオプション兵装みたいな感じですね。対AMFとしても使えるらしいので、なのは側強化として出そうかと思っていますが、科学の技術発展的に十年の差は大きいです。
 いっそ、アルハザードのせいにしてデバイスの魔改造してしまおうか……。



[21709] 三十六話 クリミナル・パーティー(Ⅰ) 開演の砲火
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/02/01 23:03
「どういう事なん?」
 目の前のモニターに映る情報を見て、はやては頭を抱えそうになった。デスクに座るはやての背後にはリインとフェイトがいる。
 第162観測指定世界での事件から翌日、二人は現場に残っていた証拠物件から相手の正体を探ろうと調査していた。ドライ率いる天使や防衛プログラムについては何も残されていなかったが、所属不明の機械兵器の残骸なら大量にあった。それを回収し解析班に見せ、残骸の一部から名前入りの部品が見つかった。
 そして、管理局データベースで照合したところ、ある男の情報が開示された。そして、その男の顔写真を見たフェイトが別の男の写真をモニターに表示させたのだ。
「同一人物? でも…………。フェイトちゃん、この事知っとったん?」
「ううん。私も、このスカリエッティって言う人は初めて聞いた」
 モニターには二人の男性の顔写真が映っている。
 一つは管理局の広域指名手配犯、ジェイル・スカリエッティ。そして、フェイトが映したもう一つの画像はアレクトロ社でフェイトにアルハザードの資料を渡した研究員だった。
 二人は瓜二つと言っていいほど同じ顔をしていた。紫色の髪、金色の瞳、知的ながらも鋭い眼差し。違いがあるとするならば、それは年齢だった。研究員の方が、スカリエッティよりも若く見える。
「親子、にしてはそんなに歳が離れてないみたいやし、兄弟だとしても似すぎや」
「一応、アレクトロ社に連絡を取ってみようか?」
「いや、本当に他人の空似かもしれへんし、何か関係があったとしても開き直られたらそれ以上追求できん。まずはこっちのジェイル・スカリエッティについて調べてみよう。幸い管理局のデータベースにあるわけやし」
「うん、わかった」
「よし。ならリイン、ちょっと手伝ってな」
「はいです」
 フェイトの返事を聞き、二人がスカリエッティの詳細な情報を表示させる為にコンソールを操作し始める。
 指名手配犯と言え、局員全員がその人物を知っているという事は無い。いくつもの次元世界を平定している為か指名手配犯の数も多く、執務官のフェイトでも全ての犯罪者を把握しているわけではない。特に、実行犯ではない科学者型の犯罪者は表に出るのは珍しく、直接危害を加える凶悪犯と違って後回しにされがちだ。
「何やの、これ」
 再びはやてが疑問の声を上げた。
 ジェイル・スカリエッティの犯罪履歴、映像、音声データなど多くの情報があった。しかし――
「逮捕歴どころか手掛かりが一切無い……」
 指名手配されている程の人間なら逮捕歴はともかく捜査によって逮捕の為の手掛かりがあるはずだ。追いつめたが逃がしてしまった、までは行かなくとも犯罪者になる前の経歴やバックボーンなどの情報が僅かでもあるはず。しかし、データベースにはスカリエッティが行ったであろう実験や技術開発など、彼が行った違法研究についてしか情報が無い。
「似てるね……」
「そうやな。違いは顔と音声が残ってるぐらいやね」
 正体不明のアルハザードの記録と空白部分が似ていた。
 犯罪履歴がアルハザードと似ているスカリエッティ。その指名手配犯と顔が同じアレクトロ社の研究員。何かしらの関係があると言っているようなものだ。
「これは、どう調べたもんかなぁ」
 そうはやてが呟いた時だった。フェイトのデバイスにメールが届いたというメッセージが出た。
「あ、ごめん。メールが来たみたい」
 言って、自分のデバイスであるバルディッシュを取り出す。
「プレシアさんの件でのメールかな?」
 プレシア・テスタロッサが過去にアルハザードとの接触が無いかの調査も以前並行して行っている。僅かに残った履歴を解析してる最中なのだが、その結果が出たのかもしれない。
「それなら、メールじゃなくて通信で連絡が来ると……」
 モニターを表示し、メールの差出人を見てフェイトが息を飲んだ。
「どうしたですか、フェイトちゃん」
 リインが声をかけ、はやてが後ろを振り返った。
「アレクトロ社の人からだった」
「え? 何かタイミング良すぎやね」
 はやてが怪訝そうに周囲を見渡す。
「もしかしてどっかで見られてるんと違う?」
 三人がいる場所は第08陸士部隊の隊舎なのだから、見渡してもいるのは局員だけだった。
「……メールの内容は?」
「招待状……。二週間後に北部の臨海空港で新型航行艦の航海式が行われるから友達も連れて是非来て欲しい。良い物を見せてくれるって……」
「それは、何ていうか――」
「とっても怪しいですー」

 白い部屋の中で、スカリエッティに瓜二つの男、アルハザードが嬉しそうに目の前の台座に座る少女を見上げていた。
 少女、と言うには語弊があった。台座に座っていた少女は短い期間で成長し、その体躯は女と呼べるだけの膨らみがあった。
 乱れた金髪は台座の肘掛けから床に落ちて広がるほど長く、右が緑、左が赤の虹彩異色の瞳は虚ろで天井を見上げてはいるがその実何も見てはいない。
 彼女こそ新たな夜天の書の主であり、闇と呼ばれた防衛プログラムの傀儡であった。
「そういう事態となったので、各自準備をお願いします」
 背後では、ドライが三人のマテリアルと向かい合って話していた。それよりも後方ではアインとフィーアが彫像のように黙って立っている。
「わかった。次こそは守護騎士達を倒して見せるよ!」
 意気込んで言うのはフェイトによく似たマテリアル、雷刃の襲撃者だ。しかし、彼女は一歩踏み出すとその場で転けた。
「うぐっ」
「……その体にはまだ慣れていないようですね」
 マテリアル達の体は成長していた。元となった人物のデータは六年前の古い情報だ。第162観測指定世界での戦いの際に闇統べる王が観測して得た最新情報にマテリアル達は更新された結果、十五歳相当の肉体年齢となっていた。
「我の方で祭日までには慣れさせる。恥を晒すような真似はさせんさ」
「そう言いながら何で僕の上に乗るのさ!」
 はやて似の闇統べる王が倒れている少女の背中を踏んでいた。
「まずはこの足を振り解けるようになれ。生まれたての子馬でも自分の足で立つのだ。やれ」
「何それっ!?」
「スパルタですね」
「そう思うなら助けようって気はないの?」
「ないです」
 キッパリと、ショートカットのマテリアルは言い切った。
「…………」
 冷たい目でマテリアル達のやり取りを見て、ドライはフィーアに視線を向けた。
「貴女は庭園の防衛をお願いします」
「わかりました」
「私とアインは地上に降ります」
「………………」
「アイン、体の方は大丈夫ですか?」
「それは私が保証するよ」
 背を向けていたアルハザードが黙ったままのアインに代わって答える。
「祭りにまでは保つよ。それまでに死ぬだなんて、つまらないし下らない。なあ、アイン」
「……当然だ」
「フフッ、さすが今まで生きてきただけあるものだ。さあ、準備を急ごうじゃないか。招待状は送った。もう後戻りは出来ない。後は進むだけだ。夜天の書は暗黒に満ちた海をゆりかごで渡り、私があの世界に二度目の挑戦を掛ける日に向けて駆けて行こうじゃないか。その為の祭りだ。その為の戦だ。その為の敵だ。さあ、さあさあ、忙しくなるぞ。そして楽しみだ。私が、私達が、彼が、彼らがどんな結末を迎えるのか是非とも観てみようじゃないか」



 そして、その日新型動力炉を積んだ航行艦のセレモニーは順調に進んでいた。第八臨海空港はミッドチルダの各部を結ぶ航空機だけではなく、次元港としても機能している。
 汚れ一つない航行艦は空港に集まった人々に誇示するかのようにゆっくりと空へ上昇していく。
 会社関係者やマスコミ、見物しに来た客、たまたま空港に来ていた者達がその新型航行艦の上昇に伴い顎を上げ、航行艦を見上げる。
 そして、地上のどこからでも見上げられる高さまで上昇した時、突然航行艦が爆発した。
 何の予兆も無く、強烈な光が艦から発せら、見上げていた者達の目を潰し、爆音が耳を襲い、爆発そのものが周囲のものを飲み込もうと広がる。
 典型的な魔力爆発。しかし、その規模は大きい。空で爆発したにも関わらず爆発の熱は滑走路どころか空港の一部を飲み込んだ。
 爆発の光が静まり、空港の至る所から火と煙が発生してあらサイレンが鳴り出した。
「おーおー、やかましいね」
 管制塔の屋根に取り付けられていた拡声器が破壊された。
「ははは、本当にレリックを花火代わりにするとは」
 管制塔の真上、人が上れない場所に金髪碧眼の赤いコートを着た人間が立っていた。右手には拡声器を壊したと見られる異形の大型拳銃が握られており、その銃口からは硝煙が昇っている。
「うちのドクターは派手好きだ」
 言いながら、ツヴァイは滑走路を見下ろす。喧しいサイレンを慣らしながら救助隊が爆発の余波を受けて破壊された施設や他の航行艦に向かっていく。
 爆発が空で起こった為に派手さと比べ被害は小さい。
「二次災害にも怯まず怪我人を助けに火の中に飛び込むか。それが仕事なんだろうが、その自己犠牲精神は涙ぐましい。だけど――」
 ツヴァイの右腕が音を立てながら異形のものへと変わっていく。銃をも取り込み、血の霧を纏って現れたのは砲身。
「今日この日はクリミナル・パーティーなんだろ。他人を助ける。治療する。火を消し、災害を食い止める。ああ、残念だけど地獄じゃあそれは御法度だ」
 右腕の砲身の先に光が集まり、熱線が眼下の救助隊に向けて放たれた。
 超高熱の砲撃は一本の剣のように横に薙払われ、隊員達と負傷者まとめて消し飛ばした。
 加速度的に二次災害による火災が広がり、沈み行く夕日よりも空を赤く染める。
「馬鹿が馬鹿やって大騒ぎするのが地獄だ。聖人悪人女子供関係なく殺し殺され、欲望のまま奪って犯して火を付ける。それでも地獄にするにはまだ足りない。
 もっと火を、血を、命を。地獄の釜はまだ開いてもいないんだ。今夜は長い。もっと盛り上げて行こうじゃないか!」
 ツヴァイの背中から左翼だけの黒い翼が生えた。
「ハハッ、アハハハハ、ハハハハハハハハハハハーーーーッ!」
 碧眼を赤く染め、血の霧を全身に纏わせながらツヴァイが管制塔を蹴り、飛び上がった。それだけで管制塔が首から砕け地上に向かって落ちる。
 空中で回転し振り向きながらツヴァイは右腕の銃口を背後にあった都市区画方面に向ける。
 都市から管理局の災害救助隊の車両が列を成して空港へと向かって来ている。
「イザヘル・アヴォン。アヴォタヴ・エル。アドナイ・ヴェハタット・イモー・アルティマフ
 イフユー・ネゲット・アドナイ・タミード・ヴェヤフレット・メエレツ・ズィフラム
 おお、グロオリア。我らいざ征き征きて王冠の座へ駆け上がり、愚昧な神を引きずり下ろさん
 主が彼の祖父の悪をお忘れにならぬように。母の罪も消されることのないように
 その悪と罪は常に主の御前に留められ、その名は地上から断たれるように
 彼は慈しみの業を行うことを心に留めず、貧しく乏しい人々、心の挫けた人々を死に追いやった
 彼は呪うことを好んだのだから、呪いは彼自身に返るように
 祝福することを望まなかったのだから、祝福は彼を遠ざかるように
 呪いを衣として身に纏え。呪いが水のように腑へ、油のように骨髄へ、纏いし呪いは、汝を縊る帯となれ
 ゾット・ペウラット・ソテナイ・メエット・アドナイ・ヴェハドヴェリーム・ラア・アル・ナフシー
 ――レスト・イン・ピース!」
 砲身から幾条もの熱線が放たれた。一つのミスも無く正確に遠方にあった管理局の車を撃ち抜く。
 それだけでは収まらず熱線は意思があるかのように勢いを失う事無く地上をのたうち回り、都市区画を襲い続ける。
 都市を破壊し蹂躙し、燃え盛る炎は沈む夕日の代わりに大地に灯りを燈す。
「ハハハハッ、アハハハハハハハッ!」
 高らかに哄笑する真紅の影。瞳を血に濡らし、異形の片翼と右腕を広げるその姿。
 地上に訪れた大災害の中、彼の姿を見た者がいるのなら誰もが思うだろう。
 ――悪魔、だと。

「あの野郎、ここに俺がいると知ってて撃ちやがったな」
 都市区画にあるアレクトロ社本社ビルの一室でフュンフが憎々しげに舌打ちする。壁一面のガラス窓からは燃え盛り濛々と黒い煙を出す都市と空港が一望出来た。
 それを眺めた後、歪ませていたフュンフの顔が笑みへと変わる。
「だがまあ、盛り上げるってとこには同感だ。どうせ流れる血なら派手に激しくってなぁ。その方が綺麗なもんだしよぉ」
 遠方の空にいる筈のツヴァイの声が聞こえていたかのように彼は独り言を口にする。
 彼のいる部屋には血の池と死骸の塊が出来上がっていた。アレクトロ社の重役達の成れの果てだ。空港のセレモニーに参加せずに社に残っていた彼らは新型航行艦が爆発する直前にフュンフによって皆殺しにされていたのだ。
 ただ殺戮する為で無い。フュンフは、せめてもの慈悲として何も知らずに死なせてやろう、と言うアルハザードの言葉を実行したに過ぎない。
 苦しませずに死なせてやる――それがアルハザードの技術を買い、匿い、援助して来た者達に対する彼らなりの返礼なのだ。
「カハッ。さあ、戦争の始まりだ。殺すか殺されるか。人として、いや、生物としての根源が試される格好の舞台だ。祝砲は上がった。火は灯した。後は互いの命を散らすだけだ。醜く美しく、汚らしく華麗に、足掻いて踊って叫んで歌おうじゃねぇかぁ、なあ、オイ!」

「――どうでもいいな」
 吐いて捨てるように、大剣を肩に担いだアインが低い声で呟く。
 場所は空港の中心。滑走路で起きた爆発の衝撃で崩れ、群れ成す人々を喰らう炎を背中に蒼い顔色をした黒い大男が立っている。
「俺のやる事は一つ。死ぬまでヒトを殺して殺して殺し尽くす。それだけだ」
 肩に担いだ大剣を一振り。それだけで剣先から炎が噴き出し波となって周囲を焼く。
 母を求め鳴く赤子を殺す。
 年端のいかない子供を殺す。
 我が子を抱きしめ守る母を殺す。
 己が身を矛に盾にし戦う父を殺す。
 抗う術と力を無くし枯れ行くだけの老人を殺す。
 この世のありとあらゆるモノを腐らせ殺す。それだけの為に今の彼がいる。それが存在意義。全てのモノを無価値として殺戮するアインは炎を背に歩みを進める。自他を死にやる為に。 



 機能を既に失った空港から、火の手が上がり崩れかけるアレクトロ社ビルからも離れたビルの屋上に三人の男女が集まっていた。 
「始まったな」
 武装の最終チェックを行っていたトーレが都市区画に目を向けた。
 彼女の後ろにはブーメランのような武装を持ったセッテに軍服風のバリアジャケットを着たトゥーレが立っている。
 彼女達だけで無く、他のナンバーズ達もそれぞれの待機場所で作戦開始の合図を待っている。
「お前はオットーとディード同様初の実戦だが、ISの無い状態で大丈夫か?」
「問題ありません。訓練は受けています」
 ナンバーズの中で単純な戦闘能力と飛行能力が高い三人は遊撃隊だ。高速戦を得意とするトーレ、ISに制限が掛けられながらも対魔導師戦能力の高いセッテが上空から敵対勢力、又は時空管理局の部隊に攻撃を仕掛け、トゥーレはツヴァイとドライが目標だ。
「皆、準備の方は出来たかい?」
 三人の前に大きなモニターが現れ、スカリエッティの顔が映る。
「こっちは準備オッケーです~」
 三つのサブモニターが表示され、のんびりとした口調でクアットロが返事する。彼女はオットーと共に戦場から離れた場所で機械兵器ーーガジェットドローンの管理を行う。その二人の護衛としてディードが傍にいる。
「私も」
 短く答えたのはディエチだ。彼女は長距離からの援護狙撃手として単独行動を行っている。
「突入隊も準備ができています」
 チンク、セイン、ノーヴェ、ウェンディの四人は敵本拠地への突入部隊として待機している。四人の他にルーテシアとゼストもそれに随伴する。アルハザードが複数のレリックを保有しているのは間違いなく、レリックを求めて二人はナンバーズに協力するつもりなのだ。
「こちらも準備完了です」
 トーレの言葉にスカリエッティが満足そうに頷いた。
「ルーテシアと騎士ゼストも協力感謝するよ。君達がいるというだけで心強い」
「………………」
「問題ない。ママのレリック探す為だから……」
 ゼストは黙したままで、ルーテシアがスカリエッティの言葉に答えた。
「もうすぐアレが出てくるだろう。皆緊張せずに普段通り任務を行ってくれれば上手くいく。大丈夫、君達なら出来るさ。各自、各々の判断で作戦行動を開始してくれたまえ」
「ドクター。相手側の戦闘機人はどうしますか~?」
 クアットロが言っているのは捕らえるかどうかだ。己のものとは違うコンセプトで造られた戦闘機人。技術者としてスカリエッティには非常に興味深いものに違いなかった。
「そうだね。なるべくなら捕らえたいところだ。だけど、それは諦めよう」
 意外な言葉がスカリエッティの口から出てきた。
「確かに興味はあるが、相手は危険過ぎる。無理して捕らえる必要も無い。そうだろ、トゥーレ?」
「…………」
「だから、皆は余計な事は気にせず頑張ってくれたまえ」
 ナンバーズの返事がそれぞれ聞こえ、次々とサブモニターが閉じられる。しかし、スカリエッティを映すメインモニターだけがトゥーレ達の前に表示されたままだ。その視線はトゥーレの方に向いている。
「そういう事だから、トゥーレは思うよう行動するといい」
「俺は何も言ってないぞ」
「言わなくてもわかるさ。例え私が捕獲を命じたとしても君は彼らを殺すだろう」
「………………」
「温い管理局ならば私の夢が叶おうと叶うまいとナンバーズ達の安全という点では問題は無いが、彼らは違う。高い戦闘能力を有する彼らは明確な殺意を持って我々に襲いかかる。生存本能全開に互いの命を賭けた戦いというのも鮮烈で興味がソソられはするものの、彼らでは冗談がキツい。だからトゥーレ。君は君が思うままに刃を落とし、首を刎ね、そのギロチンに血を注ぐといい」
「……フン」
 トゥーレがモニターを強制的に閉じた。ノイズ混じりに閉じられたモニターがスイッチだったかのように、空港上空の空間に歪みのようなものが発生した。

「フフッ、アハハハハ。ああ、ようやく姿を現してくれたか。今から私の作品達が、貴方が作り上げてきた物を破壊しに行く」
 アジトの巨大モニターに映るソレを見て、スカリエッティは高らかに笑う。
「ああ、待っているといい我が父よ。今から貴方の全てを破壊しに行こう」

「来るのならば来るといい。私は、この楽園にいるぞ」
 空が割れた。
 崩れ落ちる空の向こうに広がるのは次元空間。そこに隠れていた巨大な移動庭園が空港上空に現れる。
 荘厳で美しい光景だった。上部には緑が溢れ、花が咲き、その美しい庭を損なわない白く汚れ一つ無い建物が中心に建っている。そしてその上には、背から翼を生やし、手には武器を持つ天使の軍勢が並んでいた。
 しかし、空に浮かぶ庭園の下では街が燃え、黒煙が星空へと登っていく。逃げ惑い、悲鳴を上げる人々に炎が襲い、瓦礫が落ちてくる。
 大地の業火にライトアップされる事で庭園はより神々しく、天の汚れ一つ無い美しさは地上の醜さをより顕著に見せつける。
 天国と地獄、共に有り、存在しているからこそ互いが鮮烈に輝いていた。
「私の血と欲と夢を抱く息子よ。魅せてくれ、君の渇望を。でなければ、無限の欲望などと名付けた意味が無いではないか。失望、させないでくれよ? クッ、クハハハ、ハハハハハハハハーーッ!」

 闇の中で僅かに意識が覚醒するものがいた。
 夜天の書の管制プログラムは倦怠感のような、眠気にも似た感覚の中意識を集中してその存在を感じ取る。
 近くに、彼女に名前を与えた夜天の主、八神はやてがいる事に気付いた。少し離れた所では守護騎士達の存在も感じた。
 ――――だ、め――――だ――
 靄が掛かる意識の中必死に叫ぼうとするが、彼女には肉体が無く声としては出ず、念話による呼び掛けも出来ない。
 彼女のいる庭園には防衛プログラムから分裂し生まれた天使達の軍勢とその上位に位置し同胞である三体のマテリアル。更には五体の魔人の内四体もが地獄と化した地上に降りた。それを察知しながらもリインフォースに伝える手段が無い
 もう既に彼女は無力なプログラムでしか無かった。
 侵食してくる防衛プログラム。
 一筋の光すらない闇、底なし沼に沈んでいるように圧迫し拘束される中、微温湯に漬かっているような心地良さがあった。
 少しでも気を抜けばリインフォースは闇に沈み、完全に防衛プログラムに取り込まれてしまう。それはリインフォースだけで無く、彼女と融合している少女の終わりも意味していた。
 現主となっている少女は融合する前から瀕死の状態で、防衛プログラムの再生機能によって生かされている。内蔵器官を主に、体の半分以上が純魔力を実体化させている少女は防衛プログラムが無ければ死んでおり、精神は既に崩壊している。心も無く、少女の命は防衛プログラムと共にある。
 そんな少女を救う術も無く、助ける義理も無いはずのリインフォースは未だ防衛プログラムに抵抗し続ける。それは、自分が飲み込まれればはやてに更なる害が及ぶと分かっているから、そして彼女なら無駄だと分かっていてもきっと少女を助けようとしたはずだからだ。
 ――――主――
 同情、哀れみ、自己満足。卑下する言葉はいくらでもあるがリインフォースはそれでも良いと思った。
 そして彼女は気づいていない。プログラムである自分が夜天の書の使命を無視し、八神はやての事だけを考えている事に。
 切り離され、人と成りつつある守護騎士達と違い彼女はどこまでいっても所詮プログラムでしかない。管制プログラムと言えども、歯車の一つでしかないのだ。それが狂い始めている。
 リインフォースは六年前にあの少女と出会った事で既に壊れていたのだ。
 故に彼女は歯車として出来損ない。他の部分と調子を合わせる事が出来ずに無意味に回り続ける。

 ――繰る繰る
 ――グルグル

 他に影響を与えず無意味に回り続ける歯車など無価値。油を挿したところで回転を速めるだけでは、そんなもの――――停止しているのと同じである。





 ~後書き&補足~
 
 今回、あいたたたっ、な文章が多いです。敬愛する厨二ライターの方々。貴方達はどうしてそんなにセンスと根性があるのでしょうか。

 いきなり戦争が始まりましたが、最初は各キャラ達が空港に集まったりする理由や描写を書いていたんですがグダグダになったので端折りました。その結果が上のイタい文章です。もしかすると書き直すかもしれません。
 マテリアル達が成長してなのは達と同じバリアジャケットに身長となっています。これは、さすがに十歳前後の姿で血生臭い闘いさせるのはどうかと臆病風に吹かれたからでは無く、単純にパワーアップさせた為です。本当に。



[21709] 三十七話 クリミナル・パーティー(Ⅱ) 狼煙
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/02/07 22:58
 臨海第八空港及び隣接する都市区画はかつて無い混乱と災害に見舞われていた。
 時空管理局地上部隊、災害救助隊と第104陸士部隊が空港での魔力爆発の後に即行動を開始した。だが、空港上空からの謎の砲撃により現場に向かっていた部隊の一部が壊滅。更に都市区画でも火災が発生。続いて次元空間から都市一つほどの大きさを持つ移動庭園が現れ、翼を持った異形の怪物達が次々と降下し都市を破壊し回っている。
 災害救助、現れた敵勢力の対処など手が回らなくなった部隊は他地域の部隊に応援を要請。しかし、加速する火災に天使達の驚異はあっという間に都市を飲み込み、応援まで部隊がもつとは思えない。
 そんな時、現場付近に彼女達がいたのは幸運だった。
 調査でたまたま臨海空港へ向かっていた八神はやて、フェイト・T・ハラオウン、そして休暇ながらも二人に付き添っていた高町なのは、はやての固有戦力であるヴォルケンリッター達の面々がいた。
 天使との戦いも既に経験していた彼女達は市民に襲いかかっていた天使達を迎撃し、襲われている都市各所へ向かって救助と防衛の為に散っていった。
 そして、なのはとフェイトの二人は今一直線に空港へと向かっている。都市区画は続々と他部隊が集まった事でようやく救助が進み始めていたが、最初に被害のあった空港は上空に移動庭園がある為に天使達の数が多く近づけないでいたのだ。
 飛行素質を有している他の魔導師達は天使達と戦いを避けて迂回ルートを通り、一度に複数の天使を相手取っても余裕のあるオーバーSの二人が大急ぎの直線ルートを通っていた。
「フェイトちゃん。アレってもしかして」
「うん、間違いない。アレは……私が生まれた時の庭園と同型の移動庭園」
 過去、アルトハイム地方に停泊していた古代遺跡。プレシアがその辺一体の土地を買い取り、修復し起動させた次元航行も可能な移動庭園。それが時の庭園だった。
 六年前のPT事件時では時の庭園はプレシアによって大幅に手を加えられて原型を留めてはいなかったが、なのはは庭園の元の姿を資料で知っていたし、生まれ育ったフェイトが見間違えるはずが無い。
「あの時、崩壊して虚数空間に呑まれたはずなのにどうして……」
「多分、あれは――」
「プレシア・テスタロッサからのデータを元に一から作ったのさ」
「ッ!? なのは!」
 都市と空港を繋ぐ橋の手前まで来た時、空から雷撃が降り注いだ。咄嗟に回避し見上げる二人の前に黒いジャケットを着た男が空に浮かんでいた。手には黒い杖型デバイスを持ち、周りには帯電するカードが浮いている。
「全ての研究データは渡さなかったが、あの女はドクターに技術提供をして資金を得たのさ。さすがにそれ位の事は調べてあるよなァ、公務員のお二人さん」
「フュンフ……」
 フェイトが戦闘機人の男の名を呟く。
 天使がいるのならば、戦闘機人達もいるだろうと予測はしていたので驚きは少ない。
「ククッ、まさかのプレシア・テスタロッサも自分がいたアレクトロ社に匿われてる奴に技術を売っていたとは気づかなかったようだぜ。生きてる内に知ったらどんな顔しただろうなァ、カハハッ」
「アレクトロ社……やっぱりあの人が貴方達戦闘機人の」
 フェイトはアレクトロ社の研究員から招待状が送られてからこの日までにプレシアの過去の活動を徹底的に洗い出した。目星を付けた上での調査は思いの外進み、決定的な証拠は見つからなかったものの研究員とプレシアとの繋がりを臭わせる記録をいくつか見つけていた。
「滑稽で哀れな女だよな。会社に利用され切り捨てられ、娘を生き返らそうと研究し続けたら出来たのは出来損ない。ドクターに唆されてアルハザードへの道を開こうと企めば、出来損ないに邪魔されて死んじまった。クハハッ、ここまで来ると悲劇じゃなくて喜劇だなァ、オイ」
「……そこを通してもらいます」
 もう何も聞きたく無いと言わんばかりにフェイトはバルディッシュを構えた。同時になのはもレイジングハートの杖先をフュンフに向ける。
「ハッ」
 鼻で笑って、フュンフが杖を掲げた。同時に浮遊していたカードが真っ直ぐになのは達へ飛翔する。
「――シュートッ!」
「――ファイアッ!」
 放たれたアクセルシューターとプラズマランサーの魔力光弾が電気を纏うカードと激突し爆発を起こした。二人の攻撃の数がカードより上回っており、いくつかの魔力光弾が爆煙を突き抜ける。
 フュンフは自分に迫り来る魔力光弾に視線を向けず、バリアを展開して魔力光弾を防いだ。
 そして、魔力爆発による煙の中心が動くのを見るとすかさず魔力刃を生成し、発射する。
 そのタイミングは絶妙だ。煙の中から人影が現れるのと着弾はほぼ同時。
 だが、相手も予想していたのだろう。金の髪を揺らしながら煙の中から現れたフェイトは大剣を振り回し、魔力刃を斬り落とす。
 その直後にフェイトの影からなのはが飛び出しながら射撃魔法を撃つ。
「当たんねェよ」
 杖の先から魔力刃が現れ、フュンフは射撃魔法を斬りながら前進し、なのはを迎え打とうとする。
「なっ――」
 だがフュンフの予想に反し、なのはは射撃魔法を撃つだけ撃ってその成果も見ずにフュンフの脇を通り過ぎて行ってしまう。
「逃がすかよっ!」
 拘束魔法で捕まえようと左腕をなのはに向かって伸ばすが、左右後方から風切り音を立てて迫るものに気づき、振り向き様に杖先の魔力刃を二又に変化させて、高速回転しながら飛来するそれらを掴んだ。
 鎌状の金色の刃が二枚、二又に分かれた魔力刃の間に挟まれていた。
「てめぇ……」
 フュンフがフェイトを睨み付ける。
 鎌の魔力刃はフェイトが爆煙を抜ける前に、フュンフから見えないよう迂回させて放ったものだ。
「最初からあいつだけ先に行かせるつもりだったのか」
 空港へと向かうなのはの背中は既に射撃魔法では届かない距離にあった。砲撃又は追撃しようにも、それではフェイトに背中を見せてしまう。
「貴方の相手は私がします」
 そう言ってフェイトが大剣の先をフュンフに向ける。
「お前一人でか……」
 フュンフはフェイトに対し不用意に背を見せるほど彼女を過小評価していない。していないが――
「お前一人で、この俺の相手をするってか……」
 静かに、だが確実にフュンフの声に怒りが篭もり、十手のような二又の刃に挟まれたフェイトの魔力刃が砕ける。
「――ッザケた事抜かしてんじゃねェぞッ!」
 格下一人に嘗められていられるほど彼は心の広い人間では無かった。
 雷撃と雷撃がぶつかり合い、空が一瞬光に包まれた。



 都市区中央に建設された自然公園で、激しい攻防が繰り広げられていた。
 天使と人間との戦だ。
 普段は人々の憩いの場となっている公園は紛れもない戦場と化している。生い茂る木々は赤く燃える炎の燃料と成り、中央にある噴水は破壊されて溜まった水に埃と灰が混ざっている。
 人々の通行路となっている緑豊かな並木道では金属がぶつかり合う音と爆音が鳴り、元の風情を残していない。
「ハアァァッ!」
 シグナムが炎を纏ったレヴァンティンで天使の一体を障壁ごと両断する。
「押されているな……」
 切り捨てた天使が塵と消えるのを確認してからシグナムは周囲を見渡す。
 救助隊が市民の避難誘導を続ける中、応援に駆けつけたシグナムと陸士部隊が殿となって天使達を食い止めている。
 しかし、天使はシグナムが観測指定世界で戦った時よりもその性能が上がっていた。天使に種類もあるので相性もあるが、並の魔導師では相手にならない。何より天使には常時展開している障壁が存在している。障壁を砕く事は出来ても、天使そのものを倒す事に間が出来、その隙に天使の攻撃を受けてしまう。
 主に遠距離攻撃の使い手が多いミッドチルダ式だ。近代ベルカ式のように近接戦闘に秀でた者もいるが、その数は決して多く無く、前衛と後衛のバランスが悪い。
 強力な障壁を持つ天使相手には決定打が欠けていた。
「このままではジリ貧だな」
 シグナムの連結刃なら天使達の障壁を破りながら本体に攻撃できる。しかし数が多い。敵は小隊規模で行動しており、公園には三、四つの小隊がいる。さすがにこの数を一度に倒すには時間がかかり、隙だらけになってしまう。
「だが、やるしかないか」
 このまま行けばどの道全滅してしまう。シグナムは覚悟を決め、カートリッジをロードしようとした。
 その時、公園内に新たな武装勢力が現れた。
「彼らは……」
 教会騎士の制服の身を包んだ勢力。彼らは一斉に駆け出すと天使達に向かって斬り掛かる。誰も彼も手に持つデバイスはアームドデバイス、近接主体の武器ばかりだ。
 近接主体のベルカ式の使い手である聖王教会騎士団が前衛に付いた事で陸士部隊達に余裕が生まれた。
 一気に押し返し始める味方を見て、シグナムは安堵した。
「騎士シグナム!」
 教会シスターであり騎士でもあるシャッハ・ヌエラがシグナムに駆け寄って来た。
「協力感謝する」
「いえ。さすがにこの状況では見守るだけという訳にはいきませんから」
 本来、聖王教会本部から騎士を派遣するのは古代遺物関係か現地に居合わせた場合による協力ぐらいのもので、騎士団をまとめて送るのは異例と言えた。
 だが実際に現状はその異例とも言える事態だった。戦争、と言っても過言では無いこの状況で治安機構でもある管理局だけで戦わせる訳にはいかなかった。
「こちらは片づきそうだな」
 次々と塵となって消える天使達の姿を見、シグナムはシャマルと通信を行う。
「シャマル、他の部隊はどうなっている?」
『聖王教会の協力もあって都市区画の避難はほぼ終了したわ』
 シャマルはザフィーラと共にはやての傍に付いており、部隊指揮を行う彼女の補佐を行っていた。
『でも、空港の方はまだ終わってないの』
 最初に被害のあった空港内ではまだ生存者がいる事はスキャンの結果で判明している。その救助へ三つのルートを通ってなのは、フェイトを始めとする局員達が向かっていた。
「ならば私も空港に向かおう」
「それなら私が送ります」
 言いながらシャッハはトンファー型アームドデバイスを回転させる。
『ちょっと待って。今、フェイトちゃんが戦闘機人と遭遇したみたい。フュンフと名乗っている戦闘機人よ』
「……やはり、いたか」
 天使がいることから容易に想像できた。ならば他の四人もどこかにいるはずだ。シグナムのその考えが読めたのかシャマルは言葉を続ける。
『他の四人と、マテリアル達の捜索を行っているわ。フェイトちゃんもだけど、なのはちゃんも一人で空港に向かってるから手分けして応援に向かって』
「ならば、シャッハと比べ足の遅い自分がフェイトの応援に向かおう。シャッハのスピードは救助に必要なものだ」
「いえ、その必要はありません。ハラオウン艦長が一足先に空港方面に向かって行きました」
「クロノ艦長がここに?」
「ええ。レリックの件でたまたま教会に来ていたのです。彼と連絡できれば、私達よりも早く執務官を助けに行けると思います」
『なら、私の方から連絡を入れるわ。二人は空港の方へ。何だか嫌な感じがするわ。気を付けてね』
「了解した」
 シグナムはレヴァンティンを鞘に納めながら返事をし、シャッハに掴まる。
 その時ふと、鼻孔に物の焼ける臭いと血の臭いが届いた。
 公園にあった緑は全て燃えてしまった。ベンチや水飲み場が炎の熱で熱され、焦げ目を付けられている。天使のほとんどを倒したと言っても負傷者がいないわけでは無く、今は仲間から治療を受けている。
 遙か昔、闇の書と呼ばれた頃に渡り歩いた戦場と同じ臭いと光景だった。舞う灰と埃、地面や壁に残る戦いの傷跡と人々が流す赤の色。
 もう二度と見る事は無いと思っていた戦場跡。
 シグナムは表情を変えず、ただ握っていた拳を更に強く握り締めた。



 火災に巻き込まれ、避難し損なった人々が寄り集まっていた。
 そこは空港施設内の長い通路上だった。多くの人々が行き交う道だけあり、横幅が広い。しかしそれでも黒煙は通路に充満し人々の周囲を取り囲んでいた。
 火災による死亡は火そのものに焼き殺される事は実は少ない。本当の火災の驚異とは物が燃える事で発生する煙だ。火災後に焼死体となって発見されるのは、煙を大量に吸い込み一酸化中毒を起こして死亡し、そのまま遺体が後になって炎に焼かれるからだ。
 身を寄せ合って座る人々から数歩離れた場所に青紫色の長い髪をした少女が膝を付いて座っている。その額には汗が滲み、辛そうな表情をしていた。
 ギンガ・ナカジマ。彼女は母と妹と共に空港に来ていた。妹のスバルが迷子になり、母がそれを探しに行って彼女は迷子の呼び出しの手続きを行ってからエントランスで二人を待っていた。そんな時だ。滑走路上で爆発が起き、空港内で火災は発生したのは。
 滑走路から離れていた為、直接被害は無かったものの彼女は二次災害に巻き込まれた。
 ギンガは自分と同じように逃げ遅れた人々を守りながら救助を待っていた。念話で母のクイントと連絡を取ろうとしたが繋がらない。妨害されている訳では無く、空港内に何か巨大な魔力を持っている存在がおり、あまりにも大きすぎるそれがギンガの弱々しい念話を自然と打ち消していた。
 故にギンガは一人バリア魔法で人々を守りながら救助を待っていた。クイントから格闘技の手ほどきを受け、その友人達から魔法を学んだりしても彼女は未だ陸士訓練校を出ていない半人前以下だ。一人ならいざ知らず、後ろにいる人々の安全を守りながら空港を脱出する術は持っていなかった。
 それでも耐熱、対有毒ガスのバリア魔法を展開し続けて未だに守りきっている時点で賞賛に値すべき事ではあった。
「――っ!?」
 バリアの上、通路の天井部分が突如崩れた。
 対物理の効果も付与したバリアが崩れた天井に衝突されて揺れる。
 瓦礫が半球状のバリアに沿って跳ね返りながら床に落ちた。落下物の衝撃に耐え切り、ギンガは安堵の息を吐いた。
 その時、一つの影がギンガに被さった。
 光源である周囲の炎が揺れると同期して怪しく揺れる影。
 それを確かめる為に顔を上げて見上げたギンガの目が見開く。
 そこにいたのは天使だった。人ほどの体躯に細い手足。背中から一対の白い翼を生やし、両手両足には鋼鉄の爪がある。
 ソレがなんなのかギンガは知らない。知らないが、恐怖した。手足が鉛になったように重くなり、全身の血が沸騰しそうになる。目を逸らしたいが、逸らせない。
 炎の赤い灯りを反射する鉄の爪がギンガの防御魔法を撫でた。
 ――撫でた。そう表現するしかないゆっくりとした動作。それだけで落下する瓦礫にも耐えたバリアがバターのように切り裂かれ霧散する。
 途端に吹き荒れる熱気と黒煙。
 同時に天使の片腕が高く上げられ、物言わぬ天使の顔がギンガを見下ろす。
 殺される。そう思った瞬間、天使の首が消失した。
「――え?」
 何が起きたのか分からない。だが、天使の頭部が突然首の上から消え、それが自分の横へと落下して転がるのがギンガの視界に入った。
 一体何が起きたのか。突然の事で状況が分からない中、ギンガは塵と消えていく天使の体の背後に誰かいるのに気付く。
 炎が逆光となってその姿は影法師のように黒く、顔が分からない。
「……だれ?」
 ギンガが問いかけると、影法師は左腕を彼女に向かって伸ばす。同時にギンガとその後ろにいる人々の足下に赤黒い魔力光を放つ魔法陣が現れた。
 円陣の中に正方形のあるそれは転送魔法だった。
「待っ――」
 手を伸ばし、声を掛けるが、ギンガの意思とは別に魔法が発動した。
 気が付けば、ギンガ達は応援に駆けつけた部隊の後方に転送されていた。そこには、突然現れたギンガ達に驚きながら駆け寄ってくる局員達がいるだけで、影法師の姿は無かった。
 


「しっかり掴まっててね、スバル」
「はいっ」
 腕の中にいる少女は煤だらけの顔ながらも活力のある声で答える。
 高町なのはは空港の内部に突入すると、一人の少女を発見し保護していた。
 突入前、空港内をスキャンしていた通信官とのやり取りで、空港内で生き残っていたのは僅か十数名と判明した。それぞれ三カ所に散らばっており、なのはは一番近い位置にいる一歩も動いていない反応へと駆けつけた。
 そこにいたのは彼女がよく知る少女、スバル・ナカジマだった。驚きはしたものの、なのははスバルを保護すると共に脱出の為に天井へと砲撃魔法を放ち壁抜きを行った。
 他の取り残された人々が気になったが、それは別ルートから来る後続の救助隊に任せ、助けられる者を優先して助けるしかない。
 なのははスバルを抱えながら、自ら作った道へ向かって飛び立つ。
 その直後、足首に熱を感じた。同時に何かに捕まれ引っ張られる。焼ける痛みに顔を歪め、なのはは自分の足首を確かめる。
 蛇がいた。炎の鎖によって構成された蛇の顎がなのはの足に食い込んでいる。
「どこへ行くつもりだ?」
 男の声。それと共に蛇がなのはの体を地上に向かって引きずり下ろす。
「ぎゃあっ!」
「うわっ!?」
 腕の中のスバルを強く抱きしめて庇う。引きずり下ろされたなのはの体が床に背中から叩きつけられた。
「ぐ、う――ごほ、げほっ」
 バリアジャケットの防御力で外傷は無いが、衝撃で肺の中の空気を吐き出す。
 なのはの足に噛みついていた蛇が口を放し、遠ざかっていく。その細長い胴体を辿っていくと、炎の中から黒い男が現れた。
 大柄な体躯に青ざめた顔。闇に溶けるような黒いコート。右手に持った大剣を肩に担ぎ、降り懸かる火の粉に目もくれず一歩一歩なのは達に近づいてくる。
 炎の蛇は男の左腕に吸い込まれ、消える。
「貴方は……」
「何を驚いた顔をしている。ここは戦場。敵がいて当然だろう。それを足手まといを抱えて出て行こうなどと、やる気があるのか?」
 黒コートの男、アインが担いでいた剣を振り下ろす。それだけでなのは達めがけて炎が走る。
 なのはは立ち上がりながらスバルを庇って前に出、前方にバリアを張る事で炎を防ぐ。
 再び、アインが剣を振る。同時に炎が放出された。
 ゆっくりと前進しながら次々と炎をなのはに向けて発射する。その動作は決して速いものではないが、発射された炎の余波はなのはの動きを止め、次弾を放つ時を作るのに十分なものだった。
「何時までそうしてるつもりだ」
 ゆっくりと進んでいたアインが一挙動で間合いを一気に詰めれる距離になった瞬間、一瞬でなのはの前に移動した。
 炎を放つ為に振るわれていた大剣が、今度は炎を纏って直接振り下ろされる。
「そんな娘など見捨てれば脱出できたものを」
 その大きさから信じられないスピードで大剣が連続して振り回され、なのはのバリアを削っていく。
「くっ――」
「なのはさん!?」
 アインの言うとおり、スバルがいなければなのははアインの猛攻から抜け出す事は出来た。剣が振るわれる度に発生し包囲する炎。バリアを解けばそれが一斉になのは達に襲うだろう。強固なバリアジャケットに身を包んだなのはならば、それに耐えられただろうが、スバルは一瞬にして焼かれてしまう。
「自己満足と後悔を抱いたまま死ね」
 容赦無いアインの攻撃に、とうとうバリアに亀裂が走る。
 なのはは壊れていくバリアを見て覚悟を決め、レイジングハートを強く握る。バリアが壊れると同時にスバルを新しいバリアで保護しながら、己はアインの剣が当たると同時に至近距離で魔法を放つ捨て身の反撃に出るつもりだ。
 骨を断たれて肉を切る結果になるかもしれなかったが、スバルを守りながら撤退する隙を見つけるにはこれしかなかった。
 決意し、いざ行動に移そうとした瞬間、アインが振り下ろそうとした大剣を背に廻した。
 直後、拳大のコンクリートが剣の鍔に当たり砕けた。
「な、何っ!?」
「お母さん!」
 突然のアインの行動とその結果になのはが驚きながらも破片が飛んできた頭上を反射的に見上げた。同時にスバルが母を呼びながら頭上に手を伸ばす。
 なのはが脱出の為天井に空けた大穴。何枚もの壁を貫通し黒煙が伸びる夜空を窺い見ることができる。
 それを背に、青紫の長髪を揺らして落ちてくるクイントの姿があった。自然落下では無く、自ら勢いをつけた降下で彼女の手は力強い握り拳を作り、その鋭い視線はまっすぐとアインに向けられている。
 アインは首だけを動かし、クイントを見上げた。
 今だ、となのははスバルを抱き上げて飛んだ。その一瞬、なのははアインの横顔に浮かんだ笑みを見た。
「――――」
 つり上がった口の端。覗く犬歯。爛々と輝く眼。狂気に彩られたその顔はとても人間のものとは思えない。
 すぐに元の無表情な顔に戻ったアインが大剣を旋回させる。それだけで先程までなのは達がいた場所の床が砕け、突風のような風圧が起きた。
 竜巻のような回転が向かう先は降下してくるクイントの顔面だ。振り向く際のひねりの回転も加え、大剣が彼女を斬ろうと迫る。
 だが、クイントの姿と忽然と消え、アインの攻撃が空振りに終わる。次の瞬間にはアインの横に床を滑りながら拳を構えるクイントがいた。
 宙にはウイングロードで作られた二枚の足場があった。落下しながらの三角跳び。それによって回避と移動を行ったクイントは、アインの横腹に拳を放つ。
 魔力付与により硬質化した拳と身体強化系の魔法で強化された打撃はアインの体躯を軽々と吹っ飛ばし、壁にめり込ませた。
「クイントさん」
 スバルを抱え、宙に浮くなのはがクイントに近づくがそれを彼女は掌を向けて制す。
「私が足止めしてるから、スバル連れていってくれる。それと、ギンガもここのどこかにいるはずだから助けてあげて」
 彼女はなのは達に顔を向けもしない。ただ、厳しい表情で磔にされたように壁に体の半分を埋めたアインをじっと見ている。
「さっきのでどうにかなる相手じゃないわよ、アレ。私が抑えているから早く行って」
 言っている間にもアインは壁から体を引き剥がした。何の負傷も受けておらず、散歩でもしてるかのように歩き始めた。しかし、その眼は真っ直ぐにクイントを射抜いていた。背中を見せようものなら一瞬で斬り捨てられる、そう思わせる殺意がありありと感じ取れた。
「……分かりました。すぐに応援を呼びますから、無理しないで下さいね」
 なのはは天井の穴に向かって飛ぶ。壁をいくつか抜け外に出ると、不調だった通信が僅かに回復した。
 混線しているかのように飛び交う通信。それだけで都市の混乱が解かる。
 避難状況の報告を聞いてなのはが振り返る。
「クイントさん! ギンガはもう無事保護されたそうです!」
 大声を上げて中にいるクイントに伝える。クイントは背を向けながらも片手をヒラヒラと振った。同時、アインが斬り掛かる姿が見え、クイントが避けながら反撃を行う。
 二人の姿はあっと言う間になのはの視界から消えた。
「なのはさん……」
 腕の中で不安げな様子でスバルが見上げてくる。なのはは安心させるように微笑みながら大丈夫だよ、と言ってやる。
 足首の魔力で出来た小さな羽が羽ばたき、なのはが高速で海上を飛ぶ。天使との戦闘が行われている市街地を避け、別ルートを通って空港に向かってきている筈の救助隊と合流する為に迂回する。
 どんどん空港から遠ざかって行く中、レイジングハートが魔力を感知した。同時になのはの背後にシールドが展開し、後ろから降り注ぐ桜色の射撃魔法を防ぐ。
「逃がす気は無いって事みたいだね」
 後ろを確認すれば、なのはよりも上空に数体の天使達を従えて防衛プログラムのマテリアル、星光の殲滅者がいた。
 その姿は守護騎士達が観測指定世界で見た時よりも成長しており、今のなのはと同じ体格になっている。
「……パイロシューター」
 問答無用。周囲に生成し浮かべた魔力光弾を一斉になのはに向けて放つ。
「スバル、しっかり掴まってね。――シュートッ!」
 回避運動を取りながら、応戦する。子供とは言え人一人を運びながら背後に迫る敵への攻撃は牽制射撃程度にしかならない。
 それでも当てる所はさすがと言えるが、障壁を持つ天使達には何の驚異でもなかった。
 星光の殲滅者と天使による光弾で海面に水柱が立ち上がる。
 空高く舞い上がった水飛沫を浴びながら、なのはが射撃魔法を撃ち続けていると、上方からの天使の攻撃とは別に真後ろから星光の殲滅者が水柱を避けながら直接追って来た。
「そんな!?」
 彼女のデバイスが変形しているのを見て驚きの声を上げると同時に弾幕を後方に集中させる。
 マテリアルの持つデバイス、ルシフェリオンの形がレイジングハートのエクシードモードと酷似した物に変形していた。杖というよりも槍と言った方が正しい形状のデバイスの先からは半実体化した魔力刃が伸び、魔力の翼が生える。
 星光の殲滅者が加速した。
 天使が上から光弾を放ち続けているにも関わらず、自ら突っ込んでいく。手前の海面に着弾し立ち上がった水柱を貫き、真っ直ぐになのはめがけて突進してくる。翼から放出される魔力がバリアの役割も果たしているのか、味方からの光弾もなのはの射撃魔法も防いでいる。
 徐々に迫って来るマテリアル。砲撃魔法を撃つにしても立ち止まらなければならず、撃つ前に彼女の突進を受けてしまう。
 スバルを抱えている今、直前で避けるには無理がある。防御魔法で防ぐしかないが、果たして耐えられるかどうか。
 しかし他に方法が無い。なのはは今の自分が出来る最硬の防御魔法を発動しようとする。
「なのは、そのまま飛べ!」
 突然の念話。なのはは即座に防御魔法の発動を止めると力の限り飛び続ける。
 その直後、天使達に向けてどこからか射撃魔法が撃たれる。
「どりゃああああぁぁーーッ!」
 次に、小柄な赤い少女が真上から星光の殲滅者に向けて大鎚を振り下ろした。
 殲滅者はその少女の姿を確認するとデバイスを手の中で回転させて突進の軌道を変えて鎚の攻撃を避けた。そのまま勢いに乗って大きく旋回しながら天使達の所に戻ると、自分達に攻撃をしてきた者達を見下ろす。
「大丈夫か、なのは」
「ヴィータちゃん!」
 なのはを守るようにしてヴィータが鎚を構えていた。更にその後ろでは天使達を攻撃した航空隊の空戦魔導師達がいる。彼らはなのは達とは違うルートで空港の救助に向かっていた部隊だった。
「少し、時間を掛け過ぎました」
 言って、星光の殲滅者はカートリッジを交換し、一度に全弾を使用した。
「あいつ、また喚ぶ気だぞ!」
 ヴィータが怒鳴りながら鉄球を出して鎚で叩き、魔力でコーティングされた鉄球がマテリアルへと発射された。召喚の邪魔をさせまいと天使達が壁となり、鉄球を破壊する。
「私達が相手をしてるから、この子をお願い」
 スバルを航空隊に預け、なのははバリアジャケットをエクシードモードへと変えた。
「たった二人でですか?」
「別の追っ手が来ないとも限らない。救助者を守る人が必要だから」
「分かりました」
 会話しながらも、エクシードモードに変わったレイジングハートを両手で持ち直す。
「なのはさん……」
「大丈夫。ちゃんとクイントさんを連れて戻って来るから」
「……はい」
 スバルを連れ、空戦魔導師達がその場から離脱する。
 それを確認してからなのはは星光の殲滅者を見上げる。ヴィータが奮闘しているが天使の召喚は止められず、白い転送魔法陣が彼女の周囲に輝き新たな天使が現れる。
「ディバイン――」
 なのはの足下に真円形のミッドチルダ式魔法陣が現れ、レイジングハートの先に魔力が集まり、環状型魔法陣と球体の魔力の固まりが作られる。
「バスターッ!」
 環状型魔法陣の中心から砲撃魔法が発射された。



 都市手前に位置する道路に大量の装甲車や救急車が集まっていた。
 武装局員を街に吐き出した装甲車は今度は怪我人を安全が確保された病院へ運ぶ救急車代わりに使われ往復している。
 その中で複数の指揮車が道路脇に停められ、中にいる通信官達が都市の状況把握に努めていた。
 車両の横には八神はやてが騎士甲冑の姿で立っている。彼女の視線の先には空に浮かぶ巨大な移動庭園がある。
 移動庭園は燃え盛る都市を観覧でもしてるかのようにゆっくりと移動している。まるで乗り込んでくれと言っているようなものだが、現地に集まっている魔導師達の数が足りない。空港や都市に取り残された市民の避難はほぼ完了しているが、進軍する天使の軍に人員を多く割かなければならないからだ。
 移動庭園はゆっくりとだが確実に南東に向かって進んでいる。それを守護する天使が庭園の周りを囲み、自分達が通った目印でもつけるかのように地上を破壊していく。
 庭園に対抗する為に航行艦の応援を呼んではいるが、時間が掛かる。誰もあんな所に移動庭園が隠してあるとは思ってもみなかった為、初動が完全に遅れている。もしかすると、あんな目立つ方法で空港の滑走路を最初に破壊したのは航空戦力として利用させない為だったのかも知れない。
「はやてちゃん、また庭園から天使の一団が地上に降りてきたわ」
「キリがないですよ」
 隣で管制しているのはシャマルだ。リインフォース・ツヴァイと人型のザフィーラもいる。
 庭園からは時折天使が降りてくる。その数は局員や教会騎士が倒した天使の数と同数。防衛プログラムの無限再生機能がある限り、リインフォース・ツヴァイの言うとおり天使をいくら倒してもキリが無い。
 無限に投入される天使と戦っている魔導師達に疲労が見られる事は指揮車両に送られてくる情報からも明らかだった。
「よし、私も出るよ」
 今まで指揮研修を受けているはやてが臨時指揮を取っていたが、応援に駆けつけた部隊の士官に既に指揮権を渡していた。
「焼け石に水やけど、私が広域魔法で一度天使を殲滅させる。新手が降りる前に各部隊に隊列を整えるよう言ってくれる?」
「分かっ――」
 シャマルが通信を行おうとしたその時、周辺一帯が黒い光に包まれた。
 巨大な魔力は固まりが内から外へと広がり道路に停まっていた車両を根こそぎ破壊し、多くの局員達がそれに巻き込まれた。
「避けたか」
 上空に焼け跡を見下ろす一人の少女がいた。四枚の魔力の翼を生やした防衛プログラムのマテリアル、闇統べる王だ。
 彼女の視線の先は地上の惨状では無く、正面の空に向けられている。
 魔力爆発の範囲外の空にはやてとシャマルを抱えて浮くザフィーラの姿があった。リインフォースははやての肩に掴まっている。
「他の塵芥も存外にしぶといな」
 続く言葉は己が破壊した地上に向けられたものだ。スプーンで掬ったような傷跡の残る道路にはギリギリで回避した者や力尽きながらも耐えきった局員達が残っていた。
「レーダーや探知機にも発見されずにどうやってこんな近くまで!?」
 ザフィーラから離れたシャマルが信じられないという顔をした。
 そんなシャマルの様子をマテリアルは鼻で笑う。
「落ちぶれたものだな、湖の騎士。あんな物に頼りすぎるから勘が鈍る。あれは逆にそれ以外の物は感知できぬと言っているようなものだ」
「ステルスかいな……」
「羽虫にまとわりつかれるのも億劫だったのでな。おかげで悠々とここまで来れた」
 小馬鹿にするよう笑みを浮かべながら、彼女は持つ魔導書を開く。
 いくつもの転送用魔法陣が浮かび上がる。
「させるかァ!」
「即攻撃か。守護獣の方はまだマシなようだな。だが、獣としての危機感知能力は落ちたか」
 ザフィーラが飛びかかった瞬間、彼の手足が魔法により拘束された。
「何っ!?」
「何の用意も無しに一人で現れると思ったか?」
 他の三人が魔法を発動させようとするが遅い。近接戦闘に長けたザフィーラの初撃が防がれた時点で後衛型の彼女達が間に合うわけがない。
 魔法陣から天使の軍勢が召喚される。
「所詮は塵芥共。だが燃えはするだろ。せいぜい戦火の花火に恥じぬ程度に華々しく散って魅せろ」
 杖を振りかざし闇統べる王が号令を発す。天使達が翼を羽ばたかせ、手に持つ得物を鳴らすと、はやて達、そして地上に残った管理局員達に向かって襲いかかった。



 高々度の星空を飛ぶ影がある。
 雷刃の襲撃者とそれに従う天使達だった。地上から伸びる黒い煙も届かぬ上空から戦場の様子を窺っていた。
「始まったみたいだね。それじゃあ僕も行動を起こすかな」
 彼女の役割はその機動力を生かしての奇襲だった。闇統べる王が管理局の仮設本陣とも言える場所を場所を破壊し、防衛線に攻撃を仕掛けた。
 これにより都市で戦っている武装隊に混乱が起き、せっかく持ち応えていた部隊が押され始める。そこに彼女達奇襲部隊が横から攻撃を加えれば管理局の部隊はたやすく壊滅する。
 雷刃の襲撃者は一度空中で止まり、目標を定める。地上から遙かに離れた高度にいる為、とても人の視力で様子が分かるものではない。だが彼女は人では無く、戦火に燃える都市の戦況を正確に把握していた。
 街の一角で未だ拮抗している部隊がある。そこへ襲撃しようと加速する。その直後、眼下から高速回転する二枚の刃らしき物体が襲ってきた。
 初加速後の隙を狙った完全な不意打ちだった。
「――このォッ!」
 雷刃の襲撃者の体から放出された電撃が刃の一つを弾く。だが、もう一つの刃は彼女では無く後ろにいた天使の防壁を破壊し、切断していく。
 六体目でようやく回転の勢いが失い、体に食い込んだ事でその正体を見せる。
 それは長大なブーメラン状の刃だった。人の身長ほどあるそれは、天使の胴の半ばで一度回転を止めたが、何かに引き寄せられるように独りでに動く。
 切断力は回転があってこそなのか天使を裂く事はしなかったが、天使の体に食い込んだまま天使ごと移動する。
 その先にはいつの間にか現れたのか、ショートカットの長身の女とヘッドギアを付けた長髪の少女がいた。
 天使に食い込んだままのブーメランが長髪の少女の右手に引き寄せられ、同時に雷刃の襲撃者が弾いたブーメランが左手に引き寄せられる。
 そして、少女は右の刃に掴まった天使の頭めがけて左の刃を振り下ろす。元々切れ味が悪いのか、回転していた時のような切断能力は無く、天使を頭から腹部にまで叩き潰す。
「管理局じゃないね。ということは、アンリミテッドデザイアの戦闘機人だね」
 塵と消える天使に目もくれずに、雷刃の襲撃者は二人を睨み付ける。
 天使などいくらでも増殖する。再召喚する手間はあるが、たかが五、六体を倒されたからと言って損失は無いも同然だ。
「………………」
 マテリアルの言葉に答えずにショートカットの女、トーレの手足から羽のようなエネルギー刃が現れ、一瞬で雷刃の襲撃者の眼前にまで移動する。
 天使を倒したセッテも行動を開始する。ブーメランの一つを投げながら、天使達に向けて飛ぶ。
「君達が管理局の味方をするとは思わなかったよ」
 人の眼では捉えきれないトーレの一撃を雷刃の襲撃者は容易くかわし、彼女のデバイスであるバルニフィカスの上部が変形し鎌状の魔力刃が伸びる。
 首元に伸びた刃をインパルスブレードで受け止め、トーレは空中で器用に蹴りを放つ。
 マテリアルがトーレの蹴りをシールドで防ぎ、後ろに跳び退く。
「味方? 違うな」
 地上で新たな爆発が連鎖的に起きた。
 管理局と天使によるものでは無い。新たな勢力の攻撃によるものだ。
 浮遊するカプセル型の機械兵器。それが群れを成して街中を走り抜け、武装隊と天使の戦いに割って入る。
 展開されるAMFによって障壁が薄れ、伸びるコードにより天使が拘束される。そして至近距離から撃たれる熱線によって貫かれて塵と化す。
 陸だけで無く、暗い夜空から青い全翼機が数十機現れる。空、陸に対し機体下部の砲門から熱線を撃ち続ける。
 機械兵器の攻撃は主に天使に対してのものだが、武装隊に対しても行われている。天使の数が減れば今度は局員を重点的に、逆の状況になれば今度は天使を。
 まるで両者の戦力が拮抗するよう調整しているようだった。
「どういうつもり?」
「我々はどちらの味方でも無い。ただ、早々にこの戦の決着をつけてもらっては困るのでな。どちらも疲弊し共倒れになってくれるのが理想だが、最低でもこちらの用が終わるまでこの状況を続けてもらいたい」
「……用?」
 雷刃の襲撃者が疑問すると同時に再び異変が起きる。
 都市の一角から光が放たれた。
 一条の光は天使達を貫き、夜空に浮かぶ移動庭園の底に着弾する。直後、手薄になった空に光の道が伸びた。
 伸びる道の先頭にローラーブレードを付けた赤毛の少女が走っている。その後ろには数人の男女を乗せたジープが続く。その周囲には護衛としてか大型プレートに乗って飛ぶピンク髪の少女と数機の機械兵器がいた。
 彼女達は狙撃砲によるエネルギー弾で空いた庭園の穴から内部に進入を果たす。
「しまった!」
 追いかけようとする雷刃の襲撃者の前に、トーレが立ちはだかる。
「悪いが通行止めだ。最終的に我々の勝ちで終わらせるが、今お前を地上、庭園のどちらかに行かせては天秤が崩れる。それに――」
 言って、構えを取る。
「弟にばかり手柄を取らせるにはいかんからな。姉として敵将の首一つは取りたいところなんだ。付き合ってもらうぞ」
「……そう簡単に僕の首を取れるとは思わないでよね」
 デバイスが大剣へと変形し、マテリアルは大きく振り回して肩に担ぐ。
「思ってないさ。でないと意味が無い」
「そう、なら雷刃の襲撃者として全力で叩き潰してあげるよ!」
 瞬間、二人の姿が消え刃による火花だけが閃光として空に残る。人では視認できない超高速機動の戦いが始まった。



 ――臨海第八空港滑走路。
 最初に火災が起き、最も徹底的に破壊され、一瞬にして命の火が消された場所。そこは既に死地と化し、原型を留めている物体も元人間もいない。
 そんな地獄の中を歩く男がいた。
 軍服に身を包んだ黒髪の青年が砂利を踏み鳴らしながら歩いている。一体何を考えているのか、青年の青い瞳には鋭く冷たい色が浮かんでいる。
「ようやくお出ましか」
 場違いな明るい声。発したのは軍服の青年では無い。声は青年の進む先、穿れて大穴が空いた航空機の残骸に寄りかかる派手な赤コートを着た金髪碧眼の男からのものだ。
「ようやくの再会だ、トゥーレ」
「うるせえ黙れ。今すぐ殺してやるからそこを動くな」
「つれないね。オレは会いたくってしょうがなかったって言うのに、袖にされたんじゃあ立つ瀬が無い」
「男に会いたいって言われて誰が嬉しがるか」
「確かに……。なら、彼女はどうだい」
 赤コートの男、ツヴァイが顎で指し示す先にはこれまた場違いな白い少女がいた。
「ヒステリックな女はお断りだ」
「ハハッ、嫌われたもんだな、ドライ」
 ツヴァイの笑いを不快に思ったのか無表情な顔を僅かに歪めるドライ。
「私は別に彼に会いたかったわけではありません。嫌われたところでどうでもいい。ただ、私はドクターに彼を倒すよう命じられただけです」
「そう言うわりには乗り気だったじゃないか」
「貴方の目は飾りですか? それともとうとう視力まで狂いましたか」
「やれやれ、ウチの女性陣はノリが悪い。キミはどう思う?」
「知るか。俺に振るな」
 未だ火が消えていない場所で行われる会話では無かった。
 場違いな会話と人物達。ここが地獄と理解していないのか、それとも理解していて尚そのような言動を行っているのか。
「それじゃあ、始めようか」
 唐突に、まるで食事でも頼むかのような軽さで言って、ツヴァイが右手に銃を取り出して銃口をトゥーレに向ける。
「何だかオマケが付いているが気にする事はない。なんなら先に退場させるけど?」
「先程も言ったように私はドクターの命令でここに来ているのです。貴方こそ邪魔するなら殺しますよ」
 ドライの両手に鋼鉄の爪が現れる。
 二人のそれだけの行為で滑走路だった場所に殺意が充満する。並の人間ならばそれだけで意識を失い、最悪死に至る。
 だが、そんな二人の殺意に満ちた視線を受けてもトゥーレは平然としていた。
「お前ら何勝手に始めるだの殺すだの言ってやがる。いいから二人まとめてかかってこい」
 あまつさえ、トゥーレは二人を挑発する。
「いい度胸です」
「知ってるかい、トゥーレ。無頼と馬鹿は同義語なんだぜ?」
 ツヴァイの周囲に血風が巻き起こり右腕と大型拳銃を包む。途端に右腕が異形の砲身へと変わり、更には右の背中から片翼が生える。同時にドライの左の背から翼が展開される。
「お前ら目障りなんだよ邪魔なんだよ。テメェの都合こっちに押し付けんじゃねえ。人の周りにウロウロしやがって迷惑極まりないんだ」
 トゥーレの右腕から長大なギロチンが生える。
「ここで死ね」
 トゥーレの言葉と共に、三人は轟音を轟かせて同時に動き出す。
 今ここに魔人達による舞踏が開始された。





 ~後書き&雑談~

 普段より投稿が遅くなりましたが、何とか戦場仕分けが完了。次回からは、時間軸が前後しますが視点を一箇所に集中して書くと思います。平行して書くと本当に疲れるんで……。
 なのは側の強化ですが、オリジナル魔法が出ると思うのでそこはご容赦下さい。理不尽なのは出しませんから、多分。デバイスの強化はSTS編入ってからになると思うので。
 
 神咒神威神楽の先行体験版やりました。何て言うか、ヤバイです。
 夜行が本当に変態で、咲耶に何故か威圧されて、宗次郎の剣鬼っぷりにビビッて、多面的にイイ女の紫織の言動に一人盛り上がって、BGMとらしい言動の刑士郎にヒャッホーってなって、怪物三人相手に頑張るチンチクr――龍水を応援して、竜胆様の益荒男っぷりに惚れて、虚けで助平な覇吐に癒される。
 そんな体験版でした。




[21709] 三十八話 クリミナル・パーティー(Ⅲ) 雷光の軌跡
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/02/17 22:57
「オラァッ!」
 マシンガンのように放たれる大量の魔力刃。フェイトは大きく旋回する事でかわしながら、魔力光弾を放つ。
 両者の攻撃により周囲にあるビルに穴が空き、コンクリートと窓ガラスの破片が地上に落ちていく。
 フェイトが移動した先に、数枚のカードが宙に浮かび待ち構えていた。フェイトはザンバーモードのバルディッシュを盾にように構え、カードの爆発から身を守る。
 爆風を剣と広げたマントで受け止める事で急な方向転換を行い、後ろからも迫っていた魔力刃を避けると同時に一気にフュンフとの間合いを詰める。
「ハアッ!」
 上段からの大剣による攻撃をフュンフは杖で受け止めながら、拘束魔法を仕掛ける。
 周りに青色の鎖が現れ、輪となってその口を狭めてフェイトを捕らえようとする。それよりも一瞬早く彼女は剣をフュンフから離すと上昇して拘束魔法を回避した。
 都市中のビルとビルの間を飛び回り、二人の攻防は続く。
 スピードはフェイトが上回っている。にも関わらず空中戦のドッグファイトではフュンフが常に後ろを取っている。それは技量の差によるものだった。もっと圧倒的な速度差で無ければ彼を引き離す事は出来ない。
「ハッ、少しはやるようになったじゃねえか。だがなァ……」
 空中で静止し、フュンフの魔力刃が後方からフェイトに襲いかかる。
 回避運動を取るフェイト。避けた瞬間、視界の中に横を通り過ぎた魔力刃に張り付いたカードを見つけた。
 反射的にシールドを張るのとカードから電撃が走るのは同時だった。
 何とか防ぎながら、体制を整える為にビルの影へ移動する。
 しかし、盾代わりにしたビルから小さな爆発が連鎖して起こり、ビルが半ばから傾き狙ったかのようにフェイトへと倒れていく。
「――くっ」
 前後左右どこへ逃げてもビルに当たると即座に判断すると、フェイトはあえてビルへと自ら突っ込んでいく。
 窓ガラスを割って内部に入り、垂直になった室内を通り過ぎて反対側の窓から外へ抜け出そうとする。
 ところが、フュンフが窓の外に突然現れ杖の先を向けていた。
 杖の先端から炎の渦が発射される。ガラスどころかコンクリートまで溶かす大火力がフェイトに直撃した。
「くうああああぁぁっ!」
 そのままビル共々落下していく。
「ハハッ」
 フュンフの持つ杖型デバイスの上部からカードケースが迫り出し、何枚ものカードが排出される。ジャケットの内側からも魔力を込めたカードが落ち、それらは一度フュンフの周りに円形になって浮く。そしてそれぞれが四方八方に飛び散り、周囲のビルの外側もしくは内部に入り込んで柱や壁に張り付く。
 フュンフが中指と親指を擦り合わせて指を鳴らす。それを合図にビルに張り付いたカードが一斉に爆発した。
 自らの重みに耐えきれなくなったビルがいくつも崩れ落ち、フェイトを連れて地上に落下したビルへ殺到する。
 フュンフが物質加速魔法を落下するビルへと掛ける。さすがに一部とは言え大質量のビルを持ち上げる事は出来ないが、元から落下していく物に更に下方向へと加速させる事は簡単だ。
 巨大な弾丸と化したビルが地上に落ちた。
 地震と間違えるような地響きが起き、粉塵が街の一画を覆う。
「丁度良い」
 そう言って、フュンフは結界で粉塵を一カ所に集めるとマッチ程の小さな火を指先に作り、粉塵に向かって飛ばす。
 途端に大爆発を起きた。
「クハハハハッ、よく燃えるなぁオイ!」
 粉塵爆発によって崩れ重なりあったビルが燃え上がる。空ではまるでキャンプファイヤーにはしゃぐ子供の様にフュンフが哄笑が木霊する。
「……こんなもんか」
 一頻り笑うと、フュンフは地上のビルの残骸から目を逸らし、他の戦場へと視線を向ける。
 火の手のついたビルの中からフェイトが出てくる様子は無い。さすがに死んだと思ってはいないが、あの不安定な倒壊ビルの中から無事に出るのは至難である。
「さァてと、どこに行くか」
 もうフェイトに対し関心は無い。更なる敵の下へ行く事を考える。
 空港方面は化け物同士の喧嘩が始まっていて、巻き添えは御免だ。移動庭園の方は先送りにして様子を見ようと決め、マテリアルの戦いに乱入しようかと考える。
「ん? こいつは……クハハッ」
 接近する魔力反応に気付き、戦闘機人の知覚機能で相手の姿を見たフュンフが笑った。
 その時、地上に落ちたビルの残骸に穴が空く。一人の人間が通れるだけの穴の中から、フェイトが姿を現して空へ急上昇した。
「……バリアジャケットから予想していたが、多少は頑丈になったみてえじゃねぇか」
 体に巻き付け煤だらけになったマントを振り払ったフェイトの手にはバルディッシュが握られている。
「それで切って来たってわけか。良い切れ味だな」
 バルディッシュの形が大剣から片手で扱える片刃の剣へと変形していた。リーチこそは短くなったものの、取り扱い易さと切断能力が増している。
「まだ、終わってない」
 力強い視線でフュンフを睨みつける。
「ク、クク、クハハハハッ。まあ、待て。今から客が来るからよ。その後まとめて相手してやるよ」
「客?」
 訝しむフェイトに対し、フュンフはニヤニヤと笑うだけだった。
 相手の言う通りに待つ必要は無い。気にはなったものの、フェイトは片刃剣となったバルディッシュで斬りかかろうとして――
 丁度その時だった。ビル群から一人の男が飛び出してきたのは。

 シグナムから連絡を受けたクロノ・ハラオウンは空港へのルートを変更してフェイトの下へ急いで飛んでいた。
 魔力反応、真新しい戦闘痕からフェイトを追跡している途中で火災とは別に新たな炎が進行先の街中で起きるのを見つけ、そこへ向けて飛行する。
 ――もし、フェイトと戦っているのがあの戦闘機人であるならば僕は……。
 右手に持つデュランダルを強く握り締め、クロノは到着した。
 そこは重なるように倒壊したビルが焚き火のように燃え、その上空では妹のフェイトと、クロノに対し背中を見せている男が浮かんでいた。
「クロノ!?」
 フェイトが名前を呼ぶのを聞きながら、クロノは男に対して杖を構える。
 もし、男が予想通りの人物ならば……。
 その時、フェイトと戦っていたと思われる男がゆっくりとクロノに振り向いた。
「クロノ、久しぶりだな……」
 男はクロノによく似た顔に穏やかな笑みを浮かべていた。
 それはクロノが覚えている父親の顔と全く同じもの。今や写真か映像の中でしか見れない笑顔がそこにあった。
 クロノの呼吸が一瞬止まり――――全力で魔法をぶっ放した。

 クロノから放たれた魔力刃の雨が空中で大爆発を起こす。しかし、爆煙の中にフュンフの姿は無かった。
「ー―クハ、ハハハハッ、カハハハハハハハハハハハハハァーーーーッ!!」
 響き渡る笑い声。
 フェイトとクロノが声の発生源に顔を向けると、ビルの屋上で戦闘機人が笑っていた。
「何の躊躇も無く、父親の顔面めがけて攻撃たァ、やるじゃねえかクロノ・ハラオウン艦長」
「君は僕の父親じゃない。僕の父はもう死んだ」
「ククッ、ああ、ああその通りだ。だがよ、普通頭で解ってても躊躇うのが人情ってモンだろぉ。それをオイ。全力でやりやがって……ク、クハハハハッ」
 心の底から楽しそうに、フュンフが笑い続ける。
「父親?」
 二人の会話から驚きを隠せず、フェイトは男達の顔を交互に見やる。
「おいおいおい、とっくに死んでるとは言えテメェの養父の顔だろう。薄情な女だなァ」
「フェイトが養子になる前だ。それに、気づかないのも無理は無い。父はそんな下品な笑い方なんてしなかった」
 言われて注意深く見てみれば確かにフェイトはその顔を知っていた。家で映像や写真も見た。管理局のデータベースにも彼の活躍が残っている。だが――
「中身が違うだけで同じ顔でもかなり違う。僕だって最初見た時は気づかなかった」
「クッ、クク、ああそうかい」
 フェイトが見た彼の記録はあんな笑い方をしていなかった。血に飢えた獣のような鋭い眼も、犬歯を剥き出しにした笑みも浮かべていない。
「それじゃあ、貴方は」
「そうだよ。ようやく気付いたのか。言ったろ、俺もプロジェクトFの産物だってな。なら、元となった人間がいるに決まってる。それが、クライド・ハラオウンだ」
 フュンフが屋上の縁に足をかけ、飛び降りた。宙に浮いた彼は杖を片手で回転させながら話を続ける。
「言っておくが俺はクライド・ハラオウンとして造られた訳でも、代替として造られた訳でもねえ。肉体だけで無く記憶を再現するプロジェクトFの特性を利用して造られた戦闘機人だ。……なぁ、お前等、戦闘機人の弱点って知ってるか?」
 フュンフが回転させていたデバイスを大きく横に振った。すると杖付属のカードケースからカードの束が扇状になって吐き出され、魔力を放出して消える。
「避けろ、フェイト!」
 クロノの声と共に、二人は左右に飛んだ。攻撃を一カ所に集中させない為だ。
 フュンフの周りから発射された大量の魔力光弾が二人を追尾し二手に別れる。
 機動性に勝るフェイトはそのスピードを活かして魔法を回避し、クロノは迎撃、防御、回避を巧みに行い捌いていく。
 フュンフがフェイトと比べ足の遅いクロノを追いかけようとする。だが、突然立ち止まって前方を魔力の込めた杖で突く。
 すると隠蔽されていた設置型拘束魔法が破壊された。
「危ねぇ危ねぇ。いつの間に仕掛けやがった」
 言いつつも顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
 フェイトが高速移動により後ろからフュンフに切りかかるが、杖から伸びた魔力刃に阻まれる。
「戦闘機人の弱点。それはな――」
 杖を両手で持ち、先端の短い刃で突きを連続して放つ。杖自体は変形していないが、その構えと点による連続攻撃は明らかに槍術だ。リーチの差からフェイトは防戦一方となる。
 クロノがフェイトに加勢し、デュランダルでフュンフを突く。
「経験値が不足してる事だ」
 だが、後ろを向いたままの状態でシールドに防がれた。それどころか逆に、フュンフの体が回転し横に払われた柄がクロノの脇腹に命中する。
「ぐぁっ」
 何とかシールドで防ぐが、戦闘機人の身体能力は人のそれを凌ぐ。勢いに押されてクロノは屋上の床に叩きつけられた。
「クロ――ッ!」
 槍で言えば石突の部分、杖の下部による突きがフェイトに放たれ、彼女は何とか剣の鍔で防ぐ。
 それでも後ろへ僅かに後退する。その隙にフュンフはクロノを追って屋上へと降りながら、牽制としてしっかりフェイトに向け射撃魔法を撃つ。
 フュンフが屋上に足を付けた時、クロノは既に立ち上がっていた。
「はぁっ!」
 杖術による近接戦闘が行われる。
 一般局員に最も行き渡っているのは杖型ストレージデバイスだ。当然、杖を使った近接戦闘の訓練が有り、クロノもそれを修得していた。
「動作データ継承や共有による戦闘記録の入手はあるが、それじゃあ足りねえ」
 フュンフがクロノに対応し、杖だけで攻撃を防ぐ。続く連撃はまるで鏡合わせのようだ。
「記憶は経験の積み重ねだ。数字の羅列に過ぎないデータじゃ所詮記録であって記憶じゃねえ」
 追いついて来たフェイトが加わり、二対一という構図が出来上がる。
「知識だけあって実践した事無い奴なんて型通りの戦闘なら問題ねえが、状況が変わると途端に無能に成り下がる。いくら戦闘機人がそれぞれの特性を特化させていると言っても限度があるわなぁ」
 フュンフの杖から鉤爪のような魔力刃が生成され、フェイトの剣を受け止める。それは武器殺しの形をしていたが、密度の濃いフェイトの魔力刃は折れる事は無い。しかし、複数の刃に咬まれた事で剣を動かせなくなった。
 そして、フュンフは自分の杖をいきなり折った。いや、折れたのでは無く、そうなる仕掛けになっていた。
 半ばで別れ二つになった杖は互いに鎖で結ばれ、フュンフは下部の杖を掴んで見づもせずに真後ろに放つ。それは丁度真後ろから来るクロノの顔面に寸分違わず飛んでいく。
 クロノは避ける事はせずに強固なシールド魔法を展開させる。それは無駄な魔力の消費に近い行動ではあったが、その判断は正解であった。シールドに振れた途端杖から爆発が起きた。
「――っ」
 爆風で後方に飛ばされるクロノ。
「ハッ」
 手応えを感じたのか自分が起こした結果を見もしないで笑い、フュンフは杖から伸びる鎖を掴む。途端にクロノを吹っ飛ばした杖の下部が生き物のように動き、鎌首をもたげてフェイトに襲い掛かった。
 クロノ同様シールドで防ぐものの吹き飛ばされる。
「戦闘機人の経験不足の解消、そこでうちのドクターが目を付けたのがプロジェクトFだ」
 鎖を引っ張り手元に戻し、元の杖へと戻る。
「記憶と肉体をコピーする技術はそのままクローン培養に流用する事が出来たから意外と簡単らしかったぜ。……ところで、お前等」
 元に戻した杖を手で弄びながら、フュンフは左右にいる二人を睨む。
「やる気あんのか? お前等が相手にしてるのは、若くして提督になった男の記憶を持つ戦闘機人なんだぜ。もう少し本気でやらねえとつまらねえじゃねぇかよ」
 二人が負傷しているのと反対にフュンフには傷一つ無い。どころか息も乱れていなかった。
 戦闘機人の肉体的スペックを考慮しても、Sランク相当の二人とそれを相手にしていながら余裕を見せているフュンフとの間には技術面で圧倒的な差があった。
「人の父親の記憶の上に胡座かいて座ってる癖に、まるで自分の力みたいに言うんだな」
 安い挑発であったが、ともかくクロノは相手の話に付き合う事にした。先の攻防で乱れた呼吸を取り戻したかったからだ。それに、あの手のタイプはこっちが聞く気無くても勝手に喋るだろう。
 その考えが伝わったのか、フェイトも即座に行動に移ろうとせずに呼吸を整える。
「はあ? 何言ってやがる。要は使えるか使えないか。使えるモンなら人の記憶だって使えばいい。お前等だって大昔の人間が作った魔法やらデバイスやら魔導技術使ってんじゃねえか。それと一緒だ」
 つまり、経験さえも闘争に勝つ為の道具の一つでしかない。
「要らんモンは淘汰され、使えるモンは何時までも残る。生存競争と一緒だ。説教臭え事言えば、古きを知ってこそ人は進化する。ってか? ハハハハッ」
 笑いながらフュンフが杖を回す。
「さて、休憩はもうこの辺でいいか?」
「――フッ」
 フェイトが屋上の床を蹴ると同時に彼女のバリアジャケットが防御を捨てた機動力特化の真・ソニックフォームと変化する。加速し一瞬で間合いを詰め、袈裟切りによる片刃の魔力刃が最速の攻撃を見せる。
 だが、フュンフは杖の先端から両刃の魔力刃を伸ばして受け流す。
 スピード、魔力刃の強度、どれもフェイトが上をいっているが、その程度の差でどうにかなるような彼では無い。
 クロノが走りながら拘束魔法と射撃魔法を発動。
 フュンフの足下から魔力の鎖が伸び、螺旋を描く魔力光弾が六つ向かってくる。
 フェイトは流れ弾も気にせず攻撃を続ける。
「足止めのつもりか?」
 ジャケットの裾からカードが飛び出して鎖、魔力光弾とぶつかって爆発を起こした。
 二つの魔法を破壊したフュンフは杖からの刃を二又にし、フェイトの片刃を挟んだ。そして捻るようにして回す。それはホテルでの戦いの時にフェイトの手からバルディッシュを奪った方法と同じものだ。
 同じ手に乗らないと言わんばかりフェイトが屋上の床を蹴り、強制される力の向きに逆らわず自分の体を回転させる。それにより無駄に勢いの付いた捻りを利用して逆にフュンフの手から杖を取り上げようとする。
 フュンフはその直前に魔力刃を消す事でそれを回避する。
 それを見たフェイトは空中で無理矢理に体勢を変えて、フュンフの顔めがけて蹴りを放つ。
 彼はそれを腕でガードしたが、それを踏み台にフェイトは距離を稼ぐ。
 入れ替わるようにして、クロノが突きを放つ。フュンフも杖を突き出し、互いの杖の先端がぶつかり合った。
「はぁっ!」
「ハッ」
 二人が杖から魔力放出を行う。
 魔力は相殺され、その爆発でクロノが床を滑りながら後ろに押し出される。それはフュンフも同じだが、
「何ィッ!?」
 後ろへ行くはずの体が上半身だけ仰け反るような状態になる。フュンフが驚きの声を上げたのは足がいつの間にか氷によって床に固定されていたからだ。
 仰け反った事で視界が上に向いた時、魔力光弾が落ちて来るのが見えた。
 シールドを張り真上からの魔法を防ぐが、足が固定されているせいで踏ん張りが利かない。
 相手の大きな隙を見逃す訳が無い。フェイトがシールドで魔法を受け止め続けるフュンフに斬り掛かる。
「うおおおぉぉっ」
 フェイトの片刃剣を二つ目のシールドで防ごうとするが、姿勢が悪い。
 フュンフの怒号を聞きながら、フェイトは渾身の力を込めて振り下ろした。
 シールドが断ち斬られ、刃と魔力光弾の衝撃で床が破壊されてフュンフが階下へ沈む。
「やったか!?」
「ううん。ギリギリで避けられた!」
 クロノの言葉をフェイトが否定する。
 力づくか、炎熱変換でも行ったのか足の氷を破ったフュンフは床を蹴り、上下に反転し斬撃と魔法をかわしていた。刃は紙一重で避けても魔法の爆風は受けている筈だが、それで倒せるような相手とも思えない。
「中々やるじゃねえか!」
 健在を知らせるようにフュンフの声が床の穴から聞こえ、屋上が爆発する。
 二人は間一髪飛行魔法で屋上から離れる。
 ビルの上層が爆発によって中から崩れ、濛々と吹き上げる黒煙の中、フュンフが宙に浮かび上がって来た。
「今のはさすがにヒヤッとしたぜェ」
 多少ジャケットが破れているだけで、フュンフにダメージが残っている様子は無い。
「やっぱり、戦いってのはこうでなくちゃいけねェよなあ」
 言いながらフュンフが杖を両手で持ち直す。
「最近はツマンねえ仕事や横槍が入って不完全燃焼でよ。今夜は邪魔が入らねえ。存分にやろうや」
 杖の上部から開いていたカードケースが音を立てて閉じる。そして、杖の中から機械音がすると排気プラグから煙が排出された。
 同時にフュンフの魔力が急速に高まった。
「カートリッジシステム!?」
 別に驚く事は無い。デバイスや術者に負担は掛けるもののカートリッジシステムによる恩恵は大きい。アームドデバイスを始め、よほど特殊なデバイスで無い限りカートリッジシステムを使う者は多い。
 しかし、カートリッジは圧縮魔力を込めた弾丸だ。だがそれを弾丸以外の物で使うというのは今まで無かった事だ。
 彼の足下からミッドチルダ式魔法陣に荒いモザイクが掛けられたような幾何学的な魔法陣が浮かび上がる。
「カハ、ハハハハ、ハハハハハハハハッ」
 氷で出来た短剣が無数に現れ、フェイトとクロノに向け発射される。
 二人が弧を描くように氷の射線上を避ける。だが、突然目の前に炎の壁が現れた。進路を阻まれた二人に、いつの間にか上空に移動していたフュンフの手から発せられた雷撃が襲う。
 クロノがシールドで防ぎ、フェイトは旋回し回避する。
「逃げてばっかりだなぁ、テメェらはよお!」
 二人に向かってフュンフが突進して来た。右手に斧の形状をした魔力刃を生成した杖、左手には炎を纏い、体の周りには氷の刃が浮かんでいる。
 三種の魔力変換の使用。フュンフは魔力変換素質を保有していない。だが、だからこそ相性に左右される事なく魔力変換を行う事が出来る。変換率こそは素質保有者に劣るが、その一歩手前の効率だ。
 三人の戦いは一方的なものとなっていた。様々な形に変わる魔力刃、カードによる奇襲とカートリッジ、魔力変換。フュンフの多彩で隙の無い戦術は一対二という数の不利にも関わらずフェイトとクロノの二人を圧倒している。
 クロノは今や艦長職に付いているとは言え前まで執務官として前線にいた。フェイトは古代遺跡専門の現役執務官だ。フュンフが経験豊富な魔導師の経験があるとは言え、差がありすぎる。
「おいおい、どうした。その程度かァ!」
 フュンフの両手から爆発が起こり、強烈な一撃を受ける。吹き飛ばされながらも致命傷を避けたが、ダメージが少しずつ積み重なっている。
「君は、本当に僕の父の記憶だけしか持っていないのか?」
「ああ?」
 フュンフの一撃一撃はさほど強力では無い。これほど一方的なのに、危うい状態ながらも未だにフェイトもクロノも健在なのが証拠だ。
 魔力量は戦闘機人としてのエネルギーも併用しているせいか全体的に量は大きいが出力は高く無い。スピードも速くは無い。ただ、戦士としてのレベルが違い過ぎる。
 ただ一人の経験を受け継いだだけとは到底思えない。だからクロノは、フュンフが複数の魔導士の経験を持っているのではないかと考えた。遺伝子と記憶を再現する技術があるのだ。今まで見た相手の技術力を考えれば複数の記憶を持っていてもおかしくはない。
「――ああ。そういう事か。面白い発想だがそいつは違うなぁ。簡単な話だ。土台の上に更に場数踏んでるからだよ。俺はプロジェクトFによる豊富な経験を持つ戦闘機人として作られた。ならよ、俺以外にもそういう奴がいてもおかしくはないよな」
 安定した戦力を量産する為に研究され造られたのが戦闘機人。まだ試験的な部分があるとは言え、それに古強者の経験を入れた存在がフュンフだけとは考えにくい。
「色々いたぜ。俺と同じくクライド・ハラオウンの肉と経験を持つ奴から質量兵器が使われた戦争を生きてきた奴や前線に居続けた馬鹿のクローン、果ては三提督の記憶を持つ奴もいたなァ」
「……いた、だと?」
「その人達は一体……」
 過去形の言葉に二人は疑問を持つ。
「喰った」
「なっ!?」
 何かの比喩なのだろう。フュンフは思い出に浸るように笑みを浮かべ続きを話す。
「最初は全員まとめてバトルロワイヤルしてたんだが、数が減ると自然にタイマンになってなァ。どいつもこいつも手強くて、あん時は良かったぜェ。戦い以外何も考えられなくてよォ、頭が真っ白になって杖持つ感覚も無くなって来るんだ」
「まさか、自分の仲間達と殺し合いを!?」
 信じられない。いや、信じたくないといった悲鳴のような声でフェイトが叫ぶ。
「いくら貴方が犯罪者だからと言って仲間だったんでしょう? どうして、そんな殺し合いなんて」
 認めたくない。仲間同士で殺し合い、それを平然と、それどころか楽しそうに語るフュンフはフェイトにとってまるで悪魔か何かのように映る。
「簡単だ。『フュンフ』が誰に成るか。それを決める為だったんだからよ」
「『フュンフ』が誰に成るか……?」
「ウチは役に立たねえ奴、弱い奴、殺し合いで生き残れない奴は要らねぇんだよ。そこまでの奴は不要だ。別に最後の一人になるまで戦わなくちゃならねえ決まりは無かったんだが、結局生き残ったのは俺一人だけだった。まァ、それは半分が方便だな。どいつもこいつもムカツク連中でお互い気に入らなかったからよ。キッカケは些細なモンだったぜ。確か……馬鹿同士の肩がぶつかったのが火種だったな」
「そんな……そんな事で?」
「そんな事? クッ、カハハ、ハハハハハハッ。だからテメェは出来損ないなんだよ!」
「ッ!!」
「アリシア・テスタロッサにも、ヒトにも成れねェ! 他人に見て貰わなきゃ自分を維持できねェ、存在を証明すらせず、他人に縋って甘えて同じような境遇のガキ集めて傷の舐め合いなんぞしてるテメェにはやっぱ解んないよなあ! 自分一人の存在さえもあやふやなテメェじゃ俺達の事なんざァ解らねェさ! 出来損ない風情がテメェの価値観で物言ってガキ見てえに駄々コネてんじゃねえよ虫酸が走る!」
 怒鳴り、怒りに満ちた表情でフュンフはジャケットの上着に手をかける。
「文句あるならかかって来い。テメェの手は、足は飾りか? そのデバイスは何だ? 有象無象を越えたその魔力は? 才能は?
 ――力だろうが。テメェの意見通したかったら力付くで来いや。話し合いだの何だのそんなモン所詮弱者の妄言。希望的観測だ。何事も力あってこそだ。そんな世界が始まった時からある理を忘れた奴はヒトどころか生き物としても脱落する。俺はそれで俺を証明した。俺が殺した連中も死んで負けたが証明しようとはしてたぜ」
 ジャケットを脱ぎ、上半身のボディスーツが露わになる。
「ホテルの時は、同じFの遺産だったからどんな奴かと期待したが、そろそろ目障りだから消えろや」
 脱いだジャケットを振り回し、宙に放り捨てる。ジャケットの下に備え付けられていたカードホルダーから山のような数のカードが飛び出した。
 再びフュンフの足下に幾何学的な魔法陣が浮かび、一束のカードがデバイスのカードホルダーの中に収まる。カートリッジシステムが動き、煙が噴出する。
「マズい。フェイト!」
 クロノがフェイトへ向かうよりも速くフュンフが彼女に向かって飛ぶ。そして、クロノの前にはもう一人のフュンフが現れた。
「なんだと!?」
「しばらくはこっちの相手をしてもらおうか」
 フュンフと同じ格好にデバイス。声も一緒だ。
 二人に分かれたかと思うほど瓜二つ。しかし、クロノは直前に見ていた。
 ジャケットがまき散らされたカードの山が、魔法陣が浮かぶと同時に一カ所に集まり、人型を成したのを。幻術か映写の技術かなのか、人型になったカードの塊にフュンフの姿が映し出されている。
「なに、すぐ終わる。アレを殺したら直々に相手してやるよ」
 本物に代わってカードが喋る。
「そんな虚仮威し――ッ!?」
 射撃魔法で貫こうとした瞬間、人型からカード数枚が発射されて防がれる。更に、デバイスに模したカードから魔力刃が伸び、クロノに接近戦を挑んだ。
「くっ」
 力も速さも本人と変わらない。魔力の込められたカードなのだから限界はあるだろうが、魔法も使用して来る。
 これでは、フュンフが本当に二人に増えたのと同じだ。
「フェイト!」
 心配と焦りで思わず義妹の名を叫ぶ。
 先の会話にフュンフが二人に増えた事で動揺し隙だらけとなったフェイトは簡単にフュンフ本体の接近を許してしまう。
「とっとと死んじまいな! クソがぁッ!」
 今まで以上の猛攻。多種多様に変化する魔力刃の連撃に、いつの間に補充したのかデバイスのカードケースからカードが射出され、射撃魔法と変わりフェイトに至近距離から襲う。その癖直情的な単純な攻撃は無く虚と実を交えて隙の無い攻撃を仕掛けてくる。
 彼は元々は人の記憶から得た戦闘経験であろうと歴戦の戦士達と戦い、殺し、生き残った紛れも無い強者だ。
 頭に血が昇っていようと激情を剥き出しにしようと体に染み着いた戦い方は呼吸するのと同義。考えるよりも先に体が動き、勝利する為の計算を止める事はしない。
「ぐ、あう――ああああっ!」
 休む間も無い攻撃に、フェイトは何とかそこから抜け出す。
「逃がすかァ!」
 フュンフの杖型デバイスが真ん中から別れ、鎖が伸びる。
 フェイトを追いかけ、鷲爪のような魔力刃を生やした杖の上部が彼女の足首を掴んだ。
「しまっ――」
 鎖を伝って流れて来る炎にフェイトは身を焼かれる。更に、魔法によって体を魔力の紐によって拘束される。
 そのまま、ボールのように蹴り飛ばされた。
「か、はっ」
 足首を掴む鷲爪がフェイトを離さない。蹴り飛んだ勢いを利用し、フュンフが鎖を振り回し、フェイトを遠くへ投げた。
 鷲爪は離れたが、体は拘束されたままだ。そのまま地上へと自由落下していく。バリアジャケットの防御機能があるとは言え、このままでは頭から地面に落ちて多大なダメージを受けるだろう。
 蹴られ、遠心力で揺れる脳を覚醒させ何とかバインドを振り解こうとして、フェイトは上下逆さまの視界から遠くでこちらに掌を向けるフュンフの姿を視た。
「水を電気分解すると何になるか知ってるか?」
 フェイトの周囲に小さな結界が生み出され、閉鎖空間を作る。
 必要な物だけが結界内に集められ、余分な物は排出される。
 大気中の水分が集められ凍結魔法によって冷やされ水を作り、電気分解され――点火された。
 目が潰れる程の眩しい爆発が起きた。大気を揺らす轟音と共に閉鎖空間があった地点の周囲にあった建物が破壊された。
「フェイトォーーーーッ!」
 クロノの声は空しい哉。爆音によって遮られる。
 周囲を破壊尽くした爆炎が消え、ビルが崩れる音が残る。
 爆心地から少し離れた所では、煙の尾を引いてフェイトが落下していった。地面に強く体を打ち付け、跳ねて転がっても声一つどころか受け身を取らない。人としての、生命ある生物としての反応を何一つしない。
「――貴様ああああぁぁーーーーっ!!」
 四肢を投げ出し、物のように動かないフェイトを見て、クロノが声を上げながらカードが模した分身を杖で叩きつける。
 その一撃はシールドで受け止められるが、クロノはデバイスを自ら離して分身の顔面を拳で殴った。
 殴られながら分身の蹴りがカウンターとしてクロノの脇腹に命中する。カードで出来た体とは思えない重い蹴りで肋骨がいくつか折れる音がした。
 しかし、痛みなど怒りで感じていないのか蹴られながらもその足を掴み、自ら離したデュランダルを再び手に取ると分身の胴に突き刺す。
 杖の先から放出された魔力が分身の体を四散させた。
「フュンフ!」
 元のカードに戻りバラバラになっていくカードを横切り、フュンフに向かって飛ぶ。
「ハッ、良い目つきじゃねぇか!」
 黒と白の杖型デバイスが火花を散らす。
「よくもッ!」
「ゴミを焼却してやったんだ。ありがたく思えや! なあっ!」
「なんだと!」
 互いに強烈な一撃がぶつかり合い、距離が生まれる。
 全くの同時に二人が同じ魔法、同じ数、動作で魔法を撃った。

『AED operation』
「――う、げほ、ごほ……ごほっ」
 瓦礫の上で、フェイトはゆっくりと目を覚ました。まず最初に目にしたのが黒煙が昇っていく星空だった。そして、視界の端では魔力による光が時折掠める。
「そう、だ。私は……」
 視界の隅に見える光は、まだクロノがフュンフと戦っている故のものだろう。
「私も、戦わなくちゃ――ぐっ」
 起き上がろうとすると激痛が全身に走り、顔を歪める。
 幸運な事に、爆発による損傷を受けたバルディッシュが落下の直前に不完全ながらも最低限の防御と肉体強度の魔力付与を施し、後の蘇生は成功したが怪我が治ったわけでは無い。
 ノイズの入った声で心配し退避する事を進めるバルディッシュだが、フェイトはそれでも起き上がろうとする。
「ご、めん、バルディッシュ。もう、少し、付き合って」
 バルディッシュを支えに、何とかフェイトは立ち上がれずとも起き上がる。
「負けたくない」
 視点を変えて空を再び見上げれば、やはりクロノとフュンフがまだ戦っていた。分はフュンフに有り、クロノの体に負傷による出血が所々見られた。
「――負けたくない」
 再び、負けたくないとフェイトが呟く。
 昔、なのはと全力で戦った時でさえもこれほど強く思った事はないかも知れない。いや、おそらく負けたく無いという思いが出てくる根元が違う。
 今や親友となったなのはの時とは違うもっと違うところから、欲望に近い何かから、もっと根源的な部分からその気持ちが出てきているような。
「確かに私は一人じゃ弱い。誰かが傍にいてくれなきゃすぐに挫けて、何も出来ない。だけど……」
 他人がいてこその人生。それを否定したら、自分を支えてくれた友人や家族の優しくて暖かな思いはどうなると言うのだ。
 それを返して行きたくて、自分と同じように独りぼっちになってしまった子供達を保護し、明るい未来に繋がるようにして行きたいと思っている自分の行為は無意味な事なのか。
 違う。断じて違う。確かに自分勝手な思い込みかもしれない。自己満足かもしれない。でも、周りの人達から生きる力を、優しさを、幸せを分けて貰った。それを否定させない。したら駄目だ。否定したら彼らの、彼女達の思いを貶す事になる。

 ――おまえのおかげで子供達が今を、長い人生の刹那を、一生懸命に生きていけるようになったんだからな――

 あの夜、あの人が言ってくれた。自分が光を貰ったように、子供達に幸せになって欲しいと始めた事は無駄では無いと。後に続く子供達に希望を与えられると。
「負けられない」
 自分の手を掴んで引っ張って行ってくれる人達、自分が手を握って未来を見せたいまだ小さな命達。傍にいてくれる彼らの為にも、フェイト・T・ハラオウンはフュンフに負けるわけにはいかなかった。
 強い視線でフュンフを見上げる。
 彼はクロノとの戦いに夢中でフェイトが生きている事に気付いていない。
 チャンスと言えばチャンスだが、今のフェイトは立ち上がる力が無かった。飛行魔法で体を浮かせても剣を握って振れるのは出来たとしても一度だけ。
「…………今なら、出来るかもしれない」
 フュンフはこちらに気付いていない。ならば、アレを使う時間がある。
「……やれる?」
 フレームが割れ、コアの光も弱々しい。だけど己の半身とも言えるデバイスはそれに応えた。
「うん。なら、やろう」

 クロノとフュンフの戦いは苛烈を極めた。何時間も戦っているような気がするし、ほんの一瞬だったかも知れない。時間の感覚が狂いそうになるほど、脳と体は戦いに集中している。
「ぐあっ」
「ハッ、よく粘ったなァ!」
 しかし、いくら時間を掛けようと戦いには決着が付き、勝敗が決まる。力量の差があるのならば尚更だ。
 クロノに破壊され、バラバラに散らばった人型を構成していたカードがフュンフの周りに浮いている。
 分身が破壊されたとは言え無傷のカードはまだ大量にある。そのカードの山がクロノの死角から襲い、更なる隙を生みだしフュンフが強力な一撃を叩き込む。そういう展開だった。
「まあ、何だ? 楽しかったぜ」
 未だ余裕が残っているフュンフは笑みを浮かべている。勝利を確信した顔。けれども油断はしていない。言動に似合わず慢心する様子が無い。
 だからこそ気付いた。少し離れた場所で膝を付いている存在に。
「チッ、まだ生きてやがったか」
 フュンフが後ろを振り向くと、瓦礫の上にフェイトが上半身を起こしていた。足下には金色に輝くミッドチルダ式。デバイスを握る右手とは逆の手、左腕にはリングのような環状型魔法陣がいくつもある。
「フェイト!?」
 フュンフの視線からフェイトが生きている事を知り、クロノは一瞬安堵の顔を浮かべる。だが、即座にフュンフに対して魔法を行使しようとする。
 何か魔法を使おうとしているが遠くからでも解るほどフェイトは瀕死の状態。何も出来る筈が無い――と、油断してくれる相手では無い事はこの戦いの中で厭と言うほど思い知った。
 だからクロノは注意を引くために無謀ながらも大魔法を使おうとする。
 魔力量に気付いたフュンフが振り返りながら短剣型の魔力刃を投げる。
 振り返り様の投擲だと言うのに刃は正確にクロノの顔に向かって飛んでいく。
 何とか身体を横にずらすが、魔力刃が深く肩に突き刺さった。
 痛みは走るが、魔法発動の為の処理は止めない。
 視界の中、刃の投擲と同時にフュンフがフェイトに向かって撃った射撃魔法が見えた。
 ――本当に、抜け目が無い。
 いきなりの事の筈なのにフェイトとクロノの対処を同時に行う。その相手の戦闘センスに驚嘆しながらも
 ――でも、だからこそそうすると思ってた!
 クロノが魔法を発動させる。
「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ――凍てつけ! エターナルコフィン!」
 フュンフを中心にオーバーSランクの凍結魔法が発動する。
「うおっ!」
 フュンフが凍り付き、同時にフェイトへ向かっていた射撃魔法を一瞬で凍る。
 凍結された生命は外部から解除されない限り半永久的に氷の中で眠りにつく。この凍結系最大の広域魔法が決まれば勝負が付く。誰もがそう思う。
「うおおおぉぉっ!」
 しかし、クロノはそうは思わなかった。杖で今できる最速の突きを氷像と化したフュンフに放つ。
 砕ける音と共に小さな氷が散らばる。
「ク、クク、面白ェ事してくれんじゃねえか」
 氷像に当たる直前に、杖が捕まれていた。
 掴んだ腕は氷像から伸び、割れた箇所から歯を剥き出しに笑うフュンフの顔があった。
 彼はエターナルコフィンを受ける直前にカードを全身に張り付けさせて身代わりにしていたのだ。今砕けた氷も元はカードだ。
「イイ線行ってたぜ。あばよ」
 全身の氷を砕いたフュンフの蹴りがクロノの腹部に放たれる。
「がっ――」
 ビルに叩きつけられ埋もれるクロノ。
 フュンフが魔力刃を多数生成し、矛先をクロノに向ける。

『――砲身生成完了。魔力光弾のコーティングも同時完了』
「……よし。いくよ、バルディッシュ」
『Yes sir』
「――ファイアッ!」

「――!?」
 突然、フュンフが身体を無理矢理に横へ移動させた。
 その行動は彼がハラオウンの経験を土台に今まで修羅場を潜ってきた第六感による行動だった。
 人によっては嫌な予感で済む程度の虫の知らせ。だが彼の直感は平和な暮らしで錆び付いたものでは無い。正真正銘命の駆け引きから磨き上げられ最も信用する物も一つだ。例え死角からの長距離狙撃だろうと致命傷を避ける位の事はやってみせる。
 ――だが、今回はそうならなかった。
「な――――」
 気付けば、フュンフは己の身体が錐もみしながら回転し吹っ飛んでいた。
 撃たれたと認識してようやく腹部の左に今まで受けた事の無い衝撃があった事を悟る。そしてその衝撃で自分の身体が風車のように回転している事にも気付く。
 あまりの衝撃にそのまま地面へ落下するが、痛みを堪えて何とか四肢で着地する。地面に蜘蛛の巣状のヒビが入った。
 ――今のは!?
 避けたと思った直後、いや直前か。いつ撃たれたのか分からなかったが、避けようと行動した時に視界の隅に入ったのは左腕を真っ直ぐにこちらに向けたフェイトの姿だ。
 彼女の左腕にあった環状型魔法陣が腕の直線状を沿うように移動していた。その形はまるで、砲のようだった。
 砲の中に魔力光弾が一つ浮かんでいたのも見えた。それが発射されたと思えば、腹部に衝撃が来たのはほぼ同時。
 戦闘機人の動態視力とフュンフの直感を上回る速度で魔力光弾を発射する魔法など見たことも聞いた事も無いが、フュンフはその仕組みを一瞬で理解した。
「レールガンかッ!!」
 質量兵器が禁止され久しくなった今、それを知る人間はミッドチルダでは思いの外少ない。何より、魔力というエネルギーに頼った世界ではそのような発想が浮かびづらい。
 電気的な反発力で発射されるレールガンの弾丸は、音の壁など容易く突き破る。戦闘機人の動体視力も古強者の勘も上回る超高速弾だ。
「ぐ、ゴボッ、げほげほっ――チィッ!」
 衝撃で血を吐きながらも、獣のように四肢を使い横へ飛びながらシールドを展開させた。
 同じ地上にいるフェイトが砲身をフュンフに向けていたからだ。
 横移動による回避行動を取りながら多重シールド、バリア、カードによる障壁を出し惜しみ無く展開させる。
「ぐ、おおおおおおーーーーっ!!」
 しかし、レールガンの貫通力はそれらを紙屑のよう貫く。更には『砲』という形では信じられない連射速度はフュンフを逃がす事はしない。
「がああっ!!」
 シールド全てが貫かれ、それを知覚する間も無く全身にレールガンの弾を受けたフュンフの身体が向かいのビルに撃たれた際の衝撃だけで吹っ飛んで行った。

「はあ、はあ……や、やった」
 今にも倒れそうになるのをフェイトはバルディッシュを松葉杖代わりにする事で体を支える。
 ビルの穴の中で大の字になっているフュンフの意識は完全に途切れている。さすがの彼でもレールガンの連射を受けて無事では無かった。
 魔法によるレールガン。電気変換資質を持つからと言ってそれを実際に行うには大量の電気、つまりは魔力を消費させる。それだけで無く、緻密な砲身設計が無ければ暴発していたかもしれない。
「フェイト!」
 クロノがフェイトの元へと、降りてきた。
「え、へへ……二人とも、凄い、ボロボロになっちゃったね」
 緊張が解けたのか、筋肉が痙攣しているせいかフェイトはヒキツった笑みを浮かべた。
「僕の事なんかより、君だ。意識があるのが不思議な位だぞ」
 クロノが急ぎ治癒魔法をフェイトにかける。
 肋骨が折れ、肩の裂傷を始め全身に刺し傷のあるクロノも十分重傷だがフェイトはより酷い。フェイトのは最低限の守りしか無いが、あの爆発の中バリアジャケットのおかげで全身に重度の火傷は免れている。しかし、爆破と墜落の衝撃のおかげで無事な内蔵や骨を探す方が困難な有様だ。
「ダメだ。気休めにもならない。急いで救護班を呼ぼう。じっとしてるんだ」
「う、うん……」
 痛む肩を押さえながら、クロノが通信用モニターを開いた。
 その時、瓦礫の崩れる音がした。
 フェイトとクロノが音のした方に視線を向けると、ビルの瓦礫の中に体を半分埋めていたフュンフが起きあがっていた。
「まだ動けるだと!?」
 フュンフの周りに魔力刃の大量に出現する。その数は剣山と表現すればしっくりとくる程の量だ。それが四方八方狙いも何もなく一斉発射された。
 狙いが無いからと言って射程圏外にフェイト達が入っていない訳では無い。とっさにクロノがフェイトの前に出て庇った。
 クロノが展開させたバリアはいくつかの刃を受け止めたが、貫通した刃がクロノの身体に突き刺さる。
「ぐ、はぁっ」
「クロノ!」
「だ、大丈夫だ。ぐっ、く……」
 運良く致命傷では無い。しかし、満足に動ける状態でも無い。
「まさか、あれを受けて立ち上がれるなんて」
 フェイトが立ち上がっているフュンフを見る。そこでようやく気づいた。
「意識が――無い?」
 だらりと垂れ下がった両腕に、弛緩した体、そして白目を向いたままの眼。
 戦闘機人フュンフは気絶した状態で立ち、魔法を放っていたのだ。
 反射的な行動なのだろうか。だとすれば、見境の無い自分を中心に放ったあの魔力刃は攻撃では無く防衛。意識を失いながらも常に戦場に身を置いているという本能からの行動。
「なんて、なんて……」
 後に続く言葉は驚きか、恐怖か。ともかく、フェイトやクロノが今まで見たこともない事が起こっているのは事実だ。
 フュンフの右手は突然動き、勢いよく自分の胸を叩くように平手を当てる。まるでギアが狂って異常な速度で動く人形のようだった。
 胸に手を当てたフュンフが痙攣し出す。自ら電流を流しているのだ。そして、
「――――ごほっ、げほっ、ゼェ……ゼェ…………――カ、カハ、ハハハッ……ハハハハハハハハハハハハハハーーーーッ!!」
 吐血し、血溜まりを地面に作ったフュンフが笑う。これ以上おかしい事なんて無いと言わんばかりに血に塗れて赤くなった口を大きく開け、腹の底から笑う。
「意識を、失うなんざァ何時以来だァ!? なァ、オイ。クハハハッ!」
 フュンフがゆっくりと一歩を踏み出してフェイト達に向かって歩いて来る。
「おィ、オイオイオイ、予想以上な事やってくれんなァ。ク、ククッ、これだから戦い止められねェ。最高だ。最ッ高だ!」
 足を若干引きずり、左腕は折れ曲がっている。それでも歩みは止めず、笑みも変わらず浮かべている。
 歩く途中、己のデバイスが無い事にようやく気付いだった。しかし探さない。どちらにしろ彼のデバイスは持ち主よりも早く壊れ使い物にならなくなっていた。
「フ、フェイト、逃げろ……」
 筋を切られたのか動けぬクロノがフェイトに逃げるよう言う。
 フェイトは立ち上がり、クロノの前に出る。
「フェイト!?」
 バルディッシュの支えがあろうと、今のフェイトはろくに立って歩く事も出来ない筈だ。だが、フェイトは己の足で立ち、歩を進める。その速度はフュンフよりも遅く、弱々しい。
「貴方は死ぬのが怖く無いんですか?」
 ゆっくりと這いずるよりも遅いスピードで歩きながらフェイトはフュンフに問いかける。
「例え私達を今殺しても、その様子だと直に動けなくなります。貴方の事でしょうから、外の局員と出会えば怪我など関係無しに戦いを挑むのでしょう。もう一度聞きます。貴方は、死ぬのが怖く無いんですか?」
 フュンフはもうフェイト達にとって物語に出てくる怪物か未知の生き物同然だ。どうしてそこまで戦えるのか。何故そこまでして戦おうとするのか。
「怖い? 怖いだあ?」
 フュンフは歩き続けながら折れた左腕を自分の目の前に持っていく。そして腕を、無理矢理元の形に戻した。
 折れた骨を肉に突き刺す音が聞こえた。より出血は激しくなり、噴水のように吹き出た音が聞こえた。地面に音を立ててこぼれ落ちる血の音が聞こえた。
「カハハハハッ。死ぬのが怖い? 怖いかって? ああ、怖いさ」
「なら!」
「――な訳ねェだろうがよお、ド阿呆が!」
 怒鳴りながら形だけを元に戻した左腕に細い魔力刃を突き刺し固定する。
「ッ!?」
「死ぬのが怖い? 負けるのが怖い? ハッ、死んで負ける覚悟はあっても恐怖なんざァ有るかよ!」
 深々と刺し、掌から覗く針のような魔力刃から伝う血が周囲に血痕を残す。
「我思う――故に、我有り。解るか、餓鬼? 俺は戦闘機人だ。戦って戦って殺されるまで戦い続ける! それがこの俺、戦闘機人のフュンフ! それが、それこそが! 俺が俺という証だ! 死の恐怖なんざ誕生した時からねえ!」
 フュンフが走り出した。足を引きずっていたとは思えない速度。全身全霊、自分という存在を賭けて戦おうとしていた。
「そう……ですか」
 バルディッシュをザンバーモードに、真・ソニックフォームの上にインパルスフォームのバリアジャケットを被せ、フェイトも構える。だが、彼女はフュンフと対照的に走らず、力無くぶら下げた大剣の刃先が地面に付いている。
「もう、立つのも、動くのも、これが限界。だから、コレで終わらせます」
 フェイトは大剣を水平に構えた。これは今から行う最後の魔法。重く振り回し難いザンバーモードにしたのは、少しでも相手に当たるリーチを伸ばす為の苦肉の策。
「終わらせて見ろや!」
 フュンフが地面に血の路線を描きながら更に加速する。
 フェイトはバリアジャケットに電気を纏わせた。そしてさっきから血の味のする喉から大きく息を吐いて吸う。
 重傷である戦闘機人が加速する中、フェイトは足を踏み出す。そして最後の魔法を発動させる。
 インパルスフォームのバリアジャケットが一際激しい雷光を放ち、フェイトが閃光となった。

 次の瞬間フェイトはビルの壁に体を叩きつけられていた。いや、正確に言えば壁を貫通してる最中だった。インパルスでは無くソニックフォームの姿となって。
 手に握っていた筈の大剣、バルディッシュの感触が無い。それどころから耳も聞こえず、痛みも無い。ただ、視覚だけがやけに鮮明となっている。
 壁を何枚も隔てた向こう側。自分が先ほどまで居た場所に二本の足で立っているフュンフの背中があった。
 ――――。
 倒せなかったという無念を抱くよりも早くフェイトの意識が完全に落ちた。





 ~後書き&補足~

 自分、フェイトをイジメ過ぎな気がしないでもありません。
 今回、フュンフについて無駄なオリジナル設定がたくさん出ました。彼のオリジナルの名前も出ました。
 ……普通、分からないですよね。読者様達がオリジナルがクロノと間違えるようワザと描写してたのも確かにあるんですが、これは詐欺臭いですね。自分、ミステリーとか向かないタイプだとようやく自覚しました。

 フュンフの戦闘能力の設定としては、肉体強度がだいたいAA+。ノーヴェよりちょっと下位です。Bのオットーがアニメで、単純な腕力クラールヴィントの拘束を破った事から相当力があります。
 魔法における資質は全てに対して可も無く不可も無く、Diesで言えば武装具現型。デバイスはカードを入れるケースの付いた杖型ストレージデバイス。真ん中で二つに分離出来、中距離での戦いも可。途中、多節棍にしようかと思いましたが、戦闘描写がイマイチ浮かばなかったので却下。
 カードはA'sでリーゼ姉妹が使った物と似たような魔力蓄積装置。カートリッジシステムとして使用出来、単純に魔力が入っている物から予め魔法が込められているのもあります。

 フェイトが終盤で使ったレールガンはオリジナル魔法です。名前はネーミングセンスが悪いというか、皆無なもんで決めてません。イチイチ魔法名書くのも面倒なので付けないかもしれません。
 射程、速度、連射、貫通性に優れていますが大量に魔力を消費、砲身を作るのにも時間が掛かります。弾速は……適当に秒速10キロメートル位で。そういえば、マッハで秒速いくつ何でしたっけ?

 最後の最後にフェイトが使用した魔法、本文に明言されていないのでどんな物かここでは書きませんが、ヒントを言うなら装甲悪鬼。



[21709] 三十九話 クリミナル・パーティー(Ⅳ) メギド・オブ・ベリアル
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/02/21 21:05
「ハアアァァッ」
 腹の底から気合いの声を出し、クイントがほぼ垂直、床に平行して伸びるウイングロードから跳んでアインの顔面に両足で蹴った。
 蹴り飛ばされたアインはどのような体術なのか宙で回転し、空港の広間中央に設置してあった女神像――今や火災により床に倒れている――に横から着地した。
 そして女神像の顔を踏み台に今度はアインがクイントに向かって跳ぶ。踏み台にされた女神像が回転し壁にぶつかる。数トンを越える重さの女神像が壁を突き破り穴が空いた。
 轟音と炎の勢いは誰もが驚き身を固めてしまう。しかし、周囲の物が爆発し壊れるなど、戦っている二人に取ってどうでもいい事だった。自分達を囲む炎に目もくれずに戦い続ける。
 跳んで宙を進むアインが左腕から炎の蛇を生成、クイントに向かって蛇を放つ。
 蛇はクイントに噛みつかんと大きく口を開けて真っ直ぐに突き進む。
「邪魔」
 そう言って両拳で挟むように蛇はクイントによって呆気なく叩き潰された。
 しかし、アインがクイントとの距離を縮め、手に持つ大剣を振り下ろすには十分な隙が生まれた。
 大振りながらも大剣とは思えないスピード。クイントは足の裏に付いた魔力で出来たホイールを後ろに回転させて避ける。眼の前に振り下ろされた剣から火柱が立つ。
 アインが再び炎の蛇を、それも複数を伸ばして来たがウイングロードで作った光の道を走る事で追撃から逃れた。
 一見すると互角の戦い。あるいは攻撃を当てダメージを与えているクイントが有利に見える。だがそれは間違いであった。
 徒手空拳のクイントと大剣使いのアインとはリーチの差が有り、威力も違えば攻撃の回転率の違いもあった。
 クイントは剣撃と蛇から身をかわしながら相手の十撃目辺りでようやく一撃か二撃入れられるかどうか。しかも相手は頑強で魔力付与された拳や蹴りの一発や二発では沈まない。
 対するアインは一撃でも当てる事が出来ればそれだけでクイントを挽き肉に出来る。
 そして、何より――
「あっついわね……」
 周囲の温度が高過ぎる。アインが剣から発する炎によって広場は一部を除いて完全に火に包まれていると言っていい。クイントはフィールド魔法によって熱を遮断しているが、それも限界を超えて彼女の肌を焼き始める。いずれ熱による体力消耗でクイントは動けなくなる。幸いな事は、物質が燃焼されて出る煙はなのはが空けた天井の穴によって外に出るので、窒息や視界が悪くなる事は無いということだった。
 クイントは額の汗を拭いながら、ウイングロードで空中を滑り廻る。
 アインは彼女を見上げ、口を開く。クイントと違い汗一つどころか熱いとも思ってなさそうだ。
「さっきから逃げてばかりだな」
「本当はトンズラしたい所なんだけど、貴方逃がしてくれないでしょ?」
「当然だ。今日ここでお前は死ぬ。先に逃げたあの女も子供も皆死ぬ」
「なら、ここで止めないとね!」
 クイントがアインに向かって突撃する。
 アインがそれを迎え打つ。彼の大剣は振るわれる度に炎熱の魔力変換による炎と熱風を放ち、刃の外にまで被害を広げる。ただでさえ怪力による一撃は床や壁を紙細工のように破壊するのだ。それに炎による余波まであるのだから容易に近づけない。紙一重でかわしても焼かれる。
 それを解っていながらクイントは突っ込んだ。
 大気を切りながら、熱で歪ませながらアインの剣がクイントに迫る。
「はあっ!」
 クイントが大剣の腹を蹴る。熱風が足首から下を焼くが、剣の軌道は逸れた。そのままアインの懐に入り込む。
 アインは体に炎を纏って身を守る。それだけでなく、クイントに向かって炎を放出。
 だが、クイントは炎の中を躊躇いも無く突っ切った。
「ハッ!」
 アインの腹部に強烈な拳が入る。
「はああああぁぁっ」
 僅かに体が浮くアインに向かって一気に連撃を仕掛けた。当然手や足はアインを包む火に晒され、魔力付与による保護があっても火傷は免れないだろう。
 だが火傷の十や二十気にして勝てるような相手では無いとクイントは本能的にアインをそう評価していた。まだ会って一時間も経っていないが、黒尽くめの男はそう思わせる危険な気配があった。
 魔力付与によりコンクリートの壁も破壊するクイントの拳を受け続けて尚アインが倒れる様子は無い。それどころか火に包まれている彼は無言で身じろぎ一つしない。
 一息で十数の拳と蹴りを放つと手足から岩石でも殴っていような堅い感触が返ってきた。
「――――っ」
 どこかで、これと同じような事があったような――
 殴り続けながらクイントの頭でその既知感の正体を探る。そして気づく。あの時と似ている事に。
 捜査官を止めるきっかけとなったゼスト隊全滅の事件。あの日現れたギロチンを生やした正体不明の男と戦い、蜘蛛の糸程に細いチャンスを掴み反撃を成功させた時と同じだ。
 手に残るのは確かな手応えでは無く、鉄よりも硬い物でも殴っているかのような違和感。倒れる様子は無く、本当に自分が戦っているのはヒトなのかという疑問が出来、早く倒さなければ殺されるという本能的な恐怖が沸き起こる。
 ラッシュの最後に止めの一撃を放とうとし、あの時の最後が脳裏にフラッシュバックした。
 手の骨が砕けるまで相手を殴り、最大の一撃を放った直後に胴をギロチンの刃に刺し貫かれた光景が閃光のように頭を通り過ぎる。
「――ッ!」
 クイントは拳を止め、急に炎の中から飛び出しアインとの距離を開ける。
 その直後だ。身動き一つせず殴られ続けていた彼が動いたのは。真っ赤な炎に身を包んでいた彼の左手から黒色の炎が噴き出している。
 闇よりも濃く、灯火の光も飲み込む程黒い炎がクイントに近づく。
 後ろへ跳び退くがアインの左手がそれを追って伸ばされる。クイントの回避は間に合わない。打撃として効果はないだろうが、触れられる。あの黒い炎に触れてしまう。
 ――ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。
 脳から発せられる危険信号。アレに触れては駄目だ。触れれば終わると、何の確信も知識も無く未知の炎に対しで直感で、本能で理解する。
 クイントは右手を胸の前に出してシールドを展開させる。
 危機を自覚しているせいか脳にアドレナリンが過剰に出ている。その為、全てがスローモーションのようにゆっくりと進んでいるような錯覚が起きた。
 クイントのシールドが何の障害にもならず黒炎に焼かれ、アインの左手が抵抗無くクイントに向かって伸びる。
「く、ぅ――」
 このままで当たってしまう。
「うおぉおおっ!」
 胸部に当たる直前、クイントは右手でアインの左手を振り払った。内蔵のある胴に当たるよりも、腕を犠牲にする方がマシという判断での行動だった。
 黒い炎が指に燃え移る。
「――え、ちょ、何コレ?」
 少し間抜けた声を上げ、黒炎に焼かれる指を見て、伝わって来る痛みに一瞬唖然とし、
「――ああああああぁぁあああああぁぁぁぁああああああああーーーーっ!」
 クイントは絶叫する。
 焼かれるだの痛いだのという問題では無く、魂まで燃やされているような恐怖と激痛がクイントを襲う。
 痛みのあまり後ろに跳び去った後の着地が出来ずに床へみっともなく転がる。転がった先はアインの剣圧で燃え盛る火の中だった。
「ぐ、がぁ、ああああああああっ!」
「………………」
 火の海の中、独立して燃え、自己主張するかのように猛る黒炎を見つめながら立ち止まり、アインは追い打ちを掛けようとはしない。
 彼の左腕の肘から突然小さな爆発が起きる。花火程の小さな爆発が肘を一周するように連続し、黒い炎に包まれていた肘から先がちぎれて落ちる。
 蜥蜴の尻尾ではあるまいし、アインは自ら消すことも出来ない黒炎を切り離す事で処理した。
 アインは床に落ちた左手にも未だに甲高い悲鳴を上げるクイントにも目もくれず、コートを翻してそこから去ろうと後ろを振り返った。
 殺した者には興味が無い。
 既にクイントの死が決定した。見届ける価値も無いとでも言うようにアインは次の獲物を探す為にその場から離れた。



 シグナムはシャッハによって僅かな時間で空港の入り口に到着した。僅かと言っても出発した公園から臨海空港まではかなりの距離がある。あくまで他の移動手段を使った場合と比べると僅かな時間という事だ。
「通信によれば、ここに最後まで残っている方がいるんですよね。確か、騎士シグナムのご友人だとか」
「ああ。元捜査官だ。しかし、あの戦闘機人を相手するとなると彼女でも危ない。急ごう」
 シャマル経由でのなのはの情報ではクイントは夜天の書復活の際にはやてを襲った戦闘機人の一人、黒コートを着た大男だ。
 シグナムは一度アインと呼ばれた戦闘機人とその時戦ったが、無口で何の感情も見せないくせに妙に重い威圧感を放っていた。はやての広域魔法を潰した黒い炎も気がかりだ。
 二人の空港の駐車場を横切りながら入り口を目指す。
 外から見える空港は既に原型を留めていない。全焼する巨大な物体があるだけだ。スケールを考えなければキャンプファイアーと同じだ。
 届く熱風で火災の規模を窺わせ、濛々と上る黒煙は空高く伸びてまるで巨大な塔だ。
「何だ……アレは」
 二人が立ち止まる。
 空港の入り口、そのもっと奥。広大な面積を持つ臨海空港の半分以上は航行艦の滑走路だ。艦のガレージや万が一の事故の為に発車する消防車などの車両などがあるため広大なのは当然だ。しかし、問題はその広大な土地が見る影も無いという事だ。
 今現在シグナム達がいる場所から滑走路まで随分と距離がある。それでも滑走路の無惨にも変形した姿が分かる程だ。何より問題なのは現在進行形で地形が変わっている。
 連続して起きる広域魔法らしき爆発に、地面に大穴を空ける砲撃。遠目からでも解るその強大な威力。
「向こうでは一体何が?」
「あの光、どちらとも見覚――伏せろシャッハ!」
 驚愕する二人の目の前で突然空港施設の壁が融解し、液状となった壁が崩れ、中から火柱が外へ溢れ出る。
 そして、中から大剣を肩に担いだ黒コートの大男が赤熱した地面の上を歩いて外に出てきた。
「ここにもいたか」
 駐車場にいる二人を見つけ、黒コートの男、アインが大剣を肩から下ろす。
「貴様は……」
 二人は各々の得物を構えた。
「クイントはどうした?」
 シグナムは視線だけを動かしてアインの左腕を見た。肘から先が無くなっている。おそらくクイントとの闘いで負ったものだろうが、奇妙な事に出血が少ない。
「クイント? ……ああ、あの女か。死んだよ」
「なっ!?」
「何を驚いている。人間は必ず死ぬものだ。まして、この俺と会って生きて帰れるわけがないだろう」
「………………」
 ――誰だこの男は?
 シグナムは思った。一度しか会った事の無い、それも相手は無言でただただ剣を交えただけだったが、シグナムには目の前の男が別人のように見えた。デバイスや黒コート、容姿などあの時の戦闘機人と同じなのにだ。
 しかし、彼はあそこまで凶悪な殺気を放っていただろうか。あんな寒気のする笑みを浮かべていただろうか。それに、左目はあんなにも赤い眼光を放っていなかった筈だ。
「さあ、殺してやるよ人間。泣き叫ぶも命乞いも好きにするといい。死ぬ事には変わりないんだ。後悔の無いようやれるだけの事をやって死んでいけ。クイントとか言う女は悲鳴を上げながら死んでいったぞ」
 アインの大剣から炎が迸る。
 シグナムとシャッハが身構える。
 そしてそれは起こった。
 アインの体がいきなり横にくの字に曲がる。彼の腹部には人の拳がめり込んでいた。
「き、さま――」
 何か言おうとしたアインの腹部に拳から直接魔力が放出された。人形のように軽々と吹っ飛び駐車場に残された車数台を巻き添えにして転がる。
「勝手に人を殺さないでくれる?」
 先程までアインが立っていた場所にクイントが代わり立っていた。液状化したコンクリートの上にウイングロードを敷いている。
「クイント。無事だったのか!?」
「生きてるだけが無事と表現するなら無事ね」
 妙な言い回し違和感を覚えたシグナムはクイントの様子に気づく。
 クイントの顔は死人のように青ざめ、呼吸も荒く、滝のような汗を流している。それは決して火災による熱だけのせいでは無い。
 彼女の右腕が無くなっていた。
「右腕が……」
「ん? ――ああ、自分でやった」
「なっ!?」
 至極簡単に、何でもないように言われた言葉を二人は最初理解出来なかった。自ら腕を断ち切るなど、正気の沙汰では無い。
 その時、駐車場から爆発が起き、車が転がる。爆心地の中心にはアインが平然と立っている。
「人が全力で殴ったのに、何で立てるのよ」
「………………」
 呆れるクイントを無視し、アインはじっと観察するように彼女を見る。
「逃げられぬと知って自ら腕を断ったか。出血して無い所を見ると、傷口を焼いたか」
「どっかの馬鹿がそこら中に火付けていったから、探す手間省けたわよ」
「――クッ」
 笑った。
 アインが口の端をつり上げ、心底嬉しそうに笑った。
「お前、人間か?」
「失礼ね。人間以外に何があんのよ」
「少なくとも規格外だ。人の枠組みから逸脱している。初見にも関わらず腐剣の特性を見抜き、焼かれながらも最善の方法で死から逃れた」
 アインの左目が黒く染まり始める。
「どうだった? 血肉だけで無く魂までも焼かれるような痛みは。普通の人間なら恐怖でそのまま飲み込まれて死ぬ筈なんだが、お前はどうしてか生きてここにいる」
「慣れてたのよ。ああいう死そのものは初めてじゃないわ」
「ほう……。そういえば、ツヴァイが面白い人間に会ったと言っていたな。なるほど、貴様の事か。ならば未だ生きている事も頷ける。――何時からだ?」
「はあ?」
「何時から、境界線を超えた。ツヴァイと戦った時か? もっと以前から死の淵からはい上がって来たのか? それとも、あのギロチンの男に殺されかかった時からか」
「………………」
「人間が人間のまま人間で無くなる。なに、よくある事だ。剣林弾雨の修羅場を潜り抜け、数多の窮地を脱し、地獄を経験した人間なら誰しもそうなる。そうなって当然だ。そして強さと引き替えに何かを失う。分かりやすいところでは五感や感情の一部。ブレーキが壊れる事もある」
「お生憎様。五感はちゃんと生きてるし、喜怒哀楽全開よ。あんまり失礼な事言ってると顔面整形させるわよ」
「フッ、だとしたらより人間性が無い。口ではそう言っても自覚があるのではないか? 元より、俺と同類に殺されかけて生きている時点でまともでは無い。爪先程、あるいは半歩は人の規格から外れている。その時点でもう人とは呼べん。化け物の類だ」
「なら、貴方は何なの? 体を使い捨てにしてるとは言え、あの黒い炎を持つ貴方は化け物では無いと言うつもり?」
「化け物さ。他にも無頼漢、無価値、死神、ダスト・エンジェル。アインと呼ばれる事が多いし聞き慣れているが、好きなように呼ぶといい。お前達がどんな名で俺を呼ぼうと直ぐに死ぬんだからな」
「何その上から目線。最初の無口っぷりが嘘みたい。ていうか、嘗めすぎじゃない? マジぶっ殺すわよ」
 隻腕を伸ばし、アインに向けて立てた親指を下に向けた。
「ク、クククク。いいぞ人間。狩るにしてもやはり手応えが無いのはつまらんからな。せいぜい足掻いてくれ」
 アインはそう言って大剣を構えた。
「二人とも、逃げるなら今の内よ?」
「馬鹿を言うな。お前を見捨てて帰ったら皆にどんな顔をして会えばいいのだ」
「私は教会騎士です。覚悟もあります。それに、アレを野放しにしては火災の規模が広がってしまいます」
 シグナムとシャッハは退こうとしない。
「お前達は俺の視界に入った時点で俺の獲物だ。逃げようとしたところで逃がさん」
 アインの大剣が変形した。鍔の部分に二つの線が現れ、鍔が三つに分かれる。内側に収納されていた鉄柱が伸びる事によりリーチがより長くなる。刃の部分は伸びる事は無かったが分解し、伸びた鍔に沿って等間隔に分かれる。分かれた刃は隙間を埋めるように鍔に向かって倒れて、デバイスは蛇腹のような、鋸のような刃を持つ大剣と成る。
 だが、デバイスの変化はそれだけでは無かった。蛇腹の刃が鍔に沿って回転し出した。機械音と刃が回転する事によるギアの音と風切音。
 大柄なアインの背丈をも超える大型チェーンソーが出来上がる。
 アインの魔力を受けてか高速回転する刃の一枚一枚が赤熱し、熱風により刃の周りが陽炎のようにぼやける。
 アインがチェーンソーに変形したデバイスの先を地面に下ろす。僅かに振れただけで斜めに火柱が立つ。
「死ね」
 簡潔な言葉と共にアインが地面を蹴り、一足飛びでクイント達に接近する。蹴られた駐車場のアスファルトが陥没した。
 距離を一瞬に縮め、大雑把にチェーンソーが横へ振るわれる。ただでさえ鉄塊のような大剣がその長さを伸ばし凶悪なチェーンソーと変形している。しかもアインの炎熱変換により刃と共に回転する炎が実体の無い刃として機能する。
 シグナムは上へ、シャッハは横へ大きく跳ぶ事で回避した。クイントは――
「だ、らァっ!」
 横薙ぎの一撃を転がり込むように跳んでギリギリでかわし、ウイングロードを鍔に沿って展開させる。チェーンソーから伝わる熱が彼女の皮膚を焼く。
 それでもクイントはウイングロードの上を転がりアインの頭部に向け踵を落とす。
 チェーンソーを持つ右手は振りかぶった直後であり、左腕は肘から先が無く防御手段が限られる。アインは首を傾け肩で受ける事で頭部へのダメージを避ける。そこにクイントがもう片方の足を突き出し顔面に蹴りを入れる。
 身体強化に魔力を集中させているクイントの蹴りは不安定な足場からでも十分な威力を持つ。常人なら顔面が潰れる蹴りを受けたアインの体が後ろへとよろけた。
「ハアアァァッ!」
「ヤァッ!」
 別々の方向に避けていた二人がアインに攻撃を仕掛ける。上からはシグナムがレヴァンティンとその鞘を、左からはシャッハがトンファーを向けている。前転したクイントも即座に立ち上がり、一息遅れてウイングロードの上を滑って接近する。
 アインがよろけながら後ろへ小さく跳躍し、体が斜めになると空中で横に高速回転。持っているチェーンソーが唸りを上げて共に回転し、赤い竜巻になる。
 剣とトンファーを回転で弾き、チェーンソーを地面に突き刺して回転を止めて着地する。地面にはチェーンソーによる傷跡が深々と残り赤くなって溶け出している。
 僅かに遅れて突進してきたクイントがアインの懐に飛び込む。続いて地上での高速移動が可能なシャッハが、僅かに遅れてシグナムが続く。
 圧倒的にリーチのある巨大なチェーンソー。まともに受ければ焼き切られる。それでも三人は危険を承知でアインの懐へと飛び込む。
 黒い炎も確かに恐ろしい力だが、それが無くともクイントの攻撃を幾度も受けて平然としている頑丈さに軽々とチェーンソーを振るう怪力、炎熱変換の火力は厄介だ。
 危険だと、三人掛かりでも危ないと気付いている三人はアインに休ませる隙も与えず怒涛の攻めを繰り返す。
 しかし、それだけの冷静に相手の戦闘能力を分析していても、彼女達はまだ彼を過小評価してしまっていた。
「――くっ」
 最初に焦燥の色を浮かべたのは誰か。
 三対一という数の上で有利な状況で三人はアインに決定打を打ち込めないでいた。攻撃は当たっている。しかし、致命的に成り得ない。
 三人は近接戦闘型だ。クイントは今までの疲労と片腕を無くし重量バランスが狂っているというハンデこそあるが、その格闘センスは隻腕をものともしない。逆に、攻撃手段が減ったからこそ、行える技がより鋭利化している。シグナムは長年守護騎士として幾多の戦場で戦ってきた経験を持ち、シャッハはシグナムが友として認め剣技を競い合う程だ。
 近接戦闘においてこれ以上の使い手がいないと言ってもいい三人。だが、その三人をもってしてもアインとようやく互角と言ったところだった。
 周囲の物を鉄屑に変えながら四人は駐車場を走る。炎熱変換資質を持つシグナム剣と鞘に炎を纏わせ盾代わりにし、チェーンソーの攻撃を一手に引き受け、クイントとシャッハがその機動力を生かして縦横無尽に駆け回り、シャッハがシグナムの援護と牽制を繰り返し、クイントは僅かな隙も見逃さずに一撃離脱を行う。
 力こそはアインが上だがスピード、技ともに三人共が上回っている筈なのに、戦いは拮抗する。
 三人の攻撃を身体能力と頑強な体にものを言わせた奇妙な体術を駆使してかわし、チェーンソーによる強力な斬撃を行う。炎を放出しての攻撃や加速、得物の重量に振り回されないその動きは炎の竜巻だ。
 アインは強い。それも三人のように長年鍛錬を積み、磨き続けてきた強さではない。単純な、暴力の担い手としてアインは強かった。
 そもそも技など生物として肉体が圧倒的に他より劣る人間が使うもの。ならば最初から強者であると自認している彼には修得する必要どころかそんな事も考えた事が無く、暴力を振るう行為自体が最も適した動きを自然と取る。獣が己のポテンシャルを最大限に引き出す運動を行うのと同じだ。
 横一線の斬撃に三人は後ろへの後退を余儀なくされた。それぞれ三方向に散る。
 その時、クイントの後ろには丁度乗用車が駐車されてあった。当然彼女がそれを把握していない筈が無く、背後の車を飛び越えれるほど高く後ろへ跳んだ。だが、足の踵が車の天井部分に引っかかった。
「しまっ――」
 右腕を失った事による弊害だろうか。普段ならあり得ないようなミスを犯し、チェーンソーはかわし切ったが空中でバランスを崩して天井を滑るよう転んで車の反対側に落ちる。
「クイント!」
 残った二人が後退から即座に転進するが、アインは二人を無視し即座に車を跳び越えてクイントを追う。真上から叩き斬る気だ。
 クイントは地面に背中を打ちながら回避行動を取る。自分が足を躓かせた車の側面を蹴り、隣に駐車されてあった輸送トラックの真下に滑り込む。転がって逃げたところでチェーンソーからの炎で丸焼きにされるのは解っている。
 車高のあるトラックの真下を滑りながら地面に手をついてそれを軸に横へ回転、同時に仰向けからうつ伏せの状態へ転がる。
 トラックを潜り抜け立ち上がると即、後ろへ跳んで距離を稼ぐ。いくら頑丈なコンテナを持つ輸送トラックであろうと、アインの前では容易く焼き斬れる物体なのだ。
 しかしアインの行動はクイントの想像より上を行った。
 クイントがトラックの下を潜り抜けたのを見ると、彼は跳んで空中にいながら地面にチェーンソーを突き立てた。切断、というよりも腕力で無理突き刺した結果、地面が中から熱せられる。
 そして突き刺したチェーンソーを支えにしながら半回転し、トラックを蹴った。
「ちょっ!?」
 コンテナに人の足型を残したトラックが宙に浮き、クイントに向かって飛んで来る。
 アインはチェーンソーを地面から抜きながら真っ赤になった地面に降り立ち、自分が蹴り飛ばしたトラックを追おうとする。
「させるかッ!」
 背後からシグナムが数台の車を飛び越え、レヴァンティンを大上段に構えて斬り掛かる。
 アインは後ろを見ずに背後にあった乗用車を踵で蹴った。下から蹴り上げられ横回転する車がシグナムに当たる。
 何とかシールドで防ぐものの、シグナムは大きく後退する羽目になった。
 邪魔者を一時的に排除したアインがトラックを追って再び跳ぶ。クイントがトラックを受け止めようと避けようと、長いリーチを持つチェーンソーならば死角からトラックごと彼女を両断できる。
 極悪な唸りをあげ刃を回転させるチェーンソーがトラックを一刀両断する。
 炎が形を持ち刃と成って斬ったかのようにトラックの切り口が完全に融解していた。
「――――」
 二つに分かれたトラックの向こうには、誰もいなかった。アインもさすがにこの一撃で殺せるとは思っていなかったが姿が見えないというのはおかしい。
「こっちよ」
 声は真下から聞こえて来た。同時に魔力放出に飲み込まれる。
 クイントはウイングロードを真上に展開し、片手で宙に浮いている自分の体を下へ押し出して急降下していた。
 地面に背中から着地しながらも張り付くように仰向けになった事でチェーンソーは前髪数本を焼くだけだった。
「フン……」
 元々魔力を放出する事を苦手としているクイントの魔力放出はアインに何の効き目も無い。しかし、意識を下に向けさせる事は出来た。
 シャッハが高速移動でアインに飛びかかる。
 アインは空中で魔力放出を受けたばかりで隙がある。
「無駄だ」
 肘まで腕から炎の蛇が現れ、トラックの片割れを顎で掴むとシャッハに向けて投げた。
「旋迅疾駆!」
 トンファーの柄からカートリッジが装填される。
 シャッハの体がトラックを通過、且つ高速移動によって一瞬でアインの懐に飛び込んだ。
「烈風一迅ッ!」
 高密度な魔力を乗せた一撃が鳩尾に命中した。
「シグナム!」
「――レヴァンティン!」
 シャッハの声に、後ろからシグナムがレヴァンティンを変形させる。
 衝撃で後ろへと大きく飛ばされるアインを連結刃が追い、取り囲む。
「飛竜一閃ッ!」
 伸ばされた連結刃が締め上げるようにして、内部の囲んだアインに襲いかかった。
 再び衝撃。落下するアインの下の地上には、左腕を下に上半身を大きく捻らせたクイントの姿がある。
「クッ」
 シャッハとシグナムの魔力付与攻撃を受けて尚アインには意識があった。それどころか己に最大の攻撃を行おうとしているクイントを見て笑った。
「無頼のクウィンテセンス
 肉を裂き骨を灼き、霊の一片までも腐り落として蹂躙せしめよ
 死を喰らえ――無価値の炎」
 肘を無くした左腕が黒い炎に包まれる。
「腐り死ね。人間」
 究極無比の負の衝撃。黒い炎に包まれ無事でいられるものは存在しない。この世のありとあらゆるモノを燃やし腐らせる魔剣。
 それがクイントに向かって突き出される。
「嘗めんじゃないわよ、化け物」
 弓矢のように引き絞られたクイントの上半身が回転する。だが、拳を放つタイミングとしては早い。それではクイントの拳は届かず黒炎にやられてしまう。
 次の瞬間、アインの目が驚きで僅かに見開かれる。
 クイントは拳を放たずに、上半身はそのまま左から右へと回転。それを追うようにして大地を蹴った下半身も回転した。
 そして、無価値の炎に当たるよりも速くクイントの左足がアインの首を蹴る。
 ボールのように蹴飛ばされ、地面を数度跳ね、アインの巨体が車に激突する。車体は大きく歪み、数百キロの重量を持つ車がアインの体を支え切れずに跳ね跳ぶ。同様にアインが跳ね返り地面にクレーターが出来た。
「短くなった左腕じゃなくて右腕でやるべきだったわね。そうすれば届いたかも知れないのに」
 腕よりも足の方がリーチが長く力も強い。あらゆるモノを腐敗させる無価値の炎と言え当たらなければ意味が無い。
「すごい……」
「やったのか?」
 クイントの傍にシグナムとシャッハが来る。
「その台詞はフラグよ」
「は?」
「何でもない。まあ、つまりはやって無いって事よ」
 クイントの言葉に応えるようにクレーターの中からアインがのそりと起き上がる。
「あれでまだ立てるなんて……」
「不死身かあいつは」
 不死の怪物でも見たかのように驚きを隠せない二人。当たったのは生物の急所である首だ。それをあのような蹴りを喰らい立てるなどありえない。
 だが、ダメージはあったようだ。首には血が滲み、口の端から血が流れている。
「………………」
 アインの左肩に小さな爆発が連続して起きる。左の肘から先を切り離した時と同じ方法で黒い炎が吹き出る左腕を完全に切除した。
「お前、正気じゃあないな。防御や回避などなら解るが、カウンターを仕掛けるとは……怖くないのか?」
「人を狂人か何かみたいに言ってくれちゃって。さっきも人間扱いしてなかったし……。怖くないのかですって? 怖いわよそりゃあ。でもね、たかが当たったら死ぬ程度で縮こまってる程私は繊細じゃないのよ」
「人間の前にまず雄か雌か聞くべきだったな。お前達とこのまま殺し合うのは楽しそうだが、さすがに時間を掛け過ぎた。そろそろ死んでおけ」
「断る。そっちこそさっさとくたばりなさいよ」
「急かさなくとも所詮今夜で終わる命だ」
「何ですって?」
「今度こそ死んでくれ」
 クイントの問いに答えずアインは長大なチェーンソーを右手だけで旋回し、逆手に持つ。
「西部での大火災、一体誰が起こしたと思う?」
「――ッ!」
 アインの言葉を聞いた三人の行動は早かった。
 それぞれが捨て身覚悟で己の最速の攻撃を行おうとする。
 まだ記憶に新しい大火災はミッドチルダに住む人間にとって忌まわしい災害の一つだ。いくつもの区画を飲み込んだ業火の津波は海を隔てた都市にも届くだろう。
 三人の攻撃が雄叫びにも似た気合いの声を上げ、いざ最速の攻撃をアインにぶつけようとした時、暴風が起こった。
「何ッ!?」
 突然発生したハリケーンが三人の行動の邪魔をする。全身に受けた突風で後方に吹き飛ばされる。
「くっ――ウイングロードッ」
 クイントが光の道を縦に展開して壁代わりとし、自分を含むシグナムとシャッハ三人の支えとする。だが、アインへの攻撃の機会を失ってしまった。
「一体何が起きた!?」
 ウィングロードに支えられたシグナムが吹き荒れ続ける暴風が来る方向を見る。
 そこにはアインが立っている。だが、彼では無い。彼自身も逆手でもったチェーンソーを地面に突き刺して暴風に耐えていた。
「向こうは向こうで楽しそうだな。あちらに混ざるべきだったか」
 うっすらと笑みを浮かべるアイン。
 暴風は彼の背後、空港の滑走路方面から吹いている。滑走路には巨大な爆発が起きていた。
 信じられない程のエネルギーの氾流が起こり、それが大気を押し出している事で突風を遠く離れた駐車場にまで起こしていた。
 四人の戦闘により散らばった塵や欠片が一瞬で吹き飛び、それどころか無事であった残りの車や外灯が地面から浮き玩具のように音を立てて転がっていく。
 壁となって押し寄せてくる大気に身を潰されるような圧力に三人は耐える。しかし――
「これで終わりだ」
 チェーンソーを支えにしているとは言え、その場から不動の体制を取っているアイン。
 彼の足元から巨大な火柱が立つ。翼を広げるように、全てを押しつぶす奔流のように、空港施設が灼熱に包み込まれた。





 ~後書き~

 無価値の炎inチェーンソー。これで本当の神殺しチェーンソー。そんな妄想でアインの武器は出来ています。最初は某黒い剣士よろしく鉄塊を振り回すような戦闘を書くつもりだったんですけどね。

 ニートや天狗道の『座』の設定を見て、Diesとクロスさせる時はニートの流出がその世界で起きた事にすれば結構設定のすり合わせが楽なのでは、と思いました。例えば、なのは側のキャラが例えエイヴィヒカイト使っても世界が同じなので違和感なくなったり、第三帝国を時空管理局と敵対していた組織ないしは国家にして黎明期に滅んだことにしたり、人間だった頃の三騎士が実はアニメじゃほとんど出番の無い三提督と戦争で殺しあった仲で数十年越しに喧嘩を再開とか面白そう。



[21709] 四十話 クリミナル・パーティー(Ⅴ) 砲から放たれた弾丸
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/03/01 21:51
「ディバインバスターッ!」
 桜色の魔力光を持った直射型砲撃魔法が天使達を消し飛ばしていく。だがそれは反対射線から発射された砲撃魔法により相殺されて意味の無い魔力残滓として周辺に散らばってしまう。
 高町なのはは砲撃を放った後、すぐにその場から飛んで移動する。直後、足下を熱線が通り過ぎた。
 海上での戦場ではなのはとヴィータ、星光の殲滅者と天使達が戦っていた。
「シュート!」
 発射源に向け放たれるなのはの拡散型射撃魔法。しかし、ほぼ同時に来た射撃魔法に全て撃ち落とされ、更にそれ以上の数がなのはを襲う。
 バリア魔法を展開する事でなのはは射撃魔法を防いだ。強固な彼女の防御魔法を貫くのは例え砲撃魔法でも容易では無い。出来るとすればなのはと同等の砲撃魔導師、少なくともそのレベルに近くなくてはいけない。
 そして、彼女は前者だった。
 バリア魔法を展開した事で動きを止めたなのはに向け、夜天の書の防衛プログラムのマテリアル、星光の殲滅者が砲撃を放とうとする。周囲に散らばった魔力が集められ収束する。
「どりゃああああぁぁっ!」
 させまいと、天使達と戦っていたヴィータがグラーフアイゼンを振りかぶりながらマテリアルに突進する。
 それを上へと大きく飛ぶ事でマテリアルはヴィータの攻撃を避ける。避けながら、魔力を集めた。
「くそっ!」
 悪態をつきながら、ヴィータは急いで旋回する。なのはもヴィータとは反対側へ飛行する。
 収束型砲撃魔法は周囲に散らばる魔力を取り込む事で撃つ魔法だ。魔力を集める行為には集中する事が当然必要で、砲撃魔導師は立ち止まってから撃つ、というのが基本だ。
 しかし、なのはを元にして作られた星光の殲滅者はその常識を覆している。
 飛行移動を行いながら魔力を集め、飛行しながら撃った。砲撃魔法はなのはを追う。
 その間も星光の殲滅者は空中を移動しながら杖でなのはを追い、砲撃の射線もそれに従う。
 なのはを含む砲撃魔導師が固定砲台なら、彼女は移動砲台だった。
「なのはばっかり狙いやがって」
 反対側に移動していたヴィータが方向転換し、星光の殲滅者向かって、鉄球を叩き打つ。
 魔力でコーティングされた四つの鉄球は真っ直ぐに飛んでいが、その前に天使達が立ちはだかる。
 鉄球を破壊した天使がヴィータに向かって飛んで行き、彼女は歯噛みしながらそれを迎え打つ。
 なのはとヴィータはそれぞれ後衛と前衛向きである。同様に星光の殲滅者と天使達も後衛前衛に分かれている。ならば後衛の援護を受けながら前衛がぶつかり合うと言う構図が当然なのだが、ヴィータは完全になのはから分断されていた。
 数の差があった。マテリアルの砲撃能力を見誤っていた事もある。そして何よりも天使を侮っていた。
「ブッ飛べえ!」
 ヴィータの鎚が天使を障壁ごと砕く。振り向き様にもう一体の頭部を潰す。
「――またかよッ!」
 後ろから襲ってきた天使の剣をシールドで防ぎながら、後方に鎮座する天使を睨みつける。
 また、というのは天使の攻撃の事では無い。天使が召喚される事だ。
 最初、なのはとヴィータは天使を最初に倒してからマテリアルと二対一の状況に持って行こうとしていた。天使はカートリッジシステムを使って召喚されてしまうが、使用する際には隙が生まれる為それを突こうという作戦だった。
 しかし、ヴィータとなのはが天使を倒しても倒しても次から次へと増える。マテリアルが召喚しているのでは無い。天使が天使を喚んでいるのだ。
 なのはやヴィータがいる空よりも更に上空、二体の天使に守られるようにして浮遊する小柄な天使がいた。
 他よりも人に近い造形に子供のような体躯、二対の大きな翼を生やした天使。それが天使達を次々と召喚している。
「キリがねえ!」
 喚び出される度に徐々に強くなっている天使に苦戦するヴィータ。
 今はヴィータ一人と呼び出された天使達の戦力は互角であるが、もしこのまま彼女一人で天使達を抑えきれなくなれば一部がなのはを襲うだろう。
 そうなればいくらエースと呼ばれたなのはと言えど――
「させるかよ……」
 数年前、なのはが重傷を負ったあの日の事が自然と思い出される。
 もうあんな事は二度と起こさせないと鉄槌の騎士は誓った。
「どけええぇぇっ!!」
 ギガントフォルムとなったグラーフアイゼンを構え、ヴィータは天使の一群へと突っ込んで行った。

「鉄槌の騎士は苦戦しているようですね」
 星光の殲滅者の淡々とした声がなのはの耳に届いた。
 なのはが必死に射撃魔法による攻撃を続ける中、対照的に余裕がある。
「――ディバインバスターッ」
 それを隙として見たなのはが砲撃魔法を放つ。
「……ブラストファイアー」
 遅れて成功の殲滅者も砲撃する。二つの砲撃がぶつかり合って爆発を起こし、空中に爆煙が視界いっぱいに広がる。
 そこですかさず、なのはが砲撃を撃つ準備をする。
 足下にミッドチルダ式魔法陣が展開され、周囲に散らばった魔力がなのはに集まり、レイジングハートの杖先に大きなスフィア、その周りに環状線の魔法陣が生成される。
 なのはは煙の向こうにも魔力が集まって行くの知覚した。
 砲撃魔法の撃ち合いとなれば、周辺魔力の取り合いとなる。どちらがより早く、より多くの魔力を集められるかが勝敗の鍵となる。
 なのはは星光の殲滅者も早く砲撃体勢に入った。その事を考えれば通常先手を打てるのはなのはだ。
 だが、先に撃ってきたのはマテリアルの方だった。
 なのはより先に撃とうとし、魔力が不十分の状態で撃ってきた――訳では無い。十分な魔力をチャージしての砲撃だ。
 それが意味するのは、砲撃魔導師としてマテリアルはなのはより格上という事だ。
「くっ……スターライトブレイカーッ!!」
 眼前にまで迫り来る砲撃魔法。それが着弾するギリギリの所でなのはの砲撃魔法も発射された。
 再び空中で起こる大爆発。爆心の近くにいたなのはが爆風に煽られ吹っ飛ぶ。
 更に、爆発の向こう側から八つの魔力光弾が飛んできた。とっさに前方に向けバリア魔法を展開させ、ギリギリで防御が間に合い射撃魔法がなのはに触れる事無く霧散する。
 だが、魔力光弾に気を取られた彼女は星光の殲滅者の接近を許してしまった。自分と同じ砲撃型という認識を手伝い、わざわざ近寄って来るとは思っていなかったからだ。
 バリアの手前まで高速に接近した星光の殲滅者の持つデバイスには半実体化した細い魔力刃が伸びている。
 槍で突くようにして刃がバリアに半ばまで突き刺さる。
 なのはにまで刃は届いていないが、僅かでも貫通すれば十分だ。
「ディザスターヒート」
 防御魔法を貫通した魔力刃の先端から砲撃が放たれ、魔力の渦になのはの体が包まれる。
 至近距離からの砲撃。更に撃ち続けながらカートリッジを消費する。
 一発ロードされる度に砲撃の勢いが強くなり、なのはが最初に張っていたバリアなどとうに砕け、彼女の姿は完全に砲撃魔法の中に消える。
 カートリッジを使い切った弾倉を捨て、新たな弾倉を叩き入れてロードを繰り返す。
 徹底的で容赦の無い攻撃だった。
「おおおおぉぉっ!!」
 ヴィータが雄叫び染みた怒声を上げて突進し、ギガントフォルムの大鎚を振り下ろす。
 星光の殲滅者は撃ち方を止め、ヴィータの一撃を悠々とかわして距離を取った。
「てめえっ!」
 険しい目つきで彼女を睨み付ける。ヴィータは天使達の包囲網を無理矢理突破してきたせいか負傷し血を流している。
「思った以上に激情家ですね」
 星光の殲滅者の周りに生き残った天使達が集まる。
「それに、彼女ならまだ生きてますよ」
 砲撃による煙の中からなのはが姿を現す。さすがに無傷とは言えず、押さえている右肩から出血していた。
「ハァ……ハァ……」
「なのは!?」
「私は、大丈夫だから、ヴィータちゃん。まだ、戦える」
 大丈夫な訳が無い。しかし、彼女は無理をする。それが当然なように。
「その防御魔法は何ですか? バリア系の防御魔法のようですか……」
 なのは球状のバリア魔法の中にいた。ただ、通常のバリアとは違いそれは泡によって形成されていた。
 厚みの無いバリアの外側からいくつもの泡が出、重なり合い、一種の多重装甲となっている。
「人の防御を簡単に貫いてくる人用に作った魔法だよ。実戦で使うのは初めてだけど」
「なるほど……それなら泡がいくつ壊されようと内側から新しい泡を作ればいい訳ですか。しかし、それだと泡の数だけ大量の魔力を消費しますね」
 星光の殲滅者の言うとおり、なのはの多重バリアには大量の魔力を消費する。しかも――
「それでは移動も攻撃も出来ないでしょうに」
 バリアやシールドを展開したまま飛行、ましてや攻撃など出来ない。せっかく強固な防御だが、魔力の消費量から考えて非常に効率が悪い。バリアを泡のようにして展開させる為か発生も遅く、一度解いてしまえば再び使うのは難しい。
「それは、どうかな」
「…………?」
「ヴィータちゃん。私は大丈夫だから、戦って。私はこのままでも戦える! ブラスターリミット1!」
 なのはの声と共に、バリアの外にレイジングハートのヘッド部分と酷似したビットが四基現れる。
「おい、なのは! そいつは……」
「大丈夫。それにこうでもしないとあの子には勝てない」
「……わかったよ。なら、しっかり援護しろよ!」
「うん!」
 なのはが頷く。そして、ヴィータと四基のビットが飛ぶ。
「なるほど、そういう事ですか……ブラスターモード起動。ブラスター1st」
 星光の殲滅者の周囲になのは同様四つのブラスタービットが出現。天使達と共に空を飛ぶ。
 騎士と天使、金と黒の金属がぶつかり合う。
 ヴィータはその小さな体躯でありながら果敢に天使の懐へと飛び込み、鎚を叩き込む。
 ヴィータの鉄槌は今まで通り天使の障壁を砕くが、天使は両腕で鎚を受け止めた。
 天使達の戦闘能力は格段に上がっている。特に近接戦闘において加速度的な成長を見せ、硬化が進んだ手足はそれだけで凶器の域にある。
 グラーフアイゼンを捕まれたヴィータは身動きが取れない。そこへ、他の天使達が群がり集まる。
 そこに桜色の魔力光を放つ砲撃が四つ、群がる天使達を貫き、グラーフアイゼンを掴む天使の腕を焼き切る。砲撃が発射されたのはなのはのブラスタービットからだ。
 ヴィータがちぎれた天使の腕を振り落とし、その際の回転を利用して両腕を無くした天使の頭を潰した。
 ビットは砲撃魔法を放ち終えると、それぞれ意志があるかのように高速で移動する。それを黒いビットが追跡する。
 計八つのビットがそれぞれの味方を援護するために射撃・砲撃魔法を撃ち、援護を受けてヴィータと天使達が激突する。
 空に光の線がいくつも奔り、火花が散っては消える。
 天使に苦戦し始めていた筈のヴィータがなのはの援護を受ける事で逆に圧倒し始める。
 ビットによる援護は天使も受けているが、これはどう言う事か。
 星光の殲滅者のビットは本体同様に移動しながらの砲撃が可能で、現に射線を動かす事で面による攻撃である砲撃とは違う剣のような線の攻撃を行い、魔力収束による空中停止も無い為妨害されにくい。
 対して、射撃魔法ならともかく砲撃魔法を撃つ際は停止しなければならないなのはの金色のビット。普通なら黒いビットに早々に破壊されている筈なのだが、一進一退の、いや、なのはのビットが僅かに押していた。
 金色のフレームを持つビットは動きが過敏であった。一基一基がヴィータだけで無く他のビットのカバーを行ったり、精密な射撃と砲撃を撃つタイミングの絶妙さは決してデバイスの人工知能だけでなせるものでは無い。
 星光の殲滅者がなのはに向かって砲撃する。なのはのディバインバスターと同等の威力を持つそれは、複合バリアの前に防がれた。
「まるで要塞ですね」
 なのはを包む泡状のバリアは強度が高く、砲撃魔法とは言え防がれてしまう。一歩も動いておらず的となっていても攻撃が届かなければ意味が無い。
 そして、なのははそんな強固なバリアに守られながら、ビットの操作に集中できる。それは術者本人が攻撃に加われ無いというデメリットはあってもビットの精密操作の上昇率は高く、特に前衛が後衛の安否を気にしなく済むのも大きい。
「ぶっ飛べえええぇぇっ!」
 ヴィータが巨大なハンマーとなったグラーフアイゼンで複数の天使を一振りで撃墜し、衝撃で障壁ごと打ち抜かれた天使達が消滅する。
 新たに天使が召喚されるが、ヴィータとビットによる連携がその速度を上回り始めた。
「こちらが不利になってきていますね。しかも……」
 己のビットで天使達の援護をしながらも、星光の殲滅者は他の戦闘区域の様子を観測した。
 現在彼女達がいるのは空港からも都市からも離れた海の上だ。だからこそ、人を越えた視力を持つ彼女は全体の戦況を見渡せる。
 機械兵器の乱入により有利だった天使の軍勢は押し戻されて今や拮抗状態。時間を掛ければ学習した天使で機械兵器ごと管理局の勢力を押し返す事も可能だが、ヴィータとなのはのようにエース級が連携を取って一点突破されてしまえばどうなるか分からない。
「来ましたか――」
 遠くの空から一つの部隊が飛んで来るのを発見できた。
 武装隊や聖王教会の援軍は来ていた。今更一部隊が加わったところで大した影響は無い。しかし、あの部隊は違う。
「戦技教導隊」
 戦技教導隊の隊員一人一人がエースで構成された部隊だ。隊員の平均魔導師ランクを考えただけでも馬鹿らしくなってくる。彼らが到着すれば戦況は一気に管理局側へと傾く。
「厄介なのが……」
「へっ、これで年貢の納め時だな」
 ヴィータがデバイスを突き出す。一定の数を保っていた天使は召喚ユニットとその護衛ニ体を含めても両の手で足りる程にまで数を減らしていた。
「諦めて投降して下さい。もう貴女に勝ち目はないですよ」
「……まさかたった二人にこれほど手間取るとは。そういえば、貴女も戦技教導隊でしたね。さすが戦闘者。平時の中にいたとしてもその戦闘能力を腐らせることはありませんか」
「おい、何嫌味っぽい事言ってやがる」
 なのはは何も言わなかったが、戦闘者という言葉にヴィータが反応する。
「嫌味? これでも褒めているのですが。高町なのはのデータを元に私が作られただけあります。類稀な砲撃魔法資質。その力で一体どれほどの敵を撃ち破ったのか……まさに、敵を討ち滅ぼす為に生まれたような――」
「だから、それが嫌味臭ェんだよ! なのはは別にお前等みてぇな連中の為に生まれたわけじゃねえ!」
 ヴィータの言葉を聞いて星光の殲滅者が小さく首を傾げた。それは今まで無表情で淡々とした彼女が初めて見せた人間臭い動きだった。
「……何だか噛み合ってませんね。戦技教導隊は言わば戦いしか出来ない者の集まりでしょう?」
「戦いしか出来ない? んな訳があるかッ!」
「私の知識では、教導隊の仕事は新兵器や戦闘技術のテストに新しい戦術・戦略の開発研究、そして仮想敵として他部隊にエース級対策を学ばせる事。これは生粋の戦闘者にしかできません。他にできる事があるのならば、それほど優秀な局員は他の部隊にでも配属されている筈です」
「………………」
 マテリアルの言葉にヴィータが激昂するが、当事者のなのはは何も言わない。
「逆に聞きますが、砲撃魔法など敵を殲滅させる以外に何の使い道があるのですか。砲撃魔法だけで無く飛行魔法の資質まで持つ。戦う以外に何ができると言うのです? 私と同じです」
「お前ら何かと一緒にすんじゃねえ」
「同じですよ。貴女は守護騎士としての使命を忘れただけでなく、ベルカの騎士の誇りまで失ったのですか。なるほど、レヴィが言った事も頷ける。――後ろを見なさい。そして思い出しなさい、鉄槌の騎士。貴女がまだ夜天の書の元にいた時の頃を」
 なのは達の後方には都市が並んでいる。元は海に面した綺麗な街並みだったのだろう。しかし、今や戦場と化した都市は所々から魔法の光が飛び交い、建物の崩落が続く。街を焼く炎は黒煙を天に昇らせながらその災いを広めていく。
 悲惨な光景だ。この厄災を乗り越えたとしても都市は戦場跡としてその傷跡を深く残す。そして誰もが焼け跡を見る度にその時の光景を、焼ける臭いを、叫びを思い出すだろう。
「これが、私達の居場所ですよ。この赤い空こそ私達の場所」
「て、めぇ――ふざけんなッ!」
「ヴィータちゃん!?」
 ヴィータが飛び出す。
「こんなのが、あたしらの居場所なわけねえ!」
 鎚が目の前で落ちてくるが、星光の殲滅者はあっさりと回避してヴィータとの距離を稼ぐと同時に二人の間に召喚に徹していた天使が割って入る。それは護衛していた二体の天使も当然一緒でヴィータの前に立ちふさがる。
「自分の存在も認識できないとは。騎士の名が泣きますね」
 黒いビットが動き出す。
 天使によって足止めされるヴィータをなのはが援護するが――
 天使を召喚する天使は当然他のモノよりも上位に位置し、それを守る天使もまた普通では無い。
「なに!?」
 ニ体の天使から白色に輝く鎖が伸び、ヴィータを拘束する。
 いくらなのはのブラスタービットがあるからと言っても守る対象がその様では無理がある。
 そして、星光の殲滅者の直射型砲撃が直撃した。
「ああああぁぁっ!」
 小さな体躯が煙を纏わせ尾を引きながら海面に落下した。
「ヴィータちゃん!」
「ぐ……くそっ……」
 海面に浮く彼女は意識があり、生きてはいるが戦闘を行えるような状態では無い。
「自分から来るとは、感情的ですね」
 マテリアルが冷淡に言い放つと上昇し、デバイスを都市の方へと向けた。四基のビットも彼女の周りに集まる。
「何をするつもりなの!?」
 大声を上げながら、なのはは彼女と同じくビットを周囲に集め、レイジングハートを向けた。
 彼女がやろうとしている事など分かりきっている。彼女のデバイスは都市上空に接近中の教導隊へと向けられているのだから。
「ブラスターモード、1stから2ndより更に移行し3rdへ」
 本来砲撃というものは相手の射程距離外から強力な攻撃を行うものだ。全てのビットを集め、周囲の空間の魔力を収束し始めたところを見れば、彼女は全力の一撃をもって彼らを撃ち落とす気だ。
「無駄ですよ。収束するスピードは私の方が速い。貴女は間に合わない」
 更にはマテリアルを守るかのように召喚ユニットとヴィータを拘束した天使達が前に移動した。
 ヴィータが戦闘不能になってしまった今、なのはに彼女を止めるどころか天使達から身を守るのも難しい。詰みに近い状況だ。
「――――?」
 魔力を収束する時、違和感を感じた。
 ――少ない。
 周囲の魔力が極端に少なかった。収束型砲撃魔法は周囲の魔力を集め、圧縮し、自身の魔力をトリガーにして放つ魔法だ。つまりは空間内に満ちる魔力の量が大きければ威力はあがり、少なければ不発に終わる事もある。
 今までの戦いで海上一帯には大量の魔力が散乱している。多すぎるという事はあっても足りないという事は起こらない筈だ。
 その時、急激に高まる魔力を感じ取って振り返る。
 なのはの泡状のバリアが解かれていた。彼女も砲撃体勢に入っているのだから邪魔なバリアを解いて当然だ。
 辛うじて群として球状を保っていた泡が弾ける。その度になのはの魔力が上昇していき、杖の先端に生成されているスフィアの密度も高まっていく。それは星光の殲滅者が生成中のものなど比較にならない。
「……泡の内部は魔力貯蔵庫でしたか」
 バリアを展開しながら魔力を収集・圧縮させ泡の中に保管。バリアを解けば、即座に砲撃魔法用の魔力として使用。もしかすると、周辺魔力だけで無く防いだ魔法が大気中に拡散する魔力も集め、保管した魔力で破られた泡の補強・増殖を行っている可能性もある。
 多重防御、ビットによる遠隔攻撃、バリアを解けば即座に強力無比の砲撃。星光の殲滅者が先程言った通り、正に人間サイズの要塞と言える。
 砲撃魔法の撃ち合いは周辺魔力の取り合いになる。だが、なのはによって既に一定空間の魔力は取られている。
 砲撃魔法を撃つことができない。
「ブラスターリミット3……スターライト――」
 レイジングハート、ブラスタービットの先端から強烈な光が迸る。
「――ブレイカァァアアーーーーッ!」
 極太の砲撃魔法が放たれた。
 桜色の光を輝かせながら五つの砲撃魔法は正面にいた召喚ユニットとその護衛を一瞬で消滅させ、マテリアル向かって直進する。
「真・ルシフェリオン――」
 マテリアルが杖を迫り来る砲撃に向け直す。
「――ブレイカー」
 目の前に砲撃魔法が来ているというのに、落ち着いた様子で自らもなのは同様五つの砲撃魔法を撃つ。
 衝突する桜色と深紅の大砲撃。海上に星が生まれたかのような極光が現れる。
 周辺の魔力はなのはによって枯渇状態だった。それなのに彼女は撃った。例え魔力をかき集められたとしても、威力などたかが知れている。
 だが、両者の砲撃は拮抗していた。
「そんな、どうして?」
「………………」
「――天使がいない。まさかっ!?」
 まだ数体だけ残っていた天使達の姿がいつの間にか消えていた。代わりに星光の殲滅者の周りに高濃度の魔力が集まっていた。
 天使は防衛プログラムの爪の先程の存在だ。そして、それを構成するのは大量の純魔力。消えればただの魔力へ還る。
「非常手段だったのですが、この場合仕方ありませんね」
 天使を自滅させる事で砲撃魔法を撃つのに必要な魔力を補充していた。
「これで、互角ですね」
「ううん。まだだよ」
 魔法を放ちながら、なのはがカートリッジをロードした。星光の殲滅者も同時にカートリッジを使用する。
 両者の砲撃が更に勢いを増し、大気が押し出され、海面が波打つ。
 カートリッジを全弾使用すれば、すぐさまにリロードし再び使用。互いに一歩も引かず、砲撃も二人の中間点でせめぎ合い続けている。
「それ以上続けると、壊れますよ」
 魔力が足りなければ一瞬で均衡が崩れ、砲撃魔法の餌食になると言うのに星光の殲滅者は淡々とカートリッジを装填しながら敵であるなのはの体を気遣った。
 自己ブーストを利用したブラスターモードは体に極端な負担を掛ける。既にブラスターリミットは最高値であり、カートリッジの使用は下手をすれば後遺症を残す。
 それでも、なのははカートリッジのロードを止めず、魔法を放ち続ける。それは、手を休めた途端に拮抗が崩れ砲撃魔法にさらされると言う事もあるが、負けられないという気持ちがあるからだ。
「確かに、私の力は戦う力だよ。壊す事しかできない。でも、この力のおかげで皆を守れる。決して、あんな焼け跡を作る為じゃない。私の力は皆を守る為にあるんだ!」
 戦技教導隊では確かに戦闘に関する訓練や技術開発ばかり行い、武装隊と違って前線に出て事件を解決する事も滅多に無い。在籍しているなのは以外の隊員も戦闘能力が高い者ばかりで一度前線に出れば正真正銘のエースだった。
 だからと言って皆が皆戦いが好きと言うわけでも無い。ただそちらの方面に特化しているだけであり、それぞれ守りたい故郷と大切な人がいる。だからその力を持ってして彼らは戦うのだ。戦いによるものしか出来ないとしても。
「その通りですね」
「――え?」
 彼女の以外な言葉。
 なのはは一瞬聞き間違いかと思った。
「味方がいるから敵がいる。守る対象があるから排除すべき対象がある。戦いというのは、何かを破壊する事で守る行為です」
 ――つまりは、攻撃は最大の防御。
「やはり噛み合ってませんね。まあ、直接会うのはこれが初めてなのですから、当然と言えば当然ですか」
 星光の殲滅者にとって守るという行為は戦うという行為と同義である。
 防衛プログラムの一部であるマテリアル。彼女の存在意義は夜天の書を守る事にある。
「炎が立ち上る大地。そこにいるからこそ守れるのです。立ち続けていれば守り続けられるのです。だからこそ、赤い空の下は私達にふさわしい」
 己が戦場にいるからこそ守護できる。青い空の下にいるのは味方も敵もいなくなり、孤独となった時だけだ。そして、そんな事にはしないしさせない。彼の書を守る為、あらゆる害悪を殲滅する。それが彼女、星光の殲滅者――シュテル・ザ・デストラクターだ。
「…………」
「どうしましたか?」
「……もしかすると、もっと話し合う機会があればこんな事にならなかったんじゃないかなって」
「ありえませんね。貴女は管理局、私は防衛プログラム。相入れる訳も無く、敵は敵です」
 強大な魔力が衝突し極光が輝く中、二人は次々とカートリッジをロードする。最早限界など越えているが、ここまで来てしまえば正面から押し勝つしかなかった。
 ――最後のカートリッジ……。
 残り一つのカートリッジ。それを装填しロードしながらシュテルを見る。
 彼女は、新しいカートリッジを装填していなかった。
「………………」
 シュテルはスバルを抱えたなのはを追っている時やなのはに多重防壁を使わせるまでにもカートリッジを多く消費していた。
 最後のカートリッジを消費したスターライトブレイカーがシュテルの砲撃魔法を押し退け始める。
 なのはの体はブラスターモードと大量のカートリッジ消費により限界を越えて悲鳴を上げている。レイジングハートにも多大な負荷が掛かり、フレームに亀裂が入る。
「はぁ……」
 圧され、迫り来る砲撃魔法の光にマテリアルは溜息をついた。
「見事です。自ら命を削り、限界を越え、私を倒そうとしますか――惜しかったですね」
 シュテルの足下の魔法陣が変化する。ミッドチルダ式だったそれがモザイクが掛かったような幾何学的な模様へと変わる。
「これは使いたくなかったんですが」
 全身に深紅の文様が浮かび上がり、輝く。
「エミュレータ起動。モード『パラダイスロスト』より、『ミカエル』実行」
 赤い、電流のようなものが体の紋様から迸る。
 マテリアルの砲撃魔法が巨大な炎の固まりへと突如変化した。触れてもいないのに海面が蒸発し水蒸気を上げる。通常の砲撃魔法を何発分も圧縮したような火力の火柱となったそれはスターライトブレイカーを押し戻し飲み込んで行く。
 一瞬にして状況が一変し、なのはに灼熱が襲い掛かった。





 ~後書き&補足~

 PSPの新作でマテリアルに名前がついたそうですね。おめでとう。

 オリジナル魔法。なのはの多重防壁ですが、バリアというのは球体か半球が基本らしいので、それを泡が溢れるように隙間無く埋めて全方位をカバーしています。とっても硬いです。でも、動けません。中から攻撃もできません。しかし、その状態で魔力を収集・収束し、圧縮した魔力を泡の中に閉じ込める事ができます。強力な攻撃を受けて泡が数割吹き飛ぼうとも保管していた魔力を使って泡を再生成したり、泡を全て放棄し溜めた魔力を使って即、強力な砲撃を撃つ事ができます。
 ブラスターモードと併用すれば本文で書いたとおり要塞です。sts編頃には移動可となって戦艦になってるかもしれません。



[21709] 四十一話 クリミナル・パーティー(Ⅵ) 王たる者
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/03/13 19:29

「フンフンフ~ン、あら、こっちの部隊は劣勢ね~。じゃあ、オモチャを送って上げましょう」
 上空、戦場から遠く離れた場所で燃え上がる都市を見下ろす少女がいた。
 ピアノの鍵盤のようなコンソールに手を滑らせ、クアットロは鼻歌交じりに複数のモニターを眺める。その斜め後ろには同様に複数のモニターを見ながら無表情に何か操作しているオットーの姿があった。
 機械兵器の指揮を取る二人は管理局とアルハザードの天使達の戦況をリアルタイムで把握し、両者が常に均衡するよう機械兵器を送り込み、決してどちらかが有利にならないようにしている。
 遊撃部隊のように戦場を駆け回る機械兵器は事前にトゥーレとルーテシアの転送魔法により、大量に潜ませている。それでも数を大分減らしてしまってはいるが、元々は使い捨て同然の戦力であり、主に使用しているのはハード面で古い物ばかり。言ってみれば型落ちした製品を局員や天使に廃棄処分させているようなもの。スカリエッティ側にとって損失は無いに等しい。
 それどころか、益をも得ている。来る計画の時に起きる管理局との全面戦争。その日の為に、今夜の戦闘は大規模な戦略のデータを取るのに好都合であった。
「オットーちゃん。そっちは順調?」
「局地的な戦闘行為の介入は大丈夫です。ただ、一部の少数戦闘はどうしましょうか?」
「あの怖~い人達の戦いは無視していいわよ。戦略的には大局に変化しないから」
「彼女らが各戦場に乱入すれば大きく戦局が動きますよ?」
「その頃には疲弊してるだろうから大丈夫よ。それに、こっちの目的が達成する方が早いわ」
「……了解」
 クアットロの言葉を聞くと、オットーは再び機械兵器の指揮に戻り、顔をモニターに向けなおす。
「そっちはどうかしら~」
 言って、新しく通信用モニターが二つ現れ、それぞれセッテとディエチの顔が映し出される。
 二人は遊撃を担当している。セッテは都市を飛び回り奇襲をかけたり、機械兵器と共に天使の一群を排除。ディエチは相手射程外の位置からの狙撃での援護をしている。
 他にも地上にはトーレ、ディード、トゥーレがいるが、トーレとトゥーレの二人はアルハザードの主戦力と戦闘中。ディードは後方指揮するクアットロとオットーの護衛と偵察を行って直接戦闘には関わっていない。
 後発組の三人はまだISは不完全。なので前衛型で直接相対できるセッテ以外は後方でのサポートが中心であった。
『問題ありません』
 無表情、無機質にセッテが答えた。
『全体的に管理局側が押され始めたけど、放っておいていいの? 防衛線を押されてるし、このままじゃ後ろの避難してる民間人も攻撃されちゃうけど』
 ただ、ディエチの方は巻き込まれている民間人の事を気にしているようだった。
「別にいいわよ、そんなの~。それよりも、ドクター達の目的が達成されるまで戦況を維持する事に集中してね」
『了解』
『……わかった』
 セッテは事務的に、ディエチは不満そうに返事をし、通信用モニターが消える。
「ディエチちゃんには困ったものね。余分な感情を捨て切れないなんて。その分、貴女はまだマシね。セッテほどでは無いけど、セインちゃんやウェンディちゃんに比べれば純粋ね」
「そうですね」
「あら?」
 まさか返事が返って来るとは思っていなかったらしい。やはり、余分なモノがあるとクアットロは思考しつつ適当に相づちを打つ。
「セイン姉様やウェンディ姉様は感情豊かです」
「そうね~」
「でも、クアットロ姉様は一番感情的です」
「――――」
 手が、止まる。
 しばらく、オットーが操作盤で操作する音だけが聞こえた。
「……それは――」
『クアットロ姉様』
 クアットロが振り返ろうとした時、ディードの姿を映したモニターが彼女の目の前に現れた。
「ど、どうしたの、ディードちゃん」
『天使を一体発見し、撃破しました。単独行動の上、弱い個体だったのでおそらく偵察ユニットだと思います』
「あらら。見つかっちゃったわね~。予定通り、二手に分かれて移動しましょうか」
『了解』
 クアットロとオットーはそれぞれ空を飛行し、その場から離れる。
 次の瞬間、中空に黒い光を放つスフィアが出現する。
「遠隔発生!?」
 クアットロの叫びに答えるように、広域魔法の光がその一帯を包み込んだ。



「――逃がしたか」
 遠くの空を見上げながら、闇統べる王はつまらなそうに言った。その視線の先には夜空の星と天に昇る黒煙しか見えず、何かを補足できる距離ではない。それでも彼女には先程まで遙か向こうの状況を把握していた。
 偵察型の天使からの情報を受け取り、鬱陶しい機械兵器の指揮をしていると思われる二人組に対して攻撃を仕掛けたが、途中で偵察がやられた為に位置の把握が不十分であった。
 おそらく生きてはいるだろう。良くて軽い負傷程度か。
 天使を送り込んで追撃させるか、そう考えている彼女の目の前に光の固まりが飛んできた。
「――フン」
 彼女の前に二体の天使が飛び出し、片手に持った大盾で光を受け止めた。
 着弾した光は肥大化し、闇統べる王と天使ごと周囲の空間を飲み込んだ。
 目を覆いたくなるほどの光は広がった後、すぐに霞のように消えた。
 その中心には球状のバリアに包まれた闇統べる王と天使二体が平然と宙に浮いている。
 天使が盾を下ろすとバリアが消えた。
「それで終わりか?」
 彼女が正面を見据える。
 そこには、足下にベルカ式魔法陣を浮かべさせる八神はやての姿があった。背の黒い翼が大きく四枚伸びており、茶の髪が白になっている。
 長距離砲撃魔法、フレースヴェルグ。本来は超長距離からの砲撃によって特定地域を制圧する砲撃魔法だが、出力を絞り、リインとユニゾンする事で精密な射撃を行う事が出来る。継続時間も長く、消耗は激しいものの連射も行う事ができる。だが、それも闇統べる王の前では大した効果を及ぼしていない。
「もう後が無いぞ」
 前線の地上と空には武装隊と天使、互いの後方には広域魔法を使う騎士がいる。そして、防衛側のはやての後ろには無傷の都市が広がっている。空港や既に戦場となって焼け野原になった都市から救助、避難して来た民間人達がいるのだ。
 最初に仮設司令部として指揮車が集まっていた道路から随分と後退してしまった。通り道となった地上の都市にはそのまま戦闘による傷跡が残り、火災を消火する人間もいない。
 避難する住人や怪我人を庇いながらも、残った部隊で天使達を迎撃していたのだが、天使は倒しても後から再び召喚されてその数を減らす事は無い。
 ならば大元であるマテリアル――闇統べる王を狙えばいいのだが、天使達による守りが厚く、何より管理局側にはそれを行うだけの戦力が残っていなかった。
 僅かな救いがあるとするならば機械兵器群が先程からはやて達では無く、天使達を中心に狙っている事ぐらいだ。それも積極的な攻撃では無く、天使の数が減れば攻撃を止め、時には管理局側へと目標を変更する場合もあった。
「背水の陣と言うには些か違うが、追い詰められている事には変わりあるまい」
 言って、闇統べる王が十字杖を持つ右手を上に伸ばす。それを合図として、彼女とはやての中間地点で武装隊と戦いを繰り広げていた天使の一部が傍にまで飛行する。
「させへんよ!」
 はやてがフレースヴェルグを発射するのと、集まった天使達が熱光線を都市に向けて発射するのはほぼ同じであった。
 フレースヴェルグは天使達の中心で爆発を起こして彼らを消し飛ばす。しかし、発射されてしまった熱光線ははやての脇を通り過ぎてそのまま都市へと向かう。
「守って、クラールヴィント!」
 幾条もの光は、突如現れた緑色の楯によって目標に届く事無く防がれる。
「湖の騎士か。相変わらず面倒な奴だ」
 都市の手前には、負傷し下がった局員達と共にシャマルがいた。傷の手当てと同時に都市への流れ弾を防ぐ役割を担っている。
「ここから先は行かせん!」
 はやてが再びフレースヴェルグを放とうとする。
「それは見飽きたよ」
 闇統べる王の言葉と共に、はやての足下で回転していたベルカ式魔法陣が停止する。
「な、なんや!?」
『術式に介入されました。フレースヴェルグ、解除されます!』
 融合していたリインは悲鳴を上げるように報告する。次の瞬間、魔法陣が砕け、フレースヴェルグが強制解除される。
「前回の戦をもう忘れたのか。それほど長く見せられては解析し封じるなど造作も無い」
 射撃や砲撃魔法など遠距離戦闘に特化した星光の殲滅者、高速近接戦闘に優れた雷刃の襲撃者とそれぞれ特徴のあるマテリアル。闇統べる王も例外では無く、後方にて広域魔法を発動させる為か演算処理能力が特に優れている。
 その能力は他人の魔法まで解析し封じる事も可能なほど高い。
「この前見せた啖呵はどうした? 我を倒すのでは無かったのか? そろそろ目の前を飛び回られるのも飽いてきたぞ。あまりに情けない。このまま、街ごと潰してしまおうか?」
 闇統べる王の真上に広域魔法が展開され、巨大な球体を維持したまま緩やかなスピードではやて向かって落ちてきた。
 広域魔法を新たに撃って相殺しようにも間に合わない。魔力量でものを言わせた防御魔法で防ぎきれる可能性も低い。避けるなど、以ての外だ。彼女の背後には避難が完了していない街が広がっている。
 闇統べる王の広域魔法は放物線を描くようにはやてへ、そして都市へと落ちていっているのだ。
 防御し、街の盾になるしかない。
 はやてが出来うる限りの防御魔法を展開させようとしたその時、後ろから飛び出してくる影があった。
「ザフィーラ!? あかん、そんな無茶や!」
 彼の体は既に使い物にならないような状態だった。全身から血を流し、両腕がだらりと力無く垂れ下がっている。
 盾の守護獣である彼は今までの戦いで全てにおいて二つ名通りに盾となり敵の攻撃からはやて達を守り続けていた。だが、都市の手前でとうとう限界がきた為に負傷者と共にシャマルの後ろへと運ばれて治療されていた筈だ。
 その彼がはやて達の前へ、落ちてくる巨大な魔力に向かって飛び出す。
「ウオオオオォォッ!」
 獣の絶叫が轟き、地上から青く巨大な杭が生える。一本だけでは無い。ビルほどの高さの杭が何十と伸びて真っ直ぐに落ちてくる広域魔法へと大気を貫き進んでいく。
 杭の林が魔法に触れようとした時――
「それも見飽きたな」
 その一言で、広域魔法を受け止めようとしたザフィーラの鋼の軛がフレースヴェルグ同様砕け散った。それだけでは無い。
「なんだと!?」
 白い輪が現れ、ザフィーラの足を空中に固定する。
「守護獣よ。その名に恥じぬよう、身を挺して受けてみせよ」
「ザフィーラッ!」
「ぐおおおぉぉっ!」
 広域魔法に負けぬほどの巨大なシールドを展開させ、ザフィーラがそれを受け止めた。
「ぐ、くっ……おおおおっ!」
「ほう……」
 落下していた魔法を受け止める事に成功した。
 ただ、落下自体を止められた訳ではない。受け止めはしたものの、更にスピードが落ちた状態で緩やかにはやてと都市へ向かって落ちている。
「ぐ、うっ――」
 止血程度の処置がなされただけの、ザフィーラの腕から鮮血が噴き出す。
「ザフィーラ!」
 叫び、己も広域魔法を放って相殺しようとするはやての耳に闇統べる王の声が届く。
「よく止めたと言っておこうか。だが、これがあと二つあるならばどうだ?」
 ザフィーラが受け止めた広域魔法の後ろに隠れ、同種の広域魔法が二つ放たれていた。
 一つは先に放たれた魔法の上に重なるように、二つ目は前線で戦う武装隊の真上へと。
 はやてが対抗する為の魔法を発動させる。
「無駄だよ」
 一言と共に介入を受け、発動間際だった魔法が強制的に中断されてしまう。
「そんな――リイン!」
『ダメです! 魔法演算処理中に介入を防止するには限界があります!』
 リインの補助無しで闇統べる王への攻撃を対抗する為の魔法を撃つには長い詠唱時間が必要になる。しかも、微調整が出来なくなるので前線にいる味方も巻き込んでしまう可能性が大きい。
 このままでは魔法を撃てず、だからと言ってリインが彼女の術式介入を阻止するのに集中してしまえば魔法は間に合わない。
 完全な八方塞がりだ。広域魔法以外の演算処理が手早く済む魔法を使おうにも、なのはのように多数の射撃魔法を撃てる訳でも無く、フェイトのように高速移動や接近戦が出来る訳でも無い。
 八神はやて――強力過ぎるが故にそれを封じられてしまっては、唯の少女へと成り下がる。
 必死に考えを巡らすも、闇統べる王の魔法は無慈悲に目の前の者を粉砕する。
「主――ぐああああっ!」
「ザフィーラッ!?」
 二つの大魔法に圧し潰されるようにして、ザフィーラが地上の都市へと落下する。
「クラールヴィント!」
 シャマルが防御魔法で二つの魔法を受け止め、魔力で出来た鎖でザフィーラを引き寄せる。
 だが、盾の守護獣でも止める事の出来なかった魔法を受け止めきれる筈がなく、壁のように出現したシャマルの防御魔法に亀裂が入る。
「無駄な足掻きだな」
 闇統べる王が左手に持つ魔導書型デバイスが独りでにページを捲る。
 彼女の左右に転送用魔法陣が浮かび上がり、腕が砲身となった天使達が召喚された。
 計八体の天使はその腕の砲身を一斉に都市へと向け、砲撃を放つ。
 シャマルは新たな魔力の壁を作り、それを受け止める。受け止めるしか無かった。
 二つの広域魔法に八つの砲撃。防ぎきれるものでは当然無く、防御魔法が破壊され、十の破壊が都市を襲う。同時に前線にも三つ目の広域が落ちる。
 前方と後方。二カ所から魔力と炎の光が、破壊による轟音がはやてに届く。
「………………」
「その程度、という事だよ雛鳥。塵芥を守ろうと躍起になっていたようだったが、他人の心配をする余裕が我を相手にしてあるわけが無かろう。結局、誰も救えなかったな」
 闇統べる王ははやてを冷たく見下ろす。
「塵にいちいち気を使い助けるからそのような無様な姿を晒す」
 最初の広域魔法による奇襲からここまでの道中、はやて達は逃げる民間人を保護しながら負傷した局員の救助も行い、救援の当ても無くただただ消耗戦を繰り広げていた。
「――――」
 はやてはじっとして無言だ。
「…………フン。相手してやる価値も無い。前の言は所詮口先だけだったようだな」
 闇統べる王の杖先に魔力スフィアが現れる。
「消えろ」
 そう言い、魔力スフィアを放とうとした時に突然視界の隅に二つの光が輝く。
 光ったのは魔力光弾。それが二発真っ直ぐに闇統べる王へ向かって突き進んでいた。かなりの速さを持つ高速弾だ。
 庇うように彼女の前に盾を持つ天使が一体飛び出し、魔力光弾を防ぐ為に盾を前に押し出す。
 弾と盾が当たり、盾が貫かれた。
 実に呆気なく、当然のように障壁をものともせずに天使の盾と体を貫いた魔力光弾が闇統べる王に迫る。
 だが、簡単に天使を倒した射撃魔法も彼女のシールド魔法によって防がれる。
 凄まじい横回転を続けながら魔力光弾はシールドを貫こうとするが、魔力による火花が散るだけで闇統べる王のシールドは揺るがない。
 終いに、彼女が一睨みすると二つの魔力光弾が爆散し消える。
「尻の重い連中だ。ようやく動き出したか」
 発射元に目を向ければ、遠くの空でこちらに向かってくる集団、戦技教導隊の姿があった。その後ろからは他地域担当の筈の航空部隊が複数続いている。
 まだ相当な距離がある筈だが、狙撃してきた者がいた。ミスした以上自分達の存在と位置を知らせる愚かな行為だが、敢えて都市から自分達へと注意を向けさせたかったのかも知れない。
 あの部隊の中に、正確に頭である闇統べる王を狙い、障害となった天使を貫く程の威力を持つ魔力光弾を撃つ魔導師がいる。
 無抵抗な塵芥を潰すよりもあちらの方が面白そうだ、と闇統べる王は笑みを浮かべるとはやてに向けていた魔力スフィアを戦技教導隊へと向け直そうとして、高まる魔力に気づいた。
 振り返れば、はやてが広域魔法を発動させようとしていた。
「無駄だと言っただろう。馬鹿か貴様」
 術式に介入しようとする闇統べる王。
「…………?」
 だが、介入が拒絶され弾かれる。
「これは……」
 その間に、はやてのデアボリック・エミッションが発動する。
 闇統べる王も既に生成した魔力スフィアを放ち、広域魔法同士が相殺し合う。
 続け様にはやてが再び魔法の詠唱に入る。
「…………」
 同じく広域魔法発動の準備をしながら、はやての術式に介入を試みる。
 また、弾かれる。
 一瞬知覚したのは管制プログラムを元に作られたユニゾンデバイスの存在だ。彼女が闇統べる王からの介入を防いでいる。
 そして、はやての詠唱が終了する。
 ――速い……。
 リインが術式の介入を防いでいるのに集中しているなら、演算処理ははやて一人で行っている事になる。それにしては処理が速い。
 僅かな疑問を抱きつつ、放たれる広域魔法を相殺する為に自分も魔法を放つ。
 結果は先程と同じだ。
 はやてはまた広域魔法を撃つ詠唱を始める。頭がおかしくなったのか同じ事を狂ったように繰り返す。
「また……速く?」
 行使される広域魔法の発動が更に速くなっている。しかも――
「二発同時……」
 現れるのは同種の黒い魔力スフィアが二つ。遠隔発生により、はやての傍で浮いていたスフィアが消えて闇統べる王の両側に現れ爆ぜる。
「貴様、まさか――」
 広域魔法に挟まれながらも闇統べる王は慌てる様子も無く、はやてを凝視する。
 彼女は片手で自分の頭を押さえていた。額から大量の汗が流れ、顔も痛みを我慢しているかのように歪んでいる。
 そして、闇統べる王を睨みつける眼は毛細血管が破裂して赤く充血しており、血の涙が端から流れ落ちる。
「死ぬ気か雛鳥?」
 闇統べる王が自身を中心の広域魔法を発動させ、左右から来るはやての魔法に対抗する。二つに対し一つの広域魔法は左右から挟まれ圧し潰されるが、はやての魔法も彼女の魔法によって削られその威力を激減させる。
 広域魔法が闇統べる王に届く頃には、バリア系の防御魔法で十分防ぐ事ができた。
「広域魔法に必要な大魔力は高速・並列処理と相反、コンフリクトするのが普通。それがヒトの限界だ」
 二つの光に包まれながら、闇統べる王は新たな魔法を発動させようとしているはやてに笑みを向けた。馬鹿にするような声とは裏腹に、愉快な物でも見つけたかのような顔だ。
「回路に無理なエネルギーを流せば焼き切れるのと同じだ。それ以上続ければ運が良くて廃人、最悪死ぬぞ」
 リインのサポートを受けぬまま、はやてはコンフリクトするのも構わず無理矢理に広域魔法の高速・並列処理を行っていた。そんな事をすれば脳神経に多大な負担をかける。
「死ぬ気でやらんとこれ以上止める事も出来んやろ。でも――」
 はやての目の前に浮く魔導書型デバイス、夜天の書が慌ただしくページを捲りだす。足下に広がるベルカ式魔法陣が光の強弱を頻繁に変化させ、弾き出された魔力が飛び散る。
 フレースヴェルグの放射面となるベルカ式魔法陣が二つ現れる。途端に、痛みではやての顔がより浮かび、体の細い血管が破れる。
「死ぬつもりはないよ!」
 二門から発射される数条の白い閃光。
「死ぬ気だが死ぬつもりは無いと? なんだそれは」
 口の端を釣り上げたまま、闇統べる王が四つの魔力スフィアを生成、発射する。
 二つがフレースヴェルグの光に向かい、残り二つはそれぞれはやてと前線にいる局員達へと落ちていく。
「させん!」
 フレースヴェルグ二門を展開させたままで、はやてが広域魔法を二つ発射。身体のどこからか、ブチッと張りつめていた糸が切れるような音がした。
 地上に倒れている局員達を守りながら魔法を撃ち続ける。
「しかもまだ塵芥を助けるか。自殺紛いの事をしておいて死ぬつもりも無く、役に立たぬ者を未だ助ける。傲慢だな。たかが雛鳥程度で出来るとでも?」
「出来る出来んやない。やるんや」
「根拠も無い事をベラベラと。……だが、まあいい」
 闇統べる王が杖を横に振る。途端に広域魔法の範囲外にいた天使達が一斉に羽ばたきその場から飛び去っていく。行き先は接近しつつある戦技教導隊と航空部隊の混合部隊だ。
「付き合ってやる。口先だけの女で無い事を証明してみせろ。助けるのだろう? 管制プログラムを」
 黒紫の魔法陣を展開させ、闇統べる王が杖をはやてに向けた。彼女の周囲に黒い魔力スフィアがいくつも浮かぶ。はやてもフレースヴェルグと共にいくつも魔法陣を浮かべる。
 大魔法による撃ち合いが始まった。
 複数の広域魔法が発射され、衝突し、打ち消し合う。夜空に魔法の光が太陽のように輝いては消えていく。
 先に撃った魔法の残滓は、僅かな間で連続して放たれる魔法の尾となる。それはまるで流星のようだった。
 互いに広域魔法の適正と遠隔発生の資質を持つ魔導師。しかし演算処理能力に関して闇統べる王が何枚を上手をいく。魔力量で言っても彼女が上だ。はやてはユニゾン状態ではあるが、闇統べる王は広域魔法を放ちながらも術式の介入をしようとしてくるのでリインはその対処に追われている。
 はやてが限界を無視し、魔力と高速・並列処理が衝突するのも厭わずに複数の魔法の演算を行っているが、それでようやく闇統べる王に並んでいる。
 限界を無視したところでコンフリクトは無視できない。脳に掛かる負担が増すばかりであり、無理な魔力の使用にリンカーコアが悲鳴を上げている。だけでなく、中から引っかきまわされているように神経から直接痛みが伝わってくる。
 血が沸騰してるかのように熱くなり、体中の毛細血管が破れ血が滲む。眼からの出血で視界が赤一色に染まり、耳の奥からも耳鳴りがする。
 酷使されているのははやての体だけでは無い。彼女の持つ杖型デバイスに亀裂が入った。演算処理の補助を手助けする為だけの単純な魔法発動触体に過ぎないシュベルトクロイツは、過去にもはやての大魔力に耐えきれずに度々壊れ、その都度改良されてきた非常に頑強な構造になっている。だが、それも限界が近づいてきた。大魔力での無理な演算処理による大規模魔法の連続・同時発動は術者だけで無くデバイスにも破滅を呼び起こしている。
『はやてちゃん、それ以上は、もう!』
 闇統べる王からの介入を防ぐ事に専念している――させられているリインはその対処に追われながらも涙声で主を制止する声を上げる。
 八神はやての行為は自殺行為と同義だ。これ以上続ければ、否、既に彼女は命を削り死へと向かっていた。今死ぬか後で死ぬか、そんな瀬戸際にまで行こうとしている。
 ユニゾン時における主導権ははやてが持っている。彼女が意志を失わない限りリインは止める事が出来ない。
 ここで遂にシュベルトクロイツが砕ける。上部の十字部分が粉々になって飛び散り、はやてが掴む柄の部分にも大きな亀裂が入った。
『はやてちゃん!!』
「――へ、ぃ……ぅ、き……」
 平気、とでも言いたかったのか。魔法の処理に集中している為か、神経の負担からろくに喋る事も出来ないのか。その声は掠れ、呼吸も危うい。
 デバイスの一つが砕けた事ではやてに掛かる負担はより増し、はやての体から糸が切れるような音が何重にもした。
「限界のようだな。いや、限界は既に超えていたか。そして代償がその様だ」
 死に体のはやてに対し、闇統べる王に疲労は見られない。まだ余裕があるのか、それとも表に出していないだけなのか。どちらにしてもはやてと比べ彼女は身を削ってはいない。
「無様だな。このまま続ければ貴様は何もなせずに死ぬだけだ。その前に、ソレを撃ったらどうだ?」
「――――」
 魔法を放ちながらも喋る余裕のある闇統べる王の言葉は聞こえているだろうが、はやては返事をしない。出来ない。
 広域魔法の発動とは別に少しずつ並列処理していた砲撃魔法の存在に気づかれている。
「でないと、後ろの街ごと消し飛ばすぞ」
「――……響、け」
 はやての足下にミッドチルダ式魔法陣が、目の前にベルカ式魔法陣が縦になって現れる。
「終焉、――の、笛」
 体から何かが引きちぎれるような音がし、背骨に焼きゴテでも入れられたような痛みが奔る。
「――フッ」
 彼女の状態を知っているのか、あざ笑うように闇統べる王が笑みを浮かべる。
「エミュレータ起動。モード『パラダイスロスト』より、『ウリエル』実行」
 杖を高げた闇統べる王の足下にモザイクが掛かったようなベルカ式魔法陣が現れる。杖先には足下の魔法陣同様のモザイクが掛かった巨大なミッドチルダ式が何枚も浮かび、球体を寸切りにした断面図のように一番上と下は小さく、中央に行くにつれ段々と大きくなり中心で最大の大きさを持つ魔法陣がある。
 中央の魔法陣に、使用され周辺空間に散らばった魔力が集まる。収集、収束、圧縮を重ねながら急激に巨大化していく魔力スフィア。元々広域魔法の撃ち合いなどとふざけた戦いが行われた場所だ。集める魔力には事欠かず、量に比べスフィアの大きさが小さい事からその凄まじい圧縮率がよく解った。
『介入が止んだ!?』
 己の魔法に集中したのか、常に仕掛けられていた術式介入が無くなる。チャンス、とも言えるがそれは逆にあの闇統べる王が全神経を集中させている、それほどの魔法を放とうとしているという事だ。
 リインは動き出す。もう魔法は止められない。ならばはやてのサポートをして僅かでも負担を減らしながら魔法の底上げをし、勝率を髪の毛一筋分でも上げるしかない。
 はやてのサポートにまわり、演算処理の手伝いを行う。
『あうっ!?』
 触れた途端、回路の一部が弾けかけた。
 悲しいかな――リインははやてが所有するデバイスの一つであり、人造物。人のように思い込みと自己生存本能による偽りの限界と違い、明確な限界値が決まっている。
 人よりも正直なのだ。誤魔化しが通じる体では無い為にはやてが行っている行為の恐ろしさがすぐに表に出る。呆気なく砕け散ったシュベルトクロイツのように。
 だが、彼女とて守護騎士の一人であり、自律意識を持つ。使捨選択によって可能か不可能で分けて一部魔法の処理を肩代わりする。
 僅か、ほんの僅かな負荷の軽減。その分、はやての処理が速くなる。
「ぅ、はっ……ぐっ、うぅ」
 リインのサポートが復活した為に出来た僅かな余裕か、それとも走馬灯なのか、一瞬過去の映像が頭の中に蘇る。
 ――ほんま、なのはちゃんの事言えへんわ。
 オフトレの時を思い出した。強さと引き換えに何かを失うという言葉が反芻される。
 ――でも、私って欲張りなんよ。
 命懸けではあるが、死ぬ気も、ましてや失う気も一切無い。図々しくてわがままで、小さな子供みたいな駄々だ。それを解ってはいるが、何かを引き換えに力を得るなどしたく無い。
 ――あの日、あの子が消えてしまった。
 そして残った夜天の書の力。力が欲しかったわけじゃない。引き換えにしたかったわけじゃない。その癖力を引き換えにしても大切な者が戻って来ない。
 ――何かを犠牲にして得る力なんて要らない。そうしないと守れないなんて常識も嫌だ。矛盾してる。だから、それら全部を覆してやる。
「ほんと……こ、ども、の駄々……」
 転げ回りたくなるような激痛の中、苦笑を浮かべる。そのまま気絶しそうなのを、歯を食いしばり堪え、はやては魔法を発動させた。
「――ラグナロク!」
 放射面となっているベルカ式魔法陣の三角形の各頂点から白い光が輝き、三つの砲撃が発射された。
 闇統べる王の魔法よりも早く発射された三つの砲撃は途中で一つに混ざり、彼女を撃ち滅ぼそうと直進する。
 後手に回った闇統べる王。だが、彼女は余裕を崩さない。まだ圧縮途中であるが、はやての砲撃魔法が命中する前に圧縮が完了し撃てるという計算は既に完了している。
 その時、突然体に糸が巻き付いてきた。
「これは……」
 緑色の光を放つ細い糸。それが何重にもなって彼女を縛る。同時に、真下から青い巨大な杭が伸びて手足を貫いた。
「死に損ない共め」
 手足を貫かれながらも闇統べる王がはやての後ろにある都市を見下ろす。爆心地の場所で、ザフィーラとそれに肩を貸すシャマルの姿があった。
「――ハッ」
 守護騎士二人による拘束魔法によって魔力スフィアの圧縮は止まった。しかし魔法自体が消えた訳では無く、しかも一息によって魔法による呪縛が解かれた。闇統べる王は砲撃魔法ラグナロクに向き直り、不完全ながらも圧縮した魔力スフィアを放つ。
 巨大な圧縮魔力による広域魔法と砲撃魔法が衝突する。
 着弾すると同時に広域魔法として爆発を広げるラグナロク。それに一点突破させる為の貫通性を持たせた砲撃であるが、超圧縮された魔力スフィアに穴を開けられない。逆に押し返される始末だ。
「さようなら、雛鳥。貴様が守ろうとした塵芥共々消し飛ぶがいい」
 押し潰されるラグナロクの先、八神はやてを見る。
 ユニゾン状態が解かれていた。
 それに気づいた闇統べる王がユニゾンデバイスの位置を確認するよりも早く、頭上から氷柱の雨が降る。
 即座にシールドを展開し防御する。氷柱が振る上空には、シャマルとザフィーラに闇統べる王が拘束されていた隙にユニゾンを解除し、広域魔法の範囲外にまで移動していたリインがいた。
「自ら囮になったか。しかし、火力不足だな」
 シールドを張っているとは言え、防御しながらも闇統べる王の広域魔法は揺るがずラグナロクに押し勝ちながらはやてに迫る。
 健気にも降り注ぎ続ける氷柱の雨。その中にひとつ、違う物が混じった。
 金色の杖が物質加速型の射撃魔法により発射されていた。それは十字部分が砕けたはやてのシュベルトクロイツだ。砕けた事で先端が鋭利な刃物のように尖っている。
 リインによって貫通と破壊効果を魔力付与された杖は氷柱を追い抜き、闇統べる王のシールドに突き刺さる。
「惜しかったな」
 槍と化した杖はシールドに突き刺さりはしたものの、闇統べる王には届いていない。
 術式介入が止んだ事。ラグナロクを圧倒する広域魔法を撃ってから攻撃を行わずに防御のみしている事から彼女は広域魔法に集中している。それは、闇統べる王を倒せば広域魔法を止めれるかも知れない可能性があった。
 しかし、それには少なくとも彼女に致命傷となる一撃を与えなければ意味が無い。
「いいえ、まだです!」
 リインが大声を張り上げながら突進してきた。自分自身の全身に魔力付与による身体強化を掛けながら氷柱を撃ちまくる。
 常に放たれる氷柱の雨にシールドを展開し続けるしか無い。――杖を突き刺したままのシールドで。
 リインはその小さな体で、杖の下部、石突の部分に体当たりした。
「ぐっ……」
 飛行による加速と身体強化。それにより、シールドに食い込んだ杖が闇統べる王に突き刺さった。
 彼女の胸に突き刺さった杖の末端に手を置き、リインが魔力を流し込む。元より半壊していたデバイス。そこに魔力を流せば当然流れた魔力は内部の回路を滅茶苦茶に奔り、暴走する。
 その結果、シュベルトクロイツは闇統べる王を貫いたまま魔力爆発を起こす。
「ああああッ!」
 内部からの爆発に闇統べる王が揺らぐ。シールドが消え、遅れて振ってくる氷柱の前へ晒しだしてしまう。
 更には、意識が一瞬途切れかけた事により、広域魔法の維持が出来なくなった。
 超圧縮により塗り固まっていた魔力が霧散する。それだけでも十分な威力発揮する魔力爆発だが、貫通性を持ったはやてのラグナロクはその爆発を貫き、中を突き進み、闇統べる王へと直進する。
「――フ…………」
 胸に穴が空き、大魔法の砲撃がすぐ目の前にまで迫っているにも関わらず、ロード・ディアーチェは人を見下した表情を崩さずに笑い――そして砲撃魔法の光に包まれた。





 ~後書き&補足~

 なのはやフェイトと違ってオリジナル魔法が浮かばなかったはやて。
 ただ単純に何々の魔法の威力が上がった、程度なら簡単なんですけどね……。

 デバイス無しでも魔法は使えるそうです。なら、魔法の処理とか人が脳でしてるって事ですよね。本文では衝突覚悟で無理やり大魔力を高速運用・並列処理させましたが、そんな事すれば脳とかどうなるんでしょうか……。



[21709] 四十二話 クリミナル・パーティー(Ⅶ) 風雷刃滅
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:8c55ad42
Date: 2011/04/12 19:57
 アルハザードの移動要塞。それはプリシア・テスタロッサが所持していた移動庭園のデータを元に作られ、次元航行機能をも持つ都市だ。
 庭園の名にふさわしい緑豊かな表層。そのほとんどが人工植物とは言え色とりどりな花が咲き乱れ、その景色に溶け込むように奥に見える白く質素な建造物群。楽園を絵にしたようなその光景は幻想的であり、事実幻想の存在が花畑の中にいた。
 背に白い翼を生やした防衛プログラムの断片。天使が隊列を組んで立っている。最上位ユニットのマテリアル三人、または召喚ユニットからの転送を待っているのだ。時にはその翼を羽ばたかせて直接地上に降りる群れもある。
 猛る炎と立ち上る黒煙の地上と比べれば幻想が存在する移動庭園は確かに楽園に見える。だが、その内部は非合法な研究や人体実験など当然のように行われていた。
 アルハザードの庭園には天国と地獄が内在している。
 その内部を駆け抜ける集団がいた。
「お、らァッ!」
 ジェットエッジの歯車型のスピナーを回転させながら、ノーヴェが天使の一体を跳び蹴りで蹴り飛ばした。障壁が壊れ、後ろにいた他の天使達を巻き添えに後方へ転がっていく。そして、ノーヴェの後ろから光線がいくつもが発射されて天使達が貫かれていく。
 塵となって消えゆくものや、障壁で守られながらも爆風で動きを制限された天使達を横切り庭園内部を走る。
 先頭をローラーブレードで走っているのはノーヴェだ。その僅か後ろをウェンディがライディングボートに乗って随行し、二人の後ろを青いカラーリングのジープが付いていく。そのジープの横にはゼストが併走しながら飛行している。
 ジープの後部座席にはチンクとセインが、助手席には大型拳銃を持ったルーテシアが、そして運転席には白衣姿のスカリエッティが座っていた。
「はっはっは、こういうアナログなものも操縦もやってみると楽しいものだね」
 言いながらハンドルを切り、ブレーキペダルを踏む。
 進行方向には曲がり角があった。ノーヴェは三角飛びで難なく曲がり、ウェンディは敢えて壁にライディングボートをぶつけてノーヴェの後に続く。ジープはと言うと、タイヤが床を擦る耳障りな音を立ててドリフトして見事に曲がりきった。ゴムの焦げる臭いがした。
「セイン、次はどこ行けばいいんだよ」
 ノーヴェが後ろを振り返る。
「あー、もう。ちょっと待ってよ。ルーテシアお嬢様はどう思う?」
 庭園内部をマッピングをしていたセインが助手席に身を乗り出して今まで通った通路や部屋の構造から算出した予想図をルーテシアに見せる。
「たぶん……ここと、ここが研究セクション。動力炉は……ここかな?」
「だよねぇ。ドクター、このまま真っ直ぐに行けば多分魔導炉近くに着くと思うよ」
「順調だね。なら、先に魔導炉を確保してから……」
「ドクター、前から来たっスよ!」
 ウェンディの言う通り、廊下の奥から天使が一体現れた。その腕は砲身と化しており、銃口から光が漏れる。
「やっべ」
「二人とも戻れ。セイン」
「はいよ」
 先頭を走っていたノーヴェとウェンディがチンクの指示により後ろへと跳び退き、ジープのボンネットや端に捕まる。横を併走していたゼストもドアを掴んだ。
「IS――ディープダイバー!」
 セインの掛け声と共にジープの真下に幾何学的な円形の模様が現れ、直後に天使からの砲撃が来た。
 腕の砲からジープへと放たれた熱線は廊下を隙間無く埋め尽くしながら向かって来る。だが、スカリエッテイが壁に向かってハンドルをきり、ディープダイバーの影響を受けて車体が壁に潜り込みながら天使の砲撃を避けて壁の中を走る。
「やはりそう簡単にはいかないようだ。やはりここは予定通りに三手に分かれよう」
「戦力を分散させる事になりますが、いいのですか? それにドクターの身に何かあれば……」
「大丈夫さ。ノーヴェやウェンディがいる。私の事は気にせず君はセインと一緒に魔導炉に行ってくれたまえ」
「……わかりました」
「大丈夫だってチンク姉。伊達にトーレ姉から鍛えられてなねぇって」
「そうっス。ドクターはちゃんとあたしらが守るっスよ」
「そうだな。なら頼んだぞ二人とも」
 妹達の言葉にチンクは頷き、後部座席から立ち上がった。同時にジープが壁の中から飛び出す。
「それじゃあ、行こうかチンク姉」
「ああ」
 セインがチンクを抱え、ジープから跳び出す。二人は百キロ近い速度を出す車から床へと着地、どころかそのまま床の中へと沈んでいく。
「……ドクター。私達も行くね」
「ああ、ルーテシア。君の母のレリックが見つかるよう頑張るといい。怪我の無いようにね」
「ありがとう、ドクター」
 ルーテシアの側に召喚用魔法陣が浮かびあがり、ガリューが召喚される。
 ガリューはルーテシアを抱きかかえて飛行し、ジープから離れ、分かれ道でジープとは反対方向へと飛び去っていく。
「………………」
 同様にゼストもジープから離れてガリューに付いていく。
 ルーテシアとゼストはレリック目当てでスカリエッティ達に付いてきた。移動庭園内の大まかな構造さえ分かれば無理にスカリエッティについて行かなくとも独力で施設内をレリック探して歩き回る事ぐらい可能だ。
 レリック反応は多数有り、一部は魔導炉と何かの装置に使われているのか活動が活発だが、他は研究対象して保管されているようで複数がまとめられて各所に散らばっている。
「ドクター、あたしらはどこ向かってるんだっけ?」
「バカっスねぇノーヴェは」
「んだとっ」
 ジープから降りて自ら走るノーヴェと飛行するウェンディ。
「我々はもちろん、彼の所さ。元より誘導されていた節があるからね。すんなりたどり着けるだろう」
「それって明らかに罠っスよね」
「それでも行くのさ。罠があったとしても粉砕し突き進めばいい。頼りにしてるよ、二人とも」
「うぇー、プレッシャーがのし掛かってくるっス」
「要は全部ぶっ壊しゃあいいんだろ。簡単じゃねえか」
「いいっスよねぇ、単純バカは。羨ましいっス」
「やっぱ喧嘩売ってんだろテメェ」
「ははは、二人とも仲良く頼むよ」



 臨海第八空港から東南、移動要塞からは北西西の空。雲よりも更に上空。
 地上からの炎の赤さえも届かない、星空しか見えない程高い場所。
 誰もいない筈の雲の上で星以外の光が輝き、大気が震えた。断続的に起きる刃物と刃物がぶつかり合う音と閃光、遅れてやってくる音。
 空では、人には視認できない速さの高速機動戦が行われている。
 青の魔力刃と紫のエネルギー刃が交わり十字となり、せめぎ合う。鍔迫り合いの中、火花が散って互いの顔が照らされる。
「仲間を帰しちゃったのは失敗なんじゃないの?」
 雷光の襲撃者はフェイトの真・ソニックフォームに酷似した格好をしており、手に持つデバイスから伸びる魔力刃も大剣から片手剣へと変わっている。
「私一人で十分だ。妹には妹の役割がある」
 トーレは手足から伸びるインパルスブレードで魔力刃を防いでいる。
 雷光の襲撃者は最初に天使達を壊滅させられ、トゥーレは一緒にいたセッテを遊撃に戻している。一対一の戦いは両者とも譲る気は無く、延々と続いていた。
「――フッ!」
 鍔迫り合いの最中、トーレの前蹴りが放たれる。
 雷光の襲撃者は魔力刃を支えに上へ飛び、縦に回転し一度インパルスブレードから放した刃を再び振り下ろす。
 トーレが前蹴りした格好のまま突然後ろへと急速移動した。
 後ろから誰かが引っ張っているのか、前面にバーニアでも付けているかのような動きだ。
 そのまま後方に飛びながら反転し、トーレは雷光の襲撃者から距離を取りながらより高みへと上昇する。
 当然彼女は後を追うが、上昇していた筈のトーレが一瞬停止し、見せていた背中からバク転するように身を翻す。
 すぐ後ろにまで来ていた雷光の襲撃者に上下逆の状態から蹴り上げる。当然足首からエネルギー刃が伸びており、先端は彼女に向けられている。
 魔力刃を盾代わりに受け止められる。それを足場にトーレは雷光の襲撃者の上へ跳んだ。マテリアルは振り向きながら魔力刃を振り上げるが、トーレは後ろへ跳んだ態勢からいきなり急降下し、剣が届くよりも早く雷光の襲撃者を蹴り飛ばした。
 慣性の法則を無視したトーレの機動に雷光の襲撃者は腹部に蹴りを受けて雲の中へ突っ込んでいく。
 ナンバーズの三番目、トーレ。彼女の、慣性を無視した動きは体の頑丈さにものを言わせ、特定の間接部を無理矢理動かす事で可能にしている。
 普通ならば人よりも頑丈な戦闘機人と言えど体にかかる負担は大きい。しかし、空中での高速近接戦闘を主とした彼女の体は格闘型である事とISによる加速の為に、元から頑強に作られ更には弟のトゥーレの基礎構造を参考により屈強となっている。
 追い打ちをかける為に雷光の襲撃者を追って雲の中へと飛び込む。
「うあああぁっ、もう、あったまキタ!」
 直後、紫電の光と共に高速直射型射撃魔法が放たれた。
 機関銃のように連射して放たれる魔法は回避機動を取るトーレを追って照準を移動させる。
 急停止、急旋回を駆使しながらトーレは射撃魔法を全て回避する。
「このッ!」
 怒声の一声と同時に雷光の襲撃者が魔力刃を横一線に振る。剣の軌跡を辿って魔力刃が生成され、高速回転しながらトーレ向かって放たれる。それを二度、三度繰り返し四つの刃がトーレを追う。
 高速弾と追尾してくる魔力刃。トーレは高速弾をかわしながら回転する魔力刃を両手首からのエネルギー刃で逆に切り裂く。
 雷光の襲撃者は魔法に対処しながら接近してくるトーレから逃げるように飛びつつ魔法で大気を操る。
 途端に、雲の上でいくつも竜巻が発生した。吹き荒れる強風に乗るようにして術者は竜巻を中心に旋回、全身を帯電させながら高密度に圧縮された魔力刃を伸ばす剣を前に構え、追ってきたトーレに向かって突進する。
 竜巻による突風に乗っての最大加速。高速戦闘に特化したマテリアルである雷光の襲撃者、レヴィ・ザ・スラッシャーの速度は通常飛行でも人の眼には追えず、全力を出せば視認すらも叶わない。
 雷電を纏っている為に光輝く彼女は、もしこの戦いを見る者がいれば閃光が奔ったようにしか見えないだろう。
 ならば閃光を捉えたトーレは何に見えるのか。
「――え」
 トーレの胴を貫くと思われた刃は空を切り、気づけば彼女はレヴィの真横にいた。
 後ろへ引き伸ばされた彼女の腕を視認し、回避しようと身を捻るが――遅い。
 大気が爆発し、雲の一部が掻き消えた。
 顔面に拳を受けたレヴィは真横に吹っ飛び、進路上の雲に大きな穴を空ける。
 トーレはレヴィの体に触れた事で右手に電流による痺れを感じたが、強く握りしめて痺れを忘れる。
「くっ……」
 レヴィは飛行魔法で勢いを殺しながら、空中で踏ん張り急停止する。
「――どうして」
 どうやってあの戦闘機人は自分を捉えたのか。そんな疑問を抱きながら自分が殴られた方向へ、殴られた頬を手の甲で拭いながら振り返る。
 すぐ傍にまでトーレが近づいていた。
「その程度の速さ、見慣れている」
 レヴィは反射的に剣を振り上げるが、トーレは左足を剣の前に出し、足首のエネルギー刃二枚で挟み込むように受け止める。剣は微動だにしなくなる。
 そしてトーレの拳が真っ直ぐに放たれた。
 レヴィはシールドを展開し彼女の拳を受け止める。大きく振動しながらもシールドはトーレの拳に耐える。
 トーレは二撃目を拳ではなくエネルギー刃に切り替え、突き立てる。レヴィのシールドを突き破ったエネルギー刃を力任せに下ろしながらシールドを裂いた。
 裂いたそばからトーレはエネルギー刃を返し、レヴィに向けて振り上げる。
 レヴィはデバイスから魔力刃を解除させ、後退する事でトーレの攻撃を避けた。
 前進しながら新しい魔力刃を生成し剣を振るがトーレは横へ急速移動する。レヴィはそれを追うが、トーレの鋭角的な旋回によって一瞬姿を見失いかける。とっさに剣で真上からのエネルギー刃付きの踵落としを受け止める。
「く、う……僕の方が速いのに、どうして……」
 レヴィとトーレではレヴィの方がスピードを上回っている。それなのに常に後手に回ってしまう。
「確かにお前の方が速いが、さっきも言ったように私はその程度見慣れている。速度があるだけでは私は倒せん。私の弟はもっと出鱈目だぞ?」
 異常な速度と機動性を持つナンバーズの十三番、トゥーレ。彼に届こうと、追い付こうと、傍から見れば無理な事にトーレは日々挑戦し続けていた。高速機動による格闘戦を主とする彼女は速さで敵を翻弄する術を学ぶと同時に自分よりも速い相手と戦う事を学んでいた。それを今更飛行速度で勝る程度で、鋭角機動も出来ない敵を見失うという事はあり得ない。
 最高速度はレヴィが上だが、トップスピードにまで行く時間と旋回能力はトーレの方が上だ。単純な速度の勝負ならレヴィが勝つだろうが、これは戦闘であり、互いに逃げの手を打たない。互いに相手が倒れるまで引くつもりなどない。
 トーレはレヴィの剣を踵落としした足で蹴りバク転するように大きく跳び退いたかと思えば、空気を足場にしているかのように再びレヴィに急接近。
 さすがにトーレの出鱈目な機動に慣れてきたのかレヴィは驚きもせずに自ら前に出て剣を構え、すれ違いざまにトーレの銅を狙うがエネルギー刃で受け流される。
 二人はすれ違うと高速飛行しながら速度を出して旋回、互いにぶつかり合うコースを飛ぶ。
 再び二人の刃同士がぶつかり、離れる。
 空での剣戟舞踏は一撃離脱、飛行による加速を乗せてのヒットアンドウェイ。二つの影が交わる度に閃光が生まれる。
「くっ……」
 肩を切られ、レヴィの顔が歪む。
「あっ!?」
 その僅かな硬直の間にトーレは後ろからレヴィの足首を掴んで引っ張った。そして、引き寄せられた彼女の胸部をエネルギー刃で突き刺す。
「ぐあっ! ――っああぁ!」
 刃が刺さりながらもレヴィが全身から放電する。
「チッ」
 エネルギー刃を抜きながらトーレは高速で後方へと飛んだ。刃を抜かれたレヴィの胸部から純魔力の粒子が血のように漏れ、中空で霧のように消えていく。
 全身に電流による痺れを感じながら、トーレは自分の勝ちだと思った。元から負けるなどと考えていなかったが、今までの戦いで自分が優位だと確信した。
 同じ高速機動型。レヴィの方が速く、遠距離を含む攻撃が多彩だ。それだけ言えばレヴィの方が有利ではあるが、トーレもレヴィに届かなくとも速く、鋭角機動を行いレヴィが使う射撃魔法では追いつけない。更には自分よりも格上、しかもスピードにおいて上の者との戦いによる経験がある。それだけでもトーレはレヴィよりも優位に立てた。
 だが、彼女は油断せずに構えを取る。
 胸部への刺し傷、本来なら致命傷だがレヴィは人では無い。現に彼女は疲労が激しいながらも生きている。
 手負いの獣ほど厄介なものはない、とトーレは警戒しながら容赦なくレヴィ向かって止めを差そうと飛ぶ。
「――うああああぁぁッ!!」
 レヴィを中心に巨大な竜巻が発生する。
「僕は襲撃者! 一方的に蹂躙する事はあってもされる事はない! あってはならないんだ!」
「悪いがそれは私も同じでな。何より、弟や妹達にばかり苦労させては姉としての面目が立たん。その首級、貰うぞ」
「やってみろォッ!!」
 眼下の雲を突き破っていた竜巻が急速に萎み出し、同時にレヴィの体から、電流が迸しりながら竜巻にまとわりつく。
「させん!」
 その様子を見てトーレは急ぐ。レヴィが何かしようとしているのは明白。ならば、その前に撃墜する。
 帯電し、風を纏うレヴィの体に異変が起きた。露出した手足に電子機器の回路のような黄色の紋様が浮かび上がる。全身に浮かんだ紋様から黄色の輝きと共にそこから激しい雷電が起きた。
「エミュレータ起動。モード『パラダイスロスト』より、『ラファエル』実行!」
「――ッ」
 あと一歩で届くところを、トーレは急に横飛びした。その直感が己の命を救った。
「がぁっ」
 突然横から衝撃を受け、想定以上に横方向へと体が吹っ飛ぶ。遅れてやってきた空気が爆発した音が耳に届く。
 全身に受けた衝撃波と雷撃、そして右腕から伝わる熱を認識しながらトーレはレヴィから意識は離さずに飛び続ける。
 レヴィは先程の紋様以外の変化と言えば萎んだ竜巻が球体に近い形で彼女の体に纏わりつき、竜巻の中では電流が走っている。トーレの体を吹っ飛ばし痺れさせたのはそれが原因だろう。だが、それだけでは無い。トーレは竜巻の中に電流以外のものが光るのを見た。
 それは刃だ。数え切れない程の数の、魔力により生成されたガラスのように細く小く薄い魔力刃がレヴィを中心に竜巻の中で高速で旋回し、電流の光を反射し輝く。
 トーレの右腕はその刃によって縦に三分の一近く削ぎ落とされ、傷口は電流によって焼き爛れていた。
 風から発生する衝撃、魔力変換による雷撃、そして幾枚もの魔力刃。三種の攻撃が混じった凶悪な暴風の塊となったレヴィが先の速度を超えたスピードで空を翔ける。
 正面から直撃を受ければ瞬く間にミキサーに入れられた果物のように切り刻まれ、電撃に焼かれて蒸発し、残った滓は風で散り散りにされるだろう。
 回避しようにも、レヴィは未だ加速をし続けている。更に速度を上げる気だ。例え何とか避けられたしてもそう長くは続くまい。それに、横飛びで完全に避けた筈でもトーレの右腕は無惨なことになっている。
 そうこう考えている内にもレヴィが突進してくる。
「くっ」
 回避しようとしてもレヴィの目は彼女の動きをしっかりと捉えている。防御も凝縮した弾丸と化したレヴィは例え収束砲を受けたとしても正面から敵を貫くだろう。
 ならば――
「はああぁぁッ!!」
 トーレは最大加速で真正面から突進してくるレヴィに向かって飛んだ。
 音を置き去りに、衝撃波を後ろに、抉られた右腕を引き絞る。
 自殺行為だ。しかし、レヴィはそれに驚きも躊躇もしなかった。嵐のようにやって来てはその場にあるものを見境無く破壊し跡形も残さない襲撃者である彼女は、愚直なまでに攻撃の一辺倒だ。相手が何をしようと自慢の速さと攻撃力で突っ込む。
「はあッ!」
「フッ!」
 暴風を纏ったレヴィが片刃剣を振り下ろし、トーレは右腕による突きを放つ。
 両者の攻撃が激突する。
 レヴィの纏う暴風が血で真っ赤に染まり、直ぐに電気の熱で赤い霧となって蒸発する。剣を握る手には肉を切る手応えが返ってくる。
 レヴィは攻撃を受けていない。彼女は残酷な風によって守られているのだから当然だ。
 だが、蒸発した血が消えた風の中にレヴィは異物を見る。
 鳥の鷲爪のような黒い影。それが風の中で電流と刃による火花を散らしながら真っ直ぐにレヴィ向かって伸びてくる。
「いぃっ!?」
 鷲爪。それは鋼鉄の手だった。電気と刃が渦巻く風の中、焼かれ、切り裂かれて露になった基礎フレームである鋼鉄の腕。
 損傷に加え暴風の猛威に指が二本折れ曲がり、猛禽類の爪のようになっている。
 その爪が、レヴィの肩を掴んだ。
 右腕による突きは攻撃では無い。暴風を纏い姿がおぼろげになったレヴィを捉える為の、必殺の一撃を加える為の布石でしかなかった。
「そんな事でぇ!」
 勢いの増す風はトーレの鋼鉄の腕に悲鳴を上げさせ、魔力刃が雨のように突き刺さり、電流は腕から伝わり彼女の全身を焼く。レヴィの片刃はトーレの肩に食い込みながら同時に体内へ電流を流している。その深さは基礎フレームにまで達し、電流の熱で血は沸騰している。
 しかしそれでもトーレは離さない。動きを止めない。圧力で、斬撃で、電撃で屈する程トーレは脆くは無い。戦闘機人であるナンバーズの中で最も高い肉体強度にものを言わせてレヴィの肩を強く握り締め固定する。女性にしては長身な身であるトーレはそのリーチ差で右腕以外は嵐の圏外だ。無事な左手の指を真っ直ぐに伸ばし、インパルスブレードの羽で包み、まるで槍のように構える。
 レヴィが魔力刃を放棄し反撃するよりも速くトーレの一撃が放たれる。
 全身の駆動系を回転。間接の回転を身を捻りながら螺旋を描くように左腕へ伝わらせ、螺旋を槍の穂先である指先一点に集中させた。
 閃光のように走る槍は、レヴィの嵐をも貫いて彼女の、先の戦いで刺し貫かれ亀裂の入った胸を貫いた。
「が、ぁ……」
「終わりだ」
 レヴィを貫き、体内へ侵入した左手首からインパルスブレードが羽ばたく。
「ああああああぁぁッ!!」
 絶叫を上げながら、レヴィは胸から上下に引き裂かれた。
 あれほど吹き荒れていた竜巻が消え、二つに分かれたレヴィの身体が落下すると同時に魔力刃も電流も消える。
「そんな……」
 落下しながら、レヴィの身体が切られた箇所から塵となって消えていく。彼女は実体化した魔力によって構成されていたプログラム。致命的な傷を負えば魔力の結合が弱まり、大気中に散って消え去るのみだ。
「……次は、次は負けないからな! また会ったら覚えてろ!」
 子供染みた捨て台詞を最後にレヴィの身体は完全に塵となって消えた。
「………………」
 その様を、トーレは黙って見下ろしていた。
 彼女の右腕は悲惨な有様だった。肩からむき出しになった骨子である基礎フレームは鉄屑同然。指は折れ曲がり、魔力刃に切られた箇所から火花が散っている。左腕もレヴィの竜巻に突っ込んだだけあり、右腕程では無いにしても皮膚が焼け、肉が裂けている。
 そんなだらりと垂れ下がった両腕の負傷を意に介さず、トーレは眉を顰めた。
「次、だと? ……そういう事か。面倒な」
 小さく舌打ちし、彼女は自らの姉と連絡を取る為に応急手当もせずに通信用モニターを開いた。

 

 移動庭園の最深部前で、スカリエッティが運転するジープが爆発した。
「ありがとう、ウェンディ」
「どういたしましてっス」
 爆発の直前に、ウェンディがライディングボートでスカリエッティを回収し爆発から逃れていた。
「やれやれ、もう少しだったんだが……」
 ボートから下り、スカリエッティが後ろを振り返った先には分厚い両開きの扉があった。鋼鉄の扉は如何にも何かを守っていると言わんばかりの重厚さだ。
「君が番人というわけかい?」
 扉から目を離して前に向き直るとこちら側に背中を見せて正面に構えているノーヴェがいる。その視線の先には、ジープを破壊したフィーアが立っていた。
 彼女は走行するジープに跳び移り、ボンネットごとエンジンを殴り壊したのだ。
「………………」
 ノーヴェが今にも飛びかかりそうなのに対し、フィーアはローラーブレードで床を滑りながら観察するように左右へ繰り返し移動している。
 その時、スカリエッティの背後にあった鋼鉄の扉が何の前触れも無しに開き始めた。
「……ふむ」
 スカリエッティは、何も言わずただ機械的に観察するようにノーヴェとウェンディを見つめるフィーアを一度見てから、きびすを返して開いた扉の向こうへと歩き始める。
「ここは任せたよ、二人とも」
「ドクター!? 一人じゃ危ないっスよ!」
「向こうは私と二人っきりで会いたいらしい。せっかくの招待なのだから受けないとね。それに、彼女は私以外を行かせるつもりは無いようだ」
 返事をしたわけではあるまいが、左右に移動していただけだったフィーアがゆっくりと前進し始めた。
「へん、上等」
「いやいや、ここでドクター一人に行かせて何かあったらトーレ姉に怒られるっスよ」
「そうなる前にこいつぶっ倒して追いつけばいいんだよ」
「うわっ、めちゃ脳筋っス」
「うるせぇ」
「それじゃあ頼んだよ、ノーヴェ、ウェンディ。君達なら勝てるさ」
 そう言って、スカリエッティは扉の奥へと消えていった。彼を飲み込んだ扉が閉まっていく。
「……行きます」
 ゆっくりと前進していたフィーアが突如、二人向かって加速しながら構える。その両腕は振動破砕のISによる超振動を起こしている。
「うわっ、向こうはメチャクチャやる気っス」
「粉砕します」
 フィーアの言葉にノーヴェも構え、啖呵をきる。
「蹴り飛ばす!」
「しょうがないっスねぇ、ぶっ放すっスよ!」

 そこは、何も無い白一面の部屋だった。壁も床も天井も出入り口も全てが白。単一色に染められたその空間は広く感じられると同時に奇妙な圧迫感があった。
「やあ、待っていたよ」
 部屋の中央に設置された、これまた白色の椅子に別の色があった。
「さあ、そこに掛けたまえ」
 紫色の髪、金色の瞳、スカリエッティよりも若いという所を除けば瓜二つの男が椅子に座っていた。
 スカリエッティは薄い笑みを浮かべ、男の正面にある椅子に座った。
「初めまして、でいいですか?」
「いいや、君が培養槽に入っていた時に顔を合わせているさ」
「ならば、感動の親子の再会と言っていいのかな」
「ああ、そうだ。創造主と被創造物で言うなら我らは親子と言える。遺伝情報では色々イジったはしたが、君は私のクローンでもある」
「フフッ、なるほど。ならば最初に一つどうしても聞きたい事があるのだが、よろしいかな?」
「ああ、せっかく父と再会できたのだ。聞きたい事は山ほどあるだろう。言ってみるといい」
「……私が生まれた時から抱いていた夢、生命操作技術の完成。その為の楽園。その願いは貴方から授かったものなのですか?」
 無限の欲望が、原初の欲望へと問いかけた。





 ~後書き&雑談~
 普段より遅くなって申し訳ないです。
 家引越したらネットに繋がるのが四月中旬とか言われて陸の孤島を実感しました。ちなみに人間ネットが無いと早寝早起きになる事を発見。今はネカフェ投稿。

 なのは達のドンチャンが終了し、ようやくナンバーズ達の戦闘でした。
 それと、本文書き終わって気付いたんですが、なのはSTSでナンバーズが機動六課に負けたのは、きっと必殺技が無かったからだと思います。



[21709] 四十三話 クリミナル・パーティー(Ⅷ) 移動庭園での死闘
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/05/15 16:38


「君の渇望、その欲。ああ、確かに私から生じ、君へ植え付けたものだ」
 どこまでも続いていそうな白い部屋で、二人の男が向かい合って座っていた。
 スカリエッティと瓜二つの顔、しかも彼よりも若い顔で自らアルハザードと名乗る彼は微笑みを浮かべている。
「私の才の一部を老人達が都合よく運用する為の処置さ。老人達は生命操作技術に固執していた。私ほどの頭脳を望んでいながら、欲多き者より欲深な者を欲していた。それだけの話さ」
 スカリエッティも薄い笑みを浮かべたまま椅子に座り、背もたれに体重を預けて片肘をついている。
「驚いたかな。自分の夢が植え付けられたものに過ぎない事に」
「いいや。そんなものは些細な事。私の願いに対する熱、それがあれば果たすのに十分な理由」
「ならば、どうしてそんな些事をわざわざ聞いたのかな」
「確認したかったのですよ。貴方が私と同じ願いを見ていたのか、そしてそれを未だに持ち続けているのか……。改めて聞きましょうか。貴方は私と志を同じくする者か否か」
「是、としたらどうする」
「聞かずともお分かりですよね?」
「――クッ、クク」
 口元に手を置き、アルハザードは引き付けのような笑いを上げる。
「まるで茶番だな。お互い相手の事を解っていながら敢えて言葉にして遠回りしている。ああ、だが嫌いではない。いいだろう、付き合おうか」
 笑い声を抑え、逆に口の端をより釣り上げ笑みを深くする。
「私にとって生命技術の完成など通過点に過ぎない。だが、当面の目標の一つである事に間違いない。だとすると、先程の問いには是と答えるしかないな」
「なるほど。ならば今この場には同じものを掲げる者が二人いる事になる」
 二人は鏡写しのように同じ姿勢、同じ顔、同じ笑みを浮かべて相手を見つめる。
「そうだ。その通りだ。ふむ……だとすると同じ目的を持つ者同士、協力し合う事も出来る筈だな」
「そうですね」
「私の方が年上だからな。寛大さを持って私から言おう。どうだ、私と手を組まないか?」
 言って、アルハザードが手をスカリエッティ向けて差し伸ばして来た。
「断る」
 それをスカイエッティは無碍もなく拒否した。
「協力? そんな事する訳が無い。それどころか目障りだよ」
 突然アルハザードが座る椅子の下から赤い糸が複数伸び、彼を捕らえようとしているのか絡みついて来る。
「まったくだ」
 同意し頷いた途端、糸の檻がアルハザードを捕らえる寸前になって細切れとなった。彼は指一本動かしていない。ただ、足下には青白い光を放つミッドチルダ式でもベルカ式でも無い魔法陣が浮かんでいる。
「所詮管理局のいいように扱われる駒だと思って破棄せず捨ておいたが、半世紀も経ってまだ生きていたなんて正直驚いている」
「お互い様と言ったところかな。私もまさかオリジナルが消されずに生きている事に驚いているよ。もっとも、どうでもいい事だったので最近まで考えもしていなかったがね」
 スカリエッティの足下にも赤い光を放つ魔法陣が現れていた。
「しかし、こうして生きて目の前にいるのを見るとおかしくなる程、酷く目障りだ。同じものを見、手に入れている点も不愉快だ」
「嫉妬、に近いのか。それとも同属嫌悪を言うべきかな。同じ道を辿っているが故に酷く邪魔だ。ああ、まさかこうして直面するとこれ程まで鬱陶しいとは思わなかった」
「まったく。私の道に立たないでくれるかな? そのように駄馬の如く歩いて貰っては困るのだよ。遥か後方に置き去りにしているとは言え、邪魔だ。道が穢れる。疾く去ね」
「こちらの台詞だとも。老いぼれは大人しくしていればいいものを、そろそろ一線から身を引くべきではないかね。次代に遺産を残すのも、先人の勤めだろう。でないと、鈍亀など踏み潰してしまうよ」
 椅子に座る両者の間に紫電が突如迸った。中心の空間に小さな魔力の衝突が大量に発生する。そして互いが指を動かすと足下からそれぞれ赤と青の糸が伸びる。
 両者へ伸びた糸は色違いの糸によって絡み取られ、同じように寸断される。
 今度は天井や壁から部屋に設置された対侵入者用迎撃システムが起き上がり、その照準をスカリエッティに合わせる。
 一斉に発射される光線。壁とも言える程の光線の一斉射に晒され、スカリエッティの姿が一瞬光によって見えなくなる。
 焼き焦げた臭いと爆煙が部屋を満たした。



 朦朧とした意識の中、烈火の剣精は魔刃の存在を感じ取る。真正古代ベルカの中でも稀少な融合騎である彼女は炎の性質を持っている。根本での本質は違うが、共に炎という形を持つ為か彼女は誰よりもアインの存在を知覚できる。
 彼は珍しくも焦っていると言って良かった。度重なる実験と実施試験によって魂さえも腐らせ蝕む黒炎が深刻なレベルにまで達している。
 肉体をいくら代えようと魂までは代えられない。磨耗しきった命は今夜尽きる。だから彼は焦っていた。同時に、喜悦に満ちていた。もっと多くの命を消したいと、人を根絶やしに、誰も彼も腐らせ燃やしたいと猛り、少ない命を更に燃焼させる。
 これ以上時間を掛ければアインは自滅する。それが怖いと剣精は思う。燃え尽きる寸前の蝋燭の火は一際激しく燃える。同じようにアインが暴発するかもしれない。そうなれば、北部の都市をいくつも滅ぼしてしまう。
 剣精は誰よりもアインの危険性を知っている。だからと言って彼女に何かできるわけでも無い。彼女は囚われの身。己を囲う透明なケースを自力で破壊できるわけでも無く、実験とデータ取りで毎日のように苦痛を受け続ける日々で気力は衰え、感情も希薄になってしまっている。
 アインが暴発した時に対する恐怖はあるが、それだけだ。抵抗しても無意味だと、所詮出来はしないと諦め、彼女は一人で絶望の中に沈みうなだれる。
 その時、奇妙な音が聞こえてきた。直後、破砕音やら銃撃音、爆発の音に虫の羽音が一斉に耳に飛び込んで来る。
 今まで聞いた事の無かった音と気配に、閉じかけていた瞳をうっすらと開け、緩慢な動きで顔を上げる。
 昆虫と目が合った。
「――――え?」
 目が合ったと言っても相手は複眼故にそう表現するのは微妙だが、少なくとも剣精の目の前に虫がいることは確かだ。
 その剣精よりも小さな昆虫は、彼女がいくら抵抗してもヒビ一つ入らなかった強化ガラスを食べていた。凶悪な顎でかじり、亀裂を入れ、前二本の足で外して持ち上げる。そして今度は細かく、凄いスピードで切り取ったガラス片を食べていく。
 さすがに唖然とした烈火の剣精。彼女の目の前でガラスケースが虫に食われ、空いた穴がどんどん広くなっていく。その向こう、ガラスケースの外側でも信じられないものが広がっていた。
 研究室にはガラスケースを食べているものと同種の生物が大量に飛び交い、壁や機材などに文字通りの虫食い穴を残していく。
 虫の来襲でパニックになり、逃げ出そうとする研究員を槍を持った男が柄や石突の部分で彼らを殴り気絶させていく。
 そして、大混乱に陥った研究室の中を場違いな少女が一人歩いていた。視界にすら入っていないのか、飛び回る虫から逃げまどう研究者達を無視し、横倒しになった機材などを器用に避けながらどんどん奥へと進んでいく。
 そして少女は部屋の奥に設置してある金庫のような扉の前に立った。何か重要なものでも保管してあるのか、金庫らしく重圧で堅牢な扉をしている。
 少女は扉にケンカキックをくれてやるが当然そんな事で開くはずがない。少女は何度か蹴りを入れたあと、自分の腰に手を伸ばし、長い後ろ髪に隠れた大型拳銃を取り出して照準を金庫の鍵へと向ける。
 少女の両手でも余るほど無骨で大きな異形の銃から魔力の弾丸が放たれ、鍵が破壊された。
「ひらけーごまー」
 棒読みで言いながら、少女は金庫の扉を開け放ち、その小さな体を突っ込んで金庫の中を漁り始める。
 唖然とする烈火の剣精。何が起きているのか分からない。ただ、事実として、今まで自分を縛っていたものが壊れていく光景が広がっているのは確かだ。
 夢でも幻でも無い。実験を繰り返し淡々とデータを取っていた科学者達は倒れ、実験機器は穴だらけにされ破壊されている。閉じこめていたガラスケースも既に半分以上が食われ、外界の匂いと空気が彼女を包む。
「………………」
 外への道は開けた。あとは手足の拘束のみ。
「……なにしてるの?」
 金庫を破壊した少女が手にスーツケースを持って剣精を見上げている。その後ろには一体いつ現れたのか人型の召還虫が立っており、両手に同様のケースを持っている。
「あ、う……そ、の」
 長い間人と話した事など無く、言葉など忘れてしまったかのように上手く喋れない。何より、一体何を喋ればいいのだろう。
「ん……ああ、そっか」
 何を思ったのか、剣精が喋る前に少女が一つ頷くと、壁を食べていた虫の内数匹が飛んで来る。それを指揮するように少女が手を動かすと、虫達は剣精の自由を奪っていた拘束具を簡単に噛みちぎった。
「ルーテシア、何をしている?」
 そんな時、槍を持った大男が近づいてくる。
 研究室にはもう立っているのは彼らだけで、研究員達は床に倒れていた。
「じんめいきゅうじょ?」
「何故疑問形なのだ」
 少女は、拘束が外れ呆然とする剣精に近づいてハンカチを被せた。
 そして唐突に、遊びに行くかのような気軽さで――
「一緒に来る?」
 と、感情の読めない顔をしながら言った。



「うわっ、バチッてなった! チンク姉、本当にやらなきゃだめぇ? これ本気で怖いって」
「大丈夫だ。姉はセインならきっとやってくれると信じているぞ。なんたって人が楽しみに取っておいたデザートを外観崩さずに中身だけ食べるような奴だからな」
「根に持ってた! てかバレてる!?」
 魔導炉が鎮座する動力室にはナンバーズの五番と六番がいた。彼女達は移動庭園の動力を切ると同時にそのエネルギー源として使われているであろうレリックを奪取するのが目的だ。
「なんだよこの魔導炉。元と全然違うじゃんかぁ」
 セインがモニターに表示される二つの魔導炉の内部構造を見て泣きそうな声になった。左側に表示されているのが目の前にある魔導炉を大まかにスキャンした結果で、右側はプレシア・テスタロッサが所有していた原型の移動庭園に使われていた魔導炉の設計図だった。
 移動庭園が姿を現した時、出撃前にウーノがプレシアの移動庭園の情報を集め突入組に渡していたのだが、参考になるかどうか程度でしか無かった。
「しょうがないなぁ。やっぱりバラすしかないか」
 魔導炉を調べていたセインがぼやくように言った。
「バラせるのか?」
「まあ、なんとか」
 セインは持ってきた爆弾とリールを持って魔導炉に触れる。
「予備電源とか用意してあると思うから、それを起動させてからレリック抜いて……」
 ディープダイバーで潜れば簡単だが、魔力でコーティングされている為潜ることは出来ない。
「なんとかやってみるよ。だからチンク姉、そっち頼んでもいい?」
「ああ。姉に任せろ」
 二人がいるのは移動庭園の心臓部と言える場所だ。当然警備が最も厳しい筈なのだが、警備の者の姿は一切無かった。にも関わらず部屋の中をよく見渡せば、随所に戦闘跡がある。
 部屋の入り口、廊下の方から時折爆発音がし、徐々に近づいてきている。
「そういえば、さっきは何体いたっけ?」
「八十五体だな」
「じゃあ、百体行くかもね」
「いや、どうせなので五百体切りを目指す」
「おー」
 会話しながらお互い背を向き合っている。セインは魔導炉からレリックを回収するための工作を開始し、チンクは部屋の入り口の前に立つ。
 廊下にはおそらく何十という天使達が、セインの罠に引っかかりながらもチンク達のいる部屋へ向かって来ているのだろう。破壊音が確実に近くなっている。
「本当にやれる?」
 軽い雰囲気だが、今二人は籠の中に閉じ込められているのと同じだった。
 何十体もの天使の妨害はあったものの、魔導炉のある部屋にしては警備が薄かった。だが、二人が中に侵入した途端に壁や床、天井までもが結界のような魔力によって保護され、出入り口は一つを除いて封鎖された。そしてその出入り口には天使達が詰め掛けている。
 明らかに魔導炉を餌とした罠であった。しかし、何の仕掛けも施されておらずレリックも納められている魔導炉は餌としては大きすぎる。本当に最重要施設なのかと疑わしくもあるが魔導炉は本物だ。もしかすると相手にとっては魔導炉などどうでもいいと思っているのかも知れない。
「さっきも言っただろう。姉に任せろ、と。それに、殲滅戦は私の得意としているものだ」
 チンクの周囲にいくつものナイフが現れ、宙に浮いた。
 一見すると唯のナイフではあるが、チンクのISランブルデトネイターによって一本一本に凄まじい爆発力を秘めている。その火力は天使の防壁を砕き、天使本体に直接当てれば一撃で塵にする。
 破砕音と共に、扉が破壊された。
 廊下から体中にトラップ用のワイヤーを絡み付かせた巨体の天使がまず現れ、その後ろから人間サイズの天使がいくつも飛び出してくる。
 直後、天使の眼前にナイフが投擲されていた。
 ナイフ内部に込められたエネルギーが爆発し、天使達の体を廊下側へと押しやると同時に障壁を砕いた。そして爆煙の中から新たなナイフが続いて飛び出し、天使の頭部や胸近くの肩に刺さり、再び爆発した。
 爆発の中から後続の天使達が続いて飛び出す。
 仲間の死に躊躇う様子も無い。死を懼れず、頑丈さと数にものを言わせたその行動は正に兵器。
 槍を持った天使の一体が突きを放つ。
 チンクはそれを跳んでかわし、槍の柄を踏み台に大きく跳躍した。その先は入り口から溢れ出た天使の一群の真上だ。
 天使達の視線が一斉に宙を跳ぶチンクへと向いた。
 チンクが背中を見せながら横へ回転し、両腕を大きく振る。シェルコートの袖から小さな鉄球が無数にばら撒かれた。
 金属球は天使の眼前で爆発する。その威力はナイフを使った際と比べると大きく威力は落ちるが、数が数だ。連鎖的に爆発する鉄球は天使の動きを止めるには十分だ。
 閃光と爆発に眼を奪われた天使達が再度上を視認した時、宙にチンクの姿は無く、逆にその姿は床にあった。
 天使達のど真ん中で身を低くした彼女は両手に何本のナイフを構え、投げる。
 今度は天使を滅ぼすには十分な威力を持つ爆発が起きる。だが、そのような至近距離で爆破させればチンク自身も爆発の余波を受けてしまう。
 しかし彼女は未だ爆発が起きている中へと飛び込んでいく。天使達の恐怖を知らない突撃とは違う。シェルコートの防御能力を熟知した上での計算された行動だ。
 小柄な身で天使の懐へと移動し、至近距離からの刺突と宙に浮かせたナイフによる遠距離攻撃。そしてその直後に起きる爆発によって天使達を次々と倒していく。
 天使達をまとめて消し去れば再び密集地へと飛び込んで爆発を起こす。その繰り返しの手際の良さとパターン化しないよう変化を付けた計算された動きは、まるで爆発そのものが意志を持って動く生物のようであった。
 爆発と天使の亡骸を尾にし、チンクは一人で天使達を廊下へと押し返した。
「チンク姉……」
 魔導炉の前でセインが背後を振り返る。
 チンクが優勢に見える戦いだが、それも時間の問題だ。戦闘機人でも体力の限界はある。ナイフや鉄球も有限だ。対して天使は無限かと思われるほど廊下の先から現れる。これではいずれ捌ききれずに窮地に追い込まれるだろう。
「……よし」
 姉を心配しながらも自分は自分のするべき事をしようと、セインは魔導炉に向き直り解体作業へと集中し始めた。



 崖のように切り立った庭園側面。ある一カ所が人間大のサイズ程、前触れもなく崩れた。
 砕かれ、内から外へと四散する岩、それと一緒に外へ飛び出す二人の少女ノーヴェとフィーアが光の道を走りながら戦っていた。
 互いの光の道は蔦のように絡み合いながら内から外、外から空へと昇っていく。その後ろをライディングボードに乗ったウェンディが付いていく。
「――シッ!」
 ノーヴェの蹴りがフィーアに向かって放たれる。
 フィーアはその蹴りを受け止める為か手の甲を向ける。その手が細かい振動を起こした。
「チィッ」
 それを見たノーヴェは舌打ちしながら無理矢理体を捻り、蹴りを自分から外す。自然、体勢を崩す。
 フィーアが体勢を崩した彼女に向かって振動しブレているように見える拳を放って来る。ノーヴェは体勢をそのままに、方向をずらした蹴りの先にエアライナーを小さく発生させ、それを蹴る。その反動を利用してフィーアの振動する拳を避けた。
 無理矢理な回避をしたノーヴェに向かってフィーアが回し蹴りを放とうとするが、ウェンディからの射撃によって阻まれた。
 ウェンディは乗っているライディングボードで射撃を続けながら、足でボードを裏返し持ち手の部分につま先を引っかける。
「ッとォ!」
 表側をフィーアに向けて突進。
 フィーアは肘先でそれを弾き返した。
「うわっ、ととと……」
 怪力によって大きく弾かれたウェンディは器用に空中でバランスを取りながら空中を滑空する。
「何やってんだ、バカ」
 自身の展開したエアライナーで走りながらノーヴェが悪態をつく。
「意外と身体スペック高いっスよ、あいつ。ノーヴェだけじゃ負けるかもしれないっスよ~」
「ああ゛?」
 仕返しと言わんばかりにウェンディのからかうような口調に、ノーヴェが睨みつけた。
「お前だってさっきからバンバン撃ちまくってるけど一発も当ててねえじゃんか」
「小手調べっスよ、小手調べ。単純バカと違ってあたしは頭脳派っスから」
「寝言は寝て言え」
 言い合いながらも二人は庭園表層上空を移動し、フィーアに視線を外さない。フィーアも、逃げるわけではなく一定の距離を保ち始めた二人を無理に追いかける事はせず、警戒するように光の道で旋回している。
「気づいてるっスか? あの振動する接触兵器、手足の先しか使えないみたいっスよ」
「気づいてるっての。それに持続時間もねえ。最長で三秒。連続使用にも五秒以上の間がある」
「多分、自分に掛かる負担も大きいんスよ。無理すればもっと長く出来そうっスけど」
 二人はフィーアのISである振動破砕によって決め手の欠ける戦いを繰り広げていた。触れただけでも絶大な威力を見せる振動破砕は格闘戦を主体とする者にとって危険な能力だ。遠距離からの射撃もフィーアの卓越した運動能力によって回避されている。
 しかし、ナンバーズの二人は不利な形勢ながらも致命的な負傷を避けながら攻略の糸口を見つける為に相手をよく観察し、冷静に対処していた。
「邪魔者もいないし、こっからが本番だ」
 言って、気合いを入れるように自分の手の平に拳を叩きつける。直後、彼女の足下を中心にエアライナーの光の道が四方八方へと虹のように広がり伸びる。
 移動庭園表層で待機していた天使達の数は目に見えて減っていた。庭園への進入者や地上での管理局との戦いに機械兵器が加わり、戦域が広がった事せいだ。
 その為、庭園に立つ三人の戦いを邪魔する者がいない。
「その言い方、まるで働いてない人みたいっス。そして働いたら働いたで大変なことに……」
「お前絶対喧嘩売ってるよな。後でシめるぞ」
 ノーヴェがエアライナーの上をローラーブレードでフィーア向かって疾走する。ウェンディは光の道へ降り、ライディングボート片手にノーヴェとは別の道を走る。
 二人が動いた直後、フィーアも光の道を作り出す。だが、その道はノーヴェの曲線的なものと違い極端に直線的な道だった。光が屈折するかのように鋭角に曲がっている。
 そして何より、攻撃的だった。
「うわっ!」
「わっ、おっと、ととっ!」
 上方へと伸びた複数の道が更に枝分かれし、ナンバーズへと降り注いだ。それはカッターナイフのように薄く鋭く、ノーヴェのエアライナーに突き刺さる。
 二人はなんとか避けきるが、最初の跳び出した勢いが殺がれた。同時にフィーアがノーヴェ向かって加速する。
 ノーヴェとフィーアの間を遮る壁となった、自分で生成した道を砕きながら一瞬にして間合いを詰めた。
 振動破砕を発動させながら壁を破壊したフィーアの拳がノーヴェの眼前に迫る。
「くっ!」
 空気を揺るがして伝わってくる振動に身を震わせながらも、ノーヴェは身をくねらせて回避する。同時に回転の捻りを利用してフィーアへ蹴りでのカウンターを仕掛ける。
 フィーアは脇腹への蹴りを、攻撃した手とは逆の手で振動を起こしながら防御しようとする。
 過去に、軽く触れただけでヴォルケンリッターのデバイスを破壊しその体を吹っ飛ばした振動破砕は攻防一体の凶悪な能力だ。
 このまま蹴りを防がれれば彼女の片足は破壊される。
 だが、ノーヴェの足とフィーアの手が衝突する直前に、蹴りが突然その軌道を変えた。
 膝の間接を動かし伸ばしていた足を一旦曲げ、角度を変えて再び膝を伸ばす事で軌道を変化させたのだ。
 腹部から目標を変えたノーヴェの蹴りはフィーアの手に触れる事なく側頭部に命中する。
「く……っ!?」
 ノーヴェの一撃にフィーアがよろけた瞬間、ウェンディは彼女の背中にライディングボードの砲口を向けて撃った。
 爆風に押され前のめりになった彼女へノーヴェが再び蹴りを、先ほどと同じようなフェイントを混ぜたものを続けざまに放つ。
 振動破砕を持続させずにフィーアがノーヴェの蹴りを受け止める。やはり、振動破砕のISは体への負担が大きいようで、連続使用するにしても一定以上の間を置いている。それでも手足の四箇所で振動破砕を使えるのだ。一つずつ順に使用する事でその間を埋める。
 一撃必殺の能力はあると意識させるだけでも十分な武器になる。だが――
「甘ェッ!」
 左足による振動破砕の蹴りを、ノーヴェは右足でフィーアの太腿を蹴ることで振動している箇所に触れる事無く蹴りを止めた。そして腿を踏み台にノーヴェの膝蹴りがフィーアの顎を直撃した。
「ぐっ……」
 更に、後ろへ仰け反るフィーアの肩を踏んで彼女の背後にまわったノーヴェが蹴りを放つ。
「がはっ」
 背骨を狙った攻撃にフィーアは肺の空気を吐き出し、吹っ飛ばされる。その方向にはエアライナーの上でライディングボートを構えたウェンディがいる。
 二対一とは言え、フィーアはほぼ一方的に攻撃を受けていた。それは彼女が弱いわけでは無い。肉体強度は戦闘機人だけあって頑強であり、フュンフのような特殊な方法で経験を積んでいるわけでは無いが戦闘経験はある程度有り、どんな状況にも対応できる機械のような冷静さを持っている。何より二つ持つISの内の一つはアインに次ぐ必殺の能力だ。それだけ揃っていて何故これほど苦戦してしまうのか。
 侮っていた?いや、違う。同じ戦闘機人であるノーヴェとウェンディをフィーアは見縊りなどしない。
 ならば何故――それは逆に、向こうが普通では無いからだ。
 言動とは裏腹に相手の先手を潰す戦い方も出来るノーヴェ、冷静な計算で牽制と援護射撃を行うウェンディ。近接、遠距離の別々のスタイルを持つ二人のコンビネーションは確かに脅威だが常識の範囲内。予測出来た事だ。問題は、彼女達ナンバーズが振動破砕を恐れてはいない事だった。
 恐怖を感じない戦闘狂、という意味では無い。当然警戒はしてきている。ただ、それによる戦術の幅を縮めてはいないだけだ。
 触れれば破壊する振動破砕。常人であればそれを意識し、必然的に戦術を狭めてしまい、なるべく近づかないよう遠距離主体によって戦おうとする。フィーアはそれを光の道とローラーブレードの機動力を使って接近しながらプレッシャーを与え続ければ良い。それだけで相手は疲労しフィーアは余裕を持って攻撃に当たれる。
 だが、ノーヴェは敢えて接近して、しかも自ら跳び込んで来る。同じクローン元を持つ為似たスタイルになる故しょうがないとは言え、平然と接近して来るのだ。しかも振動破砕を捌くという追加項目はあるが戦術を狭めたりはしない。ウェンディも相方の無謀な攻撃に不安を感じる事無く、逆に彼女なら可能だと信じて援護を行って来る。一見するとどうとでも無い事だが、必殺の振動破砕の前で実際に行うのは別だ。両者とも普通の神経では無い。
 その戦い方も的確だ。まるで、常日頃から必殺の能力を相手に戦ってきたように慣れている。
「くっ……」
 呻き声を漏らした後、強く奥歯を噛み締め、フィーアが腕をそれぞれノーヴェとウェンディに向ける。腕に装着しているデバイスの上部が一部スライドして中から半球状のレンズがせり出した。
 レンズから魔力光弾が散弾銃の如く発射される。
 ノーヴェが横へ大きく跳び退き、ウェンディは盾で光弾を防ぐ。
 防御姿勢に入った事で動きを止めたウェンディに向け、フィーアが光の道を作りながら走った。
「チッ」
 舌打ちと共にノーヴェがそれを追いかける。速度で言えばノーヴェの方が速い。
 フィーアは散弾を撃ち続けながら走っている為、ウェンディはその場に釘付けとなっている。このまま接近されれば振動破砕の餌食となってしまう。
「させっかァ!」
 ノーヴェに先行してエアライナーが伸びる。フィーアの物ほど切断能力があるわけでは無いが、怯ませるには十分だ。
 フィーアは伸びてくるエアライナーを後ろ回し蹴りによって破壊する。その間、ウェンディに撃っていた散弾が止む。
 その隙をついて防御していたウェンディがライディングボートの先端を彼女に向けた。
 武装の砲口にエネルギーが急速に集まり、球状のエネルギー弾となる。
「くらえっス!」
 防御から攻撃へと切り替えた直後にしては大きい、砲撃魔法クラスの威力を持つエネルギーが放たれる。
 ――これで少なくとも動きは鈍らせられるっス。
 戦闘機人の耐久力は知っている。この程度の砲撃では致命傷にはならない事は同じく戦闘機人である彼女らナンバーズは理解出来ていた。最低でも動きを止められる。それだけの威力を持つ砲撃を放った。
 そういう点でウェンディはフィーアを侮っていなかった。ただ、彼女のISはまだまだ過小評価であった。
 フィーアは回し蹴りによる回転を利用してウェンディの方へ向き直ると、眼前に迫る砲撃に対して両手を前に出した。
「リミッター解除」
 言葉と共に両腕から魔力光が輝き、手が振動する。そのままウェンディの砲撃に向かって、掌を向けた状態で両手を突き出す。
 砲撃が受け止められた。
「いぃっ!?」
 両手足限定だった振動破砕。その振動エネルギーが掌から前方の限定された空間、砲撃に向けて放出されている。
「魔力も振動させてるっスか!」
 ただ振動エネルギーを流しているのでは無い。指向性を持った振動の波はその空間に満ちる魔力、そしてフィーアの掌から放出される光にも成らない僅かな魔力そのものも振動させている。
 ウェンディの砲撃は魔力とは別エネルギーによって放出されているが振動する魔力による干渉を受け、エネルギー構成が崩壊する。
 振動エネルギーは砲撃を霞のようにかき消し、振動がウェンディに襲いかかった。
「――マズッ!」
 ライディングボートを前に構えて防御する。
「ああああぁぁッ!」
 だが、盾という遮蔽物などお構いなしに振動はウェンディに襲いかかった。全身が痺れ、基礎フレームが悲鳴を上げる。
 足場のエアライナーが砕け、ウェンディの体が落下する。
「ウェンディ!? テメェーーッ!!」
 ノーヴェがフィーアの背中向かって突進する。
 直後、ノーヴェは振動による攻撃を受けた。
「な――?」
 フィーアの足下には円となって広がる幾何学的な模様のエネルギー制御陣が、ノーヴェの真下、エアライナーの下へと広大に展開されていた。
 背を見せたまま、フィーアの両足が振動する。
 広がった円陣が石を投じられた水面のように波打つ。高速で波打つ円陣はフィーアが発生させる振動を広範囲に衰えさせることなく伝える。
「ガッ、ギ、グッ――」
 円陣の上に位置していたノーヴェは振動波によって動きを止めてしまう。そしてフィーアが後ろへ、ノーヴェへと振り返って円陣を蹴り、ノーヴェへの背後へと跳んだ。
 空中で体勢を変えながら回転し、ノーヴェの脊髄めがけて蹴りを放つ。
「――ァッ」
 悲鳴を上げる間も無くノーヴェが蹴り落とされた。
 足場となって空中に展開されていたエアライナーとフィーアの光の道を砕きながら弾丸の如く庭園表層の地面へ激突する。
 衝撃で押し出された土と草花が宙に舞い、砕かれ無用な物と化した道の欠片が散り、まとまりの無い粒子となって地面に落ちる前に消えていく。



 庭園の中枢近い白い部屋の中で光線による煙が晴れる。
 晴れた煙の中、迎撃システムによって貫かれたかと思われたスカリエッティが姿を現す。
 彼は無傷だった。椅子に座ったままの姿勢で微動だにしていない。椅子の周囲には光線による傷跡が確かに刻まれている。
 迎撃システムが第二射を発射しようとする。だが、システムの一部が突然向きを変えて同じ迎撃システムへ向けいち早く発砲した。
 次々に破壊される迎撃システム。味方を撃ち終えた迎撃システムは、今度は移動庭園の主であるアルハザードに向け銃口を向けた。
 その途端、迎撃システムが自爆した。
「フッ、一部とは言え庭園のシステムを乗っ取るとはやるじゃないか」
 アルハザードが人差し指をスカリエッティに向ける。直後、スカリエッティの右腕に強い衝撃が襲う。
 右肩から先の白衣が破れ、その下から黒い物が覗く。
 スカリエッティの右肩から先が黒い物に覆われており、その上に赤い線が電気回路のように奔り、指先は金属の爪が取り付けられている。
「それが君の研究成果かい?」
「まだまだ試験段階の域だが、貴方を相手にするには十分ですよ」
 装着型のコントローラデバイス。外見はトゥーレの右腕と似通っている。当然だ。そのデバイスはトゥーレの能力を研究し得た成果を元にスカリエッティが作ったものだからだ。ただ違うのは、デバイスだけで無くもっと広義的に、電子機器全般に対して自在に操る事が出来る機能を有している点だ。
 デバイスとしての基本的な機能の他、身体強化、自分の手駒である機械兵器はもちろんアジトの機能を指先一つで自在に操り、相手側のシステムにさえも簡単に侵入できるコントローラデバイス。未完成で有り、相手のプロテクトもあって完全に乗っ取るまでとは行かないが、電子部品を使ったあらゆる機械がスカリエッティの意のままに操れる最悪なデバイスだ。
「十分? それでようやく相手に出来ると言うのによく吼える」
 対してアルハザードはデバイスなど装備していない。庭園が彼のホームグラウンドとは言え、凶悪なデバイスを装備したスカリエッティに対抗できるのはどういう訳か。
「そう言う貴方こそ、ソレを使わないと私に抗えないのでしょう。虚勢はみっともないですよ、御老体」
 アルハザードの足元に展開されている魔法陣はミッドチルダ式でもベルカ式でも無い。スカリエッティも独自の魔方陣だが、アルハザードもそれとは違う魔法陣だ。
 十一の円とそれらを繋ぐ線によって構成された複雑な魔法陣だ。それがスカリエッティのコントローラデバイスへの抑止力にもなっていると同時に水面下で行われている戦いに貢献していた。
 二人はただじっと座っているように見えるが、その実凄まじい頭脳戦が繰り広げられていた。
 システムの掌握権を巡ってのハッキング、それに直接攻撃としての魔法の発動及び相手の魔法への介入。それが両者の間で行われている戦いであった。眼に見える物が全てでは無いと、魔法を撃っては消され、消しては攻撃すると言った詰め将棋のような戦いだ。お互い既に勝利への方程式は完成している。だから噛み合い見た目には何も起きていないように見える。だが、自分が勝ち相手が負けるという式を抱いている以上は、勝者は一人。本当の戦いに二等賞など無く、自分が地に伏せるなど微塵たりとも考えていない両者の戦いは遅かれ早かれ決着が着く。
 それは地上で行われている魔人達の舞踏にも同じ事が言える。



 最早そこは人が立ち入ることのできない地獄だった。
 空港の滑走路は見る影も無くし、残骸が集められて作られた島のような状態だ。更には強烈な酸性の毒により、通常の生物がまともに立っていられない環境となっていた。
 一歩そこへ踏み出せば全身が溶け始め、呼吸などすれば肺を通して内蔵からやられる。
 そんな劣悪な環境下で、生物などいない無機物な空間で戦う三つの影がある。
 黒い右翼を生やすツヴァイ、白い左翼を生やすドライ、そして右腕からギロチンを伸ばしたトゥーレ。
 三者の戦いは常軌を逸している。彼らが空を飛び、常識外れの立体機動を行う度にソニックウェーブが発生した。
 ツヴァイが銃と化した右腕から熱線を放てば地上にクレーターを作る上に周囲の毒の濃度がより濃くなり、ドライは演算能力と魔力量にものを言わせた魔法の絨毯爆撃によって更地を広げ、地表を沈ませていく。
 物騒極まりない両者の攻撃の中、トゥーレは周囲に何の破壊も齎していない。空中を駆け抜け、その右腕のギロチンを二人に向かって振り下ろしているだけだ。ただ、剣呑さで言えば二人の上をいっていた。
「うおっと。ハハッ、今のは危なかった」
 骨まで達していないとは言え、首を切られながらツヴァイは笑った。
 トゥーレの攻撃は断頭の刃を振るだけ。魔法も移動関係のものしか使っていない。二人に比べ、刃を振るだけで派手さは無い。だが、首を刎ねることに特化した三日月型の刃、それに込められた激烈な殺気。どこまでも鋭く重い断頭台の刃は殺意の固まりだ。人では無い、人よりも上位に位置するツヴァイとドライであろうと、あのギロチンに首を刎ねられればそれで終わる。
 ツヴァイの砲身から熱線が放たれるがトゥーレは既にそこにおらず、真上に移動していた。
 首に向かって落とされる刃。しかし、横合いから降り注いだ光弾の雨によってトゥーレが吹っ飛ばされる。同時にツヴァイも光弾の巻き添えを食らう。
 トゥーレはとっさにギロチンを盾にしたものの、必殺の機会を逃してしまった。
 光弾の余波を受けたツヴァイは、穴の空いた体を再生させながら銃口をトゥーレに向け、発砲。西区において地上から地下施設にまで穴を開けた超高熱度の熱線が幾条にも別れ、迫って来る。
 大気を蹴り、衝撃波を後ろにおいてトゥーレは熱線全てを回避した。目標を見失った熱線は地に落ち、破壊の痕を残すと同時に周囲を強力な毒素で汚染する。
 大気中にばらまかれる強酸。それを多重のバリア魔法で遮断しながら、ドライは鬱陶しそうに腕を払い、魔法陣を展開させる。再び光弾が四方八方からトゥーレを襲う。
 それも彼はかわす。数が数なのでかわし切れずに防御したり掠ったりはするが致命傷は一つも無く、ドライに向かって光弾を駆け抜ける。だが、眼前を熱線が通り過ぎた。
 オレを無視するなよ、と言わんばかりにツヴァイが熱線を連射する。
 三人の魔人の戦いは苛烈を極めた。ツヴァイとドライは必殺の一撃を放つ機会を伺いながら牽制程度にしかならない攻撃を行っていく。それでも周囲の被害は甚大で、並の魔導師なら三桁はとうに死んでいるだろう。対して、トゥーレは一撃一撃がまさに致死性の刃。遠距離からの攻撃は出来なくとも圧倒的な加速を持つ彼にとって距離など些細な問題である。
 三人とも、相手の僅かな隙も見逃さまいと瞬き一つせず、繰り返し猛攻をかける。トゥーレが足を止めればツヴァイとドライの二人は一気に畳みかけ、二人のうちどちらかの手が休まれば片方はトゥーレに首を刎ねられる。
 空港の滑走路は最早原型を留めておらず、そこは地獄絵図に等しいと言っていい。
 だが、それでも足りない。まだ遠い。真の地獄は始まってすらいない。





 ~後書き&補足~

 お久しぶりです。一ヶ月以上も放置していました。理由は簡単。遊び呆けたからです。ごめんなさい。
 四月中旬で繋がると思っていたネット回線が業者のサービス精神不足のせいで五月に延び、その間ゲームで時間泥棒されて、ネットが繋がったら繋がったで遊んでました。もう完全に中毒です。

 では、本文の補足説明をしますと、フィーアの振動破砕は無理すれば遠隔・広域攻撃が可能です。自分でもよく分からない理屈で行っているので深い突っ込みは無しでお願いしたいのですが、無理やり理屈つけるなら、振動を魔力を通して伝えてるような物です。なのは本編でスバルが振動拳使ってるからこの位ありかなぁ、と思いまして。
 ノーヴェの足技も強化されています。ガンナックルやジェットエッジはまだ無く、彼女の武装はエアライナーを走る為と足の保護のローラーブレードだけですが、ただ走って跳び蹴りする特攻ヤローから、姉のシゴキのおかげでカンフー映画のような巧みな足技が使えるようになってます。
 スカリエッティのデバイスはなのは本編の終盤でフェイトの剣を受け止めていたアレです。黒基調で赤いライン入っているのって蓮タンの右腕に似てね? とか思ったりしてデバイスの設計背景にトゥーレが関係している事にしました。



[21709] 四十四話 クリミナル・パーティー(Ⅸ) 機人乱舞
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/06/03 19:29
「くっそ、あいつ、やってくれるじゃねえか……」
 移動庭園表層の地面にめり込んだノーヴェは自分の体を起き上がらせながら周囲の状況を確認する。
 そして右方向の少し離れた地面に横たわるウェンディの姿を見つける。
「ウェンディ」
「――――」
「おい、ウェンディ……ウェンディ!」
 立ち上がり、返事をしないウェンディにノーヴェはよろめきながら近づく。
 ウェンディは何も答えなかったが、近づいてくるノーヴェに気付いたのか顔を向けた。
「……ん? ああ。耳やられたみたいで何も聞こえないんスよ。念話で言ってほしいっス」
「………………」
(お前、大丈夫かよ)
「知覚機能がやられたっス。耳は駄目だし目もチカチカするっス」
 振動破砕は精密機械の天敵とも言える。基礎フレームをはじめとした体の半分が機械である彼女ら戦闘機人にとって相性が悪い。
(戦えるか? 戦えないならじっとしてろ。足手まといだしよ)
 上半身を起こしたウェンディのライディングボードは細かいひび割れが全体にも及び、一部が砂のように崩れてしまっている。
「何言ってんスか。視覚は生きてるんだしまだまだやれるっスよ。ライディングボードもトーレ姉やノーヴェにさんざん叩き壊されて、その度に改修されただけあって射撃機能は生きてるっス」
 言って、ウェンディは立ち上がる。全身に渡ってダメージを与える振動波は彼女の体に多大な損傷を与えていたが、直接ぶつけられた訳では無く、間接的な攻撃だった分その威力が拡散されていた。
「そう言うノーヴェはどうなんスか?」
(貧弱なお前と違うっての)
 ノーヴェも同様に振動によるダメージを受けてはいるが、前衛型故か造りが頑強な彼女はウェンディ程負傷していない。
 お互い挑発するように笑みを浮かべ、空を見上げた。フィーアが光の道を作って二人めがけて走ってきている。
「あいつ、仕返しかしんねぇけど背骨狙いやがって――痛ェだろ、ボケッ!」
 ノーヴェがエアライナーを展開させて走り出す。
「耳聞こえなくても分かるっス。きっと口の悪い事言ってるっスね」
 最早、盾として機能を果たさなくなったライディングボードを構え、エアライナーの上では無く地上を小走りに駆け出す。ノーヴェよりも損傷の激しい彼女では遮蔽物の無いエアライナー上では逆に危険だからだ。
「行くぜェ!」
 振動破砕の負傷を感じさせない勢いでノーヴェは突進する。だが、そう見えるだけで全身の基礎フレームが悲鳴を上げているし、ローラーブレードも装甲の隙間から火花を散らし長くは保たない事が明白だ。
「来ますか」
 一方、フィーアは無表情で己へと迫り来るノーヴェを見下ろしながら内心では多少の焦りがあった。
 無傷に見えても彼女の体はノーヴェ達との戦闘によりダメージが蓄積している。それに振動破砕の遠距離、広範囲の攻撃による反動も大きい。体内の振動制御装置が反動を減らしている。それでさえ短い時間しか継続して行えないのに、外へ向けて振動を流せばいくら指向性があろうと反動を受けるのは必然だ。
 出来る事なら先の振動破砕によってノーヴェとウェンディを、少なくとも一人は戦闘不能に追いやりたかったがどうやら相手の耐久力を見謝っていたようだ。二人共まだ動いている。それどころか戦意が上昇している。
 フィーアもローラーを回転させて高速移動し、両腕を伸ばして武装に付いた射撃機能によってノーヴェへ散弾をばら撒く。
 ノーヴェは受ける事はせず、エアライナーによって右へ左へと蛇行しながら避けていき、前進する事を止めない。
 両者の距離が近づきつつある時、ノーヴェが横へと移動した瞬間に背後から弾丸が飛び出す。
 ウェンディからの援護だ。聴覚が使えなくなっても目はまだ生きている。よく喧嘩する仲であり、共に行動する事も多い彼女達の間にこの程度の射撃援護は容易い。
 散弾を撃っていたフィーアはシールドで弾を受け止めるが、視線はノーヴェから外さない。自分を倒す決め手を持っているのが彼女だと分かっているからだ。
 射撃によって起きた煙を振り払い、ノーヴェとフィーアが拳の届く程近くまで近づいた。
「ハァッ!」
「シッ!」
 ノーヴェが蹴りを、フィーアが拳を放つ。
 二人の動きは明らかに先程の戦いよりも落ちていた。
 キレが無く、フィーアを惑わし一方的に攻撃した足技もその速さを失っていた。フィーアも振動破砕を発動させているが、スピードが格段と落ち、威圧感が無い。
 ノーヴェの足とフィーアの拳がぶつかる――かと思われた瞬間、ノーヴェの足は拳の下を通過した。
 ほんの僅かズレれば粉砕されるであろうにも関わらず、ノーヴェは負傷した体で再びギリギリの戦いに身を投じる。
 さすがに慣れたのかフィーアは腕を潜って命中した蹴りに怯む事無く、別の手でISを発動させながら掴みかかる。
 その手を遮るように二人の間にウェンディのエネルギー弾が発射された。下手をすればフィーア共々ノーヴェにも当たる。
 エネルギー弾に当たると思ったフィーアに一瞬の躊躇が生まれる。対してノーヴェはウェンディへの信頼なのか、当たるとは思っていない。思わない。フィーアの躊躇によって出来た隙を突き、彼女の腹を蹴って距離を取ってエアライナーの上を疾走する。
 蹴り飛ばされたフィーアはエネルギー弾を避けながら光の道を作りながら走る。
 二人は空に光の道を作りながら旋回し、互いに相手に向かって突進する。
 フィーアが両手の甲の射撃装置から散弾を撃ち、同時に光の道が足下から何枚にも分離しナンバーズ達へと襲いかかる。
 ウェンディは、スポンジをカッターナイフで切るかのように地上に突き刺さっていく光の道と散弾を転がるように避けながらも応戦する。
 光の道が移動庭園表層に突き刺さる最中、フィーアが立ち止まる。ノーヴェの動きをも止めた、光の道を通す事で放つ振動波を使うつもりだ。
「同じ手に乗るかよッ!」
 ノーヴェが怒鳴ると、今まで走る分までしか生成されていなかったエアライナーが急激に伸び、枝分かれしながらフィーアの造った道へ向かっていく。
 フィーアのように攻撃として調整されている訳でもないエアライナーは逆に触れた箇所から切り裂かれてしまう。だが、オリジナルの先天魔法自体が攻撃用では無い。半ば裂けながらもエアライナーがブレーキとなってフィーアの光の道を食い止めた。
 更にウェンディが既に地面に突き刺さった光の道にエネルギー弾を当て、破壊する。これにより、光の道を介しての振動破砕は届かない。
 フィーアは振動破砕を使うのを止め、突然地上へと降下しながら散弾を撃ちまくる。
「うわっ」
 放たれた散弾を走り抜けてかろうじてかわす。散弾によって土が飛び散り、砂埃が宙を舞う。
「危なかっ――」
(馬鹿、上だッ! 避けろウェンディ!)
 念話からのノーヴェの声に、ウェンディは反射的に前へと転がるようにして跳び出す。直後、真上からフィーアの踵が落ち、寸前までノーヴェがいた地面が割れて破壊される。地面に亀裂は走って周囲に伸びていく。
 散弾に隠れ、フィーアが回り込んでいたのだ。
「このッ」
 ウェンディが乾燥した大地のようにひび割れたライディングボートからエネルギー弾を撃つ。空からもノーヴェが走って来ている。
 同じタイミングで二方向から来る攻撃に対し、フィーアは自分が作った亀裂に足を深々と差し込んだ。そして足を上げた。
 地面がめくり上がった。
 めくれた地面から足を離し、素早くその下に潜り込み、更には持ち上げた。
 亀裂が左右に広がり、光の道によって既に切れ込みが入れられた箇所が亀裂の行き先を誘導し一周する。
 フィーアが完全に持ち上げた時には彼女の体を余裕で隠すほどの大きさの大地だった。
 よく見れば足下から光の道が伸びて地面を支えているとは言え、数トンはありそうな土を一人で持ち上げた事にウェンディが頬を引き攣らせる。
 放たれたエネルギー弾を、持ち上げた大地を斜めにする事で防御する。持ち上げた円形の地面はフィーアの姿を分厚い土は弾を通さず、表面の一部が崩壊した程度でおさまる。
 フィーアは一度腰を屈め、姿勢を低くすると地面を投げる。光の道も使い、押し出すようにして投げられた地面は真っ直ぐにウェンディへと向かっていく。
 ウェンディは後ろへ急いで走るが、振動破砕の影響で全力疾走とは程遠い速さだった。このままでは押し潰されてしまう。
 それを庇うようにしてノーヴェがエアライナーでウェンディの頭上を通過し、落ちてくる大地へと向かっていく。
 破損しかけていたローラーブレードから火花が散る。ノーヴェが走る度に歪んだフレームや留め金がガチャガチャと音を立て、ローラー部分が今にも外れかけていた。
 それでも、構うものかとノーヴェがエアライナーから跳んだ。その拍子にとうとうローラーブレードが壊れ、パーツが空中へとばら撒かれる。
「はああああぁぁぁああぁッ!」
 両足を揃え、乾坤一擲の思いでウェンディに落下する地面を蹴り貫く。
 ナンバーズの中でトップの突撃力を持つノーヴェの蹴りはフィーアが投げた大地を砕く。いくつも岩に分かれ、細かな土が空中に舞う。
「なっ!?」
 破壊された地面のすぐ後ろに、フィーアがいた。
 既に拳を放つ体勢に移っている彼女に対し、ノーヴェは蹴りを放った直後で体が硬直してしまっている。エアライナーもローラーブレードが無くてはその機動力は大幅に減ってしまい、蹴りを行った直後では足場にして跳び避ける事もできない。
「ノーヴェ!」
 ウェンディがノーヴェを助ける為にライディングボートの銃口をフィーアに向けるが、破壊され周囲に散らばる土が邪魔で視界が確保できない上に岩が防波堤となってフィーアを守る形となっていた。
 振動する手を拳にし、放つ。何をどうしてもノーヴェにはそれを防ぐ手だては無く、間接では無く直接振動破砕を受けては破壊は確実だ。
 当たる。誰もがそう思う。だが、ノーヴェの目の前に通信用モニターが突然現れた事で運命が変わる。
 一つだけで無く、複数のモニターが現れる。その画面はノーヴェの方を向かず、全てがフィーアへと向いている。そしてそのモニターにはウェンディの顔が映っていた。
「視えたッ!」
 ライディングボードの銃口が一瞬光った。途端、フィーアの体を一本の光の線が撫でた。
「――え?」
 右脇腹から左肩へと逆袈裟にかけて線が走った場所が赤く染まり、そこから血が噴き出す。
 フィーアとウェンディの間には多数の土と岩があった。それら全てが真っ二つに切られ、その断面が赤熱している。
 ウェンディが撃ったの弾としてでは無く、砲撃とも違う。エネルギーを針ほどの大きさまでに凝縮して発射するレーザーのようなエネルギー攻撃だった。速度と貫通性に優れたそれはいくつもの障害物を越えてフィーアに届いていた。
 圧縮の出力に耐えられなかったのか、それとも振動破砕を受けた後の酷使によるものかライディングボードの射撃機構から火が噴き出してしまうが、フィーアに十分な一撃を与えた。
「――っ、ノーヴェ!」
 爆発の直前に武装を投げ捨てながら、ウェンディが叫ぶ。
 胴体に斜めに入った傷を受けて膝から崩れ落ちるフィーアの目の前で、ノーヴェがエアライナーを足で強く踏みしめていた。
「ブッ壊れろォッ!!」
 水平に放たれたノーヴェの蹴りがフィーアの胸部に当たる。
 エアライナーを足場にして放った蹴りは今までのような振動破砕を気にしたテクニカルな蹴りでは無い。ノーヴェ本来の、敵をその脚力で粉砕する前衛としての強力な蹴りだ。
 爆音かと間違えかねない音が轟き、体が吹っ飛ぶ。
 突風の尾を引きながら庭園の縁を超え、フィーアの体が外へと落下していった。
 彼女は光の道を作ること無くそのまま戦火で照らされる坩堝の中へと落ちていく。そして、炎から昇る黒煙がフィーアを飲み込んだ。
「フゥ……」
 それをエアライナーの上から見届けてから、ノーヴェはようやく一息ついた。同時に歯痒い思いに駆られた。
 自分もウェンディは機能停止寸前まで追い込まれた。二対一でこの様は何とも情けない。
 トーレやチンクなら、トゥーレならばここまで追い込まれる事は無く敵を倒していただろう。その思いがノーヴェに勝利に浸る事を許してくれない。
 そんな事を考えながらウェンディの方へ振り向く。彼女はさすがに疲れたのか庭園表層の芝生の上に座って、草臥れたように愚痴を漏らしていた。
「何やってんだか……」
 呆れながらも彼女の元へノーヴェは走った。

 黒煙の中へと消えたフィーア。失いかける意識の中、視界には炎に包まれた地上があった。このまま落下すれば潰れた焼死体が出来上がるだろう。
 フィーアは頭を振り、必死に意識を取り戻すと光の道を展開させる。
 縦方向に伸びて壁のようになったなり、ローラーブレードを触れさせて壁を走る格好となる。そして落下しながら地上に対し直角だった傾斜を少しずつ傾けさせる。
 地上が迫る中、壁から斜面へと変わっていく光の道。フィーアの状態が落下から走行になり、落下速度がそのまま加速エネルギーとなる。
 とうとう地上と平行になった光の道。真下からは炎が燃え盛っているが、その上を走りながらフィーアは空を見上げる。
 空には自分が落ちた移動庭園がゆっくりと南東に向かって進んでいる。もっと速く飛行できるそれは、まるで地上の人間に見せつけるように敢えて速度を落としている。だが、よくよく見れば下部の方から時折火を噴いている。先程まで庭園で戦っていたフィーアには誰かが、スカリエッティの手の者が内部にいる天使達をものともせずに暴れていると容易に予想できた。
 このままスピードに乗って走れば移動庭園へ直ぐに戻れるだろう。
 ノーヴェの蹴り、そしてウェンディのレーザーによる攻撃のダメージは深刻だ。胸部の負傷は深刻で、気絶せず地上に激突しなかっただけでも奇跡に近い。だが彼女はあの場所へ戻らなければならない。ナンバーズにやられたという憤慨でもアルハザードの身を心配しての考えでもない。
 彼女は庭園の侵入者を排除する番人の役を与えられた機械だ。ならば役目を全うするのは当然であり、動く限りはそれを実行する。そこには意志や気概はない。
 フィーアは光の道をローラーブレードで走り、移動庭園へ向かっていく。
 地上から光の線が道を砕いたのはその時だった。
「ッ!?」
 道から落ちたフィーアは地上に膝をついて着地する。
 伏兵がいた事に驚きを隠せない。彼女のいる場所は既に夜天の書の防衛プログラム、その最上位ユニットのディアーチェが蹂躙し通過した場所だ。天使も管理局もいないはず。
 最前線から離れた場所で、一体誰がフィーアに攻撃を行ったのか。
「まさかこんな所に落ちて来るなんて、嫌な偶然だね」
 フィーア以外の声は上から聞こえた。
 廃墟と化した街。炎に包まれ、見る影も無くしたビルの廃墟の屋上から一人の少女がフィーアを見下ろしていた。
 少女は薄汚れたローブを羽織り、己の身長を越す狙撃砲を担いでいる。
「――フッ」
 少女の姿を視認した瞬間、フィーアはローラーブレードのホイールを回転させ、地面を走り瓦礫を飛び越え、ビルの壁を三角蹴りで駆け昇る。光の道を使っての最短移動では無く、無駄な動きを加えたのは狙撃手を攪乱させる為だ。
 一目で敵と認識、いや、敵対者のリストにあったナンバーズの一人と特徴と一致した故に攻撃を行う。
 首もとに『Ⅹ』と刻まれたプレートを付けたナンバーズ、ディエチの側面へと一息で跳び移る。
 ノーヴェ達との戦闘で体の損傷が激しく、ISの振動破砕を使えば相手よりも先に体が分解しかねない。だが、ISが無くとも敵一人倒す余力は残っている。何より相手は見て明らかに狙撃型だ。接近戦に持ち込めばこちらが圧倒的に優位。
 フィーアが拳を放つ構えを見せた時、狙撃手と目が合っていた。
 ディエチは視線だけを動かし、フィーアの動きについていっていたのだ。
「ぐっ!?」
 次の瞬間、フィーアは狙撃砲の砲身によって殴られていた。
 とっさに肩で受け止め直撃を避けるが、狙撃砲の重量は重い。その質量に負けて体が横に吹っ飛んでフィーアは再び落下の憂き目にあう。しかも、落下中のフィーアをディエチが屋上から飛び降りて追いかけて来た。
 非常識だ。相手のアウトレンジから攻撃する為の狙撃砲。精度を重視するその武器を鈍器として扱うなど、狙撃型が格闘型に対し近接戦闘を挑むなど馬鹿げている。
 光の道で足場を作ろうとするが、ディエチの狙撃砲の方がリーチの差で速い。二度目の打撃にフィーアは為す術も無く地面に叩きつけられ、四回のバウンドの後に何とか四肢を使い止まる。
 顔を上げると、地面に着地したディエチが狙撃砲を槍のようにして構えて既にこちらに突撃していた。
 体を起こして迎撃しようとするが、体が重い。間接が鈍い。手足の先が震えている。
「万全だったなら、私なんか相手にならなかっただろうね。でも、ここは戦場だから」
 眼前に迫る少女の言葉が全てを言い表していた。
 狙撃砲を近接武器として使う変わり種が相手だとしても、所詮は狙撃型。ノーヴェとウェンディから受けた傷がなければ、振動破砕の過剰使用がなければフィーアは狙撃型のディエチなどに近接戦闘でここまで一方的にやられはしなかっただろう。
 だがそれは所詮言い訳であり、常に万全で戦えるわけでは無い。敵が弱ったところを狙うのも戦場では殊更当たり前の事だ。
「がはっ!」
 避けられず背後の壁と砲身に挟まれ、只でさえ致命傷に近い傷を受けていた胸部が修復不可能な域にまで潰される。
 吐血によって砲の先が赤く染まる。
 その様子を、そんな有様にした少女は悲しげに、哀れむように、そして謝罪するかのように物憂げに目を細めている。
「恨みが無いけど……ごめん」
 そう言って、ディエチはISーヘヴィバレルを使用する。イノーメスカノンの砲口から高密度のエネルギーの光が漏れる。
「くッ!」
 迷っている暇など、躊躇している余裕など無かった。フィーアも己のISである振動破砕を使用し、イノーメスカノンを破壊して窮地を脱する他無い。その後は力尽きるかも知れないが、その先に可能性はある。
 窮地の先にこそ、光明は存在しているのだから。
「はあぁっ!」
 振動破砕を使用しイノーメスカノンに触れる。
 が、それは空振った。
「――な?」
 振動する両手が砲身に触れるよりも早くディエチは後ろへと跳躍していた。
 反射による動きでは無く、フィーアの行動を予測していての行動だった。フィーアの間合いの外からディエチは力強い視線を向けると同じく砲口からの射線は一ミリのズレも無い。
 イノーメスカノンの砲口からの光がより鮮烈に輝き、膨大なエネルギーが放出された。
 捨て身だった故に、振動破砕を使ったフィーアは指一つ動かせず、極光に包まれた。
「………………」
 いくつものビルを貫いたエネルギーを止め、ディエチは自分が穿った穴を一瞥すると空を見上げた。
 空には星が輝いている筈だが地上からの黒煙がそれを遮って邪魔をする。特に広大な面積を持つ移動庭園が視界を塞ぐ。
 不快そうにそれを見上げてディエチはビルの屋上に向かって跳んだ。
 彼女はアウトレンジから天使や局員を狙い撃って間引きするのが今回の任務だった。弱っていたとはいえフィーアを相手に彼女が接近戦を挑む理由など無く、戦うにしても最初の一撃のように遠距離から攻撃し続ければ良かったのだ。
 それはナンバーズ内で攻撃的なISを持つ姉妹の中、唯一アウトレンジという矢面に立たない場所に立つ狙撃手のディエチのスタイルでは無い筈だ。
「ノーヴェ達の勝ちをかすめ取る形になっちゃったな……」
 廃ビルとなった屋上に着地したディエチは後ろを振り返る。
 その視線の先には燃え盛る臨海第八空港があった。最初に被害のあった場所だ。そこから出現した移動庭園は随分と離れてしまったが、未だそこでは戦いが続いている。
 視覚機能の優れたディエチでさえ、滑走路で行われている死闘を見る事は出来ない。そこは炎から出る黒煙よりも漆黒で、重金属雲よりも重圧な雲に覆われていたからだ。
「………………」
 その顔に浮かぶものは何なのか。ディエチはしばらくその場所を見つめると前に向き直り、再び跳んだ。





 ~後書き&解説~

 フィーアボコり回。
 元々、戦闘面で不憫だったナンバーズ(三対一で凡人にやられたとか、魔王にいいの一発貰ったりとかした人達)の当て馬として作ったキャラだけどちょっと可哀相な気がしないでもない。
 



[21709] 四十五話 クリミナル・パーティー(Ⅹ) 夜天の王目覚める時
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/06/19 00:43
 ――危うく首が刎ね飛ばされるところだった。
 人形然としたドライを知る者にとって今の彼女を見れば驚きを隠せないだろう。
 彼女の首筋に無数の赤い筋があり、酸性の雨で皮膚が焼けている。着飾らずとも見目麗しかった人形は薄汚れていた。首に付けられた傷は白い服を不吉な赤色に染め、美しかった白い肌は焦げてくすんでいる。
 だが、そんな事は問題では無い。外見の事など人形本人もそれを知る者にとってもどうでもいい事だ。問題は彼女が焦燥の色を顔に浮かべていると言う事だ。
「くっ」
 また一つ首筋に赤い線が一本加えられる。その刹那、死刑執行人と目が合ったような気がした。もちろん錯覚だ。断罪頭の刃の速度はドライの目では捉える事はできない。何十、何百という魔法を発動させても彼に届かない。速過ぎるのだ。しかし、追い込む事は出来た。
 彼女に不快な感情を発露させたトゥーレを倒す為にその速度、動き、パターンを計測し、演算し、次の行動を予測する。
 ロストロギア級の情報蓄積型デバイス、夜天の書をも越えるドライの演算処理能力によって導き出された計算結果は最早未来予知と変わらない。
 ならば彼女の首筋から流れる血は一体どういう事か。傷を付けられる間隔は徐々に短くなり、傷は深くなっていく。否応無く滝のような冷や汗が溢れ出る。
 それはトゥーレの速度がドライの予測さえも上回っている事に他ならず、ツヴァイがいなければとっくに首が絶たれていただろう。
 三人の戦いは千日手じみた戦いになりつつあった。
 一対二というトゥーレに不利な状況の中、彼が健在なのはツヴァイとドライに対する相性が悪くないからだ。
 トゥーレの動きについていき、不死身の体に無限に近い射程とあらゆる物を溶かし粗食する魔弾だが、トゥーレの距離を無視しかねない速度とギロチンの必殺性の前ではその優位性は薄れる。
 夜天の書がため込んだ魔法技術を得、より魔法の種類を増やして隙を無くしたドライはあらゆる状況に対応し、トゥーレ相手にその能力を満遍なく発揮してはいるが、一点突破してくるトゥーレ相手では逆にソレは薄いと言わざるを得ない。
 もしここにアインがいればまた違ったかも知れない。彼はアルハザードが過去に触れた英知から作り出された三体の中で一番不出来で、出力の面で他二人に比べ大きく劣っている。トゥーレと戦ったところで負けは見えている。だが、その性質は決して相性が悪いわけではない。
 目覚めれば、賽の目が出ない事もない。
 だからと言ってこの場にいない者についてとやかく言っても詮無い事だ。
 何よりツヴァイとドライは彼の助けを借りる事など最初から無く、共に戦う味方も必要無いと本気で思っている。ただ勝手に己の敵に向かって攻撃をしている案山子だと断じ、利用しているだけだ。
 特にドライはその思惑が強い。戦いを楽しみ本能のまま動いているツヴァイと違い、彼女はどこから来るのか分からない激情に駆られるままでも戦略眼は生きている。その思考はトゥーレを倒す為に激しくも冷静に回転していた。
 一生終わらないかもしれないこの互角の戦いの中、彼女は待っていた。戦況の僅かな変化を、そこから生まれるトゥーレの隙を。
 ほんの僅かでも、瞬きする間も無い程の時間でもいい。あらゆる可能性を計算する彼女にはそれで十分だ。蜘蛛の糸ほどの細い道を必死に模索する。
 それは他の二者も同じ事。千日手に近いこの状況の中、自分が勝利するのだと迷い無い。己の勝利を信じ疑わず、ただそれに向かって突き進むのみだと戦い続ける。
 第三者からは永遠に続くと思われようと、本人にとってはこれは勝つ戦いなのだ。
 その時、地上を疾走するトゥーレの身が些細な事故に遭う。
 苛烈な戦いにとうとう滑走路の底が抜けた。ツヴァイの強酸にドライの大魔法によって滑走路は窪地のように中央から陥没している。海に浮かぶ臨海第八空港は人工の浮き島だ。地面を掘れば海に抜けるのは当然。
 トゥーレは底が抜けた事実に構わず走り続ける。たかが滑走路が海へ沈むぐらい何でもない。だが、ここで予想外の事が起きた。
 踏み抜いた地面からは強烈な酸の臭いがし、海水とは違う液体がトゥーレの足を焼いた。
「ぐあっ!?」
 床から湧き出たのは海の水では無く、ツヴァイの血液だった。戦闘中に流れ、地面を溶かしながら溜まった場所をトゥーレは踏んでしまったのだ。
 これがもし爆弾だったなら、爆発の直前に離脱していたのだろうが、触れた瞬間に効力を発揮する酸はトゥーレに予想外の痛みを与える。そしてそれは、普通の人間では知覚出来ない程の一瞬の隙を作る事となる。
 不幸な偶然。いや、果たしてそれは偶然によるものなのか。ツヴァイの血が溜まって水たまりを作り、それが気づかれない内に地面の下へと潜り込む事があるのだろうか。何より、能力の特性上、拳よりも小さい氷を空中で踏み台にするトゥーレが床を踏み抜くなどと言う醜態を晒すだろうか。
「ATEH MALKUTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM AMEN
 我が前に五芒星は燃え上がり、我が後ろに六芒星が輝きたり――
 されば神意をもって此処に主の聖印を顕現せしめん――」
 そしてトゥーレがそこから抜け出すより早く、卓越した戦闘センスを持つツヴァイよりも早くドライが行動を起こした。
「モード“エノク”より、サハリエル実行ーー!」
「あれはッ!」
 観測指定世界にて見せた光の縛鎖。それを見たトゥーレが逃れようと慌ててその場から跳び退く。だが、その動きをドライは予測していた。
 トゥーレの体が白い鎖によって拘束される。これを受けては彼でも数秒の停止は免れない。
 トゥーレ最大のアドバンテージが今封じられた。
「―――ケララー・ケマドー・ヴァタヴォー・ハマイム・ベキルボー・ヴェハシェメン・ベアツモタヴ」
 ツヴァイが血風を全身に纏いながら地上に降り立ち、地面にクレーターを作る。紅い目の奥に狂喜をたぎらせ砲となった異形の腕をトゥーレに向けた。
「ATEH MALKUTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM AMEN
 我が前に五芒星は燃え上がり、我が後ろに六芒星が輝きたり―――
 されば神意をもって此処に主の聖印を顕現せしめん―――」
 一方ドライは、空に止まったまま新たに詠唱する。
「されば6足6節6羽の眷属、海の砂より多く天の星すら暴食する悪なる虫ども
 汝が王たる我が呼びかけに応じ此処に集え
 そして全ての血と虐の許に、神の名までも我が思いのままとならん。喰らい、貪り、埋め尽くせ」
 ツヴァイの足下から血が流れ周囲の物を悉く溶かしていく。滑走路上を汚染する有害物質よりも尚悪辣な毒をはらんだ血風が砲身に集まり、大気の奔流が轟々と渦を巻く。血色の竜巻から耳障りな虫の羽音が幾万も聞こえてきたのは気のせいか。
「虚空より、陸空海の透明なる天使たちをここへ呼ばわん
 この円陣にて我を保護し、暖め、防御したる火を灯せ
 幸いなれ、義の天使。 大地の全ての生き物は、汝の支配をいと喜びたるものなり
 さればありとあらゆる災い、我に近付かざるべし
 我何処に居れど、聖なる天使に守護される者ゆえに」
 片手を天高く伸ばしているドライの真上には周囲の物質が集束、周辺の魔力をも集め、凝縮し超高密度のエネルギー体が生まれる。それは最早疑似太陽と言っても過言では無い。
 どちらも辺り一帯を塵にする程の威力を持つ攻撃を放とうとしていた。ドライは己の攻撃にツヴァイが巻き込まれると分かっているし、ツヴァイも同じくそれを分かっているが頓着しない。
 最大最強の技を今この瞬間にぶつける事しか考えていない。
「ぐ……おおぉっ!」
 トゥーレが力づくで光の鎖を引きちぎり、駆け出そうとする。
 ――だが、遅い。
「来たれゴグマゴグ!!」
「斑の衣を纏う者よ、AGLA―――来たれ太陽の統率者
 モード“パラダイスロスト”より、ウリエル実行―――!!」
 ツヴァイからは全てを灰塵と化す一条の光線が放たれ、ドライからは疑似太陽が落とされる。
 避けられはしない。例えツヴァイの光線を回避したとしても真上からは太陽が押し寄せている。下手な避け方は逆に命を縮める。
 常人ならば防御一択のこの状況で、トゥーレはなんと自らを破壊しようと迫る光線に向かって飛び込んでいった。
 自殺行為に等しい無謀な突撃。そう思わざるを得ない行動を取ったトゥーレは右腕のギロチンを盾にして構え――
「おおおおぉぉぉおおぉぉッ!!」
 勢いに地面を引きずりながらも、トゥーレは光線を受け止めた。
 刃から伝わる衝撃で身体に激痛が奔り、全身の骨が軋みを上げ、血液が沸騰しかける。それでも光線を受け止め続ける。最後には――
「行っけェェッ!」
 頭がおかしくなりそうな痛みに耐えながら、更にトゥーレはそれをギロチンの刃で上へ無理矢理弾き返した。
「なぁ!?」
 驚愕の声を上げたのはドライだ。トゥーレが弾き返した光線はドライの放った疑似太陽へと向かい、衝突し、そのエネルギーを貪り喰う。
 ――ふざけるな。何だそれは。ありえない。
 愚考を通り越して、ただの暴挙である筈のトゥーレの行動。幾度も街を破壊したツヴァイの必殺の一撃を受け止め、あまつさえそれを利用してドライが放った疑似太陽を破壊しようとするなど。
 思いついたとしても、実行に移し、実際に実現させてしまう愚か者の存在を、ドライは予想だにしていなかった。
 疑似太陽を浸食し破壊したツヴァイの砲撃が威力を減衰させた状態でドライへ向かっていく。
 悔しげな表情を浮かべた彼女は多重バリアを展開させながら、音を置き去りにして砲撃を避ける。
 それは僅かにだが攻撃の手を休めたのと同じ事だ。その僅かな間、刹那の一瞬さえあれば彼が相手の首を刎ねるのは十分すぎる時間だ。
 自分が反射させた砲撃が疑似太陽に向かった時点で疾走を開始していたトゥーレは脇目も振らずにツヴァイへ向かっていた。
 多種多様の魔法を扱うドライは確かに厄介極まる敵だが、危険度はツヴァイが断然上だ。そう判断し、トゥーレは一直線に砲撃発射直後の硬直に陥っているツヴァイ目掛けて全速力で駆ける。
 ――このまま首をはねる。
 トゥーレとツヴァイを遮る物は無い。速度の点で並ぶ者がいないトゥーレの前で無防備を晒す事は、即ち死を意味していた。
「――――ハハッ」
 ツヴァイの顔に笑みが浮かんだ。いや、元から笑っていた狂人ではあったが、今浮かべる笑みは今までとは違うものだ。
「キミなら当然来ると思ってた」
「――――ッ!?」
 蠅の羽音が消え、代わりに聞こえて来たのは銃弾の跳ねる音だった。
 周囲の瓦礫の山から跳ね返り、時には空中で弾同士がぶつかり合う事で幾多の弾丸がツヴァイを中心に、ハリケーンのように渦巻いていた。
 異形の右腕は下ろされており、逆に人のままだった左手には異形の大型拳銃が握られ、銃口はトゥーレを狙っていた。
 全てを予想していたわけでは無い。だが、ツヴァイには解っていた。トゥーレならば自分とドライの攻撃を潜り抜けてそのギロチンの刃で首を刎ねに来ると。
 そして、彼が最後の攻撃として選んだのはあらゆる物を侵す蠅の王では無く、己を象徴する魔技の方であった。
「勝つのはオレだ」
 引き金が引き絞られる。
「レスト・イン・ピース」
 拳銃が火を噴き、吐き出される一発の弾丸。
 ピンボールのように衝突し跳弾していた弾丸の嵐が一点の空間に向かって集まる。そのポイントに一発の弾丸が通過する事で全ての弾丸はトゥーレを襲う。
 蜂の巣どころでは無い。肉片一つ、体液の一滴一滴から毛髪の一本一本が弾丸によって消し跳ぶ。
 避けられはしない。防御する暇も無い。ツヴァイの攻撃のタイミングは時間と空間の特異点を付いたが如く完璧にトゥーレを捉えている。一発の弾丸が弾く無数の弾によってトゥーレは絶命する。
「――うおおおおぉぉっ!!」
 そんな未来に対してトゥーレは吠える。そんな結末など認めないと声を荒げる。
 無数の弾丸が襲って来るなら、その前に潰してしまえば良い。避ける事の不可能なタイミングなら崩してしまえば良い。
 ――速く、もっと速く、時を止めたかのような速度で疾走しろ。
 死を前にして、トゥーレは更に速度を上げる。やろうとするのでは無くやるんだと、そう信じ込むのでは無く当然の行動としてトゥーレは加速する。
 過去最高の速度を一足飛びで上回ったトゥーレが向かうのはツヴァイの弾丸が集まる一点。一発の弾丸の到着を今か今かと待っていた小さな空間に向かって、更なる加速によって弾丸よりも早く右腕のギロチンを叩き込む。
 ツヴァイが決めとして放った弾丸が割れ、長大な異物が始点である空間に入り込む。
 長大なギロチンの刃にあらゆる角度から弾丸の嵐がぶつかる。四方八方へと何の規則性も無く弾は跳弾する。
 異物となったギロチンは弾丸が進むべきであった軌道を狂わす事に成功した。
 それでも、跳ね返った弾丸の内数え切れない程の数がトゥーレを襲う。
 頬を裂き、左肩を貫き、両足の肉を抉る。わき腹にもいくつかが食い込んだ。
 だが、トゥーレは駆け続ける。歯を食いしばり、口の端から血を吐き出しながらも、ツヴァイへと駆け抜ける。
 無秩序に飛び交う弾丸を追い越し、ギロチンを落とす。
 肉を切り裂き骨を絶つ感触がギロチン越しに伝わり、ツヴァイの首が跳んだ。
 自分の魔弾を突破されても、ギロチンを眼前にしてもツヴァイは笑っていた。どころか首を刎ねられてもその顔には満足したような笑みを浮かべていた。
「………………」
 切られた箇所から灰となってツヴァイの体が消えていく。
 彼の死に顔を振り返らずともツヴァイの笑みを感じ取ったトゥーレは忌々しそうにしながらも今度はドライの元へと大地を蹴って跳ぶ。
「ツヴァイ!?」
 疑似太陽を破壊した砲撃を避けたドライは、自分が回避行動を行った僅かな時間でツヴァイが斬首された事に驚愕の表情を浮かべる。
 一秒にも届くか届かないかという時間でツヴァイの首が宙に舞っていた。
「ふざけるなァッ!」
 ドライの悲鳴にも似た叫び声と共に彼女の体から魔力が放出される。それは何の術式も施されていない、ただ全方位に向けた魔力放出だ。単純な式さえも構築する暇も与えてくれない相手に対しては有効な手段と言えた。
 だが、残り全てのエネルギーを全て放出したにも関わらず、トゥーレのギロチンは魔力を切り裂いていく。
 ――また……またなのか。
 吸い込まれるようにして自分の首へ落とされるギロチンを前にドライは思う。
 また勝てなかった。どうやら自分にとってこの手の男は鬼門のようだ。まったくもってイラつく男だ。一目見た時から、そしてその態度を見た後でも不愉快な男だった。
 本気で腹が立つ。だからくたばってしまえと柄にも無い負け惜しみを思いながら、ドライはその細い首を絶ち切られた。

「――ゼェ、ハァ、グ、ハッ」
 地上に降りたトゥーレは膝を付き、荒い呼吸を繰り返す。
 なんとか辛勝を勝ち取れたものの、体は重傷だ。しかし、休んでいる暇は無かった。
 トゥーレは口の端についた血を手の甲で拭いながら空を見上げる。思っていた以上に戦闘が長引いていたようで、移動庭園の姿が随分と小さくなっていた。
 目を細め、庭園から感じる気配に小さく舌打ちする。
「何やってんだよ、あの変態。あいつらまで被害行くだろうが」
 奥歯が欠けるほど力を入れてトゥーレは立ち上がる。
 一度背後の空港を振り向くが、構わず移動庭園向かって飛行した。
 それから間を置き、空港施設が炎に包まれた。



 生き急ぐ、いや、死に急ぐようになったのは一体いつの頃か。終わりが近づきつつある戦いの最中、場違いな事をアルハザードは考えていた。
 管理局の手から半世紀以上も逃げ続けて来たアルハザードは技術者ながらも保身に長けていた。それは何時までも好きなように、周りの被害も鑑みずに未だ見ぬ知識を得たいという欲望を満たし続けるために不本意ながら得意となっていたものだ。
 そんな彼が段々と後先考えない行動に出るようになった。
 古代世界へ行こうとし、結果的に失敗しながらも爪先程度に掠めたその世界から三つの因子を手にする事が出来た時からか。それとも老人達の崇高な使命とやらに協力するフリをしつつ生命技術のノウハウを築き、実験体として作った自分のクローンを使って死を偽装した時からか。いや、どれも自殺行為と大差ないが、おそらくはそれよりももっと後だろう。
 ――……我ながらどうでもいい事を考える。
 年を取りすぎたかな、などと再び苦笑。ああ、これだからもう一人の自分に会うのが嫌だったのだ。自分の過去を客観的に見ているようで、痛々しい。
 故にこのような輩に殺されたくは無い。恥ではないか。こんなのに殺されたとなっては死んでも死にきれん。だからこんな戦い、早々に終わらせてしまおう。
 アルハザードとスカリエッティの詰め将棋は終わりへと近づいている。互いに負ける気の無い戦いは噛み合いすぎて、滑稽な程戦況に変化が無い。だが、違う結果を目指している限り、最後には決着が着く。

 スカリエッティは勝つのは己だと、言葉に出さずも確固たる未来だと断言するかのように、優雅に椅子に座っている態度からは想像も出来ない程全身全霊で勝利への道筋を進んでいた。
 研究以外でまさか自分がここまで熱を上げるとは、柄では無い。無様だ。似合わない。まったく、ロートル風情がなんて真似をさせてくれるのだ。
 スカリエッティの攻撃がいよいよ大詰めとなり、苛烈さが増す。今までのアルハザードの防壁を薄皮一枚一枚削るような単調作業とは訳が違う。
 殺すための道を作るのだ。
 削岩機の如く障害を根こそぎ削っていく。その行程は炎が紙を燃焼させるよりも速い。
 瞬く間に出来た道。後は殺意を込めて引き金を引くだけとなった。
 だが、本当の勝負はこれからだ。アルハザードもまた最後の一撃を撃たんと撃鉄を起こしている。スカリエッティが壁に穴を開けている間に、アルハザードは壁ごと消滅させる事が出来る程の火力を準備していた。
 これで決着がつく。勝敗が決する。勝つのは自分だと考えている差異はあるものの、同じ結果を両者とも見ているのならばもう終わる。
 そう、同じ結果を見ていれば、の話だ。
 相手が決して同じ物を見ているとは限らないのだ。
「なに?」
 スカリエッティは異常な魔力を感じ、珍しく眉をしかめた。
 魔力はアルハザードの後ろ、城門のように大きな扉の奥から感じた。奥の手でも隠していたのか、そう警戒したスカリエッティは次の瞬間にその正体を知る。
 引き絞っていた引き金を引かず、スカリエッティは障壁を全力で展開させた。
「まさか、貴方は始めから――」
 直後、黒い光の扉の奥から漏れ出、悉く全てを破壊する。
 向き合う位置にいたスカリエッティが黒い光に包まれながら見たのは、黒い羽根を持つ天使だった。



 時は少し遡り、海上で行われていた高町なのはとシュテル・ザ・デストラクターの砲撃戦。
 その軍杯はシュテルに上がっていた。
 全力全開、まさに限界を無視し、持てる全ての力を、命を消費してのなのはの砲撃。それをシュテルは圧し勝ったのだ。
 彼女自身、天使を魔力化しての使用や最終手段であるエミュレータの起動などを行っている。楽勝とは言えない勝利だった。
 どちらにしてもシュテルはなのはに勝ったのだ。ただし、勝ったのはなのは相手だけである。ここは戦場で、予想外の事が起きるのは当然であり、敵は一人では無い。
 シュテルの炎に包まれたか思われたなのはは健在であった。
「……伊達に守護騎士をしていたわけでは無いですか」
 己の砲撃を遮るモノを見ながらシュテルが呟く。
 なのはの眼前に、巨大な物体があった。その物体から長く長く伸びる不釣り合いな細さの棒があり、それを辿っていけば海面にたどり着く。
「ヴィータちゃん!?」
 棒を抱き抱えるようにして持つのはかろうじて海面に浮くヴィータだった。
 飛ぶ事も、両手でデバイスを持つ事も出来ない彼女は片手で柄を持ち、体重を預けるようにしてグラーフアイゼンを前に押し出していた。
「悪ぃ、アイゼン……。でも、保ってくれよ」
 懇願するような使い手の言葉に、返事するようにデバイスが赤く点滅する。
 ヴィータのリミットブレイク。フルドライブ以上の出力を出すと同時に術者とデバイスに多大な負荷を掛ける諸刃の剣。
 その状態となって使えるグラーフアイゼンのツェアシュテールングスフォルム。巨大なハンマーに凶悪なドリルとその巨体を動かす為の推進ジェットをそれぞれ両側に付けたデバイスがなのはをシュテルの砲撃から守っていた。
 側面から二人の砲撃の境目に無理矢理乱入したデバイスは、その時点で装甲が溶けていた。だが、奇跡的に間に割って入ったデバイスは見事防波堤としてシュテルの砲撃からなのはを守っていた。
 相性の問題だろう。先端の一点に魔力を集中させ高速回転するドリルは同じく巨大な砲撃を抉って散らしている。
「なのはぁっ! このまま、ブチかませええぇぇっ!」
「――! うん。ヴィータちゃん!」
 ヴィータの叫びに意図を察したのだろう。突然の乱入に僅かながら唖然としていたなのはが自分の砲撃魔法に集中する。
 ツェアシュテールングスハンマーの推進ジェットは既に砕け散っている。当然だ。エースオブエースとそれに匹敵するマテリアルの砲撃の鍔迫り合いに割り込んでいるのだから、両側から攻撃を受け、ドリルの付いていない背面が壊れるのはごく当たり前である。
 例えジェットがあったとしても、シュテルの砲撃の圧力に負けて一ミリたりとも進む事は出来なかったであろう。ドリルも一点突破と回転の力により対抗してはいるが徐々にシュテルの砲撃の熱で溶けだしている。
 しかし、今のこの状態は最大の好機でもあった。
「レイジングハート、お願い!」
 なのはが行うのは簡単な事。だが、満身創痍の今の状態では難易度が高くなる。故に長年の相棒の協力が必要不可欠。
 なのはとレイジングストームが砲撃の射線軸を正確にハンマーの底の中心に合わせ、砲撃を射出し続ける。
 圧し合いになっていた砲撃の撃ち合いに変化が生じた。
 ツェアシュテールングスハンマーのドリルがシュテルの炎を抉り始めたのだ。
 ジョット噴射も無いツェアシュテールングスフォルムでいかようにして砲撃を突き進むのか。単純な話だ。
 後ろからなのはの砲撃によって押し出しているだけだ。
 数秒とは言え、シュテルの炎に耐えたなのはの砲撃は間違い無く管理局の中で絶対の砲撃魔法。贅沢にもそれを推進力にしてツェアシュテールングスハンマーのドリルは炎を貫いていく。
「行っけえええぇぇっ!!」
「ブチ抜けええええぇぇっ、アイゼン!!」
 二人の声が重なる。
 装甲を溶かされ、砕かれ、その身を削りながらグラーフアイゼンはシュテルの炎を貫き、掻き乱し、突き進んでいく。
「無茶苦茶な……」
 その光景にシュテルは呆れるように呟いた。頬に浮かぶ深紅の魔力光を放つ紋様が一瞬点滅し、一部分が頬ごと砕けた。
 彼女自身、エミュレータの起動は諸刃の剣であった。リミットブレイクと同等、或いはそれ以上の負荷が身体にかかる。
 砕けた頬から魔力を流しながら彼女は最後の力を振り絞るなのはとヴィータを見下ろす。
「私の敗因はあれですか」
 ドリルが炎を貫いてシュテルの目の前に現れた。
 眼前に巨大な物体が迫っているというのに彼女は不動。デバイスを構えたまま動こうとせず、それどころか最後まで砲撃を撃ち続ける。
 ドリルの先端がデバイスのルシフェリオンに触れ、ヘッド部分が砕かれた。
「そう言えば、二人と共に同じ戦場に立った事がありませんでしたね。次の戦では、考慮しておきましょう」
 敗北を目の前にして、シュテル・ザ・デストラクターは次の戦争に勝利する事を考えていた。
 光無い暗闇の海上で、街にも届きそうな程の光が生まれ、消えていった。

「大丈夫? ヴィータちゃん」
「それはこっちの、セリフだっての」
 戦闘後、なのはは海面に浮かぶヴィータを助け起こしていた。
 二人ともかろうじて飛行魔法を使える程度で、デバイスも大きくヒビが入って破損などと言う言葉では片づけられない有様だ。
 お互い支え合うようにして飛行する。そうでもしないと墜落してしまうのだ。
「っ、おい、なのは。あれ……」
 ヴィータが向ける視線の先、そこには海面に浮かぶシュテル・ザ・デストラクターの姿があった。
「行ってみよう」
「……マジか?」
「うん」
「……はぁ。しょーがねーな」
 歩くよりも遅く、二人はシュテルに近づく。一応、反撃を警戒してはいるが今の二人の状態では防御魔法も危うい。どちらにしろ、相手に反撃する力があるのならば終わったも同然。だからこそか、何の躊躇も無く近づいていく。
 思っていた通り、シュテルに反撃の力は残されていないようだった。半身が吹き飛び、今や残った部分は胸から上の頭部と右腕だけとなっている。断面からは塵のように魔力の残滓が夜空へと溶けていく。残った身体が消えるの時間の問題であろう。
「……今回は負けましたが、次は私が勝ちますよ」
 視線だけを動かして、海面に浮いたシュテルが二人を見上げる。
「次ぃ? 次なんてねーよ」
「おや、そんな事まで忘れていたんですか」
「むっ、お前いちいち嫌味っぽいんだ!」
「ヴ、ヴィータちゃん」
「簡単な事です。私は防衛プログラムのマテリアルなのですよ。防衛プログラムの役割を考えれば簡単に想像がつくでしょう。それに見ている筈です。下位ユニットの特性を」
「え、それってまさか……」
「そう、私達は復元されるのですよ」
 マテリアルの三人は姿形、能力は違えど、天使達の最上位ユニット。つまり、天使と同じように消滅すれば再生強化され再び蘇る。
 命懸けで倒した相手が蘇る。その事実を知った二人は驚愕の表情となる。
「そうだ、それまでに闇の書の闇を倒せば」
「そうですね。私達最上位ユニットの復元にはさすがに時間がかかる。その間に本体である夜天の書を、または都合よく防衛プログラムそのものを破壊できれば復元される事もありません」
 六年前の事件のように防衛プログラムのみを取り出し、コアを破壊すればマテリアルは生まれない。
 ならば、急ごう。この身が既にボロボロでも、やれる事はあるはずだ。
「……お前、どうしてそんな事を敵のあたし達に教える」
「勝者への、敗者からせめてもの贈り物ですよ。それに――」
 消失が首元にまで達したシュテルが、最後に一言だけ言う。
「貴女達では、彼女に絶対勝てません」
「――おい! それはどういう意味だ!」
 ヴィータが怒鳴るようにして聞き返し、なのはが身を乗り出す。
「待って! それってどういう――」
 だが、シュテルの身体は完全に夜空へと溶けてしまった。
 その場に残された二人は嫌な予感を抱えながら、遠くに浮かぶ移動庭園に振り返った。
 その時、熱風が吹いた。
「きゃぁ!?」
「うわっ!?」
 凄まじい熱風は強烈な風圧を生み出し、容赦なしに二人に襲いかかる。
「な、何が起きたんだ!」
 堪える事も出来ず、突風に煽られるまま飛ばされるヴィータは一瞬だけそれを見た。
 空港方面から火山の噴火のように天へと伸びる火柱を。



「シュテルもレヴィも倒れたか……よくやったと、誉めてやろう」
 最前線、次々と街を侵略し破壊したロード・ディアーチェの姿が空にあった。
 その対面には、ザフィーラに抱えられたはやてと、主の身を案じながらもディアーチェを警戒するリインフォースⅡとシャマルがいた。
「雛鳥は訂正しよう。限界を超えてこそ英雄と言うもの。そして勝利を得たならば本物だ」
 はやての砲撃を受けた筈のディアーチェは冷笑を浮かべながら挑発するように話続ける。
 彼女の胸部にはシュベルトクロイツの爆発によって空いた大きな穴がり、そこから大量の魔力素が溢れ出ている。
 はやて達は勝利を手にしていた。
 しかし、ディアーチェの尊大な態度が陰る事は無く、それどころか致命傷を受け消えかかった身であっても王としての威厳を持って、勝者へ賛美を送る。
「喜べ、貴様は確かに夜天の主の器だ」
「――――」
 誰も彼女の言葉に返答しない。もう喋る気力さえ無い事もあるが、死に体であろうとディアーチェ相手に油断など出来ないからだ。
「だが、お前の大切な者は戻らんぞ」
「――――ッ!」
 か細い呼吸をしていたはやての目が見開かれる。
「我々を倒したからと言って奴が戻るとでも。否、それどころか完全に詰みとなった」
「――ぅ、いう、こ……と」
 どういう事か、そう訴えかけるはやてにディアーチェは不適な笑みで返す。
「玉座を守る砦が破壊されれば、そこに座る者が出陣せざるおえん」
 守護騎士は夜天の主とその書を守るシステムである。そして現防衛プログラムのマテリアルがそれを代用していたとすれば――
「戯れは終わった。夜天の闇の前に、全てが傅く。お前達では勝てんよ」
 ディアーチェの体が薄れだす。
「なかなか楽しめた。生き延びていれば、次こそは我の手で直接消し飛ばしてやろう――ク、ハハ、ハハハハハハハハッ!」
 笑い声を残し、魔力の残滓となってロード・ディアーチェが消えた。
「――――ッ!?」
 直後、はやての体が僅かに揺れる。ディアーテェが消滅した同時にあるものを感じたからだ。
「これってまさか」
「この感じは……」
「ああ、間違いない」
 ヴォルケンリッター達も反応する。はやての視線が、守護騎士達の目がある方向を向く。
 空に浮かぶ移動庭園。どういう訳か今までの喧騒が嘘のように不気味なまで静止していた。
 はやてが震える手で移動庭園の方角に向け、手を伸ばす。
「リ――ィ、ン……」



 爆撃でもされたかと思うような、惨状となっている街の真ん中でクロノ・ハラオウンは瓦礫を掘り出していた。
 彼の後ろのビルには大きな穴が空いており、同じような破壊痕がその向こうに続いている。
「いた!」
 ようやくクロノは瓦礫に埋もれていたものを見つけ、急いで掘り出した。
「フェイト、しっかりしろ!」
 埋もれていたのはフェイト・テスタロッサ・ハラオウンだった。
 クロノは邪魔な瓦礫を全てどかし、フェイトの安否を確認してから一度息を吐いた。
 意識を失っているだけで生きてはいる。だが、重傷な事に違いは無い。
 クロノは松葉杖代わりにしていた自分のデバイスを高く掲げ、魔法を発動させる。
 フェイトの体がクロノの魔力光に包まれて宙に浮いた。物などを運ぶ際に使われる浮遊魔法である。今のクロノでは女性一人担いで歩く体力も無く、何よりフェイトの身体はどこに触れても危険そうな程重傷だったからだ。
 浮遊するフェイトの隣に途中で回収したバルディッシュを置く。さすがに休止状態に陥ってしまったのか反応が無い。
 慎重に浮かせ、どこか身を隠せる場所を探す。ここはまだ戦場なのだ。何時、天使や機械兵器と接触するか分からない。高速飛行できない今、フェイトを連れて迂闊に飛び回るの危険だ。
 傷ついた身体により老人のような足取りでクロノはフェイトを連れて歩き始めた。途中、後ろを――フェイトが自らの身体で突き破った穴の奥を振り返る。
 いくつもの壁の向こうにあるのは街の大通りの一つ。そこ中央に一人の男が立っていた。
 猫背となって腕をだらしなく弛緩させ、左腕から血が地面へと流れ落ちている。
 そんな状態のまま微動だにせず、一体何をしているのか。それはクロノに似たその顔を見れば分かる。
 完全に意識を手放していた。
 クロノの父、クライドの経験を持つ戦闘機人、プロジェクトFの申し子であるフュンフ。彼は二度目の意識消失に陥っていた。
 フェイトの最後の攻撃――インパルスフォームのバリアジャケットを砲に、自らを弾丸としてレールガンを発射、ザンバーモードによる大剣の斬撃は成功していたのだ。
 クロノの目にはフェイトが閃光と共に消え、気づけば電流による熱で胴から白煙を上げて気絶しているフュンフの姿と、勢いを殺す事も出来ずに受け身を取れないまま壁に激突していくフェイトの姿があったのだった。
「…………」
 気絶してる今、フュンフを捕らえる絶好の機会ではある。だが、再び意識を失った状態から反撃をされ意識を覚醒されてはたまらない。
 さすがに今は目覚める様子は無いが、こちらの敵意に反応して目覚める可能性がある。冗談のような予想ではあるが、相手が相手。悔しいが、触らぬ神――いや、戦鬼に祟りなしだ。
 前に向き直ったその時、デバイスからある反応があった。それを見たクロノは空を見上げる。
 いくつもの街を隔てても尚、その巨大が窺える移動庭園があった。しかし、クロノの視線はそこでは無く、庭園に空から近づいてくる魔導師の集団にあった。
「ようやく来たか……いや、よく来てくれた」
 ようやく、と言っても彼らのいた本局からは相当な距離があった。恐らく全速力で飛ばして来てくれたのだろう。
 来ている部隊は戦技教導隊を中心にした各空士部隊員との混合部隊であった。
 航空艦は間に合わなかったか。出撃までの腰の重さ、方法を考えねば。
 先の事をつい考えてしまうのは上に立つ者としての性か、とにかく新たな救援が来た事にクロノは安堵した。
「……おかしい」
 そこで違和感に気づく。
「どうして出てこない?」
 空に蔓延っていた筈の存在。それが一つも見あたらない。
「どこへ行った? 天使は一体、どこに……」
 夜空には必ず白い影が数個中隊で飛んでいた。それが一体たりとも見あたらず、管理局の魔導師が移動庭園への着地準備を始める距離まで来ているのに迎撃に出る様子は無い。
 天使と管理局に攻撃を仕掛けていた機械兵器の姿だけがあり、目標を失って所在なさげに空に浮かんでいた。
 嫌な予感がした。
 クロノの胸をよぎった予感。それに応えるようにして異変が起きた。
 移動庭園の中から漆黒の砲撃魔法が発射され、近づいてきた魔導師達に襲いかかった。
「なっ!?」
 シールドをたやすく貫かれ、次々と撃墜されていく魔導師達。庭園内部から、分厚い壁を貫きながらもそれほど成果を上げるとは、なのはと同等の砲撃魔導師がまだ敵側にいたと言う事だろうか。
「何が、起きているんだ?」
 砲撃によって亀裂の入った庭園の一部が崩壊していく。そして、中から何かがせり上がって崩壊を助長させた。
 それは翼だった。
 白く、二対四の巨大な翼が移動庭園の大地を突き破ってその姿を現す。次に現れたの背中。次は肩、頭部、二の腕、胸部。まるで卵の殻を破って外の世界へと産声を上げる雛のようにして、分厚い外殻を破壊しながらそれは姿を現した。
 それは巨人の天使であった。今まで数メートル程の大柄な天使はいたが、高層ビルと並ぶ程の巨人はいなかった。
 誕生を喜ぶかのように、天使が吠える。
 天使の頭は三つあった。右から獅子、鷲、牛という四枚羽の半人半獣。今まで天使達の中で最も美しく醜悪な化け物の慟哭はまさに獣のそれ。
 遠い距離にいるクロノでさえ耳を塞ぎたくなる大音量は人々の身を強ばらせ、恐怖を与える。
 大気を震わす声に耐えながらクロノは巨人の天使を睨みつける。
「くそっ。どうして今まで気づけなかった。彼女が、いるじゃないか!」
 苦渋の色を浮かべたクロノの視界に、天使の頭上で魔力光らしき光が映る。
 距離がある為に姿形は判別出来はしないが、防衛プログラムの上に立ち、膨大な魔力を惜しげも無く晒すアレは間違いなく、
「夜天の書……」



 巨人の天使から砲撃がいくつも放たれ、接近していた魔導師達を次々と撃墜していく。
 六年前、闇の書事件の際に切り離され、アルカンシェルの一撃を受けて破壊された時とは訳が違う。吸収と増殖を繰り返し無秩序に肥大化せず、今の防衛プログラムは明確な姿を取り、確固たる存在として立っている。
 最上位ユニットであるマテリアル三体が敗れると共に発動する防衛プログラムの最終防衛機能。一部であった天使やマテリアルの力を全て一つにした存在。群を個へと圧縮したその力は質において最上であった。
 そして獣面の天使を従えるのは、軍勢を破られ自ら出陣となった夜天の主だ。
 中央の鷲の頭部の上に一人の女が浮いている。長い銀髪に何房かの金色を混ぜ、身体には赤い筋のような紋様を、背中には三対六の漆黒の翼を生やし、碧の右眼と不気味な色で光輝く深紅の左眼を持った魔人。
 その場にいるだけで圧倒的な存在感を放っている彼女が右腕を胸の高さにまで上げる。目の前にベルカの紋章の入った黒い魔導書が現れ、宙に浮きながら独りでにページをめくっていく。
 すると、巨人がその四枚の羽根を一度羽ばたかせた。その動作だけで突風が起きる。
 同時に何か魔法でも使用したのか大気の流れが大きく変わる。
 横殴りの風が移動庭園を囲み始め、瞬く間に庭園を中心にして巨大で雷を帯びた竜巻が生まれた。街一つはあろう移動庭園を外周よりも尚大きい竜巻は内と外の境界から地上の瓦礫の山を浮き上がらせ、微塵に切り刻み、焼いて灰にする。
 竜巻は一種の結界であり、それにより魔導師達の進入を防いでいた。
 巨人の天使が雲も何も吹き飛ばし、星が満たす夜空を見上げる。
 焔が唐突に生まれた。
 大気中の魔力が庭園を囲う台風の中心に集まり、それが圧縮され強力な熱の塊となっていく。見る見るとその塊は巨大化していく。
 ロード・ディアーチェがはやてを相手に使った広域魔法だ。ディアーチェの時は不完全であったが、その時でさえはやての魔法を押し退けた程だ。もしそれが完全な形で発動すれば、一体どれほどの被害が出ると言うのか。
 嵐の結界の中で天使が悠々と、誰にも邪魔される事無く魔法を完成させていく。
 魔法が完成する間近、黒い翼の女の目の前で突然魔力を圧縮されていた広域魔法が縦に割れた。
 突然の介入に魔法が暴走し、大爆発を起こす。
「…………!?」
 それだけで十分な威力を持つ爆発エネルギーの中を進む影があった。
 女が咄嗟に防御姿勢を取るとほぼ同時に後ろへと、鷲の頭の上から弾き飛ばされた。
「…………敵性体と認識。排除する」
 右腕の手甲と障壁で黒く長大な刃を受け止めながら、女は、現夜天の主は己に刃を向ける愚か者を見る。
 碧と真紅の瞳に映るのは右腕からギロチンを生やした男、トゥーレだった。
 夜天の主は黒い翼を羽ばたかせ、トゥーレはギロチンを唸らせる。
 漆黒に染まった虹と赤黒い魔力光が天使の胸元で強烈な光を放った。





 ~後書き&補足~

 ようやく終盤。てか、長いよ。ミッドチルダの北部壊滅するんじゃなかろうか。
 本当はもっと早めに投稿できた筈が、区切り良いとこ探したら結構な文字数に。いや、こんなものなのでしょうか。

 ツヴァイ、ドライとの闘いは原作から色々とパk――オマージュした手抜きっぷりですが、見逃してください。ぶっちゃけあんな二人に勝つ図なんて容易に浮かびません。正田卿マジスゲェ。
 海上でのなのは&ヴィータVSシュテルの闘い。合体攻撃です。物理的に。実は、なのはは新しいバリア以外にも、砲撃を反射して曲げるor普通に曲げるという新魔法?を考えていたんですが、それっぽい複線作ってなかったんで見合わせました。




[21709] 四十六話 クリミナル・パーティー(ⅩⅠ) 聖天の王
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/07/07 22:47

 瓦礫に埋もれた床から、男が人間とは思えない力で周囲の瓦礫をどかして立ち上がった。
 場所は移動庭園中心部付近、スカリエッティとアルハザードが戦っていた所だ。砲撃魔法によって部屋の天井が落下し、壁がヒビ割れて崩れている。特に破壊が激しいのは、奥へと続く扉付近だ。
 立ち上がった男、スカリエッティは白衣の汚れや各部から流れる血を厭わず奥へと歩く。
 強力な砲撃によって崩れた瓦礫に埋もれるようにして、アルハザードが倒れていた。
「………………」
 常に笑みを浮かべ、余裕を持っていたスカリエッティの顔はこの時ばかりは無表情なものへと変わっていた。
 ――何なのだ、この終わり方は。
 突然の横槍を入れられ、自分がこの手で倒すと決めた相手が無様な姿を晒して倒れている。
「ク、ククッ、ゴホッ――クハハハハッ」
 対照的に、半身を瓦礫に埋もれさせたアルハザードが口から血を吐きながら笑っている。
「何だ? 何だその顔は? ハハッ、愉快な顔だ」
「貴方は最初からこのつもりで……」
「フ、フフッ。さあ、どうだろうな? 管理局もやるじゃないか。アレが目覚めたと言うことは、マテリアル三体がやられたという事だ。ゲホッ、ガホッ……ク、ハァハァ」
 アルハザードの身体の半分以上が瓦礫に埋まってはいるが、より正確に言うならばそれは潰れていると言った方が正しい。内蔵も潰れ、いくら自ら改造を施した身体でもこれでは助からない。
「そんなつまらない決着を貴方は望んだのか……」
「ゲホッ、ゴホ、ゴポォ……フン、望む訳がないだろう」
 大量の血と共に、つまらなさそうにアルハザードは言葉を吐いた。
「だが、貴様に殺されるよりはいい」
 スカリエッティとアルハザードの違い。それは相手を殺そうとしたのか、相手から殺されないようにしたかだった。
 スカリエッティはこの戦いにおいて父殺しに全力を傾けていた。目の前を走るロートルなど踏みつぶし、その先にある我が願望に向かうために。だが、アルハザードは自分の生き写し、後期型とも言える彼の手にかかって殺される事だけを嫌悪した。
 命を惜しんだ訳では無い。確かにアルハザードは保身に長けてはいるが、それは研究を続ける為の手段の一つであり、命知らずでなければ消失世界への扉を開こうとしたり、管理局の暗部に首を突っ込むような真似はしない。
 だが、己の身体に手を施し延命し続けている内に死に急ぐようになっていた。保身に長けていた筈が、いつの間にか破滅へと身を飛び込ませるようになっていた。
 死など恐れない。果てしなく広がり続ける欲望の中、その志半ばで倒れることも不本意ながらあるだろう。だが、だが一つだけどうしても許せない事があった。
 それは、それこそがスカリエッティに殺される事だった。
 己よりも後から生まれ、他者の知識と欲望を植え付けられた分際で、拓けた道を我が物顔で進んだ挙げ句に先駆者を踏みにじって先に進もうとする図々しさ。とても容認出来ず、瓜二つの容姿という点も気に食わない。
 ならば逆に殺してしまえばいい。だが、人の寿命を超えて生き続ける間に培われてしまった自殺願望はスカリエッティとの戦いでも破滅に向かわせる。どう転ぼうとも結局はスカリエッティの手によって死ぬ事は容易に想像できた。
 それだけは許せない。認められない。あってはならない。
 だからアルハザードは決着を他者に委ねる形で賽を振った。当然、都合良く賽の目が出る筈も無く彼は無様な姿を晒している。
 しかし――
「私を殺せなかった……な。それとも、トドメだけは……自分の手で差しておくか? ク、ククッ、うっ、ゴボォ」
「勝ちを拾えと? 冗談では無い」
「ゼェ、クッ、ハハハッ! ――ゴボオォ! ゲホ、ゲボォ」
 吐いた血が喉に詰まったのか、アルハザードの口に血が沼のように溢れて泡立って不快な水音を立てる。
 吐いた血の量に比例して生気が失われ、顔が蒼ざめていく。それでも、口の端を釣り上げて彼は笑った。
「クク、グボォ、ハァ、ハァ……フフ、クハッ、ハハハハハハッ、クフッ、ハハ、ハハハハァーーーーッ」
 半身も無い男が笑い続ける。吐き出す血も無く、既に目は虚ろ。だが、嘲笑う声だけは生者よりも尚生き生きと、心底楽しいと言わんばかりの声は部屋を反響する。
「…………っ!」
 耳を劈くような声は一つの破砕音で消えた。
 スカリエッティが傍の瓦礫を右拳で殴りつけていた。その拳の隙間からは血が滴り落ちている。掌を強く握っていたあまりにデバイスの爪により自らの掌を傷付けていたせいだ。
 スカリエッティによって瓦礫が音を立てて崩れ落ちた時には、笑い声は嘘のように消えていた。
 笑っていた筈のアルハザードは既に息絶えていた。生気の無い瞳がスカリエッティを見上げ、顔には狂気に満ちた笑顔が張り付いたまま死んでいる。
 戦いにおいて、最後に立っていた者が勝者で、地に伏した者が敗者である。スカリエッティが勝ち、アルハザードが負けた。十分な結果である。
「………………」
 けれども、スカリエッティの顔は晴れる事無く、まるで敗者のような出で立ちでアルハザードの死体を眺めた。
 その時、通信が繋がってモニターが空中に表示される。ジャミングでも利いているのか画面には僅かに砂嵐が掛かっていたが、姿と声は判別できる程度であった。
『ドクター、ご無事ですか?』
 通信してきたのは一人アジトに残っていたウーノからだ。
『……ドクター?』
 スカリエッティの様子が普通では無いのを感じ取った彼女は再び声を掛ける。
「大丈夫だよ、ウーノ」
 モニターへと振り返ったスカリエッティの顔は、疲労の色は見えるがいつものように笑みを浮かべていた。
「今までした事のない経験を味わった。だから少し……戸惑った。得難い経験ではあったが、二度とごめんだね。それで、どうしたんだい?」
『はい。天使とそれを統括する防衛プログラムの事なのですが……遅かったようです。申し訳ありません』
「君のせいではないよ。終わった事を言ってもしょうがない。私達は私達で出来る事をしよう」
『わかりました』
 そこで通信が切れる。
 スカリエッティは歩きだそうとする前にアルハザードの方を振り向いた。
「私は諦めない。作り上げてみせる。敗北者である貴方は、そこで指をくわえて見ているがいい」
 物言わぬ亡骸に向けて言い放つと、ボロボロになった白衣を翻してスカリエッティは歩きだした。



 移動庭園表層、巨大な天使が暴れ回る事で美しかった植物が踏みつぶされ、抉れた地面に押し潰される。
 不自然な程の美を持っていた草木が倒れていく中、天使の足下で走る二人の少女、正確に言えばお荷物を背負って走る少女がいた。
「ノーヴェ、早く早く! もっと速く走るっスよ! 巻き込まれるっス!!」
「だぁーっ、耳元で怒鳴るな馬鹿ッ! お前だけ楽してる癖に偉そうに」
「えー? なに? 聞こえないっス」
「こいつほんとに邪魔くせぇ!」
 ノーヴェとウェンディのコンビが必死に庭園の上を逃げ回っていた。
 フィーアとの戦闘後、ノーヴェ達はスカリエッティと合流する為に庭園表層をウロウロしていたのだが、外から管理局の戦技教導隊が来るのを見つけて慌てて奥へと逃げ、やり過ごそうとした。その途端にいきなり地割れが起き、地面から巨大な天使が現れ、再び逃げる羽目になったのだった。
 天使との距離は大分開いたが、衝撃や地割れを起こす地面がある為に、未だ必死に逃げ回っている。
 損傷が激しく、聴覚が破壊され、一人で歩けないウェンディはノーヴェの背におぶさっている。ノーヴェも負傷し、ローラーブレードも破壊されてはいるが格闘型だけあって彼女は丈夫だ。だから、ウェンディを背負って代わりに走るのは仕方ないと言えた。
「だからって納得できねえーっ!」
 せり上がった地面を飛び越えながら彼女は叫んだ。
「ほらほら、もう少しっスよ」
「頭叩くな! 馬じゃないんだぞ」
 言ったところでウェンディには聞こえていない。しょうがないので念話で注意する。
「えっ? 尻叩いて欲しいんスか?」
「違う!」
 聞き間違えていた。
「趣味嗜好は人それぞれなんで何も言うつもり無いっスけど、姉妹同士でそういうのはちょっと……」
「人の話聞けよ! ……ああ、聞こえないのか。本気で放り捨てたい、こいつ」
 天使が暴れる事によって地面から伝わる振動が小さくなり始める。それは天使から十分な位置にまで離れた事を意味する。
 走りながらも安堵するノーヴェ。そんな彼女の進行方向の地面から突然手が生えた。
「いぃっ!?」
 青いグローブに包まれたその手は人差し指を空に向け真っ直ぐ伸ばしており、指先にはカメラのレンズらしき物が付いていた。
 レンズがノーヴェの方を向くと同時に、彼女はそれに思いっきり躓いた。
 背中のウェンディを支える為に両手を後ろに回していたのが悪かった。受け身を取れずに背中の荷物まとめて盛大に転ぶ。
 少女が上げるべきでない悲鳴を上げながら二人は顔面から地面に着地した。
「いったぁ~」
 転ぶ原因となった地面から生えた手の持ち主、セインが地面の下から地上に這い出て、涙目で自分の人差し指に息を吹きかける。
 逆の手には銀色のアタッシュケースを持っている。
「突き指したぁ。めちゃくちゃ痛い」
「こっちは顔面スライディングしたぞコンチクショウ!」
 半分近く埋まった顔を地面から抜いて怒鳴り散らすノーヴェ。ウェンディは、目に砂が入ったらしく、目が、目があ、と叫んでいる。
「もうちょっと考えて出て来いよ!」
「そっちこそ前方不注意だって!」
「喧嘩をしてる場合じゃないぞ、二人とも」
 セインのディープダイバーによって地面の下から出てきたチンクが二人を止める。
「皆、無事だったか。とは言え難いか」
「生きてるし問題無い」
「そうだな。とにかくここからもう少し離れよう。巻き添え食らってはひとたまりも無い」
「うん。けどさ、アレどうすんだよ。援護しなくてトゥーレ大丈夫か?」
 後方にて、空港から移動庭園へと駆けつけたトゥーレが新たに出現した敵と戦っていた。
 巨大な天使はその巨腕を振り回し、魔法を発動させながらトゥーレを襲っている。笑える程のサイズ差はあるものの、トゥーレは巨人相手に良く戦っていた。
 問題はもう一人、六枚の黒い翼を持つ女だった。
 彼女が宿す魔力量は尋常では無い。トゥーレの攻撃に耐えながら反撃を行う点で巨人よりも強い事が分かる。
 対するトゥーレは体に負傷が目立ち、満身創痍といった様子が遠くからでも見て取れた。空港で行われたであろう戦闘を考えれば仕方ない事だ。
「そうだな。何かしらの援護を考える必要がある。しかし今はここから離れよう。このままではトゥーレの邪魔になってしまう」
「わかった。オラッ、ウェンディ、いつまで目がぁって言ってんだよ」
「目がっ、砂入って痛っ、メッチャ痛いっス!」
「聞こえてないみたいだよ」
「あー。こいつ耳やられたんだよ。しょうがねえ、引きずって行こう」
「ライディングボートはどうしたの? ってか、ノーヴェもローラーは?」
「ブッ壊れた」
「おおう。二人ともボロボロだし、大変だったみたいだね」
「セインは無傷だよな。――なんで無傷なんだよ!? チンク姉だって怪我してんのに。働け!」
「働いたってば! 魔導炉解体してレリック取り出すなんて精密作業やったんだから。もう精神力がガリガリ削れたって! すっごい怖かったし。甘いもの食べたい! 糖分欲しい!」
「支離滅裂になってるぞ。二人とも、言い合ってないで急ごう」
 ウェンディを抱え、チンクを先頭に三人は駆け出す。
「あいつら、トゥーレと互角に戦ってやがる。一体何者なんだよ」
「さあ、分からない。だが、あの魔力の輝きは……」

 ギロチンの刃が四重の障壁を斬り裂き、虹彩異色の女の細い首を断とうとする。だが、女の左腕によってそれは受け止められる。
 四重もの障壁を破れば多少は減速し威力が落ちるとは言え、トゥーレのギロチンを素手で受けるなど信じられない事だった。
 刃越しに伝わる感触は硬い。魔法による強化を行っているのだろうが、ただの身体強化系の魔法でないのは明白。
 左腕でギロチンを受け止めた女は魔力を雷と炎へ変換して纏った右拳でトゥーレの顔面を狙う。
 それを後ろへと間合いを離して避け、後ろへ回り込もうと移動する。その時、真下から巨人の腕が伸びてきた。巨体に似合わない速さと拳の大きさに避ける事を諦めたトゥーレはギロチンでそれを受け止める。
 大気が大爆発を起こし、トゥーレの体が更に上空へと吹っ飛んだ。
 黒い翼の女が足下にくすんだ虹色の魔力光を放つベルカ式魔法陣が展開させ、両の掌をトゥーレへ向ける。手先に、黒い魔力スフィアが生成される。
 スフィアは小さなサイズであったが、天使の体から魔力が放出されてスフィアに集まり、巨大化させる。
 極太の砲撃魔法が放たれた。
 夜の空よりも尚暗く、光さえも飲み込みそうな砲撃が空を包む。
 トゥーレは大気を蹴り、砲撃を横移動に避ける。そのまま体を捻らせ、軌道を変えながら疾走する。
 いつの間にか上空には空を覆うほどの小さな魔力スフィアが大量に浮いていた。それは巨大な天使の四枚の翼から出ている。
 羽が抜け落ちるように翼が羽ばたく度に放出される魔力スフィア。それはトゥーレの接近を感知すると、広域魔法となって広がる。
 ツヴァイとドライとの戦闘での負傷を抱えたままだが、トゥーレはまだ戦える。機雷のように爆発する広域魔法の針の穴ほどの隙間を高速移動で潜り抜けていく。時には敢えて受け止める事でその勢いを利用し致命傷を免れる。
 トゥーレは回避行動を取りながら黒い翼の女を睨みつける。
 虹彩異色の右眼は変わらず真紅に光り輝いているが、反対に左眼は虚ろな碧。その色と光無い瞳は毒のようであった。
「――ッ、お前、胸糞悪ィんだよ!」
 トゥーレが天使の猛攻をかい潜って女に向けギロチンによる連撃を放つ。女は障壁と腕でそれを防いでいく。
 手負いとは言え、トゥーレと互角に受け止め、巨大な天使を使役する女の見た目は夜天の書であるリインフォースと酷似している。
 だが、中身は、彼女を動かしているのは闇の書の闇と呼ばれる防衛プログラムなのだろう。過去の所有者の改竄によって暴走した防衛プログラムはとうとう夜天の書そのものであるリンフォースさえも飲み込み、支配するところまで来ている。
 ならば彼女は内部のプログラムが主従逆転した夜天の書。再生能力、四重の障壁、多数の広域魔法からも想像できる。しかし、所々に違いもある。
 銀髪に混じる金の毛髪、妖しげな光を宿した紅い左目と虚ろな碧の右目は碧。そして何よりも、浮かぶベルカ式魔法陣の輝きが違っていた。
 明度が落ちているとは言え、魔力光の輝きは虹色。それは間違いなく――

『聖王家のみが持つカイゼル・ファルベだね』
 ノイズが混じるモニターの中でスカリエッティが興味深そうに答えを言った。
 今のような巨人ではなく、大群であった天使の一部が通信妨害を行っていたのか、それとも移動庭園がそれを行っていたのか、どちらにしても通信の感度が良くなっておりチンク達との通信が容易くなっている。
『金の髪に碧と赤の虹彩異色。トゥーレのギロチンを受け止める事が出来る程の、単純ながらも固有技能に枠組みされる五体の武装化。そして虹色の魔力光は何よりもその証だ』
「じゃあ、あれって聖王!?」
『聖王家に近しい血族はいるが、近しいと言うだけで聖王の直系ではないね』
『ノーヴェ。貴女、何の為にドゥーエが聖王教会に潜入して聖骸衣を手に入れてきたと思っているの?』
 スカリエッティを映すモニターの隣では、ウーノのモニターもあった。彼女はやや呆れた眼で妹に視線を向ける。
「え? あっ、そういえばそうか……」
「聞こえてないけど、ノーヴェが怒られたのは分かったっス」
「聞こえてないなら口閉じてろ、ウェンディ!」
 チンク達四人は先ほどの地点よりももう少し離れた場所、ノーヴェとウェンディがフィーアと戦った事で出来た窪みへと腰を下ろしていた。窪みと言っても相当な深さがあり、塹壕の役目を十分に果たす程だ。
『話を戻すと、彼女は聖王のクローンだ。それも失敗作のね。セインは一度見ているだろう。あの砂漠の次元世界で』
「あー、あの子か……」
 トゥーレ、セイン、ディエチの三人が過去に不法の研究所へ調査しに言った時の事だ。あの時は初のツヴァイとの接触もとい戦闘があった為に印象は薄くなってしまったが、確かにあの研究施設には破棄された聖王のクローンがあった。
『闇の書の管制プログラムは融合騎でもある。ユニゾンさせる事で失敗作の欠損を防衛プログラムの再生能力によって補完させ、その上で乗っ取っている。それでもまだ聖王の器として不完全だが、それは出力で無理矢理解決しているのだろう。チンク、セイン、魔導炉でのレリックはどうだったかな?』
「ここにあるけど、やっぱり少なかったよ」
 セインが持っていたアタッシュケースを開いてモニターの方に中が見えるように向ける。ケースの中には赤い結晶体が五つ入っていた。
『やはり想定していた数より少ない。ルーテシアの収穫にもよるが、残りのレリックは彼女が使用していると考えるのが妥当だね』
「彼女は、複数のレリックと融合したレリックウェポンと言う事ですか」
 そう言ってチンクは塹壕から僅かに顔を出して戦闘の様子を窺う。
 膨大な魔力が聖王のクローンから溢れている。先程からの大規模な魔法を考えれば二つ三つでは済まないかもしれない。
「しかし、あれだけの量と融合して無事な訳が……」
『そちらも、そこをストレージデバイスであり、ユニゾンデバイスである闇の書の処理能力と再生能力で無理矢理制御しているのだろう。力技だが有効な手段だ。もしかしたらゆりかごの鍵になれたかもしれない……、いや、確実に鍵としても機能した筈だ』
 移動庭園は南東に、ミッドチルダ東部の森林地帯、聖王のゆりかごが眠っている場所に向かって進んでいた。ゆりかごを乗っ取る気でいたとするならば、確実に鍵の準備が出来ていたと言うことだ。
『……ああ、そういえば皆に言わなければならない事があった。その為に通信したのをすっかり忘れていたよ』
「なんでしょうか、ドクター」
『うむ。実はだね――』
 そしてスカリエッティは非常にもったいぶった後、何でもないように軽く言う。
『移動庭園が落下している』
「………………ええっ!?」
 ナンバーズ三人の声が重なった。一人耳が聞こえていないウェンディだけが首を傾げている。
『残ったエネルギーでなんとか浮遊しているようだけど、巨大な天使の重量のせいで微妙に傾きながら下降しているわ。このままだと地上に不時着。最悪、管理局の真ん中に突入する事になるわね』
 続いてウーノが淡々と説明した。
『魔導炉の停止させても予備が動くと思っていたんだが、どうやら予備そのものが最初からなかったようだね。これはまいった。あっはっはっは』
「ど、どうすんのさ、ドクター!?」
『私が今メインコンピュータをハッキングして残ったエネルギーで何とかやりくりしている。厄介な個体がいない分順調だが、やはりエネルギーが足りない。セイン、レリックを持って来てくれないか? 君の能力なら早いだろう』
「ああ、そっか。でもそれならこれ魔導炉に戻して来た方がいいんじゃないの?」
『炉が再起動するのに時間がかかる。それに、あの天使が出現した際に多くの設備が壊れて魔導炉が動く保証は無いからね』
「んー、わかった。今持ってくよ」
『頼んだよ』
 余裕そうでいても切羽詰まっている状況なのか、スカリエッティのモニターがすぐに消える。
「んじゃ、行ってきまーす」
「天使はもういないと思うが、気をつけてな」
「うん、わかってるよチンク姉」
「あれ? セインどこ行くんスか?」
「お前本気で口閉じてろよ」
 セインがアタッシュケースを抱えたままディープダイバーによって地中に潜って行った。
「ウーノ、その間我々はどうすればいい?」
『トゥーレの援護でも、と思ったけれどその状態では危険ね』
「無理では無いだろうが……」
 ノーヴェやウェンディは言わずもがな、チンクも百以上の天使を相手に戦い続けた為に無傷では無い。それに武器となるスティンガーも残り僅か。このまま行っても足手まといにしかならないだろう。
「見守る事しかできないか。仕方がない。ここはしばらくトゥーレを応援しなが私達は隠れていよう」
『それが無難ね。私は脱出ルートの手配をするわ。予定よりも大分変更しなくちゃいけないから』
「わかった」
 ウーノとの通信が切れる。
「応援って……」
「しないのか?」
「いや、まあ、するけども。トゥーレがやられたらあたしらも終わりだし」
「あっ! 二人ともマズイっす!」
 その時、突然ウェンディが叫びながらチンクのコートの裾を引っ張る。
「どうした、ウェン――しまった! 二人とも私の後ろに!」
 ノーヴェとウェンディの二人を背後に押しやり、チンクはシェルコートの防御機能を最大展開させた。
 
「テメェッ!」
 トゥーレは、聖王の器を得た闇の書との戦いの最中、標的を天使へと変えて疾走しようとする。
 今までナンバーズを攻撃するどころかか気付いた素振りさえも見せなかった天使だが、ここに来て突然砲撃魔法の準備をし始め、その矛先をナンバーズに向けていた。
 三つある天使の頭部の一つ、牡羊の大きく開いた口の中で魔力が圧縮され、同時に超高温の炎へと変換される。
 トゥーレが急いで天使を止めようとするが、背後からの闇の書の攻撃に晒され、ロスが生まれる。
 天使を直接止めるのを諦め、盾となる為にトゥーレは砲撃の射線上に自ら飛び込んだ。
 闇の書は最初からナンバーズ達の存在に気付いていたのだ。捨て置いたのを結局利用したのか、トゥーレとの戦い予測していた上でなのかは不明だが、闇の書は機動力に勝るトゥーレが絶対に避けない状況を作った。
 後ろにはナンバーズがいる為に、トゥーレは避ける事ができない。このまま、砲撃を真っ正面から受け止めるしか無い。ツヴァイの砲撃と比べれば天使の砲撃は威力が低いだろうが、それでも並の砲撃魔導師を軽く凌ぐ。何よりもトゥーレは万全では無い。十全の働きを期待するのは間違っている。
 トゥーレが渾身の一撃にて対抗しようとギロチンを即座に構え、天使が口から全てを焼き尽くす炎を吐こうとする。
 その時、トゥーレの真後ろから光が発せられた。
「何だ!?」
 チンク達からのものでは無い。トゥーレのやや後ろ、上空にその紫紺色の光はあった。
 光の中から巨大な物質が現れ、大気を押し退ける。そのせいで強い風が吹き荒れた。
 それは、白い手だった。巨人の天使の物と比べても同等の大きさを持つ手は、自ら巻き起こした風よりも早く、背後からトゥーレを横切って天使の牡羊の側頭部を殴った。
 天使を守っていた障壁が割れ、巨体さに似合わない高音の悲鳴を上げて後ろへ仰け反る。牡羊の口にあった炎も突然の横槍に消失した。
「これは……」
 天使を殴り飛ばした白い巨人の腕は、紫紺に光るこれまた巨大な魔法陣から生えていた。ミッドともベルカとも違う召喚魔法陣だ。
 魔法陣が更にその大きさを広げながら後ろへと下がって行き、白い腕の持ち主、第一種稀少固体指定の魔法生物――白天王が姿を現した。

 チンク達が塹壕の中で新たに現れた巨大な魔法生物を見上げていると、後ろから土を踏む音がした。
「真打ちは遅れてやってくる……」
 塹壕の上に、ルーテシア・アルピーノが無表情ながらも自慢げに立っていた。
「お嬢、ナイス!」
「おおっ! ルーテシアお嬢様から後光が見えるっス!」
「ひざまづけ」
「……何を言っているんだ、ルーテシア」
 ふんぞり返っている少女の後ろには、額を押さえたゼストとガリューの姿もあった。
「騎士ゼストもご無事で……そちらは?」
 ガリューの肩に掌サイズの人が座っているのをチンクは見つけた。燃えるような赤い髪をし、体にルーテシアのハンカチを巻いている。
 窶れ、青白い顔はまるで人形のようだが、その眼は生きる者特有の輝きが僅かながらにあった。
「実験体にされているところをこちらで保護した。ルーテシアの、新しい友人だと思ってくれればいい。ところで、どういう状況だ?」
 そう言って、ゼストは巨大な生物達を見上げる。
 二対四の翼に獅子、鷲、牡羊の三つの頭部を持つ巨人型の天使と、頑強な外骨格と半透明な膜状羽を持つ人型の巨大昆虫が睨み合い、互いに威嚇するように羽根を震わせる。
「そんなの決まってる。トゥーレの敵はわたしの敵。だから、トゥーレはトゥーレでそいつぶっ飛ばしちゃえ」
『ああ。よくやったルーテシア!』
 念話と共に発せられた後半の言葉にトゥーレが返答する。
「惚れた?」
『あ? あー、いや、見直したって事で……』
「ちっ」
「おい。舌打ちするなよ、六歳児」
「ざんねん。とりあえずわたし達のかがやかしい未来をジャマするヒトは退場してもらうから」
 ルーテシアの合図で白天王が動き出した。前へと踏み出し前進する。それだけで移動庭園が揺れた。
 天使が胸の前で魔力を圧縮し始める。だが、それよりを放つよりも早く白天王の前蹴りが天使の腹部に命中する。
 魔力が霧散し、天使が体がくの字に曲がったところに白天王が前蹴りした足で地面を踏みしめ、一気に近づき、腕で振り下ろしの二撃目を喰らわす。
 肩を強打され、膝をつく天使。しかし、獅子の頭が口から紫電を発生させて白天王の腕を焼いた。
 電流を流され動きを止める白天王の顎に向け、天使が立ち上がりざま拳を振り上げる。
 強烈な一撃を受けて、地から足が離れ巨体が浮き上がった。
 顎をやられ、宙に浮いた白天王は無防備を晒す。その隙に天使が再び砲撃を放とうと魔力を一点に集中させた。
「……うっちゃえ」
 ルーテシアの言葉に白天王が反応する。
 とても聞こえる距離ではないが、召喚主との何らかの繋がりがあるのだろう。主の命に従い、膜状羽を広げて滞空し、腹部の水晶体を天使に向ける。
 巨大な砲撃が同じタイミングで発射された。
 魔力と魔力が衝突し合い、眩しい光が周囲を包んで大爆発が起きる。
 魔力爆発の影響で起きた爆煙に宙に浮いた白天王が飛び込み、その向こう側にいた天使に突進する。そのまま掴み掛かりながら、二体の巨体が移動庭園の上で転がった。
 両者の戦いで地面の揺れが激しくなり、ただでさえ天使の誕生によって内部から破壊されて半壊状態だった庭園が更に崩れていく。
「怪獣同士の喧嘩、すげえ迫力だ」
「地面揺れてるのに音聞こえないと、何か気持ち悪いっス」
 白天王と天使が起き上がり、取っ組み合いの殴り合いが行われる。一つの動きだけで揺れが一際大きくなっていく。
「……五分だな。加勢しよう」
 傍観していたゼストが槍を構えた。
「んー、じゃあ、わたしも」
 ルーテシアが腰のホルスターから大型拳銃を引っ張り出す。
「なら、あたしも!」
「ケガ人はだまって休んでる」
 ノーヴェの言葉をルーテシアは一蹴する。
「それに、この山場で猛烈にアピールしてこそメインヒロイン……」
 ルーテシアの瞳が少女の純粋さと女の打算さで輝いていた。
「また電波受信したみたいっスよ」
「どうしてこんな風に育ったんだ?」
「主な教育はクアットロだった筈だが……」
「あの眼鏡のせいか」
 本人が聞けば絶対違うと否定するだろう。ともかく、育った周囲の特殊な環境下を考慮しても非常に変わり者として人格が形成されたルーテシアは、齢六歳にて目の前の大破壊に怖じ気つく事も無く、異形の拳銃を高々と掲げてその引き金を引いた。



 ルーテシア達が巨大な天使を抑えた事により、トゥーレは闇の書に集中する事が出来た。
 移動庭園を囲み空高く伸びる巨大な竜巻、それと雲の境目近くでいくつもの火花が散っては消え、散っては消える。
 手足を武装化させた闇の書が障壁とガントレット、更にはレリックの膨大なエネルギーを使用した身体強化系魔法の上乗せで得た強靱さでトゥーレの攻撃を受け止め、ストレージデバイスとしての情報処理能力で数々の魔法を撃ち、高速学習によってトゥーレに有効な攻撃を選択し続ける。聖王の器を手にした闇の書、古代ベルカで誕生した二つの力は凄まじい。
 それでも尚、振り下ろしたギロチンが闇の書を捉えた。
 闇の書は自分の周囲に竜巻を発生させる。激烈な電流を帯び、細い魔力刃が高速旋回する竜巻は攻守を共に兼ねる凶悪な風だ。触れれば風圧と電流、刃の襲撃を受ける。
 それに構わずトゥーレはギロチンを叩き込んだ。ギロチンを伝って電流が流れ、風圧と魔力刃で右腕が軋む。だが、止まらない。
 長大な刃は竜巻を逆に切り裂き、闇の書を襲う。
 彼女は両腕で防御の姿勢を取って受け止め、衝撃を殺しきれずに吹っ飛ばされた。
 本来なら両腕を絶ち斬ってもおかしくは無いトゥーレのギロチンだが、肉を切る程度で骨まで達していない。どころか急速に傷口が治り始める。
 防衛プログラムの障壁を突破出来ても刃の速度が落ち、聖王の鎧による恩恵を受けた五体に弾かれる。何より、傷を負わせたとしても再生能力であっと言う間に塞がってしまう。
 だが、それがどうしたと言うのだろう。傷が治ろうと不死身だろうと彼に首を刎ねられればそれで終いである。
 どんなに頑丈でも、斬首となれば確実にその細い首をトゥーレは断つ。
 傷は治っても一度崩れた体勢は空中ではそう簡単に直せない。飛行魔法による急停止を闇の書は行うが、トゥーレが追いかけて来る。
 闇の書は停止するのを諦め、逆に勢いを利用してトゥーレから距離を取りながら広域魔法を放つ。
 それでもトゥーレの方が速い。座標指定され発生した広域魔法を後ろに置き去りにし、発動する直前のスフィア状態をギロチンで破壊し、魔力爆発の中を疾走する。
「……夜天の雷よ」
 夜天の書の呟きに反応し、虹色の魔法陣が闇色の波動を噴出させ、深紅の左目と身体の紋様が一際輝き、六枚の黒い翼がより長く、より大きく巨大化する。
 そして、闇の書を中心に広域魔法が発生する。
 レリックの膨大なエネルギーを使用した黒い稲妻を纏う広域魔法がトゥーレを包み込んだ。
 トゥーレの疾走が僅かに鈍る。鈍るだけで止まらない。確かに対した威力だが、ドライの数々の魔法を受けた彼を止めれる訳がない。致命傷にはまだ遠く、逆に断頭台の刃が闇の書に近づく。
 広域魔法の中、闇の書の巨大化した翼が意志を持つかのように動き、トゥーレの前に立ちはだかる。
 障害となった六枚の翼を、何の苦も無くギロチンの刃が切り裂いた。
「――ッ!?」
 切った瞬間はシールドのような堅さがあった。しかし、後に残る感触は泥のような物だった。それを確かめるよりも早く、トゥーレに頭痛が襲う。
「な、何が……」
 脳が焼き串でかき回されたような激痛と悪寒がトゥーレを襲い、身体の自由が一瞬だが利かなくなる。その僅かな時間で、ギロチンを生やす右腕に黒い羽がへばりついていた。それが溶け、泥のようになるとギロチンから右腕へとトゥーレの身体を伝っていく。
 以前気持ち悪い感覚に襲われながらも急いで振り払うが、黒い泥は闇の書の背に生える翼と繋がっていてその動きを抑える。 異常に気付いた時には既に遅かった。切られた筈の翼も泥となってトゥーレの身体に覆い被さり、鉛のように重くなって自由を奪う。
「俺を取り込む気か!?」
「闇に、沈みなさい」
 吐き気を堪えながら、トゥーレはもがいて闇の中から抜け出そうとするが、既に九割が闇に飲み込まれている。
 漆黒の翼に包まれ、意識が沈んでいった。





 ~後書き&補足~

 シリアスさんがどっか行った。
 ナンバーズとかルーテシアを書くとどうしてもギャグっていうかネタになってしまいます。

 本文の現闇の書に関しての解説ですが――
 聖王の器(クローン。ヴィヴィオと違い失敗作)にユニゾンインした夜天の書(闇の意志)をレリックウェポン化(レリック数個)
 能力が複合バリア四層、再生能力、高速演算、高速学習、聖王の鎧という闇鍋みたいなキャラです。ザコ天使はその恩恵で超弱体化で聖王の鎧による五体強化に障壁一層、学習能力がありました。
 大分前から考えていた設定ですが、我ながら、ないわーと言わざるおえない。
 てか、サブタイトルについ「聖天の王」とか書いちゃったけど……まあ、いいか。



[21709] 四十七話 クリミナル・パーティー(ⅩⅡ) 預言成就・地獄顕現
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/08/22 22:52
 崩れ落ちる移動庭園が暴風に包まれて周囲からの視線を防いでいるのと同じく、臨海第八空港でも炎によって外界から遮断されていた。
 火災などと言う言葉は生易しい。火山の噴火の如く炎が駐車場の一角から天に昇り、広がる。火の玉が地上に落ちる。一つ一つが爆弾となって周囲の物を破壊し、更に火を燃え移らせてその規模広げていく。
 生きる者は灰も残らず、形ある物は無形状と化す灼熱の中で不動の男がいた。
 アルハザードの戦闘機人、紅一色の世界で黒のコートを着たアインは大剣を逆手に地面に突き刺したまま動かない。
 漆黒の眼が見据える正面の炎の壁、そのある一点から小さな光が煌めいた。
 炎の壁が大きく揺らめき中から一本の矢が飛翔する。それが内包する魔力のせいか、矢が通過した炎は圧し退けられて何も無い空間を作った。
 炎の世界に一本の空洞を作りながら矢は超高速でアインへと飛来する。
 不動だったアインが逆手に持っていた大剣を引き抜きながら矢を受け止めた。
 矢と剣が衝突した瞬間、矢に込められた魔力が大爆発を起こす。アインの持つ大剣が半ばから砕けた。
 周囲に発生していた炎が爆風によって消し飛び、液状と化していた地面も後方へと流れる。
 だが、デバイスを破壊され直撃を受けたはずのアインはと言うと、微動だにしていなかった。
 アインが睨みつけるのは砕けた剣では無く、矢が作った空間の先だ。
 魔力の矢が作った空洞の中を螺旋状に回転するウイングロードがあった。光の道はトンネルとなって空洞を補強する。
 そして、光のトンネルとなったウイングロードの向こう側からシャッハが駆け抜けて来る。
 アインは爆煙の中で半壊し短くなったデバイスを旋回させて構え、それを迎え打つ。
「はああぁぁっ!」
 魔法による加速で一瞬にして間合いを詰めたシャッハが懐に飛び込もうとする。アインはそれを阻む為に逆手で持つ半壊したデバイスを振り下ろす。
 長身である彼からの攻撃はほぼ真上からやってきた。シャッハが刃を備えた二本のトンファーで防ぐ。片腕で無く、両腕を使ったのはそうでなければ受け切れないからだ。
「くっ……」
 案の定、アインの怪力は片腕だけで両腕で防御したシャッハの動きを止めていた。
 上からの圧力で、シャッハの膝が地面に崩れ落ちる。炎の熱で溶けかけていた地面と触れ、激痛と共に焼け焦げた臭いがした。
 歯を食い縛って耐えるが、アインからの圧力は増していく。いずれ、耐え切れなくなるだろう。
 だが、動きを封じたのはシャッハも同じだ。
 銀色の輝きがアインの手の甲に激突する。
「む――」
 コンクリートの壁も貫く一撃を受けても尚傷一つ付いてはいないが、それによって力の向きが強制的に移動する。
 その変化を見逃さずにシャッハがトンファーでアインのデバイスを受け流し、同時にその場から離脱する。
 妨害した銀の輝きは一片の刃によるものだった。刃の底からはワイヤーが伸び、その途中途中で同じような刃物がいくつも付いている。そしてその先を辿っていけば、今にも炎によって喰い破られようとしているトンネルの向こうに、レヴァンティンをボーゲンフォルムからシュランゲフォルムへと変形させたシグナムの姿があった。
 連結刃が鎌首を擡げ、アインの腕に巻き付く。
「俺と力比べをするつもりか?」
 刃を喰い込ませようとする連結刃など気にした様子も無く、アインは腕を横へ振って逆にシグナムを引き寄せようとする。
 シグナムがウイングロードを蹴った。
 アインの腕力に逆らわず、しかも連結刃を手元から繋げて剣に戻す事で加速させる。
 急速に近づき睨み付けてくるシグナム。それを受け止めながらアインの意識が背後に向く。離脱した筈のシャッハがいつの間にか後ろに移動していた。
 更にはシグナムの後ろ、炎に蹂躙され閉じていくトンネルの中をクイントが駆けて来ている。
「フ、ハハッ……」
 あの炎の中、三人ともが生存し、あまつさえ反撃を仕掛けようとする。
 ――面白い。
 それ以外にどう表現しろと言うのか。この身は不出来な人形なれど宿る黒炎はあらゆるものを腐敗される魔刃。ただの火炎に四苦八苦していたヒト如きが怯えず、愚かにも果敢に攻めてくる。
 虫ケラ風情が本当に哂わせてくれる。
 アインの体から赤い炎が噴出する。同時に炎の蛇が何頭も現れ、シグナムとシャッハへと凶悪な顎を開いたまま伸びていく。
 シャッハは一旦後退しながら炎の壁と蛇から逃れる。
 逆にシグナムは連結刃をアインの腕から引き戻し、完全に剣へと戻す。カートリッジをロードし、引き戻した勢いをそのままに体を回転させる。剣が大きく振り回されながら炎を帯びた。
 襲いかかる蛇の頭を斬り捨て、アインに迫る。それは炎の中へと飛び込む事を意味していた。
 しかし彼女とて伊達に烈火の騎士の二つ名を持っているわけでは無い。
 回転によって得た遠心力で炎の壁を斬った。更には、まるで服従するかのように斬り裂いた炎がレヴァンティンに纏わり付き、より激烈な炎の剣となる。
「これは……」
「――何だと?」
 さすがにその現象は両者共にとって予想外だったのだろう。シグナムもアインも目を僅かに見開く。だが、二人とも歴戦の古強者である。一瞬にして冷静さを取り戻すと、シグナムは渡りに船と言わんばかりに勢いを増して剣を上段に構え飛び上がる。
「気紛れなものだ。女なのは外見だけでは無かったと言うわけか」
 突然の炎の転身に心当たりがあったのか、馬鹿にするような独り言を呟きながらアインがデバイスを構える。
 その時、シャッハがアインの背中に向け再び高速で駆けだしていた。炎が消えた事で接近できるようになったのだ。
 離れた位置にまで蛇に追われていた彼女だが、移動系の魔法でほぼ一瞬にしてアインの真後ろにまで来ている。カートリッジのロードで、必殺の一撃を放つ為の魔力が高まる。
「烈風一迅ッ!!」
「紫電一閃ッ!!」
 高密度の魔力を乗せたトンファーによる斬撃がアインの背に、そして巨大な炎の剣となったレヴァンティンの一撃がアインのデバイスを完全に破壊し右肩に激突する。
 大気が大爆発を起こしたような衝撃が起こり、周囲に燃え盛っていた炎とマグマと化した地面を根こそぎ吹き飛ばした。
「くぅ……」
「そんな――」
 だが、だがそれでもアインは健在であった。
 背後から無防備な背中から攻撃を受けても、コートを斬り裂き、露出した肌が赤くなっている程度。紫電一閃の枠を越えた一撃でさえ、彼の肩に喰い込むだけ。剣に宿った熱で流れる血が蒸発していくが、アルハザードの戦闘機人は倒れず平然としている。
 最早、人と機械の融合、究極の戦闘兵器などと言う枠組みをとっくに越えている。尋常な相手では無いと解っていた筈なのに、それでもまだ考えが甘かった。
「ぐぅっ!?」
 デバイスを捨てたアインの右手がシグナムの首を掴み上げた。
「シグナ――くっ!」
 シャッハが助けに入ろうとして時、アインはシグナムを掴んだまま後ろ回し蹴りを放って来た。
 横から来るアインの踵を片手のトンファーでとっさに受け止めるが――
「ぐぅ!? が、はっ!」
 鉄塊が風の速さでぶつかって来たような強烈過ぎる蹴りを受けてアームドデバイスが砕けた。
 トンファーを破壊したアインの蹴りはシャッハの脇腹に当たり、シャッハを引っかけたまま一回転して蹴り投げた。
 今までの火の中での戦闘で酷使したせいもあるだろうが、デバイスをただの蹴りで破壊するなど人間技では無い。
 ボールのように投げ出されたシャッハは地面へ落下し、跳ね、転がっていく。
 手を地面につき、なんとか踏み止まる。しかし、距離を離されてしまった。彼女の俊足ならばすぐにでもシグナムの元へ行けるだろうが、体が痛みで動かない。
「は、あぁ、ぐっ」
 蹴りを受けた脇腹、その骨が砕けていた。折れたのでは無く、粉砕である。痛みとは危険信号だ。骨が内蔵に突き刺さっている可能性もあり、シャッハは痛みに耐えるので精一杯だ。
 シグナムは首を絞められ、持ち上げられながらも剣をアインの頭部に振り下ろし、時には突く。だが、ただでさえ魔力を乗せた攻撃でも傷一つ付かないアインに対して無駄な抵抗であった。
「フン、なるほど。そういえば貴様はマテリアルの類だったな」
 アインはそう言いながらシグナムの首をより強く絞める。彼の怪力にかかれば人の首の骨を折るなど容易い。
「折った程度で死ぬか怪しいものだ。確実に止めを刺してやる」
 アインの瞳が更に黒く濁る。
 その変貌は、間違いなく黒炎を出す前兆だった。
「シグ、ナムッ!」
 立ち上がるだけで精一杯のシャッハが叫ぶ。だが彼女では助ける事は出来ない。
 ならば――
「任せない」
 シャッハの頭上を人影が飛び越えた。
「まったく、貴女達もうちょっと周囲の事考えて攻撃しなさいよ」
 シグナムとシャッハが起こした衝撃の煽りを受けていたクイントが吹き飛んで綺麗になった地面に着地、衝撃を地面に吸わせ、瞬時に駆ける。
 ガラスのような表面だった地面がクイントの豪快な走りによって、蜘蛛の巣状のヒビ割れを残す。
 今までの戦いで全身に火傷を負い、髪も焦がした彼女を見て、アインが不敵な笑みを浮かべた。
 来るなら来い。助けられるなら助けてみろ。挑発的な笑みは暗にそう伝えていた。
「上等。後で後悔しなさい」
「させてみろ」
 クイントが依然シグナムを掴んだままのアインに肉薄する。
 アインはシグナムをまだ黒炎で燃やさない。使う度に体の一部を捨てなければならない腐敗の炎は諸刃の剣だ。使うならば今度こそ確実に、且つまとめて潰さなければならない。
 攻撃した直後に生まれる隙を狙い、クイントをシグナムもろとも腐滅させる。
 だから、アインはそのつもりでクイントを待ちかまえる。
 クイントがリンカーコアの枷を外しフルドライブを使用。左腕を大きく引く。同時に魔力が彼女の左手に集まっていく。そして、集中させた魔力を乗せたまま拳をアインに向けて真っ直ぐに放った。
 槍のような鋭い突きはアインの右肩、シグナムの斬撃によって僅かに斬られた箇所を狙う。
 無駄だと、アインは笑う。確かにシグナムの攻撃は強力であった。だが、クイントがそれと同等以上の攻撃を行えるとは思えない。出来たとしても傷が深くなる程度、骨まで行けば良い方だ。そして、例え骨が砕けてもシグナムを離すつもりは無い。
「はあああぁぁッ!!」
 クイントの拳がアインの肩に命中――する瞬間、クイントの力が圧縮した。
 左腕の筋肉が音を立てて引き締まる。尋常では無い筋力が生み出され、左腕が鋼鉄のように硬くなる。
 腕力だけでは無い。左腕に収束されていた魔力が一瞬で形を持って圧縮される。圧縮された魔力はクイントの左腕の形をしていた。寸分違わず、もう一本の腕と言っていい精密且つ高密度に圧縮された魔力はクイントの腕と重なっている。
 最早、鋼糸で編まれた腕なのか、高密度の圧縮魔力が形成した腕なのか分からない。
 それだけの事が全てインパクトの瞬間に起き、拳が唸る音だけで岩石が割れるような音がした。
「……なに?」
 アインが目を見張る。
 シグナムに付けられた斬傷が割れ始めた。 他者の攻撃でまともに肉体を破損させる事の無かったアインの体が今初めて崩壊する。
 中から筋肉繊維が一本一本契れ、割れていく。そして全てが千切れる前に、溜めていたエネルギーをもう押さえつけられなくなったのか風船が割れた音と共にアインの肩が破裂した。
「――――」
 赤い霧と共にアインの右腕が宙に舞った。
 それを、アインは信じられないと言った面持ちで見上げる。
 アインのような怪物が生半可な攻撃で倒れない事など、クイントはとうの昔から知っていた。
 ゼスト隊が壊滅したあの日から、クイントはあの日戦ったギロチンの男に対抗する為に己を鍛え続けてきた。
 頑丈過ぎる程の体を持って超スピードで行動するギロチンの男。例え捉える事が出来たとしても加速や溜めなどをしている暇は無い。どんな状態からでも最強の一撃、触れただけでも相手の鎧を貫く攻撃手段が必要だった。
 未だ模索し続けてはいるが、候補として得た答えの一つが先程の拳であった。
 アインの手から解放されてシグナムが落ち、クイントが隻腕で受け止める。そのまま急いでアインから離れるように後退する。アインの片腕を破壊したと言っても油断はできない。
 現に、アインが宙で血の線を描きながら回転する己の腕に呆然としたのはほんの一瞬。すぐにクイント達に視線を下ろすと、前蹴りを炸裂させた。
「ぐっ!」
 クイントがシールドを、シグナムが鞘と剣で受け止める。後ろへ跳んでいた事もあり、シャッハの二の舞を踏まずに済んだが、あまりの衝撃に二人の体が予想以上に吹っ飛ぶ。
「二人とも、無事ですか!?」
 隣にまで地面を転がって来た二人にシャッハが声を掛ける。
「大丈夫よ」
「私もだ」
 無事だと言いながらもクイントの左腕は血管が破裂したのか内出血を起こし、シグナムの首には生々しい程の紫色の痣が出来ている。
「大体、大丈夫とか大丈夫じゃないとか言ってる場合じゃないわ」
 三人はそれぞれの怪我を堪え、立ち上がって敵を見る。
 アインは先程の場所から一歩も動いていなかった。足下には完全に破壊されたデバイスと彼の右腕が転がっている。それを一瞥し、クイント達を見た。
 今や眼が完全に黒く染まり、血光を放っている。アインは両腕を失ってを尚、圧倒的な威圧感を放っている。
 三人は身構えたまま動けない。
 アインは手負い故かより凶暴で凶々しい気配を漂わせていた。だが、その佇まいは静そのものだった。
 直前までは。
「がが、ガガががガガガガガガがががガががガガヶヶヶヶ」
 笑った。耳障りな哄笑がクイント達の聴覚を襲う。
「ヒト如きがやってくれるじゃないか。地を這う虫よりもしぶとい。その癖、最多種とは図々しい。まったく、いくら殺しても飽き足らない減らない目障りだ。絶滅すべきなのだ。価値の無い劣等種は」
「ぐぅーーっ!」
「なに!?」
「く、ぁ……」
 質量を持つ程の殺意を持った視線はそれだけで命が奪われるようであった。
「忌々しい事に俺に残った時間はもう無い」
 突然、アインの全身から黒炎が噴き上がった。
「剣精の加護を無くせば僅かにしか保たんか。つくづく脆い身体だ。弱すぎる」
「あんた……」
 使用者本人さえも腐滅させる魔の炎。それに包まれた時点でアインの死は確定した。
 元々、黒炎に適応しきれなかった身体だ。古代ベルカの融合騎、烈火の剣精の力で辛うじて保っていたに過ぎず、それも今宵までであった。それに加え、どういう訳か剣精の力も失っている。
 アインの命はあと半刻も保たずして燃え尽きるだろう。
「だが、ただでは終わらん」
「なっ――」
 アインの身体から出る黒い炎が苛烈さを増す。塵と化していく身体は倒れず、逆に消え掛けの蝋燭が最後に大きな火を灯すように、腐滅の炎が黒々と燃え盛る。
「地獄を魅せてやる」



 闇というのは負のイメージしか無い。だが、闇は最初の安息の場である。
 胎児は母の中、光無い世界で生まれ、外界に出るまでは闇の中で育つ。
 闇の書の闇は正しく闇そのものだ。存在の強い光からは目を向ける事なく、何も見なくて済む暗闇は安心を与える。身体を満遍なく包む微温湯のような暖かさは人と春の温もりと同じで安らかだ。
 夜天の書の管制人格であるリインフォース。彼女の意識は闇の中で混泥していた。
 意志は溶けかかり、思考もおぼつかない。蒙昧とした意識は既に外の様子を完全に認識できない。
 リインフォースと言う存在は闇の中に溶けてしまっている。
 感じない。考えられない。思い出せない。想えない。何かを抱く必要も無く、プログラムとして機能する歯車に成ろうとしていた。
 今も、管制プログラムとして取り込んだ異物を処理する。あらゆる情報を数値として処理し、今や主プログラムとなった闇へと流し込んでいく。
 蒙昧とした意識でも、数字の羅列を黙々と処理していく。どんな状態であろうと回り続けるのが歯車の役割だ。その動作に狂いは無い。
「――――……」
 突然、闇が揺れた。水面に一滴の水滴が落ちてきたような波紋が起きる。何かが闇の中で暴れている。
 しかし、リインフォースにはそれが何なのか解らないし解ろうともしない。頬を軽く叩かれた程度、僅かに意識が浮上するがそれだけだ。
 再び目を閉じ、意識を闇に沈める――筈だった。
「………………」
 いきなり横っ面を引っ叩かれたような感覚が再び彼女の意識を浮上させた。
 波紋が、大きくなっていた。強い意識が闇に呑まれまいと激しく、怒りを込め、真っ向から挑んでいる。
 それでも尚、闇と同化してしまったリインフォースの意識を目覚めさせた訳では無い。けれども、彼女に数字の羅列にしか過ぎなかった物を認識させる原因になった。
 光が、在った。
「――あ……るじ…………あ、るじ……は、やて」
 一枚の絵画のようにその光景が飛び込んでくる。
 呪われた存在となった自分に名を与えてくれた心優しい少女。彼女の笑顔がそこにはあった。
 守護騎士達の姿も、自分の妹と言えるリインフォース・ツヴァイの姿ある。
 次々と通り過ぎていく、誰かが見たリインフォースが望んだ光景。それが一枚絵として意識に飛び込んでくる。
 彼女が意識を覚醒させ、外のいるはやてと守護騎士の現状を感知させるには十分だった。
 死に体になっても諦めず立ち上がろうとする主。その主を支え守ろうとする守護騎士。烈火の騎士は今もなお魔人相手に戦い続けている。
 消え掛けた意識が浮上するのを感じたのか、闇が再びリインフォースを飲み込もうと彼女を包む。
 リインフォースはただの歯車。一つだけ狂った動きをしようとも、他の歯車がそれを許さない。小さな歯車はより強大な歯車に従って回り続けるしかないのだ。
 だから彼女は叫んだ。今にも闇を内側から打ち破ろうと暴れている正体も知れぬ相手に向かって、
 ――私を殺してくれ
 叫んだ。
 一瞬たりとも気を抜けば溶けてしまう意識を必死に留めながら絞り出すように、切実に、今持てる全力で叫んだ。
 闇の書は主に管制プログラムのリインフォースと闇と呼ばれる防衛プログラムで成り立っている。どちらかが消滅しても一方が生きていれば復元される。二つで一つの存在だ。倒すならば、リインフォース共々その機能を停止させるしかない。
 上位性を奪われたとは言え、管制プログラムであったリインフォースならば僅かな時間とは言え防衛プログラムの動きを止められる。
 ――だから、その間に
 懇願するリインフォース。その言葉に、場が静かになる。
 そして返ってきた言葉は――知るか、という冷たい言葉だった。
 唖然とするリインフォース。しかし声は容赦無く続いた。
 ――そっちの事情など知った事じゃない。こっちはお前のせいで迷惑掛かってんだ。その上、人を勝手に介錯代わりに使おうとしてんじゃねえ。
 乱暴で物言いが続き、そして、
 ――自分の主の面倒ぐらい自分で見ろよ。人任せにしてんじゃねえ!
 何とも突き放した、優しく無い言葉と共に闇が弾け飛んだ。

 崩壊しつつある移動庭園の上空、トゥーレを取り込んで黒い球体となった闇の書に異変が起きる。
 球体が一直線に割れ、中から闇の書が外へと投げ出された。その四肢と三対の翼は半ばから失っている。
 そして、まるで血の代わりに黒い羽を吹き出す球体の割れ目からはトゥーレが飛び出した。
 羽の固まりとなって無残する球体を背後にトゥーレは右腕から生やしたギロチンを構え、闇の書向けて一撃を放つ。
 瞬時に腕を再生させ、闇の書がそれを防御する。聖王の鎧、四重の障壁、多重シールド。絶対の防御と言える布陣。
 しかし、ギロチンの一撃はそれら全てを打ち砕いた。
 両腕が破壊され、衝撃で更に吹っ飛び、移動庭園を覆っていた竜巻を突き破る。
 自分の魔力で作った竜巻だ。魔力刃も電流も素通りし、手足と翼を無くした闇の書の体は外へ脱出した。
 追ってくるであろうトゥーレに対抗する為、急いで失った部分の再生を始める。だが、再生速度は明らかに低下していた。
 内部からの妨害によって、傷口の体を構成する純魔力が結合し難くなっている。構成済みの体は分解されていないが、新しく結合させるとなると邪魔される。
 己の体内で起きている異変に闇の書は即座に気づき、対応策を思考する。だが、それよりも速く竜巻の向こう側から強引に突風と刃、電流を突破してトゥーレが一瞬で彼女の真上にまで移動していた。
 夜空を背に長大な黒い刃を大きく振りかぶっている。
「――――ッ!」
 闇の書が巨大なシールドをいくつも発生させる。体内のレリックを最大出力で、全ての機能を防御に回す。
 暗い虹色の魔力光に照らされ、三日月の刃が鈍い光を反射する。
 断首刃が墜ちた。
 大爆発が起きたかのような激烈な衝撃波が発生して大気が悲鳴を上げた。音が後になってようやく轟音として震える。
 それらの現象を上に置き去りに、トゥーレは闇の書の首を刎ねる為にギロチンを真下の押しつけ続け、闇の書は地上に向かって落下させられる。
 刃の切っ先がシールドの表面に触れて火花を散らす。レリックをフル稼働させた超高密度のシールドに刃が食い込んで来る。
 赤と虹の光が黒い夜空から赤く燃える地上へと稲妻の如く落下した。



 ナンバーズの七番目、セッテは無人となり廃墟となった都市の中を飛び回っていた。
 雷刃の襲撃者、レヴィの足を止め、トーレと別れてから彼女は単独行動を行っていた。
 ナンバーズ後発組の中で単純な戦闘能力ならば問題無いと判断されたセッテの任務は、戦争の混乱で散り散りになった敵の撃破。遊撃であった。同じような任務を前衛後衛と違いはあるがディエチが行っている。
 黙々と、正に機械のように淡々と任務をこなした彼女の手に持つブーメラン型の武装は先端には欠けがあり、どれだけ戦ってきたのか物語っていた。そして今、彼女は通信の取れた姉のウーノの命によって移動庭園で戦う姉妹達の脱出ルートを確保する為に行動していた。
 移動庭園を囲む竜巻を見上げれる位置にまで来たその時、荒れ狂う竜巻の中から何かが飛び出した。
 轟音を鳴らす稲妻を素通りしたそれは空高くにあったが、戦闘機人の感覚器官はその姿を捉える。
 手足を無くし、半ばから先を失った六枚の黒い翼を持った銀髪の女だ。
 ウーノからの情報で女が闇の書と判断したセッテは武装を構えた。竜巻から飛び出した闇の書はセッテの位置からほぼ真上だ。場合によっては交戦する可能性が高い。
 しかし、そんなセッテの杞憂――いや、可能性の計算は無駄に終わった。
 竜巻の風の流れが一部乱れ、闇の書を追って中からトゥーレが飛び出して来た。
 一瞬にして距離を縮めて闇の書の頭上で高々と構えられた三日月の刃は正しく断頭台の刃。速さという枷で捉えられた罪人たる闇の書はそれを受け止めるしかない。
 かくして、死刑執行人はギロチンの刃を落とす。
 閃光が煌めき、稲妻が落下した。
「……ッ」
 強烈な光にセッテの視覚が一時麻痺する。
 一瞬だ。戦闘機人のセッテでも稲妻としか形容するしか無い速さで二人は地上に落下。それに伴う爆発の音と衝撃を感じて、セッテはとっさにブーメランブレードをアスファルトの地面に突き立てる。
 衝撃による突風が、セッテの体を浮かした。目が見えない中、肌に風と埃が通り過ぎるのを感じてセッテは手に力を入れて耐えきる。
「…………」
 ようやく風が止んだ頃には、麻痺した視覚も回復してきた。
 浮いた足を地に付け、落下地点を見やる。
 所々から小さな火の手が上がり、粉砕されて飛び散った破片が転がっている。そして、ビルを砕いて出来たクレーターの中にその姿はあった。
「…………トゥーレ?」
 彼女にしては間の抜けた声を上げた。
 燻り続ける火の中で背を向けて立っている彼の右腕は黒く、同色のギロチンが生えている。
 黒い三日月の刃。とても断首刃に見えぬが、確かにそれはギロチンだと誰もが思う。直感する。
 トゥーレの足下には首を刎ねられ光の粒子となって消滅していく闇の書が倒れていた。構成する純魔力が全て消えた時、融合していた素体の正体が露わとなる。
 闇の書が融合していたのは小さな金髪の少女であった。下半身や肩から先が欠損しており、丸見えの腹部からは有る筈の内蔵が無いという見るに無惨な姿を地面の上で晒している。
 彼女は聖王の複製体。その失敗作。細胞結合が上手くいかずに肉体を欠損した状態で誕生し、破棄される筈であった少女だ。
 闇の書と融合した時までは名も無き少女はかろうじて生きていたが、現在は既に事切れていた。元より闇の書の再生機能がなければ生きられなかった身である。
 例え生きていたとしても、助かる道が無かったのなら、ギロチンによって痛みも無く闇の書ごと終わりを迎えたのならば、逆に救いがあったのだろう。胴から離れ転がる少女の首は安らかであった。
 斬首死体を作るギロチンは残酷でおぞましい。だが、単に恐ろしいだけの処刑器具と言い切っていいものだろうか。痛みを与えず一瞬にして永遠の安息を与える刃は処刑器具本来の役割をどこまでも忠実にこなしている。
 首を刎ねる事に関して完成した道具。それがギロチンだ。
 そう、道具だ。無駄を無くし、一見してしか見れぬ外面など放棄、その機能を徹底的に追及し完成された道具だ。
「………………」
 セッテはトゥーレの後ろ姿を見つめたまま、珍しく呆然と立ちすくんでいる。
「……あ」
 今まで感じた事の無い感覚が彼女を支配していた。それをどう表現するものか、彼女には解らない。
 例えるなら、そう――美しいと、セッテは思った。
 戦闘用だからとか、感情抑制で要らない部分を削ぎ落とすなどして得たものとは違う。ギロチンは最初からそれしか出来ない純粋さとどこまでも洗練された機能美を持っていた。
 あのように成りたい――。
 戦闘機人と名乗るならば、何か一つの事しか能の無い機械であるならば、あれほど強く純粋な存在に成りたい。
 この時初めて、兵器として生まれたセッテは羨望という感情を抱いた。



「……さむい」
 人によっては涼しいか涼しすぎる程度の冷気を、リインフォースはうっすらと寒い空気と感じていた。
 あの時、リインフォースが頼みを断れた時、闇が取り込もうとしていた存在に吹っ飛ばされた。
 それ以降の事はよくわからない。ただ、どうやったか解らないがあの声の主が自分ごと闇を倒した事は確かだった。
 まるで断頭台に掛けられ、首を切り落とされた感触がした。
 一度も体験した事の無い感触にしてはやけに具体的だが、そう感じてしまったのだから仕方ない。
 自分は死んでしまったのだろう、とリインフォースは思った。ならばこの冷気は死後の世界だからだろうか。所詮プログラムでしか無い自分が、地獄だろうとそんな世界に行けるかは疑問ではあるが、どちらにしろ終わったと言うならなんでもいい。
 あれほど自分を溶かして粗食するように混ざりあっていた闇の気配は無い。ならば後は自分が完全に消滅すれば闇の書の闇が復活する事は無い。
 リインフォースは安堵の息を吐く。
 直後、怖気の走る気配を感じた。

「アッシャー・イェツラー・ブリアー・アティルト」
 海に浮かぶ臨海空港で、何よりもおぞましいモノが開かれようとしていた。
「開けジュデッカ」
 両腕を失ったアインの肩口からより巨大な黒炎が噴火した。両側にあった物全てを吹き飛ばし、黒い炎で腐らせ、滅する。
 噴火した黒炎はそのまま形を持ってアインの肩から伸びて広がる。それはまるで巨大な黒い翼だった。
「――殺す。全てだ。ヒトも畜生も虫一匹逃がさない。ここからでも都市の二つや三つ、いや、どこまでも広がり腐らせて塵にしてくれる」
 狂気を瞳に宿らせたアインが宣言した。
 クイント達は動けない。既に彼女達の周囲は火柱によって囲まれていた。動けば、黒炎に襲われ腐り死ぬ。
 ――ここを地獄へと変えよう。
 その殺念が大気に溶け込んで都市へと拡がっていく。

 リインフォースは悲鳴のような声を上げた。
 例え何も無い死の底にいようとも、地獄の顕現は感じる。感じてしまう。
 目も見えない、耳も聞こえない。だけどその恐ろしい障気を感じ取る事は出来る。
 それが何なのか彼女は知っていた。闇の書として再び復活し、更にプログラムを改竄された後、主導権が防衛プログラムになった時に得たデータはリインフォースも知り得ていた。
 だが、そのデータを呼び出すまでも無く、プログラム奥深くにそれの恐ろしさは刻み込まれている。
 黒き炎、無価値な炎、この世の大地から生まれたモノ全てを腐敗させる地獄の火。今それが解き放たれようとしていた。
 黒い炎は都市の二つや三つ飲み込み、誰も住めない地獄にするだろう。その効果範囲には当然、彼女の慕う者達がいる。
 しかし、リインフォースに何が出来るというのか。肉体も無い。魔力も無い。力も無い。あったとしてもどうやってアレを止める、それどころかもう黒い炎は噴火する寸前。時間を止めない限りは間に合わない。
 守りたいのに、守れない。はやてとその友人達、ヴォルケンリッター。彼女と、その周囲の人間。彼女達が作る日常をあんな炎に燃やされてしまうというのか。
 意識を覚醒する切っ掛けとなった誰かの記憶。宝石のような輝きを放つ絵画に似たそれを視てしまった故により執着してしまう。
 守りたい。自分がその光景にいなくとも、あの日常を守りたい。
 ――何かがカチリと繋がった。
「――――」
 夜天の書本体とも言えるリインフォース。彼女は所詮プログラムであり、自立意識に乏しい。要は自ら行動する気力に欠けている。
 しかし、逆に何か行動を示唆された時の処理はプログラムである故に迅速且つ正確である。
「エミュレータ起動――」
 誰かの意思と己の意思に従い、不可思議な術式を理解せぬまま組み上げていく。
 リインフォースの自我が一時的に凍結された。今、行おうとしている魔法は全身全霊、正に己の持てる全て、夜天の書の全機能を当てなければ発動できない。
 守りたいという思いだけを胸に彼女は祈る。
「――Die Sonne toent nach alter Weise In Brudersphaeren Wettegesang」

「――日は古より変わらず星と競い」
 トゥーレの体に変化が起きていた。
 背中から黒い羽根が生え、翼から形を変えて右腕のギロチンと似た幾条もの刃となる。髪は白く、眼は紅。肌も褐色となって全身に紅い紋様が浮かび上がり、胸に剣十字が描かれる。
 些か差異はあるが、それは融合騎とユニゾンした時に起きる変化であった。
 真正古代ベルカのデバイスである融合騎。そんな貴重なものがそう易々とあるわけが無い。ならば彼の変化の原因は極々限られてくる。
 何故? どうして? 闇の書ごと首を断たれ筈ではなかったのか。
 トゥーレがデバイスを操るデバイスという面を持つからなのか。それとも、別の要因があるのか。
 ともかく、確かなのはリインフォースが彼の中にいるという事。そして、二人は同じ祈りを、声を重ねて捧げていた。

 ――定められた道を雷鳴の如く疾走する
 ――Und ihre vorgeschriebne Reise Vollendet sie mit Donnergang

 ――そして速く 何より速く
 ――Und schnell und begreiflich schnell

 ――永劫の円環を駆け抜けよう
 ――In ewig schnellm Sphaerenlauf

 無価値なる者が全てを終わらすならば、こちらは全て終わりを拒否する停止した世界を創造しよう。どんな物にも終わりが来る。そんなもの当然知っている。だが、それを望み続けて止まないのだ。日が沈み、夕焼けの空を見上げてまだ遊び続けていたいと思う子供のような陳腐な発想。だが、その想いをお前のような無頼漢気取りの糞野郎に壊させてたまるものか。

 ――光となって破壊しろ
 ――Da flammt ein blitzendes Verheeren

 ――その一撃で燃やしつくせ
 ――Dem Pfade vor des Donnerschlags;

 ――そは誰も知らず、届かぬ、至高の創造
 ――Da keiner dich ergruenden mag, Und alle deinen hohen Werke

 ――我が渇望こそが原初の荘厳
 ――Sind herrlich wie am ersten Tag

 誰もが幸せになれる楽園などこの世には存在しない。自分のエゴを晒せば他人から見ると地獄も同然。地獄には地獄を。薄汚い者同士の決着には丁度いい。

 ――創造
 ――Briah

 ――涅槃寂静・終曲
 ――Eine faust Finale

 静寂に包まれた世界が生まれた。
 範囲は少なくとも戦場全体。都市数個分の広大な範囲が凍結した空間となった。
 正確に言うならば空間内の全てが遅滞し、肉体、思考、精神の時が極々ゆっくりとしたものになる。
 そんな世界の中で動けるのは、元凶となったトゥーレのみ。だが、それにあらがい停滞の拘束を打ち破る者がいた。
「ウオオオオォォーーッ!」
 慟哭を上げ、トゥーレが超々加速によって一瞬で黒い炎の上る臨海第八空港のあった場所へ移動した。
 そこには、両肩から翼のように黒い炎を噴出させるアインが丁度トゥーレの方を振り向いていた。
 周囲の炎の動きは非常に緩やかなのに対し、アインと彼から直接噴火する炎だけは停止結界の中で動いていた。
 トゥーレとアイン。両者の視線が交わり、互いを認識する。
 一瞬の躊躇いも無く、二人は牙を剥く。
 羽根のようなギロチンの刃が獣の顎のように震え、翼のような黒炎が腕となって猛る。
 共にどこかの世界の残滓から誕生した模造品。
 凍結地獄と最終地獄。
 停滞と終わり。
 背負う者と無頼漢。
 重荷を抱えて疾走し続ける者と誰にも頼らず最強種として君臨する者と違いはあるが、互いに必殺の刃を持つ者同士。
 アインの黒炎を疾走しながら回避したトゥーレの羽根が彼の胴に突き刺さる。避けられた事への驚きで眼を剥いたアインが自分ごとトゥーレを包み込もうとする。
 だが、残ったトゥーレの羽根が身代わりとなって腐滅の炎を防ぐ。そして、右腕のギロチンが首を捉えた。
 決着は瞬く間の出来事であった。
 アインの首が宙に舞った。
 何故だと、驚愕と怒りの鬼の形相となった首。彼の決定的な敗因を強いて上げるとするならば、ただ一つの理由だ。それは彼が価値無し――ベリアルという炎であっても、嘘つき――背負う意味を知っている器では無かったというだった。



 空が白み始めている。
 臨海第八空港から始まった天使の軍勢による進軍は僅か一夜にして北部の都市を破壊した。そして、夜が明ける前には終わっていた。
 まるで幻のように消えた天使。それは夜に起きた戦争は夢だったのではと思わせる。
 だが実際に都市は破壊され、多くの死傷者を出し、未だ各所から火が燻って黒煙を上げている。
「はー……さすがに疲れたわね」
 海の上に一本の光の道があった。道の上には同色をした長方形の板があり、四角に魔力で作ったホイールが付いている。その板が二つ、トロッコのように光の道に沿って走行していた。
「我ながらナイスアイディアだわ」
 前列のトロッコの一番前に胡座をかいて座っているクイントが自画自賛する。ウィングロードによって作られた足場の上に、更にホイールを取り付けたウィングロードで走行しているのだ。
 前列にはクイントの他にシグナムとシャッハがそれぞれ座っている。そして二両目の後列にはなのはとヴィータが眠っていた。
 二人は途中、海に土座ェ門のように浮いていたのをクイント達が回収したのだ。
 共に気絶した状態でよく溺れなかったものだが、デバイスの保護機能が働いていたおかげだ。ストレージでは中々出来ない、インテリジェントデバイスの強みであった。
「それにしても、一体どうなってんだか」
 本当に、夢でも見ていたのかもしれない。
 あの時、アインが両肩から黒い炎を噴出させた直後、クイント達を襲うと思われた炎は急速に火の手を弱めていた。
 更には、いつの間にかアインの首が宙に舞い、空に鮮血を描いて地面に落下するところだった。
 彼の肩から出ていた黒い炎は彼の首と胴体を腐滅させると萎むようにして燃え尽きた。
 三人は突然の事に訳が分からなくなった。映画のフィルムのコマをいくつか跳ばしたような感覚。
 最初は呆気に取られながらも周囲を警戒し続けた。が、彼女達には休息が必要であった。逃げ遅れた人間や残党勢力など最低限の確認だけを済ませて彼女達は空港を後にした。
 三人は耐熱効果のあるバリアを纏っていたにも関わらず全身に軽い火傷があり、煤だらけだ。シャッハは脇腹の骨を粉砕骨折し、クイントに至っては腕を一本無くしている。
 三人の体力と魔力は既に底を尽きかけていた。帰ろうにも臨海空港と都市を繋げる橋はとうに崩落している。シグナムはかろうじて飛べるが、さすがに二人の人間を抱えて飛ぶことは出来ず、一人でも海を渡れる程飛べるかは微妙だった。
 結果、足場を作れるクイントに魔力を供給して海を渡る事となった。だが、
「魔力残ってる人ー」
「すまん。私はもう残っていない」
「私もです……」
「わお、これは本格的にマズいわね。今ここで海に落下したら私ら間違いなくショック死だわ」
 既に綱渡りな状況だった。
「カートリッジシステムを使ったらどうだ?」
「ウィングロード使うのにカートリッジって凄く体に悪そう。まあ、背に腹は代えられないわね。誰かデバイス貸して」
「それなら私のを」
「ん? 待て、あれを見ろ」
 陸の方角を見ていたシグナムが都市の方を指さした。
 街は廃墟と化してしまい、過去の繁栄は瓦礫共々崩れ地に落ちている。いくつも黒煙が昇る中、白く成り始めた空には何機ものヘリが空を旋回していた。
 その内の一機が真っ直ぐとクイント達に向かって真っ直ぐに飛行している。
 そこには、スライドドアを開けてクイント達に向かって手を振るクロノ・ハラオウンの姿がそこにはあった。

 崩れ落ち、切り立った岩場のように続く瓦礫の道を這いずるようにして歩く人影があった。夜天の書の主、八神はやてであった。
「はやてちゃん!」
 後ろからシャマルとリインフォース・ツヴァイが駆け寄る。
「駄目よ、そんな体で。意識があるだけでも不思議なくらいなのに!」
「そうですよ、はやてちゃん。無理しちゃ駄目ですよ」
「ごめん、二人とも。でも、感じるんよ。あの子の気配……」
「そ、それは……」
 戸惑う二人。守護騎士として、彼女達もその気配には気づいていた。
「ごめん。でも、もう少し。後少しで着けるんよ」
 再び、はやてが歩きだそうとする。彼女の顔は包帯が巻かれ、眼が見えない筈なのに方向感覚だけはやけに正確だ。
 マテリアルのロード・ディアーチェとの戦い後、すぐに治療を受けたが応急手当程度だ。
 重傷者には変わらない。
「――あ」
 はやてが足を滑らせて転びそうになる。だが、その寸前に何かがはやてと地面の間に飛び出して、転がるのは免れた。
「ザフィーラ……」
 クッションの代わりとなってはやてを受け止めたのは犬型の姿をしたザフィーラだった。彼は文字通りに盾となった為に酷い外傷を負っており、全身に痛々しく包帯が巻かれている。彼もそうそうに病院に行くべきなのだが、無理を通してはやて達を追いかけて来たのだった。
「もう少しなのですね?」
 首だけを動かして、ザフィーラは上に乗るはやてを見上げる。
「うん。この先、もう少しや」
 夜天の主故か、守護騎士達よりも繋がりが強いようではやては正確に場所を把握していた。
 ザフィーラの背中から起き上がり、再び歩き始めた。フラフラとした足取りをザフィーラが守るようにしてはやての横を並んで歩き。シャマルとリインも後ろから支えるようにして付いてくる。
 明確に存在を感知できると言うならば、はやては他人任せにせずにどんな無理をしてでも自分で探す。そういう人間だ。
 危ない足取りで瓦礫の上を歩いていくはやて。夜の戦闘が嘘のように周囲は静まりかえっている。時折遠くからビルが崩れる音がし、乾いた音を立てる。
 空を見上げ、少し遠くに視線を向けて見れば大地が都市に突き立っているのを見ることが出来た。
 移動庭園だ。地上に落下した移動庭園は半壊し、崩れた部分が衝撃吸収材と接着部になってそのまま大地の半分以上を残したまま健在していた。
 ほぼ縦になって地上に突き刺さっているように見える庭園。その周囲をヘリや魔導師達が警戒するように飛んでいる。
 そんな彼らを後目にはやて達は崩壊した都市を歩く。そして、大通りから脇道に逸れるように道を曲がり、ある廃墟の中に入った。
 その廃墟は縦半分が見事に崩れ、張り子のような状態になっており崩れた場所の向こうには海が広がっていた。
 そして、瓦礫の上に一人の女性が横になって寝かされていた。
「あ……」
 カーテンかシーツか、ともかく廃墟の中から引っ張りだしたらしき薄汚れた布で裸体を覆い、女の長い銀髪が地面に広がっている。
 はやてが駆け出す。
 朝日が海の向こうから顔を覗かせた。
 海に朝日の白い光が反射して宝石のような輝きを見せ、強い光が廃墟の中に入っていく。
 眩しい程の光に、閉じていた銀髪の女の瞼がゆっくりと開く。
 赤い瞳が、抱き付きながら名を叫ぶ主の姿を写し出す。
 遠くから、朝日と共にヘリのローター音が聞こえてきた。





 ~後書き&補足~

 ようやく終わりました。クリミナル・パーティーが。長く乱戦やり過ぎなんだよ自分……。
 これでまだSTS編入ってないんだぜ?

 次回からはSTS編に入るまでの四年間を(STS編の設定練りの時間稼ぎするために)短編で綴っていきます。
 原作と違って環境に恵まれた自傷凡人の立場とか、差が付きすぎたであろうなのは達と新人達の対策とか、最高評議会もっと暗躍させたいとか色々あるので次回から遅くなるかも。
 更に言えば、覇王っ子ってSTS編じゃ九歳ぐらいだからイケるかなー? とか。

 ・補足
 →クイントの謎パンチ
 人間じゃねえと笑われてしまうクイントの筋肉密度+圧縮魔力を放つのではなく、圧縮した状態で殴る事によって生まれた謎パンチ。Vivid三巻(単行本派なので情報が遅い)で判明したクイントの得意技を無視しています。トラックが目の前でちょっと前進するだけでビビるのと同じです。質量凄いから掠るだけで吹っ飛ぶ、みたいな。

 →トゥーレのユニゾン
 本文で書いた姿はあくまでリインフォースと融合した姿なので、Dies原作と差異があります。特に、髪の色は結構悩みました。これじゃあ狂獣だよ……。



[21709] 幕間 平常運転(1)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/09/09 23:48
 薄明かりの部屋の中、ナンバーズの長女であるウーノがピアノの鍵盤のようなコンソールに指を這わせ、情報の打ち込みを行っていた。
 宙に浮くモニターの光によって照らされるウーノの顔は真剣そのもので、素人にはただの文字の羅列にしか見えない情報を整理していく。
 部屋の自動ドアが開いた。
「まだやってたのか」
 外からトゥーレが入って来る。
「ようやく部屋から出てきたわね。ルーテシアお嬢様達の看病が効いたのかしら。体調はもういいの?」
 アルハザードの戦いの後、トゥーレは体調が悪いと言って、数日の間部屋に引きこもっていた。
「まだ姦しいけどな……」
「姦しい?」
「何でもない。体調は良い。怪我も治って良くなった。それよりも……」
「なに?」
「ルーテシア達が着ていたあの服はなんだ?」
 アルハザードの戦闘機人との戦いによるトゥーレの傷は凄まじく、帰ってすぐ部屋に引きこもったトゥーレに誰も文句を言う者はいなかった。だが逆に、中にはこれを絶好の機会だと捉えた者がいた。
「なにって……ナース服よ」
「さも当然のように言ってんじゃねえ! あんなのただのコスプレ衣装じゃねえか! しかも双子にまで着せやがって」
 イベントだのフラグだの意味不明な事を言ってルーテシアがオットーとディードの双子を引き連れてトゥーレの部屋へコスプレして突入。痛れを言い訳にしてサボっていたトゥーレは慌てて逃げ出したのだった。
「可愛かったでしょう? 頑張って縫ったわ」
「しかも手作りかよ!」
「お嬢様が悩殺するチャンスだからと言ってたから張り切ったわ」
「お前馬鹿だろ」
「おまえ? 前々から思ってたけど言葉使いがなってないわね。女装写真捏造してバラ蒔くわよ?」
「ふざけんな、どんな脅しだよ。だいたい野郎の女装写真なんぞ誰が喜ぶか」
「私とドゥーエ」
「………………まあ、その事はどうでもいい。いや、良くないけど今は脇に置いておく。それよりもルーテシアにアホな事吹き込んだ奴がいる筈だ。誰か知らないか?」
「そんなの――」
 と、ウーノが言いかけた時、部屋のドアが開いて第二の訪問者が現れた。
「ウー姉ぇ~、ノーヴェとウェンディがもう整備ポットから出たいとか言って騒いでるんだけど……あれぇ、トゥーレ来てたんだ。お嬢様と双子のお色気ナースはどうだ――」
「だよなぁ、そんな事吹き込むのはお前とウェンディぐらいだよなぁ」
 トゥーレがセインの頭頂部を鷲掴みにして上から押さえつけた。
「いたっ、痛い痛いいたいってばぁっ! 私が何したっていうんだよ」
「したよなあ? ウェンディが治療中の今、ルーテシアに入れ知恵するのはお前ぐらいしかいないだろ」
「……嫌だなあ、そんな何を証拠に。トゥーレはもっとお姉ちゃんである私を信じるべきだと思うよ」
「ほう。なら、本当にお前じゃないのか? 俺の目を見て言ってみろ」
「………………それはもちろん」
「目が泳ぎまくってるぞ」
「………………」
「………………」
「テヘッ」
「テヘッ、じゃねえよ馬鹿」
「いだだだだっ」
「あのオットーまで焚き付けて、一体どう唆したんだよ」
「ディードさえ引き込めば一緒に付いてくるし」
「お前な」
「いいじゃん。トゥーレだって実はちょっと良いかなあ、とか思ったくせに。このムッツリ!」
「あぁ?」
 トゥーレがセインの両頬を引っ張った。
「いふぁいいふぁい、ふぉふぇんふぁあーい」
「セイン、トゥーレの機嫌が良くないから、からかうのはよしなさい。トゥーレもあまり乱暴しない」
 ウーノが諫め、トゥーレはセインの頬から手を離した。
「うぅ、伸びたらどうすんだよぅ」
「お前ウーノに用があったんじゃないのか?」
「あっ、そうだった」
「誤魔化されてるわよ、セイン……ノーヴェとウェンディだったわね。ノーヴェはいいけれど、ウェンディは駄目よ。感覚器官の調整が終わってないわ。これはドクターにやって貰わないといけないんだけど……」
「そいつなら、そこにいるな」
 トゥーレが指さした先、部屋の隅で椅子に座ってコンソールの上に手を置いたスカリエッティの後ろ姿があった。
「ドクター、ウェンディの最終調整って何時や――」
 言いながら、スカリエッティに近づいたセインが突然硬直する。
「どうした?」
 続いてトゥーレが近づき、それを見た。
「………………」
 スカリエッティが白目剥いて口から涎をこぼしていた。
「ようやく眠られたんだから、二人とも静かにね」
「いや、これって寝たって分類していいのか?」
「別の意味で眠りに落ちちゃってるよね」
 そもそもトゥーレとセインが先程から騒いでいたのに反応が一切無かった時点でおかしかった。
「そういえば戦いが終わってからずっと研究データ解析してたよ。笑いながら。もう喉がやられるのが先か、頭やられるのが先かって勢いで」
「頭はとっくの昔にイカレてるだろ」
「ま~たそんな事言って。ドクターがこんな様子ならしょうがないなあ。ノーヴェだけでも先に出しとこうか。いい加減うるさいし」
「ええ、それでいいわ。ウェンディと喧嘩させないよう注意して」
「わかった。トゥーレも来る?」
「そうだな。見舞いぐらい行ってやらないと」
 ウーノから許可を得て、セインは部屋から出ていく。その後ろをトゥーレがついて行こうとし――
「トゥーレ」
 ウーノに呼び止められる。
「貴方、夜天の書を倒した後は空港にいる戦闘機人と戦ったって言っていたわね」
「ああ」
「貴方のスピードでも一瞬で移動できる距離ではなかった筈だけど、どうやったの?」
「無我夢中だったんだ。よく覚えてない」
「そう…………それともう一つ、ドゥーエからの報告で夜天の書の管制プログラムの存在が確認されたわ。これについて何か知ってる事は?」
「知らないな。首刎ねても生きてたのか」
「プログラムだから色々とやりようがあったのでしょう。何も知らないならいいわ。呼び止めてごめんなさい」
「……ああ」
 ウーノを見向きもせず、トゥーレは遅れて部屋から出ていった。

 トゥーレとセインが、整備用ポットの並ぶ廊下のような部屋の奥へと行くと、そこにはチンクが立っていた。
「トゥーレ、起きてきたのか。体調は大丈夫なのか?」
「平気だ。それにあのままじっとしていたら余計危険だった」
 ルーテシアの事を言っているのを悟ったチンクは苦笑いを浮かべた。
「お前が不調を起こすなど珍しいな」
 壁際に寄りかかるように設置してあるポットの中からトーレが顔を上げてトゥーレを見る。彼女の両腕には包帯が巻かれていた。闇の書のマテリアルである雷光の襲撃者との戦いで半壊、どころかほぼ全壊した両腕をまるごと取り替えた為に、調整ポットから出るにはまだ時間が掛かるのだった。
「あれだけ戦えばな」
「数日で直ってる時点でおかしいがな」
「そっちはどうなんだ? 見た目だけだともう治ってるように見えるけど」
「神経を繋げたばかりだ。まだ掛かる」
 包帯の巻かれた両腕を上げ、手を閉じたり開いたりする。その動きは緩慢で弱々しい。
「あまりじっとしていると鈍ってしょうがない」
「たまにはゆっくりしろよな……」
「でも、さすがにポットの中に入りっぱなしも辛いっス~」
 ウェンディの声が割って入った。
 トーレの二つ隣に、ウェンディの入ったポットがある。
「ああ、暇過ぎる」
 二人の間には同様にポットの中に入ったノーヴェがいり。
 ノーヴェとウェンディは振動破砕によって体内部の機械部分に大きなダメージを受けていた。
「その件なんだけど、ノーヴェは出てオッケーだってさ」
「よっしゃ!」
「え~~っ、何でノーヴェだけなんスか。ズルイっスよ~」
「私に言われても困るってば」
「ウェンディの事なんかどうでもいいから、早く開けろよセイン」
「はいはい。今開けるから」
 セインがコンソールを操作してノーヴェのポットを開ける準備を開始する。
「そういや、ゼストはどうした?」
 トゥーレがチンクに振り返って聞く。ゼストは基本的にルーテシアと行動を共にしている。ルーテシアがまだスカリエッティのアジトにいると言うことは彼もまだいるのだろう。
「騎士ゼストならルーテシアお嬢様が連れてきた融合騎の世話をしている」
「融合騎? ああ、あの赤くて小さいの…………スカリエッティがよく放っておいたな」
「回収したデータの方に夢中のようだ。それに、ルーテシアお嬢様が連れてきたのだから彼女は騎士ゼストと同じゲストとして扱うようにとウーノから言われている」
「客、ね」
 研究対象として見ていないからか、本当に客として扱うつもりなのか、判断に困った。
「ん~、ようやく出られた」
 ポットが開き、ノーヴェは外に出ると背伸びをした。
「いいなー、あたしも早く出たいっス」
「そうだな……つうわけで、ウェンディ」
「え? 何でそんな怒気放ちながらこっち見るんスか?」
 ノーヴェは拳を握り、不穏なオーラを身に纏ってウェンディに振り向いていた。
「今までの恨みィ……」
「うわっ、あたしまだ身動き取れないんスよ!?」
 自由の身となったノーヴェと違い、ウェンディは未だポットの中。不自由な身でノーヴェの拳に対処できる筈が無い。
「また喧嘩したのか?」
「調整中ずぅ~っとだよ。トーレ姉が隣で叱っても、拳骨が飛んでこないのをいい事にしばらくすればまた喧嘩するし」
「………………」
 ウェンディの隣では、トーレが眉間に皺を寄せて静かに怒っていた。
「後が怖いだろうに。馬鹿だな」
「うん、馬鹿だよね」
「そんな事言っている場合か。止めないと」
 ウェンディの危機をトゥーレとセインは他人事として眺め、チンクがノーヴェを止めに入る。
「ウェンディはまだ怪我人なんだぞ」
「チンク姉、だってこいつが……」
「どうせ口喧嘩して言い負かされたんだろ。お前が口喧嘩で勝てる筈ないもんな」
「うるせえよ、トゥーレ!」
「まあ、そうカッカしない」
 チンクに続いてセインがノーヴェを止めに入った――かのように見えたが、彼女の顔には何かイタズラを思いついた笑みが浮かんでいた。
「こいつ我慢ならねえ、でも怪我人だから仕返しできねえ――なノーヴェにこれを進呈しよう」
 そう言ってセインが取り出したのは油性ペンだった。
「はぁ?」
「さあ、これで思う存分復讐するといいよ」
 ノーヴェに油性ペンが手渡される。それを見てウェンディが非常に嫌そうな顔をした。
「こんなモンどうしろって……」
「これを渡されても分からないなんて……馬鹿な子」
「何でだよ!」
 怒鳴り、ノーヴェが油性ペンを床に叩きつける。ペンは数度跳ねるとトゥーレの足下にまで転がる。
「………………」
 トゥーレはそれを拾うと、ウェンディが入っているポットの前に近づいてペンのキャップを外す。
「あ、あの、トゥーレ? まさか……や、止め」
 無言でポットのガラス面に落書きを行った。しかもウェンディの顔の位置にだ。
「ぎゃあああぁぁーーっ」
 しゃがむ事もできない狭いポットの中では表面にかかれた落書きからは逃れられない。しかも何が書かれているのか判る分、羞恥心がより増す。
「ほら、トゥーレはちゃんと判ってる」
「判る方がおかしいだろ」
「そんな事いいから助けてっス! 髭は、髭は止めて! 乙女に対してなんて事をッ!」
「だってお前うるさいし」
「意味分かんないっス!」
「今日のトゥーレ、機嫌悪くないか?」
「そうなんだよ。なんか機嫌悪いんだよねぇ」
「何かあったのかトゥーレ。良ければ姉が相談に乗るぞ」
「………………」
 チンクの額に渦巻きが描かれた。
「のわぁっ!? な、なな何をする!」
「チンク姉に相談してもなあ……」
「答えになってない! というか姉はそんなに頼りないのか!?」
「セイン、お前もウェンディに落書きするか?」
「あっ、するする~」
「いやあぁーっ、止めてっス!」
「……無視された」
「チ、チンク姉。ほら、あいつら頭オカシいからチンク姉が気に病む事ないって」
 床に手をついてうなだれたチンクをノーヴェが慰める。
「お前、馬鹿に頭オカシい人扱いされたな」
「いやいや、トゥーレも含まれてるから」
「………………」
「無言でペン先向けるの止めて!」
「まずはあたしのポットに落書きするのを止めて欲しいっス。イジメじゃないっスか、うぅっ」
「違うって。ほら、骨折してギプス巻いてる奴に皆して落書きするだろ? 千羽鶴みたいなもんだよ」
「意味分かんないっス。そもそもセンバヅルって何スかぁ、もう!」
 最早ポットのガラス面には落書きどころか絵が描かれているのと同じであった。
「フキ出しも書いとこ。えーっと、ノーヴェのバーカっと」
「んだと、セイン!」
 チンクを慰めていた筈のノーヴェが振り向いてセインに掴みかかった。
「うわっ、矛先がこっち向いた!」
「当たり前だろうが!」
「このままループしそうな流れだな」
「そう言いつつ更に台詞を書くの止めてくれないっスか?」
「嫌だ」
「そうっスか……うぅ、もうお嫁に行けないっス」
「何言ってんのお前?」
「――お前達、いい加減に静かにしろ!」
 とうとうトーレがキレた。姉の怒声にさすがのセインとノーヴェも肩を震わせ、動きを止める。トゥーレも二人ほど分かりやすい反応は見せなかったが、油性ペンを仕舞った。
「あ~あ、怒られちゃった。ノーヴェのせいだよ」
「何でだよ」
 暴れ回るのは止めたものの、口は止まらない二人だった。
「お前達、そんなに体力が有り余っている訓練でもしてきたらどうだ。セッテはあの戦いから帰ったらその足で訓練スペースに行ったぞ」
「そういえば、最近のセッテやけに気合い入ってるよね」
「今日も確か朝早くから訓練スペースにいたな」
 ようやく立ち直ったのか、チンクが起きあがって今日のセッテの様子を伝える為に訓練スペースの映像をモニターに映した。
 そこには複数のダミードローンを相手に訓練を行っているセッテの姿があった。
「ならあたしも訓練すっかな。ここしばらくで体が鈍っただろうし」
「そうしろ……そこで帰ろうとしてる愚弟もたまにはセッテやノーヴェを見習って訓練でもしたらどうだ?」
 わざわざポットの中のトーレから死角になるような位置からトゥーレがその場を去ろうとしていた。
「……何で判ったんだ?」
「お前の行動ぐらい判る。お前が一番セッテを見習え」
「じゃあ俺、部屋戻って――」
 と、トゥーレがトーレの言葉を無視して出ていこうとした時、彼の周囲に緑色の光を放つ四角い板状のエネルギーがいくつも現れた。
「……おい、これってもしかして」
 自分を中心に旋回し始め、徐々に近づいてくる板状のエネルギーを見てトゥーレは上へ跳んだ。そして、部屋の中を天井近い中空で見渡す。
「……いた」
 空のポットに隠れるようにして立つオットーの姿があった。
 その姿を見て頬を引き攣らせながら、トゥーレは追ってくるエネルギーから逃げるために天井を蹴った。
 その直後、大気の乱れと気配を感じる。
「捕まえました」
「げっ」
 トゥーレの背後の触れそうな距離にいつの間にかディードがいた。
 不意を付いた形となった彼女は薄っすらと笑みを浮かべると抱きしめるようにしてトゥーレを後ろから拘束する。
 二人の姿が中空から消えた。そして次の瞬間、トゥーレと一緒にディードが床に激突した。
「いって、おまっ――」
 クッションにされたトゥーレが文句を言う前に、緑色に発光するエネルギーが彼の手足に重なって拘束する。
「いつの間にISを」
「昨日です」
「無駄遣いもいいとこだな。というか……」
 静かに近づいて来るオットーと、自分の背中に馬乗りになったディードに視線を向けてトゥーレが呆れたような表情をする。
「まだそんな格好してたのか」
 二人はトゥーレの部屋に乱入してきた時の格好のまま、つまりはコスプレ臭いナース服を着ていた。
「………………」
「いいなあ、それ。あたしも着てみたいなぁ」
 青髪の少女を除いてその場にいた全員が唖然としていた。
「お前等がいるという事は……」
「どーん」
 突然床に転送用魔法陣が現れ、その上にコスプレしたルーテシアが出現した。手にはお粥の入ったお椀を持っている。
「ルーテシアお嬢様、トゥーレを捕まえました」
「褒めて遣わす」
「お前どこの王様だよ」
「……虫の女王様?」
「あながち外れてないのが質悪いな。というか年齢からして女王は無い」
「そんな事よりもイベント消化して更なるフラグを……そしていざ逝かん二人の花道へ……」
「イベントとかフラグとか意味不明だし、そんなもんどっから覚えて来たんだとかその格好はどうなんだよ等々突っ込みどころが満載なんだが?」
「うるさいな。とにかく、あーん、する」
 そう言ってルーテシアはトゥーレの前にしゃがみ込み、お粥をレンゲで掬って眼前に突き出す。
「何でこうなった?」
「ウエディングロードのため」
「マジで意味判んねえし! ていうか何だそのお粥!? 見た目普通なのにスッゲェ薬品臭いぞ。何入れた?」
「愛情」
「お前の愛情は薬品の臭いがするのか、そいつは凄いなオイ。ざけんなッ、絶対ヤバいモン入れただろ! 放せコラッ!」
「オットー、ディード」
「はい」
「……了解」
 ナンバーズの双子がトゥーレの口を無理矢理開けさせようとし、トゥーレは必死に抵抗する。
 その一方で部屋にいた他のナンバーズ達はその光景を前に、
「さてと、私はそろそろ夕飯の準備しなくちゃ」
「アルコールなら油性も取れるな」
「チンク姉、ありがとうっス」
「訓練スペース行こうっと」
「はぁ……」
 触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに何事もないかのように無視した。



 薄暗い廊下に二人分の足音が反響していた。
「管理局の動きはどうなってるの?」
「ふふっ、大忙しみたいよ~。ミッド史上に残る大事件だもの。多くの人員を調査に回してるみたい」
 歩いているのはクアットロとディエチだった。二人は横に並び、長い回廊を歩きながら雑談する。
「管理局が混乱してる今、ドゥーエお姉様も動きやすくなってるみたい。外ばっかり目が向いて、内は疎かにするなんて馬鹿よね~」
「でも、地上に落ちた移動庭園の調査もしてるみたいだけど放っておいていいの? 未回収の記憶媒体が残ってるんでしょ」
「いいのよ~。映像記録とかは処分済みだし、少しぐらい情報あげないと面白くないってドクターが言うんだもの。それに、委員会を疑う要素は残した方が面白くなると思わない?」
 伊達眼鏡のレンズの奥でクアットロの目が妖しく細められた。
「クアットロってさ」
「なぁに?」
「目つき悪いよね」
「……ちょっとディエチちゃん。貴女こそ最近トゥーレちゃんの影響か一言多いわよ」
「ドクターに似てるからいいじゃん」
「あらそう? ドクターに似てるかしら」
 手鏡を取り出して、若干嬉しそうに鏡を見る。そんなクアットロの姿を見て、案外単純だとディエチは思った。
「何か言ったかしらぁ、ディエチちゃ~ん」
「別に何も。それより、これからの予定ってどうなってる? アルハザードっていう敵対組織は潰せたけど、管理局だって事件の捜査だけじゃなくて私達にも過敏になるだろうし、鉄屑もほとんど壊れちゃってるよ」
「型落ちの奴なんかいいのよ。今回の戦闘でバージョンアップしたのを量産中なんだから。私達は、前と同様いつも通りドクターの言うとおり動けばいいのよ。暇なら訓練でもしてればぁ?」
「まあ、確かに訓練以外やる事ないけど……そういえば、最近のセッテ頑張ってるよね。今日だって訓練スペースに篭もりっきりだし」
「余分な要素を排除した後発組の中でも純粋な戦闘機人だからね~。任務が無ければ無駄な事はしないわ。当然でしょ」
「そういうのと違うと思うんだけど。それに……」
 と、十字路に差し掛かったディエチが何か言おうとした瞬間、二人の目の前で黒い影が通り過ぎた。
「あれってまさか、トゥーレ?」
「まぁ、それしか考えられないわよねぇ」
 正に影としか表現できないスピードで廊下の奥へ消えたトゥーレの背中を見送る二人。直後、今度は何故かナース服を着たルーテシアがガリューの肩に乗って、トゥーレが消えた先へ高速移動していった。
「クアットロ姉様、ディエチ姉様、もうすぐ夕飯だとセイン姉様が」
「…………」
 次に飛行型の機械兵器に乗った、コスプレした双子が目の前を横切ってルーテシアに続いていった。
「わかったよー、もう少ししたら行くからーっ」
 遠ざかっていくディードの背中に向けてディエチが返事をし、そしてクアットロを振り返る。
「さっき、双子がどうのこうの言ってなかったっけ?」
「お願い、それ以上言わないでくれる……?」
 クアットロは壁に手をついて項垂れていた。





 ~後書き&補足~

 アルハザードとの闘いから三~十日後ぐらいのナンバーズの面々の様子。これが原因でセインやディードが修道女見習いになって、オットーが執事服を着るように……嘘です。



[21709] 幕間 平常運転(2)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/09/10 11:51
 監視カメラのモニターが並べられた警備室、そこに時空管理局提督兼アースラ艦長のクロノ・ハラオウンが立っている。
 まだ癒えきっていない傷を制服の下に隠し、険しい表情で数多く存在するモニターに一つを睨むような目で見上げている。
 警備室のドアが開き、廊下から長髪の青年が入って来た。白いスーツを着た彼は部屋の中にいるクロノを見つけると、笑顔を向けて片手を上げた。
「おつかれ。どうだった?」
 青年に挨拶を返したクロノは早速成果を聞いた。
「見てたのなら分かるだろ?」
 疲れたように青年、ヴェロッサ・アコースは苦笑いを返す。
「君の力でも駄目か」
「ああ。僕の能力に対策を施してるなんて始めての経験だよ。時間をかけても、彼から情報を引き出すのは無理かもしれない」
 そう言ってヴェロッサもまたクロノが見ていたモニターを見上げる。
 その画面には異様な光景が映し出されている。四方を鋼鉄の壁に囲まれ、全身を拘束具で拘束されている男が部屋の中央で椅子に座っていた。僅かな情報さえも与えない為に、顔には鍵付きのマスクを填められ目と耳を塞がれている。
 管理局によって捕らえられ、刑務所へと閉じ込められた犯罪者は数多く存在するが、これほど厳しい拘束をせまられた者もそういない。そんな状態でありながら、男は大人しくする様子は無く、喉の奥から低い唸り声のようなものを上げ、まるで監視カメラからのクロノ達の視線に気付いているように顔を真っ直ぐと向けていた。
「……恐いな」
 モニターを見上げていたヴェロッサが呟く。
「仕事上、色々な人間を見てきたけど、これほど直接的である意味単純な殺気は初めてだよ。だからこそ対峙してこれほど恐く感じる」
 モニター越しからでも伝わる獰猛な気配にヴェロッサを始め、警備室が局員達は背筋が凍るような思いを抱く。
「直面した時、噛み殺されるかと思ったよ。本当に君のお父上と同じ血が流れているのか、耳を疑う」
「遺伝子上はね」
 厳しい目でクロノはモニターに映る男を見上げる。
 拘束具の男は臨海空港と橋で繋がれた都市でフェイトとクロノが戦った戦闘機人、フュンフだった。
 彼はフェイトによって戦闘不能に追い込まれ、気絶した後にクロノが手配した局員達に捕らえられていたのだ。
 局員達の中にはなのはが所属する教導隊の者らもいたが、捕らえる直前にフュンフは意識を覚醒させて暴れ出した。捕らえる事には成功したが、それでも何人かの怪我人を出すこととなった。肉体も魔力も限界を越えていた筈だと言うのに、恐るべき闘争心である。
 それは、捕らえられて牢屋に入れられても衰える事を知らず、戦闘機人である彼の為に特別に用意された魔法も使えぬ牢屋内でも、その身体能力で暴れまわった。あまりの凶暴さから牢屋の中でも拘束具を付けさせる事になった。
「彼をこれからどうするんだい? 情報は得られないと思うんだけど」
 クロノは彼から、移動庭園を始め北部の街を襲った事件に関して情報を引きだそうとしたが、当然フュンフが喋る筈も無く、最後の手段として思考捜査のレアスキルを持つヴェロッサに情報の入手を頼んだ。
 しかしそれも、どういう技術なのかフュンフの思考を読む事は出来なかった。レアスキルと言えど魔法技術、理論上の物には変わらず、ならばそれに対するプロテクトも理論上可能なのだ。
「陸が自白剤を使おうとしているが、無駄だろうね」
 思考捜査に対する防御も施すような相手だ。最早、毒や薬もまともに効くとは思えない。
「徒労と判れば、彼は無人世界の刑務所に搬送される手筈になってる。あまり彼ばかりに構っていられないからね。技術局なんか、落下した移動庭園から回収した魔導技術の解析と検証で休みなんかないらしい」
「そういう君こそ最後にまともな休みを取れたのはいつなのか聞きたいね。僕の所にもある大企業のきな臭い情報があったから、しばらく休暇は取れそうにないよ」
 アルハザードが起こした大事件の調査に本局や地上本部問わずして時空管理局全体が多忙を極めた。街の復旧から負傷者の治療、落下した移動庭園内部の調査、戦闘機人達を造った首謀犯と思われる人物の背後関係など、局員を総動員している。
「結局、収穫は無しか。そういえば、はやての所の彼女は? 技術局のマリエルさんのチームが検査してると聞いてるけど?」
「ああ、リインフォース――何だか紛らわしいな……は技術局で精密検査を受けているよ。何度か彼女から事件について聞いたんだが、闇の書の闇に取り込まれていたせいで断片的に、しかも朧気にしか覚えてないそうだ」
「そうか……あまり自由に会えないからはやてが寂しがってたよ」
「悪いけど、もう少し待ってもらえるよう君から言ってくれないか? 彼女が存在してると言う事は、防衛プログラムもまた存在している可能性が高い。彼女がどうやって守護騎士達と同じように実体化してるのかも、マリエルさんが気にしてたから」
「まだまだ時間が掛かるって事だね」
「ああ。それに早い内に一度彼女の扱い、というか彼女達に向けられる敵意の対処方法を考え直さないと、会えたとしてもそれを理由に何を言われるか分からない」
「やっぱり、出てきたかい? はやてを糾弾する声が」
 闇の書事件後、書の主であるはやてを責める声は多くあった。闇の書と管理局との禍根は深く、はやての元へと闇の書が転生する以前には多くの局員が命を落とした。
 経緯はどうあれ防衛プログラムを破壊した功績に、当時の事件に管理局の提督が関わっていた事、闇の書の犠牲者で有名なクライド提督の妻子がはやてを庇った事で表面的とは言えそれは納まった。
 しかし、今回の事件で再びはやてに責任を負わす声が出てきたのだ。
「姉さんの予言にあった黒い天使の部分に引っかかっているのもマズいね」
 カリムが予言した黒い天使。それは複数の人間に該当した。
 一人目は西区でもその力を見せつけ、事件発生直後に空港を破壊したツヴァイ。二人目はクイントとシグナム、シャッハが対峙した黒炎を操るアイン。そして三人目がリインフォースだ。
 都市を襲った天使達が防衛プログラムの機能を使って生み出された存在ならば、三人の中で一番予言に該当するのはリインフォースと言える。
「普段信じてない連中までもそれを理由に言ってくる始末だよ。とにかくスケープゴートが欲しいのさ。責任という毛皮を被ってくれる羊がね。そんな事は僕がさせない。だから技術局から彼女が安全だという保障と夜天の書を操っていた人物の情報が早急に必要なんだ」
「この戦闘機人の彼以外にも捕まえた共犯者はいるんだろ?」
「あまり手掛かりになりそうなのは無いようだ」
 フュンフ以外にも、あの移動庭園にいた研究員らしき人間達を瓦礫の中から救助し捕らえてある。彼らはフュンフと違って口は軽かったが、その中に有益な情報は無かった。
「フェイトとはやてが調査していたアルハザードという人物が首謀者の可能性が高い。でも、判っているのはこの男が天才と呼んでもおかしくない技術者というだけ。経歴や目的など一切不明だ」
 伝説上の次元世界アルハザード。それと名を同じくする科学者がトップにいたのはほぼ間違い無い。そのアルハザードという科学者の情報を得る為に、彼の近くにいた戦闘機人のフュンフから情報を入手しようとしたが、結局は徒労に近かった。
「他の戦闘機人を捕まえられれば良かったんだけど」
「フュンフは君達が捕らえ、シャッハ達が戦った戦闘機人は自分の炎で塵となった。だとすると残りは三体いる事になる。でも――」
 アルハザードは最低でも五体の戦闘機人を所有していたが、事件当時に管理局が目撃したのアイン、ツヴァイ、フュンフの三体。管理局に属するクロノ達はその内二人と交戦。ならばツヴァイと他二体の戦闘機人はどうなったのか。
 ツヴァイとドライは事件当時の行動は不明で、事件後も行方不明。フィーアは、その体の一部と思われる物が瓦礫の山と化した都市内部で見つかっている。鑑識によれば、傷口と周囲の状況から判断して強力なエネルギーを受けて蒸発した可能性が高いとの事だった。
「防衛プログラムの分身でもあるマテリアルも一体見つかっていない。移動庭園や闇の書にだって僕達は攻撃していない。それなのに彼らは突然停止した。何かの要因で自滅したのでは無いのなら」
「僕達とは別の第三勢力にやられた事になるね」
「ああ。あの戦場には所属不明の機械兵器もいた。刻々と戦況が変わっていたのだから、人工知能じゃ限界がある。どこかに指揮官がいた筈だ。そいつか、その仲間が他の戦闘機人と闇の書の闇を倒したとすれば辻褄は合う。問題は……」
「その第三勢力もまた、目的を初めとした正体が判らない」
「目星は付いているんだけどね。それ以上の事は掴めていない」
 機械兵器は今回だけでなく、以前から次元世界各地に出没していた。自尊心の強さの現れなのか、破壊した残骸から開発者と思われる名前がわざわざ刻印されてあったので誰が造ったのか既に判っている。だが、それ以上の事はアルハザード同様まったくと言っていいほど掴めていない。目的や潜伏場所、バックボーンも不自然な程不鮮明だ。
「AMF装備の機械兵器に、はやて達を苦しめた戦闘機人をも倒す勢力か。頭の痛い事ばかりだね」
「ああ。今回だって、もし管理局が狙われていたら僕達は全滅していた。きっと、いずれ戦う事になるだろう」
 艦を指揮する立場の人間として、クロノはそうなった時の状況を予想して暗い顔をする。
「大丈夫。はやて達なら勝てるさ。彼女達はまだまだ成長する。当然、僕もフォローする。僕達が信じないでどうするんだい?」
 ヴェロッサの励ましを聞き、クロノは僅かにだが笑みを向ける。
「……そうだな。君の言うとおりだ。彼女達ならできる。例えどんなに恐ろしい相手だったとしても」



「どこかの世界選手がやってた回転サーブ!」
「甘ェ!」
 その頃、時空管理局提督が恐ろしいと称した相手は卓球をしていた。
 場所はスカリエッティのアジト地下深く、訓練スペースの隅っこだ。部屋中央ではセッテが一人で黙々と訓練している。
 どこから持ってきたのか卓球台を設置し、戦闘機人の運動性能にものを言わせたラリーが続く中、ウェンディが施設内の投影装置を使ったイカサマを行う。
「喰らえ必殺のォ、消える魔球ぅぅぅっ!」
「なんだと!? って、ステルス使ってるだけじゃねえか!」
 ステルス仕様のピンポン球を赤毛の少女、ノーヴェは勘だけで打ち返す。しかし、ピンポン球には実は回転が加えられており、ノーヴェの思惑とは別に球はネットに直撃した。
「あ……」
 ステルス状態なので球こそは見えないが、ネットの動きと台の上から聞こえる乾いた音が、ノーヴェに敗北は伝えていた。
 直後、球が爆発する。
「うわっ!」
 爆発こそは小さかったが、ノーヴェの顔が炭だらけになってしまう。
「いえ~~い、私の勝ちっス! お菓子のドーナツは頂いたっスよ!」
「ちょっと待て! ボールにステルス仕込むなんて卑怯だろ」
「エアライナーで壁作ろうとした人に言われたくないっスね。さあ、それよりもドーナツをいただくっス」
 と、ウェンディがバスケットに入ったドーナツを食べようとして、中が空っぽなのに気づく。
「悪い。俺がもう食った」
「えええええぇぇーーっ」
 トゥーレがコーヒーで口の中の物を胃に流し込んでいた。
「私のおやつぅ~~。出すっス。今すぐ吐き出すっス!」
「アホかお前」
「だって食べたかったんだもん」
「まあ、トゥーレの嘔吐物を食べたいだなんて、ウェンディは特殊な趣味をしていますね」
 トゥーレの後ろに座っていたディードが頬に手を当てて生暖かくウェンディを見つめていた。その横にはオットーもいる。
「違うっス! そういう意味で言ったんじゃないっス!」
「とりあえずお前近寄るな」
「だからって違うって言ってるっス! 何でそんな遠ざかって行くっスか!」
 トゥーレがウェンディから距離を取った時、部屋――訓練スペース――のドアが開いて外からクアットロとセイン、ディエチが入ってきた。三人はそれぞれ手に荷物を持っている。
「どうせ足りなくなると思ったから、おかわり用意したよー」
 セインが両手で持つトレイには色とりどりの洋菓子が置かれている。
「さすがセインっス! お姉ちゃん万歳!」
 ウェンディがセインに抱きつきながら菓子に手を伸ばす。
「うわっ、何だかよく分かんないけど株が急上昇?」
「ウェンディ、そんだけあるならあたしにも食わせろ」
「嫌っスよ~」
「んだと?」
「はいはい、いっぱいあるから喧嘩しないの、もう。あっ、セッテもこっち来て休憩したらどう?」
 セッテは訓練する手を一度止め、セインに振り向くが、首を横に振った。
「いえ、まだ続けられますので。私の事は気にしないで下さい」
 そう言って訓練を再開した。
「うーん、真面目だねぇ。それに比べてこっちは……」
「ウェンディ、そのオレンジの方寄越せよ」
「これ全部私のっス」
「独り占めすんな。寄越せ!」
 ノーヴェとウェンディが菓子を巡って争っていた。
「何だあの乞食どもは……。ところで、それ何だ?」
 後から入ってきたクアットロとディエチにトゥーレが振り返って聞く。彼女達は銀色の光沢を放つ大きなケースを持っていた。自分の身長と同じほどの長さを持つケースをディエチは軽々と肩に担いでるのに対し、クアットロはケースを引きずり、荒い呼吸を繰り返している。
「ノーヴェとウェンディの武装。直ったから持っていくようにってウーノ姉が」
「ふうん」
 自分達の武装と聞いて、口の中を甘味だらけにしたノーヴェとウェンディがやって来る。
「ほぉふぁしらのふぅき?」
「ほぁーい」
「口の中片付けてから喋ろよ」
 二人が菓子を飲み込んでる間、クアットロが床にケースを落とすようにして置き、尻餅をついた。
「あー、重かったぁ」
「お前の体重が?」
「違うわよ……何でいつもそんな事言うのかしらぁ、トゥーレちゃんは」
「だってお前、セインの菓子に手出してないだろ? お前が食べてない時ってダイエットしてる時だ」
「そ、そんな事ないわよ~」
 目を逸らしながら反論すると、トゥーレはオットーの方に振り向く。
「クアットロ姉様の体重は機械部分の重量を差し引いてもミッドチルダ在住成人女性の平均値を――」
「はい、オットー。それ以上は止めましょう」
 オットーが禁句を口にする前にディードが口を塞いで引きずっていく。
「あいつある意味素直だよな」
「悪意を感じるわ。そうじゃなくて、これが重たかったのよ~」
 クアットロは床に置いたケースを開く。中にはローラーブレードとナックルが入っていた。
「あっ、あたしのだ」
 横からノーヴェがローラーブレードを手に取る。
「そのナックルもだよ」
「これも?」
 ディエチの言葉に、ノーヴェは残ったナックルも取ってケース中身全てを両手で抱えた。
「こいつは軽々と持ってるぞ。お前それでも戦闘機人か?」
「前衛組と一緒にしないでよ~。私は後方支援だから」
「後方、ねえ……」
「よっと」
 ディエチが肩に担いでいたケースを床に下ろすと、ズンッという重そうな音がした。
「これ、ウェンディのライディングボート」
「おぉ~、ピカピカ!」
 ケースを開けて、中から新調されたライディングボートを片手で持ったウェンディがはしゃぐ。
「あいつらは持ってるぞ」
「ウェンディちゃんは前線での援護射撃だから仕方ないわ。ディエチちゃんは……隠れマッチョだからいいの」
「単に運動不足なだけでしょ。自分で二の腕とか気にしてたじゃん」
「ディエチちゃん!? この裏切り者~」
「人に変な属性つけるからだよ」
「なあ、ディエチ。このナックルは何だ?」
 ディエチがクアットロをあしらっていると、新しい武装を装着したノーヴェが走り寄って来る。
「これは判るんだよ」
 自分の足下を見るノーヴェ。彼女のローラーブレードにはクイントのデバイス、リボルバーナックルと同じスピナーが足首部分に、踵部分にはジェットノズルが装備されている。共に蹴りの威力を上げる物だ。
「でもこのナックルはどんな機能があるんだ? ドクターの事だからただのナックルじゃないだろ」
「やっぱり私はロケットパンチだと思うっス」
「あたしの手が焼けるだろ。やっぱこれって、あのフィーアって奴のナックルと同じなのか?」
 ナックルの甲には黄色のレンズが取り付けられてある。それは、フィーアが持っていた散弾を撃つナックルに付いていた物と酷似していた。
「そうだよ。射撃機構の付いてるんだって。射撃の不得手なノーヴェの為にウーノ姉が」
「ふーん」
 ノーヴェはナックルを眺め回した。その時、再び部屋の外から人が入って来た。
「げっ、トーレ姉……」
 トーレとその横にチンクの姿があった。
「……お前達、ここをどこだと思っている」
 訓練スペースに入り、卓球台や床に敷かれたシートの上の菓子を見下ろしたトーレは溜息をはいた。
「まったく、目を離すとすぐこれだ。クアットロ、お前は確か武装を届けに来ただけだろ? どうしてそんなに所でへばっている」
「いや~、これはですねぇ」
「その荷物運びで相当疲れたんだと」
「あっ、トゥーレちゃん! ち、違うんですよ、トーレお姉様。これは深~い訳があって」
「後方支援型だから持てないんだと」
「だからトゥーレちゃん!」
「お前達は……」
「まあ、そう怒るなトーレ。皆、少し休憩してるだけだ。そうだな?」
 チンクがそう言って妹達を見回すと、それぞれが頷く。
「武装も直った事だし、今から訓練再開するっス。ねえ、ノーヴェ」
「ああ、新しいナックル試してみたいしな」
「そうか」
 と、トーレが頷き返すと手の骨を鳴らし始めた。
「なら久々に私が相手をしてやろう」
「えぇー……」
「何だその不満そうな声は。いいからとっとと来い。二人まとめて相手をしてやる」
 引きずるようにして、トーレが二人を訓練スペースへと連れていく。
「なら、私達も始めよう。オットーとディード、昨日やったISを使っての戦闘訓練の続きをしよう」
「はい、チンク姉様」
「…………」
 双子もまた、チンクと共に訓練スペースの開けた場所へと移動した。
「トーレ姉、病み上がりなのにやる気マンマンだね」
 二人を見送りながらディエチが首を傾げた。その疑問にノーヴェとウェンディが食べ散らかしを片づけながらセインが答える。
「ほら、久々に騎士ゼストと戦えると思ったら、怪我が直る前にルーテシアお嬢様と一緒に出ていったじゃん。あの融合騎も連れて。だから力有り余ってるんだよ」
「なるほど。そういえば、騎士ゼスト以外だと家では誰がトーレ姉と一対一出来たっけ? トゥーレと……」
「チンク姉だね。あとは、セッテの将来に期待ってとこ?」
「セッテかぁ……」
 ディエチが訓練スペース中央に視線を向ければ、先程まで一人で訓練していたセッテがトーレと何やら話していた。二、三話し終えると、セッテがトゥーレ達のいる場所へとやって来る。
「どうしたの?」
「トーレが、機械では無いのだから休む事も覚えろと……」
「そうなんだ」
「肝心な時に使い物にならなかったら困るものね~。あら、このクッキー美味しい」
「結局食うんだな、お前」
「いいじゃない、別に」
「セッテもクッキー食べる?」
「いえ、今は空腹を覚えていないので遠慮します」
「…………ちょっと、トゥーレ」
 断られたディエチはトゥーレを呼ぶと、皆から少し離れた場所へ連れて行く。
「ねぇ、トゥーレからも言ってよ」
「はあ? 何を言えって?」
「セッテに皆と一緒にお菓子でも食べて休むよう言ってよ。いつもあの子だけ一人だし」
「確かにあいつそんな所あるけどさ。何で俺なんだ。トーレに頼め」
「トーレ姉は今訓練してるし、その次に言う事聞きそうなのトゥーレだけだから」
「いや、だから何で俺……」
「そうだよ。せっかく私が作ったのに。皆で食べて欲しいしさ」
「お前、どっから現れた」
 セインがいつの間にか会話に参加していた。
「いいから、言って」
「はい、これクッキー」
「わかったから押すな」
 セインにクッキーの入った小さな紙袋を渡され、ディエチに無理やり背中を押される。
「あー……セッテ。一緒に休もうぜ。菓子でも食ってさ」
「お断りします。それにトゥーレはここ数日一度たりともトレーニングを行っていません」
「………………」
 トゥーレが白い目でディエチとセッテへ振り向いた。
(下手なナンパみたいな事言うからだよ。もう一度)
(ガンバッ、ガンバだよトゥーレ)
「ねえ、さっきから皆何してるの~?」
 小声で声援された。
「…………とりあえず、あれだ。あんまり根を詰めすぎるなって。戦闘機人でも疲れるし、あんまり無理すると機械部分も磨耗する」
 理詰めで食わせる作戦だ。
「疲れた時は糖分だし? これでも食えよ。セインの作ったクッキー、いけるぞ。ほら」
 そう言って一枚摘み、自分で食べる。
「………………」
 無言ではあるが、セッテの視線は差し出されたトゥーレの右手の上にあるクッキーに向いた。
「………………」
 長い沈黙の後、皆が見守る中セッテの口がゆっくりと、大きく開く。そして――
「あむ」
 トゥーレの手ごとクッキーを食べた。
「痛ってぇ! 噛むなこの馬鹿ッ!」
 トゥーレがセッテの頭を掴んで引き離そうとするが、がっちりと噛み付かれて離れない。
「おおっ、セッテが食べた!」
「ナイス、トゥーレ」
「ほんと、何やってるの?」
「お前ら見てないで助けろ! てか、セッテ。俺の指ごと食う気かよ!」
 それから、しばらくセッテとのもみ合いになりながら、時間は掛かったもののトゥーレは自力で指の救出に成功した。





 ~後書き&補足~

 前半はシリアスさんが頑張ったけど、やっぱり後半で逃げ出しました。

 そういえば、初代リインと二代目リインの呼称、どうしよう。リインフォース、リインで分けようと思っているのですが、何にせよややこしい。



[21709] 幕間 期待の星
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/09/20 23:01

 丸みのある長方形のテーブルを挟んで、とある母娘が向かい合って椅子に座っていた。二人の前には紅茶が置かれているが、まだ手を付けられていない。
 娘である青髪の少女は膝の上に両手で握り拳を作り、透き通るような真っ直ぐな瞳で母親の言葉を待っている。
 母親はと言うと、そんな自分の娘の視線を受け止めながら冷めつつある紅茶の入ったカップに手を伸ばして一口飲んだ。
 普段以上にゆっくりとした動作をしているように見える母親の反応に、少女の胸に不安がよぎる。だが、態度を変える事なく少女は母親を見つめる。
 居間ではカチコチと時計の秒針の動く音が聞こえ、その音に混じってカップを置く音が混じる。
「……本気なのね」
「うん……」
 娘は、母親の最後の問いに力強く頷いた。
 管理局へ入って救助隊隊員になりたいという、ある事件をきっかけに生まれた夢。それを叶える為に、来年の学校卒業と同時に陸士訓練校に入りたいと、少女は母に語ったのだ。
 両親が自分達娘を管理局入りさせたく無いという考えを持っている事を少女は知っている。だが、それを判っていても叶えたい夢だという事だ。
 少女が、緊張で思わず喉を鳴らしかけ――
「別にいいわよ?」
 詰まらせて咳込んだ。
「何よいきなり。唾こっちに飛ばさないでね」
「ご、ごめん。最初は反対されるかもって思ってたから……」
「最初は、って言ってる時点で何としてでも行く気だったのが判るわね」
 そう言って少女の母親、クイント・ナカジマは娘がテーブルに飛ばした唾を右手で掴んだ雑巾で拭く。
「お父さんにはもう話したんでしょ?」
「うん。渋々って感じだったけど許してくれた」
「なら私から何か言う必要無いわよ。だいたい、もうすぐ訓練校卒業して局入りするギンガがいるのに、スバルだけ駄目な理由はないでしょう」
「そ、そっか……」
 少女、スパルの姉であるギンガはもう陸士訓練校卒業間近で、既に管理局での配属先も決まっている。
「それじゃあ、私、行ってもいいんだね」
「だからそう言ってるじゃない」
「やったー! ありがとう母さん!」
 スバルは両手を上げて喜びを表現する。
「でも、試験合格できるの?」
「え?」
 いきなり冷水をかけられた。
「あんた、今まで魔法なんてろくに覚えてないでしょう。筆記だけならともかく、魔法覚えてないと難しいわよ」
「実技試験なんて書いてなかったよ?」
 そう言ってスバルはどこからか取り出したのか、陸士訓練校のパンフレットを取り出してページを捲る。
「準備早いわよ。いや、受験生ってこんなものかしら……。魔法の適正検査の時、確か初級の魔法使わせられるわよ」
 陸戦魔導師を育てる場所なのだから、基礎的な事は覚えていて当然という認識だ。魔法学校卒業レベルなら魔法試験など無いも同然だ。
「ええっ!? ど、どうしよう……」
 しかし、スバルは今まで魔法に大して興味が無かった為、ろくに魔法を使用した覚えは無いく、魔法学校では無く普通の学校に通っている。
「ただいまー」
 その時、玄関から少女の声が聞こえてきた。玄関から真っ直ぐに居間を歩き、顔を覗かせたのはスバルの姉のギンガ。彼女は居間に入った途端に暗い表情でうなだれる自分の妹を見つけた。
「どうしたのスバル?」
「早くも夢への障害にぶち当たったのよ」
「母さん!? あれ? 退院は再来週じゃなかった?」
「抜け出しちゃった。……冗談よ。だからそんな半目で見ないでちょうだい。リハビリが必要なくなったから早めに退院させてもらったの」
 そう言って、クイントは右手を掲げて閉じたり開いたりした。
 失った右腕は再生医療によって治っていた。肌の色が日焼けしているかどうかで若干違う事を除けば、元通りになったと言っていい。
「まあ、本調子にはまだ遠いけど」
「そっか。よかった。ところでスバルはどうしたの? 夢への障害って何があったの?」
「ああ、それがねぇ――」

「魔法かあ。そういえば、スバルは魔法覚えてなかったわね」
 クイントから話を聞いたギンガはスバルの隣に座って、考え込むように天井を見上げた。
 ちなみに、クイントは居間から突然出て行ったかと思うと、家の倉庫に入って何やら漁っているようだった。時折物が崩れ落ちる音が居間にまで届く。
「母さんも、そんな叩き切るような言い方しなくても。ティアナさんの時もそうだったし……」
 クイントが保護者を勤めるティアナ・ランスターは現在士官学校への試験を受け、後は結果を待つのみとなっている。最初は空隊への入隊試験も受けようとしていたのだが、
「空隊? 止めときなさい。だって、空戦適正からっきしでしょう? 適正検査で弾かれるわよ」
 と、身も蓋も無い事をクイントから言われていた。飛行魔法は適正が無いと扱えず、あったとしても飛行訓練には時間と資金がかかる。
 最初から空を飛べる者か、空隊の訓練で実戦レベルの飛行が行えると判りきった程適正が高い者ぐらいしか空隊に入れない。
「ギン姉ぇ~」
 今にも泣き出しそうにスバルがギンガに抱きつく。
「はいはい、大丈夫だから。残り一年弱もあればある程度できるようになるから。私が教えてあげる」
「本当!? ありがとう、ギン姉」
 ゼロからのスタートで、一年で訓練校に入れるレベルに魔法技術を覚えるというのは大分無茶な話である。だが、そんな無茶な事にどうやらナカジマ姉妹は疑問を感じていないようだった。
「どういたしまして。それにしても、全然興味示さなかった魔法を覚えようだなんて、なのはさんの影響?」
「うん。私もあんなふうに誰かを助けれる人になりたい」
「そっか。ギンガにとってなのはさんは憧れの人なんだ」
「えへへ……」
「私は?」
「うわぁっ!?」
「きゃっ!?」
 照れるスバルの後ろにいきなりクイントが現れ、娘の耳元で囁いていた。
「私も一応あの場に行ったのになあ。眼中に無かった訳ね。空気と同じだと、娘からそう見られていた私って一体……うぅっ」
 非常に判りやすい嘘泣きが行われた。
「ち、ちゃんと覚えてるよ? でも、最初のなのはさんのインパクトが強かったって言うか、母さんって人を直接助けるって言うよりも何て言うか……」
「相手ぶっ飛ばしたら結果的に助けちゃったみたいな?」
「そう、それ! 間接的人助け。さすがギン姉」
「意味判んないわよ。まあ、いいわ。それよりも二人とも」
 倉庫から取ってきたのか、クイントは木箱をテーブルの上に置いた。
「それ何?」
 身をテーブルの上に乗り出し、スバルが聞くが、クイントは答えず笑みを浮かべる。
 そして、蓋を固定している釘を小さな金槌に付いた釘抜きで開けようとする。
「……あれ?」
 しかし、抜けない。
「何よこれ。不良品じゃない?」
 何度やっても、釘は箱から抜けない。と言うよりも――
「抜けないの? 力が足りないとか」
「うちの母さんに限ってそれは無いわよスバル」
「そっか。そうだよね。母さんだもん」
「あんたら、微妙に酷い事言ってない?」
 クイントが釘を抜けないのは、箱と釘の隙間に釘抜きの先端を差し込めないでいるからだ。どうやら、釘が深くまで木製の蓋に突き刺さっているようで、よく見れば僅かに陥没していた。
「………………ああっ、面倒ね。フン!」
 クイントがいきなり蓋を金槌で叩き壊した。
「あーあー、やっちゃった」
「母さん、そんな事したら中の物まで……」
「長い間一緒にやってきたから、このぐらいじゃ傷一つ付かないわよ」
 木片を取り除き、残った蓋の一部分を無理矢理引き剥がす。そして衝撃干渉材を取り除いて中の物が露わになった。
 箱の中には薄紫色をした拳装着型のアームドデバイスが、右手用と左手用の一対二個で納められていた。
 箱との隙間を衝撃吸収材によって詰められた重厚なナックルの手首には歯車のような銀色のスピナーがあり、六発の弾倉を入れるリボルバー式カートリッジシステムがスピナーの後ろにある。
「リボルバーナックル……非人格式のアームドデバイスよ。お古で悪いけど、貴方達にあげる」
「えっ、でもこれって……」
 リボルバーナックルはクイントが捜査官時代に使っていたデバイスだ。魔法を扱う職業に就いている者にとってデバイスは半身と言ってもいい。
「いいのよ。もうとっくに管理局辞めちゃったし。倉庫に入れっぱなしにしとくのもね」
 箱からリボルバーナックルを取り出し、懐かしむように眺める。
 一度修理に出し、それ以来倉庫に保管していた為新品同然である。しかしそれでも、長い間共に戦ってきたクイントには色々と思い出される事も多い。
「これはスバルに。今から魔法覚えて、入校出来たとしてもやっぱり他の子は魔法に関して一日の長があるから。せめてデバイスは良い物持っておきなさい」
 そう言って、クイントは右手用のリボルバーナックルをスバルに手渡す。そして、スバルの頭を撫でた。
「なのはちゃんみたいに人を助けられる魔導師になりたいなら、頑張りなさい」
「うん! ありがとう、母さん」
「ん。左利きのギンガにはこっち。ちょっと早いけど、陸士訓練校卒業兼入隊祝いってことで」
 残り一つ、左手用のリボルバーナックルをギンガに手渡す。
「あ、ありがとう。でも、本当にいいの?」
「くどいわねえ。いいのよ。使ってやらないと逆に可哀想でしょ」
「……うん」
「――よし、それじゃあインターフェイスの登録をしましょうか。あっ、カラーリングも変えられるわよ」
 それからクイントによるリボルバーナックルの解説が始まった。



 ミッドチルダの都市には魔法練習場という公共施設が多数存在している。魔法が一般的に普及しているミッドチルダでは子供から老人まで、例え魔法が使えずとも触れる機会は多い。
 才能如何によっては大きな危険をはらむ魔法を制御させる為か、魔法を練習する場所には事欠かない。
 その一つ、野外練習場にてティアナ・ランスターは直立した姿勢で瞳を閉じていた。より正確に言うならば、草の短い芝生から数十センチの高さを浮いていた。
 彼女の足元にはオレンジ色の魔力光をしたミッドチルダ式の魔法陣が展開されていた。それが力場となってティアナの体を宙に止めているのだ。
 集中しているのだろう。ティアナの額にはうっすら汗が滲み出ている。そして、魔法陣の光が点滅しだし、魔力光の輝きが段々と弱くなっていく。終いには魔法陣が消滅し、ティアナの体が重力にしたがって地面に落下する。
「ふぅ……」
 難なく地面に着地したティアナは軽く息を吐く。
「三十分弱か。集中してこれだなんて」
 浮遊魔法の持続時間を見て、少なからずティアナは落胆した。少しずつ練習を積み重ねた結果、最高記録を叩き出したが、実践では何の役にも立たない。浮遊した状態で他の魔法を併用してこそ意味がある。浮く為だけに神経を集中してこの結果なのだから、マルチタスクによる並列処理などとても出来る状態では無い。
「空隊は、やっぱり今は諦めた方がいいか」
 元々は士官学校の試験と共に入隊試験を受けるつもりだったティアナだが、クイントから空隊は諦めろとバッサリ切り捨てられてしまっていた。飛行の適正は試験の際に測ってみなければ判らないと言うのに、断言されてしまったのだ。
 それが何だか悔しくて、試験が既に終わっている今でも魔法のトレーニングメニューに浮遊や落下緩和の魔法の練習を加えたが、結果は先ほどの通り。
「なのはさんやはやてさんは、管理外世界出身なのに、いきなり飛べた上に戦闘もしたらしいけど……ありえないわ、あの人達」
 齢十二にして、ティアナは理屈では説明できない才能の差を知りつつあった。
 気持ちを切り替える為に、ティアナは少し離れた場所のベンチへと歩き、そこに置いた自分のスポーツバッグからタオルを取り出して汗を拭き取った。
 そして、今度は水筒を取り出して、汗で消費した水分を取り戻す。
 その時、公園の入り口から公共魔法練習場へ向かって来る親子を見つけた。それはとてもよく知った親子で、その先頭を、
「ティアー!」
 末っ子の方が大声を出しながらティアナへと真っ直ぐ走っていた。どうやら、先に気付いていたのは向こうの方のようだ。
「ティ~ア~ッ!」
 もう一度名前を叫び、リュックを背負った少女がもの凄い勢いで飛び込んでくる。
 それを、ティアナは空いた手で少女の頭部を掴む事で受け止めた。
「スバル、あんたはどうしてそう人にくっつこうとすんの。あんたの突進は致命傷になりかけるのよ」
 二人は付かず離れずの瀬戸際で均衡する。
「まったく、普段は人見知りな癖に、一度懐くとべったりなんだから」
 スバルに追いつき、クイントは溜息混じりに苦笑する。隣ではギンガが手を振って挨拶した。
「トレーニング中だったんでしょう? 邪魔してごめんね」
 クイントが襟首を掴んでスバルをティアナから引き剥がした。
「いえ、ちょうど休憩していたところですから。クイントさん、退院はまだ先だったんじゃ……」
「リハビリ分が浮いたから早めにね。本当は皆一緒に退院したかったんだけど、なのはちゃんとフェイトちゃんもまだ少しかかるようだし。特にはやてちゃんはリハビリが大変そうよ」
 なのはは限界を越える魔法の出力によるリンカーコアの消耗、フェイトは安全対策が為されておなかった魔法使用で全身骨折、はやては無理な演算処理におかげで脳神経を中心とした神経のダメージで重傷を通り越した死に体だった。
 日進月歩の医療技術で傷は大分癒えたが、それでも退院はまだであり、特にはやては神経がやられているせいで時間がかかるとの事だった。
「まあ、病院を抜け出そうとしてシャマルに毎度捕まってるワーカーホリックぶりから、大丈夫でしょう。ところで、試験終わってるのに魔法の練習?」
「はい。一日だって怠けてられませんから」
 ここ数年でニアSやオーバーSランクの知り合いが増えた為に、ティアナの目標は自然と引き上げられていた。
「真面目ねえ。でも、私があげたメニュー、役だってるようで良かったわ」
「お陰様で。自分で考えたメニューよりも効率良く出来ます。ありがとうございます」
「いいのよ別に」
 クイントは掌をひらひらと横に振る。
 ティアナが行っているトレーニングメニューはクイントが作った物だ。さすがに、素人では無く元局員が作っただけあって良く出来ていた。
「それより、どうしてここに?」
「スバルに魔法を教えようと思ってね」
「スバルに? どうしてまた……」
 首を親猫にくわえられた子猫のように、クイントに持ち上げられたままのスバルへ視線を移す。
 スバルが魔法にこれと言った興味が無く、素質があるにも関わらず普通学校に通っていた事はティアナも知っている。
「あたし、なのはさんみたいになりたいの!」
「ああ、なるほど……」
 ミッドチルダ北部での大事件。それにクイント、スバル、ギンガは巻き込まれた。その時に、スバルはなのは達に救助された事は知っている。おそらく、それがきっかけで空のエースに憧れたのだろう。
 単純と言えば単純だが、らしい理由だとティアナは思った。
「なのはさんみたいにって事は、やっぱり管理局に?」
「うん。来年の陸士訓練校目指して、まず魔法を覚えるの」
「来年の? もう一年もないじゃない」
 魔法を覚えていない人間が、今から始めて入校できるレベルになろうとは無茶な話だ。
「大丈夫大丈夫」
 そんなティアナの心配をよそにクイントが朗らかに笑い、
「私が、徹底的に、教え込むから」
 何故か周囲の気温が下がった。
「陸士隊部隊長の娘だからね。局員になりたいって言うなら、母親としてそれに恥じない程度にはしてあげないと」
「か、母さん? 顔が笑ってるのに何だか怖いよ?」
「それに、高官のお嬢様ってだけで嫉妬して陰口叩く奴が現れるでしょうから、逆にそんな事言わせないぐらい鍛えてあげる」
 スバルが頭を優しく撫でられる。だが、何故かスバルは背筋に冷たいものを感じた。
「頑張ってね、スバル。母さん、やると決めたら厳しいから」
 そう言ってギンガは距離を取った。ティアナも、ついつい後ずさる。
「ギン姉っ、ティア!?」
「皆して失礼な反応ねえ。さすがの私だって初心者のスバルに無茶やらせないわよ。とりあえずスバル、デバイス付けなさい」
「う、うん」
 スバルがリュックからリボルバーナックルを取り出し、右腕に装着する。サイズやカラーリングは既に家で変更されており、デバイスに登録されている魔法も初心者のスバルに合わせられている。
「そのデバイスは?」
「私の昔使ってたのをあげたの。デバイス無くても魔法の練習は出来るけど、安全面を考えたらデバイスの保護機能は必要だしね。特に、スバルみたいに魔力量多い子は」
「なるほど」
 デバイスは魔法プログラムの保存や演算処理の肩代わりだけでなく、術者の安全を確保するリミッターとしての機能もある。特に、魔法を覚えて間もない子供が持つデバイスには初心者専用のプログラムが入っている事が多い。
「準備できたよ、母さん」
「よし。それじゃあ、まずは……」
「砲撃魔法撃ってみたい!」
「…………訓練校卒業したらね。まずは基本的な身体強化と防御系の魔法でもやりましょうか」
 クイントの師事で、スバルが魔法の練習を開始する。
「ティアナさん、もし良かったら私の練習に付き合ってくれない?」
 そう誘ったギンガの左手には、スバルのとはカラーリングの違う白と紫のリボルバーナックルがはめられている。
「私ももらったんだけど、早いうちに慣れておきたくて」
「いいですよ。対人戦なら、隣の室内アリーナ行きましょう。ここだと遠距離射撃や爆発するような魔法は――」
 使用禁止、とティアナが続けようとした時、後ろから爆発が起きた。
 爆風で乱れる髪を押さえつけて振り返ってみれば、スバルが魔法使用を失敗して魔力爆発を起こして地面に穴を開けていた。
「母さん、何か爆発した!」
「いきなり全力で魔力流すからよ!」
「うわぁっ、ごめんなさい~~っ!!」
 いきなり先行きが不安だった。
「何であの二人至近距離で無事なの……」
「えっと……スバルと母さんだから?」
 それならギンガさんも同じでは、とティアナは思ったが、口には出さなかった。
 言わぬが仏である。





 ~後書き&補足~

 スターズ組の強化フラグ回。原作通りの強さだと、クリミナル・パーティーの一件で隊長組と大きく引き離されていますからね。強い上に仕事止めて暇してる大人がいる分、スバル達の基礎能力を上げます。スバルは戦闘機人の上、魔力も体力もあるのでいいですが、生き急いでる感のあるティアナにはストッパーと強化フラグの点で傍に大人が必要だと思っています。ティアナ強化の一つに、ちょっとした小道具を用意しています。ヒントは作中に既に出てます。
 年少組は、また次回ですが、元からスペック高いようなのでそんなに苦労しないかも。調べたら、エリオは何気に短期予科訓練校出てるらしいですから。

 それとデバイスの機能や訓練校の設定を微妙に捏造しています。訓練校の教育期間や設定など曖昧ですから、そこは臨機応変に。
 しかし、ティアの扱いはどうしようか。空隊は無理でも、ナカジマ家と交流あるなら部隊の隊長であるゲンヤとも知り合いで、ホイホイ養子を取る面倒見の良いあの家ならティアナの面倒も見てるだろうし、士官学校なんて簡単に入れそう……。



[21709] 四十八話 地上本部
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/10/09 00:01

 ミッドチルダ中央部、時空管理局地上本部。多くの局員達が日夜勤務に明け暮れる陸の本拠地である巨大な建造物だ。
 その巨大なタワーの最上階近い一室にて、レジアス・ゲイズは椅子に座り、執務机の上に両肘を乗せて手の指を組んでいた。
 部屋の中は真っ暗であり、執務机の上に表示されているモニターのみが光源となってレジアスの顔を青色に照らしている。
 モニターに映るのは、紫の髪に金の眼を持った年齢不詳の男、スカリエッティだ。
「最良だと、貴様はそう言うのか」
 ゆっくりとレジアスの口から出る言葉。それは怒気を無理矢理押さえながら絞り出したかのような声だった。
『ああ。私のナンバーズ達が全員残り、レリックの取り合いをしていたライバル組織が壊滅した。成功と言える成果じゃないか』
「だが、地上には多大な被害が出た。都市が一体いくつ廃棄された事か……」
『それは貴方の仕事だ。忘れたのかね? 私はただの犯罪者さ。地上の治安を守れと言われても困るよ。ただ、同情はするがね』
 レジアスはアルハザードの事件以来休む暇など無く、現に彼の顔には誰の目からみても疲れが溜まっていた。
『これでも気を使ったのだよ? 機械兵器も、戦力が拮抗するよう仕向けたのは我々の関係が少しでも疑われるのを避ける為だ』
「局員に被害が出たのだが?」
『だからこそ貴方を疑う者はいないだろう。貴方ほど身を削って地上の治安に貢献している者はどこを探したっていない。それは周知の事実』
 煽てているつもりか――不快そうに、レジアスは眉を僅かに動かす。
「……フン。もういい。ならば貴様の方はどうなのだ? 戦闘機人の研究は」
 茶番はいいと言わんばかりにレジアスは話を本題に移す。
『順調だとも。違うアプローチによる戦闘機人の研究データも手に入れ、現時点での限界値も掴めた。後数年の内に希望通りに安定した戦力を、しかも定期的に補充できるシステムが完成を見るだろう』
 アルハザードの戦闘機人研究開発のデータは移動庭園から回収済みで、敵の最高戦力と戦った事で現状での限界がはっきりと判った。
 何が出来、どこまでやれるのか。それを正確に知るのは次の段階へ進むために必要な過程であった。
「後数年か……」
 現在は戦闘機人事件がどうのこうのと言っていられない状況で、落ち着きを得るにはしばらく掛かるであろう。その後もレジアスにはやる事が山のようにあった。
『アインヘリアル建造が終わった後が、丁度良いのではないかな?』
 スカリエッティがレジアスの心の声を代わりに口にする。
 数多くの時空世界を管理する組織において魔法資質は重要なものだ。それを持たずして中将という位に就いているレジアスはただで転ぶ男で無い。逆に今の状況を利用して、地上部隊の戦力増強を行うつもりであった。
 元々地上部隊の戦力を整える事に熱心であったが、どれもこれも細々とした縁の下程度にはなるかも知れないが、戦力的に最低値が僅かに上がっても最大値が上がらないような物ばかり。
 しかし、今回の事件でこれから地上にもっと大きな力が必要とされる。その流れに乗ってレジアスはより大きな戦力増強を図る気でいた。戦闘機人に関してもその一つでしか無い。
 若い頃から抱いていた理想。それが後数年で届く位置にあった。
『庭園に残した技術も、有効活用されるといい』
「貴様、あの技術をワザと残したのか」
『AMFとISの研究を行っている私にしてみれば今更な感のする技術なのでね。むしろ管理局に必要なものではないかと、技術屋ながらに愚考してみたのさ』
「余計な気を回すな。貴様は戦闘機人の研究開発に専念していればいい。だが、まあ、有り難く使わせてもらうがな」
 その言葉にスカリエッティは薄く笑う。
『それは良かった。では、私はこれで……』
 通信が切れ、淡い光を放っていたモニターが消える。部屋が暗闇に包まれるがそれも僅かの間で、モーター音がすると同時に通信傍受対策のシャッターが持ち上がり、窓からの光が入って来る。
「……いつの間にか朝か」
 入ってきた朝日の強い光は暗闇に慣れた目には少し眩しすぎた。



「有り難く使わせてもらう、ねえ。使う気満々ね」
 時空管理局ミッドチルダ地上本部内、地下にある倉庫の隅で隠れるようにして何やら作業している人影があった。
 管理局に潜入していたドゥーエだ。壁の一部を切り取り、壁向こうに敷かれているケーブルの束に細工を行っている。
 彼女の耳には小さな通信器がかけられ、コードが伸びている。コードは通信傍受用の端末を経由して、壁の中のケーブルへと繋がれている。
 前々からスカリエッティの計画の為、管理局に潜入して少しずつ細工を行っていたドゥーエは管理局が事件処理に追われている隙を狙い、工作と情報収集を行っていた。
 レジアスの執務室に設置してある機密回線には既に盗聴器が仕掛けてあり、スカリエッティとの会話は筒抜けだった。彼の科学者側であるドゥーエにすれば二人の会話を盗み聞く事に意味は無いが、重要なのは他の者達との会話だ。
 現に、レジアスは自分の秘書を呼び出し、ある開発計画の進歩状況を訪ねていた。
『――――第三管理世界の会社との共同開発という形になりました。たまたま、同じ思想の魔力変換出力システムを構想中だった科学者がその社にいましたので』
『そうか。ならすぐにでも開発計画を進めろ。本局にも一枚噛ませてやれ』
『よろしいので?』
『次世代デバイスにも関係する事だ。どうせ首を突っ込んでくる。それに、テストには教導隊が必要になる。どのちみ避けられん。だが、主導権は地上が常に握るよう徹底しろ』
 二人の会話に耳を傾けながらドゥーエは持ってきた道具で黙々と回線に仕掛けを置く。
 二人が話しているのはスカリエッティが庭園に残した、より正確に言うなら消去する暇が無かった技術データを元にした計画だ。
 スカリエッティがAMFや機械兵器の開発を生体技術の研究の片手間に行っていたように、アルハザードもまた多岐に渡った研究を、戦闘機人のような人造魔導師だけで無く多くの技術開発を行っていた。
 庭園の残ったそのデータを使い、レジアスは地上部隊の更なる戦力増強を行うつもりなのだ。
 先程のスカリエッティとの会話では、有り難く使わせてもらうと言いつつ、デバイスの販売開発を行っている企業と既に連携して開発計画を進めている。数日やそこらで出来るものではない。それこそ、データを見つけた日から間もない時期からでは無いと間に合わない。
 アインヘリアルといい、強引ながらも確かに大した手腕であった。
「騎士ゼストが未だに近づけないのも納得ね」
 管理局に長い事勤め、内部事情にも詳しい魔導士が六年をかけても未だレジアスに近づけないでいた。ルーテシアの事があっても時間をかけすぎだ。
 アルハザードの事件で局員が忙しくなり、手薄になったかと思えばレジアスは各地と地上本部の間を忙しく行き来し、補足するのもままならない。
 結局、今は無理だと諦めてゼストはミッドチルダの慌ただしさから逃げるようにして管理外世界へ行き、ルーテシアと共にレリック探しを行っている。
「っと、こんなものかしら」
 作業を続けていたドゥーエが手を止めた。
 出来るだけの物理的な細工は施した。システム内部へのウイルス潜入やセキュリティー情報の入手などは、定期的に行われるシステムチェックや開閉ロックの暗号変更などがあるので気長にやるしか無い。
 壁を元に戻し、手早く道具を片づけると物音を立てずに倉庫を出た。
「お待たせ」
 ドアのすぐ側に誰かが立っていた。
「ようやく終わったか」
 壁に寄りかかって読んでいた本を閉じて、地上部隊陸士の制服を着崩した格好のトゥーレが振り返る。
「首尾は?」
「誰に言ってるの」
「人の足を踏みつけてる姉にだ。どうしてあんたは顔を合わす度に、人に肉体的苦痛を与えんだよ」
「だって、虐めたくなる顔なんだもの」
「最悪だな」
 会う度に行っているやり取りを交わしてから、ドゥーエはトゥーレの足の甲から踵を離す。
「セインはどこ?」
 踏まれた足の踵で床を数度叩く。すると床の下から人の指が出てきた。華奢で細い指先にはカメラのレンズが付いている。
 レンズがトゥーレ達の方を向くと、一度沈み、水の中から飛び出す魚のようにセインが姿を現した。
「どうだった?」
「外から入れないのと同じで、中から出ることも出来なかったよ。それ以外は結構自由に出入りできた」
 セインはトゥーレ同様に地上部隊の制服を着ている。彼ほど着崩していないが両腕の袖を捲って半袖のようにしていた。
 地上に慣れ、デバイスを触れただけで操作できるトゥーレと物質を透過して移動できるセインは潜入工作に向いている。その為、未だ地上への外出は自重するよう言われている中、特別にドゥーエの手伝いとして地上に来ていた。
「やっぱり、防壁は外壁と一部の重要な部屋だけみたいだな」
「そうね。エネルギー供給のラインを断つ方法を考えないと。それとセイン、服はちゃんと着なさい」
 ドゥーエがセインの袖を掴んで直す。
「えぇ~、別にいいよ。こっちの方が動きやすいし」
 セインが身じろぎして嫌がるが、ドゥーエは離さない。
「駄目。女の子がそんないい加減で言い訳ないわ」
「トゥーレなんて不良公務員みたいでもっとヒドいじゃん。何で私だけ~」
「あれは男よ」
「え? ……あっ、うん。そうだよ?」
「その態度はどういう意味だ?」
「うわっ、トゥーレが苛めるよぉ、ドゥーエ姉」
「嫌ねぇ、男の反抗期? 刺すわよ」
 嘘泣きするセインを宥めながらドゥーエがピアッシングネイルを取り出す。
「……ああ、もうどうでもいい。それより用が済んだなら行くぞ。ここの監視カメラだって何時までも誤魔化せるもんじゃないからな」
「そうね。それじゃあ、行きましょう」
 三人は目立たぬよう、堂々と局員のフリをして地下を出ていく。セインを除いて。
「キョロキョロすんなよ、おまえ」
「だって普段から外に出る機会ないしさ。しかも管理局の地上部隊本部だよ。珍しくって。他の皆も来れれば良かったのに」
「他の連中はぶっ壊したりが専門だから無理だ」
「別に管理局の中じゃなくってさ、ただ外を散歩してみたり。私が出る時も羨ましそうに見られたし」
「そうねぇ。私もまだ会ってない妹達に会いたかったわ。トゥーレ、連れてきなさい」
「なんで俺に対しては無茶振りすんだよ。あいつらまだ常識備わってないから外に出せないだろ。ノーヴェやウェンディは馬鹿騒ぎして目立つし、特に最後発の三人はまともに受け答えできるかも怪しい」
「ルーテシアお嬢様だって外行けるんだから大丈夫だと思うんだけど」
「あー……まあ、うん。とりあえずこんな所とっとと出ようぜ」
「誤魔化した」
「誤魔化したわね」
「違えよ。知り合いにこんな姿見つかったらヤバいんだよ」
 ナンバーズの中で、ドゥーエの次に外で活動する機会の多いトゥーレは管理局員の知り合いが多数いる。彼女らのほとんどは怪我の療養でまともに仕事など出来ない状態の筈だが、万が一出会ってしまい管理局の制服を着ている姿を見られれば何を言われるか分かったものでは無い。
「自業自得だね。一人で遊び歩いて……きっと悪い事してるんだよ」
「そうね。どうせ適当に愛想振りまいて女の子に変な勘違いさせてるんだわ」
「いっそ、ドゥーエ姉みたいに潜入させたら? ほら、スパイ映画でイケメンスパイが敵方のヒロイン篭絡するみたいな感じで」
「駄目よ。この子、演技とか下手くそだからこじれるわ。邪魔になる」
「一切のフォロー無しか」
「フォローして欲しいの?」
 姉妹の声が重なりトゥーレを見上げた。
「…………」
 それを見下ろし、トゥーレは心底嫌そうに顔を歪めた。

 数分後、姉二人に嫌味を言われ続けながらも知り合いに会う事も無く、地上本部から無事に出る事に成功したトゥーレは中央部都市にある公園のベンチに座っていた。既に管理局の制服を脱ぎ捨て、別の服に着替えた彼は足を組み、暇そうに本を読んでいる。
 何故公園に一人でそんな事をしているかと言うと、公園のトイレで着替えをしているセインを待っているのだ。
 私服に着替え直さなくとも、転送魔法でアジトに帰ればいいだけの事なのだが、セインが外に出れなかったナンバーズへのお土産を買うつもりらしく、わざわざウーノやドゥーエから小遣いを貰っていた。
 トゥーレとしても今読んでいる本の続刊を買いたいので街に出るのは構わないのだが、女の着替え待ちに買い物、その後の荷物持ちを考えると既に疲れたような溜息が彼から漏れる。
「トゥーレさん?」
 声をかけられたのはその時だ。休日の公園、周囲から足音や笑い声が聞こえていたので人が傍にいた事はあまり驚かなかったが、名前を呼ばれて顔を上げた時はさすがに驚いた。
「ギンガ……」
 ベンチの隣に真新しい地上部隊の制服に身を包んだギンガが立ってトゥーレを見下ろしていた。

 トゥーレが思わぬ人物と出会った頃、管理局の制服から今時の女子が着ていそうな服への着替えを既に終えていたセインは、コソコソと物陰に隠れていた。
 大きな木の幹から顔を覗かせ、濃い青紫色の髪をした局員と話すトゥーレをじっと観察していた。その眼差しは真剣そのものであった。

「……久しぶり。前のトレーニング以来だな」
 無視する訳にもいかず、トゥーレは適当な挨拶を述べる。
 本当は今年一度会っているのだが、お互い相手を認識して会うのは、はやてに拉致同然に連れていかれたトレーニング以来だった。
「はい、お久しぶりです。奇遇ですね。こんな所で会えるなんて」
「まあな。お前、局員になったんだな」
「はい。先月から陸士108部隊に入隊したんです」
「良かったな。確か、前に管理局に入りたいって言ってたもんな。おめでとう」
「ありがとうございます。これも、トゥーレさんがあの時色々教えてくれたおかげです」
「俺は別に大した事してないんだけどな。それより、どうしてこんな所に? 確か陸士108部隊って西部方面が管轄だろ」
「本部に用があったんです。トゥーレさんこそ今日は?」
「あー、まあ、その、なんだ。俺はだな」

 セインは仲良さそうに談笑を開始したように見える二人から目を離さずに、モニターを展開し、ウーノと通信を繋げた。
『どうしたの? セイン。貴女、トゥーレと買い物してたんじゃなかったかしら。あの子の姿が見えないけど……』
 モニターにウーノの顔が映る。しかしセインはそちらに視線をよこさない。代わりに、周囲に聞こえないよう小さく口を動かす。
「ウーノ姉、た、大変だ……」
『何かあったの?』
 妹のただならぬ様子に、ウーノの雰囲気が鋭くなる。
「トゥーレが――」
『トゥーレが?』
 今見ている男女の様子を生中継でウーノに送りながらセインが声高らかに叫ぶ。
「女の子ナンパしてる!」
「…………」
 一瞬の沈黙の後、ウーノの手が素早く動いてピアノのようなコンソールを操作し、今の言葉とライブ映像をスカリエッティ及びナンバーズ全員に転送した。
 間を置かずして反応が返ってくる。
『はっはっは、さすがトゥーレ。ナンバーズの黒一点だけあるじゃないか。浮いた話がないから、父として心配していたんだが、これで安心だね!』
『あの子ったら、またあんなだらしない格好で。女の子と逢う時ぐらいは身だしなみをしっかりしないと。帰ったらお説教ね』
『任務終了した途端女漁りだなんて、いい度胸してるわね。もっと引っ攫いておけばよかった』
『もの凄くどうでもいいんだが?』
『あらあらぁ、やる事はやってんのね~。トゥーレちゃんも男だったって事かしら~』
『姉として少し寂しいものがあるな』
『………………』
『ヒューヒュー、トゥーレってばやるぅ。これをネタに何して貰おうっスかねえ。あとセッテ、こんな時ぐらい訓練止めたらどうっスか?』
『ブーメランの音がブンブン聞こえてノイズみてえだ。ところでウェンディ。お前、絶対後で痛い目みると思うぞ』
『覗き見は趣味が悪いよ、セイン』
『いいじゃないですか、ディエチ姉様。トゥーレの別の一面も見れる事ですし。……あら? 何をしているの? オットー』
『ここにいないルーテシアお嬢様にも見せようと思って……』
『それは止めろッ!!』
 ほぼ全員がオットーを止めた。
「今のはヤバかった」
『危うく、虫VS人類の戦争が起きるとこだったっス』
『何だか映画にありそうね~』
『ホラー系? それともパニックアクション?』
『戦争モノじゃないのか? あるいは……怪獣映画? 姉がこの前見た映画には次元航行艦リバーシする怪獣がいてだな、最後は怪獣同士の殴り合いになるのだ』
『それ、あたしも見たな。何故か二体とも二足歩行なんだよな。それより、オットーって恐いもの知らずだな』
『どうして止められたんだろう?』
『オットー、劇薬に迂闊に触らない方がいいのですよ』
『私、アジトに長い間いないせいかルーテシアお嬢様の事あまり知らないんだけど、そんなに……アレなの?」
『ドゥーエ、言葉を選んだつもりかもしれないけど、全然選んでいないわ』
『どんなリアクションを起こすか予測つかない点で言えばアレで劇薬だろうね。まだ事を起こすつもりは無いから、しばらくこの事はルーテシアに黙っていよう』
 スカリエッティの言葉に皆が賛成する。
『なあ、この生中継いつまで続けるのだ?』
『…………』

 身内が全員見ている中、トゥーレと局員の少女の会話は続いている。
「ところで、お前の母親とか他の連中はどうしてる?」
「なのはさん達の事ですか? 母さんはいつも通りですけど、皆さんまだ入院中で」
「入院?」
「はい。北部であったあの事件で……。私やスバルも巻き込まれたけど助けられて……。でも、なのはさん達が怪我をしてしまったんです」
「ああ、あれか。俺もニュースで見たけど、大変だったな」
「はい。でも、皆さん命に別状は無くて、退院ももうすぐだそうです」
「そうか。お前も無事で良かったよ」
「え? ……そ、そうですね。ありがとうございます」

『少女の方、僅かに顔が赤くなったな』
『おおっ!? セイン、何喋ってるか聞こえないっス。もっと近づくっス!』
「これ以上近づいたら気付かれちゃうよ。ディープダイバーで潜ろうにも人目あるからさぁ」

「お前、いつまでも立ってないで座ったらどうだ」
 そう言って、トゥーレはベンチの上を横に移動して十分に人が座れるスペースを作った。

『うわっ、なんか優しくしてるっスよ!」
『私らにはテキトーどころかガサツに相手する癖に……』
『それはノーヴェ達にも非がある場合が多いからだと思う。トゥーレって、やられたら直接やり返すタイプだし』
『つまり、ディエチみたいに遠距離攻撃でやれと?』
『色々と違うから』
『でも、姉様方を相手している時のトゥーレは楽しそうですよ』
『天の邪鬼って言うもの?』
「オットー、それは違う。トゥーレはツンデレなんだよ!」
『知ってる』
『知ってるっス』
『何を今更って感じだな』
「ですよねー」
『天の邪鬼とツンデレは同義?』
『萌えの有無で違うと思うわ、オットー』

「あ、あの、それは……」
 トゥーレが作ったスペースを見て、ギンガの顔が赤くなる。そこに座れば、当然トゥーレの隣に座るわけで……
「どうした? そんなとこに突っ立ってても疲れるだけだろ」
「い、いえ、まだ仕事中なので遠慮させていただきます」

『おやおや、少女の方、更に顔を赤くしているね。いいねえ、若いというのは。対して管理局の年寄りどもや中年はなんと可愛げの無い事か』
『むしろ彼らにそんな面があると気持ち悪いですわ、ドクター。それよりも良い雰囲気だわ』
『トゥーレちゃん、見てくれはいいからね~』
『地上本部に潜入してた時も女子の視線集めてたわね。本人は、セインが騒がしかったせいだと思ってるけど』
『ところで、訓練に集中したいから通信を切りたいんだが……ウーノ、なぜロックしている。この前、壁の一部を壊したことまだ怒っているのか?』
『さあ? どうかしら?』

「それじゃあ私、戻りますね」
「ああ。仕事中に悪かったな」
「いいえ。声をかけたのは私ですから」
 そう言って、ギンガはお辞儀をし、その場から離れていく。互いの近況を語った短い会話であった。
 ギンガが背中を見せ、離れていく後ろ姿を見つめ、視界から消えるとトゥーレは疲れを吐き出すように深い息を吐く。
 何とかボロは出さなかったが、これからはもっと上手い嘘を考える必要があるだろう。スカリエッティの計画が進むにつれてミッドチルダでの活動が増える。怪しまれぬように、ドゥーエのようなしっかりとした偽造身分を作っておかなければならないとトゥーレは思った。
「まあ、そういう腹黒い事は上二人に頼めばいいとして……」
「トゥーレ~、お待たせー」
「問題はお前だな」
 今来たばかりといった風を装って現れたセインの頭にトゥーレは手刀を喰らわした。
「あいたっ!」
「なに知らん顔してんだ、おい。隠れて見てたのバレてんだぞ」
「うわーん! ごめん!」
「まさかとは思うが、他の連中に知らせてないだろうな?」
「………………」
 あからさまに目を逸らした。
「お前、買い食い禁止な」
「えーっ!? 今大人気のクレープ屋楽しみだったのに! ほら見て、雑誌にも乗ってる!」
 どこからか取り出した女性向き雑誌を開き、最近話題のデザート店紹介のページをトゥーレに見せつける。見開きはポールペンのインクだらけになっていた。字からしてナンバーズの半分が書き込んでいたのが分かる。
「元々任務で地上に来た筈なのに何でそんなもんチェックしてんだよ」
「お土産頼まれてるからね」
「お土産、ねえ」
 雑誌を取り上げ、付箋がされているページを捲っていく。当然と言えば当然だが、女性誌だけあって化粧品や服、アクセサリーなど飾り気の無いトゥーレにとっては馴染み無いものが載っていた。
「一体どれだけ買うつもりだよ」
 各ページに書かれたメモを見てうんざりとする。その時、自分の名前が書かれているメモを見つける。
 『この服、トゥーレに似合いそう』と、わざわざ矢印で女物の服を示していた。
「………………」
 無言で破った。
「あーっ!? なにすんだよう!」
「うるさい黙れ」
 破ったページを丸めてゴミ箱に放り捨て、セインが慌てて拾いにいく。
「あの字、ウェンディだな。あの馬鹿……ん?」
 ゴミ箱を漁る姉に対して他人のフリをしながら、次のページを見ると、なのはの写真が載っていた。
 破ったページの後ろに内容の一部があったので詳しい事は分からないが、どうやら働く女性などをテーマにした特集らしい。
 今時ミッドで女性が社会で活躍してるなど大して珍しくも無く、当たり前とも言える。だが、この雑誌ではその中でも特に活躍した、英雄とも呼べる女性達を紹介していた。
 その中に、なのはの困ったような笑みを浮かべる写真があったのだ。元々エースオブエースと言われ、一時期には雑誌に頻繁に取り上げられていた彼女だ。先の事件で入院したのが大きな話題となっているようだった。
 アルハザードが起こした事件は、被害の大きさと巨大な移動庭園、天使に似た姿の魔法生命体がいた為に世間一般的な認知度は高い。魔導炉開発で有名なある企業が関わっていた事が管理局の査察官によって判明し、更にその上層部が事件前に何者かの手によって殺されていた事で話題性は抜群だ。
 謎の犯罪組織、企業内での内部反乱などなど様々な憶測が飛び交い、その煽りで再び注目されるエースオブエース。
 さすがに入院中の人間に取材を申し込む人間はいないようだったが、先の事件でも活躍したとか勝手に書かれて英雄視されるのにはさすがに同情するトゥーレだった。
 逆に、スカリエッティに関しての情報は出ていない。機械兵器の目撃例が一般の間にもあるが、アルハザード側の物だと思われているし、注目度が低いのか情報誌に取り上げられていない。管理局側も移動庭園や事件の追随調査などで忙しいのか、もしくは最高評議会が手を回したのか、ともかくスカリエッティについての調査は行われていない。
 だがそれも時間の問題だろう。スカリエッティの写真や音声はずっと昔から管理局にあるし、移動庭園には彼と瓜二つのアルハザードの死体も残されている。回収できなかったデータからは他にも思わぬものが出てくるかもしれない。
「あーあ、皺だれけだよ」
 トゥーレが捨てた雑誌のページを回収したセインが戻って来る。
「ゴミを漁るな。みっともない」
「誰のせいだよー」
「さあな。いいからとっとと買う物買って帰るぞ」
 雑誌をセインに返し、トゥーレは公園の出口向かって歩き出す。
「あっ、待ってよ!」
 慌ててセインが追いかけて、トゥーレの横に並ぶ。
「何だかんだ言って買い物に付き合ってくれるんだから、素直じゃないな~」
 トゥーレは肘で脇腹を突付いてきたセインを押し退ける。
「お前とウェンディには何も買ってやらん」
「うえぇっ!? ウェンディのはともかく私のは買ってよ!」
 まとわりついて何気に酷い事を言うセインを無視しながら、トゥーレは公園を早足で出ていった。



 闇に包まれた部屋の中、淡い青の光が三つ存在していた。光は、円柱の物体の中を満たす液体を通して外に漏れている。
 その三つの光とそれに照らされた床の一部が見えるだけで、周囲が完全な闇に染まっている。生物の温もりも感じられず、冷えた空気が場を満たす。
「間違いないのだな?」
 温もりも何も無い空間で、年老いた男の声がした。
「はい。移動庭園の中にあった遺体は間違いなくあの男のものです」
「余りにも呆気なく死んだと思っていたが、やはり生きていたか」
 続いて二人の男の声が続いた。
 暗闇の為に分からないが、余程広い空間なのか声が反響せずに吸い込まれるように消える。
「それも偽物という可能性は?」
「解析班によれば、私たちが所持する遺伝子サンプルと同じである可能性は限りなく高いとのことです」
「偽物か本物か、それを考えても仕方ない事では? 当時も同じような議論をした記憶がある」
「確かに。あの男は昔から何を考えているのか分からない。もしかしたらまた生きているのかも知れないし、逆に簡単に死んでもおかしく無い」
「そうだな。奴の生死については保留しておこう」
 声は光を放つ三つの円柱から聞こえてきている。しかし、人の姿は見当たらない。
「……にしても、我々は少々府抜けていたかもしれないな」
「と、言うと?」
「アンリミテッドデザイア、アレもあの男と同じだという事だ」
 主導者らしき男の声に、他の二人が沈黙する。
「一線を退いてから警戒心が薄くなったか。我らの管理下にある、というのは信用する理由にも根拠にもならんな」
「首輪を仕込みますか?」
「今更意味がない。それよりも予備計画を練るべきでは? アレを造る前に候補としてあった計画の凍結を解き、再開してみてはどうだろう」
 二人に僅かな動揺が置き、それに呼応するかのように青い光が揺れた。円柱の中に小さな気泡が昇る。
「しかしあれは、様々な面から問題が」
「いや、今なら大半は解決できる。それに、一度原点を振り返るのも悪くない」
「原点を? ……なるほど、管理局の前身となった集団の頃の……」
「そう。我らは技術屋ではない。造るのでは無く育てる側であった」
「初めは聖王の器を得るための下地としてアンリミテッドデザイアを最初に造った。だが今度は逆に今あるものから育てよう」
「ならば探そう。大器となれる財を」
「末裔では血が薄いからとクローンを造る計画を立てたが、今度は血よりも濃い意志による飛躍を。真に覇を唱えられる者達を育成しよう」
「確か、丁度いい一族がいたな。ならば見極めた後、育て上げよう。このミッドチルダを、幾多の次元世界を平定できる指導者に。それが昔から我らが抱く願いなのだから」
 三人の声は闇の中へ吸い込まれ、光もまた消えていった。





 ~後書き&補足~

 なのは側(管理局側)強化フラグ回。そして三脳が何かを企んでます。
 評議会の人らの姿って、管理局では何人が把握してたんでしょうか? さすがに三提督あたりは立場的に知っていて欲しい……。




[21709] 幕間 幼い召喚士
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/10/13 21:46

 茶の色が支配する世界があった。
 灰色の分厚い雲に覆われた空の下では乾いた風が不規則に渦巻いている。強い勢いで吹き荒れる風は地面の表面から砂を巻き上げ、茶色のスクリーンを作っていた。
 乾いた大地に生命の痕跡は少なく、点々と立つ木は枯れ果てて葉の一枚も付けていない。
 そんな水気も無い、乾いた大地を踏む者がいた。
 まだ幼い少女だ。その小さな体躯を土埃で汚れた白いローブで包み、砂風から身を守っている。
 少女は曲がりくねった木の棒を地面につきながら、弱々しく、ふらつくように前進していく。
「大丈夫、フリード?」
 少女は誰かに向けて、枯れた声で呟く。その場には少女以外に誰もいないというのにだ。
 だが、少女の声に、甲高い、鳥類が唸るような声で応える者がいた。
 ローブの中、少女の胸の位置から蜥蜴のような生き物が顔を出していた。蜥蜴にしてはやや大きく、前足が無い代わりに大きなコウモリの翼を持っている。首も長く、顎も鰐のように強靱だ。
 それは若いながらも竜と呼ばれる生き物だった。
 少女も、白い竜も酷く疲弊しているのか力が無い。
「あ…………」
 その時、とうとう少女の足から力が抜け、膝から崩れ落ちた。そのまま地面に倒れる。
 その際、ローブのフードが取れて桃色の髪が外気に晒される。
 ローブの中から、地面と少女に挟まれた竜が這い出、少女にか細い鳴き声を上げながら少女にすがりついた。
「………………」
 だが、少女はそれに応える力も無く、倒れた体を起こそうともしない。
 そうこうしている内に、風によって運ばれる砂が段々と少女へ雪のように降り積もっていく。
 少女の代わりに竜が抵抗するが、少女同様疲労した体で自然の猛威に逆らえる筈がない。力弱き小竜もまた、少女同様に砂に埋もれていく。
 小竜と共に自然の、風景の一部と化していく少女は意識を失う直前、風の音に混じって砂利を踏む音を聞いた。

「ん…………あ、れ…………?」
 少女は暖かい温もりと、塩の匂いで五感が刺激されて目を覚ました。次に、視界に飛び込んできたのは炎の光に照らされた岩の壁であった。どうやら洞窟の中らしく、外から強い風の音が反響して少女の耳に届く。
 少女は、どうしてこんな所にという疑問が頭に湧き出た。
 自分は確か荒野の真ん中に倒れた――そこまでは覚えている。だが、こんな洞窟の中に来た覚えはない。
 そこまで思い出して、自分の体に毛布がかけられていた事に気づいた。
 赤い光といい、近くからする食べ物の香りといい、自分以外に誰かがいるのは間違いなかった。
 周囲を見回す。洞窟内は床にいくつも段差のあるドーム状になっており、想像以上に広い空間で少なくとも圧迫感は感じない。風の音が聞こえるのは壁をくり貫いたように出来た通路からだ。そして、灯りと食べ物の匂いが洞窟の中央から、焚き火が行われている場所からした。
 焚き火の周りには人影がある。少女と同じ年頃と思われる小さな女の子が、焚き火の上の鍋を見つめながら木製のスプーンで中身をかき混ぜていた。
 紫髪の少女は、背中を隠す程長い紫の髪の両側に長いリボンを巻いている。その横顔は真剣に鍋を見つめているせいか、やけに無表情に見えた。
 そして、少女の頭上を飛び回る小さな赤い影もあった。使い魔だろうか。手の平に乗りそうなほど小さな人形のような赤髪の少女が浮いている。
「……それ……に食べ……る気?」
「う…。…ストは食……し」
 二人は何か話しているが、囁くような声があまりに小さいので、さして広くもない洞窟内でも聞こえない。
「………の旦那、眉間…皺……しだったけ…?」
「…が足り……。トゥー…なら、食べ………る」
「いや、……こそ……ない」
「いつか……させる。――ん?」
 まだ上手く回らない脳を必死に回そうとしていると、紫髪の少女の横から白い生き物が首を出した。少女が胸に抱いていた小竜である。
 小竜は首を巡らし、主人である少女の覚醒に気づくと嬉しそうな鳴き声を上げて飛びついていった。
「フリード……」
 自分の竜も無事だった事に少女は安堵の息を吐いた。その時、頭上に影が差した。見上げると、紫髪の少女が湯気を昇らせる茶碗を持って立っていた。その顔の横には、赤い髪を頭の両側で結んだ使い魔もいる。
「あ、あの……」
 小竜の主である少女を助けたのが、目の前で無表情に茶碗を持つ人物である事は間違いない。だから、桃色の髪を持つ少女はお礼を言おうとして――
「はい」
「え?」
 いきなり目の前に茶碗を差し出された。中には湯気を立ち上らせるシチューが入っている。
「まずは栄養取った方が良いよ。体、ガリガリ」
「あっ、う、うん……ありがとう」
 半ば無理矢理に茶碗とスプーンを手渡された。同時に、腹が鳴った。
「………………」
 目の前に食事がある事で、食欲を刺激されたせいだろう。羞恥心で顔を俯かせ、頬を赤くする。それでもやはり空腹の覚えていたので、スプーンを持ってシチューから具をすくい上げる。
 具はサソリだった。
「きゃあああぁぁぁっ!?」
 当然というか、当たり前に少女は悲鳴を上げた。
「な、なななななになに何ですかーっ!?」
「さそり」
「そ、それは知ってます! サソリって、え!? えぇ!?」
 大分混乱していた。そのせいか、早々に捨てればいいものを、見え隠れし始めたさそりが浮かぶシチューを少女は手を震わせながらも手放さない。
「滋養強壮の効果アリ。多分」
「多分!? 多分ってな――っ!? 動いた! 動いたよ!! まだ生きてるこれ!!」
「うん、掴みはバッチリ……」
 紫髪の少女が赤髪の使い魔に自慢げな顔を向けた。
「掴みって……そんなドヤ顔されても。心臓鷲掴みの間違いのような気がするし。いや、そうじゃなくて、ルールーさすがにやり過ぎだって」
「うん……こっちが本物」
 そう言って紫髪の少女はさそり入りシチューを取り上げて、別の手で隠し持っていた新しいスープを震える少女に渡す。
「………………」
 何が入っているか分からない新しいシチューを桃色の髪の少女は震える手つきでスプーンを握り、検分する。真剣そのものであった。
「くすっ、ぷるぷる震えて小動物みたい。カワイイ」
「誰のせいですかァ!」
「そんな事より食べないの?」
「食べます!」
 空腹のせいもあって機嫌が悪くなっていた少女がつい怒鳴り、勢いよくスプーンをシチューの中に突き刺すように入れる。
 一番奥に沈んで隠されていた具がスプーンの先端に当たり、反動で表面へと跳ねた。
 蛇の頭部が浮いた。
「ぎゃわああああぁぁああぁぁぁぁ……あ――」
 少女は目の焦点を失うと、横に倒れた。
「……気絶した」
「あ~あ、やっちゃった。やっぱりさあ、変態医師のとこの女衆と一緒にしない方がいいって。ダンナだって最初、凄い眉顰めてたじゃん」
「うん、反省」
「無表情で言われても……」
「このマムシシチューでトゥーレもイチコロ」
「冷たい目で見られるだけだと思う」
「それはそれで……」
「………………」
 これが、このゲテモノ入りシチュー事件がキャロ・ル・ルシエとルーテシア・アルピーノの出会いだった。



 最悪な出会いから数週間後、二人の幼き召喚士は走っていた。成長途上の小さな手足を必死に前後させ、軽い音を立てながら石廊を全速力で、それはもう持てる力の限り死ぬ気で走っている。
 何故なら、後ろから石廊の天井や壁、床を砕きながら回転する巨大な鉄球が迫ってきているからだ。
「ルーちゃん、一体何したの!?」
「私は何もしてないよ。……ただ、押すなって注意書きのあった色違いの床を踏んでみただけ」
「それをしたって言うのーっ!」
「ああいう注意書きがあると、ついつい破ってみたくなっちゃうよね。人の心理をついた見事なトラップ。昔の人はすごいね」
「違うと思うよ!」
 キャロの叫びが石廊内に木霊する。
「いいから走れ。追いつかれる!」
 二人の真上で、赤い髪をした小人のような少女と小さな若歳竜が飛行している。
「この先……」
 ボソリと呟いたルーテシアにキャロは頷く。二人は走りながら姿勢を僅かに低くし、頭を下げる。赤髪の少女、アギトと若輩竜フリードは逆に高度を天井近くまで上げた。
 直後、二人の真上を矢が通り過ぎた。矢は走る二人を追うようにして立て続けに発射されるが、高さが合っていないのか全て空を切って向かいの壁に突き刺さる。
 二人は矢が止むと、顔を上げ、今度は大きくジャンプした。床を蹴った瞬間、すぐ手前の床が突然両開きになって大きな口を開けた。口の底には鋭利な刃が所狭しと並び、剣山のようになっていた。
 落とし穴を通過した二人は、今度は前のめりになってヘッドスライディングする。直後、二人の真後ろから天井が音を立てて落ちた。
「ギリギリ……」
「ぜぇ、ぜぇ……」
 額に少しの土埃をつけたルーテシアが立ち上がってキャロを引っ張る。
「ル、ルーちゃん……く、苦しいよぅ」
「ルールー、そこ持ったらキャロの首が締まるってば!」
 ローブの襟部分を掴まれたせいで首が締まり、キャロは息苦しさに石の床を叩いた。
「ほら、早く立つ。でないと――」
 大きな振動と共に破砕音が轟いた。巨大な鉄球が罠を粉砕しながら未だ転がり続けていた。
「………………」
「きゃああああっ!」
 ルーテシアとキャロが同時に駆け出した。
「スピード緩んできたから、この際壊してみる?」
 腰から不釣り合いな大型拳銃を取り出してルーテシアが言った。
「う、うん」
 キャロが頷くと、全員が急停止し振り返る。そして、振り返りながらそれぞれが攻撃を繰り出す準備を行い、鉄球を正面にすると、一斉攻撃を行う。
 ルーテシアが拳銃から魔力光弾を、アギトが両手から火の玉を出し、フリードが口からキャロのブースト魔法によって強化された炎を吐いた。
 それぞれの攻撃が鉄球に当たり、大爆発を起こす。狭い石廊の中を爆風が通過していく。突風と舞う埃に顔を庇いながら、皆は自分達の成果を確認する。
 鉄球は無事だった。
「えぇーーっ!!」
「キャロって、意外とリアクション激しいよね」
「そんな事言ってる場合じゃないだろ! 来るぞ!」
 アギトの声に、全員が再び石廊の上を走る。
「そんな、どうして?」
「元が堅い上に、対魔法用にコーティングされてるのかも。すごいね。さすが古代ベルカ。……あの罠も古代ベルカだからしょうがない。古代ベルカの罠だ……!」
「ルーちゃん、さりげなく責任逃れしようとしてる!」
 そんな風に騒ぎながら走り続けていると、石廊の先に外の光が見えた。
 三人と一匹が同時にその光の中へ飛び込む。
 石廊の外は滝のすぐ傍だった。石廊は滝の横手の壁から入った所であり、そこから細い石橋が滝の正面を横切ってい反対側の壁へと続いていた。
 ルーテシア達は滝からの水飛沫で濡れた石橋を駆け走る。そして、鉄球もまた石廊への入り口にあるアーチを破壊して石橋を渡ろうとする。
 だが、鉄球の重さに石橋が耐えられず、崩壊を起こした。
 重い鉄球ごと崩れ落ちる石橋の一部。そのせいで重量バランスが崩れ、鉄球の落ちた場所から次々と石橋を構成する石が次々と落下する。
 橋の崩壊はルーテシア達の走るスピードよりも早く、彼女達は向こう岸に渡り切る前に橋の崩落に巻き込まれた。
 小さな体が二つ、宙に投げ出される。だが、少女達に慌てる様子は全く無い。
「フリード!」
 キャロが契約竜の名を叫んだ。
 名を呼ばれた若輩竜の体が光に包まれたかと思うと、体の大きさを変えていく。キャロの腕に抱き抱えられる程度の大きさだった竜はほぼ一瞬で大きな翼を持つ翼竜へと変化した。
 巨大化したフリードはその大きな翼を一度羽ばたかせると、急降下し、キャロとルーテシアの真下へと移動する。
 二人をその背で受け止めると、フリードは上から来る石を避けながら上昇して石橋のあった所よりも高い位置にまで来、翼を羽ばたかせながら滞空する。
 崩れた石橋は岩となって滝壺へ落下し、大きな水柱を作った。
「ありがとう、フリード」
 フリードの上に乗ったキャロが竜の首を撫でた。
「間一髪……空飛べるのってやっぱり便利」
「ルールーだって、虫達使えば飛べるだろ」
 キャロの後ろにルーテシアが座り、その肩にアギトが乗っていた。
「効率が悪いから無理……」
 フリードが空中を旋回し、着陸できる足場を探して長い首を動かして周囲を探す。そして、滝壺の底へと首を向けた。
「どうしたの、フリード?」
 フリードが下を向いたのを見て、キャロが首を傾げる。
 それと同時に、滝壺の水面に滝とは別の泡が溢れ出す。沸騰しているかのように泡立つ滝壺から、突然顎がフリード向けて飛び出して来た。
「きゃあっ!?」
 フリードは翼を大きく動かして急旋回し、顎を避ける。
「な、なに?」
「魔法生物の巣だったみたい」
 風で靡く長髪を片手で押さえてルーテシアが呟く。彼女の視線は真下の滝壺だ。
 水面から巨大な蛇の頭がいくつも飛び出し、威嚇するように牙の生えた口を大きく開けて奇声をあげている。
 フリードを襲った顎もまた巨大な蛇であり、首を引き戻したそれは鋭い視線をルーテシア達に送っている。
「ルールー、すっげぇ睨まれてるぞ」
「ルーちゃん、何したの? 怒ってるよ」
「私じゃないから。水の中が巣だったのかな? あの石橋を落としたのは私達だと勘違いしてるみたい」
 魔法生物達が敵意を剥き出しに、一斉に襲いかかって来た。
「……ガリュー」
 紫色に光る召喚用の円に四角形が描かれた魔法陣が中空に現れ、陣の上から人型の召喚虫が出現する。
「ルーちゃん!?」
「ほら、戦う。出ないと夕飯にされちゃうよ?」
「うわっ! フ、フリード!」
 いくつも踊りかかる魔法生物の顎に対し、少女達はそれぞれの召喚獣を駆使して迎撃を行った。
 この時キャロ・ル・ルシエは満七歳。生まれ育った里を追放され、卵から孵化させた竜を連れて一人世界を彷徨っていた彼女は今、自分と同い歳であり、強力な召喚士である少女と旅をしていた。
 里を追放された為に、行く当てもなければ目的も無いキャロは助けても貰った恩や、召喚魔法についての知識を教えて貰っている事もあって、ルーテシアと行動を共にしている。
 捜し物をしているというルーテシアの手伝いとして一緒に次元世界を巡り、古代遺跡の探索、そして今回のようにトラップや野生動物に襲われる日々を繰り返していく内に、力が強すぎて制御出来ないと言われたキャロは一年も満たない内にフリードの制御を行えるようになっていた。
 見た目に反して予想以上どころか予想外に活発なルーテシアとの旅は波瀾万丈であり、自然とキャロの心身を鍛え上げている。
「楽勝」
「だ、大丈夫かなぁ?」
 魔法生物達との闘いは彼女達の圧勝であっと言う間に終了した。
 地面に降り立ったフリードの上にて、ルーテシアが胸を張って威張り、キャロは気絶して滝壺に浮かぶ蛇型の魔法生物達を心配そうに見下ろした。
「毒は無いと思う。だからガブッていってもオーケー」
「食べないよ!?」
「火加減はアギトに言ってね」
「だから食べないよ!」
「どうしてゲテモノって栄養がありそうなんだろうね。美味しかったりするの? サソリ味って何味?」
「あれはルーちゃんが食べさせようとしたんでしょ!」
「……そうだっけ?」
「そうです!」
 水に浮かぶ巨大な蛇達を背に、幼い少女二人はフリードの上で姦しく騒ぐ。
「また始まった……」
 二人のやり取りに、融合騎と召喚獣二匹はやれやれと言った様子で呆れていた。





 ~後書き&補足~

 キャロ強化回? この時点でフリード制御できるわルーテシアに付き合わされたレリック探しでミニインディになるわで既に逞しく。精神(というかSAN値?)的にも強くなっています。というか、蛇の頭入りで悲鳴上げないDiesの女キャラがおかしい……。

 ルーテシアはミッドが騒がしいので一時管理外世界にてレリック探し中。ゼストはルーテシアがキャロを拾った事もあり、世話を主にアギトに任せながら隠れて見守っていたり、地上部隊の隙を常に窺っていたりします。

 あと、強化フラグ立ててないのがエリオ一人だけなんですが、ネタがないです。いっそ、フェイトを通してシグナムやクイントと早い段階で出会って、彼女達の強化に引きずられるように彼も強くなっていた、で済ませて跳ばそうかなと思ったり。




[21709] 幕間 Fの遺産
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/10/30 19:16
 夜の街道を黒い車が高速で走っていた。制限速度ギリギリの荒っぽい運転で前を走る車を抜き、カーブではドリフトに近い動きで道路にタイヤの跡を残しながら走り続ける。
 車を運転するフェイト・T・ハラオウンの顔には焦りの表情が浮かんでいた。
 フェイトがシャリオ・フィニーノと養護施設から連絡を受けたのは、陸士訓練校でファーン・コラードとの話をまとめていた時だった。
 最近各地で現れる謎の機械兵器群。魔力結合を解くAMFを展開する兵器に対応できる魔導師育成について相談していたのだ。
 その話を報告書としてまとめていた矢先、自分が保護責任者を勤めるエリオ・モンディアルのいた施設に何者かが侵入し、彼を浚って行ったとの報せを受けた。
 連絡を受けたフェイトは急いで車を出し、エリオが持つ簡易型デバイスのGPS反応を追っているた。空を飛べばもっと速く追いかける事は出来るが、市街地での飛行魔法は管理局の許可が必要になる。仕事では無く、保護者としての行動を行っているフェイトに許可が降りる筈も無い。
 幸いにも既に周辺地域を巡回している地上部隊の一部が向かっているのが救いではある。
 だが、フェイトにはある気がかりが一つだけあった。
 エリオはフェイトと同様にプロジェクトFによって誕生したクローンとも言える存在だ。その事実が発覚してある研究機関に引き取られ、更に管理局に保護されてからも右往左往あったものの、捨てられたも同然の過去から立ち直り、今の彼は周りとも友好な関係を築いている。
 しかし、プロジェクトFの技術とは別にエリオの体内に機械が埋め込まれている事がつい最近発覚した。
 エリオに害を与えない物では無いと技術局の検査によってはっきりしているが、どんな機能があるのか現時点で不明。
 得体の知れない機械が体内にある事は本人にとっても保護者であるフェイトにとっても気持ち良いものでは無い。
 それが先の事件の首謀者であるアルハザードの手によるものだとすれば尚更だ。
 精密検査の結果で判明した機械の形状がフェイトとクロノを苦しめた戦闘機人、フュンフの体内にあったエネルギー増幅機能と酷似していたのだ。
 北部の事件後、アルハザードの存在については公に情報は公開されていないものの、違法研究で名を馳せた者達にとってその名は見逃せないものであり、どこから情報を掴んだのか、管理局が移動庭園の解体と同時に回収した研究データを虎視眈々と狙っている。
 エリオの体に入っているのも高い可能性でアルハザードによるもの。最初にエリオを引き取った研究機関もそれが目的であった。
 狙われる理由が多大にあり、それをフェイトは危惧していた。
 だからエリオにはGPS機能を持つ簡易デバイスを持たせてもいたし、本局の短期予科訓練校を受ける事には、内心反対だったが、自衛手段を学べる事もあって賛成した。陸士訓練校の見学もそういう事があって認めたのだが、その夜の内にこの誘拐事件だ。
 エリオの部屋には抵抗して暴れた形跡があり、壁には意味不明の謎の魔法陣が描かれていたと言う。もしかすると犯人は危ないカルト集団かもしれず、よりフェイトの心配は募る。
「……!? 反応が……」
 GPSの反応が消えた。誘拐犯達が簡易デバイスに気づいて破壊したのだろう。フェイトの中に焦りと不安が大きくなる。
 ようやく最後に反応があった建物付近まで着くと、耳を劈くようなブレーキ音を立てて急停止する。鍵も掛けず車から下りると、フェイトは急いで駆け出した。
 すぐに、地上部隊の専用車がある建物の前にあるのを見つけた。
 だが、様子がおかしい。車のドアが開きっぱなしになっており、ビルの入り口には何人かが倒れている。
 駆け寄り、確認すると地上部隊の者達だった。気絶させられているだけで、命に別状は無い。
「これだけの人数を……」
 地上部隊の到着とフェイトが着く時間差はあまり無かった筈だ。
「………………」
 フェイトは目の前のビルを見上げる。不気味なほど静まり返っていた。
 待機状態である三角形をしたクリスタル状のバルディッシュを取り出し、応援を呼ぶ為に通信を繋げようとする。
 その時、背後から気配を感じた。
 振り返りながら掌を向けてシールド魔法を展開させる。同時に見えたのは、両足で跳び蹴りを放つ人影だった。
 次の瞬間、金色の魔力光を放つシールドと人影の足が衝突。
 轟音と共に衝撃がフェイトを襲い、後ろへと吹っ飛ばされる。
「あぅっ!」
 フェイトの体は、開いたままとなっていた入り口からビル内部へと転がって奥の壁へぶつかる。人が使わなくなって久しい為か大量の埃が舞う。
 襲撃者は追撃をかける為にビルの中へと跳びいる。その動きは滑らかで、まるで氷の上を滑っているかのようだ。
 床を蹴り、床に転がったフェイトを踏みつけようとする。
「セット・アップ!」
 フェイトが起き上がりざまにデバイスの待機状態を解く。金の光が生まれ、一瞬にしてバリアジャケットを身につける。クリスタルだったバルディッシュが斧のような形をした武器へと変わる。
 バルディッシュを襲撃者に向けて振り、踏みつけようとしてきた足を受け止める。
 襲撃者は足裏でバルディッシュを踏みつけるとそれを足場にバク転。弓なりになった体は天井ギリギリの高さを跳んで、フェイトから距離を離して着地した。
「何者ですか?」
 答えてくれるとは思っていないが、職業上聞いておく。
「…………」
 予想通り相手は答えない。
 襲撃者は茶色のローブのような物を羽織ってその容姿を隠している。明かりの無い夜という事もあるが、フードを深く被っているせいで顔は口元しか見えず特徴が分からない。
 だが、身長と体格からして女だと言う事がわかる。ローブからも相手の足が覗く。
 彼女はローラーブレードを装着していた。
「まさか……」
 襲撃者が身を低くした。膝を曲げて右足を前に、左足を後ろに、クラウチングスタートに似た姿勢を取る。
 フェイトもそれを見てバルディッシュを前に構えた。
 襲撃者の挙動に意識が完全に向いた時、左手側の通路から光線が来た。
 完全な不意打ち。敵は元から複数だったのだ。
 廊下奥の暗闇から来た攻撃にフェイトはとっさに片手でシールド形成して受け止める。
 そのタイミングを狙ってローラーブレードを付けた襲撃者が走り出し、襲いかかる。
 フェイトは接近して来た相手にシールドを張らず、代わりに魔力変換による電気を身に纏い、相手の蹴りを手甲で受け止めた。
 電流が流れ、敵の体が一瞬跳ねる。
 その隙を狙ってバルディッシュを横薙ぎに振る。途中でデバイスの上部が上へ回転して移動し、そこから鎌状の魔力刃が伸びる。
 その時、視界の隅に茶の色が見えた。
「――っ!」
 バルディッシュの軌道を変え、勢いを落とさずに振り回し、自分の肩を抱くように腕を回す。そうする事で鎌の刃が背中を守るような位置を取る。
 見えない背後から衝撃音が聞こえ、一瞬の閃光がフェイトの背中を照らした。
 フェイトは左に体を捻り、左手の先に魔力スフィアを形成、背後に向けて単発の射撃魔法を放つ。
 誘導性の無い直射型だが、速度と貫通力のある魔法だ。近距離でならばまず当たる。
 だが、背後から奇襲して来た者の姿が消えた。
「――そこッ!」
 相手が避けて移動したと判断したフェイトが横に向けてバルディッシュを再び振り回す。その視線の先には、茶色のローブを着た二人目の襲撃者がいた。
 袈裟切りに振り下ろした魔力刃の鎌はしかし、手応えの無い相手の残像を通過しただけに終わる。
「…………」
 フェイトが横に振り向く。
 ビルの入り口には最初にフェイトを襲ったローラーブレードの女が立ち上がっている。並の魔導師ならしばらくは動けない筈なのに。
 そして左手側には射撃魔法と魔力刃をかわしたと思われる人物がいる。ローラーブレードの女と同じ茶色のローブを着ているせいでよく見えないが、剣状のエネルギー刃を形成した武器を持っている。
 そして、姿こそは見えないが通路の方にも気配がある。
 敵は三人、それに後ろは壁でフェイトは完全に囲まれていた。
 ――だけど、まだ犯人がここにいるという事はエリオも……
 GPSの反応が消えてからフェイトがここに到着した時間は短い間しか無かった。犯人達が逃げ遅れてまだここにいると言う事はエリオもまたいると言う事。でなければ、犯人はフェイトの相手などせずにとっくに逃げ出しているだろう。
 ならば何とか突破し、エリオを助けだす。
 そう決意した時、ローラーブレードの女が先に動いた。
「えっ!?」
 女は背を向け、出口向かって逃走したのだ。剣を持つ方も残像を残して消える。
「待っ――!」
 通路の方から四本の光線が来、追いかけようとした足を止めさせられる。更には周囲に緑色に発光するエネルギー板が四枚突如現れた。
 四枚の板からはバインドと思われる鎖が何本も伸びて来る。
 フェイトは鎖を絶ち斬りながら先端にある魔力刃をデバイスから離して飛ばす。
 三日月となった魔力刃はフェイトの手を離れ、彼女を中心に高速回転しながら回り、四枚のエネルギー板を切り裂いて破壊する。
 生じる爆発を払い、周囲を確認すると、襲撃者達の気配が姿共々消えていた。
「どうして……っ、エリオ!?」
 襲撃者達の突然の逃走に困惑したものの、すぐに自分の目的を思い出し、フェイトはビル内を高速で駆け出した。



「で、お前ら何やった?」
 スカリエッティのアジトの一室、トゥーレの前で四人のナンバーズが正座していた。
 彼の質問に、まずはノーヴェが目を逸らしながら報告する。
「最初に窓割ったら、その……」
 口篭った姉に代わってディードが続きを話す。
「目標が眠りから起きたので、私がISで背後に回りこんで睡眠薬で気絶させようとしたんですが、抵抗されてしまって」
「電気ビリビリって、ウザかったからあたしが腹殴って無理矢理気絶させた」
「子供相手に腹パンしてんじゃねえよ。そもそもどっから睡眠薬なんて持ってきた」
「それは……」
 ディードが視線だけ動かして隣のウェンディを見た。
「ピュ~ピュ~」
「下手くそでわざとらしい口笛吹いてないでこっち見ろウェンディ」
「な、なんスか?」
「なんスかじゃないだろ。この際、睡眠薬はどうでもいいとして、お前犯罪現場の部屋に落書き残して何のつもりだ? おい」
 トゥーレが両手を伸ばしてノーヴェとウェンディの頬を捻る。
「ひたぁ、ほお、ひっはらあいふぇ!」
「ひふぇふぇ! なんでふぁたひまで!」
「黙れお前ら。それと、オットー」
 ノーヴェとウェンディの片頬を引っ張りながら、今度はオットーへ振り向く。
「はい……」
「お前、対象にバインドで拘束するのは構わないがもっと手加減しろよ。今回痣になっただけみたいだが、下手したら全身の骨砕けたかも知れないだろ。俺達戦闘機人と違うんだからな」
「申し訳ありません」
 と、オットーは小さく頭を下げた。
「まったく、どうしてこいつらは」
 盛大に溜息を吐いて、トゥーレは頬を引っ張っていた手を引っ込めた。
「セインならもっと上手くやってただろうな」
 やはり運用目的の違いか、直接的な戦闘能力は低いが、潜入工作の類はナンバーズの中でもセインが一番の実力を持っていた。
 対して、目の前にいる妹達はそれぞれ得意分野に違いはあるが、だれも戦闘を前提としているせいでこういった事に向いていない。
「呼んだー?」
 隣の部屋からエプロンを付けて土鍋を持ったセインが顔を出す。
「呼んでない。あっち行ってろ」
「なんだよ、もー」
 虫を追い払うようなトゥーレに、頬を膨らませながらセインは顔を引っ込めた。
 隣の部屋からは食器を置く音がいくつも聞こえてくる。
「何であたしらが頬引っ張られたのに、双子には何もないんスか。差別はんたーい」
「ああ?」
「いや、何でも無いっス。ごめんなさいっス、はい」
「弱ぇ」
「だいたい、迷子札の事もそうだし。子供相手とは言えチェック怠るなよな」
 名前の通り、それはまだ幼い子供が迷子になった時の為に保護者の名前や連絡先、住所が刻印されている他に、事件に巻き込まれた場合を考慮してGPS機能の付いた簡易デバイスだ。
 五人、いや四人はスカリエッティの命令を受けてエリオ・モンディアルを誘拐する任務に付いていた。トゥーレはそのお目付け役として同行していただけだ。
 任務の詳細はエリオ・モンディアルという名の少年を誘拐し、その体内に埋め込まれているアルハザード製のエネルギー変換装置を調べる事だ。
 アルハザードがメモ書き程度に残した情報からその存在を知ったスカリエッティが興味を示し、機構の設計図さえ無いそれは不確定要素になる事も考慮し、ついでにナンバーズに経験を積ませるつもりで任務を言い渡したのだ。
 そもそも、何故エリオの体にそのような物が埋め込まれていたのか、それは彼の出自に原因があった。
 数年前、ある企業の次元航行艦部品組立工場で事故が起こった。
 幸い軽傷者は出たものの、死亡した者はいなかった――表向きは。
 実際は、社会見学で工場に来ていた幼い少年が運悪く死んでしまっていた。しかも、彼はその会社に多大な資金援助をしていた資産家の一人息子だったのだ。
 モンディアル家の両親は息子の死を受け入れられず、責任を取らす意味でも企業にクローンを造らせた。
 実際に生み出したのはその企業が匿っていた違法科学者、アルハザードである。
 そして、彼はエリオを生み出す際に要らぬ遊び心を発揮して機械を埋め込んだのだ。
 任務直前、スカリエッティとトゥーレの間にもその機械についての会話があった。
「大凡どんな物かは予想できているが……あの男が遊び心に残した装置、多少の興味がある。多少のね」
「わざわざ多少って二度言うなよ。ライバル心剥き出しだぞ」
「……管理局は生きた人間の体内にあるせいか、摘出手術する技術はあるのに迂闊に触れずにいる。だが、我々ならばそんな事しなくとも機能ぐらい分かる。それを四人に調べて来てもらおうと思ってる。君は万が一の為にバックアップにまわってくれ」
「それはいいが、お前今明らかに話逸らしたよな?」
「…………」
 要は、スカリエッティ自身も認めたく無い対抗心からの任務だった。
「ところでさあ、結局あのビル置いてったけど、連れてこなくて良かったのか?」
「目的は子供じゃなくて、その体にある装置を調べる事だったからな」
 結果は、スカリエッティが予想していた通りのエネルギー変換装置であった。名前の通り、魔力を特定のエネルギーへと変換する装置であり、それ以上でもそれ以下でも無い。
 強いて効果の程を言えば、後天的に魔力変換資質を得られる程度だ。
 似たような技術は既に管理局にも先の事件で移動庭園から流出しているし、それについてスカリエッティの興味を擽る物では無かったので解った時点で放置しても問題ない。
「じゃあ、結局無駄骨だったって事っスか? 」
「だな」
「え~~……」
「もうどうでもいいから、飯食おうぜ。さっきから腹減ったよ」
 ノーヴェが正座を崩して後ろ手を床につける。
 先ほどから、隣の部屋から肉の良い匂いがしてきており、空腹もあって胃を非常に刺激されている。
「スキヤキ、スキヤキ、スキヤキ早く食べたいっス」
 それに乗っかってウェンディがバタバタと手足を振って暴れ始める。
 隣では夕食にすき焼きが行われている。管理外世界にいるルーテシアから転送魔法で送られてきた大量の肉(類別不明)を処理する為である。
 トゥーレの説教を受けていた四人は、お預けをくらったままなのだ。
「……わかった。もういいぞ」
「やった~っ!」
「あっ、先行くなよ!」
 ノーヴェとウェンディが我先にと隣室へ飛び込み、双子は落ち着いた様子で立ち上がる。
「ちなみに、お前らが四人がかりで局員倒せなかったのはトーレに報告済みだから」
「――――」
 四人の時が止まった。





 ~後書き&補足~

 エリオ強化フラグ回。
 正直言うと、どうしようかと悩みました。スバルやティアナのように将来の目的が特に明確では無く、キャロのように珍しい能力もありませんからどう強くしていいものか。
 過去は悲惨でありますが、フェイトのおかげで捻くれずに育ったせいで虐待云々のネタが使えない。真人間過ぎ……いや、良い事なんですけどね。
 結果、電気の魔力変換資質を後天的なものにして落ち着きました。
 資質持ちより効率的に変換できる上に、資質持ちが不得意とされている純魔力の大量放出も体内の機械を使わなければ出来ます。
 なのでここのエリオは接近戦だけじゃなくて射撃魔法もバンバン撃てるようになります。
 飛行資質を持っていない事を除けば遠近共に戦える万能キャラに。




[21709] 四十九話 夜天の意志
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/11/14 19:28
 けたたましい工事音が各所から轟いていた。分厚い壁に囲まれた長い廊下ではその音が反響して更に喧しい。
 欠伸を一つし、トゥーレは工事の音が不快そうに顔を顰めた。
「朝っぱらからうるさいな」
 現在、スカリエッティのアジト内では大々的な工事が行われていた。
 アジトはベルカ諸王時代末期に地下深くへと沈んだ、聖王のゆりかごと呼ばれた巨大な空中戦艦の内部を利用している。
 森に覆われた地上にある僅かな数の洞窟を通ってのみ入れるゆりかごは長い時を経た今でもその原型を留めてはいるが、戦乱の世に沈んだだけあり、内外共に損傷している。
 時空管理局最高評議会の切り札とも言えるゆりかごをスカリエッティが我が物顔でアジトとして使っているのは、その損傷の修理を行っているからだ。
 今までは必要なスペース以外は少しずつ修復していたのだが、ここ最近になって急にそのスピードを早めた。
 その理由は、暇だからだ。
 レリックの数が大分増え、戦闘機人のナンバーズが揃い、ISと武装がほぼ完成、聖王の器を作る研究をしている組織の把握も済んでいる。
 つまり、やる事が無いのだ。だから暇つぶしを兼ねてゆりかごの修理を進めている。
 二機のカプセル型機械兵器が浮遊しつつトゥーレの横を通り過ぎた。その背には赤いコードがそれぞれ四本伸びており、タイヤ付きの荷台を引っ張っている。
 荷台の上には資材が山と積まれており、その上には――
「何やってんだ?」
 チンクとディエチが座っていた。
「何って、移動してるんだよ」
「私達は外周部修復の現場監督を任されているからな。一つ一つの場所が遠いからこうやって資材搬入ついでに移動している」
 二人とも武装や防御機構のコートを脱ぎ、代わりに安全ヘルメットを被り、細かい部品の入ったリュックや工具類を収めたベルトなどを腰に付けていた。
「……似合わねえ。特にチンク、お前まるで社会科見学に来た小学生みた――危ね! 物投げんな!」
 投げつけられたスパナを受け止めたトゥーレは荷台に飛び乗って、二人に並んで座る。
「あっ、ちょっと、私を盾にしないでよ。それに狭い」
 左からトゥーレ、ディエチ、チンクと並んだ。トゥーレはディエチを盾にチンクからの攻撃を避けようとする。
「詰めろよ。チンク小さいんだからもっと向こう行けるだろ」
「トゥーレ、姉をからかうのも……」
「もう、何でそう口が悪いかな。チンク姉もイチイチ反応してたらキリがないよ」
 荷台にあったボルトを投げようとするチンクをディエチが宥める。
「ところで、何かより物々しくなってないか? ここ数日喧しくてしょうがない」
「新しく量産したガジェットドローンの試運転もしてるんだよ」
「ガジェットドローン? ……ああ、管理局がこいつらにつけた名前だったか」
「ドクターは名前に拘りを持たない方だからな。管理局がつけた名称をそのまま使うつもりらしい」
 宥められたチンクが投げようとしていた物を片づけ、後ろを振り返って荷台を引っ張るガジェットドローンを見る。
「この初期に作られたカプセルタイプはガジェットドローンⅠ型、飛行タイプはⅡ型と呼称するようだ」
「今までアレとかコレとか呼んでたから、分かりやすくていいよね」
「なら、オリジナルの方は何て呼ぶ気だ?」
「管理局が勝手に名前付けてくれるだろうから、その時にって……」
「聖王の器といい、他人任せだな」
 ガジェットドローンと呼称される事になった機械兵器はスカリエッティの完全な自作では無い。ゆりかご内にあった艦内防衛用の機械兵器を修理し、それを元に設計した物だ。
 オリジナルの方も、外へ出てレリック探しを行っているⅠ、Ⅱ型とは別に製作されている大型機のⅢ型に続いて量産を計画されているので、恐らくはⅣ型と呼ばれるだろう。
「トゥーレは何もしないの?」
「しない。特に命令も来ていないしな」
「暇なら、姉達と一緒に監修するか?」
「工作は別に得意じゃないからいい」
「何だか微妙に子供扱いするようなニュアンスじゃなかったか?」
「気のせいだろ。他の連中は?」
「ウーノ姉とクアットロ、オットーがガジェットドローンの全体的な指揮とか各チェックを、トーレ姉とセイン、セッテが外の砲門を――」
 と、その時、ガジェットドローンが停止し、荷台も慣性で僅かに前進しつつも止まる。
 三人が振り向くと、トーレ、セイン、セッテの三人が立っていた。
 セインが作業用ベストを着ており、他の二人は鉄柱や装甲板を担いでいる。
「ガテン系が似合うのは女としてどうなんだろうな」
「何だと?」
 鉄柱を肩に何本も担いだトーレが睨みつける。
「トゥーレ、姉妹たちが働いているのにお前は何をしている」
「じゃあ俺行くわ」
 トゥーレが荷台から飛び降りて逃げ出そうとする。
「待っ――」
 トゥーレを捕まえようと、邪魔な鉄柱をセッテに預けようと下ろした時、暗い廊下の向こうから悲鳴が聞こえた。
 全員が奥へと振り返る。
「――ぁぁぁぁああーーっ!」
 緩やかなカーブを描く長い廊下からの悲鳴は段々と近づいてその正体を現す。
「ウェンディ?」
「ノーヴェもいるな」
 ディエチが、宙を飛行するライディングボートに乗って爆走する少女の名を言った。ボートの尻に掴まって、引き離されないよう必死に走ってるノーヴェもいる。ローラーブレードを装着していない状態でライディングボートの速さについて行くのは流石に酷なようだ。
 真っ直ぐに突っ込んでくる二人を、トゥーレがボートを受け止める事で止める。
 ボートが急停止した事で上に乗っていたウェンディが慣性の法則でボートからダイビング、落下地点にはセッテがいる。
「…………」
 セッテは悲鳴を上げながら落下するウェンディに向け、持っていた装甲板を前に構えた。
「えぇっ!? 普通受け止め――ぶっ!!」
 顔面から装甲板にぶつかり、鈍い音がした。そのまま板に張り付いたウェンディの体が床へと落ちた。
 セッテは装甲板の表面を見、傷がない事を確認すると板を持ち直す。床に俯せになったウェンディには一瞥もくれない。
「……何か?」
 その場にいた全員の視線が集まっている事に気が付くと、彼女は首を傾げた。本気で分かっていない様子だ。
 何でもないと、全員が視線を逸らす。
「ねぇねぇ、トーレ姉、ちょっとどうなってんの? 前から淡泊だったけど、そんなの通り越してある意味愉快な方向行っちゃってるよ?」
「知らん」
「知らんって、えー」
「前より機械的な部分が丸くなって良いことだと……姉はそう思いこんでおく」
「チンク姉、思いこむ時点でダメだって。それ現実逃避に近いよ」
 コソコソと話し始めた姉妹達を余所に、トゥーレは掴んでいたライディングボートを床に下ろしてノーヴェを見る。
 彼女は今まで走った疲労からか荒い息をついて床に尻餅をついていた。
「何があったんだ?」
「ウ、ウェンディがいきなり……はあ、はあ……」
 息切れのせいで言葉が続かない。それが落ち着くのを待っていると、二人がやって来た方向からディードが走って来るのが見えた。瞬間加速のIS、ツインブレイズの連続使用による移動は速いが、長距離になると限界があるようで、ウェンディ達に付いていくのがやっとのようだ。
「ようやく追い付きました」
 ディードの肌にがうっすらと汗が浮かんでいる。
「何があったんだ?」
 ヘバって話を出来ない二人に代わって、ディードが事情を説明し始めた。

「幽霊ぃ~?」
 怪訝を含んだ声を上げて、ずれた眼鏡をクアットロは指で上げ直す。
「そんなのいるわけないでしょ~。見間違いよ、見間違い」
「本当にあたし見たっスよ。フワッと現れてシュンッて消えたっス!」
 ウェンディがまるっきり信じていないクアットロに対して訴えかけるが全く相手にされていない。
 場所はアジト中央、情報などを管制する部屋だ。その部屋にはガジェットドローンの指揮と施設の状態をチェックしていたウーノを初めとした三人がいた。
 そしてそこに、トゥーレ、ノーヴェ、ウェンディ、ディードの四人が加わっている。先程まで一緒だった他の五人は面倒事をトゥーレに押しつけてそれぞれの持ち場へと向かっていた。
「お前らは見たのか?」
 トゥーレがノーヴェとディードに問う。
「いや、私は見てない。突然ウェンディが悲鳴を上げた走り出したんで追いかけたんだ」
「私もです」
 三人はゆりかご内の各施設の壁や床、天井などの老朽化を確認していた時に突然、ウェンディが幽霊を見たと騒ぎだした。
「何かと見間違えたんじゃないのか?」
「絶対、見間違いじゃないっス」
「そうは言ってもなあ」
 見たのはウェンディ一人だけで、一緒にいた二人は見ていない。だとするならただの錯覚だと判断するのが正しい。
「本当に見たんスよぉ。半透明の金髪の子供が浮いてて……」
「……顔は?」
「背中向いてたし、あたしに気づいたら消えたから見てないっス」
「…………」
 何か考え込むように黙ったトゥーレを余所に、ノーヴェが口を挟む。
「まだ目の調子悪いんじゃないのか?」
 ウェンディは先の戦いで振動破砕によって感覚機能、特に視覚をやられている。比較的軽傷だったのに、ノーヴェよりも調整ポットから出るのが遅かったのはその修理の為だ。
「ドクターが自ら直したのよ? そんな筈無いじゃない。ウェンディちゃんの見間違いよ~」
 クアットロは鍵盤型のコンソールを指で打ち、もう興味が無いと言った様子だった。
「いや、だから、本当に見たんだってぇ~」
 やや半泣きでウェンディが必死に訴えかける。
 比較的真面目に相手をしているトゥーレがノーヴェへ振り返る。
 彼女も困惑していた表情で頭を掻いていた。 誰かのイタズラ、この場合はセインが最有力だが当人はずっとトーレ達といた。それに本人の虚言だとしても恐がり方はとても嘘には見えない。
「幽霊などを怖がるのはさすがに唐突ですね」
 ディードが片頬を掌で押さえて困ったように呟いた。
「まあ、こんな所で生活してるから、今更だよな」
 トゥーレが周囲を見回すと、ノーヴェとディードも釣られて周囲を見る。
 アジト、ゆりかご内の廊下や部屋は一部を除いて照明が落とされている。広い上に暗く、しかも住人は十数人しかいないので非常に静かだ。シチュエーション的に出てきてもおかしくない。
「むしろゾンビ系とかクリーチャー系とかが出そうだよな」
「もし出てきたらお前どうする?」
「殴る」
「脳筋」
「誰がだ!」
「お前以外この場にいないだろ」
「トゥーレ、その言い方ですとこの場にいない姉様方の中にも脳ミソ筋肉の人がいるように聞こえます」
「あれ? お前遠回しに私が脳筋って言ってないか?」
「それで、ウェンディ姉様はどうします?」
「無視すんな!」
「そうだな……」
 ノーヴェを無視し、考える。実際、他の者にとってウェンディの態度に対しては戸惑いが大きい。ただ単に怖がりなら笑い話にしかならないが、こんな場所で生活しており、暇つぶしに夏には怪談を率先して行うウェンディだ。
 見間違い程度の幽霊騒ぎでここまで感情を乱すだろうか。
「ねえ」
 その時、今まで黙っていたウーノが口を開く。彼女の視線は目の前に表示させたモニターに向いている。
「その幽霊はどこで見たのかしら?」
「どこって、玉座の間」
「それは……」
 現役稼動していた当時から既にロストロギア級の扱いをされていた聖王のゆりかご内で、最もそういったモノのが出そうな場所であった。
「それがどうかしましたか、ウーノお姉様ぁ」
 クアットロの問いかけに、ウーノはモニターを見ながら答える。
「今は消えてるけど、玉座の間に妙な反応があったのよ。ちょうど、ウェンディ達が点検してる時間帯と重なるわ」
「ほら、やっぱり! 幽霊はいたじゃないっスか!」
「落ち着けよお前」
「幽霊かどうかは分からないけど、僅かにエネルギー反応が出たのは間違いないわ。実は言うと、前々から同じ反応が出た事があったの。ログを確認しないと分からないぐらい一瞬だし、補強していないブロックからのだからエネルギー漏れや回線の老朽化によるショートだと思ってたんだけど……」
「今回の工事はそれの修理を兼ねてますよね。でも、ウェンディちゃんの幽霊騒ぎとは関係無いと思いますけど~?」
「だーかーら、私は見たって言ってるっス!」
「見間違いじゃなぁい?」
「トゥーレ~、クア姉が信じてくれないっス~」
「俺に泣きつくなよ。だいたい、見たのお前一人だけなんだし、疑われても――」
「なら、皆で確かめようじゃないか」
 いきなり背後からスカリエッティが現れた。
「うわああぁーーっ!?」
 その場にいた、トゥーレとウーノ以外のナンバーズ全員がビビって仰け反る。
 変態科学者は自分の顔を懐中電灯で照らしていた。
「おい、変態。何やってんだよ」
「平穏な日常の中のちょっとした刺激、サプライズをと思ってね」
 懐中電灯の明かりを消し、白衣のポケットに仕舞ったスカリエッティはウーノの傍へ勿体ぶった動きで歩く。
「ウーノ、そのログを」
「はい」
 ウーノは直ぐにコンソールを操作し、スカリエッティの前にログを映したモニターを表示させた。
「ふむ、未改修や普段使用しないブロックに固まっているね」
 ログデータを見て微笑みながらわざとらしく頷く彼を、トゥーレは心底嫌そうな顔をする。
「お前、まさか」
「ああ。せっかくだ。回線不備の確認も兼ねて、皆で幽霊探しをしよう」
「本気か? この中じゃお前が一番そういうの信じてなさそうな人間じゃねえか」
「現科学力で存在が証明できないだけで、存在そのものを否定するのは早計だよ。逆に否定する事も出来ないのだからね。我々がまだ知らない要素があり、その法則に基づいて俗に幽霊などと呼ばれる存在がいるのかもしれない。あらゆる可能性を考えずに決めつけるのは科学者として二流以下だ」
「いや、俺科学者じゃねえから」
「それにだね」
「人の話聞けよ」
「不可解なモノと言ったらトゥーレがその筆頭じゃないか」
「はあ? ちょっと待て、何でそうな――」
 ナンバーズ達がじっとトゥーレの顔を見つめていた。そして、なるほど、という顔をした。
「待てコラ。人を幽霊とかと一緒にすんじゃねえよ」
「訳の分からないもの、という点では一緒よ。誕生時にいきなりCPUにハッキングしてきたじゃない。アレ、普通じゃないわよ」
「そもそも元は金属片なのよね~」
「ああ、それあたしチンク姉から聞いた事ある。元々鉄だったんだろ?」
「鉄コロから誕生しただなんて、トゥーレおかしいっス」
「……ガジェットドローンの親戚?」
「オットー。さすがにそれはマズいですよ。ほら、トゥーレにだってプライドというものが」
「お前ら……」
 青筋を額に浮かべ始めたトゥーレから逃げるようにして下の姉妹四人がスカリエッティの背後に移動する。
「今更そいつが盾になるとでも?」
「うわっ!? トゥーレのやつ、ドクターごとやるつもりだ!」
「ドクターなら、ドクターならきっと耐えてくれる筈っス」
「ふむ……君達に期待されたのならば応えるしかないね。さあ、思う存分にかかって来るといい!」
「応えなくていいですから、ドクター。それに貴女達も煽らないの。怪我どころでは済まないわ」
「はぁ~い」
「こいつら、急に元気になりやがって」
「良い事じゃないか。さあ、それじゃあさっそくいくつかのグループに分かれて幽霊探しといこう」
「俺は参加するなんて一言も」
「ちなみに手作りでクジなんて作ってみた」
「聞けよ」
 トゥーレの意見は完全に無視されて、幽霊探しが始まろうとしていた。



 夕方となり、日が沈むにつれて赤の色を強くするミッドチルダ西部、そこを管轄とする陸士部隊の一つ、陸士108部隊隊舎前にある一台のジープが近づきつつあった。
 舗装された緑豊かな林道を抜け、ジープは丁寧な運転で隊舎の駐車場に停止する。
 運転していた、狼の耳を生やした偉丈夫が席から降りると素早く助手席側に回り込む。男が到着するよりも早く中からドアが開かれた。
「ありがとう、ザフィーラ」
 茶髪の少女が差し出された男の手を取り、ゆっくりと地面に降りる。そして、歩行補助の杖を支えに歩き始めた。
 男はそれを見守るように、少女が倒れてもすぐに助けられる距離を保ちながら後ろをついていく。
 少女が隊舎の中に入り、気軽に隊員達と挨拶を交わしながら奥へと進んでいく。
 少女が向かった先は隊長の執務室だ。ドアをノックをすると、低い声が返ってくる。
「開いているぞ」
 言葉の後、少女の後ろにいた男がドアを開ける。
 遮る物が無くなった事で、少女は歩く事に集中しながら部屋の中に入った。
「こんにちわ、師匠ー」
「おう。元気そうだな、はやて」
 執務机には部隊長であるゲンヤ・ナカジマがいた。彼は椅子から立ち上がると応接用のソファに座るよう少女達に勧め、自身もテーブルを挟んだ向かい側のソファに座った。
「ザフィーラも座ったらどうだ?」
「いや、私は……」
「いいやんかザフィーラ。座ったらええよ。それに、ずっと立ちっぱなしは疲れるやろうし、何より威圧してるみたいや」
「……そういう事なら」
 狼の特徴を持つ男、ザフィーラは主の言い分によって素直にソファへ腰を下ろした。
「相変わらずだな。あんな事があったんだからしょうがないか」
「シャマルからも主はやてがまた無茶をしないようしっかり見張ってるよう強く言われているからな」
 ザフィーラの言葉に、はやては苦笑いしながら目をそらした。
「車椅子から自分で歩く事ができるようになった分、マシになったんだろうがな。リハビリの方、上手くいってるみたいだな」
「はい。あれから三年、なんとかここまで復活しました」
 ミッドチルダ北部の第八臨海空港から始まったアルハザード事件。その時の戦闘によって負傷したはやては長いリハビリ生活を強いられていた。
 神経に多大なダメージを受けた彼女は仕事に復帰するどころか歩く事さえも危ぶまれていたが、リハビリに見事成功し、杖をつきながらではあるが自分で歩く事まで可能になっていた。
 はやてが元気さをアピールするかのように笑顔を向けた。その時、ドアが控えめにノックされる。
 ゲンヤが応じると、ドアが開いて外からゲンヤの娘であるギンガが入って来た。彼女の手には盆があり、その上には三人分の茶があった。
「ギンガ、久しぶり」
「お久しぶりです、はやてさん」
 ギンガは背の低いテーブルの前に移動すると、ソファに座る三人の前にお茶を置く。
「陸士隊服似合っとるねえ」
「あ、ありがとうございます」
「はやて、鷲掴みするような指の動きは止めろ」
 別の生物のように五指を動かすはやてを諫め、ゲンヤは茶を啜る。
「今日は仕事の話があって来たんだろ? 人の娘で遊ぼうとしてないでとっとと本題に入るぞ」
「仕事の話ってほど堅苦しいものじゃないですけどね。ただの相談事ですよ」
 そう言って彼女はモニターを中空に表示させる。同時にゲンヤが長方形の情報端末を取り出した。
「父に相談ですか?」
「うん。実は来年に新しい機動部隊が試験的に新設されるんだけど、私その隊長になる事が内定してるんだよねえ」
「部隊長にですか!? しかも機動部隊って、凄いじゃないですか!」
 時空管理局では年功序列が意味を成さない、実力主義の面が強くあるが、まだ十代であり元々管理外世界にいた人間にしては異例の出世と言って良かった。
「単にこんな面倒な部隊任せられるのがこのちびダヌキしかいなかったからだよ」
 ゲンヤの言葉に思わずはやての力が抜けた。
「ち、ちょっと、父さん」
「いや、まあ、その通りなんやけどね……」
 ソファからずり落ちそうになるのをザフィーラに支えてもらい、座り直したはやてがやや引き攣った笑みを浮かべた。
「表向きはある秘匿級の古代遺物の問題を専門にした部隊だったか?」
「そうですね」
「表向き?」
 何だか思惑やらが絡んでそうな単語にギンガが首を傾げる。
「実際はある特定のロストロギアと戦闘機人、そしてその両方と関わっていると思われる次元犯罪者に対する備えなんよ」
 説明しながら、はやてはモニターに新設部隊の設立計画を表示させる。タイトルと思われる箇所には古代遺物管理部機動六課(仮)と表記されている。
「あるロストロギアと、それに関係すると思われる予言……時空管理局の危機の対応をしたいけど捜査を行える人材と人手がない教会、とっとと戦闘機人事件とアルハザード関連を解決したい本局。そんな二つの組織の利害が一致して、地上でも動ける部隊が作られる事になったんや。でも、それだけならわざわざ隠す必要もないんやけど、地上本部との微妙な関係とか色々と面倒な事が絡んで大っぴらに出来ないから、表向きはレリック関連事件の専門部隊って事にね」
「はあ……」
 面倒な事、という部分の内情を知らないギンガは呆然と相打ちを打つしかできなかったが、教会と本局協同の部隊となると、両方との繋がりが厚いはやてが部隊長に適任なのは理解できた。
「で、その更に裏の、八神はやて次期隊長の思惑は?」
「私が望む部隊設立の足掛かり且つ部隊運営のノウハウを――何言わせるんですか師匠ぉ……」
「な? ちびダヌキだろ?」
「あ、あはは」
「タヌキはタヌキなりに学ぼうとする姿勢は良いことだが、こんな特殊な部隊の事俺に相談されてもあまり力になれんぞ」
 はやてから端末にデータを送ってもらい、その内容を見ながらボヤいた。
「そこを何とか。こんな事相談できる人は限られてるんですよ」
「……しょうがない。できるだけやってみるか」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、私は退室しますね」
 新設される部隊についての話が開始されようとするのを見て、ギンガは部屋を出ようとする。
「気使ってもらって悪いな。あっ、ギンガもうちの部隊入るー? スバルもいるよ?」
「ええっ!? スバルがですか?」
「あくまで予定だけどね」
「ウチの隊員勝手に引っこ抜こうとすんな。ギンガ、ここはいいから仕事に戻れ。絡まれるぞ」
「人を酔っ払いのおじさんみたいに言わんといてくださいよ」
 苦笑いで誤魔化しながら、ギンガは執務室から出ていった。
「まったく、欲張り過ぎだ。ただでさえ青田狩りみたいな事して人を集めてるんだからな」
 ゲンヤの持つ端末に新設される部隊の隊員名簿が表示される。知り合いではないが、名前だけなら聞いた事のある者が多くいた。
「なのは嬢ちゃんにフェイト嬢ちゃん、二人とも俺らにしてみれば身近な人物だが、余所からみたら憧れのエースだぞ」
「なのはちゃんは例の新武装実戦テストの名目もあるし、フェイトちゃんに至っては次世代デバイスのテストとロストロギア専門の執務官ですから、必要だったし入れやすかったんですよ」
 地上本部と第三管理世界ヴァイゼンの魔導端末メーカー、カレドヴルフ・テクニクス社が共同開発している新武装のテストは機動六課が相対するであろう機械兵器には有用であり、古代遺物や違法研究事件を専門にするフェイトは表向きの設立理由に説得力を持たせてもいる。
 表向きにも、本当の設立目的にしても二人は隊に必要な人間であった。
「新武装と次世代デバイス、か。そういや、クイントがパートしてたな」
「……あれ、パートって言っていいんですか? なのはちゃんびっくりしてましたよ」
「本人がそう言ってるんだからそうだろう」
「さすがクイントさんの旦那さん。器が大きいですね」
「なんだか嫌味にしか聞こえないぞ。話戻すが、嬢ちゃん達以外にも若くして将来が期待してる連中をよく集めたもんだ」
 一覧の中に見知った名以外にも、名前だけなら聞いた事のある者が多くある。
「情報漏洩の危険性は可能な限り避けようとして、本局との繋がりや信用できる人達集めたら自然とそうなっちゃって。他から嫌な目で見られるのは覚悟の上です」
「若いのが多いのも、地上本部との蟠りが少ないからか。外だけじゃなく、内も警戒しないといけないところがこの部隊の辛いとこだな」
 長きに渡る戦闘機人事件。捜査する者が多く、誰もが優秀だったにも関わらず未だに解決の目星が付かない事件の人だ。何よりも異質なのが、過去に地上部隊の中でも高ランクの魔導師が集まっていた部隊が捜査中に一人を残して壊滅した事件だ。
 待ち伏せされていたかのような敵の攻撃、そして不自然なほどに情報が集まらない秘匿性から局内部からの情報漏洩が原因と考えるの普通であった。
 それを踏まえた上での部隊新設ではあるのだが、機動六課の敵は外だけでなく内にもいるという事になる。
「戦闘機人事件に、残念ながら一部の局員が関わっているのは間違いないですから。ロッサ……監査官のヴェロッサもそう言っています」
「ヴェロッサ……ああ、あの移動庭園を造ったと言われてるアレクトロ社の調査をして、局内部の汚職もまとめて調べ上げたっていう監査官か」
 ヴェロッサはアルハザードへ資金提供していたアレクトロ社への調査によって、管理局の一部局員が内部情報漏洩や事件のもみ消しなど、何かしら関わっていた事を突き止めていた。
 既に不正を行った幹部局員は捕まっているものの、ヴェロッサの見立てでは他にも地位が高い人物の中にいるかもしれないという事だった。残念ながら、アルハザード事件直前に、アレクトロ社の重役達が何者かに殺されていた為にそれ以上の事は調べる事が出来なかったが。
「知れば知るほど面倒な部隊だ。こんな部隊でスバルは上手くやっていけるのか……」
「師匠は反対ですか? 下手して結果出せなかったら、他部隊からハブられるどころじゃありませんし」
「心配と言えば心配だが、それも経験の内だろ。結局は本人が決める事だし、俺も反対はしない。……今気づいたが、建前上古代遺物捜査の部隊ならもっと専門家増やした方がいいぞ」
 名簿を指さしながらゲンヤはアドバイスする。仮にもロストロギアを中心に扱う部隊だ。フェイトも知識はあるがあくまで執務官としての程度であり、専門家には負ける。
「名簿に名前だけでもいいから専門家は入れておいた方がいいぞ」
「それなら名簿にはまだ載ってないだけで、解決済みです。同じ古代遺物管理部からの出向扱いですけど、苦労しましたよ。向こうも手放したくない人材だったようなので」
「ほう。どこの誰なんだ?」
「……さあ、どこの誰でしょうか」
 はやては笑顔のまま応えない。
 不審に思ったゲンヤは今まで黙ってこちらの様子を見ていたザフィーラに視線を向ける。
「…………」
 目を逸らされた。実に怪しい。
 同じ古代遺物管理部からと言うのなら時空管理局に所属する人間であろうし、専門家ならフェイトよりも古代遺物に関する知識も豊富な筈。それに、部隊の性質上信用できる人間でないとならない。
 それらの事を踏まえて今の二人の態度の理由を考えると、思い当たるのは一人しかいない。
「…………おいおい、八神一家勢揃いか」



 夜の帳が落ち、空には星の輝きに満ちていた。地上では人の営みが行われている証拠に灯りが消えず、星空以上の輝きを作っている。
 そんな夜の町で耳に強く残るサイレンの音が鳴り響いていた。
 サイレンを鳴らすのは、赤いランプを上に輝かせる地上部隊所有の装甲車だ。赤いランプとサイレンで道路上の車をどかしながら装甲車は高速でアスファルトの地面を走る。
 助手席から一人の局員が外に身を乗り出して半身を出し、開いた窓の縁に腰を下ろす。体の半分以上を車から出したその姿勢は不安定で誰から見ても危ない行動だった。
 しかし、その局員は高速で横切っていく車など気にした風も無く、杖型デバイスを取り出して、先端を空へと向けた。
 空には高層ビル同士の間を飛び回る人影があった。
 その人影に向け、窓から身を乗り出した局員が杖の先から射撃魔法を放つ。
 誘導性を持つ魔力光弾は曲線を描きながら空飛ぶ人影を追っていく。
 だが、人影は急な旋回で方向転換しながらまるでビルを盾にするかのように隙間へ入っていく。
「っ! くそっ!」
 射撃魔法を撃った局員が悪態を付くと同時に、曲がりきれずにビルの壁へ衝突しそうになった魔力光弾が霧散した。
「こうビルの間を飛び回られたら手出しできねえぞ!」
 夜と言ってもまだビル内に残っている人間もいれば、射撃魔法が当たって壁面の一部が地面に落下すれば人に当たる可能性もある。
 先ほどの射撃魔法は対象以外に当たりそうになれば自動で消滅するよう設定してあったが、それほど細かい設定をすれば自然と威力もスピードも落ちてしまう。
「このままじゃ見失う」
 彼ら地上部隊の局員が追っているの犯罪者だ。当然と言えば当然で、追われている側は閉店した宝石店から盗みを働いた窃盗犯である。
 すぐに局員に見つかるなど間抜けを晒した犯人であったが、厄介な事に天性の飛行資質と小賢しい知恵を持っていた。
 ミッド上空を監視するレーダーの範囲ギリギリの空を飛びながらビルとビルの間を高速で抜けていく犯人に、地上を走るしか無い地上部隊の局員は撒かれそうになっている。
 飛行資質を持つ者自体数が少ない地上部隊にとって飛べる犯罪者と言うのは非常に厄介な相手だった。しかも、わざわざ障害物の無い空では無く、レーダーの移らないビル間を飛んでいるのだから補足する方法は目視する他無い。
 段々と点となっていく犯人の後ろ姿に窓の外に身を乗り出していた局員が歯噛みする。
 その時、運転していた局員が隊からの通信を受け取る。
 道路を走る事によって生じる風の音に混じって会話が身を乗り出す魔導師にも聞こえた。
「……了解。今の聞こえたな?」
「ああ」
 通信が切れ、魔導師が助手席に戻って座り直す。
「行くぞ。犯人を受け取りにな」
 装甲車がスピードを緩め、犯人とは別方向の道路を進み始めた。

 諦めたか、と宝石を盗んだ窃盗犯は思った。
 犯罪を犯した興奮と追われる緊張に早鐘する心臓を落ち着かせるように緊張を緩め、自然と顔に笑みが浮かぶ。
 だが、油断するのはまだ早い。あと少しでも高度を上げて飛べばレーダーに補足され、自分とは比べ物にならない程の実力を持つ航空隊がやってくるだろう。
 速さを求めるなら障害物の無いもっと上空を飛ぶべきだが、逆に言えばもっと速い者に追いつかれる。だから窃盗犯はその逆に、目立つのを覚悟して地上近くを飛んでいた。
 追っていた地上部隊の姿が無い今、飛び続けるよりは地上に降りて群衆に紛れるのがいいだろう。
 どこか空から降りても目立たない場所は無いかと、狭い路地裏の空を飛びながら警戒の意味も込めて周囲を見渡す。
「ん?」
 偶然にも、ある施設が窃盗犯の視界に入った。
 ビルが立ち並ぶ都市部に、まるで経済発展から取り残されたような背の低い建物があった。
 広い敷地を持つ公園のような場所に建つやや古びた建造物。敷地の周囲には外界のビル群を拒絶するかのように柵が並んでいる。
 そして、美術館かと思われるその建物の屋上に立つ人影があった。
「……女?」
 屋上に立つのは女だ。風で強く靡く長髪を片手で押さえている。服は管理局の局員が着ている制服だが、地上部隊や本部のものとも違う。
 腰まで届く髪を持つ女が窃盗犯の方に振り向いた。
「……っ」
 自分を見上げる鋭い瞳。それを見て嫌な予感を覚えた窃盗犯は方向を修正してそこから離れようとする。
 どこの部署か分からないが制服からして管理局局員なのは間違いない。避けて通るのは賢明な判断だった。
 だが、相手が悪かった。
「……なんだ? 一体なにが――」
 窃盗犯が異変に気づいたのは方向転換の最中だ。
「動きが!?」
 追跡してきた地上部隊さえも撒いた飛行能力。そのスピードが落ちていた。それも、現在進行で速度をより落としていく。
 最初に水の中を歩くような抵抗感があり、段々とそれが重くなって泥の中にいるかのようになる。
「まさか、あいつが?」
 窃盗犯は女へ振り向く。その程度の動作だけでひどく力を要し、数秒もかかってしまう。
 女は屋上から一歩も動いていない。しかし、その足下には黒色に輝く魔法陣があった。ベルカ式魔法陣が二枚重なったもので、三角形の陣はそれぞれ右回りと左回りで術者を中心に回転している。
 何をやっているのか、どのような魔法かは分からないが、とにかく窃盗犯が銃型デバイスを最小限の動きで構える。その動きさえもひどく緩慢だ。
 ようやく構え、女に向けて射撃魔法を撃とうとする。だが、いつもならほぼ一瞬で形成される魔力光弾の核となる魔力スフィアがうまくいかない。
 リンカーコアから体外に魔力を放出した途端、その働きが鈍くなる。
 肉体だけで無く魔力の働きさえも泥に浸かったようだ。
「な、何が?」
 困惑する窃盗犯の目の前で、ようやく形成しつつあった魔力スフィアが突然霧散する。体が完全に言うことを利かなくなり、逆に意志に反して勝手に動き始める。
 ビルの間に浮かんでいたのが段々と高度を下げ、女のいる美術館のような建物へ向かっていく。
 必死に抵抗するが、見えない巨大な手に掴まれているかのように動けず、窃盗犯はとうとう建物の屋上に着地させらえる。
 再び体が勝手に動く。ロックを掛けた上でデバイスを捨て、膝を床について腕を背中に回す。自ら降伏したも同然だ。
 バインド魔法や魔導師用の拘束具を付けられていないにも関わらず身動きが取れない。
 理解の外にある事象に、窃盗犯はただ、原因と思われる女を震える瞳で見上げるしかできなかった。
 感情を感じさせない深紅の目が窃盗犯を見下ろす。
「あんたは一体……」
 彼の呻くような声に、意外にも女はそれに応える。
「時空管理局古代遺物管理部ベルカ古代遺産協会所属、リインフォース・アインスト」

「…………」
 航空武装隊に所属するシグナムは開かれた門の前で立ち止まると、門の柱を見る。
 そこにはベルカ古代遺産協会と彫られていた。
 シグナムは視線を元に戻し、歩みを再会して敷地内に入っていく。
 砂利を踏みながら道を進んでいくと、ある施設が見えてくる。その前には赤いライトを上部に輝かせる数台の車が停めてあった。車の中にいた局員がシグナムの姿を見つけると、慌てて頭を下げる。
 まるで美術館のようなその施設の扉が開き、中から局員に拘束されながら歩かされる犯罪者の姿が出てきた。
 彼らはシグナムの横を通り過ぎ、装甲車の後部に乗り込むと、ゆっくりと発進させてこの場から静かに去っていく。
「シグナム、どうしてここに?」
 車を見送ったシグナムに声を掛けられ、彼女は施設へ振り返る。扉の前にリインフォース・アインストがいた。
「合同訓練があってこの近くに来ていた。既にそれも終わって退勤するところなのだが……現地解散でアシが無い。良ければ車に乗せてくれ」
「そういう事なら構わない。私も丁度仕事が終了したところだ」
 リインフォースが建物から離れ、シグナムの横に並ぶ。
「報告はいいのか?」
「細かい報告は陸士隊の彼らに任せたから大丈夫だ。私は現行犯を現地協力として捕らえただけだから」
「そうか」
 二人は建物に隣接する駐車場へと並んで歩く。
「何度見ても凄い車だな」
 シグナムは駐車場に停めてある車の中からある一台の車に視線を向けて呆れるようにして言った。
「主が選んでくれた物なので、私も詳しくは……」
 二人の目の前には、横にも縦にも広い高級車があった。駐車場を照らすライトの光を反射するボディは一目で高級な物であると分かり、中のシートも革張りだ。
 自然界に似ている形は存在しないのに、獰猛な獣を思わせるその高級車に二人は乗り込む。
 リインフォースがハンドルを握り、アクセルを踏むと車は走り出す。広くも狭くも無い駐車場を出、滑るように滑らかな動きで敷地の外から道路へと乗り出す。
「……もう三年か」
 助手席でシグナムが呟く。
「突然どうした?」
「いや、来る途中にお前が窃盗犯を捕まえるのが遠くからでも見えたのでな。三年前に帰ってきたと思えば、けったいな魔法を覚えて来たな、と」
「帰ってきた、か……」
 シグナムの言った言葉に、リインフォースは一度小さく微笑む。
 三年前に北部の第八臨海空港から始まった大災害。詳しい内情を知る者にはアルハザード事件と呼ばれるそれの後、夜天の書の失われた管制プログラムであるリインフォースが戻ってきた。
 二度と会える事は無いと思っていたし、敵に利用される体たらくであった彼女に対して烈火の騎士は帰ってきたという言葉を使った。その事に、やはり嬉しいものがあった。
「あの魔法は私の記録領域の残っていた術式データの断片を参考にアレンジしたものなのだ。覚えたとは少し語弊がある」
 自分の心境を余所にして、シグナムに言わせればけったいな魔法の説明をした。
「相対する者にとって性質の悪い魔法には変わりない」
 からかうように薄く笑った後、考え込むように黙り、少し経って再び口を開く。
「記憶領域の復元はやはり無理なのか?」
 リインフォースは過去の事はしっかりと覚えていた。しかし、アルハザード事件前後の記憶には大きな欠損があった。
「無理だ。僅かな断片、それも曖昧の記憶はあるが、パズルのように組み立て直せる程でもない。おそらく、私が融合していた人物の死亡と防衛プログラムの消滅と共に一緒に消えたのだろう。あの時は主管制が防衛プログラムだったからな。……すまない。私が何か覚えていれば、何か分かったかもしれないのに」
 アルハザード事件に深く関わったとされるリインフォースは当然多くの事を聞かれたが、有益な情報を思い出す事は出来なかった。
「気にする事ではない。もう終わった事だしな。だが、防衛プログラムの消滅でお前の体はどうなんだ?」
「心配してくれているのか?」
「当然だ。また消えられると、主はやてが悲しむ」
「そう、だな」
 闇の書の闇はプログラムが狂っていたとしても夜天の書、つまりリインフォースを構成する重要な防衛プログラムだ。リインフォースが存在している限り防衛プログラムは一度消滅しても再生されるが、その機能も含めて完全に消してしまえばリインフォースの根幹に重大な欠損を抱えてしまい同様に消滅、良くて数ヶ月存在できる程度だろう。
 リインフォースが記憶の欠損以外に何も無く、三年もの間生きていられたのは奇跡と言ってもいいのかもしれなかった。
「定期検診は受けている。今の所何の異常も無く、逆に安定しているそうだ」
「そうか。診ているのは確か、マリエルだったな。初めてお前を診せた時、ひどい困惑ぶりだったな」
 リインフォースの容態を確認する為、知り合いの技術者であるマリエルに一度はやて達は診せたのだが、結局どうしてリインフォースが防衛プログラムとそれに関する再生能力を失って尚安定した状態で存在できるのか分からなかったのだ。
「彼女には悪い事をした。あれからも気にかけてもらって申し訳なく思う」
「ほう、仲良くなっているようだな」
「してもらっている、と言った方が正しい。私は色々と微妙な立場だからな。職場の者も、私を気遣ってくれている」
「局全体で話題になっていたからな。どの部署にお前が入るのか。私のいる航空隊でも一時期その話で盛り上がっていた。お前の本来の役割や実力を考えると、無限書庫か武装隊だからな」
 元々、魔法技術の収集を目的としたストレージデバイスである夜天の書は過去に蓄えた知識やそれを活用する為の処理能力の高さから無限書庫のような場所で活躍できる。武装隊にも、その戦闘能力の高さと先ほど窃盗犯を捕まえた魔法からして十分に入れる実力を持つ。
 だが、夜天の書の危険性を上げた一部の管理局員によってリインフォースを果たして管理局に入局させていいものかが問われた。逆に、管理局の目の届くところに置いておくべきだという発言もあった。
 それほど、過去に起きた闇の書による事件は管理局にとってトラウマに近いものになっていたのだ。
 しかして、リインフォースの力はどの部署、部隊にも欲しい人材に変わりない。様々な議論の末落ち着いたのが――
「古代遺物管理部、しかも元は民間団体であったベルカ古代遺産協会とはな。まさかあちらも話題騒然となった噂の人物が入ってくると思っていなかっただろう」
 名前だけ見るならさも由緒正しい所に聞こえはするが、その規模で言えば管理局の中でも小さい部類だ。
 名前通りに古代ベルカの遺産について研究する研究機関であるが、記録などの情報なら無限書庫がある上、ミッドチルダにはベルカ諸王時代の王を信仰する聖王教会や各大学機関もある。
 故に規模も小さく、一般認知度も低い日陰の部署であった。
「恐縮してくる向こうを見ると、悪い気になってくる」
 少し困ったように眉を下げる。
「だが、嫌な所ではないのだろう?」
「ああ。大昔の美術品を復元する作業、あまり実体具現化した事の無い私にとって新鮮だった。物に触れるという事が、こんなにも難しいとは。情報だけ得ていた当時は考えもしなかった」
「やりがいのある仕事なわけだな。私も、お前がまさかそこまで熱中するとは思わなかった」
「熱中……? そうか、これがそういうものなのだな」
 ハンドルを握りながら、リインフォースは確認するように呟いた。



 玉座の間。そこは聖王のゆりかごの起動キーを認証させる場所。動力炉が心臓ならそこは脳であり、唯一動かす事のできる聖王が座る場所だ。
 スカリエッティも玉座の間を重視して真っ先に修理し、使用していないにも関わらず定期的に点検と清掃を行っている。
 そんな重要な部屋に今、三人の男女がいる。
 男が面倒そうに壁に寄りかかり、よく似た輪郭を持つ茶髪の少女が部屋の中央でいくつかのモニター開いて立っている。
 ウェンディが見たという幽霊の目撃事件を解決する為に、スカリエッティの案で調査する事になった。現在、ナンバーズ達はウーノが妙なエネルギー反応のあった場所をまとめたリストを元に、グループになって現地へ直接確認しているのだ。
 玉座の間の調査にはオットーとディード、トゥーレが担当していた。本来ならそこの点検をしていたノーヴェとウェンディも来るべきなのだが、ウェンディが完全にビビり、ノーヴェがそのあおりで盾代わりにされているので、二人が入れ替わった。
「……何かある」
 部屋内をスキャンしていたオットーが呟くと、ある部屋の一点を見つめる。
 壁に寄りかかっていたトゥーレがディードが動くよりも早くそこへ移動する。
「…………」
 壁の前に足を曲げて座るトゥーレ。そして、何かを拾うような動作をして、座り込んだままそれを眺める。
「トゥーレ、何ですかそれは?」
 後ろからディードが後ろからトゥーレの肩に顎を乗せて、手に持っている物を覗き込む。
 トゥーレの手には、中央に赤いレンズが付いた円形の機械があった。
「お前くっつき過ぎ」
 手の平程の大きさのそれをトゥーレは持ったまま立ち上がり、同時に肩に乗っていたディードの頭をどかす。
 そして、空中に通信の為のモニターを表示させる。
『どうしましたか、トゥーレ』
 モニターの中にセッテの顔が映った。その後ろにはトーレとセインがいる。彼女達はトゥーレとは別の場所を調査しているのだ。
「玉座の間でこんな物を見つけた」
 言って、先ほど拾った円形の機械を見せる。
『…………』
 それを見て、セッテが背後を振り返りながら一歩後退する。後ろにいる二人にトゥーレが持つ機械を見せやすくする為だ。
『あっ、それって……』
 映像越しに機械を見たセインが声を上げた。
「ああ、小型の立体映写機付きの地雷だな。映像で誘き寄せて、爆発する……お前のトラップ兵器の一つだ」
 言って、トゥーレが地雷の映写機能を使用する。赤いレンズから人の立体映像が中空に浮かび上がる。
 次々と映像を切り替えていく。中に記録された映像データは多く、管理局の制服を着た人物から一般人まで幅広く網羅している。当然、金髪の少女のデータも中に入っていた。
『…………愚妹?』
 モニターの向こうでトーレがセインの頭を鷲掴みした。
『あー……あはは、何でそんなとこに私の地雷があるんだろ――いだだだだだッ! わ、割れる! 頭蓋が割れる!!』
「………………」
 頭をアイアンクローされるセインの悲鳴を最後まで聞かず、トゥーレは接続を切った。
「まあ、なんだ。つまりそういう事だ」
「あらあら。セイン姉様にも困ったものですね」
「今までの騒ぎは一体……」
「俺に聞くなよ」
 アジト内を騒がせた幽霊騒ぎ。ウーノが報告したエネルギー反応はやはり回線の不備やエネルギー漏れで、唯一の目撃談はウェンディのそれだけであり、原因はセインが落としたトラップだった。
 結論――幽霊などいなかった。

「うぅ……脳細胞がかなり死んだ気がする」
 数時間後、照明が落とされた真っ暗な玉座の間でセインが一人モップ掛けをしていた。
 今回の騒ぎの元凶となった罰として彼女は一人で広い玉座の間の掃除を姉から言い渡されたのだ。
「あんなに怒んなくたっていいじゃんかぁ、もう……」
 愚痴を溢しながら暗い部屋で懸命に掃除をし続ける。灯りは無くとも、戦闘機人の視覚機能ならばその程度の暗闇も意に介さない。
「何であんなとこにあったんだろ? それに、訓練終わった後にちゃんと数確認した筈なんだけどなあ……?」
 首を傾げ、最後に地雷を使った時の事を思い出しながら水の入ったバケツを持つ。
「う~~ん、ほんと心当たりが無い」
 理不尽さを抱き、自然と猫背になって歩き出す。
 その時、気配を感じる。
「――――クスクス」
 同時に聞こえた小さな笑い声。
「むっ。わざわざ笑いに来たの?」
 仕返しに笑いに来たウェンディか、それともクアットロがからかいに来たのか。
 ナンバーズの誰かかと思い、セインは振り返る。
「――――へ?」
 宙に、ボンヤリとした人型の光が浮いていた。それぞれ赤、青、紫、そして虹の光を放つそれはセインの目の前で揺れ、消える。
「………………」
 硬直したセインの手からモップとバケツが乾いた音を立てて落ちる。バケツからは水が毀れて床を濡らす。
 出来た水溜りが靴を濡らす頃になって、固まっていたセインが動き出す。
「で、出たァーーーーッ!!」





 ~後書き&補足~

 Dies iraeと神咒神威神楽がコンシューマ化するそうですね。
 ………………はぁっ!? マジで? どこから? ハードは? 追加ルートや要素はあるの!?
 とかなんとか日曜の朝に一人盛り上がっていました。最初釣りか何かだと思いましたが、本当らしいですね。詳細はまだ不明ですけど。
 表現規制とか、本当にどうするのかという心配や、最新ハード持ってねえよ、など個人的な不安はありますが目出度い事です。


 今回は時期の遅い幽霊ネタ。解説ですが、初代リインフォースは『リインフォース・アインスト』という名にして、周囲からはリインフォースとかアインスト、二代目はリインと呼ばせようかと思ってます。
 アインストは完全に自立した融合騎という状態で、単体での魔法行使だけでなく、ユニゾンも可能。
 彼女の使っていた魔法はトゥーレとユニゾンした際に残っていた創造の残滓、術式の記録データを元にしています。本人にはどんいったものだったのか分かりませんが。
 そして、彼女の社会的立場は……うん、捏造設定で原作に無い団体を作りました。古代ベルカを中心に考古学を研究している団体です。危険なロストロギアを調べる所では無く、歴史的価値や本来の意味での考古学的な発見・調査をする所です。元ネタはアーネンエルベ。一応言うと、まともで変な研究とかしてませんよ。



[21709] 五十話 始まりの始まり
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/11/26 20:39

 湾岸沿いの陸に多くの人が動き回っていた。
 人々の中心には大きな建物がある。周りに事故防止の青いシートやネットが設置され、即席の壁や足場が組まれている。
 シートによって隠れた建物の内部からはドリルや金属が削れる音が聞こえ、重なったシートの隙間から時折火花の光が漏れる。足場や建物の周囲では、安全ヘルメットと作業着をつけて人々が忙しそうにそれぞれの仕事を行っていた。その中にはヘルメットを被った時空管理局の制服を着た者も混じっている。
 そんな彼らの様子を少し離れた高台から見下ろす少女がいた。コートを肩に羽織り、金属製の杖を片手でついている。
 雲一つ無い空からの日射から杖を持っていない手で防いで影を作り、工事が行われている場所を見下ろしながら少女は薄く笑った。
「これが私の城かぁ」
「はやてちゃん、そんな悪者みたいな笑みを浮かべて……」
「実はかなりテンション上がってしょうがないんよ」
 後ろから声をかけられたはやてが振り向くと、白衣を着たシャマルと狼の姿をしたザフィーラがいた。
「工事は順調みたいね」
「うん。さっき隊舎の改装後予定図見せてもらったけど、凄かった。何がどう凄いんか分からんけど、とにかく新しいだけあって色々詰め込む予定やしね」
「えっと、技術部の方から機材が提供されてるのよね?」
「うん。まあ、提供って言うか、試験部隊なのを良い事に実験体にさせられると言うか。特殊な部隊だから報告書とかただでさえ多くなるのに、設備の稼働データとか使い心地とか報告しろって、もうね、書類の山に埋もれる自分の姿が今からでも簡単に想像できるんが嫌やわぁ」
 先程とはうって変わって、はやては光の無い目で何もない遠くの空を眺めた。
「で、でも、最新の設備を使えるのは嬉しくない?」
 慌ててフォローするシャマル。その甲斐あってか目に光を取り戻したはやては空から湾岸へと視線を向けた。
「そうやね」
 彼女の視線の先には、巨大な六角形のフロートパネルが組み合わさって海に浮いていた。
「様々な周辺環境を設定してその通りに再現できる演習場。ゲームで言うステージ選択や設定が自由に出来るって事やね。こんなん持っとるのはうちぐらいで、部隊どころかどの組織もまだ持っとらん。前線に出る人数抜きにしても贅沢品やわ」
 彼女達が見ている中、海に浮かぶ演習場が姿を変える。何の障害物の無い平坦なフィールドから自然豊かな森へ、更にビルが建ち並ぶ市街地へと姿を次々と変えていく。
 ただ、まだ調整を終えていないのか所々がノイズ化していたり別のフィールドと混ざっていたりする。
「そういえば医務室の方にも最新の医療器材が来るんよね?」
「ええ。だからって怪我しないようにね。皆、無茶ばっかりするんだから」
「ご、ご迷惑掛けてます」
 怪我を負っての入院生活では、はやてだけで無くなのはやフェイトまでシャマルにしっかりと説教を受けた為に、三人はその手の話題が出ると彼女に頭が上がらなくなるのだった。
 気を取り直して再び視線を眼下の工事現場へと向ける。
 作業着を着た者達に混ざっている局員達は大体が技師関係の者達だが、中には新部隊でのはやての副官となるグリフィス・ロウランがおり、直接自分の目で改装工事の様子を見ていた。
 建物自体は前からあった施設を改装して使われるので、工事もそれほど掛からないだろう。
「嬉しそうね、はやてちゃん」
「あっ、やっぱり顔に出てる? しっかりせなあかんのに……。こう、もうちょっとキリッ、てな感じで頑張らな」
 緩んでいる頬を無理に抑えようとするが、微妙にひきつってしまう。
「う~ん、上手くいかんなあ」
 表情を変えようと四苦八苦する彼女を見てシャマルが小さく笑う。
「ふふっ、ようやく夢が叶ったものね。興奮する気持ちも分からなくないわ、八神隊長」
 煽てるように敬称を付けて言う。
「あははっ」
 それに釣られてつい破顔してしまう。そして本人が言う真面目な顔にする努力を諦める。
「でも、まだまだや。期間限定の試験部隊やし、色んな理由が重なってたまたま私に隊長の地位が回って来ただけや。ようやく夢を叶える為の第一歩を踏んだってとこやな」
 春に活動が開始される新設部隊の機動六課。それがはやてにとって、彼女達にとって新たな始まりの一歩である事は間違いなかった。
「ここから、始まる」
 建設中の隊舎の上、遠くの景色の向こうには天に届く程の巨大な塔のような建物、地上本部の姿をうっすらとだが視認できた。
「はやてちゃん。今の表情はキリッとしてたわよ」
「えっ、ほんま!?」
 シャマルに振り向いた途端、はやての顔は先程の雰囲気が嘘のように緩んでいた。



 リインフォース・アインストは椅子に腰掛けてじっと中空を見上げている。目は開いているが、瞑想でもしているかのように清廉とした空気が漂っている。
 リインフォースが視線を向ける宙、そこには壷らしき物が五つ浮いている。細かい破片が飛び交い、破損面や色、材質から判断して一つの形になろうとしていた。
 それが五つ。どれもが発掘調査で見つかった調度品だ。破損して粉々になってはいるが、修復できる限度は超えていない。
 リインフォースは破片を全て使いきって、五つの壷を完成させる。当然、風化や細かな破損で継ぎ接ぎだらけの穴だらけではあるが、形としてはしっかりと壷の形をしていた。後はこれに修復作業を行えば完全に元の姿を取り戻すだろう。
 本来なら数日かけて行う作業を、彼女は一人で、複数同時に数時間で達成してしまった。
 リインフォースのいる部屋はいくつかの資料が収納された本棚があり、今彼女が座っている木製の台とは違う大きな作業台が他に三つ設置してある。壁側には本棚以外にも収納棚や道具入れ、解析装置などが置かれていた。
 それだけならただの作業場だが、室内にはとても奇異な現象が起きていた。道具や機材、果てに遺跡物が勝手に動いているのだ。
 リインフォースの目の前で仮組みされた壷のように、独りでに動いては修復していく。見えない手がいくつもあって、それが手際の良く動いているようだった。
 接着剤やパテが五つの壷の修復を始めようとした時、部屋の外からノックされる音が聞こえた。
「どうぞ」
 椅子を回して背後のドアへ振り向きながら言った。
「主任、お客さんが来ましたよ」
 返事を受けて入って来たのはベルカ古代遺産協会に所属する女性だ。そして、続いて入って来たのがリインフォース・ツヴァイ――リインであった。
「こんにちわですよー、アインスト」
 彼女は、色々便利だと言って勤務時には人形のような小さな姿を取っているが、今は隊員服を来ているのに十歳程の体格をしていた。
 リインが途中で宙に浮かぶ道具や木箱を避けながら部屋を横断し、リインフォースの傍までやってくる。
「ああ。――ちょっと待ってくれ」
 リインフォースはドアに振り返り、リインを案内した職員が立ち去ろうとしていたところを呼び止めた。
「雪原豹の方、終わったので後で人を寄越して運ばせてくれ」
「え?」
 職員はリインフォースの言葉に、部屋の作業台の一つを振り返る。
 机の上には土の入った大きな箱がある。箱の中には土だけでなく、中央に動物の化石らしき物が寝そべるような形で存在していた。
「もう終わったんですか!? 一週間も経ってないですよ?」
「急ぎだったのだろ?」
「え、ええ、そうですけど……」
 シュトゥラ地方の地層から見つかった化石。それを周囲の地面ごと持ってきて発掘した物がそれだった。
 発掘と言っても、化石という希少な物を掘り起こす作業は傷を付けない為に慎重且つ丁寧に行わなければならない。なので根気のいる作業であり、本来長い時間をかけて行うものだ。
「わ、わかりました。後で運ばせますんで……」
 職員はそう言って、信じられないと言った顔をしたまま部屋から出ていった。
「それで今日は――どうした?」
 自分の妹と言えるリインに振り向くと、彼女は物珍しそうに室内を見ていた。
「そんなに作業場が珍しいか?」
「それもあるんですけど、いつ見ても凄い魔法だなと思ったです」
「まあ、そうかもな」
 部屋中の物が独りでに動いている現象は、リインフォースの魔法であった。
 自分を中心に極小の魔力をばらまき魔力素と結合させ、周囲の空間の魔力を支配下に置く魔法だ。支配下に置いた魔力は微量ながら数が多く、自由自在に動かす事が出来る。
 室内の骨董品や道具が動いているのも室内に満ちたリインフォースの魔力が集まって動かしており、無数の透明な手を持っていると言っていい。
 この広域支配魔法は遠くから物体を動かすだけで無く、相手の体を拘束し自由に操ったり、魔力の収束や魔力素取り込みの妨害まで行える。前にもこの魔法によって犯罪者の身柄を捕らえた事があった。
「私にもできますか?」
「それは少し難しいかもな」
 その魔法はリインフォースに記録領域に僅かに残った術式の断片を何とか解析したものでもある。術式の断片をそのまま使い、広域に影響を及ぼすその仕組みを自己流に再現したものに過ぎない。そしてそれを処理する能力もまた求められる。
 つまり、その術式のデータを持たず、十全以上の能力を発揮できる体に生まれ変わっていたリインフォース・アインストでなければこの魔法を使うのは難しかった。
「そうですか。それは残念です」
 リインは本当に残念そうにする。
「それより、何か用があって来たのでは無いのか?」
「あっ、はい、そうでした。本局から書類ですよ」
 沈みかかった顔を上げ、リインは手に持っていた封筒を差し出す。
 人の体格を取った姿は封筒を運ぶ為だったのだろう。
「わざわざお前が持ってこなくても良かっただろうに」
「一応重要書類なので、直接持っていくよう言われましたー」
「そうなのか。それにしても、紙媒体とは」
 リインフォースは封筒を受け取る。魔導技術のあるミッドチルダにおいて紙媒体は珍しいようでいて意外と多い。しかし、膨大な量の情報のやり取りや迅速性が要求される管理局では逆に紙媒体ではない端末での通信が多かった。
「……厳重だな」
 封筒の口には封がしてある。ご丁寧にも魔法による封印で、特定の人物で無ければ開けられないようになっている。無理矢理開けようとすれば、封筒ごと書類が燃えるようトラップまで仕掛けられていた。
「ここまでするなら、いっそ機密回線の方が楽だろうに。よほど私を警戒しているのか、単なる嫌がらせか……」
「いえ、局内で誰もここの、ベルカ古代遺産協会のアドレスを知らなかっただけでした」
「…………」
「他部署への出向手続きもあって、個人に送る訳にもいかないので私が直接持ってきたです」
「……そうか」
 今度、古代遺産協会のアドレスを登録するよう依頼しようと決めながらリインフォースは封筒の封印を解除し、中に入っていた紙を取り出す。
 それには、春から出向扱いで配属される機動六課の資料と配属するにあたっての手続きを行う為の書類などが入っていた。そして、今まで階級を持っていなかったリインフォースに与えられる権限の詳細もある。
「うわぁ、いきなり三尉だなんてアインスト凄いです!」
 横からのぞき込んでいたリインが声を上げた。
「三尉相当、なだけで正式な階級ではないよ。それに通常時には禄な権限も無いからな」
 古代遺失物の専門家として出向する彼女は機動六課の任務上機密や秘匿級のロストロギアに触れる機会が多くなる。調査などを円滑に行う為にもある程度の階級が必要なのだ。
「……リイン」
 一通り書類の中身を確認した後、リインフォースは隣に立つリインに振り返る。
「どうしたですか?」
「私はこうして三尉相当の権利を得たが、現場指揮権も無ければ前線に立つ事はできないだろう。戦いには参加せず、おそらくはずっと待機だ。主が前線に出ていようとな」
 赤い瞳が真剣な様子を帯びてリインを見つめる。
 権限があるとは言え、立場上は専門家としての出向だ。そんな人物が前線に出ては矛盾が生じ、他の部隊やあまり機動六課を快く思っていない人間からそこを突かれかねない。
「だから、そんな事態が起きたら主はやての事を頼んだぞ」
「――はい。リインにお任せですよ!」
 リインの元気な返事に、リインフォースは柔らかく笑みを浮かべるのだった。



「フェイトさん、こっちです!」
 時折生じる突風に髪を押さえつけながら歩いていたフェイトは、自分と同じように髪を押さえているシャリオ・フィニーノの姿を見つけた。
「シャーリー、これはどういう事かな?」
「どうもこうも、見たまんまですよー。ひゃあっ!?」
 少し離れた場所に落ちた砲弾の音と地面から伝わって来た振動に小さな悲鳴を上げる。
 二人が今いるのはとある管理外世界だ。
 執務官であるフェイトは違法研究に手を染める研究機関の捜査を行っていた。言い逃れの出来ない決定的な証拠と機関の居場所を掴んだのは先日の事だ。
 管理外世界、しかも大きな研究施設という点から本局の武装隊に応援を頼んで制圧してもらう手筈になっていた。
 フェイトは他の仕事の関係でスケジュールが圧していた事や、制圧する際は自分は後ろに引っ込んで相手組織の責任者に口頭での形式的な手続きを行う役であったので、作戦開始時刻から遅れて到着した。それが、いきなり火薬の熱と臭いを感じる羽目になった。
 巨大な運河のある山の中、砲を乗せた四本足の機械兵器が隊列を組み、武装隊のいる森の中に向けて鉄の塊を撃ち込んでいる。そして森の中で陣を張った武装隊は機械兵器に対して魔法で応戦している。
「まるで戦争ですよーっ!」
 フェイトの代わりとして、先に武装隊と共に管理外世界に来ていたシャリオが大声を上げる。それでも砲撃の音で普通の音量として聞こえた。
「あの研究機関、私達が周りを囲んでるって気付いた途端に自棄を起こして持っていた質量兵器で攻撃してきたんです!」
「武器を持っている可能性はあったけど、まさかこんな戦力を持っていたなんて全然掴めなかった……」
 自分の調査の手落ちだと思い、悔やむ。
「多分、まだ売り込む前の試作品なんだと思います。フレーム剥き出しのとか、勝手に停止した物もありますから!」
 フォローのつもりか、早口かつ大声でシャリオがまくし立てる。もしかすると、周囲の状況から興奮しているだけなのかもしれない。
「でも、数も多いし、何よりAMFがあるんですよ! こっちにはまだ被害出てないけど、長期戦になると危ないです!」
「AMFが?」
 フェイトが視線を機械兵器の集団に向ける。
 武装隊の魔導師が放った射撃魔法が四脚の機械兵器に当たる直前に大きく魔力を減衰させた。そのおかげで僅かな威力しか発揮出来なかった。
 その機械兵器を見て、違うとフェイトは思った。自分達が探している相手、その人物が所有するであろうガジェットドローンと管理局が呼称する機械兵器と同じ機能を持ってはいるが、その効果に大きな差があった。
 魔法を放った魔導師には悪いが、数年前に現れたガジェットドローンならあの程度の魔法を減衰ではなく完全に無効化させるだろう。
 フェイトの知るそれとは大きく劣化した物だ。それでも、対AMF訓練を受けていない武装隊にとっては驚異に変わりない。
 春からの新部隊に入る新人達――と言うには全員と知り合いだが――には対AMF訓練をしっかりとやろうと改めて決める。
「あっ、シャーリー、少しこっちに来て」
「はい?」
 フェイトが目の前にいたシャリオの腕を素早く掴んで引き寄せる。同時に空いている手でバリア魔法を張る。
 直後、二人へと砲弾が落ちて爆発が生じた。
「きゃああっ!?」
「大丈夫。ちゃんと防いだから」
 爆風によって土柱が出来て埃が舞う。しかし、爆発による衝撃はバリアに防がれて二人の周りの地面を抉っただけで、熱も埃も後ろへと流れた。
「まずは目の前の仕事を片づけないと」
 考え事を止め、機械兵器の動きを観察する。
「シャーリー、もしかすると、あれってAIじゃなくて遠隔操作?」
 機械兵器の挙動を見、確認するようにシャリオに訊ねる。機械類などに関して彼女は非常に優秀だ。
「はい。多分ですけど、施設内の管制室から命令を送ってるんだと思います」
「なら、内部を制圧すれば少なくとも機械兵器を止められるんだね。施設内部の見取り図は事前調査で持ってる筈だよね?」
「はい。既に武装隊の皆さんにも配ってあります」
「武装隊隊長は?」
「えっと、向こうに……あっ、ちょうどこっちに来ますね。って、何するつもりですか、フェイトさん?」
 フェイトが武装隊の隊長と言葉を交わす。フェイトの言葉を聞くにつれ、思った以上の戦闘行為に苦い顔をしていた隊長の顔が驚きに変わり、続いて呆れたように肩を竦めて見せた。
 二人の会話が終了し、武装隊隊長は踵を返して戻りながら部下の隊員に指示を送り始める。
「あの、フェイトさん。本気ですか?」
 二人の会話を横で聞いていたシャリオが心配そうに声をかける。
「スピードと突破力、それにAMFに対抗できる武装を持っているのはここじゃ私だけだから。犠牲が出る前に終わらせる」
 言った瞬間、フェイトは執務官用の黒い制服から同じく黒のバリアジャケットを身に纏う。
「少し離れてて。危ないから」
 マントのようなコートをハタメかせ、体を横向きにして右手に持つバルディッシュを後ろに、左手を前に向ける。
 斧の形状をしたデバイスの基部にある丸いクリスタルが点滅すると、足下に金色に輝くミッドチルダ式魔法陣が現れた。
 前の伸ばした左腕に、同じ魔力光を放つ環状魔法陣が六つ現れ、六つの魔法陣はフェイトの腕に沿って前へと進み、手先へと移動して等間隔に並ぶ。それはまるで砲のようだった。
 掌の先に魔力が集まり、一つの魔力スフィアが形成される。
「まずは、道を作る!」
 六つの環状魔法陣が回転して輝き、魔力スフィアが発射される。
 同時に、複数の機械兵器が体に風穴を空けて吹っ飛んだ。
 たまたま見ていた武装隊隊員が目を見開いて動きを止めた。
 二つ目の魔力スフィアが作られ、再び発射。環状魔法陣の中に入った瞬間、スフィアが姿を消し、同時に機械兵器が破壊される。
 三つ目、四つ目と次々にスフィアを作り出して連射すれば、倍の数の機械兵器がほぼ同時に破壊されていく。
「……よし」
 スフィアを作成を止め、横にしていた体を前に向けなおして両手でバルディッシュを握り直す。
「バルディッシュ、ライオットブレードⅡ」
 デバイスのパーツが核となるクリスタルを残して全て消え、代わりに外内部含めた新たなパーツが出現。自動で組み立てられていく。
 一瞬にして変貌を遂げたバルディッシュは斧では無く剣の柄の形をしていた。
 フェイトが新たな姿のデバイスを横に振ると、柄の先から魔力刃が形成されていく。今までの魔力刃と違って光量が少ないが、まるで実体剣のような重厚さがあった。
 それは最新技術によって作られた試作型第五世代デバイスの機能によって形成される完全閉鎖型魔力刃だ。AMFの影響を受けず、密度を上げる事で切断力が増している。
 第五世代デバイスの完成度はまだ実験稼働段階で問題点が多いものの、AMF下でも有効に魔法が使用できる唯一のデバイスだ。
 片刃の大剣を構え、フェイトが正面を見据える。
 武装隊の陣から研究施設まで三百メートルほどの距離があり、その間には機械兵器が並んでいた筈なのだが、今ではフェイトから施設の入り口まで鉄の残骸で出来た道が出来ていた。
 機械兵器達が急いでその穴を埋めようと動き出す。
 未だ健在でフェイトの前に変わらず並んでいる環状魔法陣がその輪の幅を大きく広げた。人一人が通れる程の大きさにまでなると、回転を早め、金色の輝きまでも増す。
「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、行きます!」
 フェイトが駆け出す為に一歩足を前に踏み出す。次の瞬間、彼女の姿消えた。
 魔力光の残滓だけがそこに残り、金色の残像が道を塞ごうとしていた機械兵器の横を素通り。そして、研究施設の出入り口が爆発した。
 過程など見えず、結果だけをその場にいた全員に見る事が出来た。
 ――十分後、機械兵器群が一斉に機能を停止させ、研究施設に隠れていた犯罪者達は逮捕された。



 聖王教会裏に雑木林に囲まれた広場がある。
 そこは教会騎士に多いベルカ系統の使い手達が魔法とは別に武術の鍛錬を行う場所である。ベルカ式魔法を使う者は近接戦闘が主体となるので自然とアームドデバイスを使用する。デバイスそのものが武器の為に、当然使い手自身の技量が非常に重要になってくるからだ。
 しかし、普段なら教会騎士達が鍛錬している時間なのだが、今はたった二人の人間しか使用していなかった。
 休日の為に教会騎士達は訓練を休んでいるのだ。よって、それぞれ武器を構えて打ち合っている二人は教会騎士では無い。
 一人は長身の女で、管理局の制服の上着を脱ぎ、シャツの袖を捲った格好をしている。もう一人はまだ十前後と思われる少年でジャージを着ていた。
 女は竹刀を、少年は穂先がゴム製の長い棒を扱って打ち合いを行っている。
 自分よりも遙かに背の高い女に向けて少年は果敢に攻めていく。突きは鋭く、薙ぎ払いは力強い。年齢を考えると信じられない錬度である。しかし、女は片手だけで竹刀を持ってそれを簡単にいなしていく。彼女の足下の地面には多くの靴跡があったが、円を描いているだけで一定の距離以上動いて無いことが窺えた。
 少年が、女の足を狙って槍を大きく横に振るう。身長差を逆に利用した、下への攻撃だ。
 だがそれもまた、女の竹刀による薙払いで弾かれる。
 弾かれて外側へと動く槍。その勢いを利用し、少年は体を回転させる。槍を離してだ。そして、一回転して正面に向き直ると同時に弾かれた事による衝撃を受け流し、崩れかけた体勢を修正、槍を素早く掴み直すと、石突の部分で今度は女の上半身に突きを放った。
「……ふむ」
 女は感心したように呟くと、体の向きを横にして背筋を後ろに反らす。
「あ――」
 突きが空振ったと少年が知った直後、頭に竹刀が打ち下ろされた。
 小気味の良い音がして、少年は地面に尻餅を付いた。
「あいたた。また一本も取れなかった……」
「いや、今のはなかなか良かったぞ」
 そう言って、竹刀を持った女、シグナムは地面に座るエリオに手を差し出した。
「ありがとうございます」
 エリオは手を取って立ち上がる。
「そろそろ休憩にしよう。ちょうど昼食の時間だ」
「はい!」
 元気の良い返事を聞き、シグナムを軽く微笑むと広場の端に移動して、木の傍にあったシートの上に座った。木の傍には二人の荷物が置いてあり、市販の弁当が積み重なっていた。
 訓練による汗を拭き、二人はシートの上で食事を開始する。
「もうすぐだな。お前の入隊」
 シグナムの簡潔な言葉にエリオは箸を動かす手を止めて頷く。
「はい。新設部隊で、フェイトさん達もいるんですよね?」
 春から始動する機動六課。そこにエリオは初配属として勤務する事が決まっている。その時に研修生の身から正式な三等陸士になると言え、経験浅く年齢も最年少な子供を新設部隊に入れるのには理由があった。
 期間限定の試験部隊とは言え、新人をちゃんと育てるのは各部隊の常識、当然の責任であるからだ。それに、なるべくなら戦闘機人事件関係者やアルハザードの研究に関わる者はなるべく傍に置きたいという思惑があった。
「私からしてみたら顔馴染みだらけだが、お前にとって初めて会う者も多いだろう。まあ、心配する事はない。お前と同い年の少女が、フェイトが保護者になっている子供がいる」
「フェイトさんから聞いてます。会ったことは無いですけど、今から楽しみです。それに、ようやく僕も局員になれるんですよね」
「気持ちが逸るのは分かるが、今から気合いを入れても先の話だ。その頃にはバテてしまうぞ」
「あっ、はい、すいません」
「――いや、一度バテた方がガス抜きにはなるのか?」
「え?」
「緊張して眠れない時は全力で体を動かしていれば勝手に眠って、気がつけば朝になっているそうだ」
「それ完全に体力尽きちゃってますよ。ガス抜きどころか意識飛んじゃってますよね、それ」
「だが、泥のように眠れると思うぞ」
「泥のように眠っちゃったら遅刻してしまうかも……」
「それは盲点だったな」
「盲点も何も、そういう発想が何て言うか……。誰が言ってたんですか?」
「クイントだ」
「…………」
「ああ、そういえば」
 何も言えなくなったエリオの横でシグナムが自分の分身とも言えるデバイス、レヴァンティンを取り出す。待機状態であるデフォルメされた剣の首飾りは、一見アクセサリーと変わらない。
「クイントからまたデータを貰った。視るか?」
「新しいののですか? 視たいです」
「そうか」
 二人の目の前に一つのモニターが現れ、映像データを再生する。それは、何の障害物の無い広野のような場所で行われた模擬戦の様子だった。
 茶色のコートのようなバリアジャケットを身につけた大柄な男と四人一組のチームを作った陸士達が対峙している。そして始まる、一対四の戦い。
 シグナムとエリオの二人はその映像を真剣に見つめる。
 モニターの中では、コートを着た男が槍一つで人数の不利を覆していた。使う魔法は身体強化と魔力付与、そして防御系くらいなもの。派手な魔法は無く、槍捌きを持って相手を圧倒している。
 隙も無ければ油断やミスも無い。攻撃は非常に的確で、先の先を読んで遠距離からの射撃魔法もものともしない。
 それは長い間積み上げてきた技術と多くの修羅場を潜り抜けた経験によって裏付けされた実力だった。
 男が僅かな時間で四人を倒すと、映像が切り替わって今度は空を飛行しながら仮想目標の的を次々と破壊していく。
「凄いですね」
「ああ。質実剛健と言うのはこの男の事を言うのだろうな」
 二人が観ているのは、古代ベルカ式の使い手である局員の訓練映像だ。
 管理局が保管している教材用データとは趣が違い、観ている者に戦い方や対処法を教える意図は無く、解説のナレーションも無いので視聴者はこの映像から何かを得ようとすれば自ら子細に観察し、一から考えねばならない。
 クイントが個人で所有しているもので、同じ槍のアームズデバイスを使うエリオの為にコピーした物であった。
 もっとも、エリオだけで無くシグナムも真剣になっているのだが。
「一度でいいから戦ってみたかったな」
 仲間内では決闘マニアなどと言われて呆れられているシグナムが、視線をモニターから離さず呟く。
 言葉の端に、戦うことは出来ないと言っているような気がし、エリオは首を傾げてシグナムを見上げる。
 それに気づいた彼女は一度視線を下ろし、再びモニターに戻してから説明する。
「私も詳しい事は知らないが、彼は既に亡くなっている。殉職、らしい」
「そうだったんですか……」
 エリオはモニターの向き直る。稽古はシグナムやシャッハから付けて貰っているが、槍についての師匠は今流れている映像の男だと言って良かった。出来れば直接会ってみたいという気持ちもあったが、まさかもう既に亡くなっているとはエリオも思っていなかった。
 映像は、既に場面が切り替わって今度はチーム戦を行おうとしているのか、槍使いの男以外にも陸士達が集まっていた。声はあまり聞こえて来ないが、作戦を立てているようだ。
 そして、相手チームだろうか。彼らから少し離れた場所で別の集団が集まっている。その中に、当時まだ捜査官だったクイントの姿もあった。
「せっかく貰ったのだ。大事にしないとな」
「はい」
 エリオがしっかりと頷いたその時、広場に隣接する礼拝堂の方が何やら騒がしくなった。
 二人が音に反応して振り向くと、礼拝堂に続く渡り廊下に長髪の男と黒髪の男が現れた。
 彼らは礼拝堂の方から逃げるようにして早足で出口向かって歩く。途中、長髪の男が広場にいるシグナムに気づいて手を上げる。
「やあ、シグナム!」
「ああ」
 簡単に挨拶を済ませ、二人組の男が渡り廊下から姿を消した。
「あの、今の人達は?」
「査察官殿とフリーターだ」
「はい?」
 よく分からない組み合わせだった。
 続いて、礼拝堂から力強い足音が聞こえてきて、修道女であり教会騎士でもあるシャッハが渡り廊下に現れる。
 彼女は両手にはトンファーのような双剣のデバイスを持っていた。
「シグナム、ヴェロッサ達を見ませんでしたか?」
「一体何事だ?」
「あの二人、礼拝堂でお酒を飲もうとしていたんですよ!」
「そうか。あの二人なら廊下を渡ってどこかに逃げていったぞ」
「そうですか。ありがとうございます」
 礼を言い、シャッハは高速移動で廊下の奥へと走っていった。
「…………」
「あっ、クイントが吹っ飛んだ」
 エリオが呆然としている時、モニターの中ではチーム戦を行っていたクイントが、敵チームの紫色の髪を持つ女が撃った射撃魔法で吹っ飛んでいた。



 樹海、とも言っても過言でない森があった。無秩序に生え並ぶ木々の高さはどれもビルのような大きさで、四方へ広がる枝に生えた多くの葉が空からの光を遮る。地面に生い茂る植物も背が高く茂っている。
「ハッ、ハッ、ハッ――」
 大人ほどの高さのある茂みの中から人の荒い息遣いが聞こえてきた。
 茂みの一部が揺れ、中から少女が飛び出して来る。
 少女は茂みの中から、地面の中から顔を除かせている岩場に跳び移り、再び跳んでやや背の低くなった茂みの中に入る。少女のすぐ後ろには、白く小さな翼竜が空を飛んでいる。
「ハッ、ハッ、ハッ――」
 荒いものの、一定のリズムで呼吸し走り続ける少女の足は大自然の過酷な環境下でも速かった。そして、その動きはまるで何かから逃げるようであった。
 少女が茂みから木々が乱立する場所に入った直後、茂みと林の境目にあった木が一斉に折れ伏した。
 音を立てて根本から折れる木の音と一緒にくぐもった大きな音が聞こえる。音程は聞きづらいが、それは声であった。それも、動物の鳴き声だ。
 少女、自然保護官アシスタントであるキャロ・ル・ルシエはその鳴き声の主に追われていた。
 地面を揺らし、木々を踏み倒しながら走るのは猪――のような巨大な生き物だ。体長は十メートル前後、全身が黒光りする堅い外皮に守られ、下顎に鋭く太い牙が生えている。
「何だか私、いつも走ってばっかりのような」
 彼女の言葉に斜め後ろを飛行していた若齢竜が同意するように鳴いた。
 地面から顔を出している木の根を踏みつけて走りながら、キャロは昔を思い出す。
 捜し物をしていると言う同い年の少女と共に多くの遺跡に入ってはトラップや猛獣から逃げ回り、管理局に保護されてからは自然保護官の手伝いで走り回る。
 目的は違えど、やっている事は大して変わっていない。
 キャロが森の中を抜け出ると、今度はうって変わって草原の大地が広がっていた。僅かな傾斜を駆け下りて、彼女は草原の真ん中を走っていく。
 巨大な猪もキャロを追って草原を走る。そのスピードは木々が邪魔した森の中とは違い、何の障害物も無い為に凄まじいスピードで、あっと言う間にキャロとの距離を詰めた。
「よし、計算通り」
 キャロが向かっている先、草原の中に不自然にも看板が立てられていた。看板には文字が無く、×印だけが大雑把に描かれている。
「フリード!」
 猪の立てる足音が迫って来ると、キャロは振り返らずにフリードに指示を下す。
 竜が一声鳴き、後ろに振り向きながら口から火の玉を猪向けて吐いた。
 火の玉は猪の眼前で爆発、強烈な光を発する。
 爆発そのものは硬い鉄のような外皮で何とも無いが、光によって目が眩んで猪は悲鳴のような鳴き声を上げた。
 猪が目潰しを受けた直後、キャロはフリードの足を掴んで真上に跳ぶ。若歳竜が必死に翼を羽ばたかせて急上昇した。
 走りを乱し、空に跳んだキャロの真下を素通りした猪が例の看板へ正面から激突する。
 単に地面に突き刺さっただけの看板は当然弾かれて地面に転がった所を踏みつけられた。同時に、猪の巨体が傾いた。
 地面が突然陥没し、そこに左足を躓かせたのだ。
 暴れ回り、慌てて躓いた左足を抜こうとする。だが、フリードから手を離して猪の後ろに着地したキャロが魔法を発動させた。
 猪の真下に四角形の魔法陣が現れる。そして魔法陣の端から鎖がいくつも現れ、巨大な猪に巻き付いて拘束する。
 当然、拘束から逃れようと大暴れする。鎖が軋むような音を立て始めた時、草原の草むらから立ち上がる影が複数あった。
 時空管理局の自然保護官達だ。彼らは単発式のライフルを構え、猪に向けて一斉に撃つ。
 斜めに傾いた体勢によって露わになった、硬い外皮に覆われていない猪の腹に細い矢のような形をした弾が突き刺さる。
 暴れていた猪から段々と力が抜けていき、最後には腹ばいになって地面に倒れた。
「よし、今の内だ!」
 銃を撃った保護官の一人が声を上げると同時に茂みの中から人が現れ、手に持っていた網を猪に被せ、固定する。
 猪は目を閉じて眠っており、一切抵抗していない。
「ふぅ……」
 その様子を見て、キャロが一息付いた。
「お疲れ、キャロ」
 麻酔銃を肩に担いだ女の保護官が近づいてキャロの頭を撫でた。その後ろでは、他の保護官達が捕らえた猪の検査を行っている。
「フリードもお疲れ。おかげで無傷で捕まえられたよ。大型生物の捕獲は実際もっと難しいんだけどねえ」
 彼女は自然保護隊の班長の一人で、キャロの上司にあたる人物だ。まだ若いようだが、その肌は日に焼けて、よく見ると目立たない程小さな傷が無数にあった。
 彼女達は自然保護隊の中でも取り分け危険な保護区画を担当している。十メートル級の巨大生物が当然のように生活していたり、浄化作用が強すぎて生死関係なく生物を分解してしまう植物など、大自然溢れる場所が勤務地だ。当然生半可なレンジャーが生きていける場所では無い。
「班長、ありました!」
 巨大猪を検査していた保護官が女に向かって大声を上げた。どういうわけか猪の口を固定し、恐ろしい事に口の中に入っている。
「摘出は?」
「これなら大丈夫です。すぐに終わりますよ」
「そう。それならさっそく始めて」
「了解」
 簡単に返事した保護官が再び猪の口の中へ入っていった。
「良かったです。これであの猪さんも暴れなくて済みますね」
 巨大猪は密猟者によって捕らえられようとしていた生物だった。何を考えていたのか、密猟者が使ったのは船の碇のような釣り針で猪を釣ろうとしていたのだ。もしかすると、本当は海にいる巨大魚を釣ろうとしたのかも知れないが、結果的に釣れたのは陸上の猪で、しかも怒らせて死に掛けた挙句に保護官達に密猟者は捕まった。
 そして被害者と言える猪はそれから口の中に刺さったままの釣り針の痛みで、ここ最近暴れまわっていた。
 自然保護隊は治療する為に囮を使って猪を罠にまで誘き寄せ、外殻に守られていない腹に向かって麻酔銃を撃ったのだった。
「え、えへへ。ありがとうございます」
「それに比べて男連中ときたら……」
 女班長が、キャロが通ってきた森の方に視線を向ける。
 巨大猪が蹂躙した結果、道のように拓けた所から数人の男達が現れる。
「あーっ! やっぱりもう終わってる!」
 先頭を走っていた男が、捕まった猪を見ると叫び、草原の真ん中で膝をついた。他の男達も足を止めて疲れ果てたように荒い呼吸を繰り返す。
「こんな小さな子一人に囮させといて、情けないねえ」
「くっ、言い返せねえ……言い返せねえ!」
「班長。俺、何年もこの仕事やってきたけど自信無くしそうっす」
「あの娘っ子、平地じゃ遅いのに森の中じゃ速いしな。配属して来た時は初々しかったのに、いつの間にかアシスタントがワシら差し置いてメイン囮に……」
「そう悲観するなお前等。だってアレだぞ? 保護された当時――発見ッ! ドラゴン少女! 捨てられた子供が竜に育てられ野生化か!? って見出しで地方の新聞に載ったほどの野生児だぞ」
「発見された時、ワニを焼いて食ってたらしい」
「え? 巨大な蜥蜴じゃなかったか?」
「た、食べませんよ!」
 円陣を組んでヒソヒソと話し合う男達に向け、キャロが慌てて否定する。
「じゃあ、何食べてたんだ?」
「…………イモリ、です」
 保護官達が一斉に哀れむ視線を十に届くかどうかの少女に向けた。



 試験運用場の施設に設置された職員食堂で、昼食を受け取った高町なのはが空いている席を探していると、彼女に向かって手を振る人物を見つけた。
「ヴィータちゃん、クイントさん」
 その席には、航空隊所属のヴィータと一般人である筈のクイントがいた。
「ヴィータちゃん、どうしてここに?」
 なのはは、どういう訳か一般人のクイントでは無く、正式な局員である筈のヴィータがここにいる事が不思議なようだった。
「午後からオフだったんだけど、クイントに無理矢理連れてこられたんだ。昼飯奢るからって」
「いいじゃない。暇してたんでしょ?」
「奢るって、局の食堂じゃねえか。しかも何でここなんだよ?」
「パート先だから」
「兵装テスターの仕事をパートだなんて言うのお前ぐらいだぞ」
「まあまあ、落ち着いてよヴィータちゃん」
 ヴィータを宥めながら、なのはは食事の乗ったトレイをテーブルの上に置いて椅子に座った。先に座っていた二人の前にも食事が置いてあったが、既に半分近く消費されている。
「クイントさんのそういうとこ、今更だと思うの」
「さりげなくヒドい事言ってくれるわね」
 頬を引き攣らせて、クイントはお茶を一口飲む。
「新兵装のテスト、終わったのか?」
 ヴィータがなのはを見上げる。なのはは教導隊の隊員として新しく開発された兵装のテストを行っていた。
「うん。今日で最終調整も終了して、後は量産体制に入るだけだよ。バッテリー容量や携帯性の問題、それに実際に使っていかないと分からない欠点とかあるかも知れないから、主要施設や次元航行艦にしかまだ配備できないだろうけど」
「これだけサイズが大きいと、砲台代わりにしか使えないわよね」
 クイントが新武装を映したモニターを空中に表示させる。
「ストライクカノン。陸空両用中距離砲戦端末。デバイスみたいに携帯したり拡張性はないけど、これが管理局全体に配備できれば確実に戦力を増強できるわね。ミッドチルダ式の使い手は射撃も得意だし」
 ミッドチルダに隣接する第三管理世界にある魔導端末メーカーと地上本部が主導で研究開発を行っている新兵装、CWシリーズは大型の剣または槍のような形をしているが、それは立派な砲身であり砲撃武器だ。
 術者の魔力を内部機構によってエネルギー変換し衝撃波や硬体破壊砲として撃ち出す事で、魔法構成の結合を解くAMFにも効果がある。 対AMFを前提としながら、実力の伴っていない局員でも一定の攻撃力が見込める為に将来的な戦力増強として期待されている武装でもある。
「クイントさんのソードブレイカーの方はどうですか?」
「こっちは撃ったりしない分、早く終わったわよ。今日こっちに来たのはマリエルに私用として調整してもらうため」
「……終わったって言っても試験段階の域出てないんだろ? なのははともかく、それを元局員だからって一般人相手にカスタマイズして渡してもいいのかよ?」
 クイント・ナカジマがパートだと言い張る仕事は、なのはと同じCWシリーズのテスターだった。
 射撃武器であるストライクカノンと違い、グローブ型でそれ自体に攻撃力は無い。代わりに術者の筋力増強や防刃、防熱などの防護機能がある。接近して攻撃する必要のあるベルカ式の使い手にとって、AMF内でも安定した身体強化の恩恵を得られるのは大きい。
 ミッドチルダ式の使い手であるなのはがストライクカノン、ベルカ式の使い手であるクイントはソードブレイカーと、それぞれにあった分担だ。
「契約書にはちゃんと記載されてるから問題なし。カレドヴルフ・テクニクスが一般企業だから出来る事ね」
「そんなの要求するから給与金減るんだぞ」
「別にお金には困ってないからいいのよ」
「なら、最初からCWシリーズが目的だったりしないよな」
 ヴィータの問いに対し、クイントは持っていた箸を動かして昼食を食べ終える。そして、ごちそうさま、と言ってお茶を飲み始めた。
「無視すんな!」
「落ち着いて、ヴィータちゃん」
 わざとらしく口笛を吹き始めたクイントと怒るヴィータの間に入ってなのはが宥める。
「そ、そうだ。クイントさん、新設部隊の訓練メニューについて相談したい事があるんです」
「ん? 私で良ければ構わないわよ」
「ありがとうございます。これなんですけど」
 なのはが自分で計画した訓練メニューを中空に表示させる。それは一つだけなく、三つ四つと結構な数であった。
「分隊別のメニューね。射撃回避訓練、スフィアの数増やした方がいいわよ。あの子達これぐらい普通にクリアするだろうし。それより、全体的に模擬戦多くない?」
「そうですか? 教官として他部隊へ技能訓練に行った時はこんな感じでやってたんですけど……」
「それは短期だからよ。余所から教官を呼ぶのは、反復訓練ばかりだと飽きややる気が落ちたりするからそれを解消する意味もあるの。だから上の実力者と模擬戦をさせて新鮮な気持ちにさせようってね」
「そうだったんですか」
「長期訓練でいきなり怪獣相手に模擬戦ばっかりしてると、自分がどれだけ成長したか分かり辛いわ」
「……怪獣? えっ、それって私の事ですか!?」
「だから段階分けに目標を定めるの。最初は出来なかったけど今は出来るようになったっていう達成感を――」
「無視ですか……」
 などと、合間にからかいの言葉を混ぜながらクイントはなのはの相談に答えていく。
「真面目だな、なのはは。ま、あたしには関係ねーけどな」
「ん? 何言ってるのヴィータちゃん。ヴィータちゃんも教官やるんだよ」
「はあっ!? なんであたしが?」
「スターズの副隊長だから」
「くっ……」
 しまった、という表情をする。
「あら、それいいんじゃない? ヴィータちゃん、何だかんだ言って面倒見良いし。良い教官になれるわよ、きっと」
「勝手な事言うなクイント! それに誰が面倒見良いだ!」
「なのはちゃん知ってる? 最近若い子達の間じゃああいうのをツンデレって言うらしいわよ」
「つん、でれ?」
「そうそう。最近見てる学園コメディドラマ、聖槍十三騎士学校で言ってたのよ。その主人公がそんな属性らしいわ」
「聖王教会関連のドラマですか? でも何だか不吉なタイトルですね」
「無視すんなお前らーっ!!」



 一帯が炎に包まれ黒い煙を濛々と噴き上げる場所があった。
 都心を分断する河の中央、三角州となった場所に建造された工業地帯だ。可燃物に引火でもしたのか、各所から爆発が起きている。
 内部も業火に包まれ、視界全てが熱で歪む程に温度が上昇している。
 呼吸をしただけで喉が焼けそうな建物の中を、数人の男女が走っている。彼らは時空管理局陸士隊災害担当である陸士達だ。分厚い防火服を着込み、フィールド魔法によって周囲の熱やガスから身を守っている。
 先頭を走るのはローラーブレードを装着した少女だ。右腕には無骨なナックル型のデバイスも装備していた。
「スバル、その扉! バックドラフトの心配はないわ。思い切りやりなさい!」
 二番手を走る、銃型デバイスを持った少女、ティアナは工場内の地図を走りながら表示して先頭を走るスバルに指示を出す。
「了解!」
 スバルが加速し、グローブを付けた右腕を大きく振り上げる。そのまま躊躇いも無く扉に突進する。
 その直前、後ろでティアナが銃型デバイスのカートリッジシステムを使用した。装填されたカートリッジに込められた圧縮魔力、そして術式が発動される。
 銃口から弾丸が発射。弾丸は先行するスバルの頭上を追い越し、扉に命中した。
 火事による熱で歪み、それ自体も高熱を持って赤くなっていた扉が急激に冷やされていく。
「破壊突破、行きます!」
 金属疲労で軋み始めた扉に、スバルの魔力付与された右拳が叩き込まれた。
 凄まじい衝撃に鉄の扉が大きくヘコみ、留め具が壊れて部屋の中へと倒れていく。
 部屋の中は広く、作業所だと思われる場所であった。同じ形の大型機械が並び、そこから長いベルトコンベアーが複数伸びている。その傍には作業着の男達が数人倒れていた。
 スバルに続いて入ってきた隊員達が彼らの救出を行う。
「ティア、この壁壊して行けば」
 救助活動の間、スバルが壁を指さす。その向こうは外だ。
「駄目よ。中から扉を壊すならともかく、こんな崩壊しかけの建物の壁を壊すのはマズいわ」
 ティアナは救助者の周辺に向かって、次々とカートリッジを使用し、魔法を撃っていく。
 ティアナのデバイスから放たれたのは先ほどと同じ氷結魔法だ。迫り来る炎と熱気が冷気によって遮られる。
「ここなら都心の通信網に妨害されずに転送魔法が使える。……集合!」
 部屋内の消火を行った後、作業員を救助した隊員達を呼び集めたティアナは銃型デバイスから使用済みカートリッジを取り出す。
 彼女の持つ自作デバイスは中折りにする事ができ、そこからカートリッジを二つ入れ替える事が出来る。
 空となったカートリッジ、通常の物とは色の違う水色のソレを手早く外し、腰のベルトポーチの蓋を開ける。
 ポーチの中には予備のカートリッジが納められている。だが、通常のカートリッジとは別に色違いの物がいくつかある。
 ティアナは見もしないで新たなカートリッジをポーチから取り出す。それは紫色をしており、薬莢に四角形の魔法陣が刻印されている。
 紫色のカートリッジを素早く再装填し、使用しながら隊員達の足下に魔法を撃つ。すると、四角形の転送用魔法陣が現れた。
「退避するわよ!」
 ティアナの指示により、全員が魔法陣内に足を踏み入れる。全員が陣内に入ったのを確認後、彼女らは転送魔法によって崩壊寸前の建物から外へと脱出した。

 数時間後、発生した火災の消火が完了し、調査隊への引き継ぎを終えたティアナは友人の姿を探していた。
「ティア~」
 その友人は直ぐに見つかった。自分達が乗って来た消防車の横で防火服の前側を開けた少女が差し入れの弁当を食べている。その横には既に空となった弁当箱が山と積まれている。
「引き継ぎ手続きご苦労様。はい、これティアナの分」
「ありがと。そんな事より……」
 弁当を受け取り、友人のスバルの隣に座るとティアナは彼女の耳を引っ張った。
「仕事中はランスター陸曹長、でしょうが! ちゃんと公私分けなさいよ」
「いたたっ! ご、ごめん、ランスター曹長!」
「まったく、もう……」
 指を離し、弁当に付属していた割り箸を取ってティアナも食事を始めた。
「この後はどうするの?」
 頬をさすりながら、スバルがティアナに尋ねる。
「多分無いだろうけど、念のため燻った火が残ってた場合に備えてここで休憩しながら待機。それが終われば隊舎に戻って解散よ」
「そっか。じゃあ、帰ったら魔導師ランク昇進試験の特訓しようか」
「あんた、さっきまであれだけ動いて、よく体力あるわね」
「ティア……じゃなかった、曹長は受けないの?」
「そりゃあ、ランクが上がれば箔がつくから受けるけど……今日はもうヘトヘトだから特訓は勘弁。それに一応言っておくけど、二人一組で受けないから」
「えーっ!? 何で? いいじゃん一緒に試験受けようよ!」
「嫌よ! 一昨年の昇進試験で一緒に組んでから、部隊内でもあんたと組まされる事が多くなったんだから」
 Dランク昇進試験ではコンビを組んで合格したその翌日から、現場指揮を取るティアナの班にはさも当然のようにスバルが配置されていたのだった。
「それなら逆に今更の話でしょ? 一緒に受けようよ~」
「あーっ、もう、くっつくな! それにあんた煤だらけで汚い!」
 弁当箱はスバルから遠ざけると同時に片手で頭を押さえつける。
「あっ、そう言えば次の休みの日空いてる?」
「あんた、本当に唐突ね。……空いてるけどそれが?」
「ギン姉がマリンガーデンの娯楽施設のタダ券、貰ったんだって。一緒に行こうよ」
「別にいいけど……」
 断っても無理矢理連れ出されるし、と最後に小さく言ってティアナは了承する。スバルはそれが聞こえなかったのか純粋に喜んだ。
「私達の他に誰か来るの?」
「ううん。私達三人だけ。皆忙しいみたいで、なのはさんも来れないみたい。最近、連絡取れなくてちょっと寂しいかなぁって思ったりして」
「あんた、なのはさん大好きだもんね」
 元々交友があった仲が、スバルが救助隊を目指すきっかけになった事件の時に助けられてから、なのははスバルにとって尊敬する人物、目標に変わっていた。
「じゃあ、私そろそろ片づけるから」
 スバルはそう言って座っていたアスファルトの出っ張りから立ち上がると、弁当箱の山を抱えて走っていった。
「体力バカね」
 フィールド魔法で緩和していたとは言え、炎の中を重い防火服で走り回って行う救助活動はとても体力のいる仕事で、ティアナや他の隊員達は疲れ果てて休んでいる。
 今回は他の部隊の災害担当もいたとは言え、広大な敷地のある工場地帯での救助活動だった。終了直後に食事を取る元気があるだけ、ティアナは体力がある方と言える。
「しっかし、春にはなのはさん達と同じ部隊になるって知ったら、スバルどんな顔するのかしら」
 士官学校を卒業し、短い現場研修を終えて一足飛びに陸曹長になったティアナは既に新設部隊にスカウトされて春からそこへ転属する事が決まっており、階級から新しい部隊の情報も多少得ている。
 そして、本決定ではないが、スバルも同様にその部隊への転属が決まっている。本決定では無いからまだ本人に伝えていない。
 もし、それを知ったら彼女はどんな反応をするのだろうか。おそらく、鬱陶しい程にテンション上がって煩さそうだ。
 何気に友人に対してひどい感想を持ちながら、ティアナは弁当を食べ終えた。





 ~後書き&補足~

 sts編直前のなのは陣営のお話。トゥーレがちょっとだけ出てるけど、スカリエッティ側が一切出番なし!
 リインフォース・アインストの新魔法ですが、誤解を生ませてしまったようで、時間停滞ではなく範囲内の物を支配する(限度はある)魔法です。影踏みする必要の無いルサルカの創造のような感じです。……あれ? チート臭くね?




[21709] 各キャラ設定
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/11/26 20:42


これは五十話から少し先(sts編)の主に立場や戦闘能力・方法などの現状設定を含めて書いたものです。原作と若干違う部分があるので、まとめとしての意味でも書きました。
 本書で書ききれなかった大した事の無い設定もあり、捏造設定も多数あります。




・古代遺失物管理部機動六課

 原作ではカリムの予言を元に、地上本部壊滅の対策の為に地上部隊と命令系統を別にした、迅速に動ける部隊として設立されていました。
 本作としては上の理由以外に――
 大火災を起こしたアルハザードの縁者と思われるスカリエッティに対する備え(ガジェットドローンや目撃された戦闘機人の影から、部隊単位で相対すべき戦力だと予測)。
 アルハザードやスカリエッティを初めとした科学者型の次元犯罪者との繋がりを持つ管理局上層部からの妨害を受けず、且つ情報の保守(監査官のヴェロッサが秘密裏に協力しており、六課で得られた情報は命令系統の違いから本部に悟られる前に受け渡している)。
 ――など、アルハザードのせいで設立理由が増えています。
 ForceにあったAEC兵装(本書ではCWシリーズという名称に統一)の内、ストライクカノンとソードブレイカーが実地試験という形で試験部隊である六課内に配備されており、主に交代要員が使用しています。その他のCWシリーズは登場しません。


→ロングアーチ

 八神はやて
 機動六課課長兼総隊長。二等陸佐。魔導師ランク、総合SS+(魔力量upによる+評価追加)。
 闇の書のマテリアル、ロード・ディアーチェとの戦闘による後遺症がまだ残っており、現在でも杖がなければまともに歩けない状態。その為、あまり出張らずに隊舎に引きこもる事が多くなりそう。
 今まで新魔法などは登場していませんが、無理は演算処理して植物人間になりかけたのに奇跡の復活を遂げて超回復で基本スペックは上昇。固定砲台安定。

 リインフォース・ツヴァイ
 機動六課ロングアーチ部隊長補佐。空曹長。魔導師ランク、総合A+。
 特に強化フラグはありませんが、姉であるアインストが復活した為に二人で魔法の勉強を頑張っている。

 シャマル
 機動六課ロングアーチ主任医務官。魔導師ランク、総合AA+。
 医務官として働いているが、最近でははやての専門医のようなものになっている。リインフォース・アインストによって基礎スペック上昇。

 ザフィーラ
 機動六課ロングアーチ遊撃手。魔導師ランク、AA(推測)
 管理局に正式に所属していないが、使い魔扱い(役職なし)で六課内にいる。はやての魔力量上昇やリインフォース・アインストの復活で魔力の節約が必要無くなり、狼の姿を取る必要は無くなったが戦闘時以外は基本狼の姿を保っている。

 リインフォース・アインスト
 機動六課古代遺失物担当官。三尉(相当)。魔導師ランク、SSS。
 アインストは呪いとも言える歴代主に改悪された防衛プログラムが無くても、健全な状態に作り直されたと言ってもいいほど安定した状態を保っている。魔法は消滅前時点から現在はやてが覚えているもの、マテリアルが使っていた魔法の一部まで使える。
 更には残っていた謎の魔法データの断片を利用し、広域支配とも呼べる魔法を開発。周辺魔力を自分の支配下に置き、自由に操ることで対象の捕縛や操作、体外に放出された魔法の分解や収束の妨害などが行える。対象の数が多い程、力が強いほど支配下に置いた魔力を集めるので力の強い者を同時に複数拘束するのは難しくなる。


→スターズ

 高町なのは
 機動六課スターズ分隊隊長。一等空尉。魔導師ランク、空戦S++(防御力upによって+評価が一つ増えている)。
 航空戦技教導隊からの出向扱い。転属される前はCWシリーズのストライクカノンのテスターを行っており、自分専用のストライクカノン(青と白のカラーリング)を所持。ただし、持ち運びに不便なので隊舎に起きっぱなしの防衛専用となっている。
 原作と比べ早い段階からブラスターピットを使用。泡状のバリア魔法によって防御力上昇の他、敵の攻撃後の魔力や周辺魔力を泡の中にストックできるようになり、バリア解除から砲撃魔法への切り替えが早くなっている。

 ヴィータ
 機動六課スターズ分隊副隊長。三等空尉。魔導師ランク、空戦AAA+。
 本局航空隊からの転属。
 ヴィータに限らずヴォルケンリッターの面々には強化フラグはあまりないが、夜天の書そのものであったリインフォース・アインストの帰還によって補正の上乗せがあり、基礎スペックが上昇している。

 スバル・ナカジマ
 機動六課スターズ分隊隊員。二等陸士。魔導士ランクB。
 陸士訓練校を卒業後、陸士部隊災害担当突入隊に配属。その後、六課へ転属。原作とは違い、なのはと既に知り合いで、ティアナとは訓練校入校前からの友人。
 環境に恵まれた為に戦闘能力は原作のsts初期よりも高い。特にシューティングアーツはクイントが生きていたりなどで格段に上昇。

 ティアナ・ランスター
 機動六課スターズ分隊隊員。陸曹長(准尉研修中)。魔導士ランクB+(任務遂行能力が評価されての+評価)。
 空隊への試験は落ちたが士官学校には合格。試験部隊の六課解散後は陸准尉への昇進が決まっている(士官学校を卒業するとどの階級になるかは不明の為、准尉研修中の曹長という位置に自己解釈)。
 原作同様オールレンジでの射撃魔法を得意としているが、既に魔力刃のナイフによる接近戦もこなせており、最近導入され始めた新しいカートリッジも使用している。
 新型カートリッジは、闇の書のマテリアル達が使用していた転送魔法が込められたカートリッジの技術を流用して作られた物。魔法の術式と必要な魔力が込められており、使用すれば起動キーとなる最小限の魔力で本来使えない魔法も使えるようになる。
 欠点は使い捨てである事と、新型カートリッジは従来のカートリッジのように魔力ブーストとして使えない事など前線での使いどころが難しい。ティアナはそれを上手く使いこなしているので魔導師ランクに+評価が付いている。


→ライトニング

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン
 機動六課ライトニング分隊隊長。一尉扱い。魔導師ランク、空戦S++(超難度のレールガンの魔法を使う為+評価追加)。
 本局からの出向扱いの執務官。古代遺失物や違法研究による犯罪捜査を行っており、主にスカリエッティについて捜査している。だが、情報がなかなか集まらなかったり、まるでこちらの情報が漏れているかのような調査対象の隠蔽で上手く捜査は進んでいない。
 電気による磁力を帯びた環状型魔法陣によって加速させた魔力光弾を撃てるようになっている。攻撃範囲は狭いが、射程距離と連射性、貫通力が高い。そして何より弾速が速く、発射とほぼ同時に対象に命中する。
 環状型魔法陣の輪を広げて自分を加速させる事も出来るが、その場合は基本的に初加速にのみ使用。
 仕事上、AMFを持つガジェットドローンと接敵する機会の多いフェイトは試作型第五世代デバイスのテスターも兼ねている。中身はバルディッシュのまま、外装パーツやシステムの切り替えで第五世代に変形させているので、フェイトは通常任務時は今までのデバイスを使っている。

 シグナム
 機動六課ライトニング分隊副隊長。二等空尉。魔導師ランク、空戦S-。
 航空武装隊からの転属。シャッハと切磋琢磨したり、クイントと異色バトルしたり、エリオに稽古をつけたりするなど何気に充実した生活を送っている。
 ヴィータ同様にリインフォース・アインストの復活によって基礎スペックが上昇。

 エリオ・モンディアル
 機動六課ライトニング分隊隊員。三等陸士。魔導師ランク、陸戦B。
 本局短期予科訓練校創業後は研修生として研修を受けながらシグナムなどに稽古を付けて貰っていた。クイントからも、ベルカ式の、しかも槍使いの戦闘映像(管理局にある教材として撮られた物とは別)などを貰ったりなどして勉強している。
 エリオの入隊理由には、なるべく違法研究に関わりがあった者を、特にアルハザードの技術に関係する人物は近くに置きたいという、はやての思惑もある。同時に、後述の魔力変換が物理エネルギーとしてAMFに有効な為に戦力として期待されている。
 彼の体内にはアルハザードのお遊びによって魔力変換機構が埋め込まれている。それはCWシリーズと同系統のエネルギー変換システムであるが、エリオのそれは後天型の魔力変換資質として設計されている。

 キャロ・ル・ルシエ
 機動六課ライトニング分隊隊員。三等陸士。魔導師ランク、総合A(既に召喚術の制御が、少なくともフリードの制御が出来る為)。
 六課配属前は大型生物が闊歩する次元世界で、密漁者と大自然相手に奮闘している自然保護隊で保護官アシスタントとして働いていた。
 戦闘機人事件とは何の関係もない彼女ではあるが、竜種と心を通わせ、幼いながら既に竜の制御に成功している優秀な召還士であるキャロはAMFに対して非常に有効である為にスカウトされた。
 キャロは召還士として先輩であるルーテシアとの出会いによってフリードの制御は完全になっており、攻撃的な魔法も使えるようになっている。他には、サバイバル技術も身につけている。
 原作ではどうなっているのか分からないが、本書のフリードの吐く炎は、体内で魔力が完全に炎として物理エネルギーに変換しているのでAMF相手でも有効である。キャロのブーストがあれば、威力は落ちるものの魔力を残す事で非殺傷設定にする事もできるし、その逆もまた可能。


・その他

 ギンガ・ナカジマ
 陸士108部隊隊員。陸曹。魔導師ランク陸戦A。
 クイントが生存しているのでシューティングアーツの技術は原作よりも向上しており、スバルが突破力に優れている分、彼女は技巧派。戦闘機人としては、スバルの振動破砕のようなISは持っていないが代わりに肉体強度は妹より高い。

 クイント・ナカジマ
 主婦。元ゼスト隊分隊長。魔導師ランク陸戦AA(現在管理局を辞めているので過去のデータ)。
 人間じゃない存在に人間否定されたり、周囲の視線がたまに諦めたようになる事から最近自重しようかなと本人は思ってみたりもするが、パートで新型兵装ソードブレイカーのテスターをしたりなど結局変わっていなかった。



・スカリエッティ側
 スカリエッティは既にアルハザードの関係者と目されており、他にもレリックや戦闘機人事件最要注意人物として六課に目を付けられています。
 トゥーレの加入によって、ナンバーズ達の肉体増強レベルが全体的に上がっており、原作で事件当時に稼働したばかりの最後発組も早い段階で動いています。


 スカリエッティ
 広域指名手配された次元犯罪者。
 多分、概ね原作通り。
 終盤で使っていた黒基調に赤いラインの入ったグローブ(正式名称不明)は、見た目がギロチンのカラーリングに似ていたり、右腕に装着、コントローラデバイスという点からトゥーレの「デバイスを扱うデバイス」という能力を研究して造り上げた物、として設定を捏造。

 ウーノ
 ナンバーズの一番。スカリエッティの秘書。肉体増強レベルA+。
 戦闘しなかったり、最後方で指揮や情報整理ばっかりやっている。
 ISの「フローレス・セクレタリー」は特に原作との変更点無し。

 ドゥーエ
 ナンバーズの二番。長期潜入、諜報担当。肉体増強レベルA。
 本書では現在、地上本部と急に人員を増員した最高評議会に潜入中。機動六課についてもウーノに報告済み。
 諜報活動においてトゥーレが間に立っているので負担が軽減。
 ピアッシングネイル以外にも武装を増やす可能性高。

 トーレ
 ナンバーズの三番。高速機動による格闘戦を行う前線リーダー。肉体増強レベルSS。
 トゥーレの誕生によって、ある意味その恩恵を一番に受けている。自分以上の高速戦を行う相手との模擬戦、肉体の増強と基礎骨格の強度が上がった事でより頑強になり、全身のバネを使った無理な機動変更を行えるようになっている。
 エネルギー刃のインパルスブレードは切りつける武器だが、前に倒して突く事も可能に。

 クアットロ
 ナンバーズの四番。情報処理や作戦指揮、幻術による攪乱を行う後方指揮官。肉体増強レベルB。
 原作のような悪っぽい場面を見せれるかは未知。
 固有装備のシルバーケープに特に変更は無し。

 チンク
 ナンバーズの五番。拠点破壊、殲滅戦担当。肉体増強レベルAAA。
 IS、ランブルデトネイターでスティンガーを爆発させる他に、小さな鉄球を持ち歩いてそれを使った攪乱も行う。他にも防御外套であるシェルコート内に大小の金属を仕込んでいる。

 セイン
 ナンバーズの六番。隠密、潜入工作担当。肉体強度A+。
 ISや潜入工作担当という事から、原作以上に工学系やトラップ系に詳しく、戦闘も主に罠を使って行う。
 固有武装が無いので、ハンドグレネードをはじめ、各種トラップにえげつないのを予定。

 セッテ
 ナンバーズの七番。空戦による対人殲滅担当。肉体強化レベルS+。
 最後発組であるが、早めに稼働し調整を繰り返してきた。
 ISのスローターアームズは武装のブーメランブレードを制御する能力から、トゥーレの「デバイスを操るデバイス」の能力を劣化再現した物に変更。要は、プロテクトの緩い一般的な端末やAIの入っていないデバイスを自由に操る事ができるように。

 オットー
 ナンバーズの八番。後方からの広域援護担当。肉体増強レベルB+。
 IS、レイストームは広域攻撃や結界だけでなく、捕らえればトゥーレでさえ脱出困難な強度を誇る拘束能力も持つ。

 ノーヴェ
 ナンバーズの九番。最前線攻撃手・陸戦近接戦闘担当。肉体増強レベルS。
 肉体増強レベルの上昇と下半身の間接部の強化によって足技が直線的な蹴りだけでなく、もう一つの腕のように器用に動かせるようになっている。
 固有武装のガンナックルのエネルギー射撃機能が右手だけで無く左手でも使えるように。散弾のように撃つだけで無く、中型のエネルギー弾を連続して六発撃つ事ができる。

 ディエチ
 ナンバーズの十番。超遠距離からの狙撃と砲撃担当。肉体増強レベルAA。
 原作では遠距離からの砲撃だけだったが、本書では接近戦もある程度可能に。IS、ヘヴィバレルのエネルギー弾の性質変更を前面に出していきたいと思ってます。
 狙撃砲のイノーメスカノンは、トゥーレが何度か壊したり、ディエチがそれで物を殴ったりせいで、とても頑丈に。

 ウェンディ
 ナンバーズの十一番。最前線攻撃手・後方支援射撃担当。肉体増強レベルAAA。
 フィーアの振動破砕によって壊れた知覚器官を修理と共に強化。要は目が良くなっている。
 IS,エリアルレイヴはライディングボートを介してのエネルギー弾性質変更に。原作以上に攻撃方法を増やします。

 ディード
 ナンバーズの十二番。遊撃・奇襲担当。肉体増強レベルAAA+。
 トゥーレ、そしてトーレの肉体増強とその稼動データのフィードバックによって肉体の強度が上昇。ISによる瞬間加速による最高速度はトーレよりも速い。武装のツインブレイズは、原作では未実装だった伸縮機能も実装済み。

 トゥーレ
 ナンバーズの十三番。オールラウンダー・遊撃担当。肉体増強レベルEX。
 魔法による身体強化なしでも生半可な魔力付与攻撃さえ通らない頑強な体を持ち、その構成は他のナンバーズ達にフィードバックされている。
 デバイスを操るデバイスでもあり、インテリジェントデバイスであろうと相性など関係無しに自在に操れる。
 右腕からは長大で重厚な三日月状の黒い刃、ギロチンを生やす事が出来る。
 ISの、体感時間の停滞による加速はトーレやフェイトさえも上回っている。

 ルーテシア・アルピーノ
 魔導師ランク、S+(推定)
 不完全ながらレリックウェポンであり、膨大な魔力を保持している。
 ツヴァイが管理外世界に落とし、スカリエッティが大型拳銃を使用。使い手の魔力を吸収し瞬時に高速魔力光弾を生成する他、召喚器としても使用できる。弾として撃ち出された召喚獣はルーテシアの魔力によって硬体化している。

 ゼスト・グランガイツ
 魔導師ランク、S+(生前)
 レリックによる蘇生したが、生命維持に問題がある。原作ではユニゾンしたヴィータやシグナムを打ち払う活躍を見せたが、本書でもストライカー級の魔導師としての活躍を見せる予定。

 アギト
 魔導師ランク、空戦A+(推定)
 原作との変更点は今の所無しだが、ルーテシア達との出会いが幾分か早まっているのでユニゾンによる相性はともかく、ゼストとの錬度は高まっている。



[21709] 五十一話 始動
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/12/07 20:13

 ――新暦七十五年、四月。冬が終わり、暖かな昼の風が緑溢れる木々の枝を揺らす下、ティアナ・ランスターは芝生の上に横になっていた。
 手には一枚の古びた写真が握られ、彼女はそれを空に持ち上げて眺めている。
 少し色褪せした写真には一人の若い男が写っている。ティーダ・ランスター、ティアナの兄であり、若くして故人となった人物だ。
「…………」
 口には出さず、ティアナは思う。ここまで着たよ、と。
 ティアナの夢は、兄が叶わなかった執務官になる事だ。
 空隊への入隊は無理だったが、キャリアになる事は出来た。陸士隊災害担当では過酷だった分、現場指揮官として成果を残してもきた。
 そして、今月から機動六課へ配属され、そこで一年間士官としての研修が済めば晴れて准尉になれる。
 一年間限りの試験部隊とは言え管理局でも注目を集める機動六課出身となれば活躍の場を与えられるチャンスは多くなる筈だ。
 まだまだ遠いが、このまま油断せずに執務官への道を進めば夢が叶う。
「ティ~~ア~~!」
 遠くから、声が聞こえた。
 ティアナは溜息をつくと写真を仕舞い、上半身だけ起こして声のした方角を見た。
 ティアナと同じ陸士隊の制服を着たスバルが手を振りながらもの凄い勢いで走って来ていた。それも、突撃コースだ。
 スバルが体当たり同然に飛び込んでくる。だが、ティアナは手を突きだしてスバルを掌で押し止めた。
「その何でもかんで全力で行く癖直しなさいよ」
「ご、ごめん……」
「それで、終わったの?」
「うん!」
 スバルが頷く。彼女の肩には大きなスポーツバックが抱えられている。
 スバルとティアナは明日、陸士部隊から機動六課へ正式に転属される。諸々の必要な事務処理は既に終え、明日から配属だが、今日はその下準備として陸士部隊の寮から機動六課の寮へ二人は移動するのだ。
「じゃあ、行くわよ」
 ティアナが立ち上がり、横に置かれたスポーツバックを持ち上げる。
「うん。それにしても楽しみだよね。なのはさん達と一緒に仕事ができるなんて!」
「遊びじゃないわよ」
「わ、わかってるよ。でも、やっぱり嬉しいものは嬉しいしいんだし……だいたい、ティアは一人だけ知ってて、ずっと黙ってたんだもん」
「だからそれ謝ったじゃない」
「そうだけどさ~」
 スバルが拗ねたように口を尖らせる。
 事の発端は魔導師ランク昇進試験が終わった後の事だ。無事に試験をクリアした二人が試験会場のロビーを通った時、二人の前になのはが現れた。

「久しぶり、スバル」
「わぁっ! なのはさん、お久しぶりです!」
 予期していなかった人物に試験での疲れなど吹き飛んだようにスバルがなのはの元に駆けつける。
「うん。元気そうで良かったよ。ティアナもお疲れ様」
 スバルの後ろでティアナが礼をする。さすがにスバルほどの元気は無いようだった。
「なのはさん、今日はどうしてここに?」
「二人の応援に。それに教官として二人に指導する身として、一度ちゃんとこの目で見ておこうと思って」
「指導? あっ、もしかしてウチの部隊に教官として来てくれるんですか!?」
 なのはは武装教導隊として他部隊へと短期ながらも教官として出向く事がある。最近は新武装のテスターとしての仕事が多かったが、なのは個人としては教官としての仕事が好きなのをスバルは知っていた。だが、
「そんな予定はないよ?」
「え? でも指導するって」
 首を傾げるなのはに、スバルも同様に首を傾げる。
「……あれ? もしかしてスバル、ティアナから聞いてなかった?」
「聞くって、何をですか?」
「スバルとティアナは、新設された部隊で私の分隊に転属される事……聞いてないんだ」
「ええっ!?」
 スバルが後ろを振り向くと、ティアナが気まずそうに顔を逸らして後頭部を掻いていた。
「あ~……」
 ティアナはスバルに向き直り、真剣な表情で真っ直ぐに視線を向ける。
「スバル・ナカジマ二等陸士」
「――は、はい!」
 堅い声で名前を呼ばれ、反射的に敬礼を取る。
 ティアナとスバルは友人ではあるが、仕事上では上司と部下にあたる。
「五日後から私とスバル二等陸士は試験部隊機動六課へ配属される事が決まったわ。それについて質問などの意見は?」
 早口で捲くし立てた。
「あ、ありません!」
 つい反射的に返事したスバルに陸曹長は一つ頷き、
「じゃあ、そういう事で今日は解散。また明日」
 逃げた。
「――ハッ、ち、ちょっと待ってよティア! それで誤魔化すなんてズルいよ!」
「あっ、必要書類は明日渡すから」
 最後に捨て台詞を残してティアナは全速力で走り去っていった。
「ティ~ア~!」
「ちょっ、ローラーブーツ使って来るなんて卑怯よ!」
「ティアが大事な事隠すからだよ!」
「この後教えるつもりだったの! 今日まで内定だったし、試験前に言うとあんた舞い上がって影響出そうだったから!」
 会場内で追いかけっこを始めた二人に、一人立っていたなのはは微苦笑を浮かべるしかなかった。

「あの時は本当にびっくりしたよ」
「だから謝ったでしょ。終わった事をグチグチ言わない」
「でも~」
 二人は会話しながら今まで過ごしていた寮を出、道を歩く。機動六課の隊舎はミッドチルダ中央の湾岸部にある為、レールウェイに乗る必要があった。
「あっ! ねえ、ティア、あれってもしかしてトゥーレさんじゃない?」
 駅前まで来た時、スバルが駅の出口から出て歩道を歩く男を指さした。紙袋を抱えた黒髪の青年は、二人には懐かしい顔だった。
「……間違いないわね。こんな所で何やってんのかしら」
 二人が見ている中、トゥーレの方も二人に気づいた。
「お久しぶりです、トゥーレさん!」
 スバルが近づき、挨拶する。
「ああ、久しぶりだな。五、六年ぶりか? 背、伸びたなお前等」
「貴方は逆に全然変わって無いですね」
「童顔なのは自覚してる。ところで何してんだ? 前に、ギンガに会った時は陸士隊に入ったって聞いたんだが……」
 トゥーレの視線は二人の格好とスポーツバックに向けられている。
「配置替えで、今から新しい寮に移るんです」
「配置替え?」
「はい! 機動六課って言う、はやてさんが作った新設部隊に。なのはさん達もいるんですよ」
「ああ、確かそんな話をヴェロッサから聞いたな。そうか、お前達がな……」
「トゥーレさんこそ、いい大人がこんな平日の昼間から何してるんですか? ギンガさんから聞きましたよ。捜査中、街を暇そうに歩いているトゥーレさんをよく見かけるって」
「お前、案外キツいよな。俺は今から人を迎えに行くところだ」
「へえ、お仕事ですか?」
「そんなところだ。それより、急がなくていいのか?」
 トゥーレが首だけを動かして出てきた駅を見上げる。駅の上側にはホームの一部が見え、行き来するレールウェイの車両の姿を見る事が出来た。
「テ、ティア、急がないと乗り遅れる」
「別に一本ぐらいどうってこと――って、こら、服引っ張るな!」
「それじゃあトゥーレさん、失礼しまーす!」
「だーかーら、あんた無理矢理過ぎるわよ!」
 ティアナを引きずりながら、スバルはトゥーレに向けて大きく手を振るとそのまま駅の方に消えていった。

「……とても同じ遺伝子から生まれたとは思えないな」
 二人の姿が見えなくなったのを確認し、トゥーレは正面に向き直って歩き始める。
 戦闘機人であるギンガとスバル、そしてノーヴェ。前者二つと後者には開発者の違う別系列の戦闘機人ではあるが、クイントの遺伝子を使ったクローン培養である点は同じだ。
 それが、三人の共通点を言えば先天魔法と格闘型な位だ。育つ環境が違えばここまで三者三様な性格になるのだろうか。
 トゥーレはそんな事を考えながら駅から、街から離れる。長い距離を歩き、自然区へと足を踏み入れる。
 とても山登りするような格好では無いカジュアルな服装で苦も無く舗装されていない山を登り、木々に囲まれた正午の光が届かない場所でようやく足を止めた。
 一度、周囲に気配が無いか調べてから空中にモニターを展開する。
 座標などを確認し、魔法を発動させる。
 トゥーレの足下と、そして目の前の地面に赤黒い魔力光を放つ四角形の魔法陣が現れた。
 ミッドチルダの都市部から飛び交う通信などが邪魔となって、細かい座標指定の必要な転送魔法の使用は街中では難しい。
 管理局の監視網と正確な転送、それに座標の関係上トゥーレはわざわざ人気の無い森の中で転送魔法を行う。設定する座標も、向こうから同様に転送魔法の座標指定が既に送られているので処理は早く済み、向こうからこちらへの転送がすぐに行われた。
 地面に敷かれた魔法陣が一際強い輝きを放ち、その直後に陣の上に三つの影が現れる。
 大柄な男と十歳頃と思われる紫の髪をした少女、それに人形のように小さな赤髪の少女だ。
 魔法陣の光が落ち着き始め徐々に消えていく中、紫色の髪を持つ少女が魔法陣から出てトゥーレに駆け寄る。
「ただいま」
 そう言って、無表情な少女は両腕を広げてトゥーレに向き合った。
「ただいまは良いんだが、それは何だ?」
「さ、再会の抱擁」
 照れくさそうに視線を僅かに逸らし、頬を染めながら言った。
「しないからな」
「久しぶりに会う恋人にはそれぐらいあって当然だと思う」
 言葉とは反対に、先程の恋する少女の顔からいきなり何を考えてるか分からない顔に戻っていた。
「いつ、誰が、誰の恋人になったんだよ」
「じゃあ、許嫁」
「それも違うからな!」
「照れてる。大丈夫だから」
「照れてねえし、一体何が大丈夫なのかさっぱりなんだが?」
 再会した早々、トゥーレは疲れる。
「ルールー。トゥーレもさすがにシンドそうだし、やめとこうぜ」
 ルーテシアの背後、消えゆく魔法陣から人形のような少女、アギトが呆れたような表情をしながら宙を飛びルーテシアの傍に移動する。
「具合悪いの?」
 ルーテシアが上目遣いに下からトゥーレを見上げる。
「じゃあ、看病してあげる」
「無表情で嬉しそうに近づいて来んな。服の裾掴むな。お前まだ諦めてなかったのかよ。手ぇ離せ! おい、ゼスト、何とかしろよ」
 ルーテシアの手を掴んで防御しながら、消えた魔法陣の場所で立ったまま傍観していた大柄な男に助けを求める。
「久しぶりにお前に会えて少し浮かれてるだけだろう」
「久しぶりも何も、何度か連絡取り合ってただろ。それに、こいつ浮かれてるどころか鼻息荒いんだが? 止めろよ保護者」
「……ルーテシアの事はアギトに任せている」
「うぇっ!? 旦那、そりゃないよ!」
「お前真面目な顔して何言ってんだ」
 二人の視線にゼストは堅い表情のまま答える。
「諦めた。女子の扱いなど私には分からないからな。同姓のアギトの方が適役だろ」
「ルールーの場合、もう性別とかの問題じゃないって!」
「もっともな事言って逃げんな。諦めたって何だよ諦めたって。お前もそろそろ止めろルーテシア!」



 ミッドチルダ首都湾岸部に建つ隊舎はやや古いながらも新設された機動六課の為に改装工事が行われた建物だ。
 首都から離れている為に交通が不便であるが、離れているが為に空の交通量は少なく自由にヘリを使用出来、土地も広く使える。
「魔法練習場がすぐ傍にあって、近隣への騒音とか気にせず訓練できるのもいいわね」
 隊舎の一面がガラスとなった壁越しに、海に浮かぶプレートを眺めていたティアナが言った。
 彼女の隣ではスバルが両手をガラスにつけて、同様にプレートの方角を見ている。
 二人は寮への移動を終え、軽く片づけをするとさっそく隊舎の見学を行っていた。
「あんな所でどんな訓練するんだろう。楽しみだな~。ねえ、ティア」
「私は何度か打ち合わせで来てて知ってるから」
「ズルい」
「ズルくない」
 羨ましそうなズバルの視線を無視し、ティアナはガラス面から離れる。
 その時、ロビーの入り口からシグナムが入って来るのを見つける。
「シグナム二尉、お久しぶりです」
「お久しぶりです」
 二人はシグナムの前に立って敬礼する。
「お前達か。久しぶりだな。元気にしていたか?」
 シグナムは外から来たばかりなのか空隊の制服の上にコートを着ており、手には鞄が握られている。
「はい。シグナム二尉もお元気そうで」
「シグナムさんは確かフェイトさんの部隊なんですよね?」
「ああ。ライトニング分隊の副隊長だ。お前達は高町とヴィータの部隊だったな」
 頷く二人に、シグナムは少し考えてから口を開く。
「ちょうど良い。二人を紹介しておこう」
 そう言って、シグナムは後ろに振り返りながら横に移動する。彼女のいた場所の少し後ろには子供が二人立っていた。小柄な為、スバルとティアナの位置からでは身長の高いシグナムのコートの裾で見えなかったようだ。
「その子達って……まさかシグナムさんの子ど痛っ!」
「ライトニング分隊の隊員ですね」
 ティアナがスバルの足の甲を踏みつけて、二人の少年少女を見下ろす。
 曹長としてティアナは既に部隊員のデータを見ていたので子供らの正体を知っていた。
「今日から機動六課に配属されました、エリオ・モンディアル三等陸士です」
「お、同じく、キャロ・ル・ルシエ三等陸士です」
 陸士隊隊員の服を着た二人はまだ慣れていない敬礼を行いながら自己紹介を行った。
「ティアナ・ランスター陸曹長よ。よろしく」
「私はスバル・ナカジマ二等陸士。二人ともよろしくね」
「ティアナ、お前は何度かここに来ていたのだろ。二人に隊舎の案内をしてくれないか? ここまで連れてきたのはいいが、私も今日到着したばかりでよく知らんし、この後隊長オフィスに行かねばならん」
「分かりました。任せて下さい」
「押しつけるようですまんな」
「いえ、丁度スバルに案内をしていたところですから」
「そうか。なら頼んだぞ」
 シグナムはエリオとキャロの二人をティアナに任せると、踵を返して廊下へと消えていった。
「さて、と。それじゃあ、まずはどこから……」
 ティアナは二人に振り向く。少年少女は緊張しているのかやや固い表情をしていた。
「二人とも、そろそろお昼だけど、昼食はもう食べたの?」
 どう対応しようか、そう悩んでいる間にスバルが屈んで先に話しかけていた。
「いえ、まだです」
「そっか。なら食堂行こうか! まだ私も行ってないし、いいよねティアナ」
「……そうね。まずは食堂に行きましょう」
 スバルの提案により、四人はまず食堂を向かうためにロビーを出た。
「あの、ナカジマ二士は――」
 廊下の途中、エリオがスバルを見上げながら口を開く。
「スバルでいいよ。これから一緒にやっていくんだし、堅苦しいのは無しで」
「え、でも……」
「いいのいいの。ねえ、ティア」
「そうね。分隊が違うと言ってもこれから一緒に行動する機会多いだろうし。変に堅苦しいとチームワークに支障が生じるかもしれないし」
「そうそう。だから気軽に名前で呼んでくれていいよ。スバルとティア、はい二人とも復唱」
「そ、それじゃあ、スバルさんに」
「ティア、さん」
「うん! それで、さっき何を言おうとしてたの、エリオ?」
「あっ、はい。ナカジマという姓はもしかしてクイントさんの?」
「そうだよ。母さんを知ってるって事は、やっぱりエリオがそうなんだ。母さんが昔の模擬戦闘データあげてた研修生って」
「はい。クイントさんにはお世話になってます」
「いいのいいの。母さんも楽しそうだったし。それにしても、妙な繋がりだよね」
「……そういえば、エリオとキャロはフェイトさんが保護責任者なのよね」
「はい」
「お互い、会うのは今日が初めてですけど……」
「何だか、こうやって聞くと本当に狭い部隊ね」
 士官としてその理由は分かっているが、何だか微妙な気持ちになるティアナだった。
「私達なんて隊長陣全員と知り合いだからね。でも、アットホームな感じでいいじゃん」
「あんたは気楽過ぎるのよ」
 何人かの他の隊員達の横を通り過ぎ、四人は食堂に着いた。
「ここが食堂よ」
「へえ、やっぱり広いね」
「既に食べてる人もいますね」
「フリード連れてくれば良かった……」
 受け取り口に向かうと、厨房で忙しそうに働いている職員達を見る事が出来た。彼女達は管理局所属では無く、一般からのパート職員だ。
「メニューも色々あるね。どれにする?」
「無難にAランチでいいんじゃないの」
「そうだねえ。二人はどうする?」
「なら、同じもので」
「私も」
「よし。それじゃあ、おばちゃ~ん、Aランチ四つ。あっ、私の分は大盛りでお願いしま~す!」
 スバルが元気よく、背を見せていた職員に向かって声をかけた。
「はいはい、Aランチ四つね。と、その前に……」
 受け取り口からパートの女性の手が伸び、スバルの額を指で弾いた。
「あいたっ!?」
 指で弾かれただけとは思えない音がし、かなりの勢いでスバルが仰け反った。
「まったく、誰がおばちゃんよ」
 受け取り口を挟んだ向かい側、スバルにダメージを与えた指を辿っていけば、そこには青紫色の髪を持つ女が仁王立ちしていた。
「ク、クイントさん!?」
「――え? ええええぇぇっ!? 母さんが何で機動六課に!?」
 ティアナとスバルの二人は驚きのあまり後ろに下がってつい臨戦態勢を取ってしまう。エリオは呆然とし、クイントを知らないキャロは何が起きているのか分かっていない。
「何でって、食堂のパート始めたから。家にいてもどうせ暇だし」
「パ、パートぉ?」
 クイントの格好はセーターとジーンズのズボンというラフな格好だが、エプロンを付けていた。
「そう、パート。あっ、エリオ君久しぶり。前会った時よりも背伸びたわね」
「は、はい……クイントさんも相変わらずお元気そうで何よりです」
「んん? 何だか他意があるように聞こえるけど、まあいいわ」
 少し引き気味のエリオからその隣へクイントが視線を移し、受け取り口から身を乗り出す。
「貴女がキャロちゃんね。フェイトちゃんから聞いてるわ。私、スバルの母のクイント」
「は、初めまして、キャロ・ル・ルシエです」
「んー……」
 クイントは小さくお辞儀するキャロを見つめる。
「あの、どうしましたか?」
「いや、とても野生児には見えないなって思って。危険指定生物狩って食べてたって新聞に載ってたけど、本当?」
「地方の新聞なのに何で知ってるんですか!?」
「危険指定生物を……」
「狩って……」
「食べてた……?」
 他三人の視線がキャロに集中した。
「ち、違いますから! そんな事してませんよ!? た、確かに旅してた時に何度か戦った事ありますけど、食べてませんから!」
「戦った事はあるんだ」
「危険指定生物って、最低でもAランクの魔導師が数人掛かりで対処するレベルだったと思うんだけど」
「キャロって、凄いんだね……」
「ああっ! 微妙に距離が出来た気が!? って、本当に皆さん一歩引かないで下さい!!」
「はーい、Aランチ四つ出来たわよー。フォワード陣は特盛りにしてあるから」
「私の言い分スルーしないで下さいよぉ!」



「機動六課?」
 ゼストが疑問の声を上げて隣に並んで歩くトゥーレに視線を向ける。
 ルーテシア達と再会したトゥーレはミッドチルダ東部の森の中を歩きながら、ゼストの最近の時空管理局の様子を教えていた。
 二人の前方にはルーテシアとアギトが先行して進んでいる。
「正式名称は遺失物管理部機動六課。特定遺失物専門の機動部隊だ」
「特定遺失物……レリックか」
「ああ。これがさっきウーノから貰った構成隊員の名簿だ」
 トゥーレが歩きながら、ゼストの前にリストの載ったモニターを表示させる。
 そのリストを見るゼストの目が徐々に細められる。あまり表情の変化の無い男にしては珍しい光景だった。
 そして、実働部隊隊員の名に目を留める。
「……クイントの娘か。大きくなったものだな」
 先ほどと違い、昔を懐かしむような顔をした。
「母親と同じ、シューティングアーツを使ってるらしいぞ。捜査官の姉もな」
「二人とももうそんな歳か。なる程、ルーテシアも大きくなるわけだ」
「暢気な事言ってていいのか。もしかすると、元同僚の娘と戦う事になるかもしれないんだぞ?」
「それは他の局員に対しても言える。私は既に未練だけで動く死人だ。誰が立ちはだかっても、止まる気は無い」
 表情を変えぬまま淡々と語るゼスト。逆にそれが彼の決意の強さが伺えた。
「俺の事はいい。問題はこの少女だ」
 ゼストがリストのある人物を指し示す。そこにはある少女の写真があった。
「キャロ・ル・ルシエ……やっぱり、この子供がそうか」
 少女の詳細項目を選択すると、リストから少女の詳細な情報が表示される。
「つい数年前に管理局に保護された召還士一族の血を引く子供。ルーテシアが言ってた友達と共通すると思ってたけど、やっぱりそうか」
「間違いない。俺も一度顔を合わせた」
「レリックの事は教えていないんだったよな?」
 トゥーレの問いに、ゼストは無言で頷く。
 ルーテシアが一度保護し、共に行動していたキャロの事はトゥーレも本人から聞いていた。
 スカリエッティという次元犯罪者と繋がりのあるルーテシアの立場から、長期間一緒にいる事は問題があったのでゼストが少女二人を説得し、キャロを管理局に保護させる事にしたのだった。
 トゥーレも管理外世界を調査する管理局のルートを調べたりなど協力したので知っていた。
「この少女はルーテシアが捜し物をしている事は知っているが、それがレリックだとは知らない。結局、少女がいる間は見つからなかったからな」
 そう言って、片手にぶら下げていたアタッシュケースを軽く持ち上げる。その中にはルーテシア達三人が他の次元世界にて手に入れたレリックが入っている。
「スカリエッティやお前の事も知らない。だから心配はいらないだろう」
「情報漏洩とか、そういうのは特に心配していない。そんな形跡は無かったし、それを考えるのはウーノやクアットロの仕事だからな。俺が心配してんのは、万が一ルーテシアがこの子供と戦う状況が起きた時の場合だ」
「それは……」
 ゼストが黙って考え込む。
 二人が沈黙した時、砂利を踏む音が聞こえた。顔を上げれば、いや、視線を落とすと目の前にルーテシアがいつの間にか正面に立っていた。
「大丈夫だから」
「ルーテシア……」
「男二人でこそこそと怪しく話してると思ったら、そんな事心配してたの? 私は別にキャロと戦う事になっても平気だから」
「そうは言ってもな」
「そんな事より、早く行こ。ドクター達、待ってるんでしょ?」
 ルーテシアはそう言うと、アギトを連れてさっさと前へ進んでいく。
 その先は緩やかな傾斜となった丘があり、広場のようにそこの場所にだけ木が生えていなかった。
 一度、男二人は互いに視線を交わして、諦めたように目を伏せると、ルーテシアに遅れて丘を上っていく。
「おや、ようやく来たのかね二人とも。遅かったじゃないか。こっちはもう始めてるぞぉ」
 丘の上には酔っぱらった変態科学者がいた。
「……………………」
「……………………」
 男二人は冷たい視線で酔っぱらいとその周囲を見る。
 地面にはピクニックシートが敷かれており、中央には料理が敷き詰められた重箱や飲み物のビンが転がっている。
「ルーテシアお嬢様ー、アギトさーん。お久しぶりっス~」
「うん。久しぶり。あと酒臭いから近づかないで」
「ヒドいッ!」
「ウェンディの事は放っておいて、料理食べて見て下さい。これ、某有名ホテルのレストランからレシピパクって来た料理なんですよ~」
「良きにはからえ」
 意味もなくふんぞり返るルーテシアの周りにナンバーズ達が集まる。
 スカリエッティだけでなく、潜入捜査中のドゥーエを除くナンバーズの面々もその場にはいた。
「では、な」
「待て。レリック置いて一人だけ逃げようとすんな」
 場から離れようとしたゼストの襟首を掴む。
「こういった催しは苦手だ」
「俺もだよ」
「ならば逃げたらどうだ?」
「……既に捕まった」
 ゼストが視線をトゥーレの足に向けると、緑色の光を放つエネルギー糸がしっかりと絡みついていた。
 シートの隅には頬を上気させてぼんやりとしているオットーがおり、その隣には同じく頬を赤くして光剣二本を楽器のように叩くディードがいた。
 臨戦態勢バッチリだ。
「あの双子、酔ってやがる」
「二人とも、そう言わず座ったらどうだい? いい大人なんだから、ここまで来て駄々をコネずに参加したまえ」
 上機嫌にスカリエッティはウーノからお酌してもらいながら二人を座るよう促した。
 シートの空いている場所はスカリエッティの左右にしか無い。
 トゥーレは露骨に嫌そうな顔をし、ゼストは顔の皺をより深くした。
「地味に傷つくなあ、その態度」
「嘘つけ。お前がそんな繊細な訳ないだろ」
 渋々と言った様子で二人はスカリエッティの横に座った。
 トーレとチンクがそれを見計らって、二人の前に小皿に移した料理とアルコールを置いた。
「……レリック関連以外の事には互いに不干渉と約束を交わした筈だ。ルーテシアはともかく、何故俺まで参加しなければならない。そもそも、この宴会は何だ?」
「祝賀会、というかちょっとした前祝いさ。つい先日、とうとう私の夢が叶う目処がついた」
 コップに口を付けようとしていたゼストの動きが止まる。
「よって、前々から計画していた管理局地上本部襲撃、数ヶ月先の議会の日に決行する事を決めた」
「それを何故俺に教える?」
「君はその混乱に乗じて目的を果たしたまえ、騎士ゼスト」
「…………」
 厳しい表情のまま、睨むゼストにスカリエッティは余裕の笑みを返す。
「そう警戒しなくともいい。これはただのアドバイスさ」
「アドバイスだと?」
「ああ、そうとも」
 そこで一旦言葉を切り、スカリエッティは一度ルーテシアを見、すぐに視線を戻す。
「体が完全に動かなくなるのは、そう先の話では無いだろう?」
「――――」
「気が付かないとでも? 君を蘇生させたのは私なんだ。そのぐらい解るさ。長くて今年一杯だろう。だからと言って私の方も都合あって襲撃計画を早めるつもりは無いが、チャンスは無駄にするべきでは無いよ?」
「…………」
 ゼストは答えない。コップに入ったアルコールを舐めるようにして僅かに飲み、小皿に乗った料理に手をつけた。
「機嫌を損ねてしまったかな?」
 そんな彼の様子に、スカリエッティはトゥーレに向き直ってわざとらしく肩を竦めてみせた。
 トゥーレはそれを無視して顔を背ける。と、そこでナンバーズ達と騒いでいたルーテシアが視界に入った。
「おいっ! 子供に酒飲まそうとすんな!」
 慌てて、ルーテシアが飲もうとしていたアルコールを取り上げる。
「ぶーぶー」
「お前未成年だろ。あと、棒読み止めろ」
 不満を垂れるルーテシアに代わりのジュースを与え、トゥーレは姉妹達に振り返る。
「誰だよルーテシアに酒飲ませようとした奴は?」
 周りにいた姉妹達が一斉にセインとウェンディを指さした。
「やっぱお前等か!」
「皆速攻で裏切った!」
「まあ、事実私らが勧めたんスけどね」
「当たり前だ馬鹿。ってか、アギトはどうした。こういう時の為でもあるだろ、あいつがルーテシアと一緒にいるのは」
「アギトさんならあそこに」
 セインが背にある光景を指し示す。そこにはノーヴェとアギトが顔を真っ赤にして倒れていた。
「…………もっと右だ、このやろー……そう、そこ、抉り込むように……蹴り殺せ…………は、ハハッ」
「…………燃~え~ろ、燃~え~……つまらん? 斬った方が楽だって?」
「何で融合騎と戦闘機人が酔い潰れてんだよ。……ルーテシア、その辛子は置け」
 物騒な寝言を呟く二人にイタズラを仕掛けようとするルーテシアをトゥーレが抑える。
「うわあああぁぁああぁあん、トゥ~~レ~~ッ!!」
「ぶっ!?」
 と、その時背中に軽い衝撃を受けた。
「チンク!? ――って、酒臭ぇ! お前、ついさっきは素面だった筈だろ」
 トゥーレが後ろを振り返ると、背中にチンクが張り付いていた。彼女は酒臭い息を吐きながら泣いている。
「クアットロが、クアットロが、チンチクリンだと、チンチクリンだと言って姉をイジメるのだ!」
「姉だと言うならイジメられんな!」
「あっははははははっ! チンクお姉様って、ほんと小さいですね~……アーッハッハッハッハッハッ!!」
 クアットロがワイン瓶片手にチンクを指さして、涙目になるほど大笑いしていた。
「くそっ、段々とおかしくなってきてんぞ、この宴会」
 セミのようにくっついて泣き続けるチンクと、どさくさに紛れてコアラのように抱きつくルーテシアを引き剥がしながらトゥーレは惨状を見回す。
 いつの間にかオットーは座ったまま眠っており、セインは空になったコップの中を見下ろしたまま微動だにしない。
 ノーヴェとアギトも寝言が物騒なだけなのでこの二人も放置。
 だが、クアットロとチンクが笑い上戸と泣き上戸で喧しい。
「トゥーレ」
 袖を引かれて振り向くと、ディエチが普段通りの様子でトゥーレを見上げていた。
「お前はまともだったか」
 ちょっと安心する。
「そこ座りなさい」
「はァ?」
 何故か正座になり、ディエチはトゥーレを座らせようとする。
「何で座らないの? 喧嘩売ってる?」
「いや、売ってないからな」
「いつもいつも思うんだけど、っていうか大分昔から思ってたんだけど、トゥーレって私達の事無視し過ぎだと思う」
「いきなり何を――」
「一人でフラフラどっか行くし、隠し事多いし……嘗めてんの? 怒るよ?」
 彼女の目が据わっていた。ディエチの背を見れば空になった瓶積まれていて、なおかつ今もその隣には半分となった酒瓶がある。
「そういう酔い方するタイプかよ」
 と、説教されながら溜息をついたトゥーレの隣でディードが突然立ち上がる。
「……ナンバーズ十二番、ディード――――脱ぎます!!」
「脱ぐな馬鹿ッ!」
「脱ーげ、脱ーげ!」
「脱ーげ、脱ーげ!」
「お前等も止めろよ!!」
 セイン、ウェンディ、ディードの三人は普段から混乱を巻き起こすが、酒の力でよりおかしくなっていた。
「ほかほか」
「……いい加減離せ、ルーテシア」
「わああああぁぁああん!」
「あはははははははっ!」
「そこの二人喧しい!!」
 混沌の中央、トゥーレだけが正気だった。
「まったく。酒に呑まれて、未熟者共が。申し訳ありません、ドクター。騒がしくて」
「いやいや、気にする必要は無いよトーレ。楽しそうでなによりじゃないか。なぁ、ウーノ」
「はい、ドクター。お酒も進みますね」
「…………」
 酒の飲み方を知っている大人組は、安全圏でトゥーレ達の様子をただ傍観する。
「少しは助けようって気は起きないのかよ!」
 トゥーレの叫びは虚しく森に木霊した。



「…………はぁ」
 管理局最高評議会本部の地下にて、一人の女が深々と溜息を吐いた。
「どうされましたか、技師官殿」
「いえ、何でもありません」
 人員増加で同時期に入った同僚のメンテナンススタッフの心配を他所に、女は暗い廊下を進んでいく。
「私も参加したかったな、宴会……」
 スカリエッティのアジトにも似た暗い廊下で、姉妹達の楽しそうな姿を想像しながらドゥーエは誰にも聞こえない小さな声で愚痴を溢すのであった。





 ~後書き~

 そういえば、なのはのPSPゲームが発売されるそうで。自分は話のネタ、というか魔法のネタ探しの意味でも買います。
 それはそうと、戦闘機人や融合騎って普通に飲食してますが、前者はともかく後者は酒に酔ったりするのだろうか? 酔うなら、毒攻撃とか十分効き目ありそう。



[21709] 五十二話 動きは緩やかに
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/12/17 15:51

「やっぱり、この位はこなせちゃうか」
 なのはは無人のビルの頂上から地上を見下ろしていた。その後ろではシャリオ・フィニーノがいくつもモニターを開いており、データ収集に余念が無い。
「皆凄いですね。とてもAMF戦が初めとは思えませんよ」
「対AMFを想定して集めた部隊だからね。ティアナも特性は既に知ってるし。まあ、それでもやっぱり所々甘いかな」
「なのはさん、厳しいなあ」
 二人のいるビルの下、そこには機動六課実働部隊の隊員四人が訓練着の姿で、浮遊する機械兵器群を追いかけていた。
「ハアアァッ!」
 ローラーブーツを履いたスバルが最後尾の機械兵器に近づき、魔力付与された右拳を叩きつけようとする。ナックル型のアームズデバイスであるリボルバーナックルのスピナーが回転して魔力を圧縮する。
 しかし、機械兵器の青いボディに触れる直前に魔法構成が分解され、魔力が霧散した。
 スバルの攻撃はただの拳となり、機械兵器のボディを僅かにヘコませる程度に終わる。魔力で動いていたローラーブーツも魔力供給が不安定になり、タイヤの回転を止めてしまう。
「魔法が……ならッ!」
 浮遊している機械兵器が半回転し、ボディの中央についたレンズから熱線を放つ。
 スバルは通常のローラーブーツの乗り方でそれを横に回避しながら、魔力を大量に使用する。
 分解される魔法構成を大量の魔力を消費し続ける事で維持、リボルバーナックルとローラーブーツに再び光りが宿る。
「ハッ!」
 二度目の魔力付与攻撃を機械兵器に叩き込む。今度はボディを貫き、機械兵器を破壊した。
「やったぁ!」
 機能を停止し沈黙した機械兵器は地面に落下すると、僅かに光の粒子を残して消えていく。
 機械兵器はシミュレータによって疑似再現された仮想敵だ。
 スバル達のいる場所は陸から少し離れた海に浮かぶ、周囲環境や仮想敵を本物のように再現できる最先端技術が使われた演習場である。
 浮遊する機械兵器も周囲のビル群もシミュレータによるもので本物では無い。
 残った機械兵器らはスバルが一機撃破する間にも先を進んでいく。その先に、立ちふさがるようにしてエリオがいた。
 エリオの右手には槍型のデバイスを持っていたが、逆の手を真っ直ぐに機械兵器群に向けて伸ばす。
 足下にベルカ式の魔法陣が浮かび、エリオの魔力が電気へと変換される。
 そして、掌から電撃が放出された。
 網のように放射線状に伸びた電撃が機械兵器全てを襲った。しかし、威力が弱いのか移動速度を緩める程度で破壊にまで至らない。
「ハアッ!」
 構わず突進してくる機械兵器に、エリオを槍を両手で構え、身を捻る。
 突進をかわし、すれ違いざまに魔力付与された槍の穂先で機械兵器のボディを突く。
「――硬い!」
 ボディに触れる直前に魔力が霧散した為、威力が落ちて刃は機械兵器の装甲に弾かれてしまう。
 エリオと機械兵器は互いにすれ違い、エリオは弾かれた勢いを殺しながら前転してから後ろを振り返る。
 一方、機械兵器群は電撃による負傷で速度を落としたまま先に進んでいく。
 エリオは立ち上がり、機械兵器を追いかけようとする。
『こらっ!』
 だが、その時突然念話でティアナの怒鳴り声が届いた。
『フォワード二人、先に行き過ぎ! もっとチームの事考えて』
「ごめん、ティア!」
「す、すいません!」
『仕方ないわ。そのまま距離を保ったままこっちに追い込んで!』
「了解!」
 ティアナの指示で、合流したフォワード陣が機械兵器を追いかけ始めた。

 四人の新人が疑似再現された機械兵器に苦戦している中、現地で見ているなのはとは別に、機動六課隊舎の屋上で三人の女がモニターから新人達の様子を傍観していた。
「まだ詰めが甘いな」
 シグナムが新人達をそう評価した。
「仕方ねえよ。まだまだヒヨッ子だし。この模擬戦闘だって今どの位出来るかの確認だけだしな」
 その隣では、ヴィータが腕を組んでモニターを見上げている。
 二人とも今まで着ていた空隊のものでは無く、地上部隊の制服を着ていた。対し、二人の後ろに立って肩を震わしているクイントはどう見ても私服だった。
「プッ……なんか、体格的にヴィータちゃんがヒヨッ子とか言うとウケるわ」
「どういう意味だよ!」
「可愛いって意味よ」
「……ヴィータ、アイゼンを取りだそうとするな。そういう体力は訓練と仕事の為に残しておけ」
 クイントを睨み付けながらヴィータは渋々と言った様子でデバイスを仕舞う。
「クイント、お前はどう見る?」
「あの子達の事? まあ、災害救助担当や予科訓練校卒業したばっかりならあんなもんでしょう。むしろ初めて相対する相手によくやってるんじゃない? それより、気になる事があるんだけど」
 そう言って、クイントは考え込むようにして三人の前に表示されている大型モニターを見る。
「ああ……」
 その視線を辿り、シグナムは納得したように頷く。
「あの子さあ……」
 三人の視線の先、そこには白い飛竜に乗ったキャロの姿があった。
 白い飛竜、フリードがキャロのブースト魔法の援助を受けて顎を大きく開き、口から大量の炎を吐いた。
 スバルとエリオに誘導され、ティアナによって一カ所に追いつめられた機械兵器群に炎の渦が襲いかかる。
 全ての機械兵器が高熱の炎を受けて爆散する。
「元保護官アシスタントよね? 重要な事だからもう一回言うけど、保護官アシスタントだったのよね? 召還獣頼りの戦いって点抜きにしても、頭一つ抜きん出てない?」
「新人達の中で一番高いAランクの魔導師だからな。それにしても、何というか、場慣れしている」
「危険地域での勤務だから、猛獣とか相手してたんじゃねーの?」
「よく考えたら、危険指定生物が闊歩する場所で働いてた事自体おかしいのよね。新聞で書かれた事、やっぱり本当なのかしら?」
 演習場から模擬戦闘終了のブザーが鳴った。
 フリードの攻撃によって機械兵器が全て倒されたからだ。
「…………」
 同時にシグナムがモニターに背を向けて屋上の手口向かって歩き出す。
「あれ? 続き見ていかないの?」
「これから聖王教会へ行く予定があるからな。新人達の教育は高町とヴィータの仕事だ。私がいなくとも構わないだろう」
 その時、ヘリポートの方からローター音が聞こえ、三人は空を見上げた。
 緑色をしたヘリが一機飛び去っていくところだった。
「主はやてとテスタロッサが地上本部に行く予定だったな」
 段々と小さくなっていくヘリを見上げながらシグナムが言った。
「地上部隊の提督達に六課の説明しに行くんだと。はやて、朝すげー嫌そうな顔してたぞ」
「行き来して大変ねえ」
「本局側の試験地上部隊ということで上からの注目が良くも悪くもあるのだろう。私も出る。留守は任せたぞ、ヴィータ、クイント」
「ああ」
「わかっ――ちょっと待って。何で私まで頭数に入ってんの? 私、パート。パート従業員よ?」
 クイントの言葉に守護騎士二人は半目で彼女を見ると、黙って向き直ってそれぞれ訓練場の様子を見たり、屋上から出て行こうとした。
「ねえ、なに? その反応、何なの?」
「こっちに絡んで来んな!」
 シグナムはのし掛かりを受けるヴィータを見捨てて屋上から出ていった。



 空が赤く染まり始めたミッドチルダの空、一機のヘリが飛んでいた。
「あぁ~~、シンドかったわ」
 少し硬めのシートの上ではやてが身を沈め、言葉通りに疲れたような息を吐く。
「お疲れさま、はやて」
「うん。フェイトちゃんも」
 隣の席には執務官の制服を着たフェイトが座っている。
 彼女達は今、機動六課が所有する輸送ヘリに乗っていた。
 地上部隊内でも配備数の少ない最新型はミッドチルダ首都部の上空を飛び、徐々に地上本部から遠ざかっている。
「大変だったみたいっすね。地上本部のお偉方への説明会」
 ヘリを操縦しているのはヴァイス・グランセニックだ。彼は前を向いたまま後ろの座席に座る二人に声をかけた。
「一部、嫌がらせみたいにネチネチと質問ばっかする人らがいたからなあ。私一人やったら途中で挫けてたかもしれへんわ」
「はは、挫けるなんてご冗談を。ははっ」
「何か引っかかる言い方やなあ、ヴァイス君」
 やや低くなったはやての声に、ヴァイスは首を竦めて誤魔化すようにヘリの操縦に集中する。
「まあ、ええわ。面倒な説明会も終わったし、後は結果を残すだけや。フェイトちゃん、そっちの方で何か進展あった?」
「ごめん、特にこれと言って進展は……」
「そっかぁ。受け手に回らんなんいけんのが私らの辛いとこやねえ。しばらくはガジェットドローンの対処だけでええけど、早い内に元を叩きたいとこや」
「うん。六課設立前にいくつか違法研究機関の取り締まりをやったけど、ガジェットドローンを造ってるような施設は見つからなかった。出没の頻度からミッドのどこかで造られてるとは思うんだけど」
「突然現れて、壊れるまで動き続けるからなあ」
 レリックを始めとした古代遺失物、ロストロギアを狙って襲撃を繰り返すガジェットドローンはミッドチルダ全域に現れる。レーダーには引っかかるが、どこからやってくるのか分からず、最近では都市部に突然現れたりなど神出鬼没だ。
 対象を確保するまで一体になっても逃げようとしない。どういう精度なのかダミーにも釣られない。
 暴れるだけ暴れ、残骸しか残さないガジェットドローンは厄介な存在だった。
「その癖、しっかりと自己主張はしてるんやもんなあ」
 はやてが空中にモニターを表示させ、ある画像を写し出す。
 ガジェットドローンの残骸と、白衣を羽織ったある男の画像だ。
 写る残骸にはジェイル・スカリエッティという人物の名が刻印されている。
「科学者型の次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ。自己顕示欲の強い人だよね」
「他の犯罪組織の情報やガジェットドローンの部品から顔や名前が判明。同時に技術力だけみれば歴史に名前を残すであろう技術力も示してる。でも、これだけ目立ってるのにそれ以外全然情報がないんやよねえ」
 はやては杖を持ち上げて、意味もなく画像を突つき始める。合金で出来た先端は空しく画像の男を素通りした。
「今頃、この犯罪者は何をやっとるのやろうね? 悪の科学者よろしく、何かろくでも無い事企んどるんやろか」



 スカリエッティの戦闘機人でナンバー十三を預かるトゥーレは、この組織もう駄目かも知れないと心の底から思った。
「ハーッハッハッハッハッ! 見たまえトゥーレ。回転機構の小型化に成功した結果、耐久性を落とさずに手を回転させ、しかも伸縮機能まで持たせた内蔵型ドリル――の設計図が完成したぞ!」
 トゥーレの目の前で紫の髪と金の瞳を持つ男がいる。白衣を着て手書きの設計図を持ち、虚ろな目でカエルのように跳ね、廊下の壁に向かって話しかけていた。
 もう、どこからどう見ても頭の可哀想な人間だった。
「俺はこっちだ変態」
「おおっと、私とした事が」
「うわっ、酒臭ぇッ! こっち向くな!」
 もう、アルコールを吐いていると言っても過言では無いスカリエッティの口臭に鼻を摘んで後ずさる。
「お前、あれからずっと飲んでたのかよ」
 昨日の宴会は、何人かが倒れたあたりからお開きとなり、後は各人好きに飲んだり部屋で休んだりしていた。トゥーレは酔って倒れたナンバーズや遊び疲れて眠ってしまったルーテシアを部屋に放り込んだ後に自室で本を読んでいた。
 そして、しばらく部屋で時間を潰し、夕方になって部屋から出て暗い廊下を歩いていると変態とエンカウントしてしまったのだ。
「フフフ、我ながら思った以上に張り切っていたようだ。寝ようと思っても眠れず、二度酒に手を出したのがいけなかったね。気がつけば既に日が昇り、手元にはこれがあった」
 スカリエッティは真っ赤な顔を楽しそうに綻ばせて再びその設計図を広げる。
 酔った勢いで描いたのだろう。大量のミミズが蠢いているような文字と奇形生物にしか見えない図が描かれている。
「どうだい、トゥーレ」
「俺じゃあさっぱりだから、ウーノあたりにでも無茶振りしてこい」
「うむ、そうだな、ウーノにも見せてあげなければ。はは、何だか視界が霞むが、酒の力と徹夜後のテンションで今の私に怖いモノは無い。ク、クク、クハハハハハハハッ!」
「…………」
 千鳥足で左右にフラフラと揺れながら去っていく白衣の男を冷たい視線で見送り、トゥーレは談話スペースに入った。
「……ここもかよ」
 頭痛でも堪えるようにトゥーレは額を押さえて呻いた。
 談話スペースには数人の少女達が寝かされていた。
 彼女らは全員顔色が悪く、頭の中に何かが巣くっているとでも言うのか額を押さえて魘されている。そして何より、酒臭かった。
「戦闘機人が二日酔いって」
 姉達を見下ろし、トゥーレは溜息を吐いた。
「あっ、トゥーレ。ここ、すっげぇ酒臭いっスよ」
 隣に、鼻を摘んだウェンディが並ぶ。彼女はセインと共にそれなりの量を飲んではいたが、調節していたので次の日にアルコールを残していなかった。
「私ら、毒に耐性ある筈っスけど、それでもこんな有様になるなんて、さすがドクターの造ったお酒っス」
「そんなん造る暇あるならもっと有意義な事しろって思うけどな」
「皆~、お水持ってきたよー」
 セインが水の入ったコップ複数を盆に乗せて部屋に入って来た。
「あ、ああ……ありがとう、セイン」
 横になっていたチンクが閉じていた瞳を開けて水を受け取る。
「セインちゃ~~ん、私も――あいたたたっ、頭の中から鐘の音がするぅ~」
「怒鳴らないでよ、クアットロ。頭に響く……」
 クアットロとディエチも差し出された水を受け取って飲んだ。
「そーいえば、双子はどうしたの? さっきまでいたよね」
 残ったコップ二つを持って、セインが部屋を見回す。
「あの二人は軽い方だったからな。少し休んで仕事に戻った。クアットロの代わりに」
 オットーは少し飲んですぐに眠り、ディードは少量飲んで騒ぐばかりでそれ以降あまり飲んでいなかった。
「うぅ、私だって好きでこんないだだだだっ」
「だーかーら、喋らないで寝てなよ。こっちにまで被害来る」
 クアットロが頭を抱えて床に転がるのを、ディエチはソファの上から冷たく見下ろした。
「おーい、トゥーレいるか?」
 部屋の外からノーヴェが顔を出した。彼女は一度部屋に倒れる三人を見下ろし、部屋に満ちた臭いに眉をしかめる。
「何やってんだか。トゥーレ、お嬢がそろそろ出発するってよ」
 昨日の宴会後、ルーテシアとアギトはアジトに泊まり、ゼストは一人どこかに行ってしまった。ルーテシアによれば既にミッドチルダ内での合流地点は決めてあり、独自に行動出来るようになっている。
「ああ」
「…………」
「……何だよ?」
 一歩も動こうとしないトゥーレに、その場にいた女性陣の視線が集中した。
「何だよ、じゃないよもう」
「とっととお嬢のとこ行って来いよ。後が怖いし」
「そうっス。ここはご機嫌取りに行ってくるっス。私らの為に」
「はあ? って、押すな。分かった、とにかくルーテシアのとこ行けばいいんだろ?」
 セイン、ノーヴェ、ウェンディの三人に背中を押されてトゥーレが部屋から追い出された。
「トゥーレちゃん、ダメダメね~」
「そういう機微は読める筈なんだが」
「分かっていて分からないフリしたりするんだから。ほんと……」
 トゥーレが追い出されるのを見ていた二日酔い組は好き勝手言った。
「トゥーレの事はどうでもいいとして、ウェンディ、訓練スペース来いよ」
「えぇ~」
「えぇ~、じゃねえ。どっかの誰かが動けないから双子がウーノ姉に取られて、訓練相手足りてねえんだよ」
「私、さりげなくさっきから集中攻撃受けてな~い~?」
「気のせいだって。何でもいいから、ウェンディ来いよ。トーレ姉とセッテがずっと模擬戦してんだよ」
「あの二人、どつき合いしながら観戦してるこっちにプレッシャー掛けてくるんスよねぇ」

 複数ある訓練スペースの内、空戦用に造られた場所で女が二人、激しい空中戦を繰り広げていた。
 手足から伸びるトーレのインパルスブレードとセッテが両手にそれぞれ持ったブーメランブレードがぶつかり合って火花を散らす。
 刃を潰していない武器で互いに容赦の無い攻防を繰り広げている。トーレはその機動性と速さ、手数の多さでセッテに対して積極的に攻撃を繰り出し、セッテは武器のリーチとパワーに加え、姉が持っていない遠距離攻撃を駆使する。
 第三者が見れば姉妹で殺し合っているように見えたかもしれないが、二人にとってこれがいつも通りの訓練であった。
「待機、ですか?」
 ブーメランブレードを下から上へ一直線に振り上げながらセッテが呟く。
「しばらくはな」
 それを半歩分、体を横に移動させるだけでトーレは回避し、妹の疑問にも答えながら拳を顔面に向けて放つ。
 姉妹は攻撃と同時に言葉を発して会話していた。
「聖王の器を発見したと言っても、しばらくを様子を窺う」
 聖王オリヴィエのクローン精製を様々な違法研究機関が行ったのは、スカリエッティが過去に盗んだ聖骸衣から採取した遺伝子情報をバラまいた事が始まりだ。
 今まで、処分済みを含み五体のクローン体をスカリエッティは確認しているが、正常に聖王の器として機能するのは恐らく今回見つけた六体目だけだ。
「いずれ機を見て奪取する。それまでは実戦経験の少ない最後発組は基本待機だ」
「了解しました。……その間、他のナンバーズは?」
「ウーノとクアットロの指示があるまで同じように待機だ。ところで、お前……」
 トーレが右足の足首のインパルスブレードを下に向けて踵落としをする。セッテはそれを左のブーメランブレードで受け止め、武装を僅かに後ろに倒してトーレの踵部分と固定させると、右手に持つブーメランブレードを外から内へと振り被る。
 鎌のように迫り来る刃を、トーレは足の踵が引っかけられた方向へ飛ぶ事で回避する。背中から大気が斬り裂かれるのを感じながら、トーレはセッテの真上に移動する。
 セッテは空打ったブーメランブレードの軌道を変えてトーレに追撃する。
「何でしょうか?」
「……いや、なんでもない」
 二度目のブーメランブレードによる近接攻撃を受け止める。反対側からも来たが、それも受け止める。
「ともかく、お前達の出番はまだだ。まあ、一度当たっておく必要があるがな」
「当たる、とは?」
「機動六課だ。あの新部隊はAMFや戦闘機人を意識して編成されている。隊長格の顔ぶれからしても、過剰な兵力だ。どこまでやれるのか、正確に知っておく必要がある」
「だから、当たると?」
「ああ。その時はお前達でなく私達年長者に――」
 と、二人が会話しながらも膠着状態となっていた時、訓練スペースの扉が左右に開いた。外から、ノーヴェとウェンディが入ってきたのだ。
「トーレ姉、ウェンディ連れてきたぞ」
「連れられました――って、うわっ、ガチンコ中っス」
 入ってきた二人は入り口前で立ち止まり、宙でつかみ合っているトーレとセッテを見上げた。
「……ちょうどいい。私との訓練はここまでだ」
 そう言ってトーレが力を弱めると、セッテも力を弱めて武器を持つ腕を下ろした。
「ノーヴェとウェンディ相手に対集団戦をやってみろ」
「了解」
 トーレが床に着地する。
「お? 二対一でやるんスか? いくら対人戦メインのセッテでも私ら二人はキツいと思うっスけどね」
「お前、さっきと違ってやる気マンマンだな」
 そう言うノーヴェもウェンディ同様に固有武装をしっかりと装備しており、やる気という面ではどっちもどっちだった。
 対して、セッテは無表情のままブーメラン状の武装を空中で構えた。
「三人とも気合い十分のようだな。合図と共に始めろ」
「合図?」
 始め、など言って開始を告げるのだろうかとノーヴェが視線だけをトーレに向けた。
 トーレは一メートル程の幅がある黒い箱を部屋の隅から持ち出して、それのロックを外した。
「ちょっと待てトーレ姉っ! それは反則だろ!」
「え? ――あっ!? それはズルいっス!」
 慌て出す二人を無視して、トーレは箱の蓋を外して本体を両手で持ち抱える。
「では――始めッ!」
 宣言すると同時に箱を大きく振り、中身が宙にぶちまけられる。
 それらは短杖型のストレージデバイスだった。
「IS起動――スローターアームズ」
 セッテの言葉と共に、彼女の足下に幾何学模様が浮かんでダース単位のデバイスが宙に浮遊、不規則だった向きが揃い、セッテの周囲に集まった。
「おい、数がいきなりこっち不利になったぞ。ふざけんな!」
「あんなの卑怯っスよ~。ブ~ブ~」
「……発射」
 二人のブーイングを無視し、セッテは支配下に置いたデバイスで絨毯爆撃を姉二人に浴びせたのだった。





 ~後書き~

 今回はちょっと短め。幕間にでもしようと思いましたが、原作にも被るので五十二話として投稿。

 素朴な疑問なのですが、皆さん何文字くらいで短い、長いと認識されているんでしょうか。自分は普段電子メモで書いているので文字数で判断しているのですが、七千文字以下で短編扱い、一万以上で本話にしています。



[21709] 五十三話 対AMF訓練
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2011/12/25 11:13

 まだ肌寒さを僅かに残す四月の朝、機動六課隊舎の周囲を走る隊員達の姿があった。
 彼女らは午前の訓練前のランニングを行っていた。実働部隊として有事が起こった時の為に体を鍛える事は仕事であり、まだ新人である彼女らは辛い訓練の為にも身体を解す為にランニングをしているのだ。
「…………はぁ」
「ちょっとスバル。景気の悪そうな溜息つかないでよ」
「ごめん。でもさぁ」
「言いたい事は分かるけど、黙っときなさい」
「うん……」
 朝からスバルの元気がなかった。他の三人も雰囲気がやや暗い。
「隊長達は皆、現場に着いたのかなあ」
 六課の分隊であるスターズとライトニングの隊長、副隊長は今朝早くから出撃していた。本来ならスバル達も出撃するべきなのだが、緊急性の低い任務であり、最低限の訓練も終わっていないという事で待機を命じられたのだ。
 足手まといと言われたわけではないが、力不足なのは確かであり、自ら不甲斐無さを感じて四人は多少落ち込んでいた。
「あんたねえ、無駄に元気なのが取り柄なんでしょ。肩落としてないでしっかり走りなさいよ!」
 ティアナがスバルの背を平手で叩いた。
「あいたっ!」
「陸士隊に初配属の時だって、最初はこんなもんだったでしょ。私達に出来る事を一つずつこなしていくのよ!」
「いたぁーっ、分かったから背中叩かないでよ、ティア~~」
 まるで恨みでもあるかのように、背中を連続して叩いてきた。
「ティアさん、怒ってる?」
「多分……」
 年少組が見つめる中、先輩二人のランニングが追いかけっこになりつつあった。
 しばらく走っていると、スタート地点であった隊舎の裏側に戻ってくる。
 普段ならば、教官であるなのはが待っているのだが、今日は任務の為いない。しかし、
「いたたたっ――あれ? ねえ、ティア、あれってもしかして……」
 ティアナに追いかけられていたスバルが立ち止まる。
「なによ? って、え?」
 追いついてきた三人も立ち止まり、スバルの視線の先にあるものを見て驚いた。
 裏口前、普段ならなのはが立っている場所に、ある一人の女が立っていた。
 陸士とも空士とも違う制服を着ており、胸には古びた大きな本を抱えている。だが、何よりスバル達が驚いたのは女の顔だ。
「リイン曹長?」
 腰まで届く長い銀髪に赤い眼、そしてその顔立ちは非常にリインと似ていた。瓜二つとも言っていい。
「でも、大きいですよ?」
 人形のように小さなリインと違い、銀髪の女の身長は人間サイズ、スバルやティア並の身長があった。
「すごい。一日であんなに成長しちゃった」
「スバルさん、さすがにそれはないと思います」
 と、四人が大人版リインを見て戸惑っていると、当の本人が彼女らの存在に気づいて振り返る。
「顔を会わせるのは初めてだな。リインフォース・アインストだ」
 いつも笑顔のリインと違い、感情の読めない無表情な顔で銀髪の女が四人に挨拶した。
「リインフォース……」
「アインスト……?」
 リインと同じようでいて違う名にエリオとキャロが首を傾げた。一方、心当たりがあったのか、スバルとティアナは何かに気づいたような顔をした。
「もしかして、リイン曹長のお姉さんって言う……」
「その認識で間違ってない。プレゼンの時、私はまだ六課に来ていなかったからな。知らなかったのも無理はない。改めてよろしく頼む」
「あっ、はい、よろしくお願いします」
「ああ。それでは、行こうか」
 言って、リインフォースは踵を返して歩き始める。
「行くって、どこにですか?」
「これから訓練するのだろう? 私は高町教官の代わりだ」
 一度振り返って答え、リインフォースはどんどん先に行ってしまう。
 残された四人は互いに顔を見合わせ、慌ててその背中を追った。

 デバイスの準備を終えて演習場に集まった隊員達は、先に行って待っていたリインフォースの前に並んだ。
 周囲環境を選ぶことが出来る演習場は、基礎メニュー時によく使う森林に設定されている。
「高町教官の代わりと言っても、私は基本見ているだけだ。魔法関係の事ならともかく、私は人に何かを教えると言った事が苦手だからな。普段通りに皆は基礎メニューをこなしてほしい。ただし、少し特殊な環境下でそれを行ってもらう」
 リインフォースが正面に立つ四人に見えるよう、大きめのモニターを表示する。そこにはガジェットドローンの映像が映っていた。
「この機械兵器の機能、AMFの攻略法については既に学んだな?」
「はい。フィールド外からの魔法による熱や衝撃の間接攻撃、対AMF用の殻を纏わせた射撃魔法、それとAMF発生率を上回る魔力量での力押しなどですね」
 ティアナが大まかな方法を答える。
「ティアナが言ったのはフィールド外での攻撃方法だが、ならばフィールドに囲まれた時はどうする?」
「魔力量で無理矢理に攻撃するしか……」
「でも、それが出来るのはこの四人じゃスバルさんしかいませんよ」
 四人の中で魔力量が一番高いのはスバルであり、力付くでAMFを突破できる程の量を持つのも彼女のみだ。年少組のエリオとキャロはまだ伸び盛りだが、スバル程の魔力量を持てるかどうかは分からない。
「フィールド内では射撃メインのミッドチルダ式は手も足もでなくなり、ベルカ式でも通常の武器でこの機械兵器の装甲に傷を付けるのは無理だ。魔力量にものを言わせても、AMF濃度によってはそれも難しくなる可能性がある」
 リインフォースの説明に、皆が困ったように黙り込む。
 AMFの特性は初日に文字通り体感した。外からの攻撃なら間接にダメージを負わせられるが、フィールド内では魔法そのものが使用できなくなる。特にベルカ式の近接戦闘メインのスバルとエリオはそれを実感しただろう。
「今まではそれぞれのデバイスにされた細工でAMFを再現し、ダミーを相手に模擬戦していたが、今日はよりAMF下に近い状況、広域AMF下を想定した基礎訓練を行ってもらう」
「でも、AMF内だと魔法は使えず基礎訓練もまともにできなくなると思います」
 キャロが不安そうに呟いた。彼女は主にブースト魔法を使う。AMF下で魔法が使えなくなれば、仲間の補助もフリードの強化も出来なくなってしまう。
「AMFはジャマーフィールドで、魔法や魔力そのものを無効化している訳では無い」
 リインフォースが新たなモニターを表示させる。機械兵器などの画像では無く、フィールド系魔法の簡略図とその魔法構成を細かく表示したものだ。
「このデータが示すとおり、あくまで魔力結合を分解するフィールドで、魔力の結合が解かれた結果、魔法もその効力を失うのだ。それに、絶対に魔力結合を分解できるという訳でも無く、限度がある。現に古代ベルカの一部地域では対AMF訓練を行っていた記録が――」
 魔法の講釈を始め、次第には古代史まで混ぜてリインフォースが淡々と話し始めた。
 スバル、エリオ、キャロは内容が理解できず首を捻り始め、大まかに理解しつつも段々と内容に追いつけなくなったティアナは頬を引き攣る。
「あ、あの、すみませんが専門的な話は分からないので簡単に言ってくれませんか?」
 応用魔導学の内容まで含み始めたあたりでとうとう限界がきた。
「ん? ああ、そうだな。話が脱線するところだった」
 ティアナの言葉にリインフォースは話すのを止めて、開いていたモニターを全て閉じた。
「簡潔に言うと、AMF下でも魔法を使うのは不可能では無い。そしてそれを行うのに必要な要素は、ジャマー能力を上回る魔力結合力と魔法構成力だ。それを意識して基礎訓練をしてもらう」
「つまり、普段以上に魔法の構成や運用に気をつかえばいいんですか?」
 エリオは小さく手を挙げて質問する。
「いや、それだけだと実感がわかないだろう。なので、実際にジャマーフィールドの中で訓練を行う」
「AMFを使用するんですか?」
 機械兵器が使用しているので印象は薄いが、AMFは元々が上位フィールド魔法だ。難しい魔法である上使いどころが難しく、ジャマーフィールドを発生させれば術者本人の魔法まで遮ってしまうので使う者は少なく、実用性も低い。
 AMFの対策がなされていないのはそういう理由と、誰も機械兵器にジャマーフィールドの機能を搭載できるとは思ってもみなかったからだ。
 しかし、それが出来る技術者が、しかも犯罪者としていたからこそ急遽AMFの対策が取られているのだ。
「いや、同じジャマー効果を持つ魔法を使用する。そちらの方が調整がしやすい」
 言って、リインフォースが魔法を発動させる。黒い光を放つベルカ式の魔法陣が二つ現れ、足下でそれぞれ時計回りと反時計回りに回転する。
 変わった魔法陣だと、ティアナが思った時だ。体に違和感を感じた。
「……あれ?」
 体全体で感じる違和感に、ティアナは腕や足を動かしてみる。
「ティア、何か重くない?」
「私の体重が重くなったみたいに言わないでよ」
 スバルが何を言いたいのか分かっている。隣を見てみれば、エリオやキャロも同じ感覚を得ているようで、戸惑った風に自分の体を確認していた。
 重い、と言うよりは抵抗があると言った方が正確かもしれない。水の中にいる程ではないが、似たような抵抗感がある。
「ジャマーと同時に、体に均等に負荷をかけた。その状態で基礎訓練を普段通りに行える事が対AMF訓練における目標だ。それでは各自、訓練を行ってくれ」
 そう言うと、リインフォースは近くの木の幹に寄りかかり、抱えていた大きな本を開く。
「…………ん? どうした? 私の事は気にせず訓練するといい。それとも、負荷が強すぎたか?」
 新人達はその場に立ったまま戸惑った様子で動いていない。
 ただ、負荷が強くて動けないという訳では無いようだった。四人を代表してか、ティアナが口を開く。
「あの、フィールドの範囲はどのくらいなのでしょう?」
 フィールド系魔法には当然展開できる範囲が決まっている。その範囲如何によっては、体を動かす訓練が限られてしまう。
「ああ、それならこの演習場から出なければいい」
「…………それって、まさか演習場全体を覆うフィールドを展開しているんですか!?」
 ティアナが驚きの声を上げる。
「ああ。広域魔法は得意だからな」
 そんな理由で広い演習場をフィールド魔法で覆われては堪らない。ジャマーフィールドであるAMFはかなり上位の魔法という事もあり、何に驚いているのか分からず首を傾げているリインフォースを見て、四人は唖然するのだった。



「これは本気で厄介ね」
 正午をまだ過ぎていない時間、森林を再現した演習場で朝からずっと射撃魔法訓練を行っていたティアナはぼやいた。
「もう一度」
 銃型の自作デバイスを的に向け、射撃魔法を試みる。だが、何の反応を見せる事も無く、魔力を無駄に消費して徒労に終わった。
 魔法や術式、ティアナの技量に問題があるわけでは無い。演習場全体に張り巡らされたフィールドのせいによるものだ。
 リインフォースが展開するフィールド魔法、本人が言うには広域支配魔法は、AMFと同じジャマー効果を再現していた。
「こんな簡単な魔法まで使えないなんて、さすがにショック受けるわね。キャロの方はどう?」
 少し離れた所にいるキャロに聞く。
「こっちもです。射撃魔法も、ブースト魔法も使えません」
 自分の頭よりも少し高い位置に滞空する小さな翼竜に向けて両手を伸ばしながらキャロは答えた。一見すると召還獣の翼竜と遊んでいるように見えるが、キャロはフリードに対して幾度もブースト魔法を試していた。
「そっか。やっぱり魔法構成が甘いのかしら。でも、時間掛けたところでジャミングされるし。手早く且つ正確に魔法を発動させるしかないわね」
 ジャミング内では魔力結合を崩壊させられてしまう。スピード良く魔法を発動させても構成が甘くては途中で効力を失い、魔法の構成に時間を掛けても未完成状態でジャミングが入る。
 基礎力が高くなければ、AFM内で魔法を使うのは不可能だ。
「少し休憩しましょう。流石に集中し過ぎたわ」
「はい」
 ティアナはキャロを連れだって、リインフォースのいる場所へ歩きだす。
 魔法らしい魔法を使う事は出来なかったが、魔法を公使する為の集中力、それに長時間の体への負荷は思いの外疲労する。
「そうだ。スバル達にも一応休憩を取るよう言っておかないと」
 ティアナは通信用モニターを開く。
 こういうのは制限受けてないのよね、と取捨選択できるリインフォースの広域魔法にティアナは呆れるしか無かった。
「スバル。こっちは一度休憩するけど、あんた達もちゃんと休んでおくのよ」
『う、うん、わかったよ~』
 モニターに写るスバルは腰を曲げ、両手を膝の上に付いて荒い息を吐いていた。その後ろではエリオが地面に尻餅をついて荒い呼吸を繰り返していた。
 前衛側と後衛側とでは主に使用する魔法が違う為、彼女達は二手に分かれて訓練していた。ジャマーフィールド内であるので、ティアナとキャロは極簡単な後方支援の魔法を、スバルとエリオは魔力付与ができるか試し続けた。
 結果は見ての通り成功していないようだ。
 すぐに行くという返事を聞いてから通信を切り、ティアナとキャロはリインフォースのいる場所に到着する。
 リインフォースはいつの間にか地面にレジャーシートを広げて座り、膝の上に持っていた大きな本を読んでいた。
 はやてやリインが持っているような魔導書型ストレージデバイスかと思えば、どうやらただの古書のようである。
「休憩か?」
 ティアナとキャロに気づいたリインフォースが顔を上げた。
「はい。スバル達ももう少ししたら戻ってきます」
「そうか。なら、休憩の間だけでも負荷を無くそう」
 リインフォースがそう言った瞬間、全身に掛かっていた抵抗感が二人から消えた。
「あっ、軽くなりましたよ」
 途端に、消えた負荷に体が軽くなったような錯覚を覚える。
「魔法も使える……」
 ティアナが指先に小さな魔力スフィアを作った。今まで出来なかった魔力結合が簡単に行える。それはジャマーが切れた事を示していた。
「さっきまで全然使えなかったのに。この調子じゃあ、隊長達と一緒に出動しても……」
 今回リインフォースがジャマーフィールドを展開し、AMFを想定した訓練を行った点から機動六課が機械兵器を量産し戦わせている組織への本拠地制圧を視野に入れているのが伺える。
 今のような有様では、その時は足手まといになってしまう。
「そう落ち込むな」
 ティアナの様子を察したリインフォースがレジャーシート同様にいつの間にか用意していた、スポーツドリンクの入ったボトルをティアナとキャロに手渡しながら言う。
「AMF内で魔法を使うのは、主はやてや他の隊長達でもデバイスの補助無しでは無理がある。そのデバイス、カートリッジ用だろう?」
「ええ、まあ。あとはアンカーガンや照準指定に使ってるぐらいですね」
 ティアナの持つ自作デバイスはカートリッジシステムを使う為に作ったと言ってよく、通常のデバイスと比べてその機能は限定されている。
「本来ならこの環境下での訓練はもっと後の予定、四人に新しいデバイスが完成した頃に行う筈だったんだ」
「新しいデバイス、ですか?」
 聞き返したティアナの言葉に、リインフォースは、あっ、という小さな声を漏らして視線を空に向ける。
 そして視線をすぐに戻したかと思うと、
「今のはナシだ」
 と言った。
「えーー……」
 思わず二人からそんな言葉が出た。
 本当に無かった事にするつもりなのか、リインフォースは淡々と話し続ける。
「今日はまだ初日だ。今出来なくとも、少しずつやっていけばいい」
「はぁ……」
 リインフォースの事は人伝に知っていたティアナだが、会うのが今日初めて。どう対応していいか非常に困った。
「そ、そういえば、リインフォースさんはリイン曹長のお姉さんなんですよね。やっぱりロングアーチで、はやて隊長のサポートを?」
 キャロが慌てて話題を振った。
「いや、私は遺産協会からの出向だからな。実働に関わらない。それに、部隊指揮は私には向いていない」
「そうなんですか?」
「経験が無い。そういう点は他のヴォルケンリッターの方が経験豊かだ。私は、戦う時は魔力量にものを言わせた物量だからな。そういった事は不得意だ」
「でも、この広域支配魔法ならその場にいるだけでも凄い効果はありますよね」
 広い効果範囲に対象指定まで出来るのはあらゆる場面で活躍できる能力だった。
「そうかもな。ところで、スバルとエリオも休憩を取ると言っていたが、遅いな」
「そうですね……さっき連絡を入れたのでもうすぐ来ると思いますが」
「でも、やっぱり遅いです。訓練に夢中になってるんでしょうか?」
 キャロの指摘にティアナは有りうると思い、通信で呼び出そうと考えた。同じ部隊で、同じ時間に訓練を行っているのだからある程度歩調を合わせなければ連携を取り辛くなる可能性がある。
 だが、ティアナが行動に移すよりも早くリインフォースが動いた。
 動いたと言っても、リインフォースが首を横に向けただけだ。その結果、彼女の視線の先にある木々が倒壊を始めた。
「は?」
 いきなりの現象にティアナとキャロは間の抜けた声を発した。
 見えない力によって左右に開いた森の奥、そこにはスバルとエリオがいた。二人は突然道となった森を驚きの表情で見ていた。
「どうやらここに向かっている途中だったようだな。前衛組は後衛組より肉体への負荷を強くしていたから、そのせいで遅れたようだ」
「…………」
 ただ邪魔だったものを手でどかした程度の認識なのか、自分がたった今行った所業などなんでも無いようにリインフォースは振舞う。
 もう言葉が出ないティアナはドリンクを煽るようにして飲んだ。
「フェイトさん達の任務、どうなってるかなあ」
「……もしかして軽く現実逃避入ってない? キャロ」



 ミッドチルダ南部、都心から遠く離れた広野に廃棄された工業地帯があった。随分と古い建造物らしく、昔は舗装されていた筈の道路には雑草が生えてひび割れ、一部の壁には植物が生い茂っていた。
「なんつーか、忘れられた場所って感じがするな」
 空から工場地帯を見下ろしていたヴィータが呟く。
「記録だと時空管理局設立前にはあったみたいだね。首都との交通の便を考えて放棄されちゃったようだけど」
 隣ではなのはがモニターを開いて工業地帯の過去のデータを見ていた。
「まあ、何だっていいけどよ。ガジェットドローンの反応があったって本当なのか? 影も形もねえぞ」
 なのはとヴィータ、スターズ分隊の二人はガジェット反応があったと報告を受け、反応のあった工業地帯に調査の為にやって来ていた。
 同じように反応のあったミッドチルダ北部の森林地帯にはライトニング分隊のフェイトとシグナムが向かっている。
「サーチャーを飛ばしてるけど、少なくとも地上にはいないみたい。でも、ここって地下施設があるみたいで、反応はそこからかな? 秘密生産工場を造るにはうってつけの場所だよ、ここ」
 なのはが別のモニターを確認するが、サーチャーとのリンクが地下という環境のせいか不完全だった。
「やっぱり、正確に分からないかな」
「どのみち、直接行って確認する必要あるんだ。さっさと降りてみっぞ」
「そうだね。こちらスターズ、今からガジェット反応確認の為に地下へ降ります」
 通信管制を行っているロングアーチへ報告を入れ、二人は地上に降りて地下へと繋がる工場内へ入る。
 パックアップから送られてきた地図を表示させながら地下へ繋がる入り口に向かって二人は暗い工場内を歩く。
「埃がすげえ積もってっぞ。何の気配もねえ」
 一歩足を動かす度に舞う大量の埃から、華や口、目を庇いながらヴィータがぼやく。
「ほんと、静かだね。ここまで来てるのに何の反応もないし……外れだったかな?」
「かもな。とりあえず、一番奥まで行ってみようぜ」
「うん。それで何も無かったら、後はフェイトちゃん達の報告待ちかな」
 二人は会話をしながら、地下深くへと通ずる長い階段を下りていく。背後の天井から、人差し指を伸ばした人の腕が生えている事に気付かずに。



 暗闇の中、スカリエッティのアジトの一室でトゥーレは一人部屋の中央に立っていた。
 意識を集中させて赤黒い魔力光を放つ魔法陣を展開させる。
『トゥーレ、準備はいいかしら? 皆はもうポイントに到着しているわよ』
 トゥーレの顔の横、モニターが開いてウーノが経過を確認してきた。
「ああ、いいぞ」
『それじゃあ、ガジェットドローンを起動させるわ』
 ウーノがそう言った直後、暗闇の中から黄色い光点が現れる。
 一つだけではない。トゥーレの周囲から十、百と暗闇の中でその数を増やす。増えた光源によって、その正体が暗闇の中からぼんやりと浮かび上がった。
 それは、スカリエッティが設計し生産された機械兵器だった。管理局側によってガジェットドローンと名付けられた兵器。そのⅠ型とⅡ型が壁を覆い尽くす程並んでいる。
 トゥーレのいる部屋は生産されたガジェットドローンの格納場所であった。アジト内で機能する生産工場にて造られた機械兵器は一度ここに保管され、必要によって順次出撃する流れになっている。
 機械兵器に囲まれたトゥーレは転送用魔法陣を左右に一つずつ展開させる。魔力量にものを言わせた転送魔法陣は通常のものより面積が四倍以上あった。
 輝く二つの転送用魔法陣の上に、ガジェットドローンらが浮遊しながら移動する。
 魔法陣の上に移動した機械兵器は中心に近い順から光に包まれてその姿を消していく。
 十分後、全ての機械兵器が姿を消し、一人部屋に残ったトゥーレは魔法陣を消して浅い息を吐いた。
『ご苦労様』
「さすがにこの数だと疲れるな。これならルーテシアにもう少し残ってもらえば良かった」
『共同作業ね。おめでとう』
「妙なミュアンスで言うな。それに何だ、おめでとうって。どういう意味だよ」
『さあ? それはともかく、あの子達からの報告が来るまでお茶にしましょう。ドクターも待ってるわ』
「最後のですっげえ行きたくなくなったな」



 北部の森林地帯に到着していたライトニング分隊の二人が空から森を見下ろしてガジェットドローンの捜索を行っていた。
『どうだ、テスタロッサ。そちらで何か見つかったか?』
 手分けして辺り一帯を警戒していたシグナムが念話でフェイトに呼びかける。
「ううん、何も。ガジェット反応が最後に確認されたのはこの辺りの筈なんだけど」
『隠れているのか、それとも逃げた後か』
「今までのガジェットドローンの行動から、その二つの可能性は低いと思う。でも、ロストロギアが無いのに一カ所に集まるのは初めてだね」
 物言わぬガジェットドローンの目的は明白で、それはレリックを初めとしたロストロギアの回収だ。機械兵器が集まるところにロストロギアがあり、ロストロギアがある所にガジェットドローンは集まると言っていい。
 だが、フェイト達が調査している森林地帯にはロストロギアの反応が感知されていない。
 既にガジェットドローンが回収して撤退した可能性もなくはないが、反応があってからフェイト達が駆けつけた時間を考えると逃げる暇は無かった筈だ。
『もしかすると、基地或いは機械兵器の生産工場があるかも知れないな』
「でも、森に人が踏み込んだ跡がない」
 執務官として多くの違法研究施設を摘発してきたフェイトだ。そう言った経験から、空からの偵察からでもある程度わかるようになっていた。
 物資の移動や人が通った跡など、何らかの施設があれば同時に見つかる人の気配が無く、何の変哲も無い緑豊かな森林地帯にしか見えない。
「もう少し探索してみて、異常がなければ帰投しよう」
『そうだな。この様子だと、ヴィータ達の行った工場地帯の方も――』
 シグナムが言いかけたその時、隊舎から通信管制などパックアップを行うロングアーチからの通信が割り込んで来た。
『こちらロングアーチ。たった今スターズがガジェットと接敵しました!』
「――っ!」
 慌てたようなシャリオの報告に耳を傾けながらも飛行していたフェイトが急に空中に停止する。
『これはおそらく――』
 言葉の途中で通信が突然途切れた。だが、フェイトは驚く様子も無く、無用となった通信用モニターを閉じる。目の前に浮かぶ人物を警戒しながら、だ。
 フェイトの前に立ちはだかるようにして茶色の外套を身につけた人物が宙に浮いている。そして、その周囲に森の中から飛行型の機械兵器群が突然飛び出し、二人の周囲を旋回し始める。
 どうやって隠れていたのか、現れた機械兵器に驚きながらもフェイトは目の前にいる人物を注視する。
 茶色い外套に隙間から見える手足の青いボディスーツ。それは、昔エリオを浚い、フェイトと相対した者達と共通していた。
 誘い出されたと、フェイトは判断した。
 シャリオからの通信は途中だったが、おそらく工場地帯にいるなのは達や別の場所にいるシグナムも似たような状況になっているだろう。
「……何者ですか?」
 無駄だと分かっていながら、職務上聞く。この手の質問にはまともに返された事は滅多に無い。そして、今回もまた予想された返答が返ってきた。
 茶色の外套の人物が無言で攻撃を仕掛けてきたのだ。



「……グリフィス君はどう思う?」
 椅子に腰掛け、椅子の手摺りに肘を乗せて頬を支えながら正面に浮かぶ大型モニターへの視線を動かさずにはやては隣に立つグリフィスに言葉を掛ける。
 彼女がいるのは機動六課隊舎内にある指令室だ。眼下の、一段下には各分隊をサポートするロングアーチの隊員達がコンソールを慌ただしく操作している。
「待ち伏せでしょうね。ただ、相手側の予想戦力を考えると、これでは少ないように思います」
 二人が見る大型モニターにはスターズとライトニング、それぞれの分隊の様子が分割して映っていた。
 現在、機械兵器とそれを指揮していると思われる戦闘機人達に分隊が襲撃を受けている。
 AMFの影響で通信が妨害されており、今映っている映像も現地の安全管理や監視を任されている陸士部隊からの望遠映像だ。
「だよねえ。わざわざ南北に分断しておびき寄せたのに、この戦力配置はちょっとおかしいわ」
 どちらか一方を足止めし、残り一方に戦力を集中させるのが定石だ。それをしないのは何故か。
 足止めの戦力ならば機械兵器がある。壊しても壊しても出てきては破壊活動を行っているガジェットドローンだ。足止めの戦力として申し分無い筈である。
「だとすると……威力偵察ってところやなあ」
「威力偵察、ですか?」
 腑に落ちない相手の行動に対してのはやての結論に、グリフィスは疑問を持つ。
 自分達が目標としている敵がこちらに関しての情報を入手しているのは想定内だ。だからこそ、管理局全体でも数の少ないSランク揃いの隊長達を相手に、わざわざ姿を見せて威力偵察とは考え難い。
「グリフィス君、私ら機動六課が追っている相手はどんなんやったっけ?」
「はあ……」
 言われ、グリフィスは数年前からその相手を追っているフェイトが提示した情報を思い出す。そこで一つ思い当たる情報があった。
「自己顕示が強いタイプだとありましたが、まさか……」
「そのまさか、だと思うわ。自慢したいんやろなあ。多分、今回のは顔見せの意味もあるわ。わざわざガジェットのパーツに自分の名前彫るような男やもん。そんな目立ちたがりが、まさか自分の成果を人に見せないってのは無い」
「そんな理由で……」
「愉快型で科学者な犯罪者の考える事や。共感せずとも理解しような。規模が大きく差があるけど、その手の人は結構いるよ。暇な時にでも、過去の事件とか見てみるとええわ。世の中、いろんな人がおるんやなあって、思えるよ?」
「それはまたの機会に。それよりこの状況、どうします? 今からでもランスター陸曹長達にCWシリーズを装備させて出動させてはどうでしょうか?」
 二人が見ているモニターでは、地下へ行ったなのは達の姿が見えず、工場地帯を取り囲むようにカプセル型のガジェットドローンが集まっている様子だけが映っている。森林地帯のフェイト達も姿が遠ざかっており、戦況が正確に伝わってこない。
 撮影している陸士達の実力ではこれ以上の接近は危険だ。
「いや、最低限の対AMF訓練を終えてもいないのに出せへんよ。今から使い方教えても使いこなせるとは思えんし、CWシリーズは重くて取り回しが利かん。どのポイントからも遠くて間に合わんしね」
 予想通り偵察ならばそう長い事時間を掛けて来ないだろう。飛行魔法が使えない彼女達をヘリに乗せ、出動させて現地に到着する頃には戦闘は終わっている。
「何よりあの子達はある意味切り札や。成長途上で、これからどんどん強くなる。最終的な戦力が読み難い不確定要素。敵にとってこれほど厄介な相手はおらん」
 だからこそ、最低限の力を付ける前に何かあっては困る。
「それに――」
 はやては手に頬を乗せたまま、誰に向けたか挑発的な笑みを浮かべた。
 その尊大な態度の上で細められる彼女の目を横から見ていたグリフィスの背に、冷たい汗が流れる。
「まさかあの程度の戦力で六課の隊長達をどうにか出来るなんて……嘗めてもらったら困るわ」





 ~後書き&補足~

 クリスマス。自分は今、外に出ることなく家に引き篭もってカチャカチャとキーボード叩いたりゲームしています。何が言いたいかと言うと、リア充爆発しろ。

 それはともかく、リインフォースの広域支配魔法ですが、ジャマー効果を付加させる事ができます。しかも、特定の人物や魔法に限定する事ができ、フィールド内で敵が魔法使えず体が動かないのに味方は撃ち放題とか、そんな反則が出来たりします。ゲームだと台バンもの。



[21709] 五十四話 威力偵察
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/01/14 16:49
 なのはは広い空間でレイジングハートを構えたまま低空飛行を行っていた。
 そこは地下倉庫だったのだろう。地下の空間とは思えないほど広大な空間が広がっている。放棄されて久しく、当然のように明かりは無い為に、闇が包んでいた。
 突如、風を切る音と共に暗闇の中から白刃がいくつも飛来してくる。
 完全な暗闇からの奇襲、音に反応できるが見えない分体の動きは遅れるが、周囲を覆うバリアがそれを防ぐ。
 飛来した刃は柄の短い、投擲用のナイフだ。ナイフはバリアを貫くことなく阻まれる。だが、勢いを失って落下する直前にナイフが発光、爆発を起こした。
 バリアは揺れるものの、破壊されない。
「シュートッ!」
 杖型のデバイス、レイジングハートの先端をナイフの発射源と思われる方向へ向け、なのはが射撃魔法を撃つ。
 桜色の魔力光弾が光の尾を引きながら暗闇の中へ吸い込まれるようにして飛んでいく。
 いくつかの爆発が起きるが、手応えが無い。直後、別の暗闇から投げナイフが飛んでいく。
 なのはは強固なバリアでそれを受け止め、続いて起こる爆破も防ぐ。
 起こる爆煙を振り払い、なのははその場から離れた。 そしてそのまま移動しつつ、自動誘導の射撃魔法を放ちながら飛行する。
「……本気じゃない?」
 こちらの攻撃が直撃しているようには思えない。それなのに、一方的に攻撃できる状況なのに向こうからの攻撃は散発的で積極性に欠ける。
「だからって、このままなのは不味いかな。早くヴィータちゃんと合流しなきゃ」
 ヴィータとは、工場地下に入ってしばらくした後、トラップにより分断されていた。
 二人の実力ならば、壁や瓦礫など破壊して道を作る事も可能ではあったが、分断された途端に爆発するナイフが降り注いだ。この時点で罠だと気づいたが遅かった。
 どう合流しようか考えていた時、暗闇の中から赤い光が生まれた。
「くっ」
 次の瞬間、なのはに何条もの光線が襲いかかる。前方に張ったバリアで容易に防げる攻撃ではあるが、問題はそれを撃った存在だ。
「ガジェットドローン……」
 暗闇の中から魔力結合を崩壊させるAMFを持つ機械兵器。どこから来たのか、それが数機、群を成してなのはに襲いかかった。

「あーっ、もう、しつこいんだよ!」
 柄の長いハンマー、グラーフアイゼンを振り回して、ヴィータは苛立たし気な様子で突進して来たガジェットドローンを正面から打っ叩く。
 ヴィータの魔力付与を無効化出来なかったⅠ型は、そのカプセル状の体を鉄槌によって上から叩き割れてあっさりと破壊される。
「手間取らせやがって。早くなのはと合流しねえといけねえってのに」
 ヴィータは薄暗い廊下にいた。なのはと分断されてから今まで、次々と襲ってくる機械兵器群と戦っていたのだ。
 彼女は敵の気配が無いのを確認すると、機械兵器の残骸を避けながら急ぎ奥へと進んで――
「ぶっ!?」
 行こうとしていきなり転けた。
「…………」
 一度床に倒れた身を起こし、黙ったまま自分が転けた場所を振り返る。
 床近くに、丁度足を引っかけそうな位置にピアノ線が張ってあった。
「うがーーっ!!」
 叫びながら周囲の床と壁をグラーフアイゼンで叩き壊す。
「さっきからコソコソと、ウザったいんだよ! 隠れてねえで姿を見せやがれ!」
 怒鳴るが、反応は無い。
 ブーピートラップなど、今更そのような単純な物に引っかかるヴィータではない。現に機械兵器の残骸を避けて移動する時には当然足下の確認をしている。
 その時はピアノ線などなかった。ヴィータが目を離した瞬間に仕掛けでもしない限り、彼女がトラップに引っかかるなどありえない。
 ピアノ線が張られている壁を見てみれば、留め具で固定されている訳で無く、壁から生えたように伸びていた。
 どのような能力か分からないが、ともかく敵が隠れ潜んで罠を随時仕掛けているのは確かだろう。
 今の一度だけではない。ガジェットドローンと戦っていた最中も同じようにワイヤートラップが何度も仕掛けられ、ヴィータの動きを邪魔していたのだ。
 先程から嫌がらせのようにこちらの動きを邪魔するブービートラップに、ヴィータは怒りを隠せない。
「くそっ、見つけたらただじゃおかねえからな」
 姿を見せぬ相手に捨て台詞のようにして言葉を吐き、ヴィータは飛行魔法で移動する。
 低空飛行で床の残骸を避け、高速で廊下を進む。これならば正面に仕掛けられたのさえ注意していればブービートラップ等に掛かりはしない。
 と、思った瞬間、頭上に影が差した。
「ぶっ!?」
 金タライがヴィータの頭上に落下した。
 軽快な音と共に、頭に受けた衝撃でヴィータは床にヘッドスライディングを決めた。飛んでいた勢いもあって数メートルの距離を勢いよく滑り、止まる。
「……………………」
 静寂の中、床に落ちたタライの回転する音だけが聞こえた。
「……………………」」
 ゆっくりと体を起こしたヴィータは幽鬼のような表情だった。
「――ブッ殺す」
 公務員として問題ある発言が漏れた。
「アイゼン!」
 生気を感じさせない顔から鬼の表情へ一転。大きくグラーフアイゼンを振り被った。
 忠実な鉄の伯爵は主の願いを聞き入れ、ハンマーヘッドを巨大な物へと変える。
「ギガント、ハンマァァーーーーッ!」



 人の手が加えられていない森の中、シグナムは障害物となる枝や草、地中に出た木の根を踏みつけながら駆けていた。
 視線を空に向ける。青一面の景色に、金と紫の光が煌めいていた。
「……――ッ」
 シグナムは走っている途中でいきなり屈み込む。直後、先程まで彼女の頭があった位置に橙色の光が通り過ぎる。一つだけではない。いくつもものエネルギー弾がシグナムに襲いかかる。
 身を低くしたまま走るシグナムは一度大きく跳び、太い木の枝に跳び移る。すかさず木々が密集した隠れるのに丁度良い場所へ跳び降りた。
「厄介だな」
 太い幹に背中を合わせ、シグナムは今の状況を簡潔に言った。
 彼女は狙撃手に狙われていた。
 森の中から見上げる事の出来る、遠い山の方からの狙撃だ。
 遠距離からの狙撃弾を撃つ魔導師は時空管理局の中にも多くいる。六課の中にも、今はパイロットとしているが、ヴァイスが狙撃の技能を持っている。
 だが、シグナムを襲う狙撃手は射程距離と照準精度、そして何より威力が違った。長い時を戦い続けてきた彼女でも敵の狙撃手程の実力を持つ者はいなかっただろう。
 遠方から放たれた橙色をした線状のエネルギーが、シグナムが身を隠す木に当たる。
 エネルギー弾は太い木の幹をたやすく貫通した。
 シグナムはシールドを展開、弾道を逸らす為僅かに斜めに傾ける。そのまま受け流していくが、掛かる重圧に体が押される。
「ぐ、く……」
 踏ん張る足が地面に線を描く。
 ようやくエネルギー弾が消えたかと思えば、重圧が消えた瞬間に周囲から十機以上のガジェットドローンⅠ型がシグナムへ向け、木々の間を抜けて来る。
 レヴァンティンとその鞘を持ち、狙撃を警戒しながらシグナムは機械兵器群を迎え撃つ。
「相性が悪いな」
 シグナムは近接戦闘を主体とするベルカの騎士。遠距離への攻撃手段は限られている上、今まで経験した事の無い距離からの狙撃だ。
 遠すぎて、方向は分かるが正確な位置が不明だ。飛行し接近を試みても逃げられる可能性が高く、障害物の多い森の中にいるシグナムを正確に狙い撃つ相手だ。途中で撃ち落とされる事も有りうる。
「それにこれは明らかに足止め……。まず対処するのは向こうか」
 機械兵器を破壊しながら、上空に再び視線を向ける。
 未だ金と紫の光が、フェイトと敵の攻防が繰り広げられていた。

「プラズマランサー――ファイアッ!」
 円錐状の魔力光弾が六つ、フェイトの周囲から目標に向けて放たれる。
 高速で穿ちに来る魔力光弾。それに対してフェイトと敵対する人物は回避運動を取る様子は無い。
 だが、茶色の外套を羽織った人物はフェイトに向かって前進しながら身を捻り、魔力光弾同士の僅かな隙間を潜り抜けた。
 翻った外套の裾を貫いただけで終わった魔力光弾が互いにぶつかり、空中で爆発する。
 最短を行きながら最小の動きで光弾を避けた人物がフェイトに向けて拳を叩き込んで来た。
 フェイトはその打撃を、電流を纏わせた左手の籠手で受け止める。
「貴女は……」
 籠手を通じて流れている筈の電流に怯む素振りさえも見せない相手の顔をフェイトは見た。
 風や体の動きで翻る外套から覗く背が高いながらも曲線ある体に、その顔立ちから女であると知れた。
「――ハァッ!」
 右腕に持つ試作型第五世代デバイス、大剣型に変形したバルディッシュを相手に向かって振る。
 相手は上へ飛んで魔力刃を避けた、かと思うとすぐに体を前に回転させて踵を落とす。その足首にはナイフのようなエネルギー羽が発生している。
 フェイトは頭上に落ちてくるそれをシールド魔法で受け止めると同時にバルディッシュによる刺突を行う。
 普通なら回避が不可能の体勢で、女は落とした踵を上へ上げながらバク転して避けてみせた。空を飛んでいるから出来る芸当だが、だからと言ってその切り替えの早さは普通では無い。更に、一回転した後に降下するような勢いで飛び蹴りが放たれる。
 大きく後ろに飛び退き、蹴りを避けたフェイトはそのまま飛びながら身を捻ってそのまま女から離れる。
 武器からしてリーチにおいてフェイトが有利ではあるが、相手の格闘能力と所々で見せる予測を越える機動がその差を埋めている。
 ならば、スピードで翻弄しながら自分の優位を保つ。
 フェイトの飛行速度が加速する。
 二人の周囲を大きく旋回するだけだった飛行型のガジェットドローンの一部が、距離を取り始めたフェイトに熱線を発射しながら方向を変えた。
 だが、フェイトは十の熱線を軽々と横移動で回避し、ガジェットドローンが反応するよりも早く接近して密閉型魔力刃で機械兵器を通り過ぎ様に斬り裂く。
 あっと言う間に十を越える機械兵器を破壊したフェイトは旋回し、女に目を向ける。
 茶色の外套を羽織っている女は空中に浮かびながら高速で旋回するフェイトを見ていた。
「……――――」
 女が口を動かし、何かを呟く。同時に、彼女の足下に幾何学的な円形の模様が紫色の光を放ち現れる。
「魔法? いや、あれは……」
 それが魔力を介さないエネルギーによって行われる戦闘機人の能力、その前触れだと気づく。
 何か仕掛けてくるとフェイトが警戒しながら剣を構えた時、宙に浮かぶ外套の女の姿が消えた。
「なっ――くぅ!」
 驚きと同時にフェイトは構えていた剣を前に掲げる。直後、轟、という音と共に衝撃が剣を通して腕に伝わって来た。
 フェイトの目の前には、一瞬で接近して拳を剣の腹に叩き込んだ外套の女がいた。フードの部分がめくれ、紫色の髪と金色の瞳を持つ女の顔を見る事ができた。そして、首もとの装甲板には数字が刻印されている。
「……”Ⅲ”」
 呟きながら、フェイトは一度剣を横薙ぎに振り、女を振り払ってから再び距離を取ろうと飛行する。
 だが、女は高速で飛行するフェイトに追いすがって来た。決して離れず、拳や蹴りが届く距離を維持し続ける。
「ハァッ!」
 大剣から振り回しやすい鎌型へとバルディッシュを変形させフェイトが相手に向かって魔力刃を振るう。戦闘機人の女は魔力刃に対して手首のエネルギー羽で受け止め、飛行しながら蹴りを放つ。フェイトは鎌の柄を振った方向とは逆に回転させ、石突の部分で顔面を狙った相手の蹴りを受け止めた。
 フェイトは自分に優位な距離を空けようと高速機動による引き離しを行うが、戦闘機人はそれに付いていく。
 破壊を免れた機械兵器がそれを追うが、引き離され、二人の速さについていけない。
 青空の下、二人はそのまま近接戦闘を行いながら高速飛行によって縦横無尽に、金と紫の光が重なって飛び回る。



 暗闇の中に身を隠し、息を潜めるナンバーズの五番であるチンクは襲って来るガジェットドローンを破壊する敵対対象に向けてダガーを投げる。
 IS、ランブルデトネイターの能力で爆弾と化したナイフは相手に当たる直前で爆発を起こす。
 投げナイフ一本で起きたとは思えない爆発は相手の体を包み、周囲にあった地下倉庫に取り残された資材の山をも吹き飛ばす。
 だが、爆煙の中から敵対対象が無傷で現れて飛行魔法で飛びながらナイフが飛来した方向、つまりはチンクが隠れ潜んでいる方向に桜色の魔力光弾を撃って来た。
 チンクは駆け、見えていないせいか狙いが甘い射撃魔法を回避して再び闇の中に姿を隠す。
 シェルコートに身を包んだ彼女は新たに投げるダガーを用意しながら、対象の実力に呆れていた。
 堅すぎる――というのがチンクの評価だった。
 スカリエッティの存在を意識して設立された機動部隊。実質、特務と言ってもいいような部隊の分隊隊長を勤めるオーバーSランク魔導師なのだから一筋縄ではいかない相手だと考えていた。が、さすがにその防御力は予想外だった。
 バリア系統の魔法なのだろうが、その頑丈さは尋常ではない。敵と接触する機会の多い騎士のような近接戦闘タイプならともかく、遠距離攻撃を主体とする砲撃魔導師にしては異常なほどの堅さだ。
 倉庫の天井が僅かに振動し、埃が落ちた。
 引き離した副隊長が暴れているのだろう。もう長くはいられないと判断したチンクはダガーを六本取り出して、三つずつ手に取る。
 そして、トゥーレの転送魔法によって送られてきたガジェットドローンの残りを機動六課分隊スターズ隊長、高町なのはへと襲いかかるよう命令を下す。

 四方八方からガジェットドローンが飛び出し、一斉になのはへ向かって突進する。資材置き場となっている倉庫は他の部屋と比べ天井が高いとは言え、高さが限定されている。
 なのはは回避運動を取りながら射撃魔法で無謀な特攻を開始した機械兵器を撃ち壊していくが、次第に追い詰められていく。
 壁際に追い込まれ、とうとう機械兵器の総突進を受ける。
 なのはは左手を前に出し、バリア魔法で機械兵器の波を受け止める。そのまま十を越えるガジェットドローンを押し止め、レイジングハートの先端に魔力を集め始めた。
 その時、機械兵器の後ろ、倉庫の奥からダガーが飛来した。刃はなのはに当たらず、周囲の壁や天井、機械兵器の装甲に突き刺さる。
 途端、ダガーの刺さった場所から今まで以上の爆発が起きた。



 フェイトの機動の後を追いかけながら、トーレは素直に戦ってる相手に対して感嘆していた。
 機動六課分隊ライトニングの隊長を勤める執務官の魔導師は電気の変換資質を持っており、距離を選ばないオールラウンダーな魔導師だという情報は得ていたが、まさかここまでだとは思っていなかった。
 純粋魔力の放出などが苦手な筈の変換資質持ちが射撃魔法を撃つ。そもそもミッドチルダ式は遠距離主体の魔法系統である。その上で魔力刃を使った近接戦闘をも得意としているとは、矛盾しているようでオールマイティな戦い方。ある意味いいとこ取りのように見える。
 何より、速い。
 ナンバーズの中で最初に前線戦闘を主体として造られたトーレは射撃関係の能力は持っていないが、代わりに全身の駆動系を使った加速がある。
 そんな自分と対等のスピードで高速移動を行うフェイトに、トーレは事前調査で得た彼女の戦闘データを修正する必要があると判断した。
 妹達では勝てぬ筈だと、トーレは思いながらフェイトに回し蹴りを放つ。
 重く、速い蹴りをフェイトはバルディッシュの柄で受け止め、その衝撃を利用して後ろに飛ぶ。同時に先端をトーレに向けると電気の高速弾を放った。
 トーレが高速で発射された魔力光弾を力任せに腕で払って破壊した。
 小さな爆煙が起きる。そして、その煙を突破して離れた筈のフェイトがトーレに飛び込んで来た。
 先程まで必死に距離を離そうとしていた相手がいきなり自分から近づいて来た事から、トーレは虚を突かれる形となった。
 いつの間にかザンバーモードの大剣となっていたバルディッシュが右袈裟に振り下ろされる。
 しかし、金の魔力刃は空を切った。
「なっ!?」
 トーレが、振り下ろされた魔力刃を潜って避けたのだ。そのまま身を低くした体勢で振り払われる魔力刃の下を共に移動、フェイトの後ろに回り込む。
 背後を取ったトーレがフェイトの背に向け拳を構える。その手首にはエネルギー羽が前に倒れていた。
 ――今潰せるならば、潰してしまおう。
 フェイトをこれから自分達の障害になると評価したトーレの加減無しの一撃が無防備なフェイトの背に向かって放たれた。



 ガジェットドローンを使った反応爆発とランブルデトネイターのエネルギー爆発を合わせた大爆発は倉庫の壁に大きな穴を作り、黒い煙を濛々と立ち昇らせていた。
 四方から遅う爆発に、例え防御魔法で周囲全体を守ったとしてもその火力は並の防御を術者もろとも吹き飛ばすだろう。
 チンクは近くの物陰から爆心地の様子を注意深く見つめた。
 今回の任務、相手の実力を測る様子見だと言われているが、同時に障害にもなり得ない敵であるならばその場で排除してしまえとの命令をウーノから受けていた。
「…………」
 動きの無い爆煙を見つめ、倒れたかと思ったその時だ。
「スターライト――」
「なにっ!?」
「ブレイカーーーーッ!!」
 周囲の煙全てを吹き飛ばして桜色の集束砲撃が放たれた。
 集束魔法は周辺空間の魔力を集めて使用する魔法であり、使用には溜めを要する。
 爆発後から発射までの間隔が異様に短い事に、チンクは驚きを隠せなかった。
 集束砲撃魔法は障害物を物ともせずに貫通し、砲撃魔法の威力を様々と見せつけながらチンクに直撃した。
 チンクの起こした爆発と同等の魔力爆発がし、倉庫内に爆音が轟いた。

「…………」
 なのはは排出孔から熱を吐き出すレイジングハートを床と平行にして構えたまま、自分が起こした結果を見届ける。
 周辺魔力を予めバリア内に集め、使用する時に一気に集束して放つ事で発射に要する時間を短縮した砲撃魔法は通常の物と遜色無い威力だ。
 普通ならばこの一撃で相手は戦闘不能に陥っているが、油断は出来ない。
 なのはが警戒する中、煙が晴れた。
 床や周辺の資材には悉く砲撃魔法の爪痕が残る中、その中央に襲撃者の姿があった。
「そんな、直撃した筈なのに!」
 なのはの砲撃を受けた筈の襲撃者は両腕を胸の前で交差した防御姿勢を取っているものの、無傷だった。
 相手は両腕を下ろすと、灰色のコートの袖からダガーを取り出して構えた。
 なのはも相手の動きに備える。
 砲撃によってその姿を晒した襲撃者は意外にも小柄な少女であった。右目に眼帯を付け、ロングコートを着ている。だが、見た目で判断してはいけない。
 今までのなのは襲った攻撃、砲撃魔法に耐える防御力。油断できない相手なのは確かだ。
 と、二人が向かい合っていたその時、倉庫の天井から大きな音を聞こえてきた。
 二人が同時に上へ視線を向けた直後、コンクリートの天井が砕け落ちた。
「どりゃあああぁぁーーっ!!」
「ヴィータちゃん!?」
 なのはと襲撃者の間に、破片と共に巨大なハンマーを振り下ろした体勢でヴィータが降りてきた。
「ああ? なのはじゃねーか。するってーと、あれが敵だな」
 ヴィータは即座にその場の状況を把握すると、元の形に戻したグラーフアイゼンのヘッド部分を敵に向ける。
「おめえ、仲間が他にいんだろ。どこに隠れた?」
「…………」
 相手は黙したまま喋らない。ただ、二対一となったこの状況を不利と見たのか、逃走しようと少しずつ後ろへ下がっていた。
「逃がさねえ!」
 ヴィータが四つの鉄球を目の前に出現させ、デバイスのヘッドで叩き飛ばす。なのはもそれに便乗して射撃魔法を撃つ。
 灰色のコートの少女はそれを大きく後ろに跳び退く事で回避、それを追ってヴィータが爆煙を飛んで突破。目前まで近づき、ハンマーヘッドを杭とジェットノズルを付けた物へと変形させて一気に振り下ろす。
 だが、鉄槌の一撃は片腕で呆気なくも防がれてしまう。
「こいつ!」
 杭の先端とコートの腕の部分の間に見えない壁があり、それがヴィータの攻撃を防いでいた。
 更には――
「AMF!?」
 魔力付与されたデバイスの力が急に減少し、ジェットノズルからの火が目に見えて弱まる。
 襲撃者が勢いを失ったハンマーを受け止めた腕の一振りで振り払う。そして、再び後ろへと大きく跳躍しながら、両腕を下から上へと振り上げながら体を縦に一回転させる。
 灰色のコートの袖から大量の小さな鉄球が辺り一帯にばら撒かれた。
「逃がさない!」
 なのはがレイジングハートの杖先を宙に跳んだ襲撃者に向ける。
 だが、なのはの射撃魔法が放たれるよりも早く相手は行動を起こした。
 滞空中の小柄な少女の足下に黄色の光を放つ幾何学模様の円陣が浮かび、少女が右手の中指と親指を合わせ、弾いて鳴らした。
 途端、空中にバラ蒔かれた鉄球が小さな爆発を連鎖的に起こす。
 威力は小さく範囲も狭いが、数が多い。一斉に爆発した鉄球はなのはとヴィータの視界を完全に隠した。
「くそっ……逃げられた」
 生じた爆煙を払い、ヴィータが正面に向き直った時には襲撃者の姿が消えていた。
「追おう、ヴィータちゃん」
「ああ、逃がすか――何だ!?」
 二人が追跡を開始しようとした時、天井から新たな轟音が生まれた。
 ヴィータが床を突き破った場所よりも高い位置、それも各所から爆音が連続して起き、大きな振動が倉庫を震わす。
「やべえ、崩れるぞ!」
 ヴィータの大声を上げる。
 各所から起きた爆発は建物を内部から倒壊させる。
 ヴィータが開けた穴から大量の埃が落ち、同時に天井がひび割れていく。
 二人の真上から一気に瓦礫の山が落ちてきた。

 自然の中にある古びた工業地帯、その土地から地鳴りのような音が轟く。いくつもの爆発が起きた音だ。
 その発生源となる工場が揺れ、続いて中から崩れていくように陥没し始めた。
 だが、その瞬間に地下へと沈んでいく瓦礫が膨れ、かと思うと一筋の太い光が沈む瓦礫を吹き飛ばして天へと登った。
 桜色をした光の柱が消えた頃には工場地帯の揺れも収まり、地上には光によって打ち上げられた瓦礫が落下して転がる。
 揺れの中心となった工場には崩れた壁や床が散乱し、大穴が開いている。地下奥底まで続く穴の底、埃が舞うその空間には杖を空に向かって構える魔導師と、巨大なハンマーを振り被った姿勢の騎士の姿があった。
「ヴィータちゃん、大丈夫?」
「平気だ。オメーの方こそ大丈夫か、なのは」
 内部から爆破され、内に向かって崩れ倒れてきた瓦礫の山をなのはが砲撃魔法によって撃ち抜き、周囲から転がって来る瓦礫をヴィータの鉄槌で打ち払ったのだ。
「私も大丈夫だよ」
「ならいいんだけどよ。でも、あのやろーには逃げられちまったか」
「うん。どうやって脱出したのか分からないけど、私達ごと埋まろうとしてたって考えにくいね」
 工場の崩壊はおそらくなのは達を襲った相手が仕掛けたものなのだろう。
「……通信が回復してるね」
 ガジェットドローンがいなくなったおかげで通信が回復していた。
 なのは地下の空間から上昇しながら、通信を行う。
「シグナム達も襲撃受けてるだろうけど、どうなったかな」
 ヴィータがなのはに続いて空へ飛行する。
「大丈夫だよ。フェイトちゃんもシグナムも、強いから」



「ハァッ!」
 シグナムは地面に線を引くエネルギーを跳んで避け、その先にいるガジェットドローンをレヴァンティンで真っ二つに切断する。
 着地する瞬間、着地点を狙った狙撃を受け、左手に持った鞘とシールドで防ぐ。 着弾の際に爆発が起き、シグナムはその煙に紛れて走り出す。だが、煙の中にいても狙撃が正確に飛んできた。
「精度が良いというレベルでは無いな」
 間髪入れずに来るところを見ると、こちらの動きを予測されている。
 撃たれる方角、森から見えるある山の中腹からなのは分かっているが、位置までは分からない。
 僅かでも角度がズレれば大きく外してしまうのが狙撃というものだ。それを、人間離れした技量で目測では測りきれない遠くから動きを予測して狙撃してくる。
「どう打開するか……」
 一方的に攻撃されるこの状況、シグナムに反撃する術が無い。
 エネルギー弾を避けながら高速で移動できるフェイトは同じ高機動タイプの敵と戦っていてそれどころでは無い。
 ならば、フェイトと戦っているあの背の高い戦闘機人を倒し、その後の連携で狙撃手を追いつめるしか無い。しかし、下手に割って入れば狙撃手のエネルギー弾がその隙を付いて来るだろう。
 何をしようと、敵狙撃手の存在が邪魔になり、シグナムは防戦するしか無いもどかしい状態になっている。
「……やるしかないか」
 だが、シグナムは動いた。避ける為の回避行動ではなく、攻撃を行う為のだ。
 走りながらカートリッジを一つ消費し、レヴァンティンの刃を連結刃へ変形させる。向かう先は、空で戦っているフェイトのいる所だ。
 空に金と紫の光を尾にして高速で飛び回る二人を捉え、その戦いに介入するのは難しいが、フェイトとよく模擬戦を行っていたシグナムは彼女の動きに慣れていた。
「ハアァッ!」
 遮蔽物の多い森の中から姿を現し、一気に空へと飛ぶ。そしてレヴァンティンを振り被ると、連結刃が意志を持って伸びながら旋回、フェイトと戦っていた戦闘機人を取り囲んだ。
「シグナム!?」
 フェイトが急停止し、振り返る。先程まで引き離す事もままらなかった戦闘機人が今や刃の檻に閉じこめられていた。
 戦闘機人がフェイトから決して離れず動いているのなら、それを捉えるのもシグナムにとって容易な事である。
 直後、攻撃動作の直後に起きる僅かな隙を狙ってエネルギー弾が遠くから放たれた。シグナムは体を捻るが、攻撃した直後の硬直はそう簡単に解けるものでは無く、僅かに横に傾いた程度に終わる。
 しかし、橙色のエネルギー弾はシグナムの顔のすぐ横を素通りした。
「正確過ぎたな」
 言って、レヴァンティンの柄を強く握りしめ連結刃を手繰る。
 狙撃は常に正確にシグナムの急所を狙っていた。一発でも当たれば倒されていただろう。その精密射撃の腕をシグナムは敵対しながらも信用し、僅かな動きだけで避けて見せたのだ。
 取り囲んで対象の逃げ場を無くした連結刃が急速にその輪を縮めると同時、刃の先端が空高くに伸び、途中で鎌首を擡げて真上から一気に戦闘機人へ落下。
 魔力付与をされたいくつもの刃が一斉に襲いかかり、多方向から一カ所に集まった事で魔力爆発が起きる。
 連結刃が戻り、シグナムの手元で元の剣に戻る中、フェイトがすかさずその煙の中に飛び込んで行くのが見えた。

 絶好のチャンスと言わんばかりに、視界の悪い煙の中をフェイトはバルディッシュを大剣に変形させて突進する。
 巨大な魔力刃を前に倒し、加速する。
 相手は屈強な肉体を持つのは今まで戦闘で分かっている。シグナムの先の一撃は確かに強力だが、あれで倒せたとは思えない。だが、ダメージは負っている筈。
 シグナムが身の危険を晒してまで作ってくれた隙なのだ。
 ――不利を悟って逃げられる前に倒す。
 加速によって発生した風圧が煙を吹き飛ばし、金色の魔力刃が戦闘機人のいた場所に到達する。
 手応えが一切無かった。それを疑問する前に、当てた時の感触と違う、刃先に何かが乗ったような重みを感じた。
 魔力刃の上に戦闘機人が乗っていた。それも、滑りながらで、だ。
 彼女は体を横にし、スライディングするような体勢で蹴りを放ってきた。
 フェイトは左手の籠手で蹴りを防ぐが、相手は蹴った体勢で屈伸するように膝を曲げると、次は思いっきり伸ばす。その勢いで、戦闘機人はフェイトから離れた。
 そのまま彼女は宙で身を半回転させ、狙撃手がいると思われる山の方角へ加速する。
「逃がさない!」
 フェイトがそれを追う。
 空に残っていた飛行型機械兵器、ガジェットドローンⅡ型がフェイトの前に立ちはだかるようにして集まって来る。
 フェイトは前方にリングのような加速用環状線型魔法陣を三つ展開し、リング内を潜る。己の体と魔法陣が帯びる電気によって電磁的な反発が起こり、弾き飛ばされるように加速した。
 その速さは、前に壁として展開する機械兵器が全く反応出来ずに破壊され、逃走を計る戦闘機人に一瞬で追いつく程だ。
「――!?」
 一瞬で真横に移動したフェイトの姿を見て戦闘機人の目が見開かれる。
 彼女が気づいた時には既に、フェイトは大剣を横薙ぎに振っていた。
 右側からの、フェイトの右から左への振りは戦闘機人の進路を遮ると同時に彼女の加速に合わせての攻撃だ。これを避けるなど不可能だ。だが――
「――えっ?」
 戦闘機人はフェイトの一撃を潜って避けたのだ。
 ――人間の反射速度じゃない!
 完璧な不意打ちで、しかも純粋な速さなら他の魔導師の追随を許さないフェイトの一撃だ。それを避けるなど普通ではありえない。
 戦闘機人の女は潜った時の前に倒れ込むような姿勢のままフェイトの横を通り過ぎ、一目散に逃走する。
 すぐにフェイトが振り返るが、彼女自身も高速機動を得意とする為、距離が一気に引き離される。
 まだ追いつける距離だと、フェイトが再び加速しようとする直前、山の方から橙色の光が空へと撃ち上げられた。
 狙撃、かと思われたその光は射角がやけに高く、シグナムどころかフェイトが見上げるような位置を飛んでいる。
 意図の分からない攻撃だが、その答えはすぐに現れた。
 空中でいくつものエネルギー弾へと分散したのだ。数は十六。十がフェイトに、六がシグナムにへと降り注ぐ。
「誘導弾!」
「狙撃だけでは無いと言う事か」
 誘導性を持つエネルギー弾は光の尾で急な曲線を描きながら二人を襲う。
 シグナムは斬り払ってエネルギー弾を破壊し、フェイトは回避運動を取りながら戦闘機人を追う。その時、新たなエネルギー弾が来た。
 フェイトはとっさにシールドで受け止めて事無きを得るが、足を止めたせいで戦闘機人の姿を完全に見失ってしまう。
「くっ……」
 最早追跡は不可能だと判断したフェイトは悔しそうに顔を歪めた。



 スカリエッティのアジト内通路を四つの影が歩いていた。最も背の高い者と低い者の体は埃だらけであったが、残る二人には怪我どころか汚れも無かった。
「すっごいおっかなかったよ、あのゲートボールっ子。キレて周りの物全部叩き壊して。私にも当たるかと思った。……最後に解体爆破したけど、やっぱり倒してないよね?」
「ああ。逆にあれで倒せたら不気味だ」
 両手を頭の後ろに置いて歩くセインの言葉にチンクは頷いた。
「あれが、オーバーSランクの力という訳だな。リミッター付きであれほどとは」
 その隣では、トーレが僅かな痺れを残す腕を見下ろしていた。
「トーレ姉、大丈夫?」
 最後尾を歩くのはディエチだ。彼女は狙撃砲を担いでいる。
「問題ない。出力だけならもっと強い電気を受けた事もあるからな」
 そう言い返し、握り潰すようにトーレは強く拳を握った。その動作で痺れによる痙攣が無くなった。
「今まで、オーバーSと戦った事のあるのってトーレ姉とチンク姉、そんでトゥーレぐらいだよね。私らじゃ相手にできないからって騎士ゼストとも模擬戦した事なかったし。比べて、どうだった?」
「比較しても意味はないだろう。それぞれタイプの違う魔導師だ。それに、今のゼスト殿は全盛期の頃とは違う」
「ふーん……おっ」
 廊下の先にノーヴェとウェンディがいた。
「お帰り」
「ご苦労様っス~」
 四人は二人に合流すると帰還の挨拶を簡単に済ませた。
「私らも外行きたかったっスよ」
「それで向こうの隊長陣のと戦う?」
「そ、それは嫌っス」
 ディエチの言葉にウェンディは首を横に振った。
「でもよ、やっぱ前線に早く出たいって。四年前から裏方ばっかで、このところ戦ってねえし」
 力が有り余っている様子でノーヴェが片手の平に拳を叩きつける。
「安心しろ。隊長各以下四人の隊員がいる。その担当はお前達になるだろう」
「へえ、それは楽しみっスね」
「私と同型の奴いるんだろ。そいつは……」
「あー、はいはい。バトルジャンキーっぽく好き勝手に蹴ったり殴ったりしてればいいっス」
「誰がバトルジャンキーだ!」
「喧嘩は良くないぞ」
 ウェンディの言葉にノーヴェが掴みかかって来るが、チンクに止められる。
「そういえば、私達を転送したトゥーレはどうした?」
 話題を誤魔化すように、ガジェットドローンやナンバーズの転送を担当したトゥーレの事を聞く。
「仕事終わった途端、本読んでたっス」
「というか、仕事以外ずっと本読むか惰眠貪ってた」
「………………」
 トーレの額に青筋が浮かんだのは言うまでも無かった。





 ~後書き&補足~

 トゥーレの出番が無い……。戦場に出すとチートで序盤ではまだ出れず、六課と絡ませようとすると、仕事熱心な連中の休みなんて滅多に無いし、表向き一般人のトゥーレが隊舎や管理局関係の施設には怪しいことこの上ない。
 なので、しばらくは六課メインで話を進めます。

 原作設定と同じリミッターがなのは達に掛かっています。魔力量の制限と、デバイスの変形の一部が出来ない状態です。




[21709] 五十五話 列車上の激戦(前編)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/01/21 14:44

「それでは、クアットロお姉ちゃんによる作戦会議始まり始まり~」
 談話スペースをブリーフィングルーム代わりにし、部屋の奥に浮かぶ大型モニターの前にクアットロが立つ。彼女はシルバーケープの袖に腕を通さず羽織り、手には指揮棒が握られていた。
「はいは~い、質問っス、メガ姉」
 モニターの正面には彼女の妹達が座っていた。
「いきなりねウェンディちゃん。それに誰がメガ姉よ」
「キャラ作りで眼も悪くないのに眼鏡なんかつけてるからだろ」
 床に身を投げ出し、両手を枕代わりに足を組んで寝転がるノーヴェが冷たく言い放った。
「キャラ作りだったんですか? 目つき悪いのを隠す為だと聞いていたんですが」
「多分、両方」
「何だか私達って、人をからかう時の連携良いよね」
 ソファの上ではセインが横になっており、その前ではオットーとディードがクッションを敷いて床に座っていた。
「双子も加わるようになったからっスね。それよりもメガ姉、メガ姉、メガ姉しつも~ん!」
「連続して言うと、メガネって言ってるようにしか聞こえない」
 傍観者にいるつもりでも、自分もからかう側に回っている事に気付いていないディエチの横で、ウェンディが再度手を上げる。
「はいはい、何よ? ウェンディちゃん」
「クアットロ姉の作戦って、当てになるんスか?」
「――――」
「こら、ウェンディ。クアットロだって最近雑用とか後処理ばっかで目立った事してないから分かり難いだろうけど、ちゃんと後方指揮とか出来るんだよ。ウーノ姉が立てた作戦概要に胡座かいてるかもしれないけど」
「――――」
「あっ、ディエチが止め刺した」
「おーい。拗ねたのかシルバーケープ被って消えたぞ」
「えー……」
「そういえば、最近ドゥーエ姉からの連絡来てないけど、まだ特殊任務中っスか?」
「切り替え早いよね、ウェンディって」
「管理局の中枢に絶賛潜入中だって」
 ウェンディの疑問にセインが答える。
「小さなミス一つで警戒されたら全部パーだから、ウーノ姉とのやり取りも慎重になってるんだってさ」
「ドゥーエお姉様、早く再会したいです~」
「うわぁ!? 誰もいない所から声が!」
「いや、声と内容からして間違いなくクアットロだろ。幽霊じゃあるまいし、本当に誰もいない所から声なんて聞こえる訳ないだろ」
「聞こえなーい、聞こえなーい! 幽霊なんて単語聞こえないし存在しないんだもんねー!」
「うわーーっ、あの時のトラウマが蘇るっス!」
 姦しいを倍にしたような騒がしさでナンバーズ達が部屋の中で喋っていると、外からトゥーレが入ってきた。
「…………」
 そして、談笑しているナンバーズ達を見、無言でドアを閉めて出ていこうとする。
「ちょっと待って下さいな、トゥーレ」
「阻止」
 逃げ出す寸前、双子がISを駆使して彼を捕まえた。
「お前等は本当にこういう時は連携良いよな! つーか、何してたんだよ」
 双子に両腕を捕まれ、トゥーレが部屋の中へと連行される。
「お喋りっス。トゥーレも加わるっスか?」
「断る。つか、クアットロが何か資料整理してこっち来た筈なんだが?」
「あれ? そういえばクアットロが何か言ってたような」
「あー……何だっけ? ああ、そういえばシルバーケープで姿消してんだけど、どうにか引っ張り出せないか?」
「掃き掃除してれば勝手に出てくるだろ」
 ノーヴェの問いにトゥーレはぞんざいに言った。非常にどうでも良さそうだ。
「今日の談話スペースの掃除当番って誰だっけ?」
「セッテだよ。クアットロ、壊れないといいね」
「ああ、手加減下手だもんね。前よりは良くなったけど、何か壊したりヒビ入れるから……どうか安らかに」
「ちょっと、不吉な事言わないでくれる!?」
「あっ、出てきた」
 セインとディエチの不吉な物言いに、クアットロがステルス迷彩を解いて姿を現した。
「お前等さ、いい加減にしないとトーレが来るぞ」
「さあて、仕事仕事!」
「今日もお仕事頑張るっスよ!」
 姉の名一つで、ナンバーズ全員途端にやる気を出したのだった。



 六課隊舎の廊下を歩いていたフェイトは、たまたま食堂前を通りがかった時に、椅子に座ってテレビを見ているクイントを見つけた。
「何をしてるんですか?」
 食堂内に入り、声をかける。
 パート従業員の元捜査官は、食堂の丸テーブルが並ぶスペースとキッチンを遮るカウンターの台に寄りかかって肘を乗せていた。
 その視線の先は、カウンターの内側の天井付近に表示させたモニターにあった。
「ドラマ、ですか?」
「うん、そう。ドラマの再放送。これ知ってたの?」
「あまり詳しくは。でも、ニュース番組の芸能コーナーで紹介されてたのは見たことあります」
 二人が見上げるモニターには再放送のドラマが流れている。
 学園モノらしく、学制服を着たグループが集まって登校している様子が映っている。彼らは校門近くで突然慌ただしく駆け足になる。校門の所に、男と比べても背の高い赤髪の女が時計を確認して門を閉めようとしていたところだった。
 学生達はギリギリで校門を抜けるが、赤髪の女に注意を受けてしまう。背が高い上にその端正な顔の半分が火傷に覆われている為、威圧感が尋常では無い。
「…………教、師?」
「教師ねえ」
 とてもカタギには見えない女教師が、今度は完全に門を閉じようとした時、歩道の向こうから新たに走って来る影があった。金髪碧眼の小柄な女だ。
 彼女は閉まりつつある門を見て、走りながら何やら魔法の詠唱らしき言葉を呟く。次の瞬間、青い雷光に包まれて小柄な女は急加速、見事に閉じかける門を通り抜け――ようとして撃墜された。
 通り抜ける直前に赤髪の女の背後に大きな魔法陣が縦向きに現れ、陣中央から巨大な炎を噴き出して金髪の女を撃墜したのだ。
「番組紹介では学園コメディドラマと説明があったんですけど……戦争モノじゃないんですか?」
「学校が舞台なんだから、学園モノでしょ。撃ち落とされたのだって教師だし」
「えっ?」
 CMに入り、ようやくクイントはテレビから視線を離してフェイトに振り向く。
「あら、執務官の制服着てどうしたの?」
 フェイトは地上部隊の茶では無く黒の制服を来ていた。
「今から執務官として都市部の方に用事があるんです」
「地上で働くかと思えばあっち行ったりと、出向扱いで来た人は大変ね。シグナムとヴィータも元の部隊の用事で出掛けてるし」
「一応、引き継ぎはちゃんとしたんですけどね。逆に、なのはは教導官だから四人の訓練に集中できてます」
「朝から走ってたわねえ。そういえば、今日デバイスを渡すとかシャーリーに聞いたんだけど、つまりはもう実戦に出せるレベルになったって事?」
「はい。リインフォースの協力もあって予定より早く。なのはも嬉しそうでした」
「鬼教官が嬉しそうねえ。今以上にスパルタな事になるわね。あの子ら大丈夫かしら」
「あ、あはは……」

「これが、新しいデバイスですか?」
 デバイスルームに集まった新人の四人は綺麗に片付けられた作業台の上に並ぶデバイスを見下ろす。
 それぞれが待機状態で使い手達の前に置かれている。
「皆、取説は見たよね」
 台を挟んだ四人の向こう側になのはとリイン、そしてデバイス開発者としてシャリオがいる。
「読みましたけど、いいんですか? こんな高価な物貰ってしまって」
 四人の中で新しいデバイスに対し、もっとも戸惑っていたのはティアナだった。
 性能の良いデバイスの支給は部隊の戦力を上げるには最も手っとり早い手段であるし、連日の訓練でスバルとティアナの自作デバイスの不調が頻繁に起こる事から新しいデバイスが与えられるのは分かる。
 リインフォースから先にデバイスの話は聞いていたが、まさか専用のデバイスを貰えるとは考えもしなかった。
「私はてっきり……」
 そう言って、別の作業台の上に置かれている突撃槍のような武装を見る。それは対AMFの装備として注目を集めているCWシリーズの砲撃兵装だ。
 ティアナの感覚では、実験部隊の面を持つ故にCWシリーズのような試作武器が与えられると思っていた。
「あれは持ち運びに不便だから、即応性が求められる私達だとちょっと無理かな。バッテリーにもまだ問題点があるし」
 ティアナの視線を追ったなのはが理由を説明する。テスターだけあって問題点をすぐに答えた。
「ティアナはあっちの方が良かった?」
「え~~っ、せっかくの自信作なのに!」
 純粋に疑問してきたなのはの言葉にシャリオが声を上げる。
「い、いえ、そういう訳じゃないんです。個人的にもシャーリーさんが作ってくれたデバイスは自分に合ってると思いますし。ただ、インテリジェントデバイスになると高価だから、いいのかなって……」
「お金の事なら気にしなくていいですよー。部隊装備の予算は限りがありますけど、バックヤードの装備のほとんどが技術局からの実験、もとい支給品ですから。隊長達も既に専用デバイスを持っていて、フォワード陣に専用デバイスを作ってもまだまだ余ってるような状態ですー」
 リインフォースがフォローに入る。実際に、隊の規模と比べると実働部隊の人数が少ない為に、必然と一人に掛けれる予算は大きくなる。
「はやてちゃんも、予算を不必要に使う必要は無いけど、使う時はドバッと使うものだって言ってます」
「そ、それはそれで豪気ですね」
「部隊長のはやてちゃんもそう言ってる事だし、遠慮せず受け取ってくれるかな、ティアナ」
「……はい、それじゃあ、ありがたく使わせて頂きます」
 ティアナは自分用にと作られたデバイスを手に取った。他の三人も同様に自分のデバイスを掴む。
 ティアナの新デバイス、クロスミラージュの待機状態はミッドチルダ式の使い手が持つデバイスによくあるカード状ではあるが、通常モードは上下に二つの銃口を持つ拳銃型のデバイスだ。 スバルは自作のとは別の新しいローラーブーツに、エリオとキャロは今まで基礎部分だけ残したデバイスを使っていたので、皆が新しいデバイスに慣れるのもすぐだろう。
「じゃあ、皆。さっそく新しいデバイスで訓練してみようか」
 なのはの言葉に、フォワード陣ははっきりとした声で返事を返した。



 ある山中の崖沿いに敷かれたレールの上を十二両からなる貨物列車が走行していた。
 列車からの山々の景色は正に絶景ではあるが、走っている場所が場所だけに例え安全と言われても乗るには躊躇してしまう。
 だが、列車は自動制御によって動く無人列車だ。ただただ景色に見とれる事も怯える事も無く、春だというのにまだ雪を山頂に積もらせたままの山脈を走る。
 そんな風に黙々と己に課せられた仕事を行う列車の上に突如影が差した。雲や鳥などではない、丸い円の形をした影だ。
 自動制御の列車が当然それに気付ける筈も無く、気づいたとしても何の感想も抱かない。
 だが、もし人がいて影に気づけば上を向いただろう。そして驚きに目を見開く筈だ。
 何故なら丸い影は一つだけでなく、全車両にいくつもの影が差し、そして風を切る音と共に金属の固まりが列車の上に落ちてきたのだから。



 山岳地帯の空を飛ぶ輸送ヘリの中で機動六課の面々が作戦について説明を受けていた。
 説明するのはリイン。その横にはなのはが手摺りを掴んで立っており、フォワード陣は備え付けの椅子に座って説明を聞いていた。
 訓練中に出撃要請が出た為に全員が既にバリアジャケットを装着していた。
「現在走行中のレールウェイはガジェットにコントロールを奪われていて、管制からの命令を受け付けていないです。なので、列車を止めるにはガジェットを破壊して直接操作する必要があるです」
 リインは走行中の列車を映す大きなモニターの前に浮かんで説明している。まるで彼女自身がマウスカーソルのようであった。
「最優先目標のレリックは八両目の重要貨物室にあります」
 モニターの中で列車が拡大され、他の車両と違う重厚な装甲に覆われた車両が中心に映る。
「スターズ、ライトニングに別れ、それぞれ先頭と最後尾からガジェットを破壊しながら重要貨物室に行いきます。今回の任務はレリックの確保、ガジェットドローンの全破壊、列車の停止です。何か質問はあるですか?」
 聖王教会からの要請による今回の依頼。輸送中であったレリックを乗せた列車がガジェットドローン達に襲われ暴走を開始した事が始まりだ。
 人の密集地までまだ距離はあるが、封印処理がされているとは言え、レリックと管理局が今最も問題視している機械兵器を乗せた暴走列車をこのまま市街地にでも突っ込んでしまえば大惨事が目に見えている。
 リインが質問者がいない事を確認した時、ヘリを操縦していたヴァイスが皆に振り返る。
「もうそろそろ着きますぜ」
「うん、わかったよ」
 なのはが返事をし、フォワード陣に振り返る。
 六課に入っての初任務だからか四人とも緊張していた。適度の緊張は善しとするところだが、局員として実戦を前提とした任務は初めてだからか少し緊張し過ぎのように見えた。
「皆、緊張してるようだけど大丈夫? ティアナは少し力み過ぎかな」
「あ――すいません」
 なのはに言われ、厳しい面持ちで通常形態クロスミラージュを強く握っていた手を僅かに緩ませる。
「少しの失敗ぐらい気にしなくていいから。ミスしても仲間がフォローしてくれる。その為のチームなんだし。スバルは……何て言うか、ガチガチだね」
「スバルの事は気にしなくていいですよ、なのはさん。一度動けば、もう脊髄反射しかしないんですから」
「今さりげなく馬鹿にされた!?」
「あはは……。それじゃあ、エリオやキャロはどうかな?」
「はい。やっぱり少し緊張しますけど、行けます」
「そっか。さすが男の子だね」
 緊張しているような様子に反してエリオは意外にも落ち着いていた。さすがにシグナムから指導を受けていただけあって心構えは出来ているようだ。
 逆にキャロはと言うと、四人の中で一番緊張しているようで、不安そうでもあった。自然の中で育ち、自然保護隊で野生動物達を相手にしていた彼女にとってこのような戦闘前提の任務は勝手が違うのだろう。
「キャロ、そう不安がらなくても、皆がいるから大丈夫だよ」
 落ち着かせる為にも、なのははキャロの前に移動し、しゃがんで目線を合わせる。
「は、はい! ……あ、あの、なのはさん」
「ん? 何かな?」
「もし、公共物の列車壊しちゃったらどうしましょう!?」
「あ~、そういう意味で……」
 ある意味で、最年少の少女は一番余裕を持っていた。
「壊しちゃっても平気ですよ。最悪、破壊してでも止めるよう言われてますから」
 リインがフォローすると、キャロは安心したのほっと息をつく。
「ほのぼのしてるとこ悪いですが、見えてきましたよ!」
 ヴァイスの言葉に、全員がヘリの外を見る。
 山の中腹に敷かれたレール上を走る列車があった。高速で走る各車両の至る所にカプセル状の機械兵器、ガジェットドローンⅠ型がコードを伸ばしており、まるで菓子に群がる蟻のようだ。
『こちらロングアーチ』
 指令室からの通信が全員に届く。
『作戦目標に向かって多数の未確認飛行物体が接近しています。おそらくガジェットⅡ型だと思われます』
「了解。皆、聞こえてたよね。私が空を叩くから、その間に列車の方をお願い。現地指揮は、リインお願い」
 ロングアーチからの通信を受けてなのはがレイジングハートを握る。
「お任せてくださいです」
「うん。ヴァイス君、接近される前に迎撃に出るから後部ハッチを開けて」
 了解、という言葉と共にヴァイスが後部ハッチの開閉を操縦席から操作する。
 ハッチの壁、開いた状態でスロートにもなる鉄の板が上下に開き、強い風が入ってくると共に青い景色が広がる。
「行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
「頑張って下さい、なのはさん」
 応えるように笑い返し、なのははハッチから外に向かって駆け足で走る。その途中で靴の辺りに桜色の魔力翼が現れた。
 そして、ハッチのスロート部分を蹴ると同時に一気に加速、青い空の下を高速で飛行していった。
 それを見送った後、ヘリが列車を見下ろす位置に移動する。列車との距離は遠く、かなり高い場所である。
「機械兵器の射程を考えると、これ以上近づくのは無理ですね、リイン曹長」
 あまり近づき過ぎればガジェットドローンの攻撃を受けてしまう。飛行技能を持たない陸士にとって大事な移動手段だ。撃墜されるわけにはいかない。
「それでは、キャロ、お願いできますか?」
「はい。フリード」
 リインの言葉を受け、キャロは自分の召還竜の名を呼ぶ。小さな白い翼竜が一鳴きし、開きっぱなしのハッチから外に出た。
 遮る物のない十分なスペースを確保すると、フリードの体が光に包まれその姿を大きくする。
 あっと言う間にフリードは輸送ヘリと同等の大きさを持つ竜へと変わった。
 大型化し、ヘリの後ろを付いていくように飛ぶフリードの上にキャロがまず跳び乗る。次にエリオ、ティアナ、スバルがハッチから跳んで竜の背に着地する。
「…………俺、必要か?」
 翼竜の姿を見、自分がいる意味に少し疑問を持ったヴァイスが冗談混じりで呟いた。
「大人数の移動を担ってくれているので、もっと自信を持って下さいです」
 リインがそう言ってヴァイスを慰めると、ヘリを出てフリードに乗った四人の傍まで移動する。
「まず、スターズの私とスバルが先頭車両にまず降りるわ」
「その後、フリードで列車に張り付いてるガジェットを掃討して私とライトニングが最後尾車両に跳び移るです」
 陸と空の曹長がそれぞれ指示を出した。
「わかりました」
 残った三人が頷くと、フリードがその大きく翼を広げて体を斜めにし、輸送ヘリから離れて列車に近づいた。
 併走する形でフリードが一度列車を追い越すと、旋回して列車と向き合った。と言っても、フリードの位置は列車の真上であり、このまま正面衝突する恐れはない。
「頑丈な造りをしているので、遠慮無くやっちゃっていいですよ」
 キャロの肩上で、リインが列車の上や側面に張り付いているガジェットドローンの群を指さす。
「はい。フリード!」
 フリードの口の端から炎が漏れる。そして大きく顎を開き、喉の奥から炎を吐き出した。
 最初に吐かれた超高熱の炎が先頭車両にいたガジェット達を包み込む。装甲を溶かされ、内部も熱に襲われたガジェット達は次々と爆発を起こしていく。
 そのまま炎を機械兵器に向けて吐き続けるフリードの真下を列車が通る。
「行くわよ、スバル」
「うん!」
 同時に、スターズ分隊のティアナとスバルがフリードから先頭車両へと跳び降りた。
 ブレスによって掃討する為に近づいているとは言え、列車とフリードとの高低差はまだかなりある。だが、元地上部隊の災害担当として多くの救助現場を経験した二人にとっては大した事の無い高さだ。あまつさえ――
「車内にもガジェット反応があるわ。このまま突撃して一気に片づけるわよ!」
「了解。行くよ、マッハキャリバー!」
 名を呼ばれ、スバルの新しいデバイスであるローラブーツ型のインテリジェントデバイスのクリスタル部分が青く点滅し、応答した。
「ウィングロード!」
 落下途中でスバルが先天系魔法のウィングロードを展開させる。足場にしてそこに着地するかと思えば、光の道は列車に対しほぼ垂直に伸びた。
「おりゃああああぁぁッ!」
 スバルが落ちながらウィングロードを滑る。自然落下だけでなく走行によるエネルギーを加え、リボルバーナックルを装着した右拳を列車の上に叩き込む。
 上部装甲が砕け、列車に穴が空く。スバルは止まる事無く、下を向いたウィングロードを更に伸ばして列車内に跳び込んだ。
 無人の列車の中には数機のガジェットドローンが侵入しており、前面から赤いコードを伸ばして列車の電気機器に介入していた。
 スバルの突入に気付いた機械兵器がコードを収納しながら振り返り、熱線を彼女に向けて発射しようとする。だが、その直前に橙色の魔力光弾に撃たれて破壊された。
 ティアナが天井に空いた穴から銃を構えながら車内に入ってきていた。
 彼女は落下しながら列車内の状況を把握し、床に着地する前にスバルを狙う機械兵器を射撃魔法で攻撃、着地すると同時に横へ跳んでスバルの背をカバーするように別の機械兵器を撃ち抜いた。
 スバルはティアナのいる後ろを振り返らずに床をマッハキャリバーで走り、前方にいたガジェットドローンに打撃を与えて破壊する。
「ティア、利いてるよ!」
「分かってるわよ。出撃前に散々試したでしょ!」
 リインフォースによる疑似AMF内での訓練中は満足できる程の魔法を発動出来なかったが、新しいデバイスを使うとその性能の高さのおかげで課題だった、ジャマーフィールドに負けない強い構成力で魔法を発動させる事に成功した。
「やれるわね、これなら……」
 直前のデバイステストで分かっていたとは言え、彼女達は自分達が戦える事を再認識した。



「今のところ順調やね」
 八神はやては指令室で大型モニターに映る作戦状況を見ていた。
 はやての言葉通り今現在作戦は順調に進んでいる。スターズが先頭車両を制圧し終え、二両目に進む。外から張り付いていたガジェットドローンをあらかた片づけ終えたライトニングとリインは最後尾の車両に移動して内部の制圧に掛かっている。
 空では新たな機械兵器が来ているが、なのはと途中で合流したフェイトが迎撃して制空権を確保してくれている。そのおかげで輸送ヘリが列車の後を追って飛んでいられた。
「市街地まではまだ距離があります。この調子で行けば余裕を持って列車を止められますね」
「うん、予定通りに行ければ――」
「――未確認の反応を発見しました!」
「ほらきた。反応はどこ?」
 管制をしていた隊員の報告を聞き、はやては僅かに前のめりになりながら反応のあった場所を確認する。
「進路上に一、列車をレール上から追う反応が三、挟み撃ちにされます!」
「空はなのはちゃん達が押さえとるのに……。ほんと、毎度毎度一体どこから現れるんだか。映像、出せる?」
「はい!」
 はやての指示の元、ヴァイスが操縦する輸送ヘリを介しての映像が目の前に映し出された。



 レールに沿って、列車を追う三つの存在があった。内二つはボールのような球体状の大型の戦闘兵器、管理局が把握してる中で一番新しいガジェットドローンだ。平行に伸びる二本のレールの間を高速で転がりながら移動している。 その光景は何だか――
「シュールっスねえ。自分で提案しといてなんスけど」
 二つのボールの前には、サーフボートのような装甲板の上で少女が胡座をかいていた。板は転がる戦闘機械と同じスピードで飛行している。
 濃いピンク色の髪を持つ少女は青いボディースーツを着ており、その上に茶色の外套を身につけている。
「おっ、チミっこいのが二人、更にちっちゃいのが一人、あとトカゲ。三人と一匹っスか」
 段々と近づく列車の最後尾車両から少女を見る影があった。十歳前後と見られる少年少女と人形のようなユニゾンデバイス、それに小さな竜だ。
「お嬢と同い年ぐらいっスか。前に一度攫った子供もいるっス」
 独り言を呟き、少女は板の上、ライディングボートの上に立つ。列車内にいた機動六課のメンバーがそれを見て身構える。
「ふふっ……行くっスよ!」
 その様子を見て、スカリエッティの戦闘機人、ナンバーズの十一番であるウェンディは小さく笑うと前方の列車を指さし、ガジェットドローンに命令を下す。
 転がる大型機械兵器の上部からそれぞれ二本のアームが伸びて地面を叩く。その反動で機体が跳ねる。
 跳ねた二機の機械兵器はウェンディの頭上を飛び越え、列車へ突っ込んでいく。
 車両にいたエリオとキャロが射撃魔法を放つが、大型のガジェットドローンのAMFはその大きさ故に他の機体よりも強力であり、ガジェットドローンⅠ型も破壊した魔法が分解されてしまう。
 続いてリインが氷の刃を、フリードが火の玉を吐く。どちらも魔力の範疇だが、放射される際は純粋な衝撃と熱エネルギーとなっているのでAMFに分解される心配は無い。だが、球状かつ頑丈なボディによって弾かれてしまう。
 魔法を凌いだガジェットドローンⅢ型がそれぞれ車両の上部と後部に衝突した。
 装甲が粘土のようにタヤスく潰れ、長方形の形をした車両が変形する。
「お先っス~」
 ライディングボートに乗ったウェンディが音を立てて潰されていく車両の上を飛び越え、列車の屋根の上を滑って行った。

 走る列車の前方、レールの上に一人の少女がいた。
 赤い髪を持ち、外套を羽織っている。茶の外套の裾下から覗く両足には装甲に覆われたローラーブレードが装着されている。靴の踵にはジョットノズルが、足首には歯車のようなギアが二つ付いている。
 レール上を走る列車が近づきつつあるのを見ると、少女――ナンバーズの九番、ノーヴェは外套を脱ぎ捨て、ローラーブレードで走り出す。列車の正面に向けて、だ。
 列車と同じようにレールに沿って走れば、当然正面衝突は免れない。にも関わらずノーヴェは避けようとするどころか、踵のジェットノズルから火を噴き出させてより加速する。
 列車との距離が短くなり、ぶつかると思われた瞬間、ノーヴェはレールから高く跳躍する。跳びながら両足を列車の方に向けて体を横に、いわゆる跳び蹴りの体勢になる。
 そのまま高速で突っ込んできた列車の窓を突き破って中へ侵入し床に着地するが、ノーヴェは止まる事などせずに床の上を滑り、隣の車両へと続くドアを蹴る。
 鋼鉄性のドアが大きくへこみ、留め具ごと壁から外れ、ノーヴェの蹴りの跡を残したそれは宙を回転しながら、轟音と共に隣の車両内部にいた二人組の方へ吹っ飛んでいく。
 二人組の内の片方、ショートカットの少女が前に出、ナックル型のデバイスを装着した右手で、飛んできたドアを殴る事で弾き返す。
 床を跳ね、返ってきたドアをノーヴェが入り口の方で踏みつけて止めた。
 足下の歪んだドアには目もくれず、身構える機動六課の二人、特にローラーブーツを履いたスバルを見つけるとノーヴェは不敵な笑みを浮かべた。
「ヘッ、当たりだ!」
 次の瞬間、彼女は一直線にスバルに向かって走り出す。それを見て、スバルもまた走り出す。
 両者、足のローラーが火花を散らしながら回転し、風を切るどころか跳ね除ける勢いで駆けて互いに真っ正面からぶつかり合おうとする。
「でりゃあああぁぁーーっ!」
「オラアアアァァーーっ!」
 スバルが振り被った右拳を突き出し、ノーヴェは走行の勢いをそのまま体を右に一回転させて右足による回し蹴りを行う。
 拳と蹴りが衝突、空気が破裂するような音と共に空気が震えた。
 二人の武装についたスピナーが高速で回転して使い手の力を高め、相手の攻撃を押し返そうとする。
 凄まじい威力の攻撃が拮抗し合ったのはほんの僅か、すぐに天秤は片方に傾いた。
「――ハアッ!」
 ノーヴェが圧し勝った。
「うわあっ!」
 反発し拮抗し合った力が傾けば、当然耐えきれなかった側はその衝撃を一身に受ける事となり、スバルの体は弾き飛ばされて床を数度跳ねた後に車両奥の壁に激突した。
「スバルが鬩ぎ合いで負けた!?」
 相方が吹っ飛んだのを見てティアナが驚きの声を上げた。スバルの戦闘スタイルや身体能力からして彼女の突破力は相当なものだ。それを真っ正面から受けて尚且つ跳ね返すなど、長い付き合いのティアナには信じられない光景であった。
「次はテメェだ!」
 ノーヴェが今度はティアナ向けて走り出す。
 ティアナはツーハンドモードのクロスミラージュをノーヴェの方に向け、二つの銃口から射撃魔法を放つ。
 自動追尾によって曲線を描き、橙色の魔力光弾が二つノーヴェに向かう。
「当たるかっ」
 左右へ素早く蛇行し、回避と移動を行うノーヴェに射撃魔法は当たらない。
 弾丸を避けきった時、二つある銃型デバイスの片方の銃口がこちらに向いていない事に気づく。先ほど撃った魔力光弾も数が少なく、連射して来る様子もない。
 ノーヴェがその事を疑問に思った直後、突然目の前に氷の壁が出現した。
「なっ!?」
 急停止し、ノーヴェは氷の壁を見上げる。
 氷は車両の床から天井、左右の壁を隙間なく塞いでいて、完全にティアナとノーヴェを遮断していた。
 半透明の分厚い氷の向こう、ティアナがいた位置で動きがあった。
 ノーヴェが見る限り、それはデバイスのカートリッジを交換しているようだった。
「新型カートリッジか!」
 怒鳴ると同時に両腕を前に突き出し、両手のガンナックルからエネルギーの散弾を発射する。
 術式と必要な魔力を込めたカートリッジを使用する事で適正の無い魔法まで使える技術。込められた魔法以外の用途に使えない為、瞬時の判断が必要な前線で使う者は少ないと言われていたが、その使い手が、しかも今の状況にあったカートリッジを使う者が目の前にいたのだ。
 壁向こうの影が離れていくのが見えた。
「チィ、最初から狭所での足止めを想定してたのか」
 殴りつけても削れても割れない氷に業を煮やしたノーヴェが右手の周りに六つの中型エネルギー弾を生成、殴りつけるようにして氷の壁に叩き込む。
 同時に六つの爆発が起き、氷に大きな亀裂が生じた。
「オオォッ!」
 最後に、亀裂に向かって直蹴りを放つ。
 その衝撃によって亀裂は致命的なものとなり、氷の壁が崩れ落ちる。
 天井に張り付いていた氷も落ち、細かい氷の粒が宙に舞う。そしてノーヴェの目の前から氷が無くなり視界が拓ける。
 目の前に、スバルがいた。
「な――」
 崩れ落ちる氷の欠片の中、いつの間にか復帰していたスバルが向こう側から、氷の壁を砕いた直後のノーヴェの懐にまで迫っていた。
 彼女は左手をノーヴェの胸の前にまで伸ばしており、その掌の先には大きな魔力スフィアと環状魔法陣が存在していた。右手は後ろへ大きく振り被った突きを放つ姿勢だ。
「ディバイン――」
 リボルバーナックルがカートリッジをロード、二つのスピナーが高速回転してスバルの魔力を高め、圧縮する。
「バスタァァーーッ!」
 魔力スフィアをそのままに左手を引き戻し、代わりに右拳が魔力スフィアを強く叩く。
 結果、スフィアの反対側から魔力が放出された。
 青色の魔力光を放つ大量の魔力は砲撃魔法というよりも、決壊したダムから放出された水と言って方が近く、ノーヴェの体を完全に包み込んだ後、車両の奥にまで放出された。





 ~後書き&補足~

 魔法少女系の変身シーンを文字で表現するのは難しいと言うか、無理に近いと学びました。やっぱああいうのは映像とかで見ないと駄目ですね。

 原作と違ってフォワード陣初出撃時にいきなりナンバーズと接触。この時点で高難易度で、列車の頭と尾が既に大破。リインは、原作でスターズと行動を共にしていましたが、ティアナが陸曹長に出世しているので、ライトニングの方に移ってもらいました。結果、魔導師ランクで見ると、ウェンディ涙目なチーム編成に。

 ビジュアルファンブックを入手しておらず、聞きかじった程度なんですが、マリィが座にいた世界は最終的に文明が魔法科学レベルにまで発展するそうな。
 魔法科学……だと……。




[21709] 五十六話 列車上の激戦(後編)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/02/12 05:10
 二両目から大きな爆発がしたのが見え、ウェンディは手を額の上にやって日除けを作る。
「派手にやってるっスねえ」
 彼女はライディングボートに乗り、列車の屋根に沿って飛行していた。彼女の向かう先は重要貨物専用車両だ。
 そこは見た目からして重厚で装甲が分厚く、未だにガジェットドローンが侵入できていない。無理矢理扉を破って中に侵入するにはノーヴェの突破力かウェンディの砲撃でないと無理だろう。
 と、その時、ウェンディの背後からも爆発による轟音と熱風が来た。
 ウェンディが振り返ると、最後尾の車両が炎に包まれていた。炎の中、完全に破壊された屋根から白い竜の首が伸びており、その上にはキャロが立っている。
 竜を従える少女の腕が胸の前で交差し、手の甲にある宝石のような丸いレンズが光った。
 同時に竜の口から人の大きさ程ある火球が三つ吐き出される。ブースト魔法による強化を得たそれは膨大な熱量を持ってウェンディに向かっていった。
「やばっ」
 ウェンディはライディングボートから降りると、ボートを盾として構える。
 直後に火球がウェンディに命中した。車両の屋根や壁を溶かすが、強固な盾とエネルギーシールドに守られた彼女を傷つける事は出来なかった。
 三つの火球を耐えたウェンディは盾を降ろそうとして、突然盾の向きを斜めにして右手側に向けた。ほぼ同時に鋭い金属の擦れる音がした。
「あっぶないっスねえ」
 盾の向こう、一体いつの間に移動して来たのかエリオが槍を突き出した体勢で立っていた。
 彼は大きな盾によって生まれる死角を利用しての、不意打ちに近い攻撃をあっさり受け止められた事に驚いた顔をしていた。だが、すぐに気を引き締めて盾を弾くように槍を操る。
「おっとっと――あっ!?」
 盾を持っていかれないよう自ら身を引いてエリオから距離を取った瞬間、小さな影が脇を通り抜けるのを知覚して振り返る。
 ウェンディがエリオの攻撃を受け止めた隙を狙ってリインが彼女を素通りし、重要貨物車両へ向かって飛行して行ったのだ。
「エリオ、キャロ、足止め任せましたですよ!」
「待つっスよ、そこのちっこいの! って、うわっ!?」
 ウェンディがリインを撃ち落とそうとしたが、ウィングボードに刃が当たり、火花を散らした。エリオが槍を振り、妨害したのだ。
「ここで止める」
 中段に槍型デバイスを構えたエリオの後ろでは、フリードに乗ったキャロが追いついて来た。二人と一匹は強い視線をウェンディに向けており、行かせないという意志が伝わってくる。
「か、可愛くないお子様達っス。最近の子供って皆こうなんスか?」
 幼い召還師と騎士、そして竜を相手にする事となったウェンディはあからさまに嫌そうな顔をして、ライディングボートを構えたのだった。



 砲撃が直撃したノーヴェは勢いよく車両端の壁に激突してその体を壁にめり込ませた。
「スバル、行くわよ!」
 使用済みの治癒魔法が込められたカートリッジを交換したティアナがスバルに言う。彼女は氷の壁を張った後、蹴り飛ばされたスバルに治癒魔法を使用していたのだ。
「え? でも……」
 スバルが正面に捉える中、壁にめり込んだノーヴェは力付くで壁から身を剥がし始めている。
 スバルのディバインバスターは射程が短く、名は同じでもなのはの砲撃とはまた別の魔法である。しかし、本家本元と遜色の無い威力は持っている。
 それを受けて気絶するどころか、戦闘機人の少女は立ち上がって反撃しようとしている。
「最重要目標はレリックの確保よ。敵の相手をいつまでもしていられないわ」
 それに、戦闘機人が一人だけとは限らない。通信は未だに妨害されて状況は分からないが、車内からでも聞こえる激しい爆発音にリインとライトニング二人の所にも行っている可能性がある。
 ティアナはスバルの返事を待たずして、車両同士を繋ぐドアを開けて隣の車両へと一足先に入った。
「……うん、わかった」
 スバルは踵を返すとティアナに続いて車両を移動する。その時にティアナがドアを閉めると同時に魔法によるロックをかけた。防護効果もあるのでこれで蹴破るにしても時間を稼げる筈だ。
 スターズの二人が重要貨物室へ向けて駆け足で進む。どういう訳か各車両内に侵入していた筈のガジェットドローンらの姿は見えない。
「どうしていないんだろう?」
「多分、指令官が来たからよ」
 戦闘機人が来た事で、ロストロギアの反応を感知して襲う自動モードから命令に従う状態へと移行したのであろう。
 ただ闇雲に襲うのでは無く、理論的な戦略を以て攻撃する事ができる。なら、六課同様に列車全体を襲うよりもレリックの回収を最優先に行動する筈だ。
「ガジェットはきっと重要貨物室集まってるわ。急ぐわよ!」
 と、ティアナ達が次の車両へと移った時だ。一瞬、後ろの方から轟音が聞こえ、床が上下に揺れる。二人は僅かな浮遊感を得、慌ててバランスを取ろうとする。
 床に手を付きかけたティアナが後ろを振り返る。ロックをかけていたドアには何の変化も無い。
 クロスミラージュを構えて警戒した直後、今度はより大きな振動を感じた。しかも、すぐ近く、それも車両の天井から聞こえた。
 二度目の轟音と共に、天井が崩れて外から人影が落ちてきた。
「お前ら……よくもやってくれたな」
 天井を突き破った人影はノーヴェだった。直撃を受けたのはさすがに利いているようで息は荒いが、それでも闘志は消えていない。
「蹴り飛ばす……」
 怒気を含めながら静かに告げると共に、彼女の足下に幾何学的模様を持った円形の陣が現れた。
 円陣が黄色い光を放つと、ノーヴェの足下から光の道が伸びる。
「これって、ウィングロード!?」
 スバルが驚きの声を上げた。ノーヴェから車両内を縦横無尽に伸びる何条もの光の道は、模様に差異はあるものの、スバルと同じウィングロードで間違いなかった。
 ウィングロードはクイントの先天性魔法であり、それ以外では彼女の娘であるスバルとギンガしか使えない魔法だ。それを使えるという事は、今目の前にいる赤毛の少女もまた、クイントの遺伝子を持っていると考えて良かった。
「私のはエアライナーって言うんだ。覚えとけ!」
 ノーヴェが光の道に乗ると、ローラーを回転させて加速する。
「スバル、驚いてる場合じゃないわよ!」
 ティアナがクロスミラージュから射撃魔法を放つ。
「当たるかよ!」
 ノーヴェは別のエアライナーに跳び移って回避しながら二人の真上へと移動、跳び蹴りを放つ。
 スバルとティアナは後ろへ避ける。空振りしたノーヴェの蹴りは床を大きくへこませる。
「う、くっ……。あんた、ちゃんと正面から来なさいよ。何の為にドア付いてると思ってるの!?」
 ノーヴェの攻撃で舞う埃に目と口を庇いながら、ティアナは悪態をついて直射型射撃魔法を連射する。
「うるせぇ!」
 ティアナに向けガンナックルからの散弾を撃って牽制する。そして、
「お前は後だ。まず先に――テメェだ!」
 埃に紛れて放ったスバルの突きを、右足を上げて受け止める。
「――っ、負けない!」
 正面からノーヴェの金色の目に睨まれたスバルは負けんじと睨み返した。
「へっ……面白ェ!」
 軸となる左足をずらし、スバルの拳を逸らさせると、ノーヴェは彼女の腕よりも足を高い位置に持っていく。そして膝間接の動きだけでスバルの顔を蹴った。
 それで怯んだ隙にスバルの胸の前で、右足の裏からエアライナーを新たに展開させると足の筋力だけで上る。そして上りきると同時に左足で再びスバルの側頭部を蹴る。
 ジェットノズルからの加速を得た蹴りをスバルは寸前でガードしたものの、体が軽く横に浮いた。
 その隙を見逃さず、ノーヴェが更に追撃をかけようとした時、橙色の魔力光弾が来た。右腕で受け止めるが、エアライナーの上から落ちてしまう。
 体を後ろに回転させて床に両足で着地すると、痺れを残す右手を無視してスバルの後ろにいるティアナを睨みつける。
「悪いけど、こっちはコンビで動いてんの」
「なら、二人まとめてブッ倒す!」
 怒鳴ると、ノーヴェは両足のスピナーを回転させ、ジェットノズルから火を噴射しながら突進した。

「ハァッ!」
 エリオは気合いを上げる声を発し、槍型デバイスのストラーダで横薙ぎの一閃を放つ。
 列車を追って空を飛ぶフリードの上にいるキャロのブースト魔法によって刃部分の魔力付与効果が高められており、穂先から更に強い光を放つ魔力の刃が伸びている。
 だが、槍の一撃はウェンディの持つ頑丈な盾によって受け止められた。
 エネルギーシールドも発生しており、槍と盾の間に鮮烈な火花が散っている。
 エリオは槍を引き戻し、突きを繰り出す。
「よっ、ほっ、はっ」
 ウェンディのふざけたような軽い声と共に、突きのよる攻撃は先ほどと同様に大きな盾によって防がれてしまう。シールドの効果もあるのだろうが、盾自体が強固で微妙に曲線を描く表層で攻撃が微妙に逸れて本来の威力を発揮しない。
 それに何より不思議なのが、エリオは相手の盾の大きさを利用して、瞬間的に加速し、視界外から攻撃を繰り出しているにも関わらず、ウェンディは見えているかのように盾で防御してくるのだ。
 戦闘機人の機能かは分からないが、相手はこちらの動きが完全に見えているようだった。これでは倒す事はできない。だが、今のエリオの任務はリインがレリックを回収するまでの足止め。謎は残るが、油断せずにいてこのまま現状維持で問題ない。
「しつこいっスね――おわっ!?」
 防御に専念させられ、エリオの猛攻に少しずつ後ろに下がっていたウェンディが屋根の端から足を踏み外した。
 車両と車両の間に背中から落ちる。
 それをチャンスと見たエリオが槍を一気に間合いを詰めた。
「――な~んちゃって!」
 エリオが距離を詰めた直後、ウェンディの体が宙で停止。
 右手に持つライディングボードの飛行機能を使って体を支え、そのままライディングボードを支えに体を伸ばしてエリオを蹴飛ばす。
「うわっ!?」
「エリオ君!」
「エリアルショット!」
 続いてエリオを心配したキャロに目掛け、ライディングボートの砲口からエネルギー弾を発射する。
 フリードが翼を真っ直ぐに伸ばして滑空するように左へ回避。
 その隙にウェンディは隣の車両に跳び移る。途中で砲口を下に向け、エネルギー弾を発射。車両と車両を繋ぐ連結器を破壊した。
「しまった。連結器が!」
 蹴られて屋根の上に転がったエリオが起き上がって走り出す。勢いを失った車両は慣性の力でしばらく進むが、暴走して走る列車のスピードに敵う筈もなく引き離されてしまう。
「バイバ~イ」
 ウェンディが軽く手を振り、そのまま重要貨物車両向かって屋根の上を走って行った。
「エリオ君、乗って!」
 キャロが声を上げ、手を伸ばす。
 フリードがエリオの乗る車両の横を通過する瞬間、エリオはフリードの背に向かって跳ぶ。キャロの手を掴み、引っ張り上げられながらキャロの後ろに着地した。
「……キャロって、意外と力あるんだね」
「ふえ!? ふ、普通だよ、普通! 身体強化も使ってるし!」
 呆れてるように小さく鳴き声を上げたフリードが列車を追った。

「ノーヴェの足癖の悪さが移ったっス」
 言いつつ、ウェンディは屋根の上を走りながら球状のエネルギーを空にバラ撒く。
 接触する事で爆発する反応弾だ。これで少しは追撃を妨害し時間を稼げる。
「んん?」
 緩やかにカーブしていた列車が直線を走り始めた事で、右手側の崖の影になって見えなかった先頭付近の車両を目視できるようになった。
 そこでノーヴェは前から三両目の、天井に穴の空いた車両がおかしいのに気付いた。穴が空いている時点で異常だが、どうおかしいのか簡単に言ってしまうと、車両が跳ねているように見えるのだ。
 左右に揺れたかと思うと上に跳ねたり、まるで檻の中で猛獣が暴れ回っているかのように車両が揺れている。穴の中からは時折、打撲音や爆音が聞こえ、雄叫びのような声も聞こえる。
 強化された聴覚で雄叫びの一つが知っている者の声だと気づくと、ウェンディは通信を開いた。

「ハァッ!」
「オラァッ!」
 スバルの拳がノーヴェの顔に、ノーヴェの蹴りがスバルの横腹に命中する。お互い、それぞれの光の道で走りながら激突した結果だ。
 二人ともよろけるが、先に動いたのはノーヴェだ。一撃の威力はノーヴェに軍配が上がった故にスバルは立て直しに遅れる。
 それでもノーヴェの左足によるハイキックを右腕に展開したシールドで防ぐのには間に合った。
「ハッ!」
 ノーヴェが跳び、空中で回し蹴りを放つ。
 一度は防ぐが、空中で回転しながら二撃目が放たれガードを崩される。間髪入れずに着地したノーヴェから蹴りが来る。
「オラオラッ、どうした? あいつのプロトタイプって聞いたが、その程度か!」
「うわあっ! ――くぅ……あ、あいつ?」
 スバルの疑問が答えられる事も無く、ノーヴェの蹴りによる激しいラッシュが彼女を襲い続ける。
 それでも防御体勢を崩さずに耐え続け、右側頭部目掛けて蹴りを受け止める事に成功する。
「はあぁっ!」
 左拳による下から上にノーヴェの顎への打ち上げを狙う。
「甘ェッ!」
 だが、その直前にハイキックしたままの体勢でノーヴェの左脚がスバルの顎を逆に捉えた。
 膝の間接の動きだけで、外から内への回し蹴り状態から下から上へ蹴り上げるという信じられない動き。間接が柔軟どころか独立して動いているようなものだ。
 そのまま脚を頭よりも振り上げた状態で、更にスバルの頭部に踵を落とした。
「ぐっ、あ、あああぁっ!」
 しかし、スバルは負けじと相手のローラーブーツによって額から流れる血を無視し、左拳に溜めた魔力を放つ。
「リボルバーショット!」
 強烈な風圧が生じてノーヴェの体に魔力ダメージが貫き吹っ飛ぶ。近くにいたスバルも風圧によって後ろへ転がる。
「チィッ」
 舌打ちし、ノーヴェは床を擦りながら両足と片手で着地。
 その直後、左右斜め上にそれぞれ二発の魔力光弾が通過する。橙色の魔力光弾は突然鋭角に軌道変え、斜め下にいたノーヴェの頭上に落ちた。
「ぐあっ!」
 急所は避けるが、それでも体の各部に直撃する。しかも、衝撃でよろけているところに高速弾が飛んでくる。
「ウザってぇ!」
 右から散弾、左から六発の中型エネルギー弾をガンナックルから発射して撃ち落とすと同時に牽制する。
「スバル!」
 ティアナは横移動で散弾を素早く避けると床に転がったスバルに駆け寄り、カートリッジをロードする。
 カートリッジに込められた治癒魔法が発動し、僅かとはいえスバルの傷を癒す。そして二人でシールドを展開した。
 散弾を完全に防ぐ二人を見て、ノーヴェは中型エネルギー弾を再び発射しようとする。その時、顔の横に通信用モニターが開いた。
『ノーヴェ、遊んでないで目標に行くっスよ』
「ああ?」
 両腕での散弾に切り替え、弾幕の密度を上げてモニターの方に顔を向ける。
『融合騎が重要貨物車に行ったっス』
「お前こそ何やってんだよ、馬鹿! ちゃんと足止めしとけよ」
『だって仕方ないじゃないっスか。こっちは実質四対一だったんスから。それよりも早く行かないと、あそこには……』
「――チッ」
 ノーヴェは散弾の発射をスバル達に行いながら、後ろに振り向きエアライナーの上を走り始める。
 上に斜面を描くエアライナーはノーヴェが空けた天井の穴に向かっている。
「待ちなさい!」
 ティアナが逃がさまいと射撃魔法を撃つが、一手遅れて外してしまう。
「くっ、スバル、行ける?」
「大丈夫、まだまだ戦える!」
「なら追いかけるわよ。リイン曹長がレリックを回収するまで何としてでも止めるわ」
 スバルが顔の血を拭うと力強く頷き、ウィングロードを伸ばした。

 重要貨物車の前で、リインフォース・ツヴァイがドアのロックに対して解除コードを打ち込んでいた。
 彼女の背後には、彼女を妨害しようとして氷の刃に貫かれ破壊されたり、氷付けになったガジェットドローンが転がっている。
「まだ破られてなかったみたいで、良かったですよ」
 介入した形跡はあるものの、プロテクトが破られていないのを見て、リインは安心したように呟く。
 事前に関係者から渡された正式な解除コードを打ち終えると、ドアは音も無く横に開いた。リインは急ぎレリックを回収しようと中に入る。
「あれ~? これでもない。もう、似たような箱ばっかで見分けが付かないよ」
「………………」
 中には、先客がいた。
 青いボディスーツを着た水色の髪を持つ少女が、車内に保管されているケースを手当たり次第開いては床に捨てている。
「この車両のどこかにある筈なんだけど……何でこんな時に限ってサーチの調子が悪……い…………」
 たまたま後ろを振り返った少女とリインの目が合う。
「な、なにやってるんですかーーっ!」
「うひゃあっ!?」
 氷の刃が少女に向かって飛来した。少女はギリギリで回避して荷物の影に隠れるようにして奥の方に跳び込む。
 外れた氷の刃が刺さった部分から床や壁が冷やされて霜を張る。
「寒っ!」
 と、荷物の影から少女の声がした。
「大人しく投降して下さい!」
 リインはいつでも凍結魔法を撃てるよう警戒しながら少女の方に向かって進んだ。

『という訳で、助けてーっ!?』
「うーわー……」
『マジ使えねえ』
 姉のセインからの救助要請を受け、列車の屋根の上を走っているウェンディは呆れた顔をした。
 通信はそれぞれ別の場所にいる三者で行われている。その内の一人であるノーヴェは半ば呆れながら聞く。
『そんな事よりレリックは?』
『そんな事より!? お姉ちゃんの危機よりレリックの方が大事なの!?』
「いいから、レリックは見つかったんスか?」
『えーと……見つかんなかった。えへへ』
『ダメだこいつ。見捨てようぜ』
「そうっスね」
『二人ともひどい! 泣いちゃうぞこのっ!』
『あー、ウゼェ……』
「仕方ないっスねえ。そろそろ目標地点だし、そろそろおっかないのがガジェット潰して戻って来るっス。それまでに助けるっスから」
『やった。さすがウェンディ。伊達に、ス語尾じゃないね!』
「意味が分かんないっスよ。これで一番飯作るの上手くなかったら絶対見捨ててたっスね」
『食い物って偉大だよな』
「そうっスね……。ノーヴェ、やれるっスか? 他と違って頑丈っスよ」
『誰に言ってんだよ』
 ウェンディの視界には列車の外に出たノーヴェがエアライナーの上を滑って空中を走っている。その後ろの車両からはティアナとスバルが屋根の上に上ってきていた。
 そして後ろを見れば、浮遊機雷を破壊しながら突き進むフリードとそれに乗るエリオとキャロの姿もある。
 このままだと挟み撃ちにされてしまうだろう。
「それじゃあ、いっちょ派手にお願いするっ!」
 言ってノーヴェはフローターマインを撒くのを止め、ライディングボートに乗って列車の上を飛ぶ。
『おう!』
 力強い返事が聞こえ、ウェンディの視界の中、ノーヴェが動いた。

 ティアナとスバルの追撃を逃れて外に出ていたノーヴェは大きく曲線を描きながら空を走り、急なカーブで体が斜めに倒れる。
 列車の右手側は崖と言ってもいい山の急斜面、左手側は空だ。そんな青い空の上、進む先へと足下から伸びる光の道は彼女の意志に従って列車へ、重要貨物専用車両へ向かっていく。
 ノーヴェが両足に装着した武装、ジェットエッジのジェットノズルから火が噴出して加速した。
 両足を揃えて膝を曲げ、跳ぶ姿勢を取る。段々と車両が近づくにつれ、スピナーが高速で回転して火花を散らす。
「オオオォォオオォ――」
 雄叫びを上げて、エアライナーの上からノーヴェが跳躍した。
 跳んだ先は重要貨物車両の分厚い装甲に覆われた側面だ。
「――ラァッ!!」
 跳んだ直後に両足を前に出した跳び蹴りが車両の側面に命中した。
 大気を震わす轟音と衝撃が周囲を襲い、車両が跳ねる。
 連結する前後の車両まで巻き込んでレールから片輪が外れ、空に横っ腹を見せる重要貨物車両の装甲はまるで人間大の岩石か鉄球が衝突したように大きくヘコんでいた。
「――チッ」
 その結果に不満でも残すのか、ノーヴェは苦々しい顔をして斜めに傾いた列車から離れた。
 傾いた車両とレールを結ぶ右側車輪からは金属の擦れる不愉快な音が聞こえ、激しい火花を散らす。脱線寸前にまで傾いた列車はいつ横転してもおかしくなかった。

「大変だ……」
「スバル、どうする気よ!?」
 重要貨物車両が斜めになった事で連結されていた車両も巻き添えで傾き、その屋根の上でクロスミラージュから伸びる魔力糸、アンカーで体を支えていたティアナが一人ウィングロードで跳びだしていった相方に怒鳴る。
「中にまだリイン曹長がいる!」
 振り向きもせずに答え、スバルは傾いた重要貨物車両側面の下へと滑り込んでいく。
 その時、いつの間に潜っていたのか斜めになった車両の下から、サーフボードのような物に乗った少女がスバルの横を通り過ぎて飛びだして空に登っていく。
 サーフボードの上には水色の髪をした少女がしがみついていた。
「三人目がいた!?」
 ティアナが驚く中、スバルがウィングロードの角度を斜めに、転倒する寸前の車両と平行になるよう光の道を伸ばす。そして、両手を車両の側面に付け、転倒しないよう支え始めた。
 魔力付与などによる身体強化などがあるとはいえ、傾く列車を支えるなど自殺行為だ。
「無茶し過ぎよ、馬鹿! ――キャロ!」
 スバルの意図に気づいたティアナはフリードに乗って空を飛ぶキャロ達に念話を飛ばす。
「スバルの援護を!」
『は、はい!』
 命令を受け、フリードが列車に近づく。
 キャロのグローブに付いた宝石が輝き、召喚魔法が発動する。
 車両の屋根に四角形の魔法陣が四つ出現し、そこを起点にそれぞれの陣の中から鎖が一本ずつ空に向かって伸びる。
「フリード、お願い!」
 白い竜が四つの鎖を後ろ足の爪で掴み、転倒を防ぐ為に空から引っ張り始める。
「エリオはキャロとフリードの護衛を!」
『はい!』
 指示を終えるとティアナは傾いた屋根の上を器用に昇り、先頭車両に向かって走り出す。その時に周囲を警戒すると、戦闘機人達の姿を見つけた。
 空に、列車から離れるようにして光の道の上を滑る赤毛の少女がおり、先程の列車の下から出てきたサーフボートに乗った少女達がその後に続いた。
 サーフボートにしがみ付いていた水色の髪の少女が、座り直すと同時に両手で何か操作するような動作を見せる。
 そして彼女らは一度ティアナ達に振り返るが、そのまま踵を返して山の斜面に沿って降下していく。
 ティアナは傾いた屋根から三人の姿を見下ろすが、崖の影になってすぐに見えなくなった。
「………………」
 警戒してクロスミラージュを手に持っていたティアナは完全に姿が見えなくなるとデバイスを脇のホルスターに仕舞った。
 その時、大きな音をティアナは耳にした。何か、爆発したような音だった。
「まさか……」
 嫌な予感を覚え、ティアナはレールの先を見る。山に沿って走っているレールは緩やかな曲線を描いている為に崖部分の影となってレールの先が見渡せない。
 しかし、遠くの方で山が崩れる音と土煙が昇っているのが見えた。

「火薬の量、多すぎだろ。レールだけ壊せよ」
 エアライナーで崖の上を滑り降りながらノーヴェが後ろを振り返る。
「それになんで列車本体に仕掛けなかったんだ?」
 爆弾を仕掛けた張本人であるセインはウェンディの肩に手を乗せてライディングボートの上に立っていた。
「万が一レリック盗れなかった場合、誘爆したら危ないじゃん」
 彼女は説明しながら、起爆スイッチを宙に放り捨てる。
「んなの気にすんなよ。危険なのは百も承知だろ」
「じゃあ、次は巻き込む形で仕掛ける」
「止めい!」
「何だっていいっスから、早く撤退するっス。Ⅱ型がとうとう全滅したっス」
「うっわ、おっかな。捕まったらそれこそトーレ姉にブン殴られる。――IS、ディープダイバー」
 セインのISが発動、水色のテンプレートが崖側に現れる。
 三人はそのままテンプレートの浮かぶ崖へと突入、まるで水の中に入るようにして岩の並ぶ崖の中へと入っていった。

『ティアナさん、レールが!』
「分かってる! ったく、次から次へと」
 顔を歪め、エリオからの通信を受け取ったティアナは走ってスバルが突入の際に空けた穴を通って先頭車両内へと飛び降りる。
 着地し、顔を上げた先には運転席があった。

 ウィングロードを足場に車両を支えていたスバルの目にもレールの先にある土煙を見ることができた。
 今は車両を支えるのが精一杯であり、例えこのまま行ってしてしまわずとも、車両が倒れて潰されてしまうかもしれない。
 だが、そう危惧した時に列車のスピードが僅かに緩んだ。
 直接触れて支えているスバルだから気づけたほどゆっくりと、少しずつスピードが落ちてきている。急ブレーキによる列車の脱線を考慮した減速だった。
「これなら!」
 スピードが緩んだ事で、より単純に支えるだけで良くなったスバルは右手を車両の側面から離す。
「うっ、く……」
 左腕にかかる負担が大きくなって、悲鳴を上げるように筋肉や骨が軋みを上げる。しかし、それでもスバルは離した右手で拳を作る。
「スゥ――」
 息を静かに吸い、リボルバーナックルのカートリッジシステムを作動。残っていたカートリッジ四発を全て消費する。スピナーが火を拭くように高速回転、カートリッジとスバルからの魔力に呼応する。
「――でりゃああああぁぁああぁーーっ!!」
 アッパーによる魔力付与の打撃を車両に叩き込んだ。
 渾身の一撃は傾いていた車両を跳ね上げさせる。
 フリードによる鎖での引き倒しもあり、重要貨物車両の片輪がレールの上へと音を立てて戻った。
 同時に、列車の減速も緩やかなものから目に見えて分かるものとなり、ゆっくりとしたスピードでカーブを曲がる。
 そして曲がりきったところで、列車は完全に停止した。
 今までガジェットドローンによるハッキングで限界近い速度で暴走していた列車の車輪は、停止すると白い煙を昇らせた。
「リイン曹長!」
 止まった列車の屋根を走り、四人が重要貨物車両に走った。
 最初にエリオが降り、ロックが解除されているドアを開け、追いついてきたティアナ達がその後ろから車内の様子を覗く。
 貨物車の中は二度に渡る大きな揺れで、固定されている筈の荷物が崩れ落ちて床の上に散乱していた。足の踏み場も無い車内には、リインの姿はなかった。
「…………生き埋め?」
「つ、通信にも出ませんよ?」
「リイン曹長潰れちゃった!?」
 ただでさえ人形のように小さな彼女だ。常に宙に浮いていてもこの有様では荷物の雪崩に巻き込まれて下敷きになってもおかしくなかった。
「不吉な事言わない! 掘り起こすわよ」
 スバルの後頭部を叩いて、ティアナが急いで荷物を片づけていく。他の三人も入り口に近い方からケースなど荷物を棚に戻す。
 その作業は結局なのはとフェイトが戻って来るまで続き、最終的には目を回したリインと、彼女がしがみついていたケースからレリックを無事回収する事には成功した。



 管理局の制服を着た女が清掃の行き届いた硬い廊下を一人歩きながら考えごとをしていた。
 青髪の長髪の女はISのライアーズ・マスクで変装したドゥーエだった。彼女は最高評議会に潜入しながら管理局の情報を集める潜入調査の真っ最中である。
 数年前に人員を増加させた最高評議会、その機会を狙い、いくつもの厳しい審査を潜り、現在正体を疑われている様子も無く、情報収集も順調、仕事も認められて三人の評議員の命を繋ぐ設備のメンテナンススタッフとしても採用された。
 最早、計画の開始を待つだけの状態と言っていい。しかし、ある懸念が彼女にあった。
 それはドゥーエが潜入の足がかりとなった評議会の人員増加の意味だ。
 人が辞めて新しい人材が入る。それは組織として当然の事であるが、管理局の支援組織でもありながら大きな発言力と秘密を抱える評議会だ。人を増やすと言っても簡単に済む問題では無い。
 しかも、人を増やしたと言っても評議会本部で勤務している人間の数は増えていない。なら、今までいた古株達はどこに行ったのか。
 いない人間全員が一斉に辞めたとは考えられないし、そんな記録も無い。
 だとすると、人員増加に見合った何かしらの計画が進んでいると考えるのが妥当だ。
 スカリエッティの計画実行までに不確定要素はなるべく排除しておきたいが、報告書らしきデータが評議員の三人に送られている痕跡は見つけれたものの、具体的な事は何もわかっておらず、全てがドゥーエの予想でしかない。
 平静を装いながら、どうしようかとドゥーエは悩みながら廊下を進むと、テラスが見えてきた。そこから昼の太陽の強い光が建物内に入ってくる。
 評議会本部の重要な資料やシステムは主に地下にあるので働く者の多くは、新鮮な空気を求めてよくテラスに集まり出す。
 今は混むような時間帯ではなく、暖かい陽の光を浴びるテラスには人一人いないように思えた。
「あら?」
 両開きのドアの影になって見えづらかったが、テラスに人影らしきものを発見する。
 ドゥーエは特に意図も無く、何となくテラスに出た。
 そこには、動力の付いたオーダーメイドの車椅子に乗った少女がいた。
 年の頃は十代前半だろうか。バイザーによって顔の半分近くが隠れている為に正確な事は分からない。
「君、こんな所で何をしているの?」
 横に立ち、屈んで少女に問いかけるが反応は返ってこない。
「…………聞こえてる?」
 再度問いかけてもやはり反応が無い。どうやら眠っていて聞こえていないようだった。
 少女の体は力無く弛緩しており、頭部も重みで自然と横になっている。
 胸には評議会本部の入室許可証が紐によって首から下がっているので関係者なのだろうが、車椅子の少女が一人こんな所にいるのはさすがに不審であった。
 ドゥーエがどう対応しようか迷っていると、新たに人がテラスに入ってくる。
 十五、六歳と思われる少女だ。管理局の制服を着た彼女はドゥーエに小さく頭を下げると早足で車椅子の後ろに回り込む。
「すみません……急いでいるので」
 そう言って、新たに入ってきた少女は車椅子を押してテラスから出ていく。
 ドゥーエがその後ろを目で追っていくと、彼女らの進む先にこれまた一人の少女が立っていた。
 車椅子の少女と同じバイザーを付けて顔は分からないが、隙の無い出で立ちに武人然とした雰囲気を感じる。
 彼女は車椅子の少女らと合流すると、共に廊下の奥、評議員のいる層へと繋がるエレベーターがある方向へと、碧銀の長い髪を揺らしながら消えていった。





 ~後書き&補足~

 今回、ノーヴェが列車を横から蹴った時に最初は完全に脱線させて崖から落とそうかと思いましたが、よく考えるといくつもの車両が繋がった列車を脱線させるのってえらいパワーが必要だと、残念スペックな脳味噌で気づいたので傾けるまでにとどめました。

 どうでもいいですが、ノーヴェがチンピラっぽいです。



[21709] 短編 バレンタイン前日のお話
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/02/13 18:31

 これは機動六課が正式に設立される前、ある二月の出来事である。
「というわけでバレンタインデーのチョコ作りを始めたいと思いまーす!」
 手を軽く挙げて、八神はやてが宣言した。
「何が、というわけなのかさっぱり分からないかな……」
「多分ノリだけで意味も無く言っているだけだと思う」
 次期部隊長のテンションの高さを、少し離れたところから高町なのはとフェイト・T・ハラオウンが見ていた。
「最近忙しいからストレス溜まってるのよ、きっと。だからそっとしといてあげましょう」
「クイントさん、何気にを可哀想な人扱いしとらん?」
 彼女達が今いるのはナカジマ家のキッチンだ。なのは達だけでなく、互いに友好のある人物達が集まってそれぞれエプロンを着用している。
「改めまして……最近ミッドで流行しつつあるバレンタインを利用、もとい便乗――では無く流行に乗ってチョコを作り、職場の人達に渡して人脈の強化をはかりたいと思います!」
「本音が漏れてるぞ、はやて」
「こほん――まあ、要は日頃お世話になってる人達にお礼をしようという主旨だと言いたいわけで」
「それを先に言う、というかそれだけ言えば十分だったような」
「うっ……」
 ヴィータとシャマルの突っ込みにはやてが言葉を詰まらせた。
「はいはい。前座はいいから早く作りましょ。せっかくこうして集まったんだから」
 クイントが手を叩いて話を中断させた。
 彼女の目の前、テーブルの上にはボウルやかき混ぜ器、チョコの塊や砂糖など、機材や材料が大量に置かれていた。
「そうだね。時間がもったいないし、始めようか」
「私の演説が時間の無駄とか言われた」
 はやての言葉を無視し、バレンタインデーに向けたチョコ作りが開始される。
「そういえば、なのはちゃんの実家って喫茶店なんでしょ? やっぱりこういうの得意なの?」
 チョコの塊を溶かす作業を開始したクイントがなのはに話しかける。
「う~ん、一応作れますけど、やっぱり本職のお母さん達にはかなわないですね。そうだ、どうせだから皆の分も今作ろうっと」
「一体何個作る気?」
「えーっと…………た、たくさん?」
「まあ、こっちもたくさんいるから分担すればいいけど。ギンガはどうするの?」
 なのはとは逆の方向に振り向けば、そこにはギンガが作業していた。
「どうするって、チョコの数の事? 一応、部隊でお世話になってる人皆にあげるつもり」
「こっちも大量か。まあ、義理だからいいのか。……なのはちゃんは本命チョコは作るの?」
「本命? あはは、そんなの無いですよ」
 なのはが朗らか且無垢に笑うと、少し離れた所で作業していたはやてが誰かの名前を小さく呟いて、目端に涙を浮かべた。
「ギンガは?」
「ないよ?」
 笑顔で即答される。
「………………」
「そういえば、スバル達は来てないんですね」
「……あの子達忙しいみたいだから」
 疑いの目を娘に向けていたクイントは、二人のやり取りに気づいてないなのはの質問に答えた。
「災害担当なんて管理局の中でも忙しい部署だからね。まだ新米のスバルとティアナじゃ自分の事で手一杯でしょ」
「でも、そんな忙しいのにちゃんと魔導師ランク昇進試験は受けてクリアしていってるんだから、凄いですね」
「相方が要領いいから」
 と、三人は雑談しながら要領良くチョコ作りを続けていく。
「ゆっくりかき混ぜていけばいいんだよね?」
「そうそう、その調子」
 少しぎこちない動きでまだ固いチョコの液体をかき混ぜるフェイトの横で、小柄な体型になっているアルフがアドバイスしている。
「ああっ! シグナム、そんな強くかき混ぜたら駄目だってば!」
「そうなのか?」
「でも、それだけ激しく動かして少しもこぼしてないのは凄いね」
「いやいや……」
 難しい顔をしてシグナムはかき回すペースを落とす。
「こういうのは苦手なのだがな」
「たまにはいいと思うよ。シグナムも部隊の人達にあげるの?」
「ああ。だが、隊の連中は私が料理ができないと決めつけているからな。受け取るか怪しいものだ」
「たしかにシグナムはそういう感じはしないからね」
「自覚はしている。テスタロッサは誰にあげるんだ?」
「うーん、私はあまり隊とかそういう付き合いがないから……クロノとエリオ、それに保護施設の子達にかな」
「それは結構な数になりそうだ」
「うん、だから頑張らないと」
「真面目だなお前は」
 黙々と作業が進められていく中、はやては彼女達の会話を盗み聞きしながら不満そうにしていた。
「若者らしい会話聞けるかなと思ってたら、皆淡泊過ぎる。もっとこう――あの人にプレゼントするの。喜んでくれるかな――とか甘酸っぱい会話期待してたのに」
 一人だけチョコを作る以外の目的を持っていたはやては欲求不満で、手を止める事もなく獲物を狙う目で周囲を見渡す。
「ふんふんふ~ん」
「…………」
 勤務中の人形のようなサイズではなく、子供のような体型になってチョコを混ぜているリインが目につく。
「ひぅっ!? な、なんだか突然悪寒が?」
 突然背中に走る冷たい感覚にリインが左右に振り返る。そんな様子を眺めつつ、はやては小さく呟く。
「小っちゃくなったリインをチョコに浸して――私を食べて、とかどうやろ?」
「はやて、頭の中が漏れていますよ」
「気のせい気のせい。それよりリインフォースとシャマルはどんな調子?」
「レシピどうりに作っているので今のところは問題ありません。ただ、やはりこういった物はシャマルのようにアレンジを加えた方がいいのでしょうか?」
「シャマルのように――って、シャマル、味噌はアカンよ!? 味噌は!」
「え? でも、テレビでやっててとても美味しそうだったし」
「その人はプロ! 私らアマチュア! 素人が下手に新しい事トライしたらダメ!」
「えぇ~~っ」
「えぇ~、やない。没収、ぼっしゅー! ヴィータ、取り上げて!」
「あ、ああ。悪ィな、シャマル」
「そんな……はやてちゃん、ひどい」
「まったく目を離すとすぐに変な事しようとするんやから、目が離せんわ。はぁ、しょうがない、私も真面目に作ろ」
「いくつ作るの?」
「復活早いわ、シャマル。う~ん、とにかく今までお世話になった人に出来るだけ、かな。ただ、ロッサはどうしよう……」
「ええっ! 渡さないの?」
「ヴェロッサには戦闘機人事件の調査についてお世話になってるのですから、渡した方がよろしいのでは?」
「そうなんやけど……自分より料理の上手い男に手作りチョコをプレゼントって、プレッシャーというか、なんか気まずいっていうか……」
「あー、なるほどね。彼、料理すっごい得意だし」
「私達はよく手作りケーキを貰っていますからね。残念ながらあの味以上の物はそうそう作れないでしょう」
「だからロッサにはネタチョコ渡そ」
「そ、それはそれでどうなのかしら」
「なぁ、そんな事よりこの味噌はどうすんだよ。甘い匂いと混じって何だか気分悪くなってきた」
「ラップしてそこら辺に置いておいて。せっかくだから夕飯に使うわ」
「へーい」

 一方、ミッドチルダ東部の森林地帯地下深くに眠る聖王のゆりかご内でも甘いチョコの匂いがこもる場所があった。
「チョ~コ~チョコチョコチョ~コ~」
「お前頭大丈夫か?」
「ドクターに見てもらった方がいいっス」
 謎の歌を歌いながら手際よく菓子作りを行っているセインに、ノーヴェとウェンディの毒舌が飛ぶ。
「う、うるさいなぁ。美味しく出来ればいいんだよ。そういう二人は進んでる?」
「………………」
「………………」
「ダメダメじゃん」
 アジトの調理場にて、ナンバー二と十三を除くナンバーズがバレンタインデーに向けて集まり菓子作りに励んでいた。
「二人とも、上手くできないのか? ならば手伝おう」
「おおっ! ありがとうっス、チンク姉」
 と、チョコ作りに難儀している二人にチンクが手を貸す為に隣に立つ。
「………………」
 その時隣に立ったチンクの身長が普段と明らかに違い、ノーヴェが彼女の足下を見下ろす。
 踏み台があった。
「な、なんだ、何か言いたい事があるのか?」
「いや、何でもない」
 言わぬが吉と、ノーヴェは見なかった事にした。
「流行に乗ってチョコ作りするのはいいんだけど、作る量に反して渡す相手って限られてるよね」
 チョコが絡んだヘラを持ち上げながらディエチが言った。基本的に任務以外に外に出ることの無い彼女らの交友関係は限られている。
「女所帯ですからしょうがないと言えばしょうがないですけど」
「思いつくのは、ドクターとトゥーレ、そして騎士ゼストの三人だけ」
 双子のオットーとディードが言うとおり、この場に集まった女十一人に対し、渡せる相手が三人ぐらいしかいなかった。
「内二人はこういうイベント苦手そうだものね~」
 台を挟んだ三人の向かい側にはクアットロがチョコパウダーの準備をしていた。さすがに普段着ているシルバーコートは脱いで、代わりエプロンを付けている。
「それぞれ十一人分。そういえばルーテシアお嬢様やドゥーエ姉はどうするんだろ? お嬢様は確実にトゥーレに上げるんだろうけど」
「ドゥーエなら、当日に送ってくるそうよ。さすがに忙しいから手作りは出来ないみたいだけど、ブランド物を買うって言ってるわね」
 潜入任務の為にこの場にいないドゥーエと通信でのやり取りを行っているウーノが答えた。
「ついでに義理チョコを大量に買って管理局の男連中を誑かすとも言っていたわ」
「さすがドゥーエお姉様」
「なにがさすがなのか意味が分からない」
「一人だけ長期の潜入調査を行っているんだ。ドゥーエはドゥーエなりに仕事を行っているのだろう。それより型が足りないぞ」
「ここに予備がありましたよ」
 溶かしたチョコを流す型を探し始めたトーレに、向かいにいたディードがそれを渡す。
「トーレ姉とセッテがこういうイベントに参加するのって珍しいよね」
 ディエチは物珍しそうに二人を見た。実際に、目の前にいる長身の二人がチョコ作りを行っているのは何とも言い難い光景だった。
「日頃の世話になっている者に感謝の意を込めて送ると言われればな」
「ああ、そうやってセインは説得したんだ」
「セッテは私が無理を言って参加させた」
「………………」
 トーレの隣、無言でチョコ菓子の作り方を書いた本を読んでいるセッテがいる。
「う~ん、あの二人が料理、しかもお菓子作りなんて超シュールっス」
「事件だよな」
「砲撃魔法の雨が降るかもしれない」
「セッテよ。こんな時ぐらいヘッドギアを外したらどうだ?」
 隣の調理台でも、やはりトーレとセッテがチョコを作っている光景は珍しい。
「というか、食べれる物ができるんスか?」
「用意した素材は良いから、変な事しなきゃちゃんとしたチョコは出来る筈だけど……」
「チョコ味っぽい何かができるんじゃないっスか?」
「ネタに行かずにコメントに困るチョコができたらどうする?」
「いい度胸だな、お前達」
 拳骨が三人の頭上に落下した。

「ふふふ…………完成」
 平原の広がる次元世界にて、一人の幼い少女が鍋の前にたって無表情で笑っていた。真っ昼間で雲一つない快晴だというのに、心なしか空が暗い。
 石を並べ、薪による火で暖められている鍋の中は、見る者にとって正気を保つかどうかの瀬戸際に立たされる物体が蠢いていた。
「事情を知らない人がみたら古代の召喚魔法使ったように見える」
 少女の隣では人形のように小さな赤い髪の少女が浮いていた。
「魔法じゃなくて料理だから」
「どこが料理なのか言ってみようか、ルールー」
 ルーテシアとアギトの二人はナンバーズのお調子者からバレンタインの話を聞き、チョコ作りに挑戦していたのだが、完成したものはチョコの臭いのするナニカにしか見えなかった。
「料理は愛情」
「愛情詰まってれば許されるみたいな言い方になってるけど、これの味見は? 先に言っておくけどあたしは遠慮する」
「……ちょっとフライングだけど、ガリューにでも――あれ? 反応が無い…………」
 逃げたな、とアギトは思った。チョコ作りの材料集めの為に戦ったガリューからすれば、材料の元となった魔法生物を見て嫌な予感しか湧かなかったのだから、しょうがないと言えるだろう。
「ゼストもいないし、どうしようか」
 ちなみにゼストは管理局時代に培った危険察知を全力で発揮して、早々に撤退していた。しばらくは戻ってこないだろう。
「な、なあ、ルールー。初めてチョコ作るんだからさ、素直に失敗したと認めて新しく作り直そうぜ?」
 貧乏くじを引かされて逃げ遅れたアギトは何とか鍋に生息するチョコを破棄させる方向へ持っていこうと、ルーテシアを説得する。
「もっとこうシンプルな物にしようぜ」
「シンプル……」
 鍋から聞こえる謎の奇声をBGMに、ルーテシアはしばし考え込む。
「……ねえ、アギト」
「ん?」
「チョコを全身に塗るとしたらどのくらいの量が必要だと思う?」
「色々と待とうか、ルーテシア」
「型を取って等身大――」
「だからちょっと待とうか!?」
 アギトの苦難はまだまだ続く。

「………………」
「どうしたんだい、トゥーレ? まるで余命幾ばくと告げられたような青ざめた顔をしているけど」
「いや、なんだか背筋に悪寒が……」
 とあるカフェバーのカウンター席に白いスーツの長髪の男と黒のジャケットを着た女顔の男が座っていた。
「風邪なら良い医者を紹介しようか?」
「いや、そんなんじゃないから気にしないでくれ」
 そう言って、トゥーレはジョッキに入ったビールを飲んで一息つく。
「……お前からこういう店に誘うのって珍しいな」
「最近忙しくてね。ようやく一息入れる事ができたんだよ」
 白スーツの男、ヴェロッサは溜息混じりに呟いた。彼の手には赤い液体の入ったワイングラスがある。
「普段は適度にサボってる奴が、柄にもなく珍しいな」
「妹分が頑張ってるからね。たまには真面目にやろうかなと思ってさ」
「ふうん……」
「まあ、趣味である料理の時間まで取れないのはちょっと辛いかな。ああ、そういえばトゥーレは知ってるかい? バレンタインって。ミッドで最近流行のイベント」
「あー、そういえばケーキ屋とか甘い物扱ってる店の前通るとそんな宣伝があったな」
「時間があれば僕もチョコ作ったんだけどなあ」
「あれは女が男にあげるもんだろ。男がチョコ作ってどうするんだ」
「異性に感謝を込めてプレゼントするんだから、男性から女性に送っても問題無いよ。というか、とぼけてる癖に詳しいじゃないか。なんだい? やっぱりトゥーレもなんだかんだ言って楽しみにしてるのかい?」
「別にそういう訳じゃ――……バレンタイン…………」
 黙り込むと、何か考えるように目線を上にあげる。弱い光を放つ電球が天井からぶら下がっていた。
「…………帰る」
 トゥーレが突然立ち上がった。
「は?」
「いや、家も危険だな。俺はしばらく行方をくらます」
「いきなり意味が分からないんだけど…………」
 真剣そのものの顔で、青年は脈絡の無い事を言う。
「とにかく一度荷物を取りに戻るしかないか。悪い、ヴェロッサ。急用が出来たんで帰る」
 それだけ言うと、トゥーレはまだジョッキにビールが残っているというのにカウンター席から離れて早足に店から出ていったしまった。
 一人残されたヴェロッサは首を傾げ、
「……あれ? 支払いは?」
 トゥーレの分の代金を支払わせられる羽目になった。

 翌日、無人である筈のトゥーレの部屋からは吐き気を催すほどの甘い香りと謎の奇声が聞こえたという。





 ~後書き~

 大分適当に書いた短編。バレンタインデーでのネタが思いつかなかったので、中途半端にバレンタイン前日のお話でした。



[21709] 外伝? 学園コメディドラマ「聖槍騎士学園」&オマケ
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/04/15 15:02

 ミッドチルダ北部、聖王教会よりそう距離も離れていない、高所に上れば教会本部の大聖堂が見える街にその学園はあった。
 聖槍十三騎士学園――ベルカ系の血筋を持つ家系の子供達が多く通うエリート校だ。その学園は由緒正しい学院の姉妹校故か多くの若者が将来の輝かしい未来の為に入学を夢見、そして入学したら地獄を見るという魔境だ。
 そんな学園のとある教室で今、朝のHRが行われていた。
「欠席は無しか。次に、連絡事項を伝える」
 教壇の前に立つのは、女だてらに男と見比べても高身長を持つ赤毛の教師だ。
「最近不審者による事件が周辺で相次いでいる。この学園付近にも目撃例がある為注意しろ。例え学内としても不審者が侵入する可能性だってあるのだからな」
「先生ー」
 茶髪の女子が挙手する。
「なんだ?」
「校庭に不審者がいます。なんか、黒いボロ布着た浮浪者みたいなのがフラフラ歩いてるんですけど」
「それは教頭だ。無視しろ。今日を生涯で最も後悔した日にしたくなければ奴に関わるな」
「教頭、先生……なんだよね?」
 少女が見下ろす中、教頭はうすら笑いを浮かべながら校庭を横切って消えてしまった。
「つうか、うちの学校に不法侵入してくる馬鹿いんのか?」
「まずは番犬を何とかしないとねえ」
「例え突破しても鋼鉄の用務員がいるからな。というか、アレは犬なのか? この前神父さんが蹴り跳ばされて花壇に頭突っ込んでたぞ」
「え? 犬じゃないの?」
「使い魔でしょ。シスター・リザが飼ってるし」
「貴方達、うるさいわよ」
「おーおー、優等生は真面目だねえ」
「仕方ないって。だって愛しのお兄ちゃんが来てるんだもんねえ」
「ツンデレな上にブラコンとか、もうどうしようもないな」
「ぐっ……あ、貴方達ねえ!」
 金髪の男子生徒とショートカットの気ダルそうな女子生徒にからかわれ、黒い長髪の少女が怒りだした。
「貴様達、私の話がまだ終わってないうちにイイ度胸だな?」
「………………」
 だが、担任の一言で教室内が静まりかえった。
「HRを続けるぞ」
「……はい」
 前線のような緊張感のあるHRが終了すれば、五分と置かず学園の授業が始まる。



 ――化学の授業――
「え~、本当はこの時間化学なんだけど、それを中止して教育実習生が授業やるから。教科書はしまってくれていいわよ」
 小柄な、少女とも言える女教師がそう告げると教壇から離れる。代わりに、女教師とは正反対にやけに背の高い青年が前に立った。
「それじゃあカイ君、あとは頑張ってね」
「はい。えっと、既に知ってる人もいるけど、教育実習生のカイ・サクライです。担当教科は国語で――」
 と、青年が自己紹介すると生徒達から、主に女子から黄色い声を発した。
「きゃーっ、カイさ~ん!」
 若い女子の反応に慣れていないのか、青年は苦笑しながら微妙に後ずさる。
「お前の兄貴、モテモテだな」
「うん、まあ……背が高いし、客観的に見て確かにカッコいいかもしれないし?」
「おいおいお~い。このブラコン優等生さりげに身内自慢しやがったぞ」
「ち、違うわよ!」
「サクライちゃん、赤くなって可愛い」
「だ、だから……」
「もう、止めなって二人とも。からかっちゃかわいそうだし」
「ブラコンって、なに?」
「サクライの事」
「へぇ~」
「そこ、いい加減な事言わない!」

「…………で、何で教師であるあんたがいんのよ? ベアトリス」
「いいじゃないですか、暇ですし。だいたい、何でカイさんの指導担当が私じゃなくてアンナさんなんですか。一人だけ先に結婚したくせにズルイですよ。私だってカイさんに、こう、手取り足取り? な感じで指導したいです。そして生まれる先輩教師と教育実習生の禁断の…………な~んちゃって!」
「…………駄目だわこの子」



 ――物理の授業――
「それでは、授業を始めます。皆さん、準備はいいですね。このロート・シュピ――」
「ねえ、この問題どうやって解くの? 誰か教えてよ」
「何でここまで教えて出来ないの? 苦手ってレベルじゃないわね」
「バカだからだろ。やっぱコロポックルには計算なんて高等過ぎたんだな」
「なんだとう!? あと、コロポックルって言うな!」
「うわぁ……シロー、すごいすごい!」
「もっとスゲエの出来るぜ? ほら、時空管理局地上本部のビル」
「おー」
「それ、橋を縦向きにしただけじゃん」
「………………………………」
 生徒達の賑わいに反し、手足の長い教師は教室の隅に移動して体育座りでブツブツと呟き始めた。



 ――倫理の授業――
「皆さん、おはようございます。今から倫理の授業を始めたいと思います」
 神父の格好をした不健康そうな男は微笑みながら教室に入ってきた。
「ああ、そんな嫌そうな顔しないで座ってくれませんか? お昼前で気力が無いのは分かりますが、ちゃんと授業をしないと私が怒られてしまうんですよ」
「神父さん、また怒られたのか?」
「ええ、お恥ずかしながら」
「今度は何やらかしたんだよ?」
「いえ、ちょっと、教会の中で飲酒してそのまま酔いつぶれてしまって」
「うわぁ、それは怒られても仕方ないよ神父様」
「いえね、私の方にも言い分はあるんですよ? 毎日毎日聖王教会と学園の仕事二つもやっていれば疲労が溜まるものです。それでちょっと魔が差してこっそりと飲んでしまったんですよ。それをしばらく繰り返していると、昨晩とうとう飲み加減を間違えて寝落ちしてしまいましてね」
「何だか言い訳がましい説明が続くけど、授業はいいのかしら?」
「いいんじゃないの? ストレス溜まってるのは本当そうだし、このまま放置しとけば。何より面白いし」
「だいたい、この学園の仕事量は半端じゃないですよ。担当教科だけで無く他の授業を受け持ったり、部の顧問を複数持っていたりと――」
 と、長々と神父が愚痴を語り始めた時、教室のドアが突然開き、メガネをかけた背の高い修道女が現れた。
「ごめんなさい。ちょっと失礼するわね」
 生徒達に一言謝ると、その修道女は神父に笑顔を向けて教壇へ歩いていく。
「授業をせずに何をやってるんですか、トリファ神父?」
「い、いえ、これはですね……そ、そう、社会の苦労を伝える事でですね」
「昨日酔いつぶれていた人が何を言ってるんですか?」
「え、えっと~」
「ちょっとお話があります。来て下さいますか?」
「ひぃっ!? で、できるならご遠慮願いたいのですが……それに、皆さん私の授業を楽しみにしているわけで」
「皆、ちょっと神父様と大事なお話があるから借りていくわね」
「どうぞどうぞ」
「そ、そんなぁ」
「それじゃあ行きますよ。貴方達は自習していてね」
「はーい」
 無情にも生徒全員の元気な返事が返ってきた。
「ちょっ、あっ、そんな犬猫じゃないんですから首根っこを掴まなくても自分の足で歩けますよ。というより、踵が擦れて痛いんですが?」
「捕まえておかないと逃げるでしょう」
「あ、あああぁ~~~~っ」
 神父はそのまま引きずられて修道女共々教室から姿を消し、廊下からは大人の情けない声が段々と遠ざかっていった。



 ――体育の授業――
「とっとと並べよ、ガキ共」
 白髪赤目でサングラスをかけた黒ジャージの教師が男子生徒を校庭の真ん中に整列させる。
「メシ後に体育とか……吐いたらどうすんだよ」
「うるせえぞクソガキ。いいからとっとと並べや。今日の授業はサッカーだ。一応言っておくが、魔法は禁止だ。破ったら串刺しだ」
「何でわざわざこっち見て言うんだよ」
「お前が一番の問題児だからに決まってんだろうが。ちったあ弁えろや」
「チンピラ教師に言われたくねえ」
「あ゛あ゛?」
「ああん?」

「はーい、向こうで脳筋チンピラ教師と十四歳病患者が火花散らしてますけど、女子は平和にテニスやりますよー」
 運動場からフェンスによって区切られたスペースで女子達が集まっている。担当している教師は教育実習生の授業の時にもいた金髪碧眼の若い女教師だ。
「ちなみにルールは魔力ダメージの無いものなら何でも使っていい問答無用のデスマッチです」
「魔法使うの前提じゃない……」
「デスマッチって言っちゃってるしねえ」



 ――数学の授業――
「はいはーい、それじゃあ今から数学を始めるよー」
 白い髪をし、右目に眼帯を付けた、少年と言えるほど小柄な教師が教壇の前に立った。
「ていうか、何で皆そんなに離れてるのさぁ」
 生徒達の机の位置があからさまに教壇から離れている位置に移動していた。
「なんだよ、傷つくなあ。ま、いっか。それじゃあまずはこの問題を前に出て解いてくれる? 誰にしようかな~」
 教師の視線が生徒達を見回す。その目はまるで獲物を吟味する肉食獣のようであった。
「……パス一」
「パス二」
「え、えっと、ぱすさん」
「パス四」
「先生、シロウが是非解きたいって言ってまーす!」
「ああ!? ッざけんなお前!」
「一人だけ逃げようとした罰よ。男なんだから覚悟決めなさい」
「ふふっ、それじゃあ、ユサシローに解いてもらおうかなあ」
「おいおい……イジメってレベルじゃねーし」



 ――放課後――
「イチャイチャしようか」
「いきなり何言ってんですか、先輩」
 学園の生徒会室、七人の男女が集まっている。折りたたみ式のテーブルとパイプ椅子が並び、菓子が散乱している。
「じゃあネチョネチョする?」
「頬赤くしてなに言ってるんですか。意味分かりませんって、先輩。つうかなんで接近してきてるんですか!」
「あぁっ!? わ、ワタシも!」 
「ちょっと二人とも! 二人の席はこっち。特にレア先輩は生徒会長なんだからちゃんとして下さい!」
「ちっ、うるさい小姑」
「誰が小姑か!」
「コジュート?」
「口うるさくてやかましいしつこい奴のこと」
「そこの馬鹿、嘘教えない!」
「というか、皆仕事しなさいよ。私ばっかりさせてないで」
「いやあ、先輩が生徒会長になった時点で生徒会どころか学園が終わったようなもんでしょ」
「つうかどうして生徒会長に選ばれた。明らかに人材ミスだろ。裏ミスが会長で表ミスが副会長って有り得ねえ」
「あんたがやるよりマシだって」
「貴方達ね……だから仕事しなさいよ!」

 体育館隣にドーム状の簡素な建物があった。装飾も無く、ただ一つ――聖槍十三騎士学園ストライクアーツ練習場、というミッドチルダの文字が書かれている看板だけがかけられていた。
 突然、ドームの中から凄まじい轟音が聞こえ、学園敷地の木に止まっていた鳥達が驚いて一斉に羽ばたき空へ消えていく。
 そして、二度、三度と轟音が鳴っては空気が震える。音の発生と振動は明らかにドームからだ。
「…………」
 ストライクアーツ練習場の中心、いくつかあるサークル状のリングの一つに鋼鉄という形容が似合う大柄な男が立っていた。
「い、行きます! ドリャアアァぶほぅ!」
 体操服を着た男子生徒がポール型のベルカ式デバイスを構えて特攻したが、あっさりと殴られてリングを飛び越え壁にまで転がる。
「…………」
 鋼鉄の男は無言で生徒達の列を見る。
「は、はい!」
 再び別の生徒が突っ込み、男が黙々と腕を振るたびに部の生徒達が物のように吹っ飛んでいく。
 今日もまた、用務員を招いたストライクアーツ部の部活動は苛烈だった。

「みんな喜びなさい。今日は彼が料理を教えてくれまーす」
 調理実習室を部室とする料理部の部員が顧問の言葉に歓声を上げる。
「あのぅ、先生。教育実習中の僕が部活の仕事するのはさすがに無理があるんじゃ」
「料理が出来れば誰だっていいのよ。それに私、魔女同好会の面倒見ないといけないから、ここは任せたわよ」
「は、はぁ…………。それじゃあ、ボクの故郷の料理でも」
 戸惑いながらも、若き教育実習生は料理を教え始める。それを見た赤毛の先輩教師は教室の後ろの方に移動、そのまま教室を出るかと思われたが、一番後ろに座っている金髪の女性に話しかける。
「ちょっと、教師が生徒の中にさりげなく混ざってんじゃないわよ。あんた、剣術部はどうしたの?」
「別にいいじゃないですか。私も料理勉強したいですし。部の方も皆しっかりしてるから私いなくても大丈夫ですよ」
「いや、仕事しなさいよ」
「してますよ、ちゃんと。だからこのぐらいいいじゃないですか」
「ちゃんとしてる、ねえ。ふ~ん」
 冷たい視線で相手を見ていた赤毛の教師は、金髪の女の頭上を見上げた。
「ん? 私の後ろに何……か…………」
 視線を追って、後ろを振り返った金髪の女が石と化した。
「お前が何をどうちゃんとしたのか、是非聞きたいところだな」
 背後に長身の女が冷たい目で見下ろしていた。
「が、学年主任……え~とですね。これは、そのう――いっ!?」
 あたふたと言い訳しようとした女教師の頭部に学年主任の拳が振り降ろされ、小気味いい音が家庭科室に響いた。
「いぃ~~~~ッ!!」
 頭を押さえ、金髪の教師は床を転げまわる。
「邪魔をしたな」
 そう言って、学年主任は足下で転がる教師の襟首を掴むとそのまま引きずって教室を出ていった。



 ――???――
「これにて、今宵の歌劇は終焉」
 真っ暗な背景の中、裸コートのようにボロ布を纏った男が映っている。
「オチ? そんなものなどないよ。それとも何か、わざわざお前たちの為に私がオチを用意するとでも?」
 男は心底馬鹿にした笑みを浮かべる。
「正味な話、お前たち視聴者の事など芥だと思っている。つまりどうでもいいのだよ。永劫そのへんで満足できるオチを探して漂っているといい」



「………………」
「………………」
「………………」
 暗転したモニターの前、機動六課の面々に未確認生物でも発見したような重苦しい沈黙が降りていた。
 クイントが薦める人気ドラマ「聖槍十三騎士学園」の特別編を皆で視聴したのだが、その結果がこのザマである。
「…………ウゼェ」
「ダメよヴィータちゃん! 気持ちは分かるけど落ち着いて!」
「離せ! こいつだけは、こいつだけは許せねェ!!」
 アイゼンを取り出し暴れようとしたヴィータをザフィーラとシャマルが必死におさえる。
「…………スバル」
「な、なに?」
「手、離しなさいよ」
「離したら撃つよね? 絶対撃つよね!?」
「撃たないわよ。だから離しなさい。でないとあんたから撃つわよ!」
「そんな理不尽な~っ!」
 隊舎の食堂は、一部が阿鼻叫喚となりつつあった。
「やれやれ、この程度で取り乱してどうする」
「そういうシグナムもレヴァンティン仕舞ってなぁ」
「や、八神司令!」
「どしたん、キャロ? そんな慌てて……」
「リインフォースさん達が大変です!」
「え? ――うわっ!? 二人とも監督の意味不明なウザさを処理しきれず知恵熱出しとる!」
「あの人、監督だったんだ……」
「多分、他の誰から言われてもこんな気持ちにならないと思う」
「あの監督さんだからこんな遣る瀬無い気持ちになるんだと思う」
「世の中には色んな人がいるね、なのは」
「そうだね、フェイトちゃん。……あの、クイントさん、このドラマのどこがいいんですか?」
「慣れるとあのウザさが癖になるのよ」
「それって、中毒なんじゃ…………」





 ~後書き~
 大分適当に書いたネタ話。ドラマの中ではアンナことルサルカはロートスと婚約していてレンという息子がおり、養父が水銀とかかなりカオスな事になってます。

 以降、本書とは全く関係ないオマケが続きます。可愛い絵柄に釣られて購入している漫画、vividと黒円卓黎明期のクロス物です。一部キャラがいませんが、kkkっぽくなったので白いの二人は出番なし。






「中将、よろしいですか?」
 時空管理局局員の男が目の前の扉をノックする。扉の向こうから入室の許可がおり、男は失礼しますと言ってから扉を開ける。
 部屋の中には一人の若者が執務机の前に座り、デスクワークを行っていた。
 コンソール上に手を起き、手袋のはめた指を黙々と動かしている。
 ただそれだけの行いなのに、まるで一種の彫刻品のように見えた。
 歪みのない姿勢のせいか、若者の完璧とも言えるほど整った容姿のせいか――何にしてもその若者からは尋常ならざる気配がある。
「どうした?」
 若者は手を休めず、視線も動かすこともなく入室した男に問う。
「はい、実は本部の方から妙な命令が下りてきていまして……」
 微妙に歯切れの悪い年上の部下の言葉に、若者はようやく手を止めた。
 そして渡された書類を確認すると、呆れたように眉を僅かに顰めた。

「DSAA公式魔法戦競技会に出場? 貴方達が?」
「おやおや、それは……」
 昼はファミレスで夜はバーにもなる飲食店のテーブル席で、数人の男女が丸いテーブルを囲っていた。
 男女の内二人、泣き黒子のある女性とやせ細った神父が驚きの声を上げた。
 二人の視線の先には身長差のヒドい女性が二人いる。
「そうなんですよ。上からの命令で出る事になったんですよ。それでどうします? 三佐」
「どうするも何も、こうして命令が下りたのならばやるしかないだろ。見せ物だろうとな」
「辛辣ね」
「見せ物って、さすがにそれは言い過ぎだと思うんですけど」
 泣き黒子を持つ女が赤い髪の女に向けて言った。それに対して赤い髪の女は小さく息を吐く。
 常日頃から人手不足に悩む時空管理局は、前々からインターミドル・チャンピオンシップにて優秀な成績を収めた者をスカウトしてきたが、今度はインターミドルに参加する事で広告代わりにする妙案を思いついた。
 元よりマスメディアで局員などを雑誌に取り上げさせ、周囲にアピールをかかさなかった管理局だが、今度はより活動的にそれを行おうというのだ。
 そして、白羽の矢が立ったのが彼女達だ。
「別に、競技についてとやかく言うともりはない。だが、上が私達に求めているのはつまるところそういう事だろう」
「身も蓋もない…………」
 彼女の隣には金髪の少女が座っている。
「そんな嫌なら断ればいいじゃない。はい、これ注文のパスタ」
 突然横から店の店員と思われる小柄な少女が割って入った。彼女はトレイに乗せて運んでいた料理を次々とテーブルの上に乗せていく。
「パスタは私です。あっ、ロートスさん、そっちの粉チーズ取ってください」
 金髪の少女がテーブル端に置かれた粉チーズ入りの容器を目で指し示す。ロートスと呼ばれ、容器から近い童顔の男は、しかし動かない。
「そんなの自分で取れよ」
「届かないんですよ」
「ああ、そっか。お前小さいもんな」
「どうしてそうナチュラルに毒吐きますかね、この人は……。話戻しますけど、別に強制じゃないので拒否しようと思えば出来たんです」
 チーズの入った容器を受け取り、金髪の少女は話を戻す。
「じゃあ、断れば良かったじゃない」
「そうなんですけど、やっぱ仕事上受けざる得ないというか……断り辛くて」
「ふ~ん、管理局も大変ねえ」
「まあ、断った猛者もいるんですけど」
「ああ、それなら知ってる。空隊の英雄殿だろ? たしか、ルーデルって名前の」
 注文のパエリアを食べようとしていたロートスが顔を上げる。
「そうそう、その人です。何でも――狭いから断る。それよりも私にもっと犯罪者をぶちのめさせろ――と言ってフル出勤を自分から逆に打診してきたらしいです。信じられます?」
「それは、まあ、なんというか……」
「仕事一筋な方ですねえ」
 泣き黒子の女性と、神父が苦笑した。
「世の中色んな人がいるわねえ。そういえばロートスは出ないの?」
「出るわけないだろ。辞令だって来てない」
 皿を配り終えた店員の少女の視線を受け、パエリアを口にしながら男は首を横に振る。
「あらら、出ないんですか? てっきり相方さんと一緒に出場するのかと思ったんですが」
 と、金髪の少女がなんだかウザい顔をして下品な忍び笑いを漏らす。
 相方、という言葉に反応して店員の少女が再び青年を見た。
「空の英雄は出ませんけど、陸の英雄殿は出るって話聞きましたよ。ロートスさん、彼と仲良いですよね。そりゃあもう、怪しい程に」
「何言ってんだお前。まあ、セコンドの登録が必要らしいから名義貸す約束してるけど……」
 それを聞いて、金髪の少女が何だかキモい笑みを浮かべた。
「ほらぁ、やっぱり仲良いじゃないですか~」
「……なんだこのキモいの。あとアンナ、何で睨んでんだよ。サボってないで仕事しろ」
「あーはいはい、私はどうせお邪魔虫ですよー」
 頬を膨らまし、アンナがテーブルから離れていった。
「あらあら、怒らせちゃった……」
「もう少し正直になった方がいいかと思うんですが、お互いに」
「リザや神父さんまで何言ってんだか。あと、お前さっきから気持ち悪い笑み浮かべてんなよ、ベアトリス」
「乙女に向かって気持ち悪いとはなんですか。本当に失礼な人ですね。アンナさんもこんなのが相手じゃ報われませんね」
「……貴様ら、少しは静かに食事ができんのか」



 かくして、インターミドルにて数人の管理局局員が参加する事となった。早々に負けてしまっては意味を成さない、言わば、広告戦略。その為に選出された彼、彼女らはそれぞれが優秀な局員である。
 激戦区であるミッドチルダ中央部のインターミドル公式戦において、彼らは期待に応えて順調に選考会を突破し予選まで勝ち進む。
 可哀想なのは相手選手だ。閃光が見えたかと思うと剣による致命傷を受けた挙げ句に感電していたり、徹底的な火力運用によって何もさせてくれずに弾幕を浴びせられ燃やされたり、鉄の塊みたいな老けた若者に一発殴られただけでKOだったりと。
 そうやって予選試合一回戦を突破していく中、ある予選試合が行われた。

 試合会場は静まり返っていた。多くの観客達が座り、試合が行われているというのに、観客達を含め会場にいた者達全員が沈黙している。
 激しい攻防が行われる試合、その様子に息を呑むこともあるだろう。だが、それは一瞬であり、通常ならばすぐに歓声や応援、実況の声が聞こえてくるのが常だ。
 しかし、この試合だけは誰もが沈黙せざるおえなかった。
 同じ人間とは思えない苛烈かつ壮絶な戦いが繰り広げられていたのだ。
 声も出ない観客達の前で二種の魔法がぶつかり合う。
 眩しいほどの光が会場内を満たし、安全の為に張られている障壁が余波だけで振動する。
 光が止み、落ち着きを取り戻した会場。観客達が閉じていた目を開き、示し合わせたかのように皆がリング上に視線を向ける。
 魔力爆発による粉塵が消えていく中、リング上には二人の男女が立っていた。
 黒髪の少女と金髪の青年だ。
 黒髪の少女は全身に負傷を負い、正に満身創痍。クラッシュエミュレートによる苦痛は尋常なものではないだろう。しかし、チャンピオンである彼女は地面に膝をつかず、二本の足でしっかりと立っている。
 対して金髪の青年は少女同様に擬似再現された痛みを受けている筈なのに、少女と違い涼しい顔を見せていた。
 会場に設置された大型モニターには二人のパラメータが表示されており、互いのライフがゼロとなっている。
『――はっ、し、失礼しました! 両者ともライフがゼロになってしまいました! この場合、先に相手のライフをゼロにした選手の勝ちとなります。今、審査員がカメラで確認を――』
 と、実況が説明している間、金髪の青年が突然きびすを返して背を向けた。
 いきなりの行動で、場が騒然となる。
 そもそもクラッシュエミュレートでまともに動くどころか、ライフゼロによるKO判定、両者とも気絶しないで立っているのが不思議なほどだ。
 それを意に介する事なく、青年はリングを降り始める。
 困惑する場に、実況からの声が届く。
『カ、カメラに映った映像とパラメータの履歴から、相手選手のライフを先にゼロにしたのは……ジークリンデ選手! 勝者はジークリンデ・エレミア選手に決まりました!』
 関を切ったように、会場内で歓声が上がる。
 同時に糸が切れた人形のようにして黒髪の少女が膝をつき、金髪の青年が控え室へと消えていった。

「お疲れ様です、中将」
 部下の言葉に、青年は視線だけで応え、自身のアームドデバイスである黄金の槍を待機状態に戻す。
 彼はそのまま、クラッシュエミュレートの疲労など感じさせない歩みで廊下を進んでいく。
 そんな彼の胸中には、全力を出す事が叶わなかった飢餓が存在していた。
 最後の攻撃の途中、全力を出し切る前に規定されたライフポイントがゼロとなった。同時に、魔法の発動と戦う意志を止めていた。
 DSAAルール上において、あくまで彼はルールに従ったのだ。
 一見利いていないと思われるクラッシュエミュレータに従い、制限された以上の動きは決して行わなかった。例え、青年の高い能力からエミュレートが事実と異なる判定をしていたとしても、それがDSAAルール上における公式なものだと言うなら甘んじてその通りにした。
「残念な結果に終わってしまいましたね」
 後をついてくる部下が、まるで意外そうに言った。
「前々回の世界戦優勝者を追い詰めたのだ。上も納得するだろう」
「……惜しかったですね」
 部下の言葉に、黄金の青年は誰にも悟られない小さな笑みを浮かべた。
 また全力を出せなかったのは確かに惜しいが、そういうものだと自分ながら納得してしまう。
 飽いていればいい、餓えていればいい。それが人間というものだ。
「メディアの人間に捕まるのも億劫だ。急ぐぞ」
「は、はい!」
 長身の青年の歩みに、部下の男が慌てて追いかける。
「なにより、勝利の栄光は勝者のもの。敗者は舞台から早々に消えるものだ」
 そう言い残し、時空管理局にて若くして中将にまで上りつめ、黄金の獣とまで言われた青年は潔く歓声の湧く会場から去っていった。




[21709] 五十七話 ホテル・アグスタ(Ⅰ)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/04/15 14:50

 機動六課初任務の翌日、フォワード陣らはレールウェイでの戦闘から一日としか経っていない、正確には半日程度しか経っていないというのに昨日今日と訓練に明け暮れていた。
「今日から個別訓練だね」
 アシストがあったとは言え、車両を持ち上げる荒技を見せたスバルが疲れなど一切見せずに走っている。
「チームワークは形になったから、それぞれの底上げする段階に入ったからね」
 その後ろからはティアナが、エリオとキャロが続く。体力と歩幅的に、走り込みをしている時はだいたいこのような順番になっている。
 隊舎を周回しそのまま駆け足で演習場へと走るコースは最早慣れたもので、汗を掻いているがさほど疲れた様子は無い。
「おつかれー」
 四人がハーフマラソンほどの距離を走り終えて演習場の中央にたどり着くと、そこにはスターズ分隊の隊長と副隊長、そしてリインフォースがいた。
「予定していたとおり、今日から個別訓練に入るから。今日は初日だけあってそれぞれ先生がつくよ」
 教導隊制服を着ながらも通常形態のレイジングハートを持った高町なのはがこれからの訓練について説明する。
「チームワークもいい感じになってきたからね。次はそれぞれの実力を伸ばしていこう。それが部隊全体のレベルアップにも繋がるから」
 なのはの言葉に新人四人がはっきりとした声で返事する。その元気の良さに満足したようになのはが一つ頷く。
「それじゃあ、キャロはリインフォースと、ティアナは私と訓練しようか」
 言われ、キャロの前にリインフォースが移動する。
「私は召喚魔法のデータも保有しています。召喚獣との連携に使えそうな魔法をいくつかピックアップしておきました」
「ありがとうございます」
「ティアナは私とだね」
「はい、よろしくお願いします」
 残ったのはスバルとエリオだ。二人は残ったヴィータを見る。
「ヴィータ副隊長が私達の訓練してくれる相手なんですね」
 前衛に立つ二人の教官としてベルカの騎士であるヴィータはうってつけの人材である。が、
「今日あたしが担当すんのはエリオだけだ」
「え~っ!? それじゃあ私一人だけで訓練ですか?」
「最後まで人の話聞けよ。スバル、お前の相手はあっち」
「あっち?」
 ヴィータが自分の後ろを親指で指し示す。それを辿ってスバルが視線を動かすと、少し離れた場所にトレーニングウェアを着た女性が一人立っていた。
「………………」
 その女性から笑顔を向けられて、スバルが石と化した。
「それじゃあそれぞれ場所を移動して訓練開始しようか」
「え? あの、なのはさん。スバルを放っておいてもいいんですか?」
「大丈夫かな――多分」
「多分!?」
「ほらほら、いいからさっさと行こうかティアナ」
 なのはがティアナの背を押してその場から離れ始める。それに続いて他の者達も逃げるようにして移動し始めた。
「スバルさんを放っておいていいんでしょうか?」
「大丈夫だろう。親子水入らず、というやつだな」
「毎日会ってますけど……」
「エリオ、あたしらも行くぞー」
「は、はい! でも、本当にいいんですか、あれ」
「いいんだよ。そもそもシューティングアーツの師匠なんだからな。ほら、とっとと行くぞ」
 ゾロゾロと他の隊員達が早足でその場を去っていく中、スバルだけが残る。そして去って行った薄情者達と入れ替わるようにして、離れた場所に立っていた女性が近づいてくる。
「いつまでそうしてんのよ、スバル」
 スバルに近づいた女性、クイントが自分の娘の額を軽く指先で押す。
「いや、だってパート職員じゃなかったの、母さん!」
「そうよ」
「じゃあ、仕事は? この時間は仕込みだって言ってたよね」
「今日は一般的な休日」
「あ……」
「貴女達は休みなしで訓練ばっかりしてるから感覚おかしくなってるんじゃない?」
「うー……」
「ボランティアで訓練に付き合う事になったの。スバルも局員になって強くなっただろうから、今日はバシバシ行くわよ!」
「食堂の人がボランティアで魔導師の訓練するのって絶対おかしいよ~」
「こうやって特訓するのって、スバルが訓練校行った以来よねえ。懐かしいわあ」
 スバルの声を聞き流しながら、クイントは喜々とした様子で準備運動を開始した。
「フフフッ、どのくらい強くなったのか直接見る良い機会だわ」
「うう……嫌な予感しかしない」

「ぜぇ、ぜぇ……」
 それからしばらく、模擬戦を行ったスバルは大きく呼吸を繰り返して地面に尻餅をついた。
「情けないわねえ。はい、飲み物」
「あ、ありがと。んく、んく――ぷはっ。母さんが体力ありすぎなんだと思う」
 容器に入ったドリンクを受け取って、一気飲みしたスバルは愚痴をこぼすように反論した。
 息を切らす娘と違い、クイントは肌にうっすらと汗をかいているだけだ。
「なに言ってるの。基礎スペックは今じゃスバルの方が上よ」
「たった今ボコボコにされたんだけど?」
「人聞き悪い言い方しないの。軽くナデただけじゃない。スバルが私に勝てないのは単に経験の差よ。この前まで災害救助だったから当然と言えば当然だけど」
「経験差かあ」
「昨日の戦いもその差が出たわね」
 クイントの言葉にスバルが一瞬体を硬直させ、しばらく沈黙した後に口を開いた。
「あの子ってやっぱり」
「私の遺伝子使ってるわね。つまり、スバルの妹になるわけだ」
 クイントの先天資質であるウィングロードと同じ光の道を使っていた時点で、そうであると確実に言えた。
「ウィングロードを狙い撃ちしたんでしょうね。空を飛べない陸戦魔導師にとって足場を作れるっていうのは大きいから。それとも私の遺伝子って戦闘機人として相性いいのかしら?」
 娘に対して母は特に思うところはないのか冷静に分析していた。
「………………」
「なに? どうしたのよ、そんな顔して。やっぱり気になるの?」
「う~~ん……何て言うか、複雑というか、なんかムズムズするっていうか。母さんはどうなの?」
「どうって言われても……自分の遺伝子使われた事に関してはもう、またかぁって思いしかないわね。その子については何も知らないわけだし、どうこう言うつもりも無いわ」
「割り切ってるなあ」
「ああ、一つだけ確実に分かってる事あるわね。スバルより強い」
「うぐっ!?」
 母を見上げていた頭が下に落ちた。
「母さ~ん」
「情けない声出さない。本当の事でしょうに。まあ、向こうは対人戦に特化してたみたいだけど……。あの足技、普通じゃ無理よ。多分、間接を特に強化してるのかも」
「そうなの? というか、何でそんな事まで分かるの?」
「映像見たし。捜査官時代は戦闘機人の調査してたからね」
「一応、任務の映像は部外秘だと思うんだけど」
 昨日の戦闘は戦闘機人に関する事件資料に分類される。たかだかパート職員が見れる代物ではない。
「局員全員が見れる程度じゃあ部外秘にあたらないわよ。それに、夜の内にはやてちゃんが見せに来たのよ。意見を聞きたいって」
「それを先に言ってよ~」
 呆れながら、スバルは地面に下ろしていた腰を上げて立ち上がる。
 引退してしまったとは言え、クイントは戦闘機人事件の捜査官だった女性だ。だとするなら戦闘機人について意見を聞かれるのもあり得る話だ。
「スバルは対人経験少ないから。救助隊ならともかく、この部隊じゃ厳しくなってくるわよ」
「うん……。あの子、強かった」
 最初の激突でパワー負けし、ティアナの援護を受けていたにも関わらず赤髪の少女の足技に翻弄された。
「強くなりたい?」
「――うん!」
「なら、特訓あるのみね。日頃の積み重ねこそが強さの秘訣よ。昨日の戦闘の欠点を踏まえて今日はビシバシやるわよ!」
「お、お~う……」
「ちょっと、何でいきなりそこで後込みするのよ。はい、もう一度!」
「おーっ!」
 気合いの声を上げる事で本音を隠す。
「返事が小さい! 気合いだけじゃなくて根気も必要よ根気。はい、オオォーッ!」
「お、オオォーッ!」
 拳を振り上げる母に釣られ、スバルも勢い良くリボルバーナックルの填められた右拳を上げる。
 直後、背後で大爆発が起こった。
「え? なになに!?」
 轟音と爆風に驚き、慌てて振り返れば地面に穴が穿たれていた。
「凄い気合いね」
「いやいやいやいや!?」
 必死に手を左右に振って否定していると、クイントの前に一枚の通信用モニターが表示された。
『すまない。流れ弾がそっちに行ってしまった』
 画面に映ったのはリインフォースだ。
「まあ、そうでしょうね。そっちは一体何やって――」
「か、母さん!」
 スバルの声にクイントが顔を上げ、後ろを振り向いている娘の視線を追う。
 森としてフィールド設定されている演習場の真ん中、スバル達から多くの木々を挟んだ遠くから火が噴き上がってるのが見えた。時折爆発を含み、二匹の猛獣の鳴き声まで聞こえてくる。
「本気でなにやってんの?」
『キャロとフリードの訓練です』
「…………スバル、もう少し離れた所に移動しましょうか」
 詳しい内容を敢えて聞かず、クイントは駆け足でその場から離れ始めた。
「あっ、待って――うわぁ!?」
 流れ弾の火球がスバルの傍に落ちてきた。
「ほらほら、早く走らないと丸焼きになるわよ?」
 クイントの足は止まることなく、娘を置いて我先にと逃げていく。
「だ、だから待ってよーっ、置いてかないでってばあ!」
 火球に追いやられる形で、スバルもまたそこから離れて行った。
 後に残った焼け跡の向こう、森の中では赤い竜と白い翼竜が暴れていた。



「怪しい三人組?」
 棒立ちになって顎を上げていたトゥーレがそう聞き返す。
「そうよ。バイザーで顔を隠してたから正確じゃないけど、局員名簿に該当する人物はいなかったわ」
 彼の目の前には一人の女性がおり、スーツがかけられたハンガーを持ってトゥーレの体に合わせて似合うかどうかを確認していた。
 容姿は違うが、女性はインフィニット・スキルによって変装したドゥーエだ。
「最高評議会は名義状時空管理局の後援組織だ。中には局員じゃないやつもいるだろ」
「その名簿にも乗ってないのよ。もしかすると、向こうの隠し玉って事も有り得るわ」
 ドゥーエは新たにスーツを手に取ってトゥーレに向ける。その視線も口調も真剣なものだった。
「スカリエッティの真意に気づいているわけか?」
「そこまでは分からないわ。ただ、妨害してこない所を見ると不信に思ってはいても、確証は無いってところかしら。貴方も注意しなさい」
「スカリエッティといい、迷惑極まりないな。俺はただ平凡な生活を望んでいるっていうのに」
「好き勝手に出歩いているくせに何を言ってるの――はい、これでいいわ」
 スーツを数着選び、トゥーレに手渡す。
「……多い。一着でいいだろ。それに全部一緒じゃねえか」
「男なら何着か持ってなさい。それに、微妙にデザインが違うのよ。文句があるなら最初から自分で選びなさい」
「それはそうだけど……」
 トゥーレは今日、ミッドチルダのショッピングモールでスーツを買いに来ていた。ただ、服の事に関して無頓着な質なので、その辺りに詳しいドゥーエに選んで貰っていたのだ。
「まったく……オークションだっけ? 素材はいいんだから、そういう機会だけじゃなくて普段からお洒落しなさい」
 近日、とあるホテルの会場で美術品のオークションが開催される。資産家や美術館関係者など選ばれた人間しか参加できないようなものであるが、トゥーレはヴェロッサの伝で会場に入れる事となったのだ。
 ただ、さすがに普段のままの格好で入るには些か場違いな為に、わざわざスーツを買いに来た。
「買うの?」
 オークションの出品物の事だ。
「さすがにそんな金はない。見るだけだ」
「ほんと、変わってるわね。ほう少しマシな事にお金を使ったら? 例えば妹達にプレゼントを買うとか」
「絶対にお断りだ」
「可愛げのない」
「そう言いながらハイヒールの底で足の甲踏むなよ」
「姉の弟に対する愛情表現よ」
「歪みすぎだ馬鹿」
 愛情表現(物理攻撃)から逃れ、トゥーレは選んでもらったスーツを会計を済ませる。
 そのままどこにでもいるようなカップルを装い、二人は店から出ていく。
『評議会に現れた三人組、継続して調べておくから』
 接触した状態で念話を行い、人混みに埋もれるようにして町中を進んでいく。
『それと、これ盗聴記録よ』
 さりげなくデータを渡して、トゥーレの腕からドゥーエが手を離す。そしてまるで最初からいなかったように人込みの中に消えていった。
 一般人にとけ込んで立ち去っていく姉を見送る事もなく、トゥーレも人の流れに乗ってその場から立ち去った。



 夕刻、六課隊舎前の海が赤く染まりつつあった。
「う~ん、何か地獄絵図みたいやね」
 赤く染まるのは海だけでなく、浮島でもある演習場も当然夕日で赤く染まり、その光景を尚悲惨に見せていた。
「こっちが誘導弾、あれが高速弾で……そう見せかけて反応弾だった場合は……いや、貫通性が付与されてたら逆に……そもそも数が多すぎて…………」
「壁ハメされた壁ハメされた壁ハメされた」
 スターズ二人が体育座りで何やら恨み言を言うようにして呟いていた。ティアナは目が据わっており、スバルに至っては突然地面や木の幹を両手で激しく叩いている。
「初っ端からトラウマ植え付けたみたいやねえ」
 訓練の終わりを見計らって様子を見に来たはやてが歩行補助の杖に寄りかかり、目を細めてなのはとクイントに視線を移す。
「あ、あはは……私がいない時でも訓練できるようにと思って色々詰め込み過ぎちゃった」
「何も考えられなくなってからが本番だと思うのよ、私は」
「うん、変わらず二人とも平常運転や。ライトニングの二人は無事そうで良かったわ」
 ライトニングのエリオとキャロは疲れきっているが、スターズと違って一線を越えていない。
「ヴィータ副隊長とは入隊前から何度か手合わせして貰ってましたから。前より厳しかったですけど」
「当たり前だ。候補生だった時と違って今は名前だけでも立派な局員だからな。厳しく行くぞ」
 グラーフアイゼンを肩に担いだヴィータが溜息混じりに言った。
「キャロの方はなんか派手にやっとったみたいやけど」
「赤竜召喚のデータが残っていたので、せっかくですからブースト魔法と召喚魔法の両方を効率よく試せるよう、実戦に近い形式で赤竜の相手をさせてみました」
「大きな魔法生物は保護隊にいた時に慣れちゃいました」
「そういえばキャロは特撮の世界に生きとったねえ……」
 赤い夕日を眺めながら、はやてが呟いた。
「もうちょっと早く着てれば、はやてちゃんも見れたのにね」
「本部での会議が長引いたからしょうがない。そうそう、皆に連絡があるんやけど」
「連絡?」
「うん。今日いきなり決まったことなんやけど、三日後にお仕事が入ったんよ。ついでに伝えとくわ」
 仕事、という言葉を聞いてどん底にたたき落とされていた筈のスバルとティアナが顔を上げて振り返る。
「三日後、ミッド中央にあるアグスタってホテルで骨董品のオークションが開催されるんやけど、それの護衛や」
「……八神司令、質問よろしいですか?」
「ん~? 何やティアナ」
「護衛任務ですか、どうして六課に? 特定個人の護衛ならともかくホテルなんて広い場所、この人数じゃカバー仕切れませんよ」
「そうなんやけど、ホテルで行われるオークションの出品物の中には微量ながら魔力を含んでるやつもあってな。そういうのが一カ所に集まればやっぱ反応が大きくなる。そうなると――」
「あっ、ガジェットが集まって……」
「そうや。ホテル側もオークションがあるから警備を強化しとるけど、もしガジェットドローンが来たらやっぱ荷が重い。だから私らAMF下での戦闘経験が豊富な部隊にお呼びがかかったんや」
 そこでようやく、他の隊員達も自分達が護衛任務につく意味を知る。
「そういうわけやから、任務もあるし訓練は程々にね。当日になって動けませんじゃ話にならんから」
「うん、大丈夫。そのあたりの管理はちゃんとしてるから」
「………………」
 はやての心配する声に、なのはが笑顔で答えた。ある意味手加減すると言っているようなものなのに、フォワード陣四人の背に冷たい汗が流れる。
「配置とかスケジュールとか、細かい事は明日のミーティングにするから、よろしく」
 そう言って、はやては踵を返す。その時にリインフォースを一瞬だけ見た。
「……訓練も終わったようだし、私も失礼させてもらおう」
「うん。ありがとうね、リインフォース」
「ありがとうございます、リインフォースさん」
 なのはとキャロの言葉に小さく微笑みを返し、リインフォースも演習場から去る。

「何か? 主」
 杖をついて歩くはやてに、追いついたリインフォースが横に並ぶ。
「ん。ロッサからの情報。さっき話したオークションでキナ臭い動きがあるって」
 返事と共にデバイスから情報が送られてくる。それは会場となるホテルの近日の動きをまとめた物だ。その主な内容はオークション開催を目指して平常とは異なる人や物の動きだ。
「それぞれの担当業者にばらけて誤魔化していますが、実際に動いている人と物資の数が正式な記録より多いですね」
 すぐに不振な点を指摘した自分の融合騎に、はやてはさすがと感心する。
「私には美術品とかそっち関連の知識もないけど、やっぱりこれはあれかな?」
「はい。裏取引或いは裏オークションが行われる可能性があります」
「やっぱりかあ。協力団体の一つに無限書庫も入っとるんに、ようやるわ」
 オークション開催による援助者や支援団体は数多くいる。その中には、管理局が次元世界各地から集めた情報の集まる無限書庫も入っていた。
「完全に嘗められとるわ。それか……」
 その先に続く言葉を機動六課の長は敢えて口に出さない。
「その日、リインフォースにも来てもらうから。古代遺失物担当という事で、出展物盗難防止の為のどうのこうのって名目。頼むな」
「わかりました」
「うん。まあ、何も起こらないのが一番ええんやけど、どうなる事か」
 この日はやてが抱いた懸念は現実のものとなる。



 オークション当日、機動六課の実働部隊は朝早くから会場となるホテル・アグスタへと赴いた。
 オークションの出品物の封が一斉に紐解かれる今日、ガジェットドローンが狙ってくる確率が高い。ホテル側の警備もいるが、ガジェットドローンとの戦闘経験が無い彼らはオークションの参加者や宿泊客の安全の確保に回ってもらい、ガジェットドローンが出た際の迎撃は六課が全面担当する事となっている。
「オークション会場に繋がる階層は一階と二階。シグナム、ヴィータ、ティアナ、スバルの四人が担当。資材運搬の為に貨物用エレベーターと繋がってる地下駐車場にはザフィーラ、エリオ、キャロの三人な。私とリイン、シャマルはここで情報統括してるから」
 ホテル側が控え室として用意してくれた部屋の中で、はやてを中心にして今日の配置を再確認していた。
「オークションは昼からやけど、皆今から配置についてな」
 既に警備に関する細かい打ち合わせは前日に終わらせている。
「あのう、隊長達は?」
 スバルが手を挙げ、オークション会場内を警護する隊長達の行方を聞いた。
 会場を直接護衛するのはなのはとフェイト、そして護衛役ではなく出品物の監査という形で参加するリインフォースの三人なのだが、彼女らの姿がここには無い。
「シャマル先生もいないですね」
 キャロがそう言って室内を見回す。
「ああ、隣におるよ」
 と、はやてが隣の部屋へと繋がるドアに視線を向ければ、ちょうどドアが開いて中から白衣姿のシャマルが姿を現す。
「準備できましたよー」
「ちょうどこっちも終わったとこや」
 出てきた彼女の顔には笑みが張り付いており、何だかとても楽しそうだ。
「何をしてたんですか?」
「うふふ、それはね……三人とも~」
 シャマルが部屋の中へ呼びかけると、例の三人が皆の前に出てきた。
「おお……」
「うわぁ……」
 スバルとキャロの口から感嘆にも似た声が出る。現れたなのは、フェイト、リインフォースの三人は管理局の制服でもバリアジャケットでも無く、ドレスを着ていた。
「隊長達、とっても似合ってますよ! ねえ、キャロ」
「はい。三人ともお綺麗です」
 褒められた事で、なのはが恥ずかしそうに頬を掻いた。
「あはは、そこまで言われると照れちゃうな」
「私達、普段は制服だからこういう服着る機会ないもんね」
「私は初めてです」
「もうっ、三人ともよく似合ってるのにそんな事言って。私としては普段からもっとお洒落してもいいと思うんだけど」
 三人のドレスを選んで着せ替えたシャマルが、その態度に不満を漏らす。シャマルがノリ気で着替えさせたが、ドレスアップした理由は別に趣味だけではない。
 会場の外では無く、会場の中を直接廻って警護する以上客の目にも止まる。せっかくのオークションだ。客達を不安にさせない為にも、正装する必要があった。
「そんな事言われても……」
「まあ、しょうがないわ。私達は制服着て出歩いている事の方が多いし。さあ、それよりも配置に付こか」
 はやての言葉により、隊員達が同時に返事を返し、今度こそそれぞれに割り当てられた場所へと移動し始めた。



 一方同じ頃、スカリエッティのアジトにて、
「みんな! トゥーレがお洒落してるっス!」
 ウェンディの一言で喧噪が起きた。
 見せ物小屋に集まる野次馬が如く、退屈を持て余していたナンバーズ達がワラワラとそこへ集まりだす。
「何なんだお前等。キモいぞ」
 自分のもとに集まってきた姉妹達に冷たい言葉を浴びせ、トゥーレは手を伸ばして近づいてきたセインの頭を押しやる。
「手垢つくからベタベタ触んな! 服も乱れる」
「ひどっ! 汚くないし。それに元から着崩してんじゃん」
 スーツを着込んだトゥーレ、その格好はとても褒められたものではない。ネクタイもせず一番上のボタンを外し、上着の前も開けている。
「ホストみたいね~」
「むしろマフィアの若幹部?」
「にしては迫力が足りないっス」
「童顔、女顔のコンボですからね。いっそタキシード着せてみましょうか?」
「男装してるみたいで、それはそれで面白そう」
「お前ら……うるさいにも程がある」
 高い声で騒ぎ始める姉妹達をすり抜けて、トゥーレはいそいそとその場から離れる。
 だが、それを用意に見逃すナンバーズでも無かった。
「外に行くならお土産お願いね~」
「気をつけてな」
「お土産甘いものがいい」
「食い物ならなんでも」
「肉、肉、肉っス!」
「遅くなるならちゃんと連絡してよ」
「……行ってらっしゃい」
「ほどほどに」
 それぞれの言葉を背に受けながら、トゥーレは逃げるようにしてアジトから外出した。
 彼が向かう先にもまた、面倒な面子がいる事も知らずに。





 後書き&補足

 諸事情で遅くなりました。他の小説に浮気してたものの、やっぱダメだったりとか、そんな
感じです。



[21709] 五十八話 ホテル・アグスタ(Ⅱ)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/05/06 19:27
 
 吹き抜けになったロビーは賑わいを見せていた。
 次々とホテルの中に入っていくのはオークションに参加する客達だ。ロビーの隅で立ち話をしたり、カフェとなっている一角で飲み物を注文し休んでいたりなどそれぞれ時間を潰している。
「思ってた以上にたくさんの人が参加するんだね」
 ロビーを見下ろせる階段の踊り場で、ドレス姿の高町なのはとフェイト・T・ハラオウンが手摺に体重を預けていた。
「うん。それに有名な資産家や芸術関係の権威まで来てる。公式なオークションだけあるね」
 二人は踊り場からロビーを見下ろし、客の様子を観察していた。本来はホテル側の警備の仕事なので、対ガジェットドローンの戦力として期待されているなのは達がそう積極的に監視する必要はない。
 オークションの出品物の封が一斉に紐解かれるのは開始直前、それまではガジェットドローンも反応できないだろう。オークション会場が開場するまで時間もある。
 要するに暇を持て余しているのだ。
 もう一人ドレスを着ている筈のリインフォースはと言うと、搬入中の出品物を確認する為に今は別行動を取っている。
「少し移動しようか、フェイトちゃん」
 あまり同じ場所に長居していると不審がられる。
 二人は普通の客を装ってホテルの中を歩こうとする。
「あっ!? なのは、あそこ……」
「どうしたの? 何かあった?」
 フェイトが指さした先になのはが視線を向けると、カフェの方で見覚えのある顔がいくつかあるのに気づいた。

 ホテル地下駐車場の一角では多くの人間が行き来している。オークションの出品物のほとんどは既に前日までに会場の一室に保管されているが、まだ運ばれていない物もあった。
 ギリギリのスケジュールの中、専門の業者は急ぎつつ慎重に出品物を搬入用エレベータを使って運んでいる。
 そんな様子を、ライトニング分隊の隊員であるエリオとキャロは遠巻きに見つめていた。隣には、狼の姿のままのザフィーラとフリードもいる。
「大変そう」
 運ぶだけとは言え、大人数で丁寧に扱う業者の人間達を見てキャロが呟いた。
「そうだね。でも僕達に今出来る事はないし……」
 簡単な物とは言え、封印処理が施されている出品物は上の保管室で開かれる。ガジェットドローンが来るとすればその後だろう。
「上にはリインフォースさんがいるから、そっちに任せ……ザフィーラ?」
 四本の足で隣に立つザフィーラの様子がおかしい事に気付き、エリオは振り向く。
 蒼い狼はしきりに鼻を動かし、眉をしかめていた。
「どうしたの?」
「いや、少し気になる事が……」
 そう言って、ザフィーラが作業中の一団に向け歩き始めた。何か臭いを嗅いでいるのか地面に顔を寄せて鼻を動かしている。
 エリオとキャロは一度互いの顔を見合わせて、ザフィーラを追いかける。
 しばらく臭いを嗅ぎながら歩くと、彼は一度大型トレーラーの前に立ち止まった。
 他のトレーラーと違い、そのトレーラーの荷台の扉は固く閉ざされており、開ける様子もない。
「ここに何かあるの?」
「いや、これがどうと言う事ではないのだが」
「あの、何かありましたか?」
 その時、三人の行動を不審に思ったのか、荷物のチェックをしていた業者の一人が声をかけてきた。
 管理局の制服を着ているとは言え子供二人に大きな狼が一匹、それに小さな白い竜だ。どうあっても人目を引いてしまう。
「あの、このトラックは? これもオークションの骨董品が?」
 エリオが業者の人間を見上げながら聞いた。
「そうです。ただ、温度や湿度の関係上、他の出品の競りが終わるまでは専用のトレーラー内で保管しないといけなくて、まだ開けていないんですよ」
「……最後に開けたのは?」
 突然ザフィーラが言葉を発して荷台の中身を問う。さすがに相手は驚いたようだったが、使い魔などがいるミッドチルダの住人だけあってすぐに気を取り直して質問に答える。
「ホテルに着いてから一度だけ。責任者が中身の確認の為に開けました」
「中を見せてもらえないか?」
「中をですか? 鍵はその責任者が持っているので私の一存では……」
「そうか。仕事の邪魔をして悪かった。行こう、二人とも」
 そう言い、ザフィーラはまだ事態が掴めていないエリオ達を連れてその場から離れる。
「どうしたの、ザフィーラ」
「気になる臭いがあった」
 一度、トレーラーの方へと振り向き、確認するかのように鼻を鳴らす。
 キャロが自分の翼竜を見上げるが、フリードは分からないといった様子で首を傾げた。
 一応フリードも人以上の嗅覚を持ってはいるが、狼の姿を持つ守護獣には負けるようだ。
「一応、隊長達に報告しようか?」
「いや、私から直接主に伝えよう。二人は周囲の巡回を続けてくれ。こちらは一人で十分だ」
「うん……でも、気になる臭いって、どんな臭いなの?」
「それは――」

「………………」
「あ、あの、トゥーレさん。何でそんな厭そうな顔をするんですか?」
「いや、だってなぁ・・・・・・」
 トゥーレは目の前にいるドレスを着た美女二人を相手に、あろうことか心底厭そうな顔をしていた。
 ホテル・アグスタのカフェ、カウンター席にはトゥーレを含む三人の男達が座っており、その後ろになのはとフェイトが立っている。
「だ、だって?」
 なのはとフェイトが彼らを見つけて声を掛け、トゥーレが振り返って自分達の顔を見た途端に厭そうな顔をした為、フェイトは微妙にショックだったようである。
「お前等がこんな所にいるって事はつまり、そういう事なんだろ?」
 そういう事――つまりは新設されたばかりの実験部隊、機動六課が出ばるような事があるということだ。
 その意を理解した分隊長二人は曖昧な笑みを浮かべて視線を逸らした。
「そういえばトゥーレはなのは達と知り合いだったんだね」
 今まで隣に座って黙っていた青年が二人に助け船を出すかたちで口を開いた。
「そういうユーノ君もトゥーレさんといつの間に友達になってたの?」
 今や若くして無限書庫の司書長を勤めるユーノ・スクライアがそこにいた。
「ヴェロッサの紹介で、今日ね」
 そう言って隣の隣、白いスーツを着たヴェロッサ・アコーズを見た。
 彼はなのは達に笑顔を向け、片手を軽く挙げる。
「気が合うんじゃないかと思ってね。そうしたら一般人にはついていけない話をし始めてまいったよ」
「まるで変人みたいに言うなよ。ただ、お前が知らない知識が出ただけだろ」
「確かに専門家じゃないが、仮にも教会騎士を姉に持つ僕にも知らない単語を出しまくって何を言ってるのか」
 半ば呆れた様子でヴェロッサが肩を竦めた。
「ユーノ君と張り合えるなんて、トゥーレさん凄いんだね」
「別に……」
「そういえば三人ともスーツなんだね。ヴェロッサさんはいつもだけど、ユーノ君やトゥーレさんは何だか新鮮」
「普段はもっとラフな格好なんだけど、僕は今日解説者として壇上に上がるからね」
「俺は一応場に合わせて着替えた」
「なんていうか、個性が出てるね」
 フェイトが三人の格好を再び見まわして、困ったように感想を述べた。
 普段からスーツを着ているヴェロッサは着慣れている様子で、白というある意味目立つ色を着こなしている。ユーノはヴェロッサほど慣れていないようだが、それでも身なりをきちんとしていた。ただ、トゥーレだけはノーネクタイな上に上着の前を開けて、見方によっては堅気には見えない格好をしている。
 仲は良さそうだが、まるで共通点が見当たらない。それぞれ三種三様の整った容姿をしているのに浮いてしまっている。フェイトが早々に見つけれたのもそのせいだ。
「――っと、そろそろ開場の時間だな」
 ロビーの柱に掛けられている時計を見、トゥーレはカウンター席から離れる。
「もう行くんですか?」
 会場が開いても、オークションの開催までは時間がある。現に、早々に会場へ向かおうとしているのはトゥーレ以外いないようだ。
「競りに参加する気はないから、目立たなくてしかも見やすい場所を早めに確保したいんだよ」
 そう言ってトゥーレは四人に背を向けて歩き出す。その途中で一度首だけを動かしてなのはとフェイトに視線を向ける。
「何の仕事か知らないけど、穏便にやってくれ。物とか壊すなよ?」
 それだけお言い残し、今度こそトゥーレは去っていった。
「なんだか子供扱いだなぁ」
「あれはあれで、トゥーレは心配して言ってるんじゃないかな? 物を破壊するなって事はつまり、そういう事なんじゃないかな」
 ヴェロッサの言葉に、二人は考え込む。
「さて、と。我々もそろそろ行きましょうか、先生」
「うん、そうだね。なのは、フェイト、仕事頑張ってね」
 ユーノとヴェロッサも席から立ち上がると会場の裏へと歩いていった。
「私達はどうしようか、フェイトちゃん」
「本番は出品物の封がある程度解かれてからだし、まだロビーに人がいるからもう少しここにいようか」
「うん、わかったよ」
 二人がもう少しロビー内の警戒を続けようとした時、通路の奥から黒いドレスを着たリインフォースが歩いて来た。
「リインフォース、そっちはどうだった?」
「今の所は問題ない。ただ、やはり一部の出品物の内いくつかが、封印処理を施した箱を取った時点で反応が大きくなった」
「オークションに出されるのは骨董品ばかりだから、エネルギー結晶体のレリックと違って本体に直接封印処理を施せないからしょうがないと言えばしょうがないけど」
「ドローンが来るとしたら、オークションの途中だろうね」
 隊舎の指令室に残ったロングアーチからはガジェットドローン反応の報告は来ていない。レーダー外から来た場合の時間を計算し、来るのはそのあたりだろうとなのはは予測した。
「本当なら中止にすべきなんだけど、偵察も来てないし」
 神出鬼没なガジェットドローンの出現範囲は広い。過去の事例や破壊し回収した破片からして少数のガジェットが広範囲をランダムに飛び周り、ロストロギアやレリック、それらに準ずる反応を察知すると近くにいる他のガジェットドローンに信号を発しながら反応に向かって直進する。
 つまり、少数の威力偵察の後にやって来る群れが本番だ。
「オークションの開催は前々から決まってたから。それに、来るかもしれない相手の為に中止にはできないだろうし」
「まあ、仕方ないね。私達も会場に入ろうか」
 会場の入り口へと緩やかに動き始めた人の流れを見て、なのはが言った。直後、はやてからの念話が三人に届いた。
「どうしたの、はやてちゃん。もしかしてガジェットドローンが?」
『いや、その反応はまだ。ただ、それとは別にな……』
「・・・・・・何かホテル側で問題が?」
 躊躇うように言い澱む主に、リインフォースが尋ねる。
『問題というか、そう言っていいのかも分からんけど、ちょっとザフィーラが妙な臭いを見つけたらしくてな』
「ザフィーラが?」
「臭い?」
 なのはとフェイトが麻薬犬よろしく地面に鼻を近づけて臭線を辿るザフィーラの姿を想像した。

『それで、隊長達は?』
「なのはさん達はそのまま警備に戻ったわ。はやて隊長はホテル側に話を聞いてるところよ」
 オークションが開催され、その周囲を巡回するティアナがスバルと念話で会話していた。
 ザフィーラが見つけた臭いについて、隊全体に伝えられており、その事に関して話している。
「私達は捜査じゃなくて警備する為に来たわけだから、明確な何かがないとあんまり深入りできないけど、監視カメラの映像や来客リストぐらいは見せてもらえるだろうから」
『え? でも、ザフィーラが嗅いだ臭いって、その…………死体の臭い、だったんでしょ?』
 ザフィーラが地下駐車場で見つけた臭いというのは、生き物が死んだ事で発する腐臭にも似た、不吉な死臭だった。
「そうかも知れないってだけよ。本人だって困惑してたんだし」
 ザフィーラによれば、その不吉な臭いは駐車上の一角からオークションの出品物を運んだトレーラーの荷台、そしてホテルのロビーへと繋がるエレベータへ続いていたそうだ。
 死体が独りでに歩いたわけでもあるまいが、だからと言って搬入作業で行き交う業者の目を誤魔化して誰かに運ばれたとも考えにくい。
 念のために、はやてやリイン、シャマルがホテル側と情報交換をしている最中なのだ。
「とにかく不審者が侵入してる可能性があるから、ガジェットドローンばっかりに気を取られないようにね」
『うん、わかった』
 と、その時、隊舎にいる通信官からの通信がきた。小さな電子音が鳴った直後、シャリオの緊張した声が聞こえてくる。
『こちらロングアーチ。ガジェットドローンの反応を捉えました。北西からⅠ型が五機。他に、続々と周辺地域から集まってきているようです』
『やっぱ来たかぁ。皆聞こえたね? それじゃあ、手筈通りに迎撃開始や』
『了解!』
 続いて届いたはやてからの通信に、前もって決めていた通りに皆が行動を開始し始める。
 ティアナもまた駆け足でホテルの廊下を走り抜けてベランダへと飛び出す。そして、クロスミラージュを待機状態から通常形態、拳銃型へと移行させるとホテルの壁へ振り返り、銃口を屋上に向けた。
 引き金が引かれると同意に二つある内の下の銃口から魔力糸に繋がれた魔力光弾が発射されて屋上に一番近い壁に命中する。
 着弾地点にミッドチルダ式魔法陣が広がり、魔力糸の末端を壁に固定する。
 ティアナはベランダの床を蹴ると同時に魔力糸を巻き戻し、屋上に向かって上昇。着弾地点に近づくと魔力糸が切れ、ティアナの体は勢いを乗せて屋上の上へ放り出される。
 落下と同時に体勢を直し、苦もなく屋上に着地する。
「シャマル先生」
 屋上には既にバリアジャケットに身を包んだシャマルの姿があった。
「こっちでも捉えたわ。今、ヴィータちゃんが――」
 シャマルが言うのと同時、ホテルから赤い影が飛び出して空に向かって飛んでいくのが見えた。
「――迎撃に行ったわ」
「スバル達もそろそろ配置につく筈です」
 戦略は空戦技能を持つ副隊長二人、ヴィータとシグナムがその機動力でホテルから離れた場所でガジェットドローンを撃破し、撃ち漏らしをホテルの周囲に待機したスバル達が迎撃するというものだ。遊撃手としてザフィーラも出ており、見渡しのいい屋上には後方支援としてティアナとシャマルがいる。
『スターズ04、迎撃準備完了です』
『ライトニング03、04、両名とも配置に付きました』
「了解。三人ともそのまま警戒」
 自身もバリアジャケットを身に纏いながら、ティアナは現場での通信係であるシャマルとリンクを繋げる。
 すると、ヴィータが早速五機のガジェットドローンを破壊したのが確認できた。
「北北西、北東、南西からⅠ型が多数来るわ。Ⅱ型はいないけど、大きな反応……Ⅲ型が混ざってる」
 索敵に引っかかった敵機の報告をすると、それぞれから簡素な返事が来、ベルカの騎士達が本格的な戦闘を開始した。



「…………」
 多数の魔力反応に顔を上げたゼストは、晴れ渡った青い空に魔力光の光を確認した。光は小さく、それが遠い場所からのものだと知らせていたが、背の高いビルディングの無い森林地帯から僅かに爆音が聞こえた。
「ドクターのオモチャが戦ってる」
「うぇ、あいつらこんな所にまで徘徊してんのか」
 ゼストの隣には手を繋いでルーテシアがおり、彼女の肩にはアギトが座っていた。
「どうするの、ゼスト」
 高い魔力を持つルーテシアは魔力察知や索敵能力で戦闘がガジェットドローンに劣勢なのを悟っていた。
「気にする必要はないだろう」
 人目のある都心部を避け、わざわざ遠回りに森の中を移動しているのに、目立つような事をしては意味がない。
「ダンナの言う通り無視しようぜ、ルーテシア」
 と、アギトがゼストに同意した直後、三人の前に通信用モニターが開いた。
 元管理局の男は表情を変えないまでも目を背けるように体を僅かにモニターから傾け、無表情の少女は予知でもしていたのか驚く様子も無く見上げ、炎の融合騎はあからさまに心底嫌そうな顔をした。
 モニターの中、暗い部屋を背景に白衣の男が立っていた。



『迎撃戦闘が開始されたけど、大した数じゃない。このまま順調に行けばなのはちゃん達の出番はないようやね』
 会場の中、警戒しながら端から端へとゆっくり歩くフェイトははやてから間接的に外の現状を伝えられていた。
『でも、油断できないよ。レールウェイの事もあるし』
 反対側の通路を巡回しているなのはからの念話も届く。
 今までの事件から、ガジェットドローンとそれを従える戦闘機人、そしてそれらを開発したスカリエッティは明らかに六課の存在を意識している。
 過去二回における戦闘機人との戦闘同様、どこからか現れて奇襲をかけてこないとも限らない。
「ザフィーラが嗅いだっていう臭いはどうなったの?」
『麻薬や爆弾じゃなくて変な臭いがする程度じゃ、ね。とりあえずリインにサーチかけてもらってオークション会場以外に不審なものがないか確認してもらっとる。二人はそのまま万が一に備えて見回っとって』
「うん、わかった」
『了解だよ』
 念話が切り、フェイトはもう一度広いオークション会場を見回した。
 大勢の、それも富豪やコレクター、大きな美術館の関係者、そしてその連れなどが席に座っている。彼らは皆真っ直ぐに壇上へと視線を向けており、他に注意が行き届いていないようだった。
 オークションの流れは、まず壇上に立つユーノが出品された骨董品の解説を行い、そして無限図書司書長のお墨付きを貰った直後に進行係が手早く競りを開催させている。
 参加者の視線を釘付けにしているのは、進行係の巧さがあるのだろう。ゆったりとした口調ながら参加者を急かし、かつ下手に間延びさせずに打ち切り、次の骨董品の競りへと移っていく。
 高級取りの執務官でさえ驚くような値段が告げられ、金額を提示するだけなのに高度な駆け引きが行われているようだった。
 誰も外で戦闘が行われていると気づかないまま、静かな熱気に会場が包まれていくのをフェイトは感じた。
 そんな中、壇上の骨董品を真剣に見つめながらも一切競りに関与していない人影を見つけた。
 トゥーレだ。彼は席に座らずに、いくつかある会場の出入り口の側に立っている。それほど人の視界に入るのが嫌なのか、床から天井に伸びる柱の陰に体の半分以上を隠していた。

「シュートッ!」
 オレンジ色の魔力光弾が同時に複数発射され、森の中を突き進むガジェットドローンへと落ちる。
 ティアナがホテルの屋上から放った攻撃は機械兵器に当たる事なく、手前の地面に着弾して爆発を起こす。
 ヴィータやシグナムの隙をつく、もしくはカバー出来なかった隙間をまんまと通り抜けた機械兵器達は着弾地点を迂回し、別ルートを通る。
 しかし、なにもティアナが狙いを外した訳では無かった。
「キャロ、行ったわよ!」
『はいっ!』
 ティアンの射撃により、疎らにホテルに向かっていた機械兵器達がいつの間にか一カ所に集められていた。その進路上の先には、フリードを従えたキャロがいる。
 少女が右腕を前に伸ばすと、手の甲の宝石が輝き、足下にミッドチルダ式魔法陣が現れる。
 ブースト魔法がキャロからフリードへと発動、小さな翼竜の口に真っ赤な炎がチラツく。
 そして、小さな口から巨大な火の玉が放たれた。
 火球は地面スレスレに誘導させられ一カ所に集まったガジェットドローンに直撃する。
 AMFでは無効化どころか減衰すらできない純粋な火力は機械兵器の装甲を溶かし、熱によって内部機構を破壊する。
 だが、それでも破壊を免れたのが数機いた。仲間を盾にする形で難を逃れた機械兵器が爆発による誘爆を避けて散解しようとする。
 そこに左右からスバルとエリオが飛び出してくる。
「オリャアァッ!」
「ハアッ!」
 粉砕、切断の二種の攻撃によって、生き残っていた機械兵器達も破壊された。
『次は?』
「後続が途絶えたから、そのまま待機していて」
『了解』
 副隊長の防衛線を突破したのは今ので全てだったらしく、ホテルの周囲を守るスバル達はその間に使った分のカートリッジを装填し直す。
 闇雲と言っていいほどに連携もせず断続的に襲撃してくるガジェットドローンの対処は、彼女らにとって容易なものであった。
「このままいけば、オークションが終わる前に全滅できそうですね」
 屋上でシャマルからの索敵情報をリアルタイムで受け取っていたティアナはカートリッジを交換しながら言った。
 レーダー外縁からの反応が目に見えて少なくなっている。この程度の数とばらけた配置ならば、ヴィータやシグナムだけで十分に対処できる。
「そうね。でも、まだ油断はできないわ。いつも奇襲じみた唐突さで――って、やっぱり来た! え? これって……」
 ガジェットドローンの反応はレーダーの外側から来るものではなく、内側にいきなり、それもまとまった数が突如として現れたのだ。



 ホテルからも、その周辺に防衛線を敷く六課の隊員達とも距離を離した森の中で一人の少女が紫色に輝く四角形の魔法陣の上に立っている。その後ろには大柄な男と、宙に浮く人形のような融合騎がいる。
 魔法陣の周囲に同じ、一回り小さい魔法陣が三つ地面に浮かび上がっている。
 三つの魔法陣から次々と羽を持つ二種の召喚虫が呼び続けられている。
 少女が踊るようにして手を前に伸ばす。すると遠く離れた場所、ホテルを囲う森に転送用魔法陣がいくつも浮かび上がり、機械兵器であるガジェットドローンが現れた。
 転送が終わり役目を果たした魔法陣の輝きが消えるのと逆に、機械兵器に光が入り、順にホテルへ向かって前進し始める。その背中に少女の喚びだした虫の一種が一斉に突進、沈むようにして機械兵器の中に入っていった。
 更に少女が手を踊らせると、残り一種の虫達が頭上で密集、群となって一つの生命体のように虫達が動き出して機械兵器の後に続いた。



「こいつら、いきなり動きが良くなったぞ」
 今まで幾度も命中させ粉砕してきた鉄球が容易に当たらなくなったのを見て、ヴィータが眉を寄せた。
 再び鉄球を出現させ、空から森の中を進む数機の機械兵器めがけて弾き飛ばす。魔力付与がなされた鉄球は正確に機械兵器へと落ちるが、またしても敵は悠々とそれを回避した。
 思わずヴィータの口から舌打ちが漏れる。その時、森の拓けた場所に一機の機械兵器が姿を現した。ガジェットドローンⅢ型。
 Ⅲ型はカメラアイを上空のヴィータに向けるものの、攻撃する様子もない。
「あ?」
 訝しんだヴィータが見下ろす中、Ⅲ型は上部のハッチを開いて大きなアームを伸ばす。そして、人を心底バカにする奇怪なダンスを披露した。
「ブッ壊れろ!」
 反射的に大鉄球を叩き落とした。
 Ⅲ型は素早く後ろに転がる事によって難を逃れた挙げ句、森の中に入るとからかうようにして二本のアームを使い拍手まで行った。
「………………」
 何かが切れるような音がした。ヴィータは無言で、カートリッジをロードしグラーフアイゼンをギガントフォルムへと変形させる。
『落ち着け』
 顔の横に通信用モニターが現れ、画面の向こうからシグナムが彼女をおさめる。
『AIの性能があったところで、我々のやる事は変わらん。だが、冷静さを失うと足下を掬われるぞ』
「わぁーってるよ。――から、掬われる前にぶっ飛ばす!」
『…………』
 言って、ヴィータは身丈に似合わぬ巨大なハンマーを持って急降下を開始した。目指すは当然、先ほどから挑発行為を繰り返す機械兵器だ。
 Ⅲ型は先ほどと同じく後ろに転がり始めた。
「逃がすかァッ!」
 ヴィータが空からグラーフアイゼンを大きく振りかぶる。その課程で柄の部分が伸び、リーチを急激に伸ばしたハンマーがⅢ型の側面に命中した。
 芯を捉えた打撃は快音を発し、球体状の機械兵器は小気味いいほどの勢いで真横に吹っ飛んでいく。その先には、別の機械兵器であるⅠ型がいる。
 ピンボールのようにⅢ型のボディが次々とⅠ型にぶつかり跳ね回り、最終的にその場にいた全ての機械兵器を巻き込んで爆発を起こした。
「よしっ!」
 その結果に満足したのか、ヴィータはデバイスを通常モードに戻して肩で担ぎ、胸を張る。
『さすが町内会一位だな』
「う、うるせえよ! それよりそっちこそどうなんだよ」
『手間が増えただけで問題はない。あるとすれば、数だな。何割かは後ろに行かせる事になるだろう、な!』
 通信用モニターの向こうから爆音が聞こえる。シグナムがガジェットドローンを撃破した音だろう。
 突然森の中から出現した機械兵器の新手。ヴォルケンリッターにとって敵ではない相手だが、それでも人間じみた賢さを持った新手を全滅させる事はできない。おそらく一割か二割ほどを後衛にいる新人達に任せてしまう。
『みんな、気をつけて! ガジェットドローンとは違う反応があるわ』
 その時、通信にシャマルが割り込んできた。
『戦闘機人か?』
『それが……』
 シグナムの問いに、シャマルは困った顔をして言葉を濁す。
『ううん、人じゃない。多分、魔法生物だと思うんだけど、反応の一つ一つが小さすぎるの。小さい反応が集まって大きくなったから察知できたんだわ』
「集まって大きく?」
 怪訝そうにヴィータが眉をしかめた時、彼女は森の向こうから空へと何かが昇っているのを見つけた。
「火事、か?」
 最初、木々が燃えて黒煙が昇っているのだと思った。だが、黒い靄は風が吹いてもいないのに上昇からいきなり方向を変えてヴィータの方へ流れてくる。
「なんだあれ?」
『私の所にも現れた。あれがシャマルが言っていた反応か?』
「かもな。……ん~?」
 目を細め、ヴィータは煙のような物を注視する。
「――げぇ!?」
 正体に気づき、ヴィータが悲鳴にも似た声を上げた。
 煙と思われたのは虫の大群であった。
 透明な羽根を震わせ、凶悪な顎でガチガチと音を立てている虫の数は数え切れず、あまりの多さの為に遠くから見れば黒い雲か煙のように見えたのだ。

「うわっ、なにあれ!?」
「虫の魔法生物なんでしょうけど……あんなの見たことありませんよ。それに、あれの登場に合わせてガジェットドローンが次々に転送されてる」
 大群をなす虫の映像はホテル前にいたスバル達にも伝わっていた。戦況などの映像や記録情報はシャマルからティアナへ、そしてティアナから他三人へと下っている。
 さすがに黒い煙と間違うほどの大量の虫には嫌悪感が沸くのか、中継をしているシャマルとティアナ、スバルなどの女三人だけでなく、エリオまでも嫌そうな顔をしていた。
 だが、一人だけ別種の驚きを得た者がいた。
「ルーちゃん……」
 召喚士であるキャロ・ル・ルシエは機械兵器を呼び出す転送魔法を自力で察知し、覚えのある魔力にまさかという思いを抱いていた。だが、その上であれほどの数の召喚虫を操れるとなると間違いない。
 敵は、ルーテシア・アルピーノだ。
「………………」
 キャロは押し黙る。主と共感してかフリードまで力なく頭を垂れた。
 次元世界を放浪していた時に命を救われた。命の恩人であり、自分に召喚獣の制御の仕方や生き方を教えてくれたかけがいのない友人だ。理由はどうあれ、襲ってくるというのなら、キャロは管理局の人間として迎え打たねばならない。しかし、ルーテシアとは戦いたくないと思うのもまた本心だ。
 友を大切に思うと同時に今のキャロには立場もあり、また別に大切に思う人たちがいる。そんな葛藤が――――ある訳がなく、
「ヤ、ヤダなぁ……」
「キュゥルゥ……」
 ただただ、純粋にイヤだった。
 友人と戦うのがとかそんな友情モノの美談めいたものではなく、単純にイヤなのだ。食べれるけど嫌いなニンジンに立ち向かう心情を何十倍にしたような、そんな訳の分からない微妙な気持ちにさせられる。
「きっと、ただじゃ済まないんだろうなぁ……」
「キ、キュ……」
 バケツ一杯の苦虫を噛み潰したような、齢十の少女がしてはいけない哀愁を漂わせ、強力な力を持った翼竜がゲンナリとした表情を器用にもしてみせた。
 同じ年頃の少女の楽しそうな声が自然と脳内再生させられた。





 ~後書き&補足~

 最早幼女二人のネタ化について深く考えない事に。
 ルーテシアは原作に出た召喚虫以外にも召喚虫を使役している設定で、今話最後に出てきたのもそれの一つです。



[21709] 五十九話 ホテル・アグスタ(Ⅲ)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/05/29 18:53

「うおりゃあああっ!」
 ヴィータが気合いの声を張り上げ、巨大化したハンマーを振り下ろした。
 虫の群の一角が潰れて穴ができる。だが、すぐに他の虫がその穴を埋めて襲いかかってくる。
「くそっ!」
 効果が薄いことに悪態を付きながら、ヴィータは後退しながら襲ってくる虫の群をデバイスで払う。その時、数匹がハンマーの部分に取り付いてその凶悪な顎で噛みついてきた。
 一噛みでは無理だが、何度か噛みつくことでグラーフアイゼンのハンマーに牙を食い込ませていく。
「こいつら!?」
 喰われそうになるデバイスを見下ろした時、森の中を機械兵器が浮遊して駆け抜けようとしているのを見つける。
 ヴィータは虫から逃げながら目の前に自分の身の丈ほどの大きな鉄球を出現させ、虫を張り付けたままのデバイスで鉄球を思いっきり叩いた。
 取り付いていた虫達がその衝撃でバラバラになり、叩き飛ばされた巨大な鉄球が森の中を進むガジェットドローンを破壊する。
「気をつけろ、この虫、デバイスを喰っちまうぞ!」
『そのようだな』
 通信用モニターの向こう、シグナムが冷静な面持ちで答えた。
『私には炎熱変換があるからむしろ相性は良い。だが、近接型には辛いな』
 ヴィータはデバイスを巨大化させて攻撃範囲を広げる事ができ、シグナムは炎熱変換による炎で有効な攻撃ができる。
 だが一体一体が小さく、数の多い魔法生物相手には近接系統の武器の効き目は薄い。
『シグナム、悪いけどもっと広範囲をカバーして』
 二人の念話にシャマルが割り込む。
『数が少ないけど、ザフィーラが苦戦してるわ。シグナムは虫を中心に迎撃を行って。座標を送るからお願い』
『わかった』
「新人達の方はどうすんだよ」
『こっちはキャロとフリードがいるから大丈夫よ』
「そっか。フリードの火炎なら効果は高いな」
 納得したヴィータは前へと向き直る。そこには彼女を取り囲むようにして扇状に広がる虫の大群がいた。
「だからって、怠けてられねえ」
 八角形のハンマーが更に巨大化し、ビルほどの大きさになる。
「おりゃあああぁぁっ!」
 重さを感じさせない動きで大きく振り回し、柄の部分を更に伸ばす。
 回転するヴィータの体に従い、巨大なハンマーが顎から不快な歯軋りを行う大群に向かって横薙ぎに振るわれた。

 一方、ホテル近い森の中でいくつかの爆発が起きていた。
 スバルとエリオの二人が、それぞれ拳と槍でホテルへと進むガジェットドローンを破壊していた。
 動きがよくなってはいるが、二人の連携の前では雀の涙だったらしく副隊長達の防衛線を抜けてきた機械兵器を順調に撃破している。
 しかし――
「うわっ、また来た!」
 あるモノが来た途端に二人の勢いが失われ、慌てて逃げ始める。
 虫の大群だ。虫と言っても人の握り拳ほどの大きさがあり、凶悪な外見をしている。耳障りな羽音と金属を擦り合わせるような音を開閉する顎から発し、虫達は逃げまどう少年少女を空から追いかけ始める。
 エリオが走りながら後ろに振り向いて、ストラーダを持っていない方の手を大群に向ける。掌から小さなミッドチルダ式魔法陣が浮かび、射撃魔法が放たれた。
 ティアナのように、AMF下でも有効な射撃魔法を放つ技術はエリオにはないが、ガジェットドローンのいない今なら本来の威力を発揮できる。
 相手の数ゆえに、ろくな狙いをつけていなくても射撃魔法は全て虫達に命中し魔力爆発を起こした。
「やった!」
 喜び、スバルが握り拳を作った。だが、彼女の歓喜を裏切るように、空中に舞う爆煙の中から生き残った虫達が飛び出してきた。
「うわあっ!?」
 一度は緩めたスピードを速め、スバルとエリオは慌てて再び逃走を開始した。
 射撃魔法程度の火力では、虫の大群の前では焼け石に水であった。十や二十を撃ち落としても、その十倍以上の数が襲ってくる。
 だからと言って近接戦闘を行えばあっという間に囲まれ、いくつもの顎に噛みつかれるのは間違いないだろう。近接メイン、特に拳での戦いを主とするスバルにとっては相性はとてつもなく悪い。
 二人が素通りした樹木が虫に取り囲まれ、数秒も保たずして穴だらけにされて倒壊する。
「うひぃっ!?」
「スバルさん、前! 前見て走って!」
 デバイスさえも噛み砕く強靱な顎にとってたかが木など飴細工程度でしかないようだった。
『二人とも、今です!』
 念話によるキャロの合図と共に、二人は左右へと分かれて大きく跳んだ。次の瞬間、二人がいた場所を真っ赤な炎が横断し、大群を一気に燃やし尽くす。
 炎に包まれ、透明な羽を一瞬に燃やされた虫達は地面へと燃え落ちて僅かな痙攣もしないうちに炭となった。
「大丈夫ですか?」
 空から、巨大な翼竜の姿を露わにしたフリードに乗ったキャロの声が降りてくる。
「うん、大丈夫。助かったよ、キャロ」
 飛び込んだ茂みから顔を出し、スバルが例を言う。
「いえ――きゃあっ!?」
 横から突然、何条もの熱線がスバル達に発射された。とっさに張ったシールドで防ぎ、振り返って見れば次は機械兵器が襲ってきた。
 しかも、今度は虫の大群も引き連れて、だ。
「フリード!」
 キャロの声と共に翼竜は首を動かし、再び口の中から火を点して炎の息吹を放った。
 だが、ガジェットドローンⅢ型が先頭に飛び出し、自らを盾にする事で虫や他の兵器を守る。衝撃など力を外へと流す球体の形状に巨体さが相まって、フリードの火炎の大部分が無為なものと化した。
 Ⅲ型ごと虫を倒すには火力が足らなかった。
「そんな……」
「引くんだ、キャロ。来るよ!」
 表面が溶けたⅢ型を飛び越え、召喚虫と機械兵器による波状攻撃が始まる。
『伏せなさい!』
 大群が三人と一匹に迫った時、ティアナの声が届いた。

「ティアナ、いつでもいいわよ!」
「はい!」
 ホテルの屋上に二丁の銃型デバイスを構えたティアナが立っている。彼女の周囲にはいくつもの魔力スフィアが浮遊し、内に溜めた魔力が解き放たれるのを今か今かと待ちかまえている。
 魔力の制御に集中しているのか、ティアナの額から汗が流れ落ちる。
 ティアナの背後にはベルカ式魔法陣を展開しているシャマルが立っていた。
「クロスファイア――」
 デバイスに装填された左右計四発のカートリッジが使用されティアナの魔力を一時的に高める。
「――シュートッ!」
 次の瞬間、魔力スフィアから爆発するような勢いで魔力が射出される。
 いくつもの線を描き、屋上から魔力光弾の雨がホテルに接近しつつある機械兵器に降り注いだ。
 ホテルに近づいていると言っても肉眼では確認できないような遠方にいるガジェットドローンへと狙い違わず、全ての光弾が機械兵器に直撃する。二重構造による殻によってAMFを突破し、装甲を破壊。そして内部へと侵入した魔力光弾は金属と反応し、内側からガジェットドローンを微塵に爆発させる。
 爆弾そのものとなった機械兵器から生じる爆発は凄まじく、周囲には召喚虫の大群をも巻き込んだ。
『やったぁ! すごいよ、ティア!』
 通信用のモニターが開き、スバルの歓声が届く。
「シャマル先生のサポートがあったからよ」
 ティアナが額に浮かんだ汗を拭う。
 今のティアナにはあれだけ大量の反応弾をAMF対策した上で正確に命中させることは難しい。故に、シャマルに射撃の照準や誘導に関する補正を担当してもらい、術者本人であるティアナは魔法の制御に集中したのだ。
「キャロ、転送魔法の逆探知って出来る?」
[出来ますけど、そう足を掴ませる子じゃないです]
「……もしかして、知ってる相手?」
 キャロの言い方に違和感を覚えたティアナが聞く。モニターに映るキャロはなんとも困ったような、嫌な思い出を振り返っているような苦い顔をしつつ頷き、溜息をついた。
「ま、まあ、詳しい話は後にして、能力についてできるだけ簡単に説明して」
 齢十の少女が吐き出す往年の苦悩を絞り出すような溜息に、僅かにたじろぎながらもティアナは任務に必要な情報だけを聞き出した。

「そう。わかったわ。そのまま防衛を続けて」
 シャマルからの経過報告を受けてから、はやては腕を組んで考え込む。
 六課の仮指揮所として借りた部屋、そこに備え付けられたソファに体を深く沈み込ませてミルク色の天井を見上げる。
 増援は想定内だったがその内容はさすがに想定外だった。だが、軽い混乱はすぐに収束し、今となっては冷静かつ的確に隊員達は召喚虫と機械兵器の連携に対応している。
 元々戦闘機人戦を想定した少数精鋭の部隊だ。まだまだ経験不足な新人達はいるが、それぐらいの事で崩れはしない。問題があるとすれば……。
「なんでこのタイミングで、この程度の戦力投入を?」
 召喚虫が参戦した事で一度は不意を突かれたが、それなら緊張時のピークを狙うなど、他にもっと良いタイミングがあったはずだ。
 それにシャマル経由でキャロから虫達を操っていると思われる召喚士について聞いた。驚いたはしたが、キャロとその召喚士の関係は後回しにして、虫達の行動が意味するものを考える。
 キャロの話によれば、相手はもっと強力な召喚虫も保有しており、術者本人の戦闘能力も高いとの事だ。
 それらを考えると今の進行は緩い。本気でオークションの骨董品を狙うにしては戦力が不足している。
「陽動か、別の狙いがあるのか」
 意図が分からない相手。本来ならオークションを中止して安全をはかりたいところだが、迎撃はホテル周辺から遠方の場所で行っており、例え新人達が担当している防衛ラインを超えられても、それから避難を開始しても十分に間に合ってしまうのでオークションは通常通り続けられている。
「ううむ……」
 唸りながら、リインフォースへと通信を繋げる。
「防衛行動は上手くいっとるけど、そっちはどう?」
[こちらも今のところは何も。競り落とされた骨董品は梱包し改めて封印処理を施しているので、ガジェットドローンもいずれ探知できなくなるかと]
「そう」
 ホテルには六課以外に警備もいるし、オークションに参加しているVIP達はなのはとフェイトがいて、骨董品の所にはリインフォースがいる。
 守りは万全だ。なら、敵は何を狙っているのか。
「はやてちゃん!」
 はやてが相手の目的を考えている時、横で情報整理をしていたリインが主の名を呼んだ。
「どうしたん?」
「あのトレーラーの管理責任者ですけど、姿が見当たらないそうです」
「トレーラーって、ザフィーラが妙な臭いを嗅いだっていう?」
 ザフィーラのように嗅覚に優れてなければ気づけなかった死臭。それは地下の駐車スペースからトレーラー、そしてホテル内部へと繋がるエレベーターへと続いていた。そこから先は追跡できなかったが、トレーラーを一度経由しているために何か関係があるとして話を聞くために責任者を探していたのだ。
「うぅん……リインフォース、悪いけど」
[はい。下に降りて確認してきます]
 地下の駐車場へは搬入用エレベータがある倉庫にいるリインフォースが一番近い。
「頼むな。でも、気をつけて」
 通信を切り、再び考えこむようにはやては椅子に沈むようにして椅子に座りなおす。
 この警備の話がきたときに言われたヴェロッサの言葉が思い出される。

 はやてがリインフォースへと指示を出す少し前、六課の隊員達が召喚虫と機械兵器の混成にまだ苦戦していた時、明かりの少ないホテルの地下駐車場の暗がりに彼はいた。
 黒い甲殻を持つ人型の召喚虫は体を透明にして壁に張り付いており、感情の読めない顔を一台のトレーラーに向けている。
 ルーテシアの召喚虫であるガリューは主の命によって、召喚虫の出現で僅かに見せた六課の動揺をつき、ホテルへと見事に侵入していた。
 完全にとは言い難くも体を透明にできる彼は特に森や地下の暗がりの中では目視する事はできない。
「――――」
 ガリューは周囲を再び確認する。
 オークションに出品する骨董品は既に会場裏の倉庫に運ばれたので、大勢いたはずの作業員の姿はない。だが、一台のトレーラーの荷台前には警備と思われる男が二名いた。
 共にスーツ姿であり、ホテル内にいる警備達とはまた違った格好だ。それに、この暗い駐車場でサングラスをしているとはどういう事か。
 ガリューは疑問を覚えたものの、相手が何者だろうと自分の役目に何ら変更はない。
 暗闇の中、迷彩を維持したまま天井を移動しトレーラーに近づく。
 彼の役目とは、表の陽動が利いている内にこのトレーラーに保管されているとある骨董品の奪取だ。
 ガリューはトレーラーの真上にまで移動し、もう一度男達の様子を確認する。
 微動だにせず立つ二人の男。まるでよくできた銅像のようで、生気が感じられない。
 奇妙だと思うが、時間が迫っている。機械兵器もどうせすぐに限界が来る。退路が塞がれる前に仕事を済まさなければならない。
 天井に張り付いたガリューは手足の爪をコンクリートから離し、男達の背後へ音も無く着地。同時に当て身をくらわせる。
 奇襲を受けた二人は糸が切れたように膝から崩れ落ち、冷たい床の上にあっけなく倒れた。
 その様子を確認すると、ガリューは荷台の前に立つ。
 扉の鍵を破壊し、素早く目標を回収して撤収する必要がある。手首から杭のような棘を生やし、鍵を破壊しようと腕を振り上げる。
「――――」
 だが、ガリューは突然その場から大きく跳躍した。
 直後、彼がいた空間に四つの大きな刃が後ろから通過して荷台の扉に突き刺さった。
 天井近くまで跳んだガリューは襲撃者の正体を確認する。それは、先程気絶させたはずの男達だった。
 彼らの肘から先、腕の代わりに金属の分厚い刃がスーツの袖破って生えている。それがガリューを後ろから突き刺そうとしたのだ。
 宙に身を捻って後方の床に着地したガリューは警戒を露わに顔を上げて襲撃者の姿を確認する。
 トレーラーのドアから刃を抜いた男達がガリューに向き直る。サングラスが取れて見えるようになった相手の目は、意志も生気も感じられない濁った目をしていた。
 後ろから気配がし、首を僅かに動かして後ろを視界におさめると、ガリューの後ろからまた別の男が歩いてきていた。
 トレーラー前にいる男達のよりは上質な灰色のスーツを着た中年の男だ。胸にオークション関係者だと示すプレートを付けているが、彼もまた死んだような目をしており、何よりも袖を破って腕が杭のような巨大な針となっている。
 ガリューは手の甲、肘と爪を生やして臨戦体勢を取る。
 挟み撃ちという不利な状況の中、ガリューは迷いなくトレーラー前にいる二人へと突進した。
 当然、三人目が後ろからガリューへと巨大な針を構えて襲いかかる。最初の二人も突進してくるガリューに対してその両腕の巨大な刃を構えて迎え打つ。
 ガリューは横薙ぎに振るわれた正面からの刃、二つの凶器の間を潜るようにして飛び込む。
 手の甲から爪を刃の表面に叩きつけるようにして二つの刃の間にある空間を広げ、自分が潜るのに必要な大きさを確保する。
 そして二つの刃の隙間へ飛び込み、通り抜ける。
 同時に刃の腹をなぞりながら両腕を左右に伸ばし、爪を敵の肘に引っかけて力を込めた。
 着地を行いながら伸ばしていた腕を胸の前へと一気に引っ張り、ガリューは敵の腕を切り落とす。
 だが、背後からの針による刺突に無防備な背を晒す事となってしまった。
 着地による硬直を狙いすました攻撃、三人目の針と化した腕がガリューの背に突き刺さる――事は無かった。
 突然、三人目の腕と首が飛んだのだ。
「――――」
 それぞれ片腕をガリューによって切り落とされた残りの敵が突然の乱入者の姿を確認する。
 直後、背を反らすように体を大きく跳ねさせて残った刃の腕をだらりと垂れ下げた。
 彼らの胸に黒色の杭が生えていた。
「……無事か、ガリュー」
 一体いつの間にいたのか、スーツの袖を捲り上げたトゥーレが立っている。
 ガリューは敵を背から貫いていた、肘から生やした爪を引き抜き、トゥーレに振り返って小さく頷いた。
 互いに打ち合わせもなく僅か数秒の間で敵を排除した一人と一匹が隣合って立つ。
「妙なことになってると思えば、お前こんなところでなにやってるんだよ?」
 人の言葉を理解できても発声する器官のないガリューは答えられない。
「……スカリエッティか。ルーテシアも断ればいいのにな」
 それでも、慣れなのかトゥーレはそれを不快に思うことなく、それどころか察してみせた。
「何言われたか知らないが、とっとと済ませろよ。長居するとおっかないのが来るぞ」
「――――」
 トゥーレの言葉に、ガリューは頷いて四つの穴の空いたトレーラーへと素早く入っていった。
「にしても、なんだこいつら?」
 トゥーレはトレーラーから足下へと視線を移す。
 床に転がる三つの死体。だが、見るからに人ではない。
 腕が金属の武器になる――のは腕からギロチンを生やす戦闘機人であるトゥーレがとやかく言えるものではないが、彼らの瞳の光の無さはまるで最初から死体だったかのようだ。
 切った感触もまた奇妙で、肉や骨を切ったというよりも堅い鉱石を切断したかのようなものであった。
 トゥーレが首を傾げて考えていたその時、三つの死体が突如して体が液状と化し始めた。
「チッ、ガリュー!」
 鼻につく薬品に似た臭いと解けた死体の一部が中から膨らむように泡立ち始めたのを見て、トゥーレが叫ぶ。
 直後、三つの死体から大爆発が起きた。



「っ!? これは……」
 業務用エレベーターのドアが開いた途端、強い熱風がリインフォースのいるエレベーターの中に入ってくる。
 耐熱用のバリアを張り、熱風を防ぐと彼女は早足で熱の発生源に近づく。
 地下駐車場の中で火災が起きていた。数台の乗用車と一台のトレーラーが車体から激しい炎を燃え上がらせ、周囲を赤く染めている。
「警報は!?」
 これほどの火災が起きているのに、警報が一切鳴っていない。
 何故と思いながら、リインフォースはすぐに巻き込まれた人がいないかスキャンを開始する。
 結果、自分以外に存在する者はいないと分かると燃え上がっている箇所に向けて氷結魔法を放つ。
 一瞬にして、燃え上がっていた車から出る炎が消え、熱されて歪み黒ずんだボディが白い霜に覆われる。
 火災はすぐに消え止められた。
 リインフォースは関係者各所に連絡を入れながら、火災の中心と思われる場所へ早足で進んでいく。同時にあらゆる情報を測定し集める調査用の魔法を展開させた。
 ベルカ式魔法陣が彼女を中心に駐車場一帯へと広がる。
 各所への通信と共に広範囲の魔法を発動しながら、リインフォースは火災の発生源と思われる場所をすぐに見つけた。
「発生箇所は三つ。これは、爆弾か?」
 床に最も焼け焦げた跡が三つ集まるようにしてあった。
 爆発源の近くにあったのか、一台のトレーラーが荷台部分を大きく歪ませて転倒している。
「ん?」
 どうしてこんな所で爆発が三つ起きたのか気になるところであったが、リインフォースはそれとは別に気になるものを見つけた。
 転がったトレーラーの荷台に近づく。
 消化として使用した氷結魔法の名残として、霜が張っている荷台のドア。爆発の衝撃で荷台自体が歪んでいるが、ドア部分に外から何かが突き刺さったような跡が見られた。
 そして、中から外へ無理矢理飛び出したような大きな穴が、人が通り抜けれる程度の穴が天井部分にも空いていた。

「火事? 地下で?」
『うん。リインフォースが見つけた。消火は済んでるから安心して』
 リインフォースから地下駐車場での火災を聞いたはやてとなのはが念話で状況を話し合っていた。
『会場の様子は?』
「特に何も……」
 なのはは席のの並ぶ反対側の通路にいるフェイトに視線を向けると、彼女は小さく頷き返す。
『怪しい動きをした人はいない。見た限り席を外した人も……』
 フェイトもはやてとなのはの念話に参加している。
『私は一度会場の外を見てまわるね。すぐに戻るけど』
「フェイトちゃん? ……うん、わかったよ」
 フェイトは念話のリンクを一度切って会場の外に出て言った。
『こういう時、人数割けんのがウチの弱味やね』
 安全と監視のためにオークション会場には最低でも一人は残しておきたく、リインフォースは第一発見者と現場検証のために火災現場から動けない。はやてもまた、念話をこなしながらホテルの責任者と情報を交換し合っている。
 他のメンバーは召喚虫と機械兵器の残存兵力の駆除で手一杯だ。
『私らの仕事はガジェットドローンからホテルを守ること。あんまり突っ込んだ事出来んけど、とりあえずこっちでも情報集めてみるから、なのはちゃんはそのまま警護頼むね』
「うん」
 念話を切り、なのははもう一度オークション会場を見回す。まさか地下の駐車場で火災があったとは思わず、参加者達は何ら変わりない様子だ。
 全員を注視したわけでもないが、彼らに不審な様子はない。
「なのはっ」
「あれ、ユーノ君?」
 後ろの方で会場を見回していたなのはに向け、ユーノが駆け足で近づいてきた。
「解説の仕事はいいの?」
「さすがに全部を解説するわけにもいかないから。それより――事件だって?」
 周りに聞こえないよう、最後の方を小声で言う。
「ヴェロッサがそれで警備室に向かったんだけど、警備システムが働いてない可能性があるって……」
「えっ? それ、本当なの?」
「分からない。ただ、ヴェロッサはその可能性が高いと言ってたよ。はやてともそれについて話すために行ったんだと思う」
「そっか……」
 警備システムに何か問題があるとすれば、警備室が何か察知している筈だ。そんな報告は一切ない。だとすると――。
「一体、何が起きているんだろ……」

 会場へと繋がる廊下を歩きつつ、フェイトは廊下の様子を見る。
 いくつかある出入り口に配置されている警備員達の間に僅かな混乱が見られた。地下であった火災を今さら知らされて戸惑っているようだ。
 幸いにもリインフォースが消火を終わらせているので、大騒ぎにまで至っていない。
 そんな中、フェイトは人を捜していた。オークション会場を見回した時、知った顔が一人いなくなっていた事に気づいたのだ。
 なのはと二人で会場の出入りを全て把握するのは不可能なのだから、そういう事もあるだろう。しかし、気になったフェイトは会場に繋がる廊下の巡回ついでに彼の姿を探す。
「あっ……」
 すぐ横で会場とは別のドアが開き、フェイトは立ち止まる。
「トゥーレさん」
 ドアから出てきたのは探し人、トゥーレだった。
「フェイトか。どうした?」
「姿が見えなかったので。あの、今までどこに?」
「どこって……」
 少し困ったような顔をし、彼は手に持っていたハンカチをズボンのポケットへと入れた。
 視線が泳ぐトゥーレにフェイトは彼の背後、トゥーレが出てきたドアを見る。
 男性用トイレを示すプレートが張り付けてあった。
「――そ、その、ご、ごめんなさい」
「いや、別にいいんだけどな」

 フェイトとトゥーレがトイレ前の廊下で会っている時、ホテルのある地帯から離れた、六課が機械兵器と戦っている場所よりも距離を取った山林の中、崖の側に座っている人影があった。
 十四、五歳と見られる少女だ。山登りに適した格好をし、単眼の望遠鏡をやや下に、ホテルの方へと向けている。
 少女は望遠鏡から顔を離し、自分の手元を見る。
 片手には携帯端末が握られており、その画面には二分割された二種の映像がある。
 二つの画面には五つの人のシルエットとホテル内部のものと思われる見取り図が表示されていた。
 五つのうち三つのシルエットの上にロストという文字が静かに点滅し、見取り図の地下部分に同じ文字が小さく下に表示されたマーカーがあった。
「失敗ですか。仕方ないですね」
 端末を操作し、少女が何か信号を打ち込む。
 シルエットの残り二つが突如音を立てて赤く点滅しだし、次の瞬間には他と同じようにロストという文字が浮かぶ。

「それよりどうしたんだ? 何かあったのか」
「いえ、別に。オークションも問題なく――」
 火災についてはまだ客達には知らせていない。そこは機械兵器対策に呼ばれた六課のフェイトが決めることではなく、ホテル側の判断となるために明確な発言を控える。
 だが、そんなフェイトの配慮を砕くようにして爆発音と廊下を揺らす程の振動が起きた。
 ほんの一瞬の間であったが、大きさからしてホテル内で何かあったのは間違いない。
「…………」
「…………」
 半眼で見下ろしてくるトゥーレの視線が痛かった。



「…………」
 少女は再び望遠鏡からレンズ越しにホテルの様子を見ると、建物の一角から黒煙が濛々と昇っていた。
 見取り図では、警備室と書かれた部屋に二つのマーカーにロストの文字が浮かんだ。
 少女はそれらを確認すると、望遠鏡を片づけ始める。
 隣に置いた大きなスポーツバックへと折り畳んだ三脚と本体を入れる。バックの中には赤いドレスも入っていた。
 足跡や三脚の跡が残る地面に擦って自分がいた痕跡を消すと、少女はバックを担いで山を下り始めた。
 途中、端末を操作して通信用モニターを表示させた。
「私です。失敗しました。予定通り現地で三人程調達したのですが……ええ、六課がいたので私だけ離れて……」
 モニターに映る相手に向かい、淡々と報告し始めた。
「やはり、まだ改善の余地がありますね。素体の状態を把握できても、行動や向こうの状況が分からないとなっては指示を出せません」
『本来、私達は敵を殺すことしか能がないからな。一部の学者に言わせれば、人語を話す虫らしい』
「すみません、そういう意味では……」
『気にする必要はない。皮肉も、理解はしても何も思わない』
 通信の相手は機械のように抑揚の声の持ち主だった。
『それらについてはお前が戻ってからにしよう。アレはどうなった?』
「自爆に巻き込まれた可能性が高いです。あの方が残念がるでしょう」
『奴の事など、どうでもいい』
「…………」
 機械のような女の声、それの温度が僅かに下がった。
 人間らしい感情的な部分を見せたとも思えるが、モニター越しからでも剣呑な気配が伝わってくる。
『今は一時の同盟を結んでいるだけ。今回の事も試験運用のデータ集めにちょうど良かったからだ』
「……そうでしたね。ともかく、今から帰還します。六課が周辺を捜索するでしょうから」
『くれぐれも見つからぬように。いいですね、ルネッサ』
「心得ています」
 通信を切り、立ち止まって緊張を吐き出すように小さく息をつく。
 そして獣道である茂みの一部を手でかき分け始めた。するとすぐに、隠れていたバイクの車体が姿を現す。
 少女は一度ホテルのある方向の空に視線を向けてから、バイクに跨って木々の間をすり抜けその場から去っていった。



『ドクター、今そっちに送ったから』
「ああ、ありがとうルーテシア。今度帰ってきた時には美味しいお茶とお菓子を用意しよう」
 自分の研究室に浮かぶ巨大モニターの前で、スカリエッティはルーテシアとモニター越しの会話を行っていた。
『ガリューが怪我した』
 突然嫌味を言われたが、スカリエッティは笑みで返す。
「彼にもお礼を」
『うん。ところで変なのがあったって』
「変なの?」
『ガリューが見つけた。見聞きした事も一緒に送っておいたから』
「それは気が利くね」
『それと、トゥーレが怒ってた』
「それはそれは……」
 ――後でたっぷりと詰られそうだ。
 苦笑を浮かべ、ルーテシアとの通信を切る。
 それを見計らったかのように、ウーノが多脚型のガジェットドローンを従えて姿を現す。
 運搬用のアームを装備したガジェットドローンはその腕で大きな長方体の木箱を抱えていた。
「お持ちしました、ドクター」
「ああ」
 ウーノの命令を受けたガジェットドローンが、木箱をスカリエッティの目の前に縦にして置くと研究室から音もなく去っていく。
 二人はそれを見届ける事なく、木箱の前に立った。
「さて、中身を確認しようか」
 スカリエッティが黒いグローブを填めた右腕を上げる。すると研究室の各所から赤いワイヤーのような物が伸び、木箱に絡まると空中に固定した。一本一本が生きているようにワイヤーが動き、器用にも箱に打ち付けられた釘を抜いていく。
「凄い有様だね。もしかして、ルーテシアが言っていた変なの、と関係が?」
 ワイヤー達の作業を見ながら、スカリエッティがウーノに聞く。
 箱に損傷は無いようだが、火事でもあったかのように大量の炭が付着していた。
「はい。保管されていた場所に警備がいたようなのですが、その警備らの腕が武器と変化したそうです。それに倒された後、自爆したようです」
「ふむ……」
 考え込むように、スカリエッティが僅かに目を細めた。
「まさか……。いや、可能性はあるか。ウーノはどう思う?」
「私もドクターと同じ考えです」
 秘書であるウーノの返答に、スカリエッティは微笑んだ。
 丁度その時、木箱の解体が終わり、箱のパーツがひとまとめにされて床に置かれた。
「一応、この木箱を解析にかけます。何も出ないと思いますが、欠片の一部でも付着している可能性がありますので」
「ああ、お願いするよ。それとあの男……なんて名前だったかな?」
「トレディア・グラーゼです」
「ああ、それだ。あまり印象に残らなかったから、すっかり忘れていたよ」
「ドゥーエとの連携し、足跡を調べなおします」
「頼んだよ。さて……」
 スカリエッティが露わになった木箱の中身を見下ろす。
 それは鎧だった。昔はさぞ絢爛なものであったのだろうが、長い時の流れに何カ所か欠け落ち、汚れ、豪華な装飾も色落ちていた。
「もう見つからぬと思って諦めていたが、まさかこの時期になって見つかるとは」
 ドゥーエから急な連絡があった時は驚いた。
 その連絡が来た時にはすでに後手に回っていたが、運良く近くにルーテシアがいたおかげで確保に成功した。
 計画には決して必要な要素ではないが、これがあれば自分の研究の一つの仮説が証明できるかもしれない。
「まあ、そのせいでトゥーレに嫌味を言われるだろうが……」
 それもまた、必要経費と割り切って甘んじて受けよう。何故なら、
「最後のゆりかごの聖王、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。彼女がベルカ諸王時代に最強と謡われた理由の一つ、聖王の鎧。それを完成させる最後のピースが手に入ったとなればね」
 先程の苦笑とは違い、獰猛さを秘めたような笑みをスカリエッティは浮かべた。
 その目は研究者のそれであり、狂気じみたものが奥に潜んでいた。





 ~後書き&補足~

 あのオークションで盗まれたもの、結局なんだったんでしょうね。
 wikiとか見ても不明だったので、今回適当に捏造。具体的にどんなものかはまた次回。




[21709] 六十話 短い休暇
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/06/24 13:48

「――で、結局何が盗まれたのかも分からないわけだ」
「そうなんですよ、ししょ~」
 八神はやては情けない声を出してみせた。
 第108陸士部隊隊舎、ゲンヤの執務室に彼女の姿があった。ソファに座る彼女の向かいには、テーブルを挟んで部屋の主たるゲンヤ・ナカジマが座って茶を飲んでいる。
 ソファの横には狼の姿に変身しているザフィーラがいるが、彫像のように微動だにしない。
 ゲンヤは目の前に座るはやてを見て、一目で機嫌が悪いと判断した。
 少女は困った笑みを浮かべてはいるが、こめかみのあたりが微妙に痙攣している。外面は取り繕っているが、内は怒り心頭といった感じだ。
「お前らのせいじゃないだろ。現にお咎めなしだったんだから」
「そうは言ってもですね」
 はやては数日前に行ったオークションの護衛任務についてゲンヤに話していた。
 機械兵器や召喚虫からホテルを守る事には成功した。だが、ホテル内では原因不明の爆発が起き、オークション運営の関係者と警備員二人の計三名が行方不明となっている。
 機動六課はあくまでオークションに出品される骨董品につられてやって来る機械兵器への対策として出動していた為、何の責任もない。
 だが、はやてとしては自責の念がある。
「たしかに未然に防ぐことが一番の理想だが、そう上手くいかないしな。裏取引の関係者を引っ張り出せただけ上出来だ」
「それはロッサのおかげですよ」
 元々ヴェロッサは裏取引の情報を掴んでいた。現場には彼がいたこともあり、すぐに取引の関係者を確保することに成功してした。
「それでも主犯の情報はなし。お手上げに近いです」
 取り調べの途中だが、捕まえたのどうやら末端だったらしく詳しい情報は望めない。
「爆発の事についても何も知らないようやったし」
 捕まえた者も、地下そして警備室で起きた謎の爆発については何も知らないようだった。
「こっちもまだ途中ですけど、鑑識の話によれば焦げ跡から人間サイズの物が爆発したんじゃないかと」
「よくホテルが崩壊しなかったな」
 人間サイズとなればかなり大きな爆弾だ。設置場所と爆弾の種類にもよるが、そんな大きさの物が爆発すれば部屋一つの被害では済まない。
「それもまたおいおい。ただ、爆弾にしては遺留物がまったく見当たらないとか」
 ガジェットドローンのように破壊されてもパーツを残していれば解析のしようがあるが、何かしでかした痕跡を残されてなければ手がかりは少ない。まるで爆発そのものと一緒に消えてしまったようだ。
 はやては自分の前に置かれたお茶を手にとり、一口飲んで喉を潤すと、溜息とも取れない息を吐いた。
「まあ、正式に捜査協力を要請されたから細かいのや面倒な仕事はこっちに回してくれればいい」
「助かります。人数が少ないウチだとやっぱり限界があるんで」
 はやてが今日ゲンヤのところに来たのは、108部隊に正式に捜査協力を要請するためだ。と言っても、とうの前から共同歩調にあるのであくまで形式的なもの。
「ギンガもいずれ出向の形で繋ぎ役としてそっちに向かわせる。こき使ってくれ」
「あはは。そういえば、そのギンガは? 姿が見えませんけど」
「廃棄区画の方に調査に行ってる。あそこは犯罪者のねぐらだからな」
「ああ…………」
 数年前の事件によって区画ごと都市がいくつも燃やされ、それ以降当時の事件を忘れるようにして再開発もされていない土地。
 事件の傷跡をまだ残し、近隣の住民も畏怖するかのように近寄らない。
 そんな場所だからこそか、社会の闇と言える犯罪組織の格好の拠点となっている。
 一部の廃棄都市は管理局が都市戦の練習場や試験会場として使用・管理しながら周囲に目を光らせてはいるが、範囲が広すぎてフォローしきれない場所が必ず存在する。そこに、犯罪組織の拠点が隠れている場合がある。
「あいつは働きすぎだ。そっちに行かせる前に一度休みを取らせるべきだな」
「休みですかぁ……そういえば、私が最後に取ったのいつだったかな」
 呟きにまた呟いて返したはやてを見て、ゲンヤが眉をしかめた。
「お前も、六課も働き過ぎだ。ワーカーホリックもほどほどにしろよ?」
 六課が正式に動いた時から、大した間を開けずに任務やら事件やらが起きている。出来立ての試験部隊として初動が一番忙しいのは当然だが、さすがにオーバーワークが過ぎた。
「ええ。なのでそろそろ交代で休みを取らせようかと思ってるんです。特に実働部隊の子達は訓練、訓練、任務とここ数ヶ月近く休まる暇がなかったので」
「お前達は休まないのか?」
「もちろん、ちゃんと休みますとも~」
「………………」
 ゲンヤが疑わしそうに半眼ではやてを見つめ、はやては笑顔で返して誤魔化す。
「それはそうとですね。あの…………クイントさんがいた部隊のことなんですけど」
「ああ、クイントから聞いた。まさかメガーヌの娘が向こうの味方をしているとはな。それも、六課のお嬢ちゃんと知り合いとは、人間どう繋がってるか分からないもんだ」
 奇妙な縁だと思い、ゲンヤは意味もなく天井を見上げた。

「つまり、行方不明になっていた母さんの友達の娘とキャロは友達で、その子は今犯罪組織のところにいるって事?」
「あくまで可能性が高いって話よ。その子が例の子だって決まったわけじゃない」
 六課隊舎の休憩所の趣味で四人の少年少女が人目を避けるように隅の方のテーブルに集まっていた。
「写真でも取っていればよかったんですけど、当時はまだデバイスなんて持ってなくて」
 キャロが自販機から買ったジュースを両手に持ってスバルの前に座っている。
 ホテル・アグスタでの戦闘で現れた召喚虫の大群を操っていたのがキャロの知り合いである可能性があり、事情を聞いたところ更に驚くべき事が発覚した。
 名前、そしてこれまた行方の分からなかったメガーヌのデバイスを持っていることからクイントの友人、メガーヌの娘で行方不明だった少女である可能性が非常に高いのだ。
 ティアナも決まったわけではないと言ったが、言った本人もそうではないと言い切れないだけだった。
「あの……キャロの扱いはどうなってしまうんですか?」
 キャロの隣で、エリオをティアナとスバルに問う。スバルは首を傾げたが、ティアナは質問の意味をすぐに理解した。
「大丈夫。キャロがその子と会ったのは管理局に保護される前だし、保護された時の事情聴取にだって隠さずその子の事話してた記録がちゃんとあるから」
 エリオはそれを聞いて安心したように肩の力を軽く抜いた。スバルもティアナの言葉で何の話なのか理解したのか、納得したような顔をした。
 犯罪者と交流があった事でキャロに要らぬ疑いがかかるのではないかと心配であったのだ。
 ――まあ、そこを突いてくる人はいるだろうけど。
 その言葉を飲み込んで、ティアナは上層部と会う機会の多い、自分達の司令に深く同情した。
「それよりスバル。そっちはどうなの?」
「え? 私?」
「あんたというより、クイントさん。ずっと捜してたって聞いてたから、この事について何か言ってた?」
 友人の忘れ形見――かもしれない――の少女が見つかったのは良いものの、それが仇の所にいるとなればその心情は複雑なものだろう。
「う~ん、母さんは何も言ってなかった。今日だっていつも通りだったし」
「そう……」
 少し考えこむようにティアナは視線を彷徨わせる。
 隊長らがキャロからホテルを襲った召喚士について話を聞いていた時、その場にティアナもいた。
 ルーテシアという名が出た時、はやてがクイントを呼んだ。
 ティアナからでも、クイントが珍しく驚いていたのが分かったが、その心境はさすがに窺い知れなかった。そしてもっと驚くべき事に――
「クイントさん、大丈夫でしょうか?」
 キャロの言葉に、ティアナは記憶を掘り起こすのを止めて視線を前に戻す。
「母さんの事だから大丈夫だと思うけど、平気じゃないかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「曖昧ねえ」
「そんな事言われたって、母さんは捜査官時代の事あんまり喋ってくれないから」
「そうなの。まあ、そういう所あるわよね、あの人」
「でも、母さんなら大丈夫だと思う」
「一体どういう根拠で?」
「いや、だって母さんだし」
「………………」
 一瞬の間があり、スバル以外の三人が苦笑を浮かべた。
「そこにスバルの、ってつくとより説得力が増すわね」
「そ、それどういう意味!?」
「キャロの方こそ大丈夫なの?」
「ティアが無視した~」
「うっさいわね。離れなさいってば」
 抱きつこうとしたスバルの顔に手をやって引き離すと、ティアナはキャロに向き直る。
「放浪の途中で会ったって言うその子、友達なんでしょう? もしかすると、戦うことになるかもしれないわ」
 クイントの事を抜きにしても、キャロとルーテシアは友人なのだ。互いに立場が違い、それぞれ敵対している組織にいる。
「はい…………」
 人に言われた事で、その事を再確認したのかキャロの表情が曇った。
 そして――
「はあああああぁぁあああぁぁ……」
 この世の不幸全てを吐き出すように長い長い、そして重い溜息をついた。
 予想とは違うその様子に、他の三人がたじろいだったのだ。



 王のいない玉座がそこにあった。
 聖王の間と呼ばれる広間はスカリエッティの手によって当時の輝きを取り戻していた。豪華で広間はしかし、玉座に座る存在を欠いている。
 玉座に座る王を際立たせ、より一層輝かせる造形がなされた王の間も座る者がいないとただの広い部屋である。
 そんな意味もない広間に三人の男女がいる。
 皆、広間の中心に集まり、目の前に置かれた物を凝視していた。
「それで、わざわざルーテシアを使って、ガリューに怪我までさせて手に入れたこれがどうしたっていうんだ?」
 ホテル・アグスタから帰ってきたトゥーレから詰られ続けて早数日。リアクションするにも飽きてきたスカリエッティはトゥーレの遠回しな嫌味に肩を竦めるだけで返した。
 彼らの前には一着の鎧が置かれている。鎧という、戦場で装着する物にしては派手な装飾が施されており、重りにしかならないような分厚いマントや必要以上に動きを阻害しそうな鎧の造りはとても実用的な物には見えなかった。
 だがそれは当然の事であった。
 この鎧は戦場で戦う為の物でなく、公共の場などに王が着ていく式典用の鎧なのだから。
「トゥーレは聖王が持つ特異能力、聖王の鎧についてどこまで知っていたかな?」
「どこまでって、全身の武器化だろ?」
「そうだね。だけどそれは能力の内容であって、由来ではないね。聖王の鎧は聖王家の生体技術を駆使して作られ、脈々と受け継がれるものだ」
「それで、何が言いたいんだよ?」
「聖王家の直系は今の世にはいないが、その親戚筋に連なる家系ならば多くなくともいる。だが、血は薄いとは言えその彼らが聖王の鎧を片鱗とも見せないのは何故だろう。中には血が強く現れた者もいたはずだ」
「いちいち回りくどいな。俺は学者じゃないんだぞ」
「やれやれ。もう少しのってくれてもいいんじゃないかな? ――答えは簡単だよ。ピースが一つ足りなかったのさ」
 スカリエッティはそう言うと、鎧に手を伸ばして触れる。
「この鎧は王位継承の儀と同時に前王から新しい王へと譲られる。私の調べでは、歴代の聖王達は必ずこれを一度は装着していた記録がある。そこで私はこれが聖王の鎧を発動させる鍵という可能性があるのではと考えた。まあ、あくまで仮説の一つとして考えていたという程度で確たる証拠も何もなかったよ。私の父は不完全ながらも鎧を発動させていたからね。だが…………」
 鎧の前にモニターがいくつか浮かび上がる。そこには鎧を精密検査して出てきた膨大な量のデータが整理されて表示されていた。
「小規模ながら聖王の間同様の認証システムがこの鎧に組み込まれていたよ」
「お前の仮説が正しかったってことか?」
「ああ。まだ集めたデータを検証中だが、こうして鎧も手に入れたことだ。時間は十分にある。あとは聖王の器だけなのだが……」
 スカリエッティが、今まで背後で黙って立っていたウーノに振り返る。
「聖王のクローンを造ろうとしている組織は複数ありますが、その内有力なのが三つ。それぞれ妹達に監視させています」
「道理で静かだと思った」
 トゥーレがホテルでの一件で帰って来た時から数日は散々うるさかった姉妹達の気配が無かった。
「ふふっ、長いこと住んでいる我が家だと言うのに、なんだかいつもより広く感じられないか?」
「さあな」
 トゥーレの簡素な受け答えにスカリエッティは一度苦笑をもらすが、すぐに顔を元の、何を考えているのか分からない微笑を浮かべた顔に戻った。
 どちらも笑みの体を取っているのに、与える印象がこれほど違うのも珍しく、ある意味スカリエッティという人間を現していた。
「公開意見陳述会まで三ヶ月も無いこの時期に鎧が手に入り、聖王の器まで手に入る算段までついている。流れは我々にあるとは思わないか、トゥーレ?」
「………………」
 トゥーレは返事をせず、何か思案するように黙したまま、誰もいない聖王の間にある玉座を見上げた。



 夜の帳が落ち、機動六課隊舎は照明の大半が落ちていた。残業や夜勤の者は当然いるが、周辺に六課関連の施設しかないというのに気を遣うようにして静かだ。
 人工の光に代わり、ガラス張りの壁から入る月光によって青白く染められている食堂もまた静寂に包まれていた。
「………………」
 誰もいない食堂で、クイントが一人椅子に座って佇んでいる。
 隣のテーブルの上には大きめのポットといくつかのコップと大皿があった。大皿の上には三角形のおにぎりが並び、ラップがしてある。
 何を考えているのか、クイントはとっくに空になったコップを手で弄びながらぼんやりとガラス張りの壁から見える月を見上げていた。
「何をやってるんですか?」
 その時、食堂の入り口から声をかけられた。
 クイントが声のした方向に振り向くと、ドアの所に制服姿のティアナが立っていた。
「そう言うティアナこそどうしたの? 夜勤じゃないでしょうに」
「書類の整理をしていたんです。……これは?」
 クイントに近づいたティアナがテーブルの上に乗っている握り飯を見下ろす。
「徹夜組の為の夜食。若いっていいわね。皆限界知らないって感じ。年長者としてオーバーワークで体壊さないか心配だわ」
 ポットからコップにお茶を注ぎ、ティアナに近いテーブルの端に置く。
「とりあえず、一杯飲んでいきなさい」
「まるで若い子にお酒を飲ませようとするおじさんみたいですよ」
「おっさん臭くて悪かったわね」
 ティアナはクイントの向かいに座り、コップを手に取る。
「いただきます」
「おにぎりも食べなさい。塩味強くしてあるから」
「どうも……」
 言われるまま握り飯に手を伸ばして食べる。中身の具に身をほぐした鮭が入っていた。
「………………」
「………………」
 沈黙が二人の間に落ちる。
 クイントは頬杖をついて夜空を見上げたままで、ティアナはそんな彼女を見つめたまま黙々と食事を行う。
 握り飯を食べ終え、最後に茶を一口飲んでコップを置く。
「…………あの」
 そこでようやく、意を決したようにティアナが口を開いた。
「んー?」
 クイントは心ここに有らずといった感じで生返事を行ったが、それでも構わずティアナが喋る。
「例の……召喚士の事なんですけど」
「ええ、メガーヌの娘のルーテシアで間違いないと思う」
「写真もないのにそんな断定して……。名前がたまたま同じだけかもしれないんですよ?」
 キャロからの情報は名前と外見的特徴、そして主に使う魔法とデバイスだけで、姿を確認できる写真や映像などなかった。
「写真なんかあっても赤ん坊の時と違って成長してるだろうし意味ないわ。まあ、勘みたいなものよ」
 とは言いつつ、名前や年齢、そして所持していたデバイスからして他人と思う方が信憑性がない。
「でも、だとすると彼女は部隊の仇のところにいる事になるんですよ」
「そうなっちゃうわねぇ」
「そんな暢気な……」
「別に暢気なつもりはないんだけど。引きずり過ぎちゃったのかも」
 少し悩むようにクイントはコップの縁を指先でなぞる。
「短くない年数が経ってるから。それこそあれだけ小さかった貴女達が局員になって立派に働くぐらいに。だからって皆の事を忘れたわけじゃないのよ。ただ、私には残ってるものがあったからね」
「………………」
 クイントには家族がいる。当時、まだ幼かったギンガとスバルがいた。母親として二人を放っておける訳がなかった。それは、保護者登録で色々と彼女の世話になったティアナも分かっている事だ。
「それに、一つ引っかかってる事があるのよねえ」
「ルーテシアと一緒にいた男の事ですか?」
「ええ」
 キャロの話によれば、出会う前から既にルーテシアには同行者がいた。
 人型の召喚虫と珍しい融合騎だ。何とも目立つ旅の道連れだが、もう一人が一緒にいた。
 薄汚れたコートを着た大柄な男だ。彼はまるでルーテシアの保護者のように少女を見守っていたと言う。
 彼の方から距離を置かれていたので、キャロ自身ろくに話した事など無いが、ルーテシアからゼストという名は聞いていた。
 名前、外見の特徴、そして何より子供から距離を取る不器用そうな態度から、その男はクイントが過去にいた部隊の隊長であったゼストに間違いないとクイントは確信に近いものを感じていた。
 しかし彼は――
「でも、死んだはずじゃ……」
「そうなのよねえ」
 戦闘機人事件の時に一度死んだ筈だった。
 それに、仮に生きていたとしてもどうしてこちらに連絡を取ってくれないのか。そして何故機械兵器を操るスカリエッティに協力しているのだろうか。
 ルーテシアが人質に取られている? それにしては彼女は自由に行動している。ならば他に理由があるのかもしれない。
 ――管理局はもう信用していないって事かしら。
 それについて少なからず心当たりがあるせいで、クイントは苦い顔をする。同時に、ゼストの事だから六課やクイントさえも知らない何かを掴んでいる可能性だってある。
「それよりもティアナの方こそ大丈夫なの?」
 クイントは明確な答えの出ない思考を中止し、話題を変えた。
「私、ですか?」
「そうよ。もし、お兄さんの仇が目の前に現れたら貴女は冷静でいられる?」
「それは……」
 大丈夫、という言葉がすぐには出なかった。
 機動六課は表向きとは別にスカリエッティ対策の部隊だ。このまま行くと、兄の仇に出会うかもしれない。
 手掛かりの掴めないティアナの仇。しかし、今の所一番可能性があるのはスカリエッティのところだ。
 もし仇が現れたら、自分は取り乱さずにいられるかと問われてしまうと即答できない。
「まあ、そんなの実際に会わないと分かんないわよね、そんなの」
「いえ私は局員です。だから、冷静でいられます」
「そう。そうだと、いいわね」
「………………」
「ほんと、ままならないわね」
 月光の下、それから二人の間にはコップの縁を撫でる音だけが聞こえた。





「ふぅ……」
 機動六課隊舎のオフィスで報告書を作成していたフェイト・T・ハラオウンは細かい文字を浮かべるモニターから目を離して、目頭を揉んだ。
 今現在で分かっている先のホテルでの事件、その調査結果をまとめていた。
 正式に本部に提出する書類ではなく、今まで集めた証拠や情報を整理しやすくまとめているだけで、むしろ自分の頭の中を整理する為の作業に近い。
 途中でコンソールを叩いていた指を止めて、椅子の背もたれにもたれかかって伸びをする。
 両手を上に伸ばし、背筋を弓なりにする。
「…………っ」
 突然、フェイトは天井に向けて伸ばしていた腕を素早く下に降ろし、両脇の下から現れたそれを掴んだ。
「…………はやて」
「あ、あははー。フェイトちゃん、ガードかたーい」
 呆れたフェイトの声に、すぐ後ろからはやての声が返ってきた。
 はやての両腕は椅子越しからフェイトの脇の下を潜って、前に回った手でフェイトの胸部を掴もうとしていた。だが、はやての試みは失敗に終わり、手首をがっちりとフェイトに掴まれている。
「このワキワキ動く手はなにかな?」
「い、いやぁ、疲れてるようだからほぐしてあげようかなぁって……」
「ありがとう。でも、その必要はないよ」
「そっかー。なら、手を離してほしいなー、なんて」
「はやてが力入れるの止めてくれたら離すよ」
 諦め切れないはやての手と、それを阻むフェイトの手による綱引きが行われていた。
「……電気流していい?」
「それは勘弁してください」
 はやてがようやく力を弱めたのを見て、フェイトも手を離す。
「ただいま、フェイトちゃん」
 そして、手を引っ込めたはやては何事も無かったように挨拶する。
「お帰り。一緒に行ったシグナムは?」
「シグナムはシャッハと軽く手合わせてから帰るって」
「そうなんだ。聖王教会での話は?」
「怒ってたわー。最後の方でこう、にっこり、って感じやった。笑みっていうのは本来攻撃的なものだって、本当やね」
 フェイトの後ろから横に移動し、机に腰掛けるはやて。彼女は先ほどまで聖王教会でカリムと面談していたのだった。
 会話の内容は、ちょうどフェイトがまとめていたホテルでの事件の事だ。調査の結果、地下駐車場で起こった爆発によって破壊されたトレーラーの中には非合法な取引によって売られる予定だった骨董品が数点入っていた事が分かった。
 大半は爆発によって破壊されてしまったが、捕らえた密売組織の構成員から聴取した結果、その骨董品には聖王縁の鎧まであったとの事だ。
 鎧の詳細は不明だが、それらしい破片が見つからなかった事から先に盗み出された可能性が高い。
 以上の事をはやてはカリムに話しに行ったのだが、彼女の背後にシスターのような聖職者が纏ってはいけない負のオーラを見たのは気のせいではないはずだ。
「取引相手と、盗んだ犯人について進展あった?」
「………………」
 はやての問いに、フェイトは頭を横に振った。予測していたのか、そっか、という言葉だけをはやては返した。
 鎧を密売しようとしたグループは捕らえたが、取引相手までは詳細が不明だった。盗み出した犯人の情報も無いに等しく、取引相手と同一人物なのかさえも分からない。
「監視カメラの映像が残ってれば良かったんやけど」
 それもこれも、ホテルの警備システムが機能していなかったからだ。
 何者かによって内部から細工された痕跡があり、詳しく調べようにも警備室が爆発してしまっている。事件前にはやてが回してもらった監視カメラの映像も当てにならないだろう。
 結局、犯人について分かった事は無かった。
「やっぱり、爆破は証拠隠滅かな。鑑識も、ただの爆発にしては火災の範囲が広いって言ってたから」
「そうやねえ。しかも、更に色々と謎が出てきたし……」
 はやては難しい顔をして、頭を掻いた。
「はやて、少し休憩したら? 目の下に隈ができてる。思い詰めても何も浮かばないかもしれない」
「あー、やっぱり分かる? 一応、化粧で誤魔化してるんやけど、カリムにも同じような事言われたわ。思い詰めすぎだって」
 補助杖を手に、寄りかかっていた机の縁から体を離す。
「ちょっとお茶でも飲んでゆっくりするかな。そういえば、ティアナ達は楽しんでるかな」
「だといいね。久しぶりの休暇なんだし」

「はぁ…………」
 人が賑わう町中で、ティアナは溜息をついた。
「どうしたの? ティア」
 隣にいたスバルが振り返って彼女の横顔を見つめた。その手にはコーンの上に三段に積み重なったアイスがある。
「いや、どうして休暇まであんたと一緒なのかなあ、と思って」
「ひどっ!?」
 ティアナとスバルは機動六課入隊後初めての休暇を満喫して――いるかは不明だが――いた。
「何で私はまたスバルと一緒に行動してるのかしら……」
 子供の時からの付き合いだが、今思い返してみると、管理局に入ってからただでさえ少ない休暇はスバルと一緒にいる記憶しかなかった。
「あっ、ねえねえ、ティア。あの服可愛い!」
「聞いてないし」
 店先に外界とガラスを挟んで飾られている服の見本を指さしてはしゃぐスバルに、ティアナは額を押さえる。
「なんていうか、興奮しまくりね」
「だって久々の休暇だよ。楽しまないと!」
「まあ、そうなんだけどね」
 元々陸士隊の災害担当という地上部隊の中でも忙しい部署に所属していた二人だ。滅多にない休暇にも慣れている。
「キャロとエリオも楽しんでるかな?」
「そうなんじゃないの」
 キャロとエリオもまた休暇で同じ街にいるが、わざわざ探す気もない。年の差があるし、何よりわざわざ休暇でも一緒に行動する必要などない。
 二人は二人で、休暇を楽しんでいる筈だ。
「まだ時間あるわね」
 ティアナはデバイスの時計機能で時刻を見る。見る予定の映画が始まるまでまだ時間があった。
 スバルから無理矢理連れ出されたようなものだが、付き合いも長いので慣れている。口では文句を言っても、ティアナはこのまま休暇を楽しむ気だ。
「じゃあさ、ちょっとあっちの店行ってみようよ」
「ちょっと、引っ張らないでよ!」
 それから映画の上映時間まで、ティアナはスバルに手を引っ張られ、連れ回された。



 実働部隊の面々が思い思いに休暇を過ごしている頃、廃棄都市のあるビルの屋上には二つの人影があった。
 昔はさぞ立派な高層ビルであったであろう建造物は見る影もなく、そんな所にいる人間と言えばパトロールの局員か、或いは邪な思惑を持つ者ぐらいだ。
「…………暇だ。暇だ暇だ暇だーっ」
「セインちゃん、うるさい」
「というか、邪魔」
 青いボディスーツの上に外套を羽織った三人の少女が焼け焦げた跡を残すビルの上にいた。
「だって暇なんだもん。バグ置いたら、もうやる事ないし。帰っていい?」
 床の上を転がったセインが不満を漏らす。
「ダメよ~。何かあったらすぐに動けるようにしないと」
 いくつかのモニターを宙に浮かべているクアットロが転がってきたセインを足の踵で止めて軽く押し出す。
「あ~れ~、あいたっ……」
 逆方向に転がったセインを今度は床に座っていたディエチが足を乗せる事で止めた。
「じっとしてなよ」
「あ~う~」
「そんなに暇とか言うなら、本でも持ってくればよかったのに」
「そう言うディエチちゃんはちゃんと監視してるぅ?」
「してるよ」
 言って、横に視線をやる。その先には、廃棄都市の隣にある通常の都市があった。
 三人の戦闘機人はある犯罪組織の監視を行っていた。他にも、三人一組となってナンバーズ達がそれぞれ犯罪組織の監視を行っている。
 クアットロ達の監視対象は通常の都市に近い場所の地下にアジトを作り、そこで違法な研究を行っていた。大胆だと言えるし図々しいとも言えるが、逆にそれがパトロールを行っている局員の目から逃れられている要因の一つであった。
「――あれ?」
 街の方角を見ていたディエチが怪訝そうに目を細め、屋上の淵へと四つん這いで這い進む。
「何かあったの~?」
 ディエチの様子に気付いて、クアットロが振り向く。
 狙撃型であるディエチはナンバーズの中で最も高い視力、廃棄都市から通常の街を歩いている市民の顔まで見れる望遠能力がある。
「…………」
 淵に掴み、遠くの街を見やるディエチが振り向くことなく口を開く。
「街にトゥーレがいる」
「トゥーレちゃん? いいわねぇ、遊び歩いて」
 わざとらしい溜息をついて、クアットロは肩を竦める。
「…………女の人と一緒にいる」
「えっ!? マジで! どこどこ!?」
 転がっていたセインが素早く跳ね起きてディエチの傍に駆け寄る。クアットロは伊達眼鏡の縁を指で押し上げ、別の手でコンソールを操作して他の姉妹達に連絡する。
「ディエチ、情報共有、早くこっちにも映像回してよ!」
「待ってってば。今送るから……」
「ディエチちゃん、こっちにもね」
 ナンバーズの機能を無駄に利用し、クアットロ経由で監視任務中の姉妹にディエチが視ているものが共有される。
 退屈な任務に、暇を持て余していたナンバーズ達が打って変わって大騒ぎし始める。
 彼女達が自分達の足下、地下深くである事態が起きた事に気付くのはもう少し後の事だった。





 ~後書き~

 アニメ原作の半分行ったかな? とか思っていたらまだまだだった。アニメを見直していると、大分記憶から内容が抜け落ちている事に気付きました。



[21709] 六十一話 廃棄都市での邂逅
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/08/02 05:39

 人で賑わう街の中で、ある一組の男女がいる。
「すいませんトゥーレさん。荷物まで持ってもらって」
「別にいいって。さすがに、知り合いが両手に荷物抱えているのを見つけてたら見過ごすわけにいかないからな」
 トゥーレとギンガが互いに私服姿で歩いていた。
 ギンガは小さなバッグを肩から下げ、トゥーレはファッションショップの物と思われる紙袋をいくつか手に提げていた。
 袋に印刷されている店のロゴを見れば、男には縁のない女性向きのブランドだと分かる。
 ギンガは今日休暇で、街に日用品などを買い出しに来ていた。長いこと休みを取っていなかったので、多くの消耗品を買い足す必要があった為に買い物は大量となった。そこを、偶然にもトゥーレに目撃されたのだ。
 トゥーレは、隣にある廃棄都市の隠れ家の点検を終えて、暇を潰しに当てもなく街を歩いていたところだった。
 管理外世界からミッドチルダに戻ってきていたルーテシアとゼスト、アギトは首都から離れた場所で過ごしていたが、そろそろスカリエッティの計画が近い。
 転送魔法の使えるルーテシアはスカリエッティのアジトで寝泊まりすればいいが、ゼストはアジトに近づこうとさえしないだろう。だから、トゥーレがミッドチルダの首都圏にすぐ移動できる隠れ家をゼストの為に用意した。それらを終えたところに、荷物を大量に抱えたギンガを発見したのだ。
「しっかし、またたくさん買ったな」
「え、ええ……ちょっと買い過ぎちゃいました。重いですよね? やっぱり、私が自分で持ちます」
「いや、いいって。力仕事は男に任せておけよ」
 袋に手を伸ばしたきたギンガの手を避けるように彼女の前を歩く。
 ギンガは困ったような、それでも僅かに嬉しそうにその背を追う。
 二人の行く先には階段を降って行く事のできる広場があり、二人は階段中央にある手摺に沿って階段を降りていく。
「――きゃっ!?」
 その時、トゥーレの後ろを連いていっていたギンガが小さな悲鳴を上げ、後ろに倒れる。
 咄嗟に横の手摺を掴んで体を支えるが、階段の段差に尻餅をついてしまう。
「いたた……」
「おいおい、大丈夫かよ」
 前を歩いていたトゥーレが後ろを振り向いて、離していた距離分戻ってくる。
「立てるか?」
「大丈夫です。ちょっと転びそうになっただけで……」
 尻餅をついたギンガに、トゥーレが手を伸ばす。
 太陽の逆光によって、ギンガから見えるトゥーレの姿が影で暗くなる。
「――え?」
 一瞬、既知感のようなものを感じた。
 忌まわしい記憶の中、黒い煙と真っ赤な炎に包まれた場所で、影で見えなかった同じ背丈の――
「ギンガ?」
「――え? あっ!? あ、ありがとうございます」
 頭の中に浮かんだ光景を慌てて振り払い、ギンガはトゥーレの手を取って立ち上がる。
「ヒールの部分、折れてるな」
 トゥーレがギンガの足下を見てみれば、彼女が履いていた靴の踵部分が接続部の根本から折れていた。
「随分前に買った物ですから、もう限界だったみたいですね」
 手摺に寄りかかって、ギンガも自分の足下を見た。
「そういや、靴買ってたよな。それに履き代えるか」
 紙袋の一つを見てトゥーレが言うと、ギンガはそうですねと頷き、どこか落ち着いて座れる場所を探すために周囲へと首を巡らす。
「ほら、足出せよ」
「え? ええっ、ト、トゥーレさん!?」
 だが、それよりも早くトゥーレがギンガの前にしゃがみ込んで、袋の中から訓練用の為に買ったスポーツシューズの入った箱を取り出していた。
「そのままじゃどっちにしろ歩けないだろ」
「で、でもぉ……」
「なんだよその声。とにかく早くしろよ。目立つだろ」
 既にトゥーレは箱からシューズを取り出している。
 もはや有無を言わせない感じだった為、ギンガは仕方なく手摺に寄りかかった状態で足を前に差し出した。

 なんとも言えない雰囲気を作り出したトゥーレとギンガ。その二人の様子を遠くから眺める三人の少女の姿があった。
「なあに、あのバカップル。恥ずかしいわね~」
「でも、相変わらずの仏頂面だよね。愛想笑いの一つもない」
「そういうの、カッコ悪いとか思ってるんだよ」
 クアットロ、セイン、ディエチの三人は一つのモニターを前に並んで座っている。セインにいたってはどこから手に入れたのかポップコーンまで持っている。
 彼女ら菓子を回し食いしながら、ディエチの望遠機能で捉えた二人の様子を鑑賞している。
 通信から別の場所にいる筈の少女達の声が聞こえた。
 映像はこの場にいる三人だけでなく、他の場所で監視任務にあたっている姉妹達にも送られている。
『つうか、恥ずかしくないのかよ。相手、顔赤いぞ』
『ロングスカートでよかったっスね。あっ!? 履かせてあげてるっス!』
「うっわ。私らが転んでも手一つ貸してくれないのに。差別だ差別だーっ!」
「え?」
『え?』
「…………えっ!?」
『あら? 二人とも、方向を変えましたね。あっ、パフェの露店に行きましたよ』
「あの、さっきの件について聞きたいんだけど?」
「口の動きから、お礼にパフェを奢るって話になったみたい」
「あの、ティエチ、無視しないでくれる?」
『……お腹すいた』
『そうですね。任務が終わったら食べに行きましょう。セッテもどうですか?』
『遠慮し――』
『ルーテシアお嬢様も帰ってくることですし、いっそみんなで行きましょう』
『さんせー』
「チンク姉ぇ、みんながお姉ちゃんを無視するぅ」
『頑張れセイン。挽回する機会はある筈だ』
「それって今の評価は底辺ってことじゃ……」
『あっ! トゥーレ、食べさせてもらってるっス!』
『まあ、荷物で両手塞がってるからな』
『これ、もう完全にデートですね』
『イチゴパフェ、おいしそう』
「あらあら~。これ、ルーテシアお嬢様が見たら大変ね~」
「録画しながら言う事かな」
 と、ディエチが呆れていると、新たにリンクしてくる反応があった。直後――
『呼んだ?』
 通信用モニターにルーテシアが表示された。
「――ッ!?」
 誰もが息を飲み、軽い混乱が起こった。
『お姉様方にパス!』
『おいこらディード、このやろ! ウ、ウェンディ、何とかしろ!』
『そ、そんな事言われても!? チ、チンク姉、パスっス!』
『クアットロに任せた。番号の若い順ということで』
「ええっ!? そ、そんなぁ~。ディエチちゃん、セインちゃん!」
 助けを求めるようにクアットロは姉妹に振り向く。
「私はほら、カメラとして二人のこと視てないといけないからパスで」
 だが、ディエチからは見放されて、セインにいたってはいつの間にか姿を消していた。おそらく、ディープダイバーで身を隠したと思われる。
『――で、呼んだ?』
 無表情で感情の読めない平坦な声。
 幼い少女はいつも通りの態度だというのに、地獄の底から聞こえてきたと錯覚しそうになるのは何故だろうか。
『トゥーレがどうのこうの、聞こえたんだけど?』
「え、えっと~……」
 いつからいたのかとか、どこから聞いていたのだとか疑問はあったが、下手な事を聞くと藪蛇になる可能性が高い。
「そ、そういえば合流はまだ先だった筈ですけど、いきなりどうしたんですかルーテシアお嬢様~」
 若干ビビりながら、この場を誤魔化す為に話題を転換させる。
 予定ではアジトで合流の予定になっていた。ここにルーテシアがいるなど予想外だ。
『時間があったからちょっと散歩に。そうしたら、オモチャの反応が通るのを見つけた』
「オモチャ?」
 自分達の間でオモチャで通じる物は一つしかない。それを頭に浮かべると同時、レーダーが数機のガジェットドローンの反応を捉えた。
「あらら~、本当ですね~。レリックの反応に釣られちゃったみたいですねえ」
 監視対象の犯罪組織には聖王のクローン体以外にもレリックを所持していた。聖王のクローン体確保の為にも見逃していたのだが、それが裏目になったようだ。
 自動巡回に設定して野放しになっているガジェットドローンは愚直なまでにレリック反応へと直進する。
「ここに近づかないよう命令しておけばよかったね」
「そうねえ……」
 レリック捜索として大量のガジェットドローンを野に放っているが、スカリエッティの計画が本格的に進み始めているこの時期においては管理局への嫌がらせ以上の意味がなくなってきている。
 壊されようと痛くもかゆくもないため放し飼いにしていれば、こんなミスだ。
「早く撤退させれば?」
「ん~……」
 しかし、ディエチの言葉にクアットロは少し考え込む。
「いえ、このまま様子を見ましょう」
『本気か? 下手をすれば聖王の複製体に被害が及ぶかもしれないぞ』
 チンクのもっともな言葉に、クアットロは余裕な態度でもって答える。
「どの複製体も最終調整段階で、素体としては完成してますから~。問題は、聖王の鍵として機能できるかどうか」
 ナンバーズがそれぞれ三組に別れて監視している犯罪組織、非合法な研究機関が造りだした聖王のクローンは一応の完成を見ている。ただ、聖王としての完成度は不明であった。
『試す気か?』
 見た目は最後の聖王と瓜二つでも、中身が伴っていないと意味はない。
「ドクターが求めているものなら、たかが鉄屑程度でどうにかできるはずがありませんから~」
『……わかった。いつでも出れるようにしておく」
「お願いします~」
 チンクとの通信が切れ、続いてノーヴェとウェンディを映したモニターが消える。
『それでは、私達も』
 画面の中でディードが軽く頭を下げ、セッテとオットーのモニターと共に消えた。
「そういうわけなんで、ルーテシアお嬢――」
 クアットロがルーテシアのモニターに視線を移すと、既に通信が切れていた。
「あらら、いつの間に。先にレリックの確保に行っちゃったみたいね~。…………セインちゃん? セインちゃ~ん。一人で逃げたセインちゃ~ん」
『いちいち嫌味っぽいなぁ。それでなに? 複製体の監視でもしてればいいの?』
 音声だけだが、姿を消していたセインの反応が返ってくる。
「そうよ。ただ、何があっても手出ししないで見守っていること」
『はいはい。ちぇー、デバガメはもう終わりかぁ』
「仕方ないよ。というか、もう十分だと思うけど」
 不満そうなセインを諫めながら、ディエチはトゥーレにいる方角から目を離し、脇に置いた自分の武装を掴む。
「移動しよっか。管理局も動くだろうし、もっと隠れやすいとこに行かないと」
「そうしましょうか~。IS、シルバーカーテン」
 直後二人の姿が消え、廃棄都市のビルは元の無人となった。

「あっ、すいません。ちょっと電話に……」
 ヒールの踵が折れてから十分後、広場のベンチに座り休んでいたギンガは隣に座るトゥーレにことわってから、デバイスへの通信を受け取る。
 通信は陸士部隊の上官、ラッド・カルタスからだった。休暇中の隊員に部隊からの通信ということは、それは緊急性の高い証拠だ。
 上半身だけ動かし、トゥーレから背を向けてモニターを開くとやはり上官であるラッドの姿が映った。
『休暇中にすまん。応援に来てくれ。ガジェットドローンだ』
 繋がった途端、いきなり話を端折って応援を要請された。
「何があったんですか?」
『廃棄都市で活動している犯罪組織については知っているな? 捜査官がその捜査中、ガジェットドローンが襲撃してきた。襲われているのは犯罪組織の方だが、捜査官にまで被害が及ぶ可能性がある。彼らの能力では対AMF戦に対応できない。単独でAMF下で戦闘できる君の力が必要だ』
「わかりました、すぐに向かいます。座標データを送って下さい」
 言うやいなや、すぐに部隊の捜査官やガジェットドローンが展開している地点などが送られてくる。
『このまま荒らされてはせっかくの皆の調査が無駄になる。急いでくれ』
「了解」
 座標データの受信を完了し通信を終えると、ギンガはトゥーレに振り返る。
「あの、すいません、トゥーレさん」
「仕事か?」
 会話が聞こえていたのか、それともギンガの緊張した面持ちを見て察したのかトゥーレは言い当てた。
「俺の事はいいから、行ってこいよ。荷物は後で送っておくから」
「はい、ありがとうございます!」
 ベンチから立ち上がり、ギンガはトゥーレに向かって一度頭を深々と下げ、急いで広場から離れていく。
「………………」
 トゥーレはその後ろ姿を黙って見送ったまま、何か考え込むように視線を廃棄都市のある方向へと向けた。



 大災害を免れ通常機能している都市と廃棄都市の間には無人の都市がある。
 廃棄都市周辺の建造物は災害の被害を免れたものの、廃棄都市から目を逸らすように次第と人が離れていき、無人となるのはそう時間がかからなかった。
 人気がどころか生き物の気配は露一つ無く、使われなくなった建物は自然と寂れてその都市は静寂に包まれている。
 そんな中、誰も通らなくなって久しい車道を走る影があった。車ではなく、人だ。
 バリアジャケットを身に纏った彼女はローラーブレード型のデバイスで道路を猛スピードでひたすら走り続け、そのまま廃棄都市へ入る。
「あれね……」
 視線の先には地下施設に繋がる入り口があった。
 廃棄都市に潜む犯罪組織は何も堂々と廃ビルなどの地上の建物を使用している訳ではなく、地下のインフラ設備跡を使っている。
 ギンガは一旦急停止して両開きの重い扉を開けると、地下へ続く階段の上にウイングロードをはしらせ、一気に滑り降りた。
 段差を全て越えて平坦な床に着地すると先を急ぐ。
 108陸士部隊陸士達の現在位置はガジェットドローンと交戦しているためか、正確な位置は解らなかった。
 だが事前に送られてきたマップと最後に確認できたマーカーの位置を参照すれば予測する事は可能だ。
 捜査官達は機械兵器との遭遇後、応戦しながら退避するために出口に向かっていた筈だ。
「っ! 戦闘音!」
 現に、そう時間が経たない内に魔力爆発と思われる音が反響して聞こえてきた。
 ギンガはその聞こえてきた方向へ向かって全力疾走すると、同僚達の姿を肉眼で確認できる位置にまで辿り着く。
 陸士達の前には数機のガジェットドローンⅠ型が浮かんでおり、彼らが射撃魔法を浴びせている。
 だが、AMFを展開する機械兵器の前では無効化されてしまっている。
 ガジェットドローンらが射撃魔法をものともせず、距離を詰め始める。
 それを見たギンガは更に加速して、床を蹴った。
 身構え防御の姿勢を取った捜査官達の頭上を跳び越え、機械兵器の頭上へと落下する。
「ハアアァッ!」
 左手のリボルバーナックルからカートリッジが一発ロードされてギンガの魔力が高まった。
 高い構成力を持ったギンガの魔法はAMFの効果範囲内に入ってもその魔力は衰える事がなく、彼女はそのまま先頭にいたガジェットドローンに手刀を叩きつける。
 上から下まで、カプセル状のボディが真っ二つになった。
 着地し、二つに割れた機械兵器の間を走り抜けて後続の敵に迫る。
 割れて爆発する機械兵器の爆風を利用し、ほぼ一瞬で距離を詰めたギンガは勢いを殺さず流れるような動きで反撃の間を与えず、瞬く間に続く機械兵器を破壊していく。
「フゥー……」
 ギンガが息を吐いた頃には、陸士達を襲っていたガジェットドローンはただの鉄塊となって転がっていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
 残骸を飛び越え、陸士達のところに戻る。
 疲労しているようだが、陸士達は全員無事のようであった。
「二手に別れてこっちが機械兵器を引きつけていたんだが、この有様だ。助かったよ」
「いえ……もう一組の状況は分かりますか?」
「逃亡した構成員を追っていた筈だが、今連絡を――いや、ちょうど向こうからきた」
 代表格の隊員が通信用モニターを開いて別行動を取っていたグループと通信を行い始める。AMFを発するガジェットドローンが破壊された今、なんの問題もなくデバイスによる通信を行えた。
「――わかった。こちらもすぐに合流する」
 通信を終えて隊員がギンガに振り向く。
「逃亡した構成員達を捕まえたようだ。ただ、少し妙なんだ」
「妙、ですか?」
「ああ。説明は走りながらだ。とにかく、現場に急ごう」

 ガジェットドローンに襲われた犯罪組織の構成員と研究者達は施設から脱出し、車で逃亡を計った事をギンガは走りながら隊員の一人から聞いた。
 廃棄都市の地下路があり、地上と比べれば被害が小さく一部は災害を免れた通常の都市の地下路に続いている。
 構成員達はそこにあらかじめ用意していた偽装トラックを使って逃げだしたのだった。
 陸士部隊は二手に別れ、一方がガジェットドローンを引きつけている間にもう一方がそれを追っていた。
 そして今、犯罪組織のトラックを確保出来たらしいのだが――
「これは……」
 現場に到着したギンガ達が目にしたのは、道路脇に横転したトラックの残骸であった。
 荷台部分は完全に破壊され、載っていたと思われる偽装用として用意されたと思われる荷物が散乱している。
 その周囲では、先に到着していた別グループの陸士達が既に現場検証を行っていた。
「着たか」
 一人がギンガ達に気づき、近づいてくる。
「何があったんですか?」
「こっちも知りたいぐらいだ。最初は先回りしていたドローンにやられたと思ったんだが……」
 陸士の視線を追えば、機械兵器の残骸がいくつか転がっていた。
 犯罪組織のグループがそれをやったのかとギンガ一瞬思ったが、更に視線を周囲に巡らせれば、隅の方で組織の構成員と思われる者が数人、陸士の治療を受けていた。
「俺達が到着した時にはこんな有様だ。何があったか聞こうにも、目撃者であるあいつらは全員重傷。命に別状はないが、話なんかろくに聞けない状態だ。ただ、気になる物を見つけた」
 ついてこい、と言わんばかりに陸士が背を向けて消火されたトラックの方に歩いていく。
 それについていったギンガは、説明される前にソレを見つけた。
「これは、生体ポット?」
 トラックの傍に、蓋部分のガラスの割れたポットがあった。
「ああ。しかも、中から無理やり開けられたらしく、内側から破壊されている」



 ギンガが生体ポットを見つけた頃、廃棄都市の一角で青いボディスーツを着た少女が二人、一つの映像を見ていた。
 中空に浮かぶモニターから流れるそれはクアットロが、犯罪グループの偽装トラックへ先回りさせたガジェットドローンが記録した映像だった。
「……見た?」
「今見てるよ」
「これはアタリを引いちゃった可能性大ねぇ~」
 内から爆発したようにトラックの荷台が破壊され、次々と魔力爆発が起きる様がモニターに流れる。
 爆煙で様子が分からなくなる中、時折魔力光が煌めく。
 その色は眩しいほどの虹色で、それから放たれる魔力によって晴れた煙の中から一瞬見えるのは金の髪だった。
「それで、どうするの?」
 ガジェットドローンが破壊されたところで録画も終了しており、破壊された際に生じたノイズで映像を止めたディエチがクアットロを振り返る。
「ウーノ姉様にお伺いをたてるわ。どのみち、やる事は決まってるけどね~」
 言って、クアットロは鍵盤型のコンソールを叩いて通信モニターとガジェットドローン遠隔操作パネルを同時に開いた。
「器用……」
 ウーノと会話しながらガジェットドローンへの命令を入力するクアットロを、ディエチは感心したような呆れたような微妙な表情を浮かべて見る。
 その時、地面に水色に光るテンプレートが現れて、中からセインが這い出てきた。
「あれ? 追跡してたんじゃなかったの?」
 セインはガジェットドローンが破壊されてすぐに、例の複製体を追跡していた筈だった。
「いや、それがさぁ。見つけたと思ったら、おっかないのがいて、気付かれる前に逃げてきた」
「おっかないの?」
「セインちゃん、それってもしかして機動六課?」
 簡単なやり取りだけで終わったようで、通信を終えたクアットロが振り返る。
「そうそう、それ」
「もしかして名前忘れてた?」
「お馬鹿ね~。それで、結局どこにいたの~?」
「私が馬鹿として話をそのまま進めようとしてない!?」
「いいから教えなよ」
「うぅ、私のお姉ちゃんとしての地位が……。複製体はここで六課のチビッコ達に保護されてた。それから、二つ持ってたレリックの内一つどこかで落としたみたい」
 マップを表示させて最後に見つけた場所を指さした。
「廃棄都市の外の市街地だね。六課に保護された上にこれだと複製体の確保は難しいよ」
「レリックもどうすんの?」
「あ~っ、もう。いっぺんに言わないでよ~」
 クアットロはマップを拡大させて廃棄都市全体の地図を表示させると少し考えこみ、指でマーカーを印していく。
「とりあえず、戦力分散と攪乱用にⅡ型をこっちに向かわせましょう。Ⅰ型とⅢ型は足止め。複製体はヘリで輸送してるところを狙いましょうか~」
「レリックは?」
「ルーテシアお嬢様が何とかしてくれるわよ~」
 クアットロの言葉にセインとディエチは顔を見合わせ、ヒソヒソと小さな声で喋りはじめた。
「さりげなく一番面倒な任務押しつけた。六課だってレリック狙ってるの分かってるくせに」
「さすがメガ姉。伊達だけど、伊達にメガネキャラじゃないよね。きっちくー」
「そこ、うるさいわよ~。まあ、たしかにルーテシアお嬢様に任せっぱなしなのもまずいわね~」
 言って、新たに二つの通信モニターを表示させる。
「こちらクアットロです~。それぞれどうなったか報告お願いね~」
 クアットロが通信繋げたのは他の研究施設を監視していた姉妹達だ。別組織とは言え、ガジェットドローンの襲撃を受けたと知れば動くだろうと踏み、そのドサクサに紛れてそれぞれの複製体を確認していたのだが――
『ハズレっスねえ』
『右に同じ』
 通信に出たのはウェンディとオットーだ。
「じゃあ、どちらかこっちに応援に来てもらおうかしら。そうね~、オットーちゃんの組に来てもらうわ。ウェンディちゃん達は待機で」
『了解』
『うぇ~、待機っスか。まあ、そっちの方が距離が近いし、距離飛行持ちが三人いるから仕方ないっスね』
 ウェンディのグループはチンクとノーヴェだ。限定的な空戦はできるが陸戦タイプなので長距離の移動は遅くなってしまう。
 対して、後期組の三人がグループになったオットーの所は三人とも飛行能力を持っていた。
「よろしくね~。それじゃあ、私達も移動しましょうか~」
 通信を切り、クアットロがセインとディエチに振り向いた。
「私、市街地から戻ってきたばっかりなんだけど?」
「移動した後に休めばいいでしょ。ところでさ」
 場所を移す準備をしながら、ディエチがクアットロに振り向く。
「トゥーレはどうするの? また勝手に巻き込んだら拗ねると思うよ」
「言葉通り拗ねてくれるなら、あの顔だし可愛いとは思うけど。それについてはウーノ姉様から説明して自重させるそうだから放っておきましょう」
「えぇ~? トゥーレ最近一人だけ任務してないじゃんか。危ないのは全部私達に回ってくるし」
「セインは楽したいだけでしょ」
「トゥーレちゃんがいたら楽なのは確かよね~。でも、ドクターがサプライズとしてとっておくって言ってたのよ。実際、トゥーレちゃんが出ると一気に警戒レベル上がるだろうし、お祭りまではじっとしていてほしいわね~」
「サプライズだって。何となく面白そうだからなのか、意地の悪い事企んでるかのどっちだろ?」
「両方じゃない? またはノリ、或いは何も考えてない」
「全部ありそうね~」





~後書き~

 大分遅れてしまい申し訳ありません。
 原作でだいたい十話くらい。こんなに話長かったっけ?



[21709] 六十二話 廃棄都市戦Ⅰ
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/10/11 17:42
 爆音と共に、地下水路の狭い通路が一瞬赤い光に包まれる。
「ハァッ!」
 並んで浮遊する三体のガジェットドローンⅠ型がギンガの左の拳によってまとめて吹っ飛んだ。
 一体目はくの字に青いボディが折れ、後ろに続いていた二機以降もフレームを歪ませて狭い通路の壁にそれぞれぶつかる。
 行動不能となった一体目を飛び越えて、二体目に跳び蹴りを与える。ローラーブレードのタイヤが回転して機械兵器のボディを大きく抉った。
 その結果を最後まで見届けず、ギンガは着地すると同時に体を回転させ、その勢いの乗せて続く三体目を左手の手刀で横に寸断した。
 沈黙する三機を背に、ギンガは足を止めることなくそのまま通路の先を行く。すると奥から巨大な球体が転がってきた。
 ガジェットドローンⅢ型だ。
 通路の八割近くを占領するそれは回転を止め、青いボディから二本のアームを伸ばし始める。
 ギンガは巨大な機械兵器を相手に、立ち止まるどころか逆に加速して突進する。
 走りながら弓を引くようにして右手を前に、左手を後ろに構える。
 左手に装着されたリボルバーナックルのギアが唸りを上げて回転し始めた。
「――アアァァァッ」
 そして、機械兵器の懐に入ると同時に気合の声を発して貫手を放つ。
 槍のように放たれた左の貫手は機械兵器のボデイを容易く貫いた。
 続けざま、機械兵器の内部に入った左手の五指を開いて部品の一つを掴んで握り潰す。
 すると、機械兵器を覆うように周囲へと展開していたAMFが解かれた。
 管理局が今まで交戦し回収してきた機械兵器の残骸から構造を解析し、AMFを発生する機能がどこにあるのかある程度は把握していた。
 それを破壊した上でギンガは左手から魔力を放ち、内部から機械兵器を破壊する。
 爆発による赤い光が暗い通路を一瞬照らし、鼓膜が破れそうな音が轟く。
 通路が爆煙に包まれる中、それを突き破ってギンガは先を進み始める。
 レリックを求めてさまようガジェットドローンを捌き倒しながら、合流予定ポイントに急ぐ。
 外では大量のガジェットドローンが接近している中、何があるか分からないので六課のフォワード陣のスバル達と合流してからレリックを回収する手筈となっている。
 T字路に差し掛かったところで、通路の向こうから四つの人影を発見する。
「スバル!」
「ギン姉っ!」
 足を止めず、四人の進行に合わせて速度を弛めて合流する。
「協力、ありがとうございます」
「いいのよ。機械兵器関連はうちも無関係じゃないし」
 礼を言うティアナの横に並ぶ。
「それよりも、ドローンの数が少なくない?」
「はい、それは私も思いました。途中、何体か破壊しましたけど、レリックの所に向かっている筈なのに明らかに数が少ないですね」
 地下水路にいる機械兵器の数が少ない、というより散開し過ぎている。通常ならもっとまとまった数で編成した状態で行動する筈なのに、数が疎らだ。
 外では大量の飛行型が接近し、隊長のなのはとフェイトがその迎撃に出ているいうのに。
「もしかしたら、回収はドローンじゃないのかも」
 地上のガジェットドローンの数が減ったからこそ大量の機械兵器が迫っているとも考えられたが、油断はできない。
 何故なら、向こうの戦力はカジェットドローンだけではないのだ。
「やっぱり、戦闘機人でしょうか」
 後ろをキャロと共に走るエリオが不安そうに言った。
 一度レールウェイで戦闘をした事はあるが、決して侮ってはいけない相手だと十分理解している。それに、中にはフォワード陣の目標でもあり頼れる六課の隊長と互角に戦った者もいるのだ。
「相手によるかもだけど、大丈夫よ。私達の任務はレリックの回収であって戦闘機人を倒すことじゃないわ」
 安心させるようにティアナが言う。
「勝ち負けで言えば、レリックを回収して守りきれば私達の勝ちよ」
「おお~っ、ティアナカッコいい!」
「茶化さない!」
 と、先頭を走るスバルにティアナが怒鳴ると、六課専用の回線を通じて通信が繋がる。ティアナの前に開いたモニターには廃棄都市に向かっているリインの小さな姿があった。
「どうしたんですか、リイン曹長」
 彼女は別地点から廃棄都市へと急行しているヴィータと合流後、共に地下水路に向かいフォワード陣の指揮を取る筈だった。
『それが、ヴィータちゃんが足止めされたですよ』
「足止め……」
 通信を聞いた五人はまったく同時に何が起きたのか悟り、気を引き締めるように表情が固くなった。



「しつけェッ!」
 怒号と共に ヴィータはグラーフアイゼンを振るい、高速に回転しながら迫りきたそれを横薙ぎに打ち払った。
 跳ね返されても尚回転やめないそれは、眼下の海に突っ込むかと思われたがまるで糸に引っ張られているかのように急に方向を変える。
 海面を斬り裂いて急上昇し、それが持ち主の手に戻った。
 海の上に広がる空の中、ヘッドギアをつけた青いボディスーツの少女がヴィータを追いかけていた。手には先程まで高速で回転していた大型のブーメランが握られている。
 余所の部隊で仕事をしていたヴィータはガジェットドローンが出現したことでそこへの仕事を中断し、フォワード陣の指揮を取るために現場へ急行していた。
 しかし、もうじき廃棄都市に到着するというところで邪魔が入った。
 戦闘機人の少女が再び両手に持つ二つのブーメランを投げた。
 少女の手から離れた瞬間、高速回転する武器はただ投げただけでは起こり得ない軌道を描いてヴィータへと迫る。
「クソッ!」
 横から回り込んできた一つがヴィータの進路を阻む。
 急停止することでそれを回避し、振り向きざまにヴィータが鉄球を出現させてグラーフアイゼンの槌の部分で弾く。
 魔力を込められた鉄球はしかし、戦闘機人に届く前にもう一つのブーメランによって砕かれる。
「…………」
 触れずとも自在に己の武器を操る少女は、片手をヴィータに向ける。すると掌から砲撃魔法と言って遜色の無いエネルギーが放出された。
 桃色の光がヴィータに命中、大きな爆発を起こした。
 海上に舞う爆煙、その左右から更に高速回転するブーメランが迫って容赦なく追撃を加えようとする。
 風ごと煙が三分割にされた。
「…………」
 だが、斬り裂かれ吹き消えていく煙の中にヴィータの姿は無かった。
 相手の姿を見失った筈の少女は上空を見上げる。少女はブーメランが爆煙を斬り裂く直前に、煙が上に盛り上がったのを見たのだ。
 予想通り、そこにはデバイスを構えて少女へと降下していくヴィータの姿がそこにあった。
「おおおりゃあぁぁぁっ!」
 高速で落下するヴィータに少女は一つのブーメランを手元に引き戻しながら、もう一つを迎撃に向かわせる。
「邪魔だっ!」
 迎撃にきたブーメランを鉄槌の一打ちで払い飛ばし、直後にカートリッジシステム使用、グラーフアイゼンの槌部分に杭とジェットノズルが追加される。
 ノズルから噴出される炎の勢いを乗せ、一気に少女へと振り下ろした。
「…………!」
 一言も喋らぬ少女はヴィータの勢いに気圧される事なく、ブーメランの両端を掴んで盾のように構えて鉄槌を受け止めた。
 衝突の瞬間、衝撃波が発生して大気と海面を大きく揺らした。



「ヴィータ副隊長の応援はないと思った方がいいわ。他にも戦闘機人がこっちに来てる可能性があるから、注意して進むわよ」
 あるエリアの入り口で、他の四人に振り返りティアナが言った。
 そこは広い空間が広がっており、途中途中に支柱となる太いコンクリートの柱がいくつも高い天井にまで伸びている。
 廃棄されてから久しい地下の貯水庫だ。今ではすっかり干上がって水がなくなり、水路かどこかの亀裂から入ってくる雨水によって水たまりが少しある程度だ。
 レリックの反応はそのエリアにあった。
 ティアナとスバルが左側、エリオとキャロ、フリードが右側、そしてギンガは両側をフォローできる中央へと三手に分かれて貯水庫の中をレリック探して進み始めた。
 ヴィータが戦闘機人からの襲撃を受けたという報告を受けて、五人の間に緊張がはしっている。
「あっ」
 中ほどまで進むと、キャロが小さく声を上げた。
「ありましたっ!」
 キャロの声に皆が振り返る。
 そこにはレリックを収納する、街で保護された少女に繋がれていたケースと同じ物が水たまりの中に半分浸かった状態であった。
 最初に見つけ、一番近かったキャロがレリック向けて駆けだした。後ろから、他の四人も走り出す。
「――っ」
 ケースに手を伸ばしかけたキャロが突然動きを止めた。
「これって……」
 ケースの上に、虫が一匹止まっていた。
 人の拳程の大きさのある甲虫だ。甲虫は見下ろすキャロを無視して六本の銛のような足を動かし、ケースの表面にひっかく。
「あっ、だめ!」
 キャロが止めるよりも早く、甲虫が背の堅い外殻を開き、羽を動かしてケースごと宙に浮いた。
 そのままキャロの手を逃れて奥の方へと飛んでいく。その先には――
「ルーちゃん……」
 ルーテシアが数匹の甲虫を従えて立っていた。

「……ん。久しぶり、キャロ。元気だった?」
 甲虫からレリックの入ったケースを受け取ったルーテシアがキャロを見る。
「ルーちゃん……どうして?」
「何に対してが抜けてる。でも、何でこれをっていう事なら、ずっと探していたから」
「レリックがルーちゃんが探していたもの?」
 ルーテシアと共に過ごしていた昔、キャロは彼女の捜し物を手伝っていた。結局、それが具体的に何なのか、何故探しているのかは教えてくれなかった。
「そんなところ」
 答え、ルーテシアはキャロから僅かに視線を逸らしてその後ろからやってくるエリオ達を見た。
「だから、邪魔しないで」
「っ!」
 前に手を翳したルーテシアを見て、キャロは反射的に自分の前方にシールドを張る。その後ろに、フリードが回り込む。
 直後、ルーテシアの掌から大量の魔力が放出された。
 ただ魔力を放出しただけのそれはキャロのシールドを破るまでにはいかないが、強い圧力を与えて支えに回ったフリードごと吹っ飛ばす。
「キャロッ!」
 エリオが加速、吹っ飛んできたキャロとフリードを受け止める。
 その間に、ルーテシアはケースを抱えて後ろに振り返ると駆けだした。
「逃がさない!」
 二人と一匹の脇を通り過ぎ、ギンガが跳んだ。
 一度支柱を蹴り、三角跳びでルーテシアの斜め上から降下する。だが、その途中で視界の隅に映る暗い貯水庫の景色に違和感を感じた。
 体勢が崩れて失速するのを覚悟で、とっさに違和感の方に向けてシールドを張る。
「ぐっ!?」
 予想通りと言うべきか衝撃がはしり、ギンガの体が空中から床の方へと叩き落とされた。
「今のは……」
 身を捻り、床に足から着地すると顔を上げる。
 黒い外骨格に覆われた人型の魔法生物が進路を阻むようにギンガの前に立っていた。
 事前に情報を得てなかったら危なかったと、ギンガは冷や汗を流す。
 キャロにとってのフリードのようにルーテシアに常に付き従う召喚虫、ガリュー。その迷彩能力は完全なものとは言えないが、この暗い地下施設の中では十分な効果を持っていた。
 ガリューは不意打ちに失敗した為か、迷彩を解いて姿を見せている。代わりに、腕から杭を生やした。
 ギンガも構えてみせたその時、人型の召喚虫は首を僅かに回して、背を向けて走る少女の背を見た。
 ルーテシアの周囲を飛んでいた甲虫が突然回ったかと思うと、少女の傍を離れて右横の何もない空間に突進する。
 それを見たルーテシアが足を止め、虫達が飛んでいった方向に視線を向けた。
 直後、何もないはずの空間に橙の光が煌めいて虫達が弾き飛ばされる。
「人の目は誤魔化せても、虫の感覚は無理みたいだね」
「ええ、そうね。勉強になったわ……」
 一瞬景色がぼやけ、そこから幻術魔法の応用で姿を隠していたティアナが現れる。
 ツーハンドモードのクロスミラージュから魔力刃を伸ばして構え、彼女はルーテシアを牽制する。
 進路を直に阻まれたわけではないが、背中を撃たれる危険があるためにルーテシアはティアナに体を向けたまま距離を取るように後退させられる。
 少女を守るためか、ガリューが後ろ向きに傍にまで跳んできた。
 他のフォワード陣とギンガもまたルーテシア達を取り囲むように展開する。
「残念だけど、投降してもらうわよ。色々聞きたいこともあるしね」
 心配そうな様子のキャロに一瞬だけ視線を向けたティアナは、皆を代表するかのようにルーテシアへ降伏するよう勧める。
 ルーテシアは取り囲まれてる状況でなお表情を変えず、周囲の魔導師達を見回した。
 と、そこである一点に目を止めた。
 少女がじっと見ているのは、ギンガだった。
「……………………」
「ギ、ギン姉、なんかすっごく見られてるけど?」
「な、なんでだろう?」
 少女は依然と感情の読めない無表情ではあった。だが、向けられる視線には明らかな敵意寄りの感情が込められている。
 ――ど、どういうこと?
 まったく心当たりがない。
 何か気に障ることを知らずにやったのだろうか。互いに初見知りの筈だし、先ほどの召喚虫との攻防もこちらが邪魔された側だ。だから理由は分からない。
 分からないが――何故か女の勘が負けてはならぬと告げていた。
「………………」
「………………」
 互いに視線をぶつける少女が二人。
「あれ? なにこの雰囲気。どういうことよ、スバル」
「わ、私に聞かないでよぉ!」
 火花どころか雷鳴が轟いていそうな彼女らに、周囲の者は戸惑った。
「と、とにかく、大人しく投降――っ!?」
 投降を促そうとした時、ティアナは強い魔力と共に赤い光に気づいて上を見上げる。
 炎熱変換によると思われる炎の固まりが落ちてきていた。
「フリードッ!」
 それに一番速く対応したのはキャロだ。
 フリードの口から火球が放たれ、落下してくる炎と衝突する。
 二つの炎は互いに呑まれることなく爆発を生み、爆風が反発し合った。
 広がる爆風にフォワード陣とルーテシアが避難し、距離が離れてしまう。
 爆発から距離を取ったティアナが見失わまいと、ルーテシアから視線を外さない。そこへ、彼女の傍に赤い人形のようなものが飛んでいくのを見つけた。
 キャロの言っていた、ルーテシアと行動を共にする融合騎だと判断しつつ、ティアナが照準を彼女らに向けた。
 その時、ルーテシアと目が合う。
 変わらず無表情な少女が自分の腰の後ろに手を回した。
「ティアナさん、気を付けて下さい!」
 キャロの警告が聞こえた。
 少女が腰の後ろから手を引き戻すと、その小さな手には不釣り合いな大型の銃が握られていた。



 いくつかの戦いが行われている中、廃棄都市の隅でその様子をただ眺めるだけの人影があった。
「ルーテシアお嬢様が交戦したか」
 モニターを数個浮かべたトーレが腕を組み、各戦場の様子を見ていた。
 今のところは順調ではある。だが、この先どう戦況が動くかは分からない。
「本当に俺達はここで待機でいいのか?」
 彼女の後ろにはトゥーレがやや憮然とした様子で胡坐をかき、表情とは別に紙袋を折りたたんでいた。
「心配は分かるが、いざとなったら私達が回収してやればいい」
「そう甘い相手か?」
「姉妹達の力を少しは信じてやれ」
「そこまで言うなら、まあ少しは信じるとする」
「そうしろ。……ところでさっきから気になっているんだが」
 見ていた、廃棄都市にまでヴィータに押しやられたセッテが一時撤回していく様子を映すモニターから視線を外して、トーレは後ろを振り返る。
「そのダンボールはなんだ?」
 トゥーレがどこから持って来ていたのか、ダンボールの箱に買い物袋をいくつも詰め込んでいた。
「預かってる荷物。とりあえず実家に送ってやろうと思って。多分、今日はもう会えないだろうしな」
「そうか……」
 他のナンバーズなら衣服やら化粧品のメーカーの袋を見てとやかく言っていただろうが、ただ単に何故今ここで荷物をまとめているのか気になっただけのトーレは答えを得て、というかどうでもいいことかと途中で自己完結してモニターに視線を戻す。
 監視を続けるトーレの背後で、ガムテープの音が続いて聞こえた。




 地下施設で重なる爆音。
 爆発の余波で床に溜まった水が勢いよく跳ね飛び、雨のように振り落ちる。
「くらえッ」
 宙に浮かび、周りに火の玉を浮かべるのは融合騎であるアギトだ。
 浮かぶ火球が放たれ、着弾と同時に大きな爆発を生む。
 施設を包む爆風を避け、爆煙を突っ切りながら進むギンガはローラーブレードの踵を地面に刺すように突き立てて急停止する。
「くっ」
 上半身を後ろに反らしたギンガの目の前を紫色の魔力光弾が通り過ぎた。
 視線だけ移動させて横を見れば、煙に紛れてルーテシアが銃口を向けていた。
 そちらに構えを取ろうとした瞬間、ギンガは真上からの気配に気づいて横に大きく跳ぶ。
 先程まで彼女がいた場所にガリューが落下し、強く踏みつけられたコンクリートの床が砕ける。蹴りを落とした姿勢のまま、膝を曲げ、ガリューが跳躍してギンガを追う。
「ギン姉ッ」
 スバルがギンガの援護に回る。
 その様子を、フリードとアギトの火球同士のぶつかり合いによって生じる煙に紛れていたルーテシアが眺めながら銃口をガリューと格闘戦を始めた二人に向ける。
「……っ」
 だが、引き金を引くよりも早く橙色の魔力光弾が四発飛来した。
 頭上で起こる爆発を挟んだ反対側に二丁の拳銃型デバイスを構えたティアナがいた。
 着弾し起こる魔力爆発。しかし、煙の中からルーテシアが無傷のまま煙を振り払って走り出る。
 それを見たティアナもルーテシアが走る方向と平行に走り出し、駆けながら魔力光弾を連射する。
 応戦するルーテシアとティアナの間を橙と紫の光弾が激しく行き交い、外れ弾が壁や床に当たってコンクリートを粉々に吹っ飛ばしていく。
 激しい撃ち合いにティアナは前に身を投げ出して前転し、支柱の影へと文字通り転がり込んだ。
「速度と威力は圧倒的にあっちが上、こっちが勝ってるのは手数と誘導性か。どんな魔力量よ……」
 カートリッジを交換しながら、ティアナは支柱に身を隠したままルーテシアの様子を窺う。
「ッ!?」
 身を引き、直後に飛んできた魔力光弾を避ける。
「…………」
 表情を変えない少女はティアナが再び支柱の影に隠れるを見て、一度引き金を引くのを止める。
 照準を変えぬまま一呼吸置くと、銃口の前に四角い魔法陣が縦に浮かび上がった。
「あれはっ、ティアナさん、気を付けてください!」
 後方にいたキャロが大声でティアナに注意を促すのと同時、ルーテシアの銃口から四発の弾丸が発射された。
「虫ッ!?」
 今まで直進していた魔力光弾と違う曲線を描いて飛来するそれは、ルーテシアの魔力を纏った召喚虫だった。
「変わった使い方するわね」
 迂回し左右から襲ってくる虫から逃げるように支柱から飛び出す。
 だが、魔力の殻を被った虫達はティアナが隠れていた支柱を抉るとすぐに方向転換し、追いかけてくる。
 更には、召喚虫から逃げるティアナへルーテシアが魔力光弾による追撃を放つ。
 高速で放たれた魔力光弾を横に跳んでかわし床に転がりながら、ティアナは召喚虫に銃口を向けて引き金を引く。
 クロスミラージュから放たれた魔力光弾は誘導性を持って召喚虫に命中し撃墜した――かと思われたが、爆発の中から召喚虫が健在な姿で現れ、再びティアナに牙を剥く。
 爆発によって砕かれたのは魔力の殻であって、虫本体ではなかったのだ。
 召喚虫の牙がティアナの眼前に迫った瞬間、横から電流がはしり、全ての虫を焼き殺した。
「エリオ!」
 槍を構え電流をまとったエリオが、虫を排除した上でティアナの脇を横切ってルーテシアに迫った。
「…………」
 ルーテシアは大きく後ろに跳躍すると同時に再び召喚虫を放つ。
「させない!」
 エリオに襲いかかる召喚虫に対し、後ろからエリオを追い越して複数の魔力光弾が迎撃する。
「――っ!?」
 僅かに、ルーテシアの眉が歪んだ。
 先と同じ結果になると思われた召喚虫と魔力光弾。だが、衝突による魔力殻の爆発はおきず代わりに、接触した魔力光弾から霜が降り、一瞬にして召喚虫を氷付けにした。
 そして、一部が見当外れの場所に向かう。
 外れ弾である魔力光弾がルーテシアの背後で床に着弾すると、爆発の代わりに炎を周囲へ噴き出させた。
 炎は曲線を描いて床を走ると、壁と成ってルーテシアの退路を塞いだ。
 逃げ場を失った少女の喉に、眼前まで一瞬で迫ったエリオがストラーダの刃を向けた。しかし同時に、エリオの顔に銃口が向けられていた。
「……それを返してくれないかな」
「…………」
 互いにそれぞれ槍と銃を相手に向けたまま、二人は睨み合う形となった。
「ルールー!?」
 上から攻撃していたアギトがルーテシアの危機に気づき、攻撃の手を止めて助けに行こうと飛行する。
 その時、天井近くから白い魔力光弾が落ちてきた。
 アギトは反射的に炎の球を魔力光弾にぶつけて相殺する。
「なっ!?」
 だが爆発した直後、いつの間にか周囲に霜を下ろすアイスダガーが刃をアギトに向けて展開されていた。
「動かないで下さい!」
 真上、アギトを見下ろす位置にリインの姿があった。
「そのまま大人しく投降してくださいです」
 魔法の制御を維持しつつ、リインがゆっくりと降りてくる。
「くそっ……」
「…………」
 その様子を、身動きの取れなくなったアギトを一瞬見、すぐに視線をエリオへ戻すルーテシア。すると肩から力を抜いて銃を下ろした。
 アギトが捕まった時点でスバルとギンガの二人に睨み合った常態になっていたガリューもまた、腕から生える爪を収めて構えを解いた。
「ごめん、ルールー……」
 自分が敗北の原因だと、アギトは謝る。ルーテシアはそれに対して首を横に振ってみせた。
「武器と、ケースを捨てなさい。公務執行妨害、器物破損、その他諸々の容疑で逮捕するわ」
 警戒しつつ、ティアナがルーテシアに近づいていく。
「ルーちゃん……」
 その様子を後ろからキャロが見ていた。
 ティアナに言われるまま、ルーテシアはレリックの入ったケースを床に落とし、指で銃を引っかけたまま肩を竦めるようにして両手を上げる。
 ちょうど足下に落ちてきたケースをエリオは槍を構えたまま軽く蹴ってルーテシアから離す。
「…………あれ?」
 少女の様子を見てキャロは違和感を覚えた。
 素直過ぎる。アギトが捕らえられてしょうがないとはいえ、いくらなんでも彼女にしては素直過ぎた。
「もう一度言うわ。武器を捨てなさい」
「…………」
 ティアナの言葉に従ったのかルーテシアの指から銃が滑り、重力に従って床へ落下する。
 その瞬間、ティアナ達に念話が届いた。
『お前ら、気をつけろ!』
 それは戦闘機人からの足止めを受けて合流じまいだったヴィータからの念話だ。
『戦闘機人が地面を通ってそっちに行ったぞ!』
 慌てた様子に、全員が周囲を警戒した。
 直後、ルーテシアの真上から人影が落ちてきた。
 暗がり、それに何よりも壁をすり抜けたが故に音も無かったせいで六課の反応が遅れた。
 落ちてきた人影は二つ。一つは水色の髪をした少女で、もう一人はヘッドギアを付け両手にそれぞれ巨大なブーメランを持つ少女だった。
 ヘッドギアの少女が逆さまに落ちながら体を捻って回転し、その勢いで二つのブーメランを投げた。
 一つは小回りに、もう一つは大きく円を描いてそれぞれティアナとエリオ、スバルとギンガを打ち払う。
 虚を突かれたフォワード陣は避ける暇もなく、なんとか防御魔法で難を逃れる。
「そ~っれ!」
 続いて間の抜けた声が聞こえたかと思うと、もう一人の少女が空き缶のような小さな筒を周囲に投げた。
 床に落ちた缶は上部から煙を噴出しながら転がり、あっと言う間に周囲を煙に包んだ。
「しまった!」
 煙がルーテシアを包む直前にティアナは、水色の少女が床に落ちる過程でルーテシアに軽く触れ、そのまま水に落ちるようにして共に床へと沈んでいくのを見た。
「他は!?」
「こっちもだよ」
「いつの間に……」
 ブーメランによる攻撃を受けて視界から外したガリューはもとより、一度はリインに拘束されたアギトも一瞬の隙をついて脱出していた。
「レリックは無事です!」
 煙の中、ヴィータの声が届くよりも前に警戒していたキャロがケースを確保していた。
「レリックは守れた、か……」
 逃がしたという悔しさはあったが、当初の任務は最低限守れた。
「あの子達追いかけないの?」
「追いかけようにも、壁の中入られちゃね。それに深追いは禁物よ。レリックだけでも守れただけ――っ!?」
 スバルの疑問を返したティアナは後ろからくる空気の流れに、直感でしゃがんでそれをかわす。
 ティアナの頭上を高速回転するブーメランが通り過ぎた。
「ティアナ!?」
「大丈夫だから! それよりも気をつけなさい。まだいるわ!」
 スバル達を一度襲ったブーメランはまだ健在であり、それは意志があるかのように煙の中へと飛び込んでいく。
 広い空間だからか煙はすぐに薄まり、その向こうに戻ってきたブーメランを掴む人影の様子を見ることが出来た。
「レリックをまだ回収する気?」
 てっきり全員が逃げたものかと思っていたが、レリックを回収つもりか一人残っていたのだ。
 再び皆が臨戦態勢を取った時だ。
 人影から爆風にも似た熱風が吹き荒れ、煙を吹き飛ばした。
「くっ!?」
 部屋全てを包み、呼吸するだけで焼けそうな程の熱風が部屋の中で渦を巻く。
 その中心、熱風吹き荒れる中において平然と、炎のように赤い髪を後ろに流し両手にブーメランを持つ少女が炎を纏って立っていた。



[21709] 六十三話 廃棄都市戦Ⅱ
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/10/11 17:43

「ユニゾン!?」
 ヘッドギアの少女の変貌。その炎を操り纏う姿はおそらく、先の赤い融合騎とのユニゾンによる結果だ。
「皆、来るわよ!」
 ヘッドギアの少女――セッテが両腕を上に大きく振りかぶってブーメランを二つとも同時に投げた。
 ティアナの声によって六課はそれぞれ回避行動を取ってそれを避ける。
 だが、高速回転する巨大なブーメランの軌跡をなぞって炎の道が立ち上がり、壁を作った。
「分断され――っ!?」
 壁際に跳んで避けたギンガに、炎の道を作りながら先のブーメランの片方が方向を変えて襲い来る。
「こっちにも!」
 ティアナもまた、ブーメランに追われる。
「くっ……はぁっ!」
 無手となったセッテに向け、エリオが槍を前に構えたまま加速しつつ走り出す。
 刃が届くよりも早く、セッテが新たな動きを作る。
 左手で何かを握るように拳を作り、その形を表現するかのように何もない空間で支えるように右手を添える。すると、左手から炎が噴出して『く』の字を形作った。
 炎で出来たブーメランだ。先に投げた二つのものよりも一回り小さいそれを、セッテがエリオ向けて投げる。
 炎の塊として通過した場所を火で包みながら迫るそれを、エリオは払い落とせないと判断して即座に横へと回避する。
 だが、炎のブーメランは小さな爆発を生むことで直角に曲がり、エリオを追いかける。
「追尾タイプ!?」
 エリオの驚きを余所に、セッテは続いて同様の炎のブーメランをいくつも作りだし、連続で投げ始める。
 それぞれが六課のメンバー全員を追いかけながら、施設内を火で満たし始めた。
「フリード!」
 バリアジャケットとフィールド魔法による保護で炎から身を守りつつ、レリック入りケースを持つキャロはフリードによる火球で炎のブーメランを迎撃させる。
 追尾してきた二つのブーメランは火球を受けて爆発し、共々霧散する。だが、その爆発の後ろから新たに四つが飛来してきた。
「もう一度お願――っ!?」
 飛来したブーメランは直接キャロに向かうでもなく左右に分かれた。一瞬、キャロは左右から襲いかかってくると思ったが、ブーメランはキャロを迂回して大きく円を描き始めた。
「まさかっ!?」
 その軌跡を目で追って、それの意図に気づいた時には遅かった。
 炎のブーメランは円運動を繰り返しなが上昇し螺旋運動となり、キャロを囲んで炎の渦を作ったのだ。
 炎のリングの中に閉じこめられ、仲間達と寸断された。
 そして、炎の中へ平然とセッテが入ってくる。
「レリックを……」
 キャロの持つレリックが目的なのは明白だ。
 フリードが威嚇するように唸る中、セッテは一歩ずつキャロへと近づいてくる。無手からして、力づくで奪う気なのだろう。
「なんとかしないと」
 後方支援であるキャロだが、基礎的な格闘訓練は行っている。とは言っても戦闘機人、しかも見るからに近接戦闘を得意そうにしている相手には分が悪すぎる。
「………………」
 なんとか時間を稼ぎ、炎のリング外からの仲間達の助けを待とうとキャロがした時、セッテが突然足を止めた。
 まるで何か思考するように足を止めたセッテは、突然右腕を伸ばして掌をキャロに向けた。
「――え?」
 直後、キャロに向かって炎の渦が放たれた。
「レリックがあるのに!?」
 驚く間にも炎熱変換をした砲撃魔法といった様相のそれが、キャロを包み込んだ。

「良かったの、あれ?」
 廃棄都市ビル群の一角、原型の保っている廃ビル屋上にてクアットロとディエチがいた。
 彼女達の前にあるモニターにはセッテと六課の戦闘が映されている。
「封印処理済み、保護用ケースに入れられてるなら、炎じゃそう簡単に壊れないわよ~。それに、万が一があっても今のセッテちゃんなら耐えられるわ」
 中に何も入っていない貯水糟の上ではクアットロが足を投げ出した状態で座っている。
「それよりも、ちゃんと見えてる~?」
「見えてるよ」
 屋上の縁の前に立つディエチはモニターから海のある方角へと顔を向ける。
 瞳の奥、無機質なレンズが動いて遠く海の上を飛ぶヘリの姿を捉えた。機動六課が所有するヘリだ。
 レリックを引きずっていた謎の少女を保護し、病院へと搬送する途中なのだ。
 過去の事件で最早原型を留めていない元臨海空港と廃棄都市の間にある海の上を飛行するルートを取っている。
「もうそろそろかしら」
 いくつかの監視モニターを周りに表示させていたクアットロが呟く。
 廃棄都市の地下に広がる水路、そして六課の分隊長を足止めするガジェットドローンⅡ型とシルバーカーテンの幻術能力によって生み出されたダミー。それらの戦闘がもうじき終わりを迎えようとしていた。
「準備だけはしておいてね、ディエチちゃん」
「はいはい、っと」
 ディエチはそう返事をすると、イノーメスカノンを遠く離れたヘリに向けて構えたのだった。

 炎のリングの中、炎熱変換した砲撃を放ったセッテは余波として燃え広がる炎の中から敵性戦力の状態を確認する。
 限定された空間では逃げ場がなく、着弾は撃った時に確認済みだ。あとはどれほどのダメージを与えたか。戦闘スタイルからして防御能力は低い筈である。
 と、一歩踏み出したセッテが突然動きを止め、キャロがいた場所を注視した。
 残り火として床を焦がす炎から昇る黒煙が気流に流されて、隠れていたものが姿を現す。
「………………」
 白く大きな固まりだ。それが左右と上に開き初め、炎と共に影が揺れてその姿をはっきりと照らし出す。
 それは翼と首を丸めた白い翼竜、フリードだった。
 完全に翼を開ききったフリードの懐には、足下に魔法陣を展開してブースト魔法を発動させているキャロの姿があった。
「フリード!」
 ケースを持っていない手をセッテに向けて伸ばしたキャロの声に翼竜は首を僅かに後ろを仰け反らせ、息を吸う。そして首を前に倒すと同時に顎を開き、口から炎の塊を吐いた。
 直進してくる火球に、セッテは両手に火を宿して受け止め、それぞれ左右に腕を振る。それだけで火球は真っ二つに分かれ霧散した。
 炎の剣精と呼ばれるアギトとユニゾンしたセッテにとって、例え竜の炎といっても問題ではない。だが、動きを止めた。
「ハアァァッ!」
 その隙を突くようにして、炎のリングの外から声変わりもしていない少年の声が聞こえ、同時に炎のリングを突き破って魔力刃が外から現れた。
 帯電する刃はそのまま一気に振り下ろされてリングに切れ目を入れる。
 外との境をなくしたリングの向こうには、魔力によって刃のリーチを伸ばしたストラーダを持つエリオの姿があった。
 彼のすぐ後ろには、ティアナとリインの姿があり、炎の切れ目に向かって魔法を放つ。すぐさま閉じようとしていた切れ目が、二人の氷結魔法によってその動きを止めた。
 それも一瞬、氷は炎によって溶かされてすぐさま閉じてしまう。
 ――が、補填したが故にその直後は他と比べて炎が薄い。
 そこを、一人の少女が飛び込んで炎のリングを突破した。
「おりゃあああぁぁっ!」
 スバルだった。
 膝を曲げ、両腕で顔周りをカードしつつ炎のリングを突破した彼女は尾を引く炎を振り払うように四肢を開いて右腕を後ろに引くようにして振り被る。右手のリボルバーナックルからカートリッジが使用され、スピナーが高速回転し始めた。
 対してセッテは体の周りに炎を展開させる。
 直前になって現れた炎の壁。通常ならば攻撃を、拳による近接ならばより躊躇うであろう炎を前に、スバルは怯む事なく渾身の魔力を乗せた拳をセッテに放った。
 訓練校卒業後、陸士隊の災害担当としてあらゆる火災の中に飛び込み突破口を開いていったスバルにとって、今更眼前に炎がある程度で怯む事はない。
 炎の壁を抉るように突き破り、魔力付与攻撃がセッテに命中する。
 直撃する寸前で攻撃を両腕でガードするも、セッテは自分が展開した炎の壁から、そして炎のリングさえも貫通して吹っ飛ばされる。
 床と平行になって吹っ飛ぶセッテに、更なる追撃が迫る。
「ハァッ!」
 リングの外に待機していたギンガが、どういう訳かセッテが飛び出す地点を知っていたかのようにタイミング良く上にウィングロードに乗って現れていた。
 ウィングロードから飛び降りたギンガの貫手が真上からセッテに放たれる。
「………………」
 防御しても貫かれる。
 そう判断したセッテは両手に炎のブーメランを形成し、落ちる貫手を迎撃するのではなく、『く』の字の内側で引っかけて挟むようにして左右へ引き切るようにして手首の切断を狙う。
「くっ……」
 その意図に気づいたギンガは炎のブーメランに挟まれる前に急ぎ腕を引き戻す。
 だが、当然そんな事をすれば隙を生み、セッテはそれを見逃さない。
 真上にいるギンガに向けてセッテの直蹴りが放たれた。寸前でギンガは右手にシールドを展開させて受け止めるものの、蹴りの勢いによって吹っ飛ばされた。
「………………」
 目の前の危機をさばいたセッテは蹴りを放った足を戻してその勢いで床に足をつけ、急停止する。
 炎のブーメランを構えたまま彼女が状況を再確認してみれば、未だキャロを閉じこめる炎のリング周囲に飛び回るエリオの姿があった。
 彼は炎のリングを構成する原因となっている炎のブーメランをその軌道力で追いかけ、帯電する槍で破壊していく。
 炎を電流が貫き、高速で回転していたブーメランがその勢いに負けて弾け勢いを得られなくなったリングが霧散する。
 炎のリングが消えた事でキャロとフリードが自由の身となる。
「………………」
 数の不利が戻った状況で、セッテは顔色も変える事なく、施設中を飛び回って火災を拡大させていた巨大なブーメランを二つとも手元に戻す。
 キャロが復帰した六課相手にまだ戦うつもりだ。
 だが、ブーメランを手に取り、ティアナ達相手にセッテが構えたを取った瞬間、高い天井の一部が突然崩壊した。
 瓦礫と大量の粉塵が落下する中、赤い影がその中からセッテに向けて高速で迫る。
「ヴィータ副隊長!?」
 スバルが煙の中から飛び出した影の名を呼んだ。
「おりゃあああぁぁーーっ」
 ヴィータの手には既にギガントフォルムへと変形したグラーフアイゼンが握られており、彼女はセッテに向かって巨大な鉄槌を振り下ろす。
 セッテは二つのブーメランを交差させて鉄槌を受け止めるが、それでも衝撃に負けて足裏に火花を散らしながら大きく後ろに足を引きずって後退する。
「リイン!」
「はいです!」
 セインの体勢を崩した間にヴィータは振り返ってリインの名を呼ぶ。
「ユニゾン、イン!」
 飛行し飛び込んで来たリインとヴィータの姿が一瞬重なり、次には白いバリジャケットに身を包んだヴィータが残る。
 ギガントフォルムのままのグラーフアイゼンをヴィータが振り被ると、冷気が吹いて地下空間内の炎の勢いが弱まった。
 そして、宙に静止していたヴィータはそのまま冷気を振りまきながらセッテ向けて突進する。
「…………っ」
 踏ん張り、後退を止めたセッテは迫るヴィータの姿を見、ブーメランを交差したままその場で体の周りに炎を燃えたぎらせる。
「どりゃああぁぁーーーーっ!!」
 ヴィータの鉄槌がセッテに向け、大上段から振り下ろされた。
 床を揺らす衝撃と共に、大轟音が発生。直後、コンクリートが砕け散るよりも早く、鉄槌を中心にして周囲の物が一瞬で凍り付き、いくつもの氷柱が地面から生えるようにして立ち上がった。
 それを機に、周囲は一気に静寂に包まれる。ヴィータから発生する冷気によってあれほど燃え上がっていた地下内の炎も消えていた。
「ヴィータ隊長、すごい……」
 リインとのユニゾンにより、氷結魔法で敵を攻撃すると同時に空間内を満たしていた炎を鎮火したヴィータに、スバルは感嘆の声を上げた。
「いや、逃げられた」
 呟き、ヴィータがユニゾンを解除する。同時に消える氷柱の中心、床の部分に高熱で焼き切ったような痕が残る穴があった。
「癪だけど、レリックを確保できた事だから、まあよしとすっか」
 グラーフアイゼンを肩に担ぎ、ヴィータが皆に振り返る。
「よくやった、と言いたいところだけどまだ終わってねえ。レリックを守ったまま戻ってようやく任務達成だ」
 と、ヴィータの言葉に隊員達が返事するとほぼ同時、地下が突然揺れた。
「さっそくかよ。脱出するぞ!」
 地震かと間違う揺れだが、まるで地下が潰れるまで続くと思われる長い揺れは人工的なものだ。
「スバル!」
「はい! ウィングロード!」
 ヴィータが自分で開けた天井の穴を視線で示すと、意図を察したスバルはウィングロードを発動させて天井へと道を作った。

 廃ビルが並ぶ廃棄都市の高速道路に場違いな少女が立っていた。
 紫の髪を靡かせて都市を見下ろす彼女の視線の先には、巨大な甲虫がビルを押しつぶし、更には地面を陥没させている。
「ルールー、やり過ぎだって。キャロもいるんだぞ?」
 少女の隣には人形のようなサイズのアギトが浮いて、心配そうに召喚虫の破壊活動を見つめている。
「大丈夫。これぐらいじゃ死なない――って、信じてる」
「なんの確証もないじゃんかあ」
「信じてるって言った。これも友情」
「ルールーが言うとなんだかなぁ」
 召喚虫の能力を使い、その友情の対象を地下ごと押し潰そうとする人物がなにを言っても胡散臭かった。
「ところで、どうしてセッテとのユニゾン解いたの? 相性は悪くないんでしょ」
「そうなんだけど」
 脱出した時点でユニゾン状態は解除し、セッテはルーテシアに会釈だけを残してセインと共にどこかへ行ってしまった。
「トゥーレともユニゾンしたがらないし、なんで?」
「確かに相性は悪くないけど、向こうがこっちに合わせてきて…………こう、なんて言うか、融合騎として使い手側に合わせられるのは納得いかないって言うか、落ち着かないって言うか………」
 具体的な言葉が見つからず、どう表現したものかとアギトは腕を組んで胡座をかき、言葉を探す。
 だが、結論が出る前に轟音が空気を揺らして思考を中断させた。
 巨大な甲虫が真下から叩き上げられ、隣の廃ビルを巻き込んで横倒しになった。そして、起きあがろうと六本の太い足を前後に動かす前に、地面から召喚魔法陣が浮かび上がりいくつもの鎖が虫へ伸びて捕らえた。
「………………」
 ルーテシアがその様子を一瞥してから横へと視線を向けると、ビルの上の宙に環状型魔法陣の模様の入った光の道が二本伸び、その上を二人の少女がルーテシアに向かって走って来ていた。その横に併走する形でキャロを背に乗せたフリードが飛行している。
 ルーテシアは大型拳銃を取り出し、その銃口を二人に向け――ずに逆方向へと腕を伸ばした。同時にビルから後ろに跳ぶ。
 直後、つい先ほどまでいた場所に橙色の魔力光弾が複数着弾し爆発を起こした。
 ルーテシアは照準を合わさず牽制として引き金を引いて連射しつつ、魔力光弾が来た方向に視線を戻す。
 そこには、ルーテシアの攻撃を避ける為に別のビルへと跳び移るティアナの姿があった。
「陽動……」
「ルールー、後ろ!」
 高速道路に着地したルーテシアにアギトが後ろを指さし警告した。
 ルーテシアが振り向くと、道路の先から高速で接近してくるエリオの姿があった。
「このヤロウ!」
 アギトが炎弾を発射して迎撃しようとするがエリオは左右に鋭角的な機動で避けながら接近、続けて撃つよりも速くストラーダの刃がルーテシアを襲おうとする。
「エリオ君、危ない!」
 その時、キャロが声を張り上げた。
 ルーテシアの手前、エリオが通過するであろうアスファルトの道路上に召喚用魔法陣が突如出現していた。
「トラップ!? くっ!」
 何が出てくるか分からない魔法陣の上から逃れる為、エリオは急ブレーキをかけて横に跳ぶ。だが、現れた魔法陣は今までにないほど広がっていく。
 そして、魔法陣の拡大の終了とエリオがそこから脱するのと同時、一際強い光が魔法陣から溢れて何か巨大な物体が下から上へと飛び出す。
「うわあっ!?」
 巨大なそれが飛び出した際の衝撃波に煽られエリオが高速道路上を転がる。
「あれは……」
 すぐに魔法陣の中へと引っ込んだ巨大な物体。ルーテシアはそれを見届けると、キャロに方へ、正確にはその両腕で抱えるケースを見上げた。
「はああぁっ!」
 スバルとギンガがルーテシアからキャロを守るように前に出、ウィングロードを滑りながら突進する。
「迂闊に前に出るな! ――くっ、リイン!」
 後ろからヴィータが警告するが、遅いとすぐに判断して二人をフォローする為に自分も前へと飛行する。
 リインもまた、ティアナ同様に隠れていたビルの影から出、氷結魔法を発動させる。
「させるかよ、このチビ!」
 束縛に類する氷結魔法はしかし、アギトが周囲に炎を展開させて相殺した。
 次に、突然空に緑色の板が宙に現れ、砲撃魔法と同等の光線がウィングロードを走るスバルとギンガに放たれた。反射的にウィングロードの外へ飛び降り回避する二人。
 必然的に、キャロとルーテシアの間に障害がなくなった。
「キャロ――ッ!?」
 割って入ろうとしたヴィータがほぼ直感で自分の背後にシールドを張る。直後、シールド越しから強い衝撃が来た。
「ぐっ、この!」
 衝撃からして遠距離ではなく何かしらの武器による近接攻撃だと即座に判断したヴィータはグラーフアイゼンを後ろに振り回すが、背後へ奇襲を仕掛けた存在は既に消えていた。
 スバルとギンガを襲った光線といい、ブーメランを操る戦闘機人以外にも敵が、それも奇襲を得意とするのがいたようだった。
「ヴィータ隊長!」
 奇襲を受けた事で、ヴィータの足が止まる。
 間に入る者がいなくなった今、キャロはルーテシアと直接対峙する。
「フリード!」
 主の命に従い、飛竜が口に炎を点す。
 だが、それよりも速くルーテシアの召喚魔法陣が縦向きに前方へ展開された。
 陣内から、拳を握る巨大な手が現れる。小さなビルならそのまま掴めそうな程巨大で、白い外殻に覆われた手はそのまま大気を押し退けてフリードを打ち払った。
「きゃああああっ!」
 自分よりも大きな物体の攻撃を受けてフリードが落下する。背に乗っていたキャロも衝撃でフリードの背から落ち、傍にあったビルの屋上へ少女と竜が墜落した。
「う…………」
 巨人の拳はフリードが受け、墜落の衝撃もバリアジャケットの防護機能によって致命傷は免れたキャロ。だが、やはりダメージは大きく屋上の床に転がったまますぐには起き上がれないでいた。
「白天王の事教えてたっけ? 見せたことはなかったと思うけど……」
 ルーテシアがいつの間にか屋上にまで移動しており、キャロが落としたレリックの入ったケースを手に持っていた。
「これは貰っていくね、キャロ」





[21709] 六十四話 廃棄都市戦後
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/12/16 19:49

「はい」
「――え?」
 と、ディエチがイノーメスカノンをフェイトへと投げた。投げつけるという勢いのある投擲ではなく、アンダスローから軽く投げ渡すような投げ方だ。
 自分の胸元へとゆっくりと弧を描いて落ちてくる狙撃砲に、フェイトは先程の攻撃を思い出して受け止めずに後ろに下がる。
 受け手を失ったイノーメスカノンはそのまま大きな音を立てて落下、跳ねず転がらず屋上の床に沈んだ。
「………………」
 その重量にフェイトが一瞬呆れた隙に、クアットロとディエチが背を向けて屋上から飛び降りる。
「待ちなさい!」
 当然、フェイトはそれを追いかける。だが――
『エネルギー反応感知!』
 バルディッシュが高エネルギーの発生を感知した。反応はディエチが残したイノーメスカノンからだ。
 直後、イノーメスカノンのエネルギーが膨張して内から外へ、光が一気に溢れて爆発した。
「ドクターが、こんな事もあろうかと、とか冗談で付けた機能が役に立ったわね~」
「トゥーレが馬鹿だって連呼してた分、ドクター大喜びだろうね」
 クアットロがコートの裾を風で後ろに流しながら飛行し、ディエチがビルの壁面を蹴って跳び跳ねる事で逃走する。
 ディエチのISによって内部に溜められていたイノーメスカノンのエネルギーを利用しての自爆。持ち主であるディエチの命令によって爆発を起こした狙撃砲は二人の後方にあるビルの屋上を見事破壊した。
 その場にいたフェイトは生きているだろう。もしかすると無傷かもしれない。だが、クアットロとディエチの逃げる隙は生じた。
「IS発動」
 クアットロが飛行しながらシルバーカーテンを発動して姿を隠そうとする。
「シルバーカーテ――!?」
 その直前、二人の間をひとつの閃光がよぎる。閃光は二人を追い越し、その進路上で急停止した。
 爆発に巻き込まれた筈のフェイトだった。
 ほぼ一瞬で二人を追い越し回り込んだフェイトが左手を真っ直ぐ伸ばしながら振り返り、足下にミッドチルダ式魔法陣を展開させる。左手の先にも同様の魔法陣が縦に展開し、表面に魔力が集まっていく。
「嘘ン!?」
 シルバーカーテンで今更隠れたところでもう遅い。
「後ろにも!?」
 ディエチがいつの間にか背後にまで接近していた魔力スフィア、サーチャーの存在に気づく。その向こうの空には白いバリジャケットを着た砲撃魔導師が杖を構えて長距離砲撃の準備を完了させようとしていた。
 最早逃げ場が無かった。
「ディバインバスター!」
「トライデントスマッシャー!」
 二種の砲撃魔法による挟み撃ちが二人に向けて放たれた。



「これはもらっていくね」
 キャロからケースを奪い取ったルーテシアがそう宣言した。
「ルーちゃん…………」
 衝撃で渋れる体を起こそうとしながら、キャロの口から自然と友人の愛称が漏れる。
 彼女は本気だった。出し惜しみなく、全力でレリックを手に入れようとしていた。それほどまで、ルーテシアはレリックを求めている。
 その事情は未だ謎だが友人相手に容赦なく苛烈に、遠慮も何もない。友達だからと云って加減する気もなければ甘い判断もしない。
 あれ? いつも通り? ――などと、キャロはふと思った。無茶ぶりが直接的になっただけで、それ以外は前と同じだ。
「………………」
 なら自分もまた以前同様に対応すればいいのでは? むしろ、本当に全力でやらないと色々すり減ってしまう。
 そんなキャロの思考を余所にルーテシアはその場でケースを開けた。大きなケースとは逆に不釣り合いな小さな赤い結晶体があり、封印処理を施されている為か発光せず、ただの赤いガラス細工のように見える。
 ルーテシアの視線がレリックから台座となる部分に張られたプレートへ刻印された数字へと移る。
「…………いらない」
 そして無造作に捨てた。
「えぇーーーーっ!?」
 キャロは思考を中断して叫びを上げた。封印処理がされているとは云え、レリックは高エネルギー結晶体だ。下手に扱えば内部のエネルギーが炸裂して周囲を焼け野原にするほどの爆発を生む。それを無造作に、足下に転がる石を蹴飛ばすような感覚で捨てたのだ。
「あ、あの、ルーちゃん。それ、欲しかったから私達と戦ったんじゃないの?」
「アレじゃない」
「だからってルールー、危ないだろ」
 ルーテシアの肩上にまで飛んできたアギトもまた呆れる。
 しかし、アレじゃない、とはどういう意味だろうか。確かにルーテシアはレリックと認識して、プレートの刻印を見てからケースを捨てた。レリックという以外にも何か基準があるのだろうか。
 それとも、ただの勘違いで襲ってきたのか。
 ――ルーちゃんなら有り得る!
 よく知る友人だからこそ否定できなかった。そして自分のしでかした事を棚に上げて何事もなかったかのように振舞う。
「ん?」
 放り投げられ、屋上の床を数度跳ねたケースからレリックが飛び出して転がる。
 爆発はしなかった。ただ、赤い結晶体が一瞬淡い光を見せたかと思うと突然消え、代わりに僅かな魔力が飛び散った。
 床に落ちた衝撃で砕けた幻術。それはティアナが地下から地上に戻る前に、ダミーとして用意した物だった。
「まさか、偽物だって気づいて――」
 幻術だと気づき、だから要らない、ルーテシアはケースごと偽のレリックを捨てたのだと――
「幻術だったんだ」
 そう他の皆が考えた瞬間、今気づいたとルーテシアが呟く。そしてもう興味を無くしたと言わんばかりに、視線を外す。
「え? ええっと、偽物だって気づいてたんじゃ」
 床の上で寝転がったままのキャロがルーテシアを見上げる。
「ううん」
 そして、首を横に振られた。
「そ、そうなんだ……」
 最早、肉体的負傷と精神的疲労の二重で起き上がる気力も湧いてこなかった。
「こ、こんな事でバレるなんて……」
 一方、隙を窺っていたティアナがある意味悲痛なトーンで呟いた。
 自分の幻術が衝撃に弱いなど自覚していた事だが、まさかこれじゃないと言われ捨てられて、そのついでみたいな感じで幻術がバレる。これなら普通に幻術魔法の未熟さでバレた方がマシだった。
「じゃあまたね。キャロ」
 少女の足下に魔法陣が展開される。
「転送魔法!?」
 一度迎撃され距離を離された六課のメンバーが急ぎ戻る中、紫の少女は転送魔法発動の予兆となる光に包まれる。
「待ちなさい!」
 言葉と共に、ティアナが隣向かいのビルから射撃魔法を放つ。だが、それがルーテシアに届く前に彼女たちの姿は消えた。
「くっ、逃がしたか」
 結局相手を逃がした事でティアナは悔しそうに顔を歪ませるが、すぐに表情を戻すとクロスミラージュから魔力糸を伸ばしてキャロのいるビルの屋上へと跳び移る。
「キャロ、大丈夫?」
「は、はい、私は大丈夫です。でもフリードが」
 ティアナに手を貸してもらい、キャロは立ち上がるとフリードの傍に駆け寄る。
「良かった。大した怪我じゃない」
 巨大な拳によって墜落させられたフリードの怪我は軽い。寸前で防御したからか、それとも加減されたのかは分からない。
「まだ気を抜くなよ。不意打ちしてきた奴がまだどこかにいる筈だ」
 キャロへと皆が集まる中、ヴィータは周囲を警戒する。姿が見えない襲撃者が攻撃方法からして最低でも二人はいる筈だ。
 その時不意に、隊に通信が入った。
『それはこちらで補足した』
 声は、シグナムのものであった。

「…………どうする?」
「どうする、と聞かれても。どうしましょう?」
 廃棄都市の建物の中にて、空中に浮かぶ一つのモニターを前にオットーとディードが顔を付き合わせて唸っていた。
 レリックを奪取しようとするルーテシアのサポートの為に残っている二人だが、当の本人が早々に退散してしまった。
 ケースに入っていたレリックがダミーだと判明はしたが、本物の居場所は把握できていない。それに、今は副隊長を含むメンバーが揃っているのだ。何か行動を起こすとなれば、二人だけでは心許ない、どころか無謀だ。
「クアットロお姉様に指示を仰ぎたいところだけど、向こうは向こうで大変な状況みたいだし」
「僕らも帰ろうか?」
「それは…………そうしましょうか?」
 任務放棄になるのでは? と一瞬ディードは考えたが、今回のレリック奪取での主軸だったルーテシアがどこかに行ってしまったので、自分達も帰ってしまおうと結論づけた。
 双子の戦闘機人は切り替え早く、レリックの事は完全に諦めて離脱する準備を始める。
「――え?」
 いざ逃げようとした時、隠れていたビルの全体が軽く振動して、破壊音が聞こえた。
 一つだけではない、連続して、しかも段々と近づいてくくる轟音に二人は部屋の壁を振り返る。
 直後、壁を破砕して白刃が現れた。
 ワイヤーによっていくつもの刃が繋がれたそれは四方の壁を破壊しつつ二人を囲んで流れるように周回、刃の檻となって閉じこめる。
「この武装はッ!」
 驚きも束の間、回転する刃の檻は壁を破壊して完全に二人を閉じこめると急速に狭まる。更に頭上、天井を破壊して刃の切っ先が落ちた。

「どうですか?」
 崩れ落ちる建物の向かいビルの屋上の上、そこには二人の騎士の姿があった。共に騎士甲冑を着たシグナムとシャッハだ。
 聖王教会からシグナムを廃棄都市へと送り届けたシャッハは隣に立つシグナムに振り返る。
「いや…………」
 シグナムの手には柄だけの剣があり、刃の代わりにワイヤーが伸びていた。
 ワイヤーの途中途中には刃があり、それらが陽光を反射させて崩れ落ちた向かいのビルにまで伸びている。シグナムが右半身を後ろに引きながら同時に柄を持つ腕を後ろにやり、ワイヤーによって連結された刃を引き戻す。
 ビルの瓦礫に埋もれていた連結刃が障害を粉砕しながら外へと抜き出、風を切りながら柄へと戻りワイヤーを収納しつつ刃同士が接合し剣の形と成る。
 通常の形態となったレヴァンティンの刀身をシグナムを見る。一部に斬撃を受けたような傷跡があった。ひっくり返して見れば反対側の別の箇所も同じような傷が残っている。
「邪魔が入った。何者かが割り込んで、無理矢理脱出したようだ」
「まだ隠し玉があったということでしょうか」
「そうだな。ハラオウン達も逃がしてしまったようだ」
 一度改めて刀身の傷を見下ろしたシグナムはレヴァンティンを鞘に収め、後ろを振り返る。彼女が視線を向ける方角には、ここから見えはしないがかつて戦場となり大火災の発生元となった臨海空港があった。
「…………他に隠れているのはいないだろう。戻ろう」

 廃棄都市の一端、時空管理局のレーダー外の場所で長身の女性が両腕を組み憮然とした様子で立っていた。その足下には長身の女と同じ青いボディースーツの少女が二人座り込んでいる。
「まったく。私が監視についていなかったらどうするつもりだったんだ」
「ごめんなさい、トーレお姉様。でも、助かりました~」
「反省…………」
 機動六課分隊長二人による砲撃から助けられたクアットロとディエチは緊張から解放された安心からか疲れたように脱力していた。
 そんな妹達の様子を見下ろし、トーレは溜息を吐いた。その時、高速で近づいてくる反応を受けてそちらに振り向く。
 直後、他に誰もいなかった場所に一つの影が現れた。
「戻ったか」
 影の正体はトゥーレだ。
「こっちも回収した」
 と言って、両脇に抱えていた二人を下ろした。小さな悲鳴を上げて地面に落ちたのはディードとオットーの二人だ。
「お前がいて助かった。さすがに、別地点にいる二人までは無理だったからな」
「まあ、そのぐらいはな。にしても、ルーテシアには参ったな」
「お嬢の目的からして仕方がないだろう。それに、ドクターは十分な成果は得られたと言っていた。今回はもう撤退する」
 トーレが弟のトゥーレに視線を向けると、それで意図の伝わった彼は転移用の魔法陣を地面に展開させた。
「レーダー外とは云え、管理局が捜索しに来ないとは限らない。すぐに離脱するぞ。セインとセッテはもうアジトに帰還した」
「ルーテシアお嬢様は?」
 魔法陣の中に入りつつクアットロが聞く。副隊長に追われていた為、その間に起きた出来事は把握していないのだ。
「お嬢も既にアジトに戻っている。しばらくはこっちで過ごす予定だ」
 その返答に嫌な顔をしたのはトゥーレだ。そのあからさまな顔にナンバーズが反応する。
「大変ね、トゥーレちゃん。きっと、いえ、絶対お嬢様から色々言われるわね~」
「色々ってなんだよ」
「あの女は誰……、とか?」
「お前等やっぱり見てやがったな。デバガメしてんじゃねえよ!」
 続いて呟いたディエチの言葉にトゥーレが怒鳴るが、姉妹達は止まらない。
「良い雰囲気でしたね」
「…………デート」
「帰ったら皆で鑑賞会ね~。編集しないと」
「ふざけんな! 録画もしてやがったのか。消せ!」
「無理だよ。だってデータはウーノ姉に送っちゃったし」
「よりにもよってお前…………」
「お前達、いいから帰るぞ」
 トーレの怒気の言葉で、ようやくナンバーズ全員が魔法陣の上に立った。



 廃棄都市での戦闘から後日、トゥーレは聖王教会の土地に足を踏み入れていた。肩には数冊の書籍が入ったリュックをかけている。
 聖王の器が見つかり、管理局の総合会議も近い。いずれ、ミッド全体を巻き込んでスカリエッティが行動を起こす。そうなればトゥーレがここに来る事が出来なくなるだろう。
 そうなる前に、聖王教会下の図書館から借りた本を返そうと彼はここに来ていた。実際に事が起きれば本の数冊が借りたままになっている事など些細なものではある。だからと云って、わざわざパクるつもりはトゥーレに無かった。
 どこか遠くから、気合いの入った声が一定の間隔を置き連続して聞こえてくる。近くには騎士の寄宿舎があり、そこでトレーニングをする教会騎士の声だろう。教会関連の施設が多くあるこの地区ではおかしくはないものだ。
 朝からよく頑張るもんだと、下手したら皮肉と取られる感心をしながらトゥーレは歩を進める。
 病院の前を通り過ぎようとした時、敷地と歩道の境にある境界線代わりの茂みが揺れた。
「ん?」
 トゥーレが視線をそこへ向けるのと、茂みの中から何かが飛び出してくるのはほぼ同時だった。
「あうっ!?」
 それは小さな少女だった。トゥーレの足に体をぶつけ、小さな悲鳴を上げた。
「はあ?」
 足を止めたトゥーレは、いきなりの事態に眉をしかめて少女を見下ろす。
 長い金髪の、子供用の入院着を身につけた少女は鼻を打ったらしく両手でそこを押さえながらぶつかった対象を見上げる為に顔を上げる。
 互いの目が合った。
「………………」
 左右の色が緑と赤の瞳がトゥーレをぼんやりと見上げている。その揺れる瞳にトゥーレは驚きと共にある予感を覚えた。
 非常に、色々と嫌な予感だ。
 慌てて走っていたのだろう。最初、自分が何にぶつかったのか分からず呆然としていた少女はトゥーレを認識すると、段々と顔が歪んでくる。
 ――ヤバい!
 予感が的中、だが何をするにしても、もう遅い。例えそうでなくとも、子供の扱い方など知らない彼には何も出来なかっただろうが。
「――わあああぁっ!」
 泣かれた。
「なんでだよ…………。ほら、泣くなって。まるで俺が何かしたみたいだろ」
 しゃがみ、少女をあやそうとするが子供の泣き止ませ方など分かる筈もなく、大の男が一人の子供相手に困惑させられる。
「どうすんだよ、これ…………」
 泣き止まぬ少女を前にトゥーレは頭を掻く。平日の昼だから人通りは少ないが、誰かに見られれば不審者扱いなのは間違いないだろう。
 考えたところで答えも出ず、無為に時間が過ぎようとしたその時、トゥーレは自分の背中に硬い金属質の物が当たるのを感じた。
「――なにをしているのかな?」
 エース・オブ・エース、時空管理局の高町なのはの静かな声が背後から聞こえた。

「殺されるかと思った」
「そんな事しませんよ。さっきの冗談ですから。冗談」
 聖王教会の病院、その敷地内にあるベンチにトゥーレとなのはが座っている。
 なのはの膝には金髪の少女が、泣き疲れたのか彼女の膝を枕代わりにして眠っていた。
「何にしても助かった。あのままだと変質者扱いだったかもしれないからな。まあ、脅されたけど」
「だから、冗談ですよ。もしかして怒ってます?」
「さあな。ところで、その子供どうした?」
 目の前で少女に泣かれたトゥーレの背に杖型デバイスを突きつけられたものの、なのは事情を予め知っていたらしく魔法を打つこと無く、すぐに少女をあやした。
「ちょっと色々あって…………聖王教会から六課へしばらく預かる事にしたんです。詳しい事は話せないんですけど」
「ふうん」
 その時、溜息に似た小さな声と共に、なのはの膝の上で眠っていた少女の肩が動いた。眠りから覚醒した少女は寝ぼけているらしく呆っとした表情で、目はなのはとトゥーレに向いているのに虚空を見つめているようだった。
「俺、本返しに行かないといけないからこれで。なにがあったか知らないけど、あんま根を詰め過ぎんなよ」
 オッドアイの少女が完全に覚醒する前に、よく無理をするなのはに対してそれだけを最後に注意し、トゥーレは返事も聞かずに足早に去る。
 これ以上、あの少女に関わるべきでないと判断したからだった。

 判断、したからなのだが――
「すっげー間抜け晒してる気分だ」
 書籍から紙袋へと所持品を変えて、トゥーレは機動六課隊舎に向かって歩いていた。
 あの後、本を返しに行ったまでは良かったのだが、帰ろうとしたところをシャッハに見つかった。
 彼女はトゥーレを見つけるとある頼み事をしてきた。それは、ウサギのヌイグルミを六課に届ける仕事だ。
 なんでも、トゥーレも会った例の少女がここにいる間ずっと持っていた物らしく、そのままあげようとしたところ、話が間に合わず置いていかれたらしい。
 こんな物なくたっていいだろう、また今度にしろよ、と抵抗を続けたトゥーレだったが結局は教会の仕事で忙しいシャッハの代わりにヌイグルミを持っていく事となったのだ。
「六課は託児所じゃないから、言いたい事は分かるんだが…………」
 ――ヌイグルミの代わりならフリードやリイン、ザフィーラの三人(?)がいる。歳の近いエリオやキャロ、ヴィータだっている。訓練中とか仕事中なら、暇な職員を遊び相手にすればいい。そうだ、クイントがいるじゃないか。いや、教育に悪いから駄目だな。
 などと、トゥーレが一部の人物に喧嘩を売るような事を考えているといつの間にか隊舎前に到着した。
「はぁ…………」
 気が重いながらも、ヌイグルミの入った紙袋を持ち直して玄関を潜る。紙袋は汚れない為にと適当な理由をつけてシャッハから貰ったもので、実際は男がこんなの持って歩けるかという理由だった。
 部外者なのだから呼び止められるかと思ったが、物珍しそうな目で見られただけで玄関を呆気なく通り抜けてロビーに入れた。
「ザル……って訳でもないか」
 ロビーの天井の隅にある監視カメラに見られながら、トゥーレは知った顔がいないか周囲を見回す。
「あっ、はやてちゃん、あれってもしかして」
「あれ? まさかトゥーレさん?」
 運が良いのか悪いのか、聞き覚えのある声にトゥーレは後ろを振り返る。そこには八神はやてとその肩に乗るリインの姿があった。
「…………はぁ」
「うわっ!? なんなのそれ。振り返った時から既に嫌そうな顔やし、しかも溜息まで吐いて!」
「だって、なあ?」
「そんな微妙そうに、なあ、とか言われてこっちが困るわ。トゥーレさんって私の事もしかして嫌い? 嫌いなん!?」
「そんな事より、なのは知らないか?」
「そんな事ってなに? 私とては重要なんだけど…………。まあ、ええわ。なのはちゃんなら、子供の面倒見とるよ」
「ああ、例の子供の面倒ね。朝、なのはに会って聞いた。事件の被害者、預かってるんだって? 詳しい話は聞いてないが」
「あれ、知ってるのか。なのはちゃんの子供だって言って驚かせようかと思ったのに」
「お前な…………」
 本当にこれが管理局のエリートでいいのだろうか。仮にも一部隊を預かる隊長だろうに。
 そう訴えかける視線を送るトゥーレに、はやての横に浮かぶリインも苦笑いする。その時彼女はトゥーレが持つ紙袋の中身に気づいた。
「うさぎのお人形さんですね。どうしたんですか、これ」
「シャッハから頼まれて、その子供にって。ちょうど良かった。お前に渡しとく」
 トゥーレはヌイグルミの入った袋をはやての前に差し出した。
「シャッハからか。聖王教会は養護施設も多いし、服とか色々くれたけどヌイグルミまで」
「確かに渡したから。じゃあな」
「ちょい待ち」
 立ち去ろうと踵を返したトゥーレの上着の裾をはやてが掴んで彼を引き留める。
「なんだよ」
「せっかく来たんだし、もうちょっとおってもいいでしょ。それともこの後何か用事がある?」
「いや、特に無いけど」
 計画が近いのでアジトに戻らなければならないが、あまり顔を出したくない。この前の、ギンガとの買い物の件を未だにナンバーズからからかわれ、ルーテシアの機嫌も何故か悪い。
「じゃあ、丁度ご飯時だし、一緒に食べよう。皆もおるし」
「はぁ? なんで?」
 皆、というとどの位の人数か分からないが、はやてが皆と言えばおそらくヴォルケンリッターをはじめ大人数だろう。
「断る。じゃあな」
 正直に言えば会いづらい。聖王の鍵と目される少女もいるだろうし、最早手遅れの感はあるがトゥーレ個人からすればこれ以上の接点を持つ事は遠慮したかった。
「ええ~、今用事無いって言ったじゃないですか。一緒にご飯食べましょうよ~」
 トゥーレの上着の裾を掴み、はやてが食い下がる。何が楽しいのか、リインもはやての真似をしだす。
「離せって。お前仮にも隊長だろうが。そんなガキみたいな事して恥ずかしくないのかよ!」
 騒ぎに、ロビー前を横切る他の局員達が歩を止めないもののトゥーレ達に視線を向けている。
 けれどもそんな事関係ないと言わんばかりにはやてはトゥーレを引きずり始める。
「あっ、おいコラ引っ張るな! お前、一応怪我人だろ。なんでそんな力があるんだよ。ゴリラか」
 松葉杖を付きながらも男一人引きずるのは女の腕力ではない。
「ゴリラって、本当失礼やね。これは魔法を使ってるんよ。ほら、キリキリ歩く」
「だから待て。だいたい、ロビーならともかく隊舎に一般人が入ってもいいのかよ」
「試験部隊って言っても治安を守る部隊なのに、一般人拒絶してどうすんの。私ら、公務員だし。勿論、関係者以外は入れない場所もあるけど」
「そう言ってもな…………」
「社会見学の応募も受付とるけど、だーれも来ないし。案内マニュアルだって覚えたのに」
「何でそんなマニュアルなんて物があるんだよ。もしかして作ったのか? 仕事しろよ」
「ちゃんと仕事してますー。それに案内マニュアルはどの部隊の事務にも置いてあるんですよ。うちのは最新版だけど」
「何考えてんだ管理局は。だいたいそれは隊長格がやる仕事じゃないだろ」
「やってみたかったんだもん。小さな旗持ってガイドさんみたいに案内ツアーとか、面白そうでしょ。その間書類仕事から逃げれるし…………」
「最後のが本音だろ!」
 などと言い合っている内に、トゥーレははやてに引っ張られてロビーの奥へと進んでいく。
「まあ、立地のせいで今まで誰も来たことないけど」
 片側がガラス張りの廊下を進むと窓の向こうには、海とそこに浮かぶ訓練用フィールドのプレートがあった。
 ヘリでも無い限りは車で行くにしても不便な場所に違いないようだった。
「とうちゃーく!」
 そして、結局トゥーレは為すがままに食堂へと引きずり入れられた。その頃には、彼は嫌そうな顔をしながらも抵抗を諦めた。
「違うんだって母さん!」
「何が違うのよ。郵送させてきた荷物の差出人にばっちり名前書いてあったわよ」
「だ、だからそれは急に仕事が入って」
「一緒にいたのは間違いないでしょ。ああっ、ギンガもそういう歳なのね。遅かったぐらいだわ。あとはスバルだけね」
 もう抵抗しないからとはやての手から解放されたトゥーレの耳、そんな会話が聞こえてきた。
 食堂のメニュー受け取り口の方に知った顔があったのだ。
 クイントとギンガのナカジマ母娘だ。食事の乗ったトレーを持った体勢のままギンガが母に何か訴えかけているように見えるが、クイントが口の端を愉快そうに釣り上げていることから娘が母にからかわれているようだった。
「スバルはただ単に鈍感だけど、彼の場合はワザと見てないフリをしてる節があるからガンガン行くべきよ、ギンガ」
「だから…………」
 最早呆れ果て、言いかけた言葉を途中で止め、ギンガは頭を小さく振るとトレイを持ってそこから離れようとして、トゥーレの姿がある事に気づいた。
「ト、トゥーレさん!?」
 本当に驚いた声を上げて、ギンガは危うく食事の乗ったトレイを落としそうになった。




[21709] 六十五話 嵐の前触れ
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2013/03/12 19:36

「ここまででいいぞ。今日は邪魔して悪かったな」
「あ、いえ、こちらこそ。みんな、トゥーレさんが来て嬉しかったはずですから」
 機動六課隊舎のある湾岸部から都心へと繋がる路上で、トゥーレとギンガの二人は一度立ち止まって向き合った。
 トゥーレが教会からの荷物をはやてに預けたところで拉致同然に連れられてから数時間が経っていた。
 食堂で六課の主体となるメンバー達と他の局員の視線が集まる中で食事をとり、軽く談笑した。さすがにランチタイムが終わるとそれぞれが仕事や訓練へと戻って行ったが、六課内での最高責任者の部隊長であるはやてが何故かいつまでもその場に止まってトゥーレにちょっかいをかけていた。
 おそらく、外部からの客であるトゥーレをダシにして仕事という名の現実から逃亡していたのだろう。その証拠に、部隊長補佐であるグリフィス・ロウランが穴を穿たんとするほどに冷たい視線ではやての背中を見つめていたのだから。
「まあ、面白いもの見れたしな。部下に引きずられていく部隊長どのとか、分隊長を対象に賭けしてた職員とか」
「最後のはトゥーレさんのせいじゃないですか」
 苦笑いを浮かべ、ギンガは数時間前の騒ぎを思い出す。
 保護した人造魔導師素体の少女、ヴィヴィオをなのはとフェイトが甲斐甲斐しく面倒を見ていた時だ。
 最初は怯えるように萎縮していたヴィヴィオも二人に懐き、スバルの入れ知恵もあってママと呼び慕い、まるで仲の良い家族のように三人一緒だった。
 そんな光景を見たトゥーレが発した言葉が騒ぎを起こした。
『前々から気になってたんだが、お前ら付き合ってんの?』
 その時の様子を言葉で表すのなら――時が止まった。
 なのはとフェイト、フォワードの新人達、ベルカの守護騎士達、聞き耳を立てていた他の局員など誰も彼も動きを止めた。
 指一本も微動だにせず、呼吸も止まり、思考も停止する。空気も機械も、もしかすると世界すべてが動きを止めたような気がする。
「あれから大変で」
「お前の母親がな」
「うっ…………」
 星が再び回転を始め、なのはとフェイトが共にそれを否定した直後にクイントが騒ぎ出した。同時に耳に全神経を集中させていた局員達が悲鳴を上げ、残りが喜びの声を発しながら何かの紙切れ片手にクイントの元に集う。
 どうやら、賭けの対象にされていたらしかった。
「公務員がそんな事していいのかよ」
「お金じゃなくて食券だったし、多分……」
 ぼそぼそと、自信なさげに言うギンガだった。
「まあ、部外者言っても仕方ないな。見送ってくれてありがとな。俺はこれで」
「あっ、はい…………」
 沈みゆく夕陽が眩しいのか、ギンガは目を細めてトゥーレの顔を見上げる。
 夕陽が、蝋燭が消える間際により強い火を灯すように周囲を赤く染め、トゥーレの顔はその影となって表情さえも窺えない。
「…………今日はありがとうございました。良ければまた、来てくださいね」
「いいのかよ。また俺を口実に隊長さんがサボるんじゃないのか?」
「普段は心配になるくらい働いてるんですけどね」
 試験部隊として新設された機動六課には様々な新技術が試験運用されている。専門的な話はシャリオを始め技師達が報告書を作成しているが、それを整理し上へと報告しているのは隊長であるはやてだ。
 それだけでもオーバーワークに近い仕事量だと云うのに、六課が抱えている案件は戦闘機人事件やロストロギア関連など難題ばかりである。各部隊からなのはやフェイト達など気心が知れてすぐに連携を取れる仲間達を、その部隊においても貴重な戦力である彼女達を出向扱いで六課に置いているのも、様々な案件が絡む戦闘機人事件に対応する為だ。それでも隊長として必然的に仕事が増える。
 しかも、彼女は秘密裏に戦闘機人事件の裏に潜む者達の調査も行っていた。友人達から生き急いでる、ワーカーホリックと心配されている彼女もさすがに根を上げる程の仕事量だった。
「無理しないようにだけ言っておいてくれ。つっても、そういうの止める奴はちゃんといるんだろうけど」
 そう言われてギンガが思い浮かべるのは、数週間に一度の割合で早朝に聞くはやての悲鳴だ。
 それを初めて聞いたのはギンガが六課へと出向して間もなく。ギンガは早朝訓練の為に早起きし、ランニングする為に外へ出た時のことだ。
 局員の寮から外に出て、隊舎の前を通りかかると建物の傍で朝早くからヒソヒソと言葉を交わす医務官のシャマルと食堂のおばちゃんであるクイントを目撃した。
 二人は互いに頷くと、いきなりクイントが隊舎の壁を登り始めたのだ。
 実の母の奇行を、シャマル先生がいるからいいか、と無視してギンガはランニングを開始したのだが、その数分後にはやての悲鳴が聞こえてきた。
 後から妹のスバルにその話をしてみれば、八神隊長また徹夜したんだ、という返事が返ってきた。天然入ってる実の妹は当てにならぬと、その友人であるティアナに聞き直せば今度はちゃんとまともな答えが返ってきた。
 どうやら、はやては何日も徹夜する事があるらしく、放っておけば倒れるまで起きているので隊長だろうと強行できるシャマルとクイントが彼女を無理矢理にでも休ませているのだとか。
 それで何故悲鳴が上がるのかは不思議だが、ともかくちゃんと止めてくれる人間がいるのは間違いない。
「それじゃあな」
「…………あのっ」
「ん? なんだ?」
「あ……いえ、なんでもありません。では、また会いましょう、トゥーレさん」
 夕陽の大部分が沈み、空に反対側から闇が覆い始めた。
 赤い線を残すまでとなった地平に向かい、トゥーレはギンガに背を向けて歩き出す。
 日が完全に沈んだ道の先、空が闇の黒と星の光に包まれた向こうから丁度誰かが歩いてきた。
 管理局の制服を着た、長い銀髪の女だ。
 トゥーレと女は互いに視界に収めながら歩みを止めずにそのまますれ違う。
 トゥーレは都心の光がまだ遠くに見える暗い夜道の方へ、女は夜になっても窓から光が見える六課隊舎の方へとそのまま進んでいく。
「お帰りなさい、リインフォースさん」
 ギンガが銀髪の女を迎える。
「遺失物管理部の方に行ってらしたんですよね」
「はい。保護した少女の事で気になった事があったので資料の確認に。アグスタの件のついでですが。それより、先ほどの男性は?」
「トゥーレさんですよ」
「ああ、彼が例の…………」
 リインフォースは後ろを振り返るが、既にトゥーレの姿は暗闇の中に消えていた。
 トゥーレという人物の話は主をはじめとした周囲の人間から聞かされていた。前に事件のあったオークション会場であるホテル・アグスタにも来ていたらしいが、結局顔を合わせる事はなかった。
「………………」
「どうしました? もしかして、見覚えがあったりします?」
「いえ、別に……。ただ、なんとなく似た気配をどこかで感じた覚えがあったのですが」
「そうですか。ところで、リインフォースさんは四年前の大火災の時にはやて隊長達と再会したんですよね」
「そうです。戦闘機人事件やレリック事件と関係あると思うのですが、残念ながらその時の記憶が朧気なので手がかりになりそうな情報はありませんでしたが。それが何か?」
「いえ、なんでもないです。ごめんなさい、変な事聞いてしまって」
 頭上から街灯が照らす中、ギンガは笑った。
 それは聞いた事に対する自虐の苦笑いであるのだろうが、リインフォースには何かを我慢しているのを誤魔化しているようにも見えた。

 ギンガとリインフォースが六課へと戻ると、皆が食堂に集まっていた。
「あっ、お帰りリインフォース。ギンガと一緒だったんだ」
 チョコスティックをくわえたはやてが振り返った。
 彼女の前にはテーブルの上に並べられた菓子類が大量にあり、他の皆がそこを中心に集まって食堂の大型モニターの前に陣取っている。
「なにをしてるんですか?」
「仕事明けのお菓子パーティー、のついでにこれ見ようと思って」
 はやてが言うと同時、大型モニターに映像が流れ始める。
「これって、もしかして過去の公開意見陳述会の映像ですか?」
 モニターに映し出された大きな会議室には多くの局員達が席に座っている。だが、彼らの着ている制服は今のものと違う、古いデザインのものだった。
「もうすぐ陳述会でしょう? はやてちゃんはそれに出席するし、他のメンバーも警護に回るから参考になるかと思って私が持ってきたのよ」
 クイントがキッチンから人数分のお茶を持ってき、皆に配り始めながら言った。
「またお母さん?」
「その、人が騒ぎを起こしてる中心みたいな言い方やめてよ」
「あっ、始まったよ」
 映像の中で、会議が始まる。
 一般的にイメージされる会議という光景そのもので、シャクシャクと堅苦しい様子で話が進み始める。
 やはり難しい話がされていき、エリオとキャロ、そしてギンガが首を傾げながらも話に必死についていこうとして、ヴィータは完全に聞き流して糖分摂取に集中する。
「都市内での飛行規制はこの時に話し合ったんですね」
「今でも飛行できる魔導師は少ないからな。管理局ができた頃を考えれば遅いかもしれないが、それも仕方がない」
 逆に、真面目に聞いて内容を理解しているのもいる。
「ママー、これいつおわるの?」
 そんな中で一番最初に根を上げたのが、当然と言うべきかヴィヴィオだった。まだ幼い少女に、会議の映像など見せられても退屈なだけだろう。
「もうちょっと待てば面白い物が見られるわよ。例えば、これ」
 クイントがモニター内のある一点を指さした。全員の視線がその指に誘導されるままそちらに向くと、ある青年の姿があった。
「見覚えがあるような…………」
 ヴィヴィオを除き、ほぼ全員がその青年の顔に引っかかるものを感じた。知っているような、それでいて見た覚えがあるのかあやふや、答えが出掛かっているけど出ないという感覚だ。
「う~ん、出掛かってるけど思い出せない。ティアは分かる?」
「私も同じ。どこかで見た気がするんだけど」
「ギンガは分かる?」
 スバルとティアナを聞いたクイントがギンガに聞くが、彼女もまた首を振る。姉妹が青年の正体に気づかないのを見て、やや呆れたようにクイントは答えを言う。
「せめてスバルとギンガは気付きなさいよ。ゲンヤ泣いちゃうわよ?」
「――え?」
 全員が再びモニターに小さく映る青年へと注目する。
「若っ! ゲンヤさんすっごく若い!」
「言われてみれば面影あるわね」
「…………別人?」
「母さん、この人本当に父さん!? たしかに似てるけどさ!」
「そりゃあ、隊長に出世するより前のものだし、この陳述会にも上司の付き添いで来てるだけよ」
「ゲンヤさんにもそんな頃があったんですね」
「そりゃあ、あるでしょうに。あっ、こっちに映ってるのはレジアス中将ね」
「こっちも若ッ! 髭も生えてないし!」
 今では隊長格かそれ以上の地位にいる者達の若い頃の姿が見れるというは珍しいものがあった。
「む……デバイスを所持していないか?」
 狼形態のザフィーラが目敏く、彼らがデバイスを待機状態で所持してるのを見つける。
「本当。もしかしてこれってデバイス持ち込み禁止する前の公開意見陳述会なんですか?」
「というかその原因」
 二度目の、えっ――という声が全員(ヴィヴィオ除く)から漏れた。
 段々と白熱していく議論。厳粛とした空気から徐々に、身を乗り出し口からは唾を飛ばし合い、テーブルを力強く叩く光景へと変わっていく。
 そして最終的には――
「あっ、撃っちゃった」
 最初に抜いたのは誰なのか。ともかく、その一発が開戦の狼煙となって意見陳述会が物理的なものに移行する。
 待機状態のデバイスを杖へと変化させ、己の主張がこれに込められていると言わんばかりに魔法を発動させていく。
 言葉ではなく色とりどりの魔力光弾が飛び交い、机を叩く音が破壊音に代わり、掴み合い引っ張り合い、魔力爆発までもが頻繁に生じる。
 一度火が付いてしまえば止められる者はいない。進行役だった者も最初は止めようとマイクで拡張された声を張り上げたが、怒声や爆音の方が尚大きく、止まれと言って聞く耳を彼らが持っているとは思えず、早々に諦めて記録係他事務と共に会議室の隅へと避難していった。
「うーわー…………」
 一部を除き、食堂にいた彼女達は唖然とした。
「やっぱり昔のだけあって魔法は単純な物が多いね。デバイスの種類もそう多くないし」
「だな。ベルカ式の使い手も少ねーし」
「注目するとこそこじゃないですよ。これは、持ち込み禁止にもなるわね」
 スターズ分隊トップのなのはとヴィータの見当違いな物の見方とモニターの光景に、ティアナが頭痛を我慢するかのように頭を押さえる。
「えっ!? この人、直射弾一つで誘導弾三つ撃ち落としてる!」
「ええっ!? こっちだと跳弾させて机の後ろに隠れた局員に当ててる!」
 垣間見える過去の管理局局員達の技能に、呆れていた筈のティアナまでもが興奮した様子でモニターに食い入るように見つめる。
「あの古代ベルカ式の剣使い、巧いな」
「そうだな。射撃型の魔導師との戦いに慣れてるぞ」
 現代よりもデバイスの性能や魔法が発展していない分、使用者自身の技量が全体的に高かった。退屈な公開陳述会のビデオが、日夜鍛錬を怠らない克己心溢れる彼女達には過去の魔導師の戦い方が見られるいい教材となっていた。
「きれいー」
 そして唯一の一般人であり最年少のヴィヴィオは怒声飛び交う戦場を、フェイトが彼女の耳に口汚い言葉を聞かせないために音量を小さくしたせいか、祭りか何かと勘違いしているらしく、魔力光弾の爆発と煌めきに目を輝かせていた。
「そういえばノバルさんやギンガさんのお父さんは大丈夫なんでしょうか?」
「あっ」
 キャロの言葉に、集中していた皆の動きがふと止まる。
「わあっ! 父さんが危ない!」
「いや、大丈夫だから…………」
「ここ、この端の机の所にいますよ!」
 最初にゲンヤの姿を見つけたのはエリオだった。彼が指で示す先を見てみれば、机と机の間の床を匍匐前進するゲンヤ・ナカジマの姿があった。その後ろからは同じく魔法資質が無い者達なのか、同じように移動する他の局員の姿もある。その動きは元から地を這う生物かのように速い。
 彼らが向かう先は、広い講堂の隅にて据え付けの机や椅子を引きはがして作られたバリケードであった。
「こっちはこっちで慣れてるわね」
 バリケード内では非魔導師や魔法的言論に破れ気絶した負傷者を収容し、通信機で外からの救援を要請している様子が見てとれた。
 非魔導師の中には、シールドやバリアを解除或いは魔力光弾で攻撃する瞬間を狙い、バリアジャケットを着ていない魔導師を後ろから羽交い締めにして気絶させる猛者までおり、さすがにそれには絶句する六課の面々だった。
「あの人、人間ですか?」
「極たまにいるわよ、ああいう人。でも、そういう人に限って早死にするのよねえ」
 と、なんだか重みのある言葉でクイントがティアナに説明する間にも先程の非魔導師は砲撃魔法を受けて倒れた。
「あっ、死んじゃった」
「いやいやいや、非殺傷設定だから生きてるって、キャロ。…………で、ですよね?」
 どう見ても戦場にしか見えないそれに自信がないエリオだった。
「ちなみにさっきの人、今は何してるんですか?」
「公式魔法戦競技会の副会長さん」
「はあ、そうなんですかー。――ん? あっ、ちょっとすいません」
 端末にメールの着信があったので軽く断りを入れ、はやて皆が集まっているテーブルから離れてメールを開く。
 ヴェロッサ・アコーズからの暗号化されたメールだった。それをはやては自身のデバイスである夜天の書で挟んで読み込ませ、解析する。
 そして通常のメール文になったそれを読んで、驚きに目を見開いた。
「最高評議会の三人が引退!?」



「とうとう御隠居なさるようで、さすがにキツくなってきましたかな?」
 スカリエッティはいつもと変わらぬ微笑を顔に張り付けて宙に浮かぶ大型モニターを見上げている。
『長く居座り続けると、さすがに不審に思うものが出てくる。評議会が形骸的なものになっていようとな』
 彼が見上げるモニターには相手の顔は映っておらず、変声機を通した声だけが届く。
「では、我らは通常通りということで問題ないのですな」
『そうだ。お前が我らが望む結果を上げ続けるのなら、我々以前同様の援助を続ける』
「それなら心配及ばずとも、研究の方は順調ですよ。実戦試験も、知ってはいると思いますが期待通りの成果を出している。あとは量産体制を整えればレジアス中将も満足するでしょう」
 互いにほんの僅かな沈黙が置き――そうか、――ええ、といった具合に相槌を打つ。
『貴様の研究には期待しているぞ』
「お任せを。――ああ、そうそう。新議員の方達も関係者なら是非とも挨拶をしておきたいのですが」
『彼女達は業務の引き継ぎを受けて忙しい。またの機会にしろ。心配せずとも、我々の関係については知っている』
 それで話は終わりだと言わんばかりに通信が切れた。
「ドクターの計画に気付いたのでしょうか?」
 モニターからの光が消えたところで、カメラの外に控えていたウーノがスカリエッティに疑問を投げかける。
 長い間、最高評議会という形で時空管理局の影に隠れ暗躍し続けてきた三人。それが突然代替わりするなどと言い出した。もうじき公開意見陳述会のあるこのタイミングからして、もしかするとスカリエッティの計画に気付いた上での牽制とも考えられる。
「いや、こちらの計画に気付いていたならもっと過激な手段に出ていただろう。警戒されているのは確かだが、レジアス中将に対して騎士ゼストを保険として用意するような老人達だ。この程度で慌てる必要はない」
 スカリエッティが何を企み、どのような準備をしているかまでは知らないはずだ。ただ、何かしてくるとして、その実行日が地上部隊の多くの幹部が集まる公開意見陳述会であると簡単に予想できた為にこのタイミングで人事の発表したのだろう。
「ドゥーエは?」
 ただ釘を刺しただけではない筈だ。何かしらの保険を評議会は用意してあると考え、管理局の中枢に潜入しているドゥーエからの情報がないかウーノに尋ねる。
「発表直前にこんなリストが。余程慌てていたのでしょう、あまり詳細な事はわかりません」
 言いつつ、ウーノはスカリエッティに評議会の新たな構成員となった人物達の名と顔写真を渡す。
「一応管理局の最高意思決定機関となっていますから人事は公表されてはいますが、表向きは名ばかりの組織ですから時空管理局内でも特に気に止めている者は少ないと思われます」
「だろうね…………ドゥーエとの連絡は?」
「いえ、それを最後にまだ取れていません。隠密性を優先したせいで連絡を取るにも時間がかかってしまいます。ただ、緊急用の回線が使用された訳ではないので、正体に気付かれてはいないようです」
「こちらから無理に連絡を取ろうとすれば、怪しまれて逆にドゥーエを危険に晒すかもしれないからね。彼女を信じて待とう――っと、これはこれは。なるほど、ホテル・アグスタのはこういう事か」
 喋りながらリストに目を通していたスカリエッティが顔に笑みを作った。
「老人達も人の事が言えない。コソコソとよくもまあ集めたものだ」
 議長と評議員の名にはすぐに知識が引っ張り出せるほどに心当たりがあった。
「隠す気はないという事でしょう。今、データベースから関連資料を検索しています」
 スカリエッティの秘書として、同様の知識を持つウーノはリストに名を連ねる人物達に関係すると思われる情報をメインコンピューターから引き出していく。
「コンシデレーション・コンソールの技術は一応基礎部分だけ渡してあったが、これは独自に改良したか。それと、誰だったかな? ええと、あのオルセアの革命家……印象が薄くて思い出せないな」
「トレディア・グラーゼですね。彼の行方も調べておきます」
 そうやって必要な情報を引き出していると、部屋のドアが不意に開かれた。
「なんか面倒なことになったみたいだな」
 トゥーレが入り口のドアに背を預け、スカリエッティの背中を見つめる。
「計画はどうするんだ?」
「多少の変更と修正は必要になるが、実行するとも。その為に長い時間準備してきたのだから」
 スカリエッティは言いながらトゥーレに振り返る。その顔には相変わらずの微笑が仮面のように張り付いているが、心なしか楽しそうに見えた。
「心配しなくとも約束は守るさ。もとよりこれで失敗するようなら何度やっても同じことだ」
「そうかよ…………ドゥーエはどうするんだ?」
「彼女を信じよう。それに、実行日になればどさくさでドゥーエを回収できる。かなり切り詰めたスケジュールになるが、君の速さなら大丈夫だろう」
「俺、中央区だけじゃなくて湾岸地区にも行くんだが、どのくらいの距離があると思ってんだよ」
「頑張りなさい。それとも、後でドゥーエに詰られてもいいの?」
「………………」
「今度は刃付きハイヒールで足踏まれるかもね」
「待て、あれの製作は全力で阻止した筈だぞ」
「え?」
「おいコラそこのマッドサイエンティスト」





 ~後書き~

 遅くなって申し訳ありません。
 さて今回、捏造設定としてゲンヤが若い時に陳述会のデバイス持込禁止となったという話が出ましたが、実際のところ何時頃そんな事が起きたんでしょうね。そしてゲンヤの実年齢は? 大きなお子さんがいるレジアスよりも歳喰ってるように見える……。




[21709] 六十六話 祭りの始まり
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2013/04/21 18:13

 月が高く昇る夜の街、人気のない通りをドゥーエが駆け抜けていた。ISによってその容姿は潜入用の管理局局員の姿に変装してはいる。しかしその上には管理局で支給されているジャケットとは違う物を羽織っていた。
 疾走は人の運動能力を超えており、暗い街中を駆け抜ける彼女の姿は常人に捉えぬ事は出来ず影しか見えないだろう。
 人目につけばある意味目立つ行為でありながら、それでもドゥーエは全力で走り続ける。
「やっぱり、ジャミングか。でも…………」
 ――もうすぐでトゥーレが用意した隠れ家に到着することができる。
 通信の傍受や機密性を優先した為にウーノと通信するには手間が掛かる連絡手段を普段取っているが、そこに到着できれば即座に通信を送ることが出来る。
「――っ」
 だが、もう間もなく到着できるというところでドゥーエは足を止めた。
「どこへ行くつもりですか?」
 彼女が足を止めて顔を上げると同時に頭上から声が聞こえた。路上に等間隔に並ぶ街灯の一つに、女が一人立っていたのだ。
「これはこれは、新議長。一公務員でしかない私に何かご用ですか」
「ええ、仕事です」
 ドゥーエの軽口に、長い髪を二つに結び顔をバイザーで隠した女は感情を感じさせない冷たい声で答える。
「その変装能力は大したものですが、もう少し気をつけるべきでしたね。必要があったとは云え、周辺をうろつかれたら怪しく思うのは当然です」
「そう…………なら、次の仕事の参考にさせてもらうわ、ね!」
 ドゥーエが右腕を横に振り回す。その手にはいつの間にか五指それぞれに鋭い爪が装着されていた。
 爪が街灯上にいる女の方角へと振るわれると同時に軌道をなぞって衝撃波が発生、女に向かって風の唸りを上げながら直進する。
 女は街灯から高く跳躍することで衝撃波を避け、体を捻ることによって空中で体勢を変え地面に着地するよりも早くドゥーエに向け落下の速度を乗せた踵落としをする。
 ドゥーエは体を仰け反らせて回避し、女の踵が地面を踏み抜く間に素早く相手の背後へと回り込んで爪を女の無防備な背に突き立てようと手を伸ばす。
 だが、女の後ろ手に回した掌によって爪は受け止められていた。
 鉄だって切断してみせる自分の攻撃が素手で受け止められた事にドゥーエは驚きと同時に、しまったと云う思いが頭をよぎる。直後、女が上半身を捻りながら裏拳を放ってきたのだ。
 爪が女の手に掴まれ、ドゥーエは身動きが取れない。そのまま裏拳を側頭部に受け、ボールのように大きく吹っ飛ばされる。
「………………む?」
 しかし、その勢いを逆に利用してドゥーエは女から距離を取り、そのまま背を見せて逃走を再開する。普通ならば頭蓋が砕けるか、少なくともしばらくは歩けない攻撃にも戦闘機人故に耐えられた。
 額から流れて目の中に入りそうになった血を拭いつつ、ドゥーエは全力で駆ける。潜入調査が専門の自分が勝てる相手でないと判断し、ウーノに最高評議会で起きている事を伝えるのが最優先として後の事は考えない。例え最終的に捕まったとしても、だ。
 ――隠れ家にはトラップもある。それを時間稼ぎにしてウーノにあの二人の事を――
「――え?」
 バイザーの女を振り切る為に路地裏に入りながら、これからの手順を考えたところで腹に軽い衝撃がきた。
 衝撃そのものは小さい。だが、ドゥーエの腹部には鋼色の大きな刃が入り込み、背中へと貫通していた。
「か、あ…………」
「残念でしたね」
 待ち伏せか、それとも相手の方が速いのか、いつの間にか長身の女が前に立ち、刃へと変化した腕でドゥーエを刺し貫いていた。
 先にドゥーエを吹っ飛ばした女と同じバイザーをつけた彼女は、腹を貫かれても抵抗の為か伸ばされた爪を避けながら刃を引き抜く。
 ドゥーエの腹からは血が大量に流れ落ちた。明らかに致命傷だが、彼女は倒れない。
 そんなドゥーエに向け、女は腕の刃を躊躇い無く袈裟に振り下ろした。鋼の刃はドゥーエの胴を易々と斬り裂いて血を噴き出させる。
 糸が切れたように膝を付き、ドゥーエの体は自ら流した血の池の上に倒れた。
「長い間巣くっていたようだが、呆気ないものですね」
「彼女もマリアージュに?」
 路地に、ドゥーエを見下ろして二人の女が揃う。装いは違うものの互いに同じバイザーを付けており、表情は知れない。
「戦闘機人は遺伝子操作されているからか相性が悪い。それより――」
 女達が話している時、突然爆音が聞こえた。音は近くでもなければ遠くでもなく、ただ振動が僅かにここまで届く距離からのだ。
「――どうやら、彼女が向かっていた場所が爆発したようですね。痕跡を残す気はないということですか」
「後始末は部下に任せましょう。余り長居しては人目につきます」
「そうですね。残る虫は一つ。そちらも聖王が動けば片がつく」
「聖王は――」
「邪魔はしません。着けれなかった決着、存分につければいいでしょう。ただし――」
「分かっています。聖王との戦いが終われば、次は覇王か冥王かの――」
「真の王を決めましょう」



 ミッドチルダ中央区、時空管理局地上本部に多くの管理局局員幹部、そして各世界の人間が集まっていた。年に一、二回開かれる公開意見陳述会。それに出席する者達だ。
 幹部クラスが一堂に会するこの日、当然テロに対しての備えとして警護任務に着く多くの局員達も同様に地上本部に集まり警護体制を整えていた。
 その中には機動六課の姿もある。
「分隊長のなのはとフェイトは本部内、シグナムははやての護衛。つーわけで六課内で警備任務につくのはあたしらだ。何かあればなのは達も行動すっけど、気ぃ抜くなよ」
 ヴィータの言葉にティアナ、スバル、エリオ、キャロ、そしてギンガの五人は揃って返事を返す。
「つっても、人数的にあたしらがいてもいなくても大して関係ないんだけどな」
「ヴィータちゃん、いきなりそれはどうかと思うですよ」
 補佐としてついてきたリインが苦笑する。
「担当回された場所がここだぞ。検問からも距離のある本部の建物周辺からも微妙に離れた空白地帯だ」
「確かに微妙な位置で、いかにも余った人員を無理矢理割り振ったような配置ですけど、ここだって重要な位置です。頑張りましょう」
「こんな奥にいるあたしらが動くってことは防衛ライン抜けられたってことだけどな」
 本部の外、としてヴィータ達のいる場所は万が一の最終防衛ラインとなる。つまり、彼女らが動くことは検問をはじめとした他の場所が抜かれたという事になる。
「なんだか、ヴィータ隊長機嫌悪くない?」
 ヴィータとリインの会話に、フォワードの四人とギンガがコソコソと密談する。
「ほら、八神隊長の護衛役、シグナム隊長に取られたから」
「ああ、ジャンケンで負けてましたね」
「ヴィータ隊長、だいたい最初はグーを出しますから」
「お前ら、なにコソコソしてんだ! はやて達が来る前に一度見回るぞ!」
「は、はーい!」
 慌てて姿勢を正すと、フォワード陣は先に歩き始めたヴィータの背中を追い始める。
 こうして、公開意見陳述会の護衛任務が始まった。

「それじゃあ、行ってきます」
 機動六課隊舎屋上のヘリポートに六課の隊長陣が揃っていた。陳述会に参加する彼女らはこれからヘリで地上本部まで移動するのだ。
「ヴィヴィオ、良い子にしてるんだよ」
「うん! いってらっしゃい、ママ」
 それを見送るのはリインフォースにシャマル、そしてヴィヴィオだった。
「気をつけて下さい、主。何かあるとすればそれは今日です」
「うん、分かっとる」
 リインフォースの言葉に頷き、はやてはシグナムと共にヘリへと乗り込む。続いてなのはとフェイトが乗ると、外界から遮断するようにヘリのドアが閉まった。
 ヘリはローターを回転させて風を巻き起こしながら床から離れ、ゆっくりと上昇。ある程度の高さまでくると地上本部のある方角に向かって真っ直ぐに飛行し始めた。
「陳述会、どうなるんだろ」
 ヘリが安定した飛行を開始してから、はやてがポツリと独り言のように口を開く。
「いきなり出鼻挫かれた感があるからな~」
 最高評議会の人事変更。管理局の最高意志決定組織であるものの、その話は管理局にはあまり浸透していない。平時には口を出さない、形骸化したような組織だ。公表されていても誰も気に止めない。一部を除いて、だが。
「レジアス中将は知ってたのかな」
 はやて達は戦闘機人事件の首謀者としてスカリエッティを追っているが、彼に関する手掛かりの少なさやデータの改竄の疑いからずっと以前より地上本部の上層、特にレジアス中将に疑いの目を向けていた。
 それほどの地位からの協力を得ているのなら、スカリエッティがミッドチルダで活動しているにも関わらず尻尾さえ掴めないのも、あれほどの大量の機械兵器を生産し運用する資金の出所も納得ができる。
 だが、はやて達はその後ろにもっと大きな背景があるのではないかと考えていた。
 第八臨海空港で起きた大災害。六課の主要メンバーのほとんどが命を賭けたあの戦いの結果、彼女達はアルハザードと名乗っていた男が残した物を通して様々な事を知った。それらから、はやて達は管理局の最高意志決定組織にまで疑いをかけていた。
 さすがに上層部への調査は六課では無理だったので、監査官であるヴェロッサ・アコーズが秘密裏に協力していたのだが。
「ヴェロッサさんはなんて言ってたの?」
「知らされていなかったんじゃないかって。実際、発表があった直後に自分の部屋に篭もってたっていう情報もあるから、連絡を取ってたんじゃないかな」
「なら、スカリエッティは?」
「さあ」
 実際、彼の行動は予想できない。
 今までの事件やわざわざ残っている資料から、目立ちたがりと云うか自己顕示欲が強いタイプなのは間違いない。そんな彼が何時までも飼われたままでいるのだろうか。はやてにはそんな予感があった。
 スカリエッティと評議会については謎の部分はまだ多い。けれど、アルハザードは元々管理局の暗部に関わりがあり、それを裏切り非合法な活動を続け、最終的には空港火災での事件を起こした。それを考えればスカリエッティもまたレジアスを、そして評議会に反旗を翻すかもしれない。
「スカリエッティが何か行動を起こすなら今日が絶好の機会なんだけど、来ると思う?」
「来るんじゃないかな。もしあれがスカリエッティに対する牽制だとしたら、尚更行動に移すと思う。あくまで憶測で、向こうが何考えてるのか未だに分からんけど」
 状況証拠ばかりで確証がなく、推測ばかりの後手に回っている。
「だけど、これはチャンスでもある。向こうが大きな動きを見せればその分隙も大きくなる。仲間割れが起きてるならなおさら」
「なんだか囮にするみたいで気が引けるね…………」
「仕方ないって、なのはちゃん。何もしなくたって向こうは行動してくる。なら私達六課は、それを全力で阻止しつつ相手の尻尾を掴む!」
 静かに語尾を強めて宣言するはやてに、なのはとフェイトも頷きを返す。
「まあ、陳述会の警備はうちの主動じゃないからできる事あんまりないけどね」
「はやてちゃん。いきなりやる気削がれるような事言わないでよ」
「そ、それに戦闘機人との戦闘経験がまともにあるのは六課だけなんだから」
「そうだけど本当の事だし。あっ、どうせ行くまでの間暇だから、スカリエッティがどうやって地上本部に攻撃を仕掛けてくるかシミュレーテとしてみない?」
「別にいいけど…………。やっぱり、AMFを中心にした攻めをしてくるんじゃないかな」
「でも、一部の部隊にはCWシリーズを持たせてるし、対AMF訓練を受けた魔導師も少ないけどいるよね」
「問題は数だけど、首都中心には転移魔法は使用できないし、地上本部周辺にまでドローンが潜むのは無理がある。管理局の誰かが手引きする――っていうあまり考えたく無い方法もあるけど、利用して切り捨てるにしてもスカリエッティが他人にそんな重要な事を任すかな?」
「私もそう思う。表向きはテロでもスカリエッテイからしたら反旗を翻す決別の意味もあるから、自分達の手だけで実行すると思う」
「だとすると、正面から数に任せて突入――と見せかけて戦闘機人の子達を使った奇襲かな。それぞれ特化した能力を持ってるから」
「それに、一気に決めてくると思う。時間をかければ応援を呼ばれて包囲されるから。護衛の配置ってどうなってたっけ?」
 とうとう警備の配置図まで出しはじめ、どうやれば地上本部を落とせるのか議論に熱中し始めた三人の隊長の会話を背中越しに聞いていたパイロットのヴァイスは、苦笑にも似た声を漏らした。
「どうした?」
 議論に加わらず、三人の様子を眺めていたシグナムが肩越しに振り返る。
「あっ、いや、おっかない会話してるなって思いましてね」
 時空管理局内部、それも中将クラスの大幹部と管理局設立者達が怪しいと言ったり、地上本部はどうやったら落ちるのかなど議論したりと、事情を知らない者が見ればクーデターかと勘違いされるのは間違いない。
「姐さんは話に混ざらないんで?」
「ただ剣を振るうしか能がないからな」
「それでちゃんと戦えるんですから、凄いっすよね。――っと、お三方、そろそろ地上本部に到着しますよ!」
 だからそれ以上物騒な会話を止めてくれと、言外にヴァイスは三人に伝えて地上本部に備えられた着陸場へゆっくりとヘリのスピードを落とした。



「――というわけ」
『わかった。すまないなルーテシア』
 ミッドチルダ中央区の最南端にてルーテシアが使われていないテナントの中にいた。誰かがいずれ借りに来るかも知れないその部屋は定期的に清掃され、物一つ内ない殺風景な光景を見せていた。つい昨日までは。
 今や広い室内には所狭しと青いカプセル型の機械兵器が鉄の冷たさを持って並んでいる。
「情報を渡したけど、気をつけてね」
 通信モニターを通して少女が向かい合うのは背後に青空を置くゼストだった。
『ああ、わかっている』
 ルーテシアから地上本部の警備状況などの情報を受け取ったゼストは返事と違い顔色が悪い。普段と変わらぬ無表情さを装ってはいるが、長い付き合いであるルーテシアには彼が無理をしている事はモニター越しでも分かった。
 レリックウェポンとして蘇生した彼であるが、失敗作と断じられたとおり彼の体は限界が近づいている。
『大丈夫だって、ルールー。アタシが旦那のこと見てるからさ』
 モニターの中にアギトが姿を見せる。
「うん。頼んだよ、アギト。ゼストも無理しないでね」
 そう言ってルーテシアは頷きだけで返すゼストと手を振るアギトが映るモニターを閉じた。
「終わったッスかー?」
 直後に部屋に積められた機械兵器の隙間から少女の声が聞こえた。そして同時にウェンディが顔を覗かせる。口元にはパン屑がついていた。
「うん」
 ルーテシアは振り返り小さく駆けてウェンディの元に移動すると、機械兵器に囲まれて食事を取っているオットー、ノーヴェ、ディードの姿があった。
 床にはクッションがいくつもあり、ガジェットドローンⅠ型をひっくり返してテーブル代わりにしてある。カプセル型の機械兵器の背面はやや平らになっており、その上にインスタント食品や菓子などが錯乱していた。
「お嬢、やっぱゼストの旦那は特攻かけるって?」
「ノーヴェじゃあるまいし、さすがにタイミングは見計らうッスよ」
「私だって機を見て動くっつーの!」
「ノ、ノーヴェが――機を見て、なんて難しい言葉使ったッス!」
「その喧嘩三割り増しで買うぞ、オイ」
「熨斗付けて返すっスよ。ちょうどいいから、作戦前の準備運動でもしようッスかね」
「おお、いい度胸だ。作戦始まる前にへばんなよ」
「それはこっちのセリフッス」
 それぞれの武器を装着してにらみ合うノーヴェとウェンディ。その一触即発な様子を後ろに、ルーテシアはクッションの上に座って菓子に手を伸ばす。
「…………辛い」
「それはウェンディがネタで買ってきた激辛のですよ。はい、お茶です」
「こっちはワサビでした。鼻がスースーする……」
 三人は姉妹の喧嘩を無視してマイペースに菓子を消費していく。
「いま帰ったぞー。なにやってんだあいつら?」
 二種の空気が部屋を満たしていた時、中に足を踏み入れる男がいた。
 トゥーレだ。彼は最初に目についたノーヴェとウェンディを僅かな間見つめてから顔を背け無視し、ルーテシア達の所へと移動する。
「お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする? それとも――」
「お前ら緊張感ないな。ちゃんと準備出来てるのか?」
 それ以上言わせない、と云わんばかりにルーテシアの言葉を遮り、トゥーレは早口で言った。小さな舌打ちが聞こえたような気がしたが、気のせいだ。
「もちろん、できてるッス、よ!」
「そういうトゥーレこそ、どうだったん、だ!」
「喧嘩しながら返事すんなよ」
 トゥーレは喧嘩するノーヴェとウェンディを傍目にルーテシアの隣に座ると、まだ封の開けられていないおにぎりに手を伸ばす。
「それで、ドゥーエお姉様は見つかりましたか?」
 ディードが僅かに顔を曇らせてトゥーレを見上げる。
「…………いいや」
 作戦の数日前から、管理局に潜入させていたドゥーエとの連絡が取れなくなっていた。計画に必要な情報は既にウーノが受け取ってはいたが、彼女との繋がりはそれ以来途絶えている。
 トゥーレは作戦開始までの間、計画に支障が出ない程度にドゥーエの行方を探していたのだが、管理局の深部と言ってもいい場所にまで潜り込んでいた彼女と目立つことなく見つけだすというのは至難であった。
「まあ、あいつの事だから生きてんだろ。ドSでしつこくて性格歪んでる分逞しいからな」
「どSで、しつこくて、性格歪んでる、と…………」
「……オットー、お前なにメモってんだ?」
「………………」
「そこで何で同情の籠もった目で見るんだよ。ちょっとそのメモ寄越せ!」
「ドゥーエ姉様が帰ってきたら渡す」
「俺に寄越せよ! って、おい、レイストームで壁作んな」
 トゥーレがオットーからメモを奪おうとするが、緑の光を放つ壁が出現してそれを阻んでいた。
 レイストームで身を守るオットーからメモを奪い取ることを早々に諦めたトゥーレは座り直すとおにぎりの封を開けてかぶりつく。
 その時、中空に通信用モニターが現れウーノの姿を映し出した。
『みんな、そろそろ陳述会が始まるわ。遊んでないで、準備はちゃんと出来てるの?』
 長女の登場でノーヴェとウェンディが喧嘩を止めて即座に離れると誤魔化すように返事をする。だが、無言で冷ややかな視線を向けられたことでビビる。
『まったく…………』
 こんな時でも姉妹喧嘩の絶えない二人に溜息をつき、ウーノは視線をトゥーレに向ける。
 彼はおにぎりから口を離し、小さく頭を振った。
 現在、通信が途絶したままのドゥーエを探すよう命令したのはウーノだ。本来の作戦ならば地上本部襲撃の混乱に乗じてウーノが最高評議会の三人を殺害し、そのまま本局へと潜入。アジトへと総攻撃を仕掛けてくるであろう管理局の作戦情報のリークや指揮官暗殺をし帰還、という流れであった。
 しかし、評議会幹部の交代を機に雲行きが怪しくなってきた。
『…………チンクとセインが潜入完了したわ』
 視線をトゥーレから外し、気を引き締め直すとウーノは進行状況を妹達に伝える。
『二人は別ルートを使って潜入したけど罠が張られている可能性は低かったわ。でも、念のために貴方達も予備のルートで進行して』
 はーい、とやる気のあるのかないのか分からない複数の声が重なる。それを聞いたウーノがやや呆れたような渋面を作り、通信を切った。
「さて――続きだテメェ!」
「上等ッス!」
 姉の監視が無くなった途端、二人の少女が喧嘩を再開する。そして、それを眺める四人。
「二人とも、そのおにぎり美味しいですか?」
「クソ不味い。誰だよネタ食品買ってきたのは」
「作った方も作った方。クレームで無言電話かけまくろうか」
「やめろルーテシア」



 夜の帳がすっかりと下り、日の光ではなく人工のライトが地上を照らす時刻、ミッドチルダ首都に塔のようにしてそびえ立つ時空管理局地上本部。
 管理局がミッドチルダで活動する際の中枢となるその場所では厳重な警備が敷かれていた。
 公開意見陳述会が行う為に多くの地上本部の幹部クラスが集まっているのだ。警備が厳重になり、物々しい雰囲気になるのも当然だ。
 だがそんな警備状況において、明らかに管理局の人間でない人物がいた。
 青いボディースーツにはコートを着た白髪の少女だ。眼帯をつけた彼女は堂々とした足取りで関係者以外立ち入り禁止である通路を進んでいく。
 メンテナンス用の通路なのだろう。地上本部の地下にあるその通路は少女以外に人の姿はない。しかし、通路上はともかくその出入り口となるドアには監視カメラや防犯装置がある。何よりどう見ても局員やメンテナンススタッフにも見えない彼女がいくつものセキュリティーを通過したのか。
 生き物の血管のように多くの配管が通路の壁に沿ってはしっている通路を抜けてある大部屋に辿りつくと少女は足を止める。
 部屋には巨大なエネルギー供給装置が光と音を発してそこにあった。
 何かを確認するためか、右を見、左を見、天井を見る。
 そして納得のいったのか小さく頷く。その時、目の前に通信モニターが開いた。
『チンクお姉様~、そろそろ時間ですけど準備よろしいですか~。迷子になってませんよね?』
 モニターに映るのは眼鏡をかけた、少女と同じボディースーツの女だった。空に浮かんでいるのか髪とケープが揺れ、後ろには星空が見える。
「なっていない。ちゃんと目的地までたどり着けたぞ」
『それならいいんですけど。セインちゃんも所定の位置に着いて、他の皆も待機状態。ウーノお姉様が今クラッキングを開始しました~』
「そうか。時間も予定通りだな」
『それじゃあ、お願いしますね~。私もシルバーカーテンでジャミングをかけてますから』
 ああ、と返事を返したところで通信モニターが閉じられる。
 一拍の間をおいて少女は、ナンバーズの五番であるチンクはコートの袖の中から柄の無いナイフを片手にそれぞれ三つずつ取り出す。一度構えをとって、腕の一振りで同時に三つのナイフを投擲し、通路の壁をはしる配管に突き刺さっていく。
 そして、計六本のナイフを投げ終えたチンクが指で音を鳴らす。
 瞬間、ナイフが白い輝きを放つと同時に内に内包されていたエネルギーが爆発した。

「ふふっ、面白いほど混乱してるわね~。ドゥーエお姉様の情報があってこそだけど」
 時空管理局地上本部から数キロ離れた夜空に浮かぶのはナンバーズの四番、クアットロだ。
 彼女はケープの裾を風ではためかせながら周囲に浮かぶモニターに素早く視線を滑らせ、ピアノの鍵盤のようなキーボードを打つ。
「とうとうドクターの夢に向かって進めるのね。今日はおめでたい日なんだから、派手に行きましょう」
 彼女の後方、空に浮かぶ星の輝きとは別の光が浮かび始めた。赤光のそれは数を増やし、星の代わりに輝かんと空を埋める。
「さあ、祭りの時間よ!」
 クアットロの言葉を合図に、赤き光が空気を押し退け一斉に彼女の横を次々と通り過ぎていく。
 青いメタルボディに無骨な質量兵器を搭載した単眼の機械兵器、ガジェットドローン。AMFを標準装備したそれらは冷たい大気の中を突き進む。その先には、人工の光で照らされる巨大な塔ともつかない時空管理局地上本部があった。

 警報が鳴り響く地上本部の管制室。巨大なモニターには周辺地域のマップが表示されており、中心である本部へと進行するマーカー群を確認できる。
 それぞれのデスクに置かれたモニターにはレーダーでの観測によってより詳細な情報が流れ、各の情報を集めようとしてエラーを吐き出し。中には本部のシステムがクラッキングを受けている事を知らせるものもあった。
 だが、それに反応する局員は一人もいない。
 室内には白い煙が充満しており、管制室に詰めているはずの局員が例外なく床に沈んでいる。
 明らかに人体に何かしらの影響を与えるガスであった。だが、その中に一人だけ動く影がある。
『管制室、応答願います! 大多数のガジェットドローンが――』
「お休み中で~す」
 おどけるような返事をしながら通信を切った影は少女であった。
「ふんふんふ~ん」
 ナンバーズの六番、セインは鼻歌交じりに局員の代わりにコンソールを操作している。
「これで通信回線は全部シャットアウト。非常時用のも使用不能して、あとはメインシステムに性悪メガ姉お手製のウイルスをプレゼント、っと」
 素早い動きで操作し、次々と各機能を停止させていくセインは仕上げとばかりに長方体の爆弾を取り出して、機械へと腕ごと突っ込む。表面に触れた瞬間に幾何学模様の円陣が浮かびあがり、手ごと爆弾を内部へと侵入させる。
「これで仕上げ」
 もう一方の手も突っ込ませ、コンソール内部に爆弾を仕掛けたセインは手を引っ込めて満足そうに頷くと、そのまま水面に落ちるようにして床へと沈んでいった。

「中に侵入されたのか!? 管制室と通信が取れない!」
「中じゃあどうなっているんだ!?」
「それは中の警備隊に任せて、俺達はとにかく撃つんだよ!」
「でも、電力供給も途絶えたんだぞ。内部バッテリーじゃすぐに弾切れだ!」
 本部の建物の外周にてCWシリーズのストライクカノンを構えた局員達が僅かに混乱の相を見せながらも地上本部へと進攻してくるガジェットドローンを相手に奮闘していた。
 魔法が著しく減衰される環境下での使用を目的とされたストライクカノンからの砲撃は機械兵器のAMFをものともせず、一発ごと一機を確実に破壊していた。
 だが、まだ試作段階の範疇であるストライクカノンには問題がいくつかあり、その最たるものがエネルギー不足だ。
 配備されている数も少ないからこそ、有線でエネルギー供給の受けられる建物近くで警備任務にあたっていたのだが、本来なら常に地上本部から供給される筈のエネルギーがなく、内部のバッテリーでなんとか場を凌いでいた。
 長距離狙撃型の武器だからこそ近づかれる前に撃墜出来てはいるが、内部バッテリーではすぐに弾切れを起こしてしまう。
「無駄弾は撃つな! 一発一発確実に仕留めていく――」
 隊長格の男が注意を呼びかけた瞬間、ストライクカノンが爆散する。
 次々と局員の持つストライクカンのフレームに穴が穿たれ、内部からの爆発によって彼らは吹き飛ばされた。
 遠く離れた場所――地上本部から離れたビルの屋上から、床に倒れ意識を手放した彼らの様子を見ている人物がいる。
 ナンバーズの十番、狙撃砲イノーメスカノンを構えたディエチだ。
「CWシリーズの無力化に成功。このまま援護を続ける」

 地上本部周辺、警戒空域には多くの空戦魔導師が飛び立っていた。
 本部の電源が落ち、通信もままならない状況ではあったが彼らは各自の判断で出撃している。いや、出撃せざるおえなかった。
 近年、各管理外内世界やミッドチルダにおいて頻繁に出現し遺品強奪、破壊活動を行っている機械兵器――ガジェットドローンが明らかに進軍の体を成して地上本部へと向かっていたのだ。
 本部の状況も気になるところではあるが、質量兵器を搭載した機械兵器の大群を行かせる訳にはいかない。
 魔導師達は立ちはだかるように空中で一度止まると、ストレージデバイスである杖の先端を敵に向ける。直後、杖から魔力光が煌めいて魔力光弾がガジェットドローンに発射される。
 各魔導師からの一斉射はAMFによって減衰を見せるものの、発射された数だけダメージを与える事に成功する。中には破損してもまだ動く個体もあったが、一斉射に続いて高速で接近してきた近代ベルカ式の使い手達によって完全に破壊される。
 AMFの存在が決め手を欠き、効率が著しく落ちているものの空戦魔導師達はガジェットドローンを相手に善戦していた。
 ――ここまでは、だが。
「ぐああっ!?」
 突如、槍型のアームドデバイスでガジェットドローンを破壊していた魔導師が地上に向かって落下する。その勢いは自由落下の速度を越えており、上から何かしらの衝撃を受けたのは明白だ。
 同じ部隊の仲間が判断と同時に上を見るが、星の輝きがあるだけだった。だが、今度は空を見上げた魔導師が横へと吹っ飛ばされる。
 一度や二度だけではない。魔導師達が次々と高速で動く何かによって撃墜されていく。
「くそっ!」
 辛うじてその動きについていき、ポール型デバイスを構えて防御を間に合わせた魔導師がその襲撃者の姿を視認する。
「戦闘、機人か!」
 デバイスに拳を打ちつけられ、圧し負けながら魔導師が叫ぶ。
 青いボディスーツ、首もとには数字が掘られたプレート。なによりガジェットドローンを従えている。間違いなく戦闘機人と断定できた。
「――がっ!」
 戦闘機人が拳を離しながら横に回転して放った蹴りにより、ボールのように魔導師が吹っ飛ばされた。
 その直後、戦闘機人の女が四肢をいきなり大きく広げてそのまま硬直する。彼女の手首と足首が青い光のリングによって拘束されていた。
 蹴り飛ばされた魔導師によるバインド魔法であった。
「構えーーッ!」
 空中で磔となった戦闘機人へ、後方で射撃魔法による迎撃を行っていた魔導師達が一斉に杖を向けた。中には周辺魔力を取り込み、砲撃魔法の準備に入っている者もいる。
 これだけの魔法が放たれれば、AMFで減衰されたとしても十分に相手を行動不能へと陥れる事ができる。
「撃――」
 しかしあくまでそれは撃てればの話だった。
 突如、構えを取る部隊の左右から大気を風切りを鳴らせて高速回転する円状の物が飛来した。
 それは意志があるかのように曲線を描いた軌道を取って、無防備だった横側からの挟撃で魔導師達を次々と撃墜していく。
 魔法を放とうとしていた魔導師を全て払い落とした二つの物体はバインドで宙に止められている女、その背後へと旋回する。その先にはヘッドギアを着けた、女と同じ格好の少女が浮かんでいた。
 少女が高速回転する二つの物体、ブーメラン型の武装を簡単に受け止める。
「回収は出来たか?」
 拘束されていた筈の女が、少女を見上げながら手足首からエネルギー刃を出して呆気なくバインドを砕く。
「八割ほど手中に収めました。残りは破損が大きいか、インテリジェントデバイスだったので破棄しました」
 そして、少女の周囲には撃破した魔導師のデバイスが浮いていた。
「まあまあだな。このまま続けるぞ」
「了解」
 高速飛行する短髪の女を先頭に、デバイスを従え両手に大型のブーメランを持った少女が続き、更に後方からガジェットドローンの第二波が進行する。
 ナンバーズの三番と七番、対魔導師戦に特化した戦闘機人、トーレとセッテが地上本部の空を蹂躙していく。

「トーレ姉とセッテ、超張り切ってるッスね!」
「よっしゃあ、ようやく出番だぜ!」
 地上本部からは目と鼻の先ほどの距離を置いたビルの屋上で、五人の少女と一人の男が魔法による輝きと爆発によって彩られた空を見上げていた。
「良いテンションだ。そのままアゲていけ」
 唯一の男、トゥーレは言葉と裏腹に気ダルそうなテンションで喧嘩によるウォーミングアップですっかり高揚していた二人の少女、ノーヴェとウェンディへ無駄口を叩く。
「そう言う本人が一番テンション低いッス」
「俺の代わりに頑張れ」
「トゥーレも働け」
「わかってるよ。――ルーテシア」
「うん」
 トゥーレの視線を受け、少女が頷く。
「限定解除」
 市街に設置された魔力探知を誤魔化す為に自ら施していたリミッターを解除する。直後、レリックウェポンの成功例である彼女の膨大な魔力が解放される。
「大規模召喚開始」
 ベルカ式魔法陣が足下に展開され、同じ物がシールドを内部から解除された地上本部の敷地内にいくつも現れる。
 魔法陣からはスカリエッティのアジトから直接待機していたガジェットドローンが出現。地上本部のレーダーの外から進攻していた他の機体を援護する形で行動を開始する。
 空に見える範囲の機械兵器の数を減らし、態勢を整えた直後に行われた奇襲で地上本部は再び混乱の渦へと陥った。
「それでは、次に行きましょうか」
 ルーテシアの大規模召喚が終わったところでディードが声をかける。彼女の背後ではオットーがガジェットドローンⅡ型を一機屋上に招き寄せているところだった。
「ん……トゥーレ、また後でね」
「ああ」
 小さく手を振り、ルーテシアはⅡ型の背に立つ。
 地上本部襲撃において追加武装された他の機体と違い何のオプションを装着していないⅡ型はゆっくりと屋上の床から浮くと、ルーテシアを乗せて飛び立っていく。
「それでは私達も」
「行って来ます」
 続いてオットーとディードが飛行し、ルーテシアの後を追っていく。
「おし、あたしらも行くぞウェンディ。遅れんなよ」
「遅れるわけないじゃないッスか」
 三人を見送ったノーヴェとウェンディも屋上から跳び降りるとそれぞれのIS、光の道とボードを使い、戦火の上がる地上本部へと直進する。
「………………」
 一人取り残されたトゥーレがふと空を見上げる。雲の隙間から、大小の二つの光が地上本部へ向け流れ星のように空を横切りっていくのが見えた。




[21709] 六十七話 地上本部襲撃Ⅰ
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2013/06/25 21:46

 公開陳述会が行われた講堂は暗闇に包まれていた。
 地下のエネルギー供給ラインや発電システムまで破壊されたのか非常用の灯りさえも無い。ただ時折、攻撃されているのを示すように小さな振動が起きている。
 電源が落ちている為マイクによって拡大された声が鳴りを潜め、代わりに扉を破ろうとする音が響いていた。
 最初はどよめきや戸惑いの声が上がったが、各々が置かれている状況を理解するとすぐに脱出する為の行動へと移った。
 だが、デバイスは外の部下に預け、本部のシステムが乗っ取られたのか災害時用のシャッターが降りたこの状況では容易に脱出することは出来ないでいた。
 今、護衛として幹部に付いてきていた体力のある局員達が何とか閉じたシャッターを開こうとしているが、万一に備えての強度が逆に仇となっていた。人力で開けるには時間が掛かるだろう。
「はいは~い、ちょっとどいてー」
 体力自慢達が重いシャッターを相手に苦戦している中、機動六課の隊長である八神はやてと聖王教会のカリムが進み出る。
 シャッターを開けようとしていた局員達が訝しげに彼女を見つめる。未だに補助の杖で歩いている彼女に力仕事はできないのは誰の目にも明らかだ。
 そんな視線を無視するようにはやてはシャッターの前で立ち止まる。
「AMF濃度が濃くなっています」
「なら、壊すのは無理そうか」
 シグナムに支えられながら、はやては補歩器である杖を床から離して持ち上げ、先端をシャッターへと向けた。
 杖の先端にベルカ式魔法陣が浮かび上がり、同様にシャッターの表面にも魔法陣が張り付く。すると、シャッターが少しずつ開き始めた。
「皆さん、手伝ってください!」
 シャッターと床の間に隙間が生まれるが、AMFによって出力が足りてないのかそれ以上上がらない。カリムの言葉に、呆気に取られていた局員達が慌てて隙間に椅子やそのパーツを挟み込み、協力してシャッターを人が通れる程度まで押し上げた。
「これで部屋から出れるわー」
 シャッターが棒などで固定されたところで魔法を止め、はやては一仕事終えたと言いたげにかいてもいない額の汗を拭うフリをした。
「あの、八神三佐。そのデバイスは…………」
「え? 何か言った?」
 別の部隊の局員がはやての杖を指さすが、はやては聞こえないと惚けてみせる。
「まさか、怪我人から杖を取り上げるなんて言わんよね?」
「…………はい。すみません」
 はやての笑顔に圧された局員は、結局そのまま黙ってしまう。
 とにかく、出口が確保されたのは間違いない。閉じこめられていた地上部隊の隊長や管理局の幹部達は急ぎ部下に預けたデバイスを取りに走り出し、魔法技能や戦う術を持たない各管理世界の代表や幹部達は護衛を連れだって避難を開始する。
 その中にはレジアスの姿もあり、数人の魔導師に守られた状態で廊下の奥へと進んでいく。その堂々とした様子からは、本部が襲撃された事への恐怖や不安など一切感じられない。
「執務室に行くつもり?」
 レジアス達の後ろ姿を見送りながら、はやてが呟く。
 この状況下に置いてシェルターに避難せず、わざわざ自分の部屋へ行こうとするのは不自然であった。そこがシェルターよりも安全だというのなら別だが。
 はやては一瞬悩んだが、レジアスを守る局員達の姿を見てすぐに諦め合流を優先する事にした。
 レジアスが行おうとしているのはおそらく、襲撃に乗じての奪取を阻止する為か、誰かと連絡を取る為だと予想できた。しかし、レジアスが戦闘機人事件に何らかの関わりがある証拠を手にするチャンスではあるが、彼を護衛する局員がいる上に機械兵器の攻撃は続いている。このまま放置すると地上本部壊滅の可能性だってあり、そうなればレジアスどころの話では無くなってしまう。
「まさか、これほどとは思わんかったからなあ」
 本部のシステムをクラックされた上にエネルギー関係まで止められては、地上本部はただの巨大な箱と変わらない。
 今優先すべきは調査ではなく、防衛だ。
「まずは、みんなと合流しよう」
「一階のロビー目指して降りましょう。ヴィータ達もおそらくそこからこちらに目指す筈です」
「うん。近づけばAMF濃度が濃くても念話が通じるからすれ違う可能性も少ない」
 はやては頭を切り替え、デバイスを預かっているヴィータ達、そしてなのは達と合流する為に行動を開始した。

「もう防衛線どころの話じゃねーぞ!」
 火線が行き交う空の下、護衛任務をしていた六課のメンバーは急ぎ本部の建物へ向かって走っていた。
 既に全員がバリアジャケットを着込み、臨戦体勢に入っている。
 最初に攻め込んできた機械兵器は本部の外縁部でくい止められていたが、本部を覆うバリアが消失したことで本丸である建物近くに大量のガジェットドローンが召喚された。
 防衛線を跨いでの襲撃に、ヴィータ達は完全に遅れを取っていた。
「こんな大規模な転送を行えるのは…………」
 走るキャロが脳裏に浮かべるのは同い年の少女の顔だ。常に無表情で何を考えているか分からない彼女だが、意味もなく他者を傷つける者ではないとキャロは分かっている。逆に言えば、理由さえあれば容赦などないのだが。
「AMF濃度が濃くて通信にノイズが入ってるです」
 皆と併走する形で宙を飛ぶリインが観測結果を伝える。
「あの狙撃がなけりゃあ、飛んで行くのに」
 本部周辺には先ほどから狙撃されているようで、ビル周辺に近づく魔導師が次々と撃ち落とされていた。
「狙撃主の位置は?」
『駄目です。遠すぎてこちらのレーダーにも引っかかりません』
 六課の指令室につめるロングアーチと交信にノイズが混じっている。
『――地上本部に向かって空から高速で接近する魔力反応を感知! 所属不明。検出された魔力値は――オーバーSッ!?」
 シャリオの報告にヴィータは眉をしかめた。
 この状況下においてSランク魔導師クラスの反応が地上本部に向けて接近していると云うのは、更に危機的な状況だ。このまま行かせては、奮戦し何とか保っている警備部隊が崩壊しかねない。
「…………狙撃は本部周辺のみか。なら、迎撃に出る。ティアナ!」
 走りながらティアナの名を呼ぶと、ヴィータは隊長陣から預かっていた三つのデバイスを取り出してティアナに手渡す。
「あたしとリインはオーバーSの相手をするから後は任せた。なのは達と合流したら指示を仰げ」
「了解ッ!」
「よし、いくぞリイン!」
「はいです!」
 ティアナの返事を聞くと空戦魔導師である二人が一息で空へと飛翔した。
「私達も急ぐわよ。隊長達にデバイスを届けないと」
 そしてフォワード陣とギンガの五人もまた自分達の役目を果たす為に本部の建物へと急いだ。

 地上本部前にて、ガジェットドローンと魔導師達が戦いを繰り広げている。
 転送魔法による奇襲と魔力結合を解くAMFによって管理局の魔導師達は劣勢に立たされて尚、よく保っていた。それが消耗戦で、崩されるのが時間の問題でも、時間を稼げば外からの救援が来ると一抹の望みを抱いて奮闘している。
 だが、それも今の状況だからだ。あと一押しでもあれば戦線は瓦解する。
 そしてその一押しが彼らの頭上に降り注ぐ。
 複数のエネルギー光弾が正確無比に一発の漏れもなく、AMFによって脆くなったバリアやシールドを貫き魔導師達に着弾していく。
 耐えきった魔導師は僅かながらにいたが、ガジェットドローンの隙間を縫うようにして急接近してきた人影によって次々と打ち倒され、冷たい地面の上へ転がる。
 機械兵器達は抵抗する者が全て倒れると、興味を失ったように彼らの頭上を浮遊し地上本部へと一直線に進んでいく。
「この辺りはこれで全部か」
「そうっスね。ほとんどが最初の不意打ちでやられちゃったみたいっスから」
 ローラーブレードの車輪の回転を止め、立ち止まるノーヴェ。そしてその隣でライディングボードに乗ってウェンディが浮かんでいる。
 彼女達の足下には魔導師達が倒れ、背後の建物群からは爆発が起きて火の手が上がっている。時折、赤い炎の光に照らされるが、彼女達は気にした風もなく地上本部の塔のような建物を見上げる。
「こうして見ると、ほんとにデカいよな」
「ミッドの時空管理局を統括する所っスから、相応の大きさと言えばそうなんスけどね」
「暴れるにしたって広すぎる」
「ドクターは出来るだけ派手にって言ってたっスけど」
 今回の地上本部襲撃はレジアスと更にその背後に潜む評議会へ決別の意と自分達の力を示すためのもの。地上本部のコンピュータをクラッキングし、ここまで侵攻したのなら八割方成功したようなものだ。残り二割は、聖王の器確保に動いている別動隊が動き易いよう囮となって地上本部に応援として駆けつけてくるであろう部隊を引きつければいい。
『二人とも』
 呼びかける声と共に通信用モニターが空中に浮かび上がる。そこにはディエチの横顔が映っていた。狙撃の際に前にあると邪魔になるのでそのような位置にモニターを表示させているのだ。
『機動六課が本部の建物に入ろうとしてる』
 報告に、二人は好戦的な笑みを浮かべた。自分と同じクイント・ナカジマのクローン体故にギンガとスバルにライバル意識のようなものを抱いているノーヴェと、戦闘機人である自分はどれほどの事が出来るのか試したいウェンディ。
 臨海空港での戦闘では二人とも負傷しながらも辛勝を得たことである程度はその欲求が満たされているが、所詮は過去の話。
 ナンバーズの中で、任務を忠実に淡々と機械的にこなす多くの姉妹達と違って、二人は稼働当初から任務遂行と戦闘機人の価値を上げる以上に戦闘に対する欲求が強い。
『隊長達にデバイスを届けるつもりみたいだから、チンク姉やセインと合流して邪魔してこいってクアットロが』
 了解、と返答を残した二人は一気にそれぞれの武装に火を入れて本部へ向かい加速する。
 最初に到着したのはノーヴェだ。
『六課は南側から入ったから、直進して行けば多分かち会うんじゃない?』
「おうッ!」
 なんともいい加減なディエチの指示に頷くと、先行していたガジェットドローンを飛び越して、ガラス張りとなっていた建物の入り口を骨子ごと蹴り壊し豪快に侵入する。
 その後ろからウェンディが何体かのガジェットドローンを引き連れて続く。
『あ~あ…………』
 半ば予想通りに突っ込んでいく二人の通信用モニターからそんなディエチの溜息に似た声が漏れた。



「どりゃああぁぁーーっ!」
「フンッ!」
 地上本部の周辺空域、厚い雲を下に置き、星の輝きを上にして二人の男女が武器を手に空中で戦いを繰り広げていた。
 一方は髪を金色に染めて時折手足の末端から火の粉を散らす偉丈夫、ゼスト。もう一方は赤いバリアジャケットを白くしたヴィータだ。
 互いに融合騎とのユニゾンをした状態で、それぞれ炎と氷の属性の援護を受けながら激しい攻防を行っていた。
「いい腕だな」
「そうかよ。クイントの上司だったアンタに言われるとさすがにありがたいね、ゼスト」
「――――」
 元部下の名、そして名乗った覚えのない自分の名を呼ばれた事で槍を振り回す手の動きが乱れる。ほんの僅かな、ごく一瞬の隙ではあったがヴィータは見逃さずにグラーフアイゼンを叩きつける。
 避ける余裕も無く、ゼストは槍の柄でそれを受け止めた。
 大振りな一撃ではあるが、ゼストの一瞬の隙とユニゾンしているリインのサポートがあるために遠慮なく打ち込まれた力強い一撃。それは打ち合っていた時とは違い、受け止めれば吹っ飛ばされるのは確実だ。
 が、ゼストは柄で受け止めると同時に接触面を軸に体を横に回転させる。
「なっ――!?」
 飛行魔法が使えるが故の、しかし加速して飛ぶのではなく風に煽られる木葉のように軽やかに浮く絶妙な加減で、ヴィータの攻撃を受け流した。
 更に回転しながらユニゾンしているアギトの火球が四つ出現してヴィータに襲いかかる。
 リインがアイスダガーを同じ数だけ瞬時に展開しぶつける事で直撃を避けるが、魔力爆発が起きてゼストとヴィータの距離が開く。
「くそっ、思ってたより動きが鈍いと思ってたら、映像以上に巧い」
 クイントが度々持ち出してきた過去の戦闘記録や訓練の様子。その中に映っていたゼストの戦い方を覚えていたヴィータは彼の予想を下回る身体能力と想定以上の技術に驚く。
「…………映像とは、クイントが昔撮っていた模擬戦のものか?」
 ヴィータの言葉に、ゼストは構えを崩さぬまま反応した。
「ああ、そうだよ」
「なるほど、どうりで。動きが読まれている気がしたのは気のせいでは無かったという事か」
『そんな暢気な事言ってる場合じゃないだろ、旦那』
 アギトが呆れる中、ゼストとヴィータは睨み合うかたちで構えたまま空中に静止する。
「お前…………」
 先に動いたのはヴィータだ。ただ、それは攻撃を仕掛けるものではない。
「何でそっち側にいるんだ?」
 グラーフアイゼンの先端を突きつけるようにゼストに向ける。
「キャロが目撃した、召喚師の子供と一緒にいた男はお前の事だろ! あの戦闘機人事件後、一体何してやがった! あんな事件があったなら管理局を信用できなくなるのは分かるが、だからってどうしてそっち側にお前がいるんだ!」
 クイントから聞いた、ゼストという騎士は寡黙だが職務に真面目で誰よりもミッドの平和を守ろうと戦ってきた男だ。
 それが、部下の娘と共に次元犯罪者で広域指名手配されているスカリエッティの下で行動し、地上本部の混乱を見計らって空から突入しようとしている。
 問われた側のゼストは、ヴィータの言葉によく見ないと分からない程度の、ほんの僅かな笑みが浮かべる。
「そうか、お前はクイントの友人なのだな」
「――っ、人の質問にはちゃんと答えやがれぇ!」
 ヴィータが急加速と共にデバイスを振り上げ、ゼストに向かって振り下ろす。
 ゼストは避けず、逆に前進して十文字を描くようにして互いの長物の得物の柄部分をぶつける。鉄槌であるヴィータのグラーフアイゼンが最大威力を発揮するのは先端にある鎚の部分だ。それ以外の部分なら威力が大きく削がれてしまう。
 が、さすがに鉄槌の騎士という名を持っているだけあり小柄な体に反して力は強く、押し合いのような形になる。
「どうしてジェイル・スカリエッティと協力して、あんたが襲撃に手を貸しているんだ」
「………………」
「復讐、のつもりなのか? だったら止めろ。そんな事、スカリエッティの手下になってまでするもんじゃねえだろ! それとも、人質でも取られているのか?」
 武器で互いに重圧をかけながら発せられるヴィータの言葉。ヴィータとゼストの間には何の縁もないが、クイントという共通の友がいる。だからこそヴィータは彼に向かって問いかける。
「なるほど、そこまで把握しているのか」
 しかし、ゼストからの言葉は期待していたようなものでは無かった。
「――若いな」
「なんだと…………?」
「俺は問わなければならない。この命が尽きる前に。だから、悪いが何が何でもここを通させてもらう」
 ヴィータの目の前にあるゼストの顔には何かをはぐらかしたり誤魔化しているような色は無い。純然とした決意しか見えなかった。
『――ヴィータちゃん!』
 疑問に頭が満ちそうになった時、リインの叫ぶような緊迫した声が聞こえた。



 地上本部から火の手が上がる中、同様の事態が湾岸沿いに立地している機動六課にも起こっていた。
 地上本部襲撃の報が入り、各部署が応援に駆けつけようとするこのタイミングはまるで、戦闘機人事件を担当する機動六課を孤立させて襲撃する為に地上本部を襲ったかのようだった。
 東西から挟撃する追加武装のなされた機械兵器。その大群の戦力は一部署を襲うにしては過剰とも言えた。
 だが、機動六課は対AMFとしてCWシリーズの試作機を試験運用しており、数に限りはあるもののバックヤード部隊の手にはCWシリーズのストライクカノンが装備されている。
 周辺施設から火の手が上がる中で、避難シェルターへと通ずる機動六課隊舎だけはバックヤード部隊の奮闘によって健在し続けていた。
「ヴァイス君、まだまだ現役ね」
『いやいや、姐さんに負けますよ』
 スコープ越しにクイントの動きを見て、建物の窓から狙撃銃型のデバイスで援護射撃を続けるヴァイス・グランセニックは本気でそう思った。それはおそらく、バックヤード部隊も同じだろう。
 彼らは西側の防衛を担当しており、射撃による迎撃を主に行っている。そして、撃ち漏らした機体が隊舎へと接近するのを防ぐ為に最後の壁となって入り口側で破壊しているのはバックヤード部隊でも無ければ管理局の局員でもない、食堂で働いている筈のクイントだった。
 本来なら非戦闘員と共にシェルターへ避難してもらう身分の彼女ではあるが、元捜査官だった経験を理由に参戦していた。そもそも彼女はストライクカノンと同シリーズであるグローブ型のソードブレイカーのテスターだった経緯がある。そんな人材をこの緊急時に遊ばせておく理由も無い。
 ヴァイスは地上から滑るように接近してくるガジェットドローンのボディの中心を穿つ。他にも各階のポイントにてストライクカノンの一撃が機械兵器を爆散させる。中にはそれでも動き続ける機体もあるが、入り口前に陣取るクイントによってトドメを刺される。
 反対側の東側にはシャマルとザフィーラ、残りのバックヤード部隊が防衛線を引いており、屋上にてリインフォース・アインスが全体のサポートを担当していた。
 施設の被害は甚大なれど人的被害は主力が抜けている状態だと言うのに無かった。
 通信がAMFによって妨害され、絶え間なく機械兵器の侵攻は続いているが、異常を察知して救援が駆けつけるのも時間の問題であろう。このまま防ぎきれば敵は退却するか挟み撃ちにして倒す事ができる。
 そんな希望の元に奮闘を続け、膠着状態に入ったその時、新たな動きが生まれた。
『――召喚魔法!?』
 ロングアーチの通信士であるシャリオが声を上げる。
 屋上にいるリインフォースを取り囲むよう三角形を描くかたちで三つの召喚魔法陣が浮かび上がる。瞬時に展開し転送されてきたのは甲虫のような強大な召喚虫であった。
 三匹の召喚虫は現れると同時に角から放電し、リインフォースへと浴びせ始める。
「リインフォース!?」
 クイントが頭上を見上げる。彼女の位置からでは角度的に屋上の正確な様子は分からないが、眩しいほどの電流が屋上全体を包み込むように絶えず迸っている。
 続くようにして、隊舎の反対側の空に緑の光が煌めき、爆音が轟いた。
 何が起きたのか、西側の防衛をしていたシャマルとザフィーラに通信を行おうとしたクイントの耳に官制室のシャリオの声が届く。
『シャマルさん達が戦闘機人二名と交戦を開始しました! 同時に東側にオーバーSの魔力反応が出現しました!』
「オーバーSねえ……」
 顔を上げ、ガジェットドローンが侵攻してくる方角に目を向ける。黒い煙を上げる機械の残骸を避けながら歩いてくる小さな影があった。
「ルーテシア…………」
 召喚虫の出現で分かりきった事ではあったが、新たに現れたのはルーテシアだった。
 母親と同じ髪を風で靡かせる彼女の後ろでは屋上でリインフォースに攻撃を仕掛けている甲虫と同じ召喚虫二匹が地面を揺らしてついてきている。
「おばさん、誰?」
 自分の名前を呼ばれた事で、ルーテシアは首を傾げた。クアットロから六課の主要メンバーの情報は受け取っていたが、その中にクイントの情報は無かったのだ。
「貴女のお母さん、メガーヌのお友達よ」
「ふうん」
「驚かないの?」
「驚いてる」
 口ではそんな事を言っているが、顔は無表情のままである。キャロから性格を聞いていたのだが、やはりこう目の前にして母親のメガーヌとのギャップを見ると色々と複雑だった。
「…………リインフォース? そっち大丈夫なの?」
『無事です。しかし、動きを封じられました。援護するには時間を要します』
 ルーテシアから視線を外さずに念話を試みると呆気なくリインフォースから返答が来た。声からしてどうやら無傷のようだが、動きを封じられている状況らしい。
 おそらく、最初にガジェットドローンだけが襲ってきていたのは六課の残存戦力を計る為。その結果、リインフォースが一番厄介だと判断して真っ先に封じに来たのだろう。
「注意を逸らすから、その間に――」
 と、念話を送っている最中にルーテシアが背中から拳銃を取り出していた。そして間を置かずに高速魔力光弾が連射される。
「ち、ちょっとちょっと!」
 慌てて横へと走ってクイントは紫の魔力光弾を回避していく。それを追うようにしてガジェットドローンが外付けのミサイルポットからミサイルを発射する。
『姐さん!』
 ヴァイス他、バックヤード部隊から一時止まっていた援護射撃が再開される。
 ルーテシアは魔力光弾を連射しながら、二匹の巨大な甲虫を前進させて盾とし、ゆっくりと隊舎向かって進み始める。
「ちょっと待ちなさい、ルーテシア! おばさんのお話、少しでもいいから聞いてくれないかしら!?」
 接近してきたガジェットドローンに蹴りを入れて破壊しながら、クイントはルーテシアを説得しようと言葉を投げかける。
「聞こえない」
「それだけバンバン撃ってればそりゃあ聞こえないでしょうよ! 一端攻撃止めてくれない!?」
「………………」
 明らかに無視の態度を決め込んで、ルーテシアは引き金を引き続ける。
「ああ、もうっ! こうなったら仕方がないわ。張っ倒してから色々聞かせてもらうわよ! 貴女やゼストの事をね!」
 自分がやるべき事、それは六課の本部とそこにいる局員達を守る事だ。西側はシャマルとザフィーラがいる。隊舎にはまだバックヤード部隊がいるので援護とリインフォースへの救援をしてくれる。ならば自分はこの東側を守る。
 不安要素を上げるとするならば――
「どんなバカ魔力よ」
 六課で保有魔力が一番多いはやてに匹敵する魔力をルーテシアは持っていた。その魔力によって運用されるのは無数の召喚虫。更にはルーテシアが持つ拳銃。
 なんだか見覚えのある銃から高速で発射されるのは魔力光弾で、通常の魔力光弾なら弾いて逸らしてしまうクイントもこれは避けるしかない。
「さあて……」
 仮にも親友の娘であるが、クイントは頭に宿る数々の疑問を隅に追いやって現状を打開する為に構えを取る。
 反対の西側も戦闘が激化しているのか爆音が轟き、リインフォースの動きを封じる雷も勢いを増す。それでもまだ誰も倒れていないのだから、悲観する理由は無い。
 ただし、仕方がない事とは言え彼女達は失念していた。地上本部を襲撃して尚、ルーテシア達が機動六課を襲う意味を。



 狙撃手からの攻撃を避ける為に物陰から物陰へと移動していた六課フォワード陣の面々はようやく地上本部のタワー内部に入ることができた。
 ガジェットドローンは上層やその周辺に集中しているようで、一階のロビーにその姿は無かった。建物自体が巨大な建造物なため、いくら数があろうと重要な箇所に戦力を集中させているのだろう。
「よし、いないわね。今の内に急ぐわよ」
 ティアナが指揮を取りながら、スバルを先頭に彼女らはロビーを横切り階段を上っていく。一階ロビーから中層までは吹き抜けになっておりスバルやギンガのウィングロード、キャロのフリードなら十分にショートカットできる広さはあったが、そうすると目立ちやすくなって囲まれやすい。それに、デバイスを所持していないなのは達を見逃す可能性もある。
「でも、どうやって隊長達を見つけるの? きっと向こうだって移動してるだろうし」
「見当はついてるわよ」
 走りながらティアナが空中で開いているのは本部の見取り図だ。彼女はなのはとフェイトがいた筈の階層、そしてはやてとシグナムが出席していた陳述会が行われていた会議室にマークをつけ、それぞれ予想されるルートをいくつか割り出していた。
「シャッターや鍵は閉まってた事から、なのは隊長達は開けやすいエレベーターを通って降りてくる可能性が高いわ。あそこに一番近いエレベーターは中層から上に行く物だから、吹き抜けを抜ければ合流できる」
「はやて隊長達はどうするんですか? 方向が逆で、もっと上の階にいますけど」
「距離的になのは隊長とフェイト隊長と合流した方が早いわ。その後の状況にもよるけど、他の上層部の局員達と一緒にいるからまだ安全だろうし」
 エリオの問いにティアナが答えた時、昇っている階段の先に繋がる通路から一人分の足音が聞こえてきた。一瞬身構えるものの、通路から姿を現したのはよく知った人物だった。
「シャッハさん!」
 いつもの修道服ではなく、騎士としてバリアジャケットを装着しているシャッハだ。彼女はティアナ達の姿を見つけると立ち止まり、合流する。
「私はカリム様の下に行くつもりです」
「私達はヴィータ副隊長の代わりに隊長達にデバイスを届る途中です」
 状況が状況故に、手早く情報交換を済ませる。
「そうだ。なら、八神隊長とシグナム副隊長のデバイスを預かってもらっていいですか? 私達は分隊長達と合流します」
 ティアナ達がデバイスを届ける人物達は二つの場所に分かれている。自分達が二手に別れても良かったが、それでは戦力を分散させてしまう。
 だが、室内における機動力ならばスバルをも上回る陸戦AAAクラスのシャッハならば単独且つ迅速に届ける事ができる。
「分かりました。預からせてもらいます。それと、ガジェットドローンが何体か侵入しているので気を付けてください」
「はい。他にも戦闘機人が――」
「へえ、あのおっかない隊長達のデバイス、今はあんたらが持ってるんスか」
 突然聞こえた声。同時に桜色のエネルギー弾が複数、廊下の先から飛来する。
 着弾する寸前に皆は後ろに跳んで回避し難を逃れた。
「ッ!?」
 直後、スバルは後ろから気配を感じて振り向くとローラーブレードの車輪が眼前にあった。とっさに仰け反りながら両腕でガードする。
 間に合いはすれど、スバルは吹っ飛ばされて壁に激突してしまう。
「スバル!?」
「はッ――」
 襲撃者は壁に背中を強く打ちつけたスバルを一瞥し、即座にすぐ近くにいたティアナにハイキックを放つ。
 スバルと違い、僅かながら猶予があったもののティアナの防御は間に合わない。
 狙いは頭。足首に付いているスピナーが凶悪な音を立てて回転しながらティアナを粉砕せんと迫る。
「させない!」
 寸前、横からギンガが飛び出し敵の蹴りを手でティアナの代わりに受け止める。そのまま受け止めた手で相手の足首を掴む。
 だが、襲撃者は体を回転させながら床につけていた足で反対側から蹴りを放つ。挟み打ちする形で放たれた蹴りもまた防がられるが、足首を掴んでいた手が緩んで相手がギンガから脱出する。
 牽制の意味も込めているのか、今度は縦に後ろへと回転しながら彼女達と姿を取る襲撃者。
 床に着地し、滑って間合いを調整する赤毛の少女はギンガの妹スバルと瓜二つだった。
「ウェンディ! お前が声なんて出すから失敗したじゃねえか!」
「どのみち避けられてたッスよ」
 赤毛の少女の隣に、ボードのような物に乗って宙に浮く少女が並ぶ。二人とも同じデザインの青いボディスーツを着ており、首もとのプレートにはそれぞれ“Ⅸ”と“ⅩⅠ”の数字が刻印されている。
「戦闘機人…………」
 ティアナの言葉を証明するかのように、ナンバーズの後ろからガジェットドローン達が現れる。
「数はこっちが多いっスけど、あの六人相手にどこまでやれるっスかね」
「関係ねえ。ブチのめすだけだ」
 既に好戦的な二人に、ティアナ達は身構えた。
 地上本部内外に問わず、機械兵器と管理局、戦闘機人と魔導師の戦いが始まる。





 ~あとがき&雑談~

 遅くなりましたが六十七話です。ようやく終盤の初めに入りました。

 CS化kkkが発売しますね。これで改めて厨二成分を補充して、lightの新作を待ちます。どっちも楽しみで、今年中に出てくれないかなあ。




[21709] 六十八話 地上本部襲撃Ⅱ
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2013/09/03 20:34

 エネルギー弾と熱線から身を守りながら、六人の少年少女が広い廊下を駆け抜ける。
 分岐路に至ったところで左右からガジェットドローンが現れた。
「ハァッ!」
「ヤァッ!」
 先頭を走っていたシャッハとエリオが加速して、それぞれの得物で機械兵器を破壊する。
 二人によって作られた残骸を飛び越え、六人は右の通路へと曲がろうとするが、目の間にエネルギー弾が横切って爆発を起こしそれを阻止してくる。
 止まっている余裕は無く、仕方なく反対側に向かって走り出す。
 後ろからは戦闘機人がガジェットドローンを率いて押し寄せてきているのだから仕方が無かった。正面から迎え打つという選択肢もあったが、隊長達がいつガジェットドローンと遭遇するか分からず、いつの間にかロングアーチとも連絡が付かなくなった今、合流を優先していた。
 殿を務めるスバルとギンガは通路の床だけでなく壁も足場にし、走りながらも戦闘機人を引きつける。
「ッラァア!」
 気合いの声を上げ、ナンバーズのノーヴェとスバルが激突する。
 ノーヴェの蹴りをスバルは両腕でガードして受け止める。彼女の脇からギンガが飛び出して、蹴りを行った直後に生まれるノーヴェの隙をついて貫手を放つ。
 盾のつもりか、下から幾何学模様を持つ光の道がノーヴェの目の前へと現れて彼女の姿を隠す。貫手は光の道を貫通するが、手応えは無く、消失する光の道の向こう側ではノーヴェがバク転によって既に距離を取っていた。
 このように追われる立場ながらスバルとギンガのコンビネーションによってノーヴェが攻め倦ねているといったところであった。
『この先! キャロ!』
 通路が途切れ、広場のように開けた場所に着いたところでティアナとキャロが短い念話で合図を送った。
 キャロのグローブ型デバイスの宝石部分に輝き始め、ティアナにブースト魔法による支援を行う。そして、ティアナが幻術を行使する。
 彼女達の数が六倍になった。
「何っ!?」
 突然増えた相手に、ノーヴェは動きを止めて広場を見回す。自分の足止めをしていたナカジマ姉妹達も六倍に増え、背を向けてそれぞれ別の方角へと走っていた。
「幻術か。ウェンディッ!」
「うぃっス」
 ウェンディが遅れて通路から現れ、ライディングボードの上に立った状態で六つに別れた集団を見回す。
 キャロのブースト魔法によって強化されたティアナの幻術は戦闘機人の視覚機能の特性を想定した上で組まれた魔法だ。ノーヴェの目では本物を見分ける事はできないが、後衛として前線を一歩引いた距離から観察できるウェンディの感覚機能はノーヴェのそれよりも優れている。
「あっ、二手に別れたっス!」
 一目見ただけで本物と偽物を看破するが、対象が六課の正式なフォワード陣四名、聖王教会のシャッハと第108陸士部隊のギンガの二手に別れていた。
「どちらか一方、あわよくば隊長全員にデバイスを届けるつもりっスか!」
 どちらか一方を足止めしても、デバイスを手に入れた隊長格が救援に来るのは必須。だからと言ってこっちは二人。ガジェットドローンはあるが、分散させたところで意味は無い。
 一瞬の躊躇を見せる二人であったが、すぐに顔を上げると数の多い方を追いかけ始めた。

「どうやら、スバル達の方に行ったみたいですね」
 スバルのマッハキャリバーと同型のデバイスで床を走りながら後ろを振り向くと、戦闘機人の少女どころかガジェットドローンも追跡して来ない。
「なら、今の内に突っ切ってしまいましょう」
 シャッハは立ち止まり、カートリッジシステムを使用しようとする。彼女の移動系魔法を使用すれば、壁などの障害を無視して移動する事ができる。AMF濃度が濃いせいで通常より魔力を消費させてしまうが、二人分の移動ならカートリッジシステムを使えば問題無い。
「しっかり掴まって――」
 突っ切ろうとした壁に一本のダガーが突き刺さった。嫌な予感を覚え、驚きながらもシャッハの体は壁から跳び退く。
 瞬間、ダガーから爆発が生じた。
「シャッハさん!?」
「大丈夫です。それよりも…………」
 通路の奥に目を向けると、暗がりの奥からロングコートを着た眼帯の少女が姿を表す。手にはシャッハの行く手を遮ったダガーと同じ物が握られている。
「戦闘機人…………」
「待ち伏せ!」
 シャッハとギンガが構え、道を塞ぐ戦闘機人に向き合うと、突然足を取られ泥に沈むように視線の位置が下降した。
 足下を見れば、床には幾何学的模様の円陣が浮かんでおり、その上にいる二人を床の中に沈めようとしている。
 急ぎ足を引き抜き脱出しようとする直前に、円陣が消失する。
 沈むことは無くなったが、固さを取り戻した床によって二人は足首を埋めたままその場に拘束される。
「しまった!」
 通路の先にいる眼帯の少女の周囲に何本ものダガーが浮遊し、その切っ先を二人に向けていた。アレら全てが先程の爆発を生むと考えると、非常に危険だ。
 シャッハとギンガは急いで床を破壊しようと腕を振り上げ、下ろす。だが、それよりもダガーの方が早く二人へと飛来した。

「――ああああぁぁっ!?」
 ゼストと交戦中だったヴィータは突然背後からの攻撃を受け、悲鳴を上げて肺の中の酸素を全て吐き出した。
「う、かはっ――リ、リイン!」
 ユニゾンによるサポートという面から自分よりも早く気付いたリインのおかげで致命傷は免れたが、あまりに強い衝撃に全身が痺れる。ユニゾンまでも解除された
 同時に自分を庇った彼女の安否を心配する。
 後ろを振り向き確認したい衝動に駆られるが、頭上から落ちてくるソレからまず身を守らなければならなかった。
 おそらく地上から飛んでヴィータの背後を襲って上へと通過し、急降下して加えようとする第二撃。
 それをヴィータはグラーフアイゼンで受け止める。
 天からの月光が逆光となる。だが、敵の武器とグラーフアイゼンがせめぎ合う際に生じる火花が光源となって奇襲を仕掛けてきた相手の顔を照らした。
「テ、テメェは――」
 全てを言い切る前に、グラーフアイゼンが砕けた。
 元より不利な姿勢で受け止めていたのだから拮抗できる筈がなく、しかもゼストとの戦いで予想以上に疲労していた。
 結果、鉄槌の騎士ヴィータは星空から叩き落とされるのだった。

「良かったのか?」
 ユニゾンを解いたゼストは落ちていったヴィータを見下ろすように目を地上へと向けたまま、隣にいる青年に問うた。
「良いも何も、最初からこうなるのは解ってたことだ」
 右腕に三日月の黒い重厚な刃を生やす若者、トゥーレはギロチンを元に戻しながら淡泊な口調で答える。
「そんな事よりも早く行った方がいいんじゃないか? もう、あまり保たないだろ」
「…………そう、だな」
 ゼストは息も切れおらず、汗もかいていない。だが、そう見えるだけで彼の顔には親しい者にしか分からない疲労の色が見えた。事実、ユニゾンによって彼の体調を把握していたアギトは心配そうな顔でゼストを見ていた。
 魔法の行使も飛行も、戦闘だって問題はない。だが、元より無理の利かない体には少しの時間しか残されていなかった。
「お前はどうするつもりだ?」
「一応、ノーヴェ達の応援。場合によってはルーテシアのとこにも行くかもしれないけどな。ああ、そうだ。レジアスが脱出した様子は無い。おそらく、自分の執務室に向かっているんだと思う」
「そうか。すまんな、色々と世話になった」
「気にするなよ」
 顔を見合わせ、ゼストは地上本部の方角へと体を向けるとすぐに飛んでいく。
「ルールーの事、任せたからな!」
 そして、アギトもまた一言言い残すとゼストの後を追って飛んでいく。
 それを見送ってから、トゥーレを空中にモニターを表示させる。それは地上本部とその周辺を頭上から見下ろしたマップであり、姉妹達の現在位置を知らせるマーカーが点滅している。
 クアットロとディエチは自分のISを使って離れた場所から嫌がらせのような攻撃を行っている。トーレとセッテは空でまだ戦っているようだ。そして、地上本部には四つのマーカーが表示されている。
 地上本部の部分を拡大し、立体マップに切り替えると、マーカーは二手に別れていた。
「合流してるのかと思えば、何やってんだあいつら」
 そこで、危惧していた可能性の一つに思い至り、トゥーレは地上本部向かって飛行した。

「ケホッ――た、助かりました、シャッハさん」
 埃に咽ながら、ギンガはシャッハに礼を言う。
「いえ、間に合って良かったです」
 シャッハはダガーが爆発する瞬間に物質を通過し高速移動できる魔法を使用し、ギンガを抱えて床を通過して一瞬で階下へと移動したのだ。
 互いの安否もそこそこに、爆発が起きたせいで降り落ちる天井からの埃を払い、二人は急いで立ち上がって駆け出す。
 その後を追うように、彼女達が通った廊下に手榴弾らしき物が天井から落ちてきて爆発する。
 だが、ギンガとシャッハは共に足が速く、多少の障害物など意に返さないほど機動力が高い。攻撃から逃れる為に一階下に降りたとは云え、その分のロスはすぐに埋まる。
 広間に出た途端、何本ものダガーが二人に降り注ぐ。それを察知すると同時にギンガとシャッハは二手に別れて避ける。相手の武器が爆発するのなら、受け止めて防御するには無理がある。
 それに、シールドで受け止めたとしても――
「くっ…………」
 壁から何かが飛びかかって来たのを、ギンガは左腕のリボルバーナックルの装甲で受け止める。小さな火花が散り、飛び出した影は床の中へ何の抵抗も無く沈んでいく。
 ナイフばかりに気を取られると、壁や床を自由に行き来する戦闘機人に不意をつかれてしまう。
 突然手首を引っ張られ、何とか転ばずに踏ん張る。
「糸っ!?」
 リボルバーナックルを見てみれば、いつの間にか繊維がまとわりついていた。
 攻撃と同時に仕込まれたらしい。繊維の先は床の中へと沈んで、魚のかかった釣り糸のように張っている。ただし、引っ張られているのは床の上にいるギンガの方だ。
 ギンガは右手で自分の左腕を掴み、抵抗する。
 その隙をもう一人の戦闘機人は見逃さない。コートをはためかせて、両手の指にダガーを挟んで飛びかかる。
「ギンガさん!」
 シャッハが横から眼帯の戦闘機人へと殴りかかった。
 敵は防御を優先したらしく、バリアのような光の膜を出して防がれる。
 その間、ギンガは糸を掴んだ。指を切らないようリボルバーナックルの装甲に絡めた状態で、だ。
 そして――
「はあぁああああぁぁっ!」
 糸を引っ張り、力付くで床の中から戦闘機人を釣り上げた。
「え――ええええぇぇええっ!?」
 釣られた戦闘機人、セインは悲鳴に驚愕の入り交じった声を上げて宙に身を踊らせる。慌てながらも糸を切断して身を捻らせ、ギンガの後方へと飛び込もうとする。物体の中に潜る能力で再び潜行するつもりなのだ。
「させない!」
 糸から手を離し、ギンガは拳を床に叩きつける。
 すると拳を起点に四方八方へとウィングロードの光の道が伸びる。
「うわっ!?」
 飛び込もうとしていた床に光の道が被さったのを見てセインはとっさに両手をつけて屈伸し、そのまま腕の力と全身のバネを使って跳躍する。
 その間、ウィングロードが伸び続けて部屋全体を包み込んだ。
「シャッハさん!」
 ギンガがシャッハの名を呼ぶ。もう一人の戦闘機人と戦っていた彼女と視線が一瞬交差し、意図を汲んだのか敵に背を向け走り出した。
 その背中をダガーが追いかける。だが、ウィングロードが伸びてダガーの行く手を阻んだ。
「………………」
 眼帯をつけた戦闘機人、チンクはダガーを取り出したままシャッハの背を追いかけようとせず、ギンガに振り向く。
「一人で足止めするつもりか」
「チンク姉、追いかけようにもこんな風にされたらディープダイバーも使えないよ」
 チンクの斜め後ろへと移動したセインが床を、正確には床を覆うウィングロードを何度か踏みつける。それが障壁となってセインのISが通じなくなっていた。
 チンクがダガーの一本を壁に投げて爆発させ、ウィングロードの一部を破壊する。だが、すぐに新しい道が破損個所を埋め尽くした。
「ここから先には通しません」
 ギンガが構える。さすがに部屋全体をウィングロードで覆うのは堪えたようで肩で息をしているが、まだまだ気力に満ちているようだ。
「うへぇ、追いかけてた筈なのに逆に閉じこめられちゃったよ」
「デバイスは諦めるしかないな。ここはもう――」
 撤退、とチンクが言おうとした瞬間、ギンガの姿が足下から伸びる光の道によって隠された。
 すぐに警戒する二人だが、ローラーブーツの音がするのにギンガは姿を一向に表さない。
 もしやシャッハの後を追ったのではという懸念が生じる。
「上だッ!」
 天井ギリギリの場所まで駆け上がっていたのだろう。ギンガが頭上から降下しながら、回転するスピナーを付けた左腕を引き絞るようにして構えている。
 そのまま、魔力の旋風を左拳に纏って戦闘機人の二人へと落下した。



「はぁっ!? ここまで来て引けってか?」
 クアットロからの通信を受けて、ノーヴェが怒鳴った。
 ノーヴェとウェンディの二人は機動六課のフォワード陣四人の妨害を続けていた。
 ガジェットドローンが尽き、数の上でも負けてはいるが、こちらが追う状況からデバイスを隊長陣へ届けるのを妨害するという点では上手くいっていた。
 向こうのリーダーが得意とする幻術魔法による奇策も、ウェンディがいる限り意味がない。戦闘機人対策を施した魔法ではあるようだが、後方支援として前衛をサポートするウェンディの『目』からは逃れられない。
 そんな優位の状況で引けという命令に納得がいかないのは当然だ。
『チンクお姉様の所で一人逃がしちゃったのよ~。こうなれば夜天の主とヴォルケンリッターが戦場に上がってくるわ。そうなるとこっちも大変なのよ~』
「チンク姉が?」
『ええ。そっちも少しずつ怖~いのと近付いてるから、もう追いかけっこはオシマイ。チンクお姉様とセインちゃんを救出して撤退してちょうだいね~』
 言い終わると同時に、一方的に通信を切られた。
 口調は変わらず緊張感の無いのんびりとしたものだが、言ってすぐに通信を切るあたり有無を言わさぬものを感じさせた。
「指揮官はチンク姉っスよ?」
「わぁーってる! クソッ」
 ノーヴェとウェンディは急停止すると、すぐに反転して来た道を戻り始めた。

「…………引いた?」
 突然背中を見せて撤退していく戦闘機人二人を見て、ティアナは疑問と同時に安堵する。
 万が一阻止されても二手に別れていたのでリスクを軽減していたが、戦闘機人を想定した設定の幻術魔法が利かず、苦戦を強いられていた。
 どうして向こうが引いたのかは分からないが、ともかく助かったのは間違いない。
「今の内に隊長達と合流するわよ!」
 ティアナの指示の元で、皆が防御を主としていて遅くなっていた足を早める。念のために背後への警戒は怠っていないが、攻撃を仕掛けられていた時よりも格段に進むスピードが速くなる。
 戦闘している最中、何度か念話が通じそうになった。戦闘機人がけしかけて来たガジェットドローンを破壊し尽くした事と、おそらく互いの距離が近くなっているのが理由だろう。
 このまま、念話が通じる距離を探せば、自ずと隊長達と合流できる。
 ロングアーチとの通信が出来ず周囲の戦況が不明という不安を抱えたまま、ティアナ達は非常電源も落ちている暗い通路を先急ぐ。

「ああああぁぁっ!」
 全身の骨に響く衝撃に悲鳴を上げ、ギンガは自ら展開したウィングロードの上を派手に転がり滑っていく。
「くぅっ」
 痛みに耐えながら手を付き、ブレーキをかけて両足を光の道を踏み、止まる。
 戦闘機人へ攻撃を仕掛けようと瞬間、ギンガは何かに弾き飛ばされてしまった。本能的に防御したものの、体の芯にまで届いた攻撃は受け止めた左腕を痺れさせている。
 周囲を見回すが、爆発するダガー対策で蜘蛛の巣のように張り巡らせたウィングロードが仇になって、正面に立っている戦闘機人の二人しか視界に写らない。
 攻撃してきたのが人なのか、それとも目の前にいる二人の攻撃なのか、判断ができない。
「…………そこっ!」
 だが、半ば確信のようなものをもって、ギンガは左手で殴るように魔力光弾を放つ。その先には縦に天井へと伸びるウィングロードがある。
 光の道は魔力光弾が当たる直前に霧散し、それを向こう側へと通す。
 障害を無くした魔力光弾はそのまま直進していくが、結局最終的には壁を覆うウィングロードに当たって小さな爆発を起こす。
「もう隠れるのは止めて下さい」
 だが、ギンガは確実に相手を捉えていた。視界に捉えられずとも、張り巡らせたウィングロードを探査魔法の代わりとし、更に檻のように伸ばすことで魔力光弾を避けて移動していたソレの行く手を見事に阻んでいた。
 後ろに振り向き、網に掛かった相手に視線を向ける。
「トゥーレさん…………」
 やはり、という思いと同時に外れて欲しかったという思いの元、ギンガが三人目の戦闘機人の名を呼んだ。

 張り巡らされた光の檻の中にいるのは一人の青年。子供の折からよく知る男。いつもと変わらぬ顔だが軍服のようなバリアジャケットを装着し、その左腕には『ⅩⅢ』と刺繍された腕章がある。
 特に目が行くのが、右腕から直接生えているような異形の長大な刃だ。
 頭の中では彼だと分かっているのに、場所と格好から違和感が拭えない。だけども間違いない。
 ついこの前、買い物に付き合ってもらったばかりの彼、トゥーレがそこにいた。
「あんまり驚かないんだな」
「もしかして、と思っていましたから。外れて欲しかったですけど」
「何時からだ?」
「前に、買い物に付き合ってもらって、転んだ私をトゥーレさんが立ち上がらせてくれようとした時です。あの時影になった貴方の姿が、昔空港で私を助けてくれた人と被ったんです」
「空港…………あの時か」
 迂闊だったと自覚していたのか、トゥーレは僅かに苦々しい表情をしてギンガから目を逸らす。ちょうどのその逸らした先にはチンクとセインがおり、会話の内容から弟が失態を犯したと気付いたのか半目になって彼を睨んでいる。
「それが気がかりになって、失礼だと思ったんですが色々と調べてみたんです。そうしたら、記録上貴方は存在しているのに、ミッドで生活している痕跡が見つかりませんでした」
「伊達に捜査官じゃないって事か。それで、どうするつもりだ?」
 挑発するような、それでいて試すようなトゥーレの問いに、ギンガは僅かに拳に力を入れながら答える。
「…………決まっています。私は捜査官で、貴方は数々の犯罪に関与した疑いがある容疑者なら――」
 構え、
「拘束させてもらいます!」
 飛び込むように突進した。

「カリム様!」
 ギンガの援護のおかげで、シャッハは講堂から抜け出て移動していたはやて達を見つけていた。
「シャッハ!」
「皆さんもご無事で良かったです」
 向こうもシャッハの姿を確認すると安心したかのように息を吐く。
「お二人のデバイスをお預かりしています。ティアナさん達も今、なのはさん達へデバイスを届けている筈です」
 合流を果たすと、シャッハははやてとシグナムに彼女らのデバイスを手渡す。
 はやてはデバイスを受け取ると素早く十字型アクセサリーの待機状態から魔導書へと移行させ、通信回線を開いて情報を集める。
 ガジェットドローンの数が減ったからなのか地上本部を満たすAMF濃度が下がり、デバイスの補助のおかげで念話よりも感度が良い。これなら他の仲間とも連絡がつく。
 地上本部各所に張り巡らされている通信網は回線そのものが破壊されたのか役に立たず、レーダーにアクセスも出来ないので外の様子が分からない。
 六課隊舎に詰めているロングアーチとも音信不通だ。繋がりはするもののノイズが混じっている事から、これは地上本部のAMFの影響では無く向こうで妨害されているのかもしれない。だとすると、隊舎の方で何かあったと考えるべきか。タイミングからして戦闘機人と関係あるかもしれない。
 ――もしかして、ヴィヴィオを狙って?
 最近保護した人工魔導師の少女の顔が一瞬よぎる。レリックを引っ張って逃げていた事から無関係ではないだろう。その可能性を頭の片隅に置きながら、はやては隊長陣との通信を試みる。
「こちらスターズ1。ライトニング共に合流完了!」
 ほぼ同時に、ティアナ達と合流しデバイスを受け取ったのだろう。通信用モニターが開き、既にバリアジャケットを装着したなのはの姿が映る。その後ろには報告通り分隊全員の姿があった。ただし、ギンガとヴィータ、リイン、ロングアーチとの通信は未だに途絶えたままである。
 しかしこれでようやく、こちらから本格的に動く事ができる。
 はやては今まで得た情報を頭の中でまとめ、即座にやるべき項目を羅列し、それをやるのに適した人材に割り振っていく。
 それは、ゲンヤの下で指揮官の研修行う内に覚えた指揮官として必要な能力だ。
「スターズはギンガとまず合流。戦闘機人が建物内に残ってるかもしれないから注意して。ライトニングは至急、六課に戻って状況を確認。襲撃を受けてる可能性が高いから気をつけて」
 了解、と即座に返事が返り、モニターが閉じられる。
「私達はこのまま皆を避難させるわ」
 命令伝達が終わったのを見計らい、カリムが声をかける。この場にいるのははやて達だけでは無い。他の局員や各管理世界の重役達がいる。
 互いに頷き、そのままカリムとシャッハが避難組を連れて通路の奥へと進んでいく。
 それを見送ってから、はやては既に騎士甲冑を身につけていたシグナムに振り返った。
「私は外に出てドローンを排除しながらヴィータとリインを探す。シグナムは…………」
 はやての言葉にシグナムは頷きで答え、踵を返すと来た道を走り引き返し始めた。
 ギンガ、ヴィータ、リイン、それにロングアーチと連絡が取れず、外での戦況は不明。そんな中でシグナムの援護が無いというのは無茶な選択だったが、逆にこんな状況だからこそチャンスだと言えた。
「私も行こか」
 レジアス中将の元に向かったシグナムの背を見届ける事なく、はやてはバリアジャケットの騎士甲冑を装着すると通路の先を駆け抜け窓に面した空間に出る。
 今は窓にシャッターが降りて外をと遮断してはいるが、夜天の書を手にしたはやての前ではそれも意味を為さない。
 魔力放出だけでシャッターを破壊し、自分の周りに魔力スフィアを生成しながら外へと飛び出す。
 まず最初に目に飛び込んできたのは、空に浮かぶガジェットドローンの大群。そして、火の手を上げる地上本部の各施設だった。
 時空管理局発祥の地ミッドチルダに建てられた地上本部が瓦解していく。長い歴史の中で、これほどの危機は今まで無かっただろう。
「地上本部が…………。くっ、まずはこっちや!」
 はやては視界に入る空の敵を破壊する。砲撃魔法により、AMFを圧倒的魔力でねじ伏せ、機械兵器を殲滅していく。当然、ドローン達も反撃をしようと動くが、はやての周囲に浮かんだ魔力スフィアがそれを迎撃して近づかせない。
 上空にいるガジェットドローンはおそらく一帯にAMFを放っている。一つ一つでは効果が無いも同然だが、大量の機体が同時にAMFを展開していれば念話くらいは妨害できる。
 魔導師達の通信を邪魔するその機械兵器を壊していけば、まだ奮闘を続けている局員と連携が取れる筈だ。
 ただしそれも、空にいるのがガジェットドローンだけならば簡単な事だっただろう。
 自動迎撃の術式が施された魔力スフィアが反応し魔力光弾が発射されるよりも速く、何かがはやての眼前にまで接近する。
 そしてバリアに強い衝撃が来て、はやての体は後ろへ跳ねた。すぐさま体勢を取り直し、正面を見据えるとそこには青いボディスーツを着た長身の女が浮かんでいる。
 彼女の両手には大型のブーメランが握られており、首もとには『Ⅶ』と刻印されたプレートが装着されてあった。
「膨大な魔力量だからなせる戦術ですね」
 戦闘機人の彼女が呟く通り、はやては魔力量に物を言わせた戦闘スタイルを取っていた。なのはやフェイトと違い、彼女の基本スタイルは超遠距離からの範囲魔法の発射で、動き回りながら戦う事に限定すれば六課中最弱と言っていい。だから常にバリアを高硬度で維持しつつ自動迎撃する魔力スフィアを展開させる事で身を守っている。これは非常に効率が悪く、通常の魔導師ならすぐに魔力を枯渇させてしまう。
 そう簡単に破れないと判断したのか、戦闘機人は後ろ向きではやてからゆっくりと離れ始める。
「なんやて!?」
 逃げるつもりなのかと、はやてが思った瞬間、戦闘機人の周囲に大量のデバイスが浮かんでいた。
 戦闘によって局員から奪った物なのか、煤けて汚れていたり損傷している。だが、その機能は生きているらしい。
「IS――スローターアームズ」
 デバイスの矛先が一斉にはやてへと牙を向く。
 地上部隊で最もスタンダードな杖型のストレージデバイスからは射撃が、それぞれ個性が現れるアームズデバイスは直接飛来してきた。



 クアットロに言われ、チンク達と合流しに来たノーヴェとウェンディが見たのは蜘蛛の糸のように床と壁、天井に光の道が幾重にも伸びる空間だった。
「来たか、二人とも」
 空間の手前、通路側にチンクとセインが何かしている訳でもなく、そこに立っていた。
「なんだこれ」
「うわ、キモいっス」
「トゥーレがタイプゼロワンと戦っているんだ」
 蜘蛛の巣のように張り巡らされた光の道はギンガのウィングロードによるものだ。目をよく凝らして見てみれば、中心にギンガが手足を振り、自分で作った道の上を走る。
 そしてそれを追うようにして、黒い影が超高速で動いている。トゥーレだ。彼は光の道の間を通るか右腕のギロチンで破壊しながらギンガに攻撃を加えていく。
「あいつ、トゥーレの動きについて行ってるのか」
 すっかり自分達も観戦し出したノーヴェがギンガの動きを見て感心半分で呟く。残り半分は自分が彼女と戦いたかったという思いだ。
「道を張り巡らせる事でトゥーレの進行ルートを限定、破壊されてもそこから居場所が分かるという寸法だな。私達もよくやる手だが、それだけじゃトゥーレを捕まえられない」
 アジトにて行われる仲良いのか悪いのか分からないナンバーズでの追いかけっこ。単純な速さで追随出来るのがトーレしかいない彼女らはあの手この手でトゥーレを追いつめる。
「反応出来ているのは大したものだが、やはり無理だな」
 普段からそんな事をしているからこそ、彼女達にはよく分かる。いくら保ったところで、あのまま勝てる筈が無いと。
 いくら行動を察知できたとしても、それは相手が動いてからの反応なので後手に回るのは必然。ギンガは致命傷を避けているだけで、トゥーレに対してまともなダメージを与えるのに至っていない。
 そもそも、拳とギロチンとではリーチが違う。受け流してのカウンターも速度差があるので狙えない。それにトゥーレは一撃を防がれるかかわされればすぐに離れて別方角から攻撃を仕掛けるヒット&ウェイの戦いをするために捕まえる隙がない。
 最大のネックがリーチ差。これをクリアできればギンガにも勝機が見えてくるのだが。

 ギンガはウィングロードを最大限活用しながらただひたすら防御に徹する。陸戦AAランクの魔導師である彼女が全力を振り絞っても身を守ることしかできない。
 だが、彼女の目は諦めていない。ギロチンの重い一撃に体の節々を痛めつつ、一撃が来るたび首に冷たい感触を錯覚しながらも、獲物を狩るチャンスを静かに伺う肉食獣のように反撃の機会を、最大の一手を狙っていた。
 浅い切り傷からの出血と体力を引き替えに、徐々にだが動きを掴めてきた。後はタイミングを合わせるだけ。
「――っ」
 右斜め後方のウィングロードが割られるのを術者であるギンガは即座に知覚し、振り返る。割られた道にトゥーレの姿は無い。振り向くのを予想した上で更に死角に周り込んでいた――ギンガの読み通りに。
「ハアァァッ!」
 振り返る動きを止めずにそのまま身を捻る。左手のリボルバーナックルに装填された六発全てのカートリッジを使用。過剰な魔力にスピナーが狂ったように回転し火花を散らせる。
 手の形は拳ではなく刃に。振り上げた腕を上半身の捻りの勢い乗せて弓の弦から射出される矢のように放つ。
 奇跡と言えるほどに絶妙なタイミングで放たれた手刀の突きは見事にトゥーレを捉えていた。だが、彼もまた攻撃を放っていた途上で、腕とギロチンとではリーチが違う。
 ギンガの攻撃は指先もトゥーレに届かない。しかし、伸びきった瞬間に手刀のリーチが伸びた。
「なっ!?」
 声を上げたのはトゥーレか、それとも二人の戦いを見ていたナンバーズか。
 ギンガの腕が物理的に伸びた訳ではない。ただ、刃の形をした手の指先から魔力が放出されたのだ。
 ただ単純に魔力を放出したわけではない。魔力刃でも、射撃魔法でもない。手の形に沿って魔力の杭が伸びた。
 切るでも叩くでもない刺すに特化した一撃はリーチの差を覆し、トゥーレの右胸へと伸びた。





 ~後書き~

 誤字脱字の確認をしていると、偶に変な間違いをしている事があります。特に名前。今回も『キャロ』を『キョロ』と書いて間違えてたり、『レジアス』が『レイアス』だったり。

 どうでもいいけど、INNOCENTでナンバーズは出ないのだろうか。vividのキャラは出たのに……。



[21709] 六十九話 地上本部襲撃Ⅲ
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2013/11/28 18:17

 電源を落とされ、明かりのない通路をある集団が早足で進んでいく。
 時空管理局地上本部中将、レジアスと彼を護衛する局員達だ。彼らはこの非常時にシェルターではなく、レジアスの執務室へと向かっていた。もっとも、執務室も機密保持と万が一の事を考えて簡易ながらシェルター化されているのでそういう選択もあるにはある。
 どこから敵が来るか分からない状況で護衛達は非常に緊張した様子を見せる中、守られている側のレジアスは逆に堂々としていた。それは守られている故の安心なのか。しかし、彼の手には拳銃が握られている。
 質量兵器の枠組みに引っかかる銃だが、魔力資質を持たない管理局の捜査官などは申請の元に貸しだしされている。レジアスが持つ銃もその一つ。講堂を出る際に緊急時用に用意していたのを受け取っていたのだ。
「私が部屋に入ったら、お前は護衛と共にシェルターに行け」
 レジアスは後ろからついてくるオーリスに振り返らず言う。彼女もまたこの非常時に拳銃を携帯していた。
「しかし、それでは――」
「構わん。防衛システムが落とされた以上、こちらからの打開は無理だ。とにかく、一人でもシェルターに避難させて外からの救援を待つしかない」
 レジアスは辛うじて拾える通信から状況を察し、最早現段階での戦況の挽回は不可能だと結論付けた。負け戦と言うのなら、次の為に一人でも人員を守らなければならない。その優先順位は当然、指揮系統に関わる幹部と外からの重鎮だ。
 執務室の前を通る通路にまで来た時、暗い道の先に火が浮かび上がる。ソフトボール大の大きさを持つ火の玉に、護衛がレジアスを守る為に動き出す。
 足を踏み出した瞬間、後ろから風が起きた。反応するよりも早く、オーリスと護衛たちの体が床に崩れ落ちた
「なんだっ!?」
 視界の端で護衛が倒れたのを見て、レジアスは反射的に銃を引き抜きながら後ろを振り返る。だが、銃口が相手を捉えるよりも早く、喉元に槍の切っ先が突きつけられた。
「鈍ったな、レジアス」
「…………ゼスト」
 十数年ぶりの親友との再会だった。



 ギンガの左手から伸びる魔力の槍。誰もが感嘆するタイミングで放たれたそれは、それでもトゥーレの触れる事は叶わなかった。
 乾坤一擲、自分の出せる最高の技が非情にも簡単にかわされてしまう。代わりにトゥーレの背後の壁――それでも十数メートルは離れている――に穴を空け亀裂をはしらせるが、目標に当たらなければその威力も意味がない。
 見誤った者がどうなるか。戦いの場においてそれは致命的な痛みとして返ってくる。
 左腕を伸ばしきったギンガに向けて黒い刃が一閃する。
 無防備だった左腕が切断され、赤い血をまき散らしながら放物線を描いて宙を飛ぶ。
 飛び散る赤い滴がギンガの頬に跳ねて付着する。彼女が腕を切断されながらも自ら前進した故に。
「――――」
 トゥーレの勝利を確信していたナンバーズ達が目を見張る。
 左腕が斬り飛ばされた直後だと云うのに、ギンガは動きの停滞を見せる事なく動き続けた。最初から、腕が無くなるのは折り込み済みだったかのように。
 ギンガは半身になった体を、左半身を引き戻しながら右半身を前に出し、その動きの過程の中で右手での突きを放つ構えを取る。その手刀には既に魔力が充填されていた。
 トゥーレはギロチンの一撃を放った直後で自慢の速度が死んでいる。タイミング云々依然に、攻撃直後による隙が生まれていた。
 そして、それを彼女が見逃すはずもなく、貫手が放たれる。吸い込まれるように真っ直ぐとトゥーレの胴へと貫手が到達した。
 だが、触れたと思った瞬間にトゥーレの姿が横にブレ、ギンガの貫手は彼の脇腹を僅かに斬り裂いただけに止まる。
 伸ばした腕の勢いは途中で止められず、伸びきった右腕をトゥーレが胴と自分の左腕で挟んで拘束した。
「お前ら母娘はどうしてそう捨て身なんだよ。女なんだからもっと自分の体を大事にしろ」
 いつの間にかトゥーレの右腕のギロチンが消えて、抱き合うような距離の中で彼の掌がギンガの腹に触れていた。
「…………トゥーレさんのそういうとこ、反感買いますよ。嘗めるなって」
 利き腕を犠牲にした攻撃をかわされたしまったギンガは左腕を拘束されたまま動かず、トゥーレを見上げる。
「…………そうだな」
 続く言葉はなく、ギンガの腹を貫通し一刃の魔力刃が彼女の背から生えた。

「それで、こいつどうすんだ?」
 床に倒れたギンガを見下ろしたノーヴェが聞く。
 トゥーレとギンガが戦っていた広間に張り巡らされたウィングロードも消え、痛々しい戦闘跡を残していた。
「放っておけよ。それよりも脱出するぞ。これ以上ここにいてもしょうがない」
「そうだな。外にいるトーレとセッテに合流し撤退しよう」
 トゥーレ達の任務は地上本部の襲撃。ならば幹部を狙うのが常套ではあるが、スカリエッティの目的は完全な決別を意味するデモンストレーションだ。ある程度力を見せつければ十分であるし、時間をかけては外からの救援が来る。そしてなによりも、聖王の器を手に入れる為の陽動も兼ねている。本部の壊滅にまで重きを置いていない。
『ちょっと待ってくれるかしら~』
 立ち去ろうとした時、クアットロからの通信が入り、通信用モニターが表示された彼女の顔が映る。その背後には多数のガジェットドローンが待機していた。
『その子、連れて帰ってくれるかしら』
 トゥーレ達が訝しげにモニターを見つめる中、それを予想していたクアットロは言葉を続ける。
『お姉様が行方不明だから、これからの計画に人手が足りなくなるのよ~。運良く、生命保持の為に機能停止しただけで死んでないみたいみたいだから使えるわ。ほんと、丁度良かったわ~』
「………………」
『それじゃあ、お願いね~』
 一方的に通信が切れ、モニターも同時に閉じられる。
 僅かな沈黙が五人の間に下りたが、チンクが最初に動き出した。まず、斬り飛ばされたギンガの左腕を回収し、その後セインがギンガを担ぐ。
「…………何であたし?」
「一番弱いから」
「というか、それしかもうやれること無いっスよね」
「ライディングボードに乗せればいいじゃん!」
「基本一人乗りだし、意識無い人間乗せるように出来てないから途中で落ちるっス」
 言いながらウェンディはボードの表面を叩く。堅い金属音を慣らすそれは今までの戦闘で無傷とは言えず、汚れや凹みが確認できた。
「ノーヴェは…………」
「動き回るから傷に障る」
 蹴りが主体で機動力もあるノーヴェが人を運ぶのに一番適任ではあるが、彼女の性格からして怪我人を慎重に運ぶことには無理があった。
「というかこのままディープダイバーで帰るんスから、結局はセインが持ってた方が安全っスよ」
「むぅ、なんか納得いかないなー」
 文句を言いながらもセインがディープダイバーを発動させようとすると、人の気配を感じた。
 全員が広間の入り口を振り返ると、バリアジャケットを纏うスバルの姿があった。
「トゥーレ、さん? え、なんでここに…………。それにギン姉…………な、なんで? どうして、ギン姉が怪我してて、戦闘機人の子達と一緒に…………」
 目の前の光景に脳の処理が追いついていないのか、目を見開き呆然とした表情の彼女は夢遊病のようなにフラフラと体を揺らす。
 これがもしトゥーレの姿が無ければ、怒りに任せて飛びかかっていただろう。彼女にとってトゥーレは母やなのは達の友人であり、信頼に足る人物だった。それが敵である戦闘機人達と肩を並べ、しかも姉であるギンガが左腕を切断されて血を流している。
 混乱で即座に飛びかかるような事はないが、何がきっかけで感情が爆発するか分からない不安定さがあった。
 ノーヴェが静かに前に進み出、いつ来ても対処できるよう備える。
 警戒している内に、スバルの後ろにある通路からなのはと飛行する彼女に抱えられたティアナが現れた。
「ギンガさん!?」
 床に降りた二人は戦闘機人と一緒のトゥーレ、そして負傷し気絶したまま戦闘機人に背負われているギンガの姿を見てスバルほど困惑してはいないが驚きを露わにする。
「これはどういう事ですか、トゥーレさん」
 時空管理局機動六課の分隊長としての顔でなのはが問いつめるが、瞳は僅かに揺れており動揺を隠せないでいた。
「どうもこうも」
 なのはを前にして、トゥーレは普段と変わらない態度を見せている。彼は、ふらつくスバルを落ち着かせようと彼女の腕を掴みこちらを警戒しながらもパートナーに呼びかけるティアナの姿に一度視線を向けた後、右腕を胸の前に掲げる。
「こういう事だ」
 彼の右腕から表面に赤い紋様を浮かべる黒く長大で三日月形をした凶悪な刃が生えた。
「――――」
 刹那、何かが切れた。
「ああああああああああッ!!」
 スバルとティアナの絶叫が轟く。
 混乱し揺れていたが故にある意味で均衡の取れていた二人の感情が一気に怒りへと傾く。
 スバルは姉が負傷され連れ去られようとしている事実に、最早何も見えていない。ただ噴火する感情に任せ走り出す。
 ティアナは過去の記憶、忌まわしい炎の中での光景に頭を支配される。気づけば、彼女は銃口をトゥーレに向けた上で周囲に魔力スフィアを展開させていた。
 二人は爆発した感情に流されるままに行動を開始した。ただ怒りという単純かつ強力な激流に流されるまま、ロクな思考をせぬままに、それでも体に染み着いた魔法を即座に発動させてトゥーレへと襲いかかる。
「ティアナッ、スバルッ――くっ」
 止めようとしてももう遅い。二人はもう動き出しているし、声が届くとも思えない。だからなのはは起きてしまったこの状況に置ける最善の手、二人を援護するためにトゥーレに杖を向ける。
 彼女もまたトゥーレが戦闘機人側――もしかすると彼もまた戦闘機人なのかもしれない――にいる事にショックを受けていたが、魔導師としての経験が、分隊を預かる身としての立場がなのはを一歩のところで冷静にさせていた。
 動き出した出した三人に対し、ナンバーズもまた黙っていない。
「備えておいて正解だった」
 チンクが指を鳴らす。すると、杖の先から射撃魔法を放とうとしていたなのはの足下から大爆発が起きた。既に室内の至る箇所にチンクはISで地雷を設置していたのだ。爆発の衝撃と熱はなのはを倒すには至らずとも、射撃魔法を中断させ彼女の動きを制するには十分だ。
「――ハッ」
「よっ――と」
 ノーヴェが獰猛な笑みを浮かべスバルを迎え打つ為走り出し、その後ろからウェンディがボードを構えて銃口を向ける。
 ライディングボードから連射される小さなエネルギー弾は、ティアナが魔法を発動させるよりも速く魔力収束中であった魔力スフィアに命中。魔力に反応し、エネルギー弾が大きな爆発を生んだ。魔力スフィアに過剰とも言えるほどの魔力を集束させていた彼女はバリアを張る余裕もなく爆炎を四方から浴びる事となる。
「アアアアアアァァッ!」
 周りが見えておらず、なのはとティアナが攻撃を受けたことにも気づかないスバルは拳を振りかぶりながら走り続ける。過剰な魔力を流し込まれローラーが無理な回転を続けるマッハキャリバーからは所々から火花を散らし、一部の装甲が剥がれる。それでも止まらないスバルの右手は振動を起こしており、拳が霞んでいるように見えた。
「そいつは既に知ってんだよ!」
 迎え打つノーヴェ。怒りに満ちた形相で迫るスバルに怯むことなく真っ正面から相対する。
 さすがと言うべきか、怒り狂った状況においてもスバルは姿勢を乱すことなく鋭く速い拳を放つ。ただ、大振り過ぎた。
 ノーヴェは腰を捻り、足を上げ、上半身を後ろに倒すと同時に上げた足で蹴りを放つ。
 スバルの拳はノーヴェの頭上を空振りし、カウンターとして腹部に蹴りが入った。
 爆発的な加速を得ていた分、カウンターは凄まじい威力となってスバルの体を『く』の字に曲げて吹っ飛ばす。彼女は床を何度かバウンドすると壁に激突する。
「二人ともっ!?」
 最初にチンクの爆破を受けた筈のなのはが爆煙の中から姿を現す。床が爆発する寸前、バリアを張る事で彼女は身を守ることに成功していた。
 ティアナは魔力爆発への防御が間に合わず直撃を受けてしまい、爆風の勢いで床に転がったまま動かない。スバルもまたマッハキャリバーが悲鳴を上げる程の加速を行った上でカウンターを受けてしまい、壁に体をめり込ませている。
 どちらも気絶しているのかなのはの呼びかけに答えない。
 そうこうしている間にも、トゥーレをはじめとした戦闘機人達は足下の幾何学的な光る陣の中へと沈んでいく。
「なのは」
 追いかけるべきか二人の容態を確認するべきか躊躇したなのはの名をトゥーレが呼ぶ。膝下まで床へと沈んだ彼は返事よりも先に言葉を続けた。
「そいつらにも言っておけ。頭冷やせってな。頭に血昇らせたままやれる仕事じゃないだろ?」
「なにを――」
 沈む直前、切り離されたギンガの腕を抱えたチンクが再び指を鳴らす。するとなのはとの間に爆発が横一直線に起きて壁となった。
 爆風に煽られながらも踏ん張り、立ちこめる粉塵を振り払った時には既に戦闘機人達の姿は消えていた。



 融合騎であるアギトは宙に浮いた状態で成り行きを見守っていた。
 正面にはルーテシアと共に自分を救い出してくれた男の背中があり、彼は真っ直ぐに顔を前に、時空管理局地上本部中将レジアスへと向けていた。二人はつい先ほどまでそれぞれ槍と銃を互いに向け合っていたのに、今は下ろしている。
 二人とも、決して穏和とは程遠い堅い表情をしており、直立不動で睨むように相手の顔を見ている。その間に流れる空気はどう形容したものか。
 静かで重い。乾いているが熱がある。身を絞めるような冷たさがある。
 記憶にある人生の大半を実験室で過ごしてきたアギトにとって、二人が取る間隔が分からなかった。
 管理局の元捜査官であり、罠にかけられて一度は死に、その後レリックウェポンの実験として蘇ったゼスト。裏でスカリエッティと繋がりを持ち、その科学力を利用して地上部隊の戦力を増加しようとしていたレジアス。
 元は同期の二人が立場どころか生命さえも正反対の位置にいた。
「生きていたのだな、ゼスト」
「いや土に還るまでの僅かな時間を動いているだけの死体だ。レリックを体に埋め込まれ、こうして恥を晒しているだけのな。それもお前にどうしても問いただしたいことがあるからだ」
「お前の部隊が全滅したことか? あれは…………すまなかった。まさかスカリエッティがあのような強行手段に出るとは思わなかったのだ。可能性はあった。それなのにお前を止められなかった。それだけの権力は当時持っていたのに」
「…………それで責任を感じているのか。自分がスカリエッティの援助をしたがために部隊を壊滅させたと、奴を庇うがために俺達を犠牲にしてしまったと」
「……………………」
「…………人工魔導師。個性がはっきりと出る魔導師は戦力がばらつきやすく、実のところ組織という集団に向いていない。だが、人工的に素質を操作し一定以上の力を持たせることが出来る人工魔導師、戦闘機人ならば必要な場所に必要な能力を持つ戦力を安定して送れる。慢性的な人材不足に悩む管理局にとって確かに必要な技術かもしれん。だが、それは他者を犠牲にし、あのような男を野放しにして良い理由になるのか?」
「犠牲を生むと分かっていてもやらねばならなかったのだ。ロストロギアの問題で人員は常に本局へ流れていく。ここ十数年は特に過去の遺物が眠りから覚めたかのように活性化している。ロストロギアを扱う魔導師もいれば、その技術を利用する輩もいる。このまま行くと地上本部の予算は本局の代わりに削減され、高ランクの魔導師がいなくなる。ミッドは安全だと楽観視している他の連中には分からぬのだ。ミッドチルダこそ大きな火種を、古代ベルカの負の遺産を抱えていることに」
「その負の遺産を利用しているのがスカリエッティだ。その背後にはあの三人がいる。お前は、深みに濱って結局はミッドチルダに害なす存在になっているのだぞ」
「…………そういう事か。評議会はお前を私の首輪にするつもりだったか。だがな、ゼスト。私は犠牲を出そうとも利用されようとも必ずミッドチルダを守る。戦闘機人もアインヘリアルもその為の手段の一つに過ぎない。どんな手を使ってもだ」
「だがそれは、お前が嫌う時空犯罪者と同じだ。それでもこんな事を続けるつもりか!?」
「続けなければ誰が管理局を変えれる。私はミッドを守るためならばどんな事でもする! 昔、そう言って俺達は別の道を進んだはずだ、ゼスト!」
「向かう場所は同じでも、道は既に別だったか」
 沈黙し目を伏せるゼスト。
 死に体同然の身体に無理をきかせ友に会った。それだけの事をやる意味がゼストにはあった。死んでいった仲間達に対し不義理かもしれないが答えの内容は関係無かった。
 なんであれ友の口から真意を聞く為だけにゼストは動いていた。だが、それでもやはり失意と言うべきか心に吹く風が起きた。
 ――これ以上は死人が求めるべきではないか。
 自分は死んだ身。むしろ無様に足掻き動き続けた結果、最後に答えが聞けただけで贅沢と云うものだ。
 そう、ゼストが思い始めた時だ。
「ゼストッ!」
 レジアスが突然叫ぶようにしてゼストの名を呼ぶのと、持っていた銃をゼストに向けて発砲するのはほぼ同時だった。
 ゼストはその場にしゃがみ込むことで発射された銃弾を避ける。同時に槍を持ち直し、後ろを振り向きながら振るった。
「こいつ、一体どこから!?」
 ゼストの背後、アギトにも気づかれず一体どこに潜んでいたのかバイザーを付けた全身黒尽くめな男が武器を振り被った姿勢で立っていた。ゼストの頭上を通過した銃弾に胸を撃たれて、動きを一瞬止めている。その僅かな時間の間にゼストが振り返り様に槍を逆袈裟に振り上げる。
 斬った手応えに違和感を覚える――と同時に襲撃者の体に異変が起きた。撃たれ、斬られた傷口が沸騰したかのように一瞬で泡立つ。
「伏せろ!」
 ゼストが叫んだ途端、敵の体が爆発した。
 人の体そのものが爆弾となって生じた爆発はさほど大きなものではなかった。だが、空間が限定された通路の中で傍にいたゼストはその爆発を一身に受け、衝撃波によってアギトもまた吹っ飛ばされてしまう。
「ぐっ…………アギト!」
 不完全ながらも、シールドで致命傷だけは避けたゼストは床を転がりながらも即座に起きあがる。顔を上げ、通路の奥を確認するとアギトが床にその小さな体を横たえ気絶していた。どうやら、敵の自爆には多少の指向性があったらしく、爆発のほとんどがゼストに向けられていたおかげでアギトのダメージは少なかったようだ。それでも狭い空間内で生じた衝撃に気を失ってしまってはいるが。
 ゼストが気絶させたオーリス含む他の局員もまた床に伏せた体勢だった為に巻き込まれずに済んでいた。
 あの敵が何者か考えるよりもまずゼストは習慣とも言える警戒態勢を、他に敵はいないかと首を巡らて背後を振り返る。
「レジアス!?」
 視界に入ったのは青い制服の胸から鋭い刃をいくつも生やす友の姿だった。
「ごはっ…………ぎ、貴様は、評議か、い…………の……」
 口から血を吐き、首だけの動きでレジアスは自分を串刺しにした相手を視認する。目を覆い隠すバイザーを付けた高身長の女が背後に立ち、肘から先が何本もの刃になった右腕で背中からレジアスを刺し貫いている。
「あとはこちらが全てやります。中将閣下はしばしお待ちを。なに、すぐに我らの戦列に加わり、その能力を振るってもらうのでご安心して下さい」
 そう声をかける女の声は言葉こそ丁寧だが抑揚の無い、感情をどこかに置き忘れたかのような声だった。
「き、さま」
 胸を刺し貫かれてなお、反撃に出ようというのか拳銃を持つレジアスの腕が震えながらも持ち上がる。
「レジアス!」
 ゼストもまた、爆発を受け悲鳴を上げる体に鞭打って立ち上がりながらレジアスの元へと駆け寄ろうとする。しかし、元より限界が近かった体。蓄積された肉体のダメージをレジアスの精神に反して無様を見せる。
 刃が引き抜かれ、夥しい量の血液がレジアスの胸からこぼれ落ちる。持っていた銃もまた急速に力を失った手から落とし、床を滑っていく。
「ゼ、スト…………ミッドは…………」
 糸の切れた人形のように、レジアスは自分の血溜まりの中に沈んだ。
 呆気なく、不意打ちによる刃傷によって時空管理局地上本部中将の生命は絶たれた。
「――ウオオオオォォッ!」
 力を振り絞り、ゼストは爆発したかのような勢いで突進する。肉体の力だけではない。魔法を、魔力をオーバードライブさせる。正に自分の存在の一滴まで、元々死にかけであった体に致命的どころか決定的な亀裂を刻んでまで、目の前で友の命を奪った仇を討ち取ることに全身全霊を注ぐ。
 だが、いくら力の限りを振り絞ろうとも、限界を超えた力を出したとしても、彼は死者。既に精も根も出し尽くした抜け殻だ。
 なにより、リビングデッドとしては向こうに一日の長がある。
 バイザーの女の背後から新たに二つの人影が踊り出る。爆発した男と同じ背格好をした影の内一人が自らゼストの槍に飛び込んだ。
「なに!?」
 自分から腹に槍を突き刺し、その上で槍の柄を掴んでゼストの動きを封じてくる。恐怖も痛覚もないのか、その動きに一切の躊躇いというものが無かった。
 頭上から、もう一人が剣と化した腕を構え飛び込んでくる。
 全てを出し切った突進を無情にもこのような形で挫かれたゼストに攻撃を避ける事など不可能で、凶刃が振り下ろされるのをただ睨むしか出来なかった。

 通路を走り、追いついたと思った瞬間レジアスを追っていたシグナムは目の前の状況に一瞬混乱した。
 何かが爆発したような黒い焦げ跡が廊下の床や壁、天井に残っており、広い通路の端には護衛だと思われる青い制服を着た局員数名が端の方に倒れている。
 通路中央にはレジアスと茶色の外套を着た男がそれぞれ胸から血を流し倒れていた。血の量からして一目で致命傷だと判断できる。
「…………何者だ?」
 そして、血の池を作る二人の傍には数人の男女が、僅かに差異のある管理局魔導師の標準的なバリアジャケットを着た者達が立っていた。彼らの顔はバイザーによって分からなくなっている。
「どこの所属だ?」
 管理局の制服を着ているからと云って、さすがにこの状況で、それも顔を隠すバイザーを付けた連中は怪しすぎる。シグナムは腰を落とし、レヴァンティンの柄に手を置きながら、彼らの正体を探る。
「…………私達は評議会に所属する者だ」
 集団の指揮官と思われる長身の女が前に進み出ると、所属を示すバッジを見せてきた。照明の落ちた通路は暗く、距離も離れているので常人の目ではよく見えないが、シグナムはそのバッジの造形と刻まれた文字をはっきりと視認した。
 デバイスでの照合でも最高評議会の正式なバッジだと認められた。だからこそ、シグナムはより警戒した。直立してレヴァンティンの柄からも手を離すが、手足は軽く開いたままで何時でも動けるようにしている。
 相手側もそれに気付いているのかいないのか、その場から動かない。けれども言葉は続ける。
「避難誘導に協力していたおり、所属不明の魔導師が中将の所へと向かったという報告を受けて救援に向かったのだが、どうやら遅かったようだ。中将を含め死者が出てしまった」
 シグナムは通路上に倒れる局員達を見回す。バリアジャケットを貫いて殺傷された彼らの傷は服の上からなのと、血で汚れている為に正確には分からない。しかし、剣を使うシグナムは経験上、それが鋭利な刃による刺殺だと判断した。誰も彼も、同じ刺し傷だということもまた看破する。
「…………そうですか」
 だが、それを今ここでは追求できない。今しか言えないと分かっていても相手の公式な立場、それに人数。そして唯一の生存者を考えればシグナムは口に出すことは出来なかった。
「外ではまだ戦闘は続いている。現場の保存と不審者の探索は我らに任せ、シグナム二等空尉は外へ」
 名も階級も名乗っていないのに女はシグナムの名前を呼んだ。それにシグナムは僅かに眉を寄せる。
 シグナムの実力は身近な者には周知の事実ではあるが、それが名声に繋がる訳ではない。管理局内であっても関わりのない部隊では、雑誌などでエース・オブ・エースなどと取り上げられたなのはでも無い限り一局員の名前は勿論階級など知らないのが普通だ。
 自分達の事を把握されていると僅かな危機を抱きながら、シグナムは表情を変えることもなく口を開く。
「そうですか。――なら、負傷者はこちらで見よう」
 そう言ったシグナムの視線の先には、唯一刺し傷の無い、バイザーの者達の足下でまるで隠されているように倒れている女性局員がいた。
 シグナムはバイザーの女が口を開く前に大股で倒れている女性局員に近寄りしゃがみ込む。そして彼女の腰を掴むと軽々と持ち上げ、自分の左肩に担いだ。その際に左腰のアームズデバイスは鞘ごと右手に持つ。
「それでは」
 一度周囲に立つバイザーの女達を見回し、シグナムは早足で来た道を戻る。その間、彼女らは動きを止めたまま、シグナムが通路の向こうへと消えていくのをじっと見つめるだけだった。

「…………追ってこないか」
 充分に離れた場所まで移動したシグナムは後ろを振り返り、追っ手の気配がないことを確認すると僅かに力を抜く。
「なら、そろそろ下ろしてくれませんか? さすがにこの姿勢は」
 シグナムの肩に担がれていた女性局員から声が発せられた。
「ああ、それはすまなかった」
 一言謝り、シグナムは女性局員を、オーリスを下ろした。だが、オーリスは歩きだそうとしてふらついたので結局肩を貸すことになった。
 彼女は大きな怪我は無いものの、節々に軽い火傷と打撲があった。
「爆弾か?」
 火薬か化学物質か、ともかく何の臭いも残さない魔力爆発とは違い鼻につく臭いをオーリスから感じたシグナムは眉をしかめた。
「さあ? 気がついた時には全身に痛みがあり、周囲にはあの評議会の者達がいましたから」
「そうか」
 担ぎ上げた時点でシグナムはオーリスが気絶したフリをしていた事に気づいていたが、思ったよりも前から起きてはいたようだ。しかしそうだとすると、彼女は仲間が殺される光景と、床に転がる父の死体を目撃したことになる。
 レジアス中将の娘、オーリス。最もレジアスに近い管理局員。彼女とは全く接点の無いシグナムであったが、オーリスの顔が青ざめているのは怪我だけが理由でない事は察せられた。それでも冷静に現状を把握し自分に何が求められるのか察し、口を動かすオーリスにシグナムは感心した。
「でも、彼女なら何か見ていたかも」
「彼女?」
 訝しげに聞き返すシグナムに、オーリスは自分の懐から壊れ物でも扱うようにゆっくりと”彼女”を取り出した。
 手のひらに乗る程度の大きさの人形のような少女。赤い髪を両サイドで結んだ融合騎が気を失っていた。





 ~後書き~

 下書きを書く→アニメを見直す→下書きをチェック…………誰この人?
 とか自分で書いてて思いました。
 原作ではろくに語れない内に死んでしまったレジアスでしたが、実際のところ邪魔がなければどういう展開になったのでしょうか。ドゥーエさん、もうちょっと待っててくれても良かったのに。


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