「待てって言ってるだろライダー!僕の言うことを聞け!ライダー!」
間桐慎二は叫ぶ。己がサーヴァントに。
そのライダーと呼ばれた男は、長身で袖のない黒い服を纏い、右目には黒い眼帯のようなものをしている。
「おらぁぁぁ!」
しかし、ライダーはまったく慎二の言うことなど聞かない。一言吼えると、時折スパークを生じさせるブレードを振りかぶり、柳洞寺という寺の山門にたたずむ大柄な男―武士の格好をして腰には刀を挿しているアサシンのサーヴァントへと向けて突進していく。
人間では避けることも防ぐことも叶わないほどの威力とスピードを兼ね備えたライダーの一撃だが、アサシンはまるでそこに攻撃が来ることがわかっていたかのように前もって動いており、なんら痛痒を与えることが出来ない。
「糞っタレがあ…。」
それが何度目かの突進だったのだろう。今までのライダーの攻撃そのことごとくがアサシンに軽々とかわされてしまっている。しかし、その結果と台詞に反してライダーの表情は喜悦に満ちている。
「これならどうだ?」
ライダーはそう言うと、何も持っていない右手をあげる。アサシン、慎二が共に不可思議に思ったのもつかの間、唐突に30cmを越えようかという巨大な6連装リボルバーが現れる。
「…!」
その銃を見たアサシンの顔に、始めて焦りの色が浮かぶ。
「喰らえ!」
ライダーの怒鳴り声に応えて、銃は6つの牙を吐き出す。そのことごとくがアサシンの周囲にばら撒かれるように跳んでいく。直撃するような物はひとつも無い。しかし、男アサシンその弾丸の跳んでくるわずかな隙間を潜り抜けてその場から離れようとする。
だが、いくらサーヴァントとはいえ、体捌きのみで弾丸を潜り抜けられるはずもなく、腰の刀で居合いのように打ち払い、弾丸を弾く。
はじかれた弾丸は地面へと着弾したその瞬間、バヂッ、と弾丸が音を立て、そして周囲に強力なマイクロ波を撒き散らす。
マイクロ波は物質に当たるとその物質に電子的な振動を与える。すなわち、超高熱を発生させる。もしアサシンがその場から離脱していなければ、その熱に焼かれ、消滅していたことだろう。そのことをいかなる方法によってか感知したアサシンは、辛くもライダーの必殺から逃れた。しかし、無傷とはいかなかったようで、半身からは血煙があがっている。
「むぅ…やるな。」
「へっ、やっと刀を抜きやがったか。」
ライダーは不適にそう言って銃をくるくると回すと、出てきたときと同じくどこかに消してしまう。
「こちらとしては、別段、戦う理由が無かっただけなんだがな。」
アサシンは、嘆息しながら再び剣を納めてしまう。それを見て、以外にもライダーは気を悪くする様子も無く、自らもブレードを消す。その様子にアサシンは眉をひそめる。
「なんだ、戦わないのか?」
「お前さんは戦わないんだろ?」
アサシンの問いにライダーはニヤッと笑う。
「なら俺にも戦う理由は無いわな。」
ライダーはそううそぶくとアサシンに背を向け、憤りを顕わにしている自らのマスターである慎二のほうへと向かう。そし慎二の目の前に立つと、まるで威圧するかのように慎二を見る。
「な、なんで僕の言うことを聞かないんだ。」
慎二はその視線に怯えながらもプライドのほうが勝ったのだろう、多少、声が震えてはいるもののライダーへの文句を言う。
「あん?言うことを聞いて待って、今話を聞いてるじゃないか。」
「……!」
ぬけぬけと屁理屈をぬかすライダーに対し、一旦は慎二も怒りに任せて怒鳴りつけてしまおうとするが、なんとかその衝動を抑え付ける。
「いいか、ライダー。今は僕がマスターなんだ。だから僕の命令通りに戦うんだ、いいなっ!?」
「戦いの素人のお前さんの言うことを聞いてたら、勝てるものも勝てんだろう。」
どこまでも反抗的なことを言うライダーに、とうとう堪えきれなくなった慎二は拳をライダーの腹へと叩きつける。しかし、苦痛で顔を歪ませたのは殴った慎二の方で、殴られたはずのライダーは、平然としている。
「…お前さん、アホか?」
苦痛に呻く慎二を、ライダーはため息をつきながら見下ろす。
「俺の身体が硬いことは、知っているだろうに。」
「うるさい!」
「へいへい、それで?」
ライダーはまともに相手にすることを諦めたのか、肩をすくめると慎二に続きを促がす。片や慎二は、痛みを紛らわすために手を振りながら忌々しそうに顔をしかめながら話し始める。
「お前、何が分かったんだよ。」
慎二の質問に、ライダーは一言、ほぅ、とだけ洩らす。
「気付いたのか。」
「戦い方が変わったんだ、気付かないわけ無いだろう。」
ライダーは、少々見直した、と言おうとしたが、言えば慎二が怒鳴りつけてくることが明白なのでそれはグッと飲み込むと、自らの感じたことを説明する。
「やつの力は、危機を事前に察知する、いわゆる未来予測みたいなモンだ。だから、近接戦闘においては無類の強さを発揮する。しかし、範囲攻撃に対してはそう有効でもないらしいな。」
そのことを聞いた慎二は、即座にライダーに宝具を使うように命じる。しかし、ライダーは頭を振って拒否する。
「それは無理だ。」
「なんでだ!?」
慎二は、自分の提案を即座に否定されたことに苛立つ。
「この柳洞寺は、結界で守られている。キャスターの仕業なのか、天然なのかは分からんがな。これじゃあ俺の宝具はまともに機能せんよ。…まったく、厄介なところに陣取ってくれたもんだ。」
「…じゃあどうするんだよ。」
「どうもこうも、先ほど戦う理由がないと言っただろう。俺のマスターが、君たちに会いたいと言っていてな。」
そんなアサシンの意外すぎる一言が二人の会話に割り込んでくる。
「は?」
慎二もライダーも、そんな間抜けな反応しか返せない。
「ん?聞こえなかったのか?」
「いや…その…なあ?」
「僕に振るな。」
そんな問答をしながら、二人は気まずそうな様子で、アサシンの横を通り過ぎる。
「…なんだ、まあ、その、すまなかったな。てっきり舐められているものとばかり思ってしまってな。」
「そんなガキ臭い理由で僕の命令を無視したのか?」
明かされた真実に、慎二は文句を言う。しかし、いい加減アサシンの主を待たせて、気が変わることを危惧したのだろう。ライダーを急かして山門をくぐる。そこには、慎二の良く知る人物が待っていた。
「やあ、間桐慎二くんだったね。君がこの聖杯戦争に参加していたとは、驚きだよ。」
そう言いながら現れたのは、少しウェーブのかかった長髪でライダーに負けず劣らず長身の男だった。
「アレッサンドロ=ディ=カリオストロ…。」
「衛宮くん。自分がどれほどお馬鹿さんか理解してる?」
士郎がいつも通りに備品の修理をして帰ろうとした矢先、階段の踊り場から現れた凛が冷ややかな声でそう士郎に告げる。
「いきなり馬鹿ってなんだよ。」
対照的に、士郎の声はのんびりと響く。場の状況を弁えない、人間の、魔術師に在らざる声だ。そのことに凛は苛立ちを覚える。
「マスターがサーヴァント抜きでノコノコ歩いているなんて、殺してくださいって言ってるようなものじゃない。まったく、呆れたのを通り越して頭に来たわ。」
そう言うと、凛は荒々しく左袖をまくり始める。
「殺すも何も、戦いは人目の付かないところでやるんだろ?こんな…。」
士郎はそう言いかけて口をつぐみ、辺りを見回す。
「そう、ここに人目はあるかしら?」
凛の言う通り、周辺には人の影すら見当たらない。互いの吐息すら聞こえるほどの静寂の中、ゆっくりと凛は階段を下りてくる。
「あ、あれ?」
「あれほど忠告したのにまったく効いてなかったんてね…。言ったはずよね、今度会ったら敵だって。」
凛は左腕を掲げ、ゆっくりと士郎を指差す。すると、左腕に奇妙な文様が光って浮かび上がってくる。
「北欧の魔術にガンド撃ちって呪いがあるの、知ってる?」
「確か、指差すことで相手の症状を悪化させるっていう…。」
「知ってるなら話が早いわ。衛宮くん、あなたはここで消えなさい。」
その言葉が終わるや否や、凛は指先から黒い弾丸のような魔術≪ガンド≫を射出する。
「うわっ!」
思わず伏せた士郎の頭を掠めるようにして、呪いの弾丸が射抜く。
「なんだ今のは。喰らったら呪いじゃすまないぞ。」
呪いの弾丸なのにも関わらず教室の壁に穴を穿ったのを見て、顔を引きつらせた士郎の口から呻きと共にそんな言葉が漏れる。
「ごめんなさい、あなたが余りにムカつかせるから、つい力が入っちゃうのよ。」
「これじゃなんとかに刃物だ…。」
顔を引きつらせながら士郎の口からため息と共にそんな言葉が漏れ出る。
「言うに事欠いてそれかぁ~!!」
それを聞いた凛は、思わず逆上していつもの優等生としての思わず仮面を脱ぎ捨ててしまう。そしてそのまま激情にまかせてガンドを乱射する。
「たっわわわっ。」
いくつも飛来するガンドを、士郎は奇声を上げながらかわすと、凛とは逆の方の廊下へと走って逃げ出す。
「待ちなさい!」
凛は追いかける者の常套句を口にして士郎の後を追う。もちろん士郎は凛の言うことに素直に従うわけも無く、全力で遁走する。
「待て、凛。」
士郎の後を即座に追いかけようとした凛を、背後に現れたオーフェンが止める。
「いったん情が移った相手を倒すのは難しいだろう。俺が出よう。」
そんな普段のオーフェンらしくない気遣いに、凛は頭を振ってきっぱりと断る。
「下がってなさい、アーチャー。これは私が付けるべきけじめよ。」
士郎はしばらく走った後、呼吸を整えるために手近な教室に身を隠す。
「くそっ…!」
先ほどからやたらと息が切れる。凛のガンドのせいなのか、あるいは…。
「…俺がビビッてる、か。」
ふと、左手の甲に視線が行く。そこには二画の令呪が刻まれている。それは自らのサーヴァントに絶対的な命令を行える権利であり、不可能を可能にする強力な武器。そう、今家に居るであろう、アロウンをこの場に呼び出すことすら。その令呪を真剣に見つめている自分に気付いた士郎は、慌てて自分の頬を張る。
「なに考えてるんだ、俺は!俺の目的は無意味な犠牲者を出さないようにすることだ。だったらここで遠坂を倒そうなんて考えること自体、間違ってるだろ…。」
そう思い直した士郎は、動き始める。何とかして凛を止めるために。
「これは…扉…いえ、鍵に強化の魔術を施して篭城の構えってワケ?」
わずかな魔力を頼りに士郎の居るであろう教室を探し当てた凛は、鍵に施された士郎の魔術を一目で看破する。そしてその余りの稚拙さに、思わず苛立ってしまう。士郎は、凛に比べればあまりにわずかな力で抗しようというのだ。
「馬鹿馬鹿しい!そんなその場しのぎで切り抜けられるとでも思ったの!?」
凛は荒々しくそう怒鳴りつけると、その鍵に向かってガンドを叩きつる。しかし、先ほどはプレハブとはいえ教室の壁に穴を穿ったガンドは、鍵をわずかに歪ませただけで弾かれ、霧散する。それを見た凛は無言で鍵へとガンドを連射する。
十数発は当てただろうか、鍵はかなり歪んではいるものの未だにその役割を果たし、凛の教室への侵入を阻んでいる。
「クッソ。意外と根性あるわね、コイツ…ッ!」
凛はそう毒づくとガンドを撃つのをやめ、左手を鍵へと向かってかざす。
「だったらこれで…。」
ガンドよりも上位の魔術を行使しようと、左手の文様に魔力を籠めて呪文を詠唱しようと口を開けた瞬間、それを待っていたのだろう、教室の扉の横に位置する窓ガラスを体当たりで割った士郎が飛び出してくる。
「!」
凛は一瞬虚を突かれたようだが、士郎が体勢を立て直す間に、行使しようとしていた魔術を取りやめると士郎に向かって左指を突きつける。
「このっ。」
凛は罵声と共にガンドを士郎へと撃ち放つ。瞬間、士郎は制服を脱ぐと、目の前に広げて自ら放たれたガンドへと突っ込む。凛の放つガンドは、本来布切れ一枚では防ぐことが叶わないほどの攻撃力を持つ。しかし、かざされた制服は背に当たる部分がまるで鋼鉄の板であるかのように硬質化しており、放たれたガンド全てを弾く。
「制服を強化して…!?」
凛の顔が苦渋に歪む。対抗しようにも、すでに士郎は凛の目前に迫っている。そして、士郎は突進の勢いを殺さぬまま凛へと体当たりを食らわせ、そのまま床に凛の両腕を掴んで床に押し付ける。
「聞いてくれ、遠坂!」
士郎は凛の上で怒鳴るように訴える。
「知ってるだろう?俺は聖杯が欲しくて戦う訳じゃない。無関係の人たちが守れればそれでいいんだ!」
士郎は自分の本心を伝えるべく、凛の瞳を見つめる。願わくば争わなくてすむように、と。
「だったら今俺たちが戦う理由なんてないはずだ。俺はお前の邪魔をするつもりはない。だからここは退いてくれ。」
凛は士郎が本心からそう言っていることは理解したのだろう、だからこそ、苛立ちを覚える。格下であるはずの士郎に手加減されたことに対して。そして、この現実に対しても未だ理想を語る士郎の生き様に対して。
「この馬鹿…!まだそんなことを…ッ。」
凛は、まさしく眼前に位置する士郎を睨みつけながら毒づく。
「遠坂っ!」
「無駄よ…そんな取引は成立しないわ。ここで貴方を見逃すことに、何の得があるっていうのよ。」
士郎のそんな悲鳴にも似た訴えにも、凛は揺れることなく反駁する。
「俺は聖杯戦争と関係のない人たちに危害を加えるマスターを倒す!遠坂…お前だって、罪も無い人たちを戦いに巻き込みたくは無いだろう…?」
必死になって熱弁を振るう士郎に対し、何かを言おうと凛が口を開いたその時、唐突に廊下側の壁が爆砕した。
「なにっ!?」
「くっ。」
士郎は、とっさに凛の上に覆いかぶさってコンクリートの破片から凛を守る。やがて、その二人の目の前に、壁を破壊したであろう右目を黒い眼帯で覆った大柄な男が現れる。
「ちょっと扉がなかったんでな、こんなトコから失礼させてもらうぜ。」
その男は場の雰囲気にそぐわない、そんな暢気なことをのたまう。そんな男の眼前に、危機を察して霊体化をといたオーフェンが立ちふさがる。
「へっ、壁を爆砕しやがって、人の専売特許を取ってんじゃねぇよ。著作料をたっぷり支払ってもらおうじゃねえか。」
「なんだ、お前さんは人の家に入るときには壁を壊してはいるのか。迷惑という言葉を知らんのだな。」
男は自分のことを棚に上げ、オーフェンを非難する。
「お前が先にやったんだろうが!」
男はそれに対して反論するオーフェンを無視し、未だあっけに取られている士郎と凛の二人へと視線を向けると不思議そうに尋ねる。
「ところで…ホントにお邪魔だったかね。」
その質問の意味を一瞬分からなかった二人は、互いに顔を見合わせる。そうすることで、ようやく自分たちの状況を理解する。士郎が凛を抱え込むようにして上に覆いかぶさっている今の状況は、傍から見ればいろいろと誤解を招きかねないということに。
「わわっ、すまん。」
上ずった声で謝りながら士郎は凛の上から飛び退く。
「守ってくれたんだから…文句は言わないけれど…。」
凛はそう呟きながら立ち上がると、男のほうへを向いて問いただす。
「あなたは…何?魔力が感じられないから、サーヴァントでは無いと思うのだけれど…。その存在感は明らかにサーヴァントだわ。答えなさい。」
凛の言葉に、男は軽く肩をすくめる。
「…俺はライダーさ。ただし、少々特殊なんだがね。」
そうしてライダーはその手に突如としてブレードを出現させる。
「…なっ。」
その瞬間を、サーヴァントであるオーフェンの目だけが捉えていたのだろう。あまりのことに、オーフェンは絶句する。その意味を理解できない凛や士郎は不思議に思うしかない。
「てめぇは…いったいなんだ?」
今目撃したことを信じきれないオーフェンは、ライダーに対して構えをとる。
「さあて、なんだろうな。こうすりゃ、分かるんじゃねえか?」
軽くそう言ったライダーは、オーフェンに向かってブレードを振る。オーフェンはそれを軽くバックステップでかわすと、背後に位置する凛をチラリと見やる。そしてライダーへと右手を突きつける。
「暴れるなら表に出ろ。てめえもどうせ寝るならこんなコンクリの床よりも土の方がいいんじゃねえか?」
「は、いいねえ。乗ってやろう。」
ライダーはオーフェンの挑発に気を悪くするどころか、心底嬉しそうに笑う。
「校庭で待ってるぜ。マスターを安全なところに逃がすなりなんなりするんだな。」
そう言い残してライダーは姿を消す。霊体化したのではなく、ランサーに勝るとも劣らない凄まじい速度で走り去ったのだ。
「…チッ。」
それを見たオーフェンは、苦々しく舌打ちする。
「アーチャー、どういうことなの?」
状況を理解できない凛は、オーフェンに尋ねる。それにオーフェンは、自分の驚愕を隠すためにも凛のほうを向かずに答える。
「アイツ…、自分の腕からあのブレードを出しやがった。」
「…どういうこと?」
オーフェンの言葉の意味が理解できず、凛は聞き直す。
「どうもこうも、まんまさ。あいつはほんの一瞬の間に、自分の腕の中からあの剣の部品を出して、その場で組み立てたんだ。腕から出た鉄製の小さな腕を使ってな。」
凛は、オーフェンの言葉に更に困惑する。しかし、その話を聞いた士郎はふとあることを思いつく。
「まさか…アイツは人間じゃないって、そう言いたいのか?」
「あれをどう表現すればいいのか分からんが…とにかくそんな物だ。魔力が感じられないのも、その辺りに原因があるのかもな。まったく、やっかいなヤツらばかりが出てきやがる。」
オーフェンは、最後にそうごちると、結局一度も振り向かないまま凛に向かって手を振ると、ライダーのあけた壁の穴から出て行く。それを見送った凛は、自らも校庭へと移動するために廊下を歩き出す。そしてある程度行った後、思い出したかのように士郎の方を振り向いて言葉を叩きつける。
「よかったわね、衛宮くん。あなたの望みどおり、今回は見逃してあげるわ。今度あなたを見つけたら、ただじゃおかないからね。」
「待っ…。」
士郎は凛を止めようとするも、凛の眼が、有無を言わせず士郎を黙らせる。
「ここから先は魔術師の戦いよ。ただ争いを止めたいだけの貴方は…入って来てはいけないし、入って来ないでほしい。望むことを手に入れるために戦いという手段を選択した私たちの覚悟を、汚さないで。」
凛はそれだけ言うと、去っていく。その背中に士郎は何も言えず、ただ、見送ることしか出来なかった。
士郎はしばらくその場に立ち尽くしていると、遠くから爆音らしきものが聞こえてくる。いくら放課後とはいえ、そんな音を響かせて誰かに見つからないはずは無いのだが、もしかしたら凛が何かをしたのかもしれない。なんにせよ、今校庭で行われているであろう戦いに、無関係の人が巻き込まれることは無いだろう。しかし…。
「やっぱり、俺だけ帰るなんて…できないよ。遠坂。」
もはや伝わるはずも無いのに、士郎は凛に向かって語りかける。
「俺は、そこで傷ついている人が居ることに、耐えられないんだ。」
例えそれが覚悟の上であろうとも。
「人を傷つけてまで手に入れようなんて願いは、間違ってる…絶対に。」
だから…止める。
そう決意した士郎は走り出す。戦いが行われているであろう、校庭へ向かって。
「はっはぁ!やるじゃねーか。まさかアーチャーごときがここまで俺についてこられるとは思ってもみなかったぜ。」
笑いながらライダーはブレードを振るう。それをオーフェンは短剣を使って辛うじて受け流しながら後退する。ライダーとの間にわずかに距離が開いた瞬間、ライダーは戸惑うことなくブレードを収納し、今度は棍を出現させて振るう。
「チッ、我は紡ぐ光輪の鎧!」
せっかく稼いだ距離を、武器を変えることで逆にオーフェンの不利なレンジへと変えられてしまったことに舌打ちしつつ、防御のための魔術を解き放つ。この魔術は本来オーフェンの周囲に光輪が展開されるものである。しかし、光輪はオーフェンではなくライダーの身体を包み込むように展開され、ライダーの棍を受け止める。
その隙にオーフェンは更に大きく跳び退って光輪の中に居るライダーに向かって手をかざし、攻撃のために構成を編み始める。そうすることによって光輪の壁は崩れていくが、ライダーが回避しようとする間にオーフェンの魔術が撃ち向くはずであった。
しかし光輪の檻が崩れたときそこに現れたのは口の端に獣のように獰猛な笑みを浮かべ、オーフェンに向かって巨大なリボルバーを構えるライダーの姿であった。
「クッ。」
「喰らえぇ!」
オーフェンが呻きながら回避しようとするのとほぼ同時に、ライダーのリボルバーが吼える。
本来、ただの銃弾であるのならば、サーヴァントにはいくら撃っても効かないし、かすりもしないだろう。しかしライダーの放った弾丸は、速度、破壊力が共に通常の物とは比べ物にならない。例えサーヴァントであっても、まともに喰らえば必死は免れないだろう。そんな弾丸が、6発。連なるようにしてオーフェンへと牙を剥く。
「ああぁぁぁ!」
このままでは間違いなく命中する。そう判断したオーフェンは、その叫び声を媒体に魔術を発動させる。その対象はライダーではなく、自らの足元だ。そうして光刃が地面を砕いた時に発生させた爆風により地震の身体を加速させ、辛くも銃撃から逃れることには成功する。
「ぐぅっ…かはっ。」
しかしその代償は大きく、オーフェンは咳き込むと同時に血を吐き出す。
「あん?一発も当たってねえはずだが…。」
ライダーは、リボルバーに次弾を装填しながら怪訝な顔で尋ねる。
「…音声魔術ってのはな…構成をミスったら死ぬ時もあんだよ。」
今回は運が良かっただけだ。そう言いながら、オーフェンは治癒魔術を自身にかける。
「なるほどな。」
ライダーは左手にブレードを展開し、右手のリボルバーをオーフェンへと向ける。
「…次は外さねぇ。」
ライダーの言葉と共に、大気が震える。ライダーは今まで軽口を叩きながら嬉々として戦っていた。それが、手を抜いていたことではないのは相手にしていたオーフェンにも分かる。しかしそれは戦う、ということに関してだ。次のライダーの攻撃は、本気で殺りに来る。オーフェンはそう感じていた。
「アーチャー、避けてっ!」
不意に、凛の言葉と共にオーフェンの背後からガンドが飛来する。それを、オーフェンはまるで分かっていたかのようにかわす。そのままガンドは、なぜか微動だにしないライダーへと着弾する。
「Fixierung,EileSalve―――!」
凛が呪文を唱えながらオーフェンの横に走りこんでくる。オーフェンはそんな凛を横目で見ながら何事か呟く。
「じゃじゃ馬って何?マスターに対して!」
それをしっかりと聞いていた凛は、オーフェンを怒鳴りつけながら術を解き放つ。
「なんでもねぇよ。ちょっとアイツに似てたってだけだ。」
そう呟くオーフェンは、やけに楽しそうに笑っている。場合が場合だというのに。それを見た凛は何かを悟ったか、それ以上何も言わずに宝石を取り出して構える。
「そいつがお前のマスターだったか…。」
凛が放ったガンドを何発も受けたというのに、ライダーはなんら痛痒を受けてはいない様だ。
「アーチャー、お前はソイツが前に出て戦うことを何も思わねえのか?」
オーフェン同様、ライダーも凛の行動には思うところがあるようだ。おそらくは同じような者に悩まされた経験でもあるのだろう。
「へっ、ガキ一人守ってやれねえで、英霊なんぞうたってられっかよ。」
オーフェンは、ガキって誰のことよ、と不満そうに言う凛を無視して背後に押しのける。
「凛。お前の魔術はアイツにゃ効かねえ。お前はお前の出来ることをしろ。」
「…分かったわ。」
自分の力がまったく効かないことが悔しいのか、凛は不承不承といった様子でうなずいて離れていく。それを見届けたオーフェンはグローブをはめ直し、左拳を引いて腰だめに構える。
「こい。」
オーフェンが鋭くそれだけ言うと、ライダーもリボルバーを収納しブレードのみを展開して構える。
「行くぜ。」
ライダーはそう応えると、地面が砕けんばかりに強く、踏み出す。
速い。そうとしか表現できないほどにライダーは地面すれすれを疾駆する。
「あああぁぁぁぁ!!」
ライダーが一歩踏み出すごとに地面は抉れ、大気は弾かれる。ランサーが神速であるとすれば、ライダーは豪速とでも表現すべきだろう。
そんなライダーに向かって、オーフェンはすばやく短剣を投擲する。
「だらぁ!」
ライダーは一声吼えると、僅かに体を左にずらすことでその短剣を弾く。そう、ライダーの強靭な身体には、短剣など通じようはずも無いのだ。それはオーフェンとて理解している。ならばなぜそんな無駄なことをしたのか。否、無駄ではない。豪速で迫るライダーの勢いが、体をずらしてしまった事で、僅かに緩んだのだ。
その隙を逃さずオーフェンは自ら踏み込む。ライダーがずらした方とは逆の方へと潜り込むようにして。
「チッ。」
ライダーは自らの失策に気付いたのだろう。しかし、そこでスピードを緩めるなどという愚を犯すことは無い。オーフェンに向かって、ブレードを横から叩きつけるように振るう。
「ヒュウッ。」
オーフェンの口から呼気が漏れる。オーフェンは、目の前に迫るブレードの腹に、軽く手の甲を乗せ滑らせる。さらにその流れに合わせるようにライダーの肘の内側に自らの肘を押し当て、そのまま踏み込む。ライダーの踏み込みのような、自らを加速させるためのものとは違い、自らの体重を攻撃その一点に集中させるためのものだ。
パンッと乾いた音その瞬間、ギシリと、金属同士を擦り合わせるような音が、ライダーの肘から響く。
「ぐっ。」
ライダーは苦痛に顔を歪めながら、突進の勢いをそのままにオーフェンが触れている腕を思い切り薙ぎ払う。
「があぁぁぁっ!」
「なっ。」
結果、オーフェンはライダーに片手で吹き飛ばされてしまう。オーフェンの身体が宙を十数メートルほど飛んで行く。さらにオーフェンの身体が地面に叩きつけられた後も、かなりの距離を転がってようやく止まるところを見ると、よほどの威力だったのだろう。
「アーチャー!」
悲鳴に近い声をあげながら、凛がオーフェンのもとに駆け寄る。
「へっ、俺より自分の心配してろ。…まだ、終わっちゃいねえ。」
オーフェンはそう言うと、助け起こそうとする凛を押しのける。
「…あんた、いつもこんな戦い方してきたの?」
「俺は本来平和主義者なんだよ。だから…っと。」
オーフェンは言葉半ばで立ち上がり、血の混じった唾を吐き捨てる。
「楽に勝てるんならそれが一番だな。」
こう、遠距離から魔術で狙撃する状況とかよ。などと言いつつ、オーフェンは腕を押さえているライダーの方へと手をかざす。
「我は放つ…。」
オーフェンが呪文を放とうとした瞬間。
「やめろぉー!!」
そう、士郎の叫び声が周囲に響き渡った。
「遠坂、俺はやっぱり納得できない。こんな風に誰かを傷つけてまで願いを叶えるなんて、間違ってる。」
だから、と士郎は左手を掲げる。二画の令呪が描かれた左手を。
「お前らが戦いをやめないってんなら、俺はセイバーを呼ぶ。」
このまま戦えば、いずれ決着がつくだろう。しかし、その時勝った方は果たして無事でいられるだろうか。絶対に、傷を負ってしまっていることだろう。そんな中、他のサーヴァントに対抗することができるであろうか。
「…いいだろう。」
意外にも、ライダーはあっさりと退くことを決める。
「坊やの望みを受け入れたんだ。ひとつ、答えてもらおう。」
「俺は坊やじゃない。」
ライダーは、士郎の抗議を肩をすくめて流す。
「なんで、止めた?」
「人が傷つくのが嫌だからだ。」
「やっぱり、坊やじゃねえか。」
ライダーの問いに、即答する士郎。その答えはライダーを呆れさせるものではあったが、侮蔑される類のものではなかった。
「しかし…漢では、あるな。」
そう、ライダーは言い残すと暗闇の中へと消えていった。
「ふぅ…。」
自分の策がうまくいったことに、士郎は安堵のため息を漏らす。
「あんた…何やってんのよ!」
そんな士郎に、凛は怒鳴りながら詰め寄っていく。
「敵を倒せたかもしれないチャンスを、アンタ潰したのよ?」
「でも、負けてたかもしれないだろ。」
「く…それは…。」
士郎の的確な反論に、凛は思わず言葉が詰まってしまう。
「…できればそこは否定して欲しかったんだが…。」
オーフェンのぼやきは無視される。
「とにかく、あなたは私の邪魔をした。つまりは敵ってことよね。それって、どういうことか分かってるの?」
「…いや、邪魔…になったか?」
敵意をむき出しにする凛に対し、士郎は首をかしげる。
「むしろ今のは協力したようなもんだぞ。あいつ、身体が機械で出来てるんだ。」
「…は?」
凛は理解できないとばかりに聞き返す。オーフェンは直に殴ることで、ある程度の確信はあったようで、あまり驚いてはいない。
「ライダーのステータスは確認しなかったのか?」
「あいつ、なんだか上手く感じ取れないのよ。…もしかしたら機械だから、かもしれないわね…。」
サーヴァントが機械。そのことに激しく違和感を感じているのだろう。もしくは魔術師としての矜持か。…単に機械が苦手なだけか。
「ああ、俺は機械とか、物の構成を把握することに長けているらしいからな。だからなんなく理解できたんだろな。」
「…士郎、ちょっと目を瞑って。」
「え…ああ。」
凛は、士郎の頭を持って士郎に命令する。士郎は、凛の顔がだんだんと近づいてくるものだから、内心の高まりを感じずにはいられない。それを押し殺して、ぎゅっと目を瞑る。
「ライダーのことを、思い浮かべて。」
そう言いながら、凛は額同士を合わせる。
性別・男性
属性・秩序、中庸
筋力・A 耐久力・A 敏捷性・A+ 魔力・なし 幸運・D 宝具・C
クラス別能力
対魔力D
騎乗A+
保有スキル
直感B
無窮の武練A
宝具
機人の躰≪symbiosisorgsnism≫
ランクB 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
魔力のかわりに電力を用いての活動が可能。ただし霊体になれない
身体が破損した場合、その治療は科学的な手段を持って以外不可能
生物に対して効果を及ぼす魔術は無効化される
モノ・サイクル≪ピッツァ・オン・ドーナツ≫
ランクC 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
大型の単一タイヤバイク
両手を使わずに操作できるバイクのため、武器の扱いに支障が出ない
恋人を想う日記≪チェーリッシュ・メモリー≫
ランクE 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
死んだ後も恋人が守っていたというエピソードの具現
使用者ではなく、使用者を愛するものが使用者を守ろうとしたときにその精神と運命に干渉して補助する宝具。
いかなる低い可能性であってもその者が真に望む方向への活路を指し示す。
二人の脳内に浮かんだステータスを見て、凛は思わず喚声をあげる。
「なによ、これ。相手の宝具までバッチリじゃない。」
「完全な機械じゃなくて、サイボーグみたいなものらしい。だから、傷を修復する方法が、科学的な手段しか無いみたいなんだ。だから…。」
「だから、仕切り直したとき、ライダーは傷を負ったまま、こちらは回復して万全の状態で当たれると、そう言いたいのね。」
凛は士郎の言葉を継ぎながら、士郎から離れる。
「確かに、これは私の借りみたいね。」
「別に、借りだとか考えなくていいぞ。邪魔したのは事実だろうし。」
士郎の言葉に凛は頭を振って答える。
「いいえ、貴方はそう思っていても、私はそう思っていないのよ。だから…そうね。共同戦線を張りましょう。」
「は?」
「士郎は無益な争いを止めたいんでしょう?私は、この聖杯戦争を戦って勝ち抜くつもりでいるわ。でもその前に、この町で無関係な人を巻き込むマスターがいるのも事実だわ。だから、あなたとは争わない。そして心無いマスターが出て来た時、私は真っ先にソイツを叩くわ。ほら、士郎の利害と一致するでしょう?」
凛はそう一気にまくし立てると、士郎の反論する隙を与えない。
「どう?いいでしょう?」
「…あ、ああ。」
圧倒されている士郎は、念を押すように聞いてくる凛に思わず頷いてしまう。
「よし、それじゃあ…今日みたいなことが起こらないように、みっちりとしごいてあげるわ…。」
凛はそんな物騒なことを小声で呟く。サーヴァントであるオーフェンには聞こえたようで、思わず背筋を震わせている。
「さあ、だいぶ遅くなってしまったわ。帰りましょ、士郎。」
凛は先ほどの底冷えのするような声で呟いたことなど、おくびにも出さずに、笑顔で士郎を促がす。
「……。」
オーフェンは、思わず信じてもいない神に対して十字をきる。
「ナニしてるの?アーチャー?」
凛の声は、あくまの存在をオーフェンに確信させた。
誰もいなくなったはずの学校で、声が響く。
「あの話、受けることにしますよ。アレッサンドロ先生。」
ライダーのマスターである、間桐慎二の声が。
「どうやら、衛宮のヤツも遠坂と組んだようだし…。」
何事かを話しているようだが、相手の声は聞こえない。
「ええ、いいですよ。ですからライダーの腕、直してもらえるんですよねぇ。」