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[21443] Fate〜cross/night〜(TtT×オーフェン×いつ天×なのは×ゾアハンター×ブギーポップ×機工魔術士等)
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:8ec12a59
Date: 2012/04/06 10:08
本作品は、FATEのサーヴァントが全員違う作品であったら、というコンセプトを元に作られています。
気に入らない人は、バカヤローとだけ感想にお書きください。きっと無視した後にへこむことでしょう。
キャラクターによっては、非常にマニアックなものも登場します。
ライダーとかライダーとかライダー。…でも好きなんだもん…。

収録作品は、ティアーズトゥティアラ・魔法少女リリカルなのはA's・魔術士オーフェン・機工魔術士・ゾアハンター・ドルアーガの塔・ブギーポップシリーズ・いつか天魔の黒ウサギ、となっております。
初作品ですので、おおらかな目かつ(遅筆なもので)気長に待っていただけると幸いです。

名前が似ている人とは何の関係もありません。
…あなたがそれを信じない限りは…。




2010年8月末日 第1章、誤字等修正
   11月初日 第2章、誤字等修正
2011年3月・生存報告(地震の)
   7月 チラ裏から型月板へ変更
      章ごとの書き方を統一
2012年4月・とある事情でピクシブにも投稿しました



[21443] 【習作】Fate~cross/night~プロローグ
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:8ec12a59
Date: 2010/08/25 11:39
暗闇の中に少女の声が響く。
―告げる―
 少女が唱える呪文が進むに比して、その少女の足元に広がる魔法陣も輝きを増していく。
―汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に―
 魔方陣の放つ赤い輝きに照らされて、少女の端正な容姿が浮かび上がる。
―聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ―
 その―遠坂凛と呼ばれる―少女は、活性化し、脈動する魔術回路による苦痛をこらえながら、魔力を籠めた手で、宝石を強く握り締める。
―誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者―
 指と指との隙間から、魔力によって融けだした宝石が雫となって落ちる。
―汝三大の言霊を纏う七天―
 宝石が魔方陣に触れた途端、魔方陣から光が分かたれ、浮かび上がってくる。
―抑止の輪より来たれ―
 その光でできた魔法陣が頭上に達したその時、少女は力を籠めて、最後の呪文を解き放つ。
―天秤の守り手よ―!
最後の呪文を紡いだ瞬間、頭上と足元にある両の魔方陣は、目も潰さんとばかりに輝きを増す。
(間違いなく最強のカードを引き当てた!)
 そう少女が確信したのもつかの間、唐突に光は力を増し…。
 壮絶な爆音と共に少女を吹き飛ばす。
「…はい?」
 少女は吹き飛ばされたときにしたたかに打ちつけた腰の痛みを気にも留めず、ただ、魔方陣の上の虚空へと目を向ける。
(失敗…したの?)
 しかし、間違いなく魔力の流れは感じられる。それは本来の場所である魔方陣の上ではなく…。
「上!?」
 そう確信するとすぐさま少女は立ち上がり、階段を駆け上がる。件の部屋の扉を開こうとするが、先ほどの衝撃でどこかが歪んでしまったのか、まったく開こうとしない。
「ああもうっ。」
 苛立たしげに呟くと、頑固な扉に向かって思い切り蹴りを叩き込む。三度目ほどで扉は抗議の悲鳴をあげながらも開く…というより向こう側に倒れていく。
 そこには、予想を大きく逸脱する、そんな存在が待ち受けていた。
「あんたが俺のマスターか?…まったく、こんな乱暴な召喚をしやがって。あやうく弁護士呼びつけて慰謝料を請求しそうになっちまったぜ。」
 先ほどの爆発のせいで廃材となってしまったソファーの上に、全身黒づくめで黒い皮のジャケットを羽織った、目つきは悪く、まるで町にたむろしているチンピラの様な男がふんぞり返って居た。
(どこの世界にマスターに慰謝料請求するような英霊が居るってのよ…。)
 男の言葉に心の中で突っ込みつつ、その尖った視線に負けないように睨み返す。
「そうよ、私が貴方のマスターよ。あなたは…チンピラのサーヴァント(使いっパシり)?」
(あ、本音が出ちゃった。)



どこかで誰かが嗤う
―時は来た。参加する魔術師は7人。
 彼らマスターは7つのクラスに分かれたサーヴァントを使役し、たった1つの聖杯を巡って殺しあう。それが…―
―聖杯戦争―


 また何処かで、たった1つの桃缶のために泣いて忠誠を誓ったサーヴァントが居たとか居ないとか。



[21443] 【習作】Fate~cross/night~第1話 向けられた言葉は何がために
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:8ec12a59
Date: 2011/07/19 00:22
 真夜中の遠坂邸にて、悲鳴のような凛の怒鳴り声が響き渡る。
「ああもうっ!あんたのせいだからね!!」
 これは八つ当たりではない、私には確信がある。
 先ほど言峰教会への報告を行い、聖杯戦争に正式に参戦することを宣誓した帰り道、こともあろうに財布を落としてしまったのだ。しかしこれは決して、私のミスではない。
「そんなこと言われても…落としたのはお前だろうに。人のせいにするなんてなんて悪辣かつ陰け…。」
「どう考えてもあんたのその保有スキルのせいでしょうがっ!」
 そう叫びながら睨む私から男は目を逸らすと素知らぬ顔を貫こうとする。
「なんなのよその…呪いみたいな…黄金率-Aなんてスキルは!宝石魔術士である私とは相性最悪じゃない!」
 男の顔を無理やり掴んでこちらを向かせる。
「仕方ねえだろ、こっちも好きで貧乏やってんじゃねえんだ!」
 男は私の腕を振り払うと、負けじと言い返してくる。
「く…。」
「この…。」
しばらくの間2人は不毛にもにらみ合っていたが、やがて私のほうから諦めたようにため息を1つつくと、狂犬のような男の目から視線を逸らす。
「ふぅ…仕方ないわね。これは貴方を引いてしまった私のミスでもあるんだから。」
「…おい。」
 存在自体を失敗であるかのように言われた男は、うめくように抗議の声をあげる。しかし凛はそれを華麗に無視すると、塵1つないソファーへと腰かける。
「それにしてもたいしたものね。半壊と言ってもいいほど壊れていたこの家が、ものの数分で元通りなんて。さすが英霊、といったところかしら?」
「そんな便利なもんでもねえよ、音声魔術なんてもなあな。」
 男はやや憮然とした様子ながらも、話題に付き合ってくれる律儀さは持ち合わせているようだ。
「操れるものはエネルギーなんかが主流で、声の届かない所には効果も及ばない。なにより構成を編むための精神集中が必要だから接近されるとまず使うことはできないだろうな。」
「へぇ…それがあなたの一番の象徴ってことね?」
「そう…だろうな…。」
「…ふ~ん…。」
(こんな能力ならキャスターとして召喚されるのが普通でしょうに。隠してることに、その理由でもあるのかしらね…。)
 男が歯切れが悪そうに答えるのを横目に見やりながらマスターとして見取った能力を思い浮かべる。

クラス・アーチャー
マスター・遠坂 凛
真名・不明
性別・男性
属性・混沌、中庸
筋力・B 耐久力・C 敏捷性・B 魔力・B 幸運・E 宝具・B+
クラス別能力
 対魔力C(第二節以下の魔術を無効化する)
 単独行動A(マスター無しでの行動が可能。ただし宝具の使用などにはマスターのバックアップが必要)
保有スキル
 黄金率-A(本人の人生にどれだけ金がついて回るか。マイナスであるため逆に金が出て行ってしまう)
道具鑑定D(魔術的な道具であれば、その効果などを低確率で見抜くことができる)
マインドセットA(精神的な動揺を受けない。また、精神干渉系の魔術等を高確率で防ぐ)
心眼(真)A(修行・鍛錬によって培った洞察力)
無窮の武練B(魔術や宝具の影響下でも、十全の能力を発揮できる)
宝具
 音声魔術
  ランクB+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:100人
  シングルアクションでランクB以上のエネルギー系魔術の行使が可能
  魔術のランクを上げるごとに使用のための時間がかかる
 ???
  ? 
 ???
  ?

乱暴な召喚のツケなのか、それともこの男の宝具の効果なのか、一部のステータスを見て取ることができない。
「まあ、いいわ。これから知ればいいわけだし。」
 そうひとりごちるとソファーから立ち上がり男へと手を差し出す。
「よろしく、私は遠坂 凛。私と共に戦うんだから、負けなんて許さないんだからね。」
 男は私の差し出した手を奪うように強く握る。
「ああ。…マスター…よろしく。」
 ずいぶんと言いにくそうにマスターと呼ぶ男だ。私は思わずほころんでしまう。
「呼びにくいなら無理にそう呼ばなくてもいいわよ。私のことは好きに呼びなさい。」
「…なら凛、と。ふむ、こっちのほうがしっくりくるな。よろしくな、凛。」
 男はそう言うと、人のよさそうな笑顔を見せる。それを見た私はなんとなくうまくやっていけるような、そんな気がした。
「そういえば、貴方の真名はなんて言うの?」
「そういえばそうだったな。言ってなかったか。俺は…オーフェンだ。」
そのあからさまな偽名に、思わず声を上げてしまう。
「…孤児ぃ~!?」
 ごめん、やっぱり気のせいだわ。うまくやれるなんて。



「すまん、衛宮。視聴覚室のテレビが壊れてしまったのだ。ちと見てはもらえんだろうか。」
 ホームルーム終了と同時にメガネをかけた古風な話し方をする少年―柳洞一成―に話しかけられる。
「なんだ、また壊れたのか?」
「そのようだ、何度も手を煩わせてしまってすまんな。」
「いや、それはいいんだが…。」
 一成は、士郎の言いよどむ様子に違和感を覚えたのか、いぶかしむかのように聞いてくる。
「どうした?なにか問題でもあるのか?ならば無理にとは言わんが…。」
「ああ、いや、前見た時にちょっとな。やってみなけりゃわからんが、もしかしたら難しいかもしれないな。」
「そうか、とりあえず頼む。もし無理だったのなら仕方がない。天寿を全うしたということだろう。南無。」
 一成はそう言って合掌する。
「おいおい、見てもいないうちから諦めるなよ。」
 士郎はそう苦笑しながらロッカーから工具箱を取り出す。
「じゃあ、行くとしますか。」
「ああ、すまん。俺はちと先生に別件で呼ばれていてな。残念だがついていくことができんのだ。生徒会室にいるから何かあればそこに来てくれ。」
 一成は、では、と言って急いで教室を出て行く。
「…あいつもいろいろと忙しいんだな。」
 半ば感心するかのように呟くと工具箱を肩に担ぎ、視聴覚室へと足を向けた。

―トレース・オン―
件のテレビに向かって手をかざし、使い慣れた呪文を呟く。こうすることで、その物体の構造を解析するのだが…。
「やっぱりダメか…。パーツの交換でもしないと直せそうにないな…。」
「ほう。それはなんのパーツなのかね?」
「!?」
 独り言に質問され、驚いて振り向く。
「あ、アレッサンドロ先生…。」
 最近、転任してきたばかりのネイティブ・ティーチャーであり、藤ねえが気に入って転任初日に家に連れてきてご馳走を作らされたのは記憶に新しい。あれは絶対、この人を出汁にして自分がおいしいものを食べたかったのだろうと確信している。
「いや、驚かせて悪かったね。なに、随分集中しているようだったからなにをしているのか気になってね。そうか、故障場所を調べていたのか。」
 アレッサンドロは、そう言いながら半ば身体を出していた窓から身を乗り出すと、ドアを使うことなく室内に入ってくる。
「…ええ…はい。」
 見られていたことに動揺しつつも答える。考えて見れば、視聴覚室とて廊下側はガラス張りなのだ。そこから見られる可能性もあることに、今更ながら気付く。もっと気をつけていればよかったと後悔の念が押し寄せてくるが、それをねじ伏せて無理やり笑顔を作る。
「えっと…たぶん、この…」
 そう言いながらテレビを裏返すと、基盤の一部を指差し答える。
「音を受信するパーツがダメになったんだと思います。」
 アレッサンドロはその言葉に少し眉をひそめると、意外にも自身ありそうに呟く。
「ふむ…。これは…何とかなるかもしれないな。」
「本当ですか!?」
「ああ。少し、待っていたまえ。ああ、ハンダの用意でもしておいてくれ。」
 そう言い残すと、どこかへと行ってしまう。士郎が言われたとおりの準備をこなし、しばらく待っていると、アレッサンドロは古いラジカセを手に帰ってくる。
「先生、それは…?」
 士郎は不審に思い、聞いてみるが、とぼけた答えが返ってくる。
「ん?これはラジオカセットだな。知らないのか?」
「いえ、そういうことを聞きたいのではなく…。」
 思わず苦笑いをしながら再度聞こうとする。しかし、途中で話の腰を折られてしまう。
「まあ、いいから見てなさい。」
 そう言うとアレッサンドロは、慣れた手つきでラジカセを解体してしまう。そのあまりの見事な手さばきに、士郎は思わず感嘆の声をあげる。
「…凄いですね。昔こういうことを仕事にしてらしたんですか?」
「さてね。昔なのか、これからなのか…。」
「はい?」
「いや、なんでもないさ。」
 アレッサンドロは意味深な言葉を呟きつつ、今度はテレビの故障している箇所を取り外してしまう。
「ラジカセの部品を使って修理できるもんなんですか?」
「物によっては、な。このパーツは…。」
アレッサンドロはそう言うと、ラジカセから取り外したパーツと、テレビから取り外したパーツをその大きな手のひらの上に並べて見せると言葉を続ける。
「結局のところ、電波を受信して電気信号に変えるだけの代物だ。だから、受信できる周波数さえ同じなら代用が可能だ。」
 そう言うと、ラジカセから取り出したほうのパーツを、ハンダを使って手早く取り付けてしまう。明らかにパーツの大きさが合っておらず、取り付けたパーツがコブのように飛び出て見える。
「…直ったんですか?」
「さてね、それは起動してみんと分からん。」
 そううそぶきながら手早く組み立てると、コンセントを持って差すように促がしてくる。士郎はコンセントを受け取ると、言われたとおりにコンセントに差し込む。途端、アレッサンドロによって電源を入れたままにされたテレビは、夕方のニュースを流しだした。
「………。」
 士郎は、自分が無理だと諦めていた物を、いとも簡単に直してしまったアレッサンドロの腕に、思わず声を失う。その横でアレッサンドロは、手についたゴミを払いながら立ち上がる。
「さて、すまんが片付けは任せてしまってもいいかね?」
「…あ、は、はい。」
 そのラジカセは学校が捨てようとしていたものだから…、などと言いながら扉に手をかけようとした瞬間、反対側から扉が開かれる。
「直った…っと。」
 扉を開けたのは一成で、扉を開けると同時に入ろうとするものだから、危うくアレッサンドロとぶつかりそうになってしまう。
「失礼。衛宮だけだと思っていたので…。」
「いや、構わんよ。前を見ていなかったのはこちらも同じだ。」
一成はそんなやり取りをしつつこちらに目を向けると、やや大げさなまでに驚く。
「おおっ!直ったのか。ありがたい、衛宮。」
「それは先生に言ってくれ。直したのは俺じゃないから。」
 そう言われた一成が、アレッサンドロへ目を向けると、彼は手を横に振って否定する。
「いやいや、それは故障箇所を的確に割り出していた君の手柄だよ。私は少し手を貸しただけにすぎんよ。」
 一成はそんな二人の様子に戸惑いつつも、とりあえず二人に礼を言う。
「なんにせよ、ありがとうございます。先生。それから衛宮も。いや、まことに助かった。実は先ほどの用事というのも予算のことであってな。」
「大変なんだな、お前も。助けになれて、よかったよ。」
 そう苦笑する。すると、その話に割り込むようにしてアレッサンドロが言葉を放つ。
「さて、それじゃあ私はこれで失礼しようかね。君たちも早く帰ることだ。物騒だからね、今時分。」
「…物騒?」
 その言葉に思わず眉をひそめる。
「ああ、そう言えば職員室でも話題になっていたな。なんでも町外れの廃墟で死体が見つかったとか。」
「ホントなのか!?」
「そういうわけだ。気をつけることだな。」
 アレッサンドロは、それじゃあ、と続けると、今度こそ本当に教室を出て行く。
「………。」
「衛宮よ、なにかよからぬことを考えているわけではあるまいな?」
 一成に考えていたことを言い当てられて、思わず動揺してしまう。しかし、否定するつもりもなく、無言で片付けを始める。一成はその様子を見て取ると、あきれたように頭を振る。
「まったく、お前と言う奴は…。」
 そう言うと、一成も片付けを手伝い始める。
「なるべく、早めに帰るのだぞ。」
 一成の言葉からは友人を慮っていることがありありと感じ取ることができた。


 学校の屋上にある金網の狭間から見えていた太陽が、地平線の向こうに沈むと同時、鋭い、まるで刺すような殺気が凛を竦ませる。生まれて始めて浴びせられた本物の殺気に、ともすれば震えだしそうになる足を叱咤しながら立ち上がる。
「…来た。」
 凛は決心して顔を上げると、濃密な魔力の気配をする方向へと視線を向ける。そこには、凄まじい魔力を持っているとはとても思えないほどに可憐な、そしてその華奢な体躯に黒衣と漆黒のマントをまとった金の少女が、不安定な金網の上に平然と立っていた。
「確認します。貴女の隣に立っている男の人は、サーヴァントで間違いはありませんね?」
 少女は、鈴を転がしたような声で語りかけてくる。その可憐な容姿と声に、凛は思わず声を失う。
「…?どうかしましたか?」
 少女はあまり表情は変えずに可愛らしく小首をかしげ、再び尋ねてくる。凛は、その問いかけで正気を取り戻す。
「…いえ、何でもないわ。まさかこんな子どもがサーヴァントだとは思わなかっただけよ。」
「その返答は、先ほどの問いに答えたと見ていいんですね。」
 こちらの返答が気に入らなかったのか、それとも始めから戦うことしか頭にないのかは分からないが、金の少女は凛の返答を聞くや否や、バルディッシュ、と小さく呟き、虚空からその身に似合わぬ斧槍を取り出す。
「アーチャー!着地、任せた!」
 その少女―得物が斧槍であるところを見るにランサーか―がなにか行動を起こす前に、凛は大きく後方に飛びのくと、ためらいなく金網を一跳びで跳び越え、虚空に身を躍らせる。その身が未だ空中にあるうちに、背後で霊体化を解いたオーフェンが凛の身体を掴むと力強い言葉と共に、構成を解き放つ。
「我は駆ける天の銀嶺。」
魔術が発動すると、落下速度が緩やかになる。そして、屋上から跳び下りたと言うのに、なんの抵抗もないほどすんなりと着地できる。
「アーチャー、このままあなたの…。」
 着地と同時に走り出し、そう言いかけた矢先、そのアーチャー自身から突き飛ばされる。なぜ、と思う間もないほどに鋭い閃光が先ほどまで凛がいた場所を薙ぐ。
「…やりますね。」
 そう呟くランサーは、斧槍を振りぬいたままの体勢でオーフェンに向けて呟く。
「…ガキはうっとおしくて嫌いなんだよ。」
 オーフェンの突然の嫌味に、ランサーは軽く眉根を寄せることで答える。
「言っておくが、俺は女だとかガキだとかいうことで容赦はしねえぞ。」
「望むところです。」
 オーフェンの言葉にランサーは少し嬉しそうな顔をすると、先ほどいきなり凛を狙ったことなど忘れたかのように、凛のことを無視してオーフェンに向かって斧槍を振るう。それに対してオーフェンは、ランサーの方に踏み込むことで応える。振るわれた斧槍の半ば辺りを左腕で受け流し、空いている右手を思い切り、先刻の言葉通りに容赦なくランサーの腹部へと叩き込む。しかし、その拳は空を切る。
 驚異的ともいえる速さを見せたライダーが、振るわれる拳よりも速く回避したからだ。
「…やるじゃねえか。」
「…貴方の目つきが怖かったもので。」
 オーフェンが賛辞を、ランサーが皮肉を。先ほどと同じ言葉を、逆の立場で口にする。
「それにしても、無手のアーチャーなど聞いたこともありませんよ。」
「そういうお前はランサーだとバレバレだな。」
「ありがとうございます。」
 ほめてねえよ、というオーフェンの苦笑を皮切りに、ランサーは三度目の突撃を行う。それは今までの突撃が児戯であったかのような、神速ともいえる速度で為された。当然、オーフェンは虚を衝かれ、ランサーに懐に潜り込まれてしまう。
「なっ…。」
ただ懐に潜り込まれたのではオーフェンもここまではうろたえなかったろう。しかし、広い間合いを持って敵を制する槍使いがここまで接近することは、自らを不利にすることに他ならない。これは何かの罠なのか?そんな一瞬の疑念がオーフェンの行動を遅らせる。
 そのスキは、ランサーにとって十分すぎるほどのものであった。
「フッ。」
 ランサーの口から呼気が漏れ出る。突進の勢いをそのままに、斧槍の石突をオーフェンの腹に叩き込む。
「ぐぅっ。」
 ランサーの打撃の瞬間、オーフェンはとっさに身体をひねって急所は外したものの、相応のダメージは負ってしまう。そして、攻撃はそれだけでは終わらなかった。ランサーは、斧槍を回転させ、長柄による殴打を続けて見舞う。
「この…お…。」
 オーフェンは、なんとかランサーの攻撃が達する前に、右腕を間に滑り込ませて直撃は防ぐ。そのまま痛む腕と腹を無視し、カウンター気味に蹴りを繰り出す。しかし、これは読まれていたのか、すでに後方に跳ばれていて空を切る。
「やってくれるじゃねえか…。」
 オーフェンは、そう毒づきながら痛む腹を押さえる。
「ですが攻め切れませんでした。」
「ぬかせ。…得意の高速移動を生かして一撃離脱を繰り返し、少しずつダメージを与えていこうって腹か…。顔に似合わず嫌らしい戦い方をするんだな。」
「ありがとうございます。」
オーフェンの皮肉に対し、ランサーは表情ひとつ変えずに応える。
「だから…ほめてねえ…よっ!」
 会話の途中で腹を押さえるふりをしてこっそりと取り出したナイフを投げつける。もちろんそんなものが当たるわけもなく、誰もいない地面へと突き立つ。しかし、飛んで来るナイフを左に避けたランサーにすばやく詰め寄ると、鋭い突きを放つ。
「悪いが、ガキに負けてやれるほど人間が出来ちゃいないんでね。」


 士郎は一成と別れた後、勇んで町へと向かおうとしたものの、慎二に弓道場の掃除を頼まれてしまい、結果、掃除が終わる頃には日が暮れてしまっていた。
 弓道場に鍵をかけていたとき、ふと、日常では聞きなれない音が聞こえたような気がした。
「ん?」
 士郎は思わず動きを止め、耳を澄ます。しばらく耳を済ませていたが、やはり何も聞こえない。気のせいだったかと思い直し帰ろうとした瞬間、ドンッ!!と、低い炸裂音が響き渡った。
「…校庭のほうか?」
 思わず声に出して確認してしまう。それは、内心の不安が漏れ出てしまったからだろうか。その思いを振り払うかのように、走って校庭へと向かう。そして、そこで普段の日常とはかけ離れたもの、すなわち、黒づくめの男と金色の閃光が、互いに人殺しの道具を用いて合間見えている姿を目にすることになった。
 士郎は、思わずその光景に目を奪われてしまう。目にも留まらぬ速度で動きながら攻撃を繰り出す少女と、その神速による攻撃を小さなナイフと己が体術で捌ききり、時には反撃すらしている男の戦いに。
「………!」
 士郎は、ふと息苦しくなって正気を取り戻す。あまりの衝撃に、体が息をすることを忘れてしまっていたようだ。そうして思わず息を呑んだこと。たったそれだけのことであったのに、先ほどまで互いしか目に入らんとでもばかりに、戦っていた相手を見ていたはずの二人の視線が、今は士郎を見つめていた。
 その冷ややかな二人の視線が、その光景は、決して士郎が見てはならないものであったと告げていた。
「くそっ。」
 士郎は、すぐさま踵を返すと全力で校舎の方へと逃げ出す。それを見たランサーは、今までの戦いで見せた動きが嘘であったかのように立ちすくんでいる。
「しまった、見られたわ。アーチャー。」
 戦いの余波に巻き込まれないよう、幾分か離れた位置にいた凛が、焦ったような声をあげながら小走りにオーフェンのもとへと駆け寄る。
「まだ人が残っていたなんて…。」
「それで?どうするんだ、凛。」
「そうね…。」
 凛は、先ほどから不自然に動きを止めたランサーの方をちらりと見やると、それがなにかのスイッチにでもなったのか、ランサーは今まで伏せていた顔を上げると、こちらには目もくれず士郎の後を追って校舎へと消え去ってしまう。
「!とりあえず、追うわよ!」
 凛は慌ててランサーの後を追って走り出す。ランサーの目的が何なのか、想像は容易かったからだ。


「はぁっ…はぁっ…。」
 どこに向かっているのか、士郎自身も分かってはいないのだろう。しかし、ここから一歩でも遠くへ離れなければ。そんな思いに、息も絶え絶えになりながら夢中で足を動かす。
 しかし、そんな無茶が長く続くはずもなく、やがて足に限界が訪れる。何もない廊下なのにも関わらず、足をもつれさせて転んでしまう。そして、一度止まってしまった足は、持ち主の意思に反してけっして動こうとしなかった。
「くっそっ…。」
 士郎はそう毒づくと、両手を使って廊下を這って壁にもたれかかる。そして、体の中で暴れまわる肺を何とかして押さえ込もうとするが、なかなか治まらない。それはきっと、体が酸素を欲しているのではなく…。
「ここに…居ましたか。ごめんなさい。見られたからには、あなたの命を奪わなければなりません。」
 殺される、という恐怖のせいであった。
「うわぁ!」
 士郎は耳元で淡々と語られたその言葉を振り払い、震え上がる足を殴りつけ、立ち上がる。そうやってその声の主と向き合おうとする。しかし、その声の主を視界に捉える前に、胸を貫かれる。
 胸から伸びる斧槍の先に目を向ける。そこには、端正な顔を哀しげに歪めた、金色の髪を月明かりに輝かせる可憐な少女が居た。
「ごめんなさい…。」
言葉と共に、士郎の胸から斧槍が引き抜かれる。その穂先につられ、何か決定的なものがこぼれ落ちていく。もう助からないということは、士郎にもはっきりと分かった。こんなところで理不尽に死んでしまうことへの絶望と加害者である少女への怒りが胸を満たす。しかし、その瞳が月の光を受けて、淡く光っていたのを見た瞬間、消え失せていた。
(なん…で…。)
「…ごめんなさい…。」
 少女は再びその想いを口にする。
(なんでそんなに哀しそうなんだよ…。)
 そんなことを思いながら、支えを失った士郎の体は、力を失い倒れてゆく。
「ご…め…。」
 そんな士郎に向かって三度、少女は何ごとか呟く。否、士郎には聞こえないだけでおそらくはまたも謝っているのだろう。士郎の体が完全にくず折れたとき、少女は静かに立ち去った。その瞳に涙を湛えながら。


凛たちが士郎に追いついたときには、すでにランサーの姿はそこにはなかった。ただ倒れ伏す人影がひとつ在るだけだった。
「アーチャー、ランサーを追って。なにか少しでも情報が欲しいわ。」
「別に構わんが…。あのスピードで移動されちゃあ、いくらなんでも追いつけんぞ。」
「いいから行きなさい!」
 凛は、思わず怒鳴り声を上げて命令してしまう。ミスを犯してしまった自分に腹が立ったのか、人が死ぬ、そんなときに平素な態度をとっていたオーフェンに腹が立ったのか、覚悟がたりなかったことに気付いてしまったからなのか。果たして、その全てであろうか。
 とにかく、オーフェンは凛の怒鳴り声に押されるようにして掻き消える。そうしてオーフェンの気配が遠ざかっていくのを確認してから倒れている人影へと近づく。
「…あなたも不運だったわね…。せめて、死に顔くらい見取ってあげるわ。」
凛はそう言うと、手や服に血が付くのも構わず人影をひっくり返す。
「…!なんで…なんであんたがここに居るのよ…。なんで、あんたなのよ…。」
 そこには凛が ― 一方的にではあるかもしれないが ― よく見知った衛宮士郎の顔があった。凛の妹であった桜に、最も親しくしてくれている男。そして、傍から見ていて分かるほどに、桜が恋している男だ。…桜に、笑顔をくれた人だ。
 そう思ったとき、凛の心は決まっていた。
(ごめんなさい、お父様。私は、魔術師としては失格のようです。)
 そう心の中で呟くと、首に下げていた大きめの紅い宝石を取り出す。それを強く握り締め、傷口の上にかざし、呪文を詠唱し始める。
 そしてなんとか士郎の治療が終わったとき、凛は精も根も尽き果てており、自らの意思に反してまぶたが下りようとする。しかし、士郎が目覚める前にこの場を離れなければ、そんな一心で身体を無理やり動かして校舎から出る。
「わりぃな…やっぱり、無理だったわ。」
 そこには、決まりが悪そうな顔をしたオーフェンが立っていた。
「…そう…。」
そんなことどうでもよいとばかりに、あまり関心なさそうに呟いた凛はそのままオーフェンの方へと倒れこむ。
「っと。どうしたんだ、凛。」
 オーフェンは、凛が突然倒れこんだことに少なからず驚く。
「…魔術の使いすぎでちょっと疲れただけよ。ちょうどいいからこのまま私を家まで運びなさい。」
 凛はそれだけ言うと目を瞑って体の力を抜く。寝ているわけではないようなのだが、極力体力を節約したいようだ。
(つまりはそれだけデカイ魔術を使ったってことで…)
 そこまで思い至ったオーフェンは、自分がランサーを追っていた間に凛が何をしたのか理解する。
「…へいへい分かりましたよ、マスター。」


 凛が立ち去って少し時間が流れた頃、士郎は目を覚ます。
「ぐっ…俺は、生きているのか?」
士郎はランサーに貫かれたはずの胸を探るとぬらりとした血の感触がする。しかしそれだけで、その下にあるはずの傷口がまったく見当たらない。もちろん、痛みさえも。
「なにがどうなって…。」
 士郎はそう呟きながらも立ち上がろうとしたとき、指先に固い物が触れる。不思議に思って手に取ると、紅い矢じりのような形をした宝石だった。なんとなく気になってしまい、宝石をポケットにしまう。
「…帰ろう…家に帰って…全てはそれからだ…。」
 そう思い、こっそり隠れながら校舎を出ると、弓道場から荷物を回収して家路に着く。
居間に荷物を投げ出すと、座布団を敷く気力もなく座り込む。本当は横になりたかったのだが、血まみれの制服で床を汚したくはなかったのだ。士郎はこんなときでもそんなことを考えてしまう自身の小市民さにあきれてしまう。
「…それにしても…なんだったんだ、アレは…。」
 とてもこの世の存在とは思えないほどの圧倒的な存在感。そして人間離れした動きで戦っていた…否、殺し合いをしていた。
「そして俺は偶然そこにいて…。」
 士郎はそこまで呟いてから思い至る。ランサーはあの時なんと口にしていたのか。
「見ていたから…口封じに…殺された?」
 ならば士郎が生きていたことにランサーが気付けば、再び彼女は士郎を殺しにやって来るであろう。
(そうだ、ゆっくり休んでいる暇なんてない。あいつは必ずここに…来る。)
 士郎は慌てて武器になるものがないか周囲を見回す。しかし、あの斧槍に対抗できるようなものは見当たらない。いや、それはゴミ箱の横に立て掛けて置いてあった。
「藤ねえが持ってきたガラクタが、初めて役に立ったかもな。」
 そう苦笑すると、今朝藤ねえが持ってきた自称豪華鉄板使用とやらのポスターとは名ばかりの凶器-今朝思い切り藤ねえに引っ叩かれた-を丸めて手に取る。
―同調・開始―
 士郎は呪文を口にすると、手元に集中する。
―基本骨子・解明―
 魔術回路を造り上げ―。
―強化―
 そこから生まれた魔力を物質に通し、その物質を強化する。それが衛宮士郎のできる唯一の魔術。
―同調・完了―
 締めの呪文を口にすると同時、突如虚空にランサーの姿が現れる。士郎はそれを感知した瞬間、身体を大きく床に投げ出す。
 あと少し士郎の反応が遅れていれば、士郎の死は確実だったであろう。今まで士郎の頭のあった位置を黒い斧槍が薙いでいく。
「避けなければ、気付かなければ…楽に逝けたのに…。」
 床に着地したランサーは、俯いたまま悲しそうにそう呟く。士郎はそのスキに立ち上がると、少しずつ後ずさりしながら鉄筒を正眼に構える。
「っ!」
 士郎自身としては、油断なくランサーを見つめていたつもりであった。それなのにも関わらず、まるでコマ送りでもしたかのように目の前にランサーが現れ、斧槍を振りかぶっている。
「くそっ!」
士郎は、何とかして両腕で掲げた鉄筒でランサーの一撃を防ぐ。必殺であったはずの一撃を防がれたランサーは、いぶかしむように片眉を上げて士郎を見る。
「そんな物で私の一撃を防ぐとは…なるほど、あなたは魔術師だったのですね。」
 そこまで言うとランサーは斧槍の中心を持ち、短く構える。
「だったとしても、マスターの命令に変更はありません。私はあなたを殺すだけです。」
 不本意ですが。ランサーはそう小さく続けると、士郎へ向けて突進しながらその遠心力を利用して斧槍を横薙ぎに薙ぎ払う。士郎はそれを両手で構えた鉄筒でなんとか防ぐ。
「ぐぅっ。」
「言ったはずです、避けなければ苦痛無く逝ける、と。」
 そのままランサーは士郎の返事を待たずに斧槍を回転させるように2撃、3撃と繰り出してくる。士郎はその何れをもギリギリで凌ぐも、数撃もしない内に受け止める衝撃で手が痺れてきてしまう。
「これで終わりです。」
その言葉と共に、ランサーから一際大振りの一撃が繰り出される。士郎はその一撃を、鉄筒の両端を持って辛くも受け止める。しかし、ランサーの力に回転の力が加わった一撃は、士郎が受け止めるのには重すぎる一撃であり、士郎は体ごと吹き飛ばされてしまう。
「がぁぁっ!!」
宙に浮いた士郎の体は、窓ガラスを叩き割って庭まで飛んでいく。その後を追ってランサーも庭へ向かう。士郎が割って飛び出た窓の隣を、こちらはすり抜けて庭へと出る。
士郎はそれを尻目に何度も転がって、蔵の扉にぶつかってようやく止まる。扉に寄りかかるようにして立ち上がる。しかし先ほどと同じようにいつの間にか間合いを詰めたランサーは、目の前で斧槍を振るっている。そう、先ほどと同じように。
そのことに思い至った士郎は、とっさに防ぐのではなく斧槍の振るわれる軌道を狙って鉄筒を振るう。
 キィン、と澄んだ音が弾け、斧槍が宙を舞う。士郎は自分の目論見がうまくいったことを喜ぶ間も無く、胸元で衝撃が弾けて蔵の中へと吹き飛ばされてしまう。
(な…にが…。)
 そう声に出して喋ろうとしても、舌が痺れて言葉にならず、体も動かない。鉄筒も先ほどの衝撃でどこかへ行ってしまったようだ。士郎がランサーから身を守る術は、ない。
「本当に…これで終わりですね。…貴方が7人目であればこんなに悔やむことも無かったのかもしれませんね…。」
(死ぬ?ここで…死ぬのか?)
 ランサーはそう呟くと、士郎の方へゆっくりと歩み寄る。そしていつの間にか手にした斧槍を士郎の胸元へと突きつける。
(冗談じゃない!俺はまだ誰一人救えていない、俺はまだ正義の味方になれていない。)
「今度は、迷わないでください。」
 そうして、ごめんなさい、と。まるでなにかに願うかのように呟いたランサーは、初めて士郎を殺した時と同じ箇所へ向けて、突きを放つ。
(衛宮士郎はまだ死ぬわけにはいかない…!!)
 士郎の思いに応えたのか、左手の甲が紅く輝き、その光と同色の剣が、士郎の背後から伸びてランサーの突きを打ち払う!
「なっ…。」
 驚きの声をあげて後ろに跳び退ったランサーを、士郎の背後から跳び出した漆黒の影が追う。先ほどのまでの動きが児戯に感じるほどの速度でランサーは斧槍を振るう。しかしそのことごとくをその影はいなし、逆に切り込んでいく。
「はぁぁっ!」
 ランサーは裂帛の気合でもってそれらを突き崩すと、持ち前の神速で蔵から脱出する。影はその後を追わず。こちらにむけてゆっくりと進んでくる。
「小僧。」
 自信に満ちた、強い声で問われる。士郎はその声の持ち主を呆然と見上げる。夜の明かりに照らされて栄える銀の髪、そしてまるで夜そのものを体現したかのような漆黒の衣。血のように紅いマフラーと、それと同じくした紅い細身の両刃の剣。それらを携え、まるで神の具現とでも言う様な、威風堂々とした佇まいの男が、そこに在った。
 その男は続けて問う。
「お前が、俺のマスターか」



[21443] 【ネタ】Fate〜cross/night〜 1 感想回答変
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:8ec12a59
Date: 2011/07/19 00:25
※注意
この内容に関しましては感想を書いてくださった人以外読まなくても結構です。次のページへお進みください。








 銀の髪に黒衣をまとった男は、再度問う。
「問おう、お前がこの作品の読者か。」


オーフェン 「と、言うわけでだ。作者の暴走から始まったこの企画だが。」

フェイト  「毎回、その章に登場したサーヴァントの皆さんが。」

アロウン  「この作品の感想を書いた物好きどもに対する返事をしようというものだ。」

フェイト  「質問なども受け付けます。」

オーフェン 「しかし初っ端からやっちまった感バリバリだなぁ、オイ。」

アロウン  「言うな。やらされたこちらの身にもなってみろ。」

フェイト  「あ…あの…私はかっこいいと思います…よ?」

アロウン  「……ええい、酒だ!酒を持って来い!おい士郎、料理はまだか!」

士郎    「もうすぐ出来る。ちょっと待っててくれ。」

フェイト  「あ、手伝います。」

アロウン  「…待っている間、野郎と二人だけか…。」

カリオストロ「くくっ、オレも居るんだがね。」

オーフェン 「うおぅ。居たのか、アンタ。こーいう場じゃ喋らなきゃ居ることがわかんねーじゃねえか。」

カリオストロ「なに、オレは見ているだけで構わんのでね。」

アロウン  「待ってる間、野郎どもしか居ないのは変わらん。俺は寝るぞ。」

オーフェン 「…俺も寝るか…。」

カリオストロ「…。」

アロウン  「……。」

オーフェン 「………。」

カリオストロ「…………。」

アロウン  「ぐぬぅ………。」

オーフェン 「……………っだぁぁっ!なんの意味があるんだぁ!!」

アロウン  「うぉっ!馬鹿がこんな所で魔術を使うな!」

士郎    「そうだぞ、片付けるのは俺なんだから…。ハァ…。」

フェイト  「落ち込まないで下さい、シロウ。私も手伝いますから。」

士郎    「ありがとう、フェイト。しかし…飯を置く場所が…。」

オーフェン 「我は癒す斜陽の傷痕」

アロウン  「早っ。」

オーフェン 「さあ、心置きなく置け。さあ、さあ。」

フェイト  「…あの…オーフェンさん…目が血走ってませんか?」

オーフェン 「…んぐっ…むぐっ…アロウン貴様、その肉は俺のだ!」

アロウン  「馬鹿め、取ったもの勝ちだ…。おい、士郎。酒が足らんぞ、もっと持って来い。」

士郎    「いつのまにそんなに飲んだんだよ…。仕方ない、取ってくるからきちんと仕事してろよ。」

アロウン  「あ〜わかったわかった。」

フェイト  「は、はい。頑張ります。」

オーフェン 「えっと〜なになに。ひとつ目の感想は…荒井スミスってヤツからだ。」

アロウン  「こいつはまた随分と興奮しているな…。」

オーフェン 「俺が出ている作品は希少らしいからな。見つけて狂喜乱舞、といった所か。」

フェイト  「ありがとうございます。」

アロウン  「次は…PALUSというヤツだな。」

オーフェン 「こらまた随分と長い感想をくれたもんだな。しかもカオスになることを望んでいるらしい。」

アロウン  「もう十分カオスだがな…。」

フェイト  「こ…この作品は、ひとつの作品から一人ずつサーヴァントとして参加します。楽しみにしていて下さい。」

オーフェン 「3つ目は…。」

アロウン  「俺様のファンのようだな。HALとやら、なかなか見る目があるじゃないか。」

フェイト  「4つ目は…FEXさんです。」

オーフェン 「望み通り更新されたな。」

アロウン  「内容は望んでいたものの斜め下を行っているがな…。」

フェイト  「すみません、もう少し…一ヶ月くらいになるかもしれませんが、待ってて下さい。」

オーフェン 「5つ目はKK−Kか…。こいつには言っておきたいことがある。」

アロウン  「あまり失礼なことは言うなよ。作者が腹を切り兼ねん。」

オーフェン 「女は全て魔王だ!…うん…ごめんよ…姉さん…僕が悪かったから…。」

アロウン  「…気持ちは…分かる。」

フェイト  「?」

カリオストロ「クククッ、まったく見ていて飽きないねえ。」

フェイト  「えっと…6つ目の人は…カリオストロさんが目当てみたいですよ。良かったですね。」

カリオストロ「…ふむ、この作品にどう魅力を感じたのか、気になるね。…さて。」

士郎    「おーい、持って来たぞ…。って、アレッサンドロ先生どこに行かれるんですか?」

カリオストロ「いや、なに…。少々観察に…ね。」

士郎    「ふーん。で、あの隅で灰になってる二人はいったい?」

フェイト  「あ、あの、いきなり落ちこんじゃって…。」

士郎    「まったく…仕事ほっぽらかしてなにやってんだよ…。感想は?」

フェイト  「もう終わりました。」

士郎    「今回は6つと少なかったからな。まあ、今後感想が増えてくればいくつかこぼれるのも出てくるんだろうけど…なるべく頑張ろうか。」

フェイト  「はいっ!」

士郎    「それじゃあ読んでくれた皆さん」

フェイト&士郎『ありがとうございました!』



[21443] Fate~cross/night~ 第2話 ギ者の魂はいずこに在りて
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:8fb021b9
Date: 2011/07/19 00:24
 銀の髪に黒衣をまとった男は、再度問う。
「問おう、お前が俺のマスターか。」
 士郎はそれに答えようとするものの、先ほどランサーに喰らった電撃の後遺症か、舌が痺れて言葉を発することができない。その様を見て取った黒衣の男は、今までの雰囲気とは打って変わって砕けた調子になる。
「なんだ、だらしのない。いい男がその程度でへばってどうする。」
 黒衣の男はあざけるようにそう言うと、士郎の服の襟を掴んで引き上げ、壁際に寄りかからせる。その際、士郎の左手の甲にある令呪を目ざとく見て取ると、自嘲するかのように鼻で笑う。
「ふん、まあいい。とりあえず契約は完了した。そこで寝ているんだな。外の敵は倒してきてやる。」
 そう言うと男は剣を肩に担ぎ、蔵から出ると、ランサーに向かって相対する。
「おい、お前。…一応聞くが、この勝負、次に預ける気は無いか?」
 唐突なセイバーの言葉にランサーは軽く眉をひそめると無言で斧槍を構えなおす。そんなランサーの様子を見てなお男は態度を変えず、説得を試みる。
「こちらのマスターはなにも知らん様だし、お互い、万全の状態で戦う方が好ましいのではないか?」
「…万全の状態、ですか…。」
 ランサーは少し戸惑う様ではあったが、構えを解かずに続ける。
「つまり今のあなたは万全の状態ではない、ということですね。」
 ランサーはそう言いながら男が持つ紅い剣に目をやる。その剣の刀身はところどころが錆付いており、お世辞にも良い状態にあるとは言えない。
「…まあ…こいつは確かになまくらだが…。」
 男は思わず半眼になり、手元へと視線を落とす。
「ですから、最優のサーヴァントと名高いセイバーが万全ではない今こそ、最も戦うべき時なのではありませんか?」
「……。」
 ランサーに理路整然と論破され、思わず男は押し黙ってしまう。しかも、見た目が年端も行かぬ少女ともあれば、その精神的なダメージは大きいだろう。
「それにこうして貴方の様な強い人と見えたのです。」
 ランサーはそう口にしながら今にも突撃せんと腰を落として体勢を低くする。
「一度剣を交わしてみたいと思うのは、英霊ならば当然のことではないでしょうか。」
「…ハッ。なかなかに剛毅なガキじゃないか。いいだろう相手をしてやる。来い。」
 男の、いや、セイバーの言葉が終わるや否や、ランサーは空を飛ぶかのような速度で突進する。
「はぁぁぁっ。」
 気合と共に振るわれるランサーの斧槍を、セイバーは手に持った紅い剣で弾く。斧槍を弾かれてわずかに体勢を崩したランサーに向けてセイバーは剣を振るうも、その時にはすでにランサーは剣の届かない範囲へと退いている。その隙を見て取ったランサーが再び突進するも、セイバーに軽くいなされる。
その後、同じような突進が数度行われるも、その度にセイバーはほとんどその場を動くことなくそれらを軽くいなし、ランサーは有効打を与えられないでいた。何度目かの突進が弾かれた後、ランサーは大きく飛び上がり家の屋根に着地してセイバーとの間を空ける。
「やはり接近戦においては貴方に利があるようですね。」
「ならばどうする。」
 こうします、とランサーは小さく答え、斧槍を体の横に振る。
「バルディッシュ、カートリッジ・ロード。」
 ランサーの言葉と共に、バルディッシュと呼ばれた斧槍の先に埋め込まれた宝石に一瞬文字が浮かび、続いて斧の部分がスライドして機械的な音を周囲に響かせる。その途端、莫大な魔力がランサーの体から湧き上がる。
「プラズマ…ランサー。」
 ランサーの唱える呪文と共に周囲に8つの円環状の魔方陣と、それに包まれるようにして雷の槍が現れる。
「なにっ!」
 まさかランサーが魔術を使って攻撃してくるとは思いもしなかったのだろう。セイバーは思わず声をあげる。
「ファイアー!」
 そして、ランサー命令に従い、雷の槍はセイバーへとその牙を剥く。
「クッ。」
 セイバーはうめき声を上げながら、雷槍の幾つかを剣で切り裂きながら後退することで直撃を避ける。しかし大地に突き立った雷槍は、派手に砂煙を巻き上げセイバーの視界を奪う。
「はぁぁつ!」
 その砂煙をランサーの斧槍と気合が貫く。先ほどの雷槍で体勢を崩していたセイバーはランサーの斧槍を正面から受け止めざるを得ない。結果、セイバーはさらに体勢を崩すことになる。
「ターン!」
 セイバーの体勢を崩すことに成功したランサーは、すばやくセイバーの頭上に飛び上がると大地に突き立ったままの雷槍へと再び指示を下す。息を吹き返した雷槍は、止めを刺さんとセイバーへとその牙を向ける。その牙がセイバーに触れようとしたその刹那、セイバーの体が沈みこむ。セイバーは、体勢を崩されたことを逆に利用して倒れこむことで雷槍を回避したのだ。セイバーを捉えられなかった雷槍は、明後日の方向へ飛んでいく。
 しかしランサーの攻めはそこで終わりではなかった。むしろ、今の状況にセイバーを追い込むことが目的だったとも言える。
「撃ち抜け、雷刃!」
 ランサーの気合にバルディッシュが応え、斧槍であった己が姿を刀身がランサーの数倍はあろうかという雷刃へと変化させる。更には先ほどは一度であったカートリッジ・ロードを三度行い、先ほどの魔力が児戯であるように見えるほど膨大な魔力が溢れ出す。
「ジェット・ザンバー!!」
 重力を味方につけたランサーは、渾身の力を持って地に倒れているセイバーへと振り下ろす。
「あああぁぁぁっ!」
 上げた声はどちらの物であったか。大地に打ち付けられた雷刃は、轟音と砂煙を周囲に撒き散らす。
 そして風が土煙を撒き散らした時、剣を振るったままの体勢のランサーに、背中合わせの状態で背後から首筋に剣を当てるセイバーの姿が現れた。先ほどの攻撃を受けて、さすがに無傷とはいかなかったのか、セイバーの破れた服の合間から、時折赤い物が見え隠れしている。
「…まさか今の攻撃を受けきるとは思いませんでした。」
 首筋に剣が当てられているという危機的状況なのにも関わらずランサーは薄く笑みを浮かべている。
「貴様の剣がデカすぎたんだ。そんなものを地面に向けて振るえば、必然、死角は大きくなる。」
「なるほど。」
「じゃあな、久方ぶりに胸躍る戦いであった。」
 セイバーはそういうと剣を持つ手に力を籠める。
「…ええ。私もです。」
 そうしてランサーは、安堵のため息を漏らす。まるで消えることが本懐であるかのように。セイバーはそのことに疑問を抱きつつも、剣を引こうとする。その瞬間。
「やめろー!」
 セイバーのマスターである衛宮士郎の声が、響き渡った。
 その声は奇妙な魔力の流れとなってセイバーを絡め取り、その動きを封じる。その時を逃さずランサーはセイバーの剣から逃れる。
「…どういうつもりだ、マスター。」
 ランサーが離れることで奇妙な力から解放されたセイバーは、不機嫌そうに顔をしかめて士郎をにらみつける。
「どうもこうもない!女の子を殺そうとするなんて、何を考えてるんだ!」
 士郎は、ようやく電撃の影響から逃れた足を引きずってセイバーのもとに向かう。
「貴様こそどういうつもりだ!あいつはお前を殺そうとしたんだぞ!?」
 セイバーは、ランサーへの警戒を消さぬまま、近寄ってくる士郎へと声だけで怒鳴り返す。
「それでもだめだ!まだあんな小さな子どもなんだぞ!それに敵だったとしてもなんで殺さなくちゃいけないんだ。」
「はんっ…。」
 士郎のあまりに場にそぐわない言い草に、セイバーは思わず失笑してしまう。
「だそうだ、ランサー。俺のマスターがこの調子では、尋常の勝負は叶わんだろう。屈辱かもしれんがここは俺に免じて退いてはくれんか。」
 しかしランサーはセイバーの言葉に反応しない。かといって戦闘を続ける様でもない。
「どうした、ランサー。」
 ランサーの視線は、話しかけてくるセイバーではなく、おぼつかない足取りでセイバーの元へとたどり着いた士郎へと向けられている。
「…貴方はどうして…。」
 ランサーは悲壮に満ちた顔で呟く。その言葉は、風にまぎれてセイバーの元に届く前に消えてしまう。しかしセイバーはランサーの表情から見て取ったのであろう、聞き返すような愚を犯しはしなかった。
「…わかりました、ここは退きます。それに…。」
 ランサーはそういうと、明後日の方向に視線を向ける。セイバーはその意味を理解したのか、同じ方向に視線を向けると剣を鞘に収める。
「…の、様だな。ランサー、今度は邪魔の入らんところでやりたいものだ。本気のお前とな。」
 ランサーはセイバーの言葉に淡い微笑みで返すと、霊体となっていずこへと消え去る。
「なんなんだよ、お前らいったい何者だ?」
 士郎は、唐突に消え去ったランサーの姿を見咎めて、その同類と思しきセイバーへと詰め寄る。
「サーヴァントだ。この聖杯戦争を戦うために召喚された…しかし、分かっていて召喚したんじゃないのか?」
「召喚?何のことだよ。そんなこと、やった覚えなんて無いぞ。」
 セイバーの言葉に、士郎は何がなんだか分からない、といった態で答える。
「…そうか、お前は何も知らんのだな…。だから令呪を…。」
 セイバーは得心した様子でうなずくと、不満げな様子の士郎へと説明を始める。
「聖杯戦争とは、文字通り、聖杯を賭けて争う儀式のことだ。」
「聖杯なんてそんなもの、欲しくは…。」
「それがいかなる願いをかなえる願望器であってもか。」
 士郎の言葉を遮って放たれたセイバーの一言は、士郎を黙らせるのに十分な威力を持っていた。
「聖杯は勝者の願いを二つ、叶える。マスターと、サーヴァントのをだ。」
「……。」
 セイバーは、無言のままの士郎に背を向けると、剣をしまいながら先ほどランサーが眼を向けた方向へと歩き出す。
「さて、次の客が来たぞ。でてこい、ネズミども。」
 前半の言葉は士郎に向けて、後半は壁の向こう側にいる何者かに向けて放たれる。
「あら、ネズミとは心外ね。」
 意外にも、若い女の声が返ってくる。そして言葉の後、壁を跳び越して現れたのは…。
「遠坂!?」
 あまりに意外な人物が現れたことに、士郎は驚きを隠せない。
「こんばんは、衛宮くん。まさかあなたもマスターだったなんてね。」



「遠坂はコーヒーでいいか?」
「ええ。ありがとう。」
 唐突に聖杯戦争に巻き込まれた士郎に、凛はおおまかな説明を申し出てくれたのだった。そのため、一時休戦して全員が居間に集まっている。
「その…アーチャー…さんは?」
 士郎は凛の隣に肩膝を立てて座っている、アーチャーのサーヴァントを名乗る、目つきの悪い、黒ずくめの男へと話しかける。
「ああ、俺は紅茶を水割りで。」
「は?」
 士郎は、あまり聞きなれない飲み物を要求された気がして思わず聞き返してしまう。凛のほうは思い当たる節があるのだろう、オーフェンの台詞に諦めたような情けないような、そんな微妙な表情でオーフェンを見る。
「…あー、アーチャー…。」
 凛自身、情けなくてなんと言っていいのか分からないのだろう。オーフェンを呼んだところから後が続かない。
「…ハッ!い、いや、なんでもない。俺も凛と同じ物で。」
 オーフェンは自分の失態に気付き、慌ててごまかそうとする。当然、誰もごまかされるはずもなく、セイバーはオーフェンに問う。ちなみに士郎は、凛のあまりに悲壮な表情を見て、聞くことをやめている。
「なんともまあ、貧相なサーヴァントも居たものだな。貴様、本当に英霊か?」
「ああん?」
 セイバーの言葉が癇に障ったのか、オーフェンは机をはさんで目の前に座るセイバーをねめつける。
「そういう貴様こそ、ご大層な英霊さまには到底見えねえがなあ。」
「ふん、俺は大魔王様だぞ。魔王ごときが、図が高い。」
 絡んでくるオーフェンに対し、セイバーは見下すかのような態度であしらう。
「あんだと、てめえ。」
 その態度に我慢の限界が来たのか、オーフェンは立ち上がり、セイバーへと掴みかかろうとする。
「やめなさい、アーチャー。今は争うべき時じゃない。セイバー、あなたもよ。」
 凛は、オーフェンが立ち上がるのにあわせて腰を上げかけていたセイバーに向かって言う。
「言いたい気持ちは凄くわかるわ。でもこんなのでも私のサーヴァントよ、侮辱はしないで。」
「オイ…。」
 凛の庇っているのか馬鹿にしているのか分からない言葉に、オーフェンは思わず顔を引きつらせて抗議する。凛の言葉に対して思うところがあったのか、セイバーは黙して座りなおす。
「衛宮くん、あなたもよ。今ここで私と争うのは、得策ではないと分かるわよね。」
「…あ、あぁ。」
「それじゃあ、本題に入らせてもらうわ。ああ、ついでにアーチャーも。」
 凛は本題に入った途端、思い出したかのようにオーフェンを制止する。オーフェンはそんな凛に対し、明らかな不満を見せつつも、しぶしぶといった様子で引き下がる。
「聖杯戦争は聖杯の所有権を巡っての魔術師同士の戦い。マスターに選ばれた者にはサーヴァントと令呪が与えられる。」
 凛は、ここまではいい?と士郎に確認する。
「ちょっと待ってくれ。サーヴァントは…こいつらのことでいいんだろうが…。令呪ってのはなんだ?」
「令呪って言うのはね…。あ、ありがと。」
 凛は言葉半ばで切るとコーヒーを持ってきた士郎に対しての礼を言う。
「これよ。」
 そうして凛は、近くに来た士郎の左手を掴むと、その甲に宿る二画の奇妙な文様指す。
「令呪っていうのはね、サーヴァントに対して三度だけ行える絶対命令権よ。例えサーヴァントにとって不本意な命令であろうと従わせられるわ。…それにしても衛宮くん。」
「は、はい?」
 唐突に凛に腕を掴まれ内心どぎまぎしていた士郎は、少し上ずった調子で返す。それを知ってか知らずか、凛は士郎の腕を引っ張って隣に座らせるとそのまま袖をまくって士郎の腕を確認する。
「あなた…もう一回使っちゃったの?」
「その馬鹿、なんに使ったと思う?」
 目の前に出されたコーヒーの匂いを、注意深く嗅いでいたセイバーは視線だけで士郎を見ると、思い切ってコーヒーを口にする。
「あれは…。」
 その視線を受けた士郎は、慌てて弁解しようとする。
「俺がランサーに止めを刺そうとしたのを、止めやがったんだ。」
 セイバーはコーヒーが意外と好みに合ったのか、口調に反して表情はほころんでいる。
「…え?」
 その言葉に、凛は思わず声に出して驚く。いくら自らの得意のレンジで戦えなかったとはいえ、アーチャーはランサーに対して苦戦していた。それほどまでにランサーは強力だった。しかしセイバーは、そのランサーを撃ち破ったというのだ。それもかなりの短時間で。
 オーフェンも表情こそ変えていないものの、内心ではセイバーの台詞に驚いている。
「あの時は何も知らなかったんだ、仕方がないだろう。それに俺は今でもあれは正しかったと思ってる。」
「…ふん。」
 セイバーは士郎の言葉を鼻で笑うと、表情を隠すようにコーヒーをあおる。
「…まあ、いいわ。」
 凛は小さく呟くと、ようやく士郎の手を解放する。
「令呪のその力は、聖杯に起因するものなの。だから奇跡に近い命令ですら可能になるわ。例えばサーヴァントを瞬時に空間転移させて呼び出したり、ね。」
「なるほど…つまり使い方次第でとんでもない武器にもなるってことか。」
 士郎は、解放された自らの左手の甲を眺めながら凛の対面に、セイバーの隣に腰を下ろす。
「付け加えていえば、そもそも令呪無しでサーヴァントを従えることなんかできないわ。なぜなら彼らはものすごく強大で人の手に余る存在だから。」
 凛はそこで一息つくと、自らの従えるサーヴァントを見やり、続ける。
「サーヴァントっていうのはね、実在した英霊たちの魂なのよ。」
「え…?」
 士郎は思わず隣に座るセイバーへと目を向ける。
「英雄…。」
 士郎の目には、驚嘆と同時に尊敬の色が宿る。
「神話や伝説…数え上げればきりがないわね。そんな世界に英雄として認められた人物は、死後『英霊の座』へと迎えられる。」
「まさか…あんな子どもも過去の英雄だって言うのか?」
 既に死んだ死後の英雄たち。士郎は、そんな彼らの姿に思うところがあったのか、自然と語気は強まる。
「いえ、過去だけじゃない。もしかしたら未来かもしれないし、さらに言うなら隣り合う違う世界かもしれないわ。」
「ち…違う世界?」
 士郎は、魔術師である凛の口からSFめいた突拍子もないことが飛び出してきたことに戸惑ってしまう。
「…その顔じゃ、信用できないって感じね。でも事実よ。だって、行った事がある人が居るのよ。」
「…。」
 士郎は、あまりのことに頭がついていかないのか、先ほどの憤りすら忘れてしまっている。
「…話を戻すわね。聖杯はそんな彼ら英霊を、7つのクラスに当てはめることでこの世に召喚することを可能としたの。」
 そうして凛は自らの言葉に合わせて視線を巡らせる。
「剣使い<セイバー>、弓使い<アーチャー>、槍使い<ランサー>、魔法使い<キャスター>、騎乗兵<ライダー>、暗殺者<アサシン>、狂戦士<バーサーカー>の7つよ。」
 そして凛は、最後に士郎で視線を固定する。
「聖杯は召喚された英霊たちにそれぞれ適したクラスを当ててマスターに与えるわ。そしてマスター同士を争わせて、最後に生き残った者を自らの主と認めるの。」
 凛の言葉が終わるか終わらないかのところで、士郎は耐えられなくなったのだろう。立ち上がり、凛に向かって思いの丈をぶつける。
「そんな人の命をゲームみたいに扱うなんておかしいだろ!」
「そうね…。」
 普通の人間だったらね…。凛は、言葉に出さずにそう付け加える。
「だけどあなたはそのゲームに巻き込まれたのよ。覚悟はしておいたほうがいいわよ。」
 凛の言葉に士郎は押し黙ってしまう。命のやり取りをする、そんな現実が士郎を黙らせたのだろう。
「それじゃあ、これから行くところがあるからあなたもついて来て。」
「…ど、どこに行くんだ?」
「この戦い(ゲーム)の監督役のところよ。」



「着いたわ。」
 凛のその言葉に士郎は頭を上げる。目の前には古びてはいるものの、しっかりと管理されているのがうかがい知れる。
「この教会が…。」
「そう、この言峰教会の神父、言峰綺礼がそうよ。」
 教会を厳しい目つきで見上げる士郎に、凛が教会に入るよう促がす。その言葉に従って、士郎が教会の入り口に手を掛ける。
「俺はここで待っていよう。敵が来んとも限らんからな。」
士郎の背後に立っていたセイバーが唐突にそんなことを言う。
「…そうね、アーチャー。」
 その言葉に納得したのか、それともセイバーの様子から何か感じ取ったのか、凛は霊体化していたオーフェンを呼ぶ。
「なんだ。」
オーフェンは、凛の呼びかけにこたえて霊体化を解く。
「あなたもここで待っていて。」
「…リョウカイ。」
 オーフェンは凛の指示に顔を歪めたものの、承諾する。
「さっきの続きはしないでね。」
「はいはい。」
 おざなりに返事を返すオーフェンに一抹の不安を覚えながらも、凛は士郎の背中を押して、入るよう促がす。
「…なあ、遠坂。」
「なあに?今更行かないとでも言うの?」
 士郎が留まっているのに不信感を覚えた凛は、表情を険しくする。
「いや、そうじゃないんだ。その、アーチャーが消えたり出たりしてるのが不思議に思って…。」
 士郎の立ち止まった理由に得心が行ったのか、凛は表情を晴らすと答える。
「今のは霊体化って言うの。彼らサーヴァントは元々幽霊のような物なのよ。だからそれらに近い状態になれるの。あなたのセイバーも同じことができるはずよ。」
「そうなのか…。」
 凛の言葉で納得した士郎は、凛と共に教会の中へと入っていく。そしてその場にはオーフェンとセイバーの二人が残された。しばし、沈黙が流れる。やがて、仕方なさそうにオーフェンが口を開く。
「なあ…あんたはあのマスターのこと、どう思ってんだ?」
 その問いかけに、セイバーはしばらく考えた後、アーチャーの方を向いて答える。
「…まだまだだな…。少し足りんが、それも仕方あるまい。」
「何がだ?」
 怪訝な顔をして聞くオーフェンに、セイバーは笑って答える。
「なんだ、胸の話をしていたんじゃないのか?」
 始めはその言葉の意味を理解できていなかったオーフェンだが、やがて理解したのだろう、うめき声と共に急にあたふたと慌てながらセイバーの言葉を否定する。周囲が闇に包まれていなければ、オーフェンの真っ赤に染まった顔を堪能できたことだろう。
「んなわけあるかっ!俺はお前のマスターの話を…。」
「…アーチャー、気付いているか?」
 セイバーは、怒鳴りつけてくるオーフェンを制して言う。
「俺たちを監視してやがるやつらが居る。」
 セイバーの言葉に反論する気を奪われたオーフェンは、ひとつ深呼吸をして答える。
「ああ…デカイ魔力の気配がする。恐らくサーヴァントだろうな。それから他にもいくつかあるが…とりあえずは無視しても問題は無いはずだ。」
「アーチャーは鷹の目と言うが…さすがだな。」
 セイバーは、オーフェンの抜け目の無さに思わず賞賛を送る。
「仕掛けてくると思うか?」
「…分からん。この状況を見れば、普通は同盟でも結んだのかと思って攻めては込んだろう。しかし…。」
セイバーの言わんとしたことを、アーチャーが継ぐ。
「この魔力だ、用心するに越したこたぁねえか…。」
そう結論付けた二人のサーヴァントは、お互いのマスターが居る教会を見やった。



 しばらくの間、セイバーとオーフェンは益体も無い話をしていたが、やがて凛が教会から出てくる。
「おい、小僧はどうした?」
 セイバーの言葉に凛はため息を一つつくと、めんどくさそうに手を振りながら答える。
「…また綺礼の悪い癖が出たのよ。あいつ、人の傷口を弄って喜ぶようなところがあるから。」
「…あー、いや…うん。神父ってそんなものだよな…。」
 オーフェンは、思わず突っ込もうとしたがのだが、自分の知っている神父たちの顔が脳裏に浮かんできた時点で妙に納得してしまう。
「んなわけがあるか。」
 セイバーは呆れたようにぼやく。
「神父とはだな…。」
 そこまで言ったところで、セイバーの脳裏にも数々の宗教家たちの醜態が浮かぶ。
「…まあ、そんなものかもしれんな…。」
「…あんたら一体、何があったのよ…。」
 セイバーとオーフェンが二人で納得し合う中、凛だけは冷や汗を流しながらうめく。そこに、ようやく士郎が教会から出てくる。その顔は蒼白で、教会でなにかショックを受けたことに間違いはない。そのままふらつくような足取りでセイバーの近くまでやってくる。
「…セイバー…だっけ。あんた、過去の英霊なんだってな?」
「そうだが、どうした?」
 セイバーは士郎の質問に軽く答える。
「なあ…あんたは生前何をしたんだ?その時何を思った?」
「クッ…ハッ。」
 士郎のあまりにも場をわきまえない質問に、セイバーは思わず苦笑で返答する。その様子を見ていたオーフェンや凛は、呆れて物も言えない、といった様だ。
「何がおかしい?」
 憤る士郎に、セイバーは笑いを堪えながら答える。
「ここで、敵の目の前でそれを聞くのか?」
「敵?」
 セイバーの言葉に、周囲に敵が居るのかと勘違いした士郎は、急いで辺りを見回す。
「そんなのどこにも…。」
「目の前に二人、居るだろう。」
 士郎はその言葉でようやく思い至ったのか、ゆっくりと凛たちの方を向く。
「そんな…遠坂は…。」
「敵よ。」
 士郎の淡い望みを撥ね除けるかのように、凛は士郎の言葉を遮って告げる。
「勘違いしないでよね、衛宮くん。私は何も知らないあなたに、この聖杯戦争のルールを教えただけよ。サッカーのルールを知らない人とサッカーはできない。つまりはそういうことよ。」
 凛の言葉に黙り込む士郎。しかし、それでもめげずに顔を上げると凛の眼を正面から見つめる。
「…遠坂って、いいやつだな。」
 そして唐突に、そんなことをのたまった。
「はぁ?」
 凛は驚き、思わず大げさに反応する。
「だってそうだろ?ルールが分からないやつが居たら、問答無用で叩き出せばいい話だ。それをこうして説明してくれて、敵だと忠告してくれてる。」
「……。まだ暗いうちに帰りましょう…。」
 照れ隠しか、それとも付き合いきれないとでも思ったのか、凛はそう言うと歩き出す。置いていかれた士郎の頭に、すっと手が伸ばされる。
「行くぞ、マスター。」
 その手の持ち主はセイバーで、そしてそのセイバーは、自らの意思で士郎のことをマスターと呼んだ。
「…あ、あぁ。」
 そのことに気付いていない士郎は、凛の突然の変化についていけなかったのか、きょとんとした表情で凛の背中を見ながらセイバーに生返事を返す。
「おい、アーチャー。」
 凛の後について歩き始めたオーフェンに向かって、セイバーは声をかける。
「先ほどの話に答えよう。」
 何時の話か区別がつかず、怪訝な顔をしているオーフェンに向かって、セイバーは続けて言葉を放つ。
「レギアス、だ。…では帰るぞ、マスター。」
 オーフェンの反応を待たず、セイバーは士郎を促がして凛の後を追う。
「…レギアス…王権…か?」
 寂れた教会の前、オーフェンの言葉だけが響いた。



「それじゃあ、衛宮くん。ここで分かれましょう。」
 左に行けば凛の家の、右に行けば士郎の家という曲がり角で凛が別れの言葉を口にする。
「ああ…。遠坂、お前のおかげで助かったよ。ありがとう。俺、お前みたいなヤツは好きだ。…一成は毛嫌いしてるみたいだけどな。」
「なっ…!?」
 士郎のあまりに素直な好意に、凛は戸惑い、言葉を失う。
「ちょっと、分かってるの?私は敵で…。」
 士郎に向けてさらに言葉をぶつけようとしていた凛を、オーフェンが腕を掴んで引き止める。
「な、何…?」
 唐突に割り込んできたオーフェンに、凛は赤くなった顔を困惑で濁らせる。
 そこに、幼い少女の声が響く。こんな夜だというのに。
「こんばんは。始めまして、よね?」
 いつの間にそこに居たのか。白い長い髪に濃紺のコートを纏った見た目10歳程にしか見えない少女が、坂の上から凛たちに向かって優雅に一礼する。
「私はイリヤ。イリヤスフィール=フォン=アインツベルンと言えば分かるかしら?」
 そう少女は告げると凛に冷たい視線を向ける。
「なんですって?」
 その家名を良く知る凛は、危機の到来に驚く。
「知ってるのか?遠坂。」
「ええ…。アインツベルン、聖杯の入手を宿願とする始まりの御三家の一つ。つまりこの聖杯戦争を始めた魔術師の家系の一つ。毎回この戦いにマスターを投じてきてるわ。」
「じゃあ…?」
士郎は凛の言葉から一つのことに思い至り、驚愕を顕わにしながら自らをイリヤと名乗った少女を見つめる。
「そう、彼女が今回のマスターみたいね。」
「あんな…あんな小さな子どもなのにか?」
「そうだよ、お兄ちゃん。」
 凛が肯定するより早く、イリヤが士郎の言葉を肯定する。
「だけど私、聖杯戦争よりも楽しみにしていたことがあるの。」
 イリヤは今までの無邪気な様子を崩すことなく、驚くほど自然に、士郎に告げる。
「それはね、お兄ちゃんを殺すこと。」
 その言葉を聞きとがめたセイバーは、士郎の肩を掴んで無理矢理自分の背後に隠す。その殺意を向けられる理由に覚えのない士郎は困惑するしかない。
「だからね…。」
 本当に楽しそうに、嬉しそうに、イリヤは宣言する。
「お兄ちゃんは念入りに殺してあげる…おいで、バーサーカー。」
 その言葉と同時に場を殺意が支配する。それはイリヤの無邪気な殺意とは比べ物にならないほどの、ただ相手を殺すという思いそのもの。その呪いとも言うべき殺意の塊が、イリヤの言葉と共に現れる。
「…!」
「ぬぅっ…。」
 オーフェンとセイバーの二人が思わず圧力に押され後退してしまう。バーサーカーと呼ばれ、出てきた存在は見かけはただの男子高校生にしか見えないのに、狂戦士と呼ばれるに足る圧倒的な圧力を放っていた。
「なに…?なの?」
 凛は、あまりにサーヴァントのイメージからかけ離れた姿をしているバーサーカーに戸惑いを隠せない。その戸惑いをかき消すようにオーフェンは凛を怒鳴りつける。
「下がっていろ、凛。あいつは…ヤバイ!」
「おい、アーチャー。ヤツがあんなにヤバイとは、気付かなかったのか?」
 セイバーは、オーフェンの横に並ぶと横目に見ながら非難する。
「霊体になってたんだろうよ、無理を言うな。文句言うならテメエでやりやがれ。」
 悪態をつきながらも二人のサーヴァントは戦闘体勢を取る。その様子を見ながら、イリヤは自らのサーヴァントに命ずる。
「やっちゃえ、バーサーカー!そいつらみんな、殺しちゃえ!!」
「■■■■■■!」
 イリヤの命令を受けたバーサーカーは、その力を解放する。バーサーカーの全身に施された刺青が実体を持ち、呪いの帯となって全身から立ち上る。
その呪いは、触れた物全てを侵食し、犯す。
「…おいおい、冗談じゃねぇぞ…。」
 オーフェンのその呟きが終わるか終わらないか、その瞬間にバーサーカーは大きく踏み込んでくる。
「チッ。」
バーサーカーは、獣のように単調でありながらも鋭い動きで拳を繰り出してくる。その拳をオーフェンはギリギリでかわしながら、鋭くしたうちをすると構成を編み上げる。
 それを守るかのようにセイバーが剣を振るってバーサーカーを牽制する。そうして稼いだ数瞬で、オーフェンの魔術は完成する。
「我は見る混沌の姫。」
 黒い重力の塊が、バーサーカーに圧し掛かる。しかし、その塊をバーサーカーは平然と片手で受け止めると、いかなる手段によってか打ち消してしまう。
「…反則だろ…オイ。」
 オーフェンは顔を引きつらせながら呻くと、拳を固める。
「まったく、同感だ。あれで無傷とはな。」
 同じく顔を皮肉げに歪めたセイバーは、オーフェンの魔術を打ち消したまま立ち尽くしているバーサーカーへと斬りかかる。
「ハッ!」
 振るわれた紅い剣を、バーサーカーは呪いを纏った腕で受け止める。すると呪いが剣に纏わりつき、侵食を始める。慌てて剣をバーサーカーから離そうとするも、呪いでしっかりと固定されており、微動だにしない。そのままバーサーカーは、ゆるゆるともう片方の手を上げていく。
「どけっ、セイバー!」
オーフェンの声に、セイバーは剣から手を放して飛び退る。
「我は呼ぶ破裂の姉妹。」
セイバーと入れ替わりに、オーフェンから放たれた衝撃波がバーサーカーを打ち据える。しかし増大した呪いの帯がバーサーカーを覆い、衝撃波の直撃を防ぐ。そしてバーサーカーは、何事もなかったかのように平然と立ち尽くしている。
「チッ、どうする?」
 オーフェンは焦りの見える様子でセイバーに問いかける。
「貴様の魔術は効かず俺の剣はヤツの足元、さらに背後にはマスターたち。なかなかに愉快な状況じゃないか。」
 セイバーは不適に嗤うも、その顔はどこか精彩を欠いている。
「アハハハハッ。どう?私のバーサーカーは。」
 イリヤの哄笑が大気をかき混ぜる。
「あなたたちがどんな英霊なのかは知らないけど、バーサーカーに敵うはずないわ。だってあいつは、竜種を上回る神種ですら息をするように殺して回った、最凶の犠者、黒ウサギなんだから。」
 本来、その英霊の真名を明かしてしまうことは、弱点を曝すことに等しい。しかし、イリヤは自らのサーヴァントの真名を明かしてしまう。それは、自らのサーヴァントの能力への自身の表れでもあった。
 一方、戦いに巻き込まれないように離れていた凛たちだが、逃げることも叶わず、結局自らのサーヴァントの背に隠れる。余裕の表れか、その場を動こうとしないバーサーカーを尻目に、これ幸いとそのままサーヴァントたちも交えて小声で作戦会議を始める。
「バーサーカーはその理性と引き換えに、強大な力を与えられたサーヴァント。それゆえに、本来は能力的に劣る英霊がなるモノだけど…。」
凛の言いたいことを感じ取った士郎が、言葉を繋ぐ。
「能力的に優れた英霊がなると、手がつけられないってことか…。」
 先ほど数合打ち合っただけで、絶望的な力の差を感じ取ってしまったのだろう、士郎の言葉を否定する者は居ない。
「…一旦退いて何か対策を考えるべきだわ。」
「それを許してくれる相手じゃなさそうだがな。」
 凛の言葉をオーフェンは即座に否定する。
「…アーチャー、時間を稼げ。」
 何かを決意したかのような表情で、セイバーはオーフェンに命じる。
「何か策があるっていうの?」
 問いただす凛に向け、振り向いたセイバーは唇の片端を持ち上げて皮肉げに、しかしどこか優しそうな雰囲気をたたえて微笑む。
「今からこの大魔王さまが、一世一代の大魔法をかけて、貴様らを助けてやる。」
「…分かった。」
「ちょっと、正気なの!?」
 その理由も聞かず、オーフェンはセイバーの提案を受け入れる。それに対し、凛は驚きの声をあげる。
「心配するな、俺様を信じろ。」
「……。」
 セイバーは、有無を言わせぬ笑顔で凛を黙らせる。それは同時に、凛がセイバーの意見を受け入れたということであった。
「さあ、作戦は決まったかしら?」
 絶対的な力の差を確信するイリヤは、その余裕からか、わざわざ相談が終わるのを待っていたようだ。
「でもどんな小細工も無意味よ。さあ、叩き潰しなさい、バーサーカー!」
 イリヤの命を受けて、再びバーサーカーが吼える。オーフェンは、その咆哮に正面から対峙する。
「へっ…来いよ、クソガキ。黒ウサギだかなんだか知らねえが、ウサギはウサギらしく、ぴょんぴょん跳ねながら餅でもついてろってんだ。」
 来いよ、などと言いつつ、オーフェンは自らバーサーカーへと踏み込むと、自らの手が呪いに塗れることも厭わずに思い切り殴り飛ばす。
戦い始めたオーフェンを尻目に、セイバーは眼を閉じて集中し、呪文を唱え始める。
―絶対なる白を我に―
「我抱きとめるじゃじゃ馬の舞。」
 オーフェンは、自らの腕に巻きついたバーサーカーの呪いを魔術で中和しつつ、なお攻め立てる。
― 一点の曇りなき白を我に―
 セイバーの足元に、巨大な白の魔法陣が現れる。
―完全なる白を 完全なる世界を我に―
 絡み付くような接近戦で、オーフェンはバーサーカーを押し留めていたものの、バーサーカーの異常な膂力に押し負け、撥ね飛ばされてしまう。
―遍く不浄を消し去る力―
 セイバーの足元にある巨大な魔方陣から、分かたれた円陣が、セイバーをその円の中心に置いて立ち上る。
―清浄なる世界を創生する力―
 オーフェンが吹き飛ばされ、がら空きになってしまったセイバーの前に、凛が立ちふさがり、イリヤへと構える。
「---Vier Still Erschiesung……!」
 呪文を唱え、指先から魔術を連射する。しかし、間に居るバーサーカーが腕を振り上げると、呪いの帯が伸び、その魔術全てを防ぐ。
―祖は真理の力―
 何も出来ない士郎は、自分の無力を感じ、歯噛みするしかない。
―祖は天上の力―
 完全に防がれると分かっていながらなお、凛は自らの体に叱咤し、魔術を行使し続ける。それを煩わしく思ったのか、バーサーカーは凛に向かって突進する。
「あぶねぇ!」
 オーフェンは自らの主を身を挺して庇い、またもバーサーカーに吹き飛ばされる。阻む者が誰も居なくなってしまった丸裸のセイバーに、バーサーカーは視線を向けると勝利の雄叫びをあげる。
―祖は神罰の光―
 バーサーカーは、セイバーに向けてその呪いの手を突き立てんと、走る。その疾走を阻む者は何もない…筈だった。
―降臨せよ 『カンディド!!』―
 呪文は完成し、セイバーの元に天上からの光が差し込む。
 その光は、全てを浄化する聖浄なる光。呪いの塊であるバーサーカーに対しては、まさに必滅とも言える光であろう。その光はセイバーに触れると、爆発的に周囲に広がり、近くまで迫っていたバーサーカーを飲み込む。
セイバーを庇い、バーサーカーに腹を貫かれて力を失った士郎の身体ごと。



[21443] 【ネタ注意!】Fate~crossnight~ 2 偽 感想回答変
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:8fb021b9
Date: 2011/07/19 00:25
※注意
この内容に関しましては感想を書いてくださった人以外読まなくても結構です。次のページへお進みください。








カチッ…。
(なんだ、これは…。)
…カチカチッ…。
(そうか…これは…。)
 無意識なのだろう、自然と手は動いてしまい、その後を視線が追う。
(こんなに在っては…もう…。)
 目の前が赤く染まる。
 これは…この赤は一体何なのか…。
(そうか…俺の…か…。)
 士郎の意思に反して手は更に進む。そしてその後を追う視線を、止める事はできない。
 なぜなら…。

「なんて…なんて数の感想なんだ…。」




オーフェン「だぁーっハッハッハッ!またやってやがる!!」
アロウン 「…くっ…素直に嗤えん…。」
士郎   「………。」
フェイト 「シ、士郎。無言で首を括らないで下さい!人生はきっと良いことがありますから。」
イリヤ  「あ~、ダメなんだからね、シロウ。勝手に死んだら。シロウは私が殺すんだからぁ。」
大兎   「あ~なんというか…俺も巻き込まれ体質だからさ…気持ちは分かるよ。」
オーフェン「…クックックッ…まあ、野良犬に噛まれたとでもだな…。」
フェイト 「オーフェンさんも笑いすぎです!」
大兎   「…それに次は誰がやらされるかわからんし…。」
アロウン 「不吉なことを言うな…。」
イリヤ  「だって、これ、次の章の最初のほうのぱろでぃ~なんでしょ?」
アロウン 「…今回の聖杯戦争はなんと強大な敵が居るんだ…。仕方ない、諦めるぞ、士郎。」
オーフェン「それは困る!きちんと戦って決着をつけなければ…えっと…英霊としての誇りがだな…。」
アロウン 「この中で一番遠いヤツがなにを抜かす!」
イリヤ  「なになに?始めるの?やっちゃえ、バーサーカー!」
大兎   「いやいや、士郎の家でやっちゃったらいろいろとご近所に迷惑がかかるだろ。」
イリヤ  「ええぇ~!」
士郎   「…なんか、えらく庶民的な英霊だな…。」
大兎   「とにかく、やらないものはやりません。平和なのが一番なの。」
イリヤ  「…ぐすっ…バーサーカーだけは私の味方だって思ってたのに…。」
大兎   「ああ…泣くなよ。」
イリヤ  「…じゃあ、言うこと聞いてくれる?」
大兎   「…いや…でも…ううっ。」
フェイト 「あの~あの二人、行っちゃいましたよ?」
イリヤ  「………。」
大兎   「……。」
イリヤ  「…チッ…。」
士郎&大兎『えっ?今なんて?』
イリヤ  「なんでもないよ?(ニコッ)。」
士郎&大兎「…(ゾクッ)。」
士郎   「女は女優とは…。」
大兎   「…こういうことか…。」
士郎&大兎『ハァ…。』
フェイト 「あの…あのっ、私はそんな…。」
士郎   「…フェイト…フェイトはなんて良い子なんだ…。」
大兎   「そうだ、君はそのままの君で居てくれ…。」
イリヤ  「もぅ~、フェイトばっかり~!」
フェイト 「そのっ、それよりお仕事をしないと…。」
大兎   「む、その通りだ。ここで点数を稼いでおけば犠牲にならなくてすむかも。」
士郎   「…よ、よし、いくぞ。お便りを持ってきてくれ、イリヤ。」
イリヤ  「うん、分かった。これだね、シロウ。えっと…なになに?」
     ≪こんな感想回答変なんて書いてる暇があったら本編を進めやがれ!≫
大兎   「…なんともその通りだな…。」
士郎   「そうだ!そしたら俺だって…くっ…。」
そのいち 「やりたかったんだぁ~!!それにキャラ特性をつか…。」
オーフェン「我は放つ光の白刃!」
大兎   「…へんじがない、ただのしかばねのようだ…。」
士郎   「何を言ってるんだ?」
大兎   「…っはっ!なぜか口が勝手に…それになにか変なのが居たような…?」
フェイト 「なにも居ませんでしたよ?」
イリヤ  「私もなにも見てないよ?」
大兎   「おっかしいなぁ…。」
士郎   「それにしても…また後片付けが大変な目に…。」
イリヤ  「それならいっそ建て直しちゃえばいいじゃない。ほら、エミヤ城とかってさぁ。」
大兎   「ま、マリーさま…。」
フェイト 「あ、お便りが…。」
士郎   「うわー、だいぶ燃えちまったな。」
イリヤ  「残ってるのはなに?」
大兎   「いや…さっきの質問に答え…いいのか?」
士郎   「他にはだな…。」
     ≪適当に好きなキャラを混ぜたようにしか見えないんですが、どうするつもりなんですか?≫
大兎   「うおっ、だいぶストレートな質問が…。」
士郎   「これはなにかきちんとした考えがあるらしいぞ。」
フェイト 「というと?」
士郎   「偽物、出来損ないの主人公というテーマに合わせてキャラを集められたらしい。」
イリヤ  「失礼しちゃうわ。私が偽物なんて。」
士郎   「いや、サーヴァントの話だよ。」
大兎   「…俺は?」
士郎   「…たぶん…バーサーカーっぽかったから?」
大兎   「ずいぶん安直だなぁ!テーマ関係ないし。」
士郎   「ほ…他はきちんとだなぁ…。例えばアレッサンドロ先生は偽物を造りの機工魔術士。オーフェンは出来損ないの暗殺者。アロウンは出来損ないの精霊を自称してるし…。」
フェイト 「………わたし…は…。」
大兎   「い、いやいやいやいや。あ~あれだ、士郎、次の便りは何?」
イリヤ  「フェイトは偽物じゃないよ?本物の英霊だよ?」
士郎   「そうだ、フェイト。お前は立派に生きたから英霊として世界に迎え入れられたんだろ?」
フェイト 「…はい。」
イリヤ  「あ~、赤くなったぁ!シロウは私のなんだからね。」
士郎   「っと、抱きつくなよ、イリヤ。」
大兎   「…あー…次、行くか。」
     ≪元ネタが分かんねぇ…。≫
士郎   「…ついに来たな…。」
大兎   「マイナーな作品の宿命か…。」
イリヤ  「同じようなのもあるわよ。この人はステータスを開示して欲しいって。」
フェイト 「ここに載せないんですか?」
士郎   「載せてもいいんだろうけど…できれば話に絡める形で出したいな。」
大兎   「なるほど、ステータスを見ることができるのは現時点で二人居るよな。」
イリヤ  「そっか、凛とシロウね。」
士郎   「まあ、今はまだ遠坂から教えてもらってないから使えないんだけどな。」
大兎   「でも使えるようになったら…。」
フェイト 「載せられるってことですね。」
士郎   「ああ、これでいいかな?」
フェイト 「ええっと…次は…えっ?」
     ≪フェイトは俺の嫁じゃー!≫
大兎   「…士郎、喉が渇いたから何か飲み物ないか?」
士郎   「ああ、そういえばそうだな。なにが良い?」
大兎   「そうだな…ファ○タとかあるか?」
士郎   「それは…買いに行かないと無いな。」
イリヤ  「なになに?私飲んでみたい、それ。」
士郎   「仕方ないなぁ。ならちょっと行ってくるよ。悪い、後任せた。」
大兎   「いやいや、わざわざ行かせて悪いのはこっちだよ。」
イリヤ  「……それで、シロウが居なくなったところで本題に入るけど…、フェイト。」
フェイト 「ひ、ひゃい!」
イリヤ  「フェイトの本心はどうなの?」
フェイト 「な、なにがかな…?」
イリヤ  「ほらぁ、正直に言いなさいよ。好きなんでしょ?」
フェイト 「べ、別に士郎のことは…。」
大兎   「…別に誰、とは言ってないんだがな…。」
フェイト 「あうあう…。」
イリヤ  「んふふふ。わたしのシロウを狙おうだなんて、どんなお仕置きしちゃおうかしら…えいっ!」
フェイト 「むにむにむにむに…。やめひぇ。」
イリヤ  「やだ~。えいっえいっ。」
大兎   「…士郎ぉ~はやく帰ってきてくれ~…。」
大兎   「………。」
大兎   「えっと…とりあえず、俺だけになっちまったみたいだけど…次は…っと。」
     ≪感想回答変にはサーヴァントしか出ないんじゃないんですか?≫
大兎   「ん?サーヴァントしか居ないが?次。」
     ≪なんか設定が微妙におかし…。≫
大兎   「そういうもんだと思ってください。次。」
     ≪この感想は偽物です。Byカリオストロ≫
大兎   「へー、そーなんだ。つ…ってええーー!!」
大兎   「ちょっと待てぇい!なんじゃこりゃあ!?」
イリヤ  「どうしたの、バーサーカー?」
大兎   「やられたぜ…今までの感想全て、ヤツの作った偽物だったんだ。…それにしてはファンシーな丸文字とかあったが…あの顔で書いたのか?」
イリヤ  「ふーん…やってくれるじゃない。」
大兎   「そういや、フェイトは?」
イリヤ  「ああ、顔を真っ赤にさせてどっかに走って行っちゃった。」
大兎   「…あんまりいじめるなよ?ああいう純情な娘は思い詰めやすいんだから。」
イリヤ  「はーいはい、説教なんて聞きたくないわ。…士郎を迎えに行ってあげようかしら。バーサーカー、連れてって。」
大兎   「はいはい、お姫様。…それじゃあおざなりだが…。」
大兎   「さんきゅーな。」
イリヤ  「ありがと~。さ、急ぎなさいバーサーカー。」
大兎   「…へいへい。しかし、まだやってんのか、あいつら…。」

オーフェン「我は放つ光の、白刃白刃白刃!」
アロウン 「ふん、ぬるいわ!神破斬!!」


フェイト 「シ、シシシ士郎!ごめ、ごめっ…。」
士郎   「大丈夫だから、ちょっとぶつかっただけだろ?…顔が赤いけど…熱かな?」
フェイト 「…ぷしゅう…。」
士郎   「うわっ!どうした、フェイト?体調が悪いなら悪いって言ってくれないと…。」



[21443] Fate~cross/night~第3話 正義の見方
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:8fb021b9
Date: 2011/07/19 00:26
ピチョン…。
(なんの…音だろう…。)
どこかで嗅いだことのあるような匂いのする、紅いモノが目の前を滴り落ちていく。
 …ピチョン…ピチョン…。
(…ああ、血なのか…。でも誰の…。)
 音は近くから聞こえる。耳のすぐそばと言ってもいいほどに。
(俺の…なのか…。)
 そう思い、自分の手を見る。自分の物ではない見慣れぬその手には、見慣れぬ紅い剣が握られている。
(なんだ…これは?)
 足元に広がる血だまりに顔を写す。そこには、いつも見慣れた衛宮士郎の顔ではなく、先ほど会ったばかりの、セイバーと呼ばれていた男の顔が写る。
(俺は、今セイバーになっているのか?)
 慌てて周囲を見回すと、辺りは紅一色に染められている。その原因になっているのが自らだと気付くのに、そう長い時間はかからない。
(…こんなに…血を流したというのか?なんで?)
 その疑問に答えるかのように、急に目の前に山が現れる。否、山ではなく…。
(…死体!?)
 おびただしい数の死体が積み重なってできた、屍の山。しかもただの屍ではなく、それら全てが無残にも切り裂かれ、踏み潰された後が見える。
(これは…まさかセイバーが?)
 目の前の惨劇は、この男の手によるものなのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。それならば、この身体が血に濡れていることも頷ける。しかし…。
(この世界に満ちている悲しみは何だ?今にも溢れてしまいそうな絶望は?)
 そして気付く。何者かに抗ったのだろうか。彼らはその手に武器を持っていることに。彼らに浮かぶその表情が、決して恐怖に怯えていないことに。むしろ希望に満ちた表情をしていることを。
(ま…さか…?)
だからこそ士郎は気付く。セイバーが、この者たちの死を悲しんでいることを。後悔していることを。
(ここまでして、何故戦ったんだ?何のために?)
 しかしその問いに答える者は居ない。
(なんで…なんだ…?)
 士郎の意識が急速に薄れていく。答えを得られないままに…。




「なん…で…。」
 夢うつつに、士郎は呟く。そしてあがくように、手を伸ばす。しかしその先には何もなく、空しく虚空をかき混ぜるだけに終わる。
「う…あっ!」
 唐突に、腹部に痛みが走る。その痛みに無理矢理意識を覚醒させられた士郎は、腹を押さえつつも辺りを見回す。
「ここ…は…俺の部屋…?」
見慣れた、いつも通りほとんど物が置かれていない殺風景な部屋に敷かれた布団の上に、士郎は寝かされていた。
士郎はなぜこんなところに自分が寝かせられているのか疑問に思いつつも、身体を起き上がらせる。
「…痛っ!」
 しかし、唐突に腹部に走った激痛のせいで、布団の中に逆戻りせざるを得なかった。
(どういう…ことだ…?)
 士郎は時間をかけて痛みを飼いならしてから起き上がると、布団を片付ける。多少の身支度を終えてから居間に向かう。するとそこには、我が物顔で机を占領し、優雅な所作でセイバーと呼ばれた漆黒の男と紅茶を飲んで歓談している遠坂凛の姿があった。
「あら。おはよう、衛宮くん。」
 驚く士郎に対して凛は、ニッコリと喜色満面の笑顔を湛えてそう言った。


「それで遠坂、なんでお前はここに居るんだ?」
 士郎は、座りながら開口一番にそう質問する。
 あいさつの後、凛は、硬直している士郎を尻目に手早く士郎の分の緑茶を用意して、話し合いの席を設けたのだった。
「命の恩人に対してずいぶんな言い草ね。」
 凛は、わずかに眉をひそめながら、まるで士郎の言葉を待つように言葉を途中で切ると、紅茶に口をつける。
「…あ、ああ。ありがとう。」
 凛の雰囲気に押されて、思わず礼を言ってしまった士郎は、しばらく間を置いてから凛の言葉の意味を理解する。
「…って…は?え!?」
「…そういうことよ。」
 凛はうろたえる士郎を、いわゆるジト目という目で見やると、呆れたように肩をすくめる。
「まったく、人がわざわざ令呪使ってまで助けたってぇのによ。こういうときにはなんか出すべきモンがあるだろ?出すべきモンがよ。ほれ、謝礼とか謝礼とか謝礼。現物でも可だが、2割り増しな。」
 唐突に虚空から現れたオーフェンが押し付けがましくそう言いながら、士郎の頭の上に肘を乗せると、そのままグリグリと押し付けてくる。
「ならば貴様らの命を救った俺様は、いかほどの謝礼を貰えるのだ?」
 セイバーはオーフェンの態度に呆れながら、士郎の背後からオーフェンに向かって揶揄するように問いかける。
「まったく…銭だ金だと、嘆かわしい。貴様も英霊の端くれだろうに…。」
 セイバーは、心底嘆かわしいという風に、頭を抱える。凛の方も、自分も同じ気分だとばかりに頭を振っている。
「はっ!名誉じゃ腹は膨れねえよ。こう、まじめにこつこつと稼いでだな…。」
「人に恩を着せて金を巻き上げようとしてることのどこがまじめなのよっ!」
 オーフェンの小物っぷりに我慢できなくなったのだろう、凛はオーフェンを怒鳴りつける。
「なっ…!?俺のライフワークが否定された…?」
「…あんた…そんなことして生活してたの?」
「いんや、本業はモグリの金貸しだな。」
「……。」
 あまりに残念な自らのサーヴァントの過去を知ってしまった凛は、頭痛がしてきたのかこめかみを押さえて沈黙する。
「…どうでもいいけど、いい加減俺の頭から手をどけてくれないか?」
 士郎は、顔を引きつらせながらオーフェンの腕の下から抗議する。
「それから俺は、遠坂と話してたんだ。」
「…へいへい。」
 士郎の不平に、オーフェンは肩をすくませるとようやく士郎を解放する。
「もういいわ、アーチャー。あなたは外で見張りでもしていて…。」
 凛は、これ以上恥の上塗りをしないで、と言外に言い放つ。オーフェンは凛の殺意を感じ取ったのか、一瞬身を震わせると霊体化してその場から離脱する。
「…話を戻すわね。衛宮くんを助けたのは確かにアーチャーよ。しかも、あなたは彼の魔術でも治癒できないほどに損傷していたわ。」
「ならなんで…。」
 士郎は驚きつつも、まったく傷痕が見当たらない自分の腹部をなでる。
「さっきアーチャーが言っていたとおり、令呪を使ったの。」
 凛はそう言うと自らの右袖を巻くり上げ、残り二画になった令呪を見せる。
「“この傷を治しなさい”ってね。」
「……?」
 士郎は実感が沸かないのか、口を開けたまま呆けている。
「ああ、もう…。ちょっと待ってなさい。」
 凛はそう言うと、立ち上がって部屋から出て行く。セイバーは思い当たる節があるのか、口元に微笑を浮かべている。やがて戻ってきた凛は、手にした黒ずんだ塊を士郎に渡すと自分の席に戻る。
「なんだ?…これ……!」
 始めは訝しげにしていた士郎だが、その黒ずんだ塊が昨日自分が着ていた制服だと気付くと、慌てて広げる。
「………っ。」
 士郎は、腹部に大きく開いた穴と、制服自体が硬くなってしまうほど血で汚れていることに思わず息を飲み込む。
「理解したかしら?自分がどんな状況にあったのか。」
「……ああ。」
士郎は、凛の言葉に辛うじて返事を返すことしかできず、自らの制服を凝視したまま固まってしまっている。
「…アーチャーはあんなこと言ってたけど、謝礼とかそんなことは考えなくていいわ。助けられたのはこっちも同じだしね。」
 凛のその言葉に、士郎はハッとした表情で顔を上げると勢い込んで一番の疑問を凛にぶつける。
「…っそうだ!あの後、いったいどうなったんだ?」
「そうね、簡単に言うなら向こうが逃げ出したって感じね。」
「なんでそんなことに…。」
 そう言うと凛は紅茶に口をつける。あまりに冷静な態度を崩さない凛に対して苛立ちを覚えた士郎は、血で汚れた制服を横に置くと、机に身を乗り出して凛を問い詰める。そんな士郎を、セイバーの一言が押し留める。
「言っただろう。俺様が助けてやる、と。」
 セイバーのその言葉に、士郎は驚きセイバーへと振り向く。そして士郎が質問の矛先がセイバーへと向く前に、凛は機先を制して語りだす。
「あの時、セイバーの宝具…カンディド…でいいのかしら?とにかくそれが炸裂した瞬間、あの付近一帯がまるで聖地のような属性に書き換えられたのよ。呪いの塊とも言うべきバーサーカーにとってはまさに最悪の場所だったんでしょうね。全身を覆う呪いは浄化され、相応のダメージも負ったと見えるわ。」
「だから…。」
 先ほどまでの様子とは一転して静かになった士郎は、得心がいったとばかりに大きくうなずく。しかし、凛が続いて口にした言葉で、士郎は言葉を失ってしまう。
「それでも、バーサーカーの戦闘力はアーチャーとセイバーのそれを上回っていたでしょうけれどね。」
「なっ…?」
「バーサーカーはそれほどまでに強大よ。逃げた、と言うより見逃してくれたって方が正しいでしょうね…。」
 凛は、もはや悔しさも感じないとばかりに、ため息混じりにそう締めくくった。そして、当のセイバー自身も無言で居ることでそれを肯定する。
「…なんでそんなことが分かるんだ?」
 士郎は、納得がいかない、という様子で凛への不満を口にする。
「…?あなたもマスターなら分かるでしょ?」
 凛は、分かって当然、とばかりに不思議そうに聞き返す。
「悪かったな…どうせ俺は半人前だよ。」
「…?ああ、そういうことか。」
 拗ねたように自虐的なことを口にする士郎に、凛は始め心底理解できないようだったが、やがて納得がいったとばかりに大きくうなずくとパタパタと顔の横で手を振りながら軽い調子で謝ってくる。
「ごめんごめん、伝えるのを忘れていたわ。マスターには令呪のほかにもサーヴァントの能力を見抜く能力が与えられるの。」
 凛はそう言うと、士郎にセイバーを見るように言う。
「それで、どうするんだ?」
「なにも難しいことはないわ。対象のサーヴァントを集中して感じ取るの。そうすれば、そのサーヴァントがどんな存在か、読み取ることができるわ。」
「………。」
 凛にそう言われて士郎はセイバーの目を覗き込むようにして見つめると、集中し始める。
「…どう?分かった?」
「…あぁ…。」
 生返事を返す士郎の脳裏に、セイバーのデータが浮かび上がる。

セイバー
真名・?
性別・男性
属性・混沌、偽悪
筋力・B 耐久力・C 敏捷性・C 魔力・B+ 幸運・B 宝具・C
クラス別能力
対魔力A(Aランクの魔術以下は全てキャンセルしてしまう。事実上、現代の魔術では傷一つ負わせられない。)
騎乗A(幻獣・神獣を除く獣、乗り物全てを乗りこなすことができる)
保有スキル
心眼(偽)B(直感・第六感による危険回避能力)
カリスマA(軍団を指揮・統率する才能)
軍略B(多人数を動員した戦場における戦術的直感)
神性B(神霊そのものであるが、人間に味方し他の神霊に反逆したためランクダウンしている)
宝具
 神と世界を分かつ右手≪エドラム≫
  ランクD 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
兄弟剣の片割れ(ダーンウィン)。
本来は神をも切り裂く神殺しの魔剣であるが、現在は錆付いてしまい、そのランクをDにまで落としてしまっている。
 完全なる白の世界≪カンディド≫
  ランク A 種別:対軍宝具 レンジ:50~99 最大捕捉:1000人
 一切の呪い、魔術の類を無効化もしくは浄化する。
 本人自身が呪われているため、使用した場合相当な苦痛を伴い、一定時間行動不能になる。
小さき覇王≪レギアス≫
 ランク B 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
 ???

「…しっかし…最優と名高いセイバーのサーヴァントのステータスが、この程度なんてね…。」
 凛も士郎と同じものを見たのだろう、そのあまりの酷さに思わず嘆いてしまう。
「ぐ…。」
「まあ、この剣がなまくらなのも、召喚が不完全だったからだろうな。」
 その上、セイバーも一緒になって士郎に追い討ちをかける。
「しかも自分が未熟であることを分かっていて、生身であのバーサーカーに立ち向かうなど、正気の沙汰とは思えん。」
「さらに、それが自分のサーヴァントの身代わりになるためだなんて、論外よ!」
 二人の言葉に、士郎は縮こまりながら反論する。
「…だってしょうがないだろう?あの時はああするしかなかったんだから。」
「例えあの時は助かったとしても、マスターが死んでしまってはサーヴァントは消えるしかないわ。」
 その士郎の決死の反論も、凛は紅茶をすすりながらため息混じりに崩されてしまう。
「…でも、それで遠坂たちが助かるなら…。」
「ばっかねぇ、アンタ。さっきも言ったとおり、あの状況でもバーサーカーには勝てないわよ。たぶん、まともに逃げることすらね。」
「へ?」
 ステータスを思い出してみなさい、と投げやりに言う凛の言葉に従い、士郎は自覚したばかりの能力を行使してみる。


バーサーカー
マスター・イリヤスフィール=フォン=アインツベルン
真名・鉄 大兎
属性・混沌、狂
筋力・A 耐久力・B++ 敏捷性・B 魔力・EX 幸運・C 宝具・EX
クラス別能力
 狂化B(宝具・幸運を除くパラメーターを1ランクアップさせるが、理性の大半を奪われる)
保有スキル
 精神汚染B(黒兎による精神汚染で錯乱しているため、他の精神干渉系の魔術を高確率で遮断する)
宝具
 黒兎≪ひっきょうむのうさぎ≫
  ランクA 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大捕捉:1人
  触れたものすべてを犯す呪い
  物であろうと魔術であろうとお構い無しに呪い、かつ拒絶することが可能
  ただし狂化により≪拒絶≫や神殺しの呪い≪黒≫(否虚無)は使用不可
  呪いそのものは魔術による解呪が可能だが、黒兎を使用する者は肉体そのものを変質させてしまっているため解呪不能。しかし、一定時間使用不能にすることはできる
 ?
  ???
 ?
  ???


「どう?分かった?規格外の魔力に宝具を持っているのが。そいつは生前、その数値として読み取ることが不可能なほどの魔力と宝具を以って、暴れまわっていた、という訳ね。」
 凛は、空になったカップをちゃぶ台の上に置くと、指で弾いて音を出す。
「…アインツベルンのマスターも言っていたでしょう?バーサーカーは、息をするかのように神種を殺して回っていたって。あれ、どういう意味かわかる?」
「いや…。」
 士郎の歯切れの悪い応答に、ため息で返事をした凛の言葉を、セイバーが繋ぐ。
「英雄譚には、どんなものが出てくるか考えて見ろ。」
「えっと…。英雄自身だろ?それから守るべきものに、それを侵そうとする魔物や敵…じゃないのか。」
 指折り数えながら答える士郎に、セイバーはさらに問いかける。
「ではその物語を創ったのは誰だ?」
「え?」
「は?」
 その問いかけは凛にとっても予想外であったのか、二人して驚いたような表情で、まぬけな声を漏らす。
「…それは…作者…か?」
 おそるおそるといった様子でいささか的外れなことを言う士郎を、そもそも答えを知っていた凛は否定する。
「…いいえ…神、ね。」
 凛の答えに満足したのか、セイバーはにやりと笑うと、凛の言葉を肯定する。そして皮肉げに表情を歪めて続ける。
「どの様ないさおしも、そのほとんどは神とやらが創った物語にすぎん。奴らは人間を弄び、喜んでいるだけの全知全能を気取った下種に他ならん。」
 セイバーの言葉のあまりの刺々しさに、その背後に背負うものを幻視した凛と士郎は、二人して口を閉ざす。
「その神とやらを息をするかのように殺していたのだ。いかに強力なサーヴァントなのか、分かるだろう。」
 そう結んだセイバーは皮肉げに嗤うと、凛が淹れていた士郎の緑茶―既に冷めてしまっている―を横取りすると、不味い、と文句を言いながらも飲む。
「…とにかく、あのバーサーカーの異常な強さは理解したでしょう?なんの策も用意せずにぶつかれば、無駄死にするだけよ。あの時は、あの場で何かをするのではなく、後に何かをするために自分を守るべきだったのよ。」
 まあ、結果的には助かったから良かったけどね、とつぶやく凛の言葉を受け、やや不満があるのか士郎は物思いにふける。すると唐突に、あ、などとまぬけな声をあげて自分の服を摘み、さきほど横に置いた制服に視線をやると、凛に向かって尋ねてくる。
「そういや俺、着替えてるけど…。」
「ああ、血まみれの服を着せとくわけにもいかないから、適当に替えといたわよ?」
 それがどうしたの?と不思議そうな様子で、とんでもない爆弾発言(士郎のとって)をブチかまして来る。
「は!?」
 顔を真っ赤にしてうろたえる士郎の様を見て、すぐさま士郎の言いたいことを察した凛は、急にニヤリとあくまを思わせる笑みを浮かべると士郎をからかい始める。
「安心しなさい、なにもしてないから。」
「ば…バカ、そんな意味で言ったんじゃな…ああ、くっそ。」
 士郎は、凛たちになじられ、責められ、果てはからかわれてしまい、精神的に限界が来てしまったのだろう。我慢ならないといった様子で立ち上がると、部屋を出て行こうとする。
「おい、どこへ行くつもりだ。」
「ちょっと外の空気を吸ってくる。お前らそこを動くなよ!」
 士郎は、セイバーたちに向かって叩きつけるように怒鳴ると、乱暴に襖を閉めて出て行く。
「…さて、ヤツが出て行けば、話すことなぞ何もないということに気付いてないものかね。」
 苦笑しながらセイバーは一人ごちると、凛に向かって片眉を上げて同意を求める。
 声を出さずに士郎を笑っていた凛は、そのセイバーの様子に笑いを収めて同意する。
「さて…と。とりあえず話も終わったことだし…私は帰るとするわ。」
 そう言うと、凛は立ち上がって机の上にある物をお盆の上に手際よく回収していく。
「片付けは私がしておくわ。」
 言外に、士郎と話をすることを求めているのだろう。セイバーは軽く礼を言って立ち上がると、士郎の後を追いかけていく。それを視界の端で見ながら凛は洗い物を始めると、程なくして背後に見知った気配が現れる。
「気は済んだか?」
 現れると同時に、オーフェンは不躾に問う。
「…なにが?」
 凛は洗い物をする手を止めずに、凛自身でも自覚できるほどに抑揚のない声で返事をする。
「なんでここまでアイツの手助けをする?」
 その質問に、凛は縫いとめられたかのようにピタリと動きを止めさせられる。
「…言ったでしょ、あいつには借りがあるって。」
 凛は搾り出すようにそう答えると、止めていた作業を再開する。
「そもそも、衛宮くんが巻き込まれる原因を作ったのは私だもの。」
「…だが、その借りはもう十分に返しただろう?あの校舎で。」
 オーフェンは凛の背後にある冷蔵庫に背中を預けると、ため息混じりに凛の背中に向かって問いかける。
「………。」
 それに対して凛は沈黙で答える。そんな凛の様子を見て、オーフェンは軽く肩をすくめると、口の片方だけを上げるようなそんな皮肉げな笑みを浮かべた。


「ここに居たか。」
 清廉な空気の中、道場の神棚の前で一人座禅を組んで精神統一している士郎に声が投げかけられる。
「ああ…セイバーか。」
「アーチャーのマスターが帰るそうだ。」
 セイバーは親指で後方を指し示す。
「そっか、見送りぐらいしないとな。」
 そう言って士郎は立ち上がると、セイバーの居る入り口へと向かう。そのままセイバーの横を通って玄関へと向かおうとする士郎の腕を、セイバーは掴む。
「その前に一つだけ聞こう。お前はこれからどうするつもりだ?」
 セイバーは、士郎を鋭い目つきで射すくめると、語気を強くして続ける。
「よもや戦わん、などとたわけた事は吐かさんだろうな。」
 セイバーは、少しの間に士郎の性格を見て取ったのだろう。士郎を牽制する目的もあるのだろう、先に士郎の言いそうなことに対して釘を刺しておく。
「そ…それは…。」
 士郎は、セイバーの気迫に圧されて一旦言いよどむものの、少し目を瞑って気持ちを落ち着かせると、セイバーの手を振り払って反論する。
「そうだ。俺は、自分からは戦いを仕掛けたりしない。」
「それは他のマスターが現れるのをてぐすね引いて待つ、ということか?」
 セイバーは、返ってくる答えが予想できているのだろう、苦々しげに聞く。
「いいや、違う。そりゃ、昨日みたいに襲われて戦いになるのは拒絶しないけど…。俺はそもそも聖杯なんて欲しくない。そんなもののために無益な争いはしたくないんだ。」
 セイバーは、士郎から予想通りの答えが返ってきたことに頭痛がしてきたのか、額に手を当てて深く息を吸い込むと、その空気を吐き出しながら呟く。
「…お前が欲しくなくとも、俺は欲しいのだがな…。」
「………。」
 士郎が何か言葉を発する前にセイバーは続ける。
「それに、他のマスターたちも、な。」
 セイバーはそこまで言うと、額から手を放して士郎を見据える。
「前にも言ったが、聖杯はいかなる願いをも叶える願望器だ。それこそ、何をしてでも欲しいと思う者はいくらでも居るだろうな。」
「…お前は…どうなんだ?」
 士郎は、セイバーが一度自らのことを魔王と名乗ったことを思い出したのか、瞳に警戒の色を宿しながらおそるおそる聞いてくる。
「俺様は大魔王さまだぞ。そんな狡い真似はせん。」
「なら…。」
「しかし、お前が戦わないというのならば、袂を別つしかないがな。」
「………。」
 セイバーからの断絶の言葉に、士郎は思わず黙り込んでしまう。
「衛宮くん。あなた、自分が矛盾してるって分かってる?」
 唐突に、凛の声が二人の間に割ってはいる。
「遠坂…。」
「家主に断りもなしに帰るのもなんだしね。…衛宮くん。あなたは聖杯戦争に参加すると宣言した。でも、聖杯は要らない。そして自分からは戦わない、戦う準備もしない。そう言っている。…あなたは一体何がしたいの?」
 遠坂の言葉に士郎は振り向くと、すぐさま返答する。
「それは、今この町に潜んでいるっていう、聖杯戦争に無関係な人たちを巻き込もうとしている、心無いマスターを止めることだ。」
「…綺礼のヤツ…。」
 士郎の答えに、凛は小さく毒づく。
「ぬ、それは聞き捨てならんな。なんだ、それは?」
 そんな凛を尻目に、士郎の言葉に興味を持ったセイバーは、思わず聞き返す。
「最近、ガス漏れ事故が多発していて、大量に人が倒れるって事件がいくつも起こってる。でもそれは真実ではなく、自身のサーヴァントを強化するためにサーヴァントに魂を喰わせているらしいんだ。」
「ほう…。」
 セイバーの瞳にわずかだが怒りの灯火が燈る。
「でもね、衛宮くん。あなたはその心無いマスターってのをどうやって止めるワケ?」
「それは…説得するとか…。」
 あまりに場違いな言葉に、凛は思わず士郎を怒鳴りつける。
「馬鹿!有無を言わさずぶっ殺されるわよ!!」
 大声を出したから疲れたのか、それとも士郎の言葉に疲れたのか、凛はガックリと肩を落とすとため息をひとつつく。
「…最後にひとつだけ忠告しといてあげる。聖杯を手に入れるためには他のマスターを倒さなくてはいけない。だから、どうしたっていつかはあなたにも敵が仕掛けてくる。それは、私だって例外じゃない。」
 凛の言葉は、士郎に現実を思い知らせる。
「はっきり言って、今のあなたでは私には勝てないわ。それこそ、寝首を掻きに来るくらいのつもりでなくてはね。」
 凛はそこまで言うと、帰るために士郎に背を向ける。
「いい?衛宮くん。これからは私を人間だと思わないほうが楽よ。」
 凛は最後の言葉を、まるで自分にも言い聞かせるかのように強く、言った。
凛が完全に立ち去ってしまっても動けずにいた士郎に、セイバーは語りかける。
「あいつが言うことも、ひとつの真実だ。それは分かるな?」
「だけど…。」
 士郎は戸惑いながらも不満そうに答える。その答えを遮って、セイバーは続ける。
「人によって物事の見方は様々ある。聖杯を、お前が欲しくないというように。俺が欲しいというように。お前が聖杯に興味がないことについては何も言わん。しかし…お前は自身のみに因っている気がしてならん。それではいずれ、後悔することになるやも知れんぞ。」
「……。」
「要はもっと視野を広く持て、ということだ。」
 セイバーはそう言葉を残すと、士郎を残して廊下を歩き出す。士郎はその背中を睨みつけると、言葉を叩きつける。
「俺は…後悔なんてしない!後悔なんか、するものか!!」
「…まったく、元気なヤツだ。」
 しかし、セイバーはその叫びを何事もなかったかのように受け流すと、居間の方へと入って行った。



喧嘩するかのように分かれて少し時間が経った後、士郎は自分が空腹であることに気付く。士郎は多少、気まずい思いを感じながらも、セイバーが居るであろう居間の方へと向かう。
襖を開けて居間に入ると、案の定セイバーがそこには居る。
「…なあ、なにか食いたい物とかあるか?」
「美味い物であれば何でも良いが…カニ以外で頼む。」
 まったく気にしていない様なセイバーの態度に、士郎はいささか拍子抜けしながらも頷く。
「というかお前、料理を作れるのか?」
 セイバーの無粋な質問に、士郎は多少ムッとしつつも答える。
「これでもそれなりには出来る方だと自負してるよ。」
「そうか、それは楽しみだ。」
 セイバーは、俺は寝る、と続けて言うと、座布団を枕代わりにして寝始める。そのセイバーに向かって、一時間ほどで帰る旨を伝え、士郎は家を出た。



 金の少女は憂いに満ちた視線を下方に向ける。その先には、元気よく自転車を漕いでいる衛宮士郎がいる。彼は昨日、自らの手で刺し殺してしまった。しかし、いかなる事があってか、彼はこうして生きている。そのことに多少安堵を覚える。
「あなたは…どうして私を守ったんですか?」
 士郎に届くはずも無い距離で、大きさで、セイバーと戦った時からずっと抱き続けている疑問を口にする。
「相手は、あなたを殺そうとした…いえ、殺した相手だというのに…。」
 そう呟いたランサーは、上空にあった自分の身体を、降下させるよう斧槍へと命ずる。
「衛宮…士郎…。」
 口の中で少年の名前を転がしてみる。それは、少女が思っていた以上に少女の心を躍らせた。







追記という名の言い訳

遅くなってまことにすみません!10月中は諸事情で一切書けなかったんです。
でも11月では他人の話に出張(イタズラ)したりしてたんで、自業自得なんですが…。
とにかく、遅くなってしまったことにはホント、謝るしかありません。

この話は、本来予定していた物の半分しかありません。
あまりに長くなりそうだったので、ここで切らせていただきました。ごめんなさい、ライダー。君の登場がさらに遅れてしまいました…。
楽しんで頂ければ辛い(+横棒一本)です。
次はメインに移ろうかなっ!?意見求ム。



[21443] 【ネタ注意】Fate~crossnight~ 3 祝 感想回答変
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:8fb021b9
Date: 2011/07/19 00:26
※注意
この内容に関しましては感想を書いてくださった人以外読まなくても結構です。次のページへお進みください。







  ? 「全員、俺に会えたことに滂沱の涙を流しつつ地面に額をこすりつけて…。」
大兎  「っだからぁ!お前はなんでそういうことを言うんだよ!てか段取りは説明したよな?」
  ? 「ふん、なぜ天才の俺が雑魚の言うことを聞かんといかんのだ。」
大兎  「いやまじで月光、頼むからまじめにやってくれって。今回はアニメ化決定記念でゲストとして来てんだからさ。」
月光  「興味ないな。」
大兎  「興味あれよ!」
月光  「まずお前の顔からして興味を持てな…。」
大兎  「俺の顔の話はかんけいねぇだろってああもういいや。お前に期待した俺が馬鹿だったよ。」
月光  「ほう、自分が馬鹿だとようやく理解したか。」
大兎  「…ああ、もういいや。それじゃあ、感想解答変、スタート。」
月光  「お前が仕切っているのが気に食わ…。」
大兎  「だからぁ…。」


少女の頭の横で二つに括った金の髪が揺れる。少女の気持ちを代弁するがごとく、少女の動きに合わせて踊る。
「どんな…人なのかな?」
 うきうきという表現が、最も当てはまりそうなくらい少女は浮かれている。机の上に頬杖をつき、今か今かとその時が訪れるのを待っている。
 そして少女の前に光が灯り、新たな世界が開ける。
「わぁあ。」
 歓声と共に少女はその世界へと踏み出す。少女はそこで誰と出会うのだろう。何に触れるのだろう。不安と期待がない交ぜになりながらも、少女は行く。かつて、少女に勇気をくれた友のように。
「…ん。」
 少女の顔が綻ぶ。歓喜に。そして少女の胸にはひとつのことが思い浮かぶ。それはこの世界に対する想い。この未来に対する想い。
 少女はそれを口にする。自然に、優しく。「ありがとう。」と。




アロウン&士郎『贔屓だぁ!!』
フェイト 「えっ?えっ?」
オーフェン「大の大人が子ども一人に詰め寄るなんざ、みっともねぇ。」
アロウン 「うるさい!これはされたことにしか分からぬ痛みだ。おのれ作者め。首を洗って待っていろ!行くぞ、士郎。」
大兎   「あ~、行っちまった…。」
フェイト 「士郎、大丈夫かな?」
大兎   「あ~、まあ大丈夫だろ。耳を掴んで引っ張られていったから、そこに関しては保障できないけど…。」
オーフェン「お、缶詰発見。なんだ、みかんかよ。」
大兎   「そこは物色するな!」
オーフェン「いいじゃねえか、士郎が居なくなったせいで、食料を用意するヤツが居ないんだからよ。」
大兎   「いやいや、それなら俺が何かするよ。茶くらいなら…。」
フェイト 「あ、手伝います。」
オーフェン「なんだ、結局やることは一緒じゃねぇか。」
大兎   「気持ちが違うからな!だいぶ重要なトコだぞ、そこ。」
月光   「だからいつまで待たせる。コーラをよこせ。」
大兎   「ってーな。いちいち剣で刺すんじゃねえよ。一回死んじまったじゃねえか!」
月光   「俺を待たせるからだ。これから先、お前が口を…。」
ヒメア  「人間風情がなに私の大兎に触っているの?殺すわよ?」
大兎   「ヒメア!ダメじゃないか、きちんと部屋で待ってなきゃ。」
ヒメア  「大兎~❤逢いたかったよ~。ぎゅってしよ。」
大兎   「いや、今ぎゅってするとヒメアが汚れちゃうから…。」
ヒメア  「大兎のだからいいも~ん。」
オーフェン「…いやいや、なんか突っ込みどころが多すぎると思うのは俺だけか?」
フェイト 「プルプル(身体を震わせていやいやと頭を振っている。)。」
月光   「ふう、まったく…。」
大兎   「って、もうコーラを飲んでやがる。一応家主に断ってからにしろよ…。」
月光   「はっ、貴様も飲むか?」
大兎   「って、炭酸を投げるなよ。…まあ、確かにお前のために用意したものだけどさ。」
ヒメア  「大兎~、私にもちょうだい。」
大兎   「ああ…ってそういやその飲み物を用意しようとしてたんだよ。…あれ?フェイト?」
フェイト 「そ、その…大兎…大丈夫なの?」
大兎   「なにが?」
フェイト 「さっき心臓を刺されて…。」
大兎   「ああ、それか。それはだな…。」
ヒメア  「私と大兎の愛の力なんだよね~。」
フェイト 「愛の…力…。」
大兎   「いやいや、そうじゃなくて…。」
ヒメア  「え~。大兎は私のこと好き?私は大好き!」
大兎   「…あ~愛の力…だけじゃなくてな。ヒメアから貰った力のおかげで、なかなか死ねない身体になってんの。」
フェイト 「………。」
オーフェン「驚くのも分かる。ったく、こいつら規格外すぎんだよ…。」
大兎   「さて、飲み物も準備できたところで始めますか。」
大兎   「さあ、今回はいつか天魔の黒ウサギ、アニメ化決定記念ということで、ゲストに生徒会のメンバーに来てもらいました。では、どうぞ!」
ヒメア  「大兎~❤大好き。」
大兎   「いや、ヒメア。俺の首に抱きついてないで皆にあいさつして。」
ヒメア  「い~や、。私は大兎だけ見てたいの~。大兎以外となんて話したくもないわ。」
大兎   「それはそれで嬉しいけどさ。とりあえず皆に挨拶してくれないと、いいかげん泣いちゃうよ?俺。」
ヒメア  「!それはダメ。皆さんこんにちは私がサイトヒメアヴァンパイアですよろしくしなくて良いからわたしと大兎❤の前から消えて頂戴。」
大兎   「句読点がひとつも無い自己紹介をありがとう。」
ヒメア  「やった、大兎に褒められちゃった。」
大兎   「次は…あれ?月光?」
オーフェン「ああ、ヤツならなんか向こう行ったぜ?」
大兎   「あ~も~、なんでアイツは…。仕方ない…ごめん、ヒメア。さすがに首に抱きつかれたまま話すのは苦しい。」
ヒメア  「あは❤ねえねえ大兎、良ければあの人間殺してあげようか?」
大兎   「いつも言ってるだろ?簡単に殺すとか言っちゃだめだって…仕方ない、美雷は…。」
オーフェン「そいつなら月光とか言うヤツが捕まえに行った…。」
ちゅどんっ!!
大兎   「…いや、もういいよ。土蔵、どうすっかな…。」
月光   「まったく、あれほど勝手に出歩くなと言っただろう、美雷。」
フェイト 「きゃっ。…だ、大丈夫ですか?頭が壁に刺さって…。」
美雷   「ぷはっ、だってなんだか探検のしがいのありそうなところが…あ、だれ?この娘?」
フェイト 「あ、あの、私はフェイトって…。」
月光   「貴様が喋る時間だろうが。」
美雷   「ぎゃふ。」
フェイト 「ふえっ。」
月光   「さあ、とっとと喋れ、俺は忙しいんだ。」
美雷   「あ~い。…なにを話すの?」
大兎   「とりあえず、自己紹介とかしてくれるか?」
美雷   「おっけー、不死身くん。あたしはアンドゥのミライ、悪魔だよ。」
大兎   「じゃあ次は月光。」
月光   「貴様に従うのが気にくわ…。」
大兎   「以上、生徒会長の紅月光でした。」
月光   「貴様…クズの分際で…死にたいのか?」
ヒメア  「大兎を殺そうなんて、人間、よっぽど死にたいらしいようね。」
大兎   「だぁぁぁあああ!頼むから話を進めさせてくれぇ!」
ヒメア  「大兎がそう言うなら❤」
月光   「ならばさっさとやれ。」
大兎   「はぁ…、さっきから俺らしか話してない気がする…。とりあえず、前回はきちんと皆の意見を紹介できなかったので、ひとつひとつきちんと回答していきたいと思います。それではまずひとつめ。」
『オーフェン登場には富士見好きとしては溜まりません。是非とも凛と組んで借金金貸しとなっていただきたいw
最新話ではトラウマが刺激されてしまったようですね……そういえば、凛も一応『姉』でしたかw』
オーフェン「これは俺へのものか。…なに?凛も姉だと!?…いや、別に驚くところではない…。」
フェイト 「オーフェンさんっ!急に真っ青な顔で倒れて…。大丈夫ですかっ?」
大兎   「…そんなにトラウマなのか…。そっとしといてやろう…。」
月光   「次の意見は…。」
『僕も小説家になろうっていうサイトでここよりもカオスな聖杯戦争を展開しているのでよろしければご覧ください。』
美雷   「うお~、メロンビスケットだなんておいしそ~。んで、メロンってなに?」
月光   「だまれ、美雷。…しかし、『ここよりも』か。いい度胸だ。」
大兎   「んな喧嘩腰になるなよ。そこまで深い意味じゃないだろ。」
月光   「ふんっ。」
『元ネタが解らないと辛いな。オーフェンのもう一つのスキルは完璧な独裁者スイッチだし、青ダヌキの未来兵器並みに凶悪だから…聖杯自体が滅びを望んでいる!?』
大兎   「次の、クマさんのもオーフェンか。」
月光   「さっきの雑魚はそこで伸びているぞ。」
大兎   「あ~、なら答えようがないか…。次いこ。」
美雷   「あんあんあん、とっても大好き、ドラえ~○んー♪。」
月光   「やかましい。」
大兎   「次の人は、毎回くれる人だな。ありがとう。」
『できればこの作品に登場した話でステータスとスキルと宝具を(オーフェンと同じで全部は表記しなくていいです)説明してくれたらありがたいです。
次回でサーヴェント全員のステータス表示は無理ですか?』
月光   「ステータス公開を望んでいるようだな。いいだろう、俺が全て公開してやる。」
大兎   「あっ、てめっ。」


































月光   「以上、雑魚には見えな…。」
大兎   「って、ただ空白なだけだろっ。」
月光   「ほう、雑魚にしては察しがいいな。」
ヒメア  「だから、大兎のことけなして生きてられると思ってるの?」
大兎   「言ってることは物騒極まりないけど、俺に抱きついたまんまだといまいち迫力がないな。…ヒメア、さっき約束したばっかりだろ?」
ヒメア  「でも~。」
大兎   「でもじゃないだろ?」
ヒメア  「は~い。」
月光   「………。」
美雷   「わーい、げっこー。あたしも…。」
月光   「死ね。」
美雷   「ふむぐ。」
月光   「次だ。…まったく、なぜ雑魚ばかり。」
『魔王オーフェンだといいなぁ。魔王術の設定よくわかんないからハードル高いけど。白魔術の上位版でいいのかな?』
大兎   「お前出てないからね。」
オーフェン「これは…だな…。」
美雷   「おお、復活した。」
大兎   「お前もな。」
オーフェン「これは、考え方が逆なんだ。白魔術が魔王術の初歩中の初歩なんだ。そして…。」
大兎   「っとぉ!これ以上はネタバレになりかねないから自分で調べてくれ。ほんじゃ次。」
『強さに関する情報なんてほぼ出てないに等しいのにいつ天をクロスさせるとか作者が漢すぎるwwwオプーナを買う権利を贈呈されるにふさわしい漢度だ。

ところでまじめな話としてこのSSって士郎君もなんか原作と違うんですかね?
最新話の士郎君にちょっと違和感を覚えたのですが。』
月光   「ふん、書いていなくとも俺が最強に決まっている。」
美雷   「おーぷなーって?」
月光   「美雷、これをやろう。」
美雷   「おぉぉぉ!ドクターペッパー!!」
月光   「そら、取ってこい。」
美雷   「お~、ってここ魔か…。」
大兎   「めんどくさいからって、聖地使ってまで追い出すなよ…。」
月光   「もうひとつの方も、あの素人が居ないようじゃあ答えられんだろ。これで終わりだな。俺は帰る。」
大兎   「おう、じゃあな。まあ、なんだかんだ言って最後まで付き合うんだよな…。」
月光   「何か言ったか?」
大兎   「なぁんにもぉ。」
月光   「チッ。おい、最古の魔術士(ヴァンパイア)。さっさと帰るぞ。」
ヒメア  「大兎~、デートしよ、デート。久しぶりに外に出られたんだし。」
大兎   「ってそういやヒメアは学校から出ちゃ危なかったんだっけ…ヒメア、早く帰らないと。」
ヒメア  「や~❤」
大兎   「あのさ、ヒメアが危険なことになると、俺も辛いからさ。その、これが終わったらすぐに俺も学校に行くから、だから、ね?」
ヒメア  「…しょうがないなぁ。大兎だから聞いてあげる。」
月光   「眠たいことを言ってないで早くしろ。そんなに死にたいか。」
ヒメア  「じゃあね、大兎~❤」
月光   「……。」
大兎   「…自力で帰ったみたいだな。」
月光   「………。」
大兎   「無言で剣を抜くなよ!」
月光   「チッ、じゃあな。」
大兎   「ってなワケでこれで…。」
アロウン 「最後の質問には俺様が答えてやろう。」
オーフェン「首尾は?」
アロウン 「バッチリだ。とりあえず逆さにつるして下で焚き火を起こしといた。いや、ちょうどいいところにアシカの皮があってな。よく燃えたよ。」
オーフェン「なんだ、エドゲイン君3号の出番はないのか。」
アロウン 「機会があったら貸してもらおうか。さて、士郎の話だったな。」
フェイト 「あのう…士郎はどこに…。」
アロウン 「ん?…ああ、なんか、竹刀をもった女と、体操着の子ども二人が欲しがるのでな、くれてやった。」
大兎   「…相変わらず速いなぁ。」
アロウン 「士郎はあまりに悩まなさすぎる。ガキの分際で、頭が固いんだよ。ヤツは既にある種の答えにたどり着いている。しかし、それは悲劇にも繋がり兼ねん答えだ。ゆえに少し、な。」
オーフェン「なるほどな。今後に期待しておけってことか。」
アロウン 「ふっ。」
大兎   「と、いうわけで全部終わったか?よし、それじゃあ今回はこの辺で。」
オーフェン「じゃあな。」



[21443] Fate~cross/night~第3話と4話の幕間 正義の見方と正義の味方
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:8fb021b9
Date: 2011/07/19 00:26
 金の髪を揺らして少女は道を歩く。本来ならば空を飛んで行けば良いものを、わざわざ自らの足を使って歩く。そのことにいったい何の意味があるのだろう。少女自身、それに対して何ら答えを見出せないでいる。それなのにも関わらず、少女の足取りは不思議と軽く、また、鼓動は高まる一方だ。
「どんな…人なのかな?」
 うきうきという表現が、最も当てはまりそうなくらい少女は浮かれている。この世界に呼び出されて、本当に、初めてといってもよいほどに嬉しそうに、顔をほころばせる。
「あらあら。嬉しそうね。」
 道ですれ違っただけの見知らぬおばあさんが、その姿を見て微笑ましそうに笑う。
「えっ?あっ?あぇぇぇ!?」
 今まで少女自身、気付いていなかったのだろうか。おばあさんからそう指摘されて始めて知ったとでもいうように、少女は自分の顔を両手で触る。そして、自らの顔が笑みを形作っていることに気が付くと、顔を真っ赤にしてわたわたと顔を拭いて誤魔化そうとするも、その動作をすることによって余計赤くしてしまう。そしてそれを見たおばあさんは、笑みを深くしていく。
「あ、あのっ。」
 少女は慌ててしまい、上手く言葉が出ないのだろう。ゆでだこの様に全身を真っ赤にしながらペコリと頭を下げると、その場から逃げるように走り出す。
「気をつけてねぇ。」
 のんびりとしたおばあさんの声を背に、少女は考える。どうして私は笑っていたのだろう。いったい何が楽しかったのだろう、と。
 少女は一旦立ち止まると、少し荒くなってしまった息を整える。
「本当に…どうしてなんだろう…。だって私は、彼を…。」
 その後の言葉はグッと飲み込む。少女の緩んでいた顔は引き締まり、その瞳には思い詰めたような深い哀しみの色が宿る。
「…行こう。行って、確かめよう。」
 かつて少女は弱かった。力の話ではない。少女の心が弱かったのだ。しかし、勇気をくれた少女がいた。白い服纏い、勇気の杖を携えた少女は、金の少女に語り掛け、かけがえのない友となってくれた。だから、金の少女は再び走り出す。自らの足で、一途に、力強く。
一度、自らが殺めてしまった少年―衛宮士郎の居るであろう場所に向かって。



「…よっと。」
 その件の少年―衛宮士郎は、大量に買い込んだ食料を懸命に自転車に括りつけている。
「これで…大丈夫か?」
 荷台に括りつけたダンボールを、ぽんぽんと軽く叩いて様子を確かめると、満足そうに頷いて自転車に跨る。
「あの…。」
 士郎は、なにか声が聞こえた気がして振り向く。振り向いた先には、太陽の光を反射してキラキラと輝く美しい金髪があった。一瞬その美しさに見とれてしまうが、その髪の持ち主の少女が、再び何事か語りかけてきたことで正気を取り戻す。そして視線を下げるとそこに居たのは…。
「うわっ!」
 士郎の胸を斧槍で刺し貫いた、ランサーのクラスを与えられた少女であった。
 そのことに驚いた士郎は、思わず自転車ごとひっくり返ってしまう。
「あっ、その…ごめんなさい。」
 少女は、士郎の反応に多少傷つきながらもひっくり返ってしまった自転車を起こす。
「あ~その、なんだ。…ありがとう。」
 士郎はこけたままの体勢で、少女に対して礼を言う。ただし、一度ならず二度までも命を狙われた相手に礼を言うとあって、いささか釈然としないようではあるが。
「いえ…。」
 少女は控えめに頭を振ると、士郎に向かって手を伸ばす。士郎は、始め差し伸べられた手の意味が分からず、怪訝な顔をしていたが、やがて少女になんの悪意もなくただ自分を助け起こそうとしているだけなのだと理解すると、少女の手を借りて立ち上がる。
「あ~…その、お前…お前はえ~っと…。」
「あ、フェイト。フェイト=テスタロッサです。」
 何事か言おうとして失敗してしまい、口ごもった士郎を見て、少女は自らの名前を名乗る。
「その…テスタロッサ?さんは…どうしてここに?」
「フェイトって呼んでください。」
 士郎は、自分よりもよほど年下に見える少女をさん付けで呼ぶことに対して抵抗があるのか、ややぎこちないながらも会話をしようと試みる。
「じゃあ、フェイト。君は何の目的でここに居るんだ?」
 士郎が、戦いに来た、という選択肢を考えなかったのは、少女―フェイトの瞳に敵意が無かったのを見て取ったからだ。
「その…一度、お話がしたかったんです。」
「あ~、分かったよ。少しだけならな。」
 フェイトは、そう言って士郎を真摯に見つめる。その瞳に押されて、士郎はため息を付きながらも了承する。その言葉を聞いたフェイトは、まるで花が咲いたかのように笑う。士郎はその笑顔を直視できなくて、少しだけだぞ、と独り言のように口の中でもごもごと言いながら目を逸らすと、自転車を乱暴に押して歩き始める。
 その乱暴に扱ったのが良くなかったのだろう。また、先ほどこけたダメージもあったのだろうが、荷台に括りつけたダンボールが、とうとう食料の重さに耐え切れなくなって崩壊を始めてしまう。
「あっ。」
 それを見たフェイトは、すばやくダンボールに手を添えて食料の落下を防ぐ。
「っと、すまない。」
 それを見て取った士郎は、すぐさま自転車を止めるとダンボールの状態を確認する。
「…こりゃダメだな。すまんがちょっとそうやって支えてて貰ってもいいか?ちょっと行って、代えの箱を貰ってくる。」
「…いえ、このままで。私が支えますから…ですから、そのまま話をしてもらえませんか?」
 フェイトは少し考えた後に、そんなふうに言う。仕方無しに士郎は頷くと、自転車を押して歩き出す。その後を、フェイトがダンボールを支えながら付いて歩く。
 そんなフェイトの戦闘のときとはあまりに違う様子に、士郎は少女が本当にサーヴァントであるのか疑ってしまう。その疑問を確かめるためにも、フェイトを習い覚えたばかりの能力で見てみる。

ランサー
真名・フェイト=テスタロッサ
性別・女性
属性・秩序、善
筋力・C 耐久力・D 敏捷性・A+ 魔力・A 幸運・C 宝具・B
クラス別能力
 対魔力B(三節以下の魔術を無効化する。大魔術、儀礼呪法を以ってしても傷つけるのは困難)
保有スキル
 ミッド式魔術A++(この世界には存在しない魔術を習得している)
 飛行資質A(魔術を用いて飛行できる特殊な才能)
 魔力変換資質(雷)(魔力を用いての行動全てに雷撃の属性を付与または変換することが可能)
宝具
 閃光の戦斧・改≪バルディッシュ・アサルト≫
  ランクB 種別:対人宝具 レンジ:2~4 最大捕捉:1人
  意識を持った斧槍。呪文の詠唱のサポートや簡単な魔術を自身の判断で発動できる。
  魔力を充填してあるカートリッジを一回ロードするごとに、1ランクアップした魔術の行使が可能。
  魔術により形を変形させることが可能。
 
その能力は、フェイトが間違いなくサーヴァントであると告げている。しかし、フェイトの様子に、士郎はいまいち危機感を持てないでいた。
「…そういや、俺の名前を教えてなかったな。」
 しばらく会話が無いまま歩いていたが、背後からの無言の圧力に耐えかねたのか、士郎がそう切り出す。
「…えぇ、はい。」
 フェイトはフェイトで考え事でもしていたのか、士郎の問いかけに少々遅れながら返答する。
「俺は、衛宮士郎。」
「衛宮…士郎…。」
 フェイトは教えられた名前を一度、口の中で反芻する。するとその響きが、フェイトの顔を和らげる。その様子を見ていた士郎の心をも。
「士郎って呼んでもいいですか?」
「ああ、好きに呼んでくれて構わない。」
 フェイトがあまりに嬉しそうに自分の名前を呼ぶものだから、士郎は照れくさくなって後ろに居るフェイトの方を向けなくなってしまう。
 そのまま二人は、互いのことを少しづつ話しながら士郎の家へと向かった。



「とりあえず、助かったよ。ありがとう。」
 家の前までついた後、士郎はそう言って自転車からダンボールを降ろす。商店街から歩いて帰る間、ずっと話していたからだろう。フェイトも士郎も、互いにずいぶんと打ち解けたようだ。フェイトがその生涯をいろいろな人の幸せのために捧げたということは、士郎のそれまでのフェイトのイメージを払拭するのには十分だったようだ。
…したがって、フェイトの身体の年齢は9才であるものの、その実、記憶という面においては相当な年上(正確なことは教えてもらえなかった)であるということなのだが。そのことに、士郎はかなりの驚きを隠せなかった。そのせいで、フェイトが随分と機嫌を損ねてしまう、という一幕もあったのだが…兎にも角にも、現在の二人の仲はおおむね良好といって差し支えは無いだろう。
「いえ、元々は私が驚かせてしまったせいですし…。」
 そう言ってフェイトは口ごもる。硬く結ばれた唇に、士郎は今までとは違う気配を感じ取ったのか、フェイトを見つめたまま黙って次の言葉を待つ。
「あの…、士郎はなぜ、私を助けたのですか?私は…あなたを殺そうと…いいえ、殺したというのに。」
 フェイトは感極まってしまったのか、涙を流す。その涙に濡れる宝石のような瞳を、士郎は場違いだと思いながらも綺麗だと思ってしまう。
「なぜ、あなたは…あのように言えたのですか?」
 フェイトの悲痛な訴えに、士郎は正面から答える。
「俺は、人が死ぬのが嫌なんだ。」
「それだけですか!?」
 唐突に、フェイトは爆発する。士郎は、自身の言葉にどんな不備があったのか分からず、戸惑うしかない。
「ふざけないで下さい!私は…私はこれでも英霊ですよ?あなたのように安穏と生きてきただけの人が、そんなふうに正論だけで…正しいってだけで…。私を否定するんですか!?どれほどの想いで私が人を…殺したのか…。それを…。」
 フェイトはそう、泣き喚きながら士郎の胸を打つ。その拳は、少女の外見どおりに小さく、英霊であるとは思えないほどに弱い。しかし籠められた思いは重く、士郎を打つ。
「でも、誰かの命が奪われる。それは間違ったことなんだ。」
 士郎は、力なく胸を打つ少女の腕を掴むと、少女の思いを否定する。
「…私はサーヴァントですよ?聖杯戦争が終われば消えるだけの存在です。」
「それでもだ!」
 士郎の声に押されるように、少女は口を閉ざす。やがて、力を失った少女の瞳は、ただ涙を流す。
「そう…ですね…。でも…世界は、それだけじゃないんです。」
 士郎に掴まれていないほうの手で、フェイトは涙をぬぐう。
「間違っていると分かっていても、人は望んでしまうんです。憬れた情景を求めて。母さんに、リニス、アリシアにアルフ…。そして私が…。」
 最後の言葉は士郎には聞こえなかった。しかし、その後の言葉は聞かずとも分かる。
「そのために私は聖杯を求めた。私は…フェイト=テスタロッサだ。フェイト=テスタロッサ=ハラオウンじゃない。憬れた情景を、なんとしてでも手に入れたいと世界に乞うた、愚か者の残滓だ。」
 吐き出すように自らの内面を吐露したフェイトは、しばらくの間嗚咽を繰り返す。そんなフェイトに対して、士郎は何も言えずにただ、呆然と立ち尽くしている。
「だから、あなたを認めるわけにはいかないんです。正しく在るために、自分の命をも捨ててしまえるあなたを。望みのために、正しさを捨ててしまった私は。」
フェイト自身も、自らが間違っていると理解している。痛いほどに。しかし、それを認めるわけにはいかない。認めてしまえば、母を、親を、姉を、見捨ててしまうことになるから。
 だからこそ、フェイトはこの少年に、衛宮士郎に惹かれたのだろう。捨ててしまった想いを、未だ抱き続ける少年に。
だからこそ、憎しみを怒りを覚えるのだろう。正しさを思い出させてしまう少年に。
「…ごめんなさい…。ただの…八つ当たりですね。」
 そう力なくつぶやいたフェイトは、今にも消えてしまいそうなほど儚げで、士郎は戸惑いつつも何とかしてあげたくてフェイトへと手を伸ばす。するとそこへ…。
「あ~!士郎が女の子に乱暴してるぅ~!!」
「そ、そんな…先輩…。」
 などという、ご近所に聞かれたらとんでもない誤解を受けそうなことを大声で騒ぎ立てるヤツが現れた。ちなみにもう片方の声の主は、買い物袋を地面に落とし、ショックを受けたような表情で士郎を見ている。
「…藤ねえ、そんな人を貶めるようなことを大声で…。」
「じゃあその手はなんなのよー!それにその娘、泣いてるじゃない。」
 反論する士郎の声を遮って騒ぎ立てる藤ねえ。その言葉に、ふと自分たちの状況を見返す士郎とフェイト。…フェイトの瞳は涙に濡れている。そして士郎は、左手でフェイトの左腕を掴み、さらに右手をフェイトの方へと伸ばしているところである。確かに、見ようによっては士郎がフェイトに乱暴しようとしているようにも見えないことも無い。というか、傍目にはそのようにしか見えないだろう。
「…すすすす、すまん。」
「…い、いえ、こちらこそ。」
 それに思い至った二人は、すばやく身を離すと、互いに顔を真っ赤にしながら頭を下げあう。
 そんな二人の様子を、藤ねえと呼ばれた女性はどことなく不満そうに見つめながらも、自分勝手に納得して誤解を解く。
「…まあ、士郎にそんなことできるわけないわよね…。」
 士郎個人の人格を傷つけかねない納得の仕方ではあるが。
「士郎、後できっちり理由を説明してもらうんだからね。ほら行こ、桜ちゃん。…桜ちゃん?」
 藤ねえは、隣にたっている少女―桜を家に入るように促がす。しかし、藤ねえが呼びかけてみても、桜はフェイトを凝視したまま動かない。
「およ?桜ちゃん?どうかした?」
 藤ねえはそう言いながら桜の目の前で手をひらひらと振ってみる。そうされてみて、やっと桜は正気を取り戻す。
「い、いえ…その、先輩が犯罪者になってしまったのかとびっくりしてしまって…。」
 気を取り戻した桜は、冗談めかしてそんなこと言う。
「ひどいな桜ぁ。俺はそんなに信用無いか?」
 士郎はそう情けない声をあげながらも冗談だと理解しているのだろう、苦笑しながら足元のダンボールに手を伸ばす。
「そんなことはないですよ?ね、藤村先生。」
「いやあ、士郎だもん。」
「…答えになってねえよ、藤ねえ。」
 そんな風に言い合いながら、三人は家に入ろうとする。ただ一人、フェイトだけがその後姿を見つめながら、その場に立ち竦んでいる。
「?どうしたんだ、フェイト。夕飯くらいごちそうするぞ。」
 そんなフェイトに、一瞬、表情に翳りを見せたフェイトに対して、士郎は当然のようにそう言う。先ほどまで、あんなに言い合いをしたというのに。
「…だからあなたはどうして…。」
 そんな士郎に、フェイトはそうつぶやきながら苦笑する。
「いえ、分かりました。ご馳走になります。」
 そうして四人して家に入ったところ、リビングに見知らぬ(藤ねえと桜にとっては)外人(セイバー)が眠っていたことに、再び騒動が起こってしまい、それを誤魔化すために士郎が四苦八苦することになるが…それは別のお話である。



「そうだったんですか…セイバーさん…。知り合いの恩師のお子さんのフェイトさんとこんな異国の地でたまたま巡り合うなんて…数奇な運命ですねぇ…。」
 セイバーの即興で作り上げた壮大な嘘話を、本気で信じて涙を流す藤ねえ。なんというか…普段の性格からは考えられないほど声が乙女になっている。
「藤ねえ、声が気持ち悪い。」
 正直にそれを指摘した士郎は、どこからか取り出した藤ねえ特製寅竹刀(藤村大河という名前から付いたものだ)で殴られる。
「それにしても、切嗣さんにこんな知り合いが居たなんてねぇ…。」
「そうそう、親父はよく外国行ってたろ?そのときにいろんな人に関わってたらしいんだよ。セイバーは、その時の知り合いらしい。」
「その時の礼をと訪ねてみたのだが…まさかもう亡くなっておられたとは…。くっ。」
 そう言って大仰に悲しんで見せるが、そんなセイバーの目元には一滴の涙すら見られない。
「そんなわけで、しばらく厄介になるんですが…。」
「どんっどん使ってください!この家、無駄に広いんで。」
「この家は別に藤ねえの物じゃ…。」
 再び藤ねえに不用意に突っ込んでしまった士郎は、藤ねえ特製(以下略)によって無理矢理黙らされる。
「フェイトちゃんも、気軽に遊びに来てもいいのよ?」
「は、はい。ありがとうございます。」
 フェイトは子ども扱いされることがくすぐったいのか、少しぎこちなく礼を言う。そんなフェイトの横顔を見ながら、士郎は立ち上がる。
「さて、と。状況説明も終わったことだし、飯を作るぞ?桜一人にやらせてしまって、悪かったな。」
「そんな、わたしは…。」
 後半の言葉は桜の口の中だけでつぶやかれ、士郎には届かない。そのことを多少疑問に思いつつも、いつも通りに二人で食事の支度を始める。
「今日はなにを作るつもりなんだ?」
「はい、お魚が安かったので…。」
 そんな風にして二人の世界に入ってしまった士郎を追いかけるようにフェイトは立ち上がる。
「あ、あの、私もなにか手伝います。」
「いいっていいって。お客さんは座ってろって。」
「そうよぉ、フェイトちゃん。そんなに気を使わなくていいのよ。自分家だと思ってゆっくりしてってね。」
「藤ねえはもう少し緊張感を持っても…。」
「シャラップ!」
 藤ねえは、突っ込む士郎に英語の教師らしく英語で突っ込みを入れ返す。そんな二人を見ながら、フェイトはおずおずといった様子で座りなおす。
「士郎と桜ちゃんの料理、おいしいんだからぁ。」
そんな風に話す藤ねえの楽しそうな顔に、少しばかり嫉妬を覚えながら。



「あ、おいしい。」
 それが、士郎の作った料理を食べたフェイトの一番最初に出た感想だった。それを自分のことのように満足そうに笑う藤ねえ。
「じゃあ、食べながらでいいから簡単に自己紹介をしていきましょうか。私は藤村大河、この士郎の…お姉ちゃんみたいなもんかな。」
「世話してるのはもっぱらこっちだけどな。」
 不用意なことを言った士郎は、藤ねえ(以下略)で殴り倒される。
「じゃ、次は桜ちゃん。」
 藤ねえは、隣に居る桜に話を振る。
「私は間桐桜って言います。先輩とは過去に縁があって、それでこうしてお世話させてもらっています。」
 そう言い終った桜は、視線で正面に座るセイバーを見る。
「俺はセイバーという。もちろんこんなふざけた名前のヤツは普通居ないが…これは俺の通り名だと思ってもらって構わない。本当の名を教えるのは、親や伴侶など、ごく一部だという風習があってな。」
「あ、知ってます。小説なんかでよくありますよね。真実の名と、呼び名ってヤツですよね。じゃあ、セイバーっていうのが呼び名なんですか?」
 なかなかに博識なところを見せる桜。
「いや、呼び名はアロウンと言う。」
「…alone(孤独)?」
 藤ねえの微細な発音の違いに気付いたのだろう。しかしアロウンは苦笑して答えず、フェイトに自己紹介を視線で促がす。
「私は、フェイト=テスタロッサと言います。よろしくお願いします。」
 そう言ってフェイトは、可愛らしく頭を下げる。すると、皆(主に藤ねえ)から拍手を貰ってはにかんでうつむいてしまう。
「俺は衛宮士郎、とりあえず…この家の家主ってところか?」
 そんなフェイトに助け舟を出すべく、士郎はそうフェイトに向かって本日二度目の自己紹介をする。そんな士郎の気遣いを嬉しく思い、フェイトは笑顔で返事をする。
 食卓には、そんな優しい空気が流れていた。一度、殺し合いをした間だというのに。



「すっかり遅くなっちゃったわね。フェイトちゃん、大丈夫?ホントに一人で帰れる?」
「はい、大丈夫です。」
 全員での和やかな夕食も終わり、帰る段となって玄関口で藤ねえがそう聞く。その要らぬ心配に、フェイトは笑顔で返す。
「士郎、ご飯おいしかったです。ありがとうございます。」
「ああ、ぜひまた来てくれ。歓迎するよ。」
 互いに笑いながらそう交わす。その言葉を、士郎の背後で皮肉げにアロウンが見ている。
「また、な。」
 そのまたが、訪れることなどないと確信しているかのように。アロウンがそんなことを考えているとは露知らず、藤ねえは次の食事のリクエストを桜にし、桜を困らせている。
「じゃあ、気をつけて帰れよ、桜。それからフェイトも。」
 士郎のそんな言葉に三人が返事をしながら別る。閉じた玄関に向かって、士郎はひとつ息を吐くと、背後にいるアロウンへと振り向く。
「あんた、アロウンって言うんだな。…そういえば、自己紹介すらしてなかったな。」
「ああ、そうだな。」
 そう言うと、アロウンはニヤリと笑みを見せる。その様子に、士郎は少し怯んだ様子を見せる。
「俺の名は、ルキフェルという。」
「へ?」
 唐突に、アロウンはそんなことを言う。士郎は、アロウンが何を言っているのかさっぱり分からず、硬直してしまう。
「今俺は、真実の名を言ったぞ?マスター。」
 面白そうに、そんなことを言うアロウンの言葉を、混乱をきたした士郎の頭はなかなか理解しようとしない。
「???なんでさ?」
 士郎の口からは、ついついそんな口癖が飛び出してしまう。
「そうだな、俺はお前が気に入った。その、馬鹿なところがな。」
 馬鹿と言われて士郎は少しムッとするものの、それが悪意の上での言葉ではないことは理解したのか、アロウンの次の言葉を待つ。
「お前を俺の友と認めよう。いや、戦友となる権利を与えよう、か?」
 アロウンはそんなことを言いつつ士郎に向かって右手を差し出す。
「ああ、よろしく。」
 初めてこの男に対して笑ったな、などと思いながら、士郎は強くアロウンの手を握り返した。
「ところで、俺と共に戦場に立つのだ、少しは強くなってもらわねば困るのでな。少々、稽古をつけてやる。」
「望むところだ。」
 意地悪くそう言ったアロウンにつられて士郎はそう返す。
 その後士郎は、風呂を沸かす間に少し汗をかこうと道場に連れて行かれ、そのわずかな時間の間に足腰が立たなくなるまで剣の修行と言う名目の私刑を執行されてしまった。









追記
残りの半分の半分を投下!そう、ライダーの登場が更に伸びました…。
ごめんなさい。丈~!なぜか書くたびに長くなるんだ…。
よって、今回は感想解答変はないかもしれません…。楽しみにしていた方(居るとは思えませんが)すみません。



[21443] Fate~cross/night~第4話 正義の味方
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:8fb021b9
Date: 2011/07/19 00:26
「待てって言ってるだろライダー!僕の言うことを聞け!ライダー!」
 間桐慎二は叫ぶ。己がサーヴァントに。
 そのライダーと呼ばれた男は、長身で袖のない黒い服を纏い、右目には黒い眼帯のようなものをしている。
「おらぁぁぁ!」
 しかし、ライダーはまったく慎二の言うことなど聞かない。一言吼えると、時折スパークを生じさせるブレードを振りかぶり、柳洞寺という寺の山門にたたずむ大柄な男―武士の格好をして腰には刀を挿しているアサシンのサーヴァントへと向けて突進していく。
 人間では避けることも防ぐことも叶わないほどの威力とスピードを兼ね備えたライダーの一撃だが、アサシンはまるでそこに攻撃が来ることがわかっていたかのように前もって動いており、なんら痛痒を与えることが出来ない。
「糞っタレがあ…。」
 それが何度目かの突進だったのだろう。今までのライダーの攻撃そのことごとくがアサシンに軽々とかわされてしまっている。しかし、その結果と台詞に反してライダーの表情は喜悦に満ちている。
「これならどうだ?」
 ライダーはそう言うと、何も持っていない右手をあげる。アサシン、慎二が共に不可思議に思ったのもつかの間、唐突に30cmを越えようかという巨大な6連装リボルバーが現れる。
「…!」
 その銃を見たアサシンの顔に、始めて焦りの色が浮かぶ。
「喰らえ!」
 ライダーの怒鳴り声に応えて、銃は6つの牙を吐き出す。そのことごとくがアサシンの周囲にばら撒かれるように跳んでいく。直撃するような物はひとつも無い。しかし、男アサシンその弾丸の跳んでくるわずかな隙間を潜り抜けてその場から離れようとする。
 だが、いくらサーヴァントとはいえ、体捌きのみで弾丸を潜り抜けられるはずもなく、腰の刀で居合いのように打ち払い、弾丸を弾く。
はじかれた弾丸は地面へと着弾したその瞬間、バヂッ、と弾丸が音を立て、そして周囲に強力なマイクロ波を撒き散らす。
 マイクロ波は物質に当たるとその物質に電子的な振動を与える。すなわち、超高熱を発生させる。もしアサシンがその場から離脱していなければ、その熱に焼かれ、消滅していたことだろう。そのことをいかなる方法によってか感知したアサシンは、辛くもライダーの必殺から逃れた。しかし、無傷とはいかなかったようで、半身からは血煙があがっている。
「むぅ…やるな。」
「へっ、やっと刀を抜きやがったか。」
 ライダーは不適にそう言って銃をくるくると回すと、出てきたときと同じくどこかに消してしまう。
「こちらとしては、別段、戦う理由が無かっただけなんだがな。」
アサシンは、嘆息しながら再び剣を納めてしまう。それを見て、以外にもライダーは気を悪くする様子も無く、自らもブレードを消す。その様子にアサシンは眉をひそめる。
「なんだ、戦わないのか?」
「お前さんは戦わないんだろ?」
 アサシンの問いにライダーはニヤッと笑う。
「なら俺にも戦う理由は無いわな。」
 ライダーはそううそぶくとアサシンに背を向け、憤りを顕わにしている自らのマスターである慎二のほうへと向かう。そし慎二の目の前に立つと、まるで威圧するかのように慎二を見る。
「な、なんで僕の言うことを聞かないんだ。」
 慎二はその視線に怯えながらもプライドのほうが勝ったのだろう、多少、声が震えてはいるもののライダーへの文句を言う。
「あん?言うことを聞いて待って、今話を聞いてるじゃないか。」
「……!」
 ぬけぬけと屁理屈をぬかすライダーに対し、一旦は慎二も怒りに任せて怒鳴りつけてしまおうとするが、なんとかその衝動を抑え付ける。
「いいか、ライダー。今は僕がマスターなんだ。だから僕の命令通りに戦うんだ、いいなっ!?」
「戦いの素人のお前さんの言うことを聞いてたら、勝てるものも勝てんだろう。」
 どこまでも反抗的なことを言うライダーに、とうとう堪えきれなくなった慎二は拳をライダーの腹へと叩きつける。しかし、苦痛で顔を歪ませたのは殴った慎二の方で、殴られたはずのライダーは、平然としている。
「…お前さん、アホか?」
 苦痛に呻く慎二を、ライダーはため息をつきながら見下ろす。
「俺の身体が硬いことは、知っているだろうに。」
「うるさい!」
「へいへい、それで?」
 ライダーはまともに相手にすることを諦めたのか、肩をすくめると慎二に続きを促がす。片や慎二は、痛みを紛らわすために手を振りながら忌々しそうに顔をしかめながら話し始める。
「お前、何が分かったんだよ。」
 慎二の質問に、ライダーは一言、ほぅ、とだけ洩らす。
「気付いたのか。」
「戦い方が変わったんだ、気付かないわけ無いだろう。」
 ライダーは、少々見直した、と言おうとしたが、言えば慎二が怒鳴りつけてくることが明白なのでそれはグッと飲み込むと、自らの感じたことを説明する。
「やつの力は、危機を事前に察知する、いわゆる未来予測みたいなモンだ。だから、近接戦闘においては無類の強さを発揮する。しかし、範囲攻撃に対してはそう有効でもないらしいな。」
 そのことを聞いた慎二は、即座にライダーに宝具を使うように命じる。しかし、ライダーは頭を振って拒否する。
「それは無理だ。」
「なんでだ!?」
 慎二は、自分の提案を即座に否定されたことに苛立つ。
「この柳洞寺は、結界で守られている。キャスターの仕業なのか、天然なのかは分からんがな。これじゃあ俺の宝具はまともに機能せんよ。…まったく、厄介なところに陣取ってくれたもんだ。」
「…じゃあどうするんだよ。」
「どうもこうも、先ほど戦う理由がないと言っただろう。俺のマスターが、君たちに会いたいと言っていてな。」
 そんなアサシンの意外すぎる一言が二人の会話に割り込んでくる。
「は?」
 慎二もライダーも、そんな間抜けな反応しか返せない。
「ん?聞こえなかったのか?」
「いや…その…なあ?」
「僕に振るな。」
 そんな問答をしながら、二人は気まずそうな様子で、アサシンの横を通り過ぎる。
「…なんだ、まあ、その、すまなかったな。てっきり舐められているものとばかり思ってしまってな。」
「そんなガキ臭い理由で僕の命令を無視したのか?」
 明かされた真実に、慎二は文句を言う。しかし、いい加減アサシンの主を待たせて、気が変わることを危惧したのだろう。ライダーを急かして山門をくぐる。そこには、慎二の良く知る人物が待っていた。
「やあ、間桐慎二くんだったね。君がこの聖杯戦争に参加していたとは、驚きだよ。」
 そう言いながら現れたのは、少しウェーブのかかった長髪でライダーに負けず劣らず長身の男だった。
「アレッサンドロ=ディ=カリオストロ…。」





「衛宮くん。自分がどれほどお馬鹿さんか理解してる?」
 士郎がいつも通りに備品の修理をして帰ろうとした矢先、階段の踊り場から現れた凛が冷ややかな声でそう士郎に告げる。
「いきなり馬鹿ってなんだよ。」
 対照的に、士郎の声はのんびりと響く。場の状況を弁えない、人間の、魔術師に在らざる声だ。そのことに凛は苛立ちを覚える。
「マスターがサーヴァント抜きでノコノコ歩いているなんて、殺してくださいって言ってるようなものじゃない。まったく、呆れたのを通り越して頭に来たわ。」
 そう言うと、凛は荒々しく左袖をまくり始める。
「殺すも何も、戦いは人目の付かないところでやるんだろ?こんな…。」
 士郎はそう言いかけて口をつぐみ、辺りを見回す。
「そう、ここに人目はあるかしら?」
 凛の言う通り、周辺には人の影すら見当たらない。互いの吐息すら聞こえるほどの静寂の中、ゆっくりと凛は階段を下りてくる。
「あ、あれ?」
「あれほど忠告したのにまったく効いてなかったんてね…。言ったはずよね、今度会ったら敵だって。」
 凛は左腕を掲げ、ゆっくりと士郎を指差す。すると、左腕に奇妙な文様が光って浮かび上がってくる。
「北欧の魔術にガンド撃ちって呪いがあるの、知ってる?」
「確か、指差すことで相手の症状を悪化させるっていう…。」
「知ってるなら話が早いわ。衛宮くん、あなたはここで消えなさい。」
その言葉が終わるや否や、凛は指先から黒い弾丸のような魔術≪ガンド≫を射出する。
「うわっ!」
 思わず伏せた士郎の頭を掠めるようにして、呪いの弾丸が射抜く。
「なんだ今のは。喰らったら呪いじゃすまないぞ。」
 呪いの弾丸なのにも関わらず教室の壁に穴を穿ったのを見て、顔を引きつらせた士郎の口から呻きと共にそんな言葉が漏れる。
「ごめんなさい、あなたが余りにムカつかせるから、つい力が入っちゃうのよ。」
「これじゃなんとかに刃物だ…。」
 顔を引きつらせながら士郎の口からため息と共にそんな言葉が漏れ出る。
「言うに事欠いてそれかぁ~!!」
 それを聞いた凛は、思わず逆上していつもの優等生としての思わず仮面を脱ぎ捨ててしまう。そしてそのまま激情にまかせてガンドを乱射する。
「たっわわわっ。」
 いくつも飛来するガンドを、士郎は奇声を上げながらかわすと、凛とは逆の方の廊下へと走って逃げ出す。
「待ちなさい!」
 凛は追いかける者の常套句を口にして士郎の後を追う。もちろん士郎は凛の言うことに素直に従うわけも無く、全力で遁走する。
「待て、凛。」
 士郎の後を即座に追いかけようとした凛を、背後に現れたオーフェンが止める。
「いったん情が移った相手を倒すのは難しいだろう。俺が出よう。」
 そんな普段のオーフェンらしくない気遣いに、凛は頭を振ってきっぱりと断る。
「下がってなさい、アーチャー。これは私が付けるべきけじめよ。」



 士郎はしばらく走った後、呼吸を整えるために手近な教室に身を隠す。
「くそっ…!」
 先ほどからやたらと息が切れる。凛のガンドのせいなのか、あるいは…。
「…俺がビビッてる、か。」
 ふと、左手の甲に視線が行く。そこには二画の令呪が刻まれている。それは自らのサーヴァントに絶対的な命令を行える権利であり、不可能を可能にする強力な武器。そう、今家に居るであろう、アロウンをこの場に呼び出すことすら。その令呪を真剣に見つめている自分に気付いた士郎は、慌てて自分の頬を張る。
「なに考えてるんだ、俺は!俺の目的は無意味な犠牲者を出さないようにすることだ。だったらここで遠坂を倒そうなんて考えること自体、間違ってるだろ…。」
 そう思い直した士郎は、動き始める。何とかして凛を止めるために。



「これは…扉…いえ、鍵に強化の魔術を施して篭城の構えってワケ?」
 わずかな魔力を頼りに士郎の居るであろう教室を探し当てた凛は、鍵に施された士郎の魔術を一目で看破する。そしてその余りの稚拙さに、思わず苛立ってしまう。士郎は、凛に比べればあまりにわずかな力で抗しようというのだ。
「馬鹿馬鹿しい!そんなその場しのぎで切り抜けられるとでも思ったの!?」
 凛は荒々しくそう怒鳴りつけると、その鍵に向かってガンドを叩きつる。しかし、先ほどはプレハブとはいえ教室の壁に穴を穿ったガンドは、鍵をわずかに歪ませただけで弾かれ、霧散する。それを見た凛は無言で鍵へとガンドを連射する。
 十数発は当てただろうか、鍵はかなり歪んではいるものの未だにその役割を果たし、凛の教室への侵入を阻んでいる。
「クッソ。意外と根性あるわね、コイツ…ッ!」
 凛はそう毒づくとガンドを撃つのをやめ、左手を鍵へと向かってかざす。
「だったらこれで…。」
 ガンドよりも上位の魔術を行使しようと、左手の文様に魔力を籠めて呪文を詠唱しようと口を開けた瞬間、それを待っていたのだろう、教室の扉の横に位置する窓ガラスを体当たりで割った士郎が飛び出してくる。
「!」
 凛は一瞬虚を突かれたようだが、士郎が体勢を立て直す間に、行使しようとしていた魔術を取りやめると士郎に向かって左指を突きつける。
「このっ。」
 凛は罵声と共にガンドを士郎へと撃ち放つ。瞬間、士郎は制服を脱ぐと、目の前に広げて自ら放たれたガンドへと突っ込む。凛の放つガンドは、本来布切れ一枚では防ぐことが叶わないほどの攻撃力を持つ。しかし、かざされた制服は背に当たる部分がまるで鋼鉄の板であるかのように硬質化しており、放たれたガンド全てを弾く。
「制服を強化して…!?」
 凛の顔が苦渋に歪む。対抗しようにも、すでに士郎は凛の目前に迫っている。そして、士郎は突進の勢いを殺さぬまま凛へと体当たりを食らわせ、そのまま床に凛の両腕を掴んで床に押し付ける。
「聞いてくれ、遠坂!」
 士郎は凛の上で怒鳴るように訴える。
「知ってるだろう?俺は聖杯が欲しくて戦う訳じゃない。無関係の人たちが守れればそれでいいんだ!」
 士郎は自分の本心を伝えるべく、凛の瞳を見つめる。願わくば争わなくてすむように、と。
「だったら今俺たちが戦う理由なんてないはずだ。俺はお前の邪魔をするつもりはない。だからここは退いてくれ。」
 凛は士郎が本心からそう言っていることは理解したのだろう、だからこそ、苛立ちを覚える。格下であるはずの士郎に手加減されたことに対して。そして、この現実に対しても未だ理想を語る士郎の生き様に対して。
「この馬鹿…!まだそんなことを…ッ。」
 凛は、まさしく眼前に位置する士郎を睨みつけながら毒づく。
「遠坂っ!」
「無駄よ…そんな取引は成立しないわ。ここで貴方を見逃すことに、何の得があるっていうのよ。」
 士郎のそんな悲鳴にも似た訴えにも、凛は揺れることなく反駁する。
「俺は聖杯戦争と関係のない人たちに危害を加えるマスターを倒す!遠坂…お前だって、罪も無い人たちを戦いに巻き込みたくは無いだろう…?」
 必死になって熱弁を振るう士郎に対し、何かを言おうと凛が口を開いたその時、唐突に廊下側の壁が爆砕した。
「なにっ!?」
「くっ。」
 士郎は、とっさに凛の上に覆いかぶさってコンクリートの破片から凛を守る。やがて、その二人の目の前に、壁を破壊したであろう右目を黒い眼帯で覆った大柄な男が現れる。
「ちょっと扉がなかったんでな、こんなトコから失礼させてもらうぜ。」
 その男は場の雰囲気にそぐわない、そんな暢気なことをのたまう。そんな男の眼前に、危機を察して霊体化をといたオーフェンが立ちふさがる。
「へっ、壁を爆砕しやがって、人の専売特許を取ってんじゃねぇよ。著作料をたっぷり支払ってもらおうじゃねえか。」
「なんだ、お前さんは人の家に入るときには壁を壊してはいるのか。迷惑という言葉を知らんのだな。」
 男は自分のことを棚に上げ、オーフェンを非難する。
「お前が先にやったんだろうが!」
 男はそれに対して反論するオーフェンを無視し、未だあっけに取られている士郎と凛の二人へと視線を向けると不思議そうに尋ねる。
「ところで…ホントにお邪魔だったかね。」
 その質問の意味を一瞬分からなかった二人は、互いに顔を見合わせる。そうすることで、ようやく自分たちの状況を理解する。士郎が凛を抱え込むようにして上に覆いかぶさっている今の状況は、傍から見ればいろいろと誤解を招きかねないということに。
「わわっ、すまん。」
上ずった声で謝りながら士郎は凛の上から飛び退く。
「守ってくれたんだから…文句は言わないけれど…。」
 凛はそう呟きながら立ち上がると、男のほうへを向いて問いただす。
「あなたは…何?魔力が感じられないから、サーヴァントでは無いと思うのだけれど…。その存在感は明らかにサーヴァントだわ。答えなさい。」
 凛の言葉に、男は軽く肩をすくめる。
「…俺はライダーさ。ただし、少々特殊なんだがね。」
 そうしてライダーはその手に突如としてブレードを出現させる。
「…なっ。」
 その瞬間を、サーヴァントであるオーフェンの目だけが捉えていたのだろう。あまりのことに、オーフェンは絶句する。その意味を理解できない凛や士郎は不思議に思うしかない。
「てめぇは…いったいなんだ?」
 今目撃したことを信じきれないオーフェンは、ライダーに対して構えをとる。
「さあて、なんだろうな。こうすりゃ、分かるんじゃねえか?」
 軽くそう言ったライダーは、オーフェンに向かってブレードを振る。オーフェンはそれを軽くバックステップでかわすと、背後に位置する凛をチラリと見やる。そしてライダーへと右手を突きつける。
「暴れるなら表に出ろ。てめえもどうせ寝るならこんなコンクリの床よりも土の方がいいんじゃねえか?」
「は、いいねえ。乗ってやろう。」
 ライダーはオーフェンの挑発に気を悪くするどころか、心底嬉しそうに笑う。
「校庭で待ってるぜ。マスターを安全なところに逃がすなりなんなりするんだな。」
 そう言い残してライダーは姿を消す。霊体化したのではなく、ランサーに勝るとも劣らない凄まじい速度で走り去ったのだ。
「…チッ。」
 それを見たオーフェンは、苦々しく舌打ちする。
「アーチャー、どういうことなの?」
 状況を理解できない凛は、オーフェンに尋ねる。それにオーフェンは、自分の驚愕を隠すためにも凛のほうを向かずに答える。
「アイツ…、自分の腕からあのブレードを出しやがった。」
「…どういうこと?」
 オーフェンの言葉の意味が理解できず、凛は聞き直す。
「どうもこうも、まんまさ。あいつはほんの一瞬の間に、自分の腕の中からあの剣の部品を出して、その場で組み立てたんだ。腕から出た鉄製の小さな腕を使ってな。」
 凛は、オーフェンの言葉に更に困惑する。しかし、その話を聞いた士郎はふとあることを思いつく。
「まさか…アイツは人間じゃないって、そう言いたいのか?」
「あれをどう表現すればいいのか分からんが…とにかくそんな物だ。魔力が感じられないのも、その辺りに原因があるのかもな。まったく、やっかいなヤツらばかりが出てきやがる。」
 オーフェンは、最後にそうごちると、結局一度も振り向かないまま凛に向かって手を振ると、ライダーのあけた壁の穴から出て行く。それを見送った凛は、自らも校庭へと移動するために廊下を歩き出す。そしてある程度行った後、思い出したかのように士郎の方を振り向いて言葉を叩きつける。
「よかったわね、衛宮くん。あなたの望みどおり、今回は見逃してあげるわ。今度あなたを見つけたら、ただじゃおかないからね。」
「待っ…。」
 士郎は凛を止めようとするも、凛の眼が、有無を言わせず士郎を黙らせる。
「ここから先は魔術師の戦いよ。ただ争いを止めたいだけの貴方は…入って来てはいけないし、入って来ないでほしい。望むことを手に入れるために戦いという手段を選択した私たちの覚悟を、汚さないで。」
 凛はそれだけ言うと、去っていく。その背中に士郎は何も言えず、ただ、見送ることしか出来なかった。
 士郎はしばらくその場に立ち尽くしていると、遠くから爆音らしきものが聞こえてくる。いくら放課後とはいえ、そんな音を響かせて誰かに見つからないはずは無いのだが、もしかしたら凛が何かをしたのかもしれない。なんにせよ、今校庭で行われているであろう戦いに、無関係の人が巻き込まれることは無いだろう。しかし…。
「やっぱり、俺だけ帰るなんて…できないよ。遠坂。」
 もはや伝わるはずも無いのに、士郎は凛に向かって語りかける。
「俺は、そこで傷ついている人が居ることに、耐えられないんだ。」
 例えそれが覚悟の上であろうとも。
「人を傷つけてまで手に入れようなんて願いは、間違ってる…絶対に。」
 だから…止める。
 そう決意した士郎は走り出す。戦いが行われているであろう、校庭へ向かって。



「はっはぁ!やるじゃねーか。まさかアーチャーごときがここまで俺についてこられるとは思ってもみなかったぜ。」
 笑いながらライダーはブレードを振るう。それをオーフェンは短剣を使って辛うじて受け流しながら後退する。ライダーとの間にわずかに距離が開いた瞬間、ライダーは戸惑うことなくブレードを収納し、今度は棍を出現させて振るう。
「チッ、我は紡ぐ光輪の鎧!」
 せっかく稼いだ距離を、武器を変えることで逆にオーフェンの不利なレンジへと変えられてしまったことに舌打ちしつつ、防御のための魔術を解き放つ。この魔術は本来オーフェンの周囲に光輪が展開されるものである。しかし、光輪はオーフェンではなくライダーの身体を包み込むように展開され、ライダーの棍を受け止める。
 その隙にオーフェンは更に大きく跳び退って光輪の中に居るライダーに向かって手をかざし、攻撃のために構成を編み始める。そうすることによって光輪の壁は崩れていくが、ライダーが回避しようとする間にオーフェンの魔術が撃ち向くはずであった。
 しかし光輪の檻が崩れたときそこに現れたのは口の端に獣のように獰猛な笑みを浮かべ、オーフェンに向かって巨大なリボルバーを構えるライダーの姿であった。
「クッ。」
「喰らえぇ!」
 オーフェンが呻きながら回避しようとするのとほぼ同時に、ライダーのリボルバーが吼える。
 本来、ただの銃弾であるのならば、サーヴァントにはいくら撃っても効かないし、かすりもしないだろう。しかしライダーの放った弾丸は、速度、破壊力が共に通常の物とは比べ物にならない。例えサーヴァントであっても、まともに喰らえば必死は免れないだろう。そんな弾丸が、6発。連なるようにしてオーフェンへと牙を剥く。
「ああぁぁぁ!」
 このままでは間違いなく命中する。そう判断したオーフェンは、その叫び声を媒体に魔術を発動させる。その対象はライダーではなく、自らの足元だ。そうして光刃が地面を砕いた時に発生させた爆風により地震の身体を加速させ、辛くも銃撃から逃れることには成功する。
「ぐぅっ…かはっ。」
 しかしその代償は大きく、オーフェンは咳き込むと同時に血を吐き出す。
「あん?一発も当たってねえはずだが…。」
 ライダーは、リボルバーに次弾を装填しながら怪訝な顔で尋ねる。
「…音声魔術ってのはな…構成をミスったら死ぬ時もあんだよ。」
 今回は運が良かっただけだ。そう言いながら、オーフェンは治癒魔術を自身にかける。
「なるほどな。」
ライダーは左手にブレードを展開し、右手のリボルバーをオーフェンへと向ける。
「…次は外さねぇ。」
 ライダーの言葉と共に、大気が震える。ライダーは今まで軽口を叩きながら嬉々として戦っていた。それが、手を抜いていたことではないのは相手にしていたオーフェンにも分かる。しかしそれは戦う、ということに関してだ。次のライダーの攻撃は、本気で殺りに来る。オーフェンはそう感じていた。
「アーチャー、避けてっ!」
 不意に、凛の言葉と共にオーフェンの背後からガンドが飛来する。それを、オーフェンはまるで分かっていたかのようにかわす。そのままガンドは、なぜか微動だにしないライダーへと着弾する。
「Fixierung,EileSalve―――!」
 凛が呪文を唱えながらオーフェンの横に走りこんでくる。オーフェンはそんな凛を横目で見ながら何事か呟く。
「じゃじゃ馬って何?マスターに対して!」
 それをしっかりと聞いていた凛は、オーフェンを怒鳴りつけながら術を解き放つ。
「なんでもねぇよ。ちょっとアイツに似てたってだけだ。」
 そう呟くオーフェンは、やけに楽しそうに笑っている。場合が場合だというのに。それを見た凛は何かを悟ったか、それ以上何も言わずに宝石を取り出して構える。
「そいつがお前のマスターだったか…。」
 凛が放ったガンドを何発も受けたというのに、ライダーはなんら痛痒を受けてはいない様だ。
「アーチャー、お前はソイツが前に出て戦うことを何も思わねえのか?」
 オーフェン同様、ライダーも凛の行動には思うところがあるようだ。おそらくは同じような者に悩まされた経験でもあるのだろう。
「へっ、ガキ一人守ってやれねえで、英霊なんぞうたってられっかよ。」
 オーフェンは、ガキって誰のことよ、と不満そうに言う凛を無視して背後に押しのける。
「凛。お前の魔術はアイツにゃ効かねえ。お前はお前の出来ることをしろ。」
「…分かったわ。」
 自分の力がまったく効かないことが悔しいのか、凛は不承不承といった様子でうなずいて離れていく。それを見届けたオーフェンはグローブをはめ直し、左拳を引いて腰だめに構える。
「こい。」
 オーフェンが鋭くそれだけ言うと、ライダーもリボルバーを収納しブレードのみを展開して構える。
「行くぜ。」
 ライダーはそう応えると、地面が砕けんばかりに強く、踏み出す。
 速い。そうとしか表現できないほどにライダーは地面すれすれを疾駆する。
「あああぁぁぁぁ!!」
 ライダーが一歩踏み出すごとに地面は抉れ、大気は弾かれる。ランサーが神速であるとすれば、ライダーは豪速とでも表現すべきだろう。
 そんなライダーに向かって、オーフェンはすばやく短剣を投擲する。
「だらぁ!」
 ライダーは一声吼えると、僅かに体を左にずらすことでその短剣を弾く。そう、ライダーの強靭な身体には、短剣など通じようはずも無いのだ。それはオーフェンとて理解している。ならばなぜそんな無駄なことをしたのか。否、無駄ではない。豪速で迫るライダーの勢いが、体をずらしてしまった事で、僅かに緩んだのだ。
 その隙を逃さずオーフェンは自ら踏み込む。ライダーがずらした方とは逆の方へと潜り込むようにして。
「チッ。」
 ライダーは自らの失策に気付いたのだろう。しかし、そこでスピードを緩めるなどという愚を犯すことは無い。オーフェンに向かって、ブレードを横から叩きつけるように振るう。
「ヒュウッ。」
 オーフェンの口から呼気が漏れる。オーフェンは、目の前に迫るブレードの腹に、軽く手の甲を乗せ滑らせる。さらにその流れに合わせるようにライダーの肘の内側に自らの肘を押し当て、そのまま踏み込む。ライダーの踏み込みのような、自らを加速させるためのものとは違い、自らの体重を攻撃その一点に集中させるためのものだ。
 パンッと乾いた音その瞬間、ギシリと、金属同士を擦り合わせるような音が、ライダーの肘から響く。
「ぐっ。」
 ライダーは苦痛に顔を歪めながら、突進の勢いをそのままにオーフェンが触れている腕を思い切り薙ぎ払う。
「があぁぁぁっ!」
「なっ。」
 結果、オーフェンはライダーに片手で吹き飛ばされてしまう。オーフェンの身体が宙を十数メートルほど飛んで行く。さらにオーフェンの身体が地面に叩きつけられた後も、かなりの距離を転がってようやく止まるところを見ると、よほどの威力だったのだろう。
「アーチャー!」
 悲鳴に近い声をあげながら、凛がオーフェンのもとに駆け寄る。
「へっ、俺より自分の心配してろ。…まだ、終わっちゃいねえ。」
 オーフェンはそう言うと、助け起こそうとする凛を押しのける。
「…あんた、いつもこんな戦い方してきたの?」
「俺は本来平和主義者なんだよ。だから…っと。」
 オーフェンは言葉半ばで立ち上がり、血の混じった唾を吐き捨てる。
「楽に勝てるんならそれが一番だな。」
 こう、遠距離から魔術で狙撃する状況とかよ。などと言いつつ、オーフェンは腕を押さえているライダーの方へと手をかざす。
「我は放つ…。」
 オーフェンが呪文を放とうとした瞬間。
「やめろぉー!!」
 そう、士郎の叫び声が周囲に響き渡った。
「遠坂、俺はやっぱり納得できない。こんな風に誰かを傷つけてまで願いを叶えるなんて、間違ってる。」
 だから、と士郎は左手を掲げる。二画の令呪が描かれた左手を。
「お前らが戦いをやめないってんなら、俺はセイバーを呼ぶ。」
 このまま戦えば、いずれ決着がつくだろう。しかし、その時勝った方は果たして無事でいられるだろうか。絶対に、傷を負ってしまっていることだろう。そんな中、他のサーヴァントに対抗することができるであろうか。
「…いいだろう。」
 意外にも、ライダーはあっさりと退くことを決める。
「坊やの望みを受け入れたんだ。ひとつ、答えてもらおう。」
「俺は坊やじゃない。」
 ライダーは、士郎の抗議を肩をすくめて流す。
「なんで、止めた?」
「人が傷つくのが嫌だからだ。」
「やっぱり、坊やじゃねえか。」
 ライダーの問いに、即答する士郎。その答えはライダーを呆れさせるものではあったが、侮蔑される類のものではなかった。
「しかし…漢では、あるな。」
 そう、ライダーは言い残すと暗闇の中へと消えていった。
「ふぅ…。」
 自分の策がうまくいったことに、士郎は安堵のため息を漏らす。
「あんた…何やってんのよ!」
 そんな士郎に、凛は怒鳴りながら詰め寄っていく。
「敵を倒せたかもしれないチャンスを、アンタ潰したのよ?」
「でも、負けてたかもしれないだろ。」
「く…それは…。」
 士郎の的確な反論に、凛は思わず言葉が詰まってしまう。
「…できればそこは否定して欲しかったんだが…。」
 オーフェンのぼやきは無視される。
「とにかく、あなたは私の邪魔をした。つまりは敵ってことよね。それって、どういうことか分かってるの?」
「…いや、邪魔…になったか?」
 敵意をむき出しにする凛に対し、士郎は首をかしげる。
「むしろ今のは協力したようなもんだぞ。あいつ、身体が機械で出来てるんだ。」
「…は?」
 凛は理解できないとばかりに聞き返す。オーフェンは直に殴ることで、ある程度の確信はあったようで、あまり驚いてはいない。
「ライダーのステータスは確認しなかったのか?」
「あいつ、なんだか上手く感じ取れないのよ。…もしかしたら機械だから、かもしれないわね…。」
 サーヴァントが機械。そのことに激しく違和感を感じているのだろう。もしくは魔術師としての矜持か。…単に機械が苦手なだけか。
「ああ、俺は機械とか、物の構成を把握することに長けているらしいからな。だからなんなく理解できたんだろな。」
「…士郎、ちょっと目を瞑って。」
「え…ああ。」
 凛は、士郎の頭を持って士郎に命令する。士郎は、凛の顔がだんだんと近づいてくるものだから、内心の高まりを感じずにはいられない。それを押し殺して、ぎゅっと目を瞑る。
「ライダーのことを、思い浮かべて。」
 そう言いながら、凛は額同士を合わせる。

性別・男性
属性・秩序、中庸
筋力・A 耐久力・A 敏捷性・A+ 魔力・なし 幸運・D 宝具・C
クラス別能力
 対魔力D
 騎乗A+
保有スキル
 直感B
 無窮の武練A
宝具
 機人の躰≪symbiosisorgsnism≫
  ランクB 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
  魔力のかわりに電力を用いての活動が可能。ただし霊体になれない
  身体が破損した場合、その治療は科学的な手段を持って以外不可能
  生物に対して効果を及ぼす魔術は無効化される
 モノ・サイクル≪ピッツァ・オン・ドーナツ≫
  ランクC 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
  大型の単一タイヤバイク
  両手を使わずに操作できるバイクのため、武器の扱いに支障が出ない
 恋人を想う日記≪チェーリッシュ・メモリー≫
  ランクE 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
  死んだ後も恋人が守っていたというエピソードの具現
  使用者ではなく、使用者を愛するものが使用者を守ろうとしたときにその精神と運命に干渉して補助する宝具。
  いかなる低い可能性であってもその者が真に望む方向への活路を指し示す。


 二人の脳内に浮かんだステータスを見て、凛は思わず喚声をあげる。
「なによ、これ。相手の宝具までバッチリじゃない。」
「完全な機械じゃなくて、サイボーグみたいなものらしい。だから、傷を修復する方法が、科学的な手段しか無いみたいなんだ。だから…。」
「だから、仕切り直したとき、ライダーは傷を負ったまま、こちらは回復して万全の状態で当たれると、そう言いたいのね。」
 凛は士郎の言葉を継ぎながら、士郎から離れる。
「確かに、これは私の借りみたいね。」
「別に、借りだとか考えなくていいぞ。邪魔したのは事実だろうし。」
 士郎の言葉に凛は頭を振って答える。
「いいえ、貴方はそう思っていても、私はそう思っていないのよ。だから…そうね。共同戦線を張りましょう。」
「は?」
「士郎は無益な争いを止めたいんでしょう?私は、この聖杯戦争を戦って勝ち抜くつもりでいるわ。でもその前に、この町で無関係な人を巻き込むマスターがいるのも事実だわ。だから、あなたとは争わない。そして心無いマスターが出て来た時、私は真っ先にソイツを叩くわ。ほら、士郎の利害と一致するでしょう?」
 凛はそう一気にまくし立てると、士郎の反論する隙を与えない。
「どう?いいでしょう?」
「…あ、ああ。」
 圧倒されている士郎は、念を押すように聞いてくる凛に思わず頷いてしまう。
「よし、それじゃあ…今日みたいなことが起こらないように、みっちりとしごいてあげるわ…。」
 凛はそんな物騒なことを小声で呟く。サーヴァントであるオーフェンには聞こえたようで、思わず背筋を震わせている。
「さあ、だいぶ遅くなってしまったわ。帰りましょ、士郎。」
 凛は先ほどの底冷えのするような声で呟いたことなど、おくびにも出さずに、笑顔で士郎を促がす。
「……。」
 オーフェンは、思わず信じてもいない神に対して十字をきる。
「ナニしてるの?アーチャー?」
 凛の声は、あくまの存在をオーフェンに確信させた。



 誰もいなくなったはずの学校で、声が響く。
「あの話、受けることにしますよ。アレッサンドロ先生。」
 ライダーのマスターである、間桐慎二の声が。
「どうやら、衛宮のヤツも遠坂と組んだようだし…。」
 何事かを話しているようだが、相手の声は聞こえない。
「ええ、いいですよ。ですからライダーの腕、直してもらえるんですよねぇ。」



[21443] Fate〜cross/night〜第5-1話 忍び寄る足音
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:ee6ad240
Date: 2011/07/19 00:27
 何もない大空を疾駆する。大気が櫛となって金色の髪を梳いていくのが心地良い。この瞬間だけは、あの、嫌な空気を纏ったマスターのことを忘れていられた。それだけが、私の心を苛んでいたから。
しかし今は、そんな大好きな空を飛んでいても、心は晴れない。そう、あの少年と争わなければならない現実があるからだ。
 正しさを求めるあの少年は、どこか、なのは…私を救ってくれた少女と似ていた。
 そんな少年が、私の前に立ちふさがる。そして恐らくは、なのはと同じように私を救おうとするのだろう。
 どうして放っておいてくれないのだろう。憤りを感じる。しかし、それを上回るほどの別の感情が心の奥から溢れ出てきて、私の心をかき乱す。ない交ぜになる。
「そうだ…偵察…しなきゃ。」
 与えられた仕事をこなしていれば、少しはこの感情を忘れることが出来るだろうか。
「確か、キャスターが動きを見せたって話していたっけ…。」
 いったいどのようにそんな情報を仕入れたのだろう。…もしかしたらだが、アイツ自身が焚きつけたのかもしれない。あの性格ならばやりそうなものだ。
 柳洞寺の方へと向かうが、山自体がキャスターの強力な結界で覆われているのを見て、やる気が失せる。たった一つの入り口である山門も、あの不可思議な能力を持つイナズマと名乗っていたアサシンの英霊が守っており、正面からの突破は不可能だろう。
 私はあのアサシンとは相性が悪い。以下に私が速くとも、未来を見透かされているように動かれたのではどうしようもない。そして効果がありそうな範囲攻撃は、結界に阻まれて届かない。まったくもって、現状では打つ手が無いのだ。
「はぁ…。」
 仕方がない、とため息をひとつつくと、マスターへと報告するために身を翻す。元よりあのマスターになど従いたくはないが、令呪の縛りがあるからには仕方が無い。そう思いながら飛んでいると、眼下にあの少年―士郎を見つける。そしてその隣には、どこかで見たことがあるような少女が居る。
「あれは…バーサーカーのマスター…かな?」
 よくよく人を惹きつける人だ。まったく持って、気が気ではない。
「あれ?なんでだろ…私。」
 自分の思考が自分で分からなくなる。なぜ、私はそう思ったのだろうか。自問自答してみても答えは出ない。
 そうこうしているうちに二人は公園に着く。何事か話しているようだが、こんな上空では聞き取れるはずも無い。
「あっ!!」
 バーサーカーのマスター…確かイリヤスフィールとか言ったか、彼女がバランスを崩したのを利用して、ベンチに座っている士郎へと抱きついたのだ。士郎も士郎で、抱き返している。
 本来敵同士であるマスター同士が、だ…抱き合っているのだ。なんらかの親密な関係にでもなったのだろうか?いやいや、まさか…とは思っても、不安しか思い浮かばなかった。
「バルディッシュ。」
 己が相棒へと命じる。すぐさま士郎の下へ向かうように、と。
『ですがマスター、人に見られてしまっては…。』
「…バルディッシュ?」
『イ、イエス・サー。』
 バルディッシュは何か言っていたようだが、良く聞こえなかったので聞き返してみたら、快くお願いを聞いてくれた。…それにしても、私は女の子なのにサーという男性への敬称を使ってくるのは何故なんだろう。
 バルディッシュはすぐに私の身体を下降させ始める。…さあ、士郎になんと言えばよいのだろうか。降りながら私はそう考えていた。始めにあった、憂鬱な気持ちなど忘れて。



「そういえば、イリヤはどこに住んでるんだ?」
 抱きついていることに飽きたのか、士郎から離れたイリヤへと士郎は聞く。
「え~っと…あっち。」
 ちょこん、という感じで士郎の隣に座ったイリヤは、士郎の質問に少し迷うような表情を見せていたが、やがてあさっての方向を指す。
「大きな森があるでしょ。あの奥に洋館があってね。聖杯戦争の時にはそこに住むんだって。」
「一人で来たのか?」
 イリヤの言葉に士郎は少なからず驚く。イリヤの言う森は、ここから結構離れたところにある。そんな所から見た目が幼い少女が来たというのだから。
「うん、こっそり抜け出してきたの。セラもリズも、メイドのくせにうるさいんだから。」
 そう言うと、イリヤは人差し指を立ててしかつめらしい顔をして、そのセラだかリズというメイドの真似をする。
「寒いと身体に毒です。お嬢様はお部屋から御出にならないようお願いいたしますって、いっつも私を部屋に閉じ込めるんだもの。」
 そう言うと、イリヤは楽しそうに笑う。この場所に居ることを本当に楽しいと思っているのだろう。
「……。」
 そんなイリヤの笑顔を見た士郎は、彼女の境遇に思いをはせる。昨日、バーサーカーを駆って士郎を殺そうとしてきた少女が、今はこんな普通の少女としてこの場で笑っている。
そんな少女が、なぜ殺し合いを行う聖杯戦争に参加しなければならないのか、と。
 士郎はしばらくそう考えていたが、結局答えは出なかった。
「そうだ、これ、食べるか?」
 そんな少女を少しでも喜ばせてやりたいと、士郎は持っていた袋の中からたい焼きを取り出してイリヤへと渡す。
「なに?これ?」
 イリヤは手の中のたい焼きをまじまじと見つめながら士郎にそう聞く。
「たい焼き見るの初めてか?」
「えっと…たい焼き?くれるの?」
「甘いぞぉ。」
 士郎にそう促がされて、イリヤは礼を言ってからたい焼きにかぶりつく。その途端、花が咲いたかのようにイリヤは破顔する。
「おいひい。」
 その味がよほど気に入ったのだろう。イリヤは足をぷらぷらと振りながら嬉々としてたい焼きをほおばる。
 そんなイリヤをまるで妹を可愛がる兄のような気持ちで見つつ、士郎は自分もたい焼きにかじりつく。
 しばらく二人は無言でたい焼きを食べる。途中で、イリヤの口の端に付いた餡子を士郎が取って食べ、それにイリヤが照れてしまう、といった一幕もあった。そんな二人は、髪の色や肌の色、見に纏う雰囲気すら違うものであったけれど、とても仲が良さそうに見えた。だから、空から降りてきたフェイトが二人の仲を勘違いするのも無理もないことだろう。
「……そ…んな…。」
 フェイトの頭の中をよくわからない何かが満たす。地面に降り立つが、二本の足のみでは立っていられず、地面に手をついて身体を支える。
「フェイト?」
「ランサー?」
 唐突に現れたフェイトを怪訝に思う二人の言葉も、フェイトには届いていない。フェイトは、その瞳に涙をためて士郎を見る。
「どうした?」
 そんなフェイトを心配した士郎は、思わず腰を浮かせてフェイトへと向かおうとする。しかし…。
「お幸せにっ!!」
 フェイトはそれだけ言い残すと、走り去ってしまう。
「……?」
「?」
 残された二人は訳がわからず、頭の上に大量の疑問符を浮かべながら、互いの顔を見合わせる。
「なにか…変なものでも食べたのかしら?」
「わからんが…すまん、イリヤ。」
 目的を告げずにいきなり謝る士郎に、イリヤは、なに?と不思議そうな顔で首をかしげる。
「フェイトのやつ、泣いてたみたいだからさ。さすがにほっとけないから、追いかける。」
 その士郎の言葉で、イリヤは機嫌を悪くしてしまう。
「すまん、今度必ず埋め合わせはするからさ。」
 士郎の言葉にイリヤは意味ありげな表情をするも、それをすぐに消してしまう。
「…ふ~ん。いいわ。じゃあまたね、お兄ちゃん。」
 少し拗ねるようにしてイリヤはそう言うと、手を振る。
「すまん、それじゃ。」
 そう言って急いで公園から出る士郎の背中を、イリヤはただ黙って見送っていた。口元に微笑を湛えながら。



「確か商店街のほうに…。」
 走って追いかけてはみたものの、フェイトの足は凄まじく速く、瞬く間に見えなくなってしまった。そのため、士郎は公園に停めておいた自転車でフェイトを追いかけることにする。ちなみにイリヤの姿は公園には無かった。
「…まったく、何をどうしたんだか…。」
 士郎はそうため息をつきながら商店街へと向かった。そして、フェイトを見つける前にとんでもないものを見つけることになる。



「………。」
 士郎は激しいめまいを感じていた。なにか黒いモノが、視界の中をもぞもぞと動いているからだ。…いや、その黒いモノが動いていること自体は何の問題も無い。それが先ほどから喜色満面に、ギャラクシーズというおもちゃ屋に張り付いているからだ。しかも、大量の小学生と一緒に。
「おっちゃん。これは!?」
「そいつはな、自分の上司に殺されてしまうんだが、それは実は地獄の兵士にするつもりで…。」
 小学生を頭などの各部に引っ付け、右手で子どもを振り回し、アクションフィギュアに対する質問を、話巧みに答えている。そこからは笑い声が絶えず響き、通り過ぎる人々も微笑ましそうにそれらを見ている。とにかく…。
「なにしてんだ…ライダー。」
 そのひとことに尽きる。
 昨日の戦闘においては、あれほどの戦闘能力と大破壊を見せつけ、さらには士郎の話を聞いてくれたライダーだ。少なからず士郎はライダーに対して幻想を持っていたと言っても過言ではない。それが、目の前で子どもとしか思えない行動を取っているのだ。頭痛がしても、無理はないだろう。
「んあ?なんだ、坊やじゃないか。お前さんも遊んでほしいのか?」
「違う!」
 士郎は、からかうようなライダーの態度に、思わず過剰に反応してしまう。
「ああもう…じゃあな!」
「…お前さん、何でそんなに怒ってんだ?」
 そうライダーに問われて始めて、士郎は己が怒っていることを知る。
「…それは…すまない。」
 なにごとか言おうと口を開いた士郎であったが、思いなおしてライダーへと謝る。ライダーに対する幻想を、勝手に抱いていたのは士郎だったのだから。
「…まあ、いいんだけどな。」
 ライダーは、ポリポリと右手(小学生付き)で頬を掻きつつそう呟く。
「そういや何かやることがあったんじゃないのか?」
 そうライダーに言われて士郎は自分がフェイトを追っていることを思い出す。
「…!しまった!」
 士郎は急いで自転車に跨ると、急発進しようと思い切り足を踏み込む。しかし、自転車が前に進むことは無かった。
「まあ待て。なんだったら力になるぞ?」
 そう言いながら、ライダーが士郎の自転車を掴み、引き止めたからだ。文句を言おうと振り向いた士郎に、ライダーはニヤッと笑って言葉を続ける。
「ランサーを追ってるんだろう?」
「…なんで知ってるんだ?」
「そりゃ、あんな顔で目の前を走って行かれりゃな。」
 フェイトは気付いたのだろうか、自分がライダーの目の前を走り抜けて行ったということに。いや、気付かなかったからこそ、ライダーの目の前を走っていったのだろう。そう思い至った士郎は、ライダーに協力を求める。
「ふむ…うし…と言うわけだ。俺はこれからこの坊やに付き合わんといかん。」
 士郎の頼みに頷いたライダーは、小学生を身体から引き剥がす。それでもしがみ付いてこようとする子どもは、一度手荒く振り回してから地面に降ろす。
「続きはまた今度な。」
 ライダーの言葉に、え~、と不満の声が上がるも、聞き分けのいい子どもたちだったようで(というより、こんな隻眼で強面の男がこれほど子どもたちにもてること自体が謎であるのだが)、素直にライダーに別れを告げて帰っていく。
「さて、坊や…倒れんなよ。」
「え?」
 ライダーの不吉な言葉の意味を聞き返すまもなく、唐突に士郎の全身が粟立つ。そして、世界そのものが何か良くないモノで埋め尽くされたかのような感覚が士郎を襲う。
「クッ…これ…は?」
 士郎は、自転車にすがりつくようにすることで転倒することだけは避ける。士郎の息は荒らぎ、全身はカタカタと震えだす。もう駄目だ、そう士郎が思った時、ふっとその不可思議な現象は終わりを告げる。
「…っと、こんなもんか。」
 そんなライダーののんきな声で、士郎はライダーがなにかしたのだと気付く。
「…何を…したんだ?」
「別に?ただ殺気を軽~く周囲に振りまいただけだが。」
 肩をすくめながらそうライダーはうそぶく。事実、ライダーは本来の力を発揮などしていなかった。もともと、誰も殺す気などなかったのだから、当然といえば当然ではある。しかし、それが本気であったのかなど、戦いに関しては未だ素人である士郎には判別などつくわけも無い。周囲に放射された気配は、紛れも無く殺気だったのだから。
「殺気って…そんなも…。」
 物騒なライダーの言葉に士郎は文句を言おうとするが、ライダーは士郎の額にでこピンを一発かまして黙らせる。
「ナニすんだ!」
「ほれ、おいでなすったぜ。」
反駁する士郎に、ライダーはアゴで士郎の背後を指す。
「え?」
 ライダーの言葉に従って背後を振り向いた士郎は、気まずそうに俯くフェイトを見つける。
「…フェイト、いきなり走っていくもんだから、心配したじゃないか。」
 そう言いながら士郎は自転車を止めてフェイトの元へと歩み寄る。
「…はい、ごめんなさい。」
 フェイトは俯いていながらも、士郎に対して素直に謝る。しかし、士郎の顔を決して見ようとはしなかった。
「それで?なんで走っていったりしたんだ?」
「それは…。」
 士郎の無遠慮な質問に答えられないフェイトは、虚空に視線をさまよわせて言いよどむ。直接気持ちを伝えてしまうことになってしまう戸惑いもあったが、フェイト自身がこの気持ちがなんなのかよく理解できていなかったこともある。ただ興味があるだけなのか、恋愛感情なのか、それとも、妬みなのか。
「おい、坊や。あんまり女性を困らせるんじゃねえ。」
 フェイトの態度から感じ取ったライダーは、士郎の鈍感さに多少呆れながらもフェイトに助け舟を出す。
「…坊やじゃないって言っても聞かなさそうだな。」
 士郎は首だけでライダーの方を振り返ってため息混じりにそう抗議するも、結果は期待していないようで、ライダーが何か言う前に再びフェイトのほうを向く。
「ったく…。フェイト。」
 そう言って、士郎は目の前にあるフェイトの頭の上にポンと手を置く。そんな何気ない士郎の行動に、フェイトは顔を赤くして縮こまってしまう。
「俺がなにかしたんならすまん、謝る。でも、フェイトがいきなりあんな風に走り出したんじゃ、俺には何がなんだかわからないってのも分かるよな?」
 士郎に触れられたままで思考が混乱しきっているフェイトは、士郎の言葉のままに頷く。
「よかった。じゃあ、仲直りのお詫びに家で何か食っていくか?」
「…なにも解決していない気はするんだがな…。」
 後方でそんなことをライダーが呟く。
「ん?なにか言ったか?」
 おそらくライダーの声は士郎には聞こえていなかったのだろう。邪気のない声で聞く士郎に、ライダーは半眼で返す。
「…本当に気付いてねえのか?」
「なにが?」
「…まあ、いいさ。夜道で刺されないようにしろよ。」
 ライダーは無表情に片眉を上げるだけの、不思議な表情で士郎に忠告する。
「俺は聖杯戦争なんて、やる気は無いからな。」
 そんなライダーの忠告を別の意味に受け取った士郎は、ライダーに対して抗議する。その際士郎の手はフェイトの頭から外されたのだが、その手を名残惜しそうにフェイトが見ていたことなど、士郎は知る由も無かった。
「チゲーよ。…おいランサー。」
 ライダーは、肩をすくめて士郎の言葉を否定すると、フェイトへと語りかける。それに対してフェイトは、不思議そうにライダーを見つめる。そんなフェイトへと、ライダーは一言放る。
「大変そうだな。」
「…えぇ。」
 そんなライダー一言に、諦めたように薄く笑みを浮かべたフェイトは頷く。心から。
「なんだよ。」
 士郎のことで分かり合う二人の間で、士郎は不機嫌そうな表情を浮かべるしかなかった。
「わかんねぇから坊やなのさ。それよりなんだ、飯食うなら俺も混ぜろ。」
「飯って…アンタ、機械なんじゃ…。」
「あん?知ってんのか?まあなんだ…早い話、サイボーグも食って出す。」
 身も蓋も無いライダーの言いように、フェイトは思わず顔を赤らめる。そんなフェイトを見て、今日はよく赤くなるな…風邪か?などと的外れな感想を士郎は抱きつつ、ライダーの提案を受け入れる。
「とりあえず、何か買い足さなきゃ夕食が作れないな…。」
 そんな士郎の独り言に、ライダーは敏感に反応する。
「ならハンバーグにしようぜ。うむ、それがいい、な。」
 そんな風に言って、フェイトも無理矢理巻き込んでしまう。
「…どっちがガキだよ。」
 ライダーの味覚や行動があまりにも子どものように見えるのに、士郎のことは坊やと呼ぶことに対する不満が、士郎にそんな言葉を呟かせてしまう。
 そんな士郎に、ライダーはニヤッと笑って答える。
「要はメリハリの問題さ。芯がひとつ、通っていりゃ何の問題もねえのさ。」
「俺は通っていないって言いたいのか。」
 士郎は、あからさまに不機嫌な口調でそう応える。それに対してライダーは肩をすくめるだけで答えない。
「さぁて、買い物行くぞ。心配すんな、金はマスターからパクって来た。」
 そんな強引なライダーに逆らえぬまま、士郎たちは大量の食料を買い込むことになった。



そうして大量の食料を持ってようやく士郎の家にたどり着いた一行であったが、それを迎えたのは凛のものと思しき怒声と爆音であった。
「なに…してんだ?」
 ライダーがそう驚くのも無理は無いだろう。玄関先で、凛は自らのサーヴァントであるオーフェンを簀巻きにしているのだから。
「いまからコイツを川に流しに行くのよ!見てわかんない!?」
 分かりません、分かりたくもありません、とはその場に居る凛を除いた全員が思ったことだろう。いや、一人早々に意識を手放している輩が居るため、全員ではないかもしれないが。
「ど…どうしてそんなことを?」
 士郎は、なぜここに居るのかという疑問よりも先に、そう聞いてしまう。
「コイツがね…このコレが。」
 言い直した…とは(以下略)。
「絶対大丈夫だ、金融のプロである俺の言葉を信じろ、なぁんて言うもんだから信用して取っときの宝石も加えて投資したのよ。そしたらたった一日で紙くずよ、紙くず!」
 よほど腹に据えかねているのだろう。凛は簀巻きの方へと分かってんの!と怒鳴りつけている。
「あ~、アーチャー?も悪気が合ったわけじゃないだろ?だからここは穏便にだな…。」
「いくら損したか分かってんの?」
 凛は、目の前にライダーとランサーであるフェイトが居ることにも気付かないほどに激昂している。そんな凛の口から飛び出した金額は三人の予想を大きく超えるもので、三人とも思わず、仕方ないか…などと思ってしまう。なお、ライダーは早々に合掌していた。ちなみにオーフェンはまだ死んでいない。
「て、てかさ。」
「あによ。」
 士郎は、凛の眼光に圧倒されながらもおそるおそる続ける。
「アーチャーって、黄金率-A(マイナスA)ってスキル持ってたよな。」
 覚えてるか?と付け足す士郎の言葉に、凛は驚き固まる。
「…忘れてたのか。ってかそんな呪いを持ってやがったのか。」
 凛はそんなライダーの突っ込みを無視してオーフェンを、否、オーフェンの向こう側を見遣る。そこには床しかないのだが。
「あれ?凛…さん?」
 今まで凛の行動に圧倒されていたフェイトが、心配そうに凛に近寄ってからいささかすすけて見える肩を揺さぶる。
「もしも~し?」
 凛の目の前でフェイトは手を振ってみるが、やはり反応は無い。それでも心配そうに語りかけようとするフェイトを、士郎は首を横に振って引き止める。
「今の遠坂には、何を言っても駄目だ。」
「でも…。」
「少し、放っておいてやろう。」
 優しく諭す士郎の願いをようやく聞き届けたフェイトは、心配そうに凛を振り返りながら家の中に入っていく。
「じゃあ俺たちも…。」
「う、うむ。」
 ライダーと士郎は二人視線を合わせて頷くと、どちらとも大量の荷物を抱えて凛の脇を忍び足で横切る。そして通り過ぎた瞬間、二人は申し合わせたかのように全力疾走で廊下の陰へと消えていった。
 後に残るは静寂だけ。まるで生者など居ぬかのように…。



 あの後家中に響き渡る乾いた笑い声と共に復活した凛とオーフェンや、更にはどこぞに隠れていたアロウンや毎度おなじみの藤ねえも加わって大宴会が開かれることになった。
 そこでは、腹いせにオーフェンに無理矢理酒を飲ませる凛であったり、可愛らしく何事かを愚痴りながらくぴくぴと酒を飲んでいるフェイトであったり、ライダーとアロウンが飲み比べを始めてしまったりと、そこに参加するほとんどの者たちにとってはひと時の夢であったかのような、楽しく、そして虚しい時が流れた。
彼らは聖杯戦争の参加者であり、いずれは…殺しあわなければならないのだから。



 やがて酒に酔いつぶれた藤ねえがその場に倒れて寝てしまったことでその場はお開きとなった。とは言っても、未だ飲み比べを続けるライダーとアロウンを除いて、まともに起きている者は、給仕を務めていて難を逃れた士郎だけであるのだが。
そんな士郎は持ち前のお節介を発揮し、来客用の毛布を引っ張り出してはそれぞれにかけていく。
「おい、坊や。トイレはどこだ?」
 そうして家政夫となっていた士郎に、顔を赤くしたライダーは問いかける。
「ああ、それなら…。」
「口で言ってもわからんだろうから、案内してくれ。」
 士郎の家は、分からなくなるほど広くはない。すなわち話がしたいのだと悟った士郎は、
それを受けて廊下に出る。
そうして居間から離れた時、おもむろに士郎は口を開く。
「なあ、ライダー。」
「あん?」
「やっぱり、戦わなくちゃいけないのか?」
 こんな風に、過ごすことも出来るじゃないか。そんな風に士郎は訴える。その様は懸命であり、また、無様でもあった。そんな士郎を決して揶揄せず、馬鹿にせず、ライダーは真正面から受け止める。
「無理だ。」
「何で…。」
「俺自身には願いなんざ…ねえ。」
 いつも自信に溢れている男が、僅かに口ごもる。しかし、強く、言い切る。自らに願いは無いと。
「しかしな、やらなきゃならんことがある。そのためには…聖杯を手に入れなきゃあなんねんだよ。」
「それってなんなんだ?」
 士郎は疑問に思う。願いは無いとライダーは宣言した、しかし、聖杯を手に入れることでやるべきことが達成されると。ならばそれは聖杯に乞う願いではないのかと。
「聖杯を手に入れることで、解ほ…幸せになれるヤツが居る。だから、聖杯そのものが必要だ。聖杯になんぞ、俺は願いを叶えて貰いたくは無いね。」
 叶えるならば自分ですると、ライダーはうそぶく。その在り様は、士郎の望む『正義の味方』そのものであった。
違うとすれば、ただひとつ。願いを叶えるために他人を傷つけることを受け入れるか否か、ということ。それが、他人の願いを抱え込んでしまう『正義の味方』と、他人の願いを叶えようとする『正義の味方』の、決定的で、絶対的な差であった。
「それでも俺は…アンタと戦いたくなんてない。」
 ライダーの想いを知って尚そう言う士郎を、ライダーはまぶしそうに見つめる。
「そう…かい。」
 苦笑いしながらそう呟いたライダーは、士郎の願いに応えることは無かった。士郎がそんなライダーに、なお言い募ろうとした瞬間、カラカラと侵入者を告げる音がした。
「…敵さんは、待っちゃくれねえようだな。酒で潰れてんのを見て、好機とでも思ったのかね。」
 そう言って、ライダーは唇の端を吊り上げる。しかしその顔に浮かんだ表情は、士郎には笑っているとは到底思えなかった。



「おう、おめえら、準備は出来てっか?…って愚問か。」
 居間に駆け込んだライダーは、当然のように起きて襲撃に対して備えているサーヴァント及び凛に対して苦笑する。そんなライダーに、アロウンは杯を投げ渡す。
 中を酒で満たされた杯をうまくキャッチしたライダーは、怪訝な顔をアロウンに向ける。
「次に会った時には杯ではなく剣を交すことになりそうだからな。別れの杯だ。」
 そう言ってアロウンは杯を掲げる。それを見たライダーも、同じように杯を掲げる。
「遠き英雄に。」
「彼方の王に。」
 そしてどちらともなく互いを賛ずると、一息に杯の中身を飲み干す。
「おーおー、仲が良いこって。」
 思わずオーフェンがそう揶揄する。それに対してアロウンがニヤッと笑うと、杯を置きながらオーフェンをからかう。
「貴様は魔王であり、この大魔王様の配下だろうが。」
「は、寝言言ってんじゃねーぞ、この万年寝太郎が。お前はあれか、布団の国の大魔王さまか?」
「ふっ…そうであれば良かったのだがな。」
 オーフェンのやり返しの言葉に、アロウンは苦笑しながら同意する。その顔を見たオーフェンも、苦笑しながら同意する。この二人は根底には似通ったモノが流れているのだろう。だからこそ、ただ寝ていることなど出来ずに英霊となったのであろうが。
「アーチャー、貴様下戸であろう?まずは酒をまともに飲めるようになってから出直してくるんだな。」
「けっ。」
 二人が会話を止めたのを契機に、各々自分の武器を構える。そして…。
「来ます!」
 そう叫んだフェイトの声と共に窓ガラスが砕け散り、異形の魔物の群れがなだれ込んできた。
「士郎、貴様は大河を守っていろ!」
 そう言ってアロウンは狼のような形の顔を持つ、サイのような生物の足を切り飛ばす。そのついでに、自らの足元にある林檎を拾って一かじりする。
「分かった!」
 士郎はそう頷くと、この騒ぎの中寝たままの藤ねえを担いで部屋の奥へと運んでゆく。
「我導くは死呼ぶ椋鳥。」
 オーフェンの放つ魔術が口からネコの手のようなものが生えたカラスの頭部にネズミの体を持つ異形を切り刻む。その陰からカニの鋏と足を持った蝙蝠が、その腕を伸ばしてくる。それを懐から抜いた短剣で受け止め、本体を蹴り飛ばす。
「おい、こんな狭い部屋じゃ戦えねえ。庭に押し出すぞ!」
「ああ!」
 そう叫んだアロウンは、林檎をオーフェンへと投げ渡して自らは切り込む。
「おい!」
 そんなオーフェンの抗議も無視して、アロウンは空いた両手で以って蟷螂のような異形と切り結んでいる。
「チッ…我は呼ぶ、破裂の姉妹!」
 オーフェンの魔術が、部屋の中に居た全ての異形を庭へと弾き飛ばす。
「やるではないか、ソイツが褒美だ。」
 アロウンはそう言って、オーフェンの魔術によって転倒した異形の足を切り飛ばす。
「おい、ライダー!何を呆けている!!」
 アロウンの言葉通り、部屋になだれ込んできた異形を見たライダーは驚愕を顔に貼り付け、固まったままであった。
「…なんで…。」
「は?」
 的確に異形たちの足を切り、逃げ道を塞いでゆくアロウンを眺めながら、余裕綽々で林檎をかじっているオーフェンが、ライダーの呟きに聞き返す。
「なんで…ゾーンが居やがる!!あれは…あれは俺の戦っていた…ここには居るはずがねえだろぉ!?」
 混乱し切った様子のライダーを、オーフェンは睨み、言葉を突きつける。
「んなこと関係あるかよ。目の前に居る、ならぶっちめるだけだ。セイバー退け!」
 ここに居るのは歴戦の勇士たちである。オーフェンが言うまでも無く、アロウンは逃れる。戦闘が始まってから即座に霊体化して空へと上がり、準備をしていたフェイトの儀式魔術の射程から。
「ファランクス。」
 フェイトの命令で、周囲に浮かぶ数十にも及ぶ雷球からプラズマの矢が雨のように異形の群れへと降り注ぐ。異形たちのあげる悲鳴すら押し潰してしまうほどに、幾重にも。やがて異形たちがその原型すら保てないほどに撃ち散らされてしまう。
「っと、終わったか。」
 オーフェンの呟きとともに、雷の雨が止む。しかし…。
「終わってねぇ!」
 ライダーは叫びと共に、銃を出現させると部屋にある食事の残骸を撃ち抜く。
「何して…。」
 オーフェンの呟きは、着弾した鯛の頭が上げた悲鳴に中断される。
「ゾーンは…アザエルというウィルスによって変異した生物のことだ!血液によって感染する。そして、感染した生物をめちゃくちゃに進化させる。しかも、そいつらは揃って…。」
 ライダーは、蠢きだす夕食たちを机ごと庭へと放り投げる。
「肉食で獰猛な獣になる。しかも、驚異的な適応能力と再生能力つきだ。」
 ライダーの言葉通り、庭に居た残骸たちは互いを食い合い身体を再生していく。
「倒す方法は?」
 アロウンがライダーたちの居る方に走りよってきて問う。
「焼く。肉片ひとつ残さず、な。」
「ならば、適任の者がここには居るな。」
 ライダー答えにアロウンは破顔してオーフェンの方を見遣る。
「チッ、しゃあねえ。ちっと持ってろ。」
 その視線にオーフェンは舌打ちで答えると、持っていた林檎をアロウンへと投げ渡し、上空に居るフェイトに向けて怒鳴る。
「ランサー!やつの動きを止めろ!!」
 オーフェンの言葉に、フェイトは未だ消していなかった雷球をまとめ、編み上げていくことで答えとする。それを見たオーフェンも集中し、構成を編み上げていく。
 やがて完全に統合を終え、もはや一体の魔獣となった異形たちがその複数の口から気持ち悪くなるような奇声-獲物を食らえる歓喜の声か-を周囲に撒き散らす。
「させない。」
 フェイトはそう呟くと、纏め上げた雷を槍の形へと変化させ、振りかぶる。
「スパーク・エンド。」
 呪文と共に放たれた雷槍は、頂上から魔獣を貫き台地に縫いとめる。内側から雷に焼かれる苦しみに魔獣が悲鳴を上げる中、オーフェンの魔術も完成する。
「我が契約により…聖戦よ、終われぇー!!」
 オーフェンから放たれた真っ白な光は、雷槍ごと魔獣を飲み込んで消滅させる。やがて全ての光が治まった時、魔獣が居た場所には塵ひとつ残ってはいなかった。












あとがき
 まずは、ゾアハンターの生みの親でもある、大迫純一先生の心よりのご冥福を祈ると共に、この拙作を捧げたいとおもいます。また、ポリフォニカ黒などの作品に出会えたことは私にとっての宝となることでしょう。
 それから、最近になってようやくそのご不幸を知った無礼をここにお詫びいたします。

 感想解答変は、ある程度感想がたまってからにします。けっしてネタが尽きたとか、そんなわけでは…きっと、ありません…かも。
 だから批判、意見、質問等、気軽にお書きください。
その一言が、作者を救う。…いや、マジで。一言書いてあるだけで、どんな言葉でもテンションMAXっすよ?
それから、感想書いてくれる場合にはどのネタを知っていてどのネタを知らないのか、を書いてもらえると嬉しいです。知らない人が多いネタは、説明を多くしたりなど出来るので。
最後に、携帯からも読めるようにするために、8000~15000字以内にする様にしています。そのため多少中途半端な終わり方をしているようにも感じられるかもしれませんがご了承を。
※注
 バルディッシュは英語で話しています。日本語に見えるけれど英語なんです。きっと、皆さんがほんやく○んにゃくでも食べているんでしょう。
 



[21443] Fate〜cross/night〜第5-2話 忍び寄る足音
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:ee6ad240
Date: 2011/07/19 00:27
 オーフェンの魔術により消滅するゾーンを眺めながら考える。
どうしてコレがここに在る?と。
 そう、在るはずが無いのだ。アザエルというウィルスは最先端化学の塊だ。この世界の科学力で創れるはずが無い。なら…誰かが持ち込んだってのか?いや…と自分で自分の考えを否定する。世界が違うのか、時代が違うかは分からないが、どちらにせよあの世界から他人が持ち込むのは不可能だ。
 そこまで考えたとき、脳裏に何かが引っかかる。先ほど俺は何と考えた?
―他人が持ち込むのは―?そう、他人が。では…もしかして…。
「俺が…持ち込んだ…?」
 機械で出来た自らの手を眺める。その手は、最悪の考えに無意識のうちにカタカタと震えている。
 そんな…馬鹿な。確かに俺は一度感染した。だから、首から下は全て機械になった。しかも、ウィルス自体はワクチンによって消滅したはず…。もし頭の中に残っていたとしても不活性化していて感染の恐れは無い…。
 俺ではない…そう考えたいのに、なぜか最悪の考えが頭にこびりついて離れない。心の声は己が犯人であると、そう叫んでいた。
「おい、どうした、ライダー。」
 大規模な魔術を使って疲れたのだろう。肩で息をしながらそうオーフェンが語りかけてくる。
「…いや…。」
 なんでもない、そう言おうとした瞬間に思い至る。思わず、オーフェンと自らの手とを交互に見つめる。今は修復されているが、この男によって破壊された右腕を。そしてこの腕を直したのは…。
「っ!…キャスタァァァー!!」
 憤怒の言葉と共に、手近な柱に右手を叩きつける。長年家を支えている頑丈な柱も、サイボーグの鋼鉄の手の強度とは比べるまでも無い。柱は悲鳴を上げて砕け散る。召喚された時と同じく、何の問題もなく扱える腕を見て確信する。間違いない、犯人はアイツだ、と。
 この腕を以前と同じように修復する力を持っているのだ。俺の血液中から不活性状態のウィルスを取り出して復活させることなど、おそらくは造作も無いだろう。
「…先ほどの騒ぎはキャスターが原因ということか?」
 賢しいアロウンは、先ほどの叫びだけで何かを察したのだろう。ほとんど確信を持ってそう聞いてくる。
「ああ。…坊や!」
 アロウンへはそう短く返すと、続けて台所に隠れているであろう士郎へと声だけを向ける。
「世話になった。」
 それだけを言い残すと、士郎の返答を待たずに廃墟となった床を蹴り、元は窓であった残骸を飛び越え、走り出す。その足の向く先は、キャスターの居る柳洞寺。



 短く別れを告げ、ライダーが今から飛び出していく。その後姿をただ目で追うことしか出来なかった士郎は、内心の思いを噛み締める。自身が先ほどの戦いにおいては何の役にも立たず、ただ守られる立場であったことを。そして、先ほどのライダーの事情において決して立ち入れぬ拒絶をされたことを。
「…くそっ。」
 それらの想いを何かに叩きつけることも、腕の中に大河を抱えていては出来はしない。目を閉じ、唇を噛んで耐えるだけだ。
「士郎。」
 士郎と同様に台所に隠れていた凛が、そんな士郎の様子を見て語りかける。
「あなた、今自分が何も出来なかったことを悔いているのかしら?」
「…悪いかよ。」
 呆れたように問いかける凛に対し、士郎は憮然とした面持ちで答える。
「もし、あなたが今の戦いに参加して…何か出来ると思っていたのなら大間違いよ。出て行った瞬間、あなたはアイツらのお腹の中だったでしょうね。」
「それは分かってる。」
 士郎は自分でそれが分かっていたからこそ、大河を抱えて台所に隠れていたのだ。しかしそれは自らが望んでいたことではない。だからこそ、士郎の中にはやるせない想いが渦を巻いているのだろう。
「そう、それならいいわ。」
 俯いて答えた士郎の返答に満足したのか、凛は立ち上がるとオーフェンを呼びつける。もう話は終わったのか、そう思いきや、思い出したかのように付け加える。
「そうそう、あなたが藤村先生を守った。これはあなたがこの戦いでやり抜いたあなたにしか出来なかったことよ。それだけは、胸を張りなさい。」
「遠坂…。」
 士郎が凛の思わぬ褒め言葉に驚いて顔を上げる。その時には凛は士郎の隣には居らず、キッチンから出てオーフェンと何事か話し始めていた。その顔は、光の加減でよくは見えなかったものの少し赤く染まっているように士郎には見えた。
「ん~…もう食べられないよぅ。」
凛を見つめていた士郎の腕の中で、あまりに場にそぐわない言葉が飛び出す。先ほどまであれほどの戦闘があったというのに、大河はわが道を行かんとばかりにだらしなく寝こけている。そんな大河の顔を、士郎は覗きこむ。
「なんて顔して寝てるんだよ、藤ねえ…。」
 そう呟く士郎の顔は、先ほどに比べれば幾分和らいでいる。今士郎の中にある温もりは間違いなく士郎自身が守った存在である。そのことを今更ながら理解したからであった。



「うわっ…。」
 大河を奥の離れに運んで寝かしつけてから戻ってきた士郎は、居間に入った途端驚きの声を上げる。なぜなら戦闘によってめちゃくちゃに破壊されていたはずの居間が、今はきれいさっぱり元通りになっていたからだ。
「なにが一体どうなったんだ?」
 士郎は周囲をきょろきょろと見回しながらアロウンに訪ねる。するとアロウンはニヤリとあくどい笑みを浮かべながら親指でオーフェンを指して答える。
「なに、そこの修理屋が直しただけさ。」
「だれが…修理屋だ、誰が。」
 そうぼやくオーフェンは、肩で息をしている。恐らくは凛に言われて魔術を連発したせいだろう。
「それで、テーブルが無いのはなんでだ?あ、ありがとう。」
 士郎はアロウンの横に、フェイトが敷いてくれた座布団に座りながら不思議そうにそう聞く。なお、最後の礼はフェイトに対してのものだ。
オーフェンは士郎の問いに決まり悪そうに顔を背けるも、なにか思いついたのかポンッとひとつ手を打つと、人差し指を立てて戯言を口にする。
「そうだ、実はここには馬鹿には見えないテーブルがあるんだ。」
「んなワケないでしょう。ふざけてないできちんと謝りなさい。」
それを聞いた凛は、オーフェンの頭を軽く叩いてたしなめる。そんな二人の漫才をよそに、士郎はどういう事かと視線だけでアロウンに訪ねる。
「なに、馬鹿にしか見えんテーブルがあるだけさ。」
「あんだと?」
 アロウンの皮肉にすばやく反応したオーフェンを凛は再び叩いて黙らせる。
「セイバー、言いたくなるのは分かるけどあまり挑発はしないで。」
 同様に、凛はアロウンを視線で射抜いて黙らせると、士郎へとその矛先を向ける。
「な、なんだよ。」
 凛の視線に怯んだ士郎は、無意識のうちに身体を浮かせて逃げようとしてしまっている。そんな士郎の態度に、凛は呆れたようにため息を吐く。
「…なんでどもっているのかは聞かないでおいてあげる。とりあえず…テーブルが無いのは困ったわね。」
「それなら蔵に予備が在ったはずだが…何で無いのかって話じゃなかったか?」
士郎はテーブルを取りに行くために腰を上げかけるが、それをアロウンの一言が押し留める。
「アーチャーが原子単位で粉々にしたテーブルの話より、ライダーのことを話すべきではないか?」
「そうね。でも…。」
 アロウンの言葉に即座に賛同した凛ではあるが、話を続けずフェイトを意味ありげに見る。その視線の意味が分かるからか、フェイトは身をすくませている。
「フェイトが…どうしたんだ?」
 恐らくはその場で唯一、凛の視線の意味を理解していないであろう士郎が、不思議そうにそう言うと全員の顔を見回す。
「士郎。アンタ、まだ分かって無いわけ?」
 凛は目を吊り上げて士郎を睨みつけると、フェイトを指差し告げる。
「コイツはランサー、つまり敵よ。敵の目の前で作戦会議をする馬鹿が、どこに居るの?」
「でも…。」
「いいんです。」
 フェイトを庇って凛に言い返そうとした士郎の服の裾を、フェイトは掴む。そしてゆっくりともう一度、同じ言葉を言いなおす。まるで士郎を諭すかのように。自らに言い聞かせるかのように。
「いいん…です。」
「でも…。」
 惑う士郎の姿を見て、フェイトはその瞳に火を灯す。
「…まだ、分からないんですか?」
 唐突にきつい口調になったフェイトをいぶかしみながら、士郎は分からない、と答える。しかし、その答えはフェイトの予想していたものと寸分たがわない答えであり、だからこそ、フェイトはかねてから決めてあったことを、口にする。
「貴方は、私の敵だということです。…私が一度貴方を殺したことを、もう忘れたんですか?また、邪魔をする様であるのならば、今度は容赦しません。確実に…。」
 殺します。そう、音にならない声が告げる。それを言い終わったフェイトは、何かを堪えるように口を引き縛る。
「でも、俺はフェイトとは戦いたくない。」
 フェイトの告別の言葉を、士郎はなお否定する。それは、『正しいことをする』という自身(士郎)の正義(望み)のために、他者の願いを犠牲にする行為であるということ。
この聖杯戦争の監督役である言峰綺礼ならば、今の士郎を指してこう言ったであろう。『すなわち貴様の望む正義の味方とは、他者の願いを否定することを目的とした存在である』と。士郎は自分が何をしているのか、そのことに気付いてはいなかった。
「いい加減にしてください!それが邪魔だと言うんです!」
 士郎の言葉に激昂したフェイトは、斧槍を展開して士郎へと突きつける。
「私は…私の家族を取り戻す。それを、邪魔する権利が貴方にあるって言うんですか!?願いもない貴方が、ただそうすることが正しいというだけで!私達(サーヴァント)を、汚すんですか!?」
 フェイトの嘆きを聞いてなお、士郎はそれに反発する。
「フェイトの願いは間違ってる…。」
「っ!!まだ、そんな妄言を言うかぁー!!」
 士郎の紡いだ言葉は、フェイトの心を致命的なまでに抉った。
 たまらずフェイトは斧槍を振るい、士郎へと切りかかる。しかし、それは二人の間に割り込んだアロウンの紅い剣に阻まれて、士郎へは届かない。
「っ…フェイト…。」
「そんなことは百も承知だ!そんなことは何度も考えた!それでもなお私はその願いを叶えたい!叶えたいんだ!!貴方には分からないだろう、そこまで乞い願う人が居ない貴方には!!だからそんなことが言えるんだ!!」
 フェイトは泣きながら、がむしゃらにアロウンを押す。自らの戦い方を忘れるほどに、無様に、ただ前に、その小さな体で士郎へと詰め寄ろうと。
「どけぇ!!」
「気持ちは…分からんでもないがな、ランサー。しかし…。」
 アロウンはフェイトのことを名前で呼ばず、あえてランサーと呼んだ。それは、アロウンがフェイトを諌める気持ちもあったのだろうが、同時に敵であると認識させるためでもあった。
「今はヤツが俺のマスターなのでな。殺らせる訳にもいかん。」
 アロウンの言葉に我を取り戻したフェイトは、迫っていた武器を消すと、力なくうなだれる。
「すみません、セイバー。…この場は、退きます。」
 フェイトはそれだけを何とかして自身の口から搾り出すと、斧槍を消す。そして、
「…セイバーのマスター…あなたは…。」
 フェイトはそう呟きながら虚ろな目で士郎を見やり、そして、その先の言葉を口にすることなく、姿を消した。
「待っ…。」
 そんなフェイトの影に手を伸ばそうとした士郎を、凛が留める。
「やめなさい、士郎。今のはあなたが悪いわ。」
「なんでだよっ。」
 自分は間違っていないという思いを顕わにした士郎は、凛の手を荒々しく振り払う。
「というより、士郎。あなた、私達のことも侮辱していることに気付かない?」
 凛の声に怒気を感じたのか、士郎は動きをピタリと止めると凛、アロウン、オーフェンの順にそれぞれの顔をうかがう。士郎にはアロウンは背しか見えずオーフェンは興味なさそうにあくびをしている様子が見える。しかし、どちらも凛を止めようとしていないということは共通している。作戦会議をするためにランサーを追い出したのにも関わらず。すなわちそれは、士郎への無言の批判。
「私はまだ良いわ。でもね、サーヴァントは、英霊は、戦いを以って人々を守り抜いた存在よ。そんな彼らに『戦いはいけない』だなんて、今までやってきたこと全てを否定されたも同然よ。」
「それは…。」
 凛の言葉に、士郎は思わず怯んでしまう。しかし、それを打ち消すかのように、唐突に笑い声が響いた。
「な、なによ、セイバー。」
 その場に似合わぬ高笑いを始めたアロウンに、凛は思わず怯む。
「クックック…。いやなに、そこまで高く評価されてもらったところ悪いのだがな。俺が戦いという道を選んだことで、屍山血河が築かれたのは事実だ。そのことを悪と呼ばれるのは仕方なかろうよ。特に、お前たち人間は俺にそう言うだけの権利がある。」
 そう言って、アロウンは振り向いて凛たちに苦笑する。
「セイバー…。」
 凛は、そんなアロウンの寂しげな笑い顔を見てどんな表情をしていいのかわからず、思わず目を背けてしまう。
「まあ、お前のダダはちと鼻につくがな、士郎。」
 そんな雰囲気の中、アロウンは突然調子を変えて士郎をからかいだす。
「…悪かったな、ガキ臭くて。」
「士郎、お前は正しいのかもしれん。しかし、それだけでは何かを救うことなど出来ん。」
「悪を、受け入れろと?」
「そうまでは言わん。しかし、助けるものは何か、通すべきものは何か、それを見据えろと言っているのだ。それらは全て…。」
 そう言ってアロウンは士郎の正面に歩み寄り、右手で拳を作ると士郎の胸を軽く打つ。
「ここに在る。」
「……。」
 士郎は、アロウンに打たれた胸を見つめる。
「お前のそれは父からの借り物だが…違う面から見れば、継いだとも言える。」
「…!なぜそれを知ってる?」
 アロウンの言葉に士郎は驚き、思わず話の本筋を忘れて問う。
「しかしお前は父の言葉の意味を理解していない。」
 答える必要は無いと感じたのか、士郎の問いを無視してアロウンは続ける。
「なっ!」
「これ以上は自分で考えろ。さあ、軍議としゃれ込もうではないか。」
「待てよ、アロウン。話は終わってない!」
 士郎は、背を向けて座ったアロウンの肩を掴んで無理矢理自分の方を向かせる。そんな士郎に向けて、アロウンは迷惑そうに顔を歪める。
「士郎、早く動かねば手遅れになるやもしれんのだぞ?」
「ぐっ…。」
 アロウンにそう言われては、士郎は黙るしかない。士郎は問い詰めたい気持ちをなんとかして飲み込むと、アロウンの隣に荒々しく座る。
「というわけだ、始めようか。」
「え、ええ。分かったわ。アーチャー。」
 主にアロウンのせいなのだが、目まぐるしく動く展開に多少ついていけなくなりつつあった凛だったが、アロウンに促がされて我を取り戻すと、オーフェンを隣に呼び寄せて全員で囲むように座る。
「まずは現状を認識することから始めましょう。」
 いい?と凛は全員の顔を見回す。もちろん、全員異論はない。
「まずは一つ目、私達は襲撃された。一体誰に?」
 凛はそう言いながら人差し指を立てる。
「それはキャスターだろうな。ライダーの奴がああまで叫んでやがったしな。」
 凛はオーフェンの言葉に頷いて同意を示す。他の者も異論はないようで、沈黙したままだ。それを確認した上で、凛は二本目の指を立てる。
「じゃあ、それは何でだと思う?」
「単純に考えればサーヴァントが四人も集まっていたから、とりあえず様子見、といったところであろうな。」
「そうね、私もそう思う。でも、それじゃあ説明できないことがいくつか残るわ。」
「ライダーの右腕が治っていたこと。それから、キャスターが襲撃してきたと何故分かったのかということ。そして襲撃してきた化物が、ライダーの居た世界にしか存在しない敵だったということだな?」
 凛の言葉を継いで、オーフェンがひとつひとつ列挙していく。
「待て。右腕が治った、とはどういう意味だ?」
 アロウンは、オーフェンとライダーが戦ったということは知っていても、その身体が機械によって出来ていることを知らないためにその疑問が生まれたようだ。
 凛は、そんな質問をしてくるアロウンから、士郎がアロウンにライダーの情報を教えていないことに思い至る。
「なに?士郎。まさかライダーの事、セイバーに教えてないわけ?」
「あ、ああ。」
 士郎は、凛の呆れるような視線に怯みながらも返事を返す。
「まったく…敵のステータスくらい、自分のサーヴァントに教えときなさいよね。」
「…すまん。なんとなく敵って感じがしなかったし、正直そこまで思いつかなかったんだ。」
 士郎は自分の非を認めて素直に謝る。そんな士郎に凛は少なからず驚きを覚える。
「ん、自分のミスをきちんと認められるのならいいわ。じゃ、説明してもらえる?」
「えっとな、アロウン。ライダーは首から下が、全て機械になってるんだ。」
「むう…あまり想像が出来んのだが。」
 アロウンが想像できないのも無理は無い。なにせ、アロウンは機械など無い世界から召喚されたのだから。
「とにかく、ヤツはその身体自体が宝具であると、そう理解すればいいのか?」
「そうね、それがいいと思うわ。…アーチャー。」
 アロウンの言葉に凛は頷くと、今度はオーフェンに話を振る。恐らくはその特性を、戦った者の口から伝えて欲しいとの考えがあってのことだろう。
「ん~そうだな。まず気をつけるべきは、身体が金属で出来てるってことか。それのせいで、ヤツの攻撃力と防御力は尋常じゃねえ。生半な攻撃は全て弾きやがるし、まともにぶつかればそれだけでこっちが弾かれ…いや、吹っ飛ばされる。接近戦に置ける単純な強さだけなら、あのバーサーカーすら上回るかもしんねえな。」
 オーフェンの話を聞いて、アロウンは苦虫を噛み潰したような表情をする。そんなアロウンを見て、オーフェンは満足そうに笑うと、ただし、と強い口調で付け加える。
「ヤツには回復能力がほぼ無い。機械だから壊れた部分は交換でもしない限り、直す方法はねえ。だから、前の時にヤツの右腕をぶっ壊したはずだったんだが…。」
 次の言葉を逡巡するオーフェンを継ぐ形で、アロウンが疑問を投げかける。
「何の不自由もなく右手を使っていたな。その宝具に回復できる機能が付いていた、というわけでは無いのだな?」
「それはない。」
 アロウンのそんな疑問を、自身たっぷりに士郎が否定する。
「やけに自信があるな。なにか理由でもあるのか?」
「ああ、俺は物の解析だけは得意なんだ。だからアイツの身体を解析して、そんな効力は無いことは確認済みだ。」
 普段、あまり自分を誇るような言動をしない士郎が自信を持って言うのだから、そのことに関しては絶対の自信を持っているのだろう。それ故に、アロウンも信じざるを得ない。
「しかし、そうなれば最悪だと言わざるを得ないな。」
「ええ、そうね。回復しないからこその最強の身体だったのに、それを回復する手段が出来てしまった。今考えるとあの時素直に退いたのも、回復する手段があったからでしょうね。」
 そこで、と凛は不適に笑って続ける。
「キャスターが出てくるわけよ。」
「なるほど、キャスターならば未知の機械であっても、修復してしまうやもしれんな。」
「キャスターとライダーが組んでいたっていうのは、ある意味最悪な展開かもしれないけどね。でも、そう考えると全ての辻褄が合うのよ。ライダーの右腕が直っていたことも、ライダーの世界にしか居ないはずのウィルスが今回の襲撃に使われたことも、その襲撃がキャスターの仕業だとライダーが感づけたのもね。」
 凛は、得意げに自論を展開する。それにアロウンは得心が行ったとばかりに大きく頷いている。しかしそんな空気は、
「でも遠坂、肝心なキャスターはどこにいるんだ?」
 士郎のそんな一言で、見事に崩れ去った。
「知らない…のか?」
「う、うっさいわね!」
 凛は、そのことに関しては何も考えていなかったようで、士郎の指摘に対して八つ当たり気味に答えてそっぽを向いてしまう。ちなみに、その顔をは真っ赤である。
「遠坂…お前、一番肝心なことが抜けてるのな…。」
 一番肝心なところが抜けてしまうのは、もはや遠坂家の呪いと言ってしまっても過言ではないだろう。
「ふんっ。」
「って無言で殴りかかってくるなぁ!」
 士郎は遠坂と組み合いながら、机はすぐに出そう、などと場違いな決意を抱きながら、アロウンに助けを求める。
「おい、アロウン。笑ってないで助けろ。」
「ふむ、仲が良いことだな。」
「冗談!」
 アロウンのからかいに、二人同時に同じ言葉で否定する、などということはなく、凛だけが否定する。しかし、アロウンの言葉によって気を削がれたのか、凛は士郎との対決をやめる。
「はぁはぁ…とにかく、これからどうするのかを決めましょう。」
 凛は息を荒らげながら元の位置に座り直すとそう提案する。
「では、攻め込むか。」
「はぁ!?」
 先ほどまで、その攻め込むべき場所が分からないことが問題だと話していたのだ。それを知りながら、アロウンはその場所に行くという。あまりのことに、凛も士郎も開いた口が塞がらない。
「ちょっとセイバー、あなた、話を聞いていなかったの?その攻め入るべき場所が分からないって言っているのよ?それとも、知っていて黙っていたの?」
「いいや、俺は、知ってはおらんさ。俺は、な。」
 アロウンは問い詰める凛に、不適に笑い返しながらそんな支離滅裂なことを言い出す。
「凛、キャスターの特性は何だ?」
「キャスターは、高名な魔術師などとして名を馳せた英雄がそのクラスで召喚される存在で、それ故に強力な魔術を行使できる…それが、どうかしたの?」
 アロウンの意味ありげな質問に、凛はとりあえずといった感じで、しかし優秀な魔術師らしくすらすらと答える。
「いや、そちらではなく、キャスターのクラスとしての特性のほうだ。」
 だが、その答えはアロウンの求めていたものとは違ったようで、質問を変えて答えることを求められる。
「キャスターの特性といえば、陣地作成及び道具作成ね。自らに有利な魔術的陣地、すなわち『工房』や道具を作ることができる…ってまさか工房に心当たりがあるって言うの?」
 凛は、話している最中にアロウンの思惑に気付いたのか、表情を強張らせる。
「いや、何度も言うように、俺は知らん。むしろお前たちのほうが知っているだろうに。…いいだろう、種明かしをしてやるからそんな顔をするな。」
 そう言うと、アロウンは立ち上がってふすまを開けると、廊下に出る。そうして、自らが立っている位置を指し示す。
「ここから、ライダーは飛び出して行ったな。」
「ああ。」
 その隣に居たオーフェンが、間違いないと頷く。
「どちらに向かって行ったかは覚えているか?」
「そりゃ…そっちだ。」
 アロウンの質問に、オーフェンは指で指し示す。
「ライダーとキャスターは組んでいる。ならば、ライダーが向かう先はどこだ?あの剣幕だ、恐らくはキャスターの工房であろうな。そしてあの男の気質からすれば、寄り道などせず真っ直ぐ向かうことだろう。では、質問だ。」
 アロウンはそう言ってライダーが向った方角を指し示し、凛たちに向かって問う。もう分かっているだろうとばかりに、不適な笑みを浮かべながら。
「この方角には、何がある?」
 その質問に、凛はアロウン同様、不適な笑みを浮かべて応える。
「OK。行きましょう、柳洞寺に。」



「しかしまあ…今代のキャスターは何者だ?」
 山門に着いた士郎たちを出迎えたのは、先ほどのゾーンたちではなく、侍のような格好をした、一人の大男であった。その男からは、明らかにサーヴァントのそれと分かる気配を発しており、柳洞寺へと進入するための唯一の手段である山門に居座っている。
「この聖杯戦争で、他者同士が手を組むということがどれだけ稀なことか。それをまあ、ライダーだけでなくアサシンとまで組むとはな。どれほどのたらしか、一目見てみたいものだ。」
 アロウンが男をアサシンと呼んだのには理由がある。アロウンが会ったことの無いサーヴァントはキャスターとアサシンの二人である。そのうち、キャスターであるのならば絶大な魔力を保有しているであるだろうし、さらに今はライダーと揉めている最中なはずだ。今この場に門番よろしく居るわけがないだろうとの推測からである。
 そしてその推測は当たっていたようで、男は山門から降りてくると名乗りをあげる。
「俺はイナズマと言う。アサシンのサーヴァントだ。ここの門番を任されているので、お前たちの邪魔をしなければならんらしい。まったく、俺の戦いはもう既に終わっているというのにな…。」
 イナズマは、初対面で自らの真名を明かす上、あまりやる気のなさそうな態度でアロウンたちの前に立ち塞がる。
「そこまでやる気が有るようには見えんが…それならば通してはもらえんか?」
 そんなイナズマの様子を見て取ったアロウンは、物の試しとばかりに交渉して見る。
「さすがに…こう見えてもサーヴァントの端くれなんでね。不本意だとしても、主の命令には従わなきゃならん。」
 そんなことをとぼけた顔で語るイナズマに、それ以上話すのは無駄だと悟ったアロウンは紅剣を虚空から取り出し、構える。
「では、押し通らせてもらおうか。」
 言葉と共に、背後に居るオーフェンも腕を掲げて構成を編んでいつでも魔術が放てるよう、戦闘準備を始める。しかし、そんなアロウンたちの様子を見て、イナズマは平然とした様子で腰に差した刀を抜こうともしない。
「どうした、構えんのか?」
「いや、お前には無理だろう。」
 いぶかしむアロウンに、イナズマはそう答える。
「そんな死線だらけの身体では、ここを通るどころか、消滅しかねんぞ。」
 アロウンには死線という言葉の意味は分からなかったが、しかし、己がたとえオーフェンとの二人がかりであってもイナズマに勝てないと、そう言われたことは理解した。
「フッ。」
 鋭い呼気とともに振るわれた紅剣は、しかし、半身をずらすだけで避わされてしまう。
「俺では勝てんと、そう言う事か。たいした自信だな。」
「俺が勝つんじゃない。お前が負けるだけだ。そもそも、俺には勝つとか負けるとか、そういう位置には居ないんでね。俺の仇敵の言葉を借りるなら、俺の戦いは自動的なんだよ。」
 イナズマはそう言うと、刀を抜いて鞘を投げ捨てる。
「なんだ、それは?」
「まあ、簡単に種明かししてもつまらんだろ。見破って見せろ。」
 そう言ってイナズマは刀を青眼に構える。
「見破る前に終わらんといいがなっ!」
 アロウンの振るった紅剣と、それを迎え撃つイナズマの刀が強く打ち鳴らされ、戦いが始まった。
「セイバー、お前にとって勝利とは何だ?」
 イナズマはアロウンの右肩口めがけて袈裟に切り下ろす。アロウンはその斬撃に合わせて紅剣をかざし、受け止める。
「斬り合いだけでは飽き足らず、問答でも結ぼうというのか?ずいぶん余裕だな。」
 アロウンはそのまま刀を絡め取るように紅剣を突き出すが、当然のようにイナズマは逃れている。
「いいから答えろ。」
 イナズマは斬りかかろうとするアロウンを刀を振ってけん制すると、答えを聞くまではこれ以上戦わんと言わんばかりにただ立ち尽くす。
「勝利とは…己を通すことだ!」
 それ以外になにがある、とアロウンは吠える。
「ならば、通すべきものがないお前は、ここで負ける。」
「知った口を…!」
 イナズマの言葉に激したアロウンが、そのまま激情に身を任せて大上段から斬りかかる。その隙を逃さず、イナズマは鋭い突きを左肩口に見舞う。
それを見て、アロウンは慌てて半身を引くも、浅く切っ先が突き刺さる。
「ぐっ。」
「言ったろう。お前は死線だらけだと。ここで勝ちたくば、負けろ。」
「訳の…分からぬことを!」
 アロウンは、刀が更に深く刺さることも構わずに剣を振るう。しかし、そんな代償を払ったというのに、得られた物はイナズマの頭髪が数本だけであった。
「分からないのならば、やはりここでお前は負けるだけだ。」
「ぬかせっ!」
 イナズマの言葉をかき消すかのようにアロウンは声を張り上げて、斬りかかった。



アロウンとイナズマの二人の斬り合いが始まってから数分ほど経った後、結局二人の間に入ることの出来なかったオーフェンが、肩を竦めながら凛たちの元へと戻ってくる。
「ちょっとアーチャー、なにやってるのよ。セイバーの援護をしなさい。」
 そんな凛の叱咤に、オーフェンは頭を振る。
「無理だ。あの野郎、自動的ってのはそういうことかよ。確かに、勝つとか負けるとかって位置にいやがらねえ。戦いにすらなってねえみてぇだ。」
「何をわけのわからないことを言ってるのよ。」
「分かりたいのなら、攻撃してみりゃいい。それで理解できる。」
 出来るもんならな、とオーフェンは吐き捨てる。そんなオーフェンを尻目に、凛は言われたとおり人差し指をイナズマの方へ向ける。
― set ―
 そして魔力を指先に籠め、凛がもっとも得意としているガンドを放とうとしたとき、異変が起こった。
「――?」
 その射線上から、イナズマの姿が消えたのだ。偶然かとも思い、再び照準を合わせ直すも、その度にイナズマはそれを躱す。
「なに!?なんなの?」
 凛は立ち位置を変えて何度も試して見るも、その度にイナズマはその射線から身を躱す。しかもイナズマは凛を見てすらいないのに、だ。
「おそらくはそれがヤツの能力だか宝具なんだろうよ。攻撃の範囲や方向などを何らかの形として…視線って言葉からするに、線として、識ることが出来る。恐らくは自分だけじゃなく、他人のもな。だから、その線に沿って回避をすれば完全に回避できるし、攻撃をすれば、相手に当てることが出来る。ありゃあ、俺たちと戦っているんじゃない。自分と戦っているんだろうぜ。」
 オーフェンは、自動ってえのも言いえて妙だな、と忌々しさを通り越して感心したように語る。
「線として…識る…。」
 オーフェンの言葉を、士郎は口の中で反芻する。士郎は、その感覚を知っていた。士郎の眼の奥が熱くなり、イナズマの在りようを感じ取る。


アサシン
真名・イナズマ
属性・中立、善
筋力・C 耐久力・E 敏捷性・C 魔力・C 幸運・C 宝具・なし
クラス別能力
気配遮断D
保有スキル
 精霊の加護C なんらかの精霊の加護を受けているが、その効果、精霊名など一切が不明
 戦闘続行B かなりの傷を負っても戦闘を続けることが出来る
魔眼A(イナズマ)
  物の壊れやすい場所を線として見ることができる
  また、壊れると言う現象が起こる場所を線として見ることができる


 イナズマの在り様、特にイナズマ自身の名前の由来ともなったその魔眼の力は、士郎の奥の何かを刺激してならなかった。それが命ずるままに、士郎は左手を上げる。
「突破方法は?」
「範囲攻撃。」
 凛とオーフェンが相談しているのをおぼろげに聞きながら、士郎はなにかに憑かれたかのように左手で、ちょうど弓を掴むように空を掴むと、同じく空手である右手で矢を番えるような動作をする。
「じゃあ、今すぐ…。」
「無理だ、山全体に結界がかかってやがる。」
 強く弓を引き絞り…弓道で言う会、すなわち的を狙う状態で、士郎の脳裏にはいつもどおりの情景が広がる。
「ならどうするのよ。早くしないとセイバーが…。士郎…?」
 的と自分との間には何もなく、ただ線だけが見える。部活でやっていた頃とまったく同じ現象、それが、イナズマに対しても何の遜色無く行えた。
当たる、と士郎は確信する。サーヴァントであるアロウンやオーフェンが、苦労しても一向に攻撃が当てられないはずのイナズマに、当てられると。
そんな士郎の口から、呪文のような言葉が溢れ出る。
「―Unaware of loss.(ただ一度の敗走も無く) Nor aware of gain.(ただ一度の勝利も無し)―」
 その呪文は、イナズマが口にしたこととほぼ同じ内容であった。
 士郎の空想の中で限界まで引き絞られた弓が、放たれる。それと同時に、ヒュッ、と士郎の口から息が漏れる。それは弓から矢が放たれるときに、弦が大気を切り裂く音にも似ていた。



「セイバー、負けることを受け入れる気は、まだないのか?」
 言葉と共に振るわれる刀が、アロウンの身体に幾筋目かの傷を作っていく。その反面、アロウンの紅剣はイナズマにかすりもしていない。
「その『負ける』の意味…だんだんと分かってきたな。しかしならばこそ、受け入れるわけにはいかんっ!俺の勝ちでは意味が無いのだっ。」
 アロウンは己の剣が届かぬと分かっていてなお、がむしゃらに振るう。その度にアロウンの身体には傷が刻まれていくが、それでもなお止めはしない。
「ふむ…しかし、その身体でダメージを受け続ければ…死ぬぞ?」
「ふんっ、そうはならんさ。」
 アロウンは、敵であるアロウンの身を心配するようなことを言うイナズマを一笑に付すと、体勢を低くし、紅剣を構える。
「貴様が手を抜いているようだしな。」
「…気付いていたか?」
「バレバレだ。しかし…。」
 アロウンは、そこで一旦言葉を切ると、目を瞑り精神を集中する。
「それは侮辱だ。」
 静かに告げられた言葉に反して、アロウンの身体からは恐ろしいほどの殺気があふれ出てくる。
「ひとつ、返させてもらう。」
 言葉と共にアロウンは飛び出す。低く、低く。まるで地を這うかのように疾る。それは、上下差の無い地上でならば出来ない、山門の前に、階段の上にイナズマが居るからこそ出来る動きだ。
「くっ…。」
 イナズマの顔に、戦闘が始まって以来始めて焦りが浮かぶ。いつのまにかアロウンによって山門の前にまで後退させられていたことに気付いたからだ。
イナズマが山門を守護する目的で在る以上、突進してきたアロウンを躱すことは出来ない。もちろん、アロウンを殺す意思がイナズマにあれば何の問題も無いのだろう。しかしいかなる理由か、イナズマはアロウンを殺すつもりは無いようだ。それを読みきってのアロウンの突進とも言える。
イナズマは刀を返すと、アロウンの背中に打ち下ろそうとした瞬間、急にその刀を止める。アロウンはそんなイナズマの様子に僅かに疑問を抱くが、それで攻撃を止めるわけも無く、そのままイナズマの肩口に紅剣を突きたてんと…。
「ぐあっ!」
 しかしアロウンは、眼前に突如として発生した風の壁に吹き飛ばされてしまう。アロウンは、山門からだいぶ離れた階段の中腹辺りまで転がって、ようやく体勢を立て直すことに成功する。
「なにを遊んでいるのですか、アサシン。」
 イナズマの横に突如として現れた女が言う。その女は、黒いボンデージ服を身にまとい、それに反するような白い翼を背中に生やしていた。そしてその顔は、幽鬼のように青白く、その瞳は心を病んでいる者のそれであった。
「キャスターのご登場ってわけ?」
 その女の姿を階段の遥か下から見咎めた凛が、大声で女を挑発する。しかしそんな凛の挑発を完全に無視して、女はイナズマに回答を求める。
「遊んではいない。それに、お前に命令される筋合いはないはずだ。」
「あなたが命じられたことはこの山門を守ることです!それを早くしなさいと言っているだけです!!」
 そう女は言うと、イナズマに向って何らかの術を発動する。途端、イナズマの頬に裂傷が走り、そこから血が噴出す。
「早くアイツらを追い払いなさい!」
 ヒステリックな女の言葉に押されるように、イナズマは刀を構えて階段を下り始める。
「…とまあそういうわけだ、セイバー。」
「女に困らせられる気持ちはよく理解できる、気にするな。女のヒステリーほど怖いモノは無い。」
 イナズマもアロウンも、苦笑交じりで会話する。
「いいだろう、今日は退いてやる。お前の言葉で言うのならば、負けておいてやる。このままでは、それすらできなくなりそうだしな。」
 アロウンは、口惜しそうに顔を歪めてそう言う。
「すまんな。…ああ、あの少年か。アイツは俺に当てたぞ。」
 イナズマは謝罪した後、思い出したかのようにそう付け加える。
「何を…もしや、お前が急に攻撃をためらった、あの時か?」
「そうだ。」
「ほう、それはそれは…。」
 イナズマの話を聞いて、アロウンは顔を綻ばせる。その顔には、先ほどまでの口惜しさなど、欠片も見当たらなかった。そんなアロウンにの様子を見たイナズマは、少々揶揄するような口調で以って、からかう。
「嬉しそうだな。」
「まあな。」
 なんのてらいも無くそれを肯定すると、アロウンは、では、と言って紅剣を仕舞い、階段を下っていった。









追記
 なんといいますか、自分でも信じられないくらいのスランプに陥りまして、サスケとの同時平行は不可能だと判断いたしました。そのため、サスケに関しては消させていただきました。ここにお詫びいたします。さらに、この作品においてここまで皆様を待たせてしまったお詫びも付け加えさせていただきます。
追加でもうひとつ謝罪
 某格ゲーが稼動しましたら、きっとアロウンが技名を叫ぶようになるでしょうが、それはご容赦ください。



[21443] 【ネタ注意】Fate~crossnight~ 4 感想回答変(パクリ)
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:6622cd16
Date: 2011/07/19 00:28
※注意 このネタは、最近有名な某魔法少女のアニメ衝撃の第3話をごらんになった方でないとわかりません。また、ネタであり本編及び現実とは解説等を除いて何の関係も無いことはご理解ください。ですのでこの内容に関しましては感想を書いてくださった人以外読まなくても結構です。次のページへお進みください。





おそるおそる手を伸ばすと、目の前に広がる光に僅かに触れる。すると指先が触れたその場所は、まるで水の波紋のように歪む。
(ああ、わたしは拒絶されているんだ…。やっぱりわたし、駄目な子だ。)
そう思った。だから、もうその光を閉じてしまおう。そう考えて、私は鍵を掴み、箱に差し込もうとする。しかし、震える手がその邪魔をする。鍵を、弾く。
「あっ。」
 意図せず、鍵を落としてしまう。カチャリ、と音を立てて鍵は床に落ちる。その時、なにかが作用したのだろうか、目の前の光景が変わる。
「あっ!」
 どうせ変わらない、そう考えていたモノが、変わっていた。
「ほんとに…?夢じゃ…ないの?」
思わず頬をつねってみる。―痛い、夢じゃない。夢じゃ、ない!
「わたしは…ひとりぼっちじゃない…そうじゃ、ないんだ…!」
 そう気付いたとき、私の世界は光で満ちた。
 ケーキの壁、アメでできた街灯、石畳はクッキーでできている。そんな夢のような世界が突如として現れる。まるで今の私の心を表すかのような晴れ渡ったその世界の中で、私は感嘆のため息を漏らす。
「ああ…指が軽い…。」
 言葉の通り、私の指は踊るように物語を紡ぎだす。
「こんな幸せな気分で書けるなんて、初めて。」
 私は世界に告げる。宣言する。万感の思いをたったひとつの言葉に籠めて。
「もう、なにも怖くない。」と。

そして私は、深い虚に飲み込まれた。



オーフェン「うえっ…このケーキ、なんか生臭いもんが入ってやがる。」
士郎   「え?それはさっき桜に買ってきてもらったばっかりだぞ?」
アロウン  「腐っていたのかもしれんな。」
オーフェン「いや、腐っていたとかそんなんじゃねえ。もっとこう…邪悪な何かだった気がする。」
士郎   「何かは知らないけど…みんな、気をつけて食べてくれよ。」
丈    「おう。」
イナズマ 「分かった。」
フェイト 「はい、分かりました。」
士郎   「しかし…ずいぶんと増えたもんだなぁ。これに出るのって、サーヴァントだけなんだろ?」
フェイト 「そうみたいですね。」
オーフェン「それで…6人か。なかなかの数だな。…って、士郎はなんでいるんだ?」
アロウン 「司会進行役と世話係、それから一応アーチャーだからだろうな。」
丈    「なら何でアインツベルンの嬢ちゃんもいるんだ。」
士郎   「さぁ?そういや、何でだろうな。」
アロウン 「…知らぬが仏…。」
イナズマ 「また危険なフラグを立てているな…。」
士郎   「なにか言ったか?二人とも?」
アロウン 「いや、たわごとだ、気にするな。そら、早く感想に答えてやるがいい。」

≪一応サーヴァントは全盛期の姿で呼ばれる筈なのにフェイトはA’sの時の姿みたいですが、これは宝具に関係しているんですか?≫

士郎   「これは…3話の時の感想か。それに今頃返信するとか…。」
オーフェン「あきれてものも言えねえぜ!」
イナズマ 「なるほど、これを言わせたかったのか…。」
アロウン 「とりあえず、これには3と4の幕間にて答えたことになるな。」
フェイト 「もう一度言うならば、私はフェイト=テスタロッサである、というのがその答えになりますね。」
オーフェン「まったく、この後どういじられるのやら…。」
アロウン 「恐怖だな。」
フェイト 「え!?わ、わたしはそんな酷い目に合うんですか?」
丈    「いや、まあ…上を見る限り、作者があれに影響を受けたのは間違いないだろうしなぁ…。」
士郎   「あ~…。」
イナズマ 「南無。」
フェイト 「拝まないでください!十字を切らないでください!!」
アロウン 「さ、次行くか…。」
フェイト 「流さないでくださいぃ~。」

≪空白の上にマウスを重ねたら文字が浮き出るかなとなぞってシマッタw≫

士郎   「これは…。」
アロウン 「やった奴が居ないんだから何とも言えんな…。」
オーフェン「次行くか、次。」
フェイト 「ホントにすみませんっ。」
※そのいち・ホントすみません。反転させる方法が分かったらよかったんですが…どうも無理みたいでした。今後、話の中で展開させていきますので気長にお待ちください。

≪型月板への移動は、終盤まで様子を見てはどうでしょうか?
設定面でうるさい部分もありますし、多数の作品からキャラを持ってきているので論争が予想されます≫

オーフェン「さて…ここでの本題は一つ。」
イナズマ 「論争になる…。」
丈    「わけがねぇな。」
アロウン 「マニアックであることの宿命か…。」
丈    「待ちやがれ、アロウン。貴様、ギリギリでこちら側だろうが!」
アロウン 「何を言う。俺様は格闘ゲームへの参戦、そして2作目の製作決定と、人気はある!」
丈    「ハッ!そう言うならばイナズマや俺だってコアな人気は持ってるわ!!そういうのを50歩100歩って言うんだぜ。」
アロウン 「俺はアニメ化もした!」
イナズマ 「論争をするまでもなく、俺はマニアック側なんだな…。一応、アニメ化もしたしOPがスガ○カオだったのだが…。それに映画化もしていたな、面白いかは別として。」
フェイト 「お、お二人ともケンカはやめてください!」
アロウン 「………。」
丈    「……アロウン。」
アロウン 「なんだ。」
丈    「敵は他にいたようだ。」
フェイト 「?」
アロウン 「そのようだな。強敵を倒すためには…。」
丈    「手を組むべきだな…。」
フェイト 「??」
オーフェン「あ~…。」
士郎   「何も言うべきじゃ、ないんだろうなぁ…。」

≪イナズマって直死の魔眼の原型みたいなもんだよなと、俺は個人的に思ってる≫

丈    「よし、俺たちの反撃が始まる。」
士郎   「いや、メタ発言はいい加減やめてくれ…。」
アロウン 「よしイナズマ、解説してやれ!」
オーフェン「割り込める雰囲気じゃなさそうだな。」
イナズマ 「それでは…。」
※注、ここから先は読み飛ばしても構いません
 ブギーポップ好き、それから月姫好きの皆さんには興味がそそられるかもしれません
 また、状況などから推測したことも入りますのでこれが真実であるということでもないかもしれませんので悪しからず

 『直死の魔眼』すなわち死を見る能力だが、これは何が一番早いかというと『ブギーポップVSイマジネーター』が最も早いのだ。これに出てくる『ストレンジ・デイズ』と呼ばれる能力が『死を見る』という能力の初出であったようで、キノコ氏が武内氏の兄から、「お前がやりたかったことの全てがここにある」と言われてブギーポップを渡されたそうだ。
 それで影響をまったく受けなかったと言えば、嘘になるだろう。
 その後に、キノコ氏は『空の境界』にて『直死の魔眼』を出す。これは死を線という形で見るという能力で『線をなぞるだけでそれを殺すことができる』というモノの初出であると思われる。
 そして『月姫』と俺(イナズマ)の登場する『エンブリオ浸食・炎上』が、ほぼ同時期に発売される。どちらにも『モノが壊れやすい線』を見る能力を持つ存在が登場する。
 なお、上遠野浩平氏が空の境界からインスピレーションを受けたのかは定かではない。

※注・ここからは本編の解説も入ります

 ちなみにこの二つの能力(志貴の魔眼とイナズマの魔眼)は似て非なる能力で、簡単に説明するなら志貴は『死』を見ているのに対し、イナズマは『死に至る現象』を見ている。
 そのためイナズマの場合は『死線を見る』と表現されている。
 例を挙げるのならば、銃を撃ったとする。その銃弾が、どのような殺傷力を持っていて、その効果範囲がどの場所なのかを線として見ることができる。これにより、どんな攻撃であろうと前もっての回避が可能である、ということになる。
 さらに、他人にとっての死線を見ることも可能なわけであり、これは、その人にどのような攻撃を叩き込めば死ぬのか、という意味である。すなわち、どんな相手にでも一撃必殺で絶対に当たる攻撃方法を前もって知ることができるのである。
 これを防ぐためには、全身を、イナズマが持っている攻撃力を防ぎうる(ただし、物理的なものであれば、その物体の壊れやすい線に向かって攻撃されるため意味がない)防御手段でもって覆わなければならない。
 なお、これは戦術的に使った時である。戦略的に使った場合、相手の狙っていることを読んだり、その状況ならば勝てる、勝てないという場をすら前もって知ることが可能となる。なんともはや、チートを通り越している能力と言わざるを得ない。
 これらのことから、イナズマは戦うことに関して自分で考える必要もなく、戦う方法を研鑽する必要もないため『自動的』なのである。
 ちなみに作中においては最強とよばれる存在(能力的に最強だからといって、それが状況に与える影響も最大であるとは限らない)を倒しはしたものの、全体の強さ的には中ごろよりちょっと上くらいであろうか?能力の強さがそのまま総合的な強さに繋がるとは限らない、というのがブギーポップの面白さである。
※ちなみに団員そのいちはオキシジェンが最強だと思っとります。運命の糸を操作可能 (その場所や人との運命を断ち切られた場合、何をしてもそれらに影響を与えることができなくなる等) って、強すぎだろ!好きなのはピートビートですが。分からない人はググってね(丸投げ)。以上、ブギー好きの戯言でした。失礼。

イナズマ 「と、いうことだ。」
アロウン 「うむ、ご苦労。」
オーフェン「てか、これで中の少し上かよ。」
イナズマ 「しかし、なんの力もない学生が、世界の敵となるほど影響力を持つこともある。一概に強い弱いは言えんさ。」
士郎   「Fateの世界と同じで、概念が重要になってくるからだな?」
イナズマ 「そういうことだ。」
フェイト 「な…なにか難解な世界なんですね。」
アロウン 「だなぁ…。さて、次の感想に入る前にやることがある。」
フェイト 「?なんですか?」
アロウン 「やれ、アーチャ―。」
オーフェン「我導くは死呼ぶ椋鳥。」
士郎   「なんっ…で…。」
フェイト 「士郎、士郎ー!なにするんですか!!」
丈    「まあ、こいつには聞かせられんことだしなぁ。…もっと他の方法はなかったのか?」
アロウン 「無駄に頑丈だから構わんだろう。」
フェイト 「そういう問題ですかっ!?士郎、今治療してもらいますからね。」
アロウン 「相変わらず甘い。さて、いくぞ。」

≪エミヤかギルがいないと士郎の将来が心配。剣の丘に全然刺さってないだろうし。≫

オーフェン「まあ、アイツにゃ聞かせられねえ内容だわな。」
アロウン 「これは……特定のネタを知っているヤツにとっては疑問ですらないことだろうが、実はそれだけではない、ことになる。」
丈    「ふむ。」
アロウン 「まあ、楽しみにしていろ。ヒントとしては、俺の目的、か。」
オーフェン「ようはネタバレになるってこったろ。」
アロウン 「っと、こんなもんかな。」
オーフェン「だな。終わるか。」
イナズマ 「……これだけのために士郎はあそこまでの打撃を受けたのか……?」
オーフェン「だから大丈夫だって。あいつの不死身さは地人にも匹敵する不死身っぷりだからな。俺が保障しよう、例え空間破壊とか意味消滅を掛けたところで生き残ってんだろうぜ。」
アロウン 「ふっ、違いない。」
丈    「アイツ、一応ただの人間だろ?凄まじい評価だな……。」
アロウン 「さあて、もういいだろう。終わりだ終わり。」
オーフェン「じゃあな、あばよ。」



番外
≪ゾアハンターだと…あの三十路過ぎのオッサンのやつか、おもしろいですよねあれ≫
そのいち「同志キタァァァァ!!」

昭和ライダーが好きな人はぜひとも読んでみてください。GA文庫から出ている物と、角川ハルキいる物(これは絶版なので図書館とかで調べてみてください)と、二種類ありますが、基本的には内容は同じです。少しラストが違うので、どちらも楽しめると思います。(ハルキ版は打ち切りなんて言っちゃダメ!)
最後に、いつ天のアニメ始まりました!ひゃっほぅ!!



[21443] Fate~cross/night~ 第6-1話 Discipline
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:6622cd16
Date: 2011/04/01 11:13
「今は退く。」
 そうアロウンは短く告げると、他の者を置き去りにして歩き出す。先ほどまで、血まみれになりながらも山門を突破しようとしていたのにも関わらず、だ。
「ちょっ…ちょっと、待ちなさいセイバー。あそこまで執着していたのにいきなりどうして…?」
 慌ててアロウンの後を追った凛は、アロウンの肩を掴んで無理にも振り向かせる。
「俺たちは失敗したのだ、凛。キャスターが前面に出てきた以上、ライダーは負けたと考えるべきだ。ならば今決着をつける道理も無い。」
 そう語るアロウンの顔は、能面のような無表情だった。しかしそれは、溢れ出そうになる感情を必死になって押し殺そうとするために着けた仮面のようであり、それが分かってしまった凛には、言い返すことも、何か声をかけて慰めることも出来なかった。
「ライダーが…負けた…?」
 呆然と、士郎が呟く。そこにはいぶかしむような響きがあり、信じたくないと言っているようでもあった。しかしそれも当然だろう。なにせ数十分前に会話をしていたのだから。
「おそらく、だ。ライダーのヤツが逃げ延びたという可能性は否定できん。」
 アロウンは、士郎を慰めるようなことを言う。しかし、それが余計にライダーが敗北したという現実を士郎たちに突きつけた。
 そうして呆然としている士郎へ、アロウンは口調を変えて質問する。
「話は変わるが…士郎。お前は先ほどの戦いで、何をした?」
「あ…え?え~っと、さっきイナズマが言ってたろ?死線がどうのって。あれ、なんとなくだけど分かるんだ。」
 恐らくは意図的ではあるだろうが、唐突に変わった話題に戸惑いながらも、士郎は先ほど自身の行ったことを説明する。
「俺は弓を射るとき、頭の中で当たるって分かる線って言えばいいのかな?それが、なんとなく浮かぶんだ。」
 だから、射るということは自身にとって当たることが確定しているのだと、士郎は事もなげに語る。もちろん、普通の人間はその様なものではない。弓を射る前に、当たることが分かっている人間など、居るはずはない。しかし士郎は分かるのだと言う。それは確かに、イナズマの能力『死線を視る』ということに酷似していた。
 そのことに、アロウンは内心驚愕しながらも士郎に話の続きを促がす。
「そのことに気付いたら、なんとなく身体が勝手に動いて…弓を射ってたんだ。」
 もちろん空弓だけど、と士郎は頬を掻きながら恥ずかしそうに言う。
「…それで、イナズマには当てたのか?」
 アロウンは、答えが分かっている質問をあえてする。
「ああ。でも、なんにもなんないだろうけどな。」
 そう言いながら、士郎は帰ろう、と言って歩き出す。そんな士郎の背中をしばらく呆然と見ていた凛は、ハッとした様に我に返ると小走りでその隣に並ぶ。
「士郎。あなた弓を射る真似をしたのよね?」
 念を押すように聞く凛に、士郎は頷いて答える。
「…それなら、まったく意味がないわけじゃないわ。古来、日本では弓矢は魔を払うとされていたの。だから、悪しきモノを祓うためにそこへ向けて矢をつがえずに弦だけ鳴らす、弦射ちって事をしたのよ。ちょうど、私のガンドと同じようなものね。」
「ってことは、これを武器にすることって…。」
「それは無理ね。」
 凛が魔術を使う様を見て、そのことへの憧れが士郎にも多少はあったのだろう。士郎は強化以外の魔術も使えるようになるのかと期待したのだが、質問が終わる前ににべもなく否定される。
「…そうか。」
「多分、概念的なものとしての威力しか無かったと思うわ。でも…。」
「イナズマは死線という能力を持っているからこそ避けようとした、と。」
 凛の言葉をオーフェンが継ぐ。
「できたじゃねえか、突破口が。」
 オーフェンは手のひらに拳を打ち付けて、ニヤリと不適な…魔王らしい邪悪な笑みを浮かべる。
「ちょっと、待ちなさい。遠坂の家訓は『優雅たれ』よ。何でもいいから勝ちを拾うなんて、許さないんだからね!」
 そんなオーフェンに、凛は文句をつける。
「俺の戦い方は基本的にこかして踏みつける、だ。そもそも戦ってる最中に、優雅とか気にしてる暇ねーよ。」
 勝つためにはなんでもする、それが魔術士としてオーフェンが教えられたことだ。しかし、凛は勝ち方にこだわれという。そのあまりにも戦いというものを知らない言い様に、オーフェンは肩をすくめて不満を顕わにする。
「なら努力しなさい。」
「…へいへい。」
 しかしそんなことを赤いあくまが聞き入れるわけも無いと、オーフェンは悟っていた。そのため、気のない返事を凛に返す。
「なによその態度。含むところがありそうね。」
 当然のように、凛はオーフェンへと突っかかる。
「いんやぁ?よくも戦いの最中にそんな変なこと考えてられるもんだなぁとか、現実を知らねぇじゃじゃ馬だなぁとか、戦いってモンに妙な幻想抱いてやがるアホが居やがるとか、そんなことはまったく全然思ってねえぜ?」
「おもいっきり考えてるじゃないのよ。」
 そんな風に、凛とオーフェンは言いあいを始めてしまった。そのため、必然的にアロウンと士郎の二人は並んで歩くことになる。
姦しく歩く凛たちとは対照的に、士郎とアロウンの間には会話は無く、しばらくの間そのまま歩を進める。やがて沈黙に耐えられなくなった士郎が、口を開く。
「なあ、アロウン。さっき言ってた、俺が切嗣の言葉の意味を理解していないっていうのはどういうことなんだ?それから、なんでお前がそのことを知ってる?それにライダーが負けたって…。」
 士郎が沈黙であったのは、話すことが無かったからではない。逆に在りすぎて、どれから聞けばよいのか分からなかったのだ。また、今夜は様々なことが在りすぎてそれをまとめるための時間も、余裕も、無かったのだ。
 結果、士郎の口からは大量の質問が溢れることになる。
「ふっ…口を閉ざしていたかと思えば今度は質問攻めか。まったく、極端なヤツだ。」
 そんな士郎を、アロウンは笑う。その笑いは悪意を表したものではなく、士郎の無垢な姿を好ましく感じたからだ。もちろん、そんなアロウンの内心を知るべくも無い士郎は、己が哂われたのだと勘違いして不快を顕わにする。
「勘違いするな、士郎。今笑ったのはこの状況に対して、だ。よもや俺がこの言葉を口にするとは、思ってもみなかったのでな。」
 そうしてアロウンは言葉を口にする。それは、アロウン自身が考えているというより、大切な思い出の中からゆっくりと拾い上げるかのように語るようであった。
「疑問を感じるのはとても大切だ。世界を異なる角度で見る力、世界のゆらぎを感じ取る力の源泉とも言うべきものだからな。」
 アロウンは質問に答えているというわけではないのに、士郎は不思議と不快には思わなかった。
 そうしてアロウンは士郎の目を見つめ、穏やかに聞く。
「士郎、お前は本当に正義の味方などになりたいのか?」
「なりたいんじゃない。絶対になるんだ。」
 士郎はアロウンの様子に飲まれながらも、己の決意を口にする。
「なって、どうする?」
「それは…。」
 核心をついたアロウンの問いに、士郎は惑う。士郎は、切嗣(義父)との約束により正義の味方になることに決めた。『僕は正義の味方でいることができなかった。』と、さびしそうに自嘲う切嗣を、少しでも慰めようと、助けようと『俺が正義の味方になってやる。』と、約束したのだ。そのために、正義の味方になるために、人々の助けになるようなことを、士郎としてはしてきたつもりだ。それは、胸を張って人々の助けになったのだと言えることだ。
いや、言えることだった。今、士郎のその誇りは迷っていたのだ。言峰綺礼という、この聖杯戦争の監視者である神父の『人を助けたいという望みは、人が不幸であって欲しいというもっとも下劣な望みと同義である。』という一言によって。
そして、今またアロウンに正義の味方になることの意義を問われることで。
「人は、何に『成る』かより、何を『為す』かのほうが大事ではないのか?」
 普段の皮肉げな様子からは考えられないほど穏やかな表情で語るアロウンに、それでも士郎は反する。
「だけど、『正義の味方』になれば人を助けられるんだろう?なら、『正義の味方』になることだって大事なはずだ。」
 そんな風に主張する士郎に、アロウンは黙して頭を振ると続ける。
「それは違う。悲しいくらいに、違いすぎるのだよ。人は、『何か』に『成る』ものではないのだよ。すべからく、『自分』であるべきなのだ。そして、自らの目で判断し、自らの内なる声に従い、自らの為すべきことを為す。ただ、そう在るべきなのだよ。」
 そう言ってアロウンは優しくほほ笑む。その姿に、士郎は己が父親(切嗣)の最後のほほ笑みを幻視する。そうして言葉を失って固まってしまった士郎を置いて、アロウンは進む。進みながら、士郎に語りかける。
「お前は愚直ではあるが愚かではない。無垢ではないが、純真である。そのことには、望みがあるだろうよ。」
 そしてアロウンは自分以外には聞こえないように、俺とは違ってな、と付け加える。その顔には、寂寥と後悔という感情が浮かんでいた。



 そうして士郎たちが家に着いた時、士郎にとっては思わぬ事件が発生する。
「で、士郎?私の部屋はどこにすればいいのかしら。」
 などと、明らかに一日二日泊まる量ではない大荷物を抱えた凛が、そうのたまい始めたのだ。お年頃である士郎にとっては寝耳に水、いや、寝耳に熱湯くらいの効果はあった。それこそ先ほどまで考えていたアロウンの言葉が、頭から吹き飛んでしまうほどには。
「いやいやいや、ちょっと待て遠坂。いったい何を言ってるんだ?」
「なにって…今日からこの家で生活するんだから当然でしょ?」
 さも当然であるかのように凛はそう言うと、勝手に部屋探しを始めてしまう。
「だから、何でここで一緒に生活する必要があるんだよ!」
「あ、洋室があるじゃない。ここにするわ。」
 士郎の苦言を凛は完全に無視して、嬉しそうに荷物を部屋に運び込む。それを追いかけて部屋に入った士郎は、
「ちょっと、レディの部屋にノックも無しにいきなり入ってくるなんて正気なの?やり直しなさい。」
 などという凛の言葉に、ここは俺の家だったはずなんだが…と頭を傾げながらも部屋から追い出されてしまう。
 その後、士郎は言われたとおりにノックをするも、凛の言葉による制止によって待つことを余儀なくされる。そうして十数分が経った後、ようやく入室が許可された士郎が部屋に入ると…。
「それで、用は何?」
 と我が物顔で部屋を占領した凛が、士郎を出迎えた。
「いや…なんで、ここに泊まるんだ?」
 士郎としては、ここまでされてしまえばもはやどうでもいいような気がしないでもなかったが、一応は聞いておく。
「これから一緒に戦うんだから、拠点を一緒にするべきでしょ。戦力の分散を避ける意味でも、同じ場所に住むっていうのは理に適ってるでしょ。それに、あんたの面倒を見てやるって約束したしね。」
 と、いうわけで、と続けた凛が、士郎に床に座れと指先だけで指示する。どうやら士郎の意見などまったく聞く気はないようで、さっそく士郎を鍛えるつもりのようだ。本来の凛は、ここまで強引なことをすることなど皆無と言っていい。だというのにここまで強引に事を推し進めたのは、無理にでも押し通してしまえば受け入れててしまう士郎の性格を見切ってのことだろう。
「それで…まずはどうすればいいんだ?」
 士郎はため息をつきながらしぶしぶ床に座ると、もうどうにでもなれ、といった感じに構える。それに満足した凛は、バッグの中からランプを取り出して士郎の目の前に置く。
「まずはあなたの現状が知りたいわ。これを強化してみて。」
 そう言われた士郎は、目の前のランプに集中すると、
―同調・開始―
 呪文を唱えて精神集中に入る。
 魔術回路を構築し、ランプの基本骨子を解明し、そしてランプに魔力を通して厚生材質を補強…。
 その瞬間、ランプのガラスに当たる部分が砕け散る。
「すまない、やっぱり失敗したみたいだ。」
 そう言い訳をしながら異常なまでの汗にまみれた顔を凛へと向ける。
当の凛は、士郎のそんな様子を見て渋面を作っている。その理由を、ランプを壊してしまったからと思った士郎は慌てて言い繕うが、もちろん凛がそんなことを怒っているわけもなく、即座に否定される。凛は怒っていたのではない、あきれていたのだ。士郎の魔術そのものに。
「あんたね、今までそんな方法で魔術を使って来たの?」
「ああ、そうだが。」
「…あんたがやってることはね。例えて言うなら、明かりが欲しいときに電灯のスイッチを入れるんじゃなくて、電灯そのものを作るところから始めてるのよ。魔術回路ってのはね、魔術を行使する度に作るものじゃない。作っておいて、スイッチをオンオフするものよ。」
 そう流れるように説明した凛は、始めから用意していたと思しき赤い飴玉のような塊を士郎の口の中へと放り込む。
「なんだ!?飲んじまった…?」
 士郎は、喋ろうとした矢先にそんなものを放り込まれたものだから生理的な反射で思わず飲み込んでしまう。始めは嘔吐いていた士郎だが、やがて呂律が回らなくなり、しまいには倒れてしまう。
 どうやらそれは凛の飲ませた赤い飴玉のようなもの―魔力の籠められた宝石の効果であり、その目的は士郎の変に凝り固まってしまった魔術回路の矯正であったようだ。凛は前後不覚になった士郎を部屋に備え付けてあったベッドに寝かせると、布団をかけてから部屋を後にした。



そうして居間へと向かった凛は、途中、縁側に座り込んで一人酒を飲んでいるアロウンを見つける。
「ねえ、聞いていいかしら。」
「なんだ。」
 アロウンは問いかける凛の方を振り向かず、一人月を肴に酒を飲む。その隣には、酒の注がれた杯がひとつ、置いてあった。
 杯を見ながら、凛は問う。
「ライダーを、どうしてあそこまで気にかけたの?」
「なに、始めはただ物見であったのだがな…。心行くまで、ただ勝負を楽しめる男があの者一人しか居ないと、そう分かって惜しくなったのだ。」
 アロウンにとって、強く、そして尊敬できる敵というものは、生涯において数えるほどしかなかった。否、ガイウスという大剣を持ち、強き王をめざした漢ただ一人であったかもしれない。そしてガイウスは、アロウンの友である≪小さき覇王≫が切り伏せた。故に、そのような相手と切り結ぶことはアロウンの生涯においては無かったといっても過言ではない。
 だからこそ、アロウンはライダーにあそこまで執着したのだ。ただ、真っ向から己とぶつかり合える漢に。
 故に、その落胆は大きかったのだろう。残された英雄たちでは、ただ尋常の勝負というものは望めそうになかったから。
「そう…。」
 その気持ちが分かる凛としては、ただ頷くことしかできなかった。凛にもその様な存在、尊敬できる敵という者がいる。その者がもし居なくなってしまったら、人生に張りというものが無くなっていただろうから。
 だからだろうか。凛本人も気づかぬうちに、口から思いもよらぬ言葉が飛び出てしまっていた。
「だったら、私が相手になってあげるわよ。他のサーヴァントが居なくなったら、最後に残った私たちで勝負するの。いい?」
 それを聞いたアロウンは、一瞬、呆気に取られた顔をする。そして、破顔一笑まさしくその言葉通り大笑いを始める。
「ハハハハッ!これはいい!!お前がそうなってくれるというのか。」
 アロウンが笑うのも無理はない。つまるところ、凛はこう言ったのだ、神すら屠るバーサーカーを、奸智に長けたキャスターを、神速を誇るランサーを、最強を持つアサシン、彼らとの戦いに勝利すると。意気込みを言うのならばまだ良いだろう。しかし、勝った後のことを、それも勝つための算段などついてもいない現状でそう口にするのは、とらぬ狸の皮算用もいいところだ。
 そのことを自覚しているのか、凛は腹を抱えて大笑いするアロウンに対して怒りを覚えるよりも、自身の言葉に羞恥を覚えて顔を真っ赤にしている。
「っさいわねぇ。私だって、こんなのが心の贅肉だってことくらい分かってるわよ。」
「いや、悪かった。…そうだな。」
 アロウンは笑いをおさめて真面目な顔に戻ると、横に置いてあった杯を取り上げて凛に持たせる。そして、自分の持っていた杯を凛の持つ杯に軽くくっ付ける。
「これは誓いの杯(さかずき)だ。全ての敵を排した後、お前たちとの決着をつけると、ここに誓おう。」
 始めは急に真面目になったアロウンに対して戸惑っていたが、気を取り直してそれに対する誓いの文句を口にする。
「貴方にとって至高の刻を捧げることを、ここに誓う。」
 そうして二人は杯を干す。二人の胸が熱くなったのは、酒のせいだけではなかった。



 宝石の影響で倒れた士郎は、その微睡の中で夢を見る。白い髪に白い肌そして白装束と、その者を構成する全てが穢れなき白で染められた、白の精霊の夢を。
 呪いによって黒く染められる前の、アロウンの夢を。
アロウンは言う、白の精霊に成りたいと。
 反して父(ミルディン)は問う、何故成りたいのか、と。
 そのやり取りは、士郎とアロウンの行ったやり取りにそっくりであった。
アロウンの言葉を、士郎は父(切嗣)との約束のために理解できない。
 父(ミルディン)の言葉を、アロウンは父の名誉のために理解しない。
 そうして父の言葉を理解しなかったアロウンは、目の前で父を亡くし、さらには父が命をかけてまでの為したことを汚してしまう。
 アロウンの、慟哭が響く。



「…はっ。」
 そこで士郎は目を覚ます。その耳には、先ほどの慟哭がこびりついて離れなかった。 夢だというのに、目を閉じれば今でも鮮明に思い出せる。
「今のは…アロウンの…記憶?なのか?」
 夢の中のアロウンは、驚くほど今の士郎と似ていた。
 己が正しいと、疑問を持たないこと。そして、父のためであることが。
 そして士郎は気づく。
「俺はなぜ、正義の味方になりたいんだ…?」
 答えは決まっている。切嗣との約束、ただそれだけだ。しかし、アロウンはその結果…。
 そう、考えが至ったところで気付く。自身にも当てはまるのではないかと。そう、このままいけば待つのは己の破綻ではないのかと。
「違う!俺とアロウンは…。」
 今まで士郎自身が積み上げてきたもの、それらが間違っていたと、アロウンの言う通りであったと、自身で否定することなど容易くできるわけもない。しかしアロウンの行動を見て、自分はアロウンとは違うのだと、そう傲慢に言い切ることもできなかった。結果、士郎は激情に身を任せて拳を膝に叩きつける。士郎の膝に走る痛みが、士郎の心を晴らすことはなかった。
 士郎がそうして歯がゆさを噛みしめているところに、ドアを開けて凛が現れる。
「あら、もう起きたの?」
「え?起きたって…。」
 凛の言葉によって、士郎は始めて自分の置かれている状況を認識することができる。士郎は昨日倒れた服装のままではあったが、凛が占領していた洋室のベッドに寝かされていたのだった。
 士郎は、自分が人生で初めて女の子の部屋―たとえ士郎の家であったとしても、周囲には大量の凛の私物があり、それが士郎に女の子の部屋であることを意識させた―で一晩を明かしたのだと気づく。その瞬間、頬を真っ赤に染めながらベッドから飛び起きる。
「っとっとと、すまん。」
 士郎は慌てふためきながらベッドメイクなどを始めてしまう。そんな風に元気に動き回る士郎の姿を見た凛は、あきれたように額を抑えてため息をつく。
「はぁ、もうそんなに動けるなんてね。今日一日はまともに動けないだろうと思ってたのに、あんたどういう体してんのよ。」
 などと物騒なことを凛は毒づく。それを聞いた士郎は、思わず口の端を痙攣させながら文句を言う。
「お前はそんな物騒なものをなんの迷いもなく他人の口に突っ込んだのかよ。」
「なによ、文句があるって…。」
 士郎の言葉に反論しかけた凛だが、ふと何かを思いついたのか昨日士郎が壊してしまったランプと同じ型のランプを取り出して士郎に突きつける。
「論より証拠、これを強化してみなさい。ただし、今までの方法は忘れて…そうね、頭の中に魔術を使うためのようなスイッチを連想して、それをオンにしてからやってみなさい。」
 士郎は、凛からランプを受け取るとそれを床に置いて胡坐をかいて精神集中を始める。すると…、
―同調・開始―
 ものの見事に成功させる。昨夜、大量の汗をかいて、さらには膨大な時間をかけてかつ失敗していたのがウソのように。その結果に士郎自身も驚きを隠せないようで、目をぱちくりさせながら自分の手を見つめている。
「どう?」
「………。」
 凛は得意げな笑みを浮かべながら聞いてみるものの、士郎は呆然自失な状態で返事をすることもできないでいる。
「言葉もないようね。危険に伴うだけの価値はあったでしょう?最も、別に何の危険があるってわけでもないんだけれど。」
「遠坂、お前ってすごい奴だったんだな。今までどんなに頑張ってもなかなか成功しなかった強化が、こんなに簡単に成功するようになるなんて。」
 当たり前だ、そう凛が口にする間もなく士郎は立ち上がって凛の手を取り、本当にうれしそうに、ありがとう、と感謝する。
 凛は、そんな風に士郎に急に手をつかまれて慌ててしまい顔が真っ赤に染まってしまう。それを士郎に悟られまいと、手を振り払って後ろを向いてしまう。
「い…いいから早く来なさい。せっかく朝ごはんも作っておいたんだから。食べないなんて言わないでしょうね?」
 そうして二人は居間へと向かう。そこにはお決まりのように大河がいて、アロウンや凛そしてオーフェンが加わっているものの、いつも通りの平和な日常であった。

 その時、までは。












あとがき
パソコンを買い替えました。キーの配置が変わるとここまで打ちにくくなるものかと、とても驚いています。ですので今回は多少誤字が多いかもしれません。気を付けてはいるのですが…。今後とも精進あるのみです。
 しかし、相変わらず生産力が皆無に等しいことはホント、謝るしかありません。ごめん、わりぃ、すまねえ、謝る。とか言ったら誰かが突っ込んで(略)。
 相変わらずスランプも続いてますし…。ですが、プロットは完結まで作ってあるのできちんと書き上げる予定…書きあげますので末永くお付き合いください。

次回、微グロです。あの人があんなことになります。そう、いつもいつもやりすぎてしまうあの人です。
そして念願の、型月板に移ります。



[21443] Fate~cross/night~ 第6-2話 Discipline
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:6622cd16
Date: 2011/07/10 23:32
 士郎と凛は並んで歩く。それは二人にとって初めて一緒に通学することを意味しており、互いに多少意識しあって微妙な距離を保って学校まで行くことになる。そんなまさに青春の時間は、学校に着いた瞬間に終わりを告げる。
 士郎とオーフェンが、学校を包む非日常の匂いをかぎ取ったからだ。それは獣と、血の匂いがした。
「士郎、あなたはいつでもセイバーを呼ぶ準備をしておいて。キャスターも魔術師よ。学校に人が大勢いるような時に攻めてくるとは思えないけれど…一応、注意しておいて。」
 獣、すなわちゾーンを手ごまとして使っていることで、罠を仕掛けた存在の正体をキャスターだと考えた凛は、魔術師であるからこその常識、魔術とは秘するものであるという常識に従って士郎へと警告する。
 セイバーを召ぶ(よぶ)。それは学校が戦場となることを意味していた。聖杯戦争とは関係のない大勢の生徒が居る、この場所が。
「それにしても痛いわね。まさかセイバーがいまだ生きている英霊だから、アーチャ―のように霊体化させて連れてくることができないなんて。」
 無いものねだりをしても仕方がないことは、凛とて理解している。しかし、あからさまに罠の中、しかも凶悪な獣の巣の中に自ら足を踏み入れざるを得ないという状況では、そう嘆きたくなるのも当たり前だろう。
『この数だ。一度に襲撃されちゃあ確実に死人が出る。まあ、獣である奴らが未だ襲いかかってこない所を見ると、なんらかの制御方法があるとみて間違いないんだろうが……。』
「そこら辺はキャスターの……。」
 そこで凛は昨夜のキャスターの様子を思い出す。その、まさに狂的とも言えるまでの敵愾心の高さから自身の味方であるアサシンにすら攻撃をしていたその姿を。
 そんなキャスターであれば、こんな回りくどいことをしないのではないか?そういう疑念から、凛は、未だ一度も姿を見せていないキャスターのマスターの指示ではないのかと考える。そこまで用心深いマスターなのだ、こう回りくどい作戦を立てるのもうなずける。
「あ~、マスターの自制心に期待するしかないでしょうね。」
 結局凛はそう結論付けてると、霊体化しているアーチャ―との話を終える。そうしてから士郎へと向き直ると、
「どうする?士郎。一応、逃げるって手段もあるわけだけど。」
そんな風に、凛は士郎がどう答えるのか始めからわかりきっているとばかりに問いかける。それに対して士郎はうなずくと、当然とばかりに言い返す。
「ああ、当たり前だ。逃げるなんて考えられない。これからこの場所は最も危険な場所になって、そこに何百人もの人がいる。それを見捨てて逃げるなんて、衛宮士郎にできるわけがない。」
「でしょうね。私も、こういう見境のないことをするバカには腹が立ってたところよ。いいわ、罠なら罠で、内側から食い破ってやりましょう。」
 そうして士郎と凛はいつも通りに、足を踏み入れる。日常を装った、非日常の学校(世界)へと。



 凛は、教室の中で教師の口にする呪文のような声を聞き流しながらオーフェンへと話しかける。凛は、オーフェンが霊体化できることを利用してなにか異常がないか偵察をさせているのだ。
『どう?アーチャ―。なにか見つかった?』
『これは…見つかったと言うべきなのかね。』
 歯切れが悪そうにそう答えるオーフェンに、凛は眉をひそめる。
『どういうこと?』
『何も見つからねえんだよ、この教室。カラッポだ。』
 始めはその意味が分からなかった凛だが、言葉の意味を理解した瞬間、授業中だというのに思わず立ち上がってしまう。それほど事態は切迫していた。
「どうしましたか、遠坂さん?」
 今起こっていることを何も知らない教師は、怪訝な顔で凛の顔を窺ってくる。それに凛は体調の不良を訴える。普段優等生の猫をかぶっている遠坂がまさか仮病を使おうなどとは毛筋ほども思っていないのだろう、教師は疑いもせずに凛の退室を認める。そんな能天気な教師に心の中で感謝しつつ退室する。そして後ろ手に扉を閉めたとほぼ同時、体調の不良を訴えた生徒とは思えないほどの速度で駆け出した。
 オーフェンは教室がカラッポだと言う。それの意味することは一つ。
『まさか、そんな……。』
 凛は苦渋に満ちた顔で、オーフェンの居る教室へと向かう。
『ああ、全てゾーンとやらに喰われちまったんだろう。一つのクラスが、まるごと。』
 そこで凛の頭にひとつの疑問が浮かぶ。どうすれば英霊であるオーフェンにすらほぼ察知されることなく襲撃することができたのだろうか、と。
『ねえ、机や椅子はどうなってる?』
ひとつのクラスが丸ごと喰われた以上、そこでは少なくとも30人を超える人間が居たはずだ。それを悲鳴ひとつあげさせずに殲滅することなど可能だろうか?獣であるゾーンが。
『多少荒れてはいるが、壊れたりなんかはしてねえな。だがこの異常なまでの血の臭いは、間違いなくゾーンの仕業だろう。』
『……そう、じゃあとりあえず私もそこに…。』
 凛はオーフェンとの話を切り上げて現場に駆けつけようと走り出した矢先、階段の上から現れた影を見て足を止める。
『訂正。来なさい、アーチャ―。』
「よう、遠坂。優等生のお前が、授業をサボったりなんかしていいのか?」
 その影は、気取った口調で凛に話しかける。そしておそらくは自分の容姿に自信があるのだろう、大げさに髪をかきあげて不敵に笑いかける。
「慎二……。」
 普通の少女であるのなら、今の笑みにのぼせ上ってしまうのだろう。しかしその影の、間桐慎二の内面を知っている凛はその笑みに騙されることなどない。慎二の笑みの奥底にある、相手を見下しきっているその内面を。
 だから凛は突然現れた慎二を警戒して一歩後ずさる。
「なんだよ遠坂、その眼は。ああそうか、警戒してるのか。」
 慎二はいかにも抑えきれないといった様子で笑いながら階段を降りてくると、凛の肩になれなれしく手を置いてくる。
「安心しろよ、僕は味方なんだぜ?」
「そう、私は急いでいるの。味方だっていうのなら邪魔をしないでちょうだい。」
 凛はにべもなく慎二の手を打ち払うと、急いで階下へと向かおうとする。そのことに腹を立てた慎二は、笑みを消すと荒々しく凛の肩を掴んで無理やり振り向かせる。
「待てよ。何を急いでるのか知らないけど、話くらい聞いてもいいだろ。」
「なに。」
 食い下がる慎二にうんざりしながらも、凛は腕組みをして仕方なしに立ち止まる。それを見て、慎二はひとつ深呼吸なのかため息なのかわからない息をつき、本題に入る。
「僕と組まないか?」
「……なんのことかしら?」
「とぼけなくてもいいぜ、遠坂。お互い、始まりの御三家である魔術師なんだしさ。聖杯戦争のことだよ。実は、僕もマスターなんだよ。」
 そう言うと、慎二はポケットから小型の電子辞書に酷似したモバイルのようなもの取り出し、その表面に描かれた二画の紋様を見せつける。
 なぜ、機械の表面にそのようなものがあるのか凛には理解できなかったが、それでもその二画の紋様の意味は理解できた。
「令呪…ってことは本当みたいね。でも、なんでそんなモノに令呪が?」
「ははっ。残念だけどそれは答えられないな。」
 驚愕する凛に満足した慎二は、そう言ってモバイルをポケットにしまう。そして、
「まあ、お前が僕と組むってんなら教えてやってもいいぜ。」
 などと言いながら、ニヤニヤといやらしい笑みを張り付かせて凛の方へ歩み寄ってくる。
 そんな慎二に生理的嫌悪感を覚えた凛は、思わず表情をこわばらせて後ずさる。それを恐怖と勘違いしたのか、慎二はいったん立ち止まって手の平を凛に見せるように開くと、
「安心しろよ、なにもしやしないって。ほら、仲間になれば君のことも僕が守ってやるからさ。」
 などと、あまりに見当違いのことをのうのうと吐かしてくる。慎二が男であり凛が女であるという、ただそれだけのことで慎二は凛が恐れていると、そう解釈したのだ。そしてそれは凛にとって到底許容できないほどの侮辱であった。だから凛は湧き上がる感情に素直に従って、肩を抱こうと近づいてきた慎二を、思い切り殴り飛ばした。
「な、なにを…。」
「うるさいっ!あんた、何様のつもり?私を守るって、そんなことされて私が喜ぶとでも思ってんの!?私はね、自分の力でこの聖杯戦争を戦い抜くわ。アンタの助けなんていらない。それにね、慎二。アンタはそれを本心から言っているの?」
「そんなの当たり前…。」
「嘘ね、下心が見え見えよ。そんなのを味方にしたら、こっちの身が危ないわ。まだ、助けたいから、それが正しいからって理由でこっちを助けようとするバカの方がマシよ。信じられる分、よっぽどね。」
 慎二は何事か口にしようとするたびに凛に遮られ、叩き潰されてしまう。そして、最後の凛の言葉で慎二はとどめを刺されてしまう。間接的にではあるが、慎二は凛から信用できないと、そう告げられたからだ。それは同時に、凛が慎二と敵対することを意味していた。
それは始まりの御三家にして同じ魔術師であると、すなわち自分に等しい存在であると思い込んでいた慎二にとって、許しがたい裏切りであった。自分が、頭を下げて仲間になることを誘ったのだから、凛は当然それを受けるはずであったのだ。それが慎二の中での真実であり、決定事項でもあったのだ。
 だから、慎二は叫ぶ。
「ライダァァーー!!」
 その叫びとともに、階上から天井を割って黒い塊が現れる。それは、
「ラ、ライダー!?」
 凛は驚愕を隠しきれずに後ずさる。そんな凛を守るように、すでに合流していたオーフェンが霊体化を解いて現れる。
「遠坂、これが最後だ。仲間になれ!始まりの御三家である僕と、まともな魔術師ですらない衛宮と、考えるまでもないだろう!!」
 凛の驚愕などお構いなしに、慎二は当然とばかりに詰問する。
 その慎二の言葉通り、凛の答えは考えるまでもなく決まっていた。しかし、
「慎二、アンタがライダーのマスターだったなんてことは今はどうでもいいわ。今、なんて言ったの?私が士郎と組んでいることを、なんで知っているの?そして、ライダーはなぜ……。」
 凛の驚愕には理由があった。ただライダーが現れたのであれば、それは驚きはしても思わず後ずさるほどではない。キャスターとの戦闘で生き残った、ただそれだけのことであったのだろうと納得すればよい。
しかし、現実はそうではなかった。ライダーのトレードマークとも言うべき右目の眼帯は無く、それどころかその下にあるはずの義眼すら無く、その右目の虚からいくつものコードが生えていた。そのコードはそのまま後頭部まで伸びており、首下から背中にかけて突き刺さるように設置された奇妙な形をした機械へとつながっていた。そしてそれが原因かどうかはわからないが、その巨体に似合わず無邪気な表情を映していた左目も、右目と等しく虚しか映していない。
「……そんな表情(かお)をしているの?」
 それは、あまりに惨いことであった。この世界に召喚され知らず厄災をばらまいてしまい、己さえも奪われてしまったのだ。
凛はライダーとはさほど会話を交わしていない。しかし、それでもライダーの本質が善いものであると、士郎が目指すようなモノとはまた別の『正義の味方』と呼んでいいモノであったから。
「どうでもいいだろ、そんなこと。遠坂、早く答えろよ。イエスかノーか、跪くか這いつくばるか、だ。」
 ライダーから全てを奪った方法は分からないが、こんなにも傲慢で、愚かな男によって。
「……分かったわ、慎二。」
 呟くようにそう答えた凛に、慎二は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。しかしそれは、凛が次に口にした言葉によって凍りつく。
「アンタが最低の下種だってことがね!」
 ライダーの持つ全てが、無残にも踏みにじられたのだ。これを―、
「許していいわけがないでしょう!アーチャ―!!」
「ああ。ちょうど、決着もついてなかったわけだしな!」
オーフェンは凛の気勢に応えるかのように左の掌に右の拳を打ちつけてうなずく。その顔に浮かんでいる表情は皮肉げに歪んではいたが、その瞳にはやはり凛と同じモノが浮かんでいた。どうしようもないほどの、怒りが。
 驚きに絶句している慎二に向けて、凛は告げる。
「ここじゃあ人目につくわ、移動しましょう。そしたら…。」
 凛はそこで言葉を切ると、凛を背に守っているオーフェンが一瞬体をビクリと震わせてしまうほどの殺気を放ち、
「その根性、叩き直してあげるわ。」
 そう、続けた。
「なっなっ……。」
 そんな凛に対して慎二は何事か喋ろうとするものの、驚きのあまりか、それとも憤怒のあまりか、まったく声を出せないでいる。そんな慎二に追い打ちをかけるかのようにオーフェンは挑発をし始める。
「なんだぁ?話す言葉すら忘れちまったか?それとも理解できねえのか?ほれほれ、ぼくちゃんコッチですよ~。」
 よほど腹に据えかねていたのか、オーフェンはまるで子供をあしらうかのように手を打って慎二を呼ぶ。そのあまりの扱いに、慎二の感情のメーターは振り切れてしまったのだろう。凛たちに対して言葉すら発さず、ただ激情のままにポケットからモバイルを取り出すと、叩きつけるように命じる。
「アイツらを殺せ!ライダー!!」
 そして慎二は、凛たちにとっては予想外にして最悪の言葉を続ける。
「それから全てを食い殺せ!ゾーンども!!」
「えっ!?」
「なっ!?」
 凛は、キャスターと慎二は手を組んでいるだけでありキャスターの手ごまであるゾーンの手綱はキャスターとそのマスターが握っていると、そう読んでいたのだ。だからこそ慎二を挑発し、戦場を無理やりにでも変えさせれば学校から脅威を取り除くことが出来るかもしれないと、そう考えていたのだ。
 しかし、現実はそう甘くはなかった。凛たちは見誤っていたのだ。慎二の狂気と、今代のキャスターの異常性を。
 慎二の命ずる声の残滓が擦れて消えるよりも早く、獣たちの歓喜の雄叫びが上がる。そして、校舎が揺れる。百を超える数の獣たちが踏み鳴らす足音と、ライダーがオーフェンへと向かって力強く踏み出した一歩によって。



凛と別れた士郎は、緊張しながらも教室へと向かう。そうして普段通りに授業を受け始めた士郎であったが、そのあまりの普段通りの日常に対し、内心胸を撫で下ろしつつあった。そして士郎が放課後までは何もなさそうだと高をくくったその時、何か堅いものが割られるような音が響き、そして教室そのものが、揺らぐ。
 その音を聞いた士郎は、自分の愚かさに舌打ちしつつ思い切り立ち上がる。そして、全速力で音の方向に向かうために、ドアへと走り寄ったところを、倫理の教師である葛木宗一郎に引き留められた。
「何処へ行く衛宮。授業中だ、自分の席に戻れ。」
 説明するのももどかしく、士郎は葛木を振り払って行こうとするが、葛木の手は鉄のように固く士郎をつかんで離さない。士郎は懸命に葛木の手を引き離そうと掴みながら、焦りをぶつける。
「先生は今の音が聞こえなかったんですか!?」
「聞こえている。だからこそお前を捕まえているのだ。」
 葛木のその言葉に、士郎は一瞬の戸惑いを見せる。それを葛木が見逃すわけもなく、士郎は強引にドアの前から引きはがされてしまう。
「お前の正義感が人一倍強いことは知っている。しかし、危険があると分かっていて生徒をその場所へと行かせるわけにはいかん。おとなしく教室で待っていろ。そうすればいずれ報告が入る。」
 葛木はそう有無を言わせぬ口調で士郎へと言いつけると、ことは終わったとばかりに教壇へと戻り、授業を再開してしまう。その様子を士郎は横目に―何人かの生徒はこちらの方を見ているものの、ほとんどの生徒が授業をまともに受けている―見て、しばし考えると、当然とばかりにドアの方へと駆け出していく。そしてドアを開けようとしたとき、唐突にドアは反対側から開かれた。
「っと。」
 そのため士郎は、ドアを開けた人物に頭から突っ込みそうになってしまう。
「クッ、やっぱりこうなっていたか。」
 その人物はそう皮肉げな笑みを浮かべる。しかしそれは一瞬のことであり、士郎がそれを見咎める前に、その人物、アレッサンドロ=ディ=カリオストロは人のよさそうな笑みへと変えてしまう。
「さて、ここにいる問題児への対応は?」
 士郎の頭上を越えて、アレッサンドロは葛木へと話しかける。
「済ませた。」
 アレッサンドロの苦笑交じりの皮肉を、葛木はただ一言そう返すだけで済ませると、授業を再開する。
「ふむ、では私も君を説得するとするか。さて、士郎くん。君は正義の味方を目指しているのだったね。」
「…はい。」
 一刻も早く凛の元へと急ぎたい士郎は、しかしアレッサンドロが邪魔するために行くことができないでいる。そんな士郎の顔には、目の前のアレッサンドロへの怒りより、打開できないこの状況への焦りが浮かぶ。それを目ざとく見て取ったアレッサンドロは、言葉を切り、すこし考えるそぶりを見せる。そして、急に話の方向を変えて話し出す。
「ふむ、この件に関して君はなにかを知っているようだね。だからなにかを、誰かを心配をしている。しかしだ、私たちも君のことを心配していることは理解してくれんかね。」
「……はい。」
 やはり不満そうな表情を崩さない士郎を、アレッサンドロは無理に振り向かせてその背中を押す。そして背後から他の生徒たちに聞こえないように、こっそりと耳打ちする。
「なに、もう少しで授業も終わる。そうすれば何をしようが君の自由だ。」
 結果、その囁きを受け入れた士郎は、激しく後悔することになる。
 授業は確かにすぐに終わった。しかしそれは、鐘の音によって告げられる終わりではなく、獣たちの雄叫びによって始まる、本当の終わりが始まったからだ。








あとがき
 と、いうわけで、切りのいいところで次回へ続きます。
 遅くなりもうしわけありませんでした……。もう、謝るしかないです。
言い訳ですが、やっぱり仕事と大学と採用試験の三連コンボはキツイですって。
せっかくゾアハンターを知っている同志が居られたというのに、不甲斐ないです。精進します。
 とまあ、過ぎたことは置いておいて、次でライダー編が完結するかと思います。そういえば、前回はわかめがあんなことに!なんて書いてたんですよね……。きっと次回は、次回は…!!



[21443] Fate~crossnight~ 第6-3話 Discipline
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:f81c4c02
Date: 2011/10/02 23:53
 無慈悲な弾丸のように突っ込んでくるライダーを、オーフェンは呪文を唱えて障壁で受け止めると、凛に向かって叫ぶ。いつもの斜に構えた彼からは想像もできないほど、焦って、それでいて懸命な声で。
「こいつは俺が止めておく。だから、お前は行け!行って獣どもを蹴散らしてこい!!」
 凛はその言葉に圧されるようにして走り出す。オーフェンに返事すら返さず、振り向くこともせず、ただ、獣(ゾーン)の群れへと向かって。



「おおぉぉっ!」
 士郎は雄叫びを上げながら手に持った椅子を目前の異形の獣の後頭部に叩きつける。しかし、叩きつけられた方のゾーンはそんな些細なことに構っていられないとばかりに食事を続ける。ゾーンが士郎のクラスメイトであったモノを噛み砕き、その中にあったモノが周囲に飛び散る。
「くそぉっ!やめろ、やめろぉぉっ!!」
 それを見た士郎は狂乱状態に陥りながら、何度も何度も椅子を振るう。そのことになんら意味がないと頭では分かっていても、それでも叩きつけるのを止められなかった。そんな士郎をいい加減わずらわしく思ったのか、ゾーンは背中に生えている腕を使って士郎を弾き飛ばすと、再び食事を再開する。その行動は、士郎のことなど目にも入らないとでも言わんばかりで、士郎の神経を逆なでする。
「くそぉ……。」
 士郎はそう毒づきながら、それでもなおゾーンへと立ち向かおうと武器となるものを手で探る。するとその手を何者かが掴む。
「なっ。」
「静かにしろ。」
 その手の主は、低く押し殺した声で士郎の口をふさぐ。
「残ったのはお前だけだ、衛宮。お前も早く逃げろ。」
 その言葉の意味に驚いた士郎があたりを見回すと、教室に残っているのは士郎と葛木の二人だけになっていた。その、言葉通りに。
「でも、あそこに……。」
「アレはもはや肉の塊だ。諦めろ。」
「そんな言い方っ。」
 葛木のあまりの言い草に、士郎は思わず声を荒らげて反論しようとするが、再び葛木に口を塞がれてしまう。
「なんにせよ、今のお前ではこの状況をどうすることもできん。」
 突きつけられた現実に、士郎は俯くことしかできない。
「衛宮、早く逃げろ。ヤツが食事を終えるまで、そう長くはない。」
 握りしめた拳を叩きつけることすらできず、行き場を失った激情が、士郎の胸をかき乱す。
「くっ…そぉ……。」
 士郎の喰いしばった歯と歯の隙間から呼気ともとれるほど小さい声が、漏れ出る。それをそばで聞いていた葛木は、士郎の言葉に同情を覚えたのか、しかしいつもと変わらない無表情で語りかける。
「……お前のその手で出来ることを、考えろ。」
 その言葉で士郎は気づく。自分の為せる、最大限にして唯一のことを。
 それに気づいた士郎の行動は、早かった。左手を掲げて、迷うことなく、自身が魔術師であるとばれてしまう可能性など歯牙にもかけず、セイバーを、アロウンを召ぶ。左手に宿る奇跡の力、その一角を使って。
「来てくれ…いや、来い、アロウン!!」
 士郎の呼びかけに応えて、灰色の髪に黒衣を纏った長身の男が、虚空を割って現れる。
 その男―アロウンは、召ばれると同時に状況を理解したのか、未だ食事を続けているゾーンへとその手に持つ紅い剣を振り下ろす。そのまま裂帛の気合を以って、ゾーンを、その餌ごと微塵に切り裂く。
「それで、今はどういう状況なのだ?もっとも、ある程度は予想はつくがな。」
 アロウンは、先ほど神技とも言える剣技を見せたことなど、露ほども感じられないような、そしてこの場の雰囲気にまるでそぐわない、とても穏やかな声で、士郎に問いかける。そんなアロウンの堂々とした態度を頼もしく思いながら、しかし、喰われてしまった生徒をもアロウンが手にかけてしまったことに不満を抱きつつ、それらの思いを飲み込んで、アロウンの元へと駆け寄る。
「学校に、こいつらが襲撃を仕掛けてきたんだ。それ以外のことは、何も。」
「それで、どうする?」
 士郎の言った程度のことは、状況から推察できる。だからこそ、アロウンはまるで試すかのように士郎へと問いかける。
「え……?」
「呆けている暇はないぞ。そら、そこに居る教師のことも含めて、だ。」
 アロウンは暗に、問うているのだ。目撃者をどうするのか、と。
 アロウンがその紅剣を以って、状況を理解しきっておらずに当惑している様子の葛木を指し示すことで、士郎はようやくその真意に気づく。そしてその上で、当たり前といった様子で、
「当然、助ける。」
 そう、断言した。
 その士郎のあまりのらしさに、アロウンは思わず吹き出してしまう。そして、やや憮然とした面持ちの士郎をしり目に笑いを収めると、紅剣を担ぎ、葛木へと声を放る。
「……いや、よかろう。おい人間、とりあえず人数は少ないが、エクソダスとしゃれ込もうではないか。」
「断る。」
 しかし、即座に返されたその返事は、否定の一言であった。
「葛木先生。こいつはなんていうか、俺のボディーガードみたいなもので……。」
 アロウンのことを全く知らない葛木が、アロウンを信じられないからそのような行動に及んでいると勘違いした士郎は、慌ててその仲を取り持とうとする。そんな士郎を、葛木は手で押しとどめる。
「そうではない。アロウンと呼ばれているお前がどういう存在であるかなど、別段聞きはしない。私が断ったのは義務感からだ。」
「だが、この事態はただの人間にどうにかできるものでは…。」
 アロウンが葛木に対して語気を強めながら詰め寄ろうとしたとき、壁を突き破って虎ような形と体色を持った、しかし全身から牙の様なものが生え出ているゾーンが現れる。そんなゾーンに対して、アロウンは紅剣を構える。するとその横を、葛木がすり抜けるようにして、自身の倍以上もの体躯を持つゾーンへと向かう。
「なっ、待っ……。」
 そんな無謀とも思える行動に、いつも飄々とした態度を崩さぬアロウンでさえ、思わず驚愕をあらわにしてしまう。
 恐らくはゾーンすらもそう考えたのだろう。自らの元へ滑るように近づいてくる餌を、喜びの吠え声をもって迎える。
 しかしそんな周囲の予想を、葛木は文字通り叩き割って見せた。
「ふっ。」
 小さな呼気とともに振るわれた葛木の左拳が、鋼すらもやすやすと引き裂くゾーンの牙を叩き折り、続いて振るわれた右拳がゾーンの下あごを打ち抜き、その意識を打ち砕く。 そうなってしまっては、超回復を備えたゾーンといえどどうすることもできず、教室の床に無様に倒れ伏す。
「……。」
 そんな予想外の技を見せた葛木は、声を失って固まっている士郎へと歩み寄り、いつもと変わらない超然とした様子で、
「何ができるかはさほど問題ではない。俺は、力を持っている。そして、それを振るう場と振るうべき状況がある。それだけのことだ。」
 そう士郎に語りかける。
 その在り様は、目的は在っても力の無い士郎とはまったくの真逆であり、そのことを無意識の内に感じ取ってか、士郎は不快感をつのらせる。しかし、そんな風に思ったところで、現実がその感情を押し流してしまう。
「そこまでの力を持っているのなら、もはや何も言うまい。お前はお前の思うように行動しろ、人間。」
「言われなくともそうするつもりだ。」
 アロウンの言葉を背に、葛木は教室を出ていく。それを、士郎はただ見送っていた。そんな士郎の背を、アロウンはどやしつけるかのようにはたくと、
「そら、呆けている暇などないぞ。他の教室では、未だに奴らの食事が続いている。一人でも多く、助けねばな。」
 そう言って、アロウンは壁を切り裂き隣の教室へと飛び込んでゆく。その後ろ姿に、士郎は自分の無力さを噛みしめながらついて行く。その時、ふいに学校全体に響き渡るような、声が流れる。
『まだ生きている人、体育館に行きなさい。あそこは頑丈だし、立てこもるのに向いてる。なによりここにはまだ化け物が居ないわ。だから、早く!』
 そんな風に聞こえてくる凛の声は、焦りと口惜しさがない交ぜになったような、そんな悲壮感が感じ取れた。
「おい、士郎。今のを聞いたか。」
「ああ、遠坂の声だったな。」
 アロウンは、自分で作った瓦礫を踏み越えながら士郎の元へと歩いてくる。その肩には、逃げ遅れと思しき女学生が、意識を失っているからか、まるで荷物のように担がれていた。
「そういうわけだ、案内は任せた。途中に居る奴ら全てを連れて行くぞ。」
 そう言ってアロウンは、守れと言わんばかりに士郎へと女学生を預けてくる。そして、今や吹き抜けとなった隣の教室に、
「そういうわけだ、死にたくなければお前たちは自分の足で歩いてこい!」
 そう言葉を放り込んだ。




 オーフェンと分かれた凛は、士郎とは違い、ゾーンに対して攻撃をしかけようなどとはまったく考えていなかった。人間を軽く凌駕する膂力と耐久力を備え、エネルギーが持てばという条件があるが、一片の肉片からでも再生し得る脅威的な再生能力を持ったゾーンの集団、しかも、食事をするたびにその数を増していく存在を、まともに相手しようものなら、いずれ自身も飲み込まれてしまうことが分かっていたからだ。
 だから、凛は始めから戦おうとしなかった。半身を喰われて、残った半身を異形へと変質させ始めた先輩の横を走りぬけ、襲いかかってくる元教師の足元を潜り抜け、襲われたものの、その襲ったモノが、別の獲物へと目移りしたため捨て置かれてしまい、半死半生となっている同級生を飛び越し、凛は走った。走って、走って、そして、目的地へと辿り着く。そこは、体育館の、屋上。幸運なことであるのかは分からないが、今日は体育館を使っての授業は行われていはいなかった。すなわち、餌を求めて動いているゾーンは、ここには居ない。
 荒くなった息を静める時間も惜しく、凛は屋上から四方へと宝石をばら撒くと、体育館に結界を施す。そして、凛は自分の声を『風』に乗せて叫ぶ。
『まだ生きている人、体育館に行きなさい。あそこは頑丈だし、立てこもるのに向いてる。なによりここにはまだ化け物が居ないわ。だから、早く!』
 一度だけでは聞き逃す者も居るかもしれないと思い、もう一度同じ言葉を叫んだ後、休む間もなく再び走り出す。目的地は体育館正面入り口。なぜならその箇所は、結界の加護を受けていないからだ。
 凛がいくら優秀な魔術師であろうとも、人間とゾーンを識別してゾーンのみを弾き出す結界などを作り出せるわけもない。ゾーンは、アザエルと呼ばれる、科学的に合成されたウィルスに感染した、ただの生物。元、人間なのだから。
 だから、凛は正面入り口を除いてすべての場所を封印した。自身が守りきれるであろう場所を作り、確実に助ける。士郎からすれば、取りこぼしがあるこのやり方は、大いに不満が残ることになるだろう。しかし、それでも凛は選択した。魔術師らしく。しかしてその行動は人らしく。
 そして、凛は入り口に着く。そこには既に何人かの生徒が助けを求めてやってきていて、そんな生徒たちに対して凛は、
「さあ、早く体育館の中に入りなさい。そして、自分の命くらい、自分で守ってみなさい。あんた達、まだ生きてるんでしょう?生き残ることが、他の犠牲になった人への一番の手向けになる。だから、生きなさい。」
 名は体をあらわすというが、凛はその名の通り、毅然とした態度で生徒たちに渇を入れた。
 そうして混乱から立ち直った生徒たちに、凛はいくつかの指示をし、自身は再び体を翻す。
「私は、まだ周りに人が居ないか見てくるから、この入り口だけは開けておいてくれるかしら。」
 そう言うと、凛は生徒たちの制止する声も聞かず体育館の中に彼らを押込めると、後ろ手に無理やり扉を閉めた。押込めてしばらくの間は、生徒たちも凛を中に引き入れようと躍起になっていたようだが、凛がしっかりと扉を閉ざしていたことと、自身の保身の感情から、やがて体育館の奥の方へと引きこもっていった。それを確認した凛は、それまで毅然としていた態度を崩すと、やや皮肉げに顔をゆがめる。
「さて、勢いでこんなことしちゃったけど、まさに心の贅肉よね。彼らからしたら、私は正義の味方に見えるのかしら。」
 凛がそうぼやいた瞬間、視界の片隅に素早く動く影を見咎める。
「今のは……!」
 いぶかしげにそう呟く間もなく、先ほど影が見えた方とは逆、凛の背後から、奇声をあげて猿のようなゾーンがとびかかってきた。
 それに対し、凛は慌てずに身をかがめてゾーンの下を潜ってかわすと、得意のガンドを叩き込む。しかし、当のゾーンは何の痛痒も受けているようには見えず、平然と体勢を立て直して再び飛び掛かってくる。
 そんなゾーンに対して、凛はもはや全ては終わったとばかりに後ろを向き、先ほど見ええた影へと備える。そんな凛を好機とばかりにかみ砕かんとしたゾーンは、大口を開き吠え声をあげる。しかし、そのゾーンは吠え声をあげたところで血を吐き、倒れてしまう。
 ゾーンは、自身の体に何が起こったのか分からず、ゼイゼイと明らかに異常な音をたてて喘ぐように呼吸を繰り返す。そんなゾーンに対して、凛は一瞥すらやらずに物陰に隠れる者に対してあてつけるかのように種明かしをする。
「アナタたち、そんなキメラみたいな成りして、純粋な生物らしいわね。他の強いところを混ぜて作られるキメラではなく、そのように進化した、その代だけの純粋な獣。それなら、魔術師にとって、なんの脅威にもならないわ。ただ、少し大きな猫を相手にするようなものよ。」
 凛は風で跳ね上がる髪を撫でつけながら、わざとらしく余裕たっぷりな姿を見せつける。物陰に隠れて居る者に対して。
「どうかしら、特別に呪いを強化したガンドの味は。貴方も受けてみたい?慎二。」
 名前を呼ばれたことで観念したのか、はたまた凛の挑発に耐えられなかったのか、慎二はゆっくりと物陰から現れる。
「やるじゃないか、遠坂。さすがボクが認めただけのことはある。」
「私は貴方のことを認めた覚えはないけど?」
 ややひきつった笑みを浮かべていた慎二だが、凛のその一言で無様に引きちぎられる。声も出せないほどに激怒した慎二のすることは、ただ一つ。
「この…!」
 慎二は凛たちの予想通りに激情に任せて手に持っていたモバイルを開こうとして、首筋に当てられたナイフの冷たさに、その手の動きを凍らせた。
「おっ、この意味が分かるくらいの頭はあったか。」
 などと、バカにした様子でナイフの持ち主―オーフェンが驚くふりをする。そんなオーフェンを、慎二は目線だけ向けて睨む。
「なんで、お前がここに?ライダーはどうしたんだ。」
「ハッ、バカかお前。あんなでくの坊、相手にするまでもねーだろ。」
「何を……。」
「簡単に説明するとね、サーヴァントというのは霊体化ができるのよ。残念ながら貴方のサーヴァントは出来ない様だけど。その代り、ライダーは強力なパワーと耐久力を持つことができた。それは確かに脅威よ。たぶん、そこのチンピラがまともにぶつかったんじゃ、勝てないくらいにね。」
 凛はさりげなくオーフェンのことを罵倒しつつ、それに対して半眼で、反感のまなざしを送るオーフェンを無視して続ける。
「でもね。それが発揮されるのは、それが効く相手のみよ。霊体化した存在に、物理的な手段による攻撃は通用しないわ。」
「あの役立たずが!」
 ライダーに対して毒づく慎二に、凛は分かってないわね、とでも言うかのように肩をすくめてため息をついた。
「分かってないの?役立たずにしたのは貴方なのよ。バーサーカーのようにその代償に強大な力を得るでもなく、ただ自分の言うことを聞かせたいがために貴方はライダーの意志を奪った。戦闘の天才とでも言うべき英霊のね。だから、そこの……アーチャ―が貴方の目が無くなったのをいいことに、霊体化して逃げ出しても、ライダーはアーチャ―と戦うという貴方の命令を止めなかったのよ。」
「戦術的撤退と言ってくれ。」
 勝つためならばどんな手段でも使う魔術士であるオーフェンと、己の美学を持ち、それを貫こうとする凛とでは、やはりこの戦法に対する受け取り方が違うのだろう。それでも二人に共通してあった感情は、相手を出し抜けたという優越感であった。
「とにかく、現実はこの通り。」
「ライダーは今でも廊下に棒立ちになってやがるぜ。」
 慎二はモバイルを割れんばかりに握りしめながら、ただ、黙って二人の言うにさせておくことしかできずにいた。
同格だと思っていた凛には、その実まったく相手にされておらず。ただのチンピラのようにしか見えない凛のサーヴァントごときに出し抜かれ、あまつさえ自らの命さえ握られてしまっている。
 このような状況は、あっていいはずがなかった。慎二の計略どおりに事が進み、慎二は当然のように勝利し、自身の手に聖杯を手に入れなければならなかったというのに。
 それを邪魔する輩など、在って良いはずがなかった。慎二にとっては。
「ふざけるなよ、お前ら!だからどうしたって言うんだ。お前たちの守りたかった奴らの命を、僕が握っていることを分かってないのか!?」
「だから、どうしたって言うのよ。」
 慎二の怒りに任せた、あまりにも小物めいた脅しに屈服するような者など、この場には居なかった。
「命はね、本来自分が守るべき代物よ。他人に助けてもらおうだなんて、甘いのよ。私が彼らを助ける義理なんて、元からないわ。今回はたまたま助けられる人たちが居たから助けただけよ。慎二。アンタ、勘違いしているようだから言うけど。私たちはね、魔術師なのよ。根源にたどり着くために、他者すら、いいえ、家族であったとしても容易に捨てることができる存在よ。そんな存在に、人質なんて通じると思ってるの?」
 凛は有無を言わさず言葉の槍を慎二に突き刺していき、そして最後に一つ、慎二の根底にある『何か』を徹底的なまでに突き崩す言葉を口にした。
「アンタは魔術師じゃないわ。魔術回路が無いから、だなんて意味じゃない。もっと根本的なことよ。自分の足りない所を認めようとしないアンタは、一生そこから動くことができない。そんな存在を、魔術師とは言わない。」
「ふざけるなぁ!」
 凛の言葉に激昂した慎二は、しかし突きつけるオーフェンの白刃の前には屈さざるを得ず、それが余計に慎二のプライドを傷つけた。
「さあ、早くあの趣味の悪いペットたちを止めなさい。これは命令よ。あなたの命を握っている者としてのね。」
「ぐっ。」
 凛の言葉に詰まる慎二。さらにはオーフェンがナイフの刃をさらに強く押し付けてきて、首にはうっすらと血がにじみ始める。その圧力に屈したのか、とうとう折れた慎二は、
「分かった、分かった。止める。止めるからこいつを止めろ、遠坂。」
「交渉成立ね、アーチャー。」
 慎二の敗北宣言を受け入れた凛は、オーフェンに視線で指示を送った。そんな凛に、オーフェンは、甘いな、とでも言いたげな表情を返しながら、それでも凛の命令を受け入れた。
「さあ、次はアンタが守る番よ。」
 凛に促され、慎二はしぶしぶモバイルを開く。すると、
「ほう。もう事は終わったのか。」
 などと、やけに間延びした声が、慎二の頭上から振ってきた。
 それに反応して、慎二は慌てて頭上を見上げる。凛とオーフェンは、声からその正体を判断がついたのだろう。見るまでもない、といった様子だ。オーフェンなどは、
「遅えよ。」
 などと文句までつけている。
「悪いな。ここに来るまで、ねこじゃらしをくれてやっていたんでな。」
 声が終わると同時、黒い影が頭上から降ってくる。その黒い影は、薄汚れた何かを着地と同時に地面に放る。その正体を目にした慎二は、憎憎しげに毒づく。
「衛宮ぁ……。」
「慎二……。」
 対して士郎はなぜそんな視線を向けられるのか身に覚えがなく、困惑していた。しかし、慎二の喉元に突きつけられたナイフの意味は悟ったようで、そのことがなお、士郎の混乱に拍車をかけていた。
「お前みたいなやつが、なんで遠坂と一緒に居る!?」
「当然でしょ。士郎は。」
 凛はことさらに『士郎』という名前を強調し、慎二に対してあてつける。
「私と協力関係にあるのよ。」
「なんでそんな中途半端な奴なんかを……。」
 慎二は、凛と会話しつつも士郎から視線を離そうとはしなかった。凛のあてつけによって、慎二の、士郎に対する嫉妬の炎はさらに燃え滾る。その炎は、士郎にとっては全くのとばっちりではあったが、そんなことは慎二には関係なかった。
士郎さえいなければ、凛は自分のモノになったのに、と、その妄想はだんだんと常軌を逸していく。
「衛宮ぁ!お前さえ、お前さえ居なければぁ……。」
 必定、慎二の口からは呪詛の言葉が漏れ出ていく。
 もちろん、慎二の脳内で膨れ上がる士郎へのどす黒い感情を知る由もない士郎は、慎二に、最も言ってはならないことを口にしてしまった。
それは、同情の言葉。
「慎二、こんなことはやめるんだ。お前は、こんなことするヤツじゃないだろ?」
 その言葉を耳にした慎二の中で、何かが切れる。
 オマエニナニガワカル。オマエニナニガワカル。オマエニナニガワカル!
「はっはっはっはっはっはッ。アッハッハッハッハ…………ハ?」
 その笑いは、心の中の、何かが壊れてしまった者特有の、狂気が混じっていた。その笑いに、生理的な嫌悪感を覚えた凛は、思わず体を抱いて後ずさる。
「慎……二?」
 その言葉は、凛と士郎のどちらから漏れたものであったか。どちらにせよ、その言葉には敵意はなく、単純に相手を気遣う響きがあった。しかし、そんなことは今の慎二に届くわけもない。
 慎二はその狂気の笑いを顔に浮かべるままに、その激情とともに、モバイルに施されたボタンを、強く押し込んでいた。そのボタンには、士郎たちは知る由もないが『解放』と書かれていた。
「あああああああ~~~~!」
 奇妙な声を上げ始めた慎二を―オーフェンは警鐘をならす本能のままに―殺した。
 首をへし折り、ナイフでもって首の骨と骨の隙間を切断し、もぎ取った。
 慎二の首が地面に落ちる。奇妙な笑い声を立てている途中であったからだろう。首からは、ヒュウヒュウと、ただ空気の漏れる嫌な音だけが響いており、そして、本来流れ出るはずの大量の血は、一滴も流れ出ることは無かった。
「避けろぉ!」
 そのことに、いち早く気付いたアロウンが、警告を発する。しかし、その最も近くにいたオーフェンは、ソレが動き始める前に、その場から離脱することはかなわなかった。
 本来ありえない方向に間接が曲がり、オーフェンに組みつく。そして、相変わらずヒュウヒュウと不気味な呼吸音を漏らしながら、元は慎二であったモノは、本来血があふれ出る場所から大量の涎を垂らし、オーフェンへと噛みつく。
 もしも、オーフェンがサーヴァントでなければ、その瞬間オーフェンはアザゼルウィルスに感染し、ゾーンとなっていた。しかし、受肉しているとはいえ、曲がりなりにもその体は魔力で出来ている。故に、感染の心配は無かった。しかし、体ひとつほどもある、巨大な咢に噛みつかれれば、いくらサーヴァントとはいえただでは済まない。ぞぶりと突き立った牙の間から、大量の血がしたたり落ちる。
「くっうおおおぉぉぉぉ!!」
 痛みに焼け付きを起こしている脳を、自前のスキル『マインドセット』でもって無理やりに冷やすと、思わず漏れ出た叫び声を媒介に、衝撃波を自身とゾーンと化した慎二の間で炸裂させる。
 それに敏感に反応したアロウンが、最優のサーヴァントの本領を発揮し、慎二のみをオーフェンから切り剥がす。さらに凛が、手持ちの宝石を叩きつけて焼き払う。
 戸惑う暇は、無かった。
 直接的ではないにせよ、慎二の命を奪ったのは間違いなく凛である。そして、そのきっかけを作ったのは、間違いなく士郎であった。
 二人のマスターは、そのことに後悔の念を覚えていたのだが、そのサーヴァントたちは、その衝撃などどこ吹く風とばかりに、平然としていた。
 そんなサーヴァントの姿を見て、凛はすぐさま頭を切り替えると、サーヴァントたちと相談を始める。
「今のでゾーンを直接的に止めるしか、状況を打開できなくなったわ。だから……。」
 作戦をたてましょう。そう凛が口にする前に、士郎はたまらず叫び、遮る。
「どうして!慎二を殺したんだ!!」
「そうしなけりゃ、俺が死んでいたわけだが。」
 悲鳴を上げるような、士郎の問いに、オーフェンは当たり前だとばかりに冷たく返答した。
「それでも、もっと別の方法が……。」
「ない。」
 食い下がろうとする士郎を、今度はアロウンが一言で切って捨てる。
「少し黙ってろ、ガキ。お前が何か騒ぐごとに、この学校の人間が一人死ぬ。」
 先ほど見せた、鮮やかとも言える殺しの技を見せた時と、同じ表情で、声音で、オーフェンは士郎へと告げる。現実を、突きつける。それが何よりの士郎を黙らせる薬となった。
 そんな士郎をしり目に、アロウン達は作戦を組み立てていく。そして、ほんの十数秒で今後の行動を決め、始めようとしたその時。士郎があることに気付く。
「なあ、慎二の…首は?」
 話し合いに参加せず、慎二のことに固執していた士郎だからこそ、そのことに気付くことができた。
 それは、アロウンたちが組み立てていた作戦を、根底から破壊するに足る因子であった。
 慎二が、生きている、ということは。













あとがき
 うん、わかめがわかめだけになったネ。
 うん、予定通りだネ。
 ……わかめ…じゃない。慎二ファンの人ごめんなさい。さらに酷いことになるとさきに宣言しておきます。
 さらに、まだ続きます。ライダー編。次こそは終わることでしょう。そして、サブタイの意味もハッキリ分かることでしょう。
(『試練』の意。ですので……。)
 最後に、首をながくして待っていただいている皆様に、感謝と謝辞を。



[21443] Fate~crossnight~ 第6-4話 Discipline
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:f81c4c02
Date: 2012/04/06 10:05
 ソレは地面をのたうつように這っていた。首の傷口から伸びた、甲殻類を思わせる足と、髪の毛が集まることで蛇の胴体を思わせる身体を使って。
 さらには、ソレの口元から、長く伸びた舌が科学的なモバイルに巻きつき運んでいる。
 ソレの名前は、間桐慎二、そう呼ばれた人間の、成れの果てであった。アザエルウィルスに感染し、ゾーンと呼ばれる獣と化し、そしてオーフェンに首を切られ、凛に身体を焼きつくされた、その結果として残った、間桐慎二の、頭だった。
 不思議とその頭は、慎二の意識と記憶を保っており、そのおかげでモバイルを回収してこられたのだ。そして今、自分をこんな情けない姿へと変えた者へ、激情をぶつけようと向かっているところであった。
そしてたどり着く。屋上で全てを見物していた、キャスターの下へ。
「キャスター、貴様……よくもこんな欠陥品を渡しやがったな…!」
 今までの慎二の声とは違う、風が少し吹いただけで霞んで消えてしまうような、虫が鳴くような、ささやかな声。それもそのはず、慎二は首から下がない。そもそも声とは、肺が空気を圧し出し、それが声帯を通ることで生ずる音である。胴体がない、つまるところ肺が無い慎二には、声すら出すことができないはずなのだ。しかし、アザエルウィルスは、ゾーンと生った慎二は、無意識のうちに身体の構造を作り変えてしまっていたのだ。
 それはつまるところ、アザエルウィルスのコントロールを意味する。感染すれば、知性も意識も失われ、ただの獣(ZONE)となるはずであるのに。
そんな超常的なことを行っておきながら悪態をつくさまは、さすが間桐慎二と言えた。
「俺は、お前さんの期待には十分応えたはずだがね。ライダーは言うことを聞くようにし、自由に言うことを聞く駒も与えてやった。学校の外に逃げられないように結界を張り、周囲に異変を気付かせないようにもしてやった。これ以上何を望むのかね。」
 キャスターと呼ばれた存在―――アレッサンドロ=D=カリオストロは、慎二の悪態に、僅かに眉をひそませながら答えた。
その言葉は、今日、学内において起きた事件全てにおいて、この男が造ったあるいは関与したことを示唆していた。慎二の持っているライダーおよびゾーンをコントロールするモバイル。ゾーンそのもの。ライダーの改造。その全てを、この男が行ったというのである。それが、どれほどの奇跡であるのか、そして、どれほどの苦労が伴うのか、ただ悪態をつくだけの傲慢な慎二には、およびもつかないことだろう。だから、アレッサンドロ―――否、『機工魔術士』である『カリオストロ』は、不快に思った。普段この類の感情を、まったく表に出さない鉄面皮が崩れたのである。
 逆鱗に触れた。
そのことに気付かぬまま、慎二は悪態を続ける。それが、死刑執行を早めると、理解できぬままに。
「あんな使えない駒なんか、いくら渡されても意味があるかよ!サーヴァントどもには一瞬でボロ屑にされるわ、遠坂には効かないわ。まったく使えないじゃないか!!ライダーにしてもそうだ。あんな木偶の坊に……。」
 いつ止まぬとも知れない悪態など、カリオストロは聞いてはいなかった。ただ一言、背後に控えていた人物に、
「ナナエラ。」
 名を呼ぶことで、命じていた。
「はい、カリオストロ様。」
 まるで幽鬼のように黒い服を纏い、しかしそれに反するかのように真っ白い天使のような白い翼を背中に讃えた女性は当然のように、指先から生じさせた雷撃を慎二へと撃ち放った。間桐慎二の命を、奪った。
 その顔には、嫌悪の感情が浮かんでいる。もちろんそれは慎二を殺したことへの嫌悪ではない。己が主であるカリオストロの感情を害した存在が、そこに在るからである。
「それがどう在るかも理解しようとしない、その傲慢さは、万死に値します。」
 必要以上に力をこめられた雷撃によって、周囲に肉の焦げるいやな臭いが広がる。しかし、そんなことなど何も無かったかのようにカリオストロは語りかける。
 同じように黒い服を纏った、金の少女へと。
「さて、ランサー。どうするかは決まったかね?オレと組めば、お前さんの願い、叶えてやろう。」
「……あなたは過去味方であった者を、殺しました。私との時にそれをしないとは、思えない。」
 フェイトも、英霊と成り得た者である。その目的が通常とは違っていたとしても、魂まで悪魔に売ろうとは到底思わなかった。
しかし、それならばなぜ、フェイトはカリオストロの言葉に耳を傾けるのであろうか。そこには、本人でさえ気付かぬほど心の奥底に、一縷の期待があったからに他ならない。そのことに、フェイト自身気付いていなかった。そして、そこにカリオストロは漬け込んだ。
 カリオストロは、ポケットの中から四角く薄い、台座のような形をした機械を取り出す。それを見て、なんらかの武器かと警戒するフェイトを制し、カリオストロは横についているスイッチを入れた。
「!………な!?」
 フェイトは、思わず驚愕に目を見開く。それも当然だろう。カリオストロの持つ機械の上に、フェイトの母、アリシア・テスタロッサの姿が浮かんだのだから。
「これが、お前さんの望みかね。」
 可笑しそうに、カリオストロは笑う。フェイトの心の動きを、つぶさに感じ取り、嗤う。
「この装置はな、本人が見たいと思っている画像をそのものに見せることのできる装置だ。これがどれほどの物か、どれほどの苦難と研鑽の果てに至る物か、お前さんには分かるだろう?」
 カリオストロは、滔々と語る。ただそれが現実であると、事実であると言わんばかりに。そして、それは真実である。相手の脳に存在する記憶を、ただかざすだけで映像として具現化せしめるなど、もはやその機能はこの世界で言う魔法の域にも匹敵し得る偉業だ。
「そこに落ちているそれにしてもそうだ。」
 そう言いながら、カリオストロは顎で地面に落ちているモバイルを指し示す。そんなカリオストロに、従者よろしく付き従っている悪魔―ナナエラは、そのモバイルを愛おしそうに拾い上げると、付いていた粘液などを丁寧に拭って、カリオストロへと渡す。すると、カリオストロはそのモバイルを受け取るや否や、フェイトの方へと放ってよこす。
「これは…。」
モバイルの表面に浮かぶ令呪を見て取ったフェイトは、思わず息をのむ。
「そう、令呪を機械的に解析、魔力の無い者でもサーヴァントのコントロールを可能にしたものだ。さらに、ゾーンどものコントロール装置も兼ね備えている。」
「カリオストロ様の造られる魔具は、どれも素晴らしいものです。それをこの男は、冒涜した。万死に値します。」
「だからと言って、殺すほどのことではないでしょう。」
 カリオストロの代わりに怒るナナエラに、フェイトは自己嫌悪に陥りながら、苦々しく反論する。フェイト自身にも分かっているのだ、自身の言葉が偽善であることは。
 案の定、カリオストロによって、偽善という名の脆い壁は突き崩されてしまう。
「間桐慎二はもはやゾーンと化していた。助ける方法は無い。そういう意味でも、奴は殺しておくべきだった。それとも、どこぞの『正義の味方』のように、それでも助ける、とでも言うのかね?肉体も、精神も、救いようのない者であったとしても。」
 フェイトは、返す言葉もなくうなだれてしまう。そんなフェイトに、カリオストロは畳み掛けるように、囁く。
「お前さんが望むのなら、そのモバイルはお前さんにやろう。それで、今の状況をある程度打開できる。これで、俺がこの状況を望んでいなかったことの証になるだろう?」
 それは甘い甘い、悪魔の囁き。フェイトはそんな誘惑をはねつけることは、できなかった。
 カリオストロの教えられるままに、ライダーの思考的拘束を解除し、コントロール装置の付いたゾーン達が暴れないように、その場に停止させる。
 そこまで事を成したうえで、フェイトは息を軽く吐くと、
「分かりました。あなたに、協力します。」
 フェイトは、自らの望みを手に入れるために、差し出された手を握った。
 未来へと進む道を指し示すことはない、ただ過去へと縛る、その手を。




 屋上でフェイト達が話し合うのと、ほぼ同時刻、オーフェンたちは士郎の言葉によって、作戦変更を余儀なくされていた。
「チッ。なんつー生命力してんだよ、あのゾーンってバケモンは。しかもモバイルまで持って行ってやがる。」
「ということは、ある程度の知能があると考えてしかるべきだろう。俺たちを餌と見ず、逃げることもできるのだからな。」
 アロウンの言葉にオーフェンは舌打ちで返すと、即座に踵を返す。
「とりあえず、俺は中に入ってゾーンどもを焼いて来る。凛、あの妖怪もどきを追跡できるか?」
「分からない。でも、やるしかなさそうね。結果は念話で伝えればいいでしょう?」
 オーフェンの要請を受けて、凛は探知魔術のためにポケットから宝石を取り出す。そんな凛にオーフェンはうなずき返し、
「じゃあ、アロウン…それからガキ。手筈通り、お前らは校庭側に回れ。移動能力を奪って校庭に捨てときゃあ、俺が後で焼き払う。」
「ああ。」
「じゃあ、作戦開始と行くか!」
 景気づけとばかりに、オーフェンはその声を媒介に音声魔術を起動し、先ほど凛が昏倒させていたゾーンを、破片ひとつ残らず焼き殺した。




『アーチャー、聞こえる?慎二の痕跡をたどった結果、屋上に居る、と出たわ。もっとも、今は反応が無いから居ない様だけど…。」
「上等!我は放つ、光の白刃。」
 凛の言葉が終わるや否や、オーフェンの放った魔術が校舎を揺らす。そして、オーフェンは魔術によって空いた穴から、一直線に屋上へと躍り出た。そして、
「凛。」
『なに。慎二は居たの?』
 屋上に居た人物へ向かって、拳を突き出して油断なく構えると、
「互いに最悪だよなぁ。ライダー。」
 その人物を呼んだ。




 男は、目を覚ました。慎二の意志によってではなく、フェイトの手によって解かれたことなど、男は知る由もなかったが。
男は、目を覚ました。
 否、実際には自分が行っていることは、全て自覚していたのだから、目を覚ましたというのは語弊があるだろうが。
その男の体は機械で出来ていたが、全ては男の意志で動いていたし、生身の体よりよほど楽なものだと、そう勘違いしていた時期もあった。
 しかし、機械の体は機械の躰で、部品であったのだ。唯一生身として残っていた頭部を、ある種の音波の出る装置を取り付けられることによって麻痺させられ、体を動かすために設置されている小脳を弄られてしまえば、男は自身の意志で体を動かすことが出来なくなる。
ただの、操り人形にされてしまった。
 甘かったのだ。
わざと知らないでいて、それが良い方へ向かうことなど。
わざと気づかずにいて、それが思い通りに行くなど。
 あり得るはずが無かったのだ。
(莫ぁ迦。)
 声に出して、自分を罵倒したい。しかし、弱音など、吐く間は無かった。
 自らの意志ではないとはいえ、一つのクラスの生徒全員を、ゾーンの苗床にし、殺してしまったのは、他ならぬ自身であったのだから。
 だから、男は吠える。
「オオおおおぉぉぉぉぉ!!」
 再び犯してしまった、自らの失態を、取り戻すことなど出来はしないと絶望してしまうほどに大きな過ちを、それでも少しでも良い方へと終わらせるために、男は吠える。
 その雄叫びは空を割り、召び寄せる。男の象徴である、ライダーの名前を冠されるに至った、宝具を。
 そのバイクには、タイヤが一つしかなかった。しかし、そのタイヤは人一人がすっぽりと収まってしまうほど巨大なものであった。バイクの本来の姿である、二輪の姿とは、まったくかけ離れた異形を持ったバイク。それが、この男の宝具であった。
 名は、付いていない。ただ、愛する者が闘うために、愛する者を守るために、愛する者を慰めるために、贈られた、ただの量産品に過ぎない。傷だらけの車体の横には「J」と、へたくそな字でペイントされ、サドルの部分にはHONDAとロゴが銘打ってある。当時にしても、決して最新とは言えない、ただのバイク―モノサイクルだ。
 こんな、神秘とは何の接点もない、神秘など欠片も持ち合わせていない代物が、宝具たりえるなど、本来はありえないことだろう。しかし、そのモノサイクルが持つ、重圧、存在感は、間違いなく宝具のものだ。
 そのモノサイクルは、幾多の戦場を、男と共に駆け巡ってきた。男の足となり、身体となり、男を助けた。そして、いつしか人は囁くようになる。モノサイクルに乗った、「正義の味方」が居る、と。
 故に、そのモノサイクルは宝具に至った。ただの機械が、人々の想いを受け、願いを籠め、宝具と至った。
 故に、モノサイクルは男の半身である。
モノサイクルを纏った男は、ライダーは、黒川丈は、その真の力を発揮する。



「我は……。」
 宝具を出したライダーを危険と見て取ったのか、オーフェンは即座に魔術で打ち抜こうとする。しかし、オーフェンが呪文を紡ぐよりも疾く、丈はオーフェンへと接近し、殴り倒す。
 これは乗り物全般に言えることだが、操縦するためには手を用いての操作が必要不可欠となる。そのため、なにかに騎乗している場合は、攻撃方法が片手で振るわれる武器か、騎乗している物による特攻しかない。しかし、丈の操るモノサイクルは、その操作全てが腰の動きとフットペダルによって行われる。そのため、両手が開くことになるのだ。これは、接近戦を得意とする丈にとって、とてつもないアドバンテージとなる。さらに、リニアによる爆発的な制動能力とも相成って、接近戦においては無類の強さを発揮する。
 それは、魔術の構成に集中していたオーフェンでは、対処することが出来ないほどの速度であった。
「莫ぁ迦、もう目は覚めたんだよ。これ以上、眠気覚ましは要らねえよ、アーチャー。」
 そう言い返すと、自分らしく振舞うために、わざとそう言い残すと、丈はオーフェンの作った穴から階下へとモノサイクルごと飛び降りる。そして、ゾアハンターとして生きてきた経験を以って、丈は再びゾーンとの闘争を、開始した。
「おらぁぁぁ!」
 モノサイクルの巨大なタイヤを使って、教室の壁を踏み砕き、内部へと突入する。視界の端に、血にまみれた少女と、それを貪り食う元男子生徒と思しきゾーンが映る。その逆側には、怯えたようにうずくまっている生徒が数人が居る。それを、土煙の収まらぬうちから機械の右目で捕らえると、次の教室へと急ぐ。そしてすれ違いざまに、丈の右手にいつの間にか現れた巨大な拳銃から、電子バレットの雨が、ゾーンと犠牲となった少女の上に降り注いだ。
「ひとぉつ!」
 電子バレットから放射された電磁波を受け、ゾーンは一気に炭化していく。その結果を見ることなく、丈は次の教室へと、壁を―瞬時に組み立てたブレードによって―切り裂いて突入する。
 モノサイクルの踏み荒らす異音を聞いて振り向いたばかりのゾーンを、丈は容赦なく、灼熱のブレードで切り裂く。そして、その破片ひとつひとつを、まだ空中に在るうちに拾い上げ、窓から校庭のほうへと思い切り投げ捨てる。そして、落ちていくゾーンの破片へ向かって、丈はモノサイクルのラックから取り出した焼夷弾を、
「ふたぁつ!」
 そう叫びながら、思い切り投げつける。そして、
「みぃいっつ!!」
 焼夷弾と同時に取り出した電磁ロッドを、今度は床へと突き立てる。瞬間、その衝撃に耐えかねて床が崩落し、その下に居たゾーンが、モノサイクルによって粉微塵に蹂躙される。
 天敵の再臨に、本能によってその恐怖を感じ取ったのだろう。降ってくる丈に、身体を粉みじんにされたモノとは別の個体が襲い掛かる。そんなゾーンに、丈は一瞥もくれずに瞬時に組み上げた銃によってその全身をくまなく撃ち抜き、炭化させてしまう。
 アームによって再び凶悪な牙を取り戻した銃を、今度は口にくわえ、床に突き立っている電磁ロッドを取り上げる。そして、瞬時に音速の域へと達するモノサイクルを以って、三度壁を突き破る。そして、
「よっつぅぅ!」
 数える。
 倒したゾーンの数ではなく、解放した、安全になった教室の数を、数える。
 そう、正義の味方は、敵を倒すことが目的ではない。如何に、多くの人を助けることが出来るかが、目的だ。存在理由だ。丈は、口では語らない。ただ、行動で示すのみだった。



「こりゃあ、とんでもねえな……オイ。」
 屋上に居るオーフェンは、その暴れまわる丈の姿を見て、思わずそう呟く。それも当然、物質の破壊力とは、単純に考えるのならば質量と速度に比例する。オーフェンと戦った時の丈の質量はせいぜい130kgを超えるか超えないか程度であり、速度に関しては最高速にして100km/h程度でしかなかった。無論、振るう拳の速さ、ブレードの鋭さに関しては、音速の域など軽く超越しているのだが、それでも、体の動きに関してはその程度であった。
 しかし、モノサイクルに搭乗した丈は、そんなものではない。その程度、比ではない。モノサイクルは、リニア技術の応用によって、瞬間的な加速が可能である。そしてその最高速は音速にも達する。さらに、その重量は650kgに至る。すなわち単純計算で、破壊力は60倍以上にも跳ね上がるのである。そこから繰り出される攻撃は、なまなかな宝具など歯牙にもかけないほどの威力があるだろう。それ故に先ほどの拳は、凄まじいまでの手加減があったのだろう。でなければ、先ほどの一撃でオーフェンの頭はトマトのようにつぶれている。
 たかだか人の身である丈に轢かれ、骨を砕かれた身であるオーフェンとしては、うすら寒い思いをしても致し方ないだろう。
 やがて丈の姿が見えなくなった頃に、オーフェンは軽く肩をすくめて屋上から飛び降りて、凛の元へと向かった。



合流した凛と共に、士郎たちの居る校庭へと回り込む。そこには、丈が落としてきたと思しきゾーンの山が築かれ、その傍で、皮肉げに顔を歪ませたアロウンと、混乱した表情でありながら、何かに対する憧憬にも似た眼差しで校舎を見つめる士郎の姿があった。
「よう、お互い無駄足だったな。」
「なに、屋上まで上がったお前ほどではない。」
 オーフェンとアロウンは、互いに苦虫を噛み潰したような表情で軽口を叩きあう。二人で状況を打開しようと作戦を立て、いざ、という時に全てを無駄に、しかも良い方へと単騎で転がしてしまう存在が現れたのだ。まさに、『正義の味方』としか言いようのない存在が。
二人の覚悟が、戦意が、運命に嘲笑われているとしか言いようがない。
そのまま二人がため息をついている間にも状況は進んでいく。校舎自体が崩れ去りかねないほどの勢いで、丈はゾーンを駆逐していく。雄々しい、しかしどこか物悲しい雄叫びを上げながら、踏み砕き、引きちぎり、切り裂き、打ち砕いてゆく。
 ゾーンを、己が、操られていたとはいえ自身の手で化け物へと変貌させてしまった、生徒たちを。哭きながら、殺してゆく。
 やがて全ての疾走を終えた丈は、宝具をしまい、校庭の方へと跳び降りてくる。先ほどまで上げていた雄叫び<哭き声>とは逆に、丈は唇を固く結んでいる。そしてその肩には、2人の生徒が担がれていた。右肩に担がれている生徒は、片足を丈によって切断され、炭化した傷口を痛々しくさらしている。左肩に担がれている生徒は、一見どこにも傷口など見当たらない。しかし、意識を失っているようで、口元からはだらしなく涎を垂らし、眼は半分だけ開き、虚ろな光を宿していた。
 その二人を、丈はやや乱暴に地面に転がして、アロウンの方へと顔を向ける。そして固く引き絞られた口元から、絞り出すように、血を吐くかのように、誰というわけでもなく願いを告げる。
まさしく、今生の願いを。
「俺を、斬ってくんねえか?」
「……!」
「チッ。」
 士郎、凛は丈のその言葉に息を飲み、予想がついていたオーフェンは、苦々しい顔で舌打ちをする。その中でただ一人だけ、アロウンだけは眉ひとつ動かしはしなかった。
「ここによ。」
 そう言って丈は、自分の首下を親指で示す。
「アザエルウィルスのワクチンが入ってる。しかもおあつらえ向きに、注射器の形シテんだよ。」
 だからな、と丈は続ける。今下ろしたばかりの二人の生徒へと目をやって。
「完全に感染しきってねえこいつらは、まだ助けられる。」
 始めから答えなど決まりきっている。アロウンは、すぐさま丈の願いを受け入れて剣を抜く。
「……いいだろう。」
「待てよ!」
 納得できるのが全員でないのは、当たり前だろう。否、この場に納得している人間が、誰一人として居ようものだろうか。理不尽にも操られた者、ただ巻き込まれた者、望まずその場に居た者。この場にいる者は、そういった者ばかりであった。故に、その声が上がるのも当然と言えよう。
 そしてそれを上げたのは、
「坊や。」
 当たり前のように、士郎だった。しかし、その後の言葉が続かない。士郎自身も、理解しているのだろう。納得は行かないが、それしかないと識ってしまっているのだろう。
 士郎は、ただ呑み込めない状況を、子供のようなわがままで、自分の信じる正義の味方<路>で、停めることしかできないでいた。
「坊や、単純な計算だ。自分の命は一つ。こいつらは二人。どちらを助けるかは明白だろう?」
「でもっ!」
 この時、士郎は涙を流していたのかもしれない。実ではなく、内で。
「俺はっ、全員救いたい!!」
 その言葉に、凛は呆れたようにため息をつき、オーフェンは怒りを募らせる。
 士郎の言ったことは、夢物語に過ぎない。現実を見ていない。しかし、丈はそれを哄わなかった。当然とばかりに頷く。
「そうだな。俺も、全てを助けてぇよ。正義の味方は、そう在るべきだ。」
「だったら……。」
 もはや、自身のしていることの意味を、士郎は理解していないだろう。やり場のない感情を、ただ、丈へとぶつけているだけに過ぎない。それでも、丈は受け止める。まるで、父親のように。今際の際の、切嗣のように。おだやかな顔で。
「正義の味方にゃ、いろんな『試練』が待つ。そして、正義の味方であり続ければ、いずれどこかで絶えるだろうさ。俺は、それがここだったってだけだ。」
 ミスもしたしな、と、丈は自嘲する。ここで終わることが当然とばかりに、受け入れていた。
「……そんな報われない人生なのに、正義の味方を続けるの?」
 唐突に、凛が口をはさむ。不器用にしか生きられない莫迦<男>の姿に、憤りを覚えたのだろう。
「ああ。」
 当然、とばかりに、丈は笑ってうなずく。
「悔しくは無いの、そんな人生で?敗けることが分かっていて、それでも挑むの?」
「正義の味方にゃ、自分の命なんてものは始めから勘定に入っちゃいねえんだよ。在るのは、自分の通すべき、進むべき『路』だけだ。だから、それを通せた時点で、正義の味方に取っちゃあ勝ちなんだよ。」
 それにな、と、丈は士郎を指して続ける。
「ゾアハンター<正義の味方>にはゾアスクァッド<仲間>が居る。後を追ってくれる者が居る。だから、後悔なんてない。心残りも、無い。」
 丈は言い切る。今生も満足であったと。勝手に何かを背負い、しかしそれが達されず、胸にもここで朽ち果てようと、見様によっては悪に敗北したとも取れる今を、満足したと逝くのだ。
 凛には、理解のしようが無かった。理解など、したくもなかった。
理解することが、認めることが、出来なかった。
 だから、もういい、とだけ言い残して凛は引き下がる。
 そんな凛に、丈は生前の彼女<音緒>を幻視し、思わず口の端を歪める。しかしそれも一瞬のことで、それぞれに別れの言葉を遺す。
「坊や、『桜』を頼む。嬢ちゃん、お前はいい女になる。俺たち<正義の味方>のことなんて、理解しなくていい。その坊やをぶん殴ってやれ。アーチャ―、今代のキャスターは異常だ。中身もそうだが、その能力もだ。宝具に匹敵する魔具を、いくつも創りだせる。そして…。」
言葉半ばに、アロウンへと背を向ける。
「傷つけるなよ。」
「誰に言っている。」
振るわれる剣を、止める者は居なかった。

 ただ、その想いを継いだ者が、しっかりと握りしめていた。拳を、言葉を。








後書きなる言い訳ではなく謝罪
くっは~~。すみませんすみません。本当にお待たせしてしまいました。待っていただいている方、本当にありがとうございます。なかなか時間の都合が取れませんで、少しづつしか書けないのが現状であります。まあ、今のままだと3月に契約が切れて絶賛無職!になるので時間が(マテ。
 エタるなと師匠に言われてるので、エタったりはしません(断言)ので、末永くお待ちくださると幸いです。
 早く終わらせて次の多重クロスとか書きたいですし、更新速度を上げられたらなぁ…。実は、そっちはFateよりも早い段階でにプロット考えてたり。埃かぶらせとくのももったいないですしおすし。
 というわけで、次はバサカ編です。



[21443] Fate~crossnight~ 第7-1話 神に弓ひく背約者
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:f81c4c02
Date: 2012/02/27 01:31
「あっのバカ!」
 遠坂凛はキレていた。憤慨していた。腹が立って腹が立って仕方がなかった。
 なにせ士郎が、バーサーカーのマスターであるイリヤに拉致されてしまったというのだから、その怒りも当然だろう。
 あれほど気をつけろと忠告していたのに、それでもなお、士郎はイリヤとの密会をおこなっていたらしい。
 そして案の定、今の結果に至るというわけだ。
 凛は、それを公園に残されたスーパーの袋と、その周囲に漂う魔力の痕跡を解析して悟った。
「で、どうするんだ?」
 そう言いながら、オーフェンは袋の中からトマトを取り出そうとする。
 もちろん、そんなはしたない真似を凛が許すはずもなく、オーフェンの手をはたくと、袋を奪うように拾い上げる。
「とりあえず、家に戻るわよ。セイバーも居なくちゃ、バーサーカーには対抗できないんだし。」
「…居ても関係ないかもしれねえがな。」
 手をさすりながら、ぼやくオーフェンの言葉の意味は、凛に届いたのだろうか。それとも聞こえないふりをしたのか。どちらにせよ、それは凛には受け入れられなかった。
 士郎を、見捨てるということなど。
凛の思考の埒外にあったのだから。
 それは、あきらかに魔術師たらんとする凛にあるまじき行為だったのだが、もちろんそんなことに気づきはしなかった。



 士郎は見ていた。ある男の半生を。魔王と呼ばれた男の、一番初めの生を。



 その精霊は、本来生まれるはずのない13番目の白の精霊だった。そのため、他の11の白の精霊たちから殺されそうになったのだが、ミルディンを名乗る一人の優しい白の精霊が、自らの僕とすることで助命された。
 そしてミルディンはその13番目の精霊にルキフェルと名付け、僕ではなく息子とした。ルキフェルはミルディンを慕い、ミルディンはルキフェルに様々なことを教えた。聡明なルキフェルは、様々な知識を吸収し、己のものとしていった。
 やがてルキフェルはミルディンが他の白の精霊から、愚か者という誹りを受けていることを知る。それに反駁しようと、ルキフェルは他の白の精霊たちの命を聞き、よくこなした。父に教えられた自らが愚かでないと他の白の精霊たちが知れば、父もそうでないことが証明できると考えたからだ。
 白の精霊たちは、始め黄金の時代を創った。しかし完璧でないとして、ルキフェルに滅ぼすことを命じた。
 ルキフェルは月を落として大地を割り、竜たちを砕いた。
 次に白の精霊たちは、白銀の時代を創った。しかし完全ではないとして、ルキフェルに滅ぼすことを命じた。
 ルキフェルは、津波を呼んで巨人たちを海の底に沈めた。
 三度目に、白の精霊たちは青銅の時代を創った。しかし完成されていないとして、ルキフェルに滅ぼすことを命じた。
 ルキフェルは毒の塔を地上に落とし、妖精たちを汚した。
 四度目に、白の精霊たちは石鉄の時代を創った。しかしそれを統べるために創った人間たちはとても弱かった。そのため、試練を与えるとして世界を氷期にせよとルキフェルに命じた。
 ルキフェルは世界を氷で覆った。
 ルキフェルが他の白の精霊たちの命を聞いて時代を滅ぼす度に、ミルディンは嘆き、老いていった。本来老いるはずのない、白の精霊が。
 そしてミルディンは知る。何故自らの嘆きがルキフェルに届かないのかを。
 ミルディンのために、父のために、ルキフェルが世界を滅ぼしていたということを。ただ、父を助けようと、その眼を曇らせていたことを。
 ミルディンはルキフェルを諌めるために、そして人間たちのために、自らの命を以って春を呼び、氷を砕いた。ミルディンの流す涙の意味を、ルキフェルは分かってくれると信じて。
 しかしルキフェルは変わらなかった。ミルディンの為したことを守るために、他の白の精霊たちのほんの少しの改革を、受け入れたのだ。それは、全てを台無しにする行為。父の想いを、汚す行為であった。
 人間に自由を、生きる喜びを、春の園で歌い、日差しの下で眠る、そんな世界を与えたかったミルディンの意志を、無為にしてしまったのだ。
 人間たちは、意志を剥奪され、ただ祈りの言葉を唱えて、暗く、寒い牢獄の中でのみ過ごすことを余儀なくされたのだ。それが、白の精霊たちの言う『ほんの少しの改革』であった。
 ルキフェルは悟った。もはやその悟りは遅きに失したが、それでも、至ったのだ。ミルディンの、父の嘆きの本当の意味を。
 その後、ルキフェルは白の精霊たちと敵対し、天上から堕ちることとなる。
 そして、父の遺した希望の塔(アヴァロン)に眠る兄弟剣・エドラムとダーンウィンを以って、友と共に白の精霊たちへの反逆を、始めた。
 紅の剣と蒼の剣。二振りの剣を以って、ルキフェル、否、アロウンは、白の精霊たちと世界とを切り離すことに成功する。
 しかし、その代償は大きかった。大勢の益荒男たちは死に、大地は焼かれ、そして、アロウン自身は穢された。そのため、アロウンは永き眠りにつくことになる。それは、永い永い、友にしてみれば今生の別れ。
 友は言う。お前のことを、語り継ごう、戦歌の中で英雄と仰ごう、と。
 反じてアロウンは願う。俺のことを遺すな、と。未来は、これからを生きる、友たちのものだと。
 友はその約定を守り、いかなる戦歌にも歌わなかった。いかなる英雄譚でも語らなかった。
 しかしそれは、間違いであった。英雄譚でなくともいい。戦歌でなくともいい。真実を、残すべきであったのだ。
 切り離されたはずであった白の精霊たちは、僅かながら世界に干渉した。干渉できたのであった。それにより、アロウンは魔王として、『此の世全ての悪』であると、語られるようになる。真実を、汚されてしまう。
白の精霊こそ正義である。アロウンこそ、悪である、と。
 それでも、男は笑う。進む。歩むことを、止めようとはしない。父のため、人のため、己のため。そして、友のために。



 視界がぼやけている。現実と夢とが交錯し、何も理解が出来なくなる。
そんな頭で、士郎は考える。アロウンのことを、幻視する。
 アロウンの見せる笑みは、その昔、なにかで見たことがあるような……。
 混迷を続ける頭ではまとめることもできず、ただ、流れるに任せて消え去っていく。
 ああ…もしもアロウンの様に戦うことが出来たなら、許されるのなら、その隣で戦うことが。
 そうだ。アロウンの隣に居る者が持っていたはずだ。
 蒼い剣。
 その隣に立って、戦う者の資格。
 夢の中でなら、許されるのではないかと……そう、想った。
「…………っ!!」
 ふいに、今までの微睡が嘘のように掻き消え、熱していた血が、急速に冷えていくのが感じられる。
 急に現実に引き戻されたために惑う意識を、無理矢理に抑えつける。
「やっと起きたんだ、シロウ。」
 そして士郎は、鈴のような愛らしい声と共に、コロコロと笑う少女を睨みつけた。
「俺に、何をした……。」
「ん~、ちょっと暗示をかけただけだよ。シロウったら、あんな簡単な暗示にも抵抗できずに簡単に寝ちゃうんだもん。びっくりしちゃった。」
 士郎の視線など意に介さず、少女―イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、笑う。
嗤う。
よく生きてこられたね、と。
 士郎の危うさを。
「………。」
 士郎は、目の前の幼い少女にも劣る己の未熟さを自覚し、黙り込む。そんな士郎に、追い打ちするかのように、イリヤは求める。
「ねえ、シロウ。私の物にならない?」
 その言葉に、士郎は抗う。
 そして、イリヤとの間は、完全に断絶された。



それは、宣誓という形で返答された。
「誓うわ。今日は、一人も逃がさない。」
 助けに来た凛、オーフェン、アロウンそして士郎の前に、絶対的な力が立ちはだかる。
いや、正確には立ちはだかってなど居ない。玄関から逃げ出そうとした士郎たちを、イリヤの言葉が止めた。そして、現れたのだ。
 バーサーカーという、黒い呪いの塊が。
 それは明らかに格が違った。
 始めて対峙した時とは比にならぬほどの呪いの力が、渦を巻いて周囲を覆う。螺子れた呪いの束が場を支配し、ただの城を、異界へと変える。
「ちっ。これでは戦術的撤退とやらもかなわんか。」
 辺りの状況を、素早く見て取ったアロウンは、小さく毒づく。
 アロウンの言葉が示す通り、士郎たちが逃げるはずであった玄関は、そのバーサーカーの持つ≪黒≫(ひっきょうむ)の呪いに呑み込まれてしまい、もはや触れることどころか近づくことさえかなわない。
 ならば窓は、と視線を転じた瞬間、
「■■■■■■……。」
 バーサーカーのうなり声と共に更なる展開を見せた≪黒≫に、周囲一帯全てが呑み込まれてしまう。
それは強大な重圧を伴い、士郎たちを圧する。
「おい、カンディドとやらは使えねぇのか?」
 オーフェンが、やや焦った様子でアロウンに耳打ちする。それにアロウンは無言で首を横に振ると、紅剣を抜き放つ。
「あれは世界を召喚する宝具だ。ここまで辺りを異界とされてしまうと、語りかけることなど叶わんな。」
 アロウンの言葉はすなわち、打つ手なし、ということであった。
 オーフェンは、そのまま凛、そして士郎の方へと視線を走らせる。しかし、サーヴァントがどうしようもないと言うほどの事を、人間の魔術師たちに覆せるはずもない。
 そして、オーフェンは決める。
 目を閉じ、集中して構成を編み始める。
 それは、普段の構成とは全くを以って異なるものだった。
 まるで意味のない、言葉の羅列。
 それを編みながら、オーフェンは嘲るように凛へと話を振る。
「凛。もしも絶対に勝てないと分かっている相手に、それでもどうしても勝ちたいとき。どうすればいいと思う?」
 凛は質問の意図が分からず、厳しい視線のみをオーフェンに叩きつける。
オーフェンは元より答えなど要らなかったのだろう。凛の視線に対して反応すらせず、皮肉げに、そして、懐かしそうに、嘲った。
「答えは、イカサマするのさ。」
 オーフェンの英霊らしからぬ、しかし、とてつもなくオーフェンらしい言葉に、思わず誰もが呆れ、聞き流す。しかし、その後に続く言葉は、決して聞き逃せない言葉であった。
「凛、令呪を使え。内容は『次の魔術を絶対に成功させろ』だ。」
「もしかして、何か打開する手段があるの!?」
 思わず勢い込んで身を乗り出す凛を、しかしオーフェンは相手にしない。言うべきことは言ったとばかりに目を閉じ、集中して構成を編み続ける。
「~~~。」
 文句は言いたい、しかし、それによってオーフェンの集中が乱され、オーフェンが為そうとしていることを邪魔してしまうことの方が、凛にとっては我慢ならなかった。
 今までの戦闘に置いて、オーフェンが優勢に事を進めてきた印象を、凛は持っていない。しかし、そのいずれにおいても、オーフェンが『負ける』というイメージは決して持たなかった。
この男は、先ほどのセリフの通り、何をしてでも勝つ。遠坂の家訓とは真逆の考え方を持った男ではあったが、それが情けないことだと一笑に伏すことは、この時の凛には出来るはずもなかった。
「遠坂の家訓は『優雅たれ』よ。無様なことは、許さないんだからね。」
 それでも、凛は最後に残った矜持の欠片は捨てきれなかったようで、オーフェンに向かって文句の言葉を叩きつけた。
 それに対してオーフェンは唇の端を吊り上げることで返答した。
「さあ、作戦は決まったのかしら。」
 圧倒的優位に位置することからくる余裕か。イリヤはわざわざオーフェンたちのやり取りか終わるまでバーサーカーを動かさずにいた。それはオーフェンたちを侮っているからではなく、バーサーカーの能力を信じるが故のものだ。だから彼女は命じる。油断なく、容赦なく。子どものような真摯さで。 
「やりなさい、バーサーカー!」
 己が獣(ちから)を解き放った。
 それにわずかに遅れる形で、凛の命令が発動する。
―――令呪を以って命ずる。―――
―――我が弓よ。『次』の魔術を、必ず成功させなさい。―――
 凛の左手に残った2画の令呪。その内の1画が、赤い光を放って消える。代わりに生まれた莫大な魔力の流れは、未だ精神集中を続けるオーフェンへと流れ込む。
「■■■■■!」
 イリヤの命令で解き放たれたバーサーカーは、歓喜の雄叫びとも取れる吠え声をあげ、眼前の一番組しやすそうな獲物――士郎へと喰らいつく。
「させんっ!」
 士郎の前に、アロウンが立ちふさがると、紅剣をかざして振るわれたバーサーカーの拳を受け止める。
 しかしその拳撃の威力は凄まじく、受け止めたアロウンの足が、衝撃で床にめり込むほどであった。
「ぐっ。」
たまらずアロウンの口から声が洩れる。
「■■■■■■!」
 続けてバーサーカーは、獣の咢のように開いた貫き手でアロウンの横腹を凪ぐ。それをアロウンは紅剣の柄で叩き落とし、そのままの勢いで紅剣の先をバーサーカーへ当て、強く引く。
 ギッと、金属がねじれるような音をたてて紅剣がバーサーカーの身体を滑る。
 呪いの帯に阻まれて、傷一つ付けられなかったが、アロウンの目的はそれではない。弓を引き絞るかのように、身体を限界まで捩じる。そして、切っ先をバーサーカーの左胸へと狙い定める。
 そう、セイバーの目的は、剣が使えるはずもないレンジ、0距離でのカウンター。
 バーサーカーの再度の攻撃を身体を沈め、さらに、限界まで力を溜める。そして、
「おおおぉぉぉ!!」
 割れんばかりに大地を踏みしめ、身体そのものを射出機へと変え、アロウンは紅い牙を放った。
 バーサーカーが反射的に集めた呪いの帯の束を、紅の光と化した剣は、やすやすと貫いてゆく。
 アロウンの紅剣の切っ先が、バーサーカーの左胸に喰らいつこうとしたその瞬間、バーサーカーの頭部から伸びた2条の耳が刃となってそれを阻む。
「しぃっ。」
 剣が通らない事を理解するが否や、アロウンは紅剣の柄に左手の掌底を当て、力の限りバーサーカーを圧し飛ばす。攻撃した後で体勢が不安定なバーサーカーが、その圧力に抗しきれるはずもなく、その身体は宙を舞う。
アロウンの当初の目論見とはやや異なるものの、時間を稼ぐ目的だけは達されたかに見えた。が、しかし、此処はバーサーカーの支配する異界。バーサーカーこそが、最も優遇される世界。
 バーサーカーは、周囲から一本の呪いの帯を伸ばすと、それを腕に絡みつかせる。さらに、2条の耳を床へと突き刺し、自身の身体をその場へと止めようとする。結果、地面をいくらか削りながらバーサーカーはアロウンの攻撃を受け止めることに成功する。
「くそっ。」
 渾身の突きを放ち、死に体となったアロウンの身体に、バーサーカーの反撃が吸い込まれようとしたその刹那。オーフェンの構成――否、偽典構成が完成する。
―――末路いゆく旅人よ。何処より来る。何処へと帰りゆく。―――
 普段のオーフェンが用いる呪文とはかなり毛色の違う呪文と共に、発動した魔術は、アロウン、凛、そして士郎の三人を、此処とは違う場所へと、跳ばした。
 たった一人、その魔術を発動させたオーフェンを残して。



 唐突に視界の切り替わってしまったアロウンたちは、一瞬戸惑ったものの、それがオーフェンの為したことだとすぐに思い至る。しかしオーフェンの姿は見えない。つまるところそれは、
「囮……。」
 凛の呟きが、全てを物語っていた。
凛は堪らずオーフェンに念話で語りかけようとするも、呪いの帯で包まれた異界に届くはずもない。呼び声は、ただ虚空へと散っていく。
 それでも諦めきれず、なお語りかけようとした凛を、アロウンがとどめる。
「奴の想いを、無駄にするな。俺たちが今すべきことは、なんだ。」
 凛は、アロウンの言葉に、冷や水を浴びせられたかのように反応すると、一旦眼を閉じる。
 その眼が開かれたとき、迷いの色は、消えていた。代わりにそこに在るのは、決意の色。
「この先に、小屋がある。いざという時のために、隠れるために確保しておいたものよ。」
 急ぎましょう、と、士郎に向かって促す。
 その言葉に、態度に、士郎は抗う意思を奪われた。
 士郎は当初、戻る気でいた。オーフェンだけを犠牲に、自分だけ助かろうなどと、そんなことは正義の味方に成りたい者としての矜持が許さなかった。
しかし、凛の言葉の、決意の前に、その想いを通すことは出来なかった。
 オーフェンのことを想うのは、士郎などより凛の方がよほど強いことが、理解できてしまったからだ。
 士郎は一旦城があると思しき方向に目をやると、凛たちの後を追って走り出した。
 士郎は気づかない。自身の心の中に押込めた矜持と共に、僅かに刺さった針を。
 矜持を捻じ曲げた、という、事実を。



 突然消失したアロウンたちに、イリヤは戸惑いを隠せないでいた。しかし、オーフェンの姿が残っているのをみて、オーフェンの為したことに気付く。
「なあに?せっかく令呪まで使ったのに、したことが逃げるだけ?」
 全員を逃がさない、そう宣誓したのにもかかわらず逃げられてしまった。そのことに対する怒りもあったのだろう。だからイリヤはその気持ちをオーフェンへとぶつける。
 だから、気付かない。
 オーフェンの仕掛けたイカサマに。
「へっ、しかしお前の目的は潰せたわけだ。ならそれは十分に意味があるんじゃねえか?」
 オーフェンにしては、いささかキレの悪い挑発を返す。しかし、プライドの高いイリヤにとってはそれだけで十分だったようで、頭に血を上らせてバーサーカーに命じる。
「そんな生意気なヤツ、バラバラにして構わないんだから。やりなさい、バーサーカー!」
 そんなイリヤの怒りを代弁するかのように、バーサーカーは吠え猛り、オーフェンへと突っ込んでゆく。
「男がウサギの耳なんざ生やしてんじゃねえ。キャラ作りに失敗した売れない芸人か、てめえは。」
 オーフェンは相変わらずの口調で嘲ると、懐からナイフを抜き放つと逆手に構える。
 空間そのものを侵しながら突進してくるバーサーカーを、ギリギリまで引きつけてからかわす。
 そんなオーフェンに、バーサーカーは耳による斬撃で追撃するが、それを手に持ったナイフで流す。すると、耳と接触した部分から呪いの帯が蛇のようにナイフに絡みつき、這い上がってくる。
「ちっ。」
 オーフェンは舌打ちをひとつもらすと、慌ててナイフを投げつける。しかしそれはバーサーカーに届くことなく、空中で呪いに侵され、朽ち果ててしまう。
「アハハハ。そんなオモチャじゃ、バーサーカーに触れることすらできないわよ。」
「だが、『勝つ』のは俺だ。」
 イリヤは逃げ惑うオーフェンの姿を嘲笑う。しかし、そんな不利な状況に陥っても、オーフェンはその不敵な態度を崩しはしなかった。
「っ!バーサーカー!!」
 そんなオーフェンを、叩き潰せと命じる。
 バーサーカーに、イリヤの高ぶった感情と共に高密度の魔力が送られ、先ほどより強力な一撃が、振るわれる。
 それは容赦のない一撃。
 されど、感情に任せた、隙だらけの一撃。
 それこそが、オーフェンの待っていた『勝つ』ための路。
 それは令呪によるバックアップがあって、始めて成功する無茶苦茶な構成速度。
限界を超えた構成が、偽典構成が、組みあがる。
―――取り返しなく、我が血に触れる獣を支配する。支配者は収奪を命じ、獣は武器を捨て家畜となれ。我が名、悪夢にだけ囁かれ、生ある時には聞こえず、煩悶の鉄杭だけを残せ。ああ哀れ、剥ぎ取られた地の四つ足。お前にはなにもない。さしあたっては、慈悲がない。―――
 発動した魔王術は、バーサーカーの黒兎としての部分を剥ぎ取り、黒鉄大兎として再構築する。
「がぁぁぁぁっ!」
 バーサーカーが、始めて人の耳に言葉として聞こえる声を発する。その本来あるはずのない叫びをBGMに、オーフェンは不敵な笑みを称え、突っ込む。
 オーフェンの足元から、まるで火薬が破裂したかのような音が上がり、それによって得た加速力で以って、瞬間的にバーサーカーの懐に潜り込む。
 きつく握りしめた拳をバーサーカーの左胸――心臓の位置へと押し当てる。そして、オーフェンの持ちうる中で、最高の殺しの技が、炸裂した。
 『寸打』と呼ばれる技。それは本来相手の動きを利用してのカウンターである。相手が向かってこようとした場合、その反発を用いて相手を砕く。逃げようとしたのならその動きに自分の力を乗せて吹き飛ばす。しかし、拳を当てる場所を心臓にした時、それは若干異なる効果を及ぼす。相手の力を利用することはどちらにも等しい。しかし、及ぼす効果は段違いだ。相手の力を利用して発された衝撃は、外部を破壊することなく心臓へと達する。そして、心臓そのものを破壊するのだ。
 この『寸打』による『心臓打ち』は、防ぐ手段は存在しない。文字通り一撃必殺であり、オーフェンの最後の切り札でもあった。
 それを受けたバーサーカーは、堪らず口から血を吐き、オーフェンへともたれかかるように倒れる。
 そして、完全にバーサーカーの鼓動が止まったのを確認し、オーフェンは死体を床に下ろす。
 先ほどまでの優位が一転してしまったイリヤは、その逆転劇に、在りうるはずのない現象に、混乱してしまう。
「なっ!?令呪はさっき使ったはず…。」
「あぁ?よく聞いとけよ。凛は、『次の』って言ってたろうが。」
 イリヤの疑問に、オーフェンはこすっからい、まさにイカサマとしか言いようのないネタ晴らしをする。空間転移の魔術は、凛が命じる前から構成を編んでいた。すなわち、令呪の適用範囲から外れる。そして、その『次』に発動させる魔術こそ、令呪の適用範囲になるのだ。
 そしてオーフェンの発動させた魔王術は、魔術を媒介として発動させた『魔法』は、対象となった存在の力のみをそぎ落とす効果がある。
 バーサーカーはそれによって、神殺しの神獣の力である黒兎をはぎ取られ、ただの人間に戻ったのだ。
「さて、と。ガキ。てめえにゃちっとばかしきつぅいお仕置きをだな……。」
 得意満面の笑みを浮かべてイリヤの方に歩き出したオーフェンの腹を、1条の黒い耳が貫いた。
「な…!?」
 意味も分からず振り向く。そこには、魔王術によって元の人間に戻されたはずのバーサーカーが、頭部から再び黒兎の耳を伸ばしている姿が、あった。
 戦況は、再びイリヤへと傾くことになる。
「なんで?あなたも教えてくれたようだから、私も教えてあげるわ。バーサーカーが、絶対に負けることのないその理由。それはね、バーサーカーは、黒鉄大兎は、15分の間に7回殺されなければ死ぬことのできない『毒』(まじゅつ)をかけられた犠者なのよ。だから、バーサーカーは、絶対に負けないの!」
 得意げに話すイリヤの説明を、オーフェンはもはや聞き流していた。
 ただの蘇生ならばなんの問題もない。黒兎の力を失っているのなら、15分間に7回殺すことなど、最高の暗殺技能者と呼ばれたオーフェンには容易いことだ。しかし、黒兎の力は復活している。そこから考えられることは一つ。時間の逆行による蘇生。傷が癒えるのではなく、もとの状態に戻るのだ。
 それは、あまりにも強力な宝具。
 まさに、次元が違う存在だ。
 思わず、オーフェンの口から乾いた笑いが漏れる。
「笑ってる……。バーサーカー、遊びは終わりよ。油断なく躊躇いなく。殺される前に殺しなさい。」
 イリヤの命令に忠実に従ったバーサーカーは、もう1条の耳を、鋏のように交差させて伸ばす。それをかわすため、オーフェンは耳を掴むと腹の肉ごと抉り外す。
 その正気を疑うような行動を以って、すんでのところで回避に成功する。転がるように避けたオーフェンの後を、流れ出る血が、まるで尾のように付いて回る。
 それでも、目前の死が避けられぬと知ってなお、オーフェンは笑う。勝つのは自分だと、確信する。
 もう一度迫る耳よりも早く、イリヤがそれが何かを理解するよりも早く。
 それは放たれた。
―――タァン。
 あまりにも場にそぐわぬ、軽い音。
 火薬の破裂する、音。
 それは、オーフェンの手元から発された。
 『ヘイル・ストーム』と名付けられたそれは、オーフェンの居た世界に始めて『狙撃』という概念を生んだ。それは、どんな魔術の発動よりも早く、簡単に発動する。
 そして、簡単に人を、破壊する。――殺す。
 そう、それは、銃であった。
 銃弾を放ったオーフェンの心臓に、深く、耳が突き刺さる。それはしかし、バーサーカーの最後の行動となる……はずであった。
 オーフェンが、的を、イリヤを外しさえしなければ。
 放たれた銃弾は、イリヤの頬を浅く削ると、背後の灯を打ち砕く。そして、効果はそれだけであった。
「―――振り払った、はずだったんだがな。」
 そう、オーフェンは自嘲し、光の粒子となって消えた。
 人を殺せぬ暗殺者は、結局、己を殺しきれず、聖杯戦争を敗退した。











あとがき
 ふぅ……。
 次、急ぎます。
 ほんと、毎回読んでくださる方には頭が上がりません。ありがとうございます。
 しかし……魔王術とか、入れてしまっても大丈夫ですかね。
 と、いうわけで解説をば
 魔王術とは、オーフェンの持つ音声魔術を媒介に発動する『魔法』です。
 魔術を用いて、魔王の声を現出させ、それによって魔法を発動させるものです。
魔術が現行の物理法則を発動させるのなら、魔王術は新たな物理法則をつくってしまうものです。その威力は強力無比で、代償はあるのですが、かなりなんでもできます。
 なお、この魔王とはスウェーデンボリ―という、オーフェンの世界の魔王です。アロウンではありませんので悪しからず。
 まあ、白の精霊としてのアロウンも同じようなことできるんですが……。

 さて、次回は…反撃です。



[21443] Fate~crossnight~ 第7-2話 神に弓ひく背約者
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:f81c4c02
Date: 2012/03/05 23:59
 周囲を支配するのは沈痛な空気だった。
 それも当然、せっかくオーフェンによって助けられた命だったが、それは一時のことでしかない。
 今はこうして確保した小屋の中に隠れていられるが、それも時間の問題だろう。そうなれば、バーサーカーによって三人は殴殺されることは明白であった。
 それに対抗する手段は、未だ見つかっていない。
 士郎は、せめてもと、重い口を無理やりに開く。
「アロウン。お前の、カンディドって宝具で……。」
「無理。」
 しかしそれも、にべもない口調の凛に、即座に否定される。
「カンディドを使ったら、セイバーはしばらく行動不能になるわ。その間、バーサーカーの攻撃を、たかだか人間の私たちで防がなきゃならない。それは、不可能よ。」
「ならせめて、遠坂だけでも。」
「それこそ論外ね。私のアーチャ―を消されて、黙っていられるとでも思っているのかしら。」
 凛は、逃走することなど論外とばかりに却下する。その瞳には、決意の色が宿っており、決して背を向けることなどないと語っていた。
 一応、説得の言葉を口にしようかと考えた士郎は、しかし、凛のさらなる一睨みに口をつぐむ。
「とにかく、罠を張るしかないわね。」
「しかし、どうする?バーサーカーは常時呪いを纏っていて、生半な攻撃は全て弾いてしまう。もし、呪いを突破したとしても、その先には耳による防御がある。このなまくら剣だけでは、突破することは出来んぞ。」
 アロウンだけではバーサーカーに勝つことは出来ない。その事実を前に、凛たちは沈黙せざるを得なかった。
しばし、沈黙が時を支配する。それを破ったのは、士郎の一言だった。
「話し合うってのは、無しか?」
「はぁ?」
 場の空気を読まない、あまりの発言に、凛は青筋を立てて士郎を睨みつける。
 アロウンは、何を考えているのか、表情を変えずに士郎を見つめる。
「その…イリヤは、マスターなんてしてるけど、ホントはただの女の子なんだ。初めて食べたたい焼きに笑って、風の冷たさに憂鬱になる。そんなイリヤと、俺は争いたくなんてない。」
 凛の感情を慮って、士郎はやや控えめに、たどたどしくではあるが、しかし、自身の為したいことを、凛に伝える。
 それは、士郎自身すら気付かぬ変化。
 過去の士郎であれば、正義の味方はこう在るのだと、こう在るべきだとそう説いていただろう。しかし今回は違う。凛の意見を汲み、その上で自身の為したいことを主張したのだ。
 ――それは兆しであった。アロウンの求める、『王道』(レギアス)の。
「……士郎。あなたの言いたいことは分かるわ。でも、これは聖杯戦争なの。彼女はそれに参加している。戦うという以外に、選択肢は無いの。」
 凛は士郎の主張を在り得ないことだと切って捨てる。実のところ、凛は未だにこのようなことをのたまう士郎に、内心あきれ返っていた。むしろ、多少なりとも怒りを持っていた。
 もっとも、その性格故に信用できるのではあったが。
 いずれにせよ士郎の提案は、凛の感情的にも常識的にも受け入れられるものではなかった。
 自分の意見を却下された士郎は、やや不服そうな様子ではあったが、とりあえず沈黙を守る。
「いずれにせよ、戦う、ということを前提にした方がいいのは事実よ。戦う術を持っていなければ、いざという時、蹂躙されるだけだもの。」
 事態は常に最悪を考えていた方が良い。そのことは士郎も理解していたようで、それ以上食い下がることは無かった。
「アロウン。バーサーカーの防御を突破するのには、どのくらいの力が必要なのかしら?」
「それは…属性にもよるが、呪いの帯が1枚であれば、Cランク程度の攻撃でも貫けるだろう。しかし、束ねられればAランクであろうと傷つけることはかなわんだろうな。」
「つまり、呪いの帯には絶対量があり、それを攻撃や防御に使っている、というわけね。」
 凛は、そのことだけを確認すると、しばらく考え込む。そして出した結論は、やはりというか、それしか無いものだった。
 すなわち。
「誰かが囮になって、気を逸らした後に、本命の一撃を叩き込む。」
「まあ、それしか無かろう。しかし、問題は誰がその一撃を叩き込む?サーヴァントを滅ぼすことの出来る一撃を、人間の魔術師であるお前が出せるのか?」
 凛の作戦の根本的な問題を、アロウンは指摘する。
 サーヴァントは強大な力を持った存在であり、人間の魔術師にそれを倒すことはまず不可能である。
「そうね。」
 凛はアロウンの言葉に軽く頷くと、ポケットの中から10を超える数の宝石を取り出す。
「そこは質より量、と言った所かしら。」
魔術と言うモノは、概念、すなわち意味が強いものが勝つ。サーヴァントは、英霊であり、強力な概念の塊でもある。それを覆し得るほどの概念を生むということは、すなわち、その英霊以上の力を発しなければならない事と同義である。
 もちろん、絶対に不可能というだけではない。大がかりな儀礼式典を用いたり、大魔術を行使すれば、それだけの力を発することも可能だ。
それを凛は、宝石に込められた大量の魔力を用いることで実行しようというのだ。
「確かなことは言えないけど、Aランク以上の威力は出せるはずよ。」
 その凛の答えに、アロウンは苦笑で返すと、
「よかろう。では、囮役は俺がやるとしよう。なに、お前が出るまでもなく、捻ってしまうかもしれんがな。」
 そう皮肉げに笑う。
凛にはその様が、今は亡きオーフェンとかぶって見えた。凛は思わず、押込めていた感情が溢れそうになってしまい、そっぽを向く。
 そこに、アロウンに触発された士郎が割って入る。
「俺も、力になれると思う。」
 士郎はそう言うと、近くにあったベッドをひっくり返すと、そのベッドに使われている板を引きはがす。
「同調―開始。」
 呟いたのは、いつも通りの呪文。しかし、その効果は違っていた。強化ではなく、それと同じ系統の魔術――変化。
「なっ……。」
 凛は少なからず息を飲む。士郎の魔術の師であった凛は、士郎の魔術の腕を知っている。その記憶の範囲内であれば、士郎にはまだ使いこなせるはずの魔術ではなかったはずだ。
 だが、現にこうして木板は弓へとその姿を変えつつある。
 士郎は、確実に進歩していた。しかも、凛が予想するよりも数段早く。そのことに、凛はいささか戦慄を覚える。
「なんとなく、コツが分かってきたんだ。洋弓の材料のレッドオークが、こうして手に入ったのは幸運だったな。」
 士郎は満足げな表情で、出来た弓を見つめる。
 そこにはまごうことなき反りの浅い弓―洋弓が形を成していた。
弓とは、本来特殊な材料を使う。そこらの木を拾って手を加えるだけでは、しなりが足りずに折れてしまう。そのためしなりの強い材料、日本では竹が、ヨーロッパではオーク材が主に使われている。そしてオーク材は、ベッドなどの家具にも使われる。
「……とにかく、手段が出来たのはいいことだわ。」
 凛はそう言って自分を納得させ、話を続ける。
「私は…そうね。木の上にでも隠れているから、そこの近くに向かっておびき出してちょうだい。そうすれば、後は私が何とかするわ。」
 そうして方針が決まった三人を、一時の静寂が包む。
 それは、オーフェンを失った悲しみを癒すためには短すぎるものではあった。しかし、それでもそれを受け入れるだけの、余裕は、生みだした。
 奇しくもそれは、オーフェンの犠牲によって成り立っている猶予であった。



「見ぃ~つけたっ。」
 イリヤの、まるで遊戯でもしているかのように純粋で純真無垢な声が響く。
「あ~あ、つまんない。もっと逃げ隠れするものだと思ってたのに。」
 イリヤの言葉通り、士郎とアロウンは、わざと見つかった。アインツベルンの森に仕掛けてある探知用の魔術にわざと引っかかり、その位置を伝えたのだ。
「イリヤ。俺たちは戦おうとしてここに居るんじゃない。話し合うためにここに居るんだ。」
「話し合い?話し合う余地なんてないわ。私はそのセイバーを殺さなきゃならないの。そうして全てのサーヴァントを、敵を殺して、聖杯をおじい様のところに持ち帰らなくちゃならないの。でも……そうね、もしもシロウが命乞いをするっていうのなら、シロウだけは助けてあげてもいいのよ。」
 士郎は実のところ、この後に控えているであろう戦いよりも、この話し合いの方に意識が傾いていた。
 ただ戦う―殺し合いをするということだけでもおぞましいのに、それを妹のように感じている少女と行わなければならないのだ。それは、まさに悪夢以外なんでもない。だから、血を吐くような想いで、イリヤに話しかける。問いかける。
「なんで、そんなに聖杯を求めるんだ。そうまでして手に入れなきゃいけない願いがあるのか?」
「無いわ。」
 そんな士郎の想いは、簡単に拒絶される。
「おじいさまに、取ってこいと言われたからそれをするだけよ。私は、そのためだけに在るんだから。」
「でも殺すとか、そんなことする必要なんてないじゃないか。聖杯なんて、俺は欲しく……。」
「俺は欲しいがな。」
「ぐっ。」
 士郎の言葉を、アロウンは否定する。しかし。
「しかし、確かに殺しあうほどではない。別の方法で手に入るのなら、それに越したことは無い。」
 そう言って、士郎を弁護する。想いを支える。
「なら、交渉は決裂ね。話し合いで手に入るものじゃないのよ。それじゃあ、始めましょう。」
「待ってくれ!なんでだ。何で話し合いじゃ無理なんだ!?」
「それは……ん~、秘密にしないといけない事だから、言えないわ。とにかく、話し合いで聖杯が生まれることは無いわ。」
 聖杯が生まれる。そうイリヤは口にした。もしかしたら、日本語に訳す時の細かなニュアンスの違いかもしれない。しかしそれは、なにか重大な意味を隠し持っているかもしれない。そんな考えが、ふっとアロウンの頭をよぎる。
しかし、今はそのことを追及できる時ではない。追及したところで、答えてくれる相手でもないだろう。だから、アロウンは違うことを口にする。わずかな突破口を開くために。
「では、ひとつ問おう。士郎とお前と、どういう関係なのだ?お前は士郎に固執し過ぎている。逃げ出した凛を含め、相手は全て殺すという。しかし、士郎だけはとにかくその命を奪うまいとしている。この差は、いったい何から生まれるものなのだ?」
「それは……。」
 しばし言いよどんだイリヤは、決意を込めた眼差しで、士郎を見る。そして、問いただしたアロウンにではなく、士郎に対して、質問という形で、返した。
「シロウ。アイリスフィール・フォン・アインツベルンっていう名前に聞き覚えはある?」
 士郎はその問いに、無言で首を横に振ることで答える。それを見たとき、イリヤは表情を暗くする。悲しげに、ゆがめる。
「私の、母様の名前よ。そして父様の名前は……。」
 その名前は、士郎――衛宮士郎の心をかき乱し、綯交ぜにした。
「衛宮、切嗣。」



 士郎の心に一瞬の隙間が生まれたその瞬間、バーサーカーとアロウンは激突した。
「下がっていろ士郎!お前には、荷が勝ちすぎる。」
 アロウンがそう叫ぶのを、士郎はまどろみの中で聞いていた。どこか、他人の耳を通して聞いているような感覚で現実の中だとは理解できない、否、したくは無かった。
 しかし、これは現実だ。
 だから、士郎は持てる力の全てを使って、叫ぶ。
「やめろぉ……。戦いたくなんて、ない。」
 実際には、木々のざわめきにすら掻き消されてしまうほどの弱々しい声だった。しかし、それでも、イリヤに届く。
「まだ、そんなこと言えるんだ。やっぱりシロウは優しいね。実は私ね、私を捨てた切嗣を、許さない。切嗣を裏切らせたシロウを、許さない。最初はそんな風に考えてた。だから最初はアナタを八つ裂きにして殺してやろうって考えてた。でも、シロウ、よわっちいんだもの。私の部屋にあるぬいぐるみみたいに簡単に壊れちゃった。だから思ったの、守ってあげたいって。だから、シロウ。わたしの物になりなさい。でなければ……。」
 死になさい。
 それは、歪んだ愛情。
 士郎もイリヤも、共に知る由もなかったが、切嗣はイリヤを見捨ててなどいなかった。何度も何度も、イリヤを取り返すためにアインツベルンの冬の森へと向かったが、結局イリヤを取り戻すこと叶わなかった。
 しかし、結局、切嗣はイリヤとの約束を守れなかったことは事実だ。そして、イリヤを一人にいさせてしまったことも、また事実である。故に、イリヤは歪んでしまった。自分を見捨てる者は、要らないと、殺してしまえと考えるほどに。
「家族、なんだろう?俺たちは。ならなおさら争う必要なんて……。」
「うん、だからそこのセイバーを殺さないとね。シロウは私が守ってあげるから。」
 噛みあわない会話が続く。恐らくそれは、イリヤが隠している秘密のせい。
 イリヤは歪んでいるとはいえ、士郎の事を本気で守ろうとしていた。守ろうとするがゆえに、聖杯を望んだのである。
聖杯を持ち帰れば、士郎は助命される。
親子二代にわたってアインツベルンに牙を向けた存在を、アハト翁は許しはしないだろう。
 求めるが故に。力づくで奪う。
 だから。
「バーサーカー。『本気』を出しなさい!」
 命じる。狂え。狂え。狂え。と。
「■■■■―――!!」
 世界が、揺れる。
バーサーカーから吹き出す瘴気が、世界を呪い、穢してゆく。
「そんな……能力が、上がる……。」
 士郎の言葉の通り、バーサーカーから吹き出す力は、先ほどの比ではないほどに膨れ上がっている。―――『狂化』。それはバーサーカーというクラスに与えられたスキルである。召喚した英霊の理性を奪う替わりに、強大な力を与えるというものだ。
 だから、アロウンたちはバーサーカーはすでに狂化されているものと信じて疑わなかった。それほどに、バーサーカーは強力な存在だったからだ。
 狂化されたバーサーカーの力は、あまりにも絶大だった。
 振るわれる拳は、紅剣で受け流したとしても、紅剣を伝って呪いがアロウンを犯す。
 躱したとしても、風圧がアロウンの身体を裂いた。
「アロウン!」
 士郎の上げた声は、悲鳴だったのか。制止の命令だったのか。
 そんな士郎を、しかしアロウンは案ずる。自身が戦うことで、士郎が傷つきはしないかと。
そして後悔する。自身の不用意な言葉が、過去という名の藪をつつき、蛇を出してしまったことを。それでもなお、アロウンは紅剣を振るうことをやめない。止まらない。
 士郎の言葉の真意は分からない。自責の念もある。
 それでも、突きつけられた現実には、抗わねばならなかった。
 顔を上げ、立ち向かわねばならなかった。
 そう生きると、父の名に誓ったから。友と共に決めたから。
 だから、アロウンは待った。押し寄せる暴風のようなバーサーカーの攻撃の中、一瞬の好機を。



 そして訪れる。
「■■■■■■――。」
 いくら攻撃を打ち込んでも倒れないアロウンに、じれてきたのだろう。バーサーカーは雄叫びを上げ、突っ込んでくる。
 その大ぶりの攻撃を、紅剣の刀身に当て、滑らせる。
「おおおおぉぉっ!」
 足が呪いに浸食されるのも構わず、バーサーカーの足を払うと、気合を込め、投げ飛ばす。
「りぃぃぃん!!」
 空中に放り投げられ、完全に無防備となったバーサーカーの背に向かって、アロウンの掛け声を合図に、氷塊がいくつも降り注ぐ。
「氷塊の雨で砕け散りなさい!」
 とどめとばかりに、凛自身も木の上から飛び降りつつ宝石魔術を乱射する。放たれた氷は、バーサーカーとその周りの呪いに当たると、まるで呪いそのものを喰らいつくさんとばかりに膨れ上がり、包み込んでいく。しかし――。
「……■■■――!」
 バーサーカーの吠え声と共に、炎のように揺らめく呪いの束が生まれ出る。それは凍った自身の身体の上に、蔓のように絡みつく。
「うそ……。」
 そしてバーサーカーは、そのまま自身をマリオネットのように操ると、驚愕する凛を捕らえる。
「くっ…。」
 凛の喉に絡みついた呪いの束が、じわじわと凛の顔を、身体を、黒く染めていく。
 先ほど放った凛の魔術も、大量の呪いの束が、砂糖に群がる蟻のように包み込み、徐々に融解させていっていた。
 失敗したかに見えた凛の奇襲は、完全に成功した。
 苦しげな顔を歪めて、しかし、確信した勝利にこぼれ出る笑みを隠せず、凛は、手に隠し持った宝石を、呪いの帯が一切無いバーサーカーの顔面に押し付ける。
「いっけぇ!!」
 掛け声と共に解放された魔術は、白い光となって、バーサーカーの顔を焼き尽くす。
「■■■■■■……!」
「ああああぁぁぁぁ!!」
 始めて、バーサーカーが苦痛の悲鳴を上げる。しかし、その悲鳴をすら飲み込むほどに増大した光は、やがて欠片も残さずバーサーカーの頭部を消し飛ばした。
「はぁっ、はぁっ……。」
 凛は絡みついた呪いの帯を振り払い、しかし、未だ浸食を続ける呪いに喘ぎながら、それでも掴み取った勝利に酔いしれる。それを、苦笑いで見やりながら、アロウンは呆れたように呟く。
「まさか本当にやるとは……。」
 サーヴァントを、英霊を、ただの人の身で打倒し得るなど、常識を逸している。
 しかしそれをやり遂げたのだから、凛は本当にたいしたものである。
 アロウンはそれを口にしようとして、気付く。
未だに消滅しない、バーサーカーに。イリヤの口元に浮かんだ、微笑みに。
「離れろ、凛!」
 アロウンの警告は、遅すぎた。
 時間が巻き戻り、消し飛ばされた頭部も、凍てついた身体も、何もかもが元通りに復活――復刻する。
「アハハハッ。ざぁんねん。バーサーカーはね、15分間に、7回殺されないと死なない、≪毒≫(まじゅつ)って言う宝具を持っているのよ。たかが一回殺されたくらいで、私のバーサーカーは止められないわ。」
 イリヤの自慢げな高笑いが響き、それと同時に、イリヤの余裕の正体がアロウンたちに知らされる。
「くそっ。」
 なんらかの防御手段くらい持ち合わせているだろうとは踏んでいたが、ここまで破格の宝具であろうとは……。そうアロウンは内心で歯噛みする。しかし、嘆く間など無い。
 穢され、倒れそうになる身体を叱咤し、アロウンは走る。
「かっ…あっ。」
 今度は呪いではない。バーサーカー自身の指が、凛の喉に絡みつく。
 吐息すら漏れぬほどに強く、凛の喉は閉ざされる。
 それを助けるべく斬りかかったアロウンは、空いた片手の一薙ぎで、弾かれ、吹き飛ばされる。
 状況は、絶望的なまでに転落していく。
 一人状況に着いてこれぬ、正義の味方を置いて。










と、言うわけで、やや短めですがここで一旦切ります。
ちょっと、状況を整理したいのと、切らなければ無駄に長くなりそうなので……。
えっ!?あの人がまさかのヒロイン化?のキャスター編まで突っ走ろう!
目指せ、一日1000字。



[21443] Fate~crossnight~ 第7-3話 神に弓ひく背約者
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:f81c4c02
Date: 2012/03/21 01:02
 士郎は呆然と、目前で繰り広げられる闘争を見詰めていた。
 目の前では、家族であるイリヤと、仲間であるアロウンと凛が、争っている。殺しあっている。そんな悪夢のような光景が、広がっていた。
 なにも考えたくない。状況に流されるままに委ねてしまえ。
そんな感情と。
こんな結末は認められない。変えなければ。
そんな感情が、士郎の中で相争っていた。
 もう居ないと、存在しないと思っていた家族が、目の前に居るのだ。しかし彼女は、自分を助けるために、自分から全てを奪おうという。
 しかし、それに抗おうとしても、抗う術は無い。否、あるにはあるのだ。殺しあう、という手段が。
 それは士郎の望むものではない。認められるものではない。家族と殺し合いをするなど。
 しかし、それを忌避している間に、状況は刻一刻と姿を変えていく。
 アロウンは呪いに穢され、もはやまともに剣を振るうことすら怪しい。
 凛は、首を圧迫され、顔はドス黒く染まってきている。
 このまま何もしなければ。
―――楽になれるだろう。
 ―――何もかもを喪ってしまうだろう。
 だから……。
「こんなこと、認められない…!」
 ガタガタと震える膝を手でつかみ、杖の代わりにする。
 壊れそうなぐらい鼓動を刻む心臓を、殴りつける。
 歪む視界は、張り倒して矯正する。
 そうして士郎は立ち上がる。
 士郎の様子を傍から見れば、強風の中、吹き飛ばされそうになっている案山子ですらまだマシ、といったように見えるだろう。
 しかしそれでも士郎は立っていた。
 無様でも、哀れでも、惨めったらしくとも。
「そうだ。……認めない!!」
 先ほどとは違い、今度は聞こえるように、宣言する。しかし。
「だからって、シロウに何が出来るっていうの?そこで大人しくしていなさい。でないと、間違えて殺しちゃうわ。」
 イリヤの言う通り、今の士郎には、なんの力もない。ただ、喚きたてるだけの、子どもに過ぎない。
『勝てないのなら、イカサマするのさ。』
 そう言っていた男は、もう居ない。しかし、その言葉の意味が、今、少しならば理解できた。
 現状で勝てないのならば、勝てる要素をつくる―――。
現実になにも持たないのならば、せめて空想の中では力を。
 みんなを守り、自分の意志を通す力を!
―――投影――開始―――。
 使い慣れた言葉を、呪文を紡ぐ。強化――ではない。現実に在るものをいくら強化しようと、バーサーカーには毛筋ほども影響をあたえることは出来ないだろう。
 行うのは、強化よりも慣れ親しんだ―――投影。
 生み出すのは―――剣。
 運命に、神に抗う剣。
 エドラム――はアロウンのものだ。
運命に抗う為には、そう、紅に並び立つ、蒼の剣を。
 戦うための誇りを、ダーンウィンを。この手に。
「■■■■――!」
 士郎の手元に集う蒼い光に脅威を感じたか、バーサーカーは一声吠えると、凛を投げ捨て、士郎へと突進する。
「し…ろ……。」
 凛は浸食してくる呪いに苦しみながら、それでも士郎を案じる。しかしその心配は、杞憂に終わる。
 人間が反応しきれないほどの速度で迫ったバーサーカーの一撃を、士郎は動物を思わせる身軽な動きでかわす。
薙ぎ払いを後ろに跳び退ることで空を切らせ、撃ち下ろしの一撃をスレスレで見切ってかわす。突きは上体を逸らし、そのまま後ろへと空転することで、避ける。
その、別人としか思えない、何かが乗り移ったとしか思えない人間離れした動きを、凛たちが驚愕の想いで目を見張る中、アロウンだけが懐かしそうに見ていた。
 それは、ダーンウィンの本来の持ち主、ペンドラゴン=アルサルの動きであった。
「まさか、此処までとはな……。」
 アロウンの手に握られた紅剣の疼きに、士郎に秘められた可能性に、思わずアロウンの唇の端が吊り上る。
アロウンは――破顔していた。
 アロウンの賞賛を受け、ダーンウィンはその姿を現す。幻想より、創造される。
 それは蒼い直刀。エドラムとうり二つの姿を、形を持ち、しかしその色は海よりもなお清い蒼。そしてその役割は――封印と解放。
「世界を解放せし左手(ダーンウィン)!」
 士郎がその真名を叫び、力の一端を解放する。蒼剣からあふれ出た光が、呪いに苦しむ凛と、アロウンに降り注ぐ。
 その光は凛を、そしてアロウンを、黒兎の軛から解放した。
「なに……これ……。」
 自身の身に起こった変化に戸惑いを隠せず、思わず身体を撫でまわす。そこには呪いによるダメージこそ残っていたものの、呪いそのものは全て、解かれていた。
「■■■■■■■!」
 その光が気に食わなかったのか、バーサーカーはなお敵意を剥き出しにして士郎に迫る。
 真名を解放したからか、人間離れした動きを失った士郎は、バーサーカーの突撃を避けきれずに蒼剣でまともに受けてしまう。
 その衝撃に耐えきれず、蒼剣は悲鳴を上げて、ガラスのように砕け散る。そして蒼剣を砕いた勢いのまま、突っ込んできたバーサーカーを受け切れず、士郎の身体は吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられてしまう。しかし蒼剣の残り灯のおかげか、士郎が呪いに侵されることは無かった。
「くっ……折れないはずの剣が折れたのは、想定に綻びがあったからだ。」
 バーサーカーのことなど埒外に置き、士郎は呟く。そして、士郎は再び自身の中へと、創造の中へと潜る。
―――投影――開始―――。
 ただ一つの狂いも妥協も許さず――基本となる骨子を想定し、構成された材質を複製し、蓄積された年月を再現し、あらゆる工程を凌駕し尽し――。
 ――ここに幻想を結び、剣と為す――。
 士郎の言葉(呪文)が完了すると同時、完全なまでに再現された、創造された蒼剣が、完成する。
 そしてそれと同時――呼び起こされる。
アロウンの持つ紅剣が、錆にまみれた刀身が、再び光を取り戻す。
「ハッ!」
 アロウンの気合一閃、強烈な踏み込みと同時に放たれた斬撃は、呪いの帯ごとバーサーカーの腕を切り落とす。
「――■■■■■!」
 その結果、士郎へと振るわれた攻撃は、失われた腕の分だけ射程が短くなり、届かない。
「アロウン……。」
 一方身構えていた士郎は、突然の出来事に呆然となる。そんな士郎に、アロウンは一旦バーサーカーを押しやってから笑いかける。
「お前がダーンウィンを投影したおかげでな、俺のなまくらもこうして復活した。さあ構えろ、士郎。来るぞ。」
 離れた後、即座に腕を復元したバーサーカーは、紅剣の切れ味を危険と判断したか、両腕に呪いの帯全てを纏うと、再び突進してくる。
「はぁぁぁっ!!」
「だぁぁぁっ!!」
 士郎とアロウンは同時に吠え、迫りくるバーサーカーへと剣を叩きつける。
 剣は、それ自体が意志を持っているかのように、幾重にも巻かれ、濃度を増した呪いの束を、喰い破り貫き進む。しかし、さすがにバーサーカーの持ちうる全ての呪いを打ち破ることは荷が勝ち過ぎていたらしく、バーサーカーの掌に掴まれ、呪いへの逆進は止められてしまう。
「士郎、ダーンウィンを使え。お前の願いが、想いが強ければ強いほど、ダーンウィンは応える。こいつの黒兎(呪い)を、封じろ。」
「ああ。」
 アロウンに応え、士郎はダーンウィンへと語りかける。
 その言葉は、自然と口から転び出た。
「ダーンウィンよ。我らの防壁となりて、我らが願いの礎とならんことを!」
 ダーンウィンから広がった蒼光は、バーサーカーの呪いを、黒兎を、染め上げる。
「エドラム、神と世界を分かつ右手よ。神殺しの獣を切り裂き、決着を付けろ!!」
 そして振るわれた斬撃は、世界ごと、バーサーカーを断絶した。
「――■■■■■■■■■■――!!」
 バーサーカーが、末期の悲鳴を上げる。――否、そうではなかった。力を調整されて放たれた一撃は、バーサーカーの命を、4度、奪う。
「これで6回!士郎!!」
 アロウンの意図を即座に理解した士郎は、ダーンウィンをバーサーカーの眼前へと突き立て、最後の力を振り絞ってバーサーカーの持ちうる全ての力を封じる。
 そう、士郎の、アロウンの目的は、バーサーカーを滅ぼすことではなく、制すること。
「イリヤ!」
 息を荒らげながら、士郎はイリヤへと詰め寄る。
「もう、終わりにするんだ。あと一回でバーサーカーは……死ぬ。だから……。」
「いや!」
 士郎の提案に、帰ってきたのは拒絶であった。
「士郎はなんで私の言うことを聞いてくれないの?」
「俺はアロウンや遠坂を裏切れない。だから、アロウンたちをイリヤが拒絶する以上、イリヤと一緒には居られない。」
「いやぁ!」
 半狂乱になって愚図るイリヤを、必死になって説得にかかる。しかし、それが功を相するようには、まったくをもって見えなかった。それも当然であろう。二人は譲れないものを持つが故に、決して交わらない平行線となるのだから。
「どうしてそこまでして譲らないんだ!」
「だって、シロウが殺される!今はまだ良いわ、セイバーがいるもの。でもその後は?一度は捨て置いても、二度は無い……。私は、もう家族を失いたくないの!」
 少女の中に生まれた母性とも言える感情。それが少女の行動原理であった。また再び一人になるのは、捨てられるのは、彼女にとっては死よりなお辛いことなのかもしれない。
「………。」
 そんなイリヤに、誰も何も言い返せず、ただ、少女の嗚咽だけが重く圧し掛かった。
 それは恐らく、話し合いでは解決しないこと。他人を守るが故に、妥協できない。
 しかしそれでも、士郎は説得を続けようとする。そんな士郎にいらだちを覚えた凛は、事を終わらせようとバーサーカーへと指先を向ける。
「やめろ、凛。」
 そんな凛を、アロウンが止める。
「どうして?貴方も士郎がしようとしていることの結末が、分かっているでしょう?」
 やや激している凛の言葉に、アロウンは無言で頷き同意を示す。それでも、アロウンは士郎の心行くまで好きにさせるつもりであった。



 士郎は泣き喚くイリヤを見ていて、ふと気づく。
 これは、先ほどまでの自分であると。
自分の譲れないもののために、最後まで足掻こうとする、その姿は。
 そう感じて、士郎は何も言えなくなった。そう、イリヤは、自分の正義のために行動している。士郎も自身の正義のために行動している。そして二人は相いれない。
 そこまで思い至り、その矛盾に気づき、そして、思い出す。切嗣の言葉を。
『何かを助けるということはね、何かを見捨てるってことなんだ。』
 切嗣はそう言って、後悔をしているようだった。
 切嗣になにがあったのかは分からない。しかし、切嗣の娘だという少女――イリヤを、切嗣は見捨てなければならない何かがあったのだろう。
 切嗣の、正義を通すために。
 そして、士郎は理解する。正義の味方の、その果てに待つものを。
「正義の味方は、大人になれば名乗れなくなる……か。」
 それはきっと、現実を識るから。正義という自分の傲慢さで、他の多くのものを潰して、壊して、殺してしまわざるを得ないという事実を。
「くっそぉぉぉぉっ!」
 士郎は惑う。叫ぶ。何かに助けを乞うように。この世界の絶対者にでも祈るかのように。
 この世界の理不尽を、悪戯な運命の醜悪さを嘆いて。
「士郎……。」
 凛からしてみれば、もはや答えの出ている簡単な問いに過ぎない。しかしそれを此処まで懊悩し、選択できない士郎を、凛は攻めることはできなかった。
 どんな言葉であっても、掛けることはできなかった。そんなことをすれば、この純真無垢なこの衛宮士郎という人物を、穢してしまうような、そんな気がしたからだ。
「■…――■■■!」
 そして、士郎にさらなる選択が迫る。
 封印していたはずのバーサーカーが、己が主の危機に、泣きじゃくるイリヤのために、最後の命を燃やしきることを選択したのだ。
「まずい!」
 バーサーカーの全身に、白い、今まで纏っていた真っ黒な呪いとは違う、雪のような白さを持つ炎が燈る。その光はやがて、ダーンウィンの放つ蒼光さえ圧して、広がる。
 ――貂魔の炎――。
 それは、触れたもの全てを消滅させる貂界(てんかい)の炎。使用した本人すら焼き尽くし、焼滅させる力。
 それを、バーサーカーは使う気だった。
 その力は本来ならば使えない力――黒兎の力のせいで、様々な力を愚呪愚呪にない交ぜにして出来上がった黒兎のせいで、決して振るうことが出来なかった、貂魔の力。
 バーサーカーの、黒鉄大兎の、大切な――命よりも大切な少女から貰った力。
「士郎!」
 アロウンはバーサーカーへと駆けより、そして―――バーサーカーを、斬り裂いた。
「あっ……。」
 結局、貂魔の炎は解き放たれることなく霧散する。
 イリヤの上げた悲鳴が大気に混じって消えていったように、バーサーカーの身体も、塵となって消える。
 その事に、自分の大切なものがまた消えて逝くことに耐えきれなかった少女は、糸が切れたようにくずおれて、気を失った。
「なんで…何で待ってくれなかった!?」
 士郎はたまらず激情してアロウンに詰め寄る。
「お前の命が危なかったからだ。」
 にべもなく、そう言うアロウンに、それでもと、士郎は問う。
 そして士郎は識る。アロウンの選択を。
 アロウンが負うことで勝ちえた荷(士郎の命)を。
「ならば言い換えよう。お前とバーサーカーが共に死ぬのと、バーサーカーだけが死ぬのと、どちらがいい。」
「………。」
「俺は、後者を選び、お前の命を救った。バーサーカーを殺して、な。」
 突きつけられた現実は、士郎を苛む。
 そして沈黙は、士郎の心中を吐露するものであった。すなわち、アロウンの選択が正しいものであると。
 もっとも、士郎自身は納得のいくものではなかったが。
 アロウンの問いに答えられず、しかし唇を噛んで沈黙せざるを得ない士郎に、アロウンはふっと表情を緩めると、諭すように語りかける。かつてアロウンが父にされたように。
「士郎。ここで俺が何か言うのは簡単だ。しかし、それはお前を納得させるには足りんだろう。しかし、例え同質のものであろうと、お前自身が勝ち得ればそれは至宝となる。とりあえずは、そうだな……。」
 アロウンはそこで一旦言葉を切ると、士郎の胸を拳で軽く小突く。
「お前の内なる声を聞け。そして、お前の為すべきことを為せ。そこが、全ての始まりだ。」
 アロウンはただそれだけを言うと、紅剣を虚空へと消し、気絶しているイリヤの方へと歩いて行く。その目的が、害を与えないことは、アロウンの態度からして明白である。
 士郎はそれを空虚な目で追いかけることしかできなかった。
士郎の胸中に渦巻くのは、大きな虚。
正義の味方として在るはずだった己の理想が、力を手に入れた上でなお、貫くことが出来なかった――突きつけられた現実の前ではどうすることもできなかった。
 それが士郎の今を、閉ざしていた。
 正義の味方として在るべき己が、惑っていた。
 ―――借りものであるが故に―――。









まずは読んでくださってありがとうございます。
私の文章力・構成力で表現しきれなかったことが多々ございまして、いろいろとご指摘を受けましたので設定出しを多少致したい次第であります。
オーフェンは、はぐれ旅をしている時期が基本で、原大陸編の記憶も持っている、という設定です。
これは、優秀な魔術師であり魔術師であろうとする凛が、しかし魔術師として非情になりきれない自己矛盾をはらんでいると解釈しており、その凛故に、同じく人を殺せない暗殺者として自己矛盾をはらんでいるオーフェンが召喚された、ということです。
敵となった人を殺すことに躊躇はあるが、決断はする。そういったことをもっと表現できればよかったのですが…。
最後の結果はその現れ、という様に理解していただければ幸いです。

また、魔王術は必ずしも消去とイコールではありません。消去もある、というだけです。
相手の力が強い場合、消去しきれないのでは、と解釈しております。
シマス・ヴァンパイアがウロボロスを模した姿になった時、オーフェン(他の魔術戦士も含め)は消去する術を発動させるのではなく、高威力なだけの魔王術を叩き込みました。そして、シマスを消去することは、試そうともしませんでした。
魔王術がどんな相手にも効く消去とイコールであるのなら、大人数で同時に消去の構成を編み、一人でも叩き込めれば勝利なのですから、それをしない、ということは出来ないのではないかと思います。
また、消去してしまった場合、聖杯が完成しないことになります。さらに、オーフェンが居なくなってしまった場合、バーサーカーは復活してしまいますので後々いろいろと危険が残ります。

最後に、「取り返しなく、我が血に触れる獣を支配する。支配者は収奪を命じ、獣は武器を捨て家畜となれ。我が名、悪夢にだけ囁かれ、生ある時には聞こえず、煩悶の鉄杭だけを残せ。ああ哀れ、剥ぎ取られた地の四つ足。お前にはなにもない。さしあたっては、慈悲がない。」という呪文は、オーフェンの呪文ではなく娘のラッツベインの呪文です。そしてこれは、ヴァンパイア化を剥ぎ取る効果になっています。≪毒≫まで剥ぎ取れなかったのは、その存在を知らなかったために構成できなかったんですね。
消去の方は、「我が名、イクトラ、それは虚偽。虚ろの名、広がり、偽典の系譜を連ねる。虚偽の名を贄に不正なる取引し、我、騙しの神の殺害を請求する!だが結果は真に残る。記録から削除せよ。」というものですね。最も、これはマジクの呪文であり、オーフェンの場合はまた違ったものになるのでしょうが。




アーチャー
マスター・遠坂 凛
真名・キリランシェロ=フィンランディ(オーフェン)
性別・男性
属性・混沌、中庸
筋力・B 耐久力・C 敏捷性・B 魔力・B 幸運・E 宝具・A+
クラス別能力
 対魔力C(二節以下の魔術を無効化する)
 単独行動B(マスター無しでの行動が可能。ただし宝具の使用などにはマスターのバックアップが必要)
保有スキル
 黄金率-A(本人の人生にどれだけ金がついて回るか。マイナスであるため逆に金が出て行ってしまう)
道具鑑定D(魔術的な道具であれば、その効果などを低確率で見抜くことができる)
マインドセットA(精神的な動揺を受けない。また、精神干渉系の魔術等を高確率で防ぐ)
心眼(真)A(修行・鍛錬によって培った洞察力)
無窮の武練B(魔術や宝具の影響下でも、十全の能力を発揮できる)
宝具
 音声魔術
  ランクB+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:100人
  シングルアクションでランクB以上のエネルギー系魔術の行使が可能
  魔術のランクを上げるごとに使用のための時間がかかる
 ヘイル・ストーム
  ランク C 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1人
  威力がCランク程度の銃弾を放つことができる(8+1発)
  発動には一切の工程が必要なく、また、いかなる魔術の行使よりも先んじて発動することが可能
 魔王術―偽典構成―
  ランクA++ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
  非常に緻密な構成が必要とされるため、音声魔術以外の戦闘行動が使用不可能となる。しかし、無窮の武練により宝具の使用はできないものの、無手による通常の戦闘行為は行える。
  魔術を媒介に、擬似的な魔法を行使する。それは、世界の法則そのものを捻じ曲げる行為である。そのため使えば反動があり、ともすれば世界の守護者を招くことにもなってしまいかねない。


バーサーカー
マスター・イリヤスフィール=フォン=アインツベルン
真名・鉄 大兎
属性・混沌、狂
筋力・A 耐久力・B++ 敏捷性・B 魔力・EX 幸運・C 宝具・EX
クラス別能力
 狂化B(宝具・幸運を除くパラメーターを1ランクアップさせるが、理性の大半を奪われる)
保有スキル
 精神汚染B(黒兎による精神汚染で錯乱しているため、他の精神干渉系の魔術を高確率で遮断する)
宝具
 黒兎≪ひっきょうむのうさぎ≫
  ランクA 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大捕捉:1人
  触れたものすべてを犯す呪い
  物であろうと魔術であろうとお構い無しに呪い、かつ拒絶することが可能
  ただし狂化により≪拒絶≫や神殺しの呪い≪黒≫(否虚無)は使えない
  呪いそのものは魔術による解呪が可能だが、黒兎を使用する術者は肉体そのものを変質させてしまっているため解呪不能。しかし、一定時間使用不能にすることはできる
  なお、サーヴァントとして現界しているためにAランクに収まっているが、本来の悪霊の姿で召喚されれば、何者をも対抗しえない呪いの塊となる
 毒≪まじゅつ≫
  ランクEX 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
  15分の間ならば6回までなら死すら蘇生可能な呪い
 貂魔の炎
  ランクA 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:1人
  触れたもの全てを消滅させる貂界の炎
  使用した場合、自身も焼き尽くされてしまう
  狂化・黒兎化のため使用不可



[21443] Fate~crossnight~ 第8-1話 偽者と贋者
Name: 団員そのいち◆3cafedec ID:f81c4c02
Date: 2012/04/06 10:06
 私物といった物がほとんど見当たらない、殺風景な部屋の中で独り、少年が横たわっている。
 少年――衛宮士郎は、その日、敗北した。意志を通せず、手から命を取りこぼし、望みは現実の前に敗れ去った。
 士郎は、ただ、生き残った。10年前の、あの日のように。
 災厄の中からただ逃げ、たまたま運よく助けられたあの日のように。
 結局、士郎はあの日から何も進んでいなかった。力を得た、協力してくれる人も得た。しかしそれでも、何もできなかった。
 その事が士郎を苛んでいた。
 だが、異常とも言える投影と、戦闘による極限状態に長時間さらされたことの疲れが、士郎の意識を闇の中へといざなった。そして、しばらく時が過ぎる。
 その優しい静寂に、一筋の光が混じり込む。
「シロウ、起きてる?」
 涼やかな声と共に、隣室から銀の髪を月明かりになびかせた少女が入ってくる。
言葉の内容に反して、その声は士郎を起こさないようにひそめられている。実際、士郎からの返答がないことがわかると、少女は、イリヤはほほ笑んで、士郎の枕元で静かに座る。月の女神がその加護を士郎に与えるために降臨したと言ってもそれを信じてしまいそうなほどに、イリヤの髪は士郎の寝顔を優しく照らしだした。
「ねえ、シロウ。シロウにはね、これからとっても辛い運命が待ってるわ。きっと、お爺様はシロウを許さない。ううん、それだけじゃない。シロウはこれから、自分からそんな運命に立ち向かっていってしまうんだね。救いを求めている人たちのために。」
 そこまで言うと、イリヤは遠い目で士郎を見詰める。やがて、イリヤは士郎の額へと手をやり、前髪をそっとどける。そして、そこに誓いの言葉と共に口づける。
「だから、シロウは私が護るよ。誰かを守るために、自分を護ろうとしない貴方を、私が護ってあげる。だから、シロウは安心して自分の路を進んで。」
 そして一度、士郎の顔を護るように胸に抱くと、
「正義の味方(シロウ)に寄り添うものに、一本の剣に、私は『成る』わ。正義の味方が誤らないように、傷つかないように。」
 それは結局、イリヤを不幸にするだろう宣誓。自分を犠牲にするという、選択。しかし少女は満足していた。例え不幸せだろうと、間違った選択であろうと、自身の歩む道に満足できるなら、たった一人の人に胸を張って誇れるのなら、そのことにはきっと意味があるはずだから、価値があるはずだから。そう、イリヤは自らを諭す。
 イリヤは自分の言葉に決意を固めるかのように頷くと、静かに士郎の布団の中に潜り込む。そしてイリヤは眠りにつく。叶わぬ夢(誓い)を胸に抱いて。



「本当にアレッサンドロ先生を狙うのか?キャスターのマスターかもしれないってだけで。」
 士郎は持ってきた木刀の切っ先を額に当て、うめくように凛に聞く。
「イリヤの奴がそう言ってたんだもの。それに、確かに怪しいわ。聖杯戦争の時期に合わせて現れた外国人。それから柳洞寺に厄介になっているって一成が言ってたじゃない。彼が魔術師じゃないって証拠は、どこにもないわ。むしろマスターであるほうが自然よ。」
 そんな風に凛に言われてしまっては、士郎としては納得するしかない。もちろん、アレッサンドロが傷つく可能性は否定しきれないのだが、しかし、もし凛のガンドがまともに当たってしまったとしても風邪をこじらせた程度の被害しか受けないということだ。ならば未だなお冬木で起こる集団意識喪失とアレッサンドロ一人を天秤に掛けた場合、その被害の大きさという点から集団の方が重い。そう士郎は判断し、アレッサンドロには悪いが試させてもらうことにする。
「来たぞ。」
 アレッサンドロの気配を感じたアロウンが、二人に警告する。それに応じて、凛と士郎の顔には緊張が走った。やがて、無警戒のように見えるアレッサンドロが、目の前を通り過ぎてゆく。その姿からはなんの魔力の欠片も感じることが出来ず、凛は思わず攻撃することを戸惑ってしまう。
「ええい、どうにでもなれ!」
 なかば自棄になりながら、凛はアレッサンドロの無防備すぎる背中に向けて、ガンドを射ち放つ。そのガンドがアレッサンドロの背中に直撃しようとしたその刹那、
「カリオストロ様に無礼な!」
 病的なまでの情愛に満ちた、怒気をはらんだ声と共に、魔力の雷が虚空から放たれ、凛のガンドを消し飛ばした。
 それが予想通りの結果であれ、それは、アレッサンドロが聖杯戦争に関係のある人物であることは、凛たちを驚愕足らしめた。
「アンタが……キャスターのマスターだったなんてね。」
 そう毒づく凛をかばうように、アロウンと士郎が凛の前に、アレッサンドロの前に立ちはだかる。
 しかし、アレッサンドロの態度は違った。自身が敵意にさらされているというのに、その事になど一切構わず、頭を押さえて嘆息している。
「……ナナエラ。出てくるなと、言ったはずだが。」
「申し訳ありません、カリオストロ様。しかし……。」
「まあ、いい。計画が早まっただけだ。」
 始めから期待していない、と。アレッサンドロは、ナナエラを否定することで問答を終わらせると、士郎の方を向く。
「士郎くん。こういう結果になったのは、残念だよ。……前々から君には興味があったのだがね。」
 アレッサンドロは作ったような笑みを張り付かせて、士郎だけを見る。
凛もアロウンも、ただの置物であるかのように、眼に入らないとでも言うように。
 傍らにいるナナエラを見ていたような、無機物を見るような眼で。しかし、まるで始めて与えられたオモチャを見る子供のように。
「なにを……?」
「聞くな、士郎。ヤツは異常だ!」
 アレッサンドロの異常性を本能的に感じ取ったアロウンは士郎を押しのけ、紅剣を振りかざしてナナエラへと斬りかかる。
 アロウンの直感が悲鳴を上げていた。この男は危険すぎる、と。
「やめろ、アロウン!」
 故にアロウンは、例え士郎の意志を無視してでも早々に決着をつける腹づもりであった。世界全てを、自分すらまるで無機物のように見ているこの男に、狂信的なキャスターを持たせることは、この世界の破綻すら招きかねないと、そう、判断した。
「キャスターさえ倒せば終わる。だから……。」
 ナナエラの放つ魔力の雷を、アロウンの持つセイバーとしてのスキル――対魔力Aを用いて無効化しつつ進み、あと一歩で切り伏せる――その距離が、届かなかった。
「いい、判断だ。セイバー。しかし……。」
 アレッサンドロの口元が、より深く歪む。
「お前は勘違いしている。」
 ガクン、と、アロウンの身体を、まるで巨人の足が踏みつけているかのような衝撃が襲う。
 ナナエラのかざした、奇妙な黒い箱のような物――魔具による罠によって形成された、高重力場によって。
「なっ!?」
 その衝撃に、事実に思わず悲鳴を上げる。なぜならその効果は明らかに魔術。そして、魔術であればアロウンに効くはずがない。しかし現実は違う。
「そう。キャスターは、俺だ。」
 そう言って、アレッサンドロ=ディ=カリオストロは、無造作に懐から機械を取り出す。
それをこれ見よがしに見せつけた後、地面に落とすと、その場の『全員の視線』がそこに集まった瞬間、それを踏み砕いた。
 機械が砕かれ、その機能が停止した瞬間、凛にも士郎にも感じられた。先ほどまでカリオストロの身体からは欠片も感じられなかったはずの、魔力の鼓動を。


キャスター
マスター・?
真名・アレサンドロ=ディ=カリオストロ
性別・男性
属性・混沌、中庸
筋力・C 耐久力・B 敏捷性・C 魔力・A 幸運・B 宝具・なし
クラス別能力
 陣地作成A (工房を上回る神殿の作成が可能)
 道具作成EX (宝具に並ぶほどの道具、魔具を作成可能)
保有スキル
 審美眼A (宝具やそれに類するものを見たとき、高確率でその正体を看破できる)
 魔力付与A (自身の造る道具類に魔力を付与し、魔具とすることが出来る)
 悪魔召喚B (特定の悪魔(ナナエラ)を召喚できる)
宝具
 ???

「俺は、機工魔術士(エンチャンター)としてその生涯を生きた。魔術と機械を融合させる、悪魔の技術を持った存在だよ。そう、お前の身体を抑えつけるそれは、科学だ。」
 カリオストロは、その生涯を偽ることに捧げた男である。自身を偽り、他人を偽り、ただ興味のままに『助ける』と言っては他人を惑わした。
「さて、しばらくお前はそこで黙っていろ。……ナナエラ。俺の話の邪魔をするな、そこでセイバーを抑えていろ。」
 そんな最悪な、傾国の詐欺師が、士郎の前に立つ。
「シロウ。俺にはお前さんと戦う意思はない。引いてはくれんかね。」
 カリオストロは、そんな甘い言葉をささやく。
「――つまり、話し合いで聖杯戦争を片付ける、ということ?」
 凛の問いに、カリオストロは首肯で答える。そして凛の方を挑発するかのように付け加える。
「ただし、お前さんがたの対応によるがね。」
 凛がそんな挑発に乗るまでもなく、しかし、その答えはすでに決まっていた。
「そうね。答えはノーだわ。」
「どうして!?」
 カリオストロの提案を、士郎の望みを、にべもなく否定した凛を、士郎は問い詰める。
「せっかくキャスターが戦わずに居ようと提案してきたんだ。なんでそれに乗らないんだ。」
「私はね、士郎。自分のために他人を使い捨てるような人間を、信用しないわ。」
 そう言って凛が指差す先には、魔具の継続使用に耐えて喘いでいるナナエラの姿があった。
「他にもね、集団昏睡事件もある。そしてなにより、ライダーを改造し、慎二に貸し与えたゾーンを造ったのは、コイツよ。」
 それが理由であった。凛の心に突き刺さる棘――断絶。
 もちろん、士郎にもそんなことは分かっていた。しかし、士郎の心に残る後悔が、バーサーカーを殺してしまったという無念が、対話をすることを選択させてしまう。全てを、敵すらも救おうとする理想を、選択させてしまう。
 ――目の前に吊るされた餌に喰らいつく、愚かな獣のように。
それが罠とも知らず。
「それについては少々言い訳をさせてもらおうか。俺のマスターは、葛木の奴でね。それ故に魔力の供給ができない。だから仕方なく他のモノたちから魔力を失敬しているわけだ。」
 不敵に笑いながらそう言うカリオストロに、士郎を押しのけた凛が――不信からくる焦りからか――問いただす。
「不必要なまでに吸収している理由は?」
「ククッ、それは自衛のためさ。なんせ聖杯戦争中だからな。」
「ならライダーにしたことは?」
「あのマスターが望んだからさ。俺は相手がそうと望むのなら大概の事はやってやるクチでね。」
「ゾーンを学校に解き放ったのは?」
「与えた後、どう使うかは本人次第だ。俺は感知しない。」
「あれ…ナナエラだっけ?彼女をキャスターと偽ったことは?」
「それこそ俺は何もしてないぜ。俺が召喚した悪魔を、お前さんがたが勝手にキャスターと勘違いしていたんだろうよ。」
 カリオストロは、立て板を流れる水のように連続する凛の問いを、まるで始めから答えを決めていたかのようにすらすらとよどみなく答える。
不利にならない程度に自分を守り、有利にならないように自身をさらす。
 100点でもなく、0点でもない。しいて言うならどっちつかずの50点。敵とも味方とも判断が付かない答えであった。
 結局、凛は敵と断ずる自信も味方と判ずる確信も得られずに、判断を保留にする。
「……アロウンを解放しなさい。そしたら考えてあげてもいいわ。」
「……確約は頂けんのかね?」
「こちらを信じさせるに足る行動が、あなたには少なすぎるわね、キャスター。」
 ふむ、とカリオストロは納得したようにうなずく。しかし、カリオストロはアロウンを解放しようとはしなかった。
「今、圧倒的有利なこの状況で君たちを攻撃しないというのは、信用するに足る行動とは言えんのかね?」
「アナタの利益のために、私たちを利用するっていう可能性もあるわ。」
「ククッ……良いねぇ。お前さんはなかなか聡明だ。いいだろう――ナナエラ。」
 カリオストロはナナエラに命じてアロウンを解放させる。
 ナナエラは、やや渋りながらも装置を停止させる。その刹那。
「シッ!」
 重力という見えない巨人の手から解放されたアロウンが、解けるや否やナナエラの持つ装置を斬り落とす。
「貴様、カリオストロ様の造られた『作品』を…!」
 ナナエラは、自身が攻撃されたことではなく、カリオストロが造った装置を壊されたことにこそ怒りを発する。
「はぁっはぁっ……そのオモチャ。少々、煩わしかったのでな。悪いが黙らせてもらった。」
「貴様、カリオストロ様にお任せいただいた魔具になんて無礼な!」
「ナナエラ!」
 未だ地に這いつくばるアロウンへ、罰しようとナナエラが魔力を込めた手を掲げるのを、カリオストロの声が遮る。
「しかしカリオストロ様!」
「いい。黙っていろ。――これで、いいかね?」
 カリオストロに一睨みされたナナエラは、雷に打ち据えられたように震え、動きを止める。そして道を開けるかのように、アロウンから離れる。もっとも納得はしていないようで、握りしめられた拳はぶるぶる震えていた。
「……凛、士郎。」
 アロウンは、ダメージの残る足でふらつきながらもゆっくりと立ち上がる。そして、そんな風になりながらもなお、カリオストロを拒絶する。
「ソイツから――カリオストロの言を信じるな。ヤツの言葉は全て虚言だ。」
「……セイバー。お前さんもしつこいね。」
「ならば問う。お前は、何故魔力を集める。」
 アロウンは紅剣を構えてジリジリと距離を詰めながら、先ほど凛がしたのと同じ質問を繰り返す。そのことに、カリオストロはうんざりしながら同じ答えを返す。
 しかし、そこから先は違っていた。
「なぜお前のマスターは魔力がない。」
アロウンは凛とは違い、返された答えをさらに質問で返した。
「重ねて問う。魔力のない存在が、お前を、キャスターを召喚できるわけはない。お前の…本当のマスターは誰だ。いや、どうなった?」
それは、決定的なモノを掘り返す。決定的な、断絶を。
「……賢しすぎるのも、つまらんな。」
 カリオストロはそう言って深くため息をつくと、おさまりの悪い長髪を手でかきあげて、一言、吐き捨てるように言った。
「消し炭に。」
 その答えは、マスター殺し。
 その一言を聞いた瞬間、否、カリオストロがそれを口にするよりも早く、アロウンはカリオストロへと斬りかかった。
カリオストロは空間から取り出した短刀でアロウンの一撃をいなすと、アロウンの2太刀めを警戒して、再び虚空から――今度は幅広で、いかにも頑丈そうな両刀の長剣を取り出して左手に持つと青眼に構える。
「セイバー。お前はつまらんな。」
「それで結構。男を喜ばせる趣味は、俺にはない。」
 アロウンはそこで会話を終わらせると、裂帛の気合と共に、カリオストロへ斬りかかる。
 それをカリオストロは左手の長剣で受け止めると、短剣を長剣の峰に押し当て、力を込めて鎬を押し込める。
 アロウンの紅剣とカリオストロの長剣が、文字通り、鎬を削る。そして場が硬直した一瞬の合間を縫って、カリオストロはアロウンに語りかける。
「セイバー。マスターと言うモノは便利だな。」
「…それは道具としてか。」
「いや、能力が、な。貴様は神性適性を持っているのだったな。」
 不敵に笑ったカリオストロの袂から、唐突にダガーナイフが飛び出す。それを振り払ったアロウンに向かって、
「行け。」
 カリオストロの力が解放される。
 虚空から召喚された鋼鉄製のワイヤーは、まるで蛇のようにのたうつと、そのまま意志があるかのようにアロウンへと飛び掛かる。
「チッ。」
 アロウンは舌打ちしつつそれを切り払うが、そんなことを意に介さず、ワイヤーは寸断された身体で以ってアロウンへと巻きつき、縛り上げようとする。
「なんだこれは。」
 それを引きはがしながら吐き捨てるようにそう言うアロウンへ、カリオストロはしたり顔でその秘密を明かす。
「そいつはエルキドゥ――天の鎖を模した魔具(もの)だ。神性を持つ者の力を抑え込む力を持つ。…神霊の類であるお前には、よく聞くだろう?」
 それはカリオストロの知識と力によって、機械と魔術によって再現された宝具――否――魔具。
 カリオストロの、いかなる魔具をも作成できる力とマスターとしての透視能力。それが合わされば、すさまじい威力を発揮する。その結果が、これであった。
「――クソが。」
「ここでお前だけ殺しても構わんぞ、セイバー。……しかし、そうなると戦力が開きすぎてしまうか。それで逃げられてはせっかく用意したものが無駄になってしまう……ふむ。」
 そこで何かを思いついたのか、カリオストロは邪悪な笑みを浮かべる。
「ククッ……そうか、確かお前さん方には……。」
 その笑みを凛と士郎に向ける。
「『大切な人』とやらが居たな。」
 背筋を虫が這いずるような嫌な感覚が二人を襲う。
「確か……藤村大河と間桐桜と言ったか。」
「キャスター!!」
 それは凛と士郎、どちらの声だったのか――それが宣戦布告となった。
 しかし、結果は目も当てられないほど悲惨なものであった。
 ガンドを放とうとした凛は、ナナエラの雷によって弾かれる。
 手に持っていた木刀で斬りかかった士郎は、カリオストロが新たに召喚した炎を生む剣で以って焼かれ、砕かれる。
 瞬きもしないうちに、抗うことすらできなくなってしまう。
「せっかく用意したと、言っただろう。無駄なことをするな。」
 冷徹な声とともに突き付けられた剣は、士郎を絶望の淵へと突き落とす。
 アロウンはワイヤーで絡め捕られ、凜は雷の影響で声を出せず、士郎自身は武器を無くして今剣を突き付けられている。状況は最悪であった。しかしカリオストロは、そんなことなど知ったことではないとばかりに剣を引くと、ナナエラにも退く様に指示する。
「では、また会おう。」
 カリオストロは悪意たっぷりにそう言うと、ナナエラに転移用と思しき魔法陣を展開させると、連れだってその中へと消えていった。
「くそっ。」
 いつも冷静なアロウンが悪態をつく。そのことが示す通り、状況は最悪だった。相性としては最高とも言えるはずのキャスター戦だったが、ふたを開けてみればその結果は全くの逆であった。
 多数の魔具を持ち、状況に合わせてそれを使いこなす。しかもマスターの透視力を有すことで、的確に弱点を突いてくる。その厄介さは、今まで戦ってきたサーヴァントの中で随一と言えるだろう。
しかも、その目的が未だ不明瞭であるのだ。
 ある意味、もっとも危険な存在であると言える。
「士郎、急いで帰るわよ!桜たちが危ないわ。」
 凛がアロウンを縛り付けるワイヤーを魔術を使って引きはがしつつ、士郎にそう叫ぶ。
 士郎とて呆けているわけではなかった。しかし心が揺らいでいる今、身体が思うように動かなかったのだ。もちろん士郎は、そんな自分を不甲斐ないと感じているのだが、どうしようもなかった。
「……ああ、分かった。」
 士郎は凛に返事をすると、自分で自分の頬をはたいて気合を入れる。カリオストロの行おうとしていることは分からないが、それでも彼の言い残したことから察すれば、大河や桜の身に危険が及ぶことは、容易に想像ができた。
 そしてそれは、大河と桜の身に危害が及ぶということは、明確な悪である。そのことを士郎は自分に言い聞かせて揺れる心を無理やりに抑えつけると、凛たちを置いて走り出した。



 凛たちよりわずかに先行する形で、士郎は自身の家に転がり込む。
「藤ねえ!桜!イリヤ!居ないのか!?」
弾む息を抑えつけ、玄関から家の中へと呼びかける。
桜に関しては家に来ている保証は無かったが、大河は夕食時になれば衛宮邸へ必ずやってくる。士郎はそう踏んで、まず自分の家へと帰ってきたのだが……。
「…………。」
 士郎の声に返ってくるのは静寂だけ。家で一人、留守番をしていたはずのイリヤすら返事をしてこない。
 士郎の頬を、一滴の汗が流れ落ちる。
「誰か、居ないのか!?」
 そうやって、もう一度大きな声をあげたとき、居間の方から何かを壊すような、音が響く。
 靴を脱ぐのももどかしく、結局そのまま居間へ駆け込んだ士郎は、そこで自分の目を疑うことになる。
「フ…フェイト……。」
 居間はそこかしこに刀傷がつけられ、見るも無残な廃墟と化している。その中心に、金の髪をなびかせ、瞳を悲しみに曇らせた少女が、士郎が、ただ子供のように自身の理想を押し付けようとしてしまったがために傷つけてしまった少女が、そこに居た。 
 そのフェイトの足元には大河と桜が横たわっており、やや離れたところにはイリヤが苦しそうに胸を押さえている。そしてフェイトの手には巨大なデスサイズが握られていた。そこから導き出される答えはひとつ。
「君が……やったのか……?」
「……この状況で、それ以外の判断をする人はいないでしょう。」
 士郎の混乱する頭が、状況を理解しようとしない。しかしフェイトはそれを許さなかった。
 はっきりと、自分が大河たちを傷つけたと口にする。
「フェイト、君がそんなことをするなんて……。」
「信じられませんか?」
 フェイトの言葉に、士郎は無言で首肯する。
 そんな、ある意味無様とも言える士郎の様子を、フェイトは嘲笑う。
 無理矢理に顔を歪め、必死に表情を作って。
「私は、私の目的のためには何でもすると、そう言いましたよね。私の願いをかなえてくれると、キャスターは約束してくれました。だから、私はキャスターに協力します。全てを投げ打ってでも、私は母さんを取り戻す。」
「でも、そんな苦しそうになってまでその願いを……。」
「シロウ、下がって!」
 イリヤから鋭い警告と共に、突如として虚空から出現した2本のスローイングが、まるでイリヤの意志が宿っているかのような苛烈な動きでフェイトへと突進していく。
 しかし――。
「フッ。」
 フェイトはそれをデスサイズの柄を使って、いとも簡単に弾いてしまう。
 最速のサーヴァントに対して、魔術の力を使っているとはいえ投擲される武器は遅すぎた。
「…貴女もしつこいですね。」
「でも、こうして状況は私に傾きつつあるわ、フェイト。もう少し粘れば、セイバーが帰ってくる。」
 状況をうまく飲み込めない士郎でも、二人の会話からここに至るまでのだいたいの経緯は理解できた。恐らくは大河と桜をどうにかしようとしたフェイトを、イリヤがとどめていたのだろう。
 しかしそれは、フェイトが罪悪感を持っているが故に対抗できていたというだけのことこと。士郎が現れ、やがてアロウンも帰ってくる。そうなればフェイトは目的を達成することが困難になるだろう。
 だから、フェイトの針は、振り切れてしまう。
「……では、その前に片を付けることにします。バルディッシュ。」
――フォトン・ランサー――
 彼女の発動させた雷の槍は、イリヤと士郎の胸をやすやすと貫き、その意識を奪う。
「フェ…イト……。」
「この二人は与かって行きます。貴方がたを傷つけることは本意ではありませんが……いいえ、これは未練ですね。士郎。聖杯戦争を辞退すれば、キャスターもこの二人を無事返すことでしょう。賢い決断を。」
「待……て…。」
 薄れゆく意識の中、士郎は大河と桜の二人を抱えて飛び去るフェイトの残滓を掴もうとし――士郎の意識は闇に落ちた。








後書き
 はい、というわけでようやく出せました。感想回答変の伏線。サーヴァントだけが登場するはずなのになぜイリヤが出ていたのか、の解答がここに!
 そう、○○ャ子ですよ。ア○ャ○化フラグ。
 これからどう絡むかは……。
 
 置いといて
 物語はようやく半分といった所です。士郎がどう迷って、どう答えを出していくのか、上手く表現できたらいいな、と考えております。
 フェイトがやや黒化してます。予定として次の次くらいでは……怒らないでくださいね?
 しかし士郎の表現が上手くいかないのが悩みどころ…士郎は本来悩まないタチなので、相当いじめなきゃならないという……。

 それではいつもいつも読んでくださってありがとうございました。



[21443] Fate~crossnight~ 第8-2話 偽者と贋者
Name: 団員そのいち◆aeb18feb ID:f81c4c02
Date: 2012/10/22 21:42
「俺は、片方は殺せと言ったはずだがね。」
 フェイトが大河と桜の二人をさらって帰った時、カリオストロの口にした言葉がそれだった。
 そんな言葉を平然と口にするカリオストロに、フェイトは辟易しながらも、しかし無視するわけにもいかず、重たい口を開く。
「確かに私は貴方に協力している。だからと言って、貴方の言うこと全てを受け入れるほど私は貴方を認めているわけではない。無駄な犠牲を出すようであれば、貴方を斬って聖杯にくべる。それでも、私の望みは達せられるということを理解しているのか。」
 フェイトは意識のない二人を丁寧に寝かせながら、横目でカリオストロを射抜く。
 カリオストロは、その殺意すらこもった視線を平然と受け流すと、小さく肩をすくめてやれやれといったように首を横に振る。
「大切な者を亡くしたアイツがどう動くか、少しばかり興味があったんだがね……まあいい。そちらの魔術師は聖杯の器にでもできるだろう。工房にでも放り込んでおけ。」
「………了解した。」
 仕方なし、といった風にフェイトは桜を抱え上げる。そしてカリオストロの横を無言で通り過ぎると、そのまま奥の工房へと降りていった。
 その後ろ姿へ、カリオストロはいやらしい笑みを送る。
「しかし直接手を下さないのであれば言うことは聞く、か。クククッ。よほど人形遊びが気に入ったようだな。」
 そうしてひとしきり悦に入ったところでカリオストロはナナエラを召び出す。そして腕輪のような装置――魔具を虚空から取り出してナナエラに渡すと、命じる。
「ナナエラ。お前はこの魔具で大河先生を『使え』。あの時の…ハルヒコの時の様に失敗するな。」
「――はい。カリオストロ様の御心のままに。」
 ナナエラは嬉しそうに手渡された魔具を胸に抱きながら頷く。心底、カリオストロの役に立つことを至上の喜びとしているのだろう。感極まって、眼にはうっすらと涙すら浮かんでいる。
 しかし、カリオストロにとってはそんなことはどうでもいいようで、ナナエラの様子など見向きもせずに自身もまた工房へと向かう。
 如何なる未来を思い描いてか、不吉な笑みを口の端に浮かべながら。



 無残な廃墟と化した居間に倒れていた士郎とイリヤを凛とアロウンが助け出してから1時間も経ったころ、ようやく二人は目を覚ます。
 そんな二人に凛は、青筋を立てて説教を始めた。
「いい?二人とも。アンタたちは馬鹿よ。大馬鹿よ。サーヴァントに人間が勝てるはずないの。アンタたち二人、死んで当然の状況だったのよ。」
「いやでも遠坂もこの前バーサーカーに突っ込んで……。」
 鬼のような形相で説教というより罵倒してくる凛に、士郎は恐る恐るといった風に抗議をしてみる。だがそんな弱気な態度で凛に通じるわけもなく、鼻で笑われてしまう。
「だまらっしゃい。あれは相応の準備をしてたでしょうが。アンタみたいに無策で突っ込んでなんかないでしょう。だいたいあれ、いったいいくらかかったと思ってんのよ。2、300万円は下らないのよ?しかもあれだけ魔力を籠めようと思ったら、普通一年以上かかんのよ。」
「そ…それはそれは。」
 話は多少余所へ飛んでしまっているのだが、具体的な金額を聞いてしまうと少々お金に疎い所のある士郎といえど顔が引きつってしまう。
「それだけ準備をしても一矢報いる程度のことしかできないのがサーヴァントっていう存在なのよ。あなたたちが殺されなかったのはランサーのあの性格あっての事よ。とてつもない幸運だと思いなさい。」
「はい……。」
士郎、イリヤ共にやや不満そうな顔をしつつもとりあえずはうなずく。
「絶対、またするわね、こいつら………。」
 そんな二人の態度に凛は一抹の不安を覚えながら、しかしそれ以上説教を続けることの無意味さを思って、そう皮肉げに呟くだけにとどめる。
「……とにかく、今後どうするかを決めましょう。まずは双方の戦力の確認からよ。……この中で戦えるのは……。」
 そう言って凛はアロウン、士郎、イリヤと順番に視線を巡らせた後にわざとらしくため息をついた。
「……なぁに、そのため息。しっつれいしちゃうわ。」
 その意味を敏感に感じ取ったイリヤは、頬を膨らませて抗議する。
「だいたい、私が居なかったらどうなってたと思うの?」
「ランサーは速やかに二人を拉致、何らかのメッセージを残して終わりだったろう。もちろん、家がこのように壊れることも無かったはずだ。」
「ぐっ。」
 アロウンは、流れるように的確にイリヤの急所を突く。それに、何も言い返すことが出来ずにイリヤは黙り込んでしまった。結果だけ見るのならばイリヤの悪あがきは被害を拡大させただけにすぎない。
 そのことに遅まきながらに気付いたイリヤは、どうにか誤魔化す方法は無いものかと思案し、そして思いついたソレを実行しようとして。
「アロウン、そこまで言うことないだろ。それに、イリヤの頑張りは絶対無駄じゃなかった。少しだけだけど、フェイトと話が出来たのは絶対に意味があることだと思う。」
 士郎の言葉にその意義を失った。
イリヤは、士郎の助け舟に、というよりも士郎に認めてもらえたことへの嬉しさから、思わず士郎に抱きついて感情を全力で表現する。
「シロウ~。お姉ちゃん想いな弟を持って、私は幸せだわ。」
「いや、なにもそんな風に感謝されることじゃないよ。これは本心からそう思うことだし……って、お姉ちゃん?」
 イリヤの言葉の端から、やや理不尽な匂いをかぎ取った士郎は、怪訝な顔でそのことを問い返す。するとイリヤは、士郎に抱きつきながら「だって私、18歳だもの」と嬉しそうに自身の年齢を明かした。
「はぁっ!?ってことは年上?」
 そんな士郎の混乱する頭に、凛は怒りにまかせて拳骨を落とした。
「いいから話を逸らさない!そんな話は後ででも出来るでしょう!」
「はい……。」
「まったく……。とにかく話を戻すわよ。……曲がりなりにもバーサーカーに対抗できてしまった士郎は、たしかに戦力になるわ。業腹だけど認めてあげる。」
 そこで凛は一呼吸置くと、未だ士郎にじゃれ付いているイリヤを正面から見据える。
「でもね、イリヤ。あなたを戦力として認めることは出来ないわ。」
「なんで……」
 不満そうに文句を言おうとするイリヤを、凛は制する。
「それは、あなたが一番理解しているんじゃないかしら。」
「………そう、ね。」
 凛の言葉にイリヤは反論することが出来ず、押し黙ってしまう。それが何故なのか分からない士郎は、答えを求めるように視線をイリヤへと向ける。
 結局、その沈黙に促される形でイリヤは自身のことを語りだした。それは、過酷な現実を士郎へと突きつける。
「凛はもう気付いているかもしれないけれど……。私はね……聖杯なの。」
 一瞬、何を言われたのか理解できず、士郎は聞き返そうとする。しかし、士郎が声を発する前に、イリヤが士郎の口を、人差し指で軽く押しとどめる。
「私はね。ホムンクルスである母様と、人間である父様の間に生まれたホムンクルスなの。産まれる前から調整を受け、この心臓が、聖杯の器として機能するように造られた存在なの。」
「それってつまり……。」
 今にも決壊してしまいそうな感情を、震える声を、無理に押込めながら、士郎はイリヤへと手を伸ばす。頽(くずお)れてしまいそうなほど儚い少女の現実に、手を添えて支えようとするかのように。
「そうよ。聖杯戦争が進み、英霊の魂を注がれることによって、私は人間としての機能を失っていく。そうして私は聖杯に成るの。」
 それは、少女にとっての死刑宣告。イリヤは、この聖杯戦争が始まることで死ななければならない運命を背負っていたのだ。
 それなのに――否、それだからこそイリヤは、あんなにも士郎を、家族を求めたのだろう。自分が生きた証として、誰かに覚えていてほしくて。
「……そんな顔しないで、士郎。私はもともとそのために造られたの。だからその結末に、不満は無いわ。」
 慰めるべき者が、逆に慰められているという、ある意味滑稽な情景に、しかし誰もがそれを笑いはしなかった。
 士郎の手を、イリヤは自らの頬で触れ、優しくくすぐる。
 そうしてイリヤは、士郎のゴツゴツした無骨な手に、子猫が母猫に甘えるかのように頬を擦り付け、士郎の手の感触を自らの記憶に刻みつける。
「…………うそ……だ。」
 そんなイリヤの言葉を、士郎は否定する。
「嘘じゃないわ、ほんとよ。」
「嘘だっ!」
 士郎がそんなに強く否定するのには、根拠があった。それはイリヤ以外、その場の誰もが気付いていること。
 ――――士郎の手が、濡れていた。
「――え?」
 イリヤの瞳から止めどなく溢れ出てくる涙は、イリヤ意志を裏切り、本人さえあずかり知らぬ心の奥底にある願望をさらけ出していた。
「こんなに無理して笑って……泣いてるイリヤが、本心から聖杯に成ってもいいだなんて、思ってるはずないだろ。」
「……そう、だね。生きたい理由、出来ちゃったもんね。」
「だったら……。」
 すがるような視線を、しかしイリヤは振り払う。
「でも、もう聖杯戦争は始まっちゃったの。もう、止まらない。私の未来は、決まってしまってるの。」
「なら、聖杯戦争そのものを止めれば……。」
「それは無理。」
 イリヤを失いたくない一心で、する提案は、凛の一言で凍りつく。
「イリヤを……聖杯にする手段は、イリヤの心臓に英霊の魂を注ぐことなのよ。だから、英霊が召喚された時点でイリヤが聖杯に成らないという選択肢は無いの。」
「なら、他の英霊たちを説得して……。」
 必死にイリヤを救おうとする士郎の最後の悪あがきも、非常な現実の前では何の役にも立たなかった。凛の首は、ゆっくりと真横に振られた。
「例え説得が成功しても、英霊たちを維持するためには膨大な魔力が必要なの。現在、それは大聖杯に60年という年月をかけて溜め込まれた魔力によって賄われている。その魔力でさえ、英霊を現界させ続けるのには限度があるわ。人数にもよるけど、もって1ヶ月。それが過ぎれば、現界を保てなくなった英霊は消滅し、その魂はイリヤに注がれる。最も、万全の状態でない英霊の魂が注がれるのだから、どんなことが起きるか知れたものじゃないわ。」
 すなわち、どう足掻いたところでイリヤの命は後最大で1ヶ月もないということだ。
 その事実に、どうしようもない絶望感に、士郎は打ちのめされてしまう。それに追い打ちを掛けるかのように、アロウンの容赦のない言葉が士郎をさらに苛む。
「分かったか、士郎。それが、その気持ちが聖杯を求める気持ちの根源だ。どうしようもない現実があり、それを打破するためには奇跡であっても乞い願うしかない。お前は過去ランサーに言ったな。聖杯などに願いを乞うな、と。それは今のお前にとって、イリヤなどそのまま死んでしまえと言うに等しいことだと理解したか。」
「ちょっ。」
 そのアロウンのあまりに歯に衣着せない物言いに、さすがの凛も批難の声を上げる。それをアロウンは片手で制すると、士郎に抱きついているイリヤをそっと除けると士郎の襟首を掴んで捻り上げた。
「呆けるな、考えることを止めるな、士郎。それは逃げでしかない。」
 アロウンは、気付けとばかりに士郎の頬に一発お見舞いすると、士郎を揺さぶって返事を強要する。
「お前は聖杯戦争を止めるのではなかったのか。」
「………………分からない。」
 ――始めは馬鹿げていると思った。どんな願いが在ろうと、その願いを叶えるために他者の命を踏みにじってまで叶えようとすることを。しかし――士郎は識ってしまった。叶えたい願いを。そしてそれが叶わぬ現実を。
 故に、人は奇跡に、聖杯に縋るのだと――理解した。
 だからこそ、士郎は惑ってしまった。迷ってしまった。
 人殺しをしてまで願いを叶えることなど在ってはならないと信じつつも、それでも、イリヤの命と聖杯を得るために奪われる者の命とを天秤にかけてしまった。
 もはや士郎には、自分の正義が如何なるものであるのかすら、分からなくなっていた。
 ふいに、アロウンの声の様子が変わる。先ほどまでの攻めるような口調とは打って変わって、
「答えを探すための導(しるべ)をくれてやる。――お前はイリヤをどう思った。」
「助けなきゃならない存在だ」
 一瞬、惑うようなそぶりを見せた士郎ではあったが、しかし、それでも、その口から出たのは正義の味方としての教示。
 それはすなわち、士郎の言葉では、ない。
 当然、形骸でしかない言葉では、アロウンを納得させられるはずもない。
「それはお前がどうすべきか考えた結果だろう。どうすべきかではなく、どうしたいかを考えろ」
 再びのアロウンの問いに、士郎も今度は黙り込んでしまう。
 そして、現れる。何年も何年も、士郎の中で押し殺されてきたものが。
 士郎の唯一の、よすが(こころ)が。
「…………大切な、家族だ。」
 士郎はアロウンの発する静かな怒気の前では消し飛んでしまいそうなほどかすかな声で、先ほどとは比べるべくもないほど弱々しい声で、それでも自らの奥底にある感情(ほんとう)を絞り出した。
 ようやく聞き出すことのできた士郎の本音に、アロウンは周囲を支配していた殺気を消すと、逆に穏やかな笑みを湛えた。
「ならば、イリヤをどうしたい。」
「助けたい」
 惑うことなく士郎の口から出たそれ(願い)は、先ほどと同じもの。しかし、その在り様は、根本的に異なっていた。
 自らに課した義務(約束)と自(おのず)からいでるエゴ。
 己の望みを持つことなど、士郎にとって本当に久しいことで、それはおそらく、士郎が憧れた存在(切つぐ)との別れの際に交わされた時以来であった。
 ああ、と、士郎の口から溜息とも悲鳴とも取れる短な吐息が漏れる。
 それは、士郎自身の願を口にしてしまった悲嘆の溜息であり、また、士郎自身に願いがあったのだと、大切な約束を再確認できた歓喜の悲鳴でもあった。
 昔した約束も、自ら課した義務も、閉じ込めてきた想いも、等しく自分勝手な願い(エゴ)であり、誰しもが心に抱く真摯な祈りであったのだ。
 故に、いかに士郎がぶざまな姿を晒そうとも、その場にいる誰もが士郎を愉いはしなかった。
 きっと、オーフェンが生きていれば、笑っただろう。自身と同じ様に、誰もが見捨てようとする状況で、それでもなお姉を助けようと「牙の塔」を飛び出した。己を重ね合わせて。
 丈が隣に居れば、きっと士郎の頭を思い切り、万感の想いを籠めて撫で回したことだろう。己に近しい路を進むであろう少年に、先に逝った者として。
 しかし、この場にはどちらも存在しない。居るのは、在るのは、アロウンと凜、そしてイリヤだ。だから、オーフェンのように甘くはないアロウンは、すっと紅剣を現出させるて歩み始める。----己の背中を見せ付けるかの様に。
 丈の様に優しくはない凜は、士郎の頬を張り飛ばす。----何時までも、誰にも頼ることのない士郎への怒りを、以って。
 そしてそのどちらでもない、まるで慈母のようなイリヤは、慈しみを持って、そっと士郎へと寄り添った。
 やがて、士郎の瞳からは真珠のような大粒の涙が零れて--溢れて落ちる。
 そして、正義の味方に成りたかった者は、自身の正義を為すために、正義の味方にあらざる言葉を口にした。
「……みんな…………助けてくれ」
 その言葉を聞いたイリヤは、直接的な、力と成れないかわりにせめてとばかりに士郎をその胸に抱いた。
 凜は、当たり前だとばかりに破顔すると、任せなさい、と、胸を叩いた。
 唯一アロウンだけは、何の反応もしない。歩みを止めることはなかったし、ましてや士郎に声をかけることもしない。
 ただ、その足先はキャスターの根城である桐生寺へとむかっていた。
 士郎の味方で在ることなど、この場に居る全員が始めから決めていた。
 もしも、士郎が助けを求めないのであれば、全員が全員、バラバラのまま戦うことになっていただろう。戦力という意味ではない。互いの心が、だ。
 しかし、現実は---現在は違う。
 士郎の言葉によって、アロウンたちの心は紡がれ一つになった。
 士郎たちは知る由もないだろう。
 未来に置いて、たった一人で世界を救った者のことを。
 それ故に、世界に裏切られた者のことことを。
 そして、その者の路が今、違う未来へと分かれ始めた事を。





言うことはただ二つ
長らくお待たせしてすみません。
そして未だ見てくださっていることに感謝を

次は戦闘が主体です。上手く書けるといいなっ



[21443] Fate~crossnight~ 第8-3話 偽者と贋者
Name: 団員そのいち◆aeb18feb ID:f81c4c02
Date: 2013/10/09 00:37
 駆け抜けて逝く凛と士郎の背を目で追いながら、アロウンは目の前に立つ侍――本人は成り損なったとうそぶいていたが――へと紅剣を突きつける。
「何時ぞやの借りを返せそうだな、侍」
 その侍――イナズマは、相も変わらずとぼけた顔で視線だけを錆一つない紅剣へと向ける。そしてその横、なにも無い虚空へついと撫でるように視線を動かすと、
「その剣、あの時とはずいぶん違うようだな」
 そう、まるで他人事のように呟く。
 イナズマの持つ死という結果を見通す魔眼は、紅剣の持つ力を正確に見抜いていた。空間そのものさえ斬り裂くほどの力を発揮できる力を取り戻した紅剣は、真明を解放せずともその場に在るだけで空気の分子すら両断しかねないほどの切れ味を誇る。
 ―――きぃん―――と、清廉な音を鳴らしてイナズマは腰の刀を抜く。月の光を受けて輝くその刀身には、まるで油が滴り落ちているのかと錯覚しそうなほどの艶やかさがある。しかし、
「4合―――いや、3合も打ち合えば、この刀では両断されてしまうか。」
 いくら神秘的な輝きを持とうとも、イナズマの持つ刀はただの鉄。神秘の力を持つアロウンの紅剣には及ばない。
「そして真名解放を行えば――。」
 アロウンの言葉の続きを、イナズマは奪う。
「それを避けられぬ俺は死ぬ、か。」
 当然のように、しかし諦めているわけでもなく、淡々と、事実のみを確認するかのように積み上げていく。まるでテレビに映る映画のシナリオをなぞるかのように。
「だが――。」
 今度は、アロウンがイナズマの言葉を奪う。定められた台本に従うかのように。
「ここでそれだけの魔力を消費してしまえば、俺という、キャスターに対抗する手を失ってしまう。」
 故に、確実にイナズマを倒しうる手段を、アロウンは使うことが出来なかった。
 したがってイナズマとアロウン、それぞれに、互いを討つための手段が、決定的にかけていた。
 イナズマの持つ魔眼は、アロウンの剣撃全てを見透かすことが出来る。しかし、獲物の差故、それを防ぐことはできない。
 反してアロウンは、力を温存しなければならないために、必勝の方法を取れず、絶対不可避にして一撃で死をももたらしかねないイナズマの一撃の前に、その身をさらさなければならない。
 故に――と。渾身の一撃で振り抜けるように、アロウンは紅剣を身体の横一文字に構える。
 だから――と。必勝の一撃を叩き込むために、イナズマは、大上段よりなお攻撃に重きを置いた、烈火へと構える。
 そして二人の口から同時に――まるで示し合わせたかのように――。
『勝負は一撃で決する。』
 ―――遂に『舞台』は整った。演ずるは、命じられるままに動くだけの人形と、魔王を扮する道化。終幕は鐘の音と共に―――。




「どこに行けばいいか分かってるのか?遠坂。」
 士郎は、迷いなく走る凛に向かって疑問をぶつける。士郎は目の前にある本尊の方へ行くものと思っていたのだが、凛はそれを無視して奥へと駆け出して行ったからだ。
「当然。こんなに魔力を分かりやすく残しているんだもの。まるで来てくださいと言わんばかりにね。」
 凛は吐き捨てるようにそれだけ答えると、そのまま走り続け――やがて、小さな鉄扉が備え付けられた塚の前で止まる。
「ここよ。」
 そう言って、凛は鉄扉に取り付けられた、輪っか状の取っ手に手を掛け、思い切り引っ張る。
「ん~~~……。」
 しかし、凛がいくら力を入れようとも、扉はびくともしない。
「……押すのかもしれないぞ。」
 そう言いながら士郎も手を貸すが、結局押しても引いても扉は二人を拒絶したのだった。
「~~~~!このぉ!!」
 いい加減腹に据えかねたのか、凛は扉へと指先を向けて。
「開けぇ!」
 フィンの一撃とも言われるガンドの一撃を容赦なく叩き込んだ。しかし―――。
「無傷、だな。」
 士郎の呟く通り、凛の一撃は鉄扉に傷一つ負わすことは出来なかった。そのことに逆上した凛は、さらにガンドを連射するが、結局扉が開くことはなかった。
「こ…のぉ。」
 傷一つ追わない扉にややプライドが傷ついたのか、逆上しかかった凛が宝石を取り出そうとする手を、士郎は慌てて掴んで止める。
「待て待て。こんなところでそれを使ってちゃ、この先宝石がいくつあっても足りないだろ。」
 士郎に宥められる凛は、しばらく怒り狂った猫の様な呼気を上げていたが、やがて冷静さを取り戻すと、大人しく宝石をポケットにしまう。それを見届けてから、士郎は一つの疑問を投げかける。
「本当にここであってるのか?」
「ええ、間違いないわ。山門からここまで、魔力の跡がこれ見よがしに続いてる。まるで来てくださいとでも言わんばかりにね。」
 士郎の問いに、絶対の自信をもって返す凛に対し、そもそも判断する材料すら持ち合わせていない士郎は反論することもできなかった。だから鉄扉の取っ手に手を掛け―――。
「でも、それならここがこんなに堅い理由が……。」
 ―――そしてとあることに気づいた。
「なあ、遠坂。」
「なに?」
「どうやら、俺たちは勘違いしていたらしい。」
「はぁ?」
 その時士郎は背中を凛へと向けていたため、凛からは士郎の表情をうかがい知ることは出来なかった。しかし、その表情を見ていたら、きっと凛は先ほどしまったばかりの宝石を取り出し、士郎へとぶつけていたであろう。
 士郎の表情は、そう。例えるなら、小学生のイタズラに引っかかった者を見るような、笑みとも取れる、生暖かいとしか形容できない、そんな微妙な表情をしていた。
「よっ…と。」
 士郎の掛け声と共に、鉄扉は難なく開き、その先の通路が顔を出す。―――否、開くという言葉はこの場合正確さに欠ける。なぜなら扉は、押されるでも引かれるでもなく、下方に、すなわち地面に吸い込まれるかのようにスライドしていったからだ。
つまり扉は開き戸の形をした――。
「引き戸ぉ!?」
 あまりにも人を食ったような解に、凛の顔は引き攣ってしまっている。それもそうだろう。このように真剣に、かつ真面目にならざるを得ない状況であるはずなのに、まるでコントのような、人を食ったような解が、あっていいはずがない。しかし、それは単なる皮切りに過ぎなかった。
「こんのぉ!」
 カッとなった凛が、士郎を置いて扉をくぐる。その先には、西洋の城を思わせる廊下が広がっていた。
「ちょっと待てって、遠坂。」
士郎は慌ててその後を追いかける。
「また何か仕掛けてあるとも……。」
 その言葉が言い終わる前に――。
「うげっ。」
 凛は見えない何かに行く手を遮られ、顔面からソレに思い切りぶつかった。
「何?は?え?」
 凛は痛む鼻を押さえながら、戸惑う。当然、凛は罠を警戒して探知の魔術を発動させていた。ところが、それを無効化して何らかの罠が存在したのだから、その戸惑いも当然と言えよう。
 士郎はそんな凛をしり目に、廊下の先を見詰めた。廊下はまだまだ先が続いているようで、ずいぶん先に曲がり角があるように見えた。ふと、士郎は違和感に思い当たる。
――同調――開始――。
士郎は脳裏に適当な獲物――いつも家で使っている木刀を思い描き――魔力を込めて実体化させた。
 それを振りかぶると、思い切り、なにも無いはずの正面の空間を薙ぎ払った。虚空を空ぶるはずの木刀は、しかし――。
「え!?」
 凛の踊り子の声と共に、『壁』を叩き割った。
「だまし絵だ」
 凛のぶつかった物の正体、それは、ただの廊下の絵――しかし、人が錯覚を起こしてしまうほど精巧に描かれた代物――であった。
士郎の感じた違和感は、凛がぶつかったことによってその石膏ボードがわずかに歪み、それによって起こった遠近感の狂いから生じるものであった。
「まったく、こんな子どもじみたことを……いったい何がしたいんだ?」
 士郎は嘆息しつつもボードの割れ目を押し広げ、なんとか一人が通れるだけの隙間を確保すると、凛の方へと向き直る――が、凶悪な凛の視線とぶつかって慌てて顔を元に戻した。
「……そう……ねぇ。」
 凛は、ゆらりと、まるで幽鬼のごとく立ち上がると、士郎を押しのける形で隙間を潜り抜けた。なぜかは分からないが、士郎は凛の顔を見ているのにもかかわらずその表情を推しはかることが出来なかった。人は、本当にヤバいものは脳が認識することすら拒絶してしまうのだと、士郎は頭ではなく本能で理解した。
「―――何してるの?」
「ひ、ひゃい。」
 ボードの隙間から見える凛の背中からは、瘴気めいたものが立ち上るのを、士郎は確かに目撃した。



 その後も士郎たちは、罠――のつもりなのか、床に偽装した映像であったり、神殿のような厳かな雰囲気の通路――その天井から場違いにも生えている学校の屋上であったり、扉の向こうが壁であったりと、さまざまな仕掛けに遭遇した。しかし、そのどれもが士郎たちを害することを目的としたものではなかった。
「遠坂……これって……。」
「ええ……。」
 最初のうちはからかわれることに怒髪天を突く勢いで怒っていた凛だが、だんだんとその異常さを感じ取ってきたようで、平静さを取り戻していた。――否。敵を、これほどまでに『遊ぶ』対象として見るその異常な精神構造の発露に、冷静にさせられていた。
 そして、そんな彼ら進む先に現れたもの、それは――。
「――っ土蔵。」
 士郎の工房とも言える、土蔵であった。
 さまざまなビルや神殿の陰に隠れるように、しかし、必ず士郎たちの目に留まるように、絶妙とも思えるその場所に、その土蔵(いわかん)はあった。
士郎は思わず駆け寄ると、迷わず扉を開け放つ。そこには――乱雑に置かれた段ボール、投影によって作り出した動かない扇風機等々――士郎の記憶と寸分たがわない光景が広がっていた。
 後から追いついてきた凛も、土蔵の中を覗くやあまりの光景に絶句してしまう。
 士郎はふらつく足取りで土蔵の中に入り――途中で自身の工具箱を蹴飛ばしてしまう。そこから転がり出た工具一つひとつが、使い古された――士郎にとってはなじみ深い――工具であった。
――それはすなわち、士郎の家の事全てが筒抜けであったということを意味していた。
セイバーや、凛にすら感知されることなく、ここまでのことを知り得るその能力。そして、その労力をたかがこんなことに対して使ってしまうその歪な精神構造。それは否応なく士郎たちの背筋を凍りつかせる。
 ――唐突に、ザッと雑音――放送を始める際、機械にスイッチを入れると生じてしまうノイズ――が響いた。そして――。
「俺の工房は堪能していただけたかね?」
 カリオストロの――まるでいたずらの成功した少年が、笑いをかみ殺しているかのような――声が響き渡った。
「―――こんなことをして、どんな意味があるっていうの?」
 持ち主でない分、士郎よりも早くに立ち直った凛が警戒感もあらわにカリオストロへと答える。
案の定、何らかの手段を用いてこちらの声を聞いていたカリオストロから返答が来る。
「意味…意味……そうさね。今のお前たちの様な顔を見ることが出来る、でどうかね。」
 それは、あまりにも人を食った返答――。
「ふざけないで。たかがそれだけのためにここまでの事をするわけが……。」
 凛の声は、だんだんと小さくなり、やがて消えてしまう。
 ――この男ならしてしまう。ただそれだけのために、この常識に外れたことを。
 そう凛の直感が告げていた。
「するわけがない、かね?」
 脳内でにやにやと笑うカリオストロの表情を、凛は無理やり押しやると、震えそうになる肩を、手を、声を、心の中で叱咤し、毅然と立ち向かう。
「いいえ。貴方なら、『意味など無い』と回答してもおかしくはないわね。」
 ほぅ、と、小さく感嘆の声が漏れ聞こえる。そして――一転、楽しげに。
「俺のことを理解してくれて、うれしい限りだね。」
 そう賞賛の声が響いた。それは、凛の答えが遠からず的を射たということを示していた。
「では、ご褒美に俺の専攻を教えてやろう。見ての通り『偽物をつくること』に特化した、魔術士だ。」
「――へぇ。貴方のことを教えてくれるのはありがたいのだけれど、額面通りに受け取るつもりはないわよ。」
「クックックッ……。やはり『良い』な、お前さん。――それに比べ、そこの小僧は何時まで呆けている。」
 カリオストロは敵である凛に疑われているというのに、喜びを表す――反面、士郎に対しては刺すような言葉を向けた。
 その言葉に押された士郎はようやく立ち直る。しかし、何を考えているのか黙して何も語らない。
「……まあいい。――次の仕掛けで、最後だ。是非とも楽しんでくれ。」
 ブッと耳障りなノイズを最後に、カリオストロの声は聞こえなくなった。しかし、士郎は何故かその場から動こうとしない。
「士郎、どうしたの?しっかりしなさい。」
 そんな士郎を、凛はどやしつける。そうして、やっと振り向いた士郎は――思わず凛が驚くほど、真っ青であった。
「な!?どうしたっていうの?士郎!まさかアイツになにか……。」
 戸惑う凛を、士郎は手で押しとどめる。
「……なんでもない、行こう。」
「ちょっ……。」
 凛を押しのけるようにして土蔵を後にした士郎は、そのままふらふらと通路を先へと進んで行く。その背中は、弱々しいけれど、明確な拒絶の意思を持っていた。だから凛はそれ以上何も聞くことができず、黙って士郎へと追いつくべく走り出した。



そしてしばらく歩いた二人の目の前に、大きな蝶番を持った扉が現れる。
「……今度は引き戸じゃなさそうね。」
 やや警戒しつつも、凛と士郎は扉に手を掛ける。そして、短い掛け声と共に、重い扉を押し開けた。
 その先には神聖な、何か儀式を執り行うようにも見える部屋。そしてその中央には、十字架が鎮座しており、そこにはまるでキリストのごとく張り付けにされた人影が――。
「藤ねえっ!!」
 士郎の家からフェイトの手によって連れ去られたはずの大河が――生きているのか死んでいるのか――彫像のように、そこに張り付けられていた。
 血相を変えて駆け寄ろうとする士郎を、しかし大河の手前数mに張られた不可視の壁が阻む。
「退きなさい、士郎。」
 そう言って凛はガンドを放つべく指先に魔力を籠めて壁へと向ける。
 そんな二人を、再び鳴り響いた耳障りなノイズと、カリオストロの声が止める。――否、止めるという表現など生ぬるい――。
「さて、ここで質問だ。お前たちは、何を以ってそれを本物の藤村大河だと認識する?」
 ――世界は、凍りついた。



 結局のところ、遠坂凛は先ほどの質問に失敗したのだ。確かに意味など無い。
今、このように大河を以って二人を戸惑わせることに、意味などあるはずも無いだろう。しかし、目的は在ったのだ。先ほどの土蔵に関してならば。今この事態において、藤村大河が本当に本物なのかを疑わせるために。
「ん?どうした?情報が足りないと言うのなら、もっと近くにいけばいい。」
 そうカリオストロが言った途端、透明な壁が機械の駆動音とともに上がっていく。確かに、大河と士郎たちを『物理的に』阻む物は、何もなくなった。
今は、透明で強固な壁よりもなお深い断絶――猜疑心という見えざる壁が、士郎たちの行く手を阻んでいた。
 機械から、嫌らしいカリオストロの笑い声が響く。戸惑う士郎たちの姿を見て、嘲笑っているのだろう。
その笑いが、凛と士郎に、ある確信をもたらす。藤村大河は本物であり、彼女がはりつけにされている十字架とその周辺には、なんの罠も仕掛けられていないと。この状況を楽しむためには、罠という無粋な物で凛たちを阻むようなことなどしない。言葉だけで惑わせてこそ、その喜劇(ファルス)は彩りを増す。―――しかし、それが分かっていてなお、二人の足は動かなかった。いくら士郎が己の足に命じようと、凛が振り上げた腕を降ろそうとしても、ほんの少したりとも動かすことは出来なかった。―――それはその魔術士の、カリオストロという藪をつついて更なる蛇を出すことへの怖れがあったから。
 そんな二人の予感からくる行動は、ある意味正しく、ある意味、失敗することになる。それも最悪な方向に。


 ひとしきり笑っていたカリオストロであったが、十分に楽しんだのか、哂い(わらい)を納めると、
「そうそう。二人に会いたいといって聞かない餓鬼が居たんだったな。仮にも元同盟者の残りカスだ。無下にするわけにもいかないんで、会ってくれないか?」
「元同盟――っ!慎二のことか!?」
「たしか、そういう名前だったかな。」
 機械越しにも分かるとぼけた声で、カリオストロは士郎の問いを肯定する。
「――生きていたのか!」
 士郎の脳裏を、オーフェンに首を寸断された慎二の姿がよぎる。確かに、慎二の首はアザゼルウィルスに感染し、その程度では死なない化け物――ゾーンに成り果てていた。しかし、あの状況に加え、その後のライダーの大破壊から逃れられるとは到底思えなかった。もし逃れられたとしても、ゾーンは劇的に変異する自身の身体を維持するために、大量の養分を必要とする。すなわち――人間を捕食する。したがってそのような事件が無かったことで、慎二は死んだと、士郎たちはそう考えていたのだ。それがまさか、カリオストロの手によって生かされていたとは――
「いや、死んで『いた』。」
「は?」
 カリオストロの、その奇妙な言いように、士郎はいぶかしむ。
「慎二だったか、奴は死んだよ。ナナエラが雷で焼き殺した。しかし――。」
 その時の光景を思いだしたのか、カリオストロは少しだけ、鼻を鳴らすように哂う。
「死ぬ寸前、奴は自身の記憶を球体のような器官に退避させた。それをアザエルウィルスに感染させた生物に食わせてみたところ、記憶の転写が上手くいったようでな……。」
 そこまで言った所で、カリオストロの言葉がいったん止まる。そして何やら操作音が聞こえてすぐに、大河の十字架のすぐ近くの床が動いて穴が現れる。そこから、直径40cmで、高さが60cmほどの大きさの、ガラスの円柱系をしたシリンダーがせり上がってくる。そのシリンダーの中は、何か緑色の溶液で満たされており、その中には黒い毛だまのような物が浮かんでいる。
 カリオストロの言葉が確かであるのなら、『ソレ』は自身の肉体を過剰に変化させるため、常に何らかの物を摂取せずには生きていられない、凶暴な肉食生物である。そんなモノが大河のすぐそばに出現したのだ。その意図は―――劇を加速させることでしかありえない――。
「兎にも角にも、『ソレ』は間桐慎二とは言えん。ましてや偽物ですらない。完全に間桐慎二の残骸から生まれた別物だ。しかし……『ソレ』に何らかの感情を思うのは、お前さん方の自由だとは思うがね。」
 そんなことを微塵も感じさせることのない、むしろ無感情に語るカリオストロの言葉が終わると同時、シリンダーが割れて中に在った『ソレ』が転がり出る。黒いウェーブのかかった毛と、その奥から見える瞳の色は、確かに間桐慎二の持っていたものとよく似ていた、しかし―――。
「――――っ!」
 声にならない悲鳴を上げたのは、士郎か凛か。『ソレ』は、あまりにもおぞましい何かだった。
 基本となったのは犬の首か何かだろう。そこに、間桐慎二の口が、鼻が、眼が、耳が、髪が――乱雑に、そしてでたらめに、生えていた。
 その眼が、絶えず本来の位置を求めてうごめいている。――が、それぞれが好き勝手に動いているため、たまにそれぞれが混ぜ合わさったり、分かれたりしながら、変化し続けていた。その眼が、ギョロリと、凛と士郎の姿をとらえる。そして、基本となる犬の口と、その頬に張り付いている間桐慎二の口が同時に動き出す。
『絵みィやぁ。Eみya。』
 その口からは、犬のうなり声と、地獄の怨嗟を叫ぶ亡霊の声を混ぜ合わせたような――しかし、それでも確かに間桐慎二の声に聞こえる――そんな声が、這い出てきた。もはや、その繰り返す言葉にはなんの意味もない。ただ、元々の記憶の持ち主――慎二の遺志に従って、壊れたテープレコーダーの様にくりかえしているだけにすぎない。事実、間桐慎二の瞳は士郎たちを捕えて放さなかったが、犬の瞳は縛り付けられて動かない獲物をじっと見つめていた。
 『ソレ』のあまりの惨さに、凛は思わず拳を振るわせる。しかし――。
「慎二……。」
 そんな姿になった『モノ』であってもなお、士郎は『ソレ』を慎二と呼んだ。
「士郎!あんた、何言ってんのよ!!『アレ』は慎二なんかじゃない、慎二の一部をもてあそんだ、何かよ!」
 激昂する凛の言葉を遮るようにして、カリオストロの声が響く。
「だから言っているだろう。間桐慎二ではない『何か』だと。しかし……それを間桐慎二だと認識した、その理由に興味があるな、衛宮士郎。」
 やるせないといった表情で、『ソレ』をにらみつける士郎は、しかしカリオストロの質問には答えようとしない。士郎の肩は、怒りのために激しく震えていた。
「遺伝子的には、人間ですらない。記憶の転写が上手くいったと言っても、それでは別人だと言っているようなものだ。形骸に関しては……語るまでもない。中身、構成要素、形――そのどれをとっても偽物にすらなりきれていない。そんな代物を、なぜ本物だと判断した?」
 士郎は――答えない。震える拳に自身の爪が突き立ち、その皮を食い破ろうとも、噛みしめた唇に血が滲もうとも――応えない
カリオストロの言葉に応えてなるものかと。
 ――しかしそれは同時に、ある一つの答えを、カリオストロへと与えていた。
「――クックックッ……。そうか、お前さん――――。」
「――――!!」
「その口を今すぐ閉じなさい!この詐欺師!!」
 カリオストロの嘲笑を、士郎は否定しようとした。しかし、それよりもなお先に、凛がカリオストロの言葉を止めていた。
「クッ……なんともはや、とんだ甘やかしのようだ。まるで駄々っ子を慰める母親だな。」
「どの口が言うのかしら。この状況を作ったのはアナタで、こうなるように誘導したのもアナタでしょう。私にはアナタのことが、イタズラが上手くいって忍び笑いをしているガキに見えるわ。」
 凛の言葉は的確にカリオストロの心を抉ったのか、カリオストロの声質が変わった。そして、凛の言葉を明らかに――避ける。
「――それを言われたのは二度目だが……やはり不快だな。……ところで、良いのか?そろそろそこの『ソレ』は、腹が減ってたまらない、といった様子だぞ。」
「言われなくとも――!」
 カリオストロの用意したシナリオ通りに事が運ぶのは癪ではあったが、凛は今にも大河に噛みつこうとしている『ソレ』へ向けてガンドを斉射する。
『ぎぃぃlィィ!え、Miいぃぃぃ!!』
 ガンドの直撃を喰らった『ソレ』は、呪いによって生み出される苦痛に身を焦がした。しかし、それでもなお、士郎の名を口に乗せる。恨み言の言葉がそれだとでも言うかのように。
――塵は塵に、灰は灰に――
 凛の魔術の炎が、『ソレ』の上げる断末魔ごと『ソレ』をこの世界から消滅させる。
 それを士郎は、ただ、聞いていた。ただ、見ていた。
 ――それは、士郎が大河を助けるために、『ソレ』が犠牲となることを由としたことを意味していた。
 キシリと、士郎の中で音がする。始めは小さな罅だった。小さな小さな、矛盾という綻び。
一つは、正義の味方が自らの命を投げ打ってまで、ひとつの命を救った時。――正義の味方を目指す者が、その命を救えなかった時。
一つは、力を手に入れてさえ、命を取りこぼしてしまった時。
 一つは、自分自身の願いによって、戻るはずのない者を、求め、悪魔の囁きに縋ろうとしてしまった時――間桐慎二はもう居ないと分かっていたのに、それを認めたくなかった自身が、間桐慎二であるはずのないモノを、自分のエゴ故にそうだと決めつけてしまった時。
 そんな大小様々の傷が、士郎の心を苛んでいた。もう、あと一押し。それで士郎の心が壊れてしまう。
 ――――それこそが、カリオストロの狙いであった。だから、それは起こるべくして起こった。
 大河の体を、くくりつけられた十字架から外したっその瞬間、仕掛けられた罠が発動した。
 士郎の身体が突如として奇妙な光に包まれた。その光に包まれた士郎の身体は、徐々にうっすらと、まるで空気に溶けていくかのように色と存在を薄れさせていく。
「士郎――!」
 そんな士郎を案じて手を伸ばした凛の胸を、大河の手に突如として現れた剣が貫く――。
「あああ゛あ゛ぁぁぁーー!!」
 限界だった。
自身は何もできず、ただ状況に流されるままに流されて、周りからは守られてばかりで、守ることもできず――。
そんな現実に耐えきれなくなった士郎の心は砕け散り――士郎の口からはもはや意味をなさない言葉しか出てこない。
やがて、もがく士郎の手は何もつかめないまま――虚空へと消え去った。








…………ふぅ。いちねんかかるとかありえない。
いや、ほんと。ごめんなさい…………。
忘れてませんよ~死んでませんよ~。ただ、書くのがクッソ遅いんですよ~。


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