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[21273] フェイトにルーデルさんを憑依させてみた【リリなの】
Name: 細川◆9c78777e ID:1b4cb037
Date: 2011/06/15 21:41
彼の戦果は人類最大の戦争と言われた第二次世界大戦の中にあってなお異質であった。主だった戦果をいくつか羅列すると、
戦車519台(最低値)。
装甲車・トラック800台以上。
戦艦マラート撃沈(共同戦果)。
となり、これだけで既に傑出したものである。さらには出撃回数2530回や、被撃墜数30回に関わらず全て生還したという戦績も、もはや伝説級だ。
加えて、不世出の独裁者ヨシフ・スターリンさえ彼を『ソ連人民最大の敵』と名指ししその首に賞金10万ルーブル(現代日本での数億円に匹敵)をかけたというのだから凄まじい。
そんな稀代の軍人ハンス・ウルリッヒ・ルーデルは1982年12月18日に静かに天寿を全うした。
そう、そのはずであった。

『今思い出してみてもあれは奇妙な出来事だった』

後年、波乱万丈では済まされない一生を過ごした彼でさえその出来事をこう称したという。
現役時代と違い出撃が出来ないため、トレーニングの合間の暇な時間はこうして物思いにふけっている。この時は丁度数年前に自身に人生最大の転機が訪れた時から今までのことを振り返っていた。








なぜか体が軽くなるような感覚に襲われた。ルーデルにしてみれば地を這う露助めがけて垂直に急降下する時に感じる浮遊感のようなものでもあり、懐かしい感触だった。
一度沈んだはずの意識が浮かび上がる。すると、途端に疑問が首をもたげて来たのであった。彼は先ほどまで川の向こう側でヘンシェルやガーデルマン、それにシャルノブスキーが並んで立っていた光景をぼんやりと見ていたはずなのである。
段々と意識が覚醒してくるにつれて、彼はその続きを思い出し、ついなんでもないようにこう呟いた。
――そうだ、その後奴らに笑顔で「大佐はこっち来ないで下さい」と突き落とされたのだったな。
さっきの浮遊感はそれだったか、とよくわからない納得をしつつ、ルーデルは重いまぶたを開く。明かりが起き抜けの目にはつらく一瞬顔をしかめたが、次の瞬間には好奇心が灯っていた。
室内の内装は異様であった。病院の集中治療室のようであるといえばそうであるが、それにしてはあまりに機械的にすぎたのだ。
とは言えルーデルは別に取り乱すこともなく、ゆっくりと室内を見回す。
暇つぶしに見たSF映画のワンシーンのようだと思え、するとSFのなんでもありな設定(彼にこう言われるなどSFにとっては噴飯ものかもしれないが)なら、一度死んだはずの自分が二度目の生らしきものを得たのも納得がいくというものだった。
しかし、首を回して周囲を見ていたルーデルは奇妙な感覚に襲われた。なにやら彼の髪が長いように思えるのだ。首を動かすたびに引っ張られるような感覚が、生涯短い髪を通してきた彼には違和感を覚えさせる。
ふと、手にとってみると、そこにあったのはとても肌触りのよく照明を艶やかに反射しているブロンドの髪であっった。これにはさしものルーデルも虚をつかれ、慌てて自身の体を見下ろすと、視界に広がるのは病院での入院服のようなものに身を包んだ5~7歳くらいかと思われるような幼い肢体。長い髪とどこかスースーする感覚に嫌な予感を覚えて股間に手を伸ばすと、つるりと丸い。
さすがのルーデルもこれには驚きを隠せない。彼自身としては謎の技術で蘇生したかなにかだと思ったのだが、これでは生まれ変わったようなものである。こんな年端もいかない子どもになるとは、と混乱もしたが、次第に落ち着いてくる。
――なに、子どもということは未来が沢山あるということだ。それに男の人生の次は女の人生を歩めるなら得をしたというものだ。
常に前向きなのも彼の美点であるが、ここまでくるとなにか違う気がしないでもない。ただ、戦場で常に冷静でいるためには有利な特性だったのだろう。
とりあえず、自分がこんなところにいる以上は他にも人がいるものだろうと予想をつけたあたりで、ルーデルの正面にあった扉が自動で横へとスライドした。
入ってきたのは一風変わった格好の、ミルクコーヒーのような色の髪を肩口で切りそろえた若い女性であった。彼女はルーデルを確認すると、彼に目線の高さを合わせるように屈み、微笑みとともに口を開いた。

「お嬢様、お名前は?」
「ハンス・ウルリッヒ・ルーデルだフロイライン」

にかっと笑顔を浮かべるルーデルとは対照的に、女性の笑顔は凍りついた。




突然固まってしまった女性にルーデルが首を捻っていると、どうにか再起動したらしい彼女に「ちょっとプレシアのところへ行きましょう」と手を引かれた。特に反対する理由もないし、多くの人物に会って情報収集をするのもいいかと思ったルーデルは大人しくついていくことにした。
しかし部屋を出てすぐルーデルは目を丸くしてしまった。SFのような室内から一歩でると、そこはまるでベルリン郊外にあるサンスーシ宮殿を思わせるような廊下であったのだ。なんとも両極端だと思いつつ、どうも冷静さをかいているようでかなり早足な女性についていくため、歩幅の狭い幼女なルーデルはほとんど小走りに移動した。
暫くしてようやく室内に入る。今度は司令官の執務室のような部屋で、もはやルーデルでも呆れる思いのだった。ここまで連れてきた女性に質問しようとすると、彼女は彼に少し待っているようにと言い残して、机に座っている彼女より年上らしき女性にあっという間に歩み寄っていった。

「これはなんですかプレシア!」
「……そうぞうしいわよ、リニス。さっき出て行ったばかりの癖になにがあったのよ」

プレシアと呼ばれた女性の声は無味乾燥としたものだったが、リニスと呼ばれた女性も引かず、机に向かったままで一向に自分を見ようとしないプレシアの目の前に荒々しく手をつく。

「あなたの娘はフェイト・テスタロッサのはずですよね?」
「そのようにあなたを生み出した時に植えつけたはずよ」
「じゃあなんで『ハンス・ウルリッヒ・ルーデルだ』とか名乗るんですか!?」
「は?」

初めてプレシアの声音に感情が篭った。ようやく彼女は顔を上げ、リニスに胡乱気な視線を投げかける。

「なにを、馬鹿なことを……」
「私だって知りません!」

言うと、リニスはルーデルのほうに振り向き手招きした。
ルーデルは背筋をピンと伸ばし、堂々とした足取りでプレシアの前までやってくるなり、体に染み付いたドイツ式の敬礼を決め、はきはきと声をあげた。

「どうも、ハンス・ウルリッヒ・ルーデルだフラウ。できれば、現状を説明していただけるとありがたい。なにより私も起きたらこんな状況でね」

先ほどのリニスの焼き直しかと錯覚しかねないほど見事に、プレシアは凍りついた。




リニスの必死の呼びかけによって我に返ったプレシア・テスタロッサによる状況説明に加え、時々の彼女の質問にルーデルが答えることで三人の間にようやく共通の見解が生まれた。
どうも、ルーデルの体自体はプレシアの娘であるフェイト・テスタロッサの体であり、彼女は事故により重態となっていた。プレシアの必死の治療によりどうにか目を覚ましたところなぜかルーデルが中に入っていた、というところである。
しかしルーデルをこの日一番に驚かせたのはこの次ぎのことである。なんでも、この宇宙にはルーデルがいた地球がない。いやプレシアがデータベースで調査した結果、正確には別次元にあるということであり、世界はありとあらゆる次元世界で出来ているのだという。さらには現実には魔法というものが存在するというのだ。
いくらルーデルでも、そんなのは信じられないと主張したのだが、実際に目の前でプレシアが魔力弾とやらを作り、リニスが猫に変身しては受け入れざるを得なかった。

『かの大作家ゲーテでさえ腰を抜かしたであろう』

ルーデルはこの時の衝撃をこう例えたという。
とはいえ、彼の前世での一生をかいつまんで聞いたリニスとプレシアも鳩が豆鉄砲でも食らったような表情だったのだからお互い様というところだろう。

「フラウ・テスタロッサ、不可抗力とは言えこのたびはご息女の人生を私が奪う形になってしまったことは深く謝罪しよう」

言って、ルーデルは深く頭を下げた。彼も前世では子を持った親である。どうにか事故から生還したと思った子に赤の他人の人格が憑依していたと知ったら、普通どれだけの怒りを感じるかは容易に想像が出来る。
彼はどんな叱責も暴力も覚悟していた。

「もう過ぎたことよ。それに意識を取り戻すかも不明だったのだから、あなたが気にすることではないわ」
「プレシア……」

だが、返ってきた声は彼の想定にないものだった。
おそらく、ルーデルと同じ思いだったのだろうリニスも驚きの呟きを漏らしている。

「しかしだな、フラウ」
「あんまり面倒をかけさせるんじゃないわよ。私がいいと言っているの。あなたは自身に降って湧いた幸運を喜んでいればいいのよ」
「……」

ゆっくりと諭すようにルーデルに言ったプレシアの声音に嘘は感じられなく、それに彼女の広大無辺な器の大きさを感じたルーデルは無言で敬礼で敬意を表した。
そして、自分を許してくれた彼女に全力で報いねばならないとも決意をした。

「心の底から感謝しますフラウ。一度は失ったのと同じこの命です、あなたが望むなら地獄の底でもクレムリンにでもどこでも赴き恩に報いましょう」
「そう……心がけは立派だけれど、とりあえず今は特にはないわ。あなたはリニスの言うことをよく聞いて生活していなさい」
「了解した」

一つ頷いてから、ルーデルの中に小さな疑問が浮かび上がった。

「そういえば、これから私はどう名乗ればいいのだろうか。さすがにご息女と同じ名前を名乗るのは気が引けるし、かといって女性の体なのにハンスなどという男性名では彼女が浮かばれまい」

言われたプレシアは顎に手を当てて少々考え込むが、すぐにどうでもよさげに言い放った。

「そう、ねぇ……あなたも混乱しないように、ルーデル・テスタロッサとでも名乗ればいいんじゃないのかしら?」
「ルーデルは、ファミリーネームなのだが……」
「名前は所詮識別記号よ。そんなことはどうでもよろしい」
「もっともだ」

凄い理論を展開したプレシアとなぜかそれに納得してしまったルーデルから、リニスは一歩距離をとった。

「私ももう忙しいから、あなたはリニスと下がりなさい」
「それは失礼した。ではフロイラインリニス、これからよろしく頼む」

プレシアの隣に控えていたリニスに体の向きを変え、また礼をする。

「あー、ルーデル、さん? 私のことは別にリニスと呼び捨てで構いませんよ?」
「そうか、では私のこともさんを付けなくて構わない」
「ほら、さっさと下がりなさい」

しっし、と手の甲を向けてくるプレシアにリニスと二人で苦笑してから、ルーデルは彼女の部屋を辞した。
そのために、出来損ないの人形の体に真偽はともかく歴戦の軍人の精神が入ったことで自身の計画が有利になりそうだとプレシアがほくそえんでいたことは知らない。




ルーデルが金髪紅眼の美幼女として第二の人生を歩むようになってから一月ほどは彼、いや彼女の体に異常がないか様子見をしつつ、リニスから次元世界や魔法についての基礎的な知識を座学で叩き込まれた。
次元世界や時空管理局、魔法についてのリニスの解説はとてもわかりやすく、かつ新鮮で面白いものであったのでルーデルも喜んで聞いていた。ただ一つだけとても残念だったのが、次元世界の中でも管理世界においては質量兵器を禁止する条約が結ばれていたため、彼女の愛する急降下爆撃機もその条約に抵触するために使用ができないということだ。
――スツーカで再び空を翔けたかったがそれも叶わないか……
その夜そっと枕を濡らしたのだが、一週間後に大きな転機が訪れた。もう体は大丈夫だろうということでリニスが彼女に魔法の実践に移ると言ったのだ。
試しに飛行魔法をリニスが教えてみたところ、飛行機乗りとして天才的才能を見せたルーデルはすぐに自由自在に空を舞うようになった。天高く昇ったかと思うと墜落するように落下し、地面ぎりぎりで体勢と立てなおし再び上空へ去っていくなど、その機動の上級者っぷりにリニスが呆れる中、ルーデルの心は晴れやかだった。
時の庭園と呼ばれる住居からあまり外にも出れないし、まだまだ体力のない子どもの体ということで暴れ足りないと思っていたルーデルにとってはとてもいい気分転換となっていたのだ。

「素晴らしいなリニス! スツーカで空を飛ぶのもよいが、こうして自分の力だけで空を飛ぶというのも清々しさだ!!」

地上から彼女を見守っていたリニスだが、戻ってきた彼女が興奮した様子で語る声音とその笑顔は年相応に感じられた。すると、それまで感じていた彼女との間の壁のようなものがいつの間にか消えているのである。
その後はリニスの指導のもと、攻撃魔法や防御魔法、補助魔法に儀式魔法の習得。攻撃はタイミングさえ計ればボタン一つな彼女の前世にはなかった魔法の術式構成や細かい制御といったところではかなり苦戦したが、戦闘での応用力という点では、空での圧倒的実戦経験のために文句のつけようがなかったので、総合してみれば恐るべき早さで成長したとも取れる。
また、死に掛けていた子狼を拾いルーデルは使い魔にした。リニスはよくわからなかったが「後部機銃手のようなものだ」と彼女は言った。アルフと名づけられた彼女はルーデルと仲良くやっている。
リニスも、口調と見た目のギャップに慣れれば純粋そのものな性格のルーデルには愛着が湧いており、優秀な生徒のために予定を繰り上げてデバイスの作成に取り掛かった。

「これが私のデバイスかリニス?」
「はい、名前は閃光の戦斧バルディッs」
「私の相棒となるからにはスツーカだな!」
「いえ、ですからバルd」
「これから頼むぞスツーカ!!」
「…………」

実は三日考えてつけた名前だったのに無視されて悲しかったリニスであった。それでもぐっと気持ちを抑えて可愛い生徒のためだと泣く泣く設定を変更し名称をスツーカに変えてあげた彼女は優しい。ただ、その日はなぜだか枕が冷たかったという。仕返しではないが翌日のルーデルの飲む牛乳を一本減らしてやった。
バルディッシュ改めスツーカを得たルーデルは、インテリジェントデバイスに振り回されることなくさらにその実力をあげていった。攻撃の殆どが急降下してからなのが不思議だが、それ以上に急降下からの至近距離で砲撃を撃ち込んで自分が無傷なのがリニスには納得できなかったが。

『自画自賛になるがこの体のスペックは実に素晴らしい。圧倒的な速度とそれに比して信じられない程に高水準な旋回能力を持ち、その上魔法様々な射程・威力の攻撃手段があるのだ。さらには潤沢な魔力量によりかつてのような燃料や弾薬の心配が殆どない。これらの条件は私にとっての理想的な戦闘を可能にしてくれる。ただ、防御の面がおそろしく不安な面が欠点ではある。まあなに、この速度があれば敵の砲火に捉えられることもそうそうあるまい。できるならばこの体で第二次大戦を戦いたかったものだ。そうすればモスクワに鉤十字を掲げることも可能だったろうに』

ルーデルは日記にこう書き記していた。








目の前に、プレシアの執務室の扉が迫り、ルーデルは回想から現実へと意識を引き戻す。
回想の中で優しく彼女を見守っていてくれたリニスは今はもういない。仲間を失ったのは一度や二度ではないし、それはいつだって突然だったが、何度味わっても苦いものだとルーデルは思った。

「どうしたんだいルーデル、急に立ち止まって?」
「いや、なんでもない。すまないなアルフ」

相棒に余計な心配をかけるとは私もまだまだだな、と被りを振りつつ、ルーデルは室内に歩を進め、背後で扉が閉まる音を聞くと敬礼する。

「フラウ・テスタロッサ。ルーデルだ、ただいま参上した」
「楽になさい……」
「了解した」

手を腰の後ろに回し、足を肩幅に開き休めの格好になる。アルフは毎回毎回こんな女の子が軍隊みたいな行動する姿に笑ってしまいそうになるのだが、ルーデルの前世のことも聞かされているのでどうにか我慢した。顔面筋が変な風に痙攣していたが。

「あなた、地球というところ出身だったわよね?」
「その通りだ」
「そこの日本っていう国は知っていて?」
「ああ、極東の島国だな。祖国とは同盟国だった勇敢な戦士も多い国だ」

ルーデルはちょっと懐かしい思いにかられた。さっきといいどうも感傷っぽくなっているようだった。

「なら好都合ね。実はね、その日本まで行ってあなたにやってきて欲しいことがあるのよ」
「フラウは命の恩人だ。私に出来ることならなんでもしよう」

プレシアはルーデルの返答に満足そうに頷くと、十数枚の書類と何枚かのカードを机の前方、ルーデルのほうへ放った。

「あなたとアルフの偽造戸籍に当面困らないだけの資金の入った口座も用意したわ。それと探してきて欲しいものの詳細は書類にあるから戻って熟読しなさい。そして仕事内容を把握し次第出立して」
「了解した。ルーデル・テスタロッサ、これより任務に就く」

再び敬礼するとルーデルは書類とカードを回収し、自室へと戻っていった。
これが、後にPT事件と呼ばれる騒乱の始まりであった。




月村邸の広大な庭で励起したジュエルシードを回収に赴いた高町なのはは、ここで彼女の人生に大きな影響を与える一人の人物、もう想像がついていると思うがルーデルと出会うことになる。
後日、映画撮影のための取材でその時のことを尋ねられた彼女はしみじみとこう答えたという。

『あの時は本当に驚きました。だって、いきなり空から女の子が降ってきたんですから』

ジュエルシードに取り付か、木々より巨大になった子猫の上空から、ルーデルの十八番「急降下砲撃」をかましたのである。
今でこそSランクオーバーであるなのはだが、その頃は魔法に出会って一ヶ月未満という才能があるだけの素人でしかなく、ルーデルの姿をちらりと見かけた以外には、断末魔の悲鳴を上げて倒れこんだ猫を呆然と見詰めることしか出来なかった。
なのはが驚きから回復するのは、彼女の背後の木の上空にルーデルが降り立った音を耳にしたからであった。

「む、地球に魔導師……?」

ぶしつけに観察され、なのはは一歩引いてしまう。ちなみにとても便利な翻訳魔法によりルーデルの言葉は日本語で響いている。

「私のスツーカと同じインテリジェントデバイスも持つのか……」

スツーカを持っていない左手を顎に当てて考え込んだルーデルだが、すぐに微笑みを浮かべて眼下のなのはに声をかける。

「やあ、フロイライン。君もロストロギアジュエルシードの探索者かね?」
「フロイ……え? え?」

まだ当時9歳で、フロイラインというのが未婚の女性に対する敬称とは知らないなのはは、先ほどからの事態により頭がパンクしかけていた。
なので代わってルーデルの質問に答えたのは、なのはの足元にいたフェレットモードのユーノだった。

「『君も』ってことは君も探索者なのか……って、ジュエルシードをどうするつもりだ!」

余裕を持った様子であったルーデルが、少し目を丸くしてユーノを見た。どうやら今ようやく存在に気づいたらしい。

「おっと、なんとも可愛らしい使い魔くんだね。急降下でしとめるには少々面倒なサイズだな」
「僕の質問に答えろ!」
「そう焦るな。まあ、君の質問に答える義務は私にはないし、話をしても君たちとの溝は埋まらないさ」

言うとルーデルは軍人としての精神を呼び起こし、目を細める。
彼女は、自分が難しいことを考えるのに向いていないのがわかっている。だから、目の前の白い少女がジュエルシードを集めていて、自分と対立するとわかったら、もうそれで十分だった。
ただ、彼は鬼畜ではない。年端もいかない美しい少女に危害を加えるのはあまり好きではない。

「すまないが、ジュエルシードは私がもらっていく」
「Photon Lancer Fire.」

容赦なくスツーカから発射された魔力弾の直撃をなのはは食らった。
吹き飛ばされ、意識を失う直前。彼女の視界には、攻撃をするというのにちょっぴり悲しそうなルーデルの表情が張り付いていた。
これが、ルーデル・テスタロッサと高町なのはの初邂逅である。




おそらくこれで邪魔をすることもないだろうと思っていたルーデルだったが、予想外になのはは再び彼女の前に立ちふさがった。そして、話をしようと彼女に呼びかけるのだ。
ルーデル自身は、話の有用性を否定はしない。しかし同時に彼女は共産主義者どもと分かり合えるなどとは夢想だにしておらず、話が万能だと妄信もしていない。だから、笑って吹き飛ばすことができたのだが、彼女の瞳の光にどうも惹きつけられるものがあった。
そう、あれはよく知っているエースの瞳だ。まだまだ技量的には素人でしかないのに、瞳は一人前の、ルーデルと同じエース。それもこんな少女が。
彼が興味を抱かないはずがなかった。
だけれども、彼にはプレシアのために任務を遂行しなくてはならず、空戦において彼女に圧倒的な差を見せ付けて勝利した。ルーデルは、自分が首筋に突きつけた魔力刃に、なのはが恐怖から歯を小刻みにならす姿を見て、将来が楽しみではあったが、これで彼女も身を引くだろう。そう思った。

「わたしの名前は高町なのは! あなたの名前は!」

しかし、少女は、高町なのははルーデルの背に声をかけたのだ。
足を止めたけれど、ルーデルは振り返らなかった。それは、隠し切れない笑みを彼女に見せたくなかったからだった。
――私も甘いな! 100万人に1人もいないエースの輝きを瞳に持つ少女がこんな程度で引くわけなどないのにな!
ルーデルの空で戦う者としての心に、大きな炎が灯った。
肉体年齢で言えば自分もなのはも同等だ。前世にはいなかった好敵手と、まるで物語のように出会ったのだ。

「ルーデルだ。ルーデル・テスタロッサ。また合い見えよう『なのは』」

名乗り返し、なのはを一段下に見なしたようなフロイラインではなく彼女自身を指す名前で呼びかけると、そのまま飛び去る。
後からついてきたアルフが不思議そうな顔をするのがわかったが、浮かぶ笑みをルーデルは抑えられなかった。
こうして、彼女らの二回目の遭遇が終わった。




前世もそうだったが今世でも戦傷に好まれているらしいな、と思い顔を顰めた。

「あ、ごめんよルーデル。痛かったかい?」
「いや、そんなことはないさアルフ。こんなの前世の怪我に比べればせいぜい痒いくらいだ。ちょっと嫌なジンクスを思い出しただけだ」
「そうかい……でも、かなり酷い怪我だよ?」
「大丈夫だ、手のひらの怪我くらいで空が飛べなくなるわけではあるまい。それよりもスツーカが問題だ。回復するとは言ってもその間にジュエルシードが封印できなくなったら」

へまをして、一度封印したジュエルシードが暴走。その時の余波でスツーカは損傷。仕方なく素手で無理矢理封印したが、結果として怪我をした。
ルーデルがなのはとの戦闘に熱中してしまい当初の目的を見失ったことが原因ではあるが、それもこれもここのところ急成長してくる彼女の力量に原因があるのは間違いない。まだまだ負けてやる気はしないが、最初の頃と同一人物とは思えず、このままどうなるのかと思うとルーデルの心が震える。
それに彼女のあり方も素晴らしく思う。まだ二度しか刃を交えていないが、機動力では自分の圧勝ではあるが、自信のある砲撃では打ち負けたのだ、しかも彼女の堅牢なことこの上ないシールド。その硬さには、ついぞルーデル存命の間にはなくならなかったベルリンの壁を思い起こさせる。
速さはなくとも、生半可な攻撃では微動だにしない防御力に一撃で敵を屠る圧倒的な破壊力。

「まるで、A-10のようだ……」

ルーデル自身もフェアチャイルド社での設計に携わった近接航空支援機を思い出していた。
ちょっぴり羨ましいと思ったのは彼女だけの秘密である。

「なにか言ったかい?」
「いや、独り言だ。それよりもアルフ、治療が終わったら食事を頼む」
「はいはい、牛乳もちゃんとつけとくよ」

相変わらずの自分の主人に心配していたアルフも笑みを浮かべた。
徐々に、ルーデルとなのはの差は詰まってきていた。




また戦傷。しかも前回よりも深い。
今回はさすがにルーデルも痛い目にあったという自覚があったので、次のジュエルシードが見つかった時に少しでもいい状況で出撃できるようにそれまで大人しく寝ている。
――しかし管理局が出張ってきたか、厄介だ。
布団の中で、少年にしか見えない執務官に撃たれた傷の熱が二日たっても一向に引かないのを感じながら考えにふける。
空中戦闘の経験が豊富であるのは確かであるが、あくまでそれは前世での飛行機の経験だ。魔導師の空戦に適応できるところが多いとはいえ、魔法での戦闘に関してはルーデルも実際のところ経験は浅い。だから、彼女が気づかない決定的な弱点があるかもしれないし、若くとも熟練していると見ていい執務官が相手ではそれが命取りになりかねないとも思う。
別にルーデルは命が惜しくないわけではない。ただ命を顧みないことが多いだけだ。彼女だって生きて出撃回数を増やし撃破数をもっと積み上げたいからだ。
そんな時だった。彼女は肌でまざまざとジュエルシードの励起を感じた。

「ジュエルシードめ、来よったか!」

痛むボロボロの体に鞭打ち、ルーデルは立ち上がると、アルフが悲鳴をあげ、慌てて駆け寄って彼女を布団に寝かしなおそうとする。

「待ちなよルーデル! そんな体じゃ無理だって!!」
「なにを言っているんだ? 休んでいる暇はないぞアルフ、出撃だ!!」

アルフの手を払いのけ、高々と彼女は宣言した。




ルーデルの視界には煌々と輝く桃色の魔力の凝縮体が一杯に広がっていた。
四肢はバインドで固定され、動かすことは出来ずもう頭には「敗北」の二文字しか浮かばない。
こんな状況なのに、鏡なんてないのに、ルーデルは自分の表情が笑顔を形作っていることがなんとなくわかった。
色々と思い出す。
始まりは彼女の瞳にあったエースの灯火だった。
以前、このままではプレシアに申し訳がたたないと無茶をして海底のジュエルシード六つを同時に励起させ、逆に自分がピンチになってしまった。
その時さっそうと現れたなのはは敵であるはずの自分に魔力を供給し、しかも封印を手伝ってくれた。
そして、手を差し伸べてこう言った。

『友達に、なりたいんだ……』

驚いた。好敵手としか自分は彼女を見ていなかったのに、なのははルーデルに友達になりたいと言ってくれたのだ。
そうだ、何度ルーデルをこの少女は驚かせてくれれば気が済むのか。

「受けてみて! これがわたしの全力全開! スターライトォォォォ……!!」
「私が、一対一の空の戦いで破れるとはな……」

今だってそうだ。まさか負けるとは思わなかった。
小さく呟いた声はなのはに届くことなく、霧散した。

「ブレイカー!!」
「やはりA-10の性能は……すば、ら……し……い…………」

ピンク色に染まったと思っていたのに、一瞬の後ルーデルの視界は暗転した。




なのはに破れ、ジュエルシードもプレシアが持っていってしまったことで、抵抗する意味もなくなったルーデルは、素直に管理局に投降し、アースラに連行されていた。
囚人服のようなものに着替えさせられ、手錠をはめられたのは不本意だったが、暴行を加えられたわけではないので我慢した。

「あなたが、ルーデルさんかしら?」
「その通りだが、あなたは?」
「私はこのアースラの艦長で、現在の事件に関する最高責任者であるリンディ・ハラオウンよ」

なのはに付き添われて艦橋へと足を踏み入れると、妙齢の緑髪の美女が微笑みとともに語りかけてきた。
ルーデルは彼女のファミリーネームに聞き覚えがあり、眉根を寄せる。

「ハラオウン、と言うとクロノ執務官の姉かなにかかね?」
「まぁ! 姉だなんてやーねー。私これでもクロノの母親なのよ」
「ほう、とても見えないな」
「おだてたって何もでないわよぉ」

口ではそう言いながら、リンディはだらしなく表情を緩め、頬に手を当てながら身をよじっている。

「まあ、そんなことはどうでもよろしい。シャワーと食事の用意を頼む」
「……ぷっ」
「っ!」

どうでもいいとリンディを切り捨てたルーデルとそれにより愕然とした表情を浮かべたリンディを見て、エイミィはつい噴出してしまった。リンディにすぐに睨まれ、職務へと戻ったが。

「こほん。えーと、ルーデルさんは……」

気を取り直してルーデルに向き直ったリンディだったが、丁度その時アースラの巨大モニターに時の庭園の玉座の間に局員が突入した光景が映し出された。




プレシア・テスタロッサはジュエルシードを発動させ、次元震を引き起こした。アルハザードへ向かうため。
崩壊し続ける時の庭園にルーデルは突入していた。
なのはやクロノには遅れてではあったが、彼女は彼女でやることがあったから再びスツーカと共に魔法で空を飛んだのだ。
――傀儡兵といっても、イワンの戦車と変わらん! 数だけだな!!
得意の急降下砲撃で傀儡兵を次々にスクラップにしながらそんな感想を抱く。途中でなのはを助けたり、間違えて傀儡兵と一緒にクロノを巻き添えに吹き飛ばしてしまったりしながら時の庭園の最深部にいたプレシアのもとへたどり着いた。

「なにをしに来たの、ルーデル。私に文句でも言いに来たかしら」
「いや、そんなことはない」

アリシアの入った生体ポットを抱えながら視線だけを向けたプレシアに、きっぱりと首を左右に振ってルーデルは否定する。
プレシア曰く『唯一の娘』アリシア・テスタロッサの存在、そしてルーデル自身が彼女のクローンであり、プレシアにしてみれば失敗作でしかなかったという事実は既に明かされた。それを隠していたプレシアにルーデルが怒っているかと思ったが、どうやらそうでもないようだった。

「なら、なんの為に来たのかしら?」
「なに、出立に見送りの一人もないのは悲しいだろうと思って来たまでだ」

ゆっくりと振り向き、しかしちゃんとプレシアはルーデルを見据えた。
そして、初めて彼に向かって笑った。嘲笑的なものではあったが、笑ったのだ。

「はっきり言ってあなたには感謝しているわ。あの出来損ないの体にあなたの人格が宿ったおかげで、見た目が似ていても赤の他人として思えるようにもなったのだから。ただ、まあ……ジュエルシードを集めるということに関しては期待以下だったけれども」
「それは申し訳なかったなフラウ」
「とはいえ、あなたを騙して利用していたのは私。なのに恨みもしないのも変な人間ね、まあ普通とも思っていなかったけれども」
「恨みなどはしないさ」

揺れる足場だというのに、ルーデルは軍隊仕込みの休めの体勢のまま、よく通る声でプレシアに答える。

「あなたは私がご息女のクローンに憑依した別人格だと言わなかった」
「……」

アースラの艦橋で聞いた話の中で、プレシアは結局ルーデルを終始『アリシアのクローンで人格形成に失敗した駄作』としか扱わなかった。彼女の特異性には一切触れなかったのだ。

「七面倒なことなどわからない私でも、クローンであるという上に死者の魂が憑依した存在ともなれば風当たりが激しくなるということくらいわかる。そして、それをあえてあなたが隠した理由も」
「……ただ、面倒だっただけよ」

プレシアはあほらしそうに視線を外すが、微妙にその瞳が揺らいだのをルーデルは見逃さなかった。だから、素直に笑みを浮かべる。

「なに。それでも構わないさ。どちらにせよ、あなたは私の命の恩人であることに変わりはないのだ」

一際大きく庭園が揺れた。

「どうやら、もう時間のようね。結局、あなたはよくわからない人間だったわ」
「変人とはよく言われたものだ」

軽く笑った後、ルーデルは彼女に敬礼をする。

「旅の安全をお祈りしよう、フラウプレシア・テスタロッサ」

その言葉に、プレシアが答えることはなかった。
今までで最も大きな揺れと共に彼女の足元の岩盤は崩れ、アリシアと共にプレシアは虚数空間へと落ちていったのである。

「…………」

なのはがやってくるその時まで、ルーデルは敬礼の姿勢を崩さなかった。




自分に黒星をつけた少女が泣いている。
ルーデルも涙が流れそうになるが、そこは自身の矜持としてどうにか耐えた。涙もろくなったのは女性の、しかも子どもの体になったからだと言い訳し、笑みを見せる。

「なに、今生の別れというわけではないよなのは」
「でも、でも……」
「大丈夫だ。私は必ず君のところへ舞い戻る。君は好敵手であり、そして……」

恥ずかしさに一瞬言葉を詰まらせるが、なのはの涙を指先でそっと拭ってから言い放つ。

「私と君は『友達』なのではないかね?」
「……っ!」

目と鼻の先にあるなのはは目を丸く見開き、そしてぱあっと表情を晴れ上がらせた。

「うん……うんっ!!」

なのははごしごしと目元をこするとルーデルに負けないように笑顔を浮かべる。

「あのね、ルーデルちゃん」
「うむ?」

ちゃん付けに少々違和感があったが、体は女性だから仕方ないし、このくらいいかと割り切り、なのはの言葉に耳を傾ける。

「なにかあったら私の名前を呼んでね、絶対に、絶対に助けに行くから!」
「なら、なのはも私の名前を呼んでくれたまえ、必ず赴こう」
「うんっ! ……あ」

そして、また耐えられない涙がなのはの目じりから流れ出た。

「まったく、泣き虫だな」
「うう……」

あいにくハンカチもなく、半そでなので裾も使えず、仕方なくルーデルは髪をツインテールに結んでいたリボンの片方を解き、なのはの涙を拭ってやった。
拭き終わり、手を引こうとしたら、なのはがリボンを掴み離さなかった。
これはいったいどうしたものかと悩んでいたら、なのはが小さく呟いた。

「……こうかん」
「……ん?」
「わたし、ルーデルちゃんになにか記念に渡せるようなものなにもないから、だから、リボンを交換しよう」

窺うように見詰められ、ルーデルはきょとんとしてしまった。
だけれど、すぐに表情をほころばせた。

「ああ、再会の約束とするわけか。いいね、そうしよう」
「うん、約束だよっ!」

ピンクと黒のリボンが二人の間を渡り、約束は交わされた。







「なにもんだてめぇ。管理局の魔導師か?」
「なに、好敵手にして、友達さ」





『後書き』
どうも連載の方の筆進まないので気分転換で書いたかれど、夏の暑さに急降下爆撃を喰らった模様。そして読み直して思った。展開変えると面倒だったから勝たせたけど、なのはさんまじパネェーっす。いや、まあ現実でも撃墜されまくってるしいいかなとも思いますが。
なんか今回は嫌な目にあってばかりだけど史実のルーデルさん的な無双はA’s以降にしかかけなさそうですね。
気が向いたら、というより他の連載が完結したら続きを書くかも。たぶん殆ど変わらずのダイジェスト方式だろうだけど。



[21273] 管制人格には舩坂さんが憑依したようです
Name: 細川◆9c78777e ID:1b4cb037
Date: 2011/01/12 19:28
凄惨さを極めた太平洋戦争の戦いの中、地を這い泥を啜ってでも戦い続けた日本兵は数多かっただろう。しかし、彼ほど一人で強烈な印象を残した兵士は他に早々思い浮かばない。
映画ランボーも怖くない鬼神の如き白兵戦の戦果を挙げているのだが、あえてここは彼の不死身とも言えるタフさに注目しよう。
軍医に自決用手榴弾を渡される程の怪我でも翌日には不思議と回復している。
傷口に火薬を注ぎ込むことでそこに湧いた蛆を退治。
敵前哨陣地を突破して米軍指揮所テント群に突進した時には大小24の傷、そのうち重傷5という有様だった。
この時自爆失敗したのは頸部を撃たれ昏倒したからであるが、この時米軍医に戦死と判断されたにも関わらず三日後に息を吹き返した。
人間離れというレベルではないとそう評する以外ない。
個人的武勇の噂だけで米軍全体の士気を低下させた男、舩坂弘は2006年2月11日に静かに天寿を全うした。
そう、そのはずだった。

『私は身を持って知っていただけだ。「もうダメだ」なんて状況も意外になんとかなる、とね』

後年、その出来事をしみじみと思い出してただこう一言語ったという。
彼の第二の人生は深い闇の底から始まった。




散々死線を彷徨った彼だったが、こんな経験はない。
舩坂は幸運なことに畳の上で命数を尽くしたはずだったのだ。底の見えない程深い、それでいて甘美な眠りに引きずり込まれたのに、どうしたことか彼の意識は再びはっきりと覚醒し始めていた。
――やれやれ、起きたら三日経っていたりしないだろうな。
半分冗談、半分不安な笑みを浮かべながら瞳を開くが、そこは暗闇であった。本来見えるべき天井などどこにもない。
それも、感覚的には直立しているのに足の裏に地面の感触がない。宙に浮いているような感覚だ。
地獄にでも落ちたのか、と思ったがそれにしては平和すぎるし、閻魔大王に会った記憶もない。
はてどうしたことかと顎に手を添えようとして腕を持ち上げたその瞬間、柔らかな感触が手に伝わった。同時に、胸部でなにかがぶつかった感覚も起こる。
酷く、嫌な予感が舩坂の体を駆け巡る。恐る恐る自分の身を見下ろすと、たわわに実った双丘がある。

「な、なんだこれはっ!」

叫んでみてまた驚く。声が高い。まるでというよりそのまんま女性のそれである。
慌てて全身を見回す。
身にまとっているのは飾り気がない真っ黒な衣服一枚。しかしぴっちりと纏われておりその幻惑的な体のラインが浮き出ている。さらに舩坂が頭を動かすのと同時に揺れるのは銀の長髪。

「……ありえん」

それでも、認める他なかった。
舩坂弘は女になっていた。それも、彼視点でのいわゆる外人である。






金属と金属の当たる音が室内に響き、コンクリートに反響する。

「っ! ……なにもんだてめぇ。管理局の魔導師か?」

ルーデルにハンマーのような形をしたデバイスを受け止められた後すぐさま退いて距離を取ったのは、ボロボロになったなのはに止めをささんとしていた少女だ。
敵意をむき出しにしたその視線を受けながら、ルーデルはゆっくりとスツーカを眼前に構えなおす。

「なに、好敵手にして、友達さ」
「ちっ!」

不敵な笑みをサービスしてやると、相手は舌打ちした後、ビルの外へ脱出を図る。

「残念だが私の前にきた以上はそうやすやすと逃がしはしないぞフロイライン!」
「うっせぇ! 誰が逃げるか!」
「ユーノ、なのはの怪我は任せた! さあ久しぶりの空だぞスツーカ!!」
「Yes, sir.」

一言残し、ルーデルは赤い衣服を纏った少女を追って飛び出す。
しかし、一瞬だけ彼女が視線を寄越し、好戦的ではない穏やかな笑みを浮かべたのをなのはは見逃さなかった。

「ルーデル……ちゃん?」
「ごめんなのは、遅くなっちゃった」
「ユーノくん!?」

呆然としていたなのはをはっとさせたのは、かつてジュエルシード事件で友となったユーノ・スクライアだった。
なのはの治療を行いながら、ことのあらましをユーノは説明する。

「ルーデルの裁判が終わって、なのはに連絡しようと思ったんだけど繋がらなくて、調べたら謎の結界が海鳴に張られてたってわかったんだ。そしたらルーデルが『なのはになにかあったら一大事だ! 解析している暇はないぞさあ出撃だ!』って騒いでね、とりあえず僕らだけ送ってもらったんだ。まあ今回はルーデルのおかげで助かったみたいだけど」
「そっか……ふふっ」
「なのは?」

突然笑い出した彼女に、ユーノは首をかしげる。そんな彼にごめんと謝ってから、なのはは内心を吐露する。

「なんかね、ルーデルちゃんらしいなって思ったの。それに、ちょっとだけ嬉しいなって」
「確かに、ルーデルだったら『敵に違いない出撃だ!』しか言わなそうだしね」
「うんうん。でも、わたしのこと気にかけてくれたんだなって思うと、やっぱり嬉しいよ」

ユーノは笑顔だけを浮かべ、なのはの治療に専念する。
心地よい治療魔法のぬくもりを感じながら、なのははルーデルとの出会いを思い出す。彼女と出会ったのは春だった。今は12月で、夏も秋も通り過ぎて冬になってしまっている。ビデオメールのやり取りをしていたとはいえ、正直なところ不安で一杯だった。
だけれど、ルーデルはいつもどおりで、心配していた自分がバカらしくなってしまった。
彼女は、相変わらず凛とした瞳を持った空の似合う女の子だった。
ビデオメールで、ルーデルの精神が実は違う世界からの来訪者であることを明かされた時は驚いた。ルーデル自身は未来に来たと思っていたらしいが、この世界の地球には「ハンス・ウルリッヒ・ルーデル」と言う軍人がいた記録がなかったので、よく似た平行世界から精神だけやってきたのだろう、とリンディ達が判断したらしい。
はっきり言ってなのはには難しいことだったが、彼女が最後に言ってくれた一言だけはよくわかるし、今思い出しても笑ってしまう。

『だが、そんなことはどうでもよろしい。今の私に必要なことはプレシア・テスタロッサの娘でルーデル・テスタロッサということだけだ』

本当になんでもないことのように言ってのけた彼女は、いつものように笑顔で、ユーノと共にあっけにとられた後に大笑いしたものだ。
だからなのはも平行世界がどうたらこうたらというちんぷんかんぷんな部分は、彼女を見習って「どうでもよろしい」ことにした。必要なのはたった一つだから。
――わたしとルーデルちゃんは友達だもん、ね。
そっとなのはは目を閉じる。体の傷はユーノにより徐々に癒えている。
――はやく、わたしも行かなきゃなぁ。
さっき助けてくれたルーデルのお手伝いをしたいとなのはは切に思うのだった。
なぜなら、二人は友達だから。






ユーノになのはを任せたルーデルは赤い少女た相対していた。
少女は意外に手ごわく、戦い慣れしているのか地力が高い。まあ、あのA-10性能(ルーデル主観)であるなのはを追い詰めていたことからもわかるのだが、こうして戦ってみると肌で感じる。

「だが、私とスツーカには敵わん!!」

赤い少女の飛ばしてきた鉄球をスツーカで打ち払いながら、自慢のスピードで一気に肉薄する。

「くっ……ちょこまかと!」
「機体の性能を最大に生かしただけだ!!」

赤い少女は射撃は間に合わないと判断したかハンマーを振りかぶり、ルーデルもサイス・フォームのスツーカを構える。

「つぶれろ!!」

ハンマーが空気を切って振るわれる。だが、それが敵を打ち据えることも、受け止められることもなかった。
ただ文字通り空気を切ったのだ。

「Sonic move.」
「なっ!?」

スツーカがコアを点滅させると同時に、ルーデルの姿が視界から消える。

「どこ行きやがった!?」

左右と背後を見回すがルーデルの姿はない。
もしこの時ルーデルを知る人物が少女の味方であればこう叫んだであろう。

「上だ!!」
「っ!?」

だが、声はルーデルのもので、咄嗟に空を見上げた少女にはもう彼女の急降下砲撃を避ける暇はなかった。
少女の青い瞳に、月を背に笑うルーデルの笑顔が写りこむ。

「ははははは! 言葉をそのまま返そう『つぶれろ』とね!」

だが、事態は中々上手くいかないものだった。

「させん!!」
「むっ!?」
「ておあああああああ!!」

ほとんど少女の至近距離で撃ったルーデルの砲撃。チャージ時間がないため威力は全力に遠く及ばないとは言え、体のスペックが高いルーデルである、並の魔導師であればノックアウトだし、相当の魔導師でも喰らえば無事ではすまない。
だが、砲撃の直前で少女とルーデルの間に割り込んだ筋骨隆々の男は、白い三角形の防御魔法で急降下砲撃を防ぎきったのだ。

「ざ、ザフィーラ!?」
「危なかったなヴィータ」
「ああ、あいつなんかやべぇぞ」
「わかっている、抜き打ちで俺の障壁をここまで削れたのだからな」
「まじかよ……」
「だが、我らは負けるわけにはいかん」
「だな」

一度後方へ下がったルーデルに対して油断なく構えるザフィーラは背後のヴィータと言葉を交わす。
一方で、ルーデルはアルフと合流していた。

「大丈夫かいルーデル!?」
「ああ、私は攻撃を受けていないからなにも問題はない。それと、だ。あっちの大男、なかなかやるな」
「確かにねぇ、ルーデルの一撃を防ぐなんて驚きだよ」
「ふっ、二回もやらせるつもりは私にはない……そこの男!」

次は決めると決意を固めて、ルーデルはザフィーラへ声をかける。

「なかなかやるようだが、その耳と尻尾はどうかと思うぞ?」
「それは余計なお世話だ。俺は人間ではなく守護獣だ」
「守護獣? ……なあアルフ、守護獣は使い魔なのか?」
「あー、うん。そんな感じじゃないのかい?」
「そうか……なら、あいつはアルフに任せるが、いいか?」
「もちろん! 任せてよ!」

どんと胸を叩いてみせるアルフに満足そうに頷き、ルーデルは再び空を翔ける。

「さあ! まだまだこれからだぞ!」
「へっ! あたしに勝てるってのかよ?」
「悪いけど、あんたにゃさっさと退場してもらうよ!」
「舐めるな!」

ザフィーラとヴィータが二手に別れ、それぞれが一対一の様相をみせた。ちょうどその時だった。
ヴィータを追っていたルーデルは首の後ろに微弱な電気が流れるような感覚を覚える。考えることもなく軍人の勘に従い、スツーカを防御するように前方上方へ向ける。

「紫電……一閃!!」
「っ!」

隼のように鋭く降りてきたのは長身の女性であった。
だがルーデルにはそのようなことに頓着している暇などなく、驚きだけが心を占めていた。
確かに敵の意表を突いたいい奇襲だし、急降下からの攻撃だという点は評価してやってもいいのだが、ルーデルは反応できていた。スツーカで女性の剣を受け止めたはずだったのだ。
それが、炎を纏ったその剣はスツーカの柄の部分を真っ二つにし、そのままルーデルを吹き飛ばした。
――なん、だとっ!?
制御が利かない体はビルに突っ込む。

「ううむ……」

久々に喰らった中々の一撃に唸るが、彼女の内心は穏やかでない。
――まさか、この私が急降下でやられるなど……屈辱だ!

「ルーデル大丈夫!?」
「ユーノか……なのははどうした?」
「取りあえず、あらかた終わったから今はフィールド型の治療魔法の中で大人しくしてもらってる」

彼女が飛ばされたのを見ていたのだろう、大慌てでユーノが飛んできた。

「そうか。私は大丈夫だ。スツーカも……よし、コアは無事だな」
「Recovery.」

スツーカは左右の手に別れてしまっていたが、幸いやられたのが柄の部分であり、魔力を流し込むことで再生させる。

「ユーノ……取りあえず結界をどうにかするのを任せる」
「ええっ!? でも、それだとルーデルが二人相手になるんじゃ……」
「ふっ、なに。先ほどは遅れをとったが、そう簡単にさっきと今とで変わられてたまるか!」

獰猛な笑みを浮かべ、女性とヴィータがいる方向をヴィータは睨みつける。

「私のスツーカはまだ空の戦いに敗れてはいない! さあいくぞスツーカ、この半年の成果を見せてやろうではないか!」
「Yes, sir.」

軽く腰を落とすと、そのまま弾丸のようにビルの外へとルーデルは飛び出した。
半年の間、ルーデルは無為に時間を過ごしたわけではない。鍛錬も怠らず、自分なりになのはに負けた原因を考えていたのだ。彼女が出した結論というのは、とても簡単ではあるが気づきにくいものであった。
つまり、魔法での空中戦は飛行機での空中戦とは似ているがやはり違うということだ。
もちろん、スツーカ乗りとして鍛えられた彼女の勘や技術、経験はバカにはならない。しかし、それは魔法ではない。
ルーデルはもう一度自身の体のスペックを見直した。
長所として上がるのは、魔力・速度・遠近対応可能な魔法の才。短所としてはとても心もとない防御力に、遠近共に超一流(遠距離のなのはなど)には劣るというところである。
急降下爆撃機であるスツーカとは運用が異なるのは明らかであるのだが、ルーデルは強く意識することはなく、その現実と彼女の思考の差異が、なのはとの戦いでの敗北を生んだのだ。
だから、ルーデルはこの半年、徹底的に魔法戦闘に自身を最適化することに費やした。長年の間に定着してしまった思考や体の動きを矯正するのは並大抵のことではなされず、半年やそこらで完了したなどと言う気も彼女にはない。だが、半年前とは全く違うと胸を張って言えるのは確かである。
伊達に「もう君と模擬戦はしたくない!」と叫ぶクロノをアルフと一緒に訓練室へ運ぶ日々を過ごしていたわけではない。

「やはり、無事だったか」

ビルから飛び出してきたルーデルに対して女性が零した。

「あいにく私は31回撃墜されても生き延びるような人間なのでね」

ちなみに、高射砲に落とされたのが30回で、なのはに落とされたのが1回である。

「先ほども、完全に決めたと思ったところにデバイスが割り込んできて思ったが、見かけによらず相当の手練のようだな」
「おいシグナム……」

なに敵と喋ってるんだと口を挟もうとしたヴィータを、シグナムは左手で制する。

「敬意を表して、お前の名とデバイスの名を聞こう」
「ルーデル……ルーデル・テスタロッサと、スツーカだ」
「Nice to meet you.」

不敵な笑いを浮かべながらスツーカを構えるルーデルに、シグナムも鷹のような鋭い眼光はそのままに薄く笑みを浮かべた。

「我が名はシグナム、そしてこれが愛剣のレヴァンティンだ」
「レヴァンティン……大層な名前だ」

沈黙が流れ、ルーデルとシグナムの視線がぶつかり合う。
先に動いたのは、息をついたシグナムであった。

「強者との出会いはとても心踊るが、残念ながら私たちには時間がない。レヴァンティン、カートリッジを」
「Nachladen.(装填)」

レヴァンティンの柄の上の辺りが煙を吐き出したりと動きをみせた。しかし、ルーデルは別の部分に対して眉をひそめる。
――いまのは間違いなくドイツ語……なるほど、どうやら次元世界はフリードリヒ大王の時代のように同じゲルマン民族でも国が分かれているようだな。
一方のシグナムはルーデルを真っ直ぐに見据える。

「二対一となることを、許せとは言わん。ただ、受け入れろ」
「なあに、戦争でそんなのは日常茶飯事だ。それに私の経験で言えば、敵が二倍ならまだ優しいものだ」
「ふっ……お前はおもしろいな」

一瞬瞼を閉じた後に開かれたシグナムの目の色は変わっていた。

「レヴァンティン!」
「Explosion.」

再び炎を纏ったレヴァンティンと共にシグナムが突っ込んでくる。
さすがに再びスツーカを一刀両断されるのは嫌なので、ルーデルは飛んで避ける。

「あたしもいるんだ忘れんな!!」
「むっ!」

だが、避けられることも織り込み済みだったのか、ルーデルの先にはヴィータが待っていた。

「面倒な!」
「うっせぇてめーが言うな! いくぞグラーフアイゼン!」
「Jawohl.」

ヴィータのデバイス、グラーフアイゼンをスツーカで受けるが、ルーデルはそのまま吹き飛ばされるようにして距離を取る。

「やってくれるな!」
「Photon lancer.」

だが、シグナムは追って来る。フォトンランサーを顔面めがけて発射するが、レヴァンティンに弾かれる。
ベルカの騎士二人と戦車撃墜王の舞踏は続く。






連携して獲物を追うシグナムとヴィータだったが、速さに自信のあるシグナムをも凌ぐ圧倒的速度と絶妙な射撃魔法の使い方でことごとく避けられてしまう。しかし、隙を見て反撃するルーデルも決定打は繰り出せない。
膠着状態が続いていた。
それでも、傍目に見て危うく見えるのはルーデルだった。

「ルーデルちゃん……」

ユーノの張った防御と治療を共に行うフィールドの中で、なのははぎゅっと手を握りながら呟いた。
自分があんなにあっさりやられてしまったあのヴィータというらしき赤い少女を圧倒しただけではなく、シグナムという女性と二人を相手にできてしまっているルーデルは凄いと思う。だけど、それだからこそ、今の自分の無力さが余計に悔しい。

『ユーノ! 結界の破壊はまだかい!』
『やってるんだけど……これ相当意地悪い構成で、一人だと解除まで凄い時間が取られる』
『よし、なら私が守護獣も相手するからアルフはユーノに協力を――』
『いくらなんでも君でも無茶だ!』
『バカなこと言うんじゃないよルーデル!』
『いや、最悪でも片足もげるくらいで済むと思うが……』
『『もっとダメ!』』

念話で厳しい会話が交わされている。
どうやらルーデルも相当苦しいらしくいつも以上に話の内容がぶっとんでいる(なのは視点)。
――わたし、は……
どうにか皆を助けなきゃと願うなのはの願いが聞き届けられたのか、それまで沈黙を保っていた彼女のデバイスがボロボロになりながら小さく語りかけてきた。

「Shooting Mode, acceleration.」

フレームが軋む音をたてながら、レイジングハートは砲撃体勢にその身を変え、桃色の羽のようなものも展開する。

「レイジング……ハート?」
「Master, let's shoot it, Starlight Breaker. (マスター。撃ってください、スターライトブレイカーを)」
「そ、そんなダメだよ! レイジングハートが壊れちゃう!!」

顔を青くしてなのはは首を振る。確かに、レイジングハートならこの結界を破壊することが出来るだろう。だが、今のままでそれをやれば、負荷でレイジングハートがどうなるかわかったものではない。
それをわからない彼女ではないだろうに、レイジングハートは毅然と、なのはに言い聞かせるように言い放つ。

「I can be shot. (撃てます)」
「で、でも……」
「I believe master. So please trust me, my master. (私はあなたを信じています。ですから、私を信じてくださいマスター)」

なぜだか、今までずっと手にもっていたのにぐっとレイジングハートが重くなったような気がして、なのはは力を入れなおし、そして構えた。

「うん……わかったよ。わたし、レイジングハートを信じる。だから、一緒に撃とう。みんなを助けよう」
「All right.」

なのはの足元に魔法陣が広がり、レイジングハートの先端に魔力が集まり出す。

「Count nine, eight, seven, sixe, five, four……」

徐々に大きさを増す魔力球と反比例してレイジングハートのカウントは減っていく。
だが、軋み続ける彼女の体にはスターライトブレイカーの負担は大きすぎる。

「Three, three……three……」
「レイジングハートっ?」

カウント減少が止まり、レイジングハートの音声もノイズが走った。
なのはは慌てて声をかけたが、レイジングハートはすました声で、答えるのだった。

「No problem. Count three, two, one……」

着々と時は進む。

「なんだかわかんねぇけどやらせるか!」
「やらせないよ!」
「くっ、邪魔を!」
「残念だが、私を無視して先に進めるとは思わないことだ!」

シグナムとヴィータはなのはの収束させた膨大な魔力に気づいているが、先回りしたユーノと後から追いついたルーデルが邪魔をさせない。

「おのれしつこい!」
「そりゃあたしは世界で一番の魔導師ルーデル・テスタロッサの使い魔だからね!」

ザフィーラの方はアルフが立ちはだかる。
相談もせずに始めたというのに、みんながなのはを援護するように動いてくれていた。
――みんな、ありがとう。
心の中だけで感謝を零す。言葉で言うのは、全部終わってからにしようと、そう思いながら。
なのに、胸のうちのその決意を知っていたのかのように、カウントの完了と同時に襲撃者は現れた。

「Count zero.」
「え……あ?」

体の奥底を貫かれた感覚と同時に、全身の魔力の流れが異常をきたす。
見下ろした先、胸のところからおそらく女性であろう手が生えており、小さな輝くなにかを握っていた。
なのはは直感的にそれがリンカーコアだと理解した。
――た、耐えなきゃ!!
術式の制御が揺らぎ、せっかく収束した魔力が霧散しかけるのを、どうにか耐える。
どうにか両足を踏ん張り、ふらつく体を支える。
――まだ、私はなにもしていない!!
震える左手を無理矢理動かしてレイジングハートを掲げる。

「スターライト……ブレイカー!!」

桃色の砲撃が天を割った。






なんとも奇妙な気分である。ドア一枚隔てた向こうからは、驚きとざわめきが聞こえ、ついため息をついた。
確かにルーデルは二回目の人生ではある。
――だがもう一度幼年学校……ではなく小学校だったか? それをやり直しというのもな……
先日ビデオメール越しではない出会いをしたアリサとすずかは、9歳とは思えない大人びた少女たちであったが、他の生徒全員がそうとは限らない。
が、ルーデルが同じクラスだと聞いたなのはがあまりにも喜んでいたため、リンディに断ることができなくなっていた。

「テスタロッサさん、どうぞ」
「はい」

それに、バリアジャケットの時は戦闘に集中しているので気にならなかったが、こうして「いかにも女の子」な服を着ているというのも慣れない。特にスカートなどは、なんだかんだで普段着もリンディやエイミィの推薦を交わしてズボンにしていたからしっくりこない。まだ、ロングスカートなだけましなのかもしれないが。
とりあえず半分は自業自得であるし、ここは肉体年齢に合わせて我慢するしかないかとルーデルは腹をくくり、教室の中へと入った。
まあ、相談なく決めてくれたリンディには受けてやってもいいかと思っていた養子縁組の話を報復として蹴ってやろうと心に決めたが。
教室に入った彼女を見詰める視線は、なのは、アリサ、すずかを除けば珍しい外人の転校生を興味深そうに見つめている。
――総統閣下に勲章を下賜して頂いた時のことを思い出すな。
懐かしい思いをかみ締めながら、教卓の中央まで到着すると、華麗にターンをして席につくこれからの級友たちを見回すように体の向きを変える。

「ルーデル・テスタロッサだ。これからよろしく頼む」

気負うことなく堂々と言い放ち、満面の笑顔を見せた。
――うむ、危うく敬礼をしそうになったがどうにか耐えたぞ!
内心でルーデルは自画自賛するが、どうにも反応が鈍い。

「…………」

なぜかみんな驚いたようにルーデルを見詰めるだけで、その視線を一身に受ける彼女もなんとなく動くのがはばかられてしまい、時がとまったようになる。
日本人にはない金髪が原因かと思ったけれど、視界に入ったアリサも金髪だし外人である。
内心でわからない疑問を抱えていると、そのアリサが苦笑を浮かべながら拍手をし始めた。すると、それがきっかけにあったかのようにクラス中に拍手が広がり、温かい歓迎の気持ちがルーデルに伝わってきた。

「……」

目の合ったアリサは得意そうにウインクをしてきて、ルーデルはそれに肩をすくめて返事をした。






ルーデルが私立聖祥大付属小学校にやってきて最初の休み時間。当然のことながら、珍しい外国からの転校生にこの年頃の子ども達が興味を抱かないわけがなく、彼女の周囲は人ごみができ、質問が飛び交っていた。

「どこから来たの?」
「ドイツだ」
「生まれたのは?」
「ニーダーシュレジエンという町だな」
「でも、あんまりドイツって感じの名前じゃないよね?」
「ああ、生まれはドイツだが私の親はイタリア系でね」

ドイツ出身というあたりは決して譲れなかったルーデルだった。

「好きな飲み物は?」
「うーん……牛乳かな」
「あっちの学校はどんな感じだったの?」
「それはだな――」

矢継ぎ早に繰り出される質問に対してもルーデルは如才なく答えていく。

「なんというか、思ったより心配いらなかったわね」

その人ごみを離れて見守るのはなのは、アリサ、すずかの三人で、アリサは頬杖をつきながらぽろりと零した。
背筋をぴんと伸ばしてどんと構えたその姿は、見た目の可憐さにはちょっと似合わずちょっと背伸びしているように見えなくもないが、彼女の口調が合わさるとかっこいいという形容詞がぴったりに思える。

「本当に堂々としてるね」
「まあ、ルーデルちゃんだからね」

感心したように言うすずかに、ルーデルが褒められて嬉しいらしいなのはが胸を張って答える。

「それにしても……男前よね」
「確かに、男前だね」
「それは否定できないの……」

頷きを交わす三人娘であった。






ルーデルが小学校に通い始めてから暫くたった夜。
なのはの魔力も完全に回復、リンカーコアも復調というその日、闇の書の守護騎士たちが発見された。修復と改良を行ったがまだ試運転もされていないそれぞれのデバイスを手に、ぶっつけ本番に及ぶ。
カートリッジシステムを搭載したスツーカとレイジングハートを掲げ、名前を呼んだ。

「スツーカJu87!」
「レイジングハート・サンダーボルト!」

彼女らは装いを変えると、それぞれのデバイスを構える。

「今度は、お話聞かせてもらうよ!」
「私の撃破スコアの一つに加えてあげよう! まあ、戦車でないのが残念だがな」

対するのは、相手の結界の内側とはいえこのままでは危険と判断して突入したシグナムに、発見されたザフィーラとヴィータ。

「気をつけろ、見たところ奴らのデバイスにもカートリッジシステムが搭載されている」
「そうだなザフィーラ。確かにデバイスの力の差はもはやないだろう」
「だけどよ……結局あの金黒女のが面倒なのは変わらないわけだろ?」
「ああ……あっちは私とザフィーラがやる。白い魔導師はヴィータ、おまえがどうにかしろ」
「心得た」
「へっ! 誰に言ってんだよ、一対一ならベルカの騎士に負けはねえんだ! お前らこそ足引っ張るんじゃねえぞ!!」

五人が衝突した。






相変わらずの闇の中に舩坂はいた。

「ふむ……」

もう女性の体にもこの空間にも慣れたもので、見えないソファの上で横になっているかのように浮かび足を組みながら、分厚い本を読んでいる。
本の名前は『夜天の書の取扱説明書』で、女性になって暫くに現状をどうにか教えて欲しいと思ったら手元に現れていた。とりあえずと試しに開くと前書きで、

『ページがある程度たまらないと出れないうえに、無限転生機能のせいで無駄に暇が多いし、もしかしたらなにか忘れてしまうかもしれないから、暇つぶしを兼ねてこんな本を作って置こうと思う』

などと書かれていた。はずれかとも思ったのだが、他にはなにもないのでとりあえず読み進めていたのだった。その結果わかったことは、読んでみてよかったということと、現状はそうとうやばいということだ。
この本の作者は舩坂の体の持ち主だったらしいのだが、それは夜天の書(現在は闇の書と呼ばれている)の管制人格というものらしく、しかも夜天の書は魔法の本なのだという。
最初はまさかと思った舩坂だが『私が元から使える魔法一覧』とやらにあった魔法をやってみたら実際に使えたので信じざるをえなくなっていた。
この夜天の書は色々な人のリンカーコア(魔法の源だという)を回収してページを埋めるととてつもない力を誇るらしいのだが、歴代の主がめちゃくちゃな改変を重ねてくれたおかげで、主に負荷をかけるだけにとどまらず、ページが埋まると暴走して次元世界を崩壊させる最悪な本となっているのだという。しかも夜天の書自身は無限転生機能とかいうもののせいでまた違う主のもとへ転移するという最悪な仕様らしい。

『管制人格などもはや名ばかりで、私はただ殺戮の力を振るうだけだ。なにもできることなどない』

だからか、悲しそうにこう記されていた。文字がそれまでと違いわずかに震えて見える。
何度読み返してみても、困難の二文字しか舩坂の脳裏には浮かばない。

「ううむ……」

本をぱたんと閉じると、舩坂は顎に手をあてて考え込む。
第三者の視点から見ても、はっきり言って現在の状況はほとんど詰みだ。お手上げといっていい。さっさと管理局とやらに見つかって吹き飛ばされたほうがいいとも言える。
だが、舩坂はそうは思わない。
彼もかつては殺戮の力で恐れられたが、戦後は大盛堂書店を立ち上げたりと全く関係ないところで頑張れたのだ。

「『もうダメだ』ほど当てにならないものはないからな」

自身の戦場での経験は一言でそれに尽きる。
不可能だ、と思って思考停止した瞬間が本当の終了であり、あがけばなんとかなるものなのだ。
舩坂は無言で本に書かれていた魔法を使い、目の前にウィンドウを浮かび上がらせる。
そこには、記録の中にあった無感情な守護騎士はなく、車椅子に座った少女を中心に笑顔を浮かべる、幸せそうな家族だけがあった。

「それに、彼女がいたか」

腕を振ると、団欒シーンは消え、ある一人の少女が浮かんだ。
夜天の書がなぜ転生機能を用いない限り、同一人物の蒐集を行うことができないのかというと、リンカーコアは指紋と同じで、全く同じ人間が存在しないのだ。つまりリンカーコアはその人間を表すといっても過言ではない。取り込んだリンカーコアの人物が使う魔法だけではなく、簡単なデータも採取することができる。
舩坂はその中で金髪の少女の注目していた。
最初は、高い能力に目を奪われた。次に、なにやら感じ入るところがあって注視した。

「ルーデル……か」

その名前で思い出すのは第二次世界大戦におけるドイツの伝説的爆撃機乗り。普通であればただ思い出すだけで、名前以外に関係性を感じさせることはないだろう。だが、そう切って捨てられないものが彼女にはある。
守護騎士二人を纏めて相手にできる実力や、デバイスをスツーカと呼んだりするのもそうだが、それ以上にリンカーコアが普通ではない。せいぜいが10歳であろうはずの外見にも関わらず、そのリンカーコアの年季は70年近くに達している。
さらに、彼女の瞳を正面から見たとき、舩坂の勘は是と結論を出したのだ。あの瞳の灯火は凡百のものではなく、英雄のそれである、と。
なら、自分と同じようにルーデルもこちらの世界に来ているのかもしれないと思ったのだ。
――そういえば、シグナムとザフィーラ、そして謎の仮面の男の奇襲でようやくルーデルのリンカーコアを蒐集できたのだったな。
聞き及んだ通りのはちゃめちゃ具合に小さく笑みを零すと、また腕を振って画面を変える。
今度並んだのは高町なのはの姿。
こちらには実はシモ・ヘイヘが……などということはなかったが、それでもルーデルが友と呼ぶ彼女のスペックは凄まじいものがあった。
ルーデルが第二次世界大戦というあの時代のために生まれた英雄とすれば、なのはは今の時代のために生まれた英雄であるとも言える。

「不可能を可能に変えるのに十分と言えば、十分か……」

守護騎士たちも強き思いを胸に秘めている。仮面の男の動きがわからないのは不安だが、舞台は整っているとも言える。
――なにより、この元の女性のためにも……か。
元の管制人格が書いた本の最後の一行をそっと思い出す。

『誰でもいい、惨劇の連鎖から私たちを救ってくれ』

夜天の書の完成は近づいていた。






代わり映えのありようもない真っ暗な世界の中だったが、いつもと一つだけ違うことがあった。

「ここ……どこや?」

舩坂一人しかいなかった世界に、茶色の髪を肩ほどで切りそろえた少女がいた。
その少女、八神はやては現状がわからないのか首をかしげている。

「真っ暗やし……なんや気味悪いわ」
「ここはそうだな、夢の中だ」

後ろからの声にはっとはやてが振り向いた先には、銀色の髪と真っ赤な両目を持つ女性。

「夢、なん?」
「ああ、夢だ」
「そっか、夢なんか」

小さく微笑むと、舩坂はかがんではやてに視線の高さを合わせ、声音に気をつけながら質問を投げかける。

「君は……なにを望む?」
「……へ?」

あまりに突然の質問に、はやては目を丸くする。
舩坂はそんな幼い主の姿に微笑ましいものを感じながら、同じ質問を繰り返す。

「君はなにを望む?」
「わたし、は……」

面を食らいはしたがこれは夢なのだと思い直したはやては、なぜ聞かれたか、は無視して質問の答えを考え込んだ。
しばらく腕を組んで黙り込んでいたが、一つ頷くと舩坂の目をしっかりと見据えて返事を返す。

「わたしは、今のままでええなぁ」
「今のままで、よいと? もう少々欲張っても構わないが?」
「うん、そうや。わたしは今のままで十分や」

にっこりと本当に幸せそうな笑顔で、はやては首をしっかりと縦に振る。

「体は相変わらず悪いし歩けないけど、もう一人ぼっちやない。優しい家族が出来たんや、これ以上なにもいらんよ。ただ……」

ちょっと表情を曇らせるはやて。舩坂は無言で彼女の言葉を待った。

「代わりって言ったらあれなんやけど、わたしからみんなを取り上げたりしないで欲しいなぁ、って」

物心つくかつかないかの時分に両親を失った少女の正直な思いだった。
願うのは唯一つ、今ある幸せをそのままにして欲しいということだけ。
――このような齢でこれほど達観した願いとは、美しくも悲しきことだな。
ずっと舩坂は魔法で覗き見ていたため多少は彼女のことを理解していたつもりだったが、こうして相対してみると、その悲惨な境遇にめげない強き芯が感じ取れた。
だが一方で、これほどに優しい少女がこれから否応なく戦いに巻き込まれなくてはならないのかと思うと胸が小さく痛んだ。
――大人のしでかしたツケは必ず子の代に降りかかる、ということか。

「なるほど。君の願いはわかった」
「あはは、なんやお姉さん天使なん? 神様に伝えでもしてくれるんか?」

それやったら嬉しいなあと零すはやての頭をそっと撫でながら、舩坂は笑顔を浮かべた。

「残念ながら私は天使ではない。だが、私は君に全力で協力することを誓おう」
「ほえ?」

なんでわたしなんかに? と質問をする前に、はやての視界は滲んでいく。






「Guten morgen, Meister. (おはようございます、ご主人様)」

守護騎士達のリンカーコアを吸収することで666ページの蒐集を終えた夜天の書が、家族を失ったはやての絶望に呼応してその力を解き放つ。

「Freilassung. (解放)」

はやての姿が変わっていく。体は一気に成人女性のそれへと成長し、髪は伸びながら銀色へと変わる。
背からは黒い羽が生え、黒き衣服に身を纏う。

「そうか……」

声も、全く違った。
離れたところでそれを見たルーデルとなのははあっけにとられていた。

「もう少し穏便に行くかと思われたが、やはりそう簡単にいかせてはもらえぬか」

夜天の書……いや闇の書の管制人格と主を強制的にユニゾンさせる効果によって半ば想定どおりに融合事故が起き、舩坂はその姿を現世に現していた。
取扱説明書に書かれていた通り、確かに身の内側から恐ろしいまでの破壊衝動が湧き上がり、世界を壊せと舩坂に命じてくる。だが、彼は尋常ではない精神力でそれを押さえ込むと、怒りを別の方向へ向ける。

「だが……私はお前たちの思い通りに動きはせん」

舩坂が真横に伸ばした手の平を下に向けると、血のようなどす黒い色をしたものがどろりと現れる。それは、徐々に日本刀の形を取り、完成するなり舩坂はその感覚を味わうようにしっかりと握りこむと振るう。
風が切られた鋭い音が響き、刀にうちつけられたコンクリートは鋭利に切り裂かれた。ブラッディダガーを舩坂なりに改良したものだが、思いのほか上手くいっていた。

「隠れているつもりかもしれんが、無駄だ」

転移魔法を展開し、飛ぶ。
切り替わった光景の目の前には仮面の男が、ルーデルとなのはに変身し卑怯な手を用いた二人がいた。

「っ!」
「遅い!!」

彼らはよく反応した。だが、舩坂にしてみればそんなものなど関係ない。抵抗を許さずに刀で切り伏せる。

「お前達ははやての純粋な願いを踏みにじった。これはその報いだ……どうせこの先失敗したら皆死ぬ。今は峰打ちで勘弁してやろう」

気絶した仮面の男達は変身魔法によるものだったらしく、猫の耳の生えた女性二人に戻ったが、気にすることもなくまた転移魔法を用い、辺り一帯で最も高いビルの屋上へと転移する。
そろそろ、暴れようとする体を押さえるのが難しくなるのを感じながら、舩坂は念話を飛ばす。

『管理局諸君に告ぐ。私が夜天の……いや諸君にとっての闇の書の管制人格だ。僭越ながら話がある』

すぐには返事が返ってこないが、とりあえず今は戦闘の意志なしと見せるために魔力で生んだ刀を消滅させ、舩坂はそれを静かに待つ。
管理局は管理局側で予想外の事態の連続に大慌てであった。
想定にない闇の書の暴走。
仮面の男がリーゼロッテとリーゼアリアだったこと。
暴走したというのにただ暴走しただけの今までとは全く違い理性的な管制人格。
地に足がついていない雰囲気を落ち着けるためにも、現場の責任者としてリンディは努めて冷静に対応をする。もし暴れ出すならそれは予想の範囲内、対話ができるなら儲けもの、最低でも時間稼ぎをといった感じではあったが。

『いいでしょう。お聞きします』
『感謝する。とりあえず、闇の書の永遠の輪廻を断ち切るために協力を願いたい』
『え……?』

さらに重なる予想外の言葉に、海千山千のリンディとは言え呆けた声を出してしまった。そしてそこに割って入ったのはクロノだ。

『そんなことできるものか!』
『可能だ。だが、諸君の協力が必要だ』
『その方法……教えていただけるのかしら?』

毅然とした態度を崩さない舩坂にリンディは警戒しながらも話を聞く。

『一重に闇の書の暴走の原因は防衛機能の過剰反応だ。こいつを切り離し次元の狭間へ消し去れば全ては止まる。あいにくと主以外が接続はできないから、どうにかはやてに命令をしてもらう他はないのだがな』
『確かに、アルカンシェルを使えばできないということはないでしょうね。ただ、はやてさんはあなたが取り込んでいるみたいなのだけれど?』
『いかにもそうだ。だが、それは私は責任を持って呼び覚まさせてみせる』
『あらあら、それはちょっと無責任すぎないかしら?』
『ああ、だからもう一つ頼みたいことがある』

舩坂の瞳は怪しい色を帯びている。

『ここまでは抑えてきたが、私はもうすぐ暴走する。だから、なるべく被害が及ばぬように私を止めていて欲しい』
『なるほど……ねえ』

リンディは考え込む。管制人格の言葉は、ユーノの掘り出した資料を比較してみても一応の筋は通っている。もちろん全面的な信頼はできないし、はやての呼び覚ましに失敗した時のリスクもある。
一方、管制人格の言葉が本当であった時のリターンは大きいし、持ちかけられた役割も、よくよく考えるとやることに変化はないのだった。
全力で、闇の書を止めるというその一点は。
なら、協力をするのもやぶさかではない。

『わかりました。とりあえずあなたのことを信用しましょう』
『感謝する』

小さく舩坂はお辞儀をし、そして次の瞬間には苦しそうに顔を顰めた。

『どうやらそろそろ限界のようだ……』

舩坂の右手が高く掲げられ、その手のひらに黒く魔力の渦が巻かれる。

『おそらく全力で反抗することになるだろう。どうか、止めていただきたい』

この一言を最後に、舩坂からの念話は途絶える。次に届いた言葉はその口からだった。

「闇に沈め……デアボリック・エミッション」






「なんという強さだ……」

肩で息をしながらルーデルは独語した。
魔力もこちらより高いし蒐集で得た圧倒的な魔法のレパートリーも、身体的なリードも相手にある。だが、それを差し引いても強いのだ。
遠距離では的確すぎる射撃で攻撃は相殺され、近づけば魔力で作った刀が襲い掛かる。その動きは洗練されており、なのはとルーデルの二人でも攻めあぐねている。
――しかし、なぜサムライであるなのはの父や兄と同等かそれ以上に華麗に刀を扱えるのだ?
彼女が疑問を感じている間に、なのはが管制人格と相対していた。

「一つ覚えの砲撃、通ると思ってか」
「通す!! レイジングハートがちからをくれてる! 命と心を賭けて、答えてくれてる! 泣いてる子を救ってあげてって! ACSドライブ!」

フルドライブ状態で槍のような形になったレイジングハートを抱え、一直線に管制人格に突進する。

「その心意気は素晴らしいが……」

管制人格は冷静に左手で展開したシールドで受け止め、そのまま右手の刀を構える。

「今っ!」
「Excelion.」
「バスター!!」

だが、止められるのもなのはの予想の範囲内であり、真の狙いは至近距離での砲撃。さすがの管制人格の堅牢なシールドもこれには耐えられない。
なのはも砲撃の余波を受け、飛ばされる。
――これなら、届い……た?
かなり高度を下げたどうにか体勢を立て直し、なのはは上空を仰ぐ。

「悪くはない……だがまだまだだ」
「え……?」

しかし、声が聞こえたのはなのはのすぐ後ろ。振り返るより先、管制人格の手がなのはの頭に置かれる。

「傷つけるのは心苦しい……夢の中で休め」
「Absorption. (吸収)」
「あ……」

闇の書が言葉を発すると同時に、なのはの全身が淡い光を発し、目を見開いたその姿のままで光の粒となり消えてしまう。

「なのは!? くっ、おのれ貴様年端もいかぬ少女になにをしおった!!」

あまりの事態にルーデルは怒りに目を燃やし、睨みつける。だが、管制人格は涼しい表情だ。

「彼女は死んではいない。ただ、眠っているだけだ」
「なら、さっさと返していただこうか」
「そうだな。やって見せろ、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル」
「っ! 貴様、なぜその名を!?」

スツーカを構え、攻撃に移ろうとしたルーデルだったが、教えていないはずの前世の名を呼ばれ、動揺が隠せない。

「なに、私自身も本来の管制人格ではない」
「なら、まさか……!」
「そうだ。私もお前と同じ世界の人間だったさ」

管制人格が薄く笑う。
そして、ルーデルの中でピースが嵌る。
事前のビリーフィングとは異なる管制人格の出方。さらには闇の書としてのスペックでは説明がつかない強さも、ルーデルと同じように世界を飛んだ人間が優秀であるからなのではないか、と。

「どうやら中々名のある軍人のようだが、名前はなんだ?」
「なに、しがない一軍曹でしかないよ」
「私は大佐だぞ? なら尋ねられた以上答えるのが筋だろう」
「ふ、それもそうか。私は舩坂……舩坂弘だ」
「ほぅ……」

ルーデルの瞳が細められる。
不謹慎とは思うが、強者と見えることへの喜びが全身を震わせる。

「ヒロシ・フナサカと言えば日本の伝説的兵士じゃないか。なるほど、強いわけだ」
「かのルーデルにそう言われるとは光栄だな」
「謙虚なのは結構だが……なのはは返してもらうぞ!」
「ああ、存分に来い!!」

ルーデルが自慢の速度で舩坂へと向かった。
怒りと、強者との出会いに震えるルーデルは自身の全力でもって敵の撃破にかかる。

「いくぞスツーカ。どうやらこいつは私の元の世界の住人らしい。なら、私が私であったことを示してやろうじゃないか!」
「Yes, sir. Please order.」
「全力を見せろ。フルドライブだ!」
「Full Drive……Form Kanonenvogel.」
「さあ、戦争といこうじゃないか!」
「舩坂弘、推して参る!」






――あれ?
暗い中で、なのはは意識が浮かび上がってくるのを感じた。
――えーっと、わたし闇の書の管制人格さんと戦ってて……
とここまで思考が及んだところで完全に意識が覚醒する。
――た、大変だよ! 早く起きてルーデルちゃんを助けなきゃ!!
ただでさえ相手はあんなに強かったというのに、なのはがいなくなったらさらに苦戦することは想像に難くない。
なので、なのはは目を開き、なぜか横になっていた体を起こす。

「あ、起きたぞ?」
「おーなのはちゃん大丈夫かい?」
「お邪魔してるよー」
「すまないねいきなりで」
「ちーす」

なのはがいたのは自分の部屋のベットであった。
さっきまで戦っていたというだからこれも意味不明な事態であるが、なのはにとってもっと理解不能なことが目の前にはある。

「だ、だ、だ、誰ですかー!!」

なぜかなのはの部屋に円の形で座り込んでいる、見たこともない五人の外人の男達。しかも彼女が目覚めるのを確認すると妙にフレンドリーに接してきた。

「始めまして俺はシャルノヴスキー」
「自分はヘンシェルです」
「僕はロートマン」
「私はガーデルマンと申します」
「オレはニールマンだよろしく!」

そそくさと立ち上がり寄ってきては、未だベットの上であるなのはを包囲するように集まり、次々に自己紹介。
ただでさえ混乱していたなのはに、ちょっぴり恐怖がスパイスが加えられ、

「うーん……」

気絶してしまった。
ばたり、と再びベットに体が崩れ落ちる。

「お、おいなのはちゃん倒れちゃったよ!?」
「え、衛生兵ー! というより、医者ー!」
「医者ならここにいるじゃないですか」
「いえ、診察しなくてもわかります。ショックによる気絶ですよ」
「誰だよ驚かせたのは……」

なのは復活にはもう少々時間がかかりそうである。






銀と金が煌く。

「はあっ!!」
「ふんっ!!」

それは空中で交錯する二人は、戦いの最中だというのに笑みを互いに浮かべていた。
ルーデルが戦車も一撃で吹き飛ばすくらい強力な魔力弾を連射する。
舩坂は身を捻りそれをかわしながら、避けられない分は刀で真っ二つに切り裂き、ルーデルへ肉薄する。
デバイス同士が火花を散らす。

「やるな!」
「そっちこそな!」

お互いにお互いを押して一度離れると、ソニックムーブを用いてルーデルは舩坂の上空を確保、得意の急降下を敢行する。

「これが私の私たる由縁だ!」

至近距離でルーデルの射撃が舩坂に入り、爆煙が広る。だが真っ白な視界の中、彼女は異変を感じ取っていた。
――スツーカが動かん!?
この技は急降下爆撃を参考にしたもので、奇襲的な接近から砲撃しその余波で離脱という手順を踏む。なのに、今回は離脱しようとしてもなにかに捕らえられたようにスツーカが動かない。そしてスツーカを手放すわけにもいかないルーデルも離脱できずにいる。

「捕らえ、た……」
「貴様!?」

爆煙が流れ見えたのは、スツーカの先端部分をがっちりと掴んで話さない舩坂の左手。舩坂はかなりダメージを代償に、速度に勝るルーデルを押さえ込むことに成功していた。
血が流れ出ている口角を吊り上げながら思い切り右の腕で刀を振り下ろす。

「がっ!」

ルーデルは左肩に思いっきり攻撃を食らい、スツーカもろとも錐もみ状態になって海面へ叩きつけられた。
どうにかまだ動かすことができるが、肩は熱を発し激痛を脳へと伝えてくる。
――足を持っていかれた時と違ってくっついているだけ幸運だな。
本物の刀ではなく魔法で形を真似たものであることがいい方向に働いた。
無事な右腕で前髪から滴る海水を拭い去ると、見下ろしてくる舩坂を睨む。

「さすがヤーパンのサムライだ。やるようだな……」
「そっちこそ、空の魔王と呼ばれるだけある……」

ルーデルの一撃を貰った舩坂もただでは済んでおらず、手の甲で溢れてきた口元の血を拭っていた。

「だが、まだ戦うのだろう!?」
「当然!!」






なのはの部屋(仮)は、一応の落ち着きを取り戻していた。
再び目を覚ましたなのはを驚かさないように、スツーカドクトルことガーデルマンがゆっくりと事情を説明。どうにか現状を飲み込む、というより諦めてありのまま受け入れたなのはは、五人の男達に加わり、六人で輪を組んで座っていた。

「えーと、つまり皆さんはルーデルちゃ……さんの後部機銃席? とかいうのに座ってた人たち、でいいんですよね?」
「その通り。言うなればルーデル歴代の相棒大集合ってところかな」

ヘンシェルが満足そうに頷くが、なのはの表情は晴れない。

「あの、それはいいんですけど、なんでわたしのとこに来たんでしょうか?」
「は?」

恐る恐る手をあげて質問したら、なぜか逆に不思議そうになのはは見返されてしまった。

「なんでって……なあ?」
「わからないのかい?」
「えと、はい……」

なぜだか自分が悪いように思えてしまったなのはは申し訳なさそうにこくんと頷く。

「ちょっとみなさんあんまり怖がらせないで下さいよ」

自室であるはずなのに恐縮してしまっているなのはを見かねてガーデルマンがフォローを入れ、他の四人を宥める。

「とりあえず、だね。なのはちゃん?」
「あ、はい」
「君を含めた私達六人には共通点があるんだよ」
「共通点、ですか?」
「ああ、そうだよ」

優しく語り掛けてくれているガーデルマンから始まり他の四人を順番に見ていくなのは。
全員なのはとは人種も国籍も違うし、一番年齢が近そうなシャルノヴスキーとさえ、かなりの年齢差がある。共通点らしい共通点が見出せない。

「えっと……?」
「わからないかな? ハンスだよ。いや、君にはルーデルと言ったほうがいいかな?」
「ああっ! ルーデルちゃんですか!」

ようやく合点がいったなのははぽんと手を叩く。
先ほど彼らはルーデルの後部機銃席にいた人たちだと説明を受けた。そしてなのははルーデルと友達。
世界の違いこそあれ、共通点と言って申し分ないわけだ。
――うんうん。確かに共通点だね!
疑問が解消して満足そうに笑みを浮かべるなのはだが、すぐに次の謎が鎌首をもたげてきた。

「ってあれ? でも結局なんでわたしのところに来たのかの答えにはなってないような……?」
「うん、そこが本題なんだ」

柔和な表情を途端に引き締まったものに変えたガーデルマンが肩に手を置いてきて、なのはの表情も自然と強張った。

「正直、末期の第三帝国でもまだ徴兵年齢に達しない年齢の君にこんなことを言うのはとても気がひける」
「……」
「だが、だがだ。君が選ばれし人間となってしまった以上そうも言ってられないんだ」
「選ばれし……人間?」
「ああ……」

零れ落ちたなのはの言葉にゆっくりと頷き、ガーデルマンは言い含めるように語る。

「ルーデルに……選ばれし人間さ」
「へ?」

目を点にして固まるなのは。
ただ彼女の気持ちが理解できるのか、男達は順番になのはの肩を叩いていく。

「それっていったい……?」
「つまりだね。君はルーデルに背中を預けることを認められた人間で、私たちの仲間ってことだよ」
「えーっと……」

なのはは曖昧な笑みを浮かべるだけだったが、ガーデルマンを気分を害することもなく、続けた。

「君も、色々とルーデルに振り回されて困ったことあるだろう?」
「そ、それは、まあ、はい」
「でも、嫌いじゃないよね」
「もちろんです!」

瞳の奥を覗き込むように聞いてくるガーデルマンの視線に気後れすることなく、これだけは胸を張って答えることができた。
それを見た男達は満足そうに頷く。

「私たちはね、そんな人間の集まりなんだよ」
「おめでとうなのはちゃん。君も今日から『ハンス・ウルリッヒ・ルーデル後援会』の一員だ!」

ガーデルマンに続いて笑顔で祝ってきたのはヘンシェルだ。

「はい、これ会員証ね」

横合いからロートマンがなにかを差し出す。
反射的に受け取ってからまじまじと見てみると、十字の先がやや広がっている白で縁取られた黒十字だ。

「これ? なんですか?」
「ああ、会員証代わりの鉄十字章だよ。うちの政府はとっくに潰れちゃってるから僕の自作だけど」

整備兵ということもあり、ロートマンは手先が器用だったので、中々上手く作っていた。

「いやしかしまさか閣下も戦場にまで幼い女の子を連れて行くとはなぁ」
「まあでも、彼女たぶんこの中で一番強いだろうし」

どこからか取り出したのかビールをお互いに注ぎあって、ニールマンとシャルノヴスキーは語らっていた。
なんとも和やかな空気が場を支配し始めていて、つい気を抜いてしまいそうになるのだがなのははぐっと堪えると、全員に聞こえるように大きく声を上げた。

「あのっ! 皆さんの気持ちは嬉しいんですけど、わたし、その……」

五人の男達は一切の動きを止めてなのはをじっと見詰める。身に突き刺さるような視線に耐えながら大きく深呼吸をして、ぐっと両手を握りこむ。

「わたし、戻ってみんなを助けなくちゃいけないんです!」

返事が返ってきたのは時間的にはすぐだったけれど、なのはにとっては長い沈黙で、唯一聞こえる時分の心臓の鼓動を百回は聞いた気がした。

「なあんだ、そんなこと?」
「それをわかってなかったら自分たちいないよ?」
「新入りを助けるのも先輩の務めだからね」
「忘れちゃだめだなぁ、オレらはあの空の魔王様の相棒だぜ?」

なんてこともなく言ってくる男達の言葉に理解が追いつかないまま、最後にガーデルマンが言う。

「大丈夫ですよ、私たちが君を元の世界に帰してあげますから」

一斉に男たちが浮かべた笑みは悪戯っぽく、どこかルーデルの不敵な笑みの欠片が感じられた。






凄惨な戦いは続いていた。
ルーデルの一撃が空を割れば、舩坂の一太刀が空気を切り裂く。
どちらもぼろぼろで、バリアジャケットのところどころが破け、血を流しながらも空を翔けぶつかり合う。

「はぁっ!」
「ふっ!」

常人ならば戦うこともできないだろう傷を負いながらも、戦いは収束に向かうどころか激しさを増す。
海鳴の海上を舞台とする戦いは、誰も手を出せない戦争だった。
お互いの得物が正面からぶつかり合い、鍔迫り合いの中至近距離で獰猛な笑みを交し合う。

「いい加減にタフだな!」
「アウンガルの時の方が酷い怪我だった。これくらい唾をつけておけば治る」
「まったくとんだ化け物がいたものだ」
「お前にだけは言われたくない言葉だ」

再び両者は距離を取る。
リーチと言う点では成人の体をしている舩坂がまだ少女の身であるルーデルに勝る。だが、舩坂はこの体での戦闘は初めてで、元の体との違いや魔法にはまだ慣れておらず、その点ではもう自身の体を知り尽くしており魔法との付き合いも長いルーデルに利があった。

「ほらこっちだ!」
「ちっ!」

死角から打ち込まれる一撃を身の捻りでどうにか避ける。
重い一撃を叩き込むという信念は変わることはないが、圧倒的な機動性とまだ小さく小回りの効く体を活かしてルーデルは舩坂を撹乱する。

「そこか!」
「むっ!」

だが、舩坂も押し込まれっぱなしということはない。
体は変われども勘が変化していないため、その鋭い斬撃はあわやというところで避けたルーデルのマントを切り捨てる。
どちらも気を抜けばそれで終わりだ。
肝を冷やすような展開が続くがその中で両者は笑みを絶やすことがない。

「なかなかやるな!」
「そっちこそな!」

もちろん、はやてが立ち直るまで舩坂を押しとどめることが目的の戦闘だということはわかってはいるが、掛け金は命といって過言ではない限界線上での戦いに、踊る心を抑えられないのも事実だった。

「まだ時間がかかるのか? このままでは私が勝ってしまうぞ?」
「なぁに、お前が倒れるまでにははやては帰ってくるさ」
「言ってくれる!」

もう何度目かの金色の砲撃が轟いた。






膝を抱え、自らの顔を押し付けたはやては小さくすすり泣いていた。

「なんで、なんでなん……」

周囲の空間はまるで彼女の心を投射したかのように真っ黒で、冷たく音もない。

「わたしはただ、みんなと一緒にいたかっただけやのに」

そんなはやての元に、ゆっくり歩み寄るのは舩坂だった。

「こんなの、酷すぎるわ。いつもいつもそうや。わたしは、幸せになったらあかんの……?」
「泣いてばかりではなにも起きないぞ」
「……」

聞こえた声の方向に、目だけをはやては向ける。その目は涙に塗れ赤くなっていた。

「なんや、ウソつきのお姉さんやん……」
「ウソつきとは心外だな」
「だってそうやん」

視線を舩坂から外してぽつりぽつりと内心を吐露する。

「お姉さんに言うたやろ? わたしは家族みんなで暮らせればいいって、それを奪わないで欲しいって。なのに、シグナムもヴィータもシャマルもザフィーラも、みんなみーんないなくなってもうたんやから」
「そうだな」

短く、声音を変えることなく相槌をうち、はやてに全部吐き出させる。

「ずっと一人ぼっちやった。だから、とっても嬉しかった。血は繋がってないけど、そんなの関係なくて、温かくて幸せで……」

寒いのか身を震わせ、自分の肩を抱く。

「わたしでも幸せになれるんやなぁって思ってた。なのに……」

再びはやての瞳に涙が浮かび上がってくる。

「結局元に戻ってもうた。どうせ消えてしまうんやったら、こんな酷いことしないで、全部夢で起きたら家にやっぱり一人ぼっちだったっていうほうが余程よかった」

またはやては舩坂をじっと見上げる。

「なあ、お姉さんって管制人格ってやつなんやろ?」
「そうだ」
「じゃあ、あの時わたしのお願い聞いて、なにがしたかったん? もしかして、わたしがまた不幸になるのを楽しんでるんか?」

涙目ながら、睨みつけてくるはやての視線を逃げることなく受け止めると、舩坂は屈みこんで視線をはやてに合わせる。

「わたしは君の本心を聞きたかっただけだ。それに先に言ったはずだな『私は君に全力で協力することを誓おう』と」
「ならやっぱりウソつきお姉さんや」
「違うさ」

大人びて見えていたけれど、やはりまだ10に満たない女の子なんだなと感じた。

「私は『協力する』と言った。君がなにか動けば、私は誓いの通りに全力を尽くそう。だが、君はまだなにもしていない」
「そんなこと……」
「ないと言い切れるのか? 君は今まで世界から受けることをただ感受するばかりでなにも自らの手で掴みとろうとしていないだろう」
「それ、は……」

心の奥底を見透かしたような舩坂の視線に耐えられず、はやては視線を落としてしまった。

「世界はそこまで人に優しくない。幸せは都合よく落ちてはいないし、幸せな人はおすそ分けなどしてくれない。ただ世界に挑めば仲間が出来るだろう、手助けをしてくれる人も現れるだろう。そう、自分で掴み取らなくてはならないものだ」
「……」
「足掻かねば、嫌なものばかりをいいように押し付けられてしまうだけだ」
「……でも、どうしろって言うん?」

ぎゅっと膝の上に乗った両手を握り締めてはやては漏らす。

「どうしろって言うんや! わたしは足は動かないし、近くには頼りになるような人もいない! それに子どもや! それなのにどう頑張れって言うんや!!」

俯いていた顔を上げると、きっと舩坂を睨みつける。

「結局、そんなの頑張れる人だから言えることなんや! どんなに正しくたって、わたしみたいに頑張りたくてもどうしようもない人にそんなこと言っても嫌味にしかならへん!」
「だから、私は言っただろう。私は君に協力すると」

薄く、狼が浮かべるような笑みを舩坂は表に出すと、すっと立ち上がって、はやてに手を差し伸べる。

「君が幸せに手を伸ばすというのであれば、私はその足となり剣となり盾となろう。そして必ず幸せの先まで送ってみせる」

半ば呆然と見上げてくるはやてを見下ろしながら、自信満々に続ける。

「やる前から諦めるのは、つまらないだろう?」
「……」

ゆっくりと、はやての顔に温かい色が戻っていく。
手の甲で目じりに残った涙を拭い去ると、はやては笑った。

「やっぱり変なお姉さんや」
「変で結構。それで、どうするんだね?」
「頑張ってみる。世界に、喧嘩売ってみるわ」
「よろしい」

差し出された舩坂の手をしっかりと握る。

「そういえば、お姉さん名前なんて言うんや?」
「名前は……」

舩坂弘だ、と答えそうになって口を閉ざした。この身は自分のものであって自分のものではないのだ。長き地獄の日々を過ごした元の管制人格の者であり、自分は彼女の願いを叶えるためにここにいるようなものなのだからこの名前を名乗るわけにはいかない。
突然口をつぐんだ舩坂をはやては怪訝そうに窺う。

「お姉さん?」
「私は今まで一介の管制人格でしかなくて、名前はない」
「名前、ないんか?」
「ああ、だから……君が名前をくれないか?」

元の管制人格と一緒に自分は新しい人生を歩む。それが一番だと舩坂は思い、目の前の少女に、夜天の書の今の主に命名を任せた。

「わたしなんかでええの?」
「君しかいないさ」
「そっか。じゃあ、そやな……」

腕を組んで悩みこむはやてを舩坂はそっと見守りながら結論を待つ。

「うん、決まった」

はやてが顔を上げると、舩坂は騎士が主人に対するように傅いた。

「新しい名前は、そう。わたしを幸せのところまで連れて行ってくれる『祝福の風リインフォース』」
「拝命いたしました。それでは主、ご命令を」
「うん、みんなを取り返しにいこう。それで、もうこんなこと終わりにしよう」
「御意」

リインフォースは深く頭を垂れた。






成人している五人の男と、幼い少女一人という奇妙な組み合わせは、部屋の真ん中で円陣を組んでいた。

「それじゃあみんなグラスは持ったかな?」
「ばっちりだ」
「もちろん」
「たりめえよ」
「大丈夫です」
「だ、大丈夫です……」

ガーデルマンが確認を取ると、全員から返事が帰ってくる。
皆が皆、これまたシャルノヴスキーがどこからともなく取り出した赤ワインを並々と注いだグラスを天に高く掲げていた。

「ルーデルの進む道は厳しかれど」

ガーデルマンがまるで詩を詠むように言う。

「我らはただ着いていくのみ」

シャルノヴスキーが続ける。

「それは天の意にあらず、自らの意に基づく」

ロートマンが引き継ぐ。

「我が身は届くことあたわずとも、魂は側にあり」

ニールマンが後を受ける。

「今、高町なのはとハンス・ウルリッヒ・ルーデルの武運を願わん」

ヘンシェルが締めくくる。

一瞬の間。
皆が息を吸い込む音が聞こえ、それがはじける。

『Zum Wohl!』

グラスが宙で打ち合わされ、世界が割れた。






闇の中、二人を中心に白銀の魔法陣が輝く。

「主八神はやての命令を受託」

目を閉じ、胸に手をあてリインフォースが呟く。

「命令のもと夜天の書の防衛機構切り離し作業を開始」

リインフォースの右腕が天に伸ばされる。

「ユニゾンシステムの再調整を開始……完了」

目を開き、はやてを見る。すると彼女はしっかりと頷いてきて、リインフォースは彼女に笑顔で答えた。

「それでは、戦場へ参りましょう」

右手の指が高らかに鳴り響き、暗闇を切り裂いた。






相手の動きが急に鈍くなった。

「む? まさか時間か?」
「そのようだ……」
「ふむ、決着がつかなかったのは残念だが、これで問題は解決というところかな」
「まだ戦いは続くぞ?」
「お前より強い奴などそういまい」
「ふっ……」

小さく笑うと、その体が光に包まれ、黒い羽が舞う。
それらが晴れるとそこにいたのは先ほどまでの女性ではなく、八神はやてであった。
彼女はそっと目を開くと、目の前に浮かぶ杖を手に取る。背には漆黒の翼を生やし、そこにはまがうことなき夜天の主がいた。
だがそれだけでは終わらない。
上空に、一筋の光が差し込んだと思えば、その光の中から取り込まれたはずのなのはが降りてきたのだ。

「ルーデルちゃん! それにはやてちゃんも!」

本当に嬉しそうになのはは笑みを浮かべる。

「やれやれ、ようやくこれで役者は揃ったかな?」
「ううん、まだおるよ」
「なに?」

ルーデルが訝しげにはやてのほうを見やるが、彼女は杖を構え、魔法陣を展開していた。

『ルーデル、まさかあれだけ戦った彼らのことを忘れたわけではあるまいな?』
「彼らって……ああ、なるほど」

リインフォースからの念話を受けて、ルーデルは納得する。

「みんな、またもう一度わたしと一緒に……」
『守護騎士システム再構成開始』

魔法陣が白銀の光を放つと、はやてを囲み守るように四人の守護騎士が再び現れる。

「我ら、夜天の主のもとに集いし騎士」
「主ある限り我らの魂尽きることなし」
「この身に命ある限り、我らは御身のもとにあり」
「我らの主、夜天の主、八神はやての名のもとに」

舞台に役者が揃い、因縁を終わらせるための戦いが始まった。






闇の書の闇は滅ぼされ、はやてを蝕む呪いも消えて、全てが平和に解決するはずだった。

「なのに、なんでなん! なんでなんやリインフォース!!」
「はやて!?」
「はやてちゃん!?」

雪の降り積もる中、車椅子という不利な条件でありながら息を切らして現れたはやてに守護騎士やなのはは驚きの表情を浮かべるが、一方でルーデルとリインフォースはやっぱりな、といった様子で小さく息を漏らした。

「せっかく家族みんな揃ったのに、なんでリインフォースは消えなくちゃならんの!?」
「一度滅ぼされたとは言え、私が今のまま存在していれば直にあの防衛システムは復活してしまう。そうしたら意味がない」
「でも、リインフォースがいなくなっても意味がないやんか!」

悲痛な叫びを上げるはやての元にリインフォースはゆっくりと歩み寄る。

「あまりわがままを言っても困るんだがな」
「いやや! だってリインフォースが言ったんやんか幸せは自分で掴むもんやって。だからわたしはリインフォースを手放したりなんか絶対しない!」

小さい子どものように駄々を捏ねるはやてに対して、小さく笑みを漏らすとリインフォースはそっと彼女の目線に合わせる。

「私は生命力だけは自信がある。そう、三日だ。三日だけもらえればいい」
「なんで?」
「三日くれれば、私は地獄の底で閻魔大王を切り伏せ黄泉の底から再びこの地へ帰ってきてみせる」
「……ほんとに?」
「ああ、本当だ。約束しよう」
「絶対なんか?」
「絶対だ」
「……」

少し悩み込んでから、はやては小さく頷いた。

「わかった……」
「ありがとう、はやて」
「でも、三日たっても帰ってこなかったら、わたしらみんなで連れ戻しに行くからな!!」

びしっと指を突きつけて宣言する。
一瞬ぽかんと目を丸くしたリインフォースだったが、すぐに満面の笑みを浮かべた。

「ああ。その時はな」

すっと立ち上がると、そのままにしてあった魔法陣の中心へと歩む。

「すまないな、お前らにも迷惑をかける」
「Don't worry. (気にせずに)」
「Take a good journey. (良き旅を)」
「それに、嫌な役を押し付けたな」
「今更だな」
「大丈夫ですよ、わたしたち待ってますから」
「ふ……」

リインフォースは自らを囲む人物全員を見回すと、小さな頬笑みを湛えながら、目を閉じた。

「それでは、行ってくる」






あの日と同じように雪が降っていた。
上に向けた手のひらに乗っては溶けては消えていく雪を眺めながら、はやては白い息を吐いた。
とても寒い。だけどどうしてか外でこうしていたかった。

「感心しないな、こんな時に外にいるのは」
「ええやん別に」
「風邪を引くぞ?」
「大丈夫。もう家に戻るから」
「どうしてだ?」
「だって、なぁ……」

ゆっくりとはやては自分の真後ろに振り返る。
悲しくもないのに涙が零れそうだけどそれをどうにか我慢して、笑顔を浮かべると、それと共に言葉を送る。

「おかえり、リインフォース」
「ああ、ただいま……」

そっとリインフォースの手がはやての頭の上に薄く積もった雪を払った。
それは温かい手だった。








冬も過ぎ、春の香りがしてきた三月。
海鳴にやって来てから六度目の春だ。

「♪」

とあるマンションの一室で、鼻歌を歌いながらフライパンを巧みに扱う女性はリンディ・ハラオウン。現在はアースラ艦長の座を退き、総務統括官へと栄転している。

「む……牛乳が切れるな」
「あら、じゃあ帰りにでも買ってこないといけないわね」
「ああ、お願いする」

冷蔵庫に頭を突っ込んでいたのはルーデル・テスタロッサ。ハラオウン家の養子になることはなかったが、同じ屋根の下でほとんど家族同然に過ごしている。
日課である体操を終え、シャワー上がりの牛乳をぐびっと飲み干した。

「いつも言っているけど、もうちょっと女の子らしくできないの?」
「善処はしているのだが……」

困ったように答えるが、リンディの反応はため息。
少女であった時代は遠い昔でも、今や身長はリンディを越え、体つきも女性らしくなった。スタイルは男女を問わずの理想の的、姿勢もいいし黙って立っていれば素晴らしい美人であるというのに、本人に自覚がない。
口調は相変わらずだし、やることなすことがいちいち男らしい。男前と言えばそうなのかもしれないが、バレンタインデーの度に山のようなチョコレートを受け取ってくるのはなにか間違っているとリンディは思う。
この前などついに「彼氏にしたい管理局員ランキング」で堂々と7位にランクインしてしまった程である。たまたま彼女が「お姉さま」などと呼ばれているのを聞いた時は人目を忘れて頭を抱えてしまったくらいだ。

「ああ、そうだ。今日はレジアスとゼストのついでとしてどっかのお偉い主催のパーティに出なくてはならないから、私の分の夕飯はなくていい」
「あらあら大変ね。でもお酒はまだだめよ」
「あんなドレスを着せられるんだ、せめてそれくらいの役得があってもいいと思うのだが……」
「いーえ、いけません。まだあなたは15歳なんだから」
「ううむ……」

現在ルーデルは地上本部の首都航空隊所属である。
彼女のプロジェクトFという出自を考えると危ない方面から手が伸びることも考えられたため、リンディとしては自分の目が届きやすい本局においておこうと思い、六年前になのはたちも含めて「地上本部が本局より重要度が劣るっていうことはないけれど、仕事も多いし出撃回数も多くて学生との両立は難しいわね」と言ったのだが、忘れてはいけないことに相手はルーデルであった。話を聞くや否や「なに!? 出撃が多い? それは素晴らしいなよし私は地上本部へ行く!」と即決即断。取り付く島もなかった。
地上本部も、Sランク級魔導師(当時)が自ら望んでくるなど滅多にないこともあって、お前らどこから金出した金欠じゃなかったのかとばかりの高給与で彼女を抱きこんでしまった。しかもいきなり三等陸尉待遇である。
さすがに地上本部でも反対する者が現れたのだが、あの強硬派として知られるレジアス・ゲイズが「前科者なのは気に食わんが、陸が高ランク魔導師を手中にする機会などそうそうない以上、仕方あるまい」と言ったために決定したらしい。
勿論実力は折り紙付きで、ゼスト隊所属時には戦闘機人プラントの破壊を遂行するなど、あれよあれよといううちに三等陸佐。今では首都航空隊のルーデル隊と言えばゼスト隊と並ぶ地上の大エース部隊であり、ミッドチルダの治安向上に大貢献をしている。あまりの嬉しさにあのレジアス・ゲイズが本局高官からの嫌味を笑顔でスルーしたという逸話もあるくらいだ。
海よりも身近な存在だし安心して暮らせるようになるからという理由だけでなく、彼女自身の容姿の可憐さと、出撃したいがために功績を誇るどころか仲間に分けてしまうその姿勢とで、ちょっと余波被害が大きすぎると苦言がありはするが、概ね市民からは熱狂的な支持を受けている。これは管理局に出資する政府の高官や大企業の重役たちの間でも同じで、本人の好き嫌いに関わらず、何かと会食に呼ばれることも多いのだ。

「それよりも、さっさと朝ご飯食べちゃいなさい。さすがにこんな日に遅刻はだめでしょ?」

出来立てのベーコンエッグが乗った皿をルーデルに渡す。
――でも裏じゃあ「閣下」とか呼ばれて畏怖されてるのよね……この子。





「ほな、行って来るな?」

もうすっかり自分のものだという自覚も根付いた二本の足で立ち、玄関で八神はやては振り返る。
現在彼女は一等陸尉でルーデル隊の副隊長……と言う名の実質隊長をしている。ひたすら出撃することしか頭にないのがルーデルなので、結局部隊の色々な書類仕事は彼女の仕事のなってしまうのだ。当然、ルーデルの出す余波被害に対する謝罪や賠償の手配もである。
その職務の大変さは、当初は旧闇の書の主ということで色眼鏡で彼女を見ていた局員も、あまりの不憫さにすっかり偏見を無くしたほどだ。
ちなみに以前過労で倒れた時、夢の中でなのはと五人の男に祝福され、某後援会の会員になっていたりする。

「はやて行ってらっしゃい」
「はーいいってらっしゃいはやてちゃん」
「お気をつけて」
「道中気を抜かれませぬよう」

順番にかかってきた声は、はやての大切な家族である守護騎士の四人。
家族最後の一人が、広げていた新聞から顔を上げて笑みを浮かべる。

「今日は有給も取ってあるからあとで式に参加するが、あまり無様な姿を見せないようにな?」
「そんなことせんわ!」
「ふっ、ならいい。気をつけて行ってこい」

赤い瞳を細くして笑ったのはリインフォース。
こちらもルーデル同様にかなりの美人なのに、本人にその自覚がなくシグナムを越える男前。八神家を知る人物全員からは「八神家のお父さん」という称号を貰い、昨年の「彼氏にしたい管理局員ランキング」ではルーデルとの女性同士のデットヒートに勝利し六位に食い込んだ(これは教導隊として様々な部隊に顔を出していたことが勝因ではないかと言われている)。
元々前世では道場で後進の指導に当たっていたこともあり、現在は本局航空戦技教導隊の教導官となって局員の指導を行っている。広域殲滅魔法などの対集団魔法の他にも遠距離魔法を持ち、接近戦は言うまでないこと、さらにミッド式とベルカ式と両方を扱えるということからとても重宝されている。
今では「陸のルーデル、空のリインフォース」という管理局最強コンビの一角として数えられるほどだ。
そのため、戦技披露会で両者の対決を望む声は大きいのだが、その話が持ち上がるたびに緑髪の妙齢の女性を中心としたある集団に潰されている。なんでも「死人が出かねない」かららしい。

「そんなん言うんならこなくてもええんよ?」

捨て台詞を残してはやては学校へと向かう。その顔には笑みが浮かんでいたが。





「あ、やっときた! ルーデルちゃん遅いよー!」
「む、すまないな待たせた」

額に手を当てて遠くを眺めていたのは高町なのは。
彼女はなんと本局の執務官である。なのはが執務官になるのには色々とあった。
なのはの適正自体は武装局員向きだったのでリンディやクロノたちもそれを、特に教導官を目指すことを勧めたのだが、本人曰く「そういうのはルーデルちゃんやリインフォースさんみたいに生粋の武人向きだと思うんです」となにか悟ったような表情で返されなにも言えなかった。
結局、二回試験に失敗はしたが不屈の心で三度目の正直を呼び込んだなのはは、執務官試験に13歳という若さで合格したのだから選択ミスではないだろう。
あのルーデルにまともにがつんと意見を言える人物であり、また彼女の被害者の気持ちをよく理解しており真摯に相談にのってくれるので、密かになのはは局員から尊敬されており「管理局の白い天使」とも呼ばれている。ルーデルの大暴れに対して胃を痛める者同士だからか、最近妙に上司であるアースラ艦長クロノ・ハラオウンと仲がいい、というのはアースラの乗員の一致した見解であった。
たまにではあるが突然休暇中にやってきては「出撃だ! 休んでいる暇はないぞなのは!」と拉致同然に戦場に連れて行かれることを除けば、はやてにルーデルのお守りの大部分を押し付けることに成功してもいるし、ちゃっかり一番の勝ち組かもしれない。

「あんた最後の最後まで遅いのね……」
「まあまあアリサちゃん」
「というより、一番に来てたら夢じゃないかと思うんやけど」

ルーデルに呆れた表情を見せるアリサに、苦笑しながらそれを宥めるすずかという変わりのない五人の面子。

「最後くらいしっかりしようよ」
「とはいえなのは、せっかくの卒業式だ。つまらないことはどうでもいいではないか」
「ルーデルちゃんは小さいこと気にしなさすぎなの!」

相変わらずの毎日だった。




『後書き』
とりあえず閣下の続き。なんとなく舩坂さんも登場させる。
A’sは色々書きたいとこ多すぎて無印みたいにダイジェスト的に削るのが大変だったので、中盤はずばっとさようなら。最後の方もSSではただ技名叫ぶだけになりそうなフルボッコシーンもすっ飛ばし。なので今回もクロノの出番はほぼなしだごめんクロノ。まあそれでも長いけど。
それにしても15歳時代はどうしてこうなった。なのは執務官とかなぜか恐ろしい調査が行われそうだ……

クロなの気味なのはマイジャスティスだから許してね。



[21273] お兄さんスナイパーにはヘイヘさんが憑依していました
Name: 細川◆9c78777e ID:1b4cb037
Date: 2011/01/12 19:30

第二次世界大戦においては、枢軸側と言えばついドイツと日本に目がいきがちであるが、フィンランドについても注目しておきたい。
冬戦争、継続戦争と二度に分けて行われたソヴィエト連邦と行われた戦争において、兵力物量共に大きく劣っていたフィンランド軍だが、焦土戦術やゲリラ戦法、雪深い気候などを最大限に利用しソヴィエト連邦赤軍の大攻勢を多大な犠牲を払いながらも防ぎきり、独立を守ることに成功したのだ。
この戦争においては指揮官カール・グスタフ・マンネルヘイムの卓越した能力が際立っていることは間違いないが、ここではソヴィエト軍兵士に「白い死神」と言わしめた狙撃手シモ・ヘイヘに焦点を当てよう。
冬戦争において、コッラーの戦いにおける丘陵地を巡る戦闘で彼を含むフィンランド軍32人が赤軍4000人を迎撃し拠点防衛に成功し、この丘は「殺戮の丘」と呼ばれるまでになった。また戦争開始から約100日間の間に確認戦果だけで505人以上もの狙撃に成功したという記録がある。
さらにあ150mの距離で1分間に16発の射的に成功した、とか300m以内であれば確実にヘッドショットを行った、とかスコープを使うことはなかった、など偉業は枚挙に暇が無い。
これらのため世界最高の狙撃手と名高く、上記のあだ名はこれらの傑出した戦果のゆえに恐れられついたのである。

『最初はまったく面倒だと思ったものだけど、これが意外に楽しかったよ』

まさに雪原の中に潜む死神であった彼も、しみじみと語った。
彼の二番目の人生が大きく動くのは、二度目の17歳を迎えて少しの時だった。






新暦68年。あのPT事件と闇の書事件が終わって三年の月日が経った。
前年にはゼスト隊の違法研究施設(後に戦闘機人のプラントだった)摘発において、若い彼女にはまだこのような黒い捜査はまだ早いと隊長のゼストから待機を命じられていたルーデル・テスタロッサだったが、虫の知らせにより高町なのはを引きずりながら駆けつけ、確保はならなかったが現れた戦闘機人を撃退して部隊の窮地を救っていた。
命令違反に独断専行だったため処罰は受けたものの、散々戦力不足に悩まされていた陸の管理局員からは賞賛の声高く、彼女の名を知らぬものは地上本部やにはもういない程になっていた。
本局からの誘いがあったにも関わらずそれを一蹴して地上本部勤務を望んだという逸話が明かされるやその人気は鰻登り、ミッドチルダ市民の支持も高く、ある調査ではミッドチルダ行政府を遥かに上回る支持率をたたき出したらしい。マスコミなどは「陸の救世主」「陸のエース」「陸の英雄」などとしきりに持て囃している。
人気は前述の通り、さらに実力は陸のエースたるゼストが認めるものであるし、一にも二にも出撃をしたがる性格は彼をもってしても扱いかねる程であったことから宣伝も兼ねて首都航空隊に小隊規模ではあるがルーデル隊が新設されることが決定されていた。
そのため現在彼女は、副隊長に任命した八神はやてと共に他のメンバー集めに奔走……していなかった。

「なあルーデルちゃん」
「なんだはやて?」

自分のデスクで書類仕事をしていたはやては、出撃(もちろん半独断である)から戻ってきてさっそく牛乳一本を飲み干したルーデルに、ため息まじりで声をかけた。
――というより、なんでわたしが副隊長なん? 普通の流れだとなのはちゃんやないの?
本当はルーデルもなのはをスカウトしようとしていた。だがなのはは「ルーデルちゃんがピンチになったらわたしも助けに行くから!」と言って彼女を感激させ、そこへすかさずはやてを推薦するというルーデル対応熟練の技を見せたのであった。その後起こったなのはとはやての筆舌に尽くしがたいお話については当人らは未だ黙して語らない。
とはいえ、過去の事件から感情的にあまりよく見られていない守護騎士たちと、その主であるはやても風当たりは強い。そこで若き英雄と見られているルーデル直々に招かれその下にはやてが就くとなれば、イメージアップの一環としても悪くない選択であるため納得はしている。まあ、なのはが先の台詞のせいでなんだかんだと未だによく狩り出されているので溜飲を下げたという理由も無きにしも非ずだが。

「今度ルーデルちゃんの部隊が出来るやろ?」
「ああそうだな。裁量も増えて喜ばしいことだ」
「うんうん。そう思うならわたしに丸投げしないで自分で必要書類の処理とかして欲しいんやけど?」

副隊長(仮)になってこの方彼女がやっているのは書類仕事ばかり。
未来の隊長様は出撃出撃ついでに出撃さらに出撃最後に出撃やっぱ前言撤回最後じゃなくもっと出撃と、与えられた部屋を飛び出しては戻るということしかやらない。
一応魔導師なのに、書類仕事とルーデルの出撃に伴う余波被害に対する対処ばかりうまくなっていると思うと、ちょっぴり涙が出そうなはやてである。

「はっはっは、どうも私はそういうのは苦手でね。それよりは出撃してた方が性にあってるんだよ。それにはやてになら安心して全部任せられる!」

にこにこと爽やかなルーデルは見方を変えると凄い男前であったが、はやての心労の軽減にはちっとも役立っていない。
もうこの部分はどうしようもないな、といい加減悟ってきたので話題を変えることにする。

「まあ、ルーデルちゃんが出撃好きなのはわかってるんやけど、新しく出来る部隊の前線要員として二人引っ張ってこないといけないんよ。さすがにこればっかりはわたしの独断じゃ決められんからルーデルちゃんに選ぶなり探すなりしてもらわんといけないし」
「そうなのか?」
「そや。さすがにルーデルちゃん一人一部隊ってわけにもいかん」

はやてとしては、戦力的にそれもありというか振り回される人が減ってより平和になる気もするが、色々と形というものがあり面倒なのである。世間から地上本部はルーデルを厄介払いしたのではと思われるわけにもいかないからだ。

「ふむ、ならヴィータやシグナムあたりならば信用に足るし、君も嬉しいだろう」
「あー、それなんやけどね。無理」
「む、なぜだ? 総統命令か?」

総統命令? と疑問に思うもどうせいつものことだろうとスルーして、はやてはルーデルに説明する。

「いくら新部隊って謳われてても所詮は小隊規模なんよ。わたしとルーデルちゃんって二人もSランクがおるのにさらにヴィータやシグナムなんか引っ張ってきたら小隊の保有魔力制限なんか余裕でオーバーや」
「む……軍隊というのはやはり時に窮屈だな」

顎に手を当ててルーデルは悩みこむ。

「取り合えず最大限頑張ってAランク二人程度が限界やな」

本当はBランク二人でも危ないのだが、そこはルーデルの名声と、ルーデルの考える部隊構成を一部の彼女の栄達を妬む上層部が邪魔している、などと言って上手く世論を煽ることでどうにか押し切れるだろうというのがはやての考えだ。
結構したたかなはやては、お世辞にもそっち方面に詳しいとは言えないルーデルの補佐としてはぴったりかもしれない。

「……なら、誰かめぼしい人材は?」
「それが中々なくてなぁ」

そこが問題なのだ。候補のリストアップすら難航しているのだ。AランクBランクの人材はいくらでもとは言わないがそれなりには存在している。ただ、前線に立つ人物としての採用である以上、生半可な実力ではルーデルについていけずに三日で、彼岸の人か出勤拒否、またはPTSDにより入院になってしまいかねない。しかしAランクまでしか採用できないので人材が見つからないという手詰まり状態なのである。
とにかく攻撃力はルーデルだけで事足りるので余波被害を抑える要員にならユーノが最適だと思ってはやてが交渉に行ったのだが。

『きゅーきゅー』
『ユーノくんお願いや!』
『きゅーきゅー。僕悪いフェレットじゃないよ』
『いや、せやからな……』
『きゅーきゅー』
『……』
『きゅーきゅー』

などと話を切り出してすぐにフェレットに変身しやがったため断念。
結局、遅々として選定は進まないのだ。
――ルーデルちゃんがもうちょっと周り見れるようになってくれれば!!
願うだけでそうなるならば、三日三晩踊念仏を捧げてもいいくらいだが現実はそうもいかない。真っ白なリストを目の前に頭を悩ますしかない。

「このままやと一向に部隊を発足できへんのや」
「うーむ……」

腕を組み、本格的に悩み出すルーデル。

「そういえば」

と、何かに気づいたらしきルーデルが声を漏らす。

「最近地上本部で噂が立ってたじゃないか」
「噂ぁ?」
「なにやらとんでもないスナイパーがいるとかいうやつだ」
「あー、あれね」

得心がいき、はやても頷く。
ルーデルの言う噂というのは、そういった世情に疎い彼女でも知っているだけあって現在地上本部で話題沸騰の噂だ。
空を飛び逃走した犯罪者の魔導師を1km離れた場所から狙撃した、とか。
銀行に立て篭もった6人組を狙撃で10秒程度のうちに無力化した、とか。
暗殺予告が出されていた政府高官への狙撃を狙撃で叩き落した上に、そのスナイパーも狙撃した、とか。
とにかく凄いスナイパーであるということはわかるのだがその素性はあまり明らかにされておらず、そのために人々の話題の俎上に上るのだ。
結局わかっているのはコードネームとなっているそのスナイパーのファミリーネームの頭文字だけで、その噂の人物は便宜上こう呼ばれていた。
『スナイパーG』と。

「ってまさか!?」
「その通りさはやて」

驚いてルーデルを見やると、迎えたのは悪戯っ子のような笑み。

「そんなスナイパーなら一度会ってみたいし、まあ面白そうじゃないか」

窓枠に手をついて立つ彼女は、夕陽を反射する金髪が怪しく輝いていた。
とても貫禄ある姿であるが、当年とって12歳。管理局の歴史上でも稀に見る若さでの部隊長だ。






第4管理世界カルナログにある、いたって普通の町の郊外。一人の十代後半の青年と一匹の犬が広い草原の中にいた。

「よし、行くぞコルッカ!」

青年がボールを思いっきり投げる。
すると、彼の足元に待機していた犬がそれを追いかけて駆けていく。全体的に黒いがマズル、ブレーズ、首、前足、胸、腹部、後ろ足首、尾先が白いその犬はしなやかな走り方で草原を疾走していく。
真っ赤なボールは雲一つない青空に吸い込まれるように飛んでいき、再び地上へと引っ張られていく。
ボールが草原に落下し転がった先には二人の少女がいた。
一人は茶色の髪をショートカットにした少女。もう一人は金髪をリボンで二つお下げにした少女だ。
金髪のほうの少女が持っていたボールを拾い上げる。
そこにボールを求めて走り寄っていくのは青年の愛犬コルッカ。
――あっちゃー。
一度額に手を当てるも、青年は少女二人とコルッカの元へと小走で向かう。コルッカはその犬種の特徴として見知らぬ人に対して警戒心が非常に強く、またリーダーと認めたものにのみ服従するので、躾はしっかりしている自信はあるものの色々と面倒が起こりかねないのだ。
青年の視線の先では、コルッカが金髪の少女の手にあるボールをじっと見詰めており、茶髪の少女はそれを指さしてなにやら隣の少女に言っている。
――頼むからなにも起こすなよ。
祈りながら足の回転を速める青年。
だが、金髪の少女がなにやらコルッカに声をかけ手を伸ばす。そして同時にコルッカの体が動く。
――やっぱ……ってはぁっ!?
なにかするかもしれない、と身を固くしたのだが、実際に起こった光景に青年は目を見開き驚くのだった。
なんと、コルッカが金髪の少女の前で腹を上にして寝転がり服従のポーズをとったのである。しかも金髪の少女はコルッカの腹を撫でており、恐る恐るながら茶髪の少女も手を伸ばして触っていた。もちろんコルッカは動かない。
本来なら絶対にありえない事態だ。
――な、なにもんだあの女の子……?
どこか空恐ろしいものを感じながら、青年はさらに近づいていく。

「コルッカ!」

名前を呼ぶと、ばっと跳ね起きたコルッカはすぐに駆け寄ってきて、青年自身の左側にぴたりとつく。
二人の少女はそれを感嘆の表情で見ていた。

「ごめんごめん。うちの犬がなにか迷惑かけなかったか?」
「いえ、そんなことないです」

声をかけると茶髪の少女が、少し独特のアクセントで礼儀正しく答えた。一方で、金髪の少女の視線は未だコルッカに向けられている。

「コルッカがどうかしたか?」
「ん、ああ、いや別にたいしたことではないんだが」

なんだか可憐な見た目と違い男らしい口調だった。

「このコルッカ……と言ったか? 犬種はなんというだ?」
「うん、こいつか? こいつはカレリアン・ベア・ドッグだ」
「ほう、そうなのか」
「ああ、俺の祖国フィンランドで長年血統が保たれて――」
「『俺の祖国フィンランド』?」
「……あ」

つい口を出てしまった言葉。しかし、ここ管理世界においてであれば、誤魔化しようはあるはずだった。
だが、青年は相手が悪かった。そう悟るのだった。

「そこのところ、詳しく話してもらえないだろうか?」

真っ赤な両目を怪しく煌かせ、身長差からこちらを上目遣いに見ながら笑う少女の威圧感は相当で、先ほどのたただものじゃないという予感はあたっていたように思える。
――って、よくみりゃこの女の子……!
私服姿なのですぐにぴんとこなかったが、何度か広報やテレビで目にしたことがあるルーデル・テスタロッサだった。
冷たいなにかが首筋を撫でていく。

「なに、少し『地球』の話をするだけさ」

ヴァイス・グランセニックは、いや彼の身に宿るシモ・ヘイヘは冷や汗と共に一つの疑問を浮かび上がらせた。
――ルーデルってまさか……
溜まった有給休暇を使って取った長い休暇の初日なのに、ヴァイスは面倒なことになったと思わずにはいられなかった。






――どうしてこうなった。
これがヴァイスの率直な感想だった。

「なにもないけどゆっくりしていって頂戴ね」
「心遣い痛み入る」
「わざわざすみません」

母親がはやてとルーデルに温かい飲み物を出した。
どんなに年齢的に低くともルーデルは一等陸尉、はやては三等陸尉。魔力量は彼女らに比べれば出がらしみたいなものだ。超一流の狙撃の腕でなんとか魔導師ランクB+で、階級も一等陸士でしかないヴァイスにとってはかなりの上官である。
まあ自宅に二人を招待したのは、半ば脅されたようなものだが。

「ちょっとヴァイス」

部屋から退出しようとする母親が手招きをする。その生ぬるい笑顔がひどく気に障るのだが、仕方なくそちらへ寄る。

「あんた変なことするんじゃないわよ」
「するか!」

手を出せば確実に一撃で塵と化すのがわかっているのに、そんなことをする蛮勇など持ち合わせていない。それに今はこっちがなにをされるかびくびくしている状況だ。
母親を半ば追い出すようにしてドアを閉じると、ちゃんと椅子に座っている二人に向きなおる。
――腹くくるしかないか。
ヴァイスは深く息を吐き出すと、気を取り直して自分の席にどっかと腰を下ろす。

「とりあえず、どうして俺なんかのところにいきなり来たんでしょうかね?」
「それは最近噂のスナイパーGとやらに会ってみたくてな」

夕飯のリクエストをするように軽く言い放たれたのは、彼が武装隊とは別件の仕事で持っているコードネーム。殆ど予想がついていた切り出し方とはいえ、現実のものとなると表情が厳しくなるのを押さえられない。

「……いや、情報統制は相当しっかりやってもらってるはずなんですがねぇ」
「うむ。確かに厳しかったが、はやてに教わった通り上目遣いで『お願いおじいちゃん』と言ってやったら、大将の爺さんが喜んで教えてくれたぞ」
「おい管理局しっかり管理しろ」

言いつつ元凶であるはやてに視線を向けるが、ぷいっと逸らされた。
ヴァイスとしては耄碌したロリコン爺には苦言をびっしり刻み込んだ弾丸をぶちこんでやりたい気分だったが、取り合えず二人が目の前に来ている以上もうどうしようもないのでそれは脇に置いておく。

「それで、そこまでして俺に会おうっていう理由はなんですか?」
「今度私の新部隊が出来るんでね、その勧誘といったところだな」
「そりゃ光栄ですね」

皮肉まじりに返すが、ルーデルは不敵な笑いを崩さない。

「君に会うまではそう思っていたんだが、今はそれよりも気になることが出来てしまったんだよ」
「……なんです?」

ついに来たか、とヴァイスは思った。
恐らく、彼女は自分と同じで前世があるのだろう。そして、その名前から予想できる通り――

「『ハンス・ウルリッヒ・ルーデル』という名前に聞き覚えがあるんじゃないか?」
「……」

ヴァイスは口を閉ざし表情を固めている。だが、少女二人は彼の瞳の奥の光の煌きを見逃すことはなかった。

「やはり心当たりがあるらしいな」

口の両端が吊りあがり、不敵な笑いは獰猛な笑みへと変わる。
それは獲物を狩る上位者の表情だ。猟師として前世を生きた彼にはわかる。今狩られる対象は自分で、既に喉笛に牙を突き立てられているということも。
息を深く吐き出した。

「やれやれ、俺以外にもいたとはね……」

軽く手を上げて降参のポーズをとる。一度諦めてしまえば全身の力が抜けた。

「確かに知ってますよ。第二次世界大戦の戦車撃破王ことハンス・ウルリッヒ・ルーデルのことはね」
「やはり同郷の士だったか」
「……ほんまやったんかぁ」

腕を組み、満足そうに頷くルーデルに対し、はやては驚きに目を瞬かせている。

「で、だ」

ずい、と身を乗り出したルーデルの瞳にはいつの間にやら好奇心の輝きに満ちていた。
――表情がころころ変わるところだけは年頃の女の子らしいな。
ヴァイスはつい場違いな感想を抱いてしまった。

「君はどこの誰だったんだね? フィンランド人のようだが?」
「あー、俺ですか?」

一度頭を掻いてから、少々恥ずかしそうに『二回目』の自己紹介を行う。

「前の世界での名前は『シモ・ヘイヘ』さ」

ドイツの空の魔王とフィンランドの白い死神が交差した瞬間だった。






新年に入り、構成員を一人増やしたルーデル隊(まだ正式に発足していないが)の部隊室。しかしあまり広くはない部屋中を練り歩くルーデルの姿があった。腕を組み口をへの字に曲げ、指も落ち着きなく自分の腕を早いテンポで叩き続けている。

「どうしたんですか? 落ちつかなそうに」

愛用の狙撃銃型デバイス『モシン・ナガン』を磨いていたヴァイスは、先ほどから視界の端に現れたり消えたりする新しい上司に視線を向けた。
色々手続きがあり遅れていたが、ついに彼もルーデル隊の一員となっていた。

「ああ、ヴァイスか……いや、そんな大したことではないんだが」
「いやいや、大したことないなら人はそんな不機嫌そうにしませんよ」
「む……」

笑いながらヴァイスが眉間をつついてやると、ルーデルは困ったように眉をハの字にした。

「で、なにがあったんです?」
「ああ、最近出撃をしていないと思ってな。こうエネルギーが溜まっているのだよ」
「あー」

返ってきた答えはなんともルーデルらしく、ヴァイスは曖昧な笑みを浮かべるのが精一杯だった。

「まあ、取り合えず散歩にでも行って気分切り替えたらどうですかね?」
「……そうしよう」

大きく息を吐くと、しょげたように肩を落としてルーデルはドアへととぼとぼと歩いていく。

「あ、私服に着替えてからにしてくださいよ? ただでさえ最近有名人なのに、目立つ管理局の制服じゃ散歩もできやしませんからね」
「ああ、わかった。では、行ってくる」

ドアが閉まる直前に一言残してルーデルの姿は見えなくなった。
とたんに室内は静かになり、聞こえるのははやてが走らせる筆の音だけ。

「ヴァイスくーん」
「なんですか?」
「ちょっとくらい手伝ってやー」
「あー、はいはい」

部隊の書類全部を押し付けられたはやてからヘルプが入り、ヴァイスは妹を助けてやる気分で手を貸すのだった。







クラナガン郊外の港湾地区。ルーデルは物憂げな瞳で眺めていた。
海風に揺れる金の髪、白磁の肌と合わさり一枚の絵のような美しさを演出しているが、いかんせんルーデルである。
――ああ、出撃したいものだ。
はぁと吐き出されるため息も戦場の香りが強すぎた。
海鳴でも臨海公園は結構お気に入りで、そこで海を眺めるのが好きだった彼女はどこに行くともない散歩であるからとミッドチルダの海へやってきていた。とはいえ、自然の砂浜も残る海鳴の海岸線とは異なり、ミッドチルダの海沿いは港湾でありコンクリートで固められている。
景観に優れているとは言いがたく、人影も全くないのもむべなるかなというものだ。
――赤軍の奴らは言わずともお代わりを出してくれるサービス精神旺盛な奴だったのだがなぁ……
一際大きなため息を零したルーデルはあまりの出撃欠乏症で相当参っていたのか、周囲の警戒がゼロになっていた。
だから、突然背後から引っ張られても反応できなかった。

「動くな!」

体が一回転させられたと思えば、首を絞めるように腕を回され、デバイスを突きつけられていた。あんまりに突然のことで、ルーデルはぱちくりと目を瞬かせる。
上では野太い声で男がわめきたてていた。

「早くデバイスを捨てろ! 人質がどうなってもいいのか!!」
「なっ、そんな女の子を!」
「うるせえ、さっさと言うこと聞かねえとこのガキの頭をぶっとばすぞ!!」

ルーデルの目の前には、20歳程だろうオレンジ色の髪が明るい青年がいた。バリアジャケットのデザインを見ると、首都航空隊の隊員のようである。青年の顔は苦汁に歪んでおり、ルーデルと自分の手元の銃型デバイスを交互に見やっていた。
ここまで来てようやくルーデルは事態が理解できた。
――ああ、これが人質というやつか。
自分を押さえつけている男は違法魔導師で青年はそれを追っていた魔導師だろうと、ルーデルは大体の当たりをつけた。確かに突きつけられているデバイスを、彼の前世における拳銃に置き換えれば言っていることも合わさってそのまんまである。
俯くと、密かに笑みを浮かべた。
出撃したい出撃したいと思っていたら、見事に事件の方が彼女のもとへやってきたのだ。これほど嬉しいこともなかった。

「おら、早くしやがれ!」
「むっ……」

ごん、とデバイスがルーデルのこめかみに当てられた。
結構痛かったので文句を言いたくなったがそれを押さえて、こっそりと前後二人の魔力量を測る。目の前の青年はAランクを越える程度。陸では十分エリートだ。だが、後ろの男の魔力量はAAAはあった。
青年を倒して逃げればよさそうではあるが、予想外の時間をかけては応援が来てしまう恐れがあったため、このような所業に走っているのだが、ルーデルにはどうでもよかった。
そう、彼女にとってはAAAランクなど全く関係ない。

「……小悪党か」

ぽつり、と零した。

「ああぁん?」

訝しげな男の声が降ってくる。心なしか首に纏わりつく腕の締りが強くなった。一般人の人質を優先してデバイスを地面に置こうとしていた青年は、犯人を刺激すること請け合いなルーデルの発言に顔を青ざめさせている。

「てめえ立場わかってんのか? それとも恐怖で頭逝ったか?」
「まさか。本当のことを言ったまでさ」

ルーデルはそっと手を持ち上げると男の腕に手を置く。

「私から見たら君など小悪党だ」

魔力を電撃に変換して容赦なく叩き込んでやった。

「――――!!?」

声にならない悲鳴を男が上げる。拘束はすでに解けており、ルーデルは取り合えず友軍であるはずの青年のもとへ走った。

「大丈夫かね?」
「あ、ああ……」

突然の事態にまだ考えが及んでいないらしく、青年は生返事だった。だがルーデルはそんなことは気にせず隣に並ぶ。

「っと、どうやら意外にあっちもタフだったようだな」
「えっ?」

ルーデルの発言に再び先ほどまで男がいたであろう場所へ視線を送る。

「くそがああああ!!」

瞬間、多数の魔力弾が大量に撃ちこまれてきた。
――やばい!
シールドが間に合わないと思った。戦闘中に気を抜くなんてと自分を呪った。
だが、魔力弾は一つたりとも届くことはなかった。

「青年。名前と階級は?」

黄金色のシールドが眼前で敵の魔力弾を全てかき消していた。それを成しているのは、右手を掲げるまだ10を少し越えた程度だろう少女。
先ほどから圧倒され続けの青年はよく考えることもなくルーデルの質問に答えていた。

「ティ、ティーダ・ランスター。一等空尉……」
「ほう、そうか。君もか」

――君も? それってどういう意味だ?
ティーダが疑問を発するよりも先に、ルーデルは空いている左手でポケットから愛用のデバイスを取り出す。

「行くぞスツーカ。出撃だ」
「Yes, sir. Set up.」

神々しいばかりの黄金の魔力光が煌く。
この時になって初めてティーダはその嵐の海のように暴力的な溢れる魔力の波動に気づいた。追っていた違法魔導師の男とて膨大な魔力を持っていた。だが、目の前の小さな少女のそれは、それすらも大海の前の湖のように思わせる量があった。
――まさか!
ティーダが少女の正体に気づいた瞬間、野太い叫び声が上がった。違法魔導師のものだ。

「てめえ、ただのガキかと思ってたら……」
「ほう、私のことを知っているのか?」

射撃を止めた男は、ルーデルの電撃で左腕の一部を真っ黒に焦がしていた。だが服はバリアジャケットであったらしく完全に潰すまではいたっていなかった。とはいえ、彼もルーデルの持つ魔力とその正体に気づいたらしく、油汗を浮かべ、苦々しげに堂々と立つ彼女を睨んでいた。

「そりゃあ有名だぜ、あれだけ派手にやってりゃなあルーデル・テスタロッサよぅ」

男が口に出した名前はティーダが脳裏に浮かべた名前と同じであった。地上本部で今最も勢いのある魔導師の名前だ。

「それなら、これから先の私が言うこともわかっているのではないのかね?」
「『投降しろ』ってか? 残念だがはいそうですかとはいかねえんだよ!」
「違う」

凛とした否定の声が飛ぶ。訝しげに目を細めた男は、背筋にぞくりとした悪寒を感じた。直感にしたがってデバイスを防御に回す。

「『撃破させてもらう』だ!」
「Sonic move.」
「ぐぁっ!!」

スツーカのコアが煌くと同時にルーデルは高速移動で男の懐に入り込むと、スツーカを思いっきり横なぎに払った。
とっさに差し出したデバイス越しに体を打たれ、男は苦悶の表情を浮かべる。

「ほう、よく反応出来たな」
「うるせぇ……!」

本当に感心した様子で漏らすルーデルの声に、完全に見下されていると感じた男は苛立ちを隠しもせずはき捨てる。だが彼が不利なのは変わりなく、今もルーデルの姿を見失っていた。

「なら、これはどうかな?」

降って聞こえた声にはっと天を仰ぐ。そこには、いつの間にか空高く上っていたルーデルが砲撃用にフォームチェンジさせたスツーカを構えて急降下してくる姿があった。
目が合った。
男は違法魔導師として数々の修羅場を潜ってきていた。管理局の追跡を受けたことも一度や二度ではない。だが、はっきりいって今まで、そんな奴らにはそれほど恐怖を感じたことはなかった。殺そうとするのではなく、捕まえようとしてくるからだ。
だがどうだろう。今目の前にいる男の三分の一程度しか生きていない少女に、気おされている。殺意はない、だがその瞳に浮かぶ光はまるで――

「この、悪魔めぇぇぇぇ!」
「悪魔で、構わんよ」

――まぁ、悪魔で済むかは知らないがね。
ルーデルは内心で笑った。

「Thunder Smasher.」

直後、砲撃が男に叩き込まれた。






「やあティーダ。どうしたんだ?」
「ん? ああ、ルーデルさん……」

過剰とも言える魔力ダメージを受けノックアウトされた違法魔導師を引き渡した後、地上本部の休憩室の一角でぼんやりとしていたティーダの正面に、ルーデルが腰掛けた。
彼女が手に持つのが瓶に入った牛乳だったのは、まだまだ12歳かとも思ったが。

「なんというか、俺ってまだまだ弱いと思っていましてね」

ティーダは手のひらをじっと見詰めた。
21歳で一等空尉。魔導師ランクはAランク。十分にエリートと言える出世ルートを辿っているし、執務官になるという目標も、遠い夢ではなくもう少しで手が届く場所にあると彼自身も思っていたが、今日の出来事は考えさせられることばかりだった。
確かに、相手はAAAランクで経験も豊富。勝てなくても誰も文句は言わなかったかもしれない。だけれども、人々を守る管理局員として、常に自分より弱い相手しか現れないという保証はなく、強い敵を相手どって勝てないまでも負けない戦いをとれなくてはいけないのだ。なのに、今日の体たらくである。人質がルーデルだったからよかったものの、もしそれが一般人であったらと思うとぞっとする。
無力感が重く全身に纏わりついていた。

「なら、強くなればいいじゃないか」

あっけらかんと、ルーデルは言い放つ。本当になんでもないことのように。
あまりに当たり前すぎることにティーダはついぽかんと情けない表情になってしまう。

「なんだ、強くなりたくないのか?」
「いや、そういうわけじゃないですけど……」

ただ、どう強くなればいいかわからないのだ。
ふと、目の前の人はどうしてこれほど強いのか気になった。

「ルーデルさんは、なんでそんな強いんですかね?」
「さあ、どうしてだろうな?」
「さあって。そりゃないでしょう」
「私は自分に出来ることをただやっているだけだ。別にコツなんてないな」
「はぁ……」

本当にわからなそうに首を傾げるルーデルは嘘を言っているようには思えず、ティーダは一段と脱力感が深まった気がした。
――天才と凡人の差、か……
諦観にも似た考えが頭をちらついた。
視線をルーデルから外そうとしたら、彼女がぱっと顔を輝かせ手を叩いた。

「ああ、だが私の友人の一人の強さの秘密ならわかるぞ」
「強いんですか、その人?」
「うむ、強い。私に一度土をつけた程だからな」
「へえ……」

一部からは崇拝に近い人気とそれに相応しい実力を誇るルーデルにそこまで言わしめる人間に興味が出た。

「あいつの強さの秘密は、そう『絶対に諦めないこと』だ」
「絶対に諦めないこと?」
「そうだ。結局自分に出来ることを考えて、あがき続けるんだろうな」

語るルーデルはどこか誇らしげだった。そして、ティーダは唇の端を小さく吊り上げた。
――なんだ、やっぱ同じじゃねーか。
立ち止まったら終わり。とにかく自分のやることをやる。
実際は先ほどルーデルがいった『別にコツなんてない』というのと同じだ。なぜなら、当たり前すぎる程当たり前なことをとことん愚直に貫いているだけなのだから。

「ふっ……」

今度は声も出た。
先ほどまでの俯き気味で覇気に欠けていたティーダの瞳は光を取り戻していた。

「いい顔になったんじゃないか?」
「ルーデルさんのお陰ですかね」

にやりと笑うルーデルに同じように笑みを返す。

「そういえば、わざわざ俺のところまで来てどうしたんです?」
「ああ、うん。ちょっとしたチェックにな」
「チェック?」
「いや、もう目的は変わっているからそれはいいんだ」

なんでもないとばかりにひらひらと手を振るルーデルはそれまでとは違って歯切れが悪く、ティーダは内心で首を傾げた。
咳払いをした後ルーデルはティーダを真っ直ぐに見詰めてきて、彼も思わず姿勢を正した。

「実はな、今回のこともあって三等陸佐に昇進することになったのだ」
「おめでとうございます。これで俺よりも上官になりますね」
「ああ、それによってだな……」

一端言葉を切ると、ルーデルも姿勢を正した。

「私は君を部隊に呼べるというわけだ」
「……は?」

ルーデルの言わんとすることはすぐに理解でき、そして同時に理性がありえないと否定する。

「ティーダ、どうだね? 今度出来る私の部隊に来ないか?」
「……」

12歳の少女とは思えない存在感のある笑みと共に差し出されたその小さな手を呆然と見詰めた。

「俺なんかで、いいんですか?」
「なに、君なら問題ないさ。向上心もあるし、な」

ルーデルのウインクが飛んだ。
ふっと息が漏れ、後になってそれが笑いを含んでいたとティーダは気づいた。

「俺なんかでよければ、喜んで」

差し出された手を、取った。






ルーデル隊発足から早六年が経っていた。
少数部隊でありながらその活躍は凄まじく、今や地上本部最強部隊の名を欲しいままにしていて、ルーデルは既に一等陸佐にまで上り詰めている。

「まさかこの歳で前世の階級にまでたどり着くとは思わなかったな」

とは昇進直後の彼女の言であった。
そして新暦75年の2月現在。彼女はミッドチルダから遠く離れた、本来であれば無人世界であるはずの場所にいた。はず、というのは先ほどまでかなり大きな犯罪組織を壊滅させる戦いに身を投じていたからだ。
簡易的な休憩所であるテントから出て、伸びしていたルーデルのもとに連絡が入った。

『よーやっと繋がった……』
「ああ、はやてか。どうかしたか?」
『「どうかしたか?」やないよ。散々連絡取ろうとしたのにさっぱり応答がないんやから。副隊長の私くらいすぐ連絡取れるようにしといて欲しいわ』

空間ウィンドウに映ったのは、ため息を隠そうともしないはやて。彼女はある仕事があるためミッドチルダに残っていたのだ。

「そうなのか? 私はこれでも結構色々と連絡はしょっちゅう入るんだがな。この前だってクイントはギンガをよろしくと言われたしな、まあついでにスバルは普通の女の子として育ってくれて嬉しいとは言っていたが」
『なんでそんな世間話してんの?』
「私が自分からじゃないぞ? メガーヌはルーテシアとキャロが小学校でうんたらかんたらとか、ゼストなんかは顔に似合わずエリオを育てる相談だ、私は学校の先生でもカウンセラーでもないというのにだ!」

両手を腰に当てて憤慨するルーデルを、はやては宥める。

『……まあ、キャロとエリオは保護したのなのはちゃんやけど、引き取り先見つかったのはルーデルちゃん経由やからなぁ』
「まあいい……で、君も世間話なのかはやて?」
『ああ、違う違う。新部隊の方のメンバー引き抜き交渉に目処が立ったから伝えようと思ったんや』
「ほぅ……」

ひどく嬉しそうにルーデルは口元をゆがめた。

『ちゃんと全員当初の目論見通りやで?』
「さすがだなはやて」
『これでもルーデルちゃんとの付き合いは長いからな』
「ははっそうれもそうか」

二人はモニター越しに笑い合った。
新部隊。元々はルーデルが即応即鎮圧用部隊の設立を上申し続けていたことに端を発する。まあぶっちゃけるともっとバンバン出撃したいと思ったルーデルが思いついた策であったのだが、彼女の階級も上がりこのまま小隊規模の長では示しがつかないし、首都航空隊でもいい加減暴走気味なルーデル隊を持て余していた上層部の意向が合致し、彼女の要求を一部受け入れる形で実験的に独立部隊が発足することが決まったのだ。
現在は、はやてが付き合いがある聖王教会の騎士カリム・グラシアの読み上げた不吉な予言を阻止するためという裏の目的もあるが。

『詳しいデータ送ろうか?』
「いや、もうすぐ帰るからいい。その時に見よう」
『え? ……もう終わったん?』
「ああ」

驚きにはやては目を丸くするが、ルーデルはいたっていつも通りに答える。

「はやては居なかったが、ヴァイスとティーダもいれば、なのはとリインフォースも応援でいたのだ。よくわからん力を使ってきはしたが、肝心の切り札はまだ開発中だったらしくてな、負ける要素などなかったさ。それにそう、以前の戦闘機人のように取り逃がすことなく全員捕縛したぞ」
『いやぁ、昔から凄い凄いとは思っとったけど、あのフッケバインをこうも簡単に潰すとは地上の大エース様は違うなぁ……』
「ふっ、褒めてもなにも出ないぞ」

笑ってからルーデルは表情を引き締める。

「まあ、これで春から私は機動六課部隊長になるのか。予言だかなんだか知らないが、そうやすやすと私が通すと思ったら大間違いだということを思い知らせるとしよう」
『ふふっ、さすが相変わらず頼もしいなぁ。そんじゃ、またミッドでな』
「ああ、また後で」

お互い敬礼を交わすと空間モニターは消え、静けさが戻る。

「さて、と……」

振り返ってルーデルは先ほど彼女が出てきたテントへと戻っていく。ゆっくりと歩きながら一度思いっきり伸びをし、無人世界ならではの清潔な空気を胸いっぱい吸い込む。
手をかけると、テントの入り口を思いっきり開いた。

「起きろなのは! 次の戦場が私達を待っているぞ!!」






『後書き』
StS編が始まる瞬間まで。今までより比較的ほのぼのしてるけど、Forceフラグ消えたりティーダ生存したり、なんか本来の六課メンバーが大分平和に暮らしてたり色々とフラグは急降下爆撃。
大方の予想&期待通りに本編唯一のスナイパーであるヴァイスさんにヘイヘさん降臨(出番前半だけだったけど)。 

六課の詳しい構成は次回。取り合えず一話に憑依者一人ルールはそのままなのでまた誰から出現します。



[21273] 聖王様にはカタヤイネンさんが憑依しちゃいました
Name: 細川◆9c78777e ID:2acd4ab0
Date: 2012/01/27 18:13
雪の深さや雪解け後の泥地といった地の利をもって、ソ連から独立を守り抜いたフィンランド。
陸軍の奮闘もさることながら、圧倒的に数で劣っていながらソ連に制空権を完全には明け渡すまいと必死に抵抗をした空軍の働きも見逃せない。
その八面六腑の活躍は凄まじく、欧州においてはドイツ軍以外で最も多く撃墜数を稼いだ「無傷の撃墜王」ことエイノ・イルマリ・ユーティライネンを筆頭にスーパーエースを数多く輩出している。
だが、今回の主役は彼らよりは撃墜数は劣るものの十分スーパーエースと言える通算スコア35.5(端数は協同撃墜)を持つニルス・エドヴァルド・カタヤイネンである。
彼は冬戦争が始まるや否や自ら軍に志願入隊した。冬戦争終了後にパイロット課程を修了したが、ソ連の脅威は消えていないとあってカタヤイネンはさっそく任官するのだが、早速持って生まれた運の力を発揮する。
バッファロー戦闘機での最初の訓練飛行で着陸脚や昇降舵が故障するトラブル。
継続戦争で初戦果を上げた空戦ではエンジンを損傷し危うく墜落寸前。他の戦闘でも被弾して危ういこと数々。
累計撃墜数10機を達成し堂々のエースになったのに修理した戦闘機のテスト飛行で機体ごとひっくり返る(ただし本人無傷)。
しかも、あまりに戦闘機を破損させるため戦闘機部隊から外されるどころか、エースなのにハンガーの掃除係をやらされた。なんとか戦闘機隊に復帰するもバルト海上の戦闘で被弾し三ヶ月入院。
ドイツから受領した戦闘機のテスト飛行ではエンジントラブル。エンジンを交換して再度挑戦したら期待がバラバラになる大事故でまた入院。
いつものことながら被弾した彼は帰路でエンジンから漏れたガソリンガスにより着地寸前に失神、時速500kmで滑走路に突入し機体は大破。重傷ながらなんとか一命を取りとめ入院し、そのまま戦争は終結。
まさに波乱万丈である。

『いや、もういい加減慣れました……』

後に語る時でさえ、諦め混じりのため息をついたという。
「ついてないカタヤイネン」とあだ名された彼の第二の人生は最初からトラブルの連続であった。






春に発足した機動六課は今のところ大過なく運営が行われていた。この機動六課はルーデルの提案した即応即鎮圧用部隊であり、二つの前線部隊は実働部隊でありまさに核である。
その内の一つは部隊長であるルーデル自身が率いるユンカース分隊。副隊長はシグナムで、他にはヴァイスとティーダが属する。
二つ目はリインフォースが率いるミッサーシュミット分隊。副隊長はヴィータで、他にはギンガ・ナカジマとティアナ・ランスターが所属している。こちらは新人教育も兼ねている部隊であり、ギンガとティアナは教導官であるリインフォースや他の隊員の元での訓練が主である。
そして以上二分隊を統括するのがロングアーチ。こちらは実質的な司令部としての後方管制等を行う他に、予備戦力としての役目があり、機動六課のナンバー2である八神はやてと高町なのは執務官を筆頭に、なのはの執務官補佐であるシャリオ・フィニーノやルキノ・キリエ、ザフィーラ、医務官でもあるシャマルが属する。
また他にはヘリパイロットとしてのアルト・クラエッタ。夜間時等を担当する交替部隊として招集されたフォルゴーレ空挺師団がある。
上層部からは戦力過多との声も上がったものの、構成員情報がいつの間にかマスコミにリークされ報道された結果、市民の中に高い期待と歓迎ムードが盛り上がったために引っ込みがつかなくなり、両分隊の隊長・副隊長にはやてとなのはの全員にAAAランクまでの一律リミッターをかけることで落ち着いていた。
一般人でも聞いたことがある有名管理局メンバーが何人もいるこの部隊は「陸海空の大エースの揃った夢の部隊」「ザ・ルーデル・サーカス」などとも呼ばれている。

「うーん、狙いは悪くはないが……遅いな」
「これでも、ですか?」

的を射ぬけて少し喜んでいたティアナだが、構えをといてがっくりと肩を落としてしまう。

「あー、並に比べたら速いぞ? だけどな、お前は並で終わるような奴じゃない。なら、これくらいはできないとな」

言うなりヴァイスは、愛用のライフル型デバイス「モシン・ナガン」を立ち上げるや否や殆ど狙いをつける時間もなく引き金を引く。
ちょっと気を抜けば一つに聞こえそうな銃声が聞こえたかと思うと、距離約300mのところにある的二つのど真ん中が射抜かれていた。

「……すごい」

もう何度も見せられているのに、ティアナは相も変わらずその射撃の腕前に感心してしまう。
物心つく前に両親を失った彼女は、ずっと兄ティーダと二人暮しであった。優しいし、彼女が10歳の時地上でも最も有名なルーデル隊に呼ばれ、たまにテレビなどで取り上げられることもある自慢の兄だ。
そんな兄に憧れて管理局員になった彼女は、竹を割ったような真っ直ぐな気質もあり真面目に訓練を重ね、そして兄の知り合いである平均Sランクというぶっとんだ集団に時折鍛えられたために現在16歳にして陸戦A-ランクになっていた。
これでもかなりのエリートのだが、まだまだこの部隊では下っ端中の下っ端である。
今も部隊一の射撃のプロフェッショナルに射撃の心得を教わっていた。

「なんで、そんなに上手く行くんですか?」
「ん? そりゃお前、そうだなぁ……」

質問に顎に手を当てて少々考え込むと、うんと一つ頷いてからヴァイスは真面目な顔でこう返した。

「練習だ」
「練習……ですか?」
「ああ、例え才能があっても練習なしで開花はしない」

空間ディスプレイでコントロール画面を呼び出したヴァイスは新しい的を出現させる。そして、笑顔をティアナに向けた。

「それに、お前には才能がある。なに、最初から成功しろなんて言ってないんだ。ほら、練習練習」
「はいっ!」

ティアナが返したのも笑顔だった。
一方、それを少し離れた場所から見守る男女がいた。

「うんうん、やる気があるのはいいよな」
「そーですねー」

腕を組み、満足そうに頷くヴィータと、その横で簀巻きにされ吊り下げられているティーダだ。ヴィータとは対照的にティーダの表情は厳しい。

「ヴィータさん……」
「なんだ?」
「そろそろ下ろしてくれませんか?」
「お前はティアナに関してだと暴走するからダメだ」
「なんですと!?」

ショックを受け一時的に硬直したティーダだったが、すぐに復帰すると拘束されていながら全身を揺さぶった。その姿は風に揺れる蓑虫のようで微妙に気持ち悪かった。

「そんな酷いですよ、ティアナに変な虫がつかないようにお兄ちゃん頑張ってるだけなんですよ!? ってああっ! ヴァイスてめー近すぎるんだよ離れろ! 具体的には2m以上!!」
「うっせーよ! 訓練の邪魔すんじゃねえ!!」

グラーフアイゼンの鉄槌が愚か者の頭に叩き込まれた。




いい加減聞きなれたティーダの悲鳴をバックに、ギンガ・ナカジマはリインフォース相手に組み手を行っていた。
母親に仕込まれたシューティングアーツをかなりの練度で扱う彼女ではあるが、さすがにリインフォース相手では有効打を打ち込むには至らないし、そもそも相手を本気にさせることも出来ていない。
リインフォースは基本的にギンガの攻撃を捌くばかりで、ギンガに相手を観察し、頭を使って倒すやり方を教えようとしている。また一方でギンガに隙があればそこへ反撃をねじ込むなど、常に緊張感を保たせていた。

「うむ、かなり戦術に幅が出てきたな。フェイントにも切れが出ている。ただ、本命に使うのが利き腕ばかりではどんなに上手いフェイントでも予測されやすくなるぞ」
「はいっ!」

大きく体を捻った拍子に汗を散らせながら、ギンガは気合の入った声で答える。
ギンガ自身が志望していた管理局入りには、当初母親が反対していたため、彼女の計画より訓練学校に入るのも遅くなっていた。今も、あまり母親はいい顔をしていない。
もちろん、それが自分自身を心配しているが故だということはわかっているが、まだ子ども扱いなのかという反発を覚えてしまうのも確か。
だから、早く母が心配せずに済むようになりたいと思う。

「はぁっ!」

強くなりたい。その一心が彼女にはあった。
こちらでも、遠くからそんな二人を眺める人影があった。

「なあ、シグナム」
「なんだルーデル」
「私は、なぜ訓練に参加してはいけないんだ?」

ふてくされた顔で、倒れた丸太の上に座るルーデルのあまりに今更な質問に、シグナムは小さく肩を竦めた。

「お前が参加すると、訓練にならん。実戦に出る前に貴重な戦力を怪我させられてはたまらんからな」
「そんなことはないぞ」
「ならお前、手加減できるのか?」
「む……」

流石のルーデルも黙りこんでしまった。

「それよりも、お前はもっとやることがあるだろう」
「はっはっは、書類仕事は私の柄じゃない」

悪びれた様子もなく笑う彼女を尻目に、シグナムは今頃苦労しているであろう主を想ってため息をついた。




「休暇、ねぇ」

最も激務をこなすと言われている機動六課副隊長の執務室、通称「魔の書類部屋」において、はやてはたった今渡された一枚の休暇申請の書類を恨めしげに睨み付けていた。

「う、うん。休暇だよ?」

休暇申請を出した張本人のなのはは、はやてから立ち昇るオーラに気圧されていた。有給休暇も結構溜まっているし、六課発足以降では初の申請なのだから、文句を言われることはないはずなのだが、なにか酷く悪いことをしている気分にさせられている。

「ふーん……クロノくんとデートか?」
「え? えと、まぁ、そう、なるのかな?」

恥ずかしそうに、ほんのり頬を桜色に染めて微笑む姿は、まさに花も恥らう乙女。
だが、大分鬱憤が溜まっているはやてにしてみれば女人生を満喫している勝ち組の勝ち誇った笑みにしか見えない。目尻を吊り上げ、机を思いっきり叩いた。

「かーっ!! なんでなのはちゃんには彼氏がいて、わたしはこんななんや! 不公平や!!」
「だ、大丈夫だよはやてちゃんもきっといい人が――」
「キェーッ! いまいましい勝者の余裕!! どっちもルーデルちゃんに引っ張られまくっとるのになんでこんなに差がついとるんやうわーん!!」

怒ったと思ったら泣き出してしまうはやて。机の脇に転がる大量の栄養ドリンクの空瓶を見て、相当睡眠時間が危険水域にあるなとなのはは気づいた。

「お、落ち着いてはやてちゃん!」
「同情するなら時間をくれ!!」

はやての異様にぎらつく瞳のために、目の下の隈が余計に目立つ。

「これが運命って言うんか、ああ゛!? だったら責任者出てこんかい!!」
「はやてちゃん……ごめん!!」
「訴えてや……うっ!」

レイジングハートを起動させるとはやてを一撃、気絶させて強制終了させる。
机につっぷしたはやてをつついて意識がすぐに戻る気配がないとわかると、彼女を部屋のソファへと横たえてから、なのはは一息ついた。

「と、とりあえず無理矢理だけど少し休んでもらおう」

そして、さすがにかわいそうなので、はやての机の上に溜まっている書類を代わりに処理し始めた。

「こっちの損害に対する補償は保険会社を強請って金を引き出す予定だから後回しで……そうそう、わたしの休暇申請は許可、と」

ちゃっかり我田引水することも忘れないあたり、なのはも強かに育っていた。






気づいたら襲われていた。

「うひゃあ!!」

死んだはずなのに目が覚めたと思ったら、よくわからない機械のようなものが変なケーブルもどきを伸ばしてきていたのだ。
もう遺伝子レベルで刷り込まれた回避運動を体が反射的にとり、地面を転がるようにカタヤイネンはそれを避ける。

「なんなんだこれ!?」

取り合えず走り出そうとして、足が重い。見れば、ご丁寧にもスーツケースのようなものが鎖を通して自分の足と繋がれている。
しかも目線がなんだかとても低いし、声も女子供のように高いなど変なことばかり。
全く持って意味不明な事態だが、唯一わかることがあった。

「やっぱり私はついてない!!」

必死に、謎の機械ことガジェットからカタヤイネンは逃げる。
最盛期は大昔とは言えエースパイロットであり、周囲にも観察の目を向ける。かなり暗いが、裸足の足裏に感じるコンクリートの感覚、お世辞にもいいとは言えない匂い、脇を流れる澱んだ水流から、下水道内であるようである。
――やっぱりわけがわからない!
頭をがしがしと掻くと、視界に金色の髪がちらついた。本来の頭髪とは明らかに異なる色である。もう彼の危機察知レーダーがびんびんに反応していて、口元が歪むのがなんとなくわかった。
まだ本人は気づいていないが、緑色の右目と赤色の左目という事実にも気づいたら、さらに頭を抱えるだろうと容易に想像できる。
しかし、元々ギリギリの逃走劇で一瞬意識を他のものに取られたことは大きな隙を生み出してしまった。ついに、ガジェットのケーブルが彼の小さな体を捕らえたのだ。

「かはっ!」

横なぎに振るわれたケーブルにより、水平に吹き飛ばされた彼は強かに壁に打ちつけられてしまう。
骨折のいくつかは覚悟しなくてはならないようなやられ方だったのだが、意外にも目立った怪我があったようには感じられない。
実はこれは、カタヤイネン自身の変態的怪我耐性もさることながら、現在の体がかつての聖王のクローン体であるために意志とは関係なく聖王の鎧という強力な防御効果が働いた結果であるのだが、知る由はない。
今の彼にはただ早く逃げたいという一心しかない。

「くっ……」

どうにか震える体に力を込めて身体を起こすが、その間にガジェットに囲まれてしまっていた。
下がろうにも背後には固く冷たいコンクリートの壁が迫っており、すぐに行き場がなくなる。
まさに万事休す。

「く、くるなああ!!」

至近距離にまで迫ったガジェットに対し、無意味とわかっていながら両手を突き出し、ぎゅっと目を瞑る。
すぐにまた衝撃がくることを想像していた彼は、瞼越しに見えた眩い虹色の光も自分に対するあの世へのお迎えだと信じて疑わなかった。
だが、いつまで経ってもなにも来ない。
不審に思いそっと片目を開くと、次の瞬間には両目を丸く見開いていた。

「なに……これ?」

先ほどまで重力を無視して浮きながらカタヤイネンを追っていたガジェットが、見るも無残なスクラップ状態になって地面に転がっている。撃墜されたソ連爆撃機のようだ。
ふと、先ほどの虹色の光を思い出し、出ろ出ろと念じながらおもむろに両手を前方に突き出してみる。

「はっ!」

が、なにも起こらない。
ではあの光はなんだったのだろう、と首をかしげる。
――まさか魔法か?
が、さすがに御伽噺ではあるまいし魔法などに目覚めるわけがないと思い直した。

『なんで生きていられるんだ?』

事故から生還するたびに、もう何度も問われた疑問。そして今までで一度もちゃんとした返事を返せていない質問。
なぜだか生き残る、それがカタヤイネンであり、今回もとりあえず心の中で神様に感謝してからさっさと逃げ出した。
取り合えず地上に出よう、と。




引きずっていたスーツケースがとても重く、殆ど体力を使い果たしてしまったが、どうにかカタヤイネンはマンホールを押し開け地上へ出ることに成功していた。
太陽の光が眩しくも、聳え立つ近代的建物がとても懐かしく感じる。
だが、ほとんどボロ一枚なのに寒さを一切感じないとは、どうやらここは祖国フィンランドではないのだろうな、とも同時に思っていた。

「クロノくん、それでね――」
「へえ――」

遠くで人の声が聞こえた。
精神、肉体両方での疲労から意識が朦朧ししつつあるが、助けを求めようとそちらの方向へ向かう。

「で、はやてちゃんが――」
「ああ、それはご愁傷様だ――」

視界がぼやけてきたが、耳に入る声は大きくなってきている。

「っ! クロノくんあの子見てっ!」
「あれは!」

シルエットだけになった人影が、こちらに寄ってくる。それにカタヤイネンも手を伸ばす。

「た、助け……」

足はもつれ、もう体勢を立て直す力はなく倒れ込むが、そっと人影に受け止められた。
――ああ、助かった。
安堵と同時に、カタヤイネンは意識を失った。






「もう怪我は大丈夫?」
「はい……おかげさまで」

柔らかい笑みを送ってくるのは先ほど高町なのはと名乗った女性で、あの時自分を受け止めてくれた女性らしい。
感謝を述べ、表面的に浮かべる笑顔とは正反対にカタヤイネンは内心とても困っていた。
カタヤイネンが意識を取り戻した時、白く清潔なベットの上にいた。
嫌々ながらも慣れている光景に、すぐにここが病院であるということに気づいた。そして命がまだあることにほっと息をついたのだった。
だが、そこからが難題の連続であった。
髪が金髪に変わるだけでは終わらず、普通ではあり得ないはずなのに両目が色違いで、しかも体自体が大体5歳相当の少女になっている。
さらには地名が聞いたこともないし、治療で魔法などというものを使われてしまいますますカタヤイネンの頭を混乱させた。
なんとか情報収集をすると、魔法が普通に存在たり、世界は多くの次元世界にわかれていて、今の世界はそのうちの一つだったり、時空管理局とかいうでかい組織もあったりと、はっきり言って意味不明だった。
自分の常識など全く役に立たない状況に追い込まれたカタヤイネンは取り合えず考えるのをやめ、わからないことに対しては曖昧な微笑みを浮かべ、言っても信じてもらえなさそうな前世みたいなことや地下下水道でのことは一切喋らないことに終始した。その結果記憶喪失という診断結果が下されたのは都合よかったことではある。
そんなこんなで数日が経ち、いい加減諦めがついて自分の現状を受け入れられるようになって、治療費とかどうなるんだ? 子どもってことは保護者がいなくちゃいけないんじゃ? などと多少現実的なことも考えられるようになっていたカタヤイネンの元に面会者がやってきた。

「お名前は?」

それが、なのはだ。
命の恩人ともいえるなのはは、まだ20にも満たないように見え、一応はおじいさんになるまで生きていた彼、いやもはや彼女にしてみれば孫みたいなものなのだが、今の自分の体は5歳児であるため、なんとも変な感じだった。

「えっと……ニ」
「に?」

ニルス、と以前の名前を言いそうになり、カタヤイネンは口をつぐむ。
よく考えたら、前世の名前は男性名で、今は少女である。さすがに変だ。だが、もう「ニ」だけは発音してしまっていて、目の前のなのはは口には出さないものの、

『それでそれで、その続きは? わくわく!』

と顔に書いてある。

「その。ニ、ニパ……です」

結局かつての愛称で誤魔化した。

「そっかぁ、ニパって言うんだ」
「は、はい」

なのははぱぁっと表情を輝かせる。だが、すぐにちょっと困ったように眉尻を彼女は下げるのだった。

「ニパって、昔のこととか自分のことはほとんど覚えてないんだよね?」
「……はい」

子ども向けに噛み砕いて言っているが、記憶喪失のことを指しているとわかったので、ニパは神妙そうに頷いて見せた。

「あのね? ニパがよかったらなんだけど、記憶が戻るか本当の家族が見つかるかまででいいんだけど、わたしのところにこないかな?」
「え?」
「あの時会ったのもなにかの縁だと思うんだ。だめ……かな?」

少し寂しそうに言われてしまうと、元来人のいいニパは言葉に詰まってしまった。
それに、彼女自身も右も左もわからない世界に放り出されていた身であって、ほんのちょっとではあるが面識のある人と一緒にいたいと思ってしまうものだった。

「その……私、右も左もわからないんですけど、いいんですか?」
「大丈夫だよ! 二パはまだ5歳なんだから、これから色々教えてあげる。それに5歳なのに二パはすっごく礼儀正しいからね」

なのはは顔の高さをちゃんと二パに合わせるとにっこりと優しく微笑んだ。
ほんわかと安心できる笑みだ。

「それじゃあ……その、お願いします」

ゆっくりと頭を下げた。

「うん、うんっ! よろしくね、ニパ!」

そっと頭を撫でられた。恥ずかしかったけど、どこか温かく気持ちよかった。

「私が、ちゃんと守るよ!」
「えと……お願いします」

なのはの後ろで不安げに見守っていた、クロノ・ハラオウンと名乗った青年が優しげに微笑んだのが見えた。






――早まったかもしれない。
怪我がすっかり治ったニパはなのはに連れられて退院したのだが、そのまま向かった先である機動六課に到着し、そこで主だった人たちと顔合わせをした時、正直こう思った。

「やあ、機動六課の部隊長をやっているルーデル・テスタロッサだ」
「私はリインフォースだ。よろしく」
「こ、こちらこそ……」

どちらも美人で裏のない笑みを浮かべてくれているが、ニパの危機察知レーダーは最大限の危険を訴えている。そう、この二人に巻き込まれるときっと大変なことになる、と。
深くお辞儀することで、ため息を隠した。

「おー、小さいのに偉いなぁ」
「えへへー、そうでしょ」
「なんで、なのはちゃんが威張るんや?」
「わたしが今は保護者ですから!」

あまり関わり合いになりたくない人から視線を逸らすと、なのはが茶髪の少し小柄な女性と話ていた。
なぜかよくわからないがその女性に魅かれるものを感じてじっと見ていると、その視線に気づいた女性がニパに近づいてきた。

「わたしは八神はやて言うんよ。よろしくなー二パちゃん」

ニパに合わせようと屈みこんだはやての顔が近くで見える。
笑みを作っているが、どこか疲れたような感じは隠せていない。びびっと二パの直感が煌めく。
――私とセイムスメルがする!
魅かれた理由がよくわかった。この人、八神はやてからは、ニパ自身と同じ貧乏くじを引いてしまう不幸な人の香りがしたのだ。そしてきっと、その被害の原因は先の危険な二人のどちらかだろうとも気づいた。

「よろしくお願いします」

心から笑みを浮かべたが、はやての表情は微妙だった。

「……なんか、誰かにめっちゃ同情された気がする」
「はやてちゃんやっぱり休んだ方が……」
「なんや、その後30時間耐久書類レースしろって言うんか?」
「やっぱり……」
「ん? ニパちゃんなにか言うた?」
「あ、いいえ」

とにかく、ニパはこうして機動六課で暮らすことになった。
なんだかんだで軍事施設のようなもので生活することに心配する人は多かったが、中身は元軍人のニパ。上手く適応していた。問題なのは女の子らしい口調に慣れることだった。






ことん、と。はやての机の上になにかが置かれた。

「ん?」

顔を上げると、湯気を立てるコーヒーが一杯置かれていた。
――はて? 誰にも頼んでないはずやけど?
もう少し顔を上げると、小さい体にはとても大きく見えるお盆を持っているニパが立っていた。

「えっと、もしかして……?」

コーヒーを指差すと、ニパは頷いた。つまり、このコーヒーはニパが淹れてくれたかららしい。

「持ってきてくれたのは嬉しいけど、どうしたん? なのはちゃんに頼まれたんか?」
「いえ。はやてさん、いつも大変そうですから」
「……」

心臓がなにかに打ち抜かれた。それくらいの衝撃がはやてにあった。
まったく悪びれた様子もなく書類を押し付けていくルーデル。
大変そうだな、とは言うものの主の手伝いをすることはないリインフォース。
たまに手伝てくれはするものの、レリック関連の捜査に逃げることの多いなのは。
延々と毎日毎日を書類仕事に捧げる羽目になっていたはやてには、少女のはにかんだ笑みとちょっとした優しさは身に染みまくりだった。
――やばい、天使がおる!

「ニパちゃん!!」
「うわっ!」

ぴょーんと某大怪盗三世のようなポーズで執務机を飛び越えるとニパをがばっと抱きしめる。その両目からは感動のあまり滂沱の涙が溢れている。

「ほんまニパちゃんはええ子やなぁ」
「あの……」
「ニパちゃんはこのまま育ってやぁ」
「く、苦し……」
「わたしこれでまた暫く頑張れるわぁ」
「っ……!」

すっかり自分の世界に入ってしまっているはやては強く抱きしめすぎていることに気づかない。
やっぱり、ニパはついてなかった。




午前中。テレビを見ていたもののいい加減に飽きてしまったニパは六課の中をうろついていた。
今は皆が職務中で廊下を歩く人影もあまりなく、のんびりと散歩としゃれ込むことができるのだ。

「なにかお手伝いしようかなぁ……」

もちろん、機動六課の直接的な仕事は、管理局員でも民間協力者でもない彼女に手伝えることはない。
けれども、掃除などといった雑用ならば可能なのだ。まだ5歳ということで、遊んでいいよ、と言われることも多いが、中身は大人。なにもしないのも居心地が悪い。
それに以前掃除をした時は、ハンガー掃除の経験が生きたのか、ヘリの格納庫の人にその手際をとても褒められたので、味を占めていたりした。

「お!」
「あ……」

が、角を曲がったところで人に出くわした。それは、六課での最高責任者にしてニパの合いたくない人ランキングトップのルーデルである。

「どうしたんだこんなところで?」
「えと、ちょっと散歩を……」
「そうか私と同じだな。はっはっは!」

――いや、あなた職務中じゃ。
つい口から出てしまいそうだった突っ込みはなんとか飲み込むことに成功する。そんな内心など露とも知らず、ルーデルは女性なのにとても男らしく大笑している。
と、ルーデルは顎に手を当てなにか考え込むようにして、じっとニパを見詰めてくる。まずい予感しかせず、さっさとこの場を辞そうとした彼女だったが、先に口を開いたのはルーデルだった。

「ふむ……せっかくだ君も六課に体験入隊してみるかね?」
「え゛!? いえ結構です」
「はっはっは、子どもがそんな謙虚になる必要はないぞ!!」

断っているのにルーデルは無視してニパの腕を掴む。

「そうとなればさっそく訓練だ! 休んでいる暇はないぞニパ!!」
「いやだああああ!!!」
「はーっはっはっは!」

子どもの体では(例え元の通りであってもルーデルに勝てるわけがないが)抗うべくもなく引っ張られるのだった。
その後、ニパは思い出すのも恐ろしい地獄を体験させられることになる。
あとちょっとなのはが助けに入るのが遅かったらまた病院送りになるのではと思う程で、あまりの恐怖についついなのはに泣きついてしまった。
ニパは知らないことだが、怒り心頭に発しているなのはに謝りながらもルーデルはこう言っていた。

「だがな、歴戦の兵のように筋はとてもよかったぞ?」

全く反省してないとなのはの怒りに油を注ぐ羽目になっただけであることは言うまでもない。
しかし、ルーデルの直感というのは恐ろしく、彼は二パには絶対になにかあると訝しむことになる。そしてほぼ同時に、二パが人造魔導師であるという調査結果が出て、確信に変わる。






ジェイル・スカリエッティのアジト。彼の作品にして娘である戦闘機人のナンバーズの数人は、食堂のような部屋でちょっとした暇を持て余していた。

「ノーヴェはどう思うッスか?」
「なにをだよ?」
「そりゃもう、今度地上本部と同時に襲撃かける機動六課のことッスよ。なんでも私たちの最大の敵になるだろー、とかドクターも言ってたじゃないッスか」
「ああ、それか。どうだろうな、会ったことないからわからん」

船を漕いでいたウェンディは部屋に入ってきたノーヴェを見つけると、さっそく話しかける。面倒くさそうな表情を見せながらも、ノーヴェはウェンディの向かいに座った。
話題は当然のように機動六課のことである。

「なんでも化け物だとか言われてるらしいけどよ」
「らしいッスよねー。あ、そうだ」

くるっと椅子ごとウェンディが振り返った先には、銀髪と黒い眼帯が目立つ小柄な戦闘機人がいた。

「チンク姉!」
「ん、なんだウェンディ? 」
「確かチンク姉は機動六課のルーデルとか言う女と戦ったことあるんスよね?」
「……」

突然、まるで時が止まったようにチンクの動きがなくなった。

「チンク姉? どうしたんだ?」

不審に思ったノーヴェが声をかけると、ようやくチンクがゆっくりと二人の方へ振り向いた。
だが、未だに表情はぎこちなく、室内は適温に保たれているはずなのに、汗をかいている。

「は、ははっ……い、いやなんでもないぞどうしたんだ?」
「私たちの敵の総大将のルーデルって女は、チンク姉の目を片方潰したくらいだから相当なんスよね?」
「あ、ああ……ルーデルか……」

が、ここでまたチンクは動きを止めてしまう。
だが今回はぶるぶると震えだし、汗をだらだらと流す。

「金色の光が…………空から……攻撃あたってるのに止まらない……」

ぶつぶつとよくわからない言葉がチンクの口から漏れるばかり、そして段々と震えは増していき、顔色も髪色に負けないくらいに白くなっていく。
しかも目の焦点があっておらず虚ろだ。

「チ、チンク姉!?」
「大丈夫ッスか!?」
「……急降下…………はっ!」

普段は見た目とは正反対に落ち着いた姿を見せる姉のあまりの事態に、二人もただごとではないと気づき、チンクの肩を揺さぶる。
その衝撃に現実に戻ってきたチンクは、周りをおびえたようにキョロキョロと見まわし、安全なことに気づくと本当に安心したように深く長い息をつく。
その時、そっと眼帯の上から今は亡き右目をおそるおそる抑える。

「い、生きている……そうだ、私は生きている。右目は失ったが生きているんだ……」

またぶつぶつと、確認するようにつぶやくチンク。
どう考えてもチンクがおかしくなった原因はルーデルのことを聞いたからで、そんな彼女の率いる機動六課と全面対決をすることになると考えると、ノーヴェとウェンディの心の中にはえもいわれぬ不安が生まれていた。






公開陳述会が開かれていた地上本部は、戦火に包まれていた。
突然襲来したガジェット軍団。なぜか地上本部ビル内部が工作で破壊され、万全であったはずの警備体制は崩れていた。
警備に駆り出されていた機動六課メンバーも苦戦を強いられていた。

「ちっ! 数だけは多いな!」
「だが、やるしかあるまい。幸い全員のデバイスは手元にある」
「さっさと、お前らも働け!」

貴賓席周辺を警備していた、シグナムとリインフォース、そしてヴィータ。三人は手早くデバイスを立ち上げると、ガジェットの排除にかかった。
外にいた人員は大丈夫そうであったが、問題は中にいた人員である。

「はっはっは! また私の前の現れるとはいい度胸ではないか!!」
「うわあああああ!! 来るなあああああああ!!」
「どうしたかかって来い! 今度は右目だけでなく命を潰してやろうではないか!!」
「だからイヤだったんだああああああ!!」

当然、ルーデルは問題がない。他の人員である。

「ティアッ!」
「任せて!」

ギンガが拳を振りぬき、ガジェットを一機撃破。彼女の背後に迫ろうとしたガジェットはティアナが撃ち抜く。
もちろん、ギンガは振り向くことはない。
完全に相棒を信用しきっている。

「「ルーデルさんと模擬戦した時に比べれば、全然怖くない!!」」

新人二人は連携を取って、冷静に、恐れることなく戦っていた。

「はやてちゃん大丈夫?」
「まあ、やられはせんよ。でも、やり辛いわぁ」
「うん、わたしも……」

運悪くビル内部におり閉じ込められたなのはとはやては、基本的に距離をとっての射撃、砲撃を得意とするため、限られた屋内での戦いにてこずっていた。

「ただ、わたしたちより心配なのは、新人たちやね」
「うん、でも……」
「でも、どうしたんや?」

廊下の角から飛び出してきた敵兵を撃ち抜いてから、はやてはちらりと背を任せるなのはに視線を向けた。

「なんだかね、嫌な予感がするんだ。もしかしたら、二パが狙われたりしないかな……って」
「二パちゃん、か……」

はやても表情をしかめる。
簡単に「大丈夫」と言えない要素が揃っている。なんといっても二パは人造魔導師で、ルーデルがそうであるように、なにかしらの理由がある。しかも発見された時、彼女はレリックの入ったケースが足に繋がれていたのだ。
レリックを探すスカリエッティが見逃すはずがない。

「お留守番組に、頼むしかないな……」

機動六課に残る仲間たちを、強く信じながら、また一機ガジェットを破壊する。




「そこだ!」

モシン・ナガンが魔力弾を射出する。
遥かかなたにあったガジェットが中心を貫かれた。

「数ばっかり多いな……」

眉間にしわを寄せ、ヴァイスは呟く。
だが、その表情には面倒くさそうな思いはあっても、悲壮感はない。

「まあ……露助の、リュッシャの大部隊よりか余程楽だ」

かつてのコッラ川の死神は、淡々とガジェットを撃ち抜く。

「あんたほどじゃないけど、俺も潜り抜けた修羅場ならちょっとは自信あるぜ!」

橙色の光弾が飛び、こちらもガジェットを撃ち抜く。
ふぅ、と息をつくティーダが、ヴァイスの横に飛び降りてきた。

「よっ、そっちはどうだ?」
「まぁまぁだなぁ。お前こそどうだ?」
「俺も大丈夫だ。ザフィーラさんやシャマルさんもそうだが、あの集団も気張ってるからな」

ちらりと目線を横へと向ける。

「ああ、フォルゴーレ空挺師団か……」

ヴァイスも頷き、視線を一瞬脇へ向ける。

「ここで活躍すれば女の子からの評価が鰻登りだ気張れてめぇら!!」
「うおおおおおおお、機動六課万歳!!」
「美少女だらけの夢の職場を壊されてたまるかああああ!!」
「訓練中の乳揺れが見えなくなってたまるかあああ!!」

交代部隊であるフォルゴーレ空挺師団。
しょっちゅう六課の女性人に声をかけるなど、少々問題が多かったのだが、六課がピンチとなったこの時、獅子奮迅の活躍を見せていた。
果敢な肉薄攻撃でガジェットの瓦礫の山を次々に重ねあげていく。

「防衛ラインは問題なく維持できそうだ」
「ああ……」

頷きあうと、二人は再び別れ、戦いに身を投じる。
遠く見える、戦闘機人に注意をしながら。
――なんで、前線に出てこない?
不可解な謎が一つだけしこりのようにあった。

「思ったより、固い……」
「うん」

ディードとオットーが声を交わす。
ヴォルケンリッターのザフィーラとシャマル、ヴァイスとティーダが手ごわいことはわかっていた。
だが、すぐに崩れると思われたフォルゴーレ空挺師団が予想外の大奮闘を見せたため、崩せずにいた。

「ですが、私たちの役目は敵の目を引き付けること」
「最高じゃないけど、まったく問題ない」

無表情な二人の表情は、どこか不気味だ。




――嫌な、予感がする。
後頭部がちりちりとなにか焼けるようだ。墜落直前の感覚によく似ていた。
ガジェットが、機動六課をアリの這い出る隙間もない包囲網を敷いて出現したことがわかってすぐ、二パはシェルターへと連れて行かれ、中から出ないように言いつけられていた。
無造作に置かれた簡易ベッドを背もたれに床の上で一人膝を抱えて、響く戦闘の音を聞いていたが、落ち着かない。

「本当に、大丈夫なのかな……」
「なにか、不安?」
「えっ!?」

独り言に返ってきた返事に驚き、背後を振り向く。

「お姉さんに言ってみる?」
「っ!」

どういう仕組みなのか、ベッドの上に上半身だけを出している、水色の髪の少女がいた。

「どうも、お迎えに上がりました聖王陛下」

下半身もすべて引き出すと、手を胸の前に置き、慇懃に芝居がかった礼をする。

「あ、う……」

――逃げないと!
特徴的なボディスーツに、謎の能力。どう考えても少女は戦闘機人だ。
まったくもって戦闘能力のない二パが、勝てるわけがない。

「あー、ごめんねー。命令だからさ、逃がすわけにはいかないんだ」

一歩、足を踏み出したのだが、その背後に少女の手が伸びる。

「ちょっと、寝ててね~」

意識が刈り取られた。
――ついて、ない……




「え……?」

茫然と、声を出し、全身から力が抜けそうになったのはなのはだった。
地上本部の混乱を鎮圧して、ガジェットも撃退したという連絡を受け、ルーデルやなのは達がほっと一息をついて帰ってきた。
なのだが、出迎えに出てきたヴァイスとティーダは肩を落としていて、こう言ったのだ。

『二パが拉致された』

まるで姉のように、そして母のように、基本的にはしっかりしているのに時々危なっかしい二パを大切に育てていた彼女は、目の前が真っ暗になる。

「どういうことだヴァイス! 説明しろ!!」

横でルーデルが激昂し、ヴァイスの胸倉をつかみあげていた。
苦しそうに、顔をしかめるも、ヴァイスは淡々と事実を伝える。

「シャーリーがシェルター内の監視カメラをチェックしてくれた」
「なにかわかったのか!?」
「地中を特殊な能力、ISで通ってきたんだろう戦闘機人が、二パを攫っていった」
「なにっ! 地中だと!?」

とても悔しそうに、ルーデルは歯噛みすると、ヴァイスから手を放す。

「すまんな、ヴァイス」
「いえ、別に。俺もその気持ちわかります」

乱れた襟を整え直すヴァイスも、悔しそうに地面を蹴った。

そんな光景も、なのはには遠い出来事のようだった。

「そん、な……二パ、が……」

短かったけれど、一杯詰まった記憶が、さーっと脳裏を駆け巡る。

初めて会った時はぼろぼろで、かすれた声で『助けて』とつぶやいていた。
病院では、見た目以上に大人びていて、礼儀正しかったかれど、どこか怯えたような表情が放っておけなかった。
夜、寝入った寝顔は年相応で、無意識に伸ばしていたのだろう手が自分のパジャマを握っていたのが愛おしかった。
フォルゴーレ空挺師団の人たちから、両手いっぱいにもらったアメを、ロングアーチのみんなに配っていたのは、誇らしかった。
昼休み、二パがみあたらなくて探していた時、掃除の手伝いを整備員らにとても褒められていた姿は、照れくさそうにも嬉しそうだった。
ルーデルに無理やり訓練に参加させられ、泣きついてきた時は、あまり頼ってこない二パに頼られたようで、実はちょっとうれしかった。

二パの笑顔は、いわゆる子どものような無邪気の笑みといったものはほとんどない。
だけど、その照れたような笑みは、大人を癒してやまなかった。

その彼女が、二パがジェイル・スカリエッティに攫われた。

「そん、な……」

手から、握りしめていたレイジングハートが音を立てて落ちた。
気づけば、膝から力が抜けて、地面に手をついていた。

「なのはっ!?」
「なのはちゃんっ!?」

ルーデルとはやてが驚きの声を上げるが、なのははそれどころでなかった。
目の前、いつになく近くに見える地面の上。転がったレイジングハートの上に、一粒、二粒と涙の雫が落ちていく。

『私が、ちゃんと守るよ!』
『えと……お願いします』

病院で、はにかんだ笑みを浮かべる二パの姿が見えた。
しかし、すぐにその光景は涙で揺らいでしまった。

「約束、したのに……」

もう、なにも前は見えなかった。

「私、守れなかった……」

喉の奥がひきつり、嗚咽が漏れそうになる。

「守れなかった!!」

なのはの慟哭が、夜の隊舎に響き渡った。






二パがスカリエッティ陣営に拉致されてから一週間近くが経った。
――ついてない、ついてないって思ってたけど、こうなるとはね。
まるで他人事のように、自分の現状を二パは考察していた。

「はぁ……」

両手両足を拘束され、まるで手術でも受けるような姿勢だ。
左右には戦闘機人が二人、なにやら作業をしている。

「ついて、ないな……」
「はぁいお姫様、怖くないですよー」

呟きを聞きつけたか、メガネをかけた戦闘機人――クアットロが二パに顔を近づけて話しかけてきた。
二パは面倒くさそうに、適当に返答した。

「別に、怖くはないです」
「強がったりしないで、泣いたり叫んだりして助けを求めてもいいんですよー? まぁ、だぁれも助けになんて来ませんけどね」
「……」

なんともクアットロの笑みは胡散臭く、二パは視線を逸らして無視した。

「ふん……つまらない」

クアットロが小さくつぶやいたのが聞こえたが、スルー。あちらが思っているような見た目通りの幼女ではないのだから、当然と言えば当然ではあるが。
なんとなくもう一人の戦闘機人――こちらはディエチが空間に浮かぶキーボードのようなものを操作しているのを、眺めていた。

「バイタル良好。魔力安定よし。移植準備OK」

ディエチがそう呟くと、二パの足側の方にあるトビラが開いた。

「うん、いいタイミングだねぇ」

入ってきたのは、満足げにつぶやいたスカリエッティと、彼の横に控えるウーノだ。
ウーノはすぐに、提げていたアタッシュケースのようなものを掲げてみせる。
そして同時に、二人がどこか黒い笑みを浮かべて二パを見下ろしてきた。

「……っ!」

隙を見せてたまるかと、表情をなるべく変えないようにしてスカリエッティを睨むが、まったく効果はない。
それどころか、頭の中で警鐘が鳴り、全身の発汗が活発化する。
――あれは、やばい!
理由はないけれど、そう感じる。まさに直感だ。
ウーノが、ケースを開き、現れた赤い宝玉――レリックを見た瞬間その感覚は高まる。

「あらぁ? どうしましたぁ?」
「なにも……ない」

声は上げないものの、表情には現れていたのだろう、クアットロが心底愉快そうな笑みで声をかけてきた。
そっけなく言うが、先ほどまでの余裕はなく、逆にクアットロを楽しませるような対応をしてしまう。

「さて、始めようか。聖王の器にいま、王の印を譲り渡す。ヴィヴィオ、君は私の、最高傑作になるんだよ」

レリックを手にとったスカリエッティが、すぐ側に歩み寄ってきた。
だが一つ、二パには気になってしまう言葉があった。

「ヴィヴィオ……?」
「それが、君の名前ではなかったのかね? 君を生み出した研究所の記録上ではそうなっていたが?」

スカリエッティの動きが止まる。その表情には興味の色が濃く表れていた。

「そう、なんだ……知らなかった」
「おや? となると、覚えていなかったのかい?」
「ヴィヴィオなんて名前は覚えてなかった」
「ほう、それは奇妙だ」

顎に手を当て、にやりと気持ちの悪い笑みを浮かべる。

「なら、君が今名乗っている名前を聞いておこうか?」
「…………」

答えるべきか、二パは悩んだが、言ってしまうことにした。
どうせ、名前一つを知られたからといってなにが起こるということもない。それよりも、スカリエッティの中に自分の名前を刻んでやるのも悪くない。

「……二パ」
「ふむ。『二パ』かい?」
「そう。『ついてない』二パ」
「ふはははは、自ら自分をついてないと称するか、おもしろいねぇ!」

破裂したかと思うような大声を出し、身をくの字に曲げてスカリエッティは笑う。
だが、すぐに笑いをやめると、今までで一番近く、二パの顔に自らの顔を近づけた。

「だが、君の不幸はどうやら私の幸せにつながっていたようだね」
「そんなことで、喜ぶとでも?」
「喜ぶ必要はないさ。だが、一つ知っておくべきだな。この世は所詮ゼロサムゲームだということを」

レリックを高く掲げる。

「奪わねば、欲するものは手に入らない」

そして、振り下ろした――

「だがそれゆえに、人は欲望を満たすことに幸福を感じるのだ!!」

レリックが自らの身に触れた瞬間。激痛と共に二パの意識は途切れた。






『さあ、いよいよ復活の時だ! 私のスポンサー諸氏。そしてこんな世界を作り出した管理局の諸君、偽善の平和を謳う聖王教会の諸君も……見えるかい?』

笑みを堪えるような、スカリエッティの声が、重い頭の中に響く。
ぼうっとした意識に揺られていたが、なにやら椅子のようなものに座らされていることには気づいた。

『これこそが、君たちが忌避しながらも求めていた絶対の力!』

足場ごと揺れる振動と、わずらわしい声による最悪な目覚めの中で徐々に、二パは覚醒する。
赤い謎の宝玉を体に埋め込まれて、意識を失ったことまでは思い出した。

『旧暦の時代……一度は世界を席巻し、そして破壊した。古代ベルカの悪夢の叡智』

なぜだろうか、何も知らないはずなのに懐かしい気がして、いつの間に覚えたのか、二パはその単語をぽつりとつぶやいた。

「聖王の、ゆりかご……」

自分の声にはっと意識が完全に覚醒する。
あわてて現状を確認すると、身体は玉座のようなものに固定されている。両脇に立つ戦闘機人、クアットロとディエチは空中ディスプレイに映し出されるスカリエッティに見ている。
もう一つの空中ディスプレイに映るのは、大地より浮かび上がったゆりかご。

『見えるかい? 待ち望んだ主を得て、古代の技術と叡智の結晶は、今その力を発揮する!』
「っ!」

どくん、と心臓が跳ねる。
強制的に体の一番奥からエネルギーを引き出される感覚が二パの全身を襲う。
それは比喩ではなく、ゆりかごと聖王たる二パが本格的に連結されたことを示していた。

『さあ、ここから夢の始まりだぁ! はははははははははは!! ははははははははは!!!』

スカリエッティの高笑いが響く。

――このままで、いいのか?

全身にかかる負荷に耐えながら、二パは自問自答する。
ゆりかごと連結したからか、様々なことがわかった。
月の魔力を受けることのできる、軌道上へ達してしまえばゆりかごの破壊は困難になる。だから、それまでにどうにかしなければならない。
ルーデル達ならどうにかなりそうだが、彼女らだけに頼るわけにはいかない。
なにより、自分が原因であるならば、絶対に自分で幕引きをする必要がある。たとえ、望まずに最後の聖王として復活させられたとしても。

「愚かな、スカリエッティ……」

声を絞り出す。
先に反応したのは、クアットロだった。それはあからさまに人を馬鹿にしたものだったが。

「あらぁ、まだ口を利けたんですかぁ、聖王様ぁ?」
「私はあいにくこれくらいで参ったりしない」
「それはそれは頼もしいですわぁ。私たちの夢のためには」

人を見下した目で見られるが、下から睨みつけるように二パは視線を返す。

「そんな夢が、叶うわけがない。だから言ったんだ、愚かなスカリエッティ、と」
「ふぅん……自分の立場がわかってないのかしら?」
『まあ、落ち着きたまえクアットロ』

二パの反応に顔を険しくさせたクアットロだったが、スカリエッティがそれを制する。
そして、彼は二パをじっと見つめた。

『私のなにをもって君は愚かだと言っているのかね?』

5歳児を見る目ではない。すでに、見た目と中身が一致していないことにいい加減彼も気づいていた。

「まだなにも終わっていないのに、勝った気でいるのは、三流のやることだ」
『なにを、今は全て私の計画通りだよ。君も既にその計画の歯車の一つでしかない』
「そう……確かに、もう私はお前の計画に組み込まれている」

一度、息を大きく吸った。

「だけど、それこそがきっと敗因になる」
『ふふふ、はーはっはっは!!』

額に手を当て、至極愉快そうにスカリエッティが大笑いした。
クアットロも笑っている。

『もはやゆりかごと連結し、その機能のてしまった君になにができるというのかね?』
「まさにゆりかごの中……私たちの思うが儘になる鳥でしかない聖王様なのにねぇ?」

笑われても、二パは毅然とした姿勢を崩さない。

「私は、もうなにもしなくてもいいんだ。お前たちが私をこの玉座に座らせた時点で未来はもう決まっている」
『確かに、私たちの勝利という未来が決まっているね?』
「違うさ。敗北だよ」

にやりと、二パは笑みを浮かべる。それは、どこか好戦的で、いくつもの修羅場を抜けてきた歴戦の勇士にような威圧感をスカリエッティに与えた。
だが、さすがにそれはない。すべては自分の手中にあるのだと思い直したスカリエッティは、余裕のある風を崩さない。

『ふっ、戯言を』
「言っただろう? 私は『ついてない』二パだって」

――いつものように来るんだろう?
彼のその通称の原因になった、様々なトラブルを思い出す。
こんな巨大な船を、聖王のゆりかごという『空を飛んでいる』船を自らが動かしているのならば、それらが来ないわけがない。
――来るならさっさと来い。もう私は慣れている。

「ついてない私が保証するよ……ゆりかごは、必ず沈む」
『それこそ戯言ではないか!』

スカリエッティが言い捨て、笑い飛ばそうとしたその時だった。

聖王のゆりかごに大きな衝撃が走った。

「なにっ!?」
「クアットロ、大変だ!」

体勢を崩しかけたクアットロが叫び、ゆりかごの全体をモニターしていたディエチが悲鳴のような叫びをあげる。

「魔導炉が暴走! このままじゃあ壊れる!!」
「なんですって? どういうこと!?」
「わからないよ、さっきまでオールグリーンだったのに……原因不明としか言えない…………」
「くっ……」

クアットロもあわててゆりかごの制御を始めるが、不気味な振動を続けるゆりかごの揺れは、収まるどころか大きくなっていく。
そんな中、スカリエッティは比較的冷静に二パに言葉をかけた。

『これが、君が言っていたことかね?』
「そう……いくら努力したって無駄。絶対墜落する」
『なにか、私の裏をかいたのか? それとも聖王の隠された力か?』
「別に……ただ、私の運が悪いだけだ」
『運……か、嫌いな言葉だ。非科学的すぎる』

スカリエッティの声から力が抜けていく。

「以外にあっさり、諦めるのか?」
『私にここからできることはない。よしんばクアットロ達がよくやってくれることを願うだけだ』
「ふぅん……」

二パは深く玉座に体を預けた。

『私の、敗因はなんだったんだろうな……』
「そりゃ、簡単だよ。こんな、聖王のゆりかごなんかに頼るのがいけないんだ?」
『どうしてだね? ゆりかごの力は本物だ。使いこなせば勝は固いはずだ』

大きくなっていく振動が、まるで制御を失った戦闘機のそれのようで、目を閉じると計器のメーターと、風防から見える空の景色がよみがえる。

「古のベルカの聖王……そんなものを復活させても、所詮は幻の王国」

どこからか、焦げた臭いも漂ってきた。どうやら、今回の墜落のコースが決まったようだ、と二パは思った。

「民なき王国は生き延びはしない」

クアットロとディエチの、絶望的な悲鳴がBGMのように聞こえる。

「そんな王国はさっさと、おとぎ話か歴史の奥深くに眠ればいいのさ……」

――この感覚は空中爆発……かな。

「そう、永遠に」

ミッドチルダ全域を震撼させた聖王のゆりかごは、謎の空中爆発を遂げた。その爆風はかなり遠くにあった市街地の窓ガラスを割ってしまう程だった。
だが、逆にその程度で危機は去ったのである。

直後、ヴェロッサ・アコース査察官の活躍によって判明したスカリエッティのアジトはルーデル直々の出陣により壊滅。スカリエッティ自身は逮捕された。他の戦闘機人もみな、機動六課のメンバーに捕縛された。
しかし、事件後に数多くの検証が行われたが、聖王のゆりかごの爆発の原因が明らかになることはついぞなかった。






聖王教会の付属病院。一人の女性が廊下を歩いていた。
病室の前につくと、息を整え、意を決して病室の中に踏み込む。
そして、思わず足を止めてしまった。

「……」

真っ白な部屋に一つだけ置かれたベッドの上、身を起こした一人の少女がぼおっと窓の外を眺めている。
一歩、踏み出すとかつりと足音がなり、少女はゆっくりと振り返る。

「あ……」

その瞳が見開かれ、そしてすぐ笑みに変わる。

「なのはさん……」
「っ!」

もう、限界だった。

「二パっ!!」

押しつぶしてしまうんじゃないかという勢いでなのはは二パに抱き着く。

すっかり桜の季節になっていた。






『後書き』

引っ越しとかあったけどひさびさにStrikerS編を投下。
聖王のゆりかご自沈で幕引きというのは今までなかったに違いない。だけど、これほどカタヤイネンに似合うものはない気がする。
まきまくったから実はA‘s編より短いとかびっくりだね。

チンク姉は犠牲になったのだ……主人公格のはずが出番の少ないルーデルの犠牲にな……
スカリエッティは……なんだ、微妙にかっこいいような感じに書いたつもりだし、いいよね?

続きはアイディアだけはある。まあ、次がいつになるかわからないけど、当然新しい憑依者が出ます。ただし、枢軸側のみからしか出さないです。
あ、ついでになんとなく本板に移動しました。



……って言うか、こんな作品覚えてた人いるのかね?


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