メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~
第五章 テラの和尚とミホトケの教え(4)
25
門に杭を突き立てるような音が響いたのは、ノヴァの鼻先に突きつけられた刃がすっと上段に振りかぶられた時であった。
腹の奥に響くような重低音。
当初は地震かと思っていた彼らもそれが定期的に二度三度と響き渡るに従い、彼らも現実が飲み込めてきた。
いの一番に現実に立ち戻ったシロが門の上に駆け上がる中、事情を知らない者達が呆然と声を上げる。
「なんだい?門が、揺れてる?」
「……襲撃?……」
「まさか……ああっ、いつの間にかもう日が暮れるじゃないか……!」
ノヴァは大慌てで大破したジープに駆け寄り予備の弾薬を取り出そうとして……愕然とした。
弾薬は先ほどの車両破損で大半が火に巻かれて暴発。
もしくは漏れ出した燃料に浸かって使い物にならなくなっていたのだ。
幸い無事だったシロのSMGグレネード用弾薬を慌てて抱え込み、ノヴァはクルマから飛び出した。
「シロっ!俺の弾薬は壊滅だ……お前のは一部無事だったから今渡す!」
「何だと!?……クルマも動かせんし参ったな、それは」
ただ、それを聞いてシロは力なく笑うだけだった。
おかしいと思いノヴァが門の上に駆け上がる。するとそこには、
「……マジかよ」
「うむ。どうやらマジだ」
千体近い敵が門の前に群がっていた。
電線を失った電信柱を攻城兵器代わりにし、前時代的な攻撃を門に加えている。
……残りの弾薬で。いや、万全だとしてもこれを全て倒しきる事など出来そうにも無い。
しかも、更なる敵が夕暮れに僅かに照らし出され、今もここに集まってきている。
「敵の指揮官が出張って来ているな。うん、間違いない」
「……そうだろうね。見て、ずっと先に豆粒みたいにシンクタンクが」
視線を先に向けると暗がりに隠れるように確かに敵の大将の姿。
……これでは本当に城攻めだ。
少なくともいちハンターの戦力でどうにかできる物ではない。
一個の戦力は小さくとも、物理的に倒しきれるはずが無いのだ。
「このタイミングで……測ったかのように、だと?有り得ん!」
「だが、事実は事実だよな。シロ……さてどうするか」
「……これは……」
「は、は……は……そうかい斧野郎……そう言う事かい!」
そうこうしていると、下から先ほどのハンター達が上がってきた。
無論ノヴァ達同様どうする事も出来ず呆然とする他無い。
……そして、女ハンターが口を開いた。
「あの野郎、これを狙ってやがったか。あたしらに町を堕とす手伝いをさせたのか?」
「……まさか……」
男が即座に反論する。それはそうだ、今攻めて来ているのはモンスター。人間に扱える相手ではない。
ならば偶然として片付けるほか無いではないかと。
だが、女は首を縦に振った。
……長年の付き合いは真実の欠片を手にした事で隠されていた裏側を推測させるのに十分だったのだ。
「野郎、人間ですらないのかもね。……まさかモンスターを従えてるとは、はは、してやられたよ全く!」
「……そんな……」
「そう言う事か!道理で私達が命がけで脱出したテリブルマウンテンから一人で出て来れた訳だ!」
怒りと共に足を地面に叩きつけるシロ。
頑丈な門は未だ敵の大攻勢を防ぎ続けてはいるが、じわじわとその歪みが目に見えてきた。
幾度もの攻勢に耐えるカンヌキも悲鳴を上げつつある。
……長くもたないのは誰の目にも明らかだった。
「そうだ、和尚にこの事を伝えないと……逃げる場合でもここの子供達を放ってはおけない!」
「それがいい。私達はミホトケの教えを信じてる訳でもないしな」
「……クルマは、どうする……?」
「あたし等にそれを言う資格は無いよ!まったくもう、どうすりゃいいんだよ!?クソッ!」
その時だ。
門の上にあがるもう一つの人影が現れたのは。
「……厄介な事だな」
「和尚!」
「すまない和尚。どうやら俺達はバリケードを戻しておくべきだったらしい」
ゲンサイ和尚はじっと前方を見つめ、そして溜息をついた。
「まあ、何時かこうなると思っておったよ。奴等を封じ込めるためここの寺と門を利用したが……いつの間にか荷物が増えたな」
「どういう意味だ?」
「和尚はずっと、奴等をこの地区に封じ込めていたのだ。……ここなら車両だけでも封鎖できたからな」
つまり、孤児の世話より先にここの敵の封じ込めと言う理由があってここに住んでいたという事だ。
その際、元からこの廃寺に住み着いていた子供達と寝食を共にしている内にこうなったと言う訳である。
「古代の悪鬼悪霊……せめて一部なりとも封じねばならぬだろう。利用するには大きすぎ、殲滅するにも大きすぎ、じゃ」
「曲がりなりにも奴等とて軍隊。人の思い通りに動かす事は至難の業だからな」
ただ、彼らは同時に和尚にとっての枷ともなった。
逃げるにしても戦うにしても子供達にとって危険であることは間違いない。
幾ら鍛えられていたとしても、根本的な体力がまだ身についていない子も多いのだ。
「教えにはまた背いてしまうが、見放っておく訳にも行くまい……ここは放棄し、子等を退避させようぞ」
「しかしその後はどうする和尚?私の見立てでは奴等はそのまま周囲を襲いそうだが」
「そもそも行く当てはあるのか?」
和尚は頷く。
このような事態は一応想定していたらしく、
タイークに居る知り合いが一時的にならば受け入れてくれる事になっているのだという。
ただ、それはバリケードで敵の侵攻を妨げているうちに移動する、と言う前提が必要になる。
実はシロもそれを承知していて、万一の為に朝方など警戒が緩む時間帯を狙って門の上で監視に当たっていた。
それに日中から夜半まではクルマがつっかえ棒になっているうちに誰かが気付くという計算もあった。
ただしそれも最悪のタイミングで起きた事件で全て台無しになってしまったが。
「これでは後、10分ももつまい……急ごうぞ」
「分かった。私は子供達の先導をしよう」
「俺は行き先が分からないからな。せめて荷物を纏める手伝いでもするか」
もしかしたら移動を渋る子供も居るかもしれない。
そんな事を考えつつノヴァは荷物の梱包の手伝いに向かう。
最低限しか持ち出せないだろうし、せめても。と思いつつ。
だが、それは杞憂でしかなかった。
子供達は和尚が逃げるといったらそれを当然の事として受け止めていたし、荷物も元々纏めるほどの量は無かった。
ノヴァは大破したジープを一瞥すると、一瞬顔を歪め、そして走り出す。
クルマは何時か回収できれば良い。
拘りすぎて命を落とす訳にはいかないのだ。
「何、子供でも歩いていける距離だ……たまには歩きもいいだろう」
「お兄ちゃん急いで!ただでさえ夜になる。私達が先行して道を切り開かないと!」
「モンスターどもも拙僧達の事など見放っておいてくれればよいものを……」
だが、流石に子供の足には行く道は遠い。
当然モンスターとやりあえる訳でもない。
ノヴァ達や数少ない大人など戦える者が周囲を警戒せねばならないのだ。
夜を通して歩き続ける。
きっと明日になれば何らかの動きがあると信じて。
結局その日は幸運にもモンスターに出会うことも無く、
ノヴァは丘の上で月明かりに照らし出される要塞のような建物を発見するに至った。
「あれだ。あれがタイーク館国……かつての学校跡を利用して作られた城塞都市だ」
「もうここまで来れば心配あるまい。一応無線で連絡はしておいたからのう。おお、来たか」
何人かの武装した男達が丘を駆け下りてくる。
タイークの警備隊だ。
「ゲンサイ様ですね。我等が主君、大カーンからのお達しです」
「一週間までなら預かるが、それ以降は流石に約束できかねる、との事」
「それで十分じゃ。それまでにテラを取り戻せば良いだけの話。エイガーにはそう伝えておいてほしい」
どうやら一週間なら預かれるという事らしい。
かつて校庭と呼ばれていた平野に緊急に建てられたらしいテントに子供達が入っていくのを見てほっと胸を撫で下ろす。
和尚はそれを見届けるとその身を翻し、歩き出した。
「では、拙僧はテラに戻る。これで後顧の憂いは無い……」
「……よし。それじゃあ様子を見に戻るか」
「うむ。和尚よ、こうなったのは私達の責任でもある。共に行かせて貰うぞ」
なんでもタイークへの通告と共にハンターオフィスへも連絡を入れたらしい。
オフィス側も敵の指揮官の情報を掴んでいたそうで、昔の資料を引っ張り出して調べた結果、
"ナイトストーカー"なる生体アンドロイドがシンクタンクの操縦をしている。
つまり"腐った死隊"の指揮官である事を突き止め、新たに賞金を設定したと言う。
その為に何組かのハンターがテラに向かっているのだとか。
「上手く行けば彼らがテラを解放してくれておるやも知れぬな」
「まあ、余り期待しない方が良いぞ。第一そうなったらジープを回収されてしまうかも知れんからな」
「……それでも、被害は甚大なものになってるよな。当然」
ハンターは別に正義の味方でもなんでもない。
人の居ない家屋など気にせずに戦う事だろう。
そうなると、テラの周りの敵が掃討されたとしても彼らに帰る場所が残っているかは微妙になる。
期限は短い。何をするにも時間は必要なのだ。
……。
ただ。何事も思い通りに行かないのは世の常である。
それはノヴァでも当然そうだし、他の者でも代わりは無い。
それこそ本物の神でもなければ。
「……こ、これは……」
「無事、だって!?」
「どういう、事だ?」
テラは、焼け落ちてはいなかったのだ。
「門が破られていない?どういう事だ、私には……ってあれは!」
「誰かが門を抑えているだって?」
「あ奴は、確かブレイドとか言う……そう言えば移動中におらなかったぞ……」
所々穴の開いた門。
カンヌキの外れたそれを、一人の男が両手を突き出し今も押さえ込んでいる。
時折衝撃が走り、電柱の突き刺さるそこを、それでも男は微動だにせずそこにあり続けていた。
「ブレイド、だったか……お前、何を……している?」
「……自分の、尻拭い……」
そう。彼は責任を感じ、そして一人ここに残って居たのだ。
ハル=バートは増援を呼びにいったと言う。
……これが彼らの責任の取り方だったのだろう。
ただ、そうだとしたら最初から一言欲しかった。
それが戻ってきた三人の偽らざる本音である。
もしそうするつもりなら、他に幾らでも手はあっただろうから。
「馬鹿者が……」
「見放っておく他なし。今更言っても遅すぎる」
「何にせよ良くやってくれたよ……見ろ、あの土煙」
なんにせよ、彼の行動でテラが破壊されなかったのは事実だ。
ノヴァは近づいてくる複数のエンジン音に気が付いていた。
目を向けるとそこには大きな土煙。
……オフィスの通達などを聞いて集まってきた周辺のハンター達だ。
賞金首を狩る為にやって来たに違いない。
「結構な数が居るな。まあ、これなら心配要らないか」
「奴等の賞金は諦めた方が良さそうだなお兄ちゃん。まあ、元からそれが目的ではなかったから問題はないが」
破損した自分のクルマに腰掛けながらノヴァは続々と集まってくるハンター達に目を向ける。
一時はどうなる事かと思ったがこの分なら問題ないのではないだろうか?
敵側もこちら側の人数増加に気付いたのかさっきから攻勢が止んでいるし……、
「ここがテラか。で、アンタが和尚で間違いないな?」
「左様。拙僧がこのテラのジュウショクをしておるゲンサイじゃ……不死者どもはあの門の向こう側におる」
それに、貪欲なハンター達は獲物の匂いを敏感に感じ取っていた。
和尚に注意を向けたのはごく一部でしかなく、殆どのものは既に門の上にあがって敵陣を見てニヤ付いている。
彼らの目にそれは賞金の山としか映っていないのだろう。
「今週のターゲットが"腐った死隊・一般兵"たぁオフィスの連中もわかってるねぇ」
「へへへ……こりゃ、かきいれ時だぜ?」
「よっし!じゃあさっそくハント開始だ!」
門を押し開け一気に散っていくハンター達。
彼らは賞金目当てに集まってきただけで別にこの街を守りに来た訳ではない。
だが、それはどうでも良い事だった。
結果的に町が守れれば和尚としてもノヴァとしてもそれで良かったからである。
ノヴァは取り合えず門のほうに向かうと、
緊張の糸が切れたらしいブレイドを横にどけて寝かせ門の修理を開始する。
歪んだ部分に装甲板を修繕する要領でハンマーを叩きつけ、
穴の開いた部分を切り取って手近なもので蓋をする。
……今となってはそれぐらい簡単なものだ。
最後に破壊されたカンヌキを修復し、押さえ代わりに先ほどまで攻撃に使われていた電柱を横にして固定できるようにする。
こうして門を少々の事では破られまい、と言うところまで持っていきそのままジープの修理にかかった。
シロに周囲の警戒を任せ、取り合えず動くようにする為の悪戦苦闘が始まる。
「賞金は惜しいけど、クルマを失う方が問題だったからな」
「確かに。動かせないまま置いていくのは気が気ではなかった」
今回は賞金を諦めた方が良さそうだと判断し、ノヴァは自前の戦力回復に努めた。
どちらにせよ、鉄くず集めが本題なので誰かが敵を掃除してくれるのならそれはそれで問題ないのだ。
あえて火中の栗を拾う事はない、
と考えていると、ノヴァはふと違和感に気付いた。
「なあシロ」
「ん?」
「おかしくないか?」
「何がだ?」
「……なんで、ここに残っているハンターが居るんだ」
「ん?ああ、そう言えば居るな……漁夫の利でも狙っているのではないか?」
要は敵が弱った所での横取り狙いだ。
だが、ノヴァはそれに首を捻る。
敵の雑兵が今週のターゲットなのである。しかも敵はこの辺に集まっている。
狩り取れるだけ狩ったほうが金になるはずなのだ。
だと言うのにそれを放っておいて、などと言う事がありえるのだろうか。
「大物にしか興味の無い奴などごまんと居るさ。まあ、そんな輩は遠くない将来破滅するものだかな」
「そう言うもんか」
先日の無理な稼動で駄目になった電気系統を回復させる。
水が漏れ出て悪さをしていたラジエータには応急処置でテープをはっておく。
あまり良くない方法だが仕方ない。
何本か吹っ飛んでいたネジはねじ山が潰れていたので仕方なく交換し、
……そこでノヴァはようやく違和感の正体に気付いた。
「なあシロ……あいつ等、何で和尚の方ばかり見てるんだ?」
「なに?」
ひょいとシロが顔を向けると何人かがそっと視線を外してきた。
……また向き直るふりをして軽く観察してみる。
確かに和尚のほうをそれとなく見ている気がする。
「弟子なのかね、あいつらも」
「……いや、私はあんな知り合いが居ると聞いた事は無いぞ」
どうやらシロたちも和尚とは長い付き合いらしい。
そんな彼女達でも知らないとなると、本当に無関係なのだろう。
ただそうなると。
彼らは何を狙っているのだろうか?
「まあ、いずれ分かるよな」
「確かに。まあここには取られて困るようなものは何も無いだろうし問題なかろう?」
当の和尚は畑や池の魚の確認を忙しそうにやっている。
戦いは終わるとしても、暮らしは続く。
生活基盤を失っては元も子もないのだ。
一心不乱に一日丸ごと世話されていなかった作物の確認をする和尚。
……柵が一部倒れていた。
そこに先ほどから和尚を見ていた男達の一人が歩み寄る。
手には大型のスレッジハンマーが握られていた。
「よ。和尚……手伝うぜ」
「いやいや、ここは見放って置いていただければ。ここは拙僧の畑ゆえ」
和尚が柵を立て直そうとするのに合わせ、
男はハンマーを振り上げる。
「まあまあ、遠慮すんなって。取り合えずハンマーでぶっ叩けばいいよな?」
「いや、それはミホトケの……」
「なんだ。意外といい奴じゃないか、なあ……シロ?」
「…………和尚!気をつけろ!?」
そして、それは振り下ろされた。
……和尚の頭に。
……。
和尚が倒れていく。とさり、とやけに静かに。
……今まさに和尚にハンマーを振り下ろした男はそれを見てゲラゲラと大笑いを始めた。
「やったぜ!こんな枯れた爺さん一人殺せば5000Gとはな!馬鹿らしくてあんなのとやりあってられっかよ!?」
「な、なにしてるんだアンタ!?」
思わず駆け寄るノヴァ。
男はそれを見るとニヤリと笑った。
……全く悪びれない笑顔だった。
「悪いな!こいつの賞金は俺が貰ったぜ!」
「は?賞金?和尚に……?」
呆然とするノヴァに男は『何も知らなかったのかよ残念だな』とニヤつきながら説明を始めた。
和尚の過去を。
「マッスル、ハート?」
「そうだ。元NGAのNO,2……マッスルハート大佐がこの爺さんの正体って訳だ」
「……なんで」
……ふと後ろを向くとシロが顔を真っ青にしている。
ノヴァとしては信じたくはないが。どうやら、事実のようだ。
ポスターを思い出す。
確かに逃走中の賞金首の中にマッスルハートの名はあった。
だが、そこにあった似顔絵とこの老人は余りにも似て似つかない。
同一人物と言われてもピンと来なかったのである。
「痩せこけてたから誰も気付かなかったらしいぜ。まあハンターオフィスGJって訳よ」
「……確かに、マッスルって感じじゃ……ないな、うん」
ピクリとも動かず倒れ臥す和尚。
骨と筋の浮いたその体からはマッスルと言う文字は全く浮かんでこない。
よろよろと歩み寄ってきたシロがその体に触れて、一滴涙を流した。
「それはそうだ。和尚は子供達のために身を削って生きていたからな。自分の食う分が無ければこうもなるさ」
「自分の事は見放って置けとか言ってた癖にか?」
「ああ」
「なんだ、あんたは知ってたのかよ。まあお陰で儲かった……賞金首を殺さない自由ってのもあっていいよな、うむ!」
「……っ!」
思わず掴んだ胸倉。
だが、相手の男は心底憤慨したようにノヴァの手を掴み、乱暴に引き剥がす。
「落ち着けよ。お前にとっちゃ恩人なんだろうな。けど、この爺さんは所詮潜伏中の賞金首だ」
「だからって……和尚が死んじまったらここの子供達はどうなる!?」
「は?そんな事俺の知った事じゃない。俺はハンターだ、賞金を稼ぐ事で世の中に貢献するんだ……それ以上をやる余裕はない」
「ぐっ……」
「落ち着けお兄ちゃん……仕方ないんだ。ばれてしまった以上隠し立てはこちらの不利にしかならない……」
思えばシロもハチも和尚とは最初から顔見知りの様子だった。
元NGAならそれも当然だったろう。
そして、二人は元12000Gの賞金首ハウンドドッグ少佐である。
万一そこに突っ込まれると不利になるのはノヴァ達のほうなのだ。
一応死んだ事になってはいるが、藪を突付いて蛇を出す訳にはいかない。
眉をしかめながらも彼らは引き下がるしかなかった。
「そう言うこった。大体追われるのが嫌なら最初から賞金かけられるようなことをしなきゃいいだけの話だろ?」
「確かにそれはそうだが」
「……っ」
第一、彼は間違った事を言っている訳ではない。
和尚の普段の行動はさておき、その過去に間違いがないのなら追われてもおかしくないのだ。
だから彼らは。
軽く手を振って去っていく男を黙って見送るしかなかったのである。
……。
それから一時間ほど経過した、テラ周辺の森林地帯。
そこに一つの亡骸が転がっている。
「終わりましたの。NO,Ⅹ(アックス)……彼の話からすると間違いなくゲンサイ和尚は亡くなられたようですわ」
『そうですかNO,W(ノ・ワール)姉さん……これで兄さん、いやノヴァさんに悪影響を与える人物がまた一人減りましたね』
BSコントローラにより通信を行うのは黒衣のナース。
それを受けるは腹黒い白衣の男。
そして足元には先ほど和尚を殴り殺した男の亡骸がある。
「ええ。ですけどお兄様を騙しているようで心苦しいですわ……人類の悪い所ばかりを見せつけようだなんて」
『いえ、人類はここぞと言う時にだけはどう言う訳か善人が現れる傾向が有ります。兄さんが騙されないようにしなければ』
それこそ騙しではないか、と思いつつ通信越しにナースは相槌を打つ。
そんな事をしてばれたら逆効果ではないかとも思うが黙っていた。
……彼女としてはその方が都合が良かったのだ。
兄に不快な思いをさせた男を足蹴にしつつ、弟に対しては軽く忠告を行う。
「だけど気をつけるのですわ。策の詰め込み過ぎは足元を掬われる元ですことよ?」
『ご安心を。私を誰だとお思いですか?世を統べるべき純粋知性に生み出された高度知的生命体です。ご心配には及びませんよ』
「そう。分かりましたわ……ともかくわたくしはお兄様の元に参ります。お母様への報告はお願いしますの」
『分かりました姉さん。ではまた後で連絡致します』
ぷつり、と通信が切れ森の中は静寂に包まれる。
ふうと溜息をついた女は周囲を見回し誰も居ないことを再確認する。
「さて……そろそろ突入した方々が全滅する頃でしょうか?」
黒衣のナースは足元の亡骸を気にもせずに歩き出した。
彼女達の計算によれば、そろそろ誘いに乗じて攻め込んだハンター達が壊滅する頃だ。
問題が無ければそちらからの通信があってもおかしくない。
『ガガッ……こちらナイトストーカー、どうぞ』
「ええ、こちらノワールですわ。作戦進捗はいかが?」
そしてそれを待っていたかのように戦車の墓場より通信が入る。
相手の名はナイトストーカー。
前時代の遺伝子工学の結晶であり……欠陥品の生体兵器である。
そしてシンクタンクのオーナーであり腐った死隊の指揮官でもあった。
『予定通り敵軍の殲滅を成功させました。今後の作戦行動をご指示下さい……フロイライン?(お嬢さん)』
「でしたら手負いを数名だけ逃がして再編成、その後……攻める様子だけ見せてくださる?」
『はっ、武器弾薬の補給をして頂いたご恩がありますゆえそれぐらいはお安い御用であります』
「それはアックス市長に言って差し上げなさい。それと、多少被害が出るでしょうからそのお詫びも先に言っておきますわね」
静かに、だが確実にアックスの考案した策は次の段階へと進んでいく。
『作戦上必要な犠牲は止むを得ないものと考えております。ノアに栄光あれ』
「はい、栄光あれ。ですわ」
再び通信が途切れた。
黒衣のナースはテラの本堂を見てナースキャップを被りなおす。
そして、もう一度ふうと息を吐くと軽く肩をすくめてから歩き出した。
「全く。誰も彼も度し難いですわ……このレベルの自然林など、大破壊前でさえ数え切れないほどあったでしょうに」
ちらりと森の外を見る……そこは一面の荒野だ。
この時代の基本的かつ大半を占める環境であり、
大破壊前よりもはるかに荒廃した世界である。
それを横目にした黒の名を持つ女は嘆きの声を上げた。
「そも……端末の中に人類の弁護をする個体が自然に現れたという事は……」
彼女は過去に思いを馳せる。
"ノアの勝利"を意味した名を与えられながら人類との融和を母に説き、そして抹殺された兄の事を。
こっそりと新しい体を与えて逃がしたNO,Ⅴ(ノヴァ)の事を。
彼はかつて対人類戦略の見直しをノアに進言し、それがために破壊された。
丁度、ハウンド=タルタロスの手によってテリブルマウンテンが制圧される直前辺りの話だ。
当時地球救済センターの本体を破壊され、バックアップにて起動していたノアは即座に彼の解体を決定したのである。
まあ……その行為の是非は最早どうでもいい事だ。
「重要なのは……ノアシリーズは全機の意思統一が成された時、はじめてその総力を人類に向ける事が出来るという事ですわ」
彼女は顔を上げた。
墓地の奥地で大きな炎が上がった。
十分に自軍陣地に敵を引き寄せた上で行われた火力の一斉飽和攻撃。
相手を追い詰めていると思っていたハンター達ではひとたまりもあるまい。
「お兄様?貴方は一体どうしてあんな結論に達したのですか?わたくしは、それを……知りたい」
……かくして茶番劇の幕が上がる。
決まっているのは主演のみ。
各個が己の望みのために動く中、
テラと呼ばれた町の運命は木の葉のように揺れ動くのであった。
続く