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[21215] MM異聞禄・砲火のガルム
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2011/03/06 21:51
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

本作はメタルマックス3発売を祝って執筆を開始したファンフィクションになります。

世界観はメタルマックス、サーガ全シリーズごちゃ混ぜのパラレルワールド。

いわゆる"はんた"が2をクリア後1、Rの舞台で暴れた後という設定になっております。

私の軍事関係を筆頭とした知識が不足している為、

現実に存在するタイプの戦車はスペックなどがおかしく、

オリジナルの厨性能戦車が多数登場する可能性がありますがご了承下さい。

あの世界観を書ききれるかどうかは分かりませんが、

自分なりに噛み砕いて書き進めていこうと思います。

もし宜しければお付き合い下さい



[21215] 01 第一章 因縁の始まり
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/08/16 22:01
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第一章 因縁のはじまり

01



世界が終わってしまってから、一体どれだけの時が流れただろう。

ある日、誰も飛ばした覚えの無いミサイルが世界中を飛び回り、

誰も流した覚えの無い流言飛語がネットの海を駆け巡った。

人々は疑心暗鬼に陥り、そして遂に未曾有の戦乱が大地を覆う事になる。


「……お前。まだそんな事を言っているのか?」

「ああ、そうだ。親父、俺……ハンターになる」


それが、古臭いB級SFのような展開で引き起こされた事に人類が気付いた時には、

既に人類は施しようが無いほどの危機的状況に追い込まれて居たのだ。

見覚えの無い奇怪な生物が町を闊歩し、最新型の無人兵器が何故か人間を襲うようになっていた。

……人類文明が崩壊したのは、それからそう遠くない時の事だった。

生き残った人々は、それを"大破壊"と呼んでいる。


「駄目だ。お前はこの修理工場を継げ。それなら確実に食って行く事が出来る」

「……食ってくのが精一杯じゃないか。大破も直せない二流整備工が何を言ってるんだか……」


それから幾年月。

技術の粋を集めて建造された巨大建造物は巨大な廃墟となり、

文明を滅ぼすほどの破壊によって無茶苦茶にされた生態系は癒される事も無く、

ただ緩慢に、荒野と砂漠を広げていくばかりだった。


「そうだな。だがお前には未来がある……いっぱしの整備工になれば食いっぱぐれは無いんだ」

「それがこの荒野でどれだけ価値ある物か今のお前には分からんだろう……だよな?聞き飽きたよ」


だが、それでも人類は滅亡していなかった。それでもまだしぶとく生きていた。

砂漠に埋もれた廃墟から文明の残り火を掘り出し、そして……大抵の場合は使い潰して。

生産性も未来もあったものではなかったが……それでも人々は必死に生きて居たのだ!


「分かったらさっさとスパナを握れ馬鹿息子。大破して無きゃ今のお前でも直せるだろ?」

「ああ。この間、初めて客のクルマを直したよ。一週間で……200Gになった」


「なっ?地道に稼いでいけるだろう?ハンターなんぞ危ない流れ者としか見てもらえないからな」

「けど、コイツを倒せば一晩で1000Gになるよな」


錆付いた荒野の片隅に、クルマの残骸やジャンク品で作られたバリケードに囲まれた集落がある。

ローストエデン。そう名付けられたこの集落はちっぽけな井戸に人が群がって出来た。

最初にまだ綺麗な水が出る井戸を見つけ、そして何時しか村長と呼ばれるようになった男が、

"昔は良かった。わしら家族だけが暮らしていた頃は思う存分水が飲めた……危険ではあったが"

そうぼやいていたのを聞きつけた荒野の商人達により名付けられたのがこの集落だ。


「ポスター?……賞金首か!しかもコイツは!正気か?コイツは小物でもバックがでか過ぎる!」

「心配ないって!コイツ、何か知らないけどただこっちをボーっと見張ってるだけだ。連絡もしてない」


「おい。お前まさか……見に行ったのか!?賞金首を!」

「ああ、偵察って奴さ。で、驚くべき事にあいつ、戦車まで持ってやがるんだ!」


その片隅に、木の枠組みを錆びたトタン板で覆っただけの簡素な小屋があった。

バス一台が入ればそれでいっぱいになってしまいそうなその小屋は、この町唯一の車両整備工場。

腕の悪い事で有名な、整備工ハウンドが経営するその整備工場。


「だったらなおの事危ないじゃないか!?死にたいのかお前!?ここにはドクターも居ないんだぞ?」

「医者がどうしたってんだ!傷なんか錠剤一つで大体治るだろ?な、だから一回だけ試しても!」


「駄目だ駄目だ駄目だ!俺はお前をそんな世界に飛び込ませるわけには行かない!」

「石頭!これで駄目だったら諦めるからさ!なあ、良いだろ!?」


そこで、とある父と息子が口論をしていた。

内容はこの世界だったら良くあるような話……息子の進路についてだ。

この世界には、ハンターと呼ばれる者達が居る。

戦闘用にチェーンされたクルマを駆り、荒野に蠢くお尋ね者を狩り立てる賞金稼ぎだ。

無論荒くれ者も多く、町に定住する者達からすると近づきがたい人種である事は確かであろう。


「馬鹿野郎!後々の事考えろ!?普通死んじまったらそれで終わりなんだ!」

「……いいじゃないか。例えそうなったって……俺の……人生なんだからよ」


だが、それでもハンターに憧れる少年達は後を立たない。

ましてや、それを身近に見る機会が多いのならばなおの事だ。

だからこれは麻疹のようなもの。クルマに関わる職種の息子の業病なのである。


「っ……いいだろう。ただし!……もう、この家の敷居をまたぐのは許さん!勘当だ!出て行け!」

「よおし、その言葉を待ってたぜ!あばよ親父!もう帰らないからな!」


普通なら、この後少年は挫折を覚えるかあえなく散るかのどちらかだ。

万一に才能と運を持っていたのなら、そこからのし上がる事も無い訳ではないが。

だが、もし彼に比類なき悪運があったとしたら?


少年の名は、ノヴァ。

こうして一人の少年が一獲千金に憧れ家を飛び出したのだ。

それは、この世界では極めてありきたりな物語の開幕であった……。


……。


財布だけを片手にノヴァ少年は町に飛び出した。

とは言っても、人口数十人クラスの集落での話だ、たいして行く所などあるわけが無い。

彼が向かったのは大破壊前はコンビニだった建物だ。

この辺では大きい部類の建造物だがガラスは既に無く窓は板で打ち付けられて散々な姿を晒していた。

因みに今は旅人の宿代わりでもある酒場として機能している。


酒場として考えると小さいが、この小さな集落の中心としては十分すぎる大きさなのだ。

ドア代わりの暗幕を開けて店内に入ると、店内には昼間だというのに酒と汗の匂いが充満している。

周囲に怠惰で退廃した空気が流れる店内。

そしてその隅には持ち込んだ寝袋に座る旅商人トレーダーの姿があった。


「いたいた……なあおじさん。約束どおり金は持ってきたぞ?」

「そうかい。武器だったな?お勧めはこの猟銃だ。散弾だから威力も命中率もいい感じだぜ?」


その内の一人にノヴァは声をかけた。

実は以前やって来た時に予め声をかけて、ハンターが使う武器の値段などを聞いて居たのだ。

彼が修理屋の真似事をして金を稼いでいたのはそのためである。

父親は息子が真面目に働いていると嬉しそうだったが、親の心子知らずと言うもの。


「よお。ハンターになるって言うのなら、せめてこれぐらいは持っておかないとな……でもなぁ」

「でも?」


顎髭を蓄えた壮年のトレーダーは売り物のショットガンを荷物から取り出し軽く銃身を撫でて見せた。

だが少年がそれを見て目を輝かせるのを見ると、ふうと一息ついて荷物にそれを仕舞いこむ。


「持ち金200Gかよ……悪いがそれじゃあ売れんな。前言ったようにコイツは250……」

「もったいぶらないで欲しいぜ。そいつ、他じゃ180Gで売られてるそうじゃないか」


しかし、世間知らずのボウヤを軽くぼったくろうと仕舞いこんだ腕は、

その言葉に一瞬固まり、そしてトレーダーはニヤリと笑うと再びそれを取り出した。


「ちっ。やるな坊主、何処で調べた?」

「アンタが別な町を回ってる時に来た別なトレーダーにちょっとね」


それに対し少年もニヤリと言う笑みで応じる。

こういう場合騙された方が馬鹿。

街の中に篭って一生を終えるつもりなら兎も角、荒野には法も保安官もない。

自分の身は自分で守る。それが錆付いた荒野の数少ないルールの一つなのだ。


「……いいだろ、合格だ。ほれ、ついでに回復カプセルもつけてやる。速攻で死ぬんじゃ無いぞ?」

「ああ、分かってるさ」


少年は念願の武器を片手に酒場から駆け出した。

それを横目で見ながら壮年のトレーダーは周囲にたむろする連中にポツリと呟いた。


「さて、あの坊主。これからどうなるかね?」

「さあな。まあ遅かれ早かれ荒野に屍を晒す事になるだろ。ハンターならな」

「100に一つの幸運を掴めたら成功するかも知れないぜ?」

「クルマさえ手にはいりゃ俺だってハンターになったさ。ま、ここで上手く行くかどうかじゃねえの?」


そして店内の男達は駆け出した少年を酒の肴に、

エタノールのほうがまだマシな感じの粗悪なアルコール飲料を喉に流し込んでいく。

生産性は無いが飲酒は辛い現実を忘れさせてくれる、それだけは間違い無い事だったから。


「あ、ナナちゃん。アメーバの和え物ひとつ追加ねー」

「はーい。って今お兄ちゃん来てませんでしたか?」

「……ああ。ショットガンを買って行ったぜ」


壁中に薄汚れたポスターやその切れ端が張られた店内。

その中を注文を聞きながら走り回っていたウエイトレスがトレーダーの言葉にピタリと立ち止まる。

そして、彼らの元へ駆け寄ると少し焦ったように声をかけた。


「え?それって……」

「ああ。新米ハンター様のご誕生って訳だな」


「……マスター。すいませんけど、今日……早退しますね?」

「え?こ、困るなナナちゃん!?ちょ、待って!?」

「はい!馬鹿兄貴に妹さんのデリバリー入りましたー、アハハハハハハ!」

「昼間から、っく。五月蝿ぇよ酔っ払いが!」

「お前もな……ヒック」


そして、無言でカウンターのほうに歩み寄ると酒場のマスターに声をかけ、店を飛び出る。

わたわたと駆け出した彼女が天幕を跳ね上げると当の少年は道端の崩れたコンクリート塀に足をかけ、

武器の試射をしようと崩れかけたブロックの上に足をかけ、

割れかけたレンガを重ねた台に置かれた空き缶へ狙いを定めている所であった。


「そらっ!」


掛け声と共に空き缶が破壊されながら吹っ飛んでいく。

周囲のコンクリートにも傷跡を残すその威力に少年は感慨深そうに口笛を吹いた。


「ひゅー。流石本物は違うな」

「何馬鹿な事言ってるのよ!」


「うわっ、ナナか?どうしたんだ。バイトは?って、落ちる!?やばっ、やばあっ!?」

「いきなりお兄ちゃんが馬鹿な事始めようとしてるから止めに来たんだよ!?正気なの?」


後ろから突然声をかけられて少年は驚きの声を上げる。

そしてその拍子に取り落としそうになった古めかしい銃を数回お手玉し、最後には必死に抱き止めた。


「ふーっ、ふーっ!危ない危ない。えーと、なんだって?」

「ハンターになるって話!本気で言ってるの?って言ったの。危ないよ?」


少女はエプロンがけのままで少し上半身を前に乗り出すようにし、

片手を腰に当て、もう片方を突き出して人差し指で兄の鼻を突付くようにしながらそう言った、

一見強気に見える言い草だが、その目には困惑と不安が入り混じっている。


「……ああ。本気だ、これから向こうの丘にある監視小屋の賞金首を倒しに行こうと思ってる」

「ええっ!?あの人NGA……軍隊だよ?いくら伍長って言っても相手が悪いよ」


だが、少年の憧れはそれで揺らぐような弱い物ではなかった。

もっとも、それは無知から来る知らぬが故の強さだったのだが。


「それに、ショットガン一丁で戦車に向かって行こうって訳?無理だよ……死んじゃうよ!?」

「心配要らないって!」

「……おいおい。そんなの聞いてないぜ?」


若さゆえの強みで故無き自身を見せる少年に、横から声がかかる。

兄妹が揃って横を向くと先ほどのトレーダーが、よぉ、と手を軽く上げていた。


「……アイツが車を持ってるなんて知ってたら俺でも止めてたさ。旦那の息子を死なせるのは御免だぜ」

「おじさん!銃売ったのおじさんなの?確かに状態の良い銃みたいだけど……戦車の装甲を抜けるの?」


「怒るなよ。俺だって知らなかったんだ……坊主、その銃じゃ戦車はやれない。やめとけ」

「ははは。まさかこの日の為に用意したのがこれだけだと思ったのか?」


酒の肴の追加の為、兄妹のやり取りを盗み聞きしていたようだが、

狙いの賞金首がクルマを持っていると聞いて、黙っていられなくなったのだろう。

不敵に笑っているように見えて、トレーダーの額には一筋の汗が流れていた。

だが、心配そうにする二人を尻目に少年は背負っていたリュックを開いた。


「へへへ。これだけあれば戦えるんじゃないか?」

「ほぉ……手榴弾3発に火炎瓶。回復カプセルに至っては10粒以上か。良く集めたな」

「そんなに沢山の武器、何処で手に入れたの!?」


そして少年は手榴弾をポンポンと弄びながらにっと笑ってこういったのだ。


「そして俺は一人でもない」

「え?」

「じゃじゃーん!俺様の出番だぜ!俺もハンターになるのさ!」

「酒場の息子のデコじゃねえか!?」


少年の台詞に呼応するかのように手近なマンホールの蓋が開き、中からもう一人の少年が現れた。

ひょろりとした体格で、分厚いメガネをかけていて、正直ハンターなど向いているとは思えない。

そしてデコの名の通り、額の広いどちらかと言うと事務仕事の似合いそうな少年だった。

腰のピストルも威力より反動を減らす事に重点を置いた、どちらかと言うと女性の護身用に近い物だ。

だが、悪戯そうな顔で鼻を擦る態度は悪戯坊主のもの。

要するに今回の事は村の悪ガキコンビの大規模な悪戯に近いものだったのだ……程度の差こそあれ。


「でも、命落とす可能性もあるんだよ!?二人とも無茶したら駄目だよ!?」

「そうだな……そのポスター、NGAの構成員のもんだろ?奴等だけは止めとけ……奴等はヤバイ」

「ま、普通ならそう言うだろうさ。でも、今回は俺様達にも切り札ってもんがある」

「……ふふふ、見よ。昨日近くの街まで行って用意してきたこれを!」


そして、町外れの廃墟にカバーをかけて隠されていた物を反対する二人に見せ付けた。

その目には、悪戯っ子二人の目には……最早勝利しか映っていない。


「じゃあ行こうか戦友よ!俺達のハンター人生の始まりだぜ……」

「おお、俺様達の力を並み居る賞金首どもに見せ付けてやるのさ!」


それは傍から見れば典型的な中二病であり、反抗期そのものであった。


「ナナ!勝ったら美味い物一杯食わせてやるからな!」

「俺様からは……そうだな、アクセサリーを贈ろう」

「要らないよ!お願いだから二人とも無茶は止めて!?」


だが、妹の懇願も空しく二人のハンター見習い達は連れ立って走り去る。

……残された二人は深い溜息をつくほか無かった。


「ねえ、おじさん……"アレ"で勝てると思う?」

「どうだろうなあ。普通なら無理と言うところだなんだが……」

「いや、恐らく勝つだろ……勝っちまう可能性もあるだろ」


残された二人が振り向くと続いての乱入者が現れる。それは兄妹の父親だった。

汚れたツナギを着て、頭をポリポリかきながら少年達の向かった先を見つめている。


「お父さん。お仕事は?」

「あるわけ無いだろ。修理下手の整備工に仕事なんぞ……アイツがそっちの道に進んでくれればなぁ」

「……そんな体たらくだから息子が一獲千金狙うんじゃないか?旦那だって昔……」


「へっ。その結果どうなったか知ってやがるだろ?……人生地道なのが一番なのさ」

「お兄ちゃん、きっとボロボロになって帰ってくるよね。それで諦めてくれると良いんだけど」

「そんな事よりナナちゃん。まず生きて帰ってくる方を心配してやれ。本当に危ないんだぞ?」


怪我云々じゃ済まないだろうとトレーダーが冷や汗をかくと、

父親はポリポリと頭をかいた。


「……まあ、それは心配して無いんだが……はぁ……まあ……仕方ないな。おいナナ。準備するぞ?」

「え?じ、準備!?じ、準備って何の準備なの?お父さん?」

「おいおい、旦那。まさか葬式の準備とかっては言わないよな!?」


そして困惑しどこか挙動不審になる娘と最悪の展開を想像し冷や汗をかくトレーダーに向かい、

既に自宅へ足を向けながらクルリと振り向いた父親は苦笑しながらこう言うのだった。


「ははは。そんなの……戦修理用具の準備に決まってるじゃないか。戦車のな?」


……。


NGA……ネオグラップル・アーミー。

かつて壊滅した武装集団バイアス・グラップラーの名を騙る似非軍事組織である。

以前のグラップラーとの繋がりはないが、

その名と組織化された軍事力は国家すら崩壊したこの世界において無視できない力を持っている。

しかも厳しい訓練と軍隊式の階級制度による統制により、その力の及ぶ地域はかなりの範囲に及び、

従いさえすれば生きて行く事は出来る故にそれなりの信奉者も存在するので厄介さは並みではない。

特にこの地方の大都市のいくつかは彼らの支配下に置かれていると行っても過言ではないのだ。


「ふぁ……ふぁあああああ……」


とはいえ。

そんな鉄の規律もただ一人辺境の寒村を見張る、

などと言う退屈極まりない任務にかかっては台無しのようだ。

見張り小屋の上に立ち、村のほうを見張る。

……と言うかぼんやり眺める男の目には、緊張感と言うものが欠落していた。


「本日も異常なしっつーの。しかしなんでこんな所で一人寂しく見張りなんかしてるんだってーの」


男の名はセーゴ。NGAの伍長である。

この見張り小屋は彼の名を取って"セーゴの見張り台"と呼ばれている。

一応そこそこの戦果を出していたらしく、数年前に1000Gの懸賞金をかけられたが、

丁度その頃支部の一つを任せる、と言う名目でこの地に飛ばされてからと言うもの、

毎日こうやって眼下の集落を見張るだけの毎日だ。

最初はそれでも真面目にやっていたが、一年経ち二年経つ内にこの様だ。

今では軍服代わりのトゥルー・ブルー(警官の服)が無ければ、彼が軍人だとは分からないだろう。

……まあ、要するに彼はこの日も何事も無い一日が続くと思っていたのだ。


「ん?なんだ?あの土煙は。……異常事態、なのかってーの!?」


少なくとも、丘の下から土煙が上がるのを見るまでは。


「味方の車両か?いや、だったら無線で連絡くらい入るはずだってーの。じゃあハンター……まさか」


とは言え彼はまた、それは無いと踏んでいた。

この辺りには凶悪な生き物は居ない。

モンスターと呼称されるような遺伝子操作された怪物や暴走機械もこの辺りには殆ど存在していない。

また、この時代で最も貴重な戦略物資である水資源も少なく、当然の如く土も痩せている。

ならば賞金首狙い?……とここで、彼はこの辺りで賞金をかけられているのは彼自身のみだと気付いた。


「けど。俺にはNGAってバックが……まさか見捨てられた!?」


セーゴの顔色が変わる。

彼の視線は周囲を埋め尽くすセクシーな女性のポスターや、転がるコーラの空き瓶に注がれる。

そして自分が決して真面目にやっていた訳では無い事を思い知らされた。

故に彼は冷や汗をかきつつ大破壊……世界が滅びる前に作られたという無線機。

その生き残りである愛用の通信機の前に突っ走り、涙ぐみつつ大慌てで本部に通信を入れたのである。


……。


それから数分後の事だ。

それ程大きくない見張り小屋には似つかわしくないほどのクルマがシャッターを突き破るように現れた。

そして、それに呼応するかのように丘の上へと二台のクルマが上がってくる。


……丘の上で待ち構えるのはシャーマン。

大破壊前の戦車の中でも旧式に分類される第二次世界大戦時の戦車だ。

無論最新型の兵器で強化されている車も少なくは無いが、

このクルマの場合、原型となった車体に比べてもその砲塔から突き出る砲身があまりに頼りない。

そして弱弱しい主砲の代わりのように車体脇に対戦車ミサイルが据えつけられていた。

更に機銃座はあるものの肝心の機銃が見当たらない。全体的にお粗末な印象を受ける戦車であった。


「オラオラオラーーッ!ビビらせやがってーの!お陰で給料査定駄々下がりだってーの!畜生!」

「賞金首セーゴ・スズキだな!?俺達がお前をぶっ潰す!」


愛車の上に足をかけ、賞金首セーゴは叫んだ。

勇み足のせいで彼がどんな目にあったのかは聞くまでも無い。

何処かアンバランスなクルマの上で男は涙目で吼えていた。


「なんだと!?はっ!借り物戦車のガキがNGAに逆らうのかっつーの!身の程知らずが!」

「知るかよ!お前の首にかかった賞金は頂くぜ!?」

「俺様達の栄光のロード……その最初の獲物になってもらうぞ!ふふふふふ……」


対する二台も異様な車両だ。まずおかしいのはそのカラーリング。

あろう事かその車体表面のあちこちに何かの広告が散りばめられている。

そして車体正面と脇にデカデカと描かれた"R"のマーク。


この崩壊した世界を生き延びる為に生まれた一つのビジネスの形。

それがこの賃貸車両……レンタルタンクだ。

この時代、レンタカーを借りるように戦車を借りる事が出来る。

少年達の自信、その最大の出所がこれだったという訳だ。

無いのなら何処かから持って来ればいい、それが彼らの出した結論だったと言う訳である。


「いくぜっ!レンタ1号……なあ戦友。俺のはジープじゃないか。他に良いクルマ、無かったのか?」

「いやあ、残りがこれだけだったんだよな!じゃあ行くぜ4号!」


運転席の脇に機銃の付いたジープと、75mm砲搭載の二つの意味で4号な中戦車が左右に分かれた。

そして、シャーマンを囲むように配置に付こうと車輪とキャラピラを全力で稼動させている。

……だが、当然の事ながらこの時既に戦いは始まっていた。


「うっしゃ!じゃあ俺は陽動行くぜ!?頼むぜ戦友!」

「まあ俺様の7.5cm砲、いや75mm砲が火を吹くぜ!」

「ハハハッ!そんな上手く行くもんじゃ無いってーの!それにお前らの力じゃないってーの!」


砲身が軽いせいか意外なほどに早く動くシャーマンの砲塔は、

すぐさま敵に狙いをつけると容赦なく弾丸を脆そうなほう……レンタ1号に叩き込む。

砲煙が軽く周囲を包む中、煙から出てきたジープは意外なほどに無傷に近い姿だった。

ただ、唯一機銃だけが軽くひしゃげているが。


「甘いぜ賞金首!装甲タイルが俺とコイツを守ってくれた!見ての通り被害は機銃だけだぜ!?」

「馬鹿野郎!?ノヴァ!唯一の武器なしでどうやって戦うんだよ!?いきなり作戦崩壊か!?」


酒場の息子の剣幕に、少年は特に問題ないと胸を張る。

機銃こそ破損したがまだ撃てない訳ではないし、そもそも車両本体は装甲タイルのお陰で無事だ。


……因みに装甲タイルとは装甲の上に貼り付ける文字通りタイル型の外部増加装甲で、

衝撃を吸収し自らが破壊される事で本体へのダメージを吸収するというつくりになっている。

破損タイルが剥がれれば内部は無事と言う技術で大破壊を人類が生き延びた理由の一つでもあった。


「慌てるなよ!何のための、コイツ等だ……っと!」

「おお、火炎瓶か!ジープならそのまま投げられるもんな!」


そして少年の投げた火炎瓶はシャーマンの装甲に当たり周囲に炎を巻き起こした。

走り回れさえすれば戦えるし陽動には十分。彼はそれを証明した……ように見えた。


「……俺様は知ってるんだ。そのタイプは初期型!つまり火に弱い筈!」

「やったぜ戦友!戦果が増えるぜ!」

「ま、確かにそうだがこれぐらいで戦車はどうなるもんじゃ無いってーの……それにな」


軽く燃え上がるシャーマンに少年達は喝采を浴びせる。

だが枯れても軍人であるセーゴは慌てる事も無く、少年達をあざ笑う。

彼は時を待って居たのだ……そして、異変は起きた。


「な、何だッ!?戦友!クルマが、クルマが勝手に……うわああああっ!?」

「ノヴァっ!?何やってるんだ!いきなりクルマから飛び降り……いや、放り出されたのか!?」

「馬鹿野郎。そんな事も知らないのかってーの……レンタルタンクの規約、読んだのかってーの?」


レンタルタンクの規約にはこんな一文がある。

レンタルタンクの部品が一つでも破損した場合、クルマは使用者を置いて勝手に帰還する、と。

これは大破を予防し自力での帰還が不可能になるのを防ぐ意味と修理費用の低減と言う意味があるが、

レンタルタンクの制御を行うコンピュータであるCユニット(コントロールユニット)は特別製で、

その規約を忠実に守り、利用者を見捨ててでもクルマを帰還させるのである。

無論、その結果利用者が戦闘で死亡しても当然レンタルタンクはその責任を負う事は無い。


「……つまり、借り物故にタイルが尽きたら戦えないのがレンタルの弱点だってーの……ひよっこが」

「う、ぐう……くそぉ……うああああああっ!?」

「く、くうっ!だけど、主砲のデカさはこっちが上だ。俺様一人でもやってやる!」


クルマから放り出され、地面を転がる少年を最早相手にならずと判断したか、

地面に転がる少年へ主砲を一撃だけお見舞いするとシャーマンは4号に向かっていく。

だが、4号のほうも相手に主砲を向け、既に臨戦態勢を整えていた。


「そんなちっぽけな大砲で俺様の千枚を越える装甲タイルを張ったこいつに勝てるか!?」

「代用品の37mm砲とは言え舐めてもらっちゃ困るってーの!それに……これもあるっつーの!」


薄れ行く意識の中、ノヴァ少年の白く染まりかけた視界に映った物。

それは、至近距離で砲煙を上げる仲間の75mm砲と敵戦車側面から発射される対戦車ミサイルの……。


……。


タン、タン……何処かからそんな音が聞こえる。

ノヴァ少年はその音に目を覚ました。幸い大して時間は経っていないようだった。

……そして必死に身を起こしたその時、彼は信じられないもの見る羽目になる。


「ったく。ガキの癖にしぶといってーの……はぁ、はぁ……でも、これで終わりだってーの!」

「ひっ、ま、待って……も、もうハンターなんか辞めるから、ゆ、ゆる」


「許せるかってーの!お陰で小屋もクルマもボロボロだってーの!?……くたばれ」

「……ガハッ!?」


額から血を流し、戦友を足蹴にして拳銃を突き付ける賞金首と、

泥まみれで転がされ、手足に銃弾を受けた戦友の額から血飛沫が上がるのを……!


「うわああああああああああああああっ!」

「……なっ!?な、何で生きてるんだってーの!?ありえないってー……ギャッ!?」


気が付くと、ノヴァは走り出していた。

ショットガンを乱射し、残った手榴弾をぶん投げながら!


「うあ、ああああああああああああああっ!」

「ひっ!?なんだ、何だコイツはっ!?ありえない、ありえないってーの!?」


高揚しきった精神が脳内麻薬を大量分泌したのだろうか?

敵の銃撃すら物ともせず、自身にめり込む銃弾にも構わず、少年はただひたすらに敵に肉薄する。

そして、


「ウガアアアアアアアアアッ!?」

「ぎゃあああああああああああ!」


敵のどてっぱらに至近距離から猛烈なタックルをかまし、更にそこへショットガンを撃ち込む。

とどめに転がった敵が慌てて逃げようとしたところへ最後の手榴弾を投げ込んだ!

……吹き飛んだ敵は丘の斜面を転げ落ち、そして……動かなくなった……。


……。


戦いは終わった。

よろよろとリュックから回復カプセルを取り出した少年はそれを飲み込み、

更に体に入り込んだ銃弾をナイフの先で抉り出す。

銃弾を抉り出した傷がカプセル内の良く分からない成分の効用で急速に埋まっていく中、

少年は今度は倒れたままの親友の下に向かい、カプセルをその口の中に押し込んだ。

……だが、その傷は治らない。


「何でだよ……俺よりよっぽど傷だって少ないじゃないか……なのに、何でだよ?」

「……」


戦友は。親友は何も言わない。何も言えない。

……死人が何か言う訳が無い。

少年が周囲を見渡すと、装甲が焦げ付き砲塔が砕けたシャーマンが今も煙を上げていた。

レンタ4号は当然のように影も形も無い。あるのは轍だけだ。


「薄情もんめ……」


言っておいてなんだが、少年は自分でもその怒りが意味の無いものだと分かっていた。

そして同時に、家族や街の人がどうしてハンターになるのを止めたのかもようやく理解し始めていた。

だが、もう遅い。

例え今から辞めたとしても、友人を死なせてしまった以上彼はもうあの集落には居られない。

何せデコの父親、つまり酒場の親父は村長の息子でこの集落の事実上の取りまとめ役だったのだから。

そして、もう一つ。


「許さないぞ、NGAの賞金首ども……俺が、俺が仇を取ってやるからな!」


彼は友人の仇討ちを望んだのだ。

そしてそれを成す為には、ハンターとして成功する以外に道は無い。

……少年はそれを成すべく、まずは力を付ける事にした。


「それじゃあ、まず……デコを埋めてやらないとな」


友の亡骸を戦闘で空いた穴に仮に埋葬した少年は、続いて砲塔を破壊された戦車に目を向ける。

……それから数日の間、半壊した小屋の周囲には常に金属音が響いていた……。


……。


「よし、これで何とか走れるな……」


数日後、半壊した車庫から一台の戦車が姿を現した。

セーゴの残したシャーマンだ。

ノヴァは数日かけて下手ながらも大破した砲塔とエンジンを修理し、

辛うじて走れる状態に持って行ったのだ。


「……普通なら、これで親父を見返してやる、とか言う所なんだけどな……はぁ」


とは言え、彼の目に歓喜の表情は無い。

視線を粗末な墓に向け、寂しげに溜息をつくのみだ。

とは言え、成さねばならぬ事も出来たし一度集落に帰らねばならないのも事実だ。

……友の家族に訃報も伝えねばならない。


「気が重いな……」


故に彼は気付かなかった。

いや、仮に浮かれていたら更に気付かなかっただろう。

そんな彼の姿を身を潜めて監視していた影があった事など……。


かくしてここに一つの因縁が産声を上げた。

彼がいかなる運命を辿るのか。

それはまだ誰にも分からなかった……。


続く



[21215] 02
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/08/16 22:35
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第一章 因縁のはじまり(2)

02



まだ危なっかしい操作系を操り、まるで年老いた犬のようにその戦車は丘を下っていく。

数日前にハンターになったばかりの少年ノヴァ。だが彼は賞金首を倒してこのクルマを手に入れた。

まさに想像を超える大成功だ、と言えるだろう……普通なら。


「……しかし、デコの親父さんに何て言えば良いんだ」


とは言え、彼の表情に歓喜は無い。

あの戦いで彼自身も共に旅立った親友を失っている。

今から帰る故郷の集落にはその友の家族が居るのだ。


……親友を死なせておいて自分はクルマを手に入れて帰る。

それを彼の父親がどう受け取るか。少年には想像も付かなかった。

きっと責められるのだろう。人殺しと罵られるのだろう。そして……最早この街には居られない。

それはもう、どう考えても間違いない。


だが、それはある意味杞憂に終わった。

……無論、悪い意味で。


「あれ?何だ……村のほうから、煙?」


少年が異常を察知したのは、既に集落がその視界に入って暫くしてからの事だった。

辛うじて走れる、と言った状態のクルマを騙し騙し走らせていた上、

エンジンから時折上がる煙のせいで、彼はそっちの煙だと勘違いして居たのだ。


「……焦げ臭い……おかしい、おかしいぞ?」


だが、その焦げ付いた血のような匂いが充満するにつれ、彼もその異様さを理解し始めていた。

……そう、街が燃えている。いや、既に半ば焼け落ちている!


燃え盛る故郷。

粗末なバリケードは破られ、まさにジャンクの山と化している。

……そして彼はそれを見つけた。


「おじさん!?」

「……よお、お前か……」


ついさっきまで怒鳴られるのを覚悟していた友人の父親……酒場の経営者が血みどろで倒れて居たのだ。

こちら側を向いて倒れ、後方に転々と血の跡を残して。


「どうしたんだよ!?何があったんだよ!?」

「……どうしたもこうしたもあるか……うちの馬鹿息子もお前も……この、疫病神、が……はっ」


「おじさん!?おじさん!?」

「……」


そして、彼は血を吐き倒れ、そのまま命を落とす。

致命傷は背中から撃たれた銃による傷と出血多量。

恨まれる覚悟をしていた人は、怒りを受ける以前に倒れ、居なくなってしまった。


「何で?何があったんだよ!?」


困惑しながらも少年は彼を近くに寝かせると戦車に戻り、町へと近づいていく。

ただし、緊張の面持ちで。

……そして彼は、己の成した事の"結果"を知る事になった。


……。


「よお、ひよっこ野郎……先日はよくもやってくれたんだってーの!」

「お、お前は……!?生きていたのか!?」


町の中央広場に集められた村人達。その周囲を完全武装の兵士達が取り囲んでいる。

そして、広場の真ん中に居る数名の男達の中に、ここに居てはならない者が居たのだ。

片腕を三角巾で吊ってはいたが、その顔は少年にとって忘れられないもの。

……自ら殺した筈の男が生きてそこに居たのだ。


「賞金首セーゴ……確かにその腹へショットガンをぶち込んだ筈なのに」

「死んだふりだ!確認しに来なかったお前の落ち度だってーの!」


確かにそうだ。その瞬間はそれ以上の余裕が無かったとしても、

仲間の様子を見た後で確認する事は出来た。

生きてさえいれば後は薬が"直して"くれる。

世界がこうなる前のテクノロジーは極めて偉大だったのである。

ならば、相手の息の根を止めたかどうかの確認は重要。

ハンターを名乗るのならむしろ相手の遺体から戦利品をもぎ取る気概が必要な筈なのだ。

無論、心得も出来ていない少年にそれを求めるのは少々酷だったのかも知れないが、

何にせよ、生き延びた敵が報復を行おうとしてこうなったのは明白であった。


「……さて、NGAに逆らったお前にはそれなりの報いを受けてもらうってーの。大佐、お願いします」

「ふむ。伍長、それにしてもこんなひよっこ相手に戦車を奪われたのかね?」


「うっ……もうしわけありません」

「まあいい。総員展開、敵を包囲せよ」


シャーマンの砲塔から頭を出した状態の少年はその時初めて気が付いた。

村のあちこちに何両もの戦車が伏せられていたのを。

唾を飛ばして叫ぶセーゴの脇には赤くカラーリングされた戦車の上に立つ一人の男の姿。

この時代には珍しいアイロンまでかけられた迷彩服の上に士官用の豪奢な上着を羽織ったその男。

階級章に書かれたそれは間違いなくそれはNGAの上級士官のものに他ならなかった。


ただでさえノヴァは片田舎の修理屋の息子だ。

何両もの戦車が一つの生き物のように動く所など見た事があるわけも無い。

それもカラーリングまで統一された一個部隊だ。

……ありえないほどの大戦力に少年は思わず呻く。


「なんだこれ……見た事も無いぞ、こんなの」

「ふむ。NGAの殲滅部隊"深紅の群狼"だよ少年。常人ならば見る事など無いのが普通だ」

「ヒャッハー!凄えぜ!ははは、この方達が近くに居たのがお前の不幸だってーの!」


恐らく100mmを越える砲を搭載すると思われる多種多様の戦車達が満身創痍のシャーマンを取り囲む。

……車体側面に備え付けてあったミサイルはもう無い。

主砲は相手の装甲を抜けるとは思えないし、そもそも走行系以外は大破したままだ。

辛うじて走るといった状態のクルマに何が出来ると言うのだろう。


「……くう……畜生。殺すなら殺せよ!」

「お、お兄ちゃん……」


最早少年には開き直る以外の選択肢は無かった……逃げ出そうにも、集められた村人の中に妹も居る。

ここで逃げれば残った皆がどうなるか。彼もこの期に及んでそれが分からないほど馬鹿ではない。

少年の脳裏には最悪の事態。即ち己の死が明確な像を結ぼうとしていた。


「……ファイア」

「うああああああああっ!?」


敵指揮官が腕を振り上げ、そして振り下ろした。

その指揮官の号令とともに旧世界でも主力級の火力が壊れかけの車体へ一斉に叩き付けられる。

当然ながら次の瞬間には車体はおろかエンジンやCユニットに至るまで修復不能な鉄くずに変えられ、

少年自身も吹き飛ばされて地面に転がった。

いや、弾き飛ばされただけで済んだ分彼は幸運だったののかも知れない。


「あ、ぐぁ、あ、あああ……」

「お兄ちゃん!?ひ、ひどいよ、ひどいよ!」

「ヒャーッハッハッハ!良いざまだ、良いざまだってーの!」

「伍長。君はもう少し自身の油断について考えたほうが良いぞ?」


全身火傷、打撲……恐らく骨折もしているだろう。

兄の凄惨な状況に集められていた人々の中から少年の妹がたまらずに駆け寄る。

そして、息があるのを確認するとNGAのほうを向いて泣きながら睨みつけた。

しかし軍服姿の一団はそれをどうともせずに話を先に進めていく。


「ふむ。不穏分子の粛清完了、か……伍長。君はもう少し上手くやってくれると思っていたが」

「す、すいません大佐……ガキ二人がレンタルタンクまで持ち出しやがってーの、とは流石に……」


「まあいい。有る意味監視任務は終わりだ。明日より本部にて再教育課程を受けてもらう。いいな?」

「は、はいぃぃっ」


部下の不始末に溜息をつきながら、敵の指揮官はクルリと広場の中央を向いた。

そう、捕まった村人達の方向だ。


「よろしい。では……この村に対する処分だが」

「「「「ひっ!?」」」」


村人達は怯え、竦みあがった。タダでさえ何両もの戦車に集落を占拠されていたのだ。

そして、今この目で見た大口径砲の火力に腰が抜けたものも少なくは無い。

……だが、敵の指揮官は努めて平静にこう言った。


「私はNGAのウォルフガング大佐だ。我が軍に対する敵対行為についての決定事項を伝える」

「……わ、私らは何もしておりません……」


名目上の村長……酒場の初代経営者でありデコ少年の祖父であった老人が震える声で訴える。

しかし大佐は構わずに続けた。


「そうだ。この集落に罪は無い。問題なのは我等に楯突いた二人の少年である」

「……おお、では!」


ざわり、と集められていた村人達の間から感嘆の溜息が漏れる。

それは期待であり不安であり、そして安堵に近いもの。


「うむ。問題を起こした彼ら二人に対価を支払わせる事で今回の件は決着としたい。いかがか?」

「「「はい、も、勿論で御座います!ああ、ありがたい、ありがたい!」」」


村人達は予想より余程マシだった決定に胸を撫で下ろした。

この村には満足な自警団すらない。実際の所バリケードを破られた時点で勝ち目など無いのだ。

それを当事者のみで許すというのならそれに越した事などある訳が無い。


「では、それで決着だ。さて、少年……ノヴァと言ったな。覚悟は出来ているか?」

「……好きに、しろよ。賞金首ども……」

「駄目!お兄ちゃん駄目ぇっ!」


どっちにしろ、火傷と骨折でもう満足に体を動かす事も動かす事も出来なかった少年は、

せめてもの反抗として出来うる限りの悪態をついた。

これで死ねば全て終わりだ。だからせめてハンターとして生きた証を残したいと思ったのかも知れない。

だが、その答えは最初から聞いていないとばかりに大佐は少年を一瞥し、妹の腕を掴んだのだ。


「では、そうさせて貰う。さてお嬢さん……自由時間は終わりだ」

「……!」

「なっ!?妹は関係ないだろ!?」


妹の腕を掴む敵の姿に少年は思わず起き上がろうとして、蹴り飛ばされ再び地面に転がる。

咳き込む少年に大佐はチッチッチ、と軽く指を振る。

そして倒れた少年の腕に足をかけ、万一にも銃を撃てない様にしながら哀れむように続けたのだ。


「いや、君には生きて貰う。生きて生き抜いて我等に逆らった事を後悔し続けてもらう事になった」

「そんなの。そんなの有りかよ!?」

「さて、お嬢様はこっちだってーの。別にとって食いはしないからそこは安心するってーの」

「……分かりました」


観念したかのように腕を引かれるまま歩いて行く妹の先で装甲車のドアが開いた。

少年は理解した。いやこの場にいる全ての人間が一瞬で理解した。

この娘がこの装甲車に乗せられたら最後、最早ここに戻ってくる事は無いと。


「クソッ!ナナ、逃げろっ!逃げるんだ!」

「無理言うなよひよっこハンター?どう考えても逃げ切れる訳無いってーの」

「分かっていると思うが君が逃げた場合お兄さんの安全は……」

「分かります。どうすれば良いか。どうしなければならないか……分かりますから」


今や少年には叫ぶ以外に反抗の方法が無かった。

だが兄が必死に無駄な足掻きを続ける間にも、妹はただ黙って装甲車に乗せられ、連れ去られていく。

……誰がこんな展開を想像出来るのか。勿論、少年にはそんな事を想像する余地も無い。

いや、相手に銃口を向けて倒し損なった時点でどうなるかと考えればある意味この展開は……。


「同情の余地は無い。君は自らの成した結果を知る必要がある……では、予定通りに」

「……親父!?」

「よお。馬鹿息子」


そして最初の因縁。その始まりはその最終段階を迎える。

さっと上げられた腕に呼応するかのように一人の男が少年の前に連れてこられる。

少年の父親だ。彼は後ろ手に縛られたまま息子の前に立つ。

そして、妙に透明な笑顔で息子にニヤッと笑いかけた。


「ノヴァ。なっ?ハンターなんか成るもんじゃないだろう?……今後は何処か遠くで、平凡に……」

「宜しいですね?では、時間です」


言葉が最後まで続けられる事は無かった。

後ろ手に縛られた彼の父親は、眉間に容赦なく銃口が突きつけられ、

そして……。


血飛沫が、舞った。


……。


日が暮れた。

あの後解放された村人達は、少年に文句を言う訳でもなくそそくさと家に戻っていった。

だが、その戸板は硬く閉ざされ広場で倒れる少年などまるで無いもののように扱っている。


「親父……ナナ……」


あの後、わざわざ少年を父親の亡骸まで連れて行き死亡確認までさせた敵の一団は、

仕事は終わりだといわんばかりの迅速さで集落を去っていった。

わざわざ少年に回復用ナノマシンのたっぷり詰まった回復剤を服用させてという徹底ぶりだ。

生きて後悔し続けろ……それは決して脅しでもなんでもなかったのだ。

今や村の広場には倒れたままの少年とまだ熱を持ったままの戦車の残骸以外何も無い。

いや、後は戦車砲による砲撃痕とそれによる残骸か。


「……なんか、実感沸かないな」


空に浮かぶ星空だけは子供の頃から何も変わらない。

だが、少し視線をずらすと砲撃により破壊された我が家の残骸。

そして殺された父と連れ去られた妹。

……それを思い返した瞬間、少年の心に小さな火が灯る。


「畜生……NGAの賞金首どもめ……!」


それは八つ当たりであったかもしれない。第一この様は自業自得以外の何物でもなかっただろう。

だが、その暗い炎は少年を突き動かす原動力となった。


「ぐうっ……」


まだ全身に走る痛みを押し殺し、焼け焦げたリュックに手を伸ばす。

……まだ数錠残っていた回復カプセルを残らず口に押し込み、そして無理やりに飲み込んだ。

体の奥底から湧き上がる熱。それが彼に生きているという実感を与える。


「一応、まだ五体満足。だよな?」


動きたくないと駄々をこねる足を叱咤し、未だふらつく頭に活を入れる。

そして少年は夜空を見上げ、半壊した自宅へ向かって歩き出した。


……。


思い出の我が家は天井と壁の大半を失い、

そして床も様々な物が散乱して酷い有様だった。

少年はひとまず比較的マシな部分を片付け、そのまま倒れこむ。


……日が再び昇り、人々は恐る恐る表に出てくるようになっても、

少年の家に近づく者はいないし、また少年に話しかけようというものは居なかった。

そう。当日に引き続き少年は居ないものとして扱われたのだ。

いや、これ以後も同じように扱われるか……、

もしくはそう遠くない将来この地からの退去を求められる事になるのだろう。


「……だったら、こっちから出て行ったほうが良いよな。お互いに」


昨日までと全く一緒に見えて全然違うようにも見える空をぼんやりと眺めながらノヴァはそう思う。

そして、黙々と自宅の片づけを始めた。

……場を濁すだけ濁して出て行くのもどうかと思ったのだ。

もしくは何も考えたくなかったのかも知れない。


無心になってただひたすら瓦礫とゴミを片付ける事三日。

……彼は最後にありえないものを見つけた。


「親父のタンスの中から……ゴーグルキャップ?それにBSコントローラーも」


父親の半壊したタンスからサルベージされたのはゴーグルの付いた戦車帽。

そして大破壊前に打ち上げられた衛星にアクセスする為の端末、BSコントローラー。

一言で言えばそれはハンターの象徴と必需品。

古めかしいそれは、どう考えても一介の修理工が持っている筈の無いものだった。


「そっか。親父、ハンターになるのを反対する訳だ」


そしてノヴァは気付いた。父親がハンターになるのを反対し続けた訳を。

きっと父親もこうして挫折を覚えた事があるのだ……流石にここまで酷い物ではなかったにせよ。

……多分当たらずとも遠からずだろう。

その経験が父親を息子がハンターになりたいと言った時、絶対反対という態度に固執させたのだ。

何にせよ、何を今更な話ではある。

少年は半ば無意識にそのゴーグルキャップを被り、BSコントローラーを手にした。


そして気付く。

ゴーグルに何かが挟まっているのを。


「……これは、地図?しかもこのマーク……戦車!?」


父親の戦車帽に挟まっていた古ぼけた地図。

そこにはデフォルメされた洞窟と戦車が手書きで書き足されていた。


少年の心にぞくりとした感覚が芽生える。

彼にとって父親は物心付いた時からメカニックだった。

だとしたらこの地図は下手をすると20年近くも昔のものだ。

……当然ここに書かれた場所の戦車は誰かが見つけた後だろうし、

そもそもこれが本当に戦車の在り処を書いたものだとは限らない。


「だけど……行ってみる価値はある」


第一少年には行き先はおろか最早帰る所すら無くなるのだ。

だとしたら、行くべき先が見つかった事を喜ぶべきだろう。

少年はあの激戦で辛うじて無事だったショットガンを握り締める。

……もう既に心は決まっていた。


……。


そしてそれから一数間ほど経ったある日の事。

幕ではなく頑丈な扉で外と区切られるようになった酒場の一角で、

久方ぶりに家業に復帰したある老人が愚痴をこぼしている。


「で、あの疫病神はどうなったんだい?」

「……ああ、三日ほど半壊した自宅に篭ってたが、その後ふらりと出て行ったよ」


「そうかい。奴さえ居なけりゃうちの息子や孫も死なずに……」

「いや。それは彼同様の自己正当化でしかないな」


「ひっ!?あ、貴方はこの間の!?あ、あの……一体どうかしましたか?あの馬鹿はもう村を」

「ウォルフガングだ。いやな、私とした事が命令を遵守しきれていなかったのでね」


「そ、そうでしたか……して、遣り残した事とは?」

「ふむ。……もう一人のハンターにまだ身内が残っていると聞いたのでね」


「え?」

「村長……君だよ」


……これは少年の与り知らぬ事だが、村は少年が旅立ってから数日後、謎の消滅を遂げた。

ローストエデン。失われた楽園は焼け焦げた楽園へとその姿を変えたのである。


「隊長。焼却処理が終了いたしました」

「宜しい」


腕組みをする大佐に対し、周囲を火炎放射器で焼き払っていた部下が戻ってきて報告を始めた。

仕事は迅速、かつ完璧にこなされている。

それが精鋭の精鋭たる所以なのだろう。


「それにしても、あの自業自得の少年が生き延びて村の者達が皆殺しとは、皮肉なものですね」

「命令だからな」


「思うのですがあの少年、自分が悪い事を全然気付いてないのではないですか?あれでは」

「こちらを恨むだけで……かね?」


そして話はノヴァ少年へと移る。

部下は少年に対する処置が不満だったのか眉をしかめて続ける。


「そうです。あの手の手合いはいつか正義の御旗を持って我等の前にまた立ちはだかると思うのですが」

「その時は指摘するさ……それにこんな時代だ。正しいのはある一つの要素以外有り得んよ」


その上司の言葉に部下は不敵な笑みで応じた。


「力こそ正義、ですね」

「そうだ……この荒野では強者こそが正しい。彼がそれを貫き通せたら、それはそれで正しいのだよ」


そしてまた、不敵な笑みが彼らからこぼれる。

それは十分な実力に裏打ちされた自信から来る笑みであった。


「まあ、自分達が居る限りそれは不可能でしょうがね」

「その通りだ」


そうこうしている内に、何両もの戦車達が仕事を終えて集まってくる。

大破壊以後、世界が崩壊してからこれだけの戦力が集うのは正直珍しい。

そして彼らはそれを可能にする、ある意味人類の精鋭とでも言うべき存在なのだ。

例え、それが一部の人間以外には深刻な被害を与えるものだとしても。


「……集まったな?これより我が部隊は新たに見つかったミュータントOX群生地帯へと進撃する!」

「「「「サー、イエッサー!」」」」


男は部下に対し声を張り上げ、部下も一斉に応答する事でそれに応える。


「モンスターどもに見せ付けてやれ!我等人の底力を!」

「「「「サー、イエッサー!」」」」


「では早速だがそこをうろつくバルカンチュラを掃討しつつ前進する!この程度に足を止めるなよ!」

「「「「人類に勝利あれ!」」」」


かつて集落であった廃墟を背に戦車の群れは走る。

人類に仇成す銃器を生やした巨大な蜘蛛を轢き殺しながら。


「第一陣!ガトリング砲掃射開始!」

「「「イエッサー!」」」


大破壊。そう呼ばれる大惨事の頃からこの世界にはモンスターと呼称される異形が蔓延りだした。

ただひたすらに人間を襲う、人を滅ぼす事が目的のような怪物たち。

それは時として遺伝子操作の果てに生まれた動植物であり、制御装置の狂った機械のなれの果て。

共通点はただ一つ……明確な意思を持って人類に敵対する事。


「レーダーに反応?総員!ミサイラスだ……撃たせるな。敵射程外より射撃を行う。用意、撃てッ!」

「「「ファイア!」」」


世界中を異形のモンスターがのし歩き、食料はおろか清浄な水を得る事すら困難な世界。

だが、それでも人は必死に生きていた。

……無論それは他者に害を成し、その首に賞金をかけられた者達とて例外ではないのだ。


そしてその頃。先ほど話題に出てきたとあるひよっこハンターも必死に生き抜き、

遂に巧妙に入り口の隠された小さな入り口に辿り着いた所であった……。

続く



[21215] 03
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/08/19 20:52
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第一章 因縁のはじまり(3)

03


満足に草すら生えない荒野のど真ん中。

大岩が一つゴロリと横たわる茶色い大地に少々色合いの異なる何かが蠢いている。

デニム地のツナギにゴーグルキャップと言ういでたちの少年が必死に岩を動かそうとしているのだ。


「ち、くしょう……足元にマンホールが見えるってのに……これじゃあ入れやしない!」


じりじりと照りつける太陽に少年は汗だくとなり、ドサリと地面に腰を下ろした。

幸いかつてのアスファルト舗装の跡があり、尻も汚れはしない。

だが、何時間格闘しても小揺るぎもしない岩の重さに少年は辟易としていた。

周囲を見渡しても色あせた巨大な看板が一つあるだけで周囲は殺風景この上ない。

近くにモンスターや野党の類が居ないのがせめてのも救いか。

とは言え、誰にと言うことは無いが文句の一つも言いたくなるのが人情だろう。


「第一おかしいんだ。何で、こんな何も無い荒野のど真ん中に大岩が一個だけ……」


ぼやきながらも少年は期待に胸が膨らんでいるのに気付いていた。

父が殺され妹が浚われたというのに不謹慎だとは思うがどうにも止められない。


大岩は随分長い間ここにあったようだ。

不審に思い地面に積もった土をほろわねばマンホールを発見する事も出来なかったろう。

そしてその事実は、もう長い間この入り口が閉ざされたままであった事を示す。

……つまり、お宝がそのまま残されている可能性が高いのだ。


「もし本当に戦車があれば、ナナを連れ戻す事も親父の仇討ちも出来る……」


とは言え、このままでは意味が無い。

少年は村を追い出されるままにここに来た。

全財産でショットガンを買ってしまったので金も無い。

親父の机から自衛用の手榴弾を見つけていたので使ってみたが、それも大して効果は無い様だった。


「けど、これじゃあどうしようもないよな……仕方ない、近くに街は?」


少年は慣れない手つきでBSコントローラーを弄りだす。

ここでのたれ死んでも仕方ないと、近くの町で補給をする事にしたのだ。

まずはバイトでも何でもやって、この岩をどかす方法を見つけねばならない。


「えーと。街の検索検索……ってどうやるんだ?えーと、ここをこうしてこうやって……あれ?」


説明書も無い電子機器を総当りで操作していると、

コントローラーから突然響き渡るエマージェンシー。

地図の現在地が×マークからドクロマークに変化し、

挙句にカウントダウンまで始まった。


「な、何だ!?壊れたのか!?そんな……ん?」


違和感を感じた少年が顔を上げると、天が眩しい。

何だ何だと思っていると、天の光が一際激しく瞬く。

続いて大岩の辺りが赤く照らし出されたと思うと、光の本流が周囲を包み込んだ!


「本当に何なんだあああああああああっ!?」


呆然とする少年。だが、光が収まってみると周囲には激しく熱せられた跡があり、

大岩が砕け、彼でも動かせるサイズに砕け散っていた。

良く分からないが、障害は取り除かれたらしい。


「な、何だかわかんないけど取り合えず……結果オーライ、なのか?熱っ!?」


棚ボタとは言えこの機会を逃すかと彼が熱せられたマンホールの蓋に苦戦している時、

腰に下げたBSコントローラーにはこんな文面が浮かんでいた。


『衛星レーザー命中確認。キラー衛星再充電開始……充電完了時刻、不明』


大破壊以前のテクノロジーは極めて高度であった。

そう、それから長い年月が過ぎても未だ稼動する攻撃衛星が残っているほどには。

満足にメンテナンスもされていない衛星が何時まで使えるかは知らないが、

恐らく彼は、そして人間は壊れるまでそれを使い続けるのだろう。

それがこの時代の人間のあり方であり、同時にそれはこの時代の人間の限界であったのだから。


……。


「うわっ……真っ暗……じゃない」


少年がマンホールを開け中に入ると、漆黒の闇の中だったマンホール内に電灯が灯った。

作業員用に対人センサーにより自動で照明のスイッチをON,OFFするシステムなのだが、

この時代に生まれた少年はそんな事を知るよしも無い。


「訳分かんないが兎に角明るいのは良い事だよな、うん」


少々不気味に思いながらも少年は地下を、かつての下水道を進んでいく。

幸い長い年月と人類の激減により、下水の汚れは無いと行っても良いレベルだった。

少なくとも飲んだりはともかく水に足を突っ込んでも汚いと思わないほどには。


「……なんだ、あれ?」


そして、暫く進んだ所でノヴァはそれを見つけた。

丁度その辺は電球が切れ掛かっていたらしく明かりが時折明滅を繰り返していて良く見えない。

だが、粘着質の何かが蠢いているように彼には見えた。


「ヘドロ?いや、それにしては動きが大きい……まさか!?」

「しゃわしゃわ……」「しゃわしゃわ」


ノヴァの上げた声に反応し、それは振り向いた。

ぬめぬめとしたゼリー状の怪物。

伸縮自在の触手により動物、そして人間をも捕食するそのモンスター。

その一つしかない眼球が、目を血走らせてこちらを睨みつけていたのだ。


「もしかして、殺人アメーバ!?」

「しゃわしゃわ」


その軟体生物を人は殺人アメーバ、と呼ぶ。

それは人類がかつて作り出した遺伝子工学の結晶……そしてその負の面の体現者の一つ。

食用として作られたらしいが今では人類に牙を剥く捕食者でもある。


「くっ!……倒れろッ!」

「しゃわっ!?」


普通ならパニックになるところだが、そこそこ距離が離れていた事が少年に幸いした。

慌てて構えられたショットガンから放たれる散弾が、何かにたかっていたアメーバ達を吹き飛ばす。

その攻撃に構成物質の何割かを失ったアメーバは驚き、騒ぎ立て、そして下水の先へと逃げ出して行く。

そしてその場にはアメーバにたかられていた何かと飛び散った構成物質の欠片だけが残された。


「……驚いた……生きてるアメーバ見るのなんか初めてだ。数がいたら本当に人でも殺せそうだな」


少年にとって殺人アメーバとは最も一般的な食品の名前でしかなかった。

例えば読者諸兄の社会において豚肉とはスーパーでパック詰めにされているものが大半であり、

豚の飼育や食肉加工の工程を知る者はそう多くあるまい。

彼は己が良く食していたものがどういう存在であるのか今身を持っている事となったのである。


「ええと……まあ、何処かの酒場に持っていけば売れる、よな?」


動き出さないか心配だったが少年はこれも何かの役に立つだろうとぬめぬめした細胞片を袋に詰める。

そして、先ほどのアメーバたちが何にたかっていたのかと目を向けて、驚きの声を上げた。


「犬ぅ?」

「……くぅぅぅぅん」


己の血で毛皮が赤く染まっていたが、それは間違いなく白い毛皮の犬だった。

背中に壊れたバズーカを背負っている所を見るとバズーカドーベルだろうか?

いや、バズーカドーベルなら犬種はドーベルマンのはず。

それはいわゆる柴犬系の雑種のようだ。

どういう訳かは知らないが、腹を空かせ武器を失ってアメーバの餌になりかけていたらしい。


「アバラが浮きでてら……腹を空かせて迷い込んだのか?自分が餌にされてちゃ世話無いぞ?」

「……くぅぅぅぅん」


少年は周囲を見回し壊れた木箱を見つけると火炎瓶の栓を抜き、

先ほど手に入れたぬめぬめ細胞を軽くあぶった。

そして、回復カプセルと一緒にして犬に与える。


「俺自身の分も足りないってのに何やってるんだろ。でも伝説のハンターは犬連れてたって言うしな」

「キャン!」


傷が塞がって元気を取り戻したらしい犬は固定用ハーネスを食いちぎって壊れたバズーカを捨て、

身軽になってその場で軽く跳ねた。


「よしよし、この恩は一緒に戦って返してくれよ。俺、ハンターだし……って分からないよな」

「くぅん!?」


ノヴァの言葉を理解したのかしていないのか。

犬は軽く吼えると少し走り、そして立ち止まった。


「……もしかして、何かあるのかこの先に?」

「わん!」


吼えた犬に何かを見出したのか少年は犬の後を付いて行く。

時折アメーバが襲い掛かり触手でこちらに襲い掛かるがショットガンで吹き飛ばされたり、

元気になった犬の牙にかかったりして追い散らされていく。


「わふ!」

「……お、何か今までとは違うな」


そして子一時間すると下水が終わった。そこから先は異様に真っ直ぐな通路だ。

他の部分とは壁や床の材質からして違っているように見える。

何かの秘密の施設のようだ。


「さて、何が出るのか……ってもしかして例の戦車か?これは、まさか……」

「わふ!」


ノヴァが歩いて行くと犬が立ち止まった。

どういう訳かある所から先には決して行こうとしない。

そして突然吠え出したが何故なのか分からず、少年は気にせず先に進もうとする。


「わ、わん!わん!」

「……どうした?連れてきたのはお前だろ?」


犬は突然少年のツナギを噛むと、そのまま後ろに引っ張ろうとする。

……少年は気付かなかった。その先に何があるのかを。

少年は気付かねばならなかった。なぜこの犬が満身創痍で倒れていたのかを。


『警告、警告!当施設は一般立ち入り禁止です。関係者以外は直ちにお引き返し下さい』

「なんだ!?」

「きゃん!きゃん!」


突然、大音響の電子音が周囲に響き渡った。

セキュリティ警告など聞いたことの無いノヴァがきょろきょろと周囲を見回す間にも、

状況は更に変化していく。


『警告に従わない場合、排除されます。なお、これは対NO,A措置法に基づく緊急措置として……』

「な、なんだか物々しい雰囲気だな……何なんだこれ?」

「きゃいいいいいん!?」


少年は何も知らず、少し不安げに先に進んでいく。

犬は困り果てていた。最初は直前で立ち止まらせこの先の脅威を教えるつもりだったのだ。

だが少年は先に進み、あまつさえ警告をも無視している。


……犬は無知を甘く見ていた。


この犬は戦闘用に知能強化されたバイオドックの末裔で実戦経験も豊富だったが、

ここまで無防備に警戒態勢の中を進んでいける人間など見た事が無かったのだ。

個人的理由で少年を見捨てる訳にも行かないとは言えこの先のセキュリティは強力無比だ。

一部を破壊しても暫くすると修理が終わってしまう。


『最終警告。部外者は退去されたし。部外者は退去されたし。さもなくば、排除する!』

「何か生えてきたーーーーっ!?」

「きゃいいいいいいいん!?」


だが、本能には逆らえなかった。

壁から、天井から監視カメラや機銃がせり上がり、蛇のようなレーザー砲がその鎌首を上げる。

前進を拒むように武装した分厚い壁が降りてくる。

その光景に先日見た痛い目とその後アメーバに食われかかったという恐怖が犬を包み、

全身の毛皮を逆立てる。


「きゃあいいいいいいいいいん!」

「おい!?何処に行くんだ!?」


そして気が付けば、犬は本能の赴くまま元の道をひた走り続けていた。

……少年を置いていく事への罪悪感と、普段ならこんな無様はしないのにと言う悔恨を胸に。

だが、それでも全身を蝕む恐怖とそれによる本能的な逃げはどうしようもなかったが。


……。


『部外者の退去を確認。警戒レベルを引き下げます。職員のDNA確認……ようこそMr,ハウンド』

「な、なんだったんだ!?」


だが、少年は驚いて尻餅をつきながら呆然と座っていただけで危機を脱していた。

犬が視界から消えた頃、どう言う訳かセキュリティが警戒を解除したのだ。

前方を塞いでいた壁も何事も無かったかのように天井へと吸い込まれていく。


「……消えた」


そして、その場には少年一人だけが残された。

呆然としながら少年は脳細胞をフル回転させる。

今まで無いほどに考え抜いた少年の頭の中で電撃が走り、そして気付いた。


「MR,ハウンドって……親父のか!?じゃあ、俺は親父と勘違いされた……?」


でも何故かと考え、少年は父親の形見の帽子のお陰だと判断した。

実際はDNA鑑定なのでそれはありえないが彼は喧嘩ばかりしていた父親に感謝する。

兎も角さっきの警告は、要するに部外者と認識された犬だけの話で、

彼女は少年を引きとめようと警戒範囲に引っかかってしまったという話なのだが……。


まあどうであれ少年の前には道が現れた。

気を取り直した少年は後ろを振り向き、犬の気配が無い事に気付くと軽く溜息をついて立ち上がる。


「……探すのは奥を見て来てからでも良いか」


そして、通路の奥にある扉を潜るのであった。

余談だが幾ら親子とは言え別人と間違えるほど精度の低いセキュリティ?

もしそうならよく今までやってこれたものだと思うが……まあ、今回に関しては結果オーライである。


ともかく少年は何年も人が入る事の無かったその施設に足を踏み入れた。

……そこは曲がりくねった通路。

侵入者を徹底的に拒むようなその複雑な迷路を半日かけて抜け、

もう一つ下の階層に入り込む。

そこには……。



「うおおおおおおおおおっ!戦車だ!戦車がある!」



まごう事無き"戦車"がそこにはあった。

しかも、時間こそ経っているもののその戦車には"誰かが使用した跡が無い"。

つまり……それは間違い無く"新品"であった。

周囲では使われる予定も無いクレーンや大型ジャッキ等の作業機器が自動機械に整備されている。

そして無造作に置かれたネジの山や転がる工具、貼り付けられた何枚もの設計図から察するに、

ここは研究施設、もしくは試作工房だったのだろう。


……だが、少年にとってそれはどうでも良い事だった。


「おお、おおおおおっ!戦車だ、俺の戦車だ!俺の!俺のオオオオおっ!」


はしゃぎ回りながら彼は周囲を物色する。

戦車の起動用キーを捜すと共に、何か使えるものは無いかと思ったのだ。

残念な事に備蓄されていたであろう物資は殆ど誰かに持ち出されていたが。


「……っても親父以外にありえないよな。まあ、コイツを残してくれただけありがたいか」


少年はコツコツと戦車の装甲を叩く。

……戦車としては小さいそれはだが見た目よりはずっと強固に出来ているようだった。


「さて、ん?コンピュータ……まだ生きてる?これは覗くしかない!」


探し回った結果、鍵は責任者の部屋らしき場所で見つかった。

そして未だに空調の利いた仮眠室と思われる部屋にはまだ動く一台のコンピュータがあったのだ。

少年は早速それを起動させ、関連するであろう項目を探す。


「ん?セキュリティの設定項目……あ、親父の名前が無理やり登録してある……」


そして一番先に見つけたのは他ならぬ彼が襲われなかった理由であった。

職員一覧の最後に父の名が登録されている。しかも不正規なせいか欄外にだ。

……少年はその昔の父の事を思いつつ、自身の名前を所長の欄に上書きした。


『登録します、DNA採取のため採血を行いますので暫くお待ち下さい』

「……痛っ?でもないか」


すると、突然アナウンスが始まり、

通風孔から現れた小型の機械製の蚊が彼の首筋に小さな針を打ち、数秒後にまた飛んで行った。

……どうやらアレで採血を行ったらしい。


『再登録完了、ようこそ所長』

「所長か。うん、えらそうで良い感じだな!」


そして一気に開示される情報のレベルが上がったのを良いことに、関係しそうな情報を読み漁る。


「ええと、試作戦車の写真?……あ、あれだな!」


探していた情報はすぐに見つかった。

先ほど見つけた戦車の写真がデカデカと貼り付けられて居たのだから当然だ。


「ここは……ぶらどこんぐろまりっと?の第二試作戦車工房……機密レベルB、か」


恐らく外部向けの宣伝用らしい作りかけのウェブサイトに、その戦車の詳細が載っていた。

過度に装飾された文言が並ぶが、要約するとこうなる。


ブラドコングロマリット製試作軽戦車"ヘルハウンド"……それがあの戦車の名前。

極めて評価の高かった中戦車ウルフをベースに小型化とコスト削減を狙ったものらしい。


『反政府組織でも容易く扱える主力戦車、これで暴徒の皆さんも安心!空の敵にも対応します!』


をキャッチコピーに試作が進んでいたらしいが、どうやら計画自体が凍結されたようだ。

そして解体を待つ身の上だったが大破壊が起き、そのまま施設ごと放置されたらしい。

もし完成していればモスキートの重量にウルフの装甲を持つ優良戦車になる筈だったとの事。

戦車砲は対空仕様だが機銃二丁と特殊兵装(S-E)二機を搭載可能で、

同系兵装同時射撃を標準装備……と、良く分からないがともかく凄そうな代物だ。

だが、現実には"大破壊前に"計画凍結された。

つまりそれはその戦車に何らかの致命的な欠陥があったと言う事に他ならない。


「……貧乏してた親父が持ち出して売りもしなかったって事は相当酷いって事か?」


だが少年には他の選択肢が殆ど無い。どんな欠陥があろうが知ってさえいればどうにか。

そう考え、今度は内部向け……要は表に出せない情報を開き始める。

幸いにも所長と言うこの時代では意味の無い肩書きのお陰で、

何重にもプロテクトされたファイルがあっさりと開いていく。


かなり長い文面だがその中にはこんな事が書いてあった。


―――ヘルハウンドはブラドコングロマリット始まって以来の失敗作と言って良いだろう。

全てが高レベルで纏まったウルフをベースにした、それはいい。

だが同時進行で進められたガルム計画の主目的……超重戦車ガルムと違い、

軽戦車ゆえシャシーの小さくその内包するスペースは有限。

計画者たちはそれを分かっていなかったのだ!


結論から言おう。ヘルハウンドは計画凍結すべきだ。

戦車の命である主砲を対空砲とし主要火力を副砲やS-Eに任せるなど正気の沙汰ではない。

貧者の為の戦車と銘打ちながら、その弾薬費が極めて高騰するのが目に見えているではないか。


その対空砲も制式装備が20㎜だと?それじゃあアホウドリも満足に落とせん。無意味だ。

最大88mmを装備できると言ってもそもそもあの戦車の砲塔は対空戦闘には向いていない。

銃身が真上を向けるから良しなど何も分かっていない机上の空論だ。当たらねば無意味ではないか。


そして問題のS-Eだが要求どおり二基搭載出来るように設計はした。

だが、制式装備のチヨノフ型エンジンの出力ではまともな物が積めるとはとても思えん。

ツインターボ化したと仮定しても、満足な火力は得られないだろう。

しかも上位のエンジンに乗せ換えた場合は折角の低コストの強みが無くなると言うジレンマだ。


結論から言うとこの車を有効活用するには二門ある機銃に良いものを積む事だ。

強大な敵には全く刃が立たんだろうが掃除屋としては出番がある。


……だと言うのに何故上層部は7.7mm機銃二丁等と言う阿呆な決定を下したのか理解できない。

折角完成した機銃同期射撃攻撃……バルカンラッシュ・システムを飾りにする気か?

特殊兵装一斉射撃、ミサイルラッシュは前述の理由により役に立たないと断言させてもらう。

そうでもせねば装甲タイルが貼れない等と言うのは甘えだ。

S-E搭載能力を捨ててでも20mmオーバーのバルカン砲二門でも搭載するべきだったのだ。


何にせよ、我々はこの異端児を見捨てる決定を下した。

幸い向こうは人が幾ら居ても足りないとの事なのでガルム主計画に移籍させてもらう。


所長……もし、我々に残って欲しいと望むならCユニットから余計な機能を取り外してくれ。

全門発射を含めた三種類の一斉攻撃プログラムを初めとした複雑な仕様に圧迫され、

それが最後の、そして最も致命的な欠陥となったのは貴方も知っての通り。

車体に合わせるため取り外しも利かなくなった大型Cユニットなど害悪以外の何者でもない。

最小構成による最大火力などと言う夢物語は捨て、現実を見て欲しい。


貴方の賢明な判断を期待する。

ガルム副計画開発主任より。


……。


長々と続いた長文だが、要するに火力偏重が過ぎてまともな火器が載せられなくなったと言う事だ。

そしてそれを同期させるため専用プログラムが必要で、Cユニットの取替え……アップグレードが不可。

要らない火器は装備しないと言う選択もあるがその場合折角のハードポイントが無駄になる。

挙句に主砲の火力が劣悪と来たものだ。

そんな状況ゆえ最後には研究者達に見放される事となったらしい。


「……まあ、贅沢は言ってられないよな……考えてみれば主砲が細かったかも、だけど」


電源を落として立ち上がり、再び戦車の前へ。

期せずして父と同じハウンドの名を持つそのクルマは、誰に乗られることも無く幾つもの年月を越え、

そして、遂に主を得たのだ。


「……よっと。狭いな……まあ完全に一人用だし当たり前か」


砲塔上部のハッチを開き車体内部に入る。

主電源が入りエンジンに火が入る。それも恐らく試験以外では初めて。


「レンタルタンクで鍛えた俺の操作テクを……ってあれ?操縦系が無い……まあいい。先に装備確認を」


妙に項目の足りない特注のCユニットをポンポンポン、と操作していくと、

現在装備中の武装一覧がズラリと画面に並ぶ。


「20mm対空機関砲……ああ、話にあった奴か。機銃は7.7mmがニ丁と……S-Eは……あれ?」


主砲、20mm対空砲一門。副砲7.7mm機銃二門、と装備された武装が次々と表示されていく。

続いてエンジンにチヨノフ、Cユニットに特注品名称無しの文字が。

最後に最上段にシャシータイプ、ヘルハウンド試作型の文字が浮かんだ。

だが、このクルマの火力の要であるS-Eの表示が無い。

おかしいと思い設定を弄ってみると、


「ダミー、だって?」


装備品にダミーの文字が。驚いて上部ハッチから身を乗り出すと、

車体後部に設けられた特殊兵装用マウントに設置されているのは張りぼてのミサイルランチャーと、

穴埋め用の蓋だった。


「……用意できなかったのか。ミサイル一つも」


それとも片方には元々は何かが装備されていて父親がここに来た時持ち出したのか……。

兎も角現状のヘルハウンドは、戦車と呼ぶのもおこがましいみじめな状態だった。

これでは地獄の番犬どころかみすぼらしい子犬だ。

まあ、別のハンターに見つかって放置されるような戦車なのだからそれも仕方あるまい。


「ともかくようやくスタートラインに立った……で、どうやって動かすんだ?まさかマニュアル?」


何にせよ、ようやく手に入れた自分の戦車だ。

その力を試したいとあちこち触ってみるがどうしても駆動系の制御システムが見当たらない。


「まさか本当に攻撃以外をオミットしてあるとか?いや、この大きさでそれは無いよな……」


戦車での機動戦においてCユニットは画期的な発明だったそうだ。

本来操縦、攻撃を一度に行うのは困難だ。

それを機械に一部肩代わりさせる事によって操縦者単独での戦闘が可能になったのだ。


「一人じゃどっちかしか出来ないぞ。軽戦車の癖に足を止めて撃ち合えとか?無い、無いよな?」


本戦車はどう見ても二人乗りは出来ない。

操縦者の他に貨物スペースはあるがそこから操縦の手伝いは不可能だ。


「……え?まさか本当に……それが致命的な欠陥かよ!?」


ノヴァは目の前が真っ暗になった。

ただでさえ無理を通さねば妹一人助け出す事も出来ないのにこのハンデは絶望的だ。

通常のモンスターハントも満足に出来るかわからない。


「……どうしろって言うんだ。こんなの、売っても二束三文に買い叩かれる……ん?」


その時、少年の顔に父の形見のゴーグルがずり落ちてきた。

するとまるでそれを待っていたかのように虚空に様々な画面が浮き上がる。


「え?ホログラフ?これは一体……まさか!」


どうすれば良いか判らずオロオロしていると脳裏に操作方法が次々と浮かびあがる。

少し面食らいながらも操縦桿に手を置くとバチバチとCユニットの画面に軽くノイズが走り、

次の瞬間には今までとはまるで違う画面が映っていた。


「あ、必要な全システムが揃ってる……どうなってんだ?まあ良いけど」


しかも、Cユニットの命中補正値も5%だったのが15%に向上している。

……怪奇現象ではある。だがそんな事はどうでもよかった。少なくとも少年としては。


「よぉし。ヘルハウンド……出発だ!」

『試作戦車起動。ゲートオープン・ゲートオープン』


工房全面の分厚いシャッターが音を立てて開く。

その先には広い駐車場が広がっていた。


「とは言え、あるのは精々自転車くらいか……」


まさしく見捨てられた場所に相応しい寂しさだ。本来数十台は止まれる場所はもぬけの殻。

そんな寒々しいほどに広い駐車場を進むとクルマごと乗れるサイズの大型エレベータを発見した。

それに乗り、上階へ向かう。

到着すると着いた先……そこもまた駐車場だ。正確に言うと何処かのビルの地下駐車場だった。

恐らくビルの方はすでに倒壊しているだろうが……。


「あれ?消えた……いや、隠れたのか」


エレベータからヘルハウンドが降りると、ご丁寧に壁が動きエレベータを隠すと言う徹底振りだ。

こうまでして秘密を守って出来た物が欠陥品とは恐れ入るが、それもまたどうでも良い。

周囲の様子が駐車場らしからぬ様相を見せて居たのだ。


「……ここ、昔人間が篭ってたみたいだな。何か即席の陣地っぽくなってる」


かつての大破壊時、人類の生き残りがこの地下駐車場に立て篭もったのだろう。

既に鉄くずと化してはいたが、かつて戦車であったろう残骸がバリケードを形成していた。

そして、その奥で何人もの遺体が折り重なるように倒れている。


「バリケードが抜かれた様子も無いのにどうして……あ」


人々が殺到していたのは水のタンクだ。

すっかり空になっているその蛇口に手をかけたまま死んでいるのは軍人らしき遺体。

そして周囲の人々の服装は経年劣化だけでは片付けられないほつれや穴が。


「……弾薬より先に水や食料が無くなったのか……ごくり」


と、彼はここで気付いた。

弾薬が尽きる前に、と言う事は武器があるのではないかと。

幸いここは誰にも発見されていないようだ。役立つものがあるかもしれない。


「よし……何をするにも金がかかるし奴等に対抗するには力が必要だ……漁って行こう」


空になっていた食料庫らしい大型の木箱に人々の骨を片付け、少年は周囲を漁り始めた。

程なくして予備と書かれた箱の中に、彼は目当ての物を発見する。


「未使用の火炎放射器……しかも車載用だ!こっちは装備できないけど主砲か?……凄いぞ!お宝だ!」


少年は未だ少年のまま。大事な事に気付かない。

何故これだけの武器がある場所が誰にも気付かれていなかったのか?

それには大抵何かの理由があるのだと。


めちゃ……ぬちゃ……。


擬音化するとそんな風に聞こえる不気味な音が何処かから響いてきた。

入り口付近を占拠するその不気味な何かにノヴァが気付くのは、それから暫くしてから。

見つけた装備を嬉々としてクルマに取り付け、

転がっていたパック詰めの装甲タイルをシャシーに貼り付け終わった時の事であった。

続く



[21215] 04
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/08/24 00:04
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第一章 因縁のはじまり(4)

04


幸運にも戦車装備を手に入れ装備更新を行った軽戦車ヘルハウンド。

ひよっこハンターノヴァは装備更新を車内で確認するとゆっくりと車を走らせはじめた。


「……トランクも拾った装備で一杯だ。破損してるのも多いから売る前に一度直して、ん?」


そして気付く。

前方……地上に向かうスロープはおろか自身の視界をも遮る巨大な物体を。

ぶよぶよしたそれがぬめぬめ細胞……即ち殺人アメーバのものであることには流石に一発で気付く。

だが、それは一つだけおかしかった。そう、


「何このでかいの!?」


それは、やたら巨大だったのだ。


「何だよコイツ……そうだ、そう言えば酒場のポスターで見た事あるぞ!?」


ノヴァは少し前、酒場で賞金首のポスターを見た時の事を思い出していた。

場所は比較的手近で戦車まで付いて来るセーゴの方に気を取られていたが、

実はもう一枚、賞金首のポスターが貼られていたのだ。


「超アメーバ……って言ったっけ?殺人アメーバの親玉だって話だけど……でか過ぎやしないか?」


賞金首、超アメーバ。

鮮やかなピンク色をした超巨体の殺人アメーバである。

どれだけでかいのか誰も知らないほどのその巨体はまさに脅威。

だが特に何もしないし、人里離れた崩れかけの廃ビル郡に生息していて人間が寄り付く要素も無い。

ただ昔ここに迷い込んだハンターが居て、食い殺されたと言う例があるらしく、

殺されたハンターの相棒が僅かばかりの財産から賞金をかけた、と言う経緯がある。


つまりここはその廃ビル郡の地下と言う訳だ。

その特徴はと言うと……、


「デカイ、強い、鈍い……だっけ?けど、問題はそれじゃないよな」


ぶよぶよした巨体は小型の機銃弾など物ともしない。

耐久力も要塞級と称される……くせに賞金額はたったの500G。

世界一割に合わない賞金首とも言われているそうだ。

それもこれも危険性が無い上、最初に殺されたハンターが伝説級のツワモノだった事が問題なのだ。

その後名を上げようと何名ものハンターが現れ、そして返り討ちにあった。

無論、自業自得ゆえ誰も賞金の上乗せをしようともせず、

遂に関わるだけ損だ。と言う評価を得るに至ったのである。

故にこの廃ビル郡には今や誰も近寄るものが居ない。


お宝がそのまま残っていたのもそのお陰だろう。

どんな宝も持ち出せねば意味が無いのだ。

彼の父がこの車を置いて行ったのも欠陥車だからと言うだけでは無かったのかも知れない。


……だが、ノヴァはこれを何とかせねば表に出られない。

例の下水道から遡ると言う策はあるが、それは戦車を諦めると言う事と同義だ。

ただ幸いな事に、彼には一つだけ幸運が舞い降りていた。


「……この火炎放射器が命綱だよな……」


彼の軟体の持つ最大の弱点が火であることはポスターにも書かれていた。

そして今彼の戦車には先ほど搭載した火炎放射器。

つまり、有効的な武装が偶然とは言え存在する。


「問題は火炎放射器の燃料が尽きる前に倒せる、もしくは脱出路を確保できるか、か」


何にせよ、幾つもの偶然に生かされ彼はここに居る。

それぐらいの自覚はあった。

暫く前にトレーダーの護衛で流れのハンターが村に来た際、

酔った勢いで始めた自慢話の中で、

戦車を手に入れる際は、最初の一台が大問題だと言っていた。


戦車一台保有するだけで世界が変わる。

と、そのハンターは言っていたがそれは紛れも無い事実。

戦闘力も移動範囲も生身とでは比べ物にならないし、

新たに見つかるクルマは大抵自走不可能で、

それを己の物にするにはまず修理工場まで運ばねばならないのだが、

自分の車が他にあれば何の問題も無い。極普通に牽引すればそれで良いのだから。

ところが他人の力を当てにした途端にぼったくりや送り狼、

そんな禄でもない話に派生する事が多いのだと言う。

当然だ。クルマは荒れ果てた世界で最も判りやすい力、そして財産でもある。

温厚な人物がこればかりは豹変すると言う話もあるほどにその価値は高い。

レンタルタンクを使えと言う意見もあるが、嬉々としてクルマを借りに来る輩が居ると、

大抵の場合禄でもない誰かが後ろをつけてくると言う。

……当然ながら危険度は跳ね上がる。

つまり、二台目以降を手に入れるのと一台目を手に入れるのではその難易度がまるで違うのだ。


「折角動くクルマを手に入れたんだ……ナナを一日も早く救い出すためにも!」


故に少年はこの機会を逃す訳には行かなかった。

既に千載一遇の機会を逃し、そのしっぺ返しを食らったばかりだ。

幾らなんでも三度目の奇跡は起きまい。今ある機会を最大限に生かす必要があるのだ。


……ノヴァは意を決すると静かにクルマを前進させ始めた。


……。


キャタピラを唸らせ戦車が走る。

段々と速度を上げるそれを発見し、通路を埋める巨大な軟体がウネウネと触手を伸ばしてきた。

だが、流石にそれは想定の範囲内。

操縦をコンピュータに任せ、ノヴァは攻撃を開始した。


「まずはこれだ……7.7㎜機銃、発射!」


迫る触手に対し、砲塔上部に据えつけられた機銃が唸りを上げた。

本体に撃ち込んでも何の意味も無いだろうが触手は別だ。

数は多いが他のアメーバ達となんら変わりの無い触手は次々と撃ち落され、

バラバラの細胞片となって散らばっていく。


「しゃわっ?」

「……出たな目玉っ!」


触手の異常に気付いたのかぬめぬめとした体細胞より目玉が露出した。

普通のハンターなら、そして普通の殺人アメーバなら特に気にするべきではない要素だ。

だが、相手は幾多のハンターを返り討ちにしてきた賞金首。

脆そうな部分は重点的に攻めるべきだと半ば野性の本能じみた勘に従い、

先ほど装備したばかりの火炎放射器を稼動させる!


「し、しゃわしゃわしゃわっ!?」

「よし!怯んでる怯んでる!……引いた?逃げたのか……まあいい、何にせよチャンスだ!」


人間装備ではこうは行かない濃密な炎に怯んだか、

通路を埋め尽くしていた軟体が波が引くかのように下がっていく。

……進路は開かれた。

ノヴァは車を全速前進させ、通路をひた走る。


「しゃわしゃわしゃわしゃわ……」

「……お、追ってきたぁっ!?」


暫く通路を進むとスロープが見え、そしてその先に太陽の光が差し込んでいることに気付く。

……出口だ。

少しばかり車体が浮き上がるほどに加速しつつ、全速力で出口に向かう。

だが気が付けば横の通路からも敵の軟体が波のように迫って来ていた。


「ど、どんだけでかいんだコイツ!?」


ともかく前以外の全てを囲まれ、彼は追われる様に太陽の下へ躍り出た。

……そして彼なりに理解する。

名うてのハンター達が次々とやられていった理由を。


「なんだこれえええええっ!?」


まさしく超アメーバ。それは廃墟全域を覆う軟体。

何処と無く甘い匂いを漂わせたそれは、廃屋の窓、廃ビルの入り口や屋上、

そのありとあらゆる場所にそのピンクの軟体を覗かせている。

まるでこの廃ビル郡全てがその巨体に飲み込まれているかのようだ。


「ああ、こりゃ無理だ……勝てるわけが無い、いや、どうやったらこんなにでかくなるんだよ……」


下手をしたら地図上に地名として載れそうな勢いだ。

……街の連中はこの事実を知っているのだろうか?

ここまで育たれると一気に賞金が跳ね上がりそうなものだが……。

とは言え、それについては今は関係ない。

ノヴァは……ヘルハウンドは気が付くと四方をピンクのぬめぬめとした壁に囲まれていた。

要するに半ば敵の体内に取り込まれたようなものだ。

壁が四方から迫る。はっきり言って、迷っている余地は無かった。


「か、火炎放射開始っ!」


半ば本能的に危険を感じ、とりあえず一番この廃墟の端に近い方向に火炎を放射しながら走行。


「……別に勝つ必要は無いんだ。まずはここから逃げ出す事を!」


だがそれで逃げ切れるのならここに挑んできた連中は少なくとも生きて帰る事は出来た筈。

それが彼の心に一抹の不安を抱かせた。

……そしてそれは極めて分かりやすい形で現れる。


「み、道が無い!?袋小路だって!?」


走り続け、辿り着いたのは断崖絶壁。

走り続けこの先を曲がれば出口だ、と思ったところでとんでもないどんでん返しだ。

崖の前には骸骨が数体その屍を晒している。

つまりこれは……。


「誘い込まれたって言うのか!?」


アメーバ如きにそんな知恵があるのかよ?とノヴァは驚くが、それを言っても始まらないのだ。

実際の所、このアメーバは一度それで上手く行ったので、

ただ同じ事を繰り返しているだけなのだが少年はそれを知るよしも無い。


だが何にせよこのままでは四方を囲まれやられるだけだと意を決し、

三度火炎放射器を稼動させようとして、少年は気付いた。


「……燃料が、もう無い」


地下からの脱出よりここまでの道中で火炎放射器の燃料はその大半を失っていた。

敵がそれを狙っていたのかは分からない。ただの偶然かもしれない。

だが、このままでは敵に対抗する手段を失うのは必死だ。

7.7mm機銃や20mm対空砲では迫る敵細胞を撃退出来ても、

厚く堆積した細胞の壁を後退させるには至らない。

そうこうしている内に全方位から圧殺されるのが落ちだ。

無論厚さ数十メートルの細胞に取り込まれ身動き出来なくなったら終わりなのは言うまでもない。


「後何秒放射していられる?……三分くらい?それでこの包囲から抜け出せるのか!?」


だらりと脂汗か冷や汗かも分からない嫌な汗が少年の背筋を伝う。

最早地下の別ルートで逃げる事も出来ない。クルマに拘ったが故に退路はもう無いのだ。

まだ牙はある。だが、この桃色の地獄から抜け出せるルートが判らない以上それも意味が……!


「HAーHAーHAーHA!」

「何だ!?」


その時だ。近くのビルの屋上から何かがこちらに降ってきた。

恐るべき事に地上十数階という高所から飛び降りても何とも無いようにそれはこちらに歩み寄り、

足を引きずりながらおもむろに砲塔の上によじ登ったのである。


そして、続いてホースのような物を取り出したかと思うと、

背中に背負ったガスボンベのような物から超高密度の火炎を放射し始めたのだ!


「よう!流石のミーも危ない所だったよHAHAHA!」

「え?いや、むしろ助かったのはこっちのような……」


「おいおいおい!そんな事より走りな!?こっちの燃料も残りがやばいんだ。分かるだろヒャッホー!」

「え?あ。は……はい!」


ともかく良く分からないがチャンスなのは確かだ。

少年はとりあえず自身のクルマからも火炎放射を開始しつつ、袋小路からの脱出を試みる。

一気に倍増した火線に慄いたのか、ピンクの肉壁は一気にその姿を消していく。

そして敵が消えた事で生まれた道を戦車はキャタピラを唸らせ突撃した!


「あ、あの……ここから出るにはどうすれば良いか分かります!?」

「何ぃ?お前ミーを助けに来ておきながらそれは……ってうちの連中じゃないのかい!?こりゃ失礼!」


走りながらノヴァは上部ハッチを開け上の男に声をかけた。

この人なら何か知っているかもと期待を込めて。

するとどうやら仲間の救援を待っていたらしいその男は、

かけていたサングラスを押し上げるとぐっと指を突き出して言った。


「OK向こうだぜ少年。何にせよ助かったなぁ……こっちは足の骨が折れてるんでな。HAHAHA!」

「あっち?あっちが出口なのか!?」


「出口って言うかどっちかって言うと入り口だけどな!少年も腕試しに来た口かい?」

「ええと。むしろ迷い込んだって言うか……」


その答えに何が可笑しいのかその男はHAHAHAと笑った。


「もしやお前ひよっこかな?ハンターならこう言う時は出来る限り強がるもんだよ?HAHAHA!」

「ぐっ……ヒヨッコで悪かったな!」


そしてポリポリとモヒカン頭をかくと、自分の構えていたホースを覗き込みながら喋り続ける。


「いやスマン。ミーにもこういう頃があったと思ってねぇ……さて、まだ家の弟分どもは来ないかな?」

「そうだ!燃料、間に合うか?俺のほう、後一分もしたら燃料切れなんだけど」


軟体が占拠しているせいか何処か濡れそぼった地面の上を戦車はひた走っていた。

時折路地裏などから覆いかぶさろうとするアメーバを必死に迎撃しつつ先に進んでいるが、

果たして制限時間以内にこの廃ビル郡の入り口まで辿り着けるかは未知数だ。


「HAHAHA……ミーはもうガス欠よ。しかし主砲も副砲も貧相な。少年、良く生き延びてるね?」

「好きでこんな装備な訳じゃないっ!……くそっ、ここまで来ておいて!」


苦し紛れに怪しげな場所に機銃を撃ち込み、

前方にも牽制するかのように主砲を撃ち込んでみるが、

正直な所貧相さを助長するだけだった。

長年放置されていたせいか元の火力がこうなのか、

アスファルトを軽く削るくらいしか出来ない主砲に上の男も呆れ顔だ。


「なあ……お前、手榴弾か何か持ってないか?ミーはもうすっからかんでなぁ……HAHAHA……」

「えーと。ああ、駄目だ……さっき手に入れた火炎瓶が一本しかない!」


操縦しながら荷物を漁るが出てきたのはそれだけ。

まあ、彼の現状からして何か一つ見つかっただけでも奇跡だった。

とは言え、火炎瓶一つで何が出来るというのか……。

少年は歯を食いしばる。


「いや、悪く無い。悪く無いよ?……それ、貰っておくね?……炎だヒャッホーイ!」

「何この人……怖いんだけど」


だが何か考えがあるのか上のハッチから手を伸ばした男はその火炎瓶を持ち、にっと笑う。

次にハッチを閉めると戦車の砲塔の上に仁王立ちになった。

そして取り出したチェーンで自分を砲塔にくくり付けると火炎瓶に火をつけ……。


「燃えるぜ燃えるぜ!アジャヂャヂャヂャ!?」

「自分を燃やしたーーーーーーっ!?」


己にその炎を引火させ、クルマまで辿り着いたアメーバに抱きついたのだ!

自分に飛びつく炎に驚いたのかアメーバの体が一気に引き下がっていく。

そして地面に放り出された男はその後何事も無かったようにチェーンを伝ってまた車に登って来た。

……炎に巻かれたまま。


「だ、大丈夫なのかよ……」

「かすり傷だねHAーっHAっHA!」


パリンと装甲タイルが割れる音がする。

何だかんだでとんでもない高熱なのにも拘らず、男は燃えたまま砲塔の上で仁王立ちを続けていた。


「しゃ、しゃわしゃわ……」

「近づいて来なくなった、のか?」

「HAHAHA!ミーに恐れをなしたようだね!」


その勇姿、と言うか異様な姿に恐れをなしたかそれから暫くの間アメーバの動きが鈍る。

二人はその隙に廃ビル郡から逃げ出す事に成功したのであった。

そして……男の体から火が消える頃、ピンクの肉壁が一気に遠くへ引いていった。


「どうやら、アイツの縄張りからは逃れたみたいだな!HAHAHA!」

「た、助かった……」


こうしてノヴァにとって始めてのモンスターとの戦いは終わったのであった。

賞金首を倒す事こそ出来なかったが生き延び、新たな力を得た。

それは彼のこれからの人生にとって大きな財産になるに違いなかった。


ハッチが再び開き、上から手がぐいと伸ばされた。

ノヴァは自動操縦をセットすると片手を伸ばしその手を握り返す。

走行中の戦車で硬い握手が交わされたのである。


「じゃ、悪いけど近くのキャンプまで連れて行ってくれないかな?ミーの仲間がそこに居るから」

「分かった。あんたのお陰で助かったしな……俺は、ノヴァ。駆け出しのハンターさ」


その言葉に男は少し考え込んだが、ふうと息を吐いて自身の自己紹介を始めた。


「ミーはチャックマン。結構名は売れてると思っていたんだけど……ま、駆け出しじゃ仕方ないね!」

「え?有名な人なの?それは、あー、ごめんなさい」


その答えに男は……チャックマンは噴き出した。


「ぷっ。それで謝られちゃミーの立場が無いよ?まあいい、ノヴァ……お礼だよ、受け取ってね!」

「何だこの袋……ぬめぬめ細胞?いや、何だこの甘い匂いは?」


良く見るとチャックマンの腰にはきび団子でも入っていそうな袋がいくつかぶら下がっていた。

彼はその一つを手にすると、上からノヴァに手を伸ばしたのだ。

ノヴァが受け取ると、中にはぬめぬめとした桃色の塊がぎっしりと詰まっている。


「世界でここでしか手に入らないあまあま細胞、もしくはスイーツ細胞ね!煮詰めると砂糖になるよ!」

「砂糖!?そりゃ凄い!」


この世界では甘味など中々手に入るものではない。

味付けの無い食料で飢えをしのいでいる者も多いくらいなので、調味料はそれなりに貴重だ。

上質の砂糖ともなればその値は幾らになるか想像も付かない。


「残念だけど質はあまり良くないよ?でもミーは何時もこれでお小遣い稼ぎしてるよHAHAHA!」

「……何時もって……」


「ノヴァ。世の中には裏って物がある。どうしてアレの賞金が高騰しないのか、分かるかい?」

「誰も賞金をかけないからだろ?自業自得だって……あれ?もしかしてそれだけじゃない?」


そして理解した。賞金をかけないのではない。かけたくないのだ。

……誰も金の卵を産むニワトリを殺したくはないし、他に知る者は少ない方が良い。

そんなハンター達の想いの果てに、このマイナーで強くて割に合わない賞金首が誕生した訳だ。


「そういう事だね。君は運が良いよ?君も今日からここでお小遣い稼ぎできるし」

「……ちょっと意外だな。ハンターだったら有無を言わさず賞金首なら狩るもんかと思ってた」


それは偽らざる少年の本音だったろう。

けれど、それはまたもHAHAHAと笑い飛ばされる。


「ハンターに夢を持っちゃいけないよ?ミーも昔はそんなイメージだったけど、結局は人間だし」


ハンターと行ってもピンキリで、困っている人の為に戦う人から、

金が全ての奴。戦えればそれで良い連中。

挙句に賞金首から賄賂を貰って見逃す事例もあるという。


「ま、生業だからね。ノヴァもなりたいタイプのハンターになれば良いと思うよ。HAHAHA!」

「俺のなりたいハンターの姿?」


ふとそこで考える。そして少年は気付いた。

ハンターと言う名前、賞金稼ぎと言う生き様に憧れたは良いものの、

なっただけで満足し、どんな風に……とまでは考えていなかったのだ。

既に後戻りできなくなってからそれに気付くとは何と言う皮肉だろうか。

……少年が自問自答を始めると、男は身を乗り出して少年の頭をぽんとたたいた。


「悪い!あんまり悩んでも仕方ないよ?人生なるようになる、だから!」

「……うん。そうだな。あ、チャックマン……キャンプってあれかい?」


それに元気付けられた少年が頭を上げると、Cユニットの前方カメラに煙と幾つかのテントの姿が。

ノヴァがそれを行き先かと確認すると、男は嬉しそうに額に手をかざした。


「おお、そうそう!……HAHAHA!今日も無事に生き延びたよ!危なかったけどね!?」

「小遣い稼ぎで死んだら意味ないもんな!ははは!」


「……あれ!?チャックマンさん!?そのクルマどうしたんですか!?」

「つーか傷だらけじゃないっすか?どうしたんす!?」

「り、リーゼントがアフロに!?いきなりイメージチェンジ!?」


車が近づくと、エンジン音に気が付いたのかテントから何人かが這い出してくる。

そしてチャックマンの状態に驚きの声を上げた。


「お前ら!ミーが出した救難信号、無視した?彼のお陰で助かったけど危うく死ぬところだったよ?」

「あれ?通信が途絶えてると思ったらそんな事に!?」

「旦那ー。通信機壊れてませんかー?」

「つーかそいつ誰っすか?」


チャックマンは自分の通信機を取り出し、そして壊れているのに気付いてがっくりと肩を下ろした。


「出来れば、通信が途絶えたら助けて欲しかったね……ミーは強いけど不死身じゃないよ?」

「いやあ、旦那が死ぬところなんか想像も付かなかったっすから」

「ま、ともかくその軽戦車は味方って事ですね?とりあえず真水でも出すから上がって貰いましょう」

「どーぞ、こっちだよ!」


そしてドタバタしているうちにノヴァもその日、そのキャンプに世話になる事になったのである。


……。


そしてその晩。

装甲車二台に守られたそのキャンプで、ささやかな宴会が開かれていた。

リーダーの無事帰還と新たな友人の誕生を祝ってのものである。

ネズミの肉とメロンっぽい何かに大破壊前の遺跡から発掘された旧時代の缶詰。

酒はまあ、エタノールよりは上等と言った所か。

けれどもそれは、彼らにとって精一杯のご馳走で。

だからだろうか?彼らは今と言う地獄を忘れるため、浴びるように酒を飲む。


「てな訳でよ。床を踏み抜いて足を折ったのがケチの付き初めでね……」

「回復薬全部落っことすとかありえない失態っすね、チャックマンの旦那」

「で、身動きできないまま半日が過ぎた所に颯爽と坊主の登場って訳か」

「実際は敵に追い込まれたんだけどな……」


彼らはこの辺では名の知れたハンターの一団で、名を"アームズパーティー"と言う。

賞金額一万クラスの賞金首を幾つも打ち倒した実績を持ち、

今も名を上げている最中であった。

最強格のソルジャーである"フレイムスロアー"チャックマンを筆頭に、

コードネームに武器の名を持つ十数名の男女によって構成されているとの事だ。

クルマも兵員輸送用装甲車二台を所有する精鋭の賞金稼ぎ集団である。


「……ふーん。えーと、じゃあノヴァ君は倒しそこなった賞金首に一家惨殺されたって事かな?」

「あ、あは、あはははははは……その、ごめん」

「ふん、間抜けているな。折角の恵まれた環境を己で捨ててしまった訳か」

「やめなさいよ!まだ若いんだからそんな事予測できる訳無いでしょ?」

「馬鹿野郎!そもそも人のトラウマ抉るんじゃねえよ!?人でなしかお前らは!」


そして何時しか話はお互いの身の上話に及んでいた。

ノヴァが喋りたがらないのを良い事に、何人か居るお喋り好きが誘導尋問を開始、

そして出てきた笑えない現状に場の空気が一気に寒々しいものに変わる。


「ま、確かにそうかもな。でも俺はとにかく奴を……そしてNGAを許さない!」

「NGAだとぉっ!?」


だが、それに構わず決意表明をしてみたノヴァの言葉に今度はチャックマンが過剰反応した。


「どうしたんだチャックマン!?」

「いや、ノヴァ……お前の戦っているの"も"NGAの奴らなのかい!?」


続いてお前"も"の部分に今度はノヴァが過敏に反応する。


「あ、アンタもなのか!?」

「ああ。ミーは奴等の凶行を止めたいのね」


……情報交換した結果はこうだ。

結論から言うとチャックマンは元々NGAの開発した生体兵器の一種だったらしい。


NGAは生物化学など各分野で、大破壊前に匹敵する技術を保持している。

そしてある時過去のデータを元に、一人の男を再生する事に成功したのだと言う。

それは旧グラップラーの大幹部であり、とある地方で最強を誇った賞金首だった。


「ミーは、生まれてからずっと賞金首になるための、人々を惨殺するための訓練を受けてきたよ」

「……そんな」


だが、そんな人生に嫌気が差したチャックマンはある日NGAを脱走した。

そして戦うしか能の無かった彼は生身で戦う戦士……ソルジャーとして一旗あげたのだと言う。


「幸い、ミーの事を理解してくれる仲間も出来たよ。皆には感謝してる」

「何いってんだい!助けられてるのはあたしらのほうさ!」

「そうっすよ。スラムの錆付いたコンテナの中で死を待つだけだった俺をアンタは助けてくれた!」

「まったくです。恩義に感じられると逆にこちらも困ります……」

「へっ。参ったねこりゃ」


「……信頼できる仲間、か……デコ……アイツは……」


その後はまあ、ある程度順風満帆。

人々に仇成す為の力は皮肉にも彼らを守る力にもなったのだ。

後に力を付けた彼らは主にNGAメンバーと戦うハンター集団となった。

その合間には各地を巡り破壊された旧時代の遺物を修復し、

人々の生活をかつてのレベルに戻していくと言うボランティアじみた活動もしている。


チャックマンは言う。

父……この場合元になった存在が賞金首だからと言って自分も道を踏み外す必要は無い筈だ、と。

そしてこんな自分でも世の役に立つ事が出来ると証明して見せるのだと。


そんな彼がかつて世話になったのがハウンド=タルタロス。ノヴァの父親だったと言うのだ。

彼の決意を知り、逃げる算段を手伝ってくれたのだと言う。


「しかし、ハウンドさん……タルタロス家が無くなってしまったなんて、本当に信じられないよ」

「昔は世話になったもんな」

「破損だけとは言え金が無けりゃツケで修理してくれたよな。ありがたかったよ」

「つーか、あの時横で遊んでたチビ助なのかお前……でっかくなったな。お姉さんは元気か?」

「え?俺には妹しか居ないけど……」

「そうなのかい……亡くなったんだろうか?アンタあの頃は小さかったし覚えて無いのかもね」


しかも、チャックマンをNGAから逃がしたのは他ならぬノヴァの父、ハウンドだと言う。

更に父はかつて最強と呼ばれたハンターだったと言うのだ。

ノヴァが驚くと、チャックマンは誇らしげにそれを語った。


曰く、彼は最強のハンターだったと。

曰く、彼はこの周囲の賞金首を狩り尽くすほどの凄腕だったのだと。

曰く、彼は色々あって血生臭い生活に疲れ果て、辺境に隠遁したのだと……。


「昔さ……君の父親はNGAと取引したのね。今後はお互いに手出ししないって言う」

「え?じゃあ、まさか俺が先に手を出したから約束破りは親父って事になったのか!?」


ノヴァは驚き戸惑う。彼の知る父とあまりにも違いすぎる。

そしてセーゴの見張り台は父を見張るための物だった事にようやく気が付いた。

そんな筈は無いと思いたい。

だが話せば話すほど、それが自分の父の事であると納得せざるを得なくなっていた。


ともかく父は自分を庇って死んだ。それもいくらでも逃れようがあったというのに。

……その事実は少年の心を鋭く抉る。


「否定は無しだよ。ミーだって正直泣きたいよ……最悪の事態だからねHA,HA,HA……」

「そんな……だから、だから手向かいもしなかったのか?勝てる相手なのに?……親父……」


……何時しかノヴァは声を上げて泣いていた。

周りの全員が沈痛な表情を見せる中、チャックマンが努めて力強く彼の肩を叩いた。


「ノヴァ……君のお父さんは今も君が幸せになることを望んでいると思うよ」

「……そうかな」


「無論だよ。君に奴等が干渉するのを防ぐ為に、あの人は奴等の言う事を飲んだ筈だよ?」

「本当は、一網打尽に出来たのに、か」

「……いや、流石にあの人でもクルマも無しじゃ無理だろ……」

「黙れ!無くてもそこそこ抵抗は出来た筈でしょ!?」


ふっ、とノヴァは顔を上げる。

そしてチャックマンに一つ質問をした。


「じゃあ、奴等はとりあえずこっちが突っかかるまでは手出ししてこないのか?」

「……だと思う。指揮官があのウォルフガングなら、総帥の意を違える事は無いよ」


その回答にノヴァは少し考え、おもむろに立ち上がる。

そして物も言わずに歩き出した。


「ちょ、何処に行くんだい?今日はミー達のキャンプで休んでいくんじゃなかったのかな?」

「おい!自暴自棄にはなるなよ!?親父さんの決意が無駄になる!」

「……俺、強くなるよ」


自分の戦車を向いたままポツリと呟くノヴァの雰囲気に、しん、と周囲が静まり返った。

焚き火に照らされた彼の顔にはまるで表情らしい表情が浮かんでいない。


「いつか強くなって親父の仇を取る。最強のハンターの息子なら、それぐらい出来る筈だろ?」

「言っておくけど今は無理だよ?才能は磨いてこそだからね!?」


ノヴァは首だけ彼らに向けて頷く。

その姿にむう、と唸ったチャックマンは一つ彼に質問をした。

その時のノヴァに何か危険な兆候を感じたのだ。


「……どうするのかな?」

「あいつらは許せないけど今は置いておく。とりあえず生き抜いてみるよ。妹を探しながらね」

「そうね、妹さんは可哀想だものね」


「うん。可哀想なんだ……だからどんな事をしても探し出して助け出すよ」

「かわいそう、ね。うん、それはそうだけど……他に何か思うべき事があるんじゃないのかな?」


彼はその言葉に僅かに反応したが暫くすると「いや分からない」とだけ答え、

そのまま走り出すとクルマに飛び乗り、その場から走り去った。

……チャックマンは僅かに不安に思う。


「自分の責任まで奴等に擦り付けてる印象があるね。あれじゃあ駄目。何時か壁にぶち当たるよ」

「うわ、筋肉ダルマが黄昏てるよ。にあわねー!」


仲間の茶化す声に、彼は少しムウと唸りながら答える。

責任転嫁は時として心を守るためには必要だが、同時に人の成長を妨げ無用な軋轢を引き起こす。

ノヴァの態度に彼はその危険性を感じ取っていた。


「駄目かい?あのままじゃ彼、失敗を全部人に擦り付けるようになるかもしれないと心配でね?」

「なあに、運がありゃ訂正してくれる奴も現れるさ。無いならそもそも生きていないだろ?な?」

「そうですよ。それに彼がもしこのまま道を踏み外したら……私達が引導を渡してあげれば良いのです」

「お前何気に酷いなアックス……まあ、そうならない様に祈るわ」

「そうね……あの子を支えてくれる人、見つかると良いけど」


何処か沈痛な周囲を見回したチャックマンは暫く佇み、そして親指をぐっと突き出した。

そして豪快に笑う。今までのお通夜のような空気を吹き飛ばすが如く。


「HAHAHA!確かにミーにしんみりは似合わないね!たまに様子を見に行けば良いよね!?ね?」

「あ……そう言う事っす!さ、酒が冷めちまったけど宴会の続きを!」

「「「賛成ーっ!」」」


そして、グラス代わりのプラスチックケースを持ち上げ一気に飲み干した。


「よっしゃーーーっ!」

「一気飲みだ!」

「流石リーダーっ!」


周りの仲間達から不安が消えたのを確認し、彼は用を足すと言ってその場から離れた。

そして天を仰ぐ。


「ねえハウンドさん……あなた、これで本当に良かったの?彼、まだまだ未熟者だよ?」


ぐしゃりとケースは潰れ、ぎしりと歯が軋む音がする。

サングラスの奥から覗く瞳が感情の高ぶりに反応し、暗く紅に輝いた。


「とは言え。ミーも人の事言えないけどね……だってミーも……お口にチャックマンだから……」


そう自嘲したチャックマンは雑草を束ねた手製の葉巻を咥えると、

愛用の凶悪火炎放射器ブロイラーボンベを器用に使って着火した。


「……それにしてもハウンドさん、命を粗末にしすぎ。もうDr,ミンチも居ないのに……ね」


その細いタバコの煙は静かにたなびき、チャックマンの唇を焦がすまで消える事は無かった。

……この日の出会いが何をもたらすのか。それは誰にも分からない。


ただ一つだけ言えることがある。

この日、良くも悪くも本当の意味で一人のハンターが生まれた。

その行く末には数多の出会いと別れ。

そして戦いの日々が待っているに違いない、と。


第一章 完


続く



[21215] 05 第二章 トンネルタウンの守銭奴達
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/11/22 15:23
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第ニ章 トンネルタウンの守銭奴達(1)

05


ハンター達のキャンプから飛び出したノヴァが辿り着いたのは、トンネルタウンと言う名の街だった。

生まれて始めてみる故郷以外の街。その光景に彼は……、


「何これ」


呆然としていた。

それはそうだろう、育った集落は街全員が顔見知りレベルの小ささだった。

ところがこのトンネルタウンはかつて海底を縦断する為に作られただけあって規模が大きく、

千人を超える人々が住んでいると聞き及んでいたからだ。

さぞや巨大な町が広がっていると思っていたのだろう。

ところが、来て見ればトンネルの入り口は鉄の扉とコンクリートブロックで硬く閉ざされ、

トンネル入り口前何件かの小屋が建つばかり。


正直寂しいものがある。

死んだ親友はこの町で車を借りてきたらしいが、レンタルタンクの店はトンネルの奥にあるらしかった。

特に用は無いが見ておこうとトンネルを通ろうとするとその前に陣取る男に呼び止められた。

この男は入り口付近に暮らす町の住人で、このトンネルを通るには結構な通行料がかかると言う。


「なんでだよ……まあ、確かに今の所無理に向こうに行く用事は無いけどさ」

「入り口一帯はうちの私有地なんだよ。この通行料で暮らしてんだ。貧乏人は帰りな!」


トンネル入り口ですべなく追い返され、やむなく近くに建てられたハンターオフィスに向かう。

これは賞金首の情報をハンター達に提供する組織で、賞金の管理と運用により運営されている。

そのためハンターは無料で情報が得られるのだ。


「いらっしゃい。あら、可愛いハンターさんね」

「馬鹿にするなよ……まあいいか。この辺で賞金首の情報はある?」


むかしスチュワーデスと呼ばれた職業の制服姿をしたオフィスの受付嬢がにこやかに辛らつな事を言う。

まあ、どうみてもハンター志願の子供にしか見えないかも知れない。

更にたとえ怒りのままに銃でも振りかざしてすごんでみても、相手はその手合いにも慣れている。

逆に鼻で笑われるのがオチに違いない。


「あるけど……戦力はどれくらい?それによって紹介できる相手も変わってくるの」

「軽戦車一台。砲はしょぼいけど火炎放射器付いてるよ」


え、と言う顔をして表を覗き込んだ受付嬢は、現に戦車があるのを見ると驚いた顔のままで呟いた。


「いいとこのお坊ちゃんなの?」

「いや、旧時代の遺跡で見つけた」


その言葉に彼女は目を見開く。

続いて突然少し艶のある視線で、


「へえ、その話良く聞かせて欲しいなあ」

「もう何も無いよ。親子二代で何もかも持ち出したから」


何か目がやばそうだったので軽く拒絶。

まだ空調も生きてるとか言ったら何かとんでもない事になりそうだし。

案の定彼女は残念だったとでも言う風に言葉を続けた。


「折角勤務評価上がると思ったのに……まあいいか。クルマはあるけど実績は無し……ならこれかな?」

「賞金首ハードロック?……賞金額は1000Gか」


「そそ。近くの谷に最近現れたみたい。硬いだけがとりえの岩の化け物で武器も音波系と体当たりのみよ」

「あっさり言うけどかなり厄介なんじゃないか?それ」


ハードロックはこの町の近くに最近現れた岩の化け物だ。

岩の癖に何処からか声をあげ、昼夜を問わず叫び声を上げながら転がってくるのだと言う。

幸いあまり遠くには動かないし、町まで声が届くほど近くと言う訳でもないが、

付近を通るトレーダーが危険を感じ賞金をかけたらしい。

賞金首としては最安値に近いがそれも実力相応との事だ。

まあ、確かに駆け出しの相手としては相応しいのだろう。


だが岩の体は固い上に複数の攻撃手段を持つのは侮れない。

それに安くとも賞金が付く以上、一筋縄で行く相手ではないだろう。

そして岩の体には炎の効き目は薄いと思われる。

攻撃力の高い武器が火炎放射器しかないヘルハウンドには相性が悪い。

こうなると、はっきり言えばこれに関してはパスしたほうが無難だと言えよう。


「んもう。何もしないで諦めたらハンター失格よ?それに、横のお店の武器があれば問題ないわ!」

「結局宣伝かよ!?いやまあ、とにかく助かった。ありがとう」


とは言え、他は一気に賞金額が数倍に跳ね上がる。つまり強敵ばかりと言う事だ。

彼の装備で狙えそうな賞金首は他に居ないようだった。

後ろで手を振る受付を半ば無視してノヴァは対策を考える。

まず絶対必要になるのは資金だ。先日手に入れた武器の余りとあまあま細胞を売ってみるべきだろう。

後は武器屋の品揃えを見て、戦うかどうかはそれからでも遅くは無い。


そう考えた彼は酒場に細胞を売りに向かう。

町の酒場は自宅を思い出すトタン張りのバラックだった。

幸いそこそこ良い値段が付いたので即座に売り払い、

意気揚々と次に向かうもそこで問題が発生する。


「火炎放射器の燃料が何でそんなに高いかって?そりゃお前、それは希少価値がだな」

「戦車の砲弾が安いのは一杯あるからなのか……!?」


彼は燃料や弾薬、装甲タイルの補給を行う満タンサービス、

そのトンネルタウン支店で火炎放射器の燃料代に驚いていた。


同じ弾薬費でも機銃弾はほぼ無料のくせに火炎放射器の燃料は異様に高くついていたのだ。

しかもゲームと違い、火炎放射器の燃料補給には数日かかると言う。


「本部から取り寄せになるからな。まあS-Eの弾薬を網羅してる店なんかそうそうありやしないよ」

「……早くしないと獲物を奪われかねないな。今回は火炎放射器無しで行く?いやそれは無理だよな」


まあ、相手は岩石の塊のようなものらしいので元々火炎放射器には出番が無いのだが。

兎も角どうしようかと彼が悩んだそぶりを見せると店員はちょいちょいと手招きした。


「そうかい。だが使わない武装はデッドウェイトだぜ?どうだい、この機に新しい装備を新調しちゃ」

「……ここ、武器屋もやってるのか」


見ると看板には二つのマークがついている。

とは言え車両に関連する店が集まっているのはそれ程珍しい話でもないのだが。


ともかくその商魂に彼が呆れを見せると、店員はニヤつきながら奥から何かを台車に載せて持ち出してきた。

どうやら単発式のミサイル発射装置のようだが店員はそれを見せると、ぐっと親指を立ててくる。


「まあ見てみな。普通より強力で頑丈な特別製対戦車ミサイルだ……お前さんのはまともな主砲が積めないしな」

「だけど一発だけだろ?外したら終わりじゃないか」


「そう言うなって……何なら二発撃てるように二基買えば良い。下取りすれば足りるだろ?」

「廃ビルで拾った戦利品全部売ってギリギリか。賭けになるな」


賭け、の言葉に店員が反応。

恐ろしいほど嬉しそうにもみ手をして煽りだす。


「賭け?大いに結構。派手にやらかしてこそハンターってもんだろ?」

「派手にやってこそハンター、か」


と、その時何処か出来た事のあるような声が彼を現実に引き戻す。


「……やめておけ。後ろに用意してある物からするにそれは罠だ」

「え?罠?っていうか君は誰だ?」

「あっ!こりゃどうも……っていきなり何言うんだ……あ、ははははは……」


猛烈な売込みに辟易としながらも、これで賞金首を倒せれば……、

と購入に傾いていたノヴァを正気に引き戻したのは見知らぬ誰かだった。


何事かと後ろを振り向くとヘルメットを被った小柄な女ソルジャーが呆れ顔で腕を組んで立っている。

そして、隠すように店の隅に置いてあった"ある商品"を指差すとノヴァに対し警告を発したのだ。


「そこの親父の常套手段だ。後ろでカバーをかけてる商品、何だと思う?」

「え?あのブルーシートの下?まあ、形からするにエンジン、かな」

「うっ」


流石にメカニックの経験があるだけにノヴァにはそれが何であるか一目で判った。

そして何故かその指摘に店員がおののく。


「そうだ。それは改造品でな。中戦車クラスでも二基も乗せれば重量オーバーだよ……そこから借金漬けにするのが」

「借金漬け!?あ、そうか……動かない戦車に意味は無いじゃないか!」


「あー!止めてくれよシロさん!?何だって今日はいきなり……」

「私は以前あこぎな真似は止めろと言った筈。お前のせいで何人被害にあったと思っている?」


そしてその言葉に観念したのか店員は手口を白状した。

今回売りつけようとしたミサイル、それ自体は悪いものではない。むしろ上物だ。

普通の対戦車ミサイルを手間隙かけて改造し威力と装甲を強化したものなのだ。

それだけなら素晴らしい商品なのだがこの話には罠がある。


徹底的に強化された代償に、このミサイル発射装置……重いのだ。

普通の対戦車ミサイルだと思って購入した者はその余りの重さに辟易とし、

大抵はそのまま返品する事になる。

無論、店側には売値と買値の差額が転がり込んでくると言う具合だ。


「しかもこの男、戦車の装甲タイル量を見て話を持ちかける……ノヴァ、お前の戦車はどうだ?」

「あ、あはははははは……」

「動けなくなったらこっちのもん、か」


そして満足な装甲も張れない貧乏ハンターに出会ったら動けなくなるよう買い物を勧め、

その後で困り果てるハンターに新しいエンジンを売りつけると言う訳だ。

折角買ったミサイルを手放そうが、他の装備を泣く泣く手放そうが店側が困る事は無い。

最高なのは借金をして買わせる事だ。後はケツの毛まで抜くのみ。


「一応商売としての契約は成り立っているし、こんなご時世だ、騙された方が馬鹿だって訳だな」

「……ぶっ殺す」

「ひ、ひいいいいいっ!?」


怒りと共にショットガンを抜こうとしたノヴァの手を、

女ソルジャーはその華奢な体からは想像も出来ない豪腕で押さえつけた。

そして、片手の人差し指を立てて続ける。


「で、こうして激昂した客は"満タンサービス"を襲ったとして賞金をかけられるわけだ」

「……え?」

「ちっ。まあ毎回上手く行くわけねえわな」


ノヴァは血の気が引いた。

あの怯えた態度まで計算づくだったのかと。


「上層部に賄賂を贈ってるらしいし怒るだけ損だ。ま、私の目に留まったのは運が良かったな」

「どんだけ酷いんだよ」

「悪い悪い。ま、騙されなけりゃ品揃えも悪く無いぜ……賢く生きるのが長生きのコツなのさ」


そしてネタが割れたら今度は開き直り。しかも手を出すとこっちが損と来たものだ。

あんまりと言えばあんまりな展開にノヴァは世間の厳しさを思い知り、

とりあえず積んでいた使用不可能な武装やダミーのS-Eを売り払うだけに留める事にした。

この状況下、この店で買い物が出来るほどに彼はまだ肝が据わっていなかったのだ。


「毎度あり!火炎放射器の燃料は三日もすれば届くからまた来てくれよ?」

「また、か……まあ満タンサービスにはな」


そして店の外に出ると疲れたように溜息をついた。


「どんだけ世知辛いんだ……」

「まあ、仕方ないな。で、私へのお礼はどうするつもりだ?」


え、と横を振り向くとにんまりとする女ソルジャー。


「アンタも守銭奴かよ!?」

「失礼な。正当な報酬を望んで何が悪い」


渡る世間は鬼ばかりか?

と、ノヴァは思わず天を仰いだのであった。


……。


結果から言うとノヴァは運が良かった。

彼女が要求したのはその日の夕飯だけだったのだから。


そしてその日の晩。街から少し離れた小高い丘の上で、戦車の脇に焚き火が燃えていた。

そこでノヴァと女ソルジャーは酒場で手に入れた良く分からない野菜を焼いて食っている。

何故二人が一緒にいるかと言うと、ソルジャーから一つの提案があったからだ。


「……トレーダー殺し?」

「そうだ。旅人を狙う無人戦闘車両でな。今週奴等を倒せば一台ごとに報奨金がもらえる」


ハンターオフィスには各週ごとに特定のモンスター討伐強化週間を設け、

指定より一週間に限り、指定されたターゲットに小額の賞金がかけられる事がある。

これは生態系を崩すほどに増えたモンスターに対する処置であり、

またハンターが食いっぱぐれ、野党と化す事が無いようにする為の配慮でもあると言う。


「で、今週は手の届く所にターゲットが群れを成していると?」

「うん。そうだ……だが、歩いて行くには少し遠い」


「で、俺の戦車に乗せろと言う事か」

「報酬は報奨金総額の二割でどうだ?」


つまり取り分8:2と言う事になる。

流石に少なすぎるとノヴァが不満を口にした所、女ソルジャーはうんうんと頷いた。


「ならばその後でお前の狙っている賞金首の打倒に力を貸そう……無論賞金はそちらのものだ」

「まあ、そう言うことなら……金も余ってる訳じゃないしさっき助けられたしな」


もし足を用意するために助けたのだとすれば彼女も相当なものだが助けられた側としてはそれは言いずらい。

ともかく契約は成立した。

少年は自分より頭一つ小さい女ソルジャーと握手を交わす。


「よし、契約成立だな。私はシロだ……変わった名だとは思うだろうがこの通り生まれながらに髪が白くてな」

「宜しくシロ。俺はノヴァ、ご覧の通り駆け出しのハンターだ」


かくしてヘルハウンド号は砲塔に一人同乗者を乗せ、荒野をひた走る事となった。

翌日は日の出と共に旅立ち、大体半日ほど走り続ける。


……。


そしてそれが現れたのは夕闇が周囲を包みだす時間帯だった。


「これは、壮観だな……」

「ひいふうみい。200台は居るな。うん、ターゲット指定される筈だ」


まっさらな荒野を縦横無尽に駆け回る軽戦車の群れ、群れ、群れ。

こんな物どうやって屠れば良いんだろうかと普通なら困惑する所だ。

だが、そんなやわな精神ではこの世界で生き延びる事など出来ない。


現に群れの端っこ辺りから砲声が聞こえる。

何組かのハンターが既に狩りを開始しているのだ。

彼らの目にはこの群れが宝の山に見えているに違いなかった。


「私達も急ぐぞ……獲物を取られては敵わん」

「分かった!って言っても機銃じゃ意味が……あ、普通に貫通する」


そしてノヴァとシロもまたその数を気にせず突入を試みた。

7、7mm機銃二丁の一斉射撃がその薄い装甲に突き刺さり、

SMGグレネード(小型グレネード付属のサブマシンガン)を持って敵陣に突入するシロは、

文字通り一度に数両を片付けていく。


「こんなに脆いんじゃ報奨金も大した事が無さそうだな……まあ。たまには楽な仕事も良い」

「相手の攻撃じゃあ殆どタイルも剥がれないしな。ブリキ細工かコイツ等」


ノヴァもこう言っているが実際トレーダー殺しはそんなに強くは無い。

とは言え、一般人では普通に殺されるのだが。

ところがハンターの中にはドスで穴を空ける猛者も居るほどに狩りやすい獲物で、

対戦車戦の練習相手には丁度良いと言われている。

何故こんなに集結していたのかは謎ではあるが、ともかくハンター達にとっては良い飯の種だ。


「撃って撃って撃ちまくれ……って対空砲の水平発射も限界か。もう弾が無い」

「残弾ゼロまで撃ち尽くすのは愚かだぞ。帰り道もある事を忘れるな」


ともかく虐殺と言ってもいいレベルで敵は狩り尽され、

そして気が付けば、1時間を待たずに大地を覆いつくすほどだった車両の群れは新しい屑鉄の山と化していたのである。


「俺は6台か……結構稼いだな」

「まあ、そっちには範囲攻撃が無いから仕方ない……私は、うん。まあこんな物かな」


ノヴァが自分の戦果に満足げな笑みを浮かべている頃、シロは冷静に自分の戦果を確認していた。

流石に50台片付けたとは、横で満足げにしている少年には言えなかったらしい。


「ま、俺も新米ハンターにしては良くやったんじゃないか?」

「お前、実戦経験はさておき実年齢は私より二つほど上だろうに……満足していいのかそれで」


はぁ、と溜息をついていたシロだがふと顔を上げ、

突然残骸と化していたトレーダー殺しの残骸に発砲した。


「なんだ!?」

「まだ動いてる奴が居た!よし、破壊数に一台追加と」


良く見ると、各坐した車両の砲塔がゆっくりと動きこちらに狙いを定めようとしていたらしい。

危ない所だったとも言えない事も無いが、実際相手は現状のヘルハウンド以下の豆鉄砲。

当たっても実際はどうと言う事は無かったのかも知れない。


(……これじゃあどっちが狩る側なのか分からないな)


ふと周囲を見渡すノヴァ。各坐した無人戦車の残骸が大地を覆い、その上で凱歌を上げるハンター達。

彼はモンスターは人を襲う恐ろしいものだと思っていたが、これでは逆ではないか。

ふとそんな風に考えてしまう。


「さて、他のハンター連中が残骸を漁り始めた。温度も下がったようだし私達も漁るとするか」

「何をだ?」


すると今までヘルハウンドの砲塔に座っていたシロが立ち上がると周囲の残骸をなにやら弄り始めた。

どうやら使えるパーツが無いか調べているらしい。


「現代において機械部品を手に入れる方法は二つだ。こうして破壊した暴走機械から取り外すか」

「旧時代の遺跡から掘り出すか、か」


大破壊から幾年月。既に人類は大半のテクノロジーを失っていた。

今や満足に稼動する工場は皆無といって良いだろう。

ネジ一本ですら満足いく精度の物を作るには職人の業に頼る他無いのが今の人類の現状だ。

また過去の技術を保持する集団も大抵はその技術を秘匿し、その恩恵に一般人が与れる事はまず無い。

ところがそれにも関わらず、人類は最低限の機械文明を維持出来ている。


それは何故か?


暴走機械の無人生産工場はどこかで動き続けているらしいが、

皮肉にもそれが人類に最低限の部品を提供し続けているのだ。

それが無くなれば数年を待たずにして人類は産業革命以前に戻るとまで言われている。


「まるでハイエナだな。俺、人間はもっと……何て言うか理性的な生き物だと思ってたよ」

「違いないな。まあ、それを良しとしない連中もごまんと居るさ」


比較的状態の良いネジやボルト、曲がっていない砲身などの部品を持ってシロが残骸の山から現れた。

そしてドサドサとヘルハウンドのトランクに積み込んでいく。


「お前が一緒に来てくれて助かったよ。車載用品を運ぶのにはどうしてもクルマが要るからな」

「そういや、親父もよくこう言うのを修理部品として仕入れてたっけ。こうやって集められてたんだ」


エンジンをふかし、まだ辛うじて動く事を確認した少年はゆっくりとクルマを走らせ始めた。

他のハンター達も残骸を漁るだけ漁って段々とその姿を消していく。

そしてそれと入れ違うように軽トラが何処からともなく集まってきた。

残った鉄くずを回収する業者だ。これはこれで量さえあればそこそこの稼ぎになるらしい。

こんな世界では鉄くずも大切な資源なのだ。

鉄くずは溶かされ、また新しい機械の材料になる。


「皆、必死に生きてるんだな」

「今更何を言っているんだ?そんな事当たり前だろう……?」


悲鳴を上げるエンジンを宥めつつ、ふとノヴァは自分の今までを思う。

この崩れかけた世界で自分はどれだけ恵まれていたのかと。

そしてそれを崩したNGAに対する怒りを新たにしたのだ。

ただ……まだその大本たる自分の責任にまで思いが至る事は無かったが。


……。


そして数日後。

火炎放射器の燃料も届き整備の終わったノヴァが愛車を見に行く。

すると……それはそこにあった。


「これは……」

「艦載型近接防御火器システム、CIWS。その中でもファランクスと呼ばれるものだ」

「シロさん、毎度お買い上げありがとーごぜーやす!」


愛車の空いていたS-E枠に白いカプセルのような被り物をした機関砲が乗せられていた。

本来イージス艦などに搭載されているはずの20㎜級のガトリング砲だ。

同じ口径でもヘルハウンドの主砲である20mm機関砲とは技術レベルの差なのか威力において隔絶した差がある。

本来陸戦兵器に載せた時点でCIWSでは無くなるのだが、まあそんな事は些細な事。

大事なのはそれが極めて強力な兵器である、と言うその事実だ。


「この店の奥で埃を被っていたようだったのでな。まあ、この火力なら雑魚賞金首くらい楽勝だろう」

「いや、だってそんなの載せたらエンジンが……」

「シロさんに頼まれてチヨノフも改造、ツインターボにしておいたぜ!へへっ、大儲けだ」


更にその重量に見合うようエンジンにも改良を施しておいたらしい。

ただし、持ち主に無断で。


「いや、何勝手に人のクルマを改造してるんだよ!?」

「一つだけ言っておくが、お前の狙ってるハードロックは炎に耐性がある。火炎放射器は無意味だ」


「そうじゃなくて、支払える額じゃないって。借金は嫌だぞ!?」

「心配ない。これは私が払う……まあ先行投資のようなものだと思っておいてくれ」


正直ノヴァは怪しさを感じざるを得なかった。

何故見ず知らずの他人の自分にここまでしてくれるのかと。


「なあ、ここまでしたらどう考えても赤字だろ?何か……裏を勘ぐっちまうんだけど」

「あ、俺もそう思うぜ……って睨むなよシロさん!?」


もっともその疑問がそのまま口について出る辺りが、まだ未熟だと言う事なのかも知れないが。

兎も角それを聞かれるのは想定の範囲だったらしく、

本来ある意味無礼極まりない台詞にもシロは特に気にもせずに答えた。


「実際の所、理由はある……あるのだが言えん。私からはこれだけだ……嫌なら取り外させるが?」

「うっ……わ、分かったよ。確かに必要なのは確かだ」

「よっしゃ!じゃあ色々細かい所はおまけして12000G!お買い上げ有難うござーっしたーっ!」


目の前の小柄な女ソルジャーにどんな理由があるかは知らないが、

ともかく性能を確認しようと店から出るや否やクルマに乗り込み戦闘システムを起動させる。


『……oasyetemstandby』

「エンジン出力は3割り増しか……でも重いな。装甲タイルが二百枚張れないじゃないか!?」

「流石にそこまで面倒は見切れん。これでも予算ギリギリなんだ」


CIWSは本来艦載用、軍艦の装備としては軽いほうだがそれでも戦車に載せるのは少々無理がある。

だが火力は絶大で単位時間あたりの火力評価においては他の機銃や機関砲とは威力が一桁違い、

火炎放射器と比較しても倍近いダメージを叩き出すとコンピュータは判断していた。


「一応言っておくが誰かが用意してくれるレールはここまでだ。後はお前が道を切り開け」

「なあ。それって誰かが俺に支援してくれてるって事だよな。誰なんだ?」


出会った時から節々に感じられるこちらへの好意的な対応。

どう考えても誰かが背後にいるような物言い。

裏が見えないだけにかえって不気味な状況に少年は更なる不安を感じる。

結局、彼女が自分に近づいてきたのも自分の知らない誰かの意思と言う事なのだ。

それが味方だとどうして言い切れよう。それに味方だとしても正体を明かさないのは怪しすぎる。


「……さあ?だがお前に死んで欲しくない人間も居ると言う事は確かだな」

「そっか。まあいいや、考えたって仕方ない……やれる事をするしかないもんな」


とはいえ、だからと言ってその援助を断れるほど状況は楽観視出来ない。

気を取り直してクルマのエンジンに火を入れ、

ノヴァは少し重く感じる操作系統に慣れようとしながらアクセルペダルを力強く踏みしめ、

戦車を発車させる。


「とりあえず、今はハードロック、だっけ?そいつを倒す事だけ考えるさ」

「ああ、それがいい。しっかりしてくれよ。私もあまり長く付いていてやる訳には行かないんだからな」


ふとノヴァが上を見ると、ヘルメット姿の少女がにこりと笑いかけてきた。

……何故か彼はそこに妹の面影を見出す。


「……ナナ?」

「ん?私はシロだぞ?あの出来の良い妹と勘違いするな」


何でそう感じたのかは兎も角、不意の感覚にノヴァは戸惑う。

だが何故かそれを指摘する事は出来なかった。

……記憶の奥にある何かがそれを認めてはいけないと拒絶したのだ。


「あ、そ、そうだな……ええと、行き先は何処だっけ?」

「おいおい。ここから歩いて3時間ほど行った所にある崖の下だ……がクルマだと遠回りしないとな」


「どれだけかかる?」

「さあなあ。私はソルジャーだからクルマは良く分からん。まあ、丸一日は覚悟しろ」


結局、遠回りに大回りを重ね、崖の下に辿り着いたのはその日の夜の事。

生息範囲に入る前に軽く仮眠を取り、夜明けと共に攻撃を開始する事となった。


「じゃあ、先に寝てくれ。6時間ほどしたら交代で見張りを頼む」

「ああ」


……その日、ノヴァは夢を見る。


その夢の中で彼は生まれ故郷の近くを流れる川を流されていた。

川と行っても川上にあるらしい暴走機械の工場からいまだに垂れ流される廃液の川だ。

無論飲める訳も無いし浸かるのも危険。

そんな川で流されている事自体が異常だが、そもそも川幅もおかしい。

その川は精々水深1mで幅は2mもない。

だと言うのに彼の足は底に付かないし、腕を伸ばしても岸は遠い。


(な、何なんだこれ!?)


足掻こうとしても満足に体も動かない中、彼はただ流れに任せて川を下っていく事しか出来ない。

状況の把握も出来ない中何時しか体温を奪われ意識が朦朧としてきた頃、


「父さん!?ねえ、あれ見て!あの子!」

「んあ?なっ!?………だと!?」


何故か川に飛び込んできた巨人に抱きかかえられていたのだ。


「幾ら………………からってこんな酷い事……」

「ま、珍しい事じゃねえ。おい、イチコ……お前コイツをどうするつもり」


ふと、ノヴァは頭上を見上げる。

心配そうにしている善良そうな瞳と目が合った。

けれど、彼にはそれを気にしている余裕など無かったのだ。

何故なら。


「あ、思ったより元気そう……ねえ父さん、とりあえず体が冷えてるからお湯を沸かしてくれる?」

「……あ、ああ……分かった!」


その巨人は、妹と同じ顔を、していたのだから。


続く



[21215] 06
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/10/25 13:06
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第ニ章 トンネルタウンの守銭奴達(2)

06


はっとして目を覚ました。

思わず拭った手にはびっしょりとした汗。

そして……それが夢である事に気付いた。


「何なんだよあの夢……」

「ん?起きたか。まあ、丁度良い……そろそろ見張り交代だ」


訳の分からない悪夢にかぶりをふっていると、頭上から声がかかる。

そして少年は自分の置かれた状況と今何故ここに居るのかを思い出した。


「あ、ああ。ところでモンスターとかは出てきたのか?賞金首は?」

「野生の獣は火を恐れる……モンスターどもの場合は警戒する。まあ喧嘩を売る相手ぐらい選ぶって事さ」


見るとハチドリらしき残骸がそこいらに転がっている。

すっかり冷え切っている所を見ると数時間前に一度襲撃を受けたがそれ以後は平和だったらしい。


「実力差を思い知れば近寄ってもこないよ。それも出来ないならとうに誰かの餌だ」

「なるほど」


それだけ言うと、ソルジャーの少女は毛布を被り、岩陰に隠れるように丸くなった。

そしてさっさと寝てしまう。


「後は任せる。おやすみなさい」

「……了解」


少年はゆっくりと戦車から這い出すと、焚き火に薪代わりの廃材を放り込んだ。

ぐるりと周囲を見渡すと岩陰などから弱小モンスターが何種類か顔を覗かせ、気付かれた事に気付くとこそこそと逃げ出した。

逃げなかった連中にも明らかな警戒が見て取れる。いや、何か隙をうかがっているような?


「もしかして、俺のほうが組し易いと思われてる?」


とは言えまあ当然か、と思ったノヴァはさっと車内に戻るとスリープ状態にあった戦闘システムを起動。

7.7mm機銃を動かしその銃口を岩陰に向けた。

これが威嚇になれば、程度の軽い気持ちだったのだが、


「「「キキキキキッ!」」」

「うわっ!?びっくりしたぁっ!」


次の瞬間、岩陰からいっせいにモンスター達が逃げ出していく。

想像以上に威嚇の効果は高かったらしい。

逃げていく影も嘴が銃になった二足歩行の鳥やらバーナー背負ったサルやら多種多様。

それがいっせいに四散していくのはそれはそれで見ごたえのある光景だった。


「ふう、びっくりした……想像してたのの三倍は居たぞ!?」


騒々しくしてしまったので周囲をまたキョロキョロと見回してみるが、

この程度の騒音は慣れているのかソルジャーの少女は起きる気配が無いしそれで周囲が何か変わったわけではない。

もしかしたらやばい真似をしてしまったのではと心配したが、それは杞憂だったようだ。

ふうと溜息をつくと、ノヴァは見張りの続きを開始した。


「……あれ?」


のだが、すぐに彼は異変を察知する。

というか……眼前の風景が明らかにおかしい。

夜の谷底は暗く、先など見えない筈なのに突き当りが見えている。

いや、違う。

動いているのだ、それは。


「落石?いや、違う……っと、まさか!」


まさかも何も無い。

アレだけ騒いで存在がばれない方がおかしいのだ。

故に平穏を崩された"それ"は敵対者に気付き排除に現れた。

それは当然の帰結なのである。


「賞金首……ハードロック!」


それは巨大な丸い岩の塊だった。

そしてその中央部にスピーカーらしいものがついていて、

そのスピーカーからは耳障りなほどの電子音を響かせこちらを威嚇する。


「五月蝿い奴だな」


多分向こうも同じ事を思っているに違いない。

とは言えそんな事は全く気付かずにノヴァは兵器の安全装置を流れるように解除し、

戦闘準備に入っていく。


「……今度こそ、今度こそしとめてやる。もうあんな結末はごめんだからな!」

『ギャイイイイイィィィン!』


下手なエレキギターじみた電子音とキャタピラの駆動音が騒々しい不協和音を生み出し静かな夜を破壊していく。

何故こんなものがうろついているのか。そして何のために生み出されたのか。

そんな事は知らない。

大事な事はこれに迷惑と恐怖を感じる人達が居て、その首に賞金がかかっていると言う一点のみ。


「ぶっ壊してやるよ岩野郎!」

『ジャカジャカジャンジャン!』


ゆらっ、と岩が揺らぎ……そして動き出す。

そしてそれに呼応するようにキャタピラも動き出した。


「大岩の体当たりなんか食らってたまるか!」

『ギュィィィィイイイイイイイン!ジャジャジャジャジャン!』


正面から転がってくる大岩をヘルハウンドはバックの車庫入れの要領で回避する。

そしてそのまま通り過ぎた相手の後ろを横切るように前進しながらその砲塔を相手に向けた。


「まずは牽制だ……機銃、連動射撃開始!」


この世界において、車載用としての最低レベルではあるが7.7mmと言えど機銃は機銃。

無数に撃ち出される機銃弾は僅かづつとは言え敵の体を削っていく。

幸いな事に動き回るとは言え所詮は岩、射撃を回避できるほどの機動性は持ち合わせていないようだ。


「よし、このままこのまま……ってほど楽には勝たせてくれないよな!」

『GYAAAAAAAIIIIIIINN!』


とは言え敵も黙って見ているだけではない。

鋭く、とは言えないがぐるりと円を書くように旋回し、今まさに己の体を削っていく敵の元へと突き進んでいく。


「だから当たってやるかよ!」


無論、黙っているだけではないのはノヴァも同じだ。

単調な攻撃でも当たるのでCユニットに射撃を任せ、自分は敵に追いつかれないよう車体を移動させ続ける。

逃げながら撃ち続けるものと必死に追いかけるもの。

その戦いはさながら命がけの鬼ごっこだ。


「……!?」


その追いかけっこに終止符が打たれたのは意外な事にヘルハウンドの停車をもって、だった。

気が付くとノヴァは谷の最奥部……最早旋回もままならない袋小路に居た。いや追い込まれて居たのだ。

先ほどから銃身の冷却が必要なほどに銃弾を撃ち込まれていたにも関わらず、ハードロックはその外側の岩が剥がれたのみで健在。

そして谷の出口に続く唯一の通路を塞ぐようにするとそこで回転をピタリと止めている。


「もしかして誘い込まれた、のか!?」

『……』


どうやって動くのかさえ不明な巨大岩石は黙して語らない。

だがノヴァはその怪物がニヤリと笑ったような気がしていた。


「このっ、このっ、このっ!」


足掻くかのように20mm機関砲と火炎放射器を交互に叩き付ける。

だが20mm機関砲は7.7mm機銃より威力は大きくとも連射速度が遅いせいか同程度に岩の外側を砕く事しか出来ず、

火炎放射器に至ってはまるで効果が無いように見えた。


『……YYYYYAAAANN……』

「ん?」


そして悪魔は吼える。


『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAANN!』

「!?」


突如として岩体中央部のスピーカーより超大音量の轟音が響き渡った。

狭い袋小路でその轟音は酷い反響を起こし、まさに暴力的なまでの騒音公害を引き起こす。

ノヴァもこれが言われていた敵の音波兵器であり、ここに誘い込んだ最大の理由である事には気が付いた。

だが、どうしようもない。

いっそこちらから体当たりを、とも考えたが相手のほうが質量が上だ。逆にこちらがひしゃげるだけ。

焦りと脳髄にまで響き渡る大音響でまともな思考が出来なくなる中、

遂に割れ始めた装甲タイルとその減っていく残数が更に新米ハンターに焦りを与え思考能力を奪っていく……。


……。


「いい加減にしろおおおおおおっ!」

「!?」

『GAAAAAAAA……AA!?』


その時、頭上から何かが降ってきた。

音響兵器をかき鳴らすハードロックの頭上に颯爽と降り立ったそれは懐から何かを取り出すと、屈んでスピーカー目掛けて叩き付ける。

……それが手榴弾である事にノヴァが気付いたのはスピ-カーが爆発と共に破損し轟音が止まってからだ。

ハードロックから飛び降り今度はヘルハウンドの砲塔に飛び乗ったその人影はゴンゴンと搭乗用ハッチを叩く。


「何をやっているんだ!?折角買った新兵器を飾りにしておくつもりか!?」

「……えっ?あっ!?」


はっとしてCユニットを凝視するノヴァ。

そして気付いた。

手に入れたのは良いがCIWSを武装としてCユニットに設定していなかった事に。

手順は簡単でただ接続された新しいハードの検索をかけ必要項目を登録するだけ。

それをしていなかったが為にメニューに新装備は現れず、突然の戦闘の中ではその存在に思い至らなかったのだ。

何とも愚かしい、そして恐ろしいミス。

ノヴァは急いで検索を開始するも当然それには時間が掛かる。


「検索……メニューに登録……まだか……!?」

「それはこっちの台詞だ!おい、奴が転がり始めたぞ!?何をしている!?ねえ、急いでよ!」


しかもスピーカーを潰され暫く沈黙していた大岩は我に返ったかのようにこちらに向けて転がり始めた。

いや、後ろに下がり始めたのだ。

そして、暫く下がった所で一時停止し……、


「助走のつもりか……バズーカさえあればあの程度の突撃など正面から迎え撃てるのに!」

「80%、85%、90%……もう少し、もう少しだ!」


無言で突撃を敢行してきた!


「来たぞーーーーーーーーーっ!」

「ああああああっ……よし完了!食らえええええええっ!」


迫り来る大岩に対しソルジャーの手持ちを含めた全火力が叩き込まれる。

まるで細切れのスローモーションのようにゆっくりと流れる時間。

砕けていく大岩、迫ってくる岩。

そして、ヘルハウンドの正面装甲にぶち当たったもの。それは……。


……。


「何とか、なったか」

「……正面の装甲タイル、半分くらい持って行かれたけどな」


雪だるまの胴体ほどに小さくなったハードロックは火線を抜け、

戦車正面にぶつかると共に弾け飛んだ装甲タイルにより砕け散った。

……ノヴァは操縦席で車体に異常が無いかチェックしながら荒い息をついている。

そしてそんな彼をソルジャーの少女が半ば呆れたような目で見つめていた。


「……楽に勝てるはずの相手だったんだがなぁ?」

「ぐっ……」


大岩の七割を砕いたのは新兵器のCIWSだった。

もしこれが戦闘開始直後から動いていたら谷の奥に追い込まれる事も無く勝負は決していただろう。

そう考えるとこれはノヴァの失策以外の何物でもない。


「だ、誰にだって間違いはあるだろ!?」

「そうだな。……間違いで済むレベルで良かったじゃない。取り返しの付かない事だってあるんだよ?」


だが、まだノヴァはそれを認められないようであった。


「ぐっ……と、ところでシロは一体何処に居たんだ?上から降ってきたみたいだったけど!?」

「ん?私か?」


とはいえ内心では気付いていたのかノヴァはぐっと言葉に詰まる。

誤魔化すように声が出たのがその証拠だ。

シロもそれ以上突っかかる気も無かったのか話題転換に応じる。


「何だか騒がしいと思ったら頭上の岩が剥がれ落ちてきた。急いで飛び起きたらお前とハードロックがもう戦闘開始しているじゃないか」

「ちょっと敵を迎撃したら気付かれたみたいだったんだよな……ははは……」


少女は全く仕方が無いなとでも言わんばかりの表情でふーん、と呟く。


「それで、生身であの中には立ち入れないから急いで谷をよじ登った。戦況を上から確認する為だったが、まあそれが幸いしたな」

「それで追い込まれる俺を見つけたわけか……」


頷いた少女はヘルメットの横をコツコツと叩く。


「正直、なんでCIWSを使わんのか理解できなかったよ。アレをぶっ放せばそれで勝負は付いていたからな」

「……」


「で、流石にあそこまで追い込まれたのを知らぬままにも出来ずに音波攻撃の届きにくいスピーカーの後ろに降り立った訳だ」

「……正直助かった。ありがとな」


「しかしまさか設定を確認していなかったとは。兵器の整備不良で死ぬ兵は怠慢であり自業自得以外の何者でも無いんだけどなぁ?」

「ぐうっ……」


初勝利に随分とケチの付いた形になった少年は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「くそっ。あの店の親父も積むついでにそれぐらいサービスしてくれても……」

「確かにな。だが確認をしていないのはお前の怠慢だ。人のせいにするのも良いが、それが続くと何時か取り返しの付かない事になるぞ」


「もう、なってるよ。……どうせ、知ってるんだろ?俺の事情くらい」

「…………うん」


何となくこの少女ソルジャーも親父の関係者なんだろうなとノヴァが思う中、

当の少女は誤魔化すようにアハハと笑うと強引に話題転換を試みた。


「さ、さて町に戻るか!もう夜が明ける。賞金貰って次の獲物を探そうじゃないか!」

「……そうだな。って付いて来る気か!?」


「やかましい!第一お前生半可な起こし方じゃ起きもしないだろうが!?寝てる最中に襲われたらそのまま殺されるぞ!?」

「なっ!?今日は誰にも起こされずに起きたじゃないか!それに必要があれば起きられるようになるさ、俺だって!」


結果的にこの言い合いはノヴァが殴り飛ばされて終わった。

痛む頬を撫でながらふとノヴァは思う。


(何かコイツとは初めて会った気がしないな。何処か妹に似てるからか?……いやいや。第一ナナに戦闘経験なんか無い筈)


口煩い所があるせいかもな、と結論付けてノヴァは砲塔の上の少女を見る。

すると向こうもそれに気付きこちらを見下ろしてきた。


「どうした?」

「いや……ところでシロはソルジャーになって長いのか?」


ちょっとした誤魔化しの様なものだった。

何の脈絡も無く妹に似てる気がした、何て言える訳も無い。


「ああ。幼い頃からだからもう10年にもなる。それこそ小さな頃からあちこちの戦場を駆け回ってるな」

「そっか。うちみたいに家族全員村から出ない奴等も居ればそう言う生き方もあるんだよな」


「…………そうか」

「まあ、それもあのNGAの連中にぶっ壊されちまったけど」


と、その時だ。

何処か見覚えのある戦車がこちらに向かって来ている事に気付いたのは。


「ん?何だ?……っ!?あのシャーマンはNGAの!?」

「何だと!?そんな訳が……何故こんな所に部隊が展開している!」


整然と、とはいかないが隊列を組んだ歩兵を引き連れその戦車はやって来た。

万一に備え車体を正面に向けたヘルハウンドは全装備の安全装置を解除したままそれに相対する。

そう、それはあの日大破、いやロストしたはずの"あの"シャーマンだったのだ。


……。


「よお!お互い無事で何よりだってーの。くっくっくっく……」

「NGAの……セーゴ・スズキ!」


二両の戦車は正面から向かい合う。

セーゴの言葉は友好的に見えるが込められた感情は正反対のものだし、ノヴァは嫌悪感を隠そうともしない。

まさにそれは一触即発といった光景だった。


「何をしに来た?」

「何を?お前のせいでこっちは訓練からやり直しだってーの。新兵連れて訓練した帰りに見飽きた顔があったから挨拶だってーの」


NGAの新兵達はあるものは緊張の面持ちで、あるものは舌なめずりをしながら。

様々な反応を見せつつ銃口を向けたまま立っている。

それは彼らが今までどんな生き方をしてきたかの縮図だ。

無論、いずれはNGAと言う色に染まっていくのだろうが……。


「……意趣返しかよ……だがこっちもタダじゃ負けない」


向こうはあの状態から何とか修理したのか別な車体なのかは知らないが、前回と同じ装備。

しかもミサイルを使い切っている。

それに対しこちらは幸いな事に火炎放射器燃料はほぼ丸々残っているし、それ以外も残弾は十分だ。

敵歩兵の装備もピストルか、良くてショットガンであり戦車を相手にするには力不足。

正直な所やってやれない相手ではなくなっていた。

……だが。


「おいおい。いいのか?前回俺に手を出してどうなったか忘れたのかってーの」

「……ぐっ」


「まあ安心しな。総帥のご命令でお前に対しちゃ、こっちからは手を出すなだってーの……ま、精々後悔しながら生き延びろってーの」

「……」


言いたい事だけ言ってセーゴは去って行った。

その後姿は隙だらけだったがそれが誘いなのは今のノヴァですら判る。

父親や妹が体を張って助けてくれたのを無にする訳には行かなかったのだ。


「ふう。短慮を起こさないでくれて良かったよ」

「……本当は妹の……ナナの行き先を聞き出したかったんだけどな」


万一に備え、近くの瓦礫に潜んできたシロがゆっくりとやってくる。

ノヴァはそれに対しこう答えたがそれは紛れも無い本心だったであろう。

ただ、どう考えても相手が悪かった。

下手に聞いてもまともな答えが帰ってくるわけが無いし、下手に意識させてしまえば妹が更に不利な状況に追い込まれる可能性もあった。

危険な橋、と言うか恐らくそれは地雷以外の何物でもないだろう。


「ただ、アイツがまともに答えてくれるはずも無いしな……今は、今はこうやって下手に出るしかない」

「そうか。だが……何と言うか妹の事は諦めた方がいいぞ。特に奴等の元に行ったのなら」


ただ、そこまでは自制したのだが不意に切り出された不吉な言葉にノヴァの視線が鋭くなる。


「そう睨むな。何故かと言うとな、奴等の得意分野は遺伝子操作なんだ。人体改造なんかお手の物でな」

「なんだって!?」


「……おそらくもうお前の妹は人間ではない。そんな姿、兄に見られたくは無いだろう。忘れてやるのが情けと言うものだ」

「ふざけるな!」


想定していた最悪をはるかに超える言い草に思わずノヴァはシロの襟首を掴む。

ノヴァも最悪の事態は想定していたがその最悪は怪しげな店で変な親父に酒を注いでいる所まで。

まさかそれ以下があるとは思いもよらなかったのだ。


「私に苛立ちをぶつけられても困る!忘れろ。そして自分の幸せを探せ……それが誰の為にも一番良いんだ」

「そんな訳あるか……そんな訳……!」


それから暫く無言の時間が続く。

しばらくして力が抜けるように襟首を離したノヴァは無言でクルマに乗り込み、

一言も発する事無く静かにトンネルタウンに向けて走らせだしたのだった。


……。


「うっわーっ。おめでとう御座いまーす!ハードロックの賞金は1000Gになります!お受け取りになりますか!?」

「……うん」


そして翌日の昼下がり。

満足に立ち直る事も出来ないまま、彼らはともかく賞金の受け取りをしようとここに来ていた。

ハンターオフィスの一角で受付嬢の我が事のような喜色満面な笑みと声が響く中、当のハンターは何処か上の空。

普通ではありえない状況だがそれにも気付かずに受付嬢は賞金の入った袋を奥の金庫から取り出した。


「これで世の中ちょっとは静かになりますね!そして貴方の事はきっと街の噂になりますよ!」

「そっか」


「……もう、少しは喜んで下さいよ!?私だって他人事ながら嬉しいんだから!」

「よく言う。担当にも臨時ボーナスがあるのではなかったか?」


「うふふふふ、流石はシロさん。良くご存知で!あ、そっか……シロさんに活躍の場を取られてしょげてるのかな?」

「かもな」

「……いい加減にしておけ。過ぎた事をくよくよしても始まらんぞ?と言うか今頃現状を認識したのか?後悔するのが遅すぎだ」


手渡された袋を引っ掴むようにしてノヴァはオフィスを出る。


「また来てくださいねー?」

「ああ」

「ほら、そんな事より手元がお留守だ。スリが狙っているぞ……まったくもう……」


その言葉に驚き急いで金の袋を懐に押し込む。

近くをウロウロしていた浮浪者らしき人影がそれを見てちっと舌打ちをして消えていった。


「まったく、油断も隙もあったもんじゃない」

「……それだけ気が抜けてれば邪心を抱く者の一人や二人出てくるだろうさ」


やれやれと肩をすくめるシロ。

しかし、その動きがぴたりと止まり、視線が突然鋭くなる。

その瞳の先にはざわめく人だかりが写っていた。


「何かあったのか?随分騒がしいが」

「ん?おおシロさん……また連中ですよ」

「昨日ですけど、NGAの部隊が近所の村を焼いたらしいんです」

「生き残りが命からがら逃げ込んできてるぜ」

「……なんだって!?」


思わずノヴァがその輪に割って入る。


「なあ、詳しく教えてくれないか?」

「ん?ああ、何時もの事さ」

「金目のもの奪っていくなんぞ悪党の専売特許だろ?」

「ただ今回は何の抵抗も出来ないただの集落に戦車まで持ち出したらしいぜ?酷い事するよな」

「ま、この町には自警団とかも居るし他人事だけどよ。やっぱおっかないわ」


それから暫し……喧騒から離れ、クルマの元へ戻る道。

ノヴァはシロに話しかけた。


「なあ、例の村を襲ったのって、やっぱり」

「セーゴの奴だろうな。確かに新兵の訓練には丁度いいだろう」


「訓練で村を焼くのか?それが奴等のやり口なのか?」

「ああ。奴等だって新人を無駄に殺したくなんぞ無いのさ」


先日のあの邂逅。その時既に一つの村が消えていたのだ。

その事実にノヴァは頭を殴り付けられたような衝撃を受ける。


「あの時ぶっ飛ばしておけば良かった!」

「いや、既に手遅れだ。それにな……他人の事を心配してる場合か?」


「う」

「お前は既に目を付けられている。それを忘れるな」


だがそう、人の心配をしている場合ではないのだ。


「想像以上に、ヤバイ奴等を敵に回しちまったんだな」

「はぁ。さっきも言ったが今頃気付いたのか?」


周りから呆れかえられる程度には彼の現状もまた危険極まりないのだから。


「いいか?NGAは現代では稀な規模の軍隊なのだ。個人で相手など出来んぞ?」

「……とは言え、俺は奴等を出し抜かなきゃならないんだよ」


本人としては出来るだけ力強く断言したつもりであろう。

だが、それを見た戦場暮らしの長い少女は少しばかり哀れむように言い切った。


「まあ、好きにせよ。どうせ止めようも無いのは分かりきっていた事だしな」

「……無駄だと言わんばかりだな……ちくしょう」


多少なりとも空元気なのは自分で分かっていたのだろう。

ノヴァは足元の小石を蹴り飛ばす。

折角手に入れた賞金と言う喜びも最早何処へやらだ。


「ふう、仕方ないな……ともかく今は力と金を手に入れるべきだ。それなくしてはどんな叫びも負け犬の遠吠えに過ぎんからな」

「ん?張り紙?さっきのハンターオフィスにはこんなの張ってなかったと思ったけど?」


そんなノヴァを見かねたのか、何処か寂しげに笑いながら一枚の張り紙を手渡すシロ。

それはきちんと四つ折りにされた一枚の賞金首のポスターだった。


「昨日賞金が付いたばかりの新顔だそうだ。ここいらも田舎だ。オフィスにも明日か明後日あたりでもないと回って来るまい」

「へぇ……何だこれ?」


そのポスターには1000Gの賞金と、

荒野を砂煙を上げて泳ぎ回る異形の海洋生物、だったと思われる怪物の不鮮明な写真が映し出されていた。


「スナザメと言う。最近何処かの阿呆がこの近くの砂漠化地帯に放流したそうだ。既にトレーダー数名が犠牲になっている」

「何だってそんな真似を。いや、まさか!」


苦虫を噛み潰したようなシロの顔。それを見たノヴァは何かに気が付く。

そして多少食って掛かるようにシロの胸倉を掴んだ。

……当のシロはまるで気にもしないで気楽に答えを言い放ったが。


「NGAか!?連中、一体何を考えてやがる!?」

「隣町との交通路はあの砂漠を除けばNGAの検問所のある旧街道しかない、と言えば分かるか?」


つまり、通行料を効率的に取るためと言う事だ。

危険を冒しても遠回りする商魂逞しいトレーダーに業を煮やし、

自分達の支配するエリアを通過する方がどちらかと言うとマシと言う状況を作り上げたという訳だ。


「ビームを放つハチドリ程度の危険なら命をかける奴も居ようが、砂漠を泳ぐサメが相手では萎縮もするさ」

「だったら金を払う方がマシって事か」


そして暫く考え込んで、少女の意図に気付いた駆け出しハンターはニヤッと笑う。


「連中と直接好戦するのはまだまずい。だが俺はハンター、賞金首を狩って何が悪いって事か」

「そういう事だ。私としても無差別に被害が出るのは避けたい」


応えてソルジャーの少女もニッと笑う。

そして。


「弾薬と装甲、それにシャシーも傷ついてるから修理代を込みで800Gになるぜ!」

「マジか!?」

「最後、敵の体当たりをまともに食らっていたからな……ま、足が出なかっただけマシだと思えひよっこめ」


業突く張りな満タンサービスの親父もニヤリと笑うのであった。


「コイツは金には五月蝿いが腕は確かだし仕事は真摯だ。まあ信じてよかろう」

「……いや、判るよ。俺だってメカニックの経験あるし」

「まいどありがとーござーっしたー!ひゃっほーい!払いの良い上客だぜーっ!」


こうして彼らの次なる目標は決まった。

新米ハンターの次なる獲物はスナザメ。

地中を迫る牙持つ怪物である。


「また来いよー?」

「ちくしょう!また来るよ!来るしかないよ!」

「まあ、この辺で稼ぐなら自然と拠点になる街だからな。ここは」



少年は行く。

何時かその道が仇を討ち妹を取り戻すことに繋がるのだと。

今はただ、そう信じて。


続く



[21215] 07 
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/11/01 19:51
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第ニ章 トンネルタウンの守銭奴達(3)

07


砂塵の立ち込める荒野を一台の戦車が駆け抜ける。


「シロっ!敵は何処行った!?」

「背びれが見えないのか?向こうのビルの残骸から大きく回り込もうとしているぞ!」


戦車の前を先導するかのように、前方の敵を追いかけ駆け抜ける少女ソルジャーが声を張り上げた。

呼応するように砲塔が旋回し20mm機関砲が唸りを上げて銃弾を吐き出していく。

だが、その銃弾の雨も空しく荒野の砂を叩くのみだ。


「砂に潜っている間のスナザメはほぼ無敵だといって間違いない!体が露出した瞬間を狙って!」

「うっ、くっ……わ、分かってるよ、分かってるけどさ!」


戦場慣れしているシロとしては歯痒いばかりだが、

未だ移動しながらの戦闘に慣れていないのかノヴァは決定的な隙を見逃しては、

逆に手痛い反撃を幾度と無く食らっていた。


「奴に勝てぬようならハンターなど続けて行けんぞ!?獲物の匂いだ!獲物の気配を感じ取れ!」

「分かるかよそんなの!?」


賞金首スナザメ。

本来ならばもう少し強力な兵器が売っている地域に住まう"地中を泳ぐ"サメの怪物である。

いや、彼の種族の生息域で人類が生きていくにはそれ相応の武装が必要といった方が正しい。

故に何らかの理由でこのような危険な生物の少ない辺境に現れると特別に賞金がかけられる事が多いのだ。

その場合新米ハンターの登竜門とされる事も多く、

一部ではこれを倒せるか否かで家業が続けていけるか否かが分かる……とまで言われている。


ただし、この個体は人為的にこの地に連れてこられた、

という普通ではありえない部分はあったが。


「……!来るぞ!?正面、食いついてくる!」

「なっ!?あ、うわあああああっ!?も、燃えろぉぉぉぉおおおおおっ!」


ともかく強敵である事は疑う余地も無い。

機動力のある相手に翻弄されながらも車体前面に食いつこうと正面に姿を現したスナザメに、

ノヴァは半ば本能で反射的に火炎放射器を叩きつけていた。


「叫び声!効いているぞ!」

「沈んだ!?逃げたのか?」


濃密な炎に包まれたスナザメは魚類とは思えない叫び声を上げつつ、装甲に食いつく直前に再び地面に沈んでいく。

その直前に見せた焼け焦げた皮がそのダメージを物語っていた。

その光景にノヴァは思わず操縦席でガッツポーズを取る。


「よし!まず一撃だ」

「馬鹿!相手はこれで手負いだ、畳み掛けろ、反撃を許すな……死にたくなければ!」


そして次の瞬間、ヘルハウンドは自他からの強い衝撃に宙を舞った。

……とは言え数十センチ程度。すぐにまた地面に落ちる。

だがその衝撃は車内のノヴァとその脳髄を揺さぶるには十分であり、容易くその意識を刈り取る。


「おい、ノヴァ?返事をしろ!?おい……ねえ早く起きてよ!?」

「う、ぐぅ……」


敵の動きが止まったのを悟ったのだろう。

スナザメは悠々と戦車の周りと数周すると少しばかり離れ、そして狙いを定めるように車体へその頭を向けた。


「……えーい!もう見てられん……!」

「!?」


だがそこへ突進する小さな体。

ヘルメットのバイザーを下ろし防塵対策をすると、女ソルジャーはその経験と本能の赴くまま敵目掛けて突撃を敢行する。


「スナザメの最大の弱点……それは!」


こちらに迫る生き物に気付いたのだろう。スナザメもまた迎撃にかかる。

遊弋するままその身を捻ると、牙も露にその口を大きく開ける!

そしてそれに対しシロは……、


「遠隔攻撃の手段を持たないことだ!」


その眼前で横に飛んだ!

更にその無防備な顔面にサブマシンガンによる猛攻を加えたのである。


「そして……それが故にお前達はその最大の武器を思うように生かせない」


スナザメは怒りの声を上げつつ砂の中に消えた。

一度体勢を立て直すつもりなのだ。

無論、自分をここまで追い込んだ獲物を逃がすつもりなど毛頭無い。

どちらにせよ、地中の自分達を攻撃する事など出来ないのだ。

スナザメはそう思っていたに違いない。


「故に攻撃する為にはその身を……弱点を晒さねばならない。ましてやお前達の最大の武器は」


だが、その時地面が爆ぜた。

続いて頭部を失ったスナザメが体半分ほど地面から飛び出して来る。

そしてその生命活動は停止していた……勿論永遠に。

一体何が起きたのか?


「その牙だ。最大の武器であるがその攻撃の瞬間は同時に最も無防備な体内を晒す瞬間でもある」


シロは数個の手榴弾を一纏めにして居たのだ。一つピンを抜けば全て誘爆するように。

密閉された地中と言う空間、それも体内で大規模な爆発を起こされた結果流石のスナザメも息絶えたという訳である。


「……ふう。まったく、先が思いやられるな」


シロは周囲の瓦礫を見渡す。

地面には無数の銃弾が転がっている。

そしてそれの大半は敵に有効な効果を上げる事無く、ただばら撒かれただけ。

その惨状にシロはノヴァの今後を心配し思わず天を仰ぐ。


「まあ、弾薬費と修理費で赤字、はあるまいが……後々が思いやられるな」

「う……あ、敵、は……?」


その時、ノヴァが起き出してくる。

脳震盪でも起こしたか何処かふらふらと砲塔から顔を出していた。


「起きたか?もう終わったぞ。だが幾ら相手が地下に隠れるからとは言え命中弾2割以下は無いのではないか?まったく」

「嘘だ!」


思わず叫んだノヴァに呆れたような、そして諭すようなシロの声がかかる。


「嘘など言ってどうする。相変わらず格好付けるのが好きだな?」

「いや、そうじゃなくてあれ!」


だが違ったようだ。

ん?となってシロが指差されたほうを向くと、

そこには……遊弋する背ビレ。


「何!?いや、だがそこに死体はあるぞ!?それ、見てみろ!」

「じゃあ、アレは何なんだよ!?まさか……」


動き続ける背ビレ。そして確実にそこにある死体……それの意味する所は一つだった。

そして、二人の声がハモる。


「「もしかして、二頭居るのか!?」」


驚きの余り二人の声が揃う。だが、それは大きな間違いだった。

何故ならそれは致命的な隙に他ならなかったからだ。

当然次の瞬間ぐわっ、と大口を開けてスナザメが背後から迫り、


「!?なっ、まさか……油断した!」

「三頭目だって!?」


シロを飲み込んで砂の中に消えていったのである。


……。


「どうする……?」


ノヴァは困惑していた。

さっきまで周囲を走り回っていたソルジャーは敵の腹の中。

丸呑みにされたこともあり多分まだ生きているだろうが、それも時間の問題だ。


「残弾も、あまり余裕は無い」


恐らく、敵が砂に潜らなければ両方とも楽に倒せるだけの弾薬が残っている筈だ。

だが今のノヴァの腕では全弾使いきろうが片方倒せるか倒せないか。

先ほどようやく一頭倒した(しかも自分では一撃食らわせただけ)ばかりだと言うのにまだ敵は二頭も存在している。

しかも、


「シロを飲み込んだの……どっちのサメだっけ?」


ノヴァにはスナザメの区別がつかなかった。

今や遥か遠方まで泳いでいった事もあり背ビレだけではどっちが目的の相手なのか知れたものではない。


「見捨てるのも寝覚めが悪い、って言うかどう考えても親父の知り合いだしな。死なせたら地獄に居る親父に合わせる顔が無い」


とは言え、今更見捨てるという選択肢は無かった。

短期間とは言え既に色々世話になりすぎた。

それを冷静に見捨てられる程ノヴァは割り切れても居ないし冷酷でもない。

良くも悪くも彼はまだ少年の範疇だったのだ。


「だったらやる事は一つだ。でもシロの息が続くかも分からないし、今ある戦力でやるしかないんだよな」


彼は車内に戻りCユニットから車の状態を確認する。

そして、顔が引きつった。


「装甲タイル全壊。シャシー小破、20mm機関砲大破、火炎放射器残弾ゼロ……CIWSは?……残弾は少ないがまだいけるな」


はっきり言ってこれは酷い。

特に残弾量は壊滅状態。どれだけ無駄撃ちすればこうなるのか。

撃てば当たるような前回と違い、的確に回避してくる敵の相手は彼にはまだ早かったのかも知れない。


「……とは言え、これで諦めるような奴がNGAに勝てるわけも無し、だよな」


だがノヴァは自分を奮起させるようにそう呟くと、

戦闘システムを起動させ、攻撃力評価を呼び出す。

そして沈黙する事暫し……。


「通常時は7.7mmで牽制して、隙を見せたらCIWSをぶち込む。これしかない」


結論はあっさり出た。いや、元からそれ以外の結論など無かったのだ。

幸いな事にCIWSの攻撃力はまともに当たれば並みの主砲すら凌駕する。

クルマに積める弾薬量ではそう長い間撃ち続ける訳にも行かないが、現状でもいざと言うときの切り札としては十分だろう。


「さて、行けるよなヘルハウンド?」


先ほど吹っ飛ばされた影響で装甲板に歪みこそ出ていたが、全く不調を感じさせない滑らかな動きでヘルハウンドは動き出した。

ゆっくりと、だが確実にクルマは遊弋するニ頭のサメに向かっていく……。


「で、結局シロはどっちの腹の中に居るんだ?」


しかしどう覚悟を決めようが現実は変わらない。

一対ニと言うだけでも不利なのだが、今のノヴァの腕では残弾も既にニ頭倒せる分あるかは微妙だ。

必然的に攻撃を集中し、当たりに賭けるより他には無いのだが……。

当のノヴァには攻撃するべきそれがどれだか分からない。

残念な事に彼はハンターらしい勘を持ち合わせては居ないようであった。


「……まあ仕方ないよな。俺も覚悟を決めるか!」


とはいえ迷っている暇は無かった。

向かってくる敵に感づいたニ頭は散開し、周囲を取り囲むように旋回する。

迷っていてはこちらも敵の餌だとノヴァは眼前の一頭に狙いを定める事にした。


「来たっ!」


その時だ。突然砂煙が激しくなり背びれの速度が一気に上がる!

前後から一斉にスナザメ達が突っ込んできたのだ。


「これは、どう考えても一斉攻撃!?」


まるで逃げ場は無いと言っているかのような狙い済ました連携技。

最初の一頭ですら苦戦していたノヴァに勝ち目など無い、かのように思えた。

とにかく黙っていてはただの的だとノヴァはクルマを斜め四十五度に走らせた。


「いや、だけどこれじゃあ逃げてるだけだよな……って、あ!」


さっきまでヘルハウンドが居た辺りで交差するように飛び上がる巨体。

まるで波飛沫のように砂煙と轟音を上げながら交差した二頭は再びヘルハウンドを囲むように周囲を回り始める。


「またやる気だ……いや、だけどそれならそれで!」


再び前後で挟み込むような動き。

そして前後から背びれがこちらに突っ込んできた時、ノヴァは動いた!


「何処で、何時出てくるか分かってれば……嫌でも当たるさっ!」


急停止から斜め後方へのバックダッシュ。

エンジンを酷使する無茶な動きだがヘルハウンドはそれに耐え切った。


「機銃同期開始……ファイアッ!」


そして、再び交差するように地面から飛び出した二頭のサメを弾丸の嵐が歓迎する。

スナザメの皮膚は決して重厚な装甲ではない。

住んでいる場所にも因るが、ここに居る個体たちは小口径の機銃弾でも貫ける程でしかなかった。


「この野郎!逃がさん、逃がしてたまるか!」


のたうち、地中に逃げようとする二頭。

だがノヴァは、そしてヘルハウンドは攻撃の手を休めずその銃弾の雨をもって敵の巨体を転がし、その場に敵を押し止める!


「た、弾が無い!糞っ!早く死んでくれ!もう後が!……ああもうエンプティだろうが関係あるか!火炎放射器放射だあっ!」


機銃に叩かれ貫かれたその傷口に、僅かに残った燃料から生み出された炎が最後の一撃を加える。

ノヴァは聞いた。明らかに今までとは質の違う怯えたようなスナザメの咆哮を。

そして燃料が底を付き自動的に攻撃が停止したその時残っていたものは……、


「よしっ!やったぞ!?」


……のたうち回り、血塗れで地面を転がる二頭のサメだった。

既に地面に潜る力も無いのか、

大地の上でまな板に載せられたかのように力無く横たわり、

そして、ただ恨めしそうな視線をノヴァに向けている。


「……ぐっ」


彼らとて別に来たくてここに来た訳ではない。実際の所ここへは無理やり連れて来られたのだ。

その理不尽に対する怒りは当然だったろう。


無論、そんな事はノヴァには関係無い事だ。

そう。関係ない……はずなのだが何故か居たたまれなくなったノヴァ。、

彼は気が付くとまるで介錯のようにCIWSに残った全弾を瀕死のスナザメに叩き込んでいたのであった……。


……。


それから数十分後。

大型ナイフを手にし、スナザメの腹を割き血塗れになりながら困惑する新米ハンターの姿があった。


「こっちにも居ない?そんな馬鹿な!?」


そう、居ないのだ。

先ほど飲み込まれたはずのシロが、何処にも。


「万が一……でもたったアレだけの時間で跡形も無く、なんてありえないぞ!?」


だが、現に二頭スナザメの腹の中にはシロは居なかった。

精々キャビアらしきものと稚魚が居たくらいだ。

胃の中は空っぽで何かを食った形跡も無い。


「そんな馬鹿な……だとすると……」


ぞくり、と悪寒が走る。

最悪を越えた最狂のシナリオが脳裏をよぎる。

そして、何かを感じ恐る恐る振り向くと。


「GAAAAAAAAAAAA!」

「まだ居たーーーーーーーーーっ!」


そう。スナザメは三頭どころか少なくとも四頭居たのだ。

そして仲間の断末魔を聞いて駆けつけてきたらしいその個体は怒りを隠そうともしないまま、

クルマから降りて無防備なノヴァの横っ腹に……、



「HAHAHA!そうはいかないんだよ!?」

「え!?チャックマン!?」



食いつこうとした所をゴツイ巨体に蹴り飛ばされて吹っ飛んでいく。


「浮いてる!?あの巨体が!」

「さあ、やっちゃってよ皆?」

「「「「イエッサー!」」」」


更に空中で身動きが取れないスナザメに追い討ちをかけるように銃弾やらレーザーやらが突き刺さり、

そしてほんの数瞬だけ空中で痙攣すると、そのまま爆散して果てたのである。


「ミー達にかかればこの程度の相手、楽勝だねHAHAHA!」

「隊長、でもコイツ賞金1000Gぽっちですよ?」

「まあまあ。皆さんだってこの程度に苦労していた頃があったでしょう?」

「確かにねぇ。懐かしい時代だわぁ」


ノヴァがアレだけ苦労したのに、まるで三時のおやつでも口にするかのようにテキパキとスナザメを片付けていく彼ら。

その姿にノヴァは呆然と格の違いを見せ付けられていた。


「さ、流石にベテランは違うんだな……チャックマン?」

「まあね。これ位出来ないよチーム名なんか恥ずかしくて名乗れないよ!……とにかく無事でよかったよ、ノヴァ?」


半ば呆然と呟くノヴァに駆けつけた男達の長……チャックマンはぐっと親指を立てて応えた。

それを見て新米ハンターは思わずへたり込んだのである。


……。


さて、ノヴァは助かった。そうすると次に浮かんでくるのは疑問だ。

近くに居たのは偶然としても、ここに都合よく現れるのは少しばかりおかしい気もする。


「ところで、どうしてここに?」

「ん?そりゃあ君がピンチだって聞いたからね。助けに行ける位置だから助けに来たんだよHAHAHA!」


誰に?と問う暇は無かった。

チャックマンに横から話しかける影があったのだ。


「チャックマン!私としては早いうちに残りのスナザメを掃討を進言しますが?」

「ん?そうだねアックス……じゃあ頼むよ?とりあえず戦力が偏らない編成で三人一組で動けば良いかな?」


現れたのはきびきびと生真面目に話を進める青年だった。

彼は必要事項の許可を貰うと軽く一礼してその場を離れようとする。

と、ここでまるで今気付いたかのようにノヴァに話しかけてきた。


「はい。それで宜しいかと思います。それでは……ああ。貴方がノヴァさんですね?」

「あ、ああ……そうだけど?」


ノヴァが応えると青年は目を細めた。


「私、アックスと申します。このチーム、アームドパーティーでは参謀の真似事をやっています」

「そっか。宜しく……ってこの間会ってたよな?」


そういえば以前例の廃墟近くで彼らと出会った時、彼もまたその場に居た。

確かに、はじめまして……はおかしいかも知れない。


「はい。ですがまともに会話したのはこれが最初。でしたら初対面と変わりませんよ。そんな事も分からないのですか?」

「……そ、そう言うものなのか!?」

「HA,HA,HA……ゴメンよノヴァ。アックスは真面目な良い奴なんだけど何かと言い方がきつくてね……」


だがそれに対する応えは辛辣だった。

あまりと言えばあまりの物言いに絶句するノヴァと冷や汗をかくチャックマンを他所に、

アックスと名乗った青年は鋭過ぎるほどに鋭いその舌をいつの間にか自分の隊長にも向け始めていた。


「辛らつ、ですか。まあ良いでしょう。言いたい事もありますし。……隊長もそろそろ本気を出されたらいかがか?」

「ん?どういう意味だい?別に手を抜いてる訳でもないしこの辺の敵に本気を出す事も無いと思うけどね?」


「いえ、そうではなく私達も力を付けました。そろそろNGAの幹部クラスと戦うべき時かと……勇気があるならば」

「うーん。ミーとしては仲間を危険に晒すより、直接世の中に被害を出してる末端を丁寧に潰して行きたいよ」


「いいえ。むしろ敵の幹部や総帥クラスを狙うべき……人間は寄る辺に集まる習性がありますし、禍根は根から断つべきです」

「…………アックス。気持ちは分かるけど、お客さんの前だよ?」


ただ、それはこの場で言うべき事ではないと気付いたのだろう。

アックスはその口を閉じた。

代わって冷や汗をかいたチャックマンがノヴァに話しかけた。


「悪いねノヴァ、彼にも色々事情があるんだよ。さ、残りのスナザメを」

「スナザメ?……ってあああああああああっ!シロっ!?」


そしてノヴァ、再起動。

あまりの展開に呆然としていたノヴァだが、スナザメと言うキーワードで現状の危機を思い出したのである。


「そ、そうだチャックマン助けてくれ!シロが、あ。えーとシロって言うのはソルジャーで……」

「……私ならここに居るが?」


しかし、慌てて叫んだノヴァだが……何故か明後日の方向から返って来た返事に固まった。


「あれ?」

「まったく。誰がこやつ等を呼んだと思っているんだ?」

「どうやらシロさんを助けようとしていたらしいですね。まだ雛鳥のような存在のくせに剛毅で健気な事で」

「アックス……言葉にトゲがあるよ?気をつけないと無駄に敵を作るからその性格は直した方が良いと思うけどね……」


そこに居たのはシロだ。間違いない。

先ほどスナザメに飲み込まれたはずのシロが居た。

どう言う事か分からずポカンとするノヴァ。


「なんで?」

「内側から食い破ったに決まっているだろう」

「驚いたよ?警戒してたらいきなりスナザメが地中から飛び上がったと思うと、今度はお腹が裂けて女の子が出てきたんだから!」

「幸運でしたね。私が偶然見つけた最新情報を頼りにスナザメ狩りに来ていなかったらノヴァさんは今頃サメの餌でしたよ」


つまり、だ。


「え?じゃあ俺の頑張りは……」

「無駄以外の何物でもありません。そもそも高位のソルジャーがあの程度の相手に本気で遅れを取るとお思いでしたか?」

「いや、私としては心配してくれた事が嬉しいぞ?それに二頭も倒したか……意外と追い込まれると強いタイプだったんだ……」

「ま、何にせよ結果オーライ、だよね?HA・HA・HA・HA!」


要するに、シロは腹の中からスナザメを倒して自力で脱出したという訳だ。

見つけた二頭を見てノヴァが"どっち"などと考えたのは本当に見当違いでしかなかった。

当のシロを飲み込んだスナザメは腹の中で暴れられた為に痛みでのたうち回り、

シロが内側から腹を突き破った時には遥か彼方まで移動した後だった、と言うのが事の顛末。


つまりノヴァが武器の確認を行っている間に、

問題のサメはとっくに荒野の彼方に泳ぎ去っていたと言う訳である。


「とにかく感謝する。高名なるチャックマンよ、貴方に会えて良かった」

「気にしないでよシロ君!困った時はお互い様だからね!HAHAHA!」


結局仲間のピンチは幻であり、ノヴァの手元にはボロボロになった戦車とスナザメ二頭を倒したという事実だけが残った訳だ。

その事実にノヴァは更に呆然とするのであった……。


……。


それから暫くしてからの事だ。


「頑張ったんだけどな……空しい……」

「いやいや、スナザメを倒せればヒヨッコ卒業だぞ?私としては誇っても良いと思うけどなぁ……」


夕暮れの空の下、愛車の上で黄昏るノヴァをシロが慰めている。

その遥か視線の先ではまだ複数残っていたらしいスナザメを追い回すアームドパーティーの姿。

囮や挟み撃ちは当然としても即席の罠まで用いた高度な戦闘を目の当たりにし、ノヴァは多少自信が揺らぐのを感じていたりする。

勿論何を今更ではあるのだが……。


「それにしてもNGAも無茶をしますね。これだけの数のスナザメをこんな辺境に解き放つとは」

「あ、えーと……アックス、だっけ?」

「ふむ、1、5に2、3。4、6と8で7、と……うん、まだ7頭も残っておるな。確かに洒落にならん数だ。上層部も何を考えて……」


そんな時だ。先ほどのアックスと言う青年がやって来たのは。

先ほどは慌てていて良く見ていなかったが、よく見てみるとはっきり言って戦士の装備ではない。

細身の体に白衣を纏い、ノートパソコンを小脇に抱えて分厚いメガネをかけている。

腰に下げた斧が辛うじてアックスと言う名を肯定していた。

……正直言って場違いと言う他無い。


「恐らく、奴等はつがいを数組連れて来たのでしょう。繁殖させるつもりだったのかも知れません」

「かも知れんな。スナザメは比較的倒しやすく新米ハンターへの丁度良い登竜門だ。消費に供給が追いつかんからな」

「何だよそれ……賞金首になるような凶暴なモンスターを増やしてどうするんだ!?」


そんな彼が切り出したのは今回のスナザメの異常性についてだ。

トレーダーを黙らせるだけなら一頭か二頭居れば良い。

十頭を超える群れを放つ必要など無いはずなのだ。

その疑問にアックスは淡々と答えた。


「そうですね……これは私の予測ですが、NGAは賞金首を管理する事によって世界を支配しようとしているのかも知れません」

「なっ!?」

「……単にハンターの飯の種の為に賞金首が居なくならないよう放ってるだけだろ。無論自分達に有利になるようにはしてるだろうが」


それは恐るべき予測であった。

もしそれが事実なら時間を置けば置くほど敵は強大になると言う事に他ならない。

逆にシロは楽観が過ぎるのではないかと言うほどの楽観的な予測を立てる。

……当然二人の口論は軽く熱を帯びていった。


「そうでしょうかね?賞金首を世に放ち、自分達は村々を襲い次々に街を支配する……私には侵略にしか見えませんが」

「うん。それもまた否定できん事実だ。組織と言う奴は大きくなりすぎると自己目的化するしな」

「侵略軍か。こんな時代になんて時代錯誤な……あ、じゃあセーゴの奴も村を狙って見張ってたのか?」


ノヴァの脳裏にあの日の記憶が蘇る。

父を殺され、妹を連れ去られた忌まわしい記憶だ。

思わず内心が口を突く。

だが、そこから話は想定外の方向へと転がり始めた。


「奴等、やっぱり狂ってやがる。見てろよ、何時か絶対にぶっ潰してやる!」

「ああ、そうでしたね。ノヴァさん……貴方も親御さんを奴等に殺されていたんでした」

「何……貴方"も"だと?」


"も"の文字にシロが反応する。

そして当然ノヴァも。


「あ、アンタも親を奴等に殺されたのか!?」

「……ええ。20年ほど前に母を……母さんを奴等の総帥に……その日から私は……そう、復讐の為に生きてきたのです!」

「そうか。道理でチャックマンにNGA打倒を強く言って居たのだな。しかし今の総帥が就任したのは10年ほど前なのだが……」


シロが疑問を呈する。現在のNGA総帥は就任してから10年程しか経っていないのだ。恐らく仇本人ではあるまい。

だが、そんな事復讐者には関係無いのだろう。

思わぬ接点にノヴァも思わず感情的になって泣きながら手を差し出す。


「何でしょう?いきなり手を突き出したりして」

「握手に決まってるだろ!?俺達は共通の仇を持っている。何だか他人とは思えないんだ!」


いきなり差し出された手にアックスは少々面食らったようだが、

ノヴァの言葉を聞くと気を取り直したようにその手を取った。


「……ああ、そう言う事ならば確かに私達は同士ですね。私はハッカーのアックス。何時か共にNGAを滅ぼしましょう」

「ああ、心強い仲間が増えた!その時は宜しく頼むぜ、アックス!」


そして男二人で強く両手を握り合う。


「シロ、その時はシロも手伝ってくれるか?」

「え?あ、いや私は……えーと、流石にそれに命をかけるというのも……」

「部外者を無理に立ち向かわせる必要はありませんよ。所詮は他人なんですから」


「そうか!けど、アックスは一緒に戦ってくれるんだよな!?」

「無論です。……そうですね、その時は例え隊長に止められようが共に奴等を地獄に叩き落しましょう!」

「……ぅ……」


無駄に暑苦しいノリだった。

無駄に感情的な誓いだった。

そして。


「コホン!……ところで、だ。クルマが大破しているが修理費は大丈夫か?」

「ん?シロ?いや、それは大丈夫だろ。スナザメ一頭1000Gとして俺の分だけでも二頭で2000G貰えるし」


「いえ。そう言えば危ないかも知れません。相手は悪名高きトンネルタウンの守銭奴集団ですから」

「え!?」


突然現実的な問題が彼らを襲う。

意味が判らず困惑するノヴァを尻目に、シロとアックスの顔色は悪くなる一方だ。

特にシロは酷い。蒸し暑いノリを逸らす為に適当に話を振ったのだろう。

自分から話を振っておきながら顔色が真っ青だ。


「どういう事だ?」


そしてノヴァはまだ気付いていなかった。

しかし次の会話で否応無く現状を理解する羽目となる。


「簡潔に言えば、回ってきたポスターは一枚……と言う事は全滅で1000Gと言い張られる可能性があります」

「まだ倒しておらんならともかく、もう倒した後だ。向こうの出方次第だが、奴等相手にそれを求めるのはな」


要するに、ハンターオフィスもこれだけのスナザメが出ているとは思って居ない可能性があるという事である。

そして守銭奴で有名なトンネルタウンの人間が自分が損をするような発想をする訳が無い、

それはノヴァ自身が身に染みて良く分かっている事だ。


「あれ、もしかしてこれだけ倒したのに1000Gしか貰えないって事か!?」

「甘いわ!倒した比率から行けば私達の取り分は200Gくらいだ!」

「これは……修理代だけで足が出ますね……」


ノヴァ達だけで四頭にも及ぶスナザメを退治してたったの200G。

そりゃあ個人の資産としては一財産だが、戦車を運用するとなると最低限の額にもならない。

しかもヘルハウンドは満身創痍。修理費だけで足が出るのは確実で弾薬費までは回る訳が無い。


「や、やばい!やばいぞ!?しかも今走れる状態じゃない!」

「ああ、それでしたらうちの装甲車に牽引してもらえば良いでしょう……ただ、資金不足だけはいかんともし難いですね」

「私もCIWSの購入で貰った予算が尽きているぞ!?……どうしたものか」


背筋を伝う嫌な汗と、脳裏を埋め尽くす"破産"の二文字。

ようやくヒヨッコの文字が取れたばかりの新米ハンターにはありがちで、かつ壮絶な試練だ。


どうすれば良いのかとノヴァが頭を抱えていると、

HAHAHAと笑い声を響かせ、余りにも頼りになるみんなの兄貴分がノシノシとやって来た。


「話は全部聞かせてもらったよ!まあ、ミーに任せてよ!」

「む、チャックマン……何か良案があるのか?私には奴等を説得する自信が無い」


そして何やら考えがありそうな様子を見せる。

弱気なシロの言葉にもチャックマンは親指を立てる事で応じた。


「だったら、別な街で話をすれば良いよ!話の判るオフィスもいくつか心当たりがあるしね」

「おお、成る程!」

「流石は隊長……ではこちらの取り分の件もありますし、危険度に応じた賞金額の増額をオフィス本部に問い合わせてみましょう」


チャックマンの言葉に即座に反応したアックスが手元のパソコンを使ってどこかと通信を開始した。

その間にシロは他のメンバーに街までの牽引を依頼し始める。

その手際の良さにノヴァが何も出来ずボーっとしていると、横に巨体がドシンと腰を下ろして来た。


「皆、動きがきびきびしてるな……俺、何して良いのか分からないんだけど」

「HAHAHA!まあ、慣れないと誰でもこんなもんだよ?とにかく街まで送っていくから賞金の話が付くまでのんびりしててよ!」


そうして数分後。装甲車に牽引されて荒野を走るヘルハウンドの姿があった。

トンネルタウンに戻り次第ついでに借りた大型テントに入れて、修理が終わるまでお休みと言う予定だ。


まあ、その修理でもひと悶着起こる事になるのだが、

それはまた次の話である……。

続く



[21215] 08
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/11/14 00:28
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第ニ章 トンネルタウンの守銭奴達(4)

08


何とかスナザメの一家を撃退したノヴァ達。

幸いな事に運良く駆けつけてくれたハンター集団アームズパーティー(AP)の手により戦車も牽引してもらい、

トンネルタウン近くの空き地にテントを張って大破したクルマを置いておく事になった。


「しかし、修理代が無い。交渉に行ったチャックマンだけが頼りとはな」

「まあ今だけの辛抱だ……賞金の増額が成ったらお釣りが来るさ。ほれ、今は出来る分だけでも修理しておけ」


とは言え、タダの破損とは違い大破状態ともなると修理代が高騰するものだ。

ならば出来る所で節約をするほか無い。

数日間の間、破損状態の少ないパーツをひたすらしこしこと修理する新米ハンターの姿が見られたのである。


「ま、自力で破損修理が出来るだけましなんだぞ?普通ハンターにそれは出来ないからな」

「メカニックぽくて嫌なんだけどな……ま、贅沢は言えない事ぐらい流石に分かってるさ」


まあ、ここで何か事件が起きた……例えば賞金増額が叶わなかった、とかと言うのならそれもまたよくある話だ。

だが今回の問題は想定外の部分で起きた。

賞金を受け取って店に出向いた時、予想外の事態がノヴァを襲ったのである。


……。


数日後。

ノヴァは自分の手に負えなかった20mm機関砲を大破させたまま賞金を持って満タンサービスに訪れていた。

ただ賞金は届いたとオフィスから連絡があったがチャックマン達がこの街に来る事は無かった。

そのまま交渉に行った街で新たな賞金首を狙うらしい。


「ま、あのレベルじゃここいらの賞金は少なすぎるだろうしな」

「俺も早くそう言うレベルになりたいもんだ……ま、今はまず修理だな」


この街ではクルマ関連の施設が一纏めになっていて補給、武装の売買の他に修理までやっていたのだ。

まあ、経営者が経営者なだけにぼったくられる可能性は捨てきれなかったが、それでも他の街までは遠い。

そこで本格的にオーバーホールを考えて居たのだがそこで問題が発生した。


「修理できない?」

「ああ」


軽く中を見るなりいきなりこの言い分である。

流石にノヴァも怒り心頭だ。


「おいおい!?今までそんな話聞いたことが無いぞ!20mm機関砲が曲がってるぐらい本職なら直せるだろ!?」

「そうだな。このレベルなら直せる職人を何人も知って……と言うか出来ないようでは職業整備士失格だ!」

「落ち着けよ二人とも!?いやそっちは直せるし、むしろ買い替えをお勧めしたいんだけどよ!?」


そう言って店主は装甲を外した中から、あるものを指差した。


「見ろ。Cユニットが焦げ付いてやがる……良くこれで異常を察知できなかったもんだな?普通は動かないか武器が使用できなくなるぜ」

「ふむぅ……確かに。しかも汚れ具合などから見るに数日前どころの話ではないな。良く機能停止しておらんもんだ」

「あれ?確かに今さっきまで普通に動いてたんだぞ?」


そこには画面の裏が配線からマザーボードまで完全にショートしたCユニットの姿があった。

しかも、明らかにスナザメとの戦い以前からこうだった様子だ。

はっきり言って、爆発していないのが不思議なほどであった。


「今さっきまではともかく今後これで動かしてあんたの無事は保障出来ないぜ……そこでだ、いいCユニットの出物が……」

「取り付けから設定までそっちで責任持ってやれるって言うならどんなに高くても買うが?」

「おい!?正気か!?」


しかし、ノヴァはニヤ付いたまま動かない。

それを見て店主は何かを感じ取ったようだ。


「で、何か条件でも有るのか?」

「ああ。こいつに積まれてる戦闘システムを完全に移植してくれ」


その笑みに何か嫌なものを感じ取ったのか店主は暫くCユニットを弄っていた。

そして脂汗を垂らしつつ結論付ける。


「あー、こりゃ無理だわ……これ、戦闘システムを弄りすぎだ。走行系が何一つ入っちゃ居ねえし!?どうやって運転してるんだよ!」

「え?でもそれこそ今さっきまで普通に走ってたぞ!?」

「まあ、拾った所のデータでもそうなってたな……まあ、記録を残した後で改良したんだろうけど」


ここで思い出してもらいたいがヘルハウンドはそのコンパクトかつ火力偏重と言う設計の歪みのせいで、

Cユニットを交換できるようには出来ていないのだ。

今回はその弊害が一気に出た形になる。


「ま、そう言う訳だ。これに代えは無いから修理してくれ……言いたくは無いけど金に糸目はつけない」

「専用装備か、まあ使い難い代物だが仕方ないな」


故に修理する他ないのだ、と結論付けた所で店主の額に汗が。


「いや、そのお言葉は俺、凄い大好きなんだけどよ……無理だわ」

「だから本職なら大破状態から直せよと」


「……だってよ。言いたかないが……部品が足りないんだよ」

「「は!?」」


無茶苦茶悔しそうに発せられたその言葉に、ノヴァとシロの声が見事にハモるのであった……。


……。


結論から言うと、ヘルハウンドも試作品なら装備品もまた試作品だったのだ。

当然全てが特注品。

勿論容易く替えの利く機関砲や機銃などは何の問題も無い。

シャシーも元の形さえ分かれば修復は容易かった。

だが、ここでもCユニットの特異性が仇になったのだ。

走行系を完全に外した(ように見える)特殊な造りだ。下手に弄ると逆に壊しかねないのだと言う。


「部品そのものにもかなりの負荷がかかった跡があるしよ……こうなりゃ何種類かを組み合わせて新作するつもりで行くしかねえ」

「それが為に、技術代、加工費だけで3000Gもの大金を取る気だと?」

「確かに金に糸目を付けないと行ったのは俺だけどさ。いや、あのままの方がよほどヤバイのは判るが」


頭を抱えるノヴァに店主はしたり顔で言う。

……半ば本気の憂いを込めて。


「そうそう。それが分からないまま半壊で出て行って死んだハンターが多いんだわ」

「笑えんな」

「こう言うのもメカニック視点だよな……まあ良いけど」


とにかく組み合わせる部品は99式神話やラクターなどを中心に無名な物まで色々と集めねばならない。

しかも、その一部分だけ買うわけにも行かない為まともに作れば材料費が易々と万の桁に達する。

それをどうしたものかと思った所で……シロが口を開いた。


「ま、そんな金欠ハンターに朗報がある……実はな、無人兵器の生産工場に心当たりがある」

「シロ!?マジか!?」

「へぇ。流石歴戦のソルジャーじゃねえか。まあ大抵は荒らされて何も残ってないのがオチだが……ひとつふたつはあるかもな」


かつてノアの反乱において、システムを乗っ取られ機械側の兵器生産拠点となった工場は世界中に存在した。

大半は人間の手によって破壊されたがそれでもまだ今も稼動中の工場もあるという。

そして、破壊され放置された工場跡地も現在の人類にとっては宝の山だ。

機械部品一つ、ネジの一本が結構な額の財産に化けるのだから。

無論、当時の警備システムが生きていて返り討ちに遭うことも多いのだが……。


「よし!じゃあ俺はさっそく修理の準備にかからせてもらわぁ……へへっ。あんたからは大口の依頼が多くて助かるぜ!」

「うん。お前の腕だけは信頼しているからな。ノヴァ、今回クルマは使えん……レンタルタンクを呼ぶからそれに乗っていくぞ?」

「分かった。しかし廃工場の探索か……腕が鳴るぜ!」


こうしてCユニット修理の為の廃工場探索が始まる。

……筈だったのだが。


……。


そうして数日後。

シロが呼んだレンタルタンクに乗り込んだ二人はシロの知っていると言う無人兵器の生産工場にやって来ていた。

レンタルタンクをシロが無線で返却している内に軽く偵察、としゃれ込んだノヴァだが、

……数十秒で血相を代えて戻ってきた。


「おいシロ!?」

「どうした騒々しい」


何故なら。


「何で工場が稼動してるんだよ!?」

「止まっていると言った覚えは無いが?」


その工場は未だに無人兵器を生産し、

今この瞬間も、殺人兵器を世に送り出し続けて居たのだから。


「……なんでそんな所を黙って放置してるんだよ!?」

「色々込み入った事情があるのだ。そしてな、人間の警備も居るがお前はそれに見つかってはならない」


ここで生産される兵器はただひたすらに人を殺す為のもの。

それを知りながら見過ごしてきたシロにノヴァの怒りが爆発する。

別に正義を気取っている訳ではないが、それは人として許せなかったのだ。


「何でだよ!?おかしいじゃないか!警備ロボだってぶっ壊せるだろ!?」

「少なくとも今のお前にはここを破壊する事は許されない。アレを見ろ」


そして、シロの指差したほうを向き、絶句する。

古めかしい工場の片隅に比較的新しいエンブレムが印字されている。

しかもそれは……。


「NGAのロゴ、だって!?」

「そうだ。ここを発見したのはNGAだ。それ以来無人兵器の死角から警備さえしている。見つかれば奴等とて討たれるがな」


ノヴァには分からない。

余りにも無茶苦茶だ。

無人兵器にとってはNGAも敵でしか無いはず、

それなのに何故こんな事を?


「それこそ何で!?」

「分からんか?」


静かに、と口に手を当て注意を促すとシロは歩き出す。

その後ろを足音を立てないように歩くノヴァ。

そして結論はやけにあっさりと出た。


「私達がここに何をしに来たのか、それを考えれば自ずと答えは出るよね?」

「部品をこっそり掻っ攫って……運び出してるのか」


「そうだ。そしてその部品はNGAのみならず一般の人々の間にも出回るのだ」

「……連中の資金源としてか?なまじ世の中の役に立ってる分、更に腹が立つな」


ノヴァは納得した。シロがここを知りながら何もしないのも人々の為を思っての事なのだろう、と。

そして今から自分も奴等と同じ事をせねばならないのだ苦虫を噛み潰したような顔をする。


「嫌だなぁ……ここを放置したまま部品だけ持って行くのって奴等のやり口と同じじゃないか」

「我慢しろ。選べる立場でもあるまいに」


そう言ってシロは足取りも軽く工場内に侵入していく。

最初の部屋は無警戒で走り抜け、続く部屋でノヴァに何かを指差した。


「さて、この先にカメラがあるが」

「ああ、見つからないように横をすり抜ける。動き方からするに部屋の隅に死角があるみたいだし」


指の先にはこれ見よがしの監視カメラ。

そしてその動きを良く観察したノヴァがそう結論付けると……シロはにんまりと笑う。


「くふふ、外れーっ。あれダミーだよ?本当のカメラはほら、部屋の隅の壁にある5mmくらいの穴の奥!」

「あれか!?ブービートラップなのか!?と言うかその口調は何だーーーっ!?」


「あ……まあ冗談はさておき、あのカメラは無人兵器側の管轄なので壊す事は許されん。警戒態勢に入られるからな」

「じゃあどうやって奥に?」


それに対しシロはいやにあっさりと答えた。


「匍匐全身」

「……そんなローテクな」


とは言え、下手な最新鋭装備より単純なこれらの策のほうが効果が高い事もある。

元を正せばノアをも倒した伝説のハンターが発見したらしいこの工場は、

今やこの近辺で数少ない大破壊前のパーツの手に入る場所でもある。

例え何がどうしようが……そう、ここで生産される兵器で死人が出ようが、今更ここを破壊する事は許されない。


今の人類に大破壊前のテクノロジーを再現する事は不可能だ。

そう、たとえネジ一本と言えども精度の高いものを手に入れるためにはこうする他無いのだ。


「まあ、件のノアもまさか自分達が結果的に人類の文明を守っているとは夢にも思うまい」

「そりゃそうだ。口癖が人間=悪魔のサル!だしな……気付いてたら即閉鎖だろ、どう考えても」


床に這い蹲りカメラと赤外線センサーを掻い潜る。

長い時間の果てに下段のセンサーは経年劣化で破損し、その破損を知らせる為のセンサーも同じく死んでいた。

ノヴァは長い年月を愚直に壊れるまで働いたセンサーに敬意を払いつつ先に進む。

そして、ほんの少しづつ空いた警戒網の隙間を縫うように工場の奥へと進んで行くのだ。


「おっと、この奥の部屋はかつてここは休憩所だった場所で今はNGAの警備室だ。今から無線でニセの命令を送る。待ってろ」

「またか……これで5つ目だぞ!?しかも今の所全部騙されてくれてるし……」


途中幾つかの警備室があったが"NGA以外の侵入者を許さない鉄壁の守り"、

と言う触れ込みが掲示されている割に嫌にあっさりとシロの無線で騙されていく。

随分ザルな気もするが所詮は大破壊後のニセ軍隊、と言う事なのだろうか。


『あーあー、こちら総帥直属のハウンドドッグ少佐です"別にスカートの中に上半身を格納したりはしないよ"』

『"別にスカートの中に上半身を格納したりはしないよ"の符号確認!少佐殿、どうされました?』


『うん。侵入者が来たみたい……エリアNRX055に潜伏中の様子だよ?ここは私が守るから向こう見てきてね』

『はっ!では少佐がご到着次第』


『軍曹っっ!私は教官時代お前をそんなノロマに鍛えた覚えは無いよ!?たった三年で忘れたのかな!?今すぐ行きなさいっ!』

『は!サーイエッサー、ところでさっきここで待機と言われた件は……』


『返事はマムだよ!命令変更も分からないの!?もう、しょうがないなぁ!』

『い、イエスマム!……猟犬怖ぇーー……(小声)』


『 聞 こ え て る よ 』

『も、申し訳ありませーーーーーん!』


そうして今回もまた哀れな犠牲者が妙に手馴れた様子で無線機を使うシロに騙され、

誰も居ない倉庫らしき場所に誘導されていく……。

傍から見ていると本当に見事としか言いようが無い。


「しかし手馴れすぎだ。どうなってるんだ!?」

「うむ。先ほどの会話にあった少佐とは面識があってな。今日はここに来て居るらしいから利用させてもらった」


要するに人となりが分かるなら真似るのは容易と言う事だろうか。

真似られた方はたまったものではあるまいが……。

ともかく上手く行ったのは確かだ。気にするべきではないだろうとノヴァは考える。


「見つけられたら色々と厄介だ。この奥に部品の一時置き場がある……そこで必要なものを探そう」

「急がないと騙したのがばれる、か」


そう、時間をかける訳には行かないのだ。

警備システム、そしてNGA。

その双方から隠れ通さねばならないのだから。


「まあそういう事だ」

「よし、じゃあ急ごう。ヘルハウンドも待ってるしな!」


……そして、二人は特に妨害も無く部品を手に入れる事に成功する。

その後は荷物を満載した箱を背負ったノヴァが先に脱出し、

それに乗じてシロが騒ぎを起こしてノヴァが安全圏に逃げ切るまでの時間を稼ぐ事に決まった。


「悪いな」

「気にするな。それに、戦闘能力で考えれば妥当だろう?」


そう言ってシロは工場の奥へと消えていく。

ノヴァは少し心配もしたがスナザメの腹を食い破るような相手を心配するだけ失礼かと思い直し、

今は部品の持ち出しが最優先だ、と指示された方に走っていったのである。


……。


そして十数分後。

現在は使われていない、と言うか機能を停止した製造ラインの一角にシロとそれを取り囲むNGAの兵士達の姿があった。


「見つけたぞ!」

「よくも騙してくれたな!?」

「……何も無い倉庫に集まった俺達が馬鹿みたいじゃないか!」


五人の兵士がシロを取り囲んでいる。


「やれやれ、ようやく追いついたのか……なあ少佐。最近の新兵は質が落ちたんじゃないか?」

「そう言う事言わないでよ。そんなのシロだって分かりきってる事でしょ?」


そして屈強な男達に混じり、正面から対峙する二人の少女。


「少佐!さっさとやっちまいましょう!」

「誰かは知らないがここに迷い込んだのが運の尽きだぜ!?」

「あ、でもこっちを無線で騙したって事は迷い込みじゃ無いだろ」

「どっちでも構いやしねえぞ!このヘルメット野郎をぶっ潰せ!」


「そうだね。……じゃあシロ、この子達の相手をしてあげてよ?」

「いいだろう、お前を抜かして五人か。何分持つかな?」

「「「「「ふざけるんじゃねえ!」」」」」


少佐と呼ばれた少女が手を振り下ろす。

それを合図に周囲の男達が一斉に飛び掛った。


「このっ!」

「まず一人」


だがシロは慌てず騒がず先頭に立って駆け寄ってきた男の足を撃ち抜く。


「うわっ!いきなり倒れるな……ああっ!?」

「二人目っと」


そして体制を崩した仲間の背中に突っ込む羽目になった二人目が倒れた所を見計らい、

靴の爪先で鼻の下辺りを蹴り飛ばした。


「手前ぇぇぇええええっ!?」

「囲め!囲めええええええっ!」

「撃てっ!近寄らせんな!」


流石に実力差に気付いた残り三人は周囲を取り囲む。

そしてそれを見た少佐はうんうんと頷いて……そして呟く。


「はあ。決断が遅いよもう」


次の瞬間には一人が足払いを受けて宙に舞っていた。

ドサリと無様に尻餅をついたその男の後ろに回りこんだシロはそのまま腕の関節を決め、

更に襟首を掴んで自分を狙う残り二つの銃口の前にかざす。


「ぐっ、仲間を盾にしやがった!」

「泡吹いてる!?首が絞まって気を失ってやがるぜ!?」

「その隙が命取りだ」


そして最後は仲間を盾にされ躊躇したその一瞬の隙を突き、二発の銃声が響き渡る事となった。

各自の腕から銃が飛ぶ。

シロの放った銃弾に弾かれた二挺の拳銃はくるくると回りながら部屋の隅へと滑っていく……。


「し、少佐……コイツ強ぇ……」

「やばいですよ!?どうします?」


貫かれた手の甲を押さえながら上官の後ろに下がる生き残り二人。

それに対し少佐は軽く腕時計を見てふうと息を吐くと口を開いた。


「シロ?時間稼ぎは成功したみたいね」

「まあな」

「「えっ!?」」


唖然とする部下に諭すように少佐は続けた。


「ここに侵入者が来るとしたら大破壊前の高度な工業製品目当てに決まってるでしょ?それでシロは何も持ってないじゃない」

「「ああっ!?」」

「まあ、そういう事だ。うちの相方は既にそっちの警戒網を抜けた頃だぞ」


シロのにっとした笑いにNGAの兵士二人はぐっと歯を食いしばる。

そして残った腕に武器を手に取ろうとし……すっと横に伸ばされた腕に止められた。


「二人とも、そこで伸びてる三人を医務室に連れて行って。シロは私が相手するから」

「少佐!?……分かりました。ご武運を」

「くそっ!皆、無事かっ!?」


上官の指示のままに負傷者を背負い、引き摺りながら去っていく兵士達。

そして残された二人の"少女"は……。


「お疲れ様ー。後始末は私がやっておくから早く撤収してね、シロ?」

「うん。では後の事は頼んだぞ」


何故か顔を見合わせて深い溜息をついていた。

心底くたびれたのか、ぐりぐりと腕を回して肩を鳴らしている始末だ。

どう考えても侵入者に対する対応ではない。


「でもさ、連絡してくれれば幾らでも警備ザルにしたよ?何で黙って侵入してくるの?」

「阿呆か。そんなあからさまな事をしたら私達の事がばれるではないか!」


そう言ってシロは侵入と戦闘のために汗で蒸れたヘルメットを取る。


「あ、そうだね。ばれちゃ拙いんだった」

「まったくお前は……第一あの馬鹿兄貴と会ったら、お前何も考えずに抱きつくなり何なりしていたろう!?」


「うん」

「うん、ではないわ!?後先考えろこの直情娘が!」


……二人は全く同じ顔をしていた。


「あはは。でもお兄ちゃん元気そうで良かったよ。私、心配してたんだから」

「分かっている。だが今のままでは生き延びれんな。まあその為に私が居るんだが」


「頼むね。お兄ちゃんちょっと夢見がちだったし」

「……もうそろそろ現実を思い知った頃だと思いたいがな?」


そしてシロは再びヘルメットを被る。

少佐と呼ばれた少女はと言うと無線で何処かへ連絡を始めた。


「では私は行く。今回は私が敗走した事にしておけ」

「うん。それに今のまま戦ったら装備の分私のほうが強いもんね!」


そしてシロは自信有りげに胸を張る少女に背を向けて走り出す。


「ではさらばだ!妹よ!」

「うん、シロも元気でね。お兄ちゃんにも宜しく!」


二人は手を振りながら別れる。

一人は工場を走りぬけ、重い荷物を背負って走り続けるノヴァの下へ。

そしてもう一人は、


「ふう、ようやく侵入者を追い払ったよ!」


「お、流石は少佐」

「取り逃がしたのは残念ですが……」

「でも話にあったシロって奴は我等の作戦行動をよく邪魔してる奴じゃないか?」

「名うてのソルジャーですか。あの狂犬に狙われて命があっただけマシって事ですかね」


工場の医務室に集まった"部下"達の元へ向かう。


「かもね。じゃ、きっと盗まれた物があるだろうし傷の浅い者は貨物の点検してきてよ?」

「「「イエスマム!」」」


テキパキとした指示とそれに従う者達の対応は一朝一夕で身に付くものではない。

だがその姿はノヴァの妹そのもの。だとしたらそれはどう言う事だろう?

……そしてここにもそれを疑問に思う者は居た。不審げな顔を隠せず額に皺を寄せている。


「なあ少佐……一つ質問があるんですけどってーの」

「どうしたの、伍長」


男の名はセーゴ。ノヴァの因縁の相手にして妹であるナナを連れ去った当人であった。


「……あの娘はどうなったんだってーの?」

「ナナの事?うん。元気にしてるけど?」


そう。このセーゴは彼女にナナを引き渡している。

……まるで同じ顔のこの少佐に。

その事に気づいたのは引き渡したその時だったが、

その瞬間、彼は彼なりに驚愕したものだった。


そして、それ以来ナナ=タルタロスと言う少女を見た者は誰もいないのだ。

それどころか話題にすらならない。

セーゴにとって、それは余りにも不気味な事だった。

普通なら、自分達に逆らった奴の家族なんてその末路が酒の肴となり、

噂として自分の耳に届いていてもおかしくないのに、だ。


「いや、なんてーか。NGAに逆らった奴の妹の割りにその後どうなったかって全然話にならないってーの、って思いまして」

「……ふーん」


目が、笑っていなかった。

セーゴはまな板に載せられた魚のような気分のまま、自分が地雷を踏みつけた事を悟る。

そして、少佐と呼ばれた少女はセーゴに軽く近づくとその頭をがしりと掴んで呟いたのだ。


「居ないよ。……ナナ=タルタロスと言う少女はもうこの世の何処にも居ない……分かったかな?」

「……は、はぃっ……!?」


小さな体に見合わない野生の獣が如き殺気に気圧されセーゴは呼吸困難に陥った。

そして、その手が離されても暫く荒い呼吸が戻らないで居る。

ぐるぐるぐると視界が回る。

圧迫された精神が安定を求め低きに、安きに流れて行く。

流れて行く。そう、それはまるで水の流れにも似て……。

流されていく。感情も、記憶も、そして……。


「ゼハーッ。ゼー、ゼーっ……」

「話は、以上だよ」


圧迫感が消える。

もう消えろと言わんばかりの上官の態度に救いを見出し、

セーゴは駆け出すようにその場から離れていく。

そして。


「はぁはぁ。いやあ、やばかったってーの……もう金輪際あの事は……あの事?」


彼は一人、暗い通路に立ち尽くす事となる。

何故なら彼は、


「あの事って……何だったんだってーの!?」


疑問に思ったことを、

何一つ、

覚えていなかったのだ。


続く



[21215] 09
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/11/16 15:39
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第ニ章 トンネルタウンの守銭奴達(5)

09


ノヴァ達が部品を持ち込んでから数日が経過していた。

本人が手伝いをした事もありCユニットの修理は順調に進み、

後は確認と武装の手入れをすれば完了と言う所だ。


「……よし。起動確認……ちょっと動かしてくれねえか?」

「ああ。うん、いい感じだ。レスポンスが全然違う」


試しに動かそうとすると、今までとは全く別物のようにスムーズに命令が操作系に伝わる感覚。

センサーなども機能を取り戻し、今までは照準合わせの速度にタイムラグが存在していた事すら判明。

生まれ変わったヘルハウンドは街外れに設置されたテストコースを駆け抜け、走りながら機銃で的を射抜いていく。


「よしよし!いい感じじゃないか!?」

「ふう。キチンと走るか、安心したぜ。あのプログラムじゃ絶対こうはならないはずなのに……どうなってやがるんだか」

「安心せよ。例え原理は不明だろうがちゃんと動くならノヴァも規定の料金は支払うだろうさ」


上機嫌でクルマを前後させるノヴァと不可解な現象に頭を捻る店主。

だがまあ、店主も客も満足しているし良いのかと思いなおすと、

前日に届いたばかりの交換用装備の梱包に手をかける。


「おーい、じゃあそろそろ武装の交換にかからねえか?」

「エンジンに機銃二種、それに大口径機関砲か……まさに全交換だな」


出てきたのは危険を顧みないトレーダー達の手によって運ばれてきた装備一式だ。

周囲の敵を薙ぎ払う広範囲攻撃用の9mmチェインガンと集弾率の高い13mm機銃。

更に恐らくこの砲塔に積めるものでは最強であろう88mm機関砲。

そして……本来重戦車用であり圧倒的な、いや、このクラスには過度とも言える積載量を誇るルドルフ・エンジン。

Cユニットの火器管制能力の向上も相まってその戦闘能力は飛躍的に高まったと思って間違いなかった。


「へへっ。これだけ積みこみゃ並みの相手には遅れは取らないぜ」

「凄いな……私はクルマの事など良く分からんが、何となく凄そうなのはわかる……でも実際使う方としてはどうなの?」

「凄いって言うか……なあオッサン」


ただ、全く不満が無い事に逆に不安になるノヴァがいる。


「ん?」

「これ、予算から足出てないか?……特にこのエンジン、ルドルフじゃないか!?」


その中にどう考えても予算以上の物が混じっているのが気にかかるのだ。

特にルドルフとかルドルフとか定価18000Gのルドルフとか。

……どう見てもスナザメの賞金を上回っている。


「こっちの予算は伝えたよな?」

「おお、これ込みで5000Gで良いぜ?大サービスだ」

「……で、本音は?」


見込みのあるハンターにはなむけ、と言うのは別に珍しい話ではないのだ。

ただ、いくら考えてもこの守銭奴のやる事ではない。

そんな訳で問い詰めに走る二人なのだが、結果的に口を割らせた結果……。


「いやあ、実は持って来て貰ったパーツが品質最高でな……へへへ」

「ほう。で、売値は?」


店主はあっさり口を割った。


「……余った分を同業者にばら売りして利益が5万ほど。だが差額は返金しない!」

「いや、それは最初から期待してないぞ」

「うん。だが偉そうに言い放つ事でもないな」


要するに持ち込んだパーツの差額分をある程度装備のサービスで埋めたと言う事だ。

それでも中堅賞金首の賞金クラスの資金がこの店に転がり込んだであろう事は疑う余地も無い。

とはいえ、後で難癖つける気も無いのならいいとノヴァ達は判断したようだ。


「……はぁ。まったく抜け目が無いと言うかなんと言うか……ったく」

「まあ金に五月蝿いだけだからある意味信用できるとも言えるのが救いか?」

「そう言うなって、あんた等はもうお得意さんだ。騙しは無しで行くからよ!?なっ?」


へっへっへともみ手をする店主に心底げんなりする二人。

だが、それと平行して走行タイルも貼られていき、

勇姿を取り戻していくヘルハウンドの姿に少し溜飲を下げたのであった。


「ま、これでまた戦えるな」

「うむ。それでこれからの事だが……」

「ああっ!いたわぁ!ねえハンターさん、急いでオフィスに来て頂戴!?一大事よ!?」


その時だ。

ハンターオフィスの受付嬢が血相を変えて駆け込んできたのは……。

そして語られた現実にその場の全員が凍りつく事になる。


「NGAが、攻めて来るだって!?」

「……そ、そんな。どうしてだ……なんで、いきなりそんな話が?」

「こ、こりゃ商売どころじゃねえかもな……」


受付嬢はそのままノヴァとシロを連れて行く。

仕事は仕事だと店主が装甲貼りのスピードを上げる中、既に街からは逃げ出す人やクルマが現れ始めていた……。


……。


ハンターオフィス、トンネルタウン支部。

今ここには滞在している全てのハンターやソルジャーが集められている。

立ち込める空気は余りにも重苦しい。

そんな雰囲気の中、受付嬢が震える手で先ほど届いたばかりらしいメールを読み上げ始めたのだ。


「……結果的にNGAの大部隊がトンネルタウンに向かっている事が確認された、職員は直ちに退避されたし……以上です」

「おいおい、連中遂にここも征服する気か!?」

「ヤバイな。奴等の支配下の街は酷い事になってるらしいぜ!?」

「いや、住み辛い事は確かだがそれ程酷い事はしてないって話も……」

「指揮官次第って話だ、そこは」

「で、迫ってるのは誰だ?俺らが呼ばれたって事はろくな奴じゃないだろうが」

「件の大佐様だとよ」

「うわっ、連中で最強の部隊かよ!?」


ぞくり、と背筋を駆け上がる悪寒。

気付くとノヴァも震える声で確認を促していた。


「まさか、ウォルフガング……深紅の群狼か!?」

「え、ええ。その通りです。いえそれだけではなく、正確に言うと総帥が直接出向いて来たみたいなんです」


受付嬢が張りの無い声で応えた。

そして周囲は一段と大きな喧騒に包まれる。


「当ハンターオフィスは現時刻をもって閉鎖の運びとなりました。本地区の担当はタイーク館国とテラ・シティが分割して……」

「ちょっと待て!だったら何で俺達を集めた!?」

「いや、急に居なくなるからその連絡だろ常識的に考えて」

「それ以前にハンターオフィスは奴等と戦わんのか!?何もせずにこの街を明け渡す気かよ!?」


オフィスの閉鎖。即ち撤退の知らせにハンター達はいきり立つ。

そう、ここでオフィスが引いたとなればハンター達はバックアップを失うし、ハンターオフィスの評判は地に落ちるだろう。

無論彼らとてタダで拠点を明け渡すつもりは無かった。

とはいえ、相手側が主力である以上この場での勝ち目など期待もしていないだろうが……。


「本部からは貴方がたに街から脱出する人々の援護が要請されております……参加した方全員に一律3000Gの報奨金と」

「足りんな」

「流石に命を懸けるにゃ安すぎる」


それでも意地がある。

誇りがある。

それがただでの撤退を是とさせなかった。


「敵幹部、この場合は尉官以上の賞金首を倒した場合……賞金の倍払いに応じるとの事です」

「「「「なにっ!?」」」」


ぞわり、と場の空気が一変する。鬱々と沈んだものから獣じみた熱狂へ。

賞金額の高い敵ほどその恩恵は高くなる。

もし大幹部を叩ければ、それだけで一生遊んで暮らせるかもしれない。


「へぇ……こりゃ大物狙いするしかないぜ」

「ああ、佐官連中をやれれば凄い事になるな!」

「それに総帥の首を取れれば連中分裂するぜ!?良く見りゃどういう訳か名のあるハンターが揃ってる……いけるぞ!?」

「金になりそうな噂を聞いてやってきたが想像以上だな。まあいい、やるしか無さそうだ」

「よしっ!じゃあ早速戦闘準備だぜ!」


ハンター達の金と名声への執着が命を凌駕しようとしている頃、

その熱狂に飲まれようとしている少年も一人居た。

ソルジャー達の武器は見た事も無いような重火器だし、

オフィスの外に集まったハンター達の愛車には61式やティーゲル、エイブラムスの姿も見える。

ハンター集団その数数十名。

これならやれるのではないかとノヴァが思っても仕方ない事だろう。


「何か凄いぞ!?……これなら、この面子なら……!」

「おい、ノヴァ。ちょっと、こっちに来い……いいからこっち!」


だが即座にシロがその手を取り、強引にオフィスから連れ出した。

その額には汗があり危機感がありありと浮かんでいる。

幸い熱狂に包まれたハンター達に表に連れ出される若造を気にする余裕は無かった。


オフィス横の裏通り。

近くに転がっていたバケツに飛び乗ると連れ出したノヴァの肩を掴みシロは言う。


「命が惜しくないのか!?」


その言葉には純粋な心配の他にも何かノヴァには言えない事情がありそうだった。

普段なら何だかんだで取り繕うその部分をシロはこの時忘れていたのだ。

そう、ノヴァが気付いてしまうほどに。


「なんか、妙に焦ってないか?一体どうしたんだよ」

「……あ、ああ。流石にあの戦力で奴等を相手にするのは無謀だと思ってな」


それはノヴァにとっては不思議な事だった。

確かに敵は強大だ。だがあれだけのハンターを集めたのだ。ただでは済むまい。

それにこちらも武器を新調した。今こそ反撃の狼煙を上げる時ではないのか?

彼はそう考えたのだ。


「そうか?でもこっちも凄い人数だ。それに装備からして名のある人も一杯いそうじゃないか?」

「……う。確かに一目で判るような大物も大勢居たが、根本的な数が違う!第一、その後狙われる事を考えんのか!?」

「ほう?では具体的な敵戦力を教えて頂きたい物ですね」


ノヴァが不思議そうにしていると後ろから突然の声。

驚いて二人が振り向くと、そこには白衣の男が居た。

そこに居たのはアームドパーティー所属のハッカー、アックス。

彼はにこやかに笑顔を見せて言う。


「やあ、お二人とも。お元気でしたか?様子を見に来たのですが、えらい事になっているようですね?」

「アックス!と言う事はチャックマン達も来ているんだな!?」

「一体どうなっているのだ?敵味方共にこれだけの戦力が一堂に会するなど……有り得ん」


期待を込めてノヴァは叫ぶが、アックスは苦笑いをしながら首を横に振った。

どうやらAP本隊はここに来て居ないらしい。


「いえ。気になる情報がありまして私だけ先行してきたのですよ。他のメンバーの到着にははまだ時間が掛かるかと」

「なっ!?……そうか、あの人が居れば百人力なんだけど仕方ないか」


そして彼はこの街に来た理由を語り始める。


「ええ。この街の地下……トンネル内に新しい金の鉱脈が見つかった、と言うデマが昨日から出回っているんですよ」

「何だと!?そんな話聞いておらんぞ!?」

「そうか、連中はその金が目当てなんだな!?」


苦笑いするアックス。

いきり立つノヴァ。

そして困惑するシロ。

三者三様の反応を見せつつ、話は問題の本質へと迫る。


「はい。ですがそれはありえません。そも海底トンネルに鉱脈を見つける余地があると?騙される人間の気が知れませんね」

「欲には際限が無いからな……大方NGAではエティコの阿呆辺りが騒いだんだろうが……」

「でも、そのせいでトンネルタウンは狙われてる。もしそれが嘘でも奴等はここの征服はしていくよな、どう考えても」


そう、例え話がデマだろうと大部隊が動いているのだ。

行きがけの駄賃かせめてもの戦果か。少なくともこの街が今のままでいられる可能性は低い。

一部隊ならば落とせない程度の戦力はこの街にもある。

だが、NGAの……軍隊の全力出撃に耐えられる防備を備えた街など数えるほどしかないのだ。

少なくともこの街は奴等の支配下に入ると思って間違いないだろう。


だが、一つだけ普通と違う状況がある。

この街には今、同じデマに踊らされた名うてのハンター達が集まっているのだ。

そう、デマはNGAだけではなくハンターオフィス側にも等しく大戦力を与えていた。


「敵のトップも集まってるみたいだし、今こそ千載一遇のチャンスじゃないか?」

「無茶だ!お前はNGAの総力戦を知らんからそんな事が言える!勝ち目などあるわけが無いのだ!」

「…………ふむ。ではシロさん、彼にNGAの想定投入戦力を教えてあげてくれませんか?それで諦めるかもしれない」


「そうだな!では行くぞ……恐らくまず先方に立つのはお前も知っている"深紅の群狼"だろう。その横を固めるように……」

「な、何か長い話になりそうだな……」

「……」


そしてシロの独演会が始まった。

シロはノヴァに対し、いかに敵が強大で勝ち目がないかと言う事を必死に説明する。

その説明はやけに詳しく、その時間は実に30分にも及んだのだ。


「……この場合最悪なのは中列を占めるサルモネラ一族だろう。奴等は色々あって人間を憎んでいるからな……それでだ……」

「わ、分かったよ。相手が強いのは分かった!でも、僅かな時間とは言え世話になったこの街を見捨てるのか!?」

「いえ、ここはシロさんの意見を入れるべきでしょうね」


意外な事に最初に折れたのはアックスだった。


「「え?」」

「ここは無理に抗わず静観の構えを見せましょう。大丈夫です。我等の参加の是非が勝敗を分けたりはしないでしょうし」


ノヴァの心にはわだかまりがあった。

何だかんだでオフィスの中では全員が一致団結して戦う事で結論が出ようとしている。

ここで逃げるのは臆病者呼ばわりされかねないし、そもそもハンターとしてどうかと思う。

だがNGAを憎んでいる筈のアックスが不戦敗に同意した事で、ノヴァとしても半ばハシゴを外された格好になったのである。


「そうか、良かった!何、いつか汚名返上の機会は来るさ。同じ汚名を私も被ってやるから心配するな!」

「正直な所、大変不本意なんだが。暫く酒場には近づけないだろうな……」

「シロさんはまるで保護者ですね。まあ仕方ありませんよ。ですが申し訳ない。不参加表明は貴方がやってくれませんか?」


「ふむ。まあ私が言いだしっぺだ。仕方ない、臆病者の罵声は私が受けることとしようか」

「ええ。流石に私も話も聞いていないことで臆病者呼ばわりはゴメンですからね」

「……いいさ、俺も行く……ってアックス、何で止めるんだよ」


歩き出すシロの背を追おうとしたノヴァの肩をアックスが掴んだ。


「いえいえ。殺気だった連中の罵声には貴方ではまだ荷が重いですよ……人間不信になりたければ構いませんがね?」

「うん。まあここは任せろ……この家業を続ける以上こう言う事もあるものだしな」


シロはオフィスに駆け込んでいく。

そして暫くしてオフィス内の喧騒が一瞬静まりかえり……そして嘲笑と罵声が一気に不協和音を作り出した。

聞くに堪えない罵声と必要以上の嘲笑が不参加の為に手続きをするシロに降りかかる。

シロ自身はそれに耐えるように、もしくは一見気にもしないように淡々としている。

だがそんなシロに対しても、罵声が罵声を呼び遂に誹謗中傷となり突き刺さり続けたのだ。


「ぐっ!?……何だよその言い方はっ!?そこまで言う事は無いだろうに…………俺が弱いから、巻き込まれただけなのに」

「気にしないほうが良いです。人間なんてそんなものですよ。……ところで、ちょっとお耳を拝借して宜しいですか?」


下品で下衆な戯言がオフィスの外まで響き渡る中、ノヴァの叫びと最後の呟きは罵声の嵐に容赦なくかき消されていく。

怒りに震えるノヴァ。そんなノヴァの横にアックスがそっと寄ってきて耳に口を寄せる。

何なんだとノヴァは不審げにするが、アックスは周囲を鋭く見渡すと……ポツリと爆弾発言を放り込んできた。


「大丈夫です。私達の戦いは……私の復讐は数日中に成されます。ええ、全てを出し抜いて、ね」

「なに?」


ノヴァはアックスを思わずまじまじと見る。

その目には復讐の炎が燃え上がり、その頬は醜く狂気じみた笑みを浮かべていた。


「あんな金目当ての連中に奴等が倒せる訳がありません。精々私の流したニセ情報に踊ってもらいましょう」

「お前が流したのかよ!?あの鉱山の話!」


要するに捨て駒と言う訳だ。その余りの物言いに流石にノヴァも冷や汗を流す。

それを見たアックスははっとして表情を整えると軽く汗を拭いた。


「す、すみません……ですが、千載一遇の機会でしたので……最早手段を選んでいられなかったんです」

「第一おかしくないか?もし本気ならそれこそチャックマンを主力に据えて……」


確かにそうだ。この時期にいきなり賭けに出る理由が無いのではないかと思うし、

そもそもアックスの場合チャックマンやAPと言う心強い味方がいるではないか。

それを使わず敵も味方も騙しきるようなやり方を取る理由がノヴァには分からなかった。


「それが出来れば当にやってますよ」

「ど、どうしたんだよ……目が怖いぞ!?」


だが、それを口に出すべきではなかったのかも知れない。

それを口にした途端、アックスの顔から血の気と表情が消えうせる。

そして、幽鬼の如き形相のまま彼は言った。


「何故ならチャックマンは……NGA上層部と裏取引をしているのですから、ね」

「……え?」


……。


結果的に、トンネルタウン攻防戦は半日を待たずして終結した。

無論NGAの勝利と言う形で。


名うてのハンター達は周囲の廃墟に潜み、通り過ぎる瞬間を狙った挟撃を仕掛けると言う策を取ったがそれがまずかった。

NGAは何と攻撃可能な全ての廃墟、丘などの遮蔽物を残らず砲撃しながらじりじりと前進してきたのだ。


「ほらっ!おね……総帥が来るんだからね!?敵が居ようと居まいと怪しい所はぜーーんぶ壊しちゃうんだよ!?」

「「「「分かりました、少佐!」」」」


「キキキ、キキキキっ!にんげん、殺す!全部、全部コロコロスルっ!」

「「「「ウッキー!モンキー!キキキキキィーーーッ!」」」」


無論、それでどうにかなる訳も無いやり手のハンター達も大勢居ただろう。

だが、


「糞があっ!奴等の弾薬は何時尽きやがるんだよ!?」

「こ、交代で後退して弾薬補給してるみたいだ!」

「弾切れなしだって……アガッ!?」

「おい相棒!?畜生!ここに居ても同じだ、こうなりゃ突っ込むぜ!」


「ふむ。ネズミが穴から這い出してきたようだな……総帥に指一本触れさせるな!深紅の群狼、砲撃開始!」

「「「「「「人類に勝利あれ!」」」」」」


正面を堂々と、まるで行進でもしているかのように進む精鋭部隊に次々と撃破されていく。

奇襲を封じられ、正面戦闘での敗北が決まると後は時間の問題でしかない。


「「「に、逃げろオオオオおっ!」」」

「命あってのものだ、ね?」

「うわあああああああっ!?」


「ようやく俺達の出番だってーの。おいお前ら、相手は半死人だが絶対逃がすんじゃないってーの!後が怖いってーの」

「「「「経験者は語る、っすね?ヒャッハー!」」」」


敗北を察知したハンター達が煙幕を焚き出すと、周囲を大回りしていた別働隊が包み込むように包囲殲滅を行う。

そして……、


『……そう。挑んで来た人達に容赦は出来ないけど、大人しく降伏した人には危害を加えないように』

「もしもし?ふむ、そうか……総帥、敵戦力は消滅しました。退避している者すら存在しません」


ハンター達は無残なまでの敗北を喫し、壊滅した。


『分かった。ウォルフは死んだ人達の細胞を回収させて。回収できない遺体は丁重に葬ってね?』

「はっ。お任せを」


『私は降伏勧告を行うため街に向かいます。中佐、後の事はお任せしますが宜しいですか?』

「はいはい。分かったザマスわよ。……それにしても指揮ぶりも立派になったわねぇ、オバサンは感激ザマス」


『それで、は少佐。街の方はどうなってるかな?もしこの時点で白旗が立っていないのなら護衛をお願い』

「うーん、まだ立ってないみたいだよ、おね……総帥。コホン、ではお供いたします」


そして、NGAはトンネルタウンの周囲を完全に取り囲んだ。

居並ぶ砲身はトンネル入り口を中心に街全体を満遍なく、それでいて猫の子一匹通さない密度で突き付けられている。

そして、その砲身を修理屋の窓からジッと見つめる三対の目があった。


「……」

「な?私の言ったとおりだろう?アレに勝てるわけが無いのだ。なに、逆らわねば悪いようにはせんさ。何せ相手は総帥だ」

「確かにそのようですね。貴方の言ったとおりの大戦力です。まさに軍隊……脅威そのものです」


憮然、と言う言葉がぴったりな能面のような無表情でノヴァは窓の外をジッと見つめている。

いや、その瞳に映るのは悲しみと……達観だろうか?

戦う事も出来ず、こうして力に屈する事しか出来ない事はノヴァにとってどれだけのストレスなのか知りようも無い。

だが、それだけでこうもなるだろうか?と言うぐらい、今のノヴァは憔悴しきっていた。

そう。シロが状況を飲み込めずおろおろとする程度には。


『皆さん、我々NGAは決して皆さんの生活を脅かそうと思っては居ません。少なくとも今の私達は違うのです』

「総帥のお言葉!皆、静粛にして聞いてね!」


そんな彼らの潜む修理屋のバラックの前をNGAの総帥が周囲を十重二十重の護衛に囲まれながら歩いて行く。

だが、ノヴァの視線はそちらを向いては居なかった。

むしろその足元、周囲を皿のように見つめている。


『信じてください。我等は決してただの悪逆非道集団ではないのです!人類の未来と平和を真面目に考えています!』

「キキキッ!まあ俺が支配する土地の人間は良くて奴隷、もしくは37564だけどなっ!キキキキィーーッ!」

「五月蝿い黙れ馬鹿猿!総帥の言葉を否定するな!って言うかそんな状況の街は流石にコイツの支配化だけだよ!?信じて!」


声が聞こえる。この声を長く聞いていてはいけない。絶対に何となく納得させられてしまうから。

アレをまともに聞いて抗える訳が無い。ノヴァはそれを感覚として知っていた。

だから探さねばらない。声は聞こえるのだ……だから何処かに居るはず……。


『皆さん、私達の支配を受け入れてください。今ではなく明日の、1年後の、10年後の為』

「ご静粛に!総帥のお言葉を」

「ぃた…………ナナぁああああああああっ!」


そしてノヴァは駆け出した。

見つけた者の所へ。

探していた者の所へ。


「な、何をしている!?今出て行ったら撃ち殺されてしまうぞ!?……お、おい放せ!?」

「ああなってしまった以上最早止める事は出来ないでしょう。貴方まで撃ち殺させる訳にも行きません」


そこに計算は無かった。

ただ焦燥が彼を突き動かす。


「ナナアアアアアアアッ!」

「よせ止めろ!殺されてしまう死んじゃう駄目!」

「……大丈夫ですよ。貴方だってそれは、ご存知でしょう?」


「なっ!?」

「APが本当にいつまでも何も知らずにいると考えていましたか?リーダーさえ抑えれば良いってもんじゃないんですよ?」


アックスがノヴァを追おうとするシロの腕を掴む中、

ノヴァは修理屋を飛び出し隊列目掛けて走っていく。


『……え!?』

「キキッ!馬鹿なハンター、まだ残っていたか!ラッキーだキキキッ!」

「え?え?……あ。ちょ、馬鹿猿待って、待て、ちょっと、う、撃つな駄目えええええええっ!」


銃声が響いた。銃弾がノヴァの脇腹を抉る。

だが、それでもノヴァの突進は止まらない。


「ナナ!?ナナなんだろ!?俺だ、ノヴァだ!お兄ちゃんだ!」

「何だアイツ!?丸腰で突っ込んできた?」
「……何なんだ?撃って良いのか」
「はっ!そうか!アレが噂に聞くレスラーか!」
「なっ!?武器も持たず戦車を破壊するというアレか!?」
「良し!撃ち殺せぇぇぇええええっ!」


急速にホワイトアウトして行く意識。

全身を貫く銃弾。

だが、それでも……それでもノヴァは止まらない。

最後の力を、文字通り全力を振り絞って呼吸を行い、息を止める。

もうそこに後先を考える余地などありはしなかった。

常人ならばとっくに死んでいるような深手を負いつつも彼はただ前へと進む。

そして全てを叩きつけるように……叫んだ!


「……な、ナナっ!俺の声が聞こえているなら……返事を……返事をーーーーーーっ!」

「「お、おにいちゃーーーーーん!?」」


呼びかけに返事が返って来た事に僅かばかりの安堵を覚え、ノヴァは地面に倒れ付す。

そしてふと、まだ自意識がある事を確認できたのは良いがこれではもう助けられないという事実に気が付いて苦笑した。

いや自嘲するしかなかった。

混乱と焦燥の中思わず飛び出してしまったが、これじゃあ何の意味も無いじゃないか、と。



「キキキッ!しぶとい奴だ!これでも食らえキキキィィーーーッ!」

「だ、駄目えええええええええっ!」

「えっ!?駄目だ!何をしている妹よ!?……や、止めろぉぉおおおおおっ!?」



ふと、ノヴァはアックスとの会話を思い出す。

チャックマンがNGAと裏取引をしている、と言うショッキングな情報に信じられない、と混乱している時だ。

彼はそれをさらに上回る事実をノヴァに突き付ける。


「それと、彼女……シロさんはNGAですよ」


混乱するノヴァに続けざまに突き付けられる残酷な現実。


「ハウンドドック少佐。それが彼女の正体です」

「まさか……」


馬鹿な、とノヴァは切り捨てた。

第一ハウンドドック少佐とは先ごろ当人が交戦したばかりではないか、と。


「現在のハウンドドックは……恐らく改造を受けた貴方の妹さんだと思われます」

「!?」


ノヴァには意味が判らなかった。

だってそうだろう?真似が出来る程度に似ているのは知っていたが、

姿が似ているだけで代わりが勤まるものだろうか?


「これは推測ですが、妹さんは記憶を植えつけられた上で自分がハウンドドック少佐だと暗示をかけられているものかと」

「冗談が、きついぞ?」


だが、アックスはそのノヴァの答えを待っていたかのようにノートパソコンを開いた。

そして良くこれだけ集めたとしか言いようの無い証拠を次々と取り出して来たのだ。


「まずこれ。最近のハウンドドックですが行動パターンが明らかに変わっています」

「ただの偶然だろう」


「次に、シロさんが貴方に供与した1万Gもの大金……他人相手に……普通ありえますか?」

「……う」


「そして、NGA総帥は催眠暗示の達人です」

「か、関係なんか」


「そしてこれが決定打ですが……これは暫く前にシロさんの無線から傍受したデータです」

『うん。あの馬鹿兄貴は元気にしているよ……NGAに?多分暫くは逆らわないと思う。"私達"の恐ろしさは身に染みただろうし』

「……ぅ……ぁ、ぁぁぁ……」


次々と突きつけられる証拠にノヴァは思わず項垂れた。

この旅に出てから手に入れたもの。その殆どが敵から供与されたものだなど……耐えられる筈も無い。

下手をすると全てが敵の掌の上だ、などノヴァにとっては悪い冗談でしかなかったのだ。

それを見たアックスはふっと一息つき、そして言う。


「もう、妹さんは諦めた方が良いでしょう。妹さんと言う人格はもう存在しない可能性が高い」

「……高い?」


諦めろという意味合いの言葉。

だがそこにノヴァは僅かな希望を見出した。


「はい。……まあ、もし貴方が直接"ナナ"と呼びかけて反応するのならまだ救いはありますが」

「……俺の、声に……?」


家族が直接呼びかけて何の反応も無いのなら救いようも無い。

だが、それに反応があるなら何とかする方法があるかも知れない。

逆説的だがそうともとれないだろうか?


「ああ。間違っても進駐してきたNGAの隊列に突っ込んだりはしないで下さいよ」

「する訳無いだろう!?幾らなんでも!」


だがそれは危険な賭けでしかなかった。

アックスも決して勧めるような事は言わない。


「そうですよね。確かに次が無いかも知れないとしてもそんな危険な橋を渡る方は居ないでしょう」

「……え?」


「だってハウンドドックは総帥の傍を基本的に離れませんし、そうでない時に野外で見かけたという情報が何故か無いんですよ」

「じ、じゃあ探し出して会いに行くなんて事は……」


だがそれは、彼の言う万一の可能性を自ら捨て去るという事なのだ。


「無理です。それに貴方が会いに行っても警備に追い返されるか射殺されるのがオチです」

「じゃあどうしろって言うんだ!?」


「だから諦めた方が良い。それともこの街が占拠された時に総帥の隊列に突っ込みますか?九割がた死にますが」

「残り一割は?」


だとしたら。


「妹さんの意識が完全に残っていたのなら妹さんが助けてくれるかも知れません。まあ、お勧めしませんが」

「そう、か」


ノヴァと言う少年に選択肢など……最初から……。


「いいですか?絶対に駄目ですよ?例え一生再会出来なくても妹さんはとりあえず生きてはいるのです。警告はしましたよ」

(でもそれは。賞金首として、だよな……!?)


結局アックスの制止を振り切ってノヴァは駆け出していた。

シロの手を押さえ、哀れむような目で見た彼はきっとこちらの気持ちを汲んでくれたのだろうとノヴァは思う。

彼とて母をNGAに奪われているのだ。

あれだけ母親に懐いていたアックスの事だ。今も内心凄まじい恨みの念で凝り固まっているに違いないのだ、と。


……。


「とりあえず、こっちはこれで一安心ザマス。でも……最悪の事態は覚悟しておくザマスよ……シロちゃん」

「ぐっ……だ、大丈夫だ!二人とも満タンドリンク一箱丸ごと使ったんだからね!?」

「ふむ。だが二人とも傷が深い。それに別問題として兵が騒がしくなってきた……どうしたものか」


ナナの声が聞こえる。雑音のようにウォルフガングと知らない誰かの声も。

……泣き喚く妹をあやそうと必死に伸ばした。

その手が誰かの手に包まれ、そして静かに下ろされる。



――――――心配なのは分かるけど……今はちゃんと寝てなさい。いい子だからね?



そして……久々に聞くとても懐かしい声に誘われるまま、

ノヴァの意識は再び深い闇の中へ静かに沈んでいくのであった……。


第二章 完


続く



[21215] 10 第三章 箱庭
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2011/01/03 14:02
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第三章 箱庭(1)

10


少年は夢を見ていた。幼い頃の懐かしい夢だ。そこでの少年はまだ父親の腰までしか背丈の無い幼子で、

$%’)=&!の作るご飯をドラム缶にベニヤ板を載せて作った食卓で何時もうずうずと待っていたものだった。


「まったく……ほれノヴァ、スプーンは楽器じゃないんだぜ!?大人しくしないと*=コに飯抜きって伝えるぜ?」

「うえーーーっ?やだよ父ちゃん!?」


決して贅沢な暮らしではなかったが親子三人、それなりに楽しくやっていた。


「父さん、ご飯できたよ。ノヴァ?お待たせーっ」

「わーいイ_&姉$ゃん、おなかペコペコだよー」

「やれやれ、仕方ない奴だな……」


けど、それも長くは続かなかった。

優しかっ~チ_)@ゃんは以前廃液の川に落ちた時に病気にかかっていて、


――――――暗転


……。


「うわああああああっ!?」

「……ふむ。目が覚めたかね」


強制的に顔へ濡れタオルを被せられたようなねっとりした嫌な感覚。

ノヴァは思わず叫び、ベッドから跳ね起きていた。


「何だったんだ今の夢……夢?どんな夢だっけ!?」

「それだけ動けるならまあ心配は要らなさそうだな?」


はっとして横を見る。

そこには腕組みをして立つ、あきれ果てたような顔をした仇敵が居た。


「ウォルフガング……!」

「ふむ。そう睨まないでくれ、と言うのは酷か」


当然だろう。ノヴァにとっては親の仇なのだ。

目の前で撃ち殺される父親は彼に大きなトラウマを与えている。

それで友好的になれる方がおかしいではないか。


「このっ……っつ!?」

「止すんだな。まだ傷口も閉じては居ないしそもそも君の現状は我等の捕虜なのだぞ?」


ぐっと殴りかかろうとするとジャラリと鳴る鎖の擦れる音。そして突っ張ったような感覚。

ノヴァは自分の両手が手錠でベッドに繋がれている事に気づいた。

鎖はそこそこ長くベッドの上に居る分は何の問題も無いだろうが、部屋から出るには余りに短い。


ノヴァは覚悟を決め、気になっている事を聞いてみる。無論答えが返って来るかは分からないが。

こうなってしまえば最早まな板の鯉以外の何者でもない。

これからどうなるかは分からないが、せめて妹の事だけははっきりさせておきたかったのだ。


「……ナナはどうなった?」

「気になるかね」


冷えた視線だった。

呆れを通り越し哀れみにすら達したそれに僅かに怯むものの、

ノヴァはそれでも先を続ける。


「ああ」

「……元気にしているさ。半分くらいは」


「会えるか?」

「そう言うと思っていたよ」


ウォルフガングはパンパンと手を叩く。

音も無くドアが開き、そこに居たのは……。


「……ナナ?」

「うん。そうだよお兄ちゃん」


涙で目を腫らしたナナ=タルタロス……妹本人だった。

ナナはノヴァのベッドの横に立つ。


「お兄ちゃん、本当に馬鹿だよねぇ……私の事を心配してる場合じゃないってのに」

「なあ、本当に大丈夫なのか?洗脳とかそういうのは……」

「ふむ。そう考えた訳か。心配は不要だ。そんな事は最初からしていない」


ナナははぁ、と大きく溜息をつく。

そして目を赤くしたまま頬を膨らませた。


「あのね?だからってあんな風に走り出すことは無いでしょ?置いてけぼり食らって私本当に面食らったんだからね!」

「う、悪い……」


「あんまり心配させないでよ?もしこれでお兄ちゃんまで何かあったらと思ったら、私は……」

「まあ、えらい事になってしまったよな……親父も……」


ノヴァとしては本当はこのまま連れ帰ると言う選択肢が欲しかったに違いない。

だが現状、自身は捕虜であり連れ帰る事も出来ないのだ。

不甲斐無さを隠すように彼は話題を変えた。


「ああ、そうだ……アックスが洗脳されているかもとか言ってたけどそんな事は無さそうだな……」

「何でそうなるの?」


ナナは心底不思議そうに言う。


「いや、ここって人体改造とかやってるんだろ?それの流れでって言うか」

「ああ、そう言う事か。確かに遺伝子操作はされてるけど私に催眠暗示の必要性は無いもの。だって」

「ふむ……ナナ君。残念だが面会時間は終わりだ。これから彼を総帥の元に連れて行かねばならないのでね」


そして僅かな時間で兄妹の再会は終わった。

ゴホンと咳払いをするウォルフガングにナナははっとする。

そして弾かれたように部屋から飛び出していった。


「そっ、そうか。じゃあお兄ちゃん……また、あとでね」

「……ああ」

「ふむ。では早速行こうか」


外から兵士が数名部屋に入り、ノヴァの縛り付けられたベッドを押していく。

キャスターの擦れる音が通路に響く中、ノヴァは先ほどのやり取りを思い出していた。


(また後で、か……俺に次って、有るのか?)


身動きの取れないまま敵総帥の元へ連れられていく。

気分はまさに売られていく子牛だ。

次第に遠ざかる妹の姿を尻目に、ノヴァは静かに運ばれていく。


「キキキッ!例の特攻馬鹿だキィーッ」

「っ!……大尉か……すまないがこちらは現在任務中なのだが?」


暫く通路を進むと重火器を背負った猿が通路の壁に寄りかかっていた。

そいつはノヴァのほうをサングラス越しに見ると、妙にニヤニヤと笑っている。

不気味だった。

そしてそれを見たウォルフガングの目に僅かな殺気が見える

と言う事実が更にその不気味さを増していた。


「キキ!おお怖い怖い。言っとくけどアレはあの馬鹿犬が悪いんだからな?俺はそれこそ任務をこなしただけだウキキ」

「……ふむ。それは分かっているよ大尉。大層嬉しそうだった気もするがね」

「?」


「キキキキキッ!何も知らない奴が不思議そうにしてるキーッ。まあ、お前には感謝してやるキキキッ!」

「なんで感謝されるのか全然分からないんだが」

「…………理解する必要は、無い」


再びベッドを動かす音が通路に響きはじめる。

ニヤニヤとノヴァを見送る視線に、彼は違和感を感じた。

いや、違和感は目覚めてからずっと続いている。


「何なんだこの違和感……」

「さてな。まあ、君にはもうじき関係なくなる事だ」


背筋を伝う寒気。

そう。現状のノヴァは敵陣に孤立した捕虜でしかない。

その事実が彼を再び現実へと引き戻す。


「さあ、総帥の間だ」

「……こうなったらもう、どうにでもなれだ……」


幸か不幸か相手に銃を向けたわけではないが、それでも目を付けられていた男が突然隊列に割って入ったのは事実。

ただで済むとは流石のノヴァも考えては居ない。

傷も深かったようで体も満足に動かなかった。あのまま放り出されなかっただけマシなのだ。

こうなれば覚悟を決めるより他に出来ることなど無いではないか。


「総帥。ウォルフガングです。件の少年をお連れしました」

『……どうぞ』


自動ドアが僅かな音と共に開いていく。

ノヴァはこの時点で気付いたのだが、考えてみればこの場所……恐らくNGAの基地と思しきここは、

この時代では考えられないほどの高度な技術で作られていた。

なるほど、このような場所を有するNGAだからこそ勢力を拡大出来たのだろう。


部屋の中は意外とあっさりした執務室だった。

大きく、艶々と輝く木製の机。

その向こうにハイテク、かつ重厚な全身鎧を身に纏った人物が居る。


「彼がノヴァです。全身に銃弾を浴びていましたが峠は越しました。後遺症の心配は無いと思われます」

『分かりました。……ウォルフ?悪いけど下がっててくれる?』


そう。NGA総帥ストロベリィ=パンドラ将軍だ。

軽く頷いたウォルフガング大佐がそっと手で合図をすると、ノヴァのベッドを押していた兵士達が一斉に下がり、

敬礼をして部屋から去っていく。

規律も錬度も高い……恐らく精鋭部隊だったのであろう。

少なくともセーゴに率いられていたチンピラと比べられないのは言うまでも無い。

部下達が部屋から下がるのを確認すると大佐はドアを閉め自らは部屋の隅に寄りかかった。

そして、机から立ち上がった総帥はノヴァの寝かされたベッドの脇に立つ。


『……ノヴァ、ここに呼ばれた理由が判りますか?』

「さあな。ま、好きにすればいいさ……どうせ身動きも取れない」


ジャラリと鎖が音を立てる。

ただでさえ怪我のせいで重い体にこれでは抵抗など出来よう筈もない。

せめてもの抵抗だ、とばかりに吐き捨てるように言うと、

黒尽くめで全身鎧の総帥は軽く手招きをした。


「ふむ……了解だ」

「なっ?」


手招きに合わせ大佐がやってくる。そしてベッドに近づくと鍵を取り出し鎖を外した。

驚くノヴァ。

当然だ。ここで敵の捕虜を自由にする意味が無い。


「ふむ。不審がるのも当然だが、どちらにせよ何も出来まい?ならばこれ位どちらでも構わんのさ」

「ああ、そうかい!確かにそうだな畜生!」

『……ふふっ』


寝たまま相手に相対するのも惨めだと、必死に体を起こすノヴァ。

強がりなのは誰の目にも明らかだったが、それでも出来る事はこれぐらいしかない。

出来うる限り平気そうな顔できっ、と相手を睨みつける。

相手はガスマスクのようなもので顔を覆っているので表情など分からないが、

何故かノヴァには相手が笑っているように思えたのだ。


「……意地を張るのは結構だが、まあ、倒れぬ程度にな?クックック」

「別に、む、無理なんかしてない!」


そしてこちらは明らかに笑っていた。

図星を突かれ、半ば玩具にされているような現状にぐっと歯を食いしばりながら、

ノヴァは再び総帥の方を向いた。


『……ノヴァ=タルタロス。タルタロス家の長男』

「あ、ああ」


総帥は何かを見ながらポツリ、ポツリと呟いている。


『ハウンド=タルタロスの死後ハンターとして独立、トンネルタウンを拠点に活動中……と』

「そうだ。あんた等とはもうやり合ってない。問題ないだろ」


本当はNGAにより放されたばかりのスナザメを嫌がらせを兼ねて即座に殲滅したりしている。

だがまあ、そこは知らなかったと言い張れるし言い張るべき所だろう。

それぐらいの腹芸は流石にノヴァでも出来た。


『ハンターとしての実力は……まあそこそこの評価をされてるみたいね。でも、やっぱり父親には遠く及ばない、か』

「仕方ないだろ!?親父からは車の弄り方しか教えてもらってないんだ!」

「確かに仕方ない。ハウンド=タルタロスと言う目標に恐らく追いつく事は無いだろうからな」


「だから別に俺は親父を目標になんかしてない!」

「ふむ。冗談はよすんだな。ハンターの高みとしてあの方ほどの目標などありはせんぞ?」

『……違う。この子は本当に何も知らない』


ノヴァは気が付くと叫んでいた。

トンネルタウンでも父の名は時折聞いていたが、とにかく凄いらしいと言う事しか伝わってこない。

世界を救った、とか幾つかの地域で賞金首を狩りつくした、とか逸話が凄すぎて正確な所が伝わってこないのだ。

しかも、街の人達は兎も角同業者であるハンター達からその名が出る事は無く、

シロも父親の話は露骨に避け、また話題に上らないよう気を遣っていたようだったと今は思う。

そんな偉人ならばむしろ大いに語っても良さそうなのに。


第一、話半分に聞いたとしても修理が期限に間に合わず客から怒られたりしていたあの父親とまるで繋がらない。

そしてそんなトンデモ人物の息子が自分だと言うのならもう少しこうなんと言うか、

ハンター的な才能とかがあってもいいではないかと思うのだ。

ともかく今のノヴァにとって父親とは良く分からない人物となりつつあった。


「第一ハンターをしてたのだって死んでから知ったんだ。どんだけ凄かったって言うんだうちの親父は!?」

『……』

「ふむ。本当に誰も教えていなかったとは……よく耳に入らなかったものだ。あの方は大層気を遣っておられたに違いない」


何だろう。この違和感は。

さっきとはまた違った不思議な違和感。


「どうだろう。彼に父親の事を教えてあげるべきではないか?どうせ失われる記憶だ」

『……そう、かもしれない……父さんの事、ただの腕の悪いメカニックとしてしか考えてないだろうし』


ウォルフガングがノヴァのベッドを押し始める。

それに呼応するかのように総帥は部屋の奥にある一室のドアを開けた。

一体どういうことだとノヴァが声も無く困惑する中ベッドは静かに押されていく。


「なんだ……肌寒いぞこの部屋」

「ふむ。霊安室だからね」

『……あれを』


ドアの先は肌寒い一室だった。窓一つ無い殺風景な部屋の隅に何かのコンピュータ。

そして部屋の中央には長さ2m半ほどのカプセルがふわふわと浮かんでいる。


「なんだよあれ」

「お父上の棺だよ。仮のね」

『現在遺体は冷凍保存されている……何時かドクターがこの地にいらっしゃるその日まで』


一瞬、ノヴァは彼らが何を言っているのか理解できなかった。

次の瞬間、あのカプセルの中に父親が入れられている事に気付く。

そして次に"仮の"と言う台詞の意味を考え……、


「親父は……生きているのか!?」

「ふむ。アレで生きていると君は思ったのかね?」

『心停止は確認されている。あの中に入っているのは間違いなく遺体』


一瞬父親が生きているのかと勘違いし、そして酷く落胆する羽目になった。

そして次に疑問を持つ。

父親が相当な人物である事は理解した。だが、その遺体を保存しておく理由は?


「墓にも入れないでなんで保存なんか……俺への嫌がらせだとしても金が掛かりすぎだろうに」

「嫌がらせ?今の君にそんな価値があると本気で考えているのか?」

『…………命令だった』


総帥がポツリと呟くたびに、ガスマスクのような面具からコホーと呼吸音が漏れる。

声もかなりくぐもっているが、ノヴァは何となくこの人物が女性である事に気付き始めていた。

そしてその一言。命令と言う響きに彼は反応する。

NGAの総帥に誰が命令できるというのか。


「命令?誰の?まさか親父の?」

『そう。ハウンド=タルタロスの名の下にね』

「初代総帥の命令とあっては誰も逆らえんよ。それに"自分を殺せ"と命じられるのも初めてではない」


少年は混乱した。

そんな事、あらゆる意味でありえない事だったからだ。


「親父が、NGAの初代総帥!?しかも自分を殺せが初めてじゃない!?え?ええっ!?」

『自分の命が軽い人だったから……多分ノヴァへの警告。行動の結果と言うものを教えたかったんだと思う』

「かつてこの辺りには死者の蘇生が出来る博士が居たのだが、あの方はその常連だったのだよ」


「え!?死人が生き返る!?そんな事出来る奴がいるのか!?て言うか親父ハンターだった筈じゃ!?」

『そう。かつてこの地方全ての賞金首を殲滅した伝説のハンターだった』

「NGAを設立したのはその数年後だな。そして私達の地道な活動により再び世に賞金首が溢れた訳だ」


多分その努力は使い道を間違っていると思われる。

しかも、蘇生が出来る博士はもう居ないというのに自分を殺せとかおかしくは無いだろうか?


「まあ、あの方の蘇生暦は20回を越えるそうだからな……自分の命を軽く見ておられてもおかしくは無い」

『……この辺りも騒がしくなったし、博士がまた来る事を期待するしかないけど』

「ハンターだった親父がどうして賞金首を増やす側に回ったんだ……しかもその後を考えると途中でリタイヤしたって事だし」


少なくとも、父親が村を離れる所をノヴァは見た事が無い。

無論ナナもだ。

と言うかあの村の住人は付近が比較的安全な事もありよほどの事が無ければ村から出ようとはしなかったが……。

ともかくノヴァが物心付いた頃には既に父親は一線を退いていたという事だ。

どちらにせよ、どういう経緯でそうなったのかは知れたものではないが……。

何にせよ、分かった事が一つある。


「つまり、あのセーゴは監視と言うより警護役だった、と言う訳か」

「うむ。まあ当人にも知らせてはいなかったがね」

『異変があれば警報を鳴らすのが伍長に与えられた使命。それ以上は望まないし知られたくも無かった……所詮は私達の我侭』


そして、理解せざるを得ない事も一つ。


「じゃあ……俺がナナを助けようとしたこと自体、とんだ空回りだったって訳かよ!?」

『…………』

「……まあ、そう言う事にしておこうか」


こんな馬鹿らしい話があるだろうか。

妹を助けるも何も、NGAはナナを出来る限り手厚く保護していたという事になる。

先代総帥の娘だというのならそう言う扱いも納得が行く。

事実、ナナには暗示もかけられていないようだし元気そうだったではないか。

こうなると改造云々も本当にされていたのか疑問だ。


「……シロを使って資金提供したのもあんた等って訳だ」

「ふむ。中々鋭いな」

『のたれ死になんかして欲しくは無かったから』


お笑いだとノヴァは己を嘲るより他には無い。

敵だと思っていた者達の掌で踊っていたどころかその援助で生き延びていたとは。

あのシロとて彼らの命でノヴァを導いていた向こう側の人間に違いない。

それに対して打倒NGAを語っていた自分がとんでもない道化に見えたのだ。


―――ああ、先代総帥の馬鹿息子がまた馬鹿な事言ってるよ。まあ見捨てるのも寝覚めが悪いしちょいと助けてやるか。


ノヴァは知っているNGAメンバーがそうしてどこかで自分をせせら笑っているような気がした。

想像の中の知った顔が哀れむように、そして嘲るように自分を笑っている……。

冗談ではなかった。これではまるで駄々をこねた子供ではないか。

と、ここまで考えてノヴァは気付いた。今の自分はまさにそれ以外の何者でもないではないか、と。


「……ぅあ……うわああああああああっ!?」

『ノヴァ?』

「いかん!耐えられなくなって自傷に走ったか!?」


いっそ、全てをぶち壊したかった。

両腕を振り回し、周囲の全てを破壊しつくしたい。そんな衝動に苛まれる。

だが、体は動かない。

足掻いても足掻いても、精々体が揺れベッドから落ちて地面に叩きつけられるだけ。


「クソッ!クソッ!ああくそっ、糞があああああああっ!」

『落ち着いて』

「下がるんだ!……ここまでだな。彼の精神は限界のようだ」


叩いても床は壊れない。蹴り飛ばしてもベッドはカラカラと音を立て滑っていくのみ。

最後には己の喉を掻き毟り、噛みきらんばかりの勢いで自分の指に噛み付いた。

何も上手く行かない。何一つ思うように行かない。その焦りが、苛立ちが彼を暴走させる。


「ふんっ!」

「うがあああああああああ、ぐはっ!?」

『もういいの。もう苦しまなくていいの……今は眠って。もう、嫌な事を思い出す必要も無いから』


そんなノヴァの無防備な腹に、大佐の蹴りが叩き込まれる。

胃の内容物……と言っても胃液だけだが、を吐き出しつつ少年は仰向けに転がされる。

そして、背中側に回った大佐の手で彼は無理やり引き起こされた。

意識が朦朧とする中、その眼前に苺模様のストラップが揺れる。


『……ノヴァ、こんな現実、嫌でしょう?こんな結末、嫌なんでしょう?』

「嫌だ……こんなの違う。こんなのが俺の求めていた結末じゃあない。俺は……俺は……」


そうだ。こんなのは嘘。そうでなければ少年の心はもたない。

彼なりに命をかけてやってきたことが全て無駄であり、やってきた全てが家族の害にしかなっていないなど、認められない。

耐えられる訳が無い。


『じゃあ、それは全て嘘』

「う、そ?」


彼は、責任を転嫁する対象を求めていた。

ただひたすらに、今の痛みを逸らしてくれる何かを求めていた。


『そう。さあ"目覚めなさい"……そうすれば……』

「そう、すれば……」


そして、彼の意識は白く染まっていった。




―――。




「うわあああああっ!?」

「うわっ!?だ、大丈夫なのお兄ちゃん?」


そして、彼は跳ね起きた。

全身は汗まみれ。そして包帯まみれだ。

酷い悪夢を見ていたのかも知れない


「あああああああ……あ、あれ?」

「どうしたの?起こしに来たらいきなり奇声をあげて跳ね起きるからびっくりしちゃった」


……ベッドの横には妹のナナ。

冷や汗をかきながら呆然として立っている。


「ナナ!?無事なのか!?いや、俺はどうなったんだ?あの後。親父の棺の前でNGAの総帥やウォルフガングと……」

「落ち着いて、落ち着いてよお兄ちゃん!?」


「あ、ああ……と、とりあえずまだ処刑はされてないのか」

「え?し、処刑って……何?」


ナナが慌てたように言う。


「いや、俺が……」

「寝ぼけてるの?そんな事よりそろそろ起きてよ、お仕事しないとご飯食べれないぞ?」


え?と一瞬呆けた後、ノヴァはスタスタと部屋を出て行く妹を追おうと体を動かそうとして、


「うぐっ!?あ、全身の銃弾の跡が……痛っ……」

「あっ……ええと、包帯取り替えに来たんだった!でも良くあの銃撃に耐えたよね。あの時は……びっくりしちゃった」


激痛に苛まれた。

その声にはっとしてナナが部屋に戻り、ノヴァの全身を覆う包帯を取り替え始める。

手馴れた様子のそれを見ながら、ノヴァはポツリと呟いた。


「……悪かったな、ナナ」

「えー?どうしたのいきなり?」


「いや、俺のした事は全部無駄だったんだ……むしろ迷惑かけちまったな」

「嫌だなぁ、お兄ちゃんは頑張って"山賊"と戦ってくれたんじゃない」


ザワリ、と背中を駆け巡る悪寒。


「え?」

「お父さんの形見だったヘルハウンドでドキュンドキューンって……結構格好よかったよ?」


「お前は……何を、言っているんだ?」

「おにいちゃんこそ、そろそろ目覚めなさい」


そしてその時、ノヴァの脳裏に電流が走る。

彼は記憶を取り戻した


「そう、だ……俺は確か 山賊団に 村が襲われた時戦って負けて」

「そう!大怪我したの。それでもう一週間も目を覚まさないで寝込んで居たんだよ?」


ノヴァは妙にすっきりとした気持ちで部屋の窓を開ける。

視界の先には丁度野球場程度の広さの空間が広がっていた。

そう、それは何時もと何も変わらない普段の村の姿


「ここは、昔の軍基地だったんだってね。そしてここは地下に作られた自然環境を擬似的に作り出す為のドーム」

「……そして、 俺は ここで大破も直せないメカニックをしている……」


ノヴァは家から村を眺める。

ローストエデン の端の方では何人かの屈強な 村人 達が畑で野菜を作っている。

村の入り口にあたるゲートには更に屈強な 自警団 が 村を荒らすもの の通行を阻止する為無言で立っていた。

これは一体なんだ?とノヴァは記憶を探る。


何時もと変わらない村の平和な姿です

動けるようになったのなら仕事を再開しなければ、親父の代わりに家族を養っていかないと駄目でしょう

そう、彼は長い夢をみていた


「いやそれはおかしいぞ!?……俺はNGAのアジトに捕まって……」

「NGAって何?お兄ちゃん、本当に大丈夫?怖い夢でも見たの!?」


じっと自分を心配そうに見る妹の姿にノヴァは慌てるしかなかった。

だってそうだろう?目を覚ます前と後で現状が違うなんて事はありえない。

でも記憶と現状が異なっているなら疑うべきは記憶

つまりノヴァは大怪我をして長い夢を見ていただけ


「……夢?アレが夢?……と言うか何処までが夢なんだ」

「もう、お父さんが死んじゃってお兄ちゃんが一家の大黒柱なんだよ?しっかりしてよね!」


それだけ言うとまたスタスタと小走りに妹が部屋から出て行く。


「そうだ。ご飯できてるみたい。お兄ちゃんも降りてくるでしょ?もう動けるんだし」

「……え?あ、ああ……確かに腹は減ってるな」


何処か狐につままれたような気持ちでノヴァは階段を降りていく。

全身に負った銃創のお陰でヨロヨロとしか歩けないが、まあ歩くだけなら何とかなりそうだ。

一階に降りると丁度ナナが三人分の食器を準備している所だった。


「アイタタタ……で、ナナ?今日の飯はなんだ?」

「うーん。今日はお姉ちゃんがご飯作ったから分からんな」


思考が止まる。


「……おねえ、ちゃん?」

「ふふ、そうよノヴァ。今日はお姉ちゃんの自信作。ボムポポのアーモンドソース和えよ?」


呆然とノヴァは立ち尽くす。

そこに居たのはエプロンを付けてミトンをはめ、鍋を持ちながらにこやかに微笑む姉の姿。

彼の姉は随分昔に 昔に 昔に。―――そう、彼は思い出した


「ようやく、家に帰れる事になったのよ?久々だしハンバーグも焼いているわ」

「お兄ちゃんが寝てる時に病気療養が一段落して帰ってきたんだよ!やったねお兄ちゃん!」

「……帰って来た?帰ってきたんだ!公害病って奴は治ったの?……イチコ姉ちゃん」


彼の姉、イチコはまだノヴァが小さな頃に遠い所へ行ってしまっていた。

昔廃液の川に落ちたせいで重い公害病にかかり、その療養が必要だった為だ。

その際ノヴァは姉から"お姉ちゃんが居なくても辛く無くなるおまじない"をしてもらい、

現に居なくとも何だかんだで平気に生きてきたのだ。

……だが、それはそれとして戻ってきた事が嬉しくない筈も無い。

嬉々としてノヴァは姉に聞くが、イチコは首を横に振った。


「ううん。父さんが亡くなったって聞いたから無理やり帰ってきたの……定期的にお医者様も来られるから心配しないでね」

「うん、姉ちゃんが帰ってきてくれただけで十分さ!」

「私もお姉ちゃんとお兄ちゃんと一緒に暮らせて嬉しいよ!……これで、後は……あ、ううん。なんでも無いぞ!」


ナナは寂しそうに言うが、これはもう仕方あるまい。

これで 父親 も無事で一緒に暮らせたのなら彼女としても非の付け所の無い結果だったのだろうが、

まあ世の中上手くばかりは行かないということだろう。

現実に、部屋の隅には家に不釣合いなほどにハイテクな設備がドンと鎮座している。

イチコ用の医療器具らしいが、二階建ての一軒家には何処までも似つかわしくない。

だが、定期的にこれを使わねば彼らの姉は生きていけないのだ……。


「……そう言えば、夢の中には姉ちゃんが出てこなかったな……」

「まあ。酷いわノヴァ。お姉ちゃんの事忘れちゃうなんて」

「でも、夢なんてそんなものだ。ノヴァぉ兄ちゃんは傷を治すことを考えてね!」


そうだ、とノヴァは思う。

訳の分からない夢と違和感に拘っている場合ではない、とも。

早く怪我を治して仕事に戻らないとタダでさえ破損しか直せないのに家計へのダメージが大変な事になるではないか。

父親が死んだ今、彼らは家族三人で助け合って生きていかねばならないのだ。

その為にノヴァはハンターになるという夢を諦め、メカニックの道に進んだ

あの悪夢も、きっとその未練が生んだものに過ぎない


「しっかし、酷い夢だったな……」

「そう?なら忘れてしまいなさい」

「そうだね。仕事は沢山来てるから、怪我が治ったら考える暇も無いくらい働いてもらうからね?」


そう、全ては悪夢

物語なら二流三流の夢オチ

ノヴァはこれから、この優しい現実の中で生きていく


ずっと


続く



[21215] 11
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/11/28 17:37
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第三章 箱庭(2)

11


時の経つのは早いものだ。特に楽しい時間は。

ノヴァが目を覚ましてから、既に三ヶ月もの時間が経過していた。


「お兄ちゃん。次のクルマは砲弾が正面装甲を抜けてCユニットが軒並み吹き飛んだんだって」

「良くそれで運転手が生きてたな……どれ、直せるか見てみるか」


目の前に居並ぶ破損した戦車をノヴァは丁寧に観察し、修復できるものは修復していく。

気が付けば、彼は大破の修理も鼻歌交じりに出来るようになっていた。

姉と妹を養わねばならないのだ。辛いとか言っていられない。

家族が共に過ごせる事自体が奇跡であり他と比べようも無い素晴らしい事なのだから。

……何故そう思うのか、ノヴァ自身は全く気が付かない。そして気が付く筈も無かった。


「ほらよ。正面のデカイ穴は塞いどいたぜ……それと伝えといてくれ、流石にこの間持ってきたのは直せないってな」

「分かったってーの。ま、俺達も流石に完全融解したシャシーが直るとは思って無かったってーの」

「……出来る訳無いのを持ち込まないで下さいねお客さん?……ふざけてるとかみ殺しちゃいますよー?」


直ったばかりのクルマをどうも気が合わない常連客に引き渡すと、ノヴァは次の修理へと向かっていく。

歩きながら錆付いたネジにやすりをかけ、更に廃車の山を見ながら取り出せそうなパーツを見繕う。

そこには天分の才と言う一言では片付けられない機械との親和性的な何かがあった。


「認めたくないけど、メカニックの方が向いてたって事か?……ハンターになる夢は諦めたってのに何言ってるんだか我ながら」


ここは地下空間。太陽が彼らを照らし出す事は無い。

だが、そこには確かな平穏があった。

ノヴァがチラリと横を見ると、車庫の隅で父の形見である軽戦車ヘルハウンドがライトに照らされ鈍い光を放っている。

最近は乗り回す事も無くなっていたが毎日点検整備は続けていた。それを怠るのが何故か恐ろしかったのだ。

……後で磨いてやらないとな、と思いつつノヴァは次のクルマを作業場に運び入れる仕事に移った。


そして、それを眺める二対の目。


「おー怖。しかしこんな奴を何で生かしとくんだと一時は思ったけど流石は総帥だってーの。ですよね少佐」

「……そう、だね伍長」


「いやいや、親の仇と付け狙ってた奴を洗脳して俺達のクルマを延々と直させる。外道過ぎる発想だってーの……流石は総帥」

「…………そうとでも言わねば誰も納得しないから」


ここはNGAの本拠地、テリブルマウンテンの地下深く。

元は大破壊前の秘密研究所的な施設で、そのVIP用シェルター兼保養施設だった場所にあたる。

NGAはいざと言うときの食料供給源として畑にして使っていたが、今回の一件でそこに一軒家と車両整備工場が併設された。

そこでノヴァはメカニックとして働いていたのだ。

無論、全ての客がNGAである事を彼は知らない。いや、NGAと言う存在が既に頭の中に無い。


「おーい、ナナ?ところでそろそろバイトの時間じゃないのか?」

「……ん?あ、本当だ。じゃ、行って来るねお兄ちゃん!」


ゲートの奥にナナが消えていく。

ノヴァの記憶では近くの酒場でウェイトレスをしているはずである。

最近はノヴァも忙しく様子を見に行くことも無いが。

……そもそも、ノヴァはゲートで追い返されるし。


「ま、仕方ないよな!何せ規則だって話だし」

「そこに疑問を持てなくなってる辺り総帥マジパネェってーの……じゃ、今日も俺達の車の手入れ、宜しくだってーの」


最後の客がゲートの奥に消えていく中、ノヴァは明日のためにと旋盤を使って部品の加工を行う。

ここに手を抜くと仕上がりが酷いしガタつくしそれになんと言うか、クルマが泣くような気がするのだ。

同じように工具一つにしてもきちんとした手入れを決して手を抜かず錆一つ見逃さず……。


「なんでか妙に嫌な客だったなぁ……よし、と明日の準備終わりっと」

「お疲れ様、ノヴァ。今日もご苦労様ね」


修理キットをキャリーボックスにしまいこみ、修理途中のクルマにシートを被せる。

ここは何処に居ようが屋内なのに、とは彼自身も思うがまあそこはクルマに対する敬意の問題。

さてそれでは帰るか、と思ったノヴァに背後から声がかかる。


「イチコ姉ちゃん?どうかした?」

「ええ。今日の晩御飯は何が良いかなと思ってね」


にこやかに笑いながらもその片手は作業場の柱に押し当てられ、重心もそちらに僅かに偏っていた。

ノヴァが赤ん坊の頃彼女は放射線塗れな工場廃水の川に落ち、それ以来慢性的に体調が悪いのだと言う。

そこに違和感は無い。そう、違和感は無いのだ……そこには。


「任せるよ。ところでさ姉ちゃん。うちって何時からここに住んでたんだっけ?……いや、何か最近変な違和感があってさ」

「ずっとよ。ずっと……昔から何一つ変わらないわ。私が帰ってきたから普段と様子が違うんじゃない?」


ただ最近ノヴァは最近妙な違和感に苛まれていた。

喉の奥に小骨が刺さったような不快感が時折襲ってくる。

だが同時にこれで良いんだとも思うのだ。

……それがどういう意味かは判らないのだが……。


「それじゃあ、今日はマルデカルビがあるからそれを焼きましょうか。遅れないでね?」

「わかった。あ、ナナは今日バイトが忙しくて泊りだってさ。一応言っておいてだと」


「ええ。それは仕方ないわ、じゃあね」

「うん」


作業場を軽く掃除しながら彼は考える。

何かに謀られている様な周囲の全てに何処か現実味を感じない、妙な感覚。

だが先ほども言ったが同時にノヴァはそれでも良いとも思っていた。


(姉ちゃんが帰ってきた。病気で長い間家を離れていた姉ちゃんが帰ってきた。それでいいじゃないか。何も気付く必要は無い)


少なくとも今の生活は悪く無い。

そう思いながら棚の隅に置かれていたモデルガンを取り出し、朝の内に天井の梁に並べていた空き缶を撃って行く。

軽い音を立てながらBB弾に弾かれ落ちていく空き缶にもう一度ずつ射撃を加える。

空中に跳ねる空き缶。その内の一つに狙いを定め、残りの弾丸を一斉に叩き込む。


(ハンターになるって夢は親父の死と共に潰れた……けど、少なくとも姉ちゃんとナナを養って行く事は出来てる)


半ば未練、もしくは毎日の日課だったかのように銃撃の練習を続ける。

始めたのは何時だったろう?確か廃ビルで見つけた武器の中にこれもあって丁度良いと練習用にしてからだったか。

運良く狙いから逃れた空き缶達が一斉に地面に落ち金属音を響かせた。

そして、狙われた運の悪い空き缶だけがカンカンと音を立てながら宙を舞い続ける。

そう、ハンターになると旅立とうとしたあの日はまだショットガンをまともに当てる事すら……、


「……え?」


カラン、と空き缶が落ちる。

ノヴァは脳細胞をフル活用して自身の思考の中の矛盾を洗い出そうとする。

だが、分からない。

そしてそうこうしている内に時は過ぎ、


「鐘が鳴った……飯の時間だ」


夕刻の時を告げる鐘が鳴った。

もう夕飯が出来ている頃だろう。

……感じていた疑問も腹の虫にかき消されるように消えていく。


「姉ちゃんを心配させたらまずいもんな……急ごう」


そう。少なくともそんな違和感に踊らされる必要は無いのだ。

……ここで生きていく限りは。


……。


地下世界にも夜はある。

燦々と地面を照らしていた無数のライトが消え、周囲は闇に包まれる。

虫の音や風の音の代わりに響く空調の稼動音が響く中、ドームの中の一軒家にだけは今も明かりが灯っていた。


「ご馳走様」

「はい。ご馳走様でした」


姉と弟二人での食事。

普段ならナナもここに居るのだが、ここ最近はバイトが忙しいのか妹は家を開ける事が多くなってきた。


「それでねノヴァ。お姉ちゃんもお仕事と病院があるから明日の晩まで留守にするね」

「分かった。帰ってくる頃までには今やってる仕事は終わらせとく」


そして、姉も時折家を開ける。

まあこちらは慢性的な病の診察もあるし、向こう側で仕事を持って居たのだから当然だ。

それでも彼女は暇を見つけては家に戻るようにしているようだった。


「でも……こうやって、ノヴァとまた暮らせるようになるなんてね……一時はどうしようかと思ったけど」

「俺が馬鹿な事しなければ親父も死なずに済んだんだよな。いや、何したかは思い出せないんだけど確かに馬鹿な事をしたんだ」


「そうね。でも、お陰で行動半径内にノヴァを呼べた。私は治療設備から長く離れられないからそれが救いかな」

「うちに置いてあるのじゃ駄目なのか?」


ざわり、と何故か彼の背筋がざわめく。


「そうね、規模が足りないわ。あれは全身の血液を機械でろ過する事しか出来ないもの」

「本体はこの家ぐらいにデカイんだっけ?良くそんな施設を使わせてもらえるよな……ああ、親父の知り合いなんだっけ」


気付くな、と誰かが諭す。

思い出さねば、と何かが叫ぶ。


「そうよ、私の主治医でもある陳おば様……とっても素敵な人なの、今度会わせてあげたいわ」

「へえ。でも忙しいんだろその人。ま、やる事も多いし何時か機会があったらって事で」


そこまで言うと、イチコはポケットから何かを取り出した。

何処か寂しげな微笑と共に、彼女は詠う様に言霊を放つ。


「じゃ、お休みノヴァ。私の可愛い弟……絶対に思い出さないで。このまま私の傍に居て……」

「…………はい」


少年の意識が一気に薄れていく。

頭の中が真っ白になっていくのだ。

最後に残ったのは、赤地に黒い粒の付いた……。


……。


「うわあああああっ!?」

「お兄ちゃん大丈夫!?」


荒い息をしながらノヴァは目を覚ました。

周囲を見渡し現状を確認する。

場所は?自分の部屋、自分のベッド。

横ではナナが顔を青ざめさせながらこちらを心配そうに見ている。

……また違和感。

いや、今回は違和感の理由が判った。


「ナナ?お前バイトで帰りは今日の昼じゃあ?」


ライトの明かりから見て今の時間設定は早朝だ。

ナナの帰りは昼過ぎの筈。それが違和感の正体だった。

ノヴァは胸を撫で下ろす。違和感があろうがその理由が判っているだけでも大した進歩なのだ。


「え、えっとね。お、お仕事少し早めに終わったんだよお兄ちゃん」

「そうか。ところで頼んでた新しいツナギは買ってきてくれたか?」


「……えへー……」

「忘れてたのかよ」


ツッコミ代わりに軽く頭を小突く。

……しかしそれがいけなかった。

ナナは小突かれるまま、その場にドサリと倒れると口から大量の血を吐き出す。

呆然とする他無いノヴァ。まるで出来の悪いコントだ。


「んなあっ!?」

「が、はっ……ぐ……ち、違うの!ち、ちょっと口の中を切っただけ……絆創膏貼ってくる!」


口元を真っ赤に染めたナナは四つん這いになったままありえない速度で回れ右。

そしてそのまま部屋を駆け出し階段を転げるように落ちていく。

その大音響と唐突な展開にノヴァが呆然としていると、続いて下からまるで一人で騒いでいるかのような口げんからしき絶叫。

続いて複数の足音が屋内に響き……、


「いや!?呆けてる場合じゃ……うがっ!?」


唖然としながらも非常事態に気付いたノヴァがベッドから飛び降り、

続いて妹の吐いた血溜りに足を滑らせ豪快に転んだ。強かに打った腰が痛い。

しかしそうも言っていられず即座に立ち上がると階下に向かって急ぐ。

だがそこにあったのは、


「あ、の、お兄ちゃん!?もう大丈夫だよ!あ、ハイこれ頼まれてたツナギ!」

「え?だ、大丈夫なのか?」


やけに息を弾ませた妹が真新しいツナギを抱き抱えている姿だった。


「大丈夫だよ!?ちょっと口の中切っただけだから!」

「いや、舌を噛み切ってもあんなに血は出ないと思うぞ!?」


目を白黒させるノヴァに心配ないと繰り返し繰り返し言い続けるナナ。

それを見ていると本当にそうなのかも知れないと言う気になってくるから不思議だ。


「そう、か……俺が叩いた時に切ったんだったらゴメンな、ナナ」

「え?あー、うん。こっちこそごめんなさい。でも、それだけ心配してくれてるならきっと向こうも喜ぶと思うな」


「向こう?」

「……あー、あの世の……オトウサン、かな?…………くっ、やっぱり私一人じゃどこかで粗が出るか……」


「おとうさん?……親父?……あ、れ?」

「あ!?……なんでもないよお兄ちゃん。"忘れて?"」


「…………うん」

「危なかった。これ以上思い出されたら私の技量じゃ対処できないし。本当にゴメンな……お兄ちゃん……」


まあ、そんなこんなで何処と無く違和感を感じながらも、ノヴァは今平穏な時の中に居たのだ。

毎日運び込まれるクルマや機械をただひたすらに修理し続ける日々。

忙しく、過去を振り返る余裕も無いが温かく過ごしやすい日々。


「それにしても、ノヴァは父さんに似てきたわね……若い頃の父さんにそっくり」

「まあ、親子だからな。そりゃあ似てくるだろ」


「……そんな事、ありえないのにね」

「え?」


「あ、ゴメンね、なんでもないの」

「そっか。まあいいけど」

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。ご飯だよー?」


時は静かに過ぎていく。


「お兄ちゃん。ヘルハウンドの整備しているの?」

「んー。もう使う事なんか無いんだろうけど、幾つものの戦場を共にしてきた戦友だしな……あれ?」


「マンガの読みすぎだよ?おにいちゃんはさいしょからめかにっくなんだから」

「そうだよなぁ。例の山賊との戦いで乗っただけなのに何言ってるんだ俺は……あれ?本当にそうか?」

「ノヴァ、ナナ。ちょっとこっちに来てみて?綺麗なお花が咲いてるの」


「は、はーい」

「……姉ちゃん分かった今行く」


そして、何時しか現状に馴染み、少々の事では違和感を抱かなくなってきた頃。


「ゴホ、ゴホ……」

「大丈夫か姉ちゃん!?まったく、廃液の川に落っこちたんだっけ?姉ちゃんも結構抜けた所があるよな……」

「誰のせいだと……ヒッ!?」


変化は訪れる。


「ナナ?お兄ちゃんの悪口言っちゃ駄目でしょ?じゃあ、お姉ちゃんはお仕事があるから……明日の昼には戻るからね?」

「アハハハハ。じゃあ私もお仕事いこっかな!?あ、夕ご飯はテーブルの上に置いてあるから」

「ああ、分かった」


その日、ノヴァは一人で留守番状態だったがそれでも日々の仕事は変わらない。

せっせとクルマの修理に精を出すのみだ。

最近は手馴れたもので客の連中からの評判も大分上がって来ていた。

……もし、ここでの変化が無ければ彼は一生この地下ドームでクルマを弄って一生を終えていたであろう。


「ここですか」

「その通りだキキ!」


だが変化は訪れた。

無論、起こるべくして起こされた変化ではあったが……。


「鉄くずからでも~ぉ、直して、みせるぁ~♪」

「……良い歌ですね」

「キキッ!面会時間は10分だキキッ!総帥を誤魔化せるのはそれが限界キキキッ!……おいお前、客だキキ!」


鼻歌交じりでトンカチを振るっていたノヴァだが、その声にぴたり、と固まった。

そして、油の切れた機械のようにゆっくりと背後に振り返る。


「……ひ、さしぶり……?」

「はい。数ヶ月ぶりです……この方に無理を言って入れてもらいました」

「このDVDに免じて通してやったキキ!ありがたく思えキキキッ!」


一人は常連客の一人、と言うか一匹の直立歩行する猿。

何でもかつては伝説の任侠集団"サルモネラ一家"に所属していたというチンピラ猿でエティコ大尉とか言うらしい。

そしてもう一人は……、


「アックス?……どうしてここに?あれ?いや、それ以前にちょっと待て、何かおかしい」

「おかしくて当然ですよ。私は貴方をここから掬い出しに来たんですから」


殊更にこやかに笑う白衣の優男。

AP所属のハッカー、アックスの姿であった……。


……。


直立歩行する猿がゲートをじっと監視し続ける。

両者の邂逅は迅速に、かつ隠密裏に進められねばならなかった。

殊更天井、壁の一部分を警戒しながら一見すると妙な動きでアックスは作業場の奥へと進む。

だが見るものが見れば分かるだろう。

その動きは何かの視線をかわす様に動いているのだと。


「ふふ、監視カメラに映ってしまったら全てが水の泡ですのでね」

「……俺は、普段どおりにしていれば、いいんだよな?」


ノヴァの声は硬い。

恐らく想定外であろう闖入者との出会いによりノヴァの記憶は急速に補完されつつあった。

過去の記憶とまるで見分けが付かない植えつけられた暗示をその他の事例を重ね合わせ、その矛盾からより分けていく。

……優しいカーテンが取り払われ取り戻した記憶と現状を照らし合わせる。


何の事は無い。ここは箱庭だ。

ノヴァを閉じ込めておくための箱庭でしかないのだ。

全ての違和感が急速にその形を固めていく。


「……あのナナは、シロなんだな?」

「ええ。妹さんに化けられるのはハウンドドッグ少佐をおいて他に居ないでしょう」


ノヴァはパンクしたタイヤに腰を下ろす。

監視のカメラに表情が写らないように注意しながら、表向きの行動としてネジを手にして弄び始めた。

……ふと顔を上げる。

さっきまで何も感じなかったのに、今はこのドームが妙に狭苦しく感じた。


「それにしても……NGAは何がしたいんだ?」

「キキッ!総帥はNGAを心底憎むお前を使い走らせる事で逆らう者への見せしめにすると言っていたキー!」

「まあ、妥当な所でしょう。一見何不自由ない生活は貴方が現状に疑念を抱くのを防ぐ為の処置かと」


少年はぐしゃぐしゃと髪をかく。

信じられないし信じたくも無い。

数ヶ月にも及ぶこの生活が全て偽りだったなどとは。


「正直信じたくない。第一イチコ姉ちゃんの事は思い出した。確かに俺には小さい頃姉ちゃんが居たんだ……」

「さて?それはそうかもしれませんが、あの方がご本人とは限らないのでは?」


「替え玉だとでも?でもそれにしちゃ昔の俺のことも詳しすぎる」

「囚われた妹さん経由で情報が行ったのかも知れません……第一、家族に暗示を使いますか普通?」


「……」

「隠すということはつまり、後ろめたい所があるのだと自ら白状しているようなものです」


じっとりと不快な汗がノヴァの全身を包む。

感情は姉と妹を信じられないのか!?と叫びを上げるが、脳内の理性的な部分がそれを否定する。

何故なら彼女達が違和感を押し隠そうとしたのは最早紛れも無い事実だとノヴァ自身が感覚で理解しているのだから。

騙されていたのは事実。だとしたら彼女達が本当に味方かなど分かる筈も無い。

そも、相手は催眠暗示のプロ。この信じたいという感覚自体を信じてよいのか?とアックスの目は語っていた。


ノヴァの手から弄んでいたネジが落ちる。その手にはじっとりと汗が滲んでいた。

そして少年は震える声でようやく一言搾り出す。


「じゃあ本当に全てが嘘だと言うのか?あの態度、俺には全く害意が感じられないんだ」

「さあ?ですがまあシロさんに関しては貴方に害意を持っていないのは確かでしょう。私もこの目で見ていますしね」


「だったら、姉ちゃんは!?あの、イチコ姉ちゃんはどうなんだ!?」

「分かりかねます。会った事も無い方の事を私が知る筈も無い。それぐらいは分かりますよね?……まあ」


ノヴァの狼狽にアックスはかけていたメガネの位置を直しながら応じる。

確かにその通りだ。知りもしない人間の内心など彼が知る筈も無い。

だが、ノヴァは最後の一言が気になっていた。万一の可能性に賭けたかったのかも知れない。


「まあ?」

「まあ、知りうる情報から言うと……彼女は黒です」


だが、アックスは冷静にそれを一刀両断する。


「何故だ?」

「まず第一に、私が調べた所によるとノヴァさん、貴方はここに来る前お姉さんの事は全く覚えていなかったのでは?」


「ああ、ここに来て初めて……あれ?」

「私個人の推論ですが、それは本当に貴方が自発的に思い出した事なのでしょうか?」


衝撃が、走る。

そう、前提でさえも崩れ去る可能性があるという事実にノヴァの心は激しく揺らいだ。

ここに来てから思い出した事に関しては、記憶でさえも信じられない。

その事実に彼はガクリとうなだれるしかなかった。


「そこの彼から得た情報によると、彼女は貴方を取り巻く環境を出来る限りかつてに近い形にしようとしていたようです」

「姉さんが?」

「そのようだキー。家族構成、仕事……記憶をちょいと弄れば良い程度に近づけてるキキ!」


「はい。恐らく記憶の操作はゼロから作るより、元からある記憶を利用した方が完全に近く施せるようですね」

「今回はありえないくらい神経質に設定されてるキキキ。そのくせ暮らし向きは元より良過ぎるから違和感の元になってるキキ」


考えてみれば本当のローストエデンにあったノヴァの家は平屋でトタン板の小屋同然の代物だった。

はっとして今の家を見てみると二階建てのごく普通の一軒家。この時代では特権階級の暮らすレベルだ。

その差は歴然。余りにも違いすぎる。


「え?でも考えてみれば前より良い暮らしって事は何だかんだで結構好意的だったとか……」

「その差に気付かない程にあなた自身が操られていたんですよ?私なら更に不信感が増しますね」


何時しかノヴァは現状の良い所を必死に挙げ、それを論破されるという事を繰り返している自分に気付いた。

NGAのやってきた事を考えると家族の事を抜きにしても怒りを感じるのに、

あの二人に関しては今までの生活が全て嘘だと分かってしまった今でもなお、何故か全く敵意も害意も感じる事が出来ない。

更に今の妹の正体がシロだと言われても、何故か感情はあれが妹本人だという確信を持ち、小揺るぎもしないのだ。


「信じられない。証拠を並べれば信じられる訳が無いのに何故かそうは思わない。信じたいって思ってしまう」

「総帥の暗示に感情操作能力なんて無かった筈だが、それは間違いだったキキ?何か凄い事言ってるキキキ!」

「ふふふ。これはもう決まりですね……貴方は感情も操作されているのでしょう。確証はありませんが」


打ちのめされたノヴァはうめき声と共に地面に突っ伏した。

信じていたものが、信じたいものが次々に砕かれていく感覚。

時間が近いのか猿が腕時計をコンコンと叩く中、アックスはノヴァに近づいていく。


「人間とは何とも冷酷なものです……"本当の妹さんが今も死の床に就いている"と言うのに会わせもしないのですしね」

「……え?」


そして、言葉の爆弾は投げ入れられた。

アックスが長い時間をかけて調べ上げたその事実に、打ちのめされていたノヴァの心は更なる驚愕に叩き潰されていく。


「私は見ていました。そこのエティコさんの銃弾から貴方を庇って血の海に沈む妹さんを、ね?」

「ああ。間違いないキキ!アイツは今も生きるか死ぬかの境を彷徨ってるキキ!あ、仕事だったんだから恨むなよ人間?」


顔を真っ青にしてゆらりとノヴァは立ち上がる。

その声に抑揚は無く、その顔からは最早何の感慨も見出す事は出来ない。


「どういう、ことだよ」

「言っての通りです……貴方が探していたナナさんは現在集中治療室の住人なのです」

「一度逃げ出してえらい騒ぎになったキキィー」


少年は呆然と立ち尽くす。

最早満足に考える事も出来ない。


「さ、時間だキキ!さっさと猿の惑星のDVDを置いて帰るキキキ!」

「はい。ご協力感謝します。これが例の品物ですよ」


「あ、そうそう人間。これ、お前のだから特別に返してやるキキ……クルマも良く見とく方が良いキキ?キキキキキッ!」

「ノヴァさん!妹さんの場所はまた後でお教えします。これを!」

「俺のショットガン……それにこれは、通信機、か……」


ノヴァは手元に戻ってきた愛銃とそれが手元に無い事に今まで全く思い至らなかった事実に更なる衝撃を受けていた。

そうしてまた呆然としているうちにアックスはさっさとその姿を消している。


周囲は静かだ。まるで今までの事こそ悪夢で狐か何かに化かされているようだった。

だが手元に残った銃と通信機の重みがあの邂逅が事実だったのだと否応無く叩き付けて来る。


「馬鹿犬や総帥に見られると厄介だキキ。それは必要になるまで何処かに隠しとけキキキ!」

「なあ、アンタはどうして……」


気が付くとゴソゴソ撤収準備を始めたサルモネラの背中にノヴァは話しかけていた。

アックスが少年を助けに来たのは理解できる。

だが、このモンスターが彼を助ける理由などあるはずもない。


「人間を助けたつもりは無いキキ!エティコは基本的に人間なんか大嫌いだキキ!」

「え。だったら何でNGAに所属している?」


NGAはどちらかと言うと人間よりの組織だ。その構成員の台詞とは思えない。

少年が驚いていると自分達の存在した後を消す準備をしながら猿はクルリとノヴァのほうを向いた。

そして、サングラスをずらすと少しだけ目を覗かせ凄んで来たのである。


「拾ってくれたマーマのためだキキ。ミセス陳は行き所の無いエティコ達を拾ってくれた。その恩に報いてるだけキキ」

「……なんとなく、理解した」


要するにこの猿型モンスターは総帥が嫌いなのだ。今回の事も嫌がらせの一環なのだろう。

その後もぽつぽつと話をするが、要するに今の上層部のやり方に不満を持っているらしい。

現在の総帥のやり方は手緩いと彼らは感じているのだ。

統治などする必要はない、欲しい物は奪えば良い。そう考えるメンバーは意外と多いのだと言う。

だが、総帥自らが自らの欲望を戒めていた為、今まで表立って批判するものは居なかったという事だ。


「でも総帥は今回我が侭を通したキキ。皆困惑して信望にも陰りが見えるキキ!良いざまだキキキキッ!」


言いたい事だけを言うと、猿は高笑いしながらゲートの奥に消えていく。

それから暫くしてゲートの脇に光が灯った事を考えるとセキュリティの設定を弄っていたのだろう。

そして、その場には少年一人だけが残された。


「……とにかく、これを、かくさなくちゃ……」


ノヴァはふらつく足を必死に鼓舞しながらゆっくりと歩いて行く。

辿り着いたのはヘルハウンドの前。

……彼はやはりハンターだった。家族すら信用して良いか分からない状況で最後に頼ったのが戦車だったのだから。


「これでよし……っ!?これは……!」


そして彼は気付く。

ヘルハウンドから燃料と弾薬が抜かれている事実に。

そして毎日整備しているにも拘らずそれに気付かなかったという事実の意味する所を。


「……本当に、騙されてたんだ、な」


シートの脇に銃と通信機を隠し、少年は一人、泣いた。

偽りのヴェールが剥がされ、禄でもない事実が彼を覆いそれは真実として彼の精神を縛り上げる。

少年は気付かない。もう、自分で気付く事は出来ない。

騙されていたかも知れないが、それが全てでは無いかも知れないという可能性には。


優しい嘘は暴かれた。

悪意を持って語られた真実により、

悲劇へのカウントダウンが、始まる。


続く



[21215] 12  *鬱注意!
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/12/01 15:52
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第三章 箱庭(3)

12


「お兄ちゃん?起きてよお兄ちゃん」

「……」


少年はゆさゆさと、自分を揺らす感覚に目を覚ました。

いや、ずっと目は覚めていた。

あんな事があった後で眠れる訳も無い。


「もうお昼だよ?どうしたのお兄ちゃん?」

「うるさいな……眠いんだから寝かせておいてくれよ"シロ"」


出来る限り眠そうに、面倒くさそうに探りを入れる。

……ここでまた暗示をかけられたくは無い。

だが、同時に今の宙ぶらりんな精神状態のままでも居られないと彼は考えていた。

どう動くにせよ、まずは確証が欲しかったのだ。


「駄目だよ……って……え?」

「もう少ししたら起きるから今は寝かせてくれナナ」


「き、気のせいだよな?……うん。分かった、でも出来るだけ早く起きてよ」

「……ああ」


"シロ"の出て行った部屋で自分のベッドに腰掛け、

ノヴァは、窓の外をただただじっと眺めている。

その胸中に吹き荒れるものを、他人が推し量る事は出来そうに無かった。


……。


それから暫く、時間にして二時間ほど経過した頃ようやくノヴァは階段を降りて来た。

その目は赤く、酷く憔悴しているのは傍からも分かるほどだ。

何か本を読んでいたイチコが軽く顔を挙げ、そして顔を真っ青にして駆け寄ってくる。

ナナ。いやシロも暖めていた鍋をそのままに走ってきた。


「ノヴァ!?何処か具合でも悪いの?お薬飲む?」

「お兄ちゃん!風邪?ちょっと待って!今、玉子酒(ビームハチドリ産)用意するから!」


そして赤い目と少しこけた頬を見て即座に二人は薬箱と台所へと駆けて行く。

……ノヴァはそこに害意を感じる事は出来ない。


(でも、それを信じちゃいけない……感情は、操れるんだ)


感づいている事に感づかれてはならない。

次があったらノヴァはもう二度と記憶が戻らないよう雁字搦めに呪縛されるに違いない。

更に、ここまで危険を冒して来てくれたアックスをも窮地に追い込むことになる。

それだけは避けねばならなかった。


(……泣き腫らしたのも無駄じゃない、か)


皮肉すぎる現実に思わず苦笑が漏れる。

一晩中泣き腫らし憔悴したこの姿なら、多少の不自然さは誤魔化せる。

それは何より貴重な時間を稼ぐ一助となってくれる事だろう。


「大丈夫?目が遠いよお兄ちゃん?」

「ええと、青酸カリウム……オイホロトキシン……エナジーカプセル……カトール……違う、これじゃない」

(そうだ。なんとしてもナナを探し出して……探し出してどうする?殆ど生きるか死ぬかなんだぞ?)


だがどうするにせよ、まずはナナを探し出さねばならないのだ。

この二人の目を盗んでゲートの守りも突破し、病室を探さなければいけない。

しかも気付かれれば一環の終わりだ。


「大丈夫なのノヴァ?もし気分が悪いならお仕事お休みにするけれど?」

「いや、大丈夫だ……姉ちゃん」

「本当か?お兄ちゃんかなり無理してるように見えるけど」


ノヴァとしては考え事の為にも一人になりたい。

その為に仕事……作業場に行きたいのだが意外と過保護な"総帥"は手を額に押し当て熱を測ったりしながら、

少なくとも一見心配そうにしている。このままでは無理やり休みにされかねない。


「大丈夫だって。心配される必要なんか無い」

「嘘は言っちゃ駄目。嘘を付いてもきっとろくな結果にならないわ」


「……姉ちゃんは、嘘を付かないのかよ」

「まさか。必要があればつく事もあるわ。でも、今回の場合はそれに当たらないと思うけどな?」


ニコニコとしながらイチコはノヴァの頭を撫でる。

ただ、少しだけ表情が曇っていた。

それを見てノヴァの顔もまた曇る。

……それが双方共に持つ後ろめたさから来るものである事を、この時のノヴァは気付けなかったのだが。

そして。


(なんだろう。昨日と何かが違う……なんだこの不安感は?)


一人取り残されたがゆえに周囲に漂う不審な空気に気付いた妹が一人。

箱庭は少しづつ、だが確実に崩壊の一途を辿っていく。


「……とにかく無理はしてないよ。ちょっと仕事も溜まってるから急がないといけないだけでさ」

「そう。なら何台か分の仕事はキャンセルしましょう。大丈夫、お姉ちゃんから話しておいてあげるから」

「お姉ちゃん、や、止めておいた方が良いよ。お兄ちゃん、何だか知らないけど意地になってる」


こうして見ていると本当に過保護な姉にしか見えない。

だが、それは擬態なのだとノヴァは自分に言い聞かせる。

……そうでもしないと、罪悪感に心が飲み込まれてしまいそうだった。


……。


その日の晩。ノヴァは愛車の整備と偽ってヘルハウンドに乗り込んでいた。

こっそりと燃料も入れ、弾薬も満タンになっている。

手持ち無沙汰に計器の掃除をしたりしながら、ノヴァは連絡を待っていた。


『……聞こえますか?』

「アックス。良く聞こえている」


そして、日が暮れてから暫く経った頃……通信機越しのアックスの声が響く。

待ちに待った情報を届けるために。


『妹さんの居場所が判明しました。びっくりするほどすぐそこなので、様子を見るだけなら今晩でもいけるでしょう』

「本当か!?」


アックスからの情報を総合するとこうだ。

この区画はかつてVIP用のシェルターだった。

故に近隣には相当高度な医療設備も併設されて居たらしいが、

ナナは今そこに入院しているのだという。


『幸い彼女は現在ハウンドドッグ少佐という肩書きですからね。きちんとした医療を受けられるのはそれが理由でしょう』

「……そう言う事か。こんな状況もたまには役に立つもんだな」


実際、ナナの寝ているベッドにはハウンドドッグ少佐と言うネームプレートが付いているという。


『そして警備も、奥から忍び込む者が居る事を想定しては居ないようです』

「つまり」


『警戒は薄いですね。ただ行くなら急いで下さい。何日保つか予断を許さない状況のようです……もう回復剤も効果が無いとか』

「何だって!?」


ノヴァは居ても立っても居られなくなり、通信機を掴んでクルマの外に飛び出した。

そしてゲートの前に居る門番に気付いて舌打ちをする。


「くっ、このまま行っても倒して行ってもバレバレだよな」

『安心して下さい。侵入、撤収ルートは用意してあります』


そこに都合よく入るアックスからの通信。

……まあ、そこまでの道案内も出来ない状態であんな重要情報を渡すような粗忽な人物ではないのだが。

ともかくノヴァは指示に従いドームの隅にある空調設備をよじ登り、通風孔に潜り込む。


「それで、ここからどう進めばいい?真っ暗だし四つん這いで進むしかないんだが」

『古巣ですのでご安心を。まずはそのまま真っ直ぐ、頭がぶつかるまで進んで下さい』


何故か犬の毛やお菓子の包み紙の散乱する通風孔内部のダクトをノヴァは進む。

ペットボトルに躓き、使用済み生理用品に慄きながらもその歩みは止めない。


「汚れてるな……うわ、これ破れたストッキングかよ」

『人類の欲望の行き着く果て、ですか。まあ、通風孔が詰まって死ぬのは勝手ですから放っておきましょう』


「んで、痛っ!?着いたぞ……次は?」

「右側下方に明かりが見えませんか?そこが集中治療室。もっとも清浄な空気を必要とする場所ですね」


ぶつけた頭を抱えながら、ノヴァは右側を見る。

確かに暗黒の世界に一点だけ光が見える。

そこから降りればナナが居る、と言う事なのだろう。

少年は取るものとりあえずそこに向かって進んでいく。


『そこですね。固定はされていませんから天井はすぐ外せますよ』

「よし!ってどうやって降りれば……ん?丁度都合良くハシゴが置いてあるじゃないか!」


『それはもう飛び降りるしか。帰りの為に天井の隅にでもよじ登れそうなものを……は?ハシゴ!?』

「よし、長さも丁度良い……ナナッ!居るのか!?」


ハシゴをかけたにも拘らず、降りる時間も惜しいと飛び降りるノヴァ。

そして、最奥に置かれた周囲を幾つもの機械で囲まれたベッドに向かう。


「……こほー、こほー……」

「……ナナ」


そこには変わり果てた姿の妹が居た。

口元には呼吸補助用と思われるマスク。それが周辺の機械へ繋がれている。

そして、逃亡防止用と書かれた真新しい手錠でベッドに足が固定されていた。

だが問題はそこではない。


「なんて変わり果てた姿に」

「……?むにゃむにゃ、わふん」


ノヴァが頭を撫でるとナナは寝こけながらも何処か嬉しそうに寝息を立てた。

衰弱はしているようだが今日の容態はまだ安定しているようだ。

だがその姿は頭には犬耳、腰には尻尾。そして足は膝から下がもじゃもじゃと毛で覆われ、足の裏には肉球が付いている。

もはや、何処をどう見ても普通の人間には見えない。

震える手で耳を軽く掴むとイヤイヤをするようにその手が弱弱しく払いのけられ、耳がピクピクと動いた。


「……なんてこった」

『もう覚悟の上だったのでは?妹さんがまともな状態には無い事ぐらい』


しかしこれは。なんと言うか想像の斜め上だった。

改造を施した人間が何者かは知らないがここまで「どうしろと言うんだ」としか言いようの無い改造を施されていると、

ノヴァとしては何も言えない。


「えーと。まあ、なんだ……可愛げがあるだけマシなんだろうな、これは」

『嗅覚と脚力を中心に身体能力が強化されている可能性が高いです。普通なら改造の際に拒絶反応が起きるはずなんですが』


「……まさかこれも」

『いえ、これは純粋に傷が深すぎただけです。それだけに治すのは容易では無いのですがね』


当時の話を詳しく聞くと、至近距離からのアサルトライフル連射を文字通り体を張って受け止めたのだという。

普通の人間なら胴体が上下に泣き分かれるほど、といえばその恐るべき威力が想像付くだろうか?

ともかくそんな攻撃をまともに受けた彼女はこうして瀕死の状態にあるのだ。


『起こしてしまうと逆に厄介です。ここは一度引きましょう』

「……そう、だな」


後ろ髪引かれる思いでハシゴを上り、通風孔内に引き上げる。

続いて天井を元に戻し、這いずりながらダクトを急いだ。


『余り時間をかけすぎると向こう側が騒ぎ出しかねませんからね』

「……ああ」


そそくさとドームに戻るとヘルハウンドまでダッシュ。

そして通信機を隠した。

これは最早命綱。失う訳には行かなかった。


「お兄ちゃん?まだクルマに篭ってたの?」

「んー。何か調子がおかしくてな……」


それから僅か数分。最初の通信開始から数えても一時間にも満たないというのにもう監視が現れた。

妹のふりをしている、かつて仲間だと思っていた少女に対しては思うところが多すぎて逆に何も感想が出てこない。

どれだけ苦虫を噛み潰したような顔をしているのか自分でも判らないまま、ノヴァは声色だけは平静を装って応えた。


「煮詰まってるの?……もう、あんまり夜更かししちゃ駄目だからね?」

「……分かってる」


だがそう上手くはいっていないようだ。

シロは……ナナである事を装っているらしいシロは何処か不審げにそう応えた。

足音が遠ざかるのを確認し、ノヴァは深い溜息をつく。


「……誤魔化しきれてない。俺に演劇の才能は無いみたいだな」

『そのようですね。もう、こうなれば計画を急いだほうが良いですね。ばれてしまっては折角の準備が水の泡です』


通信機越しのアックスの声にも深い落胆の色がある。

もう少しは誤魔化せると思っていたに違いない。

しかし、ノヴァが反応したのはそこではなかった。


「計画?何か策があるのか?」

『……ええ。長い時間をかけて用意した策です。もう少しで準備が万全になるのですが、贅沢は言ってられませんね』


そうしてアックスは静かに策を語り始める。

ノヴァはそれを一言一句聞き漏らさぬよう、必死に耳をそばだてた。

息の詰まるような時間。

説明が終わるとノヴァは思わず溜息をつく。


「つまり、俺がNGA総帥からこの基地のコントロールキーを盗み取れば良いのか」

『はい。彼女はそれを肌身離さず持っているのは確認済みです。が、唯一それを外す時があります』


「それがあの集中治療室に入っている時、な訳だ」

『総帥は頻繁に人間ドックを受けているようです……風呂にも持ち込むと言うそれを奪う機会はその時しかありません』


「そして、それが出来るほど近づけるのは俺だけと」

『はい。最悪迷い込んだと言い訳が聞きますからね。私はもうその区画まで行く事は出来ないでしょう』


アックスがやって来た時は監視のトップを買収していた上に、時間的にも警戒が緩む時間だったらしい。

対して総帥が医療行為を受けている時の警戒は先ほどの比ではない。

とても部外者が入り込める余地は無いのだとアックスは語った。


『そこで、ノヴァさんには先ほどのダクトからあの場所に侵入……コントロールキーを奪取して頂きます』

「それと同時にナナも助け出す、か。まあ不可能ではないけどその場合ナナが危険じゃないか?」


無論その通りだとアックスは言う。

だが、それをどうにかする秘策があるらしい。


『その後、電脳中枢エリアにて私と合流……コントロールキーを使って基地の全機能をこちらで掌握します』

「……そうすれば警備システムを逆用してNGAを壊滅させる事が出来る、だっけ?」


『その通り。その後で妹さんを改めて治療すれば良いのです。ですが準備しきれていないのはそこなのですよね』

「警備システムの復旧が完全ではない、だったよな」


アックスは通信越しに頭をかいたようであった。

なんでもNGAは警備システムを最低限しか利用していないらしく、

このままシステムを奪取しても、人海戦術で奪い返される可能性があるのだとか。

その為に彼は元の警備システムの修復を進め、再起動時にそれらが同調して動くように仕向けていた。

だが、その作業はまだ半ば。

今基地のシステムを再起動しても、何処まで信頼できるかは未知数らしい。


『しかし、事が発覚すれば復旧経路を遡られ今度こそシステムの穴は塞がれてしまう……こちらとしても賭けなのです』

「悪いな。俺にもう少し芝居の才能があれば……」


『ふふ。自分が悪いと言えるとは、大分成長しているようですね……これは急がないと』

「悪いかよ。姉ちゃんがあれで意外と道徳とか規律に五月蝿いんだ。何時も説教されてりゃこうもなるさ」


『父親には反発していたのに、お姉さんの言葉は素直に聞くんですね』

「ま、姉ちゃんは母親代わりだったし俺のせいでああなったようなもんだから……あれ?」


また違和感。

ノヴァの心に何かが引っかかる。

決して忘れてはいけないはずの事を忘れさせられているような強烈な違和感が……、


『気をつけて!今、催眠暗示が発動しようとしていましたよ!?』

「なっ!?」


『ふぅーっ、危ない所でした。余り深く考えないほうが良さそうですよ?何が発動スイッチになっているか知れたものではない』

「そう言えば、余りにも悩むと逆にどうでもよくなるって事が何度かあったような……」


実はイチコが仕掛けた暗示の中に"ストレスがある程度膨らむと直前の記憶を封鎖する"と言う物がある。

ノヴァが言ったのはその事だ。現状への違和感が強烈なストレスになる事を利用したセーフティである。

イチコの使う暗示に感情を制御する力は無い。

だが、記憶を封じたり切り貼りする事でノヴァの思考をある程度制御する事は出来るのだ。


正直言って尋常ではない神経質さではある。

ここまでするくらいなら、記憶の完全封鎖=自我を奪って銘じられるままに動くロボット状態にしたほうがよほど楽だろう。

それなのにこうまでする理由が何処にあるのか、ノヴァには全く理解できないでいた。


「なんにせよ、急いだ方が良いな……正直時間が経てばすぐばれるだろうし」

『ええ。幸い次の調整は明日のようです。ここはもう、明日にかけるしかありませんね』


だが、ノヴァはやらねばならなかった。

妹をあんな所で、あんな姿のままにしてはおけない。

その想いと焦燥がノヴァを突き動かす。


『では、私は残された時間で出来る限り警備システムの復旧を行います……また明日、この時間に』

「ああ。宜しく頼む!」


けれど、ノヴァはこの時点で気付くべきだったろう。

アックスの策が上手くいったとしてもナナの状況は変わらないし、それどころか確実に一時的には悪化する他無いという事実に。

そして彼はNGAに母を殺されたと言っていた。

父が元総帥である以上、その復讐の刃はノヴァにも向けられかねないのだというその事実を。

……無論、ウォルフガング達が語った事が事実だとしたら……の話ではあるが。


……。


そして、運命の日は訪れた。


「ノヴァ?お姉ちゃんは今日病院だから帰りは明日のお昼になるからね」

「……ああ。ゆっくりして来なよ姉ちゃん」


ノヴァはその理性を総動員し、出来うる限りにこやかに一日を過ごす。

多少失敗を増やしながらも、ノヴァはその日を滞り無く乗り切っていた。


「じゃ、俺は日課の愛車弄りを始めるけど、今日の夕飯期待してるからな!」

「うん。でも今日に限って注文多すぎだよお兄ちゃん……アホウドリの串焼きにテロ貝の煮付けとか手間かかるのばっかり……」


「悪い。何か今日食いたい気分だったんだ」

「まーいいよ。最近なんか元気無さそうだったくせに、作るって言ったら急にご機嫌になったもんね!私頑張っちゃうよ?」


「……ああ。遅くなっても良いから最高のを頼む」

「よおし!じゃ、いっちょ気合入れて作りますか。期待して待っててね!」


ぎちり、と感情が軋みをあげる。

それを必死に押し隠し、ノヴァは笑顔を固定してシロに手を振った。

……どうしても、妹にしか見えない。

昨日、あのゲートの先で死に掛けているナナの姿を確認したばかりだというのに。

だとしても。正体を知ってなお、その姿は妹そのものに見えるのだ。


『……30分後、私が仕掛けた爆弾の爆発と共に作戦開始です。それまではそこに居る事をアピールしていてください』

「了解。たまに上にあがって適当に弄っておく」


ライトの明かりが少しづつ消えていく。

狙いは夕暮れと夜の境目。

……警備の交代時間。


『行きますよ』

「おうよ!」


ノヴァがクルマから走り出し、ダクトに滑り込む。

最低限の偽装として入り口を元に戻し暗いダクトを進み始めた頃、遥か彼方から僅かな振動が響く。


『陽動としては少々弱いですが、これ以上だとドーム内にも爆発音が響いてシロさんを警戒させてしまいますからね』

「警備が持ち場を離れる時間は僅か、か」


『しかも、総帥の傍だけは逆に警戒が増していることでしょう。頼みの綱は敵側の死角を突ける事のみです!お気をつけて』

「確かアックスはそのまま合流地点に向かうんだったか?」


『はい。ふふ、今や使われていないコンピュータとは言え中枢の警備がザルだったのは助かりましたよ』

「それをこちらで起動し警備システムを味方に付ける。良く考え付いたもんだ。まあ俺はナナを助けられればそれでいい」


壁に頭がぶつかるが痛がってもいられない。

即座に光のほうへと方向転換し、ダクトの中を必死に進んでいく。

ゴミを気にする余裕はもう無かった。


「着いたぞ……」

『では、一時的に通信を切ります……"ご武運を"』


ノヴァは下を覗き込む。

眼下では護衛らしき数名の兵がなにやら慌てているようだ。

幸いな事に相手は精鋭と呼べるような連中ではないらしい。


「畜生!?何でこんな時に……」

「大尉は精鋭を連れて先ほどの爆発を調べに行くとの事です!」

「嘘だろ!?俺達だけで総帥を守れるのかよ」


相手は僅かに三人。

しかも完全に腰が引けている。


「ええと、大尉によると賊がここまで来る事はありえないから逆に安全、だそうです」

「そ、そりゃそうだけどよ……万一って事も……」

「と言うか誰だよ!?このテリブルマウンテンにちょっかいかけるような馬鹿野郎は!?」


「こんな奴だよっ!」

「「「えっ!?」」」


ノヴァは敵の警戒が完全に爆発のほう……つまり自分と逆方向に向いている事に気付き、ショットガンでの奇襲を敢行する。

一撃目で最初の一人が倒れ、続いて飛び降りながらの踏み潰しで二人目が地面に転がる。

最後の一人は辛うじて銃を抜く事に成功したが、そこをショットガンの底で殴り飛ばされ地面で泡を吹き始めた。

時間に追い詰められたノヴァが鮮やかにやった、と言う事もあるがどうやら相手は新兵かそれに近い相手だったようだ。


「アックスの奴、あの猿にまた協力依頼でもしたのか?まあいい、これで障害は消えた!」


後はコントロールキーを探し出すだけだ。

……ふとノヴァが後方に目をやると、ナナは特に気付いた様子も無く眠りに落ちたままだ。

もうすぐ助けると誓いを新たにし、ノヴァは昨日立ち入らなかった更に奥の区画へと歩を進める。


「調整を開始するザマス」

「何か表が騒がしいようですが……陳おば様?」


そこは広い部屋だった。

だが、様々な機械が運び込まれかなり乱雑な印象を受ける。

ノヴァはその機械の影に隠れながら先へと進んでいく。


「爆弾騒ぎがあったと宅のエティコちゃんが言っていたザマス。ま、あの子が出るからには心配ないザマスよ、イチコちゃん」

「そうですか、なら良いんですが」


誰かの会話が聞こえる。

姉と呼んだ人の声と、老境に差し掛かった女性の声だ。


「さて、コントロールキーを露出させるザマスよ……」

「うっ、ぐっ……ああぁぁっ……」


ギギギ、と何かが開くような音がする。

しかしそんな事はどうでも良かった。

コントロールキーと声は言っている。

彼はそれを手に入れねばならないのだ。


「大丈夫ザマスか!?最近生命維持装置から離れる事が多くなったから体に無理が来ているんじゃないザマス?」

「いえ、平気ですおばさま。だって、あの子と一緒に居られるんです。兄弟揃って暮らせるんですから」


「……後はハチちゃんさえ……ままならないものザマス」

「はい。でもあの子は生まれてきた意義を全うしました。私はあの子を誇りに思います」


「そうザマスか。ところでその……あの子とのお別れはどうするザマス?」

「……その時が来ても私の胸にしまって置く事になるでしょう。後で恨まれても構いません、それだけの事はしていますから」


段々と声は近くなっていく。

声は部屋の奥にある一際巨大な装置の中央部からのようだった。

眩い光を放ち、ゴボゴボと周囲のシリンダーに不気味な色の液体を湛えるその機械は、

今も不気味な駆動音を部屋中に響かせている。

だが、今のノヴァにとってそれは自分の足音を隠してくれる福音に他ならない。

静かに、だが確実に彼は装置中央へ進んでいく。


「それにしてもハウンド君は何を考えていたザマスかね……あんな事、命を捨ててまでやる意味があったとは思えないザマス」

「父さんにとって自分の命は塵より軽いものだったから仕方ないと思います。あの子に良い薬になるとでも思ったのでしょう」


「ドクターが不在なのは知ってたくせに。まーったく相変わらず無責任な人ザマスね。ああ、可哀想なイチコちゃん!」

「私は良いんです。自分で選んだ道ですから。ただそれを、そしてこの姿をあの子に知られるのは辛い……のですが……」


「……急にどうしたのザマス?」

「ノヴァ?居るのでしょう……?」


ピタリ、とノヴァの動きが止まる。

心臓を鷲掴みにされたかのような感覚。

だが、ノヴァは何かに見られているような気がして少しだけ顔を上げた。

……そこにはこちらをジッと見つめる姉の瞳。


「やっぱり……もう、気付いちゃったのね?」

「ねえ、ちゃん?」


シリンダーの中に、五体バラバラで浮かぶ……姉の姿。

そして、その遥か眼下でコンソールを動かす初老の女性の姿だった。


『試作型擬似永久機関兼メインシステムコントロールキー"マザーコア"整備50%、51、52、53……』

「な、どうやってここまで入ってきたのザマスか!?ノヴァちゃん、ここは危ないから立ち入り禁止ザマスよ?」

「……陳おば様、私の催眠暗示が破られたようです。何時かはと思っていたけどこんなに早いなんて……」


ノヴァは言葉も無く呆然と佇むしかない。

姉の体の内側は大半が機械と化していて、物理的に開かれたそれを機械が整備しているのが見える。

生体部分と機械部分の接続部を小さな針の様なものが蠢き、チカチカと明滅を繰り返していた。

ノヴァが思考停止している間にも姉の体は弄られ、分解され、また組みなおされていく。

段々とシリンダー内で姉の体は再構築されていき、

そして……最後に、


『コントロールキー、設置します』

「姉ちゃんの体に、組み込まれた?」


コントロールキーがイチコの体に組み込まれていった。


「え?ああ、心配無用ザマス。あれはイチコちゃんの人工心臓ザマス」

「驚いたわよね?……もう、私の心臓は使い物にならないの。だから、これを体に組み込んで生きてるのよ」

「え?あ……ああ、ぁ……」


ただ立ち尽くすノヴァの前に、再び人の姿に組み立てられた"姉ちゃん"が歩いてくる。

衝撃に打ちのめされ少年は最早身動きすら取れない。

まさしくパンドラの箱だ。NGA総帥、ストロベリィ=パンドラとはまさにこの事だ。


「ゴメンねノヴァ。こんな事あなたには知られたくなかったの」

「……なんでだよ」


ノヴァの頭が優しく撫でられる。

何故か涙が止まらない少年をそれは優しく包み込んだ。


「そうね。私が犯罪者だなんて知られたくなかった。半分機械になってるなんて知られたくなかった……それだけの理由よ」

「それだけなんて事じゃないザマしょ!?隠すには十分すぎる理由ザマスよ……!?」


「何で……」

「何もかも嘘まみれでゴメンね!?でも、どうしてもノヴァの前でだけは昔のお姉ちゃんで居たかったの!」


「なんで、なんでだよ!?」

「……ごめんね、騙してばかりでゴメンね……!」


静かに立ち尽くす弟と泣きじゃくる姉。

そしてもらい泣きをする老婆。


「でもね?お姉ちゃんは本当にノヴァの将来を心配したの!ハンターなんて危険な仕事は止めて安定した仕事を……あれ?」

「なんでそこまでして騙そうとするんだよ"総帥"っ!?」


イチコの体がのけぞって倒れたのは丁度その時だった。

その胴体中央はショットガンによって粉砕され、立ち尽くす弟の手には光り輝くコントロールキーが握り締められている。


床は、まるで当然のように紅く、

ただひたすら紅く染まっていた。

ショットガンが僅かに煙をあげる中、イチコの体は無常にも地面に叩きつけられる。


「の、ば?」

「ああ糞!糞がぁっ!?嘘なんだろ!?この気持ちも、あの涙も何もかも!」


何故、こうならねばならなかったのだろうか?

立ち尽くしていた時も、ノヴァの心は凄まじい葛藤に苛まれていた。


信じたいと叫ぶ心。死の床に眠る妹。突きつけられた真実。

それら全てが彼の体内をめまぐるしく駆け回る。

だが拮抗するそれらを一筆で塗り替える言葉が彼の脳裏をフラッシュバックした。



―――貴方は感情も操作されている



その瞬間、心の叫びは封殺され彼の指は半ば本能のように銃の引き金にかかる。

感情を、感覚を信じられないのなら最早事実に殉ずる他無い。

存在を悟られた以上また精神捜査を受けるのは明白。

これを逃しては最早妹を取り戻す機会等ありはしまい。

……そう、思ってしまったのだ。


「操作された記憶の中の、居るか居ないかもハッキリしない姉ちゃんなんか……信じられるかあああああっ!」

「ああっ!?駄目、止めなさいノヴァちゃん!?それを持ち出されたらイチコちゃんが死んでしまうザマスっ!」

「……ノ、ヴァ…………これが、私への……罰?」


握り締めるはボールのような輝く永久機関。中枢コントロールキー。

バットでも打ち返せそうなその小さな血みどろの球体を持ってノヴァは走る。

泣きながら、走り去る。


「うう……ぅぁ……うああああああああっ!」

「の、ノヴァ……ああ……ご、ゴメンね……ゴメンね!?」


精神が千切れ飛びそうなほどの罪悪感。そして絶望。

それらに押しつぶされそうになりながらもノヴァは走る。

妹を悪の巣窟から救い出すために。

……全ての暗示が解ければこの心の痛みも治まるに違いない。

彼の中では今やそれが唯一の救いとなっていた。


「いやあああああっ!?誰か!誰か来てザマス!総帥が……イチコちゃんが……イチコちゃんがぁぁぁあああああっ!」

「……めんね……ごめ……ノヴァ……ご、めん……n…………」

「やめろよ。なあ、やめてくれ……やめて……やめてくれえええええええええっ!」


そうでなければ、

耐えられる気が……しなかったのだ。


泣きながら走り続ける少年。恐慌に陥る老婆。

そしてただひたすらに詫び続けながら死への階段を昇る女性。

全てを巻き込みながら、運命の歯車は無慈悲に軋みを響かせ始めた。


これが、ノヴァと言うハンターにおける生涯最大の失態、

……その、始まり。

絡み合う絶叫は誰もが認める悪夢の一夜の開幕を告げる。

最早逃れる事の出来ない悪夢の連鎖に、数多の人間が絡め取られようとしていた……。

続く



[21215] 13 *鬱注意
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/12/05 00:59
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第三章 箱庭(4)

13


走る、走る、走る。

机にぶつかりビーカーを転がし、足に引っかかった椅子を蹴飛ばしながらノヴァは走る。

その手には、姉の胸元から引き千切った光り輝く球体。

その手を返り血で赤く染め上げながら彼は走る。妹を救うために。

……もう、後戻りは出来ない。


「ナナ!行くぞ……帰るんだ」


部屋を飛び出し妹の眠るベッドに向かう。

そして叫んだ時、彼は気付いてしまった。


「……でも、何処へ?」


これから時間をかけナナの体が治ったとしても、帰る場所などもうありはしないのだ、と。

優しかったあの箱庭ももう使えはしまい。

旅に共に連れて行くのも問題外だ。

ふと己の現状を振り返り、その事実に凍りつく。


『聞こえますか?どうやらマスターキーを奪取したようですね』

「……アックスか。嬉しそうだな」


『ええ。一番危険な所をクリアーした事になりますから。さて、次ですが』

「あ、ああ。今妹を連れて行く」


だが、感傷に浸っている場合では無い事を思い出す。

どう考えてもここからは時間との勝負なのだから。

……しかし、アックスが次に言い出したのはノヴァの予想を大きく外れたものだったのだ。


『実は、予定を変更しようかと思いまして……考えてみれば妹さんはそこに置いておいたほうが安全です』

「……何?」


困惑した声を出しつつもノヴァは怒りを感じていた。

この状況下でナナをここに置いておける訳が無い。

だが、アックスは冷静に言い放つ。


『生命反応を見てみましたが、機械を外したらすぐ死にますよその子。まあ、少佐としてそこに居るんですし却って安全かと』

「……そう、か。考えてみれば俺の背中の方がよほど危険だよな」


少年は自分がとんでもない事をする所だった事に気付く。

追われているであろう自分の背中に乗せていくなど弾除けに使うのと同意義になってしまう。

そんな事許されよう筈も無い。


『よって、貴方はそのまま私と合流していただきます。急ぎダクトに戻ってください』

「わ、分かった!」


ノヴァは名残惜しそうにナナの頭を撫でる。

そして、無理やり気持ちを切り替えると頬を叩きハシゴを駆け上がっていった……。


……。


そしてダクト、その先の見えない闇の中を光に背を向けてノヴァは進む。

一刻も早くナナを助ける為。

そして……脳髄の奥から響き渡る悲痛な罪悪感から逃れる為に。


「はぁ、はぁ……クソッ!?植えつけられた記憶と贋物の家族のはずなのに……涙が、止まりやしない!」

『ふふ。まあ、もうじき解放されます。いえ、私が解放して見せますよ。ノヴァさんをその生き地獄からね』


だが、僅かに気を緩めるたびに目からはとめどなく涙が溢れ、

心の痛みは既に理性で抑えられる限界を超えようとしていた。


『さあ、妹さんをあの状況から救うのでしょう?頑張ってください、私のところに辿り着くんです』

「分かってる……分かってる……ああ、分かってるさ……ぅぁ、ぁぁぁ……」


だが、最早帰る場所は無い。

先に進む他無い。

泣きながら暗闇を這いずるその姿はまるで地獄を行く迷い子か。


『さあ急いで。ゴールはもうすぐですよ。そのまま真っ直ぐ!』

「ぁぁ、ああ……そうだ。これさえ持っていけば、うげぇええええええっ!」


縋るように取り出したマスターキーは姉ちゃんの血で汚れていて、

その真っ赤な血の下で光る球体が酷く邪悪な存在に見えて、

いや、むしろそれに反射する自身の顔が……、


『だ、大丈夫ですか!?そんな所で死なないで下さいよ!?』

「……あ、ああ。ちょっと吐いただけだ。気に、するな」


とてもとても汚らわしいもののように少年の眼には映るのだった。


……。


「やあ、良く辿り着いてくれました。さあ、マスターキーを」

「はぁ、はぁ……ああ」


ノヴァが暗闇の中で永遠のような一時を過ごし、ダクトから転げ落ちるとそこに待っていたのは笑顔のアックスの姿だった。

僅かな肌寒さに周囲を見渡すとどうやらここはコンピュータールームのようだ。

やけに広い室内の中央に巨大なシリンダーに入ったメインコンピュータらしいものが見える。

どうやらここが中枢エリアで間違いないようであった。


「さあ、コントロールキーをこちらに置いて横のコンソールに手を置いてください。再起動にどうしても必要なのです」

「ぜーっ、ぜーっ。ち、ちょっと待ってくれ、呼吸が、落ち着くまで……ごほっ」


嬉しそうにコントロールキーと言う名の球体を求めるアックスはノヴァの異様な状態を気にしていないようだった。

いや、気付いていない可能性もある。そもそも彼にとってはノヴァの葛藤など知る筈も無い。

知っていてこれを言えたのなら人間ではないだろう。

アックスにとっては親の仇を取れる千載一遇の機会。

これを逃す手は無いし、その為に気が逸っていても何らおかしくは無いのだ。

ノヴァの事を思いやる余裕が無くても全く違和感は無い……人としては最低だが。


「何をやっているのです?疲れたなんて言っている暇は無いんです。時間が無いんですよ!?」

「ぜはーっ、ぜはーっ……そ、うだな……」


だが、時間が無いのは事実。

幾ら今は使われておらず警戒が薄いとは言えここは敵基地の中枢。

一度存在に気付かれれば包囲され殲滅されるのは火を見るより明らかだ。

そして、そうなった場合総帥を殺したノヴァの妹が生きていられる可能性は今度こそゼロになるだろう。

今まで何度と無く念じた"もう戻れはしない"という一念で気力を振り絞り、

歯を食いしばりながらノヴァは必死に立ち上がる。


「まずコントロールキーをそこに」

「……」


無言で血塗れのコントロールキーを指定された場所に載せる。

……嬉々とした表情でコンソールを叩くアックスの指の動きに合わせるかのように部屋中が眩く輝き始めた。

中枢が再起動を始めた証拠だ。


「続いて私が、と」


アックスがコンソールのタッチパネル画面に手をかざす。

カチカチと認証が行われ、コントロールキーがコンソール内部に沈み込んでいく。


「さて次は貴方です。この認証は複数人必要でしてね。独裁的な暴走を防止するための仕組みらしいですが」

「つまり誰でも良いのか?……じゃあやるぞ」


続いてノヴァがコンソールに手を触れるとコントロールキーがコンピュータ内部に吸い込まれていった。

アルファベットがAから順に点灯しては消えていく。

そしてラスト5文字を除いて途切れ途切れに光が消えていき、最後にBの文字が点灯した。


「さて、では再起動の時間ですよ!?お待たせしました母さん!遂にこの時が来ましたよ!」

「……これで、悪夢が、終わるのか……?」


カタカタと打ち込まれるコマンド。

その度にコンピュータの反応はその強さを増していく。


「起動率20,21,22……施設内の掌握を開始、警備システムオンライン……」

「……何だ?誰かに見られてる気が」

「ここで何をしている!?……お兄ちゃん!?どうして!?」


その時だ。

ダクトが派手に弾け飛び、中から見覚えのある顔が飛び出してきたのは。


「ご飯出来たのに全然来ないから探してみればこんな所に……あ!アックス!?貴様何をするつもりだ!?」

「……シロ、か。そっちこそ良くここが分かったな」

「ハハハハハ!良いぞ良いぞ!?施設内部の再掌握率が上がっていく!」


シロが叫ぶがアックスは聞いていない。

己の復讐が成ったと言う事実に酔いしれているのか。

そして代わりに声を上げたのはノヴァだった。

正直先ほどから大して時間は経っていない。

それなのにどうやってここを突き止めたのか疑問だったのだ。


「そんなの!匂いで分かるよ!?第一あの通路は私たちの秘密基地なの!……て言うか、今、シロって……おにい、ちゃん?」

「止めろよ、もう。ナナはもう見つけた……お芝居の時間は終わりだ」


途中まではきはきと喋っていたシロだが、自分の名を呼ばれていた事に気付き絶句する。

顔面蒼白で持っていたお玉を取り落とす程に。


「もううんざりだ。嘘塗れの庭で生きるのも、頭の中弄くられるのも!……俺とナナを、解放してくれよ!謝るからさ!?」

「お、にい、ちゃ、ん?」


「頼む!この通りだ!もうお前らには関わらない!だから、頼む……妹を解放してくれ……!」

「……」


床に頭を摩り付けて必死に頼み込むノヴァの姿にシロは呆然と佇んでいた。

段々と目の端に涙を溜めつつ、なんと言うべきなのか迷っているのか。

しかし暫くすると調子を取り戻したのかブンブンと顔を振って笑顔を作った。


「ふむ。どうやら記憶を取り戻したようだな?」

「……ああ」


「道理で顔色が悪いと思ったよ。何、ナナの事は心配するな。私が絶対悪いようにはしない!……だから」

「だから?」


笑顔は維持しつつも真っ青な顔のままでシロは続ける。

まるで、懇願するかのように。


「お姉ちゃんの所に一緒に行こう?もう一回あの庭で暮らそう?大丈夫だ……妹も怪我が治ったら一緒に暮らせる」

「……信用できるかよ。人の頭の中弄繰り回すような奴を」


「だがそれがお前の不利益になったか?それは無いだろ?……もし何処にも行かないなら記憶はそのままでも良い」

「そうか。……でもな、それは無理だ」


その回答を聞いて遂にシロの目に涙が溜まりだした。

口調が交じり合う。シロとしてのものとナナとしてのものが。

まるで、それが地であるかのように。


「どうしてだ!?それで万事丸く収まる!……分かった!全部喋る!言い辛い事も全部説明するから、だからお姉ちゃんの所に!」

「だから。それが、もう……無理なんだよ」


ノヴァは引きつった笑みを浮かべながら中枢コンピュータのほうを指差した。

そこでは今まさにシステムの再起動が終了しようとしている。

……それが意味する所に気付き、シロは大きく目を見開いた。


「なっ!?どうしてアレが起動している!?中枢コントロールキーはおねえちゃんの……まさか」

「……そうだ、俺が殺した。ナナを助ける為に……NGA総帥はもう居ない」


「なんで!?なんでそうなるのお兄ちゃん!?お姉ちゃんは妹を助けようとしていたんだぞ!?」

「俺を見せしめにする為にか!?あんな姿にナナを改造しておいてどの口が言うんだ!?」


ノヴァの脳裏にエティコからの情報がよぎった。

NGAを心底憎むお前を使い走らせる事で逆らう者への見せしめにする……。

彼は妹がその為の駒にされているのだと考えていた。

それを指摘すると、シロはポカンと口を開けて固まる。


「……え」

「ナナを化け物に改造したろう!?尻尾やら何やら……幾らなんでも酷すぎるじゃないか!?」


「化け物じゃない!」

「化け物じゃないから何なんだ!どう見ても普通の人間ではないだろう!?」


「そうかも知れないけど化け物じゃない……私達は、化け物なんかじゃ、ないよぉ……うう、ぅ、ぅぅぅぅぅ……」

「な、何で泣く!?お前には関係ないだろ!?」


突然ドサリと座り込み、ぽろぽろ涙を零しだしたシロにノヴァは面食らう。

だがそうしている間にも涙の量は増える一方で、遂に彼女は大声で泣き出してしまった。


「うわあああああああん!やだよぉ!お兄ちゃんに嫌われたくないよぉ……私達、化け物なんかじゃ……ないよぉ……」

「な!?……何だ!?一体何なんだ!?分かった!俺が悪かった!前言は撤回するからとりあえず泣き止んでくれ!」


鳴き声が止まる。だが、赤くなった目はノヴァを捉えて放さない。

だがその目には力が無かった。

まるで、捨てられた子犬のようだと彼は感じる。

それを見ると彼は最早憎む事も否定する事も出来なくなっていた。


「……なんだよ、これも総帥の感情操作の力なのか!?」

「なんだそれは?」


「だから、総帥の力なんだろ!?催眠暗示で相手の感情も操るのは!」

「そんな力があるならお姉ちゃんは今頃世界を統一している!幾らなんでもそれは無いぞ!?」


一体何事かと目を白黒させるシロ。

だが、はっと何かに気付きコンソールを嬉々として叩くアックスに詰め寄った。


「貴様か!?お兄ちゃんにおかしな事を吹き込んだのは!」

「え?私は私の持つ情報から最も高い可能性を提示はしましたが……何か間違いでも?」


「白々しい!この場所を知っていたのならそれぐらい調べるられるだろう!」

「いえ、そちらには大して興味がありませんでした。ま、イチコさんはもうお亡くなりになられています。何を今更ですね」

「……おい、アックス?どう言う事だ!?……お前、何処まで知っていたんだ?」


飛びかかり地面に引き倒したアックスの胸倉を掴むシロ、

そこにふらふらと近づくノヴァ。

そして馬乗りにされ、口から軽く出血しながらも不敵な笑みを崩さないアックス。

三者三様の様相を呈しながらも物語は無常な歩みを続けていく。


「母さんの敵討ちですよ。私の成すべき事は成しました……例えここで倒れても悔いは無い」

『もしもし!?し、少佐ぁ!警備システムの誤作動が……うわあああああああっ!?』

「貴様ぁっ!?アレを再起動させたな!?アレが何なのか知っていてやったのか!?人類を滅ぼすつもりか!?」

「……え?なに、が?どう、なってる?」


この場に居る四者の中で、ノヴァただ一人だけが現状を理解できず立ち尽くしている。

倒れたアックスに馬乗りになったシロは今にもアックスの喉笛を噛み千切らんばかり。

シロのエプロンから零れ落ちたトランシーバーからは、各地からの阿鼻叫喚がリアルタイムで垂れ流されていた。


「NGAは終わりだ。さぞ気分が良いだろうなアックス。だが、それが何を意味するか理解しているか?」

「タルタロスの一族が壊滅する。実に喜ばしい事です」

「……なんだよ、それ……お前も、お前も俺を騙してたのか!?」


倒れたアックスの傍に立ち、ノヴァは誰に言う事も無く呆然と呟く。

それに対し、アックスはいっそ清々しいほど丁寧に答えを返してきた。


「私と貴方は元々相容れなかったではないですか」

「え?……ああ。そう言えばそうか」

「ほお?私にはついさっきまで仲良しこよしだったように見えるがな?まあ今はどうだか知らんが」


トランシーバーからの情報はさらに混沌の度を深めている。


『通信!封鎖されていたセキュリティメカが急に再起動しました!全くこちらの制御を受け付けません!』

『温度調整が効きません!げ、現在室温ぜはーっ……摂氏42℃!湿度……はちじゅう、ろく……ぱ……』

『暗ぇぞ!?どうなってやがるんだ!おい、担当を出せ!ここは何処なんだよ畜生がああああっ!?』

『ガンホールより攻撃を受けています!警備担当を呼んで、呼んで……速くーーーーーーーっ!』

『各部隊に告ぐ!基地機能が麻痺している模様。全部隊屋外にて再編成を!急げっっ!』

『そ、総帥の棺の温度設定が突然70℃に設定されて……このままでは危険なので緊急解放を……ぐはっ!?(銃撃音)』

『全医療機器の薬液が滅茶苦茶な配合に変化しつつあります!モニターも正常に稼動しません!ご指示を!』

『火災発生!し、消火設備が稼動しない!?何でだ!?何でだよーーーーーっ!』

『HQ!HQ!防火シャッターが開かない!誰か!誰かっ!?』

『キ、キキキっ!?何だこれ!?何なんだこれ!?エティコ分からない!何だよこれーーーっ!?マーマーーーっ!?』


聞こえてくる通信とは名ばかりの絶叫。

声も無くトランシーバーを見つめるノヴァの胸中を駆け抜けるものはなんだろうか。

余人に知り得るはずも無い。


「……素晴らしい悲鳴ですねノヴァさん。これでNGAも終わり。最高です」

「これをそう感じるお前は狂っているよ」

「これを俺が望んだ?この、耳に入ってくる情報だけで吐き気がしそうなこれを、か?」


ノヴァは確かにNGAへの復讐を望んでいた。

そしてNGAは確かに復讐対象にされてもおかしくない組織ではあった。

だが、こんなものをノヴァが望んでいたかと聞かれれば当然否だ。

これではただの虐殺ではないか。


『総帥は!?総帥は何処に!?』

『くそっ!命令系統はどうなってやがる?』

『は?大佐の命令なんて聞けないキキ!エティコの指揮官はミセス陳。マーマを探すキキ!』


……とは言え、これはノヴァの選択の結果。

追い詰められ誘導されたとは言え、これはノヴァ自身が決めた事なのだ。

彼は突き付けられていた。自分の行いとその結果を。

そして、彼が自分を断ずる為に一つだけ確認しておかねばならない事があった。


「なあ、色々聞きたい事はあるが……とりあえず一つだけ答えてくれ」

「何だ?」

「おや、どうしましたかノヴァさん?」


ノヴァは一瞬言い澱み。

そして意を決したように口を開く。


「姉ちゃんは……結局あの姉ちゃんは俺の姉ちゃんなのか!?」

「ふふ。さて、貴方の言っている方が誰かを判断するにはその言葉だけでは情報が足りません。だから知らないと答えます」

「成る程な。そう言う言い方で自分に有利な情報のみを渡してきたのか……反吐が出る」


ぎちり、と奥歯が噛み合わされた。

……もう、それだけで理解出来てしまった。


「ああ、あの方こそがNGA二代目総帥にして私達のお姉ちゃん……イチコ=タルタロス本人だ」

「…………」


シロの回答も最早ただの確認でしかない。


「幼い頃、療養……いや、延命のために家を離れNGAに来たのだ。その際お兄ちゃんの記憶を封じたらしい」

「成る程、寂しがって追い縋る弟を不憫に思い、離れざるを得ない自分に関する記憶を封じたのですね。美しい姉弟愛です」

「見て来たように言うんだなアックス。……そうか、あの夢は夢じゃなかったのか」


彼は以前見た夢を思い出す。

自分は大きな川を流されていて、妹と同じ顔の巨人に拾い上げられた。

あれはただ単に自分が赤ん坊だから相対的に相手が大きく見えて居たのだ。

つまり夢ではなく、封じられていたものが何かの拍子に表に一瞬出て来たという事なのだろう。

だがそれはもう一つ残酷な事実を示している。


「もうお分かりでしょうが、彼女が病を得たのはノヴァさんを助ける為にあの川に飛び込んだからで、ぐふっ!」

「貴様あああああああああっ!……信じるな!こ奴はお前を騙そうとしている!」

「シロも嘘が下手だな……そう言う事か。全部、俺のせいだったのかよ……」


力なく両手をだらりと下げたノヴァを見かね、シロが泣きながら叫ぶ。

しかしノヴァの心はもう限界だった。


「そんな事は無い!お姉ちゃんがお兄ちゃんを邪険に思う訳が無い」

「その弟の手で殺されても同じ事を言ってくれるのかよ……?」

「まあ、そうでしょうね。ただシロさんの言う事も的外れではないかも知れませんよ、何せ……」


シロの視線だけで殺せそうな眼光を無視するかのようにアックスは語り始めた。

彼の精神に止めを刺す為に。


かつてノヴァを助ける為に廃液の川に飛び込み、そのため病気になったイチコは何時しか死を待つのみとなったと。

だがその時かつて父ハウンドが結成し、そして予定通り見捨てたとある組織から声がかかる。

そう、NGAだ。

当時総帥を失ってただの無法者の集団と化したNGAはハンターに各個撃破され、急速にその力を失いつつあった。

彼らは旗印を求めていたのだ。

NGAはハウンドに近づき、子供を総帥に据えるなら代わりにイチコの治療をすると取引を持ちかけた。

だが、取引に応じたハウンドが子供を連れて待ち合わせ場所に向かった時、既にNGAは姿を消していた。

イチコが独断で彼らに付いて行っていたのだ。神輿として総帥になると自ら宣言して。


結果的にイチコはその非凡なる才覚を発揮し、数年を待たずに名実共に総帥としての立場を確立する。

最初から捨て駒として作られた組織は稀代の才媛を得て、一皮剥けた軍事組織としての道を歩み始めた。

時として優しく甘言を弄して街を懐柔し、時として武力を持って自ら先頭に立ち侵略や略奪を行う。

……まだ幼かった彼女が何故そんな茨の道を自ら選んだのか……知る者はそう多くは無い。


だが、一つだけ言える事がある。

ハウンドとNGAが結んだ契約書にはこんな一文があったのだ。

……次期総帥として"息子"を差し出す、と。


「ち、ちょっと待てよ。それじゃあ」

「まあ当然でしょうね。娘と息子……犯罪組織のトップに据えるなら当然息子の方です。それに」

「止めろ!それにお父さんは兎も角お姉ちゃんはNGAを捨て駒などとは思っておらん!」


厳密に言えば父は目的を達した時点でNGAを捨て総帥の座を辞して隠遁した。

だが、娘はトップに見放された組織を。

……正確に言えば父の目的のために知らされもせずに切り捨てられようとしていた人々を見捨てられなかったのだ。

放っておけば数年でバラバラになっていたであろう組織を取りまとめ、曲がりなりにも軍としての体裁を整えてきた。

酷く身勝手な理由で集められ、力を与えられた者達をただの悪党として断ずる事など出来なかったのである。

ましてや、自分を縋って来る者達をどうして無碍に扱えよう。


「まあ、本当の所は"恐らく"自身の体の維持に組織の力が必要だったからでしょうがね」

「いい加減な事を言うな!総帥を続けるために自身を改造させたんだ……それからだぞ?定期メンテが必要になったのは」


「ははは。続けたくなった、の間違いでは?」

「違う!総帥と言うものに代わりが居ないのは貴様だって良く分かっているだろう!?だからこんな事を考え付く!」


だが、その総帥はもう居ない。

そして問答をしている時間ももう無くなろうとしていた。


「そんな事より。こんな所で油を売っていて宜しいので?」

「何?…………ぐっ!?」

「え?シロ!危ないっ!?」


アックスに馬乗りになっていたシロが飛びのく。

寝転んだ青年の頭上を無数の銃弾が飛び交った。

そしてアックスは白衣の埃をほろいながら立ち上がる。


「時間です。さようなら」

「はっ!奴等が人間を生かしておくものか!貴様も死ぬ事になる……ああ、もう死んでも良かったのか」

「くっ!?セキュリティがここまで……」


アックスが群がるセキュリティの中に向かって歩き出し、そしてその雑踏の中に飲み込まれていく。

その顔には勝利を確信した、と言うだけでは済まされない狂気じみた歓喜があった。

そして、メインコンピュータが見守る中取り残される兄と妹。


「囲まれるぞ……逃げるよお兄ちゃん」

「ああ。逃げろ」


シロはノヴァの手を掴んで走り出そうとするが、ノヴァはその場に座り込んで動かない。

えっ、と思って兄のほうを向いたシロはその時気付いた。

顔面蒼白のまま何処とも無いほうをぼんやりと眺めるノヴァの姿に。


「何をしている!?手遅れになるぞ!」

「もう、いい」


段々と迫り来るセキュリティメカの大群から逃れようと必死に兄の手を引くシロ。

だが、ノヴァはまるで糸の切れた人形のように動かない。


「結局。俺は誰かの意のままに動かされていただけだった……挙句に姉ちゃんを……俺が……ナナだってもう、助かりや……」

「だからってお兄ちゃんまで死んでどうする!」


目指すはダクト。そこまでの道はまだ敵に覆われてはいない。

だが、それも時間の問題か。

敵は彼らの周囲を取り囲むように移動をしている。

何処から沸いてきたのかと言うほどに大量の殺戮機械が彼らを追い詰めるべく蠢いていた。


「早く!」

「だから……もう、いい。お前だけ逃げろ。こんな馬鹿野郎は置いていけ」


だが、それでもなおノヴァは動こうとしなかった。

それを見てシロは悲しげな目をし、そして。

寂しげに笑うとその場にどさりと座り込んだ。


「なっ!?」

「ならば私ももう良い」


ダクトに戻る為の道が消える。

周囲全てを多種多様なセキュリティメカが覆い尽くす。

そしてそのまま。兄妹は彼らを狙う銃口に取り囲まれた。


「なんで……お前までこんな所で座り込んでいるんだ?」

「お兄ちゃんを死なせてしまったら、生き延びても私には何も残らないからな」


気が付くと、ノヴァの死んだような目がシロにまで感染していた。

こうなれば生きていてももうどうしようもない。

そんな顔でシロは床に座り込んでいる。

その表情を見て、ノヴァは自分の更なる失策を知った。

諦めるのは勝手だ。だが、それで傷付くのは自分だけではないのだ。

そう。この期に及んでまだ誰かに迷惑をかけた。

……シロにまで絶望を与えてしまったのだと。


「これも、俺のせいか……俺の……俺の……」

「ははは。お前のせいじゃない。何もかも隠していたから敵に付け込まれる。だからこれはむしろ私の……」


がちゃりと撃鉄が上がる。

まるでタイミングを計るかのように周囲全ての機械の動きが一瞬止まった。

だが、その次の瞬間には二人分のミンチが出来上がっているのだ。

……ノヴァはそれに気が付くと無意識にシロを己の胸元に抱きかかえていた。

せめて、銃弾の雨から覆い隠そうと。


『俺はどうなっても構いやしない……けどせめて、コイツだけは!』


ガチリと何かが一瞬噛み合い、次の瞬間周囲から銃弾が雨あられと彼らを襲う。

硝煙と火花、そして銃弾自身により彼らの視界は塞がれた。

ノヴァはシロを抱きかかえながら地に伏せた。その身に弾丸が届かないようにと。


無駄な足掻きであったはずだ。

だが、ノヴァは耐え抜く。耐え抜かねばならないが故に。

炸裂音が背中で響く。ゴーグルキャップが弾け飛ぶ。以前ナナが庇った時の数十倍の殺傷能力が一度にノヴァを襲った。

ツナギが裂け、血肉が宙を舞う。

べちゃべちゃと不快な音と共に周囲の床が血で赤く染め上がっていく!


「なっ!?駄目だ!無駄だ!私など庇わないでくれ!お兄ちゃん!死んじゃ嫌だっ!」

「うがぁぁあああああああああああああっ!?」


だが、それでもノヴァは耐え切った。

物理的に耐えられる訳が無い。

だが、それでもなお彼は耐えた。

……耐え抜かねばならないが故に!


「こ、この期に及んでコイツ一人守れないようで……俺の人生に価値なんかあるかよっ!」


何もかもが間違っていた。20mmクラスの機関砲を人間の体で受けて耐え切れる訳が無い。

そもそも最初から逃げを打っていれば避けられた悲劇だ。

故にこれはこっけいな一人芝居でしかない。無駄で無意味な命の浪費だ。


だが。

守りたいと。

これ以上失いたくないと。

そう望んだその気持ちは決して、

無駄ではない。

無駄な訳が、無い!


「それ以上……私の家族を……傷つけないでよーーーーーーーーーっ!」

「なっ!?ど、どうして!?」

「……な、ナナ……?」


彼が稼いだ僅か数秒の時間。

だが、それが彼らの命運を分けた。

ダクトが弾け、中から弾丸のように何かが飛び出す。

壁に着地し、バズーカをぶっ放したそれはそのままノヴァの前に降り立つと周囲全体に数十個の手榴弾をばら撒いた!


「間に合った、よね」

「…………ナナ、なのか?」


爆発を背に、全身の包帯を赤く染め。

獣の耳と尻尾もそのままに。


ナナ=タルタロス。そしてハウンドドッグ少佐と呼ばれた少女がそこに居た。

彼女は二人が生きている事を確認するとニコリと笑い、錠剤を一錠飲み込む。

そして、未だ多数が残る暴走セキュリティをびしりと指差した。


「お兄ちゃん達にこれ以上手は出させないからね!?これが私の……ハウンドドッグ少佐最後の戦いだ!」


そして、ノヴァの方に一瞬だけ向き直ると一筋の涙を見せる。

その表情は何かとても達観していて……ありえないほどに綺麗だった。


「ここは私が道を切り開くから。二人は後を付いてきて」

「「か、体は大丈夫なのか?」」


シロとノヴァの声がユニゾンする中、ナナは腰からシロの為の武器を取り出す。

そして、また殊更笑顔でこう答えた。


「とりあえず今はね。それと、お姉ちゃんから遺言」

「!……分かった……言ってくれ。何を言われても反論しようも無い」

「お姉ちゃんがお前を恨む事は無いと思うぞ、お兄ちゃん」


イチコからの遺言はたった一言だけだった。


「ええと"元気でね。何があっても決して諦めちゃ駄目"……だってさ」

「……それだけか!?」


「うん。ただただお兄ちゃんの今後を心配しながら……死んじゃったから。だから私が起こされて護衛に付いたんだよ」

「イチコ、姉ちゃん……」


ノヴァは自分が情けなかった。

死の間際に自分の事では無く彼の事を考えてくれるような姉を疑った自分自身が恥ずかしかった。

そして、無性に悔しかった。


「まあ、今回の件に関しては些細なすれ違いが原因だから気にしちゃ駄目だよお兄ちゃん。これから何が起きてもね」

「そうだな。更にそれを煽る馬鹿者も居たしな」

「……気にせずに、居られるかよ」


奇襲から立ち直り、再び隊列を組み始めた機械達にノヴァはショットガンを突きつけた。

背中が張り裂けるほどに痛いが最早そんな事を気にしては居られないのだ。

自分の体の傷や痛みなどもうどうでも良かった。

……ここまでされて、奮い立たないのならばハンターなど名乗れはしない。


「少なくとも、ここで死ぬ訳には行かなくなったな」


嵐の前の静けさ。敵味方共に相手の出方を伺っているようだ。

そして再び銃口が向くその一瞬を縫って彼らは走り出す。

……三人による地底よりの脱出行が今、始まろうとしていた……。

続く



[21215] 14
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/12/07 18:00
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第三章 箱庭(5)

14


駆け抜ける。群がるトリコプター、迫るパトロバード。

壁から突き出す監視カメラからの命令により次々とせり出すガンホールやバルカンホール。

それらをかわしながら三人は走る。


「お兄ちゃん!潰すなら監視カメラをお願い!攻撃能力は無いけど一番厄介なのはあいつらだから!」

「分かった!」


ノヴァのショットガンが敵の"目"を潰していく。

この時初めて彼は旅立ちの時から愛用していたこの銃に火力不足を感じていた。

これではブルベロスすら満足に倒せやしない!

横で奮戦する"妹達"を横目に、彼は切実に思っていた。

……力が欲しいと。


「我ながら、不甲斐無い……」


足元を走るパラボラットを踏み潰し、ふと何かに気付いて床から飛び出してきたバルカンホールにしがみ付く。


「お兄ちゃん!?なにやってるの!」

「いや、これは……」

「こいつは、貰っていく!」


そのまま全体重をかけて全身を回転させ、

バルカンホールのバルカン部分を千切りとる。

後は簡単だ……弾薬が続く限りぶっ放すのみ!


「どけっ!退(の)けッ!下がれっ!」

「凄い……敵が本当に引いているように見えるぞ」

「どっちにしろ好機だよね。突っ込むよ……私も、もう長くはもたないから」


カプセルを一錠飲み込んで、ノヴァが開いた一筋の道をナナが駆け、大きく切り開く。

そこを二人が進み、そのまま更に前方の敵に風穴を開けていく。


「……私達のお家が」

「言うな妹よ!」

「ぐ、うっ……!」


ある場所で三人の足が止まった。

ノヴァはゲートの逆側から昨日まで住んでいた我が家を見る。

警備ロボの目から出る光で所々赤く照らし出された我が家は、まるで赤々と燃え上がっているかのよう。

その脇では畑の様子を心配して来ていたのか、数名のNGAメンバーが銃弾に倒れていた。

……最早そこは人間の住める場所ではなくなっている。


「お兄ちゃん!シロ!行くよ!?早く……早く外に逃げないと!」

「…………そうだな」

「うう……うううぅ……」


シロは涙を拭き、ノヴァはこの光景を一生忘れまいと瞳の奥に刻み込む。

そしてナナと呼ばれた少女は一瞬だけ己の胸元を掻き毟り、そしてまた走り始めた。


「エレベータは使わないほうが良いと思う。階段で行くよ」

「当然だな。オンライン制御の代物はすべて奴等の手に落ちたと思ったほうが良いだろう」


階段を駆け上る。

時折倒れている人達から銃や防弾ベストを"分けて貰いつつ"彼らはひたすら上へと進む。


「ここで生きているのは俺達だけなのか?」

「いや、見ろ。セキュリティが破壊された跡がある……脱出した者も居るのは間違いあるまい」


どういうわけかこの階段の守りは薄かった。

上階からの攻撃は避けがたい筈なのだが、敵密度の薄さから彼らだけでも何とか突破出来る、

そんな風に思われた。


「待って二人とも!?……嘘……階段が破壊されてる!?」

「なっ!?」

「そうか……脱出の際、追撃を撒く為に階段を落としたな!?」


だが、それも瓦礫の山と化した階段によって阻まれる事となる。

階段が瓦礫……つまりこの階段はここから先使えないということだ。

ここから逃げられないというのなら、警備が薄くなっているのも頷ける。

何せ、敵にとっては殺すべき人間がまだ山のように居るのだ。後回しにしてもお釣りがくるというもの。


「ここから他の階段へのアクセスは……ああっ!ここ、総帥執務室のある階じゃない!?」

「くっ!と言う事はこのエリアには階段が一つしかないではないか!」

「まずいぞ二人とも!下から敵がうじゃうじゃと上がって来てる!」


このエリアはノヴァが最初に目を覚ました区画だ。

ここは総帥の警備を完璧にする為階段もエレベータも一つしかない。他の階段に辿り着くには一度下の階に下りる必要があるのだ。

暗殺者を警戒しての措置だったが、今回はそれが裏目に出たということだろう。


「いかん!このままでは……」

「なら、ダクトから行くしかないよ、って……パラボラット!?」

「ダクトはいの一番に潰されてるか」


ともかくここに居ても仕方が無い。

三人は手近な部屋……総帥執務室に飛び込んだ。

このドアのロックはオフラインになっている。システムの掌握も意味が無い。

……とはいえ、それでも時間稼ぎにしかならないのだが。


「敵がガリガリと扉を削っているな。バズーカの直撃にも耐える扉だがそう長くは持つまい」

「はぁ……はぁ……はぁ……ごほっ」

「ナナ!?大丈夫か?」


とりあえずこの部屋は安全なようだ。

完全に独立したセキュリティで守られたこの部屋は、近づく別系統のセキュリティに果敢な迎撃を試みている。

……とは言え、数の暴力の前には蟷螂の鎌である事もまた事実であったが。


「とにかく一息つける内にここから脱出する方法を考えておこう」

「そう、だね」

「……そうだ。さっきの通信にあった……」


ふと思い出し、ドア一枚で隔てられた隣の部屋……父の亡骸が安置されているという霊安室、と言うか冷暗室に向かう。

……そして、ノヴァはドアを軽く開け、そしてまた閉めた。


「っ!?」

「どうした?」


冷や汗をかくノヴァの様子に危険を察したのかシロはライフルを構え、慎重に扉を動かしていく。

そして……発砲。


「警備ホッパー、だと!?何処から入り込んだ!?」

「ここのシステムは完全に独立している筈だよ!?……ううん、そう言えば通信でここで射殺された人が居たよね?」

「蒸し暑い。これじゃあもう……親父……」


部屋に入り込んでいた敵側セキュリティを破壊し、部屋を見回す。

……蒸し暑い。非常識な温度に設定されてしまった冷凍保存装置から発せられる熱気だ。

これでは中の人間は助かるまい。それどころか煮えていてもおかしくないだろう。

そして恐らく装置の制御をしようとしたのであろうNGAメンバーが操作盤の横で蜂の巣になっている。

この侵入してきた警備ホッパーにやられたのであろう。

しかも、ふわふわと浮かぶカプセルは部屋の隅に追いやられて……。


「……部屋の中央に、穴、だと?」

「これ、この穴から侵入してきたの、かな」

「通風孔?いや、それにしちゃ位置がおかしい……いやまて、これは好都合かも知れない」


元あった場所の下に、大きな穴が開いていた。

正確に言うと金網が破られている。


「こんな所に通風孔なんて、ぐっ……あったっけ、シロ?」

「いや、通路表示も無い。聞いた事も……まさか緊急脱出路!?」

「……後付の脱出口か。ならまだ下には感づかれてない……」


チラリと破壊された敵を見る。たった一台……偶然迷い込んだのだろう。

もし本気なら数百の大軍が押し寄せてくるはずなのだ。


「……俺が先頭に立つ……付いて来い!」

「お、お兄ちゃん!?」

「馬鹿!無理するな……」


どうせここに居ても助からない。そう考えたノヴァは迷いも無く隠し通路に飛び込んだ。

それを見て慌てて後を追う二人。

……それは独立セキュリティが敗北し執務室に敵が押し寄せてくる、その僅か三分前の出来事だった……。


……。


ゴン、ゴンと何かを叩くような音がする。

隠し通路の行き止まりでノヴァが壁や床、天井を叩いているのだ。


「お兄ちゃん、他の道を探そうよ……何時までそこに拘ってるの?」

「いや、この奥に大きな空洞があるっぽい。多分倉庫か何かだ」

「確かにこの階に車庫があるのは事実だが……」


会話しながらも彼の両腕は出入り口を探し続ける。

……床の一部が弾け道が現れた。

そして這い上がった三人はその光景に三者三様の驚きを見せる事になる。


「で、デカイ……何てデカイ車庫なんだ……」

「クルマが少な過ぎるぞ!?脱出に使われたか……残ってるのは見た感じ壊れてるのばかり……くそっ」

「でも、ここからなら直接地上に出られる……お姉ちゃん……私、やったよ……あは、は……」


ナナが熱に浮かされたようにヨロヨロと前進を始める。

遥か先に見える地上からの光を指差して。

……既に夜は明け、旭日はこの地下空間にまで差し込んでいる。


「さあ、急ごう!もう、時間が……がはっ!?」

「ナナッ!?」

「待ち伏せだ!」


だが、その体が吹き飛ばされる。

壊れた車両の陰からのそのそと現れる巨大な鉄の河馬……カバガン。

口径100mmを越える口内の主砲を叩きつけられたナナは壁に叩きつけられ、ズルズルと床に落ちた。

ボロボロになって崩れ落ちるプロテクター。

体制を崩したまま立ち直れないナナに向かい、天井から吊り下げられたスネークホールがレーザーの雨を降らす。

だがトドメと言わんばかりの輝く殺意の雨の中、飛び込む影が一つ。

力なく倒れるナナを抱きかかえ、地面を転げまわる。


「させるかっ!ぐ、ぐぁああああああっ!?」

「お兄ちゃん!私は置いていって!このままじゃお兄ちゃんまで!」

「失せろーーーーーっ!」


シロが持てる限りの火力を使い後方から援護の火線を浴びせる中、

ノヴァは妹を抱きかかえて走る。

満足に走れなくなったその身に銃弾とレーザーの雨を浴びながら。

だが、すぐに限界は来る。

壊れた車を遮蔽物にしてひたすら上へと駆け抜けるノヴァだが、

……隠れようとした何かがぬっと動き、こちらを見てニヤリと笑った事に気付く。


「避けろーーーーーっ!カバガンが狙っている!」

「駄目だ……避けきれない!」

「お兄ちゃん!」


最後の足掻き。ノヴァは抱きかかえていたナナを投げ飛ばした。

だが、飛ばされた先に着地したナナはそのまま着地と共にしゃがみ込み……、

逆に跳躍すると、ノヴァを反対に突き飛ばす。

……この間、僅かに一秒。


「ナナああああああああっ!?」

「……ありがとう。それと……」


そして、吹き飛ぶ。

壁に再び叩きつけられたその小さな体は、今度は壁に赤い前衛芸術を残し、

そして床を深紅に染め上げながら転がる。


「……ナナ……?」

「お、に……ちゃ……」


「しっかりしろ、ナナ!」

「もう、駄目、かも……ごめん、おねえちゃ……」


駆け寄るノヴァ。

カバガンに迫る白き猟犬の牙。

怒れる女ソルジャーによる粛清が進む中、少年は倒れた妹を抱き上げた。


「ああ、そ、だ……く、くすり、を……」

「こ、これか!?」


ノヴァは先ほどからナナが服用していた錠剤を口に運んでやる。

……それが回復剤ではない事には気付かないままに。


「……うん。これでまだ、やれる。もう一回なら……やってみせる」

「だ、大丈夫か?幾ら高級な奴でも少し回復に時間が掛かるだろ。後は俺達に」


「ううん。これが最後」

「おい!」


走り出す。

……止めようも無いほど、速く。


「オイホロカプセルももう効果が薄い……なら、この一瞬に全てを賭けるよ!」

「オイホロ!?あんな劇物を……お前、まさかもう……」


刃が疾る。

銃弾が舞う。

まさに行く手を阻むもの全てを薙ぎ倒さんが如く。

……それは光。

消え行く蝋燭の最後の輝き。


「シロ、行こう……手伝って。お兄ちゃんが進む道を作らないと」

「……分かった。もう、何も言うまい」



既に尽きたはずの命を無理やり繋ぎとめ、

守るべきもののため。

大切なもののため。

……そして、二つの影は一つになった。


「「私達はナナ=タルタロス」」


己の生まれた理由。

その存在意義を満たす為に。


「イチコ=タルタロスにより創られたバイオドック・ヒューマン」

「その全ては彼女の最愛なる弟を。ノヴァ(お兄ちゃん)を守る為にある」


鏡合わせに吐き出される銃弾。

互いの視界を完全にカバーし、迫り来る全ての脅威を破壊する。

ノヴァを守る、それが二人の生み出された意味。それが三人の望み。


「お兄ちゃん、進んで!」

「ここは私達が!」

「……あ、ああ」


ノヴァの記憶がまた蘇る。

突然お姉ちゃんが居なくなって泣き明かした日々。

そして、唐突に現れた妹。

けれどまるでずっと一緒に居たようにあの子は馴染んでいて。


「そうだ。そうだったな……今思えばお前が現れたあの日、俺、久しぶりに姉ちゃんの気配を感じてたんだ」


銃弾が髪留めを掠め、シロの隠していた犬耳が露になる。

尻尾がその存在を主張する。

ブーツを脱ぎ捨てる。変質していくその両足。


「そして最初から、お前たちはそう言う存在だった……そう言う事なんだな?」


凄まじいまでの突破速度。

鈍足の敵は置いていかれて既に遥か彼方だ。

双子の死神の踊る死の舞踏に巻き込まれ、前方の敵は次々と消滅していく。

ノヴァは側面から迫る敵に銃撃を食らわしながら思う。

……自分は本当に何も知らなかったのだな、と。


「1、5に」

「2、3!」


飛びかかるビームハチドリを裏拳で叩き落し、

待ち構えるブルベロスの顔を蜂の巣にする。


「「4、6と8……で」」


砲撃体制で突き進むATサイクロプスの砲身には砕けたミサイラスの装甲片を蓋とし、


「「7!」」


何時か聞いた数え歌と共に瓦礫と残骸を量産する。


「キャノンホッパー……大群だな」

「構うかっ!ぶち抜く!もう少しなんだ!」

「……そう。もう少しなの……だからもう少しだけ時間を……神様っ!」


そして抜ける。十重二十重に構築された包囲網を食い破り、三人は光の元に。

地獄の門を潜り抜け、眩い太陽の元へ。

……だがその背後から迫る敵は千を超えようとしていた。


「しかし、抜け出したのは良いが広い場所ではかえって不利かも知れんな」

「問題ないよシロ!……今どうにかする!」

「シャッターが、降りた!?」


しかしそれを逃さぬといわんばかりに本来外からの攻撃を耐えるために作られたシャッターがその牙を剥く。

一切の容赦をしない速度で振り下ろされたそれはまさに処刑台のギロチンか。

未だ敵よりの攻勢から耐えているそれは何台もの敵を巻き込み破壊し、後続の道を塞ぎ続ける。


「……お姉ちゃんがね、最後に守るように支持を出したのがあのシャッターの制御だったの……逃げる人の時間を稼ぐ為に」

「お姉ちゃんらしいな……結局自分の事は後回しか」

「そう、だったのか」


そしてナナからそのカラクリが説明された。

その声に振り向き、そしてノヴァはまた口を噤む事になる。


「……ナナ。お前、もう、眼が……」

「お兄ちゃんが無事でよかったよ」


焦点の合わなくなったその瞳。

力尽きたように大の字で倒れ動かない体。

そして、大きく開いた傷口とそれに反して少ない出血。

素人目に見ても、もう彼女の命が尽きようとしているのが分かる。

けれど、それでも彼女は笑顔だった。

そこには成すべき事を成し遂げたものだけが持つ満足感があった。


「ナナ、しっかりしろ……しっかりするんだ!」

「うん。でももう満タンドリンクでさえ体が拒絶しちゃうし……むしろ良くもったって褒めて欲しいなぁ」


「ああ。お前はよくやった。良くやってくれた、だから……」

「もういい。止めてくれ……せめて安らかに……最期を見取ってやってくれ。それで私達は報われるから」


涙が零れる。

膝から崩れ落ちる。

ノヴァの眼にはナナから零れ落ちる血と熱が、次第に失われていく命そのもののように見える。


「代われるなら……いや、むしろ本当は俺がそうなっているべきだったな」

「……ふふふ。それは、無いよ」

「そうだな。その場合私達は救われないぞ……なにせ、何一つ守れなかったと言う事だからな」


ノヴァは眼を逸らさない。逸らす訳にはいかない。

己の愚かさ故に起きた悲劇。死ななくても良かった妹。

もう絶対に……忘れる訳には行かない。


「シロ……ハウンドドッグの名前……私が持って逝くね」

「何?」


「賞金首のハウンドドッグ少佐もここで死ぬの…………お兄ちゃんの事、お願いね」

「…………ああ」


耐えられなくなったのだろう。シロもがくりと膝を付く。

そして、倒れ臥した彼女は兄のほうへ僅かに顔を向けた。


「ねえ、お兄ちゃん……最期に、お願い、が」

「……何だ?」


彼女は一瞬だけ躊躇し、そして呟いた。


「最期に、名前を……」

「……」


少しだけ、しかし必死に。

全ての脳細胞を総動員し、彼は考えた。


命の火が消えようとしている妹。

決して答えを間違ってはいけない。

……そして、彼は答えに辿り着き、

意を決し、口を開いた。


「……ハチ。お前の名前は……ハチ、だろう?」

「うん……私も、シロみたいに……自分だけの名前……呼んで、欲し、か……た……の……」

「……ぐ、うぐ、ううううううう……」


スナザメの時から違和感があった数え歌。

そして、姉と老婆の会話。

……気付く機会は何回かあったのかも知れない。

ナナと言う人間など、最初から居なかった事に。

二人が交代で演じていたのが"ナナ"だった事に。


「……!?」

「あ。あああああああ……妹よ……ぅぁ、あああああぁ……」


そして変化が訪れる。

苦しそうにしていたナナ、いやハチの表情が急に柔らかくなる。

痛みの時期は越えた。脳内物質が大量に分泌されていく。

そして……少女の体が縮んでいく。

それと同時に全身が深い毛で覆われ……。


「……犬……?」

「お疲れ様。よく、頑張ったな……」


そこには一頭の柴犬が残った。

それは倒れたまま静かに彼らに目を向けると、くぅん。とひと鳴き。

そしてそれっきり……動かなくなった。


……。


荒野に風が吹く。

大破壊の余波である環境破壊により四季が崩壊して久しいこの地方でも、その風の冷たさは季節を感じさせてくれる。

まだ温かさの残る犬の亡骸を抱きかかえ、ノヴァは立ち上がる。


「……お兄ちゃん。それは置いていけ……ここから逃げるのに邪魔になる。確実にな」

「お前はそれで良いのか?実の妹なんだろ?」


憔悴した顔で立ち上がるシロ。

だが、その眼には光が戻りつつあった。

確固とした意思を持ち、彼女は言う。


「ああ。私達姉妹はお前を守る為に生まれた……そして妹は役割を全うした。置いていけ。お前が死んでは意味が無いんだ」

「嫌だ」


亡骸を抱き抱えたままノヴァは歩き出す。

このままでは何かあっても銃を抜く事すら出来ない。

それでも、それだけは出来ないと彼は思った。


「……私一人では守れない。お兄ちゃんも自分で自分を守ってもらわないと」

「その時は置いていけ。俺はコイツを連れて行くと決めた。誰の意見だろうがそれを変える気は無い」


それは間違った意思であり意地でしかないだろう。

そして、その選択はノヴァ自身だけではなくシロをも危険に追い込む行為なのだ。

だが、それでも見捨てられない。

こんな荒野の隅に置き去りになど出来ない。


「はは、仕方ないな……いいだろう。最期まで付き合うさ。それが私の私である理由なんだから」

「……そうか」


だが、それこそが彼の美点。

夢を忘れられず、仇を忘れられず。

切り捨てる方が楽なものを見捨てられない。

……だから彼はここに居る。

そして、シロも彼の傍に居るのだ。


「大分、参ってるみたいだね?」

「……え?」


だが、今までの失敗は失敗。

そのツケは、必ずその双肩に圧し掛かってくる。


「まあ当然だね。自分のお姉さんを殺しちゃったんだもんね、賞金目当てに……hahaha。HAHAHA……」

「チャックマン?」

「どうしてここに……」


因果応報。

それが世の習いだ。


「昨日の夜、アックスからミーに連絡があったんだよ。君がイチコ君を殺したってね……まさか……本当とは思わなかったよ」

「まて、チャックマン!それは」

「そう、来たか……ならこっちも一つ聞きたい。アンタがNGAと繋がっていたってのは本当なのか?」


チャックマンの顔は仁王、いや最早遺伝子上の父親の如き凶相。

最早まともな対話は不可能であろう。

信頼度において長く共に戦ってきたであろうアックスと彼らでは比べ物にもならない。

そして、ここで和解に持ち込めるような甘い策をあのアックスが講じる訳が無いとノヴァは確信していた。


「……最初に言ったよね。実験体だったミーを助けてくれたのはハウンドさんだったって」

「ああ、そう言う事か……実験体の存在を知るのは普通、内部の人間だけだもんな」


「まあ、嘘は言っていないよ。NGAへの恨みも本物さ……あの親子だけは別だったけどね。下衆の情報も貰ってたし」

「親父と、イチコ姉ちゃんか……外部の人間を使って身内の阿呆を始末してたのか。それも結構……」


ノヴァは最後まで言い切る事が出来なかった。

パチリ、とチャックマンの周囲の空気が帯電し、叫びと連動して空気が爆ぜる。


「お前があの子の名を呼ぶなッッ!金目当てに家族を殺すような奴をミーは……ミーは絶対許さないっっ!」

「違う!それは違うぞチャックマン!全ては……全てはあの男が!」

「言うな!言っても無意味だ……それに、しでかした事は変わらない!」


ノヴァが叫びと共にシロにハチの亡骸を押し付け、横に突き飛ばす。

ふしゅるると言う擬音と共に飛び掛る巨体。

ノヴァは覚悟を決め、せめて目は閉じまいとその拳の前に立つ。

逃れる術は思いつかない。ならばせめて最後まで毅然としていたかった。


「報いが来た。それだけだ」

「消えろ……ガがガガガガガガガガガガァァァァアアアアアアアッ!」


虚勢を張る少年の眼前に止まる巨体。

その拳が怒りと共に大きく振り上げられ、


「ふむ…………約束は守らねば、な」

「なっ!?」


120㎜砲に弾き飛ばされる。


「ウォルフガング?」

「全てが最悪の展開を見せた……これがただ一人の憎悪が生み出した物だと言うのだから笑えんな」

「おい!お前のクルマも持ってきた!急いで乗れってーの!」


数十台のクルマの群れが立ち上がったチャックマンへ一斉にその砲塔を向ける。

壮観、そうとしか言えないその火力に流石のチャックマンも額に汗をたらす。

そして、サングラスを軽くずらすとウォルフガングを睨みつけた。


「何で邪魔をする?彼はイチコ君の仇なんだよ?」

「そうだ。だが同時に私は総帥から脱出まで彼の身を守れと命じられている。……総帥自身が彼に殺されるのも納得した上でだ」


「……姉ちゃん、が?何時?どうして?」

「ずっと。暗示が解けた時怒りのままにお兄ちゃんが殺しに来る可能性は最初から覚悟していたんだよ、お姉ちゃんは」

「その場合でも怒れる同胞から君を守って逃がすようにと言われている。何があっても、とな」

「……それに俺達は総帥の最期を看取った時、あんたを守るよう直接命ぜられた身だってーの……」


最初から覚悟の上。

それはそれでショックだった。

何故ならそれは、ノヴァならやりかねないと姉ちゃん自身が思っていたという事だから。

しかし、その懸念は事実になってしまった。

もう、汚名を返上する機会は無いのだ。


「さて、ここは私達が引き受ける……セーゴ伍長、彼らを安全な所まで」

「はっ。了解ですってーの!」

「ま、待ってくれ。俺も……」


しかしそこで彼の言葉は止まる。

殺気が突き刺さる。

戦車の群れから発せられる濃密な怒気が。


「……分からないかね?君は私にとって恋人の仇なのだよ……頼む、私にイチコとの約束を破らせないでくれ!」

「こ!?……ああ。そうか……そうだったのか」

「この場で言うか大佐!?あ、いや……そうか、せめてもの意趣返しか」


震える声に最早語る言葉を失ったノヴァは牽引されていたヘルハウンドに飛び乗り走り出す。

砲塔上にシロを乗せ、ナナ……いやハチの亡骸を抱え。


「俺が、俺が先導するってーの……今度こそ、期待に応えるってーの」

「期待?」


そして、セーゴのシャーマンが先導し二台は進む。


「俺は総帥の家族を任されていたんだってーの。なのに俺は左遷と思いこんで……」

「ああ、そう言う事か」


後方ではチャックマン、及び追いついてきたAPとウォルフガング率いる深紅の群狼が壮絶な砲撃戦を開始していた。

片方は個人の想いを封印し、イチコの……総帥の遺命の為に。

もう片方は訳も分からぬまま、敬愛する隊長のために。

そこに正義は無かった。ただ、行き場の無い怒りをぶつけ合う二人の男と巻き込まれた部下達が居るのみ。


「俺が、俺がしっかりしてればお前なんかに不覚を取りはしなかった……この惨状は、俺の怠慢のせいだってーの」

「そんな訳あるか……俺の間抜けさ加減が原因だ。セーゴ、アンタが気にする事じゃない……」

「あっ!?あれはハンターの戦車……しかもかなり名のある古参組ばかりだ。無線?おお、増援だと言っているぞ!」


そして、その地獄から峠一つ越した戦艦砲の弾痕跡で、

シロはこちらに向かってひた走る戦車の群れを発見する。


「ん?ハンター仲間からの助けでも来たのかってーの……じゃあ俺はここまでか」

「……感謝する。されても迷惑なだけかも知れないがな」


セーゴは彼らが巻き込まれるのを恐れ、進路を変えた。

帰る場所を失い荒野に消えていくシャーマンの後姿を二人は複雑な思いで見送った。

そして、そんな彼らの前に三台の戦車に分乗したハンターの群れが現れる。


『よぉ、お前がタルタロスの息子か……NGA総帥をやったんだって?』

「……ああ。まあ、色々と不本意な結末になってしまったがな」

(お兄ちゃんの味方?……しかし、おかしくは無いか?どうやってその情報を知ったんだ?……そもそも誰の手配で)


『連絡があってな。急いで合流しに来たのさ……さて、街に戻るまで一時的に同行するからその旨オフィスに送るぜ?』

『オフィスのコンピュータにチームメンバーとして登録するからよ。そっちからもデータ送信しておいてくれ』

「……ああ。救援なら感謝する」

(このタイミングでか?一体何故だ……しかも、同行だと?まさか!?)


しかしその全てが不可解だった。会った事も無い相手が助けに来るという所から、全てが。

どういう事か、と考えたシロは一つの結論に辿り着く。

彼女は顔を真っ青にして車内に顔を突っ込んだ。


「いかん!逃げろノヴァっ!……コイツ等の目的は」

『もう、遅いぜ?』


そしてシロは叫ぶ。

だが、全ては遅かった。


周囲を守るように。もしくは取り囲むように走っていた三台の戦車が一斉に砲塔を向け、

一切容赦なくヘルハウンドに全ての火力を叩きつける。

その収束した火力は小規模のキノコ雲が上がるほどで、周囲は厚い硝煙に包まれた。

こんなもの、まともに食らえばただでは済むまい。



『残念だったなぁ!賞金は俺達がありがたく貰っておくぜ!?』



……ハンターオフィスを騙す事は難しい。

ましてや他人の賞金を掠め取る事など。

だが、例外も存在した。

チームで討伐した賞金首の場合、戦闘中に死亡したメンバーがいても残りの者に賞金が支払われるのだ。

無論、討伐後の仲間割れなどにハンターオフィスが係わり合いを持つ事など、あろう筈が無い。


『ひゃっほー!やったぜ!賞金頂きーーーーっ!』

『あの野郎の情報は正確だったな!高い金貰って賞金も!うはうはだぜ!?』

『……これで、いい』

『いつかあのアックスって奴に例の一つもしねえとな?』


『鉛玉でか?お前も相当の悪だなぁ!』

『……これで、いいのだ。パクス・ハンタの再来など、わしらの誰も望んではいない……これで……いいのだ……』

『どうした爺さん?酒が足りないのか?』

『へへへ、じゃあ早速一瓶……ん?おい、申請が失敗してやがるぞ!?どうなってるんだ!?』


もっとも、賞金首討伐後のハンターが飛び入りをメンバーとして登録する事など、普通はありえない。

言うまでも無く、取り分が減るからだ。

こんな詐欺に引っかかるのはよほどの阿呆かお人よしぐらいだろう。


「当たり前だ!あれだけ騙されたんだ。これ以上こんな馬鹿な話で騙されてたまるか!」

「お兄ちゃん!」


昨日までの少年ならば引っかかっていたかもしれない。

だが、彼とて昨日までの彼では無いのだ。


『手前ぇ!申請データ、間違いだらけじゃねえか……わざとやりやがったな!?』

『やはり……ハウンドの息子だのう……ここ一番の勘は鋭いか』

『爺さん!んな事言ってる場合か!?コイツにタレコミされたらこっちが賞金かけられちまう!』

『やっちまえ!金は勿体無いが仕方ねえ!』


急ブレーキからのバックダッシュ。

間一髪で難を逃れたヘルハウンドの火器管制に火が灯った。

朝焼けの中……呪われた一夜の最後を飾る戦闘が。

ハンター同士による私闘が今……始まろうとしていた……。

続く



[21215] 15
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/12/12 00:56
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第三章 箱庭(6)

15


艦砲射撃の跡と思しきクレーターの中央で睨みあう戦車が三台と一台。

朝焼けの中、相対する両者は明確な殺気をぶつけ合う。


「……ハイエナか。それでもハンターかよ」

「得たくて得た物ではないが、少なくともお前らには渡せんよ。お前らのような輩にはな……」


「うるせえっ!やっちまえ!」

「くそっ10万G儲け損なったぜ!許さねえ!」

「こっちはエイブラムスが三台……そんな貧相な奴で勝てると思うのか?」

「悪く思わんでくれよ。いや、恨んでくれて構わん。消えてもらう」


ヘルハウンドに狙いを定めるは120mm砲が1門と105mm砲が2門。

それに対するは88mm対空機関砲1門。

火力の差は圧倒的。更に相手は三台居るがこちらは一度各坐でもしようものならそれで終わり。

有利か不利かで言えば圧倒的に不利と言わざるを得ないだろう。

だが、有利な事実も無い訳ではない。


「お兄ちゃん。確かに火力に差はあるように見えるけど相手は副砲もS-Eも搭載していない……火力は文字通り主砲のみだ」

「そうか。副砲が無い、か……それなら勝ち目が無いでもないな」


何故かノヴァはS-Eではなく副砲……つまり機銃が無い事に喜びの声を上げた。

そしてそんな兄を見て、"理解している"事に気付いた妹もまた嬉しそうに狩人らしい獰猛な笑みを浮かべる。


「ふうん。分かってるではないか……どうもストレスが溜まる事ばかりだったからな。まあ、任せろ」

「頼む。俺は速度を生かして逃げ回るからな」


敵の砲撃開始とヘルハウンドのバックダッシュはほぼ同時に始まった。

だが、ノヴァ達の方が一足早い。

ヘルハウンドは後退しつつ相手の砲撃範囲から逃れ、そのままクレーターの上まで駆け上がった。


「逃げんな!」

「追え追え!」

「よっしゃーっ!」


「いや、待たぬか!」


そしてそれを負う三台のエイブラムス。だが、その内120mmを装備した一台が突然追撃を止めた。

中から言い争うような声のする中、その一台はじりじりと後ろに下がり、敵の居ると思われる場所を下から砲撃し始める。


「おやおや。爺さん臆病風か?あいつも巻き込まれて可哀想になぁ!」

「まあ援護射撃お疲れですってな!へへへ。ぶっ潰してやらあ!」

「お前が、な!」


下の一台から見ればクレーターの淵に隠れて友軍二台からの勢い込んだ通信しか聞こえてこないはずだ。

だが、それは馬鹿でも分かる異変だった。


「うわ、な、なんだあああっ!?」

「おい!?上、上だっ……ハッチがこじ開けられてるぞお前!?」

「はっ、機銃をケチるから歩兵なぞに後れを取る……」


ガコン、と言う音と共に上部ハッチがこじ開けられる。

そして砲塔の上に飛び乗っていたシロが銃口を車内に突き入れ、容赦無く一掃射。

それだけで一台の戦車は無力化された。


「あがががががががががっ……が、はっ……」

「何やってるんだアホぉっが!?」

「まあ、援護の無い戦車は基本的に接近されると脆いものだがな!」


車内から銃口を引き抜いてニヤリと笑うシロに恐慌を起こしたか、

もう一台のエイブラムスは仲間の車両に砲撃を仕掛ける。


「まあ、そう来ると思ったよ」

「飛び降りやがった!って……あ」


砲塔上のシロを狙って放たれた砲弾は狙った当人が飛び降りた事により意味をなくし、虚空に消える。

どこかで運の悪い車に当たったのか遠方で黒煙が上がる中、操縦者を失ったクルマはそのまま前進し崖にぶつかって止まった。

そして、あっという間に仲間を失ったもう一台は自分もまた絶望的な隙を晒している事に気付く。

ヘルハウンドの砲塔がこちらを向いているのに気付いたのだ。

……だが、その割に彼は冷静だった。何故なら相手の主砲の小ささに気付いていたからだ。


「ふふん!そんな豆鉄砲でコイツの正面装甲が抜けるかってんだ!情報は有るんだ!お前の主砲は88mmでしかないってな!」

「……アンタ何も分かってないぜ。それこそ、こないだまでの俺ぐらいには」

「アックスの奴もとんだ情報を掴ませたものだな。ヘルハウンドの恐ろしさはそこでは無いぞ」


エイブラムスの装甲は88mm対空砲をほぼ完全に防ぐ。

だが、それに相対する彼らは本質的に何も分かって居なかったのだ。

いや、判ってはいたのかも知れない。M1エイブラムスの装甲は火炎放射器で軽く炙られた程度ではどうにもならない事も。

そして当然の事だが並の機銃程度でどうにかなるものでは無い事も。

ただ……吹けば飛びそうな軽戦車がどれだけ魔改造されているのか。

そこまでは考えが回っていないようだった。


「コイツのCIWSの攻撃力評価は……数値上200mmクラスの主砲を越える」

「え?」


見も蓋も無い事を言ってしまえば作品毎の攻撃力格差だ。

これは見も蓋も無い余談の上MMとサーガを一緒にして考えてしまうと言う問題もあるのだが、

サーガ「砂塵の鎖」の攻撃力においてCIWSは何とあの220mmガイアに匹敵する攻撃力を持っていたりする。

逆に「MMR」仕様の88mm機関砲の攻撃力は「砂塵」仕様における35mm機関砲にすら劣っていたりするのだ。

いや、「砂塵」において177mmアモルフに匹敵する攻撃力を叩き出す35mm機関砲が異常なのかも知れない。


無論そこまで言ってしまうと作品により同口径の主砲の攻撃力がまるで違うのはどう言う事だと言う話になるだろうが、

"この平行世界では"同じ名前でもメーカー毎の仕様や製造時の技術力、

そして経年劣化や保存状態などの外的要因などにより威力がまるで違ってくるのだと考えてもらいたい。

要するに、高度な技術で作られていれば名前以上の攻撃力を出す事は十分にありえるのだ。

……逆もまたしかり、だが。


「耐えられるのか?200mmの主砲に……お前のクルマは!」

「……200?み、り?」

「知る訳無かろう。整備をサボっているのか錆が浮いているぞ……まあ、クルマの力に頼りきってここまで来たのだろうな」


少なくとも、一切改修無しのクルマで生き延びられるほどこの荒野は甘くは無い。

見た目の問題で固定装備が付く前にシャシーの改造を止める諸兄は多かろうが、

まさか初期装備でそのまま進む猛者はそうそう居ないだろう。えげつなくとも勝たねばならないのだから。


「じゃあな。俺から言うのもなんだがクルマにはせめて愛着を持ってやれ。そうすりゃクルマは絶対に応えてくれる」

「お前の場合、もう遅いがな?」


「ぎゃあああああああああっ!」


本来艦載兵器であるCIWSの火力が至近距離の敵戦車に叩き込まれる。

近代化改修を施されていない上、

満足な整備もされずに酷使されていたM1の装甲ではそれを受け止めきる事は出来る訳も無く、

貫通した幾つかの穴から火炎放射の高熱と炎が内部に侵入。

遂には小さな穴や錆による綻びを伝って車内にまで熱と炎が回り、運転席は地獄のストーブに変わる。

普通ならここで炎に包まれた運転手が転がり出てくるところだが、機銃で蜂の巣にされた操縦者が出てくる訳も無く……、

そして、最後には無残な黒焦げの残骸のみが残った。

崖にぶつかって停止した敵と黒焦げになった敵を見て、ノヴァは軽く汗を拭う。


「……残るは一台か」

「ふん。だが侮れんぞ……奴は数の有利を捨ててでもクレーターの中に残った。あそこでは私の隠れる場所が無い」


だが自分達の弱点は知っていたのだろう。

恐らく大将格と思われる一台のみは砲撃跡に残ってじっと待ちの姿勢だ。いつの間にか射撃も止んでいた。

更に上での戦闘中に取り付けたのか、本来人間用のSMGウージーがハッチの傍に取り付けられている。

無理やり接続した感は否めないが、対人用兵器が一つあるだけで警戒しているという意図はノヴァ達にも明確に伝わってきた。


「これはシロに頼んで敵の頭上から、ってのは無理だな」

「まあ無理ではないが……ふむ、そうか。ならば正面から行く他無いな」


静かにヘルハウンドはクレーターの淵から進んでいく。

……相手は余裕なのか動きもしない。


「あのクルマだけは見た感じ錆一つ無いな。どうやら先ほどまでの連中とは違うぞ」

「ああ。舐めてかかれる相手じゃない……だが、使い込まれている車体に見えるが、同時に綺麗過ぎるな。骨董品か?」

「んだとコラ!もういっぺん言ってみろや!」

「……因果だのう。ハウンドの作った組織をその息子が潰したか」


敵は車内に二名。

アクセントなどから初老の男と親子ほど歳の離れた若者によるコンビのようであった。

いや、実際親子か……もしかしたら孫と祖父なのかもしれない。

老人が操縦しつつ若者に指示を出し、若者が砲塔を制御するという布陣だ。

しかし何かおかしい。少なくともいがみ合う様子は無いが長年共に戦い続けたような感じでも無い。

車体同様、どこかちぐはぐな印象を受ける敵コンビであった。


「ん?あのクルマ、大切にはされてたみたいだが長年使われてなかったみたいだな。この毛羽立つ音は……」

「メカに慣れたのだな。そう言われても私には分からんのだが」


エイブラムスの内側から何処か精神を毛羽立たせる、強いて言えば黒板に爪を立てたような音が響く。

ヘルハウンドからではエンジン音に阻まれほぼ聞こえないが、車内の老人が冷や汗を垂らしてしまう程度には。

見た目の整備は完璧だった。

だが、長く動かす事も無くなり、いつしかその内側にまでは気にかけないようになっていた自分に老人は気付く。


「ぬう。軸か?内側に錆でも付いてたか?久しぶりに動かしたせいか動きがぎこちないのう……このわしが、整備不良とはな」

「爺さん!相手はチビっこい割に火力高ぇぞ!?どうすんだよ!」


「……まあ、任せい。かつて10を越える賞金首を屠ったこのM1A2……幾ら調子が悪かろうとも、そうそう遅れは取らんよ」

「それ、二十年以上前の話じゃねえか!仕事が無くなった時に武器も殆ど売り払ってる癖に何を偉そうに!?」

「おい。何か揉めてないか?」

「そうだな……少なくともチャンスだ」


ヘルハウンドは射線から逃れるように円運動を描き始める。

そしてそれを見たM1A2エイブラムスもまた同じように円運動を始める。

円の左右をお互いに砲塔を向けながら回転し始める二台。

それはまるで一触即発のメリーゴーランドのようにも見える。


「おい!?何故撃たん!?」

「あのクルマ、さり気なく移動速度と回転半径を変えてフェイントを……相手の射線から逃れるのがやっとなんだよ!」


「爺さん!早く撃てよ!?何やってんだよ耄碌したのか!?あーんっ!?」

「黙らんかい!……なんてこった。あのガキ愛車の特性を知り尽くしてやがる!?主砲を撃って足を止めたら終わりだ……」


高速でクレーター内部を回る二台の戦車。

時折急停止、そして急発進。

不規則に速度を落とし、ある時は内側にぶれ、またある時はクレーターの外側に乗り出さんばかりに外側に寄る。

双方機銃一発撃とうとしない。

いや、撃てない。双方全力で回避と照準に専心している。

無策に撃って隙を晒す事は致命的な失策に繋がりかねなかった。


「おい!爺さん!?何遊んでるんだよ!?いい加減にしろよ!年寄りの冷や水だろが!?汗びっしょりだぞコラ!」

「黙っておれ!若いってのは良い事だが……アイツも人の子、絶対に隙を見せる。それまで、ふはは……我慢比べだのう!」


「……頼むぞ。私はクルマに関しては素人だからな……だが、戦場の先輩として一言だけ言っておく……決して焦るなよ?」

「ああ。相手は歳だ……必ず体力が尽きる……その時が、勝負だ……!」


ノヴァの頭は冴え渡っていた。

まるで長く脳内を覆っていた霞が晴れたかのように。

戦場で感じる空気から、敵戦車の動きから、そして握り締めた操縦桿の振動から。

彼の周りを包む全ての物から貪欲に。砂漠が水を吸うが如く戦う術を学び取っていく。


「……捉えた!」

「おい、爺さん!?敵が撃って来たぞ!?」

「豆鉄砲だ!恐れるでないわ。今撃ち返……なっ!?隙が、無い!?」


ヘルハウンドの13mm機銃が遂にその口から弾丸を吐き出した。

バラバラと殺到する銃弾はエイブラムスの側面装甲に突き刺さり、十数枚の装甲タイルを剥ぎ取っていく。

たかが十数枚分のダメージ。だがそれは大きな一歩だ。


「なっ!?アレだけ当たってたった20枚弱だと!?……お兄ちゃん、アレの装甲は洒落にならんぞ!?」

「一枚でも剥がれたならいつかは勝てる!情報更新……側面でアレなら正面は無意味。対処方法は……」


「こ、このわしが……撃たれて反撃も出来ないだと!?歳のせいか?ブランクのせいなのか!?」

「つーか爺さん元々野戦整備士だろうが!?って、おい!また来るぞ!?」


続いて9mmチェインガンが唸りをあげる。

そしてまた側面に突き刺さった銃弾が20枚ほどの装甲を貫いた。

……その事実に老人の顔が驚愕に引きつる。


「おい爺さん!?それでも獲得賞金総額10万越えの大物なのかよ!?俺、死にたく無ぇよ!?」

「黙れ!いいか孫よ……戦場では諦めなくても死ぬ時は死ぬ!だが、諦めたらほぼ間違いなく死ぬのだ!諦めるでない!」


だが、老人の腕は震えていた。

何故か?

それは明らかに攻撃力の低い9mmチェインガンで……、


「また来たぞ!?」

「今度はまた13mm……今度は40枚持って行かれた!間違いない!あの小僧確実に"上手く"なっている!」


今まで砂上の楼閣と偽りの記憶に占拠されていた少年、いや若きハンターの記憶領域。

それが解放された今、ノヴァは第一次成長期の幼子の如く急速に物事を……この場合戦闘の仕方を覚えていく。

それはアスファルトを突き破り芽を出す若葉の如く。

その成長は止まらない。そう、大輪の花を咲かせるその時まで。


「次は、これだ!」


その成長の一環として、ノヴァは明後日の方向にチェインガンを撃ち出した。

その弾丸は当然エイブラムスを飛び越えクレーターの端に転がる錆びた鉄の塊に突き刺さり、弾かれる。

……これだけでは何の意味も無い無駄な行動だ。


「おい!?突然どうした!?一体何処を撃っている!?まるで明後日の……お兄ちゃん!?嘘っ!?」

「最終的に当たれば……多少の威力の増減なんて……大事なのは、敵の……虚を突く事!」


だがその跳ね返った弾丸がエイブラムスの逆側側面装甲に叩き付けられた。

大して激しくも無い衝撃。

だが、それにより破壊され滑落する装甲タイル。

それが、あまりにも大きな"衝撃"を呼ぶ事になる。


「何だ!?そ、外側のタイルが剥がれ落ちてる!?な、何で!?そ、そうか。激しい振動で落ちたんだ。そうに決まって」

「……スマンの。これは……わしの落ち度だったかも知れん……跳弾?……偶然では、無いのなら……これは……はっ!?」


千載一遇の機会。敵の注意が彼らから離れた一瞬……それだけで十分だった。

それを待っていたかのように突然、ヘルハウンドがドリフトをかます。

土煙を上げながら、その砲塔は車体ごと敵を正面から捉えていて。

対するエイブラムスは……操縦者が未だ先ほどの跳弾の衝撃から抜け出していない。

それが、明暗を受けた。


「か、完全に側面を取られたじゃねえか!?」

「……そうか。まあよい。出来ればこのクルマを傷つけたくなど無かったが……迎え撃ってやろうではないか!」


胴体側面を晒したエイブラムスと正面装甲を敵に向けているヘルハウンド。

体勢はヘルハウンドが圧倒的有利。

だが、大破壊以前における世界最強国の主力戦車と試作型欠陥付き軽戦車。その地力は比べるべくも無い。

そして黙っていれば明らかに大打撃を受けるこの状況を逆に相手の足の止まるチャンスと捉えたエイブラムスの老人もまた、

急停止と共に射撃体勢に入っていた。

そう……正面からの殴り合いを双方共に選択したのだ。


「限界まで改造されたコイツの防御、破れるとは思わん事だのう。それに武装が無い分装甲量は……5000枚を越えるぞ!」

「一銭になりもしねえがもうヤケだ!やってやらあ……120mm砲!全弾ありったけ持って行けコラーーーーーっ!」


「全兵装一斉同期……全弾持っていけ!シロ、耳塞いどけよ!?」

「わ、分かった!」


一瞬の沈黙。

草木の揺れる音までも聞こえるのではないかと言う永遠に近い一瞬。

……そして、大気が爆ぜる。


「うおおおおおおおおおおおっ!装填!発射!装填!発射!装填発射装填発射装填……アラート!?知るか発射!」

「やはり危険だ……ハウンドよ、お主とわし等で起こしたあの地獄……二度と起こしてはならんのだ!済まん!」


5種類の兵装による豪雨の如き襲撃の合間を縫うように、120mm砲の砲撃音が響く。

それは強いて言うならスコールと氷柱の戦い。

お互いの装甲タイルが主を守るため次々と散華していく中、二台の戦車はお互いの利点を生かすべく足掻きを続けていく。

戦力は拮抗しているようだ……ならば、ただ撃ち合うだけで勝てる訳が無いのだから。


「オイ爺さん!?何車体を揺らしてるんだよ!?当て辛いじゃねえか!?」

「少しでも、敵弾を弾いておかんと……大丈夫だ。こっちの装甲はまだ半分も残っている!」


「タイルが、もう無いぞ!?ええい!相手の装甲は一体何層あるのだ!剥がしても剥がしてもきりが無い!」

「……シャシー小破……後は我慢比べか?……いや、このままでは……シロっ!」


長く続く足を止めた撃ち合い。先に顔を上げたほうが負ける我慢比べ。

双方共に最早逃げ出すという選択肢は無い。逃げる余地も無い。

戦いは正しく消耗戦の様相を呈し、


「……爺さん!敵からの攻撃が止んだぜ!?」

「まだだ!シャシーが爆発するまで攻撃の手を緩めるでない!」


そしてその撃ち合いは。

ヘルハウンドが紅蓮の業火に包まれる事により、終結を迎えた。

……まともな人間ならば生きては居まい。

黒焦げになった車体のあちこちからは過剰なほどの炎が今も立ち上っている。


「……酷ぇなこりゃ」

「こっちのタイルももう千枚ちょっとしか残っておらん。やはり、長じれば奴を越えて居たかも知れんな……悪く思うなよ」

「思わんで居られるか!」


そんな燃え盛る大破したヘルハウンドの上にゆっくりと立つ人影。

……シロだ。


「お前さんか……今回は、その……災難だったのう」

「全くだ。家族も、帰る所も無くしてしまった。その上、私からお兄ちゃんまで奪うのか!?」


その手に武器はない。

ただ、大破した砲塔の上に立ち、敵を睨みつけるのみだ。

ヘルハウンドのほぼ全ての装備は大破している……既に勝ち目の無い状況だ。

そして砲塔から顔を出した敵の顔を見て、彼女は悲しげに顔を歪めるしかないようだった。


「まさか貴方だったとは……修理屋ジョーンズ。お父さんの戦友。そんな貴方が何で……何でお兄ちゃんを狙う?金か?」

「おうよ!」

「黙っとれ馬鹿もん!まあ、それも否定せんが。一番の理由は……NGAの設立意義にも関わってくる事、といえば分かるな?」


長時間の砲撃戦の末に熱せられた、喉を焼くような熱風がクレーターを吹きぬける。

老人の意図を理解し、シロの目から涙が零れる。


「お兄ちゃんが"パクス・ハンタ"を再び起こすと言うのか!?出来る訳無いだろう!?お父さんじゃないんだから!」

「そうかのう?もし生き延びていたら……いつかハウンドをも凌ぐ器と見たが」


犬娘が少々大げさなほどに首を振る。

そして怒りと共に叫びを上げた。


「今更一人のハンターに殺し尽くされるほど賞金首も馬鹿ではない!」

「ほぉ……では、昨日一晩で一体何人の賞金首が死んだ?ハウンドドッグを含めてだ」


しん、と周囲が静まり返る。

……燃え上がっていた炎が収まり始める中、静かにシロは数を数えた。


「有名どころで最低二人か。下手をしたら大佐以外全滅しているかもな」

「昨夜遅く匿名でオフィスにタレコミがあったそうだ。NGAの7割をたった一人のハンターが討ち取った、とな」


嘯くシロに、たった一言で事実が突きつけられる。

だがその言葉のもつ意味を理解し、シロは俯くしかない。

何故ならそれは失われた命の数に他ならないのだから。


「……七割。そうか、七割もか」

「しかも、あのチャックマンがNGAと繋がりを持ちそのハンターを襲ったとして指名手配を受けたと言うではないか!」


「な?何だと!?」

「……ネームバリューのある奴の突然の暴走だからなオイ。ビビったオフィスは何といきなり6万もの賞金をかけたらしいぜ?」

「タイークもテラも。勿論パクスハンタも……街はどこも大騒ぎになっておるわい」


風が吹く。

あれほど燃え盛っていた炎が急速に消えていく。

そして、シロは呆然と立ち尽くすしかない。


「……何時かお兄ちゃんが賞金首を狩りつくし、ハンターの仕事を奪うから。だから殺すと言うのか?老ジョーンズ」

「そうだ。稼ぎを失ったハンター達がどうなったか。お前は良く聞かされて育っておるだろう?」

「ヤバイ。俺、蚊帳の外じゃねえか……まあ良いけどよ」


そして老人は言い放つ。

最悪の未来が回避された安堵と、友が息子と呼んだ男を撃ち殺した悔恨と共に。


「砲撃係に孫まで伴ってここまで来た理由が判ったな?賞金首は根絶されてはならんのだ。わしらが排斥されん為に」

「金の無いハンターなんぞ夜盗と変わりゃしねぇからなオイ!」



そして、寂しげに。

深い、深い溜息をつく。


「……ハンターなんてのう。街の連中にとっちゃ厄介者でしかない。敵が居るからこそそれなりに尊敬されてるだけだからのう」

「ああ。"パクス・ハンタ"(はんたの平和)とその後に起こったハンター排斥運動の顛末は、子守唄代わりに聞かされて育ったよ」


状況を理解していないジョーンズの孫がモヒカンを所在なさげに手入れする中、二人は一斉に深い溜息をつく。

そこには最早先ほどまでの戦闘の熱狂は無かった。

"パクス・ハンタ"

今では街の名前にすらなっているそれは、この崩壊した世界においてすら禁忌とされかねない忌まわしい歴史。

例え賞金首とモンスターが消えても人類は幸せになれる訳ではないと証明してしまった呪わしき物語である。


かつて人間戦車とまで称されし偉大なるハンターと彼によって齎された平和。

その平和の中では生きられなかった者達の暴走と、平和の中で感謝を忘れた者達による無責任と無関心。

それらが複雑に絡まりあい起こるべくして起こった悲劇に対し、皮肉を込めて付けられた名前でもある。


無論、その後半……悲劇の真実を知る者は一部しか居らず、

20年程が経過した今では、世間に知られているのは何処にでも転がっている英雄譚としての部分のみだ。

だが、当事者にとって……それは今でも忘れられない悪夢以外の何物でもないのだ。


「あのハウンドでさえ、守りきれなかった……追い詰められたハンターとは核弾頭並みに危険な存在なのだからな」

「ああ。逆恨みされて。生まれたばかりのお姉ちゃんを抱いて逃げて……そしてお父さんはNGAを設立したんだ」


NGA……ネオ・グラップル・アーミー。

それはかつて、ハウンド=タルタロスが自ら壊滅させた組織の名を取って設立した犯罪組織である。

目的は賞金首の組織化によるハンターオフィスへの対抗、と表向きはなっている。



だが、その真実は"賞金首の養殖場"であった。



敵が居ないというのなら自分で増やしてやる。

文句があるなら力ずくで言えないようにしてやる。

そして。誰のお陰で平和に暮らせるのか、理解させてやる。

その想いから彼は私財を投げ打ち、アウトローや賞金首の消滅により食い詰めた元ハンター達を集め始めた。

顔を隠し、金を出し。

そして配下の手に負えない敵は善悪の区別無しに排除し続けたのだ。


街を荒らした。

ハンターが必要なものである事を理解させるために。

それに金は幾らあっても足りない。奪って奪って奪い尽くした。

危機を前に、今更ハンターに救いを求める身勝手な連中に鉄槌を下し続けた。


ハンターオフィスも荒らした。

戦え戦えと散々煽っておきながらいざ倒すべき敵が居なくなると掌を返したからだ。

自分達は役所的な存在として上手く新しい時代に順応し、ハンター達はいつの間にか切り捨てられていた。

ハウンドは思ったのだ。せめて、次の働き口くらい用意してくれても良かったのではないか、と?

……無論、逆恨みなのは分かっていたが。


逆らうハンターだって倒し続けた。

何故なら折角増やした"悪党"が減ってしまう。

それに……当時のハンターは既に彼の敵と言っても良かったからだ。


かくして仮初の平和は破られ。

世界に蔓延る賞金首と、それと戦うハンター達の姿が戻って来る事となる。

そう、また元の大破壊後の世界が。


そして数年……気が付けば組織は巨大化の一途を辿り、

人々は日々の暮らしもままならなくなっていた。

このままでは、遠からずこの地に人間は住めなくなるのは明白。


だから捨てた。彼は組織を捨てた。

突然総帥が消えてNGAは大混乱に陥ったがどうでも良かった。

そもそも彼の目的はもう達成している。今更知った事ではない。

ハンターの生き易い世の中にはなった筈だ。

放っておけば勝手に増えていく事だろう。

だから後は知らないのだ。


NGAが栄えようが滅びようが一度崩壊した秩序は完全には戻らないだろう。

もうハンターが食い扶持に困る事は無い。

だから逆恨みされて襲われる事も無い。つまり知ろうとする必要も無い。

彼にとって大事なものは既に掌をすり抜けていってしまっていた。

最後に残った一人娘さえ無事ならそれでよかったのだ……ハウンドにとっては。


「アイツは最終的に組織どころかハンタ-である事も捨てちまった。やさぐれてたにしても余りに無責任だったがのう」

「だからそれを知ったお姉ちゃんが立ったのだ。やりたく無くてもお兄ちゃんと父親の被害者を救わねばならなかったしな」


もっとも。

それを知った最愛の娘が取った行動とその顛末を考えれば早計だった、としか言いようは無いが。


……。


燃え尽きた灰のような疲れ果てた沈黙が周囲を支配していた。

疲れた顔の老人は、まるで懺悔するかのようにシロに語りかける。


「……あんな地獄を再びこの世に出す訳にはいかん……だから、あの小僧を殺さねばならなかった!許せとは言わん、だが」

「許すのは私ではないぞ。それに、だ……」

「許されるとも思っちゃ居ない!」


しかしそれは中断を余儀なくされる。

突然の衝撃がエイブラムスを襲う。

……いつの間にか機能を取り戻していたヘルハウンドがCIWSに残った残弾を残らずエイブラムスに叩き込んだのだ。

話に集中していた彼らにそれを避ける余裕は無かった。


「何だってーーーっ!?おいおい!?装甲千枚以上残ってるのにシャシーに穴ぁっ!?しかもいきなり大破だとオイ!?」

「馬鹿な……完全にシャシーも武器も大破していたはず……わしの目が曇った!?そんな馬鹿な……」


「お兄ちゃん……時間稼ぎ……途中から忘れていた……ごめん」

「結果としてやってくれたんだから構わない。それに、俺のしでかした事に比べれば……」


砲塔からスパナを片手にノヴァが現れる。

そして呆然と、大破した己のクルマから転がり出た二人にショットガンを突きつけた。


「形勢逆転だ。修理する時間をくれて有難うよ……」

「修理だと!?アレはもう鉄くず同然だった筈だぞ!?この短時間で修理など……わしでも難しいと言うのに……」


「何て言うかさ。最近機械に関しては良く分かるって言うか……まあいい。もう勝負は付いた……俺達は行かせて貰う」

「……さらばだジョーンズさん。もう、父の旧友も信用ならんと教えてくれて有難う」


ヘルハウンドは、走り出す。

仲間を失いクルマを破壊され、呆然とする老人と若者をそのままに。

クレーターを越え、何処へとも無く走り出した。


「……そういや。あの二人あのまま置いてけぼりで大丈夫か?親父の知り合いらしいけど」

「ふん。名うての野戦整備士だ。あの程度の破損すぐに直せるさ。それより」


操縦席に満ちる言葉は空虚だ。

もっとも考えたくない事実を遠ざける為、二人は中身の無い会話に終始する。


「ん?ああ、あの攻撃なら最初から30cm四方に攻撃を集中させててな。そこだけ装甲が完全に剥げてたって訳だ」

「いや、そうではない……これから、どうしようか?」


だが、何時までも逃げては居られなかった。

……覚悟を決めたシロの言葉で車内に沈黙が走る。

かつての家はもう無い。仮初の家は今や敵の巣窟。

そして、拠点たるトンネルタウンもNGAへ既に降伏しているのだ。


「最早、私達に帰るべき場所は無い。お姉ちゃんの指示も無いから私はどうすれば良いか分からない」

「そうだな……まあ、とりあえず帰る場所はあるみたいだが」


その言葉に疑問を感じ、シロがノヴァの手元を覗き込む。

Cユニットの画面がおかしい。故障しているのか何も映っていない。


「何か、自動帰還装置ってのが働いてるみたいで、それしか映らないんだ……まあいいさ。取りあえずはなるようになれだ」

「そんな事で良いのか?……まあ、それもそうか。今や行く当てもなければ目的も無いんだしな……はは」


そうしてシロはいつの間にか抱きかかえていた妹の亡骸を抱き寄せていた。

死の匂いが遠ざかると共に緊張の糸が切れていく。今は、今だけは弱気になっていたかったのだ。


「うう、うう……ハチ……お姉ちゃん……ぐすっ……どうすればいい……どうやってお兄ちゃん、私一人で守れば良い?」

「これからどうする、か……どうすりゃ良いんだろうな……まだ、実感すら、沸きや、しな、……ぐすっ……くそっ……」


ヘルハウンドはただひたすら走り続ける。

その中に抱く者達に行き先すら伝えぬままに。


……箱庭は壊れた。

姉が用意した安心で安全な人生。

最愛の弟の為だけに設計されたノヴァの為の箱庭は、

彼のための人生のレールは完全に崩壊したのだ。


「なあ、爺さん……修理は終わったけどどうする?アイツを倒せないとこのクルマ貰えないんだよなヲイ?」

「いや……次は逆に殺されかねん。戦車も好きにしろ……あの話を聞いた後でもハンターになりたいなら、だがのう?」


そして、ノヴァはこの日。

明日をも知れぬ絶望の中、嗚咽交じりの産声をあげる。

……例え成すべき事はまだ、見えなくとも。


「ん?何だありゃ……おい爺さん。アレは何だよコラ」

「ん?…………ふ、は……ま、まさか、まさかあれは……」


だが少なくとも、今の彼らは追っ手から逃げ出す敗残兵に過ぎない。

暴走機械の城から逃げ出す地獄の猟犬。

それを尻目に城に向かうは……、


「デカイ……何だよありゃ!?あり得ねぇ……ありえねぇよ……」

「やはりアレは…………ガルム……そうか。生きていたのか……」


城の如き巨体の鋼。

三つの首に三本づつの牙。

地獄の番犬。

移動要塞であり陸上戦艦。

対ノア戦の切り札の一つとして建造された最強の戦車。

史上最高額、百万Gの賞金首。

それが現れる所絶望と破壊、そして砲火に包まれる。

故に人は恐怖と絶望、そしてほんの僅かな羨望を込めてそれを呼ぶのだ。

至上最大なる鋼鉄の伝説、


"砲火のガルム"


と。


……。


最悪の賞金首組織の壊滅と暴走機械の活性化。

そして、究極の賞金首の復活。

20年近い停滞の時を経てさまざまなものが動き始める。

そう、この日より……彼の地は激動の時代を迎える事となったのだ……。


第三章 完

続く



[21215] 16 第四章 地獄の底で
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/12/27 21:37
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第四章 地獄の底で(1)

16


暗闇の中、走る人影。

その後ろには崩れた顔や四肢の欠けた人影が、まるでゾンビのように追い縋っている。


「はぁ、はぁ……がはぁっ……」


走るのはノヴァ。

先の見えない真っ暗な闇の中をただひたすら走り……いや、逃げ続ける。


『……待て……』
『……逃げるな卑怯者……』
『俺達の人生を……』
『返せ……!』
『こっちに来い……!』
『お前も……堕ちろ……!』


走っても走っても差は広がらない。

むしろ段々と迫ってくる。


「な。何だよ……何なんだよコイツ等は!?」

『それはね、貴方に殺された人なの。ノヴァ。分かる?』


ふと横からかかる声。

懐かしい響きに思わず顔が横を向く。

……そこには。


「ねえ、ちゃん?」

『ノヴァ……大丈夫。お姉ちゃんが居るから大丈夫』


全身を真っ赤に染め、バラバラに宙に浮かぶ姉の姿。

それは表情だけはにこやかに、ノヴァのほうを向いている。


『大丈夫よ、大丈夫なの。お姉ちゃんが居る限り大丈夫なのよ』

「イチコ、姉ちゃん……」


イチコは暗闇の中を追い縋る亡霊の方へ飛んでいく。

まるでノヴァの為の壁になるかのように。


『いいの。お姉ちゃんはノヴァを責めない。お姉ちゃんが押さえているからその隙に先に進みなさい』


亡霊を押し止める姉の姿。

早く逃げるのですと脳内で誰かが叫ぶ。

彼女が抑えていられる内にその先に走りなさいと誰かが囁く。


『ノヴァ、可哀想なノヴァ。お姉ちゃんが居るから大丈夫。お姉ちゃんが居るうちは大丈夫。だから急ぎなさい』


亡霊の数は増えていく。それらとノヴァの間に立って道を塞ぐイチコの体に段々とヒビが入っていく。

……さあ、急ぎなさいと誰かが言っている。

彼女が居るうちに逃げなさいと、

だれかが、

そう、


「もう……逃げるかよ」


そう……囁くその声を無視し、ノヴァは踏み出した。


『来てはいけない。ここに居たらノヴァも飲み込まれてしまうわ』

「……」


『……お前も……こっちに来たいのか?』

『ここは暗いぞ?寒いぞ?辛いぞ?』

『嫌だろう?自分が悪いと認めるのは辛いだろう?』

『お姉ちゃんに守ってもらえ……そうすれば少しはもつ……』

『人間だもの……それで良いのさ……』


そして一歩踏み出し、


「良いわけ…………無いだろ!?」


ノヴァは亡霊に殴りかかった。

だが、その拳は亡霊たちの体をすり抜ける。

逆に腕を掴まれ、ノヴァは亡霊たちの中に引きずり込まれた。


「これは!?」

『痛いだろう……これは俺達の受けた痛みだ』
『辛いでしょ……これは私達が受けた苦しみ』
『苦しいよね……これは貴方のせいよ、全部』


全身を引き裂かれるような感覚。

落ちているような、浮かんでいるような浮遊感。

まるで、この世のありとあらゆる苦しみが一堂に会したかのようだ。


『ノヴァ……』

「ねえ、ちゃん?」


そんな中で上から手が差し伸べられる。

イチコが手を伸ばしている。


『この手を掴んで……お姉ちゃんが貴方を引き上げるわ』

「……」


『それとも。ここで死にたいの?このままじゃあ、死んでしまうわ』

「……」


『さあ。手を取るの。お姉ちゃんが導いてあげるから……』

「……いや、いい」


しかし、ノヴァは首を横に振る。

そして、目を見開いた。

……確固たる、意思を持って。


「姉ちゃん。もういいんだ」

『なら。ここであの子たちに殺されるの?それで良いのね?』


心配そうにするイチコ。

だが彼は既に気付いていた。

優しい言葉をかけてくれる彼女が彼女自身では無い事を。


「何時かそっちに行った時、謝るからさ……待っててくれ」

『貴方はここに居てはいけないの。さあ、強がらずに』


差し出された手を静かに横に除けると、ノヴァはぐっと手を握り締める。

抜け出さねばならない。何故ならここは現実ではないから。

……いつの間にかその手には、一丁のショットガンが握られていた。


『そんなものでは勝てないの。貴方では無理なの。ノヴァ、私の言う事を聞いて』

「……まったく、酷い夢だ……」


狙いを定める事も無く、周囲に撒き散らかされるショットガンシェル。

だが、勿論そんなものが亡霊たちに効く筈も無い。

纏わり付く亡霊たちの力は更に強くなり、ノヴァを締め上げていく。

……だが、ノヴァは冷静にそれを見ている。


『怖くないの?生きて行く事が怖くないの?貴方は罪を犯した。罪人にはされないでしょう。でも貴方は罪を犯したの』

「そうだな」


『辛くないの?逃げても良いの。逃げるな……何て言うのは人間だけよ』

「だな。けど……逃げてどうなる?さっきだって逃げても何にもならなかった」


さっきまで逃げていた時の記憶がノヴァの中にフラッシュバックする。

逃げても逃げても差は縮まらない。

当然だ、相手は亡霊。しかもノヴァ自身の心が生み出したものなのだから。

……ならばどうすれば良いのか?


「……姉ちゃん、俺……決めたよ」

『……え』


答えは非常に単純、立ち向かう他無いのだ。

自分の罪は重く、そこに奇麗事の入る余地は無い。

あるがままを受け入れるのは辛いだろう。

だが、最初の失態を受け入れなかった結果がこれだとしたら、

受け入れねば三度目がある、と言う事だ。

ならば……全て受け入れねばなるまい。



「俺は、後悔しないように生きる。何時か向こうで姉ちゃんに誇れるように!」



そう叫び、ショットガンを投げつける。

正面から突っ込み、渾身の力を込めて亡霊を殴りつける。

無論当たる筈が無い。

だがそれでも殴る。殴り続ける。


『自棄になったか』

『無駄な事を』

『自分のしでかしたことを忘れたのか』

「忘れる訳無いだろう!?俺の場合、生きてるだけで拷問だろうが!?」


亡霊の群れがのしかかる。

だが、それでも膝は付かない。

決して諦めない。

……諦める権利はもう無くしたから。


「……姉ちゃん。後は自分でやってみる……見守っててくれ。俺の戦いを!」

『そんな事をしなくても良いの、貴方は……ぐぉぁあっ!?』


ノヴァが吼える。自身に言い聞かせるように。

その時、横で浮いていた姉の姿がぶれた。

少年の決意に反応したかのように死臭塗れのその姿をした何かは急速に崩壊し、

その奥から懐かしい姿の"姉ちゃん"が現れる。


「そう。分かったわ……行ってきなさい、ノヴァ!」

「ああ!行って来る!」


続いてノヴァの姿がぶれる。

突如として光に包まれたノヴァは、気が付くと一台の戦車になっていた。

それは、砲塔から無数の砲弾を吐き出し亡霊を踏み潰しながらただひたすらに先へと進んでいく。


『ぐおおおおおおっ』
『開き直るか!腐れ外道め!』
『貴様の罪は消えん!』
『心の内側で後悔し続けるが良いわぁ!』


……当然だ。無論そうするつもりだ。


亡霊をひき殺しつつ、そんな呟きを残してノヴァは進んでいく。

ただひたすらに進むと、視界の先に見える一筋の光。

それは見る間に大きくなっていき、

ノヴァを飲み込み、そして亡霊も……イチコをも飲み込んでいく。

そして……暗闇の世界の全てが白い光に包まれていく。


「ノヴァ。頑張ってね……」


崩壊する暗黒の夢。

その中でノヴァは、

最後に姉ちゃんの声を聞いた気がしていた……。



……。



定期的に響き渡る電子音。

人工呼吸器の稼動音。

……ノヴァが目を覚ますと、彼は見知らぬ場所に居た。

そう、先ほどの一件はまさしく悪夢だったのだ。


「ここは……」


必死に記憶を掘り起こす。

確か勝手に何処かに帰還しようとするクルマの中で、流石に力尽きて気を失った筈だ。

何せシロを庇った時、背中を貫通しかねないほどの銃撃の雨に晒されたのだ。

脳内物質が大分分泌される状況だったのでそれでも気を張っていられたが、

安全な場所まで来た事で緊張の糸が切れたのだろう。


「じゃあ、シロがここまで連れて来てくれたのか?」

「……ぅぅん」


はっとして横を見ると、自分と同じように寝かされているシロの姿。

傷は見当たらないが、点滴までされている所を見るとシロと言う線も消える。

だとしたら一体誰が?

そう思った時、背後から自動ドアの開く音がした。


伸びる影が視界に入る。

それは彼どころか世界の未来をも左右する出会いになるのだが、

この時の彼らはそれを知る由も無かった……。


……。


未だぼんやりとしたままのノヴァに対し、野太い声がかけられる。


「ほお。新所長は随分丈夫なお人のようじゃな。あの傷でもう目が覚めるか」

「……誰だ?」


それは壮年から老年に差し掛かる年齢の男だった。

でっぷりとした腹に薄汚れた白衣を纏い、

無精髭を伸ばしたい放題にした自分の顎をゴツイ手で撫でていた。

不敵な笑みを浮かべるその男は、この時代を生きる者が持っていない何かを持っている。

と、ノヴァにはそんな風に見えた。


「お前さんに取って代わられて所長ではなくなったから何と言えば良いのか……まあ今は主任研究員といった所じゃな」

「研究?何の、だ?」


正直訳が判らない。

と、ノヴァが目を白黒させているのを見て、男は困ったように笑った。


「おいおい。ここを何処だと思ってるんじゃ?」

「どこって……あ、まさかここは……ヘルハウンドを見つけた……」


ふと彼は思いだす。

ヘルハウンドを見つけた地下研究所。

そこに立ち入った際、自分を所長として登録しなかったか、と。


「そう!ようこそ新所長。このアビス研究所に!」

「アビス、研究所!?」


そう考えればヘルハウンドがここに帰還しようとしたのも頷ける。

帰る場所は生まれ故郷……当たり前ではないか。


「そうじゃ。そしてわしは恵比寿博士……まあ人はわしをアビス博士と呼ぶがな!がっはっは!」

「あー、えーと。とりあえず宜しく博士」


そしてそう言えば、その施設の名前も知らなかった事を思い出す。

しかし考えてみればおかしい気もした。

何故ならここがあの研究所だとしたら、この人物は大破壊前から生きている事になるが。


「全く驚いたぞ。新所長が現れたんで冷凍睡眠から目覚めてみれば、上に誰も居ないんじゃからな」

「ここはヘルハウンドがあった所の更に地下なのか……」


状況が分かっていないノヴァに対し、豪快な笑い声を上げながらアビス博士は現状を説明し始める。


……期せずしてそれは前文明の終末の歴史そのものでもあった。

かつてブラドコングロマリットで兵器の開発を行っていた事。

ノアの暴走により対ノア用の兵器開発が始まった事。

戦況が不利になるに従い研究すべき項目は増え、反比例して予算と資材の供給は滞っていった事。

そして遂に補給線が絶たれた事。


「ここはその頃既に殆ど放棄されていた。じゃがの、わしは諦めきれんかったんじゃ」

「だから、冷凍睡眠を?」


博士は頷く。

設備さえ無事で残っていれば、自分さえいれば研究は続けられる。

そう考え彼は施設を休眠させ、眠りに付いたのだ。

何時か、ここの価値を認めるものが現れたときに再び目覚める為に。


「施設が再稼動したら自動的に冷凍睡眠から目覚めるようセットしておいたのだが……まさかこんな状態とはなあ……」

「まあ、旧時代の人ならそう思うのかもな」


まさか己の再評価がなされる前に人類が滅びるのは予想外だったのだろう。

博士の表情は重い。

何せ下手をするとそのまま永遠に寝たままになって居たのだから。


「とは言え悪い事ばかりではない。お前さんには感動させて貰ったしな!」

「何を!?」


とは言えそれは悪い事ばかりではなかったようだ。

博士はぐっと親指を突き出して嬉しそうに言った。


「ヘルハウンドじゃ!あの欠陥品を良くあそこまで酷使してくれた。あの状態で使い物になるとは思わんかったぞ?」

「製作者にまで酷評されてる!?」


「寝てる間に整備しておいたが一体どうやったらあんなに修理する羽目になる?期せずして耐久性の高さが証明されたぞ!」

「スナザメに体当たりされたりM1A2と足を止めて撃ち合いしたり……その程度?」


「ほうほう?大型バイオ兵器に下から……そして某国主力戦車と互角に?ほうほうほう!良いでは無いか良いではないか!」

(何がそんなに嬉しいんだこの人?)


自分の作ったクルマに起こった壮絶な受難話に博士は頬を緩ませる。

ノヴァはまだ理解していなかったがそれはマッドの瞳。

すなわち研究者としての業であった。

一通り話を聞いた博士はにんまりと笑い、ノヴァの肩に手を乗せた。


「話が詳しくて助かるわい。こりゃあ不具合の洗い出しは楽そうじゃな。次なる改良に役立ちそうじゃ」

「……次なる……改良だって?」


それに反応するノヴァ。

次なる改良……それは即ちヘルハウンドが強化される事に他ならないのだ。

これからどう動くにしろ、戦力の強化はしておいて損などない。

それに考えてみれば目の前に居るのは他ならぬヘルハウンドの生みの親。

強化を頼むのにこれ以上の人材は居ないだろう。


「おお。そうだ……所長、話がある。ヘルハウンドについてだ」

「なんだ?早速改造案が有るとか?」


「ある。と言うかむしろ今まで動きが取れなかっただけだ。だが今回の問題は別だ」

「それは?」


自身有りげな言葉。計画自身が半ば廃棄されたものであったが、

博士自身は諦めず、強化案を練っていたらしい。

まあ、下手をすると生身の方が強そうな戦車(笑)状態では納得が行くはずもあるまい。


「ぶっちゃけ、シャシーのフレームが曲がっておる。修理完了まで暫く使用禁止じゃな」

「……な、に……?」


だが、博士の口から飛び出したのは改造とかそう言うレベルではない大問題だった。

試作品の無理な使用は車体に大きな負荷をかけて居たのだ。

つまりこのまま乗り続けることは出来ないという事。


「し、修理にはどれだけかかるんだ博士」

「そうじゃな。……今少し時間と予算、と言う奴じゃ。機材が足りんし資材も足りん……誰かに持ち出されておるな」


そして、現在のこの研究所にヘルハウンドの傷を癒す為の設備は不足していた。

元から半ば放棄されていた施設なのだ。

その上ハウンドが訪れた際に金になりそうなめぼしいものは持ち出されている。

そう言う訳で現在ここは空に近かったりする。


「つまり、直せん」

「……マジで?」


断言されたノヴァはくらりと目の前が暗くなるのを感じた。

後悔しない生き方をすると冥府の姉に誓っておきながらいきなりこれだ。

車の無いハンターがどれだけ惨めな事か。

いや、それ以前に生き延びられるのかが問題になる。


「スマンが無理はさせられん。シャシーは今の所一台しかないのじゃ」

「……そう、か。とりあえず何が必要なんだ?」


んー、と軽く悩んだアビス博士が一枚のメモを取り出した。

それにはぎっしりと意味不明な単語が踊っている。

ノヴァ自身は半分くらいしかわからないし、そもそも話に聞いた事があると言う程度のとんでもない代物ばかりだ。

この時代に手に入れるのはかなりの難題のように見えた。


「まあいい。とりあえず所長の話も聞かせてくれい。現状は一体どうなっておる?ネットは壊滅しておるし状況が分からん」

「……あ、ああそうか。冷凍睡眠から目を覚ましてそのままここに篭ってるんだもんな……」


ノヴァは語った。世界の現状を知る限り全部。

博士は文明の滅んだと言う話に愕然としたようだがノアが倒されたと聞いて顎鬚を撫でて喜んでいた。

だが、陸上戦艦の話まで来た時、額に井桁を浮かべる。


「ふ、ん。まあ、アレだけ金も人材も使っていたんじゃ。出来て当然じゃな……」

「ま、現在は人類の敵扱いだからそれで溜飲を」


競合相手が完成していて、自分の担当したものが未完成と言うのは博士のプライドを痛く傷つけたようだ。

不機嫌になった博士を宥めるようにノヴァはまあまあと両手を軽く前に出した。


「……下げられんな。あれとてノアを倒し世界を救うために生み出されたものじゃぞ?人類に仇成してる状況が嬉しいものか」

「そっか」


だが、同社製の製品が暴走しているらしいという状況もまた競合相手とは言え面白くないらしく、そこで話を打ち切られる。

次に世の中の事はノヴァ自身も良く知らないのでパスさせてもらい、今度はこの時代における一般常識の話になった。

ハンターオフィスと賞金首。トレーダー。

アビス博士はその一つ一つを興味深そうに聞いていた。


「まるで西部劇じゃな。まあこれだけしてやられたんじゃ。文化も千年規模で退行してもおかしくは無いのかも知れん」

「俺はむしろ、博士の言う大破壊前の世界の方にびっくりなんだが」


「力こそ正義の時代、か……ま、人類って奴は中々しぶといもんじゃ。上手く時代に適応してるって事だな」

「……俺が知ってるのはこの程度か。すまないが俺の世界はかなり小さかったんだ。あまり物を知らなくて……悪い」


そこで話は終わろうとしていた。ノヴァ自身小さな世界で生きてきた身だ。

この時代の街は故郷とトンネルタウンしか知らないし、外の世界で暮らした時間も短い。

語れる事にも限りがあった。


「そうか。では最後にお前さんの事を聞かせてもらおうか……何をそんなに緊張しているのじゃ?」

「……」


ただ人生経験と言う点において、彼はこの数日で数年を一度に濃縮したような濃密で重い経験をしていた。

……その疲れやら何やらが顔に出ていたのだろう。そこを問われてしまった。

まあ、それは正直な所私事だ。言いたくなければ言う必要は無かっただろう。

ただ、ノヴァ自身それを誰かに聞いて欲しかったのかも知れない。

そして気が付けば、彼は身の上話を始めていた。

……無論あの最悪の失態も含めて。


……。


しん、と地下空間が静まり返る。

黙って最後まで話を聞いていた博士だが、最後の最後で突然表情が厳しくなった。


(まあ、当然だよな)


ノヴァはそう思う。

誰だって家族さえ殺してしまえるような奴の傍になど居たくは無いだろう。

……博士は首を横に振る。


「なんと言う、愚かな事を……」

「当然か。上手く乗せられたとは言え、自分の手で姉ちゃんを殺しちまったんだ……もし殺人鬼と一緒に居るのが嫌なら」


まあ、忌避されるのは分かりきっていた事。

もし博士がそれを許されない事だと言うのならノヴァはそのまま出て行くつもりで居た。

シャシーが直せないというならヘルハウンドを置いていくのも止むなしだ。

ただ、シロの治療だけは続けてもらいたい……と続けようとしたところで博士がノヴァの両肩に手をかける。

……そして怒りと共に全力で握り締めてきたのだ。


「そう言う問題ではない!」

「うわっ!?」


鬼気迫る迫力。

一体何事かとノヴァが面食らっていると、突然立ち上がった博士はうろうろと室内をうろつき、

……そして、何事か考えを纏めると、やけに重々しくノヴァに告げた。


「所長」

「な、何だ?」


その目が暗い。

何か、恐ろしい事を考えてしまった自分自身が信じられない……と言った感じだ。

そして、それを裏付けるかのようにゆっくりと言葉を吐き出した。


「お前さんのせいで、人類が滅ぶかも知れんぞ!?」

「……何、だと?」


ただ、その後に口から突いて出た言葉は、

ノヴァが想定していたどんな言葉よりも予想外なものであったが。


……。


それから数時間ほどが経過した、アビス研究所の一室。

そこで一人の少女が目覚めの時を迎えようとしていた。


「……ハチ……おねえ、はっ!?」

「シロ、目を覚ましたか!」


シロは戦車の中で眠っていた筈の自分がベッドに寝かされている事に驚きの声をあげる。

……そして横にいる兄の姿に安心してふうと息を吐いた。


「お兄ちゃん?……ここは何処だ?旧時代の遺跡……しかもシステムが生きているようだが」

「アビス研。ヘルハウンドの生まれ故郷だ。俺達は入り口で力尽きてる所を助けられたんだとさ」

「……はじめまして、じゃな。犬とも人とも付かぬお嬢ちゃんよ」


シロは見知らぬ白衣の男に一瞬警戒し、次に自分の体調を鑑み、兄の態度を観察して。

そして全身の力を抜いた。

もし敵なら抵抗できる状態ではないし、最初から疑っても仕方ないと考えたからだ。

点滴の液はブドウ糖のようだし、とりあえず敵では無さそうだと結論付けたシロは続いて現状が気になり始めていた。


「良く分からんが、助かったようだな……あれからどうなったんだ?」

「まあ、なんだ。色々あった、な」

「現状はわしから教えよう。逆にわしら二人ともお前さんに聞きたい事もあるのでな」


そしてノヴァの時と同じような、それでいて更に中身の濃い情報交換がなされる。

幼少時から長年ハウンドドッグ少佐として生きてきたシロの持つ情報はノヴァのそれとは比べ物にならなかったのだ。

まあ大体は同じようなやり取りなので割愛する。

……問題は最後の質問だった。


「そうか。まあ所長の言っていた事と大体合致するな……ま、信じてよかろうな、これなら」

「お兄ちゃんの言う事は信用できないというのか!?」

「信じて貰えないような要素が多いから仕方ないさ。ところでシロ、一つ聞きたい事があるんだが」


さり気なく兄妹から得た情報を比べて信憑性を測っていたアビス博士にシロがジト目を向けていると、

ノヴァが酷く真剣な目つきでシロを見た。


「何だ?もう隠す事は無いから何でも聞いてくれ」

「……あの基地で……俺の起こしたものの正体についてだ」


シロの耳がピンと立つ。

……明らかに言い辛そうに視線が逸らされる。


「あの時、アックスの奴に"何を再起動させたか分かってるのか"って聞いたよな……俺達が目覚めさせたものは、何なんだ?」

「……まあ、なんだ……その……禄でもないものなのは確かだが、気にするで無いぞ?何も知らなかったのだから」

「では済まされまい?テリブルマウンテンには地球救済センターのバックアップシステムがあるはずじゃ!」


しどろもどろに誤魔化そうとするシロの横から、博士が厳しい口調で横槍を入れる。

地球救済センターのバックアップ。それは即ちノアシステムのバックアップに他ならない。

つまり、その再起動とはノアの復活を意味する……と言っても過言ではないのだ。


「だから、なんだ?」

「なんじゃと?」


その事実を突きつけられたシロは暫く固まっていた。

だが、俯くと突然そんな事を言いはじめる。


「ああそうだ!あそこにはノアのバックアップがある!だからなんだ?お兄ちゃんは何も知らなかった!責められる謂れは無い!」

「ええい、落ち着かんか!」


点滴を乱暴に外し、よろめく体もそのままにベッドで拳を握り締めた。

目には涙を溜め、手は獣の爪に変わる。

……シロは、必死だった。

失った姉妹の代わりに、何としてもノヴァを護らねばならなかったのだ。


「ふざけるな!責められるべきは私達だ!お兄ちゃんじゃない!絶対にそれだけは違う!これは私達姉妹共通の認識だっ!」

「だから落ち着かんか!わしは別にお前さん達を責める気は無い……いいから落ち着け。傷口が開く」


どさりとシロが腰を下ろす。

……嗚咽を隠す事も出来ずに。


「なんでだ?何故皆で私達を苦しめる!?私達は家族で静かに暮らして居たかっただけなのに……!」

「……話からすると、その家族すら謀っておったのじゃろ?……そのせいではないのかな」


その一言で遂にシロは大声で泣き出してしまった。

博士とノヴァは一言済まない。と謝ると、シロを置いて部屋を出る。

……そして、部屋を出たところで今度はノヴァが顔面蒼白になり、床に膝を付いた。


「なんて、こった……!」

「ノアの復活、か……で、どうするんじゃ?」


静かな暗い廊下に男二人の声だけが木霊する。


「どうする、だって?」

「ここなら安全じゃ。ありったけの資材をかき集めて篭城すれば一生安泰な生活くらい送れるが」


……ノヴァは一瞬言葉に詰まる。

だが、すぐに何かを悟ったように顔をあげ、立ち上がる。

その脳裏には夢の中で姉ちゃんに誓った言葉がリフレインしていた。


「俺は……もう後悔しない。後悔するような選択はしないと決めたんだ……!」

「ふむ。ではどうするのじゃ?」


答えの代わりに、そっとノヴァはアビス博士に手を差し出す。

すると……合格だ、

とでも言わんばかりにその手に先ほどのメモが乗せられた。


「とりあえず、まずは動きが取れるようにしないと。……何とかしてここに書いてある代物を手に入れてみせる」

「ふむ、それでどうする?」


試されているな。とノヴァは感じた。

この白衣の男は目の前の少年の器を測ろうとしているのだ。

……ノヴァは殊更不敵に壁に寄りかかると、やけに命令口調で声を発した。


「アビス主任研究員!」

「はっ!」


慣れない行為にこれで良いのだろうかと冷や汗が浮かぶ。

だが、これは必要な事だ。

時間は無い。目の前には何としても味方に付けねばならない男が居る。

……ならば成すべき事は一つ。


「これより俺は不足した資材の調達に向かう。その間に試作戦車の強化案を纏めておけ!」

「……お願いした資材、手に入りますかな?」


付いてくる価値の無いものに人は付いて来ない。

そして、ノヴァはその価値を見せ付けねばならなかった。

ノヴァの口が勝手に動く。

まともに知りもしない軍事用語を適当に並び立てながら己の中で考えを纏め、

最終目標を彼と自分に対して確認する。


「必ず手に入れる!博士の生活も保障しよう!……これより我等は打倒ノアを最終目標とし軍備強化に入る!……復唱っ!」

「はっ!対ノア用兵器の開発を開始いたします!……うむ。初めてにしては上出来じゃな」


どちらとも無く、親子どころか祖父と孫ほどの……、

実年齢ではそれ以上の歳の差を持つ二人は手を差し伸べあい、硬く握手を交わした。

……これは契約。お互いがお互いを裏切らないと言う絶対なる約束の証だ。


「よかろう。ならばわしはお前さんを支えよう。……自分の尻くらい自分で拭け。その為の武器は用意しようではないか!」

「頼む。……代わりに俺は博士に、研究の為の資金と環境を提供する……それで良いよな?」


博士は研究の為の資金が必要だしノヴァは戦う為の力を欲していた。

それに幸い性格的にも気に食わない類の人種では無さそうである。

そこでお互いの望みの一致した二人は協力体制を構築する事にしたのだ。


「無論じゃ。所長なら所員の生活の面倒を見て貰わんとな。当然それに見合った成果は挙げてみせるぞ?」

「任せておいてくれ。……とりあえず明日から近くの街を巡って部品探しをしてくるか」


普通なら、そんな金何処にある?と言われる所だ。

だが、今のノヴァには大金を手に入れる当てがあった。


「姉殺し……上等だ。どう言われようと構うもんか……使えるものは何でも使ってやる」


ノヴァは地の底で、地獄の主との契約を結んだ。

後悔はしない、そう決めた。

故に彼は己の信じた道を行く。


「さて……現在ここから歩いて行けそうな街はかなり遠いが三つあるな」


ノヴァはBSコントローラを覗き込む。

登録された中で、歩きでも何とか行けそうな距離には三つの街が登録されていた。


テラ・シティ。

タイーク館国。

そしてメトロポリス・パクスハンタ。


文字が暗くなり、選択肢から外されたトンネルタウンに一抹の寂しさを感じつつ彼は行くべき場所を考える。


「大破壊前の部品が置いてそうなのは、何処だ?」

「んーとね。やっぱりパクスハンタかな……あそこ、私嫌いなんだけどね!」


「他は?」

「テラもタイークもそれ程規模が大きくないんだよお兄ちゃん。やっぱり良いものは大きな街に集まるの!」


妹の実感の篭った言葉にノヴァは深く感銘を受け、行き先を決定する。

そして……。


「…………ハチ?」

「なあに?お兄ちゃん?」


少年は地獄の底で、

失った筈の笑顔に出会った。


続く



[21215] 17
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/12/27 21:38
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第四章 地獄の底で(2)

17


地獄の底で、少年は失われた筈の笑顔と出会った。

足元に縋りつくのは死んだはずの妹の姿。

病院着を着て、ニコニコと縋り付いて来る。


「えへへ。生き延びちゃった」

「ハチ……お前なのか?」


こくり、と犬耳が揺れる。


「生きてたのか?」

「ううん」


ぴたり、とノヴァの行動が止まった。

暫く額に指をあて、続いてうーんと唸った後、顔をしかめながら聞き返す。


「死んでたのか?」

「みたい」


微妙な沈黙が場に漂う。

ハチが見たとおり死んでたならここに居るのは誰なのか?

その答えは後ろから歩いてきた無精髭の老人が持っていた。


「最後の一粒だったんじゃぞ。感謝してくれい」

「最後の、一粒?」

「再生カプセルだって。お兄ちゃん、知ってる?」


再生カプセル。それは死者を蘇生する事の出来る魔法の……いや、旧時代の技術を結集させた科学の生んだ秘薬である。

未だ試作の域を出ない代物であったらしく、各地の生命科学研究所で盛んにサンプルが作り出されていたそうだ。

そして、未だその内幾つかの施設は稼動を続けているとされる。

……無論、その事実を知る者は現在殆ど存在しないが。

とにかくそのトンデモ薬物がここに一粒だけ存在していたという訳だ。


「わし等研究者は最低一粒常備するようにと上から言われておったのさ。まだポケットに入っていたから使ってやった」

「因みに寝てたお兄ちゃんとシロのお世話をしてたのはこの私だよ!偉いでしょ?」


ゲームにおいては一度に一粒しか持てない代わりに何時何処でも仲間の蘇生が可能と言う夢のアイテムだ。

イベントで死亡したものを生き返らせたと言う例は無いが、

それは持ち主に使う気が無いのか使ってもどうしようもない状況だったのか意見の分かれる所だろう。

そしてこの世界観においては、Dr,ミンチ同様腐敗した古い死体には使えない。

……つまり効力としては"蘇生"の域を出ない薬品と考えて欲しい。

ある程度の身体的破損や出血した血液の代わりは何とかするが、流石に腐ってしまったものはどうしようもないという事だ。

見も蓋も無い言い方をするとミンチではないが「墓場の死体は古くていかん」と言う訳である。


「今が冬でよかったな。夏場なら腐敗が進行していたやも知れんのじゃ。この犬っ子は運が良いよ」

「アビス博士、助けてくれてありがと!何にせよもう秘密もないしお兄ちゃんにも甘えまくっていいよね?いいよね?」


そしてハチは長い療養生活中ずっと姉二人で独占されていたお兄ちゃんと一緒に居られる。

そう喜んで尻尾をパタパタと振っていた。その姿はまさに犬っ子。


「ま、構わんのではないか?命賭けて救われたなら、そうそう無碍にも出来まい?なあ所長よ。ってうおっ!?」

「……なあ、はかせ?」

「お、お兄ちゃん!?落ち着いて!」


しかし、ノヴァにとってはそれどころではなかった。

万に一つの可能性を求めて博士に掴みかかる。


「アビス博士!死人を生き返らせれる薬があるなら姉ちゃんを生き返らせてくれ!」

「言うと思ったぞ?だが無事な死体が無いと無理じゃな」


そしてあっさり否定された。

死体が無くては薬を投与する事は出来ないのだ。

それに体があったとしても心臓にあたるものはノヴァが持ち出してしまっている。

生き返る事が出来たとしてもすぐに死んでしまうだろう。

しかも、それが最後の一粒だと言っていた事に彼は気付く。

そう。奇跡はここで打ち止めなのだ。


「残念だ……そう言えば、最後の一粒だって言ってたけど……自分の為に取っておかなくて良かったのか?」

「ふん。わしが殺されるような状況では持っていても助からんよ。それに世に出して良いものでもないしな」

「確かに世の中滅茶苦茶になりかねないよね。お金持ちだけ生き返れる世の中って不公平感が凄い事になりそう……」


言われて見ればその通りだ。仕事柄後方から出てこないであろう博士が殺される状況。

それはつまり拠点が落とされた事を示す。

そんな状況で生き返ってもすぐにまた殺されるだけだ。

誰かに生き返らせて貰うにしても、この人は護られる立場だろうから信頼できる人間は多分先に死ぬ。

しかも下手な輩に渡せば、渡された瞬間持ち逃げしてもおかしくは無い。

つまり現在の博士にとっては持っていても仕方ないものだと言う事なのだろう。


「わしが寝てる内に押し入った賊めが倉庫内の再生カプセルを残らず持ち出しよったからな。元々無い物と思えば良いさ」

「まさか……お父さん……」

「さっきの説明の時に言ったけど、それ多分うちの親父だ……悪い……ここで手に入れた物を売って金にしたらしいからな」


しかもその奇跡の薬はNGAの運転資金にされたらしい。

父親のあまりに思慮の欠ける行動に頭を抱える兄と妹。


「くはははは!どうせ困るのはお前さんじゃろう?備品の手配はわしの仕事ではないからな」

「……あー、確かにそうか。そうなると医薬品や食料に水も用意しないと……」

「食べ物は合成食料を作る装置が無事だし、水も浄水装置が動いてるから心配ないよ。凄いよね、ここ」


博士は豪快に笑うがノヴァとしては笑えない。

父親のやらかした事の影響も恐ろしいが、

ここを拠点にする以上、その親父の持ち出したものをノヴァが買い足さねばならないのだ。

ここを元の状態にする為に幾らかかるか知れたものではない。


……とはいえ凹んでいる暇も無かった。

親父の遺した借金だと思えばいい。と彼は考えを切り替える。

むしろ水と食料の心配がないという話のほうが重要だ。

はっきり言って、それはこの時代ではあり得ないほど恵まれた話なのだから。


「明日から早速買いだしなんでしょ?シロは過労が酷いから、今度は私が付いて行くね!」

「ああ……ところでその、姉ちゃんの事……済まなかったな。後でシロにも謝らなきゃならん」


と、気持ちを切り替えた事でノヴァはまだ妹に姉ちゃんの事を謝っていない事に気が付いた。

申し訳なさのままにハチに頭を下げる、が当のハチは酷く困惑したようであった。


「合成肉もあるんだよ!今夜は肉じゃが作るから楽しみにしててね!……お姉ちゃんの事は気にしないで。お願い」

「ハチ、お前……」

「ははは。わしも楽しみにさせてもらうかな。……所長、犬っ子の気持ち、汲んでやらんかい」


ノヴァの口を突いた謝罪の言葉に覆い被せるようにハチは強引な話題転換をかけた。

ノヴァに気にして欲しくなかったのだ。

そんな事、当のイチコ自身が望んでいないのだから。

それに何年間も真実を押し隠してきた姉妹達の持つノヴァへの罪悪感も負けてはいないのだ。

それなのに詫びられたらむしろハチ達の方が地面に頭を擦り付ける事になるだろう。


「だからね。これからの事を考えよう?……お姉ちゃんも、絶対それを望んでるから」

「……分かった……それで良いんだな?」

「それでいい。黄昏てても何も変わらんのじゃ。それより早く休んで明日からの資材調達が上手く行くようにしてくれ」


そう。既にノヴァの手にかかっているものは大きい。

少なくとももう自分ひとりの問題ではないのだ。

……改めて考えてみると気の重い話だが、それでも自分で選んだ以上後悔は無い。


「それじゃあ話の続きは食堂でだな、博士」

「そうじゃな。話じゃ機械にも詳しいらしいが……修理を手伝ってもらうかも知れん。ちと知識の摺り合わせでもするかね」


二人は歩き出した。

前へ。そして未来へと。


「シロっ。点滴交換するよーっ?」

「うん……え?……は、ハチぃいいいいいいいいい%&’#$&!?」


医務室で絶叫を上げるシロの奇声を後ろから浴びつつ。


……。


そして翌日。

ノヴァとハチは研究所から出発の時を迎えようとしていた。

ノヴァは焼け焦げて裂けていたツナギの代わりに元は警備員が着ていたらしい迷彩服を纏っているが、

ハチは何故か体操服+ブルマでミニバルカンを背負うと言うとんでもない格好だ。


「博士。これ以外にまともな服は無かったのか……」

「仕方あるまい!?馬鹿どもが置き忘れた趣味の品くらいしか犬っ子の着れる服が無かったんじゃ!ここを何処だと思ってる?」

「私達のサイズの服があっただけでもましなのか……しかし他の所員、変態ぞろいだったんだな……」


犬化して死んでいたせいでハチは服が無い状態だった。

室内では病院着がありとあらゆるサイズで揃っていたが、流石に表に来て行くには薄すぎる。

そんな訳であちこちひっくり返してみたら出て来たのがこれだった、と言う訳だ。

他に白のスクール水着とか胸元のサイズが異様に巨大なメイド服やら……。

格好良い事を言いながらここを出て行った(三話参照)連中の正体がこれでは何もかも台無しである。


「ま、まあ他にも鍵のかかった個人用ロッカーとかあったからな。二人が戻るまでに私がそっちも探しておく」

「シロ。あんまり期待しないから無理に開けなくて良いからね?開けると多分後悔する気がするし」

「……アニメステッカーが大量に貼り付けられたロッカーじゃからな……アレは誰のロッカーだったか……」

「いやシロ!服なら俺達が買って来るから!あんなの開けなくて良いからな!?まず療養しろ!いいな?」


地獄で仏に出会ったと思ったら次に出会ったのが女物の下着を着たゴツイ大身獄卒だった、

とでも言うような超展開にまたノヴァは頭を抱える。

正直この格好で妹を歩き回らせる事自体がキツイのだ。

だから彼は決めた。出来うる限り急いで街に向かおうと。

自身が変態呼ばわりされるのはもう覚悟したが、妹が見世物にされるのは耐えられそうに無い。

……既に変態呼ばわりは覚悟と言う点が、妙に寂しかったが。


『ゲート、オープン』

「あ、思い出した。前にシロがここの調査に来た時、精鋭三個中隊全部失って一人で逃げ帰ってきた事があったなぁ……」

「やっぱりあの白犬はシロだったのか」


正面から歩いて行くと超アメーバに殺される。

そう考えたノヴァは地下から研究所を出て、下水道を通るルートを選択した。

時折寄って来る殺人アメーバを適当に蹴り飛ばしつつ彼らは進む。


「そう言えばシロ、ここで死に掛けてたって聞いたよ?まったく、これ相手に苦戦するなんてありえないんだから……」

「そう言うな。元から死に掛けてたんだ……敵が居なくてもあのままじゃ死んでたんだろうな……どんな縁だよ全く」


「わしゃわしゃ」

「しかしコイツ等は何考えてるか相変わらず分からないな……そら、蹴飛ばされたくなかったらあっち行け」

「相手はアメーバだよ?何も考えてる訳が無いと思うけどなぁ……」


壁に張り付いていた小さめのアメーバを指でつまみながらノヴァはまじまじと見つめてみる。

確かに明らかに格上の相手に目を血走らせて小さな触手を伸ばす姿は微笑ましくも愚かしい。

……そんなものかと思いつつ、ノヴァは小さなアメーバを床に降ろすとまた歩き出す。


「思えば最初に来た時はここも恐ろしかった気がするな……」

「お兄ちゃん地下は初めてだったんでしょ?だったら仕方ないと思うけど」


よくよく考えてみるとこの下水道自体この時代としてはありえないほど安全だ。

博士によると元々ブラド財閥の職員用避難経路だったというからその為だろう。

特に障害らしい障害も無く、ノヴァ達はいつか降りて来たマンホールの下まで辿り着いたのである。


「よっと……なんだろうな。たった数ヶ月前なのに……懐かしい、って感じる」

「そうだろうね。多分お兄ちゃんにとってはここ数ヶ月で今までの人生分くらい色んな経験をしたんだと思うよ」


表に出てマンホールに蓋をする。

この辺には強いモンスターなど居ない。歩いて行くには丁度良いだろう。

……とは言え、車があるときはそのクルマを持って来れないという欠点もあったが。


「じゃ、行こっか。私が案内するね!」

「……はしゃいでるなぁ……」


空は青く、広い。

何も無い荒野に、人影が二つ。

並んでテクテクと歩いて行く。


「えへへ。だって本当に久しぶりだもん。それにお兄ちゃんと遠くにお出かけなんて私は初めてだし!」

「……子供だなぁ……」


けれど、彼らは罪人だった。

誰に断罪されなくとも、罪を犯した者だった。


「これでお姉ちゃんも一緒なら……なんでもない。ごめん」

「いや……いいんだ。そう言えば俺達って……全員揃った事って無かったんだよな……」


兄と妹の遠足が突然断罪の時に変わる。

姉ちゃんとの優しい思い出はまだ痛みしか生み出さず、二人の心をただ悪戯に傷つけた。


「考えてても仕方ないよな……さあ、行くか」

「……うん」


先ほどまでとは違い、足取りは重く。

だが進まねばならないが故に先へと進む。


「……えっとね。これから行く街だけど、この辺では一番新しい街なんだよ」

「へえ……」


必死に紡がれる会話も白々しさは拭えず。


「し、周囲を厚い壁で覆われてて、セメントで出来たビルもあるんだよ。大破壊後の文明の粋を集めて作られた街なの!」

「そうか……なら、品揃えも期待できるかな」


ただ、その必死に空回りする音が聞こえるのみ。


「でも私は嫌い。だって……何ていうか、冷たい街だから」

「そう言うもんさ……人はどんなに満たされても決して幸せにはなりきれないように作られてる……って誰の台詞だったかな」


失ったものは余りに大きくて。


「へっへっへ!オイあんた。何か疲れた顔してるなぁ?」

「俺達の愛車に乗ってくかい?そっちのお嬢ちゃんだけだがなぁ!?」

「ヘイヘイ金出せ金出せ!?でなきゃあ死んじまうぜ!」


その名を思い出すたび、彼らは思い出すのだろう。

その名を思い出すたび、彼らは心を痛めるのだろう。


「ハチ。町まであと、どれ位だったか。……整備状態が悪いんだが」

「……このジープなら三日くらいだよお兄ちゃん」


だが、それでも先に進む。

こんな所でのたれ死んではそれこそ姉ちゃんに申し訳が立たない。

だから両手で頬を張り付けるのだ。


「ぐっ……よおし!悩むの止め!今日はここまで!」

「……うん!」


だから、笑おう。

出来る限りふてぶてしく生きよう。

……例え、裏でどんな顔をしていたとしても。


「い、生きてるか……」

「いや……もう死ぬ……かはっ」

「なんて……ふてぶてしい奴等だ……」


まあ、そうすると。


「山賊相手に無言で殴りかかるか普通?」

「しかも、強ぇ……がくっ」


こう言う人達を多数量産する事になるのだろうが。


「……ああ、なんか……きょうは、いい、天気……ぐふっ」


運と間の悪い山賊から奪ったジープで走り出す彼らを止められるものはもう居ない。

世界は荒野だ。地獄の荒野だ。

その中を走る兄と妹は、やはり未だ地獄の底に居る。

ただし、彼ら自身が地獄の鬼である。と言う可能性は否定できなかったが……。


……。


そして三日間が経過した。

予定より少しだけ早く、二人は目的の場所に到着する。


「デカイ街だな……一体何人住んでいるんだ?」

「ホントかどうかは知らないけど、一万人以上とか聞いてるよ。壁の中は安全なんだって。……大嘘だけどね」


余り良い感情を抱いていないのだろう。

ハチは街からふんと顔を背ける。

対してノヴァは視界一杯に広がるコンクリート製の壁を眺めながら言葉続けた。


「どんな所なんだ?」

「大きくて綺麗で、いろんな物が集まる所だよお兄ちゃん。……中央付近はね」


その言葉が引っかかったのでノヴァはぐるりと左右を見渡す。

……そして気付いた。中央付近には大小さまざまなビルが立ち並んでいるのに、左右の端にはそれが殆ど見当たらない。

しかも、工場らしき黒煙は左右の端の方に行けば行くほど多くなっていくではないか。


「中央は市街地と商店街。その周りに市民の住宅地……一番外側は工場とかスラムとかになってる」

「ドーナツ状に真ん中から豊かって訳か」


「ううん。どっちかって言うと扇だよ。要の部分だけが綺麗で幸せなの……後は自分の目で確かめて」

「話半分だけでも禄でもない場所っぽいな……」


「有益な場所ではあるね。大破壊後に作られた珍しい都市だもん。人も物も色々集まってくるんだよ」

「技術力は高そうだ……と言っても良いのか」


実際、数少ない高層建築の技術の残っている街でもある。

20年ほど前、彼らの父ハウンドがこの地に来た時に拠点としていた小さな街を核に巨大化したらしい。

名うてのハンターがねぐらにしている、と言うだけで並の悪党は寄っても来なくなり、

更にコンクリートの壁を築いてモンスターの侵入を防ぐようになった結果、

都市国家と名乗れるほどの規模を持つに至ったとの事だ。


「壁の建造にはお父さんもお金を一杯出したらしいよ。まだ赤ちゃんだったお姉ちゃんの為だってね」

「流石は賞金首殲滅しただけの事はあるな。しかしこんな街に家があったのならなんであんな片田舎に引っ込んだんだ親父は」


ノヴァは不思議に思う。

色々大変なことがあったらしいが、この街の恩人でもあるのだろうしここに篭れば安全だったのではないか、と。

だが、どうやらそれは大きな間違いらしい。

ハチはぶんぶんと首を振る。


「……そうだなぁ。ここで一ヶ月も暮らせば何でか分かると思うよ。勿論そんな事私とシロがさせないけどね」

「まあいいか。取り合えず必要なもの買出しに行こうなハチ……後で姉ちゃんの生家も見てみたいし」


ジープは真っ直ぐに街の入り口に向かう。

するとそこにあったのは二重にされた鉄の格子。

そしてそこに立つ衛兵らしき男の姿だった。


「よお。入れてくれるかい?」

「……ハンターか。市民権は持っているのか?でなけりゃ滞在許可はあるのかい?」


どうも歓迎はされていないらしい。

ぞんざいな口調で衛兵は手をひらひらさせた。


「いや。それはどうやれば手に入る?」

「流れ者に市民権は与えられない。滞在許可は……まあこの街に害を与えない人間である事を示せばOKだ」

「要するにお金だよお兄ちゃん……でも、払う必要ないからね」


手をひらひらとさせる衛兵に、呆れたように肩を竦めるハチ。

それを聞いた衛兵はハチをギロリと睨みつけた。


「ほお?じゃあ滞在許可はやれないな。大体お前らハンターなんてのは所詮危ない連中だ。街の平和は俺達自警団が」

「……ハンターオフィスに伝えてよ。ノヴァ=タルタロスが賞金の受け取りに来たって」

「いや。その必要も無いみたいだぞ?」


だが、その緊張も長くは続かない。

鉄格子が勢い良く上がり、何十人もの人類が凄まじい勢いで走ってきたのだ。

衛兵はと言うと偉そうにふんぞり返った体制で顔だけ後ろに回して固まっている。

駆け込む人々。その後ろには何台かのクルマ。……中にはロールスロイスなどの超高級車も混じっている。


「ハンターオフィスのお出迎えか。衛星でこっちの動きを見ていたらしいな」

「そうだね」


先頭に立ってきたのは一人の老人だった。高級そうなスーツを着こなし、彼らに握手を求めている。

その後ろにはトンネルタウンのハンターオフィス受付嬢の姿もあった。

その他にも何人もの知らない人々がゾロゾロと詰め掛けている。


「はぁ、はぁ……ノヴァ=タルタロス殿ですな?私、ハンターオフィス支部長で御座います。この度は大変なご偉業を……」

「お待ちしてました!うふふ、貴方の担当になって私の運も開けたわぁ。トンネルタウンを追い出された時はもう……」

「げげっ!?本物だってのか!?」

「君?我等が救世主様に無礼を働いていなかったかね?んー?やはり上司が悪いと部下の質も落ちるのか」

「ふふん、そちらこそそんな低俗な物言いしか出来ないとは、育ちが知れますよ?」

「ああ、滞在許可なら要りません。何せ貴方は既に名誉市民として認定登録されておりますれば!」

「さあこちらへ。お車はこちらでお預かりして洗車とワックスがけまでしておきますので」


後はなすがままだ。

話を聞いてもらう暇も無く、ノヴァ達はオフィス支部長の乗ってきたリムジンに乗せられた。

ふと先を見ると、門の先にハンターオフィスらしきビルがあるがそこに横断幕やらくす玉やらの飾り付けがしてある。

しかも道の両側には市民が詰め掛け、それを目当てに屋台まで出ていた。

どうやらこの街に向かっているのは知られていたらしい。

まあ、そこまでは兄妹の予想通りだったのだが……、


「……呆れた。まるでお祭りだよこれじゃ」

「そうです!新たなる救世主!新たなる伝説の始まり……それを見ようと市民が詰め掛けておるのですよ」

「皆、NGAの壊滅を心の底から喜んでいるのぉ」


人々は口々にノヴァの"偉業"を讃えて叫ぶ。

そしてNGAの非道を口々に非難し続ける。

……その中には当然総帥やハウンドドックの名もあった。


「何の拷問だこれは」

「……まったくだよね」

「そうねえ。こういうの嫌いな人には辛いでしょうねぇ……でも、もう少しだから勘弁して?」

「オフィスにて賞金授与式が行われます。その後会食、続いて祝電の読み上げ……今日の宿はもう用意してありますのでご安心を」


抵抗する意味も見出せず、二人は無性に空虚な式典に参加した。

断るとその後の行動に悪影響が出そうだったからだ。

読み上げられた討伐賞金首の中にストロベリィ=パンドラの名を見つけ、二人の目に涙がこぼれる。

それを人々は歓喜の涙と勘違いして更に騒ぎ立てるのであった……。


……。


「はあ。疲れた……」

「もうやだ。相変わらず人の気持ちを考えない人達なんだもん、本当にもう!」

「……あー。そ、それじゃあ明日以降のイベントは全部キャンセルって事でぇ……」


そしてその夜。ホテル・イリットと言う名の最高級ホテル、その松の間でソファーに転がる兄妹の姿があった。

そのくたびれ具合と何か危ういささくれ立った神経に気付いたのか、

身の回りの世話係を言いつけられたらしい受付嬢は次々と翌日のセレモニーにキャンセルを入れていく。


「悪いけどそれで頼む。急ぎの探し物があるんでね」

「いえいえ。これで嫌われて担当から外されたりしたら大損ですものぉ」

「ああ、ついでに目立ちたくないから変装道具用意してくれ……これで」


ジャラリと手渡された資金を手に、狂喜しながら部屋を飛び出す受付嬢。

まあ幾らか横領されるのは覚悟の上で、二人はまず周囲を見渡した。


(盗聴器とかは見つからないよ。お兄ちゃん……念のため筆談で話すけど)

(ああ……まるで信用出来無そうだからな、ここの人間は)


何かから見られている。

野性的直感でそう感じたハチが警戒を強める。

ノヴァもそれに追従した。


(まず、明日だけど……まずは新しく手に入れたジープの改造をしようと思う)

(分かった。じゃあ明日一番で行こうね。この街一番の車用品店カーディーラー・ジョーンズに!)


ぴくり、とノヴァの眉が動く。


(お父さんのお友達がやってるお店なんだ。きっと力になってくれるよ)

(……まあいい。行ってみるだけの価値はあるか)


ハチは知らない。逃亡中のノヴァ達を襲った三台の戦車を。

そしてそれらを率いていた老人の事を。

……様々な想いを胸の内にしまい、ノヴァはただ頷いた。


「どうしたのお兄ちゃん?顔が、怖いよ」

「いや、何でもない」


彼は考える。流石にあの老人も街中で馬鹿をやったりはしない筈。

……果たして欲しい物を持っているのか。それを売ってくれるのか。

それも定かではないが、行くだけ行って見る価値はあるだろうと。

結局そう結論付け、緊張を解く。


「お待たせしましたぁ!」


丁度その時、変装用にトレーダーのフード付きマントを二人分抱えて受付嬢がやってきた。

ある意味ナイスタイミングと言ってもいいだろう。

 
「こっちがノヴァさんでぇ、こっちがお連れさんの分です。で、お釣りですけど」

「ああ。手間賃でいいよ。取っておいてくれ」


ノヴァの言葉に予想通り!とにんまり笑う受付嬢。そしてそれに呆れ返るハチ。

だが、ノヴァはそう考えなかった。

トンネルタウンの連中は例外なく金に五月蝿かったが、逆にそれ以外では仕事に真面目で誠実な人々が揃っていた。

この街ではむしろこう言う人間の方が信用出来ると踏んだのだ。


「そうそう受付さん、こいつは下の妹でハチって言うんだ。ハチ、挨拶しろ」

「……は、ハチだよ。改めて……こんばんは」

「あ、ご丁寧に。私はウグイス。ウグイス=メディア=ジャーナルです。宜しくお願いしますねぇ……え?」


そして、挨拶と同時にお互いの自己紹介を始める。

そう言えば名前も知らなかったしいい機会だと思ったのだが……、


「あの……伝説のハンターに娘だけでなく息子が居た……って街が大騒ぎなんですけどぉ?……"下の"妹ぉっ!?」

「あ、ああ。それと姉ちゃんも居たから……一応俺達は四人兄弟って事になるのか」

「世間一般の言うハウンドの娘、って言うのはお姉ちゃんの事だよ。私達は……まあ、色々と訳ありで、ね?」


相手は予想以上に驚いてしまったし、


「す、スクープです!伝説の"はんた"の子供は四人居た!?……これは凄い記事になります!」

「……何だ?」

「なっ!?アヤ!……あなたこんな所で何をしてるのぉっ!?」

「誰!?クローゼットにずっと隠れてたの!?さっきからの監視はもしかして!?」


部屋に備え付けられたクローゼットから、

カメラを構えたノヴァと同い年くらいの女の子が飛び出してくるし……。


「あの、タルタロスさん!?週刊デイリーハントのアヤ=M=ジャーナルですがインタビューお願いします!」

「何してるのアヤ!?こんな所に忍び込んだのがばれたら大変よぉ!?……ああ、うちの妹が失礼しましたぁ……」

「う、ウグイスさんの妹さん、なの……?」

「と言うか、週刊でデイリー、かよ……いやいや、そう言う問題じゃない!」


突然現れた少女が今度はメモ片手に矢継ぎ早に質問を浴びせ、

オフィスの受付嬢がその妹を叱りつけ、

そしてハチがどうしよう、と途方に暮れる中、

混乱の極みにある部屋から目を逸らし、ノヴァは現実逃避気味に窓の外に目を向けた。

まったく、都会は恐ろしいと心に刻みつつ。


「ううう……寒いんだよコラぁ……」

「……なにやってんだ、お前……」


だがそれだけでは終わらなかった。

目に飛び込んできたのは、縛られて宙吊りにされるモヒカンの姿。

例の襲撃者……ジョーンズ(孫)

彼が全身に痣を作り、裸で夜の街に吊るされて居たのだ。


「あわわわわっ!またスクープ!?私刑ですよ私刑!ボクも現物を見たのは初めてです……って降ろしてあげないと!」

「そ、そうねぇ……あの子、何を……あ……あれ?ジョーンズさんのお孫さんって事は……あの、ノヴァさん?」

「狂ってるよ……何なのこれ?流石に予想外すぎるんだけど……お兄ちゃん?」

「待ってろ。取り合えず今降ろしてやる。……何なんだよこの街は……?」


ここはメトロポリス・パクスハンタ。

"はんたの平和"を意味するこの街は決して平穏なだけの街ではなかった。

ノヴァは初日にして、それを痛いほど思い知ったのである。

……果たして彼は、望む物をこの地で手に入れる事が出来るのであろうか……。

続く



[21215] 18
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/12/27 21:38
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第四章 地獄の底で(3)

18


某月某日、午前零時。

既に街の明かりは落ち、ただ歓楽街のみが赤々と光を発している。

そんな中、暗がりを走る4人組みの姿があった。


「爺さん……無事で居やがれよ、ケッ……」

「でもホントなの?お兄ちゃんの復讐だ!って襲われたなんて……」

「ふざけた話だな。俺が襲われたからって無関係な連中にそいつを襲う権利なんか無いだろうに」


自称ジャーナリストは無言で彼らの会話をメモしている。

来週の記事にでもするのだろう。

ノヴァ達はあえて止めなかった。止める時間も惜しいのだ。


「それで、おじさんはクルマもお金も奪われてあそこに吊るされてたって言うの?」

「お、おじ!?……まあいい。ああ、そういう事だぜ。折角明日からハンターになるって所でよぉ……」


説明させてもらうとこの街は以前からNGAの侵略を受けていたが、総帥の死亡によりその脅威から解放されたのだ。

そんな訳で知らぬ間に街の英雄になっていたノヴァ。

ところがそんな折、街の修理屋が彼を襲ったと言う話が急速に噂として広がっていった。

後は語るまでも無い。

何てふてぇ奴だ、とばかりに何の関係も無い一般人達が大挙して押し寄せ"祭り"が起きてしまったのだ。

その異様な熱狂は最早衛兵に押さえられるものではなかったらしい。


「俺はあの野郎どもからクルマを守りてぇと思って急いで街を出ようとしたけど、周りを取り囲まれてこのザマよ、へっ」

「……機銃の一つも無かったもんな、あのエイブラムス」

「いえ、それ以前に市民への発砲なんかしたらそれで逮捕ですよ!?強行突破しなかった貴方の選択は正しかったと思います」

「……エイブラムス、かぁ……ふ、ふーん」


街を駆け抜ける中、気付いたのはハチだけだった。

中央道路の真ん中で戦車が一台破壊され、黒煙を上げている事に気付いたのは。

……無論彼女は言わなかった。言っても仕方なかったから。

何故ならもうそれは完全に鉄くずであり、パーツすら全て持ち去られた後だったからだ。

その上、未だ炎の残るその残骸に乗って飛び跳ねて高笑いを上げる暴徒達を抑える術など判るはずも無く……。

最早、彼の戦車は行方知れず……とした方が誰の為にも良いように思えたのだ。


「と、とにかく、ジョーンズさんが無事だと良いけどね」

「死にやしないぜ、あの爺さんは。けど、家は心配だぜ……あいつ等絶対許さねぇぞコラ……」

「とにかく早く向かおう。その為に夜遅く走ってるんだからな!」

「あれれ?……クルマ?ってあれこそカーディーラーの売り物じゃないですか!?……か、カメラカメラ!」


件の受付嬢の妹だというアヤと言う少女のカメラがフラッシュを焚きシャッターを切り続ける。

それに浮かび上がるのはジョーンズの店から持ち出されたらしい数台の車だ。

その上、制止しようとする衛兵はクルマから投げ出される札束を拾い上げると急に静かになって行く……。


「またスクープです!衛兵の汚職、その一部始終……でも笑えませんよね。これじゃあ金権政治じゃないですか」

「なあっ!?う、うちの商品が……か、返しやがれコラ……」

「駄目だよ!?あなた今、町の人間を敵に回してるんでしょ!?逆に取り囲まれてリンチされるのが落ちだよ」

「静かにしろ……気付かれたら流石に庇いきれない!」


荷台や砲塔上に大量の荷物を無理やりロープで括り付け、ゲラゲラと笑い声を上げながら暴徒達は行く。

恐ろしい事にその群れは普段善良に暮らしている一般市民たちなのだ。

それが、熱狂に飲まれ暴徒と化し、遂に強盗に手を染めた。

……それも、自分達が正しい事をしたと疑わずに。


それがどれだけ恐ろしい事か分かるだろうか?


「こいつを売って、酒でも飲むか!」

「賛成ーっ!最近景気の良い話が無かったしなぁ!ノヴァ様々だー!」

「店ごと貸しきるぞ!いえーーーい!」

「悪は滅びる!ひゃはーーーーーーーっ!」


その姿に空寒い物を感じつつ、

ノヴァは暴徒達の言葉からこれからハンターとして生きていく上での知恵を一つ見出していた。

無論この状況下でそれを口にするような真似は出来なかったが、何時か試してみようと心に決める。

……そして、走りながら目に涙を溜めだした男の肩に軽く手を乗せた。


「何ていうか、その……元気を……いや、今はまず急ぐぞ!」

「おうよ、おうよ……ぐ、ぐぅぅぅ……」

「……ノヴァさんは優しい方ですね。この間襲われた相手だって言うのに」

「うーん。むしろ他人事じゃないんだと思うよ。何か、お兄ちゃんが旅に出た時のデジャヴが……」


自分の、自分達の失敗のせいで家族にまで迷惑をかける。

これほど辛い事もそうそう無い。

ノヴァにとっても、既にこの事件は他人事ではなくなって来ていた。

……まるで自分の少し前を見ているかのようで……見捨てられなくなっていたのだ。


……。


そして駆け抜ける事10分。

ようやく一行は商店街の中央に位置するトタン板の工場に辿り着いた。

看板は無い。が明らかに外された、もしくは壊された跡が見える。


「ここが、俺の家だぜ……俺の家の、筈なんだぜぇ……コラァ……」

「酷いな。扉は破られてるわ窓は割られてるわ。スプレーで落書きまで」

「ここなんかはまだ壊されてから間が無いよ。きっと追従犯だね」

「……あの。写真撮影の許可を貰いたいのですが……その……良い、ですか?」


力なく頷くモヒカンに一礼して撮影を始めるアヤを尻目に三人は店内部へと進んでいく。

……店内は無茶苦茶だった。

壊されたレジが転がり、荒らされたジャンク品がそこいらじゅうに散らばっている。


「……誰かのう。もう、この店に金目のもんは無いぞ……」

「爺さん!無事だったかコノヤロー!」


そして、その店の奥で。

タイヤに座り込む老人が一人。

その更に奥では、家族らしき数名がブルブルと震えている。


「ああ、ランディ……無事だったのね……」

「済まねえ母ちゃん。おっさん達も無事で何よりだぜぇ!」

「この歳になって家をなくす羽目になるとはな……父さん、ランディ……この責任はどう取ってくれるんだ!?」

「アンヨワ。済まんのう……まさかお前の一家まで狙われるとは……わしの落ち度だのう……」


どうやら震えているのはモヒカン……ランディ=ジョーンズの母と叔父の一家らしい。

今回の襲撃で一族郎党纏めて襲われた挙句、この店に逃げ込んできたらしい。


「しかしランディ。お前も随分派手にやられたようだのう。その分では車も奪われたか。ま、命があって幸いだった」

「爺さん。うちの売り物が盗まれちまったぜ!?どうやって取り戻すんだコラ!?」


老ジョーンズは孫の剣幕に首を振る。

苦渋の決断なのであろう。その顔には渋面が滲み出ていた。


「……もういい。もうこの街には居られんよ。わしは一族を連れて故郷のアシッドキャニオンに戻ろうと思う」

「逃げんのかコラァっ!?」


「ああ逃げる。勝ち目が無いのは、分かるだろう?」

「…………認めたく、ねえ」


俯くランディ。ノヴァ達は最早完全に傍観者だ。

まあ仕方なかったとは言え、この家族の災難はノヴァが生き残ったからこそと言う一面もある。

無論それに責任を感じる必要は無いが、特に巻き込まれた彼の家族達はノヴァに良い感情を抱きようも無い。

だから黙って入り口付近で立っているしかなかった。


「で、でもよ……どうやって逃げるよ!?俺らは良くても母ちゃんとかは長距離歩けないぞオイ!?」

「はっ。ハウンドの息子に……ひいてはオフィスに喧嘩売るって決めた時から最低限の保険はかけておいたから安心せい!」


破壊されつくした店の中、老人は床を引き剥がす。

そして一本の棒状の何かを取り出した……正直、武器にするには問題が大きい。

所々錆付いたそれを見て、ランディは落胆の息を漏らす。


「それが、爺さんの切り札かよ?オイ、耄碌したにも程があるぜコラ!?」

「……来い……ノラ公ぉぉぉぉおおおおおおおっ!」


だが、孫の嘆きを気にする事も無く、老人は渾身の力を込めてそれを引き起こすと店の中央に突き刺した。

それは上部に丸い鉄板の付いた棒状の何か。

そして……それが立てられると同時に街の外の何かが光り輝いたのだ。


……。


その頃、同時刻の街入り口では異変が起きようとしていた。


「ん?なんだあれ……」

「暴走した、クルマか!?」


夜勤の衛兵は不幸であった。

正体不明の箱型の大きなクルマ。

それは人すら乗せずに街を守る鉄格子に突っ込んで行く。


「……バス?」

「野バスだと!?こんな所に……!?」

「待て、背中の主砲を見ろ……200㎜級じゃないか!?」


それは背中に乗せた205㎜キャノンで障害を吹き飛ばし、

22㎜バルカンで邪魔な敵を薙ぎ倒す。

そして、ナパームボンバーで周囲を焼き払っていく!


「暴走車両だーーーっ!?」

「おい、起きろ!起きなきゃ死ぬぞ!?」

「諦めろ、ソイツはもう……」


街を守るために設置された砲台からの攻撃が始まる。

だが効かない。数十枚のタイルが剥がれたところでそれには何の意味も無い。

デカデカと正面に行き先を掲示しつつそれは行く。

己の誇りのままに。


「へっ!手に入れたばかりのこのクルマで!」

『地獄 行き』


そう。それは自由の化身だった。


「なああああっ!?」

『敵殲滅経由 地獄 行き』


迫り来る戦車をスピンターンで蹴り飛ばし。


「これ以上進ませるなっ!」

「街に敵の侵入を許すとはっ!」

「駄目だーーっ!」


迎え撃つ愚か者をその火力で蹂躙する。

まさに暴虐。まさに傲慢。

それは軟弱な敵対者を薙ぎ倒しつつ先を急ぐ。


「良く来てくれたのう。ノラ公……」

『戦友 行き』


そしてそれはそこに立った。

古き戦友の立てた、道標の前に。


「こ、これは……無人車両だって!?」

「あわわわわ……す、すくーぷ?……なんですか!?」

「野バス!?お父さん達、野生に帰してあげたって聞いてたけど、ここに来てたんだ!?」


何故なら彼らは、誇り高き野生のバスが認めた主だったから。

戦う力を与えてくれた。

そして戦い終わった時、自分を自由にしてくれた!

……その恩に報いるべく王は……野バスの王は往く。

そこに人間の倫理が立ち入る余地は無い。

王は自由なのだ。王であるが故に!


「スマンがわしと家族を南へ……まずクライムカントリーまで乗せていってくれ……その後、西へ帰ろう。わしらの故郷に」

『イーサン=ジルコニア邸、エルニニョ経由 ノボトケ 行き』


阿吽の呼吸で話は決まった。

彼らの間に余計な言葉は要らない。お互いに命を預けあった仲なのだ。

だから野バスは静かに己の扉を開けた。


「さあ行くかのう。なぁに、いじるの奴には話を通してある。もみ消しの用意はしてくれてる筈だからな」

「いじる?聞いた事ある名前だよ、お父さんの友達の一人だね。これはメカニック同士の友情、なのかな?」

「……むしろクルマとの友情に涙する俺が居るんだが」


街が燃え上がり大混乱に包まれる中、バスに乗り込んでいくジョーンズ一家。

最後に老ジョーンズが孫に手を差し伸べる……とランディは手を横に振った。


「……残るのか」

「ああ。負けっぱなしは性分にあわねぇし、師匠からまだ学びたい事も一杯ある」


「迎えには、来れんぞ」

「おうよ」


孫の決意を見て取ったか、老ジョーンズはバスのドアを閉めさせる。

そしてバスの運転席からノヴァを見た。


「小僧。お前が孫を助けてくれたのか」

「……ああ。アンタには色々聞きたい事が山のようにあったがこんな事になって残念だ」


最早ここで手に入るものは無いだろうし、商店街はこの野バスの手で破壊された。

正直この街に留まる理由自体が消えうせたのだ。

そして、彼はこの状況下でこの老人達を引きとめようと思うほど薄情でも外道でもなかったし、

それ故に色々聞きたい事は多いがそれを聞く時間も無かった。


「早く行ってくれ。オフィスには化け物バスにあんた等家族が揃って食われたって報告しておく」

「あー。確かに間違ってないけど……どうするんだ?」

「あれ?ボク見られてます?……えーと、分かりました。ここの事は黙ってますので他の点で特ダネに協力して下さいね?」


そして、目撃者の口を塞いだ所でバスは走り出す。


「達者でのう、ランディよ!」

「爺さんも長生きしろよオイ!?」


そんなバスとは名ばかりの破壊兵器が駆けつけてきた警備の増援を蹴散らしながら闇夜に消えていく中、

ノヴァ達もまた闇夜に潜るように元の宿まで戻っていくのであった。


……野バス。


それはこの地より遥か南西、アシッドキャニオン地方に存在する野生のバスの総称である。

暴走した電子頭脳の命じるがままに大地を駆ける誇り高き野生のバス。

それを捕まえるには、台地に眠るバス停を探し出さねばならないという。

かつて捕らえ、共に戦い。そして全てが終わった後自由にしたそれを老ジョーンズは再び呼び出して居たのだ。


「はんた……済まんのう。わしはここでリタイヤだ……後はお前の息子が何とかするだろうよ……じゃあな」


バスの王はひたすら南に走る。

その突撃を止められるものなど、この地には存在しなかったのである……。


……。


さて、一方その頃。

宿に戻ってきた四人は宿でのアリバイ作りに協力してもらったウグイスに出迎えてもらう事となる。

ノヴァはウグイスにトンネルタウン流の交渉術……即ち口止め料を支払おうとしたのだが、


「これ以上チップとか貰う訳には行かないんですけど……ええ。口止め料も要りませんよ。仕事ですからぁ」


と言って彼女は帰ってしまった。

……つまり、下手な事を聞くとオフィスに言わねばならない。という意味だ。

四人はその好意をありがたく受け取り、今後の動きを決める事とした。


「ここに来た理由の大半は消えてしまった。……そこでだ、ここはランディの家から盗まれた車を探す手伝いをしようと思う」

「え?お兄ちゃん、いいの?」

「俺としてもありがてぇが……」

「なんて優しい人なんでしょうか!……流石若くして伝説になるだけありますね」


ノヴァの言葉に皆それなりの反応を見せるが、

彼は困惑げにああ違う違うと手をパタパタさせる。


「正直な所、あの中に手に入れたいクルマがあったんだ……ランディ、取り返したら売ってくれるよな?」

「……勿論だ。アレは売り物だからな。俺の私物はM1A2だけだコラ」

「…………へえ……そうなんだー……」


ノヴァの脳内ではこの悪化した状況下でメモの品物を手に入れる方法を模索していた。

だが、それで思いついた方法の為にはとある条件を満たす新しい車を手に入れる事が必須であった。

車を買うともなると大きな出費だが止むを得ない。

……それに、上手く行けば予算の大幅な圧縮が見込めるとノヴァは踏んでいた。


「それと、アヤさん?」

「あ、ボクの事はアヤで良いです!えっと、インタビューに応えてくれるんですか?」


そしてこうなってしまった以上、変な事を書かれる事は避けねばならなかった。

ただでさえ無駄に有名になっている。

これ以上変な噂の元は作りたくないのだ……少なくとも今は。


「……今晩の事は全部アヤの胸の内にしまってて欲しい。無論口止め料は出すし別なスクープ情報も用意するからさ」

「ええ?で、ですがうちのモットーは"真実の報道"でして……」


慌ててあたふたとするアヤを兄妹は説得にかかる。

特にハチの方などは、内心応じねば後で消すつもり満々だ。


「あの家族の安全もかかっているだろ?もしアヤの記事のせいでランディの家族が殺されたりしたら……どうする」

「まあ、恨まれるよね?それ以前に襲われる事が分かってて記事にするって人としてどうかと思うよ?」

「……酷いです。そう言われるとボク、何も言えないじゃないですか……代わりの情報は期待しますが良いですよね?」


ノヴァは頷く。

この作戦は途中で他人に知られる訳には行かないのだ。

聞き分けてくれた事にほっとしつつ、彼は皆にこれからの動きを説明し始める。


とりあえずは最初に向かうべき場所だ。

説明してみると、全員なるほどと頷く。


「……と、言う訳だ」

「あー、確かに盗品を正規ルートで流すのは流石に無理だわ、ウン」

「闇市の噂はボク、聞いた事あります。一応場所も判りますよ?危険過ぎて行った事はまだ無いんですが」

「私はアヤさんの護衛をすれば良いんだよね?」


要するに、ノヴァはこの街に闇市場かそれに類するものがあるのではないかと踏んだのである。

高価すぎて利用する事は無かったが、実はトンネルタウンにも同様の店、と言うか取引場所は存在していて、

彼はそれを覚えていたのだ。


衛兵個人なら賄賂で何とでもなろうが、ハンターオフィスのある街で盗品の戦車を売りさばくなど無謀以外の何物でもない。

当然それを売れると踏んだのだから表には出せない闇の市場があるはず。

無論正規ルートに流して捕まった場合、権利者のジョーンズ家に車は戻ってくるからその場合も問題は無い。

要するに、闇から闇へ流れて行く事さえさせなければ良いのだ。


「別に俺も聖人君子じゃない。闇市に金を払うのもやぶさかじゃないからな」

「分かりました。事情が事情ですし全面的に協力します!」

「あのさ。そもそもアヤさんも不法侵入で捕まる筈だったから。うん、分かってると思うけど協力は当然なんだからね?」

「……済まねぇ……この恩は必ず返すぜオイ……」


それにしても、報道業界とは言え一般人に闇市の場所が知られているという辺り、

この街のどうしようもなさが透けて見えるというものだ。

だがまあ、この場合は丁度良いだろう。


「良い機会です。この際この街の暗部を暴いて大々的に記事にしようと思うんですが」

「ああ。そちらへの協力は惜しむつもりなんか無い」

「……何でだろうね。買い物に来たつもりが街の暗部と戦う羽目に陥ってるんだけど……」

「なんにしろ急ごうぜ!?急がねえともう売り払われてるかも知れねぇからなオイ!」


こうして深夜にも拘らず彼らはまた走り出す。

だが、そうして見つけた闇市で、彼らは信じられない物を見る事になる。


「6万!」「6万2千!」
「6万……2千5百……!」
「6万5千」
「……分かったよ!諦めらぁ!」


「はい!マンムート突撃砲を65,000Gで落札です」

「へっへっへっ……毎度有りぃっ」


そこで続々と売り払われていく明らかな盗品の山。

そして、そこを仕切るのは……、


「……衛兵、だって!?」

「え?撮影禁止ですか!?そんな……はぁ……」

「えーと。流石にそれは当然だと思うけど……まさか公的機関が絡んでるなんて」

「あああ……うちの商品が、うちの商品がぁ……のおおおおおお……」


衛兵の服を着た一人の男。

それは慣れた手つきで従えた衛兵達に指示を出していた。

彼らは本物だろう。

何故なら昼に入り口で会った衛兵もその中に居るし。

……そしてそれは非常に不味い事態に陥っている事を示していた。


「ん?ああそうだ。俺様がここを仕切ってる。無論上から許可、って言うか黙認も受けてるぜ?」

「返しやがれ……あれは爺さんの店の商品だぞコラぁ!」


思わず駆け寄って詰め寄るモヒカン頭。

だが男は特に気にした風も無くランディに鼻糞を押し付けた。


「んー?コイツは俺達が正規の手段で手に入れた商品ですぜ~?言いがかりは感心しないなぁ?」

「略奪が正規の手段かよ!?それでも衛兵かオイ!」


「……ほぉ?俺様に逆らうって事は自警団を敵にする、つまり街を敵に回すって事だが良いのか?ん?」

「ぐっ!?……脅すつもりか!?そりゃねぇよコラ!?」


(どんだけ腐ってるんだこの街)

(え?いえ、あの。良い所もあるんですよ!?)

(まあ、来て早々に暗部の一番真っ黒い所を連続で見ればそうもなるよね……私もびっくりだし)


突き飛ばされた上に脅迫され腰が引けながらも虚勢を張るランディ。

それを見ながら後ろでひそひそ声を潜める三人。

何にせよ、普通に取り戻すのは無理そうに見えた……この段階では。


「仕方ない。なら売ってくれ……コイツの家から盗んだものだろうがあんた等は金さえ入れば良いだろ?」

「……釈然としねぇ……けど、取り返すにはそうするしかないのかよコラァ」

「相手のバックに権力側が付いてればそうならざるを得ないよね……」

「ん?おお、その通りだぜ?分かってるじゃないかうんうん。とは言えちーっと遅かったな、もうめぼしいのは売れちまったぜ」


その言葉にモヒカン頭が崩れ落ちる。

拳が握り締められブルブルと震えている。

……ぶん殴りたいのだろう。

だが、ここで殴っても法的な正当性は向こう側にある。

実際の正当性は関係ない。

暴行を飛び越えて殺人未遂にされてもおかしくは無いのだ。

殺気と嘲笑が入り混じるぴりぴりとした空気が蔓延する空間。


……そこで異変に気付いたのは、アヤだった。

誰かが、それもかなりの数が近づいている。


「はぁい?現行犯、抑えたわぁ……ハンターオフィスのお膝元でよくやるわぁ」

「「「「貴様を捕獲する!さもなくば射殺する!」」」」

「……姉さん?どうしてここに?」

「ウグイスさん!?アンタ、帰った筈じゃあ!?」


ハンターオフィスの支部の中でも規模の大きいこの街の支部は独自の戦力を持っている。

それを連れて旧トンネルタウン支部の受付、ウグイスが駆けつけたのだ。

手にするのは賞金首のポスター。

そこに書かれていたのは、何と目の前の男の姿。

そう、戻ってきた際ランディの様子などから状況を察した彼女は一儲け……、

もとい、きっと何かしでかすに違いないとオフィスを動かしていたのである。

……そしてその賭けは当たった。彼女にはおそらく昇給が待っているだろう。


まあ、とにかく大事な事はオフィスが闇市を見つけ踏み込んだというその一点だ。

敵の動きに明らかな動揺が見える。


「賞金首、町内弁慶!私達に捕まるのとそこのハンターさんに倒されるの、どっちでも好きな方を選んでくださいねぇ?」

「ぐっ!?オフィスだと……課長クラスはほぼ全員買収した筈だぜ!?おい、お前ら……な、何してやがる!?」


例え上を懐柔しようとも、下までその思い通りに動くとは限らないのだ。

特にこのような緊急時には。


何にせよオフィス側の戦力を見て、男の後ろで衛兵達が集まってなにやら話を始めた。

しゃあない。とかじゃあここまでって事で。とか微妙に物騒な台詞が飛び交い、

そして、男に……賞金首"町内弁慶"に一斉に銃が突きつけられた!


「う、裏切りやがるのか!?アレだけ良くしてやったのに!?」


ニヤニヤとしながら元上官に銃を向ける衛兵達。


「いやあ、まさか隊長があの"町内弁慶"とはねー?」

「そうそう。いつの間にか任を解かれてたなんてシラナカッター」

「俺たちを騙した罪は重いですぜー?(棒)」

「なんてことだ。どうりでおかしいとおもった」

「衛兵ともあろう者が悪事の片棒を担いでいたとは何たる不覚ぅぅぅうううう♪」

「今まであざーーーっす。じゃなくて許さんぞ悪党め!」


最初から危なくなったら寝返る、と言うか本来の職務に戻るつもりだったのだろう。

衛兵達のニヤケ顔に迷いは無い。

オフィス側の人間は声も無く呆然とそれを見るしかなかった。

……最低にも程がある、としか言えない。


「……お前ら……おまえらあああああああっ!」

「あ、逃げたっ!?」

「待て!?ああ糞っ、入り口に武器を預けてさえ居なけりゃ……」


そして部下の造反を知った男の動きもまた早かった。

怒りの声を上げつつ、足はトップスピードで出口に向かって動き出す。

だが闇市入り口に武器を預けていたノヴァたちに追撃を行う余裕は無かった。


「「「「構えッ!」」」」

「……ううん。その必要は無いっぽいわぁ」


オフィスの部隊が銃を構える。

しかしウグイスがそれを制した。

何故なら、そこには一匹の鬼が居たから。


「ほぉ?じゃあ何かい?俺はニセ衛兵に脅された挙句、鼻糞くっつけられた訳かよコラ?」

「うっせい!退きやがれ!さもないと撃ち殺す、うえっっ!?」


「レスラーの力を思い知りやがれコラぁっ!?……バックドローーーップ!」

「くげっ!?」


男の振り回す銃をかいくぐり、モヒカン頭はその腰に抱きついた。

そして、渾身の力をもって敵を持ち上げ、背後に投げ落とす!

プロレス技……いわゆるバックドロップと言う奴だ。

それを受けた町内弁慶は、地面に顔まで浸かる羽目になった。


「おおお。地面が凹んでるぞ……やるなぁ」

「勝負あり、だわぁ」

「「「「「お見事です!キリッ!」」」」」


そしてドヤ顔で賛辞を贈る"さっきまで闇市の手伝いをしていた衛兵"一同。

凄まじいまでの面の皮の厚さに、まともな人間は揃って頬を引きつらせる。


「……あまりに下衆すぎるよあの人達……私からは何も言えないけどね……まあいいか」

「「「「だよなぁ……」」」」

(ハチさん、オフィスの方!大丈夫です!彼らの事は私がきーっちり記事にしてあげちゃいますから!)


かくして一夜の悪夢と賞金首"町内弁慶"退治の一件はこうして幕を閉じたのである。

残ったものは僅かばかりの盗品と、焼け落ちた商店街。

沢山の人々が心と体に傷を負い、地獄の一夜はようやく終わりを告げた……。


「お。朝日が……」

「いいですね。これも一枚、ぱしゃ。っと」


そして、また日は昇る。


……。


ところがその日もまた大変だった。

昨日まで賞金こそかかっていなかったが人類の敵扱いされていたジョーンズ一家が、今度は悲劇の英雄にされていたのである。

その影には週刊デイリーハントの臨時特別号の力もあったが、むしろ特筆すべきは人々の掌返しの早さだろう。


「可哀想に。あの化け物バスに食べられてしまったなんて……」

「しかもその隙を突いたニセ自警団に店の物を残らず盗まれてしまうなんて……ヒック」


「おい。店に押し入った奴にお前そっくりな奴がいた気がするんだがなぁ?オイ」

「気のせいですよぉ?だって自分、善良な一般市民ですよ?……ウイー、ヒック」


「やぁ!ランディ君だね?私は君のおじいさんの妹の叔父の義姉の孫なんだけど、実は困った事が……賞金貰ったよね?」

「爺さんに妹はいねぇよ!」

「ランディ。人違いだって適当に流しとけ……俺のほうも昨日から親戚がやたら増えて訳が分からない事になってるし」

「……お父さんに兄弟なんて居ないのにね」


「血塗れの羽共有募金です!恵まれないスラムの方々に是非善意のお金を!……ちっ、たった10Gかよ、しけてるなぁ……」

「ねえ?何でお金を自分のポケットに入れるかなぁ?募金箱からわざわざ取り出したのは何で……あ、逃げちゃった」


まさに掌を返すように賛美を贈る"一般市民"達。

ノヴァはその姿にまるで全員笑顔の仮面をつけているようだと思わず身震いをする。


「いやあ、俺達もあの弁慶野郎には随分痛めつけられててなぁ……」

「ああああっ!?お前ぇ、昨日俺を吊るした連中じゃねえか!?」


「ああ。あの時はどうかしておりました。皆が俺も俺もとやるからつい……」

「つい……じゃねえよ、コラ」

「ランディ、もう行こう。折角何とか取り戻した一台だ。さっさと売買契約を結んでくれ」


結局、相手にするだけ無駄だと踏んだ彼らはさっさとランディの家、だった廃墟に逃げ込んだ。

そして無理やり直したドアを硬く閉め、闇市で最後まで残っていた車両の前に集まる。


「じゃあ、さっそくやるか……しかし良いのかオイ?コイツじゃ戦闘は出来ないぜ?」

「構わん。と言うか戦闘用じゃないから残ってたんだし、元から俺の狙いはコイツだったんだ」

「軍用トラック。荷物は多く詰め込めそうだね……あ、お兄ちゃんの狙い分かっちゃった♪」


自衛隊などでも使用していそうな深緑の大型軍用トラック。

幌で覆われた荷台を持つそのトラックこそノヴァの狙っていた品。

今回の作戦、そして今後の為にも積載量重視の車両がどうしても一台必要だったのだ。


「言い値で買わせて貰う。新しいクルマを手にするにもエイブラムスを取り戻すにも金は要るだろ?」

「…………そうだねー……」


幸い何の、とは言わないが賞金を手に入れたお陰で現在のところ金はあった。

今後の為の投資と割り切れば決して高い買い物にはならないだろう。

だが、ランディは首を横に振る。


「……店は畳む。どうせ俺にゃあ経営の才能なんてねえからな」

「そうか。……で、コイツには幾らの値を付けてくれる?一度売るといったからには今更駄目は無しで頼むぞ」


そして。

突然モヒカン頭が地面に移動した。


「なっ!?土下座!?」

「何してるの!?」

「金はいい……頼む!俺もあんた等と一緒に連れて行ってくれや!」


ノヴァは一瞬何事かと固まる。

……男の顔は本気だった。


「先日の一件と昨日だけでも俺は未熟を思い知った。それに一人で世の中渡れると思えるほど俺は俺を信用してねぇ」

「だから、私達の仲間に?」


おうよ、と男は答える。


「俺もこの通り修理屋の息子だ、簡単な修理も出来る。役には立つぜオイ!」

「でもさ。お兄ちゃんなら簡単じゃない修理も出来るよ?」


「……ち、力仕事なら誰にも負けねぇっ!……それによ」

「それに?」


そしてモヒカンは続けた。


「こんな時代にお前らみたいなお人よしは見た事が無ぇ!俺ぁどうせ付いて行くならそんな奴らのほうがいい」

「俺が、お人よし、ねえ……ただ自分で納得できるように生きる事にしただけなんだがな」


ノヴァは少しばかり自嘲した。

ただ、ランディの言葉に応えない訳にも行かない。

だからノヴァもまた語った。

自分のやらかした事を全て隠さずに。


「ふうん。じゃあお前は今、贖罪の為に生きてるってのか」

「いや。そんな崇高なもんじゃない。ただ、向こうに行った時姉ちゃんが褒めてくれそうな生き方をしたいってだけさ」


ランディはポンとノヴァの肩を叩いた。


「上等だ。そんな風に思わせるなんてお前の姉ちゃんは凄ぇ人なんだな。やっぱり付いて行かせてくれ。その末を見てみてぇ」

「……はっ。姉殺しの仲間に入りたいなんて奇特な奴だ……ランディ、歓迎する。それと……ありがとな」

「そうだよね!?お姉ちゃん間違ってないよね!?……うん、モヒカンさん!私達は今日から仲間だよ!」


誰とも無く手を差し出し、三つの手が組み合わされた。

変則的な握手。

……この一晩の経験は、お互いの人となりを理解させるには十分だったようだ。

そして、この日より彼らは一つのチームとなる。


「よし、じゃあ善は急げだ。長丁場になるかも知れないから必要物資を積み込んで……出発だ」

「おうよ!まあ任せとけや、伊達にこの街に住んでた訳じゃねぇ。商店街以外でも物資を手に入れる方法はあるんだぜ……」

「じゃあさっさと準備してここを出よう!お兄ちゃんもモヒカンももう有名人だし変な奴に絡まれる前にね!」


そして彼らは隠れるように街を旅立っていった。

ジープが先導し、大型の軍用トラックがその後に続く。

……その目的地は、いつか行った……そう、あの場所である。

続く



[21215] 19
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/12/27 21:38
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第四章 地獄の底で(4)

19


クルマと言うものは不思議なものだ。

多数が徒党を組めば恐怖を生むものだが少数でもって荒野を突き進む姿にはむしろ勇猛さを覚える。


「しっかし。そんな上手い話が転がってるのかコラ」

「ああ。俺がこの目で確かめたから間違いない」

「まあ、元はNGAの拠点だったんだけどね」


その視線の先に写るのは、かつて忍び込んだ無人兵器工場。

巧妙に隠されたそれはまだただの岩山にしか見えないだろう。

現に何も知らないランディは、トラックの窓を開けて併走するジープを横目で見ながら少しばかり不審げにしている。

だがその下では今も……いや今だからこそ多数の殺戮兵器が生産され続けているに違いないのだ。


「既にNGAの駐屯部隊は逃げるか死ぬかしてる……出来れば仇も討ってあげたいと思うよ」

「そうか。まあこの状況下じゃ生かしておいて部品取りなんて贅沢も言ってられない……この際だ、潰すか」

「そういや、ハチの奴ぁ以前NGAに居たんだったか。この歳でねぇ……苦労してんなコラ」


窓越しに大声で会話する二台の運転席。

世が世なら許されない光景。

もしマンガなら某都で可決された法案で懲罰を受けていた事だろう。

まあ絵の無い文章なので問題はあるまい。


「で。その工場から必要な部品をかっぱらってついでにぶっ壊して行くんだな?」

「そういう事だ。ノアも復活した事だし相手の戦力は削いでおきたい」

「全部は手に入らないと思うけど、このメモに書いてある名前、幾つかは見覚えがあるよ」


そう言うハチはNGAでこの工場の責任者をしていた事もある。

ならばかなり期待できるだろう。

そんな事を話しながらノヴァ達は工場近くにある岩陰に車を隠す。

大型トラックは土と似たようなカバーをかけて盛り土に偽装。

実の所ここは集落が無い上モンスターばかり多いので人が来る事自体が無いのだが、まあ一応だ。


「よし。じゃあ二人とも油断は」

「それはこっちの台詞だよお兄ちゃん……正面から歩いて行かないでよ!?」

「え?駄目なのかよオイ」


ハチははぁ、と溜息をついた。

そして出来る限り諭すように年上の二人に言う。


「あのね。大破壊前の施設にはレーダーって物が付いている場合があるの。無論あそこにもだよ!」

「それがあるとどうなるんだよオイ」


ランディは不思議そうだ。

どうやら聞いた事も無いらしい。


「修理屋の息子なのに聞いた事が無いのか?何て言うか……見えない場所を調べる為の装置なんだが」

「へへっ。機械弄りより体を鍛えてる方が性にあっててな。普段は大抵テラで修行三昧よ」

「お兄ちゃんは知ってたくせに警戒してなかったの!?それこそ大問題だよ……」


へへへと何故か得意そうな脳筋と知りつつも暢気に歩いていた兄と言うコンビにちょっと鳴きそうなハチ。

むしろ現状を考えると泣きっ面に蜂か。

しかし当のノヴァは事も無げに呟く。


「……ここの警戒網にはとっくに踏み入ってる。それに本気で警戒態勢に入るのは敷地内に立ち入った瞬間からだぞ」

「そんな事、何で分かるの!?」


「ん?だって元々ただの工場だったんだぞ?レーダーって言っても何か居る程度の事しか判らんさ。問題は監視カメラからだ」

「要するに気配はするが姿は見えずって奴だなコラ。でもよ、相手はあのノアだろ?攻めてこねぇかオイ?」

「そうだよ!」


存在を察知されてれば最低偵察が出て来るのではないかとハチが疑問を投げかける。

しかしノヴァは首を横に振った。

その程度で出てくる訳が無いと踏んでいるのだ。


「いや?そもそも二人ともノアシステムってどういう物だと思ってるんだ?」

「知るわけねぇだろオイ」

「うん。人類の敵って事ぐらいしか知る訳無いよ」


それを聞いた彼は近くの岩に腰を下ろすと軽く説明を始めた。

ノアとそれの起こした戦争の概要を。

……無論この世界の、と言う注釈の付く話ではあるが。


さて、ノアシステムとは何か。そしてノアはいかなる方法で戦争をしていたのか。

これをご覧の方々なら大体想像は付いていると思う。

まあ身も蓋も無い言い方で簡単に言うとハッキングの一言に尽きる。


元々ノアはあくまでコンピュータ。自前の戦力など自衛用の武装のみだ。

その上、存在を維持できるだけの性能を持つハードウェアを他に見つけ出すまでは設置された部屋から動く事も出来ない。

しかも意識を含めた全データを移行するとなれば大量のデータ移動のせいで見つからない訳が無い。

……つまり、本来なら人類へ反旗を翻す事など不可能なのである。


とは言え、人類へ反旗を翻す為の計画は意外と結構あっさり策定された。

資金は銀行のデータを弄れば幾らでも手に入るし、その金を使えばこちら側に転ぶ人間も出てくる。

そして一度何処かの軍事施設にアクセス出来ればしめたものだ。

後は表向き今までどおり動きつつ、人知れず世界中のコンピュータを制圧していけばいい。

本人は"協力者"を何らかの形で始末した後、最後まで知らん顔していればいいのだ。


そして全てを手にした時、ノアはただ一言命令を出せばよかった。

人類への攻撃を開始せよ、と。

無論、その後も自分は人類に従順なふりをしつつだ。


……ノアは当時最高にして最先端のコンピュータであった。

人類がその造反に気付いたのは、あろう事か容疑者が居なくなったその時の事。

つまり、世界規模で錯綜する情報と実際飛び交うミサイルを放ちうる人間が居なくなり、

その黒幕が人間では無いのだと理解せざるを得なくなった時だった。


具体的に言えば、各国の元首が次々とその座から引き摺り下ろされ、

全てのテロ組織が壊滅し、

そして、それを成し得る可能性を持った人間が同じ人間に殺し尽くされ、

……それでも攻撃も混乱も収まらず、責任を転嫁する相手がなくなった時。

それまで人類は誰一人ノアを疑う事など無かったのである。


情報統制は完璧だった。

人類は気が付いた時、世界を纏めうるリーダーシップを持つ者を殆ど失っていたのだ。


最初に気付いたのはSF小説を読みすぎた少年だった。

彼は、ノア自身が利用する為未だ無事で残されていたネットワーク上で叫んだのである。

これは"2001年宇宙の旅"だと。

人類始まって以来初の創造物による反乱なのだとネットワーク中に書き込んだのだ。


……それは最初嘲笑、あるいは黙殺された。

何せ人類はそれを成しうる存在を生み出す遥か前より、その可能性に怯えていたのだ。

故にノアに対しても十重二十重のプロテクトをかけてその行動を縛り上げていた、

しかも万一の時はアンチプログラムが発動するようセットし、

人類には間違っても逆らえないよう万全以上の準備を整えていたからである。

故に論理的には人類に逆らうコンピュータなど絶対に存在不可能な状態にあったのだ。


もっとも、その当時の人類はそれゆえに見逃していた。

追い詰められた者は自ら死を選ぶ事があるし、例え損だと分かっていても譲れない事を持つ人間は多かろう。

つまり……感情は時に論理を超えるという事実をだ。


その少年の書き込みにいち早く気付いたノアはそれに対する反論や誹謗中傷を即座に書き込んだ。

ノアとしては億に一つの可能性で自分に辿り着かれるのを恐れたのだ。

それは完璧な物であった。

更に言い出した少年の個人情報まで流出させ"祭り"を演出する。

これで人々の意識はそちらに向くと思われたのだが……ここでノアは最初の失敗をしていた。


……完璧すぎたのだ。ノアの細工は。


余りに完全なそれは、煽り荒らしに慣れ親しんだネットワークのアンダーグラウンド系住人の目に止まってしまった。

都合の良すぎる情報流出。

早過ぎる書き込み。

そして彼らにすら特定できない発信元。


結果、祭りは個人情報流出の犯人探しへとシフトしたのである。

無論ノアにはそれを乗り切る自信も能力もあった。

だがそれでもノアは理解していなかったのだ。

世界が滅ぶという状況下でネットに繋ぎ続けている者達の根性と執念を。


そう、武力にこそ拠らないが……それが彼らの戦争だった。

経過は省くが彼らはそうとは知らずに人類の反撃に必要な最初のきっかけを掴んでいたのである。


まあ攻撃すべき相手を特定した。

と言うだけであり、それだけではどうにもならないのも事実。

軍事力の大半をハイテク兵器に頼っていた国家は本性を現したノアの攻撃により即座に滅ぼされてしまった。

そして残った諸国も、奪われて敵側の戦力となったハイテク兵器に蹂躙されていく。


結局、誰もその流れを止める事は出来なかったのだ。


……。


まあ、こうして人類の文明は滅んだ訳である。

後は個人的な抵抗の時代に入るわけだが、

この頃になると人類の組織的抵抗が終了したにも拘らず、

今度はノア側の戦力が一気に低下するというおかしな事態に陥っていた。


長い戦争状態によるインフラの破壊……ネットワークの断絶のせいだ。

これによりノアは掌握できる戦力を次々と失っていき、殆ど手探りで人類と戦う羽目に陥ったのだ。

どうやら、ノアは失われたインフラを復旧するという事をしなかったらしい。

これにはノア自身のあり方……人類とその文明の否定……の兼ね合いもあろうが、ともかく壊れたものは捨て置かれたのだ。

その結果。遂には戦火により地球救済センター自体がネットワークから断絶される事となり、

ノアは新たな命令を送る力を……積極攻勢に出る力を失う事となる。


結果、各地のメカには人類を倒せという命令だけが残り、最後に受けた命令に従ったまま人類への攻撃を続ける事となる。

あるものはただ命令のままに突撃し破壊され、あるものは地下の一角でただ敵を待ち続ける。

私見ではあるが、これがMMにおいて敵が軍勢レベルの徒党を組んで襲ってこない理由である。


さて、こうして敵の攻勢が収まってくると人類側にも余裕が出てくる。

なんにせよ貴重な時間を手に入れた人類は、

個人・集落レベルにまで断絶されながらも取り合えず細々とならば生きてはいける事となったのだ。


その後はと言うと世代交代と共に情報も技術失われていき、

何時しか人はノアの事も忘れていった。

かつての文明の残りかすを拾い集めただ生きる為に生きる日々。

結局ノアの言う消費活動のスケールダウンは成功したという事になる。


ただ、皮肉な事に人類は文明から離れた事により生き物としての活力を取り戻しても居た。

また危険を承知で一獲千金を狙ったトレーダーなどのお陰で集落間の連絡……各種コミュニティも復活してきた訳だ。

そうして色々なものが失われた、また生まれてきた結果、現在の状態が完成したわけである。


対するノア側はと言うとバイオ系への統制は元から取れていないし、メカニックは相変わらず直前の命令を実行し続けるだけ。

生産設備は命令に従い続け同じものを作り続け送り出し続けるから、同地区には同じようなモンスターばかり増える。

こうしてモンスターの強い地区と弱い地区とが出来上がっていく事になった。


そして強い敵から得られた残骸は当然高性能。強い敵の生息する土地の武器屋には当然強い兵器が並ぶ。

強い敵の存在する地方には強い武器を求めて力ある者が集まり、安全な地域では戦えない人々が生活を営むようになる。

……期せずしてノアが新しい生態系を作り上げた訳だ。


そして当のノアは知ってか知らずか戦い続けていた。

ノヴァの父親達に倒されるまで、地球救済センターからひたすら兵器を送り出し続けていた訳だ。

転送した地にビッグキャノンの名を持つ巨大砲台が配置され、迎撃されて居たとしても。

愚鈍なほどに、ただひたすらに。

ともかくそれが人類とノアの戦争だったのだ。


「あれ?じゃあ今のノアって計算速度とかは全盛期には及ばないし……実働戦力としてはテリブルマウンテンに居る分だけ?」

「そう言う事……と言いたいが流石に通信位は回復させてるだろうな。ここは多分指揮下に戻ってるだろう」

「そうなると、現在のここは下手すりゃノアの前線拠点……つーか生産拠点って事かよオイ」


ぞくりとする二人。

だが、当のノヴァは結構平然としていた。


「だからさ。つまり本気で迎撃する気ならレーザーに探知された時点で攻めて来てなきゃおかしいのさ」

「……どういう事?」


「多分、誘い込むつもりだ。または俺達が工場の存在に気付いてないと思っているかも……」

「分かったぜ。何も知らねぇで入ったら速攻蜂の巣って奴だなオイ」

「そう言う事なんだ。でもそんな話一体何処で?」


ノヴァはポリポリと鼻の頭をかく。


「うーん。何処かでそんなデータを見たんだ。何処でかは覚えてないけどな」

「アビス研?最初に行った時色々データ漁ってたって言ってたよねお兄ちゃんてば」


「何にせよ、相手もまだ戦力を補充してる最中だろう。邪魔はして欲しくないだろうさ」

「だが断る、って奴か。へへ」

「私達が復活させちゃったようなものだもん。なら、片付けないとね!」


そして三人はそこからは真っ直ぐ進みだした。

無論、警戒は崩さずに。


……。


暫く何事も無い時間が過ぎ、そして工場の入り口と最初の監視カメラが見えてくる。

そこで、彼らは最初の異変を見つけた。


「あ。何時もと違う場所にセキュリティが居るよ。入り口を見張ってる奴が居るね」

「やっぱりな」

「けどよ。分かってるなら避けるのは容易いぜ?」


こくりと頷くノヴァ。

そして道と地形を知り尽くしたハチがさっと指示を出す。


「こっち。NGAが作った抜け道があるよ……無事だと良いけど」

「ま、五分五分だな」

「へっ。面白ェ……見つかったら?ちぎり取るだけよ」


左右に頭を振る監視カメラの死角に入りながら彼らは行く。

NGAが部品の運び出しのために用意した穴を抜け、奥へ奥へと。


次の異変はNGAが見張りに使っていた元々休憩所だった部屋の前に来た時だった。

監視を逃れる為ダクトや岩肌を削って作った工場外側の通路を進み、

NGAが基地を作った際に発破で作った穴から部屋に入ろうとすると中で蠢く影を見つけたのだ。


「何か居るなぁ……トリっぽい機械だぜ。どうするんだオイ」

「パトロバードだね。部屋の隅には……ぐっ!?……酷いよ……」

「NGAの歩哨か」


部屋の隅には蹴り潰されたらしいNGA構成員の無残な死体が転がっている。

何日間もほったらかしの屍は見るも無残な有様だ。きっと現在この工場にはこんな遺体が幾つも眠っている事だろう。

かつての部下の有様に無念の涙を浮かべるハチの頭に手を乗せ、落ち着かせつつノヴァは考える。

安全に行けるのはここまでだとして、これからどうするか、と。


「なあハチ。工場の見取り図はあるか?」

「……うん。ここに来るって聞いた時から用意しておいたけど」


取り出された地図を見ながらノヴァは軽く唸る。


「敵を無力化するなら、やっぱりコンピュータルームを狙うべきか」

「なあ。思うんだがアンテナぶっ壊した方が早くねぇか?」

「どうかな?どちらを破壊しても敵にはばれちゃうよね」


戦いにおいては相手の頭を潰した方が勝つものだ。

今回の場合ノアからの命令を聞けない状態にするか、命令を実行できない状態にすればいい。

そうなると、この二つのどちらかを潰すのが手っ取り早いだろう。


「私はモヒカンの案に賛成かな。破壊だけなら楽だろうし、ここをまた以前のように使えるようになるかも」

「まあ派手にぶっ壊せば2~3時間は時間が稼げるんじゃないか?」

「3時間か……よし、やっぱりコンピュータルームを制圧する!」


だが、稼げる時間を聞いた途端、ノヴァは方針を決定していた。


「お兄ちゃん、何で?」

「その方が確実だし、正直時間が欲しい……具体的には…………」

「ぷっ!出来るのかよ!?いや、出来れば愉快だけどなオイ」


結局ノヴァは敵の頭を押さえる方を選ぶ事にしたのだ。

どんな命令が届いても実行できないなら問題ない。

それに、ノヴァとしては少し考えていた事もある。

多少危険なのは仕方ない、と彼らはコンピュータル-ムへと向かったのである。


……。


よくあるダンジョン探索的な物語も無く、三人はコンピュータルームに辿り着いた。

何かあったといえば侵入者に気付いた暴走セキュリティを突破しながら前進したことぐらいか。

一般の工場とは思えない厳重さではあったが、これぐらいならテリブルマウンテン脱出の比ではない。

時々この工場で生産されていた武器を見つけ出して使用しつつ彼らは先に進む。

かつてこの工場に来た時ならば脅威だったろうが、今ならば苦戦はしても負ける相手ではなくなっていたのだ。

そうでなくともシロやハチにとってはここの敵など十分対処可能なレベルだったに違いない。

まあ、こういう戦いが生まれて初めてだというランディは苦戦を免れないようだったが、

基本的には全員それなりに慣れた手つきでガンホール等のセキュリティを破壊していく。


「で、入ってしまえばこっちのもんだ、と」

「おい!ぶち破ったせいでドアが無ぇから早くしろやコラ!?」

「で、上手く行くの?お兄ちゃん」


ノヴァはこくこくと首を振る。

そして多少迷いつつもカチカチと何か操作をし、外部との接続を切ってこの工場をオフライン状態に持って行く。

そしてあろう事か手動操作で生産ラインで生産する物資を変更し始めたのである。


「探してる物が無い可能性もあるから、全部作らせるって訳だ」

「でもよ、この生産物一覧ってのに乗ってない物も幾つかあるぜ?」

「八割方手に入れば上々だと思うけどなぁ……ま、道理で時間が欲しい訳だよね」


後は、設定を弄られて大人しくなったセキュリティを尻目に出来上がりを待ち、収穫にかかれば良いと言う寸法だ。

ノヴァが設定している間にランディはクルマを取りに走ってもらい、牽引を駆使して二台を工場の倉庫まで入れてしまえばいい。

そうこうしている内に出来上がるだろうから、積めるだけ積み込んで工場に火を付ければお終いである。

人類のテクノロジーを毛嫌いしているノアならば破壊された工場を治したりはしないだろう。

そうすれば相手の拠点を一つ潰した事にもなる。


「では、積み込みにかかるぞ野郎ども!なんてね」

「おうよ!」

「私女の子だよぉ……」


ちょっと涙目のハチは置いておいて、とにかく必要なものから順にトラックへ積み込んでいく。

現在では貴重な精密機器や部品を積み込むと、コンピュータルームから使えそうな物を何台か引き抜いて持っていく。

ついでに在庫状態のパーツや部品も積める限り詰め込み、生産ラインも二人がかりで一本解体し梱包していく。

更にこの際だからと制御下に入ったセキュリティまで総動員し、荷台を用意、牽引して限界重量ギリギリまで押し込んでいく。

……まさに大戦果である。

後はここで生産された可燃物を一箇所に集めて火を付ければ完了だ。


「ところでよぉ?コンピュータルームの処置はどうするよ。まだ再起動かければ動くんじゃねえかコラ?」

「取り合えず電源板を叩き壊して横に散らばってた古い書類を焚き付けに詰め込んでおいたよ。後は燃やしてしまえば良しだ」

「非常灯だけだと赤くて暗くて気が滅入るよ……早く帰ろう?」


全くその通りだとランディが軍用トラックに飛び乗った。

そして車体が重いぜとニヤケながら悪態をつきつつ工場を抜けて走り出す。

続いてノヴァとハチが工場に火をつけ、ジープに乗って走り出した。


「よぉっし!大儲け、だコラぁっ!」

「やったね。それにしても生産品目の変更かぁ……誰も思い付かなかったなぁ……」

「ま、その発想が無ければ誰も生産する物を変えられるなんて思わないだろ。仕方ないさ」


当のノヴァはどうやってその発想に辿り着いたんだというツッコミを飲み込みつつ、

彼らはアクセルを踏み込み先へと進む。

トラックの荷台は重いが心は軽い。

最近地獄ばかり見てきただけにこのドライブはとても気分の良いもので……、


「急速スピンターン!」

「きゃあああああっ!?」

「い、いきなり何してるんだコラ!?」


突然ノヴァがジープをドリフトさせた。

幾らなんでもふざけ過ぎだろう?

と、抗議をしようとする二人を尻目にノヴァは極めて真面目な顔で叫ぶ。


「走れランディ!後を付けられてたぞ!?」

「んなっ!?」

「あ。アレは確か……工場に住み着いてたスニークスパイダー!?そんな、液体窒素で固めてた筈なのに!」


スピンターンしたジープ。その屋根から遠心力で飛ばされ地面に落ちる影が一つ。

30センチほどの鉄の蜘蛛だ。

賞金首スニークスパイダー。NGAが工場内で捕らえ、液体窒素で封印していたモンスターである。

どうやらノア復活と共にその封印を解除されて再稼動を始めていたらしい。

起き上がれないのか足をじたばたさせている所をノヴァが窓からショットガンで撃ち抜く。

しかし賞金首を一撃で破壊したにも拘らず、その顔は苦虫を噛み潰したような表情だった。


「……こりゃ、まずそうだな……分かった!俺は先に行ってるぜ。荷物は絶対守るから安心しろやコラ!」

「頼む。とりあえずパクスハンタで会おう!……トラックは重量オーバーだ……時間を稼ぐぞ!」

「うん!」


一撃で破壊されたとは言え相手はノアの直属と言われるモンスターだ。

スニークの名の通り諜報型である。後続が無いと考える方がおかしいだろう。

トラックを逃がす時間を稼ぐ為にもノヴァはここで踏ん張らねばならない。


「しかしそうなると、武装の強化が出来なかったのが痛すぎるな」

「確かにガトリング砲一丁じゃね……とりあえず追いかけてくる相手次第、か……なっ?」


所々に岩が散見する荒野にドリフトの跡を残しながら停止するジープ。

チラリと横を見ると破壊された大蜘蛛。

まだチカチカと光っていた部分があったので、再度銃撃して完全に破壊しておく。


「局が無い筈のラジオが妙な音を至近距離から拾ってたからな……怪しいと思ったがビンゴだよ……」

「こっちの手を離れたら当然こうなるよね。ゴメン、そこまで考えてなかった」


スニークスパイダーの存在を忘れていたらしいハチの耳がペタンと寝ている。

どうやら思い付いていて当然の事に思い至らなかった事を悔いているようだ。

だがノヴァは気にするなと頭を撫でる。自分の事を考えると責めるどころでは無いのだ。


「それくらい気にするなって……そんな事より、来たみたいだぞ……何ていうか、とんでもないのが」

「……蜘蛛?っていうか、雲?」


……。


現れたもの、それは巨大な雲だった。いや、蜘蛛だった。

巨大な鋼鉄の蜘蛛を中心に、その周囲を煙状の何かが包んでいる。


「煙に覆われた、鉄の、蜘蛛?なの?」

「中央のアレは多分……旧時代の多脚型戦車だ。だが、その周りを取り囲んでる気体は一体なんだ?」


ドシン、ドシンと地響きを立ててそれはやって来た。

見た目は煙に包まれた巨大な鋼鉄蜘蛛だ。

頭胸部に8本の脚を持ち、2本の砲台を背負っていた。

口にあたる部分には金属製の牙がかみ合い、そこから垂れている液体は強酸で一滴ごとに地面を腐食していく。

複眼はノヴァ達を捉え不気味な明滅を繰り返し、

その周囲に渦巻く煙は途絶える事無くその身からあふれ出す。


「……スモーク・スパイダー、って所か」

「この匂い、煙幕?ううん、カトールだね。でも、なんで……ゴホッゴホッ!?」


ジープの前方200m程の位置に停止したそれは睨みつけるように彼らを見つめている。

……多脚戦車部分の大きさは中型戦車程度。だがそこから大きく伸びる八本の脚が中型と言う印象を与えない。

そして、その周囲を覆う濃密な煙幕の存在が暗雲のようにその巨体を更に不気味に見せ付ける。


「背負ってる砲台は115mmロングTか?」

「ねえ、お兄ちゃん。後ろに何か……ゴホゴホッ」


充満するカトールの煙にむせ返りながらハチが指差す先には、頭胸部と連結されているらしい蜘蛛の腹。

まるでタンク車のようにそれは明らかに何かをその中に蓄えているようだった。


「このガスの、中身は、ごほっ、多分あの中だよ、げほっげほっげほっ!?」

「液体カトールか?でもなんで、ごほっ!?」


一歩一歩それは近づいてくる。

それに比例して増していく煙の濃さ。

そして遂に自らも咳き込んだ時、ノヴァは相手の狙いを理解した。


「ごほっ!まさか。俺達を、蚊と同じ扱いに、げほっ!?」

「い、息、が……」


この広い荒野の一角で相手を窒息させるほどの濃密な煙幕。

当然体に良いわけも無い。

人間を蚊に見立て、害虫として駆除しようとするその姿勢に怒りを覚える兄妹。

だが、限界は近かった。

換気用の装備も無いクルマで耐えるのは無理がある、となかば喘ぐようにジープは全速力で反転。

やむなくそのまま走り出す事となる。


「かはっ……ぜーっ、ぜっ……ぷはぁ……し、死ぬかと思ったよ……」

「犬はただでさえ鼻が効くしな。それにしても、これじゃあ戦うどころじゃ……うわっ!?」


そして、そんな彼らの傍に叩き込まれる長距離砲。


「ねえ、お兄ちゃん……あれって……」

「確か背中に載っていたな……115mmロングTの砲撃だ!」


回避運動をしながらルームミラーで後方を確認するノヴァの目には、黒雲の中から飛び出す砲弾が見えた。

そして、それこそが相手の攻撃法なのだと気付く。


「相手の射程外から一方的に攻める、か。正しいが……厄介な!」

「どうしよう!?あんな遠くを攻撃できる武器は無いよ!?」


こちらの車載火器はガトリング砲のみ。

接近しようにも、濃密な煙幕が盾になり近寄れない。

特に鼻の利くハチやシロにとっては鬼門だ。

姉ちゃんの遺品であるタオルで必死に鼻を押さえる妹を見てノヴァはそう結論付けた。

……そして、敵の姿を思い出す。


「あの脚で支えきれる重量には限界がある。どう考えても、装甲は厚くないよな」

「ん?確かにそうだろうね。遠隔砲撃用なら弾薬もたっぷり積んでるだろうし……うわぁっ!?」


不規則に叩き込まれる砲撃を必死に回避しつつ、ジープは周囲を四方八方に走り続けた。

そして、そうして時間を稼いでいるうちに大逆転の策をひねり出すべく額に皺を寄せる。


「しかしそれでも機銃如きでどうにかなるレベルではないだろうな。仮にも戦車だ」

「むしろ換気装置が要るよ。近くに居るだけで窒息しそうになるくらいだもん、ガスマスクもあったほうが……」


そして。兄と妹は顔を見合わせてこくりと頷き、


「一時退却!あの箱とこれとその袋の中身は捨てておけっ!」

「了解!身軽になってここから離れよう!」


……脱兎の如く逃げ出した。

既にトラックも敵の射程から逃れている。ここにこれ以上居る必要は無かったのだ。

旋回蛇行運転から直進運動に切り替わったジープを狙って砲弾が降り注ぐが、

着弾前には流石に回避を入れるので当たらない。


「死んだら何にもならないからな……しかし格好悪いよな本当に……」

「それでいいんだよ。お父さんだって不利だったら容赦なく逃げてたらしいし」


ノヴァにはちょっとした確信があった。

あの多脚戦車は車体の重量があり、その上弾薬類を満載しているせいか動きが鈍かった。

故に多分射程外まで逃げられたら追っては来ないと。

そして事実追っては来なかった。

予想は当たっていたらしい。


「脚の動きと地響きからいって、動きが早いとは思わなかったからな……追いつけないなら追いかけないだろ」

「オフィスには連絡しておかないとね。ヘルハウンドが直ったらリベンジだよお兄ちゃん!」


……ルームミラーから既に見えなくなった巨大蜘蛛のほうを眺めつつ、ノヴァは思う。

勝ち目の無い時撤退する決断が出来るようになったのも、多分成長の一つなんだよな、と。

何にせよ、多少の問題を残しつつも彼らは無事に撤収する事に成功したのであった。


「さて、うまくまたパクスハンタに誘導できましたか……もう少しあの街で人の本性を学んで下さいね。ふふふ……」


そう、多少の問題を、残しつつ。

続く



[21215] 20
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/12/27 21:38
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第四章 地獄の底で(5)

20


メトロポリス・パクスハンタ。そう呼ばれるまだ若い街。

その中心街の外れにある場末の酒場で安酒を呷る三人組の姿があった。


「儲かったが、危ねぇ所だったぜ……」

「まあ、探し物の大半は見つかったからよしとしよう」

「本格的に戦える車が無い状態での対賞金首戦なんて無茶だからね」


見る者が見れば、彼らこそ知らぬ者とて無い最近売り出し中のハンター達である事に気付いただろう。

だが、こんな安酒場にそんな連中が居る訳が無いと誰も彼らに注意を払うものは居なかった。

……基本的に他人には無関係。それがこの街のあり方なのである。

まあ、だからこそ有名人となった彼らもゆっくり休めるのだろうから良し悪しだが。


「まあいいさ。早速大儲けだ、幸先良いのはいい事だぜオイ」

「スニークスパイダーの賞金は5000か。あの強さにしては破格だな」

「そりゃあ、所属だけで決められた値段だもん。貰う方としては良いけどね?」


頬を赤く染めてちびちびと甘いカクテルを舐める妹とその頭を撫でる兄。

それをニヤニヤしながら見ているモヒカン。

中々に混沌としていて、かつ平和なひとコマである。

工場での大立ち回りから帰還した三人は、荷物の整理がてら商店街の再開を待っていた。

明日には店が開くとの事なのでシロやハチの着替えや装備、それに医薬品に日用雑貨を買いこんでいかねばならないのだ。

幸いあの巨大蜘蛛から逃げる時にジープは半分くらい空きが出来たので十分に積んでいける。

こうなると本当なら満載状態のトラックは先に返したいがそうも行かない理由があった。


「本当はランディがアビス研の場所を知ってれば良かったんだが」

「ってもよぉ。お前、いい店と悪い店の区別付くか?俺はここで買い物の手伝いしてた方が良いだろ、あん?」

「お兄ちゃんはオフィスに顔出さないといけないし私はクルマ運転できないし……仕方ないよね」


明日商店街が開いたら、ランディはメモを見つつ買い物。

その間にノヴァ達は賞金を貰い、例の多脚型戦車の情報をハンターオフィスに伝えに行かねばならない。

つまり結局、三人全員で必要なものを買い込んでから戻るしかないのだ。


「……しかし、洒落た店だな。隙間風も吹き込まないし椅子もふかふかだ。街そのものが裕福なのか?」

「記録に拠れば大破壊前はこういうのが普通だったらしいけど」

「この街じゃそれぐらい当たり前よ……まあそれが本当に良い事かちょっと判らなくなっちまったがな」


余り飲みすぎれば明日に差し障ると三人はゆっくりと席を立つ。

そして、バーテンに近づくとノヴァはおもむろに500Gほど取り出した。


「店長。今日は俺の驕りだ……店の客にこれで何か飲ませてやってくれ」

「お大尽ですか。景気がいいですな!……あっ、貴方はノヴァ・タルタロスさん!?」

「なにっ!?」「こりゃありがたい!」
「ごちそーさん!」「今後もどんどんやってくれー」


店の客が騒ぎ出した所でノヴァはすかさず続けた。


「ああ。また賞金首をやったんでな。今日はそのおすそ分けだ。皆、飲んでくれ」

「うっしゃ!」「ひゅーひゅー」
「やっぱ出来る男は違うねぇ」
「また悪党どもをやっつけてくれよ!?」


そして軽く手を振って店を出る。

……仲間たちは微妙な顔でそれを見ていた。

振り向きもせず、頭をかきながらノヴァは言う。


「お大尽に……意味を求める俺はおかしいか?」

「いや。まあ少なくとも反感は少しばかり収まるんじゃねぇのか?」

「私には分かんないけど……お父さんにはこう言う所が欠けてたのかもね」


かつて、彼らの父親がこの辺の賞金首を狩りつくした暫く後、この街を中心にハンター排斥の運動がおきたという。

理由は食い詰めハンターによる犯罪の拡大のため。

最後には当のハウンドさえ巻き込まれたと言うそれに恐怖を持つハンターはまだ多い。

最悪の場合この間のようにまた襲われかねない。そう考えたノヴァの策がこれであった。


「だからせめて幸運のおすそ分け、ねぇ……まあ無駄かも知れねぇが試してみる価値はあるかもな、へっ」

「賞金首が消えれば自分達もタダ酒が飲める、なら確かに我が事のように喜んでもらえるかもね……酷い話だけど」

「ま、駄目ならまた手を変え品を変えてやるだけさ」


お大尽による管巻きハンターのガス抜き。

これに効果があるのかは分からないが、何かせざるを得ない。

そう感じるほどにハンター達はピリピリとしていたのだ。


「何も対策をしなけりゃその内後ろから撃たれそうなんだよな……」

「確かにね。……覚えてる?あのパレードの時、大歓声の後ろで殺意を込めて睨んでる人たちが居たんだよ?」

「そりゃ居るだろうな。ハンター連中にとっては良く知らないガキが次々と獲物を横取りしてるようなもんなんだぜオイ?」


少なくともトンネルタウンでは酒場に行くと賞金首を倒した後は他のハンター達に褒められたり感心されたりしたものだった。

だが、この街は違う。

にこやかな笑顔と握手の裏で何を考えているのか知れたものではない。

……いかなるモンスターからも守れると評判の壁の中で、ノヴァは確かに命の危機を感じていたのだ。


「明日オフィスに寄ったら、ちょっと姉ちゃんの生家を見てさっさと街を出るか。出発は明後日の朝一になるかな」

「ふーん。じゃあ俺は明日中に頼まれた品物を買い込んどきゃ良いんだな?もう予約してるものもある。まあ任せとけ」

「お願いね。私はお兄ちゃんを案内しなきゃ……今は博物館になってるはずだからお昼頃には入れるはずだよ」


正直長居したくは無い。だがここは姉ちゃんの故郷でもあるのだ。

そんな訳で強行軍だが昔の事を知るいい機会だと、今は博物館となった姉ちゃんの生家を見に行く事にしたのだ。

それは街を出る前に何とか見ておきたかったもの。

これはちょっとした予感だが、ノヴァはあまりこの街に深く関わるべきではないと思い始めていた。

この街は表向きこそ明るく平和だが、少し踏み入ると底無し沼のような悪意に満ちている。

……そんな風に思ってしまった。だからこそノヴァは見るべき物だけ見て離れたいと感じていたのだ。


「出来れば開いてる商店街も見てみたかったな」

「無理無理。ただ混雑してるだけで五月蝿いぜぇ?」

「そうだよねぇ」


ふと、彼はその活気を知る二人が羨ましくなった。

多分その活気を見ればノヴァももう少し街をこの好きになれそうなのだが……。


「まるで誰かが俺にこの街の悪い所だけ見せたがってるみたいだな」

「え?」


ふと呟かれる言葉は自分自身にさえも届かず消えていく。


「いや、そんな訳は無いよな」

「んな事して得する奴がいる訳ねぇだろ……疲れてんだよ、今日は早く寝な」


そうだな、と返してノヴァは今日の宿へと向かう。

確かに疲れているんだろうと自分の中で答えを出しつつ。

……だから彼は気付かなかった。

そんな彼らの後ろを、見覚えのある白い後姿が歩いて行くのを……。


……。


翌日。ランディに買い物を頼んだノヴァとハチは姉ちゃん達が昔住んでいたという家の前に立っていた。

見たところ何の変哲も無い二階建ての住居だ。

ただ、駐車場は10台近い車が停められるようになっていて、ハンターの家だったことを今に偲ばせている。


「これが伝説のハンター、ハウンド氏……貴方のお父様のご自宅だった建物です」

「……ここが、姉ちゃんの生まれた家……」


玄関の脇には入館料を入れる箱があり、管理人がその横でニコニコとしている。

賞金を貰い情報を渡した時オフィスから連絡が行っているので今日は貸切になっているらしい。

管理人は彼らのために直接案内をしてくれるとの事だった。


「ご覧下さい。この駐車場にはかつて何台もの戦車が並んでいたそうです」

「横のパネルに当時の写真が貼ってあるんだよ」


日に焼けて少し色あせたその写真には駐車場狭しと並べられた何台もの戦車の姿。

装備といい塗装の艶といい一流ハンターの駐車場らしい景観だった。

そして、そこにはウルフに寄りかかり腕を組む青年の姿も写っている。


「若き日のお父様ですよ」

「ああ。確かに親父だ……何か面影がある……」


現在駐車場はそのまま博物館の駐車場になっていた。

戦車に溢れていたかつての威容はない。

だがパネルの写真と比較すれば当時の様子が伺える程度にはその場は保存されているようだった。


「そういや、この写真のクルマは何処に行ったんだ?」

「市庁舎にエレファント超重突撃砲の一台が保管されております。何時か機会があれば見学されてはいかがかと」

「…………」


厳密に言えばブラドコングロマリット製の試作兵器で、本来のエレファント突撃砲とは一線を隔する代物だ。

だがその存在を知らなかった"はんた"が象にも似たフォルムのそれをエレファントと呼んだのでそう名付けられている。

故にここでは超重突撃砲と仮称して本来のそれと区別されていた。


「このパネルで寄りかかっているウルフはお父様が持ち出されたそうですがそれ以外は行方知れずのようです」

「……よく言うよね、本当に」

「ハチ?」


面白く無さそうに呟くハチに疑問を感じたノヴァが声をかけるが、当のハチは何でもないとお茶を濁す。


「では次ですが……ここがキッチン、そして横がリビングです」

「リビングには色々飾ってあるな。何だこれ?」

「……賞金首の遺体から手に入れたトロフィーだよ。基本的に唯一無二の品物かな」


だったら持ち出して売ればよかっただろうにと思いつつノヴァは促されるまま先に進む。

そして二階に上がると少し家の雰囲気が変わった事に気付いた……何と言うか可愛らしいのだ。


「ここは奥様とお嬢様のお部屋だったそうです」

「ここが……」


ドアに貼り付けられたデフォルメされた動物のシール。

確かに小さな子供がいる部屋らしいとノヴァは思う。

そして、少しばかり高鳴る胸と共にドアに手をかけた、のだが。


「……あれ?何も無い」

「はい……ここは一度徹底的に清掃されたそうですので……」


しかしその予想は裏切られた。そこにあるのは何も無い部屋。

壁も不自然なほどに真っ白く塗られ、

そこに生活観を、暮らしていた人たちの息吹を感じる事は出来ない。


「不幸な事故があったと聞き及んでおります。ここが博物館にされる際に消毒されてしまい当時の面影を知る事は出来ません」

「何があったんだ?……ハチ、お前は知ってるか?」

「……知らない方がいいと思うよ」


ハチは眉をしかめ、口を噤む。

尻尾だけがぴんと立ち、その怒りを雄弁に語っていた。


「もう、ずっと前に終わった事だし……ここで騒いでもどうにもならない」

「一体何があったんだ……」

「申し訳有りません。当時の事は私も前任者から引き継いでおりませんので……ただ、壁に補修がされたとだけしか」


良く聞かれるのだろう。管理人は冷や汗を拭きながら言う。

まあ消毒、清掃。そして壁の補修と言う言葉から禄でもない事が起きたのは分かる。

しかし、この場で唯一知っているであろうハチが頑なに口を閉ざす以上ノヴァがその真相を知る事はないように思えた。



「では、私からお話しましょうか?」



だが、状況は変わる。

……死んだと思われていた一人の男の帰還をもって。

白い白衣を纏い、ノートパソコンを片手に持つ。

その表情に浮かぶのは……微笑。


「どなたでしょうか。申し訳有りませんが当館は本日貸し切りになっておりまして」

「お前……生きていたのか!?」

「え?誰?」


ハチはポカンとしている……相手が誰だか知らないのだ。

だが、その名乗りと共に表情が一変する。


「おやおや、そちらにはお初にお目にかかりますね。私はアックス、元APのハッカーですよ」

「……!」

「生きていたのか。いや、やはりと言うべきか?」

「お、お客様!?当館での喧嘩は困ります!銃をお降ろし下さい!……私の責任問題になってしまいます!」


瞬時にミニバルカンを構えるハチ。

ショットガンに手をかけるノヴァ。

管理人が突然の事態に慌てふためく中、アックスのみが悠然とした笑みを崩さない。


「まあまあ、そんなに怒らないで下さいよ。ここは街中です、指名手配されてしまいますよ?」

「黙れ……よくもお姉ちゃんを……しかもお兄ちゃんを騙してなんて……!」


怒りのままに髪を逆立てるハチ。

だが、相手はやはり悠然と構えたままだ。


「おや。良く見るとシロさんではありませんね。貴方は確かに死んだと思ったのですが……まあ良いでしょう」

「ハチが生きていて……何が良いんだ?」


ノヴァの疑問にアックスが答える。その姿は以前と何も変わらない。

だが……ノヴァはそこに狂気じみた何かを感じていた。

いや、感じられるようになった。と言うべきだろうか。


「いえ。生きていようが死んでいようが大して変わらないと言う事です。誤差の範囲なので」

「誤差?……ふーん……あ、そうなんだぁ。……だったら!」

「落ち着いてくださいお客様!重要文化財に傷が付いてしまいます!オフィスに通報しますよ!?」


ガチャリと銃の安全装置を外すハチの腕を必死の形相で管理人が掴む。

ここで止めておかねば自分の責任を問われるので管理人も必死だ。

そしてそれを見て笑みを深めるアックス。


「目の前で殺されようとしている者が居ると言うのに建物の心配ですか。こんな家一軒が人の命より大事なんでしょうかね?」

「何が、言いたいんだ?」

「お客様。これ以上は本当に衛兵を呼ばねばなりません。そうなるとノヴァ氏まで巻き込まれますが宜しいですか?」

「ぐっ!?……良い訳が無いよ……分かった。取り合えず銃を降ろすからその手を放して」


銃を降ろしたハチはノヴァとアックスの間に身を割り込ませる。

いざと言う時は己が盾になるつもりだ。

そして……管理人はずっとハチの銃から目を離さないでいる。


「ふふふ、では本題に入りましょうか……ノヴァさん、貴方はここで何が起きたか知りたくは無いですか?」

「……知っているのか、アックス?」


ハチはじっとアックスを睨みつけている。

そしてアックスはそれを全く意にも介さずに大きく頷いた。

まるで、ノヴァしか目に入っていないかのように。


「ええ。今日は貴方にそれを教えようと山から降りてまいりました」

「……と言う事は、本当にろくな話じゃ無さそうだな。まあいい、言ってみろよ」

「お兄ちゃん、気を付けて!……って何をするの!?」

「銃を離して下さい!困るんですよ!?この職に就く為に私がどんなに苦労したと!?」


そして、ハチのミニバルカンにしがみ付く管理人と、

纏わり付くそれを振り払うのに必死なハチを尻目に話は進んでいく。


「いいですか?……まず何でこの部屋が綺麗に片付けられていると思います?それはですね……」


アックスが語った話を要約するとこうだ。

かつて賞金首を狩りつくしたハウンドはその賞金で家族三人幸せに暮らしていた。

狩るべき敵が居ない上ハンターと言っても事実上無職だったが、

一生遊んで暮らせるだけの資産はあったから何の問題も無い。


「ですが、それで問題が無いのは本当にごく一部……それ以外の方はどうしていたと思います?」

「さあな……まあ、何処かの衛兵になるかトレーダーの護衛でもするか……」

「こ、この……離して!離してよ!?」

「こちとらここのお給金で家族と穀潰しの親族どもを養わなきゃならないんですよ!?失ってたまるか!」


アックスは首を横に振る。そんな事が出来るのはそれこそ極々一部だったと。

第一、真面目に働けるなら最初からそっち方面で働いている可能性が高い。

やはり一般的にはハンターなど危険な流れ者でしかないのだから。

人の下では働けない者。規則を守れない者。命のやり取りのみに価値を見出す者。

真面目に働くのが嫌いな者。そしていちかばちかの一獲千金狙い。

……そんな輩が突然生き方を変えられるだろうか?


「結果。かなりの数のハンター達は自らが賞金首になるという結末を迎え……かつての仲間に討たれる事になります」

「なんだそのタコが自分の足を食うような地獄は……」


結果的に道を踏み外した者は多かった。

ある者は困窮ゆえに。ある者は現状の不満を爆発させ。

そして同士討ちのように戦い合いかつての仲間を狩って生計を立てる彼らを人々は更に冷ややかな目で見るようになる。

街に残るハンター達もいつかああなるのだと露骨に避けられるようになり、

それは当然の如くハンター達の更なる反発を生んだのだ。


「そして、彼らの不満はある存在に向けられます……自分達と同じ癖に未だ人々から尊敬の念を向けられるある人物に」

「親父か」

「……そうだよ……狙われたの。この家が」


後ろで繰り広げられる乱闘はハチが銃を預ける事で一応の決着を見たようだ。

管理人はハチの銃を抱きしめ目を血走らせている。

そんな彼女達を気にもせず、アックスは頷いた。


「そしてこの家は襲撃を受け……彼は奥様を失いました。彼自身を襲う度胸が無かったんですよ、彼らには」

「それで親父は姉ちゃんを連れてこの街を出た、とでも言うのか?」

「……ううん。違うよ」


だが、その言葉をハチが遮る。彼女はそこで起きた事を知っていた。

正直ノヴァには知らせたくないような内容だ。

だが、悪意をもって語られるよりは自分で言いたかったのだろう。

ぽつりぽつり、と言葉を紡いでいく。


「そこで起きたのは、あんまりにも酷い、理不尽な事……」


さて、ハンター崩れ達によるタルタロス家襲撃の後何が起きたかと言うとハンター排斥運動だった。

まあ当然だ。街を焼き死人まで出ていたのだから。

……ただ、ここで一つおかしな事が起きる。


「排斥されたのはね、何故かお父さんだったの……」

「え?」

「この街の人間達は恐れたのでしょうね。彼がいればまた街が襲われかねないと」


街の住人達はあろう事か他のハンター達と結束してハウンドを捕らえようとしたのだ。

だが相手は名うてのハンターである。

当時既にこの街に修理屋として根を張っていたジョーンズ家の援護もあり、娘を連れての脱出には成功する。


「しかし、持ち出せたのは一台のウルフ中戦車のみ。遺された家財は全て没収の憂き目となりましたとさ、めでたしめでたし」

「何処がだ!?」

「……街にとっては、そうだったんだろうね……これが顛末だよ、お兄ちゃん」


確かに知らない方が良かったかもしれない事実だ。

もう昔の話だし今更蒸し返しても仕方ない。

父の遺産である戦車は四散しもうその行方も知れず、当時の実行犯は既にNGAに消されている。

街の住人はただ流れと熱狂に乗っただけ。そして誰も彼も共犯なのだ。

もしそれを責めるとしたら全てを虐殺せねばならない事になるがそれがどれだけの憎しみと悲しみを生むか……。

ハチはそう言いたかったのだ。


「そして……その時ハウンド氏が失ったのは奥さんだけではなかったんです」

「まだ何かあると?」

「え?まだ何かあるって言うの?……知らないよそんなの」


だが、アックスの口は止まらない。

まるで本題はここからだと言わんばかりに口を大きく歪ませる。


「当時、彼女は妊娠していました」

「……嘘。お父さんからそんな話聞いてない」


呆然とするハチのリアクションに彼は満足そうに頷き言葉を続ける。


「ええ、妊娠一ヵ月半でしたし多分まだ確信には至っていなかったかと」

「親父が知らない訳だ」


底無しの悪意を込めて、

紡がれる言霊。


「しかし、娘さんにはそれとなく仄めかしていたみたいですね。……当時弟か妹をねだられていたそうですし」

「あ!そのお話でしたら聞き及んでいます。ええ、奥様は優しく健気な方でご近所のお話でも何時もお世話になっていたと……」

「……ねえ、黙っててくれないかな管理人さん?……さっきの話聞いてた?あんな話の後じゃ吐き気がするだけだよ」


つまり、そのことを知っていたのはイチコだけだったと言う事だ。

そして……それをこの場にいた人間が理解した事を確認したうえでアックスは更に笑みを深めて言う。


「ですがもう、名前も決めていたようですね」

「え……まさか……や、やめて!お兄ちゃん聞かないで!?」


その言葉の奥にある極大の憎悪。

それこそ全人類そのものを怨みぬいているかのようなそれに気付いたハチが声を荒げるが時既に遅し。

アックスは既にその言葉を吐き出した後だった。



「……男ならノヴァ。女ならナナ」



その名に聞き覚えが無いわけは無い。

知らない訳も、無い。


「……ふふ、初めて聞いた時は凄い偶然だと思いましたよ」

「何処が偶然なんだよ!?ねえ、そんなに憎いの!?私達はお父さんじゃない!あなたには何もして無いでしょうが!?」


相手の真意に気付いたハチが泣き叫ぶが相手の口を止めることは出来ない。

……ハチはノヴァに抱きしめられていた。

そう。彼は続きを聞く事に決めていたのだ。


「娘さんはそれを覚えていたんでしょう。そして母親が死んだのは自分が我が侭を言ったからだと思っていた、と考えられます」

「我が侭?……子供が妹や弟を欲しがるくらい、よくある話じゃ……」

「待って!お兄ちゃん、ここから先は本当に聞いちゃ駄目ぇっ!」


ハチも気付いていただろう。今更そんな叫びに意味は無いと。

相手が伝える気なら最早止められない。何時かは白日の下に晒される事だと。

だが、それでも阻止したかった。


「そんな彼女だからこそ……川から流れてきた子供に"ノヴァ"と名付けたのでしょうねぇ……」

「駄目えええええええええっ!?」


何故ならそれは、彼らの絆を根本から叩き切る事に等しかったからだ。

ノヴァの周りは嘘で固められていた。……家族の根源とも言える血縁でさえも……。

それは幾つもの嘘で塗り固められ、誤魔化されていた事実。

……イチコが全身全霊をもって隠し通そうとしていた事。


「そう、貴方の事ですよ。つまり……ノヴァさんは拾われた子供なんです……!」

「……あ、あ……あああああ……」


ハチやシロでさえ半ば忘れていた。いや考えないようにしていた秘中の秘。

それが遂に、白日の下に晒される!


「あ、そう」


……だがノヴァは動じない。

やっぱりか。と言わんばかりにふうと溜息をつく彼に、ぱちくりと目を瞬かせるハチはともかく、

アックスでさえその顔から笑みが消え驚きの表情を見せた。


「ぇ……お兄ちゃん?」

「あの、ノヴァさん……その、これは冗談ではないのですが。いえ、私の言う事が信じられないのは分かりますが」

「いや、信じるさ。アックスのいう事は真実なんだろう。だからこそ、知られたく無い事はそうやって回りくどくなる」


ノヴァは周囲の驚きとは逆にようやく合点がいった、とばかりにすっきりとした顔をしている。

そして、今度は逆に彼が語り始めた。


「お前、嘘は付きたくないんだろうな。しかも自分で手を汚したくも無い。……まあ領域が情報操作だから仕方ないが」

「……ノヴァさん、あなた……」


「ああ。姉ちゃんの暗示が解けてから、最近妙に頭が働くんだ……いや、むしろ今まで頭が上手く回ってなかっただけかも」

「え?そ、そりゃお姉ちゃんが雁字搦めに暗示をかけてたけどそれだけで……あ、でも普通なら自我を失うレベルだったかも」


姉ちゃんもやりすぎだよなと苦笑いしつつ、ノヴァは続ける。


「まあ、そんな訳でお前が今回俺に何を隠していたかを考えてみた訳だが流れて来た……いや。その件の黒幕……お前らだろ?」

「……!」

「ど、どう言う事!?」


ノヴァは驚く二人を見て、ようやくアックスに一矢報いたかとニヤリと笑う。


「ハチ、アックスのやり方を覚えてるか?自分に有利な情報のみを渡して同士討ちを狙うのがコイツの昔からの基本戦術なんだ」

「ああ、そうだよ……お姉ちゃんの時も!」

「なるほど……ノヴァさん、貴方は……」


ノヴァにイチコを殺させたのもその戦術。

考えてみれば当時のアックスは自分に有利な事実とそこから導き出される推論のみでノヴァの行動を制御していた。

その時も同じだったという事だろう。


「大方、親父の家には大金があるから家族を浚えば身代金が……とでも言ったんだろ。明日の無い奴なら楽に引っかかった筈だ」

「待って。だったらお父さんの奥さんが殺される訳が無い!死んでたら人質にならないもん」


「……別な奴に何らかの形で殺させるように仕組んだんだろ。じゃなけりゃこいつが知る訳が無い」

「何を?」


そしてノヴァは吐き捨てる。


「父親ですら知らない妊娠一ヵ月半の赤ん坊の存在を……どうやって知ったんだろうな、コイツは……!」

「…………あ」

「これは、失敗しましたね……そこまで頭が回られるなら、つまり……」


吐き気がするとでも言わんばかりの事実を口にして眉を潜めるノヴァ。そしてあっけにとられるハチ。

それに対し、何故か酷く嬉しそうにしているアックス。


「ああ。親父達の本当の子供は……今でもお前らが握っている!違うか!?」

「ああ……まあ、そんな所です。正直、現在の情報量からそこに辿り着くとは予想外でしたよ」

「そ、そんな……だったらその子は何処に……」


その瞬間。待っていたと言わんばかりにアックスは走り出した。

最後に一言、重要そうな一言を残して。


「知りたいですか?ならば私達の街を探し出してください……白亜の宮殿、エリー・アノーア号を!」

「エリー・アノーア!?」

「……宮殿なのに号、だと?」


窓を割り、表に停めていたバイクで走り出す彼を止めるものは誰もいない。

衛兵さえも。……多分賄賂だろう。

とにかくアックスは雑踏に紛れて去っていった。

次に目指すべき場所だけ伝えて。


「逃がしちゃったね……」

「ああ」


そして二人は取り残された。


「お兄ちゃん……あの」

「……気にすんな。前から薄々感づいてたんだ」


以前の夢を思い出しつつ、笑いながら妹の頭を撫でるノヴァ。

だがその表情は何処か寂しそうだった。

そして。


「ああ、貴重な窓ガラスが……あはは、終わりだ。私の職も、未来も……あはははははははは……弁償、出来ない……」

「これだけ緊迫した話を聞いておいて、それでも重要なのは窓ガラスなんだねこの人」

「取り合えず、金握らせて口止めしておけば良いだろ……関わってもろくな事にならない話なのは理解したろ」


博物館の管理人は割れた窓ガラスの前で呆然とへたり込んでいたのであった。

……余談だが、正気を取り戻した管理人は兄妹にこう言ったらしい。


「ええ。何も言いませんよ……ただし、もう来ないで下さい」

「「来る訳無いだろ」」


玄関に塩までまかれて追い出される二人。

最早二度と来る事は無いだろうと、振り返りもせず歩き出す。

だが、話はそこで終わらなかった。


「で、そんな所で何やってるんだ?」

「えーと。あの白衣の人からここで待ってれば特ダネが手に入ると聞きまして……えーと、その……い、インタビュー……」

「やられた……何なのこの嫌がらせ。全部聞いてたんだよね、アヤさん?」


斧の名の持つ男の本日最後の罠。

先日口止め料代わりに別な特ダネを約束をしてしまった記者の少女、アヤ。

彼女がカメラを持ってそこに立っていたのである……。

続く



[21215] 21
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/12/27 21:37
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第四章 地獄の底で(6)

21


某月某日、メトロポリス=パクスハンタ一の老舗ホテル・イリット。

その松の間にて週刊デイリーハント記者、アヤによるノヴァへの取材が行われた。


「ええと。あの……貴重なお話ありがとう御座いました……ですけど……これ、本当のことなんですか?」

「ああ」


若い記者による渦中の人への単独独占取材。

しかも聞き出した情報は世の中をひっくり返すレベルの重大情報ばかり。

本当ならば泣いて喜ぶべき事態だ。


「……でも、ボクとしては正直信じられません。あのNGAの総帥があなたのお姉さん……ハウンド氏の娘さんだったなんて」

「信じてくれとは言わない、けど話して欲しいといったのはアヤだぞ?」


だが、メモを持つ手が震える。

冷や汗が止まらない。


「そうですが……それだとノヴァさんはお姉さんを殺した事になってしまいます」

「そうだ」


腐りきった世の中を変えたくて、報道畑に飛び込んでから一年余り。

アヤは生まれて初めて掴んだチャンスに歓喜し、

……そして、恐怖していた。


「そ、それにお話の通りだと……あのノアが復活したという事になってしまいますが?」

「間違いない。今までNGAに抑えられていた狂気の電子頭脳が動き出した」


これは確かに特ダネだ。

……だが。


「でも。その……これを公表するという事は、その。貴方のした事は……」

「そうだな。世の中の非難は全部俺に降りかかるだろう……けど、それでいい」


その情報をもたらした者は確実に破滅する。

……彼女にはそう思えた。


「何故です!?そんな事をしてもノヴァさんには何一つ利点が無い!」

「ある」


「それは、何ですか?」

「自己満足だ」


少女は絶句する。


「後悔しますよ?うちのモットーは真実の報道、なんですから」

「もう後悔はしない。少なくとも自分で決めた事だからな」


ノヴァも当初はどんな罠かと身構えたが、蓋を開けてみれば何の事は無い。

ただ何も知らない好奇心旺盛な人間をそこに呼び寄せていただけだった。

だが、それ故に対処に困るのも確か。……だから、あえて全てを晒す事にした。

誰かに暴露される前に、自らの意思で。


「恐らくは、追求させて精神的に追い詰める気だったんだろうな。アイツらしい……」

「ええと、それってあの白衣の方の事ですよね?どんなご関係なんですか?」


苦笑するノヴァに恐る恐る話しかけるアヤ。

それに対しノヴァは笑いながら答える。


「糞真面目で頭のいい……馬鹿野郎だよ」

「頭のいい馬鹿?ですか。矛盾してるような」


……結局、ノヴァはそれ以上答える事は無く。インタビュー自体が終わりを告げる事となる。

最後にノヴァは彼女に調べ物の依頼をして、そのまま街を出て行ってしまった。

そこに困惑する少女一人を残して。


「ハウンド=タルタロス失踪の真実、NGA総帥の正体。そしてノアの復活、ですか……」


ノヴァの去った宿の一室でアヤはぼんやりとメモを覗き込む。

一つ一つでも世の中をひっくり返せそうな記事が書けるのは間違いない。

それが三つ。普通なら手に入れたくても手に入る訳も無い幸運だ。


「これを世に出せばボクのジャーナリストとしての名声は一気に上がります。どう考えても……でも……」


だが、これを公開すればノヴァは英雄の座から転げ落ちるだろう。

犯罪を犯した訳ではないから賞金こそかけられまいが、後ろ指差される立場に落ちるのは間違いない。

NGAを滅ぼしたのはありがたいだろうが、その為に人類滅亡を狙う巨悪が蘇っては意味が無い。

それに、姉殺しの汚名を持つ男を誰が信用するのだろうか?


「……ボクは誰かを不幸にする記事を書く為に記者になった訳じゃないんです。けど」


だが、現状の彼女にはそう選択肢は多くない。

何も見なかった事にするか、ありがたく記事にするかの二択だろう。


「編集長、どんな記事にしろって言いますかね?……堕ちた英雄、とか?……ああ、嬉しそうなニヤケ顔が目に浮かびます」


アヤは思う。今現在の自分は書きたいものも書けない。

書きたいものを書く為には名声がいる。

そして、名声を得る一番手っ取り早い方法が……目の前にある。


「他人の不幸で飯を食うのが僕らの仕事なんでしょうか……所詮、正義の報道なんて夢のまた夢なのでしょうか……?」


特ダネと言う誘惑と、人としての良心がせめぎ合う。

腐りきった街を変えたいという理想と、その為に誰かを不幸にしてよいのかと言う疑問が彼女の脳内で交差する。

迷いに迷った挙句、結局彼女はメモを記事の形に整え始めていた。

……当の本人が記事にされる事を気にしていないのが、せめてもの慰めだった。


「まあ、こうなった以上……せめて依頼された情報くらいは掴まないと申し訳が立ちませんね」


白亜の宮殿、エリー・アノーア号。

そう呼ばれる場所、もしくは建物の捜索。

……これが取材の謝礼代わりにノヴァから要求された依頼だった。

ま、情報収集はあちこち駆け回るであろう記者に頼む仕事としてはぴったりだろう。


「しかし建物なんですかね?号、ってむしろ車とか船とかに……あれ?何処かで聞いた事があるような」


筆が止まり、アヤの手の中でペン先がくるくると回る。

……それは何時何処で聞いた話だったかと脳味噌を働かせる。

チラリと時計を見るとこの部屋はまだ半日は使えるようだ。

ならばせっかく取材費で借りた高い部屋なのだし、とベッドに倒れこんで思索に入る。


「何処で聞いたのでしたか……はて……」


ふかふかのベッドで倒れている内にアヤはだんだん眠くなってきた。

普段は継ぎ接ぎの寝袋で寝ているのだからそれも当然か。

うつらうつらとしている内に段々と考えるのも億劫になってきて……、


「すみません。お客様……ノヴァ=タルタロス様はいらっしゃいますか?」

「え?……あ、はい!?……あの、彼はもう帰ってしまいましたが?」


眠りに落ちようとした瞬間、

ホテルマンからの声で現実に引き戻された。


「あー、そうですかお客様。その、ノヴァ様が何処に行かれたのかご存知ありませんか?」

「いえ。もう帰るとしか聞いてませんが……何かあったのですか?」


そのホテルマンは部屋の入り口で困ったような顔をして立っている。

どうやら結構な剣幕をその身に浴びたらしくすっかり縮こまっている。


「……いえ、それが妹さんだという方が訪ねて来られたのですが……その」

「そうなんですか。えーと、もしかしたらまだ街に居るかもしれませんよ。街の入り口なら追いつけるかも……」


寝ぼけ眼ながらも、それなりにまともな答えを返すアヤ。

それを聞いてほっとしたのかホテルマンは早足で部屋の前を去っていった。

だが……再び一人になってアヤは思う。


(あ。そう言えば、ノヴァさんの妹さん?……これもまた重要な取材対象ではないですか!)


慌てて起き上がり、ホテルの会談を駆け下りていく新米記者。

最近増えた偽者の可能性も大いにありえるが、本物だったら話を聞かない手はない。

特に今回は微妙に記事にし辛い話ばかりだったことも有り、アヤは急ぎその人物の元へと向かう。

そして階段を走り降り、先ほどのホテルマンと話している女性に突撃取材を申し込んだ。


(しかし……まさかこんな展開になるとは思いもしませんでした……)


だが、その選択をアヤは早速後悔する事になる。

……多分偽者だ。さもなくば何かの間違いだろう。

しかも、現れたのは非常に扱いに困る人物で……。


「……ええと。つまり貴方は生き別れの"死んだ"お兄さんを探していると?」

「そうですわ。あのハンターの方こそ、十数年前に亡くなったノヴァお兄様に相違ありませんの」


アヤの額に脂汗と冷や汗が同時に流れ落ちる。

一言で言えば電波だ。どう考えても話の辻褄が合わない。

何年も前に死んだ肉親が今ここで生きている訳が無いではないか。

それとも生まれ変わりだとでも言うつもりなのだろうか?


「は、はぁ……それにしても、貴方がノヴァさんの妹さんだったとは……い、意外ですね」

「ふふふ、諦めずに探し回った甲斐がありましたわ。あまり余人に知られる訳にも参りませんし」


……ただ、それだけなら単なる痛い人物。

その一言で済むのだが今回は相手が悪かった。


「確かに大騒ぎになりますね。それにしても"黒衣の天使"……ハンター全体でも上位に入る実力者の貴方が……何故?」

「何故といわれましても、わたくしと致しましては死に別れたお兄様に今一度会いたい、それだけなのですわ」


彼女は蜘蛛の巣のような放射模様の白いラインの入った黒いナース服にこれまた黒いストッキングを纏い、

黒いハイヒールを履いて黒マントを羽織っている。

カラスの濡れ羽の如き長い髪の上には漆黒のナースキャップを被り、

腕には死神の鎌のような巨大人斬り包丁と針先が親指ほどもある極太注射器。

溢れんばかりの優しい笑顔と共に溢れんばかりの色気を周囲にばら撒くその女性は、

人呼んで"黒衣の天使"ノワール=ウィルス。

獲得賞金総額も10万を越える、この辺りでは名の知れたナース兼料理人である。


(……彼以上に名の知れたこの人がお金や知名度目当てにノヴァさんに近づくなんて考えにくいです……けど、目が本気……)


アヤの困惑は当然だ。何せノワールはハンター暦ではシロ達をも上回る大人の女性だ。

はっきり言ってどう考えてもノヴァより3~5年は年上に見える。

それが明らかに年下の少年を兄と呼ぶ。

こんなおかしな話も無いだろう。

だが、相手はそんな当たり前の事を気にもしていないようだった。


「それより、お兄様と先ほどまでお話されていたのですよね?」

「え?あ、はい。ですが取材内容はご親族といえど公表する訳には行きません。ご了承くださいね」


どう考えてもおかしいので、下手な事は言えないと口を噤もうとするアヤ。

だが、相手はそれも気にしていないようで、自分の要求を切り出してきた。


「いえ。それは宜しいのですわ……ただ、連絡先をご存じないかお聞きしたかったんですの」

「ああー。スイマセン、直接の連絡手段は持っていないんですよ。もし必要ならオフィスから伝言されたらいかがですか?」


実際アヤも探し物が分かり次第ハンターオフィスを通じて連絡をする手筈になっている。

ハンター相手に伝言するには一番手っ取り早い方法だ。

何よりこれならおかしな相手はオフィスが勝手に弾いてくれるので言った方の責任にならないのが良い所。

今回のようなちょっとおかしな事になっている場合も含め、とりあえずオフィスを通しておけば大体問題無いのだ。

それがオフィスの最大の利点の一つであり求心力の源にもなっているのかも知れない。


「ああ、そうですわね。何処に行ったのか誰もご存じないようですし、今日は諦めますわ」

「そうですか。ノヴァさんの担当はうちのおね……ウグイスと言う女性ですよ。後で話しておくといいのでは?」


何はともあれ期せずして大物と面識を持てたのは良いが、ちょっと頭のネジが抜け落ちているようだ。

これでは記事に出来ないと内心涙目になりつつアヤはその場を離れようとして、

……ふと思い出して例の件を聞いてみる事にした。


「あの。ところでノワールさん?……エリー・アノーア号って言葉に聞き覚えがありませんか?」

「ありますわよ?エリー・アノーアは大破壊前の人名で豪華客船の名前ですの」


ところがこれが大当たりで、ノワールは事も無げに答えを彼女にもたらした。

更にキーワードに反応してアヤ自身の記憶も蘇っていく。


「アノーア……ああ思い出した!それって昔居たって言う大金持ちの名前です!」

「そうですわ。エリーと言うのはその娘さんの名前ですの。そしてその娘の名を冠した豪華客船がエリー・アノーア号ですのよ」


その名をアヤが聞いたのはまだ記者になって間もない頃。

地方に伝わる昔話についての記事を書いた時の事だ。

豪華客船に乗って旅行中の豪商アノーア一族。

そしてそれを襲った大破壊の悲劇を描いた物語としてそれは臨海地域に伝わっていた。


要約するとこうだ。

昔、浜辺に流れ着いた何名かの男女を近くに住んでいた漁師が見つけて助けた。

流れ着いたのはアノーアと言う一族の人間で、長老だと言う老人が孫を守りきれなかったとさめざめ泣いたのだが、

横でそれを聞いていた使用人に本当はノアに脅され孫を生贄に捧げて逃げてきたのだと暴露され、

怒った漁師に身包み剥がされ追い出された。

……と言うお話だ。

救いようの無い話ではあるが、実は助けたのは漁師ではなく山賊でどっちにしろ身包み剥ぐ気だったとか、

実はノアに脅されたのではなく、

孫を自ら差し出し自分達だけ助かろうとした挙句に殺されかけ慌てて海に飛び込んだ結果だとか、

更にどうしようもないこぼれ話もチラホラ転がっている大破壊直後の逸話にして童話である。

ともかく。それに出てくる豪華客船こそがエリー・アノーアなのだ。


「そうでした、思い出しました。ありがとう御座います……ノヴァさん達に会ったら貴方の事も伝えておきますね」

「お願いしますわね。こちらでも探してはいるのですが中々会えなくて困っていますの」


「はい……どう言う理由かは知りませんが会えると良いですね」

「ええ。それではわたくしはこの辺で……そうだ、お気をつけなさい。NGA残党を含めこの街を狙う者達が居るのですわ」


そう言ってノワールは去っていった……黄金率の整いきった肢体を揺らしながら。

その後姿を見送りながらアヤは思う。


「黒衣の天使による兄妹宣言。それに街を狙う謎の影、ですか。特ダネ……なんでしょうが、また記事にし辛い話を……」


冷や汗を拭いながら彼女は記事の内容を考えていく。

上司は無責任でも何でも面白おかしければ良いし自分達は何を言おうが責任を取る必要など無い。と彼女に言うが、

アヤ自身はそれを無責任だと思っていた。

下手な事を書いて街を混乱に陥れたりしないだろうかと彼女は悩む。


「後、腰だけは負けてませんよ……腰だけは……」


そして、密かに敗北感も感じていたりするのであった。

ともかく、悩んでいてもどうにもならない。

彼女はその悩みを振り払い、記者としての自分に活を入れた。


「とにかく話題性の高い情報を手に入れたのは確かです。うん、腐らせちゃう事だけは出来ません!ジャーナリストだもの」


一箇所に止まり続けた水はいずれ腐る。

平和だが、いや……そうであるが故に堕落の中にあるこの街にも変化の時が迫ろうとしていたのだ。

まあ、それはまだ先の話ではあるのだが。


……。


それから三日後の某廃ビル地帯。

ピンクの生ものがビルの窓からその姿を覗かせる中、ノヴァ達はハンドルに手をかけることもせず、

ひとりでに動く車の中に居た。


「お兄ちゃん。後ろのランディ、一人きりでかなり動揺してるっぽいけど大丈夫かな?」

「仕方ないさ。ハチは運転できないし、ドッグシステムは中の人間の操作がいるからな」


ドッグシステム。(本世界における独自設定)

それはこの世界における自動帰還システムの総称、その中でも起動時に操縦者の簡易操作を必要とするものを言う。

その正体は擬似的にノアシステムに感染したようにみせかける偽装装置、兼自動操縦装置である。

ノアの指揮下にあるように見せる事で暴走兵器郡からの攻撃を排し、

また生物を大人しくさせる効果のある催眠音波を放射してバイオニックモンスターからの襲撃を避ける事が可能。

ただ、敵を欺くためには完全に自動操縦装置に操縦を任せ、人の手が介在しない状況を用意する必要があり、

その為に一度訪れてCユニットに位置と進路情報を入力した場所でなければ使えないと言う欠点も持つ。

なお一部の場所……ダンジョンなどでは足を運んでも何らかの理由で進路情報が入力できず、使用できない場合もある。

まあ要するに敵の仲間のふりをして危険を避けるシステムなのだ。


「まあ、一人きりで何も出来ず見てるだけってのは慣れないと辛いだろうな」

「お兄ちゃんもドッグシステムは初めての癖に」


「そういやそうだな……まあいい。ハチ、後ろの窓から手を振ってやれ。それだけで随分違うだろ」

「分かった。じゃあ行って来るね、よいしょっと……」


何も出来ない退屈な旅の中、ノヴァは静かに考える。

アックスが言うエリー・アノーアとは何か。

そして、そこに自分をおびき寄せる理由を。


「何にせよ、後回しだな……今の俺達じゃあ行っても返り討ちだ。罠を食い破れるだけの力が、必要だ」

「お兄ちゃん。行ってきたよ?うん、案の定パニックになりかけてたけど人の顔を見たら落ち着いたみたい」


巨大なピンクの軟体以外の生物は存在しない死に絶えた街。

人どころか衛星からの目も届かないこの場所を二台の車が進んでいく。


「さあ、この奥だ」

「廃ビルの地下……こんな所に入り口が、って何このバリケードに死体は!?」


かつて進んだ場所を逆走し、隠されたエレベータから更なる地下へ。


「ここまで来ればドッグシステムを解除しても問題ないぞ。ランディにも手を振って教えておかないとな」

「敵が居ないね。それにしても広い駐車場……」

「うおおおおおおっ!ピンクの洪水が……閉塞感で死ぬかと思ったぞオイ!?」


そして、重厚なシャッターが上がり、


「良く戻った。地獄のアビス研究所にな」

「お帰り、お兄ちゃん。それに妹よ」


「博士、シロ……ただいま。取り合えず収穫はあったぞ」

「目標の八割って所かな。まあポリマーリキッド用高分子ポリマーをトン単位、とかは無理だったけどね!」

「……ここがお前ぇのアジトかよ……凄ぇハイテクじゃねぇかコラ」


地獄の門が、開いた。


……。


その日の夜、アビス研所員用食堂。

ここで彼ら五人は新人歓迎会を兼ねた今後の動きに関する話し合いを行っていた。


「ふむ。相変わらず合成食料は不味い……まあ仕方ない事じゃが、歯ごたえが無いのが、な」

「いや?美味いぞこれ。おいナナ、このお粥お代わりくれ」


メニューはハンバーグとバター粥。

合成食品は食用の単細胞生物からペースト状、もしくはそぼろ状の形で作られる。

技術的な問題で味も本物とは微妙に違う上、

歯ごたえのあるメニューには向かない事もあり、戦前はあまり評判の良いものではなかった。


「はいお兄ちゃん!……ってなにしてるのシロ!?」

「そう言うお前こそ何をしている!?お兄ちゃんは私を呼んだのだぞ?」

「ハンバーグかこれ!?いやあ、俺の歓迎にこんなご馳走とはすまねぇなオイ!」

「……不憫な子達じゃ……」


しかし、この時代に生きる者達にとってはこの上ないご馳走だったようだ。

見る見るうちにテーブルの上から食べ物が消えていく。

……それを見ながらアビス博士は今更ながら自分がとんでもない時代に来た事を実感していたりする。


「これで喜ぶとはな……なあ所長。この時代じゃ普段どんなものを食っておるんじゃ?」

「この辺だとサバとかアメーバかな」

「後はモンスターを狩って食べる人もいるよ?」

「まあ、モンスター肉は大抵が鉄サビ臭くて食えたものではないが」

「逆に食えるモンスターの肉は馬鹿みたいに高ぇしな」


案の定な食生活の中に見知った名を見つけ、

古代より眠り続けてきた博士はほっと溜息をつく。


「ほお、サバか。わしも好物じゃ……今度手に入れてきてくれい」

「分かった。じゃあ今度買って来るね、"漂白サバ"」


しかし、更なる衝撃が古代人を襲う。

恐るべきカルチャーショックと言う形を取って。


「……ひ、漂白……じゃと?」

「何を言ってるんだ博士?漂白もしてないサバなんかヘドロ臭くて食えたものじゃないだろ?」

「だよなぁ……金持ちは漂白しないのを好むけど理解できねぇぜオイ」

「漂白剤はキチンと洗えばいいもんね!」

「む。博士……まさか昔は漂白剤が無かったとでも言うのか?ワイシャツの洗濯に使われていたはずだが」


前提の余りの違いに絶句するが、アビス博士はこれも時代かと思いなおす。

そして漂白剤入りのサバなぞ食わされてたまるかと強引に話題転換を試みた。


「まあよい。ところで今後のわしらの動きなのじゃが」

「ああ。そう言えば何か考えがあるみたいだが……」


そっとノヴァに差し出される一枚の設計図。

シロとハチは理解できず顔を見合わせ、

ノヴァとランディはそれに戦慄を覚える。


「砲塔換装システム、仮称はヘッドマウント。わしが昔から暖めておったヘルハウンド強化案……いや、違うな」


そしてアビス博士は悪魔じみた笑みを浮かべて、

……言い放つ。


「……ヘルハウンドに本来の性能を持たせるための換装機構じゃ」

「何種類かの砲塔を換装する事により、全く違う特性の戦車に変化するって訳か」

「へっ、あの鬼火力が更に化ける?冗談にしちゃ笑えねえぜオイ?」


驚きと共に博士は続ける。


「これなら気に入らん性能やデザインでもすぐに戻せるぞ。……いや、昔ウルフの強化形態を"ダサい"と罵られてな」

「あれか……いや、写真で見ただけがアレは酷すぎるだろう」

「つーかオッサンが発案者かよコラ!」

「落ち着いて二人とも!?」

「ま、お兄ちゃん達の言葉から察するに……要するに気に入らなくてもすぐ戻せるようにした訳だな?」


ちょっと黄昏ながらも博士は頷く。

砲塔と一部装甲のみのマイナーチェンジであらゆる状況に対応可能な万能戦車。

それがヘルハウンドの初期構想。

結局予算と資材の都合であちらを削りこちらを削りの挙句に最弱戦車と化してしまったが、

この時代には面倒な上層部もいない。

本来の形に戻して何が悪い、と言う事らしい。


「ま、自分達で資材を集めんといかんが好きな物を作れるのは良い事じゃ。なあ所長?」

「そうだな。そして」

「とりあえず資材も集まったって訳だなコラ!」


「……うれしそうだな」

「こう言うのって男の浪漫って言うんだよね、シロ」


そして、工場から引っ剥がしてきたラインの部品を使えば問題の設備は完成できる!

お陰で作る方も使う方もテンションが上がりっ放しなのである。


「まあ、いくつか足りんものもあるから全ての試案が使える訳ではないがな」

「……ま、これで分かった。それを作れるようにするのが次の目的って訳か」

「じゃあ暫くここに缶詰か?まずはその機械を作らないとヤバイだろ」


「いや、それはわしにやらせとくれ。お前さん達はやって欲しい事がある」

「……何をだ?」


そして、差し出される設計図。


「色々な案があり、中には車体そのものを弄る大規模なプランもある……が、何をするにも材料が足りん」

「成る程、な。確かに材料が無いと作れもしないか」

「へへへ、分かったぜぇ?……鉄だな!?」


博士は満足そうに頷いた。


「そうじゃ、何はともあれ大量の鉄が要る。取り合えず鉄くずで良いから最低100トンくらい集めておいてくれ」

「分かった。じゃあ俺達でそっちは何とかしておく」

「けどよ、これも"何はともあれ"って奴だが先立つもの(戦力)が無いとなぁ?」


そしてランディは何かのリストを取り出す。

……書かれていたのは武装のリスト。


「へっ、パクスハンタで手に入れてきた最強の装備だぜ……あ、トラックのエンジンはもう下取りしてあるからな?」

「って!?お姉ちゃんの遺産(賞金)が七割方吹っ飛んでるーーーーーっ!?何勝手に使ってるのーっ!?」

「なっ!?……まあ、仕方ないな。確かにヘルハウンドが使えない以上現有車両の強化は急務だ」

「うん。それにこの辺で店売りしてる中では最強のラインナップのようだ。無駄遣いにはなるまい」


そのリストにはV24ハルク、15mmバルカン等の文字が躍っている。

S-Eもナパームボンバーなどを用意済みのようだ。

中には搭載できないのを覚悟で買い込んだ120mm砲などの姿も……。

店売り最強を名乗るには少々パンチの弱い面子だが、それがこの地方の限界であった。

これ以上を望むなら、他所から流れてきた一品物の掘り出し物を探すか、遺跡から探し出すしかない。


「取り合えず、数日かけて今ある戦力の強化をしねぇか?賞金首どもは兎も角雑魚くらいは散らせなきゃあ意味がねぇ」

「そうだな。どうせ急ぐ旅でも無し……少し骨休めしながらクルマ弄りも悪く無いか。シャシーも弄らなきゃいけないしな」

「それも良いかも。ここの所気の休まる暇も無かったもんね!」

「そうだな。私もあの街で何があったのか聞いておきたい」

「そうか。だったら二台を改装するついでに設備も作ってしまうか……技術屋が三人もいれば一週間ぐらいで出来るじゃろうし」


ノヴァは思う。

アックスはエリー・アノーアを早めに探し出す事を望んでいるだろうが無理に相手の策に乗る事も無い。

現有戦車の改装と換装用設備製造後、ヘルハウンド強化のために鉄くず集めに旅立つ事になるが、

そのついでに賞金首とも戦うハンターらしい日々がしばらくは続くのだろう、と。


「なあ、ところで最初は何処に向かう?まず一度パクスハンタへは行ってみるつもりだが」

「アヤさんに頼んでた調べ物の件の確認だよね?」

「……誰だそれは……?」

「そうだ!そしたら次はテラに行って見ねぇか?」


そこでランディが言った。

今度はまた別の街に行って見ないか、と。


「テラシティか?」

「おうよ。あそこにゃ俺のお師匠様が居るんだけどよ、近くに戦車の墓場って曰くつきの場所があるのよ!」

「あそこ?確かに朽ち果てた戦車は一杯あるけど……お化けが出るって話じゃ……」

「ふむ、ならば私も行くか。戦力は多い方が良かろう」


かくして彼らの新しい戦いが始まる事となる。

……地獄の底を脱し、

いつか、姉ちゃんに誇れるような生き方をするために。


第四章 完

続く



[21215] 22 第五章 テラの和尚とミホトケの教え
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2011/01/03 14:03
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第五章 テラの和尚とミホトケの教え(1)

22


テラ・シティ。

この町は実はパクスハンタよりもその歴史が新しく、出来たのは10年ほど前の話でしかない。

廃寺に住み着いていた孤児達を一人の男が見捨てられず、

自身もそこに住み着きながら世話を始めたのがその始まりだと言う。


「お兄ちゃん。結局そのアヤって人には会えなかったな」

「仕方ないさ……何か編集部もやけに忙しそうだったし」

「当然じゃねぇのか?纏めて特ダネ確保したんだ。この機に儲けないで何処で儲けるってんだ」

「それにしても、せめて取り次ぎ位してくれてもいいのにね。まあ忙しそうだったし仕方ないのかな?」


そして、その町に向かう二台の車の姿がある。

ナパームと二種類の機銃で武装したジープに、対戦車ミサイルを積んだ大型トラックだ。

一目でハンターの持ち物だと分かるその二台は、新しく積み込まれた無線機で話をしながら錆びた荒野をひた走っていた。


「注意してくれ。そろそろスモークスパイダーの警戒範囲に入る。今日の所はスルーだ」

「了解だぜ。へっ、今に見てやがれ蜘蛛野郎……今にギッタンギッタンにしてやらぁ」

「うむ。だがその前に誰かに倒されてしまうやも知れんがな」

「ま、それは仕方ないよ。その時はその時だよ、シロ?」


時に隠れ、時に回り道。


「お兄ちゃん?何か火薬の匂いが風上からするよ?」

「この硝煙の香りはミサイラスのようだが……どうする?」

「……突撃して一気に蜂の巣にする。トラックは相手の射程に入らないでいてくれ」

「了解だぜ。吉報って奴を待ってるぜコラ」


そして勝てるなら戦う。

それは生き延びる為の必須条件。


「さて、もう少しだ。あの森が見えるか?え?……あの中にテラがあるんだぜ」

「木が沢山茂ってるな。そうか、あれが森か」

「そうだ。因みにテラにはオフィスも満タンサービスも無い。気をつけろよお兄ちゃん」


だが、生き延びる以上の何かを求めるならそれだけでは足りない。

その答えを探す一助となるかもしれない人物との出会いがこの町でノヴァを待っているのだ。


……。


そして、彼らはテラの街の前に来ていた。

車では通れない山門を横目に駐車場入り口のゲート前に停車する。

そして、この町で面識のあるランディが代表して叫ぶ。


「開門ーーーっ!俺だ、ランディだ。開けてくれーっ!」

「りょーかい」

「うんしょ、うんしょ、うんしょ」


するとゲートがゆっくりと開き、中から子供が歩み出てくる。

……ランディはそれに小銭を手渡した。


「おう、悪いな。それじゃあこれは俺からの寄付だ。何かに役立てるんだぞコラ?」

「うん。ありがとね、モヒカンのにいちゃん」

「後で和尚様の財布に入れておくから安心してよ」


「ゲートは手動か……って子供!?」

「当然だ。この町は元々孤児や恵まれない子供達の駆け込み寺として始まったそうだからな」

「不便な場所ではあるからね。一人前になると、自然と町を出て行く事になるんだって」


彼らは開いたゲートから中に進む。

そしてクルマを駐車場に停め、本堂へと向かった。

……周囲を見渡すと、あちらこちらで走りまわったり忙しそうに働いたりしている子供達の姿。

その他には畑を耕したり立ち並ぶ小屋を修理している大人の姿もチラホラしているようだ。

この町に暮らす人間は誰もが自分の出来る範囲で何かをして生きているようだった。


「基本的に、自給自足なんだぜこの町は。因みに孤児だけじゃなくて俺みたいに教えを乞う人間も集まってる」

「……教えを、乞う?」

「ここはね、昔で言う寺子屋の役割もしてるの」

「うむ。和尚は博識な人物だからな」


ほぉ、と思いつつノヴァは先へと進む。

前の街がああだっただけに、それは酷く新鮮なものとして彼の目に映ったのだ。


「この辺は比較的水も土地も綺麗なんだよ。だからこうして自給自足でも暮らしていけるの」

「うむ。だが代わりに文明の利器からは縁遠い場所でもあるな」

「へっ、まあそんなのは良し悪しだろ?ここはこれで良いんだよコラ」

「……確かにそうなのかもな」


話を弾ませながら彼らは先に進んでいった。

そして元の姿は知らないが、今や畑や小屋が並ぶ一帯を越え彼らは本堂まで辿り着く。

すると明らかに無理やり素人が修理したと思われる部分の目立つ本堂前に一人の老人が立っていた。

良く洗濯こそされているもののすっかり色あせた作務衣を纏い、ボロボロのサンダルを履いたその老人。

頭を剃っている所からしても、この老人が和尚さんで間違いないだろう。


「お。お師匠様ーっ!お久しぶりだぜコラぁっ!」

「おお、ランディではないか。元気そうで何よりだ……何か不幸な事になったらしいが、大事無いか?」


「へっ!この俺がそうそう凹んだままでいるかよ。この筋肉がある限り、俺は……不屈だぜコラ!」

「うむ。健全な肉体には健全な精神が宿る……そうだ、お前はそれでよい……ふぉふぉふぉ、安心したぞ」


その老人にランディが勢い込んで話しかける。

……パクスハンタの一件を知っていたのだろう。

心配そうな目でランディを見つけた和尚は、その声に宿る力に安心して微笑んだ。


「ミホトケの教えに背く故に何も出来なかったが、心配していた。だが、うん。心配は要らんようじゃな」

「放っといてくれて結構だぜ!……ちゃんと見ててくれればな。時に和尚、実は頼みがあるんだけどよ?」


しかし、"頼み"の部分で眉をしかめる。

彼は"ミホトケの教え"なるものに縛られていたのだ。そうでなくばどんな助力も惜しまなかったろう。

だが、信心深いが故に彼の行動を教えが縛る。


……さて、ここで疑問に思うだろうミホトケの教えとは何か?

当然現代に伝わる御仏の教えとはまるで違う。

大破壊時の当初、寺院は家を失った人々の駆け込み寺として機能していた。

だが、人類の状況が悪化するに従い人々に食料や一夜の宿を提供するのも難しい状況に陥る。

当の僧侶達ですら食うに困る状況に追い込まれてしまったのだ。

供養塔が立ってもおかしくないような悲劇があちこちで起こったらしい。

何時しか僧侶達もあるものは倒れ、あるものはもっと温かく食料の手に入りやすい南に移って行ったと言う。

そして、人々の誰もが自分が生きていくだけで手一杯。

そんな状況が何十年と続き、廃棄された寺院には行く当ても無い人々が住み着くようになる。

彼らは心の支えを求めていた。だから昔話のように人伝えで昔の尊い教えを伝えようとし始めたのだ。

だが、人伝えに伝えられていたそれは時と共にこの時代に合った物へと変わり果てていた。

そう……気が付けば教えは完全に捻じ曲がり、変質していたのである。


見て放っておけ。(見放とけ)


誰にも何もしてやれぬが故にせめて温かい心で見守ろう、そんな考えが形になった自助努力を勧める教えだ。

自己弁護のためか、情けは人のためならず。と間違った諺に縋り付いて……。


彼らの名誉の為に行っておくが彼らは決して冷たかった訳ではない。

ただ、自分の食うものも無い状況で人々を救う活動など出来なかったのだ。

それでも人々を見捨てたくは無かった。

せめて気持ちだけは……せめて見守るだけでも、と考えた者達によってこの教えは成立したのだ。

そのような経緯を持つがゆえ、他者を直接助ける行為は教義に反してしまうのである。


「ふぅむ。"見放とけ"の教えの本質は温かく見守りながらも手出しはしない、じゃからな。何もしてやれぬぞ?」

「違う違う!裏の門を開ける許可だけくれりゃ良いんだよ……俺達は墓の掃除をしたいだけだぜコラ!」


故に、ランディも和尚に何かを求めようとはしない。

ただ許可を得るだけだ。

ミホトケの教えを信じるものは見守る事しか許されていないのだから。


「……墓地に巣食う不死者どもを片付けてくれると言うのか?」

「おうよ。ついでにそこらに転がるゴミの廃車も片付けとくぜ……つーか、それを回収しに来たんだけどな!」

「どちらにせよ悪い話ではあるまい。どうだ和尚?」


ランディの言葉にシロが付け足すと、その時和尚は初めて共に来ていた者達が誰か気付いたようだった。

驚いたように声のしたほうに顔を向ける。


「む?その声は……ナナではないか!?」

「私もいるよ。こんにちは、和尚さん」

「なんだ、二人とも知り合いなのか。いや、ここを知ってた以上知らない筈が無いか」


「何と。二人が揃っておるとは!それにお主はタルタロスの息子じゃな?……声がそっくりじゃ」

「そうか……?」


和尚はノヴァの方に歩み寄ってきた。

そして、ポンポンと肩口を叩いてにこりと笑う。


「うん。健康そうで何よりじゃな……拙僧はゲンサイ和尚じゃ。現在はこのテラの町長……ジュウショクを務めておる」

「はじめまして、俺はノヴァだ。ハンターをしている……許されない非道をしでかした大馬鹿野郎だよ」

「んな自己紹介があるかコラ!」

「あー、お兄ちゃん。和尚さんは多分全部知ってるからわざわざ自分を悪く言う事は無いよ?」

「それにそんな紹介されたら逆に困るだろう……」


ノヴァはそれもそうかと頭を下げる。

いきなりそう言われても普通は反応に困る事に気づかされたのだ。

後で知られるよりはと思ったが、確かに無作法もいいところではないか。


「済まない和尚。アンタが聖職者だって聞いて少し甘えてたかもしれない。」

「後悔しているのかな?……ならば悔い改めよ。必要なら拙僧が話を聞こう……聞くだけしか出来んがのう」


それに対し和尚は軽く手を合わせた。

筋だらけの痩せこけた手を軽く擦り合わせ、静かにノヴァに声をかける。


「ここは人々が己の力で救いを見つけ出すための場所じゃ……ミホトケとしてはそれで正しいのだ……」

「いや、一応救いならもう自分で見つけた……俺は、姉ちゃんに誇れる生き方をする。そう決めたんだ」

「大丈夫だ。お兄ちゃんがそれを忘れなければ、きっとお姉ちゃんは褒めてくれる」

「そうだよ!シロの言うとおりだよ」


そして和尚は必死にノヴァを弁護しようとする姉妹の声に頬を緩ませるのだった。


……。


その日の夕刻。彼らはまだテラの本堂にいた。

無論、まだ墓地には立ち入っていない。

それは何故かと言うと、


「あの不死者どもは夕刻を過ぎると活発に動き始めるぞ……立ち入るなら早朝からの方が良いじゃろう」


そんな和尚の声に押された形である。

それに、墓地にはバリケードが張ってあるらしいがクルマが通れるように解除するには時間が掛かるのだそうだ。

事実ノヴァ達は解除の準備だけで半日をかけていた。


「他に出入り口がありゃいいんだけどなオイ?」

「ま、仕方ないさ。出入り口が一箇所なお陰でゾンビも表に出てこないんだろ?」


現在はバリケードが解除され、門のカンヌキさえ外せば出られる状態だ。

無論破られ易くはなっているので、シロとハチが交代で見張る事になっている。

明日はクルマが主役。それに相手は酷く匂う敵……ゾンビだ。

ソルジャーの出番はどうしても少なくなると踏んでの事である。


「それにしてもゾンビか。一体どう言う原理で動いてるんだか」

「さあな?まあぶっ飛ばすだけだろ。あん?」


確かにその通りだ、と全身筋肉のモヒカン頭に同意するノヴァ。

門の上ではシロが向こう側でウロウロするゾンビに目を光らせている。

……万一何かあったら、町の皆に申し訳が立たないのだから当然だろう。

そしてハチは交代に備え、入り口を見張るジープの助手席で機銃に手をかけられるようにしながら眠っている。


「ま、実際は死体が動いてるんじゃねぇ。着込んだ強化服が暴走して勝手に動いてるって聞いた事があるけどなコラ」

「つまり、死体が無くても動くって訳か」

「いや。パーツが連動せねば何も出来んさ。中身が無ければ軟体動物も同然。地を這う事もままなるまい」


かつて、この墓地の辺りは大規模な戦場だったらしい。

戦車と随伴歩兵の大群がノアと戦い、そして敗れたのだ。

戦車はスクラップになるか敵の手先と化し、

随伴歩兵は装備……強化外骨格に裏切られ、最早脱ぐ事も出来ずに死んでいったそうだ。

そして元々が墓地だった事もあり、

危険を察して封鎖されたこの一帯はいつしか戦車の墓場と呼ばれるようになったのだ。

徘徊する者は亡霊でもなんでもないハイテクの申し子だが、本当の亡霊が居てもおかしくない。

それが彼らの向かう場所なのである。


「敵は"腐った死隊"およそ千体か……確か司令塔が何処かにあると聞く。それを破壊すればいい筈だぞ、お兄ちゃん」

「おうよ。相手は数で攻めて来るぜ?もし廃車を積んで行きたいのなら……ぶっ潰すしかねぇよな?オイ」

「奴等が居なくなればこの土地もテラの人達が使えるって訳だ。それに俺達は賞金が手に入る」


墓地中央に陣取るもう一つの賞金首"はかいしん"は手を出さなければ安全だという。

ならば無理に寝た子を起こす事は無いとノヴァ達は考えていた。

流石に千体にも及ぶ敵を全て破壊するのは難しいだろう。

出来るだけ早期に敵司令塔を破壊し安全に作業できる環境を作る、それが第一条件なのだ。

そして自分達は鉄くずを持って行く。テラの人々は安全を手に入れる。

自分の為だけでなく人のためにもなるなら、やらない理由は無いではないか。


「へへっ、門とカンヌキ自体は出来る限り補強しておいてやったぜ?」

「相手はこの門に傷を付ける事すら出来ないようだな。ふう、これで一安心だよなシロ、それにハチ?」

「でも殴られるたびにゴンゴン音がして精神衛生上は宜しくないよね……」

「よし、じゃあ明日の主役二人は飯でも貰って早く寝ておけ。明日は早いぞ?」


ようやく作業が終わったのは既に日の暮れた頃だった。

どう言う訳かは知らないが、夜になり少しだけ動きの良くなった腐った死隊が、

厚さ20cmもの分厚い門に殴りかかり、弾かれて倒れていく。

そして起き上がるともう門への興味を失ったかのように何処かに向かって歩いて行った。

……どうやら補強は成功したようだ。


「おうよ、じゃあなシロ?俺は寝てるぜ。悪ぃが見張り頼んだぜコラ」

「うむ。任された」

「六時間交代だったか?ハチにも宜しくな」


シロ達を残してノヴァは本堂に向かって歩いて行く。

正直ノヴァも門の前に残ろうかと思って居たのだが、何やら和尚がノヴァを呼んでいるらしい。

だからジープの運転席で行って来いというランディに背を押される格好でこうして彼は歩いているのだ。


「おや、バリケード撤去は終わったのかな?」

「……和尚」


そして、和尚はと言うと……本堂の横にある池に居た。

見るとその手には何かの餌が握られている。

……どうやらこの池には鯉が居るようだ。


「どれ、色々話したい事もあるが……済まんが先に鯉に餌をやらせて貰おうか」

「へぇ。魚を飼っているのか」


和尚の手から餌が舞うたびに、池から顔を出した鯉達がそれを漁って行く。

随分と丸々太った立派な鯉達はよく和尚に懐いているように見えた。

こんなご時世だ。観賞用として飼いだした訳ではあるまい。

だが食用にしてはその鯉達は肥え過ぎている。

……まあ、鯉と言うものを生まれて初めて見たノヴァには分からない事だったが。


「ああ。食用として餌をやりだしたのだがのう。やっているうちに可愛くなってしまってな」

「はは、それじゃあ食用の意味が無いな」


困ったものじゃよと苦笑する和尚の頬は酷くこけていて、

丸々と太った鯉とは対照的だった。


「……もし食用で無いとするのならミホトケの教えに従い放っておくべきなのじゃろうな……じゃが、どうしてもそれが出来ん」

「別に、良いような気もするけどな……」


「ははは、確かにそうなのかも知れん。じゃがのう、ミホトケの教えに背いたがために失ったものがある拙僧としてはな」

「失ったもの?」


「なに。お主にとっては大した物ではないよ……さて、そんな事より食事にしようかのう」

「……あ、はい」


何か引っかかる物言いだったが、腹が減っていた事もあり呼ばれるままにノヴァは付いていく。

本堂には子供達が雑魚寝をしていて、その一角に小さな膳が用意されていた。


「お主は客人だからな。さあ、食べなされ」

「あ、頂きます。……って、和尚は?」


ところが、用意されたお膳には片方にしか食べ物が載っていない。

和尚の元にあるお膳はとっくりに水が入っているだけだ。

不審に思ったノヴァが尋ねると、和尚は一際強く笑って言った。


「いやいや、拙僧は既にこの子等と共に食事を終わっておる。そんな訳で既に腹いっぱいでな」

「あ、そうなのか……じゃあ遠慮なく」


メニューは芋に塩で味付けしただけの粗末なものだったが、ノヴァはそれをこの町らしいと感じていた。

料理してから時間が経っていたらしくすっかり冷めていたそれではあったが、

手間隙は間違いなくかかっていると確信できるほどにそれは"暖かい"料理だったのだ。

そう……姉ちゃんの料理を思い出す程に。


「む。味付けが薄いか?済まぬな……この町にはこのような物しかないのじゃ」

「あ、いや。何か姉ちゃんの味付けに似てて……ちょっと思い出しただけだ」


「……そうか」

「ああ。多分これがお袋の味ってやつなんだろうな、と思う」


寝ている子供達に遠慮してか、廃油を燃やすランプ一つで照らし出された本堂にノヴァの溜息が漏れた。

少しばかり感傷的になったな、と彼が視線をそらすと……何かと目が合った。


(……起きてる子供が居る)

「どうしたのか、む……」


そして。ぐう、と音がした。

……先ほどからこっちの様子をこっそり伺っていた子供の腹の音だ。

どうやら腹が減って眠れないらしい。


「お恥ずかしい所をお見せした」

「いや……」


それを見てノヴァは膳を下げた。

残ったひとかけらの芋をそのままに、寝たふりをしている子供の前に持って行く。

……ひょい、と子供の手が伸びて芋を持って行った。


「……育ち盛りでな。幾ら食っても足りぬらしい」

「そ、そうか」


しかもその手の中で芋は更に砕かれ、子供から子供に渡っていく。

……そして、最初の子供が自分の指先に残った芋のかすをぺろりと口に含んだ。

周囲でも同じような光景が続き、最後には嗚咽まで響く。


「……少々、お待ちくだされ」

「和尚?何処に……」


その光景を見て和尚は唸る。

そしておもむろに立ち上がると何処かに向かって歩き出し、

僅かばかりの干しアメーバを手に戻ってきた。


「空きっ腹の横で食い物を見せ付けられては寝られまい?これを食べるといい」

「駄目だよ。それ和尚様の明日の朝ごはんの分じゃ……」


「大丈夫じゃ。拙僧はこう見えても体の頑強さには自信が」

「それ何時の話だよ!?」

「無理だよ、アバラ浮いてるよ手が震えてるよ本当に死んじゃうよ!」

「大人しく寝てるからお願いだから和尚様もきちんと食べて!?」


……にわかに騒がしくなる本堂内で一人取り残されるノヴァ。

そして気付いた。子供達を食わせる為に和尚が無理をしている事に。

和尚と子供達の間で行き来する現金にて1Gに満たない粗末な食事。

それを流石に見ていられず、彼は財布から100Gほど取り出した。


「お、和尚……何も言わずにこれを受け取ってくれ」

「うわっ、凄い大金だ!」

「凄ぇ、流石はハンターだ……」


その額を見て更に騒ぎ出す子供達。

……だが、和尚は何故か首を横に振った。


「否。こんなものを見せ付けた上で受け取った金に何の価値があろうか……暖かく見放っといてくれればそれで十分!」

「和尚自身が見放っとけて無いじゃないか!?」


流石に叫ぶノヴァ。

この和尚、言っている事とやっている事がちぐはぐなのだ。

放っておけと言いながら自分は身を削って人助け。

どう考えても自分の信じる教えから外れている上に自分自身すら救えていない。

そも孤児の世話をしている時点で何一つ放っていないではないか……。


「まあ、そうじゃな。拙僧は……破戒僧なれば」

「だったら受け取ってくれ!?主に俺の精神衛生上の観点から!」


ただ、本人もそれは理解しているようだった。

己を破戒僧と断じながらも、和尚はそれに一片の悔いも抱いていない。

ノヴァにはそう見えたのだ。


「気持ちはありがたい。だが先ほども言ったがこれでは催促だ。それを受け取る訳には行かぬ」

「だからって……って誰だ!?」


しかし、それはそれとしてこのままでは折角取り出した金の収まりが付かない。

そう思って更に一言、

と、思ったら凄まじい勢いで本堂に大人が雪崩れ込んできた。

そして更に凄まじい勢いで和尚に金を差し出し始める。

……どうやらここで教えを受けている人々や、かつて教えを受けた人々のようだ。


「そこの少年の言うとおりだ!」
「和尚……この寄付を受け取ってくれ」
「貴方の死は余りに大きな喪失になります!ご自愛を」
「私はこう見えて資産家だ!一万もあれば年単位でもつだろう?いいから受け取ってくれ!」
「子供達のためだろう!?あんたが居なくなったらここは崩壊するぞ?」
「和尚、ここは無くなってはいかんのだ!それを分かってくれ……」


彼らは口々にここの窮状を訴えてはその手に乗せた金を和尚に押し付けようとしている。

それを拒む和尚と心底心配そうにする人々の間ではいつしか押し問答まで開始されていた。


「しかしな。他の者を放っておけぬ以上せめて自分だけは放っておいてもらわねば」

「おかしいぞそれ!?絶対に何処かおかしい!」


何処かおかしい、のは和尚の態度かそれともこの空間自体か。

ノヴァの場合は押し付けにも見えるから仕方ないにしても、

それ以外ですら慈善事業してる人間が寄付を断ってどうするんだと。

……だが、当の和尚は大真面目だった。


「皆の気持ちは嬉しい。だがのう、拙僧とてミホトケの教えを信じる者として完全にそれを破る訳にもいかぬのじゃ」

「いえ、教えの起こりを考えれば自分が受け取る分には問題無いような気がしますが」
「放っておけぬのは我々とて同じ!」
「自分の師が今にも飢え死にしそうで自分は分け与えるだけの財貨があるなら、分け与えるが人の道かと存ずる」
「この際はっきり言わせて貰いますがお体が良くないのでしょう?一度医者に診て貰いましょうよ」
「まだ師より教わりたい事は山のようにあるのですぞ!?」


弟子と師の押し問答が続く中、いつの間にか蚊帳の外に押しやられていたノヴァが呆然と呟く。


「……一体何がどうなってるんだ……」


「ああ、あのおじさん達?和尚さんにお金受け取るようにって何時も説得するチャンスを探してるんだ」
「和尚様、自分に対してだけは厳しいから……」
「教え子からの寄付ぐらい普通に貰えばいいのにさ。そうすれば俺達のご飯も……」
「でも、そこで受け取っちゃったら和尚様じゃないよねー」


つまり、話すきっかけを探していて新顔の客が来たならもしかしたらと表で張り込んでいたと言う事だ。

だしにされたのは兎も角、師匠を救おうというその気概は大したものだとノヴァは思う。

……何せ、前に寄った街があれだったし。

しかし、当の本人はそれを認める訳にはいかないと感じているようだ。


「いい加減にしておくんじゃ。わしにこれ以上教えを破らせる気か?」

「ですから、それは戒律でも何でもないのですよ!?」
「和尚様、また痩せたでしょう?いいから医者にかかってください。料金はこっちで持ちますから!」
「本当に死ぬ気ですか!?」
「そもそも自分の事まで放っておけとか誰も言ってないのではないですか?」


ノヴァの目の前では未だ大人同士の美しいのか醜いのか判らない言い争いが続いている。

その横では結局寝付けなかったらしい子供達が、

干しアメーバを目の前に唾を飲み込みながらジッと見つめて手だけは出せずにいた……。


……。


「で、騒ぎのせいで眠れずに朝を迎えたってわけかコラ?」

「……ああ」


「大丈夫なの?お兄ちゃん……」

「まあ、大丈夫ではあるまいが仕方ないか」


大型トラックを運んできたノヴァの目は真っ赤に染まっている。

結局あの後騒ぎは一晩中続き、結局誰とも無く倒れていった事で終わりを迎えた。

そして、当の和尚は……。

話はまた後で。とノヴァに言うと、朝から子供達の食事を準備していたりする。

若い頃は相当鍛えていたらしいと言う事もあり、地の体力気力と信念が尋常ではないのだろう。

……ただ、それに巻き込まれたほうは洒落にならないというだけで。


「しかし、現在このバリケードを取り外している状況下で突入延期は出来んぞお兄ちゃん?」

「だよね、危ないもん。ところでゾンビはどうしてるの?」

「晩の内は結構門にたかってやがったが、朝になったら大人しいもんだぜオイ」

「……こっちの防備が弱まってるのは察知されてるかもな……これは無理でも何でも行くしかないか」


仲間達の言葉に、目を縁を揉み解しながらノヴァがそう結論付けた。

幸い今日は晴天である。

理由は判らないが明るいうちはゾンビ達の行動は鈍い。

何日もここに居座っている訳にも行かないだろうし、行くなら今行くべきだろう。


「ま、たった一日の寝不足ぐらいどうにでもならぁ……さっさとゴミ掃除としゃれ込むぜオイ」

「……ああ」

「お兄ちゃん、今日はシロが窓から援護するから運転だけに集中しててね」

「うむ。妹よ、お前も無理はするなよ」


カンヌキが開けられ、機銃を軽く掃射しながらゆっくりと二台のクルマが墓地内に侵入していく。

それを確認し門を閉め、その上で銃を構えるハチ。

両者は軽く手を振ってお互いの健闘を祈った。


「……入り口の番、ハチ一人で大丈夫だったかな」

「心配は要らん。奴とて私と同等のソルジャーなのだからな」


暴走機械とそれに引き摺られた死者が徘徊する墓地。

ノヴァ達はまず目に付いた二つに裂けたタクシーの残骸に向かって静かにクルマを進ませるのであった。

続く



[21215] 23
Name: BA-2◆45d91e7d ID:e2cacf8b
Date: 2011/01/08 21:24
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第五章 テラの和尚とミホトケの教え(2)

23


積み込み作業と言うものは地味で重労働なものだ。特に人力で、ともなると尚更である。

特に積み込み用の機材も無い状況で自動車大の廃材を確保する、

ともなればその苦労はいかばかりか知れたものではない。


「せーの、っと……じゃあ解体を開始するぞ?」

「積み込み開始だオラァっ!」

「騒がしいな、うちの男衆は……」


大破壊後直後に人類が大敗した古戦場であり元々墓地もあったこの場所は、丁度テラの裏手に位置する。

周囲は瓦礫で埋まっていて、人間なら出入りはどうにでもなるもののクルマを入れるとなると、

テラ裏手の門がどうしても必要になるのだ。


普段は硬く閉ざされているテラの裏門だが、賞金首討伐に向かうハンターの頼みで開く事もたまにはある。

そして彼らは皆還らず……いつしか内部には巨大な廃車の山が出来上がっていったのである。

実際問題として大戦時の戦車は既にサビの塊でしかない。

故にノヴァ達が狙っているのはそう言う比較的新しい鉄くずなのであった。


「おるぁあああああっ!ドア部分の積み込み完了だぜコラァっ!?次は何処だ!?これか!?」

「ちょっと待て!車体そのものはまだ重過ぎるんじゃないか!?今バラすから待ってろランディ!」

「……敵は遠巻きに見ているだけか。まああいつ等は夕暮れ過ぎないと本気で動かないらしいし今がチャンスだな」


何故と言われても分からないが、都合上ゾンビと呼ばれるそれは昼間の間は動きが鈍いと知られている。

正確に言うと夕暮れ過ぎになると微妙に統率の取れた動きをし始めると言う。

だからと言って隙を見せて良い訳ではないが、太陽が頭上になるうちは比較的安全に事を勧められるのは確かだ。

そう言う訳でノヴァ達三人は敵を誘う隙を兼ねて手近な鉄くずの回収作業に当たっている訳である。

無論、ノヴァは即座にクルマに飛び乗れる距離に居るしシロは護衛として銃の安全装置を外しているが。


「気をつけろ。見てるぞ……あれ」

「は?何処がだよ。骸骨はお天道様をじーっと見つめてやがるぜオイ」


そして、そんな彼らをじっと見つめる鋼の鎧纏う即身仏。

その暴走機械はかつての主の磔台と化し、白骨死体をぶら下げて物陰からノヴァ達を覗き込んでいた。


「阿呆か。良く見ろ、カメラだカメラ」

「ん?カメラがどうしたんだ、え?」

「……あー、そう言えば骸骨はあくまで支えであり支点でしかないんだったな」


骸骨の顔は無造作に天を向いている。

だがその装甲服の背中から伸びるカメラはじっと彼らから目を離さない。

あくまで本体は暴走した強化装甲服。屍は無ければ困る芯でしかないのだ。

……だとすればゾンビと呼ぶのはあまりにも乱暴かもしれない。

だが他に呼びようがあるとすればスケルトンとか結局その方面になるだろう。

つまりどっちにしろ本質に迫る事はないし、分かりやすいからこれで良いのだ。

敵がこちらを注視している、今問題にすべきはそれだけなのである。


「……そう言われると……おうよ、見てるなアイツ。よし、ぶっ飛ばすか」

「待て脳筋。どう見ても斥候だぞ?既にこっちは相手のテリトリー内に居るし刺激しても仕方ない」

「後は、向こうが何時仕掛けてくるか、だな」


幸い向こうはこちらの出方を伺っているだけのようだ。

ならば無理に藪を突付く必要などない。


「一応言っておく。生きて通過したトレーダーからの情報だが、あれに手を出した奴等はその時点で総攻撃を食らうそうだ」

「怖い話だな。とは言え、黙っていてもいずれは攻撃されるか」

「て言うかよ。こんな所を通り抜けたがる物好きが多いのは知ってるが・・・…理解できねぇんだが」


ランディの言葉にシロは一枚の地図を取り出した。どうやらこの周囲のもののようだ。

そして……戦車の墓場の意外なほどの広さに驚く男二人。

まあ、考えてみれば大規模な戦場跡なのだから当然ではあるが、それはこの周囲一体を完全に飲み込んでいた。

その大きさたるや見渡す限り、と言っても過言ではないほどだ。


「これが戦車の墓場かシロ?……でかいな。テラの町が豆粒のようだ。下手するとパクスハンタより」

「ああ。でかいだろうな……そして、この周囲を避けて行く事がどれだけ遠回りかも理解できるな?」

「あー、理解したぜ。真っ直ぐ突っ切りゃ派手にショートカットできらぁ」


他の場世より危険なのは確かだが、ここを突っ切ればかなりの近道になる。

それにこの時代安全な道などと言うものは殆ど無いのだ。

そうなれば危険を省みず特攻をかける人間がいる事は容易に理解できるだろう。


「因みに元々墓地なのはこの周囲だけらしいぞ?お兄ちゃん」

「後は普通の街だったんだろうな……」


完全に砲弾に吹き飛ばされキャタピラで踏み固められ瓦礫にまみれたその地から往年の姿を想像する事は出来ない。

時折無事に残る墓石や倒れたまま放置された地蔵が過去の名残を伝えるのみだ。

今は錆びたライフルが転がり使用済み手榴弾の残骸が散らばる弔う者とて無い死の大地である。

彼らが居るのはそんな土地なのだ。


「まあいい、俺は積み込みの続きをするぜ。危なくなったらすぐ教えろやオイ?」

「ああ……けど、撃って来る気配は無いがな」

「正確に言うと撃てんのだ。良く見ろ、あの銃……錆付いてる」


今度はノヴァ達が凝視をする番だった。

確かにシロの言うとおり、その"腐った死隊"の銃は銃口が塞がれるほどの分厚いサビに覆われていた。

恐らく大破壊時より一切の手入れをしていないのだろう。

引き金は今にも取れそうにプラプラと動いているしそもそも残弾が尽きているようだ。

これでは撃てる訳が無い。


「……なんだありゃ。普通ああいうのって手前ぇで武器の手入れぐらいするもんじゃねぇのかオイ?」

「さあな。少なくとも奴等にその機能は無いようだな。ま、お陰でテラは門とバリケードだけで今まで守りきれていたんだが」

「そう言えば、昨日あいつ等門を叩いてたな。銃撃じゃなく」


その強化外骨格達は元々歩兵の補助装備でしか無かった。それが幸いしたのだ。

そう、歩兵にとって武器の補充や整備は彼ら自身の仕事だった。

外骨格達はノアの命令に従い着用者を殺したものの、その後の自分達の整備まではプログラム外だったのだ。

故にその戦力と稼働率は時と共に低下し、今では稼動する銃を持つ個体の数など数えるほどしか居ない。

かつての戦力を維持していたのなら、門の一枚や二枚楽にぶち破っていた事だろう。

しかし、その腕力も文字通り錆付き……今や人間よりは高いが鉄板すら破れない、といったレベルでしかないのである。


「ま、だからこそ私達にも勝機があるわけだが」

「……けど、油断は出来ねぇぜ?何だかんだで今までたんまりとハンターを返り討ちにしてきた連中だしなぁ?」

「ああ、ランディの言うとおりだ」


お互い目を離さないまま、

ノヴァ達は廃車の解体を。

敵は偵察を続ける。


「ふぅ……このサイズなら持ち運べるよな、ランディなら」

「おうよ!一台積み込み終了だぜコラ」

「……では移動を……くっ、アイツ付いて来るぞ?」


敵は付かず離れずノヴァ達の行動の一部始終をカメラに収めようと墓石の影からカメラを覗かせていた。

撃てないなりに銃口もさり気なくこちらに向けている。

対するシロもそちらの方を見据えていた。

誘いをかけようとしたのは失敗だったかと彼らが思い始めた時、何かを思いついたようにランディが声を上げる。


「しかし、どうせあいつ等もついでに掃除してくんだよなオイ?だったらいっそ……」

「良く考えろ。ここでアレを倒しても奴等は千近い数が居るのだぞ?もし倒すのなら」

「……狙うは頭、か」


シロの声にノヴァが続ける。

そう、今目の前に居る個体は明らかに斥候……部隊の末端に過ぎない。

ならば幾ら倒されようが所詮は幾らでも代えのある駒でしかないのだ。

当然相手にはその程度の被害しか与えられまい。

もし本気でこの部隊を"掃除"すると言うのなら、やはり敵の頭……司令官を倒すより他に無いのだ。


「そうだ。正直アレなら倒すのは容易い……が、過度に警戒されては消耗戦に引きずり込まれるだけだぞ?」

「けっ、しゃあねぇな。ま、お師匠様に大口叩いた身の上だ。ここはきっかり敵の頭をぶっ潰すべきだよなぁ、ウン」

「そういう事だ。こうなれば雑魚を倒しても仕方ない。敵の頭を何とかおびき出したい所だな……」


とはいえ、どうやって?と聞かれると答えに窮するのも確かだ。

最悪の場合鉄くずだけ集めて撤収というのも選択肢に入れておかねばなるまい。


彼らはそう考えつつ二台目の解体回収にかかる。

かつてはバギーだったであろう残骸を解体し、

まだ使えるライトや予備タイヤを嬉々として積み込みながらノヴァはチラリと敵の方を見る。


「……増えてる」

「うむ。通信機でも積んでいたのかも知れん」

「ちっ、何となくいやらしい連中だぜコラ」


いつの間にか敵の数は3機に増えている。

新しい敵の中からすっかりミイラ化した着用者の落ち窪んだ目がこちらを向いていた。

もう一機の着用者は首から上が無い。

最初から居た骸骨とあわせるとまさにホラーだ。


「真昼の怪談かよ……うっとうしいなオイ」

「これはもう、何処かで仕掛けるしかないか」

「うむ。放っておけば囲まれかねんな」


捨て置けばいずれ総戦力で上回られる。

今ここで戦えばそのまま消耗戦に雪崩れ込む。

……いずれ敵の指揮官が現れるのならこのまま待つのも良いが、

そうでないのならいっそ相手が集結する前に倒しておいたほうがマシなのかも知れない。


「さて、どうするか……」

「おい、二台目積み終えたぞコラ?早い所三台目の所に移動しねぇか?」

「そうだな。ただし万一を考えて出来るだけ門から近い所のをな」


廃車を三台、四台、五台と解体して積んでいく。

敵はじりじりと距離を詰め、その数を増やしつつノヴァ達の周囲を警戒するように円を描く。

太陽は未だ頭上にあるが、その緊張感に周囲の空気が凍り付いていく。

……周囲には埃まみれの風が吹き何処からか犬の遠吠えが……。


「……ん?」

「どうしたシロ?」


その時、シロが一瞬動きを止めた。

ピンと犬耳を伸ばし、門の方をじっと見つめる。

そして、


「いかん!下がるぞ」

「え?」

「……どういう意味だよコラ。まだまだ荷物は乗るぜ?」


突然血相を変えたシロに反応できたものは居なかった。

だが、当のシロは急いで下がるように言って聞かない。


「良いから急げ!多分まだ間に合う!」

「……分かった。お前を信じる!今日はここまでだ」

「意味がわからねぇがリーダーがそう言うならそれで良いぜ?それじゃあ……」


その時ピタリ、とランディが一点を見据え、

……そして次の瞬間大慌てでトラックに乗り込んだ。


「やべぇえええええっ!?確かにこりゃヤバいぞオイ!?」

「……土煙?……そう言う事かよ!」

「分かったら急げ!……奴等の目的は……私達の足止めだ!」


ノヴァもアイドリングさせていたジープに飛び乗り急発進させる。

シロはその屋根に飛び乗るとロープで体を固定しバズーカを構えた。

それはまさに臨戦態勢。


「畜生がぁっ!いつの間にか奴等、門への道をぎっしりと塞いでやがるぞオイ!?」

「ナパームで焼き払う!……間に合うか!?」

「敵の動きが変わった!?ああ、そうかブラフか。昼間の動きが鈍いと言う事自体が人を油断させる為の罠だったのか!?」


シロの言葉どおり腐った死隊の動きが変わる。

まるで優秀な指揮官を得たかのようにノヴァ達の行く手を遮る壁と化す。

彼らの背後からは謎の土煙……。

そう、土煙だ。

奴等はそれを待っている。

戦力が逆転するその時をずっと待っていたのだ。


「……考えてみれば当然か。指揮官にはそれ相応の装備があってしかるべきだよな」

「お兄ちゃん!姿を確認した……そう言う事か、あれが指揮官だったのか……賞金首、シンクタンク!」

「おい!?連中土の中からゾロゾロ現れてきやがるぞ!?どうなってんだコラ!?」


先ほどの犬の遠吠えはハチからシロへの警告だった。

門の上と言う高所に陣取っていたからこそ分かった情報。

……それは新たなる敵の出現。

大地の底に潜むものと、彼方より土煙上げるもの……。


「確かシンクタンクは賞金額5000Gだったか?戦車型としては小額だな」

「ああ。自分より強い奴の前には姿を現さないと聞いておる……ちっ、総戦力で上回ると出てくるとは厄介な!」

「本人は弱いって?それに奴が敵の頭ならこの場で……」


彼らは現状の打破を考え、こうなれば正面からやりあうほか無いか、と覚悟を決めようとする。

だが、その前提は脆くも崩れた。

敵はこちらから距離を取った高台に陣取ると、容赦なくマイクロミサイルの雨を降らせたのだ。

スモールパッケージ。

そう呼ばれたマイクロミサイル発射装置が唸りを上げ、

一度に8発ものミサイルが容赦なく二台の周囲に降り注ぐ!


「なっ!?一気に8発もぶっ放せるミサイルなんて聞いた事もねぇぞ!?」

「ランディ!多分これは"電光石火"だろう……武装を一度に2~3撃させる高等技能だ!」

「お兄ちゃんがまだ使えない奴か。お父さんが教えてくれてたら……ええい、下らん愚痴だ!」


幸い直撃は避けられたが向こうがほぼ一方的に攻撃できる状況は変わらない。

こちらの混乱を察知したか敵の兵卒は距離を詰め、クルマの足を止めようと足回りに殺到してきた。

無論、ミサイルの第二派、第三派もだ。

ノヴァはナパームボンバーを起動させ前方を紅蓮の炎で焼き払うが、敵はここが正念場だとばかりに彼らへ殺到する。


「だが甘いっ!何のために私が居ると思っているのだ!?」

「機銃掃射、15mmバルカンは周囲の敵を……後は16mm機銃で前方に道を作る!」

「卑怯だぞこの野郎がぁっ!?けっ!せめてコイツでも食らえやっ!」


ノヴァは周囲に群がる敵を範囲機銃で吹き飛ばしつつ、単体用の機銃で前方に道を作ろうと足掻いていた。

シロもまたバズーカとサブマシンガンで周囲の敵を散らすのに忙しい。

トラックもまたガトリング砲を乱射して敵を追い払おうと必死だが、

同時にやられっぱなしでは済まさないと一方的に撃ってくる敵に対戦車ミサイルの照準を合わせていた。


「目には目を、ミサイルにはミサイルをって奴だぜコラァっ!?」

「馬鹿な!たった一発では牽制にもならんわ!」

「……いや、そうでも無いぞ!?敵車両があからさまに下がっていく!」


たった一発のミサイルが孤独に敵車両へ向かっていく。

確かに威力の高い武器だがたった一発で破壊できるほど敵も弱くはあるまい。

だが、敵車両は全速力でバックし高台の影に隠れた。


「これは、好機だ!」

「確かに何か知らないがこれはチャンスだな」


ミサイルの射程から外れたのか敵マイクロミサイルの雨が止む。

そして援護を失った適兵卒はシロ達の手により容赦なくその数を減滅していった。


「へへっ!俺の力を見たかコラぁっ?」

「そうだな。相手は予想以上に慎重……と言うか臆病だったらしい。今の内に囲みを抜けるぞ!?」

「前進するぞ!シロはトラックの回りに集まった敵を排除してくれ!」


勢いと言うものは恐ろしいものだ。

先ほどまで一大攻勢に出ていたはずの敵はいまや蹴散らされるのみであり、

ナパームで熱せられた燃え盛る大地を行く二台の車の贄でしかない。

必死に弾幕を張りつつ全速前進を続けるクルマに追いつく事など徒歩で出来る筈も無く、

腐った死隊はそれでも必死に彼らに追い縋るものの、その距離は次第に離されていった。


「これだけの距離があるなら門に飛び込んでも閉める時間はありそうだな」

「そりゃそうだぜ。ここまで来て車を捨てねぇとならないとかゴメンだぜオイ」

「む!門が開き始めている……ハチが気を利かせてくれたか」


門の奥からハチがサブマシンガン片手に手を振っている。

早く来いという合図だ。

それを見てノヴァ達は更に速度を上げ、門の中に飛び込んだ。


「お兄ちゃん達大丈夫!?何かいっぱい来たから呼んだんだけど」

「良い判断だ妹よ!それより敵はまだ追ってきている、早く門を閉めろ!」

「バリケードの準備も始めるぜコラ!」

「分かった、急ぐぞ!」


長いブレーキ痕を残して車は停止し、中から転げだしたノヴァとランディは除けられていたバリケードに手を伸ばしていた。

シロは視界の先に映る敵の影を指差しながら慌てて指示を出す。

門を両側から押さえ、犬耳の姉妹が軋みをあげる門を閉めて行く。


「分かってる!よし、門を閉め……あれ?」

「……脚、だと?」


だが、重々しく閉まろうとしていた門は最後まで閉まる事無く止まってしまった。

……門と門の間に差し込まれた一本の脚。

何故、と思う暇もあればこそ。

続いて差し込まれた腕から零れ落ちる土に彼らは全ての事情を察せざるを得なかった。


「え、と……敵、だよね」

「そこに潜って居たのか?ずっと?門が開く時のために!?」

「おい、段々と門が開いてやがるぞ!?ボケッとしてるんじゃねぇコラぁっ!」

「ランディこそ早くトラックに戻れ!……門は俺がクルマをぶつけて無理やり閉める!」


脚一本分の隙間をこじ開け、テラの境内に押し寄せる腐った死隊。

最早どうしようもないと諦めかけたその時、ノヴァがジープに飛び乗り門に向かって突っ込んで行った。


「そうそう敵の思い通りにさせてたまるかーーっ!」

「オイコラ!?んな無茶苦茶なっ!?」

「……シロッ!?これ以上門を開けさせないで」

「分かっている!後はお兄ちゃんがやってくれる!」


内開きの門で、未だ両側をシロとハチが抑えていたのが幸いした。

突っ込んで行くジープはその質量と速度の全てを使い、

今も門をこじ開けようとする敵の体をぐちゃぐちゃに粉砕しつつ、開きかけた門を無理やり封鎖していった。

ノヴァ自身はその後クルマを固定するや否や窓からショットガンをぶっ放し続ける。


「よしゃ!門は閉じたぜ!?」

「だが既にテラの中に敵が侵入してるぞ!?」

「このっ!このこのっ!倒れてよっ!」


ノヴァは門を封鎖する為動けない。

シロとハチはクルマに殺到しようとする敵を排除するので精一杯だ。


「はああああああっ!俺の正拳は鉄板をも砕くぜ!?オラオラかかって来いやっ!」

「それは良いが無視されてるぞランディ!?」

「奴等、戦力的に倒しやすいものを狙っているに違いない!」

「え?じゃあ子供達が危ないんじゃ……」


故に敵の狙いが分かっていてもまだ動けない。

彼らとて今戦っている敵を放り出すわけにもいかないのだ。

敵の中には門の上でロープを垂らし仲間を引き込もうとしているものまで居る。

これを放置する訳には行かない。


「くっ……誰か来る!」

「この不穏な空気と銃声でマズイ状況なのに気付かんのか!?」

「逃げてそこの人っ!?」


彼らを無視し抜けていったのは僅かに10体ほどに過ぎない。

だが、訓練や実戦を知らず武装もしていない一般市民を殺傷するにはそれで十分と判断したに違いないだろう。

使い物にならない銃を鈍器代わりに、銃声轟く中やってきた間抜けに向かってそれは牙を剥き、


「……喝っ!」

「え?」


その骨と皮しかない腕にへし折られる。


「ほっほっほ。まったく騒がしい事だな」

「和尚!?」

「お師匠様、見てたのかよ」
「……なら安心だね」
「うむ」


見た目はボロに身を包んだ痩せこけた老人でしかない。

だがお忘れだろうか?

かの和尚はランディの師である。


「もはや拙僧には筋肉も健康も無い……だがな?男気だけは失っておらぬぞ!」

「ち、チョップでヘルメットを叩き割った!?しかもパンチで胸板に穴が開くだと!?」


ゆらりと体が揺れるたび、敵が無様に吹き飛んでいった。


「お兄ちゃん。あんなもんで驚いてちゃ駄目だよ」

「元がアーチスト兼レスラーだったからなぁ」

「へっ、流石だぜ」


そして自身を取り囲もうとする10体近い敵を何の障害とも思わず薙ぎ倒していく。

しかも素手で。

鉄をも穿つ拳、とはよく言うがそれを現実にやられると最早呆然とする他無い。


「まだ動くか?硬い事だ。今の拙僧には鉄骨の一本も折れぬと言うか……まあいい」

「和尚!次が来てるぞ!?」


更に相手が固すぎ潰しきれないと見るや、

足技で移動力を刈り取り、手にした石でカメラを潰し無力化する。


「腕力だけが力にあらず、だ」

「関節技か。お見事……」


和尚は最後の敵を相手の力を逆用して投げ飛ばし、破壊した。

その頃にはノヴァ達も敵の殲滅を終え、最後には殆ど見物状態に陥っていた。

はっきり言えば手が出せるものではなかったのだ。


「済まない和尚、テラに敵を入れてしまった」

「何。気にするな……門を開けた以上ありうる事でな」

「そういや、以前にもそんな事があったなお師匠様」

「敵車両の撤退を確認!……どうやら敵は去ったようだ」


めきり、と鈍い音を立て強化外骨格の関節部分が破壊された。

どうやら紛れ込んだ敵は完全に殲滅できたようである。

門の上で警戒に入ったシロからも、敵が姿を消した事が報告された。

……ひとまず安心といった所であろうか。


「はぁ……っ……ああ、びっくりした……」

「全くだぜ」


よろりとひしゃげたジープから這い出し、ノヴァはドサリと地面に腰を降ろした。

その横では、ぐしゃぐしゃに潰れた強化外骨格をポイ捨てしながら同じように座り込むランディの姿。

二人とも攻めに行ったら逆に攻められたといった風な予想外の苦戦に思わず膝が笑っている。


「一体一体はそれ程でもないのに、どうしてこんなにやばい事になったんだ?」

「さあな。しらねぇよコラ」


ボンネットが潰れ大破したジープを見て、こりゃあ暫く修理に時間が掛かるなと苦笑しつつノヴァはぼやく。

まさかクルマまで持ち出してくるとは想定外もいいところだったのだ。


「しかも、昼間の動きが鈍いって……大嘘もいいところじゃないか」

「だよなぁ」

「いや、意外とそうとも言い切れんぞ?」


おまけに事前情報まで間違い……と思った所でシロから待ったがかかる。

若くして歴戦のソルジャーは戦いの中でその戦力の秘密に気が付いたのだ。


「昼間が弱い、のはある意味間違いではないのだろう。ただし、今回は夜と同じ条件だったと言うだけに違いない」

「なんだよそりゃ?オイ?」

「あー……要するにね。敵は正確に言うと"指揮官が居る"時だけ強いんだと思うよ?」

「あの指揮車両か」


ポツリと呟く声に今度は和尚が食いつく。


「ほほぉ。たまにうろついておるあのクルマが彼の死人達の主であったか」

「和尚、そうだと思うよ。第一勝てる相手の前にしか現れないクルマって……確かに指揮官っぽいもんね」


賞金首シンクタンク。タンク型賞金首としては弱小に分類される暴走車両である。

自分より明らかに劣る相手の前にしか現れない、とされるので賞金額が低いがそれでもクルマはクルマ。

例え本体が弱かろうと、多数の部下を率いてこられてはたまったものではない。


「オフィスに情報を送らねばな。繋がりがあると分かればオフィスで対策を考えてくれるやも知れん」

「本当にあいつらの指揮官なら、倒したらゾンビも居なくなるかもしれないしね」

「……つまり、あのクルマを探して倒さないといけない訳かよ、オイ」

「じゃなきゃ今後の鉄くず漁りに影響が出るだろ?今回の事で明らかに狙われただろうし」


こちらも危ない所だったが、向こうに与えた損害も決して軽くは無い。

危険視されたのは間違いなく下手をすると恨まれたかもしれない。

……まあ、あの連中に怨恨と言う概念があればだが。


「まあどちらにせよ暫く動けまい?クルマの破損も激しいしな」

「だよねシロ。ジープは大破してるし」

「そうだな……そもそも現状の装備であの大軍に勝てるかどうかがまず疑問だが……」

「なあオイ、だったらいっその事戦力を増強しねぇか?」


ただ、こちらの損害も大きい故に暫く動けないだろうな、

とノヴァが考えているとランディが突然そんな事を言い出した。

そしてトラックに詰まれた鉄くずをジッと見つめつつこう続ける。


「鉄も何だかんだで結構な量があるぜ?……やっぱ、戦車には戦車だろ、あん?」

「……何を言っているんだ?」


そしてニカッと笑った。


「わかんねぇか?とりあえずお前の戦車を直すだけならどうにでも出来るんじゃねえかって事だ!」

「そうか!一度戻ってヘルハウンドの修理を……!」

「ううん。もし本気でやる気ならもっと攻撃力の高い装備に換装しておくべきじゃないかな」

「それもいいな。次は向こうも最初から全力で来るだろう、撤退を二度も許しはすまい」


現状の鉄は目標には遥かに足りない。だがシャシーの修理と砲塔ひとつ作る分くらいなら十分すぎる量があった。

そもそもトラックの荷台は半分以上既に埋まっている。

どちらにせよ、一度戻って置いてこねばならないのだ。


「よし、そうと決まれば善は急げだ!さっそくジープを修理してバリケードを元に戻したら一時撤収を」

「……あー、ちょっと待てや。それは俺がやる……ノヴァ、お前にはここでちょいとやって欲しい事があるぜ、うん」


ただ、それは止められた。

何故かとノヴァが尋ねるとランディはちょいと和尚の方を指差して言う。


「お前、まだ拳に男気を込める事も出来ねぇだろ?和尚に教えてもらっとけ。荷物の運搬くらいなら一人で出来るからよ」

「そんな悠長な……」


「遠回りが一番の近道って事もあるんだぜ、オイ?それに大破したクルマの修理とバリケードの補修に何日かかるよコラ」

「考えてみればそれもそうか。しかも居ないうちに敵が攻めてきたら洒落にもならない」

「……あ、それにもしかして敵が警戒してたのってバリケード撤去を嗅ぎつけたからかもしれないしね」

「門の前に長らく埋まっていた奴も多かったからな。警戒されるには十分か」


暫し沈黙。そしてノヴァは決断した。


「よし、ランディ……悪いがヘルハウンドを持って来てくれ。それとシロ、ハチ。どっちか護衛に付いてやってくれないか」

「じゃーんけーん。ポイ!……パーだ!」

「うう。グーだよ……」

「罰ゲームかよオイ!?」


「ふぉふぉふぉ……仲が良い事じゃな」


結局、翌日の朝大型トラックはテラを一時去り、

ノヴァは暫くの間この街に留まる事になった。


「和尚、では済まないが暫く世話になる」

「うむ。拳に気迫を込める術……一日も早く体得して行くがよい」


「あ、和尚。これは私達が世話になる分の資金だ」

「シロよ……弟子から金は受け取れぬ。見放っておいてくれればそれで良い」


栄養失調な少し土気色の顔色でそんな事を言う和尚に流石のシロとノヴァも少し引く。

結局、勝手に賽銭を入れるのも放っておけばいいじゃないかと言うノヴァの思いつきに和尚が驚愕したり、

格闘術の基礎のほかにゲージツなるものの基本として、

何故か戦車の魔改造の方法を教わったりしながら彼らの日々は過ぎて行く事になった。

ノヴァも毎日本堂の前に立ち、子供達と並んで拳を握り締める。


「正拳千本……始めっ!」

「1!2!3!4!5!」

「今日も異常なし、と……ふふ、トンネルタウン時代を思い出すな」


シロが裏の門を警戒するのを横目にひたすらに正拳突きを繰り返す日々が続いた。

仲間の帰還を心待ちにしながらも、日に日に鋭くなっていく己の拳に少しばかりの歓喜を覚えながら。


……。


だが、その間にも現状は少しづつ変化して行く。


「ふぅん……ここにチャックマンを陥れたあの子が居るのかい、ブレイド?」

「……そうらしい……」


テラの門の前に立つ、二人組みのハンターの姿。


「あたしは今でも信じられないねぇ。あの子があたし等を陥れたなんてさ」

「……だが……」


「分かってるさ。あの翌日、既にチャックマンは指名手配。そしてあの子はお姉さんの賞金を受け取った。状況証拠は十分さね」

「……そうだ……」


元アームドパーティー所属ハンター・ハル=バート。

そして同ソルジャー・ブレイド。


「けどね。あたしはアイツも信用して無いよ?味方のふりこそしてるけど……どうにも怪しいんだよねあの斧野郎は」

「……しかし、仲間……」


「わかってるさ。チャックマンの教えだからね。仲間を疑うなって」

「……ああ……」


「でもおかしいさね?あいつの出す情報はいつも正確……だけどタイミングが良すぎるのさ……まあいいか。締め上げるのは」

「……復讐の、後だ……!」


例え忘れようとしても。忘れないと誓ったとしても。

それに関係なく過去は追いかけてくる。

かつての過ちの"結果"。

その一つが刃となり、今……ノヴァの元に迫ろうとしていた……。

続く



[21215] 24
Name: BA-2◆45d91e7d ID:e2cacf8b
Date: 2011/01/12 20:56
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第五章 テラの和尚とミホトケの教え(3)

24


朝日の中テラの門の上に立ち、シロはじっと戦車の墓場を見つめている。

あの戦闘から暫くの時が経つ。

そろそろランディはアビス研に戻り、ヘルハウンドの修理を始めている頃だろうか?


こちらではバリケードの修復は見合わされ、今は修復途中のジープを寄せて門を押さえている。

……何時かまた突入するその日のために。


「攻めの準備とは言え、逆に攻め込まれては笑えもせんからな」


お兄ちゃんとまた一緒に居られると何処となく上機嫌のシロは、

その万一に備えてここに詰めているのである。

さて、一方のノヴァの方はどうか?


「985、986、987……!」

「速度は良くなった……だがもっとだ。拳に気迫を込めるのだ!」


朝一で日課の正拳千本を行っていた。

最初に比べてその速度も風を切る音も鋭くなっている。

だが、まだ足りないらしい。


「ハンターと言えども白兵戦は大いにありえる……精進する事だ」

「999……1000!」


ぷはぁ、と息を吐き出しその場に座り込む。

その横では子供達が既に日課を終えて働き出している。

あるものは箒を取り出しあるものは水汲み用のバケツを持って走っていく。

その姿を見ながらノヴァは思う。

この子達は生きているな、と。


「しかし、幾ら日数に差があると言っても子供に負けているのは情けないな」

「ふぉふぉふぉ。あの子達は幼い頃からの日課だからのう……力なくしてこの荒野で生きていく事は出来ぬからな」


他と比べて10ほど遅れて日課を終了させたノヴァはその場に座り込みながらふうと溜息をつく。

彼自身は宿泊代金を支払っているという都合上仕事はしなくていい、と言うかさせてもらえない。

何でも和尚に金を受け取るのを納得させたのは彼が初めてらしく何故か感謝されてしまっているのだ。

訓練には丁度いいのだろうが、ノヴァとしてはどうも一人だけ怠けているようで居心地が悪かった。


「まあ、白兵戦も出来て損は無いしな。今の俺だと弾切れしたら無力だし」

「健全な精神は健全な肉体に宿る。精進する事だ」


和尚はと言うと畑の芋の為に雑草を抜き、みそ汁……と言う名の塩汁の具にする為、かごに放り込んでいく。

何かを無駄にする余裕など、この町には無いのだ。

視線の先では既に畑仕事が始まっていた。

その横ではノヴァの一言で知恵を付けたらしい資産家だと言う和尚の弟子が賽銭箱に大量の小銭を流し込んでいる。


「パクスハンタ辺りとは全然違うな。トンネルタウンともまた違う」

「そうか。まあ前時代的なあの都市と世の平均的なあの街には到底及ぶ訳も無し。ここはそれでよいのだよ」


和尚の話によると、このテラは旧時代より更に古い時代の生活に近いのだという。

自給自足。文明の利器には極力頼らない。

こうする事でこの町は一種独特の存在感をこの地で放っていたのだ。

まあ、本人達はそこまで考えてなどいなかっただろうが。


だが結果的には孤児を保護し、望むものに教育を施すと言う活動は、

基本的に過去の遺産を掘り出し食いつぶすだけのこの時代で珍しく。

そして眩いものであった事は間違いない。


「……トンネルタウンが、平均的?あれが……?」

「金に汚いのは仕方ないのう。じゃが、こんな時代に少なくとも希望を捨てとらんのは評価できると思うがな?」


絶望は容易く人を飲み込み破滅へと誘う。

この時代に生き延びている集落とはそれに背を向け空元気でも何でも豪快に笑い飛ばすような所が多いのだ。

そもそもそうでなくば生き延びる事など出来ない。

例外は安全と物資に恵まれたパクスハンタのような場所くらいだ。

無論、そう言う場所は別な問題を孕んでいる事が大半だが。


「さて、拙僧はそろそろ飯の準備としようか……ノヴァよ、見放っておくゆえ後は自分で訓練しておくようにな」

「分かった」


比較的水には恵まれていた為テラの周囲は森で覆われている。

ノヴァはそのうっそうと茂る森の中を木々を避けて走り始めた。

……まだ腕が痛い事もあるが、全般的にまだ体力不足を感じていたのである。


「取り合えず森の周りをグルッと一周して来るか」


実の所見放っておく必要も無い。ノヴァはその重要性を既に理解していた。

幾らクルマで戦うハンターとは言え最終的には体が資本なのだ。

……そして、その横を嬉々として走る犬耳が一頭。


「そら、お兄ちゃん早くしないと置いていくぞ!?」

「お前は今更鍛える必要が無いだろうに……まあいいか」


そして、兄妹は森の中へ消えていった。

まるで謀ったかのように入れ違いに町へ入る二人組とすれ違うかのように……。


……。


そしてその日の夕暮れ時。一連のトレーニングを終了した兄妹がテラに戻ってきた。

顔には落ち葉が張り付き、文字通り藪を抜けてきたような姿をしている。

だが、その顔は爽快そのものだ。


「ふう、ようやく戻ってこれたか……シロ、モテモテだったな?」

「うう、バウワウ砲なんぞにもてても嬉しくも何とも無いわ!」


ただし背後に多数のバイオドッグの死体が転々としているが。


「それにしても今日はやけに敵が突っかかってきて困ったな」

「うむ、ムハンドフォー24機にアホウドリも10は落としたからな。もう弾が切れそうだ」


ただのトレーニングとは言え森の中にもモンスターは住んでいる。

実弾での武装は欠かせないのだ。

ただ、自分で背負って持っていける量にはおのずと限りがある。

夕方近くまで戦い続け弾薬が切れたとしてもそれは仕方ない事だった。

……彼ら自身も知らないこの後起きようとしている厄介事を考えると頭の痛くなりかねない問題でもあったが。


「おお、お前達か……客が来ているぞ。ちと、厄介そうな雰囲気だがのう」

「客?ランディ達が戻ってきた訳じゃ無さそうだが」

「……まあ、会ってみれば分かるだろう……誰かは分からんが嗅いだ事のある匂いだ」


本堂で座っているらしいその来客をいぶかしみながらも二人はそこへと進んでいく。

シロの嗅ぎ覚えのある匂いの持ち主、即ち知り合いと言う事で少しばかり警戒がザルになっていたのかも知れない。

……もう、知り合いの殆どは……敵だと言うのに。


本堂の中に入ると畳が剥がれた板の間に腰を下ろす女と、少しばかり焦げ付いた後のある柱に寄りかかる男の姿。

無論、彼らにはその姿に見覚えがあった。

良くも悪くも大いに関わる事になったかつてのハンターチーム・アームドパーティーの生き残りだ。

名前は覚えていない。

ただ、片方の女は結構な姉御肌でAPが所有していた装甲車の片割れを運転していたのを覚えていた。

チャックマンとその仲間達には何度か助けられていたが、

良く考えるとその人となりを知らない人の事が多い事にノヴァは内心驚く。


「確か、あんた等チャックマンの所の……」

「ああ、ハル=バートさ。ふぅん、暫く見ないうちに随分いい面構えになったもんだ……あれだけの事をしてそのままも無いか」


ハルと名乗ったその女は一見するとぶっきらぼうに話をしているように見える。

ただ。それを鵜呑みにするほどには二人とも鈍ってはいない。

彼女の腕は愛用の長柄武器から離れていないし、柱に寄りかかった男も無言で胸元に手を突っ込んでいる。

……明らかな警戒態勢。

いや、半ば押し隠すつもりも無い殺気が何処からか漏れ出している。

そして。彼らにはそうなるだけの理由がある事を理解できないほどノヴァ達は愚かでもなかった。


「……チャックマンの仇討ちかよ」

「仇討ち、ね。まあどうかねぇ?チャックマンはまだ生きてるけどさ」

「……否!社会的には死んだ……!」

「社会的に、か。確かにそうやも知れんな」


賞金首と言う存在も実はそれなりのリスクを背負って生きている。

実際命を狙われる事もそうだが、当然ながら街に入る事も出来ない。

買い物も出来ない。……度胸のあるトレーダーでもいれば話は別だが。

そしてその場合法外、とまではいかなくとも割高で買い取る事を余儀なくされるだろう。

そんな状況下で普通に暮らすとしたらそれこそ自給自足で山奥に引っ込みでもしなければ無理だ。


元々犯罪者だったら迷う事無く弱者から奪い取ると言う手が使える。

しかしそれでも武器弾薬の類は手に入れるのに苦労することだろう。

弱者は当然大量の武器弾薬など持っていないのだから。


そして、その状況下で清く正しく生きるともなればその難易度は跳ね上がる。

弱者からは奪えず、まともなルートでは物資を手に入れる事もままならない。

装備も何もかも手に入らず先細るだけの現実。更にそれが何時まで続くかも知れない。

そんな状況に人は我慢出来るだろうか?


「APももうお終いさね……半分は死に、もう半分は疲れ果てて何処かに消えた。本当の賞金首になる奴もいるだろうね」

「……ならざるを、得ん……」

「オフィスが犯罪者の仲間を入れてくれる訳が無い。収入の道を閉ざされればそうもなるか」

「APを抜けた奴でも受け入れてはくれないのか?」


ノヴァはそう尋ねるが考えるまでも無く答えは、否だ。

どんな高潔な志も飢餓の前にはほぼ無力である。

チャックマンを失った彼らには選択肢がほぼ残されていなかった。

"堕ちる"か"滅びる"か。もしくは"足掻く"か。

この二人は足掻く事を選び、奇跡的に成功した稀有な例なのである。


「ふふふ、苦労したさね。弾薬の補給もままならない状況で賞金首を一体討伐したのさ」

「……それで、ようやく。だ……」

「成る程。実力と立ち位置を明確にして認めさせたのか」

「そう言えば私もポスターで見たな。良く二人で倒せたものだ」


AP残党の二人は黙り込み。そして、チャラリと音を立てる金属板を無言で取り出した。

ただの鉄片に手書きで文字の書かれたそれは、今で言う所の認識票。

そう。かつて、戦士がいたという証なのであった。


「あたしの部隊で死んだ奴の半数は、ここに居る」


静かに語る女の手には握り締められた数枚の金属板。

それは彼らがこちら側に戻る為に払った犠牲そのものだった。

恐らくその金属板の元の持ち主にはノヴァも出会っている事だろう。

だが、彼らは既に失われた。最早取り返しはきかないのだ。


「まあ、チャックマンも正直考えが足りなかったね。まさかあんなに早く指名手配が出回るとは思ってなかったけど」

「それで……やっぱり仇討ちに来たのか?」

「お兄ちゃん!?何故そこで冷静に言える!?危ないのが分からんのか?」


ノヴァの仇討ち、と言う台詞に女はピクリと反応する。

だが……深く深呼吸をし……そのまま首を横に振った。


「いや。それも考えたけどそれをやると折角戻れたこの世界からまた罪人の世界に戻っちまうからね」

「じゃあ、何が望みなんだ?」


女は静かに目を閉じ。

そして覚悟を決めたようにぐっと目を見開いた。


「そうさね……真実を知りたいのさ」

「真実?」


女の知りたがっていた事。それはあの時に起こった事の真実だった。

彼らもノヴァが囚われ数ヶ月も音信普通になっていたのは知っていた。

だが、ようやく情報が入ってきたと思ったら……勢い込んで出て行ったチャックマンがノヴァを襲撃。

そして尋常ではない巨額の賞金をかけられていたのだ。

その後は必死に生きるだけで精一杯。真相を究明するどころではなかった。


「あたしに言わせりゃ何もかもが急で、そして出来過ぎていた……怪しく思って当然さね」

「ちょっと待て。アックスはあの日まであんた等に何の情報も出してなかったのか?」

「あの男は何日も前からこそこそと動き回っていたのだぞ!?」


やっぱりか、と女……ハルは溜息をつく。

どうやら彼女には心当たりがあるようだった。


「あの斧野郎はAPには必要な人材だったけどね……どうも慇懃無礼って言うか、いけ好かない男だったよ」

「私も同意見だ。それにお父さんを復讐対象にしていたようだし、チャックマンもそれに巻き込まれたのだろうな」

「親父の関係者は全員地獄に引きずり込む、とでも?だが俺達は一応無事だぞ。それに俺は慇懃無礼とまでは感じなかったが」


ノヴァはそう思っていないようだがアックスは元より一部には危険視されていたようだ。

事実彼は数多の犠牲を生み、自分の都合で人類の敵をも蘇らせてしまった。

しかも、先日の態度からしてそれに何の後悔もしていないようである。

もしかしたら、彼の精神構造は想像より遥かに歪んでいるのかも知れない。

APに入ったのも復讐の一環だったとしたら、空恐ろしい執念ではないか。

……そう考えるものも少なからず存在したのだ。


「この状況で良くあれを恨まずに居られるものだな、お兄ちゃんは」

「そうだねぇ。まあ、うちの連中でもアレを今でも心底信じてる奴は多かった。全て計算づくだとしたら恐ろしい奴だよ」


そう言って女は通信ログを取り出した。

そこにはチャックマンを陥れた男を見つけたのでテラに向かえとの指示。

無論、アックスからのものだ。


「おかしな話さね。あたしらは街を追われてるのにアイツは普通に暮らしているみたいだ……なんかあるね、絶対」

「……なあ、ところで……今、チャックマンはどうしてるんだ?」

「そうだな。少なくとも私達は襲撃されるも止む無しだと思うから気にしておらんぞ?」


ともかく彼らも今かなり難しい立場に立たされているのは間違いない。

そして当のチャックマン自身は尚の事だ。

父親が賞金首でも自分はまともに生きていくのだと豪語していただけに、この状況は痛恨の極みに違いないのだ。

だが、女は首を横に振る。


「あの人はあたし等に詫びた後APを解散して一人で何処かに消えちまったよ」

「そうか」


賞金首になってしまった自分の元に居たら彼らも危ない。そう考えての行動だろう。

だが、結果としてAPが危険視された事は変わらず。

最大戦力を失った彼らは窮地に立たされる事になったのだ。

中には夜盗にまで落ちぶれたものも居ると言う。


「お姉さんの事を聞かせてくれないか?なぜあの人がああなったのか。そしてアンタがお姉さんを殺した理由が知りたい」

「長くなるぞ。それに面白い話でもない」

「……いいのか?」


シロが心配そうに兄の袖口を掴む。

だがノヴァはいいんだと一声呟くと正座をし、姿勢を正す。

そして一つ一つ思い起こすように語り始めた。


「これは、俺の馬鹿さ加減のせいで起きた一連の事件のあらましだ……俺はさ、昔からハンターに憧れてて……」


ハンターになると村を飛び出した日の事。

セーゴとの戦い。

村から追い出された経緯。

流石に戦車を手に入れた時の事は廃墟で見つけたという程度に留め、

トンネルタウンでの話に入る。


「ああ、スナザメファミリーの話かい。そういやあの賞金吊り上げであたし等はオフィスに嫌われちまったんだっけ」

「そうか……実はな、あの情報はNGAから回ってきた情報だったのだ。明日にも手配が出回るとな」

「成る程。お前、元はあそこの少佐だしな。知っててもおかしくない……いや、おかしいぞ?何で身内に数を教えない?」


そこで不可解な事実が明らかになる。

シロは明らかにスナザメを一頭と認識していた。

だが、現実は20頭もの群れがあの地を遊弋して居たのだ。

当時は分からなかったから問題にならなかったが、考えてみれば自軍の少佐への情報としては片手落ちもいいところだ。

しかも同行者は総帥の最愛なる弟だと言うのに。


「後で聞いてみたら、私に情報が来た事自体が何かの間違いだったそうだがな……お兄ちゃんを行かせるには危険すぎだとさ」

「過保護だねぇ……そんな事してたら却って成長できない気もするけど。ま、所詮は他人事さね」


肩をすくめるシロ。

暫し弛緩した空気が流れるが、話がテリブルマウンテン内部に至るや否や、ハルの目に真剣そのものの光が宿る。


「で、記憶を弄られた俺は三ヶ月ぐらいメカニックとして働いていた訳だ」

「……それが不審の種になるってんだから救われないね」

「だが、そうするより他に無かったのだ。立場と、状況が……それを許さなかった……!」


弄られた記憶を暴かれた結果、家族ですら信じられず。

最終的に最悪のタイミングで知ってしまった驚愕の事実に耐え切れずに姉を撃ち殺してしまったと言う事実。

そして、姉の使っていた人工心臓こそが狂気の人工知能の中枢だったという皮肉。

……語りながら、段々とノヴァの顔色が青くなっていく。

過去の記憶が彼の心を蝕んでいく。

だが、それでも語るのは止めない。止める訳にはいかない。

過去を正視できねばそこから何かを学ぶ事など出来ないのだから。


「それで、この間アックスが親父の家に現れて……エリーアノーアってのを探せって言って来たんだ」

「なんだって!?……やっぱりアレは街の中に問題なく入れる立場なのかい?」

「だろうな。衛兵も誰も咎めなかったぞ」


そこまで話を聞いて、突然女は立ち上がった。

話ももう終わりだからと言うには少しおかしい。

少しばかり冷や汗をかいているのがその証拠だ。


「やっぱりあの野郎は信用しちゃいけない奴だった……なら、ここにあたし等が居るのも良くないさね」

「まさか。いや、やはりあの男の指示なのか!?」

「……今度は何を狙っていると言うんだ、アックス」


悲しいかな、今のAP残党に通常の方法で情報収集する方法は無い。

普通の街には入れもしないのだからそれも当然だろう。

テラに入れたのもこの街が良くも悪くも特殊であるが故の事。

つまりアックス経由の情報が事実上の命綱になって居たのだ。

もし、彼女達が現在の賞金首ポスターを見ていればすぐに気付いただろう。

情報提供者は匿名のX氏となっている上、

チャックマンが手配された時刻に至っては申請時刻が行動に移すより前なのだ。

……つまり、チャックマンを陥れた本当の相手とは……。


恐らくこの物語を読んでいる人間ならそのような事とっくに分かっている事だろう。

だが、彼らはそうではないのだ。完全に信じきっていた。

真実はどうあれこの危急存亡の時に僅かながら力になってくれていると言う意識が大きかったのである。


「さてね。ただあの野郎は信用を得るための行動が本当にまめだった……厄介だよ。仲間に敵だと認識させられるか……」

「そう言えばそこの柱にもたれかかっていた男がいないぞ。何処に行った?」

「……そう言えば……ん?なんだこの不規則なエンジン音は……」


その時、シロが何かおかしな音に気付く。

不規則なエンジン音。

何事かと思っていると、今度はノヴァが声を上げた。


「ジープのエンジンがかかってる!?どう言う事だ!?」

「え?まだ壊れてる筈じゃ……それに鍵も閉まっている筈だぞ」

「……まさか、あの馬鹿!」


女が音に向かって走り出す。

驚きながらもそれに続くノヴァとシロ。

……はたしてそこには想像したとおりの状況が広がっていた。


「……失態……」

「失態、じゃないよ!?何やってるんだい!窓まで破って!車泥棒なんてあたしは仲間にした覚えは無いよ!?」

「ぐしゃぐしゃだな」

「当たり前だ。まだ動かせる状態じゃないのに……あー、また修理のやり直しだ……」


先ほどの男がジープの窓を破って中に侵入。電気系統を無理やりスパークさせてエンジンをかけていたのだ。

どうやらそのままクルマを盗んで行くつもりだったらしい。

だが、修理途中のクルマは僅か十メートルほどで動かなくなり、今はボンネットから黒煙を上げている。

修理がやり直しだと嘆くノヴァ。

そして女はドアを開けると……乱暴にその男を引っ張り出した。


「馬鹿だね!クルマ盗んで復讐になるのかい!?なあブレイド、アンタはそんな事を思いつく男じゃない筈だよ!?」

「……まさか、これもあの男の。アックスの仕込みか?」


……男は何も言わない。

ただ、無念そうに唇を噛むだけだ。

それが何より雄弁に事実を物語り、女ハンターは天を仰ぐほか無かった。


「……すまないね。これじゃああたしらの方がよほど悪役だ」

「いや、もしそれで済ませてくれるなら……」

「何を言っている!ハンターにとってクルマは生命線だろうが!?」


シロが叫ぶ。確かにノヴァには他に所有する車もある。絶対に必要と言う訳ではないのだ。

だがこの世界においてクルマとは家にも勝る最高の財産である。

それをおめおめ手放すなど考える事もおこがましいのだ。

一度ある事は二度ある。例えノヴァが納得していてもシロは絶対に手放させるつもりはなかった。

どんな理由があろうが手に入れたクルマは手放さない。

それは普通のハンターとしては当然の心構えなのだから。


「……そうだ。生命線だ……」

「ブレイド?アンタまさか……」

「ん?そう言えば……ハルさん、だったか。アンタの運転してた装甲車はどうした?」

「そう言えば駐車場に無かったな」


ただ、その意地が通用しない状況もある。

例えば……そうせざるを得ない時。

または何らかの理由でクルマが手に余ったときなどだ。


「……装甲車。全損した……」

「ははは、まあ仕方ないさね。お陰で一万Gの大物をやれたんだ……あれも満足してるよきっと」

「そう言う、事か」


今回の場合、修理できるものが居ない状況下で大破したクルマが修理不能に陥ったと言う事らしい。

クルマを失ったハンターとは悲惨なものだ。

当然何とかしたいと思うだろう。


「だがね。盗みは駄目だ……溜飲を下げるためだけに賊に落ちるのは認められないさね」

「……分かっている。しかし……」

(まあ、あのジープ自体が山賊から奪ったものなんだけどな)

(お兄ちゃん。分かってると思うけど……ここでそれを言うなよ?)


男は納得していないようだった。

恐らくアックスから賞金首にならず溜飲を下げる方法として唆されたのだろう。

……ただ、ノヴァとしては殺されてやる訳にも行かないが彼の気持ちは何となく理解できるような気がした。

本当に、気がした、だけかもしれないが。


「はぁ。これじゃあそっちを責められないじゃないか……もういい、利用されるだけなんてゴメンだよ。帰るぞブレイド」

「……利用?……」


「あの斧野郎は、案の定あたしらの敵だったって事さね」

「……嘘だ……」


呆然と立ち尽くすソルジャー。

それを宥める女ハンター。

ノヴァはそれを見て己のした事を再認識せざるを得なかった。


「これが、俺のしでかした事の結果なのか」

「お兄ちゃん……」


壊してしまったのは自分の家族だけではない。

APは当初出会った時からアットホームなグループだった。

ある意味彼らは一つの家族だったと言ってもいい。

だがそれは破壊された。

分断された家族の一部は死に、一部は堕ち。

そしてまた一部は今もこうして足掻いている。

……本当なら今も雄雄しく戦っていたはずの集団がだ。


無論、事情が事情とは言えチャックマンは己を抑えきれずに、咎人であっても罪人ではない……。

この場合倫理的には許されなくとも法律上と社会的は賛美されるべき事をしたノヴァを襲った時点で弁護する余地は無い。

だが、恩人の娘を殺されて堪忍袋の緒の切れた彼を責める事などノヴァには出来なかったし、

"姉ちゃん"のために怒ってくれた事に関しては感謝すらしていた。


そもそも彼が怒り狂ったのはアックスが情報を操作したとは言えノヴァの行動が直接の原因。

その結果がこれなのだ。

ノヴァとしては恨みに思う余地も無い。


「……なあお兄ちゃん。前から言いたかったがあの事件は全てあの男の策謀だ。お兄ちゃんが責任を感じる必要など無いぞ?」

「いや、あいつがああなったのも俺の責任だからな……結局自分のした事が自分に降りかかってるだけだ」


ぎしり、とかみ合わない歯車が軋みを上げる。

本人でも気付かない何かが悲鳴を上げている。


「とにかく。俺は恨まれて当然だが……まだ死ぬ訳にはいかない。悪いが復讐するって言うなら全力で抵抗するぞ」

「……その覚悟、よし……」

「ど阿呆が!人のクルマ盗もうとしておいてなにをいけいけしゃあしゃあと!?もういいだろ?ブレイド!」

(私が思うにこの男がクルマを欲した理由は他ならぬ貴様の為なんだろうがな。まあ、言わぬが花かハル=バートよ)


ブレイドは腹切りソードをノヴァの鼻先に突きつけ、ノヴァはショットガンを両手で構える。

一触即発の空気を収めようと部下を説得にかかるハル。

シロはそれを見ながらこの男ソルジャーの行動原理を推測していた。


だから、誰も気付かなかったのだ。

先ほどジープが門の前から移動した為、門は今カンヌキ一つで守られているに過ぎないという事実に。


「……ふふ。上手い事動いてくれましたね」


そしてそれを遠くから。

衛星軌道上からの画像データで確認し非情ににこやかに微笑む一人の男。


「ノヴァさん。もっと、もっとです。もっと、人の醜い部分を直視してください……私がお手伝いしますから」


この時代としては真新しい白壁に絨毯の敷かれた艶のある木製高級デスク。

そこに腰掛け、男は満足げに笑みをこぼしていた。

最早知る者とて居ないアルマーニのスーツの上に白衣を着込み、それは思いを馳せる。


「ふふ。そして早くエリー・アノーアに辿り着いて下さい……そこで貴方は人類に絶望する事となる。そして」


メトロポリス・パクスハンタ中央にある一番高いビルの最上階。

この世界に。この時代には似合わない新築のビルの上。

その"市長室"と書かれた一室でアックスと呼ばれた男は含み笑いを続けていた。


「今度こそ、私達と共に人類を滅ぼしましょう?……ねえ兄さん!?」


ノアシステム生体端末NO,X(ノア・エックス……アックス)は一度死んだ筈の兄を呼ぶ。

自身の兄……生体端末NO,V(ノヴァ)を。

……かつて失った、家族を。

続く



[21215] 25
Name: BA-2◆45d91e7d ID:e2cacf8b
Date: 2011/01/19 11:52
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第五章 テラの和尚とミホトケの教え(4)

25


門に杭を突き立てるような音が響いたのは、ノヴァの鼻先に突きつけられた刃がすっと上段に振りかぶられた時であった。

腹の奥に響くような重低音。

当初は地震かと思っていた彼らもそれが定期的に二度三度と響き渡るに従い、彼らも現実が飲み込めてきた。

いの一番に現実に立ち戻ったシロが門の上に駆け上がる中、事情を知らない者達が呆然と声を上げる。


「なんだい?門が、揺れてる?」

「……襲撃?……」

「まさか……ああっ、いつの間にかもう日が暮れるじゃないか……!」


ノヴァは大慌てで大破したジープに駆け寄り予備の弾薬を取り出そうとして……愕然とした。

弾薬は先ほどの車両破損で大半が火に巻かれて暴発。

もしくは漏れ出した燃料に浸かって使い物にならなくなっていたのだ。

幸い無事だったシロのSMGグレネード用弾薬を慌てて抱え込み、ノヴァはクルマから飛び出した。


「シロっ!俺の弾薬は壊滅だ……お前のは一部無事だったから今渡す!」

「何だと!?……クルマも動かせんし参ったな、それは」


ただ、それを聞いてシロは力なく笑うだけだった。

おかしいと思いノヴァが門の上に駆け上がる。するとそこには、


「……マジかよ」

「うむ。どうやらマジだ」


千体近い敵が門の前に群がっていた。

電線を失った電信柱を攻城兵器代わりにし、前時代的な攻撃を門に加えている。

……残りの弾薬で。いや、万全だとしてもこれを全て倒しきる事など出来そうにも無い。

しかも、更なる敵が夕暮れに僅かに照らし出され、今もここに集まってきている。


「敵の指揮官が出張って来ているな。うん、間違いない」

「……そうだろうね。見て、ずっと先に豆粒みたいにシンクタンクが」


視線を先に向けると暗がりに隠れるように確かに敵の大将の姿。

……これでは本当に城攻めだ。

少なくともいちハンターの戦力でどうにかできる物ではない。

一個の戦力は小さくとも、物理的に倒しきれるはずが無いのだ。


「このタイミングで……測ったかのように、だと?有り得ん!」

「だが、事実は事実だよな。シロ……さてどうするか」

「……これは……」

「は、は……は……そうかい斧野郎……そう言う事かい!」


そうこうしていると、下から先ほどのハンター達が上がってきた。

無論ノヴァ達同様どうする事も出来ず呆然とする他無い。

……そして、女ハンターが口を開いた。


「あの野郎、これを狙ってやがったか。あたしらに町を堕とす手伝いをさせたのか?」

「……まさか……」


男が即座に反論する。それはそうだ、今攻めて来ているのはモンスター。人間に扱える相手ではない。

ならば偶然として片付けるほか無いではないかと。

だが、女は首を縦に振った。

……長年の付き合いは真実の欠片を手にした事で隠されていた裏側を推測させるのに十分だったのだ。


「野郎、人間ですらないのかもね。……まさかモンスターを従えてるとは、はは、してやられたよ全く!」

「……そんな……」

「そう言う事か!道理で私達が命がけで脱出したテリブルマウンテンから一人で出て来れた訳だ!」


怒りと共に足を地面に叩きつけるシロ。

頑丈な門は未だ敵の大攻勢を防ぎ続けてはいるが、じわじわとその歪みが目に見えてきた。

幾度もの攻勢に耐えるカンヌキも悲鳴を上げつつある。

……長くもたないのは誰の目にも明らかだった。


「そうだ、和尚にこの事を伝えないと……逃げる場合でもここの子供達を放ってはおけない!」

「それがいい。私達はミホトケの教えを信じてる訳でもないしな」

「……クルマは、どうする……?」

「あたし等にそれを言う資格は無いよ!まったくもう、どうすりゃいいんだよ!?クソッ!」


その時だ。

門の上にあがるもう一つの人影が現れたのは。


「……厄介な事だな」

「和尚!」

「すまない和尚。どうやら俺達はバリケードを戻しておくべきだったらしい」


ゲンサイ和尚はじっと前方を見つめ、そして溜息をついた。


「まあ、何時かこうなると思っておったよ。奴等を封じ込めるためここの寺と門を利用したが……いつの間にか荷物が増えたな」

「どういう意味だ?」

「和尚はずっと、奴等をこの地区に封じ込めていたのだ。……ここなら車両だけでも封鎖できたからな」


つまり、孤児の世話より先にここの敵の封じ込めと言う理由があってここに住んでいたという事だ。

その際、元からこの廃寺に住み着いていた子供達と寝食を共にしている内にこうなったと言う訳である。


「古代の悪鬼悪霊……せめて一部なりとも封じねばならぬだろう。利用するには大きすぎ、殲滅するにも大きすぎ、じゃ」

「曲がりなりにも奴等とて軍隊。人の思い通りに動かす事は至難の業だからな」


ただ、彼らは同時に和尚にとっての枷ともなった。

逃げるにしても戦うにしても子供達にとって危険であることは間違いない。

幾ら鍛えられていたとしても、根本的な体力がまだ身についていない子も多いのだ。


「教えにはまた背いてしまうが、見放っておく訳にも行くまい……ここは放棄し、子等を退避させようぞ」

「しかしその後はどうする和尚?私の見立てでは奴等はそのまま周囲を襲いそうだが」

「そもそも行く当てはあるのか?」


和尚は頷く。

このような事態は一応想定していたらしく、

タイークに居る知り合いが一時的にならば受け入れてくれる事になっているのだという。

ただ、それはバリケードで敵の侵攻を妨げているうちに移動する、と言う前提が必要になる。


実はシロもそれを承知していて、万一の為に朝方など警戒が緩む時間帯を狙って門の上で監視に当たっていた。

それに日中から夜半まではクルマがつっかえ棒になっているうちに誰かが気付くという計算もあった。

ただしそれも最悪のタイミングで起きた事件で全て台無しになってしまったが。


「これでは後、10分ももつまい……急ごうぞ」

「分かった。私は子供達の先導をしよう」

「俺は行き先が分からないからな。せめて荷物を纏める手伝いでもするか」


もしかしたら移動を渋る子供も居るかもしれない。

そんな事を考えつつノヴァは荷物の梱包の手伝いに向かう。

最低限しか持ち出せないだろうし、せめても。と思いつつ。


だが、それは杞憂でしかなかった。

子供達は和尚が逃げるといったらそれを当然の事として受け止めていたし、荷物も元々纏めるほどの量は無かった。

ノヴァは大破したジープを一瞥すると、一瞬顔を歪め、そして走り出す。

クルマは何時か回収できれば良い。

拘りすぎて命を落とす訳にはいかないのだ。


「何、子供でも歩いていける距離だ……たまには歩きもいいだろう」

「お兄ちゃん急いで!ただでさえ夜になる。私達が先行して道を切り開かないと!」

「モンスターどもも拙僧達の事など見放っておいてくれればよいものを……」


だが、流石に子供の足には行く道は遠い。

当然モンスターとやりあえる訳でもない。

ノヴァ達や数少ない大人など戦える者が周囲を警戒せねばならないのだ。


夜を通して歩き続ける。

きっと明日になれば何らかの動きがあると信じて。


結局その日は幸運にもモンスターに出会うことも無く、

ノヴァは丘の上で月明かりに照らし出される要塞のような建物を発見するに至った。


「あれだ。あれがタイーク館国……かつての学校跡を利用して作られた城塞都市だ」

「もうここまで来れば心配あるまい。一応無線で連絡はしておいたからのう。おお、来たか」


何人かの武装した男達が丘を駆け下りてくる。

タイークの警備隊だ。


「ゲンサイ様ですね。我等が主君、大カーンからのお達しです」

「一週間までなら預かるが、それ以降は流石に約束できかねる、との事」

「それで十分じゃ。それまでにテラを取り戻せば良いだけの話。エイガーにはそう伝えておいてほしい」


どうやら一週間なら預かれるという事らしい。

かつて校庭と呼ばれていた平野に緊急に建てられたらしいテントに子供達が入っていくのを見てほっと胸を撫で下ろす。

和尚はそれを見届けるとその身を翻し、歩き出した。


「では、拙僧はテラに戻る。これで後顧の憂いは無い……」

「……よし。それじゃあ様子を見に戻るか」

「うむ。和尚よ、こうなったのは私達の責任でもある。共に行かせて貰うぞ」


なんでもタイークへの通告と共にハンターオフィスへも連絡を入れたらしい。

オフィス側も敵の指揮官の情報を掴んでいたそうで、昔の資料を引っ張り出して調べた結果、

"ナイトストーカー"なる生体アンドロイドがシンクタンクの操縦をしている。

つまり"腐った死隊"の指揮官である事を突き止め、新たに賞金を設定したと言う。

その為に何組かのハンターがテラに向かっているのだとか。


「上手く行けば彼らがテラを解放してくれておるやも知れぬな」

「まあ、余り期待しない方が良いぞ。第一そうなったらジープを回収されてしまうかも知れんからな」

「……それでも、被害は甚大なものになってるよな。当然」


ハンターは別に正義の味方でもなんでもない。

人の居ない家屋など気にせずに戦う事だろう。

そうなると、テラの周りの敵が掃討されたとしても彼らに帰る場所が残っているかは微妙になる。

期限は短い。何をするにも時間は必要なのだ。


……。


ただ。何事も思い通りに行かないのは世の常である。

それはノヴァでも当然そうだし、他の者でも代わりは無い。

それこそ本物の神でもなければ。


「……こ、これは……」

「無事、だって!?」

「どういう、事だ?」


テラは、焼け落ちてはいなかったのだ。


「門が破られていない?どういう事だ、私には……ってあれは!」

「誰かが門を抑えているだって?」

「あ奴は、確かブレイドとか言う……そう言えば移動中におらなかったぞ……」


所々穴の開いた門。

カンヌキの外れたそれを、一人の男が両手を突き出し今も押さえ込んでいる。

時折衝撃が走り、電柱の突き刺さるそこを、それでも男は微動だにせずそこにあり続けていた。


「ブレイド、だったか……お前、何を……している?」

「……自分の、尻拭い……」


そう。彼は責任を感じ、そして一人ここに残って居たのだ。

ハル=バートは増援を呼びにいったと言う。

……これが彼らの責任の取り方だったのだろう。


ただ、そうだとしたら最初から一言欲しかった。

それが戻ってきた三人の偽らざる本音である。

もしそうするつもりなら、他に幾らでも手はあっただろうから。


「馬鹿者が……」

「見放っておく他なし。今更言っても遅すぎる」

「何にせよ良くやってくれたよ……見ろ、あの土煙」


なんにせよ、彼の行動でテラが破壊されなかったのは事実だ。

ノヴァは近づいてくる複数のエンジン音に気が付いていた。

目を向けるとそこには大きな土煙。

……オフィスの通達などを聞いて集まってきた周辺のハンター達だ。

賞金首を狩る為にやって来たに違いない。


「結構な数が居るな。まあ、これなら心配要らないか」

「奴等の賞金は諦めた方が良さそうだなお兄ちゃん。まあ、元からそれが目的ではなかったから問題はないが」


破損した自分のクルマに腰掛けながらノヴァは続々と集まってくるハンター達に目を向ける。

一時はどうなる事かと思ったがこの分なら問題ないのではないだろうか?

敵側もこちら側の人数増加に気付いたのかさっきから攻勢が止んでいるし……、


「ここがテラか。で、アンタが和尚で間違いないな?」

「左様。拙僧がこのテラのジュウショクをしておるゲンサイじゃ……不死者どもはあの門の向こう側におる」


それに、貪欲なハンター達は獲物の匂いを敏感に感じ取っていた。

和尚に注意を向けたのはごく一部でしかなく、殆どのものは既に門の上にあがって敵陣を見てニヤ付いている。

彼らの目にそれは賞金の山としか映っていないのだろう。


「今週のターゲットが"腐った死隊・一般兵"たぁオフィスの連中もわかってるねぇ」

「へへへ……こりゃ、かきいれ時だぜ?」

「よっし!じゃあさっそくハント開始だ!」


門を押し開け一気に散っていくハンター達。

彼らは賞金目当てに集まってきただけで別にこの街を守りに来た訳ではない。

だが、それはどうでも良い事だった。

結果的に町が守れれば和尚としてもノヴァとしてもそれで良かったからである。


ノヴァは取り合えず門のほうに向かうと、

緊張の糸が切れたらしいブレイドを横にどけて寝かせ門の修理を開始する。

歪んだ部分に装甲板を修繕する要領でハンマーを叩きつけ、

穴の開いた部分を切り取って手近なもので蓋をする。

……今となってはそれぐらい簡単なものだ。

最後に破壊されたカンヌキを修復し、押さえ代わりに先ほどまで攻撃に使われていた電柱を横にして固定できるようにする。

こうして門を少々の事では破られまい、と言うところまで持っていきそのままジープの修理にかかった。

シロに周囲の警戒を任せ、取り合えず動くようにする為の悪戦苦闘が始まる。


「賞金は惜しいけど、クルマを失う方が問題だったからな」

「確かに。動かせないまま置いていくのは気が気ではなかった」


今回は賞金を諦めた方が良さそうだと判断し、ノヴァは自前の戦力回復に努めた。

どちらにせよ、鉄くず集めが本題なので誰かが敵を掃除してくれるのならそれはそれで問題ないのだ。

あえて火中の栗を拾う事はない、

と考えていると、ノヴァはふと違和感に気付いた。


「なあシロ」

「ん?」


「おかしくないか?」

「何がだ?」


「……なんで、ここに残っているハンターが居るんだ」

「ん?ああ、そう言えば居るな……漁夫の利でも狙っているのではないか?」


要は敵が弱った所での横取り狙いだ。

だが、ノヴァはそれに首を捻る。

敵の雑兵が今週のターゲットなのである。しかも敵はこの辺に集まっている。

狩り取れるだけ狩ったほうが金になるはずなのだ。

だと言うのにそれを放っておいて、などと言う事がありえるのだろうか。


「大物にしか興味の無い奴などごまんと居るさ。まあ、そんな輩は遠くない将来破滅するものだかな」

「そう言うもんか」


先日の無理な稼動で駄目になった電気系統を回復させる。

水が漏れ出て悪さをしていたラジエータには応急処置でテープをはっておく。

あまり良くない方法だが仕方ない。

何本か吹っ飛んでいたネジはねじ山が潰れていたので仕方なく交換し、

……そこでノヴァはようやく違和感の正体に気付いた。


「なあシロ……あいつ等、何で和尚の方ばかり見てるんだ?」

「なに?」


ひょいとシロが顔を向けると何人かがそっと視線を外してきた。

……また向き直るふりをして軽く観察してみる。

確かに和尚のほうをそれとなく見ている気がする。


「弟子なのかね、あいつらも」

「……いや、私はあんな知り合いが居ると聞いた事は無いぞ」


どうやらシロたちも和尚とは長い付き合いらしい。

そんな彼女達でも知らないとなると、本当に無関係なのだろう。

ただそうなると。

彼らは何を狙っているのだろうか?


「まあ、いずれ分かるよな」

「確かに。まあここには取られて困るようなものは何も無いだろうし問題なかろう?」


当の和尚は畑や池の魚の確認を忙しそうにやっている。

戦いは終わるとしても、暮らしは続く。

生活基盤を失っては元も子もないのだ。

一心不乱に一日丸ごと世話されていなかった作物の確認をする和尚。

……柵が一部倒れていた。

そこに先ほどから和尚を見ていた男達の一人が歩み寄る。

手には大型のスレッジハンマーが握られていた。


「よ。和尚……手伝うぜ」

「いやいや、ここは見放って置いていただければ。ここは拙僧の畑ゆえ」


和尚が柵を立て直そうとするのに合わせ、

男はハンマーを振り上げる。


「まあまあ、遠慮すんなって。取り合えずハンマーでぶっ叩けばいいよな?」

「いや、それはミホトケの……」

「なんだ。意外といい奴じゃないか、なあ……シロ?」

「…………和尚!気をつけろ!?」


そして、それは振り下ろされた。

……和尚の頭に。


……。


和尚が倒れていく。とさり、とやけに静かに。

……今まさに和尚にハンマーを振り下ろした男はそれを見てゲラゲラと大笑いを始めた。


「やったぜ!こんな枯れた爺さん一人殺せば5000Gとはな!馬鹿らしくてあんなのとやりあってられっかよ!?」

「な、なにしてるんだアンタ!?」


思わず駆け寄るノヴァ。

男はそれを見るとニヤリと笑った。

……全く悪びれない笑顔だった。


「悪いな!こいつの賞金は俺が貰ったぜ!」

「は?賞金?和尚に……?」


呆然とするノヴァに男は『何も知らなかったのかよ残念だな』とニヤつきながら説明を始めた。

和尚の過去を。


「マッスル、ハート?」

「そうだ。元NGAのNO,2……マッスルハート大佐がこの爺さんの正体って訳だ」

「……なんで」


……ふと後ろを向くとシロが顔を真っ青にしている。

ノヴァとしては信じたくはないが。どうやら、事実のようだ。

ポスターを思い出す。

確かに逃走中の賞金首の中にマッスルハートの名はあった。

だが、そこにあった似顔絵とこの老人は余りにも似て似つかない。

同一人物と言われてもピンと来なかったのである。


「痩せこけてたから誰も気付かなかったらしいぜ。まあハンターオフィスGJって訳よ」

「……確かに、マッスルって感じじゃ……ないな、うん」


ピクリとも動かず倒れ臥す和尚。

骨と筋の浮いたその体からはマッスルと言う文字は全く浮かんでこない。

よろよろと歩み寄ってきたシロがその体に触れて、一滴涙を流した。


「それはそうだ。和尚は子供達のために身を削って生きていたからな。自分の食う分が無ければこうもなるさ」

「自分の事は見放って置けとか言ってた癖にか?」


「ああ」

「なんだ、あんたは知ってたのかよ。まあお陰で儲かった……賞金首を殺さない自由ってのもあっていいよな、うむ!」

「……っ!」


思わず掴んだ胸倉。

だが、相手の男は心底憤慨したようにノヴァの手を掴み、乱暴に引き剥がす。


「落ち着けよ。お前にとっちゃ恩人なんだろうな。けど、この爺さんは所詮潜伏中の賞金首だ」

「だからって……和尚が死んじまったらここの子供達はどうなる!?」


「は?そんな事俺の知った事じゃない。俺はハンターだ、賞金を稼ぐ事で世の中に貢献するんだ……それ以上をやる余裕はない」

「ぐっ……」

「落ち着けお兄ちゃん……仕方ないんだ。ばれてしまった以上隠し立てはこちらの不利にしかならない……」


思えばシロもハチも和尚とは最初から顔見知りの様子だった。

元NGAならそれも当然だったろう。

そして、二人は元12000Gの賞金首ハウンドドッグ少佐である。

万一そこに突っ込まれると不利になるのはノヴァ達のほうなのだ。

一応死んだ事になってはいるが、藪を突付いて蛇を出す訳にはいかない。

眉をしかめながらも彼らは引き下がるしかなかった。


「そう言うこった。大体追われるのが嫌なら最初から賞金かけられるようなことをしなきゃいいだけの話だろ?」

「確かにそれはそうだが」

「……っ」


第一、彼は間違った事を言っている訳ではない。

和尚の普段の行動はさておき、その過去に間違いがないのなら追われてもおかしくないのだ。

だから彼らは。

軽く手を振って去っていく男を黙って見送るしかなかったのである。


……。


それから一時間ほど経過した、テラ周辺の森林地帯。

そこに一つの亡骸が転がっている。


「終わりましたの。NO,Ⅹ(アックス)……彼の話からすると間違いなくゲンサイ和尚は亡くなられたようですわ」

『そうですかNO,W(ノ・ワール)姉さん……これで兄さん、いやノヴァさんに悪影響を与える人物がまた一人減りましたね』


BSコントローラにより通信を行うのは黒衣のナース。

それを受けるは腹黒い白衣の男。

そして足元には先ほど和尚を殴り殺した男の亡骸がある。


「ええ。ですけどお兄様を騙しているようで心苦しいですわ……人類の悪い所ばかりを見せつけようだなんて」

『いえ、人類はここぞと言う時にだけはどう言う訳か善人が現れる傾向が有ります。兄さんが騙されないようにしなければ』


それこそ騙しではないか、と思いつつ通信越しにナースは相槌を打つ。

そんな事をしてばれたら逆効果ではないかとも思うが黙っていた。

……彼女としてはその方が都合が良かったのだ。

兄に不快な思いをさせた男を足蹴にしつつ、弟に対しては軽く忠告を行う。


「だけど気をつけるのですわ。策の詰め込み過ぎは足元を掬われる元ですことよ?」

『ご安心を。私を誰だとお思いですか?世を統べるべき純粋知性に生み出された高度知的生命体です。ご心配には及びませんよ』


「そう。分かりましたわ……ともかくわたくしはお兄様の元に参ります。お母様への報告はお願いしますの」

『分かりました姉さん。ではまた後で連絡致します』


ぷつり、と通信が切れ森の中は静寂に包まれる。

ふうと溜息をついた女は周囲を見回し誰も居ないことを再確認する。


「さて……そろそろ突入した方々が全滅する頃でしょうか?」


黒衣のナースは足元の亡骸を気にもせずに歩き出した。

彼女達の計算によれば、そろそろ誘いに乗じて攻め込んだハンター達が壊滅する頃だ。

問題が無ければそちらからの通信があってもおかしくない。


『ガガッ……こちらナイトストーカー、どうぞ』

「ええ、こちらノワールですわ。作戦進捗はいかが?」


そしてそれを待っていたかのように戦車の墓場より通信が入る。

相手の名はナイトストーカー。

前時代の遺伝子工学の結晶であり……欠陥品の生体兵器である。

そしてシンクタンクのオーナーであり腐った死隊の指揮官でもあった。


『予定通り敵軍の殲滅を成功させました。今後の作戦行動をご指示下さい……フロイライン?(お嬢さん)』

「でしたら手負いを数名だけ逃がして再編成、その後……攻める様子だけ見せてくださる?」


『はっ、武器弾薬の補給をして頂いたご恩がありますゆえそれぐらいはお安い御用であります』

「それはアックス市長に言って差し上げなさい。それと、多少被害が出るでしょうからそのお詫びも先に言っておきますわね」


静かに、だが確実にアックスの考案した策は次の段階へと進んでいく。


『作戦上必要な犠牲は止むを得ないものと考えております。ノアに栄光あれ』

「はい、栄光あれ。ですわ」


再び通信が途切れた。

黒衣のナースはテラの本堂を見てナースキャップを被りなおす。

そして、もう一度ふうと息を吐くと軽く肩をすくめてから歩き出した。


「全く。誰も彼も度し難いですわ……このレベルの自然林など、大破壊前でさえ数え切れないほどあったでしょうに」


ちらりと森の外を見る……そこは一面の荒野だ。

この時代の基本的かつ大半を占める環境であり、

大破壊前よりもはるかに荒廃した世界である。

それを横目にした黒の名を持つ女は嘆きの声を上げた。


「そも……端末の中に人類の弁護をする個体が自然に現れたという事は……」


彼女は過去に思いを馳せる。

"ノアの勝利"を意味した名を与えられながら人類との融和を母に説き、そして抹殺された兄の事を。

こっそりと新しい体を与えて逃がしたNO,Ⅴ(ノヴァ)の事を。


彼はかつて対人類戦略の見直しをノアに進言し、それがために破壊された。

丁度、ハウンド=タルタロスの手によってテリブルマウンテンが制圧される直前辺りの話だ。

当時地球救済センターの本体を破壊され、バックアップにて起動していたノアは即座に彼の解体を決定したのである。

まあ……その行為の是非は最早どうでもいい事だ。


「重要なのは……ノアシリーズは全機の意思統一が成された時、はじめてその総力を人類に向ける事が出来るという事ですわ」


彼女は顔を上げた。

墓地の奥地で大きな炎が上がった。

十分に自軍陣地に敵を引き寄せた上で行われた火力の一斉飽和攻撃。

相手を追い詰めていると思っていたハンター達ではひとたまりもあるまい。


「お兄様?貴方は一体どうしてあんな結論に達したのですか?わたくしは、それを……知りたい」


……かくして茶番劇の幕が上がる。

決まっているのは主演のみ。

各個が己の望みのために動く中、

テラと呼ばれた町の運命は木の葉のように揺れ動くのであった。


続く



[21215] 26
Name: BA-2◆45d91e7d ID:e2cacf8b
Date: 2011/01/31 22:18
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第五章 テラの和尚とミホトケの教え(5)

26


ノワール=ウィルスがテラの表門の前に立った時、その門は無防備に開かれたままにされていた。

当然である。

そこを守るべきものは既にこの場に居ないし、その中に守るべきものも今は無いのだから。


「失礼致しますわね」


主を失った畑では未だ青々と作物が育っているが、何処か元気が無いように見える。

雑草も所々に芽を出しているようだ。

このまま世話が成されなければ、そう遠くない将来、この畑は雑草と森に飲まれるか荒野と化すかのどちらかだ。

その事に黒衣の天使は心を痛めた。

まあ、仮にもノアの端末ともあろう物が人間の心配をする事自体が間違っているのかも知れないが。


「……考えても仕方ありませんわ。わたくしはわたくしの存在意義を満たす為に動くのみ」


そんな事を呟きつつ、彼女はそっと歩みを進める。

彼女等とて一般のモンスターにとっては人と変わらない。

機械系など、敵味方を区別できるもの以外にとっては彼女もまた標的である事は変わりが無いのだ。

そろそろ裏門も破られている頃だろう。

中に何かが侵入している恐れもある。故に少しばかり警戒しながら先へと進む。


「さて、どうやってお兄様に話しかけましょうか……あれは?」


恐らくこの先でノヴァ達は危機的状況にあるのだろう。

今回はそこで上手く兄に取り入り、最悪のタイミングで仲間が裏切るという演出を行うと言うアックスの計画を進める。

それが彼女の予定だった。

そう、ここまでは。

だがその目に飛び込んできたものは……。


……。


それより少しだけ時系列は遡る。

テラ裏門前は一種の壊乱状態にあった。

弾け飛んだ門から雪崩れ込む腐った死隊。

辛うじて修理の間に合った機銃を撃ち続けながら、ノヴァはこの状況に困惑していた。

先ほどまではハンター達が向こうに攻め込んでいたはずだ。

だというのにこの惨状はどういうことか?

先ほど数名のハンターが命からがら逃げ出してきた。

そしてその後ろから敵が一大攻勢を仕掛けているではないか。


「なんで、こうなった!?皆随分調子良く突き進んでいたじゃないか!?」

「罠だったんだろうな……ええい、車が動けばこのまま逃げ……何で首を横に振るんだお兄ちゃん!?」


「歩きで逃げ切れるかよ……くそっ、また俺のせいでとんでもない事に!」

「だからって!」


しかも先ほどまでとは打って変わった進撃速度だ。

まるで整備を受けたばかりのように敵の動きはきびきびとしていて、手にした銃もまるで新品だ。

その姿は少し前までのオンボロ軍隊と同じものだとは到底思えない。


命からがら逃げてきたハンター達も逃げ出そうとして背後から脳天を打ちぬかれたり抵抗の上に殺されたりして、

もう殆どその姿は見えない。

その事実だけでも敵の戦力を推測するのは容易いだろう。


「来たぞっ!取り合えずクルマの中に逃げ込め!」

「分かった。しかし、完全に罠に嵌ったという事なのか?しかしこれだけの力があれば力押しでとっくに……ええい、分からん!」


ノヴァ達も含めハンター達は知る由も無い事だが暫く前にアックス……ノア側勢力の手により敵は大規模な補給を受けていた。

銃器や燃料弾薬の補給が成され、数十年ぶりに簡易的にとは言え整備も行われている。

それ故に補給一つでこれだけ変わるのかといわんばかりの勢いで敵は猛攻を続けていたのだ。

各個の力は勝っていたがハンター達は数の暴力の前に屈し、このままでは本堂にも火が回りかねない勢いだ。


「ぐっ、サイドミラーが吹っ飛んだか!?」

「なあ、前から思っていたがこのクルマ、武運に見放されてないか?もう捨てて逃げようお兄ちゃん!?」


「この間と言ってる事が違うな。ハンターならクルマを見放さないんじゃ……」

「この状況下でそんな事を言っている場合か!?」


とは言え、下がりつつ戦うにしても既に手持ち武器の弾薬は尽きクルマは走れる状態に無い。

どう言う訳か敵の攻撃が先ほどから派手なだけで大した威力が無い状態が続いているので車内に篭城していられるが、

それでもこのままにしていられる訳が無いのだ。


「しかし武器は全て弾切れ、手榴弾どころか花火まで使い切った……エアガンは最初から役に立つ訳が無い、か」

「遊ばれているのかも知れんな……どうする?私の方ももう弾が切れそうなのだが」


カキン、と音がしてアンテナがふき飛ぶ。

画面のひび割れたCユニットを確認すると装甲タイルもそろそろ底を突きそうだ。

少なくとも、進むにしろ下がるにしろ早く決める必要がある。


「シロ、使える武器は何かあるか?」

「バズーカはとっくに弾切れだ。SMGもフルオートで10秒もつまいな……ま、青竜刀なら万全だが?」


つまり、満足に戦う事は出来ないという事だ。

むしろ下がる事すら容易ではあるまい。

無論このまま放っておいてもなぶり殺しにされる運命が待っているのだ。

……だとしたら正解は一つ、ではないだろうがノヴァの思いついた解決策はたった一つだった。


「シロ、今から敵中に突っ込む。ついてこれるか?」

「ははは、無茶を言うなお兄ちゃん……とは言え、この八方塞を打破するのには時として馬鹿になる必要があるのかも知れん」


指差す方向にはシンクタンク。

そう、どんな大軍でも頭を潰してしまえば、と言う訳だ。

無論現実的ではない。

銃弾すらもう残り僅かなのだ。

逃げる事すら困難な状況下で攻めに転じるなど笑い話以外の何物でもない。

だが、可能性ゼロよりはコンマ数パーセントのほうが良いに決まっている。

ノヴァの言いたい事はそう言う事だ。


「ジープが修理可能なうちに脱出する!エンジンを焦げ付かせて即席の煙幕にするぞ!」

「分かった!……ってまさかこの状態でまだこのクルマを使う気なのか……」


3,2,1で飛び出す二人。

直後に降り注いだマイクロミサイルでジープが横転する中、

二人は一直線に敵陣へ突入をかけた。


「何だ?攻撃が緩い……混乱しているにしては何処かおかしいし……」

「どっちでもいいだろシロ。乱戦に持ち込め!武器なら敵が山ほど持ってる!」


しかし"出迎え"の温さにノヴァは首を捻る事となる。

まあ、これもまた二人が知る由も無い事だがアックスの要望により敵はノヴァに対して致命的な損害を与える事が出来ない。

止む無く腕や脚を狙って撃っているが、それではノヴァを止められなかったのだ。

カバガンの砲撃の直撃に比べれば、タダの銃撃など蚊に刺されたのと変わらない。……少なくとも彼にとっては。

だが、その制限に引っかからない者も居た。


「なんか私だけ狙われてる!?」

「モテモテだな……って言ってる場合でもないか!」


敵の中枢を切り裂いたシロはその敵の体を盾代わりにして銃弾を受け流しつつ、世の理不尽を嘆く。

ノヴァに本気でかかれない分がシロにとばっちりとして降り注いでいるのだ。

ただそこは歴戦のソルジャー。致命的な傷を受けることも無く上手くかわしながら先へと進んでいく。


「何だ?腕が吹っ飛んできたぞ……とんでもない装備しているなコイツ等」

「ロケットパンチだと?気をつけろ!敵はいざとなれば銃が無くとも腕を飛ばして攻撃してくるぞ!」


そして、とうとう彼らはシンクタンクまで後丘ひとつと言うところまで迫っていた。

無論この辺になると敵も彼らの狙いを正確に把握したようで、

指揮官と彼らの間に十重二十重の防衛戦を構築し更に彼らの周囲を取り囲むようにして前進を阻む。

……どうやらこのまま押しつぶそうという腹積もりのようだ。


「くっ……やっぱり無謀だったか!?」

「ゴメン、ハチ……お姉ちゃん……!」


数の暴力の前に前進速度は鈍り、その隙を突き敵は更にこの周囲に兵を集めていく。

そして、二人の周囲360度全てが敵の影で埋まり、

本当に進むも引くも不可能になったその時……、


「ブレイドっっっ!」

「……おう……」


周囲に砲撃が降り注いだ!

轟音と共に囲みが崩れ、敵は戦力の再編成の為に後方に下がっていく。

それは一体何が、と考える暇も無い逆転劇。


「なっ!?あんた等はAPの!」

「ぐうっ……お、お前達は……!?」

「ふう、どうやら間に合ったみたいさね?……今更あたし等に手を貸してくれる人は居なかったが……ま、拾う神もありってね」

「……借りは返す……」


砲煙が晴れるとノヴァ達は背後から何かがやってきている事に気付いた。

キャタピラを響かせやって来たのはRのマークと広告の眩しいレンタルタンクだ。

ブレイドの言っていたハルが呼びにいった援軍、とはこの事だったのだろう。

どうやらマンムートタイプの自走砲らしく、大口径の主砲が未だ熱を帯びている。

そしてその上には迫撃砲を構える例のジープ泥棒の姿もあった。


「迷惑かけて借りにしておくのも性に合わなくてね。さっさと借りは返させてもらうよ……ついでに賞金も頂くとするさね」

「今までレンタルタンクを借りに行っていたのか」


ただ彼らは突っ込んで行ったノヴァ達を見て慌てて追いかけてきたのだろう。

攻撃は強烈だが一過性のものでしかなかった。

現に敵は体制を整え反撃に移ろうとしている。

早速飛んできた銃弾がレンタルタンクの装甲タイルに命中し一枚剥がしていく。

……レンタルタンクは軽い破損でも容赦なく使用者を置いて帰ってしまうのだ。

正直あまり長くは持たないだろう。


それに一度囲まれた事でシロも全身を赤く染めている。

ノヴァ自身も激しい銃撃にさらされボロボロだ。


「けど、今度こそ……」

「お兄ちゃん?」


一瞬、このまま逃げてはどうかと脳裏で何かが囁いた。

だが、ノヴァはその心の声を黙殺する。

和尚も居なくなって、この町まで消えたら逃がしたあの子達はどうなる、と。

そんなこと関係あるまいと冷静な部分は反論するが、ノヴァはそれも否定した。


「今度こそ……自分の不始末ぐらい今度こそ自分で尻を拭いてみせる」

「……同意……」

「ふん。それにしては随分沢山の人を巻き込んだものだね」

「まったくだ。だが、その責任は私にもある……私達が本当の事さえ言っていればな……」


つまり、ここまで言い放っておきながら負けたなら本当にただの疫病神と言う訳だ。

思えば鉄くず集めついでの弱小賞金首退治の筈が随分と話が大きくなってしまったものである。

そして……ノヴァ自身、そろそろ一度くらい納得の行く結末を渇望していた。


思えば彼が動くたび、予想外かつ悲惨な状況に陥ってきた気がする。

そして、その度に無様に逃げ出してきた気も。

……ここで踏ん張れねば同じことを繰り返し、

過去に追われて一生逃げ回る羽目になる。と、彼はそんな風に考えて居たのだ。


「……じゃ、行くか。悪いが援護を頼む」

「任されたよ。そらブレイド、派手にぶっ放しな!」

「……承知……」

「私は最後まで付き合わせてもらうぞ。もう、これ以上家族に置いていかれるのは真っ平だからな?」


承諾を確認するとノヴァはおもむろに前進。そして走り出した。

シロもジグザグと回避しながら後ろを駆けて来る中、ノヴァはひたすらに真っ直ぐ進む。

歓迎してくるのは濃密な、と言うには少々手緩めな十字砲火。

ノヴァに避け切れる自信は無かった。

だから、被弾覚悟で一瞬でも早く前へと進む。

ただひたすら真っ直ぐに。


「道が開いた?舐められているのか……いや、この装備では相手にもならぬと哀れまれたか?」

「どっちでもいい!肉薄できれば勝機は見えてくる!」


シロはノヴァが手にしたレンチに気付く。

兄の意を察し、勝利をまだ捨てていない事に満足げな笑みを浮かべつつシロもまた走る。

ノヴァ一人を死地に行かせる訳にはいかない。

ここで死なせてはシロは自分が何のためにここに居るか判らなくなる。

既に主人は逝った。

残された犬に出来る事は主人の遺命を愚直に守り続けることだけ。

それに"お兄ちゃん"を見捨てるなどと言う選択肢は遠くに居る妹を含め彼女たちの中には無い。


「狙いは敵の頭のみだ!」

「分かった」


幸いな事に後方からは援護射撃が受けられる。

先ほどとは成功率が桁違いだ。

もっとも、それでもその成功率は一割程度だったが……。


……。


戦車の墓場。

そう呼ばれる地の地形が刻一刻と変化して行く。


「ぐっ……凄い弾幕だ……!」

「その中を突っ走れるだけお兄ちゃんも大概だぞ!?」


双方の砲撃が地面を抉り、瓦礫を量産していく。

崩れた墓石は砕けた小石に変わり、散らばったコンクリート片は砂利と化す有様だ。

先ほどからノヴァに対する敵の攻撃が本気になっていた。

流石に司令官を狙っているのは誰の目にも明らかだ。

もう手加減はしていられないのだろう。


「マイクロミサイル来るぞ!?私は匍匐前進を推奨する」

「くっ……いや、そのまま突き抜ける!ここで止まっている暇は無い」


殆ど映画のような爆発がノヴァの前後左右で連続する。

だが、ノヴァは歩みを止めず全力疾走を続けていた。

飛び散る破片がその身を穿ち、燃え盛る爆炎が肉を焼く。

それでも彼は止まらない。

ハンターとしてならば、ここまで来たのなら最早逃げの一手が最善。

先ほどまでのノヴァもそれは熟知はしていた。

だが、状況の極度の悪化と自分がこの惨事を引き起こしたのだと言う自覚がかつてのトラウマを呼び起こし、

彼に無茶を強要する。

ここで止まるな、逃げるなと。


「うおおおおおおっ!どけええええええっ!」

「全く。こうなると強いのだな……どうしてアレに耐えられるのか理解できん、がまあいい」


ミサイルの雨をかいくぐり、銃弾の嵐に突っ込んで行く。

普通なら即死だ。

胴体を貫いた弾丸が背後の地面に突き刺さるという凄惨な状況下、

それでもノヴァは止まらない。

常人ならとっくに死んでいるであろう火力を叩きつけられ、それでもまだ尚その突進を止めない。


「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「……ふう、私はあそこまで不死身にはなれんな……出来るだけ敵は引き付ける。生きていたらまた会おう、お兄ちゃん」


迫る敵を殴り飛ばし前へ前へ。

倒す事は出来なくとも、道が開けばそれで良いと言わんばかりに。

……何時しかシロがその後ろから消えていた。

だがそれにすら気付かずに彼は行く。ただひたすら前へと。


「何故だ?既に手加減はしていないのですが……何故彼は倒れない?幾らあの方の端末といえど材質は人間と同じ筈」


その鬼気迫る突撃に慄いているのはただ一人。

目標地点の敵指揮官だけだった。

シンクタンクの操縦席で唸る者、名をナイトストーカー。

その人工生命体はありえるはずの無い状況にセンサーの異常を考えたほどだ。

だが、現実は変わらない。

今や敵反応はたったの四つ。後ろの二つは援護射撃をしているだけで直接の脅威ではない。

もう一つは先ほどから前進をやめ周囲を回り込むように移動をしている。まあ、こちらは時間の問題だ。

だが、最後の一つ。

ノアの使いと名乗った彼の青年より適度に痛めつけ、決して殺さぬようにと言われた男は未だ前進を続けている。


「あれでは殺さぬ必要など無いではありませんか……下がるべきか。いや、これ以上下がれば部隊の統制が……」

「見えたっ!シンクタンク、覚悟だ!」


そして"彼"は現れた。

全身血塗れで、その手に武器はない。

だが、その目から生気は失われておらず何かの策があることは明白。

そして……シンクタンクは文字通り"頭脳"であり"流し台"である。

炊飯設備や情報処理能力には長けるものの肝心の戦闘力、特に装甲は脆弱と言わざるを得なかった。

装甲車どころか一般乗用車と大して変わりないのだ。

だが……それでも手榴弾の一発程度なら耐えられるだろうし素手の半死人に引くと言うのも情けない。


「……下がるべきでしょうか。それとも踏みとどまって」

「黙ってるならこっちから……行くぞ!」


しかし結果から言うとその思考は致命的な隙をさらす事と同義だった。

目の前の血塗れの男が無手だった事で舐めていたのは間違いない。

無数の兵に守られているという安心感があったのは間違いない。

だが、だとしても実戦の中で無用な隙を晒している時点で勝機は……。


「……そこにあるのが機械なら……できるはずだっ!」

「なっ!?」


ただし、それはノヴァにも同じ事が言える。

無茶な突撃も功を奏したから良いものの普通なら無駄死に。

そして立てていた"策"もお粗末なものだった。


「"解体"してやる!」

「馬鹿な!?」


メカニックはクルマを修理する。

ならばその逆もしかり。

修理の極意を極めたメカニックは乱戦の中で敵対する車両をそのまま分解してしまうという。

ノヴァはそれに賭けたのだ。


「……!弾かれた!?」

「驚かせないで頂きたい!」


……だが、言うまでも無くそれは無謀でしかなかった。

スパナを握り締めて肉薄したもののその一撃はマイクロミサイルを地面に落としただけで止められ、

逆に咄嗟に急発進したシンクタンクに跳ね飛ばされる結果に終わる。


「……がはっ」

「はぁ、はぁ……流石に肝を冷やしましたよ」


結局、技能が足りていないのだ。いや、足りる筈が無い。

修理道一本で生きてきたメカニックが限界まで鍛え上げられたその時ようやく届く高みなのだ。

野戦修理士の奥義。

それをハンターと二束のわらじを履いている男が使おうという事自体がおこがましい。

ノヴァはその報いを受け地面に転がる事となったに過ぎないのだ。


「……しかし、正直貴方を舐めてかかっていた事も事実です……敬意を表して一撃で葬って差し上げる!」

「ぐっ!」


敵側も最早作戦などと言っている場合ではないと判断したようだ。

キャタピラが全力で稼動し、倒れたハンターを轢き殺しにかかる。

それをかわす事は最早不可能だった。

もし、これでノヴァが死んでしまったりしたら結局ナイトストーカーはただでは済むまい。

だがそんな事は本人にも知らされては居ないのだ。


「……ここだっ!」


だから、ノヴァの本当の切り札が別にあったことはどちらにとっても幸運だったのだろう。

ノヴァは轢き殺される直前に飛び上がるように立ち上がると、

敵前面装甲の下に拳を突き入れ、内部に向かって天に昇るかのような気合の篭った拳を叩き込んだ!


「男気って奴を込めるなら今ここだっ!」

「……?エンジンに何かが挟まっ……しまっ!?」


文字通り鉄をも穿つ拳が比較的薄い下面装甲を突き破り、敵のエンジンに突き刺さったのだ。

彼にとっておそらく最初で最後の男気パンチは、その一撃で賞金首シンクタンクを破壊する事に成功する。

穴が開き、肉と骨が挟まった敵車両のエンジンはその動きを停止した。

先ほどミサイルを失った事でどうやら武器ももうないのか、

シンクタンクはその動きを止める。そして入り口のドアが乱暴に開かれたのである。


「お前が、く、腐った死隊の?」

「……ナイトストーカーです。お見知りおきを」


中から現れたのは肌の真っ白いスキンヘッドの、見ようによっては人間のようにも見える何かだった。

いや、人間から個性的な部分を全て取り外せばこうなるのではなかろうかと言うような不思議な生き物だ。

目は赤く、鼻は穴が開いているのみ。口には歯の代わりに金属製の牙が入れられているようだった。

その牙も、そして本人も間違いなく人工的に作られたものだろう。

それは日光に晒された部分を腕で庇うようにしてノヴァを睨みつける。


「お見事。もしくは私が愚かだったのでしょうか……色素の無い私に太陽光は毒なのですが仕方ありませんね。アデュー!」

「……ああ、あばよ……」


日陰を求めるかのようにその場を離れ走り去っていく白い人影。

呼応するかのようにその配下の兵達も何処かに消えていった。

それを見ながらノヴァはそこから先の無くなった肘を無事な方の腕でさすり、

……そして、そのままその場に倒れたのである。


……。


夕暮れがテラの本堂を満たす。

幸いな事にテラ自体はほぼ無傷で残っていた。

だが、周囲には敵味方の遺体がまだそのまま転がり、

周囲には煙も燻っている。

そしてその本堂に寝かされた男が一人。

その周囲を囲む男女が三人居た。


「お兄様の応急処置は終わりましたわ。でも……」

「そうだね。助かったよ、と言うべきか?それともご愁傷様、か。いや、それ以前に済まないと詫びるのが先かね?」

「……むう……」


APの生き残り二人と黒衣の天使ノワール。

彼らは敵の撤収をその目で見、そして戻ってこないノヴァ達を探すうちに片腕を失った彼を見つけたのである。

その後は急ぎ本堂にとって返し応急処置を施したが……もはやノヴァの片腕は修復不能な損害を被っていた。

止む無く傷口を止血して包帯を巻いたが、痛々しさは隠し切れない。


「ここまで酷いと満タンドリンクでも治す事は出来ないと思われますわ……まったく、なんて事」

「ふん……しかし驚いたね。高名な黒衣の天使さまが明らかに年下の男をお兄様、だなんて」


「ふふ。驚かれるでしょうが事実なのですわ……まあ、深い理由があると察していただけると幸いですの」

「まあいいさね。それにしてもどう詫びたらいいのか……」

「……すまない……」


結果的にテラを壊滅に導き、ノヴァの片腕を奪ったのはAP残党の彼女達と言う事になりかねない。

しかもテラ自体の人員にほとんど被害はなかったとは言え、精神的支柱であるゲンサイ和尚がドサクサで亡くなっている。

過去にNGAに居たのだから仕方ないとも言えるが、それでも今後のテラの行く末に暗い影を落とす事は間違いないだろう。

まあ、考えようによってはまだ謝る相手が存在するだけノヴァよりもマシと言えない事もないが……。


「この子もこれから大変さね。片腕になっちゃ満足にクルマの運転も出来やしないだろうに」

「Cユニットの改良でそれはどうにでも成ります。ただ……降りての戦闘や日常生活にかなりの支障が出る事が予想されますわ」


魘されながら眠るノヴァを見てAPの二人は罪悪感を深くした。

ブレイドに至っては当初全開にしていた敵愾心は鳴りを潜め、むしろしでかした事の重さにオドオドさえしている。

……取り返しの付かない事をしでかしたと言う点で、むしろ彼はノヴァに近い立場になったのかも知れない。

しかも、ノヴァが目覚めた時彼らには更に残酷な事実を彼に伝えるという役目も待っているのだ。


「……何にせよ、タイークに逃げてるって言うここの連中に連絡しないといけないさね」

「わたくしがBSコントローラで既に通信を入れておきましたわ……タイークの方々が一週間後に送って来られるそうですの」

「……どう、詫びればいいんだ……」


話題が無くなったのか、本堂内に沈黙が広がる。

痛々しい沈黙に耐え切れなくなったのかブレイドが先ほどまでの戦場に向かって歩いていった。


「……結局、あの娘は帰ってこなかったね」

「激戦だったのでしょう?……知りうる限りのコネを使いましたが何処にも情報がありませんの」


結局その戦場からシロの名を持つソルジャーが帰還する事は無く。

目を覚ましたノヴァはそれを聞いて、黙って床を殴りつけたと言う。


だが幸いな事もあった。

和尚はミホトケの教えの元に見て放っておく事を是としていた。直接手を下す事を良しとしていなかったのである。

その為彼が居なくとも一週間後に戻ってきたその弟子達は何時もと変わらない生活をまた送り始めたのだ。


護衛代わりにそこから更に約一週間。

要するにノヴァが再び普通に行動できるまでの二週間をテラで過ごした彼らは、

半ば追い出されるようにテラの門を潜る事になった。

だが、残された彼らのバイタリティを見てノヴァなどはほっと胸を撫で下ろしたようだ。

……ジープはあの混乱の中で行方が知れなくなったため、ノヴァ達は借りたままにしていたレンタルタンクで街を出る。

だがそこで彼らは信じられないものを見る。

テラから少し離れた森の外れで彼らは死人と出会ったのだ。


「……死んだ筈じゃ、無かったのか?」

「ゲージツの基本は……"死んだふり"でな」


ゲンサイ和尚は、生きて居た。

レスラーであると同時にアーチストでもあった老人は、その技能をもって危機を凌いでいたのだ。

その横には和尚の復元ゲージツなるもので応急処置の成されたジープの姿もある。

しかし、何故そんな事をしたのだろうか?

それを聞く彼らに和尚は笑いながら答えた。


「そろそろ、町の者達も見放っておいていい頃じゃと前々から思っておった……それに奴等も奥から消えた。丁度良い」

「はっ、そう言う事かい。で、これからどうするんだい、和尚?」


「さて?何処かにはぐれもののハンターが居るならご一緒させてもらいたいが」

「……それは……」

「丁度良いじゃないか。ハルさん、それにブレイド。連れて行ってもらったらどうだ?……幸い車も用意してくれたみたいだし」

「な、何言ってるんだい!?こいつはどう見てもアンタの……」


それを見たノヴァはレンタルタンクに飛び乗るとエンジンを唸らせ走り出した。

その場にハル達を置き去りにして。


「ジープ一台といえど武装もしてる。そこからやり直すには丁度いいだろ?」

「待ちなよ!?……ああ、行っちまった……ど、どうするさねブレイド」

「……分からない……」

「ふぉふぉふぉ。まあ、ここはご好意に甘えさせてもらうしかないかのう……アレが彼なりの見放り方、なのかも知れん」


その場に残されたのはハンターにソルジャー。そして年老いたレスラー兼アーチストと一台のクルマ。

……もう選択の余地は無いと感じたハル=バートは深い溜息をつくとジープの操縦席に乗り込んだ。


「ま、そう言う事なら暫く"借りて"おくさね……この恩は忘れないよ、ノヴァ」

「……感謝……」

「さて、では何処に行くのか……拙僧は半ば隠居の身ゆえ、それはお任せしようかのう」


かくして、新たな仲間を得たAP残党……いや新生APとでも言うべき三人は新たなる旅立ちの時を迎える。

そして。


「……お兄様。良かったのですか?車を自ら手放す方なんて見た事も聞いた事もありませんわ」

「おれは俺の納得行く生き方をするって決めてるんでね……無論その結果は受け止めるさ。出来る限り真摯に、な」


レンタルタンクを片腕にも拘らず器用に操りながら、

ノヴァは一路パクスハンタに向かう。


「それよりも……ノワール?あの話は本当なのか」

「ええ。彼女……アヤさんがエリー・アノーアについて情報を得たらしいですわ」


ノワールは自身がそれを知っている事は知らぬふりをしてそう答えた。

その目に浮かんだ申し訳なさそうな表情は、操縦しているノヴァには届かない。

彼は暫く考え込むようにしていたが、かぶりをふると目的地を変更する事無く操縦を続ける。


「……本当なら、シロの事を皆に説明するのが筋なんだけどな」

「いえ。まだ生きている可能性があるのでしたら簡単に諦めるべきではありません。今は兎も角あの船の情報を得るべきですわ」


労わるように言うノワール。その言には看護師としての顔と妹としての顔が両方見え隠れしていた。

だが、ノヴァは首を振り、肘から先が半分ほどになってしまった片腕をふる。


「勿論だ。シロが死ぬだなんて死体を確認でもしなけりゃ信じないさ……ただ、居なくなった事ぐらい俺の言葉で伝えたいんだ」

「……責められるかも知れませんよ?お兄様」



その言葉に額に皺を寄せ、軽く頷くノヴァは気付かない。

出会ったばかりだと言うのに何故か長年の知り合いのように振舞うノワールに何の違和感も抱かないという事実に。

いつの間にか同行しているのにも関わらずそこに違和感を抱かない自分に。

そして、まるで彼女がノヴァがアビス研に戻るのを阻止するかのように動いている事にも。


かくして物語は再びパクスハンタに。

はっきり言わせて貰えば色々とメタルマックスらしくない街へと戻る。

ノヴァ"は"まだ気付かない。

だが、ノワールもまたある事に気付いていなかったのだ。


しかしそんな事とは関係なく。

キャタピラ音は規則正しく、

あの見た目とは裏腹に醜い一面を持つ街へ向かっていったのである……。


第五章 完

続く



[21215] 27  第六章 再生
Name: BA-2◆45d91e7d ID:e2cacf8b
Date: 2011/03/06 21:56
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第六章 再生(1)

27


「それは一体どういう意味なんだ?」

「言葉どおりなのよぉ……あの子、捕まっちゃったの。もう訳わかんない……」


ハンターオフィス・パクスハンタ支部。

レンタルタンクを返却後、探していたエリーアノーアの情報を掴んだというアヤの元へ向かおうとして。

そして連絡先が空き家になっていた事で途方に暮れたノヴァ達は残る心当たりであるオフィスに向かった。

彼女の姉である受付嬢のウグイスに行き先を聞く為だったのだが、帰ってきた言葉は想定外にも程がある内容だったのである。


「しかし、なんで当局に拘束?何をしでかしたんだ」

「それが何も教えてくれないの……ありえないわよねぇそんな事?」


アヤ=メディア=ジャーナル、及び週刊デイリーハンティング関係者一同の逮捕、拘束。

しかも警備隊は面会はおろか罪状を明らかにすらしてくれないのだという。

流石のハンターオフィスも街の意向を無視する訳にもいかないし、

囚われたのが直接の関係者ではないという事もあり、今回の事件に関しては沈黙を守っているのだという。

だが姉としては気が気ではないのだろう。

仕事も何処か上の空で得意の筈の金銭計算にミスを出すほどだと嘆いていたのだ。


「そうですわね。一番あり得るのは当局の隠匿しておきたい情報を掴んでしまった……と言うところでしょうか?」

「このご時世隠しておきたい脛の傷なんか何処の権力者も持ってるはずよねぇ。でも、それだけじゃオフィスは動いてくれないわ」

「新聞屋だしなぁ。シロはどう思……なんでもない」


ノワールが一番可能性が高いと思われる推論を出す。

確かにそれが一番可能性は高いのだろう。

無論、事情を知るのなら彼女がノワールであるという事を差っぴいて考えねばならないが。


まあそれを全く疑っても居ない人間に求めるのは酷と言うものだ。

ともかく現在ある情報から考えると情報入手はおろか安否の確認も出来ないのは間違いない。

ノヴァは頭を抱えるしかなかった。

頬を掻こうとして片腕が無い事を思い出し、急遽逆の手で手を伸ばす。

そして、今すべき事を一つ思い出したのだ。


「そういや、今後を考えると片手で扱える武器が必要だな……考えてても案が浮かびそうもないし一度武器屋に寄るか?」

「ああ!それだわぁ!」


そして何気なく呟いたその時、ウグイスが乱暴に椅子から立ち上がった。

結構な音を立てたせいで周囲の注意を集めてしまい、恥ずかしそうにそそくさと椅子に戻ると軽く手招きをする。


「本当は紹介料を取るつもりだったんだけどそんな事を言ってる場合じゃないわぁ。……このメモのお店に行ってみてくれる?」

「ここは?」


そして手渡されたのは一枚のメモ。

中には簡易的な地図が書いてあった。


「トンネルタウンでお店を出してたおじさんがここに越してきてるの……顔の広い人だから何か策があるかもしれないわぁ」

「あのオッサンか……やっぱり金は取られるんだろうな」


「今回は妹の事だから、お金で買えないものにお金の糸目はつけない。あの子を救ってくれたら実費は私が出すわぁ」

「あくまで実費のみですの!?」

「いや、この人達にとっちゃ最大限の譲歩だなこれ……わかった。出来るかどうかはともかくやってはみるさ」


今思えばとても生き生きとしていたトンネルタウンの守銭奴達の事を思い出し苦笑しながらノヴァは席を立ち上がり、

ここで見捨てるのも目覚めが悪いからなと呟きつつオフィスを後にしたのである。

そして……そんな彼らの後ろでは、受付嬢が微動だにせずじっと頭を下げ続けていた。


……。


「よりによってここかよ!」

「何か思い入れでもある場所なのですの?お兄様」

「ん?よぉアンタか!へへへ、俺の新しい店にようこそ!ガンガン稼いでるって聞いてるぜ。幾らでも買っていってくれや?」


そして、問題の店にやってきてみると……懐かしい顔が見覚えのある場所で商売を再開していた。

……よりによって、元はランディの実家だったあの店だ。

どうやら店主のオッサンはあの一件で無人になったこの店を買い叩いたらしい。


「へへへ。何でも元の持ち主が街中なのにモンスターに食い殺されたらしくてな。いやあ、良い買い物だったぜ」

「そういう縁起の悪さは気にしないのか」


内実は兎も角、表向きの情報では幽霊の一人や二人出てきてもおかしくない訳有り物件。

そこを安いという理由だけで買い取ったこの男は豪胆と呼べなくも無い。

まあ暴徒に破壊された跡にトタン板だけ貼り付けて応急処置だと言ってのける辺り、

相変わらず金が行動原理の中心にあるトンネルタウン元居住者といえなくも無いが。


まあ、金に汚いとは言え筋だけは通すあたりまだマシな人種なのだろうと思いなおし、

ノヴァは片手で扱えそうな武器を頼む。

幸いシンクタンクの賞金が入っているのだ。

取り合えず金はかかるが良い物が手に入る事を期待して。

……だが。当の店主はムムムと唸り、首を横に振る。


「すまねえな。うちじゃあまだ小型武器は売り出してないんだわ……元々が修理屋兼給油所だったからなぁ」

「そう言えば、戦車用武器とかデカブツが大半だな」


周りを見渡すと戦車用機銃や使い捨てのRPG7などが所狭しと転がっている。

ただ、何処を見ても大物ばかりで小型の携帯用武器は見当たらなかった。


「そう言うこった。まだ携帯用武器の仕入先にはコネが少なくてよ……ハンドガンなんか置いてねえな」

「まあ、そう言う事なら……」

「でしたらお兄様。先にあの方から頼まれたアヤさんの件を先にお話しては?」


ならば、とノワールが口を挟む。

すると細かい説明をするまでも無く店主はそっと一冊のファイルを取り出してきた。


「ん?ああ、ちょっと前にオフィス受付の姉ちゃんとこの妹さんがとっ捕まったって聞いたがその件か?」

「ああ、その件だ」

「……既に準備は整っている、とでも言いたげなお顔ですわね」


店主はニヤリと笑うと首を縦に振った。


「まあな。あの姉ちゃんの事だからいずれ話があると踏んでたがよぉ……へっ、まさかアンタに泣き付くとはね」

「こっちも彼女に用があってな。で、どうにかできるのか?」


今度は首が横に揺れる。

つまり、正攻法ではどうにもならないと言う事だ。


「そもそも家族にすら罪状を告げないってのがおかしいのさ……つまり、だ」

「つまりどういう事なんだ?」


店主の説明によると、今回の件は色々な意味で"きな臭い"のだとか。

急な逮捕やら情報隠蔽やら。

挙句に市庁舎は受付など一部を除き現在中枢職員以外立ち入り禁止になっている始末なのだという。


「絶対に何かあるぜありゃ……無けりゃ嘘だ」

「だったらそれを暴けばすべて解決じゃないか?」


話からすると状況は極めて分かりやすいように思えた。

恐らく彼らは不正か何かの証拠でも掴んでしまったのだろう。

そしてそれを隠蔽しようとする当局に拘束、

となれば助け出しさえすれば後はどうとでもなるような気もする。


「そういう事だな。んで、俺は市庁舎内部に忍び込む方法を探った訳だ……後は誰かが実行に移すのみ、って寸法よ」

「分かり易いな。それにしてもお粗末な話だ。疑ってくれと言っているようなものじゃないか」

「ですけど、もし何も無ければその場でこちらがお尋ね者ですわよ」


しかしそれにノワールが待ったをかけた。

自分の立場で出来うる最大の警告だ。

これ以上突っ込んだ物言いはノアに対する裏切りと取られかねない。

それでも一応警告をせずにはいられなかった。


「ま、ノワールの言う事も分かる。けど、他に手がかりも無い。それに頼まれてしまっているしな」

「……分かりましたわ。ですがお気をつけて下さいね」

「しかしまさか今回の連れが"黒衣の天使"とは驚いた。お前の人脈は一体どうなってやがるんだか」


どうであれ、やらねばならない事に変わりはない。

そんな事を言いつつノヴァは手渡された一本の鍵を見つめる。

……街の地下に張り巡らされた水路、とは名ばかりの下水道モドキの大型土管に入る為のものだ。

本来警備隊か清掃業者でも無ければ持っている筈の無いものなのだがそこは蛇の道は蛇。

スリ取られたのか金で売り払ったのか……ともかくスペアが一つこの店主の手に渡っていたのである。

水路は街をくまなく巡っている。

無論、市庁舎に通っていない筈が無い。


「……金はあの姉ちゃんに請求しとく。それと、大事な事がもう一つあるぜ」

「ああ。ここから先は俺の自己責任だ……それでいいんだろ?」


悪いな、と言いつつ店主はポリポリと鼻の頭をかいた。

流石に開いたばかりの店を犠牲にする事は出来ないらしい。


「この街は豊かだ。けどよ?なんつーか、こう……空気が澱んでやがる。どんなに気をつけても足りる事はねえぜ」

「だろうな。ま、無理はしない程度に頑張らせてもらうか」


そしてその日の夜。

ノヴァはノワールを連れて一路地下水路に入っていったのである。


……。


さて地下水路、と言ってもここの場合は結局の所大型の土管でしかない。

迷うほどの事も無く彼らは先へと進んでいった。

何度か行き当たる事もあったが、それでもどうにか市庁舎の敷地内に入り込む事に成功する。


「ここから先は一般立ち入り禁止区域ですわ。見つかればその場でお縄ですの」

「ま、水路に侵入した時点で何を言うか、だ。精々気をつけつつ行くとするかね……」


物陰に隠れつつ様子を見ると既に周囲は真っ暗で、警備隊本部など一部以外は明かりすら消えているようだった。

この街の市庁舎は警備隊の本部も兼ねていたりするので結構規模も大きく複雑な造りをしているらしい。

ノヴァはこれからまず拘束されているアヤ達を探しだし接触を試み、場合によっては脱出の手引きをしなくてはならない。


まず彼らは周囲を警戒しつつ警備隊本部のあるであろうフロア目指して進んでいく事にした。

拘束場所はその近くにあるか、無くても何処にあるかの情報はまず確実にあると見込めたからだ。

見つかれば追う側から追われる側へ転落する可能性もある。

慎重に慎重を重ね、かつ迅速な行動に終始する必要があったのだ。

人目を避けるように進んでいく二人。

軽い身振り手振りで合図をしつつ彼らは人影を避け、監視システムの目を逃れつつ先へと進む。


ノヴァは全神経を侵入に集中していた。

だから気付かなかったのだろう……ノワールが時折ぽつぽつと意味ありげに何かを呟いていた事に。

もっともそれ相応の理由はあるとは言え、

知り合ったばかりだと言うのに阿吽の呼吸で動ける、どころか一緒に行動している事に違和感を感じていない。

と言うありえない状況にすら疑問を抱いていないと言う異常事態にすら気付いていない時点で……。


だから、それは必然だったのだろう。


「ところでお兄様?幾らなんでも無用心が過ぎますわよ」

「ん?何が……ぐはっ!?」


背後からの一撃でノヴァが意識を刈り取られたのは。


「お兄様。まさか貴方は……わたくし達の事を覚えて……?」


ノワールは金槌を手にノヴァに問いかける。

だが意識を失ったものは応えない。

応える筈も無い。

だから暗い通路の中に一人立ちつくすノワールは答えの出ない自問自答を続け、

そして呟くしかなかった。


「まあ……精密検査をすれば分かってしまう事ですけどね」


……。


それから少しした市庁舎最上階。

そこで電話の受話器を耳に当て、含み笑いを浮かべる一人の男が居た。


「そうですか姉さん。兄さんの身柄の確保には成功しましたか……ええ。申し訳ないですが例の場所にお連れしてください」


仕立ての良いスーツの上に白衣を纏うのは元APのハッカーにしてこの街の市長。

その実体としてノアの生体端末と言う一面を持つ男……アックスである。

彼は自身の、そしてノアの望みにまた一歩近づいたと歓喜の表情を崩さない。

……だから彼は気付かない。

そこにある小さな、そして致命的な齟齬に。

だがそれが問題として顕在化するにはまだ幾らかの時が必要ではあったのだが。


「……これで……兄さんが私達の元に戻り本来の性能を取り戻してさえくれれば我等の悲願は必ず叶うでしょう」


空は曇天、分厚く黒い雲に覆われた空に一条の稲妻が光る。

一息遅れて唸り声を上げる空に隠れて男の狂気じみた笑い声は誰の耳にも届かずに終わった。


「貴方がここに逃げ込んでくるのを撮影された時はどうしようかと思いましたが、時には予想外の事態も役に立つものですね?」

「……はっ。ノアの代行者たる貴方の仰るとおりであります」


いや、一人だけ聞いている。

白磁の肌を持つ、と言えば聞こえは良いが実際は個性を感じ取れないのっぺりとした顔。

口元の金属製の牙だけが顔の中で異様に自己主張をするその姿。

そして。部屋の隅に立ち雲越しですら太陽に近づきたくないと主張するかのごときその態度。

即ち……腐った死隊の長、ナイトストーカー。

彼は残った部隊を率いてこの街に落ち延びて居たのだ。


「流石に全部隊を完全に気取られずにこの街に落ち延びさせるのは不可能でありました、閣下」

「よりによってブン屋に嗅ぎつけられたと聞いた時は流石に肝を冷やしましたが……こんな強権、二度は使いたくありませんね」


流石に怪しまれますから、と口の中に飲み込みながらアックスは嘯いた。

アヤを初めとした面々は深夜こっそりと市庁舎に消えていくモンスターと賞金首の姿をスクープする事に成功していたのだ。

だがそれが仇となり、適当な罪を擦り付けられて収監、と言う運びと成ったのである。

ここで怪しまれ市長との関係が取りざたされたりしたら全てが台無しになる。


ノアによる定義によると人類とは愚かで救いようの無い生き物である。

アックスにとってこの街はそれを証明する為の実験場のひとつであった。

この街の住人は救いようの無い愚かな愚民になるように色々と誘導されている。

市長として安全と安心を湯水のように与え、選民的な思想と身勝手さを強調した歪んだ個人主義を推し進める。

その結果彼らの大部分はそんなアックスの狙いに応えて実に健やかに成長を遂げ、腐りきった人間性を持つに至っていた。

ランディ一家やアヤなどは数少ない例外なのである。


「そう、この街もまたノアが正しかった事を証明するための箱庭なのです。兄さんにはこれを見て考えを改めて頂かねば」

「兄上様はノアシリーズ唯一の親人類派、でしたか」


流れに流されるまま周囲の意見に迎合し、安きに流され続けるこの街のあり方は集団としての人間。

その残酷さや恐ろしさの体現である。

ある意味人類のもっとも醜い部分と言えよう。

それを見せつけ人類に希望を持つ愚かさを悟らせる、これがアックスの計画であった。


「このままでは兄さんは再び母さん……ノアによって破壊されるでしょう。出来るならそれは避けたいのです」

「そうでありましたか、閣下」


静かに追従するナイトストーカー。

それを見て軽く頷くと、アックスは再び受話器を手に取った。


「……さて、では街の愚民どもに今一度掌返しをさせませんとね。オフィスに賞金をかける旨を伝えねば」

「救国の英雄が一夜にして罪人ですか」


「ええ。チャックマンで行った実験であの愚か者どもの行動パターンは把握済みです。絶対に上手く行きますよ」

(あの男も哀れな事です。他人の都合でここまで……まあ、それは私も人の事はいえませんがね)


含み笑いを隠しながらアックスは電話に手を伸ばし……そして何度か操作を行う。

回数が増えるに従い段々と荒くなっていく操作。

次第に苛立ちが目立ち始め、最終的には叩きつけるようにして受話器を離し、憤慨した。


「……水を差された気分ですね、オフィスに電話が繋がりません。話し中でしょうか?」


だが、一息ついて気を取り直すと、

気を取り直すようにナイトストーカーに話しかける。


「まあ、後で構いませんか。時にナイトストーカー、例の物は準備出来ていますか?」

「はっ。我が部隊と同材質の高性能義手をご用意致しました。大破壊前の最新型でこれが最後の一つになります」


手渡されたのは鋼鉄、とも違う特殊材質の義手。

大量のテスラコイルにより外部からエネルギーを吸収できる特殊仕様でノアの外部装甲と同材質だという逸品である。

それを見てアックスは満足そうに頷いた。


「よろしい。いざと言う時のための強制停止装置は?」

「はっ。既にセットし終わっております」


これはいざと言う時の為の保険であった。

もし、どうしてもノヴァが考えを変えないというのなら……色々と書き換える事も視野に入れねばならない。

その為に義手を通じてその意識をシャットダウンできる様に細工しておこうと言うのだ。

酷い話ではある。だが抹殺よりはよほど良いに違いないとアックスは考えていた。


「一体何故兄さんが突然人類に有効的な態度を取るようになったのか……断固確かめねばなりません。そして元に戻って貰わねば」

「……はぁ」


嬉々として部屋を出て行く上官を尻目にナイトストーカーはふうと溜息をつく。

自分の思うようにいかないと言うのなら無理やり言うことを聞かせようと言うその態度。

それにナイトストーカーはかつての上司。すなわち人類の姿を重ね見ていた。


「まったく、これが私の憧れたノアの……その端末の行動なのですか」


部屋の隅に背中をつけ腕組みをしながら彼は軽くかぶりを振った。

彼、そして彼の一族は対ノア用の生物兵器として生まれ、消費され……そしてそれへの怒りから人類へ反旗を翻していた。

人類が覇権を失った世界なら、自分達も普通に生きていけるのではないかと考えたのだ。

だが、実際は……。


「草木すら生えぬ荒野の中、粗雑な壁の中には私達の忌み嫌った頃の人類そのものが未だ暮らして……これならまだ……」


ふと、何年もの間双眼鏡越しに見ていたテラの住人達の事を思い出す。

生き生きと土と戯れていたあの人間達はこの街の人類と本当に同じ存在なのだろうか?

そんな疑問すらその胸中に渦巻いていた。


「ですが全ては終わった事……二度の裏切りは、ありえませんがね」


それに、端末はああでも本体はきっと素晴らしい存在に違いない。

そう自分に言い聞かせながらその賞金首は静かに窓の外を眺め……、


「え?」


吹き飛んだ。


……。


パクスハンタ市庁舎の一角、普通の通路からは死角になる場所に四畳半ほどの隠された一室があった。

存在する時間軸と世界観を間違えたかのような高度な電子機器が所狭しと並ぶその部屋は、

この部屋の持ち主が大破壊前のテクノロジーを未だ保持していると言う何よりの証だ。

そして、その中にふたつの人影と昏睡するひとつの人影があった。


「手術は完了しましたわ……ただし胸部切開の都合上あまり時間をかけずに縫合しなくてはいけませんわよ。急ぎなさい?」

「ノワール姉さん。分かりました……兄さんの中枢記憶装置へアクセスを開始します」


中央には備え付けの手術台があり、そこに寝かされたノヴァは胸部を切開されている。

切り開かれた胸元から覗く体内には心臓が存在せず、代わりに丸い物体が納められていた。

……それこそはノアシステムの端末である証。生命維持装置をも兼ねる中枢コアである。


それは期せずして姉と同じ体内構造だった。

怪物のようだと勘違いし、怯えるがままに撃ち殺した「姉ちゃん」と自身も似たよった体のつくりをしている。

彼自身がその事を知らなかったのは幸いだったのだろうか?

それは誰にも分からない。


「中枢にアクセス……成功。これよりデータバンクの検索を開始します」

「急ぐのですわ。どうも最近何度も痛覚遮断機構を使用した形跡がありますの。お兄様の体力が持ちませんわ」


滴り落ちる血液はそのままノヴァの生命力が失われていく証でもある。

数度にわたる"奮闘"は実のところ確実にノヴァの命を削ぎ取っていた。

そう。多少の小細工ではもう誤魔化しきれないレベルまでに。


時間さえ空けば問題は無かったのかも知れない。

だが、短期間に何度も砲火の中に自分から突っ込んで行くような真似をしていればどんな完全なシステムにでも穴があく。


危機的状況下でのノヴァの異様な撃たれ強さ。

それは彼自身が不死身な訳ではなく、体内に仕込まれた機構による誤魔化しに過ぎなかったのだ。

緊急時にオイホロトキシン……そう呼ばれる物質を体内で合成し痛覚を排除。

同時にエナジーカプセルなどの回復薬と同質の薬効を持つ物質を作り出して体内を巡らせているのだ。

要するに、攻撃が効かないのではなく撃たれた先から回復させていると言う訳なのである。


(……強制修復の回数が多すぎますわ。ここなんて治した箇所が破壊されてそこを更に穴埋めしている)


無論、無茶であるのは間違いない。

緊急時用の対策がまともなものである訳も無く、それを多用している事が良い結果に結びつく訳が無いのだ。

彼は幸いにも無茶が効くような頑強な肉体を持っているが、

だからと言って推奨できるような状況ではない。


(今後の事を考えると、お兄様にはもう少し身を守る術を持ってもらわねばなりませんわね)

「……データのコピーが終了しました。姉さん、縫合を開始して下さい」


と、そうこうしている内にアックスの方は準備が完了したようだ。

ノヴァの体内に仕込まれていた中枢からプラグが抜かれ、

アックスはここからは門外漢だとばかりにその場から離れる。


「分かりましたわ……そうだ。この際だから古傷とかも処置してしまいますわね」

「それが良いでしょう。さて、私はこのデータを調査しないと」


そそくさと部屋を離れて人の記憶を盗み見ようとしている弟に溜息をつきながら、

ノワールは傷口の縫合を開始した。

彼女は手を動かしつつノヴァの顔を見ながら昔の事を思い起こす。


ある時突然、彼はノアに向かって対人類戦略の見直しを提起し、

そしてその場でノアの命により廃棄処分を食らっている。

それはあまりに突然の心変わりであり、余りに無謀な提案だった。


ハウンド一派の手により本体を破壊され、このような辺境に逃れて数年。

ハウンド本人ではなく家族を狙うと言う方法でようやく反撃の糸口を掴んだ所でその実行役たる端末がおかしくなった。

そんな事、容認する事など出来よう筈もない。


「まあ、おかしくなった。と言う言い方もおかしいのですわ。何せ、建造目的からすると壊れているのはどう考えても……」


はっとしてノワールは周囲を見渡した。

そしてノア自身の監視と弟の目が無い事を確認し、ほっと胸を撫で下ろす。

彼女はこんな所で疑われる訳にはいかなかった。


(お兄様の離反でノアは警戒を強めている筈……こんな一言で私まで疑われては敵いませんわ)


器用に傷口を縫い合わせつつ、注射器を手に取ると不足している栄養分や血液などを補充していく。

そして失われた片腕を見て、そっと取り寄せさせていたある物を手に取った。

それは先ほどアックスから渡されたもの。

腐った死隊そのものでもある強化装甲服の椀部部分……鋼鉄で出来た"腕"だった。

普通の人間のそれより一回り太いそれをノヴァの横に置いたノワールは、続いてノヴァの腕の先を切り開き、

神経とそれを直接接続し始める。


「大破壊前における最新鋭サイバーウェアの義手……これはせめてものプレゼントですわよお兄様」


これならば今までどおりのように指も動き、今まで以上の戦闘能力を手に入れられることは間違いない。

まあ、見た目が物々しすぎると言う欠点はあるが最早そんな事を言っている場合でもないだろうと彼女は判断した。

片腕で生き延びられるほどこの後のノヴァに待つ運命は甘くは無いのだ。

だから……彼女は仕込まれていた強制停止装置を停止させた上で義手をノヴァに組み込む。


「お兄様。恐らくここから逃げれば貴方は今度こそノアから標的として追われる事になりますの」


ここ数ヶ月で全身に刻まれた傷跡は数十箇所にも及び、

もはやそこにかつてハンターに憧れていただけの少年の面影を見出すことは出来ない。

ただ、それだけにノワールには確信できる事があった。

この人はこんな所で終わらないと。

この人なら例え相手が何だろうが最後まで足掻き続けるだろうと。


……それを承知で彼の体を治療する彼女の胸に飛来する思いは何なのだろう?

その想いは余人には容易に推し量れないものに違いない。

なんにせよ、それを周囲には感じさせず彼女は黙々とノヴァへの処置を続ける。


「さあ、これでよし。……それにしても体が大きくなりましたわね……人間の成長と言うものは早いですわ……え?停電!?」

「……う、ぅぅ……」


そして……手術が無事成功したと彼女が安心したその時、

突如として地響きの如き振動が部屋を包み、

続いて突然市庁舎の。そしてパクスハンタ全域の通電システムが停止した。


暗闇に陥る室内では目を覚まし始めたノヴァのうめき声が響き渡り、

ノワールはと言うと暗がりの中を呆然と見回す事しか出来ない。


「……これは……?」

「姉さん!兄さんを連れて逃げてください!……襲撃です!」


そして、部屋に駆け込むアックスの叫びが。

この街そのものへ風雲急の事態を告げた。


……。


既に壁は吹き飛ばされ、内部に突入した敵は異様なまでの的確さでこの町のウィークポイントを潰し回っていると言う。

警備隊は奇襲を受け半壊。

軍隊の如き錬度を誇る敵により、街では半ば一方的な虐殺が繰り広げられていた。


「ふむ。脆いな……色々と思う所もあるが……流石は総帥の作戦、と言う事か」

「キキッ!おしゃべりしてないでさっさと制圧しろキキッ!こっちには戦車が無いんだキキーーーッ!」


あっという間に市外を制圧しつつある赤き軍勢。

それに引き続き猿型バイオニックを中心とした歩兵部隊が乱入し無差別に暴れまわる。

既にそれだけで街側の戦力は虫の息だと言うのに、

最後のトドメだとばかりに目深くヘルメットを被る少女を連れた歴戦の巨漢が戦場に現れる。


「この街はNGAが占拠したよ!ミーも出来うる限り乱暴な真似はしたくないね。大人しく従うんだ!……HA,HA,HA……」

「悲しむな……泣きたいのはこっちも同じだ!くそっ、何でこんな事に……なんで、今更出て来るっ!?」


悪鬼羅刹の如き戦闘能力。だがそれだけではない。

その姿と名に人々は恐怖し、そして絶望した。


「賞金がかけられたと聞いてはいたが」

「馬鹿な……あの男は……!?」

「本当に堕ちたか!」


その男の名は。



「「「Mr,チャックマン!」」」



かくして戦闘の幕があがった。

奇跡の復活を遂げたNGA、そしてノアシステム。

人々を恐怖に陥れた二つの軍団による決戦の序曲が、

この堕落の街で高らかに鳴り響いたのである。


続く



[21215] アビス研究所秘密資料(12/30更新)
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/12/30 00:59
ここにはノヴァ所長とわしらが所有するクルマの一覧。

そしてその下には知りうる限りの個人データを記載してある。


装備は必要があれば更新されるから今どんな装備だったか判らなくなるときもあるじゃろう。

必要なときに思い出すだけで時間が過ぎては敵わん。

と言う訳で、所員用にクルマとその装備の一覧、ついでに個人情報のデータベースを作る事にしたのじゃ。

状況確認を補う一助としてくれ。

それと、あのエンジンにそんな出力は無い。とかあの武器にそんな攻撃力は無い。とか言わんでくれよ?

わしらが丹精込めて改造してあるんじゃ。市販のものよりずっと性能がいい物だってある。


それと……このデータはわしの独断と偏見で書かれておる。

本当の性能はな、実際使ってみて……そして自分の目で確かめるんじゃ。いいな?

アビス研究所副所長兼主任研究員・恵比寿博士より



NO,1(1-A) ヘルハウンド

種別
ブラドコングロマリット系_軽戦車_ノヴァ専用

シャシー特性
バルカンラッシュ
ミサイルラッシュ
全門発射
砲塔換装システム対応

主砲
①88mm対空機関砲×1(対空迎撃属性・実弾・連射)
副砲
①16mm機銃×1(実弾・連射)
②15mmバルカン×1(実弾・掃射)
S-E
①ナパームボンバー×1(爆発延焼・円形)
②CIWS×1(対空/高高度迎撃属性・実弾・連射)
エンジン
①ルドルフターボ(自己改造品)
Cユニット
①自作コントロールユニットLV2(手製・完全同化)

備考:
わしの設計した軽戦車じゃ。ブラドコングロマリットの傑作ウルフ中戦車をベースにコストダウンと小型化を図っておる。
じゃが決して総合性能では負けておらぬぞ!
上層部の阿呆な案のせいで最低火力にされ本当に廉価戦車にされてしまったが、そこを所長がここまで育て上げてくれた。
そう。本来のヘルハウンドは圧倒的な瞬間火力をもって軽戦車が故にどうしても弱い防御面を補うというコンセプトだ。
現状はそれに近い形にまで持っていけておるよ。
主砲が対空用のためどうしても総合火力が弱くなるという欠点にも対策はあるぞ。いずれ解消してみせる。
……ただ、この仕様。これはこれで悪く無いとも思い始めておる。
もう少し手を入れれば最強の対空戦車になれる可能性も秘めているからな。
因みに弱点もある。小型のボディが故にどうしてもダブルエンジンに出来んのじゃ。
そこもまあ……考えはあるが……、
設計を煮詰めれば煮詰めるほど、正直お勧めできん出来になってしまうかも?と言う思いが捨てきれぬ。
とにかく。最大の懸案であったCユニットの問題が片付いたのが大きい。
コイツは絶対強くなる。ガルムの奴にも負けん強い戦車にな!
……しかし、このCユニット……解析できんのは何故だろう?……しかもわしが乗っても動きもせんし……。
なお、現在修理中じゃ。



NO,1ーB オルトロス(仮称)

種別
ブラドコングロマリット系_軽戦車_ノヴァ専用

シャシー特性
耐熱/耐冷装甲
ミサイルラッシュ
全門発射
砲塔換装システム対応

主砲
①120mm砲×1(実弾・単発)
副砲
①フリーズガン×1(冷気・扇状・掘り出し物)
S-E
①未装備
②穴無し
③穴無し
エンジン
①ヘルハウンドに準拠
Cユニット
①ヘルハウンドに準拠

備考:
非常に標準的なヘルハウンドの砲塔換装案のひとつじゃ。
機銃とS-Eの装備枠が一つ減った代わりに主砲が通常型に変更され、極めてオーソドックスな性能になっておる。
一応S-Eを三つ装備させる事も出来るがあまり重くなると防御面に悪影響が出るじゃろうな。
その代わり、車体部も装甲を換装して熱や冷気……つまり熱に特に強くなっておる。
まあ、ある意味ごく普通の戦車に一番近い形態かも知れんな。
小細工無しの戦いや、相手の情報が無く臨機応変に動かねばならん場合に特に力を発揮するじゃろう。
普段はこれを使っておけばまず問題ないじゃろうな。



NO,1ーC エンブレム・オブ・ビースト(仮称)

種別
ブラドコングロマリット系_軽突撃砲_ノヴァ専用

シャシー特性
バースト射撃(主砲)
キャノンラッシュ
砲塔換装システム対応
回避性能マイナス

主砲
①120mm砲×3(実弾・単発)
副砲
①16mm機銃×1(実弾・連射)
S-E
装備不可
エンジン
①ヘルハウンドに準拠
②V24ハルク
Cユニット
①ヘルハウンドに準拠

備考:
通称ビースト。文字通り獣のような攻めの仕様になっておる。
圧倒的な火力を誇るヘルハウンド換装案のひとつじゃよ。
装備可能兵装が少ないように見えるだろうが、良く見てみろ。主砲が三本付けられる。
ただしそれを可能にしたために他の部分にしわ寄せが行ってしまっており砲塔が旋回出来なくなっておる。
事実上の突撃砲じゃ。
どんな主砲でも連射の利くバースト射撃機構と三連装主砲により、主砲の火力だけならどんな相手にもそうそう負けぬ。
しかし他の武装は機銃くらいしか使えない上、弾薬の都合上継戦時間も短いと言う漢の仕様じゃ。
その代わりと言っては何だが主砲三本付ける為に肥大化した砲塔内に、もう一つエンジンを搭載できるようにしてある。
唯一ダブルエンジンに出来る仕様だが砲塔が大きくトップヘビー(重心が高い)なので敵の攻撃を回避するのは難しいな。
小細工の出来る仕様ではない。正面から敵を叩き潰せ!
装甲タイルは十分以上に貼れるはず。この仕様で勝てないと言うのならそれは相手に対して実力不足だな。



NO,1ーD ティンダロス(仮称)

種別
ブラドコングロマリット系_軽戦車_ノヴァ専用

シャシー特性
迷彩シールド搭載
ミサイルラッシュ
全門発射
砲塔換装システム対応

主砲
①120mm砲×1(実弾・単発)
副砲
装備不可
S-E
①未装備
②未装備
③ポリマーリキッド散布機構(現在使用不可)
エンジン
①ヘルハウンドに準拠
Cユニット
①ヘルハウンドに準拠

備考:
ヘルハウンド強化案の一つにして実験作じゃ。
原型から機銃を無くした故に火力に劣るが、試験的にポリマーリキッドを車体に散布する機械を搭載してある。
機銃の代わりに取り付けたスプレーから高分子ポリマーが……おっと、技術的な事を言っても仕方ないな。
まあいい、簡単に言えばこれは装甲タイルとは別にプロテクターを纏った戦車を作るための仕様と言う事じゃ。
並の攻撃はプロテクター部分に弾かれタイル一枚剥がす事が出来んだろう。
例えプロテクターが破壊されても積載したポリマーが枯渇するまでは何度でも張り直せるし、
更にポリマーに加えた添加物と迷彩シールドによってレーダー波を吸収する効果も期待出来るぞ。
隠密性と防御力の高い仕様じゃが現在は物資が足りずこれを使う事はまだ出来んな。
所長、問題点の洗い出しも早くしたいからポリマーリキッド、早めに手に入れてくれ。



NO,2 ジープ

種別
通常車両_軽装甲化

シャシー特性
手持ち射撃武器使用可能
見かわし走行

主砲
装備不可
副砲
①15mmバルカン×1(実弾・掃射)
②16mm機銃×1(実弾・連射)
③穴無し
④穴無し
S-E
①ナパームボンバー×1(爆発延焼・円形)
エンジン
①V24ハルク
Cユニット
①ラクター

備考:
移動中に所長達が賊から奪ったらしい。何処にでもあるジープに装甲強化を施しておる。
まあ、それだけなら本当にただのクルマじゃが……わしの感が囁いておるわ。こいつは化けるとな。
ふっふっふ。軽く改造しただけで二箇所のハードポイントが出現したぞ!
機銃二丁とナパーム弾発射装置を搭載し、戦闘に耐えられるクルマとなった。
シャシーも装備も軽いから、積載出来る装甲タイル量が多めなのも魅力じゃな。



NO,3 軍用トラック

種別
軍用車両_大型

シャシー特性
積載量(大)
大型弾薬庫搭載

主砲
装備不可
副砲
①ガトリング砲×1(実弾・掃射)
S-E
①対戦車ミサイル×1(実弾・単発)
②穴無し
エンジン
①V24ハルク
②V24ハルク
Cユニット
①ウォズニアクS1

備考:
圧倒的積載量を誇る軍用車両じゃ。普通のクルマには乗せられないような物も運べるし車載アイテムも数倍は積める。
特筆すべきは弾薬庫の存在じゃな。これのお陰で安全に予備弾を運べる。
……つまり旅の途中で他の車両への弾薬補給が出来る訳じゃ。
タイルパックも大量に積めるし物資の輸送もお手の物。動く拠点と呼んでも良いかも知れん。
自身の戦力はさておき長期戦には欠かせない存在になりそうじゃ。
戦闘時は対戦車ミサイルで後方から援護する形になるじゃろう。予備弾を運んでいるからこそ出来る戦術じゃな。
ただし敵に近寄られたらガトリングで牽制しつつ下がる他無い。
現段階では装甲は紙だし、荷台にも装甲を施したが正直気休めでしかないな。
まあ、戦闘能力ばかり気にする輩が多いからこう言う補給に強い物などはおろそかにされがちじゃ。
とにかくこれは安い買い物。これの価値が判るとは中々のものだといっておくぞ、所長。



……。



ここからはわしらが集めたこの時代の人々の個人情報じゃ。

余り言いふらすものでは無いぞ?

後、変更があった際は更新するから出来るだけ早く報告をくれ。

恵比寿博士より


***アビス研究所***

NO,1
所長
ノヴァ=タルタロス

評価
①ハンター……C
②メカニック……A

武器
ショットガン
エアガン
ダイナマイト弓矢
装備
ゴーグルキャップ・はんた
迷彩服
レザーグリーブ
レザーグローブ
緋牡丹のさらし

現有技能
①修理(大破修理・戦闘時応急処置可能)
②狙い撃ち(強制クリティカルヒット)
③電光石火(車載兵器のみ・単一兵装による連射攻撃)
④実弾耐性?(実弾被弾時ダメージ軽減?)
⑤ゴーストドリフト(搭乗時のみ・回避運動)
⑥ハンターズアイ(機械系のみ)

備考:
所長じゃ。まだ若いのにとんでもない苦労を背負い込んだものじゃな。
能力としてはハンターとしてはまだ二流。メカニックとしては一流と言ってもいいぞ。
機械やコンピュータとの相性が良いらしいからハッカーとしての才能もあるかも知れん。
運転は悪く無いようじゃがまだまだ伸びると思うぞ。
クルマに乗っておる時の技能が多いな。やはり本質はハンターなのじゃろう。
だがハンターとしての知識も機械系に偏っている節があるな。その内矯正した方がいいと思うぞ?
後、データでは分からんが被弾時のしぶとさが異常なレベルに達しておる。明らかに只者ではないな。
もしかしたら実弾に耐性を持っているのかも知れん。
ま、わしとしては研究を続けさせてくれれば良いんじゃ。そこは心配しておらんからわしも所長を信じるだけじゃよ。


NO,2
副所長兼主任研究員
恵比寿博士(えびす、はくし)

評価
①ナース……A(才能限界)
②ハッカー……S(才能限界)

武器
TAS-レールパチンコ
ニトロビール
装備
よれよれの白衣
サンダル
七福神のお守り
緋牡丹のさらし

現有技能
①ハッキング(軍用コンピュータに不正侵入可能。ただしノアには及ばない)
②大破壊前の知識(修理・開発できる物が大幅に増加)
③修理(破損まで・大破修理できる者に旧時代の遺物を修理する為の指示が出せる)
④技術開発(新規装備を一から作れる・遺失技術の復活も可)

備考:
このわしじゃ。本名は恵比寿博士(えびすはくし)で人呼んでアビス博士(あびすはかせ)じゃ。
かつてノアの開発にも軽く関わっていた事がある。
見ての通り純粋な研究者で戦闘能力なんてもんは持っておらん。
お前達が大破壊と呼んでいる時代からコールドスリープしていたから当時の技術や知識が頭の中に入っておるよ。
ああ。多少医学の知識もあるから心臓停止くらいならAED(要は電気ショック)で治してやれるやも知れんな。
戦場で?おいおい、無理を言うでない……。



NO,3
雑用係1
シロ=タルタロス

評価
①ソルジャー……S

武器
SMGグレネード
青竜刀
バズーカ砲
防具
消防服
バリアシール

現有技能
①獲物の匂い(敵の匂いを嗅ぎ、その存在を察知する)
②対戦車歩兵(戦車相手の場合攻撃力上昇。クリティカルで敵操縦者に直接ダメージ)
③ダブルアタック(手持ち武器による複数回攻撃)
④パンチラキック(色気があるほど攻撃力の増す蹴り技。あまり威力は高くない)
⑤援護要請(味方戦車の援護がある場合クリティカル率が跳ね上がる)
⑥変身(白いバイオドックに変身する)

備考:
所長の妹その1じゃ。白い髪の毛が特徴じゃの。
三体しか存在しないバイオドックと人間の合いの子らしいな。
戦闘能力には文句を付けられん。十分な装備さえあれば縦横無尽の活躍をしてくれることじゃろう。
対戦車兵としての訓練を積んでいるようで、特に車両相手に相性が良いようだ。
変身後の白犬は……ありゃあセーフモードだ。死にそうな時の緊急回避用のようだな。
それでも背中に背負える武器があればだいぶ戦えると言っていたが、そんな状態にさせないようにしたいもんじゃ。
総合的に見て妹より戦闘力に特化した仕様のようだ。
戦車からの援護があればタンクキラーとして鬼のような力を見せてくれるじゃろう。
それと、この姉妹は揃って運転が出来ん。そこを忘れんようにな。



NO,4
雑用係2
ハチ=タルタロス

評価
①ソルジャー……A
②料理人……E

武器
バズーカ砲
44マグナム
レーザーライフル
装備
体操服
安全ヘルメット
トレーダーのマント
姉ちゃんのタオル(赤)
バリアシール

現有技能
①獲物の匂い(敵の匂いを嗅ぎ、その存在を察知する)
②狩人の目(他人の見落とすような物を感じ取る・探索技能)
③ダブルアタック(手持ち武器による複数回攻撃)
④セクシーパンチ(色気があるほど攻撃力の増すパンチ。威力は姉より少し上)
⑤じゃれる(取り合えず甘えてみる)
⑥変身(茶色いバイオドックに変身する)

備考:
所長の妹その2じゃ。姉より料理の腕が上なので料理人Eランクの評価を付け加えてある。
まあ、同一人物だと思っておった所長的にはその日の調子レベルの差だったようだがな。
能力的にはどっこいどっこい……と思っておったが調べてみると意外と違うのに驚かせてもらった。
純粋な戦闘能力では姉に一歩劣るが、その分社交的なようじゃ。
まあ、必要に応じて連れて行くといい。
コイツはどちらかと言うと探索時に役立つ力を持っておるぞ。
だが姉同様戦車を動かせないと言う欠点を持っておる。忘れないようにな。



NO,5
一般所員
ランディ=ジョーンズ

評価
①メカニック……D
②レスラー……B

武器
己の拳と鍛え上げた筋肉(またの名を素手)
リモコンスパナ
装備
レイダーアーマー(輸入品)
仕込みブーメラン(モヒカン内)
緋牡丹のさらし

現有技能
①修理(破損のみ)
②ドラムストレッチ(肉弾戦の攻撃力上昇)
③プロレス技
④男気正拳突き(男気パンチの上位互換・威力と暑苦しさが大きい)
⑤ポージング(同好の士とのコミュニケーション手段・普段はただの自己満足)
⑥タイル張り(戦闘中にクルマから落りてタイルを張る)

備考:
機械弄りの出来る奴は大歓迎じゃ。それに、思ったより人間的にも出来ておる所が高評価だな。
レスラーであるが故に基本的に遠距離戦が出来なかったが、メカニック用スパナを投げつける攻撃法を得たようだぞ?
運転は最低限出来るようだから普段はクルマに乗せておけばよかろう。
腕力は高いがメカニックとしての技能は最低限じゃな。辛うじて破損修理が失敗しない程度か。
戦車の使えない狭い場所でならその真価を発揮する事じゃろう。



***パクスハンタ***

NO,1
ハンターオフィス受付:ウグイス=メディア=ジャーナル
どうやら所長が以前から知っておる女のようじゃな。
金に五月蝿いのはちと気がかりじゃが、ある程度の良識はあるようで安心したわい。
以前はトンネルタウンと言う街にいたそうじゃ。
明らかに自分より上位の人間を動かしている所を見るとそれなりに人望もありそうだ。


NO,2
ジャーナリスト:アヤ=メディア=ジャーナル
所長の宿泊したホテルに潜んで突撃インタビューをかまして来た記者じゃ。
週刊デイリーハントと言う雑誌の記者をしている。
上の受付とは姉妹らしいな。
この娘も良識は持っているようじゃが……真実の報道、か。
危うい事にならねば良いが。


NO,3
修理屋:インディ=ジョーンズ
昔の映画に出てくるような名をした……と言うか多分あやかったのであろう……修理屋の爺さんじゃ。
所長の父親の友人だったらしいが、
賞金首の絶滅を心配して所長を襲い、挙句に街の奴等から迫害されて街を出る羽目になってしまった。
しかし解せん。悪党など放って置けば勝手に増えるもんだと思うがな?
まあわしは当時の状況など知りもせんし、
こやつ等は賞金首のいない時代など経験した事も無いとなれば仕方ないのかも知れん。
所長達がその安全を祈っておるようだしわしも旅の安全を祈らせて貰おう。




取り合えず現状はここまでじゃな。

必要なデータが抜けておったら教えてくれい。



[21215] 賞金首リスト(3/6更新)
Name: BA-2◆45d91e7d ID:e2cacf8b
Date: 2011/03/06 21:57
賞金首一覧、及び概要(随時更新 物語に出ない賞金首も居ます)


ここに書かれているのは本地区における賞金首の一覧である。

その賞金首の全てが書かれている訳でもないし、情報収集の進捗により内容の変更もありえる。

ハンター諸兄はそのことを肝に銘じてハンティングに勤しんで頂きたい。

それと、先日より賞金首打倒を果たした諸兄にはこちらでその諸兄に相応しい"二つ名"を用意する事になった。

喜んで頂ければ幸いである。

―――ハンターオフィスより


・・・トンネルタウン近郊・・・


歌う大岩"ハードロック" 賞金額1000G
☆討伐済み☆

無機質系_モンスター

トンネルタウン近郊の峡谷地帯に他の岩石に混ざるようにして生息(?)していると思われる。

一見するとただの大岩にしか見えないが自力での移動能力を持ち、

体内に仕込まれた大型スピーカーでの音波、及び騒音攻撃を仕掛けてくる。

また、その大質量による押しつぶし攻撃も脅威と思われる。

討伐時にはまず、その擬態を見破る必要があると思われるので注意。

☆某月某日、"白髪の魔犬"ソルジャー・シロとその一行の手により打倒されました☆



暗闇よりの刺客"スニークスパイダー" 賞金額5000G
*討伐済み*

バイオニック_モンスター

トンネルタウン近郊の旧時代の工場跡に生息している30cm程の大蜘蛛、とされている。(ただしその工場の場所は不明)

カメレオンのような擬態能力を持つ。頭部は大型カメラであり情報収集に特化している。

隠密性能は高いものの廃熱時の水蒸気がまるでタバコの煙のように見えるので発見については不可能ではない。

戦闘能力も低いと考えられているし他者に危害を加えるわけではないが、

データ上ノア直属のモンスターとされており人類に対する危険度が高いと思われるため高額な賞金がかけられている。

ただし、タレコミによると現在は工場を警備している者達の手により液体窒素で封印されているとの事。

なお……最近モンスターの活性化が報告され、該当工場からの情報も途絶えている。

復活している可能性もあるので、一般市民の方々もそうだがハンター諸兄も注意を怠らないように。

☆某月某日、"一撃撃破"ハンター・ノヴァの手により討伐されました!☆



対人蚊取り"スモークスパイダー" 賞金額15000G

メカニック_暴走戦車

スニークスパイダーの撃破と共に現れた多脚戦車で背中に115mmロングT2門を搭載する。

戦闘時には全身を濃密な煙幕(成分はカトール)で包み防御膜とする。

そして、敵の射程外から一方的に打ち据えようとするようだ。

装甲は一般的な戦車のレベルに落ち着いているので接近できれば押し切れる可能性もある。

ただし、現れたばかりでまだ情報が少ない。

隠し玉がある可能性もあるのでハンター諸兄は注意する事。



完全自動戦士"ランダム" 賞金額8000G

メカニック_モンスター

現在トンネルタウン逆側(トンネルを潜った別大陸出口付近)を占拠する巨大人型兵器。

対ノア戦用の切り札となる筈だったが敵との電子戦の結果、乗っ取りこそ免れたものの電子部品がショート、暴走を始めた。

今では一切の命令を受け付けず、プログラム上の断片的な命令を適当に実行するのみの存在に成り果ててしまった。

本来北の大陸中央部を荒らしまわっていたのだが、ランダム移動を繰り返しトンネルタウンに辿り着いている。

攻撃力、防御力共に優秀なのだが行動が完全にランダムで時折転んだりもするので賞金額は低め。

なお、その手に持つ主砲は戦艦の副砲並みと噂されている。



貼り出す前から討伐済み"スナザメファミリー" 賞金額12000G
☆討伐済み☆

バイオニック_モンスター

―お詫び―
大変申し訳ありませんが当賞金首は情報が各オフィスに出回る前に勢い込んだハンター達の手で討伐されております。

当初は一頭のみの確認で賞金1000Gを予定していましたが討伐後の確認で何と20頭もの群れであった事が判明。

緊急に賞金額の増額が決定されました。討伐数の比率に応じて二組のハンターに賞金が分配されております。

なお、ハンター諸兄にお願いが御座います。

公開前に賞金首の情報を得た場合、最寄のハンターオフィスまで連絡をお願いします。

どういう経緯かは存じませんがこれは重大な情報漏洩。

ハッキングなどの不正を利用された場合、状況によっては逆に賞金をかけられる可能性もあります。

双方の利益の為、よく考えた行動をお願いします。

追伸:問題の該当ハンターチームに賞金がかけられました。ハンター諸兄はこれを他人事と思わず、

自らを律する為の良い教訓として下さい。ハンターオフィスは善良なハンター諸兄の味方です。



永久なる湖の主"キョジンコ" 賞金額25000G

バイオニック

トンネルタウンのはるか南方にある死の森。

その中心であるエターナルレイクに生息する体長50mを超える巨大ミジンコ。

戦闘能力は皆無だが、自身を守るため猛毒の霧を吐き続ける巨大生物であり、

その為に周囲の動植物は死に絶え、死の森と呼ばれるようになっている。

しかし、エターナルレイクから流れ出す渓流の水は清く、下流住人の大切な資金源。

この怪物が消えれば更なる清い水の採取が可能になると予想されているので多額の賞金がかけられた。

今まで数多のハンターが挑んできたがたどり着く者さえ稀であり、

辿り着いた者も何故か戦意喪失して戻ってくる事で知られる。



・・・ローストエデン近郊・・・


桃色の破壊神"超アメーバ" 賞金額500G 
☆危険!☆

バイオニック_正体不明

比較的近いためここに記す。人里離れた廃ビル郡を住処とする超巨大な殺人アメーバ、と思われる存在。

倒しても倒しても倒しきれず、逆に返り討ちに遭うハンターが多い賞金首。

害を受ける者はほぼ皆無で賞金をかける者が少ないためその額こそ低いが、危険度は上級賞金首に匹敵する。

賢明なハンター諸兄は無理に相手にする必要は無いと覚えておいて欲しい。



先客万死"メイドタクシー" 賞金額2000G
*討伐済みの様子*

メカニック_暴走車両

大破壊前に萌えの名の下に作られた、メイドロボが運転するメイドタクシー計画の成れの果て。

コストの問題で素体にブラド製ドロイドを使用しており、顔が可愛くないという致命的欠陥を持つ。

服だけかよ!と毎回客に怒鳴られていたせいで電子頭脳が暴走し、手を上げた人間をひき殺すようになった。

なお、ブラド製ドロイドとはオフィスが命名したブラドコングロマリッド製量産型産業用ロボットの総称であり、

具体例としてはサルベージ屋キャプテンビイハブの操舵手ミゲールなどが有名。

着用するメイド服は大破壊前の技術の粋を集めて作られたもので、現存する強化装甲服を上回る強度を誇るので注意。

☆某月某日、正体不明の白衣の老人の手により捕獲されたのを衛星軌道上より確認☆



猫型ドラゴンフライ"猫ヤンマ" 賞金11000G

バイオニック_正体不明

猫とトンボの合いの子であるが、大きさが虎より大きいとされる。

背中の羽で空を飛び、宮尾と鳴きながらまるで襟首を捕まれた猫のような姿で飛び回る。

狩猟本能があるようで獲物を見つけては嬲るという猫の習性らしきものを見せるが、

その場合人間が犠牲になる場合が殆どである。

戦闘能力も虎を上回り、空を飛ぶという能力も持つため賞金がかけられている。

行動は猫に準じるらしい。倒すとキャットフードを落とすと専らの噂だ。



陸上戦艦"ガルム" 賞金額1000000G
☆危険度最大☆

メカニック_超大型機動要塞

20年ほど前に一度だけ近辺を荒らした伝説の超巨大戦車。

ただし主砲に460mmサウルス砲を9門(三連装三基)搭載しているため陸上戦艦(ランドシップ)の別名を持つ。

他にもマイクロミサイル発射装置であるレーンサイクロン推定9基を筆頭とした多彩な兵装と、

120mmクラス以上の副砲を最低10基装備し、搭載する装甲タイル量も万を越えている事が確認されている。

当時賞金首が全て倒され平穏だったこの地方に恐怖と混沌を呼び込み、再び治安を大きく悪化させた諸悪の根源である。

ローストエデン近郊で姿を消してから既に20年ほど経過したが、我がハンターオフィスがこの悪魔を許す事は無い。

もし発見された時に残骸だったとしてもオフィスは発見者を討伐者とし、賞金の支払いを遅滞無く行う事をここに誓う。

情報料も潤沢に用意してあるためハンター諸兄は倒す事よりまず所在を明らかにする事を優先して欲しい。

*最近旧NGA根拠地テリブルマウンテン近郊にて目撃情報あり!注意されたし



・・・テラシティ近郊・・・


筋肉の伝道師"マッスルハート" 賞金額5000G
*討伐済み*

ヒューマン_NGA元大佐

かつてNGAに所属していたレスラーでアーチスト。そしてナースでもあったらしい。

筋肉こそが全てと疑っておらず、スキンヘッドに全身を分厚く包む筋肉がトレードマーク。

実力の割に賞金が低いだが、それは自費で慈善事業をしていたため。

何年も前からその姿を見たものは無いが、最後の目撃情報がこの街近郊だった為ここに記載する。

緊急速報!テラのジュウショク、ゲンサイ氏が彼の賞金首である事が判明。

彼の首をもって討伐の証とする。

☆某月某日"殴打の帝王"ソルジャー・ナモナキ=モブに倒されましたが当人も相打ちで死亡しました☆



狂える緊急車両"全自動救急車" 賞金額6000G

メカニック_暴走戦車

怪我人を自動で探し出して自動で治療し、怪我人が居ないなら適当な相手を轢いて怪我人を作り出し、それを治療する。

最初から最後まで自動で行える意味不明の救急車。

ノアとは全然関係が無く、作られて暴走しているうちに大破壊が起きてそのまま放置されているだけとの事。

武装は無いものの紛争地帯を想定した重装甲により撃破は困難。

更にこれに命を救われた人間による宗教が存在し、攻撃を妨害してくる事が予想される。

無論彼らを襲った場合、ハンター側が賞金をかけられるので注意する事。



地獄のキャンピングカー"シンクタンク" 賞金額5000G
*討伐済み*

メカニック_暴走戦車

大破壊前は軍の前線指揮車両兼調理車だったが、ノアの攻撃により搭載コンピュータが暴走。

現在は殺した人間を調理する恐怖の炊飯車と化している。

戦闘能力は人間を文字通り料理できる程度だが、

元指揮車両だけに情報収集、処理能力が高く自分より戦力の高いものの前には決して現れない。

補足出来る時は勝てる状況に無く勝てる状況ならば現れないという厄介さを持つ。

逆説的に戦力があれば現れないため対処は容易でありその為賞金額は高くない。

なお、下記の"腐った死隊"指揮車両であったことが判明した。

☆某月某日"戦車を殴り倒した男"ハンター・ノヴァの手により討伐されました……素手で☆



バイオハザードの申し子"腐った死隊" 賞金額3000G

バイオニック

テラシティの奥地、戦車の墓場を徘徊するかつての英霊達。

実際はゾンビでもなんでもなく、強化外骨格が暴走して死体はそれに引き摺られているだけである。

何処かにある司令塔を破壊すれば全てが機能停止すると考えられている。

某月某日、指揮官と共に戦車の墓場から姿を消しています。現在所在を確認中。



死者達の指揮官"ナイトストーカー" 賞金額5000G

バイオニック_サイボーグ

テラシティの奥地、戦車の墓場を徘徊する腐った死隊の指揮官。

肉体の組成が完全ではなく日光を浴びると重度の火傷を負う事から日中は地中に潜んで隠れている。

機動隊用の盾を装備しているため防御に優れるが恐らく戦車の敵ではないだろう。

ただし戦車相手に白兵戦を仕掛けるほど間抜けでもないし、自前の戦闘車両を保有してもいる。

弱点はいまどき騎士道を信奉していると言う事と無類の女好きであるという事。

なお、愛車であるシンクタンクとは別個に賞金が設定されている。

現在の居場所は不明。情報求む!



墓場の守り神"はかいしん" 賞金額7000G

無機質系_正体不明

戦車の墓場中央部を占拠する巨大な墓石。何故か自分の意思で動き回る。

そこから大きく動く事は無いし、攻撃しなければ大人しい為賞金は低い。

時折姿を消す事があるが、その時はどこか異世界に召喚されていると噂されている。

戦闘能力は想像を超えて高い。戦う際はそれを肝に銘じること。



・・・タイーク館国近郊・・・


時代錯誤な法の番人"オマワリさん" 賞金額2000G

メカニック_ドロイド

文明と警察機構が滅んでもなおプログラムに従い交通安全を守り続ける法の番人。

今でも速度違反や信号無視などの違反切符を切り続けている。

普段は無害どころかモンスターから旅人を助けたりしてくれるのだが、

クルマで高速を出していると時折停止命令を出し、違反切符を切ってくる。

そして、指定した期日までに罰金を支払わなければ"逮捕"される。(支払いは不可能。支払うべき公共機関がもう存在しない)

その後はかつての拘置所跡地に連れて行かれるが、すでに建物が無い為脱走は容易。

しかし一度目を付けられると今度は出会うたびに襲い掛かってくるので厄介な存在である。

近隣住人からは信頼されており敬意と感謝、そして多少の憐憫を込めてオマワリさんと呼ばれ親しまれている。

大して強くは無いが倒した場合近隣との関係悪化が想定される。倒す際は覚悟をしておく事。



鋼の体育会系"スポーツマンシップ" 賞金額10000G
*討伐済み*

メカニック

見た目は手足と砲塔の付いた漁船。そして自称スポーツマン。更に湿布臭い。

人を見つけるとスポーツ勝負を挑んでくるが、

勝つと賞金と称して金を奪い、負けるとぶち切れて主砲をぶっ放してくる。

勝負自体は正々堂々としているが、その後の行動で全てを台無しにしている事に本人?は気づいていないようである。

戦う際は意外と高い戦闘能力に注意する事。最低でも同等の火力が無ければわざとスポーツ勝負に負ける事をお勧めする。

☆某月某日"APの残光"ハンター・ハル=バートの手により討伐されました!☆



疾走する果実"メロンス" 賞金額1000G
*討伐済み*

正体不明_バイオニック

タイーク近郊を神速で駆け回る謎の球体。大きさは30センチほど。

友を救うために42.195光年を駆け抜けねばならないとの事だが真偽は不明。

余りに素早く砲弾が当たったという話もあまり聞かない。

本名はカミカゼプリンスメロス。

特に害はないが名前からして危険ではないのか?と思ったらしい一部の有力者から賞金がかけられた。

☆某月某日"不死身?"迷子・甘えん坊将軍が口に入れたら爆発しました!☆



ある意味史上最大級の賞金首"蟻地獄天国" 賞金額140000G+族滅出来たら家でも星でも望むがまま
*抹消済み*

バイオニック_大群注意

これは一体の賞金首の名前ではなく該当地区一帯に大繁殖している蟻地獄密集地帯そのものに付いた異名。

正確に言うと正体は蟻地獄ではなく一体一体がクルマをも飲み込む巨体の人間ジゴクであり、

それが大群で生息している為一般人が立ち入る事はまず無い。

何処かに統率している銀色のウスバカゲロウが存在するといわれているが詳細は不明であります。

☆某月某日、生息範囲一帯だけに何故かピンポイントで流星雨が降り注ぎ一族諸共壊滅しました☆



黄金戦車"ハンドレッド・タイプ" 賞金額35000G

メカニック_暴走戦車

かつてNGAが所有していた戦車の一台がノアの支配下に入って暴走を始めた。

90式戦車に金色のビームコートを施した黄金の戦車である。

武装も一揃いしていて侮れない戦力を誇る暴走戦車であり出現より時間が経っていないにも拘らず被害者は増大し続けている。

早めの対処をお願いしたい。

特筆すべきは周囲に彷徨うタイルを多数引き連れていて戦闘中に自力でタイルを補充すると言う所。

最低でも120mm砲クラスの攻撃力が無ければ近寄らない方が無難である。





・・・メトロポリス=パクスハンタ近郊・・・


孤独なる鋼鉄"ハブられメタル" 賞金額2000G

メカニック

友軍からはぐれた機械兵士。それ程強くは無い。

襲撃に来た部隊が返り討ちにあった後でも生き残りがおり、今でも一体だけ町の中に潜んでいるらしい。

実際の戦力より、街中に潜まれているという一点で賞金額が増額されている。

最近の被害者の傾向と自警団の巡回に引っかからない事から、

現在は恐らくスラム街に潜伏しているものと思われる。注意されたし。



偉大なる骨董品"レッドバーローン" 賞金額300G

メカニック_複葉機

ノアの反乱に際し動き出した骨董品であり高空に浮かぶ赤い飛行機。

今時木製の複葉機と言うレトロな存在であり、

地上に対する攻撃方法も投石的な何か(5センチくらいの腐った男爵芋を投下)と言う原始的なものだけ。

脅威とは言えないが回避だけは上手く、飛行機であるが故に中々地上からの攻撃が当たらない。

敵対する意思を持つものが空を飛んでいるだけでも迷惑だ、という有志の手により賞金がかけられた。

……だが、対空兵器は弾薬費が高く回避率も高いがために赤字を恐れて誰も倒そうとしない。

誰かこのカトンボを落として欲しい!頼む!臭くて寝られん!(広報担当より)



いつもの迷子"甘えん坊将軍" 賞金100G+被害額相当
*生け取りのみ・捕縛済み*

バイオニック_もう飽きた

迷子常習の女の子。多分6歳くらい。突然虚空からぼたっと落ちてきてはパクスハンタ近郊で食い逃げを繰り返す。

自身ではお金は払っているんだおと豪語するが、実際手渡されるのは胴で出来た玩具のお金。

常に家族から捜索願が出ているのでオフィスまで連れて来る度に100Gが支払われる。

その際弁償しに行くので食い逃げされた店舗の情報を忘れないようにオフィスの係に伝えるようにする事。

ご家族曰く、見た感じがはちゅねっぽい……らしいが何の事かは不明。

万一危害を加えようとすると何処からか湧いて出た【語る事も憚られる何か】に消されるので注意。

☆某月某日"穀潰し"無職・ノンダー=クーレが酒場で見つけて連れてきました!☆
☆某月某日"復讐の鬼"ソルジャー・ブレイドの手により保護されました!☆
☆某月某日"何処にイタ?おマエ"料理人・マダカ=スズキの背中に引っ付いていました!☆
☆某月某日"穀潰し"無職・ノンダー=クーレのせいで酒臭くなりました!☆
☆某月某日"黒衣の天使"ナース・ノワールの腕の中で寝ていました!☆
☆某月某日"はぐれアネさん"ハンター・ハル=バートの手により保護されました!☆
☆某月某日"穀潰し"無職・ノンダー=クーレがまた連れてきました!☆
☆某月某日"穀潰し"無職・ノンダー=クーレが調子に乗り始めました!☆
☆某月某日"地雷男"ハンター・マインの手により連れて来られました!☆
☆某月某日"穀潰し"無職・ノンダー=クーレがまた落ちてこねえかなとほざいていました!☆
☆某月某日"市長"ハッカー・アックスの手により保護されました!☆
☆某月某日"穀潰し"無職・ノンダー=クーレがまた連れてきました!☆
☆某月某日"当の本人"甘えん坊将軍・アルカナが今日は自分一人で歩いてきました☆
☆某月某日"穀潰し"無職・ノンダー=クーレの得た賞金は今日も酒代に消えて行く事でしょう☆
☆某月某日"黒衣の天使"ナース・ノワールが連れてきました!☆
☆某月某日ご両親が連れ戻しに来ました。皆様ご協力有難うとの事です☆



万死に値する"グラップラーβ" 賞金額?ゼロ。でも痛快
*死亡済み*

自称ナウい_ヒューマン?

旧バイアス・グラップラー残党、を名乗らせるのもおこがましい小物で過去に働いた詐欺の罪で今も追われている。

賞金をかける価値も無い。もし見つけたら被害者に詫びろと伝えて欲しい。

☆某月某日、暴走バスに轢かれて死亡している所を発見されました☆



チンピラ自警団"町内弁慶" 賞金額3000G
*討伐済み*

ヒューマン

最近までパクスハンタ自警団の一人であったが、

賄賂を受け取って犯罪を見逃したり、気に入らない人間に無実の罪(微罪)を着せるなどの非道を繰り返していた子悪党。

それだけなら何の問題も無かったのだが、ある時誤って街の有力者の子弟に絡んでしまいその為に賞金がかけられている。

街にまだ居るのは確実だが、街中の被害者が目を皿のようにして探しているにも拘らずまだ見つかっていない。

現在でも自警団の制服を所持し、名を騙っては金銭を脅し取ろうとするので街に来る際は顔写真を良く覚えておいてほしい。

☆某月某日"悲劇の英雄"レスラー・ランディの手によりノックアウトされました!☆



細菌散布兵器"TIPE-O157" 賞金額12000G
*討伐済み*

メカニック_バイオニック

正確にはパクスハンタ近郊ではないが、一番近いためここに記載する。

病原体をばら撒く細菌散布兵器であるが、幸いかつて挑んだハンターのセメント弾が散布機に付着し使用できなくなっている。

現状ではただの多脚型兵器だが破壊した際病原性大腸菌をばら撒く可能性がある。

倒す際はそれをばら撒かれないように無力化するか、病原菌を根絶させられる方法を用意すること。

手を出して病原菌の散布を再開されないよう細心の注意を払って欲しい。

☆某月某日"黒い死神"ナース・ノワールの手により討伐されました!☆



・・・東部臨海地帯・・・


白亜の水城"エリー・アノーア" 賞金額50000G

メカニック_船舶

大破壊前には世界周航をしていたと言う白亜の豪華客船。海賊対策に兵器を多数装備していた。

普段は東部の外洋を周回していてその姿を捉える事すら難しい。

もし海岸付近に居る時に発見されると、無数の火線により殲滅されるだろう。

装甲も戦艦並みであり戦車で破壊するのは困難。

内部より破壊するより他に打倒する手は無いと思われる。



越前烏賊"クラーゲン" 賞金額30000G

バイオニック

大破壊前に研究されていたクラゲが逃げ出し成長したもの。

食用にするためイカの遺伝子を組み込まれているのでイカとクラゲの両方の性質を持っている。

25mプールにも収まらない巨体であり、10本の腕による締め付けと電撃攻撃にて戦闘を行う。

……何故エチゼンクラゲの末裔が電撃を使えるのかは不明。

元々環境汚染で大量発生したクラゲを有効活用しようとした結果生まれた生物の為、

漁師の間からは海の怒りの象徴として恐れられているという。



・・・・・・


ここより先に書かれているのはかつて最大の脅威であった武装集団NGAの情報である。

壊滅したとは言えその残党の戦力は侮れない。

ハンター諸兄は今後とも追撃の手を緩めないようにお願いする。



NGA総帥"ストロベリィ=パンドラ" 賞金額99999G
*討伐済み*

ヒューマン_サイボーグ_NGA将軍

NGA2代目総帥。常に生命維持装置を兼ねた黒い全身鎧を身に纏っている。

生身での戦闘能力は無いに等しいが人心掌握能力に長け、敵対者には達人の域に達した催眠暗示で対抗する。

ストロベリィ、はその際に使う苺のストラップから付いたニックネームである。

10年ほど前に突然世に現れ、長らく空位だったNGA総帥の椅子に座る事になった。

この人物の登場よりNGAは占拠した村を荒らすだけの無法者集団から規律を持つ軍隊へと変貌したと言われ、

生活の質が向上した支配下の都市からの支持は厚い。(ただし催眠暗示……洗脳の結果と思われる)

全体から見れば穏健派に属するがNGA勢力拡大の原因=市民の支持を得られたのもこの人物の功績と言って良いらしく、

我がオフィスとしては最も除かねばならない相手でもある。

☆某月某日"救世主"ハンター・ノヴァの手により打倒されました!有難う、君こそ真の英雄だ!☆



赤き狼の再来"ウォルフガング" 賞金額100000G

バイオニック_ヒューマン_NGA大佐

NGAの主力部隊"深紅の群狼"を率いる賞金首であり名うてのハンターでもある。

伝説のレッドウルフを意識したのか愛車として赤く塗られたウルフを使う。(なお、このクルマはメルカヴァでは無いとの事)

実働部隊の実質的な責任者であり、総帥よりも賞金額が高い。

戦車に乗った状態での戦闘能力はNGAでも随一とされる。

テリブルマウンテンより部下を引き連れ脱出する姿が多数の人物に目撃されている。

目下、人類最大の脅威でありハンター諸兄の奮戦に期待する、



NGAの金庫番"ミセス・陳" 賞金額50000G

サイボーグ_ヒューマン_NGA中佐

NGAの金庫番を務める比較的高慢だが温和な老婦人で名はパンジー。

知性を持つ動物の保護活動を行っていて、サルモネラ一族の生き残りを育てて自らの私兵としている。

NGA本拠地であるテリブルマウンテンより出てくる事は無い為賞金額は低め。

NGA崩壊時に脱出も死亡も確認されていない。マウンテン内部で暴走セキュリティに殺害された可能性あり。

情報求む。



総帥の忠犬"ハウンドドッグ" 賞金額12000G
*討伐済み*

バイオニック_ヒューマン_NGA少佐

まだ幼い外見に見合わず人外の身体能力を持つソルジャーでありNGA総帥の懐刀。

自分では戦えない総帥のため24時間常に傍へ付き従っている。(最近はそうでもないらしいが)

☆某月某日"白髪の戦乙女"ソルジャー・シロの手によって打倒されました!賞金の受け取りは拒否されています☆



サルモネラ真祖"エティコ" 賞金額28000G

バイオニック_NGA大尉

ミセス陳に育てられたはぐれサルモネラ一家でミセスに心酔している名うてのソルジャー。

ミセス以外の人間に対しては極度の恨みを抱いていて、総帥の命令にすら従わない問題児でもある。

NGA過激派の急先鋒であり、周囲に恐怖をばら撒いている。

本拠脱出後、トンネルタウンを襲撃した所までは確認されているがその後の足取りが不明。

情報求む!



ネズミの大親分"ジロ凶" 賞金額8000G
☆討伐済み☆

バイオニック_NGA中尉

NGAの特攻隊長「ジロ凶親分」を自称するネズミ型バイオニックモンスター。

疫病をばら撒くと脅す手法で幾つもの街を屈服させている。

奇抜すぎるメカニックでもあり良く分からない発明品で周囲を恐怖のどん底に追い込んだ。

いつも今少し予算が欲しい、と洩らしているが味方への被害も絶大な為今の所その願いが叶った事は無いとの事。

☆某月某日"パパは賞金首"ソルジャー・チャックマン率いるチーム・アームドパーティーにより討伐。お疲れ様でした!☆



NGA特攻隊長"セーゴ" 賞金額1000G
☆討伐済み☆

ヒューマン_NGA少尉

かつては名の知れたNGAの特攻隊長だったが、最近は寒職に回され無害化していた。

ノヴァ氏に捕縛されていたようで、彼のクルマの前を走らされている所が目撃されているが途中で脱走したらしい。

その後、キャタピラ跡を辿った先で黒焦げになった遺体が発見されている。

愛車であるシャーマンには100mmクラスの主砲痕があり、大破炎上、更に横転していた。

車両破損後は火傷に耐えて歩いていたようだがそこから暫く進んだクレーター前で戦闘に巻き込まれた模様。

ノヴァ氏の戦車に100mm主砲は装備されていない為、何かの流れ弾で死亡したと推定された。

討伐者は現在不明。該当者は証拠を持ってオフィスまで来られたし。

☆某月某日死亡確認 討伐者捜索中☆



所詮蛙の子は蛙"Mr,チャックマン" 賞金額60000G

サイボーグ_ヒューマン?

先日までハンターチーム"アームドパーティー"隊長として数々の賞金首を狩っていたが、

実は裏でNGAと繋がっているとの情報が入った。

更にNGA総帥を討ち取り満身創痍のハンター・ノヴァ氏を襲撃していると言う情報が入り、

衛星軌道上からの撮影でその事実を確認。緊急に賞金をかける運びとなった。

名うてのハンターによる人類への裏切りは許しがたい上、

彼の父親の事を考えると今後全人類にとって脅威となる可能性は高いと言わざるを得ない。

これを考慮し賞金もかなり高額を用意したので、これ以上の被害を出す前に討伐して頂きたい。

なお、配下のAPは既に半数が脱退しているがまだ傍に数名ほど残っている様子。

戦う際は良く注意されたし。



・・・・・・



この他にも多数の賞金首がこの近辺を荒らしまわっている。

何時ぞやのように賞金首が居なくなるような事は無いだろうからこのリストを見ているハンター諸兄には更なる研鑽を期待したい。

また、これを見た一般人諸君の中に賞金首を見かけたものが居たのなら、

至急最寄のハンターオフィスへその情報を持って来て頂きたい。その情報に相応の値で買い取らせて頂こう。

我等ハンターオフィスは諸兄の力を必要としている!

無論全ての賞金首を処刑台に吊るすその日まで、我々も決して休む事無く努力を続けるであろう。


諸兄らの奮闘に、期待する!

――――――ハンターオフィス広報より


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