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[21212] ミッドチルダUCAT【×終わりのクロニクル・他全てネタ】
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/16 20:16

この作品はリリカルなのはSTsベースに、設定として終わりのクロニクルをクロスした作品です。
以前別サイトで掲載していましたが、そこを引き払い、移転させていただきました。
掲載分よりも加筆修正及び新規話などを追加していく予定です。
どうかよろしくお願いします。


注意事項:
・名前付きのオリキャラは出ません(オリロボットはでます)
・オリジナル装備及びオリジナルの魔法も何個か登場します。
・あとは全てモブキャラは大量に出ます、モブですので。
・他作品の商業ネタなども大量に出ます。
・原作キャラが何名か人格崩壊しています、ご注意ください。
・シリアスは三分程度しかもちません、ほぼギャグです。
 以上の内容をご承知ください。




[21212] ミッドチルダUCAT
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/16 20:20

 次元世界ミッドチルダ。
 次元世界の治安と平定を目的とする次元管理局発祥の地である魔法技術の発達した世界。
 その首都クラナガンに設置されたのは次元管理局における地上部隊、陸の本部。

 ――地上本部。

 だがしかし、その実態を知るものはその存在に頼もしさを感じることはないだろう。
 ミッドチルダにおいて生まれ育ち、魔法素養の高い魔導師たちは次元管理局の本部へと招集され、次元世界を管理する【海】へと優先的に配属される。
 魅力的な給料、より重要度の高い次元世界の任務、拡大を広げる管理世界に対処する海において高ランク魔導師は常に人手不足。
 その結果残ったのは残りかすのような低ランク魔導師、非魔導師たちの部隊。
 陸における高ランク魔導師はAランクが精々、その保有数すらも制限される現状。
 そして、それを実質的に統治するレジアス・ゲイズ中将もまた海の保有存在に対して抗議する強硬派として認知されていた。

 そう――されていた。

 それは過去形である。
 現在は違う。
 搾りかすのような部隊と陰口を叩くものはもはや存在しない。
 頼りない戦力と大っぴらに認識することは誰も出来ない。
 そして、なによりも。
 ミッドチルダ地上本部という名称は誰も覚えてない。
 今の彼らの名は誰もがこう告げる。



 【ミッドチルダUCAT】 だと。











 一人の少女が走っていた。
 誰もいない路地裏、それを裸足の少女が駆けていく。

「はぁ、はぁ……」

 鮮やかな赤毛をなびかせた幼い少女だった。
 その体にはどこからか引きちぎったのか、カーテンと思しき布を巻きつけ、靴も履かずに駆けている。
 ゴミ屑が落ち、コンクリートの地面に赤く血の付いた足跡がへばりつく。
 足裏に怪我を負い、痛みを耐えるように歯を食いしばりながらも少女は走っていた。
 必死に、追ってくる何かから逃げていた。

『王よ』

 駆ける少女、その耳にどこか濁った声が落ちた。
 降り落ちるような上から響き渡る声。

「――ッ!?」

 少女が一瞬減速し、その顔色を蒼白に染め上げる。
 一つの影が落下し、少女の眼前に着地した。
 舞い降りたのは美しい女。
 それはバイザーに顔を隠した人型。
 その手には刃を、研ぎ澄まされた刀身を握り締めた怜悧な人形の如き冷たい気配。

『何故逃げるのですか、我らが王よ』

 冷ややかな唇から紡がれたのは濁った音声。

『我らが王よ、何故逃走をするのです? 我々に求められた目的を、役目を果たしましょう』

 背筋が凍りつくような声に、少女は被りを振って叫んだ。

「――違う。駄目なの。今の世界はあの世界じゃない! もう私たちは必要ない!!」

 少女の声は切なく響いた。
 その目つきには決意と殉じるべき願いがあった。

「私たちの時代は終わったの! もう戦争のための戦いなんてない。私たちはいらないの、マリアージュ!」

『いえ、必要です。それが私たちの役目――任務です、イクスヴェリア』

 マリアージュと呼ばれた存在。
 それが赤毛の少女に手を伸ばし―、っさに下がろうとした少女の動きよりも速く踏み込んだ。

「あっ……!」

 手を捻り上げられて、少女――イクスヴェリアが苦痛の声をもらした。
 それでもなお力を入れて抜け出そうとするイクスに、無機質にマリアージュは無効化するために手を振り上げようとして。


「少女の折檻、はぁはぁ」



 という微かな声と、ジーという機械音。

『?』

 マリアージュがバイザーを上に向ける。
 そして、そこには――ブラーンとワイヤーに腰ベルトを繋がれ、肩に担ぐサイズのロケカメラを構えた男がいた。
 地上本部標準の茶色いジャケット、制服、帽子を被り、何故か音も立てずに壁に足を接着させ、カメラを向け続ける――陸士。

「あ、僕のことは気にしないでください。勝手に録画してるので」

 ニコッと微笑むカメラ陸士。
 爽やかな笑み。

『――左腕武装化……形態・戦刀』

 チャキッとブレードを出現させるマリアージュ。
 冷たい表情。

「交渉は決裂ですかー!?」

『排除します』

 イクスを一端手放し、マリアージュが上空のカメラ陸士を排除しようとした。
 その瞬間だった。
 ――高速で飛来した一筋の網が、少女の肢体に絡みついたのは。

「ふぇーっ!?」

 旋風のような一閃。
 マリアージュが振り返った瞬間には、赤毛の少女の姿はそこになかった。

『なに!?』

 瞬時に周囲を捜索――斜め上へと向けた視線の先には、二メートルはあるだろう長い棒状の先端に付いた網――巨大な虫取り網を担いだ陸士の姿。
 左手には小さな盾、右腰に西洋風の長剣を携えて、さらに腰に複数のビンを持っていた。

「幼女、ゲットだぜ!」

 キラーンと虫取り網ならぬ幼女取り網でイクスヴェリアを攫い上げた陸士が素敵な笑みを浮かべて、サムズアップ。
 さらには「ひゃっはー!! お持ち帰りだぜー!!」 と踊る虫取り網陸士と 「あ、こら、やめろよぉ!! 大切なょぅじょだぞ!! 一緒に愛でさせてくれよぉ!」とばたばた暴れるカメラ陸士。

「ふぇ? ふぇ? な、なんなんです?」

 虫取り網で捕獲――ぶらぶらと網の中でハンモックの如く揺さぶられながら、赤毛の少女は首を傾げる。
 だが、その数秒後彼女は絶叫を上げた。
 次々と新たに現れた存在に。

『……増援。だが、その程度では――』

 マリアージュが呟くと同時に「ばかめ、それはフラグだ!」 と虫取り網陸士が指を鳴らす。
 乾いた音が鳴り響く。
 そして、彼らは現れた。




「とぉおおおお!!!!」

 怪鳥音を叫びながら、一筋の影がマリアージュの前に着地する。
 それは何故か真っ白なマントに、白い覆面を被り、腰にベルトを付けた陸士。

「科学忍法万歳! 幼女と聞いて見参!」

 シャキーンとポーズを取る忍法陸士。



「幼女と聞いて飛んできました!!」

 続いてバンっとマンホールの蓋が吹き飛び、その中からにょきっと伸びた足が折曲がった地面を叩き、躍り出た。
 そして、クルクルと縦回転しながら変わった形のローラーブーツを履いて、うざったいどや顔をしたドクロマークの刺繍付き陸士ジャケットを着た陸士が着地する。

「俺、参上だぜ!」

 両手を鳥の様に大きく羽ばたかせ、どや顔を浮かべるローラー陸士。




「幼女はいねえがー!!」

 轟音。
 華麗な決めポーズを取っていたローラー陸士の真横、路地ビルのひび割れた壁を粉砕し、現れた影がローラー陸士をぶっ飛ばした。
 トラックに轢かれたように錐揉みする陸士の代わりに現れたのは――眼を疑うような巨漢。
 全長三メートル。
 全身を覆うのは紅く染まった装甲、西洋甲冑にも似て、宇宙服にも似て、だがしかし全て異なる装甲服。
 手には象すらも殴り殺せそうなほどの巨大なガントレット、肘には武器すら応用が利きそうな盾に、その背からはワキワキと何故か蟹の足っぽいのが動いていた。

「そこにいるかにかー!?」

 甲冑陸士――訂正、蟹陸士がギランと口から蒸気を吐き出し、イクスを捕捉。

「うほ、いい幼女!」

 その声と台詞にイクスがぞぞぞっと背筋に寒気を覚えて、全身から鳥肌――かにアレルギーにでもなったようなさぶいぼが噴き出す。



「へ、変態だぁああああああああ!!」



 絶叫だった。
 どばどばと涙と悲鳴が口からこぼれて、イクスが全身全霊で叫ぶ。
 だがしかし、その叫びに陸士たちは一斉にこう返した。

「違います! 例え変態だとしても、俺たちは陸士という名の変態です!!」

「結局変態じゃないですかぁ!!」

 絶叫だった。
 変質者にあった小学生幼女の対応そのままに悲鳴。

『……この時代の戦士は変わったのだな』

 マリアージュもまたどこか遠い目で呟いた。
 が。

『!? ――上か』

 マリアージュが飛び退った瞬間、パリーンと路地ビル四階にあった窓ガラスを粉砕した。
 きらきらと舞い散るガラス片、それを纏いながら十字ポーズのままに飛び出してきた影が大きな地響きと共に着地する。

「華麗に着地!」

 スタッと着地、同時に背中から鳩が飛び立つ。ばさりと舞い散る白い羽毛。
 何故かタキシード服に、胸に蝶ネクタイ、そして右手にはバラの花束。
 そして、顔には何故か目元を隠す紅いマスク。

「ょぅじょの危機に即参上! そして、そこの美しいお嬢さん、私と共にハネムーンにいきませんか?!」

 真っ白い歯を手に持った懐中電灯で輝かせながら、そのタキシード陸士はマリアージュに向かってバラの花束を突き出した。

『……』

 が、次の瞬間振り下ろされた斬撃にバラの花束が散り、「マトリックス!」と叫びながら仰け反ってタキシード陸士は回避。
 同時にバック転で跳び退り、土煙を上げながら靴底でブレーキ。

「フッ、ツンデレか……だがそれもいい!」

 クワッと眼を見開き、タキシード陸士が頷く。

「うんうん、時代はツンデレだよな」

「馬鹿言え、素直クール最高だろ」

「ヤンデレ萌え~、病んだ子に求婚して、幸せな専業主婦やらせたい」

「チッチッチ、世の中には素直ヒートというジャンルもあってだな」

 などとそれぞれに主張をアピールする陸士たち。

「あ、貴方たちは一体誰なんですか!?」

 彼らのマイペースぶりに戸惑いながらも、イクスが尋ねる。
 引きつった顔と理解不能な現状に対する問いかけとして。

『お前たちは――何者だ?』

 マリアージュが問う。
 警告と理解不能な精神構造と格好をした人物たちへの警戒として。




『良くぞ聞いてくれた!』

 その質問に陸士たちが飛び散り、狭い路地の中で手を伸ばす、足を伸ばす。

「ふぁいやー!」

 その瞬間、陸士たちの背後が爆発した。
 持ち込んでいたカラフルな花火の爆発。

「さんだー!」

 手に持っていたスタンバトンを無駄にバチバチ。
 効果音を鳴り響かせながら、意思統一された無駄なき動きで。

『美女とあらば即参上、ミッドチルダUCA~Tッ!!』

 全員一斉にポーズと共に叫んだ。
 地上を護る治安維持組織――ミッドチルダUCATの名を。



「おおー、いいカメラワークだぜ」

 そして、それを相変わらずワイヤーで釣り下がっているカメラ陸士が撮影していた。









 物語はこれより三年前に巻き戻る。
 ミッドチルダUCATの存在が知れ渡るJS事件。
 
 
 全てはこれから始まる。





[21212] 第1回 ガジェット捕縛作戦
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/17 09:39


 ミッドチルダ。
 それは各管理世界における治安機関である管理局の前身、魔法文明の発祥地であることから地上本部が置かれた場所。
 その主要都市はクラナガンであり、その中枢に地上本部は存在していた。
 地上本部とは銘打っているものの、実質的な権限と予算は本局に持ってかれており、戦力は常に枯渇し、予算不足で切り切り舞だった。
 それを解決する手段をとある悪役を任じる青年が告げた。

「ふむ。無いものならば奪えばいいのではないのかね?」

 なんという名案だろう。
 秘書に任命したとてつもなくまロい美少女に膝枕させながら告げた適当な言葉は電撃のように地上本部を駆け巡り、武装隊に行き渡った。
 無いなら奪え。
 どこからどうみても強盗の発想だったが、別に犯罪をする気は無い。
 悪人から奪えば合法なのだ。
 例えば――陸士たちを悩ませるあのにっくき丸々メカとか。


 それはミッドチルダ地上本部がミッドチルダUCATと言う名称になってから数十年後のお話である。














 ――ガジェット反応をクラナガン廃棄都市二番で発見。
 ただちに武装隊は出撃せよ。

 そんな警報が発令した数十秒後、選び抜かれた陸士たちが勢ぞろいしていた。
 そして、声を上げていた。
 絶叫である。
 敬礼をする。
 一糸乱れぬ動きで、陸士たちが血走った目で叫んでいた。

「野郎共! 準備は出来たかぁあああ!!」

「OKぇええだ!!!」

「今日こそ捕縛するぞおおお!」

 数十人にも及ぶ陸士たちが一斉に絶叫を上げる。
 その姿は大変醜い。
 美的センスを持ち合わせ、醜いものを許さない奴ならば「汚物は消毒だぁあああ!」と叫びながら火炎放射器の引き金を引きそうな光景だった。
 持っているものも大変怪しかった。
 一人はドリルを手に持ち、一人は頑丈そうな縄を持ち、一人は何を捕らえる気なのかもわからない巨大な虫取り網を、最後の一人に至ってはテレビカメラの撮影スタッフが持ってそうなカメラを持っていた。

「俺たちの任務はなんだ!?」

「ガジェットの捕獲であります!」

「ガジェットの無力化であります!」

「ガジェットの解体であります!」

「ガジェットの転送であります!」

「美少女の撮影であります!」

「――よろしい!」

 明らかに一人はまったく関係ないことを叫んでいるが、誰も気にしない。むしろGJと指を突き出し、笑う。
 どうでもいいことだが、魔法素養が高い人間には女性が多いことはご存知だろうか?
 それも美少女及び美女が多い。
 去年のミッドチルダUCATの流行語大賞は魔法少女である。その前はスパッツ・フォームだった。
 ちなみにこの数ヶ月、人気なのは海からのにっくき派遣部隊な機動六課のスバルとティアナとキャロの三名である。
 え? 海からの部隊なのに、人気があるのかって?美少女の存在は全て優先するのだ。
 フェイトそん可愛いよ、フェイトそんと叫ぶ陸士も多い。
 魔王様、俺を撃ってくれ。いや、俺こそ撃ってくれ! この興奮の登る頭を冷やしてくれ! と叫ぶ馬鹿も多数である。
 備考だが、半ズボンが輝くエリオにも実は結構な人気がある。エリオきゅん、はぁはぁとクラナガンの町を駆け巡るエリオの姿に鼻血を噴き出す陸士も実はいたりする。
 エリオが男の子か男の娘なのか、3日前に討論会が発生し、Cランク魔導師なのにも関わらずAAAランク魔導師を超える戦闘能力で陸士たちが乱闘をしたのは記憶に新しいだろう。

「よろしい、お前らは立派な戦士だ! というわけで、出撃するぞ!」

「おぉお!」

 士気だけは高く、陸士たちが思い思いにバイクに跨り、車に乗り、一人はクラウチングポーズを取り、一人はローラーシューズを履いた。
 速度もばらばらに阿呆たちが土煙を上がる速度で出撃する。
 廃棄都市二番へと向かって。

 己の給料とボーナスのために。











「ぶるぁああああああああ!!!」

「ぬぉおおおおおおおお!!」

「HA-HAHAHAHAHAHA!!」

 一名ほど直視してはいけない形相で飛行魔法の亜種であるベクトル操作魔法を駆使し、新幹線に迫りそうな速度で駆け抜けていた。
 一名ほど激しく汗を撒き散らしながら、漢臭い笑みで走っていた。
 一名ほど脳内で溢れるアドレナリンによるランナーズハイで、恍惚とした笑みでダッシュしていた。
 とりあえず子供と一般人には見せてはいけないので、事前にフルフェイスヘルメット着用を義務付けていた隊長の読みは正しかった。
 問題は奇声を上げて、道路などを駆け抜けていく陸士たちの姿にクラナガンの一般市民たちの不審度は高まったことだが、今更気にすることではない。元々酷いものだからである。

「よーしっ!」

 がががーといつの間に履いたのか、スケートシューズにも似たエッジをアスファルトの上で滑らせて、火花を散らしながら回転する隊長が到着の声を上げた。

「到っ着!」

「到着!」

 ぶるぉおおんと瓦礫をジャンプ台にして、ウルトラC級のジャンプで着地したバイク乗り陸士が叫び声を上げた。
 同時にその横をベクトル強化及び応用展開した車輪保護用の障壁と、使い捨ての魔力カートリッジによって発生させたウイングロードの車道を通り抜けた車がごがんっとバイクを撥ね飛ばして、停止した。

「ぶべらぁあああっ!」

 舞う、舞う、吹き飛ぶバイクと陸士。
 スタントアクションもかくやという勢いで廃墟の壁に激突し、酷く捻じ曲がった体勢で陸士はヘルメットごと地面に激突し、バイクはくるくるとアスファルトの上を滑りながら壁に激突し、ちゅどむっという音と共に炎上した。

「……」

「……惜しい男を亡くしたな」

 遅れて到着した陸士たちが一斉に合唱。
 彼のことは忘れないだろう。彼の部屋に溜め込んであるエロゲーとグラビア写真集と秘蔵に隠している30年ものワインを飲み干すまでは。

「な、なにするだぁあああ!」

 瞬間、撥ねられた陸士が起き上がった。
 彼はベルカ式魔導師。
 肉体の身体強化を専門とする彼は耐久力のみならばサイボーグ並みだった。

「い、生きていたのか!!」

「ふ、仮面が無ければ即死だったな……」

 ダラダラとひび割れたヘルメットの下から血を流す陸士。
 彼のかっこよさに陸士たちは涙を流した。
 ち、惜しい。こいつが死ねばゲームを奪えたのに、という声はきっと気のせいだ。そうに違いない。

「む! お前ら、そんなことをしている場合ではないぞ!」

「え?」

「あそこを見ろ!」

 陸士の一人が指を突きつける。
 その指先を陸士の一人がジット注視し、残った全員がその先を見た。
 そこにはふよふよと空を飛ぶ複数機のガジェットⅡ型の姿があった。

「が、ガジェットだ!」

「給料だ!」

「ボーナスの元だ!」

「まっとれ、俺の晩飯ぃい!」

 絶叫を上げて、陸士たちが駆け出す。指を突き出した陸士の指先に注目していたやつだけが、え? ああ、まってよーと慌てて追い出した。
 陸士たちは空を飛べない。
 一部変態的に壁を垂直歩行出来る奴はいるが、基本的に徒歩である。
 故に高速で空を滑空するガジェットを走って追いかけるしかないのだ。

「おのれ、カトンボ!」

「捕まえてやるぅう!!」

 とうっと一人の陸士が跳んだ。飛んだではなく、跳んだ。
 前を走る同僚を無断で踏みつけて、高々と跳んだ。

「うりゃぁあああ!!」

 手に持つのは巨大な虫取り網。
 それは見事なフルスイングでガジェットを捕らえて――

「ぁ、ぁああああああああ!!?」

 網で捕らえたのはいいものの推力で負けていたのか、そのまま飛び続けたガジェットに引きずられて、陸士は空を舞った。

「ぉおおおおお!!!?」

 バーニアを吹かし、可愛い女の子が色っぽくいやいやするかのように機首を振り回し、網を持ったままの陸士がぶるんぶるんと振り回される。
 まるでメリーゴーランド。
 ただし加減無しで、お空への旅付きだった。
 そして、すぽっと数十秒ほど耐え続けた彼の手から虫取り網のもち手がすっぽ抜けた。

「あ~」

 ちゅどーんと廃墟の壁に激突し、粉塵が上がる。

「敬礼!」

 見送る陸士たち。
 同僚を助けるという発想はあったけれど、どう見ても階層七階以上だったので後回しにすることにした。
 昇るのはめんどいし。











 そして、残った陸士たちも果敢に襲い掛かった。
 壁を蹴り上げて、ガジェットに飛び乗り縄で縛りつけようとするものの、亀甲縛りに挑んでいるうちにレーザーで焼かれて失敗。
 天元突破ぁああ! と叫びながらドリルを下から飛び上がって叩きつけたものの、完全粉砕しそうだったので、他の陸士が飛び蹴りで中断させたので失敗。
 美少女ま~だ~? とかいいながら、【今年のNG大賞】と書かれたディスクを挿入したカメラで撮影を続ける陸士一名。
 彼らは頑張った。
 けれども駄目でした。

「くっ、手ごわいな、さすがAMF!」

「魔法を全然使ってないような気がするが、気にするな!」

「了解!!」

 不味くて有名なジンギスカンキャラメルを噛みながら、陸士たちはガジェット共を見上げる。
 ジュンジュンと撃ってくるレーザーはうざいので、手で弾きながらだ。ぺしっと。
 え? どうやって手で弾いているかって? そんなのガジェットが出てきてから開発部が「レーザーは反射ぁああああ!」と叫びながら作った鏡面装甲製の手甲でである。
 一名ほど途中で拾ったレリックを持っているせいでガジェットに集中砲火を喰らっているが、ベルカ式魔導師にして毎日千回の正拳突きを日課にしている陸士だったため「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁああああああ!」と叫びながらレーザーを殴り倒し。

「最高にハイって奴だぜええええ!! URYYYYYY!!」

 と叫びながら、デンプシースタイルをしているのであと一週間は平気だろう。

「しかし、どうやって捕まえるかなぁ」

 くいっと首をかしげて、レーザーを避けながら陸士が呟き。

「くそ、あれが美少女だったら俺が全身を使って捕まえるのに!」

 と悔しそうに手でレーザーを叩いて陸士が呟く。

「馬鹿野郎! 美少女だったら、この胸に飛び込んでこいと叫んで、熱いキスを交わすべきだろうが!」

 げしっと先ほどの発言をした陸士を蹴り飛ばし、ついでに飛んできたミサイルにベクトル変換をかけて、後ろへと受け流した陸士が告げる。
 どうでもいいが、こいつらは全てBランク以下の魔導師である。
 空も飛べないとても弱い武装隊だ。
 彼らにはガジェットは捕らえられないのか!

 ――そう諦めようとした時!

「諦めるなぁああああ!!」

 咆哮と共に、ガジェットたちに上からネットが降り注いだ。
 それはとても巨大で、まるで美少女がバインドされたかのようないやらしさでガジェットたちの動きを拘束していく。

「なっ、あれは!」

「お、お前は!」

 廃墟の屋上。
 そこにネットを投げたのは先ほど死んだはずの陸士だった(虫取り網から放り出されて、飛んで逝った彼である)

「諦めたら、そこでゲームは終了なんだぜ!」

「しかし、どこからネットを!?」

「あいつがくれたのさ!! そう、あの方が!」

 そう告げて、屋上の上に立つ陸士が天を指した。
 その先には一台のヘリが。
 その運転席には一人の男が指を立てていた。

「ヴァ、ヴァイス!」

「ヴァイスの兄貴ぃいいい!!」

 ヴァイス・グランセニックが親指を突き出し、微笑んでいた。
 陸士たちの中ではヴァイス・グランセニックはとても有名だった。
 美少女たちが勢ぞろいする機動六課に配属し、つい六年前にうっかり愛しい妹を誤射してしまったが、それのせいでブラコンに磨きがかかった妹(美少女)といちゃいちゃする日々を送り、なおかつフレンドリーな性格と妹誤射事件以来美少女には決して当てず、悪党だけは抹殺する最高の狙撃主として名を馳せる青年。
 しかし、彼は妹にのみ操を立て、よく機動六課の女性陣とコンパを開いてくれるまさしく陸士たちの救世主。
 きゃー抱いてぇええと陸士の薔薇スキーが叫ぶほどのイケメンなのだ!!

「よし、よくやった!」

「やった! やったぞ、捕獲したぞおぉおおお!」

「ボーナスぅううう!!」

 陸士たちがハイタッチする。
 喜びのあまりフラダンスを踊った。

「よし、回収班を呼べ! 解体班! 奴らの完全な無力化を――」

 そう叫んで、まるで美少女に襲い掛かるケダモノのような勢いで陸士たちがガジェットに群がおうとした瞬間だった。




「陸士の皆! そこで止まって!」



 声がしましたよ?

「え?」

「全力全開! ディバインバスターァアアアア!」

 桃色の砲撃が、彼らの前を通過し、ガジェットを消滅させた。

『ゲェ――――!!!!』

 誰しも悲鳴を上げていた。
 ヴァイスでさえも、え~という顔をしていた。
 屋上の陸士はムン○の悲鳴ポーズだった。

「大丈夫? ありがとう、皆さんが足止めしてくれたんですね」

 そういって舞い降りる白い天使。
 高町 なのは。
 機動六課 スターズ隊長 コールサインはスターズ01 いまだ彼氏なし、狙う時は防御魔法を憶えるのが必要不可欠とされる女性だった。

「な、ななななな」

「お、おおおおおお」

「どうしたんですか?」

 ガクガクと陸士たちが揺れる。
 震える。
 貧乏ゆすりが全身を駆け巡っていた。

「何をするだー!」

「う~ううう、あんまりだ・・・HEEEEYYYY あァァァんまりだアァアァAHYYY AHYYY AHY WHOOOOOOOHHHHHHHH!!」

「陸士の夢と希望を打ち砕いた高町なのは、この俺が許さんッ!!」

「月に代わって、お仕置きよ!」

 陸士たちの絶叫が上がり、悪魔のように飢えた陸士たちが絶望の声と共に地面に泣き崩れていった。

「ぇ、ええええええ?」

 なのはが戸惑いの声を上げる中、陸士たちの泣き声はいつまでも止むことはなかった。
 ヴァイスすらもヘリの中で「空気嫁」と呟いた。

「び、美少女? いや、美女はぁはぁ」


 そして、カメラを持った陸士はなのはの周りでシャッターを切り続け、呆然とするなのはの貴重な写真を手に入れた。
 数分後、頭を冷やされたが。


「アッ――!!!」










 第一回ガジェット捕縛作戦……失敗。

 第二十四回ナンバーズ捕獲作戦に移行する。







************************
加筆修正などのペースによりますが、大体一週間か三日感覚程度に投下していきます。



[21212] 第24回 ナンバーズ捕獲作戦
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/17 09:38


 陸士108部隊。
 それは陸の精鋭。
 最新鋭の武装を保持し、優秀なる魔導師が揃い、兵揃いの部隊である。
 そして、彼らの中心人物に甘みも渋味も吸い分けた菩薩のようなゲンヤ・ナカジマ三佐。
 辣腕を奮う、とある陸士の集団から崇められるラッド・カルタス。
 そして、陸士たちのアイドル(一方的に)のギンガ・ナカジマがいた。


 そんな彼らの戦いをちょっと見てみよう。


 これは夢と愛と希望に満ちた名も無き陸士たちによる第二十四回ナンバーズ捕獲作戦である。




『こちらサードアベニュー警邏隊。近隣の武装捜査官応答願います』

『E27地下道に不審な反応を発見しました』

『識別コード、アンノウン。確認処理をお願いします』

 発せられる通報。
 それは非日常への誘い。



 ――状況アラート2 市街地に未確認隊出現

 ――隊長陣及び704出動準備

 ――待機中の隊員は準警戒態勢に入ってください

 ――現在は現場付近のフォワード部隊が確認に向かっています。

 機動六課に鳴り響く警報。



 戦いは始まる。
 そして、動き出す――熱い男たち。

「出撃だ」

 一人の陸士が呟く。
 その手にはカメラがあった。一眼レフカメラ、さらに暗所用に改造した違法品である。

「反応は?」

 もう一人の陸士が告げる。
 その顔には暗視スコープが付いていた。全員が同じように顔を覆う暗視スコープをはめている。
 顔は見えない、しかし不敵な笑み。

「わからん。しかし、可能性は高い」

 ボディスーツを着込みながら、陸士が告げる。
 彼らは戦士だった。
 そして、陸士108部隊のトラックの中で戦士の誇りを告げていた。
 手には手甲を嵌める。場所はレールウェイ。狭い場所での戦い、躱しにくいからの防御力の上昇。

「ガジェットはどうする? 捕獲するのか」

 ガシッと拳を打ち付けて、陸士が告げる。
 荒々しい獣の声。
 鉄すらも砕くベルカ式騎士の本髄。

「ボーナスのためだ。余裕があれば捕らえる、しかし――分かっているな?」

「ああ」

 全員が縄を背負う。
 ワイヤーを肩にかける。
 網をバックに背負う。
 盗撮用カメラを暗視スコープと連動させた。

「ナンバーズがいたら捕獲するぞおおおお!!」

「おぉおおおお!!!」

「メカ美少女萌ぇえ!」

「まだ見ぬ美少女たちよ!」

「はぁはぁはぁ」

 魂の咆哮。
 何かを決めているかのような叫び声が武装隊の輸送トラック内で響いていた。
 幸いというか予想済みなのか、輸送トラック内は完全防音であり、ガタガタと重量の高い面子が暴れても中で音が響くだけだった。
 ガタガタとタップダンスを踊るかのように足で床を踏み鳴らすが、不意に一人の陸士が我に返ったように告げた。

「落ち着け皆。ゆっくりと見かけ次第激写し、視姦し、捕縛し、説得して仲間にしよう」

 訂正。まったくもって我に返っていない。
 いや、元からこんなんである。

「レジアス中将がボーナス約束してくれるしなぁ」

 凶悪犯たるジェイル・スカリエッティの手先である。
 それの情報源として、そして実行犯の逮捕は至上だった。お手柄なのは間違いないだろう。

「っていうか、美少女のゲットは男の義務だな」

「愚問だ」

 問題はそんな理由ではなく、もっと下らない理由で乗り出す彼らだった。

 シリアスな顔つきで陸士たちは呟く。
 戦いの時は近づいていたのだ。

 具体的には十数分後だが。





 現場に到着する。
 一糸も乱れぬコンビネーションで陸士たちがトラックから降りた。
 完全フル武装(?)の陸士たちの姿に、先立って到着していた機動六課のフォワード陣は一瞬呆気に取られたかのように口を広げた。

「これは失礼したね、六課の諸君」

 ばんっと車から降り立った一人のオールバックの男性が、ガタガタとレールウェイの地下道に入り込んでいく武装隊を見つめるフォワード陣に声をかけた。

「っ、あなたは?」

 ティアナが代表として声をかけた。

「ん? ギンガから聞いていないかな?」

「ギンガ、さん?」

「ああ、私はラッド・カルタス。陸士108部隊の捜査主任をやっている」

 そう告げて、ラッドは微笑を浮かべながら、ざっと頭に手を当てた。
 オールバックの髪型を撫でながら、不敵な笑み。

「よろしく、頼むよ。機動六課諸君、不幸にも部隊の皆は君たちよりも魔導師適正が低くてね。頼りにしている」

「え、あ、いやそんな」

 褒められたと考えたのだろう、スバルがぶんぶんと紅くなって手を横に振った。
 他のフォワード陣も頼りにされてまんざらでもないのか、少しだけ恥ずかしそうに微笑む。
 そして、ラッドは周りを見渡しながら、耳元のインカムに手を当てた。

「ん? ああ、了解。αチームを先行させろ、目標を逃がすなよ。βはバックアップ、機材と退路の封鎖に勤めろ。ん? ああ、機動六課が来ている――いや、烈火は来ていない。暴動が起きた? 知るか、若さに目覚めろと伝えろ」

 ちょっと失礼と告げて、ラッドが車の片隅に走る。
 フォワード陣は機密事項でもあるのかしら? と常識的に考えた。
 実際はこうである。

「いいかよく聞け。安易な胸や尻に目覚めるのは男の性だろう。それに飢えるのも男の性だ。大変嘆かわしいが、男の情けだ許してやる。
 例えお前たちが、乳神様だと毎日崇めて、Dカップ以上しか認めない変態だとしても私は許してやる。
 しかし、未来の可能性を否定するのは許さん。お前らには一人でも断言出来るのがいるのか? あの中に一人でもDカップ――いや、もしかしたらFカップに目覚めるものがいるものかもしれない。
 健康的な美少女がFカップ、大変素晴らしいだろう。ツンデレのDカップ、喜ぶべきだ。ロリ巨乳など、もはや戦略兵器だ。
 若さを認めろ、未来に絶望するな。いいか、私たちは日々の未来のために生きている! 陸士の誇りを忘れるな!!」

 変態という名の紳士だった。

『……つまり?』

「ギャップ萌えだ!」

 うぉぉおおおと号泣の声がするイヤホンの先の通信をぶちっと閉じる。
 息つぎもせずにそこまで言い切ると、ラッドは大変爽やかな笑みを浮かべてフォワード陣たちの元まで戻った。

「すまないね、少し部下の教育が悪かったようだ」

「い、いえ、そんなに待ってないですから!」

 ティアナが緊張したように告げる。
 ありがたいね、っとラッドは微笑を浮かべると、不意にスバルに顔を向けた。

「ああ、そうだ。スバル・ナカジマくん」

「は、はい!?」

 名指しで呼ばれたスバルがぴんっと背筋を伸ばした。

「今後は私のことを義兄さんと呼んでくれても構わないよ」

「……へ?」

『――解析結果出ました! 動体反応確認、ガジェットです! Ⅰ型17機! Ⅲ型2機。Ⅲ型は今まで見たことが無い形状です、相対の際には気をつけて!』

 機動六課の面々に、そしてデータリンクされている陸士たち全員に伝わるオペレーターの声。

「やれやれ、大量のお出ましか」

 ニコリと笑う――ラッドの不敵な笑み。
 同時に通常武装した陸士たちが各々の班でレールウェイに侵入していく。

「索敵と包囲はこちらで担当する。六課諸君はこちらからのナビゲートで、侵入してくれたまえ」

「は、はい」

「自由に叩きのめして構わない」

 ばっと手を伸ばし、ラッドは告げる。

「さあ、悪をより残忍に叩き潰そう」





 暗い地下道。
 その中で蠢く大量の影と二人の人影があった。

「な~んか、凄い嫌な予感がする」

「……私もしてくるっす」

 ぶるりと肌を震わせて、青い顔を浮かべているのは独特のカチューシャで髪を止めたナンバーズ6のセイン。
 ライディングボードを抱え、髪を結い上げた少女の名はナンバーズ11のウェンディだった。

「き、機動六課は別にいいんだけど、あの陸士共が出張ってるし……」

 そう呟くセインの顔には過去のトラウマが浮かび上がっているのか、戦闘機人にも関わらず青白い血相だった。
 初めて出撃した時の恐怖を忘れることは出来ない。
 機動六課が出撃してくるよりも早く、とある市街地でレリックを回収しようとした時、セインは陸士たちと遭遇した。
 しかし、あろうことか陸士たちはセインを認識した瞬間、鼻血を吹き出し、奇声を上げながら殺到及びバインドを乱射してきたのだ。
 慌ててディープダイバーでレリックを回収し、逃げ帰ったものの出会うたびに奴らの対処方法は激しくなってくる。
 壁に潜ると理解してからはつるはしを持ち出して壁を破砕し、出ようとした場所で先回りされてカメラを構えた陸士たちに激写され、護衛に付いたノーヴェに至っては殴られながらも胸を揉まれたと一晩中泣いていた。
 一度潜入任務で普通の格好で町を出た時など、たまたま覗いた露店で自分達のフィギュアが売られた時は腰を抜かした。しかも、完全フル稼働で、5種類ほどの衣装違いバージョンがあったほどである(ちなみにセインの場合はナンバーズスーツと独自で作ったらしい夏服姿のフィギアが一番多かった、売れ筋だった)
 陸士○○部隊が愛を込めて作りました♪ とかいう広告文が付いていた時はどう反応すればいいのか真面目に悩んだほどだ。

「……超絶的に帰りたいッス。なんていうか、お嫁にいけなくされそうで」

『ンー、その場合は諦めるべきね』

 モニター画面に写るクアットロが酷く冷たい顔でそう告げた。

「いやー! ッス」

「どうするクア姉~」

『とりあえずⅢのテストは大体終わってるけど、戦闘実験もしたいからぶつけるだけぶつけなさい。あとは遠隔で遊ぶ程度にして撤収ね』

「了解~」

「さっさと終わらせるッス!」

 というわけで、GOと叫んでウェンディの指示でガジェットたちが動き出す。
 同時に多脚型の新型ガジェットⅢも地ならしを上げながら動き出した。

 戦いが始まる。

 多数の人間(主に陸士たち)が望んだ戦いが。





 爆音。
 斬撃。
 打撃。
 粉砕。

「これでラストォ!!」

 マッハキャリバーを振り上げて、大きく足を上げての回し蹴りがガジェットにめり込み――粉砕した。
 爆風が吹き荒れるも、バリアジャケットの耐久性がそれを遮断する。
 精々強い風が吹き荒れて、鉢巻とそのたわわに実った乳房が揺れるだけだった。15歳にしては反則的なバストである。
 まるでマシュマロだと叫ぶものもいるほどである。

「おぉー」

 と告げる陸士たちの目はガジェットの撃破よりも、スバルの胸に注目していることは言うまでも無い。
 ついでとばかりに飛んでくるガジェットの破片をデバイスで払いながら、撮影をしている陸士も居た。片手で塞がって、家庭用ビデオ持ちである。
 相方らしい陸士が【機動六課の健康美少女、スバルちゃんがガジェットを蹴りで撃破する】と書かれた紙をカメラ前に写し、原始的な編集をしていた。

「よし、これで七機撃破したね!」

「ええ! 108部隊の人たちは――」

 そう叫んで、フォワード陣が振り返る。

「我に断てぬモノ無し!!」

 鮮烈とした制服をモチーフにしたバリアジャケットに、大剣型のアームドデバイスでガジェットを両断し。

「衝撃のファーストブリットォオッ!」

 紫色の装甲服型のバリアジャケットを身に纏い、華麗な脚部装着型の足甲デバイスで旋回しながら、ガジェットを粉砕し。

「クールに逝きな――ジャックポット!」

 白髪、赤いコートを翻し、変則型の二挺拳銃デバイスで息する暇もなく蜂の巣にする陸士たちの姿が居た。
 一々ポーズを決めていた。明らかなカメラ目線でだ。ついでにパシャパシャと撮影している陸士も居た。

「全滅したな!?」

「さあ先を急ぐぞ、野郎共!」

「休んでなどいられない! 出撃だ!」

 同時にカメラを構えていた面々もイヤホンに手を付けて、「こちらβ! αチームどうした!? まだ敵は見つからないのか!! ケツの穴を二つに増やされたくなかったらさっさと見つけろ!」と叫んでいる。
 持っていた一眼レフなどを懐に隠した陸士の面子は一糸乱れぬ動きで先導するかのように、フォワード陣たちの横を通り過ぎていった。

「頼もしいわね」

「そうだね!」

「陸士の皆さん……強いです」

「どうして、僕を見て息を荒げてる人がいるんでしょうか?」

 三名の少女達が少しだけ意見を変えて、一人の少年が首を傾げていた。
 エリオきゅん、という声がしたような気がしたけれど、それは多分風がレールウェイを通り抜ける際に聞こえた空耳だということにしておいた。

『っ、ガジェットⅢの一機が近づいているわ! 警戒して、皆!』

「了解!」

 オペレーターのアルトの声が鳴り響く、フォワード陣が構える。
 その後ろで先ほどまでの様子からうって変わって、膝射姿勢で一斉に陸士たちがカメラを構えた。
 後ろからのアングルが撮り放題だった。
 盗撮用のシャッター音が消音されたカメラが凄まじい勢いでフィルムを切り始めた。





「あーもう、1機がぼこられてるッス」

 モニターしていたガジェットⅢの一機の反応がなくなったのと確認し、ウェンディが声を上げる。

「あいつら、フォワード陣はもう単独でAランク魔導師も同然だな。固有スキルならAAくらいか?」

 ガジェットの一機をイス代わりに、足を開いて休んでいたセインが呟く。

「やばいっすねー。別々の特化技能を組み合わせることで総合的に能力も上げてるし。仕留めるなら分断して、個別撃破が正しいッスね」

 そういって、ウェンディがライディングボードを構える。

「ん? どうするつもりだ」

「ちょっとテストッスー」

「しっぽ捕まれたら、ウー姉とトーレ姉が怖いから一発撃ったら終わりにしろよー」

「分かってるッス。これを撃ったら、後はⅢ型ぶつけて撤収ッスね」

 まるで砲台の如く、ウェンディが足を組みなおし、腰を低く、尻を突き上げるような構えで、ボートを構えた。
 その先端からは魔力の光。
 ボード内部に仕込まれた魔力カートリッジを応用したバッテリーから供給される魔力が、内蔵プログラム回路に沿って魔力弾を形成する。

「たまや~」

 カチッと引き金を引いて――弾が射出された。
 瞬間。

 ちゅぼんと爆発した。

「ぶふっ!!」

 自爆風味にウェンディが吹き飛ぶ。

「あー? なにやってるんだ、ウェンディ」

 アホかと暢気に身体を持ち上げて、セインが呟く。

「い、いや、それが――上ッス!」

 自分でも分からない、そう告げようとした瞬間、床に転がっていたウェンディが頭上に気付いた。
 その声は緊迫したものだった。

「は?」

 上を見るセイン。
 そこには――赤い光が無数にあった。
 二つずつ並んだ光が、まるで蝙蝠の群のように並んでいた。

「ウェェエエエエエエエエ!!?!」

 奇怪な叫び声を上げるセイン。
 それだけ目の前の光景はおぞましかった。

『発見!』

『発見!!』

『確保ぉおおお!!!』

 それは人影。
 それは人型。
 それは人間。
 それは――陸士。
 全身黒尽くめで、頭には暗視スコープを付けた、陸士たちがゴキブリのように天井に張り付いていた。
 その数は六!

『見つけたぞ!』

『我がボーナス!』

『俺の嫁!』

『いや、俺の嫁だけどな!』

 ボトボトと天井から六人の人影が落下する。
 それはさながら熟れ過ぎた果実が重力に引かれて落下し、地面で潰れる様のように。
 けれど、彼らは手足を使い床で受身を取り、生まれたての子鹿のような動きで起き上がる。

「変態ダァアアアアアアア!」

 絶叫を上げて、反射的にウェンディがライディングボードの砲口を降り立った陸士たちに向け、即座に引き金を引いた。
 しかし、それを陸士たちは見事な側転で左右に跳び分かれて避ける。
 爆風が、着弾した遥か向こうの通路から響いた。

「逃げるぞ、ウェンディ!!」

 セインが指を鳴らし、残ったガジェット全てを戦闘モードに移行させる。
 レーザーが発射される、さらにⅢ型が軋みを上げながら軽やかな動きで陸士たちに迫るが。

「無駄、無駄、無駄ぁあああ!!」

 陸士たちがレーザーを飛び跳ねて避けると、さらに壁を蹴った。三角跳び。
 跳ねながら、旋回、体のバネを極限までねじ回し――

「ドリルキィック!」

 飛来し、チューブで襲い掛かるガジェットに蹴りを叩き込む。めり込み、さらに捻りを入れた蹴りが内部部品を撒き散らした。

「触手プレイ以外に、メカは要らん!!」

 そう叫んで、残った片足で器用にオーバーヘッドキック。
 遥か後ろに飛んでいったガジェットが床にガコンとぶつかり、爆発。背中から落ちた陸士は受身を取って、さらに後ろにバック転をしながら起き上がる。
 残った五人も踵落としを決めたり、拳でカメラ部分を貫き取得していた魔力変換資質の電気でショートさせたり、二人掛かりで左右から魔力弾でゼロ距離射撃などをして、即座に破壊する。

「雑魚が!」

「味噌汁で首を洗って出直しやがれ!」

「そして、地獄で懺悔しろ!」

「フゥハハハハー!」

 アドレナリン全開状態の興奮し切った声で陸士たちが吼える。
 しかし、そんな彼らの前にガシガシとコンクリートの床に亀裂を入れながら迫るガジェットⅢの巨体があった。

「っ! フォーメーションダブルデルタ!」

『ラジャー!』

 隊長格の陸士の言葉と同時に陸士たちが駆け出す。
 ガジェットⅠ型とは比べ物にならない高出力のレーザーが駆け巡り、咄嗟に回避する陸士たちの裾を掠めて、焦がした。
 けれど、彼らは止まらない。
 撹乱するかのように壁を蹴り、床を蹴り、ベクトル変換の魔法を使用し、天井と壁を駆け回る。
 まるで編隊を組む鳥のようだった。
 一糸乱れぬコンビネーションに、Ⅲ型のAIがレーザーでは捉えきれぬと判断して、前面を開いて作業用兼戦闘用のアームベルトを吐き出す。
 縦横無尽に敵を叩き潰す鋼鉄のベルトが狭い空間に吹き荒れた。
 壁を破砕する、天井が崩れる、床が砕け散る。破壊の嵐だった。
 生身の人間にはひとたまりも無い。
 Bランク程度の魔導師のバリアジャケットでは耐え切れまい。
 防弾繊維と強靭な合金で作り上げられた手甲とアーマーならばなんとか耐えられても、数発程度。
 吹き飛ぶ。
 何名もの陸士が吹き飛んだ。

「ぶっ!」

「がぁっ!!」

 壁に激突し、ゴムのように跳ね飛ぶ。
 中央から打ち込まれ、床の上に転がった。
 けれども、彼らは止まらない。追撃に迫る細いアームチューブの刺突を躱し、床を転がって跳ね起きる。
 ダン、ダン、ダン。
 踊るような破壊の乱舞。
 数分と見たずに、周辺が破壊される。壊れ逝く。

「だが、タイミングは掴めた!」

 隊長格の陸士が叫ぶ。その手には障壁、魔法の力。

「タイミングを合わせろ!!」

『応!!』

 二人が床を蹴る。
 一人が壁を蹴る。
 三人が天井を疾る。
 デバイスと武装を抜き放つ。

「アイン!」

 一人の陸士が飛んだ。真正面からアームベルトに拳を叩きつける。ベクトル操作、方角はそのまま、ただ――加速させる。
 触れた陸士の手甲を削りながら、止まらずに、その矛先のみが突き進み、進みすぎた勢いにガジェットのアームベルトが伸びきり、体勢が崩れた。

「ツヴァイ!」

 そこに天井から落下する陸士。
 その手には短杖形のデバイス。その先端から魔力刃。カートリッジロード、鉄すらも切り裂く刃。
 一刀両断。
 アームベルトが吹き飛ぶ。

「ドライ! フィーア!」

 二人の陸士が床を疾走する。
 ベクトル操作、足に嵌めた足甲に障壁を展開。旋回しながら、ベクトル操作。
 加速――全てを砕く鉄槌と化す。
 足が砕けた。二本の脚部を粉砕する。
 ガジェットⅢの巨大が揺らぐ。同時に防衛機能が働いたのか、AMFの出力を上げる。
 空間が揺らいだ。

「フュンフ!!」

 カートリッジロード。
 発生したAFMにも負けぬ魔力量で、陸士の一人が真正面から砲撃。
 絶叫を迸らせながら、減衰していく砲撃をガジェットⅢの装甲に撃ち込む。装甲が溶解する、反撃のレーザーが陸士を吹き飛ばした。
 悲鳴が上がる、けれどバリアジャケットが、事前に着込んだ装甲服が彼を護る。吹き飛びながら親指を立てる。

「ゼックス!」

 隊長格が走る。
 手には長杖。無骨なデバイスで、天井から飛んだ。狙いは溶解した装甲、魔力刃。AMFの濃度に減少しながらも、ナイフサイズの刃が装甲に食い込む。
 しかし、それではトドメにならない。
 ならば、ならば、仕留めるには――

「くたばれ、鉄くず」

 杖の中心部からカートリッジが排出される。
 増強する光、突き迫るアームチューブに恐れもせずに、叫んだ。

「ぶっとべぇええ!」

 追加魔法発動――砲撃。
 AAAの魔導師ならはいとも容易く障壁で弾ける程度の砲撃。
 けれど、それは装甲を貫かれたガジェットⅢの内部を焼き尽くすには充分過ぎた。

 ――爆散。

 陸士たちを巻き込んで、その通路は燃え上がる紅の炎と風に呑み込まれた。






「はぁはぁはぁ――あー、ビビッた」

「マジで犯されるかと思ったッス」

 クラナガン市外、ディーブダイバーの能力でリニアウェイから脱出したウェンディとセインが荒く息を吐き出した。

「ぅー、ガジェット使い切っちまったし、迎え呼ぶかー?」

「一応ライディングボードがあるから、途中まで飛んでいけるッスよ~」

「でも、少し休憩しようぜ」

「さ、賛成ッス。神経が磨り減った……」

 はぁはぁと夜の闇の中で、発汗機能だけは残してあるのか、喘ぐように二人の美少女が息を吐き出し、胸を揺らめかせた。
 腰を下ろし、両手で地面に触れる。
 ぴったりと体のラインを浮かび上がらせるスーツが艶かしく仰ぐ少女の肢体を映し出していた。
 空を見る。
 クリーンな環境のおかげで、都市内だというのに星がよく見えた。
 静かな空には相応しい光景だった。

 ……ウゥゥン……

「ん? ウェンディ、お前何かいったか?」

「え? なんもいってな――」

 ブルウゥウウン!
 それは唸り声にも似た鋼の咆哮。

「なっ、嘘だろ!?」

「ど、どこか!?」

 セインとウェンディが立ち上がろうとした瞬間、音は――上から降り注いだ。
 空から、正確には周りに建造されたビルの屋上から何かが飛び出す。
 それはバイク。
 フルフェイスのライダーたちが乗り回す、鋼の馬。

「うぇえええええ!!?!」

「ええええええええ!!?」

 唸り声を上げて、バイクたちはビルの壁を滑走する。
 まるで床のように、まるで重力の存在を忘れたかのように、一気に落ちていく。
 ブレーキなどしない。
 アクセルを回し続け、水触媒のエンジンが咆哮を上げて、車輪を回転させる。
 それは陸が誇る特車部隊。
 Cランクまでの魔導師によって作り上げられた、ミッドチルダの交通を護り、犯罪者を追う鋼の騎馬隊だった。
 何故彼らが壁を走れるのか?
 それは飛行魔法が関係している。
 一口に飛行魔法といっても、幾つか種類がある。
 大気などを操作し、飛行するタイプ。
 重力などの慣性を操作し、擬似的に飛ぶタイプ。
 魔力の足場を形成し、それらから跳躍して空を舞うタイプ。
 そして、その中にベクトルを操作し、空を舞う魔法がある。
 実質飛行魔法の習得自体は難しくない。問題は飛行適正――すなわち三次元の機動及び空中での飛行に適応出来る脳力があるか否かである。
 そして、生まれつき飛行適正も持つ者は限られている。後天的な訓練でも習得は可能だが、多大な期間と資金が掛かる。
 そのため空士がエースと呼ばれるのだ。
 肝心なのは飛行魔法の習得自体は難しくないということ――すなわちベクトルの操作は可能ということである。
 繊細な操作技術の習得と血のにじむような修練の果てに、バイクという乗り物に乗りながらのベクトル操作を可能とした部隊なのである。

 そんな彼らが一斉に二人のナンバーズの周りにタイヤを軋ませながら、着地する。

「くっ」

「ウェンディ! ライディングボードで!!」

 そう続けようとした瞬間だった。
 さらにド派手な破壊音を響かせて、工事途中だったらしいバリケードを突き破り、頑強な装甲車がドリフトしながら到着する。
 ガンっと扉を蹴り破り、その中から現れたのは無数の大砲らしきものを構えた装甲服の集団だった。

「援軍か!」

「しかし、なんでこんなに早く!?」

 逃走ルートは念入りに下準備をしたはずだ。
 何故こうも読まれるのか、二人には理解出来なかった。

「ふふん。教えてやろう!」

 そう叫ぶのは最後に現れた全身が黒こげた陸士だった。
 ごふっとススを吐き、不敵な笑みを浮かべる。

「答えは一つ! お前達に発信機を付けたのだ! というわけで、お尻辺りを触ってみろ」

『え?』

 二人が慌てて自分のお尻に手を当てる。瞬間、パシャパシャというフラッシュと音が響いた。激写タイムだった。
 そして、ウェンディが声を上げて、くっ付いていた紅く点滅する発信機を発見する。

「っ、やられた!」

「さあ、観念するがいい!」

「嫌だね! ディープ――」

 セインが地面に手を当てて、ISを発動しようとした瞬間だった。

「構え!」

 ザッと重々しい足音を立てて、砲口が一斉にセインに向いた。

「セイン!」

「――放てぇ!!」

 瞬間、連発した砲撃音が轟き、黒い砲弾が次々とセインに着弾する。
 そして、着弾した砲弾は破裂し――白濁液となってセインに降り注いだ。

「っう! なんだこれ!?」

 粘つく白いジェル。
 もがければもがくほど絡みつく粘着質な白濁色の物体。
 火傷しそうなほどに熱く、全身に絡みつく。
 それはセインの全身を束縛し、拘束し、覆い尽くす。
 その光景に数名の陸士は鼻を押さえ、数名が無言で録画用ビデオの録画ボタンを押したのはいうまでも無い。

「見たか! 開発部特製トリモチ弾だ! 大人しくゲッチュされるがいい!!」

『ゲッチュー!』

 一糸乱れぬ動きで一斉に手を挙げ、奇声を発する陸士たち。

「セインッ!」

「逃げろ、ウェンディ!! アタシはいいから!」

 そういって、セインは指先に仕込んだカッターでスーツの胸元から手首までの部分を引き裂き、僅かに動くことが出来る手で携帯していた閃光弾を掴んだ。
 同時にスーツの剥がれたセインにカメラを向ける陸士多数。
 艶かしい肌を露出させながら、姉妹を逃がすためにセインが絡みつく拘束に抵抗しながら閃光弾を投げ放つ。

 そして、閃光。

 夜闇が白い光に満たされた。

「くっ!!」

『目が、目がぁあああああ!』

 カメラを向けていた陸士全員が目を押さえて悶え苦しむ。
 馬鹿の末路だった。

「ごめん、セイン!!」

 咄嗟に視界をシャットし音声もシャットして、ライディングボードに飛び乗ったウェンディがバーニアを吹かして、空に舞い上がる。
 その目には涙が溢れていた。
 天へと帰る天女のように、光を曳きながらウェンディが空へと飛び出していき――

「逃がすかぁああああ!!」

 バイク部隊の陸士の一人がエンジンを吹かし、己の脚力のみで地面を蹴りつけると、バイクごと跳んだ。
 衝撃音を立てて装甲車の上に飛び乗り、さらに車体をジャンプ台へと変えて、跳ぶ。
 まるで月へと攫われるカグヤ姫を追う、帝のような形相で高々と舞った。

「なっ!?」

 高さにして数十メートルの高みに、迫る声にウェンディが振り向く。
 瞬間、陸士がバイクを踏み台に、さらに跳んだ。
 怪鳥のポーズで、陸士はウェンディの上を取った。取ったのだ。

「だりゃあああ!」

 両手を広げて、ぐわしとウェンディにしがみ付く。むしろ抱きついた。

「なっ、ナナナナナ! 離せぇええッス! 変態! ど変態! Do変態ッス!! どこを掴んでるんすかぁあああ!!」

「放すかボケェエエ!! 俺のボーナスゥウウウ!!!」

 クルクル舞い踊るライディングボード。
 暴走する回転に、乱暴なダンスは美しくも騒々しく空に舞い踊る。
 必死に叩き落そうとするウェンディに、ちょっとだけイケメンの若いバイク乗り陸士はウェンディの大きな胸をわし掴みにし、腰に腕を廻し、必死の形相で捕らえていた。
 まるで美少女に襲い掛かる暴漢のような光景だが、彼は至って真面目にボーナス狙いだった。
 美少女狙いではなく、金の亡者というミッドチルダUCATの中ではマトモな男である。

「よくやった!」

 そして、地上にいる装甲服の陸士が右手を左手で掴み、天へと伸ばした。
 ――シュバンッ!
 音を切り裂く、破裂音。
 同時に天へと滑走する黒い礫が、空を舞い踊り、破廉恥な声を上げる少女と男の足首に絡みついた。

「へ?」

「ぬぉおおおおおお!!」

 ワイヤーアンカー。
 手甲に内蔵された特殊装備であるそれを放った男は、大地に脚をめり込ませながら全身に魔力を込める。

「第97管理外世界の嵐の海でカツオとかいうのを一本釣りした時と比べればナンボのものよー!」

 ふんぬ! と鼻息を発し、彼が大きく体を捻る。
 そして、二人が空をさらに舞った。
 ぁあああああっという声と共に月の綺麗な夜空に二人の人間が放物線を描いて墜落した。

「へい、キャモーン!」

 両手を広げて、満面の笑みを浮かべる陸士。
 ――そこに割り込み。

「どけぇええい! 俺がキャッチする!!」

 飛び蹴りで退かした陸士の場所に、もう一人の陸士が滑り込む。

「いや、俺だ!」

「いや、私だ!」

「僕だ!」

「それも私だ」

 しかし、そこに殺到する陸士共。
 ひゅるひゅると近づいてくる二つの影――そして。


 どごーん。


 大量の陸士を踏み台に、男と少女が無事墜落した。


「ナンバーズ――ゲットだぜ!」



 こうして、ウェンディとセインは逮捕された。
 その後、祭り上げるかのように大量の陸士たちが簀巻きにしたウェンディとセインを踊りながら地上本部に連行したのは言うまでも無い。
 こうして再び市民たちの不信感は上がったが元々最低クラスなので誰も気にしなかった。

 機動六課の面々?
 ああ、ガジェットを掃討して、無事に任務完了です。













 おまけ
 
 

「うぅ、お嫁に行けなくなったッス。責任取れッス」

「えぇええ!?」

 ウェンディと名も無い陸士の間にちょっとしたフラグが立った。



 第24回 ナンバーズ捕獲作戦 成功

 第1回 聖王の器 争奪戦に移行する。






****************
某兄貴復活編まではとりあえず毎日更新で行こうと思います。
それからは断続的にということで。



[21212] 第1回 聖王の器 争奪戦 その1
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/18 01:06

 ミッドチルダUCAT。
 元の名称は時空管理局地上本部。
 しかし、その名称はもはや建造物としての名称であり、組織名はミッドチルダUCATに統一されている。
 何故UCATなのか?
 それは数十年前、彼らが接触したある時空世界の組織による影響を受けたらしいが詳細は不明である。
 ミッドチルダという時空世界を護るための最後の壁でもあり、数百人以上の規模を誇る陸士たちによって構成された地上部隊。
 幾多の問題を起こしながらも、優れた実績と能力により幾多の危険犯罪者及び組織を摘発している地上部隊は極めて優れた組織といえるだろう。
 しかし、彼らを危険視する人間は多い。
 それも陸とは因縁の関係にある海――すなわち本局においてその意見は多かった。
 低資質の魔導師が大部分を占める陸士でありながら、極めて迅速な制圧能力を持つUCAT。
 質量兵器規制などで制限されながらも、日々画期的な武装や機器を作り上げる技術力。
 いずれは本局に反旗を翻すのでは?
 そう考える人間は多かった。
 同じ組織でありながら、他の優れたものを恐れる者は多い。
 それが人の性だ。

 そして、とりわけ採用という形で陸の優れた人材を引き抜き続けた負い目もあって。
 それは間違いないという疑心暗鬼にまで取られていた。

 時空管理局。

 時空の治安を護る組織は内部に孕む鈍痛にも似た爆弾を抱えていた。





 一方その頃、とある日の地上本部。
 第37陸士部隊詰め所で、声が上がっていた。

「おーい、線画出来たか?」

「ああ、ちょっとまってろ」

 机の上で、何やらペンを走らせていた制服姿の陸士がふぅーと息を吐いて、消しゴムのカスを飛ばす。
 そして、机に並べていた無数の写真――ティアナ・ランスターとフェイト・T・ハラオウンの写真(盗撮)を見比べて、満足げに浮かべる。

「出来たぞー、我ながらいい仕事だ」

「おおー、実にGJ!」

 それを見た陸士たちが、パチパチと手を叩く。
 線画に描かれていたティアナとフェイト、それはまさしく彼女達がバリアジャケット装着時に垣間見える裸身だった。

「スキャナーに取り込めー!」

「色塗りだー!!」

 フェイトそん萌えー! ティアナちゃん、実に色っぽいぜ! 百合最高! 実はくっついてんじゃね?
 などという喝采が上がる。

「納期は近いぞ、なにやってんのぉお!!」

 その言葉と共に陸士たちが一斉に作業用デスクの前に戻る。
 カチカチとペンタブを一人の陸士が動かし、或いはキーボードを叩き、もう一人はヘッドホンに耳を当てて音の調節をしていた。
 スキャナーに取り込まれた線画が、ペンタブを動かされるたびに次々と色が塗られていく。赤毛の掛かったブロンドも、黄金を寄り合わせたような金髪も、その実に絶妙な肌色をも陸士が手を振るうごとに魔法のように色付けされ、命が吹き込まれていく。
 そして、ティアナの裸身はもとより、特にフェイトの尻への色付けは実に神掛かっていた。
 彼らの中では尻神様と影で崇拝されるフェイトそん、その尻に関して一切の妥協など許されないのだから。

「BGMとSEの編集はどうした?」

「今やってるー」

「なぁ、ここのシナリオの台詞をさ『フェイトさんには分からない』 じゃなくて、『フェイトさんには、分からないんです!』っていう方がツンデレっぽくない?」

「あーそうだな。俺も修行が足りないぜ。ありがとな」

「か、勘違いしないでよね! 貴方のためにやったんじゃないんだから!」

「お前がツンデレかよ!」

 八人にも及ぶ陸士たち。
 待機中の彼らは詰め所で――エロゲーを作っていた。

 仕事をしろ。






「うっ!?」

 機動六課隊舎、部隊長室でフェイトは突然走った悪寒に身体を抱きしめた。
 それは熱にして39度にも及ぶ風邪を引いた時にもする寒気であり、まるで尻を触られたかのようなおぞ気だった。

「ど、どしたん?」

 フェイトからの報告書を受け取り、目を通していたはやてが少しだけ驚いたように声を上げた。

「いや、ちょっと寒気を感じて」

「体が資本の仕事やからなー、気をつけなあかんよ」

 おかしいな? 昨日は早めに寝たのにと首を傾げるフェイトを置いといて、はやてが再び報告書に目を向ける。
 そこには【逮捕したナンバーズにおける調査内容】という文面だった。
 ミッドチルダUCATによる尋問の結果、大した情報は未だに手に入ってないらしいが、戦闘機人の総数は12人だということが判明したと記述されている。
 他にも細々と文章が書かれていたが、はやては酷く気になるものがあった。

「なあ、フェイトちゃん。一つ聞いてええか?」

「なに?」

「逮捕されたナンバーズの写真なんやけど――なんでチャイナドレスとレースクイーンの衣装?」

 ファイルに送付されていた写真に写っていたウェンディはレースクイーンの水着姿、セインはチャイナドレスだった。
 それも一人に付き5枚もの写真で、それぞれ違う角度とポーズで撮られている。まるでグラビア写真集のような勢い。
 何故かシクシクと泣いているし、その写真の横でスリーサイズが羅列されているのが酷く不気味だった。
 測ったのか? 計ったのかとはやては思った。
 一瞬はやての脳裏に、メジャーを持って襲い掛かる暴漢魔の如き複数の男たちの姿が浮かんだが、真実は違う。
 ただ簀巻きにしたウェンディとセインを輪になった数十人の陸士で囲んで、パイプイスに座りながら、メモ帳とペンを手に競り市のように予想スリーサイズを討論しただけである。
 その反応をうかがいながら一番正解に近い数字を割り出しているというおまけ付きだ。
 むろん指一本触れてなどいない、彼らは紳士だから。

「えっと……報告書を渡してくれた人は『ああ、それですか? その格好は写真を撮るならこの格好じゃないと嫌だ! と是非ともいわれたので、着替えを渡してあげました』って凄い爽やかな笑顔で言ってきたよ?」

 フェイトは気付かない。
 それを言い出したのはナンバーズなんかではなく陸士たちだということに。
 決して嘘はついていないものの、爽やかな笑みと口調でフェイトは騙されていた。

「そ、そうか……」

 とりあえず後でこのウェンディとかいう戦闘機人の写真だけはコピーして、秘蔵アルバムに納めとこうとはやては密かに企んだ。
 おっぱい、おっぱいという単語が一瞬脳裏に浮かんだが、仕事中だということを思い出して軽く頭を振った。

「まあともかく、まさかUCATの皆がナンバーズを逮捕するとは思わんかったわ」

「そうだね」

 自惚れるつもりはないけれど、ナンバーズ――すなわち戦闘機人は極めて優れた戦闘能力とISを保有している。
 本局の高位魔導師クラスの実力はあるのだ。
 基本Bランク以下、陸士の中でも練度の高い陸士108部隊とはいえ、Aのギンガを機動六課に出向させている以上真正面からの相対は危険だと踏んでいたのだが――

 数の暴力はやはり偉大だったようである。

「まあええわ。どちらにしてもこれでぐぐーっと預言を防げる可能性が高まったことやし」

「そうだね」

 どこかじろじろ見られているかのような悪寒に、フェイトが後ろ手でお尻のスカート部分の皺を直した。

「そういえば、フォワード陣はどしたん? 確か今日は休暇のはずやけど」

「あ、あの子たちなら街に出てるはずだけど。ティアナとスバルならヴァイス陸曹からバイクを借りていったみたい」

「そか」

 そう告げてはやては不意に一枚の書類を取り出した。

「まあのびのび楽しんで欲しいわ。まだ子供やし、私らが頑張れええ」

「それは?」

「例の事故の報告書や。今、ギンガに調べにいってもらっとる」

 そう告げて、はやてがぱさりと机の上に書類を置いた。
 その文面には【市外地下トンネルで発生したトラック事故について】と書かれていた。





 そこは暗い場所。
 それは地下トンネル。
 そこにギンガは訪れていた。

「やぁ、ギンガ。七十八時間、三十五分、二十四秒ぶりだね」

 散乱したトラックの部品。
 ゲシゲシと陸士たちに蹴られているガジェットの残骸。
 勘弁してくださいと泣きついているトラックの運転手の首筋を掴み、尋問している陸士。
 パシャパシャと現場証拠のための写真を撮り、効率的に現場現象をしている鑑識班。
 彼らは陸士108部隊。
 ギンガの元の部署であり、ギンガに声をかけたのはその主任でもあるラッド・カルタスだった。

「ついこの間会ったばかりなんですけど、カルタス主任」

「いけないな。物事は全て正確に測るべきだ」

 そうだろう? と当然のように告げるラッドはいつみても見事なオールバックの髪を一撫でして、当然のように告げる。
 ギンガは少しだけ頭痛を堪えるように頭に手を当てた。
 彼女が管理局、それもミッドチルダUCATに所属してから数年。未だに彼女は独特な彼らの雰囲気になれない、なれることを拒絶していた。
 過去には何度もフィギュアを無断に作成され、注意と没収の果てに、泣きながらそれを破砕し、同僚を殴り飛ばした暴行事件などを起こしてしまったこともあったのだが。

「純情少女は実にイイッ!」

「最高だね!」

「君は売れるぜ!」

「俺たちのハートを、キャッチマイハート!」

 などという意味の分からない言葉と共に笑って許された。
 むしろもっと踏んでくれと告げる人間も多数居た。むしろ翌日には陸士たちを殴った時のポーズそのままのフィギュアが大量生産されていた。あまりのおぞましさに、ギンガが布団を被ってしくしくと涙を流したのも十回ではきかない。
 少なくとも父親であるゲンヤに続いて、まだマトモなラッドにギンガは頼ることが多いのだが、独特な会話のテンポに戸惑うことも多い。

「ああ、そうだ。いつものことだが、気軽にラッドと呼んでくれないか?」

「いえ、上司ですし」

「君と私の仲じゃないか」

 ハッハッハと笑って告げるラッドの言葉はきっと彼なりのジョークなのだろう。きっとそうだ。そうに違いない。
 ギンガは知らない。ラッドは常に本気だということを。

「まあ将来の話はそこまでにして、とりあえず鑑識班の報告を聞くかい? ギンガ」

 しょ、将来?
 と首をかしげながらも、ギンガが頷く。

「どうやらこのトラックは違法品を運んでいたらしくてね、それも――生体物らしい」

「え?」

 そういって、ラッドが首を傾げる。
 トラックの運転手が羽交い絞めにされて、その両脇をくすぐられながら「吐けー! 中に積んでいた幼女はどこだぁああ!!」「し、知らないんだ! 本当なんだ!」
「うるさい黙れ! 幼女だぞ!? ょぅじょなんだぞ! 傷一つ付いてみろ!! お前の罪を五倍に増やして、臭い飯を鼻から食わしてやる!!」「ひぇええええ」という阿鼻叫喚状態だった。

「あ、あの人は何を?」

「先ほど違法物を運んでいたと説明したね? どうやらそれを運んでいる最中に、トラックがガジェットに襲われたらしい。通報を受けて到着した特車部隊がガジェットを撃破したものの、どうやら積荷の幼女が脱走したそうだ」

「よ、幼女ですか?」

 真顔で幼女と告げた上司をマジマジと見るギンガ。
 その視線にラッドは軽く微笑み、視線を違う方向に向けた。
 すなわちトラックに。

「ああ。そのポッドを見てみたまえ」

 そう告げてラッドが指差した遺留品、それは大人ほどの大きさを誇るポッド。
 辺りに緑色の薬品を撒き散らし、事故の衝撃で破砕したのかガラス部分が砕け散っていた。

「どうやら人造人間――或いは改造人間、それも少女らしきものが脱走したようだ」

「なっ!?」

「現在特車部隊及び追跡班が追っているが、ギンガも彼らに合流してくれ。ガジェットが襲撃してきたということはおそらくレリックがらみだ」

「了解です!」

 ラッドが差し出した無線機とイヤホンを受け取り、耳に装着しながらギンガが走り出そうとする。

「ああ、それといつ戦闘になるか分からないからバリアジャケットは装着しておいたほうがいい」

「っ、はい!」

 言葉に甘えて、ギンガがデバイス――待機状態のブリッツキャリバーを握り締め、バリアジャケットを纏う。
 一瞬の閃光にも似た輝き。
 瞬くような瞬間に衣服が分解され、待機状態から起動状態になったリボルバーナックルが左手に、ブリッツキャリバーが両足に、露出していた裸身に光が纏う、それは視認するのも難しい一瞬の装着だった。
 その姿を鑑識班が、運転手を羽交い絞めにしていた陸士が運転手の顔を明後日の方向に向け、全ての陸士が一斉にカメラと血走った目を向けたのはいうまでもない。
 そして、ギンガの装着シーンをもっとも間近で視姦したラッドは短く、「実にいいね」と表情を変えずに告げると、手に持っていた無線機の通話スイッチを押した。

「追跡班、追跡班、そちらの状況はどうだ?」





 闇の中に声が響いた。

「こちら追跡班、チームγ。現在クラナガン地下下水道を探索中です」

 そう告げるのは三人組の陸士の一人。
 手に短い警棒タイプのデバイスを握り締めた隊長格の陸士。

『こちらラッド。引き続き変わったことはないか?』

「こちらチームγ。下水道内を反響して、機械の駆動音らしきものを補足。おそらくガジェットが潜伏している模様」

『了解。そちらのチームにギンガ及び援軍を送る。交戦しても無理はするな、繰り返す無理はするな』

「了解」

 そう告げて、陸士が通話スイッチのボタンから手を離した。

「無理するなだとさ」

「いいね、素敵な上司だ」

「なら、無理せずにいつもどおりに任務を完了させようぜ」

 そう告げると、陸士たちが走り出す。
 ぱしゃぱしゃと下水を踏み締めて、クリーンな世界の裏側に流れるどこか鼻を突く異臭の世界を走り抜けた。
 闇の中を彼らは駆け抜ける。
 まるで猟犬。
 下手すれば見落としてしまいそうな、誰かが流した血痕――おそらくポッドから飛び出した時、そのガラスで切り裂いた血の雫。それを追って、彼らは走る。
 探査魔法を使用し、さらに組み合わせた目元に被ったカメラにより、ルミノール反応を起こす血液はまるで夜闇の中の蛍のようだった。
 無数に下水道に潜り込んだガジェット。その位置を音と注意深い警戒によって、避け、或いは隠れ、彼らは突き進む。
 彼らの目的は戦闘ではない。
 追跡と捕縛。
 それに特化されたチームだった。
 厳しい訓練を潜り抜けた彼らの足取りに迷いは無い。
 暗い足元もなんなく走り、溢れた下水の水も蹴散らし、転がっていたスーツケースも飛び越え、一歩先にいつでるかもしれない敵に恐れもしなかった。

「って、ん?」

「どうした?」

 不意に一人が足を止めた。
 くるりと振り返り、先ほど飛び越えたスーツケースを見る。

「こんなところにスーツケース?」

 陸士が拾い上げる。
 鍵は掛かっていたが、携帯していたデバイスを短く起動させ、発生した魔力場で切断。
 中を開くと――紅い結晶があった。
 売り飛ばすと高く売れそうだなっと一瞬考える。

「……これなんだっけ?」

「レリックだな」

「そーなのかー」

 嫌な予感がした。
 そして、不意にぶぅうんという稼動音がしたので三人は顔を上げた。
 そこには紅い光――カメラの眼光があった。
 彼らは理解する。
 レリックの魔力波を押さえ込むスーツケース。それが開封されたことでガジェットの探査に引っかかったのだと。
 そして、目の前にいるのはまさしくガジェット・ドローンだということを。

「し……失礼しましたーっ!」

 彼らは逃げ出す。
 そして、その背中を追ってレーザーの嵐が吹き荒れた。下水道の壁が焼ききれる、悲鳴を上げて陸士が跳ねた。見るのも可哀想な醜態だった。
 彼らは猟犬。
 彼らの専門は追跡と捕縛。

 すなわち――戦闘には向いていない。






 ――作戦を続行する



[21212] 第1回 聖王の器 争奪戦 その2
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/19 00:42
 ――加速。

 優れた走りを持つものは重力を味方につけるという。
 重心を前に傾け、地面と平行に足を滑らせ、前へと倒れこみながら倒れないように走る。
 すなわち縮地と呼ばれる技法。
 もはや廃れた技法だが、これの概念は遠き異世界にも存在する。
 重力という重みを前に傾ける――すなわち追い風にすれば、それは速さになる。
 空士にはなれない。
 ただ地面を這い回る無様な陸士が編み出した走り。
 二本の脚をもって、走り抜くための術。

 闇の中で三名の陸士が走っていた。
 前かがみに、溺れそうな体勢で、それでも走り続けていた。

 それを追うのは命無き機動兵器。
 バーニアを吹かし、疾走する追撃者。
 閃光が迸る。それを察知し、陸士が跳んだ。ゆるやかに湾曲した壁に着地、流れるようにデバイスを握り締めて、魔法発動。
 デバイスの機構内で凄まじい速度で演算処理が開始され、発動するのはベクトル操作。
 重力の矛先は下ではない。ただ陸士の足元へと向けられる。
 すなわち壁。
 壁こそが床。
 走る、走る、走る。
 一人の陸士は壁を疾走する。
 それにガジェットの一体が速度を速めて、照準を合わせた。
 宿る光。

「っ!」

 他の陸士が声を上げる。
 一人が飛んだ。壁を走る陸士に体当たりし、陸士を庇うかのようにガジェットへと手を突き出す。

「プロ――」

 ――閃光。
 咄嗟に張った障壁を突き破り、陸士のジャケットを炭に変え、肌を焼いた。
 痛みに姿勢制御が取れない、不自然墜落の形で二人共が壁から落下する。
 下水の中に落ちる、水飛沫。爆発したかのように下水が吹き上がった。

「くそっ!!」

 残った一人、隊長格が警棒のような短杖のデバイスを起動。
 官給品のデバイスが唸りを上げて、主の意思に答える。
 バインド。
 迫るガジェットの一体を虚空から発生した光が縛る――しかし、それはすぐさま砕け散る。
 発生したバーニアによる圧力もあるが、それ以上にバインドがすぐさま浸食されたかのように脆くなったのが原因。

「AMFか!」

 相性が最悪だと叫んで、そこに無数の光が降り注いだ。
 それは人を殺す。
 それは人を殺害する。
 障壁を張る、しかしそれでもまだ届かない。
 平凡な己の魔力量だと、命を護れない。

 これまでか。そう陸士が思った瞬間だった。

「だりゃぁああああ!」

 割り込んだ影が一つ。
 それは青い髪の少女。嵐のような勢いで、華麗なる少女が陸士の前に立ち塞がり、鉢巻を揺らめかせ、純白のバリアジャケットを翻し、魅力的なおへそを露出しながら、強い意志を湛えた瞳で立っていた。
 その手に広がるのは強固な障壁。
 レーザーを弾き、逸らし、防ぐ。
 誰かを護るための左手。誰かを救うために伸ばし続ける少女の手。

「機動六課!」

「援護、しますっ!」

 叫んで、スバルが吼えた。
 右手のリボルバーナックルが渦を巻く。高速タービンが風を纏い、同時に振り抜かれた下水に埋もれていた脚が高々と天へと振り上げられた。
 目に焼きつくような健康的な太ももが伸び上がると同時に、蹴圧が下水を吹き飛ばして、弾き上げる。
 大量の水が激流と濃厚な水粒となってレーザーを拡散させる。そして、ダンッと水面下の地面を砕くかのように足を叩き降ろし、乳房を上下に震わせながら右手を振り抜いた。
 世界よ、穿たれよ。
 そう叫ぶかのような一撃。

「ナッコォオオ!!」

 大気が爆散した。
 烈風が狭い下水道内を突き抜ける。衝撃波と呼んでもおかしくない轟風がガジェットたちを震わせ、撹乱する。

「今です、逃げて!!」

「――馬鹿言うな!」

 スバルの叫ぶに、陸士は吼えた。
 ギラリと鋭い笑み。大人の意地がある、男の意地がある。
 そして、何より――

「女子供を置いて逃げられるか。そうだろう!?」

『おうっ!』

 吼える声、答える声が二つ。

「え?」

 影が駆け抜ける。
 スバルが貫き、砕いた水の霧の中で何かが蠢いた。
 ばしゃんという音と共に一本の手が突き出る。噴火したように水煙が発生。
 デバイスを構えた手。魔法の光が煌めき、魔力が形となって顕在化する。
 それは鎖。
 水面から飛び出し、伸び上がる無数の光の鎖がガジェットたちを絡め取る。

「ぉおおお!!」

 もう一つ声がした。
 下水から這い上がったもう一人の陸士。手袋形のデバイス――ブーストデバイス。
 口には魔力カートリッジ。ガキンと噛み砕き、噴出する魔力。
 濡れそぼった髪を振り乱し、それをガジェットへ放り投げた。
 AMFが魔力を分解する。純粋なる魔力の結合ではないため、その効果は薄いが、僅かでもAMFに負担を掛けるには十分すぎる。

「強化されよ、我らが鎖!」

 シンクロブースト。
 同術式を知り、同じ部隊の共通としたデータを持っているが故のシンクロ。
 他者の術式に介入し、己の魔力を供給する。プログラムによる制御故の荒業。
 チェーンバインドの結合を、僅かにAMFに耐え切れる硬度にまで高める。
 二人の陸士が吼えていた。
 バーニアを吹かし、引き千切ろうとするガジェットの抵抗に耐え、水霧に撹乱されているとはいえ打ち込まれるレーザーに怯む事無く睨み付けていた。
 その姿をスバルは綺麗だと思った。
 無様だけれども、かっこいいと思える。
 だから。

「ありがとうございます!」

「気にするなっ!」

 礼を告げるスバルの頭を軽く叩いて、陸士が短杖を構える。
 すぐにでも解放されるかもしれないガジェットに備える。

「他の人員は!?」

「もう、すぐ――来ます!」

 瞬間、ガラスの砕け散るような音と共にバインドが粉砕された。
 陸士が、スバルが飛び出そうとした瞬間。

「馬鹿スバル! お座り!」

「え?」

 彼らの背後から無数の魔力弾が撃ち放たれた。
 多殻弾頭――フィールド系魔法を貫くための鋭き牙。
 それが真っ直ぐにガジェット数体の装甲にめり込み――粉砕。

「っ、これは!」

 そして、スバルが声を上げようとした瞬間、彼らの背後から紅の影が飛び出た。
 それは迅い。目には捉えきれぬほど。
 それは鋭い。目では追いきれぬほど。
 燃え上がるような紅い髪をたなびかせ、純白のバリアジャケットのコートを翻し、手には己の身長を超える長槍――ストラーダを突き出したライトニングの一人。
 エリオ。
 ライトニング03 エリオ・モンディアル。
 狭い通路、その壁をベクトル操作ではなく純粋な速度で落下するよりも速く踏破し、視界を埋める薄霧の中を貫くように突貫した。
 その一撃は鋼鉄をもチーズのように切り裂く。
 己の膂力は大したことがなくても、速度すなわち威力。
 魔力弾を撃ち放ったティアナ・ランスターと一緒にいるキャロ・ル・ルシエのブーストを受けて、彼はまさしく疾風だった。
 音すらも切り裂く刃。

「はぁああああ!」

 剣閃交差。
 振り抜いた後に、斬撃音が高々と響き渡る。
 音速を超えた斬撃――遅れてガジェットが爆砕する。

「大丈夫ですか!?」

 爆風をバリアジャケットの防御力で中和し、エリオが華麗に床に着地する。
 輝かしいフトモモに、健気な表情を浮かべてエリオが振り向く姿に下水の中の陸士(エリオきゅん派)は見えないようにサムズアップした。

「うん、大丈夫だよ」

「助かった。礼を言う」

「い、いえ」

 そういってエリオが安心したかのように息を吐いた瞬間、後ろから響いた声にスバルはびくりと背を震わせた。

「ス~バ~ル~?」

「あ、テ、ティア」

「なんで勝手に先に進むのよ。こっちは徒歩なんだから、アンタのマッハキャリバーには追いつけないわよ」

 そういって、ガンッとスバルの頭に拳を入れる。
 あぅーと頭を押さえて涙を流すスバルに、その石頭にちょっとだけ自分の手も痛かったティアナも自分の手を摩った。
 その後ろで陸士がざぶざぶと下水から這い上がり、ファイトー! イッパーツ! と声を上げながら引き上げているが、誰も見ていない。

「ということは、我々を助けたのは独断専行だったのか?」

「あ、はい……戦闘の音とか、声とかが聞こえたから……気になってしまって、すみません」

 スバルがしょんぼりとうなだれて、その豊かな胸を強調するように前で手を組んだ。
 一瞬その胸を触りたいなと思いつつ、同組織人へのセクハラはいかんだろうと隊長格の陸士は自重した。

「助けられた我々が言うことではないだろうが……君たちはチームなのだろう?」

「はい」

「コンビネーションも信頼も必要だが、もっとも大切なのは仲間に頼ることだ。独断に出たとき、その人間はただの個人に戻る。たた一人の個人にな」

 その言葉には重みがあった。
 長年三人で戦い続け、もはや切れぬほどの絆と信頼、そして連携を持って彼らは戦い続けていたのだ。
 嘘など欠片も無い真実の重み。

「キモに命じておいたほうがいい」

「は、はい」

「けれど、礼は言わせてもらう。君がいなければ、私も、部下も死んでいたからな」

 にっこりと微笑んで、陸士がスバルの頭を撫でた。
 親子ほどに離れた二人の光景。

「あ、ありがとうございます!」

「私が礼を言ったのだがな……おかしなことだ」

「そ、そうですね!」

 慌ててスバルが訂正、陸士が笑う。
 ほがらかな雰囲気。
 ティアナがやれやれと肩を竦ませ、エリオがどこか憧れるような目つきでそれを見て、ようやく追いついたキャロがどうしたんですかと首を捻る? フリードはぱたぱたと飛んでいた。

「すまんが、君が彼女達の指揮官か?」

 笑いを止めた隊長格がティアナに振り返る。

「そうです。殆ど同階級ですから、まとめ役程度ですけど」

「すまんな。君の言葉を奪ってしまったようだ」

「いえ」

 まだ若輩の私が言ったところで、説得力はなかっただろう。
 ティアナはそう続けようとして、その言葉は途中で閉ざされた。

「そうだ、これは君たちに預けておく」

「え?」

 そう告げて差し出されたのは一つのスーツケース。
 レリックの入ったケース。

「我々よりも君たちのほうが優秀だ。護れる可能性は高いからな」

「……謹んで受け取らせてもらいます」

 そういってティアナがスーツケースを受け取る。念のためケースを開ける、中にあるのは紅い結晶。
 そこにあったのは間違いなくレリックだった。
 彼女達が探しに来た目的物に間違いない。

「じゃあ、皆! さっさと他のガジェットに追いつかれる前に脱出するわよ」

『了解!』

 そう叫んで、三人が手を上げた。
 そう、“三人だけが”。


「悪いが、それは難しくなったようだな」


「え?」

 陸士たちが構える。
 瞬間、コツンと音がした。
 ガシャンという金属の甲冑にも似た、それでいてどこか生々しい音が混ざり合う。

「なに、これ?」

「反響音から算出――足音2! 羽音1! 三体だ」

 ブーストデバイスを付けた陸士が叫び、スバルの眼光が暗闇の奥を見据えた。
 そこにいたのは三体の影。

「こ、子供?」

 一人の少女。
 紫色の髪をたなびかせ、大きく肩を露出した短いワンピースにも似た衣装、手には宝玉のついた手袋――ブーストデバイスを付けた美少女。
 その目に光は無い、ただの虚ろな瞳、心がないかのような目つき。

「蟲?」

 一人の異形。
 紅い複眼、黒ずんだ甲殻、長身の人型。明らかな人外、鋭い爪、一目見ただけで震えが走りそうな異常さ。
 それは化け物。

「……ちびっこか」

 翼を生やした小人。
 紅い髪、御伽噺の悪魔のような皮翼状の翼、ビキニの水着にも似た露出の多い衣服を纏い、小人のような身長の少女。
 炎のような少女。

「ちびっこいうな!」

 一人だけ呼ばれた名称に文句があったのか、反論する紅い髪のミニ娘。

「うるせえ、このフィギュア美少女!」

「テメエぇ! 焼き殺――」

「アギト……黙って」

 ミニ娘の言葉を遮るように、紫色の髪をした美少女が告げる。
 渋々と従う紅い髪の少女。異形は動かない。

「レリック、渡して」

『っ!』

 その場の全員が放たれた言葉に警戒を強めた。

「さもないと……殺してしまうかもしれない」

 淡々と告げられた死刑宣告。
 何の感情も含まれていないが故に本気だと分かった。

「なんで、君みたいな子供がレリックを!?」

「それが必要だから」

 エリオの叫び。

「私の心、取り戻す。母さんと父さんのために」

 叫びを一蹴する美少女の返事。

「両親!?」

 放たれた言葉にエリオが一瞬動揺する。僅かな空隙。
 そこに異形が動いた。
 0という停止状態から、一踏みで200キロを超えるような急激な加速。
 十メートルは離れていた間合いが、瞬く間にゼロとなる。

「え?」

 言葉よりも早く、フォワード陣の全員が反応するよりも速く、振り抜かれたカギヅメがエリオの頚動脈を切り裂こうとして――
 停止。
 ギチリと音を響かせて、その速度が一瞬止まる。手に絡みついた光の拘束によって。

「バインド!?」

 エリオが叫びながら瞬時に飛び退く。
 その髪を切り裂いて、瞬く間にバインドを腕力のみで引き千切った異形の手が虚空を押し潰した
 拳圧が風を起こす。唸り声にも似た音が響き渡る、異形の唸り声のようなおぞましさ。
 さらに追撃――そこに無数の魔力弾が打ち込まれ、異形が跳び退く。

「逃げろ、お前たち」

 魔力弾を放ったのは陸士たちだった。
 フォワード陣を護るかのように、三人が並ぶ。

「え?」

「逃がす理由は分かるだろう?」

 ティアナが自分の持つスーツケースを見る。
 彼らはこう告げていた。
 レリックをもって、さっさと行けと。
 足止めをしてやると。

「そんな、僕たちも――」

「ガリュー!」

 美少女の声、異形が動く。
 拳が振り抜かれた。遠く離れた間合い。しかし、それは殺意が込められている。
 二人の陸士が手を伸ばす。障壁発生、それが大きくたわむような轟音。衝撃波だった。

「さっさと行け!!!」

 隊長格がデバイスを構える。アクセル・シューター、二つの魔力弾がガリューへと撃ち込まれる。
 しかし、それはたった片手で弾き落とされて――

「っ!!」

 叩き落された魔力弾が弾けた僅かな光。
 その瞬間、異形は姿を消していた。
 右? 左? 下? 否――
 足音が響く、頭上から。

「上かっ!」

 ガリューが天井を走っていた。足に生えた鋭い爪で天井に突き刺し、加速。
 陸士たちを飛び越えて、一直線にティアナへと迫り――

「くっ!」

 迎撃の魔力弾。
 スバルが跳ぶ。
 しかし、それすらも。

『WiOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』

 ガリューの全身が唸り声を上げた。
 異形の筋肉が異常なる音を上げて、背中から生やしたキチン質の翅を震わした。
 さらなる加速。

「っ!」

 魔力弾を肘で叩き潰し、迎撃に出たスバルすらも驚愕する速度。ありえない空中での加速。
 スバルの右手が撃ち放たれるよりも早く、ガリューの伸ばされた右手が彼女の顔面を掴んだ。
 爆音。
 地面へとスバルが後頭部から叩きつけられる。

「スバルぅう!」

 ティアナがクロスミラージュを構える。
 しかし、即座にガリューがスバルの身体を盾にした。顔面から上へと引きずり上げて、スバルの体がカーテンとなる。
 ――このまま射撃すればスバルに当たる。

「っ!」

 一瞬の躊躇。
 それが命取りだった。
 目の前に飛び込んできた物体に反応し切れなかったのだから。
 飛んできたのはスバル自身。
 顔を放したガリューが振り抜いた蹴り、なんとかスバルは両腕でガードしたものの威力は絶大。人と異形の比べ物にならないポテンシャルの差。
 声を上げる暇もない。スバルの体が砲弾のように吹き飛ぶ。
 ティアナがそれに叩きつけられて、一緒にもんどりを打って倒れた。

「ティアナさん! スバルさん!」

 キャロが声を上げて、咄嗟に抱き起こそうとする。

「キャロォオ!」

 しかし、エリオは見た。
 その背中に迫るガリューの影を。

「ぇ?」

 エリオが足を踏み出す。
 魔法発動――ソニックムーヴ。
 音速よりも速く、彼女へと辿り着けと叫ぶ思いで走った。
 無茶な速度に両足の筋肉が悲鳴を上げる。構わない。届くなら、間に合うならば。

 そして――

「キャロォオ!!」

 間に合った。
 キャロを押し飛ばすように、エリオがガリューと彼女の間に割り込む。
 加速する感覚の中でキャロは見た。
 凶刃を振り上げるガリューと、その前に立ち塞がるエリオを。

「」

 声など上がる暇も無い。
 一呼吸よりも早く、エリオは死ぬ。切り裂かれる。
 確定的な未来に、キャロは絶望的な悲鳴を上げようとして――
 エリオはその未来に覚悟を決めながら、キャロを庇って両手を広げ――

 鮮血が飛び散った。

 大量の血が溢れた。
 けれど、それはエリオではない。
 ガリューですらない。

「……え?」

 右腕が折れていた。
 鋭いカギヅメに突き刺されて、真っ赤な薔薇のようにずたずたに壊れて、そこから血を溢れさせながら誰かの右手が壊れていた。
 それでも止められていたのは無数の光の束縛。
 自らの右手すらも拘束し、固定するためのバインド。
 そして、展開された障壁。強化された障壁。
 それは僅かに早く、ティアナとキャロの元へと向かい、立っていた隊長格の陸士。

「な、なんで」

 魔力素養なんてエリオ以下。
 この場のフォワードの誰よりも弱いはずなのに、陸士は彼らを庇った。
 普通は逆じゃないのか?
 なんで、なんでと叫びそうになるエリオに、陸士は痛みすらも押さえ込み、ニヤリと笑って見せる。
 こんなのはへっちゃらだと告げるように。
 さらに血が噴き出る。
 下水に混じった紅い水が流れる。
 それでも陸士は怯まない。
 目の前で爪を突き刺す異形を睨み、ガリューは今まで何度も打ち倒した管理局員たちとは違う彼を警戒していた。
 右手が蠢く。
 ガリューの爪を握り締め、痛みに汗すら流し、激痛に涙を流し、鼻水を垂らしながらも陸士は立ち塞がる。

「さっさといけ」

「え?」

 エリオの反応を待たず、陸士はゆっくりと踏み出し、水溜りと血溜まりが音を立てて跳ねた。
 顎をのけぞらし、踏み込む。
 鈍い音と共に吼え猛る陸士の額が、ガリューの顔にめり込んだ。
 頭突き。
 原始的な到底通じるはずがないような打撃手段に、ガリューが怯んだ。ありえない自体に動揺していた。
 爪が抜ける、血が吹き出る、それでも笑う。陸士は雄雄しい背中を見せながら、歯を剥き出しにする。

「ここから先は俺たちの仕事だ」

 それはあまりにもカッコイイ一言だった。
 無様な姿。
 説得力の欠片も無い怪我。
 だけど、エリオはどこか痺れるような気持ちだった。
 その背中に何かを見出していた。
 一瞬諦めかけた生への執着を、誰かを護るための意思を再び立ち上がらせる。

「皆、いくよ!」

 エリオが叫ぶ。
 キャロを抱き上げて、ようやく起き上がり始めたティアナとスバルの手を掴んで走り出す。

 この日、少年は新しい憧れを抱いた。

 誰かを護るための背中というものに。





「ルールー! やばい、あいつら逃げちゃうぞ!?」

 アギトが走り出したフォワード陣を見て、焦ったような声を上げる。

「アギト……協力して」

「え?」

「多分ガリューだけだと、押し切れない」

 そう告げるルーテシアは布陣を組む陸士たちを見ていた。
 その目には誰も彼もぎらついた光が宿っている。
 ルーテシアにはない心の力。一瞬憧れて、それがどこか憎らしい。
 心なんてないはずなのに、何故か嫉妬していた。

「すぐに倒して、追う。それが一番ベスト」

「了、解!」

 アギトが八重歯をむき出しに、両手に火を宿す。
 ガリューが構える。
 同時に陸士も構えた。怪我を負った隊長格でさえも何の痛痒も感じていないかのようにデバイスを構える。

「は、只でさえヤバげな変身ライダーもどきに、ちびっ子か」

「状況は絶望的だな?」

「まあ多分」

 軽口が洩れる。
 見たところ、精々Bランク以下が限界。
 その程度の魔導師ならばガリュー一人でも倒せるはず。なのに、ルーテシアは警戒していた。

「で? どうする?」

「なにが?」

「こいつら倒したら、誰がロリっ子を運ぶか決めとくべきじゃないか?」

 そんな言葉を吐き出した瞬間、空隙を縫うように陸士が動いた。
 散開。
 一人は後ろに、二人は左右に跳ぶ。

「ばらけるつもりか!」

 確固撃破してやる。
 そう考えて、アギトは手に宿らせた炎を迸らせた。狙いは真正面の奴。傷ついた隊長格。
 蛇のように迸る炎が一直線に隊長格の陸士を追撃し、それに彼は真下にデバイスを向けた。

「馬鹿者」

 この場はどこだ?
 下水道だ。
 ならば、傍に流れるものはなんだ?
 下水だ。
 すなわち――水。
 殺傷設定の魔力弾、拙いB未満の魔導師でも十分すぎるほどの水柱を噴出させる。炎に水柱が激突し、削り落とされたかのように炎が弱まる。

「なろぅ!!」

 アギトが飛ぶ。
 羽をはばたかし、追撃に迫る。
 火炎弾を撃つ、撃つ、撃つ。暗がりの中を、照らし出すかのように真紅の焔が瞬いた。
 迎撃の魔力弾。
 二発の魔力弾が飛び、さらに足元に再び水柱。汚水に汚れながらも、陸士が躱す、凌ぐ。
 しかし、距離が縮まる。怪我のせいか、動きが鈍い。他の陸士はガリューが戦っている。むしろいたぶられていた。
 壁を走ろうが、天井に飛び上がろうが、ガリューの加速には追いつけない。圧倒的に弱い。
 精々が失神と即死を避けるために障壁を張り、殴り飛ばされるだけ。
 雑魚は雑魚らしくやられるのみ。
 いつもと変わらない、何回と続けた低級魔導師との戦い。

「黒焦げに」

 右手を振り上げる。
 迫る五メートル、必死に逃げる陸士に笑いながら、炎を燃え上がらせる。

「なりなぁあああ!!」

 瞬間、瞬いたのは下水道を埋め尽くす焔。
 古代ベルカ式、魔導師ランクにして空戦A+の圧倒的な業火。
 それが彼女の前方全てを焼き尽くした瞬間――

「ぇ!?」

 ギチリと彼女の体が拘束された。
 陸士を焼こうと右手を振り抜き、数十センチ進んだ位置。
 僅か数秒前に陸士が立っていた位置――そこを通過した瞬間、バインドが彼女の身体を拘束した。
 ディレイドバインド。
 特定空間に侵入した物体全てを拘束する黄金色の鎖。

「っぅうう、死に際にちょこざいなぁ」

 アギトのサイズに合わせて、補正されたバインドは彼女のフトモモを、胸を、腹を、首を、まるで緊縛するかのように捕らえていた。むき出しの肌に鎖が食い込み、僅かな苦痛。
 捕らわれることは好きじゃない。
 過去を思い出すから。

「くぅう、速攻で解除してやる!」

 喘ぐように声を上げて、バインドを解除すべくアギトが魔力を放出する。
 圧倒的な魔力差に鎖が弾け飛ぶように千切れ、アギトが安堵の声を漏らした。

「さて、一匹は仕留めたし、あとは――」

 ガリューに援護すべくアギトが翻る。
 飛び立とうとした足を――掴むものがいた。

「なっ――」

 水音を立てて、手が伸びた。
 最後まで声を出す余裕も無く、単純な体重と膂力差にアギトが汚水の中に引きずり込まれる。

「アギト!?」

 ルーテシアの焦ったような声だけが最後に聞こえた。
 そして、アギトは見る。
 下水の濁った水の中、紅い水を撒き散らしながら、こちらを睨み付ける人影を――





「ガリュー! 早く、そいつらを始末して! アギトが!!」

 ルーテシアの声に、ガリューが吼えた。
 右足が折れて、左腕も折れた陸士を蹴り飛ばす。両手のデバイスで障壁を張るが、まるで木の葉のように陸士が吹き飛んだ。

「ぶぅつ!!」

 壁に激突し、血を吐き出し、受身も取れずに吹き飛んだ陸士が血を吐き出す。
 肋骨が折れたのか、泡の混じった喀血を吐き出していた。

「大丈夫か!」

 脇腹を抉られ、額の流れる血に顔を染めた長杖の使いの陸士が声を上げる。

「後は貴方だけ。ガリュー!」

 吼える。
 無言で身体を震わせ、翅を振動させながら、ガリューの手が閃いた。
 人を圧殺する不可視の砲撃。
 衝撃波に、陸士は障壁を張って耐える。
 ずるずると一撃ごとに踏ん張る足が血と下水に汚れた地面に滑り、障壁がひび割れるように砕けていく。
 それでも――

「ぉおおお!!!」

 両手を突き出し、耐える、耐える、耐える。
 限界を超えた魔力放射に毛細血管が切れたのか、千切れた裾から見える腕がより活発に血を流しだす。長杖の握り部分が血に染まる。

「人間様を舐めるんじゃえぞ、昆虫野郎!!」

「ガリューは貴方達よりも強い」

 陸士の絶叫、それが無意味だと伝えるようにルーテシアが告げる。

「終わらせてガリュー」

『RUYYYYYYYYYYYYYYYY!!』

 瞬間、ガリューの全身が波打つように震えた。
 そして、消えた。

「なっ!」

 また上かと一瞬視線を上に向けて、その瞬間障壁が破砕された。
 拳が、カギヅメが深々と腹に突き立つ。

「ぶふっ」

 噴出した血がガリューの顔を汚す。
 突き上げられるかのように、祭り上げられるかのように陸士の体が持ち上げられて――捨てられた。
 ばちゃりと音を立てて、もはや語る余裕も無い陸士が転がる。
 血が広がっていく。
 ただ離すことなかったデバイスが地面に落ちて、澄んだ金属音を響かせた。

「これで終わり」

 そう告げて、ルーテシアが激しい水音を立てる水面に指を向けて、ガリューに命じようとした時だった。
 笑い声が響いた。

「ははは……終わりだと?」

 それは血を吐き零す陸士の笑い声。
 湿った苦しげな笑い声。

「なにがおかしいの?」

「おかしいに決まっている」

 いつの間に取り出したのか、手には魔力カートリッジ。それも開封されて、魔力を垂れ流した物体。
 それを剥き出しの胴体に突き刺して、まるで切腹するかのような体勢。

「終わるのはお前らだ」

 ジャララララララララ!
 金属音が鳴り響く。
 それはどこから?
 決まっている――ガリューの足元から。

「なっ!」

「教えてやるよ、データリンクの力を。官給品のいいところをな!!」

 それは数十本にも及ぶ鎖。
 まるで踊るかのように、蛇のようにガリューの脚から、首まで絡まっていく。
 咄嗟に暴れ出すが、ガリューの怪力を持ってしても即座に壊せない強固な縛鎖。
 そして、その発生源は未だに唸りを上げ続ける――長杖形のストレージデバイス。

「遠隔操作も可能なんだよ、おれたちはなぁ!」

 チェ-ンバインド。
 物理的な拘束能力の高いバインド。それがガリューを封じ込めていた。
 命がけで普通ならば出来うるはずもない、魔力カートリッジの発動。それを身体に突き刺し、無理やりリンカーコアで還元する荒業。
 ――入院三ヶ月コース決定。

「そう。そんなに死にたいの?」

 ルーテシアが右手を向ける。
 このバインドは術者が死ぬか、意識を失えば存続は不可能。
 今の瀕死の陸士ならば、簡単な魔力弾一つで死ぬ。
 何の問題も無い。

「さようなら」

 魔力の光が迸り、魔力弾が撃ち出される。



 ――よりも早く、轟音が背後から響いた。


「え!?」

 驚愕の声。
 振り返った視界、そこには砕け散った壁。
 青い髪を靡かせた一人の少女が、そして無数のカメラと縄と網と虫取り網を持った陸士たちがいた。

「ギンガ・ナカジマ! γチームの救助に只今参上!」

「同じくギンガの撮影に同行!」

「美少女と聞いて飛んできた!」

「変身ヒーローと聞いて飛んできました!」

「ちびっ子はどこだぁああああ!!」

 至って真面目な少女が一人、あとはどこまでも駄目な奴らが援軍に訪れた。



 こうして、地下の戦いは閉幕に近づく。

 しかし、戦いは地上でも繰り広げられていた。

 聖王の器を巡る戦いは未だに終わりを見せない。











今週のナンバーズ(捕獲組)

 1.ウィンディとバイク乗り(名無し君)

「なあ、なんで俺を毎回呼び出すんだ? なんか上司から「死ね! お前は豆腐の角に頭をぶつけて死ね! 氏ねじゃなくて、死ね!」って言われるんだけど?」

「うるせーッス。毎日、暇なアタシの愚痴ぐらい聞けーッス。胸もんだくせに、この乙女の敵」

「うるせえ、黙れ俺のボーナス帰せ」

 入るはずだったボーナス。
 しかし、それは入った瞬間、同僚に両腕を捕まれ、無理やり連れて行かれた飲み屋で全て飲まれた。金も払わされて、全て消えうせた。

「今日は非番だし、パチンコで金すったし」

 そう告げて、特車部隊の下っ端とウェンディは面会室で会話を交わしていた。
 ちなみに途中から雑談から、ライディングボードとバイクの差、そしてその魅力を熱く語る内容にシフトしていったのは同じライダーとしての性だろうか。
 金の亡者のはずの陸士。彼は着実に人生の墓場へのフラグを立てていた。







 2.セインと尋問

「はけー! 吐くんだ!」

 セインは日々厳しい尋問を受けていた。
 パイプイスに座らされて、何故か亀甲縛りの縄状態で、数十人の陸士たちから尋問を受けている。
 そこはミッドチルダUCATでも最深部の位置。
 周囲四方の壁全てに常に魔力炉から供給される障壁が張り巡らされて、完全防音の特別拷問室と呼ばれる場所だった。
 泣いても叫んでも誰も助けにこないまさしく監獄。

「嫌だ!」

 拒絶の言葉と共に何かを打つ渇いた音が響く。
 それは鞭。
 ぴしゃんと音速を超えた鞭が放ち、物体を打つ音。

「ひぃつ!」

「嫌なら話せ」

 淡々と言葉が告げられる。

「う……嫌だ!」

 パシーン。
 鞭が閃いた。鋭い空気が爆ぜる音。聞くだけで身が竦みそうな音。

「ひぃいっ! わ、分かった!」

「ん?」

 おびえた声。
 セインがおそるおそる告げる。

「う、ウー姉は男の趣味は知らないけど、姉はど、ドクターが好きだ。ぶっちゃけ出来てる!」

「ガッデム!!」

 絶望の声が上がった。
 数十人の陸士が頭を抱えた。ムンクの悲鳴だった。
 スカリッティ殺してやると叫ぶものもいた。

「よーし、よく喋ったな」

 そういって鞭を持った陸士の一人が、セインの口に飴を入れる。

「あ、甘い……」

「じゃあ、次言ってみるか。ウーノのスリーサイズを上から言え」

「い、嫌だ!!」

 パシーン。
 セインの目の前で鞭が弾かれる。鋭い音にひえええとセインが声を上げた。
 ちなみに鞭は一切セインに当たっていない。
 そこらへんを適当に叩いているだけだったりする。まるで猛獣のような扱い。
 美少女の身体に傷つけるわけがなかった。ただおびえる様をじーと視姦しているだけである。

「い、いいますぅ!」

 涙目でセインがうぐうぐと声を上げて、スリーサイズを話し始めた。
 こうして今日、セインはナンバーズの一番から七番までの全てのスリーサイズと男の趣味を自白させられた。

 それを部屋の隅で顎を撫でながら、見ていたレジアス・ゲイズは呟いた。

「やはり飴と鞭、この二つで堕ちないものはいないな」

 意味が違います。




[21212] 第1回 聖王の器 争奪戦 その3(終わり)
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/20 12:03
 聖王。
 かつて古代ベルカにおいて権威を振るったと言われる古の王。
 信仰の対象となったほどの人物。
 されど、それが何を行ったのか、どのような人物なのか、それは驚くほど民間には知られていない。
 謎がある。
 過去は全て覆い隠されていた。

 そして、その謎は今ここに明かされるのだろう。

 古き王は蘇る。

 一つの預言書の一文通りに……









 海はいつものように蒼く美しかった。

「あおーい海~」

 その上を疾走するボートが一台。
 そして、その先頭にて佇む人物が二人――謎めいたポーズを取っていた。
 一人は後ろで前の腰を支え、一人は前に乗り出すポーズを取っていた。
 一昔前に流行った大作映画のポーズである。

「しろーい波~」

 しかし、悲しいことはそれを“男同士”でやっていることだろうか。
 ダイバースーツにも似たのっぺりとした防護服を身に纏い、頭には色彩模様のバイザーを被った男たち。
 誰が知ろうか、それはミッドチルダが誇る(?)海上防衛部隊である。

「海は美しい~ひゃっほぉう~」

 らららーと歌声を上げていると、ボートの中から同じような格好に耳にイヤホンを嵌めた陸士が一人出てきた。

「おーい、おまえたちー」

「あ?」

「なんか出動だっべさー。海上にガジェットの出現、ダース単位だってよ」

 連絡係の訛りある言葉に舌打ちを洩らし、二人の男がポーズを解除する。

「ガジェット~? それって確か陸と空をぶいぶい言わしている機械じゃなかったか?」

「それがえーとレリックとやら狙いで、海上から出てきたってよ。機動六課とやらの人員が二名ほどこっちにも向かっているらしいが、こっちにも出動が来とるわい」

「めんどくせーな」

 しかし、仕事は仕事である。
 陸士の二人は手袋を嵌めた手を握り締めて、ギリギリと音を立てると、おもむろにバイザーを外した。

「この海を汚すとあらば戦うしかねーな」

 キラーンと歯を日光に輝かせて微笑む陸士。
 しかし、彼は気付いていない。
 ずっとバイザーを付けて直射日光を浴びていたその顔は見事なバイザー焼けをしていたことに。






















 海上の上で戦いが巻き起こっていた。

「どりゃぁああああ!!!」

 紅い衣が翻る。
 一人の少女が虚空を駆け抜け、音速を超えた速度でその身に余る鉄槌を叩きつけていた。
 破砕。
 機械仕掛けの鉄槌を、その身を越える巨大な絡繰兵器を打ち砕く破壊とし、一瞬遅れて発生する爆風をその身に纏う障壁を持って蹴散らしながら、その少女の外見をした戦士は空を舞っていた。
 指を鳴らす。
 瞬時に生み出されるのは塵埃を核とした疑似物質たる鉄球。
 それらを複数生み出し、投げ放つと、同時に手首を返し、スカートを翻し、まさしく踊るようなターンと共に鉄球の尻を打ち弾く。

「シュワルベフリーゲン!!」

 術式起動を発声。
 亜音速の速度を得た鉄球は銃弾をも超える質量を伴い、次々とガジェットのAMFを貫通し、破砕していく。

「けっ、AMFがあろうがこれなら効くだろ」

 生み出したのは純粋魔力ではなく、魔法をもって作り出した疑似物質だ。
 時間を掛ければ分解されてしまうだろうが、ガジェットの張るAMF程度では分解すらも出来ずに直撃する。
 鉄球の速度は銃弾には劣るが、その鉄球自体が持つ質量差を考えれば大口径マグナムの直撃に匹敵する破壊力を持っていた。

「凄いですー!」

 そして、その少女――ヴィータの傍で妖精のように舞い踊るのはリインフォースⅡだった。

「さっさと潰して、他のフォローに回らねえとな!」

「ユニゾンするですか?」

「いや、まだいいと思うが……」

 この程度なら個別で潰したほうが効率がいい。
 そう発言しようとした瞬間、不意に通信が入った。

『スターズ02! そちらに援軍が入ります、彼らと協力して対処してください』

「援軍?」

 ルキノからの通信に、ヴィータが首を捻った瞬間だった。

『ぱらっぱっぱ~ぱ~♪』

「あ?」

 変な音が聞こえた。
 否、音楽が聞こえた。
 しかも、通信から直通である。

「っ、ルキノ! オマエ、なんで音楽なんて流してんだ、馬鹿か!」

『へ? え? 私じゃないですよー!!』

「あ? それなら誰が――」

「俺だぁあああ!!!」

 叫び声と同時に上空から被るシルエット。

「え?」

 見上げた先には一台のジェットスキーがあった。
 ……ジェットスキー?

「うぉおいいいい!!!」

「なんですかー!!」

 現状を確認しよう。
 彼女達の下は海である。
 数十メートルは上空だが、海だ。それならば問題は無い。
 しかし、彼女達がいるのは空である。


 Q.空でジェットスキーは走れるでしょうか?
 A.走れるわけないだろ、JK。


「フッハハハー!!!! 空を舞い跳び、海を支配する陸士海上防衛隊Cーチーム唯今推参!!」

 ぶるおぉおんと音を立てて、ジェットスキーに乗った一人は乗り手、もう一人は後方で縄を括りつけ、車体にしがみ付き奇声を上げるダイバースーツ陸士。
 しかも、車体の横には【海人】と達筆で書かれている始末だった。

「陸はどうなってんだー!!」

 常識を弁えたものならば誰もが上げるだろう、ヴィータの絶叫だった。
 リインにいたってはひきつけを起こし、「ああ、なんだか綺麗なお姉さまが見えるです~、なんかSLBとか防げるダイナマイツボディです~」とデバイスが逝けるか分からない彼岸を見ていた。
 しかし、そんな隙を見逃すはずも無い感情のないガジェットたちが居た。
 レーザーの発射口でもあるアイカメラに光を灯すと、無感情に隙だらけのヴィータたちに目掛けて照準を合わせる。

「ぬっ、あぶなーい!!」

 後方に乗っていた陸士が、腰に備え付けていた複数の銛の一つを握り締めるとトゥッと華麗に空を舞った。
 近代ベルカ式魔導師である彼は己の技術全てを盛り込んだ身体能力増強を施すと、途端にぴっちぴちのダイバースーツに筋肉が浮かび上がる。
 なんという素敵なボディ。
 ビフォー:痩せ男 アフター:アンチェインと言わんばかりの体つき。
 腹筋は盛り上がる筋肉に負けて湿ったTシャツの如くその素敵さを浮かび上がらせ、四肢はまるで大樹のように太く逞しく、肩はわーいパパーと言って抱きついても一寸も揺らぐことはないだろう逞しさ、そしてその笑顔はとても濃かったです……
 まるでボディペイントでダイバースーツを描いたような肉体の浮かび上がり。
 なんというマッチョ、なんという超☆兄貴。
 兄貴ぃー! サムソンー! という声が虚空から聞こえた。
 リインはぶくぶくと泡を吹いていた、刺激が強すぎた。
 ヴィータの目が死んでいた、ハイライトが消えていた。
 そんな彼女達の悲劇も知らず、陸士はクルクルと一秒前とは別人の肉体を翻しながら、ぬぉおおおおお!! という渋味ボイスを撒き散らして、銛を投げた。
 果たしてCランク程度の魔導師である彼が投げた銛はガジェットに突き刺さるのか?
 刺さるのだ。刺さる、AMFをも関係ない力技で投げ込んだ銛はガジェットの装甲を貫けるのだ。
 ザクリとまるでイミテーションのようにアイカメラに突き刺さった銛、それを見て、陸士は落下しながら素敵な笑みでポチッと腰のボタンを押した。

「逝ってまえぇ!」

 ばちぃいとっと銛との間に張られたワイヤーに紫電が迸る、バリバリとガジェットが悲鳴にも似た震えを見せて炎を吹き出した。
 内部部品が過剰電流で焼き切れたのだ。
 機械に大敵は電気である、それを体現した武装。
 さらに、とぅっ! と、足元を不運にも飛んでいたガジェットを水道管工事オヤジのように華麗なジャンプで飛ぶと、日本刀の柄頭の如く太い指でさらに銛を抜き去り、投げる、投げる、投げる。ついでに殴った。
 指弾の如き速度で銛が突き刺さり、流れる電流に次々とガジェットが落ちていく。

「ふぅははははー!! 深海の鯛を串刺しにするよりは簡単よのぉ」

 プラプラと事前に縛っておいた縄に吊り下げられながら、マッチョ陸士は不敵に暑苦しく笑っていた。
 ちなみにジェットスキーの運転手である陸士は「貴様に魂があるならば応えてみろ!」と、吼えながらドライビングテクニックを華麗に魅せていた。

「……あたし帰っていいか?」

 人生全てどうでもいいや、という顔を浮かべていた。
 遠い空に浮かぶ大切な家族をヴィータは見上げていた。
 無論、幻覚である。

「あうあう、マッチョ怖いです~ですーです~……」

 トラウマになり、リインは純真さを失った態度でヴィータにしがみ付き、プルプルと震えていた。

『だ、駄目ですよー!! ヴィータ副隊長、カムバック! マインドカムバック!』

 ヴィータの心はボッキリと折れていた。

 どうやら他のフォローに回る暇はなさそうだ。








 一方その頃、空で激闘を繰り広げている二人の女性がいた。
 廃棄都市の上空、地下水路に潜ったフォワード陣を見送り、出現したガジェットたちの迎撃に出た隊長陣が二人。

「くっ、このぉ!!」

 術式演算、魔力充填、瞬くような速度で複数思考を同時稼働、それら全てで考え抜いた考えを手に持つ紅き宝玉の戦杖に入力する。

「レイジングハート、行けるね!」

『Yes』

「アクセル・シューター!」

 カートリッジロード。
 一つの薬莢がレイジングハートから排出され、誘導制御型の魔力弾が32個放出される。
 自分自身で制御するのはその内の三分の一程度、他は誘導制御プログラムを仕込んで、制御する魔力弾に追走させる。
 如何に彼女、高町なのはの魔法素養が並外れていようとも、32個の弾丸全てを制御するのはマルチタスクを用いても人間の演算能力を凌駕しているし、不可能だ。
 人間の能力を補い、さらなる高みへと上り詰めるのには修練以外に人は道具を用いてきた。
 長年に渡り磨き抜いてきた制御能力に、カスタマイズを繰り返してきたレイジングハートに記録されたプログラムが彼女の能力を人知を超えたものだと錯覚させ、起こりうる結果をエースオブエースの名に恥じないものに変えているのだ。

「いっけぇえ!!」

 そして、未だ成長途上のフォワード陣が作り出す魔力弾とは比べものにならない高圧縮の弾丸が、鳳仙花を描くように舞い散り、次々とガジェットたちに被弾していった。
 出力リミッターはかかっているため、一機体に付き4発の弾丸を必要としているが、それでも恐ろしい速度で撃破を繰り返している。
 そして、そこから打ち洩らした敵を撃破する閃光が一振り。

「なのは、鈍ってない?」

 黒衣のバリアジャケットを翻し、妖艶とさえ言える艶かしい体躯を晒し出しながら、その手に閃光の戦斧を握った金髪の美女。
 虚空を滑るように走り、重力制御とベクトル制御の両方でゼロから数百キロにも達する加速度を持つ閃光の如き死神――フェイト・T・ハラオウン。
 刃を細く、それと裏腹に肉厚に刀身を形成、斬撃の瞬間のみ供給量の魔力を伸ばし、一刀両断にしていく。
 加速、加速、加速。
 ソニックムーブと呼ばれる自身の反射性能を叩き上げ、常人には不可視の速度を約束する加速魔法を使いながら、フェイトはなのはから降り注ぐ弾幕の中を恐怖もなく、手馴れた様子で戦っていた。
 彼女とはかつて戦い合い、和解してから長いコンビを組んでいる。
 互いの呼吸は自身のように理解し、分かり合える。
 まるで双子のように息の合ったコンビネーションで次々とガジェットを撃破していった。

「この分なら!」

 遠からず殲滅も可能だろう。
 そうフェイトが、なのはが考えた瞬間だった。

 ――不意に視界がかすんだ。

「え?」

 瞬くような間に、周囲に敵影が増えていた。
 一瞬前まではいなかった場所に、無数のガジェットの姿が見えていた。

『敵増援を確認、十、二十、いえ五十!?』

「シャーリー、どういうこと!?」

「一体どこから、転送魔法!?」

『分かりません! 魔力反応はゼロ、転移魔法ではないはずです!』

「ということは幻影?」

 どうすればいい。
 なのはとフェイトが焦燥に煽られながら、襲いかかってくるガジェットを迎撃しようと構える――が。

 次の瞬間にはそれらが全て掻き消えた。

『え?』

 目を丸くする二人。

「あ、あれ?」

「敵は?」

『っ、レーダーからも敵反応が消失! っ、付近で新たな反応が複数! これは!?』

「どうしたの!」

『戦闘機人と陸士部隊がエンゲージです!!』






 時間は少々巻き戻る。
 なのはたちよりも離れた場所、雲よりも上の上空。
 そこに一人の少女が浮かんでいた。

「あらあら、ずいぶんと頑張ってくれてますわねぇ」

 メガネを掛け、銀色に輝くコートを羽織った少女――ナンバーズ4 クアットロ。
 大きく結わえた髪を風圧で揺らしながら、その顔に浮かぶのは醜い嘲笑の笑み。
 彼女はおぞましい。
 その心は邪悪に淀んでいるから。
 彼女は恐ろしい。
 その心に一片たりとも優しさなど存在しないから。
 手に浮かぶ空間投影型のモニターで、人知れず頑張り続けるなのはたちの姿を覗き見て、その徒労を嘲笑う。
 なんて愚かしいのだろう。
 正義を、愛を、人の優しさを信じているような純真な人間達。
 吐き気がするほどに馬鹿らしい。

『クアットロ、あまり油断しないほうがいいわよ』

 一人の女性がもう一つのモニターに写っている。
 紫色の髪、整った美貌、それはナンバーズの長女であるウーノ。
 彼女に対し、どこか愛想笑いのような笑みを浮かべてクアットロは答える。

「大丈夫ですわ、少し遊んであげるだけですから」

 指を鳴らし、手を虚空へと掲げ上げる。
 脳内の演算処理機能が唸りを上げて稼働するのが分かる、瞳の中に内蔵されたカメラがギュルギュルと音を立てて周囲の空間の感度率、明度、湿度、あらゆる自然環境の状態を調べ上げて、それらの情報を処理機能にデータとして入力。
 計算せよ、演算せよ、考え抜け、全てを騙すために。
 そう、それこそが己の持つ技能にして唯一己を証明する性能。

「ISシルバーカーテン、発動。回れ、回れ、回り続けろ」

 カッと目を見開き、空間中の光学率を変動。
 目に見えぬ不可視の電磁波をその両手から発した。
 幻影を作り出し、同時にセンサーで捉えているだろう情報網全てに迷彩をかける。
 するとどうだ。

「アハハハハ、楽しいかしら!」

 モニターに浮かび上がる女たちに戸惑いの顔が浮かぶ、自らが作り出した幻影に戸惑っている。
 秒単位で計算と迷彩を書き換えながら、クアットロは笑った。
 ゲタゲタと苦しむであろう彼女達の苦闘と戸惑いを感じて、笑っていた。

『? クアットロ』

 不意にウーノは眉を潜めて、クアットロに訊ねた。

「なんですの?」

 気分を害されたのか、不機嫌な顔が浮かぶクアットロ。
 しかし、それには気にせずウーノは訊ねた。

『傍にガジェットの反応があるけど、出撃させないの?』

「え?」

 ガジェット?
 傍にガジェットなど配置などしていない。
 シルバーカーテンでの偽装も考えて、己一人で上空に待機している筈だ。

「っ!」

 クアットロが下を見る。
 そして、分厚い雲の中から飛び出す黒影があった。
 ガジェットドローンⅠ型と呼ばれる筒型のそれは何故か真正面にドリルを搭載し、一直線にクアットロ目掛けて飛び込んできた。

「なっ!!?」

 重力制御を用いて、咄嗟にクアットロが横に避ける。
 天元突破とばかりにロケットのような速度でガジェットがクアットロのいた位置を貫き、展開していた空間モニターが消失、ガジェットはそのまま上へと舞い上がる。

「っ、UCATに拿捕されたガジェット!!」

 空を見上げて、その正体を看破する。
 単独での戦闘能力に欠けるクアットロはシルバーカーテンの演算は続けたまま、離脱しようとクアットロがコートを翻した時だった。

 パカンとガジェットの装甲が弾け飛んだ。

「え?」

 内部からバンッと弾け割れると、そのまま内部から何かが飛び出す。
 まるで花弁が開き、種が巻かれるような優雅さ。
 しかし、そこから飛び出したのは優雅さなどではなく、脅威。

『トゥッ!!』

 一斉に声が上がり、両手をY字に決めて、回転しながら落ちてくる人影。
 それは逞しい装甲服を身に付けた人型。
 それは背に折り畳んだボートを背負った男。
 そして、彼は装甲に包んだ脚部を突き出し、頭には――仮面を被っていた。

『究極☆ライダーキィイイイック!!』

 ベクトル操作の真髄、重力落下を超える加速、何故か白熱する靴底、竜巻の如く回転する体。
 それらを用いて人影――陸が誇る特車部隊甲部隊がクアットロの顔面に靴底をめり込ませていた。

「ぎゃっ!」

 パリィインと割れるメガネ、ついでに停止する演算処理、ギュルっと捻られて飛び上がる足の勢いにさらにダメージを受ける顔。

「トゥッ!」

 クルクルと上空を跳ぶと、その人影は背中から取り出したボートを空中で組みなおすと、それに足を乗せて起動させる。
 スラスター部分から噴射剤が吹き出し、内部に仕込まれた慣性制御を伴い、空中で浮遊して見せた。

「っ、よくもやりやがりましたね!!」

 靴底の残った顔を押さえつけながら、憤怒に歪んだ顔でその陸士を射殺さんとばかりに睨み付けるクアットロ。

「悪いが、メガネ萌えじゃないんでな。俺の給料とボーナスのために貴様を逮捕する!!」

 ビシッとポーズを決めながら、最近責任を迫ってくる某小娘から奪ったライディングボード(改造版)を乗りこなし、フルフェイス仮面を被った陸士は叫んだ。

「あら、そう」

 ぶちっとこめかみに血管を浮かばせて、クアットロは酷く冷たさを感じさせる笑みを浮かべた。

「ん? 観念したか、メガネ女」

「いえ、そんなんじゃないですわ」

 ニッコリと微笑み、その手を振るわせる。
 次の瞬間、ジャキンという冷たい音がした。

「あのー、なんかすっこく物騒な代物が見えるんですが」

「そうですわね」

 それは薄い鉄板のようにも見えた。
 黒光りする黒い筒、硬く冷たそうな金属部分、取っ手が一つ、トリガーが一つ。
 あえて言おう。
 それは銃器だった。
 しかも、サブマシンガンと呼ばれる類の銃火器。
 つーとヘルメットの中で冷たい汗が流れるのを陸士は感じていた。

「あのぉ、質量兵器違反なんですが?」

「犯罪者がそんなこと気にするかしら?」

「そうですよね~」

 瞬間、陸士はグリップを捻ったと同時に体重を横にかけた。
 そして、その次の瞬間、陸士が元居た位置を貫くように発射音と鉛玉が貫く。

「う、うちやがったぁあああ!!」

 全力回避。
 スラスターを吹かし、巧みに蛇行しながらライディングボートで全速降下する。
 それを追撃するのは怒りを剥き出しにしたクアットロ。

「死ねぇええ!!!」

「死ぬわぁあああ!!」

 障壁も張れない低ランク魔導師である。
 銃弾なんぞ防げないのだ。当たるととても痛いことは保障済みである。

 逃亡する犯罪者に、追撃する捜査官という王道予定が一転して急展開を見せていた。









 走る、走る、走る。
 誰にも気付かれないように、灰色の服を上から下まで纏った男たちが走っていた。
 物陰から物陰へ、都市迷彩のスーツに、魔力と体温の全てを外部に洩らさない隠密専用スーツを纏った一団はハンドサインのみで意思の疎通を繰り返し、廃棄都市の市外を駆け抜けていた。
 音は最小に、露出は最低限に、存在全てを秘匿して移動する。
 そして、彼らは上空で行われている戦闘も見上げることすらせずに、一直線にあるビルを目指して移動していた。

『あそこか』

 外部に音声を洩らさず、指揮官らしきスーツの人物が独り言のように呟く。
 最小限、スーツ内部の空気を揺らしただけだった。
 彼らは呼吸すらも外界に洩らさず、嵌め込み式の酸素ボンベをつけて、徹底的な隠密を行っていた。
 重量にして数十キロにも及ぶ武装にスーツを身に付けているというに、その足取りはまるで重みを感じさせないものだった。

『はい、反応はあそこからです』

 指揮官の首元に手を乗せて、接触回線で部下が言葉を伝えてくる。
 同時に手首に付けたモニターには紅い光点が浮かび上がり、その言葉の正しさを伝えていた。

『分かった。ファースト、右から回り込め。セカンドは俺に続け、気付かれるな。気付かれれば、全てが徒労になるぞ』

 ハンドサインと共に告げると、続いていた全員が一斉に音も立てずに敬礼を返した。
 この世界の歴史には存在しないが、まるでその動きは現代に蘇った忍者のようだった。
 右から回り込めといわれた人員は一切の迷い無くその脳内に叩き込んだ地図に従って、大通りになり露出の危険性が高い道路を避けて、付近の建物内部へと侵入し、ターゲットの死角位置から回り込んでいく。
 指揮官は付近にあった水路の入り口を開くと、腰に付けていたスコープで内部を確認。
 人影や生体反応が無いことを確認すると、迷いも無く飛び込む。
 魔法ではなく、ただ鍛え抜いた身体能力と体術を持って体を痛める事無く着地すると、水路の中を見渡す。
 すでに十数年近く整備もされていない水路の中は濁った空気で満ちているが、外部からの酸素も温度も隔絶されている彼らには関係ない。
 彼らはスーツに備え付けた装置――デバイスそのものであるスーツをキーボードで操作すると、まるで魔法のように彼らのスーツの色が変化する。
 水路に相応しい緑色の混じった漆黒。
 迷彩色も変化させられるどこまでもスニーキングミッションに適応した装備。
 そして、部下の一人が事前に覚えこんでおいた既に使われていない水路のルートに従い、彼らはスムーズな速度と無駄のない動作で移動していく。
 まるで闇と一体化しているかのように、それらの存在を気付けるわけもなく、傍を歩くネズミですら視界に彼らが入ってようやく気付けるほどだった。
 如何なる修練と思いがそれを可能とするのか、想像すらも難しい。
 時間にして五分にも満たぬ僅かな移動。
 やがて、彼らは一つの出口を見つけ出す。
 指揮官、ハンドサインで一人に開けるように指示。それを受け取り、もっとも身の軽い部下がするすると蛇のように水路からの梯子を登ると、慎重にそのマンホールの蓋を開いた。
 音を立てぬように蓋をずらし、部下の一人が目だけ出して周囲の状況を確認。
 人影はなし。
 上を見る、ターゲットの位置からは死角の位置。
 気付かれぬように移動をするべきだと判断、水路の中の全員に分かるようにハンドサインを行い、彼はするりと水路から脱出する。
 ぞくぞくと素早く全員が脱出し、ターゲットの真下である建物に侵入。
 ガラスを踏まぬように細心の注意。
 埃臭いはずの倉庫の中に、複数の男たちが入る、少しせまっ苦しい。
 内部に入ると同時にスーツの迷彩を都市迷彩に戻す。
 同時に酸素容量が少なく、ターゲットの近くということで自然と増える酸素消費量に備えるためにボンベを変更。
 一瞬息を止めて、スーツに嵌め込んだ酸素ボンベを外し、息を止めたまま予備の酸素ボンベを嵌め込む。
 吸音物質で出来た接続部により無音、伝わってくる手ごたえのみが嵌ったことを教えてくれる。
 息を吸う。
 音は聞こえぬはずなのに、ハーハーと荒い息を吐いているような錯覚。
 十秒だけ休憩、荒くなる吐息、緊張と高鳴りで上がる体温、心を落ち着ける必要性がある。
 そして、その間に倉庫の扉の下からするりと白い紙が出てくる。
 それを見て、部隊の一人が警戒しつつも確信した動作で、ドアを開ける。
 そこにいたのは別れていたファースト班。
 ハンドサイン、事前に必要な鍵などを手に入れたというポーズ。
 ナイスだとサムズアップ。
 休憩終了、弾み心を押さえつけて、全員が移動開始。
 ひび割れた建物、老朽化した建造物、その中で慎重に階段を登る、移動する。
 扉の度に油を差す、鍵を開ける、音を立てぬように慎重に息を止める、体重移動などの技術の全てを使う。
 彼らは何を求めて移動しているのか。
 それは全ては一つの目的の為に。
 登る、登る、登る。
 階段を登り、音すらも出さずに、最上階、屋上の真下の部屋に移動した。
 部下の一人、センサーを見ながら慎重の位置を確かめる。
 もう一人、荷を降ろし、粘土のような物質を用意する。
 指揮官、拳銃型のとある道具を取り出す部下達に、ワイヤーなどを渡し、手はずを打ち合わせる。
 位置を確認した。
 ここに間違いないと部下の一人、ハンドサイン。
 粘土のようなものを持った男、音も立てずに踏み台になった男の上に立ち、天井に粘土を張り付けて、雷管を差す、銅線を引いていく。
 他の全員、何故かその位置に合掌のポーズ。
 まるで崇めるかのごとく怪しい動作。
 二人の男、腕まくりをして、硬い鋼の手甲を握り締める。

 準備完了である。







 市外を逃走する一人の陸士、悲鳴すらも感じられそうな必死の様子でライディグボードを操り、瓦礫などを吹き飛ばしながら全力離脱中。
 それを後方から追うクアットロ、ぶちぎれた顔、銃弾を撒き散らし殺そうとしている、しかし、それを巧みに避けられている。
 一秒たりとも同じ軌道にはいない陸士。
 弾丸を吐き散らすにも、その軌道を避けて、スラスターを吹かし、障害物などを盾にしながら逃走していた。
 あの分だと仕留めるにはまだ時間がかかりそうだし、そんな暇もないのだが。

「うーん、クアットロ完全に目的忘れてるな~」

 つなげたままの通信からはあらゆる罵倒の言葉が洩れ出てきて、聞くに堪えない代物だった。
 やれやれとため息を吐くのは廃棄都市にあるビルの一角、その屋上に佇む一人の少女。
 布に包んだ大型の物体を背負い、キュルキュルと目に埋め込んだ高精度のカメラを稼働させて、左目をクアットロに、右眼であるヘリを補足している彼女の名はナンバーズ10 ディエチ。
 助けに行くにしても彼女の能力はそれには向いていないし、それとは別の役割を彼女は帯びていた。

「そろそろ準備しないといけないんだけどなー、補足は出来てるし~」

 ディエチが肩に担いだ物の布を取り払うと、そこから現れたのは長大な砲身だった。
 イノーメスカノン。
 彼女のISを伝達するための媒体、全てを薙ぎ払うための兵器。

「クアットロ、マテリアルが逃げちゃうけど、そろそろ砲撃してもいい?」

 恐る恐る通信を繋げて訊ねるが。

『ああん!?』

 返ってきたのはとてつもなくドスの利いた声だった。
 ううう、ブ千切れてるよ~と内心泣きたいディエチだったが、恐る恐る訊ねる。

「あのー、マテリアルとケースが逃げちゃうんだけど……」

『ならさっさと撃ち落してやりなさい! くそ、ちょこまかとぉ。落ちろ、カトンボ!!』

「……了解~」

 もう諦めようと思い、ディエチはよいしょとイノーメスカノンを肩に担いだ。
 空は晴れており、空気も澄んでいる。
 左目の補足を解除し、両目でJF704式ヘリに狙いを定める。

「ISへヴィバレル、起動」

 体内で稼働を続ける小型魔力炉が唸りを上げて、イノーメスカノンにエネルギーを充填していく。
 灼熱にも似た光が迸り、周囲でジリジリと焦げるような唸るような音が鳴り響く。
 照準設定、起動確認、照準誤差をリアルタイムで修正し続ける。

「悪いね」

 操縦しているだろう人物に、そして乗せられているだろうマテリアル――“聖王の器”に詫びるように呟いて、それすらも言い訳だと自覚しながらディエチはチャージ完了と共に引き金を引こうと身構えた。
 瞬間だった。

 バキッという音が足元から響いたのは。

「え?」

 一瞬照準から目を外し、足元を見た。
 なんか手が生えていた。

「……なに?」

 まるで悪夢のように屋上の床から生えた手はガシリと次の瞬間、ディエチの両足首を掴んだ。
 片方二本の手、計20本の指が絡みつく。

「なっ!?」

 咄嗟に引き剥がすが、足を抜くか動こうとした刹那、さらに奇音。
 ボンッという爆発音と共に彼女の周囲の床が破砕する、丸く円を描くかのように。
 そして、崩落だ。

「わわわっ!」

 飛行機能を持っていない彼女に重力に抗う術はない。
 ただ奈落へと引きずり込むかのように掴んでくる手にも逆らうすべもなく、そのまま落下し――

「い、たたた」

 もやもやと噴き上がる粉塵の中でディエチは下の床に打ち付けた腰を摩りながら、目を見開く。
 何があったんだ。
 敵の襲撃、それとも?

『ようこそ』

「え?」

 しかし、想像は現実を上回る。
 彼女の周囲、粉塵が晴れた先にいたのは顔を隠し、全身を隠し、まるで彼女を迎え入れるかのようにポーズを取った一団。
 気付く、それは罠だったと。
 理解、こんなおぞましい奴らは一つしかいない。

「ミッドチルダUCAT!?」

『正解だ』

 ギラーンと指揮官らしき人物のマスクの内側で、そして全ての人物が目を輝かせた。

『歓迎しよう、新たな美少女よ!! かかれぇええい!!』

 キシャアアァアアアアという奇声すらも感じられるほどにおぞましく、一斉に男たちがディエチに襲い掛かった。


 彼女が捕縛されるまで二分と掛からなかった。












『クアットロ、逃げて!! これは罠! って、どこ触ってる!! ああ、返して、あたしのイノーメスカノン!』

「っ、ディエチちゃん!?」

 姉妹の悲鳴に、怒り狂っていたクアットロは我に返った。

『い、いやー! なに!? それなに!? なんで、ジャンケンなんかしてるの!? 亀甲とか、座禅とか、菱縄ってなに!?』

 絶叫にも似た泣き声の混じった悲鳴。
 それを最後にぷつりと通信が途切れた。

「まずいですわね」

 靴跡の残った顔でクアットロは苦々しい表情を浮かべると、事態を甘く見ていた自分に気付いた。
 屈辱を払すのは後で良い。
 ディエチが捕まった以上、任務は失敗だろう。

「命拾いしましたわね!」

 距離を保ったまま様子を伺っているライディングボート乗りの陸士を睨み付けると、用意しておいたガジェット全てを撃破したらしい隊長陣二人から逃れるためにシルバーカーテンを起動させようとした刹那。
 パリィインと傍のガラス窓が粉砕され、中から飛び出した人影があった。

「っ、二度も通じると――」

 それはライディングボート(コピー品)に跨った同じような装甲服に、少しだけ違うヘルメットを被った影。
 飛び込んできたボートを跳躍するように避けたクアットロ、その眼前に紅く燃え滾った拳を振り翳した男が居た。
 カートリッジロード、使い捨ての小型バッテリーを用いた擬似付与魔法機能の発動。

「必殺! ゴット――」

 フィン、そう叫びながらクアットロの顔面を叩き潰そうとした瞬間、彼はまるで何かに気付いたかのようにその腕を別方角に叩き込んだ。
 ガリィインと金属音が響き合う。
 そして、その瞬間現れたのはつい数秒前には居なかったはずの人物。

「っ!」

「ISライドインパルス。私の速度を認識したか」

 それは凛々しい顔つきを浮かべた女性。
 しなやかな刃物を思わせる四肢に、光の翼か刃と呼ぶべきそれを吹き出し、虚空にて紅く燃える手甲と激突し合う脚部があった。
 硬直は一瞬にも長い時間のようにも思えたが、互いに縛る重力がそれを許さない。
 陸士が呼吸を止める
 螺旋のように旋転、掴んでいて手を反動にしなやかに跳ね上がり、空中を舞うように男の体が弾けるように離れた。
 それを掠める光の襲撃、音速を超えた女性の蹴り足が陸士の前面にめり込む。

(!? なんだ!?)

 蹴り足を振り下ろした女性が、奇妙な違和感に顔を歪めるも肝心の相手は再びビルの中へと吹っ飛んでいく。
 そのまま女性は空を駆けるように傍のクアットロを抱えて跳ねた。

「トーレ姉さま!」

「やれやれ、監視役のつもりだっただが功を奏したな。ミッドチルダUCAT、これほどとはな」

「あ、あのディエチちゃんは」

「助けたいが、セインも居ない以上救出は無理だ。諦めるしかあるまい」

 苦々しい顔を浮かべるトーレ。
 彼女は既に撤退を選択していた。

「逃がすと思ってんのかぁ!」

 仲間の敵討ちといわんばかりに、先ほどまでは距離を保っていた陸士がライディングボードの速度を極限まで高めて、突撃してくる。
 打ち出されてくる砲撃を、トーレはライドインパルスの使用で掻き消えるように躱すと、姿を見失ったトーレを探そうと顔を左右に振る陸士の背後に降り立ち。

「力不足だ」

 彼女はその背を蹴り飛ばした。
 悲鳴を上げて、転げ落ちる陸士。
 そして、ライディングボードは搭乗者を失いながら疾走して。

「――テメエがな」

 その先に飛び出していた一人の陸士。
 その進路を予測していたのか、本来骨肉を砕くはずのトーレの蹴りを受けたはずの陸士が現れ、そのボードの上に着地する。

「なにっ!!」

「よいしょっと」

 ライディングボートを踏み台に跳躍、さらにビル壁に爪先を引っ掛け、駆け上がるように跳躍。
 手足を捻り、トーレへ向かって流れるようなソバットをめり込ませる。
 金属音。
 咄嗟に防御として突き出されたトーレの右手――先ほどの焼き直し。
 だがそこからが違う。

「――止まってろ」

 旋転。
 如何なる身体バランスをしているのか、そこからその陸士は“飛び直す”。

「ぶっ飛ばされるまでな」

 空気のような重さ、空でも歩くような動きと共に体を捻り――流れるように繰り出された二段目の蹴りが彼女のこめかみにめり込んだ。

「っ!」

 衝撃音。
 繰り出された最後の蹴りに、弾き飛ばされるかのようにトーレが背後に跳ぶ。
 同時に担がれていたクアットロが速度さに目を回しそうになるが、戦闘機人としての頑強さが救ってくれた。

「クアットロ、シルバーカーテン!」

「は、はいですわ!」

「不可視に、認識外の速度。貴様は追いつけん」

 咄嗟にライディングボートを操作し、追おうとしていた陸士が止まる。

「名を聞いておこうか、戦士よ!」

 トーレがこめかみを押さえる。
 足場無き空中にもかかわらず響くような一撃、戦闘機人として強化されてなければ脳震盪を起こしていただろう蹴打。
 ――魔力無き人間とは思えない戦闘力。
 それに彼女は闘争心を掻き立てられた。

「名乗る名前はねえよ、単なる組織の下っ端さ」

 だがしかし、それに陸士は冷ややかに肩をすくめる。
 頭に被ったテンガロンハットを指で押さえ、ニヒルを気取った笑みを浮かべる。

「なるほど。ならばまた機会があれば貴様を打ち倒してやろう、その時に名を尋ねる。ライドインパルス!」

 掻き消えるような速度でトーレとクアットロが離脱する。
 そして、さらにシルバーカーテンの機能で彼女達は消え去った。
 陸士が繋げた通信からもセンサーから消失という言葉が聞こえてくる。

「やれやれ、めんどうくせえ」

「せ、先輩……たすけて~」

「うるせえ。幸せボケはそこで死ね、豆腐の角に頭をぶつけて死ね!!」

 ビル内部の壁にめり込み、瓦礫でもがいている陸士に石を投げつけながら、帽子を被った一人の肉体派陸士はため息を吐き出した。
 そんな彼だが。
 遅れてやってきた機動六課の隊長陣、二人に手を振りながら。

(うーむ、いい尻してたなぁ)

 と渋く心の中で呟いていたことは秘密にしておこう。











 戦いは既に終わっていた。
 下水道は原型を留めず、破砕の限りを尽くされ、無事な人間は殆どいなかった。

「っ……何故」

 ゴホッと血を吐き出し、ギンガはその纏っていたバリアジャケットをボロボロに千切れさせながら、下水道の床で倒れこんでいた。
 増援だったはずの陸士たちは殆どが床に沈み、あるいはプカプカと水面に浮かび、或いは壁にめり込み悶絶している。
 本来ならば彼女達が勝っているはずだった。
 数に勝り、戦力に勝り、負ける道理などなかった。

 そう“たった一人の増援が来なければ”。

「何故……貴方が」

 ギンガは見上げる。
 そこに一人の男が居た。
 右手に無骨な槍を携え、左手に覆わんばかりの装甲を纏い、着古したコートを纏った一人の男。
 彼の名前をギンガは知っていた。
 彼の背をギンガは知っていた。
 何故ならば――彼は彼女の母親の――

「ゼスト叔父様! 答えてください!」

「答える道理は無い」

 それは冷たい鋼。
 それは金属で紡ぎ上げられたヒトガタのように、無骨で、雄雄しく、冷たい鋼。
 彼はどこまでも強い。
 かつてミッドチルダUCATにおいて最強を誇った人物。
 曰く、ミッドチルダUCATの秘密にしておきたかった秘密兵器。
 曰く、彼には魔王すらも撲殺される。
 曰く、彼の■■には触れてはならない。
 最強無双。
 強靭無比。
 限定的ならばSSすらも凌駕する最強の矛。

「すまない。だが、貴様らが悪いのだ」

 冷たく、無骨に、その腕に抱いたルーテシアの頭を撫でて、肩に乗せたアギトにぎこちなく微笑みながら告げる。

「俺の家族に手を出すならば誰であろうが許さん」


 曰く、史上最強の家族馬鹿。


 ルーテシアとアギトの危機と聞いて、天井を蹴り破り、出現したUCATの誇る変態の一名である男は貫禄ある背中を見せたまま去っていった。

 ギンガは思う。

「……絶対に、スカリエッティは潰されるわ」

 それはもはや確信だった。
 だって。
 彼の妻であるメガーヌはクイントと共にスカリエッティに殺されたとされているのだから。
 え? ゼストも死んだんじゃないのかって?
 UCATだと誰も信じていませんでした。

「ガクッ」

 そうしてギンガは気絶し、30分後他の部下を蹴り倒して、彼女を搬送したラッドに起こされるまで夢の中に落ちていた。









第一回 聖王争奪戦 成功

第一回 地上本部攻防戦 或いは 帰ってきた馬鹿殲滅戦に続く










今週のナンバーズ(捕獲組)

 1.セインとウェンディの日々



「暇ッスね~」

 留置所とは名ばかりの部屋に転がりながら、ウェンディはパタパタと団扇を仰ぎ、漫画を見ながらだらけていた。
 太腿むき出しのチャイナドレス姿だが、もはや慣れたので気にしない。
 取調べというかセクハラのような日々が過ぎ去り、待っていたのは退屈な待機時間だった。
 一畳一間の美少女専用部屋と書かれた部屋に入れられて、だらだらと過ごす日々。
 唯一の暇潰しはたまに面会に来る陸士ぐらいだろうか?
 そういえば、貸したライディングボードは無事に使ってくれているだろうかと思う。
 今度感想を聞こうかなーと思っていると。

「暇なテメエが羨ましいわ」

「ん? セイン、どうしたんッスか?」

 通信が入った。
 さすがに顔を合わせての部屋は駄目らしく、連絡は通信のみが許されている。

「お前はIS大したことが無いからいいんだろうけどよぉ、こっちは毎日重労働だよ」

「重労働ッスか? ここの人たち、変態という名の紳士だから酷いことはしないと思ってたんすけど」

「いや、何故か知らんけど、ISディーブダイバーとかで埋蔵金掘りをやらされているんだよ」

「え?」

「埋蔵金ー! とか叫んでいる頭のおかしい自称冒険家がたまに来てな。ダウジングとか、古い地図とかで場所を探しては、アタシが潜る羽目に」

 およよといわんばかりに顔を両手で隠すセイン。
 しかし、ウェンディは気になることがあった。

「で、見つかったんッスか?」

「うん」

 コクリとセインが頷く。
 ちなみに彼女は寝ていたのだろう、ネコ模様のパジャマ姿だった。

「マジで!?」

「腰が抜けるかと思ったよ。一割くれるっていったから、貯金積み立てにいれてもらった」

「人生勝ち組じゃないッスか!!」

「まあねー!」

 彼女達は彼女達なりに人生の喜びを見つけているようだった。





 2.ディエチ その護送方法


「うぅうう……」

『えっほ』

『えっほ』

 彼女は見事に捕獲され、口に出しては言えない方法で縛られて、運ばれていた。

「やめてー」

『わっほい』

『わっほい』

 ゆさゆさと彼女が上下に揺れる。
 ぶらぶらと彼女が左右に揺れる。

「なんで、なんで」

『うほほーい』

『うほほーい』

 えぐえぐと泣きながら、彼女は青い空に絶叫を上げた。

「豚の丸焼き風に運ぶのー!!」

 長い廃材に両手両足を括り付けられ、彼女達はまるでどこぞの人食い族の獲物のように運ばれていったのであった。







さらにおまけ


 戦いが終わり、騒乱が去った後の市街地。
 そこに降り立つ二つの影があった。

「合同会議を終わらせ、即座に駆けつけてきたぞ! さあ、敵はどこだ!!」

 燃えるような髪。
 凛々しい美貌を熱い情熱に輝かせ、艶かしい豊かな体躯を惜しげもなく晒した女性。
 その手には烈火に燃える魔剣が握られた彼女は剣士であり、機動六課の副隊長シグナム。

「……いませんね」

 その横に立つのは両手をむき出しに晒した防護服を纏った女性。
 短く切りそろえた髪型、少年を思わせる顔つきだが、その体つきは立派なまでに女を思わせるライン。
 その両手にはトンファーにも似た双剣のデバイスを持つ彼女、聖王教会の騎士シャッハだった。

「遅かったか?」

「みたいですね」

 勢いごんで現れた二人だったが、既に敵の影はなく、見上げれば他のメンバーも居ない。

「帰ります?」

「……ああ。っ、久しぶりの出陣が」

 シグナムはとぼとぼとシャッハは彼女を慰めるように立ち去っていった。


 駄目だこりゃ。






[21212] 帰ってきた馬鹿殲滅戦 前編
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/22 00:29


 青い空、透き通るような風、それらを浴びて彼は立っていた。
 そこはミッドチルダの空港。
 様々な荷物を詰め込んだ旅行カバン――その大半がお土産。
 ボロボロのジャケットを羽織った青年、よく見ればミッドチルダUCATの武装隊の身に付ける専用ジャケット。
 その血走った目を押さえれば女にさえ見える端正な顔立ち、赤毛の青年。
 彼は帰ってきた。
 彼は帰ってきたのだ。
 そう、この世界に。
 六年ぶりの帰還として。


「ミッドチルダよ、俺は帰ってきたぁああああああ!!」


 奇声を上げて、喜びを表現する。
 周囲に居た人々が怪しそうな目で見てくるが、彼は気にしない。だって慣れているから。
 そんな彼の名はティーダ・ランスター。
 首都航空隊に所属していた空戦魔導師である。









 たったかた~♪
 などというスキップを踏みながら、陽気に彼はクラナガンの都市を爆走していた。
 無駄にベクトル操作を行い、加速する。
 されど人にはぶつからずに、全力疾走。めんどうくさいので車道の横を走り、水媒体駆動のスポーツカーを追い抜いてしまったが、些細なことだ。
 スピード違反の測定カメラには顔を隠して、ピースなどを取っていたりなどもするが浮かれているのだからしょうがない。
 そして、ミッドチルダに降り立って一時間と経たずに彼は一軒の家へと辿り着き。

「ティアナぁあああああ!!! ただいまー!!」

 ――扉を蹴破った。
 そして、ゴロゴロと中に転がり入りながら、クルクルシュピーン!
 決めポーズ!

「少しばかり寂しい思いをさせてしまったが帰ってきたよ、マイシスター!! さあお兄ちゃんの胸に飛び込んでおいで!!」

 バッと感激に咽び泣くだろう甘えん坊な妹を迎え入れるために、ティーダがY字ポーズを決める。
 しかし、数秒……数分経っても返事が無い。

「ん?」

 キョロキョロと周りを見てようやく気が付く。
 人気が無い。
 ていうか、生活の香りがしない。
 しばらく見ないうちに模様替えでもしたのか、少し家具の配置が変わっており、ソファーなどには埃避けのビニールが被せてあった。

「あるぇー?」

 唇を尖らし、彼の頭に疑問符が浮かんだ。
 目に入れても痛くないどころか嬉しい可愛い妹はどこへ行ったのだ?

「ティアナ!?!」

 絶叫を上げながら、ティーダは全力で家の中を捜索した。
 ティアナの部屋の扉を開く、タンスを開ける、なんか見覚えないぐらいに大きな衣服に違和感を覚えるが、誰も居ない。
 一応ばれないように掃除し、次へ!
 台所に飛び込む、水の出した形跡はなし、放置されてからしばらく経っていることを確認。
 浴室に入る、浴槽の蓋を開き、誰も居ないことを確認。
 ゴミ箱を開けた、トイレの扉を開いた、ベランダにも出た、自分の部屋のベッドをひっくり返そうと思ったら家具がなくなっていた。

「どこだぁあああ!?」

 探すところが見つからなくなったティーダは近所のご迷惑になりそうな絶叫を上げながら、頭を抱えた。
 考えろ、考えろ、ティーダ・ランスター!
 引越し? いや、俺に黙って消えるような子じゃない!
 男を作って逃げた? 馬鹿な! お兄ちゃんは許しませんよ!
 となれば。

「――誘拐かぁ! くそ、俺の居ない隙にティアナを!!」

 ずどんっと壁に拳をめり込ませて、ギリギリと歯軋りと共に憎悪の涙を流す。
 許さん、許さんぞ、犯人め。

「幾らこの世のあらゆるものよりも可愛く、お持ち帰りー! とか一日86400(二十四時間辺りの秒単位)回叫びたくなる気持ちは分かるが、俺の妹だ! 許さん! 決して許さんぞ!!」

 まかり間違っても妹を泣かしてみろ、貴様の魂を地獄の釜に茹でながら、貴様の■☆を××××(検閲削除)して、×♪××(検閲だってば)に××□×(放送禁止用語です)な目にあわせて、悲鳴を上げさせながら、フォアグラの鳥よりも醜く×△××(禁則事項です)してやる!!
 などと心の中でスラングどころか紳士淑女が聞けば卒倒しそうな罵倒を洩らしながら、ティーダは悲痛に叫ぶ。

「くそ、ティアナ無事で居てくれ!!」

 俺のエンジェル。
 唯一の生きる理由である妹がかすり傷でも負っていたら、ティーダは生きていることが激しく難しくなるのだ。
 胸をわしづかみにし、彼は荒い息を吐き出しながら、ボタボタと壁を貫通した時に傷ついた手から血を流しながら、決意する。

「こうしてはいられない、出撃――いや、捜査だ!」

 加速魔法を使い、疾風のような速度で再び玄関の扉を蹴散らしながら、ティーダは疾走した。
 目指すのはただ一つ。
 己の職場、ミッドチルダUCAT本部である。








 ソニックブームすら撒き散らしながら、その人影は飛び込んできた。

「レッツパリィイイイイ!!!」

 ミッドチルダUCAT、玄関口。
 ガラス張りの入り口を蹴り破り、飛び込んできた影が一つ。
 キラキラと天馬流星拳の如く煌めくガラス片を、顔色一つ変えずに受付嬢の二人は受付に備え付けてある番傘をバッと広げて防いだ。
 その横で書類を持って運んでいた開発班の老人がぎゃー! と叫び声を上げて、ガラス片に串刺しの槍衾状態になっていたが、受付嬢は気にもしない。
 だってよくセクハラをしてくるエロ爺なんだもん。

「え、衛生兵ー! 衛生兵ー!」

「ご用件をどうぞ」

 パラパラとガラス片が防いだ傘から滑り落ちて、床が静かな音を立てる。
 そして、その降ろした傘の向こう側から、まるで悟りを開いたかのようなアルカイックスマイルを浮かべた受付嬢が完璧極まる接客態度で現れた。
 その横で老人を相手に、駆けつけた衛生兵が「傷は浅いぞ、しっかりしろ!」と叫び、白衣の老人が「う、うぅ、こ、この仕事が終わったら孫にゲームをプレゼントするんじゃ……」と呟いて、衛生兵が「馬鹿野郎! 死亡フラグ立てんな!!」と怒鳴りつけていた。

「ふぅ~、ふぅ~、首都航空隊所属のティーダ・ランスター一等空尉だ。隊長を呼び出してくれ」

 獣の一歩手前でギリギリ留まりながらティーダは荒く息を吐き出しながら、そう告げた。
 その後ろで「そう、ワシお手製のエロゲーを孫にやらせるまでは……」と老人が呟き、「死にそうにねえな。おい、薬はいいから救護室にぶちこんでおけ。放置すれば治るだろ」と衛生兵の冷たい診断が下っていた。

「分かりました」

 ピポパポッと受付嬢が通信をかけて、しばらく言葉を交わせた受付嬢の眉間に皺が寄った。

「あの、ティーダ・ランスター一等空尉」

「なんだ?」

「貴方M.I.A.(行方不明及び戦死の意味)になってますよ?」

「へ?」

 受付嬢の言葉に、目を丸くするティーダ。
 その後ろを、「鬼畜ー! 麻酔ぐらい打たんかー! ああ痛たたた! ぬぉおお!! 老人虐待じゃー!」と運ばれる老人と「はいはい、元気エロジジイ乙」運ぶ衛生兵が歩いていったのであった。






「どうなってるんですか、隊長ー!!」

 空中回し蹴りと共に首都航空隊の隊室に飛び込むティーダ。
 ボーンと吹っ飛んできた扉をパシッとお茶を啜る手とは逆の手の指で挟んで止め、ずずぅーとその男――ミッドチルダUCAT首都航空隊隊長は湯飲みから音を立て、注げた。

「おう、久しぶりだな。ティーダ、六年ぶりか?」

「はぁ? 六年? いや、それよりも高々半年ぐらい居ないだけでMIAとはどういうことですか! 俺の給料! 可愛いマイスィートハートのティアナのために貯めた積み立て貯金がぁあ!!」

 どしどしと歩み寄り、バンッと手の平をデスクに叩き付けて、直談判するティーダ。
 しかし、そんな彼の行動に、隊長は再び音を立ててお茶を啜ると、んーと眉を上げて告げた。

「しょうがないだろう。お前行方不明だったし、というかそもそもどこにぶっ飛んでた? 違法魔導師の転送魔法の術式を辿ったが、お前の行方はとんと知れなかったが」

「いや、ちょっとLow_Gとかいう次元世界に飛ばされてましたね。時空移動の魔法もなかったんで、少し現地で概念戦争とやらに参加してましたよ」

「……そうか」

 そういえば別れの挨拶もする暇もなかったが、飛場の奴とか八大竜王の連中無事かね~と遠い目を浮かべるティーダ。
 隊長推測。
 彼の知識によれば概念戦争は六十年前以上昔に終わった事件である。
 じわりと呆れを含んだ汗を流す。

「お前、よく無事だったな?」

「まあ死に掛けましたが、ティアナの笑顔を見るためならば!」

 サムズアップをして、キラーンと歯を輝かせるティーダ。
 隊長呆れ。
 ここまでシスコンの度合いが酷かったかと疑問。
 欲求不満による暴走と判断、隊長は静かにため息を吐き出した。

「まあ生きていたならばいいが、お前の籍は残ってないぞ?」

「そうだ! なんで俺の籍が消されてるんですか!?!」

「いや、さっきも言っただろうが。ティーダ・ランスター、お前はこちらとしても死亡扱いでな。復帰となると手続きが面倒だ」

 ……チッ、死んでればよかったのに。
 そう呟かれたのは気のせいだということにしておこう。

「そこをなんとか!」

「まあいいがな。シグナムもヴァイスの奴も今はいないし、優秀な魔導師の復帰となれば歓迎しよう」

「え? そういえば、二人の姿が見当たらないと思ったら、どこか転属したんですか?」

 キョロキョロと周りを見渡すが、そういえば室内に居るのは見覚えの無い連中ばかりだ。
 ――その大多数がフィギュア作成と同人誌の原稿を書いているのはいつもどおりの光景だが。

「お前はデロリ○ンにでも乗っていたのか?」

「は?」

「だから、さっき言っただろうが。どうやら類まれなる経験をしたようだが、今は“お前が行方不明になってから六年は経っている”」

「え?」

 今更のように事態に気付く。
 ティーダの主観は半年ほど、しかし現地の時間は六年後。

 そう、彼は時を駆ける青年となっていた。


「と、ということはティアナが立派な淑女になっているのか!!」

「驚くのはそこか!?」



 帰ってきた馬鹿殲滅戦 開始

 作戦を続行する つ NEXT





















今日のUCAT

1.レジアスの一日


「うーむ、ここはこうして……」

 カタカタと入力端末を打ち込みながら、レジアス・ゲイズは電子モニターに向かっていた。
 指が踊る、瞳が忙しく揺れ動き、瞬く間に無数の文章が画面の中に踊っていく。
 まるで音楽を奏でる演奏家のようにその動きは優雅に、華麗で、無駄がなかった。

「――中将、失礼します」

 プシュッと空気が抜ける音が響いて、ドアが開く。
 そこにいたのは怜悧な美貌を浮かべた女性。
 レジアスの娘であるオーリス、彼女はレジアスに提出すべき電子ファイルと何枚かの書類を胸に抱き部屋に入ってきたのだが。

「……」

「中将?」

「……むむむ、ここの表現はこうして」

「中将~?」

「それはまるで風が踊るように……いや、もっと詩的にすべきか?」

 ブチッ。
 オーリスのこめかみで何かが切れる音がした。

「父さん!!」

「ん? な、なんだ、オーリスか」

 レジアスがようやく顔を上げて、オーリスを見た。
 そして、デスクに置いた高価な栄養ドリンクの蓋を指で開けると、ゴクリと飲み干す。

「仕事です。確認をお願いします」

「……うーむ、締め切りが迫っているのだが」

 目を逸らし、ぶつぶつと言い訳をするいい年こいた男が居た。

「地上の平和と小説の締め切りどっちが大切なのですか!!」

 ビシャーンとこの日、ミッドチルダUCAT本部を揺るわせる稲妻が落ちた。
 レジアス・ゲイズ。
 ミッドチルダUCATの中将にして、地上治安回復の立役者。


 しかし、その実体は人知れず冒険小説と恋愛小説を書くプロの小説家だった(趣味で、妻を基にした官能小説も書いてるが非公開)。


「く、私に力があればこんなふざけた組織立て直すのに!!」

 その娘、オーリス・ゲイズはマトモな性格のために日々奮闘している模様。
 まあイキロ。


















2.UCATな日々 開発班の華麗極まる日々


「オォオオオオ!! いいぞ、いいぞ! びゅーてぃほぉおおお!!」

 この日も奇声が上がっていた。
 幾人もの白衣の科学者が、解体されているガジェットを見ながら激しい討論を交わしている。
 今度はドリルを! いやいや、ドリルは既にやった。今度は巨大合体ロボットに改良を! いや、その前に変形機能を付けるべきだ! 三種類の装備で、陸海空の全てに対応した傑作を! その前にダンボールの開発はまだか! 注文来てるけど、開発遅れてるよ、なにやってんの!
 などなど、熱い討論が繰り広げれている地獄絵図の如き現場。
 そして、今宵も生贄がやってくる。

「おおーい、タイプゼロシリーズが検診に来たぞー!」

 研究者の一人が、泡を食った態度で扉を叩き開き、前転しながら飛び込んでの一言。

『なんだってー!!?』

 驚愕、歓喜、狂乱、恍惚。
 四つの感情を顔に浮かべて、ワラワラと移動を開始する白衣の怪物共。
 五分と掛からずに十数名近くの科学者が戦闘機人用に調整された検査室へと迫り、そして扉の前で必死に抗う一人の女性に詰め寄っていた。

「な、何度逝(言)ったら分かるんですかー! あ、貴方達の触って良いものじゃないんですよぉ!」

 彼女の名はマリエル・アテンザ。
 管理局本局の第四技術部に籍を置き、現在は機動六課に出向している才気溢れる技術者の一人。
 だがしかし、彼女は現在無数の白衣の男たちに詰め寄られて、涙目だった。

「ああん? 君、本局に所属しているからって調子乗ってるんじゃないの?」

「そもそも戦闘機人タイプゼロファーストっていうか、ギンガ・ナカジマはミッドチルダUCAT所属なんだよ? 何で本局がデータを独占するつもりなんだい?」

「データなら渡しますよー! っていうか、アンタたち正論言いつつも、目的違うことでしょうが!!」

『当たり前じゃないか!』

 言葉は一致に、白衣たちはマリエルを包囲。

「良いかね? 彼女はISがない」

「ならば、それを補うための兵装が必要だ」

「ドリルを付けよう」

「目からビームを」

「いやいや、ロケットパンチを」

「とりあえず根性(G)で動ける永久機関を付けようか」

「人権を護るべきですよー!!」

 マリエルのもっともな反論。
 しかし、そんな正論が通じる世界か? 否、否である。
 既にこの身は科学に魂を売り渡し、楽しさに心を売り渡した修羅たちである。

『馬鹿な。科学者が人道を守ったら終わりだろ JK』

 断言だった。

「とりあえずこやつ技術者としてなってないな」

「少し説教しよう」

「まずはプランAの素晴らしさから教えよう」

「ああ、あとダンボール」

 ガシリとマリエルの両手が掴まれる。
 必死の抵抗もむなしくずるずると引っ張られて、簀巻きにされて、わっほいわっほいと運ばれていく。

「ま、マリエルさーん!!」

 後輩の技術者の声が聞こえる。
 そんな彼女に残したマリエルの最後の言葉とは。

「か、彼女をお願い! わ、私はまた科学の魔道にー! 嗚呼―!! いやー! また科学式を見てご飯三杯楽勝な性格になるのはいやー!!」

「マリエルさーん!!!」


 そして、彼女はしばし席を外し。


 数時間後、帰ってきたときには。

「ギンガ、良い改造案があるんだけど、どうかしら♪」

「正気に戻ってください! ていっ!!」

 恍惚の笑みで改造プランの設計図を見せ付けるマリエルを、殴り飛ばすギンガの苦悩が終わる日は遠い。




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手直しに時間かかりました
後編はまた今日中に投下します



[21212] 帰ってきた馬鹿殲滅戦 後編
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/23 11:32
 戦いはどこまでも続くかと思えた。
 空はなく、地上はなく、概念空間が広がっている。
 その中を一人の青年が駆け抜けていた。
 彼が纏うのは好んで着る彼の故郷である武装隊の制服ではなく、日本UCATが製造した装甲服。
 賢石による母体自弦振動の固定。
 故に彼はこの概念空間のルールに飲み込まれることなく、存在が可能。

「っ、敵は何機だ!!」

『武神五機、機竜を二匹確認。地上には人狼の部隊がいるようです。どうやら接収、及び亡命した軍勢と判断』

 通信機からの通信。
 可愛い妹には負けるが、中々に素敵なボイス。
 痺れるほどに心地いい内容、闘志が湧き立つ。

「っ、結構な戦力じゃねえか!」

 青年が指を鳴らす。
 賢石を起動させる、封じ込まれた概念の開封。
 概念条文追加

・――名は力を与える

 ――記入。

「2nd-Gの概念を追加ぁ! さあ、かかってきやがれ!」

 右手を閃かせる。
 ――【Less】と彫り込まれた拳銃が現れる。否、ハンドガン型のデバイス。
 左手を添える。
 ――【B】と彫り込まれた右手のデバイスと瓜二つのデバイスの参上。
 続けて読めばB・Less。
 すなわちBLESS。

「祝福してやるぜ、ベイビー!!」

 祝福の意のままに、光が宿る、力が増す、祝福とはなんだ? 神の奇跡? NON、NON。
 それは魔法。
 眠り姫に魔女たちが祝福を与えたかのように、それは魔法の力を約束する。

 脅威が迫る。

 強大なる機械の巨人達が飛翔し、迫ってくる。
 概念条文【金属は生きている】による命の付与、軽度の重力軽減。
 それは恐ろしい光景。
 何たる悪夢、機械の甲冑を纏い、鋼鉄の武具を持ち、冷たい金属に加工された破壊を齎す質量兵器を搭載した鉄巨人共――名を武神。
 さらに、さらに、空の上には機械と混じり合うメタルウイングの翼をはばたかせる機竜までいるのだ。
 ぞくぞくする、いたって平和で物騒な武装局員、その彼が戦争に参加している。
 嗚呼、怖い。
 最初は怖気づく、けれども恐怖を乗り越えて、覚悟を決めればにっこり笑えるのさ。

「さあリリカル・マジカルと始めようか!」

 大気中の魔力素を吸収、現地の人間の誰もが気付いていない、概念以外の人間の可能性。
 リンカーコアが駆動、熱い、熱い、魔力に変換していく。
 両手のデバイスが燃え盛る、烈火のごとく、太陽のように。

「魔法に名前を、必殺技の如く力強く!!」

『ClossFire―Shoot』

 クロスファイアシュート/十字砲撃の意。
 名前が力を持つ、ならば元々名前のついている魔法ならばどれだけ本当になる?
 佐山の腐れ悪役がほざいていた、必殺技を信じ込めばそれが現実になると。
 信じるのならば問題ない、それが常識だったから。
 一々詠唱をしなければいけない、どこの小説だと馬鹿笑いされた、とりあえず殴っておいた。そんな記憶も懐かしい。
 彼の能力ならば精々十のスフィアを出現させるのが限界、だがしかし、今の概念化ならばそれは異なる。
 名前の意味が分かる、名前の意味を知る、彼は信じ込む。

 ――この程度では十字砲撃とは呼べないと。

 故に、彼の周りに無数のスフィア、鬼火のように燃え盛る、無数の砲台。
 一人で弾幕張れますか?
 YES! デバイスはパワーアップ、魔法もパワーアップ。

「そして、俺も強くなった!」

 迫る、鋼鉄の巨人。
 怖くない、叩き潰す。

「祝福を与えてやれ。盛大に! B/LESS!!」

 銃声の如く破裂音が鳴り響く。
 スフィアから追撃の魔力弾が吐き散らされる。鳳仙花の勢い、派手な花火のように舞い踊る破壊の嵐。
 武神、ギョッとしたようにスラスターを吹かせて、横に回避。弾頭軌道からの回避。しかし、甘い。

「さあ撃ち落せぇ!」

 デバイスを振るう、プログラムを起動、自動追尾機能ってのが最近の魔法のデフォルト。
 直角に、物理法則を無視して、弾丸が武神の肩に直撃、派手に風穴を開いていく。
 一度当たれば速度が落ちる、次々と命中して、被弾しまくり。火花が散る、絶叫の如く部品が砕け散って、落下していく。

「いっちょあがりー、っ!?」

 爆風の上がった中から、炎を突き破り一体の武神が突撃。
 怒り狂った様子、当たれば人などミンチになりそうな剣を振りかざしてくる。やばい、速い。

「っ!」

 ベクトルを操作、重力を下へと方向修正。
 ガクンと迫る刃から反れるように、“上へと落下していく。”

『なっ! 何の概念だ!!?』

 ははは、概念条文も概念武装なしに空中機動をする生身の人間にびびったのか、外部スピーカーから声が洩れた。
 教えてやろう。

「概念じゃねーよ!!」

 魔力弾を吐き散らしながら、彼は告げる。

「魔法っつうんだよ!」

 飛行魔法をさらに起動、落下速度に、大気抵抗のカットでさらに速度を上げる。
 武神とのダンスゲーム、空への落下しながらの戦い、繰り出される斬撃を回避し、踊るように弾丸を叩き込む。
 落ちながら戦ってる。
 いや、昇りながら戦っているというべきか。
 音速を超えて、衝撃波を撒き散らしながら、撃つ、撃つ、撃つ、弾く。
 プロテクション、補助武装の機銃の一斉射撃、それを展開した障壁で弾く、逸らす、凌ぐ。
 やばい、敵軍は圧倒的な火力じゃないか、こっちは戦闘機、向こうは爆撃機と呼ぶに相応しい戦力バランス。
 しばらく対峙、交戦、プロテクションがきついので回避に専念、調子に乗りやがって!

『死ねぇ!』

 虚空を蹴り飛ばす、方向転換用スラスターが青白い吐息を景気良く吐き出し、重圧な人型機体が恐ろしい速度で旋転。
 回る、刃が閃く、剣速は既に遷音速クラス、音響の壁を突き破る超弩級斬撃。
 やべえ、回避出来るか!?

「っ、無理ぃ!!」

 肉厚の刀身が一直線に閃き、俺を切り裂いた――と見えただろうな。

『なっ!?』

 刃が通り過ぎる、そこにいた俺の姿、まるで水を零したカンパスのように滲んで消失。
 幻影、フェイクシルエット。

「オプティックハイド、解除」

 本物はここ、武神の後ろ。
 シューティングシルエットとフェイクシルエットの同時並行。
 気づけ、撃たれているのに損傷していないことを。
 武神の頭部に乗る。こつんと足音、銃口を突きつける。

『っ!?』

「おせえ!」

 ゼロ距離、砲撃ぶちかます!

「ファントム・ブレイザー!!」

 昔見たアニメ、燃える展開、装甲をぶち抜くにはゼロ距離射撃。
 燃え滾る紅蓮の吐息、頭部から股間まで二つの魔力砲撃が貫通し、飛び上がった俺の足元で爆砕、撃沈、さようなら。

「二丁目上がりぃ!」

 ベクトル変更、空へと舞い上がる。
 良い調子だ。

「このまま今日の撃墜王でも目指すかぁ!」

『馬鹿いってんじゃねえよ、女顔!!』

 独り言に反応して、叫び声。
 轟音、振り返る。
 そこには俺の背後から襲いかかろうとしていた機竜――その頭部をアチョーと蹴り飛ばしている武神【荒人・改】

「っ、飛場ぁ! 遅いじゃねえか!」

『真打は遅れてくるもんだって母親から教わらなかったのか、魔法青年!!』

 飛場竜徹。
 護国課に所属する武神の乗り手、八大竜王の一人、血気盛んな糞男。
 荒人・改が唸り声を上げる。
 中身の乗り手を体現するかのようにその動きは荒々しく、無駄がなく、修羅のよう。
 襲い掛かる武神共、その斬撃を紙一重で躱し、流れるような動きで次々と両断、現代に蘇った武士と誉れ高い戦士。

『サンダーソンの奴もはりきってやがるぜ、さあ気合入れろ!』

「はっ、だろうなぁ!」

 空を見上げる。
 其処には誰よりも速い男が空を支配している。
 恐れることは無い、さあ戦おう。

「いくぜ、高々十二世界、数百の次元世界を護る時空管理局を舐めるなぁああ!!」

 彼は叫ぶ。
 彼は駆ける。

 どこまでも走り抜ける。

 そう、それが時空管理局地上部隊にして、ミッドチルダUCATの首都航空隊ティーダ・ランスターの使命なのだから。








 ミッドチルダUCAT 概念戦争編











「――ということわけなんだよ!」

『ダウト』

 誰も信じてくれませんでした。
 あるぇー?



 ……始まるわけが無いですよねー!!





















 まず一番最初に行われたのは事情聴取だった。
 ティーダ帰還の速報で集まった昔なじみの陸士の連中に今までの武勇譚を聞かせていたのだが、返ってきた返事が嘘だ! だった。

「お前がそんなにかっこいいわけないだろう、常識的に考えて」「っていうか、調子のんな」「テメエは脇役が十分だ、主人公面してんじゃねえよ」

 即答三連発だった。しかも理不尽でした。
 そして、何故か武器を持ち出されて、襲われました。

「な、なにをする、きさまらー!」

「その立場ぁ!」

「ころしてでもうばいとる」

 いつも通りの乱闘だった。
 ドッたんばったんぎこしゃはむはむばきゃぁいや~ん、などという悲鳴と罵声と嬌声と破壊音の撒き散らされる室内。
 そして、そこで一人静かに事情を聞き終えた隊長は思った。

(ミッドチルダUCAT成立の始まりはLow-GのUCATとの接触が発端だ。現地組織には他Gとの異世界存在の認識以外にも、他次元世界の存在と魔法技術の存在を知っていたせいで調査管理局員が発見されたのが理由だったのだが……まさかティーダが原因か?)

 六十年前のLow-Gへのティーダ転移。
 それがなければおそらくかの世界は管理局の組織とこれほどの技術提携を結んではいなかっただろう。
 そうなるとミッドチルダUCAT自体が彼の存在によって成立したことになるのだが……

(まあ本人も気付いていないし、どうでもいいか)

 隊長は深く考えるのをやめた。
 ミッドチルダUCATに所属するティーダが飛ばされたのが始まりだったのか、それともその前の元の地上本部に所属していた別の可能性が始まりだったのか、タイムパラドックスなどが色々と複雑になるのだが、考えると面倒なので放棄。

「い゛えあ゛あ゛あ゛あ゛ー!!!」

 こうして、ティーダは本家UCAT的には重鎮存在になるはずだったのが、スルーされました。








 ティーダ・ランスター奇跡的生還。
 そのニュースは流し素麺の流れるような速度でミッドチルダUCAT内に行き渡った。
 それを聞いた一人はこう語る。

「いや、奴が死んだとは思ってませんでしたよ。だって変態だし」

 そして、他の面子はこう告げている。

「むしろ普通に帰ってきたことに驚いた」

「イベント的には魔王でも倒してくるのかと賭けていたんですが、大穴かよ!」

 賭けチケットを投げ捨てながら、ペッと唾を吐き捨てる始末だった。
 ちなみに大穴当てた奴は嬉し喜びに踊っていたが、数分後に他の陸士に襲われて、尻の毛まで毟られたことを記述しておく。

 そして、その張本人であるティーダはというと。

「ティアナー!!!」

 全力で妹の名前を叫びながら、地上本部の廊下を疾走していた。
 事情説明を終えた後、我に返った(狂ったともいう)ティーダが妹であるティアナがどうしているのか調べたところ、他のラグナたん可愛いよはぁはぁと怪しい言葉を発している陸士が、現在ティアナが機動六課という部隊に所属していることを教えてくれたのだ。
 ついでに他の連中が持っていたティアナのブロマイドを蹴り倒して奪い取った後に、現在のティアナの姿を見た彼が鼻血を吹き出して大量出血で詰め所の床を真っ赤に染め上げたことは語るまでも無い。
 ガリゴリと増血剤の錠剤をかじり、はむはむっ! とほうれん草をポ○イよろしく食べながら、ティーダは機動六課本部隊舎へと向かう。
 本部隊舎のある湾岸地区までかなりの距離があるが、彼にはそんなことは関係なかった。
 直進距離で直進し、途中で松葉杖を突いていた老人を蹴り飛ばし、扉を開いてきゃーと悲鳴を上げる男子更衣室を潜り抜け、窓を開けると、そこは外だった。
 窓枠に足をかけて、飛び上がる。
 飛行許可? なにそれおいしいの?
 都市上空を奇声を上げながら滑走する一人の青年の姿に、都市住民はああまたUCATかと諦めた。













 一方、機動六課のほうで一人の男が稲妻を浴びたかのような衝撃に襲われていた。

「な、なに? ティーダが帰ってきたぁ!? しかも、悪化? マジでか」

『マジマジ、超マジ。今そっちに向かっているようだ』

「っ、やべえな。ありがとよ、今度なんか奢るわ」

『んじゃー、今度ラグナちゃんとの合コンをセット――』

 ガチャンと地上本部直通黒電話を叩き切ると、その男――ヴァイスは珍しく焦ったような顔を浮かべていた。

「やばいな。早く避難させないと!」

 彼は悲壮な決意を浮かべると、踵を返して全力疾走で走り出した。
 数分後、彼はとある部屋の前に辿り着くと、ローリングソバットで扉を蹴破った。

「なのは隊長ー!! たいへんで――あ?」

 飛び込み前転からくるりと見事な動きで起き上がり、ヴァイスは叫ぼうとして。
 ――目の前の光景にすっと目を背けた。

「……失礼しました」

 ヴァイスは何も見なかったことにして、立ち去ろうとした。

「ま、まって! 何で逃げようとするの!」

 がしっとその肩を掴んだのは慌てた様子のなのは。
 彼女は何を慌てているのか、ヴァイスは知らないふりを続けることにした。

「いや俺何も見なかったですから。まさか高町隊長がロリスキーで自分の養女を押し倒そうとする特殊性癖者なんて俺知らないですから安心してください。昔フェイト隊長に欲情していたけど今は育ったから興味ないという噂は本当だったのかーなんて俺納得してないですから(棒読み)」

「違うのー! 違うNOー! ヴィヴィオが、着替えるのを嫌がるから着せ替えていただけなのー!」

 号泣しながら首をぶんぶん横に振るうなのは。

「なのはママ乱暴だった……」

 そして、火を注ぐ純粋無垢なるょぅじょ。

「ああ。ベットでも戦場でも全力全壊なんですね、わかります」

「いやー! これ以上変な噂を立てられるのはいやー!!」









 そんな押し問答中に、マッハを越えた速度で飛び立っていた一人の男が地上に着地していた。

「華麗に着陸!」

 ガリガリとアスファルトの地面を砕き、螺旋を描くように回転しながら襲来した男――ティーダは両手を頭上に上げた。

「俺、参上!!!」

 Yポーズで地面にめり込んだ足をずぼっと引き抜くと、ぐるりとそこらへんにいる一般事務員らしき女性(メガネ、ストレートヘアの女性)が怯えた目で見ていたので尋ねた。

「あ、すみませんが。ここにティアナ・ランスターっています?」

「え? はい。ティアナならもう訓練が終わって戻ってきていると思うけど……」

 ピクリ。
 一瞬ティーダの肩が揺れると、ひっと女性が引きつった顔を浮かべた。

「あ、そうですか。兄のティーダと申します。いつも妹がお世話になっているようで」

 ペコりと一礼すると、何故か拍子抜けたように女性が安堵の息を吐いた。
 何故だろうとティーダは内心首を捻ると、とりあえずティアナを探しに行くことにした。

「あ、一応会いに来たことはそちらの部隊長に連絡が来ているはずですので。ちょっと入らせていただきますね」

 正確には「俺帰る、ティアナ嫁にする、すぐいこう、さあ逝こう」と叫んで、詰め所から飛び出したのだが、あの気配りのいい隊長のことだから事前に連絡は回しているだろうという予測発言だった。
 事実その通りなのだが、確信犯な分性質が悪い。

「え? そ、そうなんですか? それならいいですけど……」

「では」

 さっさかさーと立ち去るティーダ。
 その背後で女性にかけよる男性が、「シャーリー無事か!」と声をかけて「う、うん。あれってどうみてもUCATの……」「あの制服はUCATのだ。油断しないほうがいい、彼らのことだから何かする可能性が高いぞ」とぼそぼそと警戒されているような気がしたが、ティーダは気にしなかった。
 その身に備わるシスターセンスを活用して、素早くティアナの位置を探る。
 そして、数秒と掛からずに進路を決めると、ティーダは一直線に歩き出した。
 妹はそちらにいる、それは確信だった。
 それに間違いなどあるはずがない。
 この身に宿る肉親への愛が、情愛が、執念が、妄執が、妄想が、全てを告げるのだ。
 想像を妄想に、妄想を願望に、願望を現実に置換する。
 彼女と会ってからどうするか、そのシチュエーションを脳内で数千パターン構築し、最終的には肉親の絆を軽くコサックダンスで踏み越えて、結婚ENDまで余裕で妄想していた時だった。

「え?」

 声がした。
 思わず競歩速度だった足を止める。

「嘘……」

 声紋照合、脳内記憶照合、脳内予測ティアナボイスに六年の年月を追加修正し、照合。
 ――全てオールグリーン。
 ドスッ! 全力で振り返ろうとする己をレバーブローしつつ、ティーダはゆっくりと声の方角に振り返った。

「久しぶりだな、ティアナ」

 激痛に顔を歪ませつつもニッコリと微笑んで、振り返った先には目を潤ませた愛しい妹の姿があった。
 六年前の子供の頃とはすっかり変わり、美しくなったティアナがそこにいた。

「に、兄さん……?」

 声が震えていた。
 体も震えていた。
 傍にいるおそらく同僚だろう、それ以上だったらぶち殺す少女二名とあとでヤキいれること決定な少年一名が困惑した目で見ている。

「ティア? あの人ってもしかして」

 青い髪の少女が、ティアナに尋ねるが、彼女はフルフルと必死に首を横にふりたくった。

「嘘。兄さんなわけがない、だって兄さんは死んだ……はずなのに」

 は?
 一瞬呆気に取られる、いや高々行方不明になっていただけなのだが。
 いや、違うな。ティアナのことだ、悲しさのあまりにそう信じてしまったに違いない。MAIだったし。

「馬鹿だな、ティアナ。俺はお前の兄だぞ? そう簡単にくたばらないさ」

 ニッコリと笑み。
 飛び掛ろうとする己を必死に自制しながら、ティーダはゆっくりとティアナに歩み寄ると、ぽんっとその頭を撫でた。
 一瞬ビクリと彼女は肩を震わせたが、その手の感触に目を開いた。
 温かい。
 幻覚じゃなく、夢じゃなく、現実の感触だと実感できる大きな手。

「本当に……にいさんなのぉ?」

 涙声だった。
 見上げる目は潤んで、ぐしゃぐしゃだった。
 今すぐにでも抱き付きたそうな彼女の体は懸命に作り上げた自制心で堪えていたけれど、それがティーダには痩せ我慢だと気付いていた。

「本物に決まっているだろ?」

 安心させるようにティアナの髪を撫でる。
 昔と変わらない髪形のままだった。

「だって……だっていきなりすぎるよ……」

「おいおい、俺が生きたって信じてなかったのか?」

 少し意地悪するように笑いかけながら、ティーダはティアナの涙の雫を親指の腹で拭った。

「だって六年……兄さんが行方不明だって……どこに消えたのかも分からないって六年も……」

 この瞬間に至ってティーダはティアナとの時間差を実感する。
 自分は半年、彼女は六年。
 十二倍もの時間の差、濃密な死を感じさせる戦争を潜り抜けてきたけれど、妹はそれ以上の悲しい時間を経験していたのだ。
 理解、実感、残酷な運命の悪戯に怒りすら覚える。
 もしも神――別世界の神族とか、そういうのは嫌ってほどぶちのめしてきたが、運命を操る存在がいれば今すぐにでも八つ裂きにしたいほどだった。
 六年前ティーダを異世界の彼方にぶっ飛ばしてくれた違法魔導師は、既に他の陸士が逮捕し、生きるのもアッー!という目にあわせたらしく、新たな領域の扉をオープンドア状態で刑務所に入ったらしいので、ぶちのめす機会がないのが残念だった。

「悪い。待たせたみたいだな」

 ごめんよ、とティーダは妹に謝る。
 ううん、とティアナは一生懸命首を横に振るうと泣きじゃくる子供のような笑みを浮かべて。

「兄さんっ!」

 すたっと足を早めて、飛び込んでくる。
 キターッ!! と高鳴る動悸、笑みを浮かべて、ティーダは両手を広げた瞬間。


「あぶなーいっ!!」


 ――バァンッと横から走ってきたバイクに撥ねられた。

「え?」

 錐揉みしながら空中旋回、キラキラと光る唾液と吐血を撒き散らしながら哀れなティーダの体は重力に引かれてぐしゃりと地面に叩きつけられる。
 そして、彼を撥ねた張本人であるバイクの乗り手はふぅーと息を吐きながら、華麗に額の汗を拭った。

「危ないところだった……」

「に、兄さん!? ヴァイス陸曹何するんですかぁ!!」

 うわーんと両手を振り上げて、ヴァイスの胸板をぽかぽかと叩くティアナ。
 しかし、彼は至って真面目な顔でティアナの肩を握り締め、告げた。

「大丈夫か、ティアナ!(性的な意味で)」

「え?」

 ちょびっと気になっている男性に肩を掴まれて、普段は済ませた顔でツンツンしているけど内心初心なティアナは頬を赤らめたのだが、言われた言葉に意味が分からず唖然とした。

「無事か? 襲われていないな!?(性的な意味で)」

「え? あ、あの? どういうことですか?」

「今のティーダはひじょ~に危ない。言うなればスバルの前にスパゲティー、シグナム姐さんの前に強敵、なのはさんの前に新型レイジングハートだ!」

「どういう意味だ、ごるあ゛あ゛あ゛!!」

 驚異的な生命力でティーダ復活。
 ボタボタと血を流し、バイクのタイヤ跡を顔に残しながらも立ち上がる。
 そんな彼の復活にヴァイスは舌打ちをすると、ティアナを後ろに庇い、構えた。

「ちっ! 再生が早いな、せめてリッターバイクにメタルホイールで轢くべきだったか!?」

「さすがにそれは死ぬ……と思うぞ!」

「嘘付け!」

 対峙する二人の男。
 護るは多分ヒロインのティアナ、呆気に取られて付いていけない子供三名を観客にミッドチルダUCATの誇れない変態二名が睨み合う。

「ヴァイス。久しぶりの再会でいきなり人を撥ねるとはいい度胸だな、年下の癖に」

「ティーダ。お前が行方不明になっている間に、俺はすっかりお前の年を越えたよ」

「やーい、オッサン」

「言うな!」

 ちょっとだけ気にしていることを言われて、ヴァイスはこめかみに血管を浮かばせた。
 一種即発、今にも互いのデバイスを抜き放ちかける――というか待機状態のデバイスが、二人の手に魔法のように抜き放たれていた。

「ヴァ、ヴァイスさん!?」

「お、落ち着いて、ティアのお兄さん~!」

「喧嘩は駄目ですー!」

「二人共落ち着いてよ!!」

 羽交い絞め開始。
 ティーダにはスバルとエリオのベルカ組が抱きつき、ヴァイスはキャロとティアナのミッド組二人が押さえ込む。
 その光景にティーダが戦闘機人を越える腕力を発揮したのだが、スバルが全力全開の魔力強化で押さえ込んだ。

「ヴァイスぅうう!!! てめえ、誰の許可を得てうちの妹に粉かけてるんだぁ!?」

「ああ!? そんなわけあるか! 俺は365日ラグナ一筋だ!」

 シスコン二人の醜い罵倒開始だった。
 ちなみにティアナが密かにショックを受けているが、二人共気付いていない。
 両手をふさがれつつも、蹴りが激突しあう。クロスを描くような華麗な蹴りの交差だった。
 そんな争いが数分ほど続いただろうか、押さえ込むほうも暴れるほうも息絶え絶えになった頃

「もうやめてよ!」

 と、泣きが入ったヒロインの叫びがあり、二人共戦闘中止だった。

「そうだな。争いはやめよう」

「そうだな。何気に俺接近戦弱いし」

 ティーダとヴァイスの二人共が大人しくなり、ようやくここでフォワード陣が手を離した。
 そして、流れるような展開の速さに付いていないフォワード陣が訓練の帰りだったことを思い出し、ヴァイスはとりあえずシャワーを浴びて来いと指示。
 涙を流していたことによりティアナの顔は赤かったし、事情説明するにも外でするには長すぎると判断だった。
 しかし、休憩時間はあまり残ってないとエリオが告げると、事情が事情だからなのは隊長には既に話は通しておいたとヴァイスが説明。
 常識的な三人は納得いかない顔をしつつもシャワーを浴びに行き、ティアナは名残惜しそうに何度も振り返ったが、慌ててシャワー室へと向かっていった。
 残る二人は彼女達の姿はいなくなると同時に一秒も躊躇わずに拳を繰り出し、クロスカウンターがめきょりとめり込む。

「ぐっ!」

「い、いいパンチだ……げふ」

 ばたりと倒れる二人。
 空に見える太陽が夕日のように眩く見えた。








 慌てつつも、しっかりと身支度を整えたフォワード陣が、待ち合わせ場所の食堂にやってきた。

「……ふ、二人共どうしたんですか? その痣」

「気にしないでくれ」

「久しぶりの友情を深めていただけさ」

 痛ててと医務室から貰った氷で顔の痣を冷やす二人がそこにいた。

「あれ? シグナム副隊長も……なぜ?」

 そして、そんなヴァイスの横には皺一つ無い制服を身に纏い、凛々しい佇まいで座るシグナムが座っていた。

「なに。ティーダが戻ったと聞いてな。一応私もティーダとは同じ部隊に所属していた身だ」

「そうだったんですか!?」

 今更のように事実を知るティアナ。

「ああ」

 ズズーとお茶を啜るシグナム。
 ヴァイスはコーヒー、ティーダは紅茶と嗜好がバラバラに分かれていた。

「んじゃー、事情説明するんだが。嘘くさいかもしれないが、信じてくれ」

 ティーダが今までどうしていたのかを説明。
 この世界では六年前に違法魔導師を追いかけている最中にティーダは転送魔法を応用したトラップにかかり、別世界に飛ばされたこと。
 そして、自身の体感時間ではそれは精々半年程度前だということを説明すると、ティアナは驚いた。
 飛ばされた世界Low-G(フォワード陣は名前こそ知っているものの実情は知らない世界)でミッドチルダに戻るために努力しつつも、自分を拾ってくれた組織の力となって概念戦争に参加した。
 詳しい説明は機密になるので話せないがそこで我々こそオリジナルだー! とほざいている悪い連中を、知るかボケなす! とぶちのめしたのだが、その世界を滅ぼした時に避難が遅れて自分はさらに異世界に飛ばされたのだが、それが付近の管理世界だったということ。
 そこで現地の武装組織をついでにぶちのめし、金を巻き上げて旅費を稼ぎ、次元航行艦を乗り継いでミッドチルダに帰還した。

「ほへー、凄いんですね」

「凄いです」

 と、そこまで説明した時点でスバルとキャロは感嘆の息を吐いた。
 エリオはどこか憧れの混じった目で「UCATの隊員ってやっぱり凄いんですね」と間違った方向へとフラグを進めていた。

「いや、しかし。まさか六年も経っているとは知らなくてな。家にすっ飛んで帰ったんだが、ティアナがいなくて心配したぞ」

「ごめんね、兄さん」

 素直に謝るティアナ。ツンデレのツンを通り越して、デレ状態だった。
 どうやら長年のトラウマだった兄の死が、帰還してきた兄を見て粉々に砕けたらしい。
 しかし、彼女はさすがに予想していない。
 すっ飛んでという言葉が事実であり、さらには家の扉をぶち破ったままこちらに来ていたということを。

「まあさっきUCATにも顔を出して復隊手続きもしてきたし、俺もまた管理局の一員だな」

 長かったなぁとため息を吐きながら、紅茶を啜るティーダの一言。
 その言葉に、ティアナは少しだけ沈んだ顔を浮かべた。

「兄さん、UCATに復帰するの?」

「ん? ああ」

 てっきり喜んでくれると思っていたティアナが、沈んだ顔を浮かべるのにティーダは首を捻った。

「あの人たち……兄さんのこと馬鹿にしてたんだよ? 葬儀の時だって散々馬鹿にしていて……」

 その顔には怒りが満ちていた。
 憎悪という火がその瞳の奥で燃え盛っていた。轟々と暗く、冥く、へばりつくような痛みを堪えた憎悪。
 彼女は怨んでいた。
 彼女は憎んでいた。
 かつて兄の死――行方不明となり、M.I.A.判定を受けて、上げられた死体のない葬儀。
 思い出す。
 ――馬鹿だな。
 ――必要ないだろ、葬儀なんて。アイツには。
 ――死んでくれたほうが助かるしな。
 その時に浴びせられた言葉が彼女の耳にいつまでも残っていた。
 それこそが彼女を打ち震わせ、彼女の怒りの原動力だったのだが。

『は?』

 その時、ヴァイスとシグナムが同時に首を捻った。

「してたっけ?」

「いいや、記憶に無いが」

 葬儀に参加した二名。
 首を傾げていた。

「お前ら、ちょっと純真無垢なティアナが傷ついているから詳しく説明しろ」

「えっと確か……」






 記憶は六年前に遡る。
 それはティーダ・ランスターが行方不明になり、死亡判定を受けた時だった。
 一応儀礼的に神父を呼び、死体の無い棺が土に埋められていく。
 そして、葬儀にはヴァイスもシグナムも参加していたのだが。

「葬儀なんて必要ないよなぁ(死んでないだろうし)」

「というか、馬鹿だしなぁ(変態的な意味で)」

 という会話が陸士の間であったような気がするし。

「むしろ死んでいるといると助かるなぁ(野望的な意味で)。そうすれば俺が晴れて、あの子の保護者に!」

「馬鹿野郎! それは俺に決まっているだろう、常識的に考えなくても」

「うるさい、黙れ! あの少女は私がめくるめく百合の世界に連れ去るに決まっているでしょうが!」

「馬鹿野郎! 光源氏計画は男の浪漫だー!!」

 という会話の後に、仲裁に入った神父も巻き込んで乱闘があったような記憶しかない。
 確か途中で腐った大人共の世界に穢れないようにティアナに目隠しして、保護した記憶があったようなないような。







「……という葬儀だったような。ん? どうした、ティアナ」

 ORZ というポーズでティアナが床に沈みこんでいた。
 ニュアンス的なものも説明を交えていたのだが、何故か見る見るうちに雰囲気が落ち込んでいったのは何故だろう?

 こうして、ティアナとティーダの再会は無事(?)に終わったのだった。

 その後「ティアナを苛めたのは貴様かー!!」「きょ、教導だったのー!!」 と叫ぶ一応AAのはずのティーダとエクシードモードのなのはの間で、三日間にも渡る個人戦争が幕を開くのは別の話である。



 帰ってきた馬鹿殲滅戦 完了

 第一回 地上本部攻防戦に移行する












今日もUCAT


1.ラッド・カルタスとギンガさんの甘い日々(片方の主張より)






 カタカタ。
 彼は何時ものように詰め所で事務処理を行っていた。
 電子ディスプレイの上を、鍵盤でも弾き鳴らすかのように無駄なく指を動かし、次々と処理を行っていく。

「ふむ。調子が乗らんな」

 彼は不意にデスクの引き出しを開き、その中にあったテープレコーダーを取り出した。
 そして、それと接続していたイヤホンを耳に嵌めると、再生ボタンを押し込む。
 そして、耳元に流れるある女性の声を聞きながら、気分が乗ってきたので指をパチパチと走らせていると。

「カルタス主任。お疲れ様です」

「ん? ギンガかい」

 存在を気付いてはいたものの、気付かないふりを続けたラッドは静かに振り返る。
 すると、そこにはコーヒーカップを持ったギンガがいた。

「どうぞ。少し濃い目ですが」

「いや、その方が嬉しいね。なによりも君が入れてくれたことが嬉しい。そろそろ私と籍を入れないかね?」

「お世辞が相変わらず上手いですね」

 引きつった笑みで答えるギンガ。
 彼女は知らないふりをしている、彼の言葉は全て本気だということを。
 そして、ラッドはギンガに貰ったコーヒーを味わうように飲んでいたが、不意に席に戻ったギンガのデスクのあることに気が付いた。

「ギンガ」

「? なんですか」

「君はコーヒーを飲まないのかね?」

「え? あ、そういえばうっかり忘れてました」

 ドジですね、と苦笑するギンガの微笑を視姦しながら、ラッドは立ち上がる。

「それなら私が入れてこよう」

「え? いいですよ、私が」

 ガタリと立ち上がろうとするギンガの肩をぽんっと叩いて、「たまには部下を労わせてくれ」とラッドは告げた。
 申し訳ないという顔を浮かべるギンガの横を通り過ぎて、廊下に備え付けてあるインスタントカップの自販機にデバイスでのIC支払いで購入を済ませる。

「ミルクはいるかい?」

「あ、お願いします」

 部屋内のギンガに訪ねて、注文通りにコーヒーを設定。
 出てきたカップにぽいっとポケットから取り出した粉末を入れて、コーヒーとミルクが注がれるのを待ち、音が鳴った後に取り出した。

「ギンガ、注文どおりだがこれでいいかね?」

「あ、ありがとうございます」

 何一つ変わらない笑みに、ギンガはまったく警戒する事無くコーヒーカップを手に取った。
 そのまま何事もなかったかのように、ラッドは席に着くと仕事を再開する。
 仕事をしたふりをしながら、ラッドはギンガがコーヒーに口を付けるのを観察していた。

 ゴクリ。

 彼女の細い喉が確かに音を奏でた。
 時間を計測。
 一分、二分、三分……五分。
 コーヒーを飲み終えたギンガが、ばたっとデスクの上に前のめりに倒れた。

「ぐー」

 コーヒーに盛った睡眠薬が効いたようである。

「典型的な寝息だな」

 ラッドは時計を確認。
 入手先曰く30分は寝ているはずなので、時間には余裕がある。
 先ほどから聞いているテープレコーダーのスイッチを止めて、新しいカセットを中に挿入。
 さらにデスクの中からこの時のために用意した【ギンガの寝顔アルバム その37】と書かれたディスクと小型ビデオカメラを取り出し、かつかつとギンガのデスクに歩み寄ると、その寝息と寝顔を録音+録画するためにセットした。
 ビデオカメラのピントを調整し、そのあどけない顔がしっかりと映っていることを確認し、調整完了。
 そして、ラッドはそのまま場所を離れると、詰め所に備え付けのロッカーから仮眠時に使われる毛布を取り出し、ギンガの肩に優しくかけた。

「幾ら戦闘機人とはいえ、君は無茶をしすぎなのだよ」

 ラッドの声音は優しい。
 ラッドの確認する限り、今日で二日は貫徹している彼女を休ませるにはこれぐらいしか手段はなかった。
 そして、警邏任務から戻ってきた他の部下達が詰め所に戻ってきた時に、音を立てないように彼は唇に指を当ててしーと告げた。

 彼女は愛されていた。彼女自身が自覚するよりもずっと深く。


 二十分後、カフェイン効果と戦闘機人故の薬物耐性があることを気付かずに、寝顔をはぁはぁと視姦していた同僚達が涙目の彼女にぶちのめされた。














2.とある潜入工作員の日記


 これはある潜入工作員の脳内データベースに記録された日記である。



 ――ミッドチルダUCAT 潜入1日目




 ドクターからの任務により、本日からミッドチルダUCATにもぐりこむことになった。
 時空管理局地上部隊の本拠地であり、管理局本部からの警戒も厳しい地上部隊の組織への侵入。
 変装自体はISライアーマスクにより心配はないが、かの組織は高ランク魔導師を潤沢に保有する本局をも脅かすほどの力を蓄えているらしい。
 警戒は必須だ。油断してはならない。
 いつかの聖遺物を入手するための聖王教会にもぐりこんだ時よりも過酷な任務になりそうだ。

 しかし、挫けることは許されない。
 まだ開発途中の姉妹たちと無事に再会するために、この任務をやり遂げてみせる!










 ――ミッドチルダUCAT 潜入2日目

 ……ありえない。
 なに、この組織? 本当に時空管理局の部隊なのか?
 どこの連中も仕事中にも掛からずフィギュアとか、漫画とか弄ってるし、もぐりこんだ秘書課により接触した最重要人物と思しきレジアス・ゲイズは……小説なんか書いてましたよ?
 副官にして、娘であるオーリス・ゲイズに叱られていたし、私は本当に上手くやっていけるのだろうか?

 追記:陸士部隊の戦力を調べるために、主戦力と思しき首都航空隊と情報収集の会話をしたのだが、中々にイケている男がいた。
 もう少し渋くて、過去を背負った男になるといいのだが――シスコンだったため、微妙。






 ――ミッドチルダUCAT 潜入3日目

 ドクターに「実家に帰ってもいいですか?」 という懇願メールを送ったのですが、拒否られた。
 大変欝だ。
 クアットロ、ごめんね。
 私途中で自殺するかもしれない。

 こ こ に は 変 態 し か い な い の か。








 ――ミッドチルダUCAT 潜入18日目

 何か色々諦めてきた。
 今日も定時報告。

「異常しかなくて異常無しです」

 そんな報告したら、ドクターに怒られた。
 だって、その通りなんだもん。
 たまに本局にもぐりこんで、脳味噌ガラス共の世話をしているほうが癒しになっているというのはどういうことだろう?
 不愉快な会話をしている干物共だが、常識人なために心が激しく癒される。


 追記:副官のオーリス・ゲイズと屋台でばったり遭遇する、UCATの愚痴を言いながら一晩酒を飲み明かした。
 彼女は常識人だ。きっといい友達になれる、明日も頑張ろう。








 ――ミッドチルダUCAT 潜入78日目

 テロ事件勃発。
 次元世界の一つを範疇に納めるマフィアが、地上本部に飛行機テロを仕掛けてきた。
 危うく私も死ぬところだったが――アリエナーイ。
 特攻してきた旅客機に「てめえ、アニメの放送中に仕掛けてくんじゃねー!」と叫んで、ブちぎれた陸士たちが数百人がかりでバインドした挙句に、空中で停止させ、中にワラワラとドリルを持った装甲服の連中が飛び込んでいった。
 中を占領していたテロリストはアッー! という悲鳴と共に窓から放り投げられて、高度数百メートルの位置から地面すれすれでキャッチされていた。

 その三日後、本局に逮捕状を申請した後、陸士三個師団が出撃し、現地の地上部隊と協力してマフィアを壊滅させたらしい。
 ……なんであいつらの魔導師ランクがB以下なのか、理解しかねる。





 ――ミッドチルダUCAT 潜入128日目


 かゆ……うま……









 ――ミッドチルダUCAT 潜入???日目


 今日もUCATな日々が始まる、頑張ろう。
 そして、思う。

 ドクター、多分ここに入ったら……五分で適応しそうだ。









[21212] 第一回地上本部攻防戦 その1
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/25 13:59

 世界は常に揺れ動いている。

 刻一刻と運命の振り子はふり幅を大きくし、世界を震撼させる運命を紡ぎ出す。

 嗚呼、嗚呼。

 世界は変わり果てる時を待ち望んでいる。

 祈りたまえ。

 嘆きたまえ。

 運命は迫り来る。

 牙を磨いて。

 爪を尖らせ。

 駆け来たるのだ。



 ――9月14日 後の世にJS事件と称される運命が世界に姿を見せる日。


 その発端たる、地上本部襲撃事件。

 それが今目の前まで迫ろうとしていた。















 ……のだが。
 その運命を防ぐべく設立された機動六課の宿舎、そこで一人の少女がペンを走らせていた。

「ふんふふ~ん」

 手に持つのはGペン。
 使い慣れた仕草でスラスラと線を描く、文字を描く、絵を描き出す。
 彼女が描くのは絵であり、文字であり、人物であり、背景であり、建物であり、命そのものだった。
 原稿用紙にさらさらと描き出すそれは覗き込む同僚の視線を釘付けにするほど刺激的。

「う、うわ~……こ、こんなとこまで描いちゃうんですか?」

 さらさらと凄まじい速度で手裏剣のようにインクを飛ばし、目を疑う速度でベタを塗る少女は高らかに告げる。

「もちろんよ。この私、アルト・クラエッタの辞書には自重という言葉は存在しないわ!」

 メラメラと燃える瞳、ボキリト握っていたGペンがへし折れて、きしゃーと声を上げる。

「そう、時代は私の才能を求めているの! 尊敬する作家は言ったわ。【僕は読んでもらうために漫画を描いている! 読んでもらう、ただそれだけのためだ! 単純なただ一つだけの理由だが、それ以外はどうでもいい】と! だから、私は見てもらうために自重はしない、躊躇うことなんてしないの!」

 時代はヴァイス×ティーダなのよぉおお! と叫びながら、同人誌を描き出すアルト。
 彼女の描き出す原稿の中では鬼畜顔のヴァイスが、女顔のティーダをねっとりねちょねちょと押し倒していた。
 それを横目ですごーいと憧れた目で見るルキノ。
 休憩時間とはいえ、いいのだろうか?

 アルト・クラリッタ。
 元ミッドチルダUCAT首都航空隊 運輸部第2班にして、その前身はティーダ、ヴァイス、シグナムと同じ航空武装隊第1039部隊所属。
 すなわち彼女も立派なUCAT隊員としてしっかり腐っていた(腐女子的な意味で)








 そんなことが機動六課の隊舎で行われているとも知らず、機動六課のスターズ&ライトニング分隊(一名除く)はミッドチルダUCAT本部に訪れていた。
 ミッドチルダUCAT意見陳述会。
 警備としての収拾が海からの命令として彼女達に下っていた。

「うわー、凄いですねぇ」

 改めてミッドチルダUCAT本部を見上げたスバルが凄いと声を上げた。
 それはまさしく鋼の城だった。
 UCATの隊服を着込んだ陸士たちがせわしくなく周囲を歩きまわり、何らかの防衛網を設置しようとしているのか、屋上からロープを引いて壁で補修作業らしいものをしている陸士もいた。
 ――その横でアーッ! という叫び声を上げてバンジージャンプをしている人がいたような気がしたが、おそらく気のせいだろう。多分。
 落ちろ、落ちろ、貴様らー! うひゃひゃひゃひゃ! ティアナー、愛してるぞー! などと叫んでいる見覚えのある人物が積極的に蹴り落としているような気もしたが、ティアナも見なかったことにした。
 ロープもついていなかったような気がするのもきっと気のせいだ。

「……本当にこれで敵の襲撃があるんでしょうか?」

 フォワード陣は幻覚から目を背けて、傍らに立っていたなのはに話しかけた。
 彼女達はつい数日前、予言の話を聞いている。



 古い結晶と無限の欲望が集い交わる地。
 死せる王の元、聖地より彼の翼が甦る。
 道化達が踊り、中つ大地の法の心は空しく焼け落ち、
 それを先駈けに数多の海を守る法の秩序は砕け落ちる。




 聖王教会の騎士にして時空管理局少将であるカリム・グラシアのレアスキル【預言者の著書】
 それが全ての発端だった。
 その予言の解釈によれば幾多のガジェット・ドローン、それを裏で操るスカリエッティによって時空管理局が崩壊するという未来が推測された。
 機動六課はその予言を覆すために設立された部隊。
 大規模な予言の内容にフォワード陣は驚いたし、かかるプレッシャーに緊張もしたけれど、自分達の肩に掛かる重みに決意を新たにしていた。

「あると思う。ミッドチルダUCAT、意見陳述会。テロがあるとしたらこの日。時空管理局の本局幹部も来るし、聖王教会の人たちも来る。この日にミッドチルダUCATを潰せば、管理局の面子も潰されるだけじゃない、他時空世界に対する管理局の信頼も壊れてしまうだろうね」

 なのははひどく冷たく、そして冷静な目つきで告げた。

「スバル、皆。気を抜かないでね」

『はい!』

 フォワード陣が声を上げる、スバルの目に、ティアナの目に、エリオの目に、キャロの瞳には力が宿っていた。
 その瞳を見て、なのはが微笑む。
 自分達の選択は間違いではなかったと。
 未来を託せる仲間達だと信じられた。
 フェイトも微笑み、傍に立っていたシグナムも薄く微笑んだ。はやては恥ずかしそうに頭を掻くが、嬉しそうだった。

「しかし、ヴィータの奴も来れればよかったのだがな……」

 シグナムが少し表情を渋くして告げる。
 今ここにいないヴィータ。
 彼女は体調を崩し、機動六課の隊舎にて寝込んでいるのだ。

「……しょうがないよ。なんか凄い状態だったし」

 この間の少女保護の時から、帰還したヴィータは無言で部屋に戻ると、部屋の隅でぶつぶつとうずくまり、「怖い怖い、あたし帰る。おうち帰る」とどこか遠い世界で幼児化していた。
 先日まで必死にはやてが慰め、シャマルがあやし、ザフィーラがもふもふされることによってようやく精神がカムバックしたのだが、何故彼女があのような状態になったのか誰も分からなかった。
 通信していたルキノにも詳細は分からず、ガジェットからの負傷があったわけでもなく、現場で援軍として出ていたUCAT陸士にも聞いたのだが。

「はて? 俺は特になにもやってないのだが、ガジェットを倒しただけだしなぁ」「だな。俺は運転してただけだし」と原因不明。

 同じく何故かひきつけを起こしていたリインは「ふははは! チャージなどさせるものか! 私こそが闇の書の意思だー!」 と喚き散らした後、翌日になったら何も覚えていなかった。
 シャマル曰く「何か憶えていたくない嫌なことでもあったみたい。自我を護るために記憶を封じ込めたのね」 という判断が下されていた。

「……ヴィータ副隊長がいないと、戦力的にちょっと不安ですね」

 実技訓練としてフォワード陣をしっかりと鍛えてくれているヴィータの強さを、ティアナたちの誰もが骨身に染みて理解していた。
 彼女がいないことが少しだけ不安だった。
 けれど、なのはは気丈に笑顔を浮かべてみせる。

「大丈夫だよ。私たちもいるし、それに私だけじゃなく、UCATの人たちも警備しているよ」

 そういって、バッと警備網を引いているそこらへんのUCAT陸士を指差したのだが――

「――うほ、いいモンキー! 剥ぎ取れー!」「ちょ、おま! 俺今、襲われてるんだけど! ゴットモンキーつええ! いやー。爆裂樽、樽寄越せ! 剥いでないで助けろよ!」

 ……携帯ゲーム機でカチカチと遊んでいたし。
 その横では。

「いっけぇ、俺のビガージュ!」「させるが、メラトカゲ!」「ちょ、おマ、進化させずにLV100かよ!? どれだけ愛してるんだよ!」「お前こそ、さっさとサンダーストーン使ってでぶっちょにすればいいじゃないか!」「うるせえ! あれは進化じゃない、メタボですぅ!」

 と、有線式のどでかいゲーム端末にケーブルを繋いで、ピコピコしながら叫び声を上げていた。
 ちなみに携帯しているストレージデバイスは地面に放置である。
 というか、何故かケンケンしながら縄跳びで三重飛びに挑んでいる奴やベーゴマをやっている奴もいた。
 腕に嵌めたどでかいディスクを構えて、立体型映像でカードゲームをしている奴らもいる。

「……」

「……な、なのはさん?」

「とりあえず頑張ろう。私たちが」

 強い決意を手に、ガシリとスバルの肩に手を置くなのはだった。
 そして、シグナムを除く全員が思った。

 ……ミッドチルダの平和は大丈夫なのだろうか? と。


 しかし、彼女達は四時間後に始まる悲劇をまだ知らない。










 カツ、カツ、カツ。

「中将、そろそろ意見陳述会の時間です」

 冷静な声。
 感情を押し殺した声音が響き、ぷしゅーと空気が抜ける音と共に一人の女性がドアを開く。
 オーリス・ゲイズ。
 このミッドチルダUCAT本部を統率する実質的司令官であるレジアス・ゲイズの娘にして副官に当たる人物。
 皺一つ無いぴっちりとしたスーツに身を包み、切れ長の瞳を顔にかけたメガネで隠した才女。
 一切の乱れない歩法で彼女は室内に踏み込むと、胸に抱いた書類を手に取り、伏せていた顔を上げた。

「中将――ん?」

 しかし、顔を上げた先。
 本来ならばレジアスが座っているはずの席にはレジアスはいなかった。
 いや、そこには違う人物がいた。

「おや、私はまだ客分なのだがね。オーリス君、いつの間に中将になったのかな?」

 足を組み、不適な笑み。
 白髪を交えたオールバックの髪型に、どこまでも冷たく冷静沈着な顔を浮かべた少年。

「佐山 御言。何故貴方がそこの席に?」

 かつて全竜交渉部隊の指揮官として活躍した英雄。
 悪役の姓を持ちし少年。
 ミッドチルダUCATの設立に関係した佐山 薫の孫。
 そして、現在ミッドチルダUCATに戦術・技術関連の交流監査役として居座る客分。

「ふむ。そこの質問は的確だ。故に回答は的確に行おう――そこの男が座ってもいいよといったのでね」

「は?」

 ピシッと向けられた指先を見ると、そこに「あ~」という声を上げている男と少女がいた。
 具体的に言えば二つの按摩器に座る連中がいるともいう。

「気持ちいいね~、佐山くん」

 そう告げるのは佐山と同じく派遣されてきた新庄 運切。

「うむ。実に私も心地いい」

「ほえ? そんなにその椅子座り心地いいの?」

 と首を捻る新庄。
 その黒く滑らかに伸びた髪、男性とは思えない滑らかな体のライン、そして按摩器でぶぶぶと小刻みに振動するまロい尻を震わせて、静かに佐山の盗撮用カメラで撮影されていることを新庄は知らない。
 そして、その横で極楽極楽と呟いているヒゲ面に、厳つい顔つきの男がいた。
 レジアス・ゲイズである。

「中将ー! なにやってるんですかぁ!」

「む? 見ての通りだ」

「ふむ、オーリス君はどうやら按摩器の存在を知らない文明人だったらしいね! まさか魔法で肩こりが治るのかね?」

「ふ。魔法で肩こりが治れば鍼灸も按摩もサロン○スも要らぬわ!」

「肩こりはどこでも強敵のようだね」

 同時にニヤリと笑う佐山とレジアス。
 しかし、次の瞬間、唸りを上げたオーリスのハリセンに頭部をひっぱたかれた。

「ほら、さっさと行きますよ! 父さん!」

「ぬぉおお! 耳をを引っ張るなぁ、ちぎれ、千切れる! 遅かりし反抗期か!?」

 ズルズルとオーリスに引きずられるレジアスだった。
 それを眺めながら、佐山が一言。

「ハハハ、いつ見てもここは変態の巣窟だね。悲しい限りだと思わないかい、新庄君?」

「同じUCATだから大差ないよ。色んな意味で」

 そう告げて二人も立ち上がった。
 意見陳述会に、彼ら二人も出席することが決まっているのだから――









 巡る、巡る、世界の螺旋。
 運命は常に辿り寄せて、歴史の変革は間近である。

「ウーノ、準備はどうかね?」

 一人の男がいた。
 一人の狂人がいた。
 嗤う、嗤う、玉座に腰掛けながら厳かに、王者のように、或いは発狂した狂い人のように振舞うヒトガタ。

「イエス、ドクター。準備は万端です」

 主の命に従うは冷徹なる人形。
 美しい造形、神に寵愛されたかのような美貌、その細腕の周りには螺旋を描くような鍵盤がある。
 奏でる、歌う、音の調律を行うようにウーノと呼ばれた人形は操作を開始する。

「クアットロ、奏でる準備は出来た?」

「はい、お姉さま。我が銀色の衣は既にかの組織を蝕み始めていますわ」

 嗤う。
 モニターに映し出されるは邪悪を秘めた人形。
 残酷なまでに清々しい笑顔を浮かべながら、その双眸の奥に秘めたるのは吐き気が込み上げるほどの闇。
 彼女の闇を姉たる彼女は知り尽くし、それでもなお己が主の目的のために放置する。

「トーレ、出撃準備は?」

「問題ない。いつでも行ける、姉妹たちを取り戻すチャンスだ。逃がさん」

 新たに出現したモニター。
 そこに映し出されるのは翼の如き光刃を噴出した人形。
 彼女は凛々しい、彼女は気高い、刀身を削り上げ少女の形を取ったかのように鋭い存在。
 その四肢からは強化手術を受けて、ありあまる出力を手に入れた光の翼にして、輝ける刃たるインパルスブレードを持ち合わせている。
 彼女の機動はまさしく音速を超過。
 人間には太刀打ち出来ない、最強無比の一刀。

「ルーテシアお嬢様、準備はよろしいですか?」

「問題ない……父さんも大丈夫だって」

 三つ目のモニター。
 そこには両手のアスクレピオスに光輝を抱いた少女がいた。
 少女は美しい、まるで美の女神に祝福されたかのよう、紫水晶を溶かしたかのような髪を風になびかせ、夕日の輝きに輝ける姿は黒衣と相まって死神のように背筋立つ。

「では、全ての姉妹たちよ。祈りなさい」

 神に祈るではなく、己の創造主のみが信奉の対象たる人形は歌う、奏でる、紡ぎ出す。

 破壊の旋律を。

 歴史を書き換える一音を。

「さあ開始しようか。歴史の境界線を越える刻を!!」

 狂人は告げる。
 ダンと床を踏み鳴らし、人形がその意のままに手を這わせた。
 淫猥に、絢爛に、偉大に、ポォーンという運命が戸を鳴らす音を奏でる。


 今ここに、ミッドチルダUCAT(ついでに機動六課)とスカリッティとの戦いが始まる。








 なお、三年後のスカリエッティはこの時のことをこう述べている。

「認めたくないものだな。若さゆえの過ちというものを」

 と。



第一回 地上本部攻防戦 開始









今日だってUCAT

 1.スカリエッティの大いなる野望



 スカリエッティ、ラボ。
 今日もその主にして狂科学者、スカリエッティは研究に明け暮れていた。

「ふむふむ、ここはこういう風に改造したのか」

(ドクター……今日もUCATの兵器解析をしているわ)

 UCATに拿捕されたガジェット。
 ドリルを付けられ、何故か追加バーニアに、内部に搭載していたミサイル全てがドリルミサイルに改造されていたそれを回収したのだが、スカリエッティはここ近日その解析に夢中だった。

「ドリル。うむ実にドリル。螺旋の輝きを秘めている、ぬ? こ、これはまさか鉄の城モデルか!?」

 などと、不眠不休で内部をばらし、稼働した時の画像を見てうーむと感嘆の声を上げているのである。
 それを影ながら見ているウーノはスカリエッティの体調を心配しつつも、彼の興味をそれだけ引きつけるUCATに嫉妬の炎を燃やしていた。

(ドクターの技術のほうが素晴らしいのに、何故あんなにも調べるのかしら)

 彼女はしばし悩んだものの、彼女の電子処理機能つきの頭脳でも計算は不可能だった。
 しょうがないとため息を吐き、彼女はそのまま日課の掃除のためにスカリエッティの私室に入った。
 手にはスカリエッティ自作の掃除機を持ち、腰にはホコリ取りを掃き、エプロンを身に付けた姿こそ人妻の完全装備!
 とは、この間妻と夫の関係を熱く語っていたゼストの談である。
 そして、そのメガーヌの後姿はあまりにも綺麗だったのでついムラムラと襲い掛かってしまった――とまで説明したところで、ルーテシアの情操教育に悪いと判断されたガリューにぶっとばされていたのは思い出したくも無い記憶である。

「さて、どこから掃除しようかしら」

 相変わらずスカリエッティの私室は荒れ放題だった。
 研究資料のレポート用紙は床に散乱し、分厚い科学書などは机に山済み、この間お忍びで出かけてきた時に買ってきたナンバーズのフィギュアはケースの中に納められている。
 最初こそ呆れたものの、もはや慣れたウーノはテキパキと書類を集めてファイルに入れて、さらにパタパタと上の方から埃を落とし、掃除機をかけていった。
 ガーガーと溜まった埃を吸い込みながら、「ドクターと結婚したら毎日こうするのかしら?」 と少しだけ頬を染めて、ウーノが腰をくねらせる。
 きゃードクターとバタバタと身もだえして、もじもじと顔を隠すウーノ。
 他の姉妹が見たら幻滅確定の痴態を繰り広げると……ようやく立ち直ったのか、息を吐いた。

「こ、こんな場合じゃないわね。掃除をしないと」

 掃除機による床の吸い取りはほぼ終えている。
 後は雑巾で空拭きでもすればいいだろう。
 一端雑巾などを取ってくるかと踵と返した時、ウーノは不意に気付いた。

「あら? これは何かしら?」

 スカリエッティの机の上に、なにやら沢山の線が描かれた紙切れが一つ。
 手紙などではなく、ただの紙切れのようでウーノはそれを掴み取り、見てみた。
 沢山の縦線に、その途中に幾つもの横線が走っている。
 そして、最後にこの二つの言葉が書いてあった。

【UCATに入って、わはーする】

【頑張って世界を変える】

 ぶっちゃけあみだくじだった。
 どうやらスカリエッティはあみだくじで、選択を選んだらしい。紅いボールペンで線を引き、【頑張って世界を変える】のところに丸が描かれていた。

「……見なかったことにしましょ」

 ビリビリと紙を破ると、ウーノはゴミ箱に入れて部屋から出て行った。


 スカリエッティ一味はギリギリのところで存続させていた。








 2.ガンバレ エリオくん(の保護者達)



 踊る、躍る、疾る。
 手には槍を、脚には速度を、全ての心技体を戦いに傾けろ。

「おぉおおお!!」

 疾る、吼える、貫く。
 音速に触れるか触れないか、それほどの速度で彼は駆け抜ける。
 待ち構えるは歴戦の剣士。
 燃え盛る焔の使い手。

「いい速度だ」

 来たる飛翔の矛先。
 鋼鉄すらも貫くそれ、だがしかし、烈火の将は笑いながらその刃に体を差し出す。

「え!?」

 驚愕に歪む、防御をしない、回避もしない彼女。
 それに驚愕をし――瞬間、大地から空へと舞い上がる一閃があった。

「躊躇うな」

 それは逆手に刃を構えた彼女の一閃。
 何たる神技、迫る細い針の如き矛先を見事に捕らえて上へと弾き上げた。
 剣聖の如き刃の一閃。
 それに幼い槍は逆らう術を知らず、噴き出すスラスターによる補正すらも忘れて手から槍がすっぽ抜ける。

「あ」

「これで終わりか」

 パシンと首元にレーヴァテインの刀身が触れた。
 少年、エリオの敗北だった。

「……負けですか」

 がっくりと頭を落とす。
 クルクルと落ちてくるストラーダ、それに遠隔操作、手元に戻ってくる槍をエリオは見もせずに捕らえた。
 確かに彼は成長している。ストラーダの扱い方に精通し、サードフォームすらも解禁させていた。
 だがしかし、届かない。
 目の前の烈火の将に、他の閃光の戦斧の使い手に、不屈の魂の持ち手に、鉄槌の騎士に、まだ届かない。

「まだ弱いな」

 刃を振るい、もはや体に染み付いた血払いの動作をしながら、シグナムは肩にレーヴァテインの刀身を乗せた。

「とはいえ、本来ならもう及第点はやれるな」

「え?」

「今の年齢から言えば魔力の放出量も、制御技術も、身体能力も十二分なほどに上がっている。後はゆっくりと肉体の成長を待つしかないほどにな」

「……ですが」

 まだ自分は弱いと思う。
 同僚の誰よりも弱い思える。シューティングアーツの使い手には技巧で劣り、若きフォワードリーダーほどにも強かではなく、彼にもっとも近い召喚術士の少女ほどの切り札もない。
 その悩みに気付いたのだろう、シグナムは静かに口元に手を当てて。

「後は、そうだな。その槍術を鍛えるしかない」

「え?」

「見ているのだが、お前は槍を武器としては使っているが、技としては使っていない。エリオ、本局の短期予科訓練校で槍技は学んだか?」

「い、いえ。最低限の持ち方と、使い方を教えられたぐらいで後は魔法を」

「だろうな。私は剣技なら教えられるが、槍は専門外だ」

 やれやれと肩を竦めると、シグナムはしばし考えて。

「そうだな。もしもこれ以上、エリオが強くなるとしたら方法がないわけではない」

「な、なんですか?」

「どうせ死んでないだろうし、いずれ帰ってくるだろう人物が一人いる。そう私よりもおそらくは強い達人が、そいつに師事すれば――」

「だ、誰ですか?」


「ミッドチルダUCAT最強の武人、ゼスト・グランガイツだ」


 こうして、エリオは彼の名前を知ることになる。
 しかし、今の彼は知るはずも無い。


 三年後、彼が師匠にしてエリオの命を狙う最強のラスボスとなることに。


 この時の彼はまだ知らなかったのだ。







「はう!」

「どうしたの、キャロ?」

「い、いえ。何故か今すぐにでもヴォルテールを呼び出して、抹殺しないといけない人が出てくるような予感が」

「はぁ?」






******************************

さあ、ここからが真の地獄の始まりです。
終わりのクロニクル本編はティーダの介入などで多少変わってますが、大筋原作どおりだと思ってください。

次回から今までとは違って自重しない展開だらけです。
ミッドチルダUCAT、本番始まるよー!



[21212] 第一回地上本部攻防戦 その2
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/26 10:54
 ミッドチルダUCAT意見陳述会。
 それは年々削られた予算にも関わらず戦力を拡大し、発言力を強めているUCATに対する監査儀式のようなものだったのかもしれない。
 優れた組織力と治安維持に反して、得体の知れない人材や兵器などにミッドチルダ市民の不信感は高まり、抑え付けていた蓋が外れたようにその実情を人々が知りたがるようになった。
 彼らは敵なのか?
 それとも自分達を護ってくれる存在なのか?
 秘密裏に開発が進み、その持続申請が出された新型拠点防衛用兵器アインヘリヤルなどの存在により、人々の注目は極度の高まりを見せていた。
 そして、その会議が終わりかけた時、事態は波乱の展開を迎えた。

 ――始まりは突然だった。

 爆音が鳴り響き、それと同時に警報が地上本部の室内全てに鳴り響く。
 会議に参加していたものは誰しも目を見張り、戸惑いに声を上げて、窓の外を見た。

「な、なんだ!?」

 それは無数の敵影だった。
 ガジェット・ドローンと呼ばれる機械兵器、それが雲海のように迫っている。
 誰もが驚きに声を上げた。
 迎撃を! いや、避難を! 地上本部の防衛はどうなっている! 口々に叫び声が上がる、その中で会議に参加していたはやてたちは目を合わせて出撃する覚悟を決め、その横で三人の様子を見ていたカリムは祈るように腕を組んだ。

「失礼ながら、私たちはしゅつげ――」

「必要ないな」

 はやてが立ち上がろうとした瞬間、声が掛かった。
 それはオールバックの髪型に一房の白髪が混じった青年。
 レジアス・ゲイズ中将の横で客分として座っている人物、佐山 御言。

「っ、どういう意味ですか!?」

「言葉の意味も理解出来ないのかね? 先ほど告げている通りだ。出撃する必要は無い」

 佐山がチラリと横のレジアスを見ると、彼もこっくりと頷いた。
 ガタリを椅子から立ち上がると、彼は静かに、されど重々しい口調で告げた。

「皆、冷静になってください。それと勝手な判断で移動しないように、あくまでも攻撃対象は私たちUCATのようです」

「っ、勝手なことを! 私たちに被害が出たらどう責任を取るのかね!!」

 口々に騒ぎ立てる本局幹部達。
 それらに佐山はやれやれと息を吐くと、告げた。

「なるほど。責任を取ればいいのだね? よろしい、きみ達にかすり傷一つでも付けばこの男が皺腹を掻っ捌いてくれる!」

 自信満々に告げる佐山。

「……いや、ワシはそこまで言ってないのだが」

「これで満足するのだろう!! なんならばきみ達に介錯をさせてもいいぞ! 分かるかね? ジャパニーズハラキリーだ!」

「ぉーぃ」

 無視されて少し寂しいレジアスだった。
 白熱する陳述会会場。
 音を上げていく爆音。

 そして。

「なっ、あれをみろ!」

 誰かが叫んだ。
 その瞬間、誰もが窓の外を見た。

 大いなる桃色の光線が、空を焼き尽くしたのを。









 ……時は少々遡る。

 四時間前、ミッドチルダUCAT本部内を歩き回ったなのは、フェイト、はやては疲労困憊だった。
 肉体的には負担はない。
 ただし精神は幾つもの刀傷を負い、出血を起こし、今にも壊死しそうだった。
 だって。

「魔王様-! 俺だー! 結婚してくれー!」

「フェイトそーん! 俺だー! 踏んでくれー!」

「はやてー! 別にいいやー! でも、サインくれー!」

 と、喚き散らす陸士たちがワラワラとどこからともなく色紙と使い捨てカメラを持って寄ってきたり。

「見てくれよ? これ……どう思う?」

「……すごく……大きいです」

 と、ベンチに座り込んで、手作りらしい1/10ナンバーズフィギュアを見せ合っている陸士もいたし。

「はいはい、ここが有名な陸士108部隊の部隊室だよー」

「へえー、ここであのギンガ姉ちゃんが寝顔撮られたりしたんだね!」

「すごーい!」

「俺もいつかUCATに入って、可愛い部下とラブラブの職場恋愛になりたーい!」

「じゃあ、私それに横恋慕して、ドロドロ関係になりた~い!」

「じゃあ、僕はそれを最後まで見届けて歯をがたがたするー!」

「あらあら、皆さんおませさんですね。でも、不倫とかは事前に正妻と結託しておくと後々楽なのよ☆」

 などと告げるバスガイドならぬUCATガイドのお姉さんと小学校低学年の子供たちが集団行動などをしていたり。
 他にも、ほかにも……思い出すだけで吐血しそうな光景を沢山見たなのはたちは記憶にフタをするという賢い大人の選択をした。
 意見陳述会なのにも関わらず、警備網が強まっている気がまったくしなかった。
 というか、ここはテーマパークなのだろうか?
 一応何度かここに来ているらしいはやて曰く「……信じられんかもしれんけどな、ここ申請すれば見学いつでもOKなんや」と武装組織にして治安部隊あるまじき状態らしい。
 本当にどうなっているのだろうか?
 つくづくなのはとフェイトはフォワード陣を内部警備に廻さなくてよかったと思う。

「まあええわ。とりあえず大体見て回ったし、上の会場に行こうか」

「そうだね……」

「同意する」

 ガクーと頭を落とし、なのはたちは上の階に上がろうとエレベーターに向かう。
 道は迷わない。
 別段持ち込み禁止にもなっていないデバイスたちにルートマップは記憶しておいてあるし、そこらへんで急造らしき案内板が用意されているからだ。
 まるでお祭り騒ぎのように張られているポスターや立て札に中学時代の文化祭を思い出して微笑ましくなりそうになる三人だったが、それらを用意したのがいい年こいた大人たちだと思うとどこか凹む。
 騒がしく大工道具を持った陸士たちや、エレキギターにドラムなどを持ったパンクな格好をした陸士たち(一名女の子がいたような気がした)などとすれ違い、エレベーター前に辿り着く。
 すると、そこに見覚えのある顔があった。

「あ、カリム!」

「? はやて! それに皆さんも」

 そこには礼服を身に纏い、身だしなみを調えた金髪の女性が立っていた。
 カリム・グラシア。
 聖王教会の騎士にして、時空管理局少将である才女。
 そして、機動六課の後見人の一人でもある女性。
 彼女は美しい、宗教画に描かれる美の女神の如く整えられた美貌、太陽の光を凝縮し糸に紡ぎ上げたかのような金色の髪を滑らかに伸ばし、神聖を帯びた礼服の下に隠し切れない肢体は妖しく禁忌を踏み越えさせるほどに魅力的な肉体。
 彼女は佇むだけで世界を変えるかもしれない美貌の持ち主だった。
 ――ただし、その周りで写真撮影を求められていなければ。

「あ、すみません。こっち向いてくださーい」

「あ、はい」

 振り向き、ニコッと微笑む。
 パシャリ。
 インスタントカメラのフラッシュが瞬き、カメラを撮った人間と一緒に移った無数の陸士たちが喚き散らすように歓喜の声を上げた。

「ひゃっほー! カリムさんと写真撮ったどー!」

「宝物だー! 家宝にします!」

「ありがとう、ありがとう!」

 歓喜の舞を踊る陸士たちの暗黒舞踏。
 それらを引きつった顔で見送り、そしてそれらを目撃したはやては困惑しきった顔と引きつった声で尋ねた。

「か、カリム? なにやっとんの?」

「いえ、写真を求められたので。一緒に写っただけですよ?」

「あかんー!! というか、カリム! あんたのキャラ変わっとるわ! 普通ああいうのは「あら嬉しいですわ。けどごめんなさい、私は聖王に仕える身。淫らに貴方方と触れ合うわけにはいきません」 とか言って断るんとちがうんか!?」

「いえ……一緒に写真を撮ってくれたら、聖王教会に全財産を寄付しに行きますと沢山言われたら、つい」

 フッと顔を背けるカリム。
 どうやら信仰のプライドとかを金で売ったらしい。

「カリムー!!」

 親友の行動に、はやては泣いた。
 真面目に泣いた。

「ごめんね、はやて。聖王教会も色々と苦しいの」

「知りたくなかった事実やわ」

 そんなコント劇場を繰り広げている間に、チンッという音が鳴り響く。
 カリムが押しておいたらしい昇降ボタンが点滅し、エレベーターの重厚な扉が開かれた。

「えっと、はやてたちも会場に行くのよね?」

「そ、そうや」

「乗ろうか、なのは」

「そうだね」

 四人がぞろぞろとエレベーターに乗り込む。
 見晴らしのいいガラス張りのエレベーター。
 はやてがその白い指を動かして、会場のある階層のボタンを押し込むと、鈍い音を立てながらエレベーターが上昇していく。

「ん? そういえばカリム」

「なに、はやて?」

 ニッコリと聖女のような笑みを浮かべるカリム。

「シャッハはどないしたん? いつもなら護衛にいるやろ」

「ああ、シャッハね……彼女なら急用で来れなかったの」

「急用? カリムの護衛以上に優先することなんか?」

 シャッハはカリムに忠誠を誓っている神殿騎士だ。
 その彼女が時空管理局本局の制御を半ば離れた組織――危険極まるミッドチルダUCATに一人で行かせるとは信じられなかった。
 どれほどの用件なのか?

「いえね。毎月のことなんだけど、ちょっと布教活動をしているらしいの」

「ふ、布教?」

「ええ。どうしても悔い改めさせないといけない連中がいると、朝から出かけて行ったわ」

『……』

 ふぅっと悩ましくため息を吐き出すカリムに、なのはたちは沈黙で答えた。
 深く尋ねると危険だと、幾多の戦場を駆け抜けた彼女達の感が叫んでいた。
 そりゃあもう全開で。

 結局、なのはたちは会場に辿り着くまで言葉を発することはなかった。








「そろそろ、意見陳述会が終わる頃かなぁ」

「そうだね」

 ミッドチルダUCAT地上本部の外壁、そこでフォワード陣は定められた警備位置に立っていた。
 フォワード四人組が集まり、さらには周囲にも同じように警備に当てられた陸士たちがいるのだが……どうにもやる気が感じられない。
 ラジオ体操をしたり、他の人間のデバイスを借りてお手玉をしていたり、様々な行動をしている。
 組織としてはふざけているに等しかったが、今まで何度か陸士たちと共同戦線を張ってきたフォワード陣たちはミッドチルダUCATの練度が決して低くないことを知っている。
 彼らなりの緊張感のほぐし方なのだろうと、適応力高く納得し始めていた。
 決して空を舞い上がりながら「うらー! 敵はどこだー! ティアナにいいところを見せるぞー!」とか叫んでいる知り合いを見て、諦めたわけではない。断じて違うのだ。

「あ、そういえばギンガさんはどうしたんですか?」

「ギン姉? そういえばさっきなんか陸士108部隊の人が来て、連れていかれたけど」

 くいっと首を捻り、スバルが答える。
 何故か泣きながらいやいやと首を振るうギンガを、布団に簀巻きにして「わー!!」といいながら攫っていった陸士たちの姿を思い出していた。
 一瞬誘拐かと勘違いしたが、見覚えのある陸士さんたちにラッドさんが「いつものことだから大丈夫さ」と笑って保障してくれたから大丈夫だろう。

「ギンガさんって確か元々は108部隊の人なんですよね? やっぱりあちらとのほうが連携とか上手いんでしょうか」

 短い間だが、同じ部隊として戦ってきたエリオとしては少し寂しかった。
 そんな彼の頭をポンッとスバルが撫でる。

「大丈夫。場所とか所属が違っても、同じ時空管理局で、同じ世界を護ろうとしている仲間だから!」

「そうですね」

 少しだけ安心したように微笑むエリオ。
 それを見てティアナは肩を竦めて、キャロも嬉しそうに口元に手を当てて微笑んだ。

 その時だった。

「ん? なんだ、ありゃぁ?」

 人間ピラミッドの頂点で片足立ちを行い、両手をYの字にアドレナリン全開のイイ表情をしていた陸士が唐突に何かを捉えた。
 空の果てに浮かんだ黒点。
 陸士の声に気付いて振り返ったフォワード陣は数え切れないほどの数を交戦してきた敵を見間違えることなく、叫んだ。

「ガジェット・ドローン!!?」

「予言通り、襲撃が来たわね!」

 それぞれがデバイスを起動させて、構える。
 そして、ガジェットたちはAMFを展開し、次々とレーザーを放つ。まるで光の雨のよう。
 その爆音と閃光にわーと人間ピラミッドをしていた陸士たちが蜘蛛の子を散らすような速度で散開、一番上の奴は誰も受け止めずにアスファルトに墜落していた。
 遠い黒点から発せられる破壊に誰もが殺気立ち、十分もしないうちにこちらへと辿り着いてくるだろうことが分かる。
 出動要請が掛かるのも時間の問題だ、とティアナたちが考えた瞬間だった。

『総員、一時待機! 決して手を出すなよ!!』

「え?」

 拡声マイクから響く声に誰しも手を止めた。
 ――戦闘放棄!? そう考えたのも無理は無い。
 だがしかし、その次の瞬間発せられた言葉に誰もが耳を疑った。

『時空管理局は一方的な弾圧をしない! というわけで、説得要員。彼らに警告をしてあげたまえ!』

「は?」

 その瞬間だった。
 ガラガラガラという轟音と砂埃を上げてやってくる巨大な影に気が付いたのは。

「な、なにあれ?」

 ティアナが呆然と呟く。
 それは形容しがたいものだった。
 まずそれは四つの車輪を持っていた――ただし木製。
 それは車体があった――ただし大きな木製。その全身には細長いバーが備え付けられ、それを無数の陸士たち(何故かハッピ姿)が押していた。
 その全身には金箔が貼られていたり、クリスマスツリーのように豆電球がつけられていたり、さらにはチャラッチャッチャー♪ というメロディが甲高く鳴り響いている。
 そして、その上は丸い台になっていた。
 一言で言うなればステージ、フォワード陣たちは知らないがそれは第97管理外世界においてお立ち台と呼ばれるジュリアナが踊り狂うようなカラフルな台だった。
 そして、そして、その上に……一人の女性が半泣きで立たされていた。
 限りなくキワどい水着姿、豊満な胸を惜しげもなく上から突き出し、さらに下乳もむしゃぶりつきたくなるほどにさらされて、そのサクランボウだろう位置だけが伸縮性のある布地で覆われており、さらにヘソだし、股間の食い込みは凄まじいの一言に限るお色気満載の水着に、片手にはビーチパラソルまで持たされている。
 はっきり言おう。
 ……レースクイーンの格好だった。
 さらに残酷なことを告げると、それは透き通る青空のような美しい髪を翻し、見るもの全てが凛々しく引き付けられるだろう美貌を涙で歪めた哀れなる女性――その名を。

「ぎ、ギン姉!?」

 ギンガ・ナカジマといった。
 実の妹の驚愕の声すらも聞こえないのか、半ばマジ泣きしているギンガ。
 その下で台車を押す連中は凄まじく輝いた笑みでスポーツカーのような速度で駆け抜けると、迫り来るガジェットたちから一番よく見えるまで押し込んでいく。
 運ぶ途中で鼻血を吹き出しながら、ガラガラガラとギンガを連続撮影していた進路上の陸士を一切の躊躇いもなく撥ね飛ばし、彼らはキキーと火花を散らしながら停止した。

『えぐえぐ。やだぁ』

 泣き声が拡声器から洩れ出てくるが、誰も聞いていなかった。
 ただ爽やかな顔で。

「さあギンガさん! 彼らに説得をするんだ!」

「ギンガならやれる!」

「頑張って~!」

 と告げるだけである。
 まるで優しい顔で地獄の針山に送り込む鬼どもを見るような目でギンガは彼らを見たが、誰も気にしなかった。
 というか、少し興奮しているような気がしたので、目をそらした。
 味方はいないと結論付けて、ギンガは気丈にも立ち直り、前を向いた。
 そこには無数のガジェット、そして遠目だがガジェットの上に乗ってこちらへとやってくる少女達――ナンバーズの姿が見えていた。
 そんな彼女達を見て、少しだけギンガは決意を新たにした。

『こちらミッドガルドUCAT、説得要員です! もしもしー聞こえていますかー!』

 拡声器の出力をMAXに訴えかける。
 その声にナンバーズの少女達は気付いたようで、ギンガに目を向けた。
 そのまま声を発し、渡されたカンペ通りに説得を開始。

『貴方達の行為は犯罪行為です! 都市部における公共物破損、違法魔導機械の操作、及びミッドチルダUCATへの破壊工作、他諸々の容疑で逮捕しますよぉ!』

 声を張り上げる。
 その度に揺ら揺らと彼女の一部分が揺れた。
 風は強く、片手に持つビーチパラソルの勢いに堪えるために踏みとどまる彼女の体は深く語らないがバインバインと震える。

「うるせー! そんな説得で引き下がれるわけないだろ、ばーか!!」

 遠めに見える赤い髪の少女が叫び返す。
 当たり前である。ギンガもこんな説得で引き下がるなんて信じていなかった。
 けれど、けれど!
 それでもギンガはやめて欲しかった――彼女達のために。

『やめてー! これ以上進んじゃ駄目ー! 本当に! 本当に戦わなければいけなくなるからー! やめてー!』

 それは絶叫だった。
 叫んでいる最中にギンガは涙が止まらなかった、うっと口元を抑える、涙が下に零れ落ちる。

『?』

 そのギンガの態度にナンバーズの誰もが首を捻った。
 そして、その意味を彼女達は数分後に思い知ることになる。

「まあいい。ガジェット共、タイプゼロを死なない程度にぶっ飛ばせ!」

 紅い髪の少女が叫びを上げて、腕を振り下ろす。
 それと同時にガジェットⅡ型がミサイルを、筒状のⅠ型がレーザーを吐き散らし、ギンガの台車へと集中砲火が叩き込まれる。

「ギン姉!」

「ギンガさん!!」

 呆気に取られていたフォワード陣が慌てて反応するが、時は既に遅し。
 攻撃は次々と撃ち込まれて――炎爆が生み出される。
 ガジェットの攻撃は止む事無く叩き込まれて、その攻撃力の高さをよく知るフォワード陣は顔を青ざめて、スバルは絶叫を上げた。

「ギンね――え?」

 その悲鳴は、途中で途絶えた。
 爆炎が吹き荒れた後、そこにいたのは無数の陸士たち。
 台車には傷一つなく、ハッピと団扇と看板を持った陸士たちがフォーメーションを組んで障壁を張り、胸も張っていた。

「はーははは! 我らがギンガ親衛隊!」

「魂の篭らぬ機械の攻撃など通じん!」

「やらせはせん! やらせはせんぞぉおおお!!」

「ま、また変態かー!?」

 咆哮じみた絶叫。
 同時にガジェットからさらにレーザーが放たれるか、バシンと煌めき輝く手甲を付けた陸士の一人に叩き落され、さらに打ち出されるミサイルは強化合金製団扇と【ギンガ☆ラブ】とかかれた立て札の前に悉く弾き返される。
 なんか真面目にやるのがアホらしくなるほどの鉄壁の防御。
 笑い声を上げているギンガ親衛隊陸士たちの頭上で、シクシクと泣いているギンガが異彩を放っていた。
 そんな時だった。

『……ギンガ。どうやら彼女達は悲しいことに説得は受け入れられないようだ。下がりたまえ』

「ラッドさんの声?」

 聞き覚えのある声が放送マイクから聞こえてきて、スバルたちが首を捻った。
 それと同時にギンガは泣き崩れた。

『ごめんなさい、ごめんなさい、彼らを止められない私の無力を許して……!』

『撤収~!!』

 泣きながら謝るギンガを乗せて、台車と陸士たちは凄まじい速度で後退していった。
 そして、その代わりといってはなんだが地上本部の路上道路の地面がギギギと音を立てて開いていく。

『え?』

 誰かが声を洩らした、誰もが声を洩らした。
 そこから出てきたのはキュラキュラと音を立てて出てくる鋼鉄の獣。
 キャタピラがあった、台座があった、砲台があった、砲身があった。
 ――それは十数台にも及ぶ戦車だった。
 しかも、その装甲にはこうペイントされている【全力全壊☆】と。

『全NANOHA-3、展開せよ!』

 放送マイクから声が轟く。
 どこか楽しげなラッドの声。

 そして、轟くのだ。

 こう。

『ディバイィイイイン・バスター!!!』

 “十数にも渡る桃色の砲撃が大気を貫いた”。











 その砲撃の圧倒的火力を見つめているものたちがいた。
 意見陳述会会場、そこにモニターで映し出された戦線。
 そして、その戦車型魔導砲から飛び出した桃色の砲撃に、フェイトは横の親友に振り向いて。

「……なのは、いつから分身魔法覚えたの?」

「ちがうー! 私じゃないのー!!」

 なのはが否定の叫び声を上げた瞬間、モニターからゾットするような声が聞こえた。

『……少し頭を冷やそうか――もう一度ディバイン・バスター!』

 ちゅどーんという砲撃音と共に聞こえる無数の“女性の声”。
 ジロリとなのはを見つめる視線が増えた。

「私じゃないよ! 本当だよ!? なんで、皆見るの!?!」

「なのは……」

「なのはちゃん……」

「タカマチさん……」

 誰も信じていなかった。

「はにゃー!!」

 猫のような叫び声が上がった。





 二度に渡る一斉砲撃。
 桃色の破壊砲撃はAMFを展開するガジェットたちを蹴散らし、破壊し、汚い花火と成り果てていた。

「ふはははは、圧倒的じゃないか。我が軍は!!」

 それは陸が極秘裏に製作した魔導砲台戦車。
 正式名称【Napalm・Atomic・Now・Out-range・Hyperthermia・Attack-kanon】3式。
 略してNANOHA-3。
 通称なのはさん部隊の指揮官はただ一人腕組みをして、純白と蒼と赤のトリコロールに塗られたNANOHA-3の上で佇んでいた。

「ふざけんなー!!」

 その時声が聞こえた。
 すると、爆炎の煙の中から動きの素早いガジェットⅡにしがみ付いたナンバーズたちが罵声を上げている。

「む? まだ生き残っているか。各自再度砲撃準備を開始!!」

『ラジャー!』

 砲台に光が宿り、戦車内部から声が上がる。

「照準、構え!」

 砲塔がゆっくりと動き出し、照準を合わせる。

「メインバレル冷却開始!」

 砲身から蒸気が噴き出す。

「次弾……装填!」

 巨大な砲弾の薬莢がおもむろに弾き出される、戦車内部で糾弾手が巨大な砲撃型カートリッジを交換する。

「反動ブレーキ、再度固定!」

 ガシンと巨大なバンカーが左右に地面に突き刺さる。
 グングングンとどこか掃除機が空気を吸い込むような音を立てて、桃色の光が砲身に宿る。

『行くぞ、我らが全力全壊!』

『――少し頭冷やそうか?』

 声が響く、無数に響く。
 それはNANOHA-3に搭載された砲撃魔法のオリジナル砲撃魔導師に敬意を称しての音声ボイス(なお、本人に承諾なし)
 さらにいえばオリジナルに敬意を払って態々魔力光の輝きを着色したもの。
 偉大なる人物に敬意を払う兵器とも言える装備。
 だからこそ、皆はこう叫ぶのだ。

『ディバイィイイイン・バスタァアアアー!!』

 桃色の閃光が大空を蹂躙する。
 誰も防げない、誰も逆らえない、魔王の如き光景。
 ゴミクズのようにガジェットたちが蹴散らされた。
 そして、中にいる操縦者も、外にいる指揮官も全員が敬礼して。

「――なのはさんのおかげです!」

 と叫んだ。
 その光景に加えて迂闊にも音声を拾ったせいで、スカートにも関わらず会場でなのはがひっくり返ったことなど彼らは知る由もなかった。
 ちなみに魔法術式及びボイスは本局の教導隊部隊長から快く譲渡されたものである。
 後日、それらの事実を知ったなのはがレイジングハート片手に本局に乗り込んできた時、教導隊部隊長はこう告げた。

「あ? お前、術式プログラムに著作権なんてあるわけないだろ」

 という現実溢れる言葉だったという。






「……ふむ。どうやら無事に終われそうだな」

 色んな意味で呆然としている本局幹部達、聖王教会関係者、記者、さらにいえば機動六課の面々を横目にレジアスが渋く呟いた。
 しかし、それを否定する言葉が隣の佐山から発せられる。

「馬鹿め。フラグを立てたな」

「ぬ?」

 佐山の言葉に首を捻った瞬間、モニターを見つめていた本局幹部達が声を上げた。

「な、あの砲撃群を!?」

 砲撃の吹き荒れた後、何も残らないと思われた空に無数の黒点が浮かんでいた。
 ガジェットだ。
 しかも、小さく映るナンバーズたちも無事である。
 おかしい。どう考えてもあの魔導戦車から撃ち出される砲撃はガジェットが展開するAMFの出力を凌駕していた。映像からの試算だが、リミッター付きのなのはの砲撃と比べても遜色無いほどの威力はあったのだ。
 そして、事実過去二回の砲撃でガジェットが撃沈していったのを見ている。
 なのに、何故?

「それだけやない!!」

 はやては思わず声を上げて、モニターを指差した。
 数が増えている。
 次々とガジェットが虚空から姿を現し、レーザーを放ち、ミサイルを放ち、破壊活動を続けながら飛来してくる。
 NANOHA-3の砲撃が応戦とばかりに繰り出されるも、その瞬間無数のガジェットが一塊になるように連結し、その砲撃を弱体化させた。

「AMFの多重展開やて!?」

 今までのガジェットにない戦法であり、機能だった。
 NANOHA-3の砲撃は引き続き撃ち出されているが、明らかに落としきれていない。
 応じるように陸士たちが応戦を始めるが、圧倒的な数と出力に吹き飛ばされていく。

「くっ! どう見ても陸士だけに手に終える事態やない! レジアス中将、私らは機動六課として自主的に出撃するわ!!」

 見過ごしておけるわけがない。
 戦う力があるというのに、見て見ぬふりなど出来なかった。
 踵を返し、他の呆然とする幹部達を押し退けて、はやてたちが会場を閉ざす扉を開こうとした瞬間。
 ――ガギン。
 扉は開かなかった。

「え?」

 扉がロックされている。
 キッと振り返ると、レジアスと佐山は仏頂面で座っていた。

「レジアス中将! そして、そこの佐山やったか。アンタら、何考えてんの! 扉を開けい!!」

 上司にする言葉使いではなかったが、そんなのに気にしている余裕は無かった。
 ただ外に出なければ、戦わなければ地上本部は、外で戦っているフォワード陣たちはやられてしまうのだ。
 そして、ここが落ちれば今後このミッドチルダの危機を護るのは誰なのだ。
 本局か? いや、海だけでは護りきれるわけが無い。足が遅すぎる、地に足をつけてない海では駆けつけられない。
 はやてはだからこそ期待していた。
 ミッドチルダUCAT、人格と性質はともかく陸の理想を実現する組織だと。
 だけど、それは裏切られた。

 と思った。

「まったく……君は私の話を聞いていたのかね?」

「なんやて?」

「私は告げたはずだぞ。“きみらが出撃する必要は無い”」

 佐山は立ち上がる。
 その手を美しく翻し、手を伸ばした。

「あえてここで告げよう。佐山の姓は悪役を任ずると」

 それは堂々と誇りに満ちた言葉だった。
 何一つしていない。
 ただ発言だけが許される客分でありながら、まるで誰よりも偉そうに、尊く、英雄のように告げた。
 それこそが悪役である証明。

「どこぞのエロジジイと同じ匂いがする駄目男よ。さっさと本気を出したらどうなのかね?」

「だ、駄目だよ、佐山君! せめて大城全部長よりは心持ちマシぐらいに言ってあげないと!!」

 その横でわたわたと手を振り上げる長髪の美しい麗人が悪意無き刃を振るった。

「……」

 しょぼーん。
 レジアスは凹んでいた。

「さらりと言葉の暴力をありがとう、新庄君」

「ほえ?」

「ま、まあいい」

 不屈の根性で立ち上がり、レジアスは見えないように腰をとんとんっと叩くと、懐から一つのレシーバーを取り出した。

「――私だ。総員に通達せよ、対異世界装備の許可を与える」

『本当ですか?』

「返事は違うだろう。正しくUCATとして動きたまえ」

 瞬間、レシーバーの向こうで息を飲む声が聞こえた。
 それは戸惑い、それは喜び、それは歓喜。

『――Tes.(テス)!』

 声が上がる。
 そして、レジアスは静かにレシーバーを置き、机の上のスイッチを操作した。

「私だ。管制室、調子はどうかね?」

『あー! 俺だ! 今なんか変なハッキングされてやがるが、現在必死こいて食い止めてるよ!』

「なるほど。ならば至急どんな手段を取ってでもそれを解決しろ。そして、ミッドチルダUCAT、対異世界装備許可を与えた――概念空間を展開しろ」

『っ! Tes.だ!』

 聞きなれない応答。
 そして、それらに戸惑う全員にレジアスは両手を広げて、告げた。

「時空管理局本局のものよ、聖王教会の重鎮たちよ、そしてこれらを見ているこの世界の住人全てに伝えましょう」

 告げる。
 重々しく誇りを篭めて。

「私たちの名前は時空管理局では無い。地上本部ですらない」

 カメラが向けられる。
 そして、それらを通してミッドチルダの全都市で画像が流される。
 放送されるのはレジアスの顔、声、その全て。

「私たちはミッドチルダUCAT。そして、その目的は“如何なる異世界からも私たちの世界を守り通すことであります”」

「っ! 時空管理局の理念を超えた発言だと!? クーデターでも企む気か!」

「愚かな。彼らは地上部隊だぞ? 世界を護るのが何が悪いのかね」

 幹部の言葉に、佐山が嘲るように、けれども淡々とした口調で告げた。

「私たちは貴方達を護ります。
 例えどの世界が私たちを嫌おうとも、貴方達が私たちを嫌っても護りましょう。
 私たちは見返りを求めない。
 私たちは理解を求めない。
 私たちは如何なる屍をも顧みない。
 私たちは如何なる犠牲をも厭わない。
 私たちはどんなに苦しくても諦めない。
 私たちはどんなに絶望的でも挫けない」

 告げる。
 告げる。
 レジアスは吼える。

「私たちの世界は無限の次元世界の一つです。
 かつて11の異世界と戦った組織がありました。
 かつてどんなに苦しいときでも諦めない組織がありました。
 かつて世界を滅ぼしてでも護ろうとした世界を守り通した組織がありました。
 だからこそ、私たちはもっと強く在らなければならないのです。
 11では利かない、100でも足りない、1000でも少ないかもしれない、もっともっと沢山の世界があります」

 腕を振るう。
 ただ答えるように。
 ただ告げるように。
 レジアスは誰にも理解を求めなくても、ただ叫ぶのだ。

「けれど誓いましょう。
 だから、契約をしましょう。
 私たちは決して敗れないと、くじけないと、守り通してみせると!
 正義ではありません。
 私たちは正義にはなりえません。
 ただの諦めの悪い人間たちの集まりです。
 けれども、私たちはこの胸に誓った覚悟を秘めて叫ぶのです」

 レジアスは手を上げた。
 佐山も手を上げた。
 新庄も手を上げた。
 本部にいる全てのUCATが手を上げた。
 そして、外に戦う誰もが笑って、きっと手を上げたに違いない。

「我、ここに契約す――Tes.(テスタメント)!!

 誰が吼えた。

「Tes.!」

 誰かが手を伸ばした。

「Tes.!」

 誰かが悲鳴と共に叫んだ。

「Tes.!」

 誰かが走りながら言った。

「Tes.!」

 誰かが戦いながら告げた。

「Tes.!」

 誰かが吹き飛ばされながらも誓った。



「ミッドチルダUCAT! 対異世界組織の演習戦闘に入る! 各員、対異世界戦闘準備!!」


『Tes.!』


 ここに契約は成された。

























          今日だってUCAT





 1.バイク乗りと一人の少女


 特車部隊に一人の青年が居た。
 彼は何時ものように慣れた足で本部内を歩いていた。
 特車部隊は機動戦と追跡などに長ける部隊だが、その反面警備任務などには向いておらず、意見陳述会における間本部で待機命令が出ていた。
 とはいえ、待機命令などはこのUCATにおいては直ちに出撃できて、連絡が取れる状態であればどんな形でもいい。
 というのが暗黙のルールだったので、彼はバイク乗りから新しく手に入れたライディングボードの適正を認められ、それ以来着用している装甲スーツにすっぽりとしたフルフェイスヘルメット。
 そして、手には菓子折りを持っていた。
 こんな格好でコンビニ入るだけでも通報されるようなものだが、頭には特車部隊【甲】という張り紙を額に張っているので誰も気にしない。
 というか、この程度の格好で気にする細い神経を持っているのはUCATにはいない。
 そのまま彼はテクテクと歩き、エレベーターに乗り、地下から階段で下った。
 彼が向かうのは留置所だ。
 地上本部で拘束した犯罪者を一時的に置いておき、然るべき裁判などの工程を踏んだ後、別世界の刑務所に入れるか、それとも別の処分を判定するまでの待機所。
 本来ならば普通の陸士が近寄る必要もない場所なのだが――彼は例外だった。

「ん? お前か」

 留置所の前でエロゲーをやっていた監視員は彼の存在に気付いて、軽く手を上げる。

「ああ」

「何時もの子かい? と、こういうとまるでキャバクラの指定みたいだな。やーい、変態」

「その発想が変態じゃねえか」

 ゲラゲラと笑うと、金の亡者なだけでどこかストイックな彼に赤く平べったいカードを渡した。
 番号が書かれている。
 そこに辿り着くためのカード、それ以外には使えないカード。

「まあ暇だろうから適当に相手してやりな」

「まあ俺も暇だからな」

 ガリガリとヘルメット越しに頭を掻くという意味のない工程を果たして、陸士の彼は歩き出した。
 その背を見送る監視員の男は呟いた。

「これ、なんてエロゲ?」





 歩く、歩く、冷たい床。
 響く、響く、硬質な音。
 呼吸すらも漏れでないヘルメットの外には何も届かない。
 拒絶されているような錯覚すら覚える。
 けれども、淡々と歩き続ける。
 そして、目当ての留置室の前に辿り着くと、彼は受け取っていたカードキーを差し込んだ。
 扉が開くと同時に扉の横で小さな扉が開いた。
 そこに菓子折りを入れる。パタンと閉じる。
 そして、彼も扉の中を潜り、背後で扉が閉まった。
 同時に閃光が全身を潜り抜けて、ピーという音が鳴り響く。
 スキャン。刃物などを持っていないかどうか、通信機の類は許可が降りているものであり、ICチップを入れているために問題は無い。
 五秒もせずに前の扉が開く。
 その横でぽとんと菓子折りが出てくる。こちらもスキャン完了。
 扉を潜ると――そこには一人の少女がガラス越しに座っていた。
 紅い髪を短いポニーテールにまとめ、薄青いワンピースを質素に着込んだ姿だった。

「ひさしぶりッス」

「よう」

 手を上げる。
 すると、手を上げ返した。
 彼女の名はウィンディ。
 色々在って彼と知り合った少女――戦闘機人である。

「ほれ、菓子折り」

「おーう、サンキュウッス」

 嬉しそうに菓子折りを受け取るウェンディ。
 彼とウェンディは適当に雑談を開始した。
 五分だろうか、三十分だろうか、一時間ぐらいだろうか。
 話しをして、話しをして、沢山話をして――不意に言葉が途切れた。

「……んで、今日は何の用件ッス?」

「ん? 用件ってお前がいつも言って来るようにただの挨拶――」

「じゃないっすよねぇ?」

「……普段はアホなくせに妙に鋭いよなぁ」

 ため息を吐く彼。
 そして、とんとんと手袋を嵌めた指でデスクを叩くと、言った。

「とりあえずお前らの判決というか処分内容が一ヵ月後には出ることになったから」

「……そうっすか」

「何故か俺が伝えろってさ。まったく、暇じゃねえのによ。特車部隊っていえば結構なエリートなんだぜ? 地上ならな」

 けれど、彼は所詮Cランク以下の魔導師だった。
 このミッドチルダUCAT以外では見向きもされない程度の素養しかない。
 だからこそ彼は金を求めた。
 素質が無くても、金さえあればなんだって出来るから。
 権力だって金を積めば買えることだってある。
 命すらも時には買える、蘇らせることが出来ないだけでだ。
 だけど、そんな彼だがたまには打算抜きで行動だってするのだ。

「ま、安心しろよ」

「え?」

「協力的だからよ、お前ら。ウチの部隊も、どいつもこいつもお前らの助命嘆願を書いて出してるしさ。大したことにはならねえよ」

「……ありがとうッス。他の姉妹の分もお礼を言っておくッスね」

「気にすんな。ただの伝言だからよ」

 そう告げると彼は立ち上がった。
 用件は終わりとばかりに椅子から立つ。

「じゃあな」

「あ」

 手を振って立ち去ろうとする彼に、ウェンディは声を上げた。

「ひ、一つ聞いていいッスか!」

「あ?」

「お、お前も助命嘆願書いてくれたッスかね!?」

 ウェンディはそれだけが知りたかった。
 ただそれだけが気になって、声を張り上げた。
 断じて彼を引き止めたかったわけじゃない。そう、思った。

「……書いてねえよ」

 ガリっと、彼はヘルメットを被っているにも関わらず頭を掻いた。
 それは彼の癖なのだろう。
 ある行為を隠す時にするときに行う無意識の癖だった。
 ウェンディは微笑む。少しだけはにかんだ。

「じゃ、また来るわ」

「おうっす! 今度はフルーツ山盛りで来るッスよ!」

「高けえよ。せめて、パイナップル一個で我慢しろ」

 そう告げて彼は立ち去った。
 静かに、背後で笑う少女の笑みも見ずに彼は立ち去った。



 そして、それを見ていた監視員の男は呟いた。

「……死亡フラグ立てやがった」

 乙 と合掌したのは彼だけの秘密である。
















 2.偉大なるもの。


 嗚呼、嗚呼。
 祈りましょう、祈りましょう。

 嗚呼、嗚呼。
 願いましょう、願いましょう。

 世界が救われることを祈りましょう。
 世界が護られることを祈りましょう。

 誰かが願いました。

 世界を救いたいと。

 それはどこまでも純粋な願いでした。

 平和への願いを叶える願望でした。

 けれども、平和は願うだけではやってきませんでした。

 どこの時代でも、どこの世界でも、平和を阻むものが居たのです。

 それは悪でした。

 けれども、正義でもありました。

 悪役は正義を持って、平和を願うものとぶつかりました。

 平和を願うものも正義をもって戦いました。

 正義とはたくさんあります。

 たくさんの願いがあります。

 けれど、いつだってどっちかが勝ちました。

 力が強いもの。

 運がいいもの。

 願いの強いもの。

 大勢の人が望むものが勝つとは限りませんでした。

 世界はいつだって不条理で動いています。

 だから、だから。

 誰かが願いました。

 誰もが望む平和を作るものを。

 誰もが願う正義を貫くものを。

 信じなさい。

 信じるのです。

 それは剣を手にするものです。

 それは悪を断つものです。

 それは魔を断つものです。

 それは闇を消し去るものです。

 人々の心にあるものこそがそれの力でした。

 誰もが抱いて、忘れて、けれども蘇る輝きでした。

 さあ信じましょう。

 それは今こそ蘇るのです。

 輝けるものを呼び出しましょう。


 さあ――叫びなさい。


 ■■の名を!!








**********************
次回、皆大好き――”彼”が出撃です。





[21212] 第一回地上本部攻防戦 その3
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:06695f24
Date: 2010/08/27 12:14


『Tes.!』

 咆哮が上がる。

『Tes.!』

 叫びが上がる。

『Tes.!』

 誓いの言葉が響く。
 誰もが手を伸ばした。
 砲撃の中でも手を掲げた。
 血反吐を吐きながらも手を掲げた。
 降り注ぐ光線に耐えながらも手を掲げた。
 燃え盛る炎に焦がされながらも手を掲げた。
 吼え猛るTes.の叫び声は津波のように戦場に響き渡り、伸ばされた手はまるで命萌える花々のように戦場に咲き誇る。
 誇りを今こそ見せろと誰かが叫んだ。
 今こそ自分たちの存在意義を押し付けろと叫んだ。
 俺たちの待ち望んだ時が来たのだと

「なに、これ?」

 魔力弾を撃ち放ちながら、ティアナは振り返る。
 陸士たちが圧倒的な不利な状況でありながらも笑っていたから。

「でも、なんでだろう。誰も諦めていないよ!」

 ガジェット・ドローンの一機を粉砕し、その爆風を浴びながらもスバルが気付く。
 陸士たちの目は、いやミッドチルダUCAT隊員全てが目をぎら付かせていた。

「凄い。なんでだろう、負ける気がしません!」

「誰もが信じてるんです。負けないって、勝つって!」

 エリオとキャロが理解する。
 聞きなれない言葉、それを叫ぶものたち、だがそれは神聖なものだと分かった。
 誓いを新たにする誇りある言葉。
 そして、声が轟く。

『対異世界戦闘準備に移行する! 総員、前を見ろぉお!』

 翻る。
 バッと足並みを揃えて、誰もが前を見た。
 絶望的な戦力差。
 攻撃は通じない、魔法を防ぐAMF、それらを展開し、質量兵器で身を固めた鋼鉄のアバドンたち。
 破壊を撒き散らし、業火を呼び起こし、硬く冷たい錬鉄の津波。

『そして、後ろに振り向け!!』

 バッと全員が一斉に振り向いた。
 前から後ろへ、背を向ける。

『総員撤収ー!!』

 鳴り響く声に、わーと全員が走り出した。
 土埃を上げながら、全員逃げ出した。


『――は???』


 もう一度言おう
 全員逃げ出した。

「戦略的撤退ー!」

「これは逃げるのではない、後ろ向きに前進しているだけだ!」

「尻尾巻いてとんずらー!」

「てやんでいっ!」

 などなど、わざわざ使い魔の尻尾を丸めたり、ピッピッピーと笛を吹きながら下がるものなど。
 陸士たちは誰一人躊躇わずに逃げ出した。

「え? えぇええ!?」

「お、お前ら逃げるのかよ!!」

 スバルの戸惑う声、ナンバーズの紅い髪の少女の怒声。
 けれども、誰も止まらなかった。
 ついでに言えば、陸士たちが逃げる最中に機動六課のフォワード陣も無数の陸士たちの流れに飲まれて、担ぎ上げられた。

「え!? こ、こらー! 私はまだ戦うー!」

「なにこれー!」

「あわわわわ、足を触らないでー! なんで息荒くしてるんですか!?」

「わー高~い」

 惚れ惚れするほどの速度で全員撤収していった。
 後に残されたのは行軍するのをしばし忘れたナンバーズとガジェットたちだけだった。
 カラカラと何故か枯草がその前を転がっていった(撤収時に陸士の一人が投げ込みました)

「な、舐めやがって……ぶち壊してやる!」

 怒声が響く。
 ナンバーズの少女――No.9 ノーヴェが怒りの形相に顔を歪めて、手を振り降ろした。
 ガジェットたちによる破壊が始まる。











 悪夢の如きガジェットたちの襲撃。
 しかし、それよりも先に魑魅魍魎の如き襲撃をミッドチルダ本部は受けていた。

『レッツパリィイイイイ!』

 入り口から飛び込む無数の陸士たち。
 ガラスで出来た入り口を数人掛かりで蹴破られ、傍でエロ本を読んでいた休憩中の白衣の老人にガラス片の雨が突き刺さり、血だるまになった。

「ぎゃー!!」

 絞め殺した豚のような悲鳴が上がる真横で、受付嬢の女性二人は慌てる事無く唐傘をバッと広げてガラス片を防いだ。
 片方はあら、マニキュアが剥げちゃったと少しだけ文句を呟いた。

「用件はなんでしょうか?」

 パラパラと落ちるガラスのシャワーが心地いいほど素敵な音を立てる。

『ちょっとこの街を護るので、全ロッカールームの扉ロックを解除してください!』

 手早く用件を告げる陸士沢山。

「分かりました」

 のぉおおお! また老人虐待じゃー! などと叫ぶ老人から目を外し、受付嬢の一人が電話をかけて、もう一人が受付下のデスクの隠し引き戸を開いた。
 そこには紅く丸いボタンで【緊急時以外は押しては駄目よ♪】と書かれた防護フィルターがあった。
 しかし、一切気にせずに彼女は厚手の革手袋を嵌めると、拳を固めて、にこやかな笑顔で真下に正拳突きを叩き込んだ。
 一撃粉砕。
 ボタンが腰の入った一撃の前にめり込み、UCAT本部の至る所から何かが解除される金属音が鳴り響いた。

「どうぞ、いってくださいませ」

『サンキュ!』

 全員サムズアップ、素敵な笑顔を浮かべた。
 わーと叫び声を上げて散らばっていく数百人の陸士たちの津波、それらが去った後に残されたのは呆然とした表情を浮かべるフォワード陣とにこやか笑顔の受付嬢とまだ痛い、痛いのぉ、新たな領域が開いてしまうぞい! と転がる老人だけだった。

「あら? 何かご用件はおありでしょうか」

 営業スマイルでフォワード陣に告げる受付嬢。
 呆然としたままのティアナはようやく再起動して。

「あ、あの彼らは一体何しに?」

「そうですね。ちょっと本気を出すための準備に行ったのだと思いますわ」

「本気?」

「ええ。対異世界戦闘準備ですから」

 ニッコリと受付嬢が優しく微笑むと、もう一人の受付嬢がよっこらせっと受付奥に積んであったダンボール箱を開けた。
 中から四つの蒼い石の付けられたペンダントを取り出し、彼女たちは落ち着いた態度で差し出した。


「では、皆様。これを身に付けてください」









 バタン、バタン、バタン!
 扉が開く、扉が開く、うっかり女子更衣室の扉も開く。
 きゃー! という悲鳴と死ねやおらー! という怒声が鳴り響かせながらも、陸士たちはそれぞれ自分に割り当てられたロッカーの扉を開いた。
 中から取り出すのは衣装であり、青い石の付いたペンダントであり、デバイスの追加パーツであり、インストール用ディスクだったり、さらにはまったく違うデバイスだったり、フィギュアだったり、音楽プレーヤーだったりした。

「ふふふ、この時を楽しみに俺はUCATに入ったんだ!」

「俺なんか5年と1ヶ月と32時間待ち望んでいたぜ!」

「俺は前世から待っていたぁ!」

 などと楽しく早口で雑談しながら、陸士たちが着替える、装備する、交換する。
 全員が賢石装備を身に纏う。
 概念空間の展開、時空管理局ではまだミッドチルダUCAT以外に浸透していない概念技術。
 それに飲み込まれないための必須装備。
 そして、一人で握ったデバイスを起動させると。

『いっきまーす!』

 軽やかな少女の声が響いた。

『ようやく出番ね。頑張るわよ』

 艶やかな女の声がした。

『全力全壊、なの!』

 どこかで聞いた覚えのあるような声がした。
 彼らが装備するのはストレージデバイス、だがしかし音声サンプルにロリ声声優だったり、人気アイドルだったり、機動六課の誇る美少女及び美女及び美少年の声などを使っていたりした。
 そして、彼らはそれぞれデバイスに己なりの名称を刻み込んでいる。
 それが彼らに力を与える。
 着替え途中の面々は準備に時間は掛かるが、武装と賢石装備だけの面々は素早く準備を整え、廊下を走り出す。

『装備変更型班、早急に出撃せよ!』

 放送が鳴り響く。

『概念空間を開くぞぉ!』

 瞬間、聞こえた。


・――名は力を与える


 反撃を知らせる概念条文の声が。








 時間は数分前に遡る。
 ミッドチルダUCAT地下管制室。
 そこで一つの戦いが行われていた。

「ハッキング進行速度、遅延にまで追い込みましたが――止まりません!」

「ちっ! どんな能力使ってやがる! 一応ミッドチルダ最高のスパコンなんだぞ!」

 白衣と制服を身に付けた管制員たちが罵倒の声を上げる。
 忙しくなく指を走らせ、ありとあらゆる対抗プログラムを入力していくがどれも駆逐され、破壊され、蹴散らされていく。
 背後に鎮座する大型のスーパーコンピューターが処理速度に悲鳴を上げるようにガタガタと揺れていた。
 十数人にも及ぶオペレーターが、カウンターハッカーたちが端末を動かし、カウンタープログラムを作動させて、戦いを挑む。
 だがしかし、強い、侵食が止まらない、まるで津波のように人の手では止められない。
 そう思えた。

「おーい、中将から指示が来たぞー!」

 その時、壁際の受話器で連絡を取っていた男が暢気な声を上げた。

「あ? なんだって!?」

「どんな手段使ってでもいいから早急に食い止めて、概念空間開けだってさ」

「対異世界戦闘準備? ……あと、本当にどんな手段使ってもいいのか?」

 ギラリとメガネをかけた白衣の主任らしき人物が期待するかのように唇を歪める。

「――ははは、何を言ってるんだ」

 答えるように連絡員の男が笑う。

「当たり前だろう、JK」

『オォオオケエエエエ!!』

 何故か一斉に誰もがガッツポーズを取った。

「おい、アイツを呼べ! バトルプログラマーだ!! あと、キーボードを六個ほどもってこい! 銅線とペンチも忘れずにな!」

「了解、了解!」

「ちょっと蹴り起こしてくる!!」

 数人の管制員が慌しく傍にあった仮眠室の扉を蹴り破り、中にいるであろう人物を捕縛しに行った。
 ガラガラと近くの棚から台車に乗せて【BPs専用使い捨てキーボード】と書かれたダンボールが運ばれてくる。

「ははは! この可愛くも無いスーパーコンピューターよ、さようならだ! バックアップは既に取ってあるのでな!」

 ゲタゲタと笑い転げる主任。
 その時だった。仮眠室から両腕をグレイの如く捕まれて、一人の男が現れたのは。
 だらしのない白衣、目には生気がなく、伸ばし放題の髪が女の如く長く、背筋もまがり、やる気もない男。
 だがしかし、皆が知っていた。彼はやれば出来る子だと!

「仕事だぞ! バトルプログラマー!」

「あ~、仕事ですか? 私、まだ昼寝してたいんですが」

「うるせえ、黙れ! テメエに拒否権は無い! 栄養ドリンク、コンバイン!!」

 口を広げられて、一本数万円と同じ価格の栄養ドリンクを無理やり飲まされる。
 鼻もつままれているので飲むしか彼に生きる余地はない。
 さらに、飲み干したと確認したと同時にネコ耳を緊急装着した女性管制員(ロリ)が「にゃ~!」といいながら、猫パンチを叩き込んだ。

「ごふっ!」

 特に痛くも無いはずなのに、その男が吹き飛び――次の瞬間、鼻から流れる紅い血潮を拭い去り、顔を上げた。

「――さて、敵はどこですか?」

 キラーンと輝く瞳、光る歯、美化された顔つきで彼は告げた。

「今ハッキングを受けている。それらをなんとしてでも食い止めて、さらに概念空間――2nt-Gを展開しろ。頼むぞ、バトルプログラマー。スパコンの負担は一切考えるな」

「了解、というかTes.」

 カツカツカツと彼は歩み寄り、渡されたペンチを手に取る。
 そして、キーボードのケーブルを即座にペンチで切り落とし、それらを銅線で繋ぎ、ガムテープで補強し、六個のキーボードを並行直結させた。

「やります」

 瞬間、それを見た者は奇跡を見た。
 指が音速を超え、光速に走らんとばかりにキーボードに指を叩きつけていく。
 それはピアノでも演奏するかのように優雅、女性に触れるかのように優しく、されど弾丸のように荒々しい指の乱舞。
 モニターに無数の記号と数字と文字が並べられていき、プログラムが一瞬単位で生成、改竄、修復していく。

「――敵ハッキング、停滞。いえ、後退していきます!」

 次々と生まれ変わるかのようにモニター画面が改竄されていき、同時に背後のスパコンがガタガタと痙攣を起こし、悲鳴を上げるかのように蒸気を噴出していく。
 あまりにも激しい攻防。
 あまりにも凄まじい処理を強いられたコンピュータが耐えられないのだ。

「後二十秒ぐらいで駆逐出来ますね。ついでに概念空間の処理演算プログラムを組んでおきますから」

 まるで速度を変えずに告げるバトルプログラマーと呼ばれた男。
 彼の勇姿を見ながら、今にも大往生を遂げそうなスパコンに振り返り、白衣を着た男たちは告げた。

「とりあえずこれ壊れたら開発中の美少女型パソコンに切り替えるか」

「そうだな。ようやくデザインも決まったし、萌えボイスも登録したし、性能あっちのほうが上だしなぁ」

 ハッハッハと笑い声を上げる面子だった。


「あのー、駆逐終わっちゃったんですけど?」


 画面がオールグリーン。
 完全に駆除完了。
 彼らは知らないが、人間を超えるために改造された戦闘機人の能力をただの人間が凌駕した瞬間だった。

「では、やりたまえ! ミッドチルダUCATの全力を見せるために!」

 遠い空で眼鏡を付けた女が喚き声を上げていることなど知らぬまま、主任は眼鏡を輝かせて叫んだ。

「ういーっす」

 エンターキーが押し込まれる。
 そして、響き渡ったのだ。

・――名は力を与える

 世界の法則を書き換える、美しき女性の声が響いた。










・――名は力を与える

 その声は彼女たちの耳にも届いた。

「なんだ?」

 地上に降り立ったノーヴェが首を傾げる。

『油断するな、ノーヴェ。奴らはUCATだ、何も策をしないわけがない』

 無線通信でトーレからの声が届く。
 凛々しく、落ち着いた声。
 姉妹たちの戦闘教官でもある彼女の声はノーヴェには頼もしく聞こえるが、それでも納得出来ないものがある。

「心配ねえよ! あの変態共をぶっ飛ばして、皆を救うだけだ! 何も、問題はねえ!」

 ガンナックルを固く握り締めて、ノーヴェは誓う。
 譲れないものがある。
 卑劣にも罠に落ち、捕らえられた姉妹たちがいるのだ。
 絶対に助け出してみせる! そのために――

「木偶共! さっさとあの不愉快な建物をぶっ飛ばせ!」

 周囲の施設を破壊していたガジェットに無線での通信を飛ばし、制御する。
 如何なる罠があろうとも負けない。
 今までよりも短期間の運用に縮めることを条件に出力を増したAMFを展開するガジェットたちに陸士如きの魔法では絶対に通じない。
 勝てる。勝つ!
 そう決意した瞬間だった。

「悪いが、そうはさせないぜ!」

 空から声が掛かる。
 一台のライディングボードに乗る二人の陸士――見覚えのあるメカ、ノーヴェは気付く。

「テメエ、それはぁああああ!!」

 ウェンディのマシン。
 どこまでこちらを馬鹿にすれば、誇りを汚せば気が済むのだ。
 怒りを露にエアライナーを起動、空への線路を築く、ジェットエッジで空中を駆け巡る。

「っ! ウイングロード!?」

 ウイングロード。
 タイプゼロが使う魔法。違う、違う、違う!

「ちげええよ!! 私は、ブレイクライナーだ!」

 叫んだ瞬間、何故か速度が上がったような気がした。

「まずい、先にいけ!」

 フルフェイスの陸士がもう一人の陸士――山吹色の胴衣を来た男を蹴り落とし、ノーヴェに立ち向かう。

「了解!」

「おぉおお!!」

 空中での機動戦。
 一人の少女と一人の男がマシンと性能を持って戦い合う。

 その最中に一人の男が地面に着地する。

「ふふふ、待たせたな!」

 ビシッとポーズ。
 ワックスで固めた髪を撫でると、彼は両手を広げた。息を大きく吸い込む。

「? 何をする気だ?」

 遠目で観察するトーレが気付いた。
 彼はデバイスを手に持っていない、魔力の作動は感じられない。
 だがしかし、腰を落とし、広げた手を腰元に持っていき、まるでボールを抱えるような体勢で何かを呟いている。
 唇を読んでみた。

「か……め……は?」

 ゆっくりと、ゆっくりと手が前にもっていかれて、同時にその手に閃光が宿る。
 それは光の太陽。
 まるで燃え盛る太陽がその手に宿ったかのような輝き――魔力反応はないというのに。

「なっ!」

「――波ぁあああああああああ!!!」

 光の奔流。
 巨大なエネルギー波と呼ぶしかない何かが撃ち放たれた。
 大地を蹂躙し、大空を貫き、無数のガジェットを消滅させる、Sランクオーバーな砲撃魔法の如き威力だった。

「なんだと!?」

 その光景にトーレが驚愕した瞬間だった。

「烈光! 斬心撃!!」

「ライトニングクラッシュ!」

「燃え盛れ、俺のソウルブラスト!!」

 ぶぉおおんとバイクに乗って、奇妙なポーズと明らかに意味のない動作を取った陸士連中が珍妙な名前を叫ぶと同時に破壊が吹き荒れた。
 光の刃が、稲妻の如き閃光が、大気を震わせる超衝撃破が撃ち出される。
 Cランクどころか、Aランク、下手するとAAAにも届くかもしれない威力だった。
 さらにゾクゾクと他の陸士たちも砂糖に群がる蟻の如く舞い戻り、「北斗レールガンサタン玄武脚ぅ!」「真・水断スパァアアアアク!!」「断錬虚獣剣!」などと叫び声と共に足と拳と剣を突き出し、同時に炸裂する怪現象。
 魔法なのか?
 いや、魔法よりもおぞましい何かだとトーレは感じた。

「ど、どういうことだ! ウーノ!!」

『わ、分からないわ!? 魔力反応は一切無いのに! ISでもない』

 トーレが通信を繋げるが、現場をモニターしているウーノにも分からないようだった。

「ふははは! 教えてやろう!」

「なんだと!?」

「今この空間は概念空間で、この中では“名前が意味どおりの力を持つ”! ゆえに、俺たちの繰り出す必殺技は――」

「奥義! 炎海昇踏の突き!!」

 炎の海となった業火の上を踏み踊り、刀型アームドデバイスを手に取った陸士が華麗なる突きでガジェットを一撃粉砕する。

「神魔破断! 魔を超え、神すらも切り裂く一刀! 究極光還剣!!」

 手に持つ閃光溢れる剣を手に取り、陸士が地面を駆け抜けながら、旋転。
 空へと切り上げた一撃は光の柱となり、そのライン上のガジェット全てを一刀両断に引き裂き、さらに何故かキラキラと光に還元された。

「――このように現実となるのだ!!」

「なんだそれはー!」

『信じられないわよー!』

 二人の女性の悲鳴が上がる。
 だが、陸士たちは凄く爽やかな笑みを浮かべると、それぞれ煌めき輝く武装、手を、四肢を滾らせて告げた。

「さあ野郎共! はっちゃけるぞ!」

「今日は無礼講だー! 幾ら妄想ほざいても怒られないぞー!」

「ぐぅう、収まれ俺の邪鬼眼! 第三の解放はまだ早すぎる!!!」

「俺が正義だ! ジャスティス・ジェノサーイド!」

 戦いの幕が開いた。









 あぼーん。

 という雰囲気でモニターを見つめている誰もが唖然としていた。
 会場の中が静けさに満ちている。
 平常心なのはレジアスと佐山だけで、新庄は頭が痛そうに手の平と額に当てていた。

「……なんやねん、これ」

 はやてがポツリと洩らした、その言葉は皆の心を代弁していた。
 モニターの中では羞恥心を持っていれば掻き毟りたくなるような言葉を叫び、無駄にカラフルな剣や、杖、銃、槍、斧、大砲、あとスーツなどを身に纏った陸士たちが所狭しと暴れまわり、ガジェットを撃退していた。
 そして、モニターの中にさらに一際目立つ一団が現れる。
 それはカラフルな色の五人組。

『ストロベリーレンジャー!』

 イチゴのような色をした全身タイツに、イチゴ型のベルトを嵌めた覆面戦士。

『オレンジレンジャー!』

 つぶつぶっとしたスーツに身を包み、オレンジ形のベルトを装着した覆面戦士二号。

『スイカレンジャー!』 『ブルーベリーレンジャー!』 『パインレンジャー!』

 それぞれの名乗りどおりの色の全身タイツに身を包み、それぞれの名乗り通りのベルトを嵌めて、ポーズを決める。

『全員揃ってフルーツ+野菜戦隊 スウィートレンジャー! 参上だぜ!!』

 チュドーン。
 スウィートレンジャーズの背後で爆炎を上がる。よく見れば傍で控えている陸士の一人が発破スイッチを押し込んでいた。

『そして、行くぞ必殺!』

 迫り来るガジェットたちに身構えて、五人が即座に組み体操の如くポーズを決める。
 ストロベリーを中心に結成されるポーズ。
 オレンジとスイカがしゃがみこみ、その上にストロベリーが両肩を支えに乗り出し、さらに後ろ足をブルーベリーとパインが固定する。
 言うなればストロベリーが前向きにYのポーズを取っているだけだった。
 しかし、高まる閃光。
 それで、高まる力。
 ゴゴゴゴとモニター画面すら震えて、叫ばれる言葉。

『スウィーツ(笑)!!!』

 溢れんばかりの極光が全てを消し飛ばした。
 爆音を上げて、カラフルな色彩の光爆がガジェットたちを砕いていく。
 その光景を見た数人の本局幹部がガンッと額を机に打ち付けた。フェイトもなのはも額を打ち付けた。はやては少し遠い目を浮かべた。カリムは現実逃避していた。

「ふふふ、実に清々しいまで変態しかいない部隊だね。どうやら頭がやられているようだ。あんな叫び声を上げるとは破廉恥だと思わないかね、新庄君?」

「その発案者は僕の目の前にいる人だったと思うんだけど、気のせいかな?」

「記憶違いとは、君らしくないね。私があのような名前の技を叫べと告げた記憶は一切無いよ?」

 清々しい笑みを浮かべる佐山に、新庄は発言するのを諦めた。
 そして、レジアスは静かに告げた。

「どうですかな? ミッドチルダUCATの力は。皆様を安心させられたでしょうか」

 背後のモニターで銀髪に染め上げた空士が『Jackpot! HA! 楽しすぎて狂っちまいそうだぜ!』と叫びながら、紅いコートを翻し、二挺拳銃を乱射しているが、レジアスはまったく動じない。

「う、うむ……確かにその戦力は認めよう、レジアス・ゲイズ中将」

 引きつった顔だったが、直視しなくても押し付けられるような現実を見せられては認めざるを得ない。
 正直に言えば何も知らなかったことにして帰りたいぐらいだったが、その幹部は頑張った。

「しかし、初動の遅れの所為でガジェットたちが迫っているのだが、本当に大丈夫なのかね? この本部には敵の攻撃が――」

 届かないというのか。
 そう、質問しようとした彼にニヤリと笑うレジアス。

「その心配はない。既にこの本部は“無敵”だ」

「む。幾らなんでもそれは自信過剰では」

「では、見てみてください」

 ポチッとモニターの一つを拡大して映し出す。
 それはミッドチルダUCAT本部を戦場部分から映し出した画像のようだった。

「あ、ガジェットが!」

 ようやく立ち直ったフェイトが声を上げる。
 数機のガジェットが防衛網を潜り抜けて、レーザーを、ミサイルを、本部に発射し――

 カーンッ!

『え?』

 という擬音が聞こえそうなほどに弾かれた。
 建物に着弾した瞬間、レーザーは拡散し、ミサイルも空しく爆破するが砕ける様子は無い。よく見ればガラス窓の部分もあったのに壊れていない。

「どういうことだ!?」

「この本部も私達の技術で強化されているのです」

 レジアスは不敵に微笑んだ。
 そして、この中の三名しか知らない事実。
 現在この本部は戦場となっている2nd-Gの概念空間に加えて、本部にのみ作用するように調整された1st-Gの概念が働いている。
 1st-Gの概念、“文字には力を与える能がある”。
 それによりこの本部はこう強化されていた。本部に地下室に用意された看板、ミッドチルダUCATの誰の目にも届かない立て札、その裏にミミズが腸捻転で断末魔の叫びを上げているような文字でこう書かれている。
 【むてきようさい】 記載者 出雲 覚と。
 とはいえ、それらの事実を知らないものたちは未知の技術に危険性と脅威を感じて眉間に皺を寄せた。

「さて、このまま行けば問題なく――」

「中将!」

 レジアスがそう呟こうとした瞬間、壁をガパッと蹴り開けてオーリスが現れた。
 忍者扉のような隠し扉の存在に何人かが目を剥くが、オーリスは気にせずに駆け寄るとレジアスに小声で報告する。

「……今報告が入ったのですが、アインヘリアルに同じようにガジェットとナンバーズによる襲撃があったと」

「なに? ……本当か? というか私としては頭の痛いだけの兵器なのに、何が狙いだ?」

「さあ? ですが、襲われているらしいです」

 深刻そうな顔。
 だがしかし、それは予想されるだろう内容とは違っていた。

「しかし……哀れだな、“襲撃者が”」

「そうですね……襲撃者が」

 少し天を仰ぐ二人。
 そんな二人に新庄が首を捻って訊ねた。

「どうしたんですか?」

「あ、いえ。ちょっと開発中というか、研究班が暴走して作った欠陥兵器アインへリアルがあるのですが……」

 フッとオーリスは疲れ果てた顔で遠くを見て呟いた。


「そこを護衛しているのがミッドチルダUCAT最凶のゴミタメ共なんですよ」











 時間はしばし巻き戻り。
 アインヘリアルの配備された高台地域。
 そこで二人の少女とアインヘリアル直掩隊との苛烈な戦闘が始まっていた。

「舐めんな、オルラァアアア!!」

 振り翳される木刀。
 それを受け止めるのは手に掴んだスローイングナイフ・スティンガー。

「っ!」

 ビリビリと痺れる威力。
 さらに繰り出される蹴りを避けるために、美しき少女チンクは銀髪を靡かせてバックステップをした。

「手ごわい!」

「あ~? オレらを都市でヌクヌクしている奴らと一緒にすんなよ、おらぁ!!」

 木刀を振り抜いたミッドチルダUCAT、その制服を改造し、特攻服風味にしたリーゼント頭の陸士は叫んだ。

「俺たちこそミッドチルダUCAT最強! 亞韻経裏唖屡の直掩隊だ、夜露死苦ぅ!」

「く、ここにも変態が!」

「変態じゃねー! ツッパリつってんだろうがぁああああ!!」

 雄羅雄羅雄羅! とドスの効いた声で罵声を上げると、リーゼント陸士は木刀を振り翳す。
 しかし、それが振り下ろされるよりもチンクが懐から取り出したスティンガーを投げつけた。

「っ!?」

 咄嗟に構えた木刀でその刃を次々と受け止めるが。

「ISランブルデトネイター!」

「!?」

 爆散。
 金属の破片が散弾銃の如く周囲を切り裂き、爆風が肉を消し飛ばす。
 黙々と上がる粉塵。しかし、数秒と経たずにその粉塵は切り裂かれた。

「おりぁぁああ!!」

 血まみれだが、しっかりと四肢を持ったリーゼント陸士が一瞬硬直したチンクを捉えて、その拳を叩き付けた。
 咄嗟に腕で伏せるが、硬く重く強い一撃。
 チンクの小柄な体は数メートル吹き飛ばされて、ザリザリと地面に着地しながら確かに人造の骨身に染みた威力に顔を歪めた。

「カッ! 舐めた真似しやがって」

 ペッと口の中を切ったのだろう、血の混じった唾を地面に吐き捨てる。
 リーゼントはランブルデトネイターの爆風で乱れ、吹き飛び、ボサボサの獣のような顔つきでありながら、目が刃物のようにギラついていた。

「いいぜ、木刀も無くしちまったし、男なら素手ゴロでケリをつけるべきだろう!」

「あ、姉は女だ!」

「うるせえ! 細かいことをグタグダ抜かすな!!」

 ええー!? という表情を浮かべるチンクに、気合声を上げて駆け出す元リーゼント。
 今度は防ぐ得物もない。仕留めきれる、と新たに取り出したスティンガーを構えた瞬間だった。

「メンチビーム!」

 ――目から、ビームが、出た。
 元リーゼントから。

「なっ!?」

 目から発せられた極細魔力砲撃に、動揺のあまりに直撃したチンクが吹っ飛ぶ。
 シェルコートを展開する暇もなく、まるで眼光だけで吹っ飛んだかのように飛んだ。人が飛んだ。

「ん? 当たったか」

「ちょっと待て! お前、さっき素手ゴロだとか言っておいてビームだと!? しかも、なんで目から出るんだ!!」

 打撃力とインパクトはともかく、威力はそれほど大したことのなかったらしい。
 すぐさま立ち上がったチンクだったが、すぐさまに突っ込みを入れた。

「あ? こんなのはツッパリの基本技だ! ツッパリなら誰でも出来る!!」

「嘘つけぇえ!」

「嘘じゃない! ほら、見てみろ!!」

 バッと横を指差す。
 チンクは前の陸士を警戒しながら、その先を見た。

「メンチビームだ、おらぁ!!」

「根性焼きしたるわー!」

 などなど、叫びながら鉄パイプでガジェットを殴る陸士、素手でガジェットを踏みつけて破砕する陸士、ヨーヨーでセッテと戦っている女陸士、さらに補助するように錨のように分厚い鎖を振り回し、ブーメランブレイドやガジェットを薙ぎ払う大柄な陸士などなど。
 ――チンクは現実から離脱しようとする頭を咄嗟に振り、前に向き直った。

「と、ともかく! 姉たちは貴様らを排除し、アインへリアルを破壊させてもらう!」

「ああん? 俺達の愛車に何する気だ、ワレェ!!」

 どこか噛み合わない会話をしながら、チンクと元リーゼントが再び激突しようとした時だった。


「やめなさい!!!」


 声が轟いた。

「なに?」

「?」

「あ、あれは!」

 アインへリアル指揮所、その屋上、その出っ張りの高い場所に一人の女性が佇んでいた。
 短く切りそろえた髪型、両腕を露出させ、その首から胴体まで体のラインを浮き彫りにする特徴的なバリアジャケット、その両手に握られたのは双剣というよりもトンファーに似たアームドデバイス・ヴィンデルシャフト。
 彼女の名はシャッハ・ヌエラ。
 聖王教会の騎士カリムに使える補佐役であり、護衛騎士。
 本来ならばどこか幼さを感じさせるあどけない顔は怒りに彩られていた。

「……いつものお祈りの時間にも関わらず連絡が取れないと思ったら、こんなところで戦っていたのですね」

 ジャコン。
 重々しくデバイスが構えられる。

「っ!? 聖王教会のシャッハ・ヌエラ!?」

 警戒すべき敵戦力としてデータベースに入力していたチンクは驚愕と共に声を上げるが、横の元リーゼントは違う反応を見せた。

「し、死夜覇の姉御!!」

「……は?」

「こ、コレはあくまでも正義のためで! 俺たちはUCATとして戦っていたんです!」

「――その呼び方は止めなさいと何度も言った筈です」

 ニッコリと微笑むシャッハ。
 だが、その身に溢れる魔力は溢れんばかりに轟きを上げていた。
 ジャキンとポーズを取り、シャッハは叫んだ。

「無礼千万、過去の自分を見ているようでこのシャッハ――怒りが有頂天です!」

 トゥッと飛び上がるシャッハ。
 華麗なバレリーナかフィギュアスケート選手のようにアクセルスピンしながら、彼女はガジェットの一つ目掛けて落下すると、その足を閃かせて。

「トンファーキィイク!!」

 その足でガジェットを一撃粉砕した。

「と、トンファー関係ないし!?」

「さらにトンファータックル!」

 空中で彼女の姿が掻き消える。
 跳躍魔法、転移の亜種。
 空中で姿を掻き消した次の瞬間、その“肩”で複数のガジェットを粉砕。

「そして、最後にトンファァアアビィイイイム!!!」

 チュドーン。
 ――目からビームが飛び出した。
 ガジェットのAMFを凌駕するほどの高密度収束砲撃がガジェットを貫通し、爆散。

「なんだ、それー!! トンファーはどうした!?」

 チンクの叫び声に、クルリと目から薄い蒸気を放ちながらシャッハは告げた。

「……我が双剣ヴィンデルシャフトは天地と一つ。故にトンファーは無くともよいのです」

「デバイス取り出した意味は!? それと、それって双剣じゃないのか!?」

「うるさいですね。トンファーレーザー!」

 うるさいので、チンクをレーザー(目から発した)でぶっ飛ばすシャッハ。
 シェルコートすらも貫通してチンクは吹っ飛んだ。
 そして、ギラリとポーズを構えると、生き残りのガジェットとセッテに目を向ける。

「さあ来なさい。信仰とトンファーの力を魅せてあげましょう」

 聖王教会の誇る鬼神シャッハ・ヌエラ。
 彼女の真価が今ここで明かされようとしていた。








 そして、時刻は元に戻る。

「魅せよ、魅せよ、切り裂け! シャイニングドラゴンウェーブ!」

 両手を上に開き、まるで何か投げ飛ばすかのように振り抜いた先。
 碧と蒼が混じった竜巻が生み出されて、数名の味方を巻き込みながらガジェットたちのミサイルやレーザーなどを理不尽に吹き飛ばす!

「行くぜ、衝撃のファーストブリットぉおおお!!」

 ナックル型のアームドデバイスに、旋回しながら加速した陸士――コスプレ済みは荒れぶる勢いのままにガジェットの装甲に拳をめり込ませ、食い千切る。
 最初投入された装備変更型陸士に加えて、その格好を大きく変えたものたちが戦場に姿を現していた。
 2nd-Gにおける概念条文【名は力を持つ】
 それは文字の意味、名前に宿る意味、それに加えてそれに対する不特定多数のイメージが大きく作用する。
 例えばメラ! と叫んでも意味の判らないものがいればそれはまったく効果をなさないが、メラという名称が炎を操るものだということを知られており、信じていればそれは炎と化す。
 疑ってはいけないのだ。
 故に彼らは愛用する空想の存在の姿に身を固め、さらに本格派はBGMを流すイヤホンを耳に装着し、酔いしれている。
 シャーマニズムにおける獣憑き、或いは神降ろしに近いもの。
 彼らは真似るではなく、それそのものになりきり、信じ込むではなく当然だと考えていた。
 オリジナルの必殺技ならばその無駄に意味と言葉が難しい名称で威力を上げて、既存のものならばそれを再現する。
 世界を狂わせるほどに、世界を震撼させるほどに彼らの妄想力は逞しかった。

「行ける、行けるぞ! 俺たち、最強!!!」

 熱気。
 熱狂。
 必殺技を放つたびに代償として体力を使っていたが、興奮に有頂天な彼らの勢いは止まらない。
 もはや暴徒と化していたUCATの隊員たち。
 だがしかし、その前に不意に空中が歪んだ。
 無数のガジェットが次々と現れる。
 彼らは知らなかったが、それは遠隔で憎々しげに彼らを見つめているクアットロが生み出した幻影だった。

「ち、まだ増援か!」

 うざったそうに呟く。
 だが、それだけだと思えた瞬間――違う何かが現れた。

「なにっ!?」

 それは四つ足の魔導機械。
 後にガジェット・ドローンⅣと呼ばれる強力な魔導兵器たち。
 それが百を超える数で転送される。
 そして、それぞれ周囲の空間を歪ませるほどの高出力の魔力を放つ――内部に内蔵されたレリックの出力だった。

「どんだけの数で転送してやがる!?」

 しかもそれだけではなかった。
 続いて転送されたのはガジェット・ドローンⅢと呼ばれる巨大なガジェット。
 それが次の瞬間、他のガジェットにアームを伸ばし、接続、接続、合体。

「なっ!?」

 巨大な一機となって、目に見えるほど濃密度のAFMを展開し、咆哮を上げた。

「っ! スピアライトニング!」

 叫ぶ、槍状の閃光が飛び込み、直撃するが――傷はあるが、瞬く間に修復されていく。

「なん、だと!?」

 おぞましき魔力を発し、大地を喰らい、それは産声を上げた。
 同じように作られていく無数の合体ガジェット。
 それは内部から紅い魔力光を迸らせ――大地を震撼させた。
 撃ち出される必殺技すらも蹴散らし、その一踏みで地脈を刺激、局所的な大地震を巻き起こす。
 隆起した大地が陸士たちを吹き飛ばす。

「推定魔力ランク――Sオーバーだと!?」

「S級ロストロギア級が複数!?」

『はははは! 足掻いたようだけど、これでお終いね!』

 笑い声が轟く。
 それは遠隔操作しているクアットロの声だと分かる者は少なかったが、その声に怒りを覚えたのは沢山居た。

「舐めるな! 俺たちは負けねえ!」

「そうだ! 決して負けない!」

「かかってこいよ、化物共が!!」

 決してUCATは怯まない、怯えない、負けない。
 威勢よく彼らが進もうとした瞬間だった。

 ――それは姿を現した。





 モニターに映る巨大ガジェット。
 その威容に誰もが息を飲んだ。

「あれは、いや、あの魔力光は!」

「間違いないよ! じゅ、ジュエルシード!!」

 なのはとフェイトが顔を見合わせて叫ぶ。
 ジュエルシード。
 かつてなのはとフェイトが出会い、戦うきっかけになったロストロギア。
 それはたった一個の何万分の一の出力で小規模次元震を起こし、複数集めれば出来ぬものはないとされる超エネルギーの塊。
 この世界が吹っ飛んでもおかしくない存在。

「……ジュエルシードとは何かね?」

 佐山が淡々と訊ねる。
 オーリスが答えた。

「そうですね。別に概念を封じているものでは無いですが、意味合い的にはそちらの概念核のようなものかと」

「つまり、一言で言えば超やばい代物だと?」

「……その通りです」

 ふむと、佐山は腕を組んで、レジアスに目を向けた。

「レジアス。対抗手段はもちろんあるんだろうね?」

「ふっ、ワシを誰だと思っている。ロストロギアテロにも対策は講じておるわ」

「ならばよろしい。私たちが手を出す理由を与えないでくれたまえ」

「レジアス中将、頑張ってください!」

「うむ」

 最近可愛げの少ないオーリスと違って、純真無垢な新庄に孫を見るような目で頷くと、レジアスは手を伸ばした。
 ポチッとある場所への通信を繋げる。

「あー私だ。出撃準備を頼む」

『――舞ってましたぁああ!』

 本当に舞ってそうな叫び声が帰ってくる。
 それに痛む耳を塞ぎながら告げた。

「では、初のお披露目だ。くれぐれもミスのないようにな」

『Tes.!!』

 同時に通信が切れた。
 そして、これ以上何が飛び出すんだこの野郎という目で見ている全員ににこやかに微笑み。

「では、ミッドチルダUCAT最高の守護者を紹介しましょう」

 レジアスはポチッとモニターを操作した。










 ダカダカダカ! 足音が鳴り響く。
 それは暗く、深く、広い世界。
 そこで声が上がった。

「――出撃要請がきたぞぉ!」

「な、なんだってー!?」

 ミッドチルダUCAT、三番地下格納庫。
 そこでカップラーメンを啜っていた整備員達がぶびーと鼻と口からメンを吐き出した。

「マジでか!?」「嘘だろ! 一生封印指定だと思ってたのに!」「やったぜ、俺らの出番だぁああ!」

 わーと喜び勇む整備員達。
 そして、そんな彼らに扉を蹴破り、白衣を来た男が飛び込み前転からの宙返りでテーブルの上に立った。
 ――怪鳥のポーズ!

「うらあー! 私のマシンの出番だ! さあ、出撃準備をしろ!!!」

『ラジャー!!』

 全員が慌しく走り出し、近くのコンソールに向かう。
 鳴り響く警報、パトランプが紅く輝き、いやおうにも緊張感を沸きたてる。
 そして、全員がコンソールにつき、白衣の人物が中央の座席に座ると、まるでピアノでも掻き鳴らすかのようにパネルの上に指を走らせていく。
 するとどうだろう。
 真っ暗に遮光フィルターのかけられた硬質ガラスの靄が段々晴れていく。
 中に何かが見える。
 そう、そこには何かがいた。偉大で、気高く、逞しい何かが存在した。
 全長二十メートルには達する何か。
 鋼鉄の四肢、背には巨大な羽無き翼、黒ずんだ手甲はまるで鉄槌の如く雄雄しい。
 だが、それは各坐し、息すらしていない死人のような気配を放っていた。

「概念条文展開します! 一番概念空間――“文字は力を持つ”

 文字に命が宿る。
 ガラスの向こうで佇むそれが全身に描かれた記号を輝かせ、内部から全てにおいて埋め込まれたプログラム文が意味を持つ、力を宿す。

「概念条文を追加! 賢石の出力を上昇! 概念条文――“名は力を与える”

 それは名を持つ存在。
 ドクンと格納庫が震えた、誰もが震えた、燃え上がるように吼え猛る命の鼓動を感じた。
 光が宿る、命を持つ、その内部に宿された三つの魔導炉が出力を上昇させ、その中央に置かれたジュエルシード 改名【G(ガッツ)ストーン】が篭められた名前のままに淡い光を放ち始める。
 オペレーターが指を動かし、声を張り上げて、荒れ狂う出力を制御していく。
 パラメータが急激に上昇し、それら全てが3番と描かれたラインを超えた瞬間、白衣の男が叫んだ。

「さあ目覚めろ! 三番、3rd-Gの概念空間を展開! ――“鉱物は命を持つ”

 ドクン、ドクン、ドクン。
 心臓が高鳴る、誰もが心臓を鳴らして息を飲んでガラスの向こうのそれを見た。
 それは偉大なる鋼鉄。
 それは輝ける希望。
 それは誰もが願い念じた存在。

『起動せよ! 我らが最高傑作、世界の守護者!! 勇気を纏い、産声を上げろ!』

 叫び声が輪唱する。
 祈るのだ。希望を抱くのだ。

 そして、それは震え出した。
 それは1st-Gの文字で機体を構成し、
 それは2nd-Gの名前で存在を構成し、
 それは3rd-Gの鉱物で命を構成した存在。






 そして、それは訪れる。

 始まりは水を切り裂く音だった。
 ミッドチルダUCAT、付近に存在する市民プール。
 非常事態故に避難勧告が出され、誰もいないはずのそのプールの水は渦巻いていた。
 グルグルと、グルグルと、螺旋を描いていた。

「オーライ! オーライ!」

 プールの縁にキャップ帽を被った陸士が紅白の旗を振っている。
 そして、水がざばーという唸り声を上げ――二つに割れる。津波でも起こったかのごとく、滝でも産み出されるかのごとく水が割れていく。
 そして、そこから何かがせり上がって来た。
 まず見えたのは太陽の光に輝く灼熱の兜。
 蒼い深海のような眼光が世界を見渡すように輝き、その眼差しを柔らかく包むように兜がもう一つの太陽を産み出し陽光を放つ。
 鋼鉄の四肢は優しく大気を掴み、背の翼はまるで産み出されたことを喜ぶかのごとくガキィインと金属音を響かせて開かれた。
 それは巨大な鋼鉄の巨人。
 それは見つめるもの誰もが憧れ抱く力の証。
 もっと古い歴史を持ち、もっとも新しい歴史の幕開け。

『おぉおおおおお!!』

 吼え猛る。
 荒々しくも、気高い産声が上がった。
 誰が吼えた、其れが吼えた、世界に存在を示す。
 魅せよ、この輝きを!
 翔けよ、世界の果てまで!

『俺は来た』

 手を伸ばす。
 悲しみに震える人々を嘆くかのごとく。
 助けを求める人々を掴み取るかのごとく。
 大気を唸らせ、海を響かせ、空を見つめて。

『おぉ!!』

 感嘆の咆哮。
 拳を叩きつける。
 電流を迸らせ、燃え盛るバーニアを光の翼に変えて、魔力の粒子を撒き散らしながら、叫んだ。

『あまねく存在する大空よ! 広がる無限の大地よ! 永久無限に轟く次元の海よ! 俺は来たぁ!』

 周囲の大地が陥没するほどの衝撃破と絶叫。
 錬鉄の巨人は腰に佩いた剣を手に取ると、大空へと向けて鞘を抜き払う。

『トラボシブレェエエエド!』

 蒼い粒子を撒き散らし、清純なる螺旋の輝きを迸らせながら刀身が空へと突き出される。

『伸びよ。我が気合!!』

 伸びる、伸びる、伸びる。
 剣が伸張する、その咆哮に応えるように。
 そして、産み出されたのは全長数百メートルの超弩級大剣。
 これこそ悪を切り裂く剣、魔を断つ刃、Ex-Stの名を冠せし斬魔巨剣。

『チェストオオオ!!』

 一閃。
 振り抜かれた刃は世界を切り裂いた。
 爆散。
 空を舞うガジェットが一気に砕け散る。
 刃を払うと、同時に元の形状に戻る。

『む! 今行くぞ!!』

 そして、それは翼を広げて飛び上がる。

・――光は力である

『x-Wi-ng!!!』

 光を力に変える閃光の翼を撒き散らし、魔法技術によるベクトル変換と武神による重力制御、その三つを使い巨体が飛んだ。
 鋼鉄の巨人が空を舞う。
 軽やかに、鋭く、砲弾のように飛び、翼を広げて――数秒と掛からずに彼は降り立つ。

 陸士たちの前に。

 護るべき存在たちの前に。

 その身に刻まれた存在意義と魂に誓って。

『リリカルマジカルブレイブ! 勇気を纏いし魔導の神――勇装魔神クラナガン! 世界を救う魔法をプレゼントにやってきた!』

 今ここにもっとも新しい勇者は咆哮を轟かせた。













今日もUCAT日和


1.近日発売予定です



 機動六課宿舎。
 訓練を終えてフリーな時間。
 休憩室に備え付けてある小さなモニター画面に、一人の少年が熱中していた。

「かっこいいですね!」

「おおー、やっぱり好きか」

 エリオが嬉しそうに声を上げて、その後ろでソファーに座るヴァイスが微笑ましく笑っていた。

「あれ? エリオ、それにヴァイス陸曹もここにいたんですか?」

 その時、たまたま休憩室を通りかかったフェイトがひょっこりと顔を出した。

「あ。フェイトさん」

「フェイト隊長、入浴は終わったんですか?」

「セクハラで訴えますよ? でも、正解です」

 湯上りらしくホカホカした玉の肌に、少し湿った髪を靡かせるフェイト。
 艶やかなその表情にはマトモな性欲を持った人間ならば釘付けになりそうなほど色香に満ちていたが、片方は思春期も迎えていない少年、もう片方は正常では無い男。
 二人共モニターに目を向ける。

「? 何見てるんですか?」

 他の部屋に洩れない程度のボリュームに上げられたモニターからは爆発音や叫び声、さらにびしゃーという砲撃音が轟いていた。
 モニターの中では『トラボシブレエエエエエド!!!』という叫び声と共に、手にした剣で巨大で悪そうなメカを両断するロボットの姿があった。

「あ、これミッドチルダUCATがスポンサーやっているローカルアニメなんですよ。エリオを誘ってやったんですが……」

「僕、こういうの初めて見たんですがかっこいいですね!」

 キラキラと目を輝かせて、いつもは子供らしくないエリオが拳を握り締めて、わーと声を上げていた。
 この調子で。と、ヴァイスは苦笑した。
 一喜一憂、コロコロと表情が変わるエリオ。
 そんな彼に保護者として彼女は喜びと少しの悔しさを覚えた。

「なんてアニメなんですか?」

「えっと――あ、タイトルロゴでますよ」

 ヴァイスが指差すと、画面の中で先ほど剣を振りましていたロボットがポーズを決める。

『リリカルマジカルブレイブ! 勇気を纏いし魔導の神――勇装魔神クラナガン! 世界を救う魔法をプレゼントにやってきた!』

 ジャキーン。
 真っ赤なロゴと共にクラナガンと名乗ったロボットが派手に映し出された。
 そして、エリオは楽しそうにそれを見終えて、フェイトとヴァイスはその後姿を微笑ましく見ていた。

 しかし、彼女は知らない。
 この三日後、その本物が自分たちの前に出てくることに。
 しかし、少年は知らなかった。
 この三日後、その勇者と熱い友情を結ぶことになるなんて。

 そして、この場の誰もが知らなかった。

 この四日後、勇装魔神クラナガンのDVDがミッドチルダUCATのロゴ入りで発売されて、大人気商品になるなんて。





















 2.ご存じないのですか!? 彼女こそ次元世界の果てから――




「ん? ティアナー、何見てるの?」

 プライベート時間。
 ティアナの部屋に遊びに来たスバルはヘッドホンを耳にして、何かの雑誌を読んでいるティアナに話しかけた。

「ちょっと気になる記事を見つけてね。ほら、これ」

 ティアナが渡したそれは芸能雑誌だった。
 スバルはそれを受け取ると、読み上げる。

「なになに? ……ミッドチルダUCAT、陸士108部隊のギンガ・ナカジマとラッド・カルタス氏が婚約間近? 嘘だ~、まだ私何も教えてもらってないもん」

「身内の危機だからこそ教えてもらってないんじゃないの? いや、それよりもこっちよ」

 ピシピシとティアナがページの記事の一つを指差した。
 そこには帽子を被り、目元を隠した少女らしき人物が映っている。

「なに? えっと、伝説の歌姫ルノーがミッドチルダに六年ぶりに帰郷? 近日新シングルを発表? だ、誰だっけ?」

「呆れた。スバル、ルノーの事知らないの?」

「……誰だっけ?」

 ? とクエスチョンマークを頭に浮かべるスバルに、はぁっとため息を付いてティアナはヘッドホンを外した。

「ほら、これで分かるでしょ」

 パコッとヘッドホンをスバルの耳に装着。
 そして、そこから流れるメロディと歌声にピーンとスバルの背筋が伸びた。

「あーこれって! あれだよね! 確か、あの昔大ヒットした歌手の!」

「そう。一時期ミッドチルダを熱狂の嵐に叩き込んだ伝説的歌手よ。彼女の歌った【二人の翼】とかもう忘れられないわ」

 少しだけうっとりとティアナが呟く。
 こっそりと自分のテーマソングにしている、とはティアナはさすがに口に出す勇気は無かった。

「えー。でも、確か六年前に病気か何かで引退したんじゃなかったっけ?」

「でも、なんか戻ってきたらしいわよ? まあゴシップ雑誌だから当てにはならないけど」

 スバルから雑誌を取り上げると、ティアナはヘッドホンを取り上げた。

「じゃ、スバル。私これ聞くので忙しいからじゃあね」

「えー。ティアー。ルノーのCD貸してくれない? なんか久しぶりに聞きたくなったから」

「アンタ、自分で買ってないの?」

「実は集めてるけど、全部家に……テヘへ」

 しょうがない相棒だった。
 ティアナはため息を吐くと、適当にお気に入りのルノーのサウンドアルバムを一つ手渡す。

「壊さないでね。そしたら、ケツからファントムブレイザー叩きこむから」

「し、しないよ!」

 ありがとう、ティアー!
 と暢気に呟いて、スバルは去っていった。

 そして、ティアナは心地いい歌声に飲み込まれながら呟いた。

「もし、ルノーが活動再会するなら。ライブとか見に行きたいわね」


 彼女は知らない。
 その夢が思いがけない形で叶うことを。




*****************
これが勝利の鍵だ!!




[21212] 第一回地上本部攻防戦 その4
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:06695f24
Date: 2010/08/27 22:40



 その光景を見たとき、機動六課部隊長八神 はやてはこう告げた。

「……なんや普通やないか」

 そう告げた次の瞬間、ハッとはやては顔を強張らせて頭を振った。
 UCAT関係者以外の全員が彼女を見ていた。
 ……ああ、この子も手遅れになったのかと。

「いや、違う! あかん! 毒されて、なんか普通に感じとる! カムバック、カムバック私の常識! 戻ってきて! 昨日までの私!」

 はやては常識人として、そこらへんにいる普通の魔法少女としての誇りを保つために叫んだ。
 それを咄嗟に慰める女性が二人。

「落ちついて、はやて! 必殺技を放ちまくる陸士たちよりはきっとマトモだよ! ……たぶん」

「そ、そうだよ! 精々勇者ロボの一つや二つ……ごめん、普通じゃなかった」

 しかし、自滅した。
 ズガーンと落ち込む三人娘の様子に、レジアスは気にした様子もなく、オーリスがいれてくれた茶を啜る。
 オーリスがはやてたちを憐れんだ目で見ているが、彼女は冷徹な顔の裏腹に情が深い女性だった。
 レジアスはコキリと肩を鳴らすと、モニターを見つめた。
 様々な戦況が映し出された無数のモニターにはクラナガンを投入したとはいえ、膨大な出力を誇る新型魔導兵器と合体ガジェットに苦戦する陸士たちが見られる。
 最後の一手を打つ必要がある。

「レジアス。何を躊躇っているのかね?」

 レジアスの思考を読み取ったかのように、佐山が横にいる新庄に肩を揉んでもらいながら告げた。

「うちの連中を折角貸し出したんだ。存分に使い倒すのが彼らへの礼儀ではないのかね?」

「そうですよ。もうなんていうか、ここまできたらどこまでもやっちゃっていいかと」

 先ほどまで勇者ロボの発進に全力全開でツッコミいれまくり、疲れ果てた新庄がこくりと頷く。

「疲れたのならば私にもたれかかってもいいが?」

「佐山くんだとセクハラするから、いや」

 というバカップル会話をしている二人から目線を外し、レジアスはここにきて初めて酷く楽しげに口元を歪めた。

「ふむ。それもそうか」

 初老の差し掛かる年齢だというのに、レジアスの瞳は悪戯好きな少年のように輝いていた。
 状況は十分、動機も十分。
 いいぜやっちまえと悪魔が囁き、天使がふれーふれーと手を上げていたような気がした。

「では、オペレーションAHEADを開始する」

 状況開始、そう告げて他の幹部達には目に見えない位置でスイッチを入れた。

 それがこの戦いの最終段階を意味するものだと、この時誰も知らなかった。












 大地は熱気に満ちていた。
 空は嘆き悲しむように雲を渦巻いていた。
 世界は破壊を撒き散らすものたちによって震撼し、それに対抗するように誇りあるものたちが咆哮を上げていた。
 世界は分割されている。
 二つの正義、けれども相容れることのない正義によって打ち別れた。
 今こそが歴史の分岐点、一つの新しい物語が歴史に刻みいれられる時だと誰もが気付いていた。
 大いなる時のうねり、始まるは破滅か再生か、それとも新たなる創造かそれとも全てを終わらせる終末か。
 分からない、分からない、だけどそれはそこに立っていた。
 それは偉大なる魂。
 鋼鉄の巨人、命宿せし鋼の人形、魂持ちし巨兵。
 見よ。その勇ましき鉄腕を。如何なる巨悪にだろうが決して折れず、怯まず、打ち込むことが出来るだろう強大なるガントレットを身に付けた腕部。
 見よ。父なる大地を踏み締める脚を。如何なる苦難に遭おうともそれは決して膝を着く事無く、ただ歩み続けるための地上を突き進む脚部。
 見よ。その装甲を。太陽の光を受け、熱気に燃える劫火に炙られ、それでもなお煌めき輝く純白の甲冑を。如何なる災禍に遭おうとも、受け止め、弾き散らすための勇猛なる鎧。かつて素手で如何なるものをも打ち倒すことが出来なかった獅子、それを打ち倒した闘士が勝ち取った毛皮の如くそれは分厚く、気高く、強固。
 その肩アーマーには己が背負いし組織の印章を旗印のように刻み込み、自分が誇りと勇気に輝かせる。
 そして、その額に輝くのは地上を蝕む劫火よりも熱く、命流れし血潮よりも紅く、空に燃え盛る太陽の如く眩い兜。
 人間を模した口を震わせ、その碧鉱石色に輝かせた瞳に石の光をたぎらせ、それは吼えた。

『我が名を知れ! 我こそはこの地上を護るもの! 勇装魔神クラナガンだと!!!』

 ビリビリと大気が震え立つ。
 アスファルトの地面に散らばる残骸が、アスファルトの石屑が、その勇気ある咆哮に奮い立つかのように震動した。
 大地が揺れたかと誰もが錯覚する。
 だがしかし、彼は大地を揺らしたりなどしない。
 ただこの大地を、この空を、そしてありとあらゆる手が届く、そして届かなくても届かしてみせる、世界を護るために生み出された勇者なのだから。

『OOOOOOOO!!』

 その咆哮に、その存在に、脅威と認識したのか、もっと近くに存在する合体ガジェット――欲望の化身、願いを叶える宝玉、ジュエルシードを孕んだ機械の獣。
 無線コール――命名ジュエルビースト。
 それが幾つもの丸みを帯びた鉄塊、茨のように絡みつかせた配線、アームベルトに覆われた四肢を動かし、突進してくる。
 サイズにして50メートルを超える巨大怪獣。大地を分解し、その膨大な魔力と精密極まるプログラムで魔法による再構築を果たしたそれは模造金属に覆われた合金の巨獣。
 強敵である。
 後の世の検証では、L級艦船からの艦砲射撃を浴びせなければ有効打を与えられなかったとされる怪物。
 だがしかし、決して膝を屈すことを知らない不屈の魂を持つクラナガンは怯まない。
 その腰に佩いた巨剣の柄を握り締める。

『トラボシブレェェエエドッ!!』

 叫び抜刀、碧色の閃光を浴び、光の粒子を螺旋と変えて滾らせる烈光の太刀。
 Ex-st-Blade/トラボシブレード。虎星の二つ名を背負いし鋼刃。
 Low-Gにて開発された概念兵装、機殻杖Ex-stのレプリカを大型化し、大剣と変えた武装。
 それは持ち主の気合によって威力を変え、さらには刀身すらも増幅させる斬魔巨剣である。

『X-wi-ng!!』

・――光は力である

 概念条文の言葉を鳴り響かせ、クラナガンは装備を起動させた。
 ガパリと背部から伸びる羽無き翼、背部に伸びる巨大なウイングブロックを上下に分割し、その内部から魔力炉から供給された光の粒子を噴出させる。
 X-wi-ng。
 元の装備こそ全竜交渉部隊の一人が装備していた飛行用の概念兵器。
 光の羽根を生み出し、ありとあらゆる光に力を与える概念を持つ光翼。
 そう、ありとあらゆる光に力を与えるのだ。全身から放つ魔力の光粒子にも、トラボシブレードから放たれる光刃にも。

『おぉおお!』

 咆哮疾駆。
 バンッと光の翼が大気を打ちつけ、鋼鉄の脚部が大地を蹴り飛ばした瞬間、その巨躯が掻き消える。
 同時に響き渡るのは雷鳴の如き破裂音。
 常人には認識外の速度で駆け抜けるそれは如何なる悪夢か。鋼の巨人が音速を超えた機動を見せるなど通常の物理学を嗜む物理学者が見れば目を剥き、泡を吹くだろう現象。
 バリアジャケットの技術を利用した大気抵抗キャンセル、同時並行で作動するベクトル操作、さらにX-wi-ngの膨大な出力、武神が持つ重力制御技術、その全てを一点に兼ね備えた超絶技術の賜物。

『GA!?』

 ジュエルビーストは咆哮を上げ、瞬時に全身から魔力場を発した。
 指向性を定めないただの放出、だがしかしSランクオーバーの魔力の圧力はただそれだけ地面を陥没させる衝撃波。
 ――その衝撃波に一太刀の閃光が食い込んだ。

『チェストォオオ!!』

 一閃両断。
 残像を残し、クラナガンがジュエルビーストの傍を駆け抜ける。
 ガリガリとアスファルトの床をブルドーザーで掘り起こしたような土砂を撒き散らしながら、彼はトラボシブレードを振り抜いていた。

『GA!?』

 ズルリ。
 ジュエルビーストの巨腕が次の瞬間、歪んだ。付け根から緩やかにズレはじめ、数秒と経たず落下する。
 巨大な質量が大地にめり込み、破砕音を鳴り響かせるよりも早くクラナガンは動いていた。
 旋転、切り返し、薙ぎ払い。
 金属のフレームが恍惚の絶叫を響かせ、マニピュレーターが咆哮を上げながら軋んだ。
 息を吸い込むように刀身を短くし、地面を切り裂かぬように下から振り上げて、インパクトの瞬間気合を篭める。

『秘剣 雷槌墜とし!!』

 1セコンドにも満たぬ僅かな瞬間のみ、息吹を発するように刀身を伸ばし、相手を両断する。
 バガンと音を立ててジュエルビーストの顎から脳天までが裂かれた。絶叫すらも許さずに、脳漿代わりの配線と血肉と機械油をぶちまける。
 壮絶極まる一刀。
 大地から空へと舞い上がるように、天から打ち下ろされし大いなる主神の奇跡。稲妻。それを切り裂いたのは第97管理外世界、世界でもっとも多くの勇者を生み出せし国で語られし雷切りの逸話か。
 クラナガンのAIに、データベースに刻み込まれた数々のデータは先人たちの伝説を尊び、それに追いつかんと仮想空間で修練を続けてきたのだ。
 日本刀の妙技はそのデータに叩き込まれており、彼が繰り出す剣技はあらゆる武術者たちの血肉の証、命を賭けて伝え残してきた剣の教え、その心と血肉の咆哮。
 ジュエルビーストが頭部を裂かれてもなおその身に宿した魔力を用いて復元――ならず。
 クラナガンの手首が閃く、命を持ちし金属は硬くありながらも人体のようにしなやか、故に繰り出せる音速の剣技。
 通常サイズに戻したトラボシブレード、その軌跡を見れた者は何名居たか。
 唸った斬撃音は一つ。
 だがしかし、ジュエルビーストに刻まれたのはX字の二撃。
 鉄よりも硬く、鋼よりもしなやかで、ダイヤモンドの如く頑強なそれをクラナガンは切り裂いてみせる。
 斬鉄の技巧、見ればその刃は片手に握り、もう片方の指は刀身に添えて、足首を曲げ、ジョイントを軋ませ、マニピュレーターを稼働限界まで動かし、翼を用いて大気を打ち、その自重の全てを一瞬の二撃に叩き込んでいた。
 火花散る散る、玉散る斬撃二刀。
 例え2nd-Gの概念加護がなくとも実現したであろう技巧の数々。
 振り抜いたトラボシブレード、流れるような動作で血払いならぬ油払いをする。

『未熟!』

 僅かに刀身にこびり付いた金属かすに、ガジェットのものだろう機械油がこびりついた刀身を見たクラナガンは己の未熟さを思い知る。
 真に稲妻を切り裂ける一刀ならばこの程度の敵に機械油などこびり付く余地は無く、振り切れるはず。
 後に繰り出した二撃に僅かな違和感を覚えたのはそのためか。
 修練が足りぬ、まだ未熟だ。
 クラナガンは心から己の未熟さに嘆き、怒りすら覚えた。

『許せ。苦しませずに逝かせることが出来ぬ己の未熟!』

 血払いを終わらせ、クラナガンはトラボシブレードを地面に突き刺すと、その空いた手から魔力の迸りを滾らせる。
 狙うは一つ、ジュエルビーストのジュエルシード。
 魔力噴出用の外部ノズルを剥き出しに、クラナガンはデータベースに登録された術式プログラムを起動。
 高速処理で演算をしながら、燃え盛る右手をジュエルビーストの切り裂いた断面に突き刺し――

『コンバイン!』

 裂く、裂く、砕き散らす。
 鉄の肉を砕き、配線の神経を千切り、機械油の血を浴びながらクラナガンはその手をめり込ませて――叫んだ。

『ブレイク・インパクトォオッ!』

 食い込んだクラナガンの手すらも貪ろうとするジュエルビーストの全細胞。
 その血肉の固有周波数を計算し、集積し、破壊する震動波で弾き散らす。
 ブレイクインパルスと呼ばれる魔法の術式をアレンジした兵装。ある元執務官が態々プログラミングを行い、快く術式を提供してくれた武装の一つ。
 そして、握り締めたその拳に秘められたのは確かな宝玉、唸りを上げる力の塊。

『リリカルマジカル! ジュエルシード――シリアル13・封印!』

 データベースに登録された封印術式、さらにそれとセットで着いていた封印詠唱を叫び、クラナガンはジュエルシードを封印する。
 どこかで哀れな女性が顔を真っ赤に突っ伏したような気がするが、おそらくそれは幻影。
 封印と同時に転送プログラムを呼び出し、ジュエルシードを地上本部の隔離エリアへと転送した。

『よし、一つは倒した――っ!?』

 僅かに安堵した瞬間、亜音速の速度で突っ込んできた物体がクラナガンに直撃した。
 爆音にも似た激突音。
 ぶつかったもの、それは先ほどのものよりも少し小柄な40メートルほどのジュエルビースト。
 だがしかし、その巨体はクラナガンの全長を遥かに超えている圧倒的な質量。音速に迫る速度で、数百トンを超える物体の激突は計り知れないほどの威力。
 しかも、そのジュエルビーストは先ほどのものと比べて形状を変えていた。
 よりおぞましい獣の形に、しなやかに動くための獣型として進化。おそるべきはジュエルビーストの願望の発現能力。内部に搭載された小型獣(ちなみにぬこ)のタビングAI、それと連結されたジュエルビーストが野生の本能に従い強化を望んでいた。
 2nd-G、名前を持たないものが弱体化する空間でなければクラナガンが一撃で中破してもおかしくなかっただろう。
 全身のフレームに絶叫の大合唱を鳴り響かせながら、クラナガンはそれを受け止め、ブレーキを掛けていた。
 不味いと理解していた。
 彼の背後には護るべき陸士たちがおり、吹き飛ばされる方角には地上本部がある。
 幾ら概念防護があろうとも決して無敵というわけではないのだ。この質量の二つが激突すれば破砕の可能性がある。
 そこを巻き込むわけにはいかない!

『うぉおおおお!!』

 X-wi-ngの出力を上げて、大地に鋼鉄の脚を突きたて、火花と瓦礫を撒き散らしながらブレーキ、ブレーキ、急制動。
 その身に背負う幾多の命の重みに賭けて、クラナガンは抗い続けた。
 背後でどわー! とか、うひょー! という悲鳴が聞こえる、飛び込んでくるクラナガンとジュエルビーストの攻防に逃げ惑う陸士たちの声にクラナガンは涙を流すことが出来れば流しただろう痛みを覚えた。
 だがしかし、止まらない。
 じりじりと、がりがりと、軽自動車ほどの速度でクラナガンとジュエルビーストが進んでいく。

『くっ!』

 止まれないのか。一瞬クラナガンが絶望しかけた瞬間、声が響いた。

「ルフトメッサー!!」

 大気破断。
 背後から打ち出された衝撃波が、ジュエルビーストの真紅に燃える瞳に打ち込まれた。

『GRU!?』

 それはあくまでも急増で作り出された外部センサーの一つでしかなかったが、内部に搭載されたダビングAIにとっては片目を潰されたかのような衝撃だったのだろう。
 動きが鈍る、脚が止まる。
 その隙をクラナガンは見逃さなかった。

『ブレイズキック!』

 脚部裏の放熱ノズルから勢いよく蒸気を噴出し、加速された膝でジュエルビーストの顎を打ち抜く。
 たわむ顎、配線とベルトで編まれた急増の巨体が震動を響かせて、全身を薄気味悪い金属音に満たしていく。
 流れるような動きでクラナガンは手に持っていたトラボシブレードを振り抜くが、ベクトル制御魔法でも使っているのか、しなやかにジュエルビーストがひらりとかわし、飛び退る。
 ズシン、地面が揺れる、その自重と震動音だけが巨体であり、膨大な質量を秘めた存在だと知らせてくる。
 間合いが開く。グルルルと合成の唸り声を洩らし、ジュエルビーストが警告音を発す。
 前方への警戒を緩めぬまま、クラナガンは先ほどの衝撃波が放たれた方角を見た。

「大丈夫ですか、クラナガン!」

 そこには紅い燃えるような髪をなびかせ、クラナガンを見上げる少年がいた。その周りには怯えるように……というか呆れたようにクラナガンを見上げる三人の少女。
 彼はアームドデバイスらしき槍を構えていた、おそらく先ほどの衝撃波を放ったのは彼だろう。クラナガンのデータベースに登録されたルフトメッサーは近代ベルカ式の斬撃魔法だから。
 いつのまにか、地上本部の直ぐそこまで迫っていたらしい。もしも彼が手助けしてくれなかったら、クラナガンは護るべきものを護れなかったのだ。

『ありがとう。少年よ、名前を聞かせてくれないか』

 こんなにも幼い少年が戦線に加わっているという事実、クラナガンはそのことに心を痛めながらも、その勇気に感嘆していた。
 少年は目を輝かせながらも、決意を秘めた言葉で告げる。

「エリオ。エリオ・モンディアルです! クラナガン、僕も一緒に戦います!」

「ええ!? エリオ、ちょっと!」

「正気!? いや、でも、気持ちはちょこっとだけ分かるけど!」

「エリオくん!?」

 少年の決意に、三人の少女が驚いていたが、クラナガンの心には少年の心が深く染み渡っていた。
 勇者として分かる。
 彼は勇気ある存在だと。

『私と共に戦うのは危険だ。それを承知かね、エリオ君』

「はい!」

 一瞬もエリオは迷わなかった。即答だった。
 クラナガンは通信を開始、高速圧縮言語でミッドチルダUCATの管制室に問い合わせる。

『彼を私の操者にしてもいいか?』 『構わん、やれ』

 即答だった。
 クランナガンのAIにはサムズアップする管制室の皆の姿が、頼もしい開発班の人たちの笑顔が見えていた。

『分かった。エリオくん、いや、エリオ! 私に乗れ!!』

 前のジュエルビースト、それに警戒しながらクラナガンは膝を着き、背部のウイングブロックの付け根を左右に押し広げ、コクピットブロックを露出させる。

「え? まさか」

『さあ!』

 クラナガンの声、それに引かれてエリオは目に意思の光を宿し頷いた。

「行ってきます、皆!」

 エリオはスバル、ティアナ、そしてキャロに微笑んで駆け上がる。
 ソニックムーブ、電光のような速度でコクピットブロックに辿り付く。
 内部にエリオが入ったことを確認すると、クラナガンはコクピットブロックを閉じ、ウイングブロックを元の位置に移動させると、叫んだ。

『エリオ! 操縦システムをベルカ式操者に切り替える!』

「え?」

 中に入ったエリオは驚いた。
 複雑な機器があるかと思っていたコクピットだが、内部は丸い円形だった。
 そして、中心部にはなにやら差し込むような鍵穴がある。

『君のデータを私に入力するんだ! デバイスを突き刺せ!!』

「分かった!」

 起動状態のストラーダを構えて、エリオは迷う事無く鍵穴に突き刺す。
 突き刺した瞬間、ストラーダを周囲から飛び出した無数のケーブルが覆っていく。

『Strat.!!』

 ストラーダが電子音声を響かせ、その全身にエネルギーを満たし、自動的に第三形態へと移行する。
 蒸気を噴出し、次の瞬間、周りのコクピットの壁面に景色が映し出された。

『エリオ・モンディアル――魔力変換資質:電気を保有。君の生体電流をこちらの操縦システムとリンクさせる。エリオ、君はストラーダを握っているだけでいい! 後は自分の体を動かす要領でサポートしてくれ!』

「分かりました!」

『普段は私に任せろ!』

 クラナガンの声が響く。
 ここに一人の勇気ある少年と共にあり、真なる目覚めを迎えようとする勇者が剣を掲げた。

『さあ来い! 勇気と気合、その力を重ね持つ私は簡単には敗れんぞ!!』

 トラボシブレード。
 その巨剣を振り翳し、クラナガンは突き進む。
 世界を護るために。

























「……エリオくん、いっちゃった」

 ポカーンと寂しそうに呟くのはキャロだった。
 凄まじい速度でジュエルビーストと戦い始めるクラナガンを見送ったスバルとティアナはなんというか息を吐くと、ぐっと立ち直るように腕を折り曲げた。

「よし、キャロ! エリオに負けてられないわよ! 私たちは私たちにやれることをするのよ!」

「そうだよ! 私たちだって時空管理局の部隊であり、機動六課なんだから!」

「そうよ!」

 ティアナとスバルが気合を入れるために叫んだ瞬間、それに答える声があった。
 ダダダと足音を立ててミッドチルダUCAT本部から飛び出してきたギンガだった。

「ギン姉! あれ? さっきのみず――」

「言わないで」

 ガシッと己の妹の口を神速で塞ぎながら、ギンガは通常のバリアジャケット衣装で涙に少し紅くなった目元を拭った。
 どうやらしばし泣いていたらしい。
 ティアナには気持ちが分かった。自分も同じ目にあったら間違いなくするだろうし。

「もごもご~!」

「ああ、ごめんなさいね」

 パッと妹の口を塞いでいた手を離すギンガ。
 しかし、その肩にぐわしと恐ろしいほどの握力で握り締め。

「さっきまでの光景は一切口にしないこと。い~い?」

「え、でも……」

「い い わ ね?」

 めぎり、と音を立てそうなほどにスバルの肩に指が食い込む。
 ギンガは微笑んでいたが、目とこめかみだけが笑ってなかった。
 コクコクと必死にスバルが頷くと、ようやく手を離す。

「じゃ、行くわよ。この概念空間内ではまず自分の出す魔法や技のイメージをしっかりと持つの」

「イメージ?」

「そう。スバル、コレに目を通しておいて!」

 ギンガがスバルに一枚の紙切れを渡す。
 そこにはなにやら複数行の文章が書かれていた。

「へ? こ、これこの通りにするの?」

「そう……私だってしたくないんだけどね、って大物が来たわ!」

 ギンガが目を向けた先には遅れて合体を開始しているジュエルビースト、20メートルサイズが迫る姿。
 その足元には無数のガジェットⅣ型がいたら、ギンガは構わずに構えて、走り出す。

「そして、さらに己が名前をイメージする! 私の名前はギンガ・ナカジマ!!」

 ギンガが加速。
 脚部に嵌めたブリッツキャリバー――意味、電撃の如く進撃。
 速度が急激に膨れ上がる、電光のような速度。

「手にし拳は銀河すらも打ち砕く絶倒流星!」

 繰り出す一撃、それはガジェットⅣの認識速度を超えて打ち込まれる。
 スバルは見た、ティアナもキャロも見た。
 それはまるで星々が流れる様の如く。

「名付けて、ギャラクシースターダスト!」

 ギンガの意味に授かりし銀河。
 さらに星々の流れる姿を表現せし技名、二重の意味、イメージを増幅させた概念武術。
 ギンガ・ナカジマ、彼女も立派なUCAT隊員だった。
 バラバラに粉砕したガジェットⅣが不自然に放物線を描いて真上に飛んで、螺旋を描きながら地面に墜落。破片を撒き散らした。

「凄い! ティアナ、キャロ、私たちも続こうよ!」

「そ、そうね!」

「私はサポートします! ブーストアップ、ストライクパワー!」

 出力上昇のブースト。
 意味は直撃すべき力。
 スバルが加速する、マッハキャリバー、音速の意味を冠せし相棒はその力を増幅させていた。

「はは、凄いね、マッハキャリバー!」

『Yes』

 音速と電光、認識外の速度へと辿り付く二人のシューティングアーツ使い。
 砕く、砕く、打ち込む。
 リボルバーナックル、弾丸の如き拳打、音速超過の打撃を打ち込まれてガジェットが吹き飛ぶ、吹き飛ぶ、吹き飛ぶ。
 名前を持たない彼らでは概念による強化されたシューティングアーツの使い手たちを止めることは出来ない。
 そして、迫る。
 ティアナの援護射撃を受けながら、姉妹は巨大なジュエルビーストの眼前へと迫っていた。

「見えた! どうする!」

「体勢を崩す。そしたら、例の奴を!!」

 姉妹が意思を交換し、頷く。
 バッと左右に別れた瞬間、その間をジュエルビーストの巨腕が粉砕した。
 早い、概念空間による補助がなければ捉えられたほどの速度。
 だがしかし、音速に迫るほどではなく、電光を捉え切れるには反応が遅すぎる。

「リボルバー!」

「ナックル!」

 二人が回る。
 クルクルと回転しながら、飛び上がり、振り下ろされた巨腕に左右から。

「キャノン!!」/「バンカー!!!」

 障壁を纏った二人の打撃、豪腕粉砕。
 左右から同じ着弾点に叩き込まれた衝撃波は逃げ場なくその血肉を蝕み、瓦解させる。
 腕が砕ける、ミチミチと骨が砕け、血肉が裂け、神経代わりの配線が飛び出し、血の代わりとなるどす黒い機械油が噴出する。
 さらに脚を翻す。

「ブリッツ!」/「マッハ!」

 電光の速度、音速の速度、日本刀の斬撃が如き鋭い足刀。
 それが窪んだ巨腕を畳み込み、叩き折る。
 言葉にするまでもなく、二人は同時に叫んだ。

『キャリバーズ・コンビネーション!』

 体育会系のノリか、それとも元々これらに対して素養があったのか、二人のナカジマ少女は蹴りの反動で飛び下がり、華麗に着地しながらポーズを決めた。
 次の瞬間、スバルはにやっと笑い、ギンガは自己嫌悪に膝を屈しかけた。

「っ、まだよ! 動いて、二人共!!」

『え!?』

 ティアナの警告に、スバルとギンガは腕を見上げた。
 腕を叩き折られたジュエルビースト、その断面が不気味に蠢いていた。
 びゅらびゅらと配線が動き出し、機械油が渦を巻き、紅いガジェットのものだろう幾つもの眼光が彼女達を睨む。
 びゅる、びゅるるとおぞましい音が響き、次の刹那、無数の配線が触手のように伸びた。
 それは音速であり、電光でもあるスバルとギンガと捉えるほどの速度と膨大な量。

「なっ!」

「っ!!」

 即座に離脱したはずの二人の足首に配線が絡みつく、カツオの一本釣りのような速度で上に持ち上げられて、二人の肢体が上空に跳ね上がる。
 高度三十メートルの高みへと数秒で持ち上がり、見上げるティアナでさえも首が痛くなるほどの位置へと運ばれた。

「スバル! ギンガさん!!」

「この、リボルバー!」

「ディバイイン!」

 ティアナの叫びに答えるように、ギンガが大気の螺旋を左手のリボルバーナックルに這わせ、スバルが左手に魔力スフィアを構築し、反撃を試みるが。
 ジュエルシードの我欲が許さない。
 伸びる、伸びる、伸びる、無数の配線が彼女達の肢体に絡みつく。
 口に猿轡のように噛まし、詠唱を許さない。足首に絡まる配線が勢いを増し、戦闘機人である彼女達の四肢を引き抜こうとする。
 淫猥に胸部の周りに絡みついた配線が彼女たちの体を千切らんと強まり、ブルリと年頃にも関わらず大きくはみ出た乳房を揺らし、ギンガとスバルは痛みの悲鳴を上げた。

「このぉ! ファントム・ブレイザー!!」

 地上のティアナたちにも聞こえるほどの絶叫、それにティアナが咆哮を上げる。
 カートリッジを三連続で排出、暴発寸前まで高めた銃身を向けて、ティアナは引き金を引いた。
 異なる世界で彼女と同じ術式で武神すらも貫いた魔力砲撃がジュエルビーストの中枢に直撃するが――深く穿たれた傷口は瞬く間に再生する。

「嘘!」

「ブーストかけたのに!」

 キャロが顔を蒼白に染めて、ティアナが悲痛な顔に歪めた。
 聞こえる、聞こえるのは友の悲鳴、大切な知り合いの絶叫。助けられないのか、才能の差なのか、ティアナが絶望的に怒りを覚えた瞬間だった。

「HAHAHAー!」

 銃撃の雨が降り注いだ。
 無数の魔力弾が遥か上空からジュエルビーストを穿つ、穿つ、穿つ、驚異的な速射。
 レインストームと名付けられた技はまさしく雨の如く、嵐の如く弾丸を叩き込む。

「え?」

 クルクルとライフル弾のように旋回しながら遥か上空から降りてきた影は配線の嵐を撃ち抜き、砕き、引き裂き、そして背後の剣を振り翳した。

「クールに行こうぜ!!」

 両断。
 一太刀にてスバルとギンガの配線を切り裂き、その人影は紅いコートを翻しながら二人を掴んで跳ねた。
 迫る配線を笑いながら避けて、落下。
 派手なバック転を見せながら、高度30メートル以上の位置から無事に地上に着地する。

「ふぅ、大丈夫かい。嬢ちゃんたち」

 紅いコートが孕んだ空気を吐き出し、ゆっくりと地面に落ちる。
 銀髪を煌めかせて、背後に身に付けた異彩な趣向の施された魔剣がガチリと音を立てた。

「え?」

 その後姿に見覚えがあった。
 ティアナは叫ぶ。その名前を。

「に、兄さん!?」

「よう」

 それはティーダ・ランスターだった。
 自慢の赤毛を銀髪に染めて、目に痛いほどに真っ赤なコートを翻し、特注品らしき刀剣(命名リ○リオン)を背負っているというコスプレ済みだった。
 最悪な再会だった。

「なんで、そんな格好に?」

「あ。まあ概念補正が掛かるからな。あとなんていうか……」

 くいっと首を捻り、ティーダは告げた。

「どこか遠くの魂の親友って感じ?」

「なんでよ!!」

 ツッコミを入れた。
 ティアナの兄貴像がさらに砕けた瞬間だった。

「ま、とにかく」

 ティーダが手を閃かせる。
 迫り来るジュエルビースト、その顔面に目にも止まらぬ速射を撃ち込んだ。
 その一撃は先ほどまでティアナが叩き込んでいたよりも遥かに強力で、装甲を削っていくのが分かる。
 何故? とティアナは思った。魔力量の違い? いや、それだけじゃない。制御精度も違うけれど、それだけなんかじゃない。

「ティアナ、前に言ったはずだぜ?」

「え?」

「ランスターの魔法に貫けないものはないと」

 そう、それは幼き頃の約束。
 ティーダが彼女の遺した言葉。
 けれど、それを本当はティアナは信じていなかったのはないのか?

「信じろ。ランスターの姓、それが放つ魔法に貫けないものはないのだと」

「……」

「俺が信じられないか? ティアナ」

 信じられない理由なんて沢山あった。
 コスプレしてたり、死んでなかったり、元気だったり、笑っていたり、護ってくれたり、けれど、けれど。
 何もかも放棄する。
 そして、まっさらに考えてティアナは微笑んだ。

「いえ、信じてるわ。兄貴」

「兄さんといって欲しいがね、不思議とそれが心地いいな」

 構える。
 兄妹が同じ構えを取り、銃口を一点に向けた。
 息を飲む、意思を向ける、信じる心を銃弾に篭める。

「信じろ、最強の己を」

「うん」

 魔力を高め、威力を高め、心を高める。

「こういう時はどう言えばいいか分かるか?」

「知ってるわ」

 さすれば貫けないものはないのだと信じられる。

 そして、引き金を――

『Jackpot.!』

 引いた。






 ジュエルビーストがその一発の銃弾で揺らぐ、吹き飛ぶ、怯む。
 ずずぅんと地響きを響かせるそれを眺めながら、ミッドチルダ地上本部、その近くの特設ステージ裏で慌しく動くものたちが居た。

「カメラ準備出来たかー!」

「スピーカ、音響班全員チェック終了済みだろうな! ここでしくじったら裸一丁でクラナガン走らせるぞ!!」

 タオルを頭に巻いた陸士たちが慌しく走り回り、次々と準備を済ませていく。
 そして、その傍には椅子に座り、それぞれある楽器を持った少年少女たちがいた。

「うー、緊張するなぁ」

 鉢巻を巻いた少年が手に持ったエレキギターを音も立てずに弾いた。

「大丈夫だよ」

 長く滑らかに伸ばした黒髪、その中に一房のみ金髪を交えた美しい少女が少年の手の上に、手を重ねた。
 きゅっと息を詰まったような声が鉢巻少年の喉から洩れる。このややエロめと蔑まれた言葉が吐かれたのに彼は気がついただろうか?

「あーいいねえ、この後輩共は。よし、ちさ――」

「はいはい、後でね後で」

 何か呟こうとした大柄な青年の顔面に拳と流れるように肘のフックを叩き込んだ活発な少女が息を吐く。

「わくわくしますねー」

「これを見てワクワク出来るならお前の神経はどうやら配線がずれているんだろうな」

 子供のように目を輝かせるブロンドの少女に、赤く焼けた赤銅色の肌をした青年がため息を吐く。

「しかし、いいわよねー。佐山と新庄は~」

 ぶーと唇を突き出す活発そうな少女。

「いいじゃねえか。俺たちはここで暢気に演奏してればいいんだし」

 それに相槌を打つのは相棒らしき大柄な青年。

「じゃなくて、どうせならこうバリバリ戦って、蹴散らしてやりたいんだけど……非常事態にでもならないと許可が降りないのよね」

「だからといって、こんなことをやることになった意味が分からないがな」

 などと、暢気な会話をしていたときだった。

「みなさーん。そろそろ時間ですよー!」

 彼らの前に一人の少女が現れる。
 それは美しき着飾った少女。
 碧く流れるような新緑のドレスはまるで命の芽吹きを感じさせるほどに柔らかく、その手首に付けたブレスレットは自己主張こそ強くないけれども持ち主を確かに輝かせる金剛石の光を帯び、その靴は妖艶に蕩けた魔女の唇のように真っ赤であり、深々と被った麦藁帽子から洩れる髪は大地の温かさを感じさせる柔らかでしなやかな茶髪。
 美しい声だった。
 鈴が鳴るかのように、声のみで大気が喜びに踊りだし、美の祝福を与えられたかのごとく清純と満ちる。
 それは決して天性のものだけではなく、修練と努力、そして人の想いが満ち満ちたからこそ発せられる声だった。

「分かったわ、ルノーちゃん」

 ルノー、そう呼ばれた少女が帽子の内側で微笑む。
 返事を返した活発な女性もニコリと微笑み、何度やっても慣れていない鉢巻き少年に蹴りを入れてから、全員が立ち上がる。
 ドラムが二人、ベースにしてサブボーカルが一人、エレキギターが一人、電子ピアノが二人、メインボーカルが一人。
 それが彼女たちのチームだった。

「さあ行きましょう、私たちの戦場に!」

『Tes.!!』


 そして、全員がステージに出ると、そこは喝采の嵐だった。


「ルノーちゃーん!」

「待ってたぜー!」

 喝采、喝采、喝采、絶叫、咆哮、感涙の涙。
 熱気が篭る、熱意に溢れる、まるで地獄、まるで天国。
 沢山の陸士がいた、沢山の人々がいた、一般市民も陸士も他にも他にも沢山の人がいた。
 その中で一人一人が前に出る。

『皆―! UCATしてるー!?』

 ルノー、そう呼ばれた少女がマイクを手に叫んだ。
 そして、会場が割れんばかりに声が轟いた。
 すぐ傍は戦場だというのに誰も気にしていなかった。いや、気にする必要が無かった。

『今このUCATが大変なのー! でもねー、私が力になれるって聞いてやってきちゃったー!』

 叫ぶ、声を上げる、心まで蕩かし、魂を震え上げるような声が轟いた。

『そして、私は一人じゃない。心強い人たちが沢山います! それはファンのみんなだし、この人たちです!』

 ベースを手にした少女が手を掲げる。

『風見 千里さん!』

 大柄な青年がドラムの椅子に座り、にやっと哂う。

『出雲 覚さん!』

 そして、もう一人赤銅色の肌をした青年がサングラスを外し、ドラムの前で前方を見た。

『ダン・ノースウィンドさん!』

 わたわたとした手つきで電子ピアノの前に佇む少女が二人。

『ヒオ・サンダーソンさんと御影さんー!』

 そして、最後に鉢巻きを巻いた少年が唾を飲んで前を見つめて――

『えっとひば……ややエロさん?』

 ずるっとこけた。
 ぐわんぐわんとその拍子にエレキギターがやかましい音を立てる、笑い声が轟く。

「違いますー!! 飛場 竜司です!!」

『じゃ、飛場 竜司さんってことでー!』

「ことですか!!?」

 全員の名乗りが終わる。

『皆さんは全竜交渉部隊っていうすっごい部隊の人だったんですよー! 皆、驚いてねー!』

 わーという声が轟く。
 喝采が、喝采が、世界に名乗りを上げていく。

 そして、最後にルノーと名乗った少女が帽子に手をかけた。

『そして。私も名前を名乗るね』

『おぉおお!??』

 ぱさりと麦藁帽子が空に飛ぶ。
 そこにいたのは一人の少女。
 左目に光を失いながらもにっこりと微笑む少女。

『ルノーことラグナ・グランセニック!! 一生懸命に歌うからー』

 叫ぶ。
 ラグナが叫ぶ。
 世界に響き渡るように。



『私の歌を聞けぇええええええええええええええええ!!』



 演奏が始まった。
 世界を救うための演奏が。
 戦いを始めよう。
 武芸とは舞いである。
 舞いとは音楽がなければならない。

 物語は色と舞いと歌によって彩られていく。



 さあ歌を聞け。

 オペレーションAHEADの開始である。








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今回のおまけは幕間です。



[21212] 幕間 語られない物語 前編
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:06695f24
Date: 2010/08/27 22:44



 これは一つの語られないドラマだ。



 巨大なジュエルビーストと戦う陸士たちがいた。
 変身ヒーローがいた、戦士がいた、狩人がいた、武術家がいた、聖剣使いがいた、巫女がいた。
 つまり、そういう物語だ。
 対峙するのは見上げんばかりの巨像だった。
 世界を覆い尽くさんと吼え猛る化け物だった。
 全長100メートル。
 この日、地上本部に襲撃したジュエルビーストの中でもっとも巨大だった。
 全身に張り巡らされたガジェットドローンが内部から噴き上げる魔力の波に膨張し、巨大化し、どこまでも膨れ上がる。
 醜い水脹れに覆われた黒の装甲に覆われた異形。雄雄しく膨れ上がった口は牙のように鋭く歯茎を伸ばし、無数の複眼を全身に貼り付けたそれは百目のようだった。
 それと対峙するのはたった十数名の陸士だった。

「止めるぞ」

 一人が呟く。それはまだ若い陸士だった。
 頭に被った帽子で目元を隠す、怯えて震える目を誰にも見せたくなかった。
 それに同調するように踏み出したのは全身に甲冑を付けた陸士72部隊からの転向陸士。

「たく、こういうのは勇者ロボの役目だろうが」

 ――クラナガンは来ない。
 無数のジュエルビーストと死闘を繰り広げている最中だった。
 いや、違う。必要ないのだ。

「馬鹿言うな、俺たちは大人だぜ? むしろ子供の手助けするほうだろうが」

 ニヤリと誰かが笑った。

「さあて、ちょっくら肩慣らしに地上を護るか!」

 聖剣エクスカリパーと彫り込まれた大剣を背負った男は笑いながら叫ぶ。

「そうね。世界を救うのに比べれば軽いものよ」

 巫女服衣装の女性陸士が微笑む。
 美しい彼女は陸士たちのアイドルだった。

『LOオォOOO■■■■■!!』

 咆哮が轟いた。
 世界が一変しそうなほどに激しい暴風が吹き荒れる。
 誰もが吹き飛ばされそうな衝撃波と共に巨像が踏み出し、おぞましいほどに巨大な腕を振り上げて。

『いくぞぉおおおおお!!!』

 陸士たちは駆け出した。
 その巨像に挑むために。
 爆音の中に飛び込んだ。















 巨像の拳は巨体に比例して動きは鈍かった。
 ただし、威力だけは馬鹿でかかった。
 十数メートルの間合いを取って躱した陸士たちの身体に拳圧と土埃が飛び込んでくるぐらいに。
 轟音破砕。
 鼓膜がいかれそうなほどに爆撃。

「っ! でけえなぁ!!」

 帽子を被った陸士が罵るように叫んだ。
 そして、それと同調するように誰かが跳んだ。

「つまり、当て放題ってことね――Set! 夢想封印!」

 重力を振り切るように飛び上がった巫女服陸士が華麗に手を振り下ろし、一枚のカードを翳す。
 途端に眩いばかりの光弾が巨像の全身に打ち込まれる。
 それはどこまでも美しい光の奔流。
 弾幕の如くそれらはけたたましく爆撃の如く打ち込まれるが――それで止まるほど巨像は甘くないだろう。
 だから。

「いっくぜぇえええええ!!」

 一人の陸士が身体強化をかけて、地面に靴跡を残しながら跳んだ。
 巨人の拳に飛び乗り、その背に背負った聖剣を引き抜く事無く、拳を叩き込む。

「バーンナッコォ!」

 燃える拳が打ち込まれて、轟音を響かせるが――浅い。
 巨像が動き出す。うっとうしそうに手が上に振り上げられて、聖剣陸士が撥ね飛ばされた。

「どわー!?」

 ぽーいと投げ捨てられるように跳んだ陸士が地面に落ちるのを待つことなく、ゴワゴワと巨人が肌を震わせて――さらに膨れ上がる。まるで風船の破裂でもするかのように。
 嫌な予感がした。

「っ! みんな、私の後ろに!」

 巫女陸士が「スペル!」と叫ぶと、新たなカードを胸元から取り出し、輝ける結界を展開する。
 二重に張られた障壁に一名を除いて全員が隠れた時だった。
 光爆が世界を埋め尽くした。
 全員が耳と目を塞いでも意識が吹き飛びそうな爆発。
 何秒立ったのか。
 目を開くと、周囲のアスファルトは全て粉砕された荒野になっていた。周囲五十メートル以上がクレーターになっていた。
 聖剣陸士は地面に埋もれて、大の字になっていたが、焦げているだけで生きているようだった。

「っ、どんな威力だ!?」

「……うっ」

 力を使い果たした巫女陸士と呼応するように障壁が剥がれると、その向こうにいた巨像が見えた。
 全身に膨れ上がらせていた装甲はボロボロと垢のように剥がれ落ち、その内部が見える。
 それはまるで人体のようだった。無数のパイプとガジェットの電線が寄り合わされて、筋肉のように形成されているのか、色とりどりの電線が奇妙にグロテスクだった。
 すぐさまにその身体を修復せんと、周囲の塵埃をその牙から吸い込み始めるが――させるか。
 二名の陸士が飛び込む。

「転ばせる!」

 己のストレージデバイス、長杖型のそれを持って陸士は転がりながら、巨像の足裏にまでもぐりこむと。

「必殺!」

「奥義!」

 物質化していく。
 それは巨大な杖、巨大な武器となり、目的を果たすのだ。
 2nd-Gの概念加護により、それらが現実化していく。

『――超巨大膝カックン!!』

 ドスッと巨像の両膝裏に二本の石突が叩き込まれた。
 ガクッと人体を模した構造なのが仇となり、巨像がカクッと膝を曲げる。
 バランスが崩れる。地響きを立てて、巨体が後ろに揺らいでいく。

「たーおーれーるーぞー!」

 声を上げて避難を促し、慌てて他の陸士たちも離れるが。
 巨像は素早い動きで手を地面に叩きつけて、己の自重を支えた。
 ズゥウンとそれだけで震度5の地震でも起こったかのように大地が揺れた。
 立っている事も出来ずに膝を付くほどの震動。
 圧倒的な質量差を実感する。

「ちっ、倒せないか」

「だが、斃さないといけないよなぁ!」

 当たり前だ。
 サイズ差は諦める理由にはならない。
 負けられないのだ。
 絶対に。
 だから。

「っ!?」

 ゴゥッと風を吹き散らして、飛び込んできた巨大な蹴りが現れた時も帽子陸士は前を見ていた。

「なっ!」

「にげ――」

 慌てて横に避けようとするも、遅い。
 今までの鈍重な動きはフェイクだったのか。
 障壁を展開するも、圧倒的過ぎる質量差に耐え切れるとは思えなかった。
 そして、陸士はせめて最後の一瞬まで睨んでやろうとして――飛び込んできたそれの背中を見た。

 轟音停止。

「っ……」

 一人の男が巨像の蹴りを受け止めていた。
 それは全身に甲冑を付け、背中に蟹っぽい節足を生やした一人の陸士だった。
 圧倒的過ぎる、百倍ぐらいじゃ効かない体重差でありながら、一歩も後ろに引き下がらずに受け止めて。

「――“無敵防御”ってな」

 装甲服の中で不敵に嗤う。
 ピシピシと装甲に罅が入り、同時に巨像の足も大きすぎる抵抗に悲鳴を上げていた。

「やれるぜ」

「え?」

「俺でも受け止められる。なら、倒せる!!」

 力を篭めて、甲冑陸士はその蹴りを受け払った。
 巨像が体勢を崩して、転ぶ。地響きを響かせる、耳に痛く、全身の血流が狂いそうな衝撃。
 だが、怖くない。

「当たり前だろ!!」

 陸士は叫んだ。
 誰もが叫んだ。

「あの化け物を俺なら倒せるって思える奴は付いて来い!!」

 走り出す。
 たった一人の人間でもこれだけのことは出来るのだという証明を行なった勇気を貰って。

「Tes.!」

 聖剣陸士が立ち上がる、黒焦げになりながらも走る。

「Tes.!」

 巫女陸士が面倒くさいそう笑いながらも、カードを掲げる。弾幕を生み出す。

「Tes.!」

 一人の陸士が笑いながら叫んで、運ばれてきたタルを抱える。
 他にも他にも、沢山の陸士たちが集まり、抗うのだ。


「ちょっと俺たちのいいところを見せてやれ!」


 そして、陸士たちは災厄を滅ぼしに赴く。






******************************
こちらの続きは次回更新にて。



[21212] 第一回地上本部攻防戦 その5
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:06695f24
Date: 2010/08/31 23:28
『えええ~!?』

 ミッドチルダUCAT意見陳述会会場。
 そこではもう何度驚き、呆れたのか分からない女性たちが叫んでいた。

「エリオー! なんでそんなのに乗っちゃってるのぉおお!!」

 バンバン、机を叩きフェイトが悲しみの縁に蹲る。

「フェイトちゃん、しゃあないんや。男の子は一回ぐらい勇者に憧れるもんやで」

「うぅ、こ、これがエリオの選んだ道なら応援するのが親の務めなの?」

 フェイトが涙に潤んだ瞳で慰めてくれるはやてを見上げたが、さっとはやてに視線を逸らされた。
 逸らされた! ガビーンとショックを受けているフェイトが凹むが、誰も彼女を慰め続けるほどの余裕がなかった。
 そして、不意になのはが呟いた。

「あの、一つ聞いていいかな?」

「何かね?」

 質問を許す、と佐山が告げるとなのはは頬を掻いて呟いた。


「ルノーって誰?」


 その瞬間、誰もがザッと彼女から距離を取った。

「え? え? え???」

 周囲から向けられるのは憐れむような目。
 異世界人を見るような瞳。
 ああ、かわいそうだけど明日には食肉になるのよね。という豚を見るような目、目、目。
 それになのはがキョロキョロと困ったような視線を巡らせて「わ、私って世間から置いてかれてる?」と今更のように気がついた瞬間。

「ご存じないのですか!」

 シュタッと不意に天井から何かが飛び出し、なのはの目の前の机に着地した。
 ふえええ! となのはが髪の毛を逆立てて仰天するのも関わらず、頭も黒、顔も黒、衣装も黒、何もかも黒尽くめの人物――いわゆる黒子の格好をした人物がずずいと顔を近づけ、ガシッと黒子がなのはの肩を掴み、洗脳するように叫んだ。

「ご存じないのですか!? 彼女こそ、ミッドチルダUCATのお遊戯会から注目され、瞬く間にシンガーアイドルの道を駆け抜けた超次元シンデレラガールルノーちゃんです!! 大事なことだから二回訊ねました!!!」

「そ、そうなんですかー!!」

「分かりましたね? 分かってくれたのならば嬉しい。ではっ!」

 半泣きになりそうな勢いでガクガクと首を振ったなのはの肩から手を離し、黒子は再び天井へと跳んだ。
 重力を逆転されたかのように彼は天井に張り付き、そのままぐるりと天井が回転していなくなった。
 ……この建物は一体どういう改造が施されているのだろうか。
 知りたいような、知りたくないような、そんな気分が充満する中、はやては勇気ある質問をした。

「ところでもうなんていうか凄い今更なんやけど、あんなところでライブさせて平気なんかい?」

 諦めを通り越し、悟りの領域に達し始めたらしいはやて。

「問題は無い」

 レジアスは平然としたまま告げた。

「あそこには陸士の70%が詰めておるし、考えられる限りの防備は行っている。抜かりはない」

「せやけど、敵が攻め込んできたら――」

「問題は無い」

 ニヤリと微笑むレジアス。
 佐山が隣でどうやら脳に来ているらしいなと告げて、新庄がその首を絞めていた。

「最高の護衛がついているからな」

「護衛?」

 その瞬間だった。

「うむ。最高のスナイパーがな」










 何回……この引き金を引いたのだろう。
 数百か? それとも数千か? もしかしたら万にも達しているかもしれないし、あるいは妄想で記憶を誤魔化して、まだ百回にも満たない数しか引いていないのかもしれない。
 決まっているのは、引き金を引くたびに心に積み重なる重み。
 体から搾り取られる魔力の代償に、何かを打ち抜いたようという感触。
 現実の一部を切り取って、都合のいい夢のように改変された光景がスコープの中に映っている。
 見えるのは一つの景色
 映し出される黒点に照準を合わせて、彼は息を潜めて待っていた。

「……相棒、風速は?」

『――3ノット』

 観測手にして、ただ唯一の己の相棒から返ってきたのは正確無比な測定結果だった。

「そこそこあるか。ストームレイダー、弾道補正の修正を頼む」

『OK』

 3ノット。
 時速にしておよそ11キロの弱風。
 突風の可能性も考えると、通常の射撃だと弾道が逸れる可能性があった。
 高密度に圧縮した魔力弾とはいえ、あらゆる大気を紙くずのように撃ち抜けるというわけではない。
 風を読み、射角を保持し、周囲の地形と環境の全てを頭に叩き込んで、それらの僅かな失敗の可能性を極限まで削り落とし、初めて“狙撃”は成立する。
 ――狙撃。
 そうこれから行おうとしているのは狙撃だ。
 見えないところで、卑怯にも敵対者を認識することすら許さず、一方的にその意思を刈り取る最低の行為だ。
 真正面から戦えるだけの力も素質も技量も持たない彼がただ唯一行える行為。
 彼の一つだけの存在意義だった。

「……」

 息を吐く。
 呼吸を止める。
 僅かに確認した時刻は既に作戦の開始を知らせている。
 これからの数分間が全てを決める。

 カチカチカチ。

 頭の中で時計が秒針を刻む。

 カチカチカチ。

 腕の骨で銃身を支え、被った迷彩シーツの重みに耐えながら、一時溶接の構えを崩さない。
 己の腕に鉄心を、着いた肘に溶接を、指に掛けた引き金にスイッチを載せるイメージ。
 ただの一押しで全てが解決すると思い込み、呼吸と動きを停止させる。

 カチカチカチ。

 タイミングを計れ。
 意識を細めろ。
 集中すると思うな。ただそれに熱中し、夢中になり、意識を溶かす。

 カチカチカチ。

 酸素を奪われた肺が痛みを訴える。
 脳が軋み、呼吸をしろと叫び声を上げ出す。
 けれども、それは決して彼には届かない。
 轟々と吹き付ける突風も、目の前を吹きぬけるゴミくずも、響き渡る前奏も、彼の意識に見えず、ただ彼はスコープの中の光景に埋没し。

 カチカチ――カチリ。

 歯車が重なる音と共に、彼は引き金を引いた。
 ストームレイダーが知らせる有効距離、その内部に侵入したくだらないガラクタ、その中心部を打ち抜く。
 風を切り、大気を歪め、目にも留まらない高速度の魔力弾が一直線に破砕を開始、まるで焼き菓子が砕け散るかのように呆気ない。
 けれども、彼は意識せず、ただ次弾を装填した。
 カランと排出された薬莢が地面に落ちたと同時にストームレイダーの内部に打ち込まれた魔力を圧縮し、高密度の魔力弾を精製する。
 それらを瞬くような間に行って、彼は引き金を引き絞る。速射、次の獲物は次々と迫ってくる。

 ――そして、射撃。

 打ち出された弾丸は次の鉄くずに叩き込まれて、その血肉を噴き上げる。
 これでいい。
 誰も近づけさせない、排出、装填、照準、射出、撃破、これだけを繰り返せ。
 そうすれば。

「ラグナ、今度こそ護ってやる」

 犬歯を剥き出しに、壮絶な笑みを浮かべて一人の兄が狂っていた。
 彼の心を悔恨の憎悪が燃やしていた。
 如何に時間が経とうとも消えることの出来ない感情が鎌首をもたげていた。
 嗚呼、嗚呼、今の俺ならば枝切れをへし折るような気分で命を奪える。破壊することが出来る。

「こいよ、今日の俺は阿修羅すら超えちまうかもしれないぜ」

 ニヤリと壮絶に微笑み、ヴァイス・グランセニックは引き金を引き続ける。


 その途中でラグナに色目を向ける陸士を射殺したくなって、何回かスコープを向けてしまったのは彼だけの秘密である。






 前奏を終わらせて、ラグナたちはいよいよ本番に入ろうとしていた。
 ステージのテンションは最高潮、歌うのに支障は無い、全員の体も温まってきている。

(兄さん、見ていて)

 どこかで自分を見守ってくれているだろう最愛の兄を想う。
 少々やりすぎの気はあるが、ラグナは兄の想いをしっかりと受け止めていた。
 故に歌う、兄が所属する組織、そして育ったこの世界を護るために歌う。

『みんなー! 楽しんでくれているかなー!』

 マイクを手に持ち、ラグナが手を振る。
 それと同時に無数の手が上がり、団扇が、旗が、喜びに彩られた人々の笑顔が見える。
 ラグナが後ろに目を向ける。千里が笑っていた、竜司が顔を赤く染めながらも頷いていた。他の皆も不敵に微笑んでいた。
 彼女は脚を踏み出す、一斉にスポットライトが当たる、無数のカメラが向けられていて昔の自分だったらたちまち縮みこまってしまうだろう注目に笑顔で答えた。

『ありがとう、皆。そして、本当にありがとう。六年ぶりだけど、皆と逢えて本当に嬉しい!』

「俺もだー!」 「ありがとー!」 「復活してくれてありがとうー!」 「もっと歌がききたーい!」 「ルノー! いや、ラグナー!」

 声、声、声。
 返ってくる声が力強い、力になる、勇気が湧いてくる。

『ありがとう、皆! この左目からだとよく見えないけど、みんなの顔はこの右眼で見えるよ!』

 ラグナが目を瞬かせる。
 彼女の左目は六年前、彼女の身柄を狙ったテロリストから彼女を救うために撃ち出された兄の弾丸が誤って撃ち抜き、その眼の結晶体と視神経が永久に治療不可能となっていた。
 兄はそのことをどこまでも悔いたが、ラグナは気にしてない。
 動揺しながらも続いて撃ち出された次弾は逆上したテロリストを撃ち抜き、彼女を助けたのだから。
 兄はどこまでも彼女を救うために行動してくれたのだから。
 その左目を痛ましくみる人たちの顔を見て、ラグナはにっこりと笑った。

『でも、この見えない左目で皆の心がしっかり見えるよ! 沢山、沢山、楽しんでくれているのが分かる、期待してくれているのが分かるから――』

 キラッと目パチをして、彼女はマイクを握らぬ手とは逆の手を前に伸ばした。
 まるで誘うように、何かを握り締めるかのように、声を静かに伸ばしていく。

『この歌を聞いてください』

 静かに、されど次第に激しく出雲とダンがドラムを叩き始める。
 そして、音を奏で作り出すようにヒオと美影が音の調和を生み出し始めた。
 タンタンタン、竜司と千里が足踏みを開始し、リズムを取り始める。

『この時のための新曲です。UCATの皆さんに力になればいい――“GO AHEAD”』

 息を吸い込み、ラグナは次の瞬間歌声を炸裂させた。
 ギターが、ベースが激しく音を紡ぎ出す。

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!』

 声が張りあがる。
 一人の少女のものとは思えぬ怒声、それが会場を貫く、震撼させる。

『貫き通せ 己の信念!』

 ラグナがステージの床を踏み締める、美しい歌声が凶器のように鋭く吼え猛る。
 激しく叩き出されるドラムの暴力的な音がそれに重みを与える、力を叩き込む。

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 千里がラグナに合わせて吼えた。
 ベースを弾き鳴らしながら、メゾプラノが調和する、音を生み出す、幾重にも重なった音の螺旋が生み出されていく。

『信じるもののために突き進め!』

 竜司がギターを静かに、されど丁寧に弾き鳴らす。
 加わるのは電撃のような刺激的な音、背後から懸命に打ち導かれる電子ピアノの旋律を紡ぎ上げて、折り重ねていく。

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 声が加わる。
 いつしか会場の誰かが声を張り上げていた。AHEADと。

『世界を敵に回してもいいじゃない!』

 祈りが篭められる。
 カメラの向こうに聞こえる誰かに、放送スピーカーを通して戦場の全てに、画面が映し出されるミッドチルダの全てに歌声が鳴り響く。
 祈りを願い、願いを篭めて、篭められし力を解き放つ。

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 ステージの上の全員が叫んでいた。
 出雲が、ダンが、武器を振るうのとは違う、機竜を操縦するとも違う、未知の領域へと入り込み、体力ではなく魂が上げる熱気に汗を浮かばせる。
 誰もが汗を掻く。
 今ここで声を張り上げているように当たり前に。

『護りたいもののために頑張ってもいいじゃない!』

 ガツンとした拳の篭った声。
 正面から見れば膝を屈し、魂を振るわせられるような叫び、ラグナは髪を振り乱し、衣装のドレスを翻しながらダンッと存在をアピールするように床を踏み締め、叫んだ。
 手を伸ばす。前へ。

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 会場の誰もが叫んでいた。
 喝采が、咆哮が、喝采が、怒号が、喝采が上がる。
 誰のが飲み込まれる、熱狂の渦に、燃え盛る火に炙られて焼かれるように、魂すらも打ち震わせる信念を見つけ出したかのように。

『前に進もうよ、誰にだって負けられない』

 二人の少女が手を重ねる。
 歌声を鳴り響かせる二人の手が重なり、さらなる調和を果たす。
 美しき美の塊、誰もが手を伸ばす、明日の空を目掛けて。
 それは祝詞だった。
 それは祝福だった。
 それは祈願だった。

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。
 遠くの誰かが叫んでいた。天地が割れんと鳴り響いた。空気すらも喝采を上げているような錯覚すらした。
 劇場の誰もが軍靴を鳴らす、踵を大地に叩きつける、自分がここだと、ここにいるのだと、ここから進むのだとアピールするかのように。

『だって大切なものが ここにあるから!』

 絶叫。
 それは願いの祈歌。
 ラグナは歌い続ける、聞こえている誰かに勝利を導くために、ただ許された力の方法がそれだった。











 その歌声を聞いている者たちがいた。
 戦場で戦う誰もがその歌声を聞いていた。
 倒れ付した誰もがそれを全身に浴びていた。

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 美しい歌声がボロボロの体に染み渡る。
 魂の篭った叫び声が耳に響く、寝ていられそうになかった。

「進撃せよ、進撃せよ、か」

 ボロボロの陸士が一人、二人、また一人と立ち上がる。
 前を見る。
 無限に終わらないのではないか、そう思える敵の数、それが怖くなくなっていた。

『貫き通せ 己の信念!』

 熱狂。
 かつて神話に伝わる歌姫は戦士を歌によって狂わせ、恐れを知らぬベルセルクとして戦場に送り込んだらしい。
 だが、それもいいかもしれない。
 これほど麗しい歌声に導かれて、誰かのために戦えるのならば戦士として本望だろう。

「いくぞ、貴様ら! 俺たちは決して挫けず、前に突き進む陸士17部隊だ!」

『応!!』

 疾る、疾る、前へ。

『おっとそれには俺達も混ぜてもらおうか!』

 その横に他の陸士たちも駆けつける。
 どいつもこいつも傷を負っていた、けれども笑っていた。

『陸士72部隊、頑強さだけが取り柄です!』

 全身装甲服に身を包み、破壊したであろうガジェットの機械油に満ちた陸士たちも走ってくる。
 その手にはボロボロのデバイスがあった。火花を散らしながらも、魔力を宿す武器たちがあった。
 どんどんと走り出す、前に突き進む、足音が鳴り響いていた。

『忘れちゃいけない、俺たち特車部隊! 切り込み隊長をやらせてもらう!』

 バイクの唸り声。
 金属の馬に乗って、鋼鉄の凶器を操るフルフェイスの陸士たちが彼らを追い抜く。
 そのバイクの全身からは黒い煙を吹いているのに、その身は貧弱で、武装もロクに無いのに。
 どいつもこいつも馬鹿ばかりだった。
 折れた脚を引きずりながら、手の感覚の無くなった腕を必死に振り上げながら叫ぶ。

「俺たちだってこの世界を護れることを証明してやれ!!」

『ぉおおおお!!!』

 誇りを持ちし喝采が上がる。


『信じるもののために突き進め!』


 その声に従い、誰もが己の信じる力を繰り出した。










 戦いは続いていた。
 遥かな高みで螺旋を描くように。
 高度数百メートル、上がって上がってどこまでも上がって、空に広がる雲の真下で二人の人影が激突していた。

「おぉおお!!」

「っ!」

 螺旋を描くように展開された足場――ISのテンプレートを表示させた力場、ISエアライナーの作り出す空中足場。
 踏み出す、それすらも粉砕するかのように力強く、繰り出されるのはジェットエッジに覆われた鉄槌の如き蹴打。

「このっ!」

 手から瞬時に伸ばした警棒型のデバイスでそれを受け止めるが、踵裏のノズルから噴出する圧力がそれを許さない。
 ミシミシと音を立てて、デバイスが根元から砕かれた。

「っ!!」

 顔面にめり込む蹴り、吹き飛ばされる、しかし決してその手に握ったライディングボードのハンドルは放さず、スラスターを吹かして着地する位置にボートを移動させる。
 それを見るたびに対峙する少女――ノーヴェの顔が怒気に歪む。

「テメエ、それに乗るんじゃねえよ!!」

 ガンナックルの射撃。
 エネルギー弾が叩き込まれる、そのモーションを見切ったフルフェイスの陸士は高度保持のためのスラスターを一瞬カット。
 落下、一瞬前まで陸士の胸元のあった場所をエネルギー弾が空しく駆け抜ける。

「なにっ!?」

 足首でライディングボードの尻を踏み抜きながら、背部に付けたアサルトライフルを構えた。
 弾丸の代わりに着弾式のスタンガンにも似たものを打ち出すスタンライフル。直撃すれば大の大人でも一瞬で悶絶し、筋弛緩は免れない鎮圧武装。
 角度を決める、蹴りの圧力でボードの角度が変わった、踏み抜いたほうを下に、頭の方が上に、斜めの角度。ノーヴェを狙える角度。
 自由落下でありながらも足場はある。ペダルを踏み込み、スラスターを吹かせながら陸士は引き金を引いた。

「っ!?」

 吐き散らされる弾丸、しかしそれをノーヴェは跳躍し、旋回しながら、さらなる足場を空中にISで作成。蹴る、踏む、跳ぶ、滑る。
 それらでスタン弾を躱しながら、ノーヴェは叫んだ。

「テメエ! 馬鹿にしてるのか!!」

「あ?」

 陸士が首を傾げる。
 だが、ノーヴェは怒気を沈めぬままに叫んだ。

「なんで攻撃を当ててこない! 手を抜いているのか!」

 ノーヴェが気付く。
 先ほどから陸士が積極的に反撃してこないことを、そして先ほどのアサルトライフルの弾丸が致死性であり、しかもその照準が甘いことに気付いた。

「……んなわけないだろ」

 一瞬の沈黙、それが何よりも雄弁に語っていた。

「だったら、殺しにこいよ!」

 馬鹿にされているのか。
 どこまで、どこまでこちらの誇りを汚せば気が済むのだ。
 ノーヴェは怒る、怒りを滾らせて、速度を上げる。
 ブレイクライナー、その名の通りに破壊を撒き散らすために。

「っ!!」

 瞬間、陸士は気付いた。
 走るエアライナー、その足場が瓦解していると。
 理解。
 彼女が叫んでいた名前、それはブレイクライナー――破壊する突撃者。
 不味いと悟った。

「やめろ! それ以上名前を意識するな!」

「うるせええ!!」

 速度を上げる、音速に迫るほどの機動、ジェットエッジを全開。エアライナーを踏み締めながら飛び上がる。
 陸士が息を飲む、空中に飛び上がる彼女、艶かしい四肢を剥き出しに、鋼鉄の武具を手足に着けた彼女は太陽の逆光に煽られて魅入られるほどに美しかった。
 だが躊躇は一瞬、陸士はライディングボードを蹴り飛ばす――逃がすための動作、借り受けたその道具を壊すことは躊躇われた。
 そして彼女と対峙するように跳んだ。

「ぉおおおお!」

「ライダー!」

 ガキョン。
 追加武装として用意された使い捨てのアームドデバイスインスタント、それを信じながら唯一彼が威張ることの出来るベクトル操作で体を回転、重力を逆向けた。

「潰れろぉおお!」

「キイィック!」

 ブレイクライナーとしての破壊の蹴撃。
 語り継がれる最強のライダーたちの象徴技。
 震動し、白熱し、爆砕し、激昂する脚部と脚部が激突する。
 轟音爆砕。
 吹き飛ばされる、互いに。

「ぐっ!!」

「っう!!」

 ノーヴェが作り出した空中の摩天楼、エアライナーの帯状滑走路に背中からぶつかり、陸士はヘルメットの中で小さく血を吐いた。

「が、げはぁ!」

 あばらがやられたのか、生臭い香り、息するのも億劫、胃酸の熱が喉を焼く。
 痛い、痛い、痛い。
 だけど、止まれない。

「――会いに行くって約束しちまったもんなぁ」

 少女の笑みを思い浮かべる、力が宿る、命を賭ける意味を確認する。
 嗤う、ヘルメットを少しだけ開けて、吐瀉物を吐き散らす。
 遥か下の奴らには迷惑だろうが、こっちも一杯一杯許してもらおう。

「く、てめえ!」

 声が上がる。
 同じように叩きつけられたノーヴェ、だが戦闘機人故か特に支障なし。けれども、陸士は気付く、彼女の佇むエアライナーがひび割れていく事を、そして武具すらもピシリと破砕を始めている。
 名前の意味が叩きつける相手を砕くことから触れる全てを破壊する意味となっている。
 怒りだ。全てを燃やしつくさんとする怒りが彼女自身すらも蝕み始めている。
 止められるか? と、陸士は自分に問いかけて、薄く笑う。

「何がおかしいんだよ!!」

 ノーヴェが怒りを立ち上らせる、怒髪天を突くという奴だろうか。
 けれども、陸士は笑いを止めぬままに手を突き出し。

「いや、俺みたいな雑魚が先を考えたらお終いだと思ってな」

 止められるか? などどこまで驕り昂ぶっているのだ。
 そんな器じゃない、出来るか出来ないかなんて可能性じゃない。ただやるのだ。命尽き果ててでも。

「行くぜ、丁度良い。ここは良いステージだ!」

 踵で床を叩く、シャキンと音が出て車輪が飛び出る、昔流行ったローラーブーツというものだ。
 それを特車部隊の人間は乗機を失ったときの代用として使う、ベクトル操作があるから、並外れたバランス感覚があるから。
 滑走、加速、走り出す、螺旋を描いてレース場を駆け抜ける。

「良い度胸じゃねえか!」

 彼女もまたジェットエッジを噴出させ、走り出す。
 彼女は怒りのあまりに自分の異変にすら気付いていない、自滅が待っているだけだというのに。
 陸士はベクトル操作で重力の矛先を前へと向けながら、考える。
 賢い勝ち方は時間を潰して破滅を待つことだろう。だが、それは選べない。

「おぉおおおおおおお!!」

「あぁあああああああ!」

 加速、加速、加速。
 いつかたどり着くための、いつか激突するための、いつか死ぬための、いつか殺すための疾走。

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 通信機から聞こえる進撃歌。

『貫き通せ 己の信念!』

 貫き通そう、己の意地を。
 己の全てを速度に変えて、才能無き陸士は走る。
 己の全てを破壊に変えて、選ばれし少女は疾る。
 数秒、数分だろうか。
 終わりが近づいてくる、レーンを越えた先に見えるのはアイツとソックリの赤い髪を靡かせた少女。

「ライダー!!!」

 手の平を握り締める。最後の武器。これが無くなれば有効打は消える。ミッド式の自分にはデバイス無しで魔法を編み上げる技量すらなく、身体強化も不可能だから。

「ぉおおおお!」

 迫り来る一陣の弾丸となった少女に、命の全てを叩き込むつもりでリンカーコアからデバイスに魔力を流し込む。
 拳が赤熱化する、燃え上がる、メラメラと、命を燃やすように、きらめきを帯びる。

「パァアアアンチ!!!」

「しねええええええ!!」








 そして――激突した。





 拳はめり込んだ。陸士の体に。

「がほっ」

 体が折れそうなほどに曲がる、歪む、ガンナックルが深々と陸士の腹を貫きそうなまでにめり込んでいた。
 血がびしゃびしゃと吐き出されて、ヘルメットの中の顔を隠していく。
 至近距離であるのにノーヴェには陸士の顔が見えそうになかった。

「勝った……」

 ノーヴェの唇が喜びに満ちて、次の瞬間痛みに歪んだ。
 陸士の拳もめり込んでいた。ノーヴェの肩に。
 それが本来ならば人間をぶち抜くほどのノーヴェの打撃の威力を落としていた。燃え盛る灼熱に、ノーヴェは苦痛の顔を浮かべて、一端こいつを投げ捨てようとした瞬間だった。
 ピキリと音がした。

「え?」

 足元を見る、エアライナーが蜘蛛の巣のようにひび割れていた。
 そして、バカンと音がしてジェットエッジが煙を吹いて、ガンナックルが砕けて落ちた。

「なん――」

 疑問を最後まで抱く暇は無かった。
 砕け散ったエアライナーの隙間からノーヴェが落ちた、真っ逆さまに、重力の鎖に縛り上げられたかのように。
 落ちる、落ちる、どこまでも。

「エアライナー!!」

 ISを起動、けれど作り出した足場はノーヴェが触れるたびに、壊れる、壊れる、壊れる。ガラスのように受け止めることが出来ない、速度を落とすことすら。
 そして、ジェットエッジも剥がれ落ちた。まるで砂のように瓦解する。

「な、なんで!?」

 彼女は知らない。ブレイクライナー、破壊する突撃者、その意味とイメージが加速するごとに破砕を撒き散らすものだということに自分が想像していることに。
 加速すれば加速するだけそれが触れたものを破壊する、エアライナー程度の強度では落下速度による破壊力を増したノーヴェを受け止めることは出来ない。
 死ぬ。
 死のイメージが彼女の脳裏にこびりつく、高度数百メートル、幾ら戦闘機人でもその高さから落下すれば砕け散るだろう、助からないだろう。
 重力の鎖は否が応でも彼女を地上へと、死の導き手として引きずり込もうとしていた。

「いや」

 叫ぶ。
 風圧で髪を揺らしながら、彼女は叫ぶ。

「嫌だ!」

 死にたくない、死にたくない。
 トーレ、ウェンディ、クアットロ、誰でも良い飛べる奴なら、助けてくれるなら誰でも――

「たすけてぇ!」


「しゃあねえな」


 そう叫んだ瞬間、キュッと彼女の腰に何かが絡みついた。

「!?」

 ガクンと一瞬停滞するが、直ぐにその絡みついたもの――ワイヤーが破砕される。
 落下する、そう思った瞬間、ガシッとその胴体を掴まれた。誰かの腕に。

「え?」

「よっ」

 それは血まみれのヘルメットをした陸士だった。足元にはライディングボード、ウェンディのボードに乗っている。
 生きていたのか、けれどノーヴェは混乱する。

「な、なんでアタシを?」

 その陸士は爛れていたブレイクランナー、その加速がついた概念能力による被害、痛みが走っているはず、腹には今も重傷を負っている筈なのに。

「――アイツが悲しむ、お前を死なせたらな」

「え?」

「それだけだ。姉妹は大切にしろよ。こいつを貸してくれた奴がよくお前のことを言っていたよ」

 そう告げて、陸士はノーヴェを抱きしめて、ボードの上に乗せるとポンと頭を撫でた。

「う、ウェンディが?」

「そうだ。アイツは元気にしているよ、他の奴もな」

 陸士は告げる、真っ赤に染まったヘルメットが不気味だったけど声はしっかりとしていた。
 命の危機から助かった安堵、心臓が激しく高鳴っていた。
 一瞬だけ残念に思う、彼の顔が見えないのが。

(へ?)

 その感覚に戸惑って、ノーヴェが首をかしげた瞬間だった。

「あ」

 陸士が声を上げた。

「なんだよ?」

「あー、その、な」

「あ? はっきりいえよ」

「お前、ちょっと前隠したほうがいい」

「へ?」

 体を見下ろす。
 質問である、頑強なジェットエッジやガンナックルが砕けるブレイクライナーの破壊概念。



 Q.それだとスーツはどうなるんでしょうか?
 A.スッパじゃね?



「う、うぅうう、うきゃあああああああああ!!」

「いてぇええええええ!!」

 殴り飛ばされた陸士の悲鳴がどこまでも響いていた。
 そして、後日彼は顔を赤らめてこちらを睨むノーヴェと、不機嫌なウェンディを見てこんな顔になった。


\(^o^)/


 鮮血の香りが漂っていた。












 燃え盛るは劫火の揺らめき。
 声は無い、声はない、こえはない。
 幾多の破壊の果てに作り上げられた地獄の如き光景。
 そこに一人の天使――いや一人の女性がいた。

「ようやくの再戦か」

 光の翼、輝ける烈光刃、インパルスブレード、それらを四肢に生やした美しい女性は静かにそう告げる。
 炎が生み出した熱風、それを浴びながらも彼女の髪は揺らがない、不可視の重力制御によるフィールドで彼女の頭部はヘルメットを被っているかのように保護されている。
 故に彼女の美貌は揺らがない、汚れない、乱れない、保たれ続ける。
 それと対峙するのは地面に転がった四足の残骸か、それとも地面で動けずに血を流す陸士たちか、否、否、否。
 ただ一人だけ対峙するのもがいた。
 名前はない。
 顔も隠したただのジュケットを纏った男。
 だが、彼女の存在感だけでそれを識別し、確信していた。

「さて、何のことかな?」

 ジャケット姿の陸士はぬけぬけとそう語る。
 頭に被ったテンガロンハットを押さえて、不適に笑う。

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 遠くから聞こえる甲高い叫び声。
 誰もが酔いしれる勇気ある進撃歌、祈りの祝詞、希望を蓄えて突き進む叫び。

「ふん。AHEAD――進撃せよ、か。正義を信じるままに突き進むか」

「さてな」

 トーレの言葉に、その陸士は冷たくあしらう。
 だが拳を握り締める、脚を曲げる、緩やかに息吹を発した。
 戦うのだ、推定ランクAAを超えるだろうトーレに、魔力無き陸士が挑む。
 無謀、無知、自殺行為。
 だが、引かない、望まれているから、意地があるから。

『世界を敵に回してもいいじゃない!』

 そうだ。世界を敵に回すのと比べたらその程度は簡単なものだ。
 彼の闘気が満ちるのを理解し、トーレは薄く微笑みながらフワリと地上から数センチ浮かび上がる。
 彼女の四肢はもはや地面を蹴る必要が無い、その出力からの反発力のみで音速を超える機動が約束されている、一瞬にして彼の仲間たちを切り裂いたように。

「一つ訂正しておく」

 けれども、陸士は恐れる事無く静かに告げた。
 大事なことだ。

「なんだ?」

「俺たちは正義じゃない――悪役だぜ?」

 瞬間、陸士が踏み込んだ。滑るような足取り、魔法のような踏み込み。
 トーレの笑みが深まる。

「そうか! 悪と悪役の貪りあい、その程度のものだったか!!」

 ――縮地。
 古流武術における高さを動かさず、踏み込む身体技巧の粋。
 それを用いて、掌打を打ち込。

「っ!?」

 んだと思った瞬間、そこには誰もなく。

「ぅお!」

 旋転、回し蹴り。
 気配があった、だが遅い、捉えられない。

「上だ」

 破裂音が二度聞こえて、上から叩きつけられる蹴りが陸士を地面に打ち込んだ。
 膝が折れる、地面がひび割れるほど強力な一撃、重すぎる打撃。

「がっ!」

 胴体から地面に叩きつけられた陸士は呻き声を上げる、止まれば死ぬ。
 とっさに横に転がり――そこを追撃。
 光の光刃が地面を両断した。数メートルにも達するエネルギー翼、まるで大剣、それが豆腐のように地面を両断する。

「避けたか」

「っ、ぶねえなぁ!」

 臓器が悲鳴を上げているが、それでも無理やり酸素を取り込んで、陸士が叫び見上げた。
 トーレの四肢から洩れ出るインパルスブレードの光はさらに勢いを増し、長大な翼と生まれ変わる。
 凶器にして翼、翼にして武器、武器にして移動補助機能、攻防一体の武装。
 音速すら凌駕する機能を持ち合わせた彼女、それに勝てるのか。

「使わないのか?」

「なに?」

「必殺技を使え。この概念下ならばそれが現実化するのだろう、貴様の妄信が私の機能を凌駕すれば勝てるだろう」

 ライドインパルス/高速機動。
 彼女のIS名が語る概念補助が彼女の能力をさらに強化する。

「名前を名乗らないのか? 少しでも強くなるのかもしれないぞ」

 トーレの頭脳は高速で概念化のルールを学び始めていた。
 トーレという3の数字を意味した名称に概念補助は薄いが、先ほど戦っていた勇装魔神クラナガンや奇妙な格好をしていた連中はそれぞれ名前を名乗り、戦っていた。
 名前を意識する、それが2nd-Gでの有効な戦い方であり、必須条件だと。

「……言った筈だぜ?」

「俺は名乗るほどの名前じゃねえ。そして、勝ったら教えてやるといったぜ?」

 けれど、彼は名前を名乗らない。
 無名のままで拳を作り出す。

「それにな。俺は一つ証明したいことがある」

「なんだ?」

「テメエは今まで倒した、そして今倒した連中の名前を全部知っているか」

 呟く。
 彼女は疑問げに眉間に皺を寄せるが、答える様子は無い。
 そうだろう、彼女にとって名も知らない倒した相手など今まで食べたパンの数を数えるぐらいに覚えていないに違いない。
 彼だって今まで捕獲した犯罪者全ての名称など覚えているわけもないし、記憶からも薄れている。
 だがしかし。

「名前が無くても、歴史はある。路傍の石だろうが、空に浮かび上がる決まった形でない雲でさえも、年月がある。歩んだ来た時間がある」

 名前が無くてもその存在は其処に在る。
 語らなくとも、語れなくとも、存在は在ったのだ。
 過去の積み重ねは有名な存在と同じように繰り返され、幾層もの過去を積み重ねて今現代にあり、未来に続くのだ。
 重みがある。
 無名ですら歴史がある。
 それを彼は語っていた。

「故に俺はこの名も無き拳でお前をぶちのめす」

 名付けるのならば無銘拳。
 彼はイメージする、彼は信じている、それが例え名前がなくても他のどれにも劣らないということを。

「そうか。ならば私はお前を倒して名を尋ねよう!」

 トーレがニヤリと微笑み、光の翼が羽ばたく。
 煌めく粒子が世界を埋め尽くすかのように輝き――掻き消えた。
 破裂音が響き渡る。
 音速を凌駕した衝撃波が突風と化して陸士の体を打った。
 見る、見る、探す。
 どこだ、どこから来る。
 音速を凌駕してもあの光の残光は決して消えない、美し過ぎる光刃は鮮烈に世界にイメージを受け付ける。
 世界に光が刻まれていく、ジグザグに、撹乱するかのように、ありとあらゆる場所に光の粒子が吹き散らされる。

「上、横、いや、後ろか!?」

 目を後ろに振り向けようとした瞬間。

「いいや、前だ」

「っ!」

 数十メートル先にトーレが降り立ち、地面を削り上げながら一瞬で間合いを詰めてきた。
 ソニックブームの風が巻き起こる、音よりも早い、腕を閃かせるが間に合うか、躱すのは不可能だと感じ取る。
 彼女の体が旋転する、その四肢より生やした八対の翼が光刃と化して、旋風と化して襲い来る。一枚一枚が斬馬刀の如きミキサーのカッター。
 当たれば木っ端微塵、肉片粉砕、惨殺確定、17分割どころではない。

「――っ!」

 だが、彼はあえて前に一歩踏み出し、右手を突き出す。
 愚か、たった一本の腕で防ぎきれるような甘い攻撃ではない。岩を断ち切る、鋼すら輪切りにし、合金すらも粉砕するインパルスブレードの破壊力。
 けれども、次の瞬間響いたのは――大気の焼ける音、空間が打ち震える音、そして血肉骨が砕け散る音だった。

「なっ!」

 止められた。
 八対の刃、それが彼の左腕で、彼の脇腹で食い込み――止められていた。
 同時にひび割れる彼の眼下、床にめりこんだ靴底から地面が軋んだ。

「予測どおり、その翼には質量は殆どねえ。俺でも耐え切れるほどにな」

 音速を凌駕しても元ある質量が少なければそれは破壊力としては劣る。
 ただの木剣の方が遥かに破壊力が高く、陸士を粉砕していただろう。
 だが、インパルスブレードはエネルギー粒子の塊であり、質量による破壊を求めていなかった。

「だから、お前の負けだ!!」

 踵で地面を打つ、足首を捻る、膝を曲げる、腰を落とす、胴体を廻し、肩を酷使し、肘を捻らせ、腕を跳ねらせ、手首を押し込む。
 その動作はこの世界には伝わらない武術においてこう語られる。
 勁道を開くと。
 拳打。
 ただの一撃でありながらも重みを増し、歴史の重さすらも痛感する一撃必倒の一撃、それがトーレの胸にめり込む、衝撃の全てを叩き込む。

「がっ!!」

 吹き飛ぶ、無名の歴史に、彼女が吹き飛び、地面に転げた。

「ぐっ、何故……防げた?」

 血反吐を吐く、彼の一撃は戦闘機人の骨格フレーム、その破砕打点を忠実に打ち込んでいた。
 痛みが襲う、呼吸すらもままならない。

「あ? そうだな」

 装甲服が焼かれていた、インパルスブレードの熱量に焼け爛れた装甲服は消し屑となって千切れ飛び、その下のアンダースーツを露出させる。
 そこにはこんな張り紙が張ってあった『とてもがんじょう』 と。

「お前対策にな、1st―Gの賢石加工をさせてもらってたよ」

「……技を使わないのではなかったのか?」

「嘘じゃないぜ? 名前も技も使ってない、これは文章だからな」

 ニヤリと微笑む、彼は揺るがない。
 常人には耐えられない圧力、身体強化をしてもなお皮膚が破れ、肉が裂かれ、骨が砕ける恐るべき光刃。
 それを受けてもなお、笑みを浮かべ続ける精神。



「――俺を殺したければ、トラックでも突っ込ませるんだな。ただし負けるつもりはないけどなー」



 帽子を抑え、なぜかニヒルな笑みを浮かべて彼は呟いた。

「さて、と。戦うものとしての礼儀は知っているな?」

「……好きにしろ。私は負けた」

 トーレは大人しく呟く。戦いの場で負けたものは勝利者に従う、当たり前のルール。
 ここまでの会話で彼はトーレにトドメを刺そうと思えばいつでもさせた。それが現実だった。

「なるほどな」

 だから右手で彼女に手を向けた。

「は?」

「ほれ、連行するから立ち上がれ。お前らもさっさと蘇れ、ボケッ」

 そう陸士が告げると、他の面子もあ~というゾンビな動きと共に起き上がる。
 ふらふらとしているが、まだ生きていた。

「あー痛たたた、これ骨ヒビ入ってるんだけど!!」

「俺なんて足折れてるぜ。超いてー!」

「くそぅ、呻き声ぐらい上げたかったのに、いきなり一対一とか始めるから空気読んだよ!!」

「邪魔すら出来なかったよ! 空気的に!!」

 呆然とした雰囲気でトーレが周りを見渡す。
 どいつもこいつも文句を言いながら笑っていた。
 そして、トーレは自分に差し出されて手をこまったように見つめて。

「ほれ、掴まれよ」

「ああ」

 しっかりと掴み、立ち上がる。

「じゃ、連行ー!」

 彼女に肩を貸して、陸士と他の面子はノロノロと歩き出した。
 戦いはまだ続いたけれど、彼らの戦いは終わったのだ。


「そういえば、結局俺の勝ちだな」

「そうだ」

「名前は教えられないな」

「……いずれ再戦させてもらうぞ」

「気が向いたらやってやるよ」

 そんな会話があったかどうかは分からない。
 そして、その陸士が面倒くさくなってトーレを担ぎ上げて、彼女の尻と肩を支えにうらーと走り出したのも事実かどうかも不明だった。









 その頃、クラナガンの市街をある一台のマシンが駆け抜けていた。

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

「いい歌声ですね、ここまで響いてきます」

 走る、走る、走る。
 キュラキュラキュラからドラドラドラという轟音を鳴り響かせて、それは疾駆していた。
 一人の女性を先頭に乗せて。
 具体的には捻られたグルグル模様の砲塔のような部分の先端に彼女は仁王立ちしていた。

「死夜破の姉御! このまま突き進みますが、良いんですか――ブベラッ!?」

「その呼び方はやめろといいましたよね」

 にっこりと微笑みながら操縦席から飛び出した馬鹿の顔を蹴る――死夜覇ことシャッハ。
 ヒラリと腰布の下からスパッツがよく見えたのだが言ったら殺されると確信していたヤンキー陸士は何も言わなかった。
 そんな惨状に避難中の市民たちは注目しながらこう思った。

(ああ、またUCATか)

 誰もが諦めていた、色んな意味で。

「さあ参りますよ! いざゆかん、ミッドチルダUCAT!! 騎士カリム、待っていてくださいね!」

 蹴りから一転、元の位置に戻ったシャッハがビシッと指を突き出し叫んだ。
 その指先に映るのは爆炎を轟かせて戦い続けるだろう戦場――なのだが。

「なっ!?」

 その先に、シャッハの視力は信じられないものを見た。

『ウォオオオオ!?』

 それは一人の巨人の敗北。
 それは一人の勇者が吹き飛ばされる姿。

「あれは、まさか!」

 視力強化、望遠鏡を超えるシャッハの視力が対峙する黒点を見つける。

 そう、それは最強最悪の秘密兵器。

 ゼスト・グランガイツ。


 彼が勇装魔神クラナガンを打ち倒す姿だった。









***********************

幕間も完結!
次回は勇者VS鬼人です。



[21212] 幕間 語られない物語 後編
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:06695f24
Date: 2010/08/31 22:25





 抗う、戦う、頑張る、努力する、歯を食いしばる。
 つまり、そういうことだ。
 護るって事は。
 簡単にはいかないものだ。

「うひゃあああ!」

 暴れ狂う巨人がいた。
 足元から見上げても見切れないほどに高い高い、巨大なる化け物がいた。
 そして、それにしがみ付きながらとある帽子を被った陸士は悲鳴を上げていた。

「この、暴れるなぁああ!」

 帽子を被った陸士が巨大な外殻の隙間に手を叩きつけて、しがみ付く。
 だが、それを気にする事無く、巨大なるジュエルビーストは巨体に張り付くカトンボを振り払わんと手を上げて。

「とぉおおおお!!」

 その脚の表面を駆け抜ける一人の女性がいた。
 巫女服姿で加速を付けて、跳躍。
 凄まじい速度で胸元まで辿り付くと、その手に握った一枚のカードを掲げる。

「Spell card Set!! ムソウ――」

 フウイン! と叫んだ瞬間、煌めき眩しい弾幕の数々が巨人の顔面を埋め尽くし、光彩の閃華を咲き誇らせた。
 視界の全てを埋め尽くすかのような光の煌めき。
 彼女は空を舞いながら、ひたすらに弾幕を撃ち続ける。
 その瞬間、一瞬だけジュエルビーストの動きが弱まった。

「いくぞぉお!!」

「応!」

「逝くぜぇえ!!」

 足元で地味に魔力弾を打ち込んでいた数名の陸士が叫ぶ。
 魔力力場を発生させ、デバイスから発生させた二振りの刃を持って飛び込む。

「エックスッ!」

「斬りぃい!」

 二振りの剣撃が踵の腱を切り裂き、その軌跡が十字を描き。

「――トリプルアタック!」

 そこに甲冑を付けた重々しい陸士がタックルを打ち込み、さらに破砕を広げた。

『RUOOOOO!!??』

 自重に耐えかねて、片方の巨人の足が崩れていく。
 膝を屈しようとする、巨人は体にしがみ付いた一人の陸士の存在も忘れて、大地に巨大な掌をたたきつけて体を支えた。
 地響き。
 大地が震撼する巨大な震え。
 だがそこに襲い掛かる姿がある。

「はらほわあらほら!」

「ひゃほほほーう!」

「ケーケケケケ!!」

 それは巨大な樽を担いだ鎧、アーマー、謎の毛皮を被った三人の多分陸士の姿。
 未知の文明部族のような奇声を上げながら、その手に担いだ巨大なガンランスをぶっ放し、巨人の腕に罅を撃ち込む。
 さらに巨大な太刀を叩き込むと、最後に残った一人が巨大な樽の火線に火をつけて。

「タール爆弾G、じゃああああ!!」

 どっせぇええい! という咆哮と共に投げつけた。
 それも一個だけではなく、二個、三個、五個とたくさんまとめて。他の集まった陸士たちが盛大に投げまくる。
 思いっきり質量兵器違反だが、所詮ビル一階をぶっ飛ばすだけの火薬の塊、大量破壊兵器じゃないもん♪ などという言い訳する気満々の爆薬だった。
 鼓膜が揺さぶられる轟音に、巨人の手を嘗め尽くすような業火と黒煙が立ち上り、巨人がさらに体勢を崩してのたうつ。

「よし、丁度照準位置だ。いっくぞぉお!」

 ググッと下がった巨人の頭部。
 それに一人の大剣を掲げた陸士が叫び、黒いトンガリ帽子に、改造した陸士のジャケットを羽織った金髪の美女が手に持つ八角形の器具を構えて頷いた。

「魅せろ! 我が聖剣エクスカリパァアアアアアアアア!!」

 模造品であり、決して誰も傷つけることの出来ない偽りの聖剣。
 それを片手に掴み、高々と片足を上げながら、腰を捻り――投げた。

「“なげる”!!」

 回転しながら飛来するエクスカリパーが巨人の額に直撃し――深々と突き刺さる。
 さらにそこに追撃とばかりに、眩い光を溢れさせながら金髪の女性が両手を前に突き出し、口に咥えた一枚のカードを激しく噛み締める。

「弾幕は――」

 光のプリズム。
 ミッドチルダとも、ベルカとも異なる魔法陣を形成し、燃え上がるその手に収まった増幅のミニ八卦炉に魔力を注ぎこむ。
 同時に口に咥えたカードが発光し、浮かび上がるのは【恋符】という単語。

「パワーだぜ!!」

 撃ち放れたのは山をも消し炭にする巨大の砲撃。
 暴発寸前なまでに高められた極光が迸り、天を貫く魔法となる。
 巨大なるジュエルビーストの胸部に直撃し、巨大な風穴を開けた。

『GURULALAALALAL!?!?!』

 絶叫が迸る。
 ジュエルビーストが立て続けに叩き込まれた攻撃に、内部に納められたジュエルシードの魔力を持って再構築しようと蠢く。

「させるかぁあ!」

 陸士たちが追撃に討って出ようとした時だった。

『LAAAAAAA!!』

 その全身から無数の砲台が生み出された。
 その数は五百を超える拒絶の意思。

「なっ!?」

 絶句する陸士たちを嘲笑うかのように砲台から光が宿り――発射。
 世界全てを埋め尽くすかのような光弾の数々が吐き散らされて、周囲の陸士たちを追い払う。
 空を舞う巫女陸士と、地上から舌打ちをして空に飛び上がったトンガリ帽子の陸士だけは掠めるような動作と共に回避し、反撃を続けるが、圧倒的な弾幕の嵐に誰もが近づけない。

「くそ! またやり直しか!?」

「いや、まて! あそこに!!」

 舌打ちを洩らす陸士の声に、誰かが指を指して希望を指し示した。
 それは懸命に登り続けた一人の陸士。
 帽子を持って顔を隠した一人の戦士が必死に這い上がり、先ほどからずっと紅い光を放ち続ける位置にもうすぐ辿り付く。
 揺らぐ、震える、暴れる。
 だけど、彼は決して手放さない。
 見上げる場所に、彼は必死に手を伸ばし、匍匐前進にも似た速度で這い上がる。

「離すな!」

「しとめろ!」

 声援が上がる。
 怒声にも似た応援の声が上がる。
 だが、ジュエルビーストは暴れ狂い、張り付く陸士を叩き落さんと全身に生えた砲台を陸士に向けた。

「やべえ! 避けろ!」

 だが、どこに!?
 もはや逃げ場などない、落ちれば全ての努力は無駄になり、或いは踏み潰されるだけだろう。
 そんな絶望的未来が誰もが脳裏に浮かべた瞬間、帽子陸士が片手を上げて。

「うぉおおおお!!」

 絶叫と共に手を離した。
 なにを!? そう誰もが考えた瞬間、帽子陸士は駆け出していた。
 一か八かのベクトル制御。
 巨人の体を床に変えて、全力疾走で陸士は駆け上がる。頂点へと向けて。
 次々と弾幕が着弾する。
 一つでも当たれば消し炭になるような爆撃の嵐を、彼は躱し、しゃがみ、滑り、或いはただ速度を持って突破し、爆煙を吹き散らしながら疾駆。

「負けられ――」

 駆ける、翔ける、駈ける。
 誰もが諦めそうになる、さらに新たに産み出される刃の如き触手の群を駆け抜けて、彼は手を伸ばす。

「るかぁあああああ!!」

 その瞬間だった。
 巨人の胸部まで到達していた彼が、その胸板諸共光に包まれ、爆砕したのは。

「なっ!?」

「じ、自爆だと!?」

 ジュエルシードにまで接近されることを理解したジュエルビーストは己の肉体の一部を犠牲にすることを前提に自爆したのだった。
 陸士諸共全てを消滅させるために。
 誰もが絶望しかけた。
 失った犠牲に、涙を溢れさせた。
 瞬間。


「ォオオオオオ!!」


 咆哮が轟いた。
 黙々と上がった黒煙を突き破り、飛び出す一陣の風があった。
 それは元の姿を持たない。
 それは全身が奇怪な色に覆われた異形。
 被っていた帽子が空に舞い、赤い瞳が剥き出しになった存在。
 それは白髪の青年。
 手は千切れて、首は裂けかけている、けれども止まらない。
 まるで鬼のような動きで。

「証明してやる!」

 加速。
 さらに爆散しようとした皮膚表面よりも速く姿を掻き消して、彼は紅く揺らめく場所に到達する。

「この俺の力を!」

 失われた肺を補う臓器から血を吐き出し、それは強化した神銀鋼製のナイフでジュエルビーストの肉を抉り、紅い宝玉を握り掴む。
 たちまちそれごと取り込まれた肉の隆起よりも早く、彼は腹に巻いていたカートリッジをナイフの柄で砕き、庇った右腕の袖の中に張り巡らされていたハンドコンピューターにプログラムを走らせる。

「ジュエルシード、シリアル8!!! 封印!!」

 それと同時に隆起したジュエルビーストの肉体が彼を取り込み、轢き潰した。
 血煙が吹き出し、誰かが悲鳴を上げた。
 けれど。

「お、おいみろ!」

「崩れていくぞ!」

 十数秒後、ゆっくりとジュエルビーストの全身が震えだし、ボロボロと表面の装甲が、皮膚が、肉が、瓦解していく。
 そして、地面に落ちるよりも早く風化したそれは灰となって飛び散り、完全に崩れ去った後に残ったのは膝を付くボロボロの白髪頭の陸士だけだった。

「やってやったぞ」

 うずら高く積もった灰の中で、人でありながら人ではない。
 アヤカシと呼ばれるものの混じり物――“セカンド”と呼ばれたかつての少年は、青年となってただ薄く笑った。

 誇らしく。

 勝利を噛み締めて。





[21212] 第一回地上本部攻防戦 その6
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ec35cb66
Date: 2010/09/22 15:32
 戦いは続いている。

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 湧き上がる突撃軍歌。
 勇ましき祈りの歌。
 走れ、走れ、戦い抜け。

『護りたいもののために頑張ってもいいじゃない!』

 戦う、戦う、ぶっ飛ばされる。
 無数の白い四足の魔導兵器、それに抗う五人の陸士たちが居た。

「インペリアルクロス!!!」

 襲い掛かる敵軍、それに四人の陸士が上下左右に四散し、構える。
 それは十字を形取った陣形だった。

「ブルクラッシュ!」

「双龍破!」

「デットリースピン!」

「タイガーブレイク!」

「パリィ! パリィ! パリィイイ!!」


 切り裂く、貫く、吹き飛ばす、粉砕する、防ぐ防ぐ防ぐ。
 先頭一人が必死に攻撃を受け流し、他の四人が次々と敵を粉砕し――

「ぬ!? 大物が来たぞ!!」

 それは巨大なジュエルビースト。
 おぞましき姿、魔力の波動に大気が歪む、世界が震撼する、見つめるだけで細胞に震えが走る強敵。
 サイズは大型に近い40メートル。
 計測必要も無く、その巨体から発せられる魔力係数はSオーバーだろう。

『OooooOOOAAAAAAA!!!』

 魔獣が腕を振り上げた。
 巨大な腕部、それが雲を貫かんばかりに伸び上がり、長大化し、膨れ上がる。
 ジュエルシードの魔力、世界を砕くほどの膨大な魔力が物理法則すらも凌駕し、質量保存の法則が弱者の言い訳だと嘲笑うかのように凌駕する。
 声を上げる暇すらなかった。
 音速を超えて、巨大な鉄槌が大地に打ち込まれる、大地震が概念空間を揺るがし、破砕した地割れと隆起した土煙が五人の陸士たちをぶっ飛ばした。

『うわぁああああ!!』

 迸る絶叫、それすらも衝撃に瞬く間に粉砕される。
 音速突破の衝撃波に、隆起した大地の脈動、世界が終わるかと思えるようなおぞましい光景。

『RARARARARARA!!』

 歌声が鳴り響く、ジュエルビーストがおぞましく進化する。
 獣の肩から巨大な両腕を誇る石像に、胴体から下部は無く、膨れ上がる腕は鉄槌の如く、その中心部に巨大な眼球を生み出す。
 その姿はまさに邪神。
 世界が終わらんとする恐ろしい光景。魔力の波動が震撼させていく、大気に稲妻すら生み出す、誰もが見上げる、誰もが諦めかける。
 けれど、それでも――

「アマゾンストライク!!」

 吹き飛ばされた陸士、その隊長格が叫んだ――守りたい世界のために。
 飛び上がる、重傷を負いながらも陣形を組み替える。
 それは突撃形の陣形。
 隊長格を前にし、大きく広げた翼のように、矢尻のように尖った陣形。

「怯むな! 俺たちが敗れればミッドチルダUCATが! そして、ルノーちゃんを護れないと思え!!」

『おおっ!!』

 聞こえる歌声。

『AHEAD! AHEAD! AHEAD!』

『前に進もうよ、誰にだって負けられない』


 そうだ。前に進め。絶対に負けられないのだから。

「うぉおお!!」

 叫ぶ、走り出す、五人が走り出す。
 邪神の如きジュエルビーストに向けて。

「斬る!」

 魔力刃を伸ばし、一人の陸士が切り込んだ。
 しかし、それは弾かれる。
 あまりにも違いすぎる質量差に、AFMに弾かれて、刃が届かない。

「払う!!」

 命を賭けて魔力を流し込み、横薙ぎに魔力場の刃を生み出す。
 鉄すらも両断する刃が、敵の発するAMFに食い込む。

「けさ斬り!!」

 その上から一人の陸士が刃を重ねる。
 三人の陸士が刃を重ねる。
 そして、四人目が飛び込もうとした瞬間だった。

『GAッ!!』

 邪神ジュエルビーストが蠢いた。
 うざったい羽虫を吹き飛ばさんと両腕を重ねて、空すらも影差せるほどに巨大な鉄槌が産まれる。
 重力場すらも支配し、ベクトル操作の魔法を以って速度を増し、振り下ろされる。

 ――【最強打】という言葉が何故か頭に浮かんだ。

 潰される。誰もがそう思った瞬間、隊長が飛んだ。
 両手を前に突き出して、受け止める。



「パリィイイイ!!」



 鉄槌の十分の一すらもないサイズの人間が、その巨腕を――弾いた。
 轟音を立てて、隊長が吹き飛ぶ。
 だが、生きている。物理法則をその瞬間凌駕していた。

『RU!?』

 ジュエルビーストが目の前の現象にAIの演算能力を凌駕したのか、困惑のような咆哮を洩らした瞬間だった。
 最後の陸士が駆け抜けた。

「これでトドメだ! ――斬る!!」

 刃を重ねる。
 そして、四つの斬撃が重なり、その刃が異様な光に満ちた。
 一撃目 斬る。
 二撃目 払う。
 三撃目 けさ斬り。
 四撃目 斬る。

 すなわち斬る+払う+けさ斬り+斬る = 『マルチウェイ!!!』


 全員がそう叫んだ瞬間、無数の斬撃が虚空から出現した。

『おぉおおおおおお!!!』

 四方から斬撃が繰り出されて、ジュエルビーストの全身が破砕する。
 音速を超えた斬撃がAFMを凌駕し、身体機能の限界を超えて陸士が掻き消える。
 加える、加える、叩き込む。
 数えるのも馬鹿らしい斬撃がめり込んだ後、光爆が轟いた。
 単なる剣技、繰り出されるのは斬撃のはずなのに光が生み出され、ジュエルビーストの全身が砕け散る。
 絶叫と共に装甲を、機械油を、配線やパイプなどを撒き散らしていく。
 全長40メートル強の巨体が崩れ落ちていく。

「これで、どうだ!!」

 ボロボロのデバイスを振り抜き、着地した陸士たちの一人が叫んだ。
 その後ろで「素早さがアップ!」 「運がアップ!」 「HPがアップ!」 「特になし!」 と叫びながら、虚空に蹴りを突き出し、回転していた。
 勝利の舞だった。
 だがしかし、世界はそんなに甘くはなかった。

「なにっ!?」

 蠢く、吼える、産声を齎す。
 大地を喰らう、大気を吸い込む、世界が鳴動する。
 ジュエルシード、欲望を叶える奇跡の宝玉、あらゆる破滅を招く力。
 それがこのような茶番で終わることを許さない。空気中から新たなる物質を創造し、魔力で生み出された疑似物質が傷口を埋めて、吼え猛る生々しい旋律が恐怖を生み出していく。
 ジュエルビースト、それがおぞましい音を立てて再生を果たさんと歌う。
 戦場に響き渡る歌声すらも飲み込み、絶望に満たさんとしていた。

「ふん。しぶといな」

 その時だった。

『だ、誰だ!?』

 背後から聞こえた声に、陸士たちが振り返る。
 其処には一人の黒いローブを羽織った陸士が一人、すっぽりと被ったローブで顔を隠し、木製の杖を持っている。

「あの敵は俺がトドメを刺してやろう」

「なっ!? マルチウェイでも倒せなかった奴だぞ!! どうやって」

「――アレを使う。全員後ろに下がれ」

 そういってローブ陸士は隊長格の陸士に歩み寄り、その耳元にゴニョゴニョと少し呟くと、隊長格の陸士が顔を青ざめて叫んだ。

「そ、総員退避ー! 全力で下がれぇえええ!!」

「へ?」

「巻き込まれるぞ、逃げろぉおおおお!!! 大陸の外まで!!!」

 死に物狂いの隊長の叫び。
 その迫力に近くに居た陸士たちが全力で戦略的撤退を開始。
 そして、その場に残ったのは黒いローブ陸士が一人と再生を続けるジュエルビーストが一体。

「クックック、合体ガジェットよ。この技に貴様は耐えられるか? いや、無理だ!」

 ローブを翻す。
 Sランクオーバーの砲撃魔法を集中砲火で叩き込んでも落とせそうに無いその巨体に、彼は余裕と確信を持って笑みを浮かべた。
 コロコロと口の中で舐めていた喉飴を噛み砕き、杖を振り翳す。
 その予備動作だけで大気が渦巻く。
 これから起こる現象に世界が悲鳴を上げているかのようだった。

「な、こ、これは……」

 背筋が凍りつくような衝撃に、陸士の一人が顔を青ざめさせた。
 誰もが理解する、これから放たれる技が凄まじい威力を秘めているのだと。
 そして、それはおぞましくやばいということが分かる。

「さあ見るがいい。世界が恐れた禁呪、三大魔法が一つ!!」

 迫り来る拳、大気が急激に温度を下げていき、世界が戦慄した。



「エターナルフォースブリザード!!!!!」




 一瞬でジュエルビーストの周囲の大気が凍り付く。
 そして、相手は死ぬ。
 氷結音。
 ジュエルビーストの巨体。その周りの大気すらも完全に凍結化し、巨大な氷像と化していた。
 分子運動すらも停止し、振り抜かれていた拳すらもピタリと停止した。
 かつて闇の書を封印するために生み出された氷結魔法すらも凌駕する威力。

「あ、あれはまさか!!」

「知っているのか、ライデン!?」

 その後姿を見た陸士の一人が叫ぶ。

「間違いない、あれは永遠力暴風雪(和名)! とある王立魔導学園で研究の末に開発され、誰もが習得を諦めた最強最悪の究極魔法!! まさか中○生以外にもあれを習得していた猛者がいたとは!?」

「――短いな説明!?」

 陸士の叫びにも関わらず、ローブ陸士は見上げたまま無手の右手を掲げ。

「散れ」

 パチンと指を鳴らす。
 そして、ジュエルビーストの巨体が破砕した。
 再生すらもままならず、氷像がひび割れ、その分子運動すらも破砕される極大の冷気に崩壊していく。
 彼の魔法はジュエルシードの活動すらも完全に死なせていた。

「残りの二大魔法を使うまでもなかったか」

 崩れ去り、冷気の篭った粉塵を巻き上げるジュエルビーストの残骸から、背を向けてローブ陸士は歩き去っていった。
 エターナルフォースブリザード。
 それに耐えられるものなどこの世にはいなかった。







 戦いは他の場所でも続いている。
 機動六課のフォワード陣と追加二名もまた一体のジュエルビーストと死闘を繰り広げていた。

「ハッハー!! 欠伸が出そうだぜ!!」

 銃撃、剣戟、ステップを踊りながらティーダが踊りながら戦う。
 真紅のコートを翻し、巨体を誇るジュエルビーストの鉄腕を時折同時に繰り出した素手で弾く。
 本人曰く「ジャストブロックだ!」とのことだ。
 2nd-G概念加護は物理法則すらも超越するのか、それともそのコスプレの本人のイメージがそれだけ強いのか、本人以外には分からない。

「調子に乗らないでよ、兄さん!」

 色々と納得出来ないものはあるけれど、ティアナも同じように銃撃を繰り返し、ジュエルビーストの手足にダメージを叩き込んでいく。
 兄妹が踊るように戦う。
 美しく、スタイリッシュに、閃光のように、狂ったかのように、穿つ、穿つ、穿つ。
 銃撃のマズルフラッシュが瞬き、まるで弾丸は嵐のように射ち込まれて、その巨体を削り上げていく。ランスターの魔法、それには貫けないものなどないのだから。
 貫通補助、その概念加護が二人の銃撃には宿っている。
 さらに。

「フリード!! ブラストフレア!!」

「GIIIiiAAAAAAAAA!!」

 竜魂解放、本来の姿を取り戻したフリードリヒが灼熱の炎を撃ち出す。その熱は文字通りの太陽から噴出するフレアの如く、ジュエルビーストを焼き尽くす。
 元よりそこらへんの陸士よりも魔力素養も高く、地力も高い彼らは決してジュエルビーストには押し負けない、むしろ凌駕してみせる。
 それこそが彼女たちのポテンシャル、その為に結成された予言を崩すための正義の剣。
 並大抵の魔導師ならば瞬殺されそうな連続攻撃が繰り出される。
 だが相手は並大抵の魔導師ではなく、人間ですらない。
 巨体を誇るジュエルビースト、装甲を打ち砕かれながらも赤いガジェットの複眼を光らせた。

「っ! ティアナ!!」

「まずい! キャロ!!」

 ティーダが飛び下がり、ティアナがキャロを抱えて後方に走った。
 そこをジュエルビーストの目から放たれた光の柱の如きレーザーが焼き尽くした。
 ジュエルシードによる膨大な出力加護を受け、数え切れないほどのガジェットの動力部を連結して生み出したそのレーザーは従来の比ではない。
 当たれば即死。炭も残らないだろう。
 だけど、誰も怯まない。

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

『貫き通せ 己の信念!』


 先ほどから響き始めた歌声が勇気をくれる。
 誰も諦めていない仲間たちの姿が、立ち向かい続ける陸士たちの姿が、誰の心にも不屈の闘志を宿らせ、燃え上がらせる。

「負けない! 私たちはお前らなんかには負けないんだから!!」

「そうだよ!」

「私たちは決して負けない!」

 その時、聞こえないはずの声が轟いた。

「スバル、ギンガさん!? 大丈夫なんですか!?」

 先ほどダメージを受けて、後ろに下げたはずのスバルとギンガ、その二人がボロボロのバリアジャケットのまま舞い戻っていた。
 所々の裾が千切れ、頑丈さを誇るバリアジャケットが伝線でも起こしたかのように破け、見るからに痛々しい格好。

「大丈夫! 頑丈なのが私たちの取り得だから!」

「寝ていられないわよ」

 ニコリと微笑み、ギンガが手を差し出す。

「スバル! 相手はダメージを受けてるわ、さっき打ち合わせた通りに行くわよ!」

「はい、おねえさま!」

 は?
 ティアナが首を傾げた瞬間、二人が走り出す。
 加速、互いのキャリバーがフルドライブを開始、光の翼を生やす。

「お姉さま、あれを使うわ」

「ええ、よくってよ」

 会話をしながら加速。

「うわぁあああああああ!!」

 咆哮を上げながら、スバルが跳ねた。
 ギンガも続いて跳び上がる。
 ウイングロードを滑走路に、どこまでも跳び上がる二人の影はまるで流星の如く上空へ達し――ジュエルビーストの遥か高みへと辿り付く。
 まるで地上から舞い上がる流星のごとく輝き。

「ど、どこまで!?」

「!! 来るぞ、衝撃に備えろ!!」

 ティアナが戸惑い、ティーダが捉えた。
 キャロが指差す。

「二人が落ちてきます!」

 加速、加速、落下加速。
 重力落下の速度を超えて、二人の少女が足裏から魔力の粒子を迸らせ、雷光の如く紫電を纏い落下する。

「スーパー!」

 スバルの咆哮。

「イナズマ!」

 ギンガのやけっぱちな絶叫。

『キィィィィック!!!』

 二人のユニゾンキックがジュエルビーストの頭部にめり込む、貫いていく。
 そして――衝撃波が撒き散らされた。
 爆音、轟音、破砕音。
 ジュエルビーストの巨体、表面装甲が波打ち、メリメリと剥がれ落ちていく。
 1トンにも満たない、百キロも怪しい二人の少女の体重が数百トン近い巨体を震わせ――破砕させる。
 砕く、砕く、砕く。
 装甲を破砕し、骨格となるガジェットの集合部を容易く貫き、機械油を噴出させて、火花を散らせて燃え上がらせながらも二人は咆哮を上げて――貫通した。

『GAAAA!!』

 ジュエルビーストの絶叫を背後に、その巨体を貫いた二人が地面に着地し、同時に叫んだ。

『――爆!!』

 ポーズを取る二人の少女、その背後で爆炎が上がる。
 火花が機械油に引火し、ジュエルビーストの全身が炎に包まれた。

「い、色々突っ込みたいけど、やった!!」

「よし、後はジュエルシードを封印すれば!」

 そう叫んだ瞬間、ミチミチと奇音を立てて炎に包まれたジュエルビーストの残骸が震えていた。
 炎を突き破り、触手のごとく飛び出す無数のワイヤーとパイプ、悪夢のような姿。
 何度も見た光景、再生を開始しようとしているのだ。

「ちぃい、しぶとい!」

 ティーダが両手の拳銃からカートリッジロードし、砲撃魔法を叩き込もうとした瞬間――真横から轟いた斬撃がジュエルビーストを一刀両断にした。

「え?」

『大丈夫ですか! みんな』

 それを成したのは鋼鉄の巨人、トラボシブレードを振り抜いた勇装魔神クラナガン。
 そして、響き渡ったのはそれに乗り込んだエリオの声だった。

「エリオ!」

「エリオ君!」

『っ、来るぞ。エリオ!』

『分かりました! 皆そのジュエルシードの封印を頼みます! そしたら下がって!』

 え? とエリオの声にフォワード陣+1が振り返ると、クラナガンの前方。
 そこに二体のジュエルビーストがいた。いずれも巨体、50メートルに達しようとする巨獣たちである。
 しかも、その姿はどうだ。
 一体はまるでサーベルタイガーの如く牙を長くし、しかもそれを刀剣として生やし、爪はジュエルシードの魔力を使っているのか火炎放射のように噴出した魔力力場により加速。
 その動きは素早く、まさしく獣の如く。
 そして、もう片方はまるで猪だった。雄雄しく伸ばした角は鋭く、直撃すればクラナガンの装甲すらも容易く粉砕するに違いない。さらには全身がハリネズミのように鋭い針に覆われ、いずれもドリルのように回転している。
 攻撃と防御、その両方を追及した進化とでもいうのか。
 だがしかし、クラナガンは決して怯まない。

『行くぞ、エリオ! あの二体で巨大ガジェットは終わりだ!!!』

『分かってる! 行くよ、トラボシブレェェェェドッ!!!』

 少年の声が鋭く吼え猛る。
 鋼の手首を返し、前方へ抜き放たれるのは斬魔巨剣。
 その刀身の根元には不死鳥のようの如く雄雄しい翼を象った鍔があり、エリオの咆哮と共にガキンと音を立てて展開する。
 三つの魔導炉から、そしてGストーンから供給された魔力が刀身を包み込み、発せられる気合と共に伸び上がる。
 それを右後ろに伸ばし、体を前に押し出し、刀身を体で隠す――タイ斜流と呼ばれる剣術に伝わる独自の構え。

『参る!!』

 クラナガンが脚を踏み出す、地面がひび割れ、しかしその体躯はずしりと根付いたように安定している。
 雄雄しいその地響きは体重を乗せた中国武術における震脚か。
 それに誘き寄せられるようにサーベルタイガー型のジュエルビーストが跳ねた。爪で地面を深く穿ち、自重の重さを掻き消し、内部にプログラムされたベクトル操作を用いて弾丸のように己を弾き飛ばす。
 音速に迫る巨体の突撃。牙を剥き出しに、クラナガンを噛み砕かんと迫る悪意の塊。
 並みの戦士には反応出来まい。だがしかし、エリオは、そしてクラナガンは反応した。

 ――斬光が閃く。

 袈裟上がりに一刀が振り抜かれたと気付けたのは何名居ただろうか。

『一刀 燕飛断ち』

 ジュエルビースト、その頭部が空を舞い上がったまま、クラナガンの傍を空しく飛び抜けた。
 獣は気付けただろうか、己の首が無いことに。
 クラナガン、彼が繰り出す一撃は空を舞う燕の翼すらも断ち切るのか。
 切り上げた一刀、その刃を緩やかに落とし、駆動部の間接を軋ませながら手元に戻す。

『無駄だ。お前は既に死んでいる』

 飛び抜いて、失速したジュエルビーストの巨体が大地に落下する。
 ズズンと巨体が地面を削り上げながら動きを止めて、さらに空を舞っていた頭部がゆっくりとその傍に落ちる。
 クラナガンの目は見抜いていた。
 その頭部にジュエルシードが納められていることに。首から切り離した胴体はすでに死んでいる。
 ジュエルシードの封印は他のものに任せればいい。

『すごい』

 エリオは内部で感嘆していた。
 クラナガン、巨体でありながらも人間以上にしなやかで鋭い技巧を繰り出せる彼に憧れていた。

『君もいずれ出来るさ』

『そうかな?』

『ああ。だから、私に力を貸してくれ』

 うんとエリオが頷き、ストラーダを握り締める。
 勇気を沸き上げる、気合を入れる。

『BoOOOOOOOOOO!!!』

 瞬く間に片方のジュエルビーストをやられた猪型のジュエルビーストが咆哮を上げた。
 全身を震わせて、鳴動。
 全身の針の回転速度が高まり、紫電を発し始める。

『なんだ?』

『まさか!? ――ラウンドプロテクター!!』

 エリオの声が発せられた次の瞬間、クラナガンはトラボシブレードとは逆の手を突き出した。
 稼動音と共にその手の平の魔力放出ノズルを解放され、噴射孔から噴き出す粒子状の魔力が紫電と共に、全身を覆わんばかりの巨大な円形障壁を作り出す。
 絶対防御障壁・ラウンドプロテクター。
 現在提督である高位魔導師の青年が提供してくれた防御術式、クラナガンの魔力炉から組み出す魔力を基幹に、周囲の埃や破片、さらには残留魔力すらも利用し作り出す強力無比な物理・魔力障壁だった。
 そして、次の瞬間、ジュエルビーストが破裂した。

『ぬぉおおお!!』

『あぁあああ!!』

 いや、全身から針を射出した。音速を超える質量兵器の嵐。
 二人の叫び声と共に障壁を突き破らんとする針を防ぐ、防ぐ、耐え凌ぐ。
 地面が串刺しにされ、周囲の大地が音速を超えたニードルミサイルの威力で爆砕、粉砕、大喝采の如く音を奏で立てる。
 粉塵が舞い上がる、周囲の光が届かないほどに濃密な粉塵が。

『PI』

 全身の針を飛ばし尽くしたジュエルビーストが赤いアイカメラを輝かせて、粉塵内部の魔力反応を調べようとした瞬間だった。

『ルォオオ!!!』

 粉塵を突き破り、飛び出す巨体が一つ。
 ――クラナガン。
 粉塵を切り裂き、其の背のX-Wi-ngを展開。素早くトラボシブレードを腰に差し、空いた右の豪腕を突き出す。

『キャノン』

 右腕部のギミックが作動する。
 作動音を鳴り響かせて、手首ガントレットが腕部を覆う。
 さらにアームガードが前方にスライドし、剣戟補助用のロケットスラスターが後方に移動し、そのノズルを完全に後ろへと向けた。
 背面部のカバーが露出し、ガキンと金属の重なる歯音を立てて飛び出すのは内蔵されていたナックルダスター。
 唸りを上げて回転し、大気を飲み込み、その荒々しい咆哮は聞く者全てを震撼させる破壊の祝福。
 紫電を生み出し、補助翼がまるでブレードのように鋭く飛び出し、クラナガンの腰が旋転、力強く踏み出された脚部が大地を踏み締める。

『ダスタァアアアア!!』

 音響の壁を叩き壊し、鉄拳が撃ち出された。
 砲撃の如き勢いで飛び出したクラナガンの腕部は目にも止まらぬ速度でジュエルビーストの顔面を殴り飛ばした。
 ジュエルビーストの巨体が吹き飛ぶ、二倍近くの巨体でありながらクラナガンのナックルダスターに、地面から殴り上げられた。

『ぬぅん!』

 それに体勢を崩したと見たクラナガンが背部の翼を激しく吹き出し、無くした腕の肘から赤く煌めくワイヤーを宙に飛ばす。
 射出したナックルダスターと肘のワイヤーが結合。
 そして、スラスターを吹き出しながら舞い戻るナックルダスターと肘が接続した。

『行くぞ、エリオ!』

『うん! リリカル!』

 クラナガンが飛ぶ。
 重力制御、ベクトル操作を用いて巨体に掛かる自重と重力を上へと傾け、背部の翼が荒々しく大気を捉えて弾き飛ばした。
 舞い上がる。

『マジカル!』

 足裏の排熱ノズルから蒸気を噴出し、美しい二本の線を縦に描きながらクラナガンが空を舞う。
 ガシンと激しい接続音を響かせ、左手で引き抜いたトラボシブレードを両手で握った。
 全身から噴き出す翡翠色の輝き、大いなる命の煌き。

『ブレェエエイブ!!』

 それは天へと捧げる一刀。
 どこまでも伸びる、作り上げられていく刀身、それはどこまでも肉厚であり、どこまでも鋭い巨剣。
 魔を断ち、悪を断ち、闇を切り払う聖剣。
 伸び上がる刀身は雲を引き裂き、太陽の輝きを帯び、命を祝福するかのように清浄な碧の煌めきを纏った。

『必殺!!』

『エインフェリア! スラァァァァシュッ!!!!』


 ――真っ向両断。
 振り抜かれた一撃はジュエルビーストを誰も認識することも出来ずにすり抜けた。
 ダンッとトラボシブレードを振り抜いたクラナガンが大地に着地する。

『斬撃』

 ピシリとジュエルビーストの中心部に線が走る。

『絶断』

 煌めき輝く線は光を溢れさせながら輝きを増し。

『我らが勇気に倒せぬものなし!!』

 ズルりとズレ落ちて、巨体が崩れ去る。
 爆散。
 内部に注ぎ込まれた膨大なエネルギー、それが内部を焼き尽くし、粉砕する。
 刀身を縮めて、クラナガンは剣を横薙ぎに振るう。
 残心、それを忘れずに見届けて、血払いを終えたトラボシブレードを腰に納めた。

『撃破完了』

『やった! これで地上本部は護れたよ!!』

「やったー!」「やったぞー!!」

 轟くのは喝采。
 喜びに満ち満ちた声が見守っていた陸士たちから上がっていく。

『うむ。これも全ては君のおかげだ、エリ――』

 エリオの喜びの声を上げて、クラナガンが感謝の言葉を告げようとした瞬間だった。


「メガーヌの怒りぃいいいいい!!!!」


 大地を震撼させる衝撃波が全てを薙ぎ払った。
 陸士が、本部が、クラナガンが、吹き飛ばされ、たわみ、打ち震えるほどの凄まじい衝撃波。
 上空から打ち下ろされた膨大なエネルギー。
 それが大地に叩き込まれ、衝撃の津波となって地上の全てに襲い掛かる。

『なっ!!?』

『え!?』

『うわー!!』

 吹っ飛ぶ、陸士たち。まるで強力な台風に吹き飛ばされるかのごとく陸士たちがぶっ飛んだ。

「なに!?」

「あ、あれは!!」

 フォワード陣が指指す。
 誰もが見上げた其処には、一人の男と一人の少女が浮かび上がっていた。

「悪いが、乱入させてもらうぞ」

 それは茶色いコートを纏った男。
 左腕には覆わんばかりの巨大なガントレットを纏い、その左手には鈍い光を放つ槍型のアームドデバイス。
 鋭い双眸には意思の光を感じ、ざんばらに風を孕んで揺れる髪はまるで闘志の如く揺らめき、彫りの深い顔には隠し切れない強者としての顔があった。
 全身から発せられるプレッシャーは大気を震撼させる、見上げる誰もが背筋に恐怖を覚えるほどの闘気。

「させてもらうぞー!」

 傍で浮かび上がる紅い少女はそれを頼もしげに見つめ、パタパタと愛らしく翼を震わせて、艶やかな衣装でアピールする。
 彼女の名はアギト。
 そして、男の名は――

『ゼスト!? ゼスト・グランガイツ!』

 クラナガンが叫んだ。

『あ、あれが――ミッドチルダUCAT、最強の武人!』

 エリオがコクピット内部で目を見開く。
 シグナムからは聞いていた。彼の教えとなるべき人物だと。
 ミッドチルダUCATにおいて最強を誇る戦士だと。
 何故彼が? 僕らの邪魔をする?

『ゼスト・グランガイツ! 何故貴方が!?』

 エリオの叫び。
 見知らぬ声にゼストは僅かに顔を歪めたが、すぐに冷たい顔となってその手の槍を突き出した。

「許せとは言わん。だが、破壊させてもらうぞ」

 信念に基づいた強い言葉。
 それと同時にゼストが脚を踏み出した。
 虚空を蹴り出し――次の瞬間、クラナガンの眼前に現れていた。

『なっ!?』

 数百メートルの距離を一瞬にしてゼロ。
 跳躍魔法か、それとも超高速移動か。
 衝撃波はなく、まるで其処にいるのが当たり前のように佇んでいて――そこから繰り出された蹴りを、クラナガンは防ぐことすらも出来なかった。

「ぬぅん!!!」

 視認することすらも許されない高速の回し蹴りが、クラナガンの胸部に直撃する。
 ドンッと巨体が一人の男の蹴りに吹き飛んだ。
 誰が信じるのか、全長20メートルに到る巨人がたった一人の蹴りで吹き飛ぶなど。

『うわぁあああ!』

 エリオの悲鳴が響き渡る。
 だが、クラナガンがすぐさまに体勢を立て直し、脚部背面ノズルから蒸気を噴射、姿勢制御を行う。
 慣性を緩和し、クラナガンが大地に着地すると同時に膝を曲げて、駆動音を響かせながら、鋼の武神は大地を蹴り飛ばした。

『秘剣!』

 腰のハードポイントに収めた剣に手を掛ける。
 しなやかに手首が翻る、X-Wi-ngの翼が羽ばたき、加速度的に速度を増す。
 トラボシブレードの刃が短く軽く、地面を衝撃で削り上げながら振り上げられる。

『――雷槌墜とし!!』

 それは音速を超えた一刀。
 クラナガンが保有する雷すらも切り裂くだろう一閃。
 それをただ1人の人間を断つ為に使われる、過剰な殺戮武芸。
 だがしかし、ゼストは静かにそれを見つめ――

「ふんっ!!」

 金属音が響き渡った。

『ば、馬鹿な!?』

 切り上げた一刀、トラボシブレードの巨大な刀身が――真下に突き出されたゼストの槍の先端で受け止められていた。
 質量差など考える必要も無い馬鹿げた差、常識的に考えればゼストの槍どころかその持ち手すらも両断、粉砕してもおかしくない一撃。
 なのに、微動だにしない。
 空中に浮かぶゼスト一人動かせない、ギチギチと音を立てる手首が、微細するトラボシブレードがそこに掛かる力の大きさを示していた。

「馬鹿な? だと」

 ゼストが告げる。
 軽やかにその左手が――信じられないことに押さえ込む槍を持つ手は片手だった――槍を上から叩いた。
 次の瞬間、クラナガンの両手が大地に叩きつけられる。上から軽く押した衝撃だけで、武神の両腕は地面に深々とめり込んでいた。

『そんな!?』

「俺から言わせて貰えば――」

 両腕を大地に拘束されたクラナガン、それにゼストが駆ける。
 虚空を蹴り飛ばし、魔力によって形成された簡易力場を踏み出いに、手に持つ槍をまるでバットのように振り被って――打ち付けられた。

「その程度で俺の槍が折れるか!!!」

 轟音打撃。
 大気の壁が紙くずのように砕ける。
 クラナガンの巨体がぶっ飛ぶ、まるで風船のように弾き飛ばされた。

『グワァアアアアア!!』

 舞い上がる、まるで巨兵を超える巨神に殴り飛ばされたかのような勢いで。
 数百メートルは後方に吹き飛び、大地に全身を叩きつけられて、その巨体によって大地を掘削しながら停止した。

『う、うぅ!』

『エリオ! 無事か!』

 コクピットから聞こえるエリオの声に、クラナガンが懸命に声を上げる。

『うん! く、クラナガンは!?』

『私は、平気だ!』

 嘘だった。
 今の一撃で全身のフレームが悲鳴を上げていた。
 喰らった一撃の重さ、クラナガンのAIが計算した瞬間質量は500トンを超える。
 魔力強化にしても重すぎる、人間には不可能な一撃。

『ゼスト――グランガイツ! 私が護るべきUCATの、そして共に戦うはずの貴方が何故! 何故敵に手を貸すのです!! このミッドチルダUCATが落ちれば、この世界が!』

 クラナガンの悲痛な咆哮。
 全身の駆動系に悲鳴を上げさせながらも起き上がる勇装魔神に、ゼストは冷たく告げた。

「――理由はただ一つ」

 槍を構える。
 莫大な魔力が迸る、Sランクオーバー魔導師にしてミッドチルダ最強を誇る武人であるゼストは吼えた。

「世界よりも俺の家族、その重みが圧倒的に上なだけだ!!!」

 大気が震動した。
 その咆哮だけで爆風が生まれたかのようだった。
 ビリビリと胃にまで染み渡るほどの魂の気迫の篭った咆哮。
 一瞬クラナガンが圧倒されかける。

(な……なんて圧力だ!)

 機械でありながらも、勇気の魂を抱く鋼の勇者。
 それがただ一人の人間に気圧されていた。
 かつて他次元における魔人をも滅多打ちにし、タイマンでやれば惑星をも滅ぼしかねない真竜をも打ち滅ぼすと謳われる最強の武人。
 手に握れば潰してしまえそうな小さなその姿が、自分よりも遥かに巨大な何者かに見える。

(か、勝てるのか……私は?)

 そう考え、自分の力に疑問を抱いた瞬間だった。

『負けないで、クラナガン!!』

 その声が響いたのは。

『エリオ?』

 血反吐を吐きながら、内部のコクピットルームで槍を握り締める少年が居た。
 額が割れ、汗と血に濡れた眼をもって前を向き続ける少年が居た。

『僕らにも大切なものがある! 譲れないものがある!!』

 彼は叫ぶ。自分の願いを。
 エリオは思う。自分の想いを。
 後ろにある地上本部、その中にはフェイトがいる。隊長たちもいる。
 戦場にはスバルが、ティアナが、ギンガが、そして――キャロがいる。
 護りたい、護りたいのだ、この手で。
 決して傷つけさせない、死なせたくない、その願いがあるから。

『僕は負けません!! 絶対に!!!』

 咆哮が轟く。
 勇気ある少年の声が戦場に響き渡る。
 誰もが見た。
 誰もが讃えた。
 その誓いを、その願いを。
 果たすために、エリオは――勇気ある少年は最強たる武人を睨み付けた。

『その為にならば今ここで貴方を打ち倒す!! 契約を結ぶ!!』

 トラボシブレード、それがエリオの意思で構えられる。
 天へと捧げるように。
 大地に祈るように。

『僕は決して敗れない、貴方を打ち倒し、皆を護るという誓いを!!』

 腰溜めに構えて、吼え猛った。

『我ここに契約す――Tes.!!

 テスタメント!
 その叫びが上がる。
 同時に歓声が上がった、その聖なる誓いに心震わされた。

 この瞬間だったのだろう。

 エリオ・モンディアル。彼がUCATの闘士として己の運命を選択したのは。

『エリオ――分かった。私もここに誓おう、君に勝利を齎すと!』

 クラナガンが吼える。
 その瞳に力を宿し、背部の光の翼を輝かせ、鋼の四肢を稼動させる。
 ひび割れた手足を動かし、その内部に秘められた作り物の心臓を熱く滾らせる。

『Tes.!!』

 それに輪唱するように声が上がる、上がる。

「Tes.!」

「Tes.!」

「Tes.!」

 契約の言葉が津波のように上がる。

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 歌声が響く。
 進むべき道のための歌が。

『前に進もうよ、誰にだって負けられない』

 祈りの歌が響き渡る。
 力が湧いてくる。

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 だから踏み出す。突き進む。
 勇気を持って、けれど躊躇わずに。

『だって大切なものが ここにあるから!』

 だって大切なものが、ここにあるから。

『いくぞぉおおおおお!!!』

「いいぞ、来ぉおおおおおい!」

 クラナガンが、エリオが、ゼストが咆哮を上げた。
 一機一人合心一体、一人の武人に挑む。







 ――トラボシブレードが大気を切り裂き、獣の唸りを上げる。
 音速を超える斬撃が袈裟切りに放たれて、それをゼストが受け止める。
 火花を散らし、クラナガンの斬撃は止まらない。
 手首を返し、腰を旋転し、舞い上がり、打ち降ろし、振り抜き、叩きつけ、斬り出し、打ち抜く。
 その全ての斬撃は音速を超えて衝撃波を撒き散らしながら、全フレームが上げる悲鳴すら無視して繰り出していく。

『オォオオオオ!!』

 だが、ゼストは弾く、防ぐ、凌ぐ、躱す、打ち払う、斬り捌く。
 轟音、轟音、轟音。
 暴風を纏った己よりも巨大な刀身、それを受け止めると、鼓膜が破れそうな轟音を上げて弾いて逸らす。
 巨人と小人の如き戦い。
 如何なる悪夢か、鋼鉄の巨人が全身全霊を篭めて攻め抜いても彼は崩れない、押されない、むしろ襲い掛かってくる。

「いい動きだ! だがしかし!!」

 燕羽断ち!
 そう叫ばれた超高速の斬撃を、縦に構えた己の槍で受け止め、火花と共に捌きながらゼストは静かに告げた。

「俺の槍は砕けない」

 瞬間質量にして数百トンを超える切断兵器。
 その衝突にも、ぜストの持つ意思無き無銘のアームドデバイスは軋み一つ上げない。

『っ! あの槍は一体!?』

『概念加護があるというのか! しかし、貴方の槍は無銘のはず!!』

 そう、ゼストは槍に名前を付けていない。
 2nd-Gの概念下では脆く弱いはずなのに。

「名はない、だが俺の槍は何よりも強い!」

 ガキンッと火花を散らし叩き付け合っていたトラボシブレードを槍の一閃で弾き払うと、ゼストは踏み出す。
 槍を掲げて、吼える。

「俺の槍は家族の想いが篭められているのだから!」

『想い!?』

 クラナガンのアイカメラが動いた。
 視線の先に捉えた無銘の槍、その画像を拡大し、その槍の持ち手に刻まれた文字が見る。


 ――メガーヌ。
 ――ルーテシア。
 ――アギト。
 ――ガ。


 三つの名前となにやら意味の判らない文字が彫り込まれていた。

「想いやりの篭ったなによりも重い槍。貴様に防げるか!!」

 ゼストが吼える。
 その超弩級の想いの篭った槍の質量は本人以外には数百トンの凶器も同然だった。重い槍だから。
 エリオは思わず叫んだ。

『オヤジギャグー!!』

「それの何が悪い!!」

 開き直られた。
 そして、ゼストが脚を踏み出す、虚空から瞬間疾走、大気を粉砕しながら槍の穂先が突き出される。
 それにクラナガンが応える、間接部の悲鳴を無視して繰り出す一閃。
 二つの武具が激突。
 世界が震撼する、エネルギーの粒子が爆風のように広がった。

『グゥウウウ!!!』

『ァアアアアアア!!』

 二人の勇者が叫ぶ。
 だがしかし、ゼストは目の眼光を強めながら――呟いた。

「終わりだ」

 その時電子音声が響き渡った。

『Grenzpunkt freilassen.』

 ぜストの肉体が白熱し、拮抗していたバランスが圧倒的な力に捻じ伏せられた。
 トラボシブレード。
 そのエネルギー刃が砕け散る。

『なっ!!』

「終われ。――クラナガン!!」

 エネルギー刃によって伸び上がった刀身を粉砕し、ゼストの槍が降り抜かれる。
 それが生み出した巨大な衝撃波がクラナガンの胴体に直撃し――その装甲を砕いた。

『アアアアアア!!』

 勇者が吹き飛ぶ。
 勇者が倒れる。
 偉大なる戦士がここに――敗れた。







 それをモニターしていたものがいた。
 ミッドチルダUCAT、三番地下格納庫のスタッフたちである。

「く、クラナガンが破れただと!?」

「なんてこったー!!」

「あいつ絶対人間じゃねええええ!!」

 驚天動地の事態に慌てふためくものたち。
 だが、その中で飛び込んできたものがいた。
 主任研究者の男だった。

「刃閃鬼鎧エルセア!! それか翼輪光馬アルトセイム!!! いや、聖轟武凱ベルカを出せるか!?」

 飛び込むと同時に叫ばれた三つの名称。
 だがそれにスタッフたちは横に首を振り。

「駄目です! 三機体共にまだ調整中で――例え完成していても、このタイミングでは間に合いません!!」

「く、くそっ!!」

 手の打ちようが無いのか。
 誰もが机を叩き、うちしがれた時だった。

「ま、待ってください!」

 絶望を引き裂く声があった。
 レーダーを覗き込んでいた監視スタッフの一人が、目を見開いていた。

「なんだ!?」

「この反応は――まさか!?」

 レーダーに映る光点。
 それが最後の希望だった。










「すまないが、トドメを刺させてもらうぞ」

『ぐ、ぐぅうう!』

 ゼストが倒れ付したクラナガンに穂先を向けた。
 全身から火花を発し、装甲の多くを打ち砕かれたクラナガンにはもはや抵抗する余力がなかった。

『クラナガン! 動いて! 僕らは負けられないんだ!!』

 エリオが生態電流を流し込み、必死にクラナガンの体を動かそうとする。

『くっ、動け! 私の体よ!!』

 全身の駆動系は断末魔の音を奏で立てていた。まるで自分の体ではないかのように、自由が利かない。
 だがしかし、クラナガンは諦められない。
 エリオに、そして誰もが為に彼に敗北は許されないのだ。
 勝つ。
 そして、護るのだ!

『――クラナガン!!』

 その瞬間だった。
 無線通信が入ったのは。

『今援軍が来た! “魔砲合体”の体勢に移れ!!』

 彼の製作者たる主任、その声が響く。

『!? 了解!!!』

「む?」

 ゼストがいきなり叫んだクラナガンに、眉を潜めた瞬間だった。
 その後方から魔力の砲撃が撃ち込まれたのは。

「っ!?」

 気配に気付き、瞬時に躱す。
 だが、砲撃に掠ったコートの裾が千切れ飛んだ。

「誰だ!?」

 ぜストが振り返る、遥か彼方、地上本部のある場所とは真逆の方角を見た。
 そして、そこに――希望があった。


「――私です!!」


 それはガリガリと音を立てて爆走する一台の――魔導砲台戦車だった。
 見るがいい、この威容。
 丸みを帯びた車体は巨大であり、強固なメタリックカラー。
 全身には様々な漢字文字が描かれて、まるで紋様のような装飾が施されている。
 そして、その真上に嵌めこまれているのが直径十数メートルを超える巨大砲台であり、その前方車体から突き出ているのは――ドリル。
 巨大な削岩用にもほどがある巨大なドリルが付いており、その先端に一人の女性が仁王立ちで佇んでいた。

「聖王教会が一人、シャッハ・ヌエラ! 義理故に只今参上!!」

 シャキーンとサムズアップ、輝くシャッハの爽やかな笑み。
 どこかでカリムがひっくり返るような音がしたような気がするが、錯覚だったろう。

『魔砲尖車アインへリアル!!』

 クラナガンの咆哮で名称が分かる。
 かの砲台の名前はアインへリアルであり、その先端に立つのは聖王教会の鬼神!

「噂に聞く聖王教会の最終騎士か! 面白い、一度は相対してみたかったぞ!!」

 ゼストが嗤う、楽しげに槍を構える。
 どこか遠くでカリムが叫ぶ、なにそれ初めて聞いたんですけど!? というテーブルを乱打しながらの絶叫。

「ふ、相対したいのは山々ですが……」

 シャッハが微笑む。
 ピンと顔の前にまで上げた人差し指を伸ばし、チッチッチと左右に振る。

「今回の主役は私ではなく――彼です!」

「なに?」

 ゼストの疑問と、クラナガンのアイカメラが輝いたのは同時だった。

『ありがたい! いくぞ、エリオ!!』

 緊急合体プログラム起動。
 緊急時におけるオート制御システムが起動し、クラナガンの背部ユニットが自動的に展開する。

『うん! 魔砲合体だね!!』

 クラナガンが背部のX-Wi-ngを吹き出し、地上を抉りながら上昇する。
 さらに爆音を立てて突き進むアインへリアルの先頭からトゥッとシャッハが脱出した。
 操縦していた陸士たちも脱出し、最後に天井の隠しハッチを空けて、レバーを引く。
 キャラピラ下に隠されていたバーニアが噴出し、アインへリアルが飛んだ。ミサイルのように上空へ舞い上がる。
 クラナガンとアインへリアルの二機が螺旋を描きながら、遥か天上へのロードを舞う。

『ブレーイクアップ!!』

 クラナガンが全身から魔力の粒子を吹き出し、その周囲に光に包まれたフィールドを展開する。
 翡翠色の領域、これから起こる現象を護るためにして生み出すための領域。

 ・――光とは力である

 X-Wi-ngの概念が働き、アインへリアルが全身から光を迸らせながら――分割した。
 二つに分かれ、さらに四つに割れた。
 キャタピラの付いた下部は左右に展開したクラナガンの両足首の真ん中に収まったと同時に、概念空間から排出された接合ボトルが二十。
 それらが鉄槌で叩き込むかのように結合し、結合し、接続し、合体する。
 さらにクラナガンのアームガードが前にスライドし、そして上下に展開。
 マニピュレーター部分が回転し、腕内部に納められると同時に誘導されてきたアインヘリヤルの先頭部分二つと結合――概念空間から排出された接続ボトルに、様々なパーツで両腕を覆っていく。
 腕が変形し、脚が変形し、さらにアインへリアルに搭載されていた概念空間から巨大なプレートアーマーが飛び出す。
 それはクラナガンの胸部に結合し、さらに心臓を揺り動かすように巨大な結合ボトルが四本、四方に打ち込まれる。

『グッ、ググウウ!!』

 激痛に耐えながら吼え猛るクラナガン。
 そして、最後に残った砲台が舞い上がりながら折り畳まれて、その背部に接続された。
 轟々と回転しながら、クラナガンの胸部ながら光の粒子を帯びて、胸のシンボルから勇者の勇ましさを現る竜の象が刻まれる。

『うぉおおおおおおおおお!!!』

 四つに分かれた光の翼、それはまるで鳥の如く、天使の如く神々しい。

『我は来た!』

 手を突き出す。
 ガシンと音を立てて、ドリルが変形したアームガードから手首が飛び出す。

『友よ、我は応える!!』

 脚を突き出す。
 唸りを上げて大気を蹴り上げ、キャタピラが回転する。


『魔砲合体! グレートクラナガン!! 勇気と気合、そして砲撃を以って悪を討つ!!』



 世界が震えた。
 大地が震撼し、天が光り輝く。
 それが新たなる勇者の誕生だった。




***************
また投下再開です
ちなみに書いている作品ジャンルが直している最中にわからなくなりました



[21212] 第一回地上本部攻防戦 その7
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6066dc1b
Date: 2010/09/22 15:34
 それは激しい戦いだった。
 一人の女性が大地を脚で噛み締めると同時に両腕に構えた武器を上に放り投げた。

「トンファーパァァァンチッ!!」

 大地が砕ける、大気が渦巻く、魔力を流し込み振り被る拳の周囲を魔力制御し、それら全てを圧縮大気として凝縮。
 トンファーの力を借りた必倒打撃。
 それを繰り出すのはただ一人、聖王教会が誇る(いろんな意味で)最終騎士シャッハ・ヌエラ。
 それが真っ直ぐに両腕でクロスした少女――バイザーにも似た額当てを付けたナンバーズ・セッテの腕にめり込む。
 
「っ!!」

 炸裂する圧縮大気と破壊力に吹き飛ぶ。
 しかし、セッテは身体を捻り、旋転しながら衝撃を受け流し、数メートル先の地面で柔らかく着地しながら手を振った。
 掌周辺にノイズがかかったように歪み、次の瞬間その手には失ったはずの武器が握られていた。
 転送魔法、新たなる武装の補充。
 その手に握られた二振りのブーメランブレイドが旋回しながらまっしぐらにシャッハに迫るが。

「甘い!」

 キランとシャッハの目が輝き、その両腕が大きく天に振り被られて――

「トンファァアア」

 膝と共に大地に叩きつけられる。

「土下座!!!」

 ドゴンッという爆音と同時に投げ込まれたブーメランブレイドが瞬時に圧壊した。
 土下座のポーズをしただけで何故か二本とも砕け散る。理解不能な現象。
 彼女の繰り出したその動作はもっとも衝撃波を生み出し、あらゆるものを圧壊し、破砕するポーズ。
 第97管理外世界の極東地方で伝わる伝統的なポーズだった。

「……」

 意味不明。
 そんな目つきでシャッハを見るセッテ。
 その間に、シャッハは立ち上がると、膝の土埃を払って。

「キャッチ!」

 両手を上に伸ばし、落下してきたヴィンデルシャフトをキャッチして再び装備。
 ジャコンと音を立てて構えながら、シャッハはさらに追撃の手を緩めない。
 スタタンと軽やかに地面を蹴って、身体強化、魔法の暴風を纏いながら大地を蹴り――その瞬間、飛び込んできた凶器に両手を閃かせた。
 ブーメランブレイド。再転送、さらに武器が増えている。
 空中を踊るのは四つの刃、四つの敵意、四つの殺意。
 光刃を纏いし投擲刃。それをヴィンデルシャフトで受け止める、激しい金属音と共に弾くが、クルクルとその刃は自律稼働で旋回。

「っ!」

 ――加速。
 刀身背部のスラスターを吹かして突貫してくる、軌道上には首、再び弾いてもキリが無い。
 故に。

「なんとぉ!」

 ヴィンデルシャフトを左右の地面に突き刺して、シャッハは回避を選択。
 右踵でブレーキをかけながら、左足を爪先から上へと蹴り上げるように伸ばす。
 上体を逸らして、シャッハは後ろへと倒れこんだ。
 眼前をブーメランブレイドの刃が通り過ぎていく、それを見送りながら、ぶわりと空気を孕んで舞い上がる腰布の感触が邪魔だと思いながら、両手を後ろの地面に添える。

「とぅつ!」

 両腕の筋肉がしなやかに伸び、腕の骨格がしっかりと己の体重を受け止めて、遠心力の原理と身体のバネを用いてバック転。
 回転しながら、シャッハは宙へと舞い上がり、もう一つオマケに飛び込んできたブーメランブレイドの刃を。

「トンファァアア!!」

 身体を捻る、空気を掴んで――“大気を蹴った”。
 ベルカ式魔法の応用、ルフトメッサーに代表される大気の操作原理、一瞬だけ空気中の大気抵抗を跳ね上げて、それを足場にすることなど造作も無い。
 飛行適正はないが、シャッハとて対空中戦の手段ぐらい確保済みである。

「サマーソルト!」

 蹴り上げる、刀身の側面を思いっきり蹴り飛ばした。
 真っ向からの抵抗ならばともかく、真横からの衝撃には予測してなかったのか、ブーメランブレイドの一つが破砕される。

「――ダァブルッ!!」

 さらにもう一段、大気を蹴って飛び降りたシャッハの靴底。
 その両足に踏み潰されて――地面にめり込んだ。
 ドガシャッとガジェットの装甲すらも粉砕する脚力の前に抵抗は無意味。断末魔の如き火花を散らし、爆炎を上げるも、彼女の足は無傷。

「武器がさらに二本減りましたね」

 静かに微笑み、シャッハが告げる。
 しかし、その時旋回して戻ってきたブーメランブレイドの片方を受け止めたセッテが静かにシャッハに目を向けた。

「――聖王教会所属騎士シャッハ・ヌエラ。あなたは何故デバイスを使わないのですか?」

 セッテは無表情に訊ねる。
 しかし、シャッハは首を捻って。

「なにを言ってるんですか? 使ってますよ」

 地面からヴィンデルシャフトを引き抜き、構えながら。

「ほら、この瞬間にも! あと防御の時とか、ガードする時とかも!」

「……理解不能。どうやら私は経験が足りないようです」

 そんな問題じゃないぞー! と、遠くで叫び声が聞こえたが。うるさい、おら縛り上げろ! 金属が駄目なようだから、縄だ! ガムテープだ!! グルグル巻きにしてやんよ! という無数の叫び声と共に沈黙の蓋が落ちた。
 シャッハとセッテが対峙する。
 背後でムームーと唸り声を上げているチンクがいて、その周りに「とりあえずヤキを入れるか」「よし、舞わそう」「生意気だからマワそう」「コマ紐は?」「うーん、あ、おい。そこの縄もってこい、縄。回すぞ」などと呟いている連中も気にならない。

「人の知恵はまだ未熟です。故に迷い、悩み、己の力の無さを嘆くのです」

 シャッハは告げる。
 それは修道女としての優しげな笑みで。

「そして、それを救うのが信仰です。尊い人を敬い、信じ、自らも憧れて、それに近づこうとする。その研鑽こそが信仰であり、私の力」

 セッテに告げる。
 誰かに聞かせる。
 己の道を突き進むために。

「さあ来なさい。信仰とトンファーの力を魅せましょう。貴方たちを悔い改めさせるために」

「――状況を再開します」

 セッテが片手に握ったブーメランブレイドを振り被り、シャッハが緩やかに駆け出す。
 背後で「む~!?」といいながら、クルクルと回転させられているチンクがいて。「いいではないか、いいではないか!」「回れ回れ、メリーゴーランドぉ!」と、愉快に巨大コマ紐を引っ張っている陸士たちの笑い声があった。
 笑い声をBGMに、二人の女が激突する。

「Attck」

 ブーメランブレイドの背部からスラスターが噴き出す、斬撃補助。
 音速に迫る斬撃が迫り、繰り出されたヴィンデルシャフトと激突。
 空気を引き裂く音と空気を破砕する音が同時に響き渡り、肉が、骨が、血が震え立つ。

「トンファー・ラァアアアッシュ!!!!」

「――!!」

 乱撃、連撃、応酬。
 刃をぶつけ合いながら、殴る、打つ、切る、払う。
 そして。

「遅い!」

 斬撃の応酬が100合を超えた瞬間、甲高い音を立ててブーメランブレイドが振り抜かれた。
 クルクルと舞い上がるのはヴィンデルシャフトの片方。

「っ!」

「人体反応の限界です」

 セッテの冷たい声と同時に紅い華が咲いた。
 真正面から切り裂かれた胸元、露になった肌から血が滲み、シャッハが苦痛に顔を歪める。
 そして、同時に繰り出されたセッテのハイキックがシャッハの薄い乳房の上から叩き込まれて、彼女の体が吹き飛んだ。

『死夜覇の姉御!?』

 陸士たちの驚愕の声が響き渡り、シャッハの身体が地面に叩きつけられる。
 むー! と声を上げるチンクの顔に喜色が浮かぶ。
 が、同時にクルクルと回されて再び悲鳴に戻った。

「状況終了。次は貴方たちです」

 静かに告げるセッテの横の地面に、ザクリとヴィンデルシャフトの刀身が突き刺さる。
 墓標のように。
 しかし。

「……悪いですが、まだです」

 セッテが陸士たちに向き直った時、背後から声。
 目を向ければシャッハが残った片方のヴィンデルシャフトを地面に突き刺し、支えにしながら立ち上がろうとしていた。

「――無駄です。貴方のダメージは深い、戦闘の続行は無意味です」

「さて、それはどうですかね」

 ニコリと微笑む。
 そのシャッハの笑みにセッテは疑問を抱いた。
 何故そんな笑みを?
 ――演算。
 ……推測結果、戦闘によるアドレナリンの過剰分泌、痛みを陶酔感覚に変えている。
 つまりマゾだと結論する。クアットロ曰く、雌豚と呼ばれる人種の同類だろうか。

「何か失礼なことを考えてませんか?」

 シャッハが眉をひそめて呟く。

「いえ。激痛による戦闘続行を強く望む人物だと推定しました」

「そうですか。意味は判りませんが、まだ勝負は付いていません。さあ来なさい」

 バリアジャケットの損傷部分も復元せずに、シャッハがよろめきながら構える。どうせ多少胸元が破れたところで、ポロンとする心配も薄いし。
 セッテはそんな相手の意識を断ち切り、速やかに生命活動を停止させようと戦闘処理演算を開始使用したときだった。

「あ。そういえば一つ質問です」

「?」

「私のヴィンデルシャフト、どこにあるか知りませんか?」

 失血による視力低下だろうか。
 しかし、答える必要は無いだろう。

「あ、右にありましたね。よかったよかった」

 自分で気付いたらしい。
 だが、視力低下ならば都合がいい。ただの投擲で仕留められる。
 そう考えて、セッテが身体を捻りながら、ブーメランブレイドを撃ち出そうとした瞬間。

「実はそれ――爆薬を仕込んでいるので危ないんですよ」

「っ!?」

 その言葉に思わずセッテは右を見た。
 しかし、ヴィンデルシャフトはそこには――無かった。

「さようなら……ヴィンデルシャフト37号」

 カチッ。
 彼女が杖にしていたヴィンデルシャフト。
 その握りのカバーが開き、そこから出現した紅いスイッチが押されたと理解するよりも早く。

「トンファー・ダイナマイト♪」

 彼女の意識を支配したのは爆音と爆炎と光爆だった。
 背後から生み出された爆風で、セッテは空高く舞い上がっていた。
 衝撃が全フレームを震わせ、地面に墜落し、その衝撃でブラックアウトしていく己の思考に理解する。
 それが、意識が遠のくという意味を始めて理解した瞬間であり。

「あ、私から見て右でした」

 と、当然のように告げる女性の声が聞こえて。

「これが信仰の力です!!」

 嘘だ! と、この時強く心に想ったのが、初めての人間的感情だったと数年後の彼女は語る。









「と、いうことがあったんですよ。騎士カリム」

「……もういいわ。ちょっと頭痛がするから」

 簀巻きにしたナンバーズ二人を引きずり、受付から教えてもらった隠し扉を蹴り開けて、トゥッと天井から現れたシャッハは明るい笑顔でカリムに報告したのだが。

「体調でも悪いのでしょうか? 頭痛薬ならばすぐに取りに行きますが?」

 カリムはよろよろと机に手を当てて、頭を押さえた。
 他の人物たちは既に遠い目をして、茶でも飲むか。ああ、帰ったら休暇申請して息子と遊びに行こう。などと会話していた。
 三人娘は卒倒したフェイトを除いて、二人共机に倒れこんでいた。

「……」

 頭痛の原因は貴方よ。とは言えない、カリムは空を仰いだ。
 青空でも見れれば少しは癒されると思った。
 ――しかし、天井には出番待ちの黒子が張り付いていたのでちっとも空は見えなかった。というか、見なければよかった。

(……私の元を離れた派遣時代何をやっていたのかしら?)

 カリムとシャッハは昔からの幼馴染であり護衛役であったが、四年程前にミッドチルダUCATの宗教監査役として派遣されていた。
 そして、一年ほどの出向から帰ってきた時には特に変わった様子もなかったのだが……しっかりと汚染されていたらしい。

 ――カリムは知らない。派遣されたシャッハが同じように変態の巣窟で心がへし折れたことを。
 ――カリムは知らない。開き直ったシャッハが死夜覇と呼ばれるほどに荒れたことに。
 ――カリムは知らない。荒れていたシャッハがとある理由でミッドチルダUCATに出入りする某提督と一緒についてきた青年に惚れ直し、更正した事を。
 ――カリムは知らない。更正したシャッハがミッドチルダUCATに居た戦う生徒会長と名乗る人物から様々な技を教え込まれたことを。
 ――カリムは知っている。楽しげなシャッハがバレンタインなどのイベント行事には彼女の義弟と一緒に食事などをしていることを。
 ――カリムは知らない。数年後、色々と諦めた顔で彼女の義弟が、ある知っている女性を懐妊させその責任を取って結婚することを知らせにやってくることを。

 今の彼女は何も知らなかった。

「……エリオ、なんでぇ……」

 その時だった。
 ぐすぐすと半ば半泣き状態で机にうずくまり、泣いていたフェイトが蚊の鳴くような声で泣き声を洩らした。

「な、泣かないでフェイトちゃん! ほら、ティッシュ!」

 なのはが慌ててフェイトにポケットティッシュでその顔を拭いてあげる。
 グスグスと涙を流し続けるフェイトが、チーンとティッシュで鼻をかんで。

「わたし……育て方を間違えたのかなぁ……」

「ほら、泣いたらアカンで!」

 はやても慌ててフェイトの背中を摩る。
 他に何故か沢山の人々がフェイトに必死に励ましのオールを贈った。
 それが何故か非常に嬉しい反面辛かった。

「ふむ。実に人情に溢れているな、この世界は。美少女限定かもしれないが」

「それってどこでも一緒だよね。大城部長が泣いていても誰も慰めないのに」

「新庄君。あんな変なオヤジを心配するのは聖人でも不可能なことだ。誰も彼らの度量を責めてはいけない。そう例え新庄君が路傍の石を蹴飛ばしても私が責めないようにね」

 などと、暢気に感想を告げている二人を無視して、レジアスはモニターを見ていた。
 グレートクラナガン。
 現在未調整中の三機による各自合体、そして最終形態を除けば現状最高の戦力である。
 だがしかし、そのことをよく熟知しているはずの彼の顔色から焦燥の色は消えない。

「……勝てるか?」

 ジワリとレジアスの額に汗が浮かぶ。
 ゼスト・グランガイツ。
 彼の実力をよく知る、親友たるレジアスは背筋に走る冷たい汗を止めることが出来なかった。







 今ここに――合体は完了した。

『これが……グレートクラナガン』

 エリオは呟く。
 コクピットルーム、その右半面に浮かんだ解析用モニターに浮かび上がる威容に息を飲んだ。
 グレートクラナガン。
 その全長は25メートルにも及ぶほどに巨大化し、それに比例するように装甲が強化された重装甲体。
 その兆候が顕著なのは四肢。脚部はアインへリアルの下部装甲を装着し、脚部裏には無限軌道による履板の環が設置されており、その間のサスペンションにより重装甲での自重にも耐えるための脚となっている。
 腕部はクラナガン本体の装甲を内部装甲とし、追加された装甲は外殻として覆い尽くしていた。
 見よ。あらゆる危険や災厄をも恐れずに握りつぶせるほどの巨腕を。
 両腕の外部装甲には二つに分割された大型ドリルが付いており、それが必要とあれば武器になることをエリオは知っている。
 胸部には如何なる世界でも大いなるものを崇められるドラゴンの紋様が浮かび上がり、その力強さを主張していた。
 グレートクラナガンの頭部はより一層神々しく光輝き、その意思を熱く燃やして煌めく。

『リカバリープログラム起動――オートリザレクション』

 グレートクラナガンの全身が淡く輝き、同時に再生していく。
 一部のインテリジェンスデバイスが持ち合わせる自動修復機能。
 それがグレートクラナガンにも搭載されており、緩やかにだが傷口を埋めていき、本来の輝きを取り戻していく。
 命が溢れるかのように、太陽が陽光を放ち、命を芽生えさせていくかのような優しい光。

『蘇る。蘇るよ、クラナガンは!』

 エリオが叫ぶ。
 同時に燐粉の如き、或いは羽毛のように舞っていたX-Wi-ngの翼がはためく。
 X、その字通りにウイングブロックを上下に分割し生み出された四枚の翼は上下左右に展開し、神話に語られる天使の如き光輝を背負う。

『オォオオオオオオ!!!』

 風が生まれる。
 大気が荒ぶり、赤子の産声のように荒々しくも鮮烈なる音を鳴り響かせる。
 風が、空が、大地が、命が、吼え猛っていた。
 風が渦巻き、パラパラと装甲周辺にまとわりついた金属のカサブタを吹き払い、光の羽毛が、粒子の燐粉がバッと散った。
 見よ、今ここに蘇った勇者の威容を。
 息吹を持ち、魂を燃やし、力を発する閃光の如き輝きを見よ。
 それは鮮烈なる希望の証。
 鋼鉄の巨人から錬鉄の巨神と呼ぶに相応しい闘士。

『ゼスト! ゼスト・グランガイツ!!!』

 エリオは叫ぶ。

『我らは!!』

 グレートクラナガンが叫ぶ。

『決して朽ちず、折れず、負けぬ地上の剣! 退きはしないっ!!!』

 大地の重みを噛み締めて、空の広さを感じ取り、グレートクラナガンとエリオは意思を高めて吼えた。
 大気が震える、空が渦巻き、許容量を超えて湧き上がる出力に紫電すら舞い上がる。
 そして、それを見て――ゼストは笑った。

「面白い」

 歯を剥き出しに、その手に槍を構えて、笑ったのだ。
 虚空から魔法の制御を断ち切り、重力落下のままに大地に着地する。
 ひび割れた大地を、砕けたアスファルトの上を、ふわりと体重を感じさせないかのように降り立った。

「だ、旦那。アタシもユニゾンしようか?」

「いや、まだ必要ない。どこまで力を付けたのか、試したい」

 肩に降り立つアギトの頭を撫でて、最強たる彼はは薄く微笑む。
 ポッと顔を赤くし、パタパタと翼を動かして立ち去るアギトを見送った後、ゼストはゆっくりと槍を振るって、手首の調子を確かめる。

「機械の魂。若き闘士。どこまで俺に匹敵できるか、試してやろう」

 告げる、告げる、告げる。
 傲慢とさえ思える発言。
 だがしかし、彼は一片たりとも侮ってなどいない。
 どこまでも本気。
 誰が知ろう、誰もが知っている。
 彼の最強たる由縁を。
 誰もが語る。
 彼は闘争に見入られ、闘争を食い殺し、己が選ぶ者たちに振るわれる最強無比の暴力だと。
 闘神 ゼスト・グランガイツ。
 彼に相応しき称号があるとしたらただそれだけだ。
 槍だけに生きるには無骨であり、軍に所属して生きるには身勝手すぎる、ただの闘争の化身。
 それ故に、望むもののためにだけ牙を剥く人の形をした野獣。

『トラボシブレレェエエエド!!!』

『刃よ! 僕らに力を!!』

 グレートクラナガンがトラボシブレードを構える。
 大剣とさえ思えたそれが、グレートクラナガンの四肢の前にはロングソードも当然だった。
 無骨な指先に包まれ、それはただ1人の神を討つ為の刃と化す。

「こい! その気合、どこまで持つか!!」

 ゼストが槍を構える。
 無銘、だがしかし、己が愛する者たちの祝福を帯びた唯一無双の長槍。

『――打ち倒す!!』

「――試してやろう!」

 勇者たちと闘神が再び激突する。









 戦いは続いていた。
 そして、ここでもある意味戦いは続いている。
 音楽は鳴り響く。
 歌は終わっていない。
 世界を鼓舞する祈歌は続いていた。

「信じようよ、自分の世界を」

 ラグナは歌っていた。
 千里も歌っていた。
 曲は再び折り返し、けれどもまったく違う顔を見せていた。
 誰もが戦いを終えて、帰り支度をするかのように。

「護ろうよ、大切な誰かを」

 痛くて苦しいときに想いが込み上げるように。
 竜司がギターを鳴らす、優しく、そして愛する女性に触れるかのように丁寧に。

「突き進もうよ、友達が倒れても」

 出雲が汗を吹き出しながらも、ドラムを叩き続ける。
 激しいリズムが勇気を湧き立たせて、それをサポートするようにダンのリズムが全体の活気を整えていく。

「歩き出そうよ、どんなに辛くても」

 ヒオが、美影が美しい旋律を重ねていく。
 幾つも、幾つでも、天へと届くことを祈りながら。

「私の前には誰かがいる」

 ラグナが手を伸ばす。
 会場の誰もが手を掲げた。

「私の後ろには誰かがいる」

 千里もまた手を伸ばして、握り締める。
 誰もが息を飲み、手を握り締める。

「仲間が、友達が、好きな人がまっているから」

 想いが世界を生み出していく。
 聞き惚れるものたちの心に形が生み出されていく。
 仲間、友達、恋人、妻、夫、父親、母親、家族。

「私たちは突き進む」

 それに辿り付くために。
 突き進む。

「私たちは武器を取る」

 戦わないと護れないから。
 誰もが人生と、命を護るために戦っているから。

「私たちは信じあう」

 ラグナが、千里が言葉を紡ぐ。
 出雲が、竜司が、美影が、ダンが、ヒオが、祈りの旋律を重ねていく。
 手を絡めあっていくかのように。

「手の平を突き出して、掴み取る」

 誰もが手を握ることから始まる。
 母親が、父親が、世界が、誰かが握り締めて。
 世界を、母親を、父親を、誰かを握り締める。

「ただそれだけは間違ってないから!」

 咆哮だった。
 想いが世界を貫くシャウト。

 その言葉がどこまでも響いていく。

 全ての終わりにして始まりのクロニクルとして。

 命の年代記はこうして紡がれるのだから。










 誇りを、命を、魂を賭けた戦いは続いていた。

『オォオオオオオオ!』

『ハアアアアアア!!』

「ヌォオオオオオ!!」

 三つの怒号が上がり、二つの武器が激突する。
 互いの間合いは五十メートル程度。
 一刀一速には遠すぎる、だがしかし、それすらも刀圏内。
 誰が信じようか。
 その刃、巨神が振るう太刀にして巨剣。刃渡りは十数メートルではきかぬ長大なる斬魔巨剣。
 その一太刀は山をも引き裂き、大地を抉り、空を切り裂き、魔を断つ刃。
 それが、ただ1人の人間すら断てずにいる。
 風を切り裂く鋭い唸り声を纏い上げながら、振るい抜く一閃の先を見よ。
 荒らぶる神々の怒りでもこれほど激しくは無い。大いなる自然が自然破壊の代価として生み出す土砂崩れよりも重い一刀の刃、それをただの一本の槍で受け止める人がいる。
 機神が大地を踏み締め、振り下ろされる一太刀。
 それを見上げながら、音よりも早く踏み込み、腰を捻り、肩を伝い、腕と手首を回して力を篭めて、魔力を持って人知を超える威力と変える闘神の一突き。
 その顔には笑み。
 誰もが驚愕するだろう、笑顔。目元は厳しく、口元は硬く結ばれているものの、その感情は喜色。
 恐れていないのだ。この戦士は、如何なる危機さえも笑い飛ばし、機神が繰り出す粉砕確実の刃さえも恐怖と感じない。
 故に放てる、震えることなき己の一撃を。
 空より舞い落ちる巨神の一太刀と地より噴き出す一突きが正面から激突し――弾き合う。
 爆音。
 互いに激突する衝撃波が互いに口付けを交わし、息絶えたかのようにその内部に秘めた破壊を音風として世界に帰還した音。

『ぐっ!?』

『これでも!? 押される!!?』

 その音を聞きながら、一人の勇者が、一人の少年が、戸惑いの声を上げる。

「中々にパワーは上がったが!!」

 ゼストが吼える。
 魔力を生成、放出、力場と変える。
 見よ、この刃を。空間の空気中物質を核に、疑似物質を製造、製造、製造――構築連結癒着固定。
 古代ベルカの術式が一つ。
 鉄槌の騎士が使うギガントフォルムと同じ変成魔法の一つ。
 無駄に取り回しが面倒なためにゼストは好まないが――打ち合うには丁度いい。

「技巧が甘いっ!!」

 巨大にして長大にして馬鹿げた速度のその巨槍。
 巨人が握るが如きそれを両手で握り締め、咆哮を上げながらゼストが大地を踏み締め、周囲の人間全てが知覚出来るほどの地響きを奏でながら、振るう。
 如何なる超常現象か。
 その先端は霞み、輝き、蒸気が舞う。

「なんだあれは?!」

 見ていた陸士がその光景に声を上げた時、シュタッとその傍に降りたタキシード服にマイクを持った解説役の陸士が叫んだ。

「おお! あれこそは物体の高速移動による水蒸気爆発!! 見てください、彼らの剣戟は空気中の水分すらも爆散させるのです!!」

 激突、激突、激突。
 斬撃、刺突、薙ぎ払い。
 常人ならば百回受けては百回爆散し、千回受けては万回死に果てるだろう斬殺必殺の機神と闘神の攻防。
 見よ、彼らが奏でる刃の応酬。
 響き渡る金属音の旋律を。
 火花散る散る、玉散る破壊に、蒸気が砕けて、赤熱化する。
 亜音速を凌駕し、音速を超えて、超音速から神速へと突入する。

『ォオオオオ!!!』

『ァアアアアア!!!』

 機神と少年の絶叫が吼え渡り、大地を踏み締め、大気を怒涛の如き踏み込みで爆散させながらトラボシブレードの超巨大刀身が大地を砕き散らした。
 生み出されるのは大気を爆薬に変えて吐き出される衝撃波、付随する瓦礫の巨大散弾。
 だがしかし、ゼストは。

「ぬるいわっっ!!」

 吼えた。
 獅子の如く、あらぶる獣の唸り声が如き、最強に君臨する王者としての威厳と怒りを蓄えて息吹を発し、世界に告げる。
 この程度では、障害にならんと。
 手首を返し、両腕を旋回させて、全身の細胞に命じ、筋繊維を伸縮させながら稼働、力の流れに円運動を用い、見上げんばかりの巨槍を天へと伸ばしあげる。
 震えるがいい。
 如何なる鬼人、魔人、悪魔でさえも驚き、戦き、悲鳴を甲高く響かせるだろう恐ろしき光景。
 そこから生み出される破壊力に戦慄し、それを振るう闘神の地力を知って悲鳴を上げろ。

「断!!!」

 断たれたのは大気か、それとも常識か。
 どこまでも美しく、されど壮絶なまでの螺旋を描いて、巨槍が振り下ろされる。
 大気という大海を、水面から深海の水底までも叩き切るかの如き一太刀。
 巨大な槍の柄がたわみ、矛先が白熱化したのは音響の壁を破砕して、鋭き研磨剤の雪崩となった空気抵抗が故か。
 振り下ろされるダイナマイトの爆撃よりも恐ろしい破壊に、迫っていた衝撃波が砕け散り、迫っていた礫が悉く粉砕する。
 その威容はまさしくかつて神話に語られた光景、一人の預言者が杖を振り翳すと海が割れた絶景にも勝るとも劣らんほどに凄まじい。
 バサバサとゼストの纏うコートが、防ぎきれない風圧によってたなびき、彼は静かに嗤う。

「これは礼だ」

 大地に叩き付けた槍が、まるで羽毛のように軽々と舞い上がる。
 後ろへと引き戻すように巨槍が側面後方へと伸ばされて――その矛先がゼストの手によって旋回を始める。
 風車のようにクルクルと。
 回る、廻る、マワル。
 森羅万象の理の如く、大気を噛み砕き、風を飲み込み、世界に満ちるあらゆる分子の集合体を引き込みながら、不可視の粒子を紡ぎ上げていく。

『エリオ!』

『――ラウンド!!』

 グレートクラナガンがその左手を突き出す。
 手首の外部装甲に亀裂が走る、火花を散らしながら外部装甲が展開し、花弁が開くかのように旋回しながら出力アンテナを形成。
 手の平中心にある放出ノズルが開閉し、生み出される碧き粒子が一瞬と掛からずに障壁を作り出して行く。
 前方空間に描かれるのはミッド式魔法陣。堅固を約束する守りの紋様。

『プロテクタァァァアア!!!』

 絶対防御障壁。
 大気を歪ませ、大気中に混じる瓦礫や石礫を核に疑似物質を瞬間製造、同時に魔力保護を用いて生み出された円形の障壁。
 次元世界を滅ぼせる奇跡の宝玉ジュエルシード、それを宿し変異し生み出されたジュエルビーストの放ったニードルミサイルすらも完全無欠に防ぎ切った強固なる楯。
 だがしかし。

「ルフト!」

 舞い上げる、舞い上げる、舞い踊る。
 タイフーン級の暴風を生み出し、あらゆる災苦をも穿ち通るこの闘神を受け止めるには非力だったのか。

「メッサァアアア!!!」

 この瞬間、ミッドチルダ中のあらゆる人間が聞いたと告げる。
 ――風の悲鳴を聞いたと。
 繰り出された膨大極まる暴風の一突きに、誰もが震撼した。

『ぐぉおおおおお!!?』

 叩きつけられる、全長25メートルの錬鉄の巨神をも薙ぎ払わんとする質量の塊を。
 ラウンドプロテクターを展開するグレートクラナガンの脚がズリズリと地面を破砕しながら後ろに下がっていく。
 吹き付ける瓦礫と砂礫の混じった烈風が、眩く輝くグレートクラナガンの装甲を削り上げ、嬲るように笑い声を上げて吹き抜けていく。
 ――押し込まれている。
 まるで世界中の風が集まり、この機神を排除しているかのように乱暴で強力で傲慢なる質量の暴流。
 押される、押される、ひび割れていく。
 絶対防御障壁が砕けていく。
 防ぎきれない。グレートクラナガンの頭脳素子が演算と処理を終了し、そう結論した瞬間だった。

『X-Wi-ng、フルブースト!!』

 エリオが叫び、その背に輝く四枚の翼が大きく羽ばたいた。

「ぬ!?」

 ラウンドプロテクターが砕け散ると同時にグレートクラナガンの脚部背面の排熱ノズルから蒸気が噴出し、飛び上がった。
 大きく開かれたX-Wi-ngの翼が吹き荒ぶ狂風を受け止め、大きくグレートクラナガンの巨躯が空を舞う。
 だが、それだけだ。
 防ぎきれない打撃を受けたとき、抵抗せずに大きく吹き飛ぶことでダメージを和らげるように、グレートクランガンの装甲にはダメージを与えない。
 遥か後方で屋台を開こうとしていた陸士たちが「あー!!」といいながら、飛ばされていくヤキソバやフランクフルト、ヤキモロコシに絶叫を上げている程度。
 遥か彼方で見つめ続けるフォワード陣は慌ててしゃがみながらも、戦い続ける一人の戦友を見つめ続ける。
 バサバサと翼をはためかせて、再びグレートクラナガンの巨体が大地に着地する。

『助かった、エリオ』

『礼は良いよ。この程度出来ないと、僕が居る意味が無い』

 コクピットの中でエリオは静かに呟きながらも、額にじわりと浮かんだ大量の汗を拭った。
 息が荒い。
 生体電流を流し込み、操縦する度にエリオは肉体と精神両方にガクンとした重みと疲労を感じる。
 体力的には激しい運動を行うクラナガンのGに耐えるだけなのだが、それ以上に相対したジュエルビーストたちとの緊張と恐ろしさに心を痩せさせて、相対するゼストの威圧感と対峙するだけで死を意識し続ける魂を削る恐怖と戦い続けていた。
 息をしろ、呼吸をしろ、戦え。
 護るものを意識しなければエリオは膝を付き、とっくの昔に諦めていただろう。
 けれど、エリオは今戦っている。

『負けられない。僕らは負けられないんだ』

 呟く。
 意識を載せて、忍び寄る恐怖を蹴り飛ばし、勇気を振り絞り、気合いを篭める。
 それがクラナガンに内蔵されたGストーンと連結稼働し、願いを叶えるジュエルシードとしての性質が働き、その願いに応えんと力を発した。
 希望とは望みだ、望みとは欲望だ。
 ジュエルシードを動かすための介入方法が一つ。
 だがそれでは私利私欲のために動かすものだけが扱えるものになってしまう。
 故にこのミッドチルダに落下してきた二つのジュエルシード、失われたはずのロストナンバーの秘石はあらゆる書類上からも名称を改竄され、Gストーンとして存在する。
 Gとはガッツであり、Gとはグレートであり、Gとはガードの頭文字である。
 根性で護る偉大なる勇者。
 その力の原動力としての願い、すなわち願望が篭められている。
 願いを束ね、根性を魅せて、気合を篭めて、希望を結ぶ。
 人々が願いの為に戦う。
 それこそが勇者の存在意義。

『そうだ。エリオ。希望は折れない、願いは朽ちない、私たちには支えてくれる沢山の人たちがいるのだから!!』

 グレートクラナガンがエリオの願いに応えるために、瞳を輝かせる。
 ミシミシと悲鳴を上げている全身フレームに鞭を打ち、全身の排熱口から蒸気を噴出する。
 揺ら揺らと陽炎が生み出されて、グレートクラナガンの巨体そのものが炎となったかのように揺らめいた。

「……一皮剥けたか」

 ボツリとゼストが呟く。
 虚空に解け霞む程度の小さな言葉。

「旦那?」

 だが、それを見つめる小さな乙女は気付いた。
 ゼストの口元に浮かぶ戦いの愉悦ではない、喜び故の綻びに。

「アギト。来い、全力で行く」

「分かった!!」

 闘神の呼び声に、烈火の剣精は応えた。
 紅蓮を纏い、ゼストの肩に降りる。
 乙女の口付けでも交わすかのようにアギトはゼストを抱きしめると、光輝に変わり、姿を掻き消した、
 否、消えたのではない。

 ――融合した。

 魅せられる。
 誰が判らぬか、誰もが判る、その圧倒的な差を。
 ゼストの周囲、踏み締める大地がひび割れる、破砕する、空気を歪めて見せるほどの熱量を纏い、それは不可視の領域たる熱圏と化した。
 本来ならば黒ずみ、無骨な顔に相応しい地味な頭髪。
 その色が黄金色に輝き、地獄の溶鉱のように燃え盛る焔のように揺らめき、目に焼きつく。

「な、ゼストが金髪に!!」

「不良!? いや、違う!!! あ、あれはまさか!」

「間違いない! ゼストがスーパーミッドチルダ人になったぞ!!」

 なにやらほざいている野次馬たちを、ゼストは軽く振り抜いた衝撃波でぶっ飛ばした。
 ゴクゥウウウ! と満足そうに吹っ飛ぶ陸士たちに、誰かが「汚い花火だな」と呟いていた。

『っ、貴方はぁ!!』

 傷つけられた――でも満足げだが、の陸士たちの惨状にエリオは怒声を響かせて、トラボシブレードを横薙ぎに払う。
 大地を四散させ、大海原を飲み干す津波の如きその一太刀。
 薙ぎ払うために刀身を縦に構えて殴りつける暴力的な一刀。
 だが、ゼストは巨槍を片手に移すと、迫るそれに空いた掌を突き立てた。

「おぉおおおお!!!」

 破砕する音が鳴り響く、ガガガガガという爆音を吐き上げながらもゼストは倒れない、怯まない、足を動かさない。
 そして。
 そして――止めた。
 ただの片手で、トラボシブレードのあらゆるものを薙ぎ倒す一刀を受け止める。

「――本気で来い」

 その分厚い刀身に指をめり込ませ、ゼストはグレートクラナガンを見上げたままに告げた。

「本気で来い。クラナガン!!」

『え?』

「俺も開発に携わった。だから知っているぞ、貴様の全力。本当の太刀を隠していると! ――そうだろう、レジアァァァァスッ!!!」

 叫びを上げながらゼストがトラボシブレードの刀身を殴り飛ばし、その長大な太刀が弾き上げられた。

『くっ!』

 グレートクラナガンが弾かれた太刀をしなやかに持ち直し、すかさず構えようとした時だった。

『久しいな、ゼスト!』

『――レジアス指令!?』

 放送スピーカーから轟いた声にグレートクラナガンが振り返る。
 ゼストは地面を軽く蹴り飛ばし、間合いを開くと――その手に握った長大な巨槍を構えながら叫ぶ。

「レジアス! 無事にやっているなら問題ない。出し惜しみは無しだ、さっさと本気を出させろ!!」

『ゼスト。貴様が何故UCATに牙を剥くのかは大体想像がつく。事情もあるだろう、だがしかし――今は敵だ! 手加減はせんぞ!?』

「構わん。貴様の作った人造の魂、この地上を護る騎士に相応しいか試しさせてもらう」

 ゼストが微笑みながら告げる。
 ダンッとその身に掛かる槍の自重を示すように靴底をめり込ませながら、構えた。

(旦那……いいの? あいつら挑発しちまって)

(構わん。本気の奴を打ち倒すことこそ奴らの希望をへし折ることに繋がる。そうでなければ意味が無い)

 ゼストはあくまでも冷酷に計算し、アギトに返事を返した。
 けれど、彼女は思う。

(……嬉しそうなのは何でなんだろう、旦那ぁ)

 ゼストの瞳に浮かぶ期待の光に、アギトは気付いていた。

『ならば、その目にしかと刻み込め! ――クラナガン! 受け取るがいい。荒々しき願いの剣を!!』

 レジアスの叫びが轟いた次の瞬間、どこからか光の柱が吹き上がった。








 ミッドチルダUCAT、三番格納庫。
 其処では慌しく作業員たちが、科学者スタッフたちが走り回っていた。

「エネルギー出力を上げろ!! 機殻刃鉄の強度確認、それにクラナガンのフィードバックデータとの調整は出来たか!!」

 主任技術者が額から流れ込む汗に染みる目も、眼鏡も拭う暇なく指示の叫び声を上げていた。

「機殻刃鉄の強度確認は問題ありません! しかし、クラナガンの腕部フレームの強度が! それに、まだ未調整部分があり、このまま投入しても使いこなせるかどうか……」

「――馬鹿野郎!!」

 嘆きを上げるスタッフの背中を、主任はドロップキックで蹴り飛ばした。
 醜い悲鳴を上げて転がったスタッフの胸倉を引っつかみ、主任は叫んだ。

「クラナガンは私たちの造り上げた命だ! 言わば子供だ! それを信じてやらないでどうする!!」

「ぅ……」

「使いこなせるかじゃない! 使いこなす! それが出来るのだと信じ抜け!!」

 ガクガクと頷くスタッフを投げ捨てて、主任は顔に掛けていた眼鏡を取り外すと、その汗に濡れた手で髪を撫で上げて、即席のオールバックにする。

「――レジアス中将! こちらの準備は出来ました、承認を!!」







『――レジアス中将! こちらの準備は出来ました、承認を!!』

 通信機から聞こえる声、それにレジアスは頷き返す。
 戦々恐々ともう勘弁してくれと見つめてくる参加者たちの視線を気にせずに、レジアスは指を鳴らした。

「準備を」

『只今ここに!』

 シュタッと出番待ちだった黒子たちが飛び降りてくる。
 すかさずレジアスの座る机の前を片付け、恭しく置かれたのは四方にして五十センチほどの正方形の機材。
 その上には手形型の紋様があり、【ミッドチルダUCAT司令官専用、触るな吹っ飛ぶぞ】という注意書きがあった。

「よし」

 レジアスが右手の手袋を外し、はぁーとため息を付いているオーリスが頭痛を堪えるような姿勢のままそれを受け取る。
 ギュンギュンとレジアスが年甲斐も無く楽しげに腕を回転させると――

「――承認!!」

 バンッとそれが叩き割れそうな勢いで張り手を打ち込んだ。
 その瞬間、機材の四方の側面ブロックがガシャガシャと展開し、強い光を放った。

「ま、眩しい! というか、これなんの意味があるの!?」

 というツッコミがあったのは蛇足である。









 光が舞い上がる。
 キラキラと粒子が回転しながら踊り狂い、まるでそれは妖精たちの祝福のようだった。
 ミッドチルダ市民プール、展開したままのその地下500メートルの深層の奥からスポットライトのように輝くそれは新たなる剣のレール。
 獣の如き聴覚があれば聞こえただろう。
 その奥から鎖を引き千切り、吼え猛る鋼の牙の唸り声が。
 地下五百メートルから時速1000キロ、音速とほぼ等しい射出速度を生み出すのは何十にも更正された重力制御による重力レンズに、重力の方角性を変える魔法が故に。
 それは荒々しい風の翼を纏いて、飛翔した。

『来たぞ!』

『あ、あれは!?』

 それは初めて見るエリオの目には剣で出来た鳥のように思えた。
 刃金鳥とでも呼ぶべきか。
 光の尾となるスラスターを吹き出し、上空で方角を変えたそれはまっしぐらにこちらへと飛んでくる。

『捕まえる! エリオ、意識を合わせるんだ!』

『うん!』

 一瞬チラリとゼストがこちらに襲い掛かってこないことを確認した後、エリオは生体電流を流し込み、グレートクラナガンの脚部、無限軌道を稼働させた。
 稼働音を鳴り響かせながら、加速、疾走、激進。
 重々しく走り出しながら、飛び込んでくるその刃金鳥に速度を合わせて。

『オオォオオオオオ!!』

 飛翔した。
 X-Wi-ngの翼を翻し、空に舞い上がりながら、背中を下に、前面を上に翻り、その頭上に刃金鳥を捕らえた。
 そして、その腹部にトラボシブレードを握った拳を叩き込む。

『――コンバイン!!』

 手の指を広げて叩き付けた部分から刃金鳥の胴体部が展開し、内部に納まっていたクッション材で癒着し、内部から飛び出した金属ボルトが押し込まれたトラボシブレードを格納した。。
 僅か数十ミリのズレもなく、収まったそれはまるで雛形から象ったかのようにピッタリと収まり、その刀身と柄を納めていく。

『カウリング!』

 X-Wi-ngの翼が一瞬掻き消えて、刃金鳥――否、新たなる剣の機殻はスラスターを吹き出し、その使い手を旋転させる。
 上下がひっくり返り、グレートクラナガンの巨体がその刃金鳥の上に乗った。
 重力制御と膨大な出力は巨神すらも上に載せてもなお、高度を落とさずに飛翔し、さらには上昇を開始する。
 飛翔しながらも機構内部で無数の回転が開始される、キリキリと世界に百と残らない時計調律師が組み立てる歯車仕掛けの時計のように内部の部品が噛み上がっていく。
 その長大な内部構造の中で次々と螺旋を描くかのように射出される連結ボルトが組まれていき。
 接続、接続、接続。
 その接続ボルト数は11であり、最後の連結ボルトこそトラボシブレードそのもの。
 12の連結ボルトがその刃を貫く絆となる。

『纏え、鋼の刀身を! 新たなる刃を!』

 一機と一刃鉄が舞い上がる。
 そして、空に輝く太陽の光に二つの影が掻き消えた瞬間、ガキョンと激しい金属音が鳴り響いた。
 そして、そして――舞い降りる。
 その手に巨大な一つの太刀を携えて。

『カウリング・エグジストブレェェェド!』

 着地する、その両手に巨大な太刀があった。
 左右に伸ばされていた両刃の剣が真ん中から開閉し、下方に向けて折り畳まれる。
 さらに射出音を響かせて、内部から飛び出した無数の金属カバーが片刃のエッジを構成していた。
 これぞ、クラナガンの最強武装の一つである【機殻化Ex-st-Blade/Type V-Sw】
 クラナガンの主兵装たるEx-st-Blade。
 概念兵器たるそれを機殻化し、出力を上昇させ、指向性を持たせるための鋼の刀身である。
 何故それを最初からしなかったのか?
 それには理由があった。Ex-stの巨剣化自体は比較的順調に成功したのだが、それを強化し、指向性を持たせるために機殻化した。
 だがあまりにも出力が高すぎる上に、クラナガン単一では腕部ジョイントの耐久限界を凌駕し、マニピュレーターが破砕される強すぎる両刃の刃。
 それをクリアするにはいずれか他の機体と合体し、マニピュレーターとジョイントに強化したものでなければならない。
 故に通常時のクラナガンにはあえてリミッターのみを付けた剥き出しの剣のみを持つ。
 その力を、本来の可能性の燐光のみを噴き出す小刀として。

「来たか! クラナガン! それでこそ打ち倒す価値がある!」

 ゼストが歯を剥き出しに嗤うと、その槍が瞬く間に炎熱に飲み込まれた。
 燃え盛る。
 ギラギラと烈火の如く。

『行くぞ! ゼスト・グランガイツ!!』

「オウッ!!」

 グレートクラナガンが機殻化Ex-st-Blade。
 すなわちエグジストブレードを振り上げんとした瞬間だった。

『!?』

 ――僅かな挙動の遅れ。
 グレートクラナガンがたたらを踏んだ。

「遅い!!」

 一瞬の停滞を見逃さず、ゼストの一撃がグレートクラナガンの胴体を薙ぎ払った。
 装甲が破砕する、巨体が揺れ動き、苦痛の破壊音が鳴り響く。

『クラナガン!?』

「どうした! 反撃をしないか!!」

 打ち込む。
 燃え盛る紅蓮の噴出がグレートクラナガンの頭部を吹き飛ばした。
 烈火に燃えて、巨体がかしずく、膝を崩す。

『くっ。どうして!? 動きが――出力は足りているはずなのに!』

「なるほど。調整不足、さらに違和感――貴様“合一”してないな!!」

『え?』

『――必要ない!!』

 エリオの疑問を吹き飛ばすように、グレートクラナガンの悲痛な叫び声が轟く。
 だがしかし、ゼストは止まらない。
 その鍛え抜かれた戦士の身体を旋転させて、巨大な柄を鈍器に変えて――放たれた。

「この馬鹿者がぁあああああ!!」

 めり込む。
 グレートクラナガンの胴体に紅蓮に燃え盛る棍棒の如き一撃がめり込み、その巨体を吹き飛ばす。
 追加装甲がさらに破砕し、その欠片が飛び散り、ガラガラと大地に跳ね返って悲痛な音を奏でた。

『くぅううう!!』

 その衝撃にエリオはコクピットでストラーダにしがみ付き、歯を食いしばりながら耐えた。
 耐えながら叫んだ。

「クラナガン! 合一ってどういうこと!? まだ何か足りないの!?」

 コクピットの中に響き渡るように声を張り上げるエリオ。
 それに答える声があった。

『――エリオ。よく聞け。私の本来は武神。今の生体電流システム、それはあくまでも仮登録したパイロットで動かすためのシステムだ。通常戦闘には支障は無いが……』

「全力は出せない、の?」

『……ああ。もしも君が私を動かし、このエグジストブレードを動かすには……合一。すなわち融合する必要がある』

 ただのAIと自動制御だけでは制御し切れない。
 それほどまでに膨大で、巨大で、扱いが難しい剣。
 それにクラナガンは悲壮な事実を告白した。

「それなら!」

 今すぐにでもやるべきだ。
 エリオはその意味を理解する暇もなく叫ぶが。

『しかし、それは私の敗北が君の死に直結する!!』

「!?」

『君はまだ若い。そして、UCATに登録している戦士ではない。君はあくまでも善意の乗り手だ』

 クラナガンが応える。
 その己の魂だけで巨大な刀身を掲げて、再び振り上げる暇も無くゼストに吹っ飛ばされた。

『だから、私が戦う! 君は私のサポートをしてくれるだけでいい! 想いだけで十分だ! 命までは必要ない!!』

 撃ち出されるゼストの衝撃波。
 それをラウンドプロテクターで防ぎ、グレートクラナガンは重たげに刃を振るってゼストと激突する。
 しかし、遅い。
 彼の処理限界を超えているのか、今までと同じ速度にも関わらずエリオは今身体に満ちる力とは不釣合いだと思えた。
 だから。

「合一しよう、クラナガン」

『駄目だ!』

「言った筈だ! 僕は護って見せると! 君は僕に勝利を齎してくれると!!」

 叫ぶ。
 叫んで、ストラーダを握り締めながらエリオは涙を零して、告げた。

「やく…‥そくは…‥まもらないといけないんだよ、クラナガン」

 僕らは誓ったのだから。
 Tes.
 その聖なる契約に殉じると。

『……』

 数秒の沈黙。
 だが、永劫に長いと思えた。
 命の危機に晒されながら体感する走馬灯のように。

『分かった』

 そして、答えが返ってくる。

「本当!?」

『だが、約束してくれ。決して無理はしないと、死なないための努力は私はする。けれど、全てを決めるのは君だ。私の操縦システムを君に全権委託する』

 手に握っていたストラーダがその床下から開く亀裂に飲み込まれた。
 そして、エリオの周囲に青い光が溢れて――


「二度目の敗北を噛み締めろ、クラナガン!」



 ――エリオは
    ――クラナガンと
       ――化していた。




『おぉおおおお!!!』

 繰り出される刺突。
 それをエリオは叫びながら、グレートクラナガンの両腕を使って防いだ。

「ぬ!?」

 突き刺さる矛先、絶叫を上げたいほどに痛い。
 痛い、痛い、痛い。
 全身が痛かった。砕けた装甲が痛みとしてフィードバック、操者に襲い掛かる、痛覚として、現実の傷として。
 命すらも共有しているに違いない。
 だけど。

(クラナガンは今までこの痛みを一人で耐えていたんだ)

 エリオは我慢する。
 幼い、もっと幼い子供の頃の自分を考える。
 優しかった両親の思い出。一人で転んでも起き上がるように言われた、その時の気持ち。
 なんで起こしてくれないの?
 なんで優しくしてくれないの?
 考える、考える。

 そして――エリオ、君は強い子だから一人で起き上がれるよ。

 かけられたのは優しい言葉。
 偽りの記憶だとしても、それが大切だった。
 連れ去られた研究所で味わった実験はもっと痛かった。泣き叫んだ。
 でも、この痛みに比べてはどれだけマシだったのだろうか。
 誰かの為に耐える痛みはこれほどに痛くて、けれども耐えなければいけないと勇気が湧き上がる。

『ゼェストォオオオオ!!』

 グレートクラナガンの口元のフェイスガードが吊り上がる。
 瞳に電光の如き光を宿して、エリオは、クラナガンは、腕を振り抜いた。

「ぬっ!!?」

 ぶん殴った。
 迫っていたゼストを殴り飛ばした。
 吹っ飛んだ、まるで投げ込んだ野球ボールのように、吹き飛んだ、大地に叩きつけられて、粉塵を巻き上げる。

『ハァ、ハァ』

『エリオ。よくやった』

『……クラナガン?』

 二重に響く声。

『合一に成功した。ストラーダから得た君の子体自弦振動によって上手く調整が出来たようだ』

 僕の武器。僕のデバイス。それが故に成功したのだといわれて、エリオは嬉しくて笑みを浮かべようとした。
 そこでようやく彼は気付いた。
 自分の視点が変わっていることに。

『こ、これが?』

 エリオは巨大な巨神そのものとなっていた。
 自分の手足のように感覚が伝わり、反応がある。まるで自分の身体が装甲を纏ったような重み、けれど力強い。

『ああ。これが合一だ。命を共有する故に出来る感覚の同調、武神本来の操縦方法』

『そうなんだ』

 すると、エリオは先ほどまで味わっていた痛みが少なくなっていることに気付いた。
 オートリザレクションが機能していることもそうだが、おそらくクラナガンが演算処理と同時に痛覚の減殺化を行っているのだろう。
 それがありがたくも申し訳ないような気がした。

「は、はははは!!」

 その時だった。

『!?』

 声がした。
 忘れようのない声が。
 粉塵を吹き飛ばし、額から血を流すゼストが其処にいた。

「合一を果たしたか! ならばいい。ならばこそ、戦う価値がある!」

 轟々と唸りを上げて、地面に突き刺さる巨槍。
 それに手を当てて、持ち上げながら叫ぶ。

「アギト! 炎熱の出力を上げろ!!」

 巨大なる槍、それが握り手から火が伸びていく。
 メラメラと可燃物でもないのに燃え盛り、それは美しいほどの炎を槍と化して、グレートクラナガンの剣と相対する。

「アギトの焔。B-Spの聖槍ほどではないが、武神如き灰も残さずに焼き尽くすぞ!」

『ならば、その焔ごと叩き切るまで!』

『これが最後の勝負だ!! 負けて、負けて、けれど最後には僕らが勝つ!!!』

 三度目の仕切りなおしの決闘。
 それが始まり、瞬く間に激化した。

 二つの姿が掻き消えた。

 二騎が風となって、舞い踊る。
 戦場そのものを嵐で包み込むように走りながら、大剣を、巨槍を、叩き付け合う。
 粉砕せよ、巨槍を!
 爆砕せよ、大剣を!
 蒼い粒子が、紅い火花が、お互いを喰らい合うように激突、激突、突撃突貫。
 誰もが手に汗握る。
 誰もが息を潜める。
 誰もが肝を冷やす。
 誰もが魂を燃やす。

『おぉおおおおお!!!』

「おぉおおおおお!!!」

 若き闘士が、偉大なる戦士に挑みかからんとする光景。
 それはすなわち騎士同士の決闘に他ならない。
 その身に叩き込まれた烈火の将、そしてクラナガンが放った剣術の数々を身体で覚えて、さらに喰らい尽くしていくエリオの剣技が、熟練たるベルカの騎士ゼストの槍技に挑みかかる。
 危うく、凄まじき、荒々しく、言葉を失う絶景。
 だがしかし、それはどこか楽しげでもあった。
 必死に挑みかかるグレートクラナガン、それと打ち合うゼストは丁寧に矛先を交えて、弾き、受け止め、斬り返す。
 荒々しき過剰殺戮武芸破砕の宴。
 天よ裂けよ、地よ割れよ、何もかも顧みない、何もかも背負い、戦う勇猛なる猛獣たちの戦い。
 クランガンと合一化したエリオの全身神経は膨大な演算処理を誇る機械と一体化し、人間の動態限界を超える速度で、思考速度で、あらゆる判断を下し、巨剣を叩き付ける。
 クラナガンと相対するゼストはアギトのサポートを受けて、出力を上昇させ、人体反応を超える速度の斬撃を予測と経験による未来予測に匹敵する六感で悟り、巨槍を打ち付ける。
 それには魔法が関わらない。
 それには兵装が関わらない。
 合一を果たし、グレートクラナガンの追加武装のリミッターが外れていた。
 今ならば肩に付けたベルセルクカノンも、両手から繰り出すスパイラル・キャノンダスターも放てるだろう。
 だがしかし、暇が無い。余裕が無い。それを繰り出す暇が与えられない。
 ゼストの肉体はあらゆる魔法が、大気を震わせ、障壁を張り、巨塊を粉砕するための射撃魔法もある。
 だがしかし、暇が無い。余裕が無い。それが無粋だと思えるほどに敵が強い。
 故に。
 打、打、打。
 破、破、破。
 前に進むために、進みを止めるために、破壊を撒き散らす。
 永劫に終わらない戦いのロンド。
 互いに力尽きるまで続くかと思えた舞踏。

「エリオ君!」

 一人の召還術師たる少女が、機神とそれに乗る少年の勝利を祈る。
 その無事を、その願いが貫けることを祈る純粋な祈り。
 その時だった。

『信じようよ、自分の世界を』

 歌が聞こえた。

『護ろうよ、大切な誰かを』

 音すらも凌駕する鋼鉄を叩き付け合いながら、歌が聞こえる。

『突き進もうよ、友達が倒れても』

 誰の為に突き進むのか、誰の為に戦うのか。

『歩き出そうよ、どんなに辛くても』

 まだ迷ってる、エリオは迷ってる・
 だけど、それでも。

『私の前には誰かがいる』

 目標とすべきと言われた人物が笑いながら、矛先を打ち付けて。

『私の後ろには誰かがいる』

 護らないといけない人が沢山後ろにいて、それを受け止めて。

『仲間が、友達が、好きな人が待っているから』

 勝ち抜くために矛先を弾いて、逸らし。

『私たちは突き進む』

 足を踏み出し、無限駆動が唸りを上げて直進して突き進み。

『私たちは武器を取る』

 手に持った巨大な刃を、声にならない声で振り翳して。

『私たちは信じあう』

 目の前に迫る槍の柄、燃え盛る焔の盾。
 それを。

『手の平を突き出して、掴み取る』

 打ち砕く。

『ただそれだけは間違ってないから!』

 断てると信じて、エリオは真っ直ぐに信じて振り下ろした。

 遠くから響く歓声の咆哮に応えるように、エリオは世界に響き渡る絶叫を吼え上げた。










 決着は付いた。
 疑似物質で造り上げた巨槍の柄を粉砕し、鋼鉄をも灰に還す紅蓮の炎を突き破り、グレートクラナガンの一刀はゼストを打ち飛ばした。

「がっ!!」

 血が流される。
 己へと迫る巨大なる刃、それを神がかり的な速度で障壁を張り、さらに身体を捻じ曲げて、回避しようとしたゼストの速度。
 だがそれでもなお、負傷を負った。
 決着は付いた。

「ふ、ふふふ……敗れたか」

 衝撃で吹き飛ばされた十数メートル先の虚空で、ゼストが薄く微笑みながらそう呟く。
 同時に融合を解除し、その傷を全て背負ったらしいゼストとは裏腹に無傷のアギトが飛び出した。

「だ、旦那! 大丈夫!?」

「ああ、平気だ」

 唇から血を滲ませながらも、ゼストはアギトを傍らに抱きしめて――こちらに構え続けるグレートクラナガンを見た。

「いい太刀筋だったな」

『これは僕だけじゃない』

『私だけでは貴方には勝てなかった』

 エリオとグレートクラナガンの声が重なり合う。

『私たち二人で貴方を凌駕した。それだけです』

 その手に握られたのは勇壮なる巨剣。
 魔を斬り、悪を切り裂き、闇を払い――神を断つ。
 斬神巨刀と化したエグジストブレードを構えるグレートクラナガン。
 その姿こそ傷だらけだったが、僅か数分前よりも大きく、そして力強く輝いているような気がした。

「なるほど。ならば、名も知らぬ若き少年よ。名前を聞いておこうか」

 一瞬息を飲んだような間が開いて。

『エリオ。エリオ・モンディアルです。ゼスト・グランガイツ』

「なるほど。覚えておこう。いずれまた会う時までな」

 そう告げた瞬間、ゼストが千切れたコートの裾を翻して、アギトを包んだ。

「ああ、そうだ。一言言っておく」

 静かに、けれど響き渡るように。

「俺の役目は果たした」

 それと同時にその周囲が歪む。

『っ! まて!!』

 手を伸ばしたグレートクラナガン。
 その一瞬前にアギトがべーと舌を突き出して、二人の姿が掻き消えた。

『無理だ。エリオ。転移魔法――いや、転移魔法に対してはジャミングを布いている。高レベル召喚術士による召喚転移だ、間に合わない』

 グレートクラナガンが解析した結果を言葉に出す。
 おそらくは今までのガジェットなどもその召喚術による転移だったのだろうと、エリオに告げるクラナガンの音声素子は告げた。

『そうか。でも――』

 エリオは後ろに振り返る。
 グレートクラナガン、彼が振り返った先には喝采を上げる陸士たちが、人々が、そして仲間たちが居た。


『僕は護れたんだ』


 腕を振り上げて、二人の勇者が咆哮を上げる。
 それと同時に皆がグレートクラナガンに走り出した。











「う、うぅ~。エリオ~、立派になったね。私保護者なのに置いてかれそうだよ」

「ほらほら、泣かないで」

「嬉し泣きだよ、はやて」

「男の子だね。ユーノ君とかもあんなんだったのかな? 司書を務めるようになってから凛々しくなっちゃったけど」

 悲しい涙から嬉しい涙に切り替わったフェイトが、ポケットから取り出したハンカチで涙を拭っていた。
 他の人々も既に感化されたのかパチパチと拍手している。

「友情、努力、勝利! やったね、佐山君」

「うむ。これで新庄君の喜びバリエーションが13個ほど増えた。後で編集して新庄君アルバム花開く時Ver.21として作成しなくては……む? 新庄君、何故私の襟に手を」

 ギューと無言で佐山のネクタイを締め上げる新庄。
 青白くなっていく佐山の顔をレジアスは楽しげに見ると、やれやれと肩を鳴らして。

「まあ無事に終わったのぉ」

 息を吐いた時だった。
 プルルルル。
 古めかしいベルの音がした

「む?」

「私が出ます」

 シュタッと黒子が持ってきた黒電話を、オーリスは頭痛薬を飲むことを決めながら受け取り「もしもし?」と訊ねた。

「え? ふむふむ、分かった。伝えておく。ああ、関係者はここにいるから問題は無い。病院に搬送してくれ」

 ガチャンと電話を切り、オーリスが振り返った。

「レジアス中将。それにはやて部隊長」

「む?」

「なんや」

「――機動六課隊舎が敵の襲撃で壊滅したそうです」

 沈黙。
 沈黙。
 五秒ほど経って、はやては息を吸い込み、叫んだ。


「なんやて~!!!!」







 地上本部攻防戦終了

 第一回 スカリエッティ拿捕大作戦 に移行する







*******************************
武神戦はここで一旦終了。
次回からは平常運転の生身変態乱舞です。






[21212] 第一回 スカリエッティ拿捕大作戦 その1
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:84e524a9
Date: 2010/10/02 18:01
 夜が明けた。
 日付は過ぎ、明るくなった空が浮かぶ。
 けれども、昨日とは違う光景があった。
 壊れ果てた建物。破壊されつくした大切な場所。
 機動六課隊舎、それが全壊していた。
 そして、それを悲しげに見つめる者たちがいた。

「……酷いわね」

「そう、だね」

 スバルとティアナが見上げて呟く。
 力不足を嘆くかのように唇を噛み締める彼女たちの肩を叩くのは、ギンガとティーダ。

「落ち着いて、スバル」

「そうだ。ティアナ。幸い死傷者はいないんだ、建物なんざ幾らでも立て直せる」

「そうですね。そうですよね」

「ギャフー」

 二人の言葉に応えるのはキャロとフリード。
 俯いていた顔を上げて、拳を握り締める。

「……ヴィータ隊長、シャマル先生、ザフィーラが頑張ってくれたおかげですよね。まさか、まだ戦闘機人が二人も残ってたなんて」

 エリオが呟く。
 あの時、地上本部での戦いをめくらましに機動六課の隊舎に二人の戦闘機人が現れたのだと聞いていた。
 無数のガジェット――それも新型のⅣ型に、二人の戦闘機人と黒い人型の召喚獣を連れた召喚術士によってヴィヴィオが攫われた。
 隊舎に残っていたヴィータとリインフォースⅡにシャマルとザフィーラが応戦したものの、地雷王と呼ばれた召喚獣の震動で建物は崩壊し、追撃を振り切られた。
 まだ軽傷だったヴィータは手当てもそこそこに仕事に戻り、重傷を負ったシャマルとザフィーラもまた今は病院で手当を受けているらしい。
 重傷者二人、軽傷者多数、施設全損。
 それが結果だった。

「僕が……僕がもっと早くあの人を倒していれば」

 護れたと信じたのに、護り切れていなかった。
 自惚れは自覚となって重くエリオの心に圧し掛かる。

「そんな。エリオ君は精一杯やったよ! あんなに強い人を倒したんだもん!!」

「そうだよ、エリオ」

「そう。エリオは精一杯やったわ。むしろ私たちの方が」

 ジュエルビーストを一体倒しただけ。
 それだけの結果――常識的に考えればそれだけでも大収穫だというのに、フォワード陣たちは力が足りないと嘆く。
 もっと強く。
 もっと頑張っていれば。
 誰もがそう悔いながら……

「へーい、モロコシ一丁!」

「あ、俺ヤキソバで」

「私、豚汁ね~」

 崩壊した機動六課の施設の傍、炊き出し中の陸士たちから彼女たちの感傷は砕かれた。
 つい一時間ほど前にガラガラと手製屋台を引きずって、現場検証から邪魔にならない位置で炊き出しを始めたミッドチルダUCATの陸士たちの下に、休憩中の陸士や六課隊員たちが群がっていた。

「あ、俺バターじゃがで」

「私はモロコシかな~。スバル何本食べるー?」

「え? アタシ三本!」

「あ、僕。バターじゃがください!」

 そそくさと駆け寄り、貰っているギンガとティーダ。
 所詮UCATだった。
 そして、それに即座に答えるスバルとエリオもまた適応力が高いと言わざるを得ないだろう。

「……もうやだ、この人たち」

 体育座りで地面にしゃがみこみ、のの字を書き出すティアナ。

「てぃ、ティアナさーん! 落ち込まないでー!」

 必死に励ますキャロだった。







 地上本部、中将室。
 そこに一人の女性が訪れようとしていた。

「――レジアス中将、先日の被害報告がまとまりました。チェックをお願いします」

 プシューと蒸気が抜けるような音と共にオーリス・ゲイズが室内に入る。
 と、同時に右を見た。
 ――マッサージ椅子には誰もいない。
 さらに左を見た。
 ――ルームランナーに走っている姿はない。
 前を見た。
 レジアスらしき後姿はちゃんと座っていた。

「中将。書類です」

 ほっと息を吐いて、オーリスが近づいた。
 しかし。

「……が~」

「?」

 何か奇妙な声が聞こえた。

「中将?」

 呼びかけるが反応はない。
 ゆったり、ゆったりと揺れながら、椅子を揺らしているだけ。

「……」

 カツカツとオーリスが近づき、その椅子の頭部分を掴んでこちらに向けさせた。

「が~……ご~……」

 レジアスがそこにいた。
 ただし、アイマスクを着けて寝ていた。居眠りこいていた。

「……」

 ニコリとオーリスが笑う。
 こめかみに血管を浮かべながら、書類を机の上に置いた。
 そして、懐から長くて、白くて、分厚くて、ぎざぎざの角度が入ったものを振り上げると。

「起きろぉおおおお!!!」

 パシーンとひっぱたいた。
 ひたすら殴った。
 叩きまくった。

「ぬお!? な、なんだ!? まだ夜か!? めが、目がぁみえんぞぉおおお!?!」

 慌てて起きて、でも、アイマスクで前が見えないレジアスを涙目でオーリスは叩く。

「この馬鹿親ー!!」

 ぎゃー!
 という景気のいいレジアスの叫び声が地上本部に響き渡った。

 今日も地上本部は平和だった。







 そんな声は下の階でも聞こえた。
 廊下で片腕にギプスを嵌めた陸士と片目を覆う包帯を付けた陸士が、ばたばたと騒がしい廊下の邪魔にならないように隅っこで対局していた。

「おー。今日もレジアス中将の悲鳴が聞こえるなぁ」

 プルプルと震える指先で、駒を摘む陸士。

「だな」

 それに答えて、もう一人の陸士も駒を摘む。
 彼らがやっているのは将棋台に、将棋の駒を使ったゲームである。
 ただし、山崩し。
 神経を尖らせ、真剣みを帯びた二人の目つきは針一本逃さない鋭さを持って将棋の山に向かっていた。

「しかし、どうなるんだろうなー」

「あぁ?」

 ポツリと片腕ギプスの陸士の言葉に、片目包帯が首をかしげる。

「ほら、地上本部はまあ無事だけどよ。機動六課壊滅したらしいじゃん」

「らしいなー。あー、ティアナちゃん無事だよなぁ。俺、昨日デバイスで撮影しちゃったよ。スパッツ美少女なスバルちゃんもいいけど。ツンデレは世界の宝だよな」

「ティーダがいなくて良かったな。お前殺されてるぞ」

 確かに。
 と、同時に頷く二人。

「ま、あれだ。俺が言いたいのはこのままで平気か、ってことだよ」

「あー?」

「だってよ。あ、確かスカリエッティだっけ? 昨日攻め込んできた馬鹿犯罪者」

 先日、何名かの陸士と聖王教会の騎士によって攻め込んできた戦闘機人の大半を鹵獲したらしい。
 一名ほどロビーで上着を着せただけでほぼ全裸の赤毛の戦闘機人を運んできた陸士が、帰りを待っていたらしい以前逮捕された戦闘機人の一人に蹴り飛ばされて、涙目で「お前が死ぬまで、殴るのを止めないッスー!! うわーん!!」 と、タコ殴りにされていたらしいが、まあどうでもいいだろう。
 そこから尋問で手に入れた情報によると、敵の名前はジェイル・スカリエッティということがミッドチルダUCAT全員に通達されていた。

「あれがさ。なんも言ってこないの不気味じゃね?」

「まあ確かになー」

 プルプルと指先で駒を摘み、息を止めながら運ぶ片目包帯陸士。
 その前に。

「ほれ」

「ん?」

 片手を鼻に突き刺して、舌をベロベロと出した片手ギプス陸士の顔があった。

「ぶっ!!!」

 息を吹き出し、駒が反動で落ちる。
 同時にガラリと積んだ将棋の山が崩れた。

「ひゃっはー! オレの勝ちだー!! テメエ、ちょっとファーストフードでスマイル頼んで来い! あ、約束どおり――『僕は君に恋をしてしまったんだ。ああ、僕の心は今にも張り裂けそう、それを防ぐためには君の笑顔が必要なんだ! さあ笑顔を見せてくれ!』 と、あとポーズ忘れるなよ!!」

「ひ、卑怯だぞ!!」

「勝てば官軍じゃー!!」

 うるせー! と、逆切れを起こした片目包帯陸士が将棋台をひっくり返した。
 やるか、テメー! と、乱闘が始まり、それと同時にその背後で「こ、これで最後だ……」と、慎重に慎重を重ねてジェンガをやっていた陸士の手元が狂い――具体的には崩れた。

「ノ、ノノノノ――ノォオオオオオオオ!!!」

 断末魔の如き悲鳴が上がる。
 両手を頬に当てて、腰をくねくねと捻り、ジェンガ陸士が血の涙を流し、振り向いた。

「オバエラナルャッデンディスカー!?」

「人語じゃねー!?」

 ろれつが廻らない挙句に、人外の叫び声を上げて、ジェンガ陸士が参戦。
 馬鹿の醜い争いが始まった。
 担架で運ばれている隊員が巻き込まれてぶち切れを起こしたり、近くの仮眠室で寝ていた陸士がデバイスを持ち出して「一晩中戦ってたんじゃー!! 寝かせろや、ごるあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」と、血走った目で参戦するなど、カオスな状態になっていく。

 しかし、これもまたいつものことである。






「……騒がしいなぁ」

「仕方ありません、主。これが彼らのいつものなのです」

 そんな喧騒を見ながら、廊下を歩いていた二人の女性がいた。
 八神 はやて。
 そして、その侍従にして烈火の騎士、シグナム。
 積み重なる頭痛に冷えピタを貼って対応しているはやてと違って、シグナムは何を見ても平然としていた。

「……よく平気やな、シグナム」

「まあ慣れました。お忘れですか、主。私の本来の職場はここなのですよ?」

 そう告げると、シグナムはふぅっと息を吐いて、少しだけネクタイを緩めて、チラッと襟首を開いた――瞬間、バッとカメラを構えて近づいてきた陸士の一人の腕を掴み「甘い、ベルカ背負い投げ!!」と、投げ飛ばした。

「ァー!!!」

 ポーンと飛んでいく陸士が壁に激突し、その次の瞬間、彼は鈍器を持った陸士たちに殴打されていた。
 抜け駆けすんなー! この不浄ものぉおおお!! お仕置きよ、お仕置きよ! 飛び散る罵声に加えて。
 テメエ、しかも失敗しやがってー! と、本音が混ざった怒りだった。

「……油断しないでください、主」

 ネクタイを締め直し、慣れた仕草で手櫛を使い、髪を整え直すシグナム。
 その佇まいに一切の隙はない騎士としての動きだった。

「今、シグナムに対する評価が70度ぐらい横に歪んだわ」

「まだ私でも主の刺激になれるのですね。嬉しいです」

 私は嬉しくない。と、少しだけはやてが凹んだ。
 シグナムが首を僅かに横にかしげると、はやてを先導するように。

「では、行きましょうか」

 辿り付いたエレベーターの開閉ボタンを開けた。

 ガーと開いた先には『きゃもーん!』『許可します』『ウェルカム!』という言わんばかりに親指を立てた三人の全身白タイツにネコ耳を付けた男たちがいた。













具体的にはこんなの ↓

                  ∩
                  ( ⌒)      ∩_ _ 許可します
                 /,. ノ      i .,,E)
             / /"      / /"
  _nきゃもーん! / / ハ,,ハ  ,/ ノ'
 ( l    ハ,,ハ   / / ゚ω゚ )/ / ハ,,ハ    ウェルカム!
  \ \ ( ゚ω゚ )(       / ( ゚ω゚ )     n
   ヽ___ ̄ ̄ ノ ヽ      |  ̄     \    ( E)
     /    /   \    ヽ フ    / ヽ ヽ_//





「……」

 言葉も語らず、はやては閉めるボタンを押した。
 ガーと閉まっていく彼らはずっと笑顔を浮かべたままだった。
 チンッと閉じた扉にはやては一言。

「あれ、なに?」

「ああ、UCATに住み着いているネコ耳精霊ですね。運がいいですよ、主。滅多に出てこないですから」

 平然とシグナムが答えた。
 その冷静さが逆に恐ろしかった。

「あんなおぞましい精霊がおるかー!!!」

 絶叫だった。
 はやては頭を押さえて、叫んだ。

「では、こっちのエレベーターを使いましょう」

 もう片方のエレベーターの開閉ボタンを押した。
 チーンと音を立てて開かれたドアの内部には――

「ほら、奥さん。ちょっとぐらいいじゃないですか」

「え、でも、私には夫が!」

 何故か酒屋の格好で、エプロンを付けた女性に迫る光景があった。

「……」

「……」

 二人と二人の視線が合う。
 エレベーター内の二人はいそいそと離れると、隅に置いた板を取り出し、見せた。

『エレベーター昼メロ劇場第53話 【奥さん、ちょっといいじゃないですか。寂しいんでしょ~】の巻』

「ご視聴ありがとうございましたー」

「ま――」

 バンッ!!

 はやては無言でエレベーターの扉を手動で閉めた。

「……ねえ、シグナム。あれなに?」

「ああ。あの二人はたまにエレベーターで寸劇やってるんですよ、さすが主。運がいいですね」

「あほかー!!」

 絶叫だった。
 はやての常識がまた砕かれた。
 もはや粉々だった。

「あ、主。今度は普通ですよ」

 ポーンと音を立てて開かれたエレベーターは綺麗だった。

「もういい。さっさといくで!」

 血気盛んにはやてが踏み出す――が、一瞬ピタッと空中で足を止めて。

「なあ、シグナム。罠とかあらへんよね?」

 恐る恐るといった態度で最大限の警戒をしながら、はやてがシグナムに尋ねる。

「何を言ってるんですか」

 シグナムは自然に微笑を浮かべて。

「エレベーターに罠なんて、常識的に考えてあるわけがないでしょう?」

「アンタが言うなぁああああああああああ!!」

 はやての三度目の絶叫だった。







 二人が向かう。
 エレベーターで階層を昇り、二人が向かったのはある一室だった。

「失礼します」

 それはある一室。
 ミッドチルダUCATの最高司令官である人物のいる場所。

『どうぞ』

 声をかけると、中から声がした。
 扉が開く。
 そして、はやてとシグナムはその内部へと入った。

「機動六課部隊長、八神はやて二佐です」

「機動六課ライトニング分隊副隊長 シグナム二等空尉です」

 踏み出す、中へ。
 そして、待ち構えるその人物にはやてとシグナムは敬礼した。


「ようこそ、機動六課の部隊長と副隊長」


 そこにいるのはレジアス・ゲイズ。
 そして、その副官たるオーリス。

「何用かね?」

 静かに訊ねられる問い。
 それに、はやては静かに告げた。

「今回の一件。犯罪者、ジェイル・スカリエッティ」

 彼女は告げる。
 ただ思いの為に。
 プライドを捨てて、誰かを護るためだけに。


「その捜査協力を申請します。海と陸、その共同捜査を!」


 今、この瞬間に歴史に刻まれる1ページが生み出された。









************************
更新が遅れてすみません
次回から変態が増えます






[21212] 第一回 スカリエッティ拿捕大作戦 その2
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:84e524a9
Date: 2010/10/03 00:55


 その言葉はどこまでも鮮明に室内に響き渡った。
 一人の少女が告げた言葉が、一人の英雄の眉に皺を寄せた。

「ほう? 共同捜査、か。常ならばそちらで情報を掌握し、こちらに指示を出すだけの“共同捜査”とは違うのかね?」

 落ち着いた言葉。
 しかし、内容は辛辣。
 レジアス・ゲイズは表情を変えない、罵倒しているわけでもなく、辛辣にしているわけでもなく、淡々と事実を告げる。
 それが逆に恐ろしかった。
 それが逆に罵倒されるよりも辛かった。
 管理局に勤めて十年。もう十年も経っているけれど、八神 はやては師でもあるゲンヤ・ナカジマから教わったことぐらいでしか海と陸の軋轢を理解していない。
 海での戦い、海での時間、海での年月。
 レアスキルを取得し、望んだものでは無いとはいえ法外とさえ言えるSSランク魔導師のはやてが陸に属することなどなかった。
 一時の滞在などで陸の実情を分かりきることなど不可能に近く、この地上に派遣されることは機動六課を創り上げるまでなかった。
 故の不安。経験が無い、語る資格があるのか? という不安がある。
 だけど、それでもはやては表情を変えずにただ前に進むために言葉を告げた。

「違います。陸と海が共に手を取り合い、共に真相に歩み寄り、全てを露にするための共同捜査です」

 そこまで告げて、はやては手に持っていたトランクケースを開いた。
 強固なケースにいれられていた数枚の書類、それを手に持ち、静かに歩み寄りながら前に出てきたオーリスに渡した。

「――これは?」

「こちらの方で作成したこれ以後の捜査活動における必要だと思われる情報などのリストです。恐れ入りながら自分の権限を持って本局からの共同捜査の許可及び必要な情報共有の許可は降りております」

 はやてはあえて標準語で告げた。
 本来ならば単なる一部隊の部隊長の権限如きで、地上本部との連結行動である共同捜査など許可が降りるわけが無い。
 だがしかし、はやてはあえて己の持つコネクションを持ってその不可能を可能にして見せた。
 これは危険な賭けだった。
 これで下手でもうって捜査が失敗に終わり、はやてが本局の面子を潰すような結果を残せば懲戒は免れないだろう。
 共同捜査という形にすれば地上本部の責も本局が担うことになる。逆もまた当然なのだが、それは本局としては想定外の事態だろう。
 何故に海と地上での共同捜査が開かれにくいか。
 それは簡単に言えば二つの要因がある。
 一つとしては本局即ち海としては地上部隊自体が下部組織だという認識。
 第97管理外世界における極東の日本機構、そこにおける警視庁と所轄の警察の関係に似ているだろう。
 二つ目としてはそれらの認識によって海と陸の間による不仲が上げられる。
 共に時空管理局という組織に所属していても仲違いし、縄張り意識を持って協力を拒むのだ。
 一口に下らないと切り捨てられれば楽なのだが、現実はそこまで容易くない。
 始まりは些細なことだったとしても、積み重ねられた年月は深く、根深く、冷たいものとなる。
 ただの一人の努力で改善できるのならば当に世界は平和なのだろう。
 そして、今回のはやての行動は劇薬にも近いものだった。
 たった一人の二等陸佐が起こした行動。
 それに地上本部すなわちミッドチルダUCATの首魁といっても過言ではない男はオーリスから書類を受け取り、目を走らせると。

「ふむ。中々に画期的な行動だな、八神はやて二等陸佐」

「恐れ入ります」

 威圧感すらも感じる発言だった。
 その身に重ねてきた年月の違いか、それとも指揮するものとしての重圧の差か、レジアスの言葉一つ一つがはやてに重く圧し掛かる。
 ギィっと椅子が響かせる重みの悲鳴すらも、それは彼が行うだろう行動の前兆にしか思えなかった。
 そして、レジアスはゆっくりと顎の髭を撫でると。


「よかろう。許可をする」


 そう告げた。
 一瞬心臓が止まったかと思えるような言葉。

「え?」

 はやてが目を見開いたのを見て、再度レジアスは告げた。

「許可をするといった。八神 はやて二等陸佐。必要な部隊と閲覧情報の権限パスは――オーリス、お前に編成を任せる」

「ハッ!」

 オーリスが頭を下げて、承諾の意を取った。

「ありがとうございます」

 はやてが安堵の息を吐きながら、礼を告げると。
 レジアスは今までの頑固な岩のような表情を緩ませて、薄く微笑みながら告げる。

「なに。この程度ならば造作も無い。私たちの宿願であり義務は地上の平和を護り、それを脅かすものを叩き潰すことだ。そのためならば悪魔の手さえも借りよう。それと比べれば主らのような美少女の手を取ることに何の抵抗がある?」

 といって、レジアスは軽く息を吐いて机に置いておいたコーヒーを啜った。
 その姿に、はやては思った。

(ああ、この間は変態やったけど、この人普段は真面目なんやねぇ)

 と、安心していた。
 だがしかし、この程度で終わるのならば横に立つオーリスが胃薬を常備する必要は無いのだ。
 レジアスがふと思い出したように告げる。

「む? そういえば、八神二等陸佐。一つ訊ねたいことがあるのだが」

「? な、なんでしょうか?」

「先日そちらの隊舎が半壊したらしいが、復旧までの間はどこで隊員たちを待機させるつもりかね?」

「あ、それなら一応考えがあるで。そっちの申請書類に内容は書いてあるんですが」

 予測外の言葉にうっかりと地の言葉遣いで出た。
 しかし、レジアスは気にした様子もなく書類を捲る。
 そして、見ながらうーむと唸って告げる。

「……なるほど、こういう手段を取るか。それなら確かに効率はいいだろうが……」

 ぬぬぬと眉間に皺を寄せるレジアス。
 あ、さすがに問題なんか、とはやてが息を飲んだ瞬間だった。

「しかし、困ったな。一応そちらから申請があるかと思って、仮の隊舎設備を準備しておいたのだが」

「へ?」

 まさか準備などしてもらっているとは思ってもいなかった。
 はやてが間の抜けた声を漏らすと、レジアスは目を向けた。

「なにかね? その態度は」

「い、いえ。まさかそのような配慮をしてもらえるとは思ってもみませんでしたので」

「何を言っている。これは義務であり、当然の事だ。我々ミッドチルダUCATは地上の平和と保安を保つことだ、それには地上に隊舎をおいている君たち、機動六課諸君も例外ではない。守護し、共存し、助け合う。それが同じ組織であり、同じ世界に生きるものの役目だ」

 素敵な言葉だった。

「れ、レジアス中将」

 かっこええなぁ、とはやてが一瞬考えてしまうぐらいにさらりと告げられた言葉にときめいた。
 あれぐらいさらりといい台詞吐いてみたいわぁ、と彼女が考えているとも知れずにレジアスはぽちっと机の上のコンソールを叩くと。

「ちなみにこんな建物だが、どうかね?」

 ブゥンと空間にモニターが現れて、一つの白い建物が映り出す。
 どこからかカメラを開いているのか、地上本部の施設近くにある建築物。
 それは白いプレハブ小屋だった。
 そして、その周りには――沢山の笑顔を浮かべた人々が焼肉を焼いていた。






『ミッドチルダUCATライブ打ち上げ&来たれ美少女!! 機動六課の皆様大歓迎!!』

 というのぼりと共に沢山の陸士たちがわーといいながら、飾り付けをしていたり、ダルマの片目を墨で塗っていたり、なによりも施設の前で鉄板で肉と野菜を焼いていた。
 カメラと同時に集音マイクでも設置されているのか、声が聞こえる。

『俺の鉄板料理は世界一ぃいい! あーあたたたたたたっ!!』

『すげえ!? 肉が、野菜が、空を舞ってやがる』

 肉を焼いているコック帽陸士の手元が見えない。
 斬光のように両手に持ったヘラが閃き、乱舞を繰り出し、ジャカジャカと野菜を、肉を舞わせて、さらには投入されたヤキソバなどをものの見事に掻き混ぜていく。
 じゅうじゅうと赤く焼けた鉄板でありながら、それは丁度いいぐらいにしかこげずに、熱を通していくのだ。
 その後ろでは。

『いくぞ!』

『こい!』

 同じように包丁を両手に構えるエプロン装備の陸士が、野菜を両手に持ったパートナー達に頷く。
 そして、同時にキャベツが、ニンジンが、タマネギが、肉が、放り投げられて。

『おりゃあああ!!!』

 跳んだ。
 高々とエプロン陸士が舞い上がり、ほわー!! と奇声を上げて回転。
 煌めく一閃と共に野菜が切り刻まれて、皮を剥かれて、バケツを抱えた陸士にナイスキャッチ。
 ぴょいーんぴょいーんと地面に降りてはジャンプし、野菜を刻みながら、時折空中で『隠しブローック!』と何かを砕いていた。

『にくー! にくー!』

『はむはむ! はむはむ!!! はははむ! この気持ち! まさしく愛だ!! はむー!』

『俺の肉だー!!』

『私の肉よー!!』

 鉄板の隅では箸と箸、フォークとナイフを金属音と共に激突させながら肉を喰らっている男女の陸士がいたり、ビールを片手に恋人らしき女性に抱きついた大柄な男が廻し蹴りと共にぶっ飛んだり。
 ビールを飲んで真っ赤な顔の黒い髪に一房の金髪を持った女性の色気に悶えている少年が背後から飛んできた跳び蹴りで鉄板に頭をぶつけて、次の瞬間『やけー!? 焼けたー! なにするんですか!? 僕の真っ赤なハートよりも真っ赤な鉄板で僕の顔が焼けましたよ!!』と悲鳴を上げていたりする。

『あ、お兄ちゃん! 私の歌どうだったかな?』

『凄かったに決まってるだろ? お前の歌が綺麗なのは俺が一番よく知っているさ』

 と、どこぞで見たことのある青年が、見覚えの薄い少女と一緒に焼肉を食っていたりするが多分幻影だ。
 そう思わないとやっていられなかった。

『美っ少女、美っ少女、ランランラ~ン♪』

『今日も元気だ、萌え盛る♪』

『俺たちUCAT、魔法少女が大好きさ~♪』

 などと歌いながら、プレハブ小屋にペンキなどを塗っている陸士たちの姿が沢山いたけど、多分青春の過ちや。
 キャンプファイヤー式に松明を持って、輪になって『魔王様、魔王様、リリカルマジカル~』とかなにやら怪しげな言葉を呟いて踊っているが多分気のせいだ。




「と、局員たちは君たちを待ちかねているのだが……どうしたのかね? うなだれて」

 ORZ と言わんばかりにはやては突っ伏していた。
 その後ろで「主、どうしたのですか? どこか体調でも優れないのでしょうか?」 と言っている大切な家族の言葉がどこか遠いものに聞こえていた。
 すくっと頑張って起き上がると。

「――謹んでお断りさせていただきます」

 はやてはどこか乾いた笑みでそう告げた。

『ええ~!!?!?!』

 と、モニター画面に瞬時に飛びつき、顔をめり込ませた無数の陸士たちの顔をはやては見なかった。見向きもしなかった。

「む。そうかね。ならば、仕方あるまい」

 と、モニター画面を切る。
 うきぃー! という声が最後に聞こえていたような気がしたが、誰もが無視した。


 こうして、機動六課とミッドチルダUCATの共同戦線は確約された。







 そして。
 時空管理局本局、そこにはやては来ていた。
 地上本部からその足で流れるように、或いは逃げるようにやってきた。
 シグナムに幾つかの手続きと連絡事項を伝えて、今頃は六課のなのはたちに連絡は伝わっているだろう。
 そう考えながら、はやては管理局本局の真面目な空気を生き生きと吸っていた。

(ああー、癒されるー)

 真面目な雰囲気を漂う本局の空気を吸い、とても心が癒されていくを実感しながらはやてはガラスにも似た窓の向こうに移る一隻の白い船を見下ろしていた。

「――はやて」

 その時だった。
 足音と聞き覚えのある声に振り返る。
 そこには一人の男がいた。
 女と見間違うばかりの深い緑の長髪を靡かせて、白いスーツを身に纏った男。優しく蕩けるような甘いマスク、長身の上に隙一つ無い規則正しく背筋を伸ばした姿勢。
 このような場所でなければどこかの貴族か、それともホストかと思うような美男子。
 彼の名をはやては知っていた。
 ヴェロッサ・アコース、時空管理局本局に属する査察官。
 そして、はやての友人でもある青年提督の親友である人物だった。

「待たせたかな?」

 彼がそう告げると、はやてはううんと首を横に振って。

「別にそう待ったわけでもないで、ロッサ。少し遅刻やけどな」

 待ち合わせ時刻からは五分ほど遅れている。
 しっかりとした身だしなみとは裏腹に、サボリや遅刻などが多いのが彼だ。
 幾ら説教をしても直らないのが彼らしい。

「で、はやて。用件だけど、アースラの改修作業はほぼ終わった。多少手筈に手こずったけど、一応三提督や義姉さんの権限を使って押し通したよ」

「悪いな~、ロッサ。こんなこと頼んでもうて」

 露骨に権力を使って無理を通したと告げるロッサに、はやてはうんうんとまだ真っ当な返事に激しく癒されながら頷いた。
 常識的に考えれば多かれ少なかれ罪悪感を感じるようなやり口だが、現在のはやての精神状況はそんな細かいことは気にしない。

「別に構わないさ。後ろ盾を使って押し通しているようなもんだけど、きっと必要なものだと僕も信じてるよ」

 そこまで告げると、ヴェロッサは静かにはやての横を歩いて、その透明な壁の向こうに見える一隻の船を眺めた。
 次元航行艦アースラ。
 はやてにとって色々と馴染み深い船だったが、耐久年数の限界が近く、老朽艦として解体されるはずだった。
 しかし、それをはやては使う。

「ごめんな、アースラ。ゆっくりと休ませたいのは山々なんやけど、もう少し頑張ってもらうわ」

 窓にその細い指を這わせながら、はやてはどこか謝るように告げる。
 必要な力がある。
 必要な翼があった。
 そして、はやては息を吐きながら目を見開いて――違和感に気付いた。

「……ロッサ」

「なんだい?」

「あれ、なに?」

 そう告げた指先には、アースラの艦首が映っている。
 其処にはなにやらぶっとくて、グルグルで、螺旋で、凶悪で、鋼で、どでかい武装が接続されようとしていた。
 あえて言おう、それは――ドリルであると。

「……」

「あれ、なに?」

「…………」

 サッとヴェロッサは顔を背けた。
 その肩をガシッとはやてが掴む。

「ね、ねえ、あれなんやの? ねぇ……」

 声が震えていた。
 嫌な予感がバリバリにした。

「……大変言いにくいことなんだけどね」

「うん」

「アースラを借り受けようとしたんだが、とある提督からの進言で条件が付いたんだ」

「じょ、条件?」

 フルフルとはやての肩が震えていた。何かに激しく怯えるように。

「そう。老朽艦で、廃棄処分を待っているだけとはいえ、単なる一個部隊に貸し与えるには次元航行船は大きすぎる。だから、条件を付けると言われたんだ」

「どんなの? あのドリルだけなら私涙を飲んで我慢するで?」

 プルプルと小動物のように震えて、涙目を浮かべながらはやては健気に告げる。
 だが、現実は非情で残酷で喜劇を好んだ。

「一つ目はアースラには幾つかの試作品装備の試験艦にすること」

「し、試作品?」

「そう。現在正常運用している次元航行船に装着させるよりも、比較的失っても問題の無い艦に装備させてデータを取りたいっていう意見があってね。あ、とはいっても武装じゃなくて、艦船機能の追加装備らしいよ」

「……ど、ドリル以外になんかあるんか」

 それだけで倒れたかった。
 パタッとよろめいて、ビクンビクンと痙攣して、何もかも忘れて布団に入りたい気分だった。
 けれど、ヴェロッサは最後に。

「そして、本局というかその追加条件の最後に――彼らを監査役として乗せる事だって」

 そう告げた瞬間、足音が聞こえた。

「え?」

 はやてが振り向く。
 そこには五人の男女がいた。
 一人は青年。黒いサングラスを付けた、黒い衣装を纏った青年。黒い髪に、その顔に浮かぶだろう冷静な黒い瞳をサングラスの奥に押し隠した熟練の戦士を思わせる静かな気配。
 一人は青年。女と見間違うような茶髪のポニーテール、女性のように細い手足、柔らかい笑みを浮かべ、私服らしい姿はどこもおかしくない。ただしその顔に仮面を着けていなければ。
 一人は初老。赤いサングラスを付けた初老の男。両手に白い手袋、どこか貴族を思わせるような豪奢なコートは軍服のようであり、威厳を漂わせた老獪。
 一人は女性。もう一人も女性。頭部にはネコ耳、尻尾も生えている彼女たちは美しい雌猫。人間ではない、使い魔。妖艶とさえ言える顔つきに妖しい笑みを浮かべて、それぞれ違う髪型だけが判別の要素。そして――何故か体操服にブルマ。
 あえて言おう。
 (頭の)おかしい連中だった。

「――!?!」

 ふらっと、はやてが倒れる。
 その背をヴェロッサが支えた。

「はやて! しっかりするんだ!!」

「ろ、ロッサ? 私、夢を見てるんやね、ここは本局なのに変態がおるなんておかしいわぁ。多分目が覚めればまた明日から真面目でぎこちなくて疲れる日々が。ああ、あと地上本部が壊滅したから私たちが頑張らないと、予言が実現してしまうんや」

「現実を直視するんだ!!」

 ペシペシとはやての頬を叩くヴェロッサ。
 そこに黒いサングラスを付けた青年が歩み寄り。

「ヴェロッサ、後は僕が引き受けよう。彼女はこれから頑張ってもらないといけないのだからね」

「……く、クロ――」

「違うぞ?」

 はやてを受け取り、むにーとその頬を引っ張りながら青年は告げる。

「僕のことは“ハーヴェイ”と呼んで欲しい。クロノ・ハラオウンという人物とは何も関係無い」

 ハーヴェイと名乗った青年は薄く微笑む。

「ちなみに、僕はマスク・ザ・フェレットで」

 仮面を付けた青年は何の臆面もなく告げる。

「私は提督と呼んでくれたまえ」

 初老の男は立派な髭を撫でながら楽しげに告げる。

「私はぬこ1号! 技の1号!」

「じゃあ、私ぬこ2号で! 力の2号!」

 ブルマネコ耳二人はノリノリだった。
 そして、卒倒したはやてを肩に担ぎながら、ハーヴェイは静かに告げる。

「さあ行こうか、諸君!」

 ザッと足音が鳴り響いた。
 歩く、歩く、歩く。
 変わった奇妙な集団が歩く。
 アースラに向けて、一つの戦舟に向けて、戦いの幕が開くのだ。

「戦いが始まるぞ」

 言葉が告げられる。

「待ちかねた闘争だ」

 言葉が輪唱する。
 廊下を歩く、怪訝な目つきが向けられる、だがそれがどうした。
 晒し者の聖人の如き視線、だがそれがどうした。
 生贄の処女のような哀れみの目が、だが、それがどうした。
 戦舟の前に佇む。
 一人の青年が言葉を紡ぐ。

「諸君、準備は出来たか!!」

 その時、アースラの改修をしていた局員たちが一斉に振り向いた。
 声が上がる。
 手が上がる。
 格納庫のドックの中で一人の青年の言葉が鳴り響く。

「諸君、祈りは済ませたか。諸君、思い残すことは無いか。諸君、朝から今までやり忘れたことは無いか!」

 帰って来たのは沈黙。
 肯定の沈黙。

「宜しい」

 ハーヴェイは笑う。

「ならば、向かおうか。待ちかねていた時だ、船も喜びを上げている!」

 ダンッと足音が鳴り響く。
 瞬間、アースラを包むドック内に音が反響した。
 それはまるで咆哮であり、或いは号泣の声かもしれない。
 何故に泣き叫ぶのか。
 それは喜びだ。歓喜の涙だ。

「さあ出撃だ。心打ち震えるような出撃だ!
 船出の時は来た!
 空に輝く星々を見つけて方角を定めるように、我々は次元の星々を眺めて道を見つけ出そう。
 空から流れる風を帯びて前に進むように、我々はこの世に満ちる奇跡を魔法に変えて旅立とう。
 夢は見たか。
 夢を見よう。
 ただし楽しい夢だ。悪夢は許さない。
 これから始まるのは修正の効かない過去ではない。
 今進む未来だ。
 現在を積み重ねて突き進む未来だ。
 こんなはずじゃなかったと誰にも言わせない未来のためだ!」

 吼える。
 震える。
 心の赴くままに。

 艦長としての威厳が心を震わせる。

「さあ諸君、コレで万事後悔はないのならば声を上げろ!!」

『おう!!』

 咆哮が上がる。
 ただの船を整備するだけのスタッフが誇りを胸に抱く。
 その様相に提督は嬉しそうに告げた。

「立派になったな、少年」

「いえ、まだ未熟です。言葉を重ねなければ想いは伝わないのですから」

「そうか、修練したまえ」

 そんな会話を終わらせて、一人を背負った五人がアースラに乗り込む。


「う~ん、う~ん……わ、私が部隊長やでぇ」


 という寝言があったような気がしたが、聞いた者は誰もいなかった。












 そして。
 そして、そして、そして。

「……UCATと機動六課が手を組んだか」

 一人の狂人は齎された情報にクスクスと笑い声を上げていた。
 静かな場所だ。
 嬉しい場所だ。
 壊れた場所だ。
 狂える場所だ。
 一人の愚者であり賢人は楽しげに笑う。

「喜ばしいじゃないか、嬉しいじゃないか、壊れたいほどに、狂えるほどに笑いが止まらない」

 彼は嗤う。
 笑みを浮かべながら、一人の女を抱いていた。
 美しい女だった。彼への愛を変わらずに抱く造り出された命だった。

「ドクター……何故嗤うのですか?」

 戦闘機人が長女、始まりの数字を持つ女は交わりながら尋ねる。
 ふくよかな肉感、細く編みこまれた鉄線のような鍛え上げられた胸板に丸い乳房を押し付けながら、喘ぐように声が漏れる。
 彼女の全身に流れる珠のような汗も、迸る旋律の如き声も、全ては創造主のための供物だった。

「妹たちはあれほどまでに負けてしまったのに……」

 ただ一人彼に体を許された女性は、己が姉妹たちの敗北に嘆きを発す。

「心配はいらないさ」

 狂える賢人はその手で機械の身体を持つ女に愛を囁く。

「彼女たちの敗北は価値がある。全て計算以内、悲しいが――まったくもって支障が無い」

 それが事実だった。
 彼に気にする要素はなかった。
 徹底的に心情を排除すれば彼の計画に問題はなかったのだ。
 悲鳴じみた強制を上げる己が作品を、壊れない程度にあやしながら彼は濡れた手で己の頬を撫でる。

「必要なファクターは揃った。古き傀儡の如き王の一体も、それの纏う鎧であり墓場も手に入れた」

 嗤う。
 嗤う。
 楽しいからこそ嗤う。

「賢く生きてもしょうがない、ならば愚かしく嗤うだけさ」

 その黄金の瞳はどこまでも濁って、壊れて、泣き叫ぶ女の痴態を見ながら冷めていた。
 世界への革新などどうでもいい。
 まだ見ぬ探求と悦楽こそが目的。
 目的無き目的を果たすために、愚かな賢人は最後の駒を進めていく。




 歴史の革新は間も無く。

 悪と悪役と正義の舞踏会はベルを鳴らして、演奏を奏で始めた。






















おまけ

 今回のナンバーズ



1.劇的! ナンバーズ


 一人の少女がいた。
 数ヶ月前に逮捕された少女は囚われていた……筈である。

「え、えっと……こうすればいいのかな?」

 後ろ髪だけを長く伸ばしたポニーテールが特徴な少女。
 彼女は扇情的なポーズを取っていた。
 その身に纏った白いドレス。祈りを篭めて、願いを溢れさせたかのような純白のドレス。
 それは世間一般的にはこう呼ばれる格好だった。
 新婦、と。
 ウェディングドレスを纏った少女は手を伸ばし、しゃがみこむような姿勢を取る。
 どことは言わないがむきゅっという音がした。

「次はこうですよね?」

 煌めく光の乱舞を浴びながら、ディエチはドレスのスカートを指で摘むと、少しだけ膝を曲げた、可愛らしいポーズを取った。
 パシャパシャとシャッター音が鳴り響く。
 そして、そのままターン。
 ヒラリと白いドレスが風を孕み、ふわりと踊るように彼女を美しく描き出す。

「どう、かな?」

 手に持ったブーケの香りを嗅ぐようなポーズ。
 後ろの背中部分が露出しており、それは息を飲むほどに色気と清純さが混合した矛盾した美しさだった。

「えっと……え? 次はそうするんですか?」

 ディエチが息を飲んだ。
 顔が蒸気したように赤く染まり、少しだけ後ろ手でモジモジした後に。

「す、少しだけだからね」

 するりと絹ずれの音がした。
 パシャシャシャとシャッター音が鳴り響く。
 今この瞬間の彼女を捉え、写すための音が鳴り響いた。

「……こらー! ディエチー! そんなはしたない子に姉は育てた記憶は無いぞー!!」

 その時、抗議するような声が響いたが。

「動いたらメーね!!」

「あ、痛! やめて、絵筆投げるのはやめて!」

「うわー、ピエール先生の絵筆投げだー!!」

「ミリ単位での微動ですら怒る先生だ! チンクちゃん、命が惜しければ動かないほうがいいぞ~」

 などという賑やかな撮影会でした。まる。



 ――月刊ナンバーズ(自費出版、ミッドチルダUCAT内限定販売) 新表紙はウェディングドレスディエチ。
 今月号から四コマなんば~ず(著作ピエール陸士)に、チンクが登場したとかしなかったとか。






2.陸士は見た! 愛憎渦巻く姉妹同士の争い。事件は恋愛のもつれ!? 嗚呼、悲劇。守銭奴陸士はフラグブレイカーだったのか。それともフラグメイカーだったのか。ミッドチルダUCAT、特車陸士首ちょんぱ斬殺事件(希望的予定)


 その時、二人の姉妹は対峙していた。(巻き添え一人)

「……で? どういうっスか?」

 ゴゴゴゴといわんばかりの迫力で睨みつけているのは一人の少女。
 その名前はウェンディという。
 彼女はワンピースを身に付けた姿で、バシンと手に持った一枚の紙を囲んだちゃぶ台に叩きつける。

「どういうことって、な、なんだよ?」

 その迫力に怯える少女が一人。
 ノーヴェという名前の少女は手に持った紙をおずおずと差し出し、返事を返す。
 怪我による治療と検査を負えたばかりで身に付けているのは検査服だった。
 目の前で相対している少女と同じく赤い髪、数ヶ月前に共にいたときとはまったく正反対の状態だった。

「おわー、怖い、怖い。火花散ってるなぁ」

 そして、その間で肩を狭くしているのはひとっぷろ浴びたばかりなのにどこか寒い思いをしている浴衣姿のセインだった。
 目立たないように手に持ったカードをちゃぶ台の上に重ねる。

「……なんか変なことやられてないっスよね? あ、8で流しっス」

 手に持ったカードを置いて、ざっと場を流す。

「変なことってなんだよ!? あ、3だな」

「……胸揉まれたとか。お尻触られたとか。或いは押し倒したとか。うい、4っス」

「ノーヴェ。大人の階段をステップで登っていったんだなぁ。私、6で」

「ちょっとまて最後のはこっちからの行動になってるじゃねえか! あとしてねえよ! で、7。ダイヤで縛りっと」

 スパスパとカードがちゃぶ台の上に重ねられていく。
 ウェンディとノーヴェとセインは絶賛大富豪中だった。

「……っていうか、別にあたしはあんな奴なんてなんとも思ってねえよ」

 ごにょごにょと顔をそむけてノーヴェが発言するが。

「あー、ツンデレの見本みたいな行動っスね。あたしは素直デレ狙いでいくつもりスから、言えない台詞っスねぇ」

「病気だなぁ。医者でも、草津の湯でも治せない例のアレだ。ところで、現在重症状態のウェンディさんから見てどうですかね?」

「まだ軽傷ですが、じわりじわりと来てるッスねぇ。ああ、数ヶ月前のあたしを見ているような気分っス」

 顔を合わせて二人の姉妹が囁いた。
 しかも聞こえるような小声で。

「うるせぇえええ!! ていうか、あたしのいない間にお前ら何があったんだよ!? それに、ウェンディ! お前なんで、あんな奴にフライングボード貸してるんだよ!?」

 ちゃぶ台がひっくり返しながら、ノーヴェが叫びを上げる。
 それにウェンディは。

「……きゃ、っス」

 と、赤くなった頬を手で隠して、顔を逸らした。

「おぉおい!? 何があった!? ねえ、あたしが見ない間に一体何があった!?」

 修羅場のような、そうじゃないような、姉妹雑談がありましたとさ。






3.セッテさんお着替えも~ど

「……」

 治療を受けたセッテは留置場で首を捻っていた。
 六畳一間の牢獄、畳の敷かれた和室接待な一室で彼女は床に並べた三つの衣服を眺めている。
 一つ目はバニースーツ。
 二つ目は浴衣。
 三つ目は体操服スパッツモード。

「どれを着ればいいのでしょうか?」

 そう首を捻る彼女は着替えるべくほぼ裸のまま正座していた。
 どれでもいいよと、言われてはいるが彼女には自身の考えが薄い。
 他の姉妹から意見を求めようにも全員席を外している。
 もっとも重症を負ったトーレに到っては現在厳重警固で病院に移送されたままである。
 故に自分だけで選ばないといけないのだが。

「これに何の意味があるのでしょうか?」

 バニースーツのウサミミを手に取る。
 とりあえず着け方として教わったままに頭に付ける。
 ふさふさ、うさうさ、と揺らしてみるが。

「……何の防護的な意味も、戦略的価値も無いようですね」

 とりあえず次の服を選ぶ。
 一番今まで見に付けていた衣服に感覚が近いのは体操服だった。
 とりあえずスパッツを穿いて見る。

「……ちょっときついです」

 伸縮性はあるのだが、セッテのお尻の大きさには合わなかったようだ。
 ぴっちりとしてお尻がきつかった。
 というわけで、体操服は諦める。

「これが一番効率的のようですね」

 といって、浴衣を羽織る。
 軽く上に羽織って、帯を締めた。

「よし、これで問題ありません」

 そういってセッテは着替えを終わらせた。
 さて、体力を回復させるために少し眠ることにしょう。
 姿勢的に楽なので、少し丸くなるように体を倒し、目を瞑った。

「クゥ……」




 数十分後、食事を運びに来た監守陸士が鼻血を噴き出して倒れたことを彼女は知らない。

 そして、その倒れた監守陸士は後日輸血をしながらこう語っている。

「……あ、ありのままに事態を説明するぜ。俺は食事を運びに来たと思ったら恐ろしいものをみた。ウサミミをつけて、生乳を浴衣で隠し、スパッツを穿いたお尻を剥き出しにした少女が無防備に寝こけていたんだ。バニーガールとか、湯上り浴衣美少女なんてちゃちなものじゃねえ。俺は奇跡的な萌えの光景を目撃した!」

 と。





***************************
ついに謎に包まれたUCATの協力者登場!
陸士以外の新キャラですね、彼らの活躍をお楽しみに!



[21212] 第一回 スカリエッティ拿捕大作戦 その3
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:84e524a9
Date: 2010/10/04 00:05


 闇は終わることは無い。
 光が差せば影があるように。
 人が生きる限り、犯罪という暗部が消えることは無い。
 静かな場所だった。
 暗い場所だった。
 その中でゲラゲラと笑うものたちがいた。

「どいつもどいつもおたおたしやがって、ちょろいよなぁ」

 一人の男はドラム缶の上で札束を数えながら笑みが止まらないとばかりに笑っていた。
 もう一人の男はナイフを回転させながら投げ飛ばし、キャッチしてはまた投げるという行為を繰り返している。
 他にも何名もの男たちが笑いながら、埃臭い空気に少しだけ顔を歪める。
 彼らがいるのは廃棄都市の中の廃屋。
 廃棄された工場の中、静寂が細胞にまで染み渡るような静かな場所。
 そして、その中で、笑い声が響く中で、唯一怯えるように身じろぎする少女がいた。
 流れるような金髪、怯えた瞳を涙で濡らし、猿轡をされ、両手と両足を縛られた美しい少女。
 紅いスカートに、白いシャツと仕立てのいい上着を着た姿は人目見るだけで格式の高い環境で育てられたものだと分かる。
 彼女は彼らに誘拐されたのだ。
 そして、その身柄を引き換えにまんまと通報させることなく、身代金を手に入れた彼らは喜びに浸っていた。

「さーて、どうする? 金は入ったけどよ」

「あー、そうだなぁ。他の次元世界に逃げるにしても、この間の事件から空港の監査は厳しいぜ」

「そうだったな。じゃあ、しばらくほとぼりが冷めるまで待つか」

 決まった言葉を繰り返し、それはまるで舞台で決められた台詞を喋っているかのよう。
 男たちが少女を見下ろす。
 好色に染まった眼で、少女の全身を舐めるように一瞥すると。

「じゃあ、もうしばらく人質になってもらうしかねえよなぁ」

「そうだなぁ」

 にやにやと笑みが浮かぶ。
 身代金を手に入れたとしても彼らは少女を解放する気などなかった。
 どこまでも利用するつもりだった。
 そして。

「じゃ、少しぐらい味見しておくか」

 ねちゃりと音がしそうなほどにおぞましく男の一人が笑みを浮かべる。
 口が開かれて、唾液に濡れた歯が剥き出しになる。
 それを見て、その会話を聞いて少女は己の運命を悟ったかのように叫び声を上げた。
 猿轡を嵌められたまま、むーむーと唸り声を上げて、必死に身体をよじらせながら、迫る男たちの手から逃れようとする。
 しかし、どこに逃げるのか。
 逃げる場所などなかった。ただ残酷に真綿で首を絞めるかのように、残酷な運命が人間という形で襲い来る。
 手が掴まれる、足が掴まれる、体が引き寄せられて、その肢体に男たちの指が這った。

「むー!!」

「大人しくしろよ、いや、逆らってもいいかな? 楽しめる」

 ゲラゲラと笑いながら、その上着を引き裂いた――時だった。

 ――BOW! BOW!

 声がした。

「あ? 野犬か?」

 工場の外から聞こえてきた犬の鳴き声のような声。
 テンションが上がってきたところに水が差された。
 しかし、構っていられない。少女がその乳房を露出させ、羞恥に顔を紅潮させながらも必死に首を振るのを見ながら、そのスカートまで引き摺り下ろそうとして――

「BOW! BOW!」

 鳴き声がさらに聞こえた。
 それも“複数”。

「あ?」

 さすがにおかしいとナイフを持った男が工場の外、閉められた扉に目を向けた瞬間だった。
 ボゴンッと鉄製の扉に轟音が発せられた。

「え?」

 ボゴン! ドゴンッ! 轟音が立て続けに響いて、扉がガムのように“膨れ上がる”。
 そして、次の瞬間――扉がぶち破られた。

「びっしょうじょぉおおおおおおお!!!!」

 二人組の陸士、それが背中を向けながら飛び込んできた。お尻を突き出して、ヒップアタックでぶち抜いたのだ。
 その手には二本の細長い鉄棒がLに曲げられたものが握られている――ダウジングをしていたらしい。
 その二人はそのままバック転しながら、男たちの前に着地する。

「BOW! BOW!」

「BOW! BOW!」

「BOW! BOW!」

 さらに続いて、声がした。
 鳴き声が鳴り響き――ガシャンと工場の窓ガラスが粉砕されて、シャワーのように降り注いだ。
 そして、着地する複数の影。

「っ、警邏か!?」

 男たちが少女に向けていた手を止めて、その影に身構えた……次の瞬間、顎を大きく開けて唖然とした。
 そこに居たのは四本足で稼働する“人型”だった。
 両手に分厚い手袋を、身体には陸士専用のジャケットを、頭には犬耳を、顔には犬型のマスクを、お尻にはふさふさとした尻尾を付けた陸士たちがそこに居た。
 あえて言おう。

『へ、変態だー!!!』

「――BOW!!」

 失敬な! といわんばかりに、犬コスプレ陸士たちがとぅっと四肢を使って跳び上がる。
 華麗なる跳躍、獣じみた速度、旋回しながら男たちの顔面に踵をめり込ませて、さらに跳躍、ターン、両手を大きく広げて、華麗なる舞いを踊る。
 きしゃあああ! と言わんばかりに恐ろしい形相、襲われた男たちは見た。
 その陸士たちの目がサーチライトの如く輝いていたことを。
 ワンちゃんグローブの殴打に一人が吹き飛ぶ。
 全身のバネを使ったドロップキックで一人が吹き飛ぶ。
 ナイフで応戦しようとした勇敢な男は即座に足元にもぐりこんだ一人のカニバサミで足を拘束されて、その上半身にフライングクロスチョップを喰らって吹き飛ぶことも出来ずに倒れ伏し、後頭部を地面に直撃させた。
 まさに瞬殺だった。
 虚を狙った突入に、息を飲むような奇妙な格好のダブルインパクトに、犯罪者達は反撃する暇すらも与えてもらえなかった。

「く! くるなぁああ!」

 リーダー格の男、唯一残った誘拐犯の男は少女の首元を掴み、人質に取ろうとした。
 だがしかし、それをさせないと駆けるものたちがいる。

「させるかっ!」

 コスプレをしていないダウジング陸士が、手を閃かせるようにダウジング棒を投擲した。
 ザクリとダウジング棒が誘拐犯の肘を貫いた。

「がっ!?」

 その痛みに悶絶して、咄嗟に少女を放して腕を抑えてしまう。
 そして、駆け込んできた片方の陸士が滑り込むように少女を抱きとめると、ギラリと怒りに目を輝かせながら。

「楽には死なさんっ!」

 ダンッと地面を踏み締めながら、天へとたたき上げる様に振り抜いた踵が男の顎を直撃する。
 ガキンと男の歯が噛み合い、仰け反りながら空中へと吹き飛ぶ体躯。
 さらに陸士は少女を優しく抱きとめたままに旋転し、とんっとその肩を男の腹にめり込ませて――ぶっ飛ばした。
 それは大まかな動きこそ違うが、遥か第97管理外世界では寸勁と呼ばれている技法。
 ポーンと血反吐を吐き散らしながら吹き飛んだ男が工場内に詰まれた資材に激突し、ガラガラと埃と悲鳴を撒き散らしながら姿を消す。

「ふん! ……大丈夫かい?」

 陸士が抱き寄せた少女に安心させるような笑みを浮かべる。
 涙目でこんもりだった少女はフルフルと体を震わせると、コクリと頷いた。少しだけ頬が赤くなっていた。

「まったく、美少女を泣かせるとは万死に値するぞ」

「同意見だな」

 ハッハッハ、と犬の荒い声のような声を上げながら、その辺に積んであった資材袋で犬陸士たちから袋叩きにされている誘拐犯共を見て、陸士二人が頷く。
 さらには簀巻きにされて、数人掛かりでジャイアントスイングされている哀れな犯罪者たちから目線を外すと、周囲を見渡し。

「しかし……ここも外れか」

「そうだな。くそ、ジェイル・スカリエッティと我らがヴィヴィオちゃんはどこに行ったんだ」

 彼らがここに現れたのは殆ど偶然のようなものだった。
 一週間前、機動六課隊舎が壊滅した翌日。
 レジアス・ゲイズ主導の下で陸と海の共同捜査本部が設立され、陸士たちと派遣された海の捜査員は行方を晦ませたジェイル・スカリエッティ及びそれに誘拐された少女、ヴィヴィオを捜索していた。
 捜査にはありとあらゆる方法が試されていた。
 現在逮捕中の戦闘機人たちへの尋問、過去のガジェット・ドローンの飛行パターンと出現地域の分析、地道な聞き込み、怪しげな未捜査地域のローラー式捜査、捜査犬を使った探索、タロット占い、拡声マイクを使った呼びかけ、ダウジングによる調査などなど。
 しかし、見つかるのはこういった犯罪者たちばかり。
 やはり「犯罪者とそれに襲われる美少女」という対象を目的にダウジングをしているのが原因なのだろうか?

「むー!」

「あ、すまない。そういえば外すのを忘れていたな」

 少女が猿轡のまま声を上げると、彼女を抱きとめていた陸士は優しく少女の猿轡と拘束を解く。

「――ぷはぁっ。あ、ありがとう……」

「おっと、お嬢さん。お礼は良いが、前を隠してくれ」

「え?」

 少女が陸士の言葉に、自分の身体を見下ろすと――破かれた部分から少女の肌が露出していた。
 きゃあと、短い悲鳴を上げて両手で隠そうとする少女に、陸士は着ていたジャケットを脱いで、手渡した。

「大した品じゃないが、これを着ているといい」

「す、すみません」

「なに、大したことじゃないんでね」

 ニヤリと微笑む。
 その笑顔に少女は少し唇をもごもごさせた後。

「あ、あのお名前を聞かせていただけませんか? ぜひともお礼を――」

 そこまで告げようとした少女の唇に、陸士の人差し指が重ねられて。

「なに。ただの陸士さ。ただし、可愛い少女の味方でもあるがね」

 パチンと陸士はウインクをした。
 そのウインクを見て、少女は「い、いけないわ……こ、こんな劇的な状況でときめくなんて、いやでも……ワイルドなほうがステキよね……ぶつぶつ」 などと言っていたが、陸士は聞いていなかった。
 散々キャッチボールされた挙句に、うらーと人間ボーリングのように扉外に投げ捨てられた犯罪者たちをさらに蹴り飛ばし、短いスカートを穿いた白衣の衛生兵たちがやってくる。

「へーイ! 可愛い美少女とあれば即参上! 人呼んで、すね毛に癒される堕天使と!」

「ハーイ! 未来有望な美少女をあれば即出現! 人呼んで、腋毛にときめく邪乙女が!」

『――完璧最高にベットまで運んであ・げ・る♪』

 ぎゅるん、もっとも目立つ二人の衛生兵が素敵なポーズで笑みを浮かべる。
 すね毛の生えた衛生兵(男)と腋を露出させた化粧の濃い衛生兵(女?)が嬉々として誘拐犯たちを拉致って行く。
 絶望的な悲鳴を上げていく誘拐犯たちを担架という名の拘束台に載せ、被害者の少女はマトモな格好な女性の衛生兵に毛布をかけられて去っていった。
 数年後、家業を継いだこの少女がミッドチルダUCATの最大の支援者の一人になることなど知らずに、陸士二人は空を見上げる。

「しかし、いつになったら見つかるんだろうなぁ」

「まあそういうなよ、”空の上”の連中も頑張ってるだろうさ」

 そう呟く陸士たちは工場の天井を貫いて、遥かな空を見上げていた。







 人々は知らなかった。
 空の遥かな上に、白い雲の上から現れた空を舞う戦舟が一隻の存在に。
 それは次元の裂け目を超えて降り立ったのだ。
 白き船が空を駆けている。
 雲よりも高く、天に届かんばかりに飛翔音を鳴り響かせて。
 勇壮なる姿を現さん。
 そして、それに乗り込むのはこの日より訪れる歴史の一線、それの主役たちだった。

「うわー、凄いね、ティアー」

「そうね~」

 暢気に外部テラスから窓の外を見下ろしているのはスターズフォワードのスバルとティアナだった。

「機動六課の隊舎が壊滅した時はどうしたものかと思ったけど、アースラだっけ? こんな船に乗れるなんて想像もしてなかったね!」

「そうね~」

「? ティア?」

「そうね~」

 くるりとスバルが振り返ると、彼女の愛すべき相棒はどこか遠くを見ていた。
 どこまでも、どこまでも遠くを。
 ハイライトの消えた瞳で空を見ていた。

「ティア!? しっかりしてよ!」

 ぺシーンとスバルが張り手をかますと、はっと気が付いたようにティアナが再起動する。

「あ? あれ? 私、一体どこに? ここは誰? 私はどこ?」

「ティアー。ここアースラの中だよ、忘れちゃった?」

 スバルが心配そうに告げると、ティアナはようやく思い出したように息を吐き出した。

「あ、そうだったわね」

「もうしっかりしてよ~」

「いや、ね。なんていうかもう機動六課の隊舎が全壊してから一週間かぁ」

 ティアナは色々と疲れた目でため息を吐き出す。
 事件は慌しく進んでいる。
 地上本部との共同捜査本部が設立されたために、現在ミッドチルダには地上陸士だけではなく、本局からも一部の捜査員たちが投入されている。
 逮捕した戦闘機人からの事情聴取こそ進んでいないらしいが、ミッドチルダ地上内の調査は進んでいるらしい。
 最初こそ後手に回ったものの、事態はちゃんと前に突き進んでいるのだ。
 そう、何も困ることは無い。

「わはー! まてまてーい!」

 そう。

「ほほほ、捕まえてごらんなさ~い!」

 なにも。

「というか、資材返せぇえええ! それないと仕事進まねえんだよぉおお!」

 なにも困ることなんて……沢山あった。
 クルリと振り返る、ティアナは声を張り上げて叫んだ。

「艦内で走るなー!!」

 白衣を付けた開発班たちが遊んだかのように走り回る姿にティアナは怒った。
 両手を振り上げて、怒った。
 しかし。

「うひゃー! ツンデレが怒ったぞ~!」

「こわーい!」

「もっともっとー!」

 わーと開発班たちが一斉に散らばって逃げる。
 その頬はとても楽しそうに笑っていたのをティアナは見逃さなかったが。

「うぅ、なんでこんなことに」

「ティア~、いい加減慣れようよ~。あの人たち悪い人じゃないんだし」

「そういう次元じゃないわー!!」

 ガァーとティアナは叫びを上げた。
 次元航行艦、L級艦アースラ。
 その中には地上本部の人員と機動六課の人員が入り混じる混合部隊となっていた。
 何故そうなったのか?
 それはひとえに次元航行艦という巨大すぎる力が原因だった。
 通常、地上部隊には決して与えられることの無い次元航行艦。老朽艦といえども例外ではない。
 第97管理外世界における軍事装備に例えるならば空母のようなものである。
 それをただの仮本部、司令室として地上に派遣するなど本来は無理な話なのだ。
 しかも、一個師団クラスならばともかく、海のエリート部隊とはいえただの一個部隊が保有出来る許容量を超えている。
 だが、それを押し通したのがはやての持つコネの力であり、彼女が持っている先を見通す眼力によるものだったと後の歴史研究家は語っている。
 しかし、巨大すぎる力は管理されなければならない。
 それ故の地上部隊の駐在だった。
 とはいえ、部隊と言ってもほぼそれらはミッドチルダUCATに所属する技術部であり、監査役として乗り込んだとある人物たちの指示により幾つかの物資を載せただけの海の保有状態に他ならなかった。
 運行には問題は無い。
 時折胃壁を刺激されるぐらいで実害は皆無、いや技術協力と人手の充実面から言えばむしろ進んでいるといってもいい。
 しかし、それを静観しているわけにはいかない人物がいた。







「で、いい加減目的をきっちり吐いて貰うで、クロノ君!!」

 ダンッとテーブルを叩き、はやては吼えていた。
 一週間近くもはぐらかされ、時には手伝ってもらい、慌しく過ごす日々の中でハッと思い出した用件を相手に叩き付けていた。

「違うな、はやて。僕はハーヴェイだと言っただろう?」

 その言葉を浴びせられた人物、テーブルを跨いで腕を組んで座る黒いサングラスを掛けた青年は静かに告げる。
 口元には笑み。
 まったく余裕が崩れない、大胆不敵な姿。

「ええ加減にせんかい! どっからどう見てもクロノ君やんか?! ていうか、話が進まんからさっさと理由を話さんかい!!」

「やれやれ……」

 余裕綽々でハーヴェイと名乗った青年は肩を竦めると、静かにサングラスに指を掛けて。
 カチャリと少しだけずり下げる。

「ひたすら溜まった有給休暇を消化するついでにただの友人として乗り込んだ。こういえば君は満足するんだろう?」

 ちらっと黒い瞳がはやてを見つめる。
 普段は冷徹な顔を浮かべているというのに、その時だけはどこから悪戯っぽい輝きを帯びていた。
 その新鮮な顔に一瞬はやての心臓が高鳴るが、フルフルと首を横に振ると。

「出来るかぁ!!」

「わがままだな」

「どっちがやねん!?」

 畳み掛けるようなツッコミだったが、軽く受け流される。
 はやては頭痛を堪えるように頭に手を当てたが、既に頭痛防止に冷却シートを張っている事実を再確認しただけだった。

「まあ落ち着くんだ、はやて。さっきから君の言葉は支離滅裂だぞ?」

「誰のせいやねん!」

「多分僕のような気もするが、気のせいかな?」

「自覚あるほうが性質悪いわ!!」

 と、そこまで叫んで酸素が切れたのか、はやてのつっこみエネルギーが切れたのか、荒く息を吸った。

「……落ち着いてください、主。冷静にならなければ、何も解決しないのですから」

「その通りだな。はやて君はもう少し慎重さを身に付けたまえ」

 その事態を静観していたシグナムと提督と名乗る紅いサングラスを付けた初老の男が告げる。
 しかし、はやてはじろりとそっちを見て。
 ガクリと頭を下げた。

「……せめてこっちを見ながら言ってな?」

 二人は将棋台を間に挟んで会話をしていた。
 というか続行中だった。

「ふむ、それはすまなかったね。と、王手だ」

「すみません。あ、それは待て!」

「待てはもう使い切っているぞ。烈火の将よ、お前はその程度か?」

「ぐっ! 私の敗北は主の顔に泥を塗るということ! 汚名返上させてもらう!」

 といいながら、将棋を再開する二人だった。

「……駄目や、このシグナム早くなんとかせんと」

「まあ、それはともかくだ。はやて、僕たちとしては別段君の邪魔をするつもりはないさ」

 ハーヴェイは静かに告げると、デスクの上に用意して置いたブラックコーヒーを優雅に啜り。

「あくまでも僕とマスク・ザ・フェレットの立場は客分だからね。提督とぬこ一号二号は臨時嘱託魔導師と考えてもらって構わない」

「戦力として見ていいんやな?」

「三人は六課には所属せず、籍はミッドチルダUCATだから保有戦力制限には引っかからないぞ」

 ニヤリとハーヴェイが笑う。
 嫌な笑みだった。物凄く何かを企んでいるような笑み。
 ゾクゾクとはやての背筋の産毛が逆立った。

「……まったく、何を企んでるんや? ユーノ君まで巻き込んで、それにミッドチルダUCATから移送したあの“コンテナ”は――」

 なんや? と訊ねようとした瞬間だった。

『――失礼します』

 Piと音を立てて、デスクの上に投影型モニターが出現した。
 映っているのははやての副官であるグリフィス・ロウラン。
 冷静沈着な彼の表情には似つかわしくない興奮の色が浮かんでいる。

「どうしたん?」

『報告です――ハラオウン執務官及びアコース査察官から【ジェイル・スカリエッティのアジト】を発見したという報告が入りました』

「な、なんやてぇ!?」

 はやてが声を荒げる。
 ハーヴェイが、シグナムが、提督が目を向けて。

「現在ハラオウン執務官、アコース捜査官、騎士シャッハの三名が強行捜査に突入したようです」


 事態は進み出す。
 運命の輪がクルクルと回転する。
 止まらない、止まらない。
 事態は加速する。






「――侵入者です」

 静かな声が響く。
 それは囁くようであり、進言するようであり、蜜言を紡ぐようだった。

「ふむ? そろそろ来ることだと思っていたが」

 声に反応し、顔を上げる人物がいた。
 両手を汗に湿らせたまま、指を鳴らし、先ほど進言した女性に目を向ける。

「ウーノ、準備をしたまえ」

「はい、ドクター」

 コキコキと肩を動かし、ウーノと呼ばれた女性が席から立ち上がり、近くの端末のコンソールを叩く。
 滑らかな旋律が奏でられる。

「ウーノ。ディード、オットー、クアットロに所定位置に付くように指示しておきたまえ」

「はい」

 ウーノは応える。
 主の命を遂行するために、機械的に、愛情的に、仕事をこなす。
 それを見ながら、ウーノの創造主にしてただ一人の主は告げる。
 その目は施設内に配置された監視モニターの画像に向けられていた。

「来るか、プロジェクトFの遺産よ」

 カツンとつま先で床を叩く。
 リズムを取りながら、画像に映る金髪の少女を眺めて、嗤う。

「来るか、来るか――ならば、来たまえ」

 嗤うのだ。
 それは楽しげに嗤うのだ。
 狂ったように微笑んで。
 壊れたように笑い声を上げて。
 狂気と正気の旋律を二重螺旋のように紡ぎ上げる。


「私の全身全霊を持って応えよう」


 その手には禍々しいカギヅメがあった。
 狂人は嗤うのだ。
 危機に追い詰められるほどに笑い飛ばせると錯覚するがために。

「ただし」

 ニヤリと微笑み。

「簡単には辿り付かせないが」

 ポチッとスイッチを一つ押し込んで。


 ――“シャドウプリズン・システム”というボタンがぺカーと赤く輝いた。





**************************
次回VSスカリエッティです!






[21212] 第一回 スカリエッティ拿捕大作戦 その4
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:84e524a9
Date: 2010/10/04 18:26


 群れる、群れる、群れる。
 駆け抜けるそれは不可視の猟犬。
 闇の中に疾走する、音もなく、姿もなく、荒く吐き出す息すらも大気を震わせずに疾走する。
 ただ殺意を持って、役目を持って、疑似生命体たる己の魂に刷り込まれた思念という名の本能に従い駆け抜ける。
 だがしかし、数十メートル踏み込んだ時点で、大気が焼けた。
 撃ち込まれる、無機質な殺意の熱線。
 降り注ぐそれに次々と貫かれる。
 焼かれ、解け、魔力で編まれた身体は大気に還元されていく。
 猟犬たちは瞬く間に殲滅された――それを理解したものが一人。

「――間違いないね」

 それは外側。
 洞窟にしか見えない入り口の外で魔力の粒子をまとわせながら、佇む白いスーツの男が呟く。

「ここが、スカリエッティのアジトだ」

 そう告げるのは緑色の髪を女と見間違えんばかりに長く伸ばした青年、ヴェロッサ・アコースが断言した。

「どう見ても、ただの洞窟にしか見えないのですが……」

 その彼の発言に反論するかのように呟いたのは横でヴィンデルシャフト(38号)を携えた騎士服姿のシャッハ・ヌエラだった。

「いや、僕の不可視である猟犬を察知し、ほぼ一撃で迎撃された。かなり高レベルのセキュリティだから」

「入り口を偽装してるだけで、中は重要施設そのものってことだね」

 ヴェロッサの言葉を続けるように呟いたのは一人の女性。
 流れる金髪をツインテールに結び、その手には閃光の戦斧を握り締め、決意に溢れた瞳を浮かべる女性――フェイト・T・ハラオウン。

「ありがとう、シャッハ、それにロッサも。貴方たちの協力がなかったら発見出来なかったね」

 静かに呟くフェイトの表情は揺らぐ事無く、抑揚がなかった。
 感謝の念がないわけじゃない。
 ただはち切れんほどにその身に蓄えた怒りの念を堪えているだけだった。

「なに、捜し求めるのが猟犬の仕事でね」

「私はカリムとロッサの護衛が仕事ですから」

 苦笑を浮かべるヴェロッサ、そしてシャッハは当然とばかりに笑みを浮かべる。
 そして。

「ありがとう、皆さん」

『いえいえー!』

 背後でどったんばったんとガジェットたちを叩き潰し、粉砕し、縛り上げて、気炎を吐き散らしている陸士たちが沢山いた。
 陸と海の共同捜査、応援として駆けつけた陸士たちは十数名を超える数。
 頼もしい限りだった……時折上がる奇声や奇行を無視すれば。

「警備用ガジェットはあらかた片付けましたぜ!」

「レッツ、侵入!」

「さっさとふん捕まえて、逮捕しちまいましょうや!」

 ゲシゲシとガジェットの残骸を踏みながら、陸士たちがステキに微笑む。

「それじゃあ行きましょう!」

 フェイトは声を上げて、前を向き、じーと下半身に突き刺さる視線を気付かなかったことにして前に進み出した。
 突入する。
 中に何が待ち受けようとも決して退かない、打ち破る、不退転の覚悟を決めて。

 ただし。

 ズルリと踏み込んだ一歩から転ばなければ。

「え?」

 滑る、ずるりと、視界が回転する。
 大きく威勢よく踏み出した一歩目からフェイトはこけた。
 見事にひっくり返って、ゴチンとお尻を地面にぶつけた。

「っ、つう~!」

「フェイト、大丈夫かい?」

「フェイトさん、大丈夫ですか」

 骨盤にまで響く痛みに、涙目でフェイトが腰をさすりながら前に目を向ける。
 フェイトそん、可愛いよ、フェイトそん。という不気味な声がしたが、空耳にしておこう。

「い、痛ーい……なんで転んだ――の?」

 バナナの皮だった。
 何故誰も気付かなかったのか分からないほどにバナナの皮だった。

「……」

「……」

「……」

 誰も言葉を発しなかった。
 ツッコミすらも出来なかった。
 フェイトは無言で立ち上がると、ばっばとお尻の部分に付いた土埃を払い。

「――それじゃあ行きましょう!」

 再び同じポーズと台詞と共に踏み出した。

『見なかったことにしたー!?』

 どうやら見なかったことにしたかったらしいが、思わず誰もが突っ込んだ。
 その言葉を受けて、フェイトは肩を震わせると、涙目で。

「いいのー! もういくのー!」

 といいながら、走り出した。
 やけっぱちだった。
 先ほどまでの勇ましさなど微塵もなかった。

「せ、制圧ー! 制圧ー!」

「行こうか、シャッハ!」

「はい、ロッサ!」

 続いて他の全員も突入を開始した。

 しかし、彼女たちは知らない。
 これが地獄の始まりだということを。








 まず第一の犠牲者はフェイトの後ろに続いた陸士の一人だった。
 内部に高濃度のAMFフィールドが発生し、魔法の阻害がされていることを確認し、警戒を強めようと誰もが考えた矢先。
 入り口の洞窟部分を走り抜けて、機械じみた施設の広間に入った瞬間――カチッという音がした。

「ん?」

 足音から音が響き、下を向いて――落下してきたタライが俯いた後頭部に直撃した。

「ぐおっ!?」

 ぐわんという金属音。
 脳を揺さぶる衝撃、それによろよろと前に踏み出した次の瞬間、視界がすっぽりと暗くなった。

「おわっ!? 前が、前が!!?」

 目の前が見えない。
 視界がなくなった。何も見えない。

「お、おい! 動くな、頭に!」

「頭に!? お、俺どうしたんだよ!」

「――花瓶が被ってるぞ!」

 それは上から落下してきた花瓶のせいだった。
 慌てて他の陸士が外そうと駆け寄るが、カチッという音がして、その陸士は上空へと吹っ飛ばされた。

『アッー!!!!』

 スプリング仕掛けのバネ板が解放されて、二人諸共吹っ飛んだ。
 放物線を描いて、前を進んでいたフェイトの上空を跳び越して、さらに先で墜落。
 ゴロゴロと転がりながら壁に叩きつけられると――その真横の壁が飛び出した。
 凄まじい勢いで。

『ぎゃーっ!!?』

 巨人に殴られたの如き勢いで吹っ飛ぶ花瓶陸士ともう一名。
 そのまま吹っ飛んだ彼らは遥か奥の壁に激突し、ズルズルと滑り落ちるように落下し――その床が回転した。クルリと。
 ヒューン、という音と共に二人が消えた。
 まさに落とし穴だった。

「と、トラップだらけ!?」

 フェイトたちは慌てて足を止める。

「っ、尊い犠牲が出てしまったな……」

 そして、その背後で十字を切ったり、思い思いの祈りを捧げる陸士たち。
 既に死んだものと判定したらしい。

「さて、いくぞ!」

「おー!」

 一斉に掛け声を上げて、気合を入れる陸士たちだった。

「え? いいの!? そんな軽い扱いで!?」

「……うーむ」

「まあ、あの程度で死ぬようなら陸士ではありませんから大丈夫でしょう」

 フェイトが戸惑い、ヴェロッサは頭痛を抑えて、シャッハはいつもどおりだった。

「とりあえずヴェロッサ、無限の猟犬でサーチを」

「ああ、分かった」

 ヴェロッサは魔力光を発しながら、無限の猟犬を解放する。
 無数の不可視の猟犬たちが出現し、足音すらも立てずに突き進んで……進んで……何も起こらなかった。
 何も異常なく、猟犬たちはフロア奥の隔壁の扉をガリガリと爪で削っている。

「む? もうトラップはないのかな」

 周囲の進むべき道を無限の猟犬で確認したヴェロッサは首を捻りながら、少しだけ足を前に出して――シャッハに突き飛ばされた。

「え?」

「ヴェロッサ!」

 彼女がヴェロッサは押し飛ばし、代わりに彼女が罠に掛かった。
 すなわち――グワンという音を響かせるタライに。

「っ、ぅぅ~!」

 痛い。
 シャッハは頭を抑えて、少しだけうずくまった。

「シャッハ!? だ、大丈夫かい?」

「大丈夫?」

 ヴェロッサとフェイトが慌てて駆け寄るが、シャッハは涙目で「だ、だいじょうぶです~」と告げた。
 どうやらかなり痛かったらしい。スンスンと鼻を鳴らし、頬も赤かった。

「うーん、こりゃあ――手動だな」

 陸士の一人がぼそりと呟く。

「え?」

 フェイトが顔を上げると、壮年の陸士は腕を組んで。

「タイミング的にどこからか監視して作動させてるんだ。自動式じゃないから、そっちのワンコじゃ作動しない」

 と、告げた。
 他の陸士もうんうんと頷き。

「このタイプ見覚えあるよなぁ」

「確かコクメイ……なんとか屋敷ってを制圧しにいった時とそっくりじゃね? 俺らが出張に行った時のあれ」

「あそこの女の子可愛かったよなぁ、俺たちから必死に逃げるのがすげえ可愛くて、思わずカメラのシャッターをフルオートで切ってしまったし」

「罠かかりまくったけど、俺ら結局死ななかったしなぁ」

「魔神とかってやつボコボコにして、確保したんだっけ。彼女、元気にしてるかなー」

 などと、遠い目をしていた。

「となれば、対処法方は一つだ」

「一つ?」

「俺らが先行する。君たちは俺たちが護ろう」

「え? そんな」

「いいんだ、ジェイル・スカリエッティって奴のことだ。どうせ強いんだろう」

 陸士は告げる。
 壮年の彼はフェイトの肩に手を置いて。

「きっと倒せるのは俺たちのような雑魚じゃない、高ランク魔導師の君たちだけだ。だから温存する、いいな」

「ういっす!」

「りょうかーい!」

 陸士たちが手を上げる。
 誰も彼もが納得していた。己の命を踏み台にすることを一瞬も迷わずに。

「そんな。どうせなら全員で!」

「なに、俺たちはこういうイレギュラーに慣れてるのさ」

 ニヤリと微笑む。
 フェイトの肩を改めて叩くと、壮年陸士は手を上げて。

「いくぞ、お前らー!!」

『応!!』

 喝采が上がった。
 勇ましい声が響いて。

「しゅっぱ――」 ズボッ! 「おわー!? 前が、前が見えないぞー!?」

 壮年陸士の頭にバケツが被っていた。
 慌てまくりなその様子を見て。

「だ、大丈夫……だよね?」

 フェイトが首をかしげたのもしょうがない。

「どうだろう?」

「頑張ればいけます!」

 そして、何気にヴェロッサの手を掴んでいるシスターは自重しろと誰かが思った。





 音が鳴り響く。
 ズシンとズシンと爆音が轟いた。

「あらあら、ずいぶんと楽しそうね」

 研究所の奥深く。
 隔離された最下層ブロックで、一人の少女が邪悪に笑っていた。
 その顔にはメガネをかけて、流れるままに伸ばした髪を掬いながらも、その笑みは止まらない。
 屈辱を晴らせる時が近づいている、それを理解しているのだから。

「何人死んだかしら?」

 この研究所に部外者が立ち入ることは死を意味する。
 スカリエッティが作ったトラップとは別に、彼女――クアットロが設計した致死性の罠が待ち構えているのだ。
 血の雨が降っているはずだ。
 惨劇が起こっているはずだ。
 ゾクゾクと背筋に興奮の電流が走り、下腹部に熱が宿るようだった。

「悲しいわねぇ、悲しくて悲しくて笑いが止まらないぐらいに」

 笑みが浮かぶ。
 目の前にある正方形の黒い物体、サイズにして直径三メートル四方の物体を撫でながらクアットロは笑う。
 それを嘲笑うように撫でて、バイバイと手を振った。

「ここも放棄が終わる。そうすれば永久に消え去ることになるわ」

 いい気味だ。
 ゲラゲラとその“中”に封じられている人物を嘲笑う。
 それは敵だった。
 それは化け物の一人だった。
 これの十数倍の厚さがありながらもとっくの昔に脱出した例外が一人いるが、その一人への雪辱方法も既に考えている。
 誰にも教えていない、彼女だけの愉悦を満たすために。

「さようなら」

 ニタニタと笑いながら、クアットロはシルバーコートを翻して立ち去った。
 静寂だけが満ちる墓地へと戻すために。
 だが、しかし――彼女は気付かなかった。
 地響きの間に隠れるように、その内部から震動してくる唸りに。
 びしり、びしりと少しずつ走る亀裂の存在に。

 その物質の名はカーボン。

 炭素結合された物体の中から聞こえるのは――“女性の声”だった。







 陸士たちとフェイトたちは駆けていた。
 何人もの犠牲者を出しながら、進んでいた。
 一人は爆弾の仕掛けられた罠でうひょーといいながら吹き飛んで、ドボンとトリモチまみれのプールに呑まれて動けなくなった。
 一人は顔面狙って飛んできたブーメランの数々を手で払いのけたのはいいけれど、天井から飛んできた振り子のような鉄槌に殴られて、飛んだ先に仕掛けられていたロープに足をひっかけられて、グルグル回された。
 一人は落下してきた鉄格子から陸士を救おうとして駆け出したフェイトを庇い、地面から飛び出した三角木馬に股間を直撃されて、あふんと失神した。
 さらにもう一人はその光景に動揺したフェイトを狙ったかのように押し倒し、壁から飛び込んできた異様にアームだらけのガジェットに激突されて、拘束されたままどこかへ転がって、パカッと開いた穴から落下した。
 致死性の高い罠こそ神がかったカンで避けまくるも、巧みに仕掛けられた冗談のような罠に崩され、連携するように襲い掛かってくるトラップに陸士たちが一人、また一人と脱落していく。

「ぬ!? うらー!」

 飛んでくるノコギリ型のトラップを背中から取り出した金属バットで跳ね返し、さらに飛来してくる三本の矢を身体を曲げて躱す、躱す、噛む!

「ぐぐぎぃ!」

「す、凄い! 歯で受け止めた!?」

 飛んできた矢を陸士は歯で噛みとめ、その速度と勢いを首を曲げて相殺し、ペッと吐き捨てる。

「かっ! この程度で――って、あらー!?」

 決めポーズを取っていたバット陸士が、壁から迫り出た磁力式の壁に引き寄せられて飛んだ。
 バットを離す暇もなく、その身に身に付けた金属製品の引力に沿って壁に張り付き、さらに壁が回転して――消えた。

「ご、伍長ー!? くそぅ、俺が仇を!」

「あ、待って!」

 陸士の一人が泣きながら飛び出す。
 長く続く通路の奥、そこからゴロゴロと音がする。

「お、大岩じゃなくて、鉄球だあー!?」

 それは通路を埋め尽くすような大きな鉄球だった。
 逃げるか? 否、逃げても追いつかれると判断した陸士数名とシャッハが飛び出す。

「止めるぞ!」

「よし!」

「トンファァアアア!」

 近代ベルカ式魔導師三人が加速。
 床を蹴る、大気を切り裂く、途中で飛んできた致死性の罠は軽くかわして、回転床で転びそうになりながら全速力。
 ベクトル制御を行使、加速跳躍しながらドロップキックを繰り出す。

「一人では勝てなくて!」

「二人でも勝てないけれど!!」

「三人でなら勝てるよキィイイイック!!」

 民主主義バンザーイ! と何故か万歳ポーズを決めて放たれた三人の蹴りが鉄球にめり込み、粉砕。
 砕いた反動で三人は空中を舞いながらしゅたっと着地すると、ポーズを決める。
 頼もしいやら、悲しいやらと、少しだけ遠い目をしたフェイトとヴェロッサが思った時だった。

「ん?」

 ガコンと音がした。
 上を見る。
 なにやら天井に――切れ込みが走っていた。そして、パラパラと粉埃が落ちてくる。
 振り返れば、歩いてきた通路の天井が、間隔ごとに落下している。

「まずい、全員走れ!!」

 壮年の陸士が叫んだ。

「吊り天井だ!」

 落下し始める天井、それに全員が駆け出す。
 ダンダンと轟音を立てて、大質量の物体が地面を揺さぶる、施設を揺るがす。
 ベルカ式も、ミッド式も出来うる限りの身体強化をかけて全力疾走するも段々落下する天井に追いつかれ始めていた。

「くっ!」

「まずいね、どうにも僕はこういう労働は苦手なんだが」

「走ってください、ヴェロッサ!」

「はいはい、厳しいね」

 先頭を駆けるのはもっとも速度のあるフェイト。
 その後ろにシャッハとヴェロッサ、そして残り五名程度になった陸士たちだった。
 走る、走る、走る。
 数秒にも、数十秒にも思える、円環を描くかのような緩やかな通路を駆け抜けて、皆が走っていたときだった。
 地響きを立てて、彼らの前方にある天井が長い間隔で落下し始めた。

「っ、まずい! いそげえええええ!!!」

 絶叫にも似た声が上がった。
 ゆっくりとした速さだが、見える通路の扉は遥か先にある。
 遠く、あまりにも遠い。
 自動車を越える速度で全員が駆けるも、天井が落下し終えるまでに辿り付くのは無理だと誰の目にも明らかだった。
 だから。

「――バインド!」

 一人の陸士が足を止めて、天井にデバイスを向けた瞬間、動揺した人間は少なかった。

「え!? な、なにを!」

「足を止めるな! 先にいけ!!」

 天井全体に移動物体に掛ける抵抗とシールドを応用した障害物を作り、落下速度を落とす。
 AMFの高濃度フィールドに阻害されつつも、陸士は己の全魔力と集中させて展開し続ける。

「時間を稼ぐ!」

「そ、そんな!?」

 フェイトが悲痛な声を上げた時だった。
 他にも二名の陸士が同じように足を止めて、天井にデバイスを掲げた。魔力の光が宿る。障壁が重なり、地響きを上げながら天井を減速させる。

「お、お前ら!?」

「へ、一人でいい格好をさせるわけにはいかねえよ」

「フェイトそんを惚れさせるのは俺一人で十分だ!」

 ニヤリと三人の陸士が天井を支えると同時に、二人の陸士が足を止めたフェイトの両腕を掴んだ。
 そして、無理やり引きずるように掴んで、走る。

「足を止めるな!」

「言ったはずだ、俺たちはお前らの道を開くと!」

「っ、でも!」

 抵抗するようにフェイトは声をだそうとして、横を走る二人の陸士の唇から血が流れていることに気付いた。
 苦痛の決断なのだ。
 その目には怒りと決意があった。

「フェイトさん!」

「行くんだ、彼らの意思を無駄にしてはいけない」

「うん」

 フェイトは足を動かし出した。
 走る、涙を振り払うように。
 通路の扉、大きく開かれた隔壁の向こうが見える。
 残り距離、百メートルを切った時だった。
 ガパリと床に穴が開いた。

「っ、通路が!?」

 大きな穴が開き、跳躍だけでは渡れない距離。五十メートル以上もある谷間の底には電流が走っているようだった。
 フェイトだけならば飛行魔法で飛べる。だが、この高濃度AMF環境下で四人も抱えて飛べるか? と言われたら首を捻るだろう。
 ヴェロッサは無限の猟犬の応用で空を飛べることは知っているが、シャッハは陸戦魔導師だった。
 分断して飛ぶか? しかし、時間が――そうフェイトが迷ったのは僅かな時間だった。
 けれども、陸士たちは足を止めると。

「行ってくれ」

「おれたちはここで時間を稼ぐ!」

 そう告げた。

「っ、分かりました!」

 フェイトの迷いは一瞬だった。
 シャッハとヴェロッサがその決断の早さに驚くが、頷く。
 彼らに出来るのは一瞬でも無駄にせず進むことだったから。
 フェイトが飛行魔法を使用し、ヴェロッサはシャッハを抱き抱えると無限の猟犬を身体に纏わせて浮遊力に変える。
 そして、飛んだ。
 高々と飛び渡るように、見えない道を駆け抜けるように、滑るように。
 走り抜けていく。決して振り返らずに。
 その後姿を見ながら二人の年老いた陸士は。

「まったくすげえな魔導師って奴は」

「まあ俺たちには真似できねえわな」

 軽く笑った。
 笑いながら障壁を展開して、体が壊れんばかりの重量に耐える。

「っ、骨に響くな」

「黙って耐えてろ。若いものの花道だ、年長者は笑みで送るのが礼儀だろうよ」

「ちげえねえ」

 ケラケラと笑って、気合を入れる。
 両足で踏ん張り、笑いながら自分の娘ぐらいの年頃の魔導師たちを送った。








 そして。

「ようやく通り抜けたと思ったらこれかい?」

「ヴェロッサ、喋っている余裕はありませんよ」

「早くいかないといけないのに!」

 三人はガジェットの群れに襲われていた。
 隔壁の向こうに辿り付いた先に待ち構えていたのは数十を超えるガジェットの群れ、しかもどれもAMFを展開している。
 魔導師殺しの悪夢だった。
 ただし対抗出来ないわけでは無い。
 三人はトップクラスの魔導師、時間をかければ叩き潰すことも可能。
 そう、時間をかければ。

「ヴェロッサ、フェイトさん――私が道を開きます。お二人は先に行ってください!」

 ヴィンデルシャフトを構えて、ガジェットを叩き潰しながら、シャッハが告げる。

「え?」

 繰り出されるレーザーを避けて、バルディッシュを振り抜いたフェイトが思わず振り返ろうとしたが、状況が許さない。
 ただシャッハの声が聞こえて。

「相性的に私が一番ベストのはずです。時間をかければかけるほど事体は悪化するでしょう、だからお先に!」

 ヴィンデルシャフト、カートリッジロード。
 蒸気を噴出しながら、身体強化を施すシャッハ。

「これで! 疾風怒濤!」

 旋転するように両手を繰り出し、その衝撃波でガジェットの群を食い破る。

「わ、わかった!」

 その隙をフェイトは見逃さなかった。
 バルディッシュを振り抜き、射出した魔力刃が大きな三日月上になったその穴を広げる。

「ヴェロッサ!」

 フェイトは声をかけながら、跳躍。
 そして、その中にフェイトは高速移動魔法ソニックムーブを起動。全神経の伝達速度を加速させて、同時並行で大気抵抗を中和。弾丸のような速度で駆け抜けて、瞬く間にガジェットの群を突破した。
 だが、突破したのは“彼女だけだった”。

「ヴェロッサ!?」

 フェイトは突破して、次の瞬間付いてくるべき人物が来ないことに気づいた。

「ヴェロッサ、貴方も!」

 シャッハは何故か動こうとしなかったヴェロッサに声を荒げた。
 だが、彼は笑みを浮かべながら、無限の猟犬でガジェットたちを迎撃し。

「悪いが、ちょっと僕はそういうのには向いてないんだ。それに」

 動揺したシャッハの肩に手を置いた。

「僕としても君が死ぬのは悲しい」

 囁くようにヴェロッサは呟いて、シャッハの頬を撫でた。

「え?」

「フェイト! 悪いが少し遅れる、先に行っててくれ!」

 ガジェットの向こうにいるだろうフェイトに声を上げた。
 真っ赤に顔を紅潮させた彼女から目を離すと、己の意のままに動く忠実なる猟犬に命じる。

「さあ猟犬たちよ、僕の敵を全て噛み砕け」

 猟犬たちがAMFで身体を砕かれながらも、その牙をガジェットの装甲にめり込ませる。
 ヴェロッサは少しだけ微笑み。

「……少しぐらいは見栄を張りたいんでね」

 そう呟いた。





 そして、そして。

 最後に残ったのはフェイトだけだった。
 走る、走る、走る。
 孤独を振り払うように。
 大勢居た誰かの体温を忘れるように。
 そうして、何個目かの隔壁を越えて、辿り付いたのは一つのフロアだった。
 無数のモニターが展開された一室。
 端末機器の並べられたコンソールの前に、誰かが座っていた。

「来たかね?」

 声がする。
 座っている誰かが振り向いた。
 それは黄金色の瞳をした男だった。
 それは紫色の髪と純白の白衣を身に付けたスーツ姿の男だった。
 それは笑みを浮かべる男だった。
 それはどこまでも不気味な男だった。
 背筋に震えが走る、恐怖にも似た感覚、眼球に浮かぶのは敵意ではなく好奇の色だと気付いたから。
 怯えもしない、敵意もない、ただの好奇心。面白そうな愉悦の色にギラギラと輝いている。

「貴方が……ジェイル・スカリエッティ!」

 正体を看破し、フェイトはバルディッシュを構えた。

「いかにも? そうだが、君は誰かね」

 ニヤニヤと微笑むスカリエッティ。
 楽しげに顎を撫でて、立ち上がることすらしない。
 まるで王座にでも座っているかのような不遜な佇まいに、フェイトは軋むような唇を開いて叫んだ。

「私はフェイト・T・ハラオウン執務官! 禁止技術の使用及び流出、幾多の殺人未遂と傷害行為、未認可魔導兵器の使用、質量兵器違反、多次元に渡る重犯罪行為、全て含めて逮捕させてもらいます!! 次元犯罪者ジェイル・スカリエッティ!」

「なるほど……」

 耳に痛いとばかりに左手を耳に当てるスカリッティ。
 その言葉にまったく怯んだ様子も反省の色も見せない彼に、フェイトはぎりっと歯を食い縛り。

「大人しく投降するならばよし。さもなくば――」

「さっさと叩き潰して、強制連行するといえばいいのではないかね?」

「っ」

「建前を並べるのはよくないな。そんなのでは意思は通じないな」

 ニヤリと笑って、その右手に握られたカギヅメはギチリと音を立てて、フェイトの前に現れた。
 デバイス、それもアームドデバイスの類かとフェイトは推測。

「――抵抗の意思があると判断、強制逮捕します!」

 魔力をバルディッシュに注ぎこむ、AFM環境下の頭痛にも似た痛みに耐えて、踏み出した。
 その身は既にリミッターを解除されている。
 Sランク空戦魔導師の音速に迫る踏み込み。常人では反応すらも許されない閃光の死神。
 だがしかし。

「――甘い」

 スカリエッティはペダルを押し込んで椅子を倒すと、首を狙った斬撃を避けた。
 空振り、同時に丁度いいポジションにあるフェイトの腹に蹴りがめり込む。

「っ!?」

 その重い一撃に、フェイトは吹き飛ぶように後ろに下がって。バリアジャケットのおかげで大したダメージはないことを確認。
 しかし動揺がある。
 技術者型犯罪者の類と聞いていて、戦闘が行なえると想定していなかった。

「驚いたかね? まあ定番台詞なら、こんなこともあろうかと鍛えに鍛え抜いた肉体――といっておくべきだろうが」

 スカリエッティは笑いながら椅子から降りて、片足でそれを引っ掛けて――旋転するように投げ飛ばした。
 椅子が飛び込んでくる。
 フェイトは迷わず両断し、返す刃でスカリエッティのアクションを待った。
 何をする気か、わからないけれど返り討ちにしてみせる! そう決意して……


「さらば!!」


 逃げ出すスカリエッティの背中を目撃した。

「え?」

 一瞬硬直して。

「って、待てー!」

 フェイトが慌てて追いかけた、
 だがしかし、その前方に飛び出すのは――無数の銃器だった。
 ガション、ガションとロボットアームの先端に付けられた銃身がマズルフラッシュを吐き散らす。
 機銃の弾幕に、フェイトは手を差し出して。

「っ!」

 ガリガリと銃弾の音が鼓膜が震えて、弾着の衝撃に手が痺れる。

「ふははー! 悪いが私は頭脳派でね、マトモに戦うつもりは――ない!!」

 いばらないで! と叫びたいのは山々だったが、フェイトは魔力を蓄えて、マルチタスクで障壁とは別に攻撃魔法のプログラムを組み上げる。
 変換資質に従い、魔力を電流に変換して。

「プラズマランサー!」

 迸る電撃の閃光が弾丸を蒸発させて、銃器を破砕した。
 AMF環境下により、常時よりも少ないたった四発の電流の放射だったが十分。
 こちらを見下ろすような体勢だった、スカリエッティに接近するまで二秒と要らない。
 加速。

『Sonic Move』

 低空飛行での急加速。
 ゼロから数百キロオーバーを叩き出すような尋常ならざる加速に、フェイトの身体も悲鳴を上げるが、歯を食い縛って耐える。

「っ!?」

 間合いが縮んだ。
 驚愕に歪むスカリエッティの目の前に降り立ち、バルディッシュの刃を叩き付けて――凌がれる。
 左手に付けたカギヅメの障壁、それがシールドのように逸らし、流し、受け止めた。
 回る。
 フェイトはバリアジャケットの裾をなびかせるように翻ると、無数の斬撃を繰り出し、手刀型に伸ばされたスカリエッティの左手と激突する。

「っ、しぶとい!?」

「おやおや、今本音が出たね?」

「!?」

 大気を焦がす魔力刃の激突音を雷鳴のように鳴り響かせながら、スカリエッティは数度目のバルディッシュの刀身を――砕いた。

「っ!? そんな!」

「馬鹿は君だ」

 瞬間、その左手から伸びたワイヤーがフェイトの足を絡めた。
 しゅんと上に閃いたスカリエッティの手の動きに従い、フェイトの片足が地面から離れて、それに従い彼女は転んだ。
 そして、そのまま尋常ならざる力によって跳ね上げられた

「高濃度AMF環境下で、常時と同じ魔力力場の頑強性を維持できると思ったのかね!」

 投げ捨てられたかのようにフェイトの体が壁に激突するも。

「なら!」

 一瞬で体勢を立て直し、壁に着地しながらフェイトはバルディッシュの砕けた刀身を消し去り、形状を変えた。

『Zamber form』

 バルディッシュが変改する。
 駆動音を鳴り響かせて、その形状を変えると、まるで巨大な大剣の柄となった。

「はぁあああああ!!」

 咆哮一閃。
 そのボディから巨大な、長大な、光の刃が形成される。
 フェイトの身長を超えんばかりの巨大な肉厚の刀身――バルディッシュ・アサルト、ザンバーフォーム。
 彼女の限定解除の証明。
 高濃度AMFの領域内であろうとも、その輝きを失うことはなかった。

「ほぅ?」

 ニヤリとスカリエッティが嗤う。
 楽しげに笑いながら、指を折り曲げて。

「試してみるか」

 指を鳴らした。パチンと。

「――雷光一閃!」

 彼女の肢体が壁を蹴り、解放される。
 美しい剣の乙女のように空中を踏み舞いながら、旋回し、その刃が振り抜かれる。

「プラズマザンバァアアアアア!!」

 それはまさしく雷神の裁きだった。
 施設内を覆わんばかりの閃光が迸り、極光が闇を蹴散らした。

 しかし。

「え?」

 振り抜いたフェイトが地面に降り立ったとき、光が止んだ時に――倒れたものなど誰もいなかった。

「無駄だな」

 スカリエッティは怪我一つ負わずに立っていた。
 しかも、その左手一本でザンバーフォームの刀身を受け止めながら。

「その程度かね? とは、哀れだから言わないでおこう」

 憐れむような目つきだった。
 弱者を見る目だった。
 愚者を見る目だった。

「っ!」

 フェイトの頬に屈辱の熱が浮かび、咄嗟に刀身を下げようとして――ピシリと罅が入ったのに絶句した。

「脆いな」

 掴み砕かれる。
 先ほどのバルディッシュの刀身と同様に。
 パラパラと光の粒子が舞い散って。

「っ!?」

 それに隠れるように閃いた靴底の一撃に、フェイトは両手をクロスして防いだ。
 ドンッとトラックにでも撥ね飛ばされたかのような衝撃。
 手が痺れる、重く、痛く。

「っう!」

 靴底でブレーキしながらも、五メートル近く距離が離されるほどの打撃。
 それを放ったのはただ一人の技術者だった。

「やれやれ、明日は筋肉痛になりそうだな。まったく」

 静かな声だった。
 スカリエッティは緩やかに左手を伸ばすと――

「不思議かね? ここまで圧倒される理由が」

 指を閃かせる。
 デバイスから伸びた真紅のワイヤーが鞭のように迸り、フェイトは飛び退くように避けた。

「君は強い、君は優れている」

 閃く、閃く、生きた蛇のように五本のワイヤーが音速を超えてフェイトの身体を切り刻まんと迫ってくる。
 彼女は時には避けて、時には刃で切り払い、ダンスでも踊るかのように、けれど真剣に回避行動を続ける。
 巧みに二人共が位置を変えて、走りながら戦い続ける。

「けれど、君は勝てない」

 鞭を振るう調教師と美しき猛獣とでも呼ぶべきか。
 魅了されるような光景。
 だがしかし、猛獣たる美しき女性は吼える。

「バルディッシュ!」

 フェイトは叫ぶ。
 敗北を告げられた言葉を否定するように、己が魔力を注ぎこみ、再び長大な刀身を形成する。
 そのたびに体が軋む気がした。
 違和感に気付く、先ほどよりもAMFによる干渉が強まっている。
 ただ刀身を維持するだけでも失敗しそうなほどに。
 これがスカリエッティの余裕の理由か、そう確信しながらも、フェイトは止まらない。

「挑みます! 勝てるまで!!」

 何度砕かれようとも剣を振るうだろう。
 何度防がれようとも刃を振るうだろう。
 負けられないのだ、負けるわけにはいかないのだ。
 幾多の思いを背に背負い、不退転の覚悟を背に背負い、フェイトはただ待ち受ける運命すらも切り開いて見せるだろう。
 雷光が迸る。
 それを纏う乙女の道先を照らし出すかのように。

「はぁあああああ!!」

 鞭を避ける、ワイヤーを避ける、踏み込みながら、フェイトは真っ直ぐに地面を踏み叩き。
 身体を回転させて、遥か昔に己の宿敵から教わった剣技のままに振り抜いた。
 誰が躱せるだろうか。
 その音すらも置き去りにした神速の一刀を。

「っ!!?」

 スカリエッティが左手から障壁を形成した。
 それだけを目迎しながらもフェイトはただ振り抜いて――煌めく埋め尽くした光爆に目を閉じた。






 音と光の洪水だった。
 耳の奥でサイレンにも似た音が鳴り響いているような気がした。

「はぁ……はぁ……」

 フェイトは荒く息を吐く。
 最高の一太刀だった。
 あれで倒せないのならば……

「く、ククク」

 最後の切り札を使うしかないだろう。
 フェイトは顔を上げる。
 荒く息を吐き出しながら、前を見た。
 スカリエッティは笑っていた。弾き飛ばされたのだろう、コンソールに背中をぶつけて、幾つものモニターにノイズを走らせて、それでも笑っていた。
 クスクスと楽しげに。
 ゲラゲラと愉快げに。
 右手に着けた“もう一つのデバイス”を動かし、囁く。
 両手で障壁を張ったおかげで防ぎきったというのか。左手で使えるならば、右手でも使える。
 その可能性まで計算をしていなかったフェイトのミスだった。

「さすだがよ、プロジェクトFの遺産」

 その言葉にフェイトは一瞬心臓が止まったかと思った。
 それだけの衝撃があった。

「っ!? 何故それを!」

 こちらのことを調査済みだった?
 不快感が込み上げる。
 だが、次の瞬間、スカリエッティから発せられた言葉はフェイトの想像を超えていた。

「知らなかったのかね? 君は元々……私のおかげで産まれたのだよ」

 スカリエッティは嗤う。

「プロジェクトFは、私の戦闘機人技術の副産物だ。不完全なデータを再構築し、ほぼ完成までこぎつけた。いわば私は君たちの父になるかな?」

 彼はどこまでも雄大に、嘘一つなく、真実を告げた。
 残酷なまでに。

「そ、そんな……」

 震えが走る。
 激痛にも近いフラッシュバックが脳内を駆け巡る。

「こんにちは偽者のアリシア・テスタロッサよ。本物になりきれなかった偽者の少女よ、会えて嬉しい」

「……その名を呼ぶなぁああ!!」

 私はもうアリシアではないのだ。
 フェイトなの。フェイト・T・ハラオウン。
 それが己の存在意義、存在自己だった。
 音速を超えて速度で、踏み込む。
 首を撥ね飛ばさんと迫り――

「哀れだな、死者の蘇生は誰もが望む夢だった。叶うはずもないのに」

 刃が止まった。
 目の前の男に、触れる事無く。
 ギチギチと制止していた。

「な、なんで」

 彼は涼しい顔で佇むだけだった。
 防御すらせずに。

「簡単なことさ。私が“そう願ったからだ”」

「え?」

「実験は成功だ」

 スカリエッティの胸元で何かが輝いていた。
 ジュエルシード、忘れられるわけがない輝き。

「願望を叶える石か、まったくつまらないほどに優れている」

 かつて何度もフェイトはジュエルシードと対峙していた。
 だが、一度としてこれほど圧倒的な差があっただろうか?
 否、否である。
 感じたことがあるとしたら、彼女の母であるプレシア・テスタロッサが次元の壁を破砕し、開放しようとした時のみ。

「もっとも効率よく、そしてもっとも暴走しやすく使うには人の身が使うということだな」

 グンッとスカリエッティは手を上げて。

「――“離れよ”」

 フェイトは離れた。
 己の意思とは無関係に――吹き飛んだ。
 撥ね飛ばされたように吹き飛んで、次の瞬間スカリエッティが手を閃かせた。
 両手の指、合わせて十本。
 魔力のワイヤーがバインド状に彼女を縛り上げる。

「くぅっ!?」

 魔力を放出し、さらにバインドブレイクの術式を脳内で構築開始するが、身体に食い込んだバインドは全く弱まらない。
 彼女の乳房を締め上げて、腰を内臓を圧迫せんと強く拘束し、その太腿は螺旋を描くように入念にワイヤーが張っていた。
 淫らな妖艶さすらも感じれる光景。
 美しい女性を捕らえたその扇情的な光景に、スカリエッティは軽く目を向けながら、パチンと胸元で輝き続ける紅い宝玉を収めてブローチの蓋を閉じて。

「……やれやれ、まだ制御するには危険のようだな。危うく、凄いことになるところだった」

「!?」

 ボソリと呟いたスカリエッティの言葉に、ゾクリとフェイトの背筋に怖気が走った。

「さて、どうするかね。まだ足掻くかね?」

「っ、私は決して諦めない!!」

 フェイトは諦めなかった。
 バインドを振り払おうと努力しながらも、ある準備を開始する。
 最後の切り札を切る覚悟を決めた。
 しかし。

「ふむ、一つ言っておくが君の行なおうとする行為を薦めないぞ」

「?」

「調査は進んでいる。どうせライオット・フォームと言うフルドライブモードがあるんだろう」

「!?」

 看破された。
 フェイトは僅かに表情が揺らぐのを自覚し、汗が額に噴き出す。

「そして、さらにもう一つそのバインドを破る方法があることも知っている」

「な、何のことですか」

 フェイトは焦りを感じながらも、言葉には出さない。
 ただ今すぐにでも行なう必要を感じて、バルディッシュに命令を出し――

「一つ言っておこう。私は一発でやられる自信がある」

「……え?」

「そのライオット・フォームとやらならば多分私は一発で失神するだろう。一本でも精一杯なのに、二本も繰り出されたらそれは防げないからな」

 スカリエッティは淡々と告げて。

「ただし――君が脱出したとき、大きな犠牲を払うと思いたまえ」

 そう告げて出されたのは何の変哲も無いボタンだった。

「そ、それは?」

「なに、ただのボタンさ」

 カチッと押されると同時にモニターにフェイトの顔と全身が映り出す。
 どうやらフロア内に仕込んでいたらしいカメラからの画像。
 何の意味があるのだ? とフェイトが首を捻った瞬間だった。

「ソニックフォームとやらを使ってみるがいい。ただし」

 スカリエッティは笑って。



「脱げるぞ」



「……え?」

「バリアジャケットの再構成はこのAMF濃度だと不可能だ。つまり、スッパだ、全裸だ、破廉恥フォームを通り越して、ヘブン状態だ!」

 断言した。
 スカリエッティは酷く楽しそうな笑みを浮かべて。

「さあ脱出してみるがいい! その場合、ネットを通じて君の全裸姿がミッドチルダ及び次元世界中にお披露目されるがね!!」

「えええー!!!?」

 フェイトが絶叫にも似た悲鳴を上げる。
 そんなまさかだった。

「う、嘘。え? でもハッタリだよね。幾らなんでもAMFでバリアジャケットの構築阻害なんて、いやでも、さっきのザンバーが……」

「さて、私は用事があるので失礼するよ?」

「え? ま、まってー!!」

 てってけってーとスカリエッティは白衣の埃を払うと、歩き出した。
 向かう先はモニターの奥に隠されていた転送ポット。
 このままだと逃げられる。
 だがしかし、フェイトは迷っていた。

「ぜ、全裸……恥女認定? いや、でも……」

 うーん、うーんと迷う。
 己の精神的生命の継続を選択するべきか、それとも背負った願いを叶えるべきか。
 迷い、迷いながらも。

「では、さらだ!」

 転送ポットに入ろうとするスカリエッティを見て。
 彼女は覚悟を決めた。
 覚悟完了。
 さようなら、私の人生と涙を流しながら。

「し、真・ソニックフォーム!!」

 フェイトは叫んだ。
 バリアジャケットの大半を衝撃波に変換し、バインドを振り払う。
 同時に新しいバリアジャケットを構築。
 電光を全身に纏いながら、フェイトは涙を流して音速を超えて疾走し――スカリエッティの背に迫った時だった。

「どりゃー!!!」

 壁をぶち抜いて、それが飛び出したのは。

「え?」

 それは蒼い髪をした女性だった。
 両手に彼女の親友の部下がつけているのと同じデバイス――リボルバーナックルを嵌めて、怒声を張り上げて壁を貫通してきた。
 如何なる威力か。
 如何なる実力か。

「母親を舐めるなー!!」

 そう叫ぶ女性が突き破った壁の勢いのままに飛び出して。

「あ」

「え?」

「おや」

 飛び出したフェイトに、勢いよく撥ねられた。
 前方不注意だった。
 パンを咥えて、てってってどしーん! という出会いから始まる漫画チックな状態とはまるで違って、二人共大きく撥ね飛ばされる。
 片方は音速を超える物体に激突されて、もう片方は速度を追求して防御力の欠けた状態だったから。

「……結果オーライ!」

 指を立てて、スカリエッティは転送ポットに逃げ込んだ。

「あ、いたたた。何よ一体」

 その数分後、むくりと起き上がったのは陸士ジャケットを羽織った女性だった。

「い、いたたた。なんなの?」

 フェイトも起き上がる。
 パチリと目が合った。

「あら? 管理局の魔導師かしら?」

「え? えっと、貴方は。あ、スカリエッティ!」

「もう逃げられたわよ」

 はぁっと女性がため息を吐いた。

「所属教えてくれる? 状況がさっぱりだから」

「あ、えっと、機動六課のフェイト・T・ハラオウン執務官です」

「機動六課? 名前は聞いたことは無いけど、ミッドチルダUCATのクイント・ナカジマです」

「あ、そうなんで……え?」

 フェイトは一瞬耳を疑った。
 ファミリーネームに聞き覚えがあったからだ。
 そして、よく見れば顔にも見覚えがある。正確にはそれと良く似た顔をみたことがあった。
 誰が知ろうか。
 それは八年前、ジェイル・スカリエッティにカーボンフリーズされていたクイント・ナカジマ。
 それがつい先ほどそれを打ち砕いて、脱出したということをフェイトは知らなかった。

「それにしても、ずいぶんと破廉恥なバリアジャケットね? 流行っているの?」

「え? あ、ああ!」

 全裸!
 まっぱ!
 ヘブン状態!
 その言葉を思い出して、フェイトが慌てて胸を両手で隠した。
 のだが、そこに衣服の感触があった。

「あれ?」

 肩のむき出しになったバリアジャケット、太腿を露出させ、涼しげでもある真・ソニックフォームのバリアジャケットが其処にあった。
 裸などではなかった。

「だ、騙された」

 ガクッとフェイトが肩を落とした。
 そんな彼女に、クイントは肩を叩いて。

「まあ気を落とさないで。機会はまたあるから」

「は、はい」

 パリパリ。
 フェイトが頷いた瞬間、変な音がした。

「え?」

 フェイトが身体を見下ろす。
 ボロボロとバリアジャケットが剥がれ落ちて――肌色が目に飛び込んできた。涼しすぎるほどに。
 そして、モニターに沢山の肌色が踊って。


「いやぁあああああああああああああ!!!!」


 フェイトの絶叫が響き渡った。

 ちなみに、後日フェイトが泣きながらネットを確認したが、一切流れていなかった。

 どうやらブラフだったらしい。





「っ、フェイトの声?」

「急ぎましょう、ヴェロッサ!」

 ずたぼろになりながらも、散らばったガジェットの群れの中を二人の男女が歩いていた。
 スーツは残骸もなく、露出した肩から血を流したヴェロッサとヘソも丸出しに、乳房も切れ込みが入ったかのようにずたぼろのシャッハが支えている。

「ああ」

 息するのも辛いように歩き出しながら、不意にヴェロッサは気付いた。
 地面が揺れている。

「震動?」

「しかも、勢いが強まって……まずい崩落するぞ!?」

 二人が慌てて駆け出そうとした時だった。
 奥から一つの人影が飛び出した。
 正確には一人の女性を背負った女性が。

「っ! フェイトさん! と、誰?」

「いいから早く逃げるわよ!」

 二人にクイントが叫ぶ。
 背中で、「ぅう、お嫁にいけないよぉ、クロノもらってぇ」とフェイトがバリアジャケットを再構築した姿で俯いていた。

「しかし、どこに!?」

「引き返すにしても道が――」

 その時だった。
 周囲の扉を蹴破り、現れた人影があった。

「こっちだ!」

「き、君たちは!?」

 それは陸士たちだった。
 しかも、途中で行方不明になっていた面子ばかり。

「裏口ルートでなんとかやってきたんだ! それよりも逃げるぞ!!」

『応!!』

 巨大なポットを抱えた陸士たちが頷く。
 四人はそれに続いて走り出した。

 震動は限界まで達しようとしていた。






「さあ始まるぞ」

 嗤う、嗤う、男が一人。

「始めましょう、歴史の改革を」

 語る、語る、女が一人。

「聖王の揺り篭を、起動する!」

 地響きを上げて。

 大地を震撼させて。

 今日この日、世界が震えた。

 大いなる白き墓守の復活に。

 さあ、物語を始めよう。

 恐ろしい物語の最終章を。

 そのクライマックスを。







 スカリエッティ拿捕大作戦 続行

 聖王の揺り篭攻略戦に移行する   世界の命運を頼んだ。






********************
次回より揺り篭戦開始です!
カオスにご注意ください。







[21212] 閑話  挑め! 悪辣なる魔神の罠!
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:84e524a9
Date: 2010/10/04 18:27



 挑め! 悪辣なる魔神の罠!


 それはとある次元世界で発見された情報だった。
 曰く、その館に迷い込んだ人間は誰も帰ってこない。
 曰く、凄まじい魔力が検出され、恐るべき魔物――推定ランクSSS級の何かが存在すると言うこと。
 曰く、世界が滅びるかもしれない脅威が眠っているということ。
 曰く、美しい美少女が迷い込んだ人間を死なせているということ。
 曰く、館の名前は刻命館というらしい。

 という情報がその次元世界に存在する時空管理局地上支部から齎され、本部から応援としてやってきた一個分隊がいた。
 これはその一個分隊と刻命館に存在する悪魔との熾烈な戦いの物語である。




 その日、少女は今までに無い戸惑いと困惑の日々を過ごしていた。
 その美貌は芸術品のように整えられた端正な顔立ち、艶やかな肢体が描き出すのは豊満なる女性のラインであり、その身を包むのは薄く透けるような黒絹のドレス。
 極上の黄金を梳かし、黄金色の蜂蜜を持って彩ったかのような美しい金色の髪をなびかせ、血のように紅い瞳を讃えた少女。
 全ては獲物を油断させ、引き込ませるための計算。
 元々持ち合わせていた美貌を、魔神――少女を傀儡と変えた黒幕の魔力によって高めたもの。
 まさに人外の美貌、それに惑わされぬものは一握りの強者か、それとも同じ人に在らざるものでしかない。
 そして、それを用いて館に迷い込んだ人間の魂を刈り取るべく、罠を仕掛け、残忍に殺害する。

 魔神の復活のための贄を集める。

 だがしかし。
 数百年ぶりの傀儡を手に入れ、館に迷い込んだ人間たちを借り集めようとした時だった。

 ――“奴ら”がやってきたのは。

 過去数千人、数万もの人間を殺戮し続けた魔神の経験にもない恐るべき敵たち。
 ――通りすがりの陸士だ!
 と、名乗る集団。名前は陸士。
 見たことも無い変わった衣装に、巧みな魔法を使う、或いは武器を使う訓練された一団。
 奴らは館に迷い込んできたのだと、少女は最初考えた。
 美しき少女との接触、罠に載せるための誘惑を考えて、玄関の扉を開いたところに舞い降りた少女に。

「な!? き、金髪巨乳美少女だと!!」

「結婚を前提にした交際をよろしく!」

「ひゃっはー! ゴスロリ美少女!! やべー! 我が世の春が来たー!」

 という今までのどんな人間よりも低俗な発言と共に駆け出し、少女が口元に浮かべた笑みに気付く暇もなく――魔神の力を発動する。
 魔神の力、すなわち罠。トラップである。
 何の変哲も無い床から飛び出したトラバサミ――ベアトラップの発動。
 足を食い千切り、その足を止める。そう考えたのだが。

「なんとぉっ!?」

 ハサミが閉じられるよりも早く、上空に陸士が跳ねた。

「っ!?」

 奇怪な跳躍、不必要なまでに飛び上がり、三回転捻りのムーンサルト。
 回避されたと判断し、少女が飛び退りながら指を鳴らす。
 左右から迫る陸士たち、その位置を確認し、館の壁に設置した罠を起動――アロースリット。
 偽装されていた壁から射出孔が形成され、内部から三本の矢が飛び出す。陸士の顔面を貫かんと、常識を超えた速度で飛来する。
 これで殺せればよし、そうでなくても足止めは可能。
 操られし少女は次なる罠を、次々と設置しようと考えた。
 が。

「ふがーっ!」

 飛来した矢が、右側の陸士の顔面に突き刺さった。そう考えた瞬間、それは金属音と共に否定された。
 鏃を歯で噛み締め、殺しきれなかった勢いは首を回して受け流す――真剣白歯取り。
 左の陸士は普通に、「ぬるいわっ!」と人差し指と中指で掴んで止め、捻りながら天井に投げ捨てる。

「!?」

 あまりにも常識外れの回避方法、それに少女は僅かに驚きの顔を見せながらも屋敷の奥。
 老朽化した廊下の奥へと逃げ込む。

「この程度のツンデレで、おれ達を止められると思うなよー!」

「ひゃっはー! オレたちと一夏のアバンチュールを過ごそうぜ!」

「無駄無駄無駄無駄ー!! URIRIRIIIII!!!」

 少女が逃げ込んだ通路に、殺到する三人の陸士。
 調子に乗ってデバイスを振り上げて、飛び込み――中から飛来したでっかい脚によって仲良く蹴り飛ばされた。

『あ~れ~っ!』

 仲良く三人まとめて、放物線上に空を舞い、館の外にまで吹っ飛んでいった。

「おおー、見事な飛びっぷり」

「よーし、今日は撤収するかー」

「じゃあ、扉爆破しておくな」

「OK」

 何故か閉まろうとしていた扉、そこに頑強なつっかえ棒と疑似物質による岩を置いて妨害していた四人の陸士。
 特殊工作用のプラスチック爆弾と白い目出し帽を被った一人のボンバー陸士が持ち込んだ爆薬により、その日、近隣の町住人が怯えるような爆音が轟いた。

 刻命館の扉は吹き飛んだ。






 ここから少女の悪夢が始まったのである。
 扉が吹き飛ばされる、魔神の魔力によって保護された頑強な扉が破壊されることなど今まで経験したことのない事態。
 さらには少女の存在と力を認識した陸士たちによる妨害行為。

「えっさらー、ほらっさらー」

「与作が木をきーるー、女子をめとーるー」

 などという言葉と共に重機を用意。
 屋敷の周りに鉄線網を作成し、「時空管理局による調査地帯 危険につき立ち寄らないこと」という立て札まで打ち込んだ。
 付近に出没していた盗賊なども、プレハブ小屋を立てていた陸士により殲滅。
 笑い声を上げながら爆弾を投げ込み、奇声と共に襲い掛かる松明の如き発光を点したデバイスの乱舞によりひっ捕らえて、付近の町に突き出した。
 途中でなんかやってきた美人の女性は、真実映し出す鏡をたまたま携帯していた陸士のおかげで速攻で召し捕らえ、袋叩きにしておいた。
 そして、屋敷から出ることの出来ない少女にとっての悪夢の始まり。

「美少女ちゃーん! おれと共に文化的なデートをしようぜ!」

「きゃもーん!」

 などという奇声と共に館に突入。
 少女との戦い。
 殺傷力の高い罠を、恐るべき身体能力と並外れた本能で回避し、怪我を負えば一目散に躊躇わず逃走。
 電撃、氷結、火炎、毒ガスなどの罠も初見ならば「あつあつ!」 「し、しビビビ! 肩こりが取れるー!」 「ちべてぇえええ!」 という悲鳴を上げたのだが、次の時には装備を変えて、ガスマスクなども着用し、攻め込んでくる。
 大規模な施設を利用したトラップによる即死を狙うも。

「HAHAHA。あれやばそうだNE」

「ボンバーシュートッ!」

 そこを狙って爆薬を投げ込まれて、施設を爆砕、機能停止、修復不可能。
 最近は玄関扉に狙って仕掛けるトラップ群を見越して、少女が居ないことを確認してから、爆弾を蹴り込むサッカー選手の如き勢い。
 爆音の連鎖、館がギシギシと悲鳴を上げる、近隣住人、現地の冒険者の類も気味悪がって誰も近づかない無人地帯の完成。
 そして、愛の言葉を囁きながら飛び込んでくる武装集団の悪夢。
 朝も陸士、昼も陸士、夜も陸士、真夜中は夜這い目的陸士、朝日と共にやってくる陸士たちの笑顔。
 そんな襲撃のローテーションが連日連夜続く。
 魔神の力を貰っているとはいえ、肉体は所詮人間。
 睡眠不足、疲労の数々、爆音による騒音、何故か元気一杯の陸士の笑顔を見るたびに殺意が込み上げる。
 退路をしっかりと確保した状態でないと進んでこないその臆病とも言える用心深さがそれに拍車をかける。

「死ねぇええええええ!」

 もはや個人の憎悪を持って、迎撃する美少女。
 それに楽しげに逃げ惑う陸士たち。

『きゃー、こわーい!』

 もはや罠の類は殆ど経験済み。
 タイミングも、性質も把握し、発動するよりも早く回避し、逃げることが可能な学習能力の高い陸士たちの脱兎。
 ついでに余裕を見せて、持ち込んだデジタルカメラで少女の顔を撮影。パシャッ。

「ウホッ。これで通産250枚目の写真だぜ!」

「後で焼き増しヨロ!」

「パンチラ写真、そういえばまだ俺貰ってねえや。焼いてくれなー」

「OKOK」

 暢気な言葉。
 華麗なる跳躍と共にスパイクの類を全弾回避、飛び込んでくる矢をデバイスで殴り払い、天井から落下する魔神の足をクルリと回避しながらの会話。
 少女のこめかみに青筋が浮かんだ。

「殺してやるぅうう!!!」

 少女のマジ切れ。
 ぶち切れと共に陸士たちが迷わず玄関から離脱。

『イヤッハッー!』

 華麗なる孔雀のポーズと共に飛び出す陸士たち。
 地面に転がり前転、さらに宙返りと共に決めポーズ。

「じゃあ、また遊びに来るわ~♪」

 屋敷の外、数百メートル離れた位置にて屋敷から出られない少女に素敵な笑顔と手振り。
 屋敷の玄関前で、うちひしがれる少女だった。






 そして、そんな抗争が二週間ほど続いた頃だった。

「そろそろいいかねぇ」

「だなー。あの子、目に隈浮かんでたぜ?」

「でも、普通に攻め込むと俺ら誰か死ぬしなぁ」

 などという会話を、屋敷から二百メートル離れた位置。
 しっかりとレールを敷いて、設置したボンバーシュートコースで蹴り込みながら呟いた。
 刻命館の玄関、壁に激突しては爆炎を上げる爆弾の数々。
 如何なる建築材か、それとも魔法か、百発以上は火力満々爆弾を叩き込んでいるはずだが、未だに崩落の気配は無い。
 精々黒っぽかった外見が、煤だらけの悲惨な外観になっただけだった。あと多少のひび割れぐらいである。

「お前、確か元トレジャーハンターだろ? 攻め込んだらどうよ?」

「あー、バディ欲しいなぁ。せめて装備くれよ、HANTだけじゃどうにもならないし。あと俺まだ現役だし、陸士は兼業です」

「そうかー」

 と、言いながらホァター! とノルマ最後の爆弾を蹴り入れた。
 放物線を描きながら飛んでいった爆弾は、屋敷のガラス窓を突き破って、中から爆炎を噴き出した。

「……やっちまったか?」

「多分大丈夫じゃね?」

 まあきっと非殺傷だから、大丈夫大丈夫と手を合わせる二人の陸士。
 そこに、分隊長がやってきた。

「おーい、お前ら。飯だぞー」

 カンカンカンッと鍋を叩いて、伝えてくる。
 プレハブ小屋の前で、グツグツとカレー鍋が煮込まれていた。

「ひゃはー! 飯だー!」

「あ、カレーか。カレー爆弾作るぞ!」

「喰ったら攻め込むからなー。あと注文していた装備が届いたぞ」

 分隊長陸士の言葉に、陸士たちが目を向けた。
 ついに来たか、といわんばかりの目。
 ニヤリと分隊長が笑う。

「知り合いの商人と、名うての風来人の協力を得てな。全員分揃えた」

 館に目を向ける。

「ラストアタックだ。可哀想な少女を助け出すぞ!」

『オー!!!』






「……」

 少女は考えていた。
 込み上げる怒りをも腹の中に溜め込みながら、必死に考えていた。
 奴らを確実に殺す方法を。
 彼女を支配する魔神、己の復活のための儀式が遅々として進まない苛立ちもあったのかもしれない。
 過去最高のトラップコンボに、新しく産み出した殺戮のための罠。
 これならば、これなら殺せる! そう確信するほどの罠である。
 次こそ終わりだ。
 そして、人間狩りを始めよう。
 魔神の復活、その始まりが幕を開く。
 そんな気がした。

 ――ガシャァアアアンという破砕音を聞くまでは。

 気のせいだったのだと、教えるような破砕音。

「!?」

 少女が振り向く。乱れた黄金の髪を揺らし、殺意に輝ける紅の眼光が捕らえたそれは。
 ――屋敷の破壊だった。

「え?」

 重機、ブルドーザーと呼ばれるそれの突撃により館への突撃だった。
 何度と無く打ち込まれた爆弾による破砕、ダメージ、それらを食い破る重機突撃だった。

「HAHAHA! ヘロー、マイハニー!」

 綺羅綺羅と輝く笑顔に、チカチカと輝く右手を振って陸士たちが微笑む。
 むかつく笑み。

「殺す」

 殺意を持って、魔神の力を発動させる。
 一瞬にて罠を配置、計算され尽くしたコンボトラップ。
 過去最速の速さで罠を設置し、発動する。

「死ね」

 指を鳴らし、殺戮の光景を産み出す。
 はずだった。

「?」

 何も起こらない。
 陸士たちがやれやれと重機から降りる。
 柔軟体操を開始し、背から取り出した荒縄をバシバシと引っ張っては強度を確認する。
 少女は何度も罠を発動する。
 イビルキック、イビルアッパー、アルデバラン、コールオブヘル、黄金のタライ。
 どれも起動しない。

「!?」

 力が失われた!? そう考えるが、体に不調は感じられない。
 陸士たちが体操を終える、素敵な笑みで両指を床に着けて、腰を低くして、前のめりの体勢になる。

「訳が分からないようだな?」

「何をした!」

 少女が叫ぶ、それに分隊長は答える。
 右手を掲げて、“その手に嵌めた指輪と腕輪”を見せた。

「――罠抜けの指輪と腕輪だ! どんな罠だろうが、着用者には絶対に通じない道具よ!」

「罠師の腕輪は高くて買えませんでした、サーセン」

「な、なんだ、と?」

 そして、少女は気付いた。
 彼らのポーズの理由に。
 クラウチングポーズと呼ばれるそれに。

「これにて君は無力! さあ、ひっ捕らえろ!」

『イエッサー!!』

 陸士たちが走り出す。
 少女を捕らえるために、素敵な笑みで。

「いやぁあああああああああ!!」

 少女は逃げ出した。
 しかし、陸士と魔王からは逃げられない。

「ま~て~よ~」

 楽しげな、楽しげな陸士たちの声はいつまでも鳴り響いた。



 逃走劇は数時間にも及び、少女は精根尽き果てて捕らえられた。
 最奥に眠っていた魔神は、発見した陸士たちによる通報で、出向してきた不機嫌なゼストと試験運動で派遣されたとある勇装魔神のプロトタイプにより殲滅された。
 封印された状態に加えて、生贄が殆ど手に入らず、根城である刻命館の損耗に、魔神の力の酷使による衰弱状態による魔神。
 家族と離れての出向で寂しいゼストによる殴る、蹴る、どつき、投げる、踏む、どつく、壁に打ち込むなどの打撃の嵐に、勇装魔神による質量攻撃。
 つまり館ごと踏み潰され、世界は救われたのである。








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ミッドチルダUCAT 本編前の過去編その1です。





[21212] 聖王の揺り篭攻略戦 その1
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:84e524a9
Date: 2010/10/07 14:00
 祈りなさい。
 願いなさい。
 泣きなさい。
 喜びなさい。
 歌いなさい。
 笑いなさい。
 壊れなさい。
 汚れなさい。
 叫びなさい。
 歩きなさい。
 走りなさい。
 倒れなさい。
 立ちなさい。
 舞いなさい。
 踊りなさい。
 戦いなさい。
 退きなさい。
 進みなさい。
 逃げなさい。
 挑みなさい。

 いつか辿り付くために。

 いつか終わるために。


 そう、それこそが終わりの願いであり。
 そう、それこそが始まりの願いであり。


 叫べ。
 叫べ。
 叫べ。
 叫び吼えろ。


 今これより歴史の変革を始めましょう。





 それは全長一キロメートルを超える巨大なる構造物。
 故に誰もが目にすることが出来た。

「あー、ママー、お船が空飛んでるー」

「はいはい、またUCATが何か作ったんでしょう?」

 晴れた昼下がり、洗濯物を干している女性は娘の声を軽く聞き流していた。
 いつものことだ。
 少し常識はずれなことはいつもUCATが巻き起こす。
 最初は驚き、次は戸惑い、最後には慣れる。
 諦めにも似た適応。
 同じようにUCATに所属している夫が彼女には居たが、家に帰れば甘い睦言よりも気苦労ばかり愚痴に出す男だった。
 故に好感を持つのは難しい。
 空気のようにそれがあるのが当然だと思っていた。

「あ、なんか飛んでくるー」

 だから。

「え?」

 舞い降りてきた無数の脅威に、彼女は一瞬呆然とした。
 見上げた空、そこには雄雄しく空を埋め尽くす威容があった。
 太陽の光を遮る巨大な艦船があり、そこから無数の何かが落下してくる。
 それの認識は一瞬遅れて、理解した瞬間、彼女は悲鳴を上げた。
 ガジェット・ドローン。
 ニュースに乗っていた破壊兵器、それが数を成して落下してくる。
 紅く輝くカメラが燃えるようにこちらを睨んでいた。

「に、逃げて!」

 愕然としたのは一瞬、即座に彼女は洗濯物を投げ捨てて、娘へと走った。
 ママ? と首を捻る娘を抱きしめて、彼女は走り出そうとして――爆音に身を竦ませた。
 破壊。
 光線。
 それが家を破壊する、悲鳴が上がる、乱雑に撃ち出された無数の光線の衝撃が娘を抱きしめる彼女に叩き付けられて、転んだ。
 娘だけは傷つけまいと抱きしめたまま、無様に庭に転んだ。芝生の庭に叩きつけられて、体が軋む。
 平和などなかった。
 平穏が壊れたのを理解する。

「あ~ん! ママぁ、こわいよぉ!」

「大丈夫だから!」

 鼓膜が破れそうな暴風、それから娘を護りながら彼女は胸の中にいる我が子を抱きしめる。
 恐怖はある。
 だけど、それ以上に守りたいものがあった。
 だから。

「ま、ママ! 怖いのが!!」

 迫る影、僅かに後ろを見たそこにはこちらに照準を向けたガジェットの姿を見て――彼女は庇うように娘を抱きしめる。
 せめて娘だけは助かるように。
 生死の境に選んだのは子供の命だった。

「――貴方っ!」

 脳裏に思い浮かべたのはだらしなく、駄目な、でも愛しい夫の姿だった。

 そして。

 閃光が視界を焼いた。

「?」

 けれど、痛みは無かった。
 爆音がしたけれど、痛みはなく、風も届かなかった。
 ゆっくりと目を開き、彼女は後ろを見ようとして。

「パパ!」

 その正体を知った。

「大丈夫か」

 彼女を庇うように、一人の壮年の陸士が立っていた。
 ガジェットのレーザーを防いだのだろう障壁を展開したストレージデバイスを突き出して、彼女の夫である陸士は佇んでいた。

「貴方!?」

「すまない、遅れたな――だが」

 指を鳴らす。
 それと同時に無数の魔力弾がガジェットを撃ち抜いた。
 四方八方からの射撃に、ガジェットが砕け散る。

「状況終了!」

「クリア!」

「Tes.!」

「美人人妻救出完了だぜ、ってか! フラグ立ったか!?」

「――妻に色目使ったら殺すぞ、てめえ」

「うひゃあ!」

 彼女は周りを見た。
 そこには何度か夫に連れられて、家に遊びに来たことのある陸士の顔があった。
 彼女が住まう地域を警邏し、時折犬に吼えられては怖がっている親しみある陸士がいた。
 沢山の陸士たちが笑いかけて、即座に次の現場に向かって走り出す。

『そんじゃ! ごゆっくり!』

 手を上げて、去っていく陸士たち。
 その進路で何体ものガジェットたちが次々と蹴散らされていく、逃げ惑う誰かを助けて戦う陸士たちの姿が彼女に見えた。
 そして。

「パパー!」

 呆然と立ち上がった彼女の手から離れて、娘が父親である陸士に抱きついた。

「大丈夫だったか? 泣いてないか。ん?」

 笑いかける、その目はずっと見たことのない優しく安堵した目だった。
 娘は泣きじゃくりながら、頷く。

「うん! 泣いてないよ! だってパパの娘だもん!」

「ははは、泣いている癖にその嘘は騙されたくなりやがるぜ」

 娘をぎゅっと抱きしめると、彼は彼女に目を向けた。

「よく護ってくれたな。すまない」

 どこか済まなそうに謝る夫の顔。
 それに彼女はどこかホッとして、笑みを浮かべる。
 情けない顔だった。
 けれど、そんなどこか情けない人が彼女の結ばれた男だった。

「いいのよ。家を護るのが妻の役目でしょ?」

 彼女は笑いながら、夫の首を抱きしめた。
 軽くキスを交わす。
 泣きたくなる気持ちが、安堵に掻き消えた。

「あ、あの人たちは?」

 お礼を言いたかった。
 彼女と娘を救ってくれたのは夫だけではなかったから。

「ああ、仕事ほっぽらかして走ってきた俺に付いて来てくれた馬鹿たちさ」

 どこか毒づくように、或いは誇らしげに、嬉しそうに言った。
 彼女を抱きしめたまま、陸士は告げた。

「もう、大丈夫だ。俺がお前らを護ってやる」

「本当に?」

 どこかからかうように訪ねる。
 そこから先の言葉を彼女は知っていた。
 彼のプロポーズの言葉を彼女は覚えているのだから。


「ああ、お前達のついでに世界も護るけどな」


 ――世界と一緒にお前を護らせてくれ。

 それがこのつまらない陸士の求婚の言葉だった。

「パパ、かっこいい!」

「違うな。俺はいつだってかっこいいんだぞ?」

 嘘つき、と彼女は少しだけ思ったけど言わないでおいた。
 パチリとウインクして、陸士は妻と娘を抱きしめたまま見上げた。


 新たなる脅威に、闘志を剥き出しにして。










 アースラ艦長席、そこに座るはやては歯噛みしていた。
 睨むのは空を飛翔する巨大なる戦艦。
 全長数キロメートルにも及び前代未聞の巨大戦艦。

「……こんな隠し玉を持ってたんやね」

 その光景を見て、はやては愕然と打ちのめされそうになる心を必死に支えていた。
 管理局員生活十年、魔法に触れてからの日々を持ってしてもあれほどの脅威を見たことはなかった。
 そうだろう?
 誰が怯えずに済む。
 巨大であるということは単純明快なまでの脅威の表れだ。
 己よりも高い身長のものに人は本能的に恐れを抱く。
 そびえる山に偉大さを抱き、空に浮かぶ雲に憧れを抱いて、遠き星々に夢を見るように。
 サイズは脅威。
 巨大とは恐怖。
 誰もが戸惑い、恐れ、驚愕する。
 ただの広域次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ。
 被害こそ大規模に渡っていたが、明確な軍隊を所有しているわけでもなく、十数人の戦闘機人と数百台規模のガジェット・ドローンの所有。
 ただそれだけだと思っていた。
 居場所を把握できずに暗躍され続けるが故の脅威だとはやては推定していた。否、はやてだけではなく誰もが思っていただろう。
 こんな化け物を用意しているなんて誰が考えるのだ。
 想定の遥か上の事態に、はやては息を呑み、混乱に沸騰しそうな頭を必死に動かして指示を考えようとした時だった。

「落ち着け、はやて」

 ポンッと頭を撫でられた。

「へ?」

 それは席の隣で佇む一人の青年。
 相変わらず黒いサングラスを掛けた道化のような印象の中でふっと笑みを浮かばせて、はやての頭をガシガシと乱暴に撫でた。

「弱気になるな。前を向け、そして深呼吸しろ。堂々と振舞うんだ、それが上に立つものの役目だ」

 その言葉に従い、はやては前を向いた。
 誰もがはやてを見ていた。
 不安そうな目で、或いは期待するような目で。

 ――指示を待っていた。

 だから。

「そやな」

 はやては深々と深呼吸すると、ハーヴェイの手をどかした。
 おや? と少しびっくりした目を向けて、しかし楽しげな笑みに変わる彼に、彼女は不敵な笑みを浮かべてみせる。

「全員、落ち着けぇ!」

 はやては叱咤するように声を張り上げた。
 ビリビリと室内の空気が震える、電流にも似た声。

「浮き足立ってたらどうにもならん! こんな時だからこそ、びしっと腰を据えて動くんや!」

 彼女は立ち上がると、雄雄しく手を振り下ろした。
 その小さな体を大きく見せるように、或いはその身から迸る熱意を吐き出すように。

「ルキノ! アースラの進路をクラナガンに向けるんや!」

「はい!」

「シャーリー! 地上本部との回線を開け、優先レベルは最重要で!! それと意匠からしてあの戦艦は古代ベルカ系列に関連性がありそうや、予言との照合も合わせて聖王教会に通達を回すんや!」

「はい!」

「それと鎮圧部隊に回ったフェイトちゃんからの連絡はまだかいな!? 緊急対策会議を開く! グリフィス君! 六課主要人員、全員に会議室へ移動するよう連絡を回しておいて! 私は確認が取れてから行くから、事前に説明を!」

「はい!」

 矢継ぎ早にはやては指示を行なう。
 その様子をハーヴェイは楽しげに見つめていた。
 その手に持ったS2Uの待機状態モードを操作し、数十件のメールを作成し、送信しながら微笑む。

「で、クロノ君!」

「ハーヴェイだが?」

「そんなのはどうでもええわ! 本局に連絡――ああ、どうせ見ているやろうけど、連絡と! それとユーノ君に、無限書庫からあの戦艦に関するデータはなんかないか調べさせて――」

 はやてが怒鳴るように声を上げた時だった。
 カシャーンと音がして、ブリッジのドアが開く。

「呼んだ?」

 そこににょきっと頭を出したのは、仮面を付けたハニーブラウンの髪を持った青年。
 ナイス過ぎるタイミングだった。

「どんなカンやねん!? 盗聴でもしてたんか!?」

「いや、僕が呼んでおいた。マスク・ザ・フェレット、あの戦艦を調べろ。重要度Bランク以下の資料検索を後回しにすれば、無限書庫は回るだろう?」

「軽く言うね。まあ、今回探すのは僕じゃないから気楽だけど」

 マスク・ザ・フェレットは肩を竦めると、ハーヴェイから投げ渡されたデータ端末を受け取り、ブリッジから退出する。

「? 今、何渡したんや?」

「単なる画像データだ。ただし、憶測でサイズなどの関係しそうなデータを打ち込んだ奴だ。検索は多少楽になるだろう。手に入った情報は随時フェレットに回せ、それだけ検索効率が上がる」

「……酷使し慣れてるだけあって、説得力ありまくりやね」

「前線と後方がお互い分かり合っているほうが効率いいだけさ」

 そういってハーヴェイは肩を竦めると、前を見た。
 シャーリーが手を振り。

「聖王教会との回線繋がりました!」

「よし、繋げて」

 ブリッジの正面モニタに光が宿る。
 巨大なモニタに洗練としたカリムの顔が映った。

『はやて、現在空を飛んでいる戦艦の姿は確認出来ているわね? あれは――』

 カリムが説明をしようとして――

「やあっ」

 ハーヴェイがにこやかに挨拶をした。

『ぶふぅううううっ!!!』

 カリムの美しい唇から紅茶が噴き出した。
 モニタが一瞬紅茶で埋め尽くされて、ブツンと落ちた。

「む? いいリアクションだな」

「あ、当たり前や。と、また来た」

 再びモニタが展開した。
 数秒と経たずに再接続されたが、カリムは唇にハンカチを当てて目を見開き。

『なーなななななななな、なんでクロノ提督がそこに居るのですか!?!』

 舌をもつれさせながら叫んだ。
 悲鳴じみた絶叫だった。

「クロノ提督? 違うな、僕はハーヴェイだ。ただの客分でね」

 クイッと黒いサングラスの蔓に指をかけて、微笑むハーヴェイ。
 その顔は不敵に、そしてどこか邪悪な悪人顔だった。

「……もうええわ、そのネタ。カリムー、今のクロノ君テンションおかしいから、放置して話進めてや」

『え? ええ?! あ、分かったわ』

 ああ、クロノ提督まで変態なのですね。と、どこか悲しそうな顔でカリムがハンカチを目に当てて涙を拭うと、すくっと凛々しい態度を取り戻して告げた。

『はやて。あれは聖王のゆりかごと呼ばれる古代ベルカの遺産です』

「――聖王のゆりかご?」

『はい。私も口伝で伝わっている伝説程度しか知らないのですが、全ての情報が一致します。そして、私の予言にある第二節――【死せる王の元、聖地より彼の翼が甦る】という文面はあれのことを指し示している可能性が高いです』

「なるほど。死せる王、故人である聖王の遺産が蘇るという意味か」

 ハーヴェイが静かに憶測を付け加えると、はやてが頷き。

「了解や。名前だけでも分かっておったら調べることは出来る、クロノ君。ユーノ君に連絡を!」

「僕はハーヴェイなのだが? まあいい、連絡はしておく。騎士カリム、そちらで持ち合わせているだけの情報を文章形式に纏めて送ってくれ。こちらで対策を取る」

『分かりました。あ、それと例のジェイル・スカリエッティのアジトに突入したシャッハたちから連絡が来ました。総員無事なようです』

 カリムがそう告げると、はやてはホッと安堵の息を吐き出す。

「全員無事なんか。よかったわ」

「一応そちらにも連絡が」

「――八神部隊長! フェイト隊長からの入電です!」

 オペレートしていたシャーリーが声を上げる。
 パチンとはやては指を鳴らすと、即座に指示を飛ばした。

「回線開いて!」

 カリムの顔が映っている画面の横に割り込むように新しい画面が一つ出現する。
 誰もがフェイトの顔が映ることを想像した。
 しかし、そこに居たのは見慣れない蒼い髪をした女性だった。

『あ、こんにちは。貴方が部隊長さん?』

「は? アンタ誰や」

 どこかで見覚えがあるような顔をした女性。
 それがヒラヒラと手を振っている。

『私はミッドチルダUCAT所属のクイント・ナカジマ。今、貴方の部下さんが少し喋れない状態でね、私が代理で説明するわ』

 その言葉が事実だというかのように、クイントの後ろでフェイトが背を向けてのの字を永遠と繰り返し書いていた。
 周りの陸士たちが、飴を渡したり、旗を振ったり、扇子を持って応援しているが立ち直る気配が無い。
 ふっ、ふふふ。重婚出来る次元世界って確かあったよね? そこになのはとクロノを連れて行って――などと怖いことを呟いているが、幸いなことにブリッジの隊員たちには聞こえなかった。

「――ナカジマ?」

「……ナカジマ?」

 はやてとハーヴェイが顔を見合わせた。
 そして、そのままブリッジにいる隊員に目を向けて。

「確か、スバルちゃんのファミリーネームだったような」

「ギンガのファミリーネームですね」

 返事が返ってくる。

『あら、私の娘たち知ってるの?』

 さすが私の娘だわ~と、くいっと腰を捻って、身もだえするクイント。
 それに全員が叫んだ。

『生きてたんかいっ!?』

 総ツッコミだった。

「そう簡単に母親は死なないのよ♪」

 ビシッとポーズを決めるクイント。
 それに誰もが(母親って凄いや)と戦慄したのは言うまでも無かった。


 その後、転送魔法で回収し、アースラ内でフェイトとクイントに再会した二人の少女が卒倒したのは語る必要の無い事実である。









 混乱はある。
 戦いがまた開く。
 大規模に。
 大袈裟に。
 だから。

「ふむ。どうするつもりかね、レジアス」

 一人の悪役が居た。
 誰よりも優しい悪役は静かに問い掛ける。

「世界が大変なことになりそうだが?」

 送られてきたレポート。
 聖王のゆりかご――無限書庫に残っていたスペック。
 かつて誰もが倒そうとして調べたのか。
 それとも何らかのために遺しておいたのか。
 理由は分からない。
 ただ残っていたスペックが伝えられた。
 あれはこれから昇るのだ。
 誰もが手に届かぬ衛星軌道上に達すれば、大気遮断の受けない宇宙空間上の魔力素子を吸収し、その発生源たる二つの月の光を帯びて、本格起動する最終兵器。
 次元跳躍砲撃を可能とし、無敵の防御能力を誇る誰にも手に付けられない戦艦となる。
 同じ次元領域内にあるミッドチルダ全ての都市と命が人質になるだろう。
 さて、それを許せるだろうか?

「大変なことになるか」

 否。

「ならぬよ」

 否だ。

「ほう? 何故だ」

「我々ミッドチルダUCATがいる。命を脅かす脅威を退ける盾にして、のさばる悪を叩き潰す矛がある」

 一人の漢が目を覚ます。
 普段ののんびりとした態度ではなく、その目はギラギラと刃物のように輝き、不敵な笑みを浮かべている。
 侮っているのか? 違う。
 闘志を燃やしているのだ、闘争の、怒りの、義憤の、ありとあらゆる立ち向かうための意思を燃やしている。
 傍に佇むオーリスが言葉すらも掛けられないほどの強い意思があった。

「手を貸して欲しいかね?」

 それに怯えることも、態度を変えることもなく一人の青年が語りかけた。
 佐山 御言。
 悪役を担う姓の持ちしもの。
 淡々と平時と変わらぬ声音で告げた。
 それに頷けば力を借りられるのか。
 全竜交渉部隊、かつてのメンバーは既に揃っている。
 概念武装は既にかの世界に放たれた、けれど力と意思はある。
 それは喉から手が出るほどの力だろう。
 だが。

「要らぬ」

 レジアス・ゲイズは立ち上がり、それを否定した。

「ほう?」

「子供は巣立つものだ。足りぬならば借りることもあるだろう、だがまだその時ではない」

 護るためならば、なりふり構わずに頭を下げるだろう。
 誰かを悲しませるぐらいならばこの首を渡しても構わない。
 平和のために捧げる。
 悲しみを振り払うための礎になれるならば、その命の生涯に意味はあったのだと信じられる。

「これは試練だ」

 レジアスは手を握り締める。
 苦しみを背負い、それを打ち砕き、前に進めるのだと刻み付けるために。

「この程度の脅威に、自分たちの世界すらも護れないならば無限の世界を護る資格などない!」

 聞こえる。
 聴こえるのだ。
 出撃した陸士たちの咆哮がある。
 脅威に襲われて泣き叫ぶ人々の悲しみがある。
 それらに報いて、誰かの為が力になれる。

 その証明をしよう。


「――古代ベルカ。失われた世界の遺産よ」


 レジアスは笑う。

「終わった世界と続く世界、その悲しみと怒りも飲み干し、受け入れてやろう」

 不敵に、悪魔すらも泣き叫び、逃げ出すような闘志を孕んだ笑顔を浮かべて叫んだ。



「これよりミッドチルダUCATは対異世界戦闘を開始する!!」



 さあ護り続けるための戦いを開始しよう。







「願いなさい」

 白き箱舟は願いを叶える。
 白き願望は破滅を叶える。
 白き悪魔は欲望を叶える。
 白き世界は全てを叶える。
 白紙になれ。
 白夢になれ。
 世界はここで一新される。
 零に。
 無に。
 千年前の夢を叶えよう。
 千年前の闘争を再開しよう。
 千年前の悪夢を生み出そう。
 千年前の聖王の手によって。

「始めましょう」

 誰もが見た。
 誰もが聞こえた。
 誰もが見上げた。
 誰もが嘆いた。
 誰もが終わりを見た。
 誰もがその偉大さを知るだろう。

「敬いなさい!!」

 見よ。視よ。観よ。
 終わりを齎すものを。
 世界を終わらせることを願うために作られた戦舟を。
 それは破滅を齎す。
 それは崩壊を齎す。
 世界を終わらせるものである。
 もっとも偉大なる千年前の王の衣である。
 もっとも雄姿なる古の聖なる王位に辿り付いたものの玉座である。
 逆らうな。
 歯向かうな。
 ただ終われと願い、翼を広げ、最強なる暴力の、暴虐の、悪夢を孕んだ舟は天翔る。


 破壊し続けるための戦いを開始する。










おまけ



 UCATな脇役達 病院編



 クラナガンにある病院。
 そこで入院している二人の陸士がいた。

「あー、空が綺麗だなぁ」

「そうっすねぇ」

 一人は片手をギプスで固め、何故か頭につばの広い帽子を被った男。
 もう一人は何故か顔がミイラ男のようにグルグル巻きで、両手両足もまたギプスで固定されている哀れな青年。

「暇だなぁ」

 顔を隠すようにツバを掴み、帽子を被った男――特車部隊に所属する陸士は青く見える空を仰いでいた。

「そうっすね。ていうか、他にも入院している奴らがいるのになんで俺だけこんなに重傷なんですかね、先輩」

「いや、お前は自業自得だろ」

 四肢のギプスに怨念の篭ったラクガキをされまくった後輩陸士に、先輩陸士は呆れたように声を洩らした。
 ちなみに彼の傷はもう少し早く直る予定だったのだが、三日前に監視付きで見舞いに来た“二人の”戦闘機人の少女による看護のあと、謎の闇討ちを掛けられてさらに傷を深めていた。
 なお、その際には横にいる彼も飛び上がって、トルネード旋風脚を打ち込んだのは言うまでも無い。

「シクシクシク……幸せというよりも胃が痛くて不幸ッス」

 ゴロリと身体を倒して、滝のような涙で彼の包帯がぐっしょりと濡れた。
 俺はどこで人生の選択肢を間違えたんだと嘆いているが、どうでもいい。

「うるせえ。同じ身分になったら同情してやるが、現在のところパルパル乙! としかいいようがねえよ」

「ちくしょー!! 世の中のギャルゲーに文句言ってやる!! なんで主人公とかは神経性胃炎とかおこさねえんだ!! ありえねえええ!」

「お前、無駄に普通の神経しているのが哀れだなぁ」

 喚き散らしている彼を無視して、陸士は退屈そうに差し入れのライトノベルでも読むかと文庫を手に取った時だった。

「おい、いつまでコントを続けているつもりだ」

 カチンと音を立てて、松葉杖を突いた誰かが入ってきた。
 それは美しい女性だった。
 入院着を着た短髪の凛々しい顔つきとスラリとした体型を持った女性――それはトーレだった。

「あ? よぅ」

 武装解除された後、同じように病院へと入院することになった女性。
 地上本部での施設でメカニック部分には修理を受けているものの、肉体部分での治癒と隔離を目的としてこの病院に入院している彼女。
 現在のところ身体機能に調整を加えられて、平均女性レベルの身体能力しか発揮できないようになっているため特別に病院内での移動は許可されている。
 とはいえ、変なまねをすれば即座に射殺されるだろう薄氷の立ち位置。
 あえて泳がされている自覚出来る立ち位置にいながら、彼女は何故かこの二人の陸士によく話し掛けていた。

「ん? また雑談でもするのか?」

 談話室にでも行くかと、年上の帽子陸士が身体を上げたのだが。
 トーレは首を横に振って。

「いや、気付いてなかったのか?」

「あ?」

「ガジェットによる市街の襲撃だ。避難勧告が出ているぞ」

 そういわれてみると、遠くからサイレンが聞こえていた。

「――言伝はあるか?」

「いや? 病院内でも動かせない患者以外は避難が始まっている、お前たちの姿が見えなかったから私が様子を見に来ただけだ」

「そうか。つまり――逃げろとは言われてないんだな?」

 陸士が微笑む。
 ニヤリと凄みを見せる笑みで、歯茎を剥き出しにすると。

「おい、起きろ。行くぞ」

 シーツを引き剥がして、陸士がベッドから跳ね上がる。
 そして、壁にギプスで固めた腕を叩きつけると、砕いた。石膏で出来たそれは容易く剥がれ落ちて、その中の手を露出させる。

「っうー、しょうがないな」

 同じように呼ばれた後輩陸士も身体を起こすと、ブツブツと文句を言いながらギプスを外す。
 入院服の上をあっさりと脱ぐと、私物のバックを二人が掴み取る。

「お、おい!?」

 トーレが慌てて目線を外すと、二人はその中から取り出した着替えを身に付ける。
 靴から、厚手のズボンまであり、それを病院服の下ズボンのまま履いた。靴を履く、分厚く頑強な鉄心入りの軍用ブーツ。
 そして、鍛え上げられた素肌の上半身に武装隊ジャケットを羽織って、二人はデバイスを手に取った。

「さて、行くか」

「あー最悪」

 二人はそのまま流れるように、トーレの横を歩き抜けて、出て行こうとした。
 その時、ようやくトーレは気付いて声を上げた。

「て、お前たち。怪我はどうした!?」

「気合で我慢」

「治ったってことで」

 しかし、トーレは気付く。
 二人の手は僅かに震えて、体もまた痛みを堪えるように体勢が歪んでいるということを。
 だが、決して態度には出さないのだ。
 当然のように背を見せて、歩き出す。

「戦いに行くのか?」

「当たり前だろう」

「勝てないかも知れんぞ。私が言うのもなんだが、ドクターの力は強大だ。高位魔導師でもないお前らでは今度こそ歯が立たない」

「まあ俺らは雑魚なのは自覚してるけど、きっついなぁ」

 片方は淡々と、もう片方は苦笑しながら。
 そして、彼女の最後の問いに。

「なのに、何故お前たちはそこまでするんだ」

 笑って答えた。


「護りたい世界があるからに決まってるだろ?」


 そして、二人は走り出した。
 戦いに参戦する沢山の誰かと一緒に戦うために。

 その後姿を見て、トーレは静かに目を瞑って。

「強いな……」

 微笑んだ。

 自分たちを打ち破った強さの理由を知って。





「ぎゃー! 傷が開いたー!」

「し、しっかりしろ! 衛生兵! 衛生兵!」

 などと、少し感動をぶち壊すような声が彼女の耳に届かなかったのは幸いである。




*****************

もう少しで以前の内容に追いつきます。
次回から一部内容が移転前と変わっておりますのでお楽しみに。

冒頭の逃げなさい が重複していたので修正
それと終わりのクロニクルのメンバーは本編終了から数年後ぐらいの設定です。
多分ややエロは既に非童貞(来世だと中学で捨てている意味的に)



[21212] 聖王の揺り篭攻略戦 その2
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:84e524a9
Date: 2010/10/07 18:49

 空に広がる巨大な艦影。
 黄金色の翼を見せる古き世界の遺産。
 それを外から見ているものたちが居た。
 土まみれの挙句、命からがらといった佇まい。
 それは数十人からなる陸士たちであり、意気消沈したフェイトであり、事態の悪化に顔色を悪くしたヴェロッサとシャッハであり、崖に立てかけられた一台のポットであり、そして一人元気に腕を組むクイントだった。

「で、どういうことになっているのか説明して欲しいんだけど――まず礼を言っておくわ」

 クイントが告げる。
 何も無い虚空に目を向けて――否、“そこに居る存在に語りかけた。”

「ガリュー。貴方でしょ?」

 クイントが呼びかけた。
 その瞬間、光学迷彩を解いて現れたのは一人の異形だった。
 黒い甲殻を纏った召喚蟲。紅い複眼を輝かせて、クイントを見る目は何の感情の色もないようだった。
 全員が一瞬びくっと警戒し、構えるが……攻撃する気配は無かった。
 崩落するアジトにおいて、或いは釣り天井に押し潰されそうになっていた陸士たちを助けたのはこの不可視の召喚蟲だった。

「メガーヌじゃないわね?」

 “背後を一瞬だけ一瞥して”、クイントは訊ねる。

「貴方を使役しているのは誰? ゼスト隊長? それとも……」

 クイントの言葉を待つ暇もなく、ガリューは頭を下げると、瀬の翅を展開し――掻き消えた。
 残像すらも残らない超音速の機動。
 衝撃波の爆音だけ残して消失した姿を見て、クイントはやれやれとため息を吐いた。

「……なんか拘束されているうちによくわからない状態になってるわね」

 クルリと翻り、その艶やかな髪を掻き上げて、クイントは告げた。


 現状を知ったクイントと陸士たちも含めたフェイトたちがアースラに収容されたのはこの三十分後のことだった。






 暴れる。
 壊れる。
 それを見過ごせるものか。
 戦いの幕が開く。
 ガジェットたちが暴れれば出動するのが陸士たちだった。
 警邏する隊員も、防衛任務についているものも、非常勤の局員も、本局から出向していた部隊も。
 誰も彼もが戦っていた。

「ふざけるな! やらせるかよ!」

「時空管理局を舐めるなぁ!!」

「やらせはせぬ! やらせはせぬぞぉおお!」

 一人では勝てぬならば、複数で戦えばいい。
 魔法が効かないなら、生身と道具で戦えばいい。
 本局出向の空戦魔導師がガジェットの大群を翻弄し、牽制し、陸士たちが照準を合わせた集中砲火でガジェットを飽和攻撃していく。
 或いは人の居ないビルを破壊し、その瓦礫で破壊する。
 或いは果敢にもガジェットに飛びかかり、魔力刃と実体剣の両方で解体するものもいた。
 戦う、戦う、誰もが必死に。

「こっちだ! 避難しろ!!」

 そして、戦う力の無いものたちは誘導する。
 誰も傷つかないように、手を振り、混乱する市民たちを誘導する。

「車に乗るな! 降りろ! 最低限の荷物を持って退避するんだ!」

「妊婦!? くそ、荷台でいいか? 俺が病院まで誘導する!」

「ふざけるな! 一人だけ無事ならそれでいいって訳じゃねえんだよ!!」

 しかし、簡単には上手くはいかない。
 数は足りない。絶望的なまでに人口数千万を超えるクラナガンだけでも、陸士の数は圧倒的に足りない。
 放送アナウンスは大音量で流されて、アナウンサーが必死に誘導経路と避難場所を通告するのだが、誰の耳にも届かない。
 喧騒が埋め尽くす。
 悲鳴が、混乱が、罵倒がある。
 怒りがあった。
 身勝手な、だけど当たり前の怒りが。

「ふざけるな! もっとしっかり誘導しろよ!!!」

 それは最初の火種だった。

「そもそもあんなやつらさっさと倒せよ!」

「そのために税金払ってるんだ!」

「仕事しろよ! さっさと俺たちの生活を返せ!」

 罵倒。不満。それらが乾いた草原に火が燃え移るように続く。
 子供の泣き声があった。
 女性の悲鳴があった。
 男の怒声があった。
 憎悪にまみれる声があった。
 パニックが広がる。
 責任転嫁の醜い姿があった。

「ふざけるな!」

「もう休みたい、疲れた!」

「怖い、怖い怖い。早く安全なところに!」

「おかあさんどこー? おとうさん、おかあさーん!」

「足をくじいた。歩けない! 押すな! 邪魔だ! くそったれ!」

「ガジェットが来る! ガジェットがくるよ!」 「なんか音がする! 来てやがる! 早く早く!」 

「さっさと逃がしてくれよ!」「邪魔するな、どけ!」「おまえらが、おまえらが!!!」 「助けてよ! 死にたくない! 死にたくない!」

 混乱に彩られた市民たちは誘導する陸士たちをなじり、罵倒し、口汚く走りながら逃げる。
 罵倒が浴びせられる。
 幾つも、幾つも、誘導を続ける陸士たちを憎むべき敵のように蔑んだ。
 不満があったのだ。
 普段から奇妙な行動を取る、それでいて実績だけはちゃんとあるからこその許容だった。
 市民は、時空管理局員の地上部隊への評価は高くない。
 海こそが、次元世界をまたに駆ける次元部隊への憧れはあっても、地に足を着いた地上部隊の存在は短すぎて、それ故の評価は高くない。
 あって当然。
 信頼はあっても、信用が無い。
 だからこそ、この事態に誰もが憎んだ。
 不満が容易く負の感情に変換されて、パニック故の理性の判断欠如に加えて、集団意識が容易く全てを許容させる。
 誘導をしようとする陸士たちを押し飛ばす。
 勧告を続ける陸士に文句を叫ぶ。
 自滅への道行き、だけどそれでもやらずには正気にはいられなかった。
 数千、数万もの憎悪が燃え盛り、口汚く叫び、誰もが必死に逃げる。
 それでも――

『こっちのルートは危険だ! っ、無視するな! 死ぬぞ!!』

『落ち着いて移動しろ! ここは安全だ! 信じなくてもいい、俺たちを信じなくてもいいから、守ってくれ! 他の人たちの迷惑になる!』

『D班! こっちの誘導は出来てる! F班は、支流を作って、こっちに市民を誘導してくれ!』

 陸士たちは、管理局員たちは叫び続ける。
 幾ら心がくじけそうになっても、怯まずに。
 罵倒を言われても、気にせずに声を張り上げて。
 祈るように叫ぶ。拡声器に喉が裂けそうなほどに声を吹き込んで、呼びかける。
 何度も、何度も無視されようとも走り出そうとする人を押さえつけて、数百人の陸士たちは誘導を続ける。
 飛行技能を持ったものは空から旗を振り、誘導する。一生懸命に旗を振って、声を張り上げて誘導し続ける。
 そうして。
 そうして、誘導を続けながら――

『っ! A、B班! そっちに十数機のガジェットが向かった! すまない!』

『なにっ!?』

 通信を受けた誘導担当陸士が、顔を上げた。
 瞬間、ビルのガラス窓を叩き割って、無数のガジェット・ドローンが市民たちの前に出現した。
 触手状のケーブルを伸ばして、機械的なカメラアイが人々を見た。

「い」

「いやぁあああああああああ!!!」

「うわぁあああああああああ!!」

 悲鳴。悲鳴。絶叫。
 誰もが駆け出す、子供の手を、恋人の手を、両親の手を、自分の荷物を、抱きしめて、握り締めて、走り出す。
 本能的に危険から下がろうとする。
 パニックはたちまき伝染して、整いつつあった避難路が内部から食い破られるように膨らんだ時だった。

『GAAAAAA!!』

 咆哮が鳴り響いた。
 誰もが身を竦めるような咆哮。

「え!?」

 聞き覚えのある陸士が瞬間、ビル壁を見た。
 そこに――不自然な揺らぎがあった。
 ビルの壁が“足跡型に陥没した”。
 加速、陽炎のように歪んだ【不可視の存在】は壁を蹴りながら、疾走。
 ギュインと熱源反応に、或いは震動センサーで気付いたのか、数機のガジェット・ドローンが振り向き――レーザーを放つ。
 爆音、光速の閃光がまさしく目にも止まらない速度でビル壁を粉砕する。
 だが、陽炎は空に跳躍していた。

 一瞬の乱れ――その人型のシルエットは両手に円環状の何かを持っていた。

 投擲。ガキシィンと金属音を響かせて、その指先から放たれた物体――全体から光り輝く刃を噴き出したレーザー・ディスクがガジェットのカメラアイを貫通し、背部装甲から飛び出した。
 爆砕。燃え上がるそれの破片を浴びながら、光学迷彩を解いた奇妙な人型は残っていたガジェットの頭部を踏み台にし――その手に握っていた伸縮式スピアで穿った。
 人間であるならば脳髄から股間まで貫くような刺突。
 さらに、それは慣れた仕草で首を廻すと、AI操作で誘導したレーザー・ディスクがさらに二機のガジェットを貫き、掲げた彼の手に収まる。

『!?』

 受け取った瞬間、警告音が頭部に被った金属製フェイスヘルメット内部で響いた。
 ガジェット・ドローンⅠのミサイルのロックオン警告。
 迫ってくる脅威に気付いて彼は跳躍する、人間の身体能力を超えた身軽さ。
 火花を散らしていた元足場のガジェットにミサイルが直撃し、その爆風を、両腕を広げて浴びながら――落下加速を抑えるための風とする。
 そして、それは地面に降り立った。
 その全貌が明らかになる。
 頭部に被るのは仮面にも似たフェイスヘルメット、その隙間から見えるのはドレッドヘアにも似た頭髪状の管、全身は爬虫類にも似た鱗状の緑色の肌であり、手足の指先はカギヅメのように鋭い。
 人型をしているが、決して人間種ではない存在。
 異形である。
 それに見た市民たちは一瞬気圧されるが――次の瞬間、上がった陸士たちの歓声に腰砕けになる。

「狩人先輩!! 帰って来たんですね!」

「ひゃっはー! これで百人力だぜ! いや、一万力!?」

 腕にミッドチルダUCATの腕章を着けた先輩と呼ばれた狩人陸士(ただし、異星人――否、異次元人)はぎこちなく親指を立てて、サムズアップした。
 上がる歓声に、少しだけ照れくさそうだった。
 そして、それと同時に再び飛び下がりながら、光学迷彩を展開する。
 ガジェットはまだ沢山いるのだ。
 決して危機が去ったわけではない――のだが。

「ヤッハー!!」

 それを踏み潰すものがいた。
 蒼いツナギに、黄色いマント、紅い帽子を被った中年の髭が似合う男がビルの上からガジェットを蹴り潰した。
 メリメリと火花を散らし、ひゅーんと落下する。

「ああ、あれは!?」

 さらに回転。
 中年ヒゲ男は踊るように飛び上がると、その懐から黒く輝くハンマーを取り出して、空を舞うガジェット・ドローンⅠに投擲した。
 如何なる金属と重量か、それが当たった瞬間、装甲ごと粉砕される。
 突撃してくるガジェットに対してはマントを繰り出し、撥ね飛ばす。
 ベクトル操作の原理、突撃した瞬間、全ての引力をそっくりそのまま流し返す達人技。

「まさかで、伝説の!? 既に引退したはずじゃ!?」

 その疑問に答えるように、ぴょいーんと伝説陸士は跳んだ。
 スピンジャンプとでもいうかのように、踏み潰すガジェットを滅殺粉砕する。
 さらには殴る、蹴る、炎で焼く。俺はRPGでもいけるんだぜ、とでも告げるかのように圧倒的な強さで蹴散らす伝説陸士。
 こうして、二人の陸士によって市民たちは危機を乗り越えた。






 さらに駆けつけるものたちがいた。
 それは市民たちを守るために最前線で戦っている防衛戦の陸士たちへの援軍だった。

「行け、お前の実力を証明しろ。答えを出せ!」

「もふっ!!」

 鞭を持った女性陸士の手によって駆け出した、首輪つきの白いモフモフ獣が凄い速度でガジェットに突撃し、粉砕。
 愛らしいプリチーボディにも関わらず、暴虐的な強さで敵を蹴散らす。
 口から青く輝く粒子砲をぶっ放し、その爪はパイルバンカーのような勢いでガジェットⅢの胴体をぶちぬき、さらには高速移動を繰り返す。瞬間移動のような速度で次々とガジェットたちを追い抜き、集まったところに。

「もふぅうううううううう!!」

 青く煌めく衝撃波が全てを吹き飛ばした。
 地面が波打つ、それほどの衝撃。まるで小型の太陽のような勢い。

「あ、ありゃあなんだ!?」

「あ、あれはまさか――首輪付きだ!!」

「く、首輪付き!?」

「あ、ああ。しばらく前に聞いたんだが、その愛らしい見かけとは裏腹に酷く狂暴な性能と素質をもち、あのカスミという女性に調教されるまでは【人類種の天敵】とまで呼ばれた魔導生物だ。ちなみに本来はストレイドっていう愛玩向きの動物なんだが、その突然変異らしい」

「じ、人類種の天敵? た、確かに強いが、それほどの化け物には――」

 見えないぞ、と言おうとした瞬間、衝撃が走った。

「馬鹿野郎!」

 相方の陸士に彼はぶん殴られた。
 何故か殴った方は涙を流しながら叫んだ。

「あ、あの愛らしい姿に攻撃する気に貴様はなれるのか?!」

「え? あー」

 ふもふもいいながら、ガジェットを粉砕する首輪付き。
 そのきゅいきゅい言う姿、ふもふもした毛並み、愛らしいくりくりした瞳。

「……無理だな」

「分かったか!!! うぉおおお、可愛いぞ首輪付きぃいいい!! アイムシンガー トゥ トゥ!!」

「落ち着け! 鼻血を吹け!! あと、ツンデレ萌え~」

 などと叫んでいる声があったので。

「ちょっと、あいつらを潰して来い」

 パチンと指を鳴らして、カスミと呼ばれたツンデレ陸士が指差した。

「もふ? もふー!!」

『ぎゃー!!?』

 二人の陸士は頭をハムハムされた。血が飛び出た。ちょっとだけ幸せそうだった。
 と、そんなことをやっている間に他の陸士が叫んだ。

「キシャァアアアアアアア!!」

 訂正。叫んだのではなく、咆哮だった。
 何故ならばそれは“恐竜”だったからだ。
 体長十数メートル、カラフルな色彩に覆われた皮膚と鱗に覆われた、狂暴そのものの暴れっぷりでガジェットを噛み砕く、踏み潰す、頭で撥ね飛ばす。
 もはや無双と呼ぶに相応しい暴れっぷりは暴君竜と呼ぶに相応しい光景だった。
 そして、その頭部に乗っているのは陸士のジャケットを着ているが――何故か石斧を持ってうほうほ叫んでいる原始人。
 秒間十三連射で、どこからともなく取り出す石斧が次々と敵を蹴散らす、その腕前はまさしく名人芸だった。
 さらにその横を駆け抜ける黄金色の全身甲冑を着たむさいオヤジが「どりゃーっ!」と叫びながら、スピアを投げつける。
 ボディスーツを纏った謎の戦士陸士が腕を変形させて魔力弾を乱射し、ローリングで素早く位置を変えて駆け巡る。その横をつっぱり風味の十代ぐらいの陸士たちが蹴り飛ばし、殴り飛ばし、ファイトーとばかりに戦う、戦う、戦う。
 そして、その隙間を補うように巨大なヨーヨーを振り回す陸士がガジェットを真っ向から撃墜し、燃え盛るボーガンを片手で連射しながら、流れるように打ち出した鎖鎌で飛び回るものもいた。
 何故かその中でばぶばぶと喋る赤子がガラガラを振り回し、如何なる物理干渉を行なったのか風船のように内部から膨れて、炸裂した。

「ウパ~♪」

 部品を撒き散らしながら砕け散るそれを見る笑顔はとても愉しそうだった。

「よし、俺も――!」

 そして、蒼いツナギにヘルメットを着た逞しい身体の陸士が駆け出そうとして、ちょいっと瓦礫の上を跳び上がった瞬間、ボキンッと異様な音を立てて倒れた。

「せ、先生ー!!」

「ぐふっ! む、無念! げふっ、ごふっ!」

「え、衛生兵ー! 衛生兵ー!!?」

 腰上程度の段差の着地に、先生と呼ばれた陸士は無念とばかりに力尽き、衛生兵に運ばれていく。
 そんなハプニングがありながらも、彼らは人々を守り続けた。

 多大なイメージ悪化という副産物を得ながら。






 ――覚醒。
 意識構造体が記憶を呼び覚まし、疑似自我を起動状態にする。

「起きたか?」

 声がする。
 その発信源はミッドチルダUCAT、三番格納庫にある調整室――機殻兵装などのデータ調節も行なう最重要施設。
 シンプルに文字列のみが表示された立体モニターに、語りかけるような声があった。

 ――現在の状態は?

「まずまずと言ったところだな。敵のびっくりどっきり秘密兵器が出てきたようだ、全長五キロの巨大戦艦に、数千機のガジェットの襲撃だ」

 ――!? それは不味い。今すぐ出撃を!!

「焦るな」

 モニターの前でコーヒーを啜る白衣を着た男は白い息を吐き出しながら告げる。

「出撃はすぐにある。だが、力が足りない。そのために今急いでいる」

 ――力?

「ああ。そのために誰もが動いている」

 指を鳴らす。
 電子モニターを照らしていた暗がりが照明に照らされる。
 点灯。点灯。点灯。
 膝を着き、佇むその巨体が照らし出される。
 全長25メートル、鈍い光を放ち続ける重装甲、その機体の中に内包されたGストーンは静かに鼓動を続けているようだった。
 グレートクラナガン。
 既に合体を終えて、その状態のままに調整を続けた予定された状態として完璧に近い存在。

「クラナガン、アイドリングを開始しろ」

 ――応!

 キュインとそのカメラアイに黄金色の輝きが宿り、静かな駆動音が開始される。
 Gストーンとアインヘリヤルに搭載されていた大型魔導炉、及び補助動力として搭載されている疑似バッテリー代わりの魔力エンジンが唸りを上げて、その内部に魔力素から変換された魔力がグレートクラナガンの全身を満たしていく。
 暖機は必要だ。激しい戦いに備えるために。
 隣のハンガーに設置されている機殻化Ex-st-Bladeもまた一週間前と違って突貫作業で調整は済ませた。
 誰も彼もが疲れ切っていた。
 主任である彼もまた目に下に濃いクマを浮かべて、ブラックコーヒーを摂取して眠気と戦っていた。
 辛い。
 苦しい。
 けれど、誰も後悔などしていない。歯を食いしばって我慢する。

「守れるか」

 否、守るのだ。
 そのために足掻き続ける、そのために準備をしてきた。
 過去に無いほどの脅威に、こちらもまた万全を超える全力で備えている。
 今ならばあのゼスト・グランガイツが襲い掛かってきても、十二分に反攻は可能だろう。
 だが。

「……聖王のゆりかご、か」

 クラナガンのAI情報が消えたモニターを叩き、映し出されるスペックを見て、主任の男は静かに呟いた。


「“天勇武神”。必要になるか?」


 彼は遠い空を見上げた。
 地下八十メートル、その深遠から輝く青天を眺めた。

 敵と味方が舞う戦場を。








 戦いがある。
 だからこそ、踏み出すべきだ。

「――準備は出来たか?」

 レジアスが歩いていた。

「はい。市民誘導、及びガジェット迎撃に出した部隊を除いた精鋭300人の陸士が終結しています」

 その横でオーリスが歩いていた。

「施設と装備、及び機動六課への連絡は?」

「既に」

 歩く、歩く、歩く。
 進む、進む、進む。

「そうか。万端か」

「はい」

 進む、その先で扉が有った。
 それを待っていた警固の陸士が押し開ける。
 蒼い空が広がっていた。
 無骨な扉の向こうにあったのは、発着場だった。
 大型飛行機、及び艦船を置くための幅広い敷地。

 そこに300人の陸士たちが整列していた。

「うむ」

 レジアスが見上げる。
 そして、空からは一台の白い戦船が舞い降りようとしていた。
 無数の女性たちが、少女たちが舞う。
 まるで戦乙女のように、天使のように、美しい光景だった。

「ならば、始めよう」

 レジアスは勇壮に歩き、舗装されたアスファルトの道を進む。
 簡素な演説台の上に乗り、ただの簡素な拡声器とマイクの前に立つ。
 立派なものなどない。
 絵にもならないただの男がいた。

「諸君!」

 そして、声を張り上げた。
 数百の人間が、一隻の戦舟が、何名もの空を舞う人々が見ている中で、世界の果てまで届かんと叫ぶ。


「世界を救うための時が来た! 今こそ戦いを始めよう!」


 叫ぶ。


「我らはミッドチルダUCAT――悪に屈しない、守り続けるための悪役なのだから!」


 そして、後世に残る演説が始まった。






*********************
次回の話はかなり修正有りです
呼んだことのある人でも読んでくれると嬉しいです。
さあ地獄はここからだ……





[21212] 閑話   THE・隠されし歴史
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:84e524a9
Date: 2010/10/07 18:51


 それは十数年前のことである。
 ミッドチルダUCATが遭遇した宇宙の侵略者、それとの戦いがあった。
 歴史には残らず、ひっそりとカタが付いた人類存亡を賭けた戦いがあったのだ。



 ミッドチルダ南部地方で墜落した隕石、それの調査にUCATの隊員が乗り出し、生物汚染も考えて防疫課の人員と共に調査に乗り出した。
 しかし、隕石の調査に乗り出したのはいいのだが――其処には予期せぬものがあった。

「宇宙船?」

 砕け散った隕石の欠片を発見して、それを調べようとサーチした結果、それは人工物だと判明したのだ。
 防疫課の隊員が淡々と表面物質の採取を開始し、幾つかの手続きを終えて、それが地上に存在しない物質で出来ているということが判明。
 新種の病原菌などがないことを確認してしてから、陸士たちは想定よりも小さな過ぎる隕石と被害に首を傾げて、さらに周囲を探索した。
 すると、隕石の落下の衝撃で地下に大穴が開き、その内部に未発掘の遺跡が発見されたのだ。

「うほ!? 遺跡だー!」

「埋蔵金ー!!」

「お宝ー!?」

 などと盛り上がる隊員たちは一応考古学での調査団体に依頼する前に、危険性がないかどうか確認するために、発掘キャンプを建造。
 六人ほどの陸士で調査に乗り出し、さらに内部の調査施設を作るために工作隊員も随伴させて遺跡内部に突入した。
 しかし、この時陸士たちは知らなかった。
 その様子を影で見ているものがいるなど。
 そして、遺跡の中に潜んでいる存在に。


 そう、それは――


『KISYAAAAAAAAAAAA!!』

 グロテスクな形をした未発見の生物だった。
 魔法を持ちえず、しかし強靭な体躯、俊敏な動作、壁に天井すらも自由自在に這い回る化け物。
 惑星外敵性生命体――【エイリアン】
 傷つければ酸性の血を流し、人間を溶かす凶悪な生物。
 それに遭遇した陸士たちは――

「汚物は消毒じゃぁああああ!!」

 ――とりあえず発見と同時にナパーム弾を打ち込んでいた。
 え? 遺跡が壊れる? 質量兵器規制?
 大量破壊兵器じゃないし、危険生物の駆除のためならば遺跡が壊れても構いません。

「やべー、やべー、危うく閉じ込められるところだったな」

 ナパーム弾や俺のリロードはレボリューションだ! と叫びながら休憩もせずに魔力弾を撃ち続けている陸士たちを横目に、工作員その1の陸士はガコーンと閉まろうとした遺跡の門に支えているジョッキを見ながら息を吐いた。
 耐久性が分からないのと長期調査の予定で、遺跡自体に補強作業などをしながら進んでいたのが功を奏している。
 この手のトラップなどには痛い目をよく見ているので、大抵の扉などには閉鎖不能なように細工を施しているのだ。
 さらに。

「人外には工具が一番さ!!」

 元海所属で、次元航行艦を乗っ取りかけた寄生生命体を殲滅してのけた元民間エンジニア上がりの工作員がプラズマカッターをエイリアンの四肢に打ち込み、切断。
 さらに動けなくなったところを一切の躊躇無くラインガンに持ち替えて、胴体を輪切り。奥から走ってくる二匹も纏めて両断している。
 まさに無双。手馴れた仕草でエイリアンを屠る猛者がいた。
 非常に手際がよく、武装隊に欲しいほどの腕前だが、彼はあくまでも工作業を好んで愛するエンジニアである。
 例えコロコロと転がってきたエイリアンの頭部を、奴らの酸をも撥ね退ける強化装甲服の靴底で「うらぁ!」と踏み潰しているが、彼は温厚な人物である。多分。

「なぁなぁ、これって本部に許可貰って遺跡ごと爆破したほうがよくね?」

「かもなー。臭いものには蓋して、加熱っていうし」

「これ逃げ出したら被害者出るだろうしなー」

 などと気楽に告げる彼らだが、行動は真剣そのものだ。
 油断無く排気口らしき出入り口にバインドを設置し、さらに数の暴力で迫ってくるエイリアン共には途中から工作員に借りた工具を乱射して対応する。

「おーい、お前ら! そろそろ封鎖するぞ! 撤退しろ!」

『了解!』

 迫ってくるエイリアン数匹の足をラインガンで切断し、酸の血を撒き散らしながら転がりだすのを見ながら陸士たちが一斉に後退を開始する。
 のたうつエイリアンを踏み越えて、奇声を発する狂暴な惑星外生命体が殺到してくるが。

「へーい、カモーン」

 激しくジジジと火花を散らしている黒い物体を脇に置き、黒いフルフェイスヘルメットにボクシンググローブを嵌めた陸士が不敵に微笑んでいた。
 その横で相棒の陸士らしき人物は白いフルフェイスヘルメットを被っており、横の彼が振り上げた拳の軌道を見守っていた。

「うるぁあああ!」

 世界を狙えるようなアッパーカットと共に、陸士がその黒い物体を殴り飛ばした。
 クルクルと回転しながら飛んでいったそれは先頭のエイリアンと衝突し――爆散。
 火薬の爆風と爆煙を撒き散らしながら弾け跳ぶ。
 それを世間一般的にこう言った。
 爆弾、と。

「次ぃ!」

「へい、お待ち!」

 ヘルメットを被り、後頭部に赤い丸型アクセサリーを付けた爆弾男はどこからともなく爆弾を取り出すと、さっと横の陸士に投げ渡して。
 ――即座に拳によって発射される。

「どらぁ!!!」

 無限の軌道を頭部で描きながら、打つ、打つ、ひたすらに乱れ打つ。
 ピッチャー返し間違い無しのストレートな爆弾が発射されまくり、悦に入った顔で殴り続ける陸士の目は血走っていた。

「ドラドラドラドラドラドラドラドラドラドラドラドラドラドラドラドラドラドラドラァアアアアア!!! お代わりじゃあああ!!」

「へい、へい、へい!」

 こうして五分ほど狂った速度で爆弾が発射されて、その間に全ての陸士が後退を成功させた。


「次はリモコン爆弾だぁああ!」

「おーい、扉閉めていいかぁ?」


 ついつい、夢中になって爆破し続けちゃったんだ☆
 とは、その時の陸士の証言である。





 一方、遺跡内部で工具が乱射され、爆弾が縦横無尽にコンボ決めてエイリアンが爆破されまくっている頃。
 発掘キャンプにて今後の発掘スケジュールを決めている一人の陸士が居た。

「うーむ、やはり資料が足りないなぁ。先生にでも頼むべきか」

 深く目元まで隠す帽子を被った壮年の陸士はウンウン唸りながら、ペンを走らせていた。
 その時だった。
 キャンプの裾の隙間から赤い三つの光線が細く、緩やかに足元から彼の後頭部へと目掛けて照らし出されようとしていた。

「予算が足りない、か。さて、どうするべきか」

 やれやれと顎にペンを当てて、彼が首を傾げた瞬間――その光が彼の後頭部に照射されて。
 静かな射出音が大気を震わせた。
 キャンプの裾が引き裂かれ、迸った閃光が机を、大気を、そしてロックされた彼の頭部を砕き散らす。
 と、思われた。

『!?』

 だが、撃ち出されたはずのプラズマ光弾は“崩れ去る木屑を穿ったのみだった”。




 外部よりその光景を視認した気配は困惑の気配を見せて、ポジションとして取っていた崖の上から飛び降りる。
 クレーター上に広がる遺跡周囲。
 それを駆け下りるように揺らめく不可視の影があった。
 猿のような跳躍能力で駆け下り、時折電子音を響かせながら陽炎を生み出す影。
 幽鬼のような不気味さを持つそれの動作は速く、風のよう。
 それはその身に纏った光学迷彩装置――クローキングデバイスを保ったまま、気配のない発掘キャンプの近くにまで着地した。

『――』

 音は無い。
 気配は無い。
 揺らめく陽炎の如き人影は次々と視覚センサーの周波数を変えて、周囲を索敵する。
 だが、光学、赤外線、X線、熱源探知、その全てに反応は無い。
 魔導師たちが持つ魔法技術――それによる転移か。と、人影が判断しようとした瞬間。

「ふむ。今宵は奇妙なものが訪れる」

『!?』

 背後より音が響き、人影は跳んだ。
 空中で回転し、背後を振り向き、着地。
 距離を開いた先に立っていたのは――体格、熱量、あらゆるデータから判断し、先ほど仕損じたターゲット。
 だがしかし、その格好は一変していた。
 原型があるのは体格のみで、その身に纏うのは漆黒の衣。背には巨大な手裏剣と、大太刀の如きニンジャブレード。
 顔面を金属製のメットで隠した姿は人間離れしたものを感じさせる。

「ONI、ではないな? 昔斬ったが、気配が違うな」

 鋭く告げる忍び装束の陸士――NINJYAと呼ぶべきそれは光学迷彩をしているにも関わらず、その人影の位置を【NINJYA VISION】で察知していた。
 不可思議な衣装と今まで遭遇したこともない奇妙な動作を取るそれに、幽鬼の如き存在は腰からレーザーディスクを引き抜くと、それを目の前のニンジャに投げ放つ。
 鋼鉄すらも両断する自動追尾の円盤に、ニンジャ陸士は軽やかに跳躍し、躱す。

「むっ!?」

 だがしかし、弧を描いて追尾してくる円盤。
 空中で軌道修正の効かない忍者の腹部に目掛けて、円盤が接近、その胴体を輪切りにせんと迫るが――忍者陸士は気合声を上げて。

「とぅっ!」

 空中で“跳躍した”。
 足場もなく、空中での二段ジャンプ。
 それにさすがのレーザーディスクも追尾出来ずに、躱される。

『!?』

 重力操作か、それとも慣性制御か。
 彼に人語が使えればそう叫んでいただろうが、忍者陸士はきっとこう答えるだろう。

「忍法蜻蛉の術。厳しい鍛錬がこなせば、空を駆けるなど造作もないわ!」

 と。
 いずれにしても物理法則を超越した現象に、不可視の存在は警戒の色を強めた。

『ooOO!』

 移動開始。
 咆哮を上げながら横に走り出すと、腰部の装備から取り出したネット・ランチャーを両腕に装着し、忍者陸士に射ち放った。
 瞬く間に鉄網が広がり、忍者陸士の全身を包もうとするが。

「ふんっ!」

 背より抜刀したニンジャブレードが閃き、両断。
 風斬る音すらも聞こえぬ神速斬断。
 傘が広がったように開かれたそれは、花が萎むように彼の両脇を貫いて、地面に落ちた。
 それに不可視の存在は両腕のネット・ランチャーを外して捨てると、取り出したスピアを伸縮させながら忍者陸士に飛び掛る。
 そして、それに対応するように彼も地面を蹴り飛ばし、飛んだ。

「ハァアアアア!」

『GIYAAAAAAAA!!』

 刃鉄が交錯する。
 火花が飛び散り、硬い金属音が鳴り響く。
 着地、一人と一体が瞬くように太刀とスピアを交差させ、着地。
 そして、翻るように旋転し、再び得物を激突させた。
 斬、斬、斬。
 牙、牙、牙。
 激しく、危うく、燃え上がるような剣閃乱舞。
 そうして二人は移動しながらも剣戟を続けて、忍者陸士が隙間を縫って渾身の刺突を放った瞬間、不可視の彼は地面がひび割れるほどに高々と跳び上がった。

「ぬぅつ!?」

 上空から落下する彼の陽炎が一瞬掻き消えて、現れたのは強大な質量。
 その両手から鋭いリスト・ブレイドが射出され、忍者陸士の顔面を打ち貫いた。
 ――はずだが。

『GI!?』

 其処にあったのはただの丸太。
 それを貫いていただけだった。

「忍法・身代わりの術!」

 背後から響いた声。
 それに振り返るよりも早く、どこまでも重い蹴撃が彼の胸部にめり込んでいた。
 ただの一撃で、体重二百キロを超える巨体が宙を舞っていた。
 鍛え抜かれたNINJYAの蹴りは鋼鉄をも射貫き、大岩を砕く一撃なのだから、当然の結果。
 ゴロゴロと転がった巨体が、バキリとなにかの破砕音を奏でて、地面に墜落する。

「ぬ?」

 砂嵐のように明滅する光学迷彩、それが引き剥がされた時見えたのは一体の異形だった。
 頭部に被ったのは仮面にも似たフェイスヘルメット。
 足軽の着ける鎧甲冑にも似たボディーアーマーが爬虫類の鱗のように粘着質な光を放ち、無骨なヘルメットから垂れ下がるのはドレッドヘアにも似た無数の管。
 露出する素肌は鱗状の緑色であり、手足の指先はカギヅメのように鋭い。
 悪魔と呼ぶべきか、それとも化け物と罵るべきか。
 常人が見れば悲鳴を上げるだろう異彩に、忍者陸士は不敵に微笑んで。

「なるほど、奇妙な様相だが――まさしく武士の目をしておる」

 フルフェイスヘルメットに隠されてまったく見えない目を睨みながら、風にそよぐように彼は告げた。

『RU,ォォOOOOOO!』

「この国の言葉は喋れぬか。発声器官が異なると見える」

 じり、じり、とすり足で間合いを詰めながら忍者陸士と異形の狩人は接近し。

「ならば、戦いで感じ取るしかあるまい!」

『GYIAAAAA!!』

 忍者が駆けた。疾風の如く。
 狩人が駆けた。嵐の如く。

 二人は一夜に渡る激闘を開始した。



 遺跡内部で一人の爆弾男に手による十連爆破に遺跡の一部が吹き飛んだ時も戦っていた。
 出没した親玉らしき女王エイリアンが耐火服を装着した勇敢なる陸士の手によって無限爆殺を喰らっていた時にも、忍者陸士と狩人はキエー、ギシャーと激闘を続けていた。
 そして、夜明けの清々しい光と共に遺跡は綺麗さっぱり爆砕した。

 こうして、世界は救われたのであった。

 その後、終生のライバルとして因縁を持った二人が戦いを続け、最後には意気投合し、ミッドチルダUCATに頼もしい味方が出来たのは数年後のことである。




********************

ミッドチルダUCAT過去編その2です
次回はクロノ汚染編か、グレアム汚染編か
それか完全新キャラの話にしようか迷ってます



[21212] 聖王の揺り篭攻略戦 その3
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:84e524a9
Date: 2010/10/08 12:13

「――ドクター、準備はどうですか?」

 声があった。
 静かな場所だった。
 暗く、昏い、場所。
 眠るように座り込む一人の男性に語りかけるものがいた。。

「問題はないさ」

 玉座に座るように。
 あるいは安楽椅子に座るように、数え切れないケーブルに繋がれた席に座る男性がいた。
 黄金色の瞳を閉じた瞼に隠し、壊れた笑顔を口元に貼り付けた狂人。
 ジェイル・スカリッティ。
 一つ違えば、世界に残っただろう天才。
 どこまでも深遠を見渡すが故に狂った狂人。
 彼は笑っていた。
 彼は嗤っていた。
 愉しげに、楽しげに、微笑みながら告げる。

「そちらの状態はどうかね? ウーノ」

「――全作業量の80%を消化。クアットロは聖王の器の調整に、オットーとディードは予定通りにミッドチルダUCAT本部の妨害に赴きました、騎士ゼストもまた独自行動ですが動いています。ドゥーエも援護行動に入っている予定です。そして、聖王のゆりかごの本体機能はほぼ慣らしが終わっています」

「なるほど。素晴らしい。それだけ出来れば問題は無い」

 ニヤリと微笑む。
 己の手駒である十二人の姉妹のうち、七人までをも失いながらもスカリエッティの顔つきに変化は無い。
 まるでどうでもいいかのように。
 まるでそれこそが予定通りだとでもいうかのように。
 顔色は変わらない。
 ただ笑顔を浮かべ続けて、訊ねられた言葉にも平然と返した。

「――ドクター」

「なにかね?」

「戦力比は明らかです……“ディードとオットーは捨て駒ですか?”」

 騎士ゼストとルーテシアがいるとはいえ、たった二人のナンバーズ。
 潜入しているドゥーエをいれても、たった三人の戦闘機人で生きて帰れるなどどんなに楽観的に見ても不可能だった。
 戦力比は明らか。
 玉砕覚悟の足止め要員。そうにしかならない。
 そして、“それだけしか望んでいない”

「そうだが? 何か問題があるのかね」

 スカリエッティは極当たり前のように答えた。

「……」

 平然と答えられた返答。
 それにウーノは不安を覚える。
 自分ですらただの手駒としか思われてないんじゃないだろうか。
 否、それだけならいい。
 ただ捨てられるのだけは嫌だった。
 共に居られればそれ以外望まないのだから。
 そして。

「――おや?」

 スカリエッティが不意に目を少しだけ見開いた。
 その視線の先にあるのは幾つものモニターの一つ。
 ミッドチルダUCAT地上本部を監視する画像、その一つに彼は亀裂のような笑みを浮かべた。

「諦めないか――ミッドチルダUCAT」

 そして、その視線の奥。
 拡大された画像の奥で、一人の男が手を掲げた。


「ならば、来い。私を楽しませろ、絶望させてくれるほどに」


 戦いの狼煙が上がる。
 その光景に狂った笑い声が上がった。

 楽しげに、楽しげに。

 歓喜を物語るかのように。








 かつてないほどの戦いが始まろうとしている。
 時間もない。
 喧騒はどこまでも響き渡り、悲鳴が届き、心は軋む。
 誰もが平然とした顔でありながらも、焦っているだろう。
 ふざけた態度を取っていても、誰もが心配をする。
 人なのだから。
 感情があるのだから。
 笑えることは人が人である証明。
 それがいいと思える。
 余裕がなければいけない。
 そして、頼れるものがなければいけない。
 だからこそ、レジアスは今こそ背筋を伸ばし、勇壮に物語る。

「諸君――現状を理解しているか?」

 問いかける。
 誰もが理解している顔だということを見渡す。
 三百人の視線が己にぶつかり、何名もの視線が空から降り注ぎ、これから行なう行動にこの世界の命運が託されている。
 重い、どこまでも重いだろう。

「天に羽ばたく箱舟が一つ。あれは世界を滅ぼす敵である」

 だが、耐えるのだ。
 レジアスは手を天に伸ばし、咆えるように叫んだ。

「我々はそれを打ち破らなければならない。
 正体は分かっている、それはかつて古代ベルカの次元世界を滅ぼしたロストロギア――聖王のゆりかごだと。
 我々は世界を滅ぼした遺産と戦わなければならない」

 その言葉に誰もがどよめいた。
 陸士たちが思わず顔を見合わせる。
 だが、レジアスは言葉を止めない。

「だが、恐れるな。
 奴が滅ぼしたのは一つの世界だ。
 これから滅ぼすのも一つの世界だ。
 ならば――」

 告げる。
 天を掴み取るように手を伸ばし、叫んだ。
 裂帛の気合が拡声器を貫通し、最奥まで轟く。

「我らはそれを守ろう。
 奴が一つの世界を壊すならば、我々は十の世界を護り切る。
 奴が十の世界を滅ぼすのならば、我々は百の世界を救ってみせよう。
 ただし見捨てない。
 見捨てるのではなく、それごと護って、救うのだ。
 ただ一つも渡さない。
 たった一つも渡さない。
 なぜならば――それだけで世界は悲しみに満ちるのだから!」

 その言葉の最後に誰もが言葉を失った。
 大口にも程がある。
 誰もが夢を見て、誰もが口に出さず、ただ望むことを告げるのだ。
 都合のいいことを。
 夢見るそれを告げる。

「都合がいいと嗤うものがいるだろう。
 馬鹿らしいと蔑むものもいるだろう。
 だがしかし」

 レジアスは叫ぶ。
 子供のように真っ直ぐに。
 大人のように威厳を持って。

「それがどうした!!!」

 振り返ることを忘れたように、真っ直ぐに歩み続ける人のように、告げた。
 魔法の呪文を。
 勇気ある言葉を。

「夢を見て何が悪い!
 理想を抱いて誰が悪い!
 子供のように叫びを上げろ!
 大人のように強くあれ!」

 陸士たちは見上げる。
 誰もが見守る。
 誰もが声を呑んで、正しく言葉を胸に秘める。

「今より我らは世界に誓おう!
 振り返ることなく、前を見つめて、恥じぬ明日を掴むために!」

 手を掲げる。
 レジアスが拳を握り締めて、叫んだ。

「――返事はどうした!?」

 その瞬間、世界が爆発したかと錯覚した。

 ――Tes.

 声は産声を上げる。
 Tes.
 声が広がる。
 Tes.
 祈りが捧げられる。
 Tes.
 願いが集い出す。
 Tes.、Tes.、Tes.。
 誇り在れ。願い在れ。契約在れ。
 我はここに契約せり。

「Tes.!」

 陸士たちが手を上げる。

「Tes.!」

 空を舞う空士たちが声を降り注ぐ。

「Tes.!」

 見守る誰もが叫んだ。

「Tes.!」

 遠く外れた市民たちから願いが発せられた。

「Tes.!」

 瞬間、世界が騒然とした。
 騒がしくなった。
 賑やかになった。

「さあ諸君!」

 悲鳴は聞こえない。

 ――守るのだから。

 悲しみは聞こえない。

 ――拭い去るのだから。

 怒りは届かない。

 ――喜びに満たすのだから。

「世界を救うための戦いを始めよう!!!」

 誰もが夢見る物語を紡ぎ出し、
 誰もが憧れる幻想を現実に映し出し、
 誰もが笑って過ごせる日々をこの手で掴もうか。









 その声はどこまでも届いた。

「ハッ……ハハハハハ」

 玉座に座るスカリッティが薄く声を洩らした。
 目の前のモニターから映し出されたUCATの演説に、言葉に、彼は身体を震わせる。

「ど、どうしました?」

 同様にモニターを見ていたウーノは下らないと目を細めていたのだが、主たる創造主の反応に戸惑いの声を上げる。
 しかし、スカリッティは気付く様子もなく全身を震わせると。

「ハハハハハハッ!!!」

 楽しげに、愉しげに、笑い声を響かせる。
 歓喜に身体を震わせて、声を荒げた。

「素晴らしきかな! 嗚呼、嗚呼、これほどまでに愉しい言葉は久しぶりだ!!」

 ゲタゲタと腹を抱えてスカリッティは笑い転げる。

「ド、ドクター?」

「ウーノ。今の言葉を見て、心震えなかったのかね?」

 スカリッティの瞳に射抜かれて、ウーノは僅かに頬を紅く染めるが、質問に対する言葉は咄嗟に出てこなかった。
 ただ。

「いえ。ただの鼓舞の演説にしか……」

「成る程。まあそれは正しい感想だ。しかし、少々感受性の少なさに私はショックだよ」

「はぁ、すみません」

 ガビーンとウーノは軽くショックを受けたが、スカリッティは気にする事無く前を向き。

「まったく彼らは馬鹿だね」

「馬鹿、ですか?」

「あれほどまでの言葉を、理想を、恥じる事無く真摯に叫べるのは馬鹿しかいない。だが、それがとても――愉快だ」

 しかし、その声音からは蔑む色も侮る色も何も感じず、賞賛の音が含まれていた。

「ウーノ。この世でもっとも恐ろしいものを知っているかね?」

 唐突な質問に、ウーノは首を傾げる。

「え? いえ、私には思いつきませんが」

「それは馬鹿だ。限界を知らない、後ろを振り返ることも知らない、明日には地獄があるかも天国があるかも分からずに突っ走る馬鹿だ」

 スカリッティは指を鳴らし、足を組み、全身から込み上げる喜びの感情を声音に載せて告げた。

「馬鹿が理想を背負ってやってくるぞ」








「やれやれ騒がしいな」

 活気付く陸士たちを見下ろせる地上本部の休憩所。
 そこには八名の男女がいた。

「もう少し静かに出撃出来ないのかね?」

「んー、ボクたちの時もあんなんじゃなかったっけ?」

 ゆったりとソファに座っていたり、マッサージチェアなどに腰掛け、或いはベンチでジュースを啜っている。
 けれど、彼らは全員純白の装甲服を身に纏っていた。
 すなわち臨戦体勢であり、全員が傍らにそれぞれの装備を持っていることからも証明されていた。
 しかし、誰も動き出そうとはせずに、まず勝気そうな少女から口を開いた。

「で? 佐山、本当に私たちが出なくていいの?」

「そうですよ。僕たちも何か手伝ったほうが……」

 佐山と呼ばれた少年に複数の視線が集中する。
 しかし、少年は変わらずに。

「問題あるまい」

 と一言告げた。
 一部だけ白髪になった髪を撫で上げて、佐山は告げる。

「我々は現状お呼ばれではないのだよ。精々来る予定のない出番を待って、ここのジュースとお菓子を経費で落としながら食べ尽くせばいい」

「佐山君。それってどう見ても職権濫用じゃない?」

「新庄君。これは我々のチャージタイムであり、燃料補給なのだ。見た前、そこの男の有様を!」

 ビシッと指差した方角。
 そこに大柄な男が一人もしゃもしゃと自販機から出てくるスティック菓子を貪っていた。

「あ? ほんびゃか?」

「アンタは何やってんのよ!!」

 エネルギーメイト・ツナマヨネーズ味と書かれた菓子を口いっぱいに頬張っているそれに勇ましい少女の蹴りが閃いた。
 ドゴス! と言わんばかりに鈍い音が響き渡り、男が吹き飛ぶ。椅子が転げて、テーブルが吹っ飛び、倒れた男に跨りながら「私だって食べたいのに、ダイエットで我慢してるっていうのに! アンタはぁあああ!!」 オラオラと殴る殴る殴る。大惨事勃発だった。

「は、原川さん。ヒオはどうすればいいのでしょうか!?」

「目を逸らして、痛ましい事件でしたと証言してやればいいぞ、ヒオ・サンダーソン」

 金髪の少女の訴えに、赤銅色の肌をした黒髪の少年は乾いた態度で答えた。

「リュージ君。この黒糖コーラ味サイダーって美味しいかな?」

「コーラ味の段階でただのコーラな気がしますけど、他のよりはマトモだと思いますよ」

 黒髪の少年が、一房だけ金髪の混じった黒髪の少女と一緒にジュースを選び始める。
 とりあえず他の面々が何時も通りの待機時間を過ごし始めて、そっと佐山の横に新庄と呼ばれる少女が座った。

「さて、見ていようか。新庄君」

 さりげなく尻を撫でようとした佐山の手を、ぎゅーと抓りながら新庄が首を傾げる。

「なにを?」

「雛が飛び立つ瞬間を」

 そう告げる佐山は見る。
 窓ガラスの向こう、そこから飛び出つ無数の戦闘機と輸送船の壮大な光景を。

「護って見せたまえ。世界を」

 不敵な笑みで見送った。







 全てを見ている女性がいた。
 同じように手を上げて、誇りを胸に抱いた女性がいた。

「まったく変わらないわね」

 苦笑する女性の名前はクイント・ナカジマ。
 死んだと思われていたはずの女性。
 アースラの中でレジアスの演説を聞いていた彼女は思わず叫んでしまったTes.の言葉に少しだけ恥ずかしそうに微笑んでいた。

「まったく母さんってば」

「恥ずかしいなー、もう」

 同じUCATに所属しているギンガは苦笑して、スバルは困ったように顔を赤く染めている。
 つい数十分前に再会して、おばけを見たような顔で卒倒。
 その後慌ててクイントが介抱して、嬉し泣きと共に抱きしめた可愛い娘たちだ。

「ねえ、お母さん」

「なぁに?」

「父さんに会わなくていいの?」

 アースラでの保護。
 その後クイントはゲンヤに通信を送った程度でまだ顔を会わせていない。
 数年ぶりの夫婦の再会なのだ。
 娘達としては一刻も早く会って欲しかった。
 高レベル魔導師として、緊急措置でアースラに残るのではなく、地上に降りて陸士108部隊と合流すればいいのに。
 そう娘たちは考えるけれど。

「いいの、いいの。実感はないけどね、八年ぐらい待たせたんだからもう少し待ってくれるでしょ?」

「でも!」

「それに」

 クイントは微笑む。
 唇に指を当てて、艶やかな表情を形作る。
 それは母親としての顔ではなく、娘たちが見ても鳥肌が立つほど美しい“妻”としての顔だった。

「この程度で薄れるほど私とあの人の愛は温くないから」

 思わず赤面してしまいそうなほどに情愛の篭った言葉だった。
 ギンガとスバルは思わず顔を赤らめて、母親の愛の言葉に恥ずかしさと覚える。

「お、お母さんってば」

「あららら? この程度で顔を赤らめるなんて、まだ恋を憶えてないのかしら?」

 パチッとウインクをするクイントに、娘たちは困った顔を浮かべる。
 そんな時だった。

「――機動六課スターズ及びライトニングフォワード、作戦参加隊員は至急作戦室へ集まってください」

「始まるのね」

「行こう!」

 ギンガとスバルが慌てて走り出し、クイントもまた翻って走り出そうとした。
 しかし、一瞬だけ足を止めて。

「――隊長。貴方は誇りを憶えていますか?」

 一瞬だけ空を見上げて呟き、改めて走り出した。






 誇り在れ。
 願い在れ。
 理想在れ。
 平和在れ。
 世界在れ。
 かつての彼には沢山のものがあった。
 かつての彼には沢山の大切なものがあった。
 けれど、少しずつ切り捨てた。
 けれど、護りたいもののために切り離していった。
 悔いなどない。
 護りたいもののために後悔など忘れていた。
 護るために正義などどうでもよかった。
 ただこの手で掴み、抱きしめ、触れられる大切なもののために足掻き続けていた。

「――んな」

 だけれども、傷が痛むように、何から膿んでくる。
 痛みを孕んで、熱を出して、ジクジクと軋むのだ。
 思い出せと。
 忘れるなと。
 嗚呼、嗚呼、願い在れ。
 希望在れ。
 その手に抱きしめた大切なものを護るためだけに捧げた一生は幸せに満ちて。
 けれど、それでも――

「旦那!」

「っ!?」

 夢から覚めた。
 ゼストは目を見開く。
 高度数千メートル、対流圏のど真ん中で腕を組んでいたゼストは瞼を開いた。
 眼下に広がる分厚い雲の上を、まるで神のように微動だにせずに見下ろし、肩に乗る小さな少女に目を向けた。

「旦那。大丈夫か?」

「あ、ああ」

「さっきあの腐れドクターから連絡があったよ。上空に上がってくる飛行部隊を迎撃しろだってさ」

「……そうか」

「まあUCATの連中がどんなにいても、旦那なら簡単に蹴散らして――」

「アギト」

 アギトの言葉の途中でゼストが遮る。

「? なに――」

「ルーテシアは上手くやっているか?」

 少しだけ優しい笑みでアギトに告げるゼスト。
 アギトは少しだけ見とれたように呆然として、慌てて頷く。

「う、うん! ガリューが上手くやったってさ! アタシとルールーで頑張って組み上げた術式でやった秘匿通信だからあのドクターたちには伝わってないはずだよ!」

 ゼストが頼んだのはスカリエッティのアジトへ侵入するUCAT部隊への援護だった。
 上手く行きそうならよし。万が一の場合はサポートしてやれ。
 光学迷彩能力を持つガリューならではの行動力であり、通常ならば即座にバレる反逆工作だったが、さすがにスカリエッティでもUCAT部隊の突入と同時とあっては気付けまい。
 地上の平和よりも大切な家族を選んだゼストだったが、その心情は昔から変わっていなかった。
 そして。

「ならば、憂いはないな。例え落とされても、レジアスたちならば上手くやる。そう、“俺がいなくとも”」

「え?」

「アギト――構えろ」

 刹那、爆音が轟いた。
 雲を切り裂き、貫いてきた巨大な火線。
 それをゼストは瞬くよりも早く出現させた槍で迎撃する。飛び散るのは火花と圧倒的な闘気。

「なっ!?」

「偵察・先攻要員としては最適だな――シグナム」

 構える、嗤う、闘気が膨れ上がる。
 雲を切り裂き、大空を駆け上がり、下から挑戦するぞとばかりに不敵に笑う女騎士がそこにいる。

「悪いが、世界を救うためだ。墜とさせてもらうぞ、最強」

 真紅の刃がそこにる。
 劫火の焔を剣に宿せしアームドデバイス・レヴァンテイン。
 それを構えるは古来よりの騎士、守護騎士プログラムヴォルケンリッターが烈火の将。
 凛々しき女騎士シグナム。
 放つ気配はSランクオーバー、ユニゾン状態。

「詫びるな。ただ踏み潰していけ、騎士とは戦うことでしか語り合えぬのだろう?」

 嗤う。
 愉しげに、嬉しげに、息するようにアギトと融合し、同じ焔の槍を構える。
 地上最強の騎士、ゼスト・グランガイツ。

「進むために打ち倒す」

「退けぬために打ち倒す」

 目的は違う。
 だがしかし、過程は同じ、結果も同じ。
 ならば迷わず同じ手段を選び、演じよう。

「烈火の将、シグナム! 参る!!!」

「無名騎士、ゼスト・グランガイツ! 受けてたつ!!」

 そして、大空は騎士たちの戦場となった。





 願え。
 願え。
 歌いましょう。

『悲しい』

 歌え。
 歌え。
 祈りましょう。

『悲しみがありすぎる』

 祈れ。
 祈れ。
 闘いましょう。

『人の涙を止める方法を私は知りたい』

 闘って。
 闘って。
 悪を討ち滅ぼせれば涙は止まるのだろうか。

『悪を倒せば、悲しみは終わるのだろうか』

「――違うよ」

 声が響いた。
 返事が返ってきた。
 鋼の巨神が独り言に答える優しい声が一つ。

「悪い奴を倒してもきっと止まらないと思うんだ」

『ならば、どうすればいい? 教えてくれ、エリオ・モンディアル』

 少年は告げる。
 憧れの勇者に触れながら、闘うための覚悟を決めながら、空を見上げる。

「僕にも分からない。まだ僕は未熟だから」

『ならば、私も未熟だ。まだ生まれてから十年も経っていないのだから』

「そうだね。僕らは未熟だ」

 積み込まれていく。
 戦舟の中で少年は告げる。手を伸ばす。

「だから、一緒に探そうよ」

『一緒に?』

「誰かの涙を止める方法を探すために、苦しくても、悲しくても、辛くても、嬉しくても、分かち合おう。一緒に闘おうよ」

 少年は笑う。
 白い破壊を齎す船を止めるために。

「だから、一緒に契約を結んで突き進もう――クラナガン」

『ああ』

 笑って過ごせる明日のために。


 少年と勇者は空を目指す。






************************

また今夜次の話を投下します。
変化があるのは次回の話です。




[21212] 聖王の揺り篭攻略戦 その4
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:84e524a9
Date: 2010/10/09 01:43


 さあさあさあ、世界を救おうか。
 下らない、下らない、悲劇を蹴り飛ばし。
 楽しい、楽しい、完全無欠のハッピーエンドを貫き通そう。
 ご都合主義と笑うなかれ。
 いやいや、笑え。
 笑って、笑って、笑って過ごせる明日のために全てを勝ち取ろう。





 飛び上がる。
 舞い上がる。
 飛翔する。
 白い戦船は一機の勇者を翼に乗せて、大空へと上昇した。
 そして、それに続いて無数の輸送機が次々と滑走路を駆け抜けて、空への道を飛び開いていく。
 無数の魔導師たちがそれに続き、各々の魔力光に染め上げた霧の炎を引いて舞い上がっていく。
 大空は沢山の敵がいるというのに。
 誰も恐れもせずに。誰も怖がらずに。誰もが希望を見出して。

「さあ行くぞ! ちょっくら世界を救いに往こうぜ!!」

 誰かが叫んだ言葉に、誰もが頷いた。

 そして、戦いが始まった。






 大空にて閃華が咲き誇る。
 ガジェットたちと交戦する空戦魔導師がいて、それを叩き落そうとするミサイルの乱舞があり、それを撃墜する魔法弾が駆け巡り、砲撃が空を貫いて、その間を機銃を吐き散らした輸送艦が駆け抜けていく。
 非常用に申請許可を得た実弾式の機銃の連射に、AMFも意味を成さずに蜂の巣になってガジェット共が撃墜されていく。
 そして、それらの横に数機の美しいシャープなボディを誇る戦闘機が颯爽と駆け抜けて、大空を舞っていった。
 そんな光景を見ながらも、地上を走っている者たちが居た。
 地上防衛に残った陸士たちだった。

「お前らー! 気合いれてけよぉ!」

『Tes.!』

 それぞれが特殊な装備を決めた突入部隊とは違う精鋭部隊である。
 とはいえ、人目で彼らを陸士だと判断するのは難しいだろう。
 肩の腕章を除けばそれぞれ統一性のない格好をしていた。
 一人は深々と帽子を被った改造ジャケットを羽織り、一人は分厚い蟹鎧をまとってガシャガシャと物々しい足音を響かせて、一人はふよふよと後ろを浮かびながら歩く腋巫女服姿の女性で、一人は巨大な大剣を背負っているなどetc.etc.
 他のグループに至っては巨大な槍を持っていち早く飛び出すと、ビルの壁を蹴りあがりながら「サンライトスラーシュ!」とガジェットを両断し。
 その後ろで竹箒に乗った白黒魔女服のブロンド美女が「蹴散らしてやるぜ!」と男口調で、無数の弾幕を吐き散らしている。
 一部を除ければどれもこれも魔道師ランクとしては低レベルであり、他の次元世界では不失格の称号、或いは二軍と呼ばれた面子。
 されど、彼らは笑いながら、圧倒的な戦果を叩き出していた。
 己が得意分野で戦いを繰り広げて、魔力に寄らない己が特技でガジェットを撃退し、人々を護る。
 まるで性質の悪いコントのような光景。
 されど、笑える喜劇。
 そして、そして、その中でいち早く前を疾走する数名の男たちがいた。

『こちらライダー01。ライダー02、敵戦闘機人の発見はあったか?』

『こちらライダー02、現在発見出来ず。ライダー03、そっちはどうだ?』

「ライダー03、こちらも駄目です。どうやらジャミングでレーダー妨害をしている模様」

 浮遊、滑走するライディングボード。
 それに乗り込んだ三人のフルフェイス特車陸士たちが瓦礫と道路の上を疾走していた。
 今までのバイクと異なり、あらゆる障害物に影響されない飛行移動車両により彼らの機動力は飛躍的に高まり、索敵班として現在習熟度の高い三名の陸士たちが先行している。
 彼らが探しているのは未だに残る戦闘機人。
 地上本部への攻撃・作戦行動の撹乱を目論む障害の排除だった。
 だがしかし、三方に分かれて捜索を続けているライダー03こともっともライディングボードに習熟している特車陸士は黒いフルフェイスヘルメットの中でため息を吐き出した。

「あー、チクショウ。怪我も痛てえし、いやな予感がする」

 ズキズキと未だに折れたままの肋骨が痛み止めの効果外を超えて熱を発し、染み付くような痛みを伝えてくる。
 ついでに言えば胃痛もしていた。主に神経性胃炎で。

(ああもう、どうすればいいんだろうなぁ)

 うっぷと吐き気が込み上げてきた。
 胃薬が非常に欲しかった。
 何故にこうなったのか、世界に聞きたいような気がする。
 されど、彼は辛いからといって目の前の任務から逃げるほどの度胸もなければ、助けられるかもしれない可能性を放棄するほどの悪人でもなかった。
 避難済みの人影のない高層ビルが数百メートル先にまで迫り、彼は軽く体を傾けて、足場を踏み変えてバランスを取る。
 時速数百キロの高速状態でありながら、彼はすでにライディングボードを我が身のように操りこなしていた。
 だからかもしれない。

 ――それを回避することが出来たのは。

「!?」

 体を傾けて、次の曲がり角に入ろうとしていた。
 彼は傾けた視界の端、ビルの高層から一瞬見えた光に、違和感を覚えて。

「っう!!」

 側面スラスターを緊急発動、さらにグリップを廻した爆発的な速度で回避運動に入る。
 その数瞬後、頭上から一陣の閃光が飛び込んできた。
 二条の閃光、否、剣閃。

「なろうううっ!」

 迫り来るであろう剣の軌道から、彼は舞い上がるようにボードごと翻った。
 剣閃の閃光は彼のいた位置を突き抜けて、轟音を伴いながらアスファルトに墜落する。

「なん、だ!?」

 ボードの尻を振り回し、数百メートル以上の距離を離しながら彼は旋転した。
 濛々と上がる粉塵、そこから出てきたのは美しい二振りの刃。
 そして――“茶髪の少女”。
 それは美の神に選ばれたかのように整った美貌、美しく計算されつくした肢体は頭頂部からつま先までもが艶かしく、大きく張り出した乳房は蠱惑的に震え、絹糸のように軽くしなやかなダークブラウンの美髪が重力に引き寄せられて、その腰下にまで靡いた。
 息を飲むほどに美しい彼女が放つ気配はどこか冷たく、無機質。
 間違いなく戦闘機人の一人――ナンバーズ12・ディードだった。

「戦闘……機人」

 ゴクリと遭遇した特車陸士は唾を飲んだ。
 生唾ではなく、嫌な予感がしてたまらない故の嚥下だった。

「――ミッドチルダUCATの特殊高機動車両部隊(甲)の隊員と判断します」

 機械的な口調で、どこか艶かしい女性の声が紡がれた。
 ジロリとこちらを睨む彼女に警戒しながら、特車陸士は無線の送信ボタンをオンにすると。

「こ、こちらライダー03。どうぞ」

『こちらライダー01。どうした?』

「戦闘機人を発見しました。装備は二振りの光学系ブレード、白兵戦タイプだと思います。ポイントはAZ***24です」

『な、なに!? わかった、そこから動く――』

「処分します」

 無機質な瞳が睨み付けるように動いて、朱色の唇が彼の死を告げようとした瞬間だった。
 ダンッと彼の足がボードのペダルを踏み込んで。


「さらば!!!」


 一目散に逃げ出した。

「――え?」

「これ以上のフラグはいやだぁあああああ!!!」

 マジ泣きの絶叫だった。
 逃げ出した。逃走を図った。戦略的撤退だった。
 つまり、彼は逃げたのだった。

「逃がしません。処理します」

 どこか戸惑いを含みながらも、脳内に組み込まれた論理回路が稼働し、機械によって構築された四肢が常人には不可能な出力で稼働し始める。
 踏み出したアスファルトがひび割れ、跳び出したディードの体が残像を残しながら駆け出していく。
 チーターの最大速度を超える脚力でディードが、逃げ出す特車陸士に追いすがろうとするが。

「! 高速接近反応」

 ディードがアスファルトを削り、火花を散らしながらブレーキを掛けると、真上に跳躍。
 刹那、それを追いすがるようにディードが立っていた場所に斬閃が走った。
 雷光の如く振り抜かれた剣閃、その姿を見ながらもディードは後方に大きく回転しながら着地する。

「?」

 ディードは、視界の中央に捉えた動態反応に焦点を合わせた。
 視線の先には一人の裾の長い衣服――ある次元世界では和装と呼ばれる衣装を纏い、その上から陸士ジャケットを羽織った少女が立っていた。
 伸ばすだけ伸ばした艶やかな黒髪を二つに分けて縛り、清廉な気配を漂わせる少女の陸士だった。

「――私の一撃を避けますか、なるほど確かに速い」

 手にした刀剣は長大。
 その身ほどもある長さに比べて、頼りないほどに細く湾曲した刀剣は野太刀と呼ばれるもの。
 人並み程度の情感があれば息を呑み、背筋を振るわせるほどに美しい女。

「――魔力ランク-C。されど未知数のエネルギー反応を確認、排除します」

 ディードの瞳及び体内に内蔵されたセンサーからの判断。
 目の前の人物から感じる魔力の強さは弱弱しい、されどそれ以上に別のエネルギーを察知した。
 例えるならば圧倒的な清流。
 見た目は涼やかなれど、その流れる水量は立ちはだかる矮小な存在を押し潰す暴虐。
 それにディードは設置された戦闘プログラムに従い、両手のツインブレイズを発動。
 音速超過の動態速度を以って、加速する。

「っ!」

 ディードの加速と同時に、目の前の少女も掻き消えるほどの加速を行う。
 瞬く剣戟、剣閃、斬舞。
 一息の間に三十を超える打ち合いの果てに、紫電を迸らせて、二人の美しき少女が二刀と一刀の刃を衝突させる。
 踏み込む地面が陥没し、振り抜かれた刃の鋭さに大気が血潮の如く風切り音を響かせた。

「――反応速度上昇、AAランク魔導師に匹敵すると判断!」

 ディードが告げる、僅かな驚きと共に。

「貴方もやりますね」

 女が目の端を吊り上げる、未だに余裕を持って。
 そして、数秒にも満たない鍔迫り合いの果てに、互いを吹き飛ばすように距離を離す。間合いを開く、仕切り直す。
 ディードが構える。二つの光刃を鋭く伸ばし、全身の駆動系に溜まった熱を排熱するように息を吐き出す。
 女が構える。巨大なる野太刀を背負うように構え、蜻蛉と呼ばれる独特の構えを取る。
 ジリッと張り詰めた空気が周囲を満たし、二人の少女が互いの隙を見出そうとした時だった。


「――悪いけど、僕も混ぜてくれない?」


 声がした。
 唐突に響いた声、それにディードが瞬時に目を向ける。むろん、目の前の女剣士からは警戒を外さぬままに。
 そして、そこに居たのは――ただの陸士だった。
 変哲もない陸士ジャケット、ざんばらに切り揃えた髪型、細身なだけで際立って背の高いわけでもない痩躯、穿いているのは裾の長いズボン。
 ただどこかにこやかさを感じさせる薄い笑みとまあまあ整った顔立ちに、その腰に佩いた一振りの太刀と一振りの脇差。
 少年と青年の間に位置するような年代の変哲も無い陸士がそこにいた。

「っ、先輩!?」

 少女の陸士が声を上げると、彼は軽くため息を吐いて。

「独断先行は駄目だよ? まったく、人間やめてるような速さで動けるからってなにしてもいいわけじゃないんだし」

「す、すいません……」

 少女陸士が謝る、青年陸士がため息を吐く。
 その構図にディードはなんら感情を挟むことなく、現れた増援の人物を認識し、スキャン。
 魔力反応――ゼロ。
 金属反応――腰の刀剣及びジャケット内部に複数確認。
 熱源反応――異常なし。
 少女剣士と同じ未知数のエネルギーがあるかとサーチするも反応はゼロ。

「測定・魔力ランクゼロ。総合情報的に危険度Eランク」

 ただの常人。
 そこらへんの陸士よりも脆い存在だと判断。

「排除する必要性すらありません」

 それよりも最優先脅威を排除するべき。
 そう考えてツインブレイズの刃を構え、脅威となる少女を排除すべくディードは足を踏み出した。
 超高速反応を齎すIS――ツインブレイズ。
 常人では通じない。魔導師でなければ置いていかれるスペックの差。
 されど、その最初の一歩を踏み出そうとした瞬間。

「っ!?」

 横合いから飛び込んだ“一閃”が、ディードの首を刎ね掛けた。
 刹那の反応速度で割り込ませたツインブレイズの刀身が、横薙ぎに飛び込んだ鋼の刃を打ち止める。

「――惜しい」

 それは数秒前まで距離にして十メートルは離れていたはずの青年の一撃。
 何故? と疑問が浮かぶ。
 だが考えるよりも速く、青年の脚が閃き、ディードの脛を蹴り上げた。

「!?」

 たわいも無い打撃。
 ただの人間レベルの蹴りだったが、それは軸足となる脚の力を掬い取るような蹴り上げ。
 僅かに体勢が崩れる、それと連動して青年が旋転、腰から回転し、全身から絞り上げるような力を込めた当身。

 ――鉄山靠。

 轟音と共にディードの体が吹き飛び、数歩たたらを踏むように粉塵を引きずりながら大地に足を叩き付けた。

「っ、やっぱりあいつみたいには上手くいかないか」

 そう舌打ちを洩らしながら、太刀陸士が――ディードの目の前に踏み込んでいた。
 無足之法、或いは縮地と呼ばれる移動方法。
 迫っていることを気づかせない、錯覚を生む歩法とと共に迫り、霞むような手つきで斬撃を振り下ろす。
 ディードの首に刃が閃く。
 高速回避、ディードは最小限の軌道修正で斬撃を躱す。
 スウェーバックで目の前の刃鉄の煌めきから回避し、高速動作のGで揺れる乳房の震動を感じながらもその手に握った二条の閃光を射出し、反撃の一撃を振り出そうとした刹那。

「しゅっ!」

 遥か真下から迫る刃に、ディードが飛び上がる。
 流れるような一刃が天へと掲げられるように振り上げられた。
 足首を捻り、膝を曲げる事無く重心移動によって繰り出された重みのある斬撃。
 ベルカ騎士にはない、遥か古来の日本。第97管理外世界の極東にのみ編み出された斬法、その理。

「っ、――なんてでたらめ」

 即座に太刀を構え直した青年が見上げた先。
 そこにはクルクルと宙を舞い、常人の身体能力では決して不可能な十数メートルのジャンプの果てに着地したディードの姿があった。
 如何なる体術と処理能力か、荒れ果てた壁から突き出た鉄骨の一本、それを足場に立っていた。

「――脅威度の修正が必要と判断します。ランク上昇、危険度B-」

「それはあまり嬉しくないなぁ」

 太刀陸士は嫌そうに苦笑する。
 即座にその横に駆けつけた野太刀陸士もセットでディードを見上げ、仰がれた彼女はチキチキと自身の戦闘プログラムに従い、対処すべき戦術を構築するが――。

「ま、いいけどね。そこなら――」

「?」

「僕らががんばる必要はない」

 その瞬間、パチンッと陸士の指が鳴らされた。
 そして、薔薇色の閃光が迸った。
 ディードの背後、ビルの後方から。

「!?」

 ディードがビル壁を蹴り飛ばし、退避するよりも早く。
 一筋の斬光が――ビルを透過した。

「ごめんなさぁあああい! からどぼるぐぅ(パチもん)!」

 どこか情けない、されと絶対無敵っぽい声が響く。
 同時にビルが輪切りになって、落下する。
 まるでその硬い建造物の硬度が半減されたかのように。

「これは、推定魔力ランク――AA? 瞬間的に出力が跳ね上がった?」

 落下し始める瓦礫を、ディードは飛び上がり、跳躍し、華麗に回避しながら、その対象者を発見する。
 それはヘアバンドを付けた一人の少女。
 柔らかな茶色の髪に、翡翠色の瞳をした、黒い西洋剣――カラドボルグ(パチもん)を握り締めた彼女は慌てながらもディードを目に捉えて。

「ああ~! やっぱり怒ってますぅ、――ンさんのせいですよ!」

「何故私の所為!?」

「よし、それなら私が」

「空飛んでいる相手に攻撃する手段ねえだろ、お前」

 などと会話している他三名の男女の声も、ディードの聴覚素子に届いていたのだが。

「ISツインブレイズ」

 インヒューレントスキルを解放。
 瞬間加速能力、肉体駆動・感覚処理能力、その全てを著しく跳ね上げるモード。
 それを持って――彼女は空に跳ね上がった。
 “空を疾走する追撃者”に対抗するために。

「神鳴流――!」

 空を舞い飛ぶように――鳥のように跳躍した少女。
 その太刀から放電する紫電の一撃は雷神の如き光景。

「迎撃します」

 それに立ち向かうは二剣の光剣士。

 美しき女剣士二人が空中で交錯した。






 その様子を遥か高みのビルから見守っている人物がいた。
 見守る少女に似た顔立ち、短く整えたボーイッシュな茶髪の髪型、なだらかな肉体ライン。
 美少年と言っても過言ではない存在――戦闘機人ナンバー8番。
 オットー。

「ディード」

 普段はぼんやりしている顔つきのオットーだったが、今はその顔つきを僅かな焦燥に染め上げていた。
 ほぼ同時期に完成し、同じ素材から作り出された双子とも呼べる少女。
 それが危機に晒されているのだから。
 決して無感情ではないオットーにとって焦る理由としては十分過ぎる。

「殲滅する」

 右掌から生み出した高出力エネルギー。
 光輝く緑色の光線をオットーはおもむろに撃ち出し、ディードの援護をしようとした刹那。

 ――研ぎ澄まされた聴覚素子が何かの到来を告げていた。

「え?」

 振り返った瞬間、佇むビルの屋上、その淵の下から舞い上がる飛翔物体があった。
 風を切り裂き、大気を穿ち、旋回する二翼。
 ライディングボード、その二機。

「特車部隊!? どうして、ここに!」

 魔法的サーチに対してはオットーの固定装備であるステルス・ジャケットによって隠蔽されているはずだった。
 なのに、何故。

「フハハハ! 舐めるな! 例えステルスを掛けようとも!」

「光学迷彩だって見破る超科学捜査班が、カンと気合で察知するぜ!」

 サムズアップし、不敵に微笑む特車部隊。
 彼らの脳裏には。


 ――キエー、キエー、キエー! むむ! そこだ、プレッシャー!

 ――えーとこっくりさん、こっくりさん。戦闘機人の場所はどこですか? 教えないと、退魔士呼んじゃうぞ♪

 ――きみはじつにだめだなぁ。ほら、尋○人ス○ッキ~。


 などと言いながら、探り当てた頼もしいスタッフたちの笑顔が鮮明に浮かんでいた。

「うそだ!」

 されどそんな現状も知らずに、カンと気合で発見したといわれたオットーが即座に否定した。
 即座にISを起動させて、溢れ出る閃光を射出するが、特車部隊の面々は即座にスラスターを掛けて飛翔する。
 回避、回避、回避。
 超難易度シューティングゲームの如く、彼らは重力を無視した変則機動と共に回避すると。

「この地上は!」

「俺たちが護る!!」

 吼え上がり、彼らはオットーと交戦を開始した。
 と、思った瞬間だった。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「む?」

「ぬ?」

「なに?」

 遠くの外れから聞こえてきた咆哮に、三人が目を向けた。
 其処にはビルの眼下、地上から滑走してくる一台のライディングボード。

「ライダー03?」

「援護しろ! 戦闘機人だ!」

 送信ボタンをオンにし、呼びかける同僚二人。
 だがしかし、黒いフルフェイスの特車陸士は見えないけれど血走った目で全速力で上空へと駆け抜けて。

「みつけたぁああああああ!!」

「え?」

 オットーが自分の顔を指差す。
 それに特車陸士は頷き、その腰から電磁バトンを引き抜くと。

「テメエ男だな!? 美少年だな!? 薔薇の予定なしだな!? よしよしよしよーし!!」

 加速スイッチON。
 音速超過で駆け抜けて、吹き上がる噴射炎を引きずりながら、喜びと闘争の咆哮を発した。

「ライバルフラグ、ゲットォオオオオ!」

 もはや構う事無く、戦える相手を発見し、彼は飢えた獣のようにオットーに襲い掛かった。



 儚い希望を胸に抱いて。



 それが砕け散るなど知らずに。





********************
さくちゅうにでてきた陸士はすべてもぶきゃらです。



[21212] 聖王の揺り篭攻略戦 その5
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:84e524a9
Date: 2010/10/09 07:49



 奔れ、奔れ、走れ。
 脇目もふらずに駆け抜けろ。

「ひゃっはー!」

「ふほほーい!」

「うるぁあああああああ!!」

 さもなければ奴らに喰われるぞ。
 目を血走らせ、奇声を上げて追ってくる三人の陸士。それからオットーは逃げ回っていた。

 ――なんなんだ、こいつらは!?

 そう罵りたい気持ちで一杯だったが、動きは停止しない。
 廃棄都市、そのビル群を慣性制御による飛翔で駆け抜ける。
 吹き荒ぶ衝撃波、舞い上がる塵芥、それらを引き裂きながら、逃げ回るオットーの右手には高出力エネルギーによる光。
 ISレイストーム、起動。

「蹴散らせぇ!」

 緑光の奔流が、幾重にも閃光を曳いて迸った。
 瞬く暇もなく駆け抜ける光熱線がライディングボードを乗る特車陸士たちを襲う――が。

「グレイズ!」

 スカッと、軽く体を捻って避ける者が一名。

「チョン避け!」

 クイッと、少しだけ体を横に傾けて外す者が一名。

「やんま~に!」

 グルンッと後ろ向きに倒れて、わーおとばかりに躱す者が一名。
 結論、全員避けきった。
 しかも、速度は決して落ちることなくだ。むしろ、外して、後方に着弾したレイストームの爆風すらも利用して加速している。地獄の猟犬の如きしつこさで、じわじわとオットーとの距離を詰めてくる。
 先ほどからずっとこの調子、まるで悪夢のようだった。

「さっきから何を言って!?」

 グレイズだの、チョン避けだの、見えるそこぉ! だの叫びながら回避しまくる特車陸士たち。

「――業界用語です」

「――――哲学用語です」

「――――――変態たちの用語です」

 きっちりと返事を返してくるのが、なおさらにオットーの混乱に拍車をかけた。

「く、このぉ!!」

 タタンッと駆け抜けるビル壁を蹴り飛ばし、オットーは軽く旋転するように跳躍しながら、両の手を突き出した。
 肉体内部に埋め込まれた駆動炉から供給されるエネルギーを、強化人造神経を絡み合うように流れるエネルギーパイプを通して放射する。
 焼け付いてもいい、ここで仕留めなければいけない。
 その覚悟を持って撃ち放つ鳳仙花の如き閃光の弾幕、視界全てを埋め尽くし、駆け巡る光の暴力。

『っ!!!』

 それは迫っていた特車陸士たちをあっという間に飲み込み、着弾する廃棄都市の建造物から光爆が轟音と共に響き渡る。
 爆風によって続けざまに割れていくビルの硝子、落下し、さらに破裂するガラスの大合唱が騒がしいほど。
 綺羅綺羅と輝く煌めきの乱舞が、視界を埋め尽くす。
 その中で焦げ付いた両手を抱えた戦闘機人は落下するようにアスファルトの道路に着地し、火花を散らしながらブレーキをかけた。
 螺旋を描くかのように、回りながら両手までをも地面に叩きつけて停止するオットー。
 その目がバッと上空を睨み、人工眼球内部に仕込まれたカメラが拡大しながら己が起こした爆煙の内部を睨んだ。

「仕留めた?」

 そう呟くが、オットー自身の瞳は爆煙の中に蠢く影を視認した。
 ゆらりと煙の中で、何かが揺らめく。

「っ!?」

 反射的にレイストームの光弾を奔らせる、が、それを避けるように何かが飛び出した。
 爆煙を引き裂き、クルクルと回転しながら、オットーの前方に着地する影が一つ。
 それは――特車陸士じゃなかった。
 否、それは特車陸士なのだろうが。

「?」

 それは灰色をしていた。
 それは人の形でありながら人ではなかった。
 全身を覆うのは灰色の甲冑であり、装甲であり、スーツである。

『ふっ、コレをつけなければ危ないところだったぜ』

 電子音声を響かせ、それは空に手を掲げた。
 ジャキンッと金属音を鳴らし、グッと握り締められた手から迸る閃光。それに従い、右手から色付いていく。
 赤く、燃え上がるように腕は緋色の手甲に、胸部には白色の積層装甲が、脚にはナイフを思わせる鋭い青のパーツが装着されている。
 シャキーンとポーズを取り、それは叫んだ。

『降臨。満を持して!!』

「は?」

『――俺参上!』

 ガッツポーズを取り、腰に嵌ったベルトから電子音声で『ピロピロリ~ン♪』と音を鳴り響いた。

『俺のかっこよさにお前が泣いて、ほいほい釣られてみないかい?』

「っ!?」

 外見の変わった特車陸士に、オットーが眉をしかめながら叫んだ瞬間だった。

「FUHAHAHAHA! 解説しよう!!」

 シュタッと近くにあった電信柱の上に着地した黒焦げの特車陸士は腕を組み、オットーに告げた。

「それはミッドチルダUCATが技術力の粋を凝らしてなどいない防護服! ぶっちゃけただのバリアジャケットだ!」

 デザイン性と防御力を追求しただけのバリアジャケット。
 ただ単に頑強性が上がるだけであり、別に身体能力などが上がる効果は無い。
 電子音声はオマケである。

『しかもカートリッジでの持続だから、三分ぐらいしか持たねえぜ! 攻撃喰らうと更に減るしな!』

 そう告げてサムズアップするバリアジャケット陸士に、HAHAHAと笑う特車陸士B。
 ゲタゲタを笑う二人の陸士の笑い声に、頭痛を生じたオットーだったが。

「それなら、ここでぇ!」

 レイストームの閃光を迸らせ、ライディングボードを失った防護服陸士に左右の手を向けた。
 怒涛の光線が燃焼音を響かせて撃ち出されるが。

『Rider jump』

 防護服陸士が跳び上がり、光線を躱す。
 それは高さにして十数メートルに至る超ジャンプ、ベクトル制御による重力操作による高み。
 すかさず目で追ったオットーの目に飛び込んだのは、太陽を背に背負った陸士の姿。

「ぅつ!?」

 一瞬目が眩む。
 その瞬間、バリアジャケットを纏った陸士の手が腰のベルトのボタンを押し込んだ。

『Rider kick』

 クルクルと回転しながら、ベクトル制御で脚の方角を設定。
 さらに筋肉に力を入れて全身の関節を固定しながら、ベクトル制御による加速を持って突貫。衝撃波を撒き散らしながら突っ込む鋼色の暴風。
 その落下する陸士の影に気付き、オットーはすぐさま避けるべく跳躍しようとして。

「ぇ~い」

 ばしっと膝裏に衝撃が走り、体が沈んだ。

「え?」

 気配を消して迫っていた黒こげ陸士の持っていた伸縮性のストレージデバイス、その膝カックンが命中し。

「――キィィイイッック!!!!」

 防護服陸士からの蹴りが直撃した。
 轟音、蹴打。
 打撃音が甲高く鳴り響き、オットーの体が派手に吹き飛び、ガラス窓を突き破り廃ビルへと飛び込む。

「が、はっ!!」

 元はデパートか何かだったのか。
 幾つものマネキンなどを砕き、押し倒し、オットーがゴホゴホッと咳き込みながら薄暗い室内で起き上がろうとして。

「ウェルカ~ム」

 奇妙な声が耳の後ろから聞こえた。

「え?」

 振り向いた瞬間、見えたのはギラギラと光る目であり。

 ――バシンッと音を鳴らす“荒縄”だった。

「ゲーチュッ!!」

 獣の如き襲い掛かるライダー陸士。

「え? ひゃああああああ!!?!?!」

 そして、甲高い悲鳴が迸った。







 剣閃交錯。
 縦横無尽。
 刃は吼え猛るように轟き、剣は鳴り止まぬほどに衝突を繰り返していた。

「っ!」

「あははははっ、楽しいどすなー!」

 流れるブラウンヘヤを水流のようになびかせ、美しき少女ディードは思わぬ苦戦に僅かに表情を歪めていた。
 相対するのは同じ二刀流を操る白髪の少女剣士であるが、それだけならばまだいい。
 ただ――

「美少女ぉおおおお!!」

『むっはぁああああ!!』

 時折飛び掛ってくる謎の見たことも無い黄色い球体(口もあって、手もあって、なんか翼生えてる生命体)だったり、見分けのつかない覆面と格好をしたニンジャっぽい陸士たちが非常に煩わしかった。

「ツインブレイズ!!」

 周囲を取り囲んで飛び掛るニンジャ陸士たちを、ディードは高速で旋回させながら、振り抜いた光刃で切り裂いていく。
 ぶるんっと胸部の重みを感じながら、確かな手ごたえと共に陸士を両断、或いは切り裂くのだが。

「うわっふー!」

「ああ~ん!」

「いてー、けど、悔しい感じちゃう、ビクビク」

 と、そこらへんで転がり倒れて、悶えているだけである。
 血も流れない。
 どうなってるんだ? と首を傾げたい現象である。

「むはー、いい乳ー!!」

「ひゃぅ!?」

 背後からガシリと胸を掴み揉み解す黄色い手に、一瞬悲鳴を上げながら肘を打ち込む。
 確かな手ごたえと共にぶっ飛ぶ黄色い生命体が、ぼよんぼよんとアスファルトを弾みながら吹っ飛び、トマトケチャップぽい体液を撒き散らす。
 が。

「まだまだ、俺のバトルフェイズは終了してないZE!」

 といって速攻で蘇る始末だった。

「――再生能力? 未確認レアスキルだと判断」

「ただの変態だと思いますが」

「切ってもしなへんしー」

「世界は広いねー」

 見上げて呟く剣士陸士たちの呆れた言葉はディードの耳には届かない。
 ただわらわらと迫ってくる数の暴力に、彼女は身を屈めて――地面がひび割れるほどの跳躍を行なった。

「逃げるつもりか!?」

 高々と跳び上がり、ビル壁を蹴り飛ばしながらディードは場所を変えるべく飛行する。
 だが、しかし、それを黙って見ている馬鹿はいなかった。

「逃がすな、止めろぉおおお!!」

 黄色い何かが叫んだ瞬間、後ろからガシリと掴まれた。

「よし、止めましょう!」

「え? エ?」

 その瞬間、一つのボールが用意された。
 黄色いエロボールが一人のニンジャ陸士に握られて、高々と構えられた。

「ォォオオオオオ!」

「ちょ、おま!」

 頂点高く掲げられた爪先、ギリギリと捻られた腰、キラーンと輝く瞳に、豪腕が唸りを上げて閃いた。

「ぶるぁあああああああああああああ!!!!」

 弧を描いて黄色いエロボールが発射され、衝撃波を撒き散らしながら飛翔する黄色い閃光。

「!?」

 奇声と気配に気付いて振り向いたディードの視界に飛び込んできたのは、ビロビロと風圧で広がり歪んだ顔面とそのまま突き出された角のような唇。
 あまりのおぞましさに、感情無きはず戦闘機人の少女が戦慄を感じながらISを起動させる。

「ツイン――!!」

「ISなんぞ使ってんじゃねぇぇ!!!」

 高速加速による迎撃を選択使用とした瞬間、黄色い閃光は吼え猛った。
 バッと細い枝のような両腕を広げて、次の瞬間膨れ上がる。
 それはマッスル。それはマッチョ。それは筋肉。煌めく汗の迸る美の塊。
 ボディビルダー並みの巨腕とマッスルボディを持った黄色い裸体が、両手を広げて飛び込んできた。
 そう、それはまるで宗教画の如き神聖な光景。
 それを見つめるディードはあまりの美しさに自然と涙が溢れ――

「ブレ、ブフゥウウ?!」

 るわけもなく噴き出し、思わず声にならない叫びを上げた。
 されど、体は反射的に光刃を構えて、それを打ちのめす。スマッシュで。

「天から墜ちたぁ!?」

 などと叫びながら落下していくそれから目を離した瞬間だった。

「ほわぁあああ!!」

 三体の影が視界に現れる。
 高さにしてビル三階を越える位置に駆け上がってくるものたち、それは真っ黒な帽子を被ってきた陸士たち。
 両手を交互に振りまくり、激走してくる。

(一体どうやって?)

 一瞬疑念が走り、ディードは下を見た。
 そこにあったのは、高い建造物――否、陸士たちの塊。
 腕を組み、肩を組み、造り上げられた人間ピラミッド。
 そう、彼らが来れたのは、組み体操の如き連携で組まれた人体による階段、その肩と背中と頭を踏み台にしたからだった。

「いくぜ、ジェット気流突撃だ!」

「おう!」

「ぬぉおおお!!」

 暑苦しい叫び声を上げて、先頭の陸士がなにやら射撃魔法をセットし、二人目がバズーカっぽいデバイスを抱えて、三人目が近代ベルカ式らしい長剣を八相に構えて飛び込んでくる。
 連携攻撃だと判断。
 ディードは目を細めると、飛び出していたビルの窓枠を踏み出しに前に飛び出し、黒い帽子陸士たちにあえて踏み込んだ。

「ぬっ!?」

 ミッド式の魔法陣を展開し、散弾性の射撃魔法を打ち出そうとした瞬間、先頭の陸士が見えたのはしなやかに飛来するディードの靴底だった。

「がっ! お、俺を――」

 めり込んだ靴底、さらに掛かる重みと共に鼻血を吹き出し、陸士は叫んだ。

「俺を踏み台にしただと!?」

 ディードが跳躍。
 恍惚の笑みと共に仰け反る陸士、その安産型と思われるお尻を眺める二番目の陸士を飛び越えて、最後尾の陸士に降りかかる光刃の一閃。

「ぐわっ!?」

「む、無念!!」

 一蹴。
 猫のように回転し、三人の陸士を一瞬で撃破したディードはさらに周囲に目を向けて。

「くくく、今度は我らレッドナイト・とらいあんぐるが!」

「仇を討つぜ!」

「くらえ、とりぷらー!!」

 赤い帽子を被ったベルカ式らしい三人の陸士も同じ方法で打ち倒す。

「お、俺をふみだ――」

『ぐはぁああああ!』

「――戦術スタイルに差異を確認できません」

 淡々と告げて、ディードは一端離脱すべく上空に飛翔し――

『ならば、これでどうだ!!!』

 上空から飛び込んでくる三つの影を見た。
 ジグザグにビルを落下しながら疾走してくる三人の同じような顔の陸士がディード目掛けて、バラバラに飛び出す。

「これが」

「俺たちの!」

「三位一体!!」

 複雑に交差しながらタイミングをバラバラに射撃魔法を繰り出そうとする攻撃に、ディードは静かに。

「ツインブレイズ」

 残像を残すほどの加速。
 加速しながら、距離を詰め、伸縮する剣閃で蹴散らした。
 両手の閃光の刃、それを数十メートルの長さにして一閃し、陸士たちがぶっ飛ぶ。

「意味がありません」

 ゴミクズのように吹き飛んでいく陸士たちを一瞥し、ディードが静かに告げた瞬間。

「でもねえぜ?」

「――っ!?」

 声が響き渡り、ディードが下を見た。
 それは最後の四人目、幻影魔法を用いて一人の陸士の背後に隠れていた本命の男がディードの背にデバイスの尖端を押し付ける。
 ツインブレイズを用いて、高速機動を行った一瞬の硬直。

「四位一体」

 言葉よりも速く衝撃が奔った。

「がっ!?」

 背中に一発の射撃魔法が着弾する。
 仰け反るほどの衝撃に、ディードが飛行制御を失う。
 翼をもがれた小鳥のような無残さで、彼女は地面に墜落した。

「っ……全て、ブラフだった?」

 今まで繰り返された三人による連携攻撃。
 それに慣らされ、四人目が居ることを考えもしなかった。
 一体一体の個人戦闘能力は大したことがなくとも、連携と戦術で補う陸士たちの脅威を再認識する。

「――っ」

 しかし、ディードは軋みを上げる身体を動かし、それでも立ち上がった。
 ガクガクと手足が震える、耐久限度を越えた衝撃による内部パーツに無数のエラーが発生し、ISの起動もままならない。
 それでも彼女は屈しない。周囲をにじりにじりと詰め寄り、爛々と愉しげな笑みを浮かべ、荒縄や虫取り網にピコピコハンマーを構える陸士たちや、その外側で輪になって踊っている後詰め達にも負けぬと闘志を燃やし、ブレードを握り締める。

「クックック、良くぞ頑張ったが」

「貴様はもう包囲されている」

「故郷のお母さんが泣いてるぞー、大人しく投降しなさい」

「――作戦の中断はありません」

 闘気が空気のように伝わり、一種即発となりかけた瞬間だった。

「待て~い!!!」

 それを引き裂く高らかな声が響き渡り、誰もがその方角に目を向けた。

「ぬっ、何奴!?」

「あ、あそこだ!!」

 一人の陸士が叫び、一人の陸士が指を指し、誰もが見た。
 そこには――荒縄で拘束された一人の戦闘機人を人質に捕らえた悪漢が立っていた。

「フハハハハ! この少年の命が惜しければ、大人しく投降しろ!」

 目が血走り、ゲタゲタと狂った様子で叫ぶライダー陸士。
 手にはどうやっても命は奪えそうに無い警棒で、亀甲縛りをされたオットーの頬をピタピタとやり、その左腕を腰に回し、掴んでいる。

「お、オットー!?」

 半身のように育った戦闘機人の姿に、ディードは初めて血相を変えた表情を浮かべた。

「ディードぉ」

「オットーを放せ!」

「ふふふ、こうしているだけでも罪悪感で良心がチクチクされるぜ。解放して感動のシーンを見れば、とても和むだろうさ」

「な、なら!」

「だが、断る!! 解放して欲しければ大人しく武装解除した挙句に、自首して罪を償え!」

 悲痛な叫びを上げるオットー、怒りの気炎を発するディード、そして血走った目で投降を薦めるライダー陸士。
 奇妙な光景に、陸士たちは呟いた。

「あ、あいつ特車部隊の……」

「言ってることはまともだが」

「どう見てもあいつの方が悪人です。本当に本当にありがとうございました」

 見物しながら陸士たちが暢気に言っていると、ディードは迷うように頭を振るい。

「……戦略的に見ても勝率はほぼ0%、オットーの無事を考えれば……」

 苦悶の表情の挙句、ディードは静かに両手の刃を消失させ……

「駄目だ! ディード、僕に構うな――!!」

「おい、こら、暴れるな!」

 ジタバタと縛られた状態でもがくオットーに、ライダー陸士が慌てて抱きとめて。

 ――モニュッ。

「もにゅ?」

 奇妙な感触に、ライダー陸士が小首を傾げながら指を動かす。
 “オットーの胸部を掴んだまま”、妙に柔らかいそれに指を埋めて、軽く動かして触れた小豆ぐらいの大きさの硬い感触、何故か震え出す拘束対象の体。

「――いや!」

「……ま、まさか」

 背筋を走り抜ける電撃のような悪寒。
 ジワリとオットーの目端に水気、甘い吐息に、男の割には妙に甲高い声。
 握った指先から伝わる感触と、推測が全て一致する。

「――オナノコデスカ?」

「……エッチ」

 頬が赤らむオットー。
 その時、ライダー陸士に電流走る。

「嘘だと言ってよ、ばーにぃいいいいい!」

「よーし、女の敵だ。殺せ」

『おー!!!』

 次の瞬間、一斉に陸士たちがライダー陸士に襲い掛かった。
 戦場は混乱に巻き込まれた。

 ついでにオットーとディードは無事逮捕兼保護された。







お ま け



 薄暗い廊下にコツリコツリという音が響き渡る。
 それはハイヒールを履いた女の足音に他ならず、だがしかし、本来はありえないものだった。
 そこはミッドチルダUCAT、地下3階にも留置所の廊下。
 ただの女が歩ける場所ではない。
 故に、歩いているのはただの女ではなかった。

「やれやれ、静かね」

 ぼやくように囁かれた言葉が静寂の中に染み渡る。
 それは見事なまでの黄金の髪をなびかせた麗しき女であり、蜜色の輝きを秘めた蠱惑的な魔女の如き麗女。
 そして、その歩みが一つの扉の前に止まる。
 細く艶やかな指が、ドアの横に備え付けられたスリットに取り出したカードキーを差し込む。
 開く扉の中から響いた声があった。

「はいはーい、誰ッスか? 新聞と宗教の勧誘と、放送局の集金は受け付けてないッスよ?」

 テシテシと面会ガラスの向こうから現れたのは赤い髪をなびかせた一人の少女だった。
 白いTシャツに、青いジーンズを穿いた寛いだ格好。

「馬鹿言ってるんじゃないわよ」

 それに頭痛を堪えるように手を頭に当てる美女。

「って、あれ? えーと……誰ッスか?」

「帰っていい?」

「あ、嘘ッス! ドゥーエ姉さま! 帰っちゃいやッス!」

 クルリと振り返る美女――ドゥーエを引き止める赤毛の少女。

「で、一体なんッス?」

 ウェンディという名の少女は同じ戦闘機人にして、姉である女性に尋ねた。

「なにって、貴方たちを助けに来たのよ」

「ほえ?」

「今外はドクターのおかげで混乱しているわ。見張りの陸士も差し入れの睡眠シュークリームで寝てるし、監視カメラも弄ってあるから逃げれるわよ?」

 脱獄するなら今よ?
 と、不敵に微笑むドゥーエだったが。

「え~と……アタシは行かないッス」

「あら? どうしてかしら」

 軽く目を伏せて告げる妹の言葉に、ドゥーエが楽しげに何故か笑みを浮かべた。

「それほど罪重くならないみたいだし……ここから真っ当に出たらやりたいことが見つかったから」

 ごめんなさいとばかりにしょげた態度でドゥーエに言うウェンディ。
 けれど、彼女は笑みを崩さず。

「そう、生きる目的が見つかったならそれはそれで幸せよ」

「ドゥーエ姉……」

「他の子にも聞いたんだけどね、全員断られちゃったし」

「え?」

 目を丸くするウェンディに、ドゥーエは優しくウインクして。

「まあ元気にやりなさい。私は見守っているだけだから」

「……ありがとうッス」

 姉の優しさに胸を撃たれたように、ウェンディの目が潤んだ。
 そして、軽く雑談した後、ドゥーエが出て行こうとして。

「そういえばドゥーエ姉」

「なに?」

「ドクターからなんか命令とか受けてないんッスか?」

「あ~」

 軽く遠い目をするドゥーエ。

「無理よ、無理」

「?」

「ドクターには隙を見てレジアス中将を暗殺しろー、って言われたんだけどね」

「ぇええええええ!!」

 ビックな告白に、ウェンディが声を上げた。
 だが、肝心の暗殺者となるべき女性は息を洩らし。

「……あれは無理ね」

 そう告げる彼女は過去を思い出していた。




 そう、それは数年前のことである。
 市街の視察に出たレジアスに秘書に化けたドゥーエが随行した。
 隙があらば亡き者にしてやると、長年のUCAT生活で溜まったストレス発散も兼ねて企んでいたのだが。

「強盗だー!!」

 路外の調理器具売り場などを見ていたレジアスとドゥーエの元に聞こえた叫び声。
 そして、声の聞こえた方角からは拳銃を持ち、銀行を出たばかりの女性から奪ったバックを抱えた強盗が。

「どけどけぇえええ! 撃つぞー!!」

 血走った目と涎を垂らしながら叫ぶ姿があり、それに誰もが恐怖で身を竦めた時だった。

「少しコレを借りるぞ」

 その男の前に、近くのフライパンを手に取ったレジアスが飛び出した。

「ち、中将!」

「死ねぇええええ!」

 男が拳銃を向けて、引き金を引いた刹那、レジアスがフライパンを構えた。
 ガンガンガンと金属音を、火花を散らし、銃弾が分厚いフライパンの底に叩き落される。

「な、なにぃ!?」

「ふん!!」

 手首を利かせて投げたフライパンはまるで円盤のように男の顔面にめり込み、鼻血を流しながら悶絶した男の襟首をその肥満体からは想像も出来ない速度で詰め寄ったレジアスが掴み。
 ――投げた。
 背中から路上に落下した男は一発で悶絶し、失神する。

「ふぅ」

「ち、中将。お怪我は!」

「なに、無傷だ」

 そして、レジアスはバックを拾い上げると、奪われた女性に手渡し。

「あ、あのありがとうございます。お強いんですね……」

「なに、ただのジュージツでね」

 頬を染める女性が、上目遣いに「あの、ぜひともお礼に御食事でも」 と告げるが。

「それはとても嬉しいが、気持ちだけでいい。私は亡き妻と添い遂げると誓った身でね」

 キラーンと白い歯を輝かせ、レジアスは微笑んだ。



 その後、レジアス中将は素手でゼストと殴り合えるぐらい強いと知ったドゥーエは遠い目で。

「うん、無理ね」

 と呟いた。

「ドゥーエ姉……どこ見てるッすか?」

 とても遠い場所を見ていた。
 何もかも悟りきった目だった。









****************************************
全てのフラグは成立するためにある。
次回から平常通りのシリアスですよー。



[21212] 聖王の揺り篭攻略戦 その6
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:8a3ba74e
Date: 2010/10/11 19:50


 世界を救いたい。

 そう夢見ることはいけないことなのだろうか?












 加熱された青空、戦場の空気、一度外に出れば凍りついてしまいそうな寒風と人の生存を許さない高度。
 高度八千メートル、街が豆粒に見えるような高さ、群青の空が無限に続く別世界。
 それを切り裂く戦火があった。

『――ちくしょう! ガジェットの数が多すぎる!』

『左舷、弾幕薄いぞ! 対空砲火なにやってんの!』

『空戦魔導師共が落とされてやがる! 誰か援護にいけぇええ!』

 絶叫、罵声、悲鳴、怒声。
 あらゆる感情が入り混じり、爆煙と爆風による残留ガスが雲のように発生し、青い空のカンパスを穢していく。
 空には無数のものがあった。
 鋼鉄の塊、人造の兵器、大気を歪める対魔力空間――AMFを発生させる魔導機械ガジェット。合わせて数万を超える驚異的な数の暴力の襲来、ミッドチルダUCATの軍勢を一瞬絶望視させるほどの圧力。
 それに抗うように大空を舞い上がり、世界に己の存在を誇示するように無数の魔法陣を発生させ、手にした絡繰仕掛けの魔法杖――デバイスから奇跡たる魔法を発生させる魔導師たち。
 銃撃の如く魔力弾が飛び交い、絶叫と共にベルカ式の空戦魔導師が剣を持ってガジェットの胴体を両断すれば、そこから降り注ぐ戦闘機型のガジェットⅠ型から撃ち込まれる多弾頭ミサイルの鋼の牙に食いつかれ、恐怖を交えた悲鳴と共に撃墜される。
 幾多の機械の翼、幾多の奇跡の体現、それら全てに等しくあるのは撃墜という名の脱落現象。
 今だ遠く、遥かなる大気圏外の玉座を目指し舞い上がる古き王族の揺り篭。
 その偉大なる姿、巨大なる権威、それらを目指し、抗うものたちはその目に意思を宿し、心の通じぬガジェットたちに歯向かい続ける。

『負けられるか! 突破するんだ!!』

 誰かが無線越しに叫ぶ。爆音を背景に、銃弾を吐き散らす砲火の叫び。

『オレたちが諦めたら、この世界は滅茶苦茶にされる! だから、諦めるな!』

 誰かが喚く。あらゆる声が地上に届かない、唯一横に居る戦友たちしか頼れない孤独なる空で喚く。

『気合をいれろ! まだ私たちはスタート地点にも立っていない!!!』

 誰かが吼える。抗い、打ちのめされ、歯向かい、ゆっくりでも前に進むための咆哮を齎す。

『――援護する』

 そこに――駆け抜ける影があった。
 次の瞬間、密集していたガジェットⅡ型たちが爆砕する。撃ち込まれたミサイルによる戦渦。
 衝撃波を撒き散らしながら、音速を凌駕する――鋼鉄の翼。アフターバーナーによる再加速、音速超過速度。
 シャープな形状、まるで西洋剣の如く鋭く、日本刀のように雄雄しく、聖剣の如く誇り高く。
 それは空を駆け抜ける一陣の勝利の兆し。

『――フォックス3』

 乗り手が呟く、静かなる声、確信と共に吐き散らされる鋼の兵器。
 鋼の翼、とある世界においてはF-2と呼ばれる戦闘機。尾翼に描かれた無限を示すリボンの模様、エースの証し。
 その主翼下に設置された99式空対空誘導弾――AAM-4が音速を超えた射出速度と音を置き去りにする居合いの如き鋭さを持って、ロックしたガジェットの一機に命中。
 光爆と共に粉砕され、空を彩る一つの花火と変わったのも確認せず、F-2の鋭い翼はさらなる獲物を求めて、敵陣の中を駆け抜ける。
 盛大に巻かれる中型ミサイル、それに加えて熱いディープキスの如き機銃の嵐、魔力の輝き――質量兵器規制に対する一つのアンサー。
 大型魔力バッテリーを内蔵、プログラミングされた術式に従い疑似物質の弾丸を精製、魔法所為物質による物質の強度の調整可能、銃器にして非殺傷、精々ボクサーによるラッシュ程度にも抑えられる人間に優しい銃弾。ただし今の設定は車も粉微塵にする実戦仕様。
 新たなる脅威、それに対するガジェットたちの防衛機能。
 通常のレーザーでは命中率が低いと判断し、機動性と追尾製の高いガジェットⅠ型数十機による過剰なまでのミサイルパレード。
 前から、上からと降り注ぐ白いミサイル群の鳳仙花。
 エンジン熱による――元来は対人戦でのことを考えて、熱反応を持つ誘導機能に対し、F-2は機首を下げ、斜め下へのミサイルの甘い位置を目指しながら、真っ赤に燃える幻惑の囮を吐き散らす。
 貧乏人に対する小銭を撒き散らすかのような多大な効果、チャフ/フレア。
 それに釣られて八割近いミサイルが狙いを外す、残った二つのミサイルは加速を続ける見事なまでの腕前のF-2に振り切られる始末。
 とはいえ、多勢に無勢。いずれ袋叩きに合うことは火を見るよりも明らかだった。

『っ、無茶を――』

『させやしないさ!』

 空戦魔導師の一人が心配交じりに叫んだ台詞、それに対して返事が返ってくる。
 刹那、空から――光が降り注いだ。
 “橙色の光弾が、十字砲火を持って蹂躙する”。
 撃墜される数十機のガジェット、それらが展開するAMFに過剰砲火を持って凌駕し、叩き潰す圧倒的な弾幕。
 そして、それを追い越すかのような三機の戦闘機の到来、いずれも一騎当千とばかりに敵を蹴散らす鋼の翼を持った猟犬たち。
 それらがやったのか、と一瞬考えるも。
 彼らの背後からさらに降り注ぐ流星雨の如き弾幕は納まらない。止めることを知らない。

「なっ!?」

 誰もが空を見上げた。
 其処には一人の魔導師、右と左の手に拳銃型のストレージデバイスを持った青年。
 その名を――

「気合をいれろ、テメーら! コレを逃したら、世界がぶっ飛んじまうかもしれないぜ!!」

 ティーダ・ランスターという。
 胸に賢石の輝き、2nd-Gの概念加護。
 クロスファイヤシュート、それの強化バリエーション。

「っと!」

 高らかに声を上げた瞬間、背後から突っ込んでくるガジェットの到来。
 それにティーダは振り向く必要もなく、右手の【B】と彫り込まれたハンドガン型デバイスを向け――発砲。
 中心部を打ち抜かれて煙を上げるガジェットをまるで背中に目でもあるかのように軽やかに避けて、ティーダは流れる動きのままに。

「あー、たく」

 ――落下。
 慣性制御を一端解除、下への移動推力を重力に委託し、次々とやってくるガジェットたちにティーダは鼻歌を歌うような気分で射撃、射撃、射撃。
 その度に咲き乱れる破砕の閃光、まるで花道を彩る焔の華。
 尽く精密射撃を繰り返しながら、カートリッジロードし、排出音と共に噴き出す薬莢の熱を感じながら、魔法を展開。

「たくたくたくたくたく、この程度で!」

 周囲に発生する無数のスフィア、十字砲火のための射撃機構。
 それらに魔力を流し込みながら、未だにどこを撃っても当てられる贅沢放題の戦場に、彼は獣の如き笑みを浮かべて。

「UCATを止められると思ってんのかぁ!!!」

『ClossFire―Shoot』

 轟音発砲。
 鳳仙花の如き美麗光景とは裏腹に、残酷なまでに大気を焦がす圧倒的な熱量と物理衝撃を齎す弾幕掃射。
 数十機を越えるガジェットを文字通り粉砕し、彼は次なる戦場を目掛けて駆け出す。


 かつて横に居た戦友たちの存在がないことに寂しさを抱きながら。







 揺り篭まで相対距離二千メートル。
 現在高度一万二千メートル。
 其処には空を覆いつくさんばかりのガジェットの数に加えて、連携を組み巧みに襲い掛かる彼らに苦戦するUCATたちの姿があった。
 対流圏の高度と共に下がる気温、それらによってバリアジャケットの防寒性能を超えて顔に張り付く霜。
 寒さに耐えながらも叫ぶ声は決して途絶えない。

「くそ、AMFの多重領域を確認! 通常魔導師の砲撃では突破出来ないAMF干渉濃度です!」

「非魔導師メンバー! 固まっているところを分解して来い!」

「アイアイさー!!」

「――風がいてえええ!」

 観測するもの、指示をするもの、軽く了解して空を駆け抜ける武装隊ジャケットを着た少女、白い戦衣装に鉢巻きを巻いた大学生ぐらいの少年が喚き散らしながら少女に連れられて音速突破する。
 風を蹴る、大気を駆け抜ける、人間の限界領域を軽く超えた能力者。

「貫ィ!」

 胸に貼り付けた【研修中】のワッペンも眩しい少女が瞬く間にガジェットを破砕する。それも連鎖的に十数機を貫通する、呆れるような破壊速度。流星の如き光景。

「ついでに、戦神子キィイイック!」

 と、ついでに付近に居たガジェットの一機をその脚で蹴り飛ばす。
 ピンボールのコマのように弾け飛ぶガジェットが、密集していたガジェットに直撃し、爆散。

「っと、おらぁあああ!」

 それに続いて、空中に投げ出された青年が吼える。頭の鉢巻きには少女と同じく【研修中】の文字が眩しい青年の無手の手から突如とした大剣が生じる。
 魂(みたま)の物質化、数年前故郷の次元世界で起きた事件に対処するための特訓の成果。
 肉厚三メートル、刀身長三十メートルを超えた白い大剣を以って密集するガジェットたちを両断。
 見事なまでの一撃、足場もなく、空を飛べる能力もない彼らが魅せた達人技。回避運動と撃破のために、距離を離すガジェット同士。

「よし、崩れた! 総員、連携される前に確固撃破だ!」

『オォオオオオ!!』

 指揮官の魔導師の言葉に、突貫していく空戦魔導師たち。
 その脇で「あ~、落ちる――!!!」 と落下していた青年を慌てて拾い上げる少女がいて、「――じゅうろう! ちょ、ちょっと胸掴まないで!」 真っ赤になる少女の言葉に、迂闊に対応した少年が。 「へ? つ、掴めるほどないだろ、お前――がふっ!!」 という悲鳴と共に再落下した。
 高度一万メートルの超高度から落下する少年のことなど気にせずに戦う魔導師たち。
 どうせ恋人である少女が救い上げるだろうし、それらに構っているほどの余裕が彼らにはなかった。

「これ以上上昇させるな! 追いつけなくなるぞぉ!!」

 高度一万メートルを超えて、もはや気圧は地上の四分の一、温度に至っては氷点下を回るほどの冷たさ。
 対高度用の専用防護服に切り替えればまだ持つとはいえ、それらはあくまでも気圧と温度と酸素を保つための鎧。
 ガジェットと戦うことなど無謀になる薄っぺらな鎧。

「なんとしてでも連中を突入させるんだ!」

 指揮官が叫ぶ。
 その数キロ後ろにはこちらに向かっている一機の輸送機がある。精鋭陸士三百人を詰め込んだ切り札。
 そして、その前には白亜の戦船――アースラがあった。
 なんとしてでも揺り篭の防備を突破し、内外から制圧しなければ勝利は覚束無い。
 気持ちは焦るばかりだった。
 だからかもしれない。

「――隊長!」

「ぬぅ!?」

 前を見つめ、部下たちに指示を下していた部隊長が、部下の悲鳴に気付き、空を見上げた。
 其処には燃え盛るガジェットが、部隊長目掛けて突っ込んでくる。
 ――回避不能のタイミング。
 体はもはや一つの動作にしか対応できず、それほど魔力素養が高いわけじゃない彼は強引な魔力障壁も張れない。いや、張れてもAMFの干渉によって紙切れのような防護になるだろう。
 一秒後に待つ己の運命に、彼は僅かにでも恐怖を押し殺そうと目を瞑り掛けた時だった。

 ――射撃が閃いた。

「え?」

 側面からの射撃、ガジェットが物理的な衝撃と破砕力を持って吹き飛んだ。
 指揮官の横に逸れて落下し、トドメの一撃を持って機能を停止した意思無き機械は遥か眼下の雲海の空に落下していく。

「狙撃、だと!?」

 “浅葱色の射線”、それの飛来した方角に目を向けて、彼は驚愕した。
 それはアースラのある位置――“二キロ”離れた航行艦の上からだったから。








 風が吹く。
 嵐の如き風が吹き荒び、血も凍るような冷気が支配する世界。
 群青色の空の下で、彼は嗤っていた。

「ひゅー、あぶねえな」

 高度三万五千メートル。
 其処に彼は座っていた。
 胡坐を掻くような体勢で座る場所、それは“アースラの上”だった。

「エリオ、そっちは問題ねえか?」

 シュコー、シュコーと空気が洩れるような音と共に発せられるくぐもった声。
 全身を覆う無数の装甲、黒ずんだスーツ。
 指先一つ露出しない化学繊維の塊、腰に嵌めた酸素ボンベ、狙撃の邪魔になるといって外された個人用ヒーターの撤去痕、まるで人形の悪魔のようなおぞましさ、宇宙服の如き防護服。
 顔面に嵌めたスコープ、そこから伸びるケーブルは手にした一丁の“狙撃銃身”に接続されている。
 それは巨大だった。
 それは偉大だった。
 個人用に携帯するものとは到底思えぬ無骨にして芸術品。
 ただ一人の狙撃手のために組み上げられた嵐の乗り手、その凶暴性を発揮するための三メートルを超える、狙われたものに対する鋼鉄の死刑宣告書。
 横から差し込むドラムマシンガン、それに対し、引き金を握る男は見えぬゴーグルの奥で嗤う。悪魔のように、煙草を欲するような顔つき。
 ――【対要塞狙撃銃:ストームレイダーⅡ】
 コンセプト自体が狂気の産物、使い手もまた狂人。
 誰が考える? 移動する航行艦の上で狙撃を実行するなど。
 誰が考える? そんな環境下で命中をさせる狙撃手の実現など。
 誰が考える? それを何一つ躊躇わずに、実行する陸士の存在など。

『大丈夫です、ヴァイス曹長』

『引き続き援護を』

 アースラの周囲、その両手に握った灼熱色のリボルバーを持って敵を蹴散らす一機の守護神がいた。
 ブレイズリボルバー――六連装の大型拳銃、長大なバレルにライフルさながらのライフリングを刻み込み、弾倉に嵌めこまれたのは大型の魔力カートリッジ。
 無骨な質量兵器のリボルバーを模した形状ながら、その中身は最新テクノロジーの結晶。
 雷管による衝撃と同時に洩れ出た魔力を、銃身内部に刻み込んだ【紋章】に従い、かつてアースラのエースと呼ばれた執務官が得意とした砲撃魔法【ブレイズキャノン】と同一現象を実現する兵装である。
 それを駆る鋼の闘士の名はグレートクラナガン。
 風を打ち破る、荒々しき群青の空にもその存在を示す鋼の巨躯が積極的に外敵を打ち砕く。
 それに加えて、防護には定評のある盾の守護獣がアースラに降りかかる火の粉を払う、世界でもっとも安全な場所。
 その存在を感じながら、狙撃手――ヴァイス・グランセニックは見えぬ笑みを浮かべる。

「あいよ」

 指を動かす、僅かな挙動に反応し、零零コンマミリ単位で微調整が可能な銃身と照準を固定する。
 女の乳房でも揉み解すような優しい手つき、光学スコープに映るガジェットの中心に合わせた瞬間、引き金を引き絞った。
 対空機関砲の如き轟音、大気を焼き貫く浅葱色の魔弾がガジェットを貫き、爆砕させる。

「らっ、たっ、たっ、たっ、た」

 ガチン、ガチン、ガチン、ガチン。
 引き金が乾いた金属音を奏でる度に、破壊が射出される。
 鼻歌を歌うように破壊を続ける、パターンの読める無人兵器など案山子も同然、故の全弾命中。
 狙撃用の術式プログラムを除いたリソースの大半を注ぎ込んで作り上げた視覚プログラム、視覚的に大気の流れを視認する【嵐の目】、それの恩恵。
 決して外さぬことを謳われた魔弾の射手の如き光景。
 優先すべきは魔導師たちの援護、それを念頭に各人員たちの邪魔になる敵を優先的に墜としていくが。

「――数が多いな」

 終わりの見えない悪夢のような軍勢。
 空が三分、敵が七分、空の色よりも黒い色が視界を覆う光景
 揺り篭の高度は上昇し続ける、それの追撃タイムリミットは近い。
 だから。

「頼むぜ、“提督”!!」

 ヴァイスの言葉と共に、答える鮮烈なる閃光があった。


 そして、次の瞬間――“圧倒的な砲撃が蹴散らした”。








 一人の老人が居た。
 二人の猫娘が居た。
 次元航行艦、アースラの二又槍の如く突き出したその前方部分。
 その左右の端に佇むのは艶やかなバリアジャケットを纏い、剥き出しの肌を晒す女性。
 頭部より生えたネコ耳、軽やかにしなるシッポ、それら全てが本物。通常の人間ではないことを証明していた。

「ぬこ一号、スタンバイ完了!」

「ぬこ二号、所定位置に着きましたわ――お父様!」

 ぬこ一号、ぬこ二号と名乗った女性たちが鈴鳴らすような美しい声を上げる。
 そして、それに対応するのは二人の使い魔たちよりさらに後方、トライアングルを思わせる三角形の頂点位置に立つ初老の男。

「ふむ」

 そこには一人の歴戦の勇士がいる。
 目に付けた黒いサングラス、それを華麗なる動作で外し、放り投げる。
 曝け出された顔には年月の重みを知らせる皺に、凛々しく闘志に輝く瞳、手入れの届いた髭が紳士的なエレガントさを思わせる。
 その身に纏うのは白銀の戦軍服、西洋鎧を思わせる装甲板を胸部から両腕部に掛けて装着、赤銅色の鎖が絡みついた勇ましい衣装、膨大なる防御力と共に術式を安定させるために耐風耐爆仕様の個人設計防護服。
 手にするのは一枚のカード。
 機械仕掛けの鉄板、グルグルとその身に埋め込まれた歯車にも似た駆動式が回転しながら、その身を取り戻す。
 起動状態に移行。

「……少し教育をしてやろう」

 淡い銀色の燐光と共にその手に握られたのは一丁の銃剣。
 否、それは銃に非ず、銃と呼ぶにはあまりにも巨大すぎる鉄の塊、まるで大砲。全長三メートルにも達する鉄塊。
 砲身はあまりにも長い、直径二メートルにも及ぶ金属の固まり、ライフリングによる切込みを入れた螺旋式の筒。
 その下に伸びるのは聖剣の如き鍛えられた灼熱色の刀剣、柄は銃剣の握りと融合し、まるで有機物の如く、或いは最初からそうなっているかのような不可思議な雰囲気。
 名付けるのならばそれは砲剣。
 SSランク魔導師にして謎の提督が振るう銀色の刃。

「ロンゴミアント。久しぶりだが、働いてくれよ」

『JA!』

 ストレージデバイス、ロンゴミアント。
 イギリス伝承におけるアーサー王が振るったとされる名槍の名前を贈った彼専用のデバイス。
 数十年ぶりの稼働に、馬の嘶きにも似た喝采の咆哮を上げる。

「よろしい」

 提督は静かに微笑む、敵する者の背筋を凍りつかせる凶悪なる笑み。
 魔力を流し込む。入念なる整備を受けたとはいえ、ロンゴミアントが久しぶりの魔力注入に震える。まるで武者震い。
 叩きつけられるはずの凍れる風が、提督の前方で弾けた。
 圧倒的な魔力の力場、不可視の暴風。

「儀式魔砲モードに移行」

 ぬこ一号が手を上げ、魔法の歌声を紡ぎ出す。
 瞬間、アースラの周囲を覆いつくさんばかりの魔法陣が形成。
 三人の間にラインが形成される――使い魔とマスターの間に形成される魔力ラインの顕在化。

「エネルギーライン、全弾回路直列セット」

 ぬこ二号がまるで不可視のキーボードを叩くかのように指先を動かす。
 次々と形状を変えていく魔法陣。
 淡い光を放つ立体状の文字羅列が、グルグルと回転しながら、提督の前方に筒状の形を形成する。

「重力アンカー、アイゼン、ロック」

 バリアジャケットの全身に絡み着いていた金属ワイヤーが分離、足場にアンカーの如く突き刺さる。
 重力操作、質量の増大に伴いミシリとアースラの装甲板にめり込む靴底、内部で整備班からの悲鳴が上がるが――華麗に無視。
 提督がロンゴミアントを突き出す、半ば物質化を起こしつつある立体術陣に固定、まるで追加パーツの如く嵌め込まれる。

「筒状術式空間、正常加圧中」

 二人の使い魔が魔力を操作する。
 周囲の大気を掌握し、術式がロンゴミアントと同化していく。まるで蝕まれるように、或いは染め上げられるように銀色の文字列が祝祭のように鮮やかに輝き出す。
 それこそが筒状立体術式陣――全長三十メートルを超える巨大なる白銀のバレル。
 空間圧縮と捻りを伴う乱気流を持ってライフリングと成し、吐き出される悪夢の如き力を耐えるための形となる。

「魔力素の臨界熱量、流動開始」

 続けざまにカートリッジロード。
 砲剣後部に備え付けられた十字型のマガジンから無数の握り拳大の薬莢が排出される。
 轟っとロンゴミアントの後部、放熱ダクトから淡い光が噴き出す。
 水蒸気となり、煙を吐き出す砲身が燃え上がるように熱を帯びる。

「牽引誘導路構築、全三百四十七ライン、構築完了」

 そして、三人の視界にのみ映し出される空を貫く不可視のライン。
 それらがあらゆる敵をマーキングしたことを確認すると、彼女たちは告げた。

『撃てますわ、お父様』

 提督が微笑む。
 魔力を流し込み、周囲の大気を贅沢に貪りながら、彼は嗤った。

「ならば活目せよ」

 渇望するかのごとく震える砲身。
 泣き叫ぶかのように音を放つ砲口。
 祈りすらも許されず、泣き叫ぶことすらも許さない、暴力的な力の発露。

 そして。

「奇跡という名の暴力を思い知れぃ!!」

 ――撃鉄は落とされた。

 殲滅魔砲術式――エスティングリッシュ・シャイン。
 圧倒的な暴力が、艦砲射撃を超える破壊力と共に撃ち出された。







 戦場の空が閃光に嘗め尽くされる。
 大気が焦熱され、大空にもう一つの太陽が生まれたかのごとき極光が迸る。
 誰もが息を飲んだ、それほどの砲撃。
 魔力測定器の計器が一瞬にしてMAXに振り切られるほどの暴力的な発露、それは凝り固まった空にしがみ付くかさぶたの如きガジェットの軍勢を容易く蹴散らし。

「な、分かれる!?」

 半ばに至った瞬間、分散。
 事前に設定した三百四十七本の誘導ラインに従い、まるで熟練の花火職人が作り上げた閃華の如く白銀の砲撃は分散、縦横無尽に射線を描いて、ガジェット共を消滅させていく。
 圧倒的な砲閃結果、鳴り止まない拍手喝采のような爆砕連鎖。

「――て、敵影の三割が消失!? ガジェットの三十四パーセントが消滅しました!!」

 震える声で前衛部隊に通達されるオペレーターの結果。
 その結果を観測したアースラブリッジのオペレーターアルトの声を聞き、一人の青年が呟く。

「ふん、汚い花火だ」

「それ、キャラが違うわ」

 黒髪の端正な顔立ち、謎めいた赤いサングラスを付けた黒衣の青年――ハーヴェイの言葉に、横の艦長席に座る八神 はやては疲れたように突っ込んだ。

「なに、それはいいとしても――提督が道を開いてくれた。はやて、突撃指示を」

「わかっとるわ」

 スタッとしなやかな動きではやては立ち上がる。
 その低い身長の体で精一杯に胸を張り、その頭に被った艦長帽に指をかけながら、片手を上に挙げる。

「――諸君! 時は来た!」

 声を張り上げる。
 勇敢なる女司令官の咆哮に、誰もが耳を奪われる。

『進むべき時や!』

 それは全軍に通達される激励。
 広域周波数と無制限の念話を用いたただ一つの演説である。



『道は開かれた、今こそ突撃や!
 生きては帰れへんかもしれん!
 待ち受けるのは地獄かもしれん!
 それでも、私たちは進まなければいけない!!
 何故ならば、私たちは進まなければ明日を掴めないからや!』

 全軍に伝えられる言葉。
 八神はやての苛烈なる言葉を、誰が無視することが出来るだろうか。

「フリード! いくよぉ!」

『GIYAAAAAAAA!』

 真っ青な空の上、純白の飛竜を駆る少女は叫ぶ。
 同じく空を駆る仲間たち、一人の戦士として大空を舞う。

「突き進めぇええ!」

 雷神の一刀を持った黄金の神、それと共に駆け抜ける雷光。
 大空の一部を雷撃と火炎が彩った。




『いいか、怯んだらあかん!
 空は高い、空は広い、隣に居る戦友だけしか頼れない!
 せやけど忘れるな! その肩に背負っているもんを! 地上で待つ明日を望む人々の希望を背負っていることを!
 そう、私たちこそが明日と言う希望を運ぶ担い手!!』

 手を掲げる。空を切る。
 明日に向かう太陽を手に掴み、はやては叫んでいる!

「そうだよ! 私たちが頑張らないと!!」

 白き戦闘衣装を纏った魔砲の使い手が、三十を超える魔弾と共に黒き兵器を撃墜する。

「明日から笑えなくなっちまう!」

 赤いバトルドレスを翻した鉄槌の使い手が、その可憐な腕を振り上げて、空気を読まないガジェットを破砕する。





『さあ今こそ吶喊せよ! 突撃体勢を取れ! 魔法に祈りを、武器に希望を、防具に願いを、叩き込んで前に進め!
 それこそが今日のルール! 管理局でも、ミッドチルダUCATでもない、ただ護りたい者達のやり方や!
 だからこそ――今こそ聞け!』

 足を踏み鳴らす。
 世界に響き渡るように、高らかなる宣言。

「ええ、聞いてますよ。我が主!」

 焔の剣士が高鳴る胸の鼓動と共に魔剣を振るう。
 音速超過、水蒸気を撒き散らし、轟音を奏でながら戦う、戦う、世界のために。

「清聴させられんで、済まないな!」

 同じく聞こえる、敵も味方も関係の無い念話。
 決して間違えられぬ槍を携え、炎の魔剣の全てを捌き、弾き、受け止めるただ一人の騎士。
 同じ炎を操りながらも、性質を、色を、熱を、何もかも異なりながら踊る二人の騎士たちもまたその身に願いを篭める。






 はやては叫ぶ。
 彼女は願う。
 ただ一つ掴むべき――勝利のために。

「――進撃せよ(アヘッド)、進撃せよ(アヘッド)、進撃せよ(ゴーアヘッド)、や! ふざけた真似する馬鹿をぶん殴り、可愛いお姫様を力づくで奪い返してやれ!」

 染み渡る静けさ。
 砲歌のみが聞こえる静けさに、ハーヴェイが叫んだ。

「……返事はどうした!!」

 叱咤の声。
 ここで叫ぶべき言葉は誰もが理解しているはず。

『Tes.!』

 帰ってくる返答。

『Tes.!』

 上げられる叫び。

『Tes.!』

 鳴り響く喝采。

『Tes.!』

 喚き散らすかのような怒声。

『Tes.!』

 そして、染み渡る吶喊の祈り。
 高度一万三千メートルの天上世界、それが何をしたものか。
 こんなにも、こんなにも勇気に溢れる戦士たちがいるのだから。
 故に、はやては確信し、やるべき行為を告げた。

『さあ、世界を救うで!!!』


『――Tes.(テスタメント)!!!』


 返事は聖なる意でもって告げられた。

 さあ、世界を救う物語を奏上しよう。













おまけ


その1、その頃のレジアス中将。



 静寂が満ちていた。
 ギッと拳を握り締めながら、椅子に腰掛けて戦況を見つめるレジアス。

「現在地上の戦況は戦闘機人二体の拿捕、ガジェット多数と無登録召喚術師による抵抗はありますが有利に進んでいます」

「……そうか」

 オーリスが淡々と告げる、現在の戦況にレジアスは重々しく頷く。
 しかし、その机の下の脚は止まる事無く貧乏ゆすりを繰り返していた。
 カッカッカと靴底が床を叩く音を、オーリスの耳はしっかりと捉えていたが、彼女は無視して報告書を読み上げる。

「それと空の方ですが、現在高度一万メートルにてアースラと陸士たちを乗せた輸送艦がゆりかごと交戦中。最終段階に移行寸前です」

「なるほど。で、戦況は?」

 ピクリとオーリスは眉根を上げたが、嫌そうに唇を開いて。

「少しばかり硬直状態らしいですが、すぐに打破出来るでしょう。クラナガンも出てますし」

「――硬直だと? それならば、増援を出したほうが良いと思うが」

 そわそわとどこか期待に満ちた声を上げるレジアスだったが、オーリスは淡々と。

「そんな戦力はありません。現在地上本部は予備隊員以外は全て出張ってますし、呼び寄せた増援も地上の治安維持と応援に出しています」

「安心しろ。戦力ならある!」

 クワッと目を見開くレジアス。
 彼は立ち上がると、指を鳴らして。


「オーリス。スペシャルなスーツを用意してくれ――」


「そぉおい!!」

 オーリスのしなやかな脚の靴底が、レジアスの腹にめり込んだ。
 軽やかな錐揉みと共にぶっ飛ぶレジアス。

「ぐふっ! な、なにをする!?」

 コロコロと回転して、スタンっと跳ね起きるレジアスに、オーリスはこめかみに青筋を浮かべながら叫んだ。

「どこの世界に自ら出撃する司令官がいるのですか!」

「ぬ? 私の知り合いの大統領ならば――」

 レジアスの脳裏に浮かぶのは、過去ゼストと共に戦場を駆け抜けた一人のアメリカ魂を持った闘士の顔。
 今では合衆国大統領となって、日夜合衆国の平和のために粉骨砕身で政治を行なっているだろう。

「それはそれ、これはこれです! それに戦場は上空一万メートル以上ですよ、どうやって参戦するんですか!」

「フフフ、ちょっくら宇宙にまで出ることを考えてだな。開発課の方に個人用の大気圏脱出ロケットを――ぬぉ!?」

 言葉の途中でオーリスがブンブンとハリセンを振り回し、レジアスの頭を叩いた。

「イタタタ、遅かりし反抗期か、オーリス!?」

「今は頼らなくてもいいんですか、自重してください!」

「ぬー、せっかく友人から貰ったプレゼントを試しかったんだが……」

「次の機会でもいいでしょう!」

 寂しそうな顔で拗ねるレジアスに、オーリスは真っ赤な顔でそう叫んだ。

「次の機会? 次があれば使っていいのか?」

「ええ、次があれば。まあ同じような事件があれば、出てもいいですよ!」

 どうせないでしょうけど! とオーリスは確信し、レジアスに告げた。

 彼女は知らない。
 三年後、JS事件よりは多少小規模だが、同じようなテロ事件が起きることを。
 そして、そこで“スペシャルなスーツ”を装着した地上本部中将が、圧倒的な戦果とカリスマを集めるようなことになるとは。
 誰も想定していなかった。








その2、その頃の(元)全竜交渉部隊


「ZZZZ……グフ、グフフ、そんな格好をして、俺の股間のV-spが最終形態になるぜ……千里~」

 シエスタ中一名。

「ねえ、ちょっと鉛の入った枕持ってる人いない? あ、そのコンクリ袋でいいから」

 それを起こそうする、否、永眠させる予定のもの一名。

「あ~、気持ち良いです、美影さん」

「そうなの? あ、でも、ちょっと背中がビリビリするね」

 マッサージチェア満喫中二名。

「なんですのぉ! これ!! エッチなのはいけないですのに!」

「よかったな、ヒオ・サンダーソン。仲間がいたぞ」

「一緒にしないで欲しいですの!」

 ミッドチルダ文化を学ぶために、編集された【UCAT厳選ビデオ:丸秘魔法少女達の秘密 Ver.4】を視聴中のもの、二名。

「やれやれ、すぐにでも戦わざるを得ないかもしれないというのに。緊張感がないと思わないかね? 新庄君」

「その言葉はボクの膝にしがみ付いている手と、頭を退けてから言ってくれないかな? って、だめ! なんで、さらに頭を押し付けてくるの! 臭い嗅いじゃだめだってば!!!」

 バカップル二名。




 ――以上八名、現在待機中です。






************
シリアスしばらく続きます。





[21212] 聖王の揺り篭攻略戦 その7
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:8a3ba74e
Date: 2010/10/14 15:33



 笑い声が上がる。
 悦びの喝采が上がる。

「クハハハハ! 抗うか、求めるか、いいぞ、なんと素晴らしい!」

 狂乱の喝采を響かせる男がいた。
 悦びの祝福を鳴らす狂人がいた。
 楽しげに、愉しげに、拍手を行い、手を叩き、足を組みながら、椅子に腰掛ける歪んだ美貌を讃えた狂気の科学者が其処にいる。
 椅子から端々から延びる無数のケーブルをまるで王者のカーペットのように靡かせ、目の前に映し出されたモニタから映る光景に、スピーカーから届く声に笑みを深めるばかり。
 如何なる秘匿封鎖を行なおうとも瞬時に解析、クリアな音声を持って彼らの通信を聞き遂げたジェイル・スカリッティが浮かべた笑みは亀裂のようなおぞましさを持っていた。
 誰が理解するだろうか。
 誰が察するだろうか。
 この意味のない愉快犯の如きテロを起こした男が求めているのがただの快楽であり、遊戯の如き好奇心を満たすためのゲームだとは。
 より強大な、より手ごわい障害の存在に彼は愉しむのだ。

「諦めを知らぬ愚者たちよ、前にしか進むことを憶えない太陽のごとき兵士たちよ、私の前にまで辿り着けるかね?」

 圧倒的な見下し。
 圧倒的な狂気。
 怯えることを知らない、無限の欲望は爛々と黄金の瞳を輝かせて謳うのだ。

「ウーノ、歌いたまえ。破滅の歌を」

『イエス、ドクター』

 スカリエッティよりもその下、階段状に下がった窪みの中。
 まるで歯車の揺籠、鋼鉄の祭壇。
 その中枢で無数のケーブルを全身に装着し、接続し、美しき紫色の髪を揺らめかせ、艶やかな裸身を剥き出しにした女性が淫らな声を漏らす。
 歯車が回る。
 螺旋が廻る。
 軋みが響く。
 電子回路が光を宿す、プログラムが起動する、パイプオルガンの伴奏の如き美しい駆動音が響き始める。
 完全なる調和と設計が施された機械機関はその稼働すらも美しく、空間を支配する。
 まるで支配者を讃える賛美歌のごとき偉大さ、その中でスカリエッティは静かに指を鳴らし。

「さあ、偉大なる聖王の墓守――突破出来るかね?」

 モニタに映る白亜の戦船、それに襲い掛かる“巨腕”を見て嗤った。







 駆け抜ける、一陣の戦船。
 怒涛の勢いで突き進むそれは大空を踏み荒らす戦車の如き勇ましさだった。

「道を開くぞぉおお!! 全軍、一斉射撃!」

「――a分隊、b分隊、両翼に分かれてガジェット共の頭を叩け! 道を固定しろ!」

「撃て! デバイスが焼き付くまでぶっ放し続けろ!」

 空を舞う空戦魔導師たちが怒声を上げる。
 だが、その息は白く凍りつき、手足は寒さに震え出す。
 高度一万五千メートルを超えた、誰もが超高々度航空用の防護服に転換、だがしかし専用装備の着用と体温調節のための薬物投与の併用を必須とするその術式だけで人類の生存域から逸脱した世界は魔導師と言えども万全の活動を許さない。
 対流圏の最上領域、世界でもっとも激しい風の吹く、轟風領域。
 防護服内の辛うじて保てられている体内温度に和らぐ外気を吸い込み、肺の中が凍りつきそうになる。
 青白い推進炎を吐き出す魔導兵器共はまるで鬼火を灯したウィルオー・ウィスプのように見える。
 人間の体、機械の躯、圧倒的な耐久性の違い。
 だが、それでも――心の中の闘志は燃え続けるのみ。

「――ディバインバスター!」

「――プラズマスマッシャー!」

 ガジェットの多重AMF領域を食い破る桃色の砲撃、雲海のように群がるガジェット共を電光の舌で薙ぎ払う、二つの輝ける閃光。
 襲い掛かる障害共に抗う光がある限り、前に進撃するのみ。

「a分隊突貫するぞ! a2、a3、付いて来い!!」

「Tes.!」

 燃え上がる飛翔翼を輝かせ、航空魔導師のa1が一本のストレージデバイスを突き出しながら飛翔する。
 二人の部下を連れて舞い上がる彼らは互いに障壁を張りながら、数百にも至るガジェットⅠ型のチームの前に立ちはだかるように突き進む。

「――広範囲気象操作を行なう! しっかりとどめろ!」

「Tes.!! いくぜえええ!」

「ガードなら任せておけ!」

 対流圏、そこに吹き荒れる轟風。
 ――ジェット気流と呼ばれる世界最大級の台風を超える強風。
 それにa1がデバイスを突き出した。カートリッジロードの排出と共に発生する魔法陣、大規模な魔力の迸り、大気が歪む。
 他のa分隊の人間も同時にデバイスを突き出す、同じくカートリッジロード、己の限界を超えた大規模魔力の発現。

『オォオオオオオオオ!』

 吹きあがれる風が渦巻く、流れが変わる。
 数十人がかりの気象操作魔法、否、気象操作などという大げさなものではない。
 それはただの風を生み出すだけの魔法。そう“風の向きを変えるベクトル操作”。
 その異変に気付いてガジェットの数機が多弾頭ミサイルを射出しようとするが――それを見通す魔弾の射手による銃弾の洗礼がそれを許さない。

「左翼の方面――エリオ、ぶっ飛ばせ!」

『はいっ!』

『切り開くぞ!』

 ヴァイスの絶叫と共に駆け抜ける四枚の翼、輝ける光翼を持った鋼の勇者が飛翔する。
 叩きつけられる強風も、身を凍らせるような-70度の凍気も、その鋼の巨躯が砕いて通る。
 グレートクラナガン、その両の篭手に掲げられた斬神巨刀――機殻化EX-st-Blade。
 両手のマニピュレーターが軋みを漏らし、強化されたジョイントが獣の唸りの如く駆動音を紡ぎながら、鋼の巨腕を望む形に駆動させる。
 その刃は大気を切り裂く大いなる風神の刃と成し、気炎と共に弧を描いて閃く銀光。

『ルフトメッサー!』

『偽剣・陽炎徹し!』

 ジェット気流の轟風をも飲み込む超高圧縮大気の斬撃が、成層圏の境界をも破砕する勢いで舞い上がる。
 元来剣術と呼ぶにはおごがましい魔法による風の刃。
 それ故の偽剣、陽炎の如く揺らめく偽りの果てに、敵を穿つ意を篭めたクラナガンの咆哮。
 見惚れるほどに美しい斬跡に沿って数十機のガジェット群がズルリと分断、二つに分かれた部品を撒き散らしながら空の染みとなって落下していく。
 取り逃がしたガジェットもまた我武者羅に乱射するレーザーやミサイルなどの爆炎を突き破り、飛び込むクラナガンの乱撃の前に撃墜されていく。

 そして、風が産まれた。

『どりゃああああ!!』

 数十人の魔導師たちが一斉に火花を散らしながら、デバイスを振り抜く。
 それと同時に大気が絶叫を上げ、目に見えるほどの竜巻を産み出した。巻き込まれたガジェットの部品などを刃に変えて、ベクトル変動による乱気流が大空を蹂躙する。
 回避し損ねたガジェットたちが竜巻に飲み込まれ、ある時は吐き散らしていたミサイルの軌道を捻じ曲げられて誤爆する。

『す、凄い』

 生み出した魔導師たちはどれもAAランクに満たない空戦魔導師たちだったというのに、起こした結果はSランク魔導師の気象操作魔法を越える現象。
 エリオが感嘆するが、グレートクラナガンは冷静な声で告げた。

『私たちも負けていられないぞ、エリオ!』

『うん!』

 x-Wi-ngの太陽の如き翼をはためかせ、群青の大空に全長25メートルを越える鋼の機神が咆哮を上げる。
 我が前方に敵は許さず。
 我が後方に護るべきを背負い。
 全ての悲しみを拭い去るための願いを携え、グレートクラナガンはエグジストブレードを構えた。
 その瞬間だった。

『っ、エリオ!?』

『何? どうしたの、クラナガン――っ!?』

 膨大なエネルギー反応を感知。
 ――方角、前方1200メートル。
 つまり、ゆりかごからだった。

『な、なんだ、ありゃあ!?』

 ヴァイスの叫び声。
 そして、戦場の誰もが見た。


 眠れる時を止め、産声を上げ始めた墓守の覚醒に。









 全長三キロにも及ぶゆりかごの装甲がまるで果実の堅い皮を剥がすように外れていく。
 否、その内部に格納していたものが飛び出した。
 それは巨大なる鉄腕、全部で六本、悪夢のような光景。
 目算にして五百メートルを超える輝ける白銀のアーム、全面に珊瑚のような形をした砲台を設置、先端に三本の柱の如き爪を生やした巨人の如き鉄腕。
 それに加えて、ゆりかごの前方、艦首らしき位置から“発生した”のは巨大なる建造物。
 まるで装甲から染み出したかのように白銀の機械部品が組み合わされ、合体し、構築され、造り上げられたのは誰が見ても間違えるはずのない。
 ――【主砲】である。
 どれだけの口径なのか、直径数百メートルを超えるモニュメントは未だに構築を続けながら、次第に形を整えつつある。

「ゆりかごに主砲だと!? しかも、あのアーム!? 馬鹿な、文献資料にはそんな兵装は――」

 誰かが叫ぶ、その声は本人にしか届かなかった。
 ゆりかごに生み出された鉄腕、それがドリルのように回転しながら、弾幕を放ち始めたからだ。

『なっ、に!!?!』

 大空全てを埋め尽くすような灼熱色の弾幕の嵐。
 全範囲をカバーするオールウエポンバレット。
 大気が焦げる、否、燃やし尽くされる弾幕。AMFを展開するガジェットのみ無傷、その他全てに等しく破壊を齎す凶弾。

 その日、世界はもう一つの太陽の恩恵を受けることになった。

『なんだそりゃあああ!?』

『うわー、もう駄目だー!』

『ルナティックってレベルじゃねえぞ!?』

 最大有効射程五千メートルの魔力弾頭による対空対地機関砲の連射に、空戦魔導師たちの大多数が避け切れずに被弾、脆弱な対超高々度用の防護服を裂かれて、洩れ出る酸素と熱に悲鳴を上げて、墜落する。

『くっ!? 私たちならあの程度の弾丸は弾ける!』

『アームを、それに主砲を潰さないと!!』

 x-Wi-ngによる光の翼を翻し、グレートクラナガンが飛び出す。
 魔法技術によるベクトル制御、3rd-Gによる重力制御、光を力に変えるx-Wi-ngの推進力をフルに使いこなし、僅か二秒で時速1200キロを凌駕した。
 全長25メートルの巨人が音速超過速度で駆け抜ける、流星さながらの突撃。
 例え最新鋭戦闘機でも出せない加速に、肉眼でも捉えることも至難の移動。

 だが、しかし――それに反応したものがいた。

『オォオオオ!!』

 エグジストブレードを携え、手近な超巨大鉄腕の一本を両断しようと踏み込むグレートクラナガン。
 その左手が分厚い柄を堅く握り締め、右手を軽く添える手の内による理想斬撃を放たんとした刹那。


 ――カウンター・ユニットを作動。


 遠き祭壇の中で、機械仕掛けの女が微笑む。
 稲妻のような速度で鉄腕が跳ね上がり、グレートクラナガン目掛けて飛来する。

『ぬっ!?』

 予測だにしない接近、己の全長を超える超巨大構造物の激突に、エリオ/グレートクラナガンは神がかり的な反応を持って刀身を盾にした。
 音速に匹敵する速度でのアーム打撃、大気との摩擦による赤炎を帯びながら鋼の爪がグレートクラナガンに衝突。
 視界全てが白銀の装甲で覆われて、さながら巨人の鉄槌のような威力と衝撃が叩き込まれた。

『うわぁああああああ!?』

『ぬぅうううう!!!』

 エリオの絶叫、クラナガンの苦痛に満ちた声が、戦場に響き渡ることもなく爆音に飲まれる。
 全長五百メートル、半ばにある関節部による稼働範囲を考えてもたっぷり250メートル近い距離を、鋼の巨体はそれを超える大きさの鉄掌によってぶち上げられた。
 これが地上ならば建物が倒壊してもおかしくない衝撃波を撒き散らしながら、大空の中を放り出されたグレートクラナガンが錐揉みしながら、放物線を描く。

『ぐぅ!』

 だが、それでも必至に光の翼を翻し、その身に掛かる慣性を重力制御により相殺。
 全身がバラバラになってしまったかと錯覚するほどの衝撃とダメージに、全身の関節部が悲鳴を上げ、自己診断プログラムによるチェックは各部の不具合を知らせている。
 全身の骨に亀裂が走ったような激痛を合一したエリオは感じるが、イメージの中の歯を食い縛って耐える。

『クラナガン! 損傷ダメージによる動作影響は!?』

『――オートリカバリープログラムを起動した。大体67秒後に修復は完了する! 剣撃モーションには影響は無いが、ベルセルクカノンの使用には24秒の時間が必要だ!』

 全身の各関節から吹き上がる淡い燐光。補助動力である魔導炉が稼働し、定められたプログラムに沿って変換された物理現象を発露する。
 超巨大なインテリジェンスデバイスであるグレートクラナガンの機体を自己修復していく。魔力粒子による疑似物質の精製、機体全身の87%までならば代用可能。

『Tes.!』

 吐き出され続ける弾幕、その中でクラナガンは再び翼を広げ、全身を白熱化させる。
 その間にも全身に魔力弾が直撃するが、この程度ならば装甲で弾ける。問題ない。

『少年! 主砲はこちらでなんとかする! アームの注意を引き付けてくれ!』

『エリオ、気張れよ!! こっちも頑張ってるからよぉ!』

 提督とヴァイスの声、それにエリオは力強く頷こうとして――刹那、グレートクラナガンの翠眼が強い光を発した。

『すいません! アームは――そちらで対処してください!!』

『――なに!?』

 どういう意味だ、そう問い返そうとしたヴァイスだったが。
 エリオが、グレートクラナガンが、視線の先に捉えた影に息を飲んだ。

『僕は!』

『私は!』

 それは巨大なる塊。
 それは禍々しい鳥。
 全長二百メートルを超える鋼の翼と焔の嘴と斧の脚を持った凶鳥。

『KYEEEEEEEEEEE!!!!』

 両瞳に見える赤い宝玉の輝き、レリック。
 レリックを動力源にした機械仕掛けの化け物、レリックイーグル。
 これがアースラに、輸送機に襲い掛かれば止める手段は無い。

『こいつを斃します!!』

 爆音、跳躍。
 グレートクラナガンが大空を舞った。
 襲いくる巨大なる凶鳥を打ち倒さんと、神話の英雄のような勇ましさを讃えて飛び込んだ。

 死闘が始まった。





「っ、時間を掛ければ不利になるだけ! 攻め込むしか――くぅう!?」

 なのはが必至に叫ぶ。
 襲来する魔力弾の洗礼をその手の平より発した強固なるプロテクションで凌ぐが、あまりにも多い雨の如き光の乱舞に身動きが取れない。

「ちい! 一か八かギガントでぶっ飛ばすか!?」

 赤いドレスを纏った少女、ヴィータは軽やかな舞踏を舞い踊るように魔力弾を回避し続ける、ロールターン、翻るスカート。
 その隙を狙って飛び込んでくるガジェットの頭部に、鉄槌の返礼を持って返す。
 その間にもヴィータの目は戦場を見渡していた。
 いきなりの大量砲火に対応出来なかった空戦魔導師たちの大半が撃墜されたが、少しずつ動きに慣れた魔導師たちは巧みに回避し、或いは体勢を立て直している。
 ガジェット共の妨害がうざったいが、切り込もうと思えば飛び込める。
 主砲が何時放たれるかも分からない、光を宿しながら輝けるゆりかごの脅威に、二人の高位魔導師が加速した。

「あたしがぶっ飛ばす! なのはぁ、砲撃をぶち込んでやれ! カートリッジロード!!」

 カートリッジが排出される、ヴィータの戦いの意思の現われ。

「ラケーテンフォルム――い、く、ぜぇえええええ!」

 迸る排出焔、推進剤噴射孔から青白い魔力光を噴出させて、その小柄な体が大空をぶち破る砲弾となる。
 グラーフアイゼンの排熱ダクトから蒸気が噴き出す、飛行煙を引きながら加速、特攻、弾幕の雨を飛び込んでいく。
 さらなる加速を得る、音速に迫る速度から産まれるソニックブームに大気が歪み、爆音が轟く。

「ディバイイイイン!」

 亜音速の速度を持ってグラーフアイゼンを掲げたヴィータ、そしてその背後から反転しながらカートリッジロードを行い、砲撃用の魔法陣を展開したなのはがレイジングハートを構える。
 なのはの砲撃を持って障害物を蹴散らし、ヴィータの鉄槌を持ってトドメを刺す、二人の破壊力満点のコンビネーション。
 未だに光を宿さない、発射兆候を見せない主砲を叩き潰すべく二人の攻撃が迫る。

≪――駄目!! 二人共、離れて!!≫

 だが、その瞬間――風の騎士の悲鳴にも似た警告が轟いた。

「あ? ――っぁ!?」

 迫る、迫る、主砲との距離。
 相対距離五十メートルを切った瞬間、シャマルの警告に表情を歪めていたヴィータの全身から“衝撃”が奔った。
 バチンッとヴィータの手に持つグラーフアイゼンの全身に紫電が迸り、同時に堅いコンクリート壁に激突したかのような衝撃にヴィータの小さな体躯が弾き飛ばされた。
 バリアジャケットが裂け、その身に宿していた速度との反発作用。

「にっ!?」
 
 全身を強打したような激痛、ヴィータの体がクルクルと錐揉みしながら吹き飛ばされた。
 そこに降り注ぐ影。

「!? ――バスタァアアア!!」

「やべええ!!?」

 巨大なる鉄腕、迫っていた豆粒ほどの物体。
 幅にして百メートルの見上げるほどの高さを持った巨大質量の落下、それに対しなのはがディバインバスターを撃ち放つ。
 桃色の閃光が、天にも届かんばかりの白い巨柱に向かって駆け巡り、大気を焦がした。
 圧倒的な数百万トンを超える質量に、なのはの砲撃は真正面から直撃し――幾重にも破片と瓦礫を撒き散らしながらも、その落下速度は全く衰えない。

「アイゼェエエエンン!!」

『Jawohl(了解)』

 ラケーテンフィルム、その緊急離脱ブーストの発動。
 全身が千切れそうになるほどの急激加速で横に飛び退き、頭上から真横に真下へと駆け抜ける圧倒的過ぎる質量の打撃をヴィータは凌ぐ。
 受け止めるなど考えられない、発生するソニックブームだけで体がぶっ飛ぶ、スカートが捲れ上がる、下半身に穿いていたスパッツも丸見え、高速質量物体による摩擦熱で気温がその瞬間二十度近く上昇したような錯覚。

「あぶねえええ!! あんなのにぶん殴られたら、染みになるどころじゃねえぞ!?」

 風前の灯に感じた自分の命にヴィータは汗を噴出しながら、恐怖を誤魔化すように罵声を上げた。

≪よかった。ヴィータちゃん、無事ね!≫

「い、今のは障壁? シャマル先生!」

 シャマルからの念話に、なのはが思わず肉声で声を上げた。

≪解析が遅れてごめんなさい。さっきゆりかごの周囲五十メートル範囲にAMFとは別の防御システムが起動していることが分かったの!≫

≪別の防御システム?≫

≪魔法技術じゃない電磁障壁! 特殊な電磁波で空間密度を変えて、強固な防壁にしているわ!! 最低でも堅さはかつての闇の書と同じぐらいだと思って!≫

 シャマルの必至の声。
 アースラ内部でサーチ魔法を駆使し、戦場の状況や解析などを必至に勤めているだろう彼女の悲痛に満ちた声はそれだけ絶望差を伝えてくる。

「ちっ、つまり硬い! でけえ! 撃ちまくりってことかよ!!」

「――目立った隙が無い分、対処が難しいよ」

≪……ヴィータちゃんの言葉が卑猥ね≫

『へ???』

 男女関係においてお子様の二人が小首を傾げる。

≪気にしないで! とにかく下手に近寄って、近接兵装は使っちゃだめ! 遠距離から強力な攻撃で、防壁を打ち破るしかないわ!≫

「ちっ、難しい注文だなぁ!」

 刹那、チカッと視界の端に瞬く光を視認。
 目にも止まらない一筋の閃光が、なのはとヴィータの側をすり抜けて、後方へと突き抜けた。
 光速のレーザー、本来不可視のはずの閃光は生み出す動力源である魔力光の色彩を帯びて白く色付き、ただ威力のみを本来の物理現象に依存させる。

「っ、アースラが!?」

 ヴィータが思わず振り返ろうとするが、なのはがそれを留めた。

「ヴィータちゃん! 前を! 今後ろを見ていたらやられるだけ!」

 唇を噛み締め、なのはが襲い来るガジェットを機関銃の如き光弾の掃射を持って撃破する。

「っ、はやてぇ!」

 ヴィータもまた鉄槌を振り上げる、目の前の敵弾を避けて、戦うしかなかった。
 誰も彼もが必死だった。

 砲火の中に湧き上がる、蠢くような主砲の旋律を無意識に感じ取りながら。







「提督! あのバリアは貫けるか!!」

 アースラの頭上、ストームレイダーⅡの引き金を引き続けながらヴァイスが怒声を響かせる。
 それに対し、砲剣を振るい、巨大なる光剣と化した一閃を振るう提督は苦々しい顔で叫んだ。

「厳しいな、AMFだけならばともかく電磁障壁まで張られている。私の砲撃魔法だけで貫通出来るか、五分五分だろう。主砲の破壊も考えれば強度が分からん以上、望みが薄い。まあアームだけならば砕き散らす自信はあるが」

「それよりも――!」

「集中している暇がないニャー!」

 ヴァイスの防衛にぬこ一号が障壁を、ぬこ二号が特攻してくる自動型機雷と役目を変えたがジェットⅡ形に魔力強化を施した四肢を持って殴り倒し、しなやかな肢体を震わせながら蹴りを放って、弾き飛ばす。
 ブルブルと細い肉体に似つかわしくないほど盛り上がった乳房を上下に揺らし、肉のはみ出るほどたっぷりとしたお尻から突き出たシッポは緊張状態を示すように毛を逆立てていた。

「ちっ! せめて、バリア障壁だけでもなんとかしないとあの馬鹿でかい奴を撃たれるだけってことか!」

 ヴァイスの舌打ち。
 視界の奥に映るのは未だに形を整え続ける主砲。
 あの大きさから放たれる砲撃の威力など想像もしたくない。

「せめて、弱点の一つでも判れば――」

「ヴァイス!!!」

 提督の声、同時に頭上に掛かる影があった。
 巨大なるマニピュレーター。グレートクラナガンをぶっ飛ばし、ヴィータをも殺しかけた巨神の鉄腕。
 それが、関節部を引き延ばしながら――伸縮して、アースラを叩き潰さんと迫ってくる。

「な、んだとぉおお!!?」

 アースラ全てをすっぽりと覆うほどの膨大な面積を持つ鉄掌。その先端に備え付けられた三本の柱の如き爪が太陽を覆い尽くさんばかりの高所から掲げられ。
 ――落下する。
 亜音速度による大気摩擦熱、天から降り注ぐ隕石よりもなお激しい膨大な質量と破壊力を秘めた質量打撃の降下。

「ロンゴミアント!!」

 ピアノを掻き鳴らすかのような勢いでカートリッジが排出され、超絶的な魔力を秘めた提督の砲撃が天を貫かんばかりに立ち上った。
 ――迸る熱光線により鉄腕の手が損壊、だけど止まらない。

「バインド!」

 ぬこ一号が膨大なる腕を制止しようと、光の鎖が鉄腕に絡まる、まるで網の如く受け止める。
 ――しかし、引き千切られる。

「プロテクション!!」

 パリンッとぬこ二号の手に握られた二枚の機械仕掛けのカードが破裂する、アースラ上空を覆う強大なる防壁が発生。
 ――そこに衝突し、轟音と共に圧倒的な質量が光の破片を撒き散らしながら落下する。

「駄目か!?」

 その身はただの狙撃手。
 防護には何一つ役立てない己を呪いながら、ヴァイスが頭上からアースラを叩き潰そうとする巨腕を睨み付けた。

 そして、彼は見た。


「ヌォオオオオオオオ!」


 アースラの上空に飛び出した一人の影が、巨腕と衝突したのを。
 轟音と共に衝撃波が迸る。
 鼓膜が破れんばかりの爆音が轟き、そこで数百万トンを超える鉄腕が――動きを止めていた。
 逞しい褐色の肌、焼け付いたようにチリチリと逆立った蒼い銀髪、気高く尖った獣の耳、それらを兼ね備えた災厄を祓う鋼の如き戦士。

「ざ」

 それは一人の男。
 それは一人の盾。
 圧倒的過ぎる質量、それをただ一つの障壁で受け止める。
 巨大すぎる脅威、それを己の身だけで食い止める。

 それは正しく守護する獣。

「ザフィーラ!!」

 守護獣ザフィーラ、足場に魔力力場による踏み台を作り、頭上に掲げた両腕を持って百階建てのビルにも匹敵する質量を防ぎ止めていた。
 ギシギシと全身の骨を軋ませながら、全身の筋肉を断裂させながら、口から血反吐を吐き出しながら、泣き叫びたいほどの苦痛に耐えながら。

「さ、せ、んっ」

 血が零れる。
 すぐさまに凍りつく高度一万六千メートルの戦場、赤い雪を降らせながら、口元から首筋まで赤く染め上げて、ギラついた獣の目を輝かせる。

「け、して、とおしは、しない」

 もはや限界など超えているはずなのに。
 本来出来うるはずの限界を凌駕し、奇跡すら生温い行為を行ないながらも、その身から迸る圧力は留まらない。

「わがみは――盾の守護獣!」

 軋みだす鉄腕、ピシピシと砲火の中でも染み渡る異音。
 その瞬間、ヴァイスたちは気付いた。
 その鉄腕が元の位置に戻ろうとしていたことを。
 そして、それがザフィーラの手によって、固定され――蜘蛛の巣の如き亀裂を走らせていることに。

「我が命に変えても!!!」

 絶叫と共に鉄腕が割れていく、砕かれていく。
 膨張していく筋肉の力に、暴力的なただの力によって腕が、獣の両腕によって破砕される。

「主に手出しはさせんっっつ!!!!」

 轟砕。
 ザフィーラの一撃によって鉄腕が砕かれ、跳ね上がるように閃いた蹴撃によって鉄腕が吹き飛んだ。
 まるで高層ビル一角を、ただ一人の人間が蹴散らしたような偉業。

「か」

『かっこい~い!!』

 思わずぬこたちが猫なのに、狼のザフィーラに甘い声を洩らしてしまうほどの凄まじさだった。





 そして。

「よくやってくれたわ、ザフィーラ」

 一人の少女が見参する。
 美しい髪をなびかせ、その手に十字の騎士杖を携え、背より生まれし黒き翼を羽ばたかせる。
 女神の如き美しさ、全身から放たれる燐光は強大なる魔力の発露。

「後はこちらに任せろ」

 一人の青年が推参する。
 右手に白く輝く白銀の戦杖を、左手に黒く艶やかな識杖を携えた黒衣の魔導師。
 その目元には黒い眼鏡、瞳の奥の智謀を押し隠すような不敵な笑み。

「――解析は出来た。勝利の道筋は読めたよ」

 一人の人物が浮かび上がる。
 ハニーブラウンの髪を揺らし、その顔に全てを隠すような仮面を着けた無手の青年。
 全身から流れる術式の螺旋、留まることを知らずに周囲状況を解析し続ける、驚異的な能力。

「さあ、号令を」

 導き手たる仮面の青年の言葉と共に、黒き翼を羽ばたかせる少女と黒衣を纏った青年が共に杖を構える。
 共に道を指し示すかのように向けられた先、それはまるで勝ち取るべき未来を見据えているようだった。


『全軍、反撃開始だ!!』


 さあ、前に突き進もう。

 墓守を打ち倒し、攫われた姫君を助け出すために。

 ただ一人の少女も救えない世界に、価値は無いのだから。





おまけ


 一方その頃の人々 地球編


 ザフィーラが咆哮と共に鉄腕を吹き飛ばしていたのと同時刻。

「――はっ、あたしの出番!?」

 ピーンと赤い髪を揺らし、チビアルフがしまったとばかりに両手を跳ね上げた。

「どうしたの、アルフ~?」

 洗濯物を畳んでいたアルフが不意に声をあげたことに、その横で平和に煎餅を齧っている地球で休暇中のエイミィが暢気に返事を返していた。

「は~、お茶が美味しいわねぇ」

 角砂糖十三個、ミルクたっぷりのリンディ茶を啜るリンディが幸せそうな顔をしていた。




 ちなみに誰もミッドチルダに起きている事態を知らなかった。





***********************
人間VS対艦戦闘は川上作品だとデフォルトです。
次回はロボ&人間VS巨大戦艦との戦いになります。

ちなみにこの作品でのクロノの既婚などはご察しください(汚染度合いで)



[21212] 閑話  ある男の歩んだ歴史
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:8a3ba74e
Date: 2010/10/15 18:16


 これは一人の男が歩んだ道のりである。




 一人の壮年の男がミッドチルダUCATにやってきていた。
 名はギル・グレアム。
 本局の執務官長すらも歴任した人物、現在は顧問官として本局に勤めている高ランク魔導師。
 彼はある目的を持って、ミッドチルダUCATに転任してきた。

 目的は一つ。

 ――闇の書。
 転生機能を持つ忌わしきロストロギア。
 それを破壊するための方法を探し続けていた。
 六年前に部下である一人の青年を死なせた痛みを持ち、その報復の念をその身に宿し、独自の技術を持つというここにヒントを求めてやってきた。
 僅かな手掛かりだけでもいい。
 そんな希望を携えて。






 いたのだが。
 ……いたのだが。

「へーい! 英国紳士! ジェントルメンといってくれ!」

「グレアム顧問官、一緒にドライブ行きましょうぜ!」

「ぬこ姉妹萌えー!!」

 赴任して数日でグレアムは五回ほど卒倒した。
 補佐官としてやってきたリーゼアリア・リーゼロッテの二人に到っては日々群がってくる馬鹿共を殴る、蹴る、踏みつける。それで喜ばれて、悲鳴を上げる日々だった。
 一週間後には疲労を催し、一ヵ月後には頭痛が止まらず、二ヵ月後にはなんか慣れて来た日のことだった。

「おうおう、なるほどなぁ。闇の書か! よし、協力してやろう!」

 焼き鳥を食べながら、一緒にビールを飲んでいて、グレアムはポロッと目的を話してしまっていた。
 それもグレアムとしては立ち入る度に頭が痛くなる技術解析班の連中にだ。
 酒で口が軽くなっていた。

「……手伝ってくれるのか?」

 その時だけ、グレアムは少し素面になって問いかけていた。
 軽く請け負った彼らに信じられるのかと訊ねるように。
 だが、彼らは微笑み。

「ロストロギアへの対策技術の開発ってのは結構な命題でしてね」

「どんなものでも完全な解体破壊が可能になれば、これからの封印処理にしても楽になるんですよ」

「――概念技術という力がある。ならば、他よりも可能性があるはずでしてね」

 そう告げた。
 ふざけた態度は取っていても彼らは真剣だった。
 だから、信じられた。

「済まない」

 軽く頭を下げた。
 その様子をリーゼ姉妹たちはどこか嬉しそうに見ていた。
 ――と、同時に酔った振りしてしなだれかかってきた陸士を一人肘鉄で吹き飛ばした。





 それからグレアムと彼らの試行錯誤が始まった。
 闇の書の破壊と無力化。
 それはあくまでも研究テーマの一つとしてグレアムから提出され、それをミッドチルダUCATが受任したという形である。
 次元世界の事件は多い。それも数え切れないほどに危険は多く、その全てを把握している人間は多くない。
 それらに関連した事件に触れるたびに資料を要請し、蓄積されたデータから実体を知り、対処するのが現実だった。
 時空管理局創設から百数年、一つの時代が終わってもおかしくない歴史の積み重ねのうちに管理局が理解した次元世界は数百を凌駕し、四桁にも到る。
 私怨を燃やさなければ、たった一つの案件を追い続けることなど出来なかった。
 並列作業で幾つもの研究と開発が進んでいる。
 贔屓など出来ない。
 だが、それでもグレアムは救われた。
 使い魔の二人と自分、それだけで研究し続けるよりも孤独ではなかった。

「問題なのは転生機能と無限再生機能。闇の書の恐ろしさはそれだ」

 一人の技術者がホワイトボードに書かれた【私はしにますぇーん!】という項目から矢印を伸ばし、【ふはは! さらばだ、明智くん! 逃げ】と書かれた項目につなげる。
 さらにそれを同じように矢印でつないで、円環上に描き込んだ。

「つまり、これらを繰り返して永遠ループしている。付け加えれば覚醒するたびに被害が出る、無限爆弾のようなものだ」

「となると、このうちどれかを破壊すれば被害は止まるんじゃないのか?」

 転生が出来なければ封印が可能。
 再生機能が止まれば破壊し切れる。
 そう思って一人が手を上げるが。

「無理だ。過去にアルカンシェルを撃ち込んだが、完全破壊することも出来なかった。今も転生しているだろう」

「つまり、アルカンシェルでも破壊し切れないと?」

「直撃させれば出来るだろうが、その前に転生機能で転移される。航行空間内でアルカンシェルを撃ち放ったが、それでも転移された。おそらく生半可な妨害も振り切るだろうな」

「なるほど。となると、後は所持者を封印するのが妥当か?」

 それはグレアムも考えていたことだった。
 そのために何名かの転生先である可能性の高い人物に支援行為を行い、監視している。
 とはいえ、そのことは話していなかった。
 違法行為に当たるからだ。
 やはり同じ結論になるか。そうグレアムが思った時だった。

「まあまて。もっといい方法があるじゃないか」

「ん?」

「――陥落させればいい」

『は?』

 その男はガリガリとペンで書き込みを始めると、そこには三名の美少女の顔とおまけでよくわからない犬のような顔があった。

「落ち着いてよく聞け、闇の書の守護騎士プログラムにいるのはこいつらだ」

「そうだな」

「ここが重要だ。こいつらは“美女と美少女”だぞ?」

 その言葉と同時に誰もが時を止めた。
 ゴクリと誰かが唾を飲んだ。
 何を言うのだ? といぶしがるように。
 そして。

「つまり、オレたちが愛で説得すればいいじゃないか!」

 ガンッとグレアムが額を机にぶつけた。
 そんなあほな結論かよ。と心の中でつっこみ、誰もが否定すると考えた。
 ……のだが。

『その発想はなかったわ!』

 全員席から立ち上がり、喝采を上げた。
 どうやらグレアムはまだUCATの面々を完全には理解していなかったらしい。


 この日から、闇の書の封印プロジェクトチーム改めてヴォルケンリッター攻略委員会が発足されたのは言うまでも無い。

 なので。
 ミッドチルダで転生体が出ることを期待していたミッドチルダUCATの面々は待ちぼうけを受けるはめになった。



 なお、一応真面目に出来なかった場合のことも考えて、概念技術による破砕及び解体技術も確立。
 その時には汚染済みのグレアムによる指揮により、エターナルコフィンで一時凍結された闇の書のマスターと闇の書の分離、及び分離した闇の書のプログラム修正準備はされていたことを追記しておく。





****************
次回閑話はクロノ手遅れ編です。

クロノの結婚状態に関しては現在のクロノに結婚したい相手かどうか常識で考えてください。




[21212] 聖王の揺り篭攻略戦 その8
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:8a3ba74e
Date: 2010/10/15 21:57

 悲しみはなお深い。

 空から落下する水気の散乱。

 ちりじりに、らんらんと、朽ち果てる。

 それは透明で、それは紅く、太陽の輝きに煌めいていた。

 綺羅綺羅と。

 燃え上がるように、戦場を彩る戦火だった。
















 戦線は膠着し、そして後退を始めている。
 血管の流れが塞がれ、壊死するようにボロボロと落ちていく友軍。
 その光景に歯噛みする少女がいた。
 八神はやて、機動六課の部隊長である少女はアースラの艦長席に腰掛けたまま唇を噛んでいた。

「ちぃ! まさかあんな奥の手持ってたやなんて!」

 モニタに映るのはその真価を現したゆりかご、その全貌。
 六本の巨大なる鉄巨腕を生やし、蒼穹を切り裂くような鋭い三本の柱の如きクローを持った禍々しい姿。
 アースラの測定計器、全てに異常なる反応を齎すほどのエネルギーを発し、肉を産み落とすように銀色の部品を放出して、その艦首から一つの【主砲】を形成した。
 如何なる超技術か、それともロストロギアの持つ人知を超えた性質か。
 螺旋を描くように、空を螺旋切るように旋回し、その六本の腕が脅威を発する。
 近寄る全てに焼け付くような洗礼――高度二万メートルの空を、成層圏の青を塗り潰すような弾幕の嵐が起こった。
 悲鳴が上がる。
 絶叫が上がる。
 次々と撃墜報告が発せられて、アースラ内の管制クルーたちが泣きそうな顔で被害報告を挙げていた。

「っ」

 必死に次の対抗策を考える。
 けれど、これほどシンプルに、そして圧倒的に叩き潰してくるような相手にどう対処する?
 はやての頭脳が必死に回転を行なうが、今まで彼女が体験してきた知識においてもこのような前例はなく、習った仕官の知識にもこのような戦線への該当はない。
 当たり前である。彼女には艦隊戦の経験もなければ、これほど大規模な戦闘経験もないのだから。
 故に。

「……だめ、か?」

 聡明な彼女であるからこそ、打つ手がないことを理解するのも早かった。
 軽く目を伏せて、あとは現場になんとかしろ! という鼓舞という名の、責任放棄ぐらいしか出来ない。
 そんな気がして。

「――諦めるのは早いぞ、はやて」

 傍に立つ青年――黒い防護服を纏った人物の冷静な声が響いた。
 ハーヴェイ、と名乗る正体ばればれの青年。

「え? でも」

 はやてが見上げる。
 十年前と比べてずっと背が高くなった青年は、背の伸びないはやてと目線の位置を変えながらも、その立ち位置だけは変えなかった。

「そんな顔をするな、はやて。今君はこの場に居る全員の命と戦いの運命を背負っているんだ」

 ハーヴェイが告げる。
 囁くように、あるいは叱りつけるように、導く言葉を発する。

「弱気になるな、弱音を吐くな。ほら、皆が不安がっているぞ」

「え?」

 はやてが前を向く。
 すると、クルーたちはすぐさま前を向いた。
 被害報告を上げながらも、操舵を取りながらも、叩きつけられる弾幕からの衝撃にフィールドを維持しながらも、その動きは落ち着かない。
 ……誰もが不安なのだ。
 ここにいるのは一人だけではない。

「前を向け。既に進撃は開始している、誰よりも後ろに今いるけれど、君は全員の一番先を走っている。俯けば、誰もが足を止めてしまう」

「その通りです、部隊長」

 声が一人加わった。
 それははやての斜め後ろに佇んでいた一人の青年。
 メガネをかけ、落ち着いた顔を浮かべた部隊長補佐――グリフィス・ロウラン。
 事態の経緯を冷めた目つきで観察しながら、今まで口を挟まなかった人物が少しだけ震えた声ではやてに言った。

「まだ僕たちは負けていません。戦場での経験は浅い僕ですが、それだけは分かります」

 じわりと汗が滲んだ顔。
 その声は必死に平静を繕いながらも、精一杯の虚勢を作り上げて声を上げる。

「諦めるのは早すぎます!」

 そう、それはクルー全員の言葉だった。
 諦めないでくれ、という思いが誰にもある。
 諦めたくない、という勝利と生存への願いがある。
 それをたった十九歳の少女に背負わせる痛みがある、だけどそれでも――彼女ならやれるという信頼の証。
 その思いを痛いほどに噛み締めて、はやては手を握り締める。

「そ、やな」

 痛く、痛く握り締める。
 そんな最中にも被害報告は上がる。
 誰かが命を散らす、願いを持って戦い続ける。
 命という名の砂のように、さらさらと終焉という名の砂時計の底に墜ちていくのだ。
 時間はない。
 悔やんでいる暇も、諦める時間もない。

「足掻くでっ」

 はやては立ち上がる。
 だんっと足音を立てながら、立ち上がる。
 ぐらぐらと被弾の衝撃に揺らす船体にも負けず、背筋を伸ばして佇みながら、吼えた。

「相手は切り札を出してきた。戦場は押し込んだ。だから、ここが正念場や!」

 手を掲げる。
 小さな手、細く滑らかな柔らかい少女の手を伸ばす。
 その背に背負った命と願いと希望の重みを持って、勝利を掴む。

「全軍に通達や! 何が何でもあの腕を破壊し、主砲を撃たせるな! 死んだら負けや! だから、死なせん! 各人、全力振り絞れぇ!」

 都合のいい言葉。
 ただの鼓舞。
 分かりきった命令。
 だけど、それでも。

『Tes.!』

 誰もが応えた。
 モニターに映る戦場の魔導師たち、そして空を戦場に抗う陸士たち。
 その戦いに命運を乗せ、それでもなお手を練り続ける。

「クロノ君! 私は経験が浅い、なんかええ手はないか?!」

 指示を飛ばした後、はやてが横のハーヴェイに尋ねた。
 自分よりも長年艦長職をやっている人物である、なにかしらの考えはないかと尋ねた。

「む? 私はハーヴェイで」

「ええから! それはもう!」

「あるならさっさと教えてください!」

 はやてとグリフィス二人掛かりの突っ込みに、ハーヴェイは少しばかり凹んだ。

「んー、そうだな。一応手がないわけでもないが、二つほど」

「あるんですか!?」

「教えろやぁあああ!」

 はやてが神速でハーヴェイの襟首を掴んで、ガクガクと揺さぶった。
 他のクルーが一斉に目を向けるが、グリフィスが指示系統に邪魔になると思って、見るなとばかりにシッシッと手を振る。

「お、オォオ、落ち着け! 教えないわけじゃない」

「ならさっさと話せや! 余裕ないんやで!」

「そうだな。じゃあ、手早く言うが。一つは僕とマスク・ザ・フェレットを出撃させて欲しい、一応僕も空戦魔導師だからね」

 出してもらえれば、まああの腕の一本ぐらいはぶっ壊して見せる。
 と、自信ありげに言うが。

「……なのはちゃんの砲撃でも壊せなかった奴なんやで? 幾らクロノくんとユーノくんでも無理やない?」

 その懸念は当たり前だった。
 彼女の知る青年のランクはAAA+である。
 空戦、しかも砲撃においては最高のなのははSである。出力が足りないだろうし、スペックとしては落ちるはずだが。

「知らないのかい?」

「え?」

「時空管理局での提督には一つ裏条件があってね」

 人差し指を立てて、ハーヴェイは告げた。


「――提督は単独で戦艦一つ撃墜出来なければいけないのだよ?」


『な、なんだってー!?』

 ショッキングな発言に、誰もが思わず突っ込んだ。

「嘘やー!?」

「嘘じゃない。リンディ提督もグレアム元提督も出来るし」

『本当じゃ』

 何故かその瞬間、提督からの通信が入った。
 リンディ提督とグレアム元提督もSSランクである。
 信憑性は強まった。

「じゃ、じゃあ母さんも!?」

 母親に提督を持つグリフィスが青ざめて尋ねた。
 真面目なあの母親が人外の仲間入りをしているだなんて信じたくなくて。

「もちろん出来るだろうね」

 グリフィスのある意味必死な問いに、ハーヴェイは軽やかに答えた。
 彼の母親の人外魔境のリスト入り決定だった。

「そ、そんな……」

 ガクリと打ちのめされたグリフィスが、膝を着いた。
 この一週間後、思いつめた顔で尋ねてきた息子の質問に、仰天してそんな事実はないと否定するレティ提督がいたらしい。

「よし、なら出てもらうわ。ていうか、ただの客人なのにおるほうが不自然やし。で、もう一つは?」

「一応これをやれば、一発逆転を狙えるかもしれない方法だ」

 はやての質問に、何故かハーヴェイは気が進まなさそうに言った。

「しかし、これは……出来れば使いたくないんだが」

 いや、気の進まないというよりも何故かはやてを見て、“申し訳なさそうな”顔をしている。
 だが、それをはやてはただの出し惜しみと感じて、ハーヴェイの襟首を掴んで。

「阿呆! そんなこと言ってる場合か! 私に出来ることならなんでもするで!」

 手段は選ばない、という意気込みではやては言ったつもりだった。

「――その言葉、嘘じゃないな?」

「嘘ついてどうするんや!」

「そうか。そこまで言うなら、しょうがないな!」

 コロッと懸念が晴れたとばかりに、ハーヴェイが明るい声を上げる。
 は? と突然の急変に、はやてが怪訝そうに眉を歪めて。

「――最終手段を使う。グリフィス補佐官、五分ほどはやてを借りてもいいだろうか?」

「は?」

「それで勝てるのなら」

「安心してくれ。勝率は五割以上上がる」

「それならどうぞどうぞ」

 あっという間の交渉終了。
 ぐわしとハーヴェイがはやてを担ぎ上げた。

「え? ほ? な、なにするんや!?」

 一瞬遅れて、バタバタと暴れだしたはやてを肩に担いだまま、ハーヴェイが扉を開けた。

「シャマルに医務室に来るよう連絡してくれ! はやてを“調整”する!」

「ちょ、調整ってなんや~!?」

「シャーリー、艦内連絡を!」

「了解です!」

「しばらく指揮を頼む!」

「分かりました!」

「ちょ、まちぃいや!? なんで、ハーヴェイの指示を大人しく聞いてるの!?」

 その言葉を最後に、はやてはハーヴェイに担がれたまま去っていった。
 その後医務室より。

 ――ちょ、やめ! なんで脱がせるん!? せめてもうちょっとロマンチックにぃい!
 ――いいから脱げー! スリーサイズと体重は!? あと血液型も調べないと。
 ――はいはい、はやてちゃんのスリーサイズはですねー。
 ――シャマルばらしちゃ駄目やー! こら、クロノくん。下着ぐらいは自分で、って、アッー!!

 という叫び声が聞こえたらしい。








 高度二万メートルに差し掛かる空は大海の如く蒼かった。
 蒼穹の空、見渡す限りの蒼天、何一つ障害にならない雲すらも置き去りにした極寒の世界。
 そこで一人の少年が咆哮を上げていた。

「るぉおおおおお!!!」

 音速を凌駕し、音速超過速度で駆け抜ける鋼の機神。
 背より輝けるX-wi-ngの光翼は太陽の光を浴びてなお燃え上がり、周囲を食い散らかすゆりかごの弾幕の中にありながらもその位置を知らせ続ける。
 光輝を背負いて、巨神斬魔のブレードを背負った魔神が挑むのは全長二百メートルを超えた錆色の怪鳥。

『Ki,EEEEEEEEEEEEE!!!』

 撒き散らされる破壊の波動。
 大気が震える、並みの機械ならばそれだけで分解される破壊振動波。
 機体が軋む、だがそれを無視して走り抜けるようにグレートクラナガンが剣を掲げた。

『偽剣・陽炎徹し!』

 真っ直ぐに振るい抜く。
 巨剣の刀身に束ねて、集わせ、超高圧縮の大気に変える。
 強大な質量にすら達したそれを剣戟と大気による刃として撃ち出し。
 ――鋼の悲鳴が響く。
 しゃらぁぅん、と金属にも水音にも似た轟音を響かせ、圧倒的な切断力を持った不可視の一撃がレリックイーグルの装甲にめり込んだ。
 斬、とばかりに切りつけられた部位から機械油を流しながら、レリックイーグルが奇声を上げて旋転する。
 斧の脚を回転させ、両眼に埋め込んだレリックからの魔力を用い、その体内に搭載した斥力発生装置から慣性を操作。その両翼は風を掴み、薙ぎ払うただの暴力の器具。

『ぬっ!?』

 旋転、螺旋、翼を翻し、掻き泳ぐようにレリックイーグルが加速した。
 全長二百メートル、すなわち超高層ビルがそのまま飛び込んでくるような圧倒的な光景。激突すれば、破砕間違い無しの大質量。
 ぐんっと迫るレリックイーグル、グレートクラナガンは翠眼を輝かせて、放熱を発した。

『丁度いい、接近戦で仕留めるぞ。エリオ!』

『Tes.! 時間がない!』

 大気を蹴りつける。
 鋼の巨足が、アクチュエイターの悲鳴を上げさせながら軋み、撓み、その脚下に魔法陣を展開する。
 直径十数メートル、グレートクラナガンの足場を確保する魔法。
 Gストーンが稼働する。その名の意味どおり、決して諦めることの無い活力を原動に、更なる力を発露する。
 大気が砕けた。
 音速超過の稼働現象、ソニックブームによる荒々しい風を纏いて、飛び込む機械仕掛けの武者。
 ――交錯。
 互いの移動から、五秒と立たずに激突する。
 加速、グレートクラナガンの巨剣は風車のように翻る。
 襲撃、レリックイーグルの斧脚はグレートクラナガンとほぼ同サイズ。
 轟音、互いの刃が真正面から直撃する。火花散る散る、花火の如き苛烈さ。

『おぉおおお!』

 機体が軋む、エリオの骨が軋む、互いの命の共有。
 だけど、それでも諦めない。
 鋼の斧片が空を舞い散る、エリオ/クラナガンの斬撃の結果。
 ばたつくように、衝撃に抗いながら、レリックイーグルが旋回してくる。まるで宙返りでもするかのように、数百メートル進んで、数百メートルひっくり返る。
 上昇からの奇襲、それにグレートクラナガンが振り返る。
 回転、腰部位を旋回させながら、その手に持った巨剣を重心に回転する、まるで砲丸投げの選手のように。

『いけえ!』

 上空から落下する、或いは飛翔する怪鳥。
 もはやどちらが上か、どちらが下か、蒼い空では分からない。
 上にエリオは迷わなかった。ただ舞う、クラナガンの力を信じて、バーニアを点火する。
 脚部補助スラスター、噴出孔からの蒼く燃える焔を発し、光の翼を羽ばたかせ、四対の羽根が大気を蹴る。引っこ抜かれるように、跳び上がり、遠心力を付けた巨剣で怪鳥を迎え撃つ。
 舞い踊るように、鋼の剣士が剣を躍らせ、怪鳥の巨体に撃ち込んだ。

『KI,AAAA!!』

 怪鳥音。
 見上げても、見上げても、なお全容の見ることの容易くない巨体のど真ん中に剣尖を打ち込んだ。
 全身から激突し、己すらも瓦解されそうな突撃。
 ずぶりと刀身の半ばまで装甲を貫き、錆色の血肉を貫通する。
 機械油が飛び散り、グレートクラナガンの両腕を汚した。赤黒く。

「くっ!?」

 エリオは予感する。
 合一化した両腕を通じて、怪鳥がまだ蠢いていると。

『KI,EEEEEEEEEE!!!』

 声が鳴り響く。
 蒼い空を憎悪するかのような破壊音波の絶叫を迸らせて、レリックイーグルが両翼を羽ばたかせた。
 焔の嘴からめらめらと血飛沫の如く火の粉を飛ばし、その体が上昇する――グレートクラナガンごと。

『不味い!? エリオ!』

『うん!!』

 飛翔を開始するレリックイーグル。
 その方角がアースラだと気付いたエリオは突き刺したエグジストブレードを引き抜こうとする。 
 だが、その剣尖からぱちりっと火花が散った。
 同時に溢れんばかりの紫電が、凶鳥の全身から迸った。

『ぬぉおおおおっ!?』

 全身に流れるエネルギーを電気力に変換し、己の流す油に引火すらさせながらグレートクラナガンの行動を阻害する。
 凶鳥の両眼に埋め込まれた鮮血色の宝玉は狂気の色を帯びて、けたたましい鳴き声を響かせ、未だに稼働をやめない斥力場発生装置を稼働させて、空へと落下する。
 共に墜ちろと喚き散らしているようだった。
 意思無き機械仕掛けの怪物が、無機質な殺意を這わせ、苦痛の叫び声を上げる少年と武神に死出への道を歩ませる。

『ぐ、ぎ、い、ぃいいい、っ!』

 墜ちる飛翔。
 繰り返す戦闘で下がっていた高度が見る見るうちに上昇していく中で、グレートクラナガンの腕が動いた。
 火花を散らし、合一化を果たした中常人ならば致死する前に痛みによって発狂するほどの激痛。
 その中でエリオは手を動かし、剣柄を捻る。

『エ、リ、オ!』

 クラナガンの機械仕掛けの声が響いた。
 墜ちる、墜ちる、燃え上がるような灼熱の塊となりながら、グレートクラナガンのウイングが羽ばたく。
 光の翼が大気を激しく引っ叩き、位置を変える。
 レリックイーグルの背中から激突するはずだった進路を、回転し、クラナガンの背がアースラに向くように位置を変える。

『キA!?!?!AA』

 声が壊れ、罅割れた鳴き声が響く。
 戦場の誰もがそれに目を向け、迫る脅威に気付いた。
 亜音速、戦闘機に匹敵する速度で迫る巨大質量。

「やべえ! 止めろ!」

「どうやって!?」

「いいから! あれが墜ちたら終わるぞ!」

 悲鳴、悲鳴、悲鳴。
 通信すらもノイズだらけ、エリオの耳にはろくに届かない。
 しかし、それでも。

『まも、るんだ!』

 エリオが叫ぶ。
 黒色の人工の指が願いの詰まった剣の柄を握り締めて、痛みの中で命じる。

『カァットリッジィ、ロォドッ!!』

 ――言葉が命令となって伝達される。
 ガキンッと剣柄が稼働した。鋼の柄が蒸気を放ち、その刀身の柄が音を立てて開く。
 機殻化エグジストブレード。その本体はトラボシブレードであり、外部に露出している刀身はほぼ被せたものである。
 つまるところ、刀身を覆う巨大なる刀剣。
 機械仕掛けの多重刀剣。
 ならば、その内部には空洞が存在し、その中にギミックを仕掛けることも可能である。
 十二の螺旋によって繋ぎ止められた刀剣、その外殻部が音を立てて変形する。
 紫電を迸らせながら、鍔元になる機殻部位からジャコンッという炸裂音を立てて一つの薬莢が排出された。
 燃え上がる刀身。
 伝達する膨大な魔力、それらが刀剣に刻み込まれたプログラムに従い、激しい熱量となって刃を成す。

『形成せ! 精剣・紫電一華!』

 一人の騎士が居た。
 千年の月日を越えて、現代に復元された一つの技術。
 紫電一閃、それを再現した付与魔術儀式。
 己の素養、ただ愚直なまでに高め、純粋化させた魔法の一閃。
 それが形となって、狂鳥の腸を焼いた。

『GIAAA!?』

 体内部品を焼き尽くす金色の劫火。
 狂った鳥が暴れ狂い、速度を落としながら、その燃え滾る嘴でグレートクラナガンを噛み砕かんと頭を下げ――飛び込んできた鋼の筒に頭蓋を貫かれた。
 変形、背より背負いし一つの砲塔。
 胴体内部より接続し、軋みを上げてボルトを直結し、自動的に回転する固定器具によって砲身が震えた。
 淡い光を放ちながら、貫いた頭蓋を焼き焦がし、絶叫の悲鳴を上げる怪鳥に別れを告げるように輝いた。

『最終安全装置解除!』

 稼働するGストーン。
 機動する魔力炉。
 膨大なエネルギーが雄たけびを上げて、解放の解除音を聞いて飛び出した。

『撃ち放て!』

 そう、それこそが英霊の名を授かりし、兵装が一つ。

『ベルセルク・カノォオンン!』

 ――轟ッと、撃ち放たれた魔力砲撃が、レリックごとその頭蓋消し飛ばす。
 膨大なエネルギーを蓄えていた宝玉の消滅、生み出される光はグレートクラナガンを飲み込んで余りあるほどだった。

 燃え上がるような閃華を散らし、その瞬間、新たな太陽が生まれた。









 レリックイーグルの消滅。
 それにともなく爆風に、誰もが叫んだ。

「エリオ!」

 フェイトの悲鳴が轟く。
 思わず空において足を止めて、そちらに視線を向けてしまうほど。
 だが、それを見逃す敵ではなかった。

≪フェイトさん! 横です!≫

 キャロの叫び声。

「っ!?」

 横合いから真っ直ぐに飛来するガジェット、その襲撃に黄金色の髪を振り乱し、フェイトがバルディッシュの一刀を持って両断。
 鮮やかなる紫電の一撃が閃く。
 危ういところで斬り抜け、背後で慣性と共に部品を撒き散らしながら爆散するガジェットを見もせずにフェイトは前を向いた。
 ――弾幕は終わっていない。
 防御力の薄いフェイトにとっては有効打になりえる魔力弾が襲来し、さらにいえば足を止めたフェイトに目掛けて無数のガジェットが襲い来る。
 一瞬でも足を止めればすぐさまに袋叩き。
 それが分かっていたのに足を止めた選択の愚かしさを挽回することも出来ずにフェイトは虚空を蹴り飛ばし、ベクトルを操作。
 亜音速の速度を持って、次々と飛来するミサイルをギリギリで避け抜けて、加速Gで歪む視界と爆風と爆音に抗いながら回避運動を続ける。
 だが、ガジェットは他の空士すらも無視してフェイトに狙いを搾り出した。

「っぅう!?」

 襲撃するレーザー、それを体を捻りながら五分の見切りで避ける。
 肌が焼けそうな熱量、それを障壁とバリアジャケットで避けるが――超高度用に組み直された防護術式は常よりも脆い防護しか保てない。
 直撃打を浴びればたちまちバリアジャケットを損傷し、再修復する暇もなく極寒の大気に肺が凍り、違いすぎる酸素濃度に意識を奪われる。
 超高高度における戦いなど、フェイトは今まで片手にも足りる程度しか経験はない。
 圧倒的な弾幕。
 他の味方すらも置き去りに、否、待ってすらいられない数の攻撃密度。
 光が、破壊の光が降り注ぎ、鋼の獣たちが噴射煙を引き連れて麗しき彼女に喰らい付かんと飛び掛るのだ。
 体を揺らし、吹き付ける風に髪を揺らし、叩きつけられる爆風に豊かな乳房を揺らしながら、フェイトは不十分な加速度のまま急旋回を続ける。
 螺旋を描くように、躱し、避ける、逃げる、凌ぐ。
 超高速の回避軌道、大気を蹴り飛ばす、ベクトル操作と風圧操作の両立、まるで分身するかのような動き――人体限界に近い機動。
 それでも――振り切れない。

(まずいっ!)

 息が切れる。
 脳細胞が足りない酸素に悲鳴を上げて、回避運動を指示し続けるマルチタスクが次々と焦燥を見せる。
 一番タスク:風圧操作――爆風による防護強度の修正に追われる。
 二番タスク:ベクトル操作――方角による計算角度、三番タスクと連動。
 三番タスク:体幹角度の逐次確認――二番タスクと連動、常に天地の位置を確認する。
 四番タスク:肉体管理――体が痛む、節々が悲鳴を上げて、喘ぐ。
 五番タスク:術式管理――バルディッシュAIと共同、打開策を練る。
 全五つのタスクがフル稼働、もはや限界近い。
 だけど、それでも、フェイトは必死に逃げ回り、迫ったミサイルを金色の刃で両断し。

「くぅぅう!?」

 引火した爆薬、その爆風で吹き飛ばされた。

≪フェイトさん!!≫

 パラパラと術式が歪む、一部が砕ける、強度が落ちる。
 体に圧倒的な冷気が染み込んできて、手足が冷えていく。
 蒼い、蒼穹に錐揉みながら落下していって。

「まだ」

 終われないのに――!
 そう願う彼女の前に飛び込んでくるのは圧倒的な脅威。
 ミサイルが、レーザーが、ガジェットが、迫ってくる。
 それに、冷たく凍える大気を吸い込んで。


「――ヘロー」


 声がした。

「え?」

 ――フェイトの体が浮かび上がる。
 否、圧倒的な光が下から駆け上がり、その烈風に落下速度が落ちただけ。
 駆け上る閃光、無数の砲火がフェイトを避けるように跳び上がり、着弾する。
 閃華が瞬く。
 爆音が、爆炎が、光が、焔が、輝いて、空を染めた。
 綺麗とさえ思える光景。
 それに息を飲んで――

「大丈夫かい?」

 がしりとフェイトの肩を掴む手があった。

「え?」

 落下が止まる。
 そして、目を向けた先に居たのは赤毛の青年。

「貴方、は」

 ティーダ・ランスターがそこに居た。
 にやりと笑って、フェイトを離し、その頭を撫でる。
 年上の仕草。

「よぅ」

「ど、どうしてここに!?」

 彼の戦場はもっと下だったはずだ。
 いつのまにここまで?

「戦友の宅急便さ」

「宅急便?」

 その考えが顔に出ていたのか、ティーダが笑って親指を突き出す。
 下から上に。

「ちょっくらミサイルに乗ってきた」

「えええええ!?」

「マジだ」

 そんな彼の指先には、一機の戦闘機が機首を変えて、下へと戦線を駆け巡っていた。

「さて、と。行こうぜ、執務官」

 ニヤリと微笑み、蒼い宝玉を胸から揺らしながらティーダが跳び上がる。
 ――まるで落下するように上昇する。

「反撃はこれからみたいだ」

「え?」

 慌てて追うフェイトが声を上げて、同時に息を飲んだ。
 アースラの上、そこに飛び出した三つの人影に気付いたから。

「クロノ!? それにはやてとユーノ!」

 彼女の義兄と、親友たちの推参だった。








 八神はやては不満だった。

「う、ぅぅう、もうお嫁に行けへん」

 シクシクと泣きながら、アースラの射出口前で体育座りをしていた。
 あのあと医務室にて思い出したくも無いことをされたのだ。
 上から下まで脱がされ、血液を抜かれ、口を開けられて、銀色の金具でべーと舌をチェックされ、殆ど健康診断のようなものをされた挙句。
 ――クロノに“言葉にすることも出来ないこと”をされた。
 それがショックだった。
 破廉恥過ぎる目にあった。ぶっちゃけ、あの時了承しなければよかったとさえ思う。

「マスク、プログラムは出来たか?」

「大丈夫。現空域にいる空士と陸士たちの位置は把握出来てる、プランはAからEまで用意してあるよ」

「パーフェクトだ、マスク・ザ・フェレット」

「嬉しい言葉だね」

 その横でなにやらニヤニヤと会話をしている二人の悪魔がいた。
 サングラスを付けたままのハーヴェイと仮面を付けたマスク・ザ・フェレットだ。
 何故にそんなにテンションが高いのか。
 何故にバレバレなのに偽名を名乗り続けるのか。
 何故に悪役ちっくな笑みをマスターしているのか。
 色々と訊ねたかったが。

「どうでもええけど、これで勝てるんやろうな?」

 はやては最も懸念していたことを訊ねる。
 ハーヴェイがその言葉に顔を向けて、真剣な顔つきで頷いた。

「ああ。これである程度勝算が立った。はやて、君が勝利の鍵だ」

「……一応感覚はあるけど、本当に私で出来るんか? “アースラの魔力炉からの直結”なんて」

 はやてに施された術式。
 それはかつてクロノがリンディから艦を受け継いだ時に教わった術式だった。
 PT事件の際に、リンディ・ハラオウンが次元震を防いだ裏技とさえ言える方法。
 例えSランク魔導師のリンカーコアでも産み出せない膨大な魔力を駆使する夢のような方法だが。

「大丈夫だ。はやてのリンカーコアなら、君なら御せる」

 それにはたった一つだけ条件がある。
 それは“リンカーコアの強度”である。
 艦船の魔力炉から生み出される膨大な魔力量は、例え介すだけでも尋常ならざる負担をリンカーコアにかけ、並大抵の魔導師なら内臓を壊し、死亡する。
 AAA+のクロノでさえ耐えられないといわれ、結局術式を教わっただけで実用はしなかった。
 それをはやてが受け、使う。
 そのことに彼女自身に不安がないといえば嘘になるが。

「全力で僕らがサポートするよ」

 マスク・ザ・フェレットが静かに呟く。
 その手は止まらず、周囲に浮かぶ立体モニターを操作し続ける。
 けれど、声に宿る暖かさは嘘じゃない。

「うん、ユーノ君がそういうなら安心やけど」

 はやてが頷く。
 頷きながらも、彼女は自分の体を抱きしめて。

「私、リイン無しで大魔法を制御する自信ないんや」

 静かに震えていた。
 怖い。
 外では仲間が、親友たちが、部下たちが命がけで戦っているというのに。
 失敗したらどうしよう。
 そんなことばかり考えている。
 遅れてきた恐怖、体に刻み込まれた新しい力、それの圧迫感にたった十九歳の少女は悔しそうに目を瞑って。

「――大丈夫だ」

 ふわりと彼女の頬を撫でる暖かい手に、ふぇ? と声を上げた。

「僕がいる。リインフォースの代わりは僕が勤める。それが、君に託したアースラの前任者としての義務だから」

 自分が使えれば、幸いだった。
 けれど、それが出来ないから指揮官である彼女を引っ張り出す。
 己の無力さに嘆いていたのは彼女だけではなかった。
 冷徹な仮面の下に、ただ守りたいと願う純粋な青年が顔を覗かせていた。
 それに、少しだけ口元を綻ばせて。

「……義務とか責任でしか守ってくれないんか?」

 はやてがぼそりと呟く。
 心臓が早鐘のように音を鳴らしていた。
 恐怖のせいかもしれない、緊張のせいかもしれない。
 けれど、次の瞬間の高鳴りだけは別のものだ。

「それ以外が多めだよ、はやて」

 ポンッと頭を撫でられて、向けられた少年のような笑みにはやては顔を赤らめた。
 そして。


「さようなら、はやて。僕は遠くから応援しているから」


 その脇で、わざとらしくハンカチで目(仮面で隠れている)を拭うマスク・ザ・フェレットが居たという。






*************************
これにて以前投稿分は全て終了です。
次回から完全新作になります、どうぞお楽しみに。




[21212] 聖王の揺り篭攻略戦 その9
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:8a3ba74e
Date: 2010/10/20 12:27

 世界に手を伸ばそう。
 空へと歌を奏上しよう。
 天はどこまでも広くて、落下しそうなほどに深い。





 ギリギリギリ。

「あのアマ……」

 歯軋りの音が鳴り響く。
 とはいえ、それが聞こえていたのはただ一人。それを発する本人だけ。
 高度二万メートルの空、成層圏の激流の如き風の世界で黄金色の悪鬼がいた。
 否、修羅がいた。
 紫電を発し、長高々度の蒼天が燃え尽きるような電流の乱舞。煮えたぎる激情が、リンカーコアを通じて電気となり、それは全てを焦がす灼熱の閃光となる。
 フェイト・T・ハラオウンはリミッター解除どころかオーバーヒートしていた。
 少なくとも傍にいたシスコン全開のティーダ・ランスターが全力疾走で逃げ出し、義母とも言える保護者の恐面にびえーとキャロ・ル・ルシエが泣き出していた。
 周囲にいる空士も「おい、誰か止めろよ、あれ」「いやいやいや、無理無理! 俺まだ死にたくないって!!」「くっ、駄目だ……俺はオリ主のはずなのにまったくさっぱり勝てる気がしねえ! ていうかどうなってんの、この世界!! 原作どこいったの!?」などなどどよめき、怯えていた。
 何故普段は温厚で、天然・脱げ属性を持ってるいだけの彼女が怒り狂っているのか。
 それは上空の光景が原因だった。

 ――大きく光輝く光翼を発した少女と、それを抱きすくめる黒衣の青年。

 それがお互いの手を添えて、空を埋め尽くすような綺羅綺羅の魔法術式を展開する壮絶な光景。

「……おにいちゃんどいて、そいつ殺せない」

 ビキリと血管を浮かべて、溜まりまくったストレスと追い詰められた焦燥意識からフェイトは危険度MAXの台詞を吐き出していた。
 ちなみに上空の二名はその義妹と親友の様子にさっぱり気づいていなかった。







 時間は巻き戻る。
 それはザフィーラが己の誇りを賭けて飛び込んできた巨大アームを弾き飛ばしたのとほぼ同時。
 アースラの射出口から飛び出した三つの光があった。

「――ハーヴェイ! 戦場の構築は僕に任せて、術式の準備を開始しろ!!」

 一人の青年が空を舞っていた。
 法衣型のバリアジャケット、手にはデバイス一つ無い簡素な格好。
 ハニーブラウンの髪を揺らめかし、その顔を簡素な仮面で覆った謎の美青年。
 彼の名はマスク・ザ・フェレット。
 誰もその正体を知らない謎の天才魔導師(本人談)である。

「頼んだぞ、マスフェレ!!!」

「変な略し方をしないで!?」

 同じように飛び出し、上空にて発生させた力場を踏み台にした黒衣のサングラス青年が言葉を届ける。
 それにガクリと頭を落としながらもマスク・ザ・フェレットはその指先から緑色の魔力光を生み出し、即座に閃かせた両手十本の指先から周囲に光を撒き散らした。

 ――高速演算処理開始。

 ガチンとどこかで自分の思考を切り替える音が鳴り響く。
 仮面越しの視界から自分の指先から生み出した探索用魔力粒子におけるデータ解析に自身の意識が切り替わり、それはネット回線に接続された光ファイバーの如く超高速で彼の脳髄に情報を流し込んでいく。
 周囲の気温、気圧、湿度、高度、明度、全ての空士たちの位置、アースラの位置、ガジェットたちの位置、ゆりかごの位置、そしてそれら全てに関連する行動法則パターンを意識する必要すらも無く計算し尽し、次の瞬間指を鳴らした。

「――周囲状況の計測完了、マップを展開する」

 パチンと指を鳴らし、現れたのは自らの魔力だけで生み出した三次元投影型の画像。
 そこには周囲状況の全てが表示されていて、同時に情報リンクしているアースラにも表示される。
 そこからさらにマスク・ザ・フェレットは指を突き出し、キーボードを叩くように。

「――解析は出来た。勝利の道筋は読めたよ」

 語る。
 全身から術式の螺旋を生み出しながら、全脳髄を以ってしてストレージデバイスをも超える計算処理能力を持った化け物たる青年が告げた。

「奴の防護障壁、それを打ち破るための砲撃角度とタイミング――完全なセッティングには300秒稼ぐ必要がある。大丈夫?」

 勝つための道筋を。

「フッ、問題ない」

 それに頷くのは黒衣の青年――ハーヴェイ。
 傍に佇む黒翼の少女、それを護る様に右手に白銀の杖を、左手に漆黒の杖を掴んだ威容。

「いけるな?」

「ビシッと決めるで」

 少女が頷く。
 その全身を保護するように展開した保護障壁、それを以ってしても防ぎ切れない強風に髪を弄ばれながらも、黒い翼を生やした少女は前から目を離さない。
 強大な力、見上げるだけでも心が屈してしまいそうな巨体、遥か古代から蘇った伝説の船――聖王の揺り篭。
 それに彼女は立ち向かう。

『全軍、反撃開始だ!!』

 傍に立ち、彼女を信じる仲間たちと共に。

『Tes.!』

 喝采が上がった。

『Testament.!!』

 怒号が咆え上がった。
 誰もが騒音の青空に、怒りと勇気の声を振り上げた。









『右翼部隊――全慣性術式を以って、奴のマニピュレーターを逸らせ!!! 左翼は弾幕を捌け!! アースラを決して落とさせるな、左のマニピュレーターは無視しろ、後は僕たちがなんとかする!』

 全域に通じる公周域の念話。
 それと同時に大きく肉声でも叫びながら黒衣の提督は震え出した。
 傍に立つ少女が、その背からさらに大きく翼を振るわせて、燐光を発し始めたからだ。

「クロノ君……ッ!」

『――魔力バイパス接続開始、出力15%……!』

 アースラ内部にいるシャーリーからの通信。
 はやてに施したアースラとの魔力炉を直結させた魔力バイパス。リンカーコアへと直接魔力素を流し込み、人間では決して生み出せないSSSランク以上の魔力を吐き出す大魔術。
 それを用いれば揺り篭の防護術式を貫通し、直接有効打を打ち込めることは計算上分かっている。
 だが、それには――最低80%以上のチャージと調整が必要。

「く、ぅうううう!!」

 膨大な魔力を受け止めるはやての背の翼が激しく震え出す、変換し切れない魔力素が漏れ出し燐光を発する。
 だらだらとその額から、頬から、首から、汗が噴出している。

「大丈夫か?」

 せめてものサポートとしてクロノが彼女の肩を支える、姿勢を保つ。
 二人の足元に擬似力場を発生させ、その足元を支える。

「な、なんとかなぁ……でも、思ったよりきっついわぁ」

 そう呟く間にも彼女の翼が大きく肥大する、メリメリと擬似的な器官のはずの翼が膨れ上がり、その受け止める魔力の重みを告げるように痙攣する。
 少しでも制御しようとはやては両手に握るシュベルト・クロイツを強く握り締めて、リンカーコアへと供給される魔力への最適化を開始する。
 けれど、けれども世界は騒々しい。
 狂ったように吐き出される弾幕は彼女の傍に着弾し、空士たちが死に物狂いで防ぎ続ける光の乱射は騒音と閃光となって彼女の意識を掻き乱す。

『22%……27……32……35……38%!』

 じわりじわりと耳につけた通信機から出力を上げるシャーリーの声が聞こえる。
 じれったくなるほどに遅い、もっと一気に出力を上げろとはやてが叫びたくなる。
 けれどそれは出来ない。一気に膨大な出力を受け止めれば、処理しきれないはやてのリンカーコアは砕け散り、その体もまた破裂する。
 本来人間に御し得ない大型次元航行船の魔力炉を受け止めるには、体の外部にそれらを貯蓄する魔力タンクを作り、さらにゆっくりとその出力に耐えていかなければいけない。
 破裂しそうな風船のように、ゆっくりと手探りで限界まで膨らませていく。

「ぅぅぅー!!」

 はやてが嗚咽する。
 背中の翼はますます膨れ上がり、五メートルにも達する巨鳥の翼。
 全身から洩れ出る燐光はより強くなり、ダイヤモンドの粉でも撒き散らしたような光の乱舞。
 だがその実情は醜い苦痛と限界への挑戦。
 受け止めきれない魔力のロスが増えていく、脳内に走らせた三つのマルチタスクの全てを用いても処理が追いついていない。

 一番タスク:魔力濾過――既に限界近く、膨大な魔力量に周囲の魔力素の掌握に追われ続けている。
 二番タスク:身体把握――過熱するリンカーコア、尋常ならざる負担が内臓器官を圧迫――圧搾されているような激痛。
 三番タスク:姿勢制御――アラームのように鳴り響く激痛、火の付いたように熱い体、欲情したように火照り、渇きを覚える喉。

 シュベルト・クロイツの石突を力場に当てて、杖のようにはやては自分を支えるも、限界が近い。
 両足はガクガクと生まれたての子羊のように震えて、手の握力は自分でも心もとないほどにあやふや。
 久しぶりにオートで維持させているバリアジャケットの取り込む空気は、超高高度用のものでも凍りつくほどに冷たいはずなのにまったく冷たく感じない。
 ただ熱く焼ける太陽を取り込んだよう。
 噛み締める歯がキシキシと痛み、吸いきれない涎が口の端から洩れては、落下しきるよりも速く凍りつく。

『42……44……47……――駄目です!! 八神部隊長のバイタルデータに異常発生!! これ以上は耐えられません!!』

 シャーリーの悲鳴が聞こえて、膨れ上がっていた苦痛が停滞する。
 これ以上の出力は無理だと常識的な言葉を告げていた。
 だけど、それでも。

「いぃから――つづけるんやっ!」

 彼女は叫んだ。
 荒々しく、痛みに泣きながら、黒翼の少女は叫ぶ。
 今にも屈してしまいそうな、崩れ落ちてしまいそうな苦痛の中で咆えた。

「まだぃける! まだ私は耐え切れる!! つづけぇー!!」

『は、はい……出力上げます! 48……49……』

 バイタルデータに異常が発生したため、これまで以上に慎重に出力を上げていく。
 流れ込む魔力の光がうっすらと捉えられるほどに濃厚で、彼女の翼が淡く輝きだした。
 はやては耐える。
 心臓が引き裂かれそうな痛みに、手足が震えて、意識が途切れそうになる負担に耐えながら、涙を流して、全身から汗を流し、それが瞬く間に凍り付いては――発する熱に蒸発した。

「はやて……っ!?」

 傍に立ち、襲来する弾幕やガジェットの光線を弾き飛ばしていたハーヴェイが気づく。
 はやてが発する翼が変化しようとしていた。
 黒い翼が、その羽根が段々と抜け落ちて、光の粒子に還元されていくことに。
 魔法行使の際に生み出す擬似翼が、それの形成すらも出来ずに純粋な魔力の塊へと変化しつつある。
 ロスとして漏れ出す魔力素が、周囲大気に反応し、もっとも変化しやすい熱エネルギーへと作り変えられていた。
 触れれば皮膚を焼き、全てを焦がす光の翼。
 はやて本人は自分から発する魔力圧で反発させ、その熱を受けないものの内部から与えられる負担が彼女の精神と肉体をぐちゃぐちゃに掻き乱す。

「56……57……58……60%!!」

(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いい痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱いイタイアツイ熱い痛い熱い痛い熱いイタイアツイイタイアツイイタイアツイイタイアツイイタイアツイイタイアツイイタイアツイイタイアツイイタイアァアアアアアアアアア!!!)

 陵辱されたような衝撃、処女の彼女には未知数の熱帯びた激痛。
 男性ならばその痛みだけでショック死しそうな痛みを通り越した灼熱感。
 その全身から取り出された神経をなぶられ、甘噛みされ、弦にして掻き鳴らされているような狂痛。
 最大魔力内蔵量と天才的魔力制御能力を持っていたリンディ・ハラオウンにはなかった代償。
 堰を切ったような落涙と無声の咆哮、呼吸が出来ない、流れ込む魔力に溺死する。
 とても意思だけで耐え切れるものではなくはやては膝を折り、湧き上がる嘔吐感と共に握っていたデバイスを手放し掛けた瞬間だった。


「――緊急同調開始!」


 ふっと痛みが和らいだ。
 呼吸が出来た。

(え?)

 痛みは続いている、けれどそれは先ほどまでとは全然比べ物にならないほどに軽い。
 処理を続けているマルチタスクは相変わらず限界一杯一杯だったが、破綻には程遠い。

 三番タスク:姿勢制御――放棄、全身の姿勢制御を外部に受託、現在一番タスクと連携同調。

 姿勢制御放棄?
 ならば何故自分は倒れていないのか――その疑問を感じた時、ようやくはやては自分の外界感覚を取り戻した。
 崩れ落ちた体、取りこぼしかけたシュベルト・クロイツ。
 それは腰から抱き抱えられ、手を放し掛けた右手はもっと大きな誰かの右手に包まれて握っていた。
 少しだけ汗臭い匂い。

「クロノ……くん?」

 はやてが見上げた傍にあったのは汗を流し、必死になりながらも笑みを浮かべ続ける青年の顔。
 付けていたはずのサングラスは無く、それはハーヴェイではなく彼女と親友たちがよく知るクロノ・ハラオウンのもの。
 彼がはやてを後ろから抱きすくめて、その手に握ったシュベルト・クロイツを共に支えていた。

「――保険が、効いたな……」

 吹き出す脂汗、痩せ我慢にしか見えない笑みを浮かべながらクロノが告げる。
 撒き散らされる光の羽、防護術式を突き破り、彼の背中を焼く痛みをも無視して。

「保険? どういうことや?」

「――アースラの魔力炉は同級艦よりも出力が高い。Sランクオーバーのリンディ・ハラオウンは僕が言うのもなんだが、化け物みたいなリンカーコアを持っていたから耐えられたが、はやては優れてはいても普通の女の子だ」

 普通の女の子という言葉に、何故かはやては少しだけ顔を赤らめた。

「かなり優れていたリンカーコアを持っていたが、それはあくまでも常識の範囲で、闇の――いや、夜天の書のおかげで強化され、かなり出力を増しただけのものに過ぎない」

 例えるならばAAランクぐらいのリンカーコアが、外的要因で急成長してSランク前後に成長しただけ。
 元々大きな容量を持っていた器ではなく、あくまでもそこまで成長しただけの結果の代物。
 最初から大きなものを受け入れる器ではなく、入れることが出来る器になっただけに過ぎない。

「そのため勉強不足もそうだが、大出力の魔法制御には未熟な点がある。それは元々そこまで制御出来るような脳髄と制御能力を持っていなかったからだ」

 AAランクぐらいの魔法までしか扱えないはずの器が、何かのきっかけで大きくなったとはいえ、元々はAAランクの器。
 それより強大なものへの仕様はどこか不自然がまとわりつき、甘くなる。
 硬球ボールを無理やり膨らませても、軟球野球に使うにはやりにくいようなものだ。
 いっそ闇の書からの覚醒がもっと早ければよかった。
 例えば赤子のようなときであれば、肥大化したリンカーコアに応じて脳神経などが成長し、その大出力を振るう制御能力を肉体的に会得していただろう。
 だが、はやてが手に入れたのは九歳――肉体はまだ成長の余地があるが、脳などの神経などはほぼ成長の打ち止めだ、後天的に得た能力を制御するほどに急成長することは無い。
 それを補うためのがユニゾンデバイスのリインフォースⅡであり、マルチタスクスキルである。
 しかし、今回のは前者がなく、後者を使うには荷が重過ぎる代物。
 本来の限界を遥かに超越した、無理を通り越して無茶の範疇。
 だからこそ――

「僕が、支える」

 共にその負担を分かち合う相手として、クロノは用意していた。
 元々与えられていた艦船魔力炉の接続術式を有し、はやてのバイタル情報を調べると同時に同様にバイパスを繋げて、彼女の緊急サポートになれるように調整をしていた。
 過剰に流れ込む魔力の量を巧みに捌き、追いつかない処理を補助し、溢れそうになる余剰魔力を自分のリンカーコアでも受け止める。
 そのための準備を、彼女の従者であるシャマルに話した時に何故か意味深な笑みとその後の手早いはやてへの術式処置があったのが気になるが……

「君の体は僕が支えておく。君は全処理を注入魔力の制御に専念しろ!」

 彼女の体を強く抱きしめると、ずっと子供だと思っていたがいつの間にかふっくらと柔らかみを帯びたはやての成長に少しだけ驚く。
 後ろから前に伸ばした手を強くし、ギシギシと元々凡才だった己のリンカーコアが軋む音を聞きながら、クロノは言った。

「君は僕が護る。だから君も僕を信じろ」

 そして、仲間を信じろ。
 君だけが支えなくてもいいのだから――!

 言葉にせずとも届く叫び。いつもは冷静で、どこかおかしいかつての少年の言葉に、はやては目を瞑り……

「分かった」

 唯一がら空きの左手を軽く上げて、自分の腰から胸下辺りに巻きついた後ろの青年の手に、その小さな掌を乗せながら。
 少女は唄う。
 自分だけが握っているのではない杖を握り締めて、冷たく凍りそうな天にとても近い空の空気を吸って、歌った。

 全てを砕く歌を。


 神々の黄昏と呼ばれる古代最高魔法の一節を歌い出す。


 ありとあらゆる想いを込めて。




 彼女は過去を砕く歌を紡ぎ上げていく――










********************************

次回VS揺り篭戦が決着です。
長かった超高度戦闘ですが、一端の決着。


はやてのリンカーコアなどはこちらの独自設定です。
原作ではリンカーコアが成長したとか、制御が甘い理由などは一切書かれておりませんのであしからず。

クロノ君はナチュラルセクハラ担当ですね!



[21212] 聖王の揺り篭攻略戦 その10
Name: 箱庭廻◆f5b4938b ID:aafb582a
Date: 2011/08/16 20:11


「――そして、時は動き出す」

 かっこいい立ちポーズで天に指を、地に手の平を向けた陸士がそう告げた。

「いや、なにをいってるんだ?」

 それは地上のどこかで呟いた陸士に対するつっこみだった。
















 超高高度の蒼天に輝き浮かぶ一対の巨大なる翼。燐々と眩く輝き、燃え盛る巨大なる白い翼。
 それは全長十数メートルをも超える巨大なる光のカーテン。
 そして、それを仰ぎ、羽ばたかせた一人の女性がいた。

「はぁぁああアアアAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

 喉から絶叫を迸らせ、その全身から熱を、汗を、滲み出す血のしずくをこぼしながら茶髪の女性――八神 はやては前を見据える。
 十字杖のシュベルト・クロイツがガリガリと壊れたオルゴールのような音を響かせ、悲鳴のように蒸気を放出しながら限界を超えた処理を続行する。

『出力76,77……80%を突破しました!!』

「その、まんまっ――つづけぇえいい!!」

 血の滲むような声とともに、通信から伝わるシャーリーの報告にはやては答える。
 足元に形成された擬似力場を足場に、がくがくと彼女の両足は細やかな痙攣を起こし、垂れ流される汗の量はすでに展開したバリアジャケットを滲ませ、ぬるぬると股間から太ももに、足首に滴り、垂れ流されている。
 収まりきらない余剰魔力の滓は物理法則に従い、もっとも還元されやすい熱エネルギーとなって周囲に発散され、轟々と燃え盛る熱羽の結界。
 成層圏の氷点下以下の冷気が、バリアジャケットに組み込んだ対冷気対熱の防護能力を突破し、彼女の肌を焼き焦がしていく。
 熱した火掻き棒を押し付けられるような痛み、内部から膨れ上がる拷問にも似た激痛と異物感、血流の中にまで痛みを齎す水銀でも流し込まれたような苦痛。
 けれど、彼女は倒れない。諦めない、耐える。
 何故ならば――

「3番タスク、4・5と連結処理!! 6番、7番の負荷処理をリアルタイム処理! はやて、力を抜くんだ! もっと自然体になれ、魔力を渡せ!!」

 彼女を支える青年がいた。
 降りかかる無数の熱羽を全身に浴びながらも、その生じられた荒れ狂うような魔力力場の中でも、はやてを抱きしめ、その負荷を共に背負う人がいた。
 整った顔立ちは必死な形相に、身につけていたはずのサングラスなど当に捨てて、かつては少女だった女性を守るために羽を受け、その全身を焼き焦がしながらももはや自分で立っていることも出来ないはやての前面に腕を回し、繋がるように右手を絡めあう青年。
 その名を――クロノ・ハラオウン。
 かつて、いや、今なお少女たちを守る、かつて少年だった青年。
 精々がAAランク、かつて指導していた少女たち三名よりもずっとずっと劣る、比べるだけで嘆きたくなる程度の才能だった秀才の人物。
 けれど、そんな彼は己を凌駕する少女を手助けする。
 その肩にありあまる負荷を、積荷を、危険から逸らすために抗い続ける。遅い来る魔弾の乱射から防護障壁を展開し、彼女を守る。

「ぁっ、っ……クロノくん、だいじょうぶ?」

 喘ぎ、汗に溺れながらはやてが言う。
 紅潮した頬、吐き出す吐息は焼け付いた羽に焼かれるか、氷点下以下の気温に凍りつき、輝く雫となって落下していく。
 耳朶を舐めるような甘い喘ぎ声。
 それに、クロノは前を見据える強い意志を持って硬く応えた。

「君と比べれば、マシだ。処理に集中しろ、ここからが正念場だぞ」

 歯を噛み締め、決して折れることのない強さを示すようにクロノは言う。
 しかし、それは嘘だった。
 クロノもまた平気なわけがなかった。ある意味でははやて以上の苦痛を帯びていた。長袖の手足の毛細血管は幾つも断裂し、内臓は裏返ったかのような痛みと異物感を放ち、喉元から血の味のする消化物がこみあげて、汗のとどまらないこめかみから、左目の眼窩にかけて汗と入り混じった血がこぼれて行く。
 彼のランクはAAA+。だがしかし、それは長年の訓練と体作りによって限界まで鍛え上げた内臓器官。保有する魔力の量がAAA+ではなく、それを使っての運用と戦い方が認められての総合ランク。
 実質的には精々がAAA、下手をすればAA程度のリンカーコアしか持たない。
 それにSランクレベルのリンカーコアでさえ耐え切れなかった大型艦船魔力炉の生産魔力を受け止める、それ自体が無謀。
 はやてがダムだとしたら、クロノはただの貯水タンクでしかない。
 抑えきれずに放出した魔力、それだけでもクロノの限界容量を超過する圧力と量を持っていた。
 いまだに壊れていないのは、彼の体とはやてという大型リンカーコアタンクに合わせた入念な調整とシャマルによる微調整のおかげである。
 ――すでにクロノの体は瀕死の域に片足を踏み入れようとしていた。
 それを共に手を絡ませ、共にシュベルト・クロイツを握るはやてには理解出来た。痙攣じみた震えが伝わる。

「――っ」

 だけれども、はやては何も言わない。言えるわけがない。
 何故ならば――

『出力88%を突破!! カウント3ごとに1%ずつ引き上げていきます!! 予定出力までカウント36!!』

 防護フィールドを破るのには最低でも試算は80%。
 しかし、これを放てるのは一撃だけ。ならば万全を期し、100%で放つ。
 そのための時間。

「いくぞ! あと36秒だ!! 皆を――信じろ!」

 彼の願いは、彼女の実行だったから。
 構築されていく巨大立体魔方陣、螺旋を描き、無数の帯状魔法陣が展開され、それらが接続されながら巨大化と立体化を繰り返していく。
 それはアースラの巨体を飲み込み、地上からも仰ぎ見られるほどの巨大な魔法陣。
 まるで花びらが開いていくかのような美しい光景。
 その中心で、彼と彼女はただ前を見る。勝つために、信じるために。

 だから、彼女は何も言わない。彼の心配などしないし――



(……どうでもええけど、おっぱい鷲掴みやね)


 下手に声を出すと変な声しか上げられそうになかったので黙っていた。
 がしっと普段は着痩せしているが、実は同僚二名のそれよりも中学時代から上回っていたはやての乳房にクロノの指先がめりこんでいた。そりゃあもうしっかりと、離さない勢いで。
 最初は腰を掴んでいたのだが、背の低い彼女をしっかりと支えるのと背の高い彼の身長にずれていった結果がこれだった。

「……あふん♪」

「?」

 微細に伝わる振動と熱で思わずはやては熱帯びた吐息を漏らし、クロノは周りから轟く爆音と内部処理にいっぱいいっぱいだった。
 なので片方は実感ないままに乳繰り合っていた。
 文字通りに。









「うきゃぁああああああああ!!!」

 そして、それを許さぬ鬼がいた。
 全身から電光を発し、振りかぶった戦斧を以って飛び掛るガジェットを両断し、その胴体に脚部を叩きつけ、その反動で上昇。
 見惚れるほどに無駄のない旋回を行ないながら、魔力を流し込み――リーチを伸ばした雷光の刃が周囲を蹂躙する。
 音速を超えた斬撃軌道。
 ソニックブームを発しながら、黄金色の髪をなびかせた女性―が刃を振り下ろし、噛み砕かん勢いで蹴りを叩き込み、電撃のアイアンクローでガジェットの頭部(?)を掴んで、握り砕いた。
 素手で機動兵器を破壊する魔法少女――フェイト・T・ハラオウン。

「はぁあああっやぁああああああってぇええええEEEEE!!」

 ぐしゃっと雷撃と火花、それと共に爆散するガジェットの破片と煙を浴びながら、悪鬼も土下座するフェイトの眼光が上空を貫いていた。
 つま先にめり込むガジェットの残骸、それすらもびしりと悲鳴のような亀裂を生み出し、泣き出すように砕け散る。
 展開された多重AMFフィールドの影響すらも一笑に付すかのような勢いで雷撃が生まれ、強制的に集められた水分と反応し、自然現象化された電撃と反応し、それは雷雲を孕んだ暴風雨。
 その嵐の中心で目から雷光の如き眼光を発し、可憐なる唇から唸るような怒号を紡ぎ出す、その様はまさしく修羅だった。

「わ、私の知ってるフェイトさんじゃなーい?!」

「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!?」

「熟れた美少女をずっと放置しておいたらこのありさまだよ!!」

 キャロがマジ泣きし、周りの空士も恐れおののていた。
「誰か止めろよ!」「いやいや無理無理、死ぬってマジで死ぬって!」「なにこれどういう状況、奴ってば結婚してたんじゃねえのか!?」「あ? あの変態紳士提督が結婚できるわけねえだろ、JK!」「くそ、いったいどころから世界は間違ってしまったんだ!」「最初からだろ、真面目な話」などなど周りで戦々恐々と逃げ出したくなっている空士たちがいた。
 先ほどから上空の光景が変わる旅に機嫌が自由落下を超えて弾速の勢いで悪くなっていくフェイトに、同じく戦場領域を共にしているものたちは地獄を味わっていた。

「邪魔ぁあああ!!」

 S+ランク魔導師の暴虐的な戦闘能力を以って周囲のガジェットを蹂躙するフェイト。
 だがしかし、周りからの認識と異なり彼女は冷静だった。
 周囲状況を的確に判断し、敵と味方の区別をつけ、最効率でガジェットを駆逐し、作戦目標への達成へと近づける。
 何故か分からないけれどなんか素手でもうガジェットとかぶっ飛ばせそうだったので殴っているだけだし、切り返すのにも動きが制限されるので蹴りで叩き壊しているだけである。
 なので問題はない。至って思考もクールである。

(いやまだ大丈夫大丈夫大丈夫お兄ちゃんのことだからきっと些細な事故なのよそうよあの泥棒狸がそそのかしてるに違いないからまだ全然セーフこれが終わったら即効ではやてを事故で撃墜してもうヴィヴィオとかはなのはにまかせて私はスカリエッティをホームランしてぽいっと葬って今回の事件を思い出にしながら誰もいないベッドルームで一緒に目薬を入れたブランデーで乾杯をしてレッツドッキング――)

「すれば全部解決だよね、バルディッシュ!」

『サ、sir……』

 血走るどころか光走る目で問われた彼女の相棒たる戦斧は震えた機械音声で答えた。
 訂正、冷静だと思っているのは彼女だけである。
 鬼神も目を疑う速度でガジェットが斬り飛ばされ、殴り飛ばされ、ひらひらのスカートからソニックブームを発しながら加速する閃光乱舞。

「あ、目から出たビーム(?)でガジェットが落ちた」

「もう、彼女一人だけでいいんじゃないかなぁ……」

 高ランク魔導師ってマジ怖い。
 本局が誇る高ランク空士たちもそう思った。






「残り30秒!! 耐えてくれよ!!」

 そう叫んだのは一人の青年である。
 仮面をつけた謎の美青年魔導師マスク・ザ・フェレットが両手の指を激しく掻き鳴らし、緑色の光線を放ちながら告げる。
 はやてたち目掛けて自爆特攻で突っ込んできた十数機のガジェットⅡに緑色の光線――極限まで射出速度を特化させたチェーンバインドを接続し、同時に慣性制御魔法を入力、フローターと呼ばれる初歩的強制付与浮遊効果で対象速度を殺し、僅かな指先の動きと完全操作したベクトル操作を用いてガジェットⅡの十数機が方向を違え、或いは共に衝突し、爆散していく。
 接続から干渉まで僅か0.4セカンド。AMFによる魔法瓦解効果が発動するよりも早く処理を終えれば何一つ問題はなく行なえる。

「邪魔だ、おもちゃと遊んでる暇はないんでね」

 マルチタスクによる並列情報処理ではなく、複数の思考を走らせ、もう片方の手で間断なく戦場情報処理とそれに伴う魔力砲撃の角度調整を行なう。
 アースラの装甲板の上でもっとも忙しない人間の一人だった。

「――間に合いますかい、マスフェレ!」

 ユーノの背後、酸素マスクと全身装甲の防護服を纏い、機関銃のような超大型狙撃ライフルストームレイダーⅡをぶっ放し続けるヴァイスが怒鳴るように尋ねた。

「その呼び方はやめて! だが、なんとかなりそうだ!」

 叫び返す間にもドラムカートリッジが交換され、瞬くような店舗で浅黄色の魔弾が敵機を撃墜していく。

「アースラのバックアップつきの儀式砲撃魔法! これなら最低でも奴の防護フィールドをぶち抜いて、主砲に叩き込める!」

「だが、破壊までいけるか!? 奴は巨大だぞ!!」

 マスク・ザ・フェレットの言葉に、アースラの装甲板の上で舞い踊り、全長数重メートルの巨光剣を振り抜いた提督が叫んだ。
 己が魔力を注ぎ込み、カートリッジ数本を持続出力に回した巨大なる魔剣の軌跡が、敵機の爆散を導くように駆け巡る。ステップ、ワルツ、ターン、優雅としかいいようない動きを持って敵機を払い、補助するぬこ一号二号が周囲マスフェレとヴァイス、はやてとクロノたちをサポートする。
 かつてたった二名で暴走する闇の書と守護騎士四体の全てを撃墜し、追い詰めたとある元提督たちを幻視させる戦闘能力。
 真なるSS魔導師としての強さ、しかしそれでも誰かを守り、導くのはこれほどまでに難しい。

「大丈夫です! だって――」

 マスク・ザ・フェレットが確信と共に叫ぼうとし――


「またくるぞ!! 腕だぁっ!」


 唸りを上げ、強大なる影がアースラを射した。
 揺り篭から変形し、六本からザフィーラの健闘により五本にまで数を減らした巨大すぎる鉄爪の襲来。
 数百万トンを超える圧倒的な暴力の塊が、速度と質量によって摩擦熱を生み出しながら、アースラを叩き落さんと襲ってくる。
 その数――三本。
 動かない蚊を叩き潰すのに三振りの鉄槌を叩きつけるかのごとき暴虐。
 展開された巨大儀式魔方陣を警戒し、それもろとも希望を砕かんとする敵意の表れだった。

「誰でもいい、防げぇえ!!」

「ぬぅ、おおおおお!!」

 アースラの装甲板の上、全身のあちこちを冷気で凍らせた血溜まりの中で喘いでいたザフィーラが再び立ち上がらんと吼えた。
 しかし、それをぬこ一号と二号が抱きつくように制止する。

「だめ! 動いたら死んじゃうよ!」

「死ぬよ!?」

「――構わん!!」

 豊満なる乳房、肉感的なブルマ雌猫のしがみつきを振り払い、筋繊維のあちこちを断裂させた守護の獣が血塗られた片腕を振り上げる。
 血反吐を吐きながら、凍る血の塊をこぼし、魔力を練り上げる。
 文字通り命を賭した足掻き。それが形を成そうとした瞬間。

「あたしを忘れるんじゃねええええええ!!!」

 ――第一打。
 落下するように襲い掛かってくる数百メートルの、高層ビルが飛び込んでくるような巨腕。
 それに向かい、一振りの鉄槌が直撃した。

「ぎ、ガントォオオオオオオオ!!」『Gigantform!』

 巨腕に対するのは巨大なる鉄槌。
 全長数十メートルに達する巨大なる鉄槌の伯爵、それを振るう紅の少女の打撃が数百万トンを超える鉄腕を叩き、防いでいた。

「はやての騎士はぁああ、一人だけじゃねええええええ!!!!」

 ――ブースト。
 暴発的な炎の噴流が、鉄槌の背部より噴出し、空を舞う少女の後押しを受けて巨腕を押し込んでいく。
 誰が信じるか、たった一人の少女が、ただ一人の騎士が、己の主君を守るために巨大なる絶大なる質量比を乗り越える。
 ひび割れる。
 膨大な質量同士が激突し、空間すらも破砕されそうなほどの轟音を鳴り響かせて、激突したギガントフォルムの先から鉄腕が軋み、ひび割れた。

「守るんだよぉっつ!! 絶対にいぃいいいい!!!!」

 絶叫、そして爆砕。
 無数の鉄片が舞い上がり、巨大なる鉄の腕が吹き飛び、駆動部位の肘から先が折れ曲がる――破壊完了。

「どうだぁ!!」

 断崖絶壁の如き胸を揺らし――微動だにしないまま胸を張り、ヴィータが吼える――その視界に移る新たなる影。
 二本目。
 まっすぐに駆け巡るように、貫くような鉄掌の襲来。
 先ほどのが落下してくる一撃だとすれば、これは全てを打ち砕く巨大なる打撃。

「げぇつ!? おかわりはいらねえって!!」

 魔力の装填が間に合わない、体勢が間に合わない。そもそも限界を超えている。
 故にヴィータは叫ぶしかなく――その前に現れた影たちに息を飲んだ。


「いくぞ!!」『応!!!』


 それは十数、数十を超える空士たち。
 隊列を組み、共にデバイスを突き出した空飛ぶ戦士たちの合唱。

『フロート!!』

 重さを殺せ、速度を殺す、自由を落とす。
 展開される超濃密度AMF、その前に初歩的魔法など通じはしない。それが常識、立ち向かえるのは英雄のみ。
 けれど、彼らは知っている。彼らは知ったのだ。
 英雄が助けるのは人々であり、世界。
 そして、英雄もまた人々が、世界が、誰かが助けられるのだと知っている。
 力なきものたちはただ一人で救えるわけじゃないけれど――幾重に集えば、力を合わせれば、願いを集わせれば届くかもしれないと。

『ローォォォオオオド!!』

 吐き散らされる無数の薬莢。
 増設したカートリッジシステム、それらを用いた出力を強化し、過剰なまでの規模でフロートを展開。
 迫りくる鉄腕の重みを削り、同時に展開する数十、数百のバインドがその巨大なる質量体を絡め取り、無数の綱となって牽引する。
 それでも、それでも殺しきれない、抑え切れない威力、その襲来に――彼らがぶつかった。
 その身をもってして、壁となった。

「――無茶な!!」

 常識的な誰かが叫んだ。
 だがしかし、それに非常識な奴らは答えた。

『奇跡を起こせなくて、魔法使いなんてやってられるかぁあああ!!!』

 血反吐を吐きながら、防護服の限界を超えながら、熱く燃え盛るAMFに魔法を焼かれながら彼らは受け止める。
 数百万トンの質量に、合計しても一トン少々を超えるかどうかの人間の塊がぶつかる。
 たかだ蚊の集い。
 しかし、それでも――彼らは止めた、動きを鈍らせ、支えて見せた。
 誰が信じるか、蚊の集まりが、人間の打撃を受け止めてみせる。それほどのありえない事態を。

≪あと15秒!! 耐えて!!≫


 カウントを進めるシャーリーの絶叫。泣いていた。
 構築された魔方陣が唸りをあげる、光を放つ、太陽のごとく輝く。
 吐き散らされる大量の弾幕に焼かれながらも、蹂躙されながらも、希望の大輪が開いていく。
 無数の敵が、悪意が、希望を摘み取ろうと襲い掛かる。

「三本目、くるぞぉおおおお!!!」

 二度の失敗、それを踏まえて弾幕を吐き散らしながら旋回する鉄腕が襲い掛かる。
 触れる全てを砕く脅威。
 そこに――英雄が立ちふさがる。

「バインドォ!!!」

「鋼よ!!」

 二条の、巨大なる鎖と無数の鎖がそれを絡めとる。
 あらゆる角度からの空間展開バインド、さらにマスク・ザ・フェレットによる主軸チェーンバインド。全てはかの鉄腕の旋回を止め、脅威を殺すために緊縛術。
 そして、それを引きずり回すのは限界を超過した守護獣のくびき。

「ま」「が」「れぇえええええええ!!!」」

 血まみれの守護獣が鎖を発し、二人のぬこがそれを掴んで、振るい抜く。
 装甲板が砕けんばかりの踏み込みに、歯を食いしばる三名が人体限界を超えた人外としての膂力を発揮し、中の整備班が後の修理を思って泣いていた。
 三者の獣と、一名の獣の名を関した青年による四重干渉。
 そして、さらに――

「――ティアナキィィィック!!!!」

「――フリードGO!!」「ぎゃふー!?」

 シスコン馬鹿と幼女のドラゴン二者が衝突し、その進行方向を捻じ曲げた。
 結果、見上げんばかりの豪腕がアースラを掠めて抜け、生み出された衝撃波がアースラ全体を激しく揺さぶった。

「しのいだぁああ!!」

 揺れ動くそれに狙撃を中止し、舌を噛まぬように抗いながらもヴァイスが叫ぶ。

≪あと10秒!! カウント開始します! 9!≫

 唸る、唸る、唸る。
 希望の大輪が紫電を迸らせ、暁の閃光を交えて眩く音を発す。
 完成された正三角の放射魔法陣が唸りを上げながら回転し、足元に形成された円状虚数魔法陣が逆回転を始め、螺旋の軌道を描いて、花のごとく開かれていく。

≪7! 6! 5――≫

「ぁあああああああ!!」

 巨大なる光翼、一対から二対、三対へと数を増やし、触れる三角魔法陣がより強く光を放ち、旋回していく。
 有り余る魔力量が、構築された演算回路を通過し、その発生現象を際限なく強化していく。
 天使のように翼を広げ、女神の如き美しさを以って十字杖が振り上げられる。

「いくで!」

 闇が、光り輝く闇が生み出され、時空がゆがむ。
 収束された光が、咆哮の時に達し――

≪3,2! ――≫

≪まって!? 奥から――もう一本!!≫

 最高潮に輝こうとした瞬間、四本目の鉄爪が襲来した。
 真っ直ぐに、彼女の砲撃を阻まんと、進路を遮るような動きと共に視界全てを埋め尽くす鉄の腕が振りかざされる。

「まずい!! アレに邪魔されたら――!!」

 誰が止められる!? ヴィータは限界、空士たちはあらかた足止め真っ最中、マスク・ザ・フェレットとザフィーラとぬこ一号二号の四名は三本目の動きを拘束中、他のも防御には乏しい面子、残った手札で止められるか!?
 ヴァイスが焦りと同時に絶望的な結論を閃こうとした刹那。

『うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!』

『ぁあああああああああああああああああ!!!』

 音速超過速度、水蒸気爆発を起こしながら飛翔してきた一つの巨神があった。
 勇者、勇装魔神クラナガンが全身装甲を散らしながらも、唸る鉄腕と衝突する。

『またせたな!!』

「く、クラナガン!!? 生きていたのか!!」

『――勇気ある限り/僕らは、死なない!』

 グレートクラナガンの巨躯が放熱と蒸気を発しながら、重力制御と擬似力場を用いて鉄腕の前進で受け止める。
 激しい空滑りと共に勇者はその脅威を制止させ――



「轟けぇ、終焉の笛!!」


 はやての声が響いた。
 天使の如き少女を中心に、空間がねじまがり、手にした杖が唸りをあげ、祈祷を開始する。
 それはまるで世界の終わりに歌う引き金の祝詞。

「――全員散開!!」

 歌声を上げる少女を支える青年の警告。
 ――闇が開き。

『――ラグナロク!!』

 光が満ちた。
 刹那、誰もが目を覆った。
 爆発的な、いや、それすらも生ぬるい光の本流が迸り、空を覆う。
 三種類の属性の異なる魔力が圧縮と膨張を繰り返しながら、前方に撃ち出される空間の絶叫。
 まるで大空に輝く太陽からプロミネンスがあふれ出したかのような光、それが彼女の指し示す全ての直線を焼き払いながら――咄嗟に逃げ出した空士、ヴィータ、その他全てが逃れた場所をなぎ払い。
 飛来する魔力砲撃に、揺り篭のアームが数本咄嗟に翳されて――それを消滅させた。

「なっ!?」

 あまりの威力に、誰もが目を見開き――迸る闇の本流が揺り篭の主砲に直撃し、その前の防護フィールドを食い破るように蠢く。
 目に見えんばかりの濃密なAMF領域と電磁障壁による空間質量障壁が津波の如きラグナロクの一撃にじわじわと焼き裂かれていく。

「いける!!」

 貫ける!! そう確信し、アースラ内部のスタッフが沸いた。

『まって!? これは――主砲からエネルギー反応!! まさかっ』

 シャマルの叫び声、防護領域の中、揺り篭の巨大なる砲身内部から光が篭る。
 ――発射の前兆。

「なっ!? そんな間に合わなかったのか!?」

「急げ!! あれを撃たせるな!!」

 質量、サイズ、その規模から見てどう考えても高々L級戦艦であるアースラ一機の出力で勝てるものではない。
 そう悟ったからこそ砲撃を続行するはやてに目をむけ、急かすが――

「う、ぅぅううううううう!!!」「っうう!!!」

 はやての翼は点滅を繰り返しながら羽ばたき、彼女の唇から血が溢れる。
 それを支えるクロノの片目からは自律神経が異常をきたしたのか涙が溢れ、反動で吹き飛びそうになるはやてを支えながら、共に杖を握り、血反吐を零す。
 限界を超過する二人。
 だからこそじわりじわりとフィールドを破り、主砲を砕かんと迫るラグナロクの闇――そこに凌駕する巨獣の轟が間に合った。



≪――希望は目の前で砕かれていく、だからこそ無残≫


 誰かの声が響いた。
 巨大なる獣が笑い声を上げて、凶暴なるあぎとを開いて、吼えた。

「くるぞぉおおおお!!!」

 それは悲鳴だった。
 それは咆哮だった。
 揺り篭の巨体、そこから発せられる主砲の轟は、闇夜を貫く光の柱。
 迫っていたラグナロクの本流を一瞬堰き留め――食い破っていく。
 砕けていく。
 希望が。

「ぁ、ぁああああああああ!!!?」

 全身が砕けんばかりの砲撃、それを凌駕される衝撃。
 それに片翼の翼が砕け散り、かかる過負荷で片手の腕が血しぶきを上げて、皮膚ごと裂けた。
 血まみれの体が屈しかける。

(もう、駄目や――)

 諦めが衝撃となって、少女の心をへし折ろうとしていた。

「まだだ!!」

 そんなはやての耳元に響き渡るのは、一人の咆哮。
 十字杖を握り締め、半ば融合しつつあるはやての魔力と回路を流動して、己が手で続行させながら抗う一人の青年。

「折れるな、立ち向かえ!!」

 叫ぶ。
 必死に諦めたくないと、少女を叱咤する。
 ――なんで? と少女は尋ねた。
 声にならない声で。

「諦めたくないからだ」

 迫る、迫る白の奔流。黒を飲み込んで、アースラへと迫る絶望の波。

「折れたら駄目なんだ」

 絶望は常に希望をへし折る。
 だからこそ希望は折れてはいけない。絶たれたら失ってしまうから。
 大切なものを失ってしまうから。
 だからこそ。

「抗うんだ!!」

 理不尽に、絶望に、現実に。


「こんなはずじゃなかった、そう叫ばないために!!」

 過去を嘆かないために現在を抗い、未来に繋げる。
 それがための青年の祈り。



 ――それは尊かった、それは輝かしかった、それは眩かった。


 だからこそ。
 少女は左手で杖を握り締め、前を見た。

≪しゃーりぃいいいい!!! 出力を上げろやぁ!!≫

 声を上げる暇はない、だから念話で叫ぶ、指向性も定まらずに怒声。

≪え、あ、はいいい!!≫

 はやてが、クロノが、その数瞬後、血を吐き出す。
 けれどもその背の翼は大きく広がり、片翼のそれが羽ばたき、闇を広げた。
 裂けた右腕のそれから魔力の燐光が迸り、クロノの流す左目からは光が溢れて、その背から魔力の燐光が噴出す。
 限界突破の出力120%。
 己の限界を捨てての、魔力バイパスとしての特化。

「おおぉおおおおおばぁあああああああああ!!」

「ぶれいかぁああああああああ!!!!」

 二者の咆哮。
 ラグナロクの闇が主砲の光を押し留める。
 それは決して折れぬ希望の現われ。

「――スタァアアアアアアライト!!」

「――ザンバァアアアアアア!!」

 見上げる青空から桃色の光が轟き、眼下の雲空から黄金の光が迸る。
 全弾装填、迸る薬莢と共に声が轟く。
 魔法少女たちの魔法が。

『ブレイカァアアアアアアアア――!!!』

 眩く撃ち出され――
 三つの光の柱が、大いなる光に衝突し、貫く。
 破砕。
 凌駕。
 三人と一人の祈りが絶望を砕き、巨獣のアギトへと達し――障壁も装甲も砕いて。

「――道よ!!」

『――切り開け!!』

 年老いた英雄の聖槍が劣らぬ砲撃と、若き勇者の砲撃が唸りを上げて、大いなる巨獣の顔を砕いた。
 爆音、粉砕。
 盛大な風穴が開く、そのサイズ――数十メートル近く。

「よし!! やった、これで!」

「……んぐっ、フッ……フゥぅっ……」

 ガッツポーズを取るクロノ、喘ぐはやて。

「?」

 繰り返すようだが、彼の手はいまだにはやての乳房を鷲づかみである。

「――ぶっ殺したらぁあああ!!」

「誰かー!? フェイトさんをとめて!!」

 切れる義妹、泣く義娘。
 そして、そんな現状で提督は告げた。

「全軍、特攻ぉおおおおおお!!! 超大型回転衝角、開けぇ!!」

『了解!!』

 アースラ艦首、そこに備え付けられた大型衝角が回転を開始する。
 走る、奔る、アースラがその前方に付けたドリルを回転させながら突貫し。
 その後ろにある輸送機が共に突っ込んでいく。

 勇者と他の空士たちの援護を受けながら、彼らは突き進み。






 ――轟音。
 二つの船が、大いなるゆりかごの装甲を突き破り、不時着と共に進入した。
 そして。

「三河屋でーす! 注文届けにきましたー!」

「げひゃひゃひゃ、押し込み強盗でーす!! 美少女はどこだ、ごるぁあああ!!」

「幼女はどこだ!!?」

「ただし、メガネぇ。てめえは駄目だ!!」

 三百人の精鋭陸士と。

「スバル、いっきまーす!」

「いや、宣言しなくていいから」

「おかあさん、いっきまーす!」

「自重してよぉおおお!!」

 機動六課+おまけの総勢三百ちょっと。
 彼らによる侵略が始まった。







 そして、最終決戦が始まる。




*******************


時間と電波が来たので更新。
ようやく書きたいネタが出せるようになりました。
また今月中に更新予定です。


次回、聖王様が大変なことになります。


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